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田中参考人 一九八九年が奇跡の年だったというふうに言われて、そしてことしは、東
ヨーロッパを中心に第二次
世界大戦後当初予定されていた自由選挙というものが初めて実施され、東
ヨーロッパの地に新しい政権が誕生し始めているわけでございます。
経済の分野でいいますと、
ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーは、今
資本主義革命を行っているのであって、
社会主義の残滓というものを一刻も早く克服したい、そういう流れになってきているわけでして、果たしてこの
資本主義革命というものが
経済的にどこまで成功するのか、それが問われているという
状況になっております。そういう
意味では、ワルシャワ条約機構軍というものが完全に解体したことは、
ソ連も
アメリカも両方が認めるという事態になり、例えば
アメリカにとってみますと、第二次
世界大戦後大きなテーマであった欧州正面における
ソ連との角逐、駆け引きというテーマが消滅し始めているわけでございます。
これに対して、我々が大変関心を持っております
アジア地域においては、残念ながらこうした流れが全く起きないでいるのが今日でございます。これは私の予測でございますが、今後むしろ我々が処理に困るといいますか、
アジア・太平洋において平和と繁栄の構図を築くに当たって困難となるような問題はなおふえるだろうと思います。
例えば、中国でございますが、米中関係の悪化はさらに進むと考えるべき兆候が幾つかございます。
アメリカの通商法にジャクソン・バニック・アメンドメント、ジャクソン、バニックのお二人がつけた修正条項がございますが、これは共産圏については基本として最恵国条項としない、関税等最恵国の待遇を与えない、待遇を与える場合は、移民を阻害しないようにする、それが確認されたときのみ最恵国条項を適用する、こういう形になっているわけです。もともとは
ソ連のユダヤ人の出国の問題、
ソ連にいるユダヤ人が出国したいというときに、それを
ソ連当局が阻んでいたことからこのジャクソン・バニック・アメンドメントが行われたわけですが、それに対して、これは要するに、
ソ連を言うならば制裁するという条項であって、そのもとでは中国と例えばハンガリーあるいはユーゴスラビアは例外的に優遇されていた、こういう形だったわけです。しかし、この条項は常に見直されるわけでして、六月から七月にかけてこれが行われようとしているわけですが、現在、米国議会はこのジャクソン・バニック条項上、人権の問題について中国はひどいという認定をしておりますので、議会はこの最恵国待遇を持続するというのに
反対。ブッシュ政権でございますが、いろいろ言われております。これはすぐのことでございますから、もう二、三週間で結果が出ることでございますが、多分ブッシュも議会と歩調をともにするであろう。現在、米国議会では増税を含む財政赤字の削減について超党派の話し合いが行われるようになっておりまして、ブッシュとしては、議会との間の幾つかのカードのうち、議会の好意を得たいという中にあえて中国問題でぶつけるつもりはなさそうです。ブッシュ
自身が中国の展開に大変失望してきている。幾つかありますが、ファン・リーチ、方励之と漢字で書きますが、今中国・北京の
アメリカ大使館に夫婦で入っちゃっているわけですが、例えばこの人が中国を、北京を離れられないという状態が続いていまして、これは現在の中国政府が、昨年六月の天安門の武力弾圧ということをやった以上、この方励之の問題は当分処理できない問題として残っておりまして、恐らく米中関係はさらに悪化するだろうと思います。昨年、天安門事件が起きましたが、中国から米国への輸出額は現実にはふえておりまして、しかし最恵国待遇が外されますと、中国から
アメリカ向けへの輸出については、物によって違いますが、三〇%とか四〇%の関税がかかるわけでございまして、米国における中国製品、繊維、雑貨等の中国製品の米国における競争力は一挙に低下する。大きな、ただ単にメンツを失うだけでなくて、実際の被害が起きるという
状況が起きる、そういうことを我々は考えておく必要があるわけです。米中関係が緊張いたしますと、日中関係の処理もまた非常に難しい問題になる。これは第二次
世界大戦後ずっとそうでございまして、日中関係がうまくいったのは、米中関係が好転したときにのみ実際問題日中関係はよくなったわけでして、米中関係が緊張をはらむようになりますと、日中関係の処理は相当難しい問題になる、これが我々が現実にもう間もなく抱えるであろう課題でありまして、八千百億円の対中
借款は、こういう状態になると実際上空に浮くというふうに考えるべきではないかというふうに思います。
それから、北朝鮮における核兵器の開発のスピードについてはいろいろ言われておりますし、特別の見識を持つわけではありませんが、言われている限りでは、少なくとも現実、現在もなおこれが行われておりまして、
アメリカの国防当局はこれに懸念を示している。何とか
ソ連との話し合いで、
ソ連が幾つかの技術を渡していることは事実ですが、これを何とかとめられないかという交渉が米ソ間で行われていることは、これは
アメリカの文書にもございます。これがやはり懸念材料だということがございます。
それから問題は、先ほど申し上げましたように、
ヨーロッパにおいては、もはやその前方配備ということの
意味がなくなり始めているといいますか、
意味づけが難しくなりました。フォワードディプロイメントというのは、明白なる敵がいて前方が指定できたわけですが、敵が消滅したときに前方というのはあるのかという議論になるわけでして、NATO軍の戦略そのものが見直される。また、これ以上
ソ連の剥奪感を、要するにワルシャワ条約機構軍というのは事実上解体したわけですから、これは
共産党を通じての、言うならば
ソ連の支配
体制のもとでのワルシャワ条約機構軍ですから、別に確たる
官僚組織、機構が多国間にあったわけではなくて、
共産党を通じての支配、
共産党が事実上消滅してしまい、政権にいないわけですから、これはもう機能していないわけですね。そういう
意味では、
ヨーロッパにおいては果たしてNATOという軍事機構を兵力の水準において現在のままとどめることがプラスとは思えないという、これも共通の了解があり、統一ドイツの実現の過程では、ミッテルオイローパ、中欧における兵力の水準について米ソ間においても合意される可能性が現実に出てきているわけでございます。そういう
意味では、兵器の種類から兵隊さんの数に至るまで
ヨーロッパでは米ソ間で話し合いが成立する可能性というのは出てきた。
これに対して我々の周辺の
アジアを考えてみますと、そういう
条件はほとんどないわけでございます。大変残念なことですが、そういう状態。
アメリカの
アジアにおける戦略も相当現実に迷いが出てきております。ことしに入りまして国防省の担当者、
アジア・太平洋の担当者がいろいろな発言を繰り返してきておりますが、かつて常にありました、
アジア・太平洋における
アメリカ海軍の存在は、
ソ連の核戦力に
対応するもの、
ソ連の脅威に
対応するものだということだったわけですが、ことし発表されています幾つかの文書は、これは大幅に減じたということを、大幅になくなったことを前提にしておりまして、それではなぜ
アメリカ海軍は
アジア・太平洋に存在感をこのまま主張するのかということになりますと、多くの議論は、力の空白がこの
アジア・太平洋において起きた場合に、だれにとっても好ましからざることが起きる、力の空白が新たな紛争を生まないために存在し続けた方がいい、こういうロジックに転換してきているわけでございます。
そこで、我々どうやってこの
アジア・太平洋における平和の機構、平和の実質的なメカニズムをつくり上げていくのかという問題になるわけです。
ヨーロッパの事態から幾つかの教訓を学ぶとすると、東方
政策、ドイツ社民党において行われました東方
政策は、
ソ連のコンフロンテーション、軍事対決の姿勢というものが持続する限り、欧州における
安全保障の仕組みは
意味がない、ドイツの統一はまして不可能だということを前提にして、この
ソ連のコンフロンテーションをどうやって下げていくのかというのが戦略であったわけでして、オストポリティークが行われ、基本条約が結ばれ、一九七五年にはその延長線上で全欧安保
会議、CSCEという枠組みが決まります。このCSCEは三つバスケットがございまして、第一が
安全保障、第二が
経済協力、第三のバスケットは人権でございます。この人権の尊重という条項が効いてくるわけでございまして、これはアルバニアを除く三十五カ国が、北米、
アメリカ合衆国、カナダを含む三十五カ国がサインしたわけでございますが、この議定書、とりわけ第三バスケットの人権擁護というこの規定を使いまして、例えばチェコスロバキアの憲章77のリーダーは、このヘルシンキ議定書の第三バスケットを根拠にみずからの正当化を行う、一九八〇年に結成されました
ポーランドのソリダルノスチ、連帯の指導者も同じくこの第三バスケットを根拠にみずからの活動をするという、いわゆる西側にとっては、このヘルシンキにおけるCSCEの仕組みというのは大変大きな効果を持ったわけですが、それに相当するものを、全くそれと等価なものを我々がつくり出すというのは難しいわけですが、しかし軍事対決には展望がない、それを前提としない国際関係の構築ということが、例えば我が国からも呼びかけられてしかるべき、例えば
ソ連に対してそういう呼びかけが何をきっかけにどういうルートで行われるのかということは、我々がもっと考えなければいけないのではないかというふうに思っているわけでございます。
それでは、
アジア・太平洋においてそうした安定した枠組みをつくるということになりますと、米ソ中日、少なくともいわゆる大国レベルでは、この四カ国においてある
程度の共通の申し合わせといいますか、これが必要でございまして、米ソ間ではどうやらこういう枠組みをつくっていく、現在ただいますぐ
アジア・太平洋という雰囲気ではございませんが、少し長い目で見ますと、米ソ間にはこれはつくられる可能性はむしろ高い。しかし、その中に例えば中国が入れるだろうかということになりますと、入れるかもしれませんが、現北京政権が続く限りにおいてその可能性というのは余り高いと見るべきではないと思います。そういう
意味では、
日本が何かイニシアチブを発揮するということになりますと、
ソ連との
外交、一体どういうレベルで何を話しているのか、とにかく一度も
ソ連の元首は来ないわけでございますから、それがそういう状態で
アジア・太平洋で何か枠組みをつくるということが可能だとは思えない状態が続いているわけです。
私は、長い目で見ると、
アジアの地において集団安保という、
地域集団安保というものをつくり上げる必要があるだろうと思います。国際連合憲章の第八章は「
地域的取極」について規定しております。国際平和及び安全の維持のために、「
地域的取極又は
地域的機関」がつくられることを想定していると言っていいと思います。そして、
地域的紛争を安保
理事会に付託する前に、紛争の平和的解決の努力をこの
地域的機関が行うことを想定しているわけです。こうした
地域集団安保の構想は、国連を創設した
人々にとってもかなり重要な
意味を持っていたというふうに思うわけですが、そうした枠組みを、皆がテーブルに着き共通の問題、とりわけ人権にかかわる問題も、ここの場で議論されるようなそういう必要があるだろうというふうに思うわけです。我が国は
経済援助については相当の実績があるわけですが、
経済援助を行うということが、例えばこうした人権をも含む問題について討論のできる
地域的な枠組みをつくっていくことにもう少し努力の方向が結集していいのではないかというふうに思います。
つい最近、パキスタンのブットさんの自伝の翻訳が出ました。ジアウル・ハク軍事政権に対してブットさんはずっとディシダンツ、反
体制の立場から幾つか行ってきたわけですが、彼女を初めとしてパキスタンの地における人権抑圧の事例が多かった。そのとき、彼女あるいは彼らの立場をかなり救ったのは米国上院の
外交委員会でございまして、援助の問題をてこにジアウル・ハク政権に対して人権擁護の立場から幾つかの注文をつけます。これは米国上院議員あるいは上院議員のスタッフというものが現実に働いてパキスタンにおける人権抑圧をジアウル・ハク政権に軽減させる、もちろん差しとめを要求するわけですが、形としては軽減する、こういうケースが具体的に書いてありまして、なるほどこういう形で具体的に米国上院
外交委員会は人権問題にかかわっているということがわかるわけです。
我が国の
経済援助は、昨年、ことしと御存じのように米国を上回る金額、ちょっと
条件は悪いのですけれ
ども、贈与の
部分が少なくて貸してやるという
部分、後で元本は請求するよという話があるので余りでかい顔はできませんが、しかし、金額からいけば米国を上回る金額を出しているわけですが、これが
地域における人権擁護にかかわるような仕組みにつながった、あるいは衆議院外務
委員会の先生方がそういう働きを具体的になされ、その成果が例えば反
体制、ディシダンツの立場におられた人の自伝に出てくるというようなことを我々期待するわけですが、そういうことも含めて、我々の多分先生方に対する期待はそのあたりにも既にある。我が国が債権大国としてこういう地位に立ち、恐らくこれから十年とかあるいはもう少し長くそういう地位を続けると思いますが、そのときに我々はこの
地域において軍事のことを議論するというのではなくて、もちろん
安全保障のことを議論するのですが、基本はやはり人権の擁護というところを前提にした蓄積がなされるわけです。もし我々にそういう功徳があれば、功徳を積むといいますか、陰徳を積むこと十年あれば、我々は国際政治の
世界においてももう少し尊敬を受ける立場に立ち得るのではないかというふうに思うわけでございます。
以上でございます。(拍手)