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1998-04-02 第142回国会 参議院 総務委員会 第6号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十年四月二日(木曜日)    午後一時開会     ―――――――――――――    委員異動  四月一日     辞任         補欠選任      常田 享詳君     村上 正邦君      長峯  基君     真鍋 賢二君     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     委員長         石田 美栄君     理 事                 板垣  正君                 木宮 和彦君                 寺澤 芳男君                 吉岡 吉典君                 永野 茂門君     委 員                 井上  孝君                 鎌田 要人君                 鈴木 貞敏君                 竹山  裕君                 真鍋 賢二君                 村上 正邦君                 矢野 哲朗君                 足立 良平君                 猪熊 重二君                 大久保直彦君                 瀬谷 英行君                 栗原 君子君                 武田邦太郎君    国務大臣        国 務 大 臣        (内閣官房長官) 村岡 兼造君        国 務 大 臣        (総務庁長官)  小里 貞利君    政府委員        首席内閣参事官        兼内閣総理大臣        官房総務課長   江利川 毅君        内閣参事官        兼内閣総理大臣        官房人事課長   洞   駿君        内閣審議官    坂野 泰治君        内閣官房内閣外        政審議室長事務        代理        兼内閣総理大臣        官房外政審議室        長事務代理    門司健次郎君        内閣官房内閣情        報調査室長    杉田 和博君        国際平和協力本        部事務局長    茂田  宏君        総務庁長官官房        審議官      大坪 正彦君        総務庁長官官房        審議官      西村 正紀君        総務庁長官官房        審議官      瀧上 信光君        総務庁人事局長  中川 良一君        総務庁行政監察        局長       土屋  勲君        国土庁計画・調        整局長      河出 英治君        国土庁防災局長  山本 正堯君        外務省アジア局        長事務代理    薮中三十二君        外務省欧亜局長  西村 六善君        外務省条約局長  竹内 行夫君        大蔵大臣官房長  武藤 敏郎君        大蔵省主計局次        長        藤井 秀人君        資源エネルギー        庁石炭・新エネ        ルギー部長    篠原  徹君    事務局側        常任委員会専門        員        志村 昌俊君    説明員        防衛庁防衛局防        衛政策課長    大古 和雄君        厚生大臣官房政        策課長      辻  哲夫君        厚生省社会・援        護局業務第一課        長        竹之下和雄君        自治省行政局行        政課長      伊藤祐一郎君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調  査  (少年犯罪防止対策に関する件)  (政務次官制度改革に関する件)  (土地の再評価に関する法律に係る省令の公布  手続に関する件)  (公務員倫理に関する件)  (戦後処理に係る諸問題に関する件)  (日朝間における未解決の問題に関する件)  (旧日本軍七三一部隊に係る資料に関する件)     ―――――――――――――
  2. 石田美栄

    委員長石田美栄君) ただいまから総務委員会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  昨一日、長峯基君及び常田享詳君委員を辞任され、その補欠として真鍋賢二君及び村上正邦君が選任されました。     ―――――――――――――
  3. 石田美栄

    委員長石田美栄君) 国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調査を議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  4. 木宮和彦

    木宮和彦君 自民党の木宮和彦でございます。  きょうは総務庁長官がお見えでございますが、どうぞよろしくお願いいたします。  まず第一に、最近の青少年の問題についてお尋ねをしたいと思います。  これは文部省も無論一番かかわり合いがありますし、あるいは警察庁かかわり合いがあると思いますが、総理府青少年対策本部だったか、そういうのがたしか組織の中にあると思います。この部署は青少年の問題についてそのときそのときの問題点を解明するのか、あるいはそれを横にお互い調整をするのか、その辺はどういうふうな役割を果たしていらっしゃるのか、それをまず最初にお聞きしたいと思います。
  5. 大坪正彦

    政府委員大坪正彦君) ただいま先生の方から、総務庁青少年対策本部という組織についてのお尋ねでございます。  実は本部という名前を使っておりますがために混同が時々起きるわけでございます。通常本部と申しますと関係省庁が寄り集まっての連絡組織というよう本部が多いわけでございますが、総務庁青少年対策本部はかつては青少年局というような時期もあったわけでございまして、通常行政組織一つでございます。  実際やっておりますことは、先生が言われましたように、青少年の問題につきましては関係省庁が多いわけでございますので、それについて共同歩調をとりながら青少年問題に当たろうという考え方のもとに、関係省庁施策の取りまとめというよう観点で常日ごろ作業をしているというセクションでございます。
  6. 木宮和彦

    木宮和彦君 調整をする局のように今聞きました。私はそれは結構だと思いますが、ただ文部省文部省としてもう行き詰まっているよう感じもしますし、警察庁も行き詰まっているような気がいたしますので、むしろこの際、総務庁がリードして、それらを引っ張っていくよう政策を掲げることが必要じゃないかな、私はそんな気がしてならないんです。  この間、栃木県の黒磯市で中学一年生の男の子が二十七歳の女の先生バタフライナイフでもって七回も刺して、殺したあげくに頭をけ飛ばしたという話を聞いておりますが、大体そういうことが起こるなんということ自体がおかしいし、それにだんだん国民全体が無関心といいますか割と危機感感じなくなってしまった。  私ども飛行機に乗るときに、ナイフを持っているかどうかボディーチェックまでされますね。これは飛行機に乗るときに安心でないと、ハイジャックがあったり、あるいは時限爆弾でも入っておったら大変なことになりますから、これは当たり前なことなので、安全がすなわち飛行機の中で一番必要なことなのであって、学校というところも私は安全でなきゃ意味がないと思うんです、はっきり言って。そう思いませんか。  学校ナイフを持っておったり、先生が殺されたり、教室の中で生徒同士ナイフを使ってけんかをするなんということがもしもあるならば持ち物検査をするのは当たり前なわけで、町村文部大臣もぜひしてくれ、こういう記者会見もありました。  しかし、東京都の中学校の校長を集めてアンケートをしたところが、半分ぐらいが持ち物検査をしませんと言う。理由は何だと聞いたら、中学生と先生との信頼関係が崩れるからしないんだ、こうおっしゃっているそうですけれども、冗談じゃない。信頼関係があって起こらないなら話は別ですが、それでまた起こっているんですよ。それでもって安心して父兄が自分子供学校へ通わせることもできないというような危機的な状況に今なっていると思うんです。  文部大臣も頑張ってはいらっしゃると思いますけれども、しかしそういうのをしっかり第三者的に、総理府の方で青少年の問題を抱えていらっしゃるんですから、しかるべき御意見があってしかるべきだと私は思うんですが、長官、どう思いますか。
  7. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 一連少年の事件の原因と申し上げましょうか、あるいはその背景についてのお話でございますが、まず一つは、少年問題行動深刻化背景には、青少年を取り囲む家庭学校あるいはまた地域社会などの環境変化によるところが大きいんじゃなかろうか。あるいはまた、青少年自身自分たちを取り囲む地域社会等に対する価値観変化も見逃せないことではなかろうか。そういうことが言えるのではないかとも思うのでございます。  さらにまた、総理所信表明の一端で申し上げましたように、学校生活友人関係あるいは教師との関係などのさまざまな要因が絡み合って子供たち学校に安定した居場所を見つけられない、あるいは見つけられないのではないかという話を総理がいたしておりましたが、非常に強く胸を打つ次第でもございます。あるいはまた、社会全体が豊かになる中で、子供一人一人にみずからを抑制する心あるいは我慢する力が十分に身についていないのではないか、こういうようなことなども言われておるわけでございます。  先ほど先生から御指摘がありましたが、私ども総務庁といたしましては、それなりの大事な目的責任もあるわけでございますから、この問題の根本的な解決のために、青少年が夢や希望を持って生きていける社会をつくることが必要でありますから、この問題は政府を挙げまして、あるいはまた社会全体で取り組まなけりゃならぬと思っておりまして、さよう認識のもとに対処していきたいと思っております。
  8. 木宮和彦

    木宮和彦君 長官のおっしゃるとおりだと私も思いますが、まだちょっと言い足りないなと。何か私にはまだ心配でしょうがない。  戦後五十年たちましたので、アジアの諸国からも日本はもっと自信を持てと。これはマレーシアの首相も言っておりました。まさに日本人が戦後、腑抜けといいますか、戦争に負けてしまったから、言ってみれば大和魂というものが全部消えてしまって、それがすべて悪いことだと、こういう国民的なコンセンサスがだんだんできてきてしまったんじゃないかと思うんです。  学校においても、例えば親孝行しようとか、先生を敬うとか、あるいは上級生にはちゃんとあいさつせよと。あるいは、小さな子供はかわいがれ、おじいさん、おばあさんには手を貸してあげなくちゃいかぬよ、天皇陛下は尊敬しなくちゃいかぬよというようなことが全く今の学校教育からはなくなってしまっているような気がしてしようがない。私はこういうものは万古不易のものであって、日本の歴史の上においてもいつの年になったって変わらないものだと思うんですよ。  君が代は国歌ではないとか、あるいは日の丸は国旗ではないとか、こういうことを学校でもし教える先生がいたとしたら、私は日本人は育たないと思うんです。これは文部省に私も何回もお話をしたことがありますけれども、決して悪いことじゃないので、日本人自分らでもって国を愛し、自分らで守り、そして親も尊敬する、そういう概念というものは学校だけでもいかないでしょうし、あるいは警察でも無論いかぬだろうと思います。やはりこれらについて国民全体のコンセンサスをとるためには、総理府なり総理大臣が率先してある程度日本の秩序のためにやっていっていただきたいなというのが私の切なる要望なんでございます、私は決して右翼でもなけりゃ戦争を謳歌をするわけでもありませんが。  ともかく五十年たったんですから、文部省だけに任せず、あるいは教育委員会だけに任せず、やっぱり日本の将来をお考えいただいて、この辺で何かのアクションを起こしていくべきだと私は思いますが、長官はいかが思われますか。
  9. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 誤解を恐れず率直に申し上げたいと思うのでございますが、私はきのうの参議院の予算委員会でこの問題について根本的にいろいろ厳しい深刻な状況の分析をお聞かせいただいたなと思います。そして、これに対するただ単純なる、私どもが従来考えてきたような対症療法的なものではとても解決できないなと。そしてまた、きのうは家庭学校地域社会、その三分野の中の学校という一点に絞ってお話をお聞かせいただきましたけれども教育教育の問題としてさておきまして、私の立場からあえて申し上げませんけれども、実は昨日のあの議論をお聞きいたして、非常に多くの警鍾を打ち鳴らしてもらったと思っております。  それからもう一つは、これは学校も含めてと私は申し上げたいぐらいでございますが、私ども行政自信を持ってもっと責任ある一つ対応をとらなけりゃいかぬなと。そのためには勇気も要ると思います。きのうの先生も訴えておりましたが、機関もあるいはつかさも、それぞれの皆さんがもっとこの深刻な問題というものにみずから近寄っていってみて、徹底的に解剖して、そして勇気を持ってやってみると。もっと直接的な大きな問題として取り組まなけりゃいかぬという教訓をきのうは響かせてもらったと思います。全国的にも相当影響があったんじゃなかろうかとも思うのでございますが、そういう感じを持ちましたものですから、ただいまの先生お話もお聞きしながら、そういうことをあえて申し上げる次第でございます。  なおまた、橋本総理大臣もこの問題は本当に深刻だ、だからひとつ広く識者の意見を求めて、もっと根本的なところに手を入れようじゃないか、そういうような発想から御承知いただいておると思うのでございますが、次代を担う青少年について考える有識者会議というものを開きまして、目下この検討を急いでおるところでもございます。
  10. 木宮和彦

    木宮和彦君 これは恐らく各省庁責任じゃないと思います。国全体の一つの大きな長い、しかも戦後五十年、この間に少しずつでもいいから日本人の心を取り戻すよう施策をしてくれればこんな悲惨なことは起こらなかったと私は思うんですが、ともかく臭いもの、嫌なもの、何か問題になりそうなものは避けて通ったために今日のような悲惨な状況になってしまったんじゃないかな、こう思わざるを得ない点がございます。  これは子供責任じゃないと思うんです。やっぱり親にも責任が大いにあるし、その親をそういうふうにさせてしまったのは過去の教育一連施策があったと思うんです。だからこそ親も規範をどこまで教えたらいいのかわからない。どこからどこまでは許してもいい、ここからはもう絶対許さないということがわからない。  昔はよく勘当したりした親がたくさんございました。今は少子化という、これも後で聞きたいんですが、そういう問題で子供を大事にするのは結構ですが、甘やかせている。  私は実は八人兄弟で、男が五人いまして、しょっちゅうけんかばかりしていました。おやじ学校先生をやっていましたが、この人は子供には何をやっても怒りもしなけりゃ勉強しろとも言わないし、無関心でいましたよ。ただ一点、おまえら頼むから、警察に御厄介になったり新聞に出たりしたら私はその日に即日辞表を出して学校をやめる、自分子供を育てられないようで人様の子供教育はできませんと、それを事あるごとに言っていました。  私も小学校四年生のときに欲しい本があって持っていっちゃおうと思ったことがありましたけれども、二、三メーター行ってやめましたよ。あれで行っちゃったら今ごろ国会議員でなかったかもしれませんが、まさにおやじがこれはやっちゃいかぬよということを具体的に教えてくれたからこそ私は思いとどまったと思います。  そういう親の愛情といいますか、やはりしていいことか悪いことかは親が一番責任があるわけでして、親の教育は今さらできませんが、しかしそういう世論を起こすということがこれから一番大事なことだと私は思います。  これは長官に、感想だけで結構ですが、もしあればお述べいただければありがたいと思います。
  11. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 先生の方からもお話がございましたように、これはもう私どもとしては政府全体のものとして取り組んでいかなければならない問題である、さよう認識をいたしております。  殊に、先月の二十七日にも青少年対策推進会議というものを開きまして、これは関係省庁局長クラスで構成をいたしておりますが、そういう関係機関連携及び有害環境対策を中心といたしまして、凶悪、粗暴な非行問題等行動対策について関係省庁が申し合わせをいたしました。この共通認識に立ちまして各省庁が取り組みを行うこととするとともに、これから関係団体等への要請なども行っていこうといたしておるところでもございます。  また、総務庁といたしましても、これらの成果を踏まえながら、当面とるべき対策について、引き続き忍耐強く関係省庁との密接な連携を図りながら、政府全体としての総合的かつ効果的な青少年対策推進に心がけていきたい、さように思っております。
  12. 木宮和彦

    木宮和彦君 ありがとうございます。ばんそうこう的な対策だけではなくて、根本的に今なさなければならないことを、ぜひひとつ今のいろんな省庁の偉い局長さんのお集まりでしっかりと、多少非難されても政府はやるべきだと私は思います。民主主義の国ですから、余り世論とかけ離れたことをやるわけにはいかないと思いますが、最近のマスコミ報道を見ておりましても、どうもその辺がおもしろおかしく、青少年に対して悪くなる方向に報道がされているような気がしてなりません。やはりマスコミもきちっとけじめをつけてもらうことが私は必要じゃないかなと思います。これらについての御返事は結構でございます。  次に、情報公開法についてちょっとお尋ねいたしたいと思います。  近く法律も出るようでございますけれども、むしろ地方の方がこれについては進んでいると聞いておりますが、どんな事情でございますか、自治省の方にちょっとお伺いします。
  13. 伊藤祐一郎

    説明員伊藤祐一郎君) 情報公開につきましては地方公共団体におきまして国に先行して実施しているところでありまして、第一号の情報公開条例をつくりましたのは昭和五十七年四月に山形県の金山町でございます。現在すべての都道府県、政令指定都市におきまして情報公開条例等が制定されておりまして、市町村につきましては三百四十八団体、約一割の団体情報公開条例等が設けられているところであります。  地方分権推進に伴いまして、自己決定自己責任の原則が求められておりますので、地方公共団体行政透明性を向上させますことはこれまで以上に重要になってきております。  自治省といたしましては、地方公共団体に対しまして情報公開制度の整備を進めるとともに、その運用の実態を踏まえて内容の充実に努めるよう要請しているところでございます。
  14. 木宮和彦

    木宮和彦君 情報公開法は私も大賛成で、オンブズマンというのがいますけれども、ただこれは両刃の刻みたいなものでございまして、透明性によってよりよい施策が行われればもうそれにこしたことはないと思います。  ところが、ややもすると、逆にそれを利用して、いろいろな意味で細かいことをつついて萎縮させてしまったり、あるいは役人さんも自信がないと突っ張れない。同じ物を買うにしたってそれぞれの価値判断があるんですから、それらについてどこまで、情報公開した後のことについての責任というのはおかしいですけれども、要するにいい点と悪い点というのがたくさんあると思うんです。しかも、役所には個人の情報もたくさんあろうと思います。そのプライバシーも守れないようなことになってしまったら暗黒の国になってしまうことになる。  その辺についてどうですか、総務庁。この情報公開法についてどういう御見解があってこれから法律を立法されるのか、その辺についてちょっとお伺いしたいと思います。
  15. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 先生お尋ねに的確にお答えできるかなと思う次第でございますが、申し上げるまでもなく、国民一人一人が行政情報をとって、そして国民一人一人がこれを吟味、評価できるようにするのが主なる具体的目的であると思います。これによりまして公正な行政運営が一層図られるとともに、国民責任ある意思決定が可能となりまして、いわば民主主義のもと国民政府との望ましい関係の確立が期待されるものであると思います。もう申し上げるまでもなく、目的をきちんとお互いが評価し認識しながら取り運ばれなければならないものであると思う次第です。  なおまた、この情報公開法運用に当たりましては、このよう観点を踏まえまして適切な対応を確保する必要があろうかと、さように思います。
  16. 木宮和彦

    木宮和彦君 この間、法律はまだ通っていないかな、文部省の方の国立大学科学技術庁両方共同でやって、科学技術庁所管だと思いますが、国立大学の中に研究所の敷地を貸して、そこへ研究の施設を入れて、官と民が一緒になって、官民両方でもって研究して創造的な先端技術を開発しよう、こういう大変立派な法律でございます。  ただ、この情報公開法が出た場合、そういうものを全部明かしてしまって、ライバル会社がそれを見て先に特許を申請してしまったりというようなことになると、これは何のためにやっているのかわけがわからなくなってきちゃうんですね。そういう意味において、公開できる、できないというその際ですが、それは一体どこでだれがどういうふうに将来決めていくのか、そこまでお考えになっていらっしゃるのか、その辺をちょっとお伺いしたと思います。
  17. 瀧上信光

    政府委員瀧上信光君) お答えいたします。  ただいまお話がございましたように、我が国における科学技術の振興のための一つの方策としまして国と民間との共同研究が進められておりますが、このよう共同研究の実施に当たりましては、工業所有権やノウハウなどの権利利益等公開に支障のある情報が相当生ずることが考えられます。  このよう権利利益にかかわる情報に関しましては、この情報公開法案では不開示情報としまして、法人に関する情報であって公にすることにより当該法人権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれのある情報、あるいは国の機関が行う調査研究に係る事務であってその公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれがある情報等を規定しておるところでございまして、こういった要件に該当する情報につきましては不開示情報として適切に保護されるものと考えております。
  18. 木宮和彦

    木宮和彦君 わかったようなわからないような返事でよくわかりませんけれども、いいです、それは。  最後に、今私が一番心配しているのは少子化の問題なんです。現在、日本人は一億二千六百万ぐらいいると思いますが、これが一昨年は出生率が一・四三ですか、ここに厚生省のパンフレットがございますが、これにも書いてございます。  これを見ますと、二〇〇五年くらいまではほんのわずかですがふえるけれども、それから後は奈落に下がっていきます。来世紀の二〇五〇年には何と一億を割ってしまう。それから、来世紀の末になりますと現在の大体半分だそうです、この推定によれば。ただし、上限、中間あるいは下限とありますけれども、真ん中をとりますと六千二百五十万くらいになっちゃう。言ってみれば半分になってしまいますから、これは国家が成立するかどうかと私は非常に疑問になるわけですよ、はっきり言って。何とかして子供を産んでいただくような努力をやらなきゃいかぬ。  なぜこんなに子供が少なくなっちゃったかというのは、いろんな原因があって一言では言えないと思いますが、中には人間の環境を変えるもの、ここにも男が大勢いますが、精子がだんだん減っちゃっうとか、三十でも結婚したがらない男が大勢いますし、女もいます。晩婚になったということもある。それから、子供を育てるのが大変だと。女は自分の仕事をたくさんやりたいという欲望もある。  しかし、日本人がどんどんこれから減ってしまうというのは大問題だと思うんです。これを何とかして食いとめるには、やはり政治がやらなくちゃならない。私に言わせれば、四人以上産んだら所得税は全部ただにしてやるとか、何かそのくらいの優遇でもしない限りふえないですよ。もしもこのまま減っていきますと、最後には外国の労働者を入れなくちゃならない。優秀な人だけ来てくれれば何も困りませんが、それによって治安が非常に悪くなるというようなことも想像されます。  今後この少子化対策について、厚生省がやるのか総務庁がやるのかあるいは内閣がやるのか私は知りませんけれども、そういうことについてどういうふうに政府はお考えなんですか。考えていなければ考えていないと一言言っていただいて結構でございますが、もしありましたらぜひお話しいただきたいと思います。
  19. 辻哲夫

    説明員(辻哲夫君) 御指摘の少子化対策あるいは少子化問題についてでございますけれども厚生省に人口問題審議会という人口問題について審議する審議会がございまして、ここで具体的に審議をされまして、昨年十月に報告書が取りまとめられております。  内容は広範にわたりまして、そもそも今申されましたよう少子化が進みました場合に我が国社会がどういう影響を受けるか、これは結論から申しますとマイナスの影響が大変大きいというふうに出ております。そして、その少子化の要因と背景は何か、これらに対してどう対応すべきか、こういう考え方が取りまとめられました。  その要点は、少子化の要因は主として未婚率の上昇であるということでございまして、これは個人が望む結婚や出産を妨げているものを取り除くことによりまして出生率の回復を期待する対応が必要だと、こういった柱が出ているわけでございます。  いずれにしましても、この少子化問題というのは国民の選択にかかわることでございますので、国民的な御論議をいただくことが必要だということで、ただいま先生がお持ちになりましたこのようなパンフレットを印刷して、それでまずこの問題につきまして国民的な議論をして、そして国民的な合意のもとで対策を進めていこうといったことで、現在進めさせていただいているところでございます。
  20. 木宮和彦

    木宮和彦君 時間が来ましたから終わりますが、安心して子供が産めて安心して子供が育てられて、そして老後は安心して介護をされて安らかにこの世を去るというのが私は理想だと思いますので、それをやってくださいよ。国民コンセンサスは得られると思うんです。やらないのはやっぱり政治家であり政府である、私はそう思いますので、よろしくお願いします。  終わります。
  21. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 民友連の寺澤です。  前回の委員会でも政務次官についての議論が多く闘わされたわけですが、この点についてまたいろいろお伺いをしたいと思います。  言うまでもなく、現在、我が国はいわゆる議院内閣制度をとっております。つまり、内閣総理大臣国民から直接選ばれた者ではなくて、議会の多数派によって総理大臣を初めとする内閣がつくられるというわけであります。具体的には憲法六十七条によって総理大臣国会議員の中から指名され、さらに国務大臣もその過半数は国会議員から任命されるということになっております。したがって、総理になっても大臣になっても国会議員をやめることはなく、アメリカのような厳格な三権分立の国とはシステムを異にしております。  御存じのように、アメリカでは、いわゆる上院と下院のあるキャピトルヒル、立法府のあるところと、ホワイトハウス、行政府のあるところは完全に対立をしている、緊張関係にある。大統領が直接国民から選ばれ、大統領によって選ばれた内閣、これは仮に下院議員がセクレタリー、大臣になったとすれば即下院議員をやめてキャビネットに入るというシステムをとっているわけであります。  このような議院内閣制度の趣旨を徹底するとすれば、選挙によって議会の多数を占めるに至った政権党が自分たち政策を実現するために国会議員を内閣を初めとする行政各部に送り込むことは当然ではないかと私は思います。  この点、議院内閣制度の母国である英国では、皆さんもう御承知のように、多くの国会議員が副大臣として省庁に入っております。去年の五月に成立したブレア政権には、閣議に参加する大臣がブレア総理大臣以下二十二名おりまして、そのほかに副大臣、閣外大臣として行政に配置される者は六十一人もおります。それで、原則として国会における答弁は大臣、副大臣などの国会議員でなければならない、国会議員しかその議論ができないというシステムになっております。  三月三十一日付の日本経済新聞の朝刊に「副大臣制へ法改正 政府が政務次官の機能強化案 政策決定への関与明確に」という見出しで一つ報道があります。「政府による政務次官制度の改革案が三十日、明らかになった。国家行政組織法を改正して「副大臣制度」を導入するほか、政務次官に閣僚不在の際の代理決裁権の付与や、国会での答弁機会の拡大が柱。」であるとあります。  この報道だけでは、この改革案が果たして議院内閣制度を徹底する本物の改革なのか、あるいは副大臣という名前だけ仰々しい地位を国会議員にばらまくだけのものなのか、それはよくわかりません。それを見分けるポイントは、その政務次官なり副大臣にいわゆる官僚を本当にコントロールするだけの権限と責任があるかどうかではないかと私は思います。  政務次官改革、副大臣構想について村岡官房長官の御所見をお伺いいたします。
  22. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 寺澤委員から、日経新聞でございますか、副大臣あるいは政務次官で決裁というような記事が出たと。私もちらとは見ました。しかし、新聞ではどうもこの問題は正確に報道をされていないと思っております。  当委員会でもこの前お話をいたしましたが、現在の政務次官制度が果たしていいのかどうか。自民党の調査でも必ずしも当を得ていない。したがって、自民党ではこれをどういうふうに改善していくか、あるいはまた政務次官会議でこれらの点をどう改善するか、あるいは事務次官会議でどう改善していくか、この協議の最中でございまして、私のところにこういうふうに改善していく、どうだということはまだ来ておりません。今改善の協議の最中でございます。  したがって、副大臣制とかそういうものではなくて、政務次官をどう活用していくか、企画立案とかに参画させ、責任体制とかをどういうものにしていくかという段階であろうかと思います。
  23. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 ありがとうございました。  今も申し上げたように、政務次官が行政官僚をコントロールできるかどうか、これは実は総理以下二十一名の大臣についても同じようなことが言えるのではないかと思います。  現在、閣議が定例で火曜日と金曜日というふうになっておりますが、その内容はほぼ前日の月曜日と木曜日の事務次官等会議で決定しているのであろうと推察をいたします。閣議であらかじめ議題になっていないことをついうっかり閣僚が発言いたしますと、不規則発言などと言われて非常に嫌われるように聞いております。  果たしてどういう運営をしているのか。現在の閣議がかんかんがくがく本当の議論の場になっているのか、それとも残念ながら形式的なセレモニーの場になっているのかどうか。最近の運営について、閣議の司会をしておられます村岡官房長官にその実態をお伺いいたしたいと思います。
  24. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) ただいま言われましたとおり、閣議は通常火曜日と金曜日に行われております。その前日に事務次官会議も行われております。したがって、閣議は内閣の最終的な意思決定を行う会議でございますが、どうも何か閣議なんというのは形式的なもので、事務次官会議でそれをそのままやっているんじゃないか、こんな御批判もありますけれども、決してそうではございません。  事務次官会議は、いろいろな法律と整合性があるかどうか、あるいは内閣の方針と合っているかどうか、こういうものでございまして、その前にこういうふうなものを出したらどうかという与党の承認もとりながら、自民党でいえば総務会も通りながらそれに整合しているかどうかということで最終的には閣議で決定をする、こういうことになっております。  同時に、もう一つの点でございますが、閣議が終わりまして閣僚懇談会がございます。私もまだ経験が浅く、六カ月ぐらいでございますけれども、閣僚の発言をとめるとか制御するということはいたしておりません。同時にまた、相反するいろいろな意見もございます。新聞にはこの問題がおもしろおかしくやゆされてしばしば出るわけでございますが、これも二十人も大臣がおりますと、秘密を保てと言いましてもすべて出ていってしまう。いかにチャックをつけましてもこれはなかなか無理だと思います。  同時に、私は、もう少し正直に言えば、閣僚懇談会という時間を長くとって活発にしたい、こう思っておるところでございますが、通常国会が始まりますと、予算委員会でも各委員会でも九時からという委員会がございまして、その前に今度は経済閣僚懇談会とか何々の委員会とかと閣議の前にまたいろいろな会議がございます。早いときには八時とか七時半から、こういうよう状況でございまして、実は閣僚懇談会に十分か十五分しかとれない。あとはもう委員会に各大臣は行かなきゃならない。その意味では御指摘も受けておるところでございます。  閣僚懇談会にもう少し時間をとって活発な意見を出したいところでございますが、じゃ午後終わってからといいましても現状としてはなかなか容易でない。何とか工夫をしていかなければならぬ、そういうふうに思っているところでございます。  新聞等に出た発言その他は間違いないにいたしましても、実態は制限も何もいたしておりませんし、活発な意見が出る場合もありますし、また時間がなくて閣僚懇談会を五分でやめなければ各委員会に行けない、こういうようなことがあります。したがいまして、そういう場合は私から個別に各大臣といろいろ意見調整もしなきゃいけない。いろんな問題をお聞きしながらまとめてまた次の閣僚懇談会に出すとか、こういう方法を今とっているところでございます。  いずれにしても、閣議で活発な意見、議論というものの時間が正直言って欲しいと私自身は思っているところであります。
  25. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 官房長官がおっしゃったように、閣議そのものが全員一致の慣行等々でなかなか活性化してこない。したがって、閣僚懇談会の場を何とかして時間をとって、五分ではなくて例えば三十分時間をとって、そこで閣僚が本当に自分意見を発表できるような、かんかんがくがくの議論の場になるような、そういう場をやはり考えるべきではないかと私は思っております。  この全員一致という慣行についても私は疑問に思っておりまして、時間がないとかそういうことは横に置きまして、考え方としては、まず閣僚の間で議論をして、多数決で意思決定をする、そしてその意思決定については内閣の連帯責任を定めている憲法六十六条のとおり閣僚全員がその責任を負う、そういうやり方を御検討なさってもよいのではないかと思っております。
  26. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 御承知のとおり、行革会議等の意見にも、多数決制をとってもよいのではないか、こういうような議論があったことも事実でございます。閣議においては全会一致の議決方法がとられておりますが、これは日本国憲法が議院内閣制を採用しており、内閣は行政権の行使について国会に対し連帯して責任を負うこととされておりますことから、内閣の構成員すべてが一体としての統一的な行動をとることが要請されております。  法制局とも打ち合わせをして、現行法においてはこの全会一致の議決方式しかない、意見は行革会議で出ましたけれどもこの方法しかないというふうに思っておりまして、委員のおっしゃるとおり多数決制に変えたらどうかという考えは現在持っておりません。
  27. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 私がなぜ閣議に非常にこだわっているかと申しますと、現在の法律では閣議には内閣総理大臣をも拘束する力があるからであります。内閣法第六条に、「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督する。」というふうな決めがございます。この閣議の決定に基づかなければ内閣総理大臣といえども行政各部を指揮監督することはできないという、これは一種の集団指導体制になっているわけであります。  ここで突発的な事態が発生した場合、果たして有効な対応がとれるのかどうか大変心配になってまいります。ましてや、総理行動を束縛する、拘束する閣議というものの実態が先ほど議論したように形骸化しており、その内容が前日の事務次官会議で決められているとするならば、内閣総理大臣事務次官会議の決定どおりに行政各部を監督する存在にすぎないということになってしまいます。  閣議を活発にすること、さらには現行の内閣法では余りにも弱い内閣総理大臣の指導性を強化することが必要であると私は思っておりますが、官房長官のお考えをお聞かせください。
  28. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 内閣法第六条の趣旨でございますが、個々の具体的な事例ごとに閣議で方針を定めた上でなければ行政各部を指揮監督できないというものではなく、あらかじめある分野における政策の基本的な方針について閣議決定がなされている場合には、以後それに基づいて、それに関係する事柄について内閣総理大臣は指揮監督することができるというものでありまして、現行法のもとにおいても総理の指導性は十分に発揮できるものと考えております。  なお、行政改革会議長終報告においても、「事後の閣議承認を条件に事前の閣議によらずに指揮監督できるようにすることについては、単なる行政上の意思決定手続を超え、幅広い検討が必要である。」と指摘しているところであり、この部面については慎重な議論が必要であると考えております。  ただいま先生は、これでは突発的な事態に対応できないんじゃないかと。危機管理監もお認めをいただきました。近いうちに、こういう突発的な事態にすぐ対応できるように事前にやっておくことも今検討をいたして閣議で大まかな決定をしておきたいというのが一つはあるわけです。その中で運用できる場合もありますが、個別になってくると閣議決定できない、こういうよう状況もございまして、阪神・淡路のような場合にはあらかじめ前もってやっておりまして、一々その急な場合に閣議を開いてということでない方法にしていきたい、こういうふうに思っておるところであります。
  29. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 問題の視点をちょっと変えまして、日本の官僚、特に大蔵官僚が民間への天下りのみならず多くの国際機関にも天下りをしているということで、今いろんな国からひんしゅくを買っております。  具体的には、三月十七日の産経新聞に、「世界銀行や国際通貨基金(IMF)という経済関連の国際機関日本人ポストの中枢を大蔵省官僚が独占している」という大きな記事が載っております。  私も若干調べてみました。例えばワシントンのブレトンウッズ体制と言われております世界銀行、IMF、それからIFC、MIGA、そういったところの全職員が約一万人ぐらいおるわけですが、その中で百十六人ぐらいの日本人の職員がいて、非常にトップのレベル、上級職を大蔵官僚が約十名で独占しております。  世界銀行あるいはIMF、これは大蔵官僚でなければ務まらないというところではありません。各国のケースを見ますと、民間の人たち、一つの学歴上のリクワイアメントというか最低条件が修士課程を通っていなければならないという、これはクリアしなければなりませんが、それからもう一つ、もちろん英語の読み書きが完璧にできるということもクリアしなければなりませんが、そういうことをクリアした場合、ほとんどの場合、各国ともに民間の銀行家、ビジネスマンあるいは学校先生法律家等々がこの国際機関の非常に高い地位、上級の地位を占めております。  国際機関の中で日本に振り当てられたポストを、民間出身者を排除して大蔵省が多くのポストを私物化しているという印象がなかなかぬぐい切れないほど国際機関に出ております。こういう出向という形が国際機関にまで及んでいて、国際機関自身が持っている人事権をも侵害しているという、ゆゆしき問題だと私は思います。  世界銀行あるいはIFC、最近はアジア開発銀行、米州開発銀行、それぞれが東京に駐在員事務所を持っております。この東京にある世界銀行、IFCあるいはアジア開発銀行、米州開発銀行のトップは常に大蔵省の官僚であります。例えば世界銀行のパリの駐在員事務所の事務所長は世界銀行のプロパーの職員のモロッコ人であります。  世界銀行のほかの国の代表は世界銀行の人事で動かされているいわゆる国際公務員であります。その代表あるいは駐在員事務所がある国の大蔵省の役人がトップであるという国は私の知る限り一つもありません。日本が世界から見て非常に特異な国である、一風変わった国であるというふうな目で見られる原因一つも実はこういうところにあると思います。  この国際機関への、特に大蔵官僚の中枢ポストの私物化について、官房長官から何か御意見を賜ればありがたいと思います。
  30. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 寺澤先生は世銀やまたIMFのこういう状況に詳しい先生だと思っております。  私はかつて議運の理事をいたしておりまして、日本国会議員の給料は世界一高いと、こんな記事が日本の新聞に出ました。給料そのもの、俸給そのものを見ますと確かに高いわけでございますが、それを受けまして議運でアメリカの国会へ行って調べてみました。なるほど当時円高・ドル安で日本の俸給は高いのでございますが、いろいろなものを見ますと、日本国会議員は一名につき秘書その他全部含めまして、その当時でございますが、余り高くなっていないと思いますけれども、一議員について五、六千万円かかっているわけであります。  ところが、アメリカの上院でありますと、給料は少ないのでございますが、二億円以上かかっていると。こういうところが一つ報道はされていなくて、あるいはまた税金は向こうは非常に安い、こちらは額はあるけれども税金を取られると少ない、こういうような事実もありまして、新聞そのものはこっちの悪いことだけ抜き上げて書いている。全体を総合してみなきゃならぬと私はつくづく思っているわけでございます。  さて、本題に入りますけれども、世銀やIMFなどの国際金融機関で勤務する者は各国とも政府から派遣されるのが通例でありまして、中でも大蔵省の職員がその例が多いようです。もちろん外部の人材の活用も図っていかなければなりません。国際社会日本が入っていった歴史が浅いという点もあるでしょう。国連にもおりますけれども、それを希望する方々もなかなかそうたくさんはいない。  それで、産経でございますか、先ほど指摘をされましたけれども、例えば世銀でございますが、私どもの調べたところでは、その中で専門職員は四千二百三十二名おるわけでございまして、そのうち日本の専門職員数は九十六名であります。その九十六名のうち六名が大蔵省でございます。同時にまた、この中に日本の理事室というのがございまして、これは六名でそのうち大蔵省は四名。したがって、先ほど先生の十名というのはこれに当たっております。全体を足しますと百二名、四千二百三十二名のうちの百二名でございます。  それからIMFでございますが、専門職員数が千五百七十六名、日本人の専門職員数が二十六名、うち大蔵省が九名。日本の理事室が五名で、うち大蔵省の関係が四名でございます。  ここから見ますと、確かに先生の御指摘のとおりであろうかと思いますけれども、詳しくは申しませんが、各国の総裁、総裁代理、理事等を見ますと、各国でも中央銀行とか大蔵省とか財務省とかこういうところから相当来ておりまして、この新聞に出ておるのが必ずしも悪いんじゃないんじゃないかと思います。  民間でそういうような専門職のしかるべき人がいれば今後とも民間の方々が行けるようにしたい、こうは思っておりますけれども、実際にはなかなかそういう人材がいないというのも現状でございます。しかし、せっかくの御質問、御意見でございますので、今後とも民間に適格な方がいればそういうふうにしていきたい、こういうふうに思っているところでございます。
  31. 寺澤芳男

    ○寺澤芳男君 今、官房長官は、各国ともに大蔵省あるいは中央銀行の出身者が多いということですか、御案内のように世界銀行もIMFも一つの株式会社みたいなものですから、日本日本で出資金を出している。そして、理事室というのが各国ともにありまして、出資国の日本を代表している理事室というのがあるわけです。その理事室は確かに各国ともに大蔵省とか中央銀行の関係者が多い。  ただ、私が特に指摘したかったのは、理事ではない本当の国際公務員というのがいるわけですね。日本人なんだけれども今や世界銀行のために働いている日本人、アメリカ人なんだけれども今やIMFのために働いているアメリカ人、こういう人たちのほとんどが各国の場合に民間人が多い。だから、日本も民間人の優秀な方、もちろん官僚でもいいわけですが、その国際機関に殉ずるような忠誠心を持った国際公務員が日本からも出てほしいということを念願いたしまして、私の質問を終わります。
  32. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 御承知のとおり、一昨日、三月三十一日、土地再評価法の議決のための本院の本会議が二時間ほどおくれました。そのおくれた原因は同日付の官報の掲載記事の内容をめぐってであります。  そこで、官報にかかわる内閣の権限と責任について伺っておきたいと思います。  総理府の権限として、総理府設置法にはその所掌事務として第四条一号に、また総理府の権限として同法第五条一号にはそれぞれ官報の編集及び印刷について指揮監督することが記載されています。この総理府の所掌事務、権限の内容を簡潔に説明してください。
  33. 江利川毅

    政府委員(江利川毅君) 総理府の官報についての指揮監督権限の御質問でございますが、基本的には官報発行に関する基本にかかわる問題、あるいは通常の官報の発行とは異なる、例えば特号外、そういうものを出して発行する、そういうことにつきまして大蔵省印刷局と随時協議をして、必要な指示を行っているところでございます。
  34. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 平成十年三月三十一日付の官報第二千三百五十一号に記載されている大蔵省令第四十一号、この大蔵省令第四十一号の第一条の文言中には、「土地の再評価に関する法律(平成十年法律第三十五号)」、それから同じこの省令の附則第一条の文言の中に、「土地再評価法の施行の日(平成十年三月三十一日)」と記載されています。  しかし、この土地の再評価に関する法律は三月三十一日の午後、当院の法務委員会において議決され、先ほど申し上げたように二時間おくれましたが、同日夜の八時過ぎに当院の本会議において可決、成立したものであって、この官報が発行された三月三十一日午前零時にはまだ法律としては成立していないし、まして公布もされていないんです。  こんなまだ成立もしていない、公布もされていない法律を公布番号から施行の日から書いたこんな官報の内容は虚偽記載であると言わざるを得ない。どうしてこういうふうに官報に掲載されたのか、説明をお願いします。
  35. 武藤敏郎

    政府委員(武藤敏郎君) 土地の再評価に関する法律案につきましては、法案の附則におきまして平成十年三月三十一日の施行とされております。この法案に関係いたします大蔵省令につきましては、あらかじめ三月三十一日の官報に掲載するということで大蔵省と印刷局の間で事前に事務作業、準備作業を進めてまいりました。具体的には三月二十日に省令原稿を印刷局に提出したところでございます。  その後、この法案の審議日程が三月三十一日の参議院の法務委員会及び同本会議で採決されるということになりましたので、当然その時点で、あるいは遅くとも三十日までの間にこの官報の掲載手続を改めるような適切な措置がとられるべきでございました。そういうことでありましたが、その後の事務作業の見直しが行われなかったために、今御指摘のような結果になったわけでございます。  このような省令の公布手続に不手際がございましたことについては深くおわびを申し上げます。
  36. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 不手際なんというものではないでしょう。なぜかといえば、「平成十年法律第三十五号」と書いてあるんです。法律第三十五号というような公布番号は、国会が法律案を議決して、内閣に議決しましたよと言って、内閣から天皇に上奏して、天皇が名前を書いて判こを押してそれでこれを公布すると言ってから初めて公布のための番号がつくんじゃないですか。まだ参議院で、委員会でも議決せず、いわんや本会議でも議決せず、どうなるかわけがわからぬものについて何で平成十年法律第三十五号なんて名前がつくんですか。こんな名前をつけ得るのは、天皇が法律公布のための、平たく言えば署名捺印して公布すると言ってから初めて番号がつくんです。こんな番号、いつどこでつけたんですか、だれがつけたんですか。
  37. 江利川毅

    政府委員(江利川毅君) 年度末、日切れ法案がたくさんあったわけでございます。これは国会も日程を繰って年度内に法律を成立すべく審議をいただいたわけでありますので、国会で法律が成立しますと、私ども法律の公布の窓口というんでしょうか、そういうところでは印刷局の方と相談をして特号外を出しまして、その法律が三十一日中に公布できるように諸般の事務的な準備は進めているわけでございます。  それで、三月二十七日段階におきましては、二十七日あるいは三十一日に成立するいろんな法律が各委員会の動きとして見込まれていたわけでございますが、一応、その法律が仮に成立しますと、法律番号を付す必要がございます。そして、それには一つのルールがあるわけでございますが、ルールに沿って法律番号をつけていくと三十五番になるのではないかというふうに当初は見込まれていたわけであります。  ただその後、一つ法律が年度内に成立をすることが見込まれないということが明らかになりましたので、その時点で番号が変わりますというような連絡もしているわけでございます。当然のことながら、私ども法律の公布は、院の議決があり法律が成立し、それについて内閣を経由して天皇の御裁可を仰ぐわけでございますが、御裁可を得た後、公布の手続を印刷局の方に指示をしてお願いしているわけでございます。  ただ、そこから印刷をしたのでは、三十一日中の公布が間に合わないこともまた事実でございます。そういう意味で、事務的な準備を進めておったわけでございますが、私どもはそういう動きがあることについて逐一印刷局と連絡はとっているところでございます。  それからまた、私の仄聞しているところでは、大蔵省ではまだ法律番号が決まりませんのでそこは空欄にして出してあったというふうに聞いております。多分その空欄のところを見た印刷局の校正段階で、これはこういう番号になるんではないかというふうに考えたんではないかと思います。  ただ、その番号は私どもはあくまでも暫定的に、国会でどこが修正され、あるいはどれが上がるかわからないわけでございますので、暫定的に準備のためにできるだけ、上がった後速やかにするためにそういう配慮はしているわけでございますが、結果として一部の前段階で報告していたものが転記をされてしまったというふうに思っているわけでございます。
  38. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 まだ参議院の委員会で審議、議決もしていない、いわんや本会議も議決していない、それにもかかわらずもはや法律として存在して、施行日が三月三十一日だとか法律番号が三十五号だとか、こんなことをやることは参議院の審議あるいは参議院本会議の審議というものを全く無視している。それから、内閣を経由して天皇に上奏して、天皇から署名押印、判こをもらうという、天皇もまだ何もやっていないうちに番号が決められちゃっているんだよ、これ。そして、公布もしていないのに公布日まで書いて施行ということは、公布したから施行でしょう。  要するに、私が言いたいことは、こういう間違いは、間違いだと言えば間違いかもしれぬけれども、参議院を軽視し、国会の立法権を軽視し、天皇の公布権までついでに無視、軽視してこういうことをやっている。法律案について公布ということの意義をどう考えているんです。  公布というのは、法律国民に対して権利を付与しあるいは義務を課す場合に、国民に知らしめなければその法が法として執行することが適切でないし、あっちゃならぬということで公布手続というのが非常に重要なんだ。公布もせぬものをなぜ法律としてできているようなことを書くんだ。これじゃ、徳川幕府の方がまだ立派だよ。高札立ててよく読めと、高札を立てるのと同じなんだよ、これは。徳川幕府以下のことじゃないか。これは間違いだと言うけれども、間違った人間は自分のやっていることの重大性というのをどの程度考えているんですか。  いずれにせよ、官房長官、これについての所見を伺いたい。それから、この問題に関する事実経過、ここで余り細かいことを聞いていると時間ばかりたってしまうから、もっときちんと調査して、なぜこういう参議院軽視、国民軽視の事態が発生したかということについてもっと経過を明確にしたいと思いますが、その事実経過の問題、これに対する評価というか所見、今後のこれに対する対応について官房長官の所見を伺いたい。
  39. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 猪熊先生がお怒りになるのはごもっともであります。私も当日五時ぐらいから、参議院の本会議に出席をするため、内閣法の本会議がありましたので来ましたら、この問題で議運でいろいろ問題となっておりました。いういろ聞きまして、私も愕然といたしました。  今、事務当局からいろいろ説明がありましたけれども、不手際なんという問題じゃないのであります。本当に申しわけなく思っております。あってはならないような、まだ委員会の採決も本会議もないうちに省令が出てくるというこんな前代未聞なことは本当にもう謝らなければいけないと思います。  ただ、私どもに今おしかりをいただきましたが、先生ばかりでなく、参議院あるいは国会の軽視あるいは天皇軽視というようなことは毛頭なくて、正直に申し上げまして、三十一日、号外でも出さなきゃいけない、こういうような手続、準備の間にこんな重大な不手際があった、こういうことでございます。  したがいまして、本会議で大蔵大臣がおわびを申し上げ、取り消しをする、そしてその後にまた公布をすると。今後このようなことが再び起こらないよう大蔵省で原因調査し、厳正な態度で臨むと本会議で大蔵大臣も表明し、おわびをいたしました。そのとおりいたしますので、本当に申しわけないと思っているところでございます。
  40. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 今の問題に関しては、なお事実関係等をいろいろお調べの上、しかるべき場所において報告していただきたいと思います。  次に、公務員倫理法の問題に関してお伺いします。  ここへこの十年間ぐらいの公務員の汚職、収賄等についていろいろ書いてきたんですけれども、これを全部読んでいると時間がかかるから省略しますが、平成元年の文部省事務次官、労働省事務次官から始まって、今回の大蔵省、日銀に至るまで多くの高級官僚が汚職、腐敗、収賄で逮捕されている。しかも、これは氷山の一角と見るのが世間常識だろうと思うんです。  なぜそういうことを申し上げるかというと、接待したりわいろを贈ったりするのは両方悪いんです。両方が罪になるんです。両方が罪になるとすれば、接待した方もされた方も、わいろを贈った方も贈られた方も黙っていようなと、こう言わざるを得ないんです。殺人だったら死体が転がっているとか、窃盗だったら私の財布をとられたということですぐ出てくるけれども、こういう対向犯、お互いに向き合ってこっちもこっちも両方罪という事件は二人が口をつぐんでいれば出てこないんです。その出てこないのが原則である接待だとか腐敗だとか収賄だとか贈賄だとかというのがこんなにぞろぞろ出てくるというのは、もっと下にいっぱいあるに違いないということが当然に予測できるわけです。  氷山の一角でこれだけいっぱい立派な人が捕まっているんです。どうしてこういうふうな高級官僚の汚職、収賄というものが出てくるのか。これは構造的な汚職だと思いますが、これについて、官房長官総務庁長官、時間がありませんので申しわけありませんがなるべく簡潔に、どうしてこういうことが起こったんだとお考えか、お伺いしたい。
  41. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) ただいま先生がおっしゃいましたいろいろな高級官僚初め官僚の不祥事が御承知のとおり相次いでおります。この点について全くもう私どもは申し開きもできないのでございますが、原因というのは、私はやはり戦後日本はだんだん生活が豊かになり、そして接待する方もあるいはされる方も心に緩みが生じてきた結果ではないかと思います。  当初は、少しこの程度は、食事程度はいいだろう、ビールの一、二本程度はいいだろうと。そのくらいになりますと、このごろ言われているように、大蔵を初めとして、今度は接待側がいろんなことを自分の会社その他をよくするために接待を激しくする。だんだんなりますと麻痺をする、こんな状況がこういうふうな大事件になってきたのではないか。一番の問題点は、自分の立場、公務員法もわかっているのだと思いますが、これが長年になりますと忘れてしまっている。このぐらいならいいだろうと、こんな公務員法を履き違えた状況が出てくるのじゃないか。  これを機会に、このようなことが起きないように、今公務員倫理法ということも与党で検討されておると思いますけれども法律ができましたら根絶ができるというわけでもございませんし、自分の会社、自分がよくなる、だから人に隠れて接待をして自分の会社あるいは個人に有利にするという方も考えていきませんと、立派な、それも大銀行とか大証券とか上場会社、こういうところが接待に走っているわけでして、これらも今後の問題点として両方考えていかなければならぬと思っております。何とかこういう事例がなくなるように戒めているところでございます。  以上でございます。
  42. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 内閣官房長官の方から大筋お答えいただきましたので、私は簡潔にただいま先生お話をお伺いしながら感じましたことを一つだけ申し上げたいと思います。  実はこのような大事な仕事を拝命いたしまして、その前後からでございますが、お話しのとおり、公務員の不祥事というものがなお頻発しておりました。一昨年の十二月に、法規範性を持つ訓令として、きちんとしかも自主的に官僚の諸君がつくられたあの公務員倫理規程なるものを繰り返し私なりに読み返してみました。御承知のとおり、大変具体的にだれでもわかるようにきちんと整理をされております。  なおまた、私はあれを見まして、今でも大変複雑な感じを持ちます。国民全体の奉仕者として、しかも公正たるべき公務に忠実でなければならぬことは基本的に大変な要請でありますが、一体こういうことをたとえ自主的な一つの倫理規程といえどもつくらなければならないところまで追い込まれているのかなという非常にざんきな気持ちと同時に、また今日の事態を見まして本当に遺憾に思っておるところです。  今度は、先ほど官房長官の方からもお話し申し上げましたように、全国民公開のもとに、厳粛な要請のもとに、政府はこれでもかこれでもかという対応を打たざるを得ないところまで来ておる。これは総理もしばしば申し上げておられるところでございまして、いよいよ公務員倫理法を制定しなけりゃならぬ、これはもうきちんといたしております。  ここで加えて申し上げたいのは、八十数万、あるいはもっと広く自衛隊などを入れまして百十五万でございますが、全公務員あるいはまた私どもも含めて、おのれにかつということをもう一回ひとつ考え直してみる必要があるんじゃないか、そういうことを感じておる昨今でございます。
  43. 猪熊重二

    ○猪熊重二君 時間がありませんので、私の意見だけ申し上げて、もし今後公務員倫理法制定とかそういうときにいろいろ参考にしていただければと思います。  私は明治憲法下における官吏が立派であったということを言っているわけじゃないんですが、しかし明治憲法のもとにおいては、明治憲法第十条において「天皇ハ文武官ヲ任免ス」ということになっておりまして、官吏は明治憲法下では天皇の行政権行使のお手伝いである、補助者であるという誇りがあったから、悪いことがなかったわけじゃないけれども、もう少し真っ当にやれたんじゃなかろうかと思っております。  だとすれば、現行憲法のもとにおいて公務員がどういう地位にあるかということは、公務員はもう少し憲法を読んでもらったらどうなんだろう。憲法十五条一項には「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と書いてある。だから、自分が今公務員として仕事をさせてもらっているのは国民が選んでくれたからなんだということをもう少し考えたらどうなんだろうか。  十五条二項には、すべての公務員は全体の奉仕者であると書いてある。これについてもいろいろ意見を伺おうと思ったんですけれども、伺う時間がありませんから私の意見だけ申し上げれば、この奉仕者という言葉を少し考えてもらいたい。国民から頼まれて仕事をして、しかし何がゆえに公務員が世から信頼され尊敬されるかといえば、それはやっている仕事が公共にかかわる仕事だから尊敬されるのであって、公務員が偉いからじゃない。これは奉仕者なんです。奉仕者だったら奉仕者らしく、もう少し身を引き締めて国民のために働いたらどうなんだというこの原点がどこか抜けている。この辺がおかしなことになっていると思うんです。  もし公務員倫理法をつくるとすれば、私は二点だけ考えていただきたい。  第一点は、要するに接待供応に関してなんです。  私は、明治憲法は余り好きじゃないんです。反対なんですけれども、明治憲法下の官吏服務紀律、明治二十年七月三十日勅令第三十九号の第八条には「官吏ハ本属長官ノ許可ヲ得ルニ非サレハ其職務ニ関シ慰労又ハ謝儀又ハ何等ノ名義ヲ以テスルモ直接ト間接トヲ問ハス総テ他人ノ贈遺ヲ受クルコトヲ得ス」と書いてある。要するに、上司の許可がない限りノーパンしゃぶしゃぶ屋には行くなと書いてある。謝礼をもらうなと書いてある。「何等ノ名義ヲ以テスルモ」、直接的であれ間接的であれすべて他人から物をもらうなと書いてある、そのとおりだったかどうか知りませんが。  あるいは、この官吏服務紀律の第十条には「凡ソ上官タル者ハ職務ノ内外ヲ問ハス所属官吏ヨリ贈遺ヲ受クルコトヲ得ス」と書いてあって、役人仲間でも、特に上役が下から物をもらっちゃならぬぞと書いてあるんです。子供みたいなことだけれども、それでもちゃんと明治憲法下の官吏はこれで服務をしていたんです。  だから、もし公務員倫理法を総務庁としてつくる意思があるんだったら、ともかく公務員は職務に関してだれからも一銭も金をもらう筋合いも物をもらう筋合いも何もないということを前提に考えていただきたい。なぜかというと、社会的儀礼ということになるから、千円が社会的儀礼なのか三千円が社会的儀礼か、そんな問題が起きてくるんです。一切もらうなということにしておけば事はすっかり明らかになる。この点が一点です。  もう一点は、公務員倫理法をつくるんだったら、非常に日本人には向かないんですけれども、内部告発なり自首なりについて規定してもらえたらと思うんです。  先ほど申し上げたように、公務員がかかわるようなことは、相手と本人が黙っていれば事はほとんど発覚しないのが原則なんです。そこで、内部告発という言葉と密告という言葉と非常に似通っているかどうか知りませんが、そういうことでもやるとか、あるいはもらっちゃったけれどもまことに悪かったといって自首してきたら勘弁してやるとか、その辺のことをやってでも予防しないと、この公務員の構造的汚職は今後もなくなることはないだろうと思うんです。  その二点、要するに一切の金品、物品、供応接待を受けてはならぬということと、内部告発ないし自首に対する刑の減免的なこと、この二つをぜひとも考えておいていただきたいと思うんです。  一生懸命やっている人は大勢いるけれども、しかしこれだけいっぱい悪いのもいるんですから、その辺を申し上げて、ちょうど時間になりましたので、いろいろ御意見を伺いたいんだけれども、これで終わります。
  44. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 ただいまもいろんなお話が出ましたけれども、問題は私はモラルの問題だと思うんですね。一片の法律、法令でもって何とかできるのならこんな簡単なことはないと思うんです。しかし、どんな法律をつくったって、抜け道を探して悪いことをやろうと思えば、悪い人間ほど知恵があるからなかなか難しいんですよ、実際問題として。  この一年間にいろんなことが出てまいりましたけれども、汚職の関係が多かったんですね、多過ぎたんです。これはもう野村、山一、大和、第一勧銀、大蔵省から日銀から、日本のエリートと言われる人たちが支配をしている機構の中でもって行われたことがばれてしまって、そして新聞種になっているということであります。我々はやっていいことと悪いことというのは子供じゃないんだからみんなわかっているわけなんですね。わかっているけれども、それがどうも守れないということは極めて残念なことだと思います。  では、根本的にどうしたらいいかということを考えなきゃいけません。それをやるためには、単にいけませんよと言うだけじゃだめだから、仕組みの方を政府の方で考えてもらう必要がある。汚職なんかに走らない、やる方ももらう方もどっちも同じよう責任がある、罪があるわけで、一方的に公務員だけ何とかしようといったってそうもいかないだろうと思うから、それらを両方考えて、一体どうしたら綱紀の粛正が実現できるのかということを、これは大きな問題なので、その点をまず官房長官からお伺いしたいと思うんです。
  45. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 先ほども猪熊先生にお答え申し上げましたけれども、一流の会社の方がそういう行為を頻繁に行っておる。もちろん接待を受けた公務員の方も悪いことは当然でございますけれども、そういうのが班を組んで一生懸命やっている。この接待する方にも同様に相当なものをやらなきゃいけないんじゃないか。ただ、現状ではなかなかそういうわけにもいかない状況でございまして、接待した方の側が少し緩いんじゃないかと私自身は思っているところでございます。そういうこともいろいろ今後検討を加えていかなければならないと思っております。  世界各国に行きましても、日本ほどではないにいたしましても公務員の方々にやっぱりこういうところがある。これをどうして直しているのか、そういう外国の例も検討をしながら是正に努めていかなきゃならぬ、こういうふうに思っております。
  46. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 先ほども、今あらわれている問題は氷山の一角という話がありました。だから、なおさら問題だと思うんですね。氷山のあらわれている一角だけでも大変に多いわけです。今、映画で「タイタニック」というのが大変に評判だそうですけれども、あれなんか氷山の一角にぶつかっただけで沈んじゃったわけですね。だから、そのあらわれていない部分を我々は考えて対策を講ずる必要があるんじゃないかと思います。  本題に入りたいと思いますけれども、いろいろと今までの御意見を聞いていますと、青少年問題は非常にゆゆしい問題であるというふうに私どもも思います。  昔、私らが子供のころは筆入れに鉛筆と一緒にナイフも入れて持って歩いていたんです。ただ、ナイフというのは鉛筆を削るためのものであって、それでもってけんかをして相手を刺し殺したりとか、あるいは先生を刺し殺すなんということは考えも及ばなかったんですね。ところが、今はそういうことが平気で行われる。だから、そういうものを持たないように検査をするという話も出ておりますけれども、検査をしたってナイフなんか隠そうと思えば幾らだって隠せるし、結局はしていいことと悪いことのけじめをちゃんと子供のときからつけなきゃいけないと思うんです。  それには学校先生責任だけじゃないんですね。家庭なり親なりが子供教育する場合のしつけがやはり一番大事なことになるだろうと思います。親から直していかなきゃいけないということになると思うんですが、それだけに非常に難しいと思います。こういう問題を思い切って改革しようと思ったら、政府としてはどうしたらいいかということを、難しい問題だけれども考えなきゃいけないと思います。  したがって、根本的に問題を解決ようと思ったらこれらの問題はどうしたらいいかということを、難しいけれども、ひとつ政府としての考え方をお示しいただきたいと思うんです。
  47. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 青少年問題の刃物事件初め、麻薬の乱用や非行というものが頻発をいたしておりまして、本当に頭を痛めておるところでございます。いろいろな協議会や審議会をつくりまして、いろいろ御意見を聞きながらその方策をとってきたところでございますが、なかなかこういう事件がおさまらないのも事実でございます。  学校の生徒あるいは先生はもとよりでございますが、瀬谷先生がおっしゃるとおり、実は豊かになりまして、そしておまけに核家族あるいはまた夫婦共働き、こういうような時代になりました。かぎっ子という時代にもなりました。親子の対話というものが非常に少なくなった。また、少子化時代に入りまして、昔は四人、五人の兄弟が普通でございましたが、兄弟間の遊びや対話もない。一人っ子あるいは二人というよう家庭で、しかも共働きでございますので、親も子供に対して、勉強しなさいよ、勉強したら何でも買ってあげますよ、こういうような甘やかしがずっと続いてきているのも原因ではなかろうかな、こう思っておるところでございます。  これをやったらこういうものはなくなるという決め手はなかなかなくて、きょうも二時から四時まで各界各層の方々を民間の人を中心に集めまして、もちろん学校先生も入っておりますが、第二回目か第三回目の協議をやっております。これができたらすぱっと終わるというものではないのでございますが、その協議会というか審議会の結論を得て、とらなければならない対策はそれに従ってとっていく、こういうふうに今考えているところであります。
  48. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 私は、これが日本だけの現象なのか、外国でもこういう傾向があるのか、ちょっと気になるんですよ。外国を含めて、すべて世の中全体がこうなっているということになると、日本だけでうまい方法を考えようといったってなかなかうまくいかないと思います。だから、例えば外国の子供教育日本教育を比較して、果たして日本の方に緩みがないのかどうか、それから親の方が一体子供教育に対してどの程度関心を持っているのか、こういうことも比較をしてみる必要があると思うんですね。  それから、いろんな話が出てまいりまして、ノーパンしゃぶしゃぶなんという言葉は、これは英語に翻訳するときは何と言ったらいいんだろうかと考えると、これは難しいですね。難しい問題が出てきておりますから、こういうことも含めて日本だけなのか、あるいは日本でできることなら、あるいは政治の面でできることなら、何が一番大事なのかということを私どもは考えるべきだと思うんですが、いかがでしょうか。
  49. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) ただいま瀬谷先生の御意見を聞いておりましたが、この前の報道で、アメリカの中学生はピストルで殺傷している、こんな事件もありまして、日本よりある意味では大変物すごい事件だなと思っているところでございます。  いずれにしても、私ども悩んでおりますけれども総理も悩んでおりますが、いろいろな意見も出されます。当座しのぎでナイフの検査とか、警察官を配備して非行があったら誰何してやると。しかし、これは対症療法でございます。学校教育もただ知識の教科のみではなくて、また決して昔の修身的なものではなくて、道徳とか倫理というような教科も相当ふやしていって、長い期間をかけて直していく、こういうことも考えなきゃならない。短期間にはこれをやりますよ、あるいは長期にわたってはこういうことをやりますよということで、大変難しい問題でございますが、総合してやっていかなきゃならぬというふうに思っているところであります。  また、先生方からこういうよう青少年の非行の問題、ナイフを持つ前に麻薬乱用なんという、あるいは不正な行為とか、こういうことからだんだんそういうふうになっていく、あるいは全くなくても親とも対話をしない、学校に行っても友達もいない、こういうようなところからも発生しているようでございまして、これらを総合していろんな対策をとっていかなければ大変な事態になる、こう思っているところであります。
  50. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 少子・高齢化ということが言われておりますけれども、これはほっておくと百年後には人口が半減してしまう。そうすると、二、三百年たったらどういうことになっちゃうだろう、日本列島は空っぽになってしまうんじゃないか、そんな心配をしなければなりません。  したがって、まずモラルの問題を徹底させるためにどうしたらいいだろうか。昔、修身という教科書がありました。あるいは修身でなくたって、歴史の教科書なり国語の教科書なり、そういう教科書の中から我々はモラルの大事さということを身につけてきたような気がするのであります。したがって、教育科目の中にもう一度修身を復活させろなどというやぼなことは言いませんけれども、どうしたらみんながモラルを大事にすることができるようになるのか、その辺は教育の方針としても十分に考える価値があるんじゃないかという気がいたします。そこに重点を置いて我々はこれからの行政も考えなきゃいけないと思うのであります。  先般の国家行政組織法の一部を改正する法律案は、これだけを見ますと政務次官を一人ふやすというだけなんだけれども、内容はなかなかいろんなことが書いてあります。それを実現させるためには非常に難しいことが多いと思いますけれども、今直面しております例えば医療費の問題、大気汚染の問題、交通渋滞の問題、住宅事情の貧困の問題、都市の過密化といったような問題、これらを思い切って根本的に解決する策を政府として考えていって実行に移すということが今緊急の問題ではないかと思います。  この課題に対して、どの省が、あるいはどの大臣がどういう方向でもってこれを実現することができるのかということから考えていく必要があると思いますが、その辺についてのお考えをお伺いしたいと思います。
  51. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 瀬谷先生の今のお考えでございますが、もう大変重要な問題ばかりでございまして、今それを出しましても、またいろんなものを解決する財源というものも確保しなきゃなりませんし、なかなか私どもような頭で今すべてを改革するというよう状況ではございません。  日本はどんどん経済的に発展をしてきましたけれども、過密と過疎の問題が出てきました。豊かにはなってきましたけれども、少子・高齢化の問題が出てきました。都会におきましては、空気の問題やら交通渋滞やら、あるいはまた立派な製品が出てきたなと思っておりますと、その中には燃すとダイオキシンという、廃棄物という問題が出てまいりました。  それぞれの問題に手を打ってはいるんです。過密と過疎、中山間地域とか、そういうものには打っているわけでございますが、田舎の方、地方の方に働く場所というのがなかなかない、こういう状況もございます。  あるいは廃棄物一つをとりましても、例えば私の住んでおります目黒から都立大学が移転をいたしましたが、この都立大学の跡地問題でも、今度は目黒区の中でそんなごみの工場なんかつくったらだめだ、他県へ移せ、あるいはほかの区へ行けと、こういう状況で、ようやく決まったようですが、一つ事をやるにいたしましても賛成と反対がありまして、これは民主主義の常であろうと思います。  今、先生のおっしゃったようなことは政府でもやってはおりますけれども、なかなか反対もある、あるいは財源がとても大きくてすぐ急激にはやれない、そのような問題も山積をいたしておりますことも事実であります。財源の問題も考えながら、これらの問題に長い目で対処をしていかなきゃならぬ、こういうふうに考えているところであります。
  52. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 終わります。
  53. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 最初に、官房長官に要望しておきます。  この総務委員会というところは日本の領土問題も所管事項になりました。そこで、私は領土の問題で幾つか調べたいことがあって問題提起をすると、どうもこの領土問題を所管している省庁がどこかがわからないんです。もちろん外国との交渉の問題は外務省ですけれども、領土問題は外交交渉だけでなく、例えば沖ノ鳥島のように、なくなりそうだ、それをどうするかというふうな問題が起こることもあるわけです。  きょうここで答えは結構ですけれども、これからこの委員会でいろいろ審議もしていくことになると思いますので、所管の省庁をぜひともはっきりしておいていただきたいということを私の要望として冒頭に申し上げておきます。返答は結構です。この次審議するときにきちっとしておれば結構です。  さて、私はきょうは、二十一世紀を前にして、二十世紀中に起きたいろいろな問題はきちっと片づけて新しい世紀を迎えるようにしたいということで、一つは戦後処理問題をちょっと取り上げたいと思います。  戦後五十年もたった今なお戦後処理問題がいろいろな形で問題になっており、この委員会でもしばしば取り上げられております。政府は戦後処理問題はもう片づいてしまったというふうにお考えになっているとは思いませんが、その点を含めまして、二十世紀に起きた問題は二十世紀中に片づけてきれいにして二十一世紀を迎えるようにしたいという私の問題提起について、官房長官、どのようにお考えになるでしょうか。簡潔で結構ですからお答えください。
  54. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 今御指摘された問題等のうち国と国との関係の問題については、我が国はサンフランシスコ平和条約等の関連の条約を締結することによりまして関係国との間で戦争状態を終結させております。また、戦争に関する問題も処理をしてきたところであります。  御指摘の課題については、それぞれの問題の性質に応じて適切に対応してまいりたい、こう思っているところでございます。
  55. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 まず、戦後処理では、今答弁がありました国と国との関係にかかわる問題はありますが、これもまた片づいていないんですね。例えば、従軍慰安婦問題というような問題は片づいていなくて、今度の新しい韓国の政権は国家国家との間で改めて問題にしようとしているという報道もあるわけです。国内でもしばしば問題になる恩給欠格者の問題とか、あるいは従軍看護婦の問題というものもあります。  官房長官にぜひ耳を傾けてもらいたいもう一つの問題としましては、私どもの先輩がより多く関係している治安維持法による弾圧犠牲者の問題であります。これは治安維持法による送検者は実に七万五千六百八十一人に及び、逮捕者を含めれば数十万人もの人々がこの弾圧の対象になったという問題で、この被害者は二十五年間国会に国家賠償を求めて毎年請願書を持っておいでになっており、法務大臣とお会いになり、それから私が議運に関係していましたので仲介をしまして、議長とも毎年直接会って請願書をお渡しになり議長が毎年直接受け取っておられる、二十五年こういう運動が続いているという問題があります。  これは従軍慰安婦などの問題と比べて日本国内ではマスコミ等での取り上げ方は少ないわけですが、日弁連の戦後のこういう問題の処理についての文書の中ではこれを非常に重視しまして、一九九三年の京都で開かれた日弁連大会で取り上げまして、治安維持法による弾圧は人道に対する罪としてドイツでのナチの犯罪行為にも匹敵するものだということで非常に大きく取り上げております。  ちょっとその一部を読んでみますと、「治安維持法犠牲者は、日本の軍国主義に抵抗し、戦争に反対した者として日本国憲法の基本原則からすれば、その行為は高く評価されねばならないものである」と、こういう評価を下しまして、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟というのがありますけれども、この運動も紹介して、「速やかな補償措置の実現が切に望まれるところである」と、これは日弁連の文書ですけれども、そういうふうに言っている。恐らくことしも毎年四月か五月にお見えになりますから、また議長にもお会いしてそういう要望をなさると思います。  ここでこの問題の論議をやろうということではありませんけれども、そういう問題も含めてまだ解決しなくちゃならない問題があるんだということだけは御確認願いたいと思いますが、長官、いかがですか。
  56. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 今いろいろ戦後処理の問題等について造詣の深いお話がございました。治安維持法でございますか、この点のお話も聞きましたけれども、きょうその関係は私も調べてきておりませんので失礼いたします。  ただ、従軍慰安婦あるいは恩給欠格者、こういう問題が存していることは私も十分に承知をいたしております。一部、いわゆる従軍慰安婦という、正式に言うとそういうことのようでございますが、韓国あるいはフィリピンの方々にも政府としてではなく基金の方からお支払いをいたしております。また、韓国の方で、これは韓国政府が支払ったよと、しかし日本にはその請求はまだ来ているのかと記者会見で言われた場合もあります。それは日本政府の方には来ていない、あくまでもアジア女性基金で今このことをやっていこう、こういうふうに思っているところでございます。  また、恩給欠格者の方々には今後とも平和祈念事業特別基金法に基づき、恩給欠格者に対する慰藉事業を適切に推進してまいりたいと思っているところであります。
  57. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 私、突然提起しましたけれども、治安維持法の問題もそういうわけでひとつ御研究をお願いしたいと思います。  戦後五十年たってもまだ片づいていない問題点というのは、私の考えでは日本が行った侵略戦争と植民地支配とを結びつけたものです。そういうふうに言うと、日本だけがそういうことをやったんじゃない、連合国がやったことはそれではすべて正しいのかという議論も出ます。私はそう考えているわけではないということを最初に申し上げて、一つ質問したい点もあります。  私は、参議院議員になった十二年近く前ですが、最初に八六年の九月十八日に参議院本会議での所信表明に対する代表質問に立ちまして、その中でこういうふうに述べました。「連合軍の行為はすべてが容認されていいというわけではありません。その最たるものは広島、長崎へのアメリカの原爆投下であります。これは当然裁かれるべきものでありました。」ということで政府の見解も求めましたが、このときはっきりした答弁はなかったのであります。  アメリカが原爆を投下した当時、まだ終戦の直前ですが、日本政府はこれが国際法違反だと厳しく批判する抗議の声明を発表しております。私はその内容はなかなか理論的にきちっとしたものだと今でも思っております。  ところが、戦後このアメリカの原爆投下が違法なものだと日本政府は言わなくなってしまった。一体いつごろからなぜ言わなくなったのか、もとの抗議声明はどういうふうに考えているのか、これは外務省にお伺いいたします。
  58. 竹内行夫

    政府委員(竹内行夫君) 先生御指摘のとおり、昭和二十年の八月十日でございますが、日本政府が米国によります原子爆弾の投下に関しまして米国に抗議を行ったということがございます。これは、当時もちろん直接の外交関係はございませんでしたので、スイスを通じて行ったわけでございます。  その内容は、大まかに申し上げますと、原子爆弾の投下というものが老幼婦女子を含む極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生ぜしめたということで、国際法上の観点からも問題となり得る点があったということでございまして、当時我が国は米国と交戦状態にございましたので、その交戦者の立場から当時の判断として国際法違反ではないかという問題提起をいたしたわけでございます。このことは、ただいま申しました当時の状況、すなわち交戦国としての我が国の立場としては当然の措置であったというふうに考えております。  しかしながら、その後、政府の方から戦後累次述べておりますところでございますが、交戦国としての立場を離れまして、純粋に客観的な法律的立場から見た場合に、当時の国際法におきまして原爆の投下というものが国際法違反行為に当たるかどうかという問題意識から検討をいたしました結果、国際社会認識として当時これが違反であるということが固まっていた、確定していたというところまでは言いがたいということで、戦後その立場を一貫して述べておるところでございます。  ちなみに、いつからという御質問でございましたけれども、きのう質問通告をいただきましていろいろ調査をいたしましたが、正確に何月何日にこういう立場に変わったかということは調査の結果出てまいりませんでした。いずれにしましても、交戦者の立場を離れまして客観的な検討を行った戦後ということでございまして、古くは昭和三十年にこの原爆投下について訴訟が提起されたことがございますけれども、その際に政府側といいますか国の方からの主張といたしまして、ただいま私が申し上げましたような立場から原子爆弾の投下について国際法違反であると断定しがたいという主張を行ったところでございます。
  59. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 原爆投下が国際法違反だとよう言えない日本政府というのは、国際的に見ても異常なんですね。  私は去年、議運の理事をやっていて、当時ある中東の大使と懇談がありました。中東のある大国ですが、その席で大使は、不思議でならない、原爆を落とされてそれが違法だという叫びを上げない日本政府はおかしな国の政府だと思うがどうかと言って、私にじゃない、自民党の理事に向かってぎゅうぎゅうやっておりましたよ。これが当たり前で、日本国民から見たら全く理解しがたいことだと思います。学者の中には、天皇が原爆投下はやむを得ないと記者会見で語ったのでやむを得ずもうそこに右倣えしているんだ、こういう批評をする人もいます。  いずれにしろ、こういう状況というのはやはり間違っていると私は思います。同時に、私は、日本が行った戦争、植民地支配に対する反省がきちっとしていないから人に向かってもこういう態度しかとれないということじゃないかと思います。  そこで、外務省に一つお伺いしますが、ポツダム宣言の受諾というものを今の時点ではどのように受け取っておられますか。
  60. 竹内行夫

    政府委員(竹内行夫君) ポツダム宣言は昭和二十年七月二十六日、日本に対する主要交戦国でございます米英中三国首脳により発出されたものでございますが、正式には日本の降伏の条件を定める宣言と題されておりまして、十三カ条から成っておりました。これはいわば日本の降伏の条件を提示した文書であるというふうに認識を当時いたしております。その後も現在もそのよう認識いたしております。  我が国は同年の八月十四日この宣言を受諾いたしまして降伏をいたしたわけでございますが、降伏文書はその後九月二日に署名をいたしました。この文書におきましてポツダム宣言の受諾を確認いたしまして、我が国によるその誠実な履行を明文化いたしたところでございます。  ポツダム宣言の諸条項と申しますのは、サンフランシスコ平和条約により連合国との間で戦争状態が法的に終結されるまでの間、我が国に対します占領管理の指導原則ともいうべきものになったというふうに考えておりまして、このポツダム宣言というものはそのように第二次大戦終結に当たりまして歴史的に非常に重要な文書であったというふうに認識いたしております。
  61. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 私は事前の通告ではどういうことが聞きたかったかということを言っておいたのですが、それには言及ありませんでした。当時、これはもう涙をのんで、断腸の思いでということが議会の決議等でも述べられている。今もそういう認識かということが聞きたかったわけですけれども、もうそれは繰り返さなくても結構です。  それでは、ついでにもう一つ聞きますが、日本戦争に導いた責任はだれが負うんですか。これがどうも私ははっきりしていないと思います。これは官房長官ですか外務省ですか、どちらでも結構ですが、日本戦争に導いた責任者、戦争責任者はだれかということです。
  62. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) さきの大戦の原因は何か、また日本戦争に導いたのはだれかということについては種々議論があると思いますけれども政府の方から論評することは差し控えたいと思っております。
  63. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 日本人三百十万人が亡くなったんです。原爆も投下された。沖縄戦の悲劇も戦後の日本でずっと問題になり続けています。こういう事態に日本を導いた責任がどこにあるかが政府によってはっきりさせられない日本というのが、やはり戦後五十年たってもいろいろな問題が引き続いている日本です。  きょうは時間がもうありませんから、外務省、もし一言で答えられたら答えてもらいたいと思いますが、戦後外務省がまとめた文書によると、朝鮮などの植民地支配、あれは世に言う植民地的な政治ではなかったんだ、日本はいわばいいことをやったんだ、金を持ち出していったんだというようなことがまとめられていますが、この文書は今も生きた外務省の評価でしょうか。
  64. 竹内行夫

    政府委員(竹内行夫君) ただいま委員御指摘の文書、私は寡聞にしてどの文書のことか直ちに存じませんが、いずれにいたしましても政府の過去の歴史に関します認識というのは戦後五十周年の際の村山総理大臣の談話にあらわれているわけでございます。  その中に書いてございますけれども、我が国の過去の一時期に、植民地支配と侵略により多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた事実を謙虚に受けとめ、これに対する深い反省とおわびの気持ちに立って世界の平和と繁栄に向かって力を尽くしていくというものである、こういうことが現在の政府認識で、外務省におきましてもこういう認識でございます。
  65. 吉岡吉典

    ○吉岡吉典君 私はいいかげんな文書で言っているわけじゃなくて、これはもう公開された、もとは極秘だけれども公開された外務省の西村条約局長のペン書きの資料です。「平和問題に関する基本的な立場」という文書で書いているわけですね。  だから、こういう植民地支配ではなかったんだ、日本はいいことをしたんだと言わんばかりの、金を持ち出してこういうことをやっておくれた地域を発展させたと書いている。それがもとになって久保田発言だとか何とかが次々起きて、日本と韓国との関係がよくならない原因一つになっているわけで、そのもとにこういう文書がある。そういうものをもう二十世紀が終わろうとする時期に自分らの手で、外務省もまた日本政府もきちっとして、間違ったのなら間違ったということをはっきりさせて新しい二十一世紀を迎えたいというのが私の提起したいことです。  時間がありませんから答弁は結構です。
  66. 永野茂門

    ○永野茂門君 最初に、官房長官にお伺いいたします。  私どもの超党派の議員連盟として日本人の拉致疑惑問題の救援の議連がありますが、その問題について最初にお伺いをいたします。  御承知のように、昨日、中山訪朝団が帰国いたしまして、今申し上げました私どもの議連の問題処理について若干考え直す必要があるようなことが、まだ私は直接議連の中でお話を聞いているわけではありませんけれども、新聞等に報ぜられております。私もその趣旨は十分了解できますので、なるべくその趣旨から外れないように、用語に気をつけながらといいますか、その趣旨に添うような形でお伺いしたいと思います。  したがいまして、もともと取りやめようと思っていたことでございますけれども、けさほど御通告申し上げましたように、A、B、Cと分けております質問要旨の中のB項は全く質問から外すことにいたしましたので、御承知おき願いたいと思います。  いずれにしろ、北鮮と私どもの国との間の外交関係が樹立されておりません。国交が正常化されていないわけでありまして、北鮮との良好な関係あるいは協調関係をつくっていく、お互いにその未解決の問題を調整しながら解決していくということについて大変に不便を感じていもわけであります。  従来、この拉致疑惑と我々が称しております問題につきましては、したがってその政府間の交渉ではなくて、主として政党間、議連の人たちを中心にする、あるいはもっとはっきり言ってその中の与党の人たちを中心とするメンバーの訪朝その他による接触によって問題解決について調整が進められ、そしてまた直接その身内になるような人たち、被拉致者と思われる人たちの身内の人たちの支援団体、あるいはさらに国際赤十字でありますとかその他の国際関係を通じていろいろと接触をして、それなりに大変に努力をして成果を上げつつあると思います。  しかしながら、何せ極めて非公式な接触でありますので、隔靴掻痒の感があると申しますか、本質的なところには全然進み得ない状況にあって、今回の訪朝の結果においてもいろいろと考え直す問題が生じておるわけでありますが、いずれにしろこの問題につきましては、やはり早く国交回復のための事前の会談等を初めとして、もちろん国交回復後はさらに進めることができるわけでありますが、政府による正式の折衝が行われることが解決を進める上で一番大事なことだと、こう思うわけであります。  したがいまして、私がここで官房長官にお伺いしたいのは、私どもが言っている拉致疑惑というものについてどういうように評価され、あるいは位置づけられ、この解決について政府は今後どのよう調整を進めようとなさるか、そしてその基礎となる日朝間の国交正常化に向かっての交渉再開の見通しはどうなっているんだろうかということをお伺いしたいと思います。
  67. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 我が国といたしましても、また政府といたしましても、日朝の国交正常化交渉に関しては、日朝双方が第九回本会談をできるだけ早期に行うことについての意見の一致は見ておりますけれども、その具体的な点については未定というふうに聞いております。  先生のおっしゃいましたように、昨年でございますか、与党の議員、今回はまた中山訪朝団が行きました。いろいろな話もございますけれども、我が国としては、拉致の問題、十人いるということで交渉はいたしておりますけれども、なかなか進展をいたしておりません。  北朝鮮における拉致疑惑については、昨年十一月の与党訪朝団の結果を踏まえ、政府としても日朝赤十字連絡協議会等において北朝鮮側に対し早急かつ真剣な調査を要請してきているところでございますが、政府としては、我が国国民の生命の安全にかかわる重大な問題であるとの認識に立ち、今後とも本件について北朝鮮側の真剣な対応を求め、問題の解決に向けまして最大限の努力を払っていく考えであります。
  68. 永野茂門

    ○永野茂門君 もしこういうことが本当に行われていたとするならば、これは主権に関する問題であり、もちろん関係者にとっては親族の安全に関する重大な問題でありまして、大変に心配であると思います。  したがいまして、ただいま官房長官がおっしゃいましたように、政府として本当に覚悟を決めてしっかりとやっていただきたい、こう思うわけであります。そのためにも国交正常化のための調整、とにかく公式の接触を始めていただくということが一番大事なことだと思いますので、御努力を今後とも継続していただくことをお願いします。  その次は、今回のPKO法の改正について官房長官にお伺いいたします。  今回のPKO法の改正案では、今まで長い間改正を希望していた問題として、日本の隊員が現地において攻撃を受けた場合、それに対する武器使用は個人の判断によることよりも主として上官の命令によることができるというように変更されたわけでありますが、このことは従来から希望しておったことで極めて適切な改正であったと思います。  ここで、同法の附則の第二条に書かれております凍結条項があるわけでありますが、これは御承知のようにPKO本体業務において任務遂行上必要な安全の確保のためにいろんなことが起こるということが予想されておりますけれども、その派遣については別な法律で定めるまで行わないということになっているわけであります。  今回の改正問題あるいは見直しを行う途中において私はこれは一番大事だと、修正をするといいますか凍結を解除するというのが一番大事な見直しの仕事じゃなかったか、こう思う一人でありますけれども政府はこれを見直しの中から排除いたしました。そこで、一体この凍結解除をなぜ今回取り上げなかったのだろうか、こういうことについて政府の見解を承りたいと思います。
  69. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 平和維持隊、いわゆるPKFでございますが、本体業務の凍結解除の問題と国際平和協力法の見直しとは法律上別途規定されているところでございまして、この凍結業務の取り扱いについてはさまざまな御意見があるところであります。政府としては、国会等におけるこの問題の御議論にも十分に耳を傾けつつ、今後検討していくべきものと考えております。
  70. 永野茂門

    ○永野茂門君 今回の見直しについて、見直し作業の途中で政府の中でどういうような討論が行われたかということは余り外に出てこなかったわけであります。さらにまた、議会においてもそんなにこれを議論しなかったと思います。これは非常に重要な日本の貢献のあり方の問題でありまして、今後、議会においてもまた政府においても改めてもっと深く検討を進めていかれることを希望しておきます。  次は、いわゆる従軍慰安婦という言葉の使い方についてであります。  本日も長官はそういうようにおっしゃいましたけれども、前回の委員会で法案の趣旨説明をなさったときにもやっぱり同じようにいわゆる従軍慰安婦という言葉をお使いになりました。本日の話だと、これが政府として正式にそういうように、略称といいますか、通称といいますか、使ってよろしいということになっているように今承ったわけであります。  御承知のように、従軍看護婦でありますとかあるいは従軍記者だとかいうのは確かにかつて使われていた言葉でありますが、それとは大変に違う種類の、軍との関係が全然違う種類であった慰安婦について、特に戦後そういうものと混同するような言葉として発生してきた問題でありまして、教科書にも、いわゆるという言葉はついておりませんけれども、従軍慰安婦という言葉が使われております。  そして、これはどういうような印象を与えておるかと申しますと、まさに従軍であって、軍が募集し、雇用し、軍がこれを管理したような印象を与えておるわけでありますが、これは歴史的には間違っておるわけであります。私も戦地でこの従軍という言葉を使わない慰安婦は見たことがありますし、それから巡察をしたこともありますが、これは全く軍の施設ではなくて、軍が雇用しているものでもなく、軍が募集したものでもないわけであります。  そういう観点からいうと、そういう誤った概念をつくりやすいいわゆる従軍慰安婦という言葉は、この従軍をつけるということは私はやめるべきだと思っておりますし、最近の日本の一部の学者あるいは歴史についていろいろと考察を加えつつある人たちもそういうことを言っておりますので、こういう言葉は使わない方がいいと思うのでありますが、官房長官はどうお考えでしょうか。  そしてまた、きょうこれは正式にそういうように使うようになっているというようなニュアンスのお言葉がありましたが、それはいつごろからそういうことになったのでしょうか承ります。
  71. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) 御指摘の従軍慰安婦という用語が当時広く使われていたということを示すことはないと聞いております。  他方、いわゆる従軍慰安婦と出てくるのでございまして、私もその例で話したと思いますけれども、現在では多くの人々が従軍慰安婦という言葉を用いているとの事情があるため、政府としては、単に従軍慰安婦という言い方は避けるようにしつつ、これまでいわゆるという言葉を付して表現をしてきているところであります。  もう一つ、かつて瀬谷先生から質問を受けたことがございます。いわゆる総会屋という職業があるのか、あるいは総会屋の規定、定義があるのかと。こういう職業も規定も何もないというお答えもしたことございます。  いわゆるということは、私は国語学者でもございませんが、一般的に言う従軍慰安婦、こういうことで表現をしてきていると思いますけれども、いずれにいたしましても用語の問題については引き続き誤解を与えないように配慮してまいりたい、こう思っております。
  72. 永野茂門

    ○永野茂門君 誤解を生ずること大なりでありますから、御検討を継続していただきたいと思います。  時間がなくなってまいりましたので、最後に総務庁長官にお願いをいたします。  国防省問題でございますが、これはもう私は二度も長官にお伺いして長官のお考えは十分承知しているわけでありますが、長官の御努力にもかかわらずといいますか、それは実現しませんでした。したがいまして、防衛庁の省昇格に政府が踏み切ることにならなかった理由はどういうところにあったんだろうかということをお述べいただきたいと思います。
  73. 小里貞利

    国務大臣小里貞利君) 防衛庁の省昇格問題については、端的に申し上げまして、行政改革会議の次元を超えたいわゆる我が国安全保障政策の基本である、そういう基本に立ちまして、高度な政治の場において判断するべき問題ではなかろうか、そういう一つ観点を確認いたしました。特に、引き続き真摯な協議を行わなけりゃならぬ、それは政治の場でございますよ、そういう一つの整理をいたした経緯がございます。  なおまた、今次の法案につきましては、最終報告におきまして現行の防衛庁の機能を継続することといたしましたので、機能上変化がありませんので、防衛庁は内閣府の外局として置くものとして、しかも国務大臣も置きますよ、そういうような制定の方向に向かっておるわけでございます。
  74. 永野茂門

    ○永野茂門君 私は長官がおっしゃったような理由であるからこそ省に上げるべきだ、こういうように思って、現在でもそういうよう意見でございます。  時間が参りましたので第五問は省略いたしまして、これで終わります。  ありがとうございました。
  75. 栗原君子

    ○栗原君子君 新社会党の栗原君子でございます。  私は旧日本軍の七三一部隊関連につきまして質問をさせていただきたいと存じます。  初めてお聞きになる方は全くこの意味がわからないとおっしゃるかもしれませんけれども、実は昨年十二月、参議院の決算委員会におきまして、私の質問に対して、アメリカから返還されたさまざまな資料が四万件、そのうち七三一部隊関係は四件を確認している、こういった答弁を政府からいただいているところでございます。  さらに、昨年十二月十七日の私の決算委員会での質問に関連いたしまして、私の方で防衛庁の防衛研究所の図書館に調査に参りまして、その中で幾つか資料を確認いたしております。これは昭和十五年当時の参謀本部員井本熊男大佐の日誌、そしてまた陸軍省の金原節三医事課長の業務日誌、同後任の大塚文郎大佐の備忘録、また参謀本部の真田穣一郎少将の業務日誌といったものも確認をしているところでございます。  そこで、官房長官、定例の記者会見がございますようですから、最初にお伺いをさせていただきたいと思います。  アメリカのノバート・フェルという人、この人は昭和二十二年、一九四七年に七三一部隊にかかわった幹部の隊員を調査した人でございます。その人のレポートの中には、中国市民に対して行った細菌攻撃の場所や地図なども含まれている。昨年、細菌戦の中国人被害者が東京地裁に提訴をしているところでもございます。  こうした状況から見て、これらの調査、確認、開示は政府の義務であると思いますけれども、官房長官はこの義務と責任をどうお考えになられますでしょうか。
  76. 村岡兼造

    国務大臣(村岡兼造君) ただいま先生がおっしゃいました七三一部隊でございますが、昨日、質問があるということで初めてこの部隊の七三一という名前を知ったよう状況でございまして、いろいろ聞いてみました。  いわゆる七三一部隊に関し従来より報道等がなされていることは政府では承知をしており、過去の戦争において我が国の行為が多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたとの深い反省に立って平和のために尽くしていきたいと考えているところでございます。  また、これまでの政府部内の調査では政府保存の文書中にいわゆる七三一部隊の活動状況を示す資料は見つかっておりませんけれども、新たな事実が発見される場合には歴史の事実として厳粛に受けとめていきたいと考えております。
  77. 栗原君子

    ○栗原君子君 政府調査の中では十分見つかっていないかもしれませんけれども、私ども事務所を挙げましてこの資料を追ってまいりました。そうしますと、さまざま関連らしきものが出てまいりました。  これらにかかわりまして、調査、確認の作業をぜひ政府の方でもしてもらいたいと思います。そして、存在していればこれらを開示していただきたいということを、官房長官、お約束していただけますか。
  78. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) ただいまのとおり、政府の部内の調査ではこれまで政府保存の文書の中に活動状況を示す資料はございません。他方、新たな事実が発見される場合には、ただいま官房長官から答弁いたしましたように、歴史の事実として厳粛に受けとめていきたいということでございまして、私ども外務省の中では全部資料を調べましたけれども、今までそういう七三一部隊の活動状況を示す資料というのは見当たっていないという状況でございます。
  79. 栗原君子

    ○栗原君子君 またその中には、昭和十五年から十七年にかけて中国の浙江省の寧波あるいは衢県、金華、江山、湖南省の常徳などに細菌戦の攻撃を行ったという記述が見られるが、いつどこを攻撃したのか、またこの事実を認めるか、こういったことをお尋ねいたします。  それから、続けて申し上げますけれども、その被害結果を調査したアメリカの報告書や中国の公文書も残っております。昨年、その細菌戦の中国人被害者が先ほど申しましたように東京地裁に提訴をしておりますが、そうした状況から見ても、事実関係調査、確認は政府の義務であるとも思います。そうした業務日誌のほかにも関連資料があるか、あればぜひ開示をしてもらいたい。また、調査、確認の作業はどの部署でやってもらえるのか、特にどの部署でやっていただけるのか、お答えいただけませんでしょうか。
  80. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) まず、資料でございますけれども、我々の承知しておる限りにおきましては、アメリカが押収した資料というのはございます。それにつきましては防衛庁が直接アメリカから返還を受けておりまして、これは現在防衛研究所において保管されておりまして既に公表されているというのは、これはもう委員御承知のとおりだと思います。  それ以外の文書で、我々の中では、政府の中でも外務省につきましては今まですべての資料を調べてまいりました。今後とも調べてまいりますけれども、これまで我々が保存しております外交文書の中にはこの関連の資料というのは見当たらないという状況でございます。
  81. 栗原君子

    ○栗原君子君 いろいろ資料がたくさん出ている中に、これは昭和五十七年四月六日に衆議院の内閣委員会で榊利夫議員の質問に対して、厚生省が提出をした七三一部隊の沿革史を作成した原資料の一部と思われるものがありました。ということは、沿革史を作成するためにも他の資料も参照したと思われますが、それはどうなったのでしょうか。これは厚生省の方でお答えください。
  82. 竹之下和雄

    説明員竹之下和雄君) 御指摘の七三一部隊沿革史というものは厚生省が作成いたしました関東軍防疫給水部の部隊略歴であると思います。  この部隊略歴というものは、厚生省が恩給申達業務を行うに当たりまして、申請者の恩給の在職年を把握する必要性から、内部事務処理上の参考資料として陸軍の各部隊ごとに作成したものでございます。  ただ、この部隊略歴というのは、当時の部隊関係者からの証言等をもとに部隊の編成とか改編あるいは地域間の移動などについて昭和三十年代に作成したものでありまして、現時点では関東軍防疫給水部にかかわるもとにした資料というものは私ども保有しておりません。
  83. 栗原君子

    ○栗原君子君 実は昨年の十二月に私が質問したときに、七三一部隊関係は四件あるということを伺っておりますが、一つには編成詳報提出の件報告、これは大変ややこしいんですけれども、満州駐屯陸軍部隊の編成、編成改正完結の件あるいは関東軍勤務令改定の件照会、また満州派遣部隊一部の編成及編成改正要領伺細則の件などあるんですけれども、この四件はバッチャー証言にありました返還資料の一部なのかどうか、お伺いいたします。
  84. 大古和雄

    説明員(大古和雄君) 今御指摘のように、防衛庁の保管している資料では四件、いわゆる七三一部隊の編成関係の資料としてございます。  ただ、今御指摘の関係との関連部分につきましては防衛庁としては承知しておりません。
  85. 栗原君子

    ○栗原君子君 一九八六年九月十九日付の朝日新聞には、七三一部隊に関する第一次資料は、「日本へ返却後、最初、外務省復員局に渡され、その後、防衛庁が設置された際、外務省から防衛本庁に移され、さらに戦史室の開設に伴い、戦史室に移された。」とあります。  この記事は事実かどうか、そしてこれ以降、資料がどこかに移されたことがあるのかどうか、そしてまた保管場所を確認し再調査をしてほしいと思いますけれども、お約束していただけますか。
  86. 大古和雄

    説明員(大古和雄君) 防衛庁で保管しておりますいわゆる米軍から返還された四万件の資料でございますけれども、これにつきましては外務省から移管されたというような事実はございません。
  87. 栗原君子

    ○栗原君子君 再調査の約束はできませんか。
  88. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 今のを補足いたしますと、まさに今御指摘の資料の中で、これが米国が押収した旧軍の資料でございますけれども、これはすべて直接に昭和三十三年に米国から防衛庁に返還をされているというのが事実関係でございます。したがって、外務省へ渡されたという事実はないということでございまして、そのすべての資料というのは先ほど申し上げましたようにすべて防衛研究所で公開されているというのが我々の理解でございます。
  89. 栗原君子

    ○栗原君子君 それでは、すべて防衛研究所で公開をされているということでございますね。  続きまして、今回、国会図書館にて七三一部隊関係の資料を調査し、三点の尋問調書を確認いたしました。  これは、ソ連に拘留されていた七三一部隊の幹部二人、川島清細菌製造部長と柄澤十三夫同課長のもので、人体実験で中国人二千名が死亡したことや野外実験場で人体実験していたことが述べられております。ソ連は石井四郎部隊長ら三人の尋問を要求して、この調書をアメリカに渡しました。  それを受けて、アメリカ側は人体実験についてみずから調査すべく、細菌戦の専門家、先ほど申しましたノバート・フェルを日本に派遣して、約二カ月間七三一部隊の幹部を調査しました。この結果はレポートになっております。  これは一九四七年六月二十日付のものでございますが、この中に十九人の隊員が集まって人体実験についての英文六十ページのレポートを書いて提出したこと、その他、約八千枚の顕微鏡写真や約六百ページのペストの研究紀要など幾つかのレポートを押収したことが記されております。当時、アメリカが国益にかけて最も知りたがった重要な事実でございます。  そこで質問いたします。  これらの押収文書は四万件の返還文書に含まれているのかどうか、お伺いいたします。二つ目には、含まれていないとしたら、別の機会に返還されたことがあるのかどうか。三つ目は、返還されたとすればどこに収容されているのか、またどこに保存しているのか調査をしてもらえますか。こういったことについてお伺いいたします。
  90. 大古和雄

    説明員(大古和雄君) 含まれているかという点だけ防衛庁の方からお答えさせていただきます。  御指摘の四万件の資料につきましては、旧軍関係の資料でございますので、今御指摘になった資料は防衛庁の保管する資料の中には含まれておりません。
  91. 栗原君子

    ○栗原君子君 含まれていないんですね。  それでは、含まれていないとしたら、別の機会に返還されたことはあるのですか、そういうことはないですか。
  92. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 別の機会に返還されたかどうかということにつきましては定かではございませんけれども、外務省の方ではすべての文書をチェックいたしました。その中にはそういう活動状況を示す資料というのはございませんでした。
  93. 栗原君子

    ○栗原君子君 どこに存在しているかという調査に協力をしていただくことはできますか。
  94. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 我々としては、外務省ができることといいますのは、外務省のいわゆる外交文書として残っておりますけれども、その保存文書すべてをチェックすることでございまして、その限りにおいては引き続きやりたいと思っておりますけれども、これまで調査しましたところでは一切その関係の資料はないというのが現状でございます。
  95. 栗原君子

    ○栗原君子君 それでは、引き続いてお伺いいたしますけれども、国立公文書館に「凍傷に就て」という七三一部隊で凍傷実験をしていた班長の論文がございます。その表紙の裏には、ここに私はコピーも持っておりますけれども、「一九四五 オクトーバー」という押印がございます。明らかにアメリカに押収されて、後に返還されたものと思われます。一九四五年十月の押印があるわけでございますね。この文書はどういう経緯で返ってきたのでしょうか。  昭和四十四年ごろの返還文書の中には、七三一部隊関連のものはこの文書以外にもあるのではないかと思いますけれども、どうお考えでしょうか。また、調査、確認をし、その結果を開示してほしいと思いますけれども、これらにつきましてはいかがでございましょうか。
  96. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 今のお話の昭和四十四年度の返還文書というのは、恐らくこれは昭和三十二年度の、まさに先ほどからお話にございますアメリカが防衛庁に直接船便で返還をしてきた文書であるというふうに考えますけれども、またその内容については既に公開されておる資料ということになっている、その中のものであるというふうに理解しております。
  97. 栗原君子

    ○栗原君子君 この文書以外にもあるのではないかと思いますけれども、ほかには見当たりませんか。全く記憶もないし、もちろん調査もしていないということでしょうか。
  98. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 外務省の中では、外交文書の中では調査をいたしておりますけれども、我々の今までの調査結果ではこれ以外の文書はございません。
  99. 栗原君子

    ○栗原君子君 それでは、調査、確認をし、その結果を開示してほしいと思いますが、十分できなければ私の方でもいろいろやりますけれども、そうしたことにぜひ協力をしていただくということをお約束していただけませんか、お手伝いをしますと。
  100. 薮中三十二

    政府委員(薮中三十二君) 我々の中での外交文書につきましては、引き続き調査をしてまいりたいというふうに思っております。
  101. 栗原君子

    ○栗原君子君 今まで眠っていた資料が出てまいりまして、私たちにも旧日本軍が中国においてどういったことをしたのかということが徐々に明らかになってまいりました。  大変重要な問題だと思っておりますし、現に中国においてはこの被害を受けた人あるいは遺族の人たちがしっかりと記憶にとどめていらっしゃるわけでございます。本当に事実は一つだと思いますので、政府の方でも誠意を持って調査をしていただきたいということをお願いして、時間が参りましたので終わります。  ありがとうございました。
  102. 石田美栄

    委員長石田美栄君) 他に御発言もなければ、本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後三時五十七分散会