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政府委員(小池寛治君)
防衛庁参事官の小池でございます。
防衛庁に本日求められておりますテーマは、
アジア・
太平洋地域を
中心とする最近の
国際軍事情勢ということですけれども、この
地域の情勢は
世界の全般情勢と密接に関連しておりますので、全般的な情勢について簡単に概観させていただきたいと思います。
今日の
世界においては、
冷戦の終結、特に
ソ連の解体によって
世界的規模の
戦争が発生する
可能性は遠のいたと言えます。こうした変化を受けて、
米国、旧
ソ連や欧州においては、
各国において
冷戦時NATO対ワルシャワ条約機構という厳しい対峙を前提として蓄積された戦力の見直し、再編が行われ、域内での軍備管理・軍縮の動きが進展しております。
他方、これまで東西対立のもとで抑え込まれてきた
世界各地の宗教上、民族上の問題などに根づく種々の対立が表面化あるいは先鋭化して紛争に
発展する危険性が高まっております。また、兵器、特に核物質の流出事案あるいは弾道ミサイルの拡散問題などに見られますように、核・生物・化学兵器といったいわゆる大量破壊兵器やその運搬手段の移転あるいは拡散は、
地域紛争を一層深刻化させる
要因として国際的にも強く懸念されているということは先生方よく御
承知のとおりだと思います。
総じまして、今日の
国際軍事情勢は安定的な秩序を求めてさまざまな努力が続けられておりますけれども、その先行きはいまだ不透明であり、明確な方向性があらわれるには至っていないと考えております。
こうした情勢の中で、まず国連ですけれども、国連は国際の平和と安全を維持する
役割を従来以上に発揮することが期待されております。
国連の平和維持活動は、
冷戦の終結前後から活発に行われるようになり、一九四八年以来今日までに設立された国連のPKO活動のうちの半数以上は九〇年以降に設立されております。しかしながら最近では、強制措置を伴った第二次国連ソマリア活動の例にも見られますように、必ずしもすべての国連のPKO活動が成功しているとは言えないという
状況になっております。
ブトロス・ガリ国連事務総長は、本年一月の安全保障理事会に報告書、「平和のための課題 追補」を提出いたしましたが、その中でブトロス・ガリ事務総長は、武力行使を伴う活動というのは現在の国連の能力を超えるということを認めでおります。
また、先ほど申し上げましたように、
冷戦の終結を受けで、現在、
米国、旧
ソ連や欧州においで軍備管理・軍縮の動きが進展しつつあります。核戦力については、戦略兵器削減条約、STARTIが昨年十二月発効いたしました。これは史上初めて戦略核兵器を単に上限を設けるということではなくで削減するという画期的な条約であります。さらに、二〇〇三年初頭までに戦略核弾頭数をおおむね三分の一まで大幅に削減することなどを内容とするSTARTⅡが米・
ロシア間で署名されております。通常戦力については、欧州においては九二年に発効した欧州通常戦力、CFE条約に基づいて戦車、戦闘機等々の削減が行われております。
さらに欧州におきましては、
冷戦時のNATO対ワルシャワ条約機構の対峙という図式にかわる新たな安全保障の枠組みづくりが探求されております。例えば昨年十二月には、欧州安全保障協力
会議、CSCEと称するものですが、その首脳
会議においでCSCEの機能強化及びその名称をCSCEからOSCE、すなわち欧州安全保障協力機構へと名称の変更が決定されました。また、NATOとの間で平和のためのパートナーシップに参加した国は、
ロシアを含め二十六カ国に上っております。
このように、
冷戦終結を契機として
国際社会の安定化に向けたさまざまな取り組みが進められておりますが、他方、東西対立の構造が消滅したために宗教、民族問題などに起因する
地域固有の種々の対立が顕在化、先鋭化する危険性が
世界各地で増大していることは先ほど申し上げたとおりです。チェチェンなどの旧
ソ連地域やボスニアヘルツェゴビナなどで見られる紛争はその端的な例ということが言えると思います。
それでは、
アジア・
太平洋地域の軍事情勢に入りたいと思います。
まず、この
地域の情勢を概観いたしますと、
アジア・
太平洋地域というのは地理的、歴史的に多様性に富んでおり、
各国の有している安全保障観、歴史はさまざまであって、極めて複雑な軍事情勢となっております。
この
地域においては、もともと
冷戦時においても欧州におけるNATO対ワルシャワ条約機構の対峙といった明確な東西二極の対立構造は存在しておりませんでした。
冷戦終結後も
朝鮮半島、南沙群島、我が国の北方領土などの諸問題が依然として未解決のまま存在しております。また、この
地域は
世界で最も
経済成長の著しい
地域の
一つでありますが、
経済力の拡大などに伴っで、域内の多くの国が国防力の充実、近代化に努め始めでおります。また、この
地域の政治、安全保障に関する協議を行う
ASEAN地域フォーラムが創設されるなど、多国間の安全保障に関する対話の努力が開始されておりますが、いまだ欧州に見られるような多国間の軍備管理や紛争の防止、紛争の解決といったものに関する枠組みが構築されるといったような
状況にはありません。
このように、
アジア・
太平洋においては、先ほど
説明した欧州において起こっているような大きな変化が見られる
状況にはまだ至っていないと考えております。
次に、個別の国、
地域ごとの情勢について
説明いたします。
まず
朝鮮半島情勢ですけれども、
朝鮮半島においては、先生方よく御
承知のとおり、
韓国と
北朝鮮合わせで百五十万人を超える地上軍が非武装地帯を挟んで対峙しております。このような軍事的緊張は、一九五三年の
朝鮮戦争停戦協定以降、四十年以上にわたり続いております。
冷戦終結後も基本的にその
状況は変化しておりません。
北朝鮮は、金日成主席が昨年七月に死去しで一年以上が経過しておりますけれども、いまだ国家主席及び労働党総書記という国家及び党の最高ポストは空席のままとなっております。しかし、国防
関係ポストについては、故全日成主席の存命中から金正日書記が人民軍最高司令官、元帥あるいは国防委員会委員長といったポストに就任しており、軍を掌握していると見られております。
北朝鮮は、一九六二年以来、全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化という四大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきました。
北朝鮮は近年マイナス
成長が続き、食糧不足、エネルギー不足などの深刻な
経済困難に直面していると見られますが、それにもかかわらず軍事費に
GNPの二〇ないし二五%に相当する額を支出していると見られるなど、依然として軍事面にその国力を重点的に配分して軍事力の近代化を図り、即応態勢の維持強化に努めていると見られます。
また、地上戦力の約三分の二を非武装地帯付近に前方展開し、二百四十ミリ多連装ロケットや百七十ミリ砲などの長射程化砲をDMZ付近に増強配備していると見られます。
北朝鮮軍は、総兵力が約百十三万人で、その約九割が陸軍という陸軍
中心の構成となっております。装備の多くは旧式ですが、近年装備の近代化を企図しており、例えばミグ29やスホーイ25などの新型装備も保有しております。また、ゲリラ戦などを行う特殊部隊及び特殊部隊用の装備を多数保有していると見られております。
北朝鮮の核兵器開発疑惑につきましては、我が国の安全に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の国際的な拡散を防止するという見地から、
国際社会全体にとっても重要な問題であると考えております。
本問題については、昨年十月の米朝枠組み合意により、問題解決の道筋が示されたところでありますが、本問題の解決にとっては
北朝鮮が合意の内容を誠実に履行することが重要であり、今後の
北朝鮮の対応を注意深く見守っでいくとともに、合意内容が着実に実施されるように、日、米、韓及び
関係国が引き続き緊密に協議していくことが必要であると考えております。
また、
北朝鮮のミサイル開発については、八〇年代半ば以降、射程距離約三百キロメートルのスカッドBや、その射程を五百ないし六百キロメートルに延長したスカッドCを生産、配備するとともに、中東諸国にも
輸出してきたと見られております。
さらに、現在射程約一千キロメートルともいわれる弾道ミサイルノドン一号を開発中であると見られ、またノドン一号よりもさらに射程の長いミサイルの開発も目指していると見られております。
北朝鮮がノドン一号の開発に成功した場合には、
北朝鮮と我が国本州との距離が近いところで五百数十キロでありますので、配備位置いかんによっては我が国の過半がその射程内に入る
可能性がございます。
このような
北朝鮮の弾道ミサイル長射程化のための研究開発というのは大量破壊兵器の運搬手段の拡散につながりかねず、核兵器開発疑惑と相まって我が国周辺のみならず
国際社会全体にとっても重要な問題であり、その開発
動向が強く懸念されるところでございます。
次に、極東
ロシア軍について述べたいと思います。
極東
地域の旧
ソ連、
ロシア軍は九〇年以降は量的には縮小傾向を示しております。また
ロシアの厳しい財政
状況、徴兵忌避者の増加などによる充足率の低下などによって極東
ロシア軍の活動は全般的に低調になっております。さらに軍人の待遇の低下や給料の不払いなどによって不満が満ちており、軍の士気も低下していると見られ、即応態勢は低下しているものと見られます。
しかしながら、現在においても極東
ロシア軍は地上兵力が二十六個師団約二十二万人、海上兵力が主要水上艦艇約六十隻、潜水艦約六十五隻を含む艦艇約六百七十五隻、約百六十八万トン、航空戦力は作戦機約千機という大規模な戦力が蓄積された状態にあります。さらに、T80戦車の配備、増強、オスカーⅡ級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦の回航やアクラ級原子力潜水艦の建造、配備、ミグ29などの第四
世代戦闘機の比率の増加など、欧州方面からの装備の移転などにより、緩やかなペースではありますが、近代化は引き続き続いております。
また、
ロシアは現在、
ロシア連邦軍事ドクトリンの主要規定などに基づいて軍の再編を実施しでいるところでありますが、
ロシア軍の今後の
動向は
ロシア国内の不安定かつ流動的な政治
経済情勢とも相まって不明確であり、このため極東
ロシア軍の今後の
動向も不確実なものとなっております。このように膨大な戦力を有し、その
動向が不確実な極東
ロシア軍の存在は、この
地域の安全に対する
不安定要因となっていると認識しております。
なお、北方領土に駐留する
ロシア軍地上軍につきましては、現在も師団規模を維持していると推定されますが、人員充足率は相当低下している
可能性が大きいと見られます。なお、北方領土に駐留する
ロシア軍につきましては、九三年十月にエリツィン大統領が訪日された際に、既に四島駐留軍の半数を撤退させた旨表明しましたが、他方昨年十月にはグラチョフ国防相が、部隊規模や装備の削減を示唆しつつも部隊の引き揚げは行わない旨の発言をしております。
いずれにしましても、我が国固有の領土である北方領土から
ロシア軍が早期に完全撤退することが望まれます。
次に、
中国について
説明いたします。
中国は、現在、かつてのゲリラ戦主体の人民
戦争の態勢から近代戦に対応し得る正規戦主体の態勢への移行を進めており、また湾岸
戦争においで、高性能兵器の威力にかんがみ、軍事技術や装備の近代化の重要性を強調しております。
要するに一言で言えば、
中国は現在、国防力の量から質への転換を図っていると言えましょう。
中国軍は、陸上兵力九十一個師団、約二百二十万人、艦艇千八十隻、約百二万トン、作戦機約六千百六十機という膨大な兵力を有しておりますが、現状においては旧式装備が大部分を占めております。しかし近年、特に核戦力や海空軍力を
中心に近代化を進めております。
核戦力につきましては、現在ICBMを若干基、中距離弾道ミサイル、IRBMを約百基、中距離爆撃機TU16を約百二十機保有しております。
中国は核戦力の近代化、多様化を推進しており、新型IRBMの配備やSLBMの開発などを進めております。
また、昨年核実験を二回実施したのに続き、本年五月及び八月にも核実験を実施したことはよく知られております。これは、核搭載ミサイルの長射程化や多弾頭化といった核戦力の近代化に必要となる核弾頭の小型化、軽量化を目的としている
可能性が大きいと考えられます。
陸軍につきましては、総兵力約二百二十万人と規模的には
世界最大であるものの、総じて火力、機動力が劣っていると見られております。
中国は、陸軍近代化の
観点から、従来、歩兵師団を
中心に編成されていた軍ないし軍団を歩兵、砲兵、戦車部隊、対空部隊などの各兵種を統合した集団軍へと改編いたしました。
海軍につきましては、ルフ級駆逐艦やジャンウェイ級フリゲートなどのヘリコプター搭載可能な駆逐艦、フリゲートの建造及び配備、さらには新型ミサイルの搭載を行っております。また、
ロシアからキロ級潜水艦を導入しております。
空軍につきましては、F8Ⅱなどの新型戦闘機の開発、配備を進めているほか、
ロシアからスホーイ27戦闘機や新型地対空ミサイルを導入しております。また、このような装備の近代化だけでなく部隊運用の近代化も進めていると見られ、昨年下半期以降、陸空やあるいは海空など異なった軍種間の共同演習を含む大規模な演習を連続して実施している模様であります。本年七月及び八月には、
台湾の北の近海におきましてミサイル発射訓練あるいはミサイルを含む実射射撃訓練の演習をそれぞれ実施いたしております。
中国の公表されている国防費は、七年連続で対前年度比一〇%以上の
伸びとなっており、特に昨年度及び九五年度は二〇%以上の
伸びを示しております。なお
中国は、実際に軍事目的に支出している額は
中国政府が公表している国防費にとどまらないと見られており、例えば研究開発費などは公表されている国防費には含まれていない模様であります。
中国はこのように、近年国防費を大幅に増額するとともに、核戦力や海空軍力を
中心に国防力の近代化を進めております。
しかしながら、
中国は現在、二十一
世紀半ばまでに社会主義強国いわば
先進国になることを目指しており、改革・
開放路線政策を踏襲し
経済開発を続けるということを当面の国の最重要課題としております。また、
経済のインフレ基調、財政赤字という困難に直面していること及び先ほど御
説明しましたとおり旧式の装備を多く保持しているという事情にかんがみて、国防力の近代化は漸進的に進むのではないかと見られております。
また
中国は、九二年二月に、他国と領有権についで争いのある南沙群島や西沙群島などを自国領と明記した領海法を施行いたしました。さらに、九二年十月に行われた
中国共産党第十四回全国代表大会の報告にさらに今後の使命として領海及び海洋権益の防衛を明記しで、近年、南沙群島における活動拠点を強化するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きを見せております。このような
中国の動きについては、中長期的に
アジアの軍事バランスにどのような影響を与えるか我々としては十分注目していく必要があると考えます。
また、
中国はその軍事力や国防政策を対外的に明らかにしておらず、これらが近隣諸国に不安感を与える
要因の
一つになっております。今後、
中国が軍事力あるいは国防政策の分野でその透明性をより高めていくことが望まれる次第です。
長くなりましたが、東南
アジア地域の情勢につきましては、
ASEAN諸国においては最近
経済力の拡大などに伴って国防費を増額し、例えば、
マレーシアがFA18、ミグ29を購入し、
タイがスペイン製軽空母を購入するなど、新装備の導入による軍事力の近代化を図る動きが見られます。
また、この
地域では域内の安全保障についての
関心が高まっており、昨年七月には
ASEANが
中心となって
アジア・
太平洋地域の政治、安全保障について話し合う
ASEAN地域フォーラムがバンコクで開催され、本年七月その第二回
会議がブルネイで開催されております。
南沙群島の領有権をめぐる問題については、現在、
中国、
台湾、
ベトナム、フィリピン、
マレーシア及びブルネイが全部または一部の領有権を主張しております。同群島をめぐっては、八八年に中越海軍が武力衝突し一時緊張が高まりましたが、その後は大きな武力衝突は発生しておりません。しかし、九二年には先ほどの
中国領海法が施行されたことに
関係国が強く反発したり、あるいは最近では
中国がミスチーフ礁に建造物を構築したことによって緊張が高まりました。他方、九二年七月に
ASEAN外相会議においで南沙群島問題の平和的手段による解決などを盛り込んだ南シナ海に関する
ASEAN宣言が採択され、九二年十一月には中越間で領土問題を平和的に解決することで合意するなど、この問題の平和的解決を目指す動きも見られます。しかしながら、
関係各国の協議にはまだ大きな進展は見られず、解決のめどは立っていないというのが現状でございます。
最後に、
アジア・
太平洋地域におけるアメリカ軍の
状況についてちょっと触れたいと思います。
米国は、従来から、我が国を初めとする
アジア・
太平洋地域の平和と安定の維持のために重要な
役割を果たしできでおります。
米国は、これまで、この
地域に陸海空軍及び海兵隊の統合軍である
太平洋軍を配置するとともに、我が国を初め
幾つかの国々と二国間の安全保障取り決めを締結することによってこの
地域の紛争を抑止し、
米国と同盟国の安全を守る政策をとってきております。
米国は、九〇年四月、
東アジア・
太平洋地域の米軍戦力を段階的に再編、合理化する戦略構想、EASIを策定して、九〇年から九二年までの第一段階は計画に沿って約一・五万人の兵員を削減いたしました。それから九二年十一月には、米・フィリピン軍事基地協定の終結に伴ってフィリピンから完全に撤退いたしました。しかし、第二段階では、主として
韓国からの地上部隊の撤退が計画されていましたが、他方同時に、
北朝鮮の核兵器開発問題に関する危険や不確実性が完全に解消されるまで撤退は延期されるということになっておりました。
その後、九三年九月に発表されたボトムアップ・レビューでは、北
東アジアにおける前方展開戦力について、現状とほぼ同じ規模の十万人
程度を維持することを表明しました。また、本年二月に発表された
米国の
東アジア・
太平洋地域における安全保障戦略、いわゆるEASRにおきましても、
米国はこの
地域における重要な国益を守るため引き続き前方展開戦力を維持する必要性を強調しで、今後もこの
地域において現状の十万人
程度の戦力を維持することを再確認しております。
アジア・
太平洋地域においては、いまだ欧州におけるような多国間の安全保障の枠組みが構築されるような環境にない
状況におきましては、日米安全保障条約を初めとする二国間
関係と、これに基づく
米国のプレゼンス及びコミットメントは、この
地域の平和と安全にとって依然として極めで重要であると認識しております。
以上でございます。