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山崎参考人 上智大学の
山崎でございます。
本日は、
老人保健法等の一部を
改正する
法律案につき、研究者としての
意見を述べる
機会を与えていただきましたことにつきまして、心からお礼を申し上げます。
まず最初に、今回の
改正案について、率直な印象を申し述べさせていただきます。
第一点は、争点となっています
公費負担、
拠出金、一部
負担等の費用
負担については、現在の
老人保健制度の枠組み、財政状況、それに錯綜した利害
関係のもとでかなり苦心された提案であると思います。
第二点は、飛躍的な
拡充が求められています
在宅介護対策として、従来の
施策に加えて新たに
老人訪問看護制度の
創設が提案されていますが、これについては
医療の側からの
在宅介護への積極的なアプローチの道を切り開く画期的な新規
施策として高く評価しております。
第三点は、第一点として申し上げましたことと関連しますが、現行の
老人保健制度の枠組みのもとでの手直しは、もはや限界に近いところまで来ているのではないかということであります。
年金、
医療保険等の関連
分野と有機的に関連づけた総合的な対応策を講じなければ、将来への展望を切り開くことができない状況に至っているのではないかということでございます。
以下、
改正案の主要事項について、私の
意見を申し述べます。
今回の
改正案の中で、最も注目されるのは
老人訪問看護制度の
創設であります。
現在の
在宅対策は
福祉サービスを主体としており、量的不足があるほか、利用も低所得者に偏っているという問題があります。一方、
医療保険による
在宅対策では、
昭和六十三年の
診療報酬改定で
看護婦による
訪問看護が点数化されました。しかし、この
訪問看護は
医療機関からの訪問に限られ、
看護婦不足もあって
実施している
医療機関は少数にとどまっていますし、
医療と
福祉の連携を強化する上で不可欠な
システムが十分に確立していないという問題もあります。
在宅ケアの
充実のためには、供給主体の拡大、多様化と
医療、
福祉サービスの総合化が必要でありますが、
老人訪問看護制度の
創設は、その
方向に向かって新たな礎石を築くものとして期待しております。
訪問看護制度の
実施機関は、地方公共団体、
医療法人、
社会福祉法人、その他厚生大臣が定める者となっておりますから、これにより
訪問看護の供給主体の拡大、多様化を図ることができます。
また、
実施機関の「その他」の中に民間事業者が含まれるとすれば、単なるシルバーマーク
制度を超えて、公的サービスの供給主体としての民間事業者の参入も進むことになります。さらに、このような供給主体の拡大、多様化により競争原理によるサービスの質の
向上も期待できるのではないでしょうか。
懸念されるのは、深刻化する
看護婦不足の状況下で果たして十分な
マンパワーが
確保できるかどうか、
看護婦不足を増幅するのではないかということでありますが、
訪問看護ステーションの
創設は、むしろ潜在
看護婦の受け皿にもなり得るもので、
看護婦の
確保対策としても注目できるように思います。
それは、昼間の勤務であること、
病院看護で求められるような高度の看護技術、知識を必要としないこと、療養上の世話という看護の原点に立った自立的なサービスを提供できるという点でも、
訪問看護療養費が適切な水準で設定されれば十分に魅力のある職場となる可能性があるからであります。
さらに、
訪問看護制度の
創設により、開業医の家庭医機能も強化されるのではないでしょうか。
訪問看護はかかりつけの医師の指示を要件としており、それに伴って地域
医療における開業医の継続的な訪問診療の拡大が期待できるからであります。
このように、
訪問看護制度の
創設は、私自身、これまで求めてきたものでありますし、高く評価したいのでありますが、その上でなお若干の注文をさせていただきます。
まず、提案されている
訪問看護サービスの範囲が、
看護婦のほか准
看護婦、作業療法士、理学療法士等の
医療職によるサービスに限定されているということでございます。
介護を重点とする看護サービスを提供するという提案の趣旨、それに
医療と
福祉の総合化を図るという理念からすれば、
介護福祉士等による
介護サービスをも包括すべきではないでしょうか。さらに将来的にはソーシャルワーカーの配置も
検討課題になるように思います。
また、
訪問看護ステーションは、
看護婦のオフィスとして位置づけられていますが、将来的にはデイサービス、ショートステイ等の
施設サービスも包括して提供し得る機関への
拡充もあわせて検討していただきたいのであります。そうすれば、
訪問看護ステーションが地域での総合的な
医療、
福祉サービスの拠点として発展する可能性が開けてくるように思います。
次に、争点になっている費用
負担について
意見を述べさせていただきます。
まず、
関係者が一致して要求していた
公費負担の
拡充でありますが、
改正案では、
介護に着目した
引き上げに限定し、
老人保健施設療養費と
老人病院のうち特例許可
老人病院の特例許可病棟の入院
医療に要する費用について、現行の三割を五割に
引き上げることとしています。これは
介護部分についての
福祉制度の費用
負担との均衡を図るという理論的な根拠のほか、
定率五割に
引き上げた場合、新たに一兆二千億円もの財政
負担の増加を伴うという財政面の制約があったと伝えられています。
改正案による
公費負担の増加は、当面七百五十億円で
老人医療費のわずか一・二五%にすぎません。しかし、今後、
老人保健施設等の
介護体制の整った
施設の
整備が順調に進めば、
公費負担の割合は着実にふえますから、
拠出金負担の増加は
老人医療費の伸び率以下にとどめられることになります。その意味では、将来に向かっての展望の持てる提案として評価したいと思います。
ただし、将来とも、このような
定率での
公費負担の
拡充を図るとなるとかなり問題があるように思います。それは
老人医療費に著しい地域差がある現状において、
定率で
公費負担を
拡充すれば、かえって地域間の不公平を拡大することになるのではないかと考えるからであります。
平成元年度の
市町村別の
老人一人当たり
医療費を見ますと、最高は約百四十七万円、最低は約六万円でございます。国庫
負担は
定率で二割がつくわけでございますから、
老人一人当たりでは、それぞれ二十九万円と一万二千円で、著しい格差があります。地域的な事情があるにせよ、
保健事業や
在宅対策に努力している
市町村から見れば、
定率での国庫
負担の配分にはやはり問題があると言わざるを得ないのであります。現行の二割の国庫
負担はともかくとして、今後の
拡充分については、基準
医療費の概念を用いるなど
市町村の努力を促す配分の工夫が必要だと考えます。
また、
公費負担については、
老人保健施設等の入院
医療費のほか、
訪問看護についても
公費負担割合を
引き上げるべきではないでしょうか。
介護に重点を置いた
訪問看護ということであれば、決して無理な
考え方ではないと思いますし、
在宅療養を伸ばすという政策的な配慮としても妥当性のあることだと考えます。
次に、一部
負担については、率直に申し上げて、現在の
老人保健制度の枠組みの範囲では前向きの議論に発展させる余地はほとんどないように思います。
施設間、
施設、
在宅間、それに
世代間の公平性を
確保しなければならないことは、今や共通の認識になっています。そして、その共通認識からすれば、提案されている額そのものが低過ぎるとも言えなくはないのであります。
しかし、そのような観点からの本格的な費用
負担の公平化を図るには、
高齢者対策の抜本的な
改革と並行して、総合的な観点から検討しない限り
国民的な合意を得ることは困難だということも事実であります。
冒頭、そして、ただいま申し上げましたように、
老人訪問看護制度の
創設等、
改正案には高く評価できる
部分がありますが、全体として、現行の
老人保健制度の枠組みのもとでの手直しは、もはや限界に近いところに来ているように思います。
私見を述べますと、費用
負担の問題については、要
介護老人に対する安定した所得の
確保がどうしても必要でございます。
年金制度が成熟してきたと言われますが、寝たきり、痴呆等の発現率の高まる後期老年層の老齢
年金について見れば、
その八割近くが月額三万円
程度の経過
年金であります。また、老齢基礎
年金にしても満額は月額五万八千五百円であって、これには
介護費用は全く考慮されていません。要
介護老人に対して、例えば老齢基礎
年金に月額五万円
程度の加算を行い、
病院等の
施設に入れば、それを一部
負担、利用料として
負担していただき、
在宅では外部サービスを買っていただくということになれば、問題はすっきり解決するはずであります。これにより
医療、
福祉の
効率化が図られ、
年金制度に対する
国民の信頼も格段に高まるものと考えます。
また、
家族介護者に対しては、
在宅サービスの
拡充とともに、現金での
介護手当の支給もあわせて検討すべきではないでしょうか。
在宅サービスの供給が相当に進んだとしても、その利用は地域により世帯によりかなりばらつきが出ることは必至であります。
在宅の要
介護老人が外部サービスを利用するか、
家族介護に頼るかによって、
在宅サービスの利用に不均衡が発生することは避けられません。とすれば、これは新たな不公平の拡大になります。それを調整するには、
家族介護に頼る場合には
介護者に対して一定の手当がどうしても必要になります。
さらに、現在、育児休業
制度の
創設が
課題になっておりますが、育児と
介護は同質の問題であります。育児休業と
介護休業を一体化し、かつ一定の所得
保障を
制度化していただきたいのであります。
以上提案しました、
年金での要
介護者に対する安定した所得の
確保、
家族介護者に対する
介護手当、それに育児、
介護休業手当の
創設等にこそ公費を重点的に充当していただきたいのであります。もし、そうであれば、
老人保健制度に対する
公費負担の
拡充は多少控えてもいいのではないのかとさえ考えております。
最後に、懸案となっております一元化を含む
医療保険
制度の
あり方について、再度検討を開始しなければいけない時期に差しかかっているように思います。
老人保健制度は、
医療保険
制度間の
共同事業として位置づけられているわけでありますから、
医療保険本体の基盤強化策を講じない限り、
老人保健制度の安定した発展はあり得ないわけであります。
以上で私の公述を終えさせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)