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1987-08-27 第109回国会 参議院 文教委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和六十二年八月二十七日(木曜日)    午前十時一分開会     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         田沢 智治君     理 事                 仲川 幸男君                 林  寛子君                 粕谷 照美君                 佐藤 昭夫君     委 員                 川原新次郎君                 木宮 和彦君                 山東 昭子君                 杉山 令肇君                 世耕 政隆君                 寺内 弘子君                 星  長治君                 柳川 覺治君                 山本 正和君                 高桑 栄松君                 勝木 健司君                 下村  泰君    国務大臣        文 部 大 臣  塩川正十郎君    政府委員        文部大臣官房長  古村 澄一君        文部大臣官房総        務審議官     川村 恒明君        文部省初等中等        教育局長     西崎 清久君        文部省高等教育        局長       阿部 充夫君        文部省高等教育        局私学部長    坂元 弘直君        文部省学術国際        局長       植木  浩君    事務局側        常任委員会専門        員        佐々木定典君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法  律案(第百八回国会内閣提出、第百九回国会衆  議院送付)     —————————————
  2. 田沢智治

    委員長田沢智治君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案を議題といたします。  まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。塩川文部大臣
  3. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) このたび、政府から提出いたしました学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容概要を御説明申し上げます。  今日、さまざまな新しい時代の要請の高まりにこたえて、大学中心とする高等教育改革を推進することは、我が国の将来を築く上で極めて重要な課題となっております。  そこで、臨時教育審議会の第二次答申を踏まえ、大学関係者を初め、広く各界の英知を結集して、大学等高等教育改革を積極的に推進するため、高等教育に関する基本的事項調査審議する機関として、新たに大学審議会文部省設置ようとするものであります。  また、関連して、既設の大学設置審議会及び私立大学審議会を再編統合し、これまで大学設置審議会所掌とされた大学等設置基準及び学位に関する事項につきましては大学審議会所掌とするとともに、私立大学等設置認可及びこれに伴う学校法人に関する寄附行為の認可を総合的に調査審議する等の機関として、大学設置学校法人審議会文部省設置ようとするものであります。  次に、法律案内容について御説明いたします。  第一に、大学審議会につきましては、文部大臣諮問に応じ、学校教育法によりその権限とされた事項及び大学に関する基本的事項等調査審議して答申するとともに、必要に応じ文部大臣勧告することをその所掌事務とし、文部大臣内閣の承認を経て任命する二十人以内の委員組織することといたしております。  第二に、大学設置学校法人審議会につきましては、学校教育法私立学校法及び私立学校振興助成法によりその権限とされた事項調査審議して答申するとともに、必要に応じ文部大臣に建議することをその所掌事務とし、大学関係者及び学識経験者のうちから文部大臣が任命する六十五人以内の委員組織することといたしております。  また、同審議会大学設置分科会及び学校法人分科会を置くことといたしております。  さらに、学校法人分科会につきましては、実質的に現在の私立大学審議会の任務を引き継ぐこととし、その組織につきましても、私立学校法趣旨目的である私立学校自主性に配慮し、現在の私立大学審議会と同様となるよう組織基準及び委員候補者私学団体による推薦について私立学校法に定めることとしております。  また、衆議院においで、施行期日に関する付則の一部が修正されましたので、念のため申し添えます。  以上がこの法律案提案理由及びその内容概要であります。  何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
  4. 田沢智治

    委員長田沢智治君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。  これより質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言を願います。
  5. 山本正和

    山本正和君 大学審議会設置というものを中心とする二法案に対する質問でございますが、その前に私は、新憲法という言葉は余りいい言葉じゃありませんが、現日本国憲法のもとで、戦後文部行政が四十二年間にわたって行われてきたわけでございまして、その流れの中で今日この大学問題を取り上げて、そして文部省として大学改革に取り短もうとする、それの背景についてまずお伺いをしたいわけであります。  それは、我が国が第二次大戦の、本当に我が国そのものがもう学校はない、何もかも荒廃し切った中で、教育をもって何とか新しい日本をつくっていこう、こういうことが戦争に負けた直後から各界各層の中で議論がされまして、そのために大変な苦労を全国民がしたわけでございます。要するに、今日新制中学校、もうどこにも立派なものがありますけれども、かつては新制中学を建てるために、町村長が財政難あるいはさまざまなそれに伴う政治的な背景のために自殺をした、あるいは校長や教員が新しい教育になじめないために学校を去る。さらにはその悩みの中で自分自身の生きがいを失って自殺をした、こういうふうな事例も戦争直後には多くあったわけであります。その中で我が国文教行政がどういうふうに進んでいったんだろうか。  これはもう御承知のことでございますけれども、アメリカのいわゆる対日勧告の、行政あるいは政治に対するさまざまな勧告団が来たわけでありますが、教育使節団が二回にわたって来日いたしまして、第二次教育使節団、その中でのさまざまな我が国民主教育に対する提言がございました。そして我が国自身も、当時の教育専門家といいましょうか、教育家会議という名前をつくったというふうに記憶しておりますけれども、それによっていろんな議論をいたしました。そしてそれから生まれたのが教育刷新委員会であり、さらには、教育刷新審議会がいろんな議論を経まして、そして中教審が生まれたと聞いているわけであります。ところが、今ここで文部省は、臨教審という内閣審議機関といいましょうか、内閣が持っているところの機関からの勧告を受けて大学審議会設置ようとしている。中教審というのは、実は戦争直後の我が国教育復興教育再建のためにさまざまな議論をしていく中で生まれたのが中教審でございますが、この中教審文部省設置法の中で明確に位置づけられている。すなわち、中教審というものの役割と、今日臨教審が提起したことによって文部省大学審議会設置ようとしていることとのかかわりですね、この辺の問題をまずお聞きしたいわけであります。  本来、我が国の戦後の憲法体制下教育行政というのは、文部省に対してさまざまな議論がありますけれども、最終的にはその責任をすべてゆだねると、こういう形で中央教育審議会ができたわけであります。にもかかわらず臨教審設置された、これは今日解散いたしましたから、私はこれについての批判はまた持っておりますけれども、また別途の場でこれはいたしたいと思いますが、臨教審設置された、それに伴って文部省大学審議会を出す、こういうことについてはどうも私としてはわからないわけであります。文部省設置法に基づくところの中教審があって、中教審から例えば大学審議会をつくれと、こういう議論があって文部省はこれを受けたというならよくわかるわけでありますけれども一体中教審ではこの種の問題の議論がされたのかされなかったのか、その辺についてまずお伺いしたいわけであります。
  6. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) ただいま先生からお話がございましたように、中央教育審議会というのは昭和二十七年以来設置されている審議会でございます。ただいまるるお話がございましたように、戦後の教育刷新委員会、それを引き継ぐ教育刷新審議会を受けて中央教育審議会設置せられた。中央教育審議会は、御案内のとおりに、「教育学術又は文化に関する基本的な重要施策について調査審議」するということになっておりまして、設置以来、これまでにたしか二十七回ほどの御答申をいただいているわけでございます。約三十年間に二十七回の御答申をいただいておりますが、中央教育審議会性格は、教育学術または文化に関する、つまり文教行政全般について見渡してそのときどきの重要な事項について審議をするという性格でございますので、これまでの御答申状況を見ますと大変多岐にわたっているわけでございます。  一番最初に出されました第一回答申は「義務教育に関する答申」ということでございますし、一番最後と申しますか最近の二十七回は、これは教科書制度でございますけれども、その間に生涯教育の問題もございますし、あるいは教育学術文化国際交流の問題もございます。そういう一環で、もちろん大学制度につきましても御審議がございまして、昭和三十八年には「大学教育改善について」というふうな御審議もございます。さらに、御承知のとおりに昭和四十六年には、いわゆる四六答申と言われておりますけれども大学の問題を含む「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的な施策について」というふうな御審議も行われている。でございますから、中教審立場で言えば、それは今まで全体についての御審議がこれまで進められてきた。  ただ、先生お話がございましたように、昭和五十九年に臨時教育審議会設置せられたことに伴って、中教審はこの三年間活動を休止をしておる、こういう状況でございます。  そこで、臨教審から全体的な御答申があり、それに基づいて、その答申を踏まえながら今回の大学審議会の御提案になったというふうに理解をしておるわけでございます。
  7. 山本正和

    山本正和君 どうもそこのところが、私は恐らく教育について戦後ずっと長い間携わってきた者としては理解に苦しむんじゃないかと思うんです。というのは、戦後の日本教育をどうすべきかということをめぐってさまざまな議論があって、そして文部省についても、実は文部省解体論もあった。文化省という名前にしたらどうだというふうな議論もあった。その中で、まさに国会でも随分激しい議論をして、やっぱり文部省として置くべきだということを決めたわけです、国会が。それに伴って、法律文部省設置法という法律がきちっと決められた。要するに、これは行政の筋として決まっているわけなんですね。  しかし、それだからといって、ほかのところがすべて教育の問題を議論したらいけないとは言いません。ですから、例えば内閣教育に関する審議会があってもいいと思いますよ。あるいは総理大臣直轄のところがあってもいいと思いますよ、いろんなものが、しかし、責任者はどこかといったら文部省であり、文部省設置法で言うところの中央教育審議会なんですよね。中教審は一体この臨教審答申というものについていつどこでどういうふうに議論したのか、そのことを私はお聞きしているんです。
  8. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) ただいま先生お話がございましたように、これは教育について責任を持つのは文部省でございます。ですから、この前の一般の御質疑の際にも、文部大臣からその旨の御答弁をさせていただいているわけでございます。  そこで、文部省でそういう施策をするについて、中央教育審議会でいつ審議をしたのかと、こういうことでございますが、一つは、先ほど申しましたように、いわゆる四六答申というのがございまして、そこで教育改革基本的な方向が示されておる、今回の臨教審答申と四六答申というものを比べてみると、もちろんその間に十数年の時代の隔たりがありますからあれでございますけれども内容的には相当重複する部分もあるというのも事実でございますし、そういう点で私どもは、これまで中教審で示されてきた基本的な方向、その方向に沿いながら仕事をしてきたというのは事実でございます。  それから、中教審との関係で申し上げますと、先ほど申しましたように、今回の臨教審設置に伴って中教審基本的にこの三年間活動を体上してきた。これはいろんな事情がございまして、またいろんな経緯もある話でございますので、でございますから、今回の大学審議会設置について中教審で直接これを審議したということは、この三年間に限って言えば、ないということは事実でございます。  ただ、中央教育審議会というのは、先ほど申し上げましたように、教育学術文化に関する基本的重要施策について審議をする機関でございますけれども、これは文部大臣諮問機関という性格づけでございまして、この審議会で議を経なければ一切何もしてはいけないかということでは必ずしもない。そこは手続論としての問題でございますけれども、それをしなければそういう新しい施策をすることは違法であるというふうな関係ではないわけでございます。そこはやはり行政実施官庁責任官庁としての文部大臣判断ということが基本的にあるのではなかろうかというふうに思っているわけでございます。
  9. 山本正和

    山本正和君 木田宏さんといえば文部省の大先輩ですね。その木田宏さんが「文教課題に向けて」という本を出されております。私もこの方のいろいろ出版されたものを読んでおります。その中で、文部省として中教審をなぜ大切にしなければいけないかということについてもいろいろと記述がございます。また、木田さんという方は本当に文部行政の中で、それは例えばさまざまな思想的な立場からの激突なんかを経験された方です。しかし、非常にリベラルな立場日本教育の将来についてのきちっとした識見をお持ちです。この方がいろいろと言っておる中で、今お話のあった中教審の四六答申ですね。これについてのその長所、すばらしい部分、これをどういうふうにやっていったらいいかという提言もされているわけですね。  私が今ここでお聞きしたいのは、もう一遍重ねてお聞きしますけれども一体文部省というのは、中教審という文部省設置法によって位置づけられている審議会臨教審という審議会と、どちら側によるべきなのか。私は、少なくとも今の行政の筋からいったら、文部省のよるべき審議機関の最高の機関はやっぱり中教審だと思うんですよ。中教審の方は休止しておいて、臨教審がぽんと来ましたから、文部省はそれを受けて文部省独自でいろいろと考えますと。しかし、この大学審議会法案にせよ、これからいろいろと準備されている諸法案にせよ、本来、日本学術文化教育全般にかかわる大変な問題ですよね。その大変な問題は中央教育審議会においては議論しないでいいのかと、そこのところを私は聞いておるわけです。
  10. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) 大変難しいお尋ねでございますけれども一つは、臨時教育審議会というのはこれは臨時教育審議会設置法という国会の御意思でもって設置せられた機関でございます。この国会の御意思に基づきまして設置せられ、かつ、その設置法におきましては、政府はその答申を尊重しなければならない、少なくとも、政府としてはそれを尊重しろということをこれまた国会でお決めになったと、こういうことでございます。  形式論で恐縮でございますけれども中央教育審議会も、これまた先ほどお話がございましたように、文部省設置法という法律で決められておる、これまた国会の御意思でございます。でございますから、国会の御意思として中教審臨教審両方おつくりになったと、こういうことでございますが、ただ、臨時教育審議会はその名前のとおり、同じく国会の御意思としてこれは三年間だけということで期間を限ってこの期間にやるということでございましたし、一方中央教育審議会は、これはそういうことではございません。昭和二十七年以来今日まで続いている恒常的な機関でございますから、これからの私ども責任官庁としての文部省は、教育学術文化について施策を進めていくときに、やはり必要に応じてこの中央教育審議会の御審議をいただいていくということは、これは今後ずっと続くことであろう。臨時教育審議会は一応この三年で終わった。ただ、先ほど申し上げましたように、私どもはこれを尊重する、尊重しろという国会の御意思は外しながら仕事を進めていかなければならない、さように思っているわけでございます。
  11. 山本正和

    山本正和君 ということは、今後はこの臨教審答申についてはもう一遍中教審論議の機会が保障される、あるいは中教審においてこの臨教審答申について議論することがあると、こう解釈してよろしいか。
  12. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) これは事柄によることでございまして、例えば臨教審の御答申大変多岐にわたっておりまして、中には非常に具体のことまでお示しいただいておるものもありますし、何かその基本的な考え方だけをお示しになったというふうな部分もございます。でございますから、そのこなしについて、必要に応じてそれは各種の審議会でもう一度御審議をいただくということは当然あり得る話だと思うんですね。  現に、例えば教育内容の問題につきまして教育課程審議会で現在御審議をお願いしているというようなこともございます。ですから、中央教育審議会との関係でも、中央教育審議会の主張に当たると思われる、つまり教育学術または文化に関する基本的な重要施策に触れる、そこで御審議をお願いしなければいかぬというようなことがあるとすれば、それはまた中教審に御審議をお願いすることになりましょうし、そうではない、もう既に基本的にきちんと内容方向が示されておるという場合に、それは改めてまた中教審にお願いをするというのはいかがであろうか。その辺はやはり内容に応じた判断ではなかろうかというふうに思っております。
  13. 山本正和

    山本正和君 どうもおっしゃりにくいような気持ちで御答弁になっているように思うんですけれども、私は余り遠慮せぬでいいと思うんです、これはここまできているわけですから。もともと文部省内にも臨教審がなぜ必要なのかという議論があったことは私は承知していますし、それから政府自民党の方にも、一体本当にこの教育の根本問題をどこで議論するんだということをめぐってさまざまな論議があった、これも十分承知しています。  私がここで申し上げたいのは、要するに、戦後四十年の間に教育問題についてはさまざまな議論があった。そしてまた、いろんな犠牲を伴ってでも一生懸命になって教育問題に取り組んできた歴史があるわけですね。そこは大切にしなきゃいけないんじゃないか。  特に、私がこういうことを言うのは、余り個人名を挙げるのは好ましくないから言いたくないんですけれども、同じ三重県同士だから言いますけれども国対委員長をしている藤波さんというのは、これは国会に当選以来ずっと文教委員をしておったんですよね。彼は所属は自民党です。私は当時からずっと教員組合やっていますから、彼が代議士秘書時分から私は知っているわけです。いかに教育に対して一生懸命やってきたか、私よく承知しているつもりなんですね。  そういうさまざまな意見があって、その中で、中教審中教審で大変なお骨折りをいただいている。これは私は中教審に対して反対の部分もあれば賛成の部分もあります。しかし、そういう中での問題を文部省はやっぱり今までの過去の歴史に照らして、中教審の中でさまざまに論議されたことを大切にしていただきたい。そしてまた、何か知らないけれども、こう間口を狭めるんじゃなしに、もっと中教審を開いていただいて、その中で、例えば大学審議会議論されるのと重複してもいいから、皆さんどう思いますかという意見を聞く、こういうことはしていただくべきじゃないか。こういう観点で御質問しているので、その辺どうでしょうか。ひとつ遠慮なしにお答え願いたいと思うんですけれども
  14. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) 今、戦後四十年のお話をいただきましたけれども、私ども立場から見れば、教育歴史というのは、これで百年以上、少なくとも明治以降の近代教育歴史を頼みるともう百数十年たっているわけでございます。この間に、この前大臣からお話がございましたように、教育歴史というのは、絶えざる改善改革歴史でございまして、その積み重ねである。これまでの歴史を振り返ってみると、そういう審議機関というものは実にたくさんそれぞれの時代に応じてつくられている。それは文部大臣諮問機関という形でつくられたこともございますし、この前の改善改革論議で言えば、改革に当たるようなときには、総理直轄審議機関という形でつくられているということもございます。  例えば大正の改革で申し上げれば、臨時教育会議というものが総理大臣諮問機関として設置せられた。ずっと勘定してみると、これまで設置せられた審議会、形式的に数えますと、中央教育審議会よう文部大臣諮問機関というものは明治最初から勘定しますと大体十二、三あるんですね、時代に応じて。それから総理大臣諮問機関として設置せられたのは五つぐらいある。それぞれのやっぱり時代時代に応じて、そのときの必要性に応じて、そういうふうな国民的なレベルでの審議をしよう、あるいは恒常的にきっちり取り組もうというふうな、歴史流れはそういうふうに来ているんだろうと思います。でございますから、今回、そういう四番目か五番目の形で、総理大臣諮問機関として臨教審設置せられて、そこで三年間精力的に御審議いただいたということは、やはり現在の時代を反映して教育に対する国民の熱望を端的にあらわしたものではないか。したがって、これはこれでぜひ大切にしていかなければならないと思います。しかし、これから私ども文部省として二十一世紀にわたって文教を担当していくわけでございますから、その際に基本となる審議機関はやはり中央教育審議会、ここでいろいろ御審議をいただきながら、これからも行政を精力的に遂行してまいりたい、こういう立場でおるわけでございます。
  15. 山本正和

    山本正和君 ひとつ、もう四十年を超える長い戦後教育のいろんな過程をぜひ大事にしていただきたい、こういうことを特に要望しておきまして、中教審ということとそれから今度の臨教審答申ということとの間のいろんな矛盾がもしあるとするならば、その調整をぜひやっていただきたい、これを特にお願いしておきたいわけであります。  そこで、実は臨教審答申、大変膨大なものが出されまして、その中には我が国が今どうしても注目して取り組まなければいけない幾つかの課題もあると思います。そしてまた、どうもそれは読みようによってはちょっとこんな危険性があるじゃないかという部分もいろいろございます。しかし、そういうことを越えて、大学問題という高等教育問題という観点からこの臨教審答申私も読ましていただいたし、いろんな論議過程等も調べさしていただきました。その中で、実は中教審の四六答申の中でかなり懇切丁寧に高等教育問題について触れられている部分、それを受け継いでいると思われる部分と、それから四六答申を否定してしまっている部分とが幾つか見られるわけです。さらに、その四六答申がその後ずっと行われておったならば、今度の臨教審提案が要らないんじゃないかというふうな部分もあるわけです。  四六答申と今度の臨教審の中の高等教育改善部分についての違いですね、これはどういうふうに文部省は把握されておられるのか、その辺をまず承りたいと思います。
  16. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 御指摘のような形での比較を現在手元に資料として持っておりませんので、あるいはちょっと不正確な物の言い方になろうかと思いますけれども、四十六年答申の場合には、例えば大学の多様化ということを、大学というものについて幾つかの種類、あるいは幾つかのパターンというのを明確に決めて、多様化を図っていこうというような方式がとられたわけでございますけれども、例えば今回の臨教審答申におきましては、大学の個性化というような表現で、大学の種別をつくるというよりも、それぞれの大学が個性を持っていくという方向で対応していくべきだというような指摘がなされておりますし、また、あるいは、大学の管理運営問題につきましては、四十六年答申の場合には、新しい形態の法人化をしたらどうかというような具体の提案が出てきておりますが、今度の臨教審答申では、いろいろ問題があるので、この問題についてはさらに慎重に研究する必要があるというような指摘にとどまっているというような点等、幾つか違う点はあろうかと思いますけれども基本流れている考え方というのは、やはり四六答申時代から大学については個性化を図っていくべきだ、言葉は違いますけれどもほぼ同じような趣旨であったと思いますし、内容的には高度化を図っていくべきである、あるいは運営の活性化を図っていくべきであるというような趣旨は基本的には同じ流れであろうと、こういうふうに思っておる次第でございます。
  17. 山本正和

    山本正和君 私の旧制中学校の同級生が京都大学や慈恵医大等の教官もしておりまして、たまに酒を飲んだりしていろいろと議論をします。その中で、別に教育学やあるいはこの種の問題の専門じゃない者も四六答申をやっぱり読んでおった。この臨教審答申もいろいろ読んでおりましてね。そこで、こういう中で、とにかく大学の教官という立場で見た場合に、一つだけ我々が気をつけなければいけないなと思った部分があるというわけです。  それは何かといいますと、学生の大学生活の問題が四六答申では明記されている。もちろん当時は学生運動がいろんな形であらわれていた時期でありまして、今から十六年前ですから、今とは世相も違います。学生の生活も今日とは違います。臨教審委員の飯島宗一先生、この方も広島大学で随分学生運動、いろんな苦労を体験された。同じことで、私どもの同じ世代の大学の教官は皆そういう教訓を受けているわけです。その中で、学生が大学生活をいかに暮らしていかなきゃいけないかという問題について四六答申というのは、大学の中に一つのショックといいましょうか刺激を与えたという効果があったんです。今度は全然ないんですね、学生生活に関して。臨教審答申の中で大学について。  この辺は一体文部省としては、どういう意味でなくなったのか。あるいは臨教審の中でどんな論議があったのか。もし御承知であればちょっとお聞かせいただきたい。
  18. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 私ども臨教審の御論議に参画をしているというわけでもございませんので詳しいことはそう承知しておりませんから、やや想像にわたるお答えになろうかと思いますが、確かに、先生の御質問の中にもございましたように、四六答申というあの時代は、その直前に大学紛争を解決するための特別の答申中教審が出したというような時期でもございました。学生の厚生補導とよく言いますけれども、主として補導面というような面についての配慮等もいろいろあって、それが四六答申の中に入っていると思うわけでございます。現在は、そういった面につきましてはかなり学園の内部も落ちついてまいりましたので、そういう意味ではそういった方向よりはむしろ大学の学生に対する育英奨学の問題であるとか、あるいは例えば大学院の院生に対する何らかの位置づけの問題であるとか、そういったことについての指摘は今回の臨教審答申にも出ておるわけでございますけれども、それ以外の部分については、当時と情勢が違うというようなことで深入りをした答申になってないのではないか。これは私の想像でございますけれども、そう答えさせていただきます。
  19. 山本正和

    山本正和君 実は、私も自分が教えた高校の生徒が大学へ行きまして、大学生活でいろいろ経験したことを言ってくれます。中には、もう今の文部省局長クラスぐらいの方も教え子の中におるわけですね。そこでいろんな話が出るわけです。  そうすると、それぞれの時代時代大学生活というのがあります。その中で、最近の大学生活、最近大学へ行った学生、あるいは最近卒業した学生、あるいは現に在学している学生の中で、一般的に学生諸君から出てくる話として、大学におる時間が非常に少ないと言うんです。ところが今から十五、六年前の大学生活というのは、キャンパスの中におる時間が随分あった。そしてまた、自治会等もいろんな議論があったにしてもかなり白熱した部分もあった。ところが、今、大学のキャンパスの中におる時間よりも町の中へ出ていく時間の方が多くなってきている。そして、本当に大学生活を経験するという中での楽しむ部分、苦しむ部分、そういうもので、高等教育の経験を受けるべき学生たちが、大学の中で体験する問題が一体どうなんだろうか、これでいいんだろうかというふうなことを考えたりもするということを言うわけです。  私はむしろ今日大学生の問題というのは、キャンパスの中でより楽しい学習生活ができる条件があるかないかということだろうと思う。大学の中に一体それがあるだろうか。これは、私はこの前東京大学の集会があってちょっと顔を出したんですけれども、私どもが戦後こちらへ帰ってきまして、戦争に負けて敗戦で引き揚げ船に乗って帰ってきて、まあ日の丸論議ありますけれども、日の丸の旗を見てじんときたんですけれどもね。しかしそういう私どもの戦後体験の中で、やっぱり例えば東京大学といえば東京大学のキャンパスの中に何と直言えない風格があった。イチョウの木でも一つ一ついろんなたたずまいがあったわけですね、大学の環境が。しかし今東京大学、一体どうですか、あれ、汚らしい。右や左に建っているあの安物の建物。ですから、なぜこの臨教審大学生活、大学の学生の生活というものに対して目を向けた答申でなかったのか、これ非常に私は残念で仕方がないんです。四六答申ではそれが明確に出てるんですよね。だから、少なくとも四六答申の方がこの臨教審答申よりすぐれていると思う、大学高等教育ね。  この辺は後ほど実は大臣大学生活等の問題について御所見を承りたいと思ったんですが、ちょっと今話が出ましたから、大臣、一体今の大学生の学生生活についてどうお考えなのか、あるいは大学の環境等についてどういうふうにお考えなのか、ここら辺を承りたいんですけれども
  20. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 大学生全部で約二百万はおるでしょうが、その中で本当に学問を勉強しようというのは二割くらいいるでしょうかね、私もはっきりわかりませんが。あとは資格を取るために行っているので、だから勉強しながら年数だって資格を取って、それで就職、結婚と、そんなことしか考えておらぬのじゃないかなと思いますが、これではいけないのであって、やっぱりもっと勉強する雰囲気をつくらなけりゃいけないんじゃないか、私はそう思いまして、そういうことを改革一つの対象に大学の活性化を図っていきたい、こう思っておるところでございます。
  21. 山本正和

    山本正和君 どうもちょっと瞑想にふけっておられたかして答弁がかみ合わない気がするんですけれども、私が申し上げているのは、少なくとも四六答申では、いろんな問題点はあるにしても学生の大学生活というものを注目して、その部分に対するさまざまな対策を講ずべきである、また大学自身も、その問題に真剣に取り組むべきであると、こういう提起をしている。臨教審では、大学における学生生活の問題についてはほとんど触れていない。ということは、大学生が学ぶべき場としてのキャンパス、その中における生活が全然出てこない答申になっているわけなんです、これは。その辺は一体今どうなのか。  例えば十五、六年前は学生運動があって、大学紛争と言われるような現象も幾つがあった。そのことと、今日それがないから、余り表面化していないからといって、どちらが危険かといったら、私は今日の方が危険だと思いますよ。学生が政治に目を向けない。哲学に対する議論を闘わせないとするならば、むしろ今日の方が危険だろう。今大臣がおっしゃるような、単に資格を取りに大学へ行くんだと、こういう風潮があるなら、そこにこそ注目すべきだろうと思うんですよ。となると、一番重要なのは大学における学生生活だろう。  ですから、これも飯島宗一さんが出されている本の中に、大学の問題で、「研究・教育・生活の場としての大学」ということでお書きになってるんです。これ読んだら大学問題に関心のある者ならだれでもなるほどなと、こういう観点というものをみんなわかるんです。要するに、「研究・教育・生活の場としての大学」という発想が大切じゃないかとみんな思うんです。実際にドイツやアメリカの大学の例を出して、どこにもその大学のたたずまいがある。大学の個性とはまさに大学のキャンパスそのものであり、例えばロンドン大学の場合には、ロンドンの町は至るところに大学の研究機関もある。町の中を学生が回る、こんなところもありますよ。小さな町の、町そのものが大学というところもドイツにありますよと、さまざまな個性的な大学の例を出しているわけですね。まさに学生生活というものに目を向けた大学改革論を飯島さんは言っておられる。なぜ臨教審答申にこれ出ないのか。  私はそういう意味で、実は中教審というものが今まで長い間議論している中でここのところに目をつけた、その目をつけた中教審における論議というものが、本当にこの臨教審で生かされたんだろうかという点を非常に私は心配しているわけなんです。しかし、臨教審というのは、前大臣によれば三流大臣たる文部大臣の上の一番偉い内閣総理大臣のもとにつくった審議会だからこれが一番偉いんで、三流大臣の所管している文部省というのは内閣総理大臣の直属のもとにあるものの言うことを聞けということで、もしも文部省がやるとしたら大変だから、そういうことも含めて句とかこれやっぱり文部省文部省独自で、臨教審の中にさまざまに提言されているものをうのみにするんじゃなしに、文部省そのものがきちっと持っている大事な部分は大事にしていきますよ、ひとつ安心してくださいと、こういうことを法案審議の前に大臣の見解を承りたい、こういう意味で申し上げているんです。
  22. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 学生生活のもっとゆとりがあって個性化ということは私も賛成でして、私はこの前国立大学会議がございましたときにもそのように、例えば私、ドイツで印象に残っておりますアルトハイデルベルクのああいう町はできないのかと、本当に。例えば札幌なんか、あの一角がそれに向かおうと思えばできるし、仙台なんかそのようにできると思いますね。そういうことが学生に与える心理的影響というものも非常に違う。建物一つにしてもそのように配慮すべき必要があると、私これは国立大学会議ときに本当に言ったんです。確かにそういえば今の大学は高等学校の建築単価よりは安いんです。こんなお粗末な大学をつくっておるということは、これは私も恥ずかしいと思います。私は、臨教審の中で大学とはということをもっと突っ込んで議論してもらいたかった。大学という、社会的に文化的に、あるいは極端なことを言ったら歴史的にどういうふうに大学というものがなければならぬのかという、そういうことまで、私は大学のあり方と理念というものをもう少し議論してもらってもよかったと思うんです。学生というのに、学生生活というものにも余り言及しておられない、おっしゃるとおりだと思うんです。そういうことから、今おっしゃっていることに私も気分が非常によく合うんです。おっしゃっていることはそのとおりだと思いますが、しかしそれは、答申にあろうがなかろうがやっぱり文部省としてやらなきゃならぬことだと私は思います。そういう青春の血をたぎらすような場所、それにふさわしいものにしていくということがこれは非常に大事だと思うのでありまして、それは文部省はやらないかね。  先ほど来、中教審臨教審の話がございます。これ今まで、どの役所もそうでございますが、会して議するということはやるんです。議して行わずというところはどこのところも皆そうなんで、審議会の特徴はこれなんですね。ですから、中教審でいろんなことを言っているんです。やらないから、これじゃどうにもならぬじゃないか、改革ができないじゃないか、だから臨教審つくろうと、こうなっちゃったんです。ですから、こんなもの、臨教審中教審幾ら議論やって答申いただいても、やらなければせっかくの立派な答申も何にもならないということなんです。私はそこに今度の問題が絞られてきておる。中教審で随分出ておるんです。私、中教審は余り、拾い読みしかしておりませんので実際知りません。しかし、なるほどなと思うところがありますよ。けれどもやっていないんです。やっていないから、これはだめだ、今度は臨教審でいこう、こうなっちゃったんです。ですから、私は今度の臨教審答申中教審答申、この中に矛盾するものがあるかどうか知りませんが、私は恐らくないと思います。だって人間の知恵ってそう違ったものじゃないですよ。ですから、その中でこれからやらなきゃならぬものはこういうことだと順序をつけてやるということであって、審議会のウエートなり答申の中身の軽重を問うということ、それは私は余り問題じゃないと実は思っております。
  23. 山本正和

    山本正和君 大変みんなわかりやすい話だと思うんです。やればいいんで、いろいろ議論していい提案を出しても何もやっていないじゃないか、こういう話は非常によくわかるんですね。  ところが実は私流に、私も昭和二十四年から教育界に入っていろんな経験をしてやってまいりましたから思うんですけれども文部省がいろんな答申を出した中で、実は中教審の四六答申というのは本当に画期的なものであると思うんですね。改革という言葉に値するような画期的な問題が幾つか四六答申は出されているんです。その出されている中で、特に私非常に印象的だったのは、今日高等教育の中でどんどんどんどん学生がふえてきている、大衆化時代になってきた、しかしながら、その大衆化時代の中で、私立大学、私学の方は、大変な財政負担を持ちながら公立と同じ水準を維持するために大変な苦労をしている。それに対する思いやりが出ているんですよ、四六答申は。私学に対するもっと大きな財政補助をしなさいと、こう言っているんです。それからさらに、大学が今から——昭和四十六年当時ですよ。二十一世紀を展望してというふうな今度の臨教審答申じゃないんですよ。まだ二十世紀をどう生きるかという時代。その中で、既に四六答申は、大学における研究の自由というものを確保するために、大学の研究に対するさまざまな財政措置を講ずべきだと言っているんですよ。ところが一体どうなのかといったら、昭和四十六年から一体どれだけ伸びたですか、大学の研究費は。私学の補助率がどれだけ高くなったかということを考えた場合、まさに、文部省は一生懸命要求しているんですよ。私はそれは知っています。毎年毎年随分要求している、昭和四十六年時代。しかしながらその全部を阻んできているんですよね。  だから私は本当の話、臨教審をつくってもらったときに、随分偉い尊敬する先生がたくさんおったから、大切なことだと思ったんです。しかし、その前に一番必要なのは、国が本気になって教育をよくしようという気があるのかないのか。文部省の言うことだけはとにかく黙って聞きましょう、文部省のだけはまず黙ってとにかく我が国の国家百年のためにお金を投じましょうという政府自身にその決意があれば、これよくなっているんですよ。私はそう思うんです。その辺は見解はどうでございますか。
  24. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は四六答申というのは、あのとき私も国会議員でございましたが、大学の運営に関する臨時措置法というのが八日間の徹夜ぶっ通してやっと成立したことがございますね。あの時代を思いますと、四六答申というものは、それまでほけっと眠っておったのが目が覚めたんですよ、あそこであの大学管理法で目が覚めたんです。鎖国から日が覚めて、そこからちょっと改革ようかという意欲があって、それが四六答申となって出てきた。でございますから、四六答申というものは、私は率直に言いまして世間の支持の背景はなかったと思っております。一つの理想図というか、そういうものを書いたんだと。こうありたい、例えばエセックス、サセックス大学ような多様化をしろ、これが筑波大学に現に実現されてきておりますが、そのように目が覚めたんです。それからまた眠っちゃったんです、ずっと。十五、六年間。今度臨教審でまた目が覚めた、こういう状況が現在だと思うんです。  そこで私は、金のことをおっしゃいます。確かにそうです。財政支出がなければならぬ。ならばです、ならば、私はやはり大学といえども、あるいは高等教育機関といえども、社会と国家、あるいは社会、世界、そういうものとやっぱり相互関連を持たなきゃだめなんです。象牙の塔に立てこもっておる間はやっぱり予算はつかない。これははっきり私は言えると思うんです。ただし、やっぱり国として学問も、そういう社会あるいは国家のニーズだけで学問というものは進歩するものじゃありません。学問には、むだだと思っておるものもやっぱりこれは将来非常に大事なものが基礎研究されておるものたくさんあります。そういうふうなものに対しては、今までだってやっぱり政府は、公平、平等の原則に基づいて、そういうようなものにもちゃんと措置はしておるんです。しかし私はそれ以上に必要な、要するに学園の活性化、学園の活性化というものはやはり社会的関連、そういうものにおいて相互に考え合わせていかなきゃならぬ。その点がやっぱり教育関係者全体にも配慮が欠けておると私は思うんです。  今日、教育関係者、大学の教授とは言いませんが、大学教育者をとってみましても、社会から見ましたら、尊敬はしています。尊敬はしておるけれども、尊敬だけのことであります。これが私は実は一番いけない。やっぱりそれが社会との関係においてもっと密接なものを持ってもらうように心がけてもらいたい。それを、よく言います、社会的ニーズにこたえるとか、あるいは二十一世紀を展望した活力ある学園の創造とか言って、そうならば本当に大学もそうやってもらいたい。私はそこを思っておるんです。その関連において私たちも努力をしていきたい、こう思っておるので、文部省の役人が何ぼ逆立ちになって大蔵省に交渉しましても、やはりそういう国民的な必要性、そしてそれに呼応する態勢というものができてきておるということでなければ、やっぱり国家の金でございます、税金でございますから、国民の納得がなかなか得られないんではないか、こう思うんです。
  25. 山本正和

    山本正和君 ここは文教委員会でございますし、大臣文部大臣ですから、やっぱり教育の問題を中心に据えて、合意がしやすいと思うのですね。恐らく今大臣お話の中にいろいろあったことの背景にも、金があればいいのは決まり切っている、だからもっと文部予算をふやさにゃいかぬという、それは一本通っておられると思うんです。それはそのとおりでございますわね。問題は、私がここで言いたいのは、そうは言いながら、実は国の政治の根本をどこに見据えるかというときに、教育に携わる者が、あるいは教育に関心を寄せる国民各界各層が、教育を受けている者自身が、その教育の重要性というものを本当にみんなで大事にしなければ国の政治は変わらないと思うんですよ。予算配分も変わらないと思うんですね。  ところが我が国で、正直言いまして、これは大学の数、大学という言葉でちょっと言い切れないかもしれませんけれども、約一千を超えている、こういうんですね。アメリカが二千、ソ連が八百ぐらいですか、いわゆる高等教育機関と称するものが。ドイツやイギリスやフランスはうんと少ないんですよ。それで大学の水準は非常に高いんです。大学で学ぶ者のうちの、さっき大臣はちょっと冗談的におっしゃったんだろうと思いますけれども、二割か三割は一生懸命勉強するけれどもというようお話がありましたけれども、私はこの数そのもののすばらしさというものはきちっと評価すべきだと思うんです。大学で学ぶということを保障している国なんですね。千という高等教育機関を保障しているんです。アメリカでも一遍にこうなったんじゃないんですよ。アメリカも一九六〇年ぐらいまでは大学の数は少なかった。どんどんどんどんふえたんです。私はそういう中で、どなたがおっしゃったか忘れましたけれども、自然科学の先生、ちょっと名前をと忘れしちゃったんですけれども、二十一世紀に日本が生き残れる、それを一体何を根拠にするかというときには、日本大学だということを言っているんですよ。これだけの数の大学を持っている国はアメリカと日本と、そして人口からいえばソ連はそれの半分しかないんです。そういう中で日本大学問題というのは極めて重要だということを言っているわけなんです。  ところが残念なことに、今度は大学から大学院に行く大学院生の数を調べたら、これはもう本当に少ないんです、日本は。なぜ少ないかといったら、大学院に行っても保障されないからですよ。例えば社会科学系の大学院に残った場合、大学院に残ったら就職口がないんです。ドクター浪人がたくさんおる。大学先生は、自分のところの修士課程へ来る、そこまではいいけれども、博士課程へ来るときには、ちょっと待ってくれ、君、将来大丈夫かというようなことを気兼ねしなきゃいけない。そういう問題がやっぱり大学問題を議論するときに一番大切な部分だろうというふうに私は思うんです。これ、やっぱり臨教審は触れているんです。触れていますよ。ところが、四六答申でこのことの重要性をきちんと出しているんですよね、既に。  私はここでこういうことを何遍も繰り返し言うのは、実は教育問題についての論議は幾らでもできるんです。だれでもできるんです。本当に何にも知らない人でも教育論議はできるんです。また、それは教育なんです。また、本当に最高教育を受けた人も教育論議はできるんです。教育というのはそういうものなんです。ですから、その教育を通じて日本の国がどうあるべきかということをめぐって、どうやってそこで合意を求めていくかという問題があろうかと思うんです。そして、昔から言う言葉に、ヨーロッパではよく使われたんです、大学を見ればその国がわかるというんですよ。じゃ、日本の東京大学はどうですか。東京大学の学生自身が、あういは教官自身がどういうことを言っていますか。先進国の中で東大の水準はどうだろうか。予算面、研究面、百番以内に入るだろうかということを心配しているんですよ、東京大学が。だから、そういう大学問題の一番根本に横たわっている問題が四六答申の中に既に指摘されているんです。  大臣お話では、学生が騒いだからこれを何とかしなきゃいけないというのでショック療法をやって、四六答申というよりもそれの方がもっといろんなインパクトを与えた、こういうお話です。しかし、じゃ臨教審で今度どんなインパクトを与えたか。私は臨教審答申をずっと読んでみた。何を一体与えたんだろうか。私は正直言って今度文部省が出した大学審議会設置法案、これはなるほどユニバーシティ・カウンシル、そういう言葉があります。実はこういう構想は、別に臨教審が言わぬでも今まで言っているんですよ、中教審の中でもそういう議論をしている。これを言ったらおかしいけれども、一番大臣が嫌いな日教組という言葉がありますけれども、日教組の中でも大学審議会というのを言っているんです。同じことを言っているんです。別に改まった話じゃないんです。だから要は、一番根本は何かといえば、大学というものを本当に世の中が大事にして、学問の自由、大学の自治を尊重しながら大学を本当に日本の国の人たちも大事にしていこうということがなければ、この問題を論議してもいかぬだろうと思うんです。  だから私は、法案審議の前に大臣に特に所見をお伺いしておきたいのは、どんなことがあっても日本の国の大学はやっぱり大切にしなきゃいけない。学問の自由、研究の自由、そして大学の自治、こういうものはどうしても守って、日本の国の大学は世界の国に比べて負けませんよということ、そういう決意を持っているということを大臣からまず御決意のほどを承っておきたいと思います。
  26. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) その質問に対しては、私も皮肉を感じるんですが、私は大臣に就任いたしましたときに一番最初に言ったのは、やっぱり大学の活性化だったんです。今文部省行政の中で一番おくれているのは、私は大学行政ではないかと思うんです。私は、この大学行政がなぜおくれたのかということを見ますと、やはり学問の自由、これは絶対保障しなきゃなりません。学問の自由を保障しなきゃならぬ、そうでないと学問は進みません、それはよくわかっている。  ところが、学園の自治というものが、余りにも特権化されてしまっている自治のようにとらえておる。予算を配分するのは政府権限ですから、そうであるとするならば、やはり社会的重要性ということを見ていくということになれば、学園の自治というものも社会的重要性と関連して考えていただかなきゃいかぬ、そこが抜けておる。そしていたずらに、さっき直言っておる象牙の塔における特権的自治を言っておられる、これではやっぱり金がつきません。ただし学問の自由は保障する。だから大学の基礎的研究費というものは毎年ぴしっとつけておるんです。これは文句言えぬところだと私は思うんです。しかし、より以上に大学を活性化し、時代の要請に合っていく、新しい制度を取り入れていこうという場合に、それは文部省からこうしなさいああしなさいと言ってみても、いやそれは学園の自治だ、こう言われてしまって今まで改革ができなかった。さっきもおっしゃるように、特別研究員制度というのを発足しております。やっと発足しましたのは二年前じゃありませんか。これはなぜか。やっぱり反対に遭ってできなかったんです。  四六答申、いかにもいいことを書いてあります。書いてありますが、大学関係者の反対反対でできてこなかった。今日それがなぜできていないのだということを言われたって、これは文部省だけの責任じゃありません。私はそれを文部省責任だと追及するのは酷だと思う。文部省だって随分努力してきました。けれども、なぜできなかったのかという、ここにメスを入れていただかなきゃいかぬ時代に来ておる。私は、それを今学校とそれから文部省と一体となって、これから実行に移していかにゃいかぬ。先ほど東京大学の話も出ました。私はこれで二度正式に東大の総長に対して、東大医学部の病棟あれは何だと、あなたがさっきおっしゃった、汚いということを言っている。これがなぜできないんですか。幾らでも金を出す。今度の補正予算のときでも特別に——私は金額まで言ったんです。このくらいの金をつけるからすぐにでもかかったらどうだ、いや待ってください、一回学内で相談と、これじゃ一向に進まぬじゃないですか。私はそこが大事だと言っておるんです。  学校がまず社会的に目覚めてもらうことが一番大事だ、これを言っておるのでございまして、先生の気持ちと私は一緒だと思うんですよ。本当は一緒だと思うんです。本心はそう思っておられると思うんです。それを建前でおっしゃっていたらこれは問題片がつきません。そこを私はきっちりとこの委員会等でしてもらいたい。私は衆議院の委員会でもこれはもうずばずば言っておるんです。どうして実行するのかということ、どうぞここに焦点を絞った議論にしてもらいたい、こういうことであります。
  27. 山本正和

    山本正和君 どうも私の時間が終わってしまいましてあれですけれども、私は大学の自治ということを言う場合に、大学が何でもかんでも社会のすべての現象と切り離して勝手にやれるということを大学の自治という言葉は意味していないと思うんです。本当の意味の大学の自治を尊重すべきだと思う。  というのは、私は、大学名前言いませんけれども教育勅語を一生懸命に大切にしている、大学生に君らこれを覚えよということをやる大学もなきにしもあらずなんですね。教育勅語です。これは法律ではっきりと廃止が宣告されておる。それを大学の自治だからといってどんどん全学生にそれを強制するというようなことをしてもらったら大変なことになると私は思うんですね。  だから、大学の自治ということを言っても、これはやっぱり憲法教育基本法、あるいは学校教育法、さまざまな法律があるわけですからね。その中での大学の自治、これは私は別に否定するんじゃないんですよ。しかし、私が今ここでとにかく今の大学問題で考えなくちゃいけない問題点の一番根本は何かといったら、大学自身が目覚めて改革ようという気持ちを起こしてもらう、まさにそのとおりなんです。それは、大学自身が改革を起こそうとしてもらうためにそれじゃどういうインパクトを与えるか。果たして大学審議会というそれによっていいのかどうか。私は、大学審議会無用論は言いませんよ。これはもう先ほども言いましたように、日教組もかつて大学審議会と同じような構想を持っている。大学改革のために審議会制度を設けるべきである一国の機関としてですよ、こういうことを言っているんです。大学審議会ということについてはさまざまなニュアンスがあるんです。  私が今ここでお話しをしていることは、大学というものが、まず大学みずからが直そうという気持ちを持たせる条件は何か、そこのところを我々は議論すべきじゃないか。例えば臨教審大学改革について提言をする、あるいは提言されてしまいましたから——これはもうされてしまったという現在でいきますと、されたならば、そのされたことに対して高等教育改革部分について全国の大学に対してこれに対する意見を求めてみるとか、あるいは学生にこの臨教審改革について意見を求めてみるとか、こういうことをすべきだろうと私は思う。いろんな意味での呼びかけをして、そして、その呼びかけの中でこの問題を国民論議にしていくということが必要なんじゃないだろうか。あるいは大学へ生徒を送っていく高等学校の校長会でもいいです、あるいは高等学校の教員でもいいです、生徒指導の教員でもいいです、そういう者に対して、さまざまな角度から高等教育改革についての臨教審のこの答申についてどう思いますかということをやっぱり調べるべきだろう、こういうことを私は思うんです。  そして、今大学生自身も含めてみんなが一番心配しているのは何かといったら、日本大学の中で、六・三・三に切りかわったときに、戦前の大学と今日の大学との切りかえの中で誤解が生まれている。それは、戦前の大学教育を受けた者は、旧制高等学校で二年間なり三年間なり十分いろんな思索にふける期間があった。哲学も勉強できた、議論を闘わせた、夜の夜中まで酒を飲み交わしながら人生論もやれた。しかし、今日の大学生にその余裕がありますか。どこでそれを補うんだといったら、大学における一般教育だろうと思うんですね。その一般教育に対して、戦後の新制大学歴史を調べると、一般教育無用論みたいなものが出たんですよ。すぐ役に立つためにというので例えば高等専門学校をつくってみたりなんかしてみた。あんなものはすぐに役に立つかというと立たないですよね。これはもうアメリカでもソ連でも今一般教育の重要性が言われている。二十一世紀に生きようと思ったら最もリベラルな立場で勉強できる人間じゃなくてはいけないということを盛んに言っているんですね。これはもう経営者の方が一番言うんですよ。東芝とか日立とか大企業の研究部門の人望言うんですよ。専門の分野よりも基礎教養をしっかりやってくださいよということを言うんですよね。ところが、一般教育の問題に対しての大学側の取り組みはどうなっているんですかと、あるいは臨教審の中ではこの問題についてはこういう議論をしましたよ、皆さんどう思いますかと、こういうことをやっていただくべきだろうというふうに私は思うんです。  要するに、大学問題というのは臨教審も立派な議論しただろうと思うけれども、本当から言えば、文教委員会があるんですから、参議院の文教委員会でみんなで議論して大学改革に対しての提言をまとめりゃいいんですよ。そういう観点が私は必要だという意味からひとつ臨教審の今後の扱いについて大臣に、まさに日本文部行政の最高責任者として慎重なひとつ今後のお取り組みを願いたい。こういうことを要望いたしまして、どうも最後は言いっ放しになりまして申しわけございませんが、時間が来ましたのでこれで終わりたいと思います。
  28. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、戦後四十数年の文部省の歩み、文部省ができました明治五年からずっと関心を持って読んでおるんですが、やはり昔はずばずばとやっていましたね。改革を積極的にやっています。ところが、戦後は議論が多過ぎて改革がおくれておる。これがもう行政の一番の私は正すべきところだと思うんです。  でございますから、今御質問がございました気持ちを酌んで、これからずばずばとやっていきますので、御協力をひとつお願いをいたしたいと思います。
  29. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 大学審議会法律に入る前に、大学論に対する根本的な討論がお二人の間にありまして、非常に私は傾聴させられておりました。しかし、大臣、最後のずばずばやりますというのですね、ずばずばやるいい方向が、大臣のお考えになるいい方向なのであるか、国民が考える方向であるのか、その辺のところは問題でございますので、今後とも十分に審議過程を大事にしてずばずばやっていただきたい、こういうことを要望をしておきます。  臨教審の第四部会の部会長でありました飯島さんがある本に、大学問題を討議をしていると、いかに臨教審のメンバーの人たちが大学ということを知らないかということにびっくりした、こういうことをおっしゃっておられました。今、討論の中にもありましたように、学生の生活もありましょう、大学教育内容もありましょう、また制度の問題も多々ありましょう、国際化の問題も多々ありましょう。臨教審のメンバーが大学ということについて案外知らないのにびっくりした、こうおっしゃっているんですね。メンバーのほとんどが東大卒なんていう方々ですけどね。そういう意味では、この大学審の法律は本当に慎重に私は審議をする必要がある、こういうふうに思うわけでございます。  最初に、大学問題を審議する文部省に関する機関というのは一体どのくらいありますでしょうか。
  30. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 現在の文部省に置かれております機関ということで申し上げさせていただければ、先ほど御論議がございましたように、まず、文部行政全般ということで、大学問題もあわせて検討する機能を持っておりますのが中央教育審議会でございます。それのほかに大学そのものについての審議会といたしましては、大学設置審議会私立大学審議会、この二つにつきましては今回統合するということで法案でお願いをしておりますが、その二つの審議会がございます。また、そのほかに、これはいわば私的な諮問機関ということになろうかと思いますけれども大学に関する重要問題を扱うためにその都度集まっていただいて御協議をいただいているよう組織ということで申しますと、大学改革協議会、それから大学入試改革協議会といったようなものを幾つか置いて、その都度御議論をいただいているというような形になっております。
  31. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 今御報告がありましたように、確かに中教審大学設置審議会、この中には設置分科会あるいは基準分科会、計画分科会、こういうものがありますね。そのほかにまた学術審議会、そして局長レベルのさまざまな諮問機関ようなものがあるわけでありますけれども、なぜ、先ほどの山本委員の質問ではありませんけれども中教審、ここのところで結論も出ないままに臨教審答申を受けて大学審を法律として出さなきゃならなかったのか、ここのところがやっぱりわからないですね。  社会党で飯島先生においでいただきましていろいろなお話を伺いました。その伺ったときに飯島先生がこういうことをおっしゃっているんですね。   基本は、大学のポリシー、国のポリシー、公のポリシーが、誰がどういうふうに考えて決めていっているかということの現状を見ますと、大学設置審議会というもの、それから中央教育審議会というものが在りますが、中央教育審議会はもちろん、高等教育に触れる向きもありますけれどやはり包括するところが非常に大きいものですから、重点はどちらかというと小中にあって、高等教育に触れたのは「四六答申」で一部触れていますが、毎回触れるとは限らない。こういうふうに言っていらっしゃる、だから臨教審でこれを大きく取り上げて、そして大学審議会をつくらなきゃいけないんだというふうにお考えになって出されたんだというふうに思いますが、文部省もやっぱりそう思っておりますか。
  32. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 確かに中央教育審議会というものがございまして、これまでも大学問題について議論をいただいて、答申をいただいたということも一、二回あったかと思っております。  ただ、今回の場合には、大学問題についての臨時教育審議会の今回出されております答申、これは大学問題について非常に多岐にわたっているということがございます。これらのものについて一々議論をしていくということを考えますと、そうするとこれは、一つには中央教育審議会のいわばいろいろな問題を扱っているというキャパシティーからいって、今後数年間は専ら大学問題だけやっていただくというようなふうにも必ずしもまいらないであろうということで、問題の量が非常に多過ぎるので、ほかの問題を抱えている中教審でこなすことは無理だということがあろうかと思います。もう一つは、やはり大学改革というのは、ある時点ではっとやればそれで済むというようなものでなくて、恒常的にこの問題については議論をしながら逐次改革を重ねていくという、いわば永遠の課題でもあろうかと思います。  そういったような点を考えますと、これは中教審大学が独占をするというような形でなくて、やはり大学問題についてはこのための審議会をつくって、そこで専らこれに当たっていただくということが適切なのではなかろうか。現在ございます大学設置審議会とか私立大学審議会という審議会は、これは専ら大学設置するかしないか、それを認めるか認めないかというところに焦点を置いた審議会でございますので、大学に関するポリシーを全般的に考え、逐次実行に移していくという意味からいくと不向きな面があるわけでございます。そういった点を総合的に勘案をいたしまして、これは臨教審の御提案でもございますけれども、そのとおりであると考えて、大学審議会をお願いをしたいということにしたわけでございます。
  33. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 そういたしますと、臨教審が解散をして中教審が動き出します。中教審大学審は一体どういう関係になるんですか。
  34. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 中教審が動き出すかどうかというのはちょっと私もお答えがいたしかねるわけでございますが、大学審の方は、大学問題について専ら審議をしていくという立場になるだろうと思います。この点は先生も御承知だと思いますけれども、現在中教審というのがございましても、例えば教員の資格に関する制度は教育職員養成審議会議論をしている、教育課程の問題は教育課程審議会議論をしていただいているというふうに、いわば権限としてはダブっているわけでございますけれども、それぞれの段階で必要に応じて中教審に御審議をいただくか、あるいは教員養成審議会に御審議をいただくかということを、まあ文部省判断としてこれまでもやらしていただいてきたわけでございますので、これからも中教審とこの大学審議会が並列するという状態になりました時点におきましても、基本的には同じ関係であろうと思っております。  ただ、私どもとしては、せっかくこのために大学審議会をつくっていただきたいということで考えておりますので、そういう点からいえば、この大学審議会にこれからはお諮りをしていくということを中心に考えたいと思っております。
  35. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 これからだんだん大学審議会内容に触れて皆さんも御質問なさると思いますけれども、そうしますと、中教審大学審議会の決めたこと、どういう決め方をどのようにするかはまだわかりませんけれども、そういうことは何か意見を、逆に言えば差し戻すというようなことができるのですか。大学審議会が決めたことは、それはそれで結構ですと、こういうことになるのですか。
  36. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) ただいまの中央教育審議会権限の問題でございますけれども、先ほどお答え申し上げましたように、中央教育審議会教育学術文化に関する基本的重要施策について審議をするということでございます。それで一方、ただいまお話がありましたように、それぞれの専門領域について、例えば教育課程審議会学術審議会等々あるわけでございまして、それの権限が両方はダブるということはあり得ることだと思います。  ただ、こちらの審議会で決めたことをこちらの審議会意見具申をするとか、そういう関係ではないわけでございまして、それぞれがその専門領域における審議というものを踏まえながら、中教審は全体として、文教行政全体として全体のバランス、均衡等を考えながら、文教行政の重点について御審議をいただくということでございますので、こちらで述べたことをこちらで承認をする、あるいは逆にそれをだめだと言うというふうな関係ではないというふうに理解をしております。
  37. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 私は、こういう意見最初に申し上げたいと思いますが、我が国大学全般にかかわる大学政策や大学改革の問題というのは、ひとり大学関係者にとってだけの問題ではなくて、国民的な課題である。これは先ほど山本委員も申し上げたとおり。我が党は、大学全体の政策にかかわって論議をする国民合意の機関必要性をしたがって否定はしない。先ほど山本委員は日教経もそう考えていると言いましたが、私たち社会党もそう考えているのであります。既に一九六九年には、七〇年代の教育改革政策において、大学の代表、日本学術会議、中央教育委員会という、そういう構想を持っておりましたが、その三者で構成をする大学委員会なるものを提起したこともあります。また、大学関係者中心としながら、各階層の有識者を含むもので、かつて東大の改革準備調査会の報告書が提起をしました、文部省から相対的に独立をした行政委員会としての大学委員会構想なども十分に考えるべきものがあるというふうに思っております。行政に従属した機関が強い権限を持つというのは非常に偏った改革となるおそれがあるというふうに思いますが、この非常に強い権限を持ったのが今度提起をされております大学審議会ではないか、こう思っております。  私の手元にも、大臣の手元にも多分届いているんじゃないかと思いますが、大勢の大学先生方あるいは教職員の組合の方々あるいは個人の方々から、この大学審議会に対する反対の声明というものが出されていると思います。特に憲法研究者の声明というのは私には一番胸に強く響いているわけであります。こういう要請、大臣のところにも届いていると思いますけれども大臣、こういうのをお読みになって、どんなことをお考えになっていますか。
  38. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 文部省で、昨日勘定してみましたところ、全部で二十通文部省に参っております。  中身を見ますと、大体、この大学審議会をつくることによって大学の自治を破壊するというような論旨のものがほとんどのようでございますが、私どもはその点がどうにも理解しかねるわけでございまして、この審議会は、大学問題について、大学の方々を中心にし、各界各層の方々に入っていただいて議論をしていただこうという、論議をしていただこうという機関でございまして、これは文部大臣がみずからの施策として大学改革を進めていくにしましても、まずはそういう各界の御意見等を承りながら、いわば民主的にやっていこうというねらいの機関でございますので、それについて、そういう論議をすることが大学の自治を破壊するということになるというのは私どもには理解できない、こう私は思っております。
  39. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 文部省に二十通届いている——たった二十通ですか。私も長いこといろいろな教育に関する運動をやってきまして、確かに大管法のときとか筑波大学法のときなんかのあのころの反対運動に比べますと非常に寂しい思いがいたしますけれども大臣の手元にはその二十通も届いていないんですか。お答えがないようですけれども
  40. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私のところには一通も来ておりません。しかし、先ほど阿部局長から言いましたこういう趣旨のいろんな方々からということで、数えてみたら二十通ですか、来ている。概要は聞きました。けれども私は、その文章を読んだこともないし、まあこんな陳情は、何でも反対の陳情は文部省にこんなに山に来ますからね。別に一々私のところへ回ってこない。大抵関係局長のところで大体それは処理されておると思っております。
  41. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 この法律を何が何でも通さなきゃならない、こうお考えになっている大臣のところには反対の声明とか反対意見なんというのは出さない方がいいと文部省は考えているのかもしれませんですけれども、しかし、これはやっぱり国民の考え方をきちんと大臣にお伝えするというのが文部省の私は役目じゃないかと思います。  大変強い権限を持っている、こう考える意味では、各省庁に審議会なるものがたくさんありますけれども、そういう審議会の中で委員の任命に内閣の承認を必要とする、これ、幾つぐらいありますでしょうか。
  42. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 内閣承認にかからしめております審議会は四つございます。
  43. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 質問に正確にお答えになるものですから、幾つあるかと言ったら四つと、こう言いますけれども名前をちょっと言ってください。
  44. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) どうも失礼をいたしました。  文部省関係中央教育審議会、それから文化財保護審議会、それから、これは現在機能しておりませんけれども、紛争絡みのときに置かれました臨時大学問題審議会、それから建設省関係で公共用地審議会、この四つでございます。
  45. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 教育に関するものが三つですね。やっぱり教育というのは非常に、内閣の承認を要するものというんで随分強いんですね。何か非常に教育に関する審議会というのは強い力を持たせるよう審議会になっているということを感じないわけにまいりません。  ところで、その審議会の中で、審議会意見を申し述べるとか、建議をするとか、答申をするとか、勧告をするとか、そういうふうな役割を持っていますけれども、今度の大学審のよう勧告権というものを持つのは一体どのくらいありますでしょうか。そして、その意見を申し述べる、建議をする、勧告をするという、その力の強さ、重みというものはどの程度違うものでしょうか。
  46. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 法令用語といたしまして、勧告それから建議、あるいは意見を述べるというような形の記載がされておるわけでございますけれども、法令担当者の間の考え方といたしましては、それはいずれにつきましても相手に対して自分の意思を伝えるという行為であって、法律上の行為としては差がないという判断でございます。ただ、もちろん用語のニュアンスの問題といたしまして、やはり勧告という言葉が一番ニュアンスとしては強いということになっておりますが、先ほど申し上げましたように、その差は特段ないというふうに考えております。  なお、恐縮でございますが、手元に勧告権を持っているものというのを持っておりませんけれども、先ほど申し上げました、内閣承認にかかっている審議会四つと申しましたけれども、このうち文部省関係の三つが建議という規定になっておりますが、今回は勧告という言葉を使わしていただいたわけでございます。この勧告という言葉を使いましたのは、臨時教育審議会答申におきましても大学改革ということを非常に大切なこととして考えて重要な位置づけをしておられるし、しかも大学改革につきましては他の問題上りもいわばかなり抽象的にと申しますか、臨教審としてはある方向を述べられて、具体の肉づけ等につきましてはこの大学審議会に任せるんだというような位置づけも行われているというようなこともございますし、そういうことを考慮して、臨教審答申では勧告という言葉でそういう権限を与えたらどうかと、こう言っておりましたので、それを尊重いたしまして、「勧告することができる」という規定で御提案をさせていただいたわけでございます。繰り返しになりますけれども、そういう言葉を使っておりますが、法律上の用語としては、建議等と法律的効果としては変わりがないということでございます。
  47. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 審議会は、社会保障制度審議会を初め十一ありますね。そういう中で勧告権を持つというのは、法的には平等であります、しかしニュアンスの問題ですというのは、そこのニュアンスのところが大事なんですよね。非常に強い印象を国民に与えていると思います。  そうしますと、もう一つ問題があるのは、内閣の承認を要するものというのと、勧告権を持ちますという審議会ですけれども、ほかにありますか、十一の審議会の中に。
  48. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 勧告内閣承認というのをいわば両方を兼ね備えたと申しますか、そういう審議会については承知をいたしておりませんので、恐らくないと思います。
  49. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 したがって、私たちはこれは強い権限を持っている、それから並びの審議会ではなくて突出した審議会だ、したがってそこで出されている勧告というのは一体どういうものなんだろうか、こういうおそれを大学関係者のみならず教育に関心を持つ方々が持たれるというのはもう当然のことだというふうに思います。だからその辺をこれから文教委員会審議の中で明らかにしていかなければならないと思っているわけです。  この大学審議会権限事項は、大学に関する基本的事項の調査だ、こういうふうに書いてありますけれども大学に関する基本的な事項というのは一体どういうことを言いますでしょうか。
  50. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学に関する基本的事項ということで私どもがこの範囲に含まれていると考えておりますのは、例えば大学教育研究組織のあり方であるとか修業年限をどうするか、入学資格をどうするかというような問題、それから大学の教職員に関する諸制度とかあるいは学位の問題、あるいは大学教育課題の問題、あるいは量的な面でございますれば高等教育の整備計画というような問題、そういうたぐいのものが大学に関する基本的事項であろう、こういうふうに考えておるわけでございます。
  51. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 この大学に関する基本的な事項はほとんど大学に関するものが全部含まれているような感じがするわけでありますけれども審議をするこの大学審議会の前提になっているものが大学改革協議会である、こういう理解は間違っていますか。
  52. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学改革協議会でございますけれども、これは臨時教育審議会から第二次答申が出されまして、大学改革についてのいろいろな御提言がありました。もちろんその中にこの大学審議会を設けろということも一項目含まれておるわけでございますが、ただ、そういった諸般の大学改革に関する問題について、この大学審議会ができるまでの間は何もしないでいるということも適切でなかろうということで、この間に、いわば非公式ではあるけれども大学関係者の方々等にお集まりいただいて、主として臨教審提言されておりますよう大学改革方向について、あるいはその具体化の問題等について議論を深めておいていただこう、そういうことでやっておる協議会でございますので、そういう意味から言えば内容的にはねらいを一にするものでございますけれども、もちろん正式のものではないわけでございます。  なお、形式的にこれが大学審議会につながっていくという性質のものでもないと、こう思っております。
  53. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 その大学改革協議会の問題については、それを中心にして質問をしなければなりませんが、今局長おっしゃいましたけれども文部大臣裁定のこの資料を拝見しますと、六番目に「大学審議会の構想の具体化等」という項目が入っているんですね、大学改革協議会の中で。そうしますと、まだ法律もつくられないのに構想を具体化していくというのは一体どういうことなんだろうか、こういう疑問も出てまいりますので、それについては、きょういただいた資料も含めて後ほど新たに質問をいたします。  さて、その基本的事項の調査ということで、一番皆さんが心配をして私どものところに反対声明あるいは陳情、請願いろいろ来ております中に、大学自治との関連で一体どのようになっていくんだろうか、こういう心配なんですね。大学自治が抑圧をされていくんではないか。その点はどういうふうに考えておられますか。
  54. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) この大学についての御議論というのは、先ほど申し上げましたように、いろいろな項目にわたりまして大学基本問題について議論をしていただくということでございます。要すれば、大学についてのいろいろな、現在学校教育法で定められている、あるいは大学設置基準で定められているその他の仕組み等について、改革ができるものは改革をしていこうというようなことを含むわけでございます。  しかしながら、それは個々の大学についてどうこうというようなことを議論するというようなことを目的にしているものでもございませんし、それから、先ほど申し上げました勧告の問題も、一つの政策についてこの審議会から文部大臣に対して勧告をすることができるということでございまして、大学と直接に接触をするのは、文部大臣が従来からの文部大臣権限に基づいて接触をしていくということでございますから、従来の関係を変更するものでも何でもないというものでございます。  そういうことで御理解をいただきたいと思うわけでございます。
  55. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 臨教審答申を見てみますと、大学自主性、自律性、こういう言葉が非常にたくさん入っておりまして、自治という言葉が非常に少ないんですね。その辺のところとも絡まってくるわけですけれども大学自主性をという臨教審答申は、文部省としては自主性というのは一体どういうところにあるんだというふうに理解をしておられますか。
  56. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) これも私、臨教審に直接出席をしておりませんのでやや想像を交えてのお答えになるかと思いますけれども臨教審答申大学自主性、自律性ということを申しておりますものを私なりに解釈をいたしますと、従来、大学の自治という大切な言葉でございますけれども、これだけ使っておりますと、しばしば、何と申しますか、権利の主張だけで義務というかそれに伴う責任部分が欠落をして使われる、動かされるというような雰囲気を感ずるわけでございます。臨教審自主性、自律性と、みずから律するんだということもセットで言っているのは恐らくそういう趣旨ではなかろうかと思います。  もちろん、その内容とするところは、大学教育、研究、学内運営等について、基本的には大学自体で決めていく、ただしそれについてはみずから責任を持っていくということのあらわれではなかろうかと、こういうふうに理解をしている次第でございます。
  57. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 もう少し具体的に言っていただきたいと思うんですけれどもね。先ほど申し上げました、私ども社会党の文教部会のヒアリングで飯島先生がおいでになってお話しをされているのは、大学自主性というのは財政的な自主性の問題、人事管理上の自主性の問題なんだ、こういうことを言っているんですね。そのことは否定しませんね。
  58. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学の活性化を図っていくということの一つの方法として、やはり大学については、財政面でもできるだけ、何と申しますか、国の会計制度の規制によって大学教育、研究が円滑にいかないと言われるような面等もございますので、そういった面についての改善を図っていく必要があるということは私ども臨教審と同じ意見でございまして、そういう意味での自主性ということはこれは大事なことでございますし、また、そういう方向で現在も諸般の会計制度等についての検討も行っておるわけでございます。  また、人事の自主性という問題につきましても、これは臨教審答申が出てから、出る前でございましたか、臨教審答申の方針等を踏まえながら、例えば助教授の任命権をこれまで文部大臣が持っておりましたものを学長に委任をするというような形での、まあいわば簡素化と自主性と申しますか、セットのような形での改革も一部実施をしておるわけでございまして、そういった意味で、大学が生き生きとして活動ができるような制度面での仕組みということにつきましては、飯島先生が言われたと言われましたけれども、そういう方向を踏まえて対応はしていかなければならないと、こう思っております。
  59. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 そういたしますと、例えば学長、学部長、その他の部局長、評議員等、大学の管理運営上重要な役職にある方々の人事の自主選考権、これは教育公務員特例法に入っておりまして国立大学だけ影響をするわけでありますが、こういう問題については、大学審は触れるというようなことは考えられませんですね。もう法律で決まっているわけですからね。
  60. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学審議会がこれからいろいろなことを御議論をいただいていきます際には、やはり法律で決まっていることでも直さなければならない部分、例えば学校教育の制度で学校教育法関係の規定等について現在言われておりますのは、例えば大学院を夜間でやるというためには法律上の規定もあるいは直さなければならないかもしれないというような点等もございますので、法律事項に一切手をつけないということを申し上げるつもりはないわけでございまして、もちろん法律事項まで含めての全体的な検討ということが必要になるだろうと思います。  ただ、大学の学内における教員関係の人事の問題というのは大学自治の基本にかかわる問題でもございますので、御議論が出るということはあり得るかと思いますけれども、これを現段階で文部省が手をつけていこうというふうに考えているわけではございません。
  61. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 今局長がおっしゃるように、確かに大学の中に夜間部をつくっていこうなどということは、これは大学そのものがいろいろと決めながら相談をして予算などもつけてもらって法律も直してなどということになるんだと思いますけれども、今のこの人事の問題は、やはり大学の自治に関する非常に基本的な問題でありますから、触れることはあろうかもしれないけれども、私は、そのときの文部省の態度というものは非常に大事なことだというふうに思っております。  それから、その他の大学の自治に関することというのは、文部省としてはどういうようなことがあると考えておられますか。
  62. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大変恐縮でございますけれども、御質問の趣旨がちょっと受け取りかねております。
  63. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 今大学の自治という問題の中で、一つは教員の人事の自主選考権がありますねと。こういうことで一つ確認をいたしておきます。その他に、文部省として考えているのがありますかということを聞いています。
  64. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 一番基本的には、やはり大学の自治というのは学問、研究の自由あるいは教授の自由ということから出てきていることでございますので、大学における教育、研究の内容的な面というものにつきましては、これは基本的に大学の自治にかかわる事項であろうと、こう思っております。
  65. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 先ほど財政的な自主性の問題の話をいたしましたけれども、財政の自主権というのでありますが、戦前には大学自身に一定限度の自主権を認めた特別会計法というのがありました。今、国立学校特別会計法で、一定の範囲で文部大臣の財政自主権を認めているわけでありますが、大学にはないのであります。この問題については、当然大学審議会で検討がされるものだというふうに思いますけれども文部省臨教審答申を受けていろんなことを考えながらも法律も出している、制度もやっているというふうになっているんですが、この点についてはどういうふうにお考えを持っておられますか。
  66. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 現在の国立学校特別会計制度というのは、国立学校全体を統括をした特別会計の制度でございまして、国立学校全体として弾力的に運用していくことができるようにという趣旨でできた制度でございますから、文部大臣がその会計の運営についての責任を負い、その権限を持っておるわけでございます。戦前の特別会計制度は、各学校別に設けられていたという時期もございますので、その時点ではそれぞれの特別会計がそれぞれの大学にとって自由に内部の運用ができるという仕組みがあったということはそのとおりであろうと思います。  それから、今後どういうふうに考えていくかということは、これも新しくできる大学審議会の御議論で出てくる可能性のある事柄だと思っておりますけれども、ただ、現在の私の個人的な考え方になるかと思いますけれども申し上げさしていただきますと、個別に戦前のような特別会計制度を設けるということになりますと、大学間でバランスをとりながら対応していくということが非常に困難になってくるということがあろうと思います。  当たりざわりがあるかもしれませんけれども、端的に、例えば東京大学のごとく規模も大きく財産もたくさん持っているというところと、地方の某大学のごとく非常に小さな規模でというようなところと、それがそれぞれ独立会計で、特別会計でというような仕組みにしますと、これは全体のバランスを欠いていくということにもなろうかと思います。そういう面からいえば現状のような仕組みの方がいいのではないかと個人的には思っております。
  67. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 臨教審の第三次答申で、「大学における自主・自律の確立」の中に、「教授会、評議会などの合議制審議機関大学自治の中心を担うものとして尊敬に値する良識を備えることが要請される。」、こう書いてあります。評議会やあるいは教授会が大学自治の中心であるということは臨教審も認めていらっしゃいます。ところが、その次の言葉が問題なんですね。「尊敬に値する良識を備えることが要請される。」。そうすると、いかにも尊敬されるに値しないような教授会や評議会があったというようにとられるわけでありますね。この辺のところが問題なんです。  文部大臣、一生懸命うなずいていらっしゃるけれども文部大臣は一体ここのところをどういうふうに認識していらっしゃいますか。
  68. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) おっしゃるように、私はそのとおりだと思います。尊敬に値しないことを今までやってきたから、だから臨教審はそれをずばりと言わざるを得ないというところだと思います。
  69. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 まあだれの尊敬に値しないかということは別といたしまして、具体的に、例えばこんなことというようなことはありますか。
  70. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) あります。  例えば、先ほども山本さんの質問の中に出ましたように、東京大学のあの医学部の状態、建てかえの問題一つとりましてもどうですか。これ、いまだに片づかない。あなたごらんになったことありますか。どうですか、これ。山本さん自身も、あんな汚いことしといてとおっしゃっているんです。だれが見たってそうなんです。これ、なぜ決まらないんでしょう。  それから、かつて京都大学で、助教授で過激派の支援をやって、逃げ倒して、十年間月給を払ったというようなことがありましたね。あれも教授会で何とか議論をするからということで、また文部省もまあぼんやりしておったんですか、じっと任免権を発動しないで待っておったんです。いつまでたっても結論出ないじゃないですか。大学の自治を尊重して、それじゃ大学で決めていただこうといって待っていたら、いつまでたっても結論は出ないです。世間はどういうぐあいか。ごうごうたる非難が出たじゃありませんか。こういうのはたくさんありますよ、それは。  だから、私は全部が全部と言っていません。決してそんなこと言っていません。中にはそんなこともあるから——あなたが例を言えとおっしゃるから例を言わざるを得ない。だから、そういう答申が出てくるんだと思うんですよ。
  71. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 まあ文部大臣は二つぐらいしか挙げられなかったわけでありますから、そうたくさんあるというわけじゃないと私は理解をいたします。  私も東大へ行ってみました。別にこの問題で行ったわけじゃなくて、第二薬局の問題であそこに行って見てまいりました。とにかく継ぎはぎで大変な病院だ、天下の東大病院だとこううわさに聞いてたものですからどんなにすばらしいかと思ったら、とんでもない、その辺に幾らでもあるようなあれだったんで、何とかならないるですかと、こう聞きましたら、いやそれが、今一生懸命に話し合いをしているところだと、こういう話もありましたからね。そんなに急がなくたっていいじゃないかと今思っているところでございますがね。  しかし、ここのところで、私はやっぱりそういう事実もあるけれども、しかし教授会や評議会は大学の自治の中心であって大事にしなきゃいけないんだということだけは大臣も認識していらっしゃると思いますけれども、いかがですか。
  72. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、大学の自治、学問の自由というのは、私は何遍も言っていますように、尊敬しなけりゃならぬ。特に学問の自由というのは、私はこれはしょっちゅう言っておりますが、絶対に損なってはいかぬ、これは保障しなきゃならぬと思うんです。しかし、学園の自治ということは、これは自治の解釈の仕方なんです。自分らの勝手にすることを自治と思っておられるのか。そうではなくして、自治にはやはり社会的秩序に合致する、あるいは社会的常識に合致する範囲内における自治というものでなければならぬのか。だって、あれだけ自治自治とおっしゃっている大学自身がみずから自治を放棄したことはたくさん例があります。そうして片一方では自治を主張される。  一番顕著な例は、これも東大になりますが、安田講堂のときどうですか。学園の自治を侵すのかと言って警察権の発動に反対しておった。そしたら来てくれという要請をした。それ以後、どの大学でも紛争ありましたら警察権要請をしておる。今まで、きのうまで自治だと、絶対に反対だと言っておられたのがそうなっている。そのように、いや私はそれをいかぬと言ってない。そのように自治の範囲というものは、その情勢、要するに社会関係において決まってくるものだと、これを私は何遍も言っておるわけでございます。  それと、粕谷さんに私はぜひひとつこの際お願いいたしたいと思いますのは、衆議院、参議院ずっとこの大学審議会議論を通じまして、社会党それから共産党の委員の方々は、何か大学が被害者になるように思って、これによっていじめられるんだ、大学審ができたら何かこれによっていじめられるんだ、だからそういじめられないようにちゃんと防波堤で、念には念を押しておいてと、こういうことを、私はどうもそんな質問ばっかり受けるんです。そうではなくって、もっと新しい時代に向かって大学のあり方をどうしようかという積極的な面でどのように活性化を与えようとするのかという、そういう面についてぜび質問をしてもらいたい。私どもそれを待っているんだけれどもちっとも出てこない。ひとつそういうこともやっぱりこの委員会で、消極的な面と積極的な面と、これはやっぱりやっていただきたい。私はそれをぜひひとつお願いいたしたいと思うんです。
  73. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 そうですね。大学関係者が本当にこの大学審が積極的な我々に活力を与えるようなものであるということが認識できるようにするためにも、質問をしていかなきゃいけない、それが当たり前のことじゃないですか。別に私だ、ちが、ほら反対しろ反対しろなんて言っているわけじゃないんです。皆さんが心配していろいろおっしゃっているから、それを代弁して私たちが質問をしているのでありましてね、文部大臣は、それはちょっとお話が逆じゃないですか。  それで、この大学審議会組織及び運営について疑問がありますので質問します。  法律案には、「大学に関し広くかつ高い識見を有する者のうちから、文部大臣内閣の承認を経て任命する二十人以内の委員で絹織する。」、これだけしか条文に明記をされていないわけであります。臨教審のときも、どんな人がメンバーになるんだろうか、また、そのメンバーになる人によって随分内容が違ってくるわけですから、これはもう心配するのは当たり前の話でありますが、この委員の任期、特別委員、専門委員の任免とその職務、あるいは会長、副会長の選任とその職務、部会の設置会議の招集、議決、議事手続あるいは大学審議会性格づける骨格はすべて政令にゆだねられている。政令が明らかでないものですからね。あの売上税のときも、何が何だかわからないけれどもみんな政令事項で、その政令が明らかになるまで国民の人たちが心配して騒いだんじゃないですか。そういう意味で、政令にゆだねられておりますけれども、これじゃ国会法律案審議をゆだねているにもかかわらず、大学審議会設置することだけを決めて、その中身については政府に任せてください、盾用してください、自由にさしてくださいと、こういうふうに言っているようなもので、私は、国会を軽視するのも甚だしいものだというふうに思うわけです。もし、そうじゃありませんということであれば、審議会性格を左右するこういう事項というのは、政令じゃなくて法律の条文に明記をする必要があるのじゃないか、こう思いますが、いかがですか。
  74. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) ただいま御指摘になりましたよう審議会の構成あるいは運営の問題でございますけれども、これらにつきましては、他の審議会等の例からいいましても、すべて政令以下にゆだねられているというものでございます。  なお、現段階で考えております政令の項目としては、先生お話にございましたけれども委員の任期を定めること。それから特別委員と専門委員を置くことができるという根拠規定をつくりたい。それから会長、副会長を置きます、それの選考方法を決める。それから部会を置くことができるという規定を設けて、内部組織として部会で審議を進めることができるようにしておきたいというようなこと。それから議事につきましては議事手続を決める。それから最後は、庶務の担当は文部省高等教育局の何課であるというようなことを規定をする。こういったような比較的形式的な内容のものを決めたいと、こう思っておるわけでございます。  なお具体の中身につきましては、これは政令でございますから、今後政府部内で検討して詰めていくということになろうかと思っております。
  75. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 法律を出すときにそういう政令などというものは、こういうようなことを考えていますというのを一緒に出せないんですか。
  76. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) ただいま申し上げましたように、やはり政令というのは、法律の施行の前後において政府部内で閣議に諮って決めて施行をするというものでございますので、かなり前の段階からそれを御提示をするということはちょっと適切でないと思っておるわけでございますが、内容的にはただいま申し上げましたような中身を決めるという方向文部省として考えておりますし、法律から委任を受けておりますのも、政令というのはそれぐらいの事項であると、こう考えております。
  77. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 それでは、先ほど申し上げましたこの委員の任命なんですけれども、非常に抽象的な基準であります。それは一体どういうことですか。例えば一九五一年の第十回国会のときに文部省法案を出しましたね、これは国立大学管理法ですか。そこの中には、「文部省に国立大学審議会を置く。」、こういうふうにして、「委員は、」「国立大学の学長が互選した者六人」、「日本学術会議がその会員のうちから推薦する者四人」、「学術経験のある者について両議院の同意を得た者十人」と、こういうことを明記しているわけですね。明確な法律事項としている。それに比べればまさに雲泥の差だというふうに思います。  これは問題点の一番大きなところだというふうに思いますが、なぜそのような縛りをかけなかったんですか。
  78. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 委員の選出につきましては、かねて申し上げておりますように、できるだけ大学関係者を中心にしながら、なおかつ社会の各界各層の方々の御意見も反映できるようにということで考えておるわけでございますけれども、そういった具体の選出につきまして、どういう分野から何人というようなことを余りかたく決め込むという方式をとりますと、やはり、委員の人選について硬直的になり過ぎて必ずしも適切でない。あるいは、そういう団体推薦みたいな方式によりますと、必ずしも自由な、活発な御意見というのが闘わすことができなくなってくるような面もないわけではないというようなこと等を考えまして、いわば他の審議会に一般にあるような形での比較的抽象的な表現にさしていただいたわけでございます。  なお、戦争直後の国立大学管理法案についてもお触れになったわけでございますが、国立大学管理法案で言われております国立大学審議会、あれは、審議会ではございますけれども実質的には国立大学全体の予算等について審議をし決定していく、あるいは学部学科の設置等について審議をし決定していくというような意味からいきまして、いわば国立大学全体についての管理機関みたいなもの、管理法で出てきておるわけでございますから、そういう位置づけのものでございますので、国立大学の学長さんの中から何人というような書き方をしたわけでございますが、今回の場合は、そういう管理機関というようなものではなくて、まさに政策のあり方について広く御議論をいただく機関ということでもございますので、かなり性格を異にしているというふうに考えておるわけでございます。
  79. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 しかし、縛りを絶対に何人などということをかけなくても、答えられる部分というのはあるんだと思うんですよね。  大体国立大学系、国公立系あるいは私学系、そして学識経験者、こういう考え方というものは持たないんですか。大体教育関係者が中心になるんだということは言えないんですか、まだ。
  80. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 人数について何がどうというようなことは申し上げかねるわけでございます、これからの選考でございますので。  ただ、私どもの気持ちといたしましては、先ほど来お答えしておりますように、やはり大学について御議論をいただき、大学関係者のコンセンサスをつくっていくというようなことを考えますと、大学関係者というのが中心に置かれながら、しかも各界各層の方にも入っていただくというような仕組みでつくっていくべきものであろう、こういうふうに思っておる次第でございます。  もちろん、具体の人選に当たりましては、それは国立と私学ではかなり立場が違う、御意見が違うということ等もあり得ようかと思いますので、国公私のバランスの問題であるとか、いろんなことを念頭に置いて、いわば常識的におかしくないような形のものは当然考えなきゃならない、こう思っております。
  81. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 時間が来ましたから、私はここで質問の半分がようやく終わったので、これでやめますけれども、例えば臨教審も縛りがありませんでしたね。そして学識経験者でありました。確かに「臨教審だより」を読みますといろいろな学識を持った方々もいらっしゃるわけですけれども、しかし任命された会長を「裸の王様だ」などといって文書を流すような方がいらっしゃったり、あるいは文部省解体論を堂々と文書にして、そして文部省審議会のメンバーになったりすよるうな方々も皆さん選んでいらっしゃるじゃないですか。文部省が選んだんじゃなくて総理大臣が選ばれたということになるわけでありますけれどもね。私はそういう意味で本当に委員の人選ということは大事なことだ、気をつけていただかなきゃならないことだというふうに思うわけであります。大学改革協なんか見ますと、審議会の中には女性をうんと採用していくんですよといって年次計画なんかもちゃんと総理府でつくっているわけですけれども、たった一人、十八人の中のたった一人しか出していない。今、高校卒業して大学に入る女子学生、進学率でも志望だけでも四三%なんですよね。そういう子供たちの問題もありますので、いわゆる文部省関係審議会にぜひ女性の委員を出していくように積極的に進めていただくように、こういう点は文部大臣、頑張っていただけますか。
  82. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) どうも、人選の問題につきましては、なかなかそこまで頭がいっておりませんで、専らこの法案を一日も早く上げていただきたいということで……。  しかし、仰せのあったことは、私はやはり女性も大事にしなきゃならぬ、これは当然でございますし平等に考えなきゃならぬと思います。御質問あったことはよく頭の中に入れておきますが、これは余り拘束されるべき問題ではないとも思うたりいたします。しかし、おっしゃったことはよく聞いておきますので、御承知いただきたいと思います。
  83. 粕谷照美

    ○粕谷照美君 きょうの質問は、これで終わります。
  84. 田沢智治

    委員長田沢智治君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。    正午休憩      —————・—————    午後一時二分開会
  85. 田沢智治

    委員長田沢智治君) ただいまから文教委員会を再開いたします。  休憩前に引き続き、学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案を議題として質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  86. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 それではただいまから質問をさせていただきますが、午前中に、山本委員ほか大変熱心な質疑とそれに対する大臣答弁がございまして、私はずっとそれを承って、大変うれしく存じております。  これから法案につきまして質疑したいと思いますが、その前に、ついこの間出ました臨教審答申につきまして、ひとつ大臣にちょっとお伺いをしたいと思います。  この臨教審は、ちょうど三年、延べ二千時間をかけた大変な審議会でございましたけれども、この答申を私も読ましていただきましたが、そう言うと大変一生懸命やられた委員先生方あるいは関係者には大変申しわけないんですけれども、私が期待していた答申とはほど遠いと申しますか、何かそんなむなしい感じがいたしました。まさに社会党の委員と同じですが、これはやっぱり与野党お互いに腹を割って話しをすればうまくいくのでないかはと思うんですけれども、ただ、私の非常に残念に思うのと、また野党さんの残念に思うことと、あるいは左と右逆の方向じゃないかと思うので、その点だけはあらかじめ明らかにしておきたいと思います。  特に、この始まった時点におきましては、校内暴力の問題であるとかあるいは偏差値の問題であるとかあるいは学歴の偏重の問題とか、こういうことを何とか是正したい、教育のひずみをひとつ是正したいということで、実は中曽根総理大臣も大変な勢いでやったわけですが、結果的には、何が原因したか私知りませんけれども、ともかく竜頭蛇尾といいますか、野たれ死にと申しますか、何かその辺が非常にしぼんでしまった。これは国民の期待が非常にその点では私だけではなくてみんなそう思っているんじゃないかと思うんです。この間私アンケートをいただきましたので、採点しろということで、実は五十点の採点をして出しましたんですが、たまたま専門委員先生に、実はきのうアンケートが来て五十点で出したよと言ったら、五十点くれたかよかった、私は十点だと言って大笑いをしたわけでございますけれども、恐らく関係している専門委員の方々も何か割り切れないものを感じているようでございます。そういう点で、せっかく仏をつくろうと思って一生懸命やられたと思いますが、ややその仏が十分な仏ではなかったような気も、私もいたしますが国民の皆様方の感想も恐らくそういう点では何か物足りないような気がいたしておる。これは決して私は文部官僚が悪いとは申しませんが、やはり一つ文部省の中にも保守的な、やっぱり改革に対して非常に恐れをなしているような一面があるような気がいたしてなりません。  一人一人の方にお話を聞きますと大変立派な方ばかりでございますが、文部省全体から見ると何か一つの一揆みたいなもので、連判状をお互いにとって、お互いに何か改革に対して非常な、何といいますか、実際にやっている方にとってはなかなか容易なことだとは思いませんけれども、特に、事子供に関することでもしも失敗したらこれが取り返しがつきませんので慎重にならざるを得ないということは私も十分わかります。しかし、それ以上にやっぱり今の現状を何とかせにゃならぬという、そういう高い要望が国民の中に私はたくさんあると思います。  私はそう思うんですが、大臣、この答申の評価、どういうふうに言ったらいいか知りませんが、評価なりあるいはそのたたずまいといいますか、答申に盛られないことでもなお進んで教育改革に取り組んでくださると思いますけれども、けさほどのお話でもそうだと思いますが、その抱負といいますか、ぜひひとつお聞かせいただけると思いますが、よろしくお願いいたします。
  87. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 臨教審答申をいただきまして、私は、臨教審委員の方々は大変に御尽力していただいた、本当に熱心に議論されたと思っております。この種類の審議会政府審議会としては異例なほど勉強もしていただいた。それだけにあの委員の方々が、本当は教育問題わかっていただいたと実は思っておるんです。わかっていただいたということは、やっぱり日本各界の代表でございますから、この結果もまた私は大きいと思っておるんです、それは伝播していきますので。そういう意味で、この臨教審は非常に大きな成果があったと思っております。  木宮さんおっしゃるように、何となく物足らぬところがあるとおっしゃっていました。私もこれは、今そういうことを言うのは不見識かもわかりませんが、あえて希望を申すならば、臨教審の中で私は、概念規定と申しましょうか、そういう現代の教育に取り組むべき教育の哲学というものをもう少しはっきりしていただいたらよかったと実は思っておるんです。  しかし、こうして広般かつ多岐にわたりまして御検討いただき、答申をいただいたんでございますから、私たちは、その中でできるものはもうやらなきゃならぬというような中身のものについてはどんどんと積極的に進めていきたい、こういう気持ちでおります。
  88. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 今、大臣の御答弁をいただきまして、大変気強く思います。そのとおりだと思います。日本明治の前の江戸時代に開港してからちょうど四十年たって、日露戦争で国威が発揚したといいますか、それから四十年たって実は昭和二十年の敗戦でございます。それからまた四十年して昭和六十年に世界一の経済大国になったわけでございますが、まさに改革の時期は四十年ごとにやってくるような気がいたします。  そういう意味で、この教育改革は戦後処理の最後の総仕上げということでやられたことでございますので、ぜひひとつその精神と国民教育に対するやっぱり改革を望んでおりますので、ぜひひとつ今後とも御英断のことをよろしくお願いいたします。  私は、教育改革というものは、個々にわたっていろいろ言われておりますけれども、今一番問題になるのはやはり教育基本法、これは教育憲法みたいなものではございますけれども、あるいは学校教育法の中の学校の制度、あるいは先ほど来いろいろと話題にも出ましたけれども教育公務員特例法、この三つの法律を、切り込むとかなんとかいうことじゃなくて、やはりここら辺でもう一度検討をして、それを改正するかしないかはともかくとして、やっぱりこれらを包含して、これからの教育というものを見定めていかないと、本当の意味の改革はできないような気がしてならないのでございますが、大臣、その辺の御所見はいかがでございましょうか。
  89. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) ただいまお尋ねがございました、教育改革に取り組むにつきまして、例えば教育基本法あるいは学校教育法等その基本のところに深く切り込んだ議論をすべきではないかということでございますが、一つ理解いただきたいわけでございますけれども、このたびの教育改革臨教審審議を始めるに当たってどういう基本的な理念で進むかということについて国会で御議論がございます。それで、この臨時教育審議会設置法を見ていただきますと、「教育基本法の精神にのっとり、」ということがその第一条に規定をされているわけでございます。つまり、戦後の四十年の教育の歩みの中で、その中心となった教育基本法というものは、そのこと自体は大切である。それを踏まえながら改革をしようということがこの臨教審基本のスタートである。もちろん、教育基本法というのは非常に、一部に言われておりますようにやや抽象的な規定がございますから、その精神というものをきちんと明確にし、これを現在の教育を根づかせるという点で臨教審も御論議いただいたわけでございまして、二次答申なんかにはそういうことが出ておりますけれども、ともかくその精神、教育基本法というものはこれを大切にしていこうという点において、今回の教育改革のスタートにおいて、臨教審設置法にそういうことが明記されたということは、やはりこれが今回の改革の、何といいましょうか性格づけをしているんじゃないかというふうに思っております。  一方、そういう理念と、もう一つの問題としてただいま御指摘のございました学校教育法でございますとか教育公務員特例法でございますとか、これはそういう理念に基づいて現在の教育制度をきちんとつくっている最も基本的な制度でございます。そういう基本的な制度について、今回の教育改革でどこまで立ち入るかということでございますけれども、その点については、今回臨教審でかなりその辺の御議論はしていただいている。例えば、中等教育の多様化という観点から六年制の中等学校をつくろう。これは、学校教育法で定められております学校に新しい種類をつくるということでございますから、学校教育法の一部に手をつけるということでもございますし、あるいは初任者研修ということもございます。この初任者研修というのは、現在の教育公務員特例法の体系の中でまた一つ新しい法律的な概念を持ち込もう、こういうことでございますから、その辺のところはやはり臨教審も御議論はいただいたのではないか。  ただ、先生のお気持ちをそんたくすれば、学校教育法にしても教育基本法にしても、十分そのものについて議論がなされなかったのではないか。それはあるいはそういうことがあるかもしれませんけれども臨教審としては、与えられた土俵の中でそれなりの仕事をしていただいたのではないかというふうに思っておるわけでございます。
  90. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 最初のスタートがそれでございますのでやむを得ないと思いますけれども、ぜひひとつこれから大きな目で二十一世紀に向かって日本教育の進路を誤らないように、我々の責務があるような気がしてならないわけです。どうぞよろしくお願いいたします。  なお、臨教審答申の中に国旗・国歌のことが特にうたわれております。私も賛成でございますし、ぜひひとつ、愛国心とかなんとかということじゃなくて、国民として国歌・国旗をやはり尊重するということは大事だと思います。現在は国旗・国歌につきましては何らの法制もないという、また、現場の先生方もそういうことを盾に反対をしていらっしゃる方もいらっしゃいます。しかしながら、同じ組合の中でも、あるいは日教組出身の国会議員の中ですら、私に向かって、ぜひひとつ国旗と国歌はあれは法制化したらどうだ、そうすれば組合の中のいろんな論争も終止符打てるんだがなと、これは雑談でございますけれども、そういう御意見を述べられた方もおります。私も法制化がいいか悪いかは別として、なくても国民みんながひとしく国旗・国歌を尊重するのが一番いいんですが、やはり戦争という大きな犠牲もありましたので必ずしも全部強制するわけにはいかないと思いますが、何とかこの法制化について、文部省権限外かもしれませんが、どんなお考えかちょっとお聞かせをいただきたい、こう思います。
  91. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) 国旗・国歌を学校教育上適正に取り扱うことにつきましては、文部省が従来指導してきておるところでございます。その根拠につきましては、先生御指摘のとおり、国旗に関してあるいは国歌に関して一般的な法令としての定めはございません。しかし、歴史的な経緯並びに国民的な感情という点からいって、日の丸並びに君が代がそれぞれ国旗・国歌であるということは、政府見解として総理大臣、総務庁長官、文部大臣が従来の国会において明らかに御答弁申し上げておるところでございまして、政府の考え方として、君が代・日の丸が国歌・国旗であるということは従来から一つの考え方として申し上げておるところでございます。  一方、法令的な問題として、これを制度化すべきではないかという点につきましては、政府に置かれております公式制度連絡調査会議というようなものがあるわけでございます。この公式制度連絡調査会議におきましては、例えば元号の問題、その他国旗・国歌の問題もかつて五十年代の初めに取り上げられたことがあるわけでございます。しかし、私どもが仄聞する限りにおきましては、現時点で国旗・国歌について正式の法令等の定めをするかについては、公式制度連絡調査会議においてはなお結論を出していないという現状でございまして、現在の段階では政府の考え方として直ちに法令をもって国旗・国歌を制定するというふうなことにはなっておりません。  ただ、念のために申し上げますれば、学校教育におきまして学習指導要領で君が代・日の丸を国歌・国旗として扱っておるということは、国として君が代・日の丸が国歌・国旗であるという前提で学校教育が扱いをしておる、こういうことでございまして、その点については明確にこの際申し上げられることだと思うわけでございます。  以上でございます。
  92. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 次は、やはり答申の中に出ておりますけれども文部行政といいますか、教育行政におきまして、これから文部省がいわゆる政策官庁に衣がえするといいますか、そういう重点を置いていかなければいかぬというような趣旨のことが書いてございます。現在政府の省庁もかなり様変わりしていると思いますが、政策あるいは許認可だけをやるとか、あるいは実際の現場を持っておる省庁といろいろあると思いますけれども、その中でやはりこれからの文部省が政策官庁としてぜひこれからやっていただきたいと、私もそう思います。そういう意味で、これからそれをどういうふうに具現し、また努力していかれるつもりなのか、ぜひひとつお聞かせをいただきたい、こう思います。
  93. 川村恒明

    政府委員川村恒明君) 臨教審答申でも、「文部省は、今後、政策官庁としての比重を高める」べきという御指摘がございます。その「政策官庁」というのはどういう概念であるのか。これに対するのが今先生御指摘の、現場を持っている事業官庁あるいは許認可をやる許認可官庁ということであろうかと思います。例えば、そういう意味で言えば、文部省で直営で事業をやっておるというのは国立大学だけでございまして、義務教育はすべてそれぞれ地方自治だ、こういうことでございますけれども、ともあれ、政策官庁として臨教審が具体的におっしゃっておる、例えば政策に関する調査研究とか分析とか政策の立案、情報提供などの機能を強化すること、あるいは時代の変化とか新しい学習需要に積極的に対応し得るような政策発想の柔軟性を持つというふうな御指摘につきましては、私どももこれはしっかり大切にしていかなきゃならないというふうに思っておるわけでございます。  私ども文部省も、従来から各局それぞれの立場で政策立案をし、情報の収集をしているわけでございますけれども、こういう臨教審の御指摘もあり、これからの時代のことを考えると、さらに文部省全体としてそういう機能を強化していかなければならない、こういうふうに思っております。でございますから、それは文部省の全体としての仕事の仕方の問題になるわけでございますが、直接的には私どもの方で、と申しますのは、大臣官房で従来からそういう関係仕事をしておるセクションがございます。官房政策というふうな言い方をしておりますけれども、そこを中心に、さらにとりあえず機能の強化を図っていきたいということを考えておりまして、例えば私どもの方にございます現在の調査統計課というものを調査企画課というふうにこれを改編をするとか、あるいは現在文部省が国立教育研究所という研究所を持っておるわけですけれども、この機関をそういう政策形式のシンクタンクとして再編成をするというふうな、これはもう臨教審で指摘されております。そういうことで、これの所管を大臣官房の方に移して順次その改編を図ってまいりたいというようなこと、あるいは外部に対する情報提供という観点から教育白書というようなものを、従来大体五年置きぐらいに出しておりましたけれども、これからは毎年そういうものをどんどん刊行していこうではないか。そんなことでこれから取り組みを強化してまいりたいと思っているわけでございます。
  94. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 ぜひひとつ、どうも明治以来名前の変わっていない省庁は大蔵省、外務省、文部省の三省でございまして、あとはみんな名前が変わって、大分衣がえをして印象も変わってきまして政策官庁らしくなってきているんですが、文部省もできたら教育省ぐらいに変えていただいて、もうちょっと国民になじみのある、何かこう上から見おろすわけじゃないんでしょうけれども、どうも文部省一行くと何となく——三流官庁とだれか言いましたけれども、冗談じゃない、私にとっては一流官庁だと思っておりますので、ぜひひとつ幅の広い御活躍を期待したいと思いますので、よろしくお願いいたします。  もう時間も、余り余分なことを言っておりますと肝心かなめのことを申し上げられませんので、いよいよ法案にあります大学につきましてひとつお尋ねをこれからしていきたいと思います。  大学改革を進める上において、特にこれから生涯教育ということが非常に盛んになってまいります。ですから大学も、開かれた大学で生涯学習といいますか、そういうお年寄りも中に入ってきて研究あるいは教育されるようなふうに、そして社会との連携をもっともっと密にしていただいて、特にこれから技術革新とかあるいはその他いろんな企業の研究者との交流とかいうことが私はこれからの大学のあり方にとって非常に大事なことだと思うんですが、これにつきまして、これからの大学像はどうあるべきか、ひとつお聞かせをいただきたいと思います。
  95. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 御質問にございましたように、最近の技術革新の進展でございますとか社会経済、非常に急激に変化をいたしておりますので、そういった中で、やはり生活上あるいは職業上いろいろな面から生涯学習の必要性ということが言われておるわけでございます。そういったことを特に念頭に置きますと、一般的にも大学というのは社会に開かれた存在であるべきだと思っておりますけれども、より一層そういった社会人のための対応というのは大学の側から積極的に行われていく必要があるだろうと考えておる次第でございます。  そういう観点から、文部省といたしましては、一つは例えば放送大学というようなものを設置をいたしまして、全国化はまだもうちょっと先になると思いますけれども、家庭においても職場においてもテレビを見て勉強するという機会が与えられるというような仕組みを一つつくりましたわけでございますし、また、既設の各大学におきましても、従来から勤労者のための夜間教育というのはやってまいったわけでございますけれども、最近はやっぱり勤労形態の変化等があるせいか夜間部だけではなかなか勤労者が来ないというようなこともございますので、昼夜開議制と申しますか、部分的にではございますけれども、御本人の都合によっては昼間の授業も聞いてもいい、主として夜だけれども昼間の授業も、きょうは、土曜日なら昼間行けるという人には来てもらえるというような新しいタイプの教育の仕方等も開発をしつつあるところでございます。  さらには、社会人で大学に正式に入って勉強したいという人たちのための社会人入学の枠をつくって特別の選考方法で入学を認めるというような方式も、かなり幾つかの大学で行われるようになってまいりました。ただ、こういうやり方というのはやはり限度があるわけでございまして、それでは社会人の方々が例えば九四年間その大学へ職業を放棄して進学できるかということになりますと、いろんな意味で限度があるという感じがいたしますので、そういう点からいきますれば、できるだけ余暇の時間を利用してやれるような方式とすれば、大学の公開講座みたいなものをもっと組織化をして対応していくというようなことも必要になってくるであろう、こう思っております。  大学の公開講座もいろいろな面で大変広がってきておりまして、十年ほど前に比べますと、ちょっと手元に資料を持っておりませんけれども、相当大幅な伸びをこれは国公私立の大学でやっていただいておりますが、大体比較的短期間、短時間のものが多くて、あるまとまったものを身につけていただくというのについてはやや欠ける点があるような気がいたしております。これは実験的なことでございますけれども、今国立大学一つで少し六十時間とか百時間とかまとまった時間を割いて、あるまとまったことを覚えていただくような公開講座をやってはどうかというような検討に着手をしていただいている大学も出てきております。  そういったいろいろな方向大学と社会の交流、特に社会人の受け入れという問題につきましては大学側も積極的に対応するよう文部省としても工夫をいたしますし、各大学においても御努力を願うように指導してまいりたい、かように考えております。
  96. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 戦後の学制改革で、私がこの六・三制で一番よかったのは、やはり何といいましても教育の普及といいますか、あまねく国民教育を受けられるようになったことだと思うんです。特に大学が、先ほどもどなたかかの御指摘がございましたけれども、国公私立を合わせますと、短大も合わせての話ですが、千以上の学校があって、まさにアメリカの二千、それから日本の千ですか、ソ連の八百と申しますが、それだけ大学があって大勢の大学生が入るということは、私は大変とうといことだと思うし、また、諸般の皆様方の御努力のたまものだと思います。  ただしかし、大学の運営そのもの、特に国立大学の場合でございますが、戦前にわずか二十かせいぜい二十数校の大学の運営をそのまま戦後の大学運営に持ち込んだというと大げさかもしれませんが、それが今言ったようないろんな意味で硬直化があるのではないかという私危惧をしておるんです。ですからやっぱり教育公務員特例法を改めるなり、あるいは今の大学が何とかその辺の硬直化を、もう少し弾力的に進むにはいかにしたらいいか。一体大学というものはどういう定義なのか私もよくわかりませんが、現在の大学が果たしてどういうふうな役割と、今後その役割をどう果たすべきか、また、どういう運営をすべきかということを模索している段階だと思います。それがすなわち今回の法案にある大学審議会ではないかと私思いますけれども、ぜひそういう意味で抜本的に大学の運営についてひとついろいろな面で大所高所から御検討いただきたいというのが私の率直な気持ちでございますが、この答申を受けまして、今回の法案を出すに当たって、今後の大学の運営について文部省としてぜひひとつリーダーシップをとっていただく上において、何か御意見がございましたら御開陳いただければありがたいと思います。
  97. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学でございますけれども、戦前の旧制度の大学、これは当時は国家枢要の人材を養成するというような形で、いわば学術中心でございますけれども、特にエリートの養成機関というような趣旨が強かったと思っておりますが、戦後の大学は、やはり学問の中心ではございますが、そういう性格と同時に、広く国民高等教育の機会を提供するんだという役割を担うという仕組みのものとして戦後定着をし、大変な拡充を見てきたわけでございまして、現在、国民の同世代人口の約三五%が大学に進む、こういう時代でございます。そうなってまいりますと、入ってくる学生も非常に多様な資質、能力、非常にばらばらの人たちが入ってくるわけでございますし、これだけの多くの方々を対象にするということになりますと、やはり大学と社会の結びつきと申しますか、大学の社会的存在という重みは非常に大きくなってきているというふうに考えるわけでございます。  そういった中での大学の運営の問題でございますから、これからの大学の運営に当たりましては、従来のように硬直的である、閉鎖的であるという御批判を招かないように、これは基本的には大学自身がそういった社会的な責任大学と社会との関係というあたりのところに十分意を用いて適切な運営をしていただくということが望ましいと思っておりますし、また、そういう方向での御努力を、文部省としても指導助言等は行っていかなければならない、こう思っている次第でございます。  もちろん、臨時教育審議会審議におきましても幾つかの点が言われておりますけれども一つは、やはり大学は社会からの声を聞くべきであるというようなことで、社会の、要するに学外の人が大学の運営に一部加わってくるような、そういう形というものも検討していいのではないかという御指摘もございますし、あるいは、先ほど午前中の御議論にも出てまいりましたが、教授会、評議会といったような、そういう一つの、多数の教官によって組織される、そういう組織がこれがまさに適切に運営されるように、それは学長なり学部長なりが十分なリーダーシップを発揮すべきであるというような御指摘等もいただいておりますので、そういった点等も含めながら、今度の大学審議会が発足いたしました際には、大学をそういった社会との関係においてのことを十分念頭に置きながら、大学の中で生き生きとした教育研究活動が行われるようにするには、大学の運営の方法というのはどうしたらいいのかということについての御議論は、これは一つの大きな課題として議論されることになるだろう。私どももその成果を大いに期待をいたしておるところでございます。
  98. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 私もまさにそのとおりだと思うんです。しかし、これは容易なことじゃないと思いますけれども、今の制度でいきますと、学長さんというのは全く権限がございません。人事権もございません。予算権もございません。ましてや管理権もない。まさに象徴的な存在でございまして、これは幾らやれやれと言ったって、全く当事者能力のない学長にハッパをかけたところで、これは私は無理だと思うんです。だから今の大学の運営が無気力に流れているんじゃないかという私は危惧を持っている。今のままでいいか。特に国立大学、これでいいのかということを私は痛切に感じているのです。  過日、これは臨教審関係がありますが、私の先輩でございます天谷さん話をしておりましたら、今の国立大学は包装教育だよと言っているから、私はNHKの放送教育かと思いましたら、そうじゃないんだ、包装教育だ。というのは、これは三越の包装と同じで、ともかく包装するんで中身は余り加工しないんだよという話でございました。まさにそのような気がしてならないわけです。包装じゃなくてやはり実質的にそこに入ってきた学生が少しでも学問をし、その学問は何であるか、あるいはその端緒といいますか、研究する最初のともかく方法論を大学で学んできてほしいなということを私は痛切に感ずるのでございますが、どうもなかなかそれができておらないというのが現状のような気がいたします。何とかひとつ、せっかくたくさんの税金を使い、たくさんの皆様方の血税を使って養成する大学ですから、私はぜひ効果が上がるようにやっぱり大学人が努力すべきだ。これ、まさに国民の期待がそこにあると思いますので、ぜひひとつ、文部省は監督官庁でございますから、大学につきましても例外じゃなくて、やはり正しきは声を大にして言っていただきたい、かように思います。  今言いましたように、教育公務員特例法につきましては、「大学管理機関」という名称がございます。これは評議会と読み直すように書いてございますけれども文部省としては、大学管理機関というのは評議会なのか教授会なのか、どうも東大の学長さんに聞きますと、いや大学の管理機関というのは評議会である、しかし実際問題としては、これは教授会に大部分のものを委託しているから、教授会での決定については形式的にやるだけの話で、何も管理権はないよというお話でございました。やはり実態がそうですと、大学の運営は学長に責任があるのか、大学人に責任があるのか、あるいは監督官庁である文部省にも責任があるのか、その辺が大変明確でないのでございますけれども、ひとつこれからの大学運営についてぜひひとつ御一考をいただきたい一点だと私は思うんですが、いかがなものですか、御所見をお願いいたします。
  99. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 教育公務員特例法の中に「大学管理機関」という用語が出てまいります。この用語は、先生ただいま評議会と、こうおっしゃいましたけれども、実は大学の中の人事のいろいろな仕組みにつきまして、ある部分についてはこれは学長の権限である、ある部分についてはこれは教授会の権限である、ある部分については例えば教授会の議を経て学長が決めることであるというようなたぐいのいろいろな書き分けがいたしておりまして、それぞれの項目に基づきまして学内の諸機関がいろいろな形でかかわるというような仕組みでこの規定ができておるわけでございます。  教育公務員特例法が発足をいたしました当時は、先ほど午前中のお話にも出ましたけれども、国立大学管理法というような管理制度を改めて検討するという動きもございましたために、大学管理機関ということで抽象的に規定をしておいて、当面は読みかえ規定を置いて運営していくという方式で参ったわけでございますが、今日ではかなりこれが定着をしてきているというふうに思っておるわけでございます。  ただ、先ほど来のお話で、私ども法律、制度の面から申しますと、学長は大学の総括責任者でございまして法律上の権限は持っているわけでございますが、ただ従来の大学の運営からいって、全体を円滑に運営していくという意味で、評議会あるいは教授会といったよう機関において十分御協議をいただき、そのコンセンサスを取りつけながら進めていくというのが現在の法令の、特に学校のいろいろな運営の問題についての建前であるというふうになっておるわけでございますので、そういった意味では学長がリーダーシップをとってこういう問題に、いろいろな課題に対応していけばかなり有益な方向が打ち出してこられる可能性が多分にあると思っております。  全国の国立大学、たくさんございますけれども、その中でもかなりそういう方向でうまく運営されているケースもございますし、中には、各部局の意見がまとまるまで待とうということになりますと、いつまでたっても意見がまとまらないというようなことで、効率的な運営ができないという仕組みのものもございますので、そういうところにつきましては、これはやはりリーダーシップを持って意見をまとめるようにしていくというようなことがぜひとも必要ではなかろうか。こういう御努力はぜひお願いをしたいと思うわけでございますが、先ほど立ちました際にも御説明を申し上げましたように、臨教審の方でも運営についての幾つかの御意見も出ておりますので、そういうことも踏まえながら、大学審議会でさらに御議論は深めていただきたい、かように思っております。
  100. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 大変私も同感でございまして、決して今の国立大学が私はまずい運営だけをしているというふうには思いません。立派な学長先生も大勢いらっしゃることだと思います。また、事実そうだと思います。ただしかし、ややもすると学問の自由であるとかあるいは大学の自治という美名といいますか、それに隠れて何か放任をしているんじゃないかというよう大学もちらほら見受けられないわけではないと私は思うんです。ですから、その辺が非常に難しい問題でございまして、ただ私は、学問の自由というのは、これは憲法二十三条でちゃんと規定してございます。学問の自由とその保障はちゃんと規定してございますので、これは大学だけに関しての問題じゃないのでございまして、もう高等学校であろうと他の学校であろうと研究所であろうと、あるいはそうでない一般人であろうと、国民である以上は学問の自由と言論の自由と、これは保障されている問題でございますので、学問の自由即大学の自治と私は到底理解できないのでございます。ですから、そういう意味におきまして、ぜひひとつ国立大学の管理につきましては、この大学審議会ができましたら、決して管理するという意味じゃなくて、ぜひひとつ正常な運営ができるよう方向にやはり方針を改めていただきたいというのが私の大いなる希望でございます。  どうも今までの状況を見ていますと、何か大学の自治ということでもって都合の悪いことはみんな拒否しちゃう。拒否権発動みたいなものだ、国連の。何かそんな気がしないでもないんでして、ぜひその辺の御所見を大臣に承りたいと思いますが、いかがでございますか。
  101. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 学問の自由は、やっぱり学園の自治がこれを保障しておることになると思っておりますが、私も午前中申し上げましたように、学園の自治、大学の自治ということが、往々にして我々は、学者は特権を持っているんだというような考えに誤解していると思っているんです。大学といえどもやはり社会の中の一つの機構であり、機関であり、そしてまた国の重要な機関でもあるわけでございまして、したがいまして、宇宙人が集まって学校をやっているわけじゃございませんので、そこらをやっぱりよく自覚していただくことですね。  私は、今大学先生は大部分はそういう気持ちを持っておられると思うんですが、中には反対せんがための、つまり反対というのは何かといったら、現在の日本の体制に反対なんです、この人たちは。それをいろんな理屈をつけているだけなんです。ですから、現在の体制反対の人がそんなことをいろいろ言ったって、我々は国全体の社会全体のことを考えなきゃなりませんで、そんなごく一握りの体制反対の人ががたがた言っておるからといって、それを、そうですか、それじゃ遅疑逡巡しましょうというようなことでやっておったんでは、改革なんてどんな改革だって進みません。これは何も文部省だけじゃございません。私はそういうことで、政府の一員とし、我々もまた政治家の一員として、改革はどんどんと進めていくべきだ。ただし拙速に走ってはいかぬ。粕谷さんのおっしゃっているように、やっぱり意見をよく聞いて——これは大事だと思うんですよ。だから意見をよく聞けというのはこうして大学審議会で聞きましょうと、こういうことなんでございまして、そこらにひとつ理解を示していただきますようにお願いいたします。
  102. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 私も全く同感でございますので、ぜひひとつ皆さんの御意見を十分聞いた上で、拙速にならぬで、しかもなおかつ効果の上がるようにぜひお願いをいたします。大変ずうずうしい言い方で恐縮でございますけれども。  次に、大学大学といいますか、大学院ですが、特に最近の先端科学技術の大学院、あるいは総合研究大学院の構想があるやに聞いておりますけれども、これからまさに、大学というのは就職がほとんど一〇〇%に近いんですが、これからの日本の学問といいますか、研究というものをリードしていくのはやはり大学院の充実、しかもその人たちが自由に奔放に研究ができるようにするためには、学園の自治はまさに大学院だけがやるべきで大学じゃやるなというのが私の本音でございますけれども、それはともかくとして、今後の大学院の育成につきましては文部省といたしましてどのようにお考えでございますか、お伺いしたいと思います。
  103. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 確かに、御指摘にございましたように、これからの日本のと申しますか世界全体の発展に貢献していくためにも、日本大学院の充実という問題は非常に大きな課題になってきていると、かように考えております。特に、午前中の御質問にもたしかあったと記憶しておりますけれども、諸外国等に比較しますと、日本は、これだけ大きな規模の大学を持っているにもかかわらず、大学院のウエートというのは非常に小さいという状況にある。こういった中で、これからの将来の我が国の学問研究の発展をやっていく、あるいは高度な社会をつくっていくというためには、大学院を飛躍的に充実していかなければならないというのが私ども課題であろうと思っております。  そういう意味で、大学改革協議会が現在議論をいろいろしております際にも、まず第一の議題として、この大学院の充実の問題というのを取り上げましていろいろ論議をいただいておるわけでございますが、そういった流れの中から、昭和六十二年度、今年度の予算におきましても、従来なかった新しい芽として、国公私立を通じまして大学院に対して設備費の援助をしようということで、総額三十二億円ばかりを新規計上いたしまして、現在、お配りをする作業をやっておるところでございますけれども、来年度以降も文部省の希望としてはさらにこれをふやして、一つ大学院のためのまず物的整備というものはぜひやっていきたいと、こう思っておりますし、さらに各種の、各大学大学院創設の御要望に対しましても、内容的に充実をし、適切なものであれば、これについては検討しながらもできるだけ援助をしていくという方向で対応しておるところでございます。  先生お話にございました、特にこれからの新しい要請にこたえまして、先端科学技術の大学院、ハイテク分野と言っておりますけれども、そういうものにつきまして、一つ新しいタイプでこういう独立の大学大学をつくってみたいというような構想で、本年度構想調査という調査費も計上いたしまして、現にその内容についての御検討をいただいております。もう一つは総合研究大学院でございますけれども、これは全国の、例えば筑波の高エネルギー物理学研究所とか、三島の遺伝研であるとか、あるいは岡崎の生物関係の総合研究機構でございますとか、大阪の民族学博物館でございますとか、そういったたぐいの研究機関の研究機能というものを、これを基盤にしてドクターレベルの学生に指導をする、そういう大学院というものを新しく考えたいということで、これは本年度は準備費まで計上していただいておりまして、準備室長を置いて現在創設の準備に鋭意努めていただいておるというようなことでございまして、こういう新しいものもつくっていく。既設のものについても、既設の大学に置かれる大学院についても配慮をしていくというようなことで、今後の我が国の学問研究の向上のために最大限の努力をいたしたい、かように考えております。
  104. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 大変満足のいく御返事でありがとうございますが、ひとつ大学院だけは、日本のまさに現在の急務だと思いますので、この辺には文部省も力を入れて、今のような新しい形の大学院をぜひ設置していただきたいと、かように思います。  大学の中では、御承知ように私学が大体八〇%ぐらい学生を抱えておると思います。これはその貢献度といいますか、国民大学生のうちの八〇%は私学である。しかもその私学が国立に比べますと——これは経済面でございますが、大変劣悪な状況にあることも事実でございます。そうかといって、補助金をふやせふやせと言ったって、そう簡単に今の国家財政から見ましてふやし続けられるものだとは私も思っておりません。何とかその辺を、まあ私に言わせれば、私も私学の経営者の一人でございますので補助金につきましては大変な関心を持っておりますけれども、しかしまた反面、補助金というものは、こんなことを私が言ってはぐあいが悪いんですけれども、あえて言わせていただきますけれども、これは一種のアヘンみたいなもので、のみ出すともうやめられないというのと、それから、やはり私学の使命の一つには在野精神というものが、在野精神という言い方がいいかどうか知りませんが、やはり時の政府に対してでも正しいことを言えるというのが私は私学の精神だと思うんですが、やはり補助金というものはそういうものとは真っ向から反する面がたくさんございますので、私は補助金が必要以上にたくさんふえるということは決していいことだとは思っておりません。むしろそれよりも父兄の軽減を考えて、父兄が私学に出した月謝の証明書が税金に印スライドしてそれが落ちるような方式がより自由な私学人を鍛えるのであるし、また国民の要請にも、まあこれ、なかなか大蔵省もうんと言わないのでちっとも実現できませんけれども、これからの私学の助成策につきまして、やはり政治的に今考えていかにゃいかぬ時点にあるんじゃないかなというような気がしてならないんですが、文部省はどんなお考えでいらっしゃいますか。もし何かありましたらお聞かせいただきたいと思います。
  105. 坂元弘直

    政府委員(坂元弘直君) 私学助成、私立大学あるいは私立学校学校教育に果たしている役割というのは、もう先生十分御承知のとおりでございます。先生も今数字でお示しになりましたとおりに、高等教育で七六%、それから高等学校で約三〇%、正確には二八%でございますが、それから幼稚園教育で同じく七六%、そういう数が私学に通っておるという、量的な意味で我が国学校教育に果たしている役割ということもさることながら、質的にも、先生も御指摘のとおり、建学の精神にのっとりまして、独自の校風に沿って特色ある教育研究を行っているわけでございまして、戦後の我が国高等教育あるいは高等学校教育が数が爆発的に膨張してきた、スケールが大きくなったという中で、私学が多様な教育研究を行ってきているというのは、相当我が国の多様な教育研究の発展に大きな役割を果たしているだろうというふうに私どもも思っているところでございます。  そういう意味で、私学助成については私ども一生懸命取り組んできているわけでございまして、ここ数年厳しい財政状況の中でも、毎年の予算編成に当たりましては、私学助成につきましては最重点事項一つとして取り組んでまいった次第でございます。先生も御承知のとおりに、本年度におきましても大学で五億増、特に大学につきましては特色ある教育研究を推進するという意味で特別補助の充実に力を注ぎましたし、それから大型の教育研究設備につきましては、四十四億を十億上乗せいたしまして五十四億本年度計上しているところでございます。それから高等学校以下につきましても、七百二十億を五億伸ばしまして七百二十五億の額にしたわけでございます。  先生が御指摘の、経常費助成というものよりも、それを伸ばすこともさることながら、むしろ税制面での改正を考えたらどうかという御指摘でございますが、これにつきまして、教育減税というようなことで野党の意見、御要望も強くあり、私どももかつてそういう御要望を税務当局に持ち込んだことはあるわけですけれども、ある同一年代で、もうその三五%行っておるわけですけれども、三五%のために減税を特別にするというのは、税制の基本的な考え方からいかがなものであるかというのが税務当局の考え方であります。したがいまして私どもは、むしろ高等学校あるいは大学に子女を通わせておる中高年層を中心にしてぜひ大幅な所得減税をしていただきたいということを税務当局に一般論として強く申し入れておりますし、そういうような形で税制改革が行われていけば私どもとしても大変ありがたいということで期待しているところでございます。  それから、これから先私学助成を一体どうするのかという御質問でございましたが、その点につきましては、経常費助成、ある一定レベル経常費助成を確保するということは、一般的な経常費助成を確保することは、これまた私ども重要なことではないかと思っておりますが、同時に、特色あましては、この国会でのいろいろな御指摘等も伺いながら、これから審議会が具体に発足するまでの間に文部省内で詰めさせていただきたいと思っておりますけれども、現在の段階のこれは私の個人的な考えでございますけれども、余り項目を限定せずにかなり包括的に御諮問を申し上げて、具体に結論の出たものから逐次答申をしていただくというような方法をとってはどうだろうかというようなことを考えておるわけでございますが、まだまとまったところまで行っておりませんので、その程度でお許しいただければ幸いでございます。
  106. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 先ほど、審議会委員のメンバーにつきましては粕谷委員からお尋ねがあって大分詳しく御答弁がありましたんですが、委員以外に特別委員と専門委員を置くことができるということでありますが、これは一体具体的にどういうことをなさるのか。それから部会ということも聞いておりますのですが、これにつきましても現在の段階で結構でございますから、わかっている内容をひとつお示しいただければ大変ありがたいと思います。
  107. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学審議会には、正規の委員のほかに特別委員と専門委員というものを置こうと考えておるわけでございます。  特別委員は、言葉で言いますとちょっとわかりにくくなるかと思いますけれども、特別の事項についてその審議に参画をしていただくということでございますので、ある特定の事項を限りまして、その項目についての場合に参加をしていただいて、正規の委員と同等の立場で御議論をいただく、そういうタイプの方々ということを考えております。また、専門委員というのは、これは各種の審議会の場合も同様でございますけれども、非常に専門的な事項がございました場合に、その部分について特に専門家の方をお願いいたしまして、この方々の場合には正規の委員とは位置づけが違いますので、御意見を述べていただく、調査をしていただくという言い方になっておりますけれども、御意見を述べていただくということでございまして、最後の採決等、まあ採決ということは余りないですけれども審議の結論に参画するというところまではいかないタイプのもの、こういうような二種類のものを、他の審議会でも置かれておりますが、この審議会でもそれぞれの審議事項の進展状況に応じて、必要に応じてぜひ入っていただきたいという場合にお願いするというタイプのものでございます。  それから部会でございますけれども、これは結局、審議会が発足をいたしまして、先ほどある程度包括的な諮問をしたいと申し上げましたが、この中でまずこういうものを取り上げていこうということになりました場合に、そのそれぞれの項目にふさわしいような部会構成をして、すべてを全総会で議論をしていくというのは効率的でもないという点もございますので、部会に分けて審議をしていただくという形で、具体にどういう部会を置くかというところはまさに審議会が発足してからの御議論になると思っておりますけれども、例えば大学院問題を議論してもらうために大学院部会を置くというような形のものになる場合もあろうかと思いますし、あるいは基準問題というようなことで大学に関する各種の基準を横断的に見てもらう部会というような形の置き方もあろうかと思いますが、この点は審議会が発足しました段階で御議論をいただいて決めていただきたい、かように思っております。
  108. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 今度できます大学審議会と、それから今まであった設置審あるいは私大審、今回もこれは両方があると思いますが、その関係は、前者といいますか大学審議会の方は総括的にやるし後の方は個々の大学設置の審査をやるというふうに理解してもいいものですか。その辺をちょっとお伺いしたいと思います。
  109. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 御指摘にございましたとおりでございまして、後者の方の今度新しくできます大学設置学校法人審議会、これは個々の大学からの認可申請に対して、これの適否についての判断をしていただくという非常に生々しい部分をやっていただく審議会でございます。それから大学審議会の方は、そういう個別の問題ではなくて、大学に関するポリシーに関するようなたぐいのことを御議論いただく審議会であるという分類で考えております。
  110. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 急ぎますけれども、次に、大学設置分科会学校法人分科会とありますけれども、これは具体的にどんなことをやるんですか。
  111. 坂元弘直

    政府委員(坂元弘直君) 大学設置だけに限って御説明申し上げますと、御承知のとおりに、今大学設置の事務というのは大学設置審議会とそれから私立大学審議会が行っているわけでございます。  この審議会審議というのは、例えば設置必要性などにつきましては、現在、両審議会でやや重複する部分もあるわけでありますが、大学設置審議会は主として大学の新増設計画の構想の是非あるいは教育課程、教員組織等について審議を行っております。それから私立大学審議会審議は、主として大学等設置する学校法人の経営能力、管理運営の適正さの確保の観点から、寄附行為の認可または変更認可の審査を行ってきているわけでございます。言いかえれば、端的に申し上げますと、この両審議会の審査は一方が教育研究水準の確保、それから片一方が法人運営の適正さの確保という二つの面から設置認可の是非について審査を行っているわけでありますが、本来的には両者はある意味では相当密接に関係しているわけでございます。今回、この大学設置認可仕事を総合的に行う、効率的に行うという観点から、両者を一体的に行うために、大学設置審議会それから私立大学審議会を統合しようということで審議をお願いしているわけでございます。  ただ、大学設置認可の問題で申し上げますと今私が御説明したとおりの事柄になるわけでございますが、私立大学審議会、現在の私立学校法設置されております私立大学審議会権限というのは、大学設置認可にかかわる寄附行為の変更、寄附行為の認可、あるいは変更、認可だけに限りませんで、例えば収益事業の停止命令、学校法人の解散命令などもこの私立大学審議会権限でございますし、それから私立学校振興助成法に基づきまして、例えば助成の目的に照らして不適当と認められる場合に予算変更勧告というのを文部大臣が与えられております。あるいは役員が法令等に違反した場合には役員の解職勧告文部大臣権限として与えられておりますが、これらの文部大臣権限を行使する場合には必ず私立大学審議会意見を聞かなければならないという建前になっておるわけでございます。したがいまして、新たに設置をお願いしております大学設置学校法人審議会というものの中に法律大学設置分科会学校法人分科会というものを置くことを明確にいたしまして、学校法人分科会は今私立学校法に基づいて設置されております私立大学審議会権限をそのまま全部学校法人分科会に引き継ぎまして、学校法人分科会が現在の私立大学審議会権限を行使するという形にいたしたいというふうに私ども考えているところでございます。
  112. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 時間が参りましたので残念でございますが終わりますが、最後に一言だけ大臣にお伺いしたいと思うんです。  今言いました私大審というのは、私立学校法の精神にのっとって私学の自主的な精神を尊重するということで委員構成あるいは運営がされておりましたのですが、今度はこれが合併になって新しい審議会ができるんですが、文部省といたしましては、今までどおり私学の自主性を大いに尊重するということをぜひ二言だけお伺いしたいと思いますが、よろしくお願いいたします。
  113. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 制度の変更はございましても、激変しないようにいたします。
  114. 木宮和彦

    ○木宮和彦君 ありがとうございます。  終わります。
  115. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 それでは質問をさせていただきますが、午前中来伺っておりますと、大学の教授方はさっぱり管理がだめだ、東大は汚い、特に東大医学部はだめだと。話を聞いているうちに、私だんだん下へ入った方がいいんじゃないか、私がしかられているような気がいたしまして、まことに残念でありますので、大学の名誉のために若干反論もさせていただきたい、こう思っております。  昭和四十四年ですか、大臣も触れておられましたが、大学の運営に関する臨時措置法、大管法というのが出ました。あれは、私は紛争の真っ最中の四十五年から学部長いたしましたし、教授にとっては大変な踏み絵を踏まされた覚えがあるんです。この大管法の——大管法というの今生きているというふうに聞いたんで、今どうなんですか。
  116. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 生きております。
  117. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 どういうわけですか。時限立法でしょう。どうなんでしょうね。
  118. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学の運営に関する臨時措置法でございますので、大管法という省略は適当でないと思っておりますけれども、この法律につきましては、制定後「五年以内に廃止するものとする。」という規定でございます。五年たった時点におきまして、文部省としても種々検討いたしましたけれども、適切な対応方法というものについてなかなか議論がまとまらないというような点もございまして、現在までのところ廃止の措置がとられておらないわけでございます。したがいまして、形の上では法律は存続をしている。「廃止するものとする。」というのが廃止されておらないわけでございますが、形の上では存続をしていると思っております。  ただ、具体の事柄といたしましては、大学紛争の状況もかなりおさまってきているという状況でもございますので、これによって設けられます臨時大学問題審議会という審議会も、委員等の発令もせずに、いわば休止状態という状況で現在おるわけでございますので、形の上で、御質問があれば、これは現在存在をしているというお答えになるわけでございます。
  119. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 私は当時の当事者の一人でございますのでね。ついこの間それを聞いてびっくりしたんですよね。休止とおっしゃったけれども私は脳死じゃないのかなと思っているわけです。しかし、脳死でも、器械で生かしておけるということでございますから、やっぱり親族相集まり、ドクターと相談をして器械を外すべきではないかと、こう思っておりますが——お答えは要らないんです。  ただ私は、大管法のときに教授は踏み絵を踏まされたと申し上げました。きつかったですよ、大臣。教授一人一人学生からおまえはどう思うかと聞かれるんですから。あれはよほど自分の考えがはっきりしていないと、全部草木もなびいたわけですよ。後で私の批判もあるんですが、個の確立がなかったということですね——当時その言葉は私は使っていません。しかし、プロフェッサーの個の確立がない。だから踏み絵を踏まされるとそっちへ行っちゃうわけだ。自分のことになりますが、私は反対いたしました。今でも反対である。大管法は反対であると何遍かごの委員会でも申し上げました。私は反対でした。それ言うと大変きつかったけれども、私は大管法反対であると。学生側に見えたけれども、違うんです。そうじゃないんです。大学は、大学がみずからの手で管理すべきなんだから、法律、つまり警察を利用することはないということであります。  それで、前に申し上げましたが、私はちょうど昭和四十五年から五十一年まで医学部長六年やったので、国立ては大変長かったと思うんです。私は今申し上げたいのは、大学改革にかかわることですけれども、やっぱり大学の自治を考えたら、自治というのはみずからが治めると書いてあるわけですから、治めるわけですから、改革というのは自発的な改革のエネルギーがたまって臨界点に達したときにそれが噴き出てくるというものだと思うんですね。だから自発的な改革がなければならない。  それで、大管法というものがどういうふうに評価をされるか、大臣の御意見承りたいと思います。
  120. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、これはやっぱり早くなくした方がいいと思っております。こういうふうなものはつくるべきじゃないと思う。こういう法律はつくるべきじゃない。だけれども、あの当時、こういう法律でおどしをかけなければ大学が正常化しなかったということも事実です。その意味において、あの当時としては必要な法律だった。現にあの法律ができたからストがぴしゃと——ストといいましょうかね、学生が目が覚めたんですよ。そうだ、おれたちこれで卒業できるのかどうなるのかということで目が覚めたわけでしてね。それまでは学生なんかみんなノンポリでじっとしておったわけですよ。幾ら大学の自治で先生が一生懸命やろうとしたって、先生も、もうさわらぬ神にたたりなしで、燃えさかる火事には近寄らぬ、火を消そうとしなかった。してみても、そんなちょろいバケツでは消えなかったわけです、あの火は。ですからでっかいもので消さにゃいかぬ。それは国の権限ということになって、あの法律ができている。だから私は、あの法律はもう使命は終わったと思っておるんです。  それじゃ、何で今まで消さなかったのか、法律を抹消しなかったのかということですけれども、これは、使いはせぬけれども置いておいたらいつかまた役に立つようなことがあるかなという——そういうことがあってはならぬ、ならぬけれども、そんな感じで今日まできた。これはやっぱり検討すべき時期だろうと思いますね。
  121. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 まあ大臣の言うのは一部ごもっともな点がありますけれども、おどしをかけたって、本心は別としまして、そうおっしゃったわけですが、それを残しておくというのは潜在的なおどしをかけているようなもので、やっぱり大臣言われるように、さっさとこれはもう脳死を正式に死と判定していただいた方がいい、こう思います。  それで、大管法の功罪に私の見解を触れてみたいと思います。私はそのとき現場に生きていた人間でございますので。  大臣が言われたように、確かに大管法をしいて急速に紛争が終息いたしました。しかし、あのときの学生の、若い人たちのエネルギーというものはどこへ行ったんだろうか。現場の我々がびっくりするぐらいもうなくなってしまったわけですね。どこへ行ったんでしょう。レジャーですよ。もう全部レジャーへ行っちゃった。だから大学は、紛争の場から一転今やレジャーランドと化した。それは天城さんが北海道へ来てお話しをされたときに、天城さんが今や大学はレジャーランドであると言われて、目が覚めたですよ、私は。なるほどそうだと。どっちがよかったのか。  私は、若者のエネルギーというのはあれなりにやっぱりすばらしかったと思うんです。私は現場にいて、あんなに本気になって学生と、裸になるという言葉は余り好きじゃないけれども、真剣に論理を闘わしたのは、大学の教授として僕は幸せだと思っているんです。普通は講義をして偉い顔をして、まあ多分偉いわけだ、少し知識が多いんですから。そして教えて、試験をして、悠々とやれたのに、何だか専門外みたいなことで論争した。しかし、あれくらい真剣に、大学とはいかにあるべきかを考えたことがあったろうか。そして、この若者たちをどう我々は説得した方がいいのか。いや、説得というよりも自分の考えを伝えておきたいということですよね。そういう経験というのは、今振り返りますと、紛争がなければ私はなかったと思うんです。非常によかったと思っております。  そしてもう一つ非常に残念なのは、あのときに大学は、ほとんどすべての大学大学改革委員会みたいなものをつくりました。行革と一緒だ。しかも総理大臣が言ったからやったんじゃないです、これは。大学の中で、そこへ追い詰められたのかもしれませんが、もう本当にそうだと思って大学改革委員会をつくったわけだ。すべての大学です。あの芽を摘んだのは大管法ですよ。学生の若いエネルギーが監視をしていたんだから、何らかの回答を出さなければならなかった。少しずつ出かかっていた。私は渦中にありましてね、自分の身分はもうどうなるかと思ったですよ、それは。これから申し上げる大学教官の評価も入っていました。それからカリキュラムの抜本的な改正です。教授が勝手に講義していいのか、我々は何にもおもしろくねえとかなんとかかんとか言われて、カリキュラムもどうしようと。そして医学部なんかは、まああのときだったかどうか、今ちょっと時期的にはわかりませんが、コンプリヘンシブ・メディシンというのをやり出した。基礎を終わって臨床に行くんじゃなくて、臨床に行ったら再び基礎の人を呼んできて、そして解剖結果と診断の結果と、そして解剖結果が合っているかどうかとか、そういうことをグループで講義をするんです。学生は全部それを聞かされるわけです。そういうカリキュラムの変更。次第にそういう機運が盛り上がる。もう医学部は全部そうなってきました。  それからもう一つ大学院ですよ。旧制帝大七帝大はオール大学大学になったらどうだと。特に東大から出てきたんです。その意見は今あるのかな。あのときにもう少し待っていたら本当にそうなったかもしれない。旧帝大七つは全部大学大学にオール変更した。そうするとそれなりにやっぱり新しい時代がやってきたんではないのかな。こう思うんです。私は北大におりましたから、北大が大学大学になった方がいいかどうかについては、私自身はやっぱりはっきりしなかった、自分では。しかし、今大学大学院を二階建てに持って、一階に住んでいる教授が二階を兼任しているんですよ。そしてスタッフは普通の講座で一、一、二ですよ。しかも一は削られて一、一、一なんというところが多いんだ。それで何ができましょうかね。だからもう抜本的に改革するのは、大学の活性化を促すなら、確かに講座をふやす人件費というのは大変でしょう。だから非常勤教授とか非常勤講師とか名誉講師みたいなものをどんどんつくって、そしてこの人たちは、非常に学識経験高いという社会的な評価が与えられる。そういうやっぱり雰囲気をつくって大学を活性化することが私はやっぱり必要だと、こんなふうに私は思うんですよ。私の意見の方が多くて返事をもらうのがなくなってきたような気がいたしますが。私はそういう意味で、あのときの大管法なかりせば今大学は、今大学審議会で何か考えようとしていることはすべて出てきたと思っております。それで、大学改革協議会という、何かそういうのがあってそのメンバーに東大の学長がおられるわけですが、先ほど来、東大はだめだ、医学部はだめだと言われる。たしかそこの医学部出身でしょう、学長。
  122. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) だめだとは言っていない、汚いと言っておるんで……。
  123. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 そうですか。いや、だめだって聞こえちゃったんですよ。聞こえちゃったんですが、そういうところから委員が出て改革を協議するから大変いい改革ができるのではないか。どうしてもだめならどうしてもらうかということになりそうでございますから。  私は、大学の自治というのは、先ほどいろいろな解釈ございましたが、私はやっぱり大学の自治の一番大事な点は、言論と研究の自由を保障することだ。言論と研究の自由を保障するためには身分が保障されなければならない。これ、教育公務員特例法ですね。そしたらそこに、大臣が言われたその特権にあぐらをかいて何にもしないでやめない教授がいるということですね。私は、大臣の言うその部分は私はそう思います。しかし全部がそうじゃないですからね。そういうのは何人かいるでしょう。どこだってそれはいますよ。それは全部がハイレベルと言えないからね。ですからそういう者をどう評価するかというのはあると思います。あります。しかし、全部がそれだから、特権にあぐらをかいているから特権を外せと言われちゃ困る。それは大学の存在理由なんだから。レーゾンデートルです。ですから、また自分の経験、まあやっぱり経験が一番何といいますか、言えることですからね。私が言うことは、私はなぜ昭和四十五年のあの大紛争の本当の真っ最中から六年医学部長できたか。私は大管法を利用した警官を入れなかった。絶対論争で勝負をした。その基本大学のレーゾンデートルです。大学とは、存在理由は何か。これだけをひっ提げてすべての論争をやったんです。まあ変な話ですが、百戦して百戦負けなかったです。負けなかったというのは、勝ったという、まあ学生に勝ったなんという言葉があってはいけないと思いますけれどもね。私は、納得したかどうか知らぬが、説得した側です。  だから、大学審議会ができて心配なのは、特に大管法がまだ生きているということに非常に不安を覚えたんです。文言ではちゃんと大学の自治を尊重すると書いてある。しかし適切な助言、援助というのは何なのか、適切とは何だと。そして、この審議会法案をかけるときに、私知らないんですけれども、李側の合意——合意というのは私は多数でいいと思っているんですよ、一〇〇%でなくていいと思います、民主主義の原則ですから。しかし、国大協なり何かに諮ったのかな。この法案を出すのに、それを相手の大学側に合意というか、諮ったんでしょうか、どうでしょうか。
  124. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) この法案につきましては、もちろん臨教審答申の段階でも関係の団体等に御説明をいたしておりますし、それから法案化をいたした段階でも、例えば国立大学会議等で御説明をしておりまして、その後懇談会等をやりましても反対という御意見はないということでございます。もちろん私学の団体に対しても同様にいろいろな機会に御説明をしておりますし、特に私立大学審議会に絡んでいる部分等もございますので、特に私学関係の団体では十分御議論いただいた上でこうしてほしいというような御注文等もいただいて対応してつくり上げた法案でございますので、そういう意味での連絡は十分いたしたつもりでございます。
  125. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 審議会というのはえてして政府の隠れみのであると、私が最も尊敬している武見太郎先生は特に審議会を嫌っておられまして、やっぱり審議会というのは政府行政の隠れみのになるということが一つの心配なわけです。ですから、良識のある人たちはちゃんといい結論を出してくれる、それは期待ですね。だけれども大臣は思ったことをずばずばやりたいとかとおっしゃったんで、ずばずばやるための隠れみのにしてもらっては困るわけだ。ある意味では行政的なものというのは、発明、発見と違って、ユニークなその人の発想で突っ走るわけにはいかない。やっぱり受ける側の最大公約数がなければなるまいと私はそう思うんですよ。  しかし、大学改革というのはある意味ではユニークなものが要求されるんですね。だから、保守的なというのは、自分が経験してきたことはやっぱり安心できるということで、人間は大抵保守なんですね。だから、保守を切り捨てるということは非常に困難だと思いますよ。困難だけれども、その中で改革というものをどうつかまえていくか。私は、大学というものそれ自体が常に改革精神がなければ大学なんか要らないと思う。大学は未来志向だと思うんですね。未来を志向して、人類の未来に対してどう取り組んでいくかというのが大学の一番の目的だと思いますので。未来を志向するということは改革なんですね。だから改革ということを、大学側の自発的発想にまつために、一つはやっぱり大学を構成する教官の意識革命が要る。これも当たり前のことなんですけれどもね。そのために教員の評価というのが要ると私は昔から思っていました。教授になったら勉強をしない人を見ているんです。同じ月給もらっているわけだ。だからけしからぬと思いませんよ、私は私でやればいいんだ。しかし、そういう人が大学の平均値になってもらっては困るわけだ。それはそうだと思いますよ。ですから、評価制度ということを私は考えてもらいたいと思うんです。  教官の評価を、新聞を見たときに講師以下をまず教授がと書いてあった。そればどこから出た言葉か知りませんが、しかし問題は、教授がオールマイティーであるということの場合に、講師以下を教授が評価をするんだとすると、講師以下は教授に何でもイエスマンでなければならぬことになりはせぬのかな。逆に言えば、教授こそ、リーダーである人がすぐれた人であればこそ、若手が伸びてくる。そういう意味で教授の評価が要ると思うんです。だからこの中に教授の評価、講師以下の人の評価、もちろんそのところにオーバードクターが入ってきます。そしてそれが全体がトータルされると大学の評価になるだろうと私思いますね。ですからそういう評価制度というものについて——まあこれは任期制につながりますからね、やろうと思えばつながるんです。そういうことについてどうお考えですか、文部省側としては。
  126. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) やはり大学教官の中にはいろいろのタイプの方がおられるということは先生おっしゃるとおりだと思っております。そういう点からいいましても、やはりそこに学問研究を進めていくにしても、教育を行っていくという機能につきましても、何らかの形での評価ということが行われた方が全体の発展のためにプラスであると私どもも考えておるわけでございます。  ただ、具体にどういうふうにやるかということにつきましては、今先生、教授が助教授以下を評価とおっしゃいました。何に出ている話かちょっと私もわかりませんが、臨教審答申では、ただ、大学自身が教員の教育研究上の業績評価に積極的に取り組むべきだと、こういうことを言っておられるわけで、これは大変抽象的な言葉でございますから、具体にどうやったらいいかというようなことにつきましてはまた大学審議会でも御議論をいただいて提言をしていただき、各大学でも考えでいただくというようなこれからの詰めが必要になってくると思いますけれども、何らかの形でのそういうことが行われていくということが大切なことであり、大学審議会での御議論というのを期待したいと思っておる次第でございます。
  127. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) ちょっと私一分で結構ですけれども、森東大総長、私はこれは非常に尊敬しておるんです。特に国大協をよくまとめておられる。尊敬しておる。私の言ったのは、そうである先生でありながら、東大のあの医学部の建てかえすらできないのかということなんです。これを言っておるのです。だから、それには一生懸命やっておられるんです。やっておられるんですが、中で結論の出るまで待ってくれ待ってくれで今日まで来たのです。これでは本当に自治かと私は言いたい。ここなんです。森先生を尊敬しておって、だからこの大学協のときにも先生といろいろ相談しながら私も発言しておる、こういうことでございます。  それから評価制の問題。高桑先生、私もいろいろと先生意見を聞いて参考にしておるわけですけれども、まさにおっしゃった大学の教授並びに助教授、こういう評価、それは、誤解してもらっては私は困ると思いますのは、文部省が直接点数つけて評価するというんじゃないんです。これは絶対そんなことではない。それは身分は身分として保障する。しかしながら、どういう研究をしてこられたかということを公表し、自然に評価してもらうという制度は導入できるでしょう。これは今世界的にやっておりますインスペクトのああいうやり方、これが、今学術情報センターというのがございますね。あそこをもっと改組して、あれをまさに学問の情報のセンターに持っていくならば、あのセンター自体がそういう各教授、各大学がどういうことをやろうとしておるのか、どういうことをやってきたのかと自然に出てくる。私は、そういうところから大学がこの情報を受けてどう考えるかということをやってもらいたい、こういうことなんでございまして、だから決して文部省が点数つけて、おまえはペケや、おまえは三角や、そんなことをやるというものじゃない。ここはひとつ御了承をいただきたい。
  128. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 いやいやそれはもう大臣、私は文部省が点数つけるなどと思っていません。それはどこか機関をつくるんだろうと、これはもう大臣と一緒です。  そういうことで、私はやっぱり評価制度、それ、結局評価したらその結果をどうするかというのが出てくるわけですね。自然に任期制的なものにつながると思うんです。だから、例えば五年ごとに評価して二回連続したらパーマネントに保証する教授になるとか、五年ごとに二回ぐらいとか、今おっしゃったように、オーソライズされた学会に論文が幾つ載ったかということでも、量的なことに近いですけれども、ある程度評価はできるわけだ。だから、そういう評価によって教官が異動することになりますと、どこかの大学だけやったんじゃ困るわけです。国公私立一斉にそのシステムを採用してもらいませんと、教授、助教授、講師、オーバードクターのマーケットがなくなる。マーケットがないことが、今日本の終身雇用制というものからフリーマーケットに変えるとしたら大変な混乱になるわけです。そのマーケットをオープンにするということがなければならない。だから、評価は非常に結構だけれども、本人だけを厳しくやるんじゃなくて、その人を今度その人の能力で迎えてくれるマーケットが欲しいわけだ。ですからこれは、時間がかかるかもしれませんが、急がないとだめなんですね、こういうことは。改革というものはやっぱり急がないとだめかなと思っているんです。  もう一つは、大学の活性化の中で一番大事なのは、結果だけを論ずるのではなくて、何かこいつはおもしろい研究をしかかっているなという、査察官制度みたいなものをしかるべき人に、しかるべき非常に柔軟な頭脳を持った、しかもすばらしい学者にね、査察制度というものを設けてもらって、その人が、何々の分野でいったらその大学で集まってもらってしゃべってもらって、おっ、あいつはおもしろいなと。そういうときに文部大臣は、その人の研究に一躍ウン千万円出せるとか、何かそういう査察制度を設けた方がいいんじゃないか。これは公明党・国民会議の伏見先生がつとに言っておられて、私はもう大賛成なんです。  だから、大学を評価するというのは、余りトータルでやると難しいから、やっぱりトータルではなくて、ひょっとしたらターゲットを定めるために、すばらしい芽をうまく引き出すための、エルツィーエンですよ、エルツィーエンするために査察制度を設けてはどうか。いかがですか。
  129. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) まあ査察というより視学ですね……
  130. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 いや、視学とまたちょっと違うかもしれない。
  131. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 視学官制度、ああいうことですね。査察といったらちょっときつうございますね。それは私もおもしろい発想だと思います。私はやっぱり顕著な功績を、功績というか顕著な研究、あるいはこれから必要な研究をやっておる、例えば今で言ったらエイズであるとか超電導、そういうものに対して、学者が皆集まって研究しようというふうに決まったら、私はそういうふうなのに文部大臣から、おい、これで研究やってくれというようなことが言えたらいい格好できていいなと思います。こういうふうなことは、これは必ずやりたいなと思いますね。それは必要だと私は思うんですよ。我々もひとつ検討してみます。
  132. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 いやいや大臣、だんだん愉快になってきましたけれどもね。私は本当にそう思っているんです。例えば、エイズだって私に指揮をとらしてくれたらもうちょっと何かうまくいくかなと思うぐらいなんです。だめでもいいんですよ。研究なんだから。だめでもともとです。しかしむだでは困るから、やっぱりできそうなものをですね。  それから、視学というのは、私は医学視学官を八、九年やらされまして、大体あれは何か悪いところを発見する、そういうそれこそ査察官なんですよね。いいところを見つけるんじゃないんだもの、あれは。どこか悪いところがないかと探しに行くんだから。それではなくて。善根学だ。いいことを発見する善根学を私は査察と申し上げた。査察というのは言葉はまずいですね。そうじゃなくて何か発見官。それでやっぱりすばらしいものを発見する、そしてぼんと大臣が出せるようなやつね。だから、科学研究費というものの増額は、そういう部分に今度別にリザーブしてもらいたい。ということで、もう一度お答えいただいて私は終わりたいと思います。
  133. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) よく検討さしていただきたい。新しい時代の私は一つ文部省のあり方だと思います。検討さしていただきます。
  134. 高桑栄松

    ○高桑栄松君 ありがとうございました。
  135. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 まず、この大学審議会設置法案審議開始に当たりまして、一言申し上げておきたいと思うのであります。  衆議院では、共産党、社会党の確認された質問事項も残したまま採決が強行されました。極めて遺憾なやり方であります。本法案は、既に私が七月の十日、本会議で代表質問として取り上げましたように、内閣承認、文部大臣任命の委員二十名が大学全般にわたる問題について審議して文部大臣に対して勧告権を持つというものであり、臨時教育審議会答申の具体化を図って、日本のすべての大学教育、研究に対する政府、財界の介入統制システムを制度的にも完成させようという、極めて危険なものであります。その意味で本審議会設置は、今後の高等教育のあり方はもちろん、日本教育全体の動向を左右するというものであって、本委員会において、まさに良識の府としての参議院の名に恥じないように徹底審議が行われるよう、いわんや強行採決など断じて行われないように、委員長としての特段の御努力をまず冒頭にお願いをしておきます。  そこで、いわゆる事前大学審と言われる文部大臣の私的諮問機関であります大学改革協議会の審議内容の提出問題が衆議院で紛糾をいたしました。我が党の山原議員の質問に対して審議期間中に提出を約束をしていながら、全くメモ程度の資料を提出してお茶を潤し、それに関する保留質問もさせないままに、さっき申しました強行採決がやられたわけでありますが、けさ方やっと私どもに補充報告書が出されましたけれども、その内容は極めて不十分であります。衆議院で出した資料の記載の順序をちょっと配列をやり直したという程度のものであって、しかも衆議院の資料には、大学審議会問題について報告、検討をしたと、協議をしたとなっているんですが、けさほど出たのにはそういう項目がありません。これはこの法案とのかかわりで意図的にそのことの資料をけさの資料から抜いたのかと言わざるを得ないわけでありまして、こんな資料では納得できません。再度、もっと再提出にふさわしい資料を出し直してください。
  136. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 衆議院でもいろいろ御議論がございまして、山原先生からも確かにそういう御要望をいただきました。その際に私から申し上げましたのは、審議の、その日に何を審議したかという審議のテーマ程度のものであれば——審議の途中ですぐ出せというお話でございますから、数時間の後には提出できるように努力をすると、こういうお答えをいたしまして、そういうたぐいの資料をお配りをいたしたわけでございます。その点はひとつ誤解のないようにお願いをいたしたいと思います。  なお、本日脚提出をいたしましたのは、審議の具体的な中身について御理解をいただくというためには、こういう問題について御審議をいただいたということを少し詳しく御説明をしてはどうかということでございますから、大学院の問題と、それから大学設置基準の問題、この二つが大きなテーマとして議論をされたということでございますので、その問題について中身としてどんな議論があったかということをお配りをいたしたわけでございまして、衆議院にお配りした資料では、大学院の充実方策について議論をしたということしか、そこまでしか書けなかったわけでございますけれども、さらに、その充実と改革についてそれではどういう議論が行われたのかということで、そのテーマについてはかなり詳しく差し上げたつもりでございます。  この大学改革協議会の議事録そのものにつきましては、これは私的な諮問機関においていわば自由に御議論をいただいたというものでございますので^外部に公表するような形での資料の取りまとめも行っておりませんし、協議会の先生方にその点についての御了解も得ていないので、その点については提出いたしかねるということは衆議院でお答えいたしたとおり、今日でもそのとおりお答えさせていただきたいと存じます。
  137. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 私は何も誤解していないわけです。衆議院に出した資料の中に、第三回協議会、昭和六十一年七月二十四日、その議題の第二に、「大学審議会(仮称)について」とあるでしょう。それから第七回、昭和六十二年二月四日、議題の第一に「大学審議会(仮称)について」と、まあどっちも「(仮称)」とついていますけれども。それで文部省から説明して、特に第三回の場合については、「文部省案を大綱として了承」と、こうなっている。議論をやった証拠です。なぜそのことをけさ方の資料には書かないんですか。ということは、衆議院に出した資料がうそであったのか、今もなおけさ方出した資料がうそなのかと言わざるを得ないんです。もうこれ以上説明を求めたって時間のむだですから、扱いを理事会で協議してください。  次は、文部大臣の衆議院の審議の中における幾つかの暴言問題についてお尋ねいたします。  文部大臣は、衆議院の委員会でのやりとりで、大学審議会設置法案に対する各大学や団体の反対声明や抗議文、これについて、午前中の質疑にもちょっとありましたけれども、不幸にしてそういう声明、抗議文を読んでおりませんと衆議院でお答えになっています。確かめますけれども、これは事務当局から渡されていないということなのか、渡されたけれども読む気がしなかったということなのですか、どっちですか。——いやいや、大臣に聞いているんです。
  138. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 事務当局としてやっておることについての御質問でございますので、まず私からお答えをさせていただきたいと思います。  先ほど、午前中の御質問にお答えいたしましたように、これについての反対の御意見等で文部省に寄せられましたのは二十件でございます。これにつきましては、内容を私どもの部局で読みました結果、内容的にはほとんど同一の内容でございますので、大臣には、反対の意見も来ておりますけれども、大体概要は、大学の自治を破壊するとか財界の介入であるとかというようなほとんど三、四点に限られておりますという内容の御報告を大臣に申し上げましたけれども、もちろん個別の資料全部を大臣に読んでいただくということはやっておりません。
  139. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) そのとおりでございます。
  140. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 文部省事務局も文部大臣も、私はいささかあきれて物が言えませんね。国民の声によく耳を傾けて、行政機関としての文部省行政の誤りなきを期すると、こういった点で、とりわけ、二十と言っていますけれども私の承知をしておるところでは、十三大学、二十五学部教授会、組織として。有志じゃないですよ、組織としての反対声明を初めとして、有志の声明を入れたら三十五大学と短期大学、一教授会連合、こういう反対が文部省に寄せられているはずです。下手したら届いているやつも、そんなもの見る必要ないということでくず箱にでも捨てたんじゃないですか、二十という数字は。と思いたくなるぐらいの非常に不誠意な文部省の対応じゃないかと思う。  例えばこの中には、私の、京都ですけれども、立命館大学などは全学部の教授会全部反対決議をして文部省に送っているはずです。あるいは、その後続々ふえて、福島大学の経済、教育学部の教授会、あるいは昨日は、北海道大学の水産学部教授会等々、続々とそういう決議声明がふえてきている。有志ということであっても、和歌山大学では全教官の七二%、岩手大学では八〇%を超す。大分大学も八〇・四%、高知短期大学では実に一〇〇%の教官が署名をして、ぜひこの大学審議会という悔いを千載に残すこういうことはやめてもらいたいという意思表示をしていますね。  そして、団体で言えば一万二千団体、署名三十万人、東京を中心にして学長経験者二十一氏によるアピールというものを出されました。関西でも同様に、学長経験者を含む三十人の方々のアピール、それに基づく千五百人の教官の署名。中央大学の元学長の川口弘さん、都留文科大学の元学長で日本教育学会の会長の大田堯さん。京都で言いますと、あの憲法学者で同志社大学の田畑忍学長。こういう人たちも含めて、誤りなきを期し、悔いを千載に残したらいかぬということで今警告をしておられる。  文部大臣は、こういう人たちの声を、それは特殊な人たちの声だというふうにでも考えているんですか。
  141. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私から聞くのも妙ですが、佐藤さん非常に詳しいですね、今の。
  142. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 詳しいですよ。この法案はぜひ食いとめたいと思って熱意を持っている。
  143. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) これはやっぱり何かそういう方々としょっちゅう話し合いしておられるんですか、詳しいですね。  私、いろいろ聞いて、なるほどな、そんなにたくさんあったかなと。私は、阿部局長からは、こういう反対陳情があってと、その中身は十分聞いております。それは憲法に違反しているんじゃないか、それから教育基本法にもとるんではないか、これに違反しているじゃないか、財界との癒着だとかございました。これはしょっちゅう聞いている話でございまして、まあどんな反対声明でもこういうのは必ずついてくる。ああそうかそうかと私は聞いておりまして、しかし、これはやっぱり特別に反対せんがための反対じゃないのか、中身も十分に御存じなくて初めから反対だ反対だと言っておられるのと違うかと、こういうことを言っておる。これを私は衆議院で申し上げたんです。
  144. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そういう言い方とあわせて、言うならば中身をよく御存じないままに、反対をしておる特殊な人たちだという言い方をされていますね。
  145. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 特殊な人と言ったかもわかりません。それは議事録にそう出ておるんだったらそう言ったんだろうと思います。
  146. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 私は、大学の未来と日本教育の未来を考えて、真剣な立場から議論をして出されてきている反対の声明やあるいは反対の署名、これをとらえて、それは特殊な意見だ、特殊な人だ、大変なそれはばり雑言だと思うんですよ。そういう考え方がもし今後進められていったら、これどうですか。残念ながら大学審議会法が通る、そうしていよいよそれの具体化が進んでいって、それにいややっぱり問題だと言うたら、それは特殊な人間だというその論法で、とにかくそこのけそこのけということでこの道を推し進めていくのかというふうに言わざるを得ない。こういう暴言は、少なくとも文部行政をあずかる長として、賛成、反対いろいろ意見あるでしょう、それは世の中には。しかし、意見意見として真剣に耳を傾けて、あるいは、誤解があるというのだったら積極的に話をしたらいいじゃないですか。それが文部行政の長たる者のとるべき態度だと思いませんか。  私は、特殊な人間だというその発言をまず撤回をしてもらいたい。——大臣に聞いているんだから……。
  147. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) この件につきましては、先ほど来お答えをいたしておりますように、大学関係の各種の団体にも御説明を申し上げ、御意見等も聞きながら対応してきたものでございまして、そういう意味では国公私立の大学関係者は、全体としては御理解をいただいて御協力をいただいているものと私どもは考えているわけでございます。  そういった中での御反対というのが私どものところには、先生は何十通かお挙げになりましたけれども、実際に届いておりますのは二十通届いておるということでございますけれども、そういうものが来ております。これは比較的少数の方々の御意見であろうということで受け取っておるということは大臣からお答えしておるとおりでございます。
  148. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 少数の御意見だろうというのだったら、少数の御意見じゃありませんかと言えばいい。それを特殊な人たちだという、その言葉は何か。
  149. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) それじゃ、私が特殊ともし言ったとするならば、それは少数のことでございますので、そう御理解していただきます。
  150. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 ぜひ言葉は、大臣ですから慎んでもらって、大臣たるにふさわしい言動を今後ともとってください。  それでは、次の問題へ進みますが、次は、大学の自治に関する問題です。  これも三月二十五日の衆議院文教委員会での大臣の発言でありますが、こういうことを言っておられますね。大学審議会諮問内容にかかわって、「もう一つ大事なのは大学の運営そのものなんでございまして、今日の教授会を中心にして何もかもそれが決定していくということでは前へなかなか進まない。つまり学長、学部長、こういうリーダーシップをどうしてつくっていくか、」だと答弁をされています。これは重大な発言だと思います。文部大臣、この「教授会を中心にして何もかもそれが決定し」ということを言っておられますけれども、「何もかも」というその中身は何を指しているんですか。
  151. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) それだけおっしゃったって、上と下と話の続きがずっとあるだろうと思うんですが、佐藤さん、そこまでお聞きになったら、ずっとこういうことで、それで何もかもと、こう言っていただかないと、「何もかも」、その中身は何かと言われたら、これは私ちょっと答えようがない。だからちょっと時間をかけてでも、こういう質問に対してこう私は答えた、この中の「何もかも」、これは何だと、こういうぐあいにひとつお願いいたしたいと思います。
  152. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 いや、しかし、「何もかも」というこの日本語の表現は、何でもかでもすべて入るかのような印象を与えますね。  それなら逆に聞きますけれども大臣のお考えは、教授会の合議制、大学自治の根幹になっていますこの教授会の合議制、これをなくして、学長、学部長の判断で物事がそれこそどんどんと進んでいくというシステムにした方がいいというお考えですか。
  153. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私はそんな詳しいこと知らないです。まだそんなことまで考えておりません。だから、大学意思決定機関の話ですね。大学意思決定機関はどういうぐあいにあるべきかということは、これはまさにこの大学審なんかできたら、大学審議会なんかできたら、そこで相談してもらって決めてもらったらいいんだろうと思うんです。私はこれはわからないんです。どういうぐあいに決めるのが、学園の自治を保障しながらしかも本当にリーダーシップがとれて物事が決められるのか、わからないんです。わからないものですから、私はどんなことを言ったか覚えておりませんけれども、そんな問題を決めてほしいと、こういうことを言っておるんです。
  154. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 しかし、この教授会の合議制というこの原則は、現在学校教育法、ここで定められているじゃないですか。それを私はよくわからぬと、文部大臣が。大学審で相談してもらうんだと。そんなあやふやなことになったらこれは危険きわまりない。  午前中の粕谷委員の質問に対して局長は答えたじゃないですか。私から言いましょうか。文部省からそこへ踏み込もうとは思っていないけれども、しかし大学審の審議議題になるかもしらぬというような言い方で言いましたね。
  155. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 朝の粕谷先生の御質問に対する私のお答えだったと思いますけれども、これも、私も一々言葉を全部覚えているわけではございませんのであれですが、私の気持ちからということで申し上げさせていただければ、たしか御質問の中身は、大学の学長の選考方法とかそういう点についてどうだというお尋ねだったと思っております。そういうたぐいのことについて御議論があるかもしれないけれども、今当面私がそういうことを問題意識としてどうということを考えているわけではない、こう申し上げたわけでございまして、現在話題になっておりますのは、大学の管理運営の方法で教授会あるいは評議会についてどうかというお話であろうと思ってさっきから聞いておったわけでございます。  大学の教授会につきましては、もちろん学校教育法に規定がございまして、「助教授その他の職員を加えることができる。」という規定でございますから、教授をもって構成するのが原則であるということは当然でございまして、さらに大学の都合によって助教授またはその他の職員を加えることができるという形で構成されるわけでございますし、その教授会が審議をする事項は「重要な事項審議する」、こうなっておるわけでございます。したがって、何が個別に重要な事項であるかということは区分けするのはなかなか難しいと思いますけれども大学の教授会の役割としては、やはり学問研究あるいは学生に対する教育の重要な事項について御議論をいただくというのがまずは中心のことではなかろうか、こう思っておるわけでございます。  大臣の御答弁をそばで想像で言ってはいけないんですけれども、「何もかも」というようお話がございましたのは、いろいろな運営問題について必ずしも基本的なことでないことについても議論がされるというケースも往々にしてあるわけでございますし、また、そういうたぐいの重要な事項、重要でない事項とにかかわらず、議論がいつまでたっても片がつかないというようなこと等々を念頭に踏まえての御発言であるというふうに私はそばで聞いておって理解しております。
  156. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 個別の教授会の実情についてどういう意見を持つかというこの問題じゃなくて、制度としての教授会の権限を、今法によって定められておる合議制というこの権限、原則、これを変えようということなんですか。これはこれとして堅持しようということなんですか。どっちなんですか。
  157. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学の運営のあり方について、先ほどの大臣のお答えもさようでございますけれども、学園の自治ということを大事にしながら、しかもなお大学としてうまく運営していけるという方法がないだろうか。臨教審の御重言でも、学長や学部長がリーダーシップを持って運営していくということが大切だろうと、こう言われております。それを具体的にやっていくのにはそれはどうしたらいいか、どういう方法がいいかということがまさにこれからの大学審議会議論の対象になるということでございますので、ひとつ御理解をいただきたいと思います。
  158. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 学長、学部長のリーダーシップの問題と、合議制という教授会の組織原則、権限を残すのか残さぬのかという問題とは別なんですね。この教授会の権限を少し縮小をして、学長、学部長のまさにこの権限を拡大をしようと、こういうことを考えているんですか。はっきりしてください。
  159. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 何遍も繰り返すことになりますけれども、学長、学部長のリーダーシップが発揮できるようにという指摘を臨教審からいただいておるということで、私どももそういう問題意識を持って、この大学審議会でそういう運営の仕方というのはどうすればいいかということを御議論いただくわけでございまして、今から何らかの考え方を持って教授会の権限を半分削ってその分を学長に持っていく方がいいというようなことを考えているというわけではない、どうすればいいか御論議をいただきたいという考え方でおるわけでございます。
  160. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 もうこれ以上続けてもあれですけれども、繰り返し聞けば聞くほどいよいよ危険だなということが浮き彫りになってくるじゃありませんか。現行法で厳格に定めておる教授会の組織原則、合議制、これが審議会で御相談をいただくという言い方をとりつつ、これを変えようという考え方を持っているということもいよいよ明るみに出たということだと思います。  それともう一つ大学自治の根幹の問題だと。人事権、これと並んで根幹の問題ということで、これは学問研究の自由、教育の自由の原則、これは原則的には肯定をされていますね。しかしどうですか。臨教審は、答申の文書を逐一引用するまでもないと思いますけれども大学における教育内容教育方法の個性化、多様化などの改革を進めようというふうに答申で打ち出していますね。そうすると、この方向に沿って大学審議会審議する、そしてそれの具体化の勧告文部省に出た。こうなりますと、文部省としてそういう大学の個性化、多様化改革、これを個々の大学に対して文部省として指導するということになりますね、どうですか。
  161. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学審議会はポリシーについて議論をしていただいて、教育方法あるいは教育内容の個性化のためにはどうすればいいかという議論をしていただく。それが出てきますと、直接かかわってくるのは私は大学設置基準だと思っております。つまり、例えば大学教育内容の個性化、多様化を図るという場合に、大学設置基準で一般教育何単位、体育何単位、こう決まっております。そういったものがそのままでいいのかどうかということで、そういう大学制度の枠組みの弾力化という問題になってくるのであろう、こういうふうに思っております。  また、教育方法の問題につきましても同様に、けさほどもちょっと申し上げましたけれども、現在では、例えば大学院については、夜間において授業を行う大学院という夜間でやるという教育方法については基本的には認められておらない制度でございますけれども大学院制度の御議論をいただいた際に、やはり社会人を対象にしてそういう方向を考えるべきだという御結論になれば、学校教育法関係の規定を改めて大学院も夜間でやれるようにという規定等が必要になってくるであろうということがあるわけでございますので、そういう仕組みをつくっていくというのがまず文部省の大事な務めであろうと思っております。  そういった仕組みの中で個々の大学はどう対応するかということは、基本的に各大学がまず自主的にお考えをいただくということであろうと思いますけれども文部省としてももちろん指導、助言をするという基本的な立場はあるわけでございますので、そういった中で助言等を大学にしていくということはあり得ないことではないと思っておりますけれども、私どもは、やはりそういった具体の教育研究のやり方、中身というようなことになれば、これはまさにまずは大学が考えるべきことであるという建前で対応するのが当然のことであると思っておりますし、今後とも基本的にはそういう方向で対応したいと思っております。
  162. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そういうごまかしを言ってもだめなんです。例えば臨教審の第二次答申、そこを具体的に引用するとすれば、第四章の高等教育改革のところの第一節「高等教育の個性化・高度化」の(1)、「大学教育の充実と個性化」、そのア、イ、ウ、エ、のア項で今言った個性化、多様化、これを進めるための改革を進めると、こう書いてある。エ項で別途大学設置基準の見直しをやると、こう書いていますから、具体的には大学設置基準そのことだけやりますというようなそういう詭弁で言い抜けをしたってこれはだめなんです。だから、そういう方向大学審議会議論をして具体的な方向を打ち出す、それに沿って個々の大学に対して文部省があれこれ指図をすると、まさにこれこそ、この点でもこの大学審議会というものの仕組みが大学の自治に介入にならざるを得ないということがはっきりするじゃありませんか。  時間の関係がありますから、さらに大学自治の問題でもう少し進めたいと思いますけれども、これまた今日までにおける大臣の発言との関係でありますけれども、七月二十九日の衆議院文教委員会での答弁で、大学人が国民理解を得られるということが学問の自由と学園の自治の保障のためにも大事だというような言い方をされた。あるいは学問の自由、学園の自治のあり方というものもやはり現代に即応した体制が必要であると、こういう言い方をされた。きょうの議論では、特権化されたものじゃないと、大学の自治がね。しかし、特権化という言い方と、大学には特別の権限があるのだと、まさに学問の自由を保障をしていく組織として大学には特別の権限が認められなくちゃならぬのだというこの問題とは別ですね。何か特権化という言葉で、いかにも社会の常識に反して無茶なことをやっておるかのような言い方をされておる。いわばいろんな言い方がされているわけですけれども、学問の自由もちろんのこと、学問の自由を保障をするためにも大学の自治というのは無条件的に厳守をするんだというこういう言い方が、なぜ文部大臣はできないんでしょうか。
  163. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は何遍も、委員会で呼び出されましてそのことは申しておりますけれども、学問の自由は絶対にこれは文部省が体を張ってでもやらなきゃならぬと言っておるんです。それはそうです。そしてそれを裏づけるためにも学園の自治というのは必要だと、これは私は何遍直言っております。ただし、その自治ということの解釈が、したい放題、おれたちはしたい放題するんだという自治ではありませんよということを言っておるんです。やはり国民の貴重な税金を使ってやっておるんですから、国家のことあるいは世界のこと、あるいは人類のこと、いろんなことにそういうものを考えた、あるいは社会の対応、そういうようなものを考えた上での自治でございますよと、こういうことを言っておるんです。  だから、自分らだけに勝手のいいことで自治だと、こう言われたらこれは困る。そういう自治を我々は認められない。こういうことでございまして、でございますから、あくまでも社会と大学との関係において自治というものを考えていただかないと、先ほども一つ例を申したじゃありませんか。京都大学で——たしか佐藤さん京都大学御出身だと聞いておりますが、京都大学で、ある助教授でございましたか、十何年にわたって姿を隠し、一回の授業も出てこない、学校に一回も出てこない、警察に追われておる……
  164. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 私が卒業してからの話だけれどもね。
  165. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) それじゃ聞いておいてください。あなたが出てからのことかもわからぬが……。  そういうことで、それで文部省の対応もこれもばかげた話。どうするんですかと、学校に照会ばかりしている。目下照会中ですばっかり。私はよく覚えていますよ、国会議員だったから。私も聞いたことがあるんです。どうするんだと。学校がお決めになると思いますので、もうしばらくもうしばらくで何か六、七年それでやった。こんなことを世間が許しますか。ここを言うんです。こういうときはやっぱり学校が決められる能力と意思決定をきちっとしてもらいたい。それでこそ自治が守れるんです。そういうことをほったらかしておいて自治だ自治だとおっしゃったらそれはだめだと、私はこう言っておるんです。
  166. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 手前勝手な大学自治論は許されないと。だれも手前勝手な利益や目的のために大学自治論を主張をしておるというのではないということは、それこそ主義主張違いますけれども、先ほどの高桑先生が北海道大学のあの経験に照らして、なぜあの大学臨時措置法、あれに反対をしてあの中で大学自治を主張したかということも言われたところでしょう。  あなた、京大の例を出されますけれども、京大の例あるいは東大の——今も東大ばかり言うなという話があったけれども、東大のあの医学部の例、しかしこれはほんの一部の例じゃありませんか。そんな一部の例を引き合いに出して、国立、公立、私立を含めて全国の大学の自治を縛りつけるということに、介入をするということにならざるを得ない危険を含んだこういう大学審議会法案というものを出してくるという、ここに問題があるのですよ。個別に指導したらいいじゃありませんか。現行法の法律体系のもとで十分指導のやれる問題ですよ。  京都大学名前が出ましたから、もう少し言うならば、私ども共産党あるいは京都大学の中の教職員組合とか生活協同組合とかいろんな団体があります。学生の組織もあります、大学院生。こういう組織がみんな一致して、ああいう事態を一日も早くなくすべきだということを主張をして、機会あるときにはその意見文部省にも出してきたでしょう。共産党もそのことを、私国会議員になってからも、文部省もっと毅然たる機敏な処置をとれということで国会質問で取り上げたこともありますよ。しかし、それを野放しにしてきたのはむしろ政府と与党のやり方じゃありませんか。いわゆる泳がせということで。ここではちっと手を打ったら彼らのやり方を封ずることができるのに、いつまでもいつまでもああいう集団がのさばっているということが続いてきているのは、政府のやり方にこそ私は問題がある。それと、もちろん大学当局の優柔不断さ、これもありますけれども、根本は、現行の法律のもとでぴちっと手を打とうと思えば打てる。にもかかわらず、大学審議会法というものを持ち出してきて、今のようなごく部分的な事象を口実にして、全大学の自治を縛りつけ、それに介入をすることになりかねないようなこういう法律を出してくるということはこれは許されない。しかも、これが憲法二十三条に定める学問の自由それ自体を危うくするという関係でしょう。大学の自治がつぶされたら学問の自由が失われるということは、これはずっと戦前からの経験があるじゃないですか。  これも京都の例ですけれども、もう五十四年前になりますか、一九三三年のあの滝川事件、言ってみれば滝川幸辰という一人の法学部の教授がその著書に、姦通罪について、女にだけ姦通罪を適用するというのは不合理だ、男女平等を言うならば、それは男も女も平等な扱いがされるべきで、男女ともどもモラルの向上に努めるべきだという、こういう学説でしょう。あなたは先ほど、反体制の人々があれこれ言っているというふうに言いましたが、この学説が何が反体制ですか。資本主義社会のもとでも、男女平等という基本的な民主主義が大切にされなくちゃならぬという、こういう主張でしょう。  ぜひ大臣、今からでも遅くない、こういう大学審議会法というものは撤回をして、本当に一つ一つ大学の充実発展が保障をされていくよう方向へ、もう一遍振り出しに戻ってもらう必要があるというふうに思いますが、どうでしょう。
  167. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、本当に共産党の方々は個人的にはみんな尊敬しておるのです。佐藤さんもそうだし、山原さんなんて本当によく勉強しておられるし、紳士だと思う。しかし、そこはやはり考え方の根本が違うということが今の話でわかります。  例えば今おっしゃった、京都大学の助教授の問題でも、ああいうときに文部省は毅然たる態度でやったらいいと。それじゃこれからこういうことがあった場合——ないことを望みます、また、こんなのは特殊な例だと思います。けれども、そのときに毅然とした態度でやっていいのか。これは大学の自治との大変な問題になってきます。やはり大学が納得するということが大事なのであって、そのために六年、七年という年数がかかったのですから、ここは佐藤さん、よく中身は知っておられて言っておられることだと私は思いますから、これは議論はいたしません。  しかし、私たちは絶えず言っておることは、学問の自由を保障するためには学園の自治が絶対前提になるということは百も承知しております。そうしなきゃならない……
  168. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 知りながら、なぜ……
  169. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) いや、違う。しかしながら、いわば世間から見て、あるいはまた社会、国家から見てこれはおかしいと思うようなことでも自治の名前において置いておくわけにはいかない、こういうことを言っておるので、だから、自治を侵害するようなことはもうないように、ないことが私は望ましい。だから、それだけに大学関係者もそこに十分な自覚を持ってやってほしい。これを願っておるわけでございますから、決してそんな、あえて自治を侵すための法案として大学審議会をつくるんだ、それは誤解ですから、これだけはしっかりとひとつ理解していただきたいと思います。
  170. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 もう一言。  大臣言われましたけれども、私、相当具体的事実を挙げて申し上げたつもりですけれども、それに対しての説得力のある反論には狂っていませんね。ちょっと意見が違いますと、こう言われただけで。本当に大学の未来、日本教育の未来のためにこういうやり方というのは変えてもらわなくちゃならぬということを重ねて申し上げておきたいと思います。  大学の自治の問題とかかわってもう一言言っておきたいのは、大臣教育と研究の機能は分離した方がいいということを言っていますね。しかし、これは研究中心大学中心大学を今度片一方でつくる、片一方教育中心大学にするという形になったら、これは全体として青年の大学進学の門戸を縮めるということになるという問題と同時に、現に筑波大学に例があらわれているように、教授会をあそこはなくしましたね。ということで、結果としてこれは大学自治の否定につながっているという、こういう姿に持っていこうということなのかということをもう一つ議論をしたかったんですけれども、もう時間ですから、そのことを強く大臣に反省を求めておきたいと思います。  終わります。
  171. 勝木健司

    ○勝木健司君 今回の学校教育法及び私立学校法の一部を改正する法律案は、臨時教育審議会の第二次答申提言された大学審議会を創設するためのものであります。臨教審答申の具体化の法律改正の第一号だというふうに思います。    〔委員長退席、理事林寛子君着席〕  今までの話にもありましたように、我が国大学の現状に対しましては内外から多くの批判があり、また、学歴社会の弊害というものを是正するためにも、大学改革から進めていく必要があるように思います。この意味から大学審議会設置というものは大学改革の突破口として意義があるというふうに思います。  まず、現在の高等教育の現状につきまして、文部省はどのように考えられておられるのか、お伺いをしたいと思います。
  172. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 臨時教育審議会におきまして、大学改革についての多様な御提言があったということはかねて申し上げたとおりでございますが、先生御案内のように、戦前の我が国大学というのは、国家枢要の人材を養成するというようなたぐいの表現で規定されておりまして、いわばエリート養成の機関であったわけでございますけれども、それが戦後の新しい学校制度のもとでいわば多数の国民に開かれた国民のための高等教育機関、同時に学術研究の機関でもある、こういう性格に改まってきたということに伴いまして、いろいろな変化、問題点、課題等も出てきたと思います。  特に、最近の具体の科学技術の進歩でございますとか経済、社会の変化でございますとか、いろいろなことを踏まえてまいりますと、やはり現実の大学のあり方についてはさらに検討すべき点が多々あるのではないかということが一般から御指摘が出てきておるわけでございまして、そういった見地から見てみますと、確かにこれは私どももかねてから意識をし、あるいはけさほど御議論に出ました中教審論議等でもいろいろ出ておったことでもございますけれども、やはり大学教育研究水準をもっと高度化をしていかなければならないという問題であるとか、あるいは大学が、悪口を言えば金太郎あめみたいでどこを切っても大体同じというような画一的なことであってはいけない、やはり時代のニーズに合わせて多様化をしあるいは個性化をしていかなければならないというよう課題でございますとか、あるいは中には大学においては十分な教育研究活動という面からいくと、やっぱり生き生きとした活動という面では欠けるところがあるケースも出てきているのではないか。あるいは国際化の問題でございますとか、そういったいろいろな観点からやはり直さなければならない点というのは多々あるように存ずるわけでございます。    〔理事林寛子君退席、委員長着席〕 そういう見地から、この大学改革の問題につきましては、臨教審答申を待つまでもなく私どもも意識として持っておったわけでございますけれども、今回臨教審からの御指摘もいただきましたので、それを踏まえてこの問題に真剣に取り組んでいきたい、そう考えておるところでございます。
  173. 勝木健司

    ○勝木健司君 大学の自治の問題ということで大変議論になっておりますが、大学改革に当たりましては、常にやはり大学の自治という壁があるように思われます。確かに大学改革というものは、臨教審答申にもありましたように、基本的には個々の高等教育機関がみずからの問題として自発的に取り組むべき課題であり、また、改革に当たっては、それぞれの高等教育機関、特に大学についてその自主性が尊重されるべきでありますというふうにうたわれております。しかし、このような自律的自己改革的な大学改革というものが大変難しいということは周知のとおりでございます。したがいまして、大学がもし自己改革力を持ち得ないならば、あるいは持っていたにしても十分そのよう改革力を行使できないような条件にあるといたしますならば、国民から文献行政をあずかる文部省が広く国民の声を反映する審議会等からの意見を聞きながら適切な改革の指針というものを示していくということが大変大事なことではないかというふうに思いまう。特に、大学の規模が量的に拡大しておる今日でありますので、個々の大学改革ということもまた高等教育全体の中で検討されることが必要になっていることをあわせ考えますと、このような動向というものは、大学の自治の侵害などという問題ではなしに、我が国大学が新しい時代にどう飛躍していくのかという意味でもぜひ必要なことではないかというふうに思います。  文部大臣の御見解を承りたいと思います。
  174. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 御理解していただいて、どうもありがとうございます。  私は、それだからこそこういうことで、先ほど阿部局長が何遍も言っておりますように、この審議会で個々の大学を指導するというのじゃないんです。そうじゃなくて、国としてはこういう方向をひとつ希望しております、あるいは大学がこの方向にみずから脱皮をするとか、あるいは方向を考えてもらいたいということを、そういうことをやっていこう、そういうことを言うのについて一応こういう方針でいきたいと思いますが、ということを大学審議会に諮ってもらって相談した上で決める。文部省だけがばあっと言えば拙速に走ることもありましょう。あるいはまた他人の意見も聞けということになると思います。だから、こうして審議会意見を聞いて、それで理解をしていただくならば、そういう方向にこれからの文部省としての予算、財政上予算あるいは機具の設置、そういうものもそういう方向に持っていきますと、こういうことをやっぱり誘導する、こういう性格のものであるわけでございますので、決して個々の大学に、手をポケットに突っ込んでがちゃがちゃかき回そうと、そんなことを考えたものじゃないということを御理解していただいたら私は結構だと思います。
  175. 勝木健司

    ○勝木健司君 手前みそになりますけれども、私ども民社党は、昭和四十四年に政党として初めて大学基本法案を提出し、来るべき時代の新しい大学像を公にしたところであります。特にその中で、開かれた大学、また大学大学、国公私立大学間の格差の是正、大学の適正な地域配置、入試制度の改革等、今日に至りましてもまだ未達成の、達成されておりません多くの改革目標を定めたところであります。この中の幾つかは、一部文部省中教審あるいは高等教育懇談会等によりまして実現したものもありますけれども、まだまだ十分満足のいく改革はなされていないというふうに思います。  私どもは、今日こそ専門的に調査検討する審議会設置して、課題の解決あるいは目標の達成に向けて努力すべきときが来ていると思います。そういった意味で、今回提案されている大学審議会はそのよう課題解決のためのものであるというふうに私どもは考えておりますけれども文部大臣の重ねて御所見をいただきたいというふうに思います。
  176. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、おっしゃるとおり、そのとおり理解して、私たちが思っていることを理解していただいておるし、また、勝木さんの言っておることを私たちは十分理解いたしまして、その精神でやっていきたいと思います。
  177. 勝木健司

    ○勝木健司君 さて、大学審議会の中身の問題でありますけれども大学審議会は、大学基本に関する事項調査審議するということになっておりますけれども、このことは、まさに我が国の今後の高等教育のあり方についての基本となるポリシーを策定するということになるんだろうというふうに理解してよろしゅうございますか。
  178. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) おっしゃるとおり、大学についての政策、ポリシーをここで考えていっていただくということでございます。
  179. 勝木健司

    ○勝木健司君 そうしますと、大学審議会の主要な任務が大学に関する基本的な事項調査審議する、そして文部大臣勧告することにあるということだろうと思います。  また一方、設置認可等にかかわる実務的な業務というものは、大学設置学校法人審議会仕事とされるようでありますけれども、両者の任務分担というものはどうなるのか。また、実際の認可問題の処理に際しまして、大学審での基本点ポリシーについての審議と無関係に行うことはできないというふうに思います。そういった意味で両者の調整、もしポリシーと違うよう認可が具体的にあるということであれば、そういう調整が必要になるような場合、どのような処理をされるのか、お伺いをしたいというふうに思います。
  180. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 例えば大学設置認可と関連のある事項として現在高等教育の計画というのをつくっておりますが、こういった計画の策定というもの自体はこれからは御審議をいだく場は大学審議会の方になると思うわけでございますが、そこで、例えば全国的な地域配置についてこのようなポリシーで配置の適正化を図ろうというような御提言が出ました場合には、大学設置審議会審議におきましても、そういう設置審議会の具体の審査の際にそういうポリシーを背景に踏まえて審査をしていただくということになると思うわけでございます。その間のそごがないようにという観点からは、両方の審議会での意思の疎通を明確にするというような見地から、必要に応じて、例えば設置審議会の主要なメンバーに大学審議会の方にその問題の議論のときには入っていただいて御議論をしていただくとか、そういった以外の場においても両者の御議論の中身を相互に連絡をし合うとかいうような形でそこがないような体制をつくっていきたい、こういうふうに思っております。
  181. 勝木健司

    ○勝木健司君 現在置かれております私立大学審議会が廃止されることによりまして、私学の自主性というものを尊重した私学法の精神というものが踏みにじられはしないかというよう意見もありますけれども、これについての文部省のお考えをお聞きしたいと思います。  また、今回の法案提出に当たりましても、事前にそういう私学関係者と十分に協議がなされてきたと思うわけでありますけれども、この法案に対する私学関係者の見解はどのようなものでありましたのですか。そしてまた、私学関係者の意見というものはこの法案の中でどのように反映され生かされておるのかということをお伺いしたいというふうに思います。
  182. 坂元弘直

    政府委員(坂元弘直君) 先生も御承知のとおりに、現在の私立大学審議会基本的な考え方というのは、私立学校法によりまして、文部省が私学のことに何らかの権限行使をする場合には、まず私立大学審議会意見を聞いてからやらなければならない。しかも、その私立大学審議会委員の構成メンバーについては、四分の三以上が私立学校関係者で占めなければならないというふうに法律上なっております。さらに、その四分の三以上の私立学校関係者を文部大臣が任命する際は、私立学校団体の推薦を得て行わなければならないというふうになっているわけでございます。言いかえれば、私立学校の問題は第一次的には私立学校の皆さん方に判断をしていただいて、それから文部大臣権限を行使するというのが現在の私立学校法に基づきます私立大学審議会基本的な考え方でございます。  したがいまして、この法律大学審議会をつくり、大学設置審議会私立大学審議会を一緒にするということで私立大学関係者お話をしましたところ、私立大学関係者はまず第一に、私立大学審議会の今の基本的な考え方はどうしても維持をしていただきたい。そのためには、まず第一点として、新しく創設される審議会に分科会を、学校法人分科会大学設置分科会という分科会を法律上明確に規定してもらいたい。そして、その学校法人分科会権限及び委員の構成、それからその委員の任命に当たっての私立学校団体の推薦、これらはすべて今の私立学校法と同じようにしてもらいたいという要望がございました。  そこで、今回の、今御審議いただいております法律では、大学設置学校法人審議会につきましては、大学設置分科会学校法人分科会を置くということを法律上明確にいたしまして、学校法人分科会所掌事務としましては、私立学校法に基づいて与えられておる所掌事務及び私立学校振興助成法に基づいて与えられておる権限、言いかえれば、今の私立大学審議会所掌しておる権限をすべて学校法人分科会権限とするということも法律上明確にいたしたところでございます。さらに、学識経験者私立学校関係者で構成する学校法人分科会委員の数は、私立大学審議会と同様に二十人といたしまして、その二十人のうち四分の三以上は私立大学関係者でなければならないという規定を法律上明確にいたしました。さらに、学校法人分科会の候補者については、政令で定める私学団体の推薦を得るものとするというふうにしておりまして、現在、私どもその政令としては、今私立学校法で規定されておるのと同じような規定を政令で書きまして、言いかえれば、端的に、具体的に申し上げますと、私立大学連合というのがございますが、石川先生が、慶応の石川塾長が会長になっております。その私立大学連合の推薦に基づいて分科会の委員を任命するような、そういう法令上の手だても講じたところでございます。そういうことによりまして、私どもとしましては、新しい審議会におきましても私立大学自主性、今の私学法に基づく私立大学審議会基本的な考え方は十分確保できたというふうに思っているところでございます。  私、この点につきまして、何回となく私学関係者と直接お会いしまして、大学連盟の人、あるいは私大連盟の人、私大協会の方、あるいは短大協会の代表者とも何回となく意見の交換をしまして、最終的にこのよう法案をつくることについて私学関係者も納得していただいた、賛成していただいたところでございます。
  183. 勝木健司

    ○勝木健司君 そうしますと、大学設置学校法人審議会設置されても私学の自主性というものは十分尊重された運営がされるというふうに理解してよろしゅうございますね。  それと同時に、現状の私立大学審議会文部大臣に対しての建議権を持っておるわけでありますけれども、これも、私立大学審議会の建議にはどのようなものが今まであったのかどうか。そしてまた、今後もその学校法人分科会の中で十分権限が移譲されておるというふうに理解してよろしいのかどうかをもう一回確認しておきたいと思います。
  184. 坂元弘直

    政府委員(坂元弘直君) まず第一点の、新しい審議会においても私学の自主性を十分尊重した運営がなされる、あるいはそういうように事務が行われていくという点については、全く私どももそのとおり行っていくつもりですし、法制上も行うことができるような担保はしておるというつもりでございます。  それから、今までどのような私大審の建議が行われてあるかという点でございますが、すべて今まで行われておりますのは、設置認可にかかわる事項でございます。  申し上げますと、最初に、昭和三十年六月に私立大学審議会所掌事務の追加。これは大学院及び大学院の研究科の設置にかかわる寄附行為の変更は法律上は私立大学審議会諮問事項となっていないわけでございますが、実際上の取り扱いとして文部大臣から私立大学審議会意見を聞くようにすべきであるという建議が行われました。  そして次は、昭和四十七年五月でございますが、ちょうど無医大県解消等の動きもございまして、国立、私立含めまして医科大学の創設が行われてきた時期でございますが、医科大学及び歯科大学、これは医学部及び歯学部も含みますが、の新設の審査については、他大学と比して審査基準をより厳しくするとともに、従来の一年にわたる審査を慎重にする意味で二年にわたって審査をするように改めるべきであるという建議をいただいたところでございます。  それから昭和四十九年十二月でございますが、今申し上げました医科大学及び歯科大学以外の大学設置についても、その審査をより慎重を期するために二年にわたって審査をすべきであるという建議をいただいたところでございます。  それからさらに昭和五十年三月に、学校法人の寄附行為の認可基準と寄附行為の変更の認可に関する審査の基準。これ、わかりにくいと思いますが、端的に申し上げますと、新しく大学をつくるような場合と、それから新たに学部を増設するような場合の寄附行為の認可に関する審査の基準を一本化して大学に示すとともに、審査の基準をより明確にするようにすべきであるという建議をいただいたわけでございます。  以上四つの建議を従来私立大学審議会からいただいておりまして、文部省はこれらの建議につきまして、その建議の中身に沿って、建議内容どおりに制度改正等を行って今日まできているところでございます。今後、新しい審議会におきましても建議権が認められておりますので、従来と同じよう学校法人分科会が私立大学に関する事項について建議を行うというその仕組みというものは、従来と今の私立大学審議会と、変わりはないところでございます。
  185. 勝木健司

    ○勝木健司君 学校法人の分科会には私学関係者というものを四分の三以上法定してありますけれども、これは大体、私学の自主性を尊重するという意味ではわからないこともないわけでありますけれども法律で定数化するという意味を、もう一つわかりませんので、明確に示していただきたいというふうに思います。  また、私学の自主性を尊重するという意味では確かに理解できますけれども、私学の公共性に着目するならば、もっと学識経験者とかあるいは専門家というものを多くしてもよかったのではないかというよう議論もありますけれども、どう考えておられるのかお伺いしたいというふうに思います。
  186. 坂元弘直

    政府委員(坂元弘直君) 先ほど申し上げましたとおりに、もちろん私立学校の公共性というものが、私立学校については公共性があるからこそ大学設置基準を厳格に決めて、そしてその大学設置基準に従って現在大学設置審議会私立大学審議会で慎重に審議をして、私立大学認可を行ってきているところでございます。  なぜ法定化したかということではございますが、先ほど申し上げましたとおりに、現行の私立大学審議会、私学法の精神というものがその両者を一緒にすることによって損なわれることは絶対避けなければならないというふうに私ども思っておりまして、組織基本にかかわるその部分につきましては、現在の私立大学審議会と同じように四分の三以上は私立大学関係者で占めなければいけないという規定をあえてそこに、現行の私立大学審議会自主性を担保する、確保するという観点から入れたわけでございます。  もとより先生御指摘のように、公共性という観点から学識経験者をよりたくさん入れるべきではないかという意見もございますけれども私立大学審議会が持っておる権限というものがもっぱら私立大学プロパーにかかわる問題でございます。大学設置認可にかかわる事項のほかには、例えば文部大臣権限として学校の閉鎖命令あるいは学校法人が収益事業を行う場合に収益事業の停止命令をするとか、学校法人の解散命令を行うとか、あるいは助成法に基づく文部大臣権限として、先ほどもお答え申し上げましたが、役員が法令等に違反した場合、その学校の役員の解職勧告を行うとか、助成の目的に照らして不適当と認められる場合の予算変更勧告とかいうふうに、すべて私立大学プロパーにかかわる事項だけでございますので、五人の学識経験者意見は十分に聴しながらも、私立大学関係者によって第一義的には判断をしていただいた方がいいだろうということで現行の考え方を踏襲したところでございます。
  187. 勝木健司

    ○勝木健司君 委員の選任について、引き続きお伺いしたいと思います。  大学審議会につきましては、高等教育改革というものを今後積極的に進めていこうということでありますけれども高等教育改革というものはただ単に高等教育段階の問題だけではないだろうというふうに思います。我が国教育体系全体の中での改革としてとらえていかなければならないんじゃないかというふうに思います。そういった意味では、大学教育研究というものは、産業界やあるいは労働界と密接な関係があることも忘れてはならないんじゃないかというふうに思います。  そこで、委員の選任に当たりまして、我が国教育全体を長期的な視野に立って見ることのできるような人、そしてまた大学のあり方を社会との関連において考えることのできるような人、言ってみれば産業界やあるいは労働界の代表というものを対象にしてほしいというふうに思いますけれども大臣の率直なお考えをお伺いしたいというふうに思います。
  188. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) この問題は、実は衆議院におきましても質問として出でまいりました。今私たちは全く無色透明でございまして、国民広く一般の方から対象にして偏らないようにいたしたい、こういうことを思っております。ただし、これは事大学のことでございますから、やはり大学のことを十分理解していただいておる方でないと適任ではないと思いますが、何々界からというようなことは私は考えておらないということであります。
  189. 勝木健司

    ○勝木健司君 まあ何々界からは考えておらないということでありますけれども、いずれにしても、学識経験者の中から代表に選ばれるわけであります。そういう意味で、大学審議会の運営というものが適正に行われなければやっぱり意味がないというふうに思います。審議会の運営というものはすべて政令事項で決めることになっておりますだけに、大臣とされましても、各界意見というものを十分反映させるために、しからばどのような運営を行おうと考えられておるのか、お聞きをしたいというふうに思います。
  190. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) この審議会については、先生の御指摘にもございますように、大学問題を審議するということでございますから、大学関係者という方々がいろいろ御議論になるわけでございますけれども大臣からもお答えしましたように、やはり各界各層いろいろな分野の方から入っていただくというような構成を考えまして、国民の声がここに届いていくということを、姿勢を、まず基本的には委員の人選の段階で考えていかなければならないということは考えておるわけでございます。  さらに加えまして、具体の審議会の運営に当たりましても、これは審議会自体がお決めになることでございますので私どもが現段階でとかく言いにくいわけでございますが、私といたしましては、審議会審議過程におきまして、例えば関係者の方々に参考人としておいでいただいて意見を聞く機会を設けるとか、あるいはアンケート調査、あるいはその他の調査の方法もあろうかと思いますし、いろいろな形で各界各層の声が反映できるような運営が望ましいのではないか。そのようなことを、私見ではございますけれども考えている次第でございます。
  191. 勝木健司

    ○勝木健司君 それでは、中身について若干お伺いしたいと思います。時間も限られておりますので、残りました分はまた次回に回させていただきたいと思います。  大学の新増設とか学部学科の改組につきましては、現在はそれぞれ文部省大学に任せ切りだというふうに思います。大学からの申請を受けて認可していく、そして予算要求をするという形になっておるように思います。その場合、産業構造の変化あるいは社会のニーズ、雇用の動向等を考慮しながら、国立大学全体の分野調整あるいは長期計画の策定というものを行うという仕事が十分に現在は行われているとは言えないのではないかというふうに思います。したがいまして、大学審におきましてはこれらの問題を十分審議してもらいたいと思いますけれども文部省としてどうお考えか、お伺いしたいと思います。
  192. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 戦後の大学設置につきましては、国立大学はその地域の状況等を見ながら文部省で最終的に判断をしてやってまいりましたけれども、私学につきましてはいわばレセフェールの状況でございまして、申請のあったもので、ある水準に達していればこれを認めるというだけの施策をやってきたという反省があるわけでございまして、そういう点から、若干全国的に見て地域的にアンバランスだとか、専門分野別にどうであろうかとか、いろいろな問題等も出てきたということで、これはけさほどお話出ました中教審の四六答申におきましても、計画性をある程度導入していくべきだというような御指摘をいただいたわけでございます。  それを受けまして、文部省といたしましては、これまで昭和五十年代に入りましてから高等教育整備の前期計画、後期計画、そして六十年代以降のものとして新高等教育計画というようなものを考え、それを念頭に置きながらこれを大学関係者にいわばガイドラインというような形でお示しをしながら大学の整備をし、あるいは新増設の認可等を行ってきたという経緯がございます。これを細かく、公立についてはどう、国立についてはどうというところまでは今までは参っておりませんけれども、今後ともこういう問題は重要な課題になると思っております。さらに、先般来新聞におきましても、大学のこれからの十八歳人口の急増等に対応しての大学の規模というのをこれで本当にいいんだろうかというような御指摘等もいただいておりますので、そういう点等も踏まえた御議論というのもこの大学審議会での大事な議論のテーマの一つになるのではなかろうか、かように考えております。
  193. 勝木健司

    ○勝木健司君 現在の大学設置認可業務についてでありますけれども、社会の変化や学問の進歩に伴いまして新学部の創設等々が申請されましても、適切な基準というものがないために十分対応ができなかったり、あるいは画一的になったり硬直的にならざるを得ない点が多々あったのではないかというふうに思います。  国立学校設置法あるいは大学設置基準に示されている学部構成を見てみますと、いまだに十年前、二十年前とほとんど変わっていないのではないかというふうに思います。そのため、学際的な研究あるいは教育を行う学部の新設などなどが困難であったように思われます。  臨教審の中でも議論がされていましたけれども大学審でこれらの問題について十分審議していただくとともに、加えて、大学設置基準の緩和を含めた再検討も必要じゃないかというふうに思いますけれども文部省の御見解をお伺いしたいと思います。
  194. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 臨教審の第二次答申で、大学改革についての一つの重要な観点といたしまして、「大学教育の充実と個性化」ということを言われておるわけでございまして、各大学が個性を出していく。今先生お話にございましたように、従来に例のなかったような新しいタイプの学部、学科をつくっていくということもその個性の一つの大きなあらわれであろうと思います。  こういったことに対応していくためには、やはり問題となりますのは現在の大学に関する各種の制度、仕組みがやや硬直化しているのではないかというような御指摘につながってくるわけでございまして、文部省としても、かねてからいろいろな形での基準の緩和等は、あるいは弾力化と申しますか、そういうことは行ってまいったわけでございますが、今回の臨教審答申におきましても、大学設置基準の簡素化あるいは大綱化というよう言葉が使われておりますが、そういう方向での検討をすべきだという御指摘もいただいておりますので、この点も大学審議会での一つの重要な検討事項として取り組みたいという考えでおるわけでございます。
  195. 勝木健司

    ○勝木健司君 時間もありませんので、最後に文部大臣に質問をさせていただきたいと思います。  去る八月十八日の閣議後の記者会見で、塩川文部大臣は、防衛大学などのいわゆる学校教育法第一条校でない各省管轄の高等教育機関についても一般大学並みに扱ってほしいとの要請に対して、大学審議会諮問する意向というふうに報道されております。確かに防衛大学校あるいは防衛医大、海上保安大、職業訓練大、気象大学校等の教育機関は、入試の難易度にいたしましても有各国立大学に伍しておものではないか。比較して決して劣らないというふうに思いますし、また社会の評価も高いというふうに思います。しかし、にもかかわらず学士号が与えられておらないんじゃないかというふうに思います。四年制大学への編入資格もあいまいでありますし、また、防大、防衛医大からの三年編入を拒否されたという話も聞いております。一般大学の学生と比べまして、先ほどのお話にもありましたけれども、一般大学はレジャーランドだということと比べまして、これらの教育機関の卒業生の質の高さということは常識となっておるのじゃないかというふうに思います。  そういった意味で、防衛大等の卒業生についても学位を与え、また各大学への編入資格を付与すべきだというふうに思いますけれども文部大臣の御所見をお伺いしたいというふうに思います。
  196. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) この問題が出まして、ずっと調査をいたしておりまして、この前も阿部局長以下高等教育局の方で大体その学校当局、相手方の学校とカリキュラムの打ち合わせとかなんか積極的に進めておりますので、いつということはわかりませんが、正式にそれらの大学校の当局の方と、それから放送大学と話し合いをするようにしたい、そういう下地を今つくっておるところでございます。積極的に進めてまいります。
  197. 勝木健司

    ○勝木健司君 終わります。
  198. 下村泰

    ○下村泰君 今取り上げられているこの法案は、臨時教育審議会答申を具体化する最初法案であるということなので、私も幾らかの質問をさせていただきます。  私は、長い間障害児の問題にかかわってまいりました。当委員会でも何度がこういうような問題を取り上げてきました。そのために、臨教審答申が障害児教育改革をどのように取り上げてくるか興味を持って見ていたんですが、甚だ——甚だがつきます、ただ単に残念じゃなくて。障害児教育関係する項目がやっと三次答申で出てきたんですね。ところが、その内容は五ページ半でしかない。それはまあ、ページがふえりゃいいというものじゃありませんけれども、五ページ半しかなかった。そして、四次答申では、三次答申の要旨がたったの六行でまとめられている。別にこれはお読みしなくてもそちらの方はおわかりでしょうからお読みしませんけれども。  そうすると、今度の御提案大学審議会を含めた高等教育改革関係にはかなりのページが割いてある。これはまあ当然健常者の方が数が多くて障害者の方が少ないから、健常者の方を対象にしてやったのかというような私はひがみっぽい見方をしますけれども。しかし、障害者でもやはり向学心を持った人はたくさんおるわけなんです。そうしますると、臨教審に余り期待はしていなかったんですけれども、余計にがっかりしたわけです、それだけの姿勢がはっきり出てきたために。こういう障害者の問題というのは、厚生省にかかわる問題が多い。文部省にかかわる問題が少ない。だからこんな臨教審のこれっぱかりの答申しか出てこないのかと、こんなふうにも考えます。  そうしますと、一体障害者に対する教育というものは果たして重要なのか重要でないのか、文部省はどういうふうに見ているのか、まず大臣のお考えを聞かしてください。
  199. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) 先に私の方から、若干の御説明を申し上げたいわけでございますが、臨時教育審議会におきましても、総会、各部会がなり熱心に障害者教育の御議論があったように伺っております。特に第三部会で、初等中等教育の一環として担当していただいたわけでございます。それぞれの委員さんが学校の視察をされたり、久里浜の特殊教育総合研究所に視察に行ったり、いろいろと議論をしていただきながら、そして三次答申が出されておるというふうに思うわけでございます。  内容につきまして先生御評価がございましたが、分量は確かに他に比べて多いと申せないかもしれませんが、事柄としてのエッセンスでございますね、事柄のエッセンスとしては、障害者教育の充実については五項目、社会的自立の関係では三項目、それぞれ文章は短うございますけれども、事柄の指摘、把握については我々も同様の考え方を持っておるわけでございますから、現下で努力すべき課題としての事項は挙がっておるように思うわけでございます。  私どものポジションと今後の努力でございますが、問題はやはり審議会の御答申もさることながら、国、都道府県、市町村、学校で特殊教育をどういうふうに展開し充実していくかということでございますので、私どもは従来の姿勢をさらにこの時点で見直しまして、特殊教育の充実のために一層施策の展開に努力したい、こういうふうに考えておるわけでございます。  当面、ちょっとお答え申し上げた次第でございます。
  200. 下村泰

    ○下村泰君 大臣
  201. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 私は、下村さんの質問のたびにお答えしておりますが、その考え方は変わっておりませんで、恵まれないからこれはほうっておけというわけじゃなしに、この前も筑波技術短期大学をつくりましたときに申し上げたように、国として、確かにこれはおくれておる。ですから、一般に認識されていないというところがこういう答申の姿になってきたのかなと思うたりしますが、しかし文部省の方針は変わっておりませんので、どうぞ御安心いただきたいと思います。
  202. 下村泰

    ○下村泰君 第三次答申は医療、福祉、教育が一体となって機能する地域センターの設置推進、それから健常児との交流教育、就学相談等の充実、障害者の利用に適した施設のあり方の工夫、職業教育や職業能力開発の充実等の改革案を挙げていますけれども、その内容に、理念的観念的なもので、具体的な施策がとられていないんですね。どういう具体的な施策をとったらいいかということについては何も書いていないんです。これらの改革案は、特にこれという目新しいものが出ていないんです。  そうしますと、これらの改革案が臨教審で取り上げられたということが、いかに我が国の障害児教育がおくれているか。つまり、臨教審という方たちの集まりの中でも、あの方たちがいかにこういったことに対する意識がないと言ったら失礼かもわかりませんが、興味がないと言ったらなお悪いかもわかりませんけれども、全然こういうことに関して関心がない。ですから、この程度のいわゆる答申しか出てこない。それがこういうことで裏づけられるんじゃないかと思いますが、どうですか。言い過ぎかもわからないけれども
  203. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) 例えば先生例にお挙げになりました医療、福祉、教育の総合的な対策としての施設の設置でございますね、地域センターの。この点は臨教審御指摘でございますし、実は私どももこの点はっとに大事なことだということで、ちょっと御参考に申し上げますと、教育プロパーの問題として、全国で今二十五府県に特殊教育センターというのがございます。この二十五府県で特殊教育センターが置かれておりまして、先生先般御指摘のような教員研修ですね、特に、これに力点を置き、そしてその他重複障害児の教育のあり方であるとか、適正就学の問題とか、いろいろ扱っておるわけでございますが、それ以外に、福祉の問題とそれから医療の問題を合わせて、総合的な障害児教育なり福祉の問題を実施すべきであるということで、私ども、厚生その他関係省庁と連絡を取り合いながら指導してきたわけでございますが、臨教審答申をいただきます前に、既に北九州市と福井県、それからこの九月から北海道で、この三者構成の、臨教審が指摘しておられるような地域センターがもう三カ所ででき上がってきておるわけでございます。したがいまして、私ども臨教審がこういうことも取り上げていただいたことを契機として、今後はこの地域センターについて、特殊教育センターは当然のことでございますが、さらに各都道府県ずっとこれが四十七都道府県に及ぶように努力していきたい、こういうふうに思っておるわけでございます。  したがいまして先生御指摘の、少し臨教審での取り上げ方が足りぬのではないかという点については、まあかなりいろいろとやってきておることについて念のために取り上げていただいておるというところもあると思いますが、私どもは、そういう点を含めて今後も主体的に障害児教育のために努力してまいりたいと、こういうふうに思っております。
  204. 下村泰

    ○下村泰君 二番目に、障害児と健常児との交流教育、統合教育というのができれば一番いいんですけれども、障害を有しない者に対して障害について正しい認識を得させ、「共に社会の成員であり、豊かな社会をつくる仲間であるとの認識を育む」と、これはまあこれを主眼に置いて、まことにこれは結構なことなんです。ところが、現実はこの交流教育を嫌う子供がなきにしもあらずということなんですね。殊に教師の、あるいは学校側が交流教育を理念的にとらえて実施はするんですけれども、障害児にとっては白い視線を浴びる。白い目で見られるわけです。あるいは厄介視される。そうしますると、苦痛の時間でしかないというのが多々あるわけですね。  この原因の一番の理由は何だといったら、障害者に対する理解というものがない。それから理解をするという教育学校でほとんど行われていない。これはもう前々から申し上げております。また、こういうことに当たる先生方にもひとつ教育を願いたいということは前に申し上げましたが、実は五十四年の四月の三日の予算委員会で、これはまだ大平総理が存命中でした。このときに私の質問にこういうのがあるんですよ。「文部省に伺いますが、社会福祉の部科を設置した大学、短大、その他各種学校というのは何枚ぐらいありますか。」と、こういうことをお尋ねしたんです。そのときに政府委員の側で佐野さんとおっしゃる方が、「国立の大学には社会福祉関係の独立の学部学科はございません。」と。ないんです、何にも。それで、公私立の大学で、「二十二の大学に五つの学部と二十五の学科、二つの専攻が設けられております。」、こういうふうにお答えになっている。そのときの時点で私の調べたのでは、県立の学校が三校、府立が三校、市立が一校、あとは全部私立なんです。国立てはとにかく一校もないんです。これがその当時の現状だった。その中に一つ社会事業大学というのがありますね。これはもう厚生省が学校法人として委託しているわけです。ここだけしかないんですよ。これが現状なんですね。  今でもこれは変わりないんでしょう、このあり方は。どうなんですか。幾らかふえたか何かしましたかな。
  205. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 手元に資料を持っておりませんけれども、恐らく余り変わってはいないと思います。ただ、私学関係などでは若干ふえているのではないかと思います。
  206. 下村泰

    ○下村泰君 別に合ふえてないからどうのこうの言うわけじゃありませんけれども、これが現状なんです、我が国の。  ですから、先ほどからいろいろ論議されておりますが、例えば国立の大学を出た方、こういう審議会を構成している方とかあるいは臨教審先生方、こういう方は、私立よりも国立の大学を出た方が多いんじゃないんですか。そうしますと、そういう方が構成していれば、こういう障害者の問題なんて余り気にならないのが当たり前なんです、これは。こういうところからして、私はもう腹立たしく感じるんですよね。こういう臨教審なるものそのものがですよ。本当にこういった障害者に対して温かい手が差し伸べられているとは思えない。文部大臣は、それはもう毎回私の質問に対して塩川文部大臣個人として、私は文部大臣じゃない塩川先生個人の感覚じゃないかと思いますよ、お答えになっているのは。ところが、実情はこういう実情なんですね。  ですから、結局こういったことに当たる先生方がいかに大事であるかということなんですわな。子供は何もわからないんですから。答申の方にも、「小・中・高等学校などにおいて障害者理解教育、交流教育を積極的に推進する」と言っているわけですね。こういうことについて、文部省としてはどういうふうに今度お考えでしょうかね。これ、一昨日もたしかお伺いしたはずなんですけれどもね。
  207. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) 先生御指摘の点は二点あると思うわけでございますが、一つは、一昨日先生御指摘のように、先生方すべてが障害児についての理解を深める、そして認識をする、これが一つ。それからもう一つは、本日御指摘のとおり、小中学校に在籍する児童生徒、健常なる児童生徒が障害児とともに学び、ともに遊ぶというそれぞれの相互理解が必要である、この二点が大事だと、これは私どももつとに認識しておるわけでございます。  現状としまして、私どもが従来からの施策で講じておるものを二、三申し上げたいわけでございますが、一つは、心身障害児理解推進指導資料という資料をつくっております。この指導資料につきましては、「心身障害児の理解教育」と、こういうパンフレットをつくりまして、三十万部配っております。三十万部配りまして、先生方にも持たせて、そして自分の受け持ちの健常の子供と障害の子供、いろいろと相互の理解教育をやる必要があると、こういう指導資料をずっとつくっておる。これが第一点でございます。  それからもう一つは、やはり資料だけでは足りないということで、理解推進校という指定校を設けまして、ほんの少しでございますが、国の予算を少し交付しまして、この理解推進校の指定をして、小中学校別でございますが、二カ年計画でございますが、ことしで申しますと、全国で各都道府県別に四十七県漏れなく、小学校一校、中学校一校、計九十四校やっておるわけでございます。二年ごとにこの指定がえをして理解推進を進める、こんな作業でございます。  そのほかで申しますと、第一点で申し上げました指導者の講習会でございますね、理解推進のための指導者の講習会、その他啓発事業等もかなりきめ細かくやっておるわけでございまして、先生が御指摘のように、この点は非常に大事な点だという認識のもとに、これらの事業については私どもも十分これからも努力して拡充していきたいというふうに思っておる次第でございます。
  208. 下村泰

    ○下村泰君 それはもう今局長がおっしゃったそのパンフレット、何か三十万だか三万だか知りませんけれども、配っているというんだけれども、けさの新聞をごらんになればおわかりのごとく、私が一昨日取り上げました川崎の問題を起こした先生は、お気の毒にもとが人になっておりますわね。北陸、金沢の方ですか、あちらの方では執行猶予というあれがついております。こういう事件が起きてくるんですよ、やっぱりね。それは私も現場は見ておりますからね、わかりますよ、先生の御苦労というのは。いらいらもしてくるでしょう。だけど、そこがやはり教育者としての立場じゃないか。我々普通の人間が見ていて、部外者が見ていて、ぶっ飛ばしてやれ、このやろうなんというような気持ちになることもありますよ、それは。けれども、それをしたのでは教育者ではないんですよ。教育者はそこを我慢して、なおかつそういう子供たちの面倒を見る、これが私は真の教育者だと思います。ですから、もう徹底していただきたいと思います。  それから、就学相談等の充実について伺いますが、この問題は障害児教育の中でも大きな問題になっているわけです。就学指導と関係があって、答申は、「障害の種類と程度に応じた適切な就学を確保するため、医師や心理の専門家の活用」を含め、就学指導委員会、就学相談などの充実を図ると言っているわけです。まず、この就学指導委員会等を充実する理由というのはどういうことなのか。これが恐ろしいんですな、考え方によってはね。  現在、就学指導で親と就学指導委員会の間で意見が合わない、これはちょくちょくあります。そしてその問題も一昨日取り上げました。子供の就学に関しましては、子供のことを一番よく知っているのは最終的には親なんですよね。おのれの腹を痛めた親が一番よく知っておるわけです。しかもその子を育てている親が一番よく知っているわけです。今回の答申でいきますと、子供の就学を決定する親の権利というものは全然触れられていないわけですね帆就学指導委員会等の充実、この方にだけ触れているわけですよ。そうしますると、こっちの方の権限ばかりが強くなって、肝心の親の方の意見が入らない。だから、おまえさんはここで決めたんだからこうしなさいというのをなおかつ強くしようとしているのが臨教審答申と私は受け取っているんですが、もしそうであったならば、臨教審もハチの頭もない、そう思うのが私の意見です。
  209. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) 恐らく臨教審のお考えは、行政機関なりあるいは学校という公の施設で、今後の障害児教育のために努力すべき点を簡潔にお書きになったというふうに思うわけでございますが、先生御指摘の就学指導委員会の点についていえば、親の意見を十分尊重し聴取するということは当然の前提として、なおかつ就学指導委員会における実動性でございますね、どういう人に就学指導委員会に入っていただくかとか、その運営方法、行政として心得なければならないことについての御指摘があるんだというふうに思うわけでございますので、先生御指摘のような親の意見を無視してという考え方でこの答申が出されているとは私ども思いませんで、その点は当然前提のことであろうというふうに考えている次第でございます。
  210. 下村泰

    ○下村泰君 この件に関しましては、一昨日いろいろとお話をし合ったばかりのことですから、今度のこういった臨教審答申については、法案が出されるということについて私お話ししているわけですけれども、午前中から長い間承っておりますが、私はこれは諸先生方のようにこういう道の専門家じゃないんで、大学審議会がどうのこうのなんてややこしいことは余りわからないんですけれども、ただ私なりに考えましてちょっと質問させていただきたいんですが、大学審議会設置して高等教育改革を進めていくということなんですね。臨教審の第二次答申でユニバーシティ・カウンシルというんですか、この創設のほかに、「高等教育改革は、基本的には、個々の高等教育機関が自らの問題として自発的に取り組むべき課題であり、改革に当たって、それぞれの高等教育機関とくに大学について、その自主性が尊重されるべきことはいうまでもない。」とも言っているわけなんですね。一方に大学改革は個々の大学に任せると言っていて、片方でユニバーシティ・カウンシルを創設せよ。何か矛盾があるような感じがするんです。つまり、もっと簡単に言えば、自民党という党の中の構想の中には憲法を改正したいという意見がありますわね。それと、自民党の総裁が今度こっちに座って総理大臣になる。総理大臣になると私の任期中は憲法は改正いたしませんと。我が家の方へ帰ると改革をしましょう、玄関の外出るとしません。この矛盾と同じような気がするんですが、感じませんですか。
  211. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 大学審議会を設けますのは、これはいわば各大学にいろいろ改革をしていただくためにもろもろの仕組みで障害になっているよう部分も、先ほどの勝木先生の御質問にもございましたけれども、新しい学部、学科をつくろうとしても現在の設置基準の中ではできないとか、いろんな仕組み等の問題等が基本的にございます。ですから、一つにはそういった改革方向というものをある程度明確に示すと同時に、それに伴いまして具体に仕組み等の面で直すべき点は直していくということをやらなければならないというのが大学審議会の役割として考えておるわけでございますが、そういった枠組みの中で、やはり具体に改革をするというのは、上からの命令でとかいうようなことではなくて、それぞれの大学がそういった枠組みの中で新しい社会のニーズ等を踏まえながらみずから改革を行っていくということが必要だという点で、臨教審答申も多分そういう御趣旨で書かれているんだろうと思うわけでございます。具体の改革そのものは各大学がやることで、枠組みなり方向なりというのを国として定めて示していきたいということでございます。
  212. 下村泰

    ○下村泰君 まあいろいろと論理的に言われると御説明つくでしょうけれども、我々庶民というのは、こういうのを見ると、何だ矛盾を感じないのかなと、簡単にすぐこう思うわけですね。いろいろとお話を承っていれば、それもそうかいなという程度しか私にはわかりませんけれども。  まあ先ほども申しましたが、臨教審もそうですけれども、この身障者のための施策について答申を行う場合、どうも健常者からの目から見たものになっているわけですね。先ほども局長みずからもおっしゃいましたよね。臨教審の方々がこういう問題を取り上げるときにいろいろの施設へ行ってみたとか、その場で話を聞いたとか。ところが、肝心の臨教審の中にはこういうことに携っている人が一人もいないということなんです、それは。そうでしょう。あそこの臨教審の中にいるメンバーの方々はそれを知らないから見にいったわけでしょう。見学しに行った、施設に。なぜ最初からそういうことを知っている方が入っていないかということですね。例えば、いつも申し上げますけれども秋元先生という障害者の方の権威なんですけれども、こういう方々でございますとか、終生ずっとこういう身障者の問題を取り上げてきた学識経験者もおられるわけでしょう。そういう方たちの御意見を尊重する、あるいは中に入っていただいてもよかったのではないかと私は思います。そういうことが非常に欠けているんじゃないかというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。先ほどの粕谷先生のと同じですよ、女性が入る入らないの問題と。
  213. 西崎清久

    政府委員(西崎清久君) もう臨教審は済んでしまいましたけれども、私どもの感じで申し上げますれば、やはり教育問題は森羅万象大変多岐にわたる事項がございます。委員構成につきまして、それのすべての経験者なり学識者を入れることは、二十五人の委員の方々の構成としてはいろいろな無理があるということもあったと思うわけでございますが、恐らく臨教審の運営としては、非常に多岐にわたる事項については、その項目ごとにそういうことを意識してヒアリングを行う。そしてヒアリングについては、この障害児教育についてもそうでございますが、きめ細かくいろいろな団体なり学校関係者から障害児教育についてのヒアリングをしていただいた経緯があるわけでございます。それに加えて、やはり実感として自分の目で確かめようということで学校にも足を運んでいただいたり研究所も視察していただいたというふうに思うわけでございまして、委員構成の問題はいろいろな制約もあったと思うわけでございますが、審議のプロセスでは、いろいろなヒアリングで障害児教育の重要性ということはかなり認識した上で答申は出されておるというふうに私ども理解をしておるわけでございます。
  214. 下村泰

    ○下村泰君 まあ済んでしまったことですから、どうのこうのじゃございませんけれども、しかし文部省として、これからもこういう問題は多々起きてくると思います。そういう節には必ず私が今申し上げたような感覚を残しておいていただいて、その都度そういう専門家もひとつメンバーの中にお加えくださいましてこういうことを進めていってほしいと思います。  身障者にとりまして高等教育機関への入学は、健常者に比べ大きなハンディがあります。入学試験に始まりまして四年間の学生生活、そして今度就職、もうすべての点で健常者とは対等には競争できないわけです。進学を希望する身障者が少しでも多く高等教育を受けられるよう文部省は今までどのよう施策をとってきたのか、ちょっとそこのところをお聞かせください。
  215. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 確かに御指摘のように、身障者の方々の高等教育の機会が健常者に比べて狭いということは事実であろうと思っております。文部省といたしましても、この問題につきましてはっとに課題意識を持っておりまして、まず、大学の入学者選抜のやり方について、各大学が身障者の方々が持っておられるハンディを踏まえて選抜をしてほしいというような指導を、これは公文で数年前から毎年出しておるわけでございまして、それによりまして各大学では、例えば国立大学の共通一次試験などにおきましても、障害者の方々のために特別に時間を長くするとか、あるいは別室を用意して文字拡大装置をつけるとか、いろいろな工夫をして身障者の方々にも対応できるような努力をしておるわけでございますが、各大学の具体の試験につきましてもそういう措置がとれるように、また、各大学の学部、学科の特性等に応じて身障者の入学が難しいというようなところも従来ございましたけれども、できるだけそういうものも可能な限りチャンスが与えられるようにというようなことでの指導等も重ねてまいりました。そういう関係から、現在では、相当数の方々が一般の大学へも進学をしていると思うわけでございます。  ただ、もちろんそれだけではやはりどうしてもハンディがあって難しいというケースもございますので、ことしの通常国会で、国会の御賛同をいただきまして筑波技術短期大学をつくらしていただくということに相なったわけでございまして、これは視覚障害と聴覚障害の二つの種類の障害者のための三年制の短期大学でございますけれども、専門の分野も、できるだけ従来のこういった障害者のための専門だけでない、例えば情報処理というような分野も両種の障害者の方々にやっていただこうというようなことも含めましての新しい構想でございますが、おかげをもちまして法案を成立さしていただきましたので、この十月から開学をするということに相なります。学生を現実に受け入れるのは、このための施設をつくるとか設備を用意する、教官を公募する等の作業がございますので六十五年度からということに相なっておりますけれども、これを発足させることによってまた一段と障害者のための高等教育ということを拡充することができるのではないかと期待をいたしておるわけでございます。
  216. 下村泰

    ○下村泰君 今、筑波短大のお話が出ました。とにかく創設することになったわけですね。ただ、この短大設置について、身障者の隔離策じゃないかというよう意見もございましたし、それから、一般大学からの締め出しが強まるのではなかろうか、こういう意見も出ました。こういった反対論もありました。  身障者の教育、研究を行う短大を設置するのは必要なことなんですけれども、どうなんですかね、今後四年制の大学の設立についても検討する考えはございますかね。と申しますのは、実はこれも過去の記録を引っ張り出したんですよ。私はわりかた過去にこだわらない方で、どっちかというと、一たんしゃべると全部忘れる方なんです。そうしませんと次のものが頭に入らない性格ですからね。そうしましてこれ見ましたら、やっぱり五十四年四月の三日にやっているんですね。「国立の社会福祉に対する事業をしようとするようなことを勉強する大学があってもいいんじゃないか」というふうに質問しているんです、私が。そうしましたら大平総理が、「望ましいことだと思います。」とお答えになっているんですね。「そうしますと、予算をとって、そういったたとえばいま申し上げた社会事業大学ようなものを国立に昇格させるとか、そういうようなお考えはございましょうか。」と私はお尋ねしているんです。それに亡くなった大平総理がこう答えています。「官公私立、国立てあろうと公立であろうと私立てあろうと方法はいずれにいたしましても、社会福祉関係の要員の育成ということに役立つことでございますならば、政府としても配慮しなければならぬと思います。」。  このときのお答えの形が果たして筑波短大がどうかそれはわかりませんよ。けれども総理の頭の中に、お答えになったおなかの中には当然大学的なものをお考えになってお答えになったと思うんですけれども、当然、この大学審議会というのができるようになれば——私は余り賛成しませんけれども、できるようになれば、当然この中でもそういった問題も取り組んでいかれるんじゃないかというような気がするんですけれども、将来に向かってそういうことは考えられますか、どうでしょう。大学ですよ。
  217. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 社会福祉系の大学という問題につきましては、国立ては例が乏しいようでございますけれども、公立、私立、大学全体としてはある程度の対応をしつつあると思っておるわけでございます。  障害者のための大学を四年制にするかどうかという問題でございますけれども、これは外国の大学でも四年制の大学をつくっているという例はございます。筑波の技術短期大学をつくります際にも、その点は随分議論の種になったわけでございますが、ただ、現実に我が国で初めてのものをつくっていく、そのための特に一番問題は教官組織だと思いますけれども、こういう専門の分野についても大学の教授として非常にすぐれているし、なおかつ障害者教育についても理解と能力があるという方を一遍に求めるというのはなかなか難しかろうというような問題等もございまして、まずは短期大学でこれは出発をする。ただ、短期大学といっても三年制にして、二年制の短大ではなくて、より充実した教育が行えるような短大にしようということで三年制の短大にしたわけでございまして、今これの創設に関係者が全力を挙げていいものをつくろうとして努力をしているところでございますので、四年制の問題というのは、この状況を見ながら、この体制が十分固まってきつつあるかどうか、あるいはさらには一般の大学での受け入れ状況等がどうなっているか等のことを見ながら検討していくべき課題であろう。私どもも問題意識としては短大創設のときから持っている問題意識でございますが、現在は、この短大を十分なものにつくることに全力を挙げさせていただきたい、こういう立場でございます。
  218. 下村泰

    ○下村泰君 気の毒ですけれども、私は揚げ足を取る気もありませんよ、揚げ足を取る気はありませんけれども、今の局長のお答えをひっくり返して言えば、日本はいかに今までこういうことがなおざりになっていたか。ですから、こういうことをやるとなるとそれに携わる方々、エキスパートの方々がいらっしゃらない、こういうことになるわけでしょう。そういう方々が教育されて、今日そういった身障者問題に対してのオーソリティーの方がたくさんいらっしゃれば、これは短大もできれば大学もすぐできるわけでしょう。今の局長の話を聞いていると、まさにそのとおりでしょう。人間がいないからできないと、こういう裏返しの言葉になるわけですよ。だから、こういった障害者に対する教育問題一つ取り上げてもそうですし、すべての問題、日本の障害者に対する認識がいかに非常に低かったかということがこれで一遍にわかるわけですね。ひとつ頑張ってくださいよ。幾ら私がここで大きな声を出したってすぐできるものじゃないんですからね。  ただ、問題になってくるのは、今後高等教育の人口がふえるんですね、これ。昭和六十七年、がばっとふえるんですね。これは戦後のベビーブームの波がここへ来るわけですか、それで育った子供たちが。そうしますると余計障害者が高等教育が受けられないという状態になってくるわけですね。それでなくとも、健常者の方が何か今の計算でいくと八万人ぐらいはみ出るだろう。そういうことになりますると、健常者がはみ出るんですからね、障害者はもっとけ飛ばされるような状態になる。これに対して文部省の方は、今からちょっとそんなようなお考えを持っていらっしゃるのかどうか。そういう事態が発生してきたらどういう対処をするのか。ちょっとお聞かせください。
  219. 阿部充夫

    政府委員(阿部充夫君) 戦後のベビーブームの波がいよいよ高等教育に、これは二回目の波でございますけれども、及んでくることになりました。昭和五十年代の数字が、高等学校卒業生が大体百六十万台前後でございました。これがピーク時が昭和六十七年でございますけれども、二百万を超すというので、約四十万ぐらいふえるということになるわけでございます。  私どもの対策といたしましては、昭和五十年代の大学への進学率が三五%ぐらいでございますので、全体の数が四十万ふえてもなおかつやはり五十年代と同じ三五%ぐらいでは受け入れられるようにと、それぐらいの同じ比率での受け入れはできるようにということで、新しい高等教育計画をつくりまして、その増加の目標が、八万六千人大学の入学定員でふやそうという計画を立てておるわけでございます。これは六十七年がピークでございますけれども、六十一年と六十二年、もう実施がされたわけですが、この二年間で八六%達成をいたしておりますので、このままでいけば、来年あるいは再来年ぐらいには、六十七年度までにかけてやるべき計画を全部達成できるという見込みになっておりますので、従来と同じ比率では入学できるはずだと、数字の上ではそういうふうに思っておるわけでございます。  なお、この筑波短大の創設とも絡みまして、一般大学への受け入れが締め出されるのではないかというような御心配等もいろいろございましたので、この筑波短大の創設との関係も含めて、一般の大学に対しましては従来以上に障害者に対する入学についての配慮というのは指導してまいりたいと思いますので、全体の量としてはそういう形での対応をいたしたい、かように思っております。
  220. 下村泰

    ○下村泰君 今局長から大変丁寧な御返事がございましたが、大臣、こういうふうなベビーブームはそれはそれで結構でございますけれども、そういうことによってまた障害者がはじかれないように、どうぞひとつ格別の、御慈悲なんていうと変な言葉になりますけれども、ひとつ格別の配慮をもって向学心のある障害者がはじかれないように、どうぞお願いをします。一言だけ。
  221. 塩川正十郎

    国務大臣塩川正十郎君) 十分に心得て、進めていきます。
  222. 下村泰

    ○下村泰君 終わります。
  223. 田沢智治

    委員長田沢智治君) 本日の質疑はこの程度とし、散会いたします。    午後四時三十分散会      —————・—————