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参考人(
佐藤幸人君)
佐藤でございます。
若輩者ではございますが、よろしくお願いいたします。
初めに
結論を簡単に申し上げますが、今回の両岸の
緊張のもたらす
経済的な
影響ですが、私はとりあえず一時的なものにとどまるであろうというふうに見ております。ただし、この
結論はいろいろと
留保条件がつきます。その点に関してはまた最後に申し上げたいと思います。
まず初めに、今回の
緊張が両岸の
経済関係にどういった
影響を与えたかということを申し上げたいと思います。第二点として、
台湾経済全体に対してどのような
影響があったかという点に関して申し上げたい。第三点として、
台湾等もちろん
中国も含む
東アジア経済に対する
影響という点について申し上げたいというふうに思います。
まず第一点の両
岸関係に関しましては、これは何も
中国、
台湾に限ったものではありませんけれども、
二つの
経済の間の
関係で大きな要素は
貿易と
投資ということになりますので、この二点に関して申し上げたいと思います。
まず
貿易ですけれども、今回の
緊張によって直接的には両岸間の
貿易に対してマイナスに働いた、両岸間の
貿易を萎縮させる
効果を持ったというふうに考えられます。それから間接的な
効果として、現在、両岸間の
貿易というものは、
大陸に進出している
台湾企業が
台湾から部品、材料、
機械設備を買っているというものがかなりな割合を占めています。また、そういった
大陸に出ている
台湾企業は、さらにそこで加工したものを
アメリカを初めとする
第三国へ
輸出するという形態をとっている
企業がかなり多いわけですけれども、こういったオフショア型の
台湾企業に対する
最終マーケットからの受注が
緊張を反映して減少した模様ですので、それに伴ってそういった
企業が
台湾から部材を購入することも減るということになりまして、そういった間接的な
効果もあったというふうに考えられます。
そういうわけで、今回の
緊張関係はとりあえず両岸間の
貿易を萎縮させたわけですけれども、一応この
効果は一時的なものにとどまるのではないかと考えられます。ことし、一九九六年通年では両岸間の
貿易は依然として増勢を続けるのではないかというふうに予測されます。(
OHP映写)
お
手元にも資料をお配りしておりますけれども、一応両岸間の
貿易というものを見ていただくとこういうことになります。
台湾から
中国への
輸出が非常に速い
スピードでこの間ずっとふえ続けているということがおわかりになると思います。
一方、
中国から
台湾への
輸出は少ないんですが、これは
台湾側で
輸入を制限しているせいです。ただし、今回の
緊張がありまして、
台湾側もそれをできるだけ
経済的な
政策で
緩和したいという意向を持っていますので、今後
大陸からの
輸入はかなり急速に
緩和に向かうと思います。実際、そういったことは九四年から始まっていまして、
輸入もかなり速い
スピードでふえ始めていることがおわかりになろうかと思います。というわけで、非常に急速に伸びているわけですね。これが今回のことで急に寝てしまうということはなかなか考えにくい。
もう
一つ、これは
台湾側及び
中国側のそれぞれの
貿易総額に占める両
岸貿易の
比重をあらわしたものですけれども、今申し上げましたように
中国から
台湾への
輸出というのは少なくて、
台湾から
中国への
輸出というのは
相当額ですから、これの
比重はかなり高くて、かつ急速に上がっているということです。
これについてもう
一つ注意をしていただきたいのは、両岸間の
経済関係といいますと、
台湾側が一方的に
中国に依存しているというようなイメージを持たれるかもしれませんけれども、実は
中国における
台湾からの
輸入というのは非常に高い比率になっていまして、
中国も
相当程度台湾に依存しているということもここからわかるわけです。
次に
投資の面ですけれども、
投資については、今回の
影響を考える上でまず
投資の
タイプが
二つあるということをあらかじめ理解していないとちょっと今後の展望がしにくいので、その点をまず申し上げたいと思います。
一つは、
大陸には非常に豊富な
労働力がありまして、
賃金水準も低いわけです。こういった
労働力を使うことを
目的に
中国へ進出している
タイプの
投資です。
二つ目は、
中国の人口は
世界の中でぬきんでているわけですが、そういった広大な
中国市場というものを
目的としている
タイプの
投資であります。この
二つの
タイプで今回の
影響は若干異なるであろうというふうに考えられます。
まず第一の
タイプ、低
賃金労働力を
目的に進出している場合は、実はここ一、二年、
中国の
投資環境というのがかなり急速に悪化しております。そういった
投資環境の悪化を受けまして
撤退あるいは
ベトナム等の
第三国への
シフトといった
動きが既に昨年初めあたりから出てきていたわけです。それから、まだ進出していませんけれども、これから
海外投資を考えようとしていた
台湾企業にとっても、
大陸というものの魅力は以前ほどではなくなってきたわけです。今回の
緊張というものは、こういった
撤退とか
シフト、あるいは
中国ではなくてほかの国へ
投資する、そういった
動きを加速させる
方向に働くであろうというふうに考えられます。
第二の
タイプの場合は、これは
中国市場そのものが
目的なわけですけれども、そういったことで簡単にほかに
シフトするというわけにはいかない、特に既に進出している
企業の場合は今回の
緊張を
理由にすぐさま
撤退するというのは考えにくいということです。ただし、拡張しようと思っていた
企業あるいは新たに
中国市場に進出しようと思っていた
企業の中には、とりあえず様子見をしようかというところもあらわれております。
私が
新聞記事をこの一カ月ざっと見たところですと、食品がこういった
タイプの
投資には多かったんですけれども、その中で、ナンバーツーに来ると思いますが、味全
グループは
中国進出に対して慎重というか、
中国に対する反感も感じられるような形で報道されておりますが、
中国進出に対してかなり慎重になっておるということです。あと、
中国への
投資規模が最大なのは
統一グループというところですが、そこもとりあえず観望という姿勢になっております。ただし、すべての
企業がそういうわけではありませんで、例えば三菱自動車と提携しております
中華自動車などは全く
影響なし、福州への
工場進出は予定どおり進めるというような
動きになっております。
前後しましたけれども、
台湾から
中国への
投資というのも相当
規模に上っております。特に九二年にいわゆる
鄧小平の南巡講話というのがありまして、
中国の
開放政策が進みまして、その後第二の
タイプ、
中国市場を
目的とした
タイプの
投資が急増するわけです。ここで一回。ヒータを迎えて、その後ちょっと落ちつくといったような形になります。これは
金額ですけれども、件数は九五年は
減少ぎみですが、
大型投資がふえているので
金額は
台湾側で見た場合ですと若干増加しているということであります。
次に、第二の
台湾経済そのものへの
影響はどうであったかということでありますが、今回、特にこの一カ月の一連の報道では、為替レートと株価指数というものが
経済に対する
影響をあらわす指標として注目されたわけです。ただし、私が考えるに、この
二つのインデックスというものは
台湾経済のファンダメンタルズをあらわすインデックスとしては必ずしも適当なものではない、特に株価指数は投機的な
動きが以前ほどではないにしろ依然強く残っておりますので、
台湾の株価指数というのはかなり乱高下しますので、それを見て余り大騒ぎをするのは適当ではないというふうに本来考えております。
ただ、この
二つのインデックスの意味というものは、今回に関しましてはこういった
緊張が発生したという
状況下で、
台湾の当局といいますか
政府といいますか、それが
経済面でどの
程度対応できるのかという、そういったものをあらわすかなり
政治的な色彩の濃いインデックスであったというふうに考えればよろしいのではないかというふうに思います。
ではその結果はどうであったかと申しますと、まず為替レートに関しては、中央銀行が強力に介入しまして一ドル二十七・五
台湾元という線を防衛線というふうに考えていたわけです。結果としては二月二十三日、これが春節明けで、ここから
経済活動が再開するわけです。それで、これが
選挙前日ですね、日曜日は抜いてあるわけですけれども。ここが二十七・五の防衛線で、ここをずっとこう行って中央銀行は守り切ったと。それで、
選挙の一週間前ぐらいになるともう大丈夫だろうという形でかなり落ちついてくるということになるわけです。
株価に関しましては、
日本でも報道されたかと思いますが、株価安定基金というものを創設しまして、不安定だった株価をとりあえず四千台後半のところで、揺れておりますけれども、この辺で支え切って、
選挙が近づくにつれてかなり回復してくるということになったわけです。株価安定基金は、報道されているところによりますと、春節明けの二月二十三日から三月二十七日までで七百億元近くのお金をつぎ込んだと。大体主力となったのは郵便貯金で四百億元ということだそうです。
このほかの
影響といたしましては、三月前半は、先ほど申しましたように中台間の
貿易も萎縮したわけですが、
輸出が前年同月比一〇%前後の減少、
輸入は微増ということになったようです。それから、外貨準備高は三月の一カ月間におよそ四十億米ドルが減少したということです。ただ、こういった
影響はとりあえず短期的なもので、その後回復するのではないかというふうに考えられます。
それで中期的、中期的と申しますのはことし一年間
程度という見通しで申しましてどのような
影響があるかと申しますと、
台湾経済そのものが今回の
緊張とは別に昨年後半から景気の下降局面に明らかに入っていたわけです。今回の
緊張はそれに追い打ちをかけるようなものだったというふうに言えると思います。
中国では「雪の上に霜が降る」と言いますが、そういったようなものだったと思います。そういうわけで、今回の
緊張の
影響は中期的には
台湾経済のトレンドの中に吸収されていくだろうというふうに考えられます。逆に言いますと、ことしの
台湾経済は全体に不景気の色が強い形で推移すると思いますが、それは
緊張の結果というよりは主として
台湾経済そのものがそういった局面にあったことによるものだと考えられます。
次に、
東アジア経済全体に対する
影響ですが、中期的には
台湾経済そのものの
影響も軽微にとどまるというふうに考えておりますので、さらにそこから
東アジア全体に波及する
影響はそう大きくはないであろうというふうに考えられます。それで、ここでは
東アジア経済の中での
台湾の位置づけを再確認するということを行いたいと思います。
これは本来長い話ですが簡単に述べますと、プラザ合意以降、
東アジアでは
日本、それから
台湾を初めとするNIES、それからASEAN、
中国という大体三
段階ないし四
段階の重層的な分業体系が形成されてきたわけでありまして、
台湾はその中の中二階にいるわけです。中二階にいるということは、ASEANとか
中国など、より後発の途上国に対して資本や技術あるいは資本財、中間財の供給者として重要な役割を果たしているわけです。そういった
台湾の
経済が正常に運営されなくなりますと、この
東アジアの分業体系というのは非常に動揺する、より後発のASEANや
中国も非常に大きな
影響を
経済的にこうむることになるということであります。
それでその辺を、
投資に関してのデータをごらんいただきたいと思います。
九五年はタイとインドネシアの
数字がありませんが、九四年で見ると、いずれも一〇%を超える割合を
台湾がASEAN各国への直接
投資の中で占めているわけです。ここには出しませんでしたが、ベトナムへの
投資も私の知っている範囲では
台湾がたしかいまだに一位の位置にあると思います。
それから、
日本との
関係ですけれども、以前は
日本と
台湾との
貿易関係、分業
関係というのは非常に垂直的なものだったわけですが、それが現在はより水平的でかつ非常にレベルの高い分業
関係に移行してきているということであります。かつ
規模も非常に大きい
規模になっています。
これが
日本との
貿易で、これが
日本から
台湾への
輸出、
中国への
輸出、
日本が
台湾から
輸入している分、
中国から
輸入している分と。見ていただくとおわかりのとおり、
日本からの
輸出という意味では
台湾の方が
中国より大きいわけですね。しかもこの
内容が、以前はこちらが一次産品でこちらが工業製品とか、労働集約的なものと資本集約的なものという非常に垂直的だったものが、最近はここの中にパソコンとか工作機械とかが入っているわけで、非常に高度な
関係になってきているということです。
結論でございますけれども、初めに申しましたとおり、今回の
緊張の
影響はとりあえず一時的なものにとどまるであろうということであります。ただし、これはもちろん
条件があります。
若林先生がおっしゃられたように、そもそもこの中台間の
緊張の根本的な問題は当面なくなることはない、それが大
前提なわけでありますが、
選挙前のような非常に厳しい
緊張関係はとりあえず
緩和に向かうということが
前提でありまして、かつそういった予測が一応
台湾経済にかかわる人たちの間で共有されているということが
前提であります。
ただし、私のこのような
結論を
台湾にいる同僚に見せたところ、聞いた人にちょっと楽観的な印象を与え過ぎないかと注意されましたのでつけ加えますと、以前はこのような
認識は非常に漠然としたものとしてあったわけです。ところが、今回こういうことが起こりまして、こういった
認識を自覚しなければならなくなったということです。これは潜在的には以前よりはやはり非常に厳しい
状況になっている、つまりこういった両
岸関係がとりあえず最悪の
事態に陥らないというコンセンサスが以前よりは非常にセンシティブなものになってしまった。それゆえに非常に壊れやすいものになってしまったということは、潜在的な問題としてやはり指摘せざるを得ない。
もし一たん壊れてしまえば、先ほど申しましたように
東アジアの
経済というのは重大な損失が発生するということを重ねて強調して、とりあえず私の報告を終わりにしたいと思います。