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1997-10-29 第141回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成九年十月二十九日(水曜日)    午後一時開会     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     会 長         林田悠紀夫君     理 事                 板垣  正君                 山本 一太君                 戸田 邦司君                 前川 忠夫君                 田  英夫君                 上田耕一郎君     委 員                 笠原 潤一君                 鎌田 要人君                 北岡 秀二君                 田村 公平君                 南野知惠子君                 馳   浩君                 林  芳正君                 岩瀬 良三君                 永野 茂門君                 広中和歌子君                 福本 潤一君                 水島  裕君                 川橋 幸子君                 角田 義一君                 大脇 雅子君                 笠井  亮君                 椎名 素夫君    事務局側        第一特別調査室        長        加藤 一宇君    参考人        慶應義塾大学教        授        小此木政夫君        毎日新聞論説委        員        重村 智計君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○国際問題に関する調査  (「アジア太平洋地域の安定と日本役割」の  うち、朝鮮半島情勢アジア太平洋地域の安定  について)     ―――――――――――――
  2. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。  国際問題に関する調査を議題といたします。  本日は、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本役割」のうち、朝鮮半島情勢アジア太平洋地域の安定について二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。  本日は、参考人として、慶應義塾大学教授小此木政夫君及び毎日新聞論説委員重村智計君に御出席をいただくのでありまするが、重村智計君はおくれておられまするので、この際、小此木政夫君から御意見を伺うことにいたします。  この際、小此木政夫参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  小此木参考人から忌憚のない御意見を伺いまして、今後の調査参考にいたしたいと存じまするので、何とぞよろしくお願い申し上げます。  議事の進め方でありますが、初めに小此木参考人、次に重村参考人の順序でそれぞれ三十分程度意見を伺うことにいたします。その後、三時間程度質疑を行いますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。  なお、意見質疑及び答弁とも、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、まず小此木参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。小此木参考人
  3. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) どうもありがとうございます。それでは、参考人といたしまして意見を述べさせていただきます。  このたび、こういう形で意見を述べることができますことを大変光栄に考えております。とりわけ朝鮮半島情勢はさまざまな面で重要な局面に来ておりまして、これから申し述べますように、私は今大変大きな岐路に来ているのではないかというふうに考えております。そのことを申し述べることができるということを大変幸いに考えております。  さて、三十分程度という時間でございますから、私はできるだけ大局的な見方でお話を申し上げたいというふうに考えております。細かいことはきっと重村参考人がいろいろ後ほど補充していただけるものと思います。  まず、北朝鮮危機と言われるもの、現段階をどういうふうに理解すべきかということであります。  私は、北朝鮮危機の特質、これは政治経済非対称性というような言葉で言っているんですが、つまり、あの国には非常に強靱な政治体制というものがありながら経済に関しては非常に脆弱である、このアンバランス、そこに体制の大きな特徴があるんではないかというふうに考えております。したがいまして、北朝鮮危機の基本的な特徴というのは、やはり経済危機なのであります。経済危機がどの段階政治危機に転換していくだろうか、現在はどういう段階なんだろうか、こういうことが問題なんではないかというふうに思います。  ですから、私もいっ崩壊するんですかなんという質問をよく受けるんですが、その質問は余り適当ではなくて、むしろなぜ今まで崩壊しなかったのかということに注目すべきだと思います。そうしますと、最初質問にもある程度答えられるのではないかというふうに思います。要するに、あの国の特異な政治体制というものがあって、そのことが経済の破綻というものを補ってきた、余りがある程度あったということではないかと思うんです。  政治体制に関してはるる述べる必要がないと思いますが、スターリン的な統治体制が現在でも維持されておりますし、それにさまざまな意味で朝鮮的な伝統というものが加味されているというふうに思います。暴力的な装置から、イデオロギー宣伝扇動個人崇拝、階級的な資源分配情報閉鎖外部の脅威の誇張、伝統文化の利用というようなこんな項目が挙げられるわけですが、朝鮮という国のことを少しつけ加えて説明させていただきたいと思います。  考えてみますと、朝鮮半島の北部にある朝鮮民主主義人民共和国という国は、東側も西側も海岸でございますし、南の方は地雷原でありまして、北の方は鴨緑江と豆満江という二つの河川に遮られております。ある種の閉鎖された地域だということがおわかりいただけるだろうと思うんです。そういった地域で今申し上げたような情報コントロールとか一方的な宣伝が行われているわけですから、相当我々の想像を超えたような状況というものが内部には存在するというふうに考えていただいていいと思うんです。それを政治体制という言葉であらわしたわけですが、それがあの体制を維持している秘密だろうというふうに思います。  今回の金正日書記の総書記就任に関しましても、新聞等を見ておりますと社会主義国家での最初の世襲であるというようなことが報じられておりますが、しかしこれは厳密な意味では誤りと言った方がいいかもしれないというふうに思います。北朝鮮という国は、もうマルクスレーニン主義というような意味での社会主義国家ではなくなっているんです。憲法も改正しておりまして、マルクスレーニン主義という言葉も削除されているわけでありまして、そういうような種類の社会主義であることはほぼ十年前にやめております。北朝鮮社会政治的生命体論というイデオロギーが誕生した時点で、私はマルクスレーニン主義とは縁が切れたというふうに考えております。  この社会政治的生命体論というのはある種の国家有機体説でありまして、生命体論と言っていることからわかりますように国家生命体に例えているわけでありまして、最高指導者を首領と呼びますが、首領が脳髄であって労働党が中枢神経ないし心臓である、国民が細胞であるという、こういうようなややおどろおどろしい議論というものが十年前から行われているわけであります。  そして、金日成主席が亡くなった後は、永生論というような言葉で表現できるような宣伝活動が行われております。この永生というのは永久に生きるという意味でありまして、スローガンとしては金日成主席は永遠に我々と一緒にいらっしゃいますと、こういうスローガンでありますが、常に最高指導者の存在というものを意識させる、死後においてなおかつ意識させるようなキャンペーンが行われているわけです。  これは、思想的な工作であるというよりは、私は宗教活動に近いというふうに思います。なぜかといえば、それは最高指導者の生と死の境界をあいまいにしているからでありまして、原始キリスト教では復活ということでこれを行ったわけでありますが、北朝鮮では永生という形でこれを行っているわけです。  そういうような状態にあるというふうに考えますと、我々が北朝鮮を考える場合に陥りやすい誤りとかジレンマというものが指摘できると思うんですが、我々外部人間は、あの国の指導部国民の間に存在するある種の一体感のようなもの、運命共同体意識のようなものを理解できません。あの体制崩壊すれば国民は解放されるんだ、こういうふうに考えがちでありますが、しかし内部に住んでいる住民はちょっと違った意識を持っておると思います。指導部国民との間にはある種の一体感が現に存在するんです。彼らは、国民社会主義体制崩壊すれば現在よりももっと悲惨な状態に陥る、こういうふうに考えておるわけです。  その種のマインドコントロールがなされているわけでありまして、これは日本人にとっては想像することができないことでもないんじゃないかと思うんです。私の七十七になる母親はそれに似たような話を昔の例えでよくしてくれたことがございます。戦争に負けたらもっと悲惨なことになると思っていたというようなそういう心理状態というのが北朝鮮には現に存在すると思います。したがって、この指導部国民とを外部から切り離すということは非常に困難であるということを指摘しておきたいと思います。  我々が北朝鮮食糧支援をするとかしないとかという場合にもこの問題が常に出てくるわけですが、我々が食糧の支援をすれば国民は助かりますが、国民が助かると同時に政治体制イデオロギーも救済されるわけであります。逆に、あの体制に憎悪の心を持ってできるだけ早く終わってもらいたいということで、日本だけじゃなくてアメリカにも韓国にもみんなに呼びかけて食糧支援をやめましょうと言えば、これは体制は倒れると思います。倒れると思いますが、その前に何十万の国民が餓死するわけでありまして、そういうジレンマというものに我々は直面しているんだということをこういりた観点から指摘しておきたいと思います。  今回の総書記就任に関しても、この経済的な危機というものがやっぱり多分に影響していたんではないかと思います。総書記への就任の方法、発表の仕方等を見ておりますと、やはり変則的であるということは指摘せざるを得ない。地方から党の代表者会議を積み重ねてきているわけですが、中央の代表者会議はついに開かれなかった。そういう形で、銀行に例えれば本店の各部署と支店からみんな委任状を集めて就任したような感じのものでありまして、総会が開かれていないような形の就任であります。これは、多分この間就任がおくれてきたのと同じ事情、つまり経済的な困難を克服する新しい方針を発表できないというところに大きな問題があるんではないかと思います。  代表者会議を開けば活動報告をやらなければいけない、活動報告をやれば経済の現状を一々説明しなければいけない、その内容は総書記就任にふさわしいものにはなり得ないわけですし、また、それでは何か新しい方針を示せるかということになりますと、それは難しいというのが現状ではないかと思うんです。そういったことが代表者会議を開催させることを妨げた大きな要素の一つだっただろうと思うんです。  もちろん、他方いろいろなほかの要素も考えられるでしょうが、例えば中央委員の人事がおくれているとか、政府の要職の人事が決まっていないとか、そういうような問題があるのかもしれません。このあたりは多分、後ほど重村さんからもうちょっと詳細な説明があろうかと思います。  さて、そういうような全般的な状況で見まして北朝鮮の将来というものを考えた場合、どんなことが言えるんだろうかということであります。  最初にお断りしておきますが、私はこの間もずっと短期崩壊論崩壊説は唱えておりませんでした。金日成主席が亡くなったときも、ジュネーブの交渉が多分妥結するだろう、妥結すれば米朝関係がある程度進展するわけですから、それで二年や三年はもつはずである、その間に新しい手が打たれればさらに二年や三年は問題ないだろうと。仮に日朝国交正常化なんということになれば十年ぐらいは問題ありませんというようなことを言ってきた人間でありまして、したがって、すぐに体制崩壊があるというようなことを考えているわけではございません。そういう意味で、この間いろいろ週刊誌等をにぎわしてきたような議論に対しましてはかなり批判的であります。  ちょっと横へそれるかもしれませんが、例えば金日成主席が亡くなったときには、謀殺説ですとか親子対立説とか、三カ月、六カ月以内に崩壊するだろうというようなことを言っていた方もいらっしゃいますし、黄長燁書記が亡命されたときには、権力闘争が起きているから二、三カ月以内に政変が起きるだろうというようなことを言った方もいらっしゃいますし、また、軍の要人が相次いで亡くなったときには、軍内で異変が起きているというようなことを言った方もいらっしゃいます。  金日成主席の三周忌が近づいてくると六、七月危機説なんというのが出てきまして、私も随分週刊誌等に追っかけられて、そんなことはありっこないんだということを説明するのに苦労したのを覚えております。あるいは、金正日書記就任できないのは父親の金日成主席が亡くなる前に彼の党職を停止していたからで、停止された人間就任できないのは当たり前だというような非常に何か手の込んだ奇妙な、珍妙な説までも出ているんですが、こういったのはすべて俗説でありまして、余り根拠はございません。根拠のある議論で言っていくと最前来申し上げているようなことになってくるわけでありまして、早期崩壊というようなことは私は想定しておりません。  しかし、にもかかわらず、それではあの体制は永久にもつんですか、あるいは長期にもつんですかと言われると、そこにはやっぱりためらいがございまして、先行きのシナリオということに関して言いますと、まず第一に、今後の二、三年は大変重要な時期であって、彼らの国の行く末を決める、方向を決めるような時期ではないかということを指摘しないわけにはいきません。つまり、対外関係を打開して経済を再建する方向に向かっていかなければ、開放改革方向に向かっていかなければその先にさらに道があるんだろうかということ、これが大変大きな疑問として残ってくるわけであります。  昨年の十二月にCIA長官が、もうCIAの長官はかわっておりますが、当時のドイッチェ長官が大変穏当なバランスのとれた議会証言をしておりまして、私はそれが常々私が考えていることとほぼ一致していたのでよく覚えているのでありますが、彼は北朝鮮の将来に関してはまだ決まっていないという非常に慎重な言い方をしております。二、三年内にどちらの方向に進むかが見えてくるだろう、その方向に関しては今のところ三つのシナリオがあると、こういう言い方をしております。  第一の方向は、何らかの問題をめぐって南に対して侵攻するという戦争シナリオであります。それから第二のシナリオは、それ以前に内部的に崩壊してしまうというシナリオであります。そして第三のシナリオが、時間をかげながら再統一に向かっていく平和的な方法であると、こう言っております。これは、開放改革の道というふうに置きかえてもよろしいかと思うんです。  そんなわけで、そのいずれかの道へ進むのが二、三年のうちに決まるだろう、結果が出るのはその先であると、こういうような評価をしておりまして、多分そのあたりが一番穏当な評価ではないかというふうに思っております。  したがいまして、開放改革なんということになりますとこれは十年、二十年がかりの話になりますし、対南侵攻ですとか内部崩壊ということであれば、これはそれ以前にどこかで岐路が、分かれ道があるわけです。つまり、彼らが開放改革の道に進まないということになってくれば、残されたオプションが狭まって、やがて戦争とか内部崩壊とかという方向に進んでいかざるを得ないわけであります。これももちろん外部の対応次第によって随分変わってくるだろうというふうに思いますが、非常に大ざっぱに言うとそういうことになってくるわけです。内部崩壊戦争シナリオというのは、ある特定の段階体制が突然崩壊するというシナリオでありますから、場合によっては暴力を伴うような事態になるということであります。  それから、第三のシナリオというのは、もうちょっと厳密に言えば段階的な体制移行と言ったらいいでしょうか。これはソフトランディングというような言葉も使われますが、ソフトランディングという言葉は誤解を生みやすいので、より厳密に言えば段階的な体制移行、徐々に体制を変化させながら全く違った体制になったときに生き残る、あるいはソフトランディングではなくてソフトヨフプスする、そういうシナリオだろうというふうに思います。  さて、私に残されている時間はそう多くあるわけではございませんので、この問題について最後に少し述べさせていただきたいと思います。  私は、近い将来にそういう突然死のようなものがあるというふうに申し上げているわけではございませんが、しかし二、三年内の対応の仕方によっては長期的にそういう事態がいずれ来るというようなことを恐れているわけです。  我々の人生でも同じでありまして、ポイント・オブ・ノーリターンというものがございます。後になってみると、あのときが転機であった、岐路であったということがよくあるわけでございます。しかし、後になってそれを言っても遅いのであります、もう人生は変わっちゃっているわけですから。そういう人生岐路のような時期というのが実はこれからの二、三年なのではないかというような気がするわけでして、そのことを強調したいわけであります。  北朝鮮方向設定のようなものに我々が影響を与え得るとすれば、この二、三年がそういう意味ではチャンスだという気がいたします。もしそのときに我々がうまく対応できず、また、彼らもまずい道を選択していくということになりますと、それはやがてじり貧がどか貧に転化するようなそういう時期が来るのではないかと思います。  このことはドイツとは違うということでありまして、北朝鮮崩壊というものがどういうものなのかということに関しまして、韓国内においても日本の国内においても余り危機意識を持っていないといいますか、認識がある意味では甘いというような感じがするのであります。ドイツ統一されたときにもそれほど大きな影響日本は受けたわけではない、したがって朝鮮半島統一が起きても、北朝鮮体制崩壊するという形の統一が起きても余り大きな影響がないではないかというふうに考えられる方がいらっしゃるかもしれませんが、私はそうではないというふうに考えております。  二千三百万の小さな国かもしれませんが、その隣にある韓国も四千五百万ですから、したがって人口比でいえば一対二でありまして、私は、韓国経済的に北朝鮮を支えられるかどうか、あるいは統一コストというのを払い得るかどうかということに非常に大きな懸念を持っております。まず最初に心配されるのは、そういった経済、特に金融面での危機ではないかというふうに思います。日本韓国との間の産業連関、あるいは金融面での関係というようなものを考えた場合、それが日本影響しないはずがないだろうというふうに思っております。  三年ほど前になりますが、一九九四年の朝鮮半島危機のときに韓国の記者から電話がございまして、私はこのように申し上げたんです。北朝鮮経済というのは自給自足の経済ですから国連が経済制裁をしてもそんな簡単に崩壊することはありません、二カ月や三カ月でつぶれるなんということは絶対ない、しかし韓国経済は国際化された経済なんですよ、立場が違うんですよということを申し上げたんです。  もし、経済封鎖がスタートして北朝鮮の方で何か軍事演習でもやれば、もうパニックが起きるわけでありますから、そして昨今の情勢を見ておりますと、人の弱みにつけ込むような国際金融マフィアというのがいっぱいいるわけでして、足を引っ張って一もうけしようとする人たちがいっぱいいるわけですから、当然、ウォンや株の暴落が始まるというふうに考えた方がいいと思います。中堅の財閥が今五つも六つも倒産するような韓国経済がそういった試練に耐えられるか、そういった試練に耐えた上で、なおその後に五千億ドル、六千億ドルというような統一コストをどうやって払っていくのか、こういう問題であります。  韓国経済学者たち統一コストの計算をしているときに、私は横でいつもそういうことを申し上げるんです。あなたたちは間違っている、確かに統一コストは五千億ドルかもしれないし六千億ドルかもしれない、しかしそのときの韓国は今の韓国とは違うんですよと。韓国が今のような健全な経済の、健全でもないですが、今のような経済状態を維持していてそのコストを払うのではないんですよ、韓国経済そのものが大混乱に陥った状態でどうやって五千億ドルや六千億ドルを払うんですかと、こういうことを申し上げるのであります。  ですから、アメリカ雑誌等でも早く統一が達成されればコストは安く上がるんだというようなつまらない議論が起きていまして、これは経済的に見ればそうなんですが、しかし社会的な葛藤とか政治的なリスクとかいうものは早ければ早いほど大きいわけですから、これはどこかで経済的なリスク政治的なリスクとがクロスしているわけでありまして、早期崩壊に伴うコストというのは到底我々が払えるようなコストではないということを強調しておきたいと思います。  韓国が払えなければ、それは韓国経済の破綻が東アジアの金融システムあるいは経済システムを脅かしていくわけでありますから、日本はそれを放置することは多分できないだろう、放置したくてもできないだろうと思います。  要するに、朝鮮半島で大乱があるということであれば、これはもう天智天皇の昔から同じでありまして日本にはやっぱりかなり大きな衝撃が伝わってくるということ、ただし、あの時代の衝撃と今の衝撃とは質が違う、性質が違う、このように考えていいと思います。我々が受ける衝撃というのは、そういう相互依存が進展したボーダーレスな時代の衝撃というものがどういうふうに伝わってくるのかということでありまして、地球の裏側ではなくて隣の国でそれが起きるということを考えますと、我々はこういったコストを到底払うことはできないんだということですね。  要するに、北朝鮮との関係で言うと、余り日本は何かで得するというようなことは考えない方がいいと思います。そうではなくて、いかに自分たちの被害を限定していくか、ダメージリミテーション、損害の限定ということを念頭に置いて考えるべきだと思うんです。そして、早期崩壊するというようなシナリオというのがそのダメージを最大限極大化していくシナリオだと思います。  したがって、我々としてはそのダメージを縮小していくために何とかして段階的な体制移行というものを誘導していかなければいけないわけですが、これは要するに北朝鮮開放改革の道に進んでもらうということであります。この道はそれほど簡単だというふうに思いませんし、しかし、なおかつその道が多分唯一の可能な道だろうというふうに私は考えております。たとえ失敗しても、四年、五年開放とか改革というものを経験した後で失敗するのと、それを経験せずに失敗するのとでは大変大きな違いがあるというふうに思うのであります。  もし、開放改革をある程度経験した後、体制崩壊するということであれば、例えば戦争の危険性というのは大分低下していくだろうというふうに思いますし、それからある程度のインフラは整うわけでありますし、そしてマインドコントロールされていた国民外部の世界というものをある程度知ってくれるわけですし、資本主義のシの字ぐらいはわかってくれるわけです。そういったプロセスを経た上での崩壊というのと、それを全く経ない崩壊とでは、やはり相当の大きな違いがあるんだということを指摘しておきたいというふうに思います。  さて、それではそのプロセスで不可欠なものは何かということになってまいりますと、私は北朝鮮開放改革方向に向かっていくためにどうしても不可欠なものというのが二つあるというふうに思っています。一つは日朝国交正常化です。いま一つは南北間の経済交流だと思います。この二つがあれば、あの国は今とは随分コースを修正することが可能だと思いますが、しかしこれがなければ多分早い段階で行き詰まるだろうというふうに思います。  金正日書記は、総書記就任した以上、もう前へ進むしかないわけでして、前へ進む場合に最大の難関はこの経済問題です。ところが、経済の問題を解決しょうとしても独力ではそれができないわけでありまして、外部から資本や技術を入れない限りあの国の経済は動かないわけであります。  彼らが考えているのは、外部から資本や技術を入れて、ともかく労働集約型の輸出産業でも興せればということを考えているんだと思います。保税加工区をつくって、そこに外資を入れて、靴でも繊維でもかばんでも電気製品でもいいけれども、ともかくそういうものを興してそれを輸出することができれば、女工さんたちが稼いでくれる外貨で安いタイ米ぐらい輸入できるじゃないかと、こういうことを考えているんだろうと思います。そうすれば政治体制は何とかなるだろう、心配だったら金網を張っておこうというのが今の彼らの発想だろうと思います。それができないということであれば、比較的早い時期に結論が出てくる可能性もあるということを指摘せざるを得ないわけです。  さて、もう時間がございませんので、最後に一言二言、申し上げておきたいと思います。  要するに、我々に必要とされているのは、そういった政治経済戦略じゃないかということなんです。つまり、どうやってあの国の崩壊をマネージしていくか、ソフトな形で段階的にこのプロセスを終えることができるか。そして、安全保障の面とは違って政治経済の面でそれを行うことができるのは、今申し上げたように日本韓国なんです。結局、アメリカは安全保障の面では大きな役割を果たしてくれると思いますし、危機に際しては彼らは今の米韓と日米の安保体制というものを土台にして最大限のことをやってくれるというふうに私は信じておりますが、その意味で、そういう事態がスムーズにいくようなことも考えていかなければいけないというふうに思いますが、にもかかわらず経済的な面で最前来申し上げているような北朝鮮体制崩壊をどうやってマネージするかというような問題になってきますと、私はこれができるのは日本韓国じゃないかというふうに思っております。  そんな意味で、金正日さんにとって日朝国交とか南との間の関係を政経分離で何とか安定させるというような問題というのは、非常に重要な問題として今クローズアップされているというふうに思います。だからこそ、日朝交渉の過程で幾ら日本人妻のことを言ってもナシのつぶてであったのに、先方の方から今日本人妻がどうのとか人道的な対応が必要だというようなことを言い始めているわけです。その辺の状況というものが変化しているということを指摘しておきたいと思います。  そして第二に、他方、そういった政治経済戦略というものが成功しなかった場合の歯どめと申しましょうか、安全保障の面での備えというのは私はやはり必要であろうと思います。その意味では、ガイドラインの見直し等の議論というのはなされるべくしてなされているというような印象を持っております。  ちょうど時間になりましたので私の話はこれで終わりにしたいと思いますが、北朝鮮に対して、朝鮮情勢に対してぜひ大局的な観点から物を見ていただきたい。余り細かな点に執着して全体を見失ってしまってはいけない。我々が情勢判断を誤るときというのは、一番いけないのは憎悪心を持つときで、憎悪心は情勢判断を狂わせます。ですから、そういうようなものから判断するのではなくて、より大局的な見地から情勢を判断して政策の立案に努めていただきたい。これは私からのお願いでございます。  どうもありがとうございました。
  4. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。  この際、重村参考人に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  重村参考人から忌憚のない御意見を伺い、今後の調査参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。  それでは、重村参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。重村参考人
  5. 重村智計

    参考人重村智計君) 重村でございます。本日はお招きいただきましてどうもありがとうございます。新聞記者はなかなか招いていただけないようなので、お招きいただいて非常に光栄に存じております。  実は、いつもこういう公の席ですと必ず言わなければいけないせりふがあるものですから、一言。これは新聞社の方の意見ではなくて私個人の意見であるということを一応断っておかないといけませんので、お断りした上でお話ししたいと思います。  お話ししょうと思うのは三点ほどなんですが、一つは、長い間朝鮮問題をやってきまして私の一番の関心は、日本朝鮮半島国家朝鮮半島人たちがどうしたら長期的に仲よくしていけるのかという問題なんです。  これは皆さん御存じのように、古く言えば白村江の戦いから、蒙古襲来、それから豊臣秀吉の朝鮮侵略、朝鮮出兵、それから日本の植民地支配、こうあるんですが、もしあの昔の時代に我々の先祖がああいう戦争をしなかったり植民地支配をしなかったりしたら日本朝鮮半島関係というのは今どうなっていただろうかということを時々考えるんです。そうしますと、実は今我々が選択しようとしている朝鮮半島に対する政策が、実はあと百年、二百年の日本人、あるいは日本朝鮮半島の人々の関係をかなり決定的にするのではないか。その選択の前に立って今我々は何をすべきだろうかというのを一番戦略的に考えるべきではないだろうかというのが一つの問題です。  それからもう一つは、朝鮮半島、特に北朝鮮の問題を考えるときに、私は新聞記者なものですから、北朝鮮の中で今どういうことが起きているのか、北朝鮮の中の政策なり中の人間関係はどういうものかというのに常に関心を持ちながら見る、それを見ていきますとある程度の動きというのはわかるわけです。実は、我々がいつも論議するときには日本側の理論で、日本側の価値観で北朝鮮をはかろうとする、そこにいろんな誤差が生じる。その現状は今どうなっているのかということを御説明したいと思うんです。  もう一つは、朝鮮半島を考えるときに、朝鮮人といいますか朝鮮半島にいる人々の物の考え方というのがありまして、その物の考え方がある程度わかるとかなり彼らの行動様式というのはわかりやすいんですね。それはどういうものであるかということをお話しして、あと最後に、最初の命題に戻るんですが、結局朝鮮半島も小此木先生がおっしゃるように国際政治の中で動いているので、その国際政治の進歩と朝鮮半島の進歩にかなりの距離ができたときに、段差ができたときにいろんな摩擦が起きる。それが現実に起きているわけなんですが、それがこれからどういう方に向かって、日本としては何ができるのかということを簡単にお話ししたいと思うんです。  皆さん御存じのように、最近、金正日書記が総書記に推戴された。まだ北朝鮮でも推戴という言葉を使っていまして、就任という言葉は使っていないんです。日本の新聞としては就任というふうに使っているわけなんですが。どうしてこうなったかというのがなかなか日本から見ているとよくわからないんですね。  ピョンヤンに最近行ってきた人がピョンヤンの状況をいろいろ取材しますと、なるほどと思うことで一つ出てきたのは、実は北朝鮮では党大会の前とかあるいは十年に一回とか、労働党員の党員証発行というのをやるんですね。党員証の再発行のときには党員の思想検閲をもう一回やり直すわけです。今度の三年の喪が明けた後に、北朝鮮のいわゆる党員の思想検閲といいますか、検閲事業というふうに言われるんですが、これが大々的に展開されていまして、これが七月以降は地方レベルからずっと始まったんですが、本来ならば十月前に終わる予定だったのが結局終わらない。これが終わらないと新しい人事が組めないんですね。つまり、思想的に大丈夫だという人を新しい中央委員とか政治局員とかそれから最高人民会議の代議員に選ばないといけないわけでして、そのための作業が終わらないと大事に入れない。だけれども、結局十月十日にどうしても総書記になる必要があるということで、総書記を推戴という形で、これはもう事実上就任したわけですね。  その作業が行われている中でいろんなことが起きていると言われていまして、韓国に亡命した黄長燁書記あるいはエジプトからアメリカに亡命した北朝鮮の大使に関連する身元調査、それから、彼らと関連して彼らからいろんなものをもらったんじゃないかとか、あるいは彼らの手づるで韓国の情報機関と接触して情報工作をやられたんではないかと。そういうような点検がほぼ今最終段階にかかっていまして、これが終わると、今月の終わり、二十日過ぎぐらいに早ければ党代表者会議、党大会にかわるものですね、それから中央委総会、遅ければ十二月の初めごろにそういうのがあるだろうと。  それから、予定どおりいけば、これは党の人事ですから、党の人事の後で政府の人事を改正しなければいけませんので、政府の人事が十二月二十四日ぐらいに最高人民会議を開いて行われるのではないかと。十二月二十四日というのは、金正日総書記のお母さんに当たる金正淑さんという方の生誕八十周年でして、このときに多分行われるのではないかというのが現在の我々の推測なんです。それから、その間に多分カーターさんが訪問するのではないだろうかというふうに言われています。  北朝鮮的な物の考え方、朝鮮人の物の考え方といった場合に、米朝交渉で、韓国あるいは日本もそうなんですが、アメリカでも、何であんなに北朝鮮の外交はしつこいんだと、何であんなにうまくやっていくんだろうかと、こういうふうによく言われるんですが、基本的に言いますと、外交の基本というのがよくわかっているというか、体制がそうなものでそうなるんですが、すべての外交決定は金正日総書記が決めるんですね。ですから、外務大臣とか外交官が決められないんです、最終決定は。全部金正日書記が決めている。そうすると金正日が決めたとおり交渉を進めて、彼のオーケーが落ちたときに交渉が落ちるわけです。これは外交の原則、交渉の原則からすると非常にうまいやり方でして、外交というのは、最初交渉を始めるときにはまず原則を最後まであくまでも守らないと、途中で方針をあっちこっち変えたりすると、相手が必ず弱くなったと見たり戸惑うわけです。それがないということが一つの強みで、外から見ると非常に強い体制に実は見えるんです。  それともう一つは、当時、韓国の人とかそれからアメリカの交渉をしている方々がなぜかと言うからいろいろ話をしたんですが、例えば日本人はお金を借りるときに、私が例えば一万円足りなくて皆さんからちょっとお金をお借りしたいというときに、一万円足りないから一万円貸してくださいとなかなか言えないんですね。一万円足りないんだけれども、八千円ぐらいでどうでしょう、八千円貸していただけませんかと。そうすると、皆さんいい方ですから、一万円足りないなら一万円やるよと言って、これをするとなかなかいい人だと、こういうのが日本人なんです。韓国人、朝鮮人の場合は、一万円足りないと基本的に二万円くださいと、こういう交渉をやるわけですね。二万円と要求された方はお金ないから一万円で我慢してくださいよと一万円を出す、そうすると相手も予定どおりと。こういうことが実は交渉上手というか、基本的な交渉なんですね。  ですから、米朝交渉も北朝鮮の要求というのは最初が一番高いんです。それが合意するころになるとだんだん低くなってきます。ただ、もう一つ特徴があるのは、合意直前にもう一回新しい要求を突きつけて高く吹っかけるわけですね、それでもう一回落とすと、こういう大体二段構えの交渉になっています。そういうやり方、行動様式であるということが大体最初からわかっていますと、この辺でやってくるなと大体わかるんですね。それが見えないと、しつこいとかずうずうしいとかいろんな言い方が出てくるわけです。我々はなれていると言ってはなんですが、我々からするといつものとおりやっていますねという話になるんですが、それがなかなかこっちから見ているとわからない。  それは、今、日朝の交渉とか日朝関係がいろいろ複雑になったりつまずいたりする。例えば、今度与党訪朝団が行かれるんですが、日本からいろいろ政治家の方がたくさん北朝鮮を訪問するんですが、実は北朝鮮からは日本になかなか来ないんですね。もちろん招いてもなかなか来ないというような事情があるんです。  どうして来ないんだろうなというふうに単純に考えられると思うんですが、どうして来ないんだろうと言いますと、実は北朝鮮の幹部の人たちは、外国に出るときは全部金正日さんの許可をもらわなきゃいけないんですね。金正日さんの許可をもらう場合には、金正日さんの前に行って、今度外国に行ったらどういう交渉をしてどういう目標で何を達成してきますときちんと約束しなきゃいけない。それを約束した上で出ていって、約束どおりできないで帰ってくれば責任問題になる、大変な問題になるんですね。そうしますと、これは出かけるより出かけないで招いて交渉した方が非常に責任的には楽だし交渉もうまくいくと、こういう状況になるわけです。そうした北朝鮮内の事情というのが一つ一つ見えできますとかなりあの国もわかりやすい、我々にとっては非常にわかりやすい国になるという状況にあると思うんです。  外交と関連して言いますと、皆さん御専門の方は御存じのように、国際政治状況は冷戦時代からポスト冷戦時代、それからヨーロッパの方は既にポスト・ポスト冷戦時代、ポスト冷戦時代の次の時代に変わろうとしている。  それで今回、江沢民主席がアメリカに行くことで、アジアの状態、アジアの関係というのは、米朝関係の不正常な状況が取れて一つのポスト冷戦時代に完全に入っていくわけですが、その中で北朝鮮というのは実は冷戦時代のまだ真つただ中にあるわけですね、物の考え方が。それから、基本的な考え方、いわゆる儒教による生活様式、行動様式がまだ残っているものですから、結局、儒教主義と冷戦時代の物の考え方で国際社会の変化に対応していかないところにいろんな摩擦が起こる。これをどうやって早く彼らの考えを変えていけるかによって朝鮮半島の安定度、いわゆる北東アジアの安定度が変わってくることになると思うんですが、これがなかなか実は難しいんです。  北朝鮮経済が問題だということはみんなよくわかっているんですが、実は李朝時代の儒教の原則では経済をやる人は決して偉くない人なんですね。お金を持ったりお金をいじる人というのは非常に低い、卑しい人でございまして、政治をやる人だけ、あるいは思想をやる人だけが一番偉い人ですから、その物の考え方、体制というのは今の社会主義体制にはぴったりなんです。  例えば、李朝時代に貴族階級がお金を自分の手で持つことは禁止されていまして、お金を持つときにははしでとって渡すというような生活様式ですから、朝鮮語で言えばお小遣いのことをハシゼニと書いたりしたんですね。ですから、そういう形で儒教主義の残る今の体制、それが近代化していく過程でどういうふうに近代の経済システムに変えていくかというのが非常に難しい。その段階を何とか早く変えていくことができれば安定するんではないかというのが北朝鮮の一つの課題であるわけです。  それから、朝鮮半島日本関係でいきますと、実は私、日本朝鮮半島が仲よくするにはどうしたらいいかと最初にお話ししたんですけれども、結局、日本がアジアにおける経済的に最大の大国と言っていいと思うんですが、アジアにおける大国である我々に課せられている一つの義務は、やはりアジアの面倒を見るということであろうと思うんです。アジアの面倒、つまりこれは押しつけがましく日本体制をやれとかいうことではなくて、困っているアジアの人々、アジアの国々に対して面倒を見ましょうということがやはり一つの日本方針なり日本人の気概でないと、日本人がやっぱりアジアの中で生きていくのは難しいんじゃないかと。  もちろん、それは単純に何かいいことをやったり金をやっていればいいということではなくて、そこには外交の駆け引きとかそれぞれの国の難しい事情もありますから簡単にはいかないんですが、しかし基本的な方針として日本というのはアジアのために面倒を見るんだということを常にはっきりすることが、やはりアジアの中で尊敬されていく道ではないかというふうに考えているんです。  そうした中で、それじゃ朝鮮半島と我々の関係はどういう関係にあるかといいますと、基本的には朝鮮半島に対する日本の政策が我々の運命を実は決めてきたわけですね。例えば古く白村江の戦いは、皆さん御存じのように、滅亡した百済を再興しようといって兵隊を出して結局負けるわけですね。言ってみれば、もともと負ける戦争に兵隊さんを出して、結局、その後統一新羅とは非常に関係が悪化していくという状況をたどる。それから、蒙古襲来の時期も、朝鮮側からいろんなメッセージとか可能性、襲来してきそうだという情報が伝わってきているにもかかわらず、日本側としてはなかなかそれを理解できなかった。それからまた、豊臣秀吉の朝鮮出兵、朝鮮侵略の場合には、朝鮮半島人たちがなかなかそういう情報をつかめなかった。逆に言いますと、その朝鮮出兵のおかげで秀吉の政権は崩れていくわけです。そういった形で、実は朝鮮半島とどういう関係をつくるかが日本の未来にとって最も重要な要素になっているわけです。  そうした中で我々がどういうふうなつき合いができるかということを考えた場合には、一つには、統一に向かう朝鮮半島に対して我々はできる限りのことを、最大限のことをしますということをはっきり常に言うべきであろうと思うんです。いずれにしろ朝鮮半島統一されることになると思うんですが、そのときまでにも日本は最大限の協力をしますよということを言っていくべきだろうと思うんです。ただ、これは基本方針でです。  しかし、では現実に朝鮮半島統一が簡単かといいますと、小此木先生がおっしゃったようにそれは簡単ではないんです。韓国で一番難しいのは何かといいますと、会社の合併なんですね。会社を合併しますと社長さんが二人いるのを一人にしなきゃいけないんです。社長さんになった人は絶対副社長になりたがらない、死んでもならない、こういう物の考え方がありますので、朝鮮半島統一するときに、例えば現在ならば金正日さんはどうするか家族はどうするかとか、それから北朝鮮の人民軍は解除するのかどうするのかという非常に細かい厳しい問題に直面する。ですから、小此木先生がおっしゃったように、計算される統一コストでは補い切れない大きな問題がたくさん残っているわけですね。  そうしますと、基本的にはどうも統一というのは近い将来にはかなり難しいんではないか。近い将来に難しいという最大の理由が、実は中国もアメリカ統一を現在望んでいないというのが国際社会の現実でして、これが続く限りは、しばらく朝鮮半島の分断というのはリアリティーとして続くのではないかと言っていいだろうと思うんです。特に中国は、ここに来まして北朝鮮支援方針を、それからまた金正日体制崩壊させないという方針をはっきりと打ち出していますので、この方針が続く限りしばらくはこのままの状態が続くんではないだろうか。  しかし、小此木先生もおっしゃったように、ここ三年あるいは五年の先が非常に厳しい時期であるというふうに見ておられるんですが、それは間違いなく北朝鮮が今過渡期にあるわけです。封建的冷戦体制からポスト冷戦時代あるいはポスト・ポスト冷戦時代にどうやって適応していこうかという非常に短期間の過渡期にあるんですが、これを乗り越えるのが実は非常に難しいんですね。結局、二つの戦略を我々はとるしかないんですが、それは、崩壊させないという戦略とそれから戦争はさせないという非常に相矛盾する戦略なんです。ですから、崩壊させないという形での国際協力と戦争は絶対させないという政策をどうやって関係国の間でつくり上げていくかということです。  それからもう一つは、私が最初に申し上げた北朝鮮の物の考え方は今どうなんであろうかということを念頭に置いて考えていただくと、北朝鮮が今一番怖いのは自分が崩壊するんではないかということなんですね。自分が崩壊するということよりも、周りの国がみんなこぞって北朝鮮崩壊させようとしているんじゃないかというのが実は一番の恐怖の理由なんですね。ですから、北朝鮮自身としては、軍事的にも韓国と在韓米軍を相手にはもう戦えないということはわかっていますし、それは勝利できないというのもわかっています。ただ、その一方で、自分たちの軍事力がどんどん落ちていく過程で南とアメリカが北侵してくるんではないかという理屈は、軍人さんたちには非常にわかりやすいんですね。  それに対して、周辺国家戦争させないという意味での一つは、絶対に北朝鮮崩壊させないということを言い続けるしかないんです、安心させるしか。それから、それと同時にガイドラインのように、何か有事のことがあればきちんと対応しますよということをはっきりと示していかなきゃいけないわけですね。  その戦術と戦略をしっかりとしていけば大きな問題は起きないのではないだろうかというのが一つの考えなんです。  それから、先ほど申し上げましたように、経済の面では結局改革開放に向かわざるを得ないんですが、今の北朝鮮の物の考え方からしますと、改革という言葉を使いますと金日成さんを否定することになるんですね。おやじの金日成さんがいろいろやり遂げた事業はみんな大成功だったと言われている、その大成功だった事業に対して改革という言葉を使うのはこれを否定することになるわけでして、それが実は改革になかなか踏み切れない最大の理由なんですね。ですから、その改革に踏み切るために、改革の成果を上げながら改革していく方がいいんだというのを見せながら、改革というスローガンは使わないで事実上改革方向に持っていこうというのがこれから二、三年の過渡期の動きになるんですが、これがうまくいくかどうかが北朝鮮の安定度にかかっていると思うんです。  皆さんが御関心のある食糧問題は、基本的には北朝鮮という国は食糧自給が難しい国、地形的にはほぼ不可能な国でして、実際にはどんなに生産が上がっても自給ができないんですね。ただ、去年は二百五十万トン生産したと言われているんですが、いわゆる食糧難の底はだんだん打ち始めたんではないかというふうに見られていまして、それは農業の面でもいろんな、主体農法の改革とか新しいものを取り入れるという方向に変わっているものですから、農業生産というのは次第に回復していくんではないか。  ただ、回復するには一番足りないのが農薬と肥料です。これが極度に不足しているものですから、結局生産力が落ちる。それから、かつての主体農法というので地方が衰えているものですから、それがまた回復できない、こういう問題を抱えています。しかし、アメリカあるいは国際機関の指導をかなり受け入れ出しているので、もちろん内部でそういう農業改革はよくないという、改革すべきかすべきでないかという論議は相変わらずあるんですが、だんだんそういう方向に向かわないと生き残れないというふうにわかってきますから、これは変わってくることになるだろうと思うんです。  あと、御参考までにピョンヤンの内部は今どうなっているのかということをお話ししますと、実は今過渡期で一番問題になっているのが労働党。労働党がすべてを指導することになっているんですが、労働党と政府の権限の区分がうまくいかなくなっているわけですね。  これは皆さん御存じのように、かつて社会主義体制がたくさんあったときは、外交でいけば、外務省は社会主義諸国との外交をするというのが基本で、労働党の国際部は国交関係のない日本とかアメリカとかそういうところをやる、こう分かれていたわけなんですが、社会主義国が全部崩壊しまして、そうしますと外務省のやる外交というのがなくなってしまったわけですね。なくなると同時に、ポスト冷戦時代に入って、日本なりアメリカなりほかの国々はみんな外交というのは外務省がやるものだということで相手にしてくる。そうしますと、労働党の党の方の外交をやってきた担当者たちが、いや、本来こっちは党がやっていたのにどうしてと、こういう縄張り争いが起きてくる。縄張り争いが起きてくるときに、外交部の人が出てきたりあるいは党の方の関係の人が出てきたりと、いろんな混乱が起こるんですね。それが時として日本から見ますと対日外交攻勢をしかけてきたとかというふうに見えるんですが、実際には内部での業績争いといいますか成果争いが用意ドンで始まるという、そういう状況も生まれるわけですね。  基本的に北朝鮮体制というのは、最初にお話ししましたように、金正日さんを上に全部縦の関係でつながっていまして横の連携はほぼないと、縦の関係で全部が忠誠競争と業績競争でつながっていくという状況にあると考えていただければいいと思うんです。  そうしますと、例えば日本から食料とかお米を導入する場合にも、お米の担当者というのがいるんですけれども、それ以外に、自分がお米を持ってきたという成果を上げたいものですからその人たちはまたその人たちで別に動くというふうに、ばらばらとやるような状況が出てきているわけですね。それは、北朝鮮の中から見ると実は成果争いなんですが、功名争いなんですが、我々から見ると何か一緒くたになってみんなでやってきた、こういうふうに見えることがあるんですね。しかし、それも北朝鮮の中のいろんな動き、それから彼らの物の考え方というのを大体整理して考えれば、ほとんど問題はないであろうというふうに言えるんです。  あと、私が用意した中で崩壊論の問題は、小此木先生が今おっしゃってくださいましたので、大体同じような意見でありますけれども、実は私、新聞社に入る前に石油会社におりまして石油を販売していまして、仕事をしないで油を売っていたというようなことでやめたわけではないんですけれども、昔から北朝鮮の石油事情をずっと追いかけていました。そうしますと、北朝鮮の今の石油事情からいきますととても戦争ができる石油の状態じゃないんですね。  中国の原油を毎年百万トン輸入しているんですが、御存じのように原油というのは精製しないと製品にならないんです。中国原油から幾ら精製し  ても三十万トン程度の製品しか生まれないんです。三十万トンの製品ですと、日常のバスを動かしたりする生活業務でほとんど消えてしまう。もちろん、そのほかに軍は軍としての予算を持っていますから、軍の予算で外から製品を買ってきているんですけれども、これも統計を見ますと大体三十万トンからせいぜい五十万トンぐらいしか買えていないんです。そうしますと、年間五十万トン、備蓄が七十万トン程度だと言われているんですが、合わせて最大限百二十万トン使えるとした場合、これで戦争ができるかどうか。  皆さん御存じのように、実は日本の自衛隊が二十四万人、北朝鮮は百万人が兵隊さんですね。二十四万人の日本の自衛隊が一年間に使う油の量は百三十万トンなんです。これは通常業務で、全く戦争する予定が今のところなくて百三十万トン。基本的にはいわゆる南進統一といいますか武力統一の公式的な立場は変えていない北朝鮮としては、通常輸入してくるのが最大限五十万トン、備蓄が七十万トンでは、これはとてもじゃないけど走れないですね。  しかも、彼らとしては在韓米軍がいる限り勝てないというのはよくわかっていまして、実際には在韓米軍がいる限りはなかなか戦争はできないというのがリアリティー、現実であろうと。ただ、もちろんそれは一つの国際政治上の戦略判断でして、じゃ実際にもし万が一起きた場合の戦術的な判断はどうするか、これはまた別の問題になるわけです。  そういうことからしますと、実際に北朝鮮が今すぐ何か軍事行動をするのは非常に難しいだろうと言っていいんだろうと思うんです。  この報告書の一番上にマスコミを信用しちゃいけないと書いているんですが、いや、毎日新聞だけは別ですよと必ず一言言うことにしていましてね。実は、北朝鮮がこの前の四者会談で在韓米軍撤退を要求したという報道があったんですが、これは極めて不正確な報道でして、四者会談のときに在韓米軍撤退を要求していないんです。  どういうことかといいますと、北朝鮮が四者会談の声明を出したときに、もともとの声明書は、朝鮮語と英語の声明書があるんですが、朝鮮語の声明書にも英語の声明書にも一番最初が撤退要求と書いてあるんです。ところが、それをわざわざ二本棒を引いて消しまして、朝鮮語の方は在韓米軍の整理と書いてあるんですね。英語の方は、ウイズドローアルをやめてディスポジションと文章を変えているんです。  つまり、撤退を要求しないということをあえて文字を直すことでかなり強調したんですけれども、どうもアメリカ側も気がつかなくて、アメリカの新聞はみんな撤退、撤退と書いているんですが、実際にはこれが北朝鮮側の本心でして、今すぐに、あるいは統一の過渡期に在韓米軍の撤退を要求するということはどうも考えてないんですね。もし在韓米軍が撤退した場合には本当に韓国軍が攻めてくるのではないかという彼らは彼らなりの心配がありまして、それが一つのそういう対応になっているのではないかというふうに考えております。  時間が来たようですのでこの辺でやめます。また御質問をいただければと思います。どうもありがとうございました。
  6. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。  以上で両参考人からの意見の聴取は終わりました。  これより質疑を行います。  質疑に入る前に出席者各位にお願いがございます。多くの委員が発言を希望されると思いまするので、すべての方が発言の機会を得られるよう、発言時間を一人一回五分以内におまとめいただくようお願いいたします。なお、希望者の発言の一巡後は再び質疑することを認めますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。  それでは、質疑のある方は挙手を願います。
  7. 馳浩

    ○馳浩君 両参考人、ありがとうございます。  まず、小此木先生にお伺いいたします。  朝鮮問題は、ひとえに共和国と韓国の当事者間の問題だと思うんですね。第一義的に、我々日本としていかにそこに関与していくかということになってくると思うのですが、それを考えると非常に期待が大きいのは、十二月十八日の韓国の大統領選挙、それから来年初頭、政権確立後のトップ会談の可能性があるのか、その時点で韓国の財界もそうでしょうし金正日総書記経済交流をまず期待しているのではないかと思われるわけです。  この点において、韓国の大統領選挙の行方、最近の報道では金大中氏が有利とも言われておりますけれども、この行方は、南北の会談、それからお互いの当事者間同士で選択肢を出し合って、合意点を見つけて、その方向に進もうとしていくだろう方向性に対してどういう影響を与えるかということについてまずお伺いしたいと思います。  二点目は、共和国を改革開放それから市場経済方向に移行させるシナリオを関与する米中日は描いていくべきだと思うのですが、そうなるとその方向性に行った場合に必ず途中で内部矛盾を起こすのは当たり前なわけでありまして、そのときに私たちはどういった点に気をつけなければいけないのか。内部矛盾というのは、労働党内部であるか、あるいは農民や労働者の中から出てくるのかはわかりませんけれども、必ず起きてくるであろう。これまでの体制と今後の市場経済改革開放の路線と矛盾してくるところが出てくると思うんですが、そのときにいかに私たち対応していけばいいのかという二点についてお伺いしたいと思います。  それから、重村先生にもう二点。  先ほどお話しになりましたけれども、金正日総書記に対しては、外交に絞って言いましても、党と外交部とそれからもう一つ軍と、この三つが悪い言い方で言えば功名心争い、お互いの競争心のもとでどういうような影響を与えて、その三つのうちどれが一番大きな影響を与えていくのか。これは方向性として非常に大きいと思いますので、その点をもうちょっと詳しく御解説をいただきたいと思います。  もう一つは、これはちょっと長期的な話になるんですが、金正日総書記の後継者の問題なんですけれども、この点も今から念頭に置いておく必要があるのではないか。今、両参考人のお話を伺えば、非常に中期的、長期的な朝鮮問題に対する対応の仕方だと思うのですが、それは金正日総書記一人の指導者の時代では解決できないのは当たり前でありますので、その後継者について御意見があればお伺いしたいと思います。  以上四点、お願いします。
  8. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 二つとも大変難しい問題でございます。  韓国の大統領選絡みで南北対話が始まってそれがどのレベルまでいくかということだろうと思うんですが、最前申し上げましたように、私は、北朝鮮はこの際新しい国際関係と新しい南北関係というものを構築して長期にわたって生存できるような体制をつくりたいんだろうというふうに思います。そして、そういうことであれば、そのチャンスというのはそうたびたびあるわけではなくて、韓国で政権交代が行われる時期というのが非常に大きなチャンスだというふうに彼らも考えているというふうに思います。  現在、四者会談の予備会談が行われてなかなかうまく進展していないわけでありますけれども、それからこれが本会談に進むかどうかということも不透明でありますが、しかしそういった国際関係の問題とは別に、多分新政権に対して南北対話を呼びかけてくるだろうというふうに見ております。本会談を棚上げしたまま南北対話を進めるということも想定しないわけにはいかないと思いますが、きっと日本に対してもアメリカに対しても、それから南に対しても、個別的にやっていくんじゃないかと思うんですね。そして同時に、それはどちらかが先に多少出っ張って進むということがあろうかと思いますが、全体を調節しながら新しい関係というものを構築して、その中で安全保障の面そして経済再建の面でうまく生き残ろうというようなことを考えているんだろうと思います。  したがいまして、質問に対しましては、私も新政権に対してかなりの対話攻勢というものはあろうかというふうに思っておりますし、また、韓国で誕生した新しい政権が四者会談が進んでいないからといって南北対話を拒絶し続けることは難しいと思うんです。一回や二回は拒絶するにしても、政権が発足した当時、特に北とこれから何か新しい関係を設定しなけりゃいけないというときに、対話をしないという態度はとれないだろうと思うんです。ですから、最初に南北対話の復活、総理級ぐらいまで上がっていって、そして首脳会談というのをどのあたりで設定するかという問題になってくるだろうと思うんです。  しかし、御質問にもありましたようにこれは韓国の大統領選挙の結果にも大分かかわってきまして、金大中さんが当選した場合、あるいは若い李仁済さんが当選した場合、向こうのやり方も随分違うんじゃないかなという気はいたします。例えば、金大中さんの場合ですともう七十一歳の政界の大先輩ということになるわけですから、首脳会談というのは非常にやりにくいですね。しかし、相手が自分より年の若い四十八歳の李仁済さんであれば、そういう意味ではくみしやすしと考える可能性もあります。  それからもう一つは、金正日さん自身が国家主席に就任していないという問題もございます。  ですから、そういった問題も幾つか絡んできて、もしそういうチャンスがあるとしても僕は来年の夏以降だと思うんですが、前半はそこまではちょっと難しいだろうというふうに思います。  それから、第二点の方でございますが、御指摘のとおり、北朝鮮開放改革に向かった後、内部的な矛盾が激化するのではないか、あるいはどこまで窓をあけるのかといった問題をめぐって改革派と保守派の間の政策論争、そして権力闘争というようなものがあり得るだろう、こういう御質問ではないかと思うんですが、私もそのとおりだというふうに思っております。・  最前、北朝鮮の中では権力闘争なんか起きていませんよというふうに申し上げたわけですが、その段階になればどうしてもそれは避けられないだろうというふうに思うんですね。つまり、これは中国の場合でも同じですが、政策論争として出発するわけでして、窓をどこまであけるかというのは政策の問題ですから、どうしても意見の対立というのは出てくるだろうと思います。見解の違いも出てくると思うんです。そういった問題をめぐって内部的な対立が拡大していくということは大いにあり得るというふうに思っております。  ただし、そこでも北朝鮮のかなり特異な体質、一人の指導者をいただいた体質というようなものがございますから、どの程度のスピードでどの程度の規模でそういうものが起きてくるのかというようなことになりますと予測の限りではないんですが、私はちょっと時間がかかるんじゃないかと思うんです。開放したからすぐに権力闘争が起きるというような種類のものではないんじゃないかと思うんです。やっぱり四年、五年というような時間がかかるわけですから、それは開放後に出現する、あるいは必ず出現する問題ではあるけれども当面の問題じゃないというような気がするんです。  それから、もう一つつけ加えますと、その問題は非常に深刻な問題ですが、にもかかわらずその場合でも、一たん開放を経験してから権力闘争が起きて崩壊するのと、そういうものを経験しないで崩壊するのとは違いますよということを実は最前申し上げたかったわけでございます。
  9. 重村智計

    参考人重村智計君) 金正日書記の外交についてのお尋ねなんですが、権限は基本的には属人的だと、人によって、つまり金正日さんとの距離でその影響力、政治力が違ってくるというのが基本的にあるということをまずお考えいただきたい。  ただ、外交は、今基本的にだんだん外交部の方に交渉の権限は移ってきているんです。ただ、役職上の権限が、党の政治局員とか書記とかいう方々の方が、政府の、我々は大臣と言っているんですが、その大臣よりも高いんですね。そうすると、いろんな政策を決めるときの集団指導体制みたいな、重要な政策は集団で決めるものですから、みんなが集まったときの発言力からすると、どうしても党の人の方の発言力が大きくなったりする。だけれども、例えば今の外務大臣の金永南さんの場合のように金正日さんに近い関係でいきますと、それなりの影響力を持って外交をやっていくというふうになるわけです。  ただ、これまでと違って、やはり近代化の過程で、ポスト冷戦に入っていく中で、外交の交渉が外交部にほとんど移ってきている。例えば、米朝交渉も最初は党がやりたいというような動きもあったんですが、それも結局外交部が持っていく、それから日朝も今度は外交部が主力になってやっていくわけです。  そういう形で、外交部の方に外交の交渉はみんな移っていくんですが、それでは、その上で大きな政策を決める場合にはどうなのかというと、属人的な関係会議で決まっていくということが多い。しかも、最終的には金正日さんが決めるわけでして、基本的には金正日さんの考え方、そこに対する影響力ということになっていくというふうに考えていいのではないかと思うんです。  もう一つの問題は、北朝鮮の外交の基本的な性格が常に大国分断外交なんです。大国を競わせてそれで漁夫の利を得るといいますか、中ソ対立の中で中国についたりソ連についたりする、あるいは米中の間でアメリカについたり中国についたり、そういう形で大国を分断していくというのがこれまでの外交の基本なんです。そうしますと、同時に数カ国と友好関係、全方位外交というのは非常に難しくなるんですね。  例えば、今、日朝交渉をしようとしてきた一方で、四者会談、米朝あるいは南北というのは進んでいないわけです。ですから、こっちの会談が進まないから今度は日朝へいく、日朝が進まなくなったらまた米朝にいく、こういう形の外交が基本的にこれまでやられてきたんですが、これを変えていわゆる全方位外交でやっていこうとしていると言われているんですが、これはまだ見えてこないんです。多分十二月ぐらいから、南北対話、四者会談それから日朝というふうにかなり同時並行的な外交が始まるんではないかと思うんです。そうしますと、北朝鮮の新しい外交のスタイルが出てくるというふうに見ていいんではないかと思います。  それから、金正日総書記の後継者についてなんですが、御存じのように金日成さんの後継体制をつくるのに物すごい時間をかけたわけですね。長く見れば一九七二年からですから、二十年以上かかっているわけです。そうすると、次の後継者を養成するにも相当な時間と論理を構築しなきゃいけないんですね。その後継者論を構築して後継者をつくっていくのに非常に時間がかかるものですから、多分就任直後、正式に新しい人事が発足して新しい体制ができた直後から後継者選び、後継者づくりというのは始まるんじゃないかと思うんです。  問題は、じゃ金正日さんの次の後継者がすんなり後継していけるかどうかとなると、時間的になかなか厳しいかもしれない。それは金正日さんがどのくらい生きていられるかということと関連してくるだろうと思うんです。次の後継者が育っていれば、一応それに対する、もちろん後継するときも少しの動揺とか混乱はあるんでしょうけれども、それは時間があれば大丈夫なんですが、時間がないと後継者をどうするかという争いが始まることになって、そこはやはりいろんな問題が生じることになるんではないかと思うんです。
  10. 馳浩

    ○馳浩君 ありがとうございます。
  11. 山本一太

    ○山本一太君 両参考人からいいお話を伺いまして、本当にありがとうございました。小此木先生それから重村先生に数問、お聞きしたいと思います。五分以内ということですから、急いでお話をさせていただきたいと思うんです。  小此木先生の、北朝鮮のいわゆる政府首脳部といいますか、政府と国民との一体感という話は大変おもしろいお話だなと思って伺っておりました。とにかく北朝鮮はいつ崩壊するかと言われてずっとこの体制でもってきたわけなんですが、ことしの五月にアメリカのガルーチ元KEDO大使が来られたときにやはり同じようにトロイの木馬理論というのをおっしゃっていまして、経済支援がトロイの木馬となって次第に北朝鮮体制を変えていくという話も、先生がおっしゃったようないわゆる国民を救済すれば政府も救済される仕組み、こういうのがある以上なかなかこの理屈もホールドしないはずだなというふうに改めて思いました。  小此木先生がふだんからおっしゃっているのが、北朝鮮政策の一番の目的というのは北朝鮮の急死といいますかサドンデスを防ぐことであると。さっき馳委員の質問の御回答にもありましたけれども、少なくとも段階的な安楽死に持っていく、例えば一回開放政策を経験させるとか、いろんな意味段階的な安楽死に持っていくようにマネジメントすることが一番のポイントであろう、このようにおっしゃっていました。たとえ在韓米軍が北朝鮮軍を打ち破ったとしても、もちろん韓国ではキャピタルフライトが起こるし、それに対する大変な経済ロスもあるし、結局そのツケを全部日本が負うことになるというお話は先生のおっしゃるとおりだなというふうにお聞きしていたんです。  先生からいただいたペーパーの中で、いわば連鎖崩壊を防ぐために日本がどういう政策をこれから打ち出していけばいいのか、果たして日本にそれだけのダイナミックなビジョンがあるかというお話だったんですけれども、いわばこういう観点に立ってこの間の北朝鮮に対する米支援というのも行われたと思うんです。こういう意味で、これからの日本の連鎖反応を防ぐための政策としてどういうポジションをとっていけばいいかということ。  それと、今回の米支援に対する北朝鮮の反応なんですけれども、私の思った以上に北朝鮮が、まあアピーズメントとは言いませんが、この寛容政策に反応してきて、総理橋本龍太郎から橋本龍太郎総理と言うようになったり、ここら辺に先生は何らかのサインかシグナルをごらんになっているのか。これが日本の将来の寛容政策について何らかのヒント、いわばこういう政策を続けることによって北朝鮮を安楽死の方向に導いていくことができると、そういう何か感じを持たれたかどうかという点についてお聞きしたいと思います。  重村先生にはいろいろお聞きすることがあったんですが、もう時間がありませんので一問に絞ります。  先ほどおっしゃっていたように、やはり朝鮮半島との関係日本という国の命運を決めてきた、白村江の戦いもそうだしモンゴルの襲来もそうだし、歴史的に大変重要だと。とにかく日本朝鮮半島とつき合う方法として、常に日本政府として最大限のサポートをする、それと同時に、北朝鮮崩壊させないというシグナルを何らかの形で送り続けるというお話があったんですが、これをもうちょっと具体的にお聞きしたいんですけれども、それは例えば政策で言うとどういうポジションをとることなのか、このことについてお二人から伺いたいと思います。
  12. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 連鎖崩壊言葉はどぎついんですが、これを断ち切るということですが、要するにポスト冷戦の新しい国際関係のようなものがまだ朝鮮半島にできていないということだと思うんですね。それをどうやってつくるかということじゃないかと思うんです。その場合に、国際関係そのものと北朝鮮経済の再建の問題とが絡んでくるんだろうというふうに思っております。  国際関係に関しては、私は南北の当事者間の相互承認というのはまだまだ難しいだろうというふうに思います。ただし、韓国の新しい政権の出方によっては、政経の分離というのが可能ではないかというふうに思っています。韓国側がそこで割り切れば、経済を主体とした交流、これは北朝鮮側も望んでいることだと思うんですね。  この間のさまざまな経済交流の場面で問題になりましたのは、要するに北側が政経分離あるいは官民分離で来るのに対して、南側がそれを受け入れないということだったんだと思うんですね。それはそれで理由があるわけでして、彼らは南と交渉せずにアメリカ日本とばかりやっていると、こういう韓国側の意識があったわけです。ですから、新しい国際関係の形成というものがなされていけば、そしてその過程で南北間の関係が調整されていけば、今とは随分違ったシステムを構築するということは不可能じゃないんじゃないかという気が私はしております。だから、北朝鮮崩壊をマネージしていくというようなことは、言葉をかえて言えば朝鮮半島において新しいシステムというのを構築していくということであって、そしてその間に南北間の経済交流をやってもらうということだと思うんです。  私は、二つの質問は米の問題と絡んできているというふうに理解しております。つまり、北朝鮮側は今、日朝国交正常化を必要としているんです。忘れていけないのは、金丸さんや田邊さんが行ったときにも彼らは必要としていたんです。ですから、私はよくこういう冗談を申し上げるんですが、あのときにちゃんと日朝国交正常化をしておけばあなたたちはこんなになっていなかったですよと。核にこだわったからこんなことになってしまったんですと。あなたたち危機の本質というのは実は安保じゃないんだ、そうじゃなくて経済なんだから、だからあのときに日本向けのカードとして核の開発を凍結していれば国交正常化できたかもしれない、そうすれば経済は少なくともこんなになっていませんでしたよということを申し上げるんですが、私は今でもあれは北朝鮮側の失敗だというふうに思っております。  国交正常化が核兵器の問題、核開発の問題でうまくいかなくなったから彼らは方向転換してアメリカの方へ行ったわけでありまして、国交正常化の必要性というのはあのときも彼らは非常に強く認識していたんです。現在はもっと強い欲求を持っているだろうというふうに思います。  今回、米支援あるいは日本人妻の問題に関しまして、人道的な観点というようなことで先方から言ってきているわけでありますが、やっぱり人道を外交の手段にしていると思います。人道を手段とする外交によって国交正常化を達成したいというふうな欲求を持っているんじゃないかと思います。核の問題が一応凍結されるという形で解決されておりますから、したがって次の日朝国交正常化交渉ということになれば、やっぱり人道問題だと思うんですね。これには例の北朝鮮の拉致疑惑のような問題も含まれているわけでありまして、こういった問題でどこまで北側が譲歩できるかということで日朝国交交渉のスピードも随分変わってくるんじゃないかという気がいたします。しかし、いずれにしましても、米の問題に関しても日本人妻の問題に関しましても、北側のメッセージが込められているというふうに私は理解しております。
  13. 重村智計

    参考人重村智計君) その前にちょっと、山本先生から御質問いただいた食糧支援の問題で、北朝鮮側が非常に早いレスポンスをしたということの背景をちょっと御説明しておきたい。  我々の取材によりますと、先ほどお話ししたように、結局北朝鮮の外交は外務省と党と常に競争関係にある。実は、日本の外務省が食糧支援を発表する前は外務省は物すごい批判の矢面に立たされていた。それはなぜかといいますと、北京で日朝の高官が接触をして、日本人妻で合意して日本側は食糧支援という約束をしたのにもかかわらずいつまでたっても来ないじゃないか、結局おまえらは失敗したんだと。だから、日本人妻の名簿とか日本人妻を帰すというのはこれまた党がやりますよ、大体おれたちにやらせれば何でもできるんだと。こういう綱引きをやっているところにぽんと日本食糧支援が来たので、外務省の方が、ほれ見ろ、やっぱりおれたちがちゃんと交渉したから出たんだというところでぴっと外務省が出てきたんですね。つまり、外交部としては、日本に対するいろんな交渉とか外交の主導権を一つかち取ったということで、彼らの方針に従って日本にはちゃんとお礼を言わなきゃいけないということでの対応をつくってきたという彼らなりの事情があるんです。それが一つ。  御質問いただいた朝鮮半島日本との関係ということなんですが、基本的には、やはり韓国が一番近い国でありますし、馳先生もおっしゃいましたように朝鮮問題については当事者がどう考えるかが一番大切な問題でして、当事者を通り越して我々がこうしろああしろとはなかなか言えないんですね。そうしますと、朝鮮半島の将来、それから朝鮮半島をどうするかというのは韓国北朝鮮がお互いに考えた上でやってくれるのが一番いい。  そこでもって、じゃ日本北朝鮮とどういうふうにつき合ってどういうふうに対応していくかという場合にも、もちろん韓国意見が違うことはあるんです。韓国は一応立ててやらないとうまくいかないんですね。立てるということは、韓国の人も北朝鮮の人も一番大切なのはメンツでして、メンツさえ守られればある程度のことは納得してくれる。メンツとは何かといいますと、日本北朝鮮に対する政策とか、交渉をやる前にきちんと説明しなきゃいけない。こういうふうに交渉しましてこういうふうになりますよと説明した上で、しかも交渉が終わった後でまたきちんと説明して、こういう交渉でこうなりましたと。これはもちろん外交の駆け引きですから一〇〇%説明することはないんです、アメリカだって米朝交渉のときに一〇〇%韓国側に説明していたわけではないんですから。だから、それは七〇%なり八〇%でもきちんきちんと説明していくというのが、日本朝鮮半島韓国とまずつき合っていく大切な礼儀、これがメンツを立てることになる。これが一番必要である。  それから、日本韓国のことを考えた場合には、韓国人の間に、日本人というのはいい人だ、日本人というのはやっぱり信頼できる人たちだという意識を広げるのが一番なんですね。この意識を広げるのは何かといえば、韓国の若い人たち日本に来て赤坂とか六本木とかを歩いて日本人に道を聞くと、日本人というのは親切だ、韓国で教えられていたよりも物すごく親切な人たちで、行ってみたら違ったと、みんなこう言うわけですね。ということは、来て日本人と接触すればどんどん変わっていく。  それから、日本に来て書籍とかいろんなものを簡単に買っていくことができれば一番だ。その一番の障害になっているのは実はビザでして、日本から韓国に行くには旅行ビザはノービザなんですが、韓国から日本に来るにはビザを取らなきゃいけない。これが非常に面倒くさい。以前に比べるとかなり簡略化したんですが、しかし、例えば普通の大学生が週末に福岡に行って本を買いに行こうとか見に行こうとか、そういうことをするのは非常に難しいんです。  ですから、早い段階でノービザにすることが日韓関係韓国人の日本に対する感情を変える最も有効な手段である。もちろん、法務省とか担当の部局は日本で不法就労したり残ったりしたりする人がふえるから困ると言うんですが、しかしそれを補うだけの効果があると思うわけです。しかも、そんなに全員が全員残るとは考えられませんのでね。もう一つは、韓国だけにやるとほかの国にもやらなきゃいけないじゃないかという理屈があるんですが、これは日本韓国のかつて植民地だったという特殊な関係で僕は説明できるだろうと思うんですね。  そういうことで、韓国には特別な待遇をとる、それを早くやれば日本韓国関係というのは、一般的な韓国人の感情というのは非常に変わってくるだろうと思う。これが一つです。  それともう一つ、最大限のサポートをするということは、基本的には、先ほどお話ししましたように韓国あるいは北朝鮮がどう考えるかというのが朝鮮半島で一番肝心なものですから、韓国日本アメリカと三カ国で、どういうふうな形でサポートして、どういうふうな形で朝鮮半島の安定を保っていけるかということを常に協議して決めていくのが一番いいんですね。その中で、北朝鮮崩壊させませんよということを三国で一緒になって言い続けるということが危機を回避する一つの方法だろうと思うんです。これがきちんとやっていけることが大切だろうと思う。そうしますと、将来において、北朝鮮への支援とかあるいは統一に至る過程でのいろんな支援段階で、日本だけでやるんじゃなくて三カ国の協議の中で日本が最大限の役割を果たしていけると思うんです。  ただ、もちろんこれも駆け引きですので、例えば今問題になっているKEDOのお金をどうするかとか、これは三カ国の駆け引きになるんですが、駆け引きは駆け引きとしてやりながら協力関係を持っていくというのが一番大切であろうと思います。
  14. 笠井亮

    ○笠井亮君 お二人の参考人、どうもありがとうございました。  先ほどのお二人の御意見を伺って、今しきりに振りまかれているような北朝鮮の脅威論とか、あるいは一路崩壊で大混乱というようないわば単純な議論と違って、全体として冷静な分析をされているなということを感じました。また今、重村参考人朝鮮半島の問題は当事者の意向を尊重する必要があるということで、朝鮮半島統一問題はあくまでも当事者が決める問題だということを強調されたと思うんですけれども、私もそれは大事な視点ではないかというふうに感じたところです。  それで、お二人に簡潔に伺いたいんですが、まず重村参考人ですけれども、崩壊させない、そして戦争させないということが大事だということを先ほどおっしゃいましたが、アメリカ北朝鮮に対する現状認識と政策の現段階がどうなっているかということについて伺いたいんです。  大きく言えば、アメリカの当局者自身がこの間明確にしているように、九四年の米朝の基本合意がありましたけれども、それ以来と言っていいんでしょうか、全面対決から対話への変化というのは見られるんじゃないかと思うんです。最近でも、この春、アメリカのベーコン国防総省報道官が食糧不足の深刻化の問題を指摘しながらも朝鮮半島での戦争の可能性は高まっているわけではないということを言明しているというのは、私も注目したんです。  こういう認識に立って北朝鮮体制崩壊を回避してこの間の米朝関係方向を維持しょうとしているというアメリカの基本的ポジションがあるんじゃないかと私は思っているんですが、局面はいろいろ紆余曲折あると思うんですけれども、最近こういう基調に変化がないのかどうか、その点はいかがかということをちょっと伺いたい。  もう一つは、そうだとしますと、アメリカ自身がもう一方ではならず者国家という形で描き出してきた北朝鮮との関係を進展させているという現実は、ならず者国家に対抗するためにアジア太平洋世界で米軍基地や戦力、軍事同盟を維持しなければならないという主張がそういう意味では極めて意図的なものなのかなということを非常に明確にしているんじゃないかというふうに思うんですけれども、その辺の関係参考人はどのように見ていらっしゃるかということを伺いたいと思います。  それから、小此木参考人には一つ伺いたいと思っているんですが、最後、結論部分で言われました新ガイドライン、ガイドライン見直しとの関係です。  積極関与の失敗や、朝鮮半島の有事に備えて日米韓の安全保障分野での協調体制を整えておく必要があるということも最後に強調されて、ガイドライン見直しに触れられたと思うんですけれども、私は、このガイドライン見直しの問題は重大問題だと思っております。中国や韓国北朝鮮を初めとして、あの戦争のときにアジア全体で二千万人の犠牲を生み出したかつての日本の軍国主義復活への警戒心が強いのは当然だと思います。それから、最近のアジアの流れといいますと、全体では、やはり軍事同盟ではなくて非同盟でという動きがこの間のASEANの拡大外相会議の中でもますます強まっているんではないかというふうに私は受けとめているんです。そういうアジアの歴史的な体験あるいは現在の流れから見てガイドラインというのは逆らっているというふうに私は思うんですけれども、だからこそアジア諸国から批判の声も上がっているんじゃないかと思うんです。  そこで、伺いたいのは、有事に備えてそういう体制をとっておく必要があるというふうにおっしゃっているんですけれども、そういう新ガイドラインが北朝鮮や中国や周辺の戦略関係に私が申し上げたような意味影響がないのかどうか、あるとすればどういう影響を与えることになるというふうにお考えかということについて伺いたいと思います。よろしくお願いします。
  15. 重村智計

    参考人重村智計君) アメリカ北朝鮮政策について簡単に御説明したいと思います。  御存じのように、アメリカは、政策を決める場合に常に国務省と国防総省とホワイトハウス、それにCIAが絡んで、三つでいつも対立したりあるいは協調したりしているわけですが、最近のクリントン政権の中の雰囲気は、国務省が北朝鮮穏健派、それから国防総省とホワイトハウスが強硬派、簡単に分ければこういう図式だったわけですね。  これはどうしてかといいますと、先ほどお話しした九四年の米朝合意以降、米朝合意に従った政策をアメリカはやっているんですが、北朝鮮は米朝合意に従っていないじゃないかという批判が非常に強いんです。それはなぜかといいますと、米朝合意によれば南北対話はもうずっとやっていなきゃいけない。でも南北対話はしない。それから、例えば今度の四者会談でも、アメリカが一生懸命食糧支援したんだけれどもそれでも四者会談に応じないじゃないかというふうに強硬派の方は非常に強い姿勢を示していまして、結局北朝鮮というのは強い姿勢で臨まないと折れないんじゃないかというのがホワイトハウスそれから国防総省側に非常に強いんですね。  それで、今度国務省のアジア太平洋担当の副次官補になったスタンリー・ロスさんもどちらかというと強硬路線に近い穏健派と言われていまして、これまでよりは北朝鮮に対して少し強い姿勢で出るんじゃないかと今言われているんです。これがどうなっていくかなんですが、そこは北朝鮮も実はわかっているといえばわかっていまして、アメリカを絶対怒らせない限度でやめるんですよ。そこがいつも駆け引きなんですね。  それからもう一つの問題は、クリントン政権の次の政権がもし共和党政権にかわったりした場合には、民主党政権と違って相当強い姿勢で出る可能性があるかもしれない。出るのではないかというところが一つの変化の要素なんです。  もう一つ、在韓米軍の問題なんですが、一つこれは私の考える判断なんですが、アメリカ朝鮮半島戦争が起きたときに在韓米軍三万七千人を全部殺すつもりはないんですよ。つまり、戦争が起きたときには在韓米軍はもしかしたら逃げるかもしれない。つまり、三万七千人をなぜ置いているかといえば、戦争をさせないためなんです。戦争をさせないためのあくまでも抑止として置いている。抑止が非常にきいている間は在韓米軍の意味はあるわけですね。しかし、一たん戦争になって、もし三万七千人、あるいはさらに投入して死者がふえたりした場合には世論は変わるかもしれない。  そういう一つの状況を考えた場合に、アメリカ北朝鮮をならず者国家としながらならず者国家にさせないように常にある一定のところで譲歩してきたというところが、在韓米軍の抑止の力を、軍事における抑止と外交における駆け引きにその抑止の力を最大限使っていこうというところの限度に来るわけですね。そうしますと、ある程度の限度に来たところで少しずつ譲歩しちゃうというのが現実であろうというふうに思います。  ですから、我々は一般的に日本では在韓米軍が朝鮮半島を守ってくれるんだというふうに思うんですが、実際にはアメリカは御存じのようにアメリカの国際戦略の中で置いている話ですから、別に朝鮮半島を守るのが基本ではなくて、アジアの平和と安定のためにこの抑止力はどうしても維持しなきゃいけないというところにあるというふうにお考えいただければ、ほかの動きがわかりやすくなるんではないかと思うんです。
  16. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) ちょっと質問の趣旨から外れるかもしれませんが、私は朝鮮半島危機に関しては日本韓国の立場とアメリカの立場は若干違うんじゃないかというふうに思っている部分があるんです。  それは、今、重村さんがおっしゃられたように、アメリカ戦争を避けるということを非常に強く意識してソフトランディングという言葉を使っていても、その内容をよく聞いてみると、要するに戦争を避けて事態を収拾するということを考えているわけであります。アメリカ人のジャーナリストと話をしていて、それじゃ内部崩壊ならどうなのかと言うと、内部崩壊なら構わぬじゃないか、社会主義体制が一つなくなるんだから構わぬじゃないかというようなことを言う人もおります。だけれども、我々この地域にいる人間はそれじゃちょっと困るんですね。戦争が避けられるだけじゃなくて、突然の崩壊もちょっと困るんです。だから、ちょっとそのあたりにギャップがあるなということを感じております。  そのことをちょっと前置きとして御質問にお答えしたいと思うんですが、結局、我々が今やっているようなエンゲージメントと言われるようなものにはあめの面とむちの面と両方あるように思います。ですから、私も最前、政治経済戦略で、つまり政治的、経済的な手段でできるだけあの国を国際社会の一員として迎え入れていくように努力しなきゃいかぬということを申し上げました。しかし、歯どめとして、それに失敗した場合、そして緊急事態が起きた場合にはガイドラインが想定しているような事態というものも考えないわけにはいかないんだ、このように申し上げたと思うんです。それは対になっているわけでありまして、あめだけとかむちだけとかということではないと思うんです。緊急事態を想定しなくていいというわけにもいきませんから、それはどうしても政治経済的な対応と軍事的な対応と二つ必要なんだろうと思うんです。ただし、今我々にとって必要なのは政治的、経済的な対応であるということを強調したつもりです。  ガイドラインに対する反応としては、韓国の中は割れているように思います。まず官民で割れている感じがいたします。国防関係者とか政府関係者は比較的これに対して、肯定的と言わないまでも、それを受け入れるようなニュアンスで反応しているように思います。考えてみればこれは自分たちのことをやっているわけでありまして、一朝事あるときに日米が防衛協力をちゃんとできないということでは韓国にとっても不都合である。しかし、他方、マスメディア等はかなり警戒心を持っている。これは御指摘のとおり過去の経験からくるものだろうというふうに思うんです。そこの間のギャップがやっぱり感じられるということは申し上げなきゃいけないと思うんですね。  それから、そもそも韓国人はこの問題に関してはやっぱり理性と感情とは分裂しています。統一問題に関してもそうですが、日本の問題に関してもそうです。つまり、理性的に考えればある程度受け入れなきゃいけない、しかし感情的な面でいえばとても受け入れられない、こういう分裂があるように思います。  北朝鮮に関して言えば、これは明らかにむちの面で彼らは感じていると思います。ですから警戒心を持っておりまして、労働新聞やラジオ放送等はこれに対してかなり厳しい批判をしております。  ただし、その効果がどうなのかということになりますと、私はやっぱりあめだけじゃなくて、政治経済的な妥協が成り立たない場合、あるいは新しい国際関係が設定されない場合というのはやっぱり北にとっても非常に不都合な状態なんだと、念を押していくような意味ではかえって効果があるかなというような印象も実は持っているんです。これも二つの側面の一方でございますから、むちの方が余り強く出ると逆効果になるということは当然考えておかなきゃいけないというふうには思っております。
  17. 板垣正

    ○板垣正君 両先生ともありがとうございました。やはり大局的に考えていかなきゃいけないと、大変勉強させていただきました。  それで、端的に一問ずつ伺いたいのですが、小此木先生に。  やはりいずれの段階日朝国交正常化の交渉の問題をと、これはさっきお話しのとおりに非常に重大な問題だと思います。ただ、その問題については、前提といいますか、日本人妻の問題なり拉致の問題なりその他いろいろの問題がございますから、お米の支援すらなかなかコンセンサスが得られないくらいの、そういうものもあるわけであります。  そこで、近々、十一月何日かには日本人妻の第一陣が、ようやく十何名かが日本に戻ってくる。これも向こうのしたたかなやり方というものを随分思い知らされました。我が方の考えでおったのは、全員の名簿を下さい、また自由往来ができるようにと、まさに通常の姿勢だと思うんですが、向こうの場合には、十五名というのも向こうから見ての模範生が来ると。  そこで、先生の発言されたかお書きになったものの中に、第一陣の里帰りが実現した後に日朝国交正常化交渉を再開しないと第二陣以降はストップしてしまう、こういうふうな御発言といいますか、見たことがあるんですが、その辺の御見解を承りたいということです。  それと関連をいたしまして、さっきお話しのように、いろいろの懸案がありますし、むしろ北朝鮮側が存立をかけて日朝国交正常化を求めざるを得ない。そうなれば、やはり我が方はある意味の外交的な姿勢は非常に強いと思うんです。そうであるならば、やはりこの際、第一陣が帰ったからといって、もっと慎重な対応が選ばれるべきじゃないかというふうなことでございます。その辺に  ついて率直な御見解を承りたい。  それから、重村先生には、やはり先生のお書きになったもの、大変勉強になりましたが、アメリカと中国のもう正反対の北鮮対策が明確になってきた。つまりアメリカは、いずれ崩壊すると。さっきもお話があったように、急激な崩壊なり、あるいは、暴発しちゃ困るけれども、徐々に崩壊していって開放体制に入っていけば、当然市場経済なり民主化の方向に行ける、つまり体制も変わっていく、これは我々もそう思います。しかし、中国の場合には、崩壊させないと。あの政権は崩壊させない、中国のためにも。したがって、中国がいろいろ食糧とかその他のものを相当援助しているようですけれども、これはもう公然と北朝鮮の軍に援助するという形で実施されているという報道もありますし、そういう形での基本的な姿勢の違い、これを先生の御見解で述べておられたと思いますが、その辺をもう少し具体的に掘り下げていただければと思います。  以上です。
  18. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 日本人妻の問題、最終的に自由往来までかち取らなきゃいけないわけですし、拉致疑惑の問題に関しても、これは疑惑を晴らして当事者を日本に帰国させるというところまでかち取らなきゃいけないと思うんです。  ただ、初めからそういうことが可能かということになれば、先方は明らかに日朝交渉と絡めてきているわけでして、今回の日本人妻の里帰りの交渉も、予備交渉自体、日朝国交正常化のための予備交渉というような名前をつけているわけであります。つまり、彼らはこういった問題を外交の手段としてしたたかに国交正常化の位置づけのために利用しようとしているということは明らかだろうと思うんです。  私がどこかの雑誌で書いたかしやべつたかしたのは、その時点では日本政府の先日行った人道支援がまだ多分行われていなかった段階だろうと思うんです。結局、先方は外交の手段としてそれを使っているわけですから、それを促すという意味ではこちらも人道的に対応せざるを得ないだろうという意味合いでございまして、そこで言っている食糧支援というのは大規模な食糧支援のことを言っているわけではないと思います。私は、その間のことというのは非常に誤解されやすい、説明がくどくど必要な話なので困るのでありますが、北朝鮮に対する食糧支援というのは人道的な支援と大規模な支援ときちっと分けるべきだというふうに申し上げてきております。  人道支援というのは、これはこれまで行ってきた、アメリカ韓国が行っているようなと言ったらいいでしょうか、たぐいの支援でありまして、量的にも限られているわけであります。先般行ったような五十万トンに上るような大規模な支援というようなことを言っているわけではありません。五十万トンとか百万トンとかというような支援は、これは明らかに人道支援じゃないです、政策的な支援ですから。政策的な支援であれば、これは外交的な見返りが必要だというふうに考えております。当然、先方も、第一陣とか第二陣とかというような意味じゃなくて、もっと大きな見返りというものがあってしかるべきだというふうに考えております。  その二つを分けて対応していくということが重要であり、また、これらの問題は、先方の言い方で言えば、我々が一譲ったら日本も一譲らなきゃ  いかぬ、二譲ったら日本側も二譲らなきゃいかぬ、北朝鮮の報道を見ておりますとこういう言い方でありますから、結局最後の段階で、国交正常化のときにすべて自由往来や帰国を実現できるかという出口論の問題になってくるだろうというふうに見ております。  我々の立場は決して弱くないというのは御指摘のとおり、私も申し上げたとおりですから、国交正常化時点ではその辺の問題をきれいに解決していただきたいというふうに考えております。
  19. 重村智計

    参考人重村智計君) アメリカと中国の対応の問題です。実は、対応は違うんですが認識は同じというところが最近の変化というか奇妙なところなんです。  認識が同じといいますのは、北朝鮮は近いうちに崩壊するのではないかという危機感、そうなるんではないかという可能性ですね、を一方の中国は持ち始めたわけです。つまり、アメリカ崩壊が早いんじゃないかともともと考えている。中国は今までアメリカに対して、いや、大丈夫ですよ、北朝鮮はそんなに簡単に崩壊しませんよと言ってきたのが、どうも中国の当局者も、これは下手すると早いかなという心配を抱き出したんではないかと言われているんですね。  これは、中国からアメリカに来る外交政策の担当者がアメリカの政策立案者に、アメリカ北朝鮮崩壊したらどういうふうにしますかとか、北朝鮮はいつごろ崩壊すると思いますかという質問を盛んにことしの春からし出すようになったんですね。それで、アメリカ側から見ていると中国は何か本気で心配し始めたんじゃないかというのが一つありまして、その結果、中国は基本的に金正日体制崩壊させないという方針を決めた、そのためのいろんな政策の会議をしていると言われているんですね。これが基本的な認識を同じにしながら政策が実は違ってきたということの一つなんです。  もう一つは、中国は朝鮮半島に対して常に影響力を持っておきたいというのが歴史的な心理でして、中国の今の立場からしますと一番恐れているのが、台湾、日本あるいは東南アジアを経て中国包囲網というのをアメリカがつくろうとしているんじゃないかと、戦略的にですね。そのときに、北朝鮮までアメリカ影響力の中に入れば完全にその包囲網の下にさせられてしまう。そうすると、やはり北朝鮮はいろんな意味で、南との対立といいますか、バッファーゾーンとして、緩衝地帯として必要であると同時に、対中包囲網というのを避けさせるためにも必要な地域であると、こういう考えになるわけですよね。そうしますと、どうしても北朝鮮体制を今のまま維持して、中国の影響力が及ぶ地域を持っておきたいということになる。もちろん韓国とも今中国は外交が正常化していますから、常に南と北の二つの朝鮮半島影響力を維持したいという基本があることから、そういう政策になってくるだろう。  問題は、それじゃアメリカ日本はどういう政策をとっていくのかという一つの戦略の問題なんですが、いずれ中国が大きくなって脅威になっていくという理論に立てば、中国包囲網の一つの形成をしなきゃいけない。中国包囲網の形成をする場合には、北朝鮮韓国、あるいは統一された朝鮮半島日本、それが中心になっていく。そうすると崩壊は早い方がいいのではないか、こういう理屈が出てくるわけですね。  その場合に、それじゃ日本はどういうふうに対応していくかということになるんですが、先ほどの小此木先生ともちょっと関連するんですけれども、結局、外交は常に窓口をあけておかないと駆け引きできないんですね。常に窓口をあけておいて、その外交の窓口でもっていろんな駆け引きを展開していかないと、ほかのチャンネルからいろんなことを今度はやり出そうとする、混乱してきちゃうんですね。  北朝鮮の場合を考えても、外交チャンネルできちんといろんなことをやっていく、それから駆け引きを展開していくためには、チャンネル自身は常に開いておく必要があるのではないか。だから、日朝の交渉にしろ日朝の接触にしろ、やったりやめたりというのが一番実はまずいやり方で、ある程度のチャンネルは置きながら、そこで常に駆け引きを展開しながら、自分たちの要求、拉致問題にしろ日本人妻の問題にしろ、常に要求を突きつけられる場所があるということが実は本当は大切なんではないかというふうに思うんですね。
  20. 永野茂門

    ○永野茂門君 最初に小此木先生に、主として非暴力的、段階的な体制移行あるいは安楽死、当然その道を追求すべきであると私も思っておりますが、それに関連して二つばかり最初にお伺いいたします。  一つは、北朝鮮自体の中に、自分の体制の非を悟って、こういう超閉鎖的あるいは超特異な宗教共同体のような体制ではもういろんなことはうまくいかないんだというように主張している人、思っているだけじゃなくて主張している人はいるんでしょうかということ。あるいは、北朝鮮がどの程度そういうことを自覚しているんだろうか、自覚していないというのが本当の言葉だと思いますけれども、その辺は本当にどうなんだろうか。  それと関連して、日朝国交回復というのは、北朝鮮にとっても、自分の国がこれから先、国際社会に受け入れられ、そしてまた経済も回復してちゃんとした健全な国際社会の一員となるために、繁栄をかち取り得る、あるいは統一で決して不利な体制に入らないためにも非常に大事なことだと本当は自覚すべきなんですけれども、そういうことをどの程度自覚しているんだろうか。先ほど、拉致問題でありますとか、あるいは日本人妻の問題でありますとかいうことがちょっと出てまいりましたけれども、こういうものに対する対応の仕方を見ていますと、日朝国交回復をそんなに重視していないように感ぜられるわけですが、それについてどういうように見ておられるかというのが第一点です。  それからその次は、これは韓半島、朝鮮半島の問題であって、米国だとか日本、特に日本にこれからのそういう処理あるいはまた体制が変わっていくに従っての難しいところをマネージしてもらう、あるいは支援してもらうというのは、それは日本もやらなきゃいけないと思いますけれども、半島の南北両国がそれは一生懸命やるべきであるわけでありまして、その点について韓国はどういう自覚を持っているんでしょうかというのが第二点です。  この二つをまず小此木先生に承りたいと思います。  それから重村先生には、今最後の方に触れられました中国の北朝鮮対応の問題でありますけれども、中国自体がいわゆるコンテーンメントポリシーといいますか、そういうものによって周囲を包囲されてしまうことを嫌うということ。  これはバランス・オブ・パワーの観点からよくわかりますけれども、しかし世界の平和構築あるいは安全保障の将来の方向としては、例えばNATOの拡大について、NATOが拡大することは結構なことでありますけれども、今ロシアは必ずしも全面的にはこれを支持していない、嫌な顔をしながらつき合っているわけであります。これは私は、ロシアに対しては、君たちはいつでも対立の考え方で物を考えるからそういうことになるのであって、いっそのことNATOの中に本当に入ってしまったらどうなんだと、そういうような観点からこの問題を解決したらどうなんだということを言っているわけですけれども、決して私の言うことには賛同してくれません。  同じことが中国に対しても言えるので、中国は周辺諸国、ロシアを含めてですね、特に旧自由諸国、これによる包囲体制というように考えるからいけないのであって、こちらもウエルカムしなきゃいけませんけれども、その中に入ってくる、そして共同してアジアの平和、安定の確保にシステム的に参加していくというような考え方にならないものでしょうかということをお尋ねしたいと思います。  以上です。
  21. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) なかなかずばっと言わないと許してもらえないような質問で困っているんですが、自分たち体制の非を悟るような認識なり主張なりが北朝鮮の中にあるのかという御質問ですが、そういうものはないと思います。あるいは、あるとしてもごくわずかであったり沈黙していたりということではないかと思います。これは一種の宗教国家あるいは全体主義国家の中でそのようなことがあろうはずもない、むしろ体制の正しさを主張しているのが大多数であろうかと思います。  日朝関係に関しましても、彼らはそれが今重要だということをわかってきているわけですが、にもかかわらずこれまでのことに関して考えを変えるとかいうようなことはないだろうと思います。むしろ、この点でも日本側の非を指摘するという態度であろうかと思います。例えば、日本はまだ過去の清算をしていないじゃないか、人道問題といったって昔もっと非人道的なことを日本はやったじゃないか、こういう論調が随分出ているわけであります。  ただ、いずれの問題に関しましても、生き残りということが優先し始めているんじゃないかと。体制の生き残りということを考えると、余り自分たちの主張を正面に出して日朝関係を改善できないということでは困るわけですから、その辺が彼らのジレンマであり、考えどころだろうというふうに見ております。  経済開放なんかにしてもそうでありまして、開放しないでできるものなら、生きていけるものならそれがいいという意味では変わっていないんです。しかし、開放しなければ生きていけないということであれば、やはり状況対応せざるを得ないということ、そういう段階に来ているんだということであります。ですから、それらの変化というものは自発的なものであるよりは強いられたものであるというふうに理解しております。ただし、強いられたものであっても、変化し始めた後どうなるかというと、これはまた予測の限りではございません。  それから、韓国に当事者としての自覚があるのかというような問題ですが、これも随分厳しい御質問でございまして、率直に申しますと、当事者というのはなかなか目が見えないというのがありまして、ですから自分たちが極めて重要な時点にあってこの政策選択が非常に重要だなんというときに案外そのことが見えなかったりいたします。それから、当事者というのはやはり変化を恐れるような心理状態というのを持っておりますから、その点でも御指摘のような問題はあるんだろうと思うんです。ただし、この点でも、結局我々は半島の問題を変えるためにはやっぱり韓国の協力を得なければどうしようもないということ、あるいは日本だけでは政策の立案ができないんだということを考えざるを得ないのでして、そのあたり韓国をある意味では説得するぐらいのことが必要なんだろうと思うんです。  私は常々、日本はできるだけ半島の問題に関しては韓国を通じて発言するのが一番賢明だというふうに考えております。韓国の人には、あなたたち一人で言ったって国際的に理解されませんよ、日本を味方にして一緒に声を上げるのが一番利口なんだよということを申し上げている次第です。
  22. 重村智計

    参考人重村智計君) なかなか難しい問題で、これは永野委員の方がよくわかるんじゃないかと思うんです。私より委員の皆さんがいろいろ考えているんではないかと思うんです。  一つは、なかなか簡単ではないんですが、皆さん御存じのように、中国は長い国境線を持っていてその国境線の一部が破られることに物すごい恐怖心を持っているわけですね。それが、自分が包囲されるのではないかという物の考えにどうしても行き着きがちだと。それを一緒に入れてNATOのようなものをつくろうとした場合に、ではだれが主導権を握るのか。今度は中国は自分が主導権を握らないと満足しない。  そういういろんな問題があることを考えますと、やっぱりヨーロッパが歴史的に歩んできた道のりをまだアジアは全く歩んでいない。もちろんARFとかいろんな信頼醸成の会議がそこそこできているんですが、それぞれの会議が強制力を持っているわけではないわけでして、次第に強制力を持っている会議に、強制力までいかなくても一つの規制を持つような段階まで発展すれば新しいものができるので、それを早くつくっていくしかないと思うんです。  それともう一つは、例えば日米中の首脳会談みたいなものを日本側が提案してもなかなか中国側が応じないとかいう状況があるものですから、なるべくその地域の、日米中の首脳会談あるいは日韓中の首脳会談、あるいは南北朝鮮と日中米の首脳会談とか、そういう地域的な首脳会談をどんどん重ねていくことによって地域の信頼と首脳同士の相互の意思の疎通を図る機会をふやす、そういうふうにつくっていく段階になると思うんです。  そういう意味での外交展開は、日本韓国アメリカで、小此木先生おっしゃったように、やはり日本韓国と共同、連携しながらやっていければ一番いいであろうというふうに考えるんです。
  23. 永野茂門

    ○永野茂門君 ありがとうございました。
  24. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。  それでは三時二十五分まで休憩いたします。    午後三時十四分休憩      ―――――・―――――    午後三時二十五分開会
  25. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を再開いたします。  休憩前に引き続き、国際問題に関する調査を議題とし、参考人に対する質疑を行います。
  26. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 共産党の上田でございますが、参考人のお二方、どうもありがとうございました。  私も小此木さんが申された政治体制経済体制のアンバランス、これがあると思うんです。ちょうど小スターリン体制ともいうような非常に異常な、しかし国民とのある一体性を持った政治体制食糧危機に見られる大変な経済危機、これが特徴だと思うんです。ただ、金書記の報道による著書だとか書簡を見ますと、やっぱりアメリカとの正常化、日本との正常化を通して、経済制裁の解除、賠償あるいは資金の導入で経済的問題を段階的に粘り強く解決していこうという方針をとっているように思うんです。  そこで、お二人の参考人に二つお伺いしたいんです。  一つは、一番言われております食糧危機の実態です。報道の中には飢餓シーンは演出だというようなものもありますけれども、アメリカのNGOが中国の国境地帯で聞き取りをやった結果、約五十万人の死亡という公表をしていたり、それからドイツの赤十字広報官が、毎月一万人以上の子供が餓死しており第二次大戦後の世界で最悪の飢饉だということを公表しているという記事なんかあるんです。飢餓だけで政治体制崩壊しないというのは中国の大躍進のあの時代なんか見てもわかるんですけれども、この食糧危機の実態、御存じだったらお知らせいただきたい。  第二点は、一番問題の南侵による戦争の危険なんですけれども、例えば朝鮮戦争、これまであれは私どもは最初アメリカがしかけたんだと見ていたんですが、その後北朝鮮が開始したということがはっきりして、党史を書き直したことがあります。それから、二回目は六八年、青瓦台の襲撃事件、それからプエブロ号事件。青瓦台襲撃は労働新聞がトップで報道する。前の年に金日成が南の革命的大事変を主導的に迎えようという十大政綱なんかを発表してあったので、日本共産党として非常に重視しまして、向こうから呼びかけもあったので、六八年の八月に宮本書記長を団長に松本善明、不破哲三、立木洋などの団員で行きましてかなり率直に議論をしたんです。  金日成はこう言っているんです。アメリカが朝鮮に局部的な形で戦争を起こす場合、日本軍国主義を利用して自衛隊が派兵される可能性があるんじゃないかという質問を向こうから出してきた。宮本さんは、非常に我々は憂慮している、戦争アメリカの侵略という歴然とした形で始まるのか、それともいわゆる南侵という形で始まるのか、決定的だと。もし南侵という形で始まったら、日本と世界の民主勢力が連帯する、大義を失うことになるとやわらかくかなり率直に言ったんです。そうしたら金日成は、我々は主導的に戦争を始めるつもりはない、南朝鮮の革命運動も武装闘争を中心とする段階じゃないんだ、南侵近しというのは朴一派の宣伝だと、こういう答えがありまして、一応我々は会談の目的を達したということがあった。ただ、そのときに宮本書記長の部屋に向こうが盗聴器を仕掛けていたことを立木さんが発見しまして、それからいろんなことがあって関係断絶まで行っちゃうんですけれどもね。  その次が九四年だと思うんですね、核疑惑のとき。このときは、今度はアメリカ側が核疑惑を口実にして戦争の準備を本格的に始めるというところまでいったんですね。この問題はアメリカのオーバードーファー氏の著書などでいろいろ書かれているんですけれども、あのときは羽田内閣のときで、千九百項目のアメリカ側の要望に対して今のガイドラインじゃ何もできないという態度を日本政府が示したので、結局カーター訪朝によるその年十月の米朝基本枠組み合意という形で平和的に解決したという経過があるんですね。この経過はアメリカ側が自民党の議員の方に話をしたとも言われているんです。  それで、今はそのガイドラインが新しくなって、今度は千九百項目と言われたときにはそのままやりましょうということになってきているんです。そうなりますと、お二方がこの新ガイドラインというのは戦争危機に対するある歯どめになると言われたけれども、アメリカはもし今の新しいガイドラインが九四年に日本にあれば軍事的対決をやったと思うんですね。そうなると、私は、日本がどちらへ行くかということが非常に決定的な意味を持つと。  ベーカー元米国務長官は、クリントン政権の北朝鮮政策は軟弱だ、KEDOによる軽水炉転換事業は間違いだ、四者会談の開催を悲観的に見ているというような見解を東京新聞との記者会見で述べています。そうすると、先ほど言われた国防総省側の軍事的に強くなきゃ向こうはのまぬというのは、国防総省だけではなくてベーカー元国務長官までこういうことを公然と言うとなると、アメリカ側にはやっぱりそういう流れもかなり強いというのがあるんですね。  クリントン政権の四者会談並びにKEDOはそういう方向でという政策がもし危険な方向になると、新ガイドラインなんていうのは歯どめどころかむしろ非常に危険なことになりかねないんじゃないか。日本としては、そういうものを結ぶんじゃなくて、本当に朝鮮問題も平和的に解決するという態度を貫いていくことが一番重要なんじゃないかというように思うんです。  以上二つについて、御見解をいただければうれしく思います。
  27. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) まず第一点の食糧危機の実態に関してですが、御指摘のように、演出されたものではないかというような見方から、そうではなくて毎月一万人ないしトータルで五十万人の餓死者が出ているんじゃないかというような見方までかなり割れているわけですが、私はちょっと両方とも誇張があるように思います。ただし、正確なものがどうなのかと言われると、ちょっと外部からは明確には詳細には把握し切れないというのが実態でして、その点では上田先生と私には大差がないだろうというように思います。多分、重村さんはもうちょっと細かな情報をお持ちだろうというふうに思います。  あえて一言つけ加えれば、やっぱり透明性がないということが外部に対して訴える力を随分弱めているんじゃないかと思うんですね。演出なんじゃないかと言われれば演出かもしれない、そういう部分があります。そういう演出をしなければもっと素直に飢餓の実態が伝わるのではないかというような気がいたします。  それから、食糧がみんな軍の方に行っているんじゃないかというような問題、こういうのも透明性がないからそういう批判を浴びて、したがって援助をしたいと思う人たちの気持ちをそいでいるような、そういう結果だろうと思うんです。より細かいところは重村さんにお任せしたいと思います。  それから第二の点ですが、私も平和的にこの問題、朝鮮半島の問題というものを処理していかなければいけないというふうに思っております。  五〇年の戦争とそれから六八年の大統領官邸襲撃と九四年の危機等を例に挙げられていたわけでありますが、しかし状況は随分変わったなという印象を受けます。そのように歴史をさかのぼってお話しいただくと、ますますそういう印象が強いわけでございます。  五〇年当時というのは、何といっても中国革命が成功した後のアジア大陸で社会主義が非常に高潮していた時期でありますし、また、金日成主席も、当時首相ですか、金日成首相も南を統一したいということを非常に強く感じていたわけで、ソ連や中国の支援を受けながらそれをやったわけであります。当時は、第二次大戦の後そんなに時間がたっていなかった時期ですし、武力をもって統一するということを朝鮮人自身がそんなに悪だというふうに思っていなかったと思います。南の人も北の大もともかく武力を使ってでも統一したいと、そういう非常に強い欲求を持っておりました。しかし、環境が許さずに、南の方はそういうチャンスを持たなかったということだろうと理解しております。  いずれにしても、北朝鮮側が軍事的な面で圧倒的に優位にあったという状況があって初めて可能になったし、さらに、ソ連や中国からの支援があって可能になったものです。  それと比べますと、六八年の大統領官邸襲撃その他の事件は中ソの支援があったわけじゃないんですね、単独でやっていたと思います。この時期、私は、朝鮮戦争後、そういう意味では北朝鮮が一番冒険主義に走った時期だというふうに思います。しかし、にもかかわらず、今申し上げたように中国やソ連の支援があったわけではなくて、結局それ以上のことはできなかったわけです。  九四年の危機というのは、もっと彼らは守勢に立っていたというふうに思います。もちろん問題の根源は核開発というような問題にあったわけですが、何のための核かというようなことを考えてみましても、もうこの時点では体制を守るということが主たる目標になっていたわけであります。  ですから、今後の朝鮮半島危機というものも、北朝鮮が強大になって軍事的な余裕があって南を侵略するというようなそういうタイプのものというのはほとんど考えられないというふうに私は思っております。そういうたぐいの戦争というのは起こしにくいだろうというふうに思います。  ただ、唯一あり得るのは、体制崩壊するときの北朝鮮内部の内戦なり、あるいは南への侵攻というようなこと、これらは言うなれば窮鼠猫をかむようなたぐいの話であります。ですから、私は朝鮮半島の軍事的な危機というのをそれほど心配しているわけではないんですが、ただ、そういうことが一〇〇%ないかと言われると、やはり周辺の国としては備えないわけにはいかない。全くそういう可能性がないということが言えない以上、そしてまた、核問題に関する危機が九四年にあったという事実からして備えているんだろうというふうに理解しております。  あとは多分重村さんがもっとうまいお答えをしていただけると思います。
  28. 重村智計

    参考人重村智計君) 食糧問題につきましてはお配りしてある一番最後の資料をちょっとごらんいただければ、食糧状況、去年のが書いてありますけれども、基本的にいきますと、北朝鮮の必要量の半分ぐらいしか生産できていないわけですね。ですから、それから見ますともうかなりの食糧不足であることは間違いない。  その中で、やらせではないか、あるいはやらせじゃないという話があるんですが、ちょっと記憶を戻していただければ、食糧問題が始まった九五年から去年九六年の間は、北朝鮮の飢餓状態のようなところ、あるいは子供の状態、飢餓で死にそうな子供の状態は絶対見せなかった。見せ始めたのはことしになってからです。  これはどういうことかといいますと、朝鮮人、韓国人同じなんですが、一つ方針が決まるともう過大に表現するんですよ。だから、一九九五年から九六年のときは、そういう苦しいことはない、何とかやっていけるというのが基本方針であるからそこは見せないで頑張っている、だけれども食糧は下さい、こういう状況になるわけですね。それが、食糧をもらうにはちゃんと見せなきゃだめですよというのがあちこちから説得が行く、それで少し見せるとまた食糧が来るという状況になりますと、やっぱりそういう苦しいところはちゃんと見せてあげろと。今度はやっぱり成果を上げるために過大に見せるという状況になるだろうと思うんですね。ですから、やらせとかやらせでないというよりも、そういう一つの行動パターンがありますので、それはそういう状況もあるだろうけれども、基本的に食糧が足りないのは間違いないんですよ。それは、相当足りないのも間違いないんですよということは言えると思うんですね。  ただ、じゃ全国的に全員が食えないかといいますと、御存じのように、基本的には労働党員、労働党の幹部とか軍の幹部は、それも厳しいんですけれども、ある程度のものは上げている。  どういうふうに厳しいかもうちょっと詳しく説明しますけれども、基本的な配給量は百グラムから九百グラムだったわけですね。それが九五年の水害で半分になるわけです。一番上が四百五十グラム、下が百グラム、これは赤ちゃんから三歳まで。四百五十グラムというのは、一番たくさんもらっているのは炭鉱夫とか飛行機のパイロットとかそういう危険な仕事だという人たち。普通の人たちはもっと、二百五十とか下がっていく。  それが去年の冬からさらに下がって、四百五十が二百五十になったということになっている。しかも今度は、普通はその量が家族にまで割り当てられていたんですが、去年の冬からは家族の分は出ない。職場で働いているおやじさんの分は出しましょう、あるいは職場がある奥さんの分は出しましょう、でも職場のない家族は出しませんよ、家族は自分で探してくださいということになる。だから、おやじさんがもらってきた二百五十グラムで四人なら四人が食わなきゃいけないという状況。ですから、これは相当に足りないのは間違いないんですね。  そこで何とか食いつないでいるわけですけれども、アメリカの視察団が行って一番びっくりしたのは、この状況ならアフリカなら物すごい飢餓が起きる、朝鮮半島で何で飢餓が起きないんだと。いろいろ聞いたり調べたあげくわかったのは、儒教のおかげだと、こう言うんですね。  儒教というのは、これもちょっと話がそれますけれども、北朝鮮の儒教というのは、基本的に儒教の中で、孝、親に対する孝行、それから国に対する忠、それと礼儀ですね、お葬式とか結婚式とか。孝と忠と礼と、この三つだけ輸入したんです。日本の儒教で北朝鮮の儒教を見ようとすると間違うのは、日本の場合には智とか仁とか、もちろんそこに忠も孝もありましたけれども、違う徳目も出てくる。ですから、実は儒教なんだけれども強調している価値観が違ってくるわけですね。  そうすると、朝鮮の儒教というのはあくまでも孝、親に対する孝、目上の人に対する孝というのを強調するものですから、足りなくなった食糧も老人とか弱い子供たちに分け与えてそれでなるべく食いつないでいく。それができたので大量の餓死者が避けられたと、こう言われているんですね。多分それは事実だろうと思うんです。  しかし、それでも足りないのは全く足りない。その足りないのもどういうふうに足りないかといいますと、御存じのように配給制ですから、職場がある人はある程度の配給はあるんですけれども、職場のない老人、子供、母子家庭、老人家庭、これはもう配給がないわけです。そうすると、まさに文字どおり飢餓状態に陥るという状況があるわけです。だから、そこを見るとそれはもう大変な状況なんですけれども、それが全般にあるかというとそうでもないと。  それからもう一つは、農村別に行きますと、協同農場の経営者のいいところはきちんとやっているんですけれども、経営者の悪いところは作物が悪い、こういう状況になる。それから、農村で実際に作物をつくっているところは収穫期にある一定の、自分のものは猫ばばしますので農村の人たちは少し食っていける。だけれども、実際に自分でつくっていないところは全く何もないからどうしようもないという状況になるんですね。  実は、去年の収穫量が二百五十万トンと最終的に発表されたんです。これはことしになって発表されたんですが、去年の十月ごろは実は三百五十万トンの予定だったんです。三百五十万トンの収穫があると言っていたんですが、いつの間にか百万トン減っちゃったんですね。もちろん、下からの水増し報告というのも李朝の昔から伝統のある、韓国北朝鮮も水増しが幾らかあったと思うんです。それからもう一つは、先ほどお話ししたように、農村でできたものを猫ばばしちゃう、それから輸送の途中でやっぱり猫ばばされちゃう。それをおろすと最終的に二百五十万トンになったという状況で、国民国民なりにしたたかに生きている部分はあるんですね。ですから、必ずしも全体がそういうことではないんですけれども足りないのは間違いなく足りない、こういうことは言えるんです。  それから、飢餓の人数についても正確な統計がありません。北朝鮮の場合、飢餓で死んでも病死みたいになっちゃう、あるいは病死のもともとの原因が飢餓だったりしますので、その区別がつかないんですね。ですから、そういうのを全部が全部飢餓との関連だといえば、物すごい数字になるのかもしれないというところなんです。  それから、戦争危機なんですが、先ほどお話があった、六〇年代それから七〇年代、七六年にあのポプラ事件というのがありまして、ああいう危機とそれから九四年の危機が、実は九五年も実際には我々が取材してみるとそんなに戦争危機はなかったわけですね。おっしゃるように、アメリカ側が戦争戦争だと思い込んでいったときがあって、北朝鮮側は戦争だとおどしはかけるけれども別に戦争する気はなかったわけです。両方から見ていると、実はそんな局面までそんなになかったはずなんですね。  問題は何かといいますと、実は九四年以降の危機とそれまでの危機との最大の違いは、冷戦時代は抑えてくれる親分がいたわけですね。  例えば、議員の皆さん方に役所から説明に行くときに、最近は大変だとみんな言うんですね。理由は何かというと、昔は親分のところに行って話をつければ大体みんな話がついたんだけれども、最近は全員回らないと納得してくれない、こう言うわけですね。だから、時間がかかってしょうがないと。  同じように、冷戦が終わって北朝鮮を抑える親分が二人ともいなくなったわけですね。そうすると、親分がいなくなったところで北朝鮮が独自に自分で交渉して、おれはやるぞ、やるぞとおどしていく。そこをどう抑えるかというシステムが実はまだできていないんですね。そこをどうやってつくるかというのでみんな実は悩んでいるところです。  その中で、それじゃ実際に戦争が起こる可能性があるかといえば、戦略的には絶対ありませんよ。国際政治の戦略的には、これはもう小此木先生がおっしゃるように、今の国際状況からして北朝鮮戦争する手段は、可能性はもうほとんどないと言っていいと我々は言っているんです。  ただ、一つの問題は、指導者である金正日書記が外国の指導者との接触がないために、彼が何を考えているかというのはみんな外でわからない。それが、何かやるんじゃないかといろんな不安感を醸し出しているわけです。これが、実際にこれからオープンにして外国の指導者と会ったりいろんな政策がはっきりすれば、やはり結局戦略的には国際政治の局面での戦争の危険はないという状況がだんだんできてくると思うんです。  問題は、戦術的な面で国際的な一つの衝突の可能性はあるかという論議を今しているんですが、実はそうではなくて、本来的に、例えば我々が現代の国際政治をやるときに、なぜ軍隊があるのか、なぜ軍事力が必要なのかという場合に、使わないためにあるんだと。つまり、軍隊というのは戦争しないために、相手に戦争させないためにあるんで、したら終わりですよというのが現代の国際政治の理論だと我々は言うんです。そうした場合にも、ガイドライン自身の論議で、ガイドラインを使わない状況のためにガイドラインはあるんだということでないと意味がないんですね。  ですから、今の論議はガイドラインがどうなったら使えますかという論議に全部終始している。そうすると、周辺諸国が、ガイドラインをどうせ日本は使うつもりでやっているんだろうと。北朝鮮なんか一番誤解する。北朝鮮の中で、軍が一番誤解するわけですね。あれはもう間違いなく朝鮮半島を標的にして我々をやろうとしている、そのための準備だと、こういう理屈があの国内では非常に説得力を持ち出す、こういう局面がある。  そうした場合に、戦術的な側面ともう一つの戦略的な側面として、やはり日本はガイドラインはやりながらも、アジアの国はお互いに絶対戦争しない、アジア人同士は殺し合いませんというドクトリンを呼びかけないといけないんですね。それと同時に日本も、アジア人は絶対殺しません、攻められれば別ですけれども、我々は自分から攻めていってアジア人を殺すようなことは絶対しませんというドクトリンを明確に宣言して、明確に  メッセージを伝えないといけない。  有事のガイドライン、確かにそういう意味でガイドラインを使わないという、戦術面では必要なんですが、それよりも前に平和のガイドラインを、平和の戦略を、新しいアジアの理念というかアジアの理想を日本人がやっぱりつくっていかないといけない、そういう範疇で本当は論議されるといいんじゃないかなというふうに思うんですね。
  29. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 どうもありがとうございます。
  30. 北岡秀二

    ○北岡秀二君 ありがとうございます。  私の方からは、もう簡単に二点、お伺いさせていただきたいと思います。  まず最初に、小此木先生にお伺いするわけでありますが、先ほどの先生のお話に、北朝鮮ソフトランディングさせていくに当たっての糸口の一つに経済があるのでないかというようなお話、そういうニュアンスをいただきました。私も、全く解決のすべてではないだろうとは思いますけれども、経済に視点を当てるというのは非常に重要なことだろうというふうに感じておる次第でございます。  そこでお伺いしたいんですけれども、例の豆満江の経済特区ですか開放区、これが今現在どういう状況で進行しておるのか。その開放区のPRをいろいろされておられるときに、バックアップの社会資本が十分に整っていないということで、特にいろんな意味でもさんざんだる批判をされていらっしゃっていましたけれども、そういう状況の中で今どういう形で進行して、将来展望がどうなりそうなのかお伺いをしたいと思います。  それと、重村先生にお伺いしたいのは、日本人の拉致事件の問題。  外務省にお伺いいたしますと、もう本当に日本との交渉の中ではその話題を持ち出すことができない状況、その問題を話し始めると退席をされるという全く糸口がつかめないというような状況のようでございます。先生の立場で、このレジュメを見させていただくと、百人という数字を載せていらっしゃいますけれども、解決の糸口、ノウハウがあるとすれば先生はどのようにお考えでいらっしゃるのかお聞かせをいただきたいと思います。
  31. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 豆満江を含めまして、彼らが開放政策を積極的に進めたいという意思を持っていることは明確だろうと思うんです。金日成主席の最後の遺言の一つもそれでありまして、豆満江開発をきちっとやらなきゃいかぬ、できていないじゃないかと言って幹部をしかりつけているわけですね。それがそのまま著作集に載っております。  そして、その演説を著作集に含めたのは死後、つまり金正日政権になってからのことでありますから、その基本路線というのは今の政権も踏襲しているはずなのであります。ただ、それが死後三年の間どうであったかということになると、結局その後はいろいろな後継作業の問題ですとか食糧問題とかという方にほとんど精力を奪われていたんじゃないかという気がいたします。  最近になりましてから、豆満江の問題にいたしましてもかなり大きな改革措置がとられたようでありまして、例えばその自由経済貿易地帯の中では一ドル二百ウォンというような形で大幅にウォンのレートを切り下げるというような措置ですとか、あるいは住民が個人的に企業活動をやっていいとか、あるいはその中の国家や地方所有の企業が独立採算制を導入することを認めるとか、そういうような幾つかの措置がとられています。ですから、これは市場経済化の動きというものが限られた地域の中であれ動き始めているということだろうと思うんです。  あるいは、最近ではこの地域だけでなくて南浦とか元山にも、保税加工区というような言葉を使っておりますが、を設置するんだというようなことも言っておりますし、もっとおもしろいのは、この羅津・先鋒の自由経済貿易地帯と韓国の東海岸の束草、ソクチョウと読みますが、束草という港とフェリーで結ぶというようなプランが今進行しております。これは要するに、韓国の観光客をそこへ導入して白頭山の観光をさせて金をもうけようというようなことを考えているみたいです。そのような措置がいろいろやられているんですが、ただ、社会資本に関しましてはほとんど他力依存ですね。  ですから、南浦や元山の場合でも、土地は用意します、労働力も用意します、ただしそれを整備するのは進出する企業がやってくださいというようなことになります。あるいは、そこに自家発電装置を持ってこなければ工場が動きませんというようなことになるんじゃないでしょうか。そういう意味で、それは簡単なことではないというふうに思います。  私は、この間北朝鮮経済開放の意思を持っていなかったというふうには見ておりませんで、ずっと持ち続けていたんだというふうに見ております。ただし、それがうまくいかなかった。うまくいかないにはもちろん大きな理由があるわけですが、例えばちょっとさかのぼって恐縮ですが、七〇年代の前半のときに彼らが最初にとった措置は西側との貿易ということを始めたわけですね。西側と貿易を始めましたら赤字がぽんと、あれはオイルショックのせいでありますけれども、オイルショックにうまく対応できずに負債をいっぱい抱えてしまう。それがその後の貿易に非常に大きな障害になっているわけですが、そういう措置をとりました。これは今申し上げたように失敗したんです、ほとんど失敗と言っていいと思うんですが。  しかし、それでは失敗したから閉鎖経済に戻ったかというと、八〇年代の前半、つまり十年後には今度は合弁法というのを出しまして、今度は単なる交易じゃなくて合弁でいきましょう、外国の資本や技術を入れますというかなり開放的な政策をやはり出したわけです。ところが、この政策もうまくいきませんで、なぜかといえば、カントリーリスクが高過ぎますから進出する企業がないわけですね。したがって、一部の日本の在日朝鮮系の企業のみが進出するという形で、所期の成果はやはり上げることができなかった。  それではそれであきらめたかというと、そうではなくて、失敗すれば失敗するほどどうも開放政策を拡大しているようなところがございまして、九〇年代に入って出てきたのがこの羅津・先鋒の自由経済貿易地帯という、ある種の経済特区と言ったらいいのか保税加工区と言ったらいいのか、表現が難しいですが、そういうものを設置してやりますということを言い出したわけですね。こういった政策は、韓国であれば三十年前にやったことです。台湾でもそうですし、今ベトナムがやろうとしていることだろうというふうに思うんですね。これもなかなかうまくいっていないわけです。いっていないからあきらめるかと思うと、そうではなくて、最前申し上げたような、それじゃこういう改革措置をとりますというようなことを言い出すわけです。  ですから、北朝鮮経済開放というのはうまくいっていない。しかし、にもかかわらず失敗すれば失敗するほどその開放政策を拡大してきたというのが歴史的な経緯なんです。私は、なぜこういった失敗が繰り返されているのかといえば、結局、韓国とも日本とも政治的な関係を打開しないまま、小手先でやり過ぎているんだというふうに思うんですね。結局、日朝国交正常化もないし、南北の間の経済交流も本格化しないような状態のもとで、幾ら優遇措置をとってみたところで成功しないということだと思います。  ですから、この地域開放が成功するためには、そういった対外関係の打開というのがやっぱり必須条件だというふうに理解しております。それは今後の課題にとどまっているというふうに申し上げるしかないだろうと思います。
  32. 重村智計

    参考人重村智計君) 拉致の問題なんですが、これは結論的に言うと非常に難しいです。  それで、どういう状況で起きたかということを考えていただくと理解しやすいかもしれませんが、一九七五年以降たくさん起こっているんですね。一九七五年というのはベトナム統一なんですよ。ベトナム統一がやはり何らかの統一政策、対南工作に影響を与えたんだろうというのが、我々のそういう状況から見た今の推測なんです。  いろんな形の拉致事件があるというふうに今見られているんですが、一つは日本から直接拉致、それからもう一つはヨーロッパに来ている日本人をピョンヤンに行きませんかというようなことで、事実上ピョンヤンに行くまでは自分の自由意思ですね、入ったら出られなくなったという形とか、そういういろんな要素があるんですが。  それじゃどうしたらいいかということになりますと、実は一つは、前の日朝正常化交渉のときもやはり決裂した原因は李恩恵問題ですね、李恩恵問題を明らかにしようと。李恩恵という名前が出た途端に、北朝鮮側は席を立って決裂しちゃったということですね。それがあるにもかかわらず、今度応じてきたわけです。応じるときに日本側は、例の李恩恵問題は大丈夫ですねと念を押しているわけです、つまり解決できますねと。北朝鮮側は、いやいや何とかするからと。こういう状況で今始まっているわけです。  何とかするからというのがどういうことになるのかなんですが、多分、日本政府と北朝鮮政府の外交当局者が一つ考えているのは、この前の赤十字の連絡協議会であったように、拉致問題は連絡協議会の方でやると。本交渉は拉致問題に絡めないでやっていく形で進めていく、こういう分離論に多分なっていくようになると思うんです。  問題はそのときに、これは別に悪くはないと僕は思うんですが、その拉致問題が何らかの進展を見ないと最終的に調印しませんよという条件をつけるかどうかなんですね。そこがもう一つの外交交渉のひとつの駆け引きだろうと。  もう一つは一じゃどうしたらこれが解決するかといえば、結局は言い続けるしか手がない。それから、国際機関に働きかけたり、アメリカとか中国を通じて、つまり日本国民がそれに物すごい関心を持っていますよと、これを何とかしていただかないと正常化の最終段階は難しいかもしれませんよということを言って、向こうの理解をどんどん深めるしかないんですね。  先ほど話しましたように、例えば日本海で行方不明になった日本の男子の方、寺越さんは何年かして手紙が来るようになる。それから、拉致された人の中でも日本に手紙が届いたような人もいる。そういう形で実際に拉致の形態を区別していきますと、ヨーロッパから誘われて自由意思で入って残っているような人の場合には、かなり家族との会見とかそういう可能性が出てくるんじゃないかと。もちろん、実際に拉致された人たち全員がそういう形で解決できるかというと、これは相当時間がかかると思うんです。  結局、一番大切なのは常にやはり言い続ける。だけれども、その拉致問題でそれじゃ日朝交渉を進展させずにそのままほっておいた方がいいのか、拉致は拉致で交渉しながら日朝正常化の交渉を進めて最後に落とすという方法をとるのか。これは日本の選択、戦略なんですね。つまり、日本としては、一応日朝正常化交渉を進めて、北朝鮮のある程度崩壊を防ぎながら交渉を続けていくという方向で戦略をとるか、いやいやそんなことよりもやっぱり拉致日本人の方が大切なんだから早く何とかしてくれと、それは一緒に関連した方が拉致の方も解決するというふうに戦略を考えるか、その二つの戦略のどっちをとるかということなんですね。  どちらがリアリティーがあるかといえば、私は、いずれにしろツートラックでやりながら常に言い続ける。常にその問題を日本人は関心を持っていますよ、日本国民は関心を持っていますよということで言い続けているのが一番リアリティー、現実的ではないかなというふうに考える。それで、しかも最後に落とすときに、日朝交渉が二年なり三年なりかかって最後に調印するときに、そこに何らかの進展がないと調印できませんよという網をかぶせておく方がより駆け引きのできる交渉ではないだろうかというふうに思うんですね。
  33. 田英夫

    ○田英夫君 お二人には大変ありがとうございます。いい話を聞かせていただきました。  小此木先生に一つ伺いたいのは、北朝鮮は非同盟諸国会議のメンバーになっているということなんですが、余り日本ではそれが注目されないし報道もされないし、このことを北がどういうふうに活用してきたかということも余り明確ではないと思います。  ただ、一九七五年にピョンヤンを訪問したときに、このときは全く一人で行って、当時労働党の国際部長だった金永南氏と二日間、二人で合計八時間ぐらいいろんな話をしたんですが、その中で彼が突然、今回我々は非同盟諸国会議に参加することを決意しましたと、こう言ったので、私はすぐ通訳に決定じゃないんですかと言ったら、聞き直してすぐ決意ですと、こういう答えをしたので非常に印象に残っているんです。  なぜ非同盟諸国会議なのかということまで突っ込んで話す時間がなかったんですが、当時の常識でいえば、当然、韓国がいわゆるアメリカを中心とする自由陣営に入り、北朝鮮はソ連を中心とした社会主義陣営に入るというのが常識でしょうけれども、それをあえてしないで第三勢力である非同盟諸国会議に入ったと。非同盟諸国会議は、今でも例えばCTBTでインドがああいう強い態度をとる、つまりアメリカその他、核保有国に対して反発をするというような態度をとり続けて存在を示しているわけですから。  それから、現に金日成時代は、向こうのウイークリーの英字新聞がピョンヤンにいると唯一の、私は英語そんなに読めるわけじゃありませんけれども、ハングルが全く読めませんから新聞読めないんで、それで見ていると、ほとんどの記事は、非同盟諸国会議食糧援助したとか人が行ったとか幹部が行ったとかいうニュースだったんですね。それが最近はどうなっているのか、金正日時代はどうなっているのか、ひとつ御存じの範囲で教えていただきたいと思います。  それから、重村さんに伺いたいのは、これは私の全く独断なんですけれども、なぜこんな食糧難になったのかということです。  一九七二年に初めて行ったときに非常に誇らかに農村を見せてくれて、事実、日本時代にはげ山だった山に松を植えて、そこでマツタケがとれるようになってきたと。それから、その下が果樹園で、金日成主席は、将来は国民が一日に一個果物を食べられるようにしたいと、こう言っていました。それから、その下が畑ですね。それで平地が田んぼと。そのためにかんがい用水として山のあちこちにかなり大きなダムをつくり貯水池をつくっていたという設計を現地で見せてくれて、説明を受けると、そのたびに偉大なる首領金日成主席の御指導によりというのがあるわけです。事実、それはほぼ完成していたと思います。さっきの重村さんの資料でも、事実、七〇年代から八〇年代まではかなりお米がとれていると。当然、果物や野菜もとれていたと思うんです。  急激にだめになったのは、まさにこれこそ重村さんの専門のエネルギーが入らなくなって、それで山の木をみんな切っちゃったんじゃないかなと。これは私の独断です。そうすると、洪水があればすぐにその水が流れ落ちるし、干ばつになればうまくいかないと。すべてが逆、逆になったんじゃないかなと思いますが、これは間違いでしょうかということを教えていただきたいと思います。
  34. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 田先生がピョンヤンに行かれたころが北朝鮮の非同盟外交の最盛期だと思います。  私が指摘するまでもなく、あのころ韓国との間では国連加盟問題というもので票争いをやっておりましたし、その前には中国がそういう形で国連に加盟しておりましたから、彼らが統一政策の重点を軍事的なものから外交の分野にかなり比重を移した時期だったと思います。  最前も六八年の大統領官邸襲撃事件の話が出ましたけれども、六〇年代の末まではかなり冒険主義的な政策というのがとられていたわけです。しかし、ニクソン・ドクトリンの後、北の方でも政策がかなり修正されてきました。南北対話が七二年に始まりますから、それ以後、外交の重点というのは、むしろ中国を見習って、第三世界で多くの支持を集めることによって国連で議席を獲得するというようなところに主題が置かれていたんじゃないかというふうに思います。これはある程度成功したんですが、決定的な成功ではなかったわけです。  これがどのくらいまで続いたかといいますと、八〇年代の前半、あれは八三年だったと思いますが、ラングーンの爆弾テロ事件です。韓国の全斗煥大統領が、そういった北朝鮮の外交的な攻勢に遭って巻き返しを図るわけです。東南アジア歴訪をするわけです。そのときにラングーンの爆弾テロ事件が起きまして、これがきっかけで第三世界外交に対する意欲が急速に落ちていったように理解しております。  現在は、それよりももっと経済的な理由から、余り重要でない在外公館を維持することが大分難しくなってきていますから、アフリカの幾つかの国から大使を撤収するような事態にまで至っております。
  35. 重村智計

    参考人重村智計君) 食糧難の理由はいろいろ指摘されるんですが、最初に近々のものをお話ししますと、九五年以降の食糧難の最大の原因だったのは実は中国の食糧がとまったことなんです。  九三年から中国は食糧の海外輸出を禁止しまして、九三年にはおよそれ十万トン近く入っていた食糧が九四年には数万トンに減っちゃう。これが九五年に日本から急速米支援を求めた一つの原因だったんですが、それは外には明らかにされていなかったものですからわからない。結局、冷戦体制のもとで北朝鮮は、中ソはもとより社会主義国からの支援食糧支援がかなり入っていた。それがこの数字の中には実際には含まれているわけです。自分たちの生産に加えて外から来ている食糧も入っている。  ですから、七〇年代はそれこそ非常に豊かな生活をしていたんです。今では想像もつかないくらい豊かな生活をしていた。それが八〇年代に入って、どんどん八〇年代の中ぐらいから実は生産が落ちていく。  その理由が何かということはよく言われるんですが、今、田先生がおっしゃったように、確かに金日成主席の指導で主体農法というのをやったんですが、結局主体農法の欠陥が、現地指導でもってこういうふうにやれと金日成主席が言ったその農業のやり方を全国画一にやるわけですね。そうすると、その地域地域で、日本で言えば北は北海道から南は沖縄まで地域があるのにかかわらず全く同じ農業をやる。同じ日に田植えを始めて同じ日に収穫を始める、こういう主体農法をしてしまったのが最大の問題として一つある。  それからもう一つは、主体農法ということで、農業の計画は全部中央が立案してそれを下におろしていくということになるんです。そうすると、中央で立案する人たちは農村で実際にやっている人たちじゃないんですから、それがどうしても実情に合わなくなっていく。  それともう一つは、北朝鮮社会主義体制が、農民階級の人はほとんどいわゆる労働党員じゃないわけですね。つまり、農民階級である限り党員として出世できないんです。出世できないということは、農民としての意欲がわかないんですね。ですから、一つのそういう体制の中での生産の意欲というのがどんどん実は落ちていく。  それと同時に、よく言われるのは、主体農法で稲を植える場合も、普通の広さで植えているともったいないからもっと縮めて植える。密植しろと言われて全部密植しちゃって、二、三年はいいんですけれども、その後ほどんどん地方が落ちていって、結局収穫が落ちていく。  それからさらに、八〇年代、八五年からこれも発表がなく、それからどんどん落ちていくんですが、そのころの理由は、実は肥料工場を軍需産業に変えたと言われていまして、結局それで肥料の生産がどんどん落ちていく。さらに、農薬の生産も落ちていく。結局、九〇年代に入って肥料も農薬も足りなくなってきて、そういう今の状況になる。  これは別に農業を重視しないからそうなったのではなくて、結局八〇年代の末から冷戦体制崩壊していく。冷戦体制崩壊していくと、やはり自分たちの安全というのが物すごく不安になるものですから、そうすると食糧よりも軍事が優先になってくる。軍需産業を拡大し、軍事施設と軍需産業をほとんど地下化するのに成功していますからね。そういうふうにお金が使われていって、結局農村の方に回らなくなる。それが複合的に作用して結局落ちてきたと。  ただ、去年、ことしからそれをだんだん少しずつ改めている。例えば主体農法でいきますと、金日成主席が主食は米とトウモロコシだと指示したものですから麦を植えていなかったのですね。アメリカの使節団が行って一番びっくりしたのは、冬場に畑が全部そのまま放置されている。冬場になぜ麦を植えないんだと言うと、いや、麦は金日成主席の指導にないから植えられないということで、アメリカ側は盛んに麦を植えろという指導をする。それが決定するまでに一年半ぐらいかかる、いろんな論議が。だけれども、そういう論議が今少しずつ始まって、少しずつ変わろうとしているのも事実なんですね。  ですから、そういうのが少しよくなってくれば、また少し上がっていくという期待が出てきたところだろうと言っていいと思うんです。
  36. 田英夫

    ○田英夫君 どうもありがとうございました。
  37. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 今までの質問に一部出た問題なんですが、小此木参考人の言われた強靱な政治体制の側面に、国際法違反それから国内の民主主義違反の危険な側面があるわけですね。  国際法違反で言えば、ラングーン事件それから大韓航空機撃墜事件、それから日本の新聞の報道では、百ドル紙幣の偽造を国家で行っているといってその工場の所在の地図まで載るというような国際法を公然と無視した非常に危険な側面が一つあります。  国内では、スターリンに対するフルシチョフ秘密報告が糾弾したようなそういう問題も、まだ必ずしも明らかでありませんけれどもあるのではないか。  例えば、戦前の朝鮮共産党の創立者で戦後の再建共産党の委員長だった朴憲永が五五年にアメリカのスパイだといって死刑になったんですが、その後、やっぱり粛清があるわけですね。私たちが経験したのでも、私も六六年に行ったんですが、そのときは金日成といつも一緒にいた李孝淳と朴金詰という二人の副委員長が、二年後に宮本書記長が行ったときにはもういないと。後でわかったんですけれども、その前の年にブルジョワ分子として処分されているというようなことがありますね。  それから、ソ連に亡命した北朝鮮の幹部だったある人物が書いた著書を見ると、いわゆる粛清された幹部の名前がずらっと並んでいるんですよね。その幹部が処刑されたのかあるいは政治犯収容所にいるのか、そこら辺は全くわからないんですけれども、そういう暗い側面を持った政権だという点が、単に異常な強靱さを持っているというだけでなく、さまざまな矛盾をはらみ、拡大するものがやっぱりあるんじゃないか、そう思うんですね。  だから、経済的な危機経済的な破綻と同時に、人権とか民主主義という非常に重要な分野で問題をいまだに、いまだにと言うか金日成時代はとにかく持っていたと。それで、金正日になってからも、ラングーン事件なんかは彼がかかわりあると言われております。そういう側面はどういうふうに位置づけられていらっしゃるのか、御意見があればお聞きしたいと思うんです。
  38. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) ただいま指摘されたことはそれぞれ事実だろうと思います。  国際法違反のケースにしましてもテロリズムにいたしましても、あるいは個人崇拝体制、一連の粛清事件、こういったものは現にあったことでありまして、そのことを否定するのは難しいだろうと思います。  ただ、粛清に関しましては、最前指摘されました六七年の李孝淳等の、甲山派の粛清というふうに我々は言っているんですが、これが最後の非常に大きな粛清でありまして、それ以後は、ああいう形で名指しで、公開の形で批判した後、党の路線が変わるというようなことにはなっていないんですね。  ということは、その時点で、七〇年代以後は金日成、そしてやがて金正日の体制というのができ上がってしまったということだと思うんです。そのころから唯一思想体系なんという言葉が強調されまして、あるいは金日成主義なんという言葉も強調されましたから、イデオロギー的な一体性というのは七〇年代前半のところでほぼ完成したと言っていいんだろうと思うんですね。ただ、この時代北朝鮮はまだマルクスレーニン主義を捨てていたわけじゃないんです。ですから、七二年の社会主義憲法でもマルクスレーニン主義という言葉が入っているわけです。  ところが、八〇年代の末ごろになってさらに大きな変化があったように思います。これは、最前申し上げました社会政治的生命体論というような理論、国家有機体説が出始めましたから、私はそれ以後は通常の意味での社会主義国家だというふうには考えていないんです。かなり宗教的な色彩を帯びた、あるいは朝鮮の儒教的な伝統のもとですが、孝だとか忠だとかいうものを前面に押し出した、そういう非常に特異な体制になっている。ですから、北朝鮮政治体制の強靱性という言葉の中には、そういった宗教的な、疑似宗教国家的な特異性というようなものも含まれているというふうにお考えいただきたいと思います。
  39. 重村智計

    参考人重村智計君) ちょっとその後の方を補足しますと、ではどうしてそういう粛清とかいろいろなことが可能になっていくか。もちろん、権力闘争であるんですが、基本的に金日成が抱えたのは反事大主義なんですね、主体というのは。結局、どうやって中国に対する従属意識を排除していくか、事大主義を排除していくかというのが一つの彼なりの闘争になった。そこで、そういうことを粛清していく、それから事大主義的な言動、行動する者はみんな排除していくと。それが続いてきたわけなんです。  もう一つは、では人権と民主主義はこれからどうなるかということなんですが、実は米朝の連絡事務所が開設するのがおくれている、どうも開設しそうもない。北朝鮮側は、いや、連絡事務所の開設をやめてすぐ大使館にしよう、国交正常化にしようと言い出している。どうもその最大の理由は、人権と民主主義が問題にされるのではないかというおそれがあるというんですね。それはアメリカの連絡事務所ができれば、人権問題はどうなっているかという報告がアメリカの議会に行くだろう。それから、アメリカ大使館に亡命を求めるような人が出てくるかもしれないし、アメリカの大使館が全国を回ると人権問題の報告が出てくるだろうということになると、やはりますいのではないかというのが一つの判断なんです。  それから、北朝鮮が一番気にしているのは、アメリカCIAが来ていろいろな工作をするのではないかということで実際にはおくれ出している。だけれども、アメリカが正常化をするときには人権問題の解決と民主主義というのは議会が必ず条件をつけるわけでして、アメリカ大使館が設置されるときから、北朝鮮の人権問題それから民主主義の問題が本格的な問題になっていくことになるだろうと思うんです。そこからいろいろな新しい問題が中で起き出すのではないかというふうに我々は考えているんです。
  40. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 どうもありがとうございました。
  41. 角田義一

    ○角田義一君 民主党の角田です。きょうはお二人の先生方、本当にありがとうございます。  いろいろ先生方のお話を聞いておりまして大変勉強になりまして、心から感謝申し上げるわけでありますが、四つほどお聞きしたいと思うんです。  一つは、金正日さんが総書記になってすべてを決するという権限を持つ。しかし、一人の人間ですからすべて判断するといったって限度なり限界なり、能力というものはおのずから、幾らやや宗教的な色彩があるにしても、万般にわたってすべて一人で判断をして間違いがないというようなことにはならないんじゃないのかなというように常識的には考えられるわけです。そうすると、金正日に対する側近なりあるいはエリートなり、そういう者が北朝鮮なりの国策というか生き残るための判断を間違えないようにするような体制、システムというのはそれなりにあるんじゃないのかなと。何でも本人が、一人で夜中に仕事をして決めるということには相ならぬじゃないのかなという素朴な疑問を持つわけでございますけれども、その辺は先生方は一体どういうふうに御理解をされておるのかということが一つであります。  それからもう一つは、日朝国交回復・正常化ということは大変大事なことだと思います。どうしてもこれは進めなきゃならぬと思いますが、我々の方の立場から見た場合に、何が一番この正常化を妨げる障害になるのか。もし障害があるとすれば、それはどういうふうに乗り切るべきなのか。そして近々、与党三党の訪朝団が出かけるそうでありますけれども、お二人の専門家から見まして、この与党三党の訪朝団に対する注文なり、あるいは、この辺は避けた方がいいんじゃないかとかこの辺ははっきり言ってきた方がいいんじゃないかとかいうようなことがあれば、私は、せっかくの機会ですから先生方からおっしゃっていただければ、ここに与党の先生方もおられますし、またそういうサジェスチョンもいただければというふうに思います。  それから三番目は、崩壊もなかなかしないんじゃないか、では将来的に一体、朝鮮は一つである一つであるというふうに北も南もずっと言い続けておるわけであります。ただ、アメリカなり中国なりのいろいろな今の国際情勢の中では、両方ともそれは簡単には望んでいないということかもしれませんけれども、最終的には朝鮮は統一されるんじゃないのかなというふうに思います。仮に、統一されるとすれば将来的にどんな形態で統一をされるのか。ドイツのような形では、とてもじゃないけれども韓国はもたないだろうし大変だろうと思いますが、その辺を先生方はどんな見通しというかあれを持っておられるか、それが三番目であります。  それから四番目、最後ですけれども、ガイドラインの問題につきましては、両先生からいろいろ何回かお話を聞きましたのでそれなりに理解できました。私は、このガイドラインという問題を実はかなり深刻に考えておる者の一人でありまして、先ほど重村先生がおっしゃったとおり、アジアには鉄砲を向けない、アジア人は絶対殺さない、例えば日朝再び戦わずとか、あるいは日中再び戦わずとかいうようなことを日本の独自のドクトリンとして、やっぱりはっきりと言うべきではないのかと。  要するに、この問題については、覇権主義のような形で日本アメリカと組んで事を構えるというようなことを日本はすべきではない、やはり王道でいくべきだというふうに私は思うんです。ただ、国際社会ですから外交のパワーゲームとかいろいろなことがあると思いますけれども、そういう中でも、日本の歴史的な立場を考えると、私はかなりこの両国に対しては、中国あるいは朝鮮に対しては、日本の道義的な立場というか、その辺のことをやっぱりはっきりさせた方がいいんじゃないかと。そうでないと、このガイドラインというのは中国、あるいは北朝鮮も警戒しておる。単なるゲームとして警戒しておるんならいいですけれども、本気になって警戒されてえらいことになっても困るんじゃないかというふうに思いますので、その辺、もう一遍両先生の御見解を賜りたいというふうに思っております。  以上です。
  42. 小此木政夫

    参考人小此木政夫君) 金正日総書記が最終的な決裁権を持っていることは間違いないんですが、これはスターリン主義的な統治国家特徴だろうと思います。ちょうどウ飼いのウ匠のようなもので、何匹ものウを放して、束ねているのは自分が束ねているんだろうと思うんですね。横の連絡はほとんどないんです。ですから、ウ同士は競争しているというような関係なんじゃないかと思います。もちろんそのウの周りには官僚がついているわけですから、その人たちは一生懸命政策を立案してそれを上に上げて指示を仰ぐ、そういうような特徴が多分北朝鮮にも当てはまるんだろうと思うんです。  それなりの柔軟性は維持されているわけでして、特に外交面での柔軟性が維持されてきたということがあの体制崩壊しなかったもう一つの理由だろうというふうに思っております。最前、政治体制の強靱性ということを強調し過ぎたかもしれませんが、その点でいえば、外交の柔軟性が維持されているということももう一つの重要な要素じゃないかというふうに思います。  それから、国交正常化の障害ですが、前回の日朝国交正常化交渉は何だかんだ言っても核兵器の問題、核開発の問題がネックになって決裂したのでありまして、李恩恵の問題等はそれが直接のきっかけになったという意味合いはあろうかと思いますが、むしろ中断すべくして中断した、その口実として李恩恵の問題を使ったような印象を私は持っております。  しかし、今回、交渉を再開するに際していろいろな駆け引きがあったわけですが、非常に奇妙な形で再開されようとしているわけです。例えば、北朝鮮側が人道的な問題、すなわち日本人妻の里帰りの問題等を使い出したきっかけというのは、どうも日本の人道食糧援助の論争が影響あったんじゃないかという気がするんですね。人道を言うならば向こうも人道を示せというような橋本総理の発言もございましたけれども、それならばということで、じゃ我々も人道を示すから日本も人道を示せというような感じでスタートしながら、と同時に、それをきっかけに国交正常化を進めていこうというふうに考えているんだろうと思うんです。  核兵器の問題がなくなった以上、なくなったという表現が適当かどうかわかりませんが、核開発問題が一応処理されたというふうに考えますと、もちろんいわゆる償い金の金額の問題等もあるわけですが、私は、北朝鮮側が国交正常化交渉再開に際して使った人道カードというのをどこまで本当に切ってくることができるか、それは日本人妻だけにとどまるものなのか、拉致事件の疑惑の解明まで進み得るものなのか、そのあたりがかぎだろうと思うんです。そうでないと、やっぱり日本の世論がなかなか納得しないんじゃないかというふうに見ております。  ただし、妙案みたいなものが全くないのかと言われると、彼らは非常に妙案を考えるのが上手でありますから何か考えてくるかもしれないです。我々としては、その問題が解決されない以上は国交正常化は不可能ですという態度を維持していくということが大事であって、そうすればその妙案を向こうが考えてくる、自分たちの受け入れられるような妙案を考えてくる可能性があるだろうと思います。  例えば核問題で騒いだときもそうですが、我々は脱退したんじゃなくて一時保留するとかなんとか奇妙な論理をいろいろ展開しましたが、その種の妙案を考えるのは割と得意なんじゃないかという気がするんです。正面からぶつかってだめだということになりますと、一生懸命抜け道を考えるんです。  ですから、我々としては、この問題を拡大して北を追及することに主たる眼目があるわけではなくて、実際に拉致疑惑を持っている人たち日本に帰ってもらうということが問題なわけですから、その問題で北を徹底的に追及して国際社会の中から追い出そうなんということを考えているんじゃないんだということを説明しながら、妙案を引き出すというのが一つのポイントかなというような気がしております。ですから、訪朝団に対しましても、そのあたりのポイントをぜひ忘れずにやっていってほしいと思うんです。初めにボタンをきちっとかけておかないと最後になって逃げられてしまうというようなこともあり得るかと思うんです。  将来の統一の形態に関しては、今の段階ではいろんなシナリオがあり得るというふうに思います。少ない可能性ではありますがそれこそ内部で暴発するような可能性もありましょうし、あるいは開放改革の政策を進めたがゆえに中期的に内部崩壊するような可能性もありますし、意外にも開放改革を見事にやり遂げて、我々の予想する以上の管理能力を持っていて中国的な社会主義国家が十年、二十年後に誕生していたというようなことになれば、これまた違った形の統一だろうと思うんです。しかし、どういう形であれ、永久に分断されているということはもちろんないだろうと思います。私は、時間がたてばたつほどこの問題は円滑に解決されていく、短期的な解決というのは結局暴力的な解決につながりやすいというふうに理解しております。  ガイドラインの問題に関して、道義的な立場というものを忘れてはいかぬという御指摘だろうと思うんですが、それは日本の過去を振り返った場合にそのような御指摘が出るのは当然のことだというふうに理解しております。  きょうはそういうような観点から私も議論を展開いたしませんでしたが、そして日朝国交正常化というようなものに関しても、きょうは北朝鮮の将来とかそれが我々に及ぼす影響というような観点からお話しいたしました。それを大変恐れているからそういう話になったわけですが、しかし元来、国交正常化というのは植民地支配の清算でありますから、そういったものをきちっとけじめをつけるという意味合いというものは忘れてはいけないことだろうと思うんです。ですから、ガイドラインの問題等も、そういった姿勢を並行してやるということが重要なんじゃないかというふうに理解しております。
  43. 重村智計

    参考人重村智計君) 金正日総書記の決定権はどのくらいかというあれなんですが、一言で言うと、ほとんどみんな決定しているということなんです。そんなことはできない、いや、それはできないので、具体的に下におろしている権限は非常に少ない、一割か二割かと。  どういうシステムかといいますと、労働党の組織指導部というのがありまして、そこに二十二人の副部長がいます。その副部長がそれぞれの担当をしていまして、各大臣とか各業務の人がその副部長を通して上に、金正日さんに上げる。上げるとそこで決裁がおりる、こういう形なんですね。そうすると、副部長に上げてもらうために各大臣は接待しなきゃいけないとかいろいろしなきゃいけないというものが生じる。それが一つのルートですね。  ですから、その組織指導部の第一副部長をやっている張成沢さんというのが一番の権限を持っている、ナンバーツーになっている。それからあと、例えば対日政策をやる場合には、外務大臣の金永南さんとそれから経済担当の韓成竜さん、それから全容淳書記かあるいは崔泰福書記が出てきて三人で話をして、じゃこっちにしようということで三人が一致すると上に上がる。一人でも反対すると上がらない。なぜ上がらないかというと、一人でも反対すると反対したやつの責任になるわけです。どうして上に上げるかといいますと、全部下で決めると何か失敗したときに責任をとらされるわけです。責任を回避するためには全部上げてもらった方がいいわけですね。そうしないとなかなか下が動かない。  そういう競争関係といいますか、それがシステム化しているものですから、どうしても御裁決をいただかなきゃいけない。それは我々が想像している以上に全部裁決がある。だから、例えば外国に人が行く場合には全部金正日さんの裁決。もちろんだれが行くというのは金永南さんが名簿をつくってこれでよろしいと思いますと上げるんですね、下っ端の人たちを。上の幹部のはほとんど金正日さんが直結でおまえ外国に行っていいと、こういうことになると言っていますので、それはほとんど決めるんですね。それは大変なんです、だから。そういう状況だろうと言われています。  それから、日朝正常化交渉の一番の障害は、小此木先生がおっしゃったのもそうなんですが、それからもう一つは、北朝鮮側の日本に対する理解がほとんどないんですよ。どういうことかと言えば、交渉が行き詰まりますと、議会の政治家の皆さんを前にしてこういうことを言っていいのかどうかはともかく、その交渉が行き詰まるとだれか政治家を使おうとするわけです。つまり、北朝鮮体制からすると実力者がいてそれが全部決めるわけですから、日本も同じように、官僚の交渉が行き詰まったら実力者をつかまえて連れてきてそれに言わせれば何とかなるんじゃないかと、こういうのを非常に強く抱いている。そうじゃなくて、やはり日本のシステムというのはそれをやるといろいろ問題が起こったり大変なんですよと。それから、例えば交渉の場合に、日本はアメりかのいわゆる手下で、その親分のアメリカが言えば日本は何でも言うことを聞くんだから、それでは米朝を先にしようとか、こういう論議が常に起こっているんですね。それはやっぱり日本に対する理解が非常に乏しいためなんです。  それからもう一つは、実は最初にお話ししたように、今まで外交関係はかなり党の方がいろんな人間とか人脈関係でやってきたんですが、それが外交部の方にどんどん移り出しているにもかかわらず、外交部の方は日本との人脈とか日本との人間関係というのがほとんどないんですね。そのために、日朝正常化交渉を始めようとする場合、日本とどういうふうに話し合って、じゃ交渉が危うくなったときにはほかのチャンネルで回避するような外交ルートをどうやってつくっておくかという、それができてないんですよ。これが実は外交技術的にいきますと一つの大きな障害になっているんですね。ですから、もう少し人事の交流とか人間関係がふえていけばそういうのを避けられるようになると思うんです。  訪朝団の方は、行かれる先生は大変じゃないかなと思うんです。多分一番大変なのは共同声明をつくるかどうかがもめるんじゃないかと思うんですよ。北朝鮮側は、その共同声明で前の三党合意それから四党合意を再確認したいんですね。それは、一つは戦後の償いの問題がある。それから、北朝鮮としては、党が政府を指導するという問題があって、与党訪朝団の合意で日本も党が政府を指導しているという格好をとりたい。そういういろんな向こう側の計算があるものですから、その計算と行かれる日本側の先生の計算をどうやってうまく調整するかというのは、非常に短い日程だと思うんで、なかなか大変ではないだろうか、これが相当厳しいんではないかなと思うんです。  前の評判の悪い戦後の償いをなかったことにするには、一番いいのは今度共同声明を出さないことなんですね。そうすると、共同声明が断続しちゃってあれは昔の話だとなるんですが、多分これは北朝鮮側は許さないんじゃないかと思うんですよ。  それからもう一つは、食糧支援の問題を日本がどうしてくれますかという問題が多分出てくる。それから、日本側から、多分訪朝団に加わった先生方の中から拉致問題が出てくるでしょうから、そうするとこれもまた問題になる。これはなかなか大変な訪朝なんじゃないかなと思うんですね。  それから統一の問題なんですが、いずれにしろ将来的に一番望ましいのはドイツのように両方で話し合って統一ができるというのが一番望ましいし、そういう段階まで成熟できるように国際環境を整えていければ一番いいわけです。  問題は、一つは、中国が北朝鮮を必要ないと言った段階北朝鮮は危うくなってくるわけですけれども、ただ、これは地政学的にまずないだろう。ということは、次は中国が北朝鮮を支え切れなくなるような経済状況になった場合で、ほかの韓国とか日本とかがどうやって支えていくか、そのシステムをどうやってうまく準備していくかと。  それからもう一つは、韓国の例をとりますと、飯が食えるようになりますと大体デモが起きたり騒ぎ出すんですよ。そのころから人権問題とか民主化の問題が起きてきますので、それは必ず歴史の発展段階で出てくると思いますので、そのときに北朝鮮を支えても支え切れない状況になるのか、あるいはそこをどう乗り越えるかというのがもう一つの問題になる。北朝鮮自身のそういう中のいろんな混乱で外の世界がどう支えても支え切れない状況になると、いわゆる南に吸収統一ということになると思うんですが、そこの対応策を周辺諸国がどう考えて準備しておくかということだろうと思うんですね。  ガイドラインは、技術的に考えればそれは先生のおっしゃるとおりかなり問題なんです、確かに。問題なんですが、結局、これをどうやって北朝鮮なり周辺諸国に説明していくかという説明がかなり欠けているんですね。日本の場合はどうしても説明が下手なものですから、なかなかうまくいかない。やはりおっしゃるようにこれは道義の面で日本がいろんな貢献をしていかなきゃいけないというのは、それはそのとおりです。  それから、特に韓国の場合には先ほどお話ししましたようにどうやってメンツを立てていくか、メンツを立てていくというのが一番大切になります。それと北に対しては、やはり北の体制をどうやって崩壊しないように協力できるか。その協力する過程で開放化して、それから人権問題、民主化問題を解決していけるように誘導していけるかというのは、本当は日本の外交手腕といいますか外交技術にかなりかかっているんだろうと思うんです。
  44. 角田義一

    ○角田義一君 ありがとうございました。
  45. 林田悠紀夫

    ○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。  まだまだ質疑もあろうかと存じますが、予定した時間が参りましたので、参考人に対する質疑はこの程度とさせていただきます。  一言ごあいさつを申し上げます。  小此木参考人重村参考人におかれましては、大変お忙しい中、長時間御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時四十九分散会