○
参考人(
唐津一君)
唐津でございます。
まず、
皆様のお手元に二枚のコピーがございます。
一つは、
イギリスの「
エコノミスト」という雑誌の
表紙と、いま
一つは、
ワープロで打ちました
海外投資の
目的、その他書いたものでございます。
まず
最初に、この「
エコノミスト」の
表紙をごらんいただきたいんでございますが、実は
投資に関するいろいろな
摩擦というのは、
日本から行くだけではございませんで、各国についていろいろあります。これはたまたまですけれども、御
承知のように、今
アメリカは非常にドルが下がりました。そうなりますと、
日本だけではございません。
ヨーロッパから見ましても
アメリカの
会社が大体半値で買えるということで、非常に魅力があるものですから、続々と
アメリカの
会社の買い取りが始まったわけです。これは南北戦争のころの
アメリカの兵隊の絵なんですが、そこにごらんのように、まず
イギリスがやってきたと、それから
日本がやってきた、
ドイツがやってきた、
カナダ、韓国がやってきた、こういうことで実は
特集号が載っておりました。
この中にあります記事は主としていわゆる
会社の、
日本流に申しますと乗っ取りでございます。
日本では、今
アメリカの
会社を
日本が買う、それに対してはいろいろ問題が起きているとよく申しますが、実はこういった
アメリカの
会社を
外国の
会社が買い始めたのは昨年ぐらいからでございます。そのためにいろいろな
意味での
摩擦があります。ただし、これは主としていわゆる
MアンドA、つまり
会社を買い取るということでございます。ところが、現在
日本が
海外にいろいろと
投資をやっておりますが、その
目的は何だろうということを一応
一覧表にしてみました。それがいま一枚の
ワープロで打ったものでございます。
この
目的はいろいろございまして、もちろん第一は、これは一般の
製造業の場合でございますが、
コストを安くしたい。御
承知のように
円高が始まりまして、特に東南アジアに
日本の
会社が行ったということがよく言われましたけれども、それだけではございません。
アメリカにも随分出ていったわけであります。後ほどジェトロの方のお話があるかと思うんでありますが、昨年、
日本の
製造業が
海外に
投資した
金額というのは既に一兆円を超しております。大変な
金額でございます。その行った
目的というのは、まず第一は、もちろん低賃金を求めていった、これは当然考えられま
す。
タイあたりに参りますと、
日本の大体五分の一の給料で人が雇える、そういったことです。それからもう
一つ、
エネルギーというのがありますが、これは御
承知のように、
日本では
エネルギー料金が非常に高い。例えば
電気料金というのが
カナダあたりに比べますと大体四倍以上します。そうするとアルミニウムのような、
電力でもう
コストが決まるようなものではとても
日本では
競争力がない。そういう
意味での
コスト低減を求めて出ていく、こういうのもございます。
それから
土地というのは、
日本の
国内で
工場を建てようと思って
土地を求めましても非常に今高くなっております。そこで安い
土地を求める。非常に広い
土地が欲しい
産業は、
日本ではとてもこれは
コストが合わない、そういうのもございます。その他たくさんございます。例えば
諸掛かり経費、それから
税制、これは非常に大きな問題でございますが、御
承知のように、
日本は非常に
法人税が高い。ソニーの盛田さんなんかは、本社を
アメリカへ持っていこうかなんて随分恐ろしいことを言っておりますが、これは
税制の問題でございます。それからもちろん原材料、それから
環境。これはどういうことかと申しますと、例えば乾電池というのをつくりますときに、あれは
二酸化マンガンという材料を扱うんでございますが、これは黒い粉が出て、もう真っ黒けになっちゃう。そのために
日本では第一若い方が働きたがりませんし、
工場を建てるにしても非常に
制限がある。そこで
日本の
メーカーは
台湾あたりでつくる、これは
環境の問題でございます。
それから、いろいろ
法律制度とか、それから行くとなると治安が問題だ。
教育水準、
インフラ、これはすべて
コストの
低減でございます。
マキラドーラというのは、御
承知のように、
アメリカと
メキシコの国境にいわゆる
保税地域がございまして、そこで物をつくりますと、
アメリカに持っていった場合に加工した
付加価値だけに対して
輸入税がかかる。品物にかかるのじゃなくて加工した
付加価値だけにかかる。そういたしますと非常に有利になりますので、
日本の
会社がもうたしか四百社以上行っているかと思いますが、それはすべて
コストの問題でございます。こういった調子でリストをつくってみました。
そうして二番目は、御
承知のように
貿易上の規制。これは
ローカルコンテント法が、特にECなんかが厳しいことを言っておりまして、
向こうで物をつくらなきゃ売らせない、そういった
種類のものでございます。それから割り当ての問題。それから
イギリス連邦方式というのは、ちょっとこれ私が勝手につけた
名前でございますが、
日本のある
メーカーは、
マレーシアで冷蔵庫の中に使うコンプレッサーをつくっている。なぜ
マレーシアでつくるかと申しますと、
マレーシアというのは昔の
イギリス連邦の中でございます。したがいまして、昔の
イギリス連邦の範囲、例えば
カナダとかああいうところに持っていきますのには全然
制限がないわけであります。
日本から持っていきますといろんな制約ございますが、
マレーシアでつくる限りは全然制約がないということで、これは
イギリス政府の
一つの政策かとも思いますけれども、そういう
やり方をしている、そのために持っていくと、こういう場合もございます。
それから
海外資源の利用というのは、これはむしろ積極的でございまして、例えばそこに
情報というのがございますが、
アメリカに
日本の
会社が
研究所を持っていく。これは
アメリカにいますと、いろんな
情報が手に入るという
意味での
情報でございます。それから
設備というのは、
日本にない
設備がございます。それを
向こうにあれば使おうと、こういうのもございます。もちろん人材というのもあります。それから
企業誘致というのが、御
承知のように
海外では
日本に対して非常に盛んに行われております。
アメリカの州で
日本にこの
企業誘致のためにもう既に二十
幾つ事務所を持っているところがあると申しますが、
ヨーロッパも随分来ております。そういう
企業誘致に乗っかっていく。もちろん、それに対してはいろんな
優遇策もございます。それから
地理的条件というのは、こちらからつくって持っていくよりは、
現地でつくった方が非常にいろんな
意味で有利である。例えば
皆さん御
承知のように、吉田工業という
会社がファスナーを世界の約七割つくっておりますが、あれは四十何カ国に
工場を持っております。これは
現地の
縫製屋さん、つまり
洋服をつくったりする
人たち、そのすぐ
そばでつくるということは非常にいろんな
意味で便利でございますので、そういう
意味での
地理的条件で行く、こういう場合もございます。
それから、Dが非常に問題でございまして、最近
日本の
会社が、
自動車メーカーさんが
アメリカに
工場を建てる、そうすると、その下請さんがくっついていく、これがいろいろとその
地区の
産業空洞化につながるということで問題になっておりますが、これが今申し上げた親
会社が
向こうに行く、それではついていこうと、それが
一つございます。
それからもう
一つは、
市場拡大、シェアを維持していこうという非常に戦略的な立場でやったという例がございます。例えば
日本の
カラーテレビメーカーは、ほとんど全部
アメリカで
カラーテレビをつくっております。現在持っていくこともできるんですけれども、いろんな問題がありまして、そこで
アメリカでせっかく開拓した
市場を失いたくないということで
現地生産を始めた、こういう例もございます。
それから、
危険分散というのがございます。これは
日本の
会社はまだそこまで考えておりませんけれども、
御存じかもしれませんが、
オランダに
フィリップスという
会社がございます。
フィリップスというのは
ヨーロッパで最大の
家電メーカーなんですが、あれは第二次
大戦前に、
アメリカに
ノース・
アメリカン・
フィリップスという
会社をつくりました。それは第二次
大戦が起きることを見越していたわけです。それで
ドイツ軍が
オランダを占領いたしました。しかし、
アメリカに行っていた
ノース・
アメリカン・
フィリップスは依然として健在でございました。そういう
意味でのいわゆる
リスクマネジメントと申しますか、そういう
危険分散のために
海外に持っていく、こういう例もございます。
日本の
会社は、ここを考えているところはまずないと思うんでございますが、
ヨーロッパの小さな国になりますと、そういうことをやっております。
それからもう
一つは、
国際協力として行く、場合によっては
赤字覚悟でも行く、こういう
ケースもございます。したがいまして、
海外投資からどういう
摩擦が起きるかということを考えます前に、何のために行くかということについてのきちっとした分析をする必要があるかと思うんであります。そういった
意味で、まず
目的としてここに、これがすべてではございませんので、その他というのを
一つ入れておきました。私はいつも
報告書を書くと、その他というのを入れるわけです。その他を入れておくと全部入りますから、そういう
意味でその他を理解していただければ結構でございます。
ところが、こういうふうに見知らぬ
土地に行っても必ず成功するとは限りません。私も実は
松下通信工業という
会社に長年おりました。自分で
会社を、
工場を
海外へ持っていった
経験もございます。ですから、それには成功の
条件というのをよほど考えておきませんと非常に難しいことになります。そこで、どういうことをやれば成功しただろうかということについて、私なりの
経験といろんな
会社の例をちょっとここに御披露したいと思います。
もちろん第一の
基本は、これは
経営力です。
会社を
経営する力でございますが、これは非常に抽象的なことでございます。
二番目にあります
仮縫いの
原理という奇妙な
言葉がございますが、これはよく
向こうに行った
会社が
日本的な
経営をそのまま押しつけた、それが
現地で非常に
摩擦を起こした、こういう話を聞きます。そういう場合は、
日本的な
方法をそのまま持っていって成功するわけはないわけでありまして、
仮縫い、つまり、我々が
洋服をつくりますの
に必ず
仮縫いをやります。これは体にぴったり合わせるためであります。ですから
基本は、
日本的な
やり方を持っていくのは差し支えないんでありますけれども、
現地に合わせて
仮縫いをやらないと失敗するだろうということで、私は
仮縫いの
原理という
言葉を発明いたしまして、
松下の中でもみんなに言っていた、それをここに書いたわけです。
それからもう
一つは、やはり
向こうに行きましたときに、
現地にいい
パートナーを見つけるということが成功するか失敗するかの分かれ目になる場合が非常に多いんであります。実は
日本から
向こうへせっかく参りまして立派な
工場を建てたんですけれども、相手としての
パートナーの選び方を失敗したために非常に大きな問題を起こす。問題を起こすということは、ただ単に
経営的に失敗するというだけじゃなくて、その
国内での
摩擦を起こす。こういう
ケースがよくございますので、一応
パートナーということを書いたわけであります。それは当然
人間関係にもつながるわけであります。
それからもう
一つ、こちらから行く
会社というのは、一番優秀な人を出しませんと失敗する
可能性が非常に多い。
それから、当然のことでございますが、その
地域をよく
研究しろ、
インフラがどうなっているか。例えば具体的に申しますと、
日本が中国に
武漢製鉄所というのを建設したわけです。あのときに私は
武田会長から伺ったんですけれども、
製鉄所というのは、べらぼうな
電力を食うわけです。しかもそれだけじゃございませんで、
機械をスタートするときに、例えば普通なら二十万キロワットあればいいのが、スタートする瞬間に百万キロぐらいの
電気がないとうまくスタートしない、こういう
機械があるわけです。そこで、ああいう
製鉄所を建てますときは、ただ
製鉄所専用の
発電所があったんではだめでありまして、付近に非常にたくさんの
電力の
需要がある。例えば二百万キロぐらいの
需要のあるところに二十万キロの
製鉄所を建てますと、スタートの瞬間の百万キロというのは吸収できるわけです。
それで、あの
製鉄所を建てるときに、あの
周りにどれぐらいの
電力需要があるかということについて調べてみたら、非常に心配だったわけです。
向こうは
最新式の
製鉄所が欲しいというものですから、やむを得ず建てたそうです。ところが、建てたのはいいんですけれども、スイッチを入れますと、
周りじゅう停電になるわけです。
発電所の能力が足りないわけです。そういう
意味で、
周りにそういう
インフラがちゃんとしているかどうか、これが非常に重要な
条件でございます。そういった
種類の笑えないような問題が実はたくさんあります。これをうっかりしますと、
周りの住民から見ると、あの
製鉄所ができたおかげで年じゅう停電するという非常に悪い印象を与えるわけでございまして、お互いにつまらない思いをする。そういう
意味での
地域の
研究というのが非常に大事だと、これはおわかりのとおりでございます。
それから、その
地区の
文化、
習慣、これは前にも新聞に書かれましたけれども、
タイに進出しましたある
日本の
会社の
工場長が、時間が始まっても働かない女性がおりました。腹が立ってひっぱたいたらしいんですね。これが大問題になりまして、侮辱したと。
タイでは親でも子供をたたかない、
日本人はけしからぬ、そういう話が伝わっておりましたけれども、そういった
種類の問題というのは、率直に言いまして、ばかばかしい話でありまして、そういった
意味での
文化、
習慣というものの
研究が非常に重要だ。
それから、
法律とか
制度がございます。
これは
一つの例を申し上げますと、実は先ほど申し上げた
マキラドーラに
松下が非常にすばらしい
カラーテレビの
工場をつくっておりました。ところが、私がその
工場へ行ったときにあれっと思ったことは、そこにございますいろんな
受像機械が全部
アメリカの
会社から借りたことになっている。どうしてこういうことをするんだと申しましたら、当時は
メキシコでは
固定資産税が非常に高い。ですから、
会社の
資産にしておきますと、その税金が大変なことになります。ところがレンタルにしておけば、これは
経費で全部落とせるわけです。そういった
習慣を知らないで、その前にある
会社が
工場を建てて、もう
固定資産税を払うだけで精いっぱいになっちゃった、そういうばかばかしい話もあります。
だから、そういった
意味でのいわゆる
法律とか
制度、それからもちろん
人間関係でございますが、そういう
意味での
地域の
研究というのがないと成功しない。
それから、その次の
適正技術という問題がございます。
これは、特に
日本が
途上国に
工場を移転するときに非常に難しい問題になるわけです。と申しますのは、
工場を持っていった場合に、
現地の
人たちの
教育水準というのは、もちろん
日本より非常に低い。そういたしますと、
最新式の
機械を持っていっても動かないわけです。ところが、
向こうの
誘致運動で行ったというふうな場合、
向こうとしては
最新式の
機械というのは欲しいわけです。それで、少し古い
機械を持っていきますと、侮辱するのかと、こうくるわけです。侮辱しているんじゃなくて、その
地域にちょうどいい
機械を持っていこうと思いましても、やっぱり
向こうから見ますと
最新式と、こうくるわけです。どういう国でこんなことが起きたかというのは申し上げかねますけれども、そのためにえらいもめまして、やむを得ず一番新しい
機械を持っていったんですけれども、結局それは全然使い物にならなかった、こういった例というのが案外あるわけでございます。ですから、その
地域に一番ふさわしい
技術は一体何だろうかと、これはもう
感情論ではだめでございまして、
技術の問題でありますから、そこが非常に重要なことになります。
それからもう
一つは、行政府との
関係というのは、国それぞれにつきまして
行政機関というのは
一つの考え方を持っており、また
ルールを持っております。ですから、我々の論理が通じない場合というのがいっぱいあるわけです。これはどういう国かということは申し上げかねますけれども、例えばある国に、
向こうがこういうことをやってくれということで持っていった。ところがなかなか
向こうが、例えば道路を整備しないとかいろいろなことで
工場がうまく動かない。それで
約束違反ではないかと言ったら、いや、あの男はもうかわっちゃっている。おれはそんなことは知らぬというようなことで痛い目に遭わされたという例が非常にたくさんございます。そういう
意味で、そこの
土地の
行政機関、
行政機関というのは、そういう
工場を動かすための枠組みをつくってくれるところでございますから、その辺の
関係をよほどうまくやっておきませんと、まあこれ
先進国ではそういうことは割と少ないんですけれども、特に
途上国は問題を起こす。じゃ
先進国は大丈夫かといいますと、実は
先進国でもなかなか難しい国がございます。これは
名前を名指しにすると
皆さん御存じの国ですけれども、非常に難しいので——いつの間にか
法律を変えちゃって、
法律が変わったんだからしようがないじゃねえかという手でやられますと、もう参っちゃうわけでありまして、その辺のところをよほどうまくやりませんと成功しない。
それから、
チームワークという
言葉をちょっと使っているんでありますが、これは
日本語にもうなっているはずなんですけれども、ちょっと御理解しにくいかと思うんですが、私はこういう説明をしているんです。そういうことをやるには当然いろんな
ルールを決め、組織をつくって
仕事をしていくわけでありますが、特に
外国の
人たちを
会社の中で使うには、
ルールをきちっと決めてやらなきゃ動きません。ところが、実際の
会社というのを動かしますと、あらかじめ決めた
ルールのどれにも属さないようなすき間の
仕事がいっぱい出てくるわけです。そのときにこれをどう処理するかというのは
理屈じゃございませんで、これは
チームワークの問題なんです。
例えば具体的に申しますと、
野球をやっている
とき球がちょうどファーストとセカンドの真ん中に来た。そのときに一体だれがとるか。そこはおまえの方に一センチ近いからおまえとれなんて言ったら
野球は負けるわけであります。瞬間的にどちらかが飛んでいって球をとらなきゃ負けます。これは
理屈じゃないんであります。そういった
意味での
チームワーク、これが
チームワークなんですけれども、これを考えないで、ただ
機械的に何かやりますといろんな問題を起こすわけです。それで
チームワークという
言葉をここへ使った。
それから最後に、
最初が肝心という不思議な
言葉がございます。これは非常に重要なことでございますので申し上げたいと思うんでありますが、実は
メキシコの
マキラドーラに
松下が
カラーテレビの
工場をつくったと申しました。その
工場を初めて私が訪問したのがもう五、六年前であります。できて二年目だったと思うんです。それで、行くときに私はあんまり期待しないで行った。なぜかと申しますと、実は
アメリカでは、
メキシコの
人たちというのは必ずしもイメージがよくない。ですから、働くかしらと思って行ったんです。行ってみましたら、実によく働くんです。規律も正しい。私はその前の日にシリコンバレーという有名なサンフランシスコの
そばのある
アメリカの
工場を見たんでありますけれども、その
アメリカの
工場を見たときに、
工場を回っていましたら、そこにある
機械にみんな鎖かついて、かぎがついているんですね。どういうわけだと言ったら、泥棒が多いというわけですね。一緒に歩いた商社の方が、まるで泥棒の中で物をつくっているような気がしますねと、こう言ったことがある。まあそういったことがあったものですから、
メキシコの
工場へ行ったときに一番先に心配したのは、泥棒はいないかということです。
工場長にそれを聞いたら、全然そんなことはない、考えたこともないと言うわけです。どうしてだろうと思いましたら、その
工場は、何にもない農村地帯のど真ん中に建てた。ですから悪い労働慣習がないわけです。
それで、農村の方というのは非常に素朴であります。それから働くことについて
一つも抵抗がない。農村の方というのは、もう夜が明けると一生懸命働くわけですね。しかもあの辺は、日中が四十度以上になる暑いところなんです。そうすると、従業員の方が
工場が開く一時間も前に来るというわけです。なぜかというと、
工場は全部冷房完備ですから、家にうろうろしているより
工場へ行った方がよっぽどいいというわけです。それで、朝全員が集まって、
松下というのはいつも体操をやって社歌を歌うんですけれども、全くそういうふうにやっている。私はそのとき非常に感じました、
最初が肝心ということを。これは、本田技研さんのオハイオの
工場へ私行ったことがあるんですけれども、あそこも聞いてみますと、何にもない農村地帯にぱっと
工場を建てたんですね。汚染されてないわけです。そこに建てた。そういうわけでございまして、一番
最初のしつけと申しますか、これをどうやるかというのが後ずっと尾を引くということでございます。
まあ、これはほかにもたくさんあるかと思うんでありますが、私思いついたまま書いたんですけれども、そこで、あと残された時間を使いまして、
摩擦の問題について私なりにいろいろ見たり聞いたりしたことについてお話ししたいと思うんであります。
私は
製造業におりました。そのために、
向こうに
日本の
会社が随分行っているのも見て歩いたんでありますけれども、一般的に申しますと、
日本の
会社が来ることについて歓迎している
ケースの方が多いと思うんです。というのはどういうことかといいますと、
日本は失業率が二%、今二・三%ぐらいですが、
海外は五%だの一〇%はざらでございます。ですから、
日本の
会社を持っていくことにつきましては失業者を救済する、雇用がふえるという
意味でほとんどのところでは歓迎されているように思います。ところが、実際に
工場が運転を始めますと、当然二つの問題が出てまいります。
一つは、
向こうにそういう品物をつくっている
会社が
一つもなければいいんですけれども、必ず競争者がいます。そうすると、当然競争者から見れば、あんなのが来て自分の商売を奪われると。これは当然問題になります。しかし、これは私から言わせますと本当はおかしいわけでありまして、
向こうがしっかりやればいいわけであります。例えば私は
アメリカの方、特に政府の方にはいつも言うんですけれども、
日本の
カラーテレビメーカーは全部
アメリカへ行って
カラーテレビをつくっている。結構利益を上げている。ところが、
アメリカの
カラーテレビメーカーはほとんど全部
海外生産ですね。おかしいじゃないか。
日本の
会社は
アメリカへ行って利益が出るんだったら、あんた方やったってできるはずだ。これは
経営力の差だということを申し上げるんですけれども、それは
理屈はそのとおりでしょうけれども、しかし、
向こうとしては困ることは間違いない。しかし、これははっきり言うと程度問題でありまして、余り問題にならない。
二番目の問題というのは、先ほど申し上げたその
土地の
文化とか
習慣とかいろいろなことがあるわけですけれども、それと
日本人との食い違いのところから必ず
摩擦が起きております。大なり小なり起きております。これはこちら側の対応の仕方、先ほど
仮縫いの
原理というのを申し上げましたけれども、言ってみれば、
文化摩擦というやつは、これは心の問題ですから、
理屈ではないわけであります。それをいかに我々がうまく調和をとっていくかというのは、こちらの努力が必要だと。
先進国の場合は割合に
日本人というのは何と申しますか、昔からの伝統で
現地に溶け込もうという努力を一生懸命してくれるんですけれども、
途上国へ行きますと、ちょっと
日本人の悪い癖が出るわけです。これはいろいろとお聞きのとおりでございます。実際私も東南アジアの幾つかの国にも参りましたけれども、
向こうへ参りますと、もう
日本の銀座と全く同じカラオケバーがありまして、盛大にやっておるわけですね。あれも悪いことではございませんけれども、しかし、これは
文化摩擦の原因になり得るという気がいたします。
それからもう
一つは、今二つの大きな問題、つまり商売という、つまり企業としての競争というのがあったわけですけれども、もう
一つは
文化としての
摩擦と、こう二つあるわけですが、それ以外にいろいろと
日本人のつき合い方につきまして、何と申しますか、非常に下手くそなところがある。具体的な例を申し上げますと、前にある
会社が
アメリカのある州に新しい
工場を建てました。
日本流にオープニングのお祝いをやったわけです。ところが、そのとき
現地のどういう人を呼んだか、その呼び方がまずかったために、呼ばれなかった人は怒っちゃったわけですね。それがだんだんワシントンまで行っちゃって、
感情論になってしまったという話がございます。
そういう
意味で、やはり
向こうへ行ったら、我々はお客さんというか、行かしてもらっているわけでありますから、そういう点での
日本側の配慮というのは非常に大事じゃないかと思うわけであります。ただし遠慮する必要はないと思う。
最後に申し上げたいのは、実はこれは私事で恐縮でございますが、昨年十月に私はイタリーのミラノからパリへ行きまして、マドリードへ行きました。女房を連れていった。マドリードへ参りまして
現地の駐在の方々と食事をしたんですけれども、そのとき駐在の方の奥さんがこういうことをおっしゃったんです。子供さんを連れていって、スペインの子供と遊んでいるというわけですね。子供だから転ぶことがある。ところが、スペインの子供というのは立ち上がりますと、とりあえず一番
そばのやつをつかまえて、おまえがやったと言うそうです。これにはびっくり仰天したと。これはもうおわかりだろうと思う。私はこう言ったんです。それはそうでしょう。
ヨーロッパの国々の歴史というのは、お互いに殺し合いの歴史だと。だから、自分が間違っていたなんてうっかり認めると何が起きるかわからぬからだと、こう言
ったんですがね。
ところがもう
一つ、こういうことがある。パリでルーブル美術館をゆっくり見たいというので、
そばにホテルをとりました。私は
仕事で回ったんですけれども、女房は四日間ルーブルへ通いました。パリからマドリードへ飛ぶ飛行機の中で彼女は私にこう言った。今度ゆっくりルーブルを見たけれども、
一つ気がついたことがある。ルーブルに掛かっている絵の大体半分が人殺しの絵だったと、こう言った。そう言われてみますと、なるほどルーブルの絵というのは、大体半分が人殺しの絵なんです。私はあれが
ヨーロッパの歴史だと思うんです。
そういうのか見ますと、
日本という国は島国で、長年非常に平和に暮らしましたために、そういう感覚がないように思うのであります。ですから、別に私は
日本人が
向こうに対して突っ張れなんて言いませんけれども、やっぱりそういう
向こうの歴史の中で生まれた物の考え方、交渉の仕方、こういうものは我々もきちっと身につけてやらないと何が起きるかわからない。これが実は
日本が
海外に参りましたときの
摩擦の問題ですね。このいろんな
摩擦を起こすんですけれども、その根本に今申し上げたような大陸の
人たちのつき合い方ですね。これがわからないせいじゃないかなと思う
ケースが非常に多いんです。
三十分というお話でございましたんで、ここで一応私の話は終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。