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1986-02-14 第104回国会 衆議院 予算委員会公聴会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和六十一年二月十四日(金曜日)     午前十時開議 出席委員   委員長 小渕 恵三君    理事 中島源太郎君 理事 浜田 幸一君    理事 林  義郎君 理事 原田昇左右君    理事 渡辺 秀央君 理事 岡田 利春君    理事 二見 伸明君 理事 吉田 之久君       伊藤宗一郎君    石原健太郎君       大島 理森君    大西 正男君       砂田 重民君    田中 龍夫君       葉梨 信行君    松田 九郎君       井上 一成君    上田  哲君       川崎 寛治若    佐藤 観樹君       多賀谷眞稔君    松浦 利尚君       池田 克也君    近江巳記夫君       神崎 武法君    岡田 正勝君       木下敬之助君    梅田  勝君       瀬崎 博義君    松本 善明君  出席公述人         玉川大学講師  楠山香男君         法政大学経営学         部教授     広岡 治哉君         三菱地所株式会         社取締役会長  中田 乙一君         名古屋市立大学         経済学部教授  松永 嘉夫君         東京海上火災保         険株式会社取締         役会長     渡辺 文夫君         福岡県田川市長 滝井 義高君  出席政府委員         内閣官房副長官 唐沢俊二郎君         総務政務次官  船田  元君         北海道開発政務         次官      渡辺 省一君         防衛政務次官  北口  博君         経済企画政務次         官       熊谷  弘君         環境政務次官  小杉  隆君         国土政務次官  白川 勝彦君         外務政務次官  浦野 烋興君         大蔵政務次官  熊川 次男君         大蔵省主計局次         長       保田  博君         大蔵省主計局次         長       角谷 正彦君         文部政務次官  工藤  巖君         厚生政務次官  丹羽 雄哉君         農林水産政務次         官       保利 耕輔君         通商産業政務次         官       田原  隆君         郵政政務次官  田名部匡省君         建設政務次官  中島  衛君         自治政務次官  森   清君  委員外出席者         予算委員会調査         室長      大内  宏君     ————————————— 委員の異動 二月十四日  辞任         補欠選任   伊藤宗一郎君     松田 九郎君   奥野 誠亮君     大島 理森君   小平  忠君     岡田 正勝君   中島 武敏君     梅田  勝君 同日  辞任         補欠選任   大島 理森君     奥野 誠亮君   松田 九郎君     伊藤宗一郎君   岡田 正勝君     小平  忠君     ————————————— 本日の公聴会意見を聞いた案件  昭和六十一年度一般会計予算  昭和六十一年度特別会計予算  昭和六十一年度政府関係機関予算      ————◇—————
  2. 小渕恵三

    小渕委員長 これより会議を開きます。  昭和六十一年度一般会計予算昭和六十一年度特別会計予算昭和六十一年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を開きます。  この際、御出席公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位におかれましては、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございました。昭和六十一年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、どうか忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。  なお、御意見を承る順序といたしましては、まず楠山公述人、次に広岡公述人、続いて中田公述人順序で、一人二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、楠山公述人お願いいたします。
  3. 楠山三香男

    楠山公述人 おはようございます。楠山香男でございます。  私は、六十一年度予算案のうちの文教関係につきまして公述したいと思います。  六十一年度の文部省一般会計は、四兆五千七百二十二億円でございまして、これは六十年に比べますと、額にして十九億円、率にして〇・〇四%の減ということになります。しかしこれを国の一般歳出と比べますと、一四・〇三%ということでありまして、この比率は大体ここ数年来ほぼ同じようなことで推移をしている。福祉、文教も聖域ではないというようなことが言われております中でもって、まあまずまずの、やむを得ない数字ではないかというぐあいに考えます。  しかし、中身を見てみますと、これはもう今に始まったことではないわけでございますが、文部省予算というのは、教育は人ということでもございますが、大変人件費の占める幅が多い。つまり半数、半ばちょっとは小中学校先生給与費の二分の一補助であるし、これを含めまして、大体七五%が人件費で占めているということになる。そういたしますと、残り四分の一ほどの中でもってさまざまな事業その他のことをやっていかなければならない。これはなかなか大変ではないかというぐあいに思うわけでございます。  一方、臨時教育審議会教育改革ということに今取り組んでおられます。これが答申を待って、政府を挙げて改革に取り組むというような話を承っておるわけでございますが、こうなりますと、今のような状況の中で果たしてこれができるのかということが大変心にかかるわけでございます。しかしその暁には、やはりこれは何か特別枠と申しますか、例えばODAのような形の特別枠を設けるというようなことも必要ではないか、そんなぐあいに思うわけでございます。  しかし、当面この限られた四分の一の中の中身を少し見てみますと、中にはなかなか、きらりと光るようなものも見られるわけでございまして、それから地道な形で現状を少しでも進めていこうというような意味予算も見られます。そういう意味で、私は、大筋においてこの原案を支持したいと思います。  以下、そういう立場から、私が思います二、三のことにつきまして取り上げてみたいと思います。  まず、四十人学級というものが中学校にまで及ぶようになったということを申し上げたいと思います。これは御承知のように、一学級人数の上限を四十五人から四十人に引き下げようということで、五十五年に計画がスタートした。十二年計画ということでございました。しかし、これは二年実施されただけで三年目から三年間凍結をされました。六十年度予算でようやく凍結が解除になりましてやれやれと思っていたのでございますけれども、さらに六十一年度予算において中学校にまで伸びてくるということは、前途が約束されたということで大変結構なことだと思います。これは六十六年度が完成ということになっておりますけれども、当然先生の数がふえるわけでございまして、今の見込みと申しますか推計では、六万九千人の先生がそのためにふえる。これは四十人学級だけではなくて、特殊学級に対する特別な配置であるとか、その他配置を多少いじるというようなものも含めてでございます。しかし一方、全体に児童生徒数の減少ということがあるわけでございまして、このための自然減というのが七万二千八百人見込まれるそうであります。そういたしますと、差し引き六十六年度までに、先生がふえるけれども片方では減る面もあるので、全体としては三千八百人の減ということになっております。とにかく今、問題行動とか非行とかあるいは学力のおくれといったようなことも問題になりますし、それから、それぞれの子供の個性をよく見詰めて、それを伸ばしていくというようなことを教育としてはやはり当然やっていかなければならぬ。そういうことのためには、どうしてもその個別な指導を必要とするわけですから、その意味でこの四十人学級というものは滑らかに推進されることを願うわけです。今申し上げましたように、子供にとっては学習個別化と申しますか、それから先生の方から見れば指導個別化と申しますか、そうしたことが相まって、地道な日常の教室の生活というものがより豊かになってくるのだと思います。  同様なことは、今大規模学校というものがございます。三十一学級以上の学校を指すようでございますけれども、これをできるだけ小さく分けていくというようなことも進んでいるわけでございますが、これは年次計画で進められておりますが、まだ十分ではないということでもって、さらに六十一年度から再延長が計画されているようでございますが、これも大変結構なことだと思います。  次に、そうして細かく子供のことを見ていくということが必要なわけでございますけれども、そういうことを考えますと、どうしても障害児に対する教育と申しますか、それがやはり目に浮かんでくるわけでございます。これにつきましては、それぞれ養護、訓練といったようことで、それぞれの障害に対応した形でいろいろと教育を進めていくということが必要なのでございますけれども、同時に、一般子供たちとの交流の中で学んでいくことも多いし、また一般子供たちは、そういう障害のある子供たちと一緒に学ぶということの中で、改めて障害あるいは自分のことの認識というようなものを持つということも考えられるわけでございます。そういう意味交流学習というふうに呼んでおりますが、そういうことをいささか進めようというようなものも入っているようでございますので、これも結構でございます。  同様に、さらに障害児の理解を十分に進めるためのビデオをつくる、そういった細かなことでございますけれども、そうしたことも、やはり先ほど申し上げましたように、ささやかであってもそういう小さな大切な芽というものは見つけて育てていかなければならない、教育予算というものはそういうものであろうというぐあいに考えます。  それから、さらについでに申し上げますと、来週の月曜日から残留孤児の方の肉親捜しということが始まるわけでございますが、できるだけ多くの方がその目的を遂げられるということを願うわけでございますけれども、同時に、目的を遂げられ、そして帰国をされた、しかし、帰国をされたその方たち、あるいはその子供さんが、日本語が十分にできないで苦しんでいるというようなことも大変あるわけですね。先般、文部省調査結果を発表しましたところによりますと、小中学校に通っている子供さんの九割が何らかの意味において日本語ができないために授業に支障を感じているというデータもある。そういうことを補うために中国語のできる指導協力者を特にお願いして、面倒を見ていこうという計画もある。これも、一見非常に部分的なことのようですけれども、なかなか大切なことではないかと思います。こういう考え方というものは、今しきりに国際化ということが言われますけれども、やはり他をおもんぱかる、あるいは国を超えた形でもっていろいろ考えていくということの一つの足しにもなりますし、こういう気持ちがぜひ起こってくるような予算でありたいと願うわけでございます。  そういう意味で、国際化を申しましたけれども、留学生予算ということに触れますと、これは二十一世紀への留学生政策ということで、二十一世紀の初頭には十万人にしようということで計画が今進行中ということであります。これも引き続き、昨年初めて留学生関係予算が百億円の大台を超えたということでございましたが、さらにことしも進んでおりますし、大いに結構なことだと思います。  そのためには、やはり迎え入れるための受け入れ態勢、例えば留学生のための宿舎というものも当然いろいろと考えていかなければならないわけでございますが、同時にそれは、公的なそういう宿舎にいるということだけではなくて民間の中に、ホームステイと申しますか、そういう形で受け入れるということも考えなければならない。そういう意味で、我が国は一般的にややそういうことが欠けている要素もあるように思いますので、これをやはり政治家先生方にもお願いをして、地元と申しますか、そうしたところで留学生を温かく迎える、それからそれを受け入れるという空気を醸成していただくといってとをお願い申し上げたい気持ちがございます。  次に、私学助成というのはこのところいつも予算のたびに問題になってまいりました。これは、私学振興助成法によりますと二分の一まで補助できることになっているわけでございますが、これが一時、五十五年でございますか、大学経常費の三〇%まで助成されるというところまでいったわけでございます。その後後退を続け、六十一年度の場合には二千四百三十八億円と六十年度と同額が確保されたということでございますが、私学高等教育に果たします役割の大きさを思いますと、一部の私学の不祥事というようなことから一種の非常に制裁的な措置がとられるというようなこともあったわけでございますが、そういうことに対して何かもっと明瞭な形で、しかし学ぶ学生にとって有効な形になるような予算になればというぐあいに考えております。  関連いたしまして専修学校のことにちょっと触れたいと思います。  これは九〇%以上が私学でございます。この専修学校制度というのは五十一年から発足いたしまして、ことしでちょうど十年になります。十年間で学校の数も学生の数も四倍にふえて、三千校、五十四万人になっています。このうち四十万人は高等学校卒業を資格とするいわゆる専門学校というものであります。これが今もう高等教育の一環として役割を果たしているわけでございますけれども、高校卒業生、現役ということに限ってその進学先を見ますと、昨年の三月卒業生で言いますと、一八・六%が大学、それから一一・六%が短大、一〇・四%が専門学校でございますから、ほぼ短大に匹敵するような地歩を占めていると考えられるわけであります。人数におきましても短大は三十七万人でございますから、これは全体の数としても凌駕をしているということになるわけでございます。そういう意味で、しかし、専修学校についての助成もぼつぼつと始まっているわけでございますが、これはこれで必要でございますが、同時に、助成が強まることでもって規制も強まるということになりますと、ある意味では、そこが難しいところでございますけれども、本来専修学校が持っている、極めて自在濶達に小回りをきかせて教育の機会をつくるということが損なわれてしまうというおそれもあるわけで、そういうことのないような形で進められたいと思います。  そういうことは総じまして、高等教育というものに対する予算がこれからはもっともっとふえていかなければならないというぐあいに考えるわけでございますが、これが目下のところ全教育費の中で見ますと二一・五%というしどのようでございまして、これは戦前などと比べましても、人数に対しまして教育費の割合が非常に少ないというようなことが言われているわけでございます。これはしかし、限られた予算の中でどう考えていくべきか。しかし文教予算の構造上の問題として考えていかなければならないことではないかというぐあいに思います。  それと、高等教育と非常に隣り合わせて密接に関係がございますけれども、科学研究費補助金科研費でございます。これはことしも、六十一年度も十五億ふえて四百三十五億円ということでございまして、これは年々着実にふえていることは頼もしい限りでございまして、五十一年、十年前と比べますと、約二・二倍になっております。そういう意味で、総枠がふえることは結構なんですけれども、採択率、つまり希望に対して研究費を渡すことのできる率というものが三〇%弱ぐらいのところで低迷をしております。これはそれぞれの個々の研究費というものが上がってくるわけでございますから、そういう意味で、さらに大切な基礎研究というものの拡充を図るためには、これも何らかの意味においてのさらに一段の拡充が必要であるというぐあいに考えます。  幾つか大きな費目の中から申し上げたわけでございますけれども、何といっても、今進行しております教育改革ということに関しましていろいろ新たなことも考えなければならないわけでございます。既に昨年臨教審の第一次答申を受けて、例えば六年制中等学校であるとか、単位制高校であるとか、あるいは共通一次にかわる共通テストといったようなことについての準備作業というものも始まっておるようでございますし、そういう予算も組まれているわけでございますが、私は、これから四月に第二次答申が出てさらに具体的な提言があるわけでございますけれども、そうしたものにどう対応していくかということはこれからの問題で、目下のことを今ここで申し上げることは控えます。  ただ、私は私見といたしましては、やはり教育改革というものの視点は、生涯学習という発想に立つべきである。これは臨教審の今までの審議経過概要等を見ましても、一つの柱になっているわけでございますが、私は何といっても、何か仕掛けをつくって、さあそこへ来いということではなく、まあそれでやってきたわけでございますけれども、これからはやはり、おぎゃあと生まれたそのときから、人間の形をした動物という形で生まれてきたものがだんだん人間になっていく、そして人間にしていくということが教育ということだろうと思います。  そういうことを考えますと、教育基本法に言う人格の完成といったようなこともそういうぐあいに解していいのではないかと考えておりますし、そういう意味で、一番大切なのは、まず最初の段階ではもちろん家庭でございます。しかし、その家庭からさらに少し一歩出たところで最初に出てくる社会的な教育施設と申しますか保育施設と申しますか、そういうものに幼稚園保育所といったものがあるわけでございます。この幼稚園保育所というものがどうも、その歴史的な経過はさまざまございますけれども、必ずしも十分な役割をそれぞれが果たしているとは思わない。つまり、地域的に大変偏在をしているということで、事実上は、偏在をしているから相補っているわけですけれども、そこのところにすっきりしないものがある。つまり、例えば父母負担というような意味においてもそうでございますし、子供自身の問題としてそれが十分に機能していないという場合もあるように思います。そういう意味で、それを一体的に運営をしようという努力をしているところもあるわけでございまして、私、昨年秋、四カ所ほどそういったところを見せていただきに回りましたが、それはしかし市町村レベルでもって、大変、上級官庁のさまざまなそれぞれ法の建前があるわけでございますからそれに従っておやりになるのば当然なんでございますけれども、市町村希望をするわけでございますから、それに対してもう少し善意を持って好意的に見てやってもいいのではないかという感じもいたしました。そして、それは既にもう十年あるいはそれ以上何とかつじつまを合わせながらきているところもあるわけです。  こうしたことも、内閣を挙げての教育改革あるいは臨教審ということであれば、当然取り上げられることになると思いますけれども、同時にこれを実際に進めていくためにはそれぞれの地元の問題があるわけでございますから、その地元のことを御関心をお持ちいただいて、そして、もしそういう意思があるのならば、幼児が減るあるいは婦人の就労がふえるという中でもってさまざまな複雑な条件があると思うのですが、それらを満たすような形で行われれば大変いいのではないかということでございます。  まあ、私は最後にやや私的な感想みたいなことを申し上げました。そういうお願いを申し上げまして私の公述を終えたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
  4. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。  次に、広岡公述人お願いいたします。
  5. 広岡治哉

    広岡公述人 法政大学広岡でございます。  私は、国鉄再建問題について私見を申し上げたいと思います。  私自身は、国鉄経営が破綻した根本的な原因というのは、非常に激しく急テンポに変化する環境に対応する国鉄経営戦略に誤りがあったというふうに考えているわけですが、それとの関連で経営者のあり方あるいは政府、国会、国の政策、それから組織の功罪あるいは労使関係といったようなことが問題になるのではないかと思います。  ここでは、私自身は、現に働いている国鉄職員の雇用と生活をいかに安定するか、それから国鉄利用者である国民の利便をいかに確保するか、それから政府一般会計、ひいては国民再建のために負担しなければならない負担をいかに適正なものとするか、それから、国鉄が潜在的に持っている能力を十分に発揮して、そのことによって国民経済的に合理的な交通体系というものをどう形成すべきか、以上のことを念頭に置きまして申し上げてみたいというふうに思います。  時間が限られておりますので、まず最初に私の主要な結論を申し上げまして、その結論について簡単に御説明したいと思います。  まず第一の論点ですけれども、私は、国鉄は今後もある程度公的な助成を必要とするのではないかという意見を持っております。  それから第二点に、確かに企業としての国鉄を効率的にするためには、自由な市場競争の中において競争の強制によって効率化を図るという考え方は重要なポイントでありますけれども、交通市場というのは無制限な、無条件の市場競争にゆだねるというわけにはいかないのではなかろうか。  第三点として、国鉄は従来企業としての自覚に乏しかった。ですから、現実に競争的な市場の中で鉄道本来の役割を果たしていくためにも企業活力活性化企業活性化を図るべきである。そのためには、理論的には公共企業体というのはすぐれた制度であったというふうに私自身は考えているわけですが、やはり改革しなければならない。その際、国有あるいは混合所有民営形態というものを考えてはどうか。  次に、国鉄経営に当たってはビジネスライクな、競争的な企業でなければならないわけですけれども、その際に内部補助を活用すべき分野と、外部的な、公共的な補助をセットにして考えるべき分野とあるのではなかろうか。結論からいいますと、幹線的なネットワーク、これは自立すべきである。その範囲内において内部補助に依存してやっていけるだろう。しかし、地方ローカル線効率化しても不採算に陥ると思われるローカル線のサービスについては、ECの規則でやっているような公共的な補償が必要になるのではなかろうか。  それから、経営戦略としては、大都市それから地方中心都市それから都市間の輸送に重点を置くべきではないか。  それから十一番目ですけれども、再建監理委員会意見書というのは大変な作業で行われているわけで、その労作については敬意を払うわけですが、要員の算出の方法にはまだ再検討する余地があるのではないかというのが私の感想です。  それから最後に、長期債務処理については、再建監理委員会意見書では「長期債務等」ということになっているわけでありますけれども、これはやはり債務、それから将来負ってくる公共晦負担の性質に応じた処理を考えるべきではなかろうか。以上であります。  まず第一点の、国鉄は今後も助成が必要になるのではないかということについてですが、簡単に申し上げますと、今日、常磐新線建設が問題になっております。この常磐新線建設においてはやはり財政からの建設補助が必要であり、これは中央政府ばかうではなくて、地元の自治体を初めこの新線建設による受益者負担を——そこで開発利益が発生するわけですが、その開発利益を還元する方法を財政的に考えなければならないという問題が出ております。  これは今後も予想される大都市交通線、これは営団や公営の地下鉄の場合も同様ですけれ、ども、それからまた今後国土計画上必要となってくる整備新幹線の建設というようなことを考えた場合に、やはり公共的な財源の投入あるいはいろいろな手段での財政金融援助というものが必要になってくるのではないか。もちろん、合理的な限界内でそれが行われなければならないわけですけれとむ、そういった性質を持ったナショナルなネットワークとしての国鉄、これは例えば鉄道建設公団法とか、本四架橋公団法とか、法律にも開発の問題とかあるいは地域間の均衡の問題だとかそういったことがうたわれていると思いますけれども、そういった役割を今後も鉄道が担わなければならないとすれば、公共的な助成もある程度必要になってくるであろうし、それを受け入れられるような公的な企業体である必要がないだろうか。純粋の民営企業を目指すということには問題はないだろうか、そういう問題意識であります。  それから次に、交通市場というのは不完全な市場であって規制された市場である。不完全な市場というのは、例えば道路にしましても空港にしましても港湾にしましても、これは公共的な事業あるいは公共財として供給される、そういった公共的に供給される施設を使って交通サービスの供給というものが行われる。ですから、純粋な民間企業による市場競争というものは成立しないわけであります。それからまた、今アメリカ、イギリスを中心に規制緩和あるいは規制撤廃が進んでおりますけれども、しかし完全に規制がなくなるということは想定しにくいように思うわけです。いずれにしても不完全な市場で規制された競争が行われるということですかも、そこでは政策的に追求されるべき合理的な公正な市場競争のあり方というものが追求されなければならないだろう。その際に、環境問題とかアクセシビリティーとかモビリティーの確保だとかといった政策的な配慮がどうしても必要になるのではなかろうかというふうに思うわけであります。  それから、実は一番解決が難しくて交通経済学でも理論的に、抽象的にはともかく現実的に解決できてない問題は市場競争で、非常に不平等である。その不平等の基礎は、かつては通路費用の負担が非常に不公平であるということであったわけです。これは今日でも重量トラックの通路費用が実際に消費する資源に比べて非常に安くなっているという問題が残っておりますけれども、それ以上に問題なのは、トラックとか貸し切りバスの労働条件、これが鉄道とか普通の定期のバスの労働条件に比べて非常に不規則、長時間の労働であって、労働条件に非常な差があるために競争に依存して、その結果合理的な交通体系が形成されるとは言えないという問題があります。これは各国とも非常に苦労に苦労している問題でありますけれども、やはり見落とせない点であります。そこで、市場競争に依存するとすれば、そこから出てくるバイアスをどう修正していくかということが政策的な課題になるのではないかというふうに思っております。  それから、国鉄企業活力活性化を図るべきであるということですが、市場のゆがみが修正されるにしてもあるいはゆがんだままの市場であっても、ともかく現実に国鉄が置かれている状況というのは非常に厳しいわけでありまして、この中で鉄道輸送の潜在的な可能性というものを十分発揮するためには、何よりもビジネスライクに現場でイニシアチブを発揮して新しいサービスを開発していくというふうな組織としての企業的な活力がないといけないというふうに思われるわけです。従来はやはり官業あるいは独占的な事業という伝統が非常に強く残っていたわけです。そのために官僚的経営であるとかあるいは全国画一的な経営すあるとかという批判がされているわけですが、これはこの際一掃しなければならない。公共的な政策要請をいかに企業的に、能率的に果たしていくかということが今の国鉄に課されている問題ではないだろうか。そういったいわばイノベーション、サービスについても技術についても組織についてもイノべーションをやっていくためには、この際企業形態を改めた方がいいのではないか、納得しやすいのではないかというふうに私は思います。  再建監理委員会意見書あるいは例えば加藤さんの著書なんかで見ますと、まず国有の株式会社にしてそれから純粋の民営企業を目指すというふうに言われているわけですが、私自身は、国有の株式会社をまずつくって、そこで現場の必要と中央のコントロールの必要、この両立というのは非常に困難ではあるけれども解決しなければならない問題ですが、その中でフレキシブルに、柔軟に組織形態というものを考えていく。  例えば分権化と分割の関係ですけれども、現場のニーズにこたえていって、そして地元の要請にこたえて競争していくためにはやはり地域密着型の経営というのは必要になるわけですけれども、それを行うために分権化を徹底していけば、これはある程度組織の分割というものは必要になってくるかもしれない。これは民間の大企業を見ておればそうなっているわけで、つまり地域事業部制とかあるいは商品別の事業部制というようなものを追求していきますと、そこで必要で妥当な場合にはそういったことも出てくるわけです。私は、国有の株式会社であってもそういった弾力性を持った創造的な企業にする必要があるのではなかろうかというふうに思うわけであります。  分権化、分割化、その間に万里の長城があるような考えがというのは、実は企業の実際の経営という点からいえば理論的にはちょっと飛躍があるように思うわけです。ただ、当面やはり国鉄の自主性をできるだけ尊重していくという点からいえば、まず一本の企業体をつくって、その自主性の中で新しい工夫をしていくというのが妥当ではないかというふうに私は思います。私自身は、理論的には、幹線は全国一体の経営をできるだけ維持していく、地方線についてはそれぞれの地域ごとに独自の経営ができるような地域事業部制あるいは現地子会社というようなものにしていくことが実際的ではないかというふうに判断しております。  それから内部補助と外部補助の問題ですけれども、昭和五十九年度の監査報告書を点検してみますと、現在提案されているような再建のための補助、つまり過去の債務処理等々の手当て、年金負担の問題とかあるいは余剰人員の対策とか、そういったものを講じていけば幹線ネットワークは十分自立が可能であるというふうに思います。ただし、地方ローカル線を、再建監理委員会意見書では大都市や東海道新幹線の利益でもって内部補助するという考え方に立っておりますけれども、この考え方は将来の国鉄経営の安定を考える上では非常に危険である、これは鉄道の競争力を非常に弱める。高速道路や航空その他はすべて都市間のネットワークを一体で経営しているので、これと鉄道は競争しなければならないわけですから、その点を考える必要がある。  それから要員算出について再検討の余地がないかといいますのは、実は私鉄と国鉄の生産性を比較するのは非常に難しい。そこで、私は試みに、私鉄の職員一人当たりの運輸収入と国鉄の職員一人当たりの助成金収入を除いた運輸収入を比較して、私鉄並みにした場合に一体どれだけの職員になるかという計算をしてみました。その結果は、民鉄全体の一人当たりの運輸収入、これは五十八年度の実績ですが、千二百八十五万五千円でいきますと二十三万人という数字が出てまいります。それから、大手民鉄並みの千三百四十六万円の一人当たり運輸収入ではじきますと、二十一万一千二百人という幹線鉄道に必要な要員が出てまいります。私はこれが絶対的な数字だとは申しませんけれども、やはり再建監理委員会意見書作業というのは非常に難しい作業をしておりますので、まだ再検討の余地はあるのではなかろうかというふうに思っております。  それから、長期債務についてですが、時間がなくなりましたけれども、例えば青函トンネルあるいは本四架橋、こういったものは公共施設として考えていただいて、国鉄はその負担し得る範囲といいますか、その利用によって受ける便益に応じて利用料金を払うというシステムにしてはどうか。あるいは年金問題は年金全般の改革の中で処理していってはどうか。さしあたり処理しなければならないのは、十五兆六千億と六十一年度末で想定される累積債務、この累積債務を新事業体の発足に当たって処理しておかなければならない。それは、企業の努力、例えば不用な資産をできるだけ有効に売却する、そのことによって累積債務の額を縮減するというような措置を講じた上で一般会計で負担するということではどうかというふうに考える次第です。  御清聴、どうもありがとうございました。(拍手)
  6. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。  次に、中田公述人お願いいたします。
  7. 中田乙一

    中田公述人 三菱地所の中田乙一でございます。こういう場を与えていただきまして、ことしの予算をめぐる問題について所感を申し述べる機会を得まして、ありがとうございます。  私の立場は不動産業者でございますので、最近民活という言葉が出ておりますが、まず私は、民活というのはどういう意味をなす言葉なのかということを考えるわけでございますけれども、私に言わせますと、戦後の復興経済、昭和二十年来最近に至るまでの日本の経済復興は、民間活力が大いに発揮された結果であるというふうに思っているわけでございます。そこへ民活という言葉が出ますと、では今まで民間の活力はなかったのかというふうなロジックになると思いますけれども、まずそういう意味で、民活という言葉が突然と登場したことについて多少理解しにくい、こういう印象を持っているわけでございます。  そういう裏腹として申し上げたいのは、少なくとも昭和四十四年、これはたまたま私が三菱地所の社長になった年でございますので特に覚えているわけでございますが、それまでは民間の不動産問題、建設関係は今と比べますとすべてフリーハンドだったということがあるわけでございます。それが例の一億総不動産屋という言葉が出ました。当時、資金がだぶついたということであらゆる会社が土地を買いあさったということがございまして、我々の不動産業界に言わせますと、大変無礼な話かもしれませんが、もちはもち屋に任せろ、素人が何を始めたんだというようなことでございまして、専門外の会社は大変大やけどをした会社がたくさんあるわけでございます。それを機会に土地問題を非常に制約を始めた、一口に言いまして。我々の認識でも、当時の状況からいいまして、これは当然とるべき緊急措置であったというふうに理解しておりますが、そういうときの法律がいまだにそのままそっくり残っておるわけでございまして、本店には関連の先生方もたくさんおられますが、私も不動産協会副理事長でございますので、大将の江戸さんや何かと、暮れになりますと議員会館を毎日のように訪れまして、陳情して歩いたのが七、八年続いているわけでございます。七、八年以前からはそういう規制は当然手直しをすべきだというのが、いまだに手直しが行われていないということに問題が一つあるんだと思います。したがいまして、昭和五十九年、おととしてございますが、経済企画庁の要請によりまして、JAPICというのがございますが、民間活力を発揮させるにはいかにしたらいいかという諮問が出まして、私もその一員に参画したのでございますが、膨大な報告書が作成されました。一口に言いましてデレギュレーション、規制をいろいろな面で解除しなければ民間活力というものは起きない、こういう結論のレポートがまとまったわけでございまして、そういう意味で、民活という言葉にはいろいろの意味合いが含まれておるというふうに私は思っているわけでございます。  俗な話を申し上げますと、私は、昭和二十年、戦後からの記憶でございますが、丸ビルの八階に、八重洲口の東京駅の方の景色が一望に見える場所に四十何年座っているわけでございます。最初の情景を思い出しますと、焼け野原でございまして、それが年々建物が建ち出して、今は建物を建てる場所がない。したがいまして、最近のビル需要、住宅地の値上がりも問題でございますけれども、ビル用地の不足、業務建物用地の不足というものは深刻といいますか、土地が全然ないわけでございます。時たまたま、国家財政の都合で、国有地を活用しよう、また、今国鉄の話が出ましたが、国鉄再建のためには何兆円の——六兆円とか、それが高いとか安いとか予算委員会でも先週大変な議論がございましたが、そういう問題が出ておるわけでございます。  話のついでに、なぜ商業用地がこう値上がりするかということでございますが、一つは、国内のイノベーション、特にニューメディア関係企業がほうはいとして興りまして、これがどうしても管理中枢機能にないといけない、こういうことが国内的にはあるわけでございます。  もう一つは、国際化の時代に入りまして、特にアメリカを中心とする外国企業が東京にどしどし進出してくる。最近の例では、IBMが東洋の拠点を日本、東京に置く。たしか三百名の米国人が東京に一挙に転勤してくるというために、一口に言って億ションという言葉が数年前からございますが、我々一般日本人には億なんというマンションは高ねの花であるわけでございますけれども、外国資本の住宅に対するレベルが高いわけでございますので、どうしてもそういうマンションを求める。事務所も必要である。これが、私の会社のデータで言いますと、この二年間に大体新規ビルの申し込みが五万坪あるわけでございます。もっとも私の会社だけに申し込みがあるわけではなく、方々のビル業者に申し出があるわけでございますが、丸の内としてはせいぜいそのうちのざっと一割ぐらいを何とか間に合わせたわけでございますが、そのうち半分ぐらいは取り消しになった。というのはほかの地域、港区とか中央区とか、今や神田の方まで延びておりますけれども、そういう方へ何とか皆入り込んでおる。そういう大きな需要に全く業界としては対応し切れないというのがうちの会社のデータだけでもはっきりしておるわけでございまして、そういう意味で商業地の値段が非常に高くなった。  しかしこの原因は、今申し上げましたのが大きな原因だとは思いますが、やはり地主というものは、隣の土地が去年まで十万円であったのが、何か今度は五十万円で売れたそうだといいますと、自分の土地もすぐ五十万円になってしまうわけでございます。そのうちにだんだん上がって五百万円ぐらいになったらしいといううちに、今度政府が、二、三例があるわけでございますけれども、これは政府関係、公団を含めまして、国土法という法律がございますが、民間の取引は全部二千平米以上でございますけれども、国土庁に届け出をしなければならぬ。届け出すればいいんじゃなくて、実際上は許可を受けなければならない。しかし、政府並びに政府関係の機関は、この国土法から外れておりまして取引値段は自由であるということから、やはり一つの議論ではあるとは思いますけれども、国家財政不如意の際に、売れるものなら、買い手があるならできるだけ高く売った方がいいという発想がありまして、現に国土法の網がございませんので自由な値段で入札をする。そうすると、今のような需要関係でございますから、最近で言いますと司法研修所の跡地が二千八百万、こういう値段が出ているわけでございます。これはむしろ、土地の値上がり問題が問題であるならば、政府機関みずからが何らかの手段で平常の値段に落ちつくような方策を考えるのが国全体の経済政策としては正しいんじゃないかと思いますが、政府の都合で幾ら高くてもいいんだというのは、私に言わせますと、これは大変な暴論でないかというふうに感ずるわけでございます。  民活の話のついでにちょっと脱線的な話になりましたが、私がぜひこの席で強調したいと思いましたのは、あらゆる業種は何らかの形で国家の指導を受けている、あるいは援助を受けている。伴いまして規制も受けているというのが大勢でございますが、その中におきまして我々不動産業ほど規制の厳しい業界はほかにないんではないか。まあ細かくは申し上げませんが、我々の受けている規制が一〇〇としますと、次に受けている規制はせいぜい二〇%ぐらいで似ないかというような印象さえ持っているわけでございます。しかし、ほかの方は、規制を受けながらそれなりの政府の援助を受けている。援助をするからこういうことを守れと、こういうわけでございます。我々業界も当然予算の決定前には、住宅金融公庫の融資戸数を減らしてもらっては困る、二万戸でも五万戸ぐらいふやしてもらいたい、また、融資の限度額をふやしてもらいたい、こういう陳情をしておりますから、そういう面では援助を受けているといえば援助を受けているわけでございますが、これも、しかし、我々が援助を受けているのでなく、買う方が援助を受けているわけでございます。その援助がなければ、つくった戸建て住宅もマンションも計画どおりには売れないというのが、ここ十数年続いている実際の姿でございまして、それだけに国民の購買能力がいまだ整っていないという現状であるからでございます。  これを私に言わせますと、また、その制度は我々もお願いしたり、購買者も非常に恩恵を受けているわけでございますが、内部を点検しますと、いろいろの例がございますが、例の市町村による開発指導要綱というのがございまして、有名なのは川西方式というのがございますが、かつて、土地をフリーな状態で造成しますと、坪五万円で買った土地が二年ぐらいたってみたらもう倍になっている、あるいは五年たったら三倍になっている。これは買った人が、一軒しかない家ですから、幾ら上がっても、売ってまたどこかへ行くということも簡単にはできませんけれども、そういう時代はそれだけのキャピタルゲインが上がったわけでございますから、指導要綱によりまして道路を自分で引きなさい、下水道もつくりなさい、公園もつくりなさいといろいろありましても、そういう高度経済成長の過程におきましてはそれを十分供給者もまた購買者もこなすことができたという時代でございましたが、その後いろいろな面が落ちつきまして、結局そういう指導要綱によるいろいろの要件を加味しますと、我々も何度も経験をしておりますが、せめてこの程度にしてくれれば坪十万円で売れる、すると一挙に売れて、会社もいいし購入者もいいという状態がはっきりわかりますと、今度はさらに、これもやれ、あれもやれということになりまして、たちまち十五万円ぐらいになってしまう。買う人はそれだけ高いものを買わされる。現実の問題として日ごろ私が非常にちぐはぐな話だなと思っているのは、東京の近郊でさえ——近郊といいますと、武蔵野とか国立とかあの辺はまだ通勤四十分かですからまあまあ住むにはいい場所だと思いますけれども、マンション二戸買いますとまず市町村に二百万円納めなければいけない。我々が払うわけでございますが、当然値段に二百万円足す、そういうことになるわけでございます。それに金融公庫の融資がつく。一般の八分五厘の利息が五分五厘で済む。すると三%助かる。ところが、そのマンションが仮に千五百万円としますと、三%助かったといっても、最初から二百万円を町に納めなければ、その利子補給がなくても同じことだということになるわけでございます。金融公庫の融資残は今や三千億ですか、四千億近いといいますか、したがってここ二、三年はこれ以上財政補給の予算がないからこれを繰り延べなさいというような苦肉の策を講じております。この指導要綱の行き過ぎというものを、我々業者のために言っているのではなく購買者の立場で言っているわけでございますが、それチをェックして、端的に言いますと、二百万円安いマンションにしてあげたならば市中銀行から借りても計算上は同じではないか、政府が乏しい財政資金の中から金融公庫の枠をつけるといったって、こっちからこっちへやっているだけでこれは大変妙な話だなというふうに、実例的な話でございますが、私は思っているわけでございます。どうも業界側からいいますと、融資枠をふやせ、数を減らすなという陳情をしながらみずからこういう話をするのは少しどうかという気はいたしますけれども、指導要綱の苛烈な要求が動きそうもないからやむを得ず政府の方に頼んでいくよりしようがない、こういうのが実情であるわけでございます。どうもこの席で恨みつらみを申し上げているような感じでございますが……。  しかしこれからは、いろいろな問題を解決するのは、第一には地価高騰の問題でございます。私はどうも体験上からいいまして、先ほどどの業種に比べてもがんじがらめの規制を受けているということは実態でございますが、日本の経済発展の最大の理由は自由経済を守ってきたためであるというふうに私は見ているわけでございます。大事な国づくり、都市再開発の問題、住宅振興の問題、戸数は間に合っていてもまだまだ狭隘な不便な住宅に国民は辛抱しているわけでございます。私は会社に車で十五分しかかかりませんので大変申しわけないと思っておりますけれども、若い青年が家庭を持って会社へ毎日片道一時間半もかかって仕事をする。世界の先進国を探してみてもこういう残酷物語は日本だけではないかというふうに私は思うわけでございまして、それだけに住宅整備の問題、また都市再開発の問題は、貿易摩擦を解決するために内需を振興しなければならない、これも一つの理由だと思いますが、先ほど申し上げましたように日本の経済発展は、もともと内需が無限にあった、それに今よりははるかに自由経済体制の中で我々民間が大いに活力を発揮した、そういう結果であったと私は思うわけでございます。一時の土地暴騰の混乱があったために、それをおさめるために緊急措置的な規制を用いた、これも理解できますが、これからますます本格的に日本の経済の姿は内需を拡大していかなければいけない。それをただ貿易摩擦だけの問題として意義づけるのはちょっと次元が低い。やはり日本の国民をもっともっと幸せにするためには内需を大いに拡大していかなければいけない、こういう次元で内需拡大を唱えるべきではないかと私は思うわけでございます。しかし、そうはいいながら、政府がいろいろの論議はありましても民活という名で大いに内需を拡大しようということに意を用い出したということは、それ自身大変結構なことだと私は思っております。  忌憚のないことを言えという委員長のお話でございますから、願わくは民活の一つの方法として私が日ごろ考えていることを最後に一言申したいと思います。  三年前ですか、我々法人は、歳入が足りないから法人税を一・三%急速増税された。これは時限立法であるということが、ことしの予算では、時限が来たにかかわらずこれをそのまま続けていくということになったようでございます。私は、その一・三%の増税のときに大変能率の悪いやり方だなと思ったのは、税金として一・三%吸い上げられますと、それが何かの出費に使われますと、我々の頭でいいますと非常に回転が少ない、効率が非常に悪いわけでございます。一・三%といいますと、私の会社の例に当てはめますと、当時経常利益が年三百億でございますから、三億九千万の税金を払っている。その三億九千万をもし住宅問題にフリーに使わしてもらったならば、これは大変効率がいいのじゃないか、そういうことを考えたことがございます。  以上、取りとめのない話で大変申しわけございませんでしたが、多少の参考になればと思います。どうもありがとう。さいました。(拍手)
  8. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。     —————————————
  9. 小渕恵三

    小渕委員長 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。松田九郎君。
  10. 松田九郎

    松田委員 本日、国会の予算審議促進のために大変お忙しいところ公述人の先生方お見えいただきまして、ただいまそれぞれ専門的な立場で有意義なお話を承りました。大変ありがたいと思います。  私は、特に党の方から教育と民活についてひとつ公述人に所要のことをお尋ねしてみろ、こういうことでありますから、以下楠山公述人とそれから中田公述人、それぞれ主としてお尋ねをしますから、よろしくお願いをします。  まず教育ですが、第一次臨教審答申、これに沿って六十一年度のそれぞれ予算が編成をされておる。近く第二次の答申が行われる。これにかんがみまして、今後どういう形で政府なりあるいは我々国会がこの問題に取り組んでいけばいいのか、ここら辺に対する対応というか、楠山公述人の簡略な感想を後ほどひとつお聞かせ願いたい。  それから教育改革というのが長い間言われてきた。教育改革というのはどういう意味なのか。私は私なりに判断をすれば、とにかく制度の問題もあろうし、あるいは人の問題もあろうし、予算の問題もある。そういう中で一番今日緊急に取り組まなけりゃならぬのは、予算制度も必要だけれども、人というものを、それは特に現場における教師、それからしつけをなすべき関係者の父兄、そういう人の問題をまず第一義に考えて取り組まないからこそ、今日の毎日の新聞紙上、マスコミをにぎわしておるようないかがわしい破廉恥的な、あるいはいじめの問題、けさもテレビで、私、朝からどの番組をひねってみてももう見飽くぐらいにいじめ、いじめだな、全部のマスコミがいじめの問題を特集で取り上げておるわけです。  これのよって来るところの原因というのは、他に要素はあろうけれども、私はやっぱり第一に、長い間の日教組のストライキ至上主義、そういうものが今日の災いというか、こういう積年の弊がうっせきをしてここにうみとして出てきておる。要するに、日教組の教員たちが自分たちは労働者であるんだという、みずからのそういう表現と考え方教育理念、したがって労働者である以上はストライキもやって構わぬのだというそういうやり方で子供の前で品も外聞もなくやってきたところに、子供から遊離をし、尊敬を失うことをやってきたから今日先生が幾ら子供に言っても権威がない。そしてまた信頼性がない。だからけさ、中野の中学校のあの担当の教師あるいは校長なんかの意見を聞いてみても腹が立ってしようがないんだよ。全くなおざりというか、見て見ぬふり、指導性が失われておる。子供の談話を私ちょっと聞きおったら、先生なんか我々は何とも思っていないんだ、あの先生がそんな注意をするなどということは考えられないということを言っているんだよ。そういう教師が一体、教育者としての資格がありますか。我々は、頭脳的な奉職者であるという立場から特別の給与も学校先生に、ほかの労働者というか勤労者というか、そういう皆さん方とは別にやっておるわけでしょう。与えておるわけでしょう。給与改善も真っ先にやってきておるんだよ。そうでしょう。それをですな、今言ったようにとにかくみずからを卑下するというか、都合のいいことばかり言っているんだな、ストライキをするための口実として我々は労働者である。  だから、公述人にお聞きしたいのですが、日教組、ちょっとそこだけ答えてください。教員というのは、これはストライキをする権利があるの、ないの。私から言えはないと思うんだよ。なぜならばストライキと団結権というのは少なくとも公の利益というものを阻害するためのものではない。少なくともストライキをやる権利というのは、弱い労働者が飽くなき利益を追求する資本家に対抗する手段がストライキという権利であり、そして団結権なんですよ。だから、学校は金もうけをする資本家でもなければ飽くなき利益追求者の団体じゃないんですよ。だからそこに私は問題があると思うが、公述人にちょっとそれをお聞きしたいと思うのです。
  11. 楠山三香男

    楠山公述人 ストライキについてお答えをすればよろしゅうございますか。
  12. 松田九郎

    松田委員 はい、そうです。あなたのお感じでいいですから。
  13. 楠山三香男

    楠山公述人 現在の法律では、教員というか公務員に対してストライキが禁止をされているというぐあいに承知しております。これにつきましては最高裁の判例も幾つか見られたわけでございますけれども、四十八年の全農林事件の判決以来、二度、三度と同じような判決が出ておると思います。それから、ただ、それを規制している地方公務員法三十七条が違憲ではないか、つまり憲法二十八条の……(松田委員「簡単でいいですから」と呼ぶ)はい。労働基本権に違反するということもあるのですけれども、それもしかしそうではないということになって、違憲ではない。ただし、人勧の完全実施ということとのセットであるからそちらの方も厳しくやらなければならないというぐあいに判決ではなっていたというふうに承知しております。  以上です。
  14. 松田九郎

    松田委員 大体公述人の御意見はわかりましたが、ひとつ先生、専門家でもあるし、それぞれの立場にいらっしゃるわけですからお願いしたいんですが、とにかく教育改革というのは私は教える現場の教師の質、これをよくすること以外にない。今のこのいじめの問題とか破廉恥な子供たちがたくさんできる。簡単にこのごろの子供は死ぬでしょう。辛抱強さもないんだよ。それは教育ですよ。現場の教師の態度ですよ。だから先生たちにお願いしたいが、今後人づくりは教師づくりを徹底してやっていただきたい。それで追随して、関連して予算があり制度改革がある。今、ややもすれば予算予算だ、全くれろ、給与改善だ、制度がどうだって、それは第二義的な問題ですよ。教える聖職者としての誇り、権威を現場教師に持たせるような教育。  それからPTAなどの父兄、これもちょっとごます。はやめなければいかぬね、これは。学校の教師に子供を人質にとられているようなものだから、だからごまするような傾向がある。我々も責任がありますから、十二分にこういう父兄の従来の教育に対するあり方について是正をするように努力しますが、ひとつ公述人も専門的な立場でいらっしゃるから、指導的立場にいらっしゃるから、そこらについて今後関係方面にひとつ御指導お願いしたい、このことについて御感想があればお聞かせ願いたい。
  15. 楠山三香男

    楠山公述人 お答えします。  やはりさっき最初に人であるとおっしゃった、それに確かに尽きると思います。そういう意味で、予算がなくても施設が貧弱でも、その人というものが確かに子供に与える影響、何がなくともできるということももちろんあろうと思います。そういう意味で、先生はもちろんですけれども親も考えなければいけないし、社会広くすべての者が今の問題というものについて考えなければいけない、そういうぐあいに思っております。
  16. 松田九郎

    松田委員 ありがとうございました。  そこで、中田公述人に続いて民活についてお尋ねをしますが、先ほど来大変有意義な民活についてのお話をいただいたのですが、民活をしなければならぬという時代の趨勢になってきたという背景は、やはり国家の財源不足ということであったと思うのだけれども、もう一つは、余りにも今日までの公共事業というか国のいわゆるこの種の活性化、内需拡大に取り組む姿勢が都市周辺部に重点的であったということについて、私は、反省の時期に立っての問題点を考えていかなければいけない、こう思うわけですね。しかし、これには還元の、いわゆるペイする問題もあろうし、あるいは投資効果の問題もありましょう。だから人口の少ない北海道なりあるいは中国、四国、北陸、九州などというところに必ずしも従来のプランというものができていない。今政府はこういう末端の地域に対しては昨年の八月ごろからかようやくプランをつくりかけておる状態で、まだ全く緒についていないわけですね。しかし都市部においてはかなり、私は、この問題点が進んでおると思うわけですね。だから日本列島の、いわゆる政治的に言うなれば経済的な効果、そういう立場からいえば都市周辺の方がもうかるでしょうし、ペイするでしょうし、私はそういう意味ではあると思うけれども、日本列島を総合的に浮揚して、活性化を図って、民需拡大を図るという意味においては、できるだけ関係者の今後協力もいただきながら、過疎地における対策を重点的なものとして民活をひとつ図っていかにゃいかぬ、私どもこういう考え方でおるわけですが、これについて公述人はどういう御見解を持っていらっしゃるか。私どもは、やはりそこら辺にひとつ御高配を今後お願いをしたいと思っておるわけです。いかがでしょうか。
  17. 中田乙一

    中田公述人 先生の御意見に私も全く同感でございます。地方においてやっていることは中央の物まねでございますので、地方地方の特色ある政策をとっていただいたらなおいいのではないか、こういうふうに思います。
  18. 松田九郎

    松田委員 再び公述人にお尋ねですが、従来政府においてとってまいりました離島振興なり、あるいは過疎地、僻地、あるいは森林、産炭地、そういう特別立法措置がとられておることは公述人も御承知でいらっしゃると思いますが、それらのよって来た背景というのは、ただいま本員が申し上げておるとおりに、やはり日本列島は総体的な浮揚というか、活性というものが必要であるという法理念の中からとられた政策である。ならば、民活についてもここらあたりで少し、皆さん方には大変犠牲を払わせる場合もあろうかとも思いますけれども、私はやはり勇断を持ってそういう方向づけをぜひお願いをしたい。したがって、それについては、我々においてやるべきことがあるとすればどしどしとお聞かせを願って、両々相まってこの問題に今後は果敢に、政府をひとつ時には督励しながら我々取り組んでいきたいと願いますが、それについて御所見をひとつお聞かせ願いたいのであります。     〔委員長退席、林(義)委員長代理着席〕
  19. 中田乙一

    中田公述人 先生がそういう認識を持っておられることを聞きまして、大変心強く感じているわけでございますが、地方が全部中央模倣でやっておりますので、政府の援助を北海道——私は北海道でございますので、むしろ政府に寄りかかっている姿が強過ぎる、これは大いに反省して、みずからの力を発揮した上で政府に物を言う、こういう姿勢で北海道の人たちには説き伏せているというところでございますが、そういう点で先生の御認識につきまして大いに力強く感じている次第でございます。
  20. 松田九郎

    松田委員 時間がありませんから……。  ひとつ公述人にお願いします。  政府が今までのようなやり方をしていれば、我々与党であってもびしびしやかましゅう言いますから、ひとつあなたの方も、そういう考え方が国会の与党の中にもあるということを頭に置いて、ひとつ勇・断を持って対応をお願いしたい。  以上です。終わります。
  21. 林義郎

    ○林(義)委員長代理 次に、上田哲君。
  22. 上田哲

    ○上田(哲)委員 御苦労さまです。  広岡公述人にお伺いをいたしたいと思います。  国鉄問題を国会で今論じているにつきまして、私たち自身が大変奇異に感じている一点は、まだ法案も提案されておりませんし、国会はこれから、果たして民営是が、分割足があるいは否かという議論をしなければならないわけであります。そういう意味先生方の御意見も承っておるわけなんでありますが、既にとうとうたる潮流は、もう分割・民営が既成事実になっており、早くも余剰人員という数字が打ち出され、その行き先を決定するというところで、横っ腹に穴があけられた感じで進んでおります。だからこれは労務対策、労働運動対策じゃないかとさえ私どもはひとつ議論を立てなければならないと思っておるわけでありますが、その点を横に置いてあえて進めるとしましても、例えばこの委員会でも、電車の車内づりに民営・分割は結構であります的な広告が出る。まだ決まっていないじゃないかというのに対して国鉄総裁は、政府が御決定なすったことでありますから。まことにこれは行き過ぎた、あるいはお上の御意向で進められていくという、国鉄という国民の足と言われるテーマをこれから取り扱う立場からすると、非常に国会軽視という言葉すら生まれる状況でもあるわけでありまして、これは本旨ではありませんけれども、こうした潮流、風潮に対して、国民を代表しておいでいただいたというところから、ちょっと感想を承りたいと思います。
  23. 広岡治哉

    広岡公述人 上田先生にお答えします。  今御指摘の点は国会の審議権にかかわるかと思いますけれども、私自身は以前から思っておりますのは、重要な政策転換を行う場合には、イギリスでやっているような、まず政策提案について白書を政府が発表する、白書を発表する場合には、白書の裏づけになる数字等のデータも公表する、あるいはもし念を入れれば、白書の前にグリーンペーパーというディスカッション用の文書を発表する、そこでいろいろな人に公開して、国民のみんなが知っているところで議論する、その上で政府が責任を持って法案を国会に提出して国会で議論するというのが一番民主政治としては筋が通っているように思うわけです。どういう結論に達するにしても、それであれば国民は自分たちが選挙して選んだ議会が議論して決定することですから、それに対しては納得して従えるということだと思うのです。もちろん国鉄再建監理委員会の設置自身は法律に基づいてつくられたわけですし、その点はいいのですけれども、まだ我々は再建監理委員会でどういう審議が行われたのかという内容、それからデータも見ることができないわけです。ですから、私自身意見についてはふだん考えていることを中心に述べざるを得ないという点で、この点は非常に残念だ、ですから、国会で十分審議をしていただけないだろうかというふうに思っているわけです。
  24. 上田哲

    ○上田(哲)委員 大変いい御意見でありまして、御指摘のいわゆるグリーンペーパーは皆無でございまして、その数字を求めても一向に出てこないというところで、初めに民営・分割論ありきという議論が進んでいることに大変貴重な御意見をいただいたので、私ども、そういう立場からぜひ国会の任務を果たさなければならないと思います。  そこで、少し内容に入らせていただきたいのですが、国鉄国民の足である、歌の文句にもなりましたように。この公共性というものが非常にやはり第一義的に追求されてきたし、されなければならない。いかに民営といえども、鉄道、これはまた現在の民営鉄道とは違った公共性というものが完全になくなっていいはずはない。そういう意味で、先生も御指摘になりましたように、今後とも助成が必要であろうとかいう意味は、当然それが公共性を採算性の外で補償しなければならない点がある、こういうことだと思うのであります。今とうとうたる民営善論、民営性善説がもうそうした感覚も全部民営ならば果たされるというふうな論議に流れているように思うのでありまして、それに逆らう議論というのはなかなかしにくいわけであります。しかし、どうしても順序から言えば、端的に言うなら、税金を払っている国民が一人でもいたら、そのいかなる僻地にも線路はあまねく延ばすべきがこれは筋でありまして、採算性を先に立てて、なるべくそれに合わせて線路を短くしていくということであっていいわけがない。これは線路であるか車であるかというような問題とは別に、そうした問題が残るはずだと思うのであります。  もう一つは、先生も御指摘になりましたように、不完全市場にこれからまた新しい経営論を打ち立てなければならないわけでありますから、そういう二つの面で、つまり公共性の追求と採算性のない市場という問題の上に立つ新しい経営形態というのは、やはりその面を一番最後ではなくて、一番最初に掲げておかなければならないであろうというふうに考えるわけであります。あわせて、分割ということがそれに絡んでまいりますと、今申し上げた採算性の問題と、それから公益性、公共性の問題というのが大変格差が分割によって生じてくるわけでありますから、その辺が国民にとって大変不安ともなるわけであります。  繰り返すようでありますが、順序が錯倒してはいかぬ。民営性善説みたいなことの中で、一番大事にしなければならないものが一番後回しになっているんじゃないかという気持ちを持つわけでありますが、そうした原理的な感覚としていかがでございましょうか。
  25. 広岡治哉

    広岡公述人 お答えします。  私個人は、やはり国鉄の破綻の原因は大きく言って経営戦略に誤りがあったというふうに考えているものですから、どうしてそういう誤った経営戦略を続けたのか、そこに至ったいろいろな原因というものを重視しているわけです、きょうは時間がございませんので、その点は申し上げられませんけれども。それとの関連で順序が問題になろうかと思うわけです。ですから、競争時代に鉄道ができるだけその可能性を発揮していくための組織というのはどういうものであるべきなのか。しかし、その際に先生御指摘の公共性という問題は、これは外して考えるわけにはいかないですね。純粋の製造企業のように考えていくわけにはいかないということ。ただ、国鉄の公共性という問題ですけれども、自動車や航空機が非常に発達して、国民が選択し得る交通手段というのは非常に多様化してきましたから、昔のように鉄道しかない時代に持っていた鉄道の不可欠性のようなものはなくなったというふうに考えなければならない。それからまた、日常の通勤通学というような目的のために利用する輸送サービスということについて言えば、国鉄と民営鉄道とではサービスに変わりがない、同じように公共的であるというふうに思うわけです。ただ、日本では法律によって、全国的な輸送は国鉄の事業である、地方鉄道というのは、一地方に限って経営が許されてきたわけですから、そういう歴史的伝統のもとに全国的な、つまり国土経営のための鉄道というのは、国鉄しかやっていないという現実があるのですね。  鉄道は公共的であるというのは、もちろん利用者にとってそれが日常生活で必需的である、だれでもそれを利用できるということが公共性の主な内容であるわけですけれども、鉄道というのは直接利用者に効果を与えるばかりじゃなくて、間接的に沿線の社会に開発効果というものを与えます。この開発効果というのは、捕捉してそれを事業主体に還元するということがなかなか難しいわけですね。ですから、いろいろな方法が考えられますけれども、例えば固定資産税とか都市計画税とかあるいは所得税とか住民税とか、こういったもので長期間にわたってそれを回収していくというような方法をとらざるを得ない、そういうことの中に国鉄の持っている公共性というのはあらわれているという、その点は大都市の地下鉄の場合にも同様であるというふうに私は考えているわけですけれども、お答えになったかどうかわかりませんが……。
  26. 上田哲

    ○上田(哲)委員 公共性と採算性というものがどうも逆関数のようになっていくような気がする。これは大変算術的な関数でありまして、もう少し立体的な幾何学的な関数ではじき出していくようなものがないと、近代生活構造、社会構造というものの中に適合していかない。結局、それは国鉄衰弱論、鉄道衰弱論ということにしかならない、あるいは公共鉄道衰弱論にしかならないという末路をたどるのじゃないか、あるいはたどり始めているのじゃないかという気がしてならないのであります、若干抽象論でありますが。  したがって、考え方としてはどうも採算性と公共性が逆関数になるだろうという憂いの上で、もう少し先に進ましていただきたいのでありますが、そういう意味で、採算性というものを考えてみますと、どうも分割案というのはまさにそうした方向をたどっているのじゃないか。つまり分割によってプラスになる、採算性が高まるという計算なり保証なりというものは、全く私たちには理解できないのであります。これだけの赤字を積み重ねたものが、それはさまざま、やれ過剰人員の問題であるとか経営体質の問題だとかいろいろ言われましょうけれども、これが六分割されたら突如としてその次に黒字になるという手品は、私どもにとってはどうも納得できかねる論理なり計算式である。  とりわけ絞ってお伺いしたいのですが、先生も先ほど現地子会社の発想を述べられております。これはますます利用者の減少とともに格差を生み、衰弱をするのじゃないか。特に北海道、九州、四国に絞ってぜひ、できれば具体的にお話しいただければありがたいのですが、これはまさにやっていけないのじゃないか、やっていけなければ公共性を犠牲にしていくところからむしばまれていくのじゃないかという疑問が消えないのでありますけれども、できれば、そうした九州、北海道、四国などの例をとって御説明いただけるとありがたいなと思います。
  27. 広岡治哉

    広岡公述人 先ほどのお答えも不十分だったと思うのですけれども、再建監理委員会意見書あるいは加藤慶応大学教授の御意見等を見る限りでは、あるいは再建監理委員会の事務局の方の御発言等を見る限りでは、理論的に言えば、民営化で尽きている。しかし、分割しなければ国鉄労使の意識が変わらない、意識が変わらないことにはどうしようもない、こういうことになるようでございます。その辺が経済学的に考えた場合には非常にのみ込みにくい点なんですけれども、ただ、従来の国鉄の労使に問題があったことはもう否定できないわけで、この体質を変えないとならない。つまり、特に官僚的な体質、全国画一的な物の考え方、これを変えていかないと鉄道はもうだめになってしまうというのは、まず国民の一致した認識じゃないかと思うのです。私はその点は十分評価をすべきだというふうに思います。ただ、六分割しなければ活性化しないのかというと、それはここまで国鉄が来た以上は、国鉄の自主的な努力というものは私は期待できるのではないかというふうに思っているわけです。  それから地域子会社のあれですけれども、北海道は非常に難しいわけですね。非常に厳しい環境にあるわけです。北海道については特別な考え方が必要じゃないかというふうに私は思っているのですが、一般的に言えば必要に応じて、現地子会社化というのは鉄道を残すために言っているわけであります。つまり、全国画一的な経営のもとでは地元に密着した経営がやられなかった。これは再建監理委員会も指摘していることですけれども、事実そうなんです。ですから最近になって地方都市でも短い列車編成でフリクエントに動かすというような動きが出てきましたけれども、そういったことがもっと早くやられなければならないわけです。それから、株式会社形態をとることによって地域にマッチした多角的な事業も経営できるであろう。私自身は、いずれにしても公共的な性格を持った株式会社をつくって、それが自主的にいろいろイニシアチブを発揮してイノベーションをやっていくということが一番望ましいのじゃないか、その方が無理やりに分割されるよりは働いている人の意識からいってもやる気が起こってくるのではなかろうかというふうに思っているわけです。
  28. 上田哲

    ○上田(哲)委員 意識改革というようなことはどうもやはり数式には出てこないことでありまして、この際やはり私どもはその辺を加味して数字を見るというわけにはいかない。数字でいくとやはり値上げになっていくしかないのじゃないかなというふうな問題を感ずるわけであります。  もう一つ踏み込んでお伺いしたいのですが、たまたま私の地元にも品川の大井工場というのがございまして、この新しい形態の中で車両工場はどういうふうになっていくのだろうか。そもそも少し前に定期点検の期間が延長されまして、五割延長になっているので、それだけ仕事が減ったといえば減ったのですが、それだけ安全性に危惧を持っているということも正直あるわけです。幾つかの問題がありますけれども、例えば都市圏区域に三工場あるわけであります。これを何でも割って少なくしようということで、大変機械的に二工場にしょうというふうな意見があるやに流れてくる。これもさっぱりわからないのでありますが、そういうような風評があるわけであります。さなきだに私のところの大井工場というのは十八万三千平米、ここで千八百三十八人働いておるわけでありますけれども、かなり大きいわけです。大井駅に隣接しておりますから、先ほど来問題になりました国鉄所有地の売却ということになりますと目玉の一つになるわけで、そっちの方に話がどんどんいってしまっているのですが、これもまた決まっているわけでもない。既成事実が進んでいるということで、もう一遍原点に引き戻してお伺いもしたいわけでありますが、こうした民営・分割性善論の中で車両の安全点検という問題がどうもなおざりにされていくことにならないか。この場合にはあるいは特別な発想が一つなければならないのではないか、それから土地の問題も附属してまいりますけれども、その辺についてのお考えを承れればと思います。
  29. 広岡治哉

    広岡公述人 ちょっとお尋ねを再確認したいのですけれども、大井工場の問題と分割・民営の問題。
  30. 上田哲

    ○上田(哲)委員 端的に言えば、今いわゆる分割・民営論の中で工場問題をどういうふうに扱うか。
  31. 広岡治哉

    広岡公述人 実は今先生にお答えできるほど十分な知識を私は持っていないのですけれども、ただ、やはりイギリスの国鉄でかつてビーチングプランといって大合理化をやったことがございます。一九六〇年代ですけれども、そのときにも工場の閉鎖、集中というのは大問題になりました。工場というのは集中的に労働者が職を失うということで、日本の場合には雇用の慣行がイギリスとはかなり違っていますけれども、ともかく労働者が職を失うようなことは絶対させないということで政府が取り組んでいるというふうに私は考えていますので、それは国会ではぜひそうしていただきたいのですけれども。技術の進歩に従って工場の作業が変わっていくというのもやむを得ませんし、まして国鉄自体が非常に厳しい競争の中に置かれていますから、そういう意味での合理化、近代化というのは避けられない。それについては従来ともすれば労働組合で何でも絶対反対というふうな取り組み方がありましたけれども、そういった取り組み方ではますます鉄道は行き詰まってくる。ですから、その辺はもっと大胆に将来のために取り組んでいくべきではないかというふうに私自身は考えています、先生のお考えと反対になるかもしれませんけれども。
  32. 上田哲

    ○上田(哲)委員 ちょっと重ねて念を押したいのですけれども、飛行機も何をおいてもまず安全という言い方と同じように、これはもう軌道を走るものでもまず安全でありますから、採算性とかさまざまな合理性とかということを超えてまず安全だ、ということになると車両工場の意味というのは、単純な採算性なり経営合理性なりという中に埋没してしまってはいけないだろうという気がするわけであります。また特に、先生も御指摘のように大都市交通というのが大変重要であるということになると、そうした整備工場というものが確かに都会的になじまない部分があるとしても、首都圏の中に存在しているあるいは点在しているということの意味というのは、やはりこうした大ざっぱな原則的な分割化とかいうような議論の中に吸収されてしまってはならない一点ではなかろうか、こう思うわけでありまして、そうした点での御意見を承りたいわけです。
  33. 広岡治哉

    広岡公述人 その点は全く私が知識がないためにお答えできないので申しわけないのですけれども、大井工場については私自身それでは勉強した上でまたお答えしたいと思うのですけれども、私のさっきの回答はあくまで一般的な話でございまして、もちろん安全性の確保というのは最大の前提でございますから。ただ、採算性だけでは国鉄はやっていけないわけですけれども、効率的でなければならぬということは今非常に重要な点ではないかと思うのです。
  34. 上田哲

    ○上田(哲)委員 これも今申し上げたように十八万三千平米というのですね。土地に関心のある立場からすればもう本当に垂挺の的だろうと思うのであります。これが大変安い。近所の住民からするとびっくりするような、それなら我々だって分けてもらいたいという声が庶民感情としてわき上がっているほどの数字で流されているわけですね。そもそもその前にこれを放出するのかどうかということ自体も問題になるわけでありますけれども、全部で六兆円弱というふうに集計された数字が先般出まして、その辺で、こうした工場には地場産業として下請関連等々もたくさんあるわけであります。  一つわからないのは、こういうものに貸し付けという項目がついておりまして、貸し付けというのはどういうことなのか。何か国鉄所有地の売却と言われる中にそうした発想がどんなふうに組み込まれているのか、この辺もちょっとわからないのですが、その辺を御存じであれば、あるいはまたこうあるべきではないかという御意見があればお伺いできればと思います。
  35. 広岡治哉

    広岡公述人 私も知識がないものですからお答えしにくいのですけれども、不動産については不用地をできるだけ妥当な値段で処分するということと、それから事業用地をできるだけ高度に活用して利用価値を高めていくということと、それから場合によっては所有権を残したまま貸し付けするとか土地信託という制度を活用するとか、いろいろその辺は弾力的にやっていく方がいいんじゃないかなというのが私の見解なんです。
  36. 上田哲

    ○上田(哲)委員 最後に、中田公述人に二言お伺いしたいのですが、大変問題になりました国鉄所有地の売却問題、売却が決まっておりませんし国会はまだそのことの議論をしておりません。始めておりませんけれども、ああいう形で、びっくりするような安い値段で出るということの悪い効果、非常に国民感覚にとってもうべないがたいし、また地価対策といいますか、あるいは業界などに与えた影響なども喜ぶべきものがないと思うのであります。御感想いかがでしょうか。
  37. 中田乙一

    中田公述人 ちょっと、安いので問題だ、こういう御質問でございましたか。高いので……
  38. 上田哲

    ○上田(哲)委員 いや、ああいう形で出されたということですね。
  39. 中田乙一

    中田公述人 どの土地がでしょうか。
  40. 上田哲

    ○上田(哲)委員 いや、全部で五兆八千億という。
  41. 中田乙一

    中田公述人 私の個人的感想でございますけれども、膨大な借金を何とか消さなければならぬ、これは大きな問題だと思いますけれども、したがって高くさえ売れれば目的を達するというだけの次元では、個人ならいざ知らず、とにかく天下国家の考える発想とすれば少し短絡過ぎるんじゃないかという感じは持っております。というのは、我々の会社経営のあれからいきますと、借金の額が大きいですけれども、またもう一方にバランスシートの観念でいきますと、膨大な評価の土地を持っているということがあるならば、そのバランスはとれているわけですね。だけれども、売らないと金利がかさみますから、金利の問題は解決の方法ないかといいますと、極端に言えばみずから活用することによってそれを経営のレールに乗せて借金も返していける。借金というのは、借款で言えば九十九年なんというのはないかもしれませんが、三十年、四十年はあるわけでございますから、そういう期間をかけてやるぐらいの大問題だと思うのです。今単純にこういう数字だからと並べて短絡に高く売ればいいんだ、こういうのはもっともっと深く掘り下げた方法をいろいろ考究されるべきじゃないかと私は感じております。
  42. 上田哲

    ○上田(哲)委員 監理委員会への御批判と受けとめておきます。ありがとうございました。
  43. 林義郎

    ○林(義)委員長代理 次に、近江巳記夫君。
  44. 近江巳記夫

    ○近江委員 まず、広岡先生にお伺いしたいと思います。  この国鉄改革につきましては民営化ということをおっしゃっているわけですね。国会の論議も大体民営化という方向に来ておるように思うわけでございますが、そこで、先生は分権ということをおっしゃっていますね。まさにこれは経営形態という中におきまして分権か分割が、非常に最大のこれは焦点のところであります。そこで、この分権の問題と分割の問題ですね、このメリット、デメリットにつきまして、時間の関係もございますので簡潔に先生のお考えを承りたいと思います。     〔林(義)委員長代理退席、中島(源)委員長代理着席〕
  45. 広岡治哉

    広岡公述人 先生の御質問に具体的にお答えしてみたいと思うのですが、今理論的には分割する必要はないということを先ほど申し上げたわけですが、その裏には都市間の鉄道のネットワークについては、ダイヤの調整とかあるいは運賃の調整とか精算とか、そういったことのためには統一的な経営の方がメリットがある。分割した場合にはそれが会社間の取引になってきて、そこから出てくる困難が一つ想定される、こういう問題があると思います。  それ以外にも実は国鉄、例えばマーケティングを改革する、新しいサービスを開発していくというような場合にも、例えば名古屋から仙台へ行く列車をつくるとか、そういうエクスカーショントレーンのようなものを開発していくとかというような場合にもやはり不利になっていかないか。特に航空が今後非常に発達しまして、コミューターも出てまいりますから、そういったことを考えると、経営戦略として私は都市間の幹線ネットワークは一体の方がいいんではなかろうかというふうに思っております。  他方、これまで非常に批判されてきたのは、国鉄は画一的な経営である。しかも、ちょっとしたサービスの改善も本社の承認を得なければならないために、何カ月もあるいは場合によっては一年、二年もかかってしまう。そのために常に手おくれになってしまってサービス競争で負けてしまう、こういう問題がある。これは大きい組織に基づくデメリットということになろうかと思うのです。  それではATTとか今度のNTTとかあるいはIBMとか、そういった巨大な企業は一体どうやって企業の活性を保っているのかということを考えますと、やはりそれは中央からのコントロールと同時に、マーケットに密着したところで新しい商品やサービスを開発していくための企業の活力を持たせるために非常な努力や工夫をしていると思うのですね。事業部制というのはGMが導入した組織の革新であったと思いますけれども、最近では社内にベンチャービジネスをつくっていくとうようなことがIBMやATTでもやられている。あるいはNTTの場合にはプロフィットセンターを事業別につくっていく。イギリスの国鉄も今プロフィットセンターをつくってやっておりますけれども。そういう意味では、大規模な組織が官僚的な経営に陥ることを防ぐための組織革新というのは、日本の国鉄の場合にもどうしても必要ではないかというふうに私は考えているわけです。それは徹底した分権でやれると思うのですけれども、しかし、内外の経験から見ればそれが現地会社化というような形をとる場合もあるわけでして、これは実際に株式会社化して実践していく中で、本来マネージメントが考えるべきことではないかというふうに私は思っているわけです。  現在、私自身が非常に遺憾だと思っているのは、国鉄が去年の一月に基本方策というのを出したわけですが、それと再建監理委員会とが対立してしまって、そこでの論争は非常に不十分だったように思われる。その辺に私は危惧を感じているわけです。
  46. 近江巳記夫

    ○近江委員 それから、国鉄の貨物線の問題でございますが、これは、監理委員会は分離するということになっているのですけれども、貨物につきまして先生はどのようにお考えでございますか。
  47. 広岡治哉

    広岡公述人 貨物については大変難しいわけでして、今貨物会社をつくるという方向での検討が行われておりますが、例えば従業員一万五千人とか、あるいは直接の貨物列車の運行は旅客会社に依存して、その分は旅客会社で数千人が在籍するようになるとかいうようなことが伝えられているわけですけれども、詳細には私知らないのです。ただ、私自身、貨物の営業制度あるいは運賃制度について何年間か研究会の委員でございましたけれども、一番肝心なことは、コンテナ輸送あるいは新しいサービスとしてピギーバック輸送のようなものを取り入れるとすれば、これは大都市間の貨物だということなんですね。ですから、これを全国ネットワークでうまくいくというふうに考えるとちょっと危険ではないか。大都市、特に東京、大阪、名古屋、この間、それから東京、大阪と地方中心都市の間で、当然路線トラック業者が利用したくなるようなサービスと運賃でもって競争するというのが基本だと思う。それ以外は特定の大量貨物の輸送でありまして、これはあくまで低コストの輸送に徹底するということです。例えばアメリカの鉄道なんかでは、一列車の輸送量が五千トンとかあるいは一万トンというような、そういった非常に大量輸送でもって低コストの輸送を実現しているわけです。ところが、日本はそう大きな動きというのはありませんので、その点でコストの削減についてかなりの努力が必要ではないかというふうに考えているわけです。  従来は、実は一列車を走らせた場合にそのコストが幾らかかるのか、国鉄の本社で伺ってもその回答が出てこないというような状況があった。それは、つまりマーケティングとタリフの設定とサービスの供給がばらばらだったということがある。貨物会社をつくるというのは、その辺を一本でやればうまくいくということがあるのかもしれませんけれども、逆に、列車を走らせるという観点からいえば、私は、特定区間のものは旅客会社で列車を走らせた方が簡単ではないかというふうに思うわけです。ですから、その辺どういうふうに今検討が進んでいるのか私は知らないのですけれども、十分御審議いただきたい。ともかくどういう作業が行われているのかまず聞いていただいて、御審議いただいたらどうかというふうに思っているわけです。
  48. 近江巳記夫

    ○近江委員 中田さんにお伺いしますが、総理は、民活元年ということで、民間活力の導入ということに非常に積極的であるわけなんです。今、御承知のように政府は金がない。民間にはある。したがって、ここにどういう知恵を出して本来のそういう民間の皆さんの力を発揮してもらうか、まだまだ政府の知恵が足らないように私は思うのです。非常に大きなプロジェクト、例えば明石架橋にいたしましても東京湾横断道路にしましても、これを見ますと、東京湾につきましては、道路公団が実際所有している。建設なり運営は第三セクターでやる。明石架橋にいたしましても、本四架橋公団ですね。民間がお金を出す。こういうパターンになっているわけですが、いわゆる官と民の役割というもの、これについてはどのようにお考えですか。
  49. 中田乙一

    中田公述人 民活、一口に言って民間には金がある、政府には金がない、これはちょっと私、物の考え方としてそのとおりでいいかどうか、多少疑問があるのじゃないかと思いますが。民間の場合は資金が調達できなければ話になりませんから。しかし、現況は銀行にも金が余っているようでございますから、収益性があれば金が回る、そういう前提で物を考えられるのも一つの考えだと思いますが、民活というのは、もう一つは能率の問題というのがあると思うのです。  どうもまだ成果を問うまでいっておりませんが、今新宿に西戸山開発という会社が、これは民活第一号の会社だということになっておりますが、土地の問題もけりがつき、五月に着工するわけでございます。もしこれを公団がやっても同じ仕事はできるわけでございますけれども、公団も政府の資金を使いますから、その分の予算を民間に肩がわりするという発想も考えられていると思いますけれども、そのほかに私は、できた成果を見てからの話でないと説得力がございませんが、民間がやっただけに、住みよい環境として、比較すればはるかに居住者の納得、喜ぶ環境を提供できる。これは単純なケースでございますから、比べてみるとそれぐらいしかございませんけれども、しかし、だんだん住環境を整備しなければならぬという問題に対応して考えますと、やはりこのやり方も併用して大きく取り上げていく価値があるのではないか。  東京湾架橋の問題は、膨大な資金でございますからこれは民間資金を導入するという以外にない、これもそういうことばかりじゃないんじゃないか。しかし、この件について民間がやればどういうメリットがあるのか、私にはわかりません。ただ、こういう動きをしないと——全体の民活によって内需を拡大するという方法に対してとりあえず大きな効果がある、こういう意味合いがあるのかなというふうには考えておりますけれども、私の見識では深くはよくわからない。しかし、明らかに宮営でやる場合と民営でやる場合の違いはそういう意味であるのではないか、こういうふうに認識しております。
  50. 近江巳記夫

    ○近江委員 時間ももう来ておるようでございます。そういうことで、楠山先生にいろいろお聞きしたかったのですけれども、時間がありませんので一点だけ。  いじめの問題でさっき予算面からいろいろ施策についてのお考えをお聞きしたわけなんですけれども、いじめにつきましてはいろいろな社会全体含めた大きな原因があるわけですけれども、先生は、一番大きな問題といいますか、それはどういうところにあるとお考えですか。
  51. 楠山三香男

    楠山公述人 難しい問題でございまして、私も今子供の状況というのがわからないということが一番つらいことだと黒います。学問的にもいろいろなことを言ったりするわけでございますけれども、どうもわからない。しかもケース、ケースによって物すごく違うということがある。やはり心の問題でございまして、さっきも申し上げましたけれども、生まれたときから、心の環境と申しますか、親も含めて、あらゆる意味での心の環境というものをいかにして整えていくか、そこからやり直していかなければいけないのではないか。当面のことといたしましては、それぞれのケースに当たってみんなが、周囲の者が一生懸命努力する以外にない。お答えにならないのでございますけれども、この問題は私もわからなくて困っております。
  52. 近江巳記夫

    ○近江委員 終わります。
  53. 中島源太郎

    中島(源)委員長代理 次に、岡田正勝君。     〔中島(源)委員長代理退席、委員長着席〕
  54. 岡田正勝

    岡田(正)委員 公述人の先生方、大変ありがとうございます。貴重な御意見を拝聴させていただく機会を与えていただきまして、大変喜んでおります。時間の関係がありますので、ごく簡単なお答えになってしまうかもわかりませんが、できるだけ要点をしっかりお聞かせをいただきたいと思うのであります。  最初に、楠山先生にお尋ねをいたします。  今いじめの問題が出ておりましたが、先生のお答えを聞いておりましたけれども、もちろんケース、ケースによっていろんな原因があるわけですからなかなか判断の難しいことでありますが、概括しまして、今世間で一番大きな問題になっておるのはいじめの問題なものですから、このいじめをなくするためには一体どうすればいいんだろうかという問題について、経験の豊富な先生からのお答えをお聞きしたらありがたいと思うのです。
  55. 楠山三香男

    楠山公述人 経験豊富とおっしゃいましたけれども、この問題に関しては大変難しゅうございまして、ただ、それを広く友達同士の問題、それから人間関係ということまで広げて考えますと、そういったところに何かの欠陥がある、その環境の中で欠陥があるということをとにかくみんなで見つけ出さなければいけない。見つけ出したところをそこで一生懸命努力をする。ですから、事件が起こりましてこうこうだということが報道されましても、毎日のようにその状況というのが変わってくる。それはまさに、本当のことはわからないのかもしれないというところでございまして、現象だけをとらえてもなかなか言えない。それから、さらにもう一つ言えることは、それが今広がって問題になってはいるのでございますけれども、ほかにもいいこともいっぱいある。そのいいことを広げていく、そういうことを考えたいと私は思うわけです。それをいかに見つけていくか、つまり、当面のことを一生懸命やると同時に、ほかにも教育の世界の中で、学校の中だっていっぱいいいことがあるわけです。そういうものをできるだけ拾い上げて一生懸命やっていくということが、手ぬるいということになるかもしれませんけれども、実は大切な解決方法ではないかというぐあいに考えております。
  56. 岡田正勝

    岡田(正)委員 こういういじめの問題で新聞を非常ににぎわしておるのでありますが、それを読んだ国民がいつもそのケースごとに考えますことは、学校の弁明がありますね、先生の弁明がありますね、それから親の弁明があります。いろんなことを聞いておりまして、言うならば終局的には人命にかかわるような結果になっておるわけでありますが、そういう人命にかかわるような問題について、このいじめの問題で一体だれがどういう責任をとるべまなのかという大変な疑問を持っておるんですね。こういう点についてお教えいただきたいと思うのです。
  57. 楠山三香男

    楠山公述人 最終的には、それらの仲間と申しますか、それら自身だと思います。結論的に言えばそういうことだと思います。そういう子供たちがいかにしてできるかということについては大人は二生懸命考えなければいけない。それよりも何よりも本人自身が、自律、みずからを律する人間に育っていく、そういうことをみずからが考えていかなければいけない。それは、だんだん子供が大人になっていくわけですから、十四歳になれば刑事未成年ということもなくなるわけでございますし、法律は次々と年齢に応じてそれなりの、成人に至るまでいろいろな仕組みがあると思いますけれども、そういう意味で、自覚をしていく、みずから律するということについて自覚をしていく、それを育てていくという以外にはないのではないか、責任はみずからにあるというぐあいにも考えます。
  58. 岡田正勝

    岡田(正)委員 楠山先生、もう一つお願いしたいと思いますが、現在教育の現場におきましては、労使という言葉を使っていいのか悪いかわかりませんが、いわゆる管理職の人と教員の関係、現場の関係が大変ぎすぎすしていることがよく報道されておりますね。こういう労使関係のぎすぎすした現状の打開の方策というのはどうあるべきであるかということについてお教えいただきたいと思います。
  59. 楠山三香男

    楠山公述人 労使の関係と申しますか、それがぎすぎすしているということは最も残念なことだと思います。一つは、学校という環境が、教育ということであるならば、そこにはそういう問題を超えたものをみずからがつくり出していく、教師集団みずからがつくり出していくということが当然のことであろうと思います。ひところほどではないのかもしれませんけれども、校長は敵であるとか云々というようなことがよくございました。それはそれなりにいろいろな問題があるかもしれません。しかし、とにかく子供を目の前に置いて、学校において責任を持つ大人が大人としての責任を持つように、みずからの仲間の関係というものを十分融和した状況に持っていっていただきたいというぐあいに考えております。
  60. 岡田正勝

    岡田(正)委員 ありがとうございました。  それでは次に、中田会長さんにちょっと教えていただきたいと思います。  私も実は土地家屋調査士の免許を持っておりまして、大変深い関心を持っております。特に民活の問題については大きな関心を持っておるのでありますが、最初お話をなさいました中に、昭和五十九年、経済企画庁の要請で民活をいかにしたら発揮できるであろうか、そういう問題について諮問があった、それに対するお答えをしたのでありますが、何といっても問題点は規制を大幅に解除してもらわないと民活は出てきませんよという意見が大体まとまった意見である、この規制というのは昭和四十四年に始まったかのいわゆる列島改造論といいますか、全国で土地を買いまくるという問題について政府があわてて規制を行った、それがそのまま残っておるわけでありますが、一向に改善されておらぬ、これが民活を発揮するための一番大きな障害じゃないか、こういうふうにおっしゃいまして、私も同感だと思っております。ただそこで、時間がありませんからまことに残念なのでありますが、いわゆる邪魔になる規制の中で幾つかの、少なくともこれだけはやってもらわなければいかぬなということがございましたら、短い時間ですが、教えていただきますとありがたいと思います。
  61. 中田乙一

    中田公述人 大きな問題でございますからなにですが、時間がございませんので、ちょっと言い回しが無礼かもしれませんが、交通標語に、狭い日本、急いでどこへ行く、こういう標語がございますが、例の線引き問題でございますが、この狭い日本をますます狭くして土地の値段につなげるなんという現象が明らかでございますので、これはやはり最大の問題の一つかと思います。  それから自由経済であるべきだという話をしましたが、一つ一つの取引が全部国土庁の許可を受けなければならない。その実例がまことにぱからしいのが山ほどございまして、私の会社の仕事でございますが、仮に五百土地を造成して売ると当然南北とか日当たりとかあるわけでございますが、これが全部十把一からげの値段であるなんというのは、これはやはり行政介入の一つの悪いあらわれじゃないかと思います。土地値上がりの問題にもつながりますが、土地の取引なんかは届け出をさせてどういう状況になっているかということを把握することまではいいと思いますが、許可は全部外したらいいんじゃないか、こういうふうに思います。  あとは、税制の問題は先ほど触れませんでしたが、これがまた土地の値上がりの理由の元凶であると私は認識しております。  以上でございます。
  62. 岡田正勝

    岡田(正)委員 先ほど、私もちょっと不勉強でありましたが、マンションを買うことがないものですから大変不勉強でありますが、例えば二千七百万円ぐらいのマンションを買ったといたしますと、購入者自身が直接払うんじゃないんだけれども、その所在地の市町村に対して二百万円ぐらいの金を払わなきゃならぬ、まことに不都合なことであって、これを払わなければ二百万円安くお売りすることができる、利子の関係等も引例をされまして大変わかりやすいお話をされたのでございますが、それに関連をいたしまして、法人税の一・三%の値上げがそのまま据え置きになっておりますね。今回もそのまま据え置きというような状態でありまして、私どもは、税制改革を急がなきゃいかぬ、抜本改正をせい、その中では世界で一番高いと言われるような法人税の問題あるいはむごたらしいほど累進税率で上がっていく所得税法の問題、これについては特に思い切った減税をやってもらいたい、こう言って要求をしておるのでありますが、ことしもどうもお取り上げにはならぬようでございます。そのことについて、会長さんの立場でちょっと答えにくいかもわかりませんけれども、この法人税率の問題に限って一・三%そのままずっと据え置きというこの姿勢というものに対してどのようにお感じになっていらっしゃるか、お答えいただきたいと思います。
  63. 中田乙一

    中田公述人 法人税が高いか安いか、これは根本問題でございますから、それは別としまして、やはり高いという認識があるから時限を限って一・三%を取る、こういうことだったと思うのでございますが、全体的に見て、民活の観念につながりますが、法人、個人を通じまして税金に大変高い率を政府が取り込んでいるということが、広く言えば即民活を阻害しているということでございまして、やはり全体の観点から根本的に税制を見直すということでございますが、特に我々不動産供給業者としては、住民が非常に買えなくて困っているということをよく知っておりますので、やはり安く提供しなければ商売になりませんので、やはりこの点に根本的改革をしていただきたい、こういうふうに存じております。
  64. 岡田正勝

    岡田(正)委員 ありがとうございました。  最後に、広岡先生にお尋ねをしたいと思いますが、先生のお話を聞いておりますと、国鉄の民営化は賛成である、しかし分割というのはいかがかなと、こういうふうに聞こえたのでありますが、そういうことになりますと、先生のお話の中に出てくる方式をとるとするならば、民営化にするんだけれども国有の株式会社というお言葉をお使いになったと思うのですが、国有の株式会社にして一本のもので経営をした方がよかろう、さらにローカル線その他については事業本部制というようなものをしいてやっていった方がいいのではないか、こういうようなお話であったと思うのですが、聞き違いがあってはいけませんので、監理委員会の言う分割・民営化という方向とは先生のお考えはここが違うというところを、ちょっと簡単にお教えいただけませんか。
  65. 広岡治哉

    広岡公述人 分権化を徹底するという前提でいきますと、地域事業部制と、それからサービス事業部制がございます。それから、私自身も詳しくは知らないのですが、最近民間企業でも、NTTはプロフィットセンターということで事業別に開発体制をつくりました。それから、イギリスの国鉄はやはりマーケットに即してプロフィットセンターをつくって、それぞれ財務目標を設定してやってございます。公共的な企業、私は企業に自主性を確保することがどうしても必要だと思っているんですけれども、国鉄改革には。しかし、公共的な要請というのは必ず受けるわけでして、純粋の民間企業のように行動することはできないというふうに思っているわけであります。ですから、その場合に、国鉄の行っている活動のカテゴリー別に政府政策要請をしなければならない。それに対して国鉄の方は、それに応じていかにそれを効率的にやっていくかということを事業計画で立てなければならぬというふうに思うのですね。そこで、企業的自律性と矛盾するような公共的な要請については必ず政府が補償するという、これはもう大原則だと思うのですけれどもね。私は、分権化の徹底というのは、ある場合には分割になり得るというふうに判断をしているわけなんです。しかし、それはあくまで企業の自主性を尊重して、企業の自主的な努力の中でそれが行われるのでなければならないのであって、実はここ数年間の、国鉄の当局者が幹線を一本でやりたい、それに対して六分割しないと、あるいは分割しないと意識が変わらないからだめだという論争は、ちょっと不毛ではないかというふうに私は考えているわけです。
  66. 岡田正勝

    岡田(正)委員 時間が来たようでありますから、最後に一点だけ広岡先生にお尋ねしておきたいと思いますが、先ほどの中田会長さんの、民間は国土庁の関係で土地の値段等についてはぱっさり網がかけられておる、政府機関はそうではないというような問題に関連をいたしまして、今や国鉄が持っておる長期債務をどう処理するかということの中に、やはり財産処分ということがあるわけですね。この財産処分につきまして国会でもいろんな論議が交わされておりますが、一口に言いまして、高く売れれば高く売れるほどよろしい、大いに高く売った方がいいというふうに先生は思われますか、どうですか。
  67. 広岡治哉

    広岡公述人 私自身国鉄経営者であれば、それはできるだけ高く売りたい、そのことによって新車業体ができるだけ身軽に、経営しやすくなりたいというふうに考えると思います。  ただ、国鉄の持っている非常に希少性のある土地というのは、大都市あるいは地方の中心都市でも非常に都市計画上重要な場所でありまして、当然そこでは都市計画上の要請があるわけですね。ですから、その点について、市場競争入札で最高の値段がつき得るという値段と、それから公共団体が望ましいと考える値段との間にギャップが出てきた場合にどうするかということは、ひとつ高い次元で政府に考えていただきたいというふうに思っているのです。
  68. 岡田正勝

    岡田(正)委員 わかりました。ありがとうございました。  終わります。
  69. 小渕恵三

    小渕委員長 次に、瀬崎博義君。
  70. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 どうも公述人各位、御苦労さまです。  時間がないので簡潔なお答えをお願いしたいと思うのですが、まず中田公述人に伺うのですが、中田公述人の御意見は、規制の大幅緩和、それから国有地を安く払い下げろ、いつも予算委員会ですとそこに中曽根首相がお座りなんですが、中曽根さんそっくりな話をされるなと感心しながう伺っておったのですが、まずその規制緩和についてなのですけれども、企業の論理を主張されたと思うのです。だけれども、国民には国民の側の論理があると思うんですね。自分の住んでいる家のすぐそばにひっついてある日突然高いビルが建つ、こんなことは到底すんなり受けられないと思うんですよ。また、自分の住んでいる家の安全性もありますね。あるいは日照権の問題もあります。当然のことながら建築基準法等の規制はあってしかるべきだということになるし、むしろ現在のは甘いということになるかもしれませんね。あるいはまた町全体の防災線を確保してもらわなくてはならない。これはもう我々日々経験しているところですね。公園や避難場所あるいは安全な道路、そういうものも必要になりますね。これはやはり都市計画法は必要でしょうね。  また、資本のある者、お金のある者だけが土地が買える、家が持てて、金のない者はウサギ小屋に住んでなくちゃいけない、これは社会的不公正でしょうね。したがって、土地問題等についてもこれはもう厳しい規制があってしかるべきだと私は思いますね。今自民党の幹事長をされている金丸さんがまだ大臣をされておったころに、土地を商品として扱うことには反対だ、こうおっしゃったことを思い出しました。いろいろ申し上げたいのだけれども、そういう国民の側の要請については一体どうお考えなのかどいうことが一点。  それからもう一つ、今度は、国有地は安く払い下げろとおっしゃいましたね。例として、旧司法研修所跡が坪二千八百万円で大京観光に売られた、値上がりが問題ならまず政府が正常な値段に抑えるべきじゃないか、政府の都合で幾らでも高く売るのは暴論だと思うとおっしゃったわけです。私どもは国有地を売り払うことに反対なのですよ。しかし売るとすれば、今一番公平なやり方は入札になるでしょうね。しかも。国土利用計画法では国有地除外じゃないかと言うけれども、国が持っているのですから国会も監視するわけです。だから、そういう監視を受けている政府側、大蔵省はちゃんとやはり理財局長通達、ちょっとその現物を今持っておりませんけれども、あの中で、地価の鎮静というものを見きわめてでなければ払い下げていかぬというような規定を設けているんですよ。全く無条件で払い下げているのではないということ。  それから、たしか紀尾井町の旧司法研修所跡は、それでも相当高い値段が入るのじゃないか、疑問を持たれるのじゃないかというので、あらかじめ入札結果は公表するという条件つき入札だったと思いますよ。だから、高く買えぼそのことについて世間の批判を受けることを覚悟せねばいかぬ、こういう状況に買った大京観光は置かれておったということがありますね。どうせ売り払うなら、相手は大企業ですから、少しでも国の土地が高く売れることを我々は望みたい、これは国民共通の願いだと思いますね。これを安く売れというのは、結局、大企業にもっと利益をよこせ、こうおっしゃっているのではないかと思うのです。そうでなければ、買った大京観光は損を覚悟でやったのかな、こういうことになりますが、まさかそんなことはないと思う。納得の上で買っていると思いますね。ですから、国に対して文句を言うのはちょっと筋違いで、文句を言うなら大京観光に、つまりこの大手不動産業者同士の間でいろいろと意見を闘わせるべき性質のものではなかったかな、こういうふうに思うのです。  以上二点、お答えいただきたいと思います。
  71. 中田乙一

    中田公述人 先生のおっしゃるお話、大変理路整然としていると思います。(瀬崎委員「常識ですよ」と呼ぶ)私も常識で物を言っておりまして、たまたま総理がどういう発言をされているかですが、大体発想の根拠は同じなものですからあるいはそういう印象を与えたかと思いますが、ただ、先生のおっしゃるように国有地を安く売るべきだ、そういうことを言ったことは過去にも一切ございません。現在もそう思っていません。ただ、今まで起きた現象が国民経済全体に、やはりそういう短絡な方法だけでは悪い影響を及ぼすんじゃないか、そういう立場から、単なる入札制度でいかなければならぬ場合もあるし、いろいろまた業界としても、後の利用のすぐれたケースとか、いろいろな場合を想定しておりますが、これは何か名案がないかということで私ながら苦慮しているというにとでございまして、決して安ければいいなんという次元で考えていないということだけ御了承いただきたいと思います。(瀬崎委員「規制緩和の方はいかがでしょう」と呼ぶ)  規制緩和は、これも今、日照権とかいろいろ、これは当然のことでございまして、何でもかんでも全部よせというのでなく、やはりああいう緊急措置としてつくった法律が相当部分ございますので、やはり環境の変化に応じて、それに対応したような改正を少なくともするべきじゃないか、こういう考えを持っているわけでございます。
  72. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 もう一点、特に大都会ではビルの用地の不異が深刻で、これに向けても国有地を活用すべきだという御議論がでざいましたね。その理由として、特に外国人の求めるマンションというのは非常に居住水準の高いものを要求されるのだ、そういうマンションを建てる場所がないというお話だったのですが、裏を返せば、日本人の住んでいる家の居住水準がいかに低いかということをあなたおっしゃったのではないかと思うのですよ。せっかくそういういい土地があるんなら、まずは日本の国民でまだまだ非常に低い水準の家にしか住めない人のためにそういう土地を活用すべきだという発想になぜおなりにならないのか、そういうことについては三菱地所の方は余り念頭に置いていらっしゃらないのか、いかがでしょう。
  73. 中田乙一

    中田公述人 どうも、私はいわゆる大企業のトップでございますので、先入的に先生は私の物の考え方に誤解を持っているんじゃないかというふうに思うわけでございますが、時間があれば先生と対談すると大変おもしろいというような感じを持ちます。  私は貧乏人の生まれでございまして、家族が八人もいて、今の一世帯家族二十五坪とか三十坪が要するに最低線ということで実現しております、そういうのと比べますと私は大体その半分くらいしかない家に住んでおりましたので、そういう意味では居住水準は非常に高くなったと申すべきですけれども、これだけの先進国の仲間に入った以上は、外国へ行って比べると、これではまだまだ一人前の生活じゃないんじゃないか、もう少しゆとりのある環境を句とか提供できないか、私はそういう心ておりますので、いろいろなことを主張しているわけでございます。
  74. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 では、次に広岡公述人にお伺いしたいと思うのです。  先生は先ほど、今後とも国鉄には公的な助成が必要だということは何回か強調されました。常磐新線建設にも財政援助は要るとか、あるいは青函トンネル、本四架橋などは、こういう減価償却負担の非常に大きい施設については、公共施設扱いにして便益に応じた負担というご挙を考えるべきだという、具体的なこともおっしゃったのです。  問題は、まさにそういうことを我々も主張したのに、政府国鉄に対してきちっと実行しなかった。ここに問題があった。だから、こういうことを政府がきちっとやるならば、現在の全国一元で公共企業形態のまま、百十三年かの歴史を持っているわけですから、これを十分に生かし、活用して再建ができるのではないかと私は考えるのですが、いかががということ。  それから二つ目に、国鉄の累積赤字の問題を経営戦略の失敗と、先ほど一言で言うならばということで位置づけもれました。果たして国鉄を採算制あるいは競争に耐え得る経営という意識の弱さに今日の問題を全部集約していいんだろうか、そういう疑問を率直に持ちました。もし経営戦略というお言葉を使うならば、国鉄の場合は、生産性比較とか職員一人当たりの収入比較から必要人員を割り出すというふうな発想は、私はむしろ国鉄め使命をちょっと棚上げしているんじゃないかという感しがしてなりません。  結局、もうかる地域とか、まあ適当なもうかる範囲内の路線というのは、日本では全部民間経営がやっているわけです。現在国鉄がやっているところというのは、そういう意味ではまさに採算を超えて、国民の足を守る、あるいはバランスのとれた過疎過密のない国土経済の発展を支える、あるいは大量、昼夜、そして長距離の一貫した輸送を狙っていく、こういう中で絶対安全を確保する、こういうことになるならば、私はやはり現在のこの国鉄の形態、これにまさるものはない。あえて官僚性が障害だとおっしゃるならば、むしろ、国鉄が四十年代の初めから赤字になりかけた、そのときに国鉄の投資を抑えるべきだった。閣議で国鉄の投資規模は三兆円だと決めたにもかかわらず、列島改造が出たら途端に田中内閣が十兆町の投資を押しつける、こういう政府の干渉とそれを受け入れた国鉄幹部の官僚性に問題があるのであって、国鉄全体が官僚的でだめだどいう結論は、私は早計に過ぎるのではないかと思うのですね。いかがでしょう。
  75. 広岡治哉

    広岡公述人 先生にお答えします。  EC並みの公的補償というのをやるべきだ、それで赤字による債務を累積させるべきでないというのが長年私自身の主張でもあったわけです。確かに、それがやられてくれば今日のような事態にはならなかったという点は、御指摘のとおりだと思います。  しかし、それでは問題がなかったかというとそうではありませんで、要するに国民の所得水準が上がって自動車が非常に普及したということと、それから航空輸送が大衆化したということと、それから産業構造が非常に変わったということからいって、鉄道の市場条件というのは三十年代以降非常に厳しい条件に置かれたひそれが三十九年に最初の赤字転落、四十六年に償却前の赤字転落というふうになっていったわけでありまして、ヨーロッパのように毎年補償あるいは赤字の補てんというものをやっておれば、ある意味ではもっと早く問題に気づいたかもしれない、私自身は三十年代にその点を予想していたものですから。  国鉄は安企業であります。ですから国民経済的な要請を満たさなければならないわけですけれども、そのためには、やはり外部の環境の変化に適応するような戦略、これはどうしても必要であるというふうに考えているわけです。  例えば、五十九年度の監査報告書を見ましても、国鉄の営業収入のほとんどは幹線なんですね。特に東京、大阪の都市圏、それから東海道山陽新幹線、東北・上越新幹線、これで三分の二を占めているわけですね。そうなるのには必然的な社会的根拠があったわけです。ところが、例えば東京の国電の輸送あるいは大阪の国電の輸送というものを考えてみますと、非常にサービスが悪い。例えば日曜日でも電車に立ってのらなければならぬ。こういうことはヨーロッパではまず考えられないことだと思うのですね。それは、それだけ列車の運行国数が削られている。なぜそういう状態になるかといえば、これは結局、東京や大阪で吸い上げて、それをローカル線の維持に配分しているという、こういう方式を長年やってきだわけです。ですから東京の投資も非常におくれてきた。私は長年それに対して注文をつけてきたわけです。  ローカル線の公共サービスについては、これは内部補助ではなくて公共的に補償しなければならないというのは、もうここ二十年以上にわたって国際的な常識で、ECの規則にそれはうたわれているわけであります。そういう意味では、成長性のある市場に対して新しいサービスを開発して提供していくというのは当然であります。国鉄というのは企業ですから、やはり企業として市場の中で存在しているということを前提にしなければならぬと思います。ちょっと長くなりました。  それから、職員一人当たりの収入ということですが、これは国鉄が民鉄並みに効率を上げなければならぬということで、例えば列車キロ当たりの車掌数とか……(瀬崎委員「時間がありませんから短くしてください」と呼ぶ)時間が長引いたようですから、それじゃこれで終わります。
  76. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 別に何も先生と私どもの意見が全面的に違うと思いません。地方線は公共的補償で守れと言われれば、まさに国鉄ならそれが一番やりやすいわけだということをおっしゃっているし、それから通勤電車が満員状態というのは、それほど日本の国鉄は外国に比べてまだ国民に非常に利用されているということの証明で、国鉄の使命の重さを逆に物語っているのではないかと思うのぞす。  最後に、一問だけ楠出先生に伺って、終わりたいど思うのです。  四十人学級の問題、大規模学級の解消の問題、障害児教育を重税する問題に非常にきめ細かな配慮が必要だということを強調されて、私も本当に敬意を表するのです。  そこで、特に問題の根本として伺いたいのですが、いわゆる臨調路線に基づく予算編成になって大体五年になるのですが、その間、軍事費の方はちょうど四〇%ふえているわけですね。教育費は、先生自身おっしゃいましたように横ばいで来ているわけです。この開きを一体どう見ていらっしゃるのだろうか。  憲法では、言うまでもなく九条で戦力は不保持と決めている。そっちがどんどんふえている。逆に教育の方はどうかといえば、これは憲法二十六条で、国は教育権を保障しなければならないことになっているわけです。それを受けて教育基本法では、教育行政の最大の使命は教育目的を遂行するに必要な教育諸条件の整備となっているわけでしょう。こっちの伸びはこの五年間ゼロで、軍事費だけ四〇%伸びている。これは憲法上あべこべではないか、先生はどういうふうにお考えになっているのだろうか、そこを伺っておきたいのです。ここが直らない限り、いかにきめ細かい施策をと言っても無理になってくるのじゃないかと私は考えて、いるのですが、どうでしょう。
  77. 楠山三香男

    楠山公述人 私は防衛問題に関しては本当に常識程度のことしか知りませんので詳しくは申し上げられませんが、比率だけで論じられないのではないかというぐあいに考えます。予算全体構造の中でもって何が必要であるかということの判断になるのではないかと思います。それで先ほど私は、このままでは教育費というのが窮屈になってしまうからその別枠で、内閣を挙げてというか政府を挙げてとか、そういう形で考えていただくことも必要ではないかというぐあいに最初に申し上げたつもりでございます。  以上でございます。
  78. 小渕恵三

    小渕委員長 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。  午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時四十八分休憩      ————◇—————     午後一時三十分開議
  79. 小渕恵三

    小渕委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  この際、御出席公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  公述人各位におかれましては、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございました。昭和六十一年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、どうか忌揮のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。  なお、御意見を承る順序といたしましては、まず松永公述人、次に渡辺公述人、続いて滝井公述人の順序で、一人二十分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。  それでは、松永公述人にお願いいたします。
  80. 松永嘉夫

    ○松永公述人 名古屋市立大学の松永と申します。よろしくお願いします。  政府、日銀は、昨年の九月下旬以降、懸命に円高・ドル安を推進してこられました。その結果、周知のごとく円相場は大きく変わってまいりました。公述人としまして、この点から意見を述べさせていただきたく思います。  海外との間の大きな貿易アンバランス、それに基づきます貿易摩擦を是正していくのにこのような円高・ドル安の強力な推進が有効なものだとは思いますが、昔から、為替相場変更の国際収支効果を高めるには、例えば今回の円高とは反対の為替相場切り下げをやった場合に、同時に景気引き締め策を並行して実施した方がよいということになっております。円高は為替相場切り下げとは反対の方向ですから景気政策は刺激型にならなければならないわけですが、その点が十分に配慮されているかどうかであります。一応、公定歩合は一度〇・五%ポイント切り下げられました。また、今回の予算案の中でも、例えば税制面で住宅取得減税とか民間活力導入ということで部分的な減税が多少なされております。しかし、それだけで大丈夫かどうかであります。  もっとも、考えてみますと、これまでの激しい円高あるいは円の切り上げの経験からしますと、世の中のそれらに対する心配、つまりそのようなことによって国内景気が非常に悪くなるといった心配はこれまでの経験では単なる危惧でした。景気が悪くなるどころか、実際には昭和五十二年、五十三年の円高のときも、そして最初の経験でありました昭和四十六年のいわゆるスミソニアンの円の切り上げのときも景気は上向きました。円高・ドル安を積極的に推進してこられた政府、日銀のお考えの中にも、過去そのようなことで景気に大きなマイナスになったことはないというような楽観的な見方が今回おありになったのではないかと思います。  確かに、過去の経験のように円高、円切り上げで内需が縮小するどころか内需が拡大すれば、今日の日本経済にとりまして一石二鳥であります。しかし、今度もまた柳の下にドジョウがいてくれるかどうかであります。  昭和五十二年、五十三年の円高のときには、世間の心配とは反対に景気は上向きました。だが、あのときは、第一に、石油危機の後の狂乱物価の収束期とも重なりまして、五十二年から五十二年にかけて消費者物価上昇率が四・二%ポイントも低くなりました。そのため消費者の実質所得がかなりふえまして、日本経済を上昇させる個人消費需要のエンジンが回り出しました。そして、そのはずみもありまして、第二に、五十三年の中ごろから設備投資需要のエンジンも回り始めました。設備投資は、石油危機後、冷え切った期間が長かっただけに、そのときは大きな山が来ました。  しかし、今回の円高はどうかであります。消費者物価が四・二%ポイントもの落差をもって安定してくれるかどうかであります。経済企画庁の六十一年度経済見通しては、六十年度実績見込み二・一%アップに対しまして、六十一年度見通しは一・九%ポイントであります。したがって、物価安定の落差は差し引きで〇・二%ポイント程度であります。もちろんこれはその後の円高いかんによりますが、仮にその後の円高の進展でこの落差が〇・四%ポイントぐらいになったとしましても、これで、これまで決して調子がよかったとは言えない日本の個人消費のエンジンが快調に回り出してくれるかどうかであります。今日言われております今度の春闘の予想では、快調に個人消費のエンジンが回り出すどころか、ますます調子がおかしくなりそうであります。  そして、第二に挙げた設備投資需要のエンジンですが、今回は直前にかなり大きな好調の山があっただけに、そしてそれが既に終わりかけたところでございますので、連続してまた大きな山が来てくれるかどうかは大いに疑問であります。  さらに第三に、五十二年、五十三年の円高のときには直前に輸出が好調過ぎるほど好調でした。米国経済が過熱状態にあったからであります。そのため、昭和五十一年、五十二年と日本の輸出はともに前年比二〇%ぐらいずつ増加しておりました。このように輸出のエンジンはオーバーヒートぎみでございましたので、円高の冷水がかけられても凍りつくようなことはありませんでした。  しかし、今回は恐らく違うだろうと思います。一昨年、輸出は非常に好調でありましたが、既に昨年の前半から完全に調子がおかしくなっております。昨年上半期の日本の輸出は、通関統計で言いまして前年同期比〇・三一%のマイナスに既になっております。このような状態で二百円を大きく割り込んで百八十円になろうとしているような円高では輸出のエンジンは凍りつくおそれがあろうかと思います。  昭和四十六年末の最初の円の切り上げのときも景気は悪くならずに、むしろ石油危機直前の昭和四十八年あたりはよくなり過ぎて、完全に過熱状態になってしまいました。しかし、あのときと今回とでは政府、日銀の円高、円切り上げに対する姿勢がまるで違います。あのときは円切り上げ阻止と、切り上げによる不況効果の回避に政府、日銀は一生懸命でした。  今回の場合、既に円高の国内経済への影響が出てくる以前の段階で日本経済の状態はかなりおかしくなっております。既に述べましたように日本経済を動かす輸出のエンジンはもう昨年の当初から調子がおかしくなっておりますし、さきおととし、おととし、昨年前半まで好調であった設備投資のエンジンも機械受注高の統計で見る限り、昨年中ごろから順次伸び率が低下して、昨年十一月などはもう伸び率がマイナスになっております。個人消費需要のエンジンも時々逆噴射ぎみで調子がよいとは言えません。  このような状態で、円高の国内経済への影響は非常に心配であります。既に国内景気からして内需は縮小の方向にあるのに、この円高でますますその方向を強めそうであります。内需が縮小してせっかくの円高推進努力にかかわらず、貿易不均衡の縮小効果も出ないということが十分に考えられます。  財政事情がいまだ非常に悪いということは十分に心得ておりますが、何か内需を大きく拡大させる、それを期待させるようなウルトラCと申しますか、あるいはウルトラD的な知恵は出てこないものかどうかであります。  私は、これまで、大きな内需拡大策としまして、欧米がかつて今日の日本の状況とはほとんど正反対の状況で実施しました、いわゆる所得政策、その逆、つまり逆所得政策というのを提唱してきました。厳しい財政事情のもと、財政に負担をかけずに内需を拡大するにはそれしかないと思っております。新聞情報によりますと、政府部内にも同じような意見が最近多くなってきたということでありますが、いわゆる賃金の高目誘導であります。昨年政府がおやりになった輸入拡大の呼びかけのように高目賃上げの呼びかけができないものかどうかであります。賃金は労使の交渉にゆだねるというのが日本の慣行であるということは承知しておりますが、この際は背に腹はかえられないというふうに思います。それとも、厳しい財政事情下ではありますが、思い切って大幅所得減税をするかであります。  日本経済を飛行機に例えて、輸出、設備投資、個人消費の三つの主力エンジンで飛ぶ飛行機だと考えますと、ともかく国内的にも対外的にも、内需の確実な拡大のために何らかの方法で今、回し得るのは個人消費のエンジンしかないと思います。景気が後退色を強めている状況では、設備投資のエンジンは回りそうもありません。輸出のエンジンも積極的に回すことはできません。  昭和五十九年度経済白書は、ともに深刻な財政赤字と貿易摩擦はトレードオフの関係、つまりあちら立てればこちら立たずの関係だと言いました。しかし、内需を拡大させる方法をとらなければ、いつまで立っても深刻なトレードオフのもとに置かれます。個人消費のエンジンを勢いよく回す決断が今必要ではないかと思います。  どうもありがとうございました。(拍手)
  81. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。  次に、渡辺公述人にお願いいたします。
  82. 渡辺文夫

    渡辺公述人 渡辺でございます。  本日、このような機会を与えていただきました諸先生方に厚く御礼を申し上げます。  それでは若干のお時間をちょうだいいたしまして、六十一年度政府予算案に対する私ども経済界の考え方並びに抜本的税制改革についての私見を申し述べさせていただきます。  振り返ってみますと、昨年秋口ごろから経済の拡大基調にやや陰りが見え始めたので、ありますが、そのやさきに円高が急速に進みましたために景気の先行きに懸念が高まるなど、六十一年度予算編成をめぐる環境は非常に厳しいものであったと存じます。そのような厳しい状況の中で、最終的には行財政改革の基本路線が堅持され、一般歳出の四年連続の凍結に象徴されますように、総じて緊縮予算となったことを高く評価したいと存じます。  一方、内外の強い要請となっております内需拡大につきましては、一般会計の公共事業関係費は減少しておりますものの、財政投融資の重点配分あるいは地方債の活用といった方策により総事業量の確保に努めるなど、現在の厳しい財政事情の中で目いっぱいの配慮がなされていると考えます。  このように行財政改革と内需拡大という時として相入れない二つの重要課題に正面から取り組んだ成果が、六十一年度予算案に十分反映されていると申し上げたいと存じます。加えて、従来とかく批判のありました補助金について、補助率を思い切ってカットする一方、当面の最重要課題である対外経済摩擦解消の見地から、我が国の国際的責務を果たすための経済協力費等の充実を図るなど、予算配分の面でもめり張りのきいた形になっております。  今後は、予算案が早期に成立し、景気動向をにらみながら機動的な対応が可能となるよう期待するものでございます。  一方、このような行財政改革をてことした歳出の削減努力にもかかわらず、税収の伸び悩みから、国債減額幅は目標を下回る七千三百億円にとどまらざるを得なかったわけでございます。また、財源対策のための増税が行われ、さらには厚生年金の国庫負担の減額、公務員給与改善費の計上見送りといった歳出の先送り措置も目立つのでございます。  見方を変えますと、このような手段に繰り返し依存せざるを得ないほど、財政は危機的な状況に陥っていると言えるのではないかと存じます。  申し上げるまでもございませんが、国債費は、定率繰り入れを停止しても歳出の二〇%を占め、最大の支出項目となるなど、財政の硬直化は一段と進んでおります。また、国債残高は六十一年度末百四十三兆円とされておりますが、国鉄の分割・民営化に伴う国の長期債務約十七兆円、交付税特別会計借り入れの国の負担約六兆円、さらに先ほど申し上げた歳出先送りの償還など、国が将来負担しなければならない債務は大変な金額に上っているのでございます。  このような債務の累増に加えまして、今後我が国では人口の高齢化が急速に進展し、これに伴い社会保障支出の増大は、制度の一層の改善を行っても避けがたいものと思います。  このような事態を考慮いたしますと、財政再建の必要性はますます高まっていると言わざるを得ないのでございます。大蔵省が六十一年度の「財政の中期展望」を発表したのを契機に、六十五年度赤字国債からの脱却という基本方針をめぐり、さまざまな論議が行われておりますが、仮に再建期間をおくらしたとしても、容易に解決できる問題ではございません。むしろおくれればおくれるほど問題は深刻化し、日本経済は極めて困難な事態に陥ることになりかねません。  その意味におきまして、行財政改革はまさにこれからが正念場でございまして、制度、施策の根本に立ち返り、歳出増をもたらす病根を取り除くことが何よりも必要であると存じます。臨調答申の実施状況を見ましても、国、地方関係見直しを物か、実現すべき課題はなお多く残されていると思われます。  ところで、当面の景気対策や社会資本充実の観点から公共投資の拡大を求める声が強まっているように思われます。  確かに我が国の社会資本につきましては、道路、公園初め、その立ちおくれが目立つのでございますが、これは多分に歴史の積み重ねが浅いことに起因しているのでありまして、毎年のフローで見ますならば、公共投資の対GNP比率は欧米の二、三倍の水準に達しております。今後、社会資本整備の必要性はますます高まると存じますが、現在のような財政事情のもとで財政を拡大してまでこれを進めるべきかとなりますと、いささか疑問に感ずるのでございます。公共投資の拡大はそれなりに景気の刺激剤とはなりますが、乗数効果はかなり低下しているように思われます。ある試算によりますと、仮に一兆円の国債を増発いたしましても税収増は三年間で四千億程度にとどまり、これに対し、国債を六十年間で償還するとした場合、元利負担の合計は実に三兆七千億円に上り、結局国として差し引き三兆三千億円の持ち出しになってしまうという計算もございます。したがいまして、社会資本の整備は財政の許す範囲で着実かつ重点的に進めることが基本ではないかと存じます。  このような公的資金による社会資本整備を補完するのが民間の経営資源でございます。民間活力の発揮こそ内需拡大の原点でございまして、政府規制の緩和など条件整備を急ぎ、民間にゆだねるべき分野を拡大することが決め手であると存じます。こうした方策は、同時に高い貯蓄率を国内で有効活用することにつながるわけでありまして、資本流出をめぐる対外経済摩擦の解消にも寄与するものと考えます。  最後に、歳出と裏腹の関係にある税制問題に触れさせていただきたいと存じます。  財政構造の改革とは、単に歳出構造にとどまらず、歳入構造の改革をも視野に入れることと考えます。また、六十一年度税制改正案を見ても明らかなように、もはや既存税制の枠内での部分的な手直しはかえって税の公平、公正をゆがめる結果にしかなっておりません。中曽根総理が明らかにされているように、税制の抜本的改革は緊急の課題でありまして、国民がひとしく期待しているところでございます。  税制の根本的改革を進めるに当たりまして最も重要な点は、「増税なき財政再建」の基本方針の精神を堅持することであると存じます。税制改革国民の活九を高めるためにこそ必要でございますが、既に述べさせていただきましたように、行財政改革を一層推進することが税制改革への国民的合意を形成する必須の条件であると存じます。税制改革への機運が高まった背景は、現行税制の中にあるさまざまなひずみ、ゆがみに対する納税者の不満であることを考えますと、税制改革はまずこれらの現行税制の不公平、不合理を是正することが第一であると存じます。  現行税制の不公平、不合理は所得税を初め税制全般に見られるわけでございますが、具体的な問題としてまず法人税について申し上げたいと存じます。  企業はサラリーマンの所得の源泉であり、また、法人税は国が施策を行う場合の重要な財源となっております。企業が活力を維持し、これらの要請にこたえることが私どもに課せられた重要な使命であると認識しております。このような使命を果たすために、企業は懸命な合理化努力と研究開発に取り組み、国際的なマーケットで厳しい競争に勝ち抜く努力を重ねているのでございます。ところが、我が国企業の法人税負担は、実質ベースで見ますと先進国の中で最も重くなっておりまして、これが設備投資や研究開発など新たな企業活動を展開する上で大きな障害となっているのでございます。円高への移行に伴い、多くの産業は国際競争力を失いつつありますが、このまま法人税重課が続けられますと、企業の活力を喪失する事態に追い込まれることを懸念しております。  ここ数年間の我が国の税制改正は企業増税の繰り返してございまして、欧米の租税政策と逆行しているのでございます。私どもは、日本企業を税制面で優遇しろと申し上げているのではございません。我が国経済の国際化に対応して市場開放が強く求められていますが、同様の意味において、税制面でも企業が外国と対等な条件で競争できる環境をつくっていただきたいのでございます。具体的な提案といたしましては、実質税負担率で五〇%を相当下回る程度にしていただきたいと存じます。  次に、所得税について申し上げます。所得税につきましては、特に中堅サラリーマン層を中心とする負担軽減が必要であると存じます。三十代後半に入りますと諸出費が増加してまいりますが、一方、年々の昇給も、高い累進課税のために可処分所得はそれほどふえません。中堅サラリーマン層の減税期待には極めて強いものがございます。このためには、最高限界税率を現在の地方税を含めて八八%から六〇%程度まで引き下げ、累進度を緩和することが望ましいと思います。また、給与所得者のクロヨンに対する不満を解消するため、この際、所得分割によって高い累進税率を回避できる事業所得者とそうしたことができない一般サラリーマンとの負担を調整するため、諸外国でも既に実施されている二分二乗方式の採用を検討していただきたいと思います。  このように見てまいりますと、所得税、法人税については相当の減税になります。もちろん、これ以上国債を出せないとすればどうしてもそのための財源は税収で考えざるを得ません。行政改革による歳出削減の努力が続けられ、また、現行税制の不公平、不合理の是正のためにどうしても新しい財源が必要とされるのであれば、国民の納得も得られるのではないでしょうか。  そこで、以下は全くの私見でありますが、所得税、法人税減税のための考え得る財源としては、まず利子課税が挙げられると思います。その場合、少額貯蓄を優遇するが非課税ではなく低率で課税する低率分離課税と、非課税貯蓄制度を廃止してすべての利子所得について一律に課税する一律分離課税のどちらがよいかについては、それぞれに難点もありますが、いずれにしても民間金融機関と郵貯を同じ扱いにすることが前提で検討さるべきでなかろうかと存じます。  いま一つは間接税の見直しでございます。大型減税の財源としては、いわゆる課税ベースの広い間接税は今後の避けて通れない検討課題ではないかと考える次第でございます。  御承知のとおり、現在の間接税は個別消費税が中心であり、自動車や家電製品など一部物品に偏って課税されているとともに、酒税や印紙税に見られるように、制度そのものの不合理が経済活動に対する中立性、経済取引をゆがめるなどの弊害をもたらしております。また、所得水準の向上、国民の価値観の多様化に伴って、消費も平準化、選択化、個性化しておりますので、何がぜいたく品であるかといった課税対象の選定についての合理的基準もなくなってきております。さらに、重要なことは、現行の個別消費税によっては、既に個人消費の半分を占めるサービスに課税することが難しいことでございます。このように、現在の間接税体系には大きな矛盾があり、こうした矛盾を解決するためにも、課税ベースの広い間接税も検討せざるを得ないものと考えるものでございます。  なお、私としましては、課税ベースの広い間接税は、負担の公平、とりわけ水平的公平の改善に大きく貢献し得るという積極的な利点もあると思います。確かに所得税は理論的にはすぐれた税でありますが、現実問題としては、クロヨンに象徴されるように主として税務執行上の制約から完全な公平を期することは極めて難しいわけでございまして、所得税と消費税を組み合わせた方がより実質的な公平を実現できるものと考えております。  数年前に提案されました一般消費税はネットの増税を目指したものであり、また、国民が理解をする時間的余裕もなかったようでありますが、今回は減税とのセットであるということで事情も違いますし、また、臨調の言う「増税なき」とぼ全体としての租税負担率の上昇をもたらさないということで、減税と増税の組み合わせを否定するものではないと存じますので、できるだけ早い時期に政府から具体案を示していただき、国民的な合意形成と納税者側の準備のために十分な論議を尽くす時間を与えていただくことが必要であると思う次第であります。  いずれにしましても、今後は国内的には高齢化に伴う社会保障支出の増大が予想され、国際的には経済協力など国際的貢献に取り組む必要があるのでありましょうから、そろそろそうした財政支出をどのように賄うかも念頭に置いて考えるべき時期に来ていると思います。抜本的税制改革につきまして、国民は国会議員の皆様方の賢明で勇気ある決断を期待しているものと存じます。  以上、簡単でありますが、六十一年度予算案と税制改革についての私の考え方を述べさせていただきました。まことにありがとうございました。(拍手)
  83. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。  次に、滝井公述人にお願いいたします。
  84. 滝井義高

    ○滝井公述人 田川市長の滝井義高でございます。  予算委員会の諸先生方には日夜国政に御尽力をいただいておりますことを心から感謝を申し上げたいと思います。  なお、本日こうして公述の機会を与えていただきましたことを非常に光栄に存じます。  御存じのように、昭和六十一年度予算政府が編成をいたしましてから二つの大きな荷物を背負ったと思っております。一つは財政再建という荷物です。一つは内需拡大という荷物でございます。  で、財政再建という荷物は、今も諸先生方がお述べになりましたけれども、「増税なき財政再建」、しかも六十五年までには赤字国債をゼロにするという、この非常に難しい命題を解決することに今取り組んでおられるわけです。しかし我々が、地方自治体から政府の財政再建の姿を見てみますと、例えばことし一兆円以上の国債の減額をやらなきゃならぬのに、それがわずかに七千三百四十億しかできなかった。その七千三百四十億の中で赤字国債というのは四千八百四十億であった。そうなりますと、六十二年度には一兆三千百億だけ赤字国債を減額しないと五兆二千四百六十億の現在の赤字国債をゼロにすることはできないわけです。今まで一兆三千億も赤字国債を減らした実績がないわけです。そうなりますと、この「増税なき財政再建」、六十五年度赤字国債ゼロというこのにしきの御旗というのは極めてうつろな、いわば迷路に入ったという感じが濃厚でございます。これが財政再建に対する一つの私たちの、地方からの見方でございます。  もう一つ、内需の拡大です。今年度予算編成に当たって内需拡大で大きな二つの柱が立ったと思っております。一つの内需拡大の大きな柱は、大型プロジェクトの実行をやろうとすることになりました。その大型プロジェクトのまず第一の典型的なものは東京湾の横断道路です。一兆一千五百億ですか、横断道路でございます。果たしてこれでうまくいけるかどうかということについても問題があります。もう一つは、四国にはもう三つの橋はかける必要はないと、土光臨調では一つでいいじゃないかと言うのを、もう一遍今度は明石海峡大橋をかけることになって、これが六千百億くらいになりますか、こういう二つの大型プロジェクトを実行するわけです。これは同時に中央集権的な公共事業の形をとってくるわけですが、まずこれでうまくいけるかどうかということについても問題がございます。第二にとった政策は、御存じのように公共事業をずっと削ってまいりました。マイナスシーリングにしてまいりました。そこでこの際、量的な公共事業の拡大をやる必要があるというので、財政投融資を使って公共事業の拡大を企図したわけです。  こういう内需の拡大を二つやったわけですが、これで一体四%の経済成長ができるかどうか。民間の調査機関その他はせいぜい二・五%から三%程度である、こういう形になってきたわけです。いわば我々地方自治体から見ますと、政府は今、財政再建というのは非常な迷路に入ってしまった。この中で一体これからの未来展望をどうするかというと、二つの選択がある。一つは国債を減額をし、同時に予算総額の四割を占める歳出を思い切ってなお削り続けるこの道を歩むか、もう一つは、思い切って政策転換をして、今渡辺さんもお述べになったように、この際思い切って減税措置をやる、そうして同時に、それに組み合わせて増税措置をとるか、この二者択一に今迫られておると思います。もちろんその間いろいろ中間的な組み合わせがあるが、大きく分ければその二つだと思っております。  そういう中で一体、地方財政というものはどうなるかということを見ていってみたいと思います。時間の関係がありますから、端的にそのものずばりで触れてみたいと思いますが、昨年は諸先生方も御存じのように、我々の補助金を一〇%カットしました。二分の一以上の高率補助を一〇%カットしたわけです。カットの仕方というのは、奨励的なものを削るとたくさんしなければなりません。しかし、一番カットして効果があるというのは社会保障とか文教とかという、いわば国民生活に密着したものをずばっと削れば何千億というものが浮いてくるわけです。したがって、生活保護や老人福祉や障害者福祉というような大きく補助金がついている、しかも高率の補助をずぱっと切りましたから、昨年は五千八百億を切る乙とができたわけです。その五千八百億を私たちは立てかえをしました。四月の一日、二日になりますと生活保護費をやらなければならぬ。生活保護費を私の方の市では一億八千万ぐらい銀行から金を借りて払ったわけでございます。そうすると、利子がつくわけです。一億以上の金を一カ月借りたらもう百万ぐらいすぐ利子がつくわけです。こういう形で私たちの自主財源を借りかえて、そうして国に立てかえてきたわけです。そのときに政府が私たち地方自治体に約束したのは、これは一年限りですよ、一年限りじゃ、こう言った。だから私たちも、市民に出す補助金は一年限りだということでずばっと一割カットして、例えば福祉団体に出す補助金を、五万円を五千円削って四万五千円やって予算を組みました。  一年限りだと思っておったら、六十一年度予算編成に当たって、諸先生方も御存じのように、さらに広範にわたって補助金を削減することになりました。標準は二分の一、生活保護のような重いものは十分の八を十分の七とか三分の二にする、そのほかのものは三分の一だ。ざあっと削ったわけです。したがって、地方財政に一兆一千七百億の財源不足が出てきました。この一兆一千七百億の財源不足、我々はこんなことはだめだ、反対だと言いました。しかし、これは大蔵大臣や厚生大臣や自治大臣が相談をし、その下につくった諮問機関がまあこういう方向でと言うからこれでやるんだ、こういうことで、これが今度は暫定的に三年間だということになりました。一年間というのがまた三年間延ばして、これは四年間になるわけです。  そこで、一兆一千七百億の財源不足をどのようにしてカバーしてくれますか、こういうことになる。カバーが決まらないわけです。そうしたら、いよいよ予算編成の終わる間際になりましてから、まず第一にたばこ消費税をおまえたちは一本一円ずつ取れ、こういうことになったわけです。たばこ消費税を一本一円ずつ取りますと二千四百億上がってくるわけです。二千四百億のうち千二百億は国が取って、千二百億私たちが取ります。その国の取る千二百億はおまえたぢの財源である交付税交付金に特例交付金としてぼんと入れてやる。あとの千二百億はおまえたちがそれぞれ自分のところで取れ。まあ私のところは人口六万ですけれども、二億八千万ぐらいたばこ消費税をいただいておりますが、それで二千万円加わるわけです。そうすると、一兆一千七百億から二千四百億を引くと九千三百億の金が残るわけです。これはどうしてくれるか。これは借金でいけ、建設地方債を出して借金でいけ、こうなるわけです。そうすると、私たちはまた借金をして利子を払わなければならぬことになったわけです。これが一兆一千七百億に対する国の措置でございました。  そんならどんな問題が起こってくるかといいますと、まず一年限りですと言ったから、私たちは一年限りとして地方財政を組んだわけです。そうしたら、五千八百億の二倍になるようなものをまた三年やるわけです。そうすると、私たち地方財政というのは全く見通しが立たぬわけです。その日暮らしだ。全く見通しが立たぬ。これが一つです。  二番目は、今度はたばこ消費税を二千四百億くれるから、三年間くれると思ったら、たばこ消費税は一年限り、六十一年一年限りですよ、こう言う。それじゃ六十二年、六十三年はどうしてくれるか。それはまだわからぬ、今からやる、こういうわけです。そうすると、一年限り二千四百億はくれますが、あとの六十二年、六十三年は皆目わからぬわけです。そうしたら一体、地方財政はどうやって長期展望に立った住民の幸せの政治をやれますか。全然できないわけですよ。これが一つです。  もう一つ、三番目は、九千三百億の建設地方横を借れ、こういうことです。御承知のように地方財政は、起債率が二割を超えますと起債の制限があるわけです。現在、三千三百の地方自治体の中で二割を超えるものは二五%あります。八百二十の自治体が二割を超えている。私たちのような産炭地は全部軒並みに二割を超えているわけです、起債制限を受けるわけです。そうすると、九千三百億を金を借れといったって、金を借れない場合が出てくるわけです。この分は一体どうしてくれますかというと、皆目わからないわけです。こういう形になってまいったわけです。こういうように地方財政は、その日暮らしの、まさに国が政策を毎年猫の目のように変えるたびごとに翻弄される、風にそよぐ一本のアシの姿になってしまったわけです。  そういう中でもう一つ出てきたのが、中曽根さんが、春には減税案をつくり、そして参議院の選挙が終わった秋には増税案をつくる、こういうことをおっしゃいました。今もお話がございましたけれども、減税をやる場合には何を減税をやるかというと、所得税と法人税の減税をやる。内需の拡大をやるとすれば、購買力、個人消費を拡大するとすれば、松永先生が言われたように賃金を引き上げる、あるいは財界もこれは引き上げなければならぬと言い始めたのですが、引き上げて減税をやれば最高です。購買力がぐっとある程度ふえる。  ただ、日本の経済構造が輸出型の構造であり、貯蓄型の構造であるところに根本的に問題がありますから、そういうところにもあるいはメスを入れなければならぬかと思いますけれども、とにかくそういう形にやってもらわなければならぬと思いますが、そのときに法人税と所得税を減税をして、そしてマル優、少額非課税貯蓄の課税あるいは大型間接税の課税をやった場合にどんな影響が地方自治体に出てくるかというと、御存じのように私たちの地方自治体は、国の予算総額の中でも国債費と交付税というのはいわば聖域のようになっておるわけです。法人税と所得税と酒税の三二%は我々の自主財源です。ところが、それを国が、自分たちが財政が苦しいとか、内需を拡大しなければならぬという理由だけでぼんと法人税と所得税を引くと、三二%ががたっと減る。二兆円をしたら六千億以上の金が我々に入らなくなるわけです。そうすると、今のように細切れにたばこ税をくれたり、それから先はわからぬという中でまた減税をされたら、地方財政はもうお先真っ暗です。やっていけない、こういう形になる。  そういう主張をしますと、滝井君、我々国は六十一年度末に百四十三兆の赤字を持っておるぞ、おまえたちは六十兆じゃないか、半分じゃないかと地方財政金持ち論、裕福論が出てくるわけです。ところが、これはマクロでいけばそうですけれども、個別的な自治体でいけばそうではないわけです。給料を高くやっておったって赤字のところは幾らでもある。給料がいいからその町は金持ちかというと、そうじゃないわけです。だから、個々に国の財源というのは税金ではっと取りますが、私たちは税金では取れない、三割しか税金で取れないのです。したがって、国がそういう形でいろいろのことをおやりになって、そのツケを全部私たちに回すということは非常に困るわけです。だから、地方財政裕福論というのは、これはまさに数字のトリックにしかすぎないという点でございます。したがって、ぜひ生活保護を削ることだけはやめにしてください。これは国の責任をもって全国的に統一してやるべきもので、ほかのものをもとに直さなくても、これだけは直していただきたい。それてどうしても減税をおやりになるというならば、そのときには間接税を国と地方自治体が配分する形をとって、地方財政に不安のない形をぜひやっていただきたい、これがまず第一点です。  それから第二点について、次は、日本が高齢化社会を迎えます。特に、地方自治体で一番苦難の道を歩んでいるのは国民健康保険財政でございます。これについて少しく先生方の御理解を得たいと思います。  御存じのように、六十年度予算編成においても六十一年度予算編成においても一番削られたのは厚生省でございます。ことしは一兆円以上削られました。最前いろいろお述べになったように、厚生年金を延ばしたり、老人の負担を削ったり、いろいろやりくりをして一兆円以上厚生省の自然増を削って、二千億ちょっと許してくれたわけです。そういう中で国民健康保険もその影響を受けました。  国民健康保険を取り巻く客観的な情勢を見てみますと、まず第一に、日本が急速に高齢化社会になるということです。経済大国の日本は、同時に老人大国日本になるということです。現在でも六十五歳以上の人口が千二百四十一万でございます。過疎地の田舎で国民健康保険を営々とやっているところは皆二八%から二〇%、どうかしたら二五%になって高齢化が進んでおるわけです。しかも、高齢化になりますとどんどん病気になります。先日我々の地区で身体検査をやったのですけれども、もう六十五歳以上というのは七割以上が何らかの疾患を持っているわけです、したがって、どんどん医者にかかってくる。いわゆる高齢化社会というのはそういう形で出てきます。  二番目は、健康に対する価値観が違ってきました。価値観が多様化しましたけれども、財産が大事ですか、趣味が大事ですか、仕事が大事ですか、愛情が大事ですか、健康が大事ですかと言ったら、健康がトップです、七二%。財産なんというのは二%しかない。いかに健康が大事か。したがって、みんな医療機関に自分が病気になったときはすぐに行って、検査なんかを受けるという形ができるわけです。もう一つ、医療の形態というのが薬学においても、それから機器においても、技術においても非常に高次医療になってきたわけです。高度に高い医療をやることになってきたわけです。  こういうように高齢化社会がやってきて、そうして同時に価値観が変わって、医薬品や医療機器、医療技術が進んだわけですが、同時に疾病構造が違ってきた。僕らが学生のころは下痢、腸炎、肺炎、結核というような、こういうばい菌によって感染するものだった。ところが、今はばい菌とは関係ない、いわゆる高血圧、糖尿病、がんというような、こういう成人病になってきた。これは非常に金がかかるわけです。治療に時間がかかるわけです。こういうように国民健康保険を取り巻く社会環境ががらっと変わってきました。  そうしたならば、その変わった我々の健康と生命を守るための医療体制というのがどうなっておるかというと、まず医療を供給する側です。  医療を供給する側は病院と診療所があります。今ぐっと病院がふえまして、多分、病院は九千五百ぐらいあると思います。診療所は七万八千五百ぐらいです。ベッドが、病院が百五十万、診療所が二十八万です。そういうように全国的に医療の一つの組織ができてきたわけです。ところが、老人がどんどん病気になるので、厚生省は、そういう病院、診療所だけではだめだ、ここにもう一つ中間機関をつくる。すなわち、特別養護老人ホームと病院なり診療所の間に中間機関をつくって、そうしてある程度診療もやり、養護もやる、いわゆる毎日の預かりをやったり、そこに入れて介護、養護をするというような中間機関をつくることになってきたわけです。  ところが、大変問題になってきたのは、大学が各県にできて、今大学が八十あります。八十大学があって、八千三百人ぐらい卒業するわけです。今地域に行って開業することがやられなくなった、できなくなった。全部病院に入っているのです。昨年は既に御存じのように開業医よりか勤務医の方が多くなってきた。開業医の平均年齢六十一歳です。私のところでは救急医療ができなくなった。土曜と日曜はみんな医者が朝からあるいは午後から行って泊まるわけです。そうすると、六十、七十の医者ばかりになりますと救急医療ができないのです。どうするか。小児科と外科をやらなければならぬですから、大学から来てもらう以外にないわけです。地域ではできない。そうすると、地域の医療というのは地域の医療機関でやらずに、サラリーマンが来て診てくれるんだったら、命を預ける、健康を守ってもらうということに対して危機感が起こるわけです。こういう形になってきた。  すなわち、医療の供給体制は、大学ができ、医者はふえたけれども、それが田舎に来ずに都市に集中し、そうして開業医は日本の高齢化社会と同じようにだんだん高齢化して、救急医療体制さえ保持することができないという形になってきた。これが一つです。  それから医療のいわば供給体制、需要体制。需要体制というのは保険制度、保険証の側です。これをまたごらんいただきますと、今大きくいって五つあります。政管健保と組合の健保と船員、それから共済組合が四つあります。やがて国鉄その他がなくなると公共企業体がなくなるわけですが、四つあります。そして国民健康保険と、大きくいって五つある、日雇いは健康保険に吸収されましたから。こういう形であるわけですが、この中で行政改革というのは制度を簡素化するわけですが、厚生省のとった政策は複雑でわからぬようにしてしまったわけです。  どういうようになったかというと、まず、私たちが共済組合なり健康保険をやめますとどこに入るかというと、国民保険に入るわけです。したがって、国民健康保険は一番お年寄りが入ってくるわけです。医療費がうんとかかります。そして担税力が少ないわけです。そういう国民保険に入るわけですが、その赤字を解消するために政府国民健康保険の中からまず老人保健というのをつくりました。七十歳以上の老人は、これは四百円払う。これからまたことしは高くなるわけですが、四百円払う。それでも赤字ができるので、年金証書を持っている、退職金をここに持ってくる、退職者医療を持ってきたわけです。したがって、渡り鳥保険になったわけです。若くて元気なときは健康保険あるいは共済組合、そして年をとって退職すると国民保険、六十になると退職者医療、そして七十になると老人保健、生涯を通じて渡り鳥になっていくわけです。こんなばかげた制度があるかというのです。行政改革をやったら簡素化しますというのに、ますますわからぬようにしてしまったわけです。よほど専門家で勉強しなければ全部わからぬです、これは。そして医療費の分析も非常に難しくなってきたのです。  したがって、厚生省の専門家でも、四百六万人年金を持っておる人がおるから^それが四百六万退職者医療に行くと言ったら、どういうことになったかというと、二百六、七十万しか行かなかった。百四、五十万は国民保険に残ってしまった。そのために三千億ぐらいの赤字が私たちの国民健康保険に出てきた。それを厚生省と意思統一をして二千八十億でまけよと、二千八十億にしておいた。その二千八十億全部厚生省が出してくれるという約束だったところが、六十一年度予算を終わってみたらその三分の二の千三百六十七億だけをくれて、あとの八百億ぐらいはどうなったかわからぬ。したがって、国民健康保険は今のような取り巻く情勢で複雑になったばかりじゃなくて、お年寄りを全部入れてどんどん医療費が上がるわけです。普通の人は十万円しかかかりませんよ。しかし、お年寄りになると五十万、六十万かかるわけです。一千万ぐらいの高度医療はざらです、一人で。どんどんかかるわけです。そしてそれと高度技術が結びついたわけです。高齢化社会と高度技術が結びつくところに今日の日本の医療費の増大の原因があるわけです。  学者の意見によると、今GNPの五%です、医療費は。しかし二〇〇〇年になると一七%になるのです。今、日本は、説とそれから社会保障とで六十一年の一番新しい大蔵省の統計で三六・一%です。それが四五%か五〇%、西欧諸国は五三とか六二とかいっておるけれども、五〇%以下にしたいというのですが、高齢化社会と高度技術が結びつくとこれはもう五〇をすぐ突破してしまうのです、ここ十四、五年のうちに。こういう状態になっている。それでもなお制度を複雑化していくのか。これはもうとてもだめです。  それならばここで思い切って——非常に貧しい人で、しかもクロヨンという中小企業者、農民の税金は捕捉しにくいわけですから、そういうもので国民保険を賄わしておったのでは、国民保険はもう百年河清を待ってもつぷれるのです。うまくやれない。そこでこの際私は国会の諸先生方お願いをしたいのは、六十五年の後半には自由民主党の政権政党もやるとおっしゃっているのですが、やはり社会保険の一元化をやる必要があるのです。そして一元化をやって、税金を取りにくいわけですから、これは福祉目的税、今の間接税のようなものを福祉目的税としてやる必要があるのです。年をとる、そして病気になるというのは選択を許さないのです。おれは年をとりたくない、おれはがんになりたくないと言っておったって、がんになるわけです。しがって、選択を許さない。しかし、対外援助や防衛費は選択することができるのです。選択することができるものを選択をせずに、選択できないものを選択する政治というのは、私は間違っておるのではないかと思うのです。こういう点についてぜひひとつ、今直面する日本の社会保障の危機について英断を持って国会として、私たちの地方自治体が安心をして住民の健康と生命を守り、地方財政の運営ができる形をつくっていただくことを心からお願いをして、私の公述を終わらしていただきます。ありがとうございました。(拍手)
  85. 小渕恵三

    小渕委員長 どうもありがとうございました。     —————————————
  86. 小渕恵三

    小渕委員長 これより公述人に対する質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大島理森君。
  87. 大島理森

    大島委員 きょうは各公述人の皆様方、大変御苦労さまでございました。また、貴重な御意見を伺わせていただきました。  私は、特に税制についてお伺いをしてまいりたいと思っております。  実は昨年の五月に内閣総理大臣官房の広報室で「国民生活に関する世論調査」、この中で何が政府に対する要望として一番大きいかというと、もはや物価ではありませんし、あるいは福祉ではありませんし、教育よりも、税の問題が非常に多いんですね。さらに、いろいろな調査をとったり、新聞でもありますが、ともかく税は不公平だ、七四%も例えば読売新聞の調査では出ている。あるいは今各公述人の皆様方がお話しされたように、地方と国の財源の分配の問題も、あるいは財政改革と内需拡大をどうしたらいいのかも、あるいはいろいろな問題でもやはり税制の問題が今大変大きな問題であるわけであります。  そこで、まず第一に、これは各公述人にお伺いしたいのでありますが、なぜこんなに税に対して関心を持ち、なおかついろいろな問題が出てきているのか、一言ずつ各公述人の皆様方に御所感をお伺いしたい、このように思います。
  88. 松永嘉夫

    ○松永公述人 私は、最近こういう低成長が続きまして、年々の賃上げ率がそれほど高くない、そういう状況で減税がなされていないということによりまして、実質可処分所得というのか、生活が楽になっていない、勤労者の実感からしてどうもよくなっていないというところに税の問題が大きく問題にされる原因があろうかと思います。
  89. 渡辺文夫

    渡辺公述人 先ほど申し上げましたように、やはりサラリーマンにとっては、特に中年に差しかかりますと非常に出費がいろいろかさむ。それに対して、もちろん年々昇給はあるのですが、税率がどんどん上がっていくものですから可処分所得がふえないということに実質的な不満があると思いますね。    〔委員長退席、原田(昇)委員長代理着席〕  それからやはり不公平感というのは、クロヨン、実際にどのくらいのあれがあるかよくわかりませんけれども、やはり一般的にどうも、サラリーマンは一〇〇%捕捉されているじゃないか、事業所得者はいろいろな抜け道があるのじゃないかというような意識があるのじゃないでしょうか。
  90. 滝井義高

    ○滝井公述人 不公平感だと思っております。私の方で保育所があるのですけれども、保育所で御存じのように保育所の使用料といいますか、取るわけです。そうしますと、Bクラスというのがあるわけですが、ここに中小企業、農家の人が集中してくるわけです。そうしますと、サラリーマンとの間に、おかしい、こういう論が出る。全くこれは、捕捉の問題もありますけれども、不公平感だと思っております。
  91. 大島理森

    大島委員 そこで、いろいろな今のお答えを伺っておりましても、やはり基本的な税制改革が必要ではないか、こういうふうに私自身も思っているわけでございます。  そこで、特に渡辺公述人にお伺いをしたいのですが、今のような問題を前提にして、なぜ税制改革が今必要なのであろうかということをどのようにお考えになっておられるのか、その点について所見を伺いたいと思います。
  92. 渡辺文夫

    渡辺公述人 今申し上げたように、個人としては特にサラリーマン層のそういう不満が相当うっせきしている。それから企業にとりましては、先ほど申し上げましたように、お手元に参考資料もお渡ししてありますが、取れるところから取るということで非常に企業が重課税、重税になっている。そういう意味で、社会の活性化、個人の活性化を図るためにも減税が必要な時期に来ている。  ただし、私は、それを国債でやるわけにいかないのですから、それはやはり、穴埋めの増税といいますか、減税を補完する意味の増税は行うべきだと思います。
  93. 大島理森

    大島委員 そこで税制改革をしなければならない。そういう中で、やはり税制というのは大変国民にとって直結するものでありますから、今行われている税はよい税なんだという、税を考えるときの一つの格言みたいなのがあるんだそうでございますけれども、そういう意味ではそれを変えるということは大変大きな問題がいろいろある。そのためには、やはりどのように変えていくか、どのように考えていくかという理念というのがとても大事だろう、このように思います。  渡辺公述人が所属しておられます経済同友会の提言もあるわけでございますが、中曽根総理がいわば公平、公正、簡素、選択、活力、この五つの点を述べられているわけですけれども、経済同友会の提言というのが一つあって、それらを踏まえて、その中には国際化とか中立性とかということもたしか書いてあったと思いますが、その理念についてどのようにお考えになられているか、ちょっとお伺いしたい。
  94. 渡辺文夫

    渡辺公述人 私はたまたま、税の特に造詣があるわけではございませんが、経済同友会の財政・税制委員長というまとめ役をやらされたものですから、先般経済同友会で税の抜本的改革についての提言をまとめたわけでありますが、そのときの皆で相談をした理念は、まず税は公平でなければいかぬ、二番目に簡素でなければいかぬ、それから三番目は活力を生むものでなければいかぬ、四番目は中立性がなければいかぬ、五番目は国際性がなければいかぬ、こういう五つの理念を持ち出したわけであります。  そして、いろいろ経済団体ございますが、具体的に申しますと、間接税の問題は業種によっては相当問題もあると思いますのでいろいろその間接税のあり方が問題だと思うのですが、経済同友会は経営者の個人の団体でございますから比較的業種に縛られた意見でなくして個人の判断で言えますが、そのアンケートの結果は、もうやはり一般間接税、幅広い間接税を導入せざるを得ないのじゃないかという意見が八八%ございました。
  95. 大島理森

    大島委員 そこで、次にちょっと具体的に各税についてお伺いしたいのでありますが、特に所得税であります。  先ほど滝井公述人も、つまり不公平感ではないかということをおっしゃったわけでありますが、渡辺公述人が先ほどお話しの中に、御意見の中に、所得税についての御提言といいましょうか、それがございました。もう少しそこの点についてお伺いしたいのでありますが、いわば所得税改革の方向についてさらに具体的な、二分二乗方式というふうなことをおっしゃったわけでありますが、それらを踏まえて、もしあればさらに突っ込んだお話をいただければありがたいと思いますし、さらにこの二分二乗方式でいろいろな問題点も逆に指摘されている部分がございます。例えば自立して外で働く御婦人だとか子供を抱えた未亡人だとか、あるいはまた所得は高いほど逆に有利になるのではないかなんという指摘も、二分二乗方式の中に指摘としてあるわけでございます。そういうふうな点を踏まえても、なぜ二分二乗方式がいいのか、その辺の理由も含めて少しお話しいただきたい、このように思います。
  96. 渡辺文夫

    渡辺公述人 私も専門的に研究したわけでございませんが、一つは事業所得者が、御承知のように家族がみんな給与所得になって所得者になり、分散して所得を持てるというようなこともあるわけでして、これは非常に税の基本的な考え方を変えるわけですから非常に難しいと思うのですが、外国にもそういう例があるようですし、同友会としては、ぜひというか、それはやはり検討すべきだという程度の提言でございます。
  97. 大島理森

    大島委員 所得税のことにつきまして松永公述人にもちょっとお伺いしたいのですが、先ほど景気対策の中で、いわば内需振興のためには消費を伸ばすべきである、所得税の減税ということをたしかおっしゃったような気がいたすわけですが、それは政策誘導としての所得税の減税だろうと思うのですけれども、現在の行われておる所得税そのものについてどのようなお考えをお持ちでございますか。
  98. 松永嘉夫

    ○松永公述人 内需拡大のために動かし得るのは、私は個人消費需要ぐらいのものだろうと思います。  その方法として私は二つ言ったわけでございます。一つは、政策的な高目賃上げ誘導、それからもう一つ、それがもしだめであれば、あとは大幅な減税をしていただくよりしようがないんじゃなかろうかということであります。  財政に何らかのところで財源を見出していただいて、かなり思い切った、例えば一兆とかその程度じゃなくて、もっと大きな減税をおやりいただければ、それにこしたことはないのでありますけれども、そういうことは幾ら言ってもなかなか実現はしないだろうということで、私は高目賃上げ。ただ、減税の問題につきまして、私は財政学者ではございませんけれども、これまで一経済学者として、研究者として日本経済を眺め、研究してきたわけでありますけれども、私は多くの方々とは全然違うような結論を内に秘めて持っております。  先ほどからも、日本人の高い貯蓄率を何とか国内で活用しなければならないというふうに言われておりますように、今日は高い貯蓄率がどうもお荷物になっているわけであります。その高い貯蓄率の原因、まあこれ、さまざま言われますけれども、私の到達している結論は、日本はほかの諸国に比べて家計収入に対する例えば租税負担、特に直接税の負担率が低いのですね。累進性がきついということで、もうちょっと高額所得者の減税をというふうによく言われます。それは、私自身高額所得者でございませんので実感は伴いませんけれども、あるいはそうかもしれませんが、平均的な租税負担率というのは直接税で言って低い。この低い分だけ日本人の貯蓄率が高くなっているんじゃなかろうかという結論なんです。したがって、短期的には内需拡大のためにやはり所得税等の減税、できればやっていただきたいと思うのですけれども、長期的な問題としては、減税をすることはいいけれども、ますます貯蓄率が上がるんじゃないかというような感じもしております。
  99. 大島理森

    大島委員 最後に、法人税のことについて渡辺公述人にちょっとお伺いしたいのでございますが、先ほど御提案といいましょうか、法人税五〇%ぐらいまでというふうなお話がございました。その辺の水準が適当と考えるというふうに私は渡辺公述人の御意見としては伺ったわけでありますが、もう一つ、税制は経済活動に対して中立であるべきである、そうすることが経済活動を税制にとらわれない生き生きとしたものにしながら、さらに資源配分の適正化に資するというふうな考え方が学界だとかなんとかいろいろなところであるわけでありますが、そういう所見に対してどのようなお考えを持っておられるのか。  それから、これが最後の質問でございますので。先ほどマル優、郵貯についての御意見を出していただきました。多分、金融機関の御関係公述人でございますからおっしゃらないのかなと思ったら、おっしゃっていただいて大変ありがたいと思っておるのですが、大変参考になったわけでありますが、もう一つその辺についてさらに突っ込んで、いわば一律分離なり低率分離に移行することが一つの時代の流れではないかというふうに声が大きくなってきているわけでありますが、単に減税の財源ということだけではなくて、その辺についてもう少し突っ込んだ御所見をいただければありがたい、このように思います。
  100. 渡辺文夫

    渡辺公述人 先に、法人税のことはお手元に資料を差し上げてございますが、日本が実質税負担率五一・六に対して、アメリカでは政策減税を引きますと三二・三五だ、イギリスはさらに低くなるというような数字がございます。今お話しの税の中立性ということを貫きますと、余り政策的に税をいじらぬ方がいいんだというプリンシプルはございますが、経済は生き物でありますから、原則は余り政策減税はやらないけれども、時と場合によっては時限立法的に政策減税をやるということが好ましいんじゃないかと私は思っております。  それから、私も金融機関の端におりますが、利子課税は、やはり半分以上がマル優でそれに税金がかからないというのは非常に不合理だと思いますし、それから、金融機関の側から言うと一律の方が事務的に楽だということもございますが、それで一律にして、免税する、例えば老人でその貯蓄しか収入がないという方は、それは後で税金を返すというような方法もいいんじゃないかと思うのですが、どういうふうに——分離してマル優の方は一割ぐらいにする、あとは三割五分を残すか、一律二割にするかというのは、これはもう政治の御判断だと思います。それは政治的にお決めになったら結構だと思うのです。
  101. 大島理森

    大島委員 ありがとうございました。
  102. 原田昇左右

    ○原田(昇)委員長代理 次に、井上一成君。
  103. 井上一成

    ○井上(一)委員 公述人のお三方、きょうはどうも御苦労さまでございます。限られた時間ですけれども、私なりにお尋ねをいたしたいと思います。  まず最初渡辺公述人にお尋ねをしたいのですが、不公平税制の見直し、抜本的な税制改革、いろいろな表現がございますが、最高税率を六〇%に引き下げよう、こういう一つ考え方も今あるわけなんです。具体的には、最高税率は八八%、課税所得は普通八千万以上になろうと思うのですが、こういう方が六〇%になって、その減税分は主体として何に使われるとお考えになるでしょうか。
  104. 渡辺文夫

    渡辺公述人 今の御質問でございますが、例えば松下幸之助さんのような方を考えますと、あの方は恐らく八八%税金を納めていると思うのですが、ああいう方は恐らく、別に飲み食いや遊びに使われるわけじゃなくて、やはり経済的活動、投資に使われると思うのですね。どういう人でも個人の消費には限度がございますから、資産税は別ですが、所得でそういう収入がある方は恐らくそういう生産活動の方に使われるんじゃないかと思うのですね。そういう意味で、やはり八八%はちょっと多過ぎると思います。
  105. 井上一成

    ○井上(一)委員 今、やはり内需拡大、松永先生はさっき消費拡大、内需のエンジンをフルに回転したいと。消費に回らない、貯蓄ないし投資に回るそういう資金というのは、今の日本の経済の中では直接的に活力を生むと思われるのか、あるいは日本の経済をスムーズな歯車に持っていけると思うのか、国際性を含めてひとつ渡辺公述人に聞かしていただきたいと思います。
  106. 渡辺文夫

    渡辺公述人 非常に難しい御質問で、これに答えられると大蔵大臣ができると思うのですが、いろいろな御意見がありますけれども、個人所得税が減税されれば相当分はやはり消費に回るんじゃないかと思うのですね。それには、先ほど税の申立性と申し上げましたけれども、財源が得られるならばやはり、日本で劣っているのは住宅とかいうものがありますから住宅減税とか、あるいは土地の税制の問題もあると思うのですが、そういうことを刺激してそっちへ回すという政策もとり得るんじゃないかと思うのですね。それから、先ほども先生の貯蓄に回り過ぎるというようなお話がありましたけれども、そういう意味でもやはり貯蓄にある程度課税してもいいんじゃないか。こういうことを金融機関が言うのはおかしいのですが、多少は課税してもいいんじゃないかと思います。
  107. 井上一成

    ○井上(一)委員 渡辺公述人、さっき松永先生は多くの学者とは違った独自の松永先生の御意見がある。私は、今の日本の国民性というか現実性、現実の社会の中からいけば、消費に回すどころか、住宅の資金だとかあるいは老後の社会保障が不十分である、やはり政治の貧困がゆえに貯蓄に回さざるを得ない、そういう背景があるのですよ。そして高額所得者に対しては、むしろ消費ところか今申し上げたように貯蓄なり投資なり、ということは日本の経済を活性化させないわけ。だから税制改革は必要である、不公平感をなくするためにも税制改革は当然である、しかし、中堅サラリーマン層を主体にしたいわゆる不公平感をなくするための税制改革でなければいけない。高額者、一億も一億五千万も所得のある人に今税率を大幅に下げて日本の経済がどれほど潤うんだろうか、内需拡大にどれだけ寄与するのか、そういうことをしっかりと御認識をいただいた上で、私はやはりこれからの日本経済に御貢献をいただきたい、こう思うのでございます。  さらにもう一点。さっき公述の中で、行革という問題に特に触れられて財政再建に結びつけられたわけです。私は国民の求める行政改革は必要であると思いますし、当然むだな行政は正していかなきゃいけない。そして、効果ある、効率のある行政に持っていくということには異論はありませんし、むしろそれを推進していかなきゃいけない。  しかし、今私どもが受けとめている行革路線というのは、むしろ地方自治体に対して——本来は国と地方自治体は両輪の役割をしなきゃいけない、トータル的にはその協調関係でバランスを保っていかなきゃいけない。しかし、それが垂直的な組み合わせで仕組まれていくということになると、地方自治というものは失われていくわけでありまして、むしろ国の制度が改められなければ地方の取り組む対応も進まないわけです。本来は国の行革が十分果たされたのかどうか、むしろそれを見ずに、あるいはそのことに目をつぶって、地方自治体に対する行革という名のもとに補助金の一律カット、さらには、一年限りというのがさっき滝井公述人がおっしゃったように三年間またさらにカットしていく、私は大きな矛盾だと思いますし、そのようなことをあえて行革と言えるのかどうか、渡辺公述人にお聞きをしたいと思うのでございます。
  108. 渡辺文夫

    渡辺公述人 先生の前の御意見に対しましては、まあ中堅サラリーマン層が一番苦しいわけでありますが、税率をつくるときに、最高税率をいじらないでそうすることはちょっと技術的に困難だと思います。  それから、先ほど申し上げましたように、そういう所得に対しては六割ぐらいが、これはまあ諸外国の例を見ても限度だと思うのですね。それがまた個人のインセンティブの働く大きな要素になると思いますし、ですからほかの、例えば資産税とかなんとかいうことを考えて、そちらで補完すべき性質のものではないかと思っております。  それから後の地方の問題は、もともと地方中央政府がやる行政がとれが一番効率的かということがまず大前提だと思うのですが、それを分けた上でどういう税金は地方に渡した方がいいのかという問題はあろうと思いますね。  それから、先ほどもいろいろお伺いしていると、非常に富裕な県と非常に何というか富裕でない県というか、老齢化した地域とか、そういう非常に国内的なアンバランスの地域格差が多いと思うのですが、それは一律に交付税をやるのではなくて、何かその辺の工夫は、これはまあ政治家先生方がお考えになってそういうその地域別の国の補助というものができないものかと考えております。
  109. 井上一成

    ○井上(一)委員 さらにお聞きをして大変申しわけないのでございますが、資産税の導入ということ、資産税で検討を加えるべきだという今お答えがあったわけです。さらには一律のカットというのは、行革を支持し、まあ六十一年度予算について評価をされる渡辺先生としては、そういう一律カットというのはよろしくない、いわゆる横切りの補助率カットですね、個々の問題について縦に切っていく、その中には富裕県、いわゆる自治体固有の財源もしっかりと見きわめた中での対応、こういうふうに私が理解してよろしいでしょうか、公述人の御意見として。
  110. 渡辺文夫

    渡辺公述人 六十一年度の予算につきましては、先ほど私が冒頭述べましたとおり、こう言ってはなんですが、六十二年度の大幅税制改革を控えた過渡的な年度として今こういう形は、これはやむを得ないと思います。ただ、将来の形として、そういう地域差のある地方財政について、どういう工夫がなされるか具体的には私はわかりませんが、そういうきめの細かい方策がとられてもいいんじゃないか、そういうふうに申し上げておきます。
  111. 井上一成

    ○井上(一)委員 戦後四十年、日本人の勤勉性は私たちに、先人を含めて、経済的な発展、繁栄、今日の平和な社会を残してくれたと思うのですね。我々はまたそれを受け継いで二十一世紀に残していくべきである。まあ、いわば中流意識が非常に定着をしてきたわけなんですね。税の不公平感というのはぬぐい去れないけれども、生活の様態、状況等の中では中間、いわゆる中流意識と。私はむしろ、さっき税制改革の中で高額所得に対して大幅な減税をすることは、貧富の格差っていうんでしょうか、さらに不公平感を、中流意識がここまで広まった今日の社会をより阻害をしていく要因になるんではないだろうか。資産税の導入という話がありましたので若干それで薄まるとしても、そういう意味では税制度の体系で非常に制度上手直しが難しいんだというのは、決して難しくないと思うのですよね。高額所得者に対しての課税率を引き下げることでなければいわゆる中間層の所得減税が課税ベースを引き上げることが不可能だということはないわけなんだ。そんなことはないわけで、それは工夫の問題で、それこそ頭の問題、頭を使わなきゃいけない。あえて私は、税制改革については、最高税率を引き下げることについては今の社会意識を大きく変えていくことに結果なるんではないか、そういう意味では公平であるとかあるいはまあ国際性まで持ち込まれたその税制改革に対する理念に少し矛盾があるのではないだろうか。  松永先生がおっしゃられた、私は非常に共鳴のする部分があるわけです、率直に申し上げて。そして、中期、長期にわたっての経済の活性化、経済政策についての御持論をお持ちの中で、今日の時点に立った消費拡大、内需拡大のいわゆる政策的、まあ高目賃金誘導策というんでしょうか、まさに私もその認識を持っているわけなんです。片面では「増税なき財政再建」だということで六十五年赤字国債脱却を目指してかけ声だけはますます大きくなっているわけなんですが、私は実際不可能である。昨日も補正予算の中で、都合が悪くなれば財政基本法である財政法を勝手に異例の措置として毎年変えるわけなんですね、都合の悪いときは政府は。こんなことで私は国家の予算を組む資格があるのかどうか。都合が憩うなったらそんなことをしている。そして、自治体がもしそういうことをやればどう言うか。けしからぬ、全くもって、補助金もう打ちどめだ。そんなことで、自分のやっていることはもう棚に上げるというか、めちゃくちゃなことをやっている。  ここでお三方に私は、その六十一年度の国家予算についての中身を申し上げるのではなく、むしろフィーリングに近い状況の中で、「増税なき財政再建」、政府が標榜した、公約をした、国民に約束したそのことは、六十五年をめどに可能であるとお受けとめになるのかどうか、それぞれの公述人の先生方にお答えをいただければ大変ありがたい、こういうふうに思うのです。
  112. 松永嘉夫

    ○松永公述人 私は、地方の公立大学に奉職しているわけでありますけれども、私どもの大学の場合にはもちろん学部長の車も何もありませんし、国立の大きな大学とは大分状況が違いまして、私どもはいつも、行革以前にもう我々のところは行革になっているということで、何をやりたいと思いましてもとにかく人は一人もつかない、絶対につかないというような状況であります。そういう私どもの周りの状況からしますと、これは少々、やはり場合によっては増税になっても、いわゆる行政サービスというのか、私どもでいいますと大学の機能をもうちょっと厚くしてほしいという感じが、個人、まあ私どもの周りの環境からしますとそういう感じがするわけでありますけれども、やはりできれば増税なく財政再建というのをやっていただきたいというようなところから、私は、内需拡大の方法として高目の賃上げ誘導ということを申し上げているわけであります。  現在いろいろ日本の国内を見てみまして、ある程度痛みを負い得るというのか負担し得るところというのは、私は企業しかないんじゃないかというふうに思うわけであります。政府は財政赤字で長年四苦八苦しておられますし、そして消費者は賃金がほとんど上がらず、物価は落ちついておりますけれども、減税がなされておりませんので、これ以上消費をふやすというのは、中流の生活をしておりますけれども、なかなかそういう気分になれない。そういうところで、まあ力があるとするならば、私は国際的に、少なくとも外国の企業と比べてみて——アメリカはもうちょっと競争力を強くしたらどうだと日本人はアメリカに言いますけれども、強くしたらどうかということはこっちが強いということでありまして、そういう意味で力があるのは企業ではなかろうか、そこで多少痛みを負担していただくより方法がないんじゃないかというふうに思っております。
  113. 渡辺文夫

    渡辺公述人 今の増税のお話ですが、税制改革というのは、税の不公平感とかいうものをあれするので、減税した分を補うという増税であればそれは差し支えないと思いますし、それから国民が増税というか新税を設けるのを納得するのは、一方に不必要な歳出を抑える努力をしているという認識がなければ国民はやはり納得しないと思いますから、それは、そういう努力は継続すべきだと思います。
  114. 滝井義高

    ○滝井公述人 三点あります。  第一点は、昭和の初めの井上準之助それから高橋是清、こういう人の精神をもって大蔵当局が財政を運営するということが一つです。  それから二番目は、補助金を大幅に削減をしていくためには、総合性、メニュー制をとって、国民生活をしておるところに権限をやる。今全部国が権限を持って、そしてそれでコントロールしておりますから、全部国がやる、そしてむだを排除する、そうしたら一割ぐらいの補助金はすぐに——一割といっても一兆四千億ですから、すぐになると私は思います。  それから三番目は、不公平な税制を思い切って直していく。  この三点です。
  115. 井上一成

    ○井上(一)委員 私の質問の最後に滝井公述人に……。  昨年の十一月末に、これは総理の諮問機関である地方制度調査会が出した「地方税財政に関する当面の措置についての答申」の中で、国の財政の都合によって一律のカットはよろしくない、そういうことが答申されているわけです。さらに、補助金の整理合理化に取り組む方向として、対象事務事業の廃止縮小を基本とすべきであり、国の財政負担地方に転嫁してはならない、こういう答申があるわけです。むしろ国が義務的に支出すべき国庫負担金と、奨励的ないし財政援助での補助金、この違いをやはりはっきりさせて対処していく必要がある、こういうふうに指摘をしているのです。私は、これは非常に説得力があるし、そのとおりだと思うのです。  滝井公述人は、現在福岡県の田川の市長さんをやっていらっしゃるし、現実に地方自治体の財政状況というものも十分御認識であり、我々の先輩でもありますし、国会にもいらっしゃったわけですから十分な御認識を持っていらっしゃる方であります。そういう意味から、最低生活を憲法で保障されている国民の暮らし、いわゆる生活保護法を基盤とする社会福祉六法が成り立っているわけでありますが、そこにまで切り込んできた政府の今回の補助金一律切り捨てというものについては、私は許せないと思うのですね。そういうことについて、むしろ国の放漫な、いわば無計画な財政計画のその帳じりを地方に転嫁、負担させていくという、これはまさに弱い者いじめというか、非常に許しがたい予算編成の取り組みの姿勢だと、私は事あるごとに強く戒めているわけでありますけれども、滝井公述人のこれらの点を踏まえた、地方自治体を預かる市長さんとしての御見解をお答えいただければ、大変ありがたいと思います。  なお、残余の時間は同僚委員の多賀谷先生にお譲りをいたします。
  116. 滝井義高

    ○滝井公述人 お答えいたします。  最前公述の中にも申し上げましたように、憲法二十五条の精神にのっとるような、国が責任を持って全国一律の最低の消費をやろうというような、生活保護というようなものにメスを加えるべきではない。それは、政府はそれにメスを加えれば、最前私が申しましたように、切るだけで莫大な金を補助金として地方に出さずに済むわけです。この道は非常に安易な道であって、いわば憲法二十五条の精神を侵すばかりじゃなくて、国の負うべき最低消費生活を保障するという全国一律のこの精神にも反する、そういうことを出せない自治体というものに対していろいろなトラブルが起こってくる、こう思っております。したがって、国会におきましては、十分の八を十分の七にする、この一点だけでもいいからもとに復してくださいということ、それがやはり国会が我々のことを考えているという形になるであろう。  それから、やはり補助金というものは、奨励的なもの、例えば文化センターをつくったり公民館をつくっておるようなもの、それを二分の一とか三分の二にすることは、これは「泣いて馬謖を斬る」ことでもうやむを得ません。しかし、その他のものは、憲法二十五条に抵触するものはお願いします。  それから、権限をできるだけ私たちの、国民生活をしておるところに権限をやるというのは土光臨調の精神でもあるから、それを実行してください、こういうことです。
  117. 井上一成

    ○井上(一)委員 ありがとうございました。
  118. 原田昇左右

    ○原田(昇)委員長代理 次に、多賀谷眞稔君。
  119. 多賀谷真稔

    ○多賀谷委員 時間がございませんから、簡単に滝井さんにお尋ねいたしたいと思います。  日本でも一番陥没したと言われます筑豊の市長さんで長い間非常に御苦労をなさっておられ、また国会で十数年間社会保障に取り組んでこられました滝井さんとしては、いろいろ我々が学ぶべき問題の提起がありました。  そこで、最近私ども感じることは、前進をしてきた社会保障、我々が主張してきた制度、例えば退職者医療保険。若い時代、現役の時代はほとんど病気をしないのに保険料だけ納める、いよいよ病気しがちになると国民健康保険に入るというのは矛盾じゃないかということを常に言っておりましたが、その点は退職者医療保険というので、ああ、まあよくなったかなと思ったら、自治体の方は補助金をばっと切られて、そうして大変な赤字だと非難ごうごうの対象になっている。これはむしろ制度が悪いんではなくて、運営が補助金を削るということが行き過ぎた、そういう感じを持っておるんです。  そこで、今お話しになりましたように、昨年は生活保護は今までの八割を七割にしたんですが、そのときに、ちょっと渡辺公述人からもお話がありましたが、交付税の引き上げその他の措置で全国画一にやるには地域的にどうしても落ちこぼれがある。生活保護が全国千人に十二人なのに、あなたの布やその周辺は千人に六十人であるとかあるいは二百人であるとか、そういうところは制度を直してもどうしても救われないということで、昨年は二百億の別枠を厚生省はとって、いわば激甚、非常に激しい生活保護の地域には配賦した、こういうことなんですが、今度補助金をずっとカットするについて、例えば失対なら失対についてもこれは二分の一にする、それから新しい制度の任意就労事業については三分の一にする、これがあなたが首長であります田川市等にどういう影響があって、果たして交付税等の単価の引き上げで間に合うのか間に合わないのか、こういう点をひとつお聞かせ願いたいと思います。
  120. 滝井義高

    ○滝井公述人 補助金の一割カットあるいは今度の一兆一千七百億のカットによって、私たち地方自治体というのは、カットされた分だけは今御指摘のように何らかの形で国が措置をしてくれることになっております。  まず一つは普通交付税であります。それから一つは官房調整費、すなわち二百億円の金でいただいたわけです。しかし、それでも七、八千万円もらい足らぬわけです。これは特別交付税でその分くれるかどうかわかりませんけれども、幾分がはいただけると思っております。しかし、立てかえた額の満額をいけるかどうかということは非常に疑問があるところでございます。  それから、失対事業については率が下がってきたわけですが、一番問題なのは任意就労事業です。  任意就労事業というのは、御存じのように五年ごとに失対事業は見直されまして、五十五年に見直して、今度六十年度の見直しがありました。その結果、七十歳以上の一般失対に就労しておる人は、一律に強制的に失対事業から排除されました。しかし、一挙に廃止しますと路頭に迷うわけですから、そこに激変緩和措置として一定の退職金を与え、そして、普通七十歳以上の老人は十五日就労するわけですが、一週間から十日以内の就労をやりなさい、それを国が三分の一金を出そう、あとの三分の二はおまえたち地方自治体が持て、こういうことになりました。したがって、その三分の二を私たちが持つわけですけれども、その三分の二を一体我々が持てるかどうか、それから、持った後の、何か事後の措置があるかどうかということは今のところ全然明確でございません。したがって、そうなりますと財政力の弱いところは、激変緩和の制度としてとられたものの、任意就労事業をやらないということになるわけです。やらなかったら路頭に迷うことになり、すぐに生活保護に転落していきます。したがって、生活保護が三カ月か半年くらいでがっとふえてくることになるわけです。その点はぜひ国会の方において早く三分の二をどのように措置するかということを御指導いただければ幸せだと思います。  以上です。
  121. 多賀谷真稔

    ○多賀谷委員 六十二年三月末で田川市長さん等の筑豊の地域あるいは産炭地の地域は石炭関係の法律が三本、これは期限の時期が来ておる。それから、地域改善対策特別措置法も期限が来ておる。それからそれに関連して一番大きい石油・石炭特別会計の期限が来るわけです。そういうようになると一体自治体として運営ができるのかどうか、この点を一点最後にお聞かせ願いたい。
  122. 滝井義高

    ○滝井公述人 私たち産炭地の危機は二度にわたって来ます。まず、六十年から六十一年にかけて、今の失対の強制排除と、御指摘のように地対法が六十二年三月三十一日、石炭三法が六十二年三月三十一日、それから過疎法と産炭地域振興法と鉱害法が六十五、六十六、六十七と切れます。したがって、まず六十から六十一に一つの危機の山が来て、それから少しプラトーを歩んで、六十五年から過疎法、産炭法、鉱害法が切れて第二の山が来ることになるわけです。  したがって、それに対応する、いわば我々自治体からの激変緩和をやらなければいかぬので、今の三法というのは、地対法もぜひ延長していただかないと、急激な陥没が起こって、まず建設業者がつぶれ、鉱害を復旧する業者がつぶれ、地方財政の税収が少なくなり、町の商店の購買力がなくなってしまって、ゴーストタウンができることになるわけです。したがって今、第八次の石炭鉱業審議会でその三法をどうするか、あるいは総務庁の地対協の委員で地対法をどう延長するか、根本的な論議が討議されています。いずれ、七月か八月ごろには結論が出ますが、この結論が我々の地域が急激な変化の起こらないような結論になることを望んでおるし、国会におきましてもそういうことにならないように配慮をいただきたい。  以上です。
  123. 多賀谷真稔

    ○多賀谷委員 ありがとうございました。
  124. 原田昇左右

    ○原田(昇)委員長代理 次に、池田克也君。
  125. 池田克也

    ○池田(克)委員 公明党の池田克也でございます。きょうは三人の先生方にはお忙しいところを貴重な御意見をお聞かせいただきましてありがとうございます。  最初に、松永先生にお伺いしたいのですが、先ほどお話を伺っておりまして、賃金の高目誘導、私は、これからの経済を考え、国民生活を考える上に、もしこれができるならばみんないろいろ力意味希望を持って前進できるのじゃないか、こう伺っていたわけでございまして、この賃金の高目誘導のいわゆるメリット、デメリット、予想される問題点がございましたらお教えをいただきたい。例えばインフレを誘発しないであろうかとか、あるいはまた、生産性とのバランスの問題でどういうふうなデメリットがあるか。その点、お聞かせいただければと思います。
  126. 松永嘉夫

    ○松永公述人 私は、賃金の高目誘導というのを逆所得政策と申しているわけですけれども、これは、従来、所得政策というのが欧米でやられたことがあるわけですね。その所得政策がやられたころの欧米と今の日本はほとんど状態が逆ではないか。したがって、もし所得政策の逆の状態であれば逆所得政策というのを考えてもいいのじゃないかということなんですね。  例えば、かつてイギリスがやりました。あのときはどうであったかといいますと、イギリスの商品の国際的な競争力が非常に弱くて、そのためにイギリスの国際収支が非常に悪くなる。悪くなる結果としてポンドが弱くなる。ポンドが弱くなる結果として海外から買う原材料等が高くなりまして、それが根強いインフレのもとになる。インフレがひどいから、景気が悪くても景気が刺激できないという三重苦ですね。国際収支は悪くて、インフレは根強くて、景気が思うようによくならないという三重苦を解決する方法として、イギリス製品の競争力を強めるために賃金等のいわゆる生産要素所得を抑えたわけですね。  これは、当然に労働組合の反対に出会いまして、思うように成果が出なかったわけですが、日本はそういう状況と今はとんと逆だと思うんですね。日本の商品の国際競争力は著しく強い。そのために貿易経常収支は外国とトラブルが絶えないほど黒字である。そして、幸いなことに物価はこの何年かは著しく安定しておりますね、二%前後ということで。逆でありますので、日本の国際競争力を調整するために多少生産コストが上がってもいいんじゃないか。それによってインフレになるかならぬかであります、もちろんインフレの要因でありますけれども。  日本というのは、とにかく貯蓄率が高過ぎる。貯蓄の活用ということが言われているように、いわゆる物、金の余る経済になっているわけです。そういう状況で、仮に賃金をある程度プラスアルファで上げても、企業経営者の方々には負担を強いることになりますけれども、そう簡単に物価というのは上がってこないんじゃないか、私はそう思います。  そういうことをやりまして、考えられる弊害はどうかといいますと、法律でそういう逆所得政策ということになりますと、今度状況が変わりますと、また所得政策ということで、伝家の宝刀ということで政府が賃上げを抑制するというようなことになりかねない。したがって、法律でそういうことをやるには適しない事柄ではなかろうかと私は思うのです。     〔原田(昇)委員長代理退席、林(義)委員長代理着席〕 したがって、昨年、中曽根総理が国民に対して、百ドル輸入品を買ってくださいというふうに呼びかけられたように、あるいは通産省が各地の通産局を通じて、企業に対して輸入品の購入を呼びかけられるというのか、指導されたように、そういうような形でできないものだろうか。  そして問題は、そうやって労働者の方に高い給料を出すことはいいけれども、癖になりはしないかという点があろうかと思いますけれども、私は、日本の労働組合というのは、よく言われるように企業内組合でありまして、多くの組合の指導者の方々は極めて会社思いの方々ぱかりであります。したがって、よその国の労働組合と違いまして、日本の組合の場合にはそれが癖になるということはまずあり得ないだろうと思います。  そして、果たして賃金を上げて消費がふえるだろうかということでありますけれども、飽食の時代で給料を上げてもみんな貯蓄に回っちゃうんじゃなかろうかということが一部の人に言われますけれども、私、年間所得が一千万にも満たないいわゆる中流階級の代表者として実感で申しまして、決してほとんど貯蓄に回るということはないだろうと思います。消費は確実にふえると思います。
  127. 池田克也

    ○池田(克)委員 経済を研究していらっしゃる先生からこういう提案ですが、たまたま財界を代表していらっしゃる方がいらっしゃるわけですが、賃金をお支払いになる側からごらんになって、高い給料が出せればこれはみんな喜ぶわけですから、そういう環境であればお出しになるだろうと思うのですが、今の松永先生のおっしゃっている賃金の高目誘導ということについて、渡辺公述人はどのようにお考えでございましょう。
  128. 渡辺文夫

    渡辺公述人 御承知のように、経営者側としましては、その会社の経営を預かっているわけでありますから、ある程度の利益を出さなければいかぬ。もちろん、企業はその従業員とそれから株主と顧客から成り立っていると思うのですが、その三者にできるだけのことをしなければいかぬということで常に心がけて、できるだけ可能な範囲で高い賃金を払うことに各経営者は努めていると思うのです、また、そうでないと、いい社員も集まらぬでしょうし。しかし、それぞれの企業の力の限度がございますし、その生産性をそれによって落とすということも、諸外国の企業との競争に負けてもいけませんし、おのずから限度はあると思います。
  129. 池田克也

    ○池田(克)委員 お立場がちょっと変わりますが、地方自治体をリードしていらっしゃる市長さんのお立場で、この高賃金の問題、どんなふうにお考えでしょうか。
  130. 滝井義高

    ○滝井公述人 現在、日本経済が非常に落ち込んでおりますけれども、私は、輸出型の構造の日本経済、貯蓄型の日本経済、そこである程度高賃金をやった場合に、貯蓄型をどのように止揚して購買型に転換をしていくか、ここらあたりはそう簡単にいかぬ、相当難しい。しかし、私たちが年をとった場合、病気になった場合、教育、住宅、大体貯金はそういうためにするわけです。したがって、我々の地区の状態を見ると、ある程度貯金ができますとやはり住宅建設に持っていく。ある程度賃上げをすると非常に波及効果の多い住宅に回る可能性があるから、地域経済を興すのに非常にいい、こう思っております。
  131. 池田克也

    ○池田(克)委員 時間が非常に短いので……。  私は教育問題に関心を持っておりますので、教育減税という問題をいろいろと考えるわけでありますが、最初に松永先生に、この教育減税の効果という問題について、教育減税と一口に申し上げてもなかなかこれは種類も多いかと思いますけれども、大ざっぱに申し上げて、教育に非常にお金のかかる年代、子供たちが中学から高校、大学へ行く年代、父兄は割と若く、仕事も忙しい、一方では欲しいものが非常にたくさんある世代ではないか。そういう人たちにとって、教育にお金が非常にかかるということはその分だけ消費が抑制される。経済的な分析もいろいろあろうかと思いますが、率直に言って、私見ておりまして、大学へ入った、電報を受け取ってうれしいという反面、すぐ百万単位のお金が出ていく。こういう状態がわずかの数ではないのが実態でございまして、ちょうど今ごろの時期がそういう時期であるだけに、教育について税制上の配慮をすることが消費あるいは経済にどんな効果を持つか、関心を持っているわけでございまして、できればその問題について渡辺公述人にもお伺いしたいのです。  企業は法人税の問題いろいろお悩みだと思いますが、東京海上さん、たまたまおいでなんですが、一番人気のある企業です。非常に鍛えられた、そして国費を投じているというと大変大げさでございますが、大変な国の費用も投じて大学経営しております。そうした鍛えられた人たちをより取り見取りで採用できるという大きな企業の立場があり、ある意味では、そうした点は国の教育政策の恩恵を一番受けていらっしゃるのが大きな法人ではないかという気も私は反面しているわけでございます。したがって、それをある意味では国の税制上、育ててきた父母に返すということも、またその還流の面ではいいのではないかというふうに思っているわけでございまして、地方自治体を持っていらっしゃる滝井公述人にも、教育減税の問題について一言ずつ教えていただければありがたいと思います。
  132. 松永嘉夫

    ○松永公述人 私は、経済学者として教育減税の問題を考えたことはないわけですけれども、私も子供の父親としまして子供に学費を送った経験はございます。幸い国費が投じられております国立大学へ上の子が行きましたので、私学へ通わせる親御さんに比べれば負担は軽かったわけでありますけれども、しかし、私の住んでおります名古屋の大学へ入ってくれればいいのですけれども、よその遠くの大学へ入ってくれましたので、毎月毎月十万円前後の仕送りをいたしました心これはやはり私どもいわゆる普通の中流所得者には大変な負担でありまして、どうするかといいますと、私はたまたまそのとき大学の役職につきまして、役職手当がその弱入りましたので、二年間は何とかもちましたけれども、私どもの友人等々に聞いてみましても、大抵は貯金をおろして四年間の学費に充てるということを言っておりますし、私も最後の二年間は、家内に言わせますと貯金をおろして学費を送った。そういうことになりますと、仮に教育減税が行われて親の負担が軽くなりますと、おろす貯金が少なくなるということで、結局減税分だけ貯蓄に回るという分が多分にあるかと思います。しかし、やはり貯金がどんどん減るというのは、これは家計を預かる女房としまして非常につらいらしくて、やはり貯金だけで賄うわけではなくて、家計を一生懸命切り詰めるということであります。私ども、子供が卒業いたしまして一応就職をしました。それによって多少私どもの家計にもゆとり感が出てきたというのか、多少女房も気前よくなったようであります。  そういうことからしますと、やはり教育減税等々、特に国立大学の授業料も受益者負担ということで二年に一度ずつ大幅に上がっております。いわんや私立に子供を通わせる御父兄の負担というのは大変なものだろうと思います。貯蓄で原則としては賄うにしても、貯蓄がどんどん減るのはいかにも心寂しいということで、相当やはり家計を圧縮してみえると思います。したがって、それなりにいわゆる消費喚起というのか需要喚起というのか、そういう効果は出てくるのではないかと思います。
  133. 渡辺文夫

    渡辺公述人 今教育減税のお話ですが、確かに中堅サラリーマン層が教育負担が相当高いから重税感があるということは言えると思います。ただ、税のあり方としては、やはり公平、簡素、申立性という観点から、所得税の比率を下げることに重点を置いて、教育減税だとかなんとか、そうすると切りがないと思うのですね、いろいろな減税要素が出てくるので、それがまた逆に不公平になりますから。歳出の方で文教費が相当出ているわけですから、個人の所得税で教育減税を考えるのは私はどうもいかがかというふうに感じております。
  134. 滝井義高

    ○滝井公述人 オーソドックスには、やはり所得税の減税をきちっとやる方がいいと思います。しかし、それができないとすれば、ある程度継ぎはぎだらけな形になるにしても政策減税というのをやらなきゃならない。  現在、日本の婦人が三十二から三十四になりますと、大体一人か一・八人の子供が小学校に上がります。そうしますと、婦人の新しい人生が始まって、そこでパートに行き始めるわけです。今、大体日本の婦人就労者の六分の一がパートですが、二十一世紀に向かっては三分の一になると思います。その理由を聞いてみると、やはり家計の足しあるいは息子、娘が塾に通い出した、予備校に行き出した、だからその分だけ父ちゃんの金が足らぬから稼ぎたい、こういうのが出てき始めておるわけです。したがって、そういう層に一定限度の厳しい制限をつけて不公平にならぬような減税をやるということは、当面、政策減税としては必要だ、こう思っております。
  135. 池田克也

    ○池田(克)委員 終わります。ありがとうございました。
  136. 林義郎

    ○林(義)委員長代理 次に、吉田之久君。
  137. 吉田之久

    ○吉田委員 三人の公述人の方々には、それぞれ大変重要な御指摘、御指導をいただきまして、厚くお礼を申し上げます。  まず、松永先生にお伺いいたしますが、今度の貿易摩擦をどう是正するか、そのことにかかわりある円高の問題、こういう中で、日本の景気がどうなるか、今までの例もいろいろと示されてお話もございました。必ずしも悪くなるとは言い切れないのではないかというようなお説を承ったように思うわけでございます。  しかし、私の考えでは、仮に外国製品を日本人がもっと買い求めることをいかに指導しても、また若干国民生活に減税などを行って内需の喚起を図る工夫をしても、結果的に今日の日本社会においてはそれほど外国製品を輸入、購買しようとする意欲は既にもう出てこないのではないかというふうな気がしてならないわけでございます。言うならば、衣食住を初めとする生活必需品、これは特に衣や食につきましてはかなり飽和状態に近づいておるのではないか。また、この国の国民は、欧米人ほど、それほどぜいたくな生活を求めようとしない本質的な傾向を持っておるのではないだろうか。したがって、今後こういう状況の中で日本の経済を活性化していくためには何に重点を注ぐべきであろうか。  私は、まず個人の努力の限界としてなし得ること、条件が許せばなし得たいこと、それは住宅問題だろうと思います。しかし、個人ではできない生活環境の整備をどう図っていくか、これは挙げて行政が担当しなければならない課題だと思います。そういう点では、設備投資、あるいは道路、港湾、あるいは空港、公園等の全般の公共投資をどう促進していくか、さらには下水道等をどう普及していくか、こういうことにかなり政治が積極的な主導を図っていかないと、この国の今後の経済というものは大変見通しの悪い、そして鎮静化したものになるのではないだろうかというふうな気がしてならないわけでございますが、いかがお考えでございますか。    〔林(義)委員長代理退席、委員接着席〕
  138. 松永嘉夫

    ○松永公述人 これまでの重立った円高、あるいは昔は円の切り上げと申しましたけれども円の切り上げ、この過去の経験からしますと、円切り上げあるいは円高によって景気が悪くなったというためしはほとんどない。したがって、円高で景気はどうなる、それほど私は、確かに悲観はする必要はなかろうかと思いますけれども、私がきょう公述人として最初に申しましたのは、今までは恐る恐る柳の下の川に手を突っ込んだらドジョウがいたけれども、今回は今までのような調子では恐らくいかないだろうというふうに申し述べたわけであります。今回はやはり円高というのは不況効果を持ってくるだろうということであります。ただ、この円高がいつまで続くか、これは、こういうことは言わぬ方がいいと思いますけれども。  それから、衣食住というのか、少なくとも、住は別として衣食はもう満ち足りているのではなかろうか。したがって、仮に賃金が高まり、所得がふえても、果たしてそういうものがふえてその結果として輸入が増大して貿易不均衡が是正されてくるだろうかというような御質問がおありだったわけですけれども、私は、確かに食というのはかなり満たされていると思います。しかし、住はもちろんのこと、衣もまだ必ずしもそうは満たされていないのじゃないかと思います。私ども男ですと、何か欲しいものはないかといっても急になかなか思いつかないものでありますけれども、私の女房に何か欲しいものあるかと仮に言いますと、十か二十、一遍に出てまいります。私はやはり御婦人とかお子さんのいわゆる潜在的需要というのはまだ無限大だと思います。洋服は何者あってもいい、何着ても欲しいし、靴だって幾つでも欲しいし、ハンドバッグだって幾つでも欲しい。ただ残念ながら亭主にそれだけの力がないからよう言い出さずにいる、あるいは買ってやれない、あきらめているということだろうと思います。そしてそういう形で、仮に私どもの賃金が上がる、所得が上がるという形で消費の量がふえますと、その中でいわゆる完成工業品という形の輸入品がどれだけふえるかは疑問でありますけれども、やはり原材料とか等々の形で輸入の拡大には確実に結びついてくると私は思います。それから、私ども気軽に下着を着たりしておりますけれども、よく調べてみますと、仮に欧米製品ではないにしても、賃金の安いいわゆる極東あるいは東南アジア製品というのは結構使われているわけであります。そういう意味で、やはり消費が量的にふえればいろいろな形でやはり輸入というのはふえてくるのではないかと思います。  それからもう一つ何かございましたですね。申しわけございません。(吉田委員「公共投資を促進すること以外に活力の源泉はないんだろうか」と呼ぶ)私は、消費が仮にふえても、日本の問題がそれだけで片づくとは思いません。というのは、やはり日本にはかなりの貯蓄過剰が厳然として存在する。これを活用するという点では、消費の拡大だけではもちろんだめであります、消費がふえると同時にこれまた貯蓄もふえますので。しかし、消費がふえることによって民間の企業の設備投資が誘発されてくる、誘発されてくることによって貯蓄が国内で活用されてくる、そういう形によって、いわゆる経済のレベルというのか所得が上がってくれば、仮に少々所得減税とか等々おやりになっても税の増収になってくる。したがって、私、財政再建のためにも、内需拡大というのはそのためにたくさん財政資金を使うということでは、アメリカのレーガンさんの信奉されたラッファーカーブの結末みたいなことになるかもしれませんけれども、できるだけ最初はそういう賃上げという形できっかけをつかんでやれば、私は減税と同時に税収の増ということが考え得るのじゃないかと思います。どうも失礼しました。
  139. 吉田之久

    ○吉田委員 お説のとおり、私どもも拡大均衡財政と申しますか、そういうことでさらに減税をやり、内需を拡大し、そして経済を活性化しなければならないということをかなり主張している側なんでございますが、渡辺会長にお伺いを申し上げます。  先ほど会長は、財政を拡大してまで公共投資を拡大すべきであろうか、その乗数効果はかくかくしかじかと、数字を例示されましていろいろ御意見をお述べになったわけでございますが、しかし、ある程度思い切って公共投資を拡大していくということ、それは持続的にずっと五年も十年も必ず同じパターンで続けなければならないということではなくして、時に応じて、やはり経済の動向を見ながら一時的にアクセルを踏む、あるいは少し好調な傾向が出てくればその辺でまたそろそろブレーキをかけるとか、そういう手法としては、やはり公共投資の拡大ということはかなり重要なのではないかというふうに思うわけです。  それから、税制を簡素化し合理化しようということは私どもも大いに賛成でございますけれども、何やら今日の政府の動きを見ておりますと、それを口実にして、そのつじつま合わせのためには結局大型間接税ないしはそれに近いものを導入する以外にないのだ、そして本音は増税に結果的に持っていこう、こういう気配がかなり感じられるわけでございますが、その点はいかがお考えでございましょうか。
  140. 渡辺文夫

    渡辺公述人 確かに、政策的な施策は経済の環境変化に応じてやることが必要でありますから、公共投資をその政策的なあれに使うことはもちろん必要だと思います。ただ、財政事情、国債の発行限度がこういう事情でありますから、おのずからそこには制約があると思いますし、それから、増税に持っていくと申し上げましたのも、我々国民は増税を望んでいるわけじゃありませんが、税制改革で、大幅税制改革というのですから四兆やそこらの減税があるのだと思うのですが、それを埋める財源としては、考えられるものはもう大型間接税以外にないというふうに思うわけであります。
  141. 吉田之久

    ○吉田委員 先ほど会長は、特に中堅サラリーマンのためにいろいろと減税を考えるべきである、特に二分二乗方式につきましていろいろ評価をしていただいたようでございますが、私どもの党も二分二乗方式を採用しろということで今強力に主張いたしておりますわけでありまして、その点は大変心強く存じておる次第でございます。  先ほど来も問題が出ておりましたけれども、結局、一般的な減税もさることながら、中堅サラリーマンと申しましても必ずしも四十代だけとは決まらないと思うのです。五十代から六十歳の周辺まで、子供を持っていないサラリーマンは別として、二人、三人の子供を抱えているサラリーマンにとりましては、その生活の実態というものは、ほとんど両親懸命に働いて子供大学に入れ、卒業させる、そして結婚させ、自分が退職したころには少し古くなった小さなマイホームのローンがやっと終わっただけだ、この辺が偽らぬ生活の現状ではないかと思うわけなんでございます。ですから、先ほど松永先生もお述べになっておりましたけれども、結局教育にかかる費用そのものを国の政治の中でいかに軽減していくか、これさえかなり徹底いたしましたならば、中堅サラリーマンの生活中身というものも質的に変化するのではないかと思うわけでございまして、その辺も今後いろいろ御指導を賜りたいと思います。  時間がありませんので、滝井市長さんにお伺い申し上げますけれども、先ほど来お話しのとおり、国は「増税なき財政再建」、これもなかなか将来は不安定なものでございますけれども、その名において今や地方自治体いじめの財政再建をやっておる。いじめの問題が教育社会でも問題になっておりますけれども、まさに国自身地方いじめをやっているのじゃないかというふうな気がするわけでございます。こういう状況の中で地方の行革というものが本気で取り組めるものだろうかという点を私どもは大変心配をいたしております。  また、いろいろ地方におきましても一律のマイナスシーリングをかけられておりますが、いわゆる小さい規模の市町村、特に町村あたりは、一定の基準でマイナスを一律に強行された場合に、そのこたえるこたえ方が非常に厳しいと思うのでございますね。首長は、どんな大小自治体ありましても、一人でありますし、その首長の乗用車は一台でありますし、そういう全然ぜい肉を持たないところが同じように切り込まれるということは、これはとても耐えられることではないという声がしきりに聞こえてまいるわけでございますが、その点、市長さんはいかがお考えでございましょうか。
  142. 滝井義高

    ○滝井公述人 実は行革の方は非常に厳しい指導が行われまして、地方自治体というのは非常に弱い立場にございますので、今全国の地方自治体は行革へ行革へと草木もなびくように行革をやっております。私たちの自治体もきちっと行革をやって、県の地方課に行って見せて、これでよろしいかというぐらいに謙虚に行革をやっておるわけです。しかし、国の方の行革をごらんいただきますと、だれかが二十一点だと、総理府と行管庁を合わせて総務庁ができたぐらいで、大してない。そして、我々地方自治体の権限というのはほとんど付されていません。そして、最前申し上げますように一律にどんどん補助金がカットされて、それを肩がわりをしていくわけです。したがって、肩がわりをする間は私たちの自主財源である——私の市は二百六十億の予算を組んでおりますが、税は一五%、自主財源一五%なんです。一五%の中から、例えばことし一兆一千七百億、私の方では約十億から十二億の立てかえをやるわけです、生活保護や何か。そして、それが最後になりますと、交付税で来たり起債で来たりしていくわけで、その間十億を立てかえますと三十億の仕事ができるわけです。それができなくなるわけです。だから、したがって、地方の景気は停滞をし、同時に財政が硬直化していく。内需の拡大どころじゃないわけです。そういうのが実態でございますから、ぜひひとつ、国は一遍方針を決めたらそれを変えないように、そうすれば我々はそれに協力してやっていく、こういう形にしたいと思います。お願いします。
  143. 吉田之久

    ○吉田委員 いろいろありがとうございました。
  144. 小渕恵三

    小渕委員長 次に、瀬崎博義君。
  145. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 どうも公述人各位、御苦労さまです。時間が大変短いものですから、ひとつ簡潔な御答弁をお願いしたいと思うのです。  最初に、渡辺公述人に伺いたいのでありますが、先ほどの陳述で、国庫補助負担金カットは非常にめり張りのきいた施策であって、六十一年度の政府予算案はよくできている、こういう御評価をなさったわけなんですが、その一方、お隣の滝井田川市長さんはこの補助金カットについては大反対をされて、こんなことをされたら地方自治体予算の編成ができない、こう言われましたね。これは個々の自治体いろいろ程度の差はありますけれども、確かに実際自治体を預かっていらっしゃる市長さんがそうおっしゃるのは無理ないと思うのですよ。去年は一年限りだ一年限りだ、こう言ってとにかく五千八百億円の補助金カットをやったわけですね。そのうち補助金を削った分を地方交付税の特例加算で埋め合わせしたのは一千億円だけなんですね。残り四千八百億円は地方債の増発で穴埋めをしたわけですね。つまり、地方自治体にそれだけ借金をふやさしたわけなんです。だから、六十年度一年だけは資金繰り上は地方自治体は困らないけれども、さて返すときの負担がどうなるかという問題があるわけでしょう。それじゃ、その四千八百億円地方債を増加させた、借金をふやしたそのうち、返すときに国が面倒を見てあげましょうと一応なっているのは、この約束もどうなるかわからぬけれども、二千億円だけなんですね。残り二千八百億円は結局将来地方自治体がみずからの財源の中で返していかなくちゃいけない。だから、先ほど言われたように、現在既に二〇%を超える起債率の地方自治体は、金を借りること自身が大変なんですが、たとえ借りられたとしても、今度それを返すときはもう一遍また大変なことが起こってくるわけですね。六十一年度はこれからの話ではありますが、政府の予定では一兆一千七百億円の補助金カットだというのでしょう。その中でこれを補てんするのは、これは国民負担に今度は変わるわけだけれども、たばこの消費税値上げの財源二千四百億円を充当する、こういうことだけなんですね。残り、これはまた全部地方自治体に対して借金を増加させる。このふえる借金のうちの返済で国が面倒を見ようというのはほんの一部にすぎない、こういうことですね。ですから、補助金カットよくやったと国に言われるんなら、その影響を受ける地方自治体に対してはどうしてここを乗り切るかをちゃんと教えてあげないと、非常に無責任な御意見になるのではないか、こう思うので、この反対をされている地方自治体側に対してはどのように御主張になるのか、伺いたいと思いますね。それからもう一点、先ほど松永公述人のほうからは——これはあくまで渡辺公述人への質問なんですよ、これは逆にお隣の松永公述人の方からは、内需拡大のために吹かせるエンジンは今日消費の拡大しかない、その消費の拡大には逆所得政策をとるべきだ、賃金の高目誘導政策をとれ、こう御主張になったわけですね。この意見に対してどういう御意見をお持ちなのかということ。  それからもう一つ政策発動以前の問題として、特に大企業の側が自主的に積極的に賃上げに応じていくべきではないかと私考えるんですよ。といいますのも、貿易摩擦の日本側の一番大きな要因というのは、大企業の輸出競争力が強過ぎるわけなんでしょう。じゃ強過ぎる輸出競争力がなぜできたんだ。結局労働者を余りにも低賃金で働かせ過ぎたからそうなってきたわけですね。そうなれば、せめてもの罪滅ぼしとして、この際は労働者の賃上げ要求を値切らずに大企業が率先して応じていく、これくらいのことをされてしかるべきではないかと私思うわけなんですね。  以上の点のひとつお答えをいただきたいと思うのです。
  146. 渡辺文夫

    渡辺公述人 ただいまの補助金カットの問題はマクロ的に申し上げただけであります。滝井市長のお話を聞いて非常に苦しい地方自治体があるんだということを痛感したわけですが、この国と地方のあり方というのは、先ほども申し上げましたように、もう少しきめ細かく相当、例えば東京都とかそういうところは非常に裕福である、しかし地方によっては非常に困っている県がある、そういう少しきめの細かい工夫がなされてしかるべきだと思うのですね。それから、国民の受ける感じが、地方によって非常に給料も高い、それから立派な庁舎はつくる、いろいろな公会堂はつくるわ、そういうところがやはり目立つところもあると思うのですね。それは国民の感情で地方の方が楽なんだというようなところもあると思うものですから、もうちょっと地方ごとにきめ細かい配慮を政府がする必要があると思います。  それから、交付税も、余り景気の変動に左右されるような税の種目で交付税を決めると地方も非常に困ると思いますから、その交付税のベースになるものをどういうふうにやるかということもやはり一つの工夫が要ると思います。  それから、ベースアップの問題で、大企業は余裕があればベースアップしろとおっしゃいましたけれども、私は、むしろ実際にもう少しベースアップ、これはどうも難しいのですが、大企業と中小企業の賃金格差がどういうふうになっていくか知りませんが、余り広げることは問題があると思いますし、それから、大企業と申しましても、例えば自動車とか電機のような非常に日の当たる企業もありますし、そうでない石油精製だとかアルミだとかなんとか、造船もそうですし、海運もそうですし、非常な不況産業もあるわけでありまして、なかなか一律にはいかないと思います。
  147. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 時間がないので十分議論が詰められないのは残念なんですが、せめて国が補助金を削った分だけ全部交付税でカバーしますということになれば、それは今の不交付団体にいった補助金が今度は交付団体の方にいくから、滝井市長さんのところなんかは潤うということが言えるのだけれども、さっき申し上げましたように、何せ五千八百億円削って、それで交付税で加算するのは一千億円だけですからね。これではきめ細かいということになっていないと思うので、ぜひそのきめ細かいことについてひとつ公述人の先生方の御意見をちょうだいしたい、こういうふうに我々思うわけなんですね。  それから、中小企業と大企業の賃金格差が開くから余り大企業は上げられないんだ、これは逆説的でして、それならもうちょっと大企業の方も下請の中小企業などを保護する意味で、もっと下請単価の引き上げ等をやっていただければ、結構中小企業も賃上げできるわけなんですね。こういう点も、ぜひ大企業としてこの際は大いに配慮されるべきではないか、社会的責任としてお願いをしておきたいと思います。  それから、続いて今度は松永公述人にお願いをしたいと思うのです。  今度は今と全く逆になるわけなんですけれども、先ほど渡辺公述人は、補助金カットを高く評価されるとか、あるいは行財政改革を徹底してやってこそ税制改革についての国民的コンセンサスが得られるんだ、こういうお話なんですね。行政改革は徹底してやられていまして、本当の意味ならいいのですけれども、結果的には社会保障水準の引き下げになっているわけです。そこへまた老人保健法の改悪など医療制度の第二ラウンドの改悪が訪れようとしているわけなんですが、そこへ補助金カットでしょう。今言いましたように、これは地方自治体への補助金カットなんだけれども、結果的には借金を地方自治体が返さにゃいかぬという負担地方自治体にかかるとすれば、カットされた保育所の運営であるとか、あるいは老人施設の運営であるとか、障害施設の運営については、地方自治体としては背に腹はかえられない、結局、利用される国民の方に負担をしわ寄せしようじゃないか、こういうことになって、国民負担がふえる。こうなりますと、少々逆所得政策で賃金がよしんば上がったとしても、帳消しかあるいは帳消し以上のマイナスになると思うのです。だから、当然、賃金を高目誘導すべきだという政策は、社会保障の水準を絶対下げてはならない、こっちも充実させるという、これとセットになっていないと余り効果がないように思うのですが、その点の言及がなかったので、御意見を伺っておきたいということが一点。  それから、もちろんできることならば大幅所得減税も今の個人消費を高める手段としては有効だというお話がありましたね。この点は松永公述人も否定はされていないのですが、一方で、断固大型間接税を導入すべきだ、こういう御意見なんです。ところが、大型間接税というのは、これはだれが考えてもわかるように、所得が低くなればなるほど税負担率も高くなるという仕組みですね。そういう増税が抱き合わせになったんでは、これは事実上消費拡大に結びつくような所得減税の効果は出てこない。しかも、量的には一の所得減税に対して三か五かの大型間接税の増税という感じを強く感じるわけなんで、この大型間接税の導入についての先生の御意見と、二点伺いたいと思います。
  148. 松永嘉夫

    ○松永公述人 私、一国民あるいは一市民として国の補助政策というのをときどき考えておりますけれども、こういうふうに行革がかなり一生懸命進められてきたのにかかわらず、どうも我々一国民あるいは一市民の目で見て、むだな補助金というのか、本当に必要な補助金がどうかというのが間々あると思うのですね。したがって、私は地方自治体の末端の一地方大学に勤めているのですけれども、どうも中央の予算当局、まあ一生懸命これは勉強をされているわけですけれども、末端のニーズというのか、末端のいわゆる行政機関あるいは私どもでいいますと大学、このニーズを十分に御調査なさって予算をカットされるあるいは補助金をカットされるということをしておられるかどうか。私まだその辺ちょっと疑問があるんじゃなかろうかと思います。そういうむだな補助金が仮に、ほとんどないかもしれませんけれども、まだ多少あると思うのですけれども、ないという状況では、補助金をもう一方的にカットするというのは、私やはりこれは問題だろうと思います。  それから、間接税の増税でありますけれども、間接税の増税というのは、税制改革というのか、将来の方向としてどうも流れのようでありますけれども、私が、さっきも言いましたように、一経済学者として日本経済をできるだけ客観的に見てきた限りでは、間接税の増税というのは、確かに政府の財源を確保するという意味ではこれは所得税よりもやりやすいかもしれないけれども、日本経済の問題点の解決にはならないんじゃないかと思うのです。貯蓄過剰ということで、物が余り金が余り、それが海外に出ていくというのが貿易摩擦であり、あるいは、今は円高でございますけれども、昨年の九月下旬まで円高にならなかった理由だと思うのです、お金も出ていくというのが。しかし、そういう貯蓄過剰、まあこれは、一つは貯蓄率がほかの国に比べて非常に高い、それに対してそれを使うだけの動きが今や国内にないということでだぷつくわけでありますけれども、この原因というのは、どうも所得税が諸外国に比べて低い、あるいは住民税合算したものが低いということであって、間接税とはどうも関係がないんでありますね。家計収入に対する直接税、税外負担率、それから家計収入に対する貯蓄率を合計してみますと、主要国の間で日本を含めまして皆同じぐらいになりますけれども、間接税の負担率を加えてみましても、一緒にならないんですね、ばらばらということであります。ということは、間接税は日本の今一番抱えているお荷物であります過剰貯蓄、この解決にはならないんじゃなかろうか。だから、私は、間接税で増税というのは、取りやすいかもしれないけれども、財政の立て直しにはいいかもわからぬけれども、日本経済全体のためにはどうもいいのかどうか、よくないんじゃなかろうかという感じを持っております。
  149. 瀬崎博義

    ○瀬崎委員 滝井田川市長さんに伺いたいと思うのですが、先ほどのお話では、これはやむを得ずだろうと思うのですけれども、地方自治体も行政改革を謙虚にやっているんだというお話がございました。もちろん自治省の方からも、地方行革大綱をやれやれとしりたたきが出ておるわけなんですが、特にいろいろ住民との間で問題が起こるのに、現業部門の下請合理化などがありますね。給食とか清掃部門とか管理部門、建物の管理などをできるだけ下請へ移せと。こういうことについて、現在やっていらっしゃるのがどうかこうかではなくて、こういうことは地方自治体としてどうあるべきか、本来直営でやるべきとお考えなのか、あるいはそういうものは民間に下請さす方がいいとお考えなのか。それから、これも行革の一環としてよく出てくる地方議会の定員を削減しろというのがありますね。こういうことに対しての市長さんの御意見はどうなんだろうか。  さらに、先ほど国保の財政難のお話がありましたが、我々も大変御苦労いただいておるので政府にはいろいろ要求しているのですが、国の方は逆に、高くなってくる保険料が払えないなら保険証の給付を差しとめろ、再発行するな、こんな指導も行われ法案化されるというような動きもないではないのですね。こういうことに対するお考えはどうなのか。  最後に、先ほど大規模プロジェクトなどに力を余り入れるのは芳しくないというお話があったのですが、本当に行財政改革をやるという気なら、その最たるものとして、やはり五年間で四〇%もふえた軍事費を削らせることが一番じゃないかと思うのですね。こういう点でひとつ田川市長さんのような自治体との共同戦線が張れればと思うのですが、そういう点についての御意見を伺いたいと思うのです。
  150. 滝井義高

    ○滝井公述人 第一点でございますけれども、政府が民間活力を活用せよと言うのです。私の方は清掃も直営でやっております。それから学校給食も、センター方式じゃなくて個別学校方式でやって、そこに給食婦その他を置く。病院も直轄でやっております。民間活力が活用できるならば、官庁活力を活用せいと私は言っております。民間と同じだけの能率を上げれば、はるかに直営の方がいいわけです。だから、問題は、働く人たちが私の気持ちを酌んで、官庁活力をやってくれるか。国鉄でも同じです。官庁活力で私鉄に負けないようにやったら、こんなことにならないわけですから、それを言っておるわけです。  それから、二番目は議会の定数でございますが、我々のところはもう既に三十六人の定員を三十人にしてしまっておる。ただ、最近行政改革の非常に大きな波が来まして、今度は住民の側から三十人じゃまた多い、二十二人にせよなんというところも出てき始めたわけです。そうなりますと、それが一つの流行になってくるおそれがあるわけです。しかし、民主主義というものはある程度住民を代表する議会の機能をきちっとしておかないと、例えば国会を五百十一人を二百五十人にせいなんて言ったって、これはもう大変な状態と同じだと思います。そういう点では、私はそんなに極端な削減というのはよくない。そういう形で議会の真意、どういうように議会が出してくるか、じっと静観をしておるというのが現状です。  それから、国保の問題でございますが、これは御存じのように、非常に財政が赤字でにっちもさっちもいかなくなってきておるわけです。政府の方は保険料を九二%まで取らなければ調整交付金をやらないと言ってきた。今まで九二%で私たちは取る努力を、貧しい人に最初から催促し、国民健康保険課も税務も総動員して当たって徴収して九二・五にいったわけです。そうしたら今度は通知が九三%でなければだめだと来たわけです、最近になって。それで九三%以上になって、九二ですから五%のペナルティーをかけられる。五%のペナルティーをかけられると二千万円調整交付金がもらえなくなるというように、政府というものは絶えず自分の立場ばかりを考えて、地方自治体の苦心惨たんをしておる姿というのに対して愛情が非常に少ない、こういう点は非常に困っております。したがって、国民健康保険、私のところなんかは所得百万円以下が六九%です。全国平均が三二、三%です。倍おるわけです。それを保険料を今度七割上げないと四億の赤字が解消できないのです。そこで、半分の三五%で国民保険の協議会に諮問をいたしました。そうしたら、協議会の方で、市民の現状から見て三五%は高い、二割にせい、こういうようにもう市民の方がそんなに出せませんと諮問機関が答申をしてきたので、二割をこれから毎年——毎年二割ずつ上げていっても五年の後にはまだ赤字が七千万ぐらいあるという状態で、上げても今度は税の徴収ができないから、そこでペナルティーがかかってくる、こういう実態でございます。大変これはあれです。  それから、軍事費との関係は、最前申しましたように、社会保障、特に老人というのは年をとるということは不可避でございます。そこは選択を許さぬわけです。軍事費というものは、米ソの会談やその他いろいろ客観情勢は軟化しつつありますが、そういう選択のできるものは国会がやはり高い見地から選択をしていただきたい。ここで私は軍事費を削れとかなんとかは言う資格はありませんが、選択をしていただきたい。そのときの精神というのは、井上準之助や浜口雄幸や高橋是清の精神を政治家が持っていただければそれでいいじゃないか、こういうことでございます。
  151. 小渕恵三

    小渕委員長 これにて公述人に対する質疑は終了いたしました。  公述人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。  明日は、本日に引き続き午前十時より公聴会を開催いたします。  本日は、これにて散会いたします。     午後四時十四分散会