○平野清君 一、初めに
国家、民族にとってその
人口の増減は、
経済、
社会、
教育、
文化、商工業などなど多方面に重大な影響を与える。したがって、国を挙げて
人口抑制策に取り組んでいる国も多くあり、また反対に
増加政策をとっている国もある。
人口問題の研究は最近になって学問としての位置を確立するに至ったが、
我が国はその研究の結果によって
人口増の必要を提唱したり、あるいは反対に
減少論を
政策として取り上げよということは現在のところタブーとなっている。特に
人口増加必要論は、国際的、特に近隣アジア諸国の誤解を招くとあって、
国家的
政策として取り上げられたことはない。
したがって、現在の
人口論は地球上の資源、
食糧との
関係、貧困と
子供の問題、
高齢化社会への
対応、
労働力人口への不安などなどといった範囲にとどまっているかのように見える。しかし、有識者の多くは果たしてこの地球上に
人類がどのくらいの数が
生存可能か、
食糧と安全保障の
関係はどうか、発展
途上国の飢餓の点などをとらえ、数多くの警告を発している。
米商務省は
昭和六十三年四月三日、
人口の長期統計予測をまとめた「
世界人口動態報告」を発表した。それによると、今後五十年間で
世界の
人口は現在の倍増の約百億人になるとしている。各国別の
人口では現在の一位と二位が逆転し、インドが十五億九千百万人でトップとなり、中国は十五億五千五百万人とこれに続くという。インドは国を挙げて
人口抑制策に取り組んでいるが極めて効果が薄い。一方、中国は一
夫婦子供一人
政策が奏功すると見ている。この二つの
人口国家政策を
世界各国が注視していることは言うまでもない。
このような現状、予測の中で果たして
日本はどうなるのだろうか。同商務省予測では、現在七位の一億二千万人から、二〇五〇年には
日本の
人口は八百万人
減少し、二十位に落ち込むとされている。
我が国は戦後一九五〇年代の十年間で一気に
出生率低下を実現させた特異な国で、
世界の
家族計画の
歴史の中で唯一の国と言われている。加えて、これまた
世界に例を見ないスピードで
高齢化が進み、老壮若幼層のバランスを大きく崩した。この原因としては数多くのことが考えられるが、だからといって
国家的方策をもって
人口増を図ろうということは絶対に避けなければならないと考える。
現在においては、若い
夫婦が
子供を複数欲しいと思ってもその
希望を満たすための
条件が余りにも欠落していることを挙げなければならない。
ウサギ小屋と称される狭い
住宅、土地急騰による
住宅購入の困難さ、
教育費の
増大、老後の不安、年金制度の貧弱さ、特にサラリーマンの不公平税制による実質所得の伸び悩みなどなど、数え上げれば切りがない。
結婚生活に
希望が持て、安心して
希望する数の
子供を産むことのできる
環境づくりこそ
急務である。
二、
日本の
人口の変遷史
一九七五年センサス結果で
日本の
人口は一億一千百九十三万人となったが、明治維新から数年後は約三千五百万人と言われているから、相次ぐ
戦争、災害などを経験したにもかかわらず約百年で三倍増を記録したことになる。さらに興味深いことは、太平洋
戦争が終結した時点で、海外領土、植民地を失った国土に七千五百万人が住むという飢餓
状態を生み出したのに、四十年間で倍増に近い
人口増を見たことである。しかも飽食
時代と言われるほどの発展を遂げた。
高齢化の進展とともにさらに
人口は急増すると予測する向きも多かったが、一九七四年から七七年にかけて
日本の
出生率はかつてない急激な落ち込みがあらわれ、七六年の
出生率は一・六%台となり、
死亡率を差し引いた
人口増加率は一%やっととなった。
この原因の究明こそ
人口問題のかぎを握っているかのように思われる。
濱英彦氏は、その著「
人口問題の
時代」で次の諸点を挙げている。
「一九七二年の
世界的な農業不振、七三年の石油ショック、七四―七七年にわたるインフレと不況の継続、高
成長から低
成長への移行、高密度
社会における
日本人の
価値観の変化などである。これらが
家庭レベルにおける
出生行動に対して具体的な影響を及ぼすようになってきたのではなかろうか」と述べている。同氏はさらに、「この最近の
出生率低下に対する評価を明確にしたうえで、将来の
日本人口の
動向を見通すという困難な
課題にわれわれは直面しているのだ」と言っている。
一方、
日本の
人口問題に手厳しい批判を行っている学者、研究者も多くいる。ジャーナリストのボー・グンナーソン氏は「新
人口論入門」で次のように言っている。
「
日本の高度
経済成長政策が財界の利益にしたがって太平洋ベルト地帯を
中心とした工業部門に
社会資本を集中させた反面、民生部門への投資を怠ったために、
都市市民の
生活をひっ迫させ、さらにインフレ
政策が家計を圧迫して子だくさんではやっていけない
生活状態をつくり上げてしまったことが
出生率低下の最大原因だ。一方、国内における
産業構造の
高度化、
社会保障
関係費の切りつめ、という
必要性と相俟って、
日本での
人口増加率はなるべく低く抑えていくというのが今や
日本政府の意向である。」と述べ、さらに、「産みたくても産めない
社会を築き上げることによって、産まなければやっていけない第三
世界の
労働力搾取への道を歩み始めている」とまで警告している。
同氏はスウェーデン人で、同国の日刊紙「ダーゲンス・ニーヘーテル」の特派員で
日本にも数年滞在した人物である。さきに述べた濱英彦氏は元厚生省
人口問題研究所
政策部長だった人だが、期せずして今
日本の
夫婦が産みたくても産めない
状態であることを鋭く指摘している。
この両氏の主張は、まさに我々の見解「初めに」で述べたサラリーマン
世帯を取り巻く幾多の
出生への障害をあわせ考えると、鋭く的を射ているといって過言ではあるまい。特に、グンナーソン氏の「産まなければやっていけない第三
世界の
労働力搾取」などということを言われないためにも、四千万サラリーマンを取り巻く悪
環境を最大限の努力をもって取り除かなければならないと思う。
グンナーソン氏はさらに重大な指摘を行っている、それは、戦後
日本の
人口革命の最大の支柱は優生保護法にあると言っていることである。
経済的理由による
中絶を
国家として認めたのは
日本が最初だが、同氏と訳者黒田孝晴氏はともに、低所得層の人々に
中絶を強いる形で行われた
人口転換政策だと厳しく見ているのである。この論旨が妥当かどうかは別として、この優生保護法が
やみ中絶を安易にしたことは何人も否定できないだろう。急激な
出生率低下の要因の相当率を占めているといっても過言ではないだろう。貧しい人々が
経済的理由で
子供をおろし、富める者は初めから少産思想を持っていたから
出生率はぐんと下がるのは当然であった。
調査会での審議中、ピル解禁問題も質疑された。ただ単に
避妊という面のみにとらわれず、副作用という健康上の問題、障害児
出産の有無など厳しいチェックが必要であろう。
三、
出生動向に関する具体的な
課題
昭和六十二年の年間
出生数は百三十五万五千人で、統計をとり始めた明治三十二年以来の最低となった。
人口千人当たりの
出生数を示す
出生率も一一・一に
減少し、五十五年以来八年間続けて最低記録を更新している。この
理由として、1
出産適齢期の
女性が少ないこと。2男女とも二十歳台の未婚者がふえ、晩婚化が著しく進んでいること。3少産
傾向も強まっていることなどが挙げられる。
そして、一人の
女性の生涯に産む
平均子供数は、六十二年で一・七二になっている。しかしその反面、
理想の
子供数は、毎日新聞の
調査によると、五十九年で二・五五人、六十一年で二・五一
人と極めて高い数字を示している。現実の
出生率と
希望子供数との間に大きな開きが見られるのである。産みたくとも産めない問題が大きく立ちはだかっていることがわかる。
そこで、
乳幼児の少死少産
時代にどう
対応していくべきか。次に項目別に述べてみたい。
税制改革
日本国民の大多数を占めるサラリーマンとその
家族のために不公平な税制を抜本的に
改善し、少しでも
育児、その
教育、
住宅などに安心して
対応できるようにすることが第一の
課題である。なお、問題となっている間接税が仮にどうしても必要というなら、その税収は平年度で消費せず、二十一
世紀のために
国家として
貯蓄しておくべきものであると考える。
住宅改善
子供を産みたいという
希望を阻む問題は幾つもあるが、
ウサギ小屋と称せられる
我が国の
住宅事情がトップクラスに挙げられるのではなかろうか。しかも昨今、大
都市とその周辺の地価が急騰し、サラリーマンのマイホームの夢は無残に打ち砕かれてしまった。
住宅建設は内需
拡大の柱であり、安価で大量に
提供しなければならない。また老朽化したり狭く劣悪な
公営住宅の建てかえなど、全力を傾注しなければならないと考える。
教育改革
高学
社会を迎えて塾全盛
時代、その
教育費も月額四、五万円が必要。地方から都会の
大学に
子供を出せば年に二百万円近くかかると言われる。こんな
状態では
子供は一人かせいぜい二人どまりであろう。受験
戦争や学歴偏重
社会の改革、義務
教育の
改善、
教育者の質の向上、
教育費
減税の実現、育英資金制度の
改善等、
教育問題にさらに国が力こぶを入れなければならない。
労働条件の
改善
夫婦が安心して
育児、
子育てに専念できるためには、
労働条件並びに
環境整備が不可欠の問題である。通勤地獄の解消、
労働時間の短縮、週休二日制の完全実施、
保育施設・内容の
改善、産休の完全実施などのほか、
婦人労働者の二〇%を占めるというパートタイム
労働者の退職金制度の創設、賃金
改善などにも早急に手をつけなければならない。
大
都市集中排除
人口の
都市集中が進み、地方の過疎は加速的にふえている。沖縄、鹿児島等、視察でその実態をつぶさに見てきたが、過疎化阻止の成果は微々たるものである。所得、
労働環境、娯楽面など、若者はやはり都会を求めて村を出てしまう。一省一機関移転を実現させ、
政治がまず手本を示す。そして企業が地方に移転しやすくするためのあらゆる
施策が不可欠であろう。
自然・
環境問題
日本の近代化は足尾銅山鉱毒事件をトップに
公害の
歴史であったと言っていい。
高度成長の陰に幾多の庶民の悲惨な被害があった。緑を守り、きれいな水と空気を確保しなければせっかくの長寿国も短命国に一気に転落するであろう。有害食品の追放、欧米化した食
生活の
改善など、
国民の生命を守る
施策の一層の
改善が要望される。
高齢者対策
世界にかつて見ない急速な
高齢化を迎えた
日本。
政治も
社会も庶民
生活もこれに順応できず戸或いさえ見せている。お年寄りが安心して
社会生活に参加できる
社会、また寝たきり
老人の介護
対策、中年
時代からの
高齢化準備への自助努力、年金制度の一層の確立、シルバー総合
対策など、数え上げれば切りがないほどの
施策が要求されている。健康な心身、そして資産、
政治もこれに早急に手を打たなければならないと考える。
国際
協力の
促進
ユニセフの報告を聞くまでもなく、今発展
途上国では飢餓、
病気、内戦などによって膨大な数に上る
乳幼児が
死亡している。
我が国でも
政府、民間ともに
援助の手を差し伸べているが、
経済大国としてもっともっと多額の
援助が求められていると思う。
以上です。