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1997-11-27 第141回国会 衆議院 消費者問題等に関する特別委員会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成九年十一月二十七日(木曜日)     午前九時十分開議 出席委員   委員長 宮地 正介君    理事 小野 晋也君 理事 岸田 文雄君    理事 久野統一郎君 理事 佐藤 剛男君    理事 青山 二三君 理事 福留 泰蔵君    理事 石毛 鍈子君       飯島 忠義君    小此木八郎君       大村 秀章君    木村 隆秀君       小林 多門君    河野 太郎君       能勢 和子君    山口 泰明君       渡辺 具能君    長内 順一君       松沢 成文君    松浪健四郎君       肥田美代子君    細川 律夫君       吉井 英勝君    秋葉 忠利君       中川 智子君    熊谷  弘君  出席政府委員         内閣法制局第一         部長      秋山  收君         公正取引委員会         事務総局経済取         引局取引部長  上杉 秋則君  委員外出席者         参考人         (社団法人日本         書籍出版協会理         事長)     渡邊 隆男君         参考人         (社団法人日本         雑誌協会理事         長)      田中 健五君         参考人         (日本書店商業         組合連合会副会         長)      中村 義治君         参考人         (社団法人日本         新聞協会会長) 小池 唯夫君         参考人         (社団法人日本         レコード協会理         事)      乙骨  剛君         参考人         (社団法人日本         新聞販売協会会         長)      田窪 英司君         参考人         (日本レコード         商業組合理事         長)      矢島 靖夫君         特別委員会第二         調査室長    田中 宗孝君     ――――――――――――― 委員の異動 十一月二十七日  辞任         補欠選任   藤田 スミ君     吉井 英勝君   中川 智子君     秋葉 忠利君 同日  辞任         補欠選任   吉井 英勝君     藤田 スミ君   秋葉 忠利君     中川 智子君     ――――――――――――― 十一月二十五日  遺伝子組換え食品表示に関する請願(藤田ス  ミ君紹介)(第七五八号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 十一月二十六日  遺伝子組換え食品表示に関する陳情書外二件  (第一八九号) は本委員会に参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  物価問題等国民消費生活に関する件(再販制  度問題)      ――――◇―――――
  2. 宮地正介

    宮地委員長 これより会議を開きます。  物価問題等国民消費生活に関する件、特に再販制度問題について調査を進めます。  本日は、本件調査のため、参考人の御出席をお願いいたしておりますが、午前の参考人として社団法人日本書籍出版協会理事長渡邉隆男君、社団法人日本雑誌協会理事長田中健五君、日本書店商業組合連合会会長中村義治君、以上三名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、渡邊参考人田中参考人中村参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、参考人委員長の許可を得て御発言を願い、また、委員に対しましては質疑ができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願います。  それでは、まず渡邊参考人にお願いいたします。
  3. 渡邊隆男

    渡邊参考人 おはようございます。日本書籍出版協会理事長渡邉隆男でございます。  きょうは、こういう機会を設けていただきましてありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。  著作物の再販売価格維持制度、いわゆる定価販売制度でございますが、これは、実は既に明治時代に始まった商慣習でございます。その後の大正八年に至りまして、一時、出版物値下げ競争や乱売、あるいはおとり販売などが横行いたしまして、こんなことでは質の高い出版ができない、あるいは読者にも悪影響を及ぼすというので、業者間に定価販売紳士協定が結ばれたのでございます。戦後の昭和二十八年、独禁法の改定に当たりましては、著作物文化的役割を重視されまして、また、公正取引委員会がドイツの例を研究に出向いたりいたしまして、何の異論もなく書籍などの著作物再販制度が導入されたのでございます。  ここ数年来、この著作物再販制度につきまして、行政改革委員会規制緩和小委員会におきまして、また一方では公正取引委員会政府規制等競争政策に関する研究会におきましても、それぞれに見直しが進められてまいりました。いずれも、その検討を取りまとめた報告が近く各委員会に提出されるのでございます。  特に、規制緩和小委員会では、私どものたび重なる意見具申にも耳をかさず、性急にも再販制撤廃の短絡的かつ独断的な結論をまとめようとしているのでございます。出版界実態について十分な検討も行われませず、ましてや国民各層意見を広く聞き、議論を尽くしたとは到底言い得ない状況での結論は、まことに遺憾であり、憂慮にたえないのでございます。  規制緩和小委員会の論法はこうであります。  著作物再販制度独禁法上の例外規定である、原則廃止あるいは必要最小限政府及び当小委員会基本方針であるから、その例外的取り扱い業界維持したいというのであれば、それを妥当とする十分かつ相当の特別な理由が必要であると前置きをいたしまして、私どものいずれの意見に対しましても、販売価格についての市場競争原理を盾に、十分かつ相当する特別の理由は存在しないと、まさに裁判の法廷のごとく宣告されたのでございます。  私は、ここで強調しておきたいのでございますが、私ども出版業界は、再販制度維持につきましては、企業的エゴとか既得権益の主張などもとより毛頭も眼中にないのでございます。  私どもは、再販撤廃論者に申し上げたいのでございます。  百年この方、我が国教育文化普及向上に大変大きな役割を果たしてきた定価販売制度業界の良識によって培われてきたこの商慣習廃止したいのであれば、廃止を妥当とするに十分な相当の特別の理由を私どもに示していただきたいのでございます。一部学者経済学理論だけではなく、あくまでも出版業界実態実情とをよく調べて、出版物再販制度がどのような弊害をもたらしているのか、なおかつ、それを全廃した場合にはどのように改善されるかを十分に見きわめ、責任を持って判断していただきたいのでございます。  書籍などの出版物全国津々浦々に同一価格販売されるというこの定価販売制度が、これまで我が国において独禁法基本原則である再販売価格維持契約禁止から条文で除外されているのも、また、現にヨーロッパ諸国でそれが長年にわたって続けられておりますのも、申すまでもなく、出版物文化に果たす役割を重視するからにほかなりません。  書籍は、著作者創造的メッセージを広く大衆に伝え、長く後世に残すためのメディアでありまして、撤廃論者の決めつけるような、需要に応じて供給するといったぐいの消費物とは全く異なるのでございます。日本がかつて世界じゅうからエコノミックアニマルと嘲笑されたことがございますが、金の亡者とでも申しましょうか、弱肉強食、熾烈な価格競争を導く経済至上主義放任的マーケットメカニズムが招く破綻の末路は、歴史を見るまでもなく明らかでございます。  撤廃論者が旗印とする消費者利益とは、一体何を指すのでございましょうか。それが本を少しでも安く入手することであるとするならば、現在の再販制度にまさるものはないのでございます。そのためにこそ定価販売制が続けられてきたと言っても決して過言ではないのでございます。  どんな出版社でも、常に一人でも多くの読者に普及したいために、少しでも安い価格づけに昔から腐心してきておりますし、そのあたりの版元間競争にもまた激しいものがございます。その良心的な価格設定流通業者もまた読者も信頼すればこそ、六十万点に近い多様な本が整然と流通しているのでございます。  ここでもしも再販制度廃止されたとすれば、本の価格は必ず大幅に値上がりいたします。出版社間の今の価格競争が、流通業者間の価格競争に移るからでございます。これにつきましては、後ほど御説明申し上げたいと思います。  出版物の場合、読者にとっての利益とは、無論価格だけではありません。申すまでもなく、最も大きな利益著作内容のクオリティーであり、また多様性のはずでございます。多くの人々を感動させる著作物もあれば、一部の人に大変重要な情報となる著作物もございます。人類英知から陸続と生まれ出る著作物には、そのそれぞれに存在の意義があるのでございます。  ところが、何としたことでございましょう。公取委の研究会行革委規制緩和小委員会から、再販制度の論議に文化的視点は無関係であるとの御指摘が当初から再三にわたってあったのでございます。トイレットペーパーも石けん洗濯機大根も米も薬もテレビも車も、皆文化ではないか、出版物だけを取り上げて文化と言っても始まらないと言うのでございます。  これを聞いた私ども業界人は、皆慄然といたしました。あいた口がふさがらないというのはまさにこのことでございます。私どもは、書籍雑誌という品物をつくって売っているのではございません。その中身なのでございます。さまざまな文化を発掘し、あるいは喚起して普及するのが私どものなりわいなのでございます。石けん大根も車もコンピューターも、あれは人類英知文化が創造した文明、つまり文化の産物なのでございます。文化とは精神的活動や開発や教育などをいうのでございまして、決して品物ではないのでございます。  文化は、もとより、その時代を生きる人間が心して守っていかなければ育たないことは歴史を見れば明らかでございます。安ければいいという経済理論や、非効率的な企業は淘汰されてしかるべきといった競争政策などの雨風にさらせば、文化はたちまち衰えていくものでございます。非効率的な営みの中にこそ、すばらしい文化が育つのでございます。出版物価格競争は、何としても、せめて版元間だけにとどめておきたいものでございます。  本は一点一点が新刊でございまして、したがって、見込み生産あるいは見込み販売が通常でございます。結果を待たなければ成果のわからない、そういった本づくりに一喜一憂しながら、文化というにしきの御旗を押し立ててかたくなに頑張っているのが、私ども出版業実情でございます。  営利事業としてはまことに脆弱なこの出版業に、今や六千を超える版元が記録されております。そのうちの五千社以上が文字どおりの零細企業でございまして、これら小規模出版社も、販売部数は少なくても、発行点数におきましては極めて大きなシェアを占める多様な出版活動を展開しているのでございます。  こういう状況下出版業界に、再販制度撤廃されて、売れ筋優先市場競争メカニズムが強く作用していけば、一体どうなるのでございましょうか。  まず、売れ筋中心仕入れ競争買い占め競争が激しくなってまいりましょう。その場合に、販売上のリスク版元から取次店ないしは書店に移ってまいります。当然、リスク負担競争のための流通マージンが大幅に上がってまいります。書店は、買い占めた部数を売り尽くすためには、宣伝もしなければなりませんし、いろいろな手もかけなければならなくなってまいりますので、その経費がさらにかさみます。  一方で、割引販売を見込んだ見せかけの高価格版元に要求しなければなりません。そんな事情から、再販制度のないアメリカ並み卸価格版元に要求することになるでありましょう。アメリカ版元卸価格は、日本現状よりも約二割ほど低いわけでございます。そうなりますと、小売価格単純計算でも約四割高となります。割引販売が行われたといたしましても、読者現状よりもはるかに高い本を買わざるを得ないことになるのでございます。  なお、それでも版元リスクがすべて流通側に移行することにはなりません。出版物は常に、先ほど申しました見込み生産であるからでございます。  また、売れ筋中心版元書店が強くなればなるほど、足の遅い小部数出版物が必ず敬遠されがちになるわけでございます。初版の部数が減少し、ここでも一冊当たりのコストが急騰いたします。勢い出版点数も激減することになりましょう。  このような価格競争では、当然資本力のある業者が強いわけでございますから、寡占化が進み、あるいは弱小の出版社が、あるいは書店が淘汰されてまいります。出版物多様性が失われていくことも、また、火を見るより明らかでございます。  再販制撤廃は、まさしく百害あって一利なしというわけでございます。  今や世界に冠たる流通機構を持つ日本出版業界でございますが、その一方では、読者ニーズの変化や物流合理化のために、改善しなければならない問題もまた山積しております。それは、返品減少対策であり、あるいは注文流通迅速化などでございますが、しかし、それらは決して再販制にかかわる問題ではございません。  私どもは既に、読者が入手可能な書籍五十三万点のデータベースをインターネットに公開いたしました。あるいは、出版社在庫情報をオンラインで結び、受発注を行う業界統一VANも稼働いたしました。また、いずれは読者にも直結するエレクトロニック・コマース・ネットワークシステムテストランに入りました。また一方では、どんな本でも読者に三日で届けようじゃないかという、長野県須坂市に五万坪に及ぶ巨大な出版社共同倉庫の計画も進んでおります。  しかし、再販制度撤廃されますと、定められた定価を基軸に流通しているこういったすべてのシステムが成り立たないことになり、大混乱が必定であります。  いずれにせよ、再販制度の存廃は、日本文化を左右する大問題でございまして、一部学者の短絡的な経済政策論だけで進められてよい問題ではございません。  今、出版物再販制度撤廃に反対する世論の波は、全国各地にほうはいと沸き起こってまいりました。既に、都道府県百余の地方自治体が次々と反対を決議いたしました。私どもは、定価販売制を堅持するためには、読者とともにあらゆる努力を惜しまないものでございます。既に百万人の読者が署名を完了いたしたようであります。  議員の皆様の御理解と御協力とを切にお願いする次第でございます。  ありがとうございました。(拍手)
  4. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  次に、田中参考人にお願いいたします。
  5. 田中健五

    田中参考人 おはようございます。日本雑誌協会理事長田中でございます。  まず、出版界の概況を少しわかっていただくためにデータで申し上げますが、雑誌協会加盟社というのは八十五社で、そこが出しています雑誌が九百五十誌ございます。しかし、日本全体では二千誌とも二千何百誌ともいうタイトル数雑誌が出ております。ただ、雑誌協会加盟社雑誌が金額的に言って八割ということでございます。  日本では、雑誌書籍も大体同じ版元で出しているという場合が多うございまして、今の渡邊さんの書協加盟社というのは五百ございますが、書籍だけをつくっていらっしゃる版元の方もいらっしゃる、こういうわけです。ですから、日本全体では五千とか六千とかいう数の出版社があるということでございます。  ついでに、取次は七十社ぐらいでございましょうか。書店は二万とか三万とか言われております。  とにかく、そのデータで申し上げたいことは、我々の業界というのは認可制でない業界ですから、参入は自由ですし、水平に競争は非常に激しいということでございますね。それをまず申し上げたいと思っておるわけですが、これは憲法二十一条の言論、出版の自由とも見合っている事実でございます。  総売り上げ、去年ですか、二兆六千億、これは定価販売総額です。最終消費者がお支払いになる販売総額ですが、これが二兆六千億。大企業の一社分ぐらいですけれども、そのパイを版元取次書店で分け合っていると言ったらいい、非常に零細な業界とも言える業界です。その売り上げの九〇%が中小が中心になっているという、非常に複雑と言えば複雑、精密と言えば精密にでき上がった業界、こういうことになると思います。  先ほどもありました、書籍でいえば六十万点、雑誌でいうと二千六百タイトルという、その本や雑誌全国津々浦々に、ちょうど人体の血液の毛細管みたいにずっと行き渡る、非常に短時日のうちに行き渡るシステムというのは、そもそも雑誌が同一地域では同一定価で同日発売ということを読者が非常に要求して、そういう読者ニーズにこたえて自然にでき上がってきた非常に精密な流通システムと言うことができると思うのです。  雑誌の場合、さっき書店が二万店と申し上げましたが、CVSなどを入れまして十万店近い販売拠点がございますけれども、とにかくそういう毛細管に行き渡るように、雑誌は特に同一地域同日発売ということでずっと戦後何十年間努力してきまして、非常に精密なシステムができ上がってきました。このネットワークがありますから、例えば書籍ども、いわゆる共同輸送というのですか、あるいは混載というのでしょうか、同一地域には本も雑誌も一緒に送るというようなシステムがよくでき上がりまして、そしてこのネットワークは非常に世界でも評価されている世界有数システムだと私は思っております。  この間、クロネコヤマトですか、ヤマト運輸の小倉会長にばったり会いまして、流通のことを少し教えてくださいよと言ったら、彼は開口一番、いや出版界流通というのは大変なものだねと。外から見ていると非常に原始的な業界ぐらいに思っていたらしいのですよね。そうしたら大変なものだねと言って感心しておられました。きっと、クロネコヤマトも本も少し扱っているわけですけれども、やってみるとこんな低コストでこんなことはできないということだったろうと思うのですけれども、そういうことを言っておられました。  それから、この五月に日本雑誌協会世界雑誌大会というのを行って、海外四十カ国ぐらいからいろいろなお客さんが見えたのですが、その中で中国の人が、日本雑誌流通はどうしているんだと質問をして、非常にうらやましがっておりました。中国は、念のために申し上げますと、郵便局、つまり今郵便で送っているらしいのです。それで、ほとんど郵便局雑誌を買うのですね。そういうシステムらしゅうございます。それから、国際出版学会というのがこの間あったのですけれども、韓国もこれはうらやましがっているのですね。とにかく、完璧とは言えないかもしれませんが、世界に冠たる流通システムだということをまず御認識いただければと思います。  こういうシステムをつくったというのは、再販制度定価販売ということがあり、それからそれに伴った委託という、書店さんがもし売れ残ったら返してもいい、定価で返すということがよくできたので、こういうシステムができたと言うこともできると思うのですね。この再販委託というのはほとんどセットになっているのですが、これが今の流通システムをつくったということが第一点だろうと思います。  その結果、本や雑誌は非常に安いということがまず言えると思うのですね。この安さ、皆さん話題としては聞いていらっしゃるかもしれませんが、ちょっと実例を申し上げますと、アメリカのタイムやニューズウイーク、これは単品では二ドル九十五です。もちろんアメリカ雑誌はサブスクリプションがございますので、郵便料金が安いですから、直接購読しますと割安感が非常にあると思います。あると思いますが、単品では二ドル九十五。二ドル九十五ということは、日本一般週刊誌は二百九十円とか三百円ですから、明らかに向こうの方が単品として高いということがありますね。  それから本で申し上げますと、これはちょっと私どものところで申しわけないのですが、二、三年前、御記憶があるだろうと思いますが、「マディソン郡の橋」というベストセラーがございました。映画にもなりましたけれども、これはタイムワーナーという出版社が出したのですけれども、これは十七ドル九十五。もちろんこれは、アメリカ再販制がございませんから、現実にはもう少し、特に大書店では安くなるわけですけれどもメーカー希望価格は十七ドル九十五。それを訳して私ども日本版を出したのですけれども、千四百円。ということは、現在の、きょうは幾らなんでしょうか、百二十五円か何かですか、それでいうと絶対にディスカウント分以上に日本の方が安いのじゃないかと思います。  その他、今出ております「聖書の暗号」なんというのが非常にベストセラーになっておりますが、これはイギリスです。八・九九ポンド。日本版が千九百円。これもポンド二百十幾らでやると非常に日本の方が安いと思います。とにかく、そういう実例を挙げないまでも、非常に安いということはどこにも指摘できることだと思います。  私は、本や雑誌が安いというのは、戦後の物価上昇率とずっと御比較いただいてもわかると思うのですね。それは卵とかビールとか、ビールは昔高かったからあれなのですけれども、そういう非常に上昇率の低いものがございますが、そういう優等生には及ばないかもしれないけれども、かなりの優等生です。それは幾らでも材料がございます。  そして、私がもっと言いたいのは、アメリカならアメリカで、アメリカの諸物価日本に比べて安いわけですね、購買力平価からいって安いわけでしょう。その安い中で雑誌書籍は高いのです。  逆に言うと、アメリカ物流がうまくいっていないから、事実、うまくいっていないと思うのですね。つまり、書店各地に非常に散らばっていますし、数が余りございません。数がない分だけ図書館というのができるわけですけれども。ですから、国民が本に接する機会というのは日本よりそんなに低いとは言えないかもしれないけれども、とにかく物流はよくないですね。だから、その分だけ高いものを買わされているというふうに言っても差し支えないのじゃないかと私は思っています。要するに、諸物価と比べて高いということです。日本は諸物価との比較においても安い。しかも上昇率は低い。  ですから、日本雑誌や本が安いのは、もちろん我々版元営業努力というか企業努力をしているその結果なのですが、次第に流通環境もよくなってきたということも一つあります。これは読者利益であって、消費者のことを考えるというなら、今のシステムはどうしていけないかということを説明していただきたいと思うわけでございます。公取の方や規制緩和小委員会の方にもっとわかりやすく説明していただきたい、こんなふうに思うわけでございます。  我々は今まで、出版物代替性がない商品だとか反復購入というものがない商品だと、要するに文化商品としての特性を幾らでも述べてきました。しかし、先ほどの渡邊さんの話にもありましたように、文化といえば、ちり紙だって文化じゃないか、ラーメンだって文化じゃないか、こういうふうに言われていたわけです。  文化というのを本当に考えますと、そう大したことではないのですが、僕は、物というものは、だれにとっても必要なものと、ある人には必要だが別な人には無縁というようなものと二つあると思います。それで、後の方のもの、つまり、ある人には必要だけれども別な人には必要ないというようなもの、つまりそれだけニーズが個性的なものを文化と呼ぶのだろう、こんなふうに思います。  ですから、井上ひさしさんがこの間話していたのですけれども、大野晋という国語学者文化という言葉の定義に、文化というのはまず輸出入できないものだ、こういう定義をしている。それは、文化とはまさに言葉であり、その民族の財産であるということを言っておるのだと思いますけれども、そういうものなのですね。  ですから、私どももそうじゃないでしょうか。例えば書店に行きますときに、今こういう本が必要だから、あるいはこういう本が読みたいからということで行って買う、目的買いもございますが、偶然の出会いというものも非常に多いのじゃないでしょうか。  今、だんだん情報が電子化していって、そのものさえわかればいいという時代になってきました。ところが、やはりその周囲のもの、その隣に何があるかということも頭に入るような、今までの活字時代というのはそういう時代だったわけです。それが本当は民族のエネルギーを残していく大事なことだと思うのですけれども書店さんでいえば、偶然の出会いが必要なために、多品種、多様性というものがどうしても必要になってきます。  ですから、いわゆる経済至上主義の市場原理で再販というのをやめて、本が売れ筋、売れ行きを予想できるものしかつくられなくなり、配られなくなるということがその多様性というものを非常に損じるということで、総体としての文化のエネルギーというものを落としていくのじゃないかということを非常に恐れるわけでございます。  先ほど中国では郵便局と申し上げましたけれども、今、特定郵便局の公共性ということが話題になっていますけれども、そういう意味でいえば、私企業でありながら、書店というのは、その地方地方の実は文化人でもあり、それからそういう公共の役に立っているということなのじゃないでしょうか。それがちょっと平氏の合う話なので、エピソードにさせていただきたいと思いますが、とにかく、文化財と市場原理というものは相入れないということを私どもはまず主張しておきたい、こんなふうに思うわけでございます。  独禁法の二十四条の二、著作物の法定再販、適用除外は、著作者出版者、販売者間の自由な契約というものを容認しているわけでございまして、我々は自分たちの自由意思と合意で今の商習慣を守っているというわけでございますから、これは規制であるからやめろと言われると、規制緩和小委員会はそれを規制緩和に背くという形でとらえておられるので、私どもは、これは逆に再販を外していくことは規制強化ということになるのじゃないか、こんなふうに思っているわけでございます。  それから、既に独禁法二十三条で、著作権法や特許法などによる権利の行使と認められる行為についてはこれを適用しないと規定しているわけでございまして、要するに、著者が何かメッセージを発したものを物の形にして読者へ届ける、そういうメディアを我々はつくっているわけですから、そういうものはちょっと、ちり紙とかとは、ちり紙業者に悪いですけれども、別に我々は特別高級なことをやっているということは全然ないわけですけれども、ただ、市場原理に合わない。必要な人には必ず届く、必要でない、関係のない人には必ずしも届けなくてもいいというもので、生活財と文化財というのは明らかに違う。  その意味でいうと、私、仲間のメディアのことを言うわけじゃありませんが、新聞なんて、割と生活に近いと思うのですね。なぜなら、ちゃんと宅配というのがあるわけですから。ところが、本や雑誌というのは、定期購読者というのはあるといっても、書店あるいはほかの販売拠点で見て、今月はおもしろいから買おうか、今週はこっちの雑誌の方がおもしろいからということで、必ず読者が選択して買います。出会いも偶然であれば、しかし、その中からそうしながら自分で選ぶというところが非常に違うところだと思います。  そんなわけでございますので、ぜひ、出版界という特殊な業界を、クロネコヤマトの小倉さんじゃありませんけれども、ちょっとのぞいていただいて御理解をいただきたい。これはほかの商品とは違うんだということを十分御理解いただければ、こんなふうに思います。  どうもありがとうございました。(拍手)
  6. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  次に、中村参考人にお願いいたします。
  7. 中村義治

    中村参考人 書店商業組合連合会副会長の中村でございます。  こういう機会を設けていただきましたことを心から御礼を申し上げます。また、平素、全国各地で先生方にいろいろ書店がお世話になっております。そのこともあわせてお礼を申し上げたいと思います。  私たちは、全国書店をそれぞれ経営しております。そして、絶えずお客様と接している立場にあります。私も、もう五十年になりますが、書店をやっております。そして、この十年間、夜十一時まで、一つの志を持って夜店をやっています。全国書店が、生活を賭して、そして、地域読者の方々に何とかサービスを申し上げたいという気持ちで、朝から晩まで十二時間、十三時間、十四時間と店を開いて頑張っている姿を思い浮かべて、私もともに、都心部ではありますが、お客様と接することによって自分のあり方をいつも見詰め直そうということで始めたわけであります。  お客様から非常に多くの御注文といいますか、御意見をいただいております。そして、お客様と接するたびにいろいろなことを教えていただきます。よくぞ本屋になったなという感じをいつも持っています。全国書店も、その場その場でそれぞれ、一部の学者先生方に言わせれば、いつつぶれても仕方がないといったぐいの書店かもしれません、しかし、一生懸命自分たちがお客様に奉仕することが国のどこかでお役に立つということを心に念じてみんな頑張っている。私はその実情をよく知っている者の一人として、そのことを申し上げたいと思っております。  どこに行っても書店は同じ、金太郎あめ、品物はみんな同じ、先生方はよくこういうふうにおっしゃられると思うのですが、どのくらい全国書店の店頭を見ていただいているのだろうか。それぞれその地域に合った品ぞろえをやっています。地方へ行けば行くほど、地方の出版物を含めて、個性ある品ぞろえをそれぞれやっています。やっていないところはだんだんやはり仕事ができなくなっている、これはもう現状です。そのことをぜひ先生方にも知っていただきたい。みんなそれぞれ頑張ってやっています。  いつやめても仕方がない、資本競争が激しくて、その競争の敗者は消えてもしようがない、それは国で救済すべき問題だということを先生方はおっしゃるわけです。  今、全国で、図書館も書店もある町村は一五・七%、両方ない町村が四二・四%、図書館はあっても書店がない町村が五・五%、書店はあるけれども図書館がない町村は三六・三%という統計があります。図書館のない地域でやっている書店は特にそうですけれども、先生方の言葉をかりて言えば、何の意味も持っていない、消えてしまった方がいいと思われる書店かもしれませんけれども、やはり書店は、先人たちの後を継いで、一生懸命に図書館のかわりの役割も果たしてきたと思っています。  私自身が、子供のときは本屋におりませんでしたので、いつも本屋に寄っては怒られ、はたきをかけられながら、やはりどうしても読みたい。そのうちに、おやじさんが、まあいいや、読んでいきなと言って読ませてもらった記憶があります。私たちは、今もそのことを思い浮かべて、ずっとその精神で本屋をやっております。  中小は勉強が足らない、確かにそういう面はなくはありません。再販制度にあぐらをかいている、再販制度は中小を保護するための制度でしかない、先生方はそういうふうに切り口を持ってくるわけですけれども、私どもは、再販制度はあくまでも読者のためにある制度だと思っています。再販制度が崩れたらということを私は考えたくないものですから、こういうところでは余り言いませんけれども再販制度がなくなった日本というのは一体どういうことになるのでしょうか。  今、渡邊さんや田中さんが言ったことと重複することになりますから述べませんけれども書店は、過当競争、資本競争の中で、確かに資本競争ということになれば、小さいところはそのままでは消えていかざるを得ない。いや、資本競争があったって何とか生き延びるという志を持っている人間は相当おります。しかし、私は、資本競争になれば全く違う様相を呈するのではないか。  現在、既にアメリカの大きな業者日本書店を出したいという打診をしています。これは、今の姿では出すのか出さないかわかりませんけれども、これだけ再販がなくなる、なくなるみたいなことを喧伝されましたから、それを聞いて、やがて再販がなくなると思って出てくるのでしょうか。もしもそういう事態になれば、日本業者相当駆逐されると思っています。  資本力競争になれば、先ほどもお話が出ましたように、日本業者というのは、例えば一番大きいと言われる丸善さんや紀伊国屋さんにしても、その資本力は大したことはありません。資本力競争だったら全くかないません。いや、国内だってそうです。いろいろな業者が入ってきて、売れるものだけを目標に並べる。商品がだんだん低俗化していくであろうと思っています。果たしてそれで日本はよろしいのでしょうか。ぜひ先生方に再販制度について御理解いただきたいと思っています。  ちょっと生意気なことを言わせていただきますが、再販制度がどうしたこうしたということに急になってしまったのは、このわずか四、五年のことです。日米構造協議の中で独禁法の運用強化ということが非常に叫ばれ、それを学者先生方が利用して、独禁法の強化というのはどこかへいっちゃって、最後にたどり着いたのが再販制度撤廃。適用除外、つまり著作物再販は特別に扱われています。これもいつの間にかこれだけが残ってしまって、これは昭和二十八年の独禁法改正のときに何にもわけがわからないうちに導入された、したがってこんなものはない方がいいというのが先生方の、簡単に言ってしまえばそういう理屈だろうと思いますが、これは全く誤りだろうと思います。  私たちは、この再販制度日本文化を支える重要な役割を果たしているということを先人にも教えられましたし、私どももこのことをしっかり自覚して今後も運営していきたいと思っております。  ありがとうございました。(拍手)
  8. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――
  9. 宮地正介

    宮地委員長 これより参考人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。佐藤剛男君。
  10. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 自由民主党の佐藤剛男でございます。  最初に、本日、渡邉隆男参考人田中健五参考人中村義治参考人にお忙しい中おいでいただきまして、そしてまた、ただいまは有益なお話を承らせていただきました。  渡邉隆男参考人からは、日本の明治以来の再販問題の歴史についての御指摘、この再販価格が外れたときの影響等々についてるる有益なお話を賜りました。感謝申し上げます。  また、田中健五参考人からは、まさしく体の中のも細管のようなものなのだという御指摘は非常に印象的でありまして、参入自由の中において今日の雑誌出版界現状があるという印象的なお話を賜りました。感謝申し上げます。  また、中村義治参考人からは、全国で図書館も書店もないところがある、こういうお話等々を賜りまして、そういえば私の、私は福島でございますが、飯舘村というところには本屋が一つもなくて本屋を通産省に指示しましてつくらせた。古本を集めさせて本をつくって、それを売る店が開業した。そういう実情を身にしみておりますので、今のお話は非常に有益でございます。ありがとうございました。  ところで、実は参考人の皆様方においでいただきましたのは、十一月六日、当委員会におきまして私がこの再販価格維持問題を取り上げまして、十一月六日と十一月二十日の二回にわたって、本日、内閣法制局の秋山第一部長も御出席いただいておりますけれども、法律的な面から私はこの問題にアプローチしたわけであります。  私は、森山剛というペンネームを持って、私の著書はベストセラーになったこともございますし、また現在、「国際会議英語の聞き方話し方」は隠れたベストセラーであります。また私の父は交通公社出版雑誌「旅」の初代の編集長でございますから、私の血には文化人の流れがあるものと思っております。  そういうことでありますので、文化面のものはさておきまして、私が申し上げたいのは法律論。これは三参考人の方々がおっしゃられましたが、これは昭和二十八年からできている、二十八年に二十四条の二というのが独禁法に入った。ぜひここのところの条文はよくお読みいただきまして、私が申し上げるのは、これから皆様方が攻撃防御の方法として使うときに非常に役立つものであるし、公正にこの法律論理を考えていただきたいと思うからあえて申し上げます。  二十四条の二の一項というのは、一項商品で、例の指定商品といって、資生堂の化粧品とか薬とかというものだ。それは、告示をしてやるという形態になっております。つまり、外形的に見せるんだ。ところが、四項の著作物というのは、著作物というのはもう定義も何もしていない。そして、「一項と同様とする。」ということで、法律的、つまり著作物というものは一項と同様の扱いをすると私は解しているが、二十八年のときには雑誌それから新聞、その四品目になったわけでありますが、しかし、そのとき何も、告示だってないのですよ、四項は「一項と同様とする。」となっておりながら、なっていない。公正取引委員会、おかしいじゃないかということを当委員会で私は問題提起をしたわけでございます。  そうすると、どうするんだ。昭和二十八年からことしまで、もう半世紀近い時代が来た。一種の経済的仕組みになっているのですね。独占禁止法というのは経済的仕組みの面を持っているのです。これは、持ち株会社を禁止した、それで私は、持ち株会社禁止というのはおかしいといって、これを規制緩和で外させた張本人でございますが、それと同じように、これは経済的な仕組みになっていると私は解しております。  ですから、法律論ですから、余り文化の問題は言わないで、法律で進めていく。そうすると、解釈で著作物になっておるのですね、皆さん方の業界。では、その著作物を、百八十度転回して仮に独禁法の適用にする、適用除外から適用にする、これはどういう形式をとるのですか。私は、これは法律が要りますよ、これだけ半世紀も近いところにいるんだから、やはり国会の国民から負託された方々による法律が要るということを論じまして、実は十一月二十日の当委員会におきまして、内閣法制局の第一部長から有権解釈をいただきました。  それはどういうことかといいますと、これだけ秩序ができ上がっている。それを仮に独禁法の適用をするとどういうことになるかというと、最終的には二年以下の懲役、三百万円以下の罰金まで該当するわけであります。どういう解釈をするのか、公正取引委員会委員長委員が四人おりますが、そういうふうにする場合には法律が要る。一本とったと私は言ったのですが、そういうことを言っておりますので、三参考人の皆様方は、それをひとつしかと頭に入れていただきたいと思います。  その意味で、きょうは内閣法制局第一部長においでいただいておりますので、あえてまた皆様方に直接お聞きいただいた方がいいのじゃないかなと思っておりますので、秋山部長にここで、前回十一月二十日の、あの内閣法制局第一部長は内閣法制局長官の道を歩んでいる、日本の中の、内閣の中の最高の法律の権威でございます。そういうことを前提に、本日は、第一部長から改めまして私の質問にお答えいただきたい。  つまり、書籍それから雑誌、これを独禁法の適用除外から適用とする場合には、単なる解釈を変えましたよという一片の宣言だけではだめだ、告示もないんだから、政令にも載っていない、省令にも載っていないんだから、その場合には法律をつくって、昭和二十八年に決定した独禁法第二十四条の二の解釈変更に伴い雑誌書籍独禁法の適用とする法律とでも、そういう名前になってしまうのか知りませんが、そういうようなものが必要であると私は解しておるのですが、第一部長、ここで、前回の委員会における答弁の繰り返しになるかもしれませんが、御確認をお願いいたします。
  11. 秋山收

    ○秋山政府委員 お答えいたします。  現在の独禁法第二十四条の二の著作物といたしましては、書籍雑誌、新聞、レコード盤、音楽用テープそれから音楽用CDがその対象として解釈して運用されているわけでございますが、特にお尋ねの書籍雑誌につきましては、当初の立法の当時から、当然これがこの二十四条の二の著作物の対象であるということで確立した解釈として運用されているものでございますので、もし仮にこれを独禁法二十四条の二の対象から外し、再販についての独禁法の不公正取引の規制をかけていくということになりますと、どのような法律の形式をとるかどうかというのは、仮にそういう措置をとるといたしましても今後の検討課題ではございますが、いずれにせよ立法措置によってそのような措置を講じなければならない問題であるというふうに考えております。
  12. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 参考人の皆さん、そういうことでございます。ですから、そういう形で、皆様方がこの再販価格維持を続けたいということで言われましたときには、そういう面を常に頭に置いて対応せられたら御参考になるのではないかと思います。  それで、これは今ちょっと第一部長がおっしゃったように、立法当時、昭和二十八年にこれが入ったのですが、当時は衆議院に、ここは経済安定委員会といったのですね。そのときの経済安定委員会の議事録というのが昭和二十八年七月二日と、それから昭和二十八年七月七日、この二回にわたってございまして、当時の委員長、横田正俊政府委員、最高裁の長官をやられた方だと思いますが、横田政府委員がこう言っておるのですね。  このさわりは重要だと思いますので申し上げますと、  この制度は小売業者に適正な利潤も安定した収入を得させたいということがねらいでございまして、ある意味におきましては、ある銘柄品についての定価全国的に一本になる結果、現在消費者があるいは定価より低く買っておりました面が買えなくなることによって、多少消費者のためにぐあいが悪くなる面がないではないのでございます。しかし結局消費者利益と申しましても、やはり小売業の安定ということは大きな意味から申しますと、結局において消費者にも利益をもたらすことになりますので、この二十四条の二の場合につきましても、消費者利益を害されないように銘柄間の競争がりっぱに行われておることと、それから、たとえばこれのマージンが非常に高過ぎてこれを維持することによって消費者利益を不当に害するというようなことのないことを前提といたしまして、この再販売価格維持を認めて参りたいと存じております。  ですから、中村参考人が小売店の立場でいろいろおっしゃられた問題、これはもう昭和二十八年にこの著作物をやったときに横田委員長がぴたっと言っておるのですよ、その後最高裁長官になられた、たしか私の大学の外交関係の、法学部の先生をやられた方だったと思います。  そういう観点で見ますと、もともとが小売店をやる。というのは、魚屋さんも八百屋へ行けば消費者なんです。八百屋さんが肉屋さんに肉を買いに行くときには消費者なんです。肉屋さんが魚屋さんに魚を買いに行くときは消費者なんです。ですから、よってもって全部国民みんな消費者になるかといったら、そうなんです。消費者になるわけでありますが、そういう中で、独占禁止法というのが一つの資本主義社会の中の体系にある。  体系にあるが、アメリカの運用はどういうことになっているかというと、規制を緩和する、そうしたら必ず、公正取引委員会が監視をしていまして、きちんと公正公平な運用がなされているかと。アメリカというのは異民族社会で人種のるつぼですから、弱い人が出る、弱い人を守るためには公正取引委員会が動く、これだけの話なんですね。  ですから、アメリカはストラクチュラルコンサルテーション、構造協議においては、何も再販価格維持というのがいかぬとは言っていないのです。公正取引委の機能を拡大しろと。私は従来から、公正取引委員会は今五百人いますが、その倍ぐらいにしたらどうか、通産省から少し百人ぐらい行ったらいいのではないかと言っているが、そういうことをやらないと弱い者がやられてしまう。例えば小売店は、これは恐らく再販価格維持をやりますと三分の一から四分の一になってしまうと思いますね。  そういう面で、もともとそういう日本の経済的仕組みですから、それには立法政策というのが要るということでございまして、この問題は非常に重要な課題であります。これは六品目共通であります。  ですから、皆様方、きょうは随行者の方々おいででございますけれども、よくその点を、文化文化と言ったって、私は文化人だから言っておるのですから、これはもう余り文化の面で言わない方が私はいいと思いますよ。法律論でいった方がいいですよ。そして法律論でいって、これを直すためには衆議院、参議院通さないとひっくり返せない。ですから、また皆様方にも来ていただきますし、これから十分そういう議論を、仮に公正取引委員会が解釈を百八十度転回させてくる場合にはそういう形態がなせるだろうと思っております。  それで、きょうは公正取引委員長に来ていただこうと思っておったのですが、委員長御都合悪いというので部長にいらっしゃっていただいておりますが、部長にちょっとお伺いします。  これの結論について、日本は今規制緩和をやったり行政改革をやったり、いろいろ金融破綻して、これが生産システム流通システム移行という、私は経済恐慌にもう入ったと思っておるぐらいのときなんですが、公正取引委員会は、それは機能として規制緩和、規制緩和ということを推進するでしょうが、昭和二十八年の横田委員長の、あなた方の先輩だから、そのころ私はまだ高校生でございましたからそういうことは知りませんけれども、よくそこら辺の歴史も読んでやっていただきたいと思います。巷間、新聞によりますと何か十二月ごろ委員会報告が出されるとか、報告の内容まで出ているけれども、慎重に物事を進めてもらいたいと思う。一体いつごろ、今後どのような手順で報告されるのかを質問いたします。
  13. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 お答えいたします。  著作物再販制度をめぐっては多々議論のあるところでございますので、公正取引委員会といたしましては平成四年四月に、先ほど来御指摘ありましたように、やはり立法によって解決すべき問題であろうということで、そのためのいろいろな検討に着手したわけでございます。  これまでいろいろ検討を進めてまいったわけでございますが、現段階では、本年二月から各方面の専門家を集めた研究会におきまして検討いただいておりまして、私どもとしては、十二月末を目途として報告書を出していただき、それの内容及びその後のいろいろな議論を踏まえて、公正取引委員会として著作物再販についてどういう態度をとるかということを来年の三月末までに決めていく、そういうスケジュールで進めていきたいと考えております。
  14. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 来年の三月というのはどこから出てきているのですか。
  15. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 規制緩和推進計画の改定及び再改定におきまして、たしか再改定では少なくともそう書いてあると思いますけれども、この著作物再販につきまして九年度末までに結論を得る、限定・明確化ということで結論を得るということでございますので、そのための作業をしているということでございます。
  16. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 私は、選挙の前ですが、今から二年前ぐらいですかね、公正取引委員会関係の規制緩和の問題のときに商工部会で、持ち株会社禁止条項を削れ、あれが規制だ、これを緩和するのが一番独禁法の体系でいいんだと言ってもなかなか進まなくて、それは小選挙区が終わってから日の目を見たということなんですよ。それと対応しますと、とんとことんとこ、何か知りませんが、本件の問題は、著作物については規制を緩和するような、規制緩和ということは、つまり独禁法の適用にしよう、適用除外ではだめだ、適用するというところに向いているような気配がありまして、非常に懸念いたしております。  何かもう先に中間報告だか最終報告の結論が出ているように見えるけれども、よく慎重に物事を扱って、本委員会における今回の参考人意見も十分踏まえて、そしてやってもらいたい。そういうことをやらないで独断専行でいくとすれば、公正取引委員会の行政改革をしますから、私どもで。公正取引委員会の行政改革なしに行政改革は終わらないかもしれない、そのぐらいの気持ちを持っております。  ただ、私は、つくづくこの書籍雑誌について感ずるところは、取次店。本日ここに取次店の方をちょっと呼び損ねたなと、委員長、私は思っておるのですが、取次店については、これは上位二社の集中度が七割ぐらい高い、というのがあるのですね。  それで、この方々の部門について、私は自分で経験があるのですが、私がベストセラーになっていたものというのは、何か三、四カ月ぐらいで店から消えちゃうのですよ。回転が早いです、たったったったと。それはまあ店の面積というのも限られていますからそういうことになると思いますが、そこら辺の問題は、一つの今後の取次店がどうなのかという問題はあるなという感想をちょっと申し上げておきまして、後々この問題は、当委員会においても取り上げるかもしれないし、取り上げないかもしれませんが、させていただきまして、持ち時間が終わりましたので終わらせていただきます。  ありがとうございました。
  17. 宮地正介

  18. 小野晋也

    ○小野委員 きょうは、参考人の皆さんには大変お忙しい中を当院にお越しいただいて、心より感謝を申し上げたいと思います。  今、我が党の佐藤委員の方から、法律論を中心にしてのこの問題への取り扱いがございましたので、私の方は、むしろ文化的なもの、また、先ほど触れました流通の問題を中心参考人にお尋ねを申し上げたいと思います。  それに先立ちまして、この再販問題というのは非常に微妙な問題をはらんでいるものでございまして、私自身の立場を明確にお話をしておきませんと御答弁も難しかろうと思いますから、一言申し上げますと、私自身は、今この日本の国は移行期にございまして、経済原理が中心に主張されているわけでございますけれども、決してそれのみでいろいろな問題が解決できる状況ではない、しばらくの時間の中に、人類社会を律するものは経済原理のみでないという、もっと広い理解が生まれてくるという考え方を持っている次第でございます。  フランスの書籍再販制度の事例は非常に有名な事例でございますが、一九七九年、再販撤廃したところ、いろいろな問題が生まれるがゆえに、二年後にそれをまたもとに戻したというような事例もあるわけでございまして、皆さんの諸団体が十一月三日、規制緩和小委員会に出されました要望に書かれておりますように、「性急に廃止等の独断的結論を出さず、検討を継続されたい」という、この趣旨に私も賛同する立場からの質問でございますので、よろしくお願い申し上げたいと存じます。  きょうの議論につきましては、先ほど申しましたとおり、文化の問題をまず取り上げてみたいと思っております。  先ほど渡邊理事長さんの方からは、文化競争政策の風雨にさらせばたちまち衰えるような問題であるというふうなことが述べられたわけでありますが、一方におきまして、私たち日本人自身、また文化的な活動に携わっておられるという皆さん方、出版業界の皆さんを含めてでございますけれども、この文化というものをあたかも空気のごときものと認識をして、あって当たり前であって、特に議論をしなくたって、そんなものは大事なのは当たり前じゃないかというような形で、余り真剣な形での認識を獲得する議論というものを避けてきた部分があったような気がしてならない点がございます。  出版に関しましても、文化というのは非常に大事なものであって、人類英知から生まれる著作物はみんなで守らなければ守れないのだというようなことを言われるわけでございますが、実際に私ども書店で並んでいるものを見ておりますと、安易につくられた本というのも実は多いのも事実でございます。出版社自身が今否定をされました商業主義というものを、逆に出版社自身がにしきの御旗にされている傾向も見られるということでございまして、文化という視点、また国民教育という視点を全く外れて、とにかく売れればいいのだというような風潮を感ずるところもまた事実として認めざるを得ないところでございます。  こういう点に関しまして、一番基本的な部分の問題でございますが、出版協会、また雑誌協会といたしまして、この出版物のあり方ということについてどういうふうにお考えでありますか、お尋ねをしたいと思います。
  19. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  おっしゃるとおりでございまして、いろいろな問題を抱えております。  戦後既に五十年になりますが、今御指摘のありましたような傾向というのはやはり進んできたかと思います。そういうものがかなり目立つわけでございますね。しかし、今六万点という新刊が出ておりますが、これを分析していただければ多分おわかりいただけると思いますが、やはり文化を尊重した高い質のものがほとんどでございます。  もし価格競争がもっと激しくなってまいりますと、既に戦後だんだん強くなってきております。そういう傾向、これが、再販制度撤廃されますと一挙にもっと加速するということを私は申し上げたいわけでございます。
  20. 田中健五

    田中参考人 確かに、御指摘の面はあると思います。しかし、先ほど申し上げました点数の広さ、それから冊数の多さの中に、クオリティーの高いものといいますか、例えば翻訳などで、十年前は絶対に図書館に行かなきゃ読めなかった、英語で読まなきゃだめだった、そして、そんなもの訳したって売れないだろうといったような本が今非常に出るようになっていて、学者先生たちが非常に便利しているという現実もございます。本について、そうなんですが。  それから、もちろん本についてもクオリティーの低いものも出てきたことも事実です。多様性といったときに、どうしてもそういう、水清ければ魚すまずというわけじゃありませんが、何か多少のまじりものみたいなものは、全体の中には含まれてくるのではないかと思うのでございますが、いかがでございましょうか。  もちろん私は、雑誌世界にも、今までだったら売れそうもないような雑誌が出てきたということは現実に幾らでも提示できます。しかし、クオリティーの低いものを出しておることも事実でございますので、その辺は業界として、やはり全体の平均値を上げていくということは必要かと思っております。努力しなければいけないと思っております。
  21. 小野晋也

    ○小野委員 大多数のものについては文化的視点教育的視点を持った出版をやっているということでございまして、ぜひそれは私ども、これから皆さんも尊重いただき、また、出版界等でも議論をいただきたいと思うのでございますが、一言申し上げますならば、今の、特に雑誌の論調というのが、例えば、この永田町の例を一つとりましても、一部の政治家の不祥事がありますと、まるで全政治家が悪いかというような論調で書かれる記事が随分多いのでございます。まさに出版界自身がまいている種が今その出版界の方にもはね返ってきている現象が生まれているんだというようなことについては、一言申し添えさせていただきたいと思います。  引き続きまして、流通の方の問題。時間がありませんので、簡単にやっていきたいと思っておりますけれども、そちらの方に移らせていただきます。  先ほど諸参考人の方から御指摘がございましたとおり、私は、年六万点に及ぶ新刊本が生まれ、二千五百種類の雑誌が発行されていて、それがコンビニエンスストアを含めると十万店に及ぶ店に配付をされながら販売されるというような巨大システムというのは、非常にこれは大変なシステムを構築されたということを認識をいたしております。  ただし、それを認めながらも、数点、問題点と感ずる点がありますものですから、それを御指摘させていただきたいと思うのでございます。  まず第一点目は、先ほど、五日以内に本が入手できるようなシステムを既に組み上げているというような御指摘をちょうだいしたわけでございますけれども、現実に私どもが本を注文いたしましたときに、卸店、取次店にその本の在庫が見られない場合には、やはり二週間、三週間かかるというのが実態なのだろうと思います。  これにつきましては、地方におられて書店へのアクセスのよくない人たちにとってみますと、改善されなければ全国一律のサービスを受けられるという状況が生まれないということでございまして、今後の改善方について、これはどの参考人さんが一番よろしいのでしょうか。では、渡邊参考人にお尋ね申し上げたいと思います。
  22. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  今御指摘の流通の問題でございますが、新刊雑誌は、これはもう全部三日で届いております。しかし、今御指摘の読者の注文品でございます。今リストアップされているのは五十三万点ございますが、これが、実を申しますと、全国五、六千軒の版元の倉庫に分蔵されているわけであります。そこから注文品を取り出すわけであります。非常によくできた倉庫を持っているところもございますが、階段から天井まで積み上げて、どこに何があるかわからないような小規模の版元もこれまたたくさんあるわけでございます。その中から、つまり五十数万点の中から一冊一冊を抜き出すわけでございます。  これではいかぬということで、もう既に五、六年前からでございますが、出版社の倉庫の出版物を一カ所に集めようという計画があります。これは実は大変な大仕事でございまして、簡単にはまいらないのでありますが、一方で電子情報を整備いたしまして、両方で解決しようとしております。とにかくここ数年のうちに、多分三年か四、五年いたしますとこの問題は解消すると考えておりますので、御期待いただきたいと思います。
  23. 小野晋也

    ○小野委員 その御努力を多とし、ぜひよろしくお願い申し上げたいと思います。  そういう状況になりましても、例えば専門書と言われるような種類のものにつきましては、一つの大きな倉庫での全面的な管理ということは非常に困難な部分が残るだろうと思います。現実に私ども、専門書の注文を地方の書店でやりました場合でも、こんな本はとても私どものところでは扱えないよ、取り寄せなんかやっていたっていつ入ってくるやらこんなものはわからないから、それはもっと大きな書店に行って頼んでくださいなというようなケースも現実にございます。  そうすると、地方にいる研究者の皆さん方にとってみると、宅配便を活用して本を取り寄せたいというようなケースも生まれてくるわけでございますが、そういった場合に、送料がオンされた価格になってしまうということになると、先ほど参考人の方からお話ございました同一価格全国へサービスするという意味合いからすると、少しこれは消費者の立場から見ると、送料分だけ高くつくということも、これは不合理な話になってくるのではなかろうかという気がするわけでございます。  出版社側といたしまして、宅配業者に対しては少し安い値で卸して、末端価格を同一にする、こういうような考え方を導入するということはお考えのできる話でしょうか、困難な話でしょうか、いかがでございましょう。渡邊参考人にお伺いしたいと思います。
  24. 渡邊隆男

    渡邊参考人 この問題は、実はもう二、三十年前から盛んに言われております。つまり、再販制度定価というものがございます。その送料を負担いたしますと、これは実際の値引きではないかというような考え方が出てまいりました。  しかし、版元といたしましては、定価定価で、読者への輸送料をある程度、手間はもちろんですがサービスをするのは、これは違うのではないのかということで、実を申しますと、送料のサービスというのは各社既にかなりやってきております。  一方、今御指摘のありました読者への宅配便ですが、実は今取次店、栗田出版販売と申しますが、そこで行われております。これは、読者へ直接届けるわけであります。注文は書店で受けたり、ちょっと複雑なことがございますが、これが既にスタートしておりますし、年々これはかなりふえてきております。そういう点での改善は、今後、電子情報化と相まって急速に進んでいくかと思います。  以上でございます。
  25. 小野晋也

    ○小野委員 続きまして、書店商業組合連合会中村参考人にお尋ね申し上げたいと思うのですが、今佐藤委員が少し触れました取次店の問題でございます。  私ども書店等からの御意見を聞いておりますと、自由に取次店を選んで書物を仕入れるということがなかなかできない。今までのラインの中で注文していくのを、ほかのところで頼もうとすると、その取次店がほかの本もストップするぞと圧力をかけてみたり、それから乗りかえようとしても、もう今までのお互いの力関係があるものですから、遠慮して新しい取次店が受けてくれないというような事例があって、これは公正取引の上からいうと不公正競争の条件に当てはまりかねないなというような事例があると思うのでございますが、組合としてそういう事例の存在を御認識しておられますでしょうか。
  26. 中村義治

    中村参考人 先生が御指摘くださった点はかなりないとは言えません。しかし、それは具体的な事例で私ども相談にあずかったりいたします。というのは、まさにこれこそ不公正取引といいますか独禁法で罰せられる内容だと思いますので、そういうことは今現在の取次店はしていないというふうに思っています。非常に神経をとがらせて一生懸命やっていると思います。  しかし、具体的な事例については私ども努力いたしますので、これからも出版界挙げて、先生の御指摘のようなことが絶対あり得ないように努力いたしたいと思います。私どもも、そういうふうに取次店とよく話し合っていきたいと思っています。
  27. 小野晋也

    ○小野委員 先ほどの点でございますけれども、具体的に書店からそういう問題が提起された場合に、組合としてはどういう扱いをするか。その処理の仕方ということについて、ルールがありましたらそれを教えていただきたいと思います。
  28. 中村義治

    中村参考人 書店商業組合ですから、できるだけのことを今までもやっておりますが、ただ、これは公正取引委員会の事業者団体のガイドラインという部分がありまして、そこのところとは接点がやや難しいところがあります。しかし、できるだけ個々の話を聞いて、取次店と話し合うことによって善処してもらうという努力をしたいと思っております。  先生が先ほどおっしゃったような、高圧的にこうするということはまずほとんど今は考えられないと思うのですが、もしも私どもの……(「大丈夫ですか」と呼ぶ者あり)それはそう思っておりますけれども、ぜひ、どんどん先生のおっしゃることをよく伝えまして、取次店に善処してもらうようにいたします。
  29. 小野晋也

    ○小野委員 この点、もう少し深くやってみたい気もするのですが、時間の都合がございますから、機会がありましたら、またこの問題を取り上げてみたいと思います。  なお、再販制度というのは、実は出版社自身よりも、私はやはり流通が大きくかかわってくる問題なのだろうと思います。それだけに、書籍雑誌等の流通の改善問題ということは、私ども再販制度についてはこれからも検討を進めていくということで、とりあえず守る立場で力を尽くしていきたいと思っておりますが、ぜひ皆さん方のお立場で改善すべきことは改善して、とにかく消費者の皆さん方が利便を感ずる仕組みをつくり上げないことには国民の支持を失ってくるということは、厳しく御認識をいただきたいと思います。  それからもう一点加えますと、環境問題というのは、経済原理に乗らなくても対応しなきゃいけない問題でございまして、いろいろな対策が具体的にとられているわけでございますが、私は、書籍等を中心にして、文化の問題というのは実は心の環境問題なんだと思っているわけでございます。その心の環境をよくするために、やはり我々は守るべきものは守るんだという決意のもとで取り組む姿勢でございまして、ぜひ出版界の皆さん方もこの趣旨を御理解をいただいて、出版自身のあり方ということについても十分な議論、また相互でより高めるための御努力をいただきますことをお願い申し上げまして、質問を終了したいと思います。  どうもありがとうございました。
  30. 宮地正介

    宮地委員長 青山二三君。
  31. 青山二三

    ○青山(二)委員 新進党の青山二三でございます。  きょうは、三人の参考人の方々には、大変お忙しい中を当委員会にお出かけをいただきまして、今るる貴重な御意見をお伺いさせていただきまして、本当にありがとうございます。心から感謝をいたしております。  本委員会消費者問題等に関する特別委員会ということでございますので、きょう、私は消費者の立場から、また中立的な立場からいろいろと質問をしてまいりたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いをいたします。  そもそもこの再販制度が導入されました経緯でございますけれども、先ほど来お話がございましたように、昭和二十八年、独禁法改正のときに書籍雑誌再販が制度化されました。それまでは出版界あるいは新聞業界あるいはレコード業界ども再販制度を要求したことはないというようなこともございましたが、公取委員会の方から、化粧品と医薬品を再販制度にする、そういうときに著作物を入れた、そして現在のこの独禁法の適用除外、こういうことになったと聞いております。  導入の趣旨は、先ほどもお話がございましたが、一般的には戦前から慣行として定価販売が行われてきたようでございまして、文化の普及を図るため、また多種類の著作物を同一の価格で安く広く全国的に普及させる体制を維持するためにこういうものが導入された、このように伺っております。  こうして導入されました再販制度ももう既に四十年以上が経過をいたしまして、見直しとか、著作物再販制度に関しましていろいろな意見がございます。  平成九年には結論を出すというようなお話もございまして、先ほど公取委員会のお話では、来年三月に結論を出すんだ、このようなお話を伺ったところでございます。  そして、平成七年の七月、再販問題検討委員会の中でいろいろと議論が行われまして、その中間報告が公表されましたけれども、それから二年がたっております。報告の中身を見てみますと、市場の開放性を高め、消費者利益を確保する観点から、規制の緩和とあわせて独占禁止法適用除外制度の見直しが重要な課題になってきている、何らかの要因によってそれを必要とするのであれば、国民各層が納得し得るような明確かつ具体的な理由が必要だ、このような報告がされております。  そこで、この中間報告に対しまして多くの意見が出されておりますけれども、やはり実際には、再販問題とは何が問題なのか、読者消費者にとりましてどのようなメリット、デメリットがあるのか、そういう問題が十分に伝わっていないのではないかと思うわけでございます。  先ほど渡邊参考人も、国民各層意見を聞き議論を尽くしたとは到底言えない状況での結論はまことに遺憾である、このようにお述べになっておられましたが、現在の再販制度が現実にどのような問題を有しているのか、また、再販制度廃止の影響等について、消費者利益を確保する、こういう視点から伺ってみたいと思っております。  まず、消費者にとりまして、書籍あるいは雑誌等の競争というものがないために利益が損なわれているのではないか、そして、消費者が安く買うという機会を失っているのではないか、そういう機会があっていいのではないか、こんないろいろな消費者の声があるわけでございます。要するに、書籍もそういうものも、普通の商品と同じように市場メカニズムに任せるならば、競争原理が働いて価格が安くなって、そしてサービスも向上するのではないか、こんな一般的な見方があり、そういう意見消費者の中から多く出ているわけでございますけれども、そういう意見につきましてどのように考えておられますのか、まず、三人の参考人の方々にその辺からお伺いをしたいと思います。
  32. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  出版物再販制度の必要性という中間報告書への反論を私ども出しております。それに詳しくいろいろ述べてございますが、その議論が尽くされていないということは本当にもう事実でございまして、私ども、いろいろな資料なり意見をこの三年間次々と出してまいりましたが、要求された資料はありません、私どもは一方的にかなり出してきております。しかし、それが、中間報告なんかを見ますと、結果的にはほとんど無視されているという状況でございます。  それから、消費者のこの再販制度に対する感覚、つまり定価販売制度に対するお考え方というのは、おっしゃるとおりかと思います。しかし、私先ほど述べましたように、今の定価というのが、私どもといたしましては最低価格と思っておりまして、これがさらに値引きが可能かという問題でありますが、今は実は、新再販制度という時代に入っております。  橋口公取委員長時代、たしか十数年前でありますが、時限再販あるいはもう定価を外して自由価格で売りなさい、売ってもよろしいという制度ができておりまして、実は、これがその後それほど行われていないわけでございます。それにはそれでまたいろいろ理由がございますが、これは既にいろいろな機会にそういう動きがございまして、今後はもっと広がっていくと思いますし、御期待に沿えるものもたくさん出ていくはずでございます。
  33. 田中健五

    田中参考人 今の御質問は、本や雑誌は高いとおっしゃっている消費者データがあるということでございますね。私どもが了解しておりますのは、雑誌書籍が大体公平に全国に同一価格で売られているということに満足する声というのはデータとしてたくさん持っておりますが、高いというのは余り聞いておりません。  定価を高くしてくれという声は、実は業界内で出てくるわけですね。特に書店さんなんかの声もあります。しかし、我々は水平に版元同士競争しておりますから、つまり、こういう種類の本はあの社だったら幾らで出すだろうから、我々はそれより低く抑えたいというほどの値づけをしておりますので、決して高いということはない。先ほど申し上げましたように、あらゆる物価の中の最優等生であるというふうに思っております。  以上でございます。
  34. 中村義治

    中村参考人 私のことで申しわけございませんが、五十年書店をやっておりまして、本が高いということを承ったことは余りありません。最近では、雑誌について、広告が少し多過ぎるとかいうことは言われます。これは重いから買わないとかいう若い御婦人があることは知っています。  私どもは、出版物につきましては、物価高に比べまして十分にそれよりもずっと低くなっておりまして、今から三十五年前に週刊誌がスタートしたころ、あのころの週刊新潮、週刊文春あたりの値段とコーヒー一杯、ラーメン一杯と同じであった。それが現在は、週刊新潮、文春はいまだに三百円前後ですから、それはコーヒー、ラーメンの値段の半分になっているというふうに思っています。  ただ、先ほど小野先生が御指摘くだすったように、流通問題につきましては、やはり注文品が遅い、それから品ぞろえが悪いという御指摘はあります。これは個々の書店が、御指摘を受けた場合にそれを十分受けとめてきちんと対応していけば、十分に御満足いただける店になれると思っています。  いろいろ出版界のことにつきましては、業界で集まって、どうすれば読者の皆さんにサービスができるのかということをいつも話し合っています。その点はぜひ青山先生にも御理解いただきたいと思っております。
  35. 青山二三

    ○青山(二)委員 それでは、もう一度中村参考人にお伺いをしたいのでございますが、売れ残った雑誌でございますね、これが大変短期間で廃棄されたりしているというようなこともちょっと伺っております。資源の有効活用を考えましてもこれは大変もったいない、小売店がその状況に応じて独自の判断で、少し時間がたったものは安く売るというような、そんな方法はないでしょうか、こんな消費者の声もあるわけでございますが、そういう意見に対しましてはどのようにお考えでしょうか。
  36. 中村義治

    中村参考人 再販制度の中にありましては、次の号が出た場合でも、雑誌はその定価に拘束されます。それと、やはりニュース性を必要とする雑誌については余り意味がなくなるということもあろうかと思います。  手前どもの例で恐縮ですけれども、バックナンバーにつきましては十分にそろえるということを目標にしておりまして、かなりのものをそろえています。それがまたお客さんに非常に喜ばれる。そういう努力は仲間たちでもよく話をしまして、みんなもそういう努力をしておりまして、号が古くなったから安く云々ということは私は考えませんけれども、そうなりますと、雑誌なんかはむしろ価値が出るものの方が多い、その点は非常に喜んでいただいています。  出版界全体といたしましては、膨大な量を抱えております。特に、大きな出版社は大変な量の書籍雑誌を扱っておりますので、バックナンバーまで全部それをどういうふうに処理するというところまで十分にいかないという部分がありまして、ニュース性のあるものは、毎号毎号特集のようになっている雑誌を除いては、どうしても残ったものは断裁する。断裁については、一社一社がどんどん減らすような努力を絶えず行っています。
  37. 青山二三

    ○青山(二)委員 それでは、通信販売についてお伺いしたいと思いますが、本来、流通コストが少ないためにその分価格が安くなってもいいのではないかというふうに思うわけでございますけれども再販制度がそれを阻害している、こんな意見がございますが、こういうような意見についてはどのようにお考えなのか。通信販売現状どもおわかりになりましたら、どなたでも結構でございますので、お答えいただきたいと思います。
  38. 中村義治

    中村参考人 通信販売という考え方なのですが、先生がおっしゃっている通信販売というふうになるかどうか知りませんけれども、現在、なかなか手に入らないという場合に、先ほど小野先生が御指摘くだすったように、直接御注文いただくケースがあります。そうするとどうしても送料はいただくことになります。それもきょう御提案いただきましたので業界として研究いたさなければなりませんが、定価販売で通しておりますので、送料は全部持つよということまでにはならない。出版社がそれぞれ原価計算をしていまして、かなり厳しい値づけをしていますから、通信販売の送料は全部持つとか、あるいは通信販売の場合には安くするとかいうことはできないと思います。  ただ、今、再販制度の中でも、これは公正取引委員会の御指導などがありまして、外国に一年間予約とか二年間予約の場合に安くする制度がありますね、それを取り入れている社もかなりあります。その場合にはもちろんそういうことは可能になっております。
  39. 青山二三

    ○青山(二)委員 新聞や書籍などの著作物は、人々の思想、信条を直接的に表現し、またそれを伝達するメディアでもありまして、思想、表現の自由や国民の知る権利の確保、教育、学術、文化の振興、普及に大きな役割を果たしてきたことはだれもが認めるところでございます。  先ほど田中参考人からも、経済原理、市場原理に文化はなじまない、こんなお話をされておりましたけれども文化性ということを考えましたときに、競争政策を促進する独禁法によってではなく、文化政策を取り扱う文部省とかあるいは文化庁からの保護を受ければいいのではないか、こんな意見もございますけれども、こうした意見についてはどのようにお考えでしょうか。
  40. 田中健五

    田中参考人 出版界というのは、いわゆる公的保護みたいなものは一つも受けておりません。受けていないということが自由な言論を紡ぎ出せるということの条件になっていると思いますから、それは必要ないというか何というか、そういうことだと思います。  それから、我々は、文化というものを、何が文化かということを自問自答しながら出版業のアイデンティティーをそこに求めてやっているわけで、文化というのはそれこそ指させるようなものではございませんので、そういう意味からいっても市場原理にもなじまないし、公にもなじまないものだというふうに理解しております。
  41. 青山二三

    ○青山(二)委員 出版界の経営の安定ということは本当に大変重要である、大切であると私は思っております。しかし、経営が安定するからよい本が出版され、流通し、消費者利益につながる、こういうふうな理論には少し無理があるのではないかとも思うわけでございます。日本出版社というのは国営企業でもなく、また統制品でもないことを考えますと、ある程度のリスクを負う、こういうことも当然であるというふうな意見も出されております。  そこで、出版社の経営が安定していかなければやはりよい本の供給は望めないのかどうか、この辺について、渡邊参考人田中参考人、お二人に伺いたいと思います。
  42. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  確かによい本を出すために安定した経営が必要かと思いますが、実を申しますと、先ほど申しましたように、出版業界は非常に不安定でございます。いい仕事がしたくてもできないところがたくさんございまして、今の再販制度定価というものに守られているということが、版元にしましてはせめてもの安定材料でございます。  今は版元定価をつけます。定価のつけ方というのは、いろいろ申し上げたいことがあるのですが、例えば著者、執筆者が三年かかった本でも三カ月でつくった本でも、多少は違いますが、ごらんのとおりほとんど同じ値段で流通しております。そんなふうに、極力、いかに安く読者に渡すかということで、競って定価を安くしております。しかし、その一たん安くつけた定価全国書店で守られるということは、これは一つの安定材料でございますので、これが唯一の私どもの細々とやっていける企業の足場でございます。
  43. 田中健五

    田中参考人 出版雑誌出版書籍出版も含めまして、もともと非常なベンチャーでございまして、このベンチャー性というのは、どんな大出版社になりましてもそれは失われていないということでございます。ですから、ベンチャーということはリスクテーキングであるということでありまして、出版社の経営というのはむしろそんなにいいところはございません。  ですから、参入自由と先ほど申し上げましたけれども、やはり志を述べたいから参入してくるのであって、しかし、出版界というのは大変な世界だということを知って、おやめになる方もいらっしゃいます。現に、最近いろいろな倒産を言われておりますけれども出版社の倒産もいろいろございます。書店さんがつぶれるという例もございます。  そういうことでございますので、つまり、経営が安定してなければいい本が出ないということはもちろんございませんし、それは関係ないことだろうと思います。しかし、出版人はみんな志を述べたいから出版を始めているということはもう大も小も変わりない、こんなふうに思っております。
  44. 青山二三

    ○青山(二)委員 先ほど中村参考人からは、五十年間もの長い間書店を経営されてこられた、営々として努力を続けてこられたというお話をお伺いいたしました。  この再販制度廃止されることによりまして、定価販売によって良心的な営業を続けている中小書店の廃業が加速されるだろう。先ほども大変深刻なお話をお伺いいたしましたけれども再販制度が今ある現在でもこのように減少が続いている中小書店の深刻な状況については、どのような救済方法があるのでしょうか。そのあたりをちょっとお伺いさせていただきたいと思います。
  45. 中村義治

    中村参考人 非常にお答えしにくい部分があります。しかし、こういう時代ですから、全く努力をしない書店はもう既にだんだん経営をやめています。非常に寂しいのですけれども、今でも、東京でも毎年相当数の書店が経営をやめています。そのかわり大きなチェーン店があちこちにできていまして、その影響を受けるということが多いのです。しかし、この点は、こういう時代ですからなかなか難しいのですけれども、連合会といたしましては、最大限の努力をして調整をしてもらうということを必死になってやっております。  それでもなおかつ、中小の生きる道というのは十分にあると私どもは思っています。やはり努力をして、一つの個性味あふれる書店をつくり上げること、それから地域読者の方々の絶大な信頼を得ること、これに尽きると思います。そのための努力というのは、品ぞろえとか、それから先ほどお話が出ました、客注品をできるだけ早くお届けするとか、大書店ではなかなかできないサービスというのはあり得るわけです。それをぜひみんなでやれるように、お互いに切磋琢磨して努力をいたしております。再販がなくなったら、資本競争の中でそういう努力も一切なくなってしまう、そういうことを恐れています。
  46. 青山二三

    ○青山(二)委員 時間も残り少なくなってまいりましたので、最後の質問ということでお伺いしたいと思います。  著作物再販制度廃止によって得られる消費者利益と、再販制度が存続することによって実現している消費者利益を比較してみまして、どのようにお考えになっておられますか。三人の参考人にお伺いをしたいと思います。
  47. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  これは簡単明瞭でございまして、再販制度撤廃されますと、今までの消費者利益は失われます。必ず販売価格が急上昇いたします。先ほど申し述べたとおりであります。一方、外れてよいことは、私どもはどう考えてもございません。  以上です。
  48. 中村義治

    中村参考人 再販がなくなった場合のことを申しますと、資本競争ですから、それは努力はあるでしょうけれども、全く努力とかそういうことでなしに経済論理といいますか、競争原理が働くことが第一義になりますから、それでもう変わってしまいます。中小はほとんど壊滅状態になるのではないかと私どもは見ております。それで読者に大変御迷惑をかける。学者の先生方はコンビニエンスストアで補うからいいよというようなことを平気でおっしゃいますけれども、私どもはそうは思っておりません。
  49. 田中健五

    田中参考人 再販がなくなれば、まず本、雑誌多様性が失われるというか種類が少なくなるだろうということ、それから結果的に値段が高くなるだろうということにおいて、消費者、我々読者は不便すると思います。その逆が現在である。現在すべていいということを言っておるわけではございませんが、そうなるだろうと思います。
  50. 青山二三

    ○青山(二)委員 大変参考になる意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。これからこの問題を検討いたしますときの参考意見として、いろいろと考えてまいりたいと思います。  きょうは本当にありがとうございました。
  51. 宮地正介

  52. 肥田美代子

    ○肥田委員 私は、民主党の肥田美代子でございます。  参考人の皆さん、本日は御足労いただきまして本当にありがとうございます。  意見陳述の時間が余りに短くて、十分御意見をお述べになることができなかったのではないかと思います。私の質問の中で補足していただきまして、問題点をより鮮明にしていただければと思っております。  まず私は、私自身の再販制度に対する考え方を明らかにさせていただきたいと思います。その後、若干の質問をいたします。  私は、言論、出版の自由という観点からも、文化的視点からも、著作物再販制度維持されるべきである、そういう立場をとっております。そして、私のこの立場は、恐らく多くの読者の思いとも通じ合っていると考えております。  例えば、出版文化産業振興財団が、一九九六年でございますが、全国読者意識調査というものを行っておりますが、それによりますと、多くの人たちは知的満足が得られるメディアといたしまして本と新聞を挙げております。少し紹介しますと、本によって知的満足を得る人は全体の八四・八%、新聞で知的満足を得る人は四九・六%という結果が出ております。  知的満足とは、人間の精神的な所産であると私は理解しておりますが、他方では、文化的な満足度を表現したものであるとも思っております。多くの人たちが本や新聞を読むことによって知的満足を得ているということは、そうした著作物がトイレットペーパーや自動車などの消費財と明確に異なる商品であるということを国民は十分に知っていることであるというふうに私は思います。  この意識調査の結果は、著作物が精神的な所産であるがゆえに憲法、著作権法、そして再販制度で守られてきた歴史的な経過とも合致していると思います。再販制度見直しの論拠の一つに経済社会の変化を挙げる人もおりますが、さきの意識調査の結果は、経済社会がどんなに変化しても、著作物が精神的な所産である現実には変わりはないし、また著作物国民に知的満足を与えている現実にも変わりはないと私は確信いたします。  そうした基本的な立場から、私はまず、日本書籍出版協会の渡邊さんに質問いたします。  渡邊さんは、先ほどの陳述の中で、戦前の出版物値下げ競争や乱売、おとり販売の横行という事態の中で良質の出版ができないようになり、業者間の紳士協定が結ばれ、それが戦後の著作物再販制度の流れをつくった、そういう趣旨の意見を述べられました。そこに至るまでには西欧先進国の事例も学んできたわけですが、現在、ドイツ、フランスでは著作物再販制度はどのような内容になっておりますか。
  53. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  ドイツ、フランスで現在どんなふうになっているかと申しますと、ドイツもフランスも再販制度がございます。  ドイツにおきましては、十九世紀から再販制度が存在しておりまして、一九五七年に競争制限禁止法が制定されたわけで、商標品と出版物につきまして適用除外が認められたわけであります。一九七三年に商標品の適用除外が廃止されましたが、文化政策的な見地から出版物再販制度は許容されたわけであります。  ドイツの考え方は、この再販制度維持する理由ですが、一つは、多くの書店が多くの地域にあること、もう一つは、サービスのよい中小書店がどこにでもあること、そして、これらの書店では売れる本ばかりではなくて売れ行きの遅い本も品ぞろえをしてあること、これらにより本を読む機会国民に豊富に提供されるべきであるというところが趣旨でございます。  再販制度がないと、大型書店は売れ筋品の大量仕入れによる値引き販売が可能となり、中小書店が値引きできずに駆逐されていくというふうなこと、まあ私どもの申し上げているのと同じようなことでございます。売れ行きの悪い本、これは若干割引販売をしております。しかし、これは日本でも時限再販という制度がありまして、それと同じでございます。  フランスでございますが、十九世紀の後半からこれも再販制度が普及したと言われております。同国における独禁法制定当初は、書籍雑誌ともに実は再販適用除外とされていなかったのであります。これは有名な話でありますが、一九七九年に推奨価格制度が禁止されまして、自由価格に移ったわけであります。いろいろな問題がございまして、やはり私どもの申し上げておりますような、価格の上昇あるいは書店の淘汰ということ、あるいは専門的な、学術専門書が出しにくくなるという傾向が出てきたわけでありまして、一九八一年に、これではいかぬということで書籍定価法が制定されたわけでございます。それで、一九八二年一月から実施されたようであります。  私ども、フランスの出版業界とかなり親しくこのあたりの話をもう数年来続けておりまして、いろいろな情報を得ておりますが、これが規制緩和小委員会あたりの調査とは何か随分違うのですね。そんな傾向はないとか言っておりますが、これはもう大ありでございます。いずれこれはまた資料も出せるかと思いますが、この二国におきましては同じようなことが問題になってきたわけでありまして、今も非常に安定した状態で再販制度が行われております。  以上、申し上げました。
  54. 肥田美代子

    ○肥田委員 次に、日本雑誌協会田中さんにお尋ねします。  田中さんは、先ほど憲法との関連で再販問題に触れられました。著作物再販制度独禁法で初めて認められたのではなくて、慣習法として確立されてきた歴史がございます。法律論的にいえば、独禁法はそれを確認したにすぎない。すなわち、著作物再販制度は、憲法という法的な権利に根差したものであるという見方でございます。  この見方からすれば、再販制度廃止独禁法と憲法という二つの法律で定められた法的権利を奪うものである、そういうふうに考えられるわけですけれども田中さん、こうした意見についてどういうふうなお考えをお持ちですか。
  55. 田中健五

    田中参考人 私は法律に弱いですから、まさにそう思いますということぐらいしかお返事できないわけでございます。  先ほど来、独禁法の問題を二十三条と二十四条に絡めてちらっとお話しいたしましたが、それが文化という、文化商品という商品特性ということの理由であるというふうに申し上げたわけでございます。それから、出版業というものは憲法二十一条に定められた言論の自由ということに守られている、こういうふうに理解しております。  以上でございます。
  56. 肥田美代子

    ○肥田委員 田中さんにもう一つお尋ねしたいのですが、規制緩和という話でございますけれども、やはりアメリカからの要求による市場開放ということが大きく関係しているわけでございますが、私も規制緩和を否定しようと思っているものではございません。大いに産業経済の活性化という意味では促進すべきであると思っております。  しかし、自由貿易あるいは自由市場という国際経済体制の中でも、市場原理には絶対になじまないという分野があるというふうに私は思うわけでございますが、先ほどからも少し出たと思いますが、田中さんは、一般商品著作物の相違、そのことについてどうお考えか、もう一度お聞かせください。
  57. 田中健五

    田中参考人 一般商品は、先ほど申し上げましたのは、生活必需品と著移品といろいろあるでしょうけれども、とにかくそういう消費者の需要があるからつくられるというものだろうと思います。  著作物というのは、一方的に著作者がメッセージを発する、それをメディアに乗せて届けるということでございますので、これは読者の要求があるからとか需要があるからということでつくられるものじゃないのじゃないか。ただし、それが形になって出てくると、消費者という名の読者と触れることによって、そういう出会いが幸せならば本は買ってもらえるというようなものでございまして、ですから、これはちょっとほかの商品とは違うのじゃないかというふうに思っております。  それから、ちょっとずれるかもしれませんけれども、市場原理あるいは競争原理というのは正しいと思いますけれども、今はどうも市場原理ファシズムが起きているのじゃないかというふうに私は感じております。もし、アメリカにそういうふうに言われたからということでずっと理屈としてするならば、まだまだ公共サービスとかほかのところで内外価格差の極端なものは幾らでもありますので、そういう業界を規制緩和することは大いに賛成でございます。  ですから、規制にもいい規制もある、規制緩和にも悪い規制緩和もあるというふうに思っております。それが本や雑誌世界にどういうふうに絡んでいくかというところで今再販の問題が起きているのじゃないか、こんなふうに理解しております。
  58. 肥田美代子

    ○肥田委員 最後に、日本書店商業組合連合会中村さんにお尋ねしたいと思います。  著作物再販制度廃止されましたら、暮らしの中で読者と一番近いところにいらっしゃるのが書店だと思うわけですが、そこの影響は極めて大きいと思うわけです。それで、本屋さんと本屋さんの間で価格競争が生まれますし、力のある書店は大量購入とか買い切りによる仕入れ価格の引き下げとか、あるいは返品制度の崩壊が始まることも予測されますが、再販廃止で本屋さんの受ける影響について、先ほどからのお話で補足することがありましたら、お願いいたします。
  59. 中村義治

    中村参考人 あくまでも読者の皆さんに大変に御迷惑がかかるだろうと私どもは思っています。  じゃ、どうして、そういう証拠があるのかというふうに先生方はおっしゃるだろうと思います。先生方は、そういうふうになってもちっとも困らないというふうにおっしゃるわけです。日本で四十五年間、あるいはその前からいえば七、八十年間定価販売で行われているわけですが、それを崩そうというのですから、崩す方から再販制度なき日本の未来像について十分なことを教えてもらわないと、私どもは踏み切れません。全く先生方の言うことは、私どもからすれば何の具体性もない。  私どもがいろいろ出版界の内部で検討している限りでは、資本競争がどんどん行われて、寡占化が行われて、中小は経営危機に陥る、書店出版社も。そして、いい本が出なくなる。値段は高くなる、見せかけの定価になりますから。そして、競争する。今、大書店の仲間たちも言っています。再販制度がもしなくなって資本競争になれば、自分たちも今のままじゃ済まぬ。アメリカ資本等々の資本が虎視たんたんとねらっています。  日本は、そういう資本競争の中に巻き込まれた場合には、特に地方においては最大限の影響が出るだろう。これは行革委規制緩和小委員会でも申しましたけれども、東京で三百円で売られるものが地方へ行ったら三百五十円で売られる、あるいは三百六十円で売られてもいいのかと先生方に伺うと、それは当然だとおっしゃるわけです。あくまでもそれは東京中心の考え方でありまして、地方の読者の方々が本当にそう思っていらっしゃるかどうか。私どもは、そのことだけでも非常に残念に思っています。
  60. 肥田美代子

    ○肥田委員 今、中村さんのお話を伺っておりまして、文化の公平な享受を保障するという意味では、やはり地域価格差というのは、大変これは問題になることでございます。そして、出版される本がどういうものであるかということは、果物とか食品とかと違いまして、内容がみんな異なるわけですから、もしも本屋さんが値段をつけることになると、本屋さんはすべての本を読んで値段をつけなければならないということにもなろうかと思うわけですね。それはちょっと大変なことだなと私も思います。  地域価格差それから価格の設定、それにつきましてもう少しおっしゃりたいことがございましたら、中村さん、お願いします。
  61. 中村義治

    中村参考人 先日、吉本隆明さんの本が非再販本で試みに出版されました。深夜叢書という出版社です。これは、あるところでは千四百円で売り、紀伊国屋さんは千二百円で売った、あるところは九百円で売った。それで、最終的にどうなったかといいますと、早く売り抜けたところはまあ何とか損はしないで済んだということなんですが、紀伊国屋さんの社長の話では、千二百円を最後はしょうがないから少し値下げして売ったが、もう二度とああいうことはやらぬよと言っていました。第一から、売り値が変わるということは読者の方にどれだけ御迷惑がかかるか。そういうことのいい実験になりました。  私どもは、もうそういうバッタのような商売の仕方というのは、経験もありませんし、したくもありません。やはり競争が行われている現在の出版界のように、できるだけ低い定価が設定されて、それをきちんと掛け値なしに読者に提供する。そのかわり、書店のマージンは低うございます。二割ちょっとしかマージンがありません。これは、企業種の中で最低であると中小企業庁の発表があります。もちろん給料も最低です。それでもみんな我慢してやっています。
  62. 肥田美代子

    ○肥田委員 私は百四十国会でも、本委員会著作物再販制度問題について質問いたしまして、公正取引委員会の根來委員長から、いろいろな意見を集約して結論を出したいというお話をいただきました。本日、御多忙の中参考人として御出席いただきました方々の御意見を、きょう公取の方いらっしゃっていますけれども、しっかりと聞いてまとめていただきたい。特にこの御意見を反映していただくように私は深くお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございます。
  63. 宮地正介

  64. 吉井英勝

    吉井委員 日本共産党の吉井英勝でございます。  きょうは、参考人の皆さんには、お忙しいところ本当にありがとうございます。  私の基本的な立場を最初に申し上げますと、憲法二十一条の要請という点から見ても、文化という問題は規制緩和万能論、市場経済万能論になじむ話じゃない、そういう立場に立っておりますから、著作物再販制度維持するべきであるという立場をとっております。  そこで、私は三人の方に順番にお聞きしていきたいのですが、最初に、田中参考人に伺っておきたいのです。  まず、今の著作物再販制度の問題などを議論しております公取の鶴田委員会、あの委員会、鶴田さんのお説が当初言っておられたことから随分変わってきたなということも感じているのですが、その委員会の構成にしてもそうですし、それから、行革委の方の規制緩和小委員会ですが、実は規制緩和小委員会につきまして、これは九五年十二月十四日に規制緩和小委員会の報告が出たときだったと思いますが、このときに飯田行革委員長が、要するにこの規制緩和小委員会は規制緩和万能論者ばかり集めたのだ、猪突猛進、あえて緩和派のみの構成にしたのだということを記者会見などで言っておられました。ですから、やはりバランスのとれた議論ができていないということが、非常に出発点からしておかしなものにしてしまっているのじゃないか。この点一つお聞きしたい。  もう一点は、私はこの間、例の為替投機その他でしっかり大もうけをしていらっしゃる世界でも有名なジョージ・ソロスさんの論文を読んでおりまして、あの方は、これまでは市場経済万能で言ってみればしっかりもうけた方なんですが、しかし、市場経済万能論のやり方というのは結局人類社会を危うくする、これは今日の人類社会における最大の危機になってきているということを述べておられる。  改めて私は、規制緩和万能論にいわばオウム真理教の信者になったようにマインドコントロールにかかってしまったような、そういう状態というのはやはり異常であって、とりわけそういう点で考えなきゃいけないときに、文化も市場経済万能論にゆだねるというのは、まず出発点の議論からしておかしいのじゃないかというふうに思うわけです。  以上二点につきまして、最初に田中参考人から御意見を伺っておきたいと思います。
  65. 田中健五

    田中参考人 最初の点につきましては、私どももうかがい知るだけなんですが、まず公取の鶴田委員会というのも鶴田さんのお考えがはっきりしているわけですし、そういう方が今でも座長になってやっていらっしゃるというのは、公取のイメージ的にもよくないのじゃないか、損じゃないかというふうな気がいたします。結論が何かわかっているというのじゃおもしろみがない。  それから、規制緩和小委員会の方、確かに思い出しました。飯田庸太郎さんが、これはもうこういうのを集めたのだというふうにおっしゃったことを覚えておりますが、こちらの規制緩和小委員会の方は公開性があるわけですから、もっと委員をふやすなりなんなりしてやっていただきたかったということはございます。  ただ、こういうのをマスコミにも載せるというのは、なかなかおもしろみのない話なんですね、これは。ですから我々は、議論として必ずしも批判してはまいりませんでした。  それから後半の、ジョージ・ソロスが偉い、最近そういうことになってきた。マハティールとけんかして、やはりジョージ・ソロスというのは考えていたんだというようなことになっているわけでございます。  本当に私も、先ほどは市場原理ファシズムと申し上げましたけれども、しかしこれは日本人の特徴なんじゃないでしょうか。あるアイデアなりスローガンなりがございますと、そっちの方にわあっと行っちゃって、例外を残さないというか、全員一致というか、特にメディアがそういうふうになりたがるというのは私は大問題だというふうに思っていますけれども、普通に考えれば、もちろんアメリカにもいろいろな考え方の人がいるわけでして、何もシカゴ学派のそういう市場原理主義者ばかりではないというふうに思いますけれども日本は、そっちの旗がちょっと有利だと思ったらそっちの方についていくというところがあります。  ですから、私は、言論というのはある意味ではマイノリティー、マイナーオピニオンというのをどんどん紡ぎ出していかないと大変なことになるというふうに常々自覚しております。
  66. 吉井英勝

    吉井委員 次に、渡邊参考人にお伺いしたいのですけれども、公取の研究会の中間報告では、現行の著作物再販制度は、その立法趣旨は明確でないというふうな言い方をしておりました。しかし、一九五三年のときの改正は西ドイツ法をモデルにしていることははっきりしているわけで、西ドイツ競争制限禁止法では、出版物再販制を適用除外としている理由として、当時も現在も一貫して、文化政策的見地から必要だという立場をとっておりました。ですから、日本でも五三年改正のときにはこの見地を取り入れているというのは明らかで、立法趣旨は明快であると思います。  出版物というのは、その中でも、書籍雑誌、新聞、楽譜であるということも明らかにしているわけであって、この点で、一九七三年の公取の公表文書を見ますと、指定再販の範囲を狭めたのだが、適用除外の理由文化的意義にあるということも明らかにしておりますし、一九九一年の十二月に公取が公聴会に出した「再販適用除外制度に関する実態調査について」という報告書の中でも、再販適用除外制度が導入されたのは、高度に非代替的な商品であり、定価販売が慣行として行われており、中小企業零細企業の比重が極めて高い、また、新規参入も活発で総体として競争的性格の強い市場構造だ、再販適用除外を認めても弊害が少ない。そして挙げているのが、文化水準の維持に不可欠な多数の書籍等が全国的に広範に普及される体制を維持するため、例外的に再販適用除外を認めたものである。  これは公取も当時明確に報告書でうたっているところであって、こういう点で、やはりこの適用除外というのは文化政策的観点ですね。これは戦後の日本の発展の中でも極めて重要な役割を果たしてきたし、この点はやはりこれからも貫くべき法の趣旨である、観点であるということを私は思うのですが、これは渡邊参考人に伺いたいと思います。
  67. 渡邊隆男

    渡邊参考人 お答えいたします。  先ほど、昭和五十四年、橋口委員長時代でありますが、新再販制度ができました。そのときも、今おっしゃいましたような文化政策上というのは当然入っているはずでございます。ところが、今回の規制緩和小委員会、あるいはしばらく以前までの、今鶴田研究会と申しますが、この二つは全く廃止論者ばかり集めた、これはどういうわけだというふうなことが私ども業界ではまず問題になりました。議論の経過を見ましても、これまでの文化政策的な見地というものはほとんど否定されたも同然の結果でございました。したがって私どもは、規制緩和小委員会のことを、あれは規制破壊委員会だと申しております。おっしゃるとおりでございます。
  68. 吉井英勝

    吉井委員 どんな社会でもルールというものは必要であって、ルールを破壊するというのはとんでもないことだと私は思います。  もう一つ、今度は渡邊参考人中村参考人にお伺いしておきたいのは、憲法二十一条の要請ですね。言論、出版、表現の自由です。これは理念的な要請であるとともに、やはり物質的、物理的に表現の自由をどう保障していくかということが伴って本当に実体をなしてくるものだと思うわけです。  そういう点で、まず表現の自由という点からしますと、売れ筋の著作物、売れ筋の意見とかメジャーの議論は生き残った出版社もちゃんと面倒を見てくれる。しかし、再販制度撤廃されて中小零細な出版元がつぶれていったときに、マイナーな議論とか非常に時間のかかる特殊専門的な著作物を発行したい、つまり表現して多くの方にとにかく見ていただきたい、そういう表現の自由の、表現する側からのアクセスの分野が保障されること。  もう一つは、私たちは単なる消費者ではないわけで、読者、読み手であり、読んだり鑑賞したり、文化の受け手となるときに、いかに多様な著作物にアクセスできるかということがもう一つ大事な要素であって、そのときにコミック本を中心とした郊外型の巨大なブックセンターだけ生き残っておった。そこは売れ筋のものをどんどんいきましょうと。しかし、私たちがそうでないものを求めたときにアクセスする手段が失われるということは、憲法二十一条の要請からしても大変な事態を招くことになるのではないかというふうに思うわけです。  同時に、中小書店も存在する、多様な書籍が、地域性のあるものとか必ずしも売れなくても専門的なものとか、そういうものが本屋さんの本棚に並んでいるということももちろん大事なんですが、東京であればとにかく人口が多くて価格はうんと安く買える。しかし、奄美大島であるとか種子島へ行ったら、それは市場経済の原理からするとなかなか採算性に乗りませんから、うんと高いものにしないと読めない。つまり、同じ日本国民でありながら、東京の人はアクセスできるのに、種子島の人はうんと高いコストを払わないとアクセスできない。  これは私は憲法二十一条の要請からしても、それを物理的、物質的に保障するという観点からしてもやはりおかしいのではないかと思うのですが、この点について、出版側とそれから販売側と、両参考人から御意見を伺いたいと思います。
  69. 渡邊隆男

    渡邊参考人 先生のおっしゃるとおりでございます。言論の自由、これが基本でございまして、私ども一例を申し上げますと、規制緩和小委員会の中条先生の本も出しております。鶴田先生の本も出しております。執筆者の言論の自由というものは私ども守らなければいけないし、それが出版の基本でございます。  一般に、そういういろいろな方のいろいろな本が、多様性と申しておりますが、これが出ることがやはり読者にとっての一番大きな、文化にとっても一番大事なメリットかと思います。このところは何としても崩されない、減らされないようにこの再販制度を守っていかなければいけないと思います。今問題もございますけれども、しかし再販が外れたら間違いなくその多様性が崩れていくということを重ねて申し上げておきます。
  70. 中村義治

    中村参考人 先生の御指摘にお答えします。  まず、定価については、全国どこであっても同じ定価を今再販制度で保証しているわけですが、これについてはもうどんなことがあっても全国均一価格、これを守ることが読者に対するサービスであろうということを信じて疑いません。  それから、時々先生方に言われるのですが、これは国会の先生方に言われるのですが、やわらかい本が少し多過ぎるのじゃないかということをよく言われます。これは確かに私どもも認めております。自分はそういうものは売らないとか売るとか、そういうことは自由な問題でありますが、売る場合に、あくまでも成人向けの本はきちんと区分けして成人に売る、未成年の人には一切売らないということを出版業界として確立しているわけでありますが、その点がまだちょっとあいまいな点があります。御指摘を受ける部分があります。十分に注意いたします。
  71. 吉井英勝

    吉井委員 終わります。
  72. 宮地正介

  73. 中川智子

    中川(智)委員 社会民主党・市民連合の中川智子でございます。きょうは、お忙しいところありがとうございます。  私も、基本的に再販制度維持という立場を持っての質問をさせていただきますので、余り質問がないわけですけれども、しっかりさせていただきたいと思います。  先日ですが、我が党の社会民主党の土井委員長が、日比谷公会堂で再販維持に向けての二千人ものたくさんの方々が集まった集会での言葉が、私も非常に感銘を受けましたので、私も思いを同じくするものですから、中をちょっと読ませていただきます。  新聞でも、紙の束を買っているのとはわけが違うのです。本も雑誌も好きですから、買って読みます。一冊一冊から多くの知識、情報を得ることができます。それだけではなくて、あるときには怒り、あるときには悲しみ、あるときには笑い、あるときにはほっと安らぐのです。音楽も同じです。これが著作物といわれるものなんです。  ひとつひとつに、それぞれの著者・作者の思想、思い、感情、それから伝統を引き継いだ技術や独創性、想像力などが込められている。目には見えないけれど社会を社会たらしめているもの、これが文化なのです。こうしたものは量産できないんです。ということで、いろいろ続きまして、最後に、再販制度をなくしたらどういう事態が来るかわかっているのに、それを行うのは愚かなことです。愚かなことはやってはならない。また日本社会は、そのような愚かなことを許さないだろうと私は信じます。という文章でございます。  そこで、私も土井さんと気持ちは同じなんですけれども、一消費者として、いろいろ気がついたところからの質問をさせていただきます。  このごろ、本屋さんに行きますと、うちなんて子供も私も夫も漫画が大好きです。いろいろないい本も好きなのですが、とても本が好きです。そして、漫画にもいろいろないいものがありまして、買おうかなと思うと、ビニールカバーなどがしてありまして、もうそれがびやっとしてあるのですよね。表紙だけ見ても、これ買ったかな、ドラえもんの二十九巻買ったかしら、でも、中を見たらわかるかもしれないと思ったら、ビニールでぴっちり包装されていて、それを見て選ぶということすらできない。  そのような本屋さんがすごく多いということが、物すごく、どうしてこうなつちゃったのという思いがするのですが、協会の偉い方に伺ってもどうかと思いますが、この辺の事実は御存じかということと、また、そのようなことに対してどう思われますかということを、雑誌協会田中参考人の方がいいのでしょうか。
  74. 田中健五

    田中参考人 コミックは大体ビニールをかけて売るようにしておるようでございます。つまり、立ち読み防止というか、それもございますし、ですから、決まった人は買うのだから、立ち読みしてから買うというふうなお客さんには、どうなのでしょうか、よくわかりません。申しわけありません。
  75. 中村義治

    中村参考人 私も、コミックを扱っていまして、初めはそのまま売っておりました。ところが、一日たつともうめちゃくちゃになってしまいます。大変申しわけないですけれども、お客さんに聞いてみました。そうすると、読めるようになっているところはそこで読む。お買いになるのはと言ったら、買うのはビニールのかかっているところで買う、こうおっしゃるのですね。これは私も意外に思ったのですけれども、実際にやってみますと、ビニールがかかっていた方が、お客様はその方がいいと言うのですよ。  先生の御質問なんですけれども、非常につらいのですけれども、そういうものに関しては、書店は今ほとんど全部ビニールをかけています。皆さん内容はもうわかっていまして、それで、もし全部オープンにしてしまいますと、昼休みにもう超満員になって、あっという間に読んでしまいます。一時間あれば三冊、四冊読んでしまうよ、こうお客さんは言うのですね。もちろんそれでもいいのですけれども、ほかのお客さんにとても迷惑がかかるので、今のところはその方法をとっています。申しわけありません。
  76. 中川智子

    中川(智)委員 私、ことしの夏にアメリカに行ったときに、本屋さんを何軒も回ってみました。そうしたら、紀伊国屋とか、サンフランシスコ周辺の本屋さんに行ったのですが、いろいろな人が本当に寝そべって本を読んでいます。壁にもたれたりとか。そして、夫が向こうに単身赴任しているものですから、彼に聞いてみたら、アメリカの本屋さんはほとんどこうだよ、図書館みたいに本屋さんを利用していて、いろいろな人がそこでくつろいで、本当にいい本をそこでじっくりと選んで買っていく、すごくリラックスしていて、僕もアメリカに来てから本屋さんに来るのがすごく楽しみになったと。  一転、変わりまして、私は日本の梅田の紀伊国屋によく行くのですが、もうぎゅうぎゅうですね。本をとるのも結構大変。寝そべったりしたら踏んづけられて病院に直行しなければいけないという状態です。  この違いは一体何でしょうか。どなたがよろしいでしょうか。お手を挙げていただいて、お願いします。
  77. 田中健五

    田中参考人 そうだろうと思います。ただ、ホームレスがアメリカ大書店で寝そべっているというのはついこの間までのファッションでございまして、最近はそうじゃないようでございます。紀伊国屋さんは新宿駅南口に大きなお店をお出しになりましたけれども、僕はあそこにどうして喫茶店を中に入れないんだと申したら、いや、そういうのをつくろうとしたら、ホームレスが来るからといって、松原社長が、当時、ホームレスが入ってくるのがアメリカ大書店のファッションだった時代データで、喫茶店をつくってはいかぬというふうになさったそうでございますけれども、一般論として、確かにアメリカ書店は、大型店はスペースに余地もございまして、喫茶店があるなしに関係なく図書館みたいに本を読めるようになっていると思います。  一つは、僕は、そういう書店日本にできないというのは、まず土地の問題があると思います。もう一つは、ただ、アメリカの大型店もああいうゆとりのあるものばかりをつくっていると大変なことになるという例の一つに、バーンズ・アンド・ノーブルというのが今大きな店舗展開をしていますけれどもアメリカの高校生の授業で、アメリカの高校生というのは株の話もやるらしいですけれども、株はどこを買う、バーンズ・アンド・ノーブルだけはよせというのがもう既にはやっているというふうな話も聞きましたから、なかなかアメリカでも書店経営というのは大変なんですけれども、そういうゆとりのある時代から、だんだんせっかちになっていくんじゃないか、アメリカもそうなっていくんじゃないかと思います。  ただし、書店というのは都会のオアシスですから、私は、日本書店ももっと、そこは本との出会いばかりじゃなくて人との出会いでもあり、いろいろなそういうオアシスであってほしいというふうにはもちろん思っております。
  78. 中川智子

    中川(智)委員 ありがとうございます。  私も、本を選びますときに、今余りにはんらんしていて、最近は、こんなに毎日いっぱい出ていたら、今までは本屋さんに行くのは結構楽しみだったのですが、余りの量というのが一つ気になります。量の多さですね。  それともう一つは、神戸の須磨の土師淳君の事件がありましたときに、やはり文化なのにもかかわらず、その文化をおとしめるようなマスメディアの今のあり方ということが非常に気になりました。これはお返事をいただかなくても結構なんですが、いわゆる行き過ぎ報道とか、一つにはそういう中でお互いにいい形で作用してよりよい文化をつくっていくということでは賛成なんですけれども、最近は余りのはんらんの中で、非常に懸念する事態もあるということを一点申し述べさせていただきたいと思います。  これはうちの党でもいろいろな意見の方がいらっしゃいまして、その方たちと再販制度で議論したのですけれども、先ほど参考人のお話の中でパーセンテージを伺ったときに、やはり図書館が非常に少ない。私たちも地元でもっと図書館をつくってほしいという運動をするのですが、なかなかふえない。でも、一方では本屋さんがふえていってくれればいいのですが、本屋さんもふえないし図書館もなければ、触れる機会すら余りないということになります。  ある議員の話では、この再販制度がなくなったらば、図書館がもっとふえて、身近に子供や大人がそこに行ってたくさんの本に触れることができるようになるんだよという意見があるのですが、それに対してのお考えをお聞かせいただきたいと思いますが、どなたか。これは割といろいろ言われるところなんですが、難しいでしょうか。
  79. 渡邊隆男

    渡邊参考人 図書館の各国の比較を簡単に御報告しておきます。  まずアメリカでございますが、十万人に対して五・九館、イギリスが十万人に対して八・九館、ドイツが十万人に対して十七・二館、フランスが四・七館、スウェーデンが何と十九・七館、日本は一・七館でございます。これほど図書館が日本の場合はまだ少のうございます。  これは今後も問題にすべきかと思いますが、書店がこの上さらに減ってまいりますと、どういうことになりましょうか。ひとつぜひ皆さんも、図書館につきましては今後御協力いただきたいと思っております。
  80. 中川智子

    中川(智)委員 そうですね。図書館、今の数字を伺いまして、驚愕というか、本当にびっくりいたしました。これは一方ではやはり政治の問題でもあろうかと思います。そのあたり、連携していければいいなと思うのでございます。  それと、私は昨年の秋に議員になったのですけれども、それまではやはり、独禁法ですとか再販のことが議論になっていても、一般市民には何のことやらなかなかよくわからないということがございます。  できればもう少し、今の文化、そしていい本をつくる中小の、弱小の本屋さんが危なくなるということは、私たちがいい本を読めなくなる、ますます遠ざかっていくということをわかりやすくアピールしていただきたいし、皆さん、その伝達のあれはお持ちなのですから、市民にもっとわかるような形でこの問題を議論して、いい形で再販制度維持できるように私たちも頑張ってまいりたいと思います。  どうもありがとうございました。
  81. 宮地正介

    宮地委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  午後二時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時二分休憩      ――――◇―――――     午後二時開議
  82. 宮地正介

    宮地委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  物価問題等国民消費生活に関する件、特に再販制度問題について調査を続行いたします。  午後からの参考人として社団法人日本新聞協会会長小池唯夫君、社団法人日本レコード協会理乙骨剛君、社団法人日本新聞販売協会会長田窪英司君、日本レコード商業組合理事長矢島靖夫君、以上四名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げます。  まず、小池参考人乙骨参考人、田窪参考人、矢島参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、参考人委員長の許可を得て御発言を願い、また、委員に対しましては質疑ができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願います。  それでは、まず小池参考人にお願いいたします。
  83. 小池唯夫

    ○小池参考人 御紹介いただきました、新聞協会の会長の小池でございます。  日本の独占禁止法は、新聞の再販制度について、二十四条の二第四項で新聞、書籍雑誌など著作物については再販契約を認めております。いわゆる法定再販であります。これを廃止するというのであれば、広く国民的な合意、すなわち国会審議を経た法改正が必要であります。それだけの重みが、この規定には置かれていると思います。  著作物が他の商品と異なって法定により再販を認められている理由の一つは、公正取引委員会も言うように、文化的な意義等から多様な著作物全国的に広く普及される体制を維持するためであります。新聞でいえば、多様な新聞が発行され、広く国民読者が容易かつ適切に選択購読できる体制を維持するためということになると思います。  私は、まず第一に、憲法第二十一条の表現の自由と新聞の関係について強調したいと存じます。  新聞は、精神的自由、とりわけ表現の自由とのかかわりで重要な役割を果たしていることは周知のとおりでございます。民主主義社会にあって、言論、出版の自由といった表現の自由、知る権利は、他の基本的な人権や諸自由を確保するために不可欠であります。真実を知る権利、また求める権利、伝える権利の受益者は国民です。新聞に即して言えば、読者一人一人、貧富の差なく、どこに住んでいても同様にその権利が満たされるべきものだと思います。  表現の自由、国民の知る権利とのかかわりで新聞、出版物に期待される第一は、内容がその役割にかなって外部支配を受けずに、こうした新聞や出版物が多数多様に存在していることです。第二は、どこでもだれでも容易に適切、平等に購読できる環境が整っていることだと存じます。  第一の点では、新聞社は、言論報道機関として、継続的な経営の安定と自由かつ独立した新聞の発行が必須の要件であります。これは発行者の私利私欲ではなく、新聞社がその役割を果たすために不可欠という意味だと存じます。  第二の点の具体的な内容は、広く読者に公平、平等に情報や知識を伝達して初めてその役割を果たし、多数の読者に購読されて発行者が新聞発行を継続できるという意味で、極めて重要であります。  表現の自由、言論報道の自由、知る権利とともに、情報の自由な流通の保障は、国の政策としても尊重されなければならないと思います。本日のテーマである再販制度は、新聞にあっては、戸別配達を中心とする流通システム維持に重要、不可欠の役割を果たしていると思います。  具体的な内容に触れる前に、我が国の新聞の流通販売の仕組みについて若干御説明したいと存じます。  日本新聞協会には、全国の主要な一般日刊紙百を超える新聞社が加盟し、県紙規模以上の新聞はすべてこれに含まれております。加盟全新聞の総発行部数七千二百万部の九三%は、戸別配達を条件とする一カ月単位の予約販売であります。一般紙では、九九%が戸別配達により購読されております。一部単位の店頭売り部数は、店頭売り主体の新聞数紙を含めて全体の五%にすぎません。一世帯当たりの新聞購読は一・二部と、世界の最高水準に達しております。  このことは、消費者読者が、毎日の生活に不可欠な政治、経済、社会、文化、スポーツなどに関する情報や知識を毎日家庭で確実に得られることを望んでいるということであろうかと思います。新聞社も、最新の内容を毎日、迅速正確に家庭に送り届けることが新聞の役割と使命を果たすことと認識し、毎日読まれることを前提に新聞をつくっております。通勤や旅行者の便宜等のために、駅頭やホテルなどで一部売りも行われておりますが、全体から見るとわずかであります。このことを意味していると思います。  さらに、日刊新聞の誕生とともに発生した戸別配達を中心とする日本の新聞の流通の仕組みは、読者の拡大普及に貢献し、これが制度として定着してまいりました。  各紙とも、ニュース初め社説、紙面企画など、多様な報道、評論、各種の広告初め、高度のコンピューター技術を駆使し、取材面、集配信システムから紙面制作、カラー印刷等の印刷技術など、あらゆる分野で毎日激しい競争を展開し、紙面をより豊かにし、サービスを向上し、一般消費者利益の向上に資していることは周知のとおりであります。  新聞の購読価格は、各発行本社が独自の経営判断で決定し、月決め価格は現在約四十種類に分類できます。発行地域は、全国規模、県域、数県にまたがるブロック紙などがあります。再販初め現行制度により、発行地域のどこに住む読者も、同一紙は同一の経済負担で購読でき、現在、全国のどこでも、一般紙で六紙以上が発行され、購読できます。同一紙は同一価格ですが、異なる新聞まで同一価格というわけではありません。  新聞は新聞社から各地の取引販売店に直送され、読者に直ちに戸別配達されます。販売店は全国で約二万四千店、従業員は約四十七万人おります。読者との購読契約を結び、新聞社に毎日、新聞を注文し、これを配達し集金し、また新規読者の開拓に努めるのが主な仕事であります。  新聞社は、販売店が責任区域体制をとり、その区域内に住む人で購読希望があった場合、必ず同一紙同一価格で戸別配達することを契約しております。この契約に再販が必要であり、新聞社はこうした契約を多数の販売店と結んで、どこでも同一紙は同一価格で戸別配達により購読できる体制をつくっているのであります。  販売店は、特定新聞社一社と同社の関連会社が発行する新聞を取り扱う専売店制度が基本でありますが、ほかに数社の新聞を扱う複合専売店、またどの社の新聞も扱う合売店があります。  読者の必要な時間帯に新聞を届ける、すなわち限定された時間内に正確迅速に届けなければならないという厳しい条件下にあって、信頼性の高い流通維持するために、逆算して、新聞が販売店に届く時間、新聞社を出発する時間、あるいは新聞社での刷了時間、降版時間が綿密に決められております。  新聞社から販売店へ直送して中間業者を排し、さらに販売店の区域制によりコストを切り詰め、迅速正確で効率的な配達に努め、そういう努力をしております。  販売店は、さらに輸送計画の変更、不測の事態にも備えた体制、日常的に読者に対応するようにやっておりますが、読者や従業員の管理など、店舗を持った安定経営の確保が必要であるという点を特に指摘しておきたいと存じます。  しかし、一定規模の店舗を持つ販売店の維持には、一定数の読者の確保が必要であります。各新聞社がそれぞれ別の販売店契約をするだけの読者が見込めない場合、経費が収入規模に比べて大き過ぎる場合、共同配達に適した地域など、それぞれの市場特性に合った形で、複合専売店あるいは合売店などがふえてきております。  こうした流通システムによって、新聞各社は、安定した流通と新聞の独立を維持し、読者の多様な要求にこたえてまいりました。このことが日本教育や民主主義の維持発展、政治経済や文化への多大な貢献をしてきたことは議論の余地がないと存じます。  さまざまなメディアが登場する今日にありまして、読者は日常生活に不可欠な情報、知識を整理された形で毎日確実かつ安価で得られる。また、大量の情報、知識から必要な情報等をどこでもいつでもアクセスタイムなしで入手できる、また繰り返し読むことができるわけであります。膨大な数の読者が、同一の情報や知識を共有できるという印刷メディアの特性と、またすぐれた取材、報道と高い信頼性、また社会的な影響力、こういったものなど、他の追随を許さない独自のメディア領域を持つものと考えております。  規制緩和小委員会は、現在、著作物再販をすべて廃止する方向で報告書をまとめつつあると言われております。特に、宮内座長は、さきの公開ディスカッションで議論がもう既に出尽くされたとし、その後の記者会見でも、消費者団体の意見はすべて新聞再販廃止であり、これまでになく強く印象が残ったというふうに集約しておりました。  しかしながら、今年度の主たるテーマである商品特性、特に我々が主張しております民主主義社会を支える基盤としての新聞の役割文化性また社会公共性などに関する本質的な議論はほとんどなされていないのが現状であります。言論報道にかかわる重要な問題を、ただ単に流通論やあるいは安ければいいという視点だけで結論づけてよいものでしょうか。国民読者の真の利益とは何かということも、新聞再販廃止後の影響も明らかにされないままに、消費者団体の意見をてこに廃止結論を急いでいるように思えてならないのであります。  消費者団体は、新聞販売をめぐる一部不正常な現象を問題にしているのであって、大勢は再販廃止を主張しているわけではないと我々は考えております。むしろ、再販廃止によって、全国どこでも安い価格で、迅速確実な戸別配達による新聞の購読が引き続きできるのかどうか、多様な新聞が発行され、言論の多様性維持できるのかどうか、強い懸念を抱いているのが実態かと思います。  どの消費者団体も、さきに新聞協会の理事会決議をした、新聞の訪問販売での悪質なセールス行為を排除することや、また、景品提供による勧誘問題ではルール違反には厳正に対処することなどを一様に評価し、その実現に強い期待を寄せていることは、そのあらわれでもあろうかと思います。  新聞再販は、いわゆる規制緩和の問題とは異なり、政府等の許認可事項ではないし、また、この問題の発端となりました日米構造協議あるいは日米自動車協議、こういった日米貿易摩擦とも関係がありません。我が国経済の活性化につながるわけでもない。新聞の再販廃止してどういうメリットがあるのか、こういう点も全く議論されずに来ているわけであります。  今日、我が国の新聞普及率、購読できる新聞の多様性、戸別配達率のいずれも世界のトップレベルにあり、海外からも高く評価されているのは周知のとおりでございます。全国を網羅した新聞のハイウエーとしての戸別配達は、これが一たん崩壊しましたら、再びもとに戻ることはできないと思います。覆水盆に返らずであります。これに逆行する政策は、私は選択すべきではないし、将来に禍根を残すというふうに考えます。  よろしく御理解いただくようお願い申し上げまして、陳述を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
  84. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  次に、乙骨参考人にお願いいたします。
  85. 乙骨剛

    乙骨参考人 ただいま御紹介にあずかりました乙骨でございます。  本日は、貴重なお時間をいただきまして大変ありがとうございました。  それでは、早速本論に入らせていただきます。  我々は、この制度を廃止しようという行革委と公取の規制研、この二つを相手にいろいろ討議をしてまいりました。まず、雰囲気的に申し上げますと、全く我々の質問には答えない、それから基本的な問題には行かない、こういう雰囲気でございます。  内容的には、このお手元のレジュメにございますように、撤廃側、これは法による制度であるにかかわらず、全くこの辺をとらえていない。それで、この法律はもう二十八年以来相当年月がたっているから変えるのは当然である。それからその次には、後で申し上げますが、成立の趣旨も明らかでない。そういう意味で法文の審議をやることは余り意味のないことである。問題は、これは流通問題であるから価格拘束の是非を論じればいい。特にこれを強く主張している参与という人間がおります。  それでは、彼らの主張は何かと申しますと、再販は独占禁止法上原則違法だ、対象品目はどんどん減っている。しかし、減っているのは指定再販商品でありまして、化粧品、医薬品等。私ども著作物再販、法定再販は全く変わっておりません。さらに、非常に無理なことを言っているのは、原則違法なものを我々業界維持したいならば、維持する方がその理由を示すべきだと、全く責任のすりかえをしております。さらに、我々業界に対しては、経済規制は原則禁止、社会的規制は必要最小限、こういう政府基本方針がある、こういうことを最近は表に出してきております。これについては、我々は、規制ではない、いい制度だということを後で申し上げたいと思います。  我々の主張は、もう基本的に、我々法治国家の人間でございますから、法律によって整々とこの四十年やってまいったわけでございます。したがって、それを今のような論理で言われたならば、法の安定性、ひいては我々業界の仕事というのは安定を持ってやっていけない、こういうのがスタートでございます。この制度はこの四十年間、非常に成果を上げてきた。さらに言えば、消費者、彼らの好きな言葉ですけれども消費者からの批判は全くないと我々は考えております。それで、法文の前段の、この間の特別委員会でもありましたように、存続要件、消費者利益を不当に害しているか、これは絶対ないというふうに信じております。  したがって、この基本的な部分の著作物の内容掘り下げ、それから法文の法律解釈、これが全然なされていないというのが現状でございます。  次に、著作物と一般商品の相違を申し上げますが、お手元の資料の三ページ目、別紙一にございます。  委員会の参与の中には、著作物もカボチャも同じだ、こういうふうに言っております。カボチャというか、一般商品というのは、メーカーがあって、販売店があって、これが消費者に届く。物がこういうふうに流れて、お金が戻ってくる。著作物は、そのさらに上流に著作者の循環サークルがあるわけです。ここが基本的に違うわけです。ですから、これをカボチャも同じだという認識では、我々、基本的にはついていけない、こういうことでございます。法律上も著作物再販と指定再販が変わってきた理由も、ここにあると思います。  第二番目に、二十四条の二の四項について。これは先ほど申しましたように、著作物の範囲については全く掘り下げておりません、両方とも。運用解釈がひとり歩きしております。したがって、法の透明性は著しく欠けております。  このレジュメの、今の表の次の別紙二という四ページ目をお開きいただきたいと思うのですが、これは、行革委の第六次論点公開のかがみの文章がその次にございます。この表でございます。これの真ん中辺に棒が引っ張ってありますが、「著作物の範囲」ということで、これこれだと書いてございます。これは、前回佐藤先生がおっしゃられていたのと同じなのですが、わざわざここに括弧して「(公正取引委員会の運用解釈)」と注記してございます。我々は、事ここに至って、運用解釈ではなくて法律解釈、これを求めたいと言っているわけです。  さらに、その次の行には、ビデオ、レーザーディスク等々これこれは対象外というふうに書いてありますが、私はこれも運用解釈にすぎないというふうに思っております。  私どもは、平成三年にやはり見直しの中にありました。それまでは音楽用CDではなくて音楽用レコードだったわけです。当時の公取の担当の方と、レコードとCDは違うんだ、だからCDは再販として認められないんだということで、延々と論議をしました。しかし、我々の論が一応通って、今ここに私どもがおられるわけです。  そのとき公取の方に、では、音楽用テープというのはどうなんですかと。我々は全く疑いもなくこれは再販としてやってきまして、その当時、平成三年には、もう既に音楽用テープというのは衰退期に入って、三%から五%しかシェアがなくなってきた。これについても、この次のページに、「事実上レコード盤に準じて取扱われてきた。」とか、いろいろ書かれておりますけれども、私の認識は全く違います。結局、力関係でこういうのが決められてくるのじゃないか、こういうふうに感じております。  さらにおかしなことには、公取の御事情もよくわかると思うのですが、大体、公取をやめられると、OBになりますと、いや、ビデオも何も、みんな、君、著作物再販だよ、こういうふうにおっしゃられて、何もそれを申し上げるわけではないのですが、要するに、法律解釈と運用解釈の落差が余りにもひどい中で、その区分をはっきりしょうということがいろいろ行われている。これは、前回の特別委員会の議事録を拝見しても、佐藤先生がおっしゃられているのと全く同じだ、こういうふうに感じております。  次に、再販制度は、行革委とかそういうところは、経済規制だ、だからこれは全部全面撤廃なんだ、こういう論理で来ておりますが、私どもは、著作物を守る必要最小限のよい社会制度だ、こういうふうに思っております。それは何かと申しますと、先ほど小池参考人もおっしゃられておりましたけれども、すべて回答はこの法文から出てくると思います。法文に照らしても、届け出は要りません。これは六項に書いてございます。これも指定再販と違うところです。許認可ももちろんありせん。それから、私ども、補助金も一切受けておりません。  ただ、前段のただし書きで、消費者利益を不当に害さないでくれ、これが法律が言っていることでございます。これについて、消費者利益を不当に害しているかということにつきましては、先日ございました、十七日の日比谷公会堂の総決起大会において、各党の代表の方々が、「国民に役立ちうまく機能している制度をなぜ変えるのか」、次に書いてありますが、こういうことから、全く消費者利益を不当に害していないというふうに言えると思います。  さらに言えば、この制度は行政府による指定告示、こういうものも全く関係ございません。ですから、これを行政解釈でやるというのは、立法府と行政府の関係からいったらどういうことなのか。私は、この問題は、この制度が規制ではなくて経済制度だ、文化を守る経済制度だということと、この法文をよく解釈していただければ、今までの疑問というのはすべて回答が出てくるのではないかと思いますので、ぜひとも先生方の御援助を賜りたい、こういうふうに思っております。  さらに、五番目の、法の成立過程が明確でないと言っております。これは、さっきの行革委の論点公開にも出ております。「再販制の導入の趣旨は明確ではない」。私は、法律というのがボウフラのようにわいてでき上がるなんということは毛頭考えていないのですが、どうしてこういうことをこういう政府委員会で言われるのか。  それで、別紙三、ここに書いてありますが、これは昭和二十八年の立法当時、当時の経済安定委員会が、たしか七月二十五日にこの法案を可決したと思うのですが、それに先立つちょっと前ですが、横田公取委員長がそのとき、総括的な答弁ということの趣旨です。これも、私ども国会図書館へ行ってあれしておりましたが、膨大ないろいろな議論をされております。  ただ、行革委の一部委員は、昭和二十八年のどさくさの時代にこういうのができたというようなことも暴言として言われておりますが、それは横に置いておきまして、横田委員長は、二行目、  ある意味におきましては、ある銘柄品についての定価全国的に一本になる結果、現在消費者があるいは定価より低く買っておりました面が買えなくなることによって、多少消費者のためにぐあいが悪くなる面がないではないのでございます。しかし、結局消費者利益と申しましても、やはり小売業の安定ということは大きな意味から申しますと、結局において消費者にも利益をもたらすことになりますこういうふうに言われております。  これが今私どもが申し上げていることで、私どもは、著作物というのは、先ほどボードで申し上げましたように、さらに上流に著作者のサークルがあるのだ、これは、著作者が創造的なものを生み出さない限り、私どもメーカーも小売店も立ち得ないのだ。そういう意味で、やはり著作物というものの拡大再生産を守るために、再販制度というのは今までも有効に活用しているし、消費者利益も不当に害していない、こういうふうに言えると思います。  結局、最後ですが、今これは独禁法の中にありますのでこういう問題が起こっているのですが、事ここに至れば、やはり文化振興法とか、そういう法に持っていっていただきたいというのが、これがシンプルな私ども意見でございます。  以上でございます。大変ありがとうございました。(拍手)
  86. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  次に、田窪参考人にお願いいたします。
  87. 田窪英司

    ○田窪参考人 御紹介いただきました、日本新聞販売協会の田窪であります。  このような場での発言の機会を与えていただきまして、大変心から感謝いたしております。  いわゆる規制緩和の流れの中で、今著作物再販制度の是非が論じられていますけれども、正直申しまして、なぜ新聞の再販制度が議論の対象となるのか、よくわかりません。  確かに、平成八年三月二十九日、閣議決定で、九年度末までに、再販適用除外が認められている著作物の範囲の限定・明確化を図るとして政府の対応、改定計画が示されています。  独禁法再販が認められている、その著作物の範囲はどこまでなのか、それをはっきりさせる計画。当時既に多様化の動きを強めていた著作物について、著作権法等を踏まえながらその範囲が検討されるものと思っていたところ、なぜか実態として、市場メカニズムから見て著作物再販は是か非かという議論へと移されていきました。この議論への推移が公正なのか、今なお理解できません。  新聞の再販制の是非は、小売店が価格を自由に決めることが是か非かの視点で議論すべきであるというのが、再販否定の側の意見の骨格であります。  もし新聞の定価販売が否定される状態になると、小売店、新聞販売店が自由に価格を決めることになるかというと、そうはなりません。新聞は、その供給の方法が大部分戸別配達によっているのと同時に、その料金の集金も戸別集金で行われています。  普通、小売店は、価格を決め、値札をかえ、入り口のレジで代金をいただく、店主の管理の届く範囲でそれが行われますが、新聞の場合、定価がないとなると、実際には集金スタッフが読者の戸口で価格交渉の窓口の立場に立たされます。さまざまな読者とさまざまな集金スタッフの間で、当然、さまざまな価格が設定されてしまう結果は避けられません。  あらゆる家庭が新聞を購読しているのですから、隣近所それぞれが同一の新聞をまちまちの値段で購読しているという状況は、社会の基盤部分を不公平感が日常的に覆っていくこととなり、それは、軽視できない社会現象を醸し出すと思うのであります。  一方で、販売店間の値引き競争による弱肉強食の乱売合戦が生じるおそれもあります。この結果、小規模店がつぶれることになりますが、新聞の場合、都市部よりも遠隔地ほど小規模店が多くあり、それがつぶれます。公取委のもとの政府規制研再販問題小委員会の中間報告でも、「再販制度撤廃されれば、部数の少ない一部の専売店の維持が困難になることはあり得る」と述べているほどです。  同中間報告では、このような場合には、複合化によって配達の空白が生じないようフォローされるだろうとも述べています。複合化、合配化が進むことになります。そこへ市場メカニズムだけの価格が自由に決められることになると、過疎、遠隔地の、配達開始までに三十分以上もバイクを走らせなければならない地域価格が下がるとはとても予想できません。  のみならず、いわゆる市場原理至上主義が戸別配達の末端まではびこることになると、当然、採算効率だけ、損か得かだけで配達を考えることとなり、過疎、遠隔地は、さながらわくらばのように戸別配達網の虫食い症状を起こします。全国至るところで、情報、ニュースの届くところ、届かないところが発生します。ニュースの届かないところが発生しますから、国民の知る権利、それに裏打ちされた議会制民主主義に少なからぬ影響を生じるおそれをあえて冒す理由は一体何なのか。素朴な疑問であります。  元来新聞は、一カ月以上の、つまり月決めの長期購読を前提として生産、供給されており、現行の定価が設定されています。その三千円あるいは三千数百円の定価から百円何がしかの値引き競争を強いるその結果、失うものは余りにも大きいのではないかと憂えるのであります。損か得か、拝金主義的価値判断だけで現在の戸別配達が支えられているのではないのです。  ある朝、そしていつもの朝、数時間のうちに全国あらかたの地域に新聞が届けられ、人々の寝覚めを待つ。人々は新聞を開き、世界のこと、日本のこと、町内のこと、政治の話、文化の話、驚くべきニュース、涙ぐむ話題に目を走らせ、そして考える。家庭で大人も子供もそうしています。  その新聞を届け続けることに私たちは誇りを持っています。知る権利、教育文化や知識の向上、議会制民主主義等々を最末端で支え、ささやかに貢献しているのだと、戸別配達に携わる全国のスタッフは、口にこそしませんけれども、常に自負していると思います。新聞の購読率と非識字率が見事に反比例している一事をもっても、私たちの自負が思い過ごしとは考えられません。  私どもは、平成七年三月の政府規制研・再販問題小委で質問しました。委員の、もし再販がなくなれば現状維持することは難しいかもしれないが、新聞販売業界全体としては再販がなくなることで果たして沈下するものなのかの御発言にこたえて、世界に誇れる宅配網を擁し、重要な文化財とさえ言われる新聞を、そういう危惧を重ねながらなお再販を外そうとするその理由は一体何なのですか、我々にはそのメリットは全く見えません、ぜひお聞かせいただきたい。  これに対するお答えはありません。したがって、ことし九月の政府規制研でも十月の行革委規制緩和小委員会でも同様のお尋ねをしたものの、答えは得られませんでした。実感するところ、再販否定の側には、新聞の再販制度をなくすることで新聞とその読者が得られる利益、メリットの確かな予想図を持っていないかのようです。  私たちが一昨年の秋、全国二万数千の新聞販売店、四十八万人の販売店スタッフに呼びかけて行った、著作物再販制度存続を求める請願署名運動においては、「これからも、新聞が日々戸別に配達され、それが定価どおり手にできるように」が呼びかけのテーマでした。準備と実施の期間が余りにも短かったのにもかかわらず、実に五百二十万人の御賛同が寄せられたとき、私たちは、読者消費者の御理解の広さに、大きな感動に包まれたものでした。  これからも、日本の誇るべき新聞の戸別配達を守り抜くため、その網の目の最末端でひたすら努力をします。何とぞ、そのためにも、新聞の再販制度維持のため、特別委員諸先生方の御教示とお力添えを心から願ってやみません。  発言の最後では失礼なのですが、去る十一月十七日、日比谷公会堂における再販撤廃に反対する集会には、各党を代表するまことにそうそうたる方々、自由民主党の与謝野広報本部長、社会民主党・土井たか子党首、新党さきがけ・堂本暁子党議員団座長、新進党・中野寛成党国会対策委員長、民主党・鳩山邦夫副代表、日本共産党・不破哲三幹部会委員長、太陽党・羽田孜党首、それに肥田美代子先生も駆けつけてくださり、まことに超党派的に、力強くも親身こもる激励を賜りました。各党の皆様に深い感謝の思いを呈しながら、陳述を終わります。  ありがとうございました。(拍手)
  88. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  次に、矢島参考人にお願いいたします。
  89. 矢島靖夫

    ○矢島参考人 このような貴重な場に日本レコード商業組合も参考人としてお招きにあずかりまして、深く感謝しております。  私は、乙骨さんの後でございますから、同じ業界の者として一部話が重なるところがあるかもわかりませんが、できるだけお店の立場に立ちましてお話を申し上げたいと思います。  申すまでもないことですが、今まで、この著作物再販制度をどの舞台で御論議いただいてきたかということでございますが、いわゆる行政改革委員会規制緩和小委員会、また公正取引委員会の私的研究機関としての政府規制等競争政策に関する研究会、略して規制研と言われております。この二つの舞台が、恐らく事務当局の相互の連携を持ちながらの運営だろうと思うのでございますが、検討してまいったわけであります。  私どもといたしましては、平成三年度におきまして、先ほど乙骨参考人も触れたかもわかりませんが、規制研のもとにある金子小委員会あるいは金子小委員会の報告を受けての公正取引委員会のレコード業界に対する実態報告書、こういうものをめぐりまして、レコード産業にとりましては再販問題に洗われてきた経過がございます。  スケジュールどおりに、行革委の方も総理大臣に報告書をまとめる段階、また、規制研も公取の事務局に報告書を出す段階、こうなったわけでございますが、その段階になってのそれぞれの御議論あるいは仄聞するところの報告書の原案というものについて、いろいろ目を通してみたり話を聞いてみますと、とにかく平成三年以来の原則廃止という立場に立って一切の作業が流れてきておる。  途中において、私ども、声を大にいたしまして、それぞれの委員構成といいますか、あるいは参与構成といいますか、どういう基準で選ばれておるのか。もちろん、競争政策を得意とする先生方も入るのは当然でありましょう。ですが、文化という領域を取り扱う研究会において、我々サイドにとってみますと、音楽について明るい知識、見識を持った有識者、少なくともそういう方々の代表が何人かは入って議論が展開されることが公平ではないか。競争政策のみに偏って論ずる問題ではないはずだ。言葉をかえますと、文部省、文化庁の文化政策の領域に入るテーマが多過ぎる。そうでありながら、そうではない競争政策にかかわる役所が作業を全面的に進める。アンバランス過ぎるではないか。  私どもは、こういうことについて、ずっと不満といいますか、要望を述べてまいったのでございますが、とうとうしまいまで、私ども業界の代表は、有識者としての代表といたしましても規制研にも一人も取り入れられることができませんでした。  そういう状況で流れを追ってみますと、とにかく当初から、外国にはレコードの再販制度は一つもない。それからもう一つ、経済規制は全部外すべきなのだ。最近は、社会的規制については、一部存在証明ができれば残してもいい、こういうようなことを行革委委員会の参与の皆さんはおっしゃっている方がおられるようでございますが、我々にとっては遺憾ながら、おまえたちレコード産業は再販制度で残るべき社会的規制としての価値を持っていないというような結論づけがなされようとしております。  しかも、この間のこの論理に関しまして、私どもは、後ほどお述べ申し上げますけれども、いろいろな具体的な見解で、再販制度のもとにおけるレコード産業の消費者サービスのすばらしさ、このことを強調しておるのでございますが、一切聞きおくだけでございまして、それに対する反論といいますか、御教示といいますか、君たちはこう言うけれどもこうではないかという、その我々の提起した実態報告に対して何ら具体的な論議がなされない、こういう状況であります。  行政改革委員会の方は、一度の公開討論がありました。これも、私どもが強く要望した結果、おまえたちも呼んでやろう、こういう流れで持たれたものであります。  公正取引委員会にも同じように強くお願いいたしました。私ども、これは他の著作物産業と同じ扱いを受けることで大変感謝しておりますが、二度ほどヒアリングにお招きにあずかりました。そして、規制研の方は、先生方御存じのとおりに、できるだけ公平な研究をしてほしいという願いが多少通じまして、ことしの二月に新しく若干名の研究会員が加わられました。その結果、以前の規制研の論議よりは相当程度多面的な御議論がいただけているような形で、私ども公正取引委員会御当局には希望をつなぐところがあるわけでございます。  そして、とにかく一刀両断のもとに、外国に例がない、そして残るべき価値のない社会的規制である、そしてどうこうという論議の根本は、とにかく文化政策というものについての意義を、著作物再販制度は私ども文化政策の領域だと思っておるのでございますが、この辺に関しての認識を一切切り捨てておるわけでございます。競争政策の領域のみですべてが決められるというふうにお考えの方が中心であるということだろうと思います。  その背景には、著作物と一般消費財との相違に関しまして素直な御認識がいただけていない。私どもはいろいろな観点から述べておるのでございますが、ノー回答であります。つまり、我々の説明では著作物と一般消費財との差は認めないということだろう、こんなふうに判断せざるを得ません。  次に、再販が存続するために重要なチェックポイントが幾つかあると思います。私どもは、そのポイントについて御見解を述べさせていただきます。  まず、我々の著作物というのは、お客様の好みが多様でございます。そうしますと、その多様な趣味にどれだけ商品を通じて対応ができているかということがまず一番最初に必要なことだろうと思います。言いかえますと、多種多様な商品再販制度のない国と比べて提供されているかどうかということであります。  いろいろな機会に申し上げているとおりに、人口が日本アメリカの半分であります。アメリカは多民族国家であります。本来、いろいろな文化があるわけであります。そのアメリカと比べまして、日本は毎年三倍の新しい音楽を商品として提供ができておるのでございます。これが我々が再販によって期待されることにこたえておるということの一つの証明だろうと思います。  それから、これは言い方をかえますと、多種多様な才能が、レコードを通じて自分の才能を世に問えることを保障しているというふうに御理解がいただけるのではないか。多種多様な才能という場合には、レコードをつくるには作詞家が要ります、作曲家が必要です、それから実演家が必要であります。その方々の活動の舞台というものを世界に例がないくらい日本再販制度は保障している、こういう解釈は解釈のし過ぎではないと信ずるところであります。  なお、この見解は、本日お見えではありませんが、日本音楽著作権協会及び芸能実演家団体の集まりでありますいわゆる芸団協、そちらの組織の公式見解でもございます。  次に、こうは申しましても、価格がどうかという問題がございます。私どもは、いろいろなデータで証明されておりますとおりに、価格問題についても国内において優等生である。外国における価格の比較においても、その国の購買力平価であるとか為替相場であるとか、そういうものを考慮すればするほど、日本のレコード価格についてとかく御批判をいただくような現状はない、かように考えております。  なお、競争業界で活発に行われておるかということでございますが、私どもは、メーカーにおいても販売業界においても極めて熾烈な競争が展開されております。再販制度の上にあぐらをかいた、ぬるま湯の中で消費者に御負担をかげながらのうのうと過ごすような業界ではございません。これについては、時間の関係もありますので、御質問等がありましたら、参考人として具体的に触れさせていただきたいと思います。  それから、私ども業界は現在一万八千軒のCDを扱うスポットがございます。そのうち八千軒が専門店と言われるものでございます。もしも再販が外れたらどうなるか。一物一価で全国民がどこに住もうとも音楽文化商品を楽しむということがまず困難になることが一つであります。これは文化国家として重大な問題だと思います。  それから、御存じのとおり、日本は年々オーバーストア、オーバーフロアの傾向であります。大店舗法の運用があのように変わってまいりました。消費の全体需要が伸びないのに、それにもかかわらず、どんどん大規模資本によって開発されて小売サービス業の面積がふえております。そういう状況の中で、若者をどう取り込むかということが大型商業施設の基本的な競争のポイントでございます。  再販制度が外れますと、若い方々を取り込むために、CD売り場については利益なしでもいい、そのかわり若者を取り込めということが大型流通資本において展開されますことは、火を見るより明らかであります。そうなりますと、専門店は規模の大小を問わずに、専門商品を売って企業維持しなくてはなりません、到底競争が成り立ちません。その結果、専門店のサービスを地域のいかんを問わず徐々に失うようなことになって、消費者は不便を受けるだろうと思います。また、専門店がだんだん力を失うということはどういうことになるかというと、アーティスト等についてもいろいろな作品が世に問えなくなることだろう、こういうふうに思います。  一つ、再販制度というのは、流通業界から見ますと、仕入れた元本がメーカーによって保証される。そして、売りにくくても、これを地域の人に聞いてもらおうという勇気を持って仕入れができる。それが多種多様性を支えておるわけでございますが、再販がなくなれば、その構造が全く否定されて、売れ筋に偏った、大衆が一時的に夢中になるものでレコード店が構成されるような、またメーカーもそういうものしかつくれなくなるような時代になってしまうのではないかと懸念しております。  なお、アメリカにおいて私が懸念するような現状があるかどうかでございますが、アメリカはもうまさにそういう状況になってしまいまして、一般の専門店は、全米を代表するようなチェーンストアにおきましても、大型家電あるいは本屋さん、大型の家具屋さん、そういう方々が、アメリカは不動産コストが安いですから安く売り場がつくれる、そういうことで客寄せのためにCDを異業種の方が扱って、めちゃくちゃな競争になりまして、その結果専門店が、全米を代表するような大手に関しましても会社更生法の適用を受けるような局面に経営上なっております。  なお、アメリカ価格でございますが、日本のレコード販売業界はわずか二五、六%の粗利で頑張っております。大変なことなのです。商品在庫は年間四回転も回転いたしません。要するに、在庫の回転率掛ける粗利益率ということで出てくる数字が小売業のやりやすいか、やりにくいかの経営判断の基本的指標でございます。交差比率と申します。これが一〇〇にも届かないという状況が我々の業界であります。小売業界はそれだけのマージンしかメーカーからいただかずに頑張っている。  アメリカはどうであるか。希望小売価格で売りますと、三八%のマージンが得られる値づけになっております。アメリカは何も全部値引き販売しているわけではありません。大都市圏において、発売後一定期間、値引き販売は確かにあります。ですが、それを過ぎましたら希望小売価格で売られるのが通例であります。また、新譜の段階から三八%の粗利を得ながら定価販売、希望小売価格販売をなすような業者もたくさんありますし、地域によってもまた差があります。要するに、アメリカ人は一物一価でなくてレコードを買っておるのであります。この辺のデータは公取さんの調査データでも証明されておるところであります。  何を言いたいかというと、我々は再販の上にあぐらをかいていない、そのことについてはっきり御理解をちょうだいしたいと思います。  それから、行政改革小委員会の参与の先生方は、中小レコード店がつぶれるのは、そんなものは時代の流れだ、今はそんなものは保護する時代ではない、つぶれたら所得の再分配で、つまり税金から社会保障政策として生活を面倒見てもらえ、こういう見解をとっております。  私どもは、努力をしない業者が営業の継続が困難になるのを何とかしてくれとは言っておりません。一生懸命努力しても、先はどのようなからくりで経営が困難になる専門店、またその専門店のサービスを失う消費者の立場をどう考えるのかという問いかけをしておるのでございます。  中小企業基本法ということがこのごろ余り言われなくなりました。ですが、最後には昭和五十八年に法八〇号として成立しておる中小企業基本法がございます。この精神というものを行政改革委の小委員会の参与の先生方はどう考えるのか。こんな法律は廃止すべきだという考えなのか。だとするならば、ついでにそういう主張をしてもらいたい。私どもは、中小企業基本法の精神を生かしながら、やはり日本人みんながハッピーにその仕事に励むことで生活ができるということを流通業界についても御配慮いただくべきではないか、かように信じておるところでございます。  最後になりますが、規制緩和を目途として方針が決まったのは平成七年三月の閣議決定でございました。そのときの目標に、「①消費者の多様なニーズに対応した選択の幅の拡大、内外価格差の縮小等により、国民生活の質の向上を目指す、②内需の拡大や輸入の促進、事業機会の拡大等を図り、対外経済摩擦の解消等に資する、」こういうことを目標にするということで閣議決定を見たと私どもは承知しております。  私どもの産業は、この①、②のポイントに関しまして、十分過ぎるぐらい貢献をしておると自負しております。外国の流通資本との間にも私ども何のトラブルも起こしておりません。メーカーにおいても同じでございます。それから、豊かな選択肢、つまり多種多様な商品が供給できているということは、まさにこの閣議決定の目標に沿う現実でございます。  どうかひとつ、一部の学識経験者のおっしゃるように何でもかんでも有効な社会的制度まで規制の中に入れてしまって、規制は全部外すべきだという、こういう暴論、そこつな議論で日本の将来を決めてもらっては困る。日本文化を守っていただきたい。  実は、先生方に最後にお願いがあります。例えば歌謡曲であるとか童謡であるとか、民謡も含めまして、伝統芸能の世界、こういうものはたくさんは売れませんけれども日本の守っていただかなくてはならぬ文化領域だと思います。今の再販のもとにおきましても、この文化領域は、レコードの世界では今マイナー化しておるのでございます。再販が外れましたら、先ほど述べたような論理で、お店はこれを一生懸命仕入れる危険を冒さなくなります。つまり、日本人のアイデンティティーを形成するような文化財領域の商品が、一番先に消えていくというおそれがあるということであります。  私どもアメリカのいいところを学ぶべきだと思います。文化アメリカ文化をどんどん取り入れていいと思います。ですが、ロックミュージックだけの音楽になっていいのでありましょうか。私どもはやはり日本人としての誇りを持ちたい。  それから、外国に例がない制度だから、アメリカに例がないからということで廃止を論ずるという姿勢そのものも、先生方に是か非か御検討いただきたい。  大変長くなりましたが、そこつな説明で恐縮です。四番バッターでございますので、原稿に基づかずに話しましたので、お許しをいただきます。  どうもありがとうございました。(拍手)
  90. 宮地正介

    宮地委員長 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――
  91. 宮地正介

    宮地委員長 これより参考人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。佐藤剛男君。
  92. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 自由民主党の佐藤剛男でございます。  本日は、お忙しい中、小池参考人乙骨参考人、田窪参考人、矢島参考人におかれましては、御出席賜りまして、そして非常に有益な、それぞれの分野における問題点を包括的また深く掘り下げていただきまして、委員会委員の同士は十分この問題点を理解されたと思います。  私は、私事にわたって恐縮でございますが、三年前でしたか、音楽振興法をつくったときの音楽議連の、超党派の議員連盟でございますが、この一人でありますし、午前中にも言ったのですが、私は森山剛というペンネームを持っている物書きでございまして、かつてはベストセラーも出したことがございます。  また、亡くなられました大平先生にはかわいがっていただきまして、大平先生が文化研究会という委員会をつくられまして、亡くなられました山本七平先生が座長で、日本の将来の文化についてのブレーンを集めた。曽野綾子さんが私の隣に座ってやっていたことがあります。  そんなような背景がありまして、私は、今月の六日それから二十日、この二回にわたりまして、当委員会におきまして、六日の日には経済企画庁に半分経済問題をいたしましたので十分ではなかったので、二十日に四十五分間、まだ議事録がきちんとできていないと思いますが、これはぜひ、私の考え方、そしてそのときには内閣法制局の第一部長の、政府の見解もきちんといただいておりますので、御高覧を賜りたいと思うわけでございます。  皆様方から非常に御立派な、そして問題点をついた陳述をいただきました。  この規制緩和という問題は、御指摘がございましたように、非常に規制緩和だけに走ってしまいますと、資本主義社会では必ず弱者というものが出ます。アメリカの場合には、人種のるつぼといいますか異民族社会でありまして、ディレギュレーションというのを進めるのですが、必ず公正取引、フェア・トレード・コミッションというのが、日本は今五百人ぐらいしかいませんが――ダンピングの問題でも五人ぐらいしかいないと言って私はここで公正取引委員会をしょっちゅう怒っているのですが、そういう激安だなんだで中小小売店が非常に苦労して泣いている、ガソリンスタンドしかり。あるいは大規模店舗の平成二年以来の、海部さんとブッシュさんの約束から始まって、今や中心市街地が空洞化というよりも廃業化しておる。そういうふうな状況を見ていますと、やはり弱い人たちの立場というものを両輪で救っていかなければいけませんよと言って、私は、公正取引委員会の組織なりの拡張まで、部長だったのを局長にして、そこまで二年前は骨を折ったわけでありますが、その当該公正取引委員会が、こういう弱者保護の黄金バットであるべきものが、今この再販価格問題についての取り扱いを見ると、非常にこれはいかんなと。  そういう認識のもとで、私は法的な立場から、公正取引委員会の昭和二十八年の――委員長、例によって二十四条の二と著作権法をお手元にお配りさせていただいておりますから、見ていただくといいかと思います。  この二十四条の二が制定せられましたときは、二十八年ですから今から四十四年前でございまして、私も大学に入ったか何かのころでございますし、恐らく小池参考人もまだ大学生のころではないかなと思います。  この二十八年のときに、当時の公正取引委員長が横田正俊さんといいまして、たしか私の大学の国際法の先生、最高裁の長官になられた方で、その方の、この二十四条の二を入れたときの国会における答弁というのがあります。それは重要なものでございますので、皆様方が御研究されておられますように、昭和二十八年のまだ経済安定委員会というようなのがあったころです、経済安定本部のころなんでしょうか。  そういうときの答弁におきまして、この趣旨はどういうことかというと、著作物の問題について、これははっきりと言っているのです、小売業者に適正な利潤、安定した収入を得させると。これは、非常に重要な問題が一つあるのだということで、明々白々に立法趣旨を説明せられています。  しかしその後の、これは立法はよかったのですが、私は指摘しているのですが、これをごらんいただきますとわかるのです。  二十四条の二の一項と四項をごらんになりますと、この一項の商品というのがいわゆる一項指定商品といいまして、化粧品とか、これはもうなくなってしまったわけです。先ほど御指摘がありまして、たしか矢島参考人でございますが、一項、四項区別なしにやっておられるという怒りの言葉をおっしゃったと思いますが、そういう一項、四項違っている形なんですが同じような扱いを、とにかく運用だと、みそも何もじゃないのだけれども、こんがらがってやっている。  それで、これをちょっと読んでいただきたいと思うのですが、一項商品は、三項というのがあってこれは告示で指定するのです。新聞、雑誌、レコードは告示ありますか、ごらんになったことがありますか、ないと思います。それは、四項に「第一項と同様とする。」と書いてありながらも、告示をやっていなかった。これがまず運用の、公正取引委員会の失敗だと私は思っております。  それの失敗のおかげで、逆に言いますと皆様方はよかったのかもしれませんが、これは四十四年前の失敗だろうと言うと、役人はなかなか誤りを認めがたいもので、私も中小企業庁の部長もやっておりましたけれども、そういう性質があります。  そこで私は、十一月二十日のときに、著作物という言葉は著作権法に出てくるのでありますが、この著作権法にはレコードと著作物というのは分けて書いてある。分けて書いてあるから、ではこの著作物という中にはレコードは入っているのですかということを言いましたら、これまたいい有権解釈を得まして、著作物に入っておりますと。  それはなぜ入っておるのかということは、第一部長が、第一部長がここにおられますから、秋山部長は将来内閣法制局長官になられるような御立派な、私が敬愛いたしております方でございますが、それぞれ法律には法益がある、著作権法には著作権法の法益がある、独禁法独禁法のがある、だからそれぞれ違った言葉があったって、ここの中において著作物の中にレコードを入れてということは何ら差し支えないのだと。  それで、私はいろいろ実証いたしますと、昭和二十八年三月五日に、二十四条の二を入れたときに、当初この四項に該当するのが、今は「著作物を発行する事業者」となっていますが「著作物出版する事業者」となっていたのですね。「著作物出版する事業者」、そうするとレコードというのは入りにくいということで「発行する事業者」というような形になっておるのです。  ですからそこら辺は、矢島参考人また乙骨参考人、堂々とこの問題は、立法の過程の中において発行する者と出版する者とは違う、そういうことがきちんと出ておりますので、その点ははっきりと自信を持っていろいろ攻撃防御をしていただきたいと思います。  それはなぜかというと、非常につらい思いになってしまったのですよ。公正取引委員会委員長、きょうは勘弁してくれと言うから、部長でいいということで担当部長がいらっしゃっていますが、この四項をごらんになりますと「著作物を発行する事業者」云々、これは「第一項と同様とする。」となっているが、これは告示もしない、政令にも載っけない、省令でもやらない。何でやるのかというと、公正取引委員会委員長がおられまして、今は東京高検の検事長をやられた方、最高の検察官であり、そして審判というのがあって、準司法的機関というんですけれども、ちょうど検事的な役割もする、裁判所的な役割もする。じゃ、どういうことかというと、もしこれが適用除外でないと、二年以下の懲役、三百万円以下の罰金に処するとなるんです。  そこでまず、その議論を始める前に、公正取引委員会の方から、この独禁法再販価格維持について、再販価格維持の適用除外にならないと、つまり再販価格維持契約になると、法律の第何条によって罰則を受けるかというのを参考人の前ではっきりと言ってください。そこから始めます。
  93. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 お答えいたします。  再販適用除外制度がありませんと、再販売価格維持行為を行った場合には、不公正な取引方法の一つとして指定されております一般指定の十二項というものに該当することとなりますので、そういたしますと、独禁法の条文でいいますと第十九条違反ということになるわけでございます。  第十九条違反それ自体に対しては罰則の定めはございませんので、公正取引委が何をするかというと、排除命令等を出していく。ところが、その命令に不服があれば審判それから東京高裁、最高裁へと行き得るわけですけれども、それらの救済手段を使うか使わないか、いずれにせよ確定をしたという段階になりますと、それでも従わないということになりますと、「審決が確定した後においてこれに従わないもの」に対しましては「二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。」という規定がございますので、そのような罪に問われることになるかというふうに考えております。
  94. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 参考人の方々、そういうことになります。ですから、百八十度転回いたしまして適用されますと、この転回の仕方も、告示がないんだから告示で書くんじゃないですよ。公正取引委員会がアナウンスメントして、今後、規制緩和の観点から、何か知らないが著作物でなくなったということを言うのはおかしいじゃないですか。それには法律が要るんじゃないですか。  これは、四十四年間法的安定性をやっていたんでしょう。四十四年というのは戦後の日本の、独禁法だってこれができたのが二十二年ぐらいの話です。二十八年というと、もうほとんど半世紀近い話です。日本というのは法治国家でして、罪刑法定主義というのがある。詐欺罪であれば、人を欺罔して財物を交付して財産上不法の利得を得たる者は何々に処する、こう書いてあるわけです。これを、何もなくて、解釈の違いで今のような形にされちゃう、おかしいと思いませんか。  そこのところを私は二十日のときにはっきりとつきまして、もし解釈を変えるなら、この六品目のうち、全部六品目取っ払って新聞も取っ払うのかわかりませんよ、雑誌それから書籍、レコードだけ取るにしても、一つ取るにしても、これは法律が要りますねということで、内閣法制局の有権解釈、憲法解釈をされるのは内閣法制局ですから、それを確認をさせていただいたわけであります。  そして、内閣法制局の秋山第一部長は、第一部というのは法律の解釈をするところであります。その担当部長が、これは法的安定性の観点から、法律を必要とする、レコードを外すときには法律が必要だ、それから音楽用テープも必要だ、新聞はもちろんそうだ。つまり法律をつくらなきゃいかぬということを、矢島参考人文化振興法をつくってくれ、こういうお話がありましたが、それも一つの方法かもしれませんが、公正取引委員会はそういうことをしないでしょう。  そこで、もう一回皆さん方の前で、第一部長においでいただいておりますから、第一部長にここで伺わせていただきます。  前に確認していただきましたが、この六品目のうち一つだけでもこれを再販価格維持の適用除外から外す場合には、新しく、法律の名前が、これは立法政策の問題ですから、独占禁止法二十四条の二の著作物の解釈の変更に伴いレコード盤を除外する法律とするか、新聞その他六品目を除外する法律にするか、それは書き方ですから。四項の中に、新聞、書籍雑誌、それからこの六品目の名前を書いて、その他の例示ですね、政令で定める品目、著作物についてはと、こうもう一回きちんと書き直してやるか。私はそのぐらいきちんと法的安定性のためにやらなきゃいけない。これは書き方の問題ですから、私も内閣提出法案を三十近く改正法だの何だの出したりしていますが、これは内閣法制局が決めることでありますから。ですが、そういう書き方はしなきゃいかぬだろうと思います。  そこで第一部長、きょうはまことに申しわけないんですが、事がやはりきちんとして進めませんといけませんので、私の今の見解に対しまして御確認をいただきたいと思います。
  95. 秋山收

    ○秋山政府委員 お答え申し上げます。  独禁法二十四条の二第四項の著作物再販制度でございますが、これの対象は、書籍雑誌に加えまして新聞、レコード盤、音楽用テープ、それにレコード盤に準ずるものとして音楽用CD、合わせて六品目がその対象とされていると聞いております。これは、二十四条の二第四項の規定の立法趣旨あるいは品目の特性などを考慮して、この二十四条の二第四項の著作物の解釈として確定しているものと考えております。  したがいまして、仮にこれらの品目を再販制度の対象から除外いたしまして、先ほど公取から御説明ありましたような独禁法の一般原則の適用の対象としていくということにするとしますならば、これは、立法形式の問題などは今後の検討課題ではございましょうけれども委員御指摘のとおり、立法措置によることが必要であるというふうに考えております。
  96. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 そのようなわけでございますから、小池参考人乙骨参考人、田窪参考人、矢島参考人、そのような形でこれからいろいろ反対運動を展開されたらいいと思います。法律論が、法律的な形が必要でございます。  つまり、簡単に言えば、委員会は当委員会になるのかどうかですが、国会を通らないと直せないということです。当たり前の話ですよ。今までが勝手に解釈でやっていて、告示一つ出さないで、それで罰則、罰金やります、二年以下の懲役、三百万円以下の罰金に処する。日本はこんな筋が通らない国ではありません。  今や、そういうことでございますから、法的安定性の観点からこのような形でやるということが、先ほど来参考人の方々が、力関係で決まるとか、あるいはもう既成的事実の中で走っておられるということで怒りを発言されておりましたが、私ども国民の負託をせられた国会議員一人一人の良識のもとでやらせていただきたいと思っているわけでございます。  したがいまして、この問題につきましては、いつしか公正取引委員会も、言った建前上、今のままなのか、もっと制限するのか、もっとふやしてくれるのかわかりませんが、例えば音楽用テープというのがあるけれどもAV用テープなんというのはないんですからね。そうすると、そのAV用テープの人たちがやってくださいよと言うと、先はどのような二年以下の懲役、三百万円以下の罰金になつちゃうのか。要するに、範囲が、公正取引委員長が右向けと言うとそういうふうに右向いたり、左向けと言うと左になっちゃっている。こういうふうなことは、日本はヒトラー独裁国家じゃないんですから、そういう意味であれをしていただきたいと思います。  そういうこともさることながら、ちょっと一、二、個別問題をさせていただきます。  小池参考人にお聞きいたします。新聞を見ますと、御説明がありましたように、販売店は二万四千軒、四十七万人もおる。そして、その影響するところは非常に大きいですよね。  例えば住専の問題があるときに、公的資金を導入する、初めそうだったのですよ。しかし、いつの間にか今度は反対になってしまった。今どういう状況にあるかというと、日本の経済は経済恐慌に入ったと私は思っていますよ、危機意識は少ないですが。これは、今後、銀行危機から保険危機、証券危機に入る。全面的金融危機に入る。ちょうど昭和四年、一九二九年に似ております。  そこで、今回は金余りの恐慌だ。今度は産業用に貸し渋りというのが金融機関に出てきます。例えば、きのう出ました徳陽シティ、徳陽シティが宮城県の何々銀行に行く。そうしますと、営業譲渡という形だから、どんな形にするのかはっきりしないのですけれども、そこから借りた中小企業者は、この七十七銀行の方に借りに行くとすると、あなたは今まで私とつき合いがなかったでしょうとちょん切られてしまうかもしれぬ。そうすると、金融システムの破綻が産業システムの方に行くのです。商業システム、生産システムに行く。  これを絶対防止しなければいかぬということで、今、自由民主党は、きょうももうやってきたのですが、三回目の緊急対策本部をつくって対応しているわけであります。  そういうふうな中で、レコード盤一つとっても、その販売店一つとっても、これは大体皆まじめな人たちで、中心市街地のところにおったり、中心市街地にいるばかりではないけれども、そういうしにせで一つの大きな商店街になっているのです。ところが、それが虫食い状態で廃業になったり何したりという状況で、今、我々は、中心市街地活性化促進調査会というのをつくって、中心市街地活性化のために法律までやらなければいけないと考えており、このような枠組みの中で経済政策を進めていかないと、この日本丸は沈んでしまうと考えます。  ですから、どうか小池参考人、そういう意味におきまして、世論というものは、これは再販価格と関係ございませんよ、ございませんが、非常に重要なものでありますから、ひとつそういう使命をよろしくお願いいたしたいと思います。  それからもう一つは、私どもちょっと気になるのは、私は福島なんですけれども、休むというと、地方紙も大体同じ日に休みますね。そして、休むときに、それはいろいろお聞きすると、宅配するわけだからその人の休みというのも必要だ。これはよくわかります。テレビだの何だのは休みはないですけれども、そういう形でやっておる。それで、そういうときに、それだけではなくて記者の方々も休む。経済がすごく動いている。それで、新聞見たいな、経済恐慌、何を見たいなと思うと、テレビしかない、こういうケースというのはあるのですね。  そこは余り深みに入りません、この問題は。入りませんが、値上げの問題、何とかの問題もあるし、今の独禁法の関係ではないと思うのだけれども、とりあえず、公正取引委員会、こういうふうな同日休みについてはどのような法律、法律に関係があるのか、関係がないのか、一言だけお聞きしましてこの問題はそこでとめますが、聞かせてくれませんか。
  97. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 独禁法の一般原則からまいりますと、どのような日に休むかというのは、それぞれの事業者がそれぞれ決めていただくということでございまして、逆に申しますと、それぞれが決めていただく限りは独禁法上の問題となるわけではないということでございます。時たま、社会公共的な目的とか労働問題への対応というようなことで合理的に必要とされる限りで、例えば営業の時間を自主的に制限していくというようなことがございますが、この辺も、そういう範囲で非強制的に行われるということでありますれば、直ちに独禁法に違反するものではないということでございます。  ただ、強制にわたるというような場合になりますと、独禁法上問題となる場合があるということだけ申し添えさせていただきたいと思います。
  98. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 この話はここで切ります。  それで、先ほど田窪参考人がおっしゃったのですが、これは非常に重要なことだと思うのですが、例えば、宅配をやめろ、一回試みにやめてみろ、それを見てだめならもう一回戻せと、私は暴論に属するのではないかと思いますが、そういう方々も確かにいるのですが、それをやると個別配送システムはもう戻らないと私は思っております。その意味におきまして、二万四千軒の四十七万人の方々、そういうものは、私が今申し上げているように秩序なんですね、これは経済秩序。四十四年たっているのだから、一つの仕組みなんですよ、経済的仕組み。  その経済的仕組みがわからないで規制緩和をやるのだったら、公正取引委員会は要らないのです。そうだったら、公正取引委員会の一部を通産省へ持っていってしまえ。それで専念をされる、例えばカルテルならカルテルの部分だけやったらいい。  私はここで言っているのですが、僕は公正取引委員会はしっかりしてくれよと、応援して定員もふやし、もし何だったら何百人足りなかったら通産省からでも何でも行きなさいというぐらいの気持ちを持っているわけなんです。そういうふうな形できちんとした運用をしませんと、ダンピングでもそうなんですよ。今ガソリンスタンドだって苦労していますよ。酒屋さんだって苦労しているでしょう。それで、ダンピングの問題について体制がどうなのかといったら、六人しかいない。似ているのですよ、このダンピングの問題とこの再販価格の問題。どこが似ているのかというと、価格維持するということ。  アメリカの法をひとつ研究していただきたいのですが、各地域に新聞社の記者がおられるわけですから。各州にマークアップ法というのがあるのです。これは、仕入れ原価の上に小売店は六%上乗せする、卸は三%上乗せする。例えば、ガソリンスタンドとか酒屋さんです。それをしないと罰則なんです。つまり、余り安売りしてはいかぬということです。  これは、どうしてこういうものができたかというと、アメリカというのはやはり異民族社会ですから、弱い人が出る。そうすると、激安で価格競争で大資本の方が強くなってしまうと、弱い人が弱くなってしまうから、多民族社会でありますから、それに対するバランスを保ったのがマークアップ法なんです。  私は、マークアップ法というのをつくれと言って、ここでダンピングの問題についてそういう方向でやると言っても、なかなか公正取引委員会は動かない。じゃ、通産省がっくれ、大蔵省がやれと言っているぐらいなんであります。簡単に言いますと、再販というものは、この一つの方法として使えないこともない。その意味で、私は、きちんと立法政策をやれば、新聞、雑誌、何々と、必要のある流通秩序をやるというのはいいんだろうと思っております。  そこで、よく外圧外圧ということでこの問題が始まったというのですが、公正取引委員会は正確に答えてくださいよ。私の知るところ、私はガットの中においてガットの議長もやっていたし、スイスの中においてアメリカと闘ったことも、日本の弁護士の役割をやったこともありますが、アメリカは公正取引を非常に強調します。フェアトレードの機能を強化しろ、ディレギュレーションだ、規制緩和しろと言いますが、再販価格について、アメリカ日本再販価格はおかしいぞと言ったことが過去においてありますか、答弁。
  99. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 お答えいたします。  ただいまのお尋ねは、恐らく日米構造協議等の関係でというふうに理解いたしますけれども、日米構造協議で独禁法の強化というのが問題になりまして、運用の強化が求められたわけでございますが、その際に、その一部といいますか、その重要なる一翼として、独禁法の適用分野をできるだけ広げていく、つまり適用除外制度を見直し、縮小していくということが入っていたわけでございます。  当時、私ども独禁法の適用除外制度というのをリストアップして、その見直し作業を進めておりまして、その中に再販制度というものが入っていたことは間違いのないところでございますので、大きな意味では入っていた。  ただ、申し上げたいことは、この協議は全般的な取り組みを日米の間で討議するという形で進んできましたので、特に先生御指摘のようなところを取り上げて、何か議論されたということではなかったというふうに理解いたしております。
  100. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 公正取引委員会、これは重要な点なんですよ。再販価格の問題を取り上げて米国は抗議しているのですか。私は全くないと思っています。公取委はきちんと、後でいいから本委員会で答えてください。  それから、一般的に公正取引委員会の機能を強化するというのは、これはいいですよ。それで、実際にやっているのですよ。私ども、おととしも十七人ふやして、事務局長を事務総長にして、何とか取引部長を取引何とか局長にして、みんなランクを上げている。これは、そういうふうにやってもらいたいからなんです。それをやらないと、日本は規制緩和だけで、弱者が保護できないということになるわけです。  それで、もし再販価格の問題、禁止しろというふうなことが仮にあったとしたら、もうその法律自身も出せないのですからね、部長。その論理わかるね。どういうことかというと、僕が先ほど言いましたように第四項の変更も、例えば六品目全部なくさないと、極端な言い方ですよ、なしにしなきゃならない話なので、これはアメリカがこうこうこう言いましたからこうだ、そんなことは、私の知識に関する限り全然そういうことはないはずでありまして、一般的な公正取引委員会の機能の強化というふうに思っておりますが、もう一度、確認。
  101. 上杉秋則

    ○上杉政府委員 お答えいたします。  日米間でどういう話があったかということは先ほど説明したとおりでございますが、私ども、先ほど来の議論の中で、著作物の範囲というものをいろいろ解釈でやってきたことについて議論が多々ございましたので、平成四年四月の段階で、こういった種々のいろいろな見解があり得る概念を使うこと、それから新しい情報媒体が出てくるたびにいろいろ問題になるというようなことではまずいのではないかということで、立法措置によって対応するのが妥当だということでこの対応を進めているということで、その流れの中で作業しているということでございます。
  102. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 そういうことですから、余り外圧外圧とお気になさらなくて構わないから、遠慮なく、日本日本の国ですから必要なる法整備をやればいいということでございます。それで、レコードの方についてちょっとお伺いします。たしか平成四年の四月十五日、公正取引委員会が、「レコード盤、音楽用テープ及び音楽用CDの再販適用除外の取扱いについて」といって、通達というのか、アナウンスメントというのか、委員長報告というのか、どこかの新聞が書いたのかよくわかりませんが、そんなような運用をしているわけですな、公正取引委員会というのは。  そのところに、レコードについてこういう一つのくだりがあるわけでございます。もっともだと思うのですが、例えば「発売後一定期間(二年以内)を経過した音楽用CD等について、小売業者が自由な価格販売できるようにするための仕組み」、言うなれば時限再販制度とでもいいますかそういうものを導入するというふうなことも入っているのですが、どんな状況になっておりますでしょうか。乙骨参考人にお聞きしたいと思います。
  103. 乙骨剛

    乙骨参考人 先生おっしゃるとおりでございまして、著作物の定義につきましては先ほど申し上げましたとおりでございます。  それで、ようやく音楽用CDが暫定的に、公取の方で渋々承認したという中で、その過程で今おっしゃった二年の時限再販、これは実施しております。末端の状況を全部把握はしておりませんが、私どももう一つ、廃盤制度というのがございまして、これはやはり内容の変化によりまして二年を待たずしてそういうものをやる場合もありますので、全国広く実施されているということにはなっておりません。
  104. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 私のロジックはこういうことですが、やはりこれについて、再販価格の例外ということ、例外というか大丈夫ですよということになっているのですから、業界の中においてやはりそういういろいろな努力をしていただきたい。特に、今ちょっと乙骨参考人おっしゃられましたが、例えば、従来回収され廃棄されていた音楽用コンパクトディスク、そういうものを消費者に安く提供できるようにするために全国で即売会を開いたり、そんな形の努力が私は不可欠なんじゃないかと思いますので、ひとつ御表明いただきたい。それから新聞につきましては、先ほど申し上げましたが、これはいろいろあると思うのです。一つは、そんなことを言うと他党に怒られるかもしれませんが、例えば自由新報なんというのがあるんですよ。自由新報を販売店で仮にちょっとひとつ扱っていただけませんかと、自由新報というのを御存じでしょうか、自民党の党紙でございます。そうしますと、なかなかいい顔をされないところもあるやに私は聞いておるのですが、そこら辺、本日、新聞販売協会の田窪会長さん、参考人でいらっしゃいますので、そういうふうなことを私が福島のところに行きましてひとつやってくれぬかと言ったらどのような返事が返ってくるか、お伺いしたいと思います。
  105. 田窪英司

    ○田窪参考人 お答えします。  今、私どもは、第一の収入が新聞の販売であります。第二の収入が折り込みチラシでありますが、それだけではやっていけないということでいいますと、できるだけ第三の収入を何とかしたいというような状況でありますので、もし自由新報が扱えと言われれば喜んで扱うと思いますので、よろしくお願いします。  以上でございます。
  106. 佐藤剛男

    ○佐藤(剛)委員 いや、非常に前向きな御答弁を賜りまして、非常に自民党の党首も喜んでおることと思います。ありがとうございました。  それでは、私ちょっと時間が食い込んでしまったのですが、小野先生の御高配を賜りまして食い込ませていただきました。委員長、恐縮でございました。ありがとうございました。
  107. 宮地正介

  108. 小野晋也

    ○小野委員 当問題は、いよいよ大詰めのところに来ているところで、佐藤委員の見識のもと、法的問題についてじっくり議論いただくということで、私の時間が非常に少なくなりましたが、一言申し述べさせていただきたいと思います。  参考人の皆さんには、お忙しい中を御臨席いただいて、大変ありがとうございます。  私は、今の日本は、やはり文化の問題というものを改めて見直さなくちゃならないところにやってきているという気持ちがいたしております。先ほど来参考人の皆さん方が御指摘のとおり、経済的な規範というようなもの、経済的な物差しというものを当てることが何よりも優先するんだという考え方で今回の規制緩和の議論も展開されてきているわけでございますが、率直に申し上げますと、文化的なことに取り組んでおられる皆さん方のこれまでの議論が少し少なかったし、また国民を説得するという迫力にも欠けるものがあったということは、私ども政治の立場にいる人間ともどもに、この問題に対して改めて反省をしなければいけない問題なのではないだろうかというような思いを持っております。  今回のこの再販の問題にいたしましても、恐らく後世になればこういう制度が改めて見直されるときが来るというのが私の持説でございまして、かつて経済的な問題を中心にして生産が行われた時代、公害も随分出ました、労働問題も随分ありました。そういうものを経てやはりこんなに、経済的問題だけじゃだめだなというような反省に立って公害の厳しい規制が行われ、また労働問題についてもいろいろな制度が確立してきたわけでございまして、私は、やはり文化という問題を改めて強く認識をすることを通してこの問題を克服していかねばならない、こんな気持ちを持っている次第でございます。  かつて、二宮尊徳翁の言葉でございますけれども、道徳なき経済は罪悪、そして経済なき道徳は寝言、こういうふうな言葉があったのだそうでございます。経済というのは比較的目の前で問題が解決されてまいります。目の前で勝負がつく問題であります。一方、道徳の問題ですとか文化の問題というのは、目の前ではなかなか評価ができないですけれども、五十年たち百年たちあるいは一千年たてば、やはりあれは大事なものだったというような評価が出てくるものでありまして、ぜひこの問題、経済的な物差しだけで規制緩和をはかるその小委員会の皆さん方に対しては、このような文化的な視点というものを強調しながらの対応が必要なのではないだろうか、こんな思いを持つ次第でございます。  では、最後に、一つだけ質問をさせていただきたいと思います。  新聞の問題に関しまして、かつて愛媛県で起こったケースでございますけれども、低価格を売り物にして新規に殴り込みをかけてきたような、まあ言葉が適切でないかもしれません、参入をしてきたような新聞業者がございました。そこは確かに安い値段でその新聞の販売を行ったわけでございますが、やり方がどういうやり方であったかというと、編集の人数を思い切って減らしてしまう。恐らく数人単位でやられていたのだろうと思います。それから記者も、若い大学を出たばかりのような人間が記者になって、アルバイト的な感覚で取材に当たる。  こういうふうにやれば、確かに人件費がかからないわけでありますから安い新聞がつくられたということでございますが、そのような取材態度でいきますとどうしても記事が表面的になってしまう、そしてまた皆さんの感情をあおるような記事がどうしても多くなってくるというような中で、愛媛県政との対立があって、取材拒否というような問題が起こったことは、新聞協会の皆さん御存じのとおりでございます。  こういうふうな問題が起こりましたことを見てまいりましたときに、私は、やはり著作物ということで再販価格という制度のもとに置かれる皆さん方のお仕事というのは、ある意味で一面で保護的な要素をはらむわけでございますから、著作物をつくる者としての責任というものについても改めて考えねばならない点があるのではないかと思うのでございます。  もう質問が一問だけということになりましたので、その責任ということについて、新聞協会さん、レコード協会さん、それぞれどのようなお考え、覚悟を持っておられるか、これだけお尋ねをしたいと思います。
  109. 小池唯夫

    ○小池参考人 ただいま小野先生から、愛媛の例から新聞のあり方について御指摘がありました。確かに、新愛媛の問題だと思いますが、ああいう問題がありますが、仮に新聞の再販撤廃されるような事態になりますと、恐らく販売現場では相当過当競争になり、今以上に弱小の販売店がつぶれるとかそういう問題も起きると思いますし、また編集の側でいえば、安かろうあるいは売れればいいという売らんかな主義で、イギリスに見られるように、あの一番クオリティーペーパーとして世界の模範であったタイムズが、マードック買収によって非常にイエローペーパー化したり、質の低下を来したという先例があるわけであります。恐らく、やはり再販が外れるということになりますと、悪貨が良貨を駆逐する、そういう事態になりかねないと私は危惧しているわけであります。  今、幸い各新聞社とも、採用する場合に、募集いたしますと一流大学の優秀な学生が応募してまいります。そういう中から選んでいるわけですけれども、やはり言論報道機関としての責任、これは非常に我々としては深刻に受けとめておりますし、社会の公器としての役割、それから先ほども申し上げましたけれども、新聞は何といっても民主主義社会を支える基盤としての役割がございます。  その報道によっては、先ほども佐藤先生からもお話ありましたけれども、このような金融不安の前夜みたいな動きが出ているときに、いたずらにあおるというようなことになれば、これはもう日本経済そのものが沈没するということになりかねぬ、大変な事態であると思っております。そういう世論の動向を過たないように、我々はその責任を果たすべきであると思っております。  きょうは、こういう機会に新聞の再販問題について、特に独禁法二十四条の二の四項について当局から有権的な解釈を引き出していただき、我々も法定再販である、改正するには法律改正が必要であると思っておりますが、そういう点を明確にしていただいたという点で心から感謝を申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。
  110. 乙骨剛

    乙骨参考人 私ども、先ほど申し上げましたように、私どもの産業も法治国家の中で営まれているわけですが、単に売り上げを上げるとかそういうことではなくて、内容的に健全なものをやらなきゃいけないということで、倫理問題委員会のようなものを毎月開催いたしまして、全社で、特に麻薬ですとか、セックスですとか、暴力ですとか、こういうものについては、反社会的な方に走らないように、これには努めているつもりでございます。今後とも努める所存でございます。
  111. 小野晋也

    ○小野委員 皆さんのお仕事は、心の環境を培っていく極めて大事な仕事であると思います。また、そんないい環境を、青少年、また日本国民に提供いただけるということを私どもも信じて、この再販制度については、ぜひ、今回結論を出すのではなくて、継続して日本文化との関連の中で慎重な審議を求めるように努力していきたいと考えている次第でございます。  参考人の皆さんには、どうもありがとうございました。終わります。
  112. 宮地正介

    宮地委員長 福留泰蔵君。
  113. 福留泰蔵

    ○福留委員 新進党の福留泰蔵でございます。  本日は、大変お忙しい中、新聞協会からは小池参考人、そしてレコード協会からは乙骨参考人、新聞販売協会からは田窪参考人、レコード商業組合からは矢島参考人においでいただいて、大変すばらしいお話を伺いました。  私も、この再販問題については、これをきっかけにちょっと考えているというのが正直な状況でございました。先ほど来さまざまなお話がありましたけれども国民的な議論がなされていない状況の中で、一部のところでこの問題が取り扱われているということの御指摘がございましたけれども、これはやはり広く国民的な議論を起こした上で、国民的理解を得た上で方針を決めていく必要があろうかと思います。  そういう意味において、私もきょうは楽しみにしながら参考人の御意見を伺おうと思ってここにいるわけでございますけれども、先ほど来大変熱弁をいただいて、そして新聞協会の皆さんにおかれては、表現の自由、国民の知る権利を守る、そして言論の自由を守るという使命感あふれる立場からの御高説をいただきましたし、また、レコード関係のお二方からは、日本文化を私たちは守っているんだ、そのために一生懸命頑張っているんだというふうな思いからの本当に切々たるまた熱弁をいただいて、私は御説明をいただくだけでもう質問することがなくなってしまったような感じもしているわけでございます。  ある意味でこの問題の本質というのは、まだまだ一般国民の方々の理解のレベルまで行っていないと思います。また、この再販問題と違う面から、新聞の業界に対する国民の皆さんの誤解だとか、レコード業界に対する誤解等もあると思いますので、そういった観点から、いただいた時間の範囲内で質疑をさせていただければと思っている次第でございます。  先ほど来、この再販問題についてのお話がるるなされているわけでございますが、これは、昭和二十八年に独占禁止法の一部改正の際に、独占禁止法適用除外制度とあわせて創設された。そしてその際には、一言で言えば、戦前からの定価販売の慣行がある、二つ目には、文化水準の維持を図っていく上で多様な商品を同一価格全国的に普及する、この二つの理由でこれが創設されたというふうに私は理解しているわけでございます。  それから四十四年たって、社会背景が変化してきて、消費者ニーズが多様化している、そして流通機構、取引慣行も変化しているではないか。そうすると、こういうふうな長年たった制度のもとで、価格、サービスが硬直化しているのではないか、非効率化しているのではないかという指摘がなされて、消費者利益に合致しないのではないかというところから、この問題が今見直しをされているのではないかと私は理解をしているわけでございます。それで、いろいろ議論を伺うと、新聞の問題にしてもレコードの問題にしても、こういった問題、言論の自由にかかわる問題、そして文化にかかわる問題を市場原理に任せていいのかどうかというその観点と、先ほど申し上げた、これはもうそういう市場原理に任せてはいけない問題であるというその対決というか議論ではないかと私は理解をしているわけでございます。  そういった観点で、基本的な質問になると思いますが、まず、新聞関係の、新聞協会とそれから新聞販売協会のお二方にお伺いしたいと思うわけでございますが、国民のだれしも、国民の知る権利を守る、表現の自由を守る、そして言論の自由を守る、これにノーと言う人はいないと思うのです。  私は、ここでちょっとお伺いしたいのは、まず、諸外国の例といろいろ比較されています。新聞の再販制度を適用している国が諸外国であるのかどうか、諸外国の状況はどうなのか、まずそれをお伺いしたいと思います。
  114. 小池唯夫

    ○小池参考人 お答えいたします。  諸外国における再販状況でございますが、アメリカ再販制度はないわけであります。ドイツは再販制度維持しております。それから、フランス、イギリスなどは再販制度はありません。しかし、事実上いろいろ、発行本社が決めた希望価格といいますか、そういうものについてはそれを基本に行われ、配達も一部行われているという状況でございます。  日本の場合は、長年にわたって、私のところは、毎日新聞は百二十五年、一番古い新聞社でございますが、もう発行第一号からずっと今のような戸別配達制度を基本にやってきております。そういう取引慣行が百年余にわたってずっと続いて、それが商取引として定着している。これがまた、雨の日も風の日も、目が覚めれば玄関に新聞が届いている、これはもう日本の新聞販売における非常にすぐれた点である。今、東京に世界のいろいろな特派員が来ておりますけれども、こういう制度があるのは日本だけだ、こんなすばらしい制度はやはりあくまでも残すべきであるという外国の特派員の声でもあるわけであります。こういうものを、再販撤廃することによってなぜ壊す必要があるのか。  私はよく言うのでありますけれども、今、規制緩和、例外ない規制緩和ということで、何でも変える。マスコミも一部そういうところもありますが、一つの流れが大きくなると、何でもかんでもそういう風潮に流されるという面があると思います。しかし、先ほども佐藤先生、小野先生のお話もありましたように、やはりいいものは残していかないと、何でもかんでもアメリカの言うとおりやればいいのか。それのとおりやった結果が今日の金融・証券の大混乱になっている面もあります。  私は、先ほど、文化を大事にしなければいかぬという御意見を伺いましたが、私も、松尾芭蕉が言っておりますが、不易流行、変えてはいかぬ問題がある、また同時に、時代の流れによって変えていかなければいかぬ問題もあると思うのですね。  私は、規制緩和については、原則的にやはり緩和しなければいかぬ面が随分あると思いますね。同時に、それじゃ、もう例外ない規制緩和でいいのか、全部撤廃すればいいのかということになると、私は、ケース・バイ・ケースで、今こそ慎重に、不易の面も考えて、後ほど、五十年後、百年後、やはり新聞の再販を残してよかったという評価につながるような今は瀬戸際に立っているのではないかと思っております。ぜひとも国会の先生方には、国民の代表として、慎重にこの問題についてお考え願いたいと心からお願い申し上げます。
  115. 福留泰蔵

    ○福留委員 今、小池参考人の方から、新聞の再販制度というのは日本国有の制度であって、諸外国と比べて大変特筆されるべきすばらしい制度である、これは日本の民主主義の基盤としての機能という意味でも大変すばらしい制度だろう。私もそう思います。  それで、これは本当に素朴な疑問なのですが、この再販制度と若干論点がずれるかもしれませんけれども、民主主義という意味において、それでは、再販制度のないアメリカ日本、ヨーロッパはドイツはあるというお話ですけれども、民主主義脳の成熟度は日本の方がすぐれているのか。  私は、そう考えたときに、果たしてどうなのだろうか。新聞が再販制度維持することによって日本の民主主義の基盤をつくってきた、これは事実だろうと思いますが、では、果たしてその役割をこれまで果たし切っているのか、ほかの諸外国に比べられないようなすばらしい制度を持ちながら、日本の民主主義がそこまで成熟しているのだろうか、私はそういう思いをいたしているわけです。逆の言い方を申し上げれば、だったらば、日本の民主主義の基盤をつくるために再販制度がどうしても必要だという理由にならないという意見も出てくるわけですね。  ですから、これは非常に概念的な話になってしまいますが、そういう諸外国の民主主義の状況日本の民主主義を比べていただいて、その中でいかに新聞の再販制度がその基盤をつくるのに役割を果たしているのか、そのことについての御意見をぜひ承りたいと思います。
  116. 小池唯夫

    ○小池参考人 今のマスコミの現状、新聞についてももちろん言えるわけでありますが、おっしゃるように、全部が全部いいということも言えない面も確かにあると思いますね。無責任な報道もあります、それからまた反省すべき点もあると思いますけれども、これはやはり、再販制度があるから、ないからという問題ももちろんありますが、同時に、戦後、日本が戦争に負けて、民主主義、我々のときは戦時中の教育で、八月十五日から急に民主主義教育に変わった、全く価値観が百八十度変わったという面がありますので、まだ欧米に比べて日本の民主主義が定着していない面もありますし、同時に、やはり報道機関としてもそういう点、欧米と比べてあるいは反省すべき点が多い面はあると思います。  しかし、今の新聞協会加盟社における報道のあり方、これについては、新聞報道綱領、新聞倫理綱領とか、各社ともそういういろいろな編集綱領などを設けて、あるいは編集方針に基づいて、それぞれの社が大変な努力をしていると思います。行き過ぎた面についてはもちろん我々としても内部的に反省しながら、よりよい社会の公器としての役割を果たしていきたいというふうに考えております。
  117. 福留泰蔵

    ○福留委員 日本の民主主義というのは何も新聞の方だけが担っていらっしゃるわけではなくて、国民全体の問題でもあろうと思いますが、私は、この再販制度というのは民主主義の基盤としてやはり重要な役割は担っていると認識している一人でもございますし、当然もうそれは自覚されて日夜御奮闘されていらっしゃると思いますけれども、ぜひとも今後ともそういう思いで取り組んでいただきたいということを申し上げさせていただきたいと思います。  それで、具体的な問題なんかで先ほど、消費者レベルでの誤解もいろいろあるわけですね。具体的な事例として、いろいろなことを言われますけれども、例えば、消費者の立場から見ると、日刊の全国紙が時期を同じくして値上げをする、過去四回何かそんなことがあった。どうも何かそういうところに公正取引委員会としては関心を持たざるを得ない。そういう新聞業界の見え方が国民のレベルからあると思うのですね。  今私が申し上げたこの新聞の価格の値上げの問題について、何か御説明があればお聞かせ願いたいと思います。
  118. 小池唯夫

    ○小池参考人 今の御質問は、同調値上げの問題であろうかと思います。  この点については、例えば全国紙の場合、やはり同じような取材、それから同じような体制で新聞を制作し報道に当たっている。最近、特にカラー化、オフセット化が進んでおります。かつては、それぞれの本社、例えば東京、大阪あるいは九州とか、そういうところで早版から最終版まで刷っていたわけでありますが、これが、サテライト工場といいますか分散工場で、私のところの場合、今十五カ所印刷拠点を持ってやっております。ほかの全国紙も大体同じような形で新聞制作している。  それからまた、用紙の値段も大体国内の大手製紙メーカーから仕入れている。それからまた、人件費についても大体同じような形で生産コストがかかっているということで、別に談合して値上げを決めているというわけでもありませんが、大体やはり同じように経費がかかるということで、採算性を考えなきゃいかぬという面があります。  新聞の場合は、販売それからまた広告が二つの大きな収入の両輪になっておりますが、特に広告の場合は、景気の動向によって大体対前年比どのくらい、何%と、同じような条件で収入を考えるということになると、そう各社ごとに全然ばらばらというわけにもいかない、大体同じような条件のもとでやっている。  今度長野オリンピックがありますけれども、ここに何十人という特派員を出す。それからまたペルーで事件が起きれば、これもカメラマンあるいは取材記者または海外に出ている特派員を集めるということで、やはり同じような条件のもとで競争しているということで、それぞれの社の経営状況は違いますけれども、結果的に同調的な値上げがあったということは率直に認めざるを得ませんけれども、我々としては、各社ともなるべく生産コストを低く抑えて、全国どこでも同一価格で容易に情報が入手できるという方向で努力しているということは間違いないと思っております。
  119. 福留泰蔵

    ○福留委員 今、同調値上げの問題について御説明いただいたのですが、やはりどうしても消費者の立場から見ると、みんなで渡れば怖くないみたいな、談合しているわけじゃないのでしょうけれども、横を見ながら一緒に渡っていこうよという気持ちがどうもあらわれているように受けとめられかねませんので。ですから、これは再販問題とは直接関係ないかもしれませんけれども消費者の新聞の価格に対する納得性というのが、そういう面からも出てくるということをどうかしっかり理解していただいて、今後対応していただければと思う次第でございます。  もう一点だけ新聞のことでお尋ねいたしますけれども、これは私も経験したこともございますし、ほとんどすべての国民の方が経験をされていると思うのですが、新聞の拡張員の問題でございます。  本当に、表現は大変難しいですけれども、人格的に問題があるのではないかというような対応で拡張をされてしまう、そして、静穏な生活を感情的やりとりの中で乱されて不愉快な思いをされる方がたくさんいらっしゃる。私もこれは経験したことでございます。  新聞という非常に社会的な公器であり重要な使命を担っていらっしゃるところが、現場の我々消費者レベルのところでは、行動としては、社会的には大変非難されるような行動をしながら拡張していらっしゃるということについては、消費者の立場からするとなかなか理解が得がたい行動であると私は思う次第でございます。  きょういただいたペーパーの中で、日本新聞協会理事会の決議の中でそのことを踏まえて決議をされているようでございますが、私は、背景は詳細に承知しませんけれども、どうしても、この新聞の再販問題が出てきたために、消費者の皆さんからいろいろな声が出る、その声を、何とか理解してもらうために、今から指摘される点は姿勢を改めますということのメッセージとしてこれを出されたように受けとめるわけです。  それで、実は今再販問題の検討の背景も、さまざま時代の変化の中で消費者ニーズへきちっと対応できていないのじゃないか、硬直化したメカニズムの中で消費者ニーズへの対応がフレキシブルにできていないのではないかという御指摘があるわけです。  それは別の角度では、消費者ニーズへ紙面なりいろいろなことで対応されていると思うのですが、私が申し上げた問題というのは、実は今に始まったことではなくて、ずっと昔からある問題だろうと思います。その声は、恐らく新聞協会なりにも届いていた声だろうと思うのです。ところが、なぜ今になってこれが出てくるかというと、新聞の再販問題というのに火がついたから、それで改めてこの対応をしているというふうにしか私には読めません。  私が申し上げたいのは、これはやっていただきたいのですが、消費者ニーズへの対応というのは、もう既にそういう問題があったときになぜそれを対応してこられなかったのですか。これからも別な問題がいろいろ出てくると思います。ですから、その姿勢の問題が私はやはり国民の理解が得られない状況になってきているのではないかと思う次第でございますけれども、この点について、御意見があれば伺いたいと思います。
  120. 小池唯夫

    ○小池参考人 新聞の販売のあり方についての大変厳しい御指摘がありましたが、確かに悪質のセールスによる読者の批判はかなりあることは事実であります。それに対してどうしているかということは、新聞協会理事会でももう長い間こういう問題については議論して、例えば新聞近代化センターというのを設けて、セールスマンについてはこういう胸のマークをつけるとか、なるべくそういう悪質なセールスを排除するようにやってきておりますけれども、それが必ずしもいい方向に行かなかったという面はあると思います。  消費者団体の批判などは、再販制度そのものよりも、そういう販売のマナーに対する不平不満、こういうものが議論の中心になってきたというふうに考えます。そういう意味で、もちろん再販問題について今大詰めの段階に来ているという面もありますけれども、この間の理事会決議として、悪質セールスについては期限一年をめどに排除するという決議をいたしました。  これは全国の新聞が全部やっているわけじゃなくて、一部の地域で一部の社が特にやっているという面はあると思うのですね。全体が悪質なセールスで全部やっているというわけではありません。やはりこういう点を直していかないと、私は、幾ら言論報道機関だと言っても、読者の信頼は得られないと思っております。私も協会長になりまして二期目に入っておりますが、こういう点、声を大にして皆さんの反省を促しているところであります。
  121. 福留泰蔵

    ○福留委員 大変にありがとうございました。  いずれにしても、きょうの参考人の方々からの御意見を承って、なおさら新聞の使命というものを教えていただきましたし、それで再販制度が必要だということを改めて認識した次第でございます。先ほど申し上げたのは、そういうことに対して国民の皆さんの理解を得るために、どうかまた、大事な使命を担っていらっしゃるわけですから、御努力をいただきたいということで申し上げた次第でございます。  時間が残り少なくなって、レコード関係の方に伺う時間があとわずかになりましたけれども、引き続き日本レコード協会、レコード商業組合の方にお尋ねをしたいと思います。  先ほど乙骨参考人も、これは文化政策であるという趣旨のお話をされました。私は、確かにそのとおりだろうと思っております。日本文化というものが、私は正直申し上げて、大変貧弱だろうと思っています。また、日本文化に携わる方々の社会的地位というのは、諸外国に比べて大変低いと日ごろから痛感している一人でもございますし、文化立国というのは日本の国にとって大変重要な課題だと思っている次第でございます。  それで、CDについても、どうしても文化政策という意味で現状再販制度というのは重要であるという御主張だというふうに承っているわけでございますけれども、私はそういう観点からして、日本の例えば音楽文化について言えば、アメリカはこういう再販制度がない、日本はある。そうすると業界としては、規制という言葉が正しいかどうかわかりませんけれども、非常に文化保護政策がとられているわけですね。アメリカはそういう意味での文化保護政策はない。  それで、先ほどの民主主義の話と一緒ですが、しかしアメリカ文化というのは、それは質のレベルはあると思います、日本国有の文化はどうするかという議論は別にして、なぜアメリカ文化は、すぐれているという表現はよくないかもしれませんけれども、数多くの方々に共感を呼ぶような精神活動、創造活動がなされるのか。世界を越えて皆さんの共感を呼ぶ。そしてさらに、アメリカのそういう芸能実演家の方々の社会的地位はなぜ日本に比べて高いのだろうか。  音楽文化について言えば、日本再販制度で保護されているではないか。アメリカはその保護がないのにどうしてそういう文化が盛んになっているのだろう。私は、ちょっと今そういう疑問を持っているのですが、とりあえずその点について御意見がございましたら承りたいと思います。
  122. 乙骨剛

    乙骨参考人 お答えいたします。  音楽用CDにつきましては、諸外国では再販制度はございません。ただ、私どもは、日本再販制度があるために、品ぞろえの豊富とか、近いレコード屋さんでとか、それから全国同一価格とか、こういうことでやってきたつもりでございます。  この席をかりまして、先ほどから文化文化政策と言っておりますが、よく文化と比較して教育ということも言われます。ぜひともこの再販制度というのを国レベルで考えていただきたい。ということは、国レベルで考えて再販というものが重要なのかどうかということをお考えいただければということが第一です。それは、やはりその国の文化文化国家だとか教育国家だとか、ほかの国から見た場合、日本はそうだよというふうに見られるためにこの制度というのは非常に役立っているのではないかということです。  それからもう一つ、文化政策というのは、その国独自でいいかなというふうに私は思っております。その中の一つが、再販制度日本にはある。教育でも、日本は私学助成費ということで教育機関に非常に助成を出しております。米国では奨学賞金ということで学生に資金を出しております。やはりそれぞれ国によって特殊性があっていいかなというふうに思っております。  それから第三番目、それではアメリカは、先ほごの先生のお尋ねは、一つはやはり言葉の問題があろうかと思います。そういう意味で、アメリカは英語ということで非常にボリュームを上げられるということが一つあるかと思うのですが、そのアメリカですら今非常に悩んでおります、再販制がないかわりに。  それは何かといいますと、アメリカのメジャーというのは、今までロイヤリティー制度ということで、各国にテリトリー制限を設けて、おまえはこの国の中でこういうロイヤリティーで商売しなさいよということで進めてきたのですが、今や商品は為替の変動に従って有利な国にどんどん行ってしまうわけです。ですから、テリトリー制限が崩れまして、今輸入権という問題になってきております。これは先生もよくおわかりのように、自由貿易に反するわけでございます。これは、今になって、このままでいくと危ないぞということで、むしろ再販制度のようなこういう制度ではなくて、もっとドラスチックな制度をとろうとしております。  それからもう一つ、フランスでは、昔ジャン・ギャバンの映画のようにフランス映画というのは非常に盛んだったわけですけれども、今やハリウッドに完全に押されております。したがって、フランス国内ではハリウッド映画のテレビの放映時間の制限をやっております。これも本来からいえば表現の自由を束縛することかもしれませんけれども、もとをただせば国レベルでフランスの映画が守れるのか、あるいは国レベルで輸入禁止を唱えなくてその産業が成り立つのか、こういうところから出ております。  ひとつ国レベルで特殊性も考えて、先ほどからあります、悪くなってからでは、問題が起きてからでは遅いので、今まだ我々今ここにおります業界再販制度のいい部分を取り入れながらやってきておりますので、そういう意味で先生方見ていただければと、これは私からのお願いでございます。ありがとうございました。
  123. 福留泰蔵

    ○福留委員 時間が参りましたので終了いたしますが、私が乙骨参考人にお尋ねしたかった趣旨は、再販制度文化保護政策というのはとっている、にもかかわらず、なかなか日本文化というのはまだまだ課題がある。先ほど申し上げたとおり、芸能実演家の皆さんの御苦労の上に文化というのは成り立っているという側面もあるわけですね。  それはひとえに、言えば、私は日本文化政策が貧弱であるということの一つの証拠じゃないかと思っておりまして、これは再販制度と実は関係ない別の話なんですけれども、そういう意識を持っているということで、またこの問題はほかの文教委員会等々で私も今後とも質疑をさせていただきたいと思いますが、きょうは新聞の方とレコードの方にお話を伺いまして、よくわかりました。それぞれやはり言論の自由とそれから文化の担い手としての使命をしっかりと確認をされて、今後ともぜひとも頑張っていただきたいとお願いを申し上げまして、私の質疑を終わらせていただきます。ありがとうございました。
  124. 宮地正介

  125. 肥田美代子

    ○肥田委員 私は、民主党の肥田美代子でございます。参考人の皆さん、本日は御足労いただきまして大変ありがとうございます。  午前中にも申し上げましたが、まず私の再販制度に対する立場をきちんと申し上げなければならないと思っております。  私は、言論、出版の自由という視点からも文化的視点からも、著作物再販制度維持されるべきであるという立場に立っております。そして、私のこの立場は、恐らく国民の多くの方々とも通じ合っているというふうに感じております。  それではまず、日本新聞協会の小池参考人にお伺いいたします。  先日でございますけれども、作家の井上ひさしさんが、朝日が覚めたとき、まくら元に新聞があると幸せな気分になる、そういうふうにおっしゃっていらっしゃいました。それはやはり新聞が私たちの日常生活に必要な情報や知識を確実に提供してくれる基幹メディアである、そういうことを物語っていると私は思います。  井上さんの気持ちにあらわれておりますように、私は新聞は価格競争で論じるべきものではないと思っておりますが、他方では、再販制の問題は小売業者が自由に価格を決めることが是か非かの視点で論じるべきである、そういう御意見もございます。こうした価格競争に偏重した規制緩和の意見について、どういうふうにお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
  126. 小池唯夫

    ○小池参考人 今度の再販論議に際しまして、私どもは、特に新聞の再販については流通論だけで議論すべきではない、むしろ、やはり新聞の報道機関としての社会的公器としての役割、そういうものもあるわけでありますし、同時に文化的な担い手としての役割がある、そういう点を十分議論して、ただ単に安ければよいという経済論理だけではなしに、そういう面から論議してほしいということを、機会あるごとに公正取引委員会あるいは行政改革委員会にも申し上げてきたつもりであります。  ところが、実際の議論を聞いておりますと、公正取引委員会の中間報告あるいは今度の行政改革委員会規制緩和小委員会の議論を見ておりましても、ただ単にそういう経済論理あるいは流通論理だけで、もう初めから、規制緩和小委員会の座長それからまた第三ワーキンググループの主査の方も、例外なき規制緩和の経済人それからまた再販撤廃論者経済学者、こういう人たちがそういう場でいろいろ議論して、我々が主張したことについてなかなか聞いていただけない。  今度、素案なるものがまとめられているようでありますけれども、これを見ても、ほとんどまくら言葉に、文化の問題も大事ではあるがという言葉は入っておりますけれども結論は、もう初めから再販撤廃論に終始して、少しも我々の意見は入っていない。いずれの六品目についても、すべて再販は必要ない、適用除外をするに当たって特段の理由は見当たらないということで片づけられているわけであります。そういう視点だけでこの問題を論じていいのか。  先ほど冒頭に申し上げましたとおり、我々は、もっともっと基本的な民主主義を支える意味での基盤としての新聞の役割、あるいは書籍出版についても著作物、活字文化を大事にするという意味の主張を繰り返してきたわけでありますが、残念ながら、今のところ、そういう何人かの経済人それからまた独禁法学者とか流通学者には理解いただけない。非常に残念に思っております。
  127. 肥田美代子

    ○肥田委員 次に、日本新聞販売協会の田窪参考人にお尋ねいたします。  日本新聞販売協会の田窪さんは、再販制度廃止され定価がなくなると、集金スタッフが読者の戸口で価格競争の窓口に立つことになる、先ほどそういう趣旨のことをお話しされましたけれども、それは、おっしゃるように、同一新聞でも販売店同士で値引き競争が始まるという、定価の無政府状態と私は申し上げたいのですが、そういうことが起こり得ると思います。  しかし、新聞は寿命が短いというのが商品特性でございますけれども、値引きによって販売部数がふえるということは恐らく不可能であろうと思います。それで、結果的には成果の少ない乱売合戦だけが続くということになるのではと私は大変危惧するわけでございますけれども、そのあたりの御意見を伺わせてください。
  128. 田窪英司

    ○田窪参考人 お答えします。  私ども販売収入というのは、実は、九五年度の年間の収入で正確な数字でいいますと、新聞の代金だけですと一兆二千八百七十億であります。広告収入が八千四百六億円です。その他出版とかいろいろ新聞社の事業がありまして、三千二百五十三億円であります。総収入でいうと二兆四千五百二十九億円。これを四十八万人で配っております。  先ほど、同調値上げの質問等にありましたけれども、事実、広告収入がなくなるとどういうことかというと、新聞の代価は一兆二千八百七十億しかないわけですから、これは大変なわけですね。  私どもの現在の状況でいいますと、世帯数で今の正確な数字でいいますと、一千人当たりで六百部が最高の普及率と言っていいぐらいなのですが、これが上限であります。ですから、今から若者の活字離れ、それから単身世帯が非常にふえております。それからもちろん世帯減、少子化といいますか、人口減ショックがあります。それから高齢化で、余りにも高齢になると、今度は新聞を読みません。  仮の話ですけれども、一万世帯ありますと、最高の普及率で六千部が最高であります。そうすると、どんどん減っていくこのパイの争いになるわけですね。どんなことをやってもこれ以上望めない。しかも、効率のいい都市部の配達では、最高の平均持ち部数で二百五十であります。これを隔週でやりますと、現実に百万円が最高の売り上げということになります。勝つか負けるか、乱売戦になります。どうしても勝ちたい、そうすると、まずは値引き競争をして獲得した読者をということになります。どうしても資本力の強い大規模なところが勝つということになる、これは避けられない、こう私どもは思っております。
  129. 肥田美代子

    ○肥田委員 さらに田窪参考人にお伺いしたいのですが、再販制度があるために小売業者の自発性、創造性が失われるという意見がございます。この点についてはどのようにお考えですか。
  130. 田窪英司

    ○田窪参考人 私ども、何度か規制研の学者先生方とお話し合いをしました。通常のメーカーと小売の対立図でお話をされます。でも、私ども今の新聞産業でいいますと、限界産業でありまして、しかも、一番私どもに大変な未来予測は何かといいますと、少子化による人口減による労働力の不足なのであります。ですから、私どもは、メーカーの保護のもとにというよりは、発行本社と販売店が協力して、何としてでもこの宅配網を守ろうという努力があります。  そのほかに、規制が緩和されなくてもそういう努力をしているのと同時に、販売店では、第一の収入の新聞販売収入、第二のチラシ収入、それではどんどんやっていけなくなるということでいいますと、私どもはいろいろな意味で、地域コミュニティーニュースですか、それから宅配を取り込むとか、それから航空券ほかの発券業務をやるとか、あるいは地域の社会に役立つイベント業務をやって、いろいろな形で効率効果を得ながら発展していくという意味では、今の再販ということが維持されたままで、メーカー対小売ということでの対立ては決してありませんで、私どもは力の及ぶ限り現在の世界に冠たる宅配制度を守りたい。  そのためには、いろいろな意味で新聞の発行本社が、能力のある人には何店でも持たせます、何万部でも持たせます。それから、地域に貢献できる仕事でしたら、発行本社がどうこうということは一切ありません。そういう意味では、自由に、創造力を豊かにして頑張れると思っております。
  131. 肥田美代子

    ○肥田委員 次に、日本レコード協会の乙骨参考人にお尋ねします。  音楽用CDなどは趣味性の高い商品でありますが、著作物としての文化性を持って、また、出版物と同様に再販制度があったからこそ、我が国のレコード市場は世界で最も多くの作品を送り出すことができたのではないかと私は思っております。  再販制度廃止された場合、レコード産業はどのように変化するのか、また利用者はどのように影響を受けるのか、乙骨さんの見解を伺いたいと思います。
  132. 乙骨剛

    乙骨参考人 それがどういうふうに機能してきたかということについての一つの指標としまして、価格がどういうふうに推移したかということを申し上げますと、先ほどから御指摘ございました昭和二十八年から現在に至るまで、レコードは二つあります、シングル盤というのと十曲入っているLP盤というのがありますが、シングル盤については、この四十数年間に価格が約四倍でございます。それから、LP盤については一・三倍です。  ですから、ほかの価格の推移についてはここでは申し上げませんが、再販制度があることによって、それにあぐらをかいてやってきたというわけではないのです。先ほどから申し上げておりますように、多数の品種を出して、この中には本当に純邦楽から演歌からロックから何からありますが、これを満遍なくしかも定価維持しながら安定的な価格消費者の方にお送りしてきた、こういうふうに思っております。  それで、これが仮になくなった場合でございますね。純邦楽とか非常に趣味性の高いものとか、こういうものは、お店もやはり商売でございますし、生き残っていかなくてはなりませんので、やはり売れ筋のものでまずお店の安定源を得るという方向に走らざるを得ないと思います。  これは、委員会でもこういう議論をいろいろしたわけですけれども委員の先生方は、いや、そんなことはない、ほかのものも残る、いよいよ残らないんだったら、そういうものについては文化的な助成を得ればいいじゃないか、それでもやめた方がいいというような御意見だったのですけれども、私ども、今の日本の財政状況から見て、そういうことでわざわざ助成金をいただくとか、そんなのは本末転倒だ、こういうふうに考えております。  それともう一つ、お店の大小ということからいけば、もちろんお店それぞれの努力というものはその裏にあるわけでございますけれども、やはり資本力のあるところに集まっていく可能性もあるかな、これはむしろ矢島参考人の方が詳しいと思いますが、そう思っております。
  133. 肥田美代子

    ○肥田委員 それでは次に、日本レコード商業組合の矢島参考人にお尋ねします。  主要国では、先ほどからお話にも出ましたけれども、音楽関係に再販制度を認める国は少ないわけでございます。しかし、これはその国の文化政策ともかかわる問題でございますし、単純に比較することはできないと私は思います。音楽愛好家が求めておりますものは、内外で評価される音楽作家やアーティストの出現でありますし、音楽産業は、そうした新人をどのように育成するかという問題があろうかと思います。そして、それは再販制度維持された場合の方がより可能性があるのか、それとも再販制度廃止された場合の方が可能性が高いのか。日本の場合はどちらだとお思いでございますか。
  134. 矢島靖夫

    ○矢島参考人 趣味嗜好性に訴えるのがレコードであります。お客様は個人個人趣味を持っております。したがいまして、それぞれの好みにこたえられる商品があるのがベストのサービスになるわけであります。アーティストも、また作家も、それぞれの個性を持っております。文化というものは、それぞれの才能が世の中に挑戦できることによって発展すると思います。  先ほどの御説明で私触れさせていただきましたように、確かに文化アメリカ的に発展しております。アメリカは、何しろ世界をワールドワイドで相手にできる英語の文化であります。我々は日本語という、よきにつけあしきにつけ、日本語のイントネーション、リズム、あるいは江戸時代、それ以前から形成された日本文化日本人にはわかるけれども、向こうの人にはなかなかそのリズム感その他はわかっていただけない。  そういう状況の中で我々は、多種多様な商品を、日本のものも大切にしながらやっておるわけでございますが、仮に再販が外れるとなれば、商元をする立場から、大変ぶしつけな言い方ですが、私どもの仲間は、売りにくいものは、やはり自分で処分しなくてはなりませんから、仕入れることに慎重になる、あるいは憶病になる、あるいは仕入れなくなると思います。そういうぐあいでマーケットが小さくなりますと、メーカーも大胆な政策ができなくなると思います。ひいては日本の音楽文化というものが、私どもレコード産業が一番その基底、基礎をなしておると信じております。日本の音楽文化は矮小化していくだろうと一〇〇%断言できると思います。  私ども、例えば、乙骨さんは嫌がるかもわかりませんが、乙骨さんの会社から仕入れました緒になって、乙骨さんの説明を信じて挑戦しました。だけれども地域の人には買っていただけませんでした。申しわけないけれども、一年たってもだめですからお返しします。仕入れたのは千円ですから、千円で引き取ってください。これが制度的に保障されているわけです。  それから、一年たって一枚しか売れないということは商売にならぬのでございますが、最低限度定価は守られるということで、先ほど御説明しましたように、小売店はアメリカ以上に利幅は少ないのであります。それでも、私どもは、安定的な販売価格が守られるものですから、我慢して商売に励めるのであります。  先生、再販が外れますと、アメリカが典型でございますが、もっと水増しのマージンになります。そうしますと、値引きの財源が、私ども今二五、六%のマージンで精いっぱいであります。これで値引きしろといったってどうもなりません。全国の同業者がみんな値引き競争をしたら、みんな共倒れであります。だれかが一人しかやらない、周りが値引きしないからお客様をとれるだけでありまして、再販が外れればそうはなりません。  そうなるとどうなるか。メーカーさん、もうちょっと値引き競争力を与えてください、表面の利益を下さい。それで、アメリカのように、メーカーはそれにこたえるようになると思います。そうしますと、一物一価ではない。今よりも高く買う人が相当多くなってしまう。地方になればなるほどそうなるであろう。こういう問題点も私どもは考えておるわけであります。  私ども、本当にぜい肉なしで、精いっぱい、今び利益の中で店を維持しておるのが実情であります。  ちょっと余分なことまで入ってしまいまして、恐縮でございました。
  135. 肥田美代子

    ○肥田委員 もう時間がなくなりました。  午前中にも申し上げましたが、公正取引委員会の根來委員長は、いろいろな意見を集約して結論を出したいというふうにはっきりおっしゃっていらっしゃいます。きょうの参考人の御意見を公取の方がきちっと反映してくださることを私は心から願っております。  ちょっと一つ、ついでながら、十一月二十日でございますが、超党派でつくられております活字文化議員懇談会ではアピールを出しまして、著作物再販制度を守っていこう、そういうことで皆さんの合意を得たところでございます。これはまさに超党派でございました。  その中で、私大変頼もしいなと思ったわけですけれども、通常国会で改正法案が出ましても、座り込みをしてでも頑張るぞというような御意見もございまして、先ほどの佐藤先生からのお話もありましたし、国会議員の力もどうか期待していただきたいし、そして皆様も頑張っていただきたいと思います。  ありがとうございました。
  136. 宮地正介

  137. 吉井英勝

    吉井委員 日本共産党の吉井英勝でございます。  私も、最初に基本的なスタンスを申し上げておきたいと思いますが、憲法二十一条の表現の自由、知る権利というものを、物質的にと申しますか物理的にと申しますか、それを保障するものとしての重要な意義というものと、それから、やはり文化というものが、規制緩和万能論、市場経済万能論でゆがめられてはならない、そういう基本的な立場に立って、再販制度維持するべきである、こういう考えを持っております。  そういう立場を前提といたしまして、しかし、幾つかの面で、ここはやはり考えなければいけないんじゃないかというところはありますので、その点を御質問していきたいというふうに思います。  最初に小池参考人の方に、以前衆議院の規制緩和の特別委員会に、あのときは新聞協会は渡辺さんに来ていただいて議論したことがあったのですが、日ごろ社説などでお見受けするところ、規制緩和をもっと推進しろとか、そういうキャンペーンを張っていらっしゃるというふうにうかがえるような論調が結構多いわけですよ。ところが、いざ自分の問題に降りかかってくると、つまり新聞の問題になってくると、新聞の再販制度撤廃は反対だ。これは非常に説得力に欠けるというふうに思うのですね。それは業界エゴじゃないかというふうに見られかねない問題だというふうに思うのです。  そのときの議論は、公取の鶴田委員会の金子先生も来られて、渡辺さんと金子さんの議論というのはかなり激しい論戦になりまして、一方の金子さんの方は、規制緩和の小委員会などでずっと万能論を主張していらっしゃるわけですが、日ごろは規制緩和万能論キャンペーンを新聞などもどんどん書いていただいて、そこはなかなかいい調子なんですが、いざ再販制度撤廃論になるとこれを新聞が書かないのはけしからぬと。だから随分感情的な論戦にもなっておりましたけれども、私は、やはりそれでは冷静な議論の展開というものにならない。  そういう点では、規制緩和万能論というのは、実際、メガコンペティションの時代、規制緩和しなければ生き抜いていけないんだとか、このままぬるま湯につかっておれば全部滅んでしまうんだと、ゆでガエル論を展開したりとか、そういうキャンペーンをずっと張っているわけですけれども、ただ、お見受けするところ、新聞などの取材が官庁取材が中心になってしまって、独自企画で、両方の議論をよく深めていくというところがやはり弱いのじゃないかな。そういう点は、逆に、金子先生などからおれの主張を載せてくれないといって責められてみたりするのじゃないかという点も感じておりまして、ですから、もっとさめた議論ができるようなそういう取り組みというものは、やはり新聞の皆さんの方にも必要になってくるのじゃないか。  私は、決して編集権にかかわる問題について介入的に申し上げるわけじゃありませんが、しかし、そういう努力というものが本当の意味で再販制度維持という立場を強固なものにしていくのじゃないかと思うんですが、この点は参考人の御意見を伺っておきたいと思います。
  138. 小池唯夫

    ○小池参考人 新聞が規制緩和を大分キャンペーン的に今までずっと報道してきたじゃないか、自分の問題になると今度は反対だというのはおかしい、こういう議論は確かにあるわけですね。  私も政治部出身であり、論説にもいたし、それからまた編集局長もやりました。確かに規制緩和すべき事項は相当あると思うんですよね。許認可権限に縛られて、やはりもっと自由な経済活動が必要である、活性化などが必要だという点はもちろん僕はあると思うんですね。  ただ、先ほども申し上げたんですけれども、やはりこれもケース・バイ・ケースであって、何でもかんでも全部例外ない規制緩和だ、アメリカの言うとおり全部やるべきだ。これはもう国際化ではなくてアメリカ化になってしまって、それがある意味では今混乱を招いている一つの原因になっていると思うのですよね。  再販問題で自分のところに火の粉がかかってきて、余計体験的にこれはえらいことになったとわかるわけでありますけれども、やはり新聞以外でも規制緩和してはいけない問題もあると思うし、これは資本主義の発達過程を見ても、アダム・スミ時代の、レッセフェールで、自由競争でやる、これはもう資本主義の大原則だということでやってきて、それに対する矛盾が起きて、いろいろ社会的にもあるいは政治的にも経済的にも、その反省からいろいろな思想も起きてきたし、それからまた近代経済学も出てきたわけですね。それで今日があるわけであります。  みんな全部もとへ戻って、全部大競争時代だ、何でもかんでも競争をやる、優勝劣敗で、負けたやつはしようがない、こういう議論が非常に今横行しているわけですね。それでいいのか。ある意味では、新聞の再販の問題を通じて体験的に、やはりこういう問題についてはもっとさめた議論をすべきじゃないかというふうに私は考えております。  それから、一方的な議論ではなしに、そういう批判もございますので、私どものところはもちろんですけれども、それぞれ両方の意見を載せるようにしております。特に今度の行政改革委員会規制緩和小委員会の論点公開についても、両方の意見を載せているわけですね、同じスペースで。それから、そういう主張のページにおきましても、かなり大きい写真を使って、例えば主婦連の中村紀伊さんの言い分も、私のところは二面か三面、大きく載せております。それからまた、つい最近も、この問題について、賛成論者それから撤廃論者と両方の意見をかなり大きく紙面を割いて、公平に、特に国民各界各層の議論を載せた上で読者に判断を仰ぎたいというふうに紙面作成に当たっておるつもりでございます。
  139. 吉井英勝

    吉井委員 私も、規制緩和万能論は批判しておりますが、当然、古ぼけた規制で実情に合わないもの、撤廃しなければいけないものありますし、やはり人類英知でつくってきた規制で守らなければいけないもの、あるいはヨーロッパ基準に比べて緩過ぎるからもっとグローバルスタンダードに合うように規制を強化しなげればいけないもの、それぞれありますから、そういう立場でおります。  さて、次に、小池参考人乙骨参考人に伺っておきたいのですが、そういう議論の中で、いわゆる消費者利益論ですね。大体、万能論の方たちの論立てをよく見ておりますと多いんですね。大スーパー進出も消費者利益だ。再販制度撤廃消費者利益。こういう議論は少し乱暴なわけですが、それは価格が安いかどうかの議論が中心になってしまっていて、著作物読者あるいは鑑賞者が、その消費者という表現が果たしていいのかということもあるかと思うのですが、その消費者の根本利益とはそもそも何なのか、そこの議論がこの問題を考えていく上でやはり一つの大事なポイントになっていくのではないかと思うのです。  そういう点で、新聞でいえば情報の質とか正確さとか迅速さとか、こういうものは求められるわけですし、また、レコード、CD等におきましては、もちろんそれの質もあれば、多様なものに私たちがアクセスできることが保障されるということ、あるいはさっきもお話ありました、新人のアーティストの方にも機会が保障される、アーティストの人たちがみずからの表現を受け手の側に受け入れてもらえるようなそういう機会にアクセスできるということが、これは憲法二十一条との関係でも非常に大事になってまいります。  その点で、消費者の真の利益、根本的利益とは何なのかということの問いかけというものが非常に大事ではないかと私は思うのですが、この点について両参考人の御意見を伺っておきたいと思います。
  140. 小池唯夫

    ○小池参考人 今吉井先生御指摘の点は僕は非常に大事な問題だと思うのです。  これまで行政改革委員会規制緩和小委員会の議論などを私見ておりまして、特に、安ければいい、安いのが消費者利益だという議論ばかりではないかと思います。これは再販撤廃されて過当競争が激化するということで、中小の販売店がつぶれたり、そうなるとやはり発行本社にも影響が出て、過当競争により昭和の初め大変伝統のある新聞がつぶれていった歴史があります。福沢諭吉が起こした時事新報あるいは徳富蘇峰の国民新聞、あるいは報知新聞とかあるいは万朝報とか、これはもうそれぞれその時代にとって非常に重要な役割を果たした報道機関であったと思いますが、これが過当競争によってどんどんつぶれていった。昭和の初めのそういう教訓があるわけであります。  今度もこういうことで何でもかんでも競争だということになっていきますと、あるいは販売店、あるいは発行本社もつぶれるところも出てくるかもしれません。そうなると、やはり多様な言論が制約されて、場合によっては質の低下を招き、売らんかな主義の新聞が残ったり。そうなると、やはり多様な言論報道の選択が読者にできないということになるわけです。  寡占化して、一時的には値は下がるかもしらぬけれども、逆に今度は、値上げが自由に少数のあれによって行われるということもあり得るわけで、そういう言論の質、また選択の幅が少なくなってしまうということも、やはりこれは消費者利益に本当につながるのかどうかという問題が根本的にあるというふうに考えます。その点、私は非常にゆゆしい問題であろうかと思っております。
  141. 乙骨剛

    乙骨参考人 お答えいたします。  先ほど、著作物と一般商品とはどう違うかということで図表でお話し申し上げましたけれども、先ほど申しましたように、一番上流に著作者の創造のサークルがあるわけです。  著作物というのは、その著作者の創造の力、これを最終消費者にいかに伝えるかというのが我々の務めなわけです。ところが、先ほど小池参考人もおっしゃられたように、今の議論というのは、安ければいいんだ。しかし、やはりCDといえども著作者の刻印なんです。  ですから、例えば価格の問題をとりましても、私どもの方に松任谷由美というアーティストがおりますけれども、毎回毎回方々の大都市でコンサートをやるけれども、切符が買えなくてコンサートに来られなかった方がいる、ぜひとも今度のCDはそのコンサート代と同じ価格で売ってほしいというような、これがメッセージで、これが消費者に伝わって、そこに本当の喜びというのが生まれると思うのです。何も安ければ喜ぶというものではないわけなので、こういうところが今の論議の中には全くない。  それから、あたかも再販でメーカーが価格を全部決められるかといったら、今のようなことも含めて、例えばCDの上の写真とか絵、これは色の細かいところまでアーティストが決めている。これも何かといえば、アーティストの意思というのをいかに我々も真ん中に入って伝えるか、こういうことなんで、単に安ければいいという、そういう単純なものでは消費者は満足しない、こういうふうに思っております。
  142. 吉井英勝

    吉井委員 時間が大分たってまいりましたので、あと簡単に一問、ほかの参考人の方に質問できないことは最初におわびしておきたいと思います。  私この間、この種の議論のある中で、昨年の経済広報に載りました在日アメリカ人の方の議論を見ていますと、在日アメリカ人の方ですから、日本の制度に私は決して物を言う立場にないということを前提としてのお話ですから、それはそれでいいんですが、自由化、差別化が民主主義を脅かすという主張があるが、アメリカではそういう苦情を述べたものは聞かない。つまり、再販制度がなければ民主主義が侵されるとか、あるいは文化がないとかいうことではないという御主張なんです。  論理のすりかえが横行するものですから、そういうことではなくて、感情論とか論理のすりかえではなくて、憲法二十一条の知る権利の保障ということになりますと、これは大都市でも離島でも同じ価格で宅配で情報にアクセスできていくこと、こういうふうな、国民がひとしく、政治参加だけではなしにいろいろなことへの参加、情報が公開されるだけではなくて、その情報にアクセスすることがひとしく保障されるということが非常に大事になってくるわけで、それが離島へ行けば高いコストを払わないとアクセスできないというのはやはり問題である。  私はそういう点では、最後にこれは改めて小池参考人に伺いたいと思うのですが、知る権利の保障という憲法二十一条の実質をなす要請、これにこたえるという点で再販制度が果たしてきた現実の役割というものは大きいと思うのですが、この点についての御見解を改めて伺って、質問を終わりたいと思います。
  143. 小池唯夫

    ○小池参考人 言うまでもなく、言論の自由が保障されるためには経営の安定が必要であります。経営の安定なくして、やはり言論は保障されないと思います。  再販制度があることによって、発行本社としては、今はどこの社もそうですけれども、予算制度をとっているわけですね。ABC部数で何部発行されている、原価はこれだけだ、お店にこれだけの値段で卸すということで、それぞれの社の予算が成立し、それに基づいて、編集の経費はこのくらいかかる、制作経費はこのくらいかかる、販売経費はこのくらい、こういうことで成り立っているわけであります。  そういう意味で、再販制度が壊れて、幾らで売れるかわからない、販売現場はそれぞれのケース・バイ・ケースだということになりますと、発行本社の経営も非常に不安定になるということでありまして、再販制度と新聞社の経営というものは密接に関係してくるわけであります。これが不安定になれば、当然、広告主、大きな有力スポンサーから広告をとって、それに対して圧力を感ずるというようなことになっては言論の保障はなかなか難しいという状況になりますので、密接に絡んでいる問題であると思いますので、ぜひ、言論報道の自由を確保するためにも再販制度は必要であると私は確信しております。
  144. 吉井英勝

    吉井委員 きょうはどうも四人の参考人の方、ありがとうございました。終わります。
  145. 宮地正介

  146. 秋葉忠利

    秋葉委員 参考人の皆さん、長時間大変御苦労さまでございます。最後になりましたけれども、十五分間、主に事実関係について何点か確認をしたいことがございます。  それで、私の立場を申し上げたいのですが、私は約二十年間アメリカに住んでおりました。アメリカには、御存じのように、新聞にも、書籍、それからCDその他にも再販制度はございません。アネリカに二十年住んで、アメリカ社会のいいところ、悪いところ、たくさん見てまいりました。政治的にも非常に問題の多い社会ですし、そういう点では批判をしてまいりましたし、それを変えようと努力もしてきました。  いいところもたくさんあります。大学における研究環境、私も大学におりましたけれども、そういったところではアメリカの環境、非常にいいところがありますし、そういった知的な作業をする周りの環境、ですから新聞、書籍というところはまさにそこに入るわけです。  そういった中に、あるいはCDとか音楽とかにいわば消費者の立場からかかわってきましたけれどもアメリカから離れて今度は日本社会で生活をしますと、そういった環境の面で非常に不満がたくさんございます。  今の再販論議のところは、皆さんの御主張はよくわかるのです。私としても、文化を守る、言論の自由を守るということは非常に大事だと思います。ですから、皆さんと一緒に同一結論に至りたいという気持ちはあるのですが、ただ、再販制度がなくなるとこうなる、ああなるという議論がたくさんあるのですが、私が自分自身でアメリカに二十年間生活した経験に照らすと、へえ、そうするとアメリカ社会はそういう社会だったのかということで、一つ一つ自動的に比較対照してしまいます。そのあたりのところでどうも納得いかないことがたくさんあります。  ひとつその理由を考えてみると、どうも再販価格制度がなくなるというと、新聞協会の皆さんも、あるいは本を出される方も音楽関係の方も皆さん、その途端にもう経済万能主義になってしまって、それ以外のことが全く頭に入らなくなってしまう。すべての、経営のいろいろな工夫をするとか、あるいは新しい制度をつくるとか、そういったことは一切やらずに、もうただ単に弱肉強食の世の中に入ってしまう、その結果として非常に悪いことが起こる。ワーストケースシナリオということなんでしょうが、どうもそんな単純化が行われているんじゃないか、そんな気がいたします。  それで、アメリカにおける事例をもう少し丁寧に、例えばアメリカではこれこれこういうことがあるから再販価格制度がなくてもそれなりのことが行われている、私の印象ではそれなりではなくて、新聞にしてもあるいは書籍にしても、アメリカ出版されているもの、そしてアメリカで手に入るものというのは非常に質が高いものだと思います。その上値段が安い。ですから、質、量、その他いろいろな面でアメリカ社会における実例を学ぶということが必要じゃないかと思うのです。  その上で、では、日本でそれを実現する上にはこれこれこういう問題があるから、とりあえずは例えば十年計画で図書館の充実を図ろう、それまではこの方法でいいじゃないですかみたいな議論であれば、それはそれなりに理解できるのですが、そうではなくて、再販制度をやめてしまうと途端にもう文化がクラッシュしてしまって文化の大恐慌になってしまうみたいな話がある。言論はもう全然なくなってしまうんだみたいな話しか流れてこない。そこを大変憂慮しております。  その一例として伺いたいのですが、これは新聞の例によく出てくるのですけれども、今吉井議員も言われましたけれども、東京で新聞買っても離島に行って買っても、同じ新聞買うと値段が同じだということがよく言われているのですけれども、私の経験ではそうではありません。東京や大阪で買う新聞の朝刊、百十円出しますけれども、典型的に最近の新聞ですと三十六ページございます。広島で同じ新聞、同じ名前がついた、朝日とか毎日、読売、ありますけれども、同じ名前はついているのですけれども、広島で朝刊買うと、大体二十四ページから八ページ。だから、名前は同じでももうページ数が違うのですね。だけれども百十円払わなくてはいけない。  それを、同じ新聞だから、日本じゅうどこに行っても同じ価格で買えるのだから、それがいいことじゃないかというような議論が、まあよく読むと文章にはそうは書いてありません。しかし、通常の議論はそのレベルで行われている。その誤解をあえて解こうという努力は余りなされていないように思うのですが、例えばそういった議論をもうちょっと精密にやる必要があるのじゃないでしょうか。  その点をまず新聞協会小池会長に伺いたいと思います。
  147. 小池唯夫

    ○小池参考人 秋葉先生は二十年間アメリカで生活されて、それとの比較でいろいろ今御発言されまして、私も大変参考になりました。  確かに、再販がなくなれば何でも言論の自由はなくなるのか、そういう単純な議論をしているわけじゃなくて、やはりそういうおそれもあるのだという点を、まあ一方の議論がもう例外なき規制緩和であって、新聞の再販は絶対撤廃しろという極端な議論でずっと来ているものですから、それに対抗する以上は、やはり我々もある意味では極論で対抗せざるを得ないということであって、それはおのずから、先生御指摘のような面は確かにあるかもしれません。しかし、我々もやはり対抗上やらざるを得ないというところがあって、ある程度は承知しながらやっている面はあります。  それからまた、同じ新聞で同一地域で同一価格だというが、ページ数が違うじゃないかという御指摘であります。  これは確かに、東京と広島の新聞が、まあ早版、遅版の差がありますが、同じ新聞の題字のもとでページ数が違うという面はあります。それは我々、現実の問題といたしまして、記事の中身は同じであります。ただ、ページ数の違いはほとんどは広告の量であります。東京では広告があるから、それに見合ったページ数をつくるということでありまして、記事の段数についてはほとんど私は変わらないと思っております。
  148. 秋葉忠利

    秋葉委員 それは事実と少々違います。東京、大阪は少なくとも朝刊、夕刊がございます。広島は夕刊がございません、全国紙は。中国新聞だけ夕刊があります。  それで、広島の朝刊に出るのは、朝刊に載った分とそれから夕刊に載った分、その一番早いところですね。それをあわせて一緒に載せて、ですから、全部は載りませんから、コンデンスされて載っている。記事の内容は同じではありません。段数は同じかもしれません。  それから、載っている記事も日によって違うのですよ。ですから、例えば二日続けて、広島で月曜日に新聞買って、火曜日に東京で新聞買うと、同じものを二回読まなくてはいけない、逆の場合もありますけれども、そういうことがある。  ですから、そこまで違っていて、だけれども記事は同じだということは、大変申しわけありませんけれども、それは知らない人はそれでそうだと思うでしょう。しかし、それは事実と違います。  そういう議論をしているからだめだと言うのです。そうではなくて、やはりそこのところはきちんと認めた上で、事実に基づいた議論をしないと、しかも、相手がどなたかよくわかりませんけれども、行き過ぎた議論をするから自分たちも報復的に少々ぐらい行き過ぎた議論をしてもいいんだみたいな発言をなさいましたけれども、これはそうではなくて、新聞なり出版なりというのは、我が国文化的な、知的なレベルを代表する組織だと私は思います。その言論を代表される方が、少なくともこういった重要な問題について、やはり相手がどのようなことを言おうとも、節度のある、知的な、冷静な議論を展開していただかなくては、私は、日本文化世界に対して誇ることはできないと思います。  そういう意味で、事実に基づいた、事実をきちんと尊重した議論をしていただきたいということを申し上げているのです。ですから、例えばニューヨーク・タイムズが田舎に行くと少し高くなるというようなことがよく例に引かれますけれども、それは、日本だって田舎に行けば高い新聞を皆買っているわけですよ。ですから、その例を引いて、アメリカの新聞よりも日本の新聞の方がすぐれているといったような議論はできないわけです。   そういったところを一つ一つ詰めていかないと、私は、これは実のある議論にはならないのじゃないかという気がいたします。  それで、次の点を伺いたいのですけれども、値段についてですけれども、先ほど広告の話が出ました。東京の新聞の方が広島の新聞よりも広告が多いからということをおっしゃいましたけれども、そうすると、日本の新聞は世界的に比較をして広告料は世界で一番高いわけですから、そうしたら、東京の読者はそれだけの広告を読まされているのだったら、もう少し安い新聞代になってもいいんだということが当然出てくるわけですね。  例えばそういうこともあるわけですし、広告料世界一、購読料世界一、そういった日本の新聞が、しかも発行部数世界一。それではどうしても理屈に合わない。それに対して、例えばワシントン・ポスト、これはワシントンで発行されている、まあいわば全国紙と言っていいと思いますけれども日本での百十円に対して、ワシントン・ポストは大体二十五セントで、しかも、通常、配達までしてくれます。  それから、アメリカの田舎に行っても、大体全国紙も含めて、自分たちが必要な新聞が手に入らないで困っているという声は一つもないという調査結果を、私の友人のワシントンでコンサルタントをやっている人からレポートをいただきました。  そういう状況を考えますと、ですから、日本再販価格制度をやめてしまった場合に田舎の人が困る、過疎地の人が困るといった議論は成り立たないんじゃないかと思うのですけれども、新聞協会としては、その点はどうお考えなのでしょうか。
  149. 小池唯夫

    ○小池参考人 先ほどのページ数の問題と、それからニュースが同じではないという御指摘がありましたが、新聞をつくる側の立場で申し上げますと、これは早版、遅版の点があるわけであります。それからまた、夕刊のあるところ、ないところ、夕刊の記事を朝刊に返すという面がありますので、広島のいろいろな記事が、東京へ来たらまた同じ記事が出たということもあるいはあるかもしれませんが、その地域の新聞として我々はつくっているわけで、その点は御理解願いたいと思います。  それからまた、ちょっと私の言い方が誤解を招いたと思いますが、片方が極論だからこっちも極論というのはちょっと言い過ぎた面もあると思いますが、我々はやはり新聞をつくる以上、言論報道機関としての責任、これは使命感を持ってつくっているという点を、特に改めて強調して、御訂正したいと思います。  それから、日本の新聞が、じゃ、ほかの外国に比べて高いのかという点でございますが、私は、朝夕刊、暗いうちから配って、それで月決めでセットの場合三千九百五十円。今こういう時代ですから、戸別に山間僻地まで一軒一軒配っているわけですね、外国の新聞と比べてそう高いとは思いませんし、我々はなるべく低い価格で抑えてやりたいということでやっているわけであります。  一部売りが今百十円でありますが、むしろスポーツ新聞の方が高いわけですね。この百十円の価格が高いか安いかということでありますが、私は欧米の新聞に比べて、再販があるためにそう高いというふうには考えておりません。
  150. 秋葉忠利

    秋葉委員 いや、原因は再販じゃなくてもいいのですが、日本で百十円で普通に新聞を買っている。ワシントンで二十五セントだ。やはりこれは余りにもギャップが大き過ぎるのだと思います。  再販でないのだったら、じゃ、なぜこれほど高いのか。しかも、広告料だって世界一高いわけですから。これが経営の問題が中心になっているとすれば、やはりそれはどこか考えなくてはいけない。  しかも、ではワシントン・ポストなりニューヨーク・タイムズが、めちゃくちゃなイエロージャーナリズムの典型だからしようがないというようなことが言えるかというと、そうではなくて、やはりワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも、記事の内容においては日本の新聞にまさるとも劣らない内容を持っているわけですから、それはやはりもう少し努力の余地なり検討の余地があるのではないでしょうか。  そういうところが明らかになって、だからここの価格差が生じてくるのはこれこれこういう理由なんだということがわかった上で初めて、しかし、そういうこと等を勘案してやはり再販価格制度が必要なんだということが出てくれば納得できるのですが、今のお話ですと、高いことは認めるけれども、その理由については再販価格制度ではない、理由は我々にはわからない、しかし、高い新聞のまま再販価格制度は認めてくれというふうに聞こえてしまうのです。  そこをやはりもう少し説得力のある議論を、これはお互いにと私は申し上げた方がいいと思うのですけれども、展開する必要があるのじゃないでしょうか。そうでないと、具体的にこの問題について疑問を持っている人を説得することは非常に難しいのじゃないかと思います。  時間が参りましたので、もう一点、これはCD、音楽に関して伺いたいのですけれども出版とか新聞の場合には言葉の差というのがありますから、なかなか世界的にビジネスを展開することは難しいのですが、音楽の場合には比較的そういうものがございません。先ほど、日本に特有のリズムその他があるというのはそうですが。  しかし、例えばレコードを生産しているソニーなどというのは、これは世界的な規模で事業を展開しているわけですけれども、私は寡聞にして、例えばアメリカでレコードあるいはCDビジネスを展開している会社が、再販価格制度がないために、例えば非常にバラエティーに富んだ商品アメリカのマーケットに対して提供することができないとか、あるいはその他、質の劣るものを出しているとか、そういうことを聞いたことがございません。  もし日本再販価格制度というものがそれほど大事で、それで効果のあるものだったら、逆に、そういった世界展開をしているレコード会社なりあるいはCD会社なりそういったところが、アメリカの社会に対して再販価格制度をとるべきだという提言をすることこそ国際社会の一員としての責任ではないかと私は思うのですけれども、例えばそういったことは、日本のCD会社、レコード会社というのはやっているのでしょうか。
  151. 乙骨剛

    乙骨参考人 先ほどの新聞協会に対する御質問とあわせてお答えいたします。  私もアメリカに住んでおりましたので、日本というのは不思議なことにアメリカの後を追っている部分が相当あると思います。それが、時代がたつと同時にその間隔が短くなっていることも認識しております。  ですから、アメリカ状況と比べていろいろ論議することには私はやぶさかではありません。ただ、その場合、光の当たる部分と影の部分、両方をやらないといけない、こういうふうに思います。例えばニューヨークを歩いても、どれだけ書店があるのか、どれだけレコード屋があるのか。これは全部チェーン店になっております。ダブルデーあたりでも少しおかしくなっている、こういうことでございます。  それで、アメリカ再販がないからのうのうとしているというのではなくて、今大変な状況にあります。それは、さっきから申し上げておりますように、一つは、今までは英語の歌ということでいわゆるテリトリー制限を設けて、ライセンス契約をやって維持してきたのが、おかしくなっている。したがって、再販制度を再び復活するというのではなくて、さっき申し上げた輸入権とか、これは日本にも迫ってきております、我々は反対しておりますが。  ですから、私どもも向こうの会社に、アメリカ再販制度をぜひやってくれと言えないことはないと思いますが、それを申し上げるにしても、今言った光の部分と影の部分、この辺は十分検討する必要はあろうかと思います。これをやることに我々はやぶさかではありません。
  152. 秋葉忠利

    秋葉委員 時間が参りましたのでこれで終わりますけれども、お二人からいただいたお答えですと、非常に建設的な方向で議論ができそうですので、これは結論をそのうち出さなくてはいけない問題ではありますけれども、十分な議論をした上で、ただ単に結果だけではなくて、議論のプロセスでさまざまな建設的なアイデアが生まれることを期待いたしまして、一緒にその努力をするお約束をいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。  どうもありがとうございました。
  153. 宮地正介

    宮地委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人各位には、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時十五分散会