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1985-06-11 第102回国会 衆議院 科学技術委員会 第9号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和六十年六月十一日(火曜日)     午前十時六分開議 出席委員   委員長 鳥居 一雄君    理事小宮山重四郎君 理事 笹山 登生君    理事 塚原 俊平君 理事 大原  亨君    理事 渡部 行雄君 理事 矢追 秀彦君    理事 小川  泰君       伊東 正義君    櫻内 義雄君       保利 耕輔君    若林 正俊君       小澤 克介君    遠藤 和良君       山原健二郎君    近藤  豊君  委員外出席者         参  考  人         (日本放送協会         放送総局特別主         幹)      磯村 尚徳君         科学技術委員会         調査室長    曽根原幸雄君     ————————————— 委員の異動 五月二十四日  辞任         補欠選任   辻  一彦君     藤田 高敏君 同日  辞任         補欠選任   藤田 高敏君     辻  一彦君 同月二十八日  辞任         補欠選任   山原健二郎君     藤木 洋子君 同日  辞任         補欠選任   藤木 洋子君     山原健二郎君 六月五日  辞任         補欠選任   辻  一彦君     細谷 昭雄君 同日  辞任         補欠選任   細谷 昭雄君     辻  一彦君     ————————————— 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  科学技術振興基本施策に関する件(我が国組  学技術国際的影響の問題)      ————◇—————
  2. 鳥居一雄

    鳥居委員長 これより会議を開きます。  科学技術振興基本施策に関する件、特に我が国科学技術国際的影響の問題について調査椎めます。  この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  本件調査のため、本日、参考人として日本放送協会放送総局特別主幹磯村尚徳君の御出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 鳥居一雄

    鳥居委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。     —————————————
  4. 鳥居一雄

    鳥居委員長 この際、磯村参考人一言あいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございます。  本日は、我が国科学技術国際的影響の問題につきまして、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。  なお、議事の順序についてでありますが、まず参考人に一時間程度御意見をお述べいただき、次いで委員の質疑に対して御答弁をお願いしたいと存じます。  それでは、磯村参考人にお願いいたします。
  5. 磯村尚徳

    磯村参考人 磯村でございます。  私、専門以外のことにつきまして、国権の最高機関意見を述べるというのはまことにじくじたるものがございます。ただ、私NHKに入りましてから三十二年でございますが、その半分以上の十八年を海外報道関係に当たりまして、いわばジャーナリストとしていろいろな経験を積んでまいりました。とりわけ各国の首脳並びに庶民といろいろな取材経験もございますし、また各種のゼミナールみたいなものでの耳学問も多少はいたしましたので、そうした経験をもとに、日本科学技術が現在世界に与えておりますインパクト、いわゆる影響力について、意見を述べるというような大それたことでなく、御報告を申し上げたいと思います。私の至らざるところ、あらかじめ御寛容をいただきたいと思います。  例えば、イギリスサッチャー首相インタビューしたときのことでございます。イギリス大使館では、サッチャー首相に聞いてはいけないことはたった一つで、英国病のことを聞くとそれに対する答弁インタビューは一時間が過ぎてしまうから、それだけは避けなさいという注意を受けました。しかしインタビューに参りましたサッチャーさんは、いわゆる日本人イギリスに対して持っております紳士の国であるとかあるいはデモクラシーの模範の国であるとか、彼女の表現によりますと、そうしたイギリス文化博物館として扱うことにかなりのいら立ちを示しておりまして、インタビューのさなか、頭の方で私に逆に質問をいたしました。日本科学技術で進んでいると思うけれども、あなたはイギリスノーベル賞獲得者の数を知っておるか、七十六人である、パーヘヅド、一人当たり国民にすると世界一だということを申しました。その番組が終わりました後でサッチャーさんはさらに補足をいたしまして、磯村さんは知っておるかどうか知らないけれども、ペニシリン、レーダー、ジェット機、原発、コンピューターのソフトウェア、これらはいずれもイギリス人が発明したものである。そのときのサッチャーさんの目の輝きというものは、千方言を要する必要もないようなものでございました。つまり、日本は偉そうな顔をしておるけれども、後で申しますインノバティブテクノロジー、創造性技術工学というものについてははるか我が国の後塵を拝しておるではないかという、老英帝国宰相一つの本音がちらりと見えたような気がいたしました。  では、こうした指導者に対して庶民の方はどうかということでございます。去年、一九八四年の五月三日に朝日新聞フランスのルモンドという新聞が行いました世論調査によりますと、フランス人の七二%が日本科学技術先進国だと判断しております。数年前にNHKが行いました調査では、日本をまだ途上国だと見るフランス人が三分の一はいたのでありますが、去年の朝日新聞調べでは一四%がまだ途上国と見ておりますけれども、七二%が先進工業国と見ております。そしてその先進工業技術国になった原因について、フランス庶民は勤勉というのを第一に挙げておりまして二三%、それから政府研究費が非常に割かれておるというのが一六%、さらに奇妙なことには、安い人件費のおかげだと答えておるフランス人が一五%もおります。やや事情通だと思われる、例えば軍事費の負担が低いとか教育が行き渡っておると答えたフランス庶民はわずか二%でございました。  また、一九八一年にNHKが行いましたフランス人に対する世論調査の中で、黄色人種の禍い、「黄禍」という言葉を聞いてあなた方は何を思い浮かべますかという世論調査をいたしました。調査の項目の中には元寇、蒙古軍の大軍がヨーロッパも征服したわけでありますが、そういう元寇的なもの、あるいは中国の人海戦術ということで朝鮮動乱アメリカ軍に襲いかかったような回とか、そういう質問項目が五つほどございましたが、四年前のNHK調査では、フランス人の大多数が「黄禍」という言葉を聞いて、フランス市場にあふれた日本自動車の群れを思い浮かべるという答えが一位でございました。七八年に同じ調査NHKで行っておりますけれども、このときはむしろ元寇的イメージの方が強かったわけであります。「黄禍」と聞いて自動車を思い浮かべるというところに、私は非常に大きな変化を読み取ります。  と申しますのは、自動車の持っております意味というのが二つあると私は思います。一つは、日本がカメラをつくりトランジスタをつくるのと違って、自動車というのはヨーロッパアメリカにおいて大変すそ野を持つ産業でございます。アメリカの場合は関連産業まで入れますと大体二〇%、ヨーロッパの場合は一五%のシェアを産業の中で占めておりまして、アメリカの場合には八五%の国民が通勤に自動車を使っております。つまり自動車というのは、そういうセンシブルな産業である。二番目に、ドイツのフォルクスワーゲンが国民車と呼ばれ、またメルセデス・ベンツがさまざまの神話を生んでおります。同じことがアメリカについては、キャデラックがアメリカンドリームアメリカの夢の象徴とされておりますし、フランス人はシトロエンというおもしろい格好をいたしました車に、自分たち創造性の才能の一つの開花を誇りにいたしております。つまり自動車というのは、物ではありますがナショナリズムそのものでございまして、日本科学技術がついに車の分野で欧米進出をしたということが、初めて欧米の心の琴線に触れた状態をつくったんだというふうに思われます。  一九八〇年、八一年という段階になりまして、日本問題とか日本の挑戦とか日本の現象といった言葉マスコミに多く登場するようになりまして、日本科学技術の問題は一部の人たち関心事からついには全国民関心事に、この車の進出ということを契機にいたしまして、いわば世界の表舞台にこの問題が登場してきたということが言えるのではないかと思います。  余談でございますけれども、笑いの世界にも日本がしばしば登場するようになり出したのが、この一九八〇年初頭からでございます。よく言われることですが、先般東京で開かれました日本ヨーロッパセミナーの席上で、ヨーロッパ代表がこういうジョークを飛ばしました。御承知のようにQC、品質管理運動というのが今世界的な関心を集めております。かつて日本人国際場裏で非常におとなしい存在だったのですけれども、最近ではノイジー・ジャパニーズというようなことで、やたらに説教癖のある日本人ということが言われております。そういうことを前提にしてこういうジョークがあります。三人のビジネスマンがあるとき過激派ゲリラに襲われて人質になった。ゲリラはまず最初にフランスビジネスマンを殺すことに決めた。彼はマルセイエーズを歌い、フランス万歳を叫んで殺されていった。二番目に哀れにも日本ビジネスマンが血祭りに上げられることになった。そうしたらその日本ビジネスマンは、ちょっと待ってくれ、死ぬ前に自分の工場のQC運動について後輩諸君に書き残したいことがあるということを言ったそうです。それを聞いたもう一人のアメリカビジネスマンが、もうQC運動についてお説教を聞くのは真っ平だ、先におれを殺してくれと言ったというのであります。こういうジョーク国際場裏で語り継がれるほど、日本の例えばQC運動というものは今、大きな広がりを持っているということでございます。  以上のいわば前提のもとに、では日本科学技術あるいは工業力全般というようなものが世界でどういうふうな見られ方をしているかということを、ちょっと時代を追って御説明申し上げたいと思います。  まず最初に、無知及び偏見時代というのが、第二次世界大戦戦前から戦後の六〇年代に至る時期にわたって長く続きました。この偏見といいますか決まり文句のことをクリシュと言っております。これはフランス語なんですが、英語の出版物にもしばしば登場する表現でございます。日本をめぐるクリシュ偏見には、まず安かろう悪かろうというイメージがありまして、戦前にはチープレーバー、低賃金のもたらすいわば働きバチ的なイメージ、それからダンピングをするというずるい、不公正だというイメージ、さらには物まねをする日本人ということがやや世界的な定評になっておりました。このことは、庶民だけではなくて指導者の間にも広く行き渡っておりました。  先週のワシントン・ポストという新聞に小さな囲み記事が出ております。一九五四年でございますから昭和二十九年に、時のアメリカダレス国務長官が閣議で発言をいたしまして、日本は復興目覚ましいけれども、しかし日本技術には限界があるので、日本後進国途上国に物を売るように指導すべきであるということを発言いたしました。そしてその五週間後にダレス国務長官は、ワシントン・ポストの伝えるところによりますと、日本の時の大使を呼びまして、アメリカ国民が望むような質の高い製品を日本はつくる余力がないと思うので、余りアメリカ市場に期待はしなさんな、こういうことを大使に言ったというのであります。これを紹介したワシントン・ポストの記事は、ライシャワー教授のそれに対するコメントを載せておりまして、既に戦争中に零戦とか日本の空母とかの高い技術水準アメリカはかなり痛めつけられたにもかかわらず、このダレスのような人が五〇年代におけるアメリカ指導者の一般的な考え方であった、今考えてみるとおかしいということをライシャワー教授は言っておられます。  NHK取材班調べによりますと、昭和二十四年十二月に戦後初の技術白書というのが出ているそうでございます。その中で技術白書自体が、日本の製品というのは戦前は安く悪かったのが、戦後は品質が悪い上に価格だけは高くなったという自己批判をしているということでございます。戦前のそういうふうな一般的な風調の中で、しかし最近では、日本経済的発展あるいは科学技術の飛躍ということの背景に、実は長い間の封建時代の積み重ね、日本の高い教育水準といったものがあったのではないかという説が、少数ではありますが出ております。  その中で注目すべきは、先ほど申し上げたライシャワー教授徳川時代を高く評価するような学説と並びまして、パリ大学の学長でありますレヴィー・ストロース教授が四年前に発表した論文でございまして、その中でストロース教授は、日本封建時代徳川時代における識字率がそのときにおける欧米のどの国よりも高い。江戸時代回船問屋は、こん色技術まで含めて高い水準を持っていた。あるいは鉄砲を例に挙げまして、一五四三年に種子島にもたらされた二丁の銃が一年後には数十丁にふえ、三十二年後の長篠の戦いでは三千丁も量産されている。ちょうどそのころ、そのころというよりはそれから百年後のルイ十四世の時代に、フランスには記録によればまだ百台の銃もなかった。これから比べると、三千丁も百年前につくった日本技術は大変なものだということをフランス学識経験者が言っております。  また、こうした学者の意向を受けまして、政治家の中でも日本のそうした戦前からの伝統を重視する見方がよく出ておりまして、私がインタビューをいたしましたフランスの。ミッテラン大統領は、京都でのインタビューで、ちょうど日本の庭園の中で行ったインタビューなんですけれども、日本のこのすばらしい技術発展の背景には、これが突然変異的に出てきたのではなくて、日本の庭園に見られるようないわゆる科学技術の心が日本には備わっていたのだ、我々はそれを見ないでいたずらに表面的な日本科学技術の進歩だけを見てはならないということを、非常に日本人の耳には快い賛辞でございますけれども、私とのインタビューで言っております。  また同じく私が若いころに、もう三十年近く前になりますがインタビューいたしましたドゴール大統領が、日本人の非常に小さなものをめでる、そうした手先の器用さとかそういうものは、日本が必ず将来経済大国になる素地を築くものだということをNHKとのインタビューで明らかにしております。御承知のようにドゴールさんは、そのとき訪れた当時の池田総理トランジスタ商人と言ったことで日本で相当問題になりました。しかし、今考えてみますと、中ソの対立を早くから予言したような予言能力といいますか、先見力を持っておりましたドゴール大統領のこのトランジスタ商人という発言は、今はやりの半導体にいたしましても超LSIにいたしましても、いずれもトランジスタをただ積み重ねたと言うと語弊があるかもしれませんが、そういう集積の上に成り立った日本の進展でございますから、あるいは池田さんをけなすために言ったことというよりは、大変日本に対する先見力のある予言であったのかもしれないという感じがいたします。しかし、残念ながらこうしたような見方というのは今日でも依然としてまだ少数でございまして、第一期の日本に関するクリシュが幅をきかせていた時代には、全く少数であったということは言うまでもございません。  日本のGNPは一九六〇年代に入りましてから急激な伸びを見せまして、六六年にイタリアを抜き、六七年にイギリス、そして六八年にフランスを抜き去りまして、同じく六〇年代最後の年、奇跡の復興と言われ、いわば世界経済のモデルでありました西ドイツをも抜き去ります。そしていよいよ七〇年代を迎えるわけでございます。この七〇年代は、日本を三度にわたってシッョクが見舞いましたけれども、そのシッョクを乗り切ったということで記録されるべき年代に当たります。日の出の勢いで七〇年代を迎えました日本、それに対してようやく世界からも集中豪雨的輸出であるとかエコノミックアニマルであるとか日本株式会社、ジャパン・インコーポレーテッドというような非難が集中すると同時に、一方六〇年代の後半から七〇年代にかけまして、例のハーマン・カーン教授の「日本の奇蹟」とか、あるいは太平洋の時代ということが叫ばれるようになります。  一九七〇年に出版されましたアメリカ週刊誌タイム日本特集を行っておりますが、その中の一、二の表現を挙げてみます。日本は十四世紀の武装商人、これは倭寇のことでございますが、武装商人や第二次大戦のときの軍事官僚のように、今や世界貿易戦争に従事し、あらゆるところの戦いに勝ち抜いている、そこに見られるのは、鉄砲を撃たぬかわりにそろばんを片手に行う経済戦争であるというようなかなりどぎつい表現を使いまして、押し寄せる黄色い輸出とか不当競争ダンピング、新しい黄禍為替レート不当操作ということをしばしば言及しておりまして、このころからいわゆる貿易摩擦が燃え盛ってくるわけでございます。私がそのころ在外勤務をしておりまして一番記憶に残っております本は、フランス語で書かれました「日本人をストップしなければならない」という題の本でございます。これは恐らく韓国の人が書いたのではなかろうかと思われる本でございますが、かなりフランスでも売れまして、今申し上げたようなさまざまな非難日本に浴びせております。  七〇年代にそういう日本非難の大合唱が起こるのと軌を一にいたしまして、一九七一年のニクソン・ショック、七三年、七九年のいわゆる石油ショックによりまして、欧米日本に対する論調もやや変化を見せてまいります。「ひよわな花日本」というベストセラーが、後に大統領補佐官となりましたブレジンスキー教授によって書かれたのも七〇年代でございます。また一九七二年に、私も取材に当たりましたストックホルムでの第一回国連環境会議というのが開かれておりまして、そのときに日本公害先進国、ありがたくないあだ名でございますけれども、水俣の患者が訪れるとか四大公害裁判が行われるということで、日本科学技術の弱点、それは狭いところで急激な工業発展を遂げることに伴う環境の破壊であるというようなことが欧米の論調の主流を占めるようになってまいります。光化学スモッグとか、あるいは日本人が風邪の予防のためにマスクをいたしますが、それを勘違いしたドイツの教科書には、日本では公害で空気がひどいので住民がみんなマスクをしている、あるいは光化学スモッグで川崎の小学校で酸素吸入をやったというようなことが紹介をされるようになりました。  その当時の代表的な一つの声として、ファイナンシャル・タイムズの次の表現を御紹介しておきます。莫大な投資で近代化され、そして科学技術の粋を尽くした工場、非人間的なまでによく働く労働者絶え間なき政府の企業に対する援助、我我は深い違和感を覚える、これが七〇年代初頭の一つ見方でございます。そして、その集大成とも言うべきものが七九年に発表されましたECヨーロッパ共同体秘密文書というものでございまして、その中で、ウサギ小屋のようなところに住む働き狂いというようなことを言ったことは、もう皆様御承知のとおりでございます。  ところが、これにつきましても、例えば八二年に第二回の国連環境会議がナイロビというところで開かれまして、引き続いてロンドンで公聴会が開かれました。私はその公聴会日本側マスコミ代表みたいな形で出席をいたしましたのですが、ストックホルムの第一回のときからわずか十年を経た時点の八二年の段階では、日本公害先進国から公害対策模範生ということで、日本代表がちょっとくすぐったくなるくらい、省資源、そして省エネの日本のすばらしい科学技術によって富士山が晴れた日には必ず東京から見えるようになったとか、無鉛化ガソリンでこれほど排ガス規制を徹低して行った国はないとか、各国からの賛辞を一身に浴びるということがございました。  そして七〇年代初頭には、彼らの琴線に触れてきた自動車の問題につきましても、例えばEC委員会オルトリという委員長は次のように言って、これもまた非常に有名になりました。御承知のようにヨーロッパ共同体ECの中では俗にワイン戦争というものが行われておりまして、フランスイタリアワインお互い競争で量産することによる摩擦が起きております。それを調停すべき立場にあるEC共同体オルトリ委員長が調停をしようとしたら、フランス酒造組合代表EC委員会に対してこういう提訴をしたというのですね。イタリア産のワインは安い上に、しかもぐあいの悪いことに質もよろしい、安かろう悪かろうならまだ許せるが、こういうニュアンスでございます。日本車のことを実は七〇年代後半にEC委員会では、まさにイタリアワインのごとし、安い上に質もよろしいということを言っております。日本産業の力と展開の早さ、また技術革新のレベルの高さといったものは、七〇年代以前から既に世界関心を集めておりましたけれども、七〇年代の三つのショックを見事に乗り切ったことによって、さらにその力が国際的に見直される機運をつくったということが言えると思います。  次いで八〇年代に入って、ここら辺はもう皆様御承知のごく近い過去でございますから駆け足で申し上げますけれども、私は八〇年代に入りましてから日本に学べといった感じの機運が急速に高まってきたのを、海外の勤務で肌に感じております。ストラスブールという東フランスの町で開かれました日欧セミナーというものがございまして、そこでシュペーヌマンというフランス科学産業大臣は次のように言っております。我々は日本技術革新のいいところを学んで、そして一九九〇年にはヨーロッパ日本になるのだ。このシュペーヌマンという人は今、文部大臣をやっておりますが、フランス社会党の中でも超左派に属します社会主義協会の系列のCERESの代表でありまして、いわば共産党よりも左と言われているような考え方の持ち主ですけれども、その人が手放しての日本賛辞をいたしました。  時を同じくいたしましてイギリスサッチャー首相は、国会での答弁で、一九九〇年にイギリス技術革新の面でヨーロッパ日本になるということを言いました。サッチャーさんはシュペーヌマンとは全く違う右寄りの考え方をする人でありますが、いずれも我が田に水を引くように、そうした日本というものを一つの合い言葉に使い出されたのも八〇年代の大きな特色でございます。まして何事につけてナンバーワン意識の強いアメリカにも、こうした日本に学ぼうといった機運が伝わってまいりまして、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のボーゲル教授が言っておりますように、日本絶え間ない科学知識の追求に学べという声はアメリカでも高まってまいります。  しかし、もちろん一方において、現在も大きく国際問題になっております日本進出に対する危機感というものも一段と深刻になってまいります。とりわけ八〇年代に入りまして、七〇年代後半からの日本半導体での進展、キーコンポーネントについての日本の圧倒的な優位ということが明らかになるにつれまして、出版物でも日本の陰謀、コンスピラシーとかあるいは半導体戦争ということ、あるいは産業の米と言われるようなICチップを全部日本に占有されるようなことは国防上もゆゆしき問題だとか、あるいは日本市場を開放しろ、アンフェアだといったような声がアメリカヨーロッパで次第に高くなってまいります。  特にヨーロッパではユーロペシミスム、ヨーロッパ悲観主義と言っていいような機運が高まってまいりまして、日本の鉄鋼、造船、繊維、自動車、そしてついには半導体、エレクトロニクスということで、あしたはどうなるかわからない。ヨーロッパのあるコンサルタントは、一九九二年には一人当たりにしてヨーロッパ日本アメリカの半分のエレクトロニクス製品を使用するというようなことになりかねない、一九九二年にはヨーロッパはひょっとしたらブラジルやインドネシアの人よりも半導体なんかの使用の度数が少なくなるのではないかといった警鐘を鳴らしております。  アメリカについても同様でございまして、この間帰ってこられたソニーの研究所の菊池博士によりますと、例えば七〇年代の中ごろまでは、アメリカとしてはほとんどのパテントがアメリカでございますから、日本半導体なんかを量産しても、パテントでもうければその分パテント料が入ってまいりますからということでたかをくくっていたようでございますけれども、八〇年代に入りますともう日本の企業はもちろん、我々NHKのような報道機関に対しましても、例えばIBMなんかの取材は完全にシャットアウトされました。私、一九七〇年代の初頭にIBMを取材したことがございますけれども、そのときには下へも置かないもてなしぶりでございまして、どうぞどうぞと言って見せてくれたのでありますが、八〇年代はもうそういうことが全くなくなりました。最近ではそういう取材拒否とか企業に対する完全秘密主義のほかに、いわゆる光ファイバーの問題なんかをめぐりましては裁判ざたになる。つまり、同本の方が特許を侵害しているというITCの係争の種にもなっているという変わりようでございます。  以上、大変に駆け足で申し上げてまいりましたけれども、もうこれも先生方にはっとに御承知のように、最近アメリカではジャパン・バッシング、ハッシュというのは辞書を引きますと、パチンとやるような破裂音的な意味合いを込めた言葉のようでございまして、つまり日本人をぶん殴れ、この黄色い小猿どもにのさばらせるとろくなことはないという表現を、アメリカの地方新聞などはかなりどぎつい表現で言っております。三月二十八日にアメリカ上院を通過いたしました日本非難決議、これは九十二対ゼロという、ベトナム戦争のさなかでも必ず四、五人の反対投票というのがあったのが私の取材経験でございますが、九十二対ゼロという反対票なしの決議、まあ法案ではございませんけれども、そういうものが通るような状況が今醸成されているということが、率直なところの現在の状況かと思われます。  以上、ざっと時代的な位置づけを駆け足で申し上げましたけれども、続きまして、ではそういう間において日本技術というものでどういう点が特に世界の注目を集めているのかといった点に話を移らしていただきたいと存じます。私は、四つほどの日本的な考え方というものが今世界の注目を集めているというふうに思います。  まず第一には、日本のローテクと言われておりますすそ野の技術の広がり、ハイテクに対するローテクでございますが、そうしたものに対する世界関心というものは非常に高まっております。いろんな技術革新関係のセミナーというものが今ヨーロッパではほとんど毎月のごとく開かれておりまして、そこでさまざまの専門分野の講師が必ず触れることが一つございます。それは、日本技術者のすそ野の広さということでございます。去年の四月にパリで開かれました「太平洋の挑戦」と題するセミナーの席上で、フランスの兵器産業の最大の会社でございますマトラの社長がセミナーのパネリストに対して次のような提言をいたしました。今この席の周りで、日本技術革新の問題「太平洋の挑戦」を論じているヨーロッパ側のパネリストの中で、工学部出身がいたら手を挙げていただきたい。フランス代表に一人、工学部の出身がおりました。あとはほとんどが文科系か、理学部系は二人ほどおりましたけれども、何とイギリス代表は四人とも哲学の博士号とか修士を持っている人たちでございました。このマトラの社長の言によりますと、これは非常に象徴的なことだ、技術革新を論ずるこのセミナーに、工学部出身がヨーロッパ側には一人もいない。日本側はほとんどそういう方でございます。これは、大学の研究所にイギリスなりフランスの研究者は残りたがるけれども、企業に出ていくということはしない。それから、イギリスでサイエンティスト、科学者と呼ばれることは非常な名誉だけれども、エンジニアと言われることは何か手作業の一段劣るような感じがあるということでございます。これは先般の委員会でお話しになりました東京大学の石井先生に伺った話ですけれども、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学にはいまだに工学部がないそうでございまして、何とハーバード大学にも工学部がない。ところが日本は、石井先生の話によれば、東京大学は明治十九年にできたときから工学部というのがあるそうでございまして、現在日本では九万近い工学部の学生数を誇っているのに対して、一番多いと思われるヨーロッパあたりでは大体一万台でございまして、工学部の出身者が十分の一でございます。  また、NHK調べによりますと、世界の研究者の数は一九八一年現在で、ソ連が世界一位で百四十万人、これは人口千人に対して五・三人、アメリカが二位で千人に対して三人、日本は二・七人ということでございますが、さらにこの内訳をよく見てみますと、日本の場合は工学系の研究者が六十に対して理学系が十一でございます。ところが、ほかの国は全部、イギリスアメリカも含めまして理学系の研究者の数が圧倒的に工学系を上回っております。ここら辺にも、日本が単にハイテクだけではなくて、周辺技術のすそ野の広さで世界をリードしているということがうかがえるわけでございまして、このことに世界は今非常に注目をいたしております。あらゆるセミナーでそのことが必ず一言触れられない日はありません。また、去年の夏にニューヨーク・タイムズが日本の教育のことを特集いたしておりますが、その「教育の危機」と題する記事によりますと、アメリカではブルーカラー、工場労働者の四〇%が小学校の五年卒業程度の学力しかない、二六%は何と小学校三年の学力しかない。これに対して日本は、ブルーカラーでも非常に教育水準が高いのだということを警鐘を鳴らしております。  こうしたすそ野の広さのことから今盛んに欧米マスコミをにぎわしておりますのは、インノバティブテクノロジーとインプルービングテクノロジーという表現でございます。これは先生のお手元にあります私のレジュメにも書いてありますけれども、インノバティブというのはもちろん創造的な革新技術、インプルービングというのは改良技術ということでございます。NHKの番組で野村総研の産業技術研究室の室長をしていらっしゃいます森谷正規さんにお話を伺ったことがございますけれども、森谷教授によれば、欧米人たちというのは、日本人は物まねで人様が発明したものをただ改良に工夫を凝らしてインプルーフしてやっただけの技術ではないかということを必ず言う。例えば日本が自慢にしております新幹線でございますが、その相当部分にフランスの発明した技術の特許が入っているそうでございます。フランス日本におくれること実に二十年にして今パリ−リヨン間にTGVという新幹線を走らせております。ところが、この新幹線は一時間に一本でございまして、速度こそただいま現在の日本の新幹線よりは若干速い時速二百七十キロでございますが、しかし日本の新幹線の場合には十五分おきに、しかも正確に発進をされているというようなことを考えると、どちらがどっちを自慢すべきかということは非常に疑問があるというのが森谷さんのあれでございまして、特に森谷さんによれば、最近はハイテクと言っても原理上の革新的な新しい技術というのはほとんど出る余地が少なくて、むしろ従来ある技術をいかにチームワークやいろんなことによって改良していくかということが、一九八〇年代の少なくとも後半の各国技術革新競争のいわば目玉でございまして、その典型に超LSIといったような、つまり原理的にはトランジスタを積み重ねるということなんですけれども、そのいわゆるチームワークのよさを誇る日本技術の優位性というものは当分崩れないのではないかというのが森谷さんの御託宣でございます。  森谷さんだけではございません。これもかなり多くの関心を呼びましたニューヨーク・タイムズの大特集がございます。日本語でも講談社から出ている「ネクスト」という雑誌に翻訳が出ております。「アメリカはハイテクで日本に勝てるか」という、ニューヨーク・タイムズのアンドリュー・ポラック記者の非常に精密な分析がございます。それをお読みになった方には繰り返しになりますけれども、一応復習させていただきますと、ポラック記者によりますと、日本のインプルービングテクノロジー、改良技術のようなものがなぜ八〇年代後半の日本の勝利を不動のものにしているかというと、まず一つ日本科学情報、技術情報の摂取能力が大変に高いことだというのを第一に挙げております。ポラック記者の挙げている例では、例えばATTというアメリカの大きな電話会社がございますが、その役員が日本を訪問するというのを、ATTの東京支社の人間よりも日本の商社あたりの情報の方が早いとか、あるいは日立製作所がモトローラという競争会社の売り上げについて非常に詳しい情報を即刻入手しているということを挙げております。  二番目の日本の優位の原因は、これからのテクノロジーは単なる天才の思いつきというよりはチームワークであって、その場合、やたらと自己の売り込みを図ったり天才的ないわゆる個性の強い研究者よりも、日本のようなチームワークで研究をしていく方が、LSIとがバイオテクノロジーとかというものに非常に向いているのだということを言っております。  さらに三番目の原因としては、これからの研究は、これまでのようなシリコンバレーのベンチャービジネスといったような作業から、むしろ数百億円単位の巨大資本が開発する例えば超LSI研究というようなものがあって、この意味でも日本は企業が非常に活発だ、しかも軍事で柱やかされたアメリカとは違って、民生との競争で鍛え抜かれた日本は強いのだというのが、このニューヨーク・タイムズの「アメリカ日本に勝てるか」という特集の一つ見方でございます。  もちろん、こうした見方がある一方で、インテル社のノイス副会長がNHKインタビューに答えて、かなりどぎつい言い方でこういうことを言っております。日本は改良技術というようなことをおっしゃるけれども、これを例えて言えば、立食のパーティーでおいしそうなごちそうだけをさっさと食べて、ほかの人がありつけないでうろたえておる間にたちまち姿を消してしまう厚かましい夫婦者のごときものであるということであります。  次に、日本技術で今世界的に非常に注目されておりますのは、日本技術の土壌というものがちょうど時代の趨勢と一致した、とりわけミニアチュア技術というものと日本の伝統との深い関係です。このポラック記者も、例えばセラミックと日本の陶磁器の技術ですね、そういう伝統との関連をかなり長いページを割いて分析をいたしております。また、NHKのテレビで「日本の条件技術大国の素顔」というのを放送したことがございますが、そこで紹介した例は、ディスコという何か非常にナウい名前の会社でございますが、これは例のICチップの丸いウェハーの上の四角いICを一つ一つ切り離すための、さいの目切りにする非常な薄刃の技術なんだそうでございますが、これは日本の鉄砲かじに始まるいわゆる物を切り裂く技術、その伝統の上にさらに日本のそうした、ミニアチュアなもの、小さなものをとことん追求する職人かたぎ的なものの成果だそうでございまして、髪の毛の半分くらいの薄さのチップを、半導体のものを切り裂いていく技術で、これは現在日本のシェアの九五%、世界の七五%を占めているそうでございます。こうしたことから、そのNHKの番組の中でATTのベル研究所のラッキー博士は次のように言っております。「確かに軽薄短小を価値基準とする技術分野で、日本人が目覚ましい成功をおさめつつあることは紛れもない事実である。セイコーのテレビウォッチ、ビクターのビデオカメラ、松下のマイクロカセット、シャープやカシオのごく薄い電卓などに注がれた技術は、あるいは日本人特有の文化を抜きにしては説明がつかない種類のことかもしれない。」と言っております。  確かにラッキー博士の指摘を待つまでもなく、例えば韓国の人が書いた「縮み志向の日本人」というのが三年ほど前にベストセラーになったことがございます。彼によれば、世界じゅうで日本人だけが折り畳む扇子というものを発明したのだそうでございまして、日本人がお互い祖先のころからかさばるものを嫌って、重厚長大なものを非常にやぼと断じ、軽薄短小に美を見出した、そうした感性が世界最小の、あるいは世界で最も薄い、世界で最も軽い商品の開発を支えている一つの文化的な伝統であって、半導体産業の多くの局面で日本人の細やかな感性というものが世界的に見ても非常に注目を集めておるということが言えるのではないかと思います。  こういう技術の趨勢に合ったときにちょうど日本の経済の高揚期を迎えておるということが、いわば日本民族の非常な財産でございまして、このことは巨大志向のアメリカ国民がちょうど一九六〇年代のアポロの開発に見るような、そうした時の利を得たのと同じ現象が今の日本に見られるというのが一つ見方となっております。  次に、在来技術の改良という面についても、日本はかなり世界に大きなインパクトを与えております。先ほど申し上げましたように、今はミニアチュア的なもので日本世界をリードしておりますけれども、巨大なものでも、重厚長大なものでも、実は日本がかなり世界を圧倒しておるわけでありまして、「世界の挑戦」という著書を書きましたフランスのジャン・ジャック・セルヴァン・シュレベールという人は、選挙区がローレーヌといういわゆる鉄鋼産業のところであります。ここは御多分に漏れず今、世界同時不況の波をもろにかぶっておりますが、このジャン・ジャック・セルヴァン・シュレベールは、日本技術とりわけ製鉄技術は何といっても世界の一位であって、日本のミニアチュア技術の方に今世界の目が向いておるけれども、実は歩どまりの高さといい、また完全に自動化されたコンピューター制御による巨大な高炉といい、転炉の技術の拡張といい、日本の製鋼技術のすぐれておることによる歩どまりのよさによって、実は日本フランス一国分の生産量を浮かしておるのだという事実を指摘しております。  例えば新日鉄の技術者は、今ヨーロッパ十四カ国、アジア九カ国、中南米八カ国に技術協力の名で技術者を派遣しておりまして、これは後で御説明申し上げますようなイタリアあたりにまで、単なる技術だけではなくて人事管理の面にまで踏み込んだ指導をいたしております。  また一次産業、とりわけ国連食糧農業機構、FAOの調べによりますと農機具、あるいは今世界の注目を集めておりますのは漁業の面でも日本が非常に先端的な技術を駆使しておりまして、この間私、取材ドイツから帰ってきたところですが、北ドイツのハンブルク、リューベックというあたりに行って聞きますと、北海の漁場でも今ほとんど日本技術のお世話になっておるということを言っております。中でも今注目を集めておりますのがスキャニングソナーという魚群探知のシステムでございまして、これはアメリカあたりですとヘリコを飛ばして魚群探知をやったり何かしておりますけれども、日本の場合には魚群探知機、いわゆる魚探というものをばらばらに使うのではなくて、特にまき網船に装備して、イワシだとかサバとかサンマというような多獲性の魚の魚群の認識から、潮の速さから、魚群の速度から、到達地点をコンピューターでたちまち計算しましてそこに網をかぶせるというシステムが、今北海あたりで、ハンブルクあたりでは大きな注目を集めておりまして、もうこれに対抗するシステムがないということで、続々ヨーロッパのしにせが日本の軍門に下っておるという状況でございます。あるいは、特にヨーロッパの北海あたりでは、二百海里水域の問題と絡めまして領海が非常に入り組んでおります。ですから、自分の位置を知るということが非常に大事になっておるわけですけれども、ここでも日本が開発した衛星航法によって、衛星で自分の位置を絶えず知りながら微妙に入り組んだ領海の間で操業するということについても日本技術が生かされておりまして、実はその底辺、第一次産業の面でも日本技術革新の国際的なインパクトが強いということを私、今度の旅行でもつとに肌にしみて感じた次第でございます。  時間の関係がございますので、ちょっと後のところをやや急ピッチで話をさせていただきます。  世界に与えた日本技術コンセプトの中でも、これを技術といっていいかどうかは先生方にも疑義がおありかもしれませんけれども、影響力の強かった点でQC運動というものがその最左翼に来ることは申し上げるまでもございません。現在ヨーロッパにはいろいろな経営の研修あるいは学校の経営の授業というものがございますが、一番誇り高き中華思想のフランスあたりでも日本型人事管理、とりわけQCサークル活動に対する研修が盛んでございまして、フランスの高等商業学校ではわざわざ研修に日本にまでやってくるというほどの熱の入れようでございます。QC活動とかあるいは稟議とかコンセンサス、意思決定方式とか、根回しというようなことが今や国際語になっているということも、これまた皆様よく御存じのとおりでございます。  私、実地にQC活動をしておりますところをヨーロッパで二、三見てまいりましたが、一番注目すべきは、例えばイタリアの長靴のような半島の先にあるタラントというところにある大きな製鉄所がございます。この製鉄所は一九六七年から六年間にわたりまして、新日鉄が第一回の技術協力ということで最新式の設備を技術援助いたしました。ところが設備をつくっても魂入らずといいますか、イタリアのいわゆるのんびりした国民性、教育水準の低さ、さらにはクラフトユニオンと言っております職能別労働組合が山猫ストを頻発するというようなことで、あたら世界一流の設備が赤字経営に悩むという状況がございました。そこでイタリア側は、今度は人間面からの技術協力ということを求めてまいりまして、一九八一年九月に新日鉄は七十八人、通訳や家族を入れますと二百人近い人数ですが、それをタラントに派遣をいたしまして、イロハからQC活動を実際に導入して、職人かたぎに偏る人たちにマニュアルによる品質の向上に努めるというような指導をいたしまして、現在このタラントの製鉄所は歩どまりが五年間で実に一〇%も向上いたしまして、十年前の日本の水準、八五%台の高品質の鉄を産するまでになってきております。さらにフランスでも、シトロエンという自動車会社でQCサークルの導入を五年前から行っておりまして、これも見事な成果を上げております。これらについては、また御質問でもございましたらお答えしたいと思います。  こういうQC活動、さらには私ここに、注目された日本的コンセプトとして日本欧米に与えた方のショックの第一に、戦艦大和や零戦ということを書きました。これは「世界の挑戦」という私が先ほど御紹介いたしましたジャン・ジャック・セルヴァン・シュレベールの著書を翻訳した際に勉強した受け売りのことなんですけれども、例えば大東亜戦争の初期に日本の海軍の航空隊がプリンス・オブ・ウェールズというイギリスの誇る戦艦を撃沈をいたしました。その報を受けたチャーチルは夜も眠れないほどのシュックを受けたと言われております。翌日決心をして議会でその事実を明らかにしたのですが、そのショックを受けたのは、これも受け売りでございますが、日本技術というよりは、飛行機を使って戦艦という、これまでいわば難攻不落的な不沈戦艦と思われていたものを魚雷による、低空飛行による攻撃を反復して破壊するという、今で言えばそうしたコンセプト、ソフトウエアですね、そういうものに非常にショックを受けたんだと言われております。この間の事情については、NHKの元の同僚で今フリーの評論家になっております柳田邦男君が書きました零戦の話とか、あるいは有名な話ですけれども、亡くなりました韓国の朴正照大統領が日本と韓国がいつ並ぶかという議論があるときに必ず言う例え話は、日本という国は戦前に既に空母とか機動部隊の発想をしているような国で、そういう国と韓国が属を並べるのは大変なんだよということを口癖のように言っていたそうですが、それに類する話はいっぱいございます。  最近フランスでよく言われることは、神風特攻隊を精神面から見ないでテクノロジーの面から見ますと、これも一種のソフトウェアだそうでございまして、これを活用すると今アメリカが欧州に配備しております巡航ミサイル、これは人間こそ乗っておりませんが、そうしたいわゆる標的に向かってテクノロジーを使ってあれするという、これも一つのコンセプトになっているんだということをフランスあたりでは盛んに言っております。  しかし、何といいましても日本が国際的な技術的な考え方で大きな衝撃を与えましたのは、私は、日本が安くてしかもいい物を大量に生産できるということを世界に示したことだと思います。ヨーロッパでは、よい品物ならば、質の高い物ならば高くても買ってくれるはずだという思い上がりがございます。これは私流の表現をお許しいただきますと、ヨーロッパに施された方は皆様御承知のとおりで、薄利多売が日本の商法だといたしますと、ヨーロッパ型商法は高利薄売でございます。いい品ならば、ルイ・ヴィトンならばどんなに高くても買ってくれるはずだという思い上がりがこれまでのヨーロッパ一つの主流でございましたけれども、そうした考え方を根底から崩して、いい物でしかも安くできるんだよということを示したのが、日本技術革新世界に与えた一番大きなインパクトではないかと思います。そして品物の検査というものは、でき上がった段階で専門家がただやるという種類のものではなくて、製造の過程から完璧な物をつくっていくというやり方、これもやはり日本世界に示したことだと思います。  これに関連して私が思い起こしますのは、一九八〇年にパリで日仏財界人会議というものがございまして、そこに日本側から本田宗一郎さんと井深さんがお見えになりましてフランスの財界人と意見を交換されたわけですが、談たまたまQCの話に及びまして、本田さんがこういうことを言われたのです。我々の工場では、一応通産省の規格があるので、でき上がった車を検査する建前にはなっているけれども、検査でひっかかるようなものをつくる、そういうラインをつくるようじゃ、もうそれは失格なんだ、本来ホンダでは政府の取り決めさえなければ無検査で輸出をしたいぐらいで、事実検査でひっかかるような欠陥車は一台もない。ソニーの井深さんも同じようなことを言われまして、これにはセミナーに参加しておりましたフランス側の発言者が寂として声なしといったような状況もございました。これはヒューレット・パッカード社の調査によりましても、LSIの不良品率というのはアメリカ日本の六倍だそうでございます。さらに、まめにユーザーの注文を聞くといったような点でも日本ヨーロッパに非常に大きな教訓を与えているということは、先ほど申し上げた高利薄売的な思想を十分に反省させるという意味で、今、日本問題に関するあらゆる出版物がそうしたマインドの切りかえ、頭の切りかえの方が大事だということをヨーロッパではしきりに強調しているゆえんでございます。  以上、大変に雑駁に述べてまいりましたが、結論生言えないような種類のことですが、一応三点ほど指摘して、私のつたない話を終わらせていただきます。  先ほど「アメリカ日本に勝てるか」というニューヨーク・タイムズの記事の御紹介をいたしましたけれども、結論として、日本戦前から外国の物、特に外国のいい物をいち早く取り入れて、それを活用していくという受信型体質を持っていたということが、いろいろな競争面でアメリカヨーロッパに非常にまさってきたことだろうと思います。ポラック記者によりますと、アメリカの企業家の頭の中には、アメリカ以外に参考になるような技術情報などはないのだという思い上がりがあって、技術情報に非常に疎い。ところが日本人は、そういう意味では非常に情報マインドであって、例えばつくばの科学万博のようなものがさらにまた加速して、日本のそういう情報のマインドを形成していくであろうということを言っております。  確かに日本でジャーナリズムが非常に発達している。とりわけ技術ジャーナリズムとか専門商社というようなことが発達していたり、国が狭かったり、あるいは非常に平等な社会で国民が皆中流意識を持っているというようなことが、今後のコミュニケーションの面におけるニューメディア時代に入ってまいりますと、日本はますます情報の発達した国になって、その意味での利点というものは非常に大きいというふうに思われます。また大きくしなければいけないんじゃないかというふうに考えるものでございます。  ただ、二番目に私がふだん考えておりますことは、先ほど冒頭で御紹介いたしましたサッチャー首相の本音ではございませんが、どうも私ども日本人は思い込みが激しいところがあるんではないか。例えば一般的に日本の世論も寄らば大樹の陰で、アメリカには技術情報を含めまして非常に神経をとがらせておりますが、ヨーロッパは過ぎ去りし文明であって、やや軽べつしているというところがございます。これがサッチャー首相の怒りを買う原因でもございますし、あるいはまたフランスミッテラン大統領によりますと、自分のところへ来る日本政治家もほとんどが、自分は若いときにモーパッサンを読んだとかそういう文学の話、あるいはどういう映画を見た、ジャン・ギャバンが好きだ、あるいは今自分がしているネクタイはフランス製だとか、自分のかばんはということは言うんだけれども、しかし例えば、今コンピューターの基礎になっている世界最初の計算機は、もちろんブレーズ・パスカルという天才の手に成るものであるし、多くの数学その他のものは全部フランスのコンセプトに成る。現在でも、過去の栄光だけではなくて、核の問題、宇宙通信技術その他においてもフランスは決してばかにならないのだ。ミッテラン大統領の言によりますと、先ほど御紹介したように、我々はもっと日本の文化的な伝統というものを知る必要があるけれども、日本ヨーロッパのテクノロジーに、ただばかにするだけじゃなくてもっと目を開いて、そして日本の改良技術のよさと絡んで大いに提携していこうということを言っておりました。これも一つの参考までに御披露するわけでございます。  さらに三番目として、戦後四十年を経ました。ちょうど日露戦争から終戦までが四十年で、終戦からことしが四十年でございます。ヨーロッパでは戦後四十年ということで、さまざまな書き物が戦争の反省や未来の展望をいたしております。そこで際立っていることの一つが、従来のアメリカとソビエトといった感覚で世界を二分して考えることではなくて、国際交流という面でもただ西側、東側ということではなく、いわば東西の交流というものをもう少し進めることが平和に一番大きく寄与をするというような考え方でありまして、そこから東西ヨーロッパ間の情報の交換あるいは日欧間の密接な関係というような多面化、多角化を示唆する論文が多いのが、今度私三週間前に出張から帰ってきたばかりですが、四十周年を迎えたヨーロッパでの注目すべき現象のように思います。  以上、大変に雑駁でございましたが、駆け足で私のつたない知識の中から御報告をさせていただきました。どうもありがとうございました。(拍手)
  6. 鳥居一雄

    鳥居委員長 どうもありがとうございます。     —————————————
  7. 鳥居一雄

    鳥居委員長 それでは、これより質疑を行います。  この際、委員各位に一言申し上げます。  質疑につきましては、時間が限られておりますので、委員各位の特段の御協力をお願いいたします。なお、委員長の許可を得て御発言をお願いいたします。
  8. 小宮山重四郎

    ○小宮山委員 大変お忙しいところおいでくださいまして、ありがとうございました。  磯村さんは、海外に長くいらっしゃって、またNHKの大勢のスタッフ等々がいて情報が相当セレクトされてこられるのですけれども、先週一週間、欧州評議会の議員が百人、日本から五十人、それからスタッフを入れますと約二百人近い人たちが来ましたが、まさに欧州はどうのこうのという感じがジャーナリズムの中に見えて、どなたも取材に来られなかったことは私、残念だと思います。ただ、磯村さんが考えていらっしゃるヨーロッパアメリカの十五年後というものはどのようなことを想像し得るのか、また日本はどういうふうなことになるのだろうかということが非常に大きなテーマですけれども、端的にこんな感じだということだけ言っていただけるとありがたい。  私は、政策というのは、何年先のことを考えてこのぐらいのことになるだろうということを逆算して手を打たなければいけない時代に入ってくるだろうと思う。積み重ねでは皆おくれてまいります。それが、ある意味では厚生年金、共済年金でもあり、あるいは国鉄でもあり、いろいろな問題になってきているんだろうと思うのです。そういう意味でも、そういう物の考え方磯村さんの頭の中にはどんなことがあるのかということをお聞かせいただければありがたいと思います。よろしくお願いいたします。
  9. 磯村尚徳

    磯村参考人 私、ジャーナリストでございまして、起きたことを分析し報道することはできますが、そういう見識的な、今先生が御指摘のような予言的なことはもちろんその任ではございませんけれども、端的なことを言えというお話でございますので、一言私が感じておりますことを申し上げたいと思います。  十五年後、二十一世紀に向けて、私は米ソの限界というものがいろいろな意味でますますはっきりしてくる状況を迎えるのではないか。別の言葉で言いますと、アメリカとソビエトの現在の国力、特にソ連の場合は非常に軍事偏重でいろいろと内部に問題を抱えておりますから、今ソ連の最大の課題は、ゴルバチョフ新政権のもとで、ソ連のような硬直化した集権的社会主義のいろいろな悩みをどうやって解決して情報化社会に適応していくかということでありまして、これはクレムリノロジストと言われておりますあらゆるソ連の専門家の意見を集めましても大変に難しい作業であって、情報化社会というのは非常に開かれた社会を前提といたしますから、世界でも非常に高い評価を得ているフランスのソ連専門家の一人は、ひょっとしたらソ連は科学技術、開かれた情報社会の面で中国におくれをとるかもしれない、それぐらいソ連の現状は今深刻だということを言っております。  アメリカについては、ドル高、高金利に伴ういろいろなきしみというものが出てきておりますから、私は、米ソが超大国の地位からあらゆる意味で内部にさまざまな破壊要素を抱えているように思います。  ヨーロッパはどうかということになりますと、私はこれは二百で言えば、日本で言われているほど凋落が早くない。いわゆるヨーロッパのたそがれのごとく、「黄昏のロンドンから」というベストセラーが出ましてから何年にもなりますが、日本はつい先週ですか、在外純資産で初めてイギリスを抜いた、世界一の金持ちになったというニュース報道がございましたけれども、考えてみれば、たそがれと言われていても、つい先ほどまで世界一の金持ちは実はイギリスであったというようなことがございます。そういう欧州の抱えております蓄積の深さ、それからまた最近アメリカのレーガン大統領が提唱いたしました戦略防衛構想、SDIに対して、フランスイギリスドイツがユーレカ計画ということで、科学技術面のヨーロッパのまとまりのようなことを指向しております。あるいはまた欧州評議会、さらにはストラスブールのヨーロッパ議会というように、ヨーロッパ一つにまとまっていこう、しかも地下水脈的に東のヨーロッパともいろいろな意味でつながりを深めるという動きが今出てきておりまして、十五年後には恐らく、ヨーロッパの統合というようなところまでは進まないまでも、一応三億の人口を抱えた、今度ポルトガルとスペインが加わりまして三億になりますが、三億のしかも古い伝統を持ったヨーロッパというものを軽視はできない。ヨーロッパ自身ユーロペシミズムと言うように、一九九二年には日本アメリカの半分の国力というような悲観主義もございますけれども、私はどうも直観的にというお言葉に甘えて申し上げれば、そういうことはないのじゃないかというふうに感じております。ですから米ソ超大国による覇権というものも、ひょっとしたら今が歴史のピークで、ヨーロッパの動き、中国の台頭、それにもちろん日本の躍進というようなことが、二十一世紀に向かっての一つの国際的な動きではないかというふうに考えております。  どうも長いばかりで、中身のない説明で申しわけありません。
  10. 笹山登生

    ○笹山委員 先ほどローテクのすそ野の広さが日本技術力の評価を高めている、私も全くそのように思うわけでございますが、現実問題としまして、日本技術者をめぐる環境というのは非常に厳しい状況にある。三十年代から四十年代にかけまして大量に工学部出身の人が入社しまして、それがもうそろそろスピンアウトなりリタイアの時期を迎えておるのがここ四、五年の間がと思うのです。そういうものをどういうふうにして再活性化させるか、これが今の日本技術の進路を決める大きな決め手である。  先ほど先生のお話では、ベンチャービジネスに向かわないで巨大プロジェクトの一つの再編成というような格好に向かうんじゃないかというような御指摘があるわけでございますけれども、私はまだベンチャービジネスとしての一つの展望があるんじゃないか。その根拠は、マネジメントの分野はもはや事務系の分野ではない、システムエンジニアリングの分野になりつつあるということから考えれば、もう少しこれまでの技術者というものがマネジメントの分野に入り込む、そしてベンチャービジネスの一つの核として活性化し得るのじゃないかという感じもするわけでございますけれども、その辺アメリカの方向と日本の方向、ベンチャーに向かうのかそれともそういう再編成に向かうのか、その辺の風土の違いといいますか日本における展望というものをお伺いしたいと思うのです。
  11. 磯村尚徳

    磯村参考人 確かに風土ということで申しますと、日本の場合には出るくいは打たれるといいますか、個人の創造性を発揮する土壌というか、そういうものがアメリカに比べて余り恵まれていないといいますか、日本人はチームワークにはすぐれておりますが、個人の創造力を発揮する土壌がなくて、そういう新しい技術の創造には向かないのじゃないかというのがやや定説のように思います。ですから最近では、日本でも非常にすぐれた頭脳が、ある形の頭脳流出で、むしろアメリカへ行って自由に創造力を発揚するというような傾向があるように思います。  このことはヨーロッパにも似たような現象がございまして、フランスがなぜアメリカの提唱したSDIに強い反発を示すかといいますと、もしアメリカ主導でいきますとフランスなりヨーロッパの抱えている優秀な頭脳が、二百何十億ドルというSDI研究開発費に吸い寄せられるように欧州からアメリカにどんどん渡ってしまう、これを何とかヨーロッパで食いとめなければいけないというのが、SDI構想に完全に乗り切れないフランス一つのイニシアチブだと思うのですね。同じ現象は私はヨーロッパにもあると思います。  ですから、先生のおっしゃるように再活性化のためにはいろんな手が必要なんですけれども、風土ということからいえば、やはり日本はベンチャーよりはチームプレーということで、それが一つの大きな限界ではないかというふうに考えております。
  12. 渡部行雄

    ○渡部(行)委員 私は社会党の渡部と申しますが、三つばかりお伺いいたします。  今お話を聞いても一番困ったなと思うのは、世界各国から日本は不公正な国である、日本人は小さな黄色い猿だ、こういう目で見られていることだと思います。それをなくしていくにはどうしたらよいかというのが我々に与えられた仕事でもありますが、世界各国歩いて非常にうんちくのある先生は、どういうふうにその辺の克服を考えるべきかということが第一点です。  それから第二点はSDIの問題ですが、これは端的に言えば宇宙の軍事化だと思うのです。ところが、中曽根総理はいとも簡単にレーガンさんのSDI構想を支持してきたようですが、わかって支持したのかわからないで支持したのかはわかりませんけれども、しかしこういう宇宙の軍事化というようなものについては、これはやはり相当国民的な規模で議論すべきだと私は思うのです。ところが、そういう点でまたそのような手法がなされていない。むしろこれは政治家が率先してそういう場を国民に提供すべきではないかというふうに思いますが、その点が第二点です。  それから第三番目は貿易摩擦の問題ですが、国際関係を非常に緊張させておる要因というのは、結局この貿易摩擦だと思います。しかし考えてみると、日本は金持ちだ金持ちだといって三百七十億ドルのアメリカに対する貿易黒字があっても、これはドルの札を幾ら積んでも財産にならないと私は思うのですよ。ただ相手を刺激するだけで、ちっともいい結果にならないのじゃないか。しかも、日本の社会資本をヨーロッパアメリカと比べてみると問題にならない。確かにウサギ小屋と言われるのは、ヨーロッパから帰ってくるとこれは実感ですよ。  それからもう一つ、先ほど先生の言われました日本の頭脳流出、これなんかも私はどんどんと外国の優秀な学者を日本に入れて、年間五千万ふえたっていいじゃないですか。そういう一つの思い切った政策をやって、そして日本の黒字減らしにそれを使っていく。この貿易の黒字に対しては、もっと国家が積極的にこれに介入できるようなシステムをつくって、そうして各国との経済均衡というものをとっていかないと、やがて大変な事態になってしまうと思うのです。その辺に対するお考えをひとつお伺いいたします。
  13. 磯村尚徳

    磯村参考人 お答えいたします。  まず第一番目に、例の不公正な競争をしているという非難アメリカに高いことはもう先生御指摘のとおりであります。最近、国際政治学者の間でよく言われることなんですが、最初におっしゃったのは慶応大学の神谷不二教授だと思いますけれども、フェアプレー、何がフェアで何が不公正かということに関する日本アメリカ考え方の違いというものがあるように思います。いわゆるアメリカ型フェアプレーの精神というのは、連動に例えればボクシングでありまして、ボクシングということはいわゆる重量別ですね。つまりヘビーウエートもあればフライウエートもある。そういう重量別の階級にしてお互いにけんかさせるのがフェアな競争である、こういう考え方であります。ところが、日本考え方というのはお相撲のようなもので、土俵さえ同じなら、例えば小錦と私のような小さいのとがやって、小錦が押しつぶす。これはアメリカ的、ヨーロッパ的感覚からは不公正な競争なわけですね。つまり、もう小錦にみすみす小岩な体の者が押しつぶされるのは見るに忍びない。だけれども、日本的な考え方というのは、土俵が同じならばこれは公正だということであります。私はどうもそこで文化観の違いが非常にあるように思います。最近聞いておりますアメリカヨーロッパの対日批判は、そうした考え方の差からも来ておりまして、日本が安くていいものを同じ土俵の上で公正に競争して大量につくって何が悪いというのに対するヨーロッパ側の考え方でございます。  それを直すにはどうしたらいいかというのは、私のような一ジャーナリストが偉そうに申し上げることじゃございませんけれども、ただこの事実をもう少し、我々マスコミの責任というのももちろんございますけれども、もっとまず世論にしっかり知ってもらう。何となく、先生おっしゃるようにウサギ小屋に暮らして満員電車で押されて通勤しておりますと、幾ら外国から、おまえさんは世界一の金持ちだよとかそういうことを言われてもいま一つぴんとこないわけですけれども、少なくとも指標に見るものは、やはり日本が、今や物の流れにおいても純資産においても物をつくる能力においても民需では世界一ということは少なくとも数字のあらわしておることですから、これをまず周知徹底するということが一つだと思います。  もう一つは、私どもを含めまして、日本人は外国で起きていることは割合正確に知識として持っておりますけれども、自分のことを外国に知らせるということにおいてはまだ完全な開発途上国でございます。我々ニュースの世界で言いますと、ほとんどが外国のニュースでありまして、日本から発信して世界の電波に乗るというケースはまだ十対一ぐらいで、受信型の対応になっています。これを将来大いに、少なくとも私どもの置かれておる立場からいえば発信型の情報基地というものを、アジアを中心にしたニュースというものをこれから大いにやはり世界に知らして、あるいは日本の文化的な伝統ということについて大いに外国の理解を深める努力を官民挙げてしなければいけないんじゃないかというふうに考えております。  二番目のSDIにつきましては、これは先生の御意見の宇宙の軍事化ということの危険はもちろんございますけれども、少なくともアメリカの大統領の言っております説明によれば、アメリカ考え方としては、いわゆる抑止によって、相互確証破壊の理論というような長い言い方で言っておりますけれども、そういう相互抑止的な考え方から、いわゆるシールド、訳しますと盾ということになると思います。テクノロジーを駆使した、非核の、核でない在来のテクノロジーの粋を集めた、核を使わない形でシールドをつくって敵のミサイルの侵入を防ぐ、こういう考え方で、純粋に防衛的だというのがアメリカの主張でございます。それに対してソ連は、際限なき宇宙軍備拡大競争につながるということで反対をしているわけでございます。  この議論は、しかしある意味で盾と矛の矛盾に満ちた議論に通じるものでございますし、ヨーロッパあたりでは例えばSDI反対の論拠の一つとして、レーガンさんはシールドということを言うけれども、現在ミサイルよりもはるかに速度の遅い航空機についても、現在の防空技術をもってすると撃墜率は三八%だそうでございます。まして昔速の二倍以上の、その飛行機よりもさらに速いミサイルを完全に防ぎ切るというのは、現在の科学技術からすれば途方もないことだというのが、ヨーロッパにおけるSDI反対の一つの論拠になっております。これはどう判断するかということの前に、そういう議論があるということの御紹介にとどめさせていただきたいと思います。  それから三番目の、おっしゃるとおり貿易の摩擦、とりわけ社会資本の充実ということが必要なことは、海外に生活しておりますと、単に指標だけが世界一になったと幾ら言われても、ヨーロッパのような蓄積の非常に高い国におりますと、あそこまでに日本がいくのは、社会資本の面でも非常にまだ立ちおくれというものがあるように思います。これはもう先生の御意見のとおりだと思いますけれども、国際的な反響ということで申しますと、日本は三百七十億ドルの対米貿易での黒字を、およそそのとんとんぐらいの三百四十億ドルぐらいを今度はお金の形でアメリカに投資をしております。しかし、ある先生の御意見によりますと、金貸しの末路というのは二つだそうでございます。一つはもう焦げつかせてしまうか、もう一つはインフレになって結局元も子もなくなる。ドルが札束だというのも先生の御指摘のとおりでございまして、年末、私シュミット西ドイツ前首相にインタビューいたしましたが、正月の番組で御紹介したのですけれども、その際シュミットさんが言っておりましたのは、どうもヨーロッパの人間から見て日本の政策で腑に落ちないのは、ああやって懸命にドルを稼ぐけれども、ドルというのは紙切れなんだよ。もしもそういう形でいくと——まあ西ドイツあたりも盛んに金にかえたり、フランスが金本位であるのは御承知のとおりでございます。ですからヨーロッパ型の考え方からいきますと、日本がフローに、動産的なものでどんどん稼いで、どんどんドルを蓄積するかわりに、いろいろ物の形における、あるいは金を買うとか、そういう形にした方がいいんじゃないかというヨーロッパ考え方もございますけれども、これに対して、そのシュミットの発言を同じ番組の中でアメリカの経済学者は、金などというものは冷凍庫の中に入った氷であって、今のどが渇いて水を飲みたいというのにはやっぱり水の方がいいんだ、こういうことだそうでございまして、ここら辺もまた議論の分かれるところでございます。  どうも先生方御存じのように、私が何か偉そうなことは申し上げられませんので、一応その程度でお許しをいただきたいと思います。
  14. 渡部行雄

    ○渡部(行)委員 どうもありがとうございました。
  15. 矢追秀彦

    ○矢追委員 簡単に二点ばかりお伺いいたします。  最初、これは先ほどの小宮山先生の質問と同じことになりますので、御答弁なくても、私の意見とうお感じになるかお聞きいただければと思います。ヨーロッパはこのままでは終わらないというのは、先ほどの磯村先生と私は同じ考え方でございます。というのは、歴史的に見ますと、特にイギリスでございますが、やはりいろんな経験を一番先にすべてイギリスがやっておるような気がするわけです。卑近な例ですけれども、産業革命から始まり、あるいは植民地帝国主義、植民地の独立もやって、小さな国に閉じ込められる。流行面でも、ビートルズとかそういう面で、高齢化社会、福祉社会、そういったものを全部イギリスあるいはヨーロッパは大変早い経験をしてきておる。だから、次の二十一世紀へも案外一番早く切り開くのではないか、こう思うわけでございます。しかもイギリスの場合、ドイツもそうでございますしフランスもそうですが、私、基礎医学をちょっとやっておりまして、基礎的な研究というのは、先ほどサッチャーさんがノーベル賞で自慢されたように、イギリスは依然としてしっかりしているように思います。したがいまして今後、そういう今までの歴史の上から見てもイギリス、なかんずくヨーロッパを余り見くびってはならぬというのが私の考え方でございます。そういう歴史的な見方から見てどう思われるか、これが一つです。  もう一つ黄禍論でございますけれども、貿易摩擦が強くなれば強くなるほど、イエローということが非常にアメリカ及びヨーロッパで出てきております。最近では日本語がけしからぬなんという議論まで出るような始末ですので、これは何とか変えていかなければならぬ。しかし、アメリカにしてもヨーロッパにしても人種差別がまだまだ根深い。ただ黒と白だけではなくて、どの系統の民族かというようなことまで議論になるのがアメリカでありヨーロッパですから、そういう意味ではこれをぬぐうのはなかなか難しいと思いますが、日本としてはもっと努力しなければならぬと思うのです。その黄禍論をなくするためにはどうしたらいいのか、その二点をお伺いしたい。
  16. 磯村尚徳

    磯村参考人 イギリスを見くびるべきではないという御意見は、そのとおりだと思います。同様のことはフランスについても言えますし、イタリアも、日本ではイタちゃんというようなことで一段と頼りにならない、陽気なだけの国民というふうに考えられておりますけれども、イタリアもレオナルド・ダ・ビンチを出すまでもなく天才の国でございまして、例えば国際収支も悪いし経済指標も決してよくはないのですけれども、イタリアヘ最近行ってまいりましたら、市民生活が非常に活気に満ちておりまして、これは一種の二重経済的な構造になっております用地下経済が非常に盛んである。けさのニュースでも御紹介いたしましたが、国民投票をやりまして、いわゆる賃上げ抑制の法案がむしろ国民の多数の共感を得た、社会党のクラクシ首相は政権を投げ出さないでとどまるというようなニュースが伝えられております。これなども、従来のイタリア観というものを非常に改めなければいけないのでありまして、今度東芝と組みますけれどもオリベッテイの中程度のコンピューターは今世界を制覇しておりますし、それからフィアットというイタリアの会社、これも今度は中国にノックダウンまで始めまして、民間会社ですけれども非常にまた強力なものがあります。つまりヨーロッパ人たちは、蓄積があって働く必要がないから働かないのでありまして、ヨーロッパ人たち日本のことをウサギ小屋に住む働き中毒と決めつけるのも間違いなら、我々がヨーロッパ人たちのことを休み中毒なんだというふうに単純に見るのはやはり間違いじゃないかと思います。  科学技術の面でも、「フランス病」という名著を書きましたぺールフィットという前の法務大臣がいいことを言っております。フランスはプロトタイプにおいてはかなり世界一のものがある、ただシリーズでそれを量産するという領域に入るとアメリカ日本の後塵を拝するのだ。確かにイギリスといいフランスといい、そういう意味ではプロトタイプ的にまだまだ世界をリードする非常な底力を持っているのだという先生の御指摘は、まさにそのとおりではないかと思います。  二番目の黄禍論でございますが、人種問題はそう一年や二年でぬぐい去れるものではないように思います。人種の肌の色が同じでも、ユダヤ人問題のようにまだ二千年来くすぶり続けている問題がございます。今度日本ではボン・サミットのいわゆる新しいラウンド、貿易交渉がどうなるかとか、そっちの方へ日本新聞は紙面を割いておりましたけれども、ヨーロッパアメリカはレーガン大統領のビットブルク墓参問題で持ち切りでございました。これはどういうことかといいますと、要するにユダヤ民族とそれからそれを根絶やしにしようとしたナチス・ドイツの怨念というようなものが、戦後四十年たってもまだその古傷がいえていないということが世界の目にはっきりしたわけでございまして、我々日本人が過去をすぐ忘れて割合前向きに未来志向なのに対しまして、そういう意味で黄禍論というものも一朝にしてぬぐい去れるものではない。これこそやはりコミュニケーションその他で、黄色い肌をしていても同じような人間なんだという意識が、情報の交換の過程を通じて全世界的に育成されるよりしょうがないので、これはかなり気の遠くなるような仕事ではないかと私は思います。
  17. 小川泰

    ○小川(泰)委員 一つ二つなんですけれども、科学とか技術とかというそのものではないのですが、どんどん科学技術も進んでいきますね。そうすると、いいものが便利なものが次々できてくるという反面に、行き過ぎちゃいますと光と陰みたいなもので、逆にさっきの公害じゃないですけれども、そういうものが起きてくる。こういうものに対して、よその国はどんな配慮をしていらっしゃるか。それは物でもいいですし、システムでもいいですし、いろいろな社会の仕組みに対する効果のマイナス面でもいいのですが、そんなことをお感じになったことがあるかどうか。ここで、何でもいいですから例えで教えていただきたいなということが一つ。  それからもう一つ磯村先生あたりは特別の形で日本と国外へ出入りされていると思いますけれども、私何かよくわからないのですが、最近貿易摩擦などというもの、安い、高い、いい、悪い、こういうもの以外に、ずっと話を聞いておりますと、例えば日本の物を外国に持っていこうとするときの手続とかそういうものと、向こうの物が日本へ入ってくるときの手続とかいうものが大変違うのではないか。日本の中でもそうなんだけれども、ここにお役人さんがいっぱいいるんだが、いろいろとチェックが多過ぎちゃってなかなかというような点も、民族の違いが多少あるのかな、こういうことを隠れている部分で感じているのかどうか、これが一つ。  これは言いづらいのかもしれませんが、三つ目に、磯村さんの顔を見ると、従来日本のテレビや放送というのは、いわゆるニュースにしても何にしても、一人がばっと、こうだよ、こうだよとお知らせするというタイプから、あなたは見事に今の放送みたいに、ニュースキャスターみたいな感じで変えましたね。それがだんだん今は大変いいあんばいに、一方的に情報とかなんとかということを聞かせるのではなくて、聞く方も何か参加しているような感じで、非常にソフトというのかやわらかくこなしているというふうな変化を、あなたがおやりになってから私感じているのですが、さらにもう一歩二歩、そういうものをよくしようという勉強といいますか計画というようなものがあるのか。これは、全くこれとはかかわりないかもしれませんが、私その辺に一つのものがあるような気がしているものですから、そこら辺、ちょっとおかしな質問ですが。
  18. 磯村尚徳

    磯村参考人 三つとも大変難しい御質問でございます。  まず便利なもの、それに対する行き過ぎを各国がどういうふうにして、何か適切な例がないかという御指摘でございます。私ちょっと今急に思い浮かぶことはないのですが、よく動は反動を呼ぶというようなことを言いまして、確かにそういう意識が公害問題一つとりましてもヨーロッパあたりには非常に強い、一つの自衛本能としてあるように思います。例えば今、ヨーロッパをにぎわしておりますのが酸性雨の問題なんです。西ドイツの場合には、例えばアウトバーンというものを一九三二年にヒトラー時代につくりまして、これはいわゆるソフトウエアとして信号のない高架のものをつくってやるという意味で、画期的な一つの発明だったと思います。それがずっと進められまして、今全ドイツあるいは全欧州に高速道路綱が敷かれているわけですけれども、例えばドイツの場合には、その伝統で速度制限がないのでございます。ちょうど石油危機時代に、速度制限を復活しようという議論が一時ございました。これも油がだぶつきぎみになりましてから消えましたが、今度は酸性雨が、つまり速度制限がないものですから、いわゆる有鉛のガソリン、しかも二百キロのような速度で飛ばしたりするものですから、自動車の排気ガスの公害ということが最近またしきりに論ぜられるようになっておりまして、ちょうど私が取材に行っておりましたときに、高速道路の便利さというものと酸性雨的な公害というものをどういうふうに調和するかという投書があったり討論会があったり、さまざまな意見が闘わされておりました。これはドイツが先端的な技術を持ちながら、例えば緑の党というような環境の保護団体が非常に今勢いを得てきているというのが、そういうものとじかの関係があるように思います。どういう自衛措置を講じているか、ちょっと適切な例がございませんので、また少し知恵を絞らせていただきたいと思います。  二番目に、隠れている非関税障壁的なものがあるのではないかということでございますが、私は並行輸入の問題とかいろいろなことがあると思います。ただ、私の生活感覚で一点だけ申し上げたいと思います。  例えば車ですね。ベンツという車がございます。これは国際的に非常に定評のある車なんですが、ドイツで買います場合には確かにデリバリーが遅い、納期が遅いとかいろいろな難点はございますけれども、今280SEと言われております標準型のクラスで、二千八百ccぐらいの車が諸設備入れて三百万円ぐらいでございます。これが日本に参りますと、なぜか九百五十万円、千万円という台になります。これはもちろんそういう需要がある、千万円出しても買う人が日本にいるということでございましょう。しかし関税は自動車の場合ほとんどゼロでございますから、結局は代理店のマージンとかそういうものだろうと思います。ここら辺がヨーロッパの人がどうしても理解できないところですね。つまり、ホンダの車は日本で買うと百三十万円がフランスに来ると船賃分を入れて百三十七万円になります。ですから、七万円の差があるならば納得できるけれども、何で三百万円が三倍になるのかという点については、これは外国の人が必ず口にする例でございまして、その意味でなぜかというのは、消費税が高いとかいろいろと私も御説明を伺うのでありますが、余り納得のいく説明がないということでございます。例えば納得のいく説明の一つは、いわゆる排気ガスの基準が違います。先ほど申し上げたドイツでは全くそういう意味では甘いものですから、無鉛のガソリンを使うことに伴う装置の切りかえとか、道交法が違いますので、それに合わせての改造費に百万ぐらいかかるというのは、いわば隠されたる非関税障壁かもしれません。これはしかしいろいろ議論のあるところだと思います。  三番目の、これはむしろ私の専門の方でございまして、お褒めをいただいて大変恐縮でございますが、確かにテレビのニュースというものも一方的に情報をこちらから伝達するだけではなくて、ニューメディアの時代になってまいりますとむしろ受け手の側からの情報も受ける双方向通信の時代に入ってまいりますので、そうなりますとどういうことになるかという我々の一応の見通しとしては、結局非常な二極分化と申しますか、料理の作法も同じことで、できるだけニュースの素材を新鮮なものを茶の間にお届けする、おしょうゆをつけたり油をつけたりしない素材のまま提供するという形のニュースと、本当の意味の専門家がやはり解説をしていくニュース、そういう二極分化が進むと思うのでございます。今はそれほどの専門家でない我々のような素人が適当な解説をして、中間的な層をねらっていますが、これからは外国のニュースにしましても、例えばアメリカならアメリカのテレビを生のまま受けて、それを自分で判断する人たちと、それから今度は非常に特殊な専門知識を求める人たちとに分かれていくのではないかと考えております。とりわけそういう意味での双方向通信ということが時代の趨勢じゃないかと考えております。
  19. 山原健二郎

    ○山原委員 共産党の山原ですが、きょうは本当にありがとうございます。二つばかり……。  一つは、他の委員の方ともダブリますが、SDIと今度のNATOの反応ですね、単に慎重であるというだけでなくて、むしろ反対の方向が強い。今先生の方から二つばかりその理由が出たと思うのです。例えば研究者の流出とか、それから例の盾の問題。そのほかにどういうことがあるんだろうか。例えばギリシャにおいて今度社会主義政権が信任されたとかいうような問題もありますね。それからまた各国における平和運動の高揚もあるのではないかと思いますが、その辺をどう見ていらっしゃるでしょうか。それが一つです。  それからもう一つは、日本人の文化性といいますか、経済効率を非常に追求する余り、余暇もないというような中で働き過ぎということもあるでしょうが、この日本人の文化性というものをどういうふうに見られておるか、先生の著書の中にもあるように思いますけれども。  それと関連しまして、アメリカの例のリバモア研究所ですね、サンフランシスコ郊外にできている。この間毎日新聞外信部の出しています「レーガンの宇宙戦略」というのがありまして、リバモア研究所の状態が出ているわけですが、そこには超エリートの研究者が集中しまして、その研究者たちは人間に対する興味とかあるいは哲学とか、そういったものには余り関心を持たない、そういう意味では高校生程度の知識しかないんだ、しかし研究の面では物すごく熱心で、それに集中していくといういわば一種の狂気じみた天才というのですか、そんなものが養成されておるというふうな感じがしまして、いわゆる科学技術の最先端部分におけるそういう人間の養成を必要としているのじゃないかというふうな、一面では非常に恐ろしい感じもするわけです。その辺のことについて御研究されていると思いますので、お話しいただきたいと思います。
  20. 磯村尚徳

    磯村参考人 まずSDIについてでございますが、かつてレーガン大統領が自分のSDI構想の支持を求めて言いました言葉に、今度のSDIというのは第一次大戦のときの毒ガスのマスクに相当する画期的な考え方だ。つまり、第一次大戦で御承知のように毒ガスというものが使用されまして、これがジュネーブ条約に基づく国際的な規制の方向に動くわけですが、しかし毒ガスを防ぐための毒ガスマスクの開発が進んで、すべての軍隊は一応今では毒ガスマスクをつけるようになっている。このためにどんなに戦争の惨禍が減ったかしれない、こういうことをレーガンさんが記者団に諮ったことがあるのでございます。これに対して一斉にアメリカを含めましてマスコミがその単純思考に、改めて大国の首脳ともあろう人がそういう程度の発想でSDIを売り込むのかという反響が非常に強くなりまして、とりわけ平和運動、反核運動の指導者も含めて大変な怒りを買った記憶がございます。確かにSDIのもう一つの側面というのは、今のところは非核の兵器、核によらざる宇宙でのシールドをつくるんだということになっておりますけれども、これを核に転用するということは本当に垣根一つ越えるだけのことでございまして、その意味でもヨーロッパあたりでは無制限の宇宙の核戦争化といいますか、そういうものを恐れる声が非常に高まっておりまして、ヨーロッパの反対の一つもそこにあるという御指摘はそのとおりじゃないかと思います。  二番目のいわゆるエリート養成でございます。これはよく言われていることなんですが、日本の社会が一番平等を志向している社会でありまして、教育の制度から社会の制度から、その意味では階級社会であるヨーロッパとは非常に対照的でございます。例えばフランスの国立行政学院、ENAと言っておりますが、このENAが日本東京大学の法学部あたりと似たエリート養成機関だというようなことを言われますけれども、数が違うのでございます。東京大学もなるほど一種のエリート養成機関ではございますが、学生の数が何万という単位でございます。ENAの場合には現在、卒業生を含めて二千人でございます。しかもENAの学生あるいは卒業生の出身、出身階層というものを調べますと、労働者階級、いわゆる貧困層からの出身者はわずか二%なのでございます。ですから、ヨーロッパ型社会というのは非常に富裕な階級の中から、しかも厳選して超エリートを選んで、それを鍛えに鍛える。片や日本型社会の方は、少なくとも底辺が非常に広い。私、これは中央公論にマスエリートということで論文を書いたことがあるのでございますが、そういう非常に数の多いエリート、しかしそれは先生のおっしゃるような超エリートではなくて、そこそこいい線をいくのが数多くいるというのが日本一つの階層の特色ではないかと考えております。  余りお答えにならないかもしれませんが……。
  21. 遠藤和良

    ○遠藤委員 時間がオーバーして大変恐縮なんでございますが、ぜひお聞きしたいことがありますので三点ばかりお伺いします。  一つは、欧米諸国の日本を見る目でございますけれども、戦後四十年、あるいはオオカミであるとか猿であるとか、あるいはひ弱な花であるとか、大変振幅が激しいように感ずるわけです。かなり部分観であって全体観でないような気もいたします。これは欧米諸国の方にも原因がありますが、日本の方にも大きな原因があるのではないか。例えば外務省の文化広報予算は約三十億円ですね。もう少し予算を多くつけるべきであると思いますし、あるいは民間の方でも、例えばNHKさんでラジオ日本の放送をやっていますけれども、こうしたものがまだ海外に十分に行き渡っていない。こういう官民ともの努力というものが大事ではないかと思いますが、それに対するお考えを最初にお伺いします。  二つ目が経済摩擦の原因の問題ですけれども、何か意識的に日本をスケープゴートにしているという感じがしないでもないわけです。欧米諸国の国内的な産業の不振というものを日本をいけにえにする形で転嫁しているという考えが若干私はできるような気がするわけです。例えば日本科学技術情報が英語で書かれてなくて日本語で書いているということがアンフェアだという議論も若干あるようですが、これはちょっと行き過ぎではないか。私は二十年前に自動車の設計をしておりまして、当時材料力学の研究をするためにロシア証を勉強してテモチェンコを原文で読んだことがある。あるいはMITに留学をして勉強させていただいたとか、アウトバーンを走ってヨーロッパの車がどういうふうに優秀であるかということを研究したわけです。当時の日本技術者は、相当そういう努力を払って今の日本自動車の優秀性を開発しているわけですから、少なくとも日本技術が進んでいるわけです。諸外国も日本誌を勉強して日本を勉強する、技術を勉強する努力をなさるべきではないか、こういうふうに考えるわけですが、そういった面についてのお考えをお伺いします。  最後に、日本の今後の行く手ですけれども、私は、経済技術大岡よりむしろ文化大国になるべきではないのかという考えを持っております。車の輸出で稼ぐのではなくて、文化というものを輸出していく国にならなければならない、こういう考え方を持っているわけですけれども、こういう考え方について、国に対する御注文なりお考えがありましたらお伺いしたいと思います。
  22. 磯村尚徳

    磯村参考人 お答え申し上げます。  振幅が激しいというのは確かにそのとおりでございまして、例えば日仏間を考えますと、従来は日本からフランスヘの片思いといった時代戦前からずっと続いておりました。NHK世論調査日本人の好きな国というのも、日本人の一番好きな外国はスイスでございまして、アメリカ、オーストラリア、フランスの順でございます。去年まではフランスは三位でしたけれども、コアラのせいか何か知りませんがオーストラリアが今三位で、フランスは四位に落ちております。しかし、それほど日本人の好きな国という現象がずっとございまして、去年の朝日新聞とルモンド紙の世論調査によりますと、むしろ今度はフランス側が日本のハイテクの進展なんかに非常に刺激されまして、日本に学ぼうという姿勢で日本に非常な熱い思いを寄せております。例えばつくば万博のこれまで来ました国別のあれを見ますと、実はアメリカ人よりもフランス人の方が多いのです。そのあたりにも非常に振幅が激しい。ですから、逆に今度はフランス側が日本に思いを寄せているのに日本が冷たくすると、また反感が増幅されるのではないかと考えております。  そういう意味で、広報予算を増すといいますか、いわゆる受信型になれ切っております日本の情報の機能をもう少し発信型に矯正していかなければいけない。そういう意味ではラジオ・ジャパンの国際放送もそうでございますし、テレビでもあらゆる面で日本を知らせる努力というようなことが日常的でなければいけないのではないかと考えます。  二番目に、ジャパン・バッシングといいますか、日本をやっつけろという大合唱の原因は何か。これは、一つには羨望のあれもございますし、スケープゴート、いけにえのヤギにするということも確かにあるわけでございます。特に各国の労働組合は、日本車一台の輸入は三人の失業者を意味するというようなことを申しまして、組合の大会なんかのアジ演説には必ず登場するような、今や日本と言えば必ずそういうふうにいたします。ですから、そういうふうな面に使われていることもこれまたおっしゃるとおりだと思います。  それから、科学技術情報を向こうの方も勉強しなさいということも、これは先ほど御紹介いたしました「アメリカ日本に勝てるか」というニューヨーク・タイムズの大特集の中で一番最初に言っておりますことをちょっと御紹介いたしますと、「日本科学技術情報戦争で勝利を占めた原因は何か。それは情報において日本が勝利者たり得たことである。事技術情報に関する限り、アメリの政府や企業はほとんど注意を払ってこなかった。その理由は、アメリカこそトップであり、アメリカで発明されたもの以外は意味がないと傲慢にも信じてきたからだ。このため日本企業の動向、技術情報など知ろうともしなかった。」ということですね。ところがそれに対して日本は、さっき御紹介いたしましたように、先生御自身の御体験のように、あらゆるアンテナを張って外のいいものを、どんどん技術情報を取り入れた。ですから、このニューヨーク・タイムズの特集も、日本語で技術情報みたいなものをどんどんとれということを提言の一番先に掲げておりまして、これはまさに先生の今おっしゃったことを、このニューヨーク・タイムズのポラック記者なんかは一番大事なこととして挙げているわけでございます。  それから三番目に、文化大国たれということについては、確かに日本は物の輸出ということについてはある程度のノーハウをきわめたわけでございますから、これからはソフトウエア、とりわけ文化的なものをあれしませんと、何か火星人が、これは英語でエイリアンと言っております。火星人といいますか異星人ですね、異星人が機械のごとく働いて、そして何かつくってくるものというのはやはり薄気味の悪いものなんであって、血が通った人間がつくった、しっかりした文化、伝統に根差した製品をあれするのでなければ物もいずれは買ってもらえなくなるという意味で、文化的なものをやはり知ってもらうということが非常に大事だと思います。  先般ロンドンで開かれました「大江戸展」というのが非常に成功いたしまして、そのときにNHKで見物に来た人の意見を聞いたのですけれども、その中でイギリスの人が異口同音に言っておりましたのは、自分はこれまでこういう江戸時代のすばらしい芸術を見るまでは、日本人というのは何かそういうこととは無縁の血も涙もない人間で、ひたすら物さえつくっていればいいというような機械のごとき人間を考えていたけれども、こんなすばらしい美術を持っていたのか、この伝統の上にすばらしい技術が開花したんだということがよくわかったということを言っておりました。  ですから、回り道のようですが、先生のおっしゃるように文化輸出ということは実はそういう製品に対する理解をも深めるという意味で、もっともっと企業も、またもちろん政府も、大いにそっちの面には力を入れていただきたい。これは一国民としてぜひお願いをしたいことでございます。
  23. 鳥居一雄

    鳥居委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。  磯村参考人には、本日長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  次回は、来る二十日木曜日午前十時理事会、午前十時十五分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時十三分散会