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角屋委員 シベリア抑留の問題を含む戦後
処理問題というのは、特に
シベリア抑留の問題については今言ったような
ダブル選挙前の
自民党の動きと
関連をして浮上してきた問題でありますが、当
委員会には
恩給の小
委員会あるいは
在外公館の小
委員会、あるいは
玉置大臣非常に御熱心に取り組んでおられますいわゆる
同和地域における
改善対策の問題についての小
委員会というふうなものもございますので、事態の推移を見ながらそういうところでも
議論をする
機会があろうかと思います。そのときに譲りたいというふうに思います。
次は、戦後
処理問題の中で、戦後
処理問題懇談会で取り上げたわけでもございませんし、その他の
機会にも
台湾兵の問題とかいろいろな問題、あるいは原爆の投下による原爆被災者の援護法問題といったようないろいろな問題がございますけれ
ども、まさに戦後
処理問題ということでは、次に取り上げます中国残留孤児問題というのはこれまた非常に大きな戦後
処理問題だというふうに私は思うのであります。
私
自身も旧満州に、学校を上がって満州の大同学院を卒業してそこで仕事をやっておったわけでありますから、家族も行っておったわけでありますし、たまたま召集になりまして家族が帰ったからこの残留孤児の事態というのは私
自身は避けられましたけれ
ども、同僚その他の
関係から見ても人ごとでないという
気持ちを持っておりますし、同時に、そういう個人的な
気持ちを乗り越えて、中国残留孤児問題というのは戦後
処理の非常に重要な、
政府としても
国民としても大きな問題であるという認識に立っておるわけであります。
同時に、中国残留孤児問題というのは、
基本的には日中友好の
立場とそしてまた人道主義的な
立場という二つの面を考えながらやらなければならぬ。相手国がございます。孤児がいわゆる養父母の手によって成長し、社会に出て活動できる
条件を得たというのは、養父母を含めた中国の温かい御配慮であって、我々としては感謝しなければならぬと思いますし、また、中国残留孤児問題を取り扱う場合には、養父母に対する
対策の問題とかあるいは国費による帰国問題についても中国側と話し合いをしながらやってきておることは、これはもう従来の経緯から見て当然のことであります。
したがって、そういう経緯に基づいて、養父母の点については六十一年五月九日に、ここにおられます当時の今井厚生
大臣と呉学謙外交
部長との間で双方の合意ができまして、月額六十元、支払い期間十五年ということで合意を得て、既に第一次の支払いがなされた。自後そういう支払いがなされていくという一面もございます。
この金額がそれで十分であるかどうかには私
自身も
意見はありますけれ
ども、そういうことで日
中間の双方による中国残留孤児の帰国問題あるいは養父母に対する援護問題というふうなことは話し合いの中で進んできておるわけでありますが、何といっても向こうで残され養父母の手で成長し、そして祖国に帰りたい、帰国しておる親が見つかって、あるいは肉親に会って、それでテレビを通じて出てくる場面というのは、我々まさに胸迫る
気持ちを持つわけであります。中国残留孤児問題についての日本側の体制というものは、この間から、戦後四十一年この問題の
政府の
姿勢が問われておるというようなことで朝日
新聞その他大きく報道されておることも御
案内のとおりであります。
とにかく現在中国に残っておる孤児が千八百十三人、これは日中で確認した人数であります。既に帰国済みの者が三百二十二人、中国残留の日本人孤児というのは二千百三十五人、そのうちで現在まだ中国に残っておる孤児数が千八百十三人、こういうふうに厚生省の確認ではなっているわけであります。これにプラスアルファは当然あると私は思いますけれ
ども、そういう点では大量帰国時代を迎えようとしておるということが言えようかと思います。
厚生省としては、この千八百十三人のうちで大体千世帯ぐらいが帰ってくるであろうという想定に立って、来
年度予算要求等も含めてこれからの対応にプラスアルファをやっていこうという
姿勢にあることは私
自身も承知をしておるのであります。大体平均一世帯四・五人ということでありますから、大量帰国時代を迎えて相当数の者が帰ってくるという時代に入る。第一次が
昭和五十六年三月になされてから以降今日までに千二百四十二人訪日
調査に来ておる。今来ておるのも含めますと、またプラスしますけれ
ども。
そういう形の中で帰国
状況を見ますと、永住帰国者が三百二十二人、身元判明者が二百九十人、訪日の際の身元未判明者で永住希望者として来ておる者が三十二人、一時帰国者が四百二十一人といったような帰国
状況に相なっておるわけでありますけれ
ども、これから千世帯あるいはそれをオーバーする
人たちを迎える時代に入る。国費による帰国の問題については、スピードアップする必要があるというように
基本的に思います。
これらの問題についてはボランティアのいろいろな団体ができておりまして、ある意味においては涙ぐましい努力をしておられる。もちろんこれはそういうボランティア活動にもまたなければなりませんが、この問題の本来の
基本的性格からすれば、
政府が本腰を入れて我が同胞を迎えるという
基本姿勢がなければならない。だから、帰国を制限するといっては表現が必ずしも適当ではありませんが、帰国をいろいろ計画して、そして年のいかぬ前に早く日本語を覚えたい、仕事を覚えたい、安心して定着したいという残留孤児の希望からすれば、必ずしも十分それにこたえているとは言えない。受け入れ態勢についても極めて不十分である。決算
委員長のときに所沢のセンターにも参りましたけれ
ども、あれではいささかどうかと思うし、来
年度予算要求では五カ所新しくサブセンターをつくるということで、厚生省の見解によれば、大阪と福岡にはつくりたい、あと
幾つかの候補の中で三つのものを選んでいきたいという説明もございましたけれ
ども、そういった形の中で受け入れ態勢をさらに進めていくということは結構なことだと思うのですけれ
ども、それだけでは必ずしも十分でない。
いわゆる父も母もわからない、肉親もわからない、しかし日本に帰るという者に対しては、帰ることについて昨年以来それを受け入れるという
姿勢をとっておるわけでありますが、これの就籍問題はなかなかはかどらない。これは法務省
関係、特に裁判を要する問題でありますけれ
ども、要するに日本人の国籍を得るための就籍問題あるいは戸籍に入れる問題、いろいろな問題がなかなかはかどらない。日弁連あるいは東京弁護士会なんかから積極的な提言がございます。
本来これは国の責任において特別立法で受け入れ態勢あるいはこれからの安定促進
対策というものはきちっとやるべきである。それにはやはりボランティア活動を補完しながら、
国民的な
理解と協力を支えとしながらそういうものを推進すべきだ。その点では極めて不十分であると言われておるわけでありますけれ
ども、こういった問題に対して
後藤田官房長官から、
政府として、これまでの点について私は必ずしも十分でなかったと思いますし、いよいよ大量帰国時代を迎えようとするこの時期において、どういう
姿勢でこれに臨もうとするのか、この点をお伺いしておきたいと思います。