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参考人(
渡辺利夫君) お招きどうもありがとうございました。
渡辺昭夫先生と御一緒に報告できて光栄でございます。私、東
アジアのことを勉強しているんですが、東
アジアの国を訪れますと、私のことを
渡辺昭夫先生だと思っている人も何人かいまして、私は
経済発展と
安全保障両方やっている人間だと思われて大変得をしておるんです。
きょうは、
昭夫先生の方から
安全保障の問題ですので、私は
経済発展の問題に焦点を絞って話すようにという御依頼を受けてまいりました。
その前に、東
アジアという名称てきよう何を対象にするか先に言っておきますと、NIES、つまり
韓国、台湾、香港、シンガポール、それから
ASEAN四カ国、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、それから
中国。NIES、
ASEAN、
中国、この
地域を東
アジア、イーストエーシアと呼ぶことにしまして、この
地域の発展のメカニズムと言うとちょっとしつこくなりますが、なぜこの
地域が発展目覚ましいか、これに関する私の考え方を御披露させていただこう、そう思います。
私も長くこの
地域のことは見ているつもりなんですけれども、率直に言ってこんなに目覚ましい発展水準になるとは思いも寄らなかったわけであります。今から振り返って、ではなぜこの
地域がこんなに発展してきたのかというふうに整理してみますと
幾つかの要因が思い浮かびます。
例えば熟練労働、我々スキルフォーメーション、労働の熟練形成という言葉を使いますけれども、労働者の熟練形成の速度、これはやはり目立ったものがあると言っていいと思います。したがいまして、この
地域に蓄積されている熟練労働者の層の厚さという観点から見ますと、やはりラテン
アメリカとかインドを
中心とした南
アジアとか、もちろんアフリカ等に比べて、やはりこの
地域は熟練労働者が抜群の力を持っている。こういう理解は私どもの学会に集うレーバーエコノミックスをやっている先生方のほぼ
共通した見解にもなっているわけです。
それからもう
一つは企業家でありますけれども、これもこの
地域の企業家は非常に豊富だと、かつまた元気がいい、能力のある企業家がたくさんいるというふうに言っていいだろうと思うんです。これはラテン
アメリカや南
アジア、アフリカとの比較のみならず、CIS等に比べてもやはり異質の企業家的能力がここに蓄積されているというふうに言っていいだろうと思うんです。この要因はさまざまなんですけれども、やはり
中国人がこの
地域に、大陸以外にたくさん住まっている、東
アジアに
中国人がたくさん住まっているということに大いに
関係があるだろうと思うのでありますが、そういった企業家ですね。
それから三番目には、やはり有能な人材が企業家と同時に官僚に集まっている。そしてまた、官僚の能力を存分に発揮できるような、存分にというのは言い過ぎですが、能力を発揮できるような制度の器といいますか官僚制度がかなり充実してきている。これはさっき言ったラテン
アメリカや南
アジアやアフリカに比べてやはりこの
地域の大きな特徴だというふうに思います。
そんな話はきょうはそれだけでやめますが、要するにそういう発展に向かう内発的なエネルギーというのが長い時間をかけてだんだん蓄積されてきたのではないかと思います。その能力がある時期に急速に花開いた、それが東
アジアの
経済発展である、こういうふうに見るのが正しいだろうと思います。
そういう迂遠な話はもうやめますが、ただ、そういう彼らが築き上げてきた発展の力を外に向けて大きく花開かせるのに、私はある時期にこの
地域には非常に強い外からのインパクトが加わったのではないかと見ているわけです。そして、そういう外からのエネルギーが
先ほどちょっと申し上げた内からのエネルギーと両々相まってこの十年ばかりの東
アジアの急速な成長が見られる、こういうふうに私は見ているということであります。
でありますから、きょうは、外からどんなインパクトが加わっているかということについて、内発的なエネルギーがこの
地域に蓄積されているということが前提の上で、外からのエネルギー、インパクトについて
お話ししてみたい、そう思っているわけです。
率直に言って、私も三十年近くこの
地域を見ているんですけれども、ある時期にこの
地域は急速に変わったんです。それも、ある国で変わって他の国で変わらないというんじゃなくて、全域的な規模で急速に
変化した時期があるんです。でありますから、私はそのとき以来、やはりこの
地域全体を
変化させるような
共通の要因が大きく強く加わったんじゃないか、それに反応してこの
地域の発展が見られたんじゃないかというふうに思いをめぐらすようになったわけであります。
それをいろいろ考えてみたんですけれども、八〇年代の後半期、やはり円高だったと思います。その後、私は円高ほど東
アジアの
経済を大きく変えたものはないという考え方にますます傾くようになっていったのであります。
円高というのは、御
承知のように一九八五年九月、例のプラザ
合意によって円高が始まったわけであります。これは東
アジアの
経済発展に対しては本当に大きな効果を、発展のエネルギーを引き出す非常に強い力になった。私は後日それを
日本効果だと、ジャパンズ・エフェクトだというふうな
表現をしたことがあります。後から振り返ってみると簡単なことだったわけであります。
一つは、工業製品の輸入が八六年以降非常にふえたですね。もちろん世界じゅうからふえたわけですけれども、とりわけ東
アジアからの
日本の工業製品の輸入増加は、これは本当に大変なものだったと思います。当時、技術進歩やあるいは生産性の向上
努力に熱心に取り組んでいたのはやはり東
アジアですから、そこからの
日本の工業製品輸入がふえたというのは当然だろうと思うのでありますが、これは大変なものだったわけです。
八〇年代後半期を見てみますと、
日本の東
アジアからの、特にNIES、
ASEANを今想定しているんですが、NIES、
ASEANからの工業製品の輸入増加率は、対前年輸入増加率、前の年に比べての増加率は、低い年で四〇%、それから高い年ですと六〇%というふうなことですね。四〇%から六〇%の工業製品の輸入増加率を八〇年代の後半数年にわたって持続したわけですから、これはもう大変な力だったと思います。
つまり、円高によって
日本経済は、
日本は需要面から東
アジアの成長を引っ張り上げる、牽引する機能、これを持ったと思います。私は当時、これも
日本経済のアブゾーバー機能、吸引者機能というふうな
名前をつけたわけです。その後もそういう言葉を使ってくれている方がまだありまして、ありがたいことだと思っておるのであります。それが
一つです。
もう
一つは企業進出ですね。言うまでもないことですけれども、円高は
日本企業の海外生産の有利性を非常に強めるわけですから、八六年以降
日本の企業進出、これは統計的に言うと海外直接
投資と言いますけれども、これは本当に伸びたわけです。
日本のNIES、
ASEANへの企業進出が第二次大戦後開始されたのは一九五一年のこと、統計を見ますと五一年が起点になっています。当時NIES、
ASEANなんという言葉はなかったわけですが、NIES、
ASEANという名称で想定される国というふうに考えていただきたいんですが、
日本の企業のNIES、
ASEANへの企業進出が開始された五一年から円高の始まる八五年までの三十数年間の直接
投資の累計額、直接
投資残高というふうに言っていいと思いますが、これよりも八六年以降、円高以降現在に至るまでの数年間の残高の方が、これは額で見ますと二倍以上も大きいんです。件数で見ると二倍には至っていませんが、ほぼ二倍に近いんです。
ですから、いかに円高期に
日本企業の東
アジアヘの
投資が集中したかということは、これは歴然としているわけです。大きな
日本の企業がそのような集中度を持ってこの
地域に進出していったんですから、この
地域の供給力が強化されるというのは、これも考えてみれば当然のことだろうと思うんです。
ですから、そういう需要の効果と供給力を付与していくという効果、この
二つが相まって東
アジアが本当にもう空前のと言っていい高成長局面に、しかも全域的な規模でなっていったと、そう思います。
ところで、今までのところは、解釈がどうあれ、ともかく東
アジアが
日本効果によって浮揚してきたということは、これはファクト、事実であるわけですが、問題はその後だと思うんです。現在、九〇年代に入ってからなんです。これはこの辺が非常に注目すべきことだと思っているんです。
まだ私の勉強はハーフウエーですけれども、こんなふうに見ているということを申し上げてみたいと思うんです。九一年から現在まで、御
承知のように
日本経済は本当にうんざりするくらいの長い低迷が続いているわけです。この長期
経済低迷のプロセスで、さっき私が
日本効果と言ったもの、つまり東
アジアの成長を牽引する
日本経済の力は本当に弱くなっちゃっているんです。これは図表がお手元に行っていると思いますが、後でそれに沿って若干申し上げますけれども、ともかくがくんとないわけです。
それは考えてみれば当然でありまして、成長率がほとんどゼロ近傍ですから、成長率が伸びないということは所得が伸びない、所得が伸びないということは需要が伸びないということですから、輸入の伸びが少なくなるのはこれはいたし方のないことです。アブゾーバー機能といったものが非常に薄くなっているということを言っているわけです。
それから、海外直接
投資なんですが、これも後で言いますが、
中国に対しては伸びが見られますが、NIES、
ASEANに対する
日本の直接
投資は九一年がピークでして、その後がなり激しく落ちています。だから、供給面から見ての
日本効果も今薄いと言わざるを得ないわけです。
ただ、これはちょっと異なことだと思うんです。かつてに比べると今日の方が円高は厳しく進んでいるわけですから、
日本企業にとっての海外生産の有利性はかってより現在の方が強いはずです。ですから、もっと出ていかなきゃ論理的にはおかしいんですけれども、しかし出てないわけです。
これはいろんな要因が考えられると思うんですけれども、
一言で言えば、この長期不況下で
日本企業の足腰が弱くなったという
表現をしていいかどうかわかりませんが、要するに海外
投資をするだけの資産的な余裕に限りが出てきたということであります。ですから、円高によって海外生産は有利化しているのにもかかわらず、それになかなか対応できないという要因が私は大きいんじゃないかとも思っているわけです。
要因は何であれ、ともかく九一年以降、
日本のこの
地域への海外直接
投資がピークアウトしているということは、これは事実の問題としてあるわけです。そんな次第でありまして、九〇年代に入って
日本効果は薄い、特に九一年以降。
そうであれば、当然東
アジアの成長率は落ちるだろうとだれしも思うわけです。まあだれしも思うというのは言い過ぎですが、少なくとも私はそう思っていたわけです。九二年ころの東
アジアの成長予測をやるなんていうときに、私はかなり悲観的な見通しを出したことを今思い出すわけです。恥ずかしながら、九二年、成長率は落ちるだろうなんというものを書いたこともあるんですが、これはもう大変恥ずかしい間違いであったわけです。
つまり、
日本効果で八〇年代の東
アジアの成長が非常に高かったんだから、
日本効果がそんなにまで薄くなったんだから成長率は落ちるだろうと見てもしようがなかったわけです。ところが、現実には全く成長率は落ちていないわけですね。九三年はどうかな、九四年はどうかなと思ってずっと見てきたんですけれども、ますます元気だというのが実態であるわけです。
そうすると、私はそれがなぜであるかということがなかなかわからなかったんですけれども、いずれにせよ八〇年代後半期とは違ったこの
地域の成長メカニズムが生まれてきているというふうに言わないと解釈できないわけです。それが何であるかということはしばらくやっぱりわからなかったんですけれども、ここのところ一年ばかり、お手元に渡っている日経新聞のペーパーの中にも乱そう書いておいたんですが、自己循環、ちょっと言葉がしつこくて申しわけありませんが、自己循環メカニズム、セルフサーキュレーティングメカニズムという言葉を使ってこの事実を解釈しようと
努力しているところであります。
これは、物と金、金というよりも
投資資金ですね、
貿易と
投資の両面において東
アジアの中に新しい循環のメカニズムが生まれ始めているというのが私の物の見方であります。
これはどういうことかを若干
説明してみますと、東
アジアというのはなかなか元気な
地域で供給力の強い
地域なんです。この
地域の発展にとって非常に重要な問題は何であったかというと、需要先をどこに見つけるかということです。その供給力のはけ先を見つけていくということが非常に重要な
テーマだったんです。
ところが、この面で東
アジアというのは非常に恵まれてきたんですね、これまで。恵まれてきたというふうに言っていいと思います。特に八〇年代に入って恵まれました。八〇年代前半期は、御
承知のようにレーガン時代の
アメリカに、レーガノミックス下の時代の
アメリカに東
アジアというのはその供給力のはけ先を大きく見つけることができたわけです。その当時、東
アジアだけじゃなくて
日本もそうだったわけです。
つまり、レーガン時代というのは財政赤字を巨大にさせたわけですね、レーガノミックスのもとで。財政赤字というのは財政の収入より支出が大きいということですから、それだけ
アメリカの国内の需要というものを喚起するわけです。掘り起こしてしまったわけですね。その
アメリカの喚起された国内需要が
アメリカの供給力を大きく上回ってしまったわけです。したがって、大きな海外からの輸入が発生したわけです。よく言われた双子の赤字というのはそれなわけですね、財政赤字と
貿易収支の赤字だったわけです。
ともかく、そういう時代の、つまりレーガノミックス下の
アメリカに対して東
アジアは、
日本を含めて膨大な輸出をすることができた。これは東
アジアにとって大変恵まれた話であったわけですが、
先ほど申し上げましたように八六年以降はこれに
日本の輸入が加わるわけです。これはさっき言ったように大変な
日本の輸入、アブゾーバー機能だったわけです。そんなわけで、八〇年代の東
アジアはマーケットに恵まれて非常な高成長をたどることができたというわけです。
ところが九〇年代に入りますと、この
アメリカの東
アジアからの需要は落ちております。しかし、何よりも大きいのは、何といっても
日本ですね。がくんと買わなくなったわけです。そんな次第ですから東
アジアの成長率は落ちるかと思ったら落ちなかった、こういう話です。それはなぜかといいますと、要するに東
アジアの国が東
アジアの製品を買うようになった、輸入するようになったということであります。つまり、そういう
意味で東
アジアの
域内を物が自己循環始めた、こういうことであります。
ちょっとお手元に行っている第一枚目の表をごらんいただきたいのでありますが、これは「
アジア太平洋諸国・国グループの相手先別
貿易額」と、九四年の数字が行っていると思うんです。
日本、NIES、
ASEAN、
中国、
アメリカ、ANZというのは
オーストラリア、
ニュージーランドのことですが、この六つの国もしくは国グループの相互間の
貿易を一枚のテーブルで示したものなんです。
これを、行といいますか横に読んでいただきますと輸出になります。ですから、
日本の
日本に対する輸出はないわけですね。
日本のNIESに対する輸出が九百三十四億ドル、
日本の
ASEANに対する輸出が四百六億ドルというふうに、こう読んでいっていただきます。一番おしりが
日本の
アジア・太平洋全域に対する輸出、九四年の輸出額が二千八百十七億ドルだと、こういうふうに読んでいただきます。以下、NIES、
ASEAN、横に読むとみんな輸出であります。しかし、これを縦に読んでいただきますと輸入になるわけです。ですから、ANZの下に「合計」と書いてあるところを横にずっと読んでいきますと、各国もしくは国グループの輸入額です。この輸入額のトータルは輸出額のトータルとイコールになっているわけです。
さて、その輸入額の横に書いてある数字の下にパーセントが載っていると思いますが、これは
アジア・太平洋の輸入総額を一〇〇とした場合の各国、国グループの輸入のシェアであります。
これをごらんになりますと、
日本の比率が何とNIESの半分になっているということがおわかりだろうと思います。NIESがトップです。
アジア・太平洋の一九九四年における総輸入額の三〇%がNIESから生まれているということであって、
日本はその半分だということです。いかに
日本のアブゾーバー機能が小さいか。それにつけてもNIESのアブゾーバーとしての力がいかに大きいかということにもなるわけです。二番目はやはり
アメリカです。
アメリカはここのところちょっとまたよみがえってまいりましたけれども、しかしNIESが二九・九、
ASEANが一二・三で、
中国が一〇・六でして、これを合計しますと五〇%を超えるんですね。
つまり、今日の
アジア・太平洋における最近年の輸入総額の半分以上が東
アジアの開発途上諸国から発生してきているというわけですから、ここの需要が大きく盛り上がっているということが御理解いただけると思うんです。
ついでながら、
ASEANをずっと横に見ていっていただきたいんですけれども、
ASEANの九四年における輸出
地域の中で最大のポジションを持っているのはNIESになっていますね。
ASEANにとっての最大の輸出相生
地域はNIESです。これは
日本よりもかなり大きいですね。それから、
中国にとって、これは香港があることの影響ですけれども、それにしても
中国の最大の輸出
パートナーはNIESであって、それは
日本の倍です。
かような次第でありまして、NIESが中核になって東
アジアの
域内を物が自己循環しているというイメージは皆様方の頭にも浮かんでくるんじゃないかと思うんです。
それから、ついでながら一番下の行を見ていただきたいんですけれども、これは九〇年から九四年までの輸入増加寄与率です。つまり、九〇年から九四年までの
アジア・太平洋における輸入増加額は、一番右下を見ていただくとわかります、三千七百六十二億ドルです。これが
アジア・太平洋における九〇年から九四年までの輸出増加額、つまり輸入増加額です。それを一〇〇として各
地域の数字をはじいたものが下に載っているわけです。
これを見ると、NIESが三〇・五、それから
中国が大きくなりましたね、一八・五、
ASEANが一五・五で、この東
アジア三つの合計は六五%ぐらいになるんです。もう一度言いますと、九〇年から九四年までの
アジア・太平洋の輸入増加のうちの六五%が東
アジアの開発途上諸国から発生してきているということを言っているわけです。
そのような次第で、
先ほど言っているようにここの需要が
アジア・太平洋の中で、もちろん世界の中ででありますけれども、一番盛り上がっている。だから、
域外のスーパーパワーであるところの
アメリカや
日本の輸入が減少しても、なおかつこの
地域は全体として需要先が困ってしまって成長率が下がるということにはならなくなったというのは言い過ぎですが、ならなくなるような方向に
経済が動いてきている、自律的なメカニズムが動き出してきている、こういうふうに言ってよろしいだろう、そういう話であります。
このことは、次の紙を出していただきたいんですけれども、
投資資金の面でも発生してきているんです。これはNIESと
日本と
アメリカの
ASEAN投資を例に出したものです。
さっき言いましたように、円高期以降、つまり八六年以降
日本の
ASEAN投資が、真ん中ですけれども、大変な伸びをしたということは事実です。しかし、伸びたのは
日本だけじゃなくてNIESが非常に伸びているわけです。そして、九〇年以降はNIESが
ASEANに対するトップインベスターになっているわけで、
日本を上回ってしまったということであります。しかも、このNIESの
ASEAN投資というのは、これはだれがどう見てもというか、この
地域のことを勉強している人たちに言わせますと、こんなものは非常な過小評価なんですね。決定的な過小評価です。
と申しますのは、NIESというのは
韓国、台湾、香港、シンガポールを言っているわけですけれども、
韓国を除いたあとの残り三つ、台湾、香港、シンガポール、これは言うまでもなく外の
中国人がつくっている国ですが、これは幇組織というのがあります。広東出身の人は広東幇という幇をつくっています。それから、福建出身の人は福建幇、海南の人は海南幇。あるいは、広東というのは非常に大きな
地域ですから、その
地域別に、例えば潮州幇、客家幇なんて御存じですね、そういう出身地を同じゅうする人々がグループをつくっているわけです。ある種の相互扶助組織をつくっていまして、これが
中国人の特に外に出ている人たちの
関係社会のネットワークの
中心だというわけです。ですから、そういう帯組織のネットワークを通じて、NIES資本というのは今言う在外華人資本のネットワークを通じてもう融通無碍にお金が動いている。これはなかなかこういう公式的な統計では捕捉しがたいというわけであります。
ですから、ここに載っているNIESの
ASEAN投資という数字は、統計的に捕捉できたという
意味ではミニマムの数字なんですね。そのミニマムで見ても、
日本や、ましてや
アメリカを大きく超える
投資をしているということは、現実にはもっとはるかに大きな
投資がなされているということです。近年に至れば至るほどそうです。
そのような次第でありまして、東
アジアの
域内をNIES資本が中核になって東
アジアの資本が循環を始めている。そのために、
アメリカや
日本の
ASEAN投資が減っても、
ASEANは
投資資金に困って失墜してしまうというふうな構造はかってのようにないということです。
私どもの
分野の
キーワードは、対外的脆弱性、エクスターナル・バルネラビリティーズ、そんな言葉が僕がこの
分野に入ったころはよく言われたんですね。あるいは十年ぐらい前からの議論で対外従属論、ディペンダント・ディベロプメント、従属的発展の理論などというのがジャーナリストや学界でも一時代を風靡したと言うと言い過ぎですけれども、私は一貫して反対してきましたけれども、そういう議論が幅をきかせた時期もあるんです。だから、特にNIESなんかは成長率は高いけれども、これは外の
アメリカとか
日本というスーパーパワーのエンジンに引っ張り上げられて高いんだ、したがってこの力が弱くなればこっちも弱くなるんだ、そういう
意味での脆弱な体質というものを持っているんだ、従属的な体質を持っているんだ、そういう議論がまことしやかに語られていた時期がありました。
あるいはその時期の東
アジアのある体質を反映した議論であったと言えば言えなくはないんですけれども、少なくとも今日見る限り、そういう体質は随分変わってきていると言っていいだろうと思います。東
アジアにおける
投資資金の
中心は東
アジアになってきているということだと思うんです。だから、物と金の両面における自己循環メカニズムということであります。
時間がなくなってきましたからもう切り上げますが、あと五分くらい残っておりますので、
中国のことを若干申し上げて終わりにしたいと思うんです。
三枚目は、これはつい最近出たデータですけれども、今度は
中国の話です。
私は、今言った自己循環メカニズムの中に
中国も組み込まれつつあるというのが現実だということを申し上げたいわけです。これは
投資資金の面ですけれども、ごらんのとおりであります。これは
中国側の発表した数字なんですけれども、
中国は御
承知のように世界最大級の外資の受け入れ国、
民間企業の受け入れ国になっておりますが、その
中国が昨年受け入れた直接
投資の額のうち実行額、実際に
投資されたものをここで拾ったわけですが、ごらんのように
日本と
アメリカは合計しても一三%ちょっとですね。圧倒的な部分は香港。通常、香港・マカオと言いますが、香港、マカオを合わせますと六割、それに一〇%が台湾、シンガポールが三%。つまりNIES資本になっているわけですね、
中国が受け入れているのは。最近では、さらに東南
アジアの華僑、華人系の企業もここに
投資をしています。
ただ、香港というのは御
承知のように中華世界の中継的な地点にありまして、香港を経由してしまいますとその資本の出自は消えてしまいますから、香港があることによってこういう数字は余り信用できないんですね。実際には、
中国が香港に出てきて、また香港から
中国に
投資している市中
投資と我々が呼んでいるものも少なくないわけです。何が本当がよくわかりませんが、しかしマジョリティーが外の
中国人の
投資である。
中国の受け入れている
投資資本のマジョリティーが外の
中国人のものだ。つまりNIES資本である構造自身は紛れもないものだと私は思っているわけです。そういう
意味で、自己循環メカニズムの中に
中国が加わる。
では、どこの
中国が加わっているかというと、
最後の表でありますけれども、これであります。
これはなかなかおもしろい表なんですけれども、ただ、
中国の統計概念というのは、西側といいますか我々の社会とまだイコールではありませんので近似値でしかないのでありますが、何を言わんとしたかというと、これは全国一八・二という数字が書いてあると思いますが、要するにこれは
中国が昨年受け入れた海外直接
投資。その直接
投資、もちろん実行額です、実際に利用された額ですが、その
投資資金が
中国の固定資産
投資の何%であるかということを見たら、一八・二という数字が出たんです。これは恐らく過大評価だと思います。ですから三、四%は引いてもいいかなと思います。それにしても、これは圧倒的に高い数字ですね。
と申しますのは、同じ数字を
日本で計算しますとゼロ、つまり数字が出てこないんです。つまり、
日本の国内の固定資産
投資というのは
日本にいる
日本人が一〇〇%やっているわけですね。
韓国はどうかと思って計算してみましたら一%にならないんです。
韓国の昨年の固定資産
投資の九九%以上は
韓国にいる
韓国人がやっているわけです。ところが、この巨大な
中国で一八%というわけでありますから、これはもう信じられないぐらい高いです。そういう
意味で、
中国は野方図というふうな形容詞をつけていいぐらいの
投資を受け入れているというわけです。
ところで、
中国の今最高の成長率を見せているのは、福建、広東、海南、つまり華南三省であるわけですけれども、これはもうこんな数字であります。信じがたいぐらい高い数字、いかに
中国の成長
地域が外資依存型であるかということがわかると思うんですが、その外資というのはさっき言ったように外の
中国人の
投資だと、こういう構図になっているわけであります。そういう
意味で、
中国の沿海部、とりわけ
中国の成長
地域を
構成している華南
経済、これが東
アジア化している、同じメカニズムの中に連動するような形で含まれてきているということだと思うんです。
この連動しているメカニズムがさらに沿海に広がるか、あるいは
ベトナムを巻き込むか、
中国の内陸部に及ぶか。つまり、今まで東
アジアが見せてきたフロンティア拡大のプロセスに
中国の内陸や
ベトナムが入っていくかどうかというのが非常に大きな
テーマになってきている。もしそのことが可能であれば、東
アジアの
経済の将来はまだまだ天井が簡単に来るというわけではないだろうと思います。
ただ、私は非常にきょうはブライトサイドといいますか明るい側面を強調し過ぎているのかもしれませんけれども、しかし問題がやはりあり得る。これは人口とか食糧とか
環境という問題は別にプロフェッショナルがいて論じるべきであって、私はそれには言及しませんけれども、私が非常に今問題があり得るとすればという前提で申し上げれば、やはり
中国だと思います。
中国がこの自己循環のメカニズムの中に組み込まれたのでありますれば、
中国が右肩上がりでいけば、この東
アジアのメカニズムの懐が非常に大きくなるという
意味でこれは大変結構なことですが、ただ、そういうふうに考えられるかどうかという問題が
一つ大きくなっています。これは
中国経済論の話ですが、きょうの
テーマではありません。
ただ、
一言だけ言っておけば、今、九二年が一三%、九三年が二二保四、昨年が一一・八というふうな異常な成長が続いているわけです。超高成長と言えばいいんですけれども、こんな高成長が、右肩上がりがそう続くはずもないわけであります。
特に
中国の場合問題なのは、成長率をソフトにコントロールする能力ですね、マクロ・コントロール・メカニズム、つまり金融、財政、税制を通じてのソフドブレーキ、ソフトアクセルというものを持っていない。持っていないと言うと言い過ぎかもしれませんが、朱鎔基さんたちはその能力を身につけようと今必死になっているわけですけれども、こういう能力を身につけるためにはやっぱり長い時間が必要なわけですね。今は少なくとも極めて不十分なものにしかなっていないというわけです。
つまり、
中国の高成長がそういうメカニズムの不足の上に急激なダウンスイングに入る可能性はあるわけです。それは要するにマクロ
経済の不安定性というものが非常に気になるわけです。今言ったような制御のためのコントロールがない分だけ急激なダウンがある。もしそうなった場合には、事は
中国だけにとどまらなくて東
アジア全域にその問題が及んでくる可能性があるわけです。
しかも、
中国が受け入れているのは外の
中国人の
投資だとさっき言いましたけれども、この外の
中国人はどんな
投資をしているかというと、不動産
投資とか、それから流通
投資とかそれからホテルのようなサービス部門とか、あるいはオフィスビルやホテルをつくったりする建設とか、そういうものが多いんです。製造業
投資もなされてはいますけれども、その多くは広東省を舞台にした委託加工生産みたいな非常に中小零細の
投資なんです。短期利潤回収型の
投資です。ですから、もうけが多いときにはどっと入ってきますけれども、薄くなるとさっと出てしまうという、フットルースといいますか、そういうものです。ですから、
中国のマクロ
経済が不安定化したときに、こういうものは大量に外へ出ていく可能性があるわけです。
例えば八八年、八九年のとき、
中国で天安門事件が起こって西側が
経済制裁やって、そういうことがありましたけれども、あのときは、今一八・二というふうにパーセントを出しましたけれども、これに類する数字は一%足らずなんです。だから、仮にそのとき外資が全部外へ出ていってもそれ自身が
中国の
経済に与える影響というのは軽微なものだったんですけれども、現在はこれは一八・二ですから、そうなりますと、というわけです。
余り話がくどくなってはいけないんですが、そういう
意味で、うまくいくのもまずくいくのも
中国ファクターが非常に大きくなってきているということです。これは
渡辺昭夫先生の
先ほどの
お話で、政治
安全保障の問題なんかでも
中国ファクターが大きくなってきているわけですけれども、
経済の面でも非常にそういうことが起こってきているということです。
APEC等についても論ずるべきであったのかもしれませんけれども、時間が来てしまいましたのでまた後のディスカッションの中で述べます。
御清聴どうもありがとうございました。