運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1999-03-23 第145回国会 参議院 国民福祉委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十一年三月二十三日(火曜日)    午前十時開会     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         尾辻 秀久君     理 事                 清水嘉与子君                 常田 享詳君                 朝日 俊弘君                 渡辺 孝男君                 小池  晃君     委 員                 久野 恒一君                 塩崎 恭久君                 武見 敬三君                 中原  爽君                 水島  裕君                 櫻井  充君                 直嶋 正行君                 堀  利和君                 松崎 俊久君                 沢 たまき君                 井上 美代君                 清水 澄子君                 入澤  肇君                 堂本 暁子君                 西川きよし君    国務大臣        厚生大臣     宮下 創平君    政府委員        内閣官房内閣外        政審議室長        兼内閣総理大臣        官房外政審議室        長        登 誠一郎君        厚生省社会・援        護局長      炭谷  茂君    事務局側        常任委員会専門        員        大貫 延朗君    説明員        総務庁恩給局審        議課長      黒羽 亮輔君        法務大臣官房審        議官       大林  宏君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す  る法律案内閣提出衆議院送付)     ─────────────
  2. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) ただいまから国民福祉委員会を開会いたします。  戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案議題といたします。  まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。宮下厚生大臣
  3. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) ただいま議題となりました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  戦傷病者戦没者遺族等に対しましては、その置かれた状況にかんがみ、年金支給を初め各種の援護措置を講じ、福祉の増進に努めてきたところでありますが、今回、年金等支給額を引き上げるとともに、戦没者等遺族に対する特別弔慰金を前回支給されなかった者に支給することとし、関係法律改正しようとするものであります。  以下、この法律案概要について御説明申し上げます。  第一は、戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正であります。これは、障害年金遺族年金等の額を恩給の額の引き上げに準じて引き上げるものであります。  第二は、戦没者等遺族に対する特別弔慰金支給法の一部改正であります。これは、戦没者等遺族であって、平成七年四月から平成十一年三月までの間に、公務扶助料遺族年金等支給を受ける者がいなくなったものに対し、弔慰の意を表するため、特別弔慰金として額面二十四万円、六年償還の国債を支給するものであります。  以上がこの法律案提案理由及びその内容概要であります。  何とぞ、慎重に御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
  4. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  これより質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。
  5. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 民主党・新緑風会の朝日でございます。  きょうは、ただいま御提案いただきました援護法等の一部を改正する法律案そのものにつきましては、ある意味では当然の措置でありますので、特に異論があるわけではありませんし、むしろ事務的な手続も含めてできる限り早急な対応が求められている、こう理解しておりますので、この法案中身そのものについて、あるいは金額そのものについてとやかく申し上げるつもりはございません。  ただ、そうはいっても、この問題とかかわって幾つかこれまでにも検討されてきた課題というか宿題というか、残っているというふうに私は思いますし、さらには、新しい課題も出てきているのではないかというふうに私なりに理解をしておりますので、そういう観点から大きく分けて二点ほどお尋ねをしたいと思っています。  まず最初の点は、これはこの戦傷病者等だけにかかわらず、恩給法の問題ともかかわって、先日来、野中官房長官衆議院あるいは参議院委員会等において、改めてこの恩給法及び援護法等国籍条項問題について検討をする必要があるというお答えを繰り返し述べられております。このこと自体、私は積極的に評価といいますか受けとめたいというふうに思っているわけです。  まず、参議院予算委員会総括質疑のところでも、三月十六日ですか、一番最後のところでこんなふうに述べられています。「現在、官房長官のもとに外政審議室等におきまして、それぞれ韓国対応の問題及び国内においてこれを措置する場合のさまざまな波及的な問題等を含めて検討をさせておる」と、こういうふうに官房長官お答えになっているわけですが、外政審議室の方で何をどのようにどんな予定で検討されていこうとしているのか、現状について御報告をいただきたいと思います。
  6. 登誠一郎

    政府委員登誠一郎君) 御指摘の点につきましては、戦後処理枠組みにもかかわります難しい問題でございますので、政府といたしましては、これまで本件補償の問題は完全かつ最終的に解決済みとの立場をとってきたことは御承知のとおりでございます。  他方、今先生指摘ございましたように、先日の委員会におきまして官房長官が示されたような問題意識もございます。そういうことから、今般関係省庁とも連携を図りつつ、改めて本件に対処するに当たっての種々の問題点について勉強を始めさせていただいたところでございます。  まだ始めたばかりでございますので、しばらく時間的御猶予をいただきたいと思いますけれども、具体的には、従来の法制度あるいは法的側面、その内容、それから問題点、さらには戦後処理枠組みとの関係、それから関係国における処理状況などをさらに研究いたしまして、果たしてこの問題に対して現実的にとり得る方策というものがあるのかどうか、さらにその場合の波及効果はどういうものであろうかというようなさまざまな問題点がございますので、それをいろいろな角度から慎重に検討を進めていこうというふうに考えております。
  7. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 確かにいろいろ検討をすべき課題があるということは私も承知しております。  さて、今外政審議室の方から官房長官発言を受けての取り組み状況なり受けとめ方なりについて御報告がありましたが、その問題についていろいろ予算委員会での答弁などをお聞きしていますと、どうも厚生大臣はより慎重な態度といいますか、当然担当する大臣としてかなり慎重な発言をされているやに理解しますけれども、せっかくこの問題について野中官房長官がこのようにおっしゃり、それを受けて外政審議室の方で改めての検討作業に着手しているという状況を踏まえて、もう少し厚生大臣として積極的なというか前向きなというか、そういうお答えぶりができないものかといささか歯がゆく答弁をお聞きしているわけですが、改めてこの問題についての厚生大臣としてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
  8. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 官房長官発言をめぐりましていろいろ御議論がございました。官房長官の真意をどう考えるかというような御質問もございましたものですから、私としては、官房長官としてはこの問題は戦後残された大きな問題の一つとして考えて、人道的、国際的な立場に立って、政治家としての使命感に基づいてその政治家としてのお気持ちを述べたものだというように、これは官房長官からも直接お伺いしておりますので申し上げました。  他方、この問題の一番の核心は国籍条項でございます。恩給法は私の所管ではありませんが、この軍属等に対する援護の問題は私の所管でございます。こうした問題を含めまして、韓国出身方々に対する補償問題というのは、たびたび申し上げておるように、昭和四十年の日韓請求権経済協力協定によりまして、在日韓国人の問題を含めて完全かつ最終的に解決済みであるということが述べられておりまして、私どもとしてはこの援護法国籍要件を、これが明定されておりますので、見直すというようなことは考えておりませんで、そういう意味現行法の枠内で措置することは困難であるという旨を申し上げさせていただいております。  他方予算委員会総括におきまして、今御指摘のように、総理にも御質問がありまして、総理大臣は、この問題は直ちに解決することは難しいんだということも述べられておりまして、他方勉強もさせていただきますと、こういう答弁になっております。  今、外政審議室長からお話のございましたように、この問題についてまた勉強会をしたいということでございますから、これに対しては厚生省として別に異存はございません。ただ、現在の建前からすれば、国籍要件の撤廃その他、また立法上の措置を講ずることも困難だし、行政上のことも困難であるということを今の立場として申し上げておる、こういうことでございます。
  9. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 きょう直ちに答えを求めるつもりはないんですが、ただ、これまでの経過なり現在の法制度的枠組みなりから考えて困難であるということをいささか強調され過ぎていて、今後の、じゃ何をどう検討するのか検討の余地なしみたいなお答えに聞こえるものですから、せめて所管する厚生大臣とすれば、野中官房長官もぜひこういう問題を次の世紀まで持ち越さないように何とかできないものかというような問題意識を述べられておりますので、ぜひそこのところは可能な限り問題意識を共有していただいて、内閣として一致した取り組みをしていただければありがたいし、ぜひそうすべきであるということを私の方からお願いをしておきたいと思います。  この問題についてはこの程度にとどめまして、次に戦没者遺骨収集事業の問題について幾つかお尋ねしたいと思います。  きょう特に問題としたいのは、まだ海外に、あるいは例えば国内でも沖縄等では戦没者遺骨がいまだに収集されていないという状態、残っているわけであります。  まず最初に、これまで遺骨収集事業というのがどんなふうに行われてきて、今どれぐらいまで到達して、今後どんなふうに進めていこうとされているのか、大まかな点についてちょっと御報告をいただきたいと思います。
  10. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 戦没者遺骨収集につきましては、昭和二十七年度からまず南方地域から実施いたしております。また、それにおくれまして平成三年度から旧ソ連地域等における抑留中の死亡した方々についての遺骨収集が可能になったわけでございます。  これまで、政府として約三十万柱の遺骨収集いたしましたが、引き揚げられる際に持ち帰られたものもございますので、それらを含めますと、海外で戦没された方々は二百四十万人いらっしゃるわけでございますけれども、現在まで日本にお迎えしたのは百二十三万柱、約半分でございます。  なお、南方地域につきましては、相手国事情等により収集ができない地域を除きまして、おおむね終了したという状況でございます。もちろん、今後残存遺骨の情報が入る場合がございます。そういう場合は直ちに収集を行うという体制で臨んでいるわけでございます。  一方、平成三年度から新たに遺骨収集が可能となりましたソ連地域につきましては、平成四年度から本格的に実施し、今年度までに八千六百八十二柱の遺骨収集いたしました。  なお、関係遺族抑留経験者高齢化が進んでおりますので、今年度、平成十年度から五カ年で遺骨収集を計画的に実施し、おおむね終了するように努力しております。  また、モンゴル地域につきましても、平成六年度から実施いたしておりまして、今年度まで六百九十四柱の遺骨収集し、来年度で最後埋葬地遺骨収集することによっておおむね終了するという状況でございます。
  11. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 今、遺骨収集事業概要についてお伺いしたわけですが、遺骨収集事業を実施していくに当たってやはり大変重要なことは、可能な限り身元を確認してちゃんと御遺族にお返しする、こういう努力がぜひとも必要だというふうに思います。もちろん、状況によっては遺骨が散乱してというか、とてもどれがどれというふうにはできないような状況もあるかと思いますけれども、可能な限り身元確認をし御遺族にお返しするという努力は最大限追求されるべきだというふうに思います。  そこで、じゃこれまでの遺骨収集事業の中でこの身元確認、そして御遺族にお返しする、こういうことが一体どんなように工夫され努力され、結果としてどの程度そういうことができているのか、ちょっと事実について御報告をいただきたいと思います。
  12. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) ただいまの御質問関係でございますけれども、まず旧ソ連抑留中に死亡された方々遺骨収集につきましては、比較的個別に遺骨が埋葬されておりますので、身元判明がかなり手がかりが得られる。例えば、身長、歯の状況遺留品の有無というものを遺骨収集する際に記録にとどめ、それぞれ一体ごとに焼骨して持ち帰っております。そして、日本に帰っていろいろな資料、例えば旧ソ連から持ち帰りました埋葬図などをもとにいたしまして身元確認というものの努力をしております。  しかし、南方などの戦闘地域につきましては、このような身元の特定というのはなかなか難しゅうございますが、たまたまその身元手がかりになるもの、例えば印鑑とか眼鏡とか万年筆というような個別の判定できるものがございましたら、それを持ち帰り、一体ごとに焼骨いたしまして日本へ帰り、身元判明努力をいたしております。  このような状況でございますので、旧ソ連モンゴル地域につきましては、これまで九千三百七十六柱を収骨いたしまして、そのうち二百八十六柱の遺骨身元が判明し御遺族にお返ししております。その割合は三%になっております。南方につきましては、先ほどのような事情で毎年数例にとどまっているのが現状でございます。
  13. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 身元確認、多分地域によって大分違うんでしょうが、今御報告のあった旧ソ連の場合でもようやく三%というお話であります。しかも考えてみたら、遺留品がたまたまある遺骨のそばにあったからといってそれで自動的にそうだというふうに断定できるものでもなかろうと思いますし、そういう意味では身元確認の仕方というのは大変困難を伴うことは重々承知をしているわけですが、それにしてももう少し何とかならないものかというふうな気持ちを強く持ちます。特に、遺骨が散乱しているような状態はなかなか難しいとしても、せめて一体一体がきちっと見分けがつくというか識別できるというか、そういう状態で埋葬されている場合にその方の身元が何とか確認できないのかということについてはもっともっといろんな方法検討すべきではないかと私は思います。  最近、新聞報道でも報じられておりますが、身元確認のための一つの有効な方法としてDNA鑑定を求めるという声が強まってきていると理解しています。DNA鑑定という方法は、技術的には比較的最近になってある程度実用化できるようになってきた方法だと思いますし、最近では日本国内でも犯罪にかかわっての身元確認という形でしばしば使われている方法のようであります。  この問題について、既に関係者の方から厚生省の方に、ぜひこういう方法を使って身元確認をしてほしいというお話が届いていると思うんですが、さて、この問題について、厚生省として今までどんなふうに受けとめ、どんな検討をされてきたのか、ちょっと検討状況についてお聞かせいただきます。
  14. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 今、先生がおっしゃいました遺骨DNA鑑定につきましては、私ども昨年から遺族方々から御要望を承っております。その気持ちをいろいろとお聞きしますと、やはりその気持ち考えれば、私ども援護施策としては検討しなければならない事柄の一つとして認識いたしているわけでございます。  しかし、遺骨DNA鑑定の導入につきましては、これまでの私どもの進めてきた遺骨の取り扱いのあり方を大きく変更するということになるわけでございますが、DNA鑑定を導入するかどうかに当たりましては、一つは技術的に可能かどうかということ、先生は可能というようなことのようでございますが、さらに関係者専門家にお聞きしてみたいと思っております。それから二番目には、検体外国から持ち出せるかどうか、そしてそれが日本に持ち込めるかどうかという可否についての検討。それから三番目には、戦没者遺族方々プライバシーや倫理上の問題はどうなんだろうかと。そして最後には、費用負担あり方等について多面的な検討が必要であると考えております。また、これについてはやはり遺族方々の幅広い御意見もお聞きしなければならないというふうに考えておるわけでございます。  このような問題がございますので、現在私ども厚生省におきまして、事務的に幅広い観点から検討を行っているところでございまして、今直ちにDNA鑑定を導入することは難しい状況にあると考えております。
  15. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 今直ちに全面的にというふうに言われると難しいというトーンのお答えになるんだと思うんですけれども、私はまずできるところからというか、一定条件が整ったところからやってみるべきではないかと思っているんです。  先ほどDNA鑑定というのが技術的にどうかという問題もまだ残っているようにおっしゃったけれども、私はこれは技術的にはもう解決していると思うんですよ。でなきゃ刑事事件鑑定に使ったりしないはずですし、技術的には可能だと思う。ただ、それを海外で、しかも戦没者としてどこにだれがどんなふうに埋葬されているのかわからないようなところで、しかも随分時代がたってうまくサンプルがとれるかどうかとか、そういう問題は多少あり得ると思いますけれどもDNA鑑定そのものの技術的問題というのはもうクリアされていると私は理解しているんです。だから、それを実際に適用するための方法論あるいは手続論として幾つか克服すべき課題がある、こういうふうに考えるべきだと思っているわけです。  例えば、もう既に十分御承知だと思うんですが、沖縄であるざんごうというか洞窟の中に何人かがどうやら埋められているというか中に残されたままお亡くなりになった状態があると。ほぼ確実にその中に私の身内の者がいるはずだ、それを何とかしてほしい、こういう訴えがある。そのところに到達するまでの間に幾つか克服しなければいけない障害はあるようですけれども、しかし仮にそういう障害が取り除かれていってその遺骨を取り出すことができた状態のときに身元鑑定するとすれば、やっぱりDNA鑑定という方法は有効だと思うんですね。  だから、役所とすればあらゆる可能性検討して、こうなったらああなるだろう式のことがあって、今直ちにやれと言われてもとてもできませんという後ろ向きの慎重な答えについなりがちだと思うんですが、いやそうではない、今直ちに全面的にやれと言われると幾つか困難な課題が残るけれども一定条件のもとで一歩一歩前に進めるために取り組みたいという姿勢がぜひあってしかるべきだと私は思います。  最後にこの点について、何らかの形で戦没者、そして遺族方たちの思いに可能な限りこたえていただくための国としての支援策をぜひ検討してほしいと私は思いますが、この問題について大臣のお考えをお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
  16. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 御遺族の心情を思うときに、今御指摘のように、遺骨DNA鑑定というのは援護施策の一環として検討すべき課題のように私も思います。  ただ、今、炭谷社会援護局長の言われたように、四点ばかり指摘されましたが、技術的可能性については私もそれは可能だと思いますけれども遺骨遺族の双方の鑑定が必要であるとか、いろいろ幾つかの問題点があると思います。それから、検体国内への持ち込み、プライバシーの問題あるいは費用負担問題等あるようでございます。  ただ当面は、今、委員のおっしゃるように、私どもとしては、遺骨身元が相当の蓋然性をもって特定できる可能性のあるケースにつきましては、これは経費負担問題等まだはっきりいたしませんが、自費でDNA鑑定を行いたいという御遺族に対しましては個別に可能な範囲内で協力、つまり相手国とのまだ焼骨していない検体持ち帰り折衝でありますとか、鑑定機関の紹介とか、そういった協力も行っていくこととしたいということでこの問題に取り組みたいと思っておりますので、御理解いただきたいと思います。
  17. 朝日俊弘

    朝日俊弘君 ありがとうございました。以上で質問を終わりますが、ぜひ二点だけ。  一つ費用負担の問題、それから方法論として、仮にできるようになるまでの経過的措置として、つまり焼骨をする前に何らかの形でサンプルを残しておくことができないのかという問題を含めてぜひ御検討をいただきたい、このことを要望申し上げて、質問を終わります。  ありがとうございました。
  18. 沢たまき

    沢たまき君 公明党の沢たまきでございます。  私は、旧日本軍軍人軍属だった在日韓国人救済措置に関して伺ってまいりますが、提案されましたこの法案には賛成でございますし、朝日先生がちょっと伺ったのに重複してしまうかもしれませんが、伺ってまいりたいと思います。  昨年の九月二十九日に東京高裁において厚生大臣を被控訴人とした障害年金請求控訴事件判決付言された裁判所所見は、かなり強い調子で行政上の措置必要性に言及しておりますが、大臣の御所見をまずお伺いしたいと思います。
  19. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) たびたび申し上げておりますように、韓国人に対する補償の問題は、昭和四十年の日韓請求権経済協力協定によりまして在日韓国人を含めて法的には完全かつ最終的に解決済み考えておりまして、立法措置を講ずることは困難ではないかなと今考えております。  なお、今御指摘東京高等裁判所判決、これは平成十年九月二十九日のポイントでございますが、これについても援護法附則国籍要件をやっていることについては合理性がある、それから国際人権規約に定める平等原則も合理的な理由に基づく法的区分を禁止するものではないというようなことが述べられておった上で、今委員の御指摘のように裁判所所見として付言をされております。  その条項には、「援護法国籍条項及び本件附則を改廃して在日韓国人にも同法適用の途を開くなどの立法をすること、又は在日韓国人戦傷病者についてこれに相応する行政上の特別措置を採ることが、強く望まれる。」という付言がございますが、立法措置につきましては先ほど申し上げたとおりでございます。  それからまた、年金受給権の付与というような重要な事項を法律の根拠がなく行政上の措置として行うことは困難でございますので、不適当ではないかというふうに考えておることを申し上げます。
  20. 沢たまき

    沢たまき君 もう一つサンフランシスコ平和条約発効の際に主権を回復した日本が、同時に在日韓国人などの旧日本軍外国人とした見解によって、それらの方々日本国籍と同時に受給の資格も失ったわけですが、当時、在日韓国人でこの対象の方はどのくらいいらしたのか。また、その中で現在生存していらっしゃる方はどれくらいの数になるのか。遺族の方の実態の掌握はしているのでしょうか。
  21. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) さきの大戦における旧日本軍軍人軍属の数は、旧陸海軍の作成した資料、これを私ども厚生省が引き継いでいるわけですけれども、朝鮮半島出身者については約二十四万人となっております。このうち、終戦時の戦没者の数は約二万二千人となっております。しかし、私ども陸海軍から引き継ぎました資料では、戦傷病者の数、現時点での生死、居住地について把握できる資料は保有しておりません。また、被徴用者などの準軍属の方、これが大変多いというふうに言われておりますけれども、これに関する資料は全くございません。  したがいまして、旧日本軍軍人軍属の現在の状況先生が御指摘されました事項につきまして、仮に在日の方々に限定したとしても、厚生省が現在保管している資料から追跡する方法はございません。
  22. 沢たまき

    沢たまき君 とすると、実態の調査はもうなすすべもなくできないということでしょうか。
  23. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 残念ながら、現在、私ども厚生省が旧陸海軍から引き継ぎました資料からは実態を把握する方法はございません。
  24. 沢たまき

    沢たまき君 野中官房長官が三月九日の衆議院内閣委員会で、我が党の河合正智衆議院議員の質問に対して、何らかの援護措置が必要である、また午後の記者会見でも、韓国政府ともよく話し合い、可能な限り解決に努力したい、現内閣の大きな責任だと述べていらっしゃいますが、宮下厚生大臣は、先ほどもちょっと伺いましたけれども、どう受けとめていらっしゃるでしょうか。
  25. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 先ほど、冒頭に朝日委員の御質問お答えしたとおりでございますけれども官房長官としてはこの問題を戦後残された大きな問題の一つとしてとらえまして、人道的、国際的な立場に立って、政治家としての使命感によるお気持ちを率直に述べられたものだと私も受けとめさせていただいております。  そして、この問題は法的には、今申しましたように、完全かつ最終的に解決済みとなっており、援護法国籍要件を見直すなどの措置を講ずることは困難であると考えておりますが、また先日の予算委員会での総理の御答弁もございますが、この問題は直ちに解決することは難しい、しかし勉強はさせていただきますという御答弁でございまして、外政審議室を中心にお取り組みをいただけるということでございますので、厚生省として外政審議室の方で呼びかけがあればそれに応ずるということはもう当然のことだと存じます。
  26. 沢たまき

    沢たまき君 東京高裁裁判所所見は、国家間では補償問題は解決済みといっても、現実には旧日本軍軍人軍属だった在日韓国人の方には何の補償もなされていないという事実に対して、提訴するに至った心情については十分理解できると述べています。しかも、在日韓国人の方は日本の三十五年間にわたる植民地支配の中で、日本に定住し、その中で徴兵されて、母国のためではなくて日本のために戦地に赴き、その上で恩給法援護法の対象にならないという二重、三重、それ以上の屈辱を受けているわけです。  裁判所所見は、「日韓両国の外交交渉を通じて日韓請求権協定の解釈の相違を解消し、適切な対応を図る努力をするとともに、援護法国籍条項及び本件附則を改廃して在日韓国人にも同法適用の途を開くなどの立法をすること、又は在日韓国人戦傷病者についてこれに相応する行政上の特別措置を採ることが、強く望まれる。」としておりますが、官房長官はこのことを政府として重く受けとめて、信念を持って記者会見までされたのではないかと思います。  私は、河合代議士に対する官房長官答弁を読みまして大変に感動いたしました。まさに人間味あふれる政治の英断であると感じ入りました。  昨年、韓国の金大中大統領が来日されて国会議事堂で演説されました。その際にも、二十一世紀において日本韓国の新しい友好関係の幕あけを希望される内容に、私たち国民もまた韓国の国民も大感動を覚えたわけでございます。それは、日本韓国は千五百年以上に及ぶ交流の歴史があり、日本韓国は徳川三百年の鎖国時代さえも頻繁に往来しました。我々両国がよき隣人、よき友人として手を握り、二十一世紀を開拓していくのに克服できない障害はありません。千五百年にわたった日韓交流の歴史が我々を見守っています。また、世界化を志向する我々みんなの未来には、両国国民の厚い友好と親善が待っていることでしょうと、二十一世紀に新しい日本韓国の友好交流の歴史を築かねばならないとの思いがひしひしと伝わってくる演説でございました。  歴史をさかのぼれば、韓国日本にとって文化、農業、それから技術の面で大恩人の国であります。野中官房長官も御答弁の中で、新しい歴史を迎えるに当たって、やはり何としてもこういう問題を処理しておかなくてはいけないという私に使命感のようなものがあると述べられておりますけれども、このことはまさに金大統領と心を一にした日韓友好の思いではなかったかなと思っております。  厚生大臣の御見解を、二十一世紀の日韓関係のあるべき姿についてどうお考えなのかお伺いしたいし、また、在日韓国人の救済の方法があるとすればどういう方法があるか、あきらめずに解決を図るためにはどこまでも研究していくべきではないかなと思いますので、御所見を伺いたいと存じます。
  27. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 小渕総理大臣が三月十九日から二十一日まで韓国を訪問されました。そして金大中大統領と会談されました。その結果もきょう閣議で報告されましたけれども、それによりますと、日韓二国間関係につきまして、両首脳が昨年十月に署名されました日韓共同宣言及びその附属の行動計画が着実に実行に移されていることを確認し合い、これに満足の意を表明されたようであります。  なお、対北朝鮮政策では、小渕総理から、金大中大統領の包容政策を支持するとともに、両首脳間で日韓米三国の緊密な連携が重要であることにつき意見の一致を見ましたということでございます。また、金大中大統領とともに北朝鮮に対しまして和解と交流を目指した対話の扉を開くように呼びかけたということであります。  今回の訪問によりまして総理と金大中大統領との個人的信頼関係は一層強固なものとなりました。また、首脳会談において過去の問題は取り上げられず、未来志向の日韓友好協力関係はさらに前進したものと言えますという報告をいただきました。  今、委員のおっしゃられるように、日韓両国の歴史的な長い関係、そしてまた植民地支配というようなこともございました。特殊な関係にございます。また、日本と非常に一衣帯水の間にもある朝鮮半島でありますから、我が国としてはこの交流というものは今後も継続し強化していかなければいけないと。  なお、北朝鮮と韓国との関係が非常に円滑裏に統合その他合意されることが望ましいということは紛れもない事実でございまして、我が国としてもそういった方面で努力をしていかなければならないと思います。  一方、今問題にされておりますこの国籍条項につきましては、長い歴史といいますか長い検討を経てこの結論を得たわけでございまして、私としては、今直ちにこの立法措置を変えるというのはいかがかなというように思っております。  なお、先ほど申しましたように、外政審議室を中心にいたしまして、官房長官の指示によって勉強会をするということでございますので、厚生省としてはこれに協力をしていくという立場でございます。
  28. 沢たまき

    沢たまき君 小渕総理大臣が訪韓されたのでそのことを伺おうと思ったのですが、お答えをいただいてしまいましたので結構でございます。  しかし、なるべくならば、法律がございましょうけれども、人間としてのこの心情はよくわかると裁判所もおっしゃってくださっております。私は、二十一世紀こそ人権そして平和の世紀だ、それを目指すべきだと思っておりますので、国民から負託を受けて選ばれた我々が自分自身の心の中に人権問題と平和というのを一人一人が強く思わない限り前進をしないと思っております。  どうか、勉強会というのがございましたけれども、もう一歩進んで検討会というのを政府の中におつくりいただけないかな、そういう傾向はおありかどうかも最後に伺わせていただいて、質問を終わらせていただきたいと思います。
  29. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 沢委員から大変貴重な御意見をちょうだいいたしました。  私どもとしても、当然そういうことを配慮しながら過去の積み上げをしてきたわけでございますが、なおその基本は失わないように今後とも検討していかなければいけないというように思っておりますから、外政審議室検討にも参加をさせていただいて、どういう結論が出るかはともかくとして、この問題に取り組みはさせていただくつもりです。
  30. 沢たまき

    沢たまき君 ありがとうございました。質問を終わります。
  31. 井上美代

    ○井上美代君 日本共産党を代表いたしまして質問をいたします。  先ほど出されました戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案は、戦傷病者戦没者遺族などへの障害年金遺族年金等の額を恩給法改正による引き上げに準じて引き上げるものであり、賛成をいたします。  この援護法による障害年金特別弔慰金支給などについての改正案の審議に当たりまして、私が問題にしたいのは、第二次大戦で亡くなられた犠牲者の遺骨収集の問題で、先ほど戦没者数そしてまた遺骨送還数や残存遺骨数などについては既に答弁がされました。  今日までもう既に戦後五十四年過ぎております。しかしながら、約半分しか遺骨収集ができていないということについて、何としてもこれを、御苦労は多いと思いますが、やっていくということが非常に大事ではないかというふうに私は考えております。出ている数字は、大変な努力の中でやられたとは思いますが、極めてまだ遺憾な数字であるというふうに思うわけなんです。  私は、国民福祉委員会委員になってからこれらのいろんな関係資料を読ませていただいたり、数字についても見せていただいて、本当に驚き、そしていまだ第二次大戦が終わってはいないんだということを改めて感じているところでございます。遺族年金支給するだけではなくて、遺骨収集をやり切って、そして遺族方々に届け切るということが大変重要なのではないかということを非常に強く感じてまいりました。  これまでの厚生省努力は大変私は貴重なものがあるというふうに思いますが、不十分な点もまだあるのではないかというふうに思うものですから、私は、今この収集につきまして予算がどういうふうにつけられているのか、また収集体制がどのようになっているのかということをまずお聞きしたいと思います。
  32. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) まず、遺骨収集の予算額でございますけれども、来年度の予算額は四億二千六百万円余りというふうになっております。  この遺骨収集につきましては、私ども社会・援護局の職員が直接出かけております。したがいまして、特に今年度の例をとりますと、旧ソ連地域について相当大規模な遺骨収集をやりまして、従来の約三倍程度の成果を上げております。  したがいまして、その職員は、ほとんど女子の職員まで非常に気象条件の悪いところまで出ていただくということで、援護の職員が総がかりでやっているという事情でございます。中には、向こうで病に倒れまして、ヘリコプターで救急で運んで、こちらの国際医療センターに入院していただくという残念な一例もありましたように、大変私ども援護の職員は長期間にわたりまして努力をしているということをまず御理解いただきたいと思います。  それとともに、遺族関係者遺族会並びにまた学生のボランティアもこれに参加していただいておる、非常に活発な参加をしていただいております。そういうこともあわせまして、官民の相協力した体制で臨んでいるということを御報告させていただきたいと思います。
  33. 井上美代

    ○井上美代君 私は、遺骨収集に関連して、旧日本軍が玉砕をいたしました硫黄島に絞って質問をさせていただきます。  硫黄島は、小笠原群島の一つで、昭和二十年三月、第二次大戦末期の激戦地となって、そして玉砕の島として私たちは知っております。現在、米軍と自衛隊の基地になっておりますこの硫黄島では、戦死者、遺骨送還の数そしてまた残存遺骨数はどうなっておりますでしょうか。
  34. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 硫黄島につきましての戦没者の数は二万百人と把握いたしております。現在のところ、約八千柱の遺骨収集して今日に至っております。
  35. 井上美代

    ○井上美代君 硫黄島でも残存遺骨数は一万七十体ということですので、半分以上まだ残っているということになります。  硫黄島の遺骨収集の体制や、また作業、そして島の中の収集場所、それがどういうところになっているのかということをお聞きしたいと思います。
  36. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 硫黄島は激戦地でございまして、実際に御遺骨があるところは深いざんごうとか非常に発見しにくいところにあるという状況のところが多々ございます。そのような状況遺骨収集が困難をきわめているわけでございますが、やはり今先生が御指摘されましたように硫黄島の遺骨収集はまだ半分にも及んでいないというのが事実でございますので、私どもはこれに相当力を入れていかなければいけない。特に、先ほど私は南方地域については遺骨収集はおおむね終了したというふうに申しましたけれども、この硫黄島については例外だろうというふうに思っております。  今年度の例をとりますと、私ども、事前にどのようなところに遺骨があるのか、その埋没した地下ごう等の調査をまず三週間行いました。その後、おおむね見当をつけまして四週間、一カ月にわたりまして厚生省の職員を六名派遣し、またこれに旧硫黄島の島民の方々の御協力、また自衛隊の方々の御協力も得まして相当の成果を上げております。  ちなみに、平成十年度の収集いたしました遺骨は四十九柱でございまして、昨年度は十一柱、平成八年度は二十六柱、平成七年度は十六柱という状況でございますので、私ども、今年度は相当努力をしたというふうに考えております。もちろん、これからもさらに力を入れていかなければいけないというふうに考えているわけでございます。
  37. 井上美代

    ○井上美代君 平成十年度が四十九柱ということで、大変頑張って御努力しておられるのはわかります。  平成十年から米軍の基地の調査が始められているということで、ごうも見つかっているということを聞いております。また、自衛隊の基地の中は防衛庁から遺骨が見つかったというときに収集というようになっているようで、基地の中の情報というのはほとんどとれなくなっているということです。  資料の最初のところに硫黄島の地図を入れてあります。右上の方が米軍基地です。あとずっとありますが、これが自衛隊の基地です。島全体が基地になっております。  生き残った人の証言などに基づいて収集することもほとんどなくなっているようなんです。硫黄島の遺骨収集が始められたのは戦後七年たってからですが、あの島は、今御説明もありましたように、ごうに立てこもって戦ったわけです。ごうに入らなければ遺骨収集はできないわけなんです。そのごうも、基地をつくるときにブルドーザーで削られ、そして今コンクリートで固められ滑走路の下に埋められてしまっている。だから、残る一万以上の全部の遺骨収集しようと思えば、基地をなくすということなしに遺骨収集することはできません。  そもそも最初から、玉砕の島に基地などがつくられたということ自身が問題であったというふうに思います。この間の遺骨収集についても、もっとやはりこの玉砕の島の硫黄島について真剣に考えていかなければいけなかったのではないだろうかというふうに思います。今はソ連も崩壊したのですから、それを無視して基地が強化されているところに問題があるのではないかというふうに私は思っております。  基地によって日本の平和と安全を守るということを言っているんですけれども昭和三十年六月につくられました陸上自衛隊幹部学校の「戦史 硫黄島作戦 講義要綱」というのがあるんです。資料の二枚目に表紙を入れておきましたけれども、これがその実物です。(資料を示す)  この要綱の中を読みましたけれども、これは陸上自衛隊が硫黄島の戦争の戦訓を勉強するためにつくられたものなんです。敗戦十年後に講義要綱にして戦訓を教えているということに私は驚いております。遺骨収集もしないうちから戦争の教訓を生かしているのは本当にびっくりです。私は本末転倒ではないかというふうに考えているんですけれども、いかがお考えになりますでしょうか。  この本の最後の付録のところに地図が出ているんです。この地図を見ますと、旧軍の部外秘になっている資料なんですけれども、全島要塞の塊であるこの島が米軍のB29のじゅうたん爆撃で一木一草までなくなっても、生き抜くためにアリの巣のように穴を掘ったということがわかります。  その距離がずっと書いてあるんですけれども、これは皆様方のお手元の資料には入っておりませんけれども、生息用が十二・九キロ、そして交通路が三・二キロ、陣地が一キロ、貯蓄庫が〇・九キロ、総延べ十八キロというふうに書いてあります。この坑道の中には、爆弾や機関銃などでやられて死んだ方もいらっしゃるんですけれども、多くは地下ごうに閉じ込められて、地下からの硫黄の熱気の噴き出してくる中で蒸し焼きになって亡くなられた人もたくさんいらっしゃるということです。  この島の遺骨収集せずして、戦争が終わったとは言えないと私は思います。これをどうしても掘り起こすべきだというふうに思うんです。この基地を撤去してでも遺骨収集していくということが今の私たち残された者に課せられた仕事だというふうに私は思いますが、大臣、戦争の体験も持っておられる大臣です、どのようにお考えでしょうか、ぜひ聞かせてください。
  38. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 私も、防衛庁長官をやりまして硫黄島をつぶさに拝見させていただきました。当時の激戦、これは極めてもう島全体が、本当に日本兵それから米兵が恐らく立錐の余地もないくらいじゃなかったかなと想像されるくらいの激戦地でございました。私も、摺鉢山等のざんごうその他の跡も拝見をいたしましたが、主としてそちらに非常に多くの戦没者がいらっしゃるというようなお話もお伺いしました。  全体として、どのような状況で御遺骨があるかという点は必ずしも明確ではございません。しかし、硫黄島がそれだけの激戦の地でありながら、同時に我が国の防衛にとっても必要な地域であることは変わりないわけでございます。その後、自衛隊の基地もつくられ、そして現在は、特に厚木のNLPの関係の演習を、一千キロ離れておりますけれども、我が国としてはそちらでなるべくやっていただけるようにということで準備をして、いろいろの防衛上の需要を満たしておるということでございます。  御遺骨については、これは祖国にとにかくお迎えするというのは国の責務でございますから今後とも続けてまいります。特に、硫黄島におきましては航空基地等の滑走路もございますので、その下がどのような状況になっているかということはなかなか今知る由もない点がございますが、いろいろ改修その他の機会には防衛庁の協力も得て、御遺骨の発掘といいますか、我が国へ戻す、故国へ戻すことを努力させていただきたいと思います。  なお、今援護局長の言われましたように、かなり相当力を入れて、ここには厚生省の職員も七週間に及ぶ駐在もしております。それからまた、自衛隊の協力も非常に厚いというようにお伺いしておりますので、今後ともそういったことを踏まえながら、基地の機能も維持しながら、同時に、まだ半分以上残されておられるわけでありますので、さらに一層努力をしていきたい、このように考えておるわけでございます。
  39. 井上美代

    ○井上美代君 今、大臣答弁の中にもありましたように、この島が今NLPの基地になっておりまして、ソ連も崩壊した今、この基地が共同演習によって強化されているという問題については、私たちとしては本当に許すことはできないというふうに思っております。  私、「總員名簿」というのを資料の三、四に入れてあります。これを見ますと、この中には「身上調書」などもありまして、茨城県で農業をやっていた笹目敬さんだとか、秋田県で農業をやっていた大場さんだとか、茨城県で理髪業をやっていた木村倉次郎さん、これは資料に入っております、そういう人たちがいらっしゃるということがわかります。  また、別の資料があります。これは資料にはしてありませんけれども、「中隊家訓」、それから「敢闘の誓」とか、この中身を見ますと、「敢闘の誓」には「我らは全力を奮って本島を守りぬかん。」とかといって七つの項目の誓いがあります。このように、やはり最後まで戦い抜いて玉砕していかざるを得なかったという、その遺品から玉砕の生々しさというのが伝わってくるような中身があります。  私は、資料の六にはがきを入れました。これは全くばらばらになっておりまして読めないんですが、そのばらばらのはがきを組んでみますと、判読できるのが川口金吾さんあてのものなんです。差出人に館という字が残っているのが見えると思いますが、館で全国の地名を探しますと函館しかないんですね。だから、私は北海道庁に電話をして硫黄島で戦死した川口金吾さんという人がいるかを調べましたら、確かにいらっしゃるということだったんです。その人は海軍上等水兵で、本籍は函館市の堀川町だと。そして、生年月日も明治四十二年五月二十一日生まれだと。遺族も、フチさん、息子さんの進さんがいらっしゃるということがわかりました。  それで、総務庁恩給局に事前に調査を依頼してあるんですけれども、何か手がかりがあったかどうか、そして、手がかりがあったとすれば、私は進さんに手元に持っております遺品を返したいというふうに思っているんです。だから、ぜひ住所を調べてほしいというふうに思います。  時間がありませんけれども、私はこうした貴重な遺品が十分調査もされずにいとも簡単に捨てられているのなら、これは重大なことだというふうに思っておりまして、これら貴重な遺品は日本にやはりきちんと持ち帰って、人も予算もつけて整理して遺族に返すのが筋ではないかというふうに思っております。出てくるのを待っていたのでは遺品を遺族に戻すことはできません。  そういう意味で、最後大臣答弁を求めまして、私の質問を終わらせていただきたいというふうに思います。
  40. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) お尋ねの遺留品の返還につきましては、誠意を持って遺族に返還できるようにすることが何よりも基本的に重要なことだと考えておりますので、所要の調査等を進めてまいります。  今後とも、遺留品につきましては、当局で保管している資料などをもとにいたしまして当該遺留品を所持していた者の氏名などの特定を急ぎまして、そして返還できるものは御遺族のもとにお届けしたいというふうに考えております。
  41. 井上美代

    ○井上美代君 恩給局にもお願いをしてありますので、答弁をお願いします。
  42. 黒羽亮輔

    説明員(黒羽亮輔君) 先生からそのような御質問があるということで恩給局の方に保管しております過去の資料について調べてみましたところ、確かに昭和三十年代におきまして、お尋ねの方と思われます川口金吾さんという方、この方の次男の方、またその方が成年に達せられた後には次女の方が公務扶助料受給されていたという事実を確認しております。ただ、現在は川口金吾氏の御遺族恩給受給者の方はおられません。  住所の方でございますけれども、私どもが保管してございますのは昭和三十年代の恩給請求時の資料でございまして、住所につきましてもこのときの住所がございます。ただ、個人情報でもございますので、この場でその当時の住所を公表するというのは御勘弁いただきたいと思います。
  43. 井上美代

    ○井上美代君 ありがとうございました。質問を終わります。
  44. 清水澄子

    ○清水澄子君 社民党の清水です。  本法案に賛成の上で、私も在日韓国・朝鮮人の元軍人軍属の救済について質問をさせていただきます。  第二次世界大戦中、旧植民地出身の日本軍軍属は、日本人兵士と同様に砲弾にさらされて戦死をしたり、または負傷しました。戦後、サンフランシスコ平和条約の発効によって、政府は本人に国籍の選択の余地を与えることもなく一方的に日本国籍を奪ったわけです。そして、平和条約の発効後二日後に施行されました援護法において、在日韓国・朝鮮・台湾人が国籍条項あるいは戸籍条項の対象から外され、その後、一九六五年の日韓請求権協定によっても両国の解釈の違いが今日まで続いていまして、この人たちは法の谷間に放置され今日まで救済されることがございません。同じ戦場で負傷した日本人の元軍属の場合は、今回の援護法改正によりまして、公務障害第一項症の例を見ましても、五百七十万九千円の障害年金となるわけです。旧植民地出身元軍属はこの場合も何らの補償がないわけです。しかし、この人たちはずっと戦後も日本に永住して税金を納めている在日韓国人元軍属であるわけです。  私は、こういう人たちに対して、日本政府は人道上あるいは道義の面からも何らかの補償措置を実施するということを強く求めたいと思います。  そこで、内閣外政審議室の方に伺いますが、先ほどから出ておりますように、三月九日の衆議院内閣委員会などやそれから記者会見、または参議院予算委員会等で野中官房長官が非常に前向きな発言をされているわけです。しかも、二十一世紀の問題は今世紀を締めくくる年において人道的、国際的配慮から考えなきゃいけないという、私はそのお考えを心から歓迎したいと思います。  特に、十六日の参議院予算委員会では内閣外政審議室検討を指示したと発言をされていらっしゃるわけですけれども外政審議室としてはどのような指示を受け現在どのような作業をされておられるでしょうか。
  45. 登誠一郎

    政府委員登誠一郎君) 先般の委員会における官房長官答弁を受けまして、官房長官の方から私どもの方にこの問題を、今、先生も御指摘になりましたけれども、人道的、国際的な立場から果たしてとり得る措置があるのかないのかについて改めて検討するようにという指示がございまして、今その検討に着手しているところでございます。  その検討内容は、先ほども触れさせていただきましたけれども関係省庁と緊密な連携を図りつつ、改めてこの問題に対処するに当たっての種々の問題点について勉強しておるところでございます。例えば、現在の法制度がどうなっているのか、あるいは戦後処理枠組みとの関係、さらにはこの対象国は韓国でございますので、韓国国内でどういうような措置がとられており、また韓国政府が現在どういうような立場をとっているのか、そういう点も踏まえました上で、何か可能なことがあるのかどうかということを改めて検討するということで勉強させていただいているというところでございます。
  46. 清水澄子

    ○清水澄子君 済みません。時間がありませんので、ぜひ外政審議室では、過去日本赤十字社の従軍看護婦の皆さんが、公務員ではなかったわけですけれども恩給制度を準用して軍人に準ずる行政措置が行われた経緯があります。こういうような例も何ができるかという面でぜひ御検討いただきたいと思います。  ちょっと御答弁いただかないで次に行きたいと思います。  厚生大臣、銃撃で右腕を切断された在日韓国人の石成基さんが援護法に基づいて厚生大臣障害年金を請求した控訴審判決では、東京高裁は昨年九月二十九日に請求を棄却したわけですけれども立法措置とともに在日韓国人戦傷病者についてはこれに相応する行政上の特別措置をとることが強く望まれると付言を行っております。戦後補償の裁判で、これほど明確に特別の行政措置をとることが強く望まれるとした判決は初めてであったと思います。それまでは違憲の疑いとか立法措置に言及した判決はあったわけですが、そういう意味でも私ども立法府の国会議員としての責任を感じているわけです。  厚生大臣、この問題の担当大臣として、先ほどからいろいろお伺いしていますと、専ら防戦的な姿勢でいらっしゃると思うんです。年金行政措置ではできないと発言されておりますが、それならば特別の救済のための法律をつくればいいわけでして、それはやるのかやらないのか、そこにやはり姿勢の問題、心の問題があると思います。例えば、フランスでは同じようなセネガルというフランス植民地時代の兵士の年金について、国連人権規約委員会にこれが訴えられて勧告がされたわけですが、それはフランスの兵士と同じような待遇をしているわけです。  ですから、私は、政府も従来の法律や協定の枠組みのみを説明したりこだわっているのではなくて、やはりこれは非常に大きな人道上の問題であると思います。だから、何らかの救いの手を差し伸べる、それが私は正義であると思うわけです。  もう戦後五十年以上もたって、この人たちが本当に日本軍人として召集され日本軍属として戦場で同じ日本人として戦ったわけですから、この人たちにぜひ大臣、何らかの救済を検討してみるというお答えをいただきたいと私は思いますが、よろしくお願いいたします。
  47. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 今朝来、朝日あるいは沢委員の方からも御指摘のあった点でございますが、そのとき申し上げましたように、私どもとしては、この国籍要件の問題は四十年の日韓請求権経済協力協定によりましていろいろ議論の末確定したものでございまして、その後それに基づいて対応しております。  一方、今御指摘のように、石成基さんの訴訟問題も起きまして、平成十年九月二十九日に東京高裁判決が出されました。国籍要件につきましては憲法十四条との関係では問題ない、これは支障はないということがはっきり断言されておりますし、また、国際人権規約による平等原則も合理的な理由に基づく法的区分を禁止するものではないのでこの点も問題ないということを述べた上で、なお付言として、今委員のおっしゃるように審理結果に基づく裁判所所見を述べられております。  これは、確かに高等裁判所判決としてはそう数多くはないと私も思います。しかし、立法措置を講ずることにつきましては、私は今現在援護法所管大臣でございまして、こうしたいろいろな過去の経緯それから国際交渉、そうしたものを踏まえて結論を得ており、基本的に高等裁判所もこの立場を認めておるわけでございますので、法改正はただいまのところ考えておりません。  なお、法律によって国籍条項が合法化されておりますれば、それに基づく戦傷病者等についての年金支給等の問題も行政措置ではもちろんできませんので、こうした点は私も今特に考えておりませんが、ただ一方、野中官房長官発言もあり、総理も、当面これを処理することが困難である旨を述べられた上で、なお勉強してみたいというような御発言予算委員会総括質疑でもございました。  そういうことでございますから、今外政審議室長の言われたとおり、関係各省で検討を始めるということであれば、厚生省としても当然これは加わっていろいろの諸問題について討議をしていただくというのは当然だと存じます。
  48. 清水澄子

    ○清水澄子君 先ほど日韓共同宣言を含めて金大中大統領が日本に来られたときのごあいさつの問題など出ておりましたけれども、あのとき金大中大統領は、自分の方からはこれから過去の歴史については言わないと言われたわけです。そうすると日本人は、ああもうこれで終わったんだという受け取り方をしているというのは実に私は貧しいと思います。  それは、私は金大中大統領とよくお会いしているわけですけれども、いつも私におっしゃるのは、これは日本自身が考えることである、こちらが言うことではないのだと。日本自身が自分で、自分たちの過去の問題についてどのような姿勢でどういうふうに解決していくかというのはあなた方自身の問題だからこちらは言わないと言っているだけだ、こういうことを言われます。ですから、これの方がもっと強いです。非常に厳しいです。  ですから、何もおっしゃらなかったからもうこれで終わりというのではなくて、私たちが過去、韓国それから朝鮮半島の皆さん、台湾の皆さんもそうでしたけれども、植民地にして日本人という国籍まで与えて日本人として徴用したわけです。ですから、この問題については私たちが、今までの戦後の法律は確かにいろいろ問題があります。このことの議論は、私はもっと本当は討論するなら本格的に討論したいぐらいこの問題については随分研究もしました。だけれども、もう今その問題ではなくて、どのような解決の道があるかということをやっぱり現実に生きている人が、そうしてその人たちはそのまま非常に無念の中で日本で暮らしておられるわけです。それが、どんどん亡くなっていっているわけです。  ですから、私は、一番の厚生省の心配は、むしろこの人たちを本当は救済したい、しかしこのことをやれば他の戦後補償問題に波及するのではないかというのが本心なんだろうと思うわけですね。でも、私は、一つでもやはり真摯に解決していくということが非常に必要なんじゃないか。特に、この元軍属の方々は七十歳を超えた高齢の方が多いわけですね。ですから、毎年亡くなっておられますから、私は一日も早い日本の良心的な、私たちもこういう努力をしましたというものを見せていきたいと思いますし、ぜひ、それは大臣が一番この担当でございますのでお願いをしたいと思います。  政府は、難民条約を一九八二年に批准しました後、難民条約では国民年金や社会保障について内外人平等の原則ということがありますから、在日の方々外国人も条約の批准によって年金を受けられるようになった、社会保障の権利を獲得したわけですね。そういう意味でも、やはり私は援護法についてももっと工夫をして、そしてこの人たちの心の傷といいますか、それをぜひ解消していただきたいし、私たち議員の方も努力していきたいと思いますので、ぜひ私は大臣にもう一度本当の本音で発言していただきたい。  外政審議室が今後いろいろ作業されるときに、やはり積極的に問題提起、それからいろんな、数は把握していないとおっしゃいましたけれども、召集をしているわけですよね。あるものは大部分持っていらっしゃると思うんですね、ないものはしようがないんですが。しかし、それにはやはりこちらが誠意を持って、こういう解決をしたいということで呼びかけるならば、それはまた私たちの心は在日の皆さんたちに伝わるものと思います。しかし、そんなに大勢おりません、もうみんな亡くなっておりますから。  ですから、大臣最後にもう一度この問題に真剣に取り組むという御所見をいただきたいと思います。
  49. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) まず、難民条約との関係でございますけれども援護法による援護というのは、申し上げるまでもなく、軍人軍属等国と雇用関係にあった者が戦争、公務等により受傷、死亡した場合に、国が国家補償の精神に基づいてやるものでございまして、難民条約における国民年金や児童手当のように、公的な扶助及び援助等、難民条約にも規定されております社会保障に該当するものではございません。その区別ははっきりあるということをまず申し上げさせていただきます。  そして一方、援護法による援護の問題は軍人軍属の中の軍属等を主体にしておりまして、軍人の処遇に関しては、恩給法というのが戦前からの法律で戦後復活したわけでございまして、それにおいても国籍条項等が同様に付されておるわけでございます。  こうした問題は、確かにいろいろ委員指摘されるように問題が提起されることは私も承知しております。台湾の問題も私も関与いたしまして、あの二百万円の給付等は、当時の日中の関係では非常に困難であるということで給付を決定させていただいた議員連盟の一人でもございます。そういうことでもございますが、本件は大変人道上あるいは国際的な問題が確かにございますけれども、私は援護法の今の主管大臣としては非常に消極的過ぎるとか否定的なニュアンスが強過ぎるとおしかりを受けておりますが、私としてはこれを守っていくという立場に変わりはございません。  ただし、先ほど来申しておりますように、外政審議室におきまして万般の問題があると思います、これは。そういった問題を含めて御検討なさるということであれば、私どもとしてこれに参加して、そして意見を述べるということは当然あり得るということだと存じます。
  50. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) 速記をとめてください。    〔速記中止〕
  51. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) 速記を起こしてください。
  52. 堂本暁子

    ○堂本暁子君 ちょうど私、北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国から三日ほど前に帰ってきたところでございますけれども、三回ほどピョンヤンを訪ねて、今度で四回目になりますが、今回は反日感情が極度にひどくなっているというか悪くなっている状況でした。植民地時代にさかのぼってというか、植民地時代にオーバーラップしてそういった反日感情が盛り上がっているように思います。植民地支配を忘れていない、忘れようともしないという状況、これは日本にいては想像のつかない状況、向こうの指導者だけではなくて生活者の中にそういったものがあるということは行ってみないとわからない部分だというふうに思っております。  戦後被害に関する補償ですけれども、未解決の部分がここにあるということも、この質問をするに当たって改めて感じております。国交正常化が急がれますけれども、まだ国交が回復していないので、具体的な対応については多分厚生省としても特にこの援護法の問題ではなかなか御発言できないかなと思うんですけれども、もし大臣に個人的な所見でもおありになれば伺いたい。  それから、あえて外政審議室に残っていただきましたのも、そういったところまで今回調査をなさるというか検討にお入りになるのであればお考えなのかどうか伺いたいと思ってお残りいただきました。
  53. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 朝鮮半島出身者の財産とか請求権問題につきましては、もう言うまでもなくサンフランシスコ平和条約におきまして、我が国とこれら地域の施政当局との間の特別取り決めにより解決するということが決められておりまして、韓国につきましては、たびたび申し上げておりますように、四十年の日韓請求権経済協力協定により完全かつ最終的に解決済みと、これは条約にも明記されております。  一方、北朝鮮につきましては、まず国交正常化の問題がございます。国交が正常化することは我が国として大変望ましいことでございますが、相手がありますことでありまして、なかなかそれが進んでいないという状況だと理解しておりますが、国交が正常化されれば、サンフランシスコ平和条約におきまして特別協定を締結することでこれらの問題が韓国と同様に解決されることになるのではないかというように考えております。
  54. 登誠一郎

    政府委員登誠一郎君) ただいま厚生大臣から御答弁がございましたとおりでございます。  一点だけ補足させていただきますと、北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国に対しましては、重ね重ね小渕内閣総理大臣ほかから国交正常化に前向きに対応するようにと呼びかけておりますので、正常化交渉が行われましたときにはこの問題を含めてあらゆる問題について意見交換をするということになろうと思います。  先ほど来御答弁申し上げております援護法恩給法国籍条項との関係におきましては、これは韓国との間では、先ほども申し上げましたけれども、六五年の日韓基本条約で完全かつ最終的に解決済みというのが日本政府立場でございますが、その中でさらに何ができるのかということで検討しているわけでございます。  したがいまして、韓国出身の方の場合といわゆる朝鮮半島の北の方の御出身の方との対応は、この問題を扱うに当たっても違うかと思います。しかしながら、先生も御指摘の北側の問題についても、この問題解決に当たっては常に念頭に置いていきたいというふうには考えております。
  55. 堂本暁子

    ○堂本暁子君 四十年の日韓協定が土台になっているわけですけれども、問題は、協定の内容が個々人の請求権を放棄するという内容だったために、今までの御質問の中でるる問題になっているような個人としては戦地に赴いた方たちが何ともやりきれないと申しますか、一つの差別を感じておられるのだと思います。  法律的にはそういう仕切りになってきているわけですけれども野中官房長官の御答弁はそういった意味で、二十世紀中に何とか、それは超法規的なのか、それともどういうことができるのか大変難しいとは思うんですけれども、近隣諸国との信頼醸成、それからアジアの平和というところまで考えますと、私は特に日本に滞在している方については何らかの解決があるといいなというふうに思います。  帰りに中国に寄りましたけれども、中国でも今大変日本に対しての不安と申しますか、危惧が高まっているという時期になってしまいました。大変残念だと思いますが、いろいろな日本の側からすれば北朝鮮に対しては言いたいことも山のようにあるわけですけれども、それなりに両方の状況がこの半年間に極端に悪くなっているという状況、そしてそれに連鎖するような形でやはり中国との関係も大変悪くなっているという状況にあります。  そこのところでどういう工夫がなされるのか、もう今大体お答えいただいたのであえて質問という形でできるかどうかわからないんですけれども、やはりドイツやイタリーに比べますと、私は日本の戦後処理が果たして的確だったのか、あるいは十分に迅速だったのかという感想をずっとそういうふうに思い続けてまいりました。  例えば、ドイツやイタリーの場合、植民地から来ていた方については国籍を選択することができた。アフリカの独立した国の国籍を選んでもいいし、イタリーの国籍を選んでもいいというような措置をとったのに対して、日本は、在日の台湾の方や韓国、朝鮮の方たちに対して外国人の扱いをした。これがやはりずっと今まで尾を引いてきて、援護法の問題にも矛盾をはらんでしまったというふうに思います。  大変に根が深いので、簡単には解決はしない。ましてや大臣のお立場では、この枠を守るとしか言いようがないとけさからずっとおっしゃっていらっしゃいますけれども、そこをどういうふうにやったらいいのかと思うのです。  一国の安全保障の問題、それから今後アジアの発展の問題、そこまで大きく考えましたときに、私たち政治家としては、また行政府の方も同じだと思いますけれども、今日本一つの岐路と申しますか、終戦直後から今までの五十年の間、また次の大事な節目のようなところに二十一世紀を前にして立たされているというふうに、特に北朝鮮のようなところとか中国へ行ってそこに身を置きますと、そこから日本を見ますと、こちらの言い分だけではなくて相手の立場に立ってみますと、日本がどう見えているか。やはり日本の方がはるかに大国なので、日本がここはとても大人になって対応していかなければならない時期なのではないかというような感想を持って帰ってまいりました。  最後に、大臣に御所見が伺えればというふうに思います。
  56. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 堂本委員が北朝鮮を訪問され、また中国を訪問された生々しい御経験を踏まえての御見解でございます。貴重な御意見として私も感銘深く拝聴いたしました。  その上で、日本としてこれからアジアの中でどういう立場をとっていけばいいのかということを考える際に、こうした過去の問題が相当なネックになって障害になっているというような事実があれば、これはやはり国際的、人道的な立場でいろいろ検討しなきゃならない点があろうかと存じますが、ただいまのところは私どもとしては、真摯な議論の末、国交回復をやった韓国問題等でもございますので、こういう立場を貫かせていただいておりますが、なお、官房長官発言を契機にいたしまして、これからのあるべき姿あるいは検討すべき項目について言及されましたので、外政審議室の方でそういった趣旨を生かされながら、波及の問題等もございますけれども、そういった問題を含めて検討なさるということであれば、私どもとしてもこれに参加をしてまいりたい、こう思っておるところでございます。
  57. 堂本暁子

    ○堂本暁子君 ぜひとも、日本法律家は大変すぐれているので、法律とかシステムを厳密に積み立ててくる国だと思いますけれども、やはり大変難しい国際的な局面に日本が立っているということだけはもうどなたも否定できないというふうに思いますので、そこの大所高所から、あるいは世界の中の日本、あるいはアジアの中の日本という観点から厚生省外政審議室対応していただくことをお願いして、質問を終わります。  ありがとうございました。
  58. 西川きよし

    西川きよし君 よろしくお願い申し上げます。  私の方からは、戦傷病者戦没者遺族相談員制度についてお伺いをいたしたいと思います。  来年度の予算ではこの方々に対する謝金といたしまして五千九百万円が計上されております。相談員の業務の内容、本当に大切なお仕事だと思います。いろんなところでいろんな方々が頑張ってくださっているんだなと実感をいたしますが、この相談員の皆さん方はどういうふうにして選ばれるのか、この方々の平均年齢などもお伺いできたらと思います。
  59. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 戦傷病者相談員、戦没者遺族相談員の業務内容でございますけれども、それぞれの援護制度の給付の受給、また利用可能な社会福祉施設等の紹介、生活上の問題など、さまざまな相談を受け、指導をしていただくということでございます。  相談員の選定方法でございますけれども、都道府県区域内の住民の中から、社会的信望があり、かつ戦傷病者戦没者遺族援護について熱意と識見を有していると認められる方を都道府県知事から御推薦していただきまして、厚生省において決定いたしております。  相談員の平均年齢につきましては、平成九年十月一日現在で、戦傷病者相談員は七十七・二歳、戦没者遺族相談員は七十三・三歳となっております。
  60. 西川きよし

    西川きよし君 来年度の援護関係予算の資料を拝見いたしますと、相談員の方々に対する謝金が二万五千円から二万五千百円に増額とございます。予算の総額は先ほども申しました五千九百万円ということでございます。こうした方々の活動も本当に大切なお仕事だと思いますので、ぜひ勉強させていただきたいということで、回を重ねるごとにどういう視点からお話をお伺いしたらいいのかということを悩むわけですけれども、今回はこれについてまずお伺いしたいと思います。  そして、国会図書館に資料をお願いいたしましたところ、静岡県と沖縄県の資料をいただきました。それによりますと、戦傷病者方々に対する相談はもちろんのこと、業務日誌を書いたり、また研修会に参加をされるということで、大変な御苦労をいただいているわけです。  そうした中で、ただいま平均年齢をお伺いいたしましたら、七十七・二歳と七十三・三歳、いずれも御高齢でございますが、人生の先輩たちがこういうことで大変頑張っていただいておるわけです。本当にお元気で活躍をしていただいていることは結構なことだと思うわけですけれども、その後、後継者の問題などになりますとどういうふうになるのか、それをまた私たちは心配をいたします。その対応策、そしてこの制度について現状の評価と今後の取り組みについてもお伺いしたいと思います。
  61. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 現在、確かに先ほど私が御紹介いたしましたように、相談員の方々はなかなか高齢化されているわけでございます。  ただ、相談員の方々戦傷病者戦没者遺族と同様の体験をしており、その心情を身をもって理解できる戦傷病者の方やその奥様、また戦没者遺族自身が熱意と識見の双方の観点から適任というふうなことが多いわけでございまして、結果として相談員の平均年齢が高くなっているということは事実でございます。  ただ、若い人の中にも、例えば、相談員としての研修会もやっておりますので、これからこのような研修会を通じて援護施策について御理解を深めていただく人が出ればそのような中からもやっていただくというふうなことも結構かと思っております。  現在の相談員については大変活用されているようでございまして、現在確かに高齢化していらっしゃるというものの、それぞれの方々は心身ともお元気でございまして、熱意を持って職務に当たっていただいているというふうに考えております。  もちろん資質の向上ということで研修を積んでいただくということも必要でしょうし、また、より適任の人を、これは任期が三年だったと思うんですけれども、より適任者を選んでいくということもこれから努めてまいりたいというふうに考えております。
  62. 西川きよし

    西川きよし君 なかなか地味なお仕事ではございますが、厚生省の方からよろしくお願いしたいと思います。  次に、一つ心配なことをお伺いしたいと思います。  中国残留邦人等に対する援護施策でございますけれども、まず、今日までの中国の残留邦人あるいは永住帰国者などの概況についてお伺いしたいと思います。
  63. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 中国残留邦人の方で日本へ永住帰国されました方は、昭和四十七年の日中国交正常化以降の人数で五千九百二人となっております。  また、御参考までに、日本へ一時帰国した、再び中国へ戻られているわけでございますけれども、一時帰国した方は延べ五千八十一人となっております。
  64. 西川きよし

    西川きよし君 年々この中国残留邦人の方々高齢化が進むわけですけれども、帰国を希望される邦人の方々には万全の援護施策が必要であると思います。そうした中で、偽装中国残留邦人家族の問題が大変大きく報道されております。  昨年末、あるいはことしに入ってからの報道によりますと、平成九年には大阪入国管理局ですが、八割の在留資格申請が却下されました。あるいは、大阪府内に定住する七千五百人のうち約千人が偽装邦人家族であるということもわかりました。  こういった内容が報道されているわけですけれども、これまでの状況について、ぜひ法務省にきょうはお伺いしたいと思います。
  65. 大林宏

    説明員(大林宏君) お答え申し上げます。  大阪入国管理局におきましては、平成八年ころから中国残留邦人の家族に係る入国申請が急増するとともに、偽装日系中国人の実態が明らかとなり、同九年から偽装日系中国人の摘発を開始し、現在に至っております。  法務省におきましては、かかる事案の発生にかんがみ、厳正な審査を行うよう各地方入国管理局に指示してきたところでございます。  なお、平成十年における中国残留邦人の家族に係る入国申請に関し、偽装日系中国人であることが判明し入国を認めなかった割合は、全国では約六〇%、大阪入管管内におきましては先生指摘のとおり約八割に及んでおります。
  66. 西川きよし

    西川きよし君 こうした犯罪を防ぐというのは本当に入国管理局も大変だと思いますけれども、よろしくお願い申し上げたいと思います。  また、その一方で、本当の残留邦人、その家族の帰国までもひょっとすれば影響があるのではないのかなというふうな指摘もされておるわけですけれども、今後、入国管理局ではこの問題についてどういうふうに対応していかれるのか。そしてまた、厚生省といたしましてはこうした犯罪に残留邦人の方々が巻き込まれないように未然にどういうふうにして防いでいかれるのか。大変大切な問題だと思いますが、まず法務省にお伺いして、続いて厚生省にお伺いしたいと思います。
  67. 大林宏

    説明員(大林宏君) 中国の残留邦人の家族呼び寄せの案件につきましては、偽装日系中国人が増加したことにかんがみ、親族からの事情聴取を行い、あるいは保管資料を活用するなどして適正な審査を実施しているところでございます。  このことが真正な中国残留邦人の家族の入国に及ぶことがあってはならないという先生の御指摘は当然のことでありまして、私ども、今後も適切な対応に努めてまいりたいと考えております。
  68. 炭谷茂

    政府委員炭谷茂君) 厚生省といたしましては、中国残留邦人の方々が不法入国事件に巻き込まれないようにするために、一つは、御本人に対しまして、日本にいらっしゃるときにまず文書でこのような事件が頻発しているということで注意を促しております。それが第一点でございます。  第二点といたしましては、日本にいらっしゃって身元保証人の方、また自立指導員等のお世話になるわけでございますけれども、これらの方々に対しましてもこのような事件に巻き込まれないように注意をするよう、都道府県を通じて指導しております。  今月も四日に援護関係の課長会議をやりまして、その席上でもこのようなことについて都道府県に指導したところでございます。
  69. 西川きよし

    西川きよし君 ぜひよろしくお願い申し上げたいと思います。  本当に報道等々によりますと、絶対にパスポートを見せない、そしてしゃべらないというようなことの注意事項もたくさん報道されておるわけです。  戦後、半世紀以上が経過しました。それで、この中国の情報の収集というようなことでも大変難しくなっているということでございますけれども、こうした犯罪が発生する中で、今後の中国残留孤児の肉親調査のあり方厚生省としてはどういうふうに考えていかれるのか、厚生大臣最後に御見解をお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
  70. 宮下創平

    国務大臣宮下創平君) 中国残留孤児の肉親調査につきましては、これまで日本に来ていただきまして調査するなど最大限の努力をしてまいりました。しかしながら、今御指摘のように、戦後五十年を経過して関係者高齢化するなど事実関係の解明等も次第に困難な状況になっておりますので、近年では、こうした事実関係の解明が困難な事例につきましては、厚生省の係官を現地に派遣いたしまして中国当局との共同調査を実施するなど、調査の推進に努めておるところでございます。  ちなみに、平成十年は六十九人、これは厚生省の係官が参りまして、そのうち二十七人が来日をいたしました。ただ、判明は四名ということで非常に少ないわけです。  そういった状況にありますけれども、人道上の見地から、中国政府の理解と協力を得ながら、とにかく一人でも多く孤児の方が肉親と再会できるように努めることは私どもの務めでありますので、引き続き努力し調査を継続することといたしたいと存じております。
  71. 西川きよし

    西川きよし君 よろしくお願いします。
  72. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) ほかに御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。  これより討論に入ります。──別に御意見もないようですから、これより直ちに採決に入ります。  戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  73. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。  なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  74. 尾辻秀久

    委員長尾辻秀久君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午前十一時五十二分散会