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日下部禧代子君
社会民主党・護憲連合の
日下部禧代子でございます。
まず、これまで本
調査会において、省庁との質疑だけではなく、さまざまな
分野の専門家、現場からの貴重な御
意見を拝聴する機会をいただきましたことに対して感謝の意をあらわしておきたいと存じます。
さて、今、私
たちは、
バブル崩壊の後遺症からいかに国を立て直し、来るべき二十一
世紀の
高齢社会への展望を
国民に示すかが問われております。
戦後、
我が国は、ひたすら
経済成長へと関心を向け、走り続けてまいりました。その結果、個人金融
資産千二百兆円、外貨準備高二千二百億ドル、ネット対外債権九千五百億ドルという目覚ましい
経済発展を達成したわけでございます。しかしながら、国としての豊かさが
国民一人一人の
生活実感と必ずしも一致しているとは言いがたいのが現状でございます。国の
経済力が
国民生活の豊かさを高めるために効率的に使われていないということでもあります。
したがって、私
たちに課せられているのは、
活力ある
経済社会と公正で安定した
福祉社会とをいかに両立させるのか、そのためにはどのような
システムの
転換が必要とされるのか、どのような
経済政策と
社会政策の新たなバランスを再構築するかということであろうと思います。
本格的な
高齢社会を目前にした今日、
社会政策に求められる緊急の
課題は何か。それは、長い人生のさまざまな段階、さまざまな
状況において、
国民の抱えている不安に対して必要なときに必要な援助をいかにして
社会が提供できるかということであります。その不安とは、産むこと、生まれてくることへの不安、
病気への不安、失業することへの不安、
社会的孤立への不安、老後への不安、そして死に対する不安ということが言えると思います。
我が国の合計特殊
出生率は、一九五〇年の三・六五から年々低下し続け、一九九五年には一・四二と、先進国の中でもイタリア、ドイツに次いで低い国となりました。総務庁によりますと、四月一日現在の十五歳未満の
子供の数及び総
人口に占める割合においても戦後最低を更新したと発表しております。また、戦後初めて六十五歳以上の老年
人口を下回ったということも報道されております。
スウェーデンでは、一九八三年に一・六一と低下した合計特殊
出生率が一九九〇年には二・一三と上昇しております。その理由は、例えば最高四百五十日間の出産
育児休業制、あるいはまた児童看護休暇制、また親保険
制度、これは詳しく述べる時間がございませんので名称だけにさせていただきますが、
労働時間選択制、長期有給休暇制、
教育休暇制、あるいはまた
児童手当、学生ローン制、男女機会均等オンブズマン制、また
保育所の
整備など、育児や
労働環境あるいは
生活環境の
整備ということがその
出生率の上昇した理由だと言われております。
これらの
制度を
充実することによりまして、産むことへの不安、育てることへの不安、あるいはまた
家庭と職業を両立させることへの不安を解消したということが言えると思います。
子供たちは、私
たちの未来、歴史の希望であります。私
たちの希望に手間や金を惜しんでいては未来は切り開けないのでございます。残念ながら、
我が国の現状は、
子供を安心して産み育てる
環境が整っているとは言いがたいと存じます。
児童手当の増額あるいは支給要件の
緩和、
子育て減税を初めとして、
保育所の
整備におきましては、待機者をゼロにするという完全低年齢児保育の
実現、職場内
保育所や無認可
保育所の法律による位置づけあるいはまた
財政援助をするということ、あるいはまた
延長保育、休日保育、病児保育、
学童保育等々、
保育所の
整備拡充が急務であると考えます。
また、児童
福祉法が改正になりまして、
保育所への入所は
措置から
利用へとなりました。したがいまして、保育概念というものも、保育に欠ける子という定義を保育を必要とする
子供というふうに変えるべきだと考えます。
四大臣合意によるエンゼルプランを法定化すべきであると思います。
女性にとって育児と職業による自己
実現が可能な
社会、それは
男性にとっても人間らしい
生活を可能にする、そのような
視点に立って、企業の
あり方、
労働の
あり方を含め、
生活の質を豊かにするためのライフスタイルをつくり上げていくべきだと思います。それは一言で言えば男女共同参画型
社会の
実現、そのことを大
前提とする
社会の
仕組み、
あり方を考えるべきだと存じます。
人生の最後の段階をどのように安心して過ごすかということは、本当に豊かな
福祉社会であるかどうか、あるいはまた人間らしい生き方が約束できる
社会がどうかを示すバロメーターでもございます。
厚生省によりますと、
我が国の
寝たきりの
高齢者は、一九九三年で九十万人、
高齢化のピーク時である二〇二五年には二百三十万人に達するという推計が出ております。
寝たきりのお
年寄りという現象は、これは
我が国独特の現象であります。私は
社会福祉をヨーロッパ、イギリスで学んだわけでございますが、帰国いたしまして、
寝たきり老人という言葉を聞き大変に驚きました。そして、特別養護老人ホームを訪問いたしまして、昼間からベッドに寝でいらっしゃるたくさんの御老人を目にいたしましたときの驚きというのは、いまだに私は鮮烈に覚えております。
寝たきりのお
年寄りのその数の膨大さというものが
我が国の
高齢社会のイメージを暗いものにし、老後への不安、恐怖を増大させていると私は思うわけでございます。
世界一の平均寿命の長さを誇ったとしても、そのことが
寝たきりを意味するのであっては長生きを喜ぶわけにはまいらないのでございます。
寝たきりをつくらないための
対策を
充実すること、そのことは、本人はもちろん、
家族にとって重要であるばかりではなく、
社会的経費を軽減することにつながるのでございます。病院あるいは
地域におけるリハビリテーションの
整備はもとより、
介護保険
制度の実施を控えまして、新ゴールドプランの質量ともにわたる
充実が求められていると存じます。エンゼルプランと同じく、このゴールドプランも法律に基づいて計画すべきだと考えております。その時々の
財政状況によって左右されるべき性質のものではないからであります。
高齢になっても障害を持っても、住みなれた場所で
家族や友人、
地域社会から隔離されずに、しかも自立した
生活を続けることを可能にするには、所得保障、
医療保障を
基本とする多様な
福祉サービスが提供されるべきでございますが、何よりもまず居住権の確立と居住権の保障ということが大切であると考えます。安全で快適な住
環境の
整備、
地域コミュニティーの形成と魅力的な町づくり、
生活空間の重要性というものが再認識される必要があると考えます。そのためにも
基本的権利としての居住権の確立が
前提とされるべきであります。
また、建築基準法においては、公共の建造物に対してはバリアフリー化が定められておりますが、
民間の
住宅においてもバリアフリーというものを建築基準法を改正して規定すべきだということを提案いたします。
地域福祉、
在宅福祉の重要性が叫ばれておりますけれども、肝心の
住宅が
整備していなければ、これは有名無実になります。一度つくられた家屋を改築するということは非常に高くつくものでございます。
寝たきりの防止という
観点からも
住宅政策は非常に重要でございます。
多様な
政策が
サービスを
利用する者に満足がいくものであるために、しかも効率的に運用されるには、少なくとも次のような
基本的理念が確立されるべきだと思います。
まず、
利用者の人権、主体性が尊重される権利性。次に、
利用者の
生活、生涯をトータルにとらえる全人性。次に、多様な
サービスを有機的に結合する連携性あるいは総合性。四番目に、良質な
サービスをいつでも
利用できる普遍性。次に、
地方分権と住民参加。そして、豊かさが実感できる
生活環境、
生活の質の
充実、いわゆる快適性でございます。
冒頭に述べましたように、今、
我が国は
社会システムの構造的な
改革が迫られております。二十一
世紀の
高齢社会を痛みばかりが強いられる暗い
社会ではなく、一人一人の個性が豊かに輝く、
活力と魅力にあふれた
社会であるためにも、これまでの
産業中心、生産と
労働優先、ハード
中心だった資源の配分のパターンを、
生活、
福祉、ソフト重視型へとそのパラダイムを
転換することが肝要であります。それは
財政支出の構造を変革することであり、それはまた縦割り行政と既得権に基づく硬直的な予算編成からの脱却を意味することでもございます。
最後に、参議院の
調査会としては初めて
議員立法いたしました
高齢社会対策基本法が施行されてから三年になります。例えば、第十五条の
高齢社会対策会議も含めまして、現在どのように機能しているのか、施行後の現状とその経過をチェックする必要があるということを申し述べまして、私の
意見表明を終わります。
ありがとうございました。