○中西珠子君 私は、
個人的な
意見と申しますよりも、公明党・
国民会議が本年の五月に参議院に提出いたしました国際
開発協力基本法案の骨子を御説明させていただきまして、そしてこれは非常にまだまだ足りない部分も多いし、表現といたしましても、法制局と半年ぐらいいろいろやっているうちに水で薄められたような面が出てきてしまったり、行き過ぎの面が出てきてしまったりしたわけでございますので、これで最上のものと満足しているわけでは決してございません。そしてまた、皆様方がこの小
委員会でとにかく各党が
意見を出し合って、そしてまとまった
一つのものができてくればいいという
考え方でおいでになりますのには大賛成でございまして、全くのたたき台としてこれをお
考えいただいたらいかがかと思いまして、きょうここで御説明をさせていただくわけでございます。
国際
開発協力と申します
言葉を使っておりますのは、
途上国が開発
援助という
言葉を非常に嫌っておりまして、
協力と言ってもらいたいということがもう二十数年前から、私が国際
機関で働いているころから言われております。また、国連で六十一年十二月に採択されました「開発の権利に関する宣言」などをごらんになりましても、
援助という
言葉は一切使ってありませんし、基本的
人権として開発の権利を
考える、また
民衆が開発に参加し、また開発の成果を
民衆が享受できるような、そういう開発というものを
追求していくこと、それが権利であるというふうに
考えているらしゅうございますので、一応国際
開発協力という用語を使わしていただいておりますが、もう全く
ODA、
政府開発援助と同じ
内容を扱っているわけでございます。
それで、私どもといたしましては、
日本は平和憲法を持っているわけでございますので、
世界のどの国とも平和的な共存共栄を図っていかなければいけない。特に、
開発途上国の経済的、
社会的
発展への
自助努力を
支援して、そして
貧困や
飢餓に悩む
途上国の草の根の
人々の生活の安定とか
福祉の増進に資するような
援助や
協力を行っていかなければいけない。
社会正義に基づいた恒久的な
世界平和の達成のために、積極的に貢献していくことが
我が国に課せられた国際的な責務である、こういう
考え方に立っておりまして、そして国際
開発協力基本法案なのものをつくったわけでございます。
その「目的」といたしましては、基本
理念がずらりと並べてあるわけではなく、そういう
考え方に立ちまして基本原則というものや、その他の基本的事項を定めることを目的とするというふうにうたってありまして、この部分はもう少し敷衍してきちっと基本
理念をうたい込みたいと思っているわけなんでございますが、一応とにかく「
国民から徴収された税金その他の貴重な資源で賄われ」ているという
ODA、また、「
我が国が
世界の平和と
人類の
福祉に貢献する上において」非常に重要な
ODAというものの「基本原則その他」を定めるということをまずうたっております。国際
開発協力と一々申しますと時間がかかりますので、
ODAと申します。
第二条は「定義」になっておりまして、「「国際
開発協力」とは、開発途上にある海外の地域の経済若しくは
社会の開発又は住民の生活の安定若しくは
福祉の向上のための
資金協力又は
技術協力で国が直接又は間接に途上地域の
政府又は国際
機関に対して行うものをいう。」というふうに一応定義をしております。
経済協力という
言葉は、やはり営利を目的とした
企業活動も含むし、
社会開発につながらない経済開発のみを志向するという感じを与えますので、この法案におきましては
経済協力という
言葉は避けて、そして
ODAに限定いたしまして国際
開発協力ということでやっております。
「基本原則」といたしましては、「主権の尊重」、「
自助努力の
支援」、「住民の生活及び環境への
配慮」、「軍事的用途への転用の防止等」、それから「外国
政府、国際
機関等との
協力」というふうになっておりますが、これは、これまでの
我が国の
ODAはひもつきが多かったり自国の
貿易の伸長など、経済的利益のみを図っているという国際的批判が後を絶たなかったわけでございますし、またマルコス疑惑の例にも明らかなように、被
援助国の支配層と
日本の
企業だけが潤っているケースも多いわけでございますので、これからの
ODAは
相手国の経済、
社会発展に真に役立つか否かを
政策対話や事前
調査の
強化によって見きわめ、慎重な準備をした上で
途上国の最
貧困層も開発の成果を享受できるようなものにしていくべきだと
考えておりますし、
政府及び住民の
自助努力を
支援するものだということをはっきりとうたっているわけでございます。
また、最近、
日本の
援助が経済インフラストラクチャーの建設やなんかに偏っておりましたものですから、
途上国の環境破壊が起きたり、住民の生活基盤の喪失をもたらした例も出ておりまして、そういった国々の市民
運動も起きておりまして、
我が国の
ODAが批判されているという向きもございますので、「住民の生活及び環境への
配慮」ということを
一つの基本原則としてうたっております。
それから、最近は
アメリカの戦略
援助の肩がわりをする傾向も出てきておりますので、軍事的用途にあてられたり、国際紛争を助長するような、いわゆる戦略
援助を行ってはならないということをうたっておりまして、「軍事的用途への転用の防止等」で、国際紛争を助長するような
援助を行ってはならないよう十分な措置を講じなければいけないということを言っております。
それから、「外国
政府、国際
機関等との
協力」ということは、これは
開発途上国に
援助を行おうとするときに、その
開発途上国、当該国に
援助を行っている外国の
政府とか
民間組織とか国際
機関と協議、
協力し、これらの行っている
援助と
我が国の
ODAとの重複を避けたり、そしてそれらが相互補完的、効率的、
効果的なものとなる必要があると思いますので、「外国
政府、国際
機関等との
協力」、協議ということをうたっているわけでございます。
次は、「四、
資金の確保」でございますが、これは現在は
ODA資金の確保のためにこういった条項を入れる必要はないかとも思いまして、どうかと思いましたのでございますが、将来情勢が変わったときに、やはり
ODAの必要な
資金を確保するということを一応うたっておいた方がよろしいかと思いまして入れました。現在はむしろ、
ODA資金の年々の
増加に対して
資金の使い道の方が問題であるわけでございます。御
承知のように、
政府は
日本の膨大な
貿易黒字に対する国際的な批判を和らげる目的もございまして、第三次
ODA倍増計画の
目標達成を二年繰り上げるという
発表をいたしましたけれども、
国民から徴収された税金その他の貴重な財源で賄われている
ODAの
資金というものの使い道を、納税者に対して明らかにする必要がございます。
また、
情報の公開をする必要が絶対にあると思っております。それで「
情報の公開等」という項目を設けまして、「国は、国際
開発協力に対する
国民の
理解を深めるよう適切な措置を講ずるとともに、国際
開発協力に関する
情報の公開に努めねばならない。」と、このようにうたっているわけでございます。
国民の
理解を深めるためには、やはり広報
活動の
強化とか開発教育の振興など、その他適切な措置をとるべきであるということでございます。
第二章に「国際
開発協力計画」という見出しで規定いたしておりますのは、現在、
国会における
予算の審査では
ODAの
内容というものがほとんどわからないと言っていいくらいでございまして、また、事後の報告も十分ではございません。また、
援助に関する疑惑、例えばマルコス疑惑などが起きましても、その解明も本当にはできないような
状況でうやむやに終わっているということで、国政
調査権が
効果的に行使できていないという
状況でございます。
ODA予算は先ほどからたびたび御指摘がございましたように、十五
省庁にまたがっており、総合
調整も十分でなく、重複がないわけでもありませんので、
ODAに関する計画は
予算案とともに
国会へ提出し、
国会の承認を要するということにしてございます。国際
開発協力計画という名前で一応計画を出させるというふうにしておりまして、その承認を事前に
国会から得るということにしております。
政府はまた、必要と認めるときは、国際
開発協力計画を変更することができる、また、変更する場合にもやはり
国会に提出して承認をできれば得なければいけない、しかし、緊急の場合はその承認を得なくても事後報告、事後承認ということでも構わないというふうにしております。
また、国際
開発協力計画にはどういうことを掲げるかと申しますと、「当該年度において行おうとする国際
開発協力の対象とする国、事業の分野及びその分野における
協力の方法」、それから、当該年度に開始される「
案件で二年以上にわたり
実施が予定されているものについて、その
案件の
内容及び
実施の期間」、それから「国際
機関に対する出資等に関する事項」、このようにしております。
これはやはり
政府が
要請主義に基づいているからということで、被
援助国から
要請がなければできないことだから、前もって計画はできないと言っておりますけれども、やはりその分野別、形態別、できれば
国別に総合的な計画をつくって、その見積もり、
予算ですね、それをつけて出すということにいたしませんと、
ODA予算が年々増大を見ているわけでございますが、その総合的なピクチャーというか、計画というものが私どもの目の前、
国民の目の前には全然はっきりしない、あくまで密室で行われているという感じを与えるわけでございます。ですからどうしても、計画をつくって、そしてその計画をつくった
基礎になる
調査に関する報告とか見込み額また参考資料を添付して毎年
国会に計画並びに
予算を提出して、
国会の承認を得るというふうにしなければ、
国民の代表として
国会に選ばれて出てきている私どもとしては
国民の信託にこたえることができない、このように
考えるわけでございます。
また、その計画に基づかない国際
開発協力はできる限り避ける。
災害にかかわる
協力というものは、それは
国会に提出した計画になくても緊急の場合はやってもよろしいけれども、後で報告して事後承認を得るというふうにいたしたいと思っております。
国会に対する報告も、
決算委員会に報告が出ておりますけれども、名前が羅列されているだけで、どういう
案件であったかという報告も十分にはされておりませんし、
国会が報告を求めてもなかなか報告が出てこないということもございますので、毎年
開発協力に関して講じた
施策に関する報告を
国会に提出しなければいけない、
国会に対する報告を
政府に義務づけるということにいたしております。
また、その報告を出してくるときに、開発途上地域の経済の動向、生活水準の動向その他、
ODAの指標となる統計及び
ODAの
効果についてなされる
評価なども報告として出してこなければならないということにいたしております。
そしてその次に、「
政府は、
国会に対し、必要な国際
開発協力に関する資料を速やかに提出するよう努めなければならない。」というこの項目でございますが、これはマルコス疑惑に関する
調査のときも資料提出が拒否されたり、また大変おくれたりしたということで、
国会に与えられている国政
調査権が十分に活用されることがなかったという経験にかんがみまして、
政府は、
国会の要求があった場合には、速やかに対応して資料を出さなければいけないという趣旨で入れたわけでございます。国政
調査権が十分に活用されるようにということは、ほかに国政
調査権を規定した法律があるからそこを繰り返して書くのはおかしい、本当は国政
調査権がフルに
効果的に活用されて
調査がなされなければならないというのが本旨であるんだから、ここで繰り返して書くのはおかしいという
意見も法制局から出されまして、こういう水で薄めたような表現になりましたけれども、国際
開発協力に関していろいろ疑惑が生じたとき、また、報告について疑義があったときには
国会が
調査する、そして必要な資料は速やかに
政府としては
国会に提出しなくてはいけないという趣旨でございます。
それから、その次が「国際
開発協力に関する組織等」、第三章でございますが、これは
援助行政一元化の問題でございます。
これは同僚議員も御指摘になりましたように、現在
ODA予算は十五
省庁にまたがっておりまして、総合
調整が十分に行われておりませんし、特に借款はいわゆる四
省庁体制で行われておりまして、責任の所在が明確でございません。
ODAの量的な増大はどんどん図られておりますが、質的な
改善というものは大変おくれております。
グラントエレメントも、
贈与比率の面においても
DAC加盟国中最下位でございます。これは一九八五年の数字でございます。そしてまた、GNP比につきましても十四位ということで、〇・二九%にすぎませんし、質的
改善がもっと図られなければならないわけでございますが、なかなかこれが遅々として
改善されない
状況でもございます。
適正で
効果的、効率的な
ODAの推進を図るには、やはり責任の所在を明確化する必要がある、それには
援助行政の
一元化が必要なのではないかと
考えまして、それでまず、
外務省の外局として置いて長官を
大臣にしようと思ったわけでございますが、
外務省の外局にしますと長官を
大臣にすることができないということでございます。それで
関係各
省庁との力
関係を
考えますとどうしても
大臣を置くべきだと
考えまして、
大臣を置くには総理府の外局として国際
開発協力庁というものを置いて、そしてその国務
大臣を長官とするという形にしたわけでございます。
とにかく、国際
開発協力庁というところで一元的に
ODAの
行政をやっていくというふうにいたしまして、立案から
調査研究、企画
実施、
評価をも含む。
評価という場合には、ここで
評価するばかりでなく、やはり私がもう前から主張しておりますように、第三者の
評価を交えてやらなければいけない。また、国際的に有名な
開発協力の
専門家という人に来てもらって
評価してもらうとか、第三者を交えた
評価でなくてはいけないというわけでございますが、とにかく
評価は第三者を交えた
評価も含んでここで行うというふうにして、総合的に一元的に
行政を推進していく
機関として国際
開発協力庁を置くとしております。
これの
実施機関といたしまして、現在ございます
国際協力事業団と海外
経済協力基金を統合いたしまして国際
開発協力事業団というものを置くようにしております。両方を統合することによりまして、総務とか人事、会計なども
一元化されまして、合理化されるので人材も活用できるのではないか。現在、管理
体制が非常に人が足りないために弱いということも言われておりますが、とにかく両方を統合することによって浮いてくる人材というものを再訓練し直して活用することもできるということでございます。
また、
国際協力事業団と海外
経済協力基金がそれぞれ海外の出先
機関、
在外事務所を持っておりますが、これを統合することによって被
援助国に対する
協力の全体像がつかめるんじゃないか。借款は借款でどんどん海外
経済協力基金でやっている、
国際協力事業団の方は
技術協力だとか無債の
資金協力とか、また、総合的な無償
資金協力と
技術協力が合体したようなプロジェクトをやっているということで、その全体像の把握、横の連携というものが非常に今欠けているのではないか。そして、それぞれの
機関が忙しい忙しいということで大変人員不足に悩んでいるという
状況もございます。ですから、とにかくこのような統合ということを
考えてはどうかと思いまして、
実施機関は統合して国際
開発協力事業団という形にする。
それから、現在、
技術協力専門家の育成、派遣前の訓練というものも大事でございますけれども、
ODAの
案件そのものを管理する人、それから
調査のできる人、そういった人たちの養成というものも非常に大事でございますし、また一方、
調査研究を行うということも大切でございますので、
調査研究は
国際協力事業団が今
国際協力総合研修所などというものを持っておりまして、まだその緒についたばかりではございますけれども、データベースなどとして機能できるように、
情報それからかつての
専門家の報告書とか
意見とか、いろいろなものを集めてコンピューター化してやっていこうとしているわけです。それをもっと大
規模に、今いろんな
ODAに関する資料は各
省庁で保存されていて分散している傾向でございますが、それを
集中してやはりデータベースというものをつくっていく必要があるのではないか。
それから、訓練、教育という面でもそのデータをフルに使って訓練をしていかなければ、ただ国際開発大学のようなところで理論的な勉強だけやっているのでは、
ODAにすぐに役に立つ人材の養成はできないのではないか。データがいつもいつもフルに活用できるような
状況を一方に備えながら、やはり訓練や養成ということをやっていかなければいけないのではないかと思いまして、
開発協力技術センターというものをつくることを
考えているわけでございます。
それから、派遣される者の職業の安定ということは、これは現在派遣
専門家として海外で活躍している人や海外青年
協力隊員が、帰国後にやはり就職の心配があるということを、どこに行きましても話されるわけでございますので、もう既に就職を容易ならしめるための措置もいろいろとられておりますけれども、これを一層
強化して拡大していかなければ、後顧の憂いがあって海外へ派遣されていくのはどうも困るという人の方が多くて、なかなか
ODAのために海外に出ていく
専門家の数もふえない。また海外青年
協力隊員が、若い情熱を燃やして
途上国で草の根の
人々の中で
協力活動をやっているその人たちが、やはり帰ったら仕事がなくて困るということではかわいそうでございますし、これは
政府の、国の責務として職業の安定に関して必要な
施策を講じなければならないと
考えまして、これを
一つ入れたわけでございます。
その後、やはり草の根の
民衆のためにきめの細かい
ODAをやっていくためには、
政府ベースだけではなくて地方公共団体だとか、営利を目的にしない
民間団体の力をかりてやっていくということが必要でございますし、欧米ではコファイナンシングシステムというものが
確立しておりまして、そして
民間団体で
途上国の
民衆の中に入っていって
援助をやっているような国に対しては、既にその
資金協力、また補助金の制度というものがあるわけでございますが、そういったものを目指して「国際
開発協力を行う上で適当と認めるものに対して補助することができる。」という、非常に控え目な表現でしかございませんが、そういうコファイナンシングシステムの実現ということを
考えてこのような規定を一応置いたわけでございます。
大変雑な御説明で恐縮でございますが、これをまたたたき台にしていただきまして、この小
委員会で各党派で
協力して
考えた立派な基本法のようなものができてくることを心から願っているわけでございます。
どうもありがとうございました。