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1984-03-31 第101回国会 参議院 建設委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十九年三月三十一日(土曜日)    年前十時十一分開会     —————————————    委員異動  三月三十日     辞任         補欠選任      松本 英一君     久保  亘君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         青木 薪次君     理 事                 堀内 俊夫君                 増岡 康治君                 増田  盛君                 村田 秀三君     委 員                 安孫子藤吉君                 井上 吉夫君                 植木 光教君                 遠藤  要君                 工藤万砂美君                 志村 哲良君                 福田 宏一君                 久保  亘君                 白木義一郎君                 二宮 文造君                 上田耕一郎君                 安武 洋子君                 山田  勇君    国務大臣        国 務 大 臣        (国土庁長官) 稻村佐四郎君    政府委員        行政管理庁長官        官房審議官    佐々木晴夫君        国土庁長官官房        長        石川  周君        国土庁地方振興        局長       川俣 芳郎君    説明員        防衛庁防衛局防        衛課長      藤井 一夫君        防衛庁防衛局運        用第一課長    江間 清二君        防衛庁防衛局運        用第二課長    上田 秀明君        防衛庁経理局施        設課長      大原 重信君        文部省大学局大        学課長      坂元 弘直君        厚生省医務局総        務課長      古川貞二郎君        厚生省医務局指        導助成課長    柳沢健一郎君        厚生省援護局庶        務課長      加藤 栄一君        農林水産省構造        改善局農政部農        政課長      海野 研一君        農林水産省農蚕        園芸局畑作振興        課長       吉田 茂政君        林野庁林政部管        理課長      鳥居 秀一君        水産庁振興部開        発課長      河田 和光君        水産庁振興部振        興課長      守矢  哲君        運輸省航空局監        理部監督課長   土坂 泰敏君        海上保安庁警備        救難部警備第一        課長       吉田 孝雄君        自治省行政局選        挙部選挙課長   小笠原臣也君    事務局側        常任委員会専門        員        田熊初太郎君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振  興特別措置法の一部を改正する法律案内閣提  出、衆議院送付)     —————————————
  2. 青木薪次

    委員長青木薪次君) ただいまから建設委員会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  昨三十日、松本英一君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。     —————————————
  3. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案議題といたします。  本案の趣旨説明につきましては去る二十七円に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。
  4. 久保亘

    久保亘君 私は、ただいま議題となりました法案のうち、奄美群島振興開発特別措置法についてお尋ねをいたしたいと思います。  この法案提案理由説明の中でも述べられておりますが、奄美群島本土との格差が今日なお存在することからこの措置法延長すると述べられておりますが、奄美群島本土との格差現状を、所得の面から、また物価生活上の負担の面での格差について御説明をいただきたいと思うのであります。あわせて交通医療教育などにおける社会基盤整備における公共施設等、つまり社会資本整備面での格差をどのようにとらえられておるか、お聞かせいただきたいと思います。
  5. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) お答えいたします。  まず、所得格差の面でございますが、一人当たり所得について見てみますと、復帰当初は全国対比で三〇%に満たなかった状態でございますが、その後、次第に格差が縮小してまいりまして、五十五年度現在では一人当たり所得が百十万五千円、全国比六六・七%という状態にまでなっております。  さらに、生活格差という面で消費者物価指数を見てまいますと、全国を一〇〇といたしました場合の消費者物価指数名瀬市を例にとって見てみますと、振興事業を始めました以降、四十五年には全国対比一一六・三%でございましたものが、五十七年度では一〇五・九%ということに相なっております。  それからその他いわゆる公共施設整備水準等で何点か申し上げてみますと、まず交通体系整備ということが非常に大事なのでございますけれども本土との交通、船の面で見てまいりますと、名瀬市−鹿児島市間の所要時間が復帰当初は二十時間かかっておったのでございますけれども、現在では十一時間三十分、約半分になっておるという状態であります。それから航空路について見ますと、既に徳之島にはジェット空港ができておりますし、さらには奄美本島におきまして、現在の飛行場を移しまして、六十二年度末を目標に新しいジェット空港建設中であるということであります。  また、医療の面で申し上げてみますと、人口十万人当たり医療施設従事医師数ということで見てまいりますと、四十年末で三九・八人ということでございましたが、五十六年末では六三・七人というところまでまいっております。  さらに、水道について申し上げてみますと、復帰当初は水道普及率が約二%程度でございましたけれども、五十六年度末では九六・二%と、ほぼ水道については完成をしておるといった状態でございます。  以上でございます。
  6. 久保亘

    久保亘君 復帰当初と比較をされまして今かなり格差が縮小されてきた実情について御説明をいただきましたけれども、今なお、所得格差で見ましても全国平均に比べて六六・七%、三分の二の状況でありますし、今日交通等が大変整備されてきたにもかかわらず、なお離島物価が五%以上も高い状況存在するということは、明らかに奄美群島本土との間に特別な措置を必要とする格差存在をする、こういうことであろうと思うのであります。  なお、これらの格差を埋めると同時に、地域発展によって奄美を浮揚させるという立場から、提案理由説明の中にも奄美群島特性発展可能性を引き出していかなければならぬということを書かれておりますが、この奄美群島特性とか発展可能性とかいうものを具体的にはどういうことでお考えになっているのか。そして、奄美群馬特性とか発展可能性を引き出していくためには奄美振興開発特別措置法というのは不可欠のものであるという認識国土庁としてお持ちになっているのか、その点についてお聞かせいただきたいと思います。
  7. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 今数字的に挙げたわけでありますが、本島との格差相当開きがある、これは当然のことであります。私は、就任早々奄美群島に視察に行ってまいりました。それは、大変島が離れておる、あるいはまた厳しい自然の条件下に置かれておる、特に台風の常襲地であると、大変厳しい条件下に私はあると思います。そういう意味から、この特例法によって後五カ年間延長をしていただいて、そしてできるだけ本島との地域格差をなくしていく、そのためにはこの特例法はどうしても必要であると、こういう認識の上に立ったわけであります。  さて、それではこれを一体どうしていくのかということでありますが、道路網交通体系においてもあり、そういう意味から今年度着工する三太郎トンネル等々を含めて、道路整備あるいは基盤整備等々もしなければならぬ、特に交通体系においては、ジェット化が六十二年度を目途として完成を見込んで進行中であります。そういう意味から、地元産業の問題についてもいろいろあると思いますが、大変弱体である、私はこういう見方をしてまいりました。  これについてはできるだけやはり強力な応援というか援助と申しますか、これはしなきゃならぬなと。向こうでやるのは、何といっても産業の中で一番看板とされておるのは大島のつむぎであります。そういう意味から、大島つむぎについては大島つむぎ会館大島つむぎ会館には大きな私は意義を持たせなきゃならぬと思います。もちろん、品質あるいはその他の向上は当然のことでありますが、一番大きな問題は、この会館建設と同時にやはり流通体系を改めていく必要があるのではないかと、こういった意味から、地元皆さんあるいは業界の皆さんと相談の上につむぎ会館建設に入ると、こういう形をとったわけであります。  漁業の問題その他につきましても大変水揚げが少ないわけです。あれだけ四面海に囲まれておりながら漁獲量が大変少ない。これは一体どういうわけかといった等々のことも研究いたしまして、できるだけ漁獲量を上げる、あるいは地元産業のつむぎその他細やかないろんな地場産業がございますが、それ等々についてもきめ細かくやはりこういった問題について援助をして、できるだけ皆さんと一緒になって地域産業の育成その他を図っていく必要があるのではないかと、こういう考え方を特に強くしてまいったわけであります。
  8. 久保亘

    久保亘君 今、長官お話をお聞きいたしまして、私、大変同感できる点が多いのでありますが、結局奄美振興開発特別措置法というのは、今日、恩恵的な優遇措置立法ではなくて、国土の均衡ある発展、それから格差をなくして行政の公平を確保する、そういうことのために必要な行政上の措置立法によって政府に義務づけるものである、私はそういうふうに考えておるのでありますが、今の長官お答えとあわせて、私がこの特別措置法に対して考えていることは御同意いただけるかどうか、いかがでしょう。
  9. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) これはやはり立法奄美大島特別措置法ですね、特例法がなかったらとてもじゃないがやっていけるものじゃありませんし、今日の奄美大島もないと、私はこういうふうに思っております。それはまあいろいろございましょう。沖縄の問題もございますが、ちょうど私も沖縄開発庁長官、あれとの関係を比較してみまして、これは一体どんなわけなんだと、奄美大島等々の問題は。やはり同じ条件下の中で国民が大変歓迎の中でこちらの日本復帰したものがなぜこういう差があるのか。大変、そのときそのときどうも調べてみますと、厳しい条件のもとにやはりこういった特例法がつくられておるわけであります。  今度の場合でも行革等々の問題がございまして、いろいろ厳しい中でございましたが、まあ延長させていただくということになったわけでありますが、沖縄と比較して奄美大島の問題は、やはりかさ上げ等においては大変私は不満な点もあると思います。しかしながら、そのときそのときで大変厳しい環境の中に立たされながら、やはり延長してまいっておりますので、従来どおりのこの形で進めさせていくということは、最善最大の努力というか、最大最善の方法でなかろうかというふうに私は考えておりますけれども、今申し上げたように、この特例措置がなければ将来に対する夢も期待も私はなくなると思います。  そういう意味から、国土庁の置かれておる立場として、国土をあまねく平準化してできるだけ住みやすい環境をつくっていくというところに大きな問題点がございますので、やはりこれはこれなりとして、最大の意義あるものとしてひとつ今御審議をちょうだいしておる、こういうことであります。
  10. 久保亘

    久保亘君 そうすると、国土庁立場から言えば当然従来のやり方を踏襲していくということになりますから、五十九年度を初年度として五カ年の立法で出発いたしますが、五年後においてなおこの特別措置法が必要となる場合、それから従来は五年後に十カ年計画としての見直しを行ってきておりますが、そのような奄美振興開発計画の五カ年の計画を五年後には十カ年計画として見直していく、こういうことは国土庁としては当然必要なことだと考えておいでになりますか。
  11. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) この五カ年において、あれだけの地域格差がある奄美群島がこれで完成されるとは思っておりません。しかしながら、今御審議をちょうだいしているさなかでありまして、その議論が衆議院にもあったわけです。これで達せられると思いますかとおっしゃるから、私は達成されるとは思わない、あれだけの地域格差のある、特に自然環境の厳しいところでありますから、それが本島並みにいけるものでないと私は思うと。そんなことをやったってしょうがないじゃないですかという意見も出ましたが、しかし現状においてはこの法案を通過させてもらうことが最大の私の仕事であって、最大の私の任務であって、それから先はどうかと尋ねられれば、決してこの法案が五年後には必要なしという考え方は私は持てるものではない。それから先のことは、やはりまた議院の、立法府の皆さん等と御相談申し上げて必要な措置をとらなければならない。この五年によってすべてが完成されるものではないという、こういう私は答弁をしてまいったわけでございますが、今の久保さんの御質問に対しても、それが十年でいいのかと、これはそのお答えも私は難しいと思うんです。  果たして十年で区切られていくものか、三年で区切られていくものか、それからまだまだ永久——永久と言ってはおかしいが、半永久的にこれに特例法を加えながら、あれだけにアメリカの施政権の中から日本国復帰をして、しかもそのためにというわけじゃありませんが、やはり隔離されておるところでございますから、そうでなくても半島等とはほとんど格差が出てきておりまして、しかしそういうところでない半島に対しても、日本半島を持つところに対しても措置法等々を考えてこれから地域格差是正をしようという、こういうときでございますから、この五年ですべてが終わるということでなくて、また五年たったらそれでは一体どうするのか、そのときの新しい政治によって私は考えられていくものではないかと、こういうように思っております。
  12. 久保亘

    久保亘君 少し私のお聞きしておることと長官お答えと一致していないというか、うまくかみ合っていない点があると思うのです。  私が言っておりますのは、例えばこの前四十九年に法改正を行いますときに、四十九年度を初年度としてこの法律が通った後、五カ年計画を立てたわけです。それは五十四年に十カ年計画延長されたわけです。当然、最初に四十九年度を初年度として出発する段階で、一応のめどを十カ年計画として見通してその計画が立てられた。だから、本当を言うと法案ができたときには少なくとも五カ年計画も同時になければならぬのですが、この法案が通った後、計画をつくられるものだから、初年度というのはそういう長期計画がないまま出発するわけですよね、今のやり方は。しかし、それは十年というかなり長期を見通してやられているからそれでよかったと。だから今度の場合も、法律の上では五カ年ということで振興計画を定めるということになっておりますけれども、従来のやり方と同じように、これは五年後には十年計画に引き延ばされていくという見通しを持ちながら五カ年計画考えられていくんでしょうかということをお聞きしているんですよ。
  13. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) それは当然のことじゃないかと思います。特に、四全総に着手したわけでありますから、そういう意味でこういった中にきめ細かくそういった問題を取り入れながら、立法立場を違えて、その中でやはり半島はどうするのか、あるいは離島はどうするのか、あるいはまた沖縄あるいは北海道、奄美大島、この群島に対してはどうするのか、こういった問題は四全総の中で細かくこれは組み入れられていくものである、こういうふうに私は思っております。
  14. 久保亘

    久保亘君 大体わかりました。  それならばちょっと行政管理庁にお聞きしたいんですが、昨年出されました行革臨調答申では、奄美振興開発特別措置法小笠原にかかわる特別措置法もそうでありますが、離島振興法ども含めて、これらは期限終期が来たら廃止するような答申になっていると思うのであります。それで行政管理庁としては、政府を構成する省庁の一つとしてこの答申をどのように受けとめておられるのか、今の国土庁意見等とも関連をさせながら行政管理庁のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
  15. 佐々木晴夫

    政府委員佐々木晴夫君) お答えを申し上げます。  昨年の三月の十四日に終わりました臨時行政調査会、いわゆる行革臨調でございますけれども、お説のとおり、その答申の中で補助金等整理合理化について指摘をいたしておりまして、その公共事業のところで今の公共事業水準認識を述べた後で、財政状況が非常に厳しいというふうなことも一応踏まえまして、「既往答申に示した新規事業抑制補助負担率地域特例終期到来時における抜本的な検討」と、今申しましたように、既往答申に示した新規事業抑制補助負担率地域特例終期到来時における抜本的な検討等を進めるべきであるというところで、この既往答申というのは何であるかといいますと、これはさらに二年前の五十六年七月に臨調の第一次答申というのが出ておりますけれども、その中で、公共事業につきまして「補助負担率地域特例については、終期到来時には廃止を含め抜本的な見直しを行う」云々というふうな指摘をいたしておるわけであります。これは廃止を含めた抜本的な見直しということでありまして、廃止ということとは直に結びついていないわけであります。  つまり、そのときどきに終期到来時においてその効果考え地域格差存在その他を精査いたしました上で十分な検討を行うということを臨調答申では一次並びに五次において、最終答申において指摘をいたしておる、それを踏まえて第五次答申の中に、既往答申に示した補助負担率地域特例終期到来時における抜本的な検討ということを指摘をいたしておるわけでございます。  政府としましては、この臨調答申最大限に尊重してその施策の中に生かしていくんだということを閣議決定いたしておりますけれども、この奄美の問題につきましても今回終期到来を迎えるわけでございますけれども、先ほど国土庁長官からお話しになりましたように、このような格差存在、こうしたことの事実に着目をしましてこの期限到来について再延長をお願いしておるものと、このように理解をいたしておるわけでございます。
  16. 久保亘

    久保亘君 そういうことでありますと、とかくこの臨調答申というのが今後の行政改革至上命令のような受け取り方をされているために、何か特別措置法のようなものを継続させる、延長させるということについては、これはもうやむを得ざる措置なんだというような認識がついてきやすいんですね。だから、そうではなくて、臨調の中で言われている抜本的な見直しというのは、これは臨調答申の中における一つの見解であって、その抜本的な見直しの結果、さらにこれらの内容を充実してこの特別措置法を生かしていくことが行政改革の真の目的につながるものだと、行政の公平、格差是正ということにつながるものだという立場に立つならば、行政管理庁としてもこの答申を受けて、奄美振興開発特別措置法のようなものは一層強化推進すべきものだという考え方に立ってもよいと、こういうことでございますか。
  17. 佐々木晴夫

    政府委員佐々木晴夫君) これは、考え方としまして今おっしゃるようなことも確かにあり得るんだと思います。ただ、今問題になっております公共事業のこの第五次答申指摘の仕方で、こういう考え方を述べておるんです。「今後は、社会資本整備水準、厳しい経済財政事情等を考慮しながら、地方公共団体自主性をも尊重しつつ、限られた公共投資の重点的・効率的配分を行う必要がある。」と、その趣旨から、今申しました基本答申に示しました新規事業抑制補助負担率地域特例終期到来時における抜本的な検討というふうなことが必要であるというふうな述べ方をいたしておるわけでございます。  おっしゃるように、国土政策格差是正重要性というのは私ども十分認識をいたしておるわけでありますけれども、今限られた財政事情のもと、大変厳しい経済情勢財政状況に一応あるということでありますとするならば、このあたりについて十分な精査をして、まず効果判断をする必要がある、その中で全体としてのいわば財政効率経済効率を求める、その中で厳しい施策の選択が行われるべきものというふうに一応考えるわけでありまして、今回の奄美群島期限延長ということにつきましても、そうした厳しい吟味が行われた上で提出をされたものと、このように理解をいたしておるわけでございます。
  18. 久保亘

    久保亘君 では、もう一言。  結局、そういうことは、行政管理庁長官も閣議を構成される一人として、この法律延長について同意をされ国会に提出されたと、こういうことになるわけでありますから、そのことは、臨調答申を尊重するという立場においてこの特別立法は必要である、こういう判断行政管理庁としてもお立ちになったと、こういうふうに理解してよろしゅうございますね。
  19. 佐々木晴夫

    政府委員佐々木晴夫君) 全くお話のとおりでございまして、例えばこれによりまして審議会につきましても期限延長というのがございます、私ども協議を一応受けでございます。行政管理庁としてはこの法案につきまして同意をいたしておるわけでございます。
  20. 久保亘

    久保亘君 それでは、時間がありませんので、少し奄美群島振興開発等に関する具体的な問題についてお尋ねをいたしたいと思います。  まず最初に、この振興開発特別措置法は、「振興開発計画内容」という条文の中に「教育及び文化の振興に関する事項」ということを取り上げております。で、そのこととも関連をしながら文部省にもお聞きしたいのでありますが、奄美群島には公立の高等学校が十校、私立の高等学校が一校、合計十一の高等学校があります。それで、現在この高校に在籍する生徒の数は六千七百二十九名という多数に上っておりますが、奄美大島には残念ながら大学や短大は一校もないのであります。そこで、この奄美群島子供たち大学に進学するためには、本土子供たちに比べてみるとかなりな過重な教育費負担を余儀なくされているという実情がございます。  その中で一つ問題でありますのは、国立大学入学試験共通一次を受験するだけでも相当な経済的な負担が必要となっているのであります。奄美大島子供たち共通一次を受けようといたしますと、本島や北の方の子供たち鹿児島市の会場へ行くのであります。沖永良部や与論の子供たち沖縄県の琉球大学会場へ行くために那覇市へ行くのであります。その前後に要する費用、交通費等かなりな金額に上りますし、帰ってまいりますと一カ月すると今度は二次試験のためにまた同じような状況が出てくるということであります。そこで、ちょうど気象条件の悪い時期でもありますから、日程等かなり余裕を持たにゃならぬということもございますし、受験生が共通一次の受験において受ける心身のハンディ、それから経済的な負担、こういうものについて、これはやはり奄美振興開発の中で考えられております教育、文化という側面からも十分検討しなければならぬ問題ではなかろうか。それから共通一次が遠隔の地で経費が非常にたくさんかかるという理由でもって、受験をしたくても受けられない子供もあると聞いているのであります。  そういうことを考えてまいりますと、やっぱり奄美群島のように十一校、七千名近い高校生がその地域内にいるような場所には、共通一次の試験会場が設置されて、教育の機会の均等が保障されるということが私は必要になってきているのじゃないかと思うんです。ただ、この共通一次の運営管理の上から試験場を現在以上にふやさない、大体原則としては各県一カ所、こういうような国大協や入試センターの方針がおありになることも私は十分承知をいたしております。しかしな一がら、この奄美群島のような場合には、沖縄県で那覇市のほかに石垣市に会場が設置されているという実情等とも考えあわせるならば、特別に共通一次の会場を設置してもよいのではないか、こう思うんですが、文部省のお考えをお聞きしたいと思います。
  21. 坂元弘直

    説明員(坂元弘直君) 御承知のとおりに、共通一次試験というのは国立大学大学入試センターが共同して行うということになっております。したがって、試験会場等の設定も国立大学大学入試センターが決めるという建前になっておるわけでございます。試験会場につきましては、例えば問題を大学で管理しなければなりませんので、漏えいがあったりなんかしたら大変だというような問題の管理、あるいは万が一、事故が起きたときに敏速にかつ的確に対処できるということで、原則として各国立大学の本部あるいは学部が所在する市などに会場を設けてこれまで実施してきておるところでございます。  奄美のような大きな問題を抱えておる御要望のほかに、国立大学共通一次試験の実施会場については、私ども今毎年その会場をふやしてもらいたいという御要望をいただいておるところでございますが、今申し上げましたような観点から見て、なかなか会場をふやすということは難しいのではないかというふうに考えております。ただ、若干の微調整は今までもやってきております。  例えば、今先生御指摘の沖永良部高校、与論高校につきましては、むしろ鹿児島市に行くよりも琉球大学に行った方がいいということで、五十七年度から琉球大学で受験できるようなそういう措置を講じました。そういうような若干の微調整は今までも行ってきておりますが、原則的に会場をふやすということは今後、今先生が御指摘のように、国立大学協会でも増設は行わないという申し合わせを五十六年度にいたしておりまして、そういう方向で今日までこの会場問題については対処してまいりましたが、確かにいろいろと奄美状況をお聞きしますと大変な負担がかかっておる。しかも、先生御指摘のように、かなりの受験生がいるというようなことを考えますと、奄美会場を設けるということも十分理解できるのではないかということで、現在鹿児島大学と、それから入試センターに積極的な会場を設けるという方向での検討を願っておるところでございます。したがって、私どもとしましては、来年度の共通一次試験に間に合うような方向で、ぜひとも先生の御要望あるいは地元奄美の方々の御要望にこたえられるような方向で対処できるよう努力をしていきたいというふうに考えております。
  22. 久保亘

    久保亘君 よくわかりました。結局、鹿児島大学と入試センターの方で今調査をされたりしておるということでありますが、こちらの側で受け入れの準備といいますか了解がつけば、六十年度、つまり来年の一月に行われる共通一次から会場奄美大島に設置する方向で文部省としては努力をしていると、こういうことで理解してよろしゅうございますか。
  23. 坂元弘直

    説明員(坂元弘直君) ぜひそういう方向で努力をしたいと考えております。
  24. 久保亘

    久保亘君 それでは、鹿児島大学や入試センターの方の受け入れ体制が速やかに整って来年の実施に間に合うように、今大学課長お答えになりましたような方向で一層の御努力をお願いいたしておきます。  次に、産業等に関して少しお尋ねいたしますが、奄美大島の観光産業というのは現在どのような状況になっておりますか。特に、本日をもって五カ年の立法が終わりになりますこの五カ年の間に観光産業はどういう状況になってきておるのでしょうか、少し説明をしていただきたいと思うんです。余り詳しくでなくてもいいです。
  25. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 奄美振興を図ります上で産業振興、特に観光の振興ということは非常に必要なことであるという認識を持っております。産業振興につきましては、まずやはり農業それから水産業それから観光と、これが三つの柱ではなかろうかと、こう思っておるわけでございます。  最近の入り込み観光客の推移を見てまいりますと、昭和五十三年ごろがピークでございまして、そのころは三十万人を超しておりましたが、全国的に観光客の伸びは横ばいもしくは漸減の方向に現在あるわけでございますが、五十七年度ではこれが二十五万八千人という状態に今相なっておるわけでございます。  そういう状況でございますが、やはり亜熱帯性気候の地域にありまして豊富な観光資源を持っておるわけでございますから、これを利用しない手はないわけで、今後観光の産業の充実に努めてまいりたいと、こう思っておりますが、次の五カ年の中ではやはり何といいましても交通基盤整備の問題であろうかと思います。  先ほども申し上げましたように、大島本島の空港のジェット化を急ぎたいと思いますし、それから先生御案内のように、奄美群島には独特の歴史と風俗があるわけでございまして、また文化があるわけでございまして、こういったものを大いに活用をするような方向で新しい振興計画では取り上げたい。また、もちろん宿泊施設でございますとか園地の整備でございますとか、そういった観光施設のハード面についても充実を図る必要があろうと考えております。
  26. 久保亘

    久保亘君 全国的に観光の伸び悩みがあるということは私もわかるのでありますが、奄美大島の場合には特に特色ある観光産業発展可能性を持っているわけですね。そのことが振興開発計画の重要な柱としてもこれまで取り上げられてきたわけです。その隘路になっているのは何かといえば、今お話しのように交通の問題でございます。  その交通の問題についてお聞きしたいのは、一つは先ほど新奄美空港を六十二年末までに完成させたい、こういうことでありましたが、新奄美空港の開港をいつにめどを置いておられるんですか。六十二年末に完成ということになれば、六十三年の非常に早い時期に開港させるということなんでしょうか。
  27. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 先ほど六十二年度末完成と申し上げましたが、六十三年度中に開港するということで事業が進んでおるわけでございます。
  28. 久保亘

    久保亘君 大変短い期間でやらなければなりませんが、これはこれからの今度の振興開発計画の中で開港がおくれることがないよう年次別の進捗率を確保していく、こういうことについては国土庁としても十分な確信を持っておいででございますか。
  29. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 総額で事業費が約二百七十二億ほどかかりまして、うち国費が二百二十七億でございますが、正直なことを申し上げまして、五十八年度、五十九年度の新奄美空港の予算の要求枠の確保ということについても大変苦労いたしました。ゼロシーリングという状態の中で結果的には、先生も御案内のように、それぞれ対前年度比で伸ばさせていただいておりますけれども、これは本当に苦労いたしました。  来年度以降も恐らく厳しい財政状況というのは続くだろうと思うのでございますけれども、そういった状況の中で、ただいまも申し上げました目標年次に開港ができますように私どもとしては最大限の努力をいたしたいというふうに思っておりますが、それじゃそれで約束できるかと、こうおっしゃられますと、今の時点でお約束まではいたしかねると思いますが、とにかく最大限の努力をしたいということであります。
  30. 久保亘

    久保亘君 それから先はまだこれからの問題でしょうから、ひとつ頑張ってやってみてください。  同じく交通基盤といいますか、航空路網の拡充整備ということで問題が一つございますのは、奄美の場合には、昨年、離島間の航空路日本エアコミューターという、これは自治体も参加いたしております会社に移りまして、十九人乗りの小型機に変わったんですが、そのときに運賃が平均四三%も上昇した。小型機になって運賃が四三%も一挙に上がる、こういうことのために大変航空路の利用に困難も生じているわけであります。  これらのことに関して、航空運賃四三%の引き上げ、現にもうそうなっているのでありますけれども、これを公租公課などの減免措置などを拡充することによって利用者の負担を軽減をしていくというようなことは今以上に考えられないのか、その点についてこれは運輸省でお答えいただきたい。
  31. 土坂泰敏

    説明員(土坂泰敏君) 離島航空路線の維持というのは大変難しい問題でございます。といいますのは、地域の住民にとっては当然欠かせない輸送手段でありますが、やはり需要との関係で収支が非常にとりにくい、こういう特性がございます。  奄美の島内の離島路線、従来は東亜国内航空がYSで一便をずっとやっておったのでございますが、毎年四億を超える赤字がどんどん積み重なっていくという状態になりまして、御承知のように東亜国内、債務超過寸前の会社でございます。このままではやはり維持が難しいというところまでまいりました。  そこで、まず輸送の需要の実態から見て、小型機に変える、そのかわり若干の増便をしようということをまず考えたわけでございます。  それから次に、経営の主体でございますけれども、やはり地域の輸送でございますから、地域の実態に合った輸送をやるという意味で、地元の市町村に出資という形で参画していただきました。  それから次に、国は従来から通行税を半分に軽減するという措置をとっておりますが、この新しい会社に対しまして鹿児島県から着陸料の減免措置をしていただくことにいたしました。  こういったようなことをすべて前提にいたしまして、定期と同じ運航をいたしますので、安全運航上どうしても必要な費用、これはやはり運賃で償うという思想のもとにぎりぎりの運賃を設定したわけでございます。当然利益などは見込んでおらないわけでございます。その結果、先ほど先生御指摘になりましたように四十数%という運賃になった、こういうことでございます。  離島の路線につきましては、やはり航空会社が努力するというのは私当然のことであると思いますが、国や地方公共団体も支えなければいかぬし、利用者の方にも御理解をいただくことがどうしても大事だと思います。奄美の話は、今申し上げたようなことで、皆さんの御協力を得て去年の十二月こういう格好でスタートをいたしまして、望ましい方向で一つの例になっておるのではないかとさえ思っておるわけでございます。  ただ、今先生御指摘になりましたような御注文があることを私どももよく存じております。しかしながら、何分にも今発足したばかりでございますし、国としてもこの枠組みの中で今後とも努力をいたしますし航空会社も指導してまいりますので、当分の間はこの線で地元の御了解もいただきたいというふうに思っておるところでございます。
  32. 久保亘

    久保亘君 特に離島の場合に、同じ税法によって住民は税金を負担をしておるのに国鉄は一センチも通っていない。そうすると、国鉄の場合には国が設備をするわけです。それならば、これらの航空路線というのを、同じ税法による納税者に対して国鉄の分も合わせた一つの国の住民に対する交通網の整備の責任と、こういうことで考えていけば、商業採算の上だけでの運賃の決め方というのは私は不公平ではないかという気もするんです。それで何らかの措置考えられないかということを申し上げているのでありまして、そしてその運賃の非常な高さというのが、また先ほど交通が観光産業一つのネックである、こういうことも言われたんですが、この観光産業の上からもまた住民の生活や仕事の上からも非常に大きな問題になってきていると思うので、これは今あなたがここでそれじゃ何とか値下げをしましょうという答えができる筋の問題ではないけれども、そのような住民の意向が強く存在することを念頭に置いてこれからまた御検討いただきたいと思うんです。  奄美航空路線というのは、かつてドル箱路線と言われた時代もあるんです。その後、航空機の進歩に伴って大型化される、ジェット化されるということの中でYS11を使った航空路線というのが運営が困難になってきたということなんでありまして、かつて随分また航空会社に利益になった時代もあったということも記憶をしていただきたいと思うんです。  その次は、奄美の漁業の問題については先ほど長官もお触れになりましたけれども奄美大島は観光と並んで漁業、農業が非常に重要な産業でありますし、つむぎはもちろんでありますけれども。この漁業の問題は、私は見方によっては今までの奄美大島に限った漁業という視点を変えなければならない時代になっているんじゃないか。つまり、二百海里時代になってきて、日本の水産政策の上でも沿岸漁業が見直されなければならないような状況になってきている中で、奄美大島周辺の漁場というのはかなり有望な、俗な言葉で言えば漁業の宝庫とも言えるものではないか。そういうことになってまいりますと、日本全体の水産政策の中で奄美の漁業をもっときちっと位置づける、そういう中で、流通の問題とかあるいは養殖の問題であるとか、あるいは漁業そのものを近代化していく、こういうような問題で積極的な対策が考えられていいのではないか、こう思うんですが、いかがですか。
  33. 河田和光

    説明員(河田和光君) お答え申し上げます。  先生御指摘のとおり、二百海里体制の定着によりまして、海外での我が国の漁場というのは非常に制約が高まってきておるわけでございまして、沿岸漁業はそれだけますます重要性を増してきているということで、沿岸漁業を主体とする奄美の将来の振興は一層重要になってきているというふうに考えております。  奄美群島の沿岸漁業につきましては、御指摘のような広大な海に囲まれるという地理的な特性もございますし、しかも亜熱帯水域に位置して、群島周辺はサンゴにも囲まれ豊富な水産資源の生息の場になっているという特性もありますので、こうした特性に着目して、これを活用した漁業の振興を図っていくことが重要であると考えております。  また、このような観点から、沿岸漁業の生産の基盤である沿岸漁場の整備、開発、流通も含めてですが、これらを計画的に進めることによりまして、現在漁場整備などでは奄美特産の奄美周辺のフエフキダイとかアラとかハタとか、そういう沿岸性の魚種を対象にした漁場造成も進めているわけでございますが、今後とも奄美群島周辺のすぐれた漁場特性を十分に生かした沿岸漁場の整備その他もろもろの漁業振興に努力をしてまいりたい、こういうふうに考えております。
  34. 久保亘

    久保亘君 この漁業の振興の問題については、やっぱりもっとその近代化政策なりあるいは奄美で収獲されたものをどうやって鮮度を保って市場に出すか、こういうような問題について総合的に、しかもかなり思い切って短期間にやらないと、今のような状況では漁業と取り組んでも年々漁業の収益が上がっていくわけでも全然ないし、そういうような状況ですと後継者も育たないし、結局この奄美の漁場というのが非常に重要だということを認識しておっても生かされない、こういうことになると思うんですね。漁業振興策というものをもう少し集中的にやらなければいかぬのじゃないか、こう思うんですが、あなたの方はどうですか。
  35. 守矢哲

    説明員(守矢哲君) お答え申し上げます。  先生御指摘のように、奄美群島の周辺には非常にすぐれた漁場がございまして、いまだ利用されていない資源がございます。これらの未利用漁業資源を活用して漁業を振興する場合、これらの群島が消費地から非常に遠いということ、これが非常に大きなネックになっておりまして、輸送手段を改善していくということ、こういうことが大きな問題になっているわけでございますが、それと関連しまして、島内で生産された水産物の出荷調整機能、それからその出荷の体制をつくると、こういうことが非常に重要な問題になっておりまして、水産庁としましては、従来から沿岸漁業構造改善事業というものがございまして、荷さばき所等をつくってきたわけでございますが、今後もそのような点については十分注意しまして整備を進めてまいりたいと思っております。  また、つけ加えさせていただきますと、この地域の漁業は漁船漁業が依然として中心になっているわけでございますが、養殖業が非常に最近伸びております。この付近の自然環境というのは、水温が非常に高いということ、それから入り江などがございまして、水産の養殖業に適した地域が非常にございまして、従来は真珠だとかクルマエビだとかモズク、このような養殖が行われていたわけでございますが、最近はマダイとかトラフグとか、そういう非常に値段の高い魚の養殖も盛んになってまいりまして、例えば昭和五十三年と五十七年の数字を比べてみますと、生産数量にしましても数量で四十トンくらいでありましたものが八百二十七トンくらい、金額にいたしましても三億未満だったものが今や二十六億くらい、こういう形になっておりまして伸ばしておりますので、県としましてもこれらの漁業を振興していきたいという意向もございますので、水産庁としてもそれらの振興に対して助成をしてまいりたいと考えております。
  36. 久保亘

    久保亘君 時間がありませんので、また機会を見ていろいろ聞きたいと思います。サトウキビの振興策についても少しお尋ねしたいと思っておりましたが、時間の関係で、この問題についてはまだ後日お尋ねをいたします。  きょうは、最後にどうしてもお聞きしておきたいことをあと二点だけお尋ねしますが、一つは、最近医師が大変過剰だと言われるようになって、それで今、国会の論議の中でも厚生省から、医師の養成を縮小すべきだ、つまり大学の医学部の定員を減らしていかにゃいかぬというようなことが言われておるんですが、私は医師が本当に過剰だということなのかどうかという大変疑問を持っております。  先ほどお話のございましたように、例えば奄美群島の場合には今十万人当たり医師の数が六十三人、これは厚生省の基準からいいましてもはるかに少ない、半分にも達していない。そして人口十万人当たりという見方は、都市の場合と奄美の場合は非常に違うんです。人口は過疎であって、非常に広範な地域にわたって十五万人の住む場所に百人程度のお医者さんしかいない、こういうことなんでありますね。もし医師が過剰で、伝えられるように病院の倒産が相い次ぐというようなことであるのならば、この際、厚生省としては僻地や離島などに公的医療機関の体制を強化する、そういうことで考えなければならぬのじゃないでしょうか。それを、医者はもう余ってきたからこの際医学部の定員を減らした方がいいんじゃないかというようなことを厚生大臣あたりがおっしゃるということは、厚生省の行政としては後ろ向きじゃないか、反対じゃないかという気がするんですが、いかがですか。
  37. 古川貞二郎

    説明員古川貞二郎君) お答えいたします。  現在、医師が過剰であるとかどうだとかという議論がよく行われているわけでございますが、先生御案内のように、医師数につきましては厚生省は昭和四十五年に、昭和六十年までに最小限度人口十万対百五十人が必要である、こういうふうな目標を定めたわけでございまして、昭和五十八年にはこの水準を達成した、こういうような状況でございます。  御指摘のように、僻地等におきましては医師が非常に不足しておる、それからまた医療機能という面で見てもいろいろと不足の問題がございますので、私どもはこれは現時点におきまして直ちに医師が過剰であるというふうには思っておらないわけでございます。この点は、諸外国の人口比に比べましても明らかに我が国の場合はまだ低いわけでございますから、そういう点でも私どもは現時点で既に医師が過剰であると、こういうふうには思ってないわけでございますが、しかしながら御案内のように医学部の定員は八千ございます。医師の定員は八千ございまして、今後私どもが推計いたしますところでは、このまま推移いたしますと、医師数は人口十万対で昭和七十五年度、つまり二〇〇〇年でございますが、これには人口十万対で二百十人になる、それから昭和百年、二〇二五年には三百人程度にもなりかねない、こういうような今後の医師数の推移でございますので、医師の養成というのは今議論してすぐあしたから直るというものではございませんので、そういった将来の需給見通しというものを考えた場合に、今日の時点で医師の養成というものの見直しを行うべきではないか、こういうのが厚生省の真意でございます。  なお、そういったことで医師数については、現時点では過剰とは言えないにしても、全国平均的には相当の数に達しておるわけでございます。しかしながら、僻地についてはまだたくさん不足しているところがある。そういう点で、地域医療を確保するということについては医師の地域偏在の是正ということが非常に大事なことであろう、こう思うわけでございます。その点で、政府といたしましては、無医大県の解消とか、あるいは僻地中核病院による僻地への医師派遣、あるいは将来僻地に勤務しようとする医学生等に対する修学資金の貸与、あるいは僻地勤務医師の紹介あっせん、こういった僻地医療対策の充実に努めてきておるところでございますし、この点は先生の御指摘のように十分心して努力していかなきゃならぬ、かように考えておるわけでございます。  なお、さらに申し上げますと、地域医療需要に沿った医療供給体制の整備を進める、こういうような観点から、今国会に地域医療計画を目的とする医療法の改正案を提案したい。実は、これは昨年の国会に提案して衆議院解散により廃案になったものでございますが、医療法の改正案を提案し、そこで将来の地域医療の需要に伴った整合性のある地域医療計画整備を図ってまいりたい、かように考えておる次第でございます。
  38. 久保亘

    久保亘君 時間が参りましたので、最後に一点自治省にお尋ねいたしますが、奄美群島日本復帰に伴って、公職選挙法は特例として当分の間衆議院選挙に当たって奄美特別区を小選挙区として定めております。しかし、公職選挙法の本文はこの奄美特別区を認めているわけではありませんで、これは特例になっているわけでありますが、三十年を経過した今日でも当分の間ということでこの奄美特別区がそのままになっておりますが、今定数是正の問題などが議論をされておりまして、早晩この解決を図らなければならぬ。これは国会側の責任でもございますが、そういう中で、これは自治省がすぐ決定するというのはなかなか大変なことでもありましょうけれども、本来ならばこの奄美特別区は本則に沿って解決されなければならない筋のものである、こういうような御理解なんでしょうか、あるいは特例として定められている当分の間というのは、これはもう本文と同じものとしてこの三十年間で一応もうこの選挙区は固定したものだという考え方にお立ちになっているのか、その辺の御見解を承っておきたいと思います。
  39. 小笠原臣也

    説明員小笠原臣也君) 奄美の選挙区につきましては、ただいま御案内がございましたように、一人が選出されるという小選挙区の形をとっておるわけでございます。我が国の現在の選挙区制、いわゆる中選挙区制でございますけれども、これは昭和二十二年に衆議院議員の選挙法の改正によって今の形ができておるわけでございます。ところが、昭和二十八年に奄美復帰することに伴いまして、暫定措置によりまして奄美を特例の選挙区として一人を選出するということが定められたわけでございます。そのときに、二十万を超える人口があるものですから、本則に入れるということも検討されたようでございますけれども奄美のことだけで全体を改めるということにはなかなか急速にはまいらないということで、当分の間ということで定められておるわけでございます。昭和三十九年に定数是正が行われました際に、暫定措置法の方から公選法の附則九項の方に移しかえられましたけれども、その際もあくまでも当分の間の措置として定められる形になっております。  そういう形でございますので、あくまでも暫定的な措置ということになっておりまして、法律考え方といたしましては、いずれかの時点で暫定措置でない形になるように想定をされておるというふうに私ども考えておるわけでございます。ただ、三十九年の定数是正あるいは五十年の定数是正にいたしましても、いずれも当分の間という形になっております。したがいまして、総定数自身が暫定措置という形になっておるわけでございまして、それらを含めて今重要な課題になっておるわけでございますので、何しろ選挙制度の基本にかかわる問題でございますし、国民代表の選出の基盤になる問題でもございますので、それらを含めて各党の間で十分御論議いただくことが大切ではなかろうかと思っております。
  40. 久保亘

    久保亘君 これで質問を終わりますが、最後に長官に私の希望といいますか意見を申し上げておきますが、離島というのは地理的にはどうすることもできない永遠の離島であります。しかし、行政の上では私は離島でなくすることができる、それが政府の使命だと思っているのでありまして、どうか今回延長されます奄美振興開発特別措置法に基づく計画が、住民の期待にこたえて格差是正のために大きな役割を果たせるように一層の御努力をお願いいたしまして、私の質問を終わります。
  41. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 今、久保さんのおっしゃったことは大変政治家として大事なことだと私は思っております。そういう意味から、やっぱりそこに住んでみた人でないとその苦しみというものは私はわからないだろうと思います。そういう意味から、先ほど来私が御答弁を申し上げましたように、誠意を持って、真心を持って、この延長は言うに及ばず、その後におきましても離島については最善の努力をすべきであると、こういうふうに考えています。
  42. 村田秀三

    ○村田秀三君 私は、主として小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案、それに関連いたしまして質問を続けたいと思います。時間が切迫しておりますのでいろいろはしょってまとめて御質問を申し上げますが、そこはひとつ御理解をいただきたいと、こう思います。  小笠原諸島は復帰以来十五年を経過いたしました。前半十年が復興計画そしてまた後半五年が振興計画と、こういうことで事業が進められてきたわけでありますが、どうも私の見るところでは、計画どおりに物事が進んでおらない、こう一言で言って申し上げる以外にないと思います。  そこで、国土庁といたしましては、これまでの間、所期の目的を達成したと考えておるのか、評価についてひとつお答えをいただきたいと思います。
  43. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 小笠原の昭和四十三年復帰以来の復興、振興事業の実績あるいはその評価についてという御質問でございますけれども、四十三年以来十五年経過をいたしましたのですが、その間復興、振興事業費といたしまして総事業費で四百三十九億円、国費で二百八十九億円の投資がされたわけでございます。その間、いわゆる一島一集落主義ということで、父島につきましては奥村地区、母島につきましては沖港を中心とする集落の形成に努めてまいったわけでございますが、十五年たちまして、水道でございますとか、ごみ処理施設、診療所、保育所あるいは地域内の幹線道路といった生活に密着した施設や生産基盤整備というものはかなり進んできたというふうに思っております。  ただ、人口の面で見てまいりますと、実は当初計画以来、いわゆる短期滞在者も含めまして三千人の人口目標を立てておったのでございますが、五十八年四月現在で見ますと、短期滞在者も含めまして一千八百五十九人ということで、いささか目標人口までいっていないという状況があるのは事実でございます。ただ近年、いわゆる新島民も含めまして、常住人口で年々五十人ぐらいずつ増加をしておるという状況があるわけでございます。特に、農業あるいは漁業、観光、そういった関係の事業従事者の方の目標人口に対する達成率が少ない面もございますものですから、こういった面には次の五カ年計画でも重点的に事業その他でも配慮をしてまいらなきゃならぬということでございまして、一言で申し上げますならば、人口等につきまして必ずしも目標どおりにはなっておりませんけれども、十五年の間に一島一集落の形成という意味ではかなりの成果が上がってきておると。今後の課題としては、今申し上げましたような意味での産業振興というものが必要だということであろうかと思います。
  44. 村田秀三

    ○村田秀三君 進めてきた立場に立ては、これは失敗しましたなどというふうにはとても言いようもありません。また失敗したとは私言いません、なかなか難しいことでありますから。しかし、これは五カ年計画を見ますと人口だけは数字がきちんと出ておりますが、後その他の部分についてはどこの箇所をこうする、あの箇所をこうする、こういう表現でなされておりますが、それも未達のところも指摘をされているようであります。  しかし、そこまで一々細かいことをやっておる時間もございませんから総括して申し上げるわけでありますが、結局は、確かに人口の漸増は認められますけれども、しかし二四%が振興事業関係のいわゆる移住者でございまして、特に定着をするということは考えられないわけでありますから、今お話ございました、これからはひとつ定住できるような産業を興していく、こういうことでございますから、それはそれでよろしいのでありますが、つまり振興計画をつくります前提とする考え方ですが、何とはなしに土木事業を興して何とはなしに生きていけばよろしいんだという物の考え方が前提にあるとすればこれ困るわけでありますから、贖罪的な意味であるとかあるいは恩恵的なそういう考え方であるとかということであってはならないと思います。国民経済的な立場に立って、目標を少なくとも戦前の人口にまで復帰させるというような一つの気概を持ってやっていかねばならないと、こう私は思いますが、その点はいかがですか。
  45. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 私は、当然計画を立てるわけでありますから、目標計画でありますから、言うなれば努力目標でありますから、やはりその目標に向かって計画の実行に努力しなきゃならぬ、こういうふうに思っております。
  46. 村田秀三

    ○村田秀三君 そこで答えをいただければなおいいのでありますが、希望いたしますが、計画というと私はまことに具体的なものを考えるわけです。でありますから、もしも生活基盤、生産基盤、そしてまたそればかりじゃありません。とにかく父島まで二十何時間もかかるというようなそういう極めて恵まれない地域でありますから、そういうことも勘案しなくちゃなりません。つまり、生産基盤はできましたわ、生活基盤もできましたわ、交通がこれだめでございますということでも困るわけでありますから、いわゆる落ち込んでおる、なかなか計画が思うように進まない前提というのはその辺のところにある。  そこで、生産基盤あるいは生活基盤をこれからますます強化すると、こういうことであるわけでありますから、私が希望いたしますのは、少なくとも三千人を定住させたい、そしてそれを生活をさせたい、こういうことであれば、いわゆる生活基盤なり生産基盤なりというものを、とりわけ生産基盤というものを、例えば農地はどの程度開発する、数字をきちんと明らかにする、漁港はいわゆる何万トン程度の漁船が出入できるようなそういう港をつくる、あるいは流通の問題であったらかくしてこうする、こういうような具体的なものと同時に、数字も含めて策定をいたしまして、そしてこれはやはりまさに復興ではなくて振興である、国民経済立場からここはこうしなくてはならないんだという立場に立って、いわゆる五カ年計画の中には数字も展望して金額も展望して明らかに出すということが必要ではないか、こう私は思いますが、いかがでございますか。
  47. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 先生の御趣旨もよく私どもわかるわけなんでございますけれども、従来から五カ年計画においては、御指摘のように必ずしも事業ごとの数値というものを示していないのは事実でございます。ただ、先生からもお話ございましたが、人口等については目標人口を定めておりますし、また農地についても、一応の土地利用計画におきまして今後造成すべき土地を、約六十二ヘクタールだったと思いますけれども、定めておりますし、また公園の面積等についても決めておるものもございます。ただ、事業費が定かでない。毎年度予算の段階で決まっていくわけでございますから、そういった意味で、例えば港湾の整備費が幾らで、その結果防波堤の延長が何メートルになると、こういった点は実は示すことができないわけでございます。  また、農業の面をとってみましても、今後はできるだけ本土に移出できるような果樹の栽培の振興などが必要と思っておりますが、これにつきましても御案内のとおり、現状はミカンコミバエによる制約があるというようなこともありまして、実はなかなかそういった振興の目標というものを立てることが困難でございましたけれども、ミカンコミバエも来年度中には一応絶滅をするという見通しも立ちましたもので、次の五カ年計画ではそういった面についてもできるだけお話しのような目標を立てるように努力をしてみたいと思っております。
  48. 村田秀三

    ○村田秀三君 次に、硫黄島についてお伺いしますが、この硫黄島、玉砕したのはいつかとけさ調べてみましたら、昭和二十年の三月十七日だったそうであります。まことにこれ痛ましい事実を否定するわけにはいかないわけでありますが、この硫黄島が今日まで計画から除外されてきておったと聞くのでありますが、それはどういう理由でしょうか。
  49. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 御指摘のとおりでございまして、四十三年に小笠原について日本施政権が戻りまして以来、父島、母島については旧島民の島内への帰島の促進あるいは振興事業の促進を図ってまいっておりますが、硫黄島につきましては帰島、開発可能性について調査検討をするということで、振興計画上もそういう位置づけがなされてきておったわけでございます。これは先生御案内のとおり、戦時下におきまして大変な戦場になって、そしていわば従来の原形をとどめないような状態の島になってしまったということもございますし、あるいは遺骨の問題、不発弾の問題等々もありまして、果たして帰島していただき振興開発を進めることができるのかどうか。これはやはり父島、母島の場合、戦場にはなっていなかったわけでございますが、そういった点で慎重な検討が必要であろうということで今日に至っていると理解をいたしております。
  50. 村田秀三

    ○村田秀三君 そこで、小笠原諸島振興審議会の中に硫黄島問題の調査小委員会が構成されていろいろと検討されているという話も聞きます。その検討の経過なり方向性なり結論はいつ出るのか、この点をひとつ伺っておきたいと思います。
  51. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) ただいまお話しのとおりでございまして、国土庁といたしましても五十五年度から三年を目途にいろんな面での調査を実施してきておるわけでございます。一方、小笠原諸島振興審議会に硫黄島問題小委員会がございまして、ただいま申し上げましたような帰島、それから振興開発の可能性についていろいろ御議論をいただいております。私どもといたしましては、硫黄島問題小委員会での結論が出されました後、小笠原諸島振興審議会で御審議をいただき御結論を出していただこうと、こう思っておりますが、できるだけ早い時期に結論を出していただこうと思っております。その結論をいただきました暁には、政府といたしましても、結論のいかんにかかわりませず、それに対する対処方針というものを決めてまいらなければならないということでございまして、いましばらくお時間を拝借いたしたいと思っております。
  52. 村田秀三

    ○村田秀三君 どういう結論が出るのかという方向性なども聞きたかったのでありますが、いずれにしろ、今度はひとつ振興計画の中に組み込むことができるというふうに理解してよろしゅうございますか。
  53. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) どのような御結論をいただくかにもよるのでございますけれども、その結論のいかんによりまして、政府といたしましても先ほど申し上げましたように対処方針を決めなきゃならぬと思っておりますが、その内容小笠原振興事業になじむものであれば当然入れていかなければならないと思っております。
  54. 村田秀三

    ○村田秀三君 明瞭を欠く答弁でありますが、私は、旧島民が島を離れて四十年、年老いてふるさとを思っていると、帰りたいと、こういう希望を持っておる方がかなりいるという話も聞くわけでありまして、それが実現するようにひとつ期待をいたします。  ところで、厚生省援護局にお伺いいたしますが、とにかく遺骨はまだかなりの数が残存しておる、こう聞いております。何回か収集団が派遣されたということも知っておりますけれども現状とまた今後の方針をひとつお聞かせいただきたい。
  55. 加藤栄一

    説明員(加藤栄一君) 御説明いたします。  硫黄島の遺骨収集につきましては、昭和二十七年、二十八年、講和条約が発効後小規模な調査をした経緯がございます。その後、四十三年の小笠原諸島復帰に伴いまして本格的な遺骨収集を開始したわけでございまして、おおむね毎年一回程度防衛庁、民間団体の御協力も得まして収集団を派遣しております。これまで二十一回遺骨調査及び収集を行っておりますが、玉砕されました方約二万百人おられるわけでございますが、そのうち私どもの方で収集いたしました御遺骨は五千六百五十柱でございます。関係の各方面及び地方公共団体から非常に強い促進方の要望が寄せられておりますので、五十七年度には厚生大臣が現地を視察いたしまして、その後できるだけ促進をするような方向を検討いたしておるわけでございまして、特に五十八年度には機械力を強化いたしまして、パワーシャベルでありますとかブルドーザーを使いまして遺骨収集をやっておりまして、それまで大体一年間に一回実施しておりましたんですが、五十八年度には二回ということで規模も拡大いたしました。団員も延べで七十二名投入してやっております。五十七年、五十八年の遺骨収集の成果を検討いたしまして、できるだけ早目に一応概略終了といいますか、概了をしたという状況に持ってまいりたいということで現在考えておりまして、なるべく早目にその見通しを立てたいというのが現在の状況でございます。
  56. 村田秀三

    ○村田秀三君 防衛施設庁は来ていますか。
  57. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 防衛庁は来ておりますが、施設庁は来ておりません。
  58. 村田秀三

    ○村田秀三君 それでは、不発弾がかなりまだ残存しておると。もちろん、これは大砲だとか舟艇などというのもそのままになっているんじゃないかというような感じがいたします。行ってみませんからよくわかりません。そういうものの整理といいますか、それはこれまでどう扱ってまいりましたか。また、現状どれくらい残ってそれをどのようにして整理をしていくのか、そういう点についてちょっとお伺いいたします。
  59. 江間清二

    説明員(江間清二君) 御説明を申し上げます。  硫黄島につきましての不発弾の処理でございますけれども、これは厚生省が行われます遺骨収集あるいは現地の建設工事等の際に発見されます不発弾についてその都度これを処理してきておるわけでございますけれども、現在までのところ、四十三年に同島が返還されまして以来五十八年三月末までに三十六トンの不発弾を処理してきております。  それで、硫黄島に不発弾がどの程度あるのかということでございますけれども、これは正確には不明でございまして、全体的にどの程度になっておるかということはわからない状況でございます。しかし、私どもとしましては、ただいま申し上げましたような、発見される都度今後とも積極的にこれの処理に当たっていくということを考えております。
  60. 村田秀三

    ○村田秀三君 次に、今硫黄島は航空自衛隊あるいは海上自衛隊の訓練基地に使用しておると、こう聞くわけです。その現状と、それを将来どのように、そのままで使っておるのか、あるいは硫黄島全体を占有したいなどというような大それた考えを持っておるのか、その辺のところをひとつお伺いいたします。
  61. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 防衛庁といたしまして硫黄島をどのように利用するかということでございますけれども、私どもは硫黄島は航空機の飛行訓練用の基地ということで整備をしたいと考えておるわけでございます。これは御案内のように、我が国本土におきましては十分な空域がとれないというような関係もございますので、この島の施設を使用したいというものでございます。  現在、硫黄島におります部隊は、海上自衛隊の硫黄島航空基地分遣隊約百二十名、それから航空自衛隊の硫黄島基地隊、これが約七十名でございます。いずれもこのような飛行訓練を支援するための任務を持ったものでございます。現在、防衛庁といたしましては、これを今考えております訓練基地以上に拡大する計画はございません。
  62. 村田秀三

    ○村田秀三君 それを前提といたすわけでありますが、先ほどもいわゆる復興計画、実際は硫黄島の場合は復興計画ともいうべき措置がとられざるを得ないわけでしょうけれども、その前提となるのは、やはり何といいましても戦争の傷跡、跡地をきれいにするということが前提でなければならぬと思います。地上に散乱しておるそういうものを撤去いたしましたとて、いわゆる精神的なものやあるいはそこで散華した多くの人々の魂魄というものは残るわけでありますが、しかし日につくものは整理をいたしまして、そしてそこに慰霊のいわゆる何かを建立するとかいたしまして、そして帰った島民が安心して生活できる環境をつくる、これが前提でなけりゃならぬと思います。  基地を強化いたしまして占有するなどというような考えはないと、こういうことでありますから、絶対将来そういうことがあってならぬと私は思いますけれども、そういうことにいたしませんと、いわゆるそれがまだ不可能であるから小委員会の結論というものもあいまいであったなどということであってはならぬと私は思うわけでありまして、少なくとも旧島民がこの世に生存するうちに、しかも帰って活動できるというそういう状態をつくり上げていくのがやはり国民の責任であり、国土庁の責任であろうと私は思います。さような意味合いにおきまして、いわゆるその展望とまた考え方、決意なりを大臣の方からひとつお伺いをいたしたいと思います。
  63. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 先ほど局長の方から話がありましたように硫黄島小委員会、小笠原諸島振興審議会の中にあるわけです。その結論を待って、どういう形に出ようとも、特異な沿革を持った島でございますから、やはりこれに誠意を持って対処していかなきゃならぬ、こういうように考えております。
  64. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 午後一時三十分再開することとし、休憩いたします。    午前十一時四十六分休憩      —————・—————    午後一時三十一分開会
  65. 青木薪次

    委員長青木薪次君) ただいまから建設委員会を再開いたします。  休憩前に引き続き、奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案議題といたします。  質疑を続けます。  質疑のある方は順次御発言を願います。
  66. 二宮文造

    ○二宮文造君 午前の審議に引き続いてお時間をいただいて質疑をするわけですが、まず私は、二つ最初指摘をしておきたいことがあるわけです。それは法案の提案のあり方です。これは前回の五十四年のときにも申し上げたんですが、大臣も御存じのように、この法案は、いわゆる「奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案」と複合法案という形で呼ばれておりますが、中を見ますと、整備水準が全く異なっている二つの地域に係る法案一つにまとめている、便宜主義ではないかという気がしてならぬわけです。小笠原小笠原奄美奄美として、それぞれ特有な形の問題を抱えているわけですから、これはやっぱり別個に提案されるべきではないか。前回も指摘をしたことですが、「及び」でつなぐのが非情に体裁としておかしいのではないかという点が一点。  それから第二点目は、本法案で言いますところの振興開発計画あるいは振興計画の改定計画内容を全く提示されないまま、今この場所で審議が求められているわけです。これは、もしこのままでいきますと、改定計画の策定というのは我々に白紙委任を求めているような気がしてならぬわけです。ですから、改定計画そのものの提示が無理ならば、やはりこれこれのことは考えておりますというふうなことを含めて法案を提案されるべきではないか、こう感ずるんですが、この二点、大事な問題ですから大臣にお伺いいたします。
  67. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 奄美とそれから小笠原、これは差のあることは御指摘のとおりであります。しかしながら、米軍の施政権下にあったということは、これは同じ環境であります。そんな意味からこれは同一法案というふうに過去からも扱っておりますし、そのことによって何か差し支えがあるということはないであろう、こういうふうに私は考えております。  それから何の計画もないように法律だけが先走っていくと、これは時限立法でございましてきょうで切れるわけでありますが、そうかといって何の計画もないというわけではないんです。小笠原ならば東京都、奄美ならば鹿児島県、両方でそういう計画を立てておりまして、そしてそれが国土庁長官の方で審議をされまして、そして概算等々の問題が要求をされておりますから、計画は全然皆無の中で法律というわけではないと思います。ただ、それではきょうなぜこれこれしかじかの計画があるのでそれに基づいてこの立法を必要とするんだと、これは大変具体的な提示でありますけれども、やはり東京都それから鹿児島県と、こういう関係がございまして、そこの方でいろいろ計画をされておりますのを先ほど申し上げたように国土庁がまとめて予算化をしていくと、こういうわけでございますから、きょう、先ほど申し上げた時限立法ですから、予算の前に提示をしていくということの方が望ましいように思いますけれども、私は、きょうの段階においてできるような段階ではないということを御理解賜りたい、こういうふうに思います。
  68. 二宮文造

    ○二宮文造君 今後の課題として御検討願いたいと思うんです。  それから、先ほどアメリカから本土復帰したという条件が一緒だからと、こういうことで合わしたんだ、差し支えがないと、こういうお話ですけれども、片や奄美の方は十五、六万の定住人口がいるわけでしょう。一方はけさほどお話があったようにやっと千七、八百、全然枠が違いますね。ですから、やっぱりこれは別個の問題として取り扱って、小笠原小笠原らしく奄美奄美らしく取り上げていくというのが本当は法案の体裁ではないかということを今回も私は指摘をさしていただいたわけです。どうも納得ができません。これは答弁要りません。これはこれでいいのかどうかというのは今後研究をしていただきたいという意味指摘をいたしておきました。  最初小笠原の方からお伺いしたいんですが、十五年にわたります小笠原の復興、振興の成果、あらましで結構です、時間の関係もありますから御報告願いたい。
  69. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) まず人口でございますが、五十四年四月一日現在で常住人口一千七百三十五人、短期滞在者を含めますと千八百五十九人と相なっておりまして、常住人口も年々五十人前後増加をしておるという状況でございます。  次に、就業状況について申し上げてみますと、五十五年国勢調査の結果によりますと、昭和五十年と比較をいたしてみますが、農業、漁業の従事者が三〇%以上増加しておりますし、また卸売・小売業も三五%等の伸びとなっておりまして、次第に目標人口に近づくべくそれぞれの就業人口もふえておるということでございます。  それから所得の面について申し上げますと、一人当たり所得が五十五年度で約百十万円でございまして、全国ベースが百六十六万円でございますので、約三分の二ということでございます。それから復帰後十五年間、復興事業あるいは振興事業を進めてまいりまして、水道、ごみ処理施設等はほぼ一〇〇%に近い普及率でございますし、診療所、保育所あるいは生活道路等の整備も着々と進んでおる状況でございます。港湾につきましても、御案内の父島の二見港、これは漁港と一般の港湾と両方あるわけでございますが、その整備も進んでおりますし、また母島におきます沖港も漁港としての整備が進んでおるということでございます。また、農林水産業振興のために、施設といたしましては農業センターでございますとかあるいは営農研修施設、水産センター等が整備をされておるような状況でございます。農業については、特に今後本土に移出する農業の確立というのが望まれるかと思います。  それからもう一つ、テレビの関係について申し上げてみますと、例の放送衛星ゆり二号だったと思いますけれども、これが今回打ち上げられまして、五月のたしか半ば過ぎには、従来でございますと小笠原の方々は一週間おくれか二週間おくれでおがさわら丸に積まれてきたビデオをごらんになっていたのでございますけれども、これが通信衛星でもってNHKの総合テレビとそれから教育テレビは全部受像できる、受信できるというような状態になってきておりまして、いろんな面で、まだまだ十分とは申し上げかねますけれどもかなりの成果が見られつつあるといってよかろうかと思います。
  70. 二宮文造

    ○二宮文造君 それではお伺いしたいんですが、現計画で積み残された事業量、またその主な事業、これはどういうことでしょうか。
  71. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 復帰後、全体でたしか四百四十億ほどの事業費でもっていろんな事業を進めてまいったんですけれども、今後残された事業あるいは積み残し量がどのぐらいあるかというお話なんでございますが、主な事業だけちょっと申し上げさしていただきたいのでございますが、母島の沖港の外防波堤の整備ということで、五十九年度以降の事業費といたしまして事業費ベースで三十一億ほど残っております。また、父島の二見漁港につきましては、同じく五十九年度以降の事業費ベースで十四億残っております。それから簡易水道整備について見ますと、五十九年度以降で約六億七千万。それから高等学校を改築することになっておりまして、それが約十八億。都市公園の整備関係で、これは大神山公園を中心に整備を進めておりますが、約十億ほど残っております。今申し上げましたものを全部合わせてみますと、国費ベースで六十五億六千万ほどになります。それから恐らく次の振興計画を策定する段階で問題になろうかと思いますが、航空路の開設といったような問題があろうかと思います。
  72. 二宮文造

    ○二宮文造君 けさほども説明がありましたけれども、先ほどこれだけの事業をやってまいりましたととうとうと述べられたんですけれども、要するに目標人口は当初予定したのが五十八年度末で、けさほど御説明のとおり、短期滞在人口含めて三千人という計画でございました。それからまた、五十八年度の観光客を延べ十一万人程度、このように見込んでおられたと思うんですが、人口の方は別として、先ほど答弁がありましたから結構ですが、観光客の方は。
  73. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 観光客の推移なんでございますが、五十四年に新おがさわら丸が就航しましてぐんとふえまして、当時は一万人に満たなかったのでございますが、五十四年度から一万六千人ほどになりました。その後、私どもの調べておりますところでは大体横ばい状態でございまして、五十七年度の数字を申し上げますと、一万六千六百九十九人ということに相なっております。
  74. 二宮文造

    ○二宮文造君 五十八年度の予定、推測ですが、予定というのは十一万人を読み込んでいたということでしょう、計画では。
  75. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 振興計画で五十八年度の観光客の見込み数十一万人というのは私どもは見込んでないのでございますが、十一万人という数字が何かと思いまして調べてみたのでございますが、これは五十三年三月に東京都の小笠原問題研究会が、五十八年度には十一万人ぐらいの観光客を期待をしたいという期待数値だというふうに私どもは調べてみましたんですが、そういうことがわかったわけでございます。したがいまして、私どもは十一万という数字を申し上げたことはないわけでございます。
  76. 二宮文造

    ○二宮文造君 何か研究会の方に話が行ってしまいましたが、そちらが十一万人程度期待するその条件というのは、特に違っている条件はどういうこととつかんでいらっしゃいますか。十一万人が一万六千人程度ですから、何か大きなそこに誤差がなければこれだけの狂いは、期待は期待ですけれども、実績と期待との間にこんなに大きな狂いはないはずですから。
  77. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) いろいろ原因があろうかと思うのでございますが、一つは、やはり新おがさわら丸が就航しまして、従来よりも本土から小笠原までの所要時間がかなり短縮された。現在は二十九時間ほどで参るのでございますが、そういうことでよくなりましたけれども、それでもまだ一昼夜以上かかるというようなこともございますし、それから観光入り込み客数の低迷というのは、一小笠原のみならず、日本各地の観光地の観光客数が横ばいもしくは漸減傾向にあるというような状態、そういう状態も一方にあるわけなんでございますが、したがってもう少しやはり交通体系整備をしなければなかなかふえないんじゃないか。  それからもう一つは、やはり受け入れる側のいろんな観光施設の問題も実はあろうかと思うのでございます。せっかく長い時間をかけて皆さんいらっしゃるわけですから、やはりどういいますか長期滞在型の、あるいは中期滞在型の観光客の受け入れといったような施設を考えていかなきゃならないんじゃなかろうか。そういった意味で恵まれた観光資源はあるわけでございますけれども、なお施設整備その他の点で今後も推進をしていかなきゃならぬ面がございますものですから、そういった意味で今申されました十一万人という期待数値に達してないんじゃなかろうかというふうに思います。
  78. 二宮文造

    ○二宮文造君 どうも御説明いただいても、とにかく全然けた違いでしょう。そこには何か研究会の方ではじいたときのデータと、それが達成できなかったのでこういうふうに横ばいになっているというのと、何かそこらに明快な御説明がないでしょうか。
  79. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 十一万という数字は私どもの数字でないものですから、ちょっと正確に申し上げられなくて恐縮なんですけれども、この十一万の中には、実は臨時に観光船をしばしば出しまして、それで観光客を小笠原に誘致するというようなそういった計画も入った数字だったようでございます。
  80. 二宮文造

    ○二宮文造君 定住人口の計画も大きく計画から狂っている、また観光客の数値にしても期待数値と大きく狂っている。これがやっぱり小笠原現状だろうと思うんです。要するに、開発振興計画がまだまだ実を結ぶところにまでいっていないということを如実に物語ったのがこの数字だろうと思うんです。  そこで、ちょっと中身に入ってみたいんですが、島民の皆さん生活の安定とか島の自立ですね、そういう面で計画の方で当初予定をした目標数値にはるかに離れているということを今一、二の例で申し上げたわけですが、問題は、今後振興計画の着実な実施が大事なことになってまいりまして、その中で集落地域の拡大とか航空路の早期の開発とか、基幹産業である農漁業の振興と、こういうようなのが大きなテーマに今後なってくるんじゃないか。そういうことでお伺いしていきたいんですが、官庁用語でよくわからぬのですが、まず集落地域というのは何ですか、一島一集落とかですね。
  81. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) これは、実は現在の振興計画で「土地利用計画」というのがございますけれども、その中で「集落地域」という言葉を使っております。今、集落地域の拡大にもちょっとお触れになりましたので申し上げてみますと、「扇浦、洲崎及びその周辺地区については、調査検討のうえ、新たに集落地域に編入するものとする。」ということでございます。いずれにいたしましても、四十三年に施政権日本復帰いたしますまでは、小笠原——父島、母島にはわずか二百人ほどの方しか住んでおられなくて、それでいわゆるコミュニティーを形成するについては、水道からし尿処理施設からあるいは道路から皆整備していかなければいけないという状態があったわけでございます。そういう中で、確かに今お話しのように、一島一集落という原則で復興、振興事業を進めようということであったのは事実であります。父島について申しますと、それが大村、奥村地区でございます。あちこちに集落といいますかコミュニティーといいますか、地域社会といいますか、そういうものを分散してつくりますと、そういういろんな公共施設整備するにつきまして効率的でないということで、実は一島一集落ということで整備を進めてきた経緯があるわけでございます。
  82. 二宮文造

    ○二宮文造君 それを、午前中の御説明だったかと思いますが、多少拡大しようと——何か農業をやっていらっしゃる方が泊まり込みで農地へ出ていくというようなことで、多少拡大しようという計画を今後持っていらっしゃるわけですね。
  83. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) そうです。  第二集落問題につきましては……
  84. 二宮文造

    ○二宮文造君 父島ですね。
  85. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 父島でございます。父島の今申し上げました扇浦、洲崎地区につきまして、第二集落として整備をしてもらいたいという強い要望が現地にございます。現在扇浦、洲崎地区に十三世帯二十八人の方が住んでおられまして、今お話ございましたような通勤農業をされておるような方もあり、かつ大村、奥村地区の土地が非常に狭隘になってまいりましたものですから、第二集落問題というのを次の振興期間中には居住意向等をいろいろ調査しました上で考えてまいらなきゃならないと思っておるわけであります。
  86. 二宮文造

    ○二宮文造君 次に、航空路の問題でちょっと考え方をお伺いしたいんですが、やはり今、先ほども説明のあったように、大型観光船が就航したといえども、片道に二十九時間を要すると、これは大きな隘路ですよね。それからまた、島民の皆さんも大体年に何回か本土の方に、内地の方に渡ってくる、こういうことで、小笠原——父島周辺ですが——のことを考えてみますと、どうしても航空路の開設ということは非常に重要な課題になってくるだろう、こう思うんですが、この辺取りまとめて、どういうお考えのもとに今後いかれるのか、お伺いしたい。
  87. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 航空路の開設についても地元で非常に強い要請があるわけでございます。実は、まず四十四年ごろからいろんな時点でこの空港に関する調査も行われてきておるわけなんでございますが、それで例えば児島でございますとか父島でございますと、かつて海軍の飛行場のございました洲崎地区とか、いろんなところを調査した例はあるのでございます。ただ総合的に見ましてどこが一番よろしいかというようなことについて、まだ結論が出ているわけではございません。  かてて加えまして、私ども思いますのは、一つは、先ほどもちょっと触れましたけれども、観光の問題を取り上げてみましても、例えば十万人を超すようなそういう観光客が来るということになれば、それはいわゆる航空需要という面からも航空路の開設が可能になると思うのでございますが、そのためには、さっきから申し上げましたようないろんなそういう観光客を受け入れるための体制をつくる必要がございますし、また農水産物にいたしましたところで、これを運賃を負担しながらも内地に送りましてペイするようなそういった農水産物を確保するといったような意味で、とにかく航空需要予測といったようなものを十分にやりませんと、せっかく空路をつくりましてもなかなかうまくいかないんじゃないだろうか、こういうふうに思っておりまして、私どもといたしましては、五十九年度以降空路、飛行場開設の可能性につきまして、特にただいま申し上げましたようなソフト面の調査を重点にやってまいろうと、こういうふうに思っておるわけであります。
  88. 二宮文造

    ○二宮文造君 卵が先か鶏が先かの議論じゃなくて、これ大臣にちょっとお伺いしたいんですが、こんな新聞記事を私見ましたので、ちょっと御見解を伺ってみたいと思うんです。  ジェット飛行艇ですね、これを使う新海洋交通システム、こういうようなものに取り組んでおりますところの財団法人機械システム振興協会、この協会で小笠原への飛行艇の導入について研究したと。今おっしゃったように、小笠原はやっぱり飛行機との関連が今後も非常に強くなってくる。島民の皆さんも五人に四人までが年に一回本土の方に来ていると。観光の問題もありましょうし、今ソフトの面と、こういうお話でしたけれども、この機械システム振興協会で飛行艇の導入について研究したところによりますと、東京−父島間を二時間で結ぶ、そして二見港に着水した飛行艇が水中で車輪を出して陸上に揚がって、旧日本軍の軍用飛行場跡にターミナルビルを一つつくればこれで運航は可能になると。しかも、その航空運賃は船の一等運賃ぐらいでカバーでさるんじゃないか、こういう試算を出しているわけです。したがいまして、鈴木知事もこの構想には非常に乗り気だというふうに当時の新聞に出ておりました。  したがって、そういう計画はあるわけですが、確かにホテルの問題だとかハードな面でのいろいろな対応策は必要ですけれども計画ができる、計画が具体化していく、それには相当のやっぱり期日がありましょうし、勧めに計画があり、それに周辺の状況条件がついてきて、それで問題の成立ということになるだろうと思うんですが、こういう考え方は、大臣、どうでしょうか。
  89. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 今、新聞の問題について具体的にお聞きしたんですが、これは直接会って聞いたこともないんですけれども、都知事は大変飛行艇については乗り気であったと、一時ですね、きょう現在はどうか知りませんが。飛行艇ですと自然的な破壊をもたらすというわけでもありませんし、また飛行場建設というそういう膨大な金もかからないことですし、そうかといって、それはいいでしょうけれども、特殊なケースの飛行艇ですることになりますと開発をしなきゃならぬでしょうから、そんな意味で相当の金が必要ではないのかなというふうに考えるわけです。  ただし、戦前は常時七千七百人定任されておったわけでありますから、ここで基盤整備その他そういったことができ上がっていくならば、今三千人を目標として振興計画を進めておるというわけでありますが、私はこれは決して空想的なものではない。そういう意味から、やはり交通体系が極めて大事なことですから、ここで御指摘の飛行艇等々の問題については、これは私はみんなと一緒になって考えてみる必要があるのではないか。二十九時間ということになりますと、これなかなか大変なことですからね。ただし、水産基地とか、あるいはこういったことを考えても大変重要な諸島ではないかと、こういうふうに私は受けとめておりますので、初めてお聞きしたわけでありますが、今後鈴木さんにも督励をしてみて、行ったことがあるらしいですから、どうだ、やってみんか、こっちの方もできるだけ協力するぞと。これを機会に、どちらが促進をするというわけじゃありませんから、私の方からむしろ促進をしてみたいと、こういうふうに思っています。
  90. 二宮文造

    ○二宮文造君 新しく整備計画というものが東京都で組まれるわけですが、その場合に、そういう夢のようなことですが、ぜひ頭だけでも出して、そして本気で取り組んでいくという道だけはつくるようにひとつ国土庁の方からも口添えをお願いしたいわけですが、大臣、今鈴木さんにも言ってみるというようなお話でしたので、そのように理解しておきます。  次に、農業ですが、これもまた農業人口も少ないし、あるいはまた漁業の人口も少ない。何しろ定住人口が少ないわけですから一朝一夕というわけにはいきませんけれども地域の問題としまして例のアフリカマイマイ、これが大変に繁殖しているようでございますが、この駆除対策、その成果。先ほどミカンコミバエですか、これは来年度というのは五十九年度のことでしょうね、絶滅を期しているという説明がありましたので、このアフリカマイマイの方はどういう見通してございましょうか。
  91. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) アフリカマイマイも非常にたくさん小笠原——父島、母島におりまして、果実でございますとか野菜、花卉類に大変な被害を及ぼしているという状況があるわけでございます。それで、従来から薬剤散布による防除に努めてきておりまして、いろんな試行錯誤を繰り返しながら対策をやっているのでございますが、五十六年度以降は、アフリカマイマイの活動期、これは四月から十二月なんでございますけれども、月二回薬剤を農協を通じまして散布するというようなことで実はやっております。やっておりますが、ミカンコミバエのように絶滅をするための決め手に実は欠いておるような状況でございまして、このアフリカマイマイの絶滅策についてはやはり今後の課題であるというふうに率直に言って思っております。
  92. 二宮文造

    ○二宮文造君 今御説明が抜けましたけれども、これは大変な害虫なんですね。農作物を食い荒らすだけじゃなくて、何か傷口から、知らずにつかんだりしますと髄膜脳炎を起こすという大変な害虫ですよね。今後の課題でなく、私は対策と成果を伺ったわけです。対策と今までの成果、これはどうなっていますか。何か四月に二回ぐらいやるとかなんとかということだけで、その成果は総量が減ったとか、あるいは……。どうですか。
  93. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 薬剤防除費を国費でもってどれくらい使ったかというような数字は実は持っておりまして、五十七年でございますと八百十万円ほどでございます。また、五十九年度では八百三十万円ほどお願いしているのでございますが、そして薬剤を散布いたします農地が約六十五ヘクタールぐらいあるというようなことなんでございますけれども、私どもも何度も現地に行っておりますけれども、本当にもうあっちこっちにたくさんおりまして、防除した区域についてはある程度効果も上がっていると思いますけれども、これを絶滅するというところまではとてもいってないと、率直に申し上げましてそういう状態なものですから、もっと効果的なやはり駆除の方法というものから研究してかかる必要があるんじゃないかというふうに思っているわけでございます。
  94. 二宮文造

    ○二宮文造君 その研究はどこでやっているんですか。
  95. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 研究はやはり、父島に実は農業関係の都のセンターがございます。そこに委託をいたしまして研究を進めてもらっていますが、より一層今後それを進めていく必要があろうかと思います。ちなみに、研究費が五十九年度で国費ベースで二百二十五万ほどお願いをしておるという状況であります。
  96. 二宮文造

    ○二宮文造君 いずれにしても、これはやっぱり観光客が被害に遭うという例もあるようでございますから、ごそっと持って帰って本土へ持ち込むという心配すらもあるんだそうです。したがって、これは薬剤散布の予算が足りなければもっとふやせばいいし、これはもう生活にかかわる問題、生命にかかわる問題ですから、薬剤の散布量をふやせばもっとできるというのであればふやすべきだし、またもっと効果的なものを早急にやはり検討して見出していただくよう取り組んでいただきたい。  それから今度は産業の問題ですけれども、水産業です。これが沖港の外防波堤、五十七年度から実施されているようですが、これは先ほど幾らでしたか、まだあと仕事の残りが三十何億事業量として残っていると、こうおっしゃっていましたが、これは完成の見通しはいつですか。
  97. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 現在のペースでまいりますと、六十七年度ということになろうかと思います。
  98. 二宮文造

    ○二宮文造君 やっぱりこれも何か少しずつ突き出しているような、ことし五十九年ですから、六十七年度ですから、もうそのころになりゃまた先にやったやつを直さにゃならぬかもわかりません。もう少しスピードを上げるべきではないでしょうか、わずかな金額ですから。特に、御承知のように随分整備がおくれている状況ですから取り返していくということが必要だろうと思いますし、大臣もせっかくひとつこれは頭の中に入れておいていただきたい、こうお願いしたいんですが、いかがでしょう。
  99. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 今度あそこの村が五周年ですか、迎えることなんですね。そういう意味で、沖縄等々の補助率の問題ですが、案外気楽なんですよ。気楽というとおかしいですけれども、これをやろう、あれをやろうということで、案外こちらの方が積極的な発言はできるわけです。それじゃ小笠原においては積極的な発言はできないのかと。これはできないわけではございませんですけれども、やっぱり地方自治体の負担等との兼ね合いもあるわけです。そういったことを頭越しに、なに、そんなことはと、こういうこともできませんので、よく東京都等との話を詰めて、また地元皆さん方とも話を詰めて、どういったものを重点の施策の中に入れていくかと、こういうことで、もちろん今の問題も大変大切な問題でございますから積極的に進めてまいりたい、こういうように思っています。
  100. 二宮文造

    ○二宮文造君 それから海上保安庁の方に伺います。  これはもう随時、新聞をにぎわし、大変な問題なんですが、五十四年ごろから外国の漁船が小笠原周辺海域で領海をしばしば侵犯する、そしてサンゴの違法な操業を行いまして、年々その船団が本格化しているというふうなことがたびたび報道されます。その取り締まりの状況、それから現在の傾向、概略を御説明願いたい。
  101. 吉田孝雄

    説明員吉田孝雄君) お話のように、台湾サンゴ漁船が当初沖縄に五十二年から五十四年ごろ小規模に操業しておったわけでございますけれども、五十四年の十月ごろになりまして小笠原周辺に進出を開始したわけです。海上保安庁では、これらの船に対しては、まず航空機を飛ばしまして状況を把握して、巡視船を常時一隻必ず配備して監視取り締まりをしておりましたところ、現在までに領海侵犯操業で三十二隻を外国人漁業の規制に関する法律違反ということで検挙しております。特に、昨年の当初ですね、正確に言いますと五十七年末から五十八年の一月にかけて、常時五十隻から八十隻の船団を組みまして違法操業をしておるという実態が出現したため、海上保安庁では、先ほど申しました常時一隻体制に加えましてさらに巡視船を増派し、常時五隻、多いところでは時には七隻という体制をとりまして、大規模な集中取り締まりを実施いたしました。その結果、特に悪質なもの九隻を検挙し、四隻から誓約書を徴収、そのほか軽微なもの延べ五百九十二隻を警告退去と、こういうような状況で取り締まりを実施した結果、現在のところ、時々偵察に見える程度で沖縄周辺での操業はほとんど見かけられなくなっております。
  102. 二宮文造

    ○二宮文造君 御苦労さまでした。ただ、これはサンゴだけじゃなくて底魚というんですか、これのいい漁場だと。そこまで荒らしてしまうということで、その周辺の漁民の皆さんが泣くような思いでたびたび陳情されております。今後もしっかりやっていただきたいんですが、ただ聞いたところによりますと、巡視船の足が短くて航続距離が二十キロしかないということで小型で威圧力がない、やるならもっとしっかりやってもらいたいという声がまだ残っております。この点どうでしょうか。
  103. 吉田孝雄

    説明員吉田孝雄君) 今先生のおっしゃった二十キロというのは、恐らく今年度予算で原案に盛り込まれております小型艇のことだと思いますけれども、よろしいですか。——その二十キロといいますのは、正確にはちょっと航続距離を持っておりませんけれども、高速警備救難艇と申しまして、いわゆるモーターボートのしっかりしたものというような感じの船でございますけれども、今年度予算で小笠原保安署というのが政府原案に盛り込んでいただいております。この署に常時高速警備救難艇を一隻配備するということにさせていただいておるわけでございますけれども、これは取り締まりの一部を担うものでございまして、先ほど申し上げましたとおり、主力はやはり大型巡視船でもって船団を追い詰めるという作業が必要でございますので、通常何事がないときでも常時一隻あるいは航空機において哨戒を行いまして、必要に応じてそれを補助的に出動させるというようなことに使いたいと思っております。したがいまして、先ほど来申し上げましたとおり、第三管区全力を挙げて必要に応じて航空機、船艇を配備いたしますので、それと一体になってやるということで御理解いただきたいと思います。
  104. 二宮文造

    ○二宮文造君 しっかり頑張っていただきたいと思うんです。  それからあと、硫黄島のことについてお伺いしたいんです。  私は、非常にくどいようでございますけれども、硫黄島の旧島民の皆さんの帰島あるいは硫黄島の復興、これについてずっと今までに思い出しただけでも六回ぐらい、あるいは質問主意書だとか、あるいはこの建設委員会で、あるいは代表質問でということで歴代の長官に陳情これ努めてきているんですが、さっぱり成果がないわけです。  それで、当初こういうお話だったんです。ちょっと記録を調べてみますと、四十五年から四十九年までの復興計画ですね。これは当初計画です。これは四十五年七月三十一日に大臣決定、同じく閣議了解と、これには「硫黄島については、不発弾の処理および遺骨収集の状況との関連において復興の方途を検討する。」と、これは当初です。それから今度は復興計画、いわゆる四十九年から五十四年の三月までの十カ年計画では、これは四十九年の六月十八日に大臣決定しておりますが、「硫黄島については、不発弾処理及び火山活動についての安全性の確認を前提とし、遺骨の処理状況を考慮しつつ、開発の可能性検討する。」と、ここで火生活動というのが加わりました。それから今度は五十四年から五十九年三月までのいわゆる振興計画、これは五十四年の六月十三日に決定をして閣議に報告されておりますが、「硫黄島については、総合的な調査等のうえ、帰島及び開発の可能性検討するものとし、北硫黄島」云々と、こういうようなものになっております。  したがって私ども理解は、要するに旧島民の方が早く硫黄島に復帰したい、しかしそれについては不発弾あるいは遺骨の収集がまだ十分でない、火山活動も心配だということで今日までじんぜんと日にちが延びているわけですが、けさほど私はこの委員会の質疑を聞いていてびっくりしたんですが、お聞きのとおりです。戦死された方が二万人を超える。そして遺骨の収集が五千六百余体という報告です。それから不発弾についてはこれまでに三十六トン処理しました。そして幾らあると推定されるのですかと聞かれたら、幾らあるかわかりません。こういう答弁が返ってきた。  これだけの閣議で決定もし、あるいは旧島民の皆さんも総合調査の結果一日も早くとかたずをのんで持っているのに、前提になっている不発弾の処理とか遺骨の収集状況というのがまことに遅々として進まない。新聞に出てくるのは、例えば航空自衛隊の訓練基地であるとか米軍の上陸演習であるとか、あるいは防衛大学の学生の研修であるとかということばかりは出てまいりますが、一向に肝心かなめの地上の問題は全然処理されないのですが、不発弾というのは幾らあるかわからないんですか。
  105. 江間清二

    説明員(江間清二君) 御説明申し上げます。  午前中の御審議において、先ほど委員指摘のように私御説明を申し上げましたが、これ防衛庁として把握し、責任を持って御説明できるような意味での数量というのは私どもは把握しておりませんという意味で申し上げたわけですけれども、ただ私どもで承知しておりますのは、五十五年度に国土庁が硫黄島総合調査の一環として調査された結果では、二百トンから六百トンと推定しているという数値があるのは承っております。
  106. 二宮文造

    ○二宮文造君 国土庁の方でこの振興計画を進めていく、硫黄島の問題ですよ、小笠原全体じゃありません。問題を硫黄島にもう絞ります。取り組む姿勢というのはどういうところなんですか。不発弾の処理それから遺骨の収集、前提条件になっているわけですから、旧島民の方が帰るにしても、これが進まなければというのがもう今まで大上段、大前提に掲げられてきたわけです。それが遅々として進んでいない。どういう計画をお持ちなんでしょう。
  107. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 私どもといたしましては、五十五年から三年度かけまして硫黄島についての帰島、開発可能性検討を進めているところでございます。これは、先ほど御指摘になりました五十四年六月にできました振興計画にもそのようになっておるわけでございます。現在、小笠原諸島の振興審議会、その下部組織としての硫黄島小委員会におきましていろいろ御審議をいただいておるわけなんでございますけれども、できるだけ早い機会に結論を出していただくべく私どもも努力をいたしております。  それで、調査は二つの面に分かれると思います。一つは、先ほどお話もございましたけれども、当初の復興計画のときには書いてなかったんですけれども、いわゆる火山活動が非常に活発だということであります。私どもが調査をしていただいた過程でも、例えば年平均三十センチ近く隆起をしておるとか、あるいは水蒸気の爆発が絶えずあるとか、いろんな状況がありますものですから、いわゆる火山活動の面における安全性の調査というものが一つでございます。それからもう一つは、帰島を希望される方がお帰りになった場合に、健康にしてかつ文化的ないわば最低の生活ができるようなコミュニティー、地域社会というものができるかどうかという意味検討があるかと思います。その両面につきまして現在小委員会においていろいろ御検討をいただいているという状況でございます。仮に帰島可能性ありというような結論が出た場合におきましては、これはやはり遺骨の問題それから不発弾の処理の問題、開発を進めていく上において障害になることでございますので、その点についてはその段階でいろいろ処置を考えなければならない問題であろうと思っております。
  108. 二宮文造

    ○二宮文造君 その説明は、私が今までにたびたび質問したそのときの答弁とがらっと順番が変わっているわけです。火山活動というのは、今、先ほど私わざわざ読んだ計画書の中のやはり言葉でも、火山活動は後から加わった。旧島民の方が島に帰りたいという、こういう希望を持たれて再三請願もし、陳情もされ、そのときに問題に出てきたのは不発弾の処理と、それから遺骨の収集がまだ終わっておりません、これ鋭意急いで——特にその遺骨の収集というのは、やっぱり家族の方にとってみれば人道上の問題でもございましょうし、そういうものも含めて、それが先なんだと、こう説明をされておりながら、今やそれは全く遠のいてしまって、説明の前段に出てくるのは今度は順序が逆になって、今仰せになったように一つは火山隆起だと、火山活動だと、もう一つはコミュニティーが形成できるかどうかということを前面に出されてきている。それをおっしゃいますとこういう新聞の報道になるわけです。  ことしの一月の二十四日に「旧硫黄島民帰島ノー」、大きな活字のあれが出ていますよ。たびたび先ほどから説明になっておられます小委員会の結論が二月中にでも総会を開いて結論を出すと、それは小委員会としては帰島、定住は不可能という意見が大勢を占めていて、いまおっしゃったような火山隆起が激しいとかいうようなことで、もう帰島できないんだというのが小委員会の結論だとここですっぱ抜かれております。これはしかしこの方向は、国土庁の方もややこの方向に進んでいるんじゃありませんか。でなければ、この新聞記事は出るわけがない。お手元にもあると思いますから、この新聞記事をひとつ説明していただきたい。この背景、なぜこういうものが出たか。
  109. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) ちょっとその前にあれでございますけれども、遺骨収集の問題につきましてはちょっと私舌足らずでございまして、これは今の帰島、開発可能性とは別に、あそこで亡くなられました二万人に及ぶ方々の霊を慰める意味でも、一日も早くやはり収集をすべきものであるというふうに国土庁としても考えておるわけでございまして、そういう意味で遺骨の処理の問題というのはできるだけ早くやっていただきたいということを関係の省庁にも申し上げておるようなことでございますので、その点は御了解いただきたいと思います。  それから一月二十四日の新聞については、私どもはこれは関知をいたしておりませんので、その点はひとつ御了解をいただきたいと思います。
  110. 二宮文造

    ○二宮文造君 いや、まあ言いたいことはたくさんあるんですが、関知をしてないというのは、こういうことはないとおっしゃるんですか。やがてこれがこのままの方向に出てくる可能性があるんじゃないですか。
  111. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 私どもといたしましては、硫黄島の帰島及び開発可能性につきまして小笠原諸島振興審議会の御意見を、そしてその下部組織として御審議をいただいております硫黄島問題小委員会の御意見をお伺いをしておる段階でございまして、その結論がどういう方向になるかということにつきましては、私どもとして予測が現在の時点でできるものではないということを申し上げているわけでございます。
  112. 二宮文造

    ○二宮文造君 そんな奥歯に物の挟まったような物の言い方をなさらずに、審議会がどういうふうに運営されるのか、小委員会がどういうふうに運営されていこうとしているのか、これは十分御存じでしょう、役所の中では。私だって審議会の運営の仕方は知っていますよ。結局結論があって、そっちの方向にずっと引っ張られていくのが審議会や小委員会の運営じゃありませんか。データをお出しになるのは皆さん方の方がお出しになるんじゃないですか、これが審議会の運営でしょう。米価審議会にしたってそうじゃありませんか。どの審議会にしても、役所がノータッチで、皆さん方がノータッチで審議会が運営されるわけがない。例えば、ここでスクープされたものだとしましょう。しかし、これは私は必ずこういう背景に結論が持っていかれるようになると、こういう心配をしているわけです。局長はならないということをおっしゃいますか。審議会の運営を御存じだったら、もうこの辺ではっきりされたらどうですか。
  113. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 再々同じことを申し上げるので恐縮なんでございますけれども、私どもといたしましては小委員会においての御結論をお待ち申し上げているところでございまして、その結論がどういうふうになるかということを今私の口から申し上げるわけには——申し上げる準備もございませんし、委員会にお任せをしておるということでございます。  ただ、一言だけ申し上げさしていただきますならば、新聞報道にございますような厳しい見方というものがあるということも私ども承知をしておるような次第でございます。いずれにしましても、まだ結論が出た問題ではないということでございます。
  114. 二宮文造

    ○二宮文造君 島民の方は非常に困るんです。今までずうっとそういうことで一縷の希望をつなぎながら今日まで来て、もう既に新聞は先行しました。しかも、これはあり得べからざることではありません、恐らくこういう方向に意見がまとめられていると思う。私は報告書はできていると思うんです。答申の時間を稼いでいるだけであって原案はできていると思いますが、さて、そういう結論になったらどういう作業をされますか、仮説で結構です。この新聞記事のような結論になったら、旧島民の皆さん立場をどういうふうにするか。これはもう国土庁としてもちゃんとある程度案をつくっておかなきゃならないのですが、どうでしょう。
  115. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 結論を小委員会でお出しいただきました上で小笠原諸島振興審議会にかけられると思います。その後に審議会としての結論を出していただくことになろうかと思うのでございます。それで、必要があれば審議会から内閣総理大臣に対して意見具申が行われるという運びになろうかと思うのでございます。結論のいかんにかかわりませず、私どもといたしましては、その意見具申を尊重して今後の問題に対処をしていかなければならないというふうに思っております。
  116. 二宮文造

    ○二宮文造君 それで、本年度で総合調査は完了するはずだと思うのです。内々いろいろ伺っておるところによりますと、五十八年度は補完調査だけだったと思うのです。ですから、調査の予算もずっと減っておりますが、恐らく五十八年度の補完調査というのは、結局五十八年度末までに帰島及び開発の可能性につき判断ができるように努めると、こういうふうな総合調査の結論を五十八年度中につけるのが当初の予定だったと思うのですが、その内容をちょっとお伺いしたい。
  117. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) ただいまお話ございましたように、五十五年度から三年度間で帰島及び開発可能性についての調査を実施してきまして、その小委員会の御意見も承りながら、最終的判断をするのにこうこうこういう点についてはもう少し調査をしてもらいたいというようなお話もございまして、それで五十八年度は補完調査を実施しておるということでございます。  その内容は、例えば飲料水あるいは農業用水の確保の問題でございますとか、あるいは港湾の建設可能性についての問題でございますとかであるのですけれども、いずれにいたしましても補完調査もそろそろ終わりますので、先ほどからできるだけ早い時期に結論を出していただくようにしたいと申しておりますが、私どもとしましては、できれば新しい振興計画を策定するまでには結論をお出しいただければありがたいなと、こう思っております。
  118. 二宮文造

    ○二宮文造君 もうほとんどでき上ってしまっていると私は思います。そうでなければこの新聞のスクープはないように思います。もう全部舞台はでき上がってしまって、その結論が帰島はノーだという方向に進んでいるのだと私は内心非常に心配しておるわけです。  もっと細かく伺いますけれども、例えば五十五年度に硫黄島の不発弾等の実態調査、これは委託先が日本物理探鉱と聞いておりますが、そこではどういう実態の調査報告が出ましたか。総量についてはわからないと。一説によると、二百トンから六百トンという非常に幅の広い数値がひとり歩きしておりますけれども、五十五年度に実態調査された結果どういう報告が出ましたか。
  119. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 総合調査の一環といたしまして、五十五年度に国土庁として調査をいたしました不発弾処理の状況につきましては、硫黄島全島の推計量が約二百ないし六百トンということでございます。
  120. 二宮文造

    ○二宮文造君 ところが、けさほどの防衛庁関係の方の説明によりますと、実施部隊である自衛隊としては、発見された分の処理を私どもはやっているのであってと、総合調査総合調査と言いながら、また委託先が物理探鉱というところに委託しながら、いまだに二百トンから六百トンという大きな誤差があるのは一体どういうわけですか。今もう探査能力なんというのははるかに進歩していると思うのです。区画を決めてやっていけばこの問題は片づくのじゃないでしょうか。
  121. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 二百トンから六百トンという差がございますのは、六百トンの場合は五インチ艦砲弾一発発見された場合、他の砲弾の残存重量比率から求めたというものでございます。それから二百トンという数値は、全砲弾数を基準としてそれに残存率を推計して掛けたというものでございます。いずれにいたしましても、そのときは磁気探査の方法をとっておりまして、一万七千九百五十平方メーターのところについて磁気探査をし、そして反応のあったところについて実際掘ってみまして不発弾が幾つか出てまいりまして、それをもとにしてただいま申し上げたようなことで推計されたというふうに聞いております。
  122. 二宮文造

    ○二宮文造君 ですから、それを現実に処理する努力はされていないんですね、今のところずっと。発見された分だけ処理した。また、遺骨についても、精力的に遺骨を収集しようという態勢ではなくて——遺骨は少し次元が違いますからあれしますが、不発弾の処理については見つかったら処理する、排除の努力を積極的にはしていない、今後もする予定はない、こういうことですか。
  123. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 現状はおっしゃるとおりでございます。  今後につきましては、小笠原諸島振興審議会の結論によりまして今後の方針というものを立ててまいらなきゃならないと思います。
  124. 二宮文造

    ○二宮文造君 総合調査は大体終わった、もう調査の段階で残っているものはない、こう理解しますが、どうでしょう。結論はもう審議会から答申をしていただくだけだという状況になっていると思いますが、どうでしょうか。
  125. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 先ほど来申し上げておりますように、五十八年度で実施をいたしております補完調査もおおむね完了の時期に来ておることは間違いございません。したがいまして、先ほどもちょっと申し上げましたように、審議会におきまして新しい振興計画策定時期ぐらいまでには何とか御結論を出していただくようにお願いをしようと思っているところであります。
  126. 二宮文造

    ○二宮文造君 大臣、お聞き及びのような状況なんです。それで、もう既に新聞がスクープしまして、非常に旧島民の方にとっては悲劇的な結論が先行してしまったわけですが、要するに旧島民の皆さんの帰島の可否、これは行政決定がなされていないにもかかわらず実質的に帰島が許されなかった。したがって、そのためにこうむった物質的な精神的な打撃、それからまた具体的にあそこには複雑な権利が入り乱れておりまして、例えば内地であれば、ちょうど終戦直後に農地解放がありまして、いわゆる不在地主というのはもう完全に小作から自作農に変わったわけですから、それは適用されておりません。ですから不在地主、これが膨大な土地をいまだ握っていますね。そして、その特別賃借権というのもまたそれに乗っている分もあれば乗ってない分もある。ですから、政府から出た金の配分が非常に複雑な、我々としては納得できないような、いわゆる旧地主が得をするような配分になった経緯もあるようです。これはまた旧島民にとっては非常に不満のあるところです。  したがって、そういうものも勘案しながら、この旧島民のお立場に立っていろいろ行政の方から収拾の手を差し伸べなきゃならぬわけですが、硫黄島の旧島民の皆さんに対する施策、これが非常に急がれるわけですが、大臣、それらを含めてひとつ答弁をいただきたいと思うんです。
  127. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) その問題と別に、一番最初の遺骨収集の問題ですが、これは審議会の結論ということとは関係のないことでありますから、やっぱり積極的に収集をしなきゃならぬ、こういうふうに思っています。  そこで、後の問題ですが、これは審議会の結論の前に新聞がスクープしたということでありますが、しかしそれは一体どうか、こう聞かれても、なかなかそれは局長は今ここで答えるというわけには私はいかぬと思います。私の感じておるのも、この審議会がありますから、余り失礼なことを申し上げると大変なことになりますから申し上げられませんが、新聞があれだけの具体的なものをスクープするわけでありますから、私はその方向に行っているのではないかな、実はそういう感じを持っているわけです。  そこで、そうなったときには、今おっしゃるやはり所有権問題あるいは借地権問題、こういった問題が相当もういろんなことで絡み合いをしていくのではないか。そのときに、こちらの本島としては、借地権者の割合それからまた所有権者の割合、こういったものが最近では、不動産化されておりませんけれども、案外明確になっておりますから、その線でどういった意見が出ておるのか私も聞いておりませんが、島民の皆さん方の納得ができるようにひとつできるだけ努力をしてまいりたいということを申し上げておきたいと思います。
  128. 二宮文造

    ○二宮文造君 大臣の今非常に勇気のある方向のお話をいただいて、私はこれからまた旧島民の皆さんとも会わにゃならぬわけです。非常に悲観的な状況の中でどうお話をするかということで今悩んでいるわけですけれども、私も無責任に、あれはガセネタだと言う勇気はありません。したがって、その後の処理の問題が今度は大きな問題になってきます。  かつて、先ほども申し上げたように、旧地主の勢力というか発言が認められて、過大なあれを——現在も防衛庁の借地がありましょう、その配分がそういう形のまま続いてきているわけです。だけれども、これは私はもう矛盾の最たるものだと思いますので、特に処理の問題についてはその点を十分に前にさかのぼって、いわゆる終戦直後の農地解放の時代にまで考えをめぐらして妥当な方向を出していただきたい、ぜひお願いしたいこう思います。これはもう答弁要りません。頭の中に置いておいていただいてそのようにしていただきたいと思います。よろしくお願いしたいと思います。  次に、もう時間がございませんので、奄美の問題ですが、けさほど同僚の委員の方から細かい問題についてまで質問がありましたのではしょらしていただきますが、奄美大島の骨格をなします国道五十八号、本茶トンネル、三太郎トンネル、新朝戸トンネル、この整備の見通し、それから各島における裏港というんだそうですね、台風の関係で表港、裏港という呼び方があるそうですが、各島における裏港の整備状況と今後の見通し、これをひとつお伺いをしたいと思います。
  129. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 本茶バイパスは、五十五年に着工しまして六十年度中には予定どおり完成の見込みであります。  それから三太郎峠のトンネルをつくるわけでございますが、これは本茶バイパスに次ぐ整備課題として取り組んでまいりましたが、五十九年度にも事業に着手をいたしたいという段階であります。  それから朝戸峠の新朝戸トンネルにつきましては、現在調査を進めておりまして、できるだけ早期に計画決定をして事業に着手をしたいという段階であります。  それから裏港でございますけれども、台風常襲地帯でございますので、いわゆる風向きによりまして通常使っている港について裏港が欲しいと、こういうことにもなるわけなんでございますけれども、喜界島、徳之島については既に裏港にも定期船の接岸が可能という状況がございます。ただ、沖永良部、与論につきましてはまだ現状では接岸ができないということでございますが、沖永良部の伊延港でございますが、これにつきましては明年度中にも接岸ができるように整備を急いでおるわけでございまして、残るのは与論の茶花港ということになろうかと思いますが、そういった状況でございます。
  130. 二宮文造

    ○二宮文造君 農水省とそれから厚生省の方、おいでいただいていました。長いことお待たせして済みません。  一問ずつお伺いしたいんですが、まず農蚕園芸局の方にお伺いしたいんですが、これはどうなるんでしょうか、大島つむぎの流通対策。これは韓国産との問題で随分トラブルがあって、私も余り専門じゃないのでよくわかりませんが、どういう流通対策をおとりになっているのか。
  131. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 大島つむぎは、何と申し上げましてもやっぱり奄美大島の一番大きな基幹産業に売り上げ等からいってなるんじゃないかと思います。そういう意味で、以前に韓国等との何というか、大島つむぎと売り出されて大変混乱期を迎えたことがあった。それで、私も韓国に参りまして、そこでこういったことはやめてもらいたいという形で、一応韓国は韓国、大島大島として表示をするというこういう形にしたわけであります。  そこで、大島つむぎの総売り上げが現在二百億ちょっとと言われておるわけですが、私は、流通の段階が適正というか、的確にいくならば恐らく六百億以上の売り上げになるのではないか、こういう考え方を持っておるわけです。そういう意味から、このたび現地の要請それから県の要請もありまして、つむぎ会館建設、今年度から着工することにいたしたわけです。そこで、皆さんに申し上げたのは、ただここによって技術開発をするとかあるいは商品開発をするとかということよりか、むしろこれを契機として流通の段階を改善する、こういうことでこの会館を契機として流通問題にひとつ手をかけてもらいたい、こういう強い要請をしてまいってきたわけです。  そうしますと必ず、流通の段階でありますから、ここでやはり備蓄をしなければならぬ、いろんな問題が出てまいりまして、資金の問題が当然起きてくるのではないか、こういうふうに私は考えておるわけでありますが、いかなる協力という、そう大けさなことを申し上げられませんが、やはり最大限の協力をするから、一遍に流通段階の改善というのは難しいだろうけれども、徐々に流通段階を会館建設と同時に、きょうは久保さんの方から実は消費会館はどうなるのかという質問が出ると思ったら出なかったんですが、そんな意味で、やはり流通段階の問題を解決してやることこそが将来の大きな大島つむぎの飛躍に通じていくのではないか。大変技術開発やいろんなことをされておられますけれども、まだまだやはり足らざるところはあると、こういうふうに私は考えておりますので、この点についてはぜひひとつ御協力をちょうだいをしなければならぬ、こういうふうに思っております。
  132. 二宮文造

    ○二宮文造君 それから厚生省の医務局の方、お見えですね。  群島の診療研修機能を強化するための中核的な医療機関の整備、これにどう取り組んでおられるのか、お伺いしておきたい。
  133. 柳沢健一郎

    説明員柳沢健一郎君) 奄美群島の中核的医療機関でございます名瀬市にございます鹿児島県立大島病院の施設整備につきましては、これは全面改築ということでもって、昭和五十五年度から五カ年計画でもって現在順調に進められておるところでございます。  県立大島病院は、従来から奄美群島唯一の総合病院といたしまして、一般医療はもとより、救急医療でありますとかあるいは僻地医療等の政策的医療にもその役割を果たしてまいってきているところでございますけれども、この整備完成に伴いまして、これらの医療体制が充実されるとともに、県立大島病院を核といたします他の医療機関との連携、これも強化されることが当然予想されますので、この病院の地域医療の確保に対する役割はさらに一層大きくなるものというふうに考えております。
  134. 二宮文造

    ○二宮文造君 それから農水省の方、これ沖縄にも関連があるんですが、ちょっと私も知識がないんで恐縮なんですが、沖縄におけるサトウキビの反当たり収量と、それから奄美の場合の反当たり収量の間には格差がありますか。
  135. 吉田茂政

    説明員吉田茂政君) 沖縄奄美には若干の単収の差がございます。沖縄の単収を見ますと、五十七年度におきましては六・九トンでございます、十アール当たり奄美につきましては五・八トンと、やはり低くなっております。
  136. 二宮文造

    ○二宮文造君 沖縄でも随分収量を上げたいというので農家の方も鋭意努力されているようですが、奄美のサトウキビというのは基幹作物ですね。この収量が沖縄に比べても格差がある、そしてそれが伸びないというのは、その原因をどう分析されているのか。あるいは反当たり収量の増加についてどう取り組んでおられるのか、この点をお伺いしたい。
  137. 吉田茂政

    説明員吉田茂政君) 奄美地域におきますサトウキビの単収は、先生の御指摘のとおり近年伸び悩んでおりますけれども、その主な原因としては次のようなものが考えられます。  第一は、七月から八月にかけまして、毎年サトウキビの生育の盛期に常習的な干ばつに見舞われるということでございます。二つ目は、黒穂病等の防除が非常に困難な病害虫が最近増加しておるということでございます。三つ目は、労働力が不足しておりまして、栽培管理が若干粗放化してまいりまして、有機質肥料の施用が不足してまいりまして、地方が低下してきたということが挙げられます。そのほか、やはり毎年のように十月になりますと秋台風に見舞われまして、これによる被害も見逃すことができないというふうに考えております。  そこで、この単収を向上させるために、農林水産省といたしましては次のような対策を講じております。  一つ目は、干ばつ対策でございますが、かんがい施設等の農業基盤整備事業を積極的に推進してまいりたいというふうに考えております。  二つ目の病害対策でございますが、特に被害の著しい黒穂病というのがございますが、この黒穂病にかかりました株の抜き取りやあるいは薬剤散布に対しまして助成をする措置を講じております。  それから三つ目でございますけれども、サトウキビの省力化を図るということで、特に労働時間の過半を占めておりますのが収穫作業でございますので、収穫機械の開発、普及に積極的に取り組んでおります。それから畜産との有機的な結合を図りまして、地方の増強に努めてまいりたいというふうに考えております。  さらに四つ目といたしまして、新品種の開発についても積極的に取り組んでおります。現在よりもより早熟で、しかも糖分含量が高く、さらに収量も多い優良品種の開発に取り組んでおりまして、また新しい品種ができましたならば、その優良種苗の供給ということにつきまして種子島に原原種農場というものを設置いたしまして、そこから健全無病な優良種苗を安定的に供給できるような体制をとっております。  このようにいたしまして、今後とも単収の向上には積極的に取り組んでまいりたい、かように考えております。
  138. 二宮文造

    ○二宮文造君 お伺いしていると、沖縄条件と全く対策が変わらぬわけですが、それでそういう対策を考えながら、当面どの程度まで反当たり収量を上げさしていこうという目標をお立てになっているんですか。ペイするのにはやっぱり十トン以上保なかったらペイできないという話なんですが。
  139. 吉田茂政

    説明員吉田茂政君) 私どもといたしましては、六十五年を目標といたします長期見通しを立てておりますけれども、その見通しの際には八・五トンというのを一つの目標に掲げまして、先ほど申し上げましたような諸般の対策を講じて何とかそれを達成してまいりたい、かように考えておるところでございます。
  140. 二宮文造

    ○二宮文造君 沖縄の場合はどうですか。
  141. 吉田茂政

    説明員吉田茂政君) 長期目標といたしましてはただいま同じような目標を掲げておりますが、したがいまして目標の水準との乖離ということでいきますと奄美の方がより高いということでございますので、さらに積極的に奄美本島について取り組まなければならないというふうに考えております。
  142. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 奄美群島及び小笠原諸島振興特別措置法の問題について質問したいんですが、二つの島の特別措置法問題というのは、問題の性格が第二次大戦の惨禍だけでなく、戦後米軍の占領下に置かれて日本から切り離されていた、それが奄美は昭和二十八年十二月に復帰小笠原の場合にはもっとおくれて昭和四十三年六月に復帰した。そういう非常に異常な事態にあった場所で、だからそこに対する復興計画振興計画、これをどうやっていくかというのは非常に大きな国民的課題の一つで、戦後処理がいまだに続いているという非常に重大な問題だと思うんです。その点では、日切れ法案だというので三月三十一日に参議院建設委員会でやっていますけれども国土庁並びに防衛庁は、日切れ法案だから何とか成立をということでなく、問題の重さにふさわしい責任ある答弁をお願いしたい、そう思います。  私は小笠原島、硫黄島問題に絞って質問したいんですが、小笠原振興対策は奄美と比べても——奄美も十分というわけにはいきませんけれども奄美の場合には当初の十年間の復興計画でほぼ戦前並みに戻ったということで、次の振興計画それからさらにその次の振興開発計画に進んでいるわけです。で、単純に計算してみると、約三十年間で三千六百四十八億円の事業が行われている。ところが小笠原の場合には、十年間の復興計画だけでは戦前にやっぱり戻らなかったと。五十四年作成の小笠原諸島の振興計画では、「五十四年度以降においても、復興事業を補完するとともにこと、だから振興計画になってもいまだに復興が残っていると。それを補わざるを得ないということを計画自体が認めざるを得ないようなおくれ方があると思うんですね。  それで私、きょうのこの審議当たりまして、小笠原の共産党の村会議員の佐々木卯之助村議に、今度ようやく電話が通じるようになったので前よりは便利になりまして、現状やそれから問題点ですね、いろいろ聞いたんです。やはり非常に大きな問題が残っているということを改めて私も痛感したので、幾つかの問題に絞ってお聞きしたいと思うんです。  四つぐらい問題があると思うんですが、全体としては、この振興計画を今度改定するときに、単なる延長ということでなく、やはり大幅な改定、拡充ですね、これが必要だということが村民の強い要望ですが、具体的にお聞きしますと、まず第一は、今も二宮議員が取り上げましたけれども、一島一集落主義ですね、これはやっぱりもう見直さざるを得ないと、ぜひ見直してほしいという問題があります。これは振興計画自体にも、当初のの復興計画には集落は当面一島に一集落ということで一島一集落主義がうたわれたのが、五十四年の振興計画では、先ほど局長から御答弁がありましたように、父島については扇浦、洲崎、ここを新しい集落にという方針が出たわけですね。それで、先ほどの答弁では十三世帯二十八人がそこに住んでいるということですが、五十四年にそういう新集落を父島についてはつくるということもうたわれて、実際に十三世帯二十八人が住んでいるわけなので、今後父島については二集落でいくと。いろんな公共事業その他についても計画をつくり、資金も投入してやるという計画を今度の計画でお立てになることだろうと思うんですが、その点についてまずお伺いしたいと思います。
  143. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 先ほども申し上げましたようなことで、現行計画でも「調査検討のうえ、新たに集落地域に編入するものとする。」ということに相なっておるわけでございまして、実はそれに基づいて東京都で調査をいたしたこともございます。調査いたしましたけれども、現行期間中にやるには、いわば第一集落の方の公共投資もまだいろいろ残っているというような事情もありまして、実現を実は見なかったわけでございますが、先ほど申し上げましたようなことで、既に人も住みついておる、かつ第一集落の方の土地も非常に狭くなってきたと。いろんな事情がございますものですから、次の計画の段階では、その他の人々の居住の意向等を把握した上で必要に応じて集落地域に編入をする方針で対処してまいろうと、こう考えております。
  144. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 母島についてはどうですか。沖村地区集落地域となっておりますけれども、今後母島についてはやっぱり一集落でいくわけですか。
  145. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 母島の沖村地区が今第一集落で整備されているわけなんでございますけれども、ここにつきましては、まだ現在お住みになっている方々、人口よりも多少これを受け入れる余裕がありますものですから、当面は沖村地区の何といいますか施設の整備という方向で対処してまいろうと思っています。
  146. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 これについては、今後とも父島、母島、よく自治体並びに住民の意見を聞いて実際にふさわしい方向でやっていただきたいと思います。  二番目の問題は、特にやっぱり農業問題というのが非常に大きな問題だと思うんですが、国土庁並びに農水省から、戦前どのくらいの農地があったのか。私のちょっと調べたのでは、戦前約千三百ヘクタール農地があったというんですね。それで、現在が六十九ヘクタールだというので、二十分の一足らずという状況のようですね。それから戦前は、東京都の資料を見ると小笠原では七五%賃貸借だったと。小作関係七五%というと約九百ヘクタールぐらい、千ヘクタール近く耕作地があったんじゃないかと思われるんですけれども、それが御承知のような状況で昭和十九年に強制疎開になると。どうもその前に軍が地主から土地を強制収用したというような話も現地で言うんですがね。それで、小笠原の場合昭和四十三年に復帰と。もうギンネムで全部覆われているという状況でしょう。それで、例の農地法の適用はそのまましないと、それで特別賃貸借が暫定措置法で設けられると。申し出を募集したんだけれども、必ずしも全員権利があっても申し出なかったようですね。そこら辺の非常に特殊な事情ですね、そこについてお答えいただきたいと思います。
  147. 海野研一

    説明員(海野研一君) 戦前の状況につきましては、私どもはっきり持っておりますのは、昭和十四年十二月の小笠原支庁の調べでは約千六十町歩という数字を持っておりますが、その後にあるいは開発がさらに行われていたというようなことがあろうかと思います。それに対しまして、小作地の面積というものでぴしゃりとしたものはございませんけれども、いわゆる特別賃借権制度がございます。特別賃借権の申し出のあった面積が約七百ヘクタールということでございます。
  148. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 それで、今後どうするつもりなんですか、この農地法については。ちょっと考えますと、とにかく戦前、今の答弁でも昭和十四年に千六十町歩あったと。戦後特別賃借権の申し出が七百ヘクタールあったと。かなりの小作農民がいたわけですね。戦争がなくて強制疎開がなければ、その人たちは戦後農地法で自分の土地になっていたわけですね。ところが強制疎開で打っちゃっていると。空白の間にめちゃめちゃになっていると、農地は。さあ帰ったと。かなりの人が帰っているわけですね。ところが農地法の適用が延期になっていると。それで、戦前のもう二十分の一近くの農地、現在でも六十九ヘクタールという数字があるんだけれども、その程度だと。普通だったらやっぱり七百ヘクタール以上の農地が農民自身のものになっているはずなんですね、戦後の農地改革の精神から言えば。それがこういう現状になっている。農水省は今後どういう計画でいるんですか。  例えば土地利用計画ですね、これちょっと局長ね、先ほど土地利用計画について、先ほどの質問で局長は六十二ヘクタールと言われたでしょう。ところが、私質問前に聞いたところでは、六百七十六ヘクタールを目標としていると、振興計画でと。どうも十倍、一けた数字が違うんですな。ちょっとそこら辺も含めて、局長がその程度の認識だと大変だと思うので改めて正確な答弁を求めます。
  149. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) まことに申しわけございませんでした。ちょっと数字をけたを違えて申し上げまして。土地利用計画で農業地域の面積は六・七六平方キロでございます。
  150. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 六百七十六ですわな。
  151. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 六百七十六ヘクタールでございます。
  152. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 農水省どうですか。
  153. 海野研一

    説明員(海野研一君) 農地法の適用の問題でございますけれども、特別賃借権のございます方が現在百五十四人、それに対しまして現に帰島されて農業をやっておられる方が七人でございます。一方で、まだ帰島していない方に帰島の希望などアンケート調査を東京都がいろいろやっておりますが、そこではまだ相当の方が帰島の希望があるということを返事をされているわけでございます。ということからいたしますと、もちろんこの農地法をいつ適用するかということは、現に帰島して耕作を営んでいらっしゃる方、そういう方々についてまさに農地法上の取り扱いをすることと、それから帰島して本当に農業をやりたいけれども何らかの事情でまだ帰島できないという方の特別賃借権を、現に耕作してなくても賃借権を保護するという、それとのバランスで考えていかなきゃいけないだろうというふうに考えております。  そういう意味で、私ども現在の約七十町歩の開発で、実は特別賃借権者の中で帰島して開発しておられる方は七百ヘクタールでございます。という状況からいたしますと、まだ現在のところは特別賃借権を特別賃借権として保護する必要性の方が高いんではないかというふうに考えております。
  154. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 特別賃借権というのは、復帰後に約二年間ということでしたでしょう。その二年間が過ぎていても、今でも帰島希望があって申し出すれば特別賃借権の保護は受けられるわけですか。
  155. 海野研一

    説明員(海野研一君) 特別賃借権の申し出がなされますとその特別賃借権はずっと続いてくるわけでございまして、したがってこの特別賃借権制度がなくなりますと、耕作してない場合、一定の地主からの申し出によって消えてしまいますけれども、申し出をした賃借権は、これは地主からの解約については許可制度によって保護されておりますので、特別賃借権はそのまま続いているということでございます。
  156. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 いや、そうじゃなくて、特別賃借権を持っている人が百五十四人という答弁があったでしょう。これは当時、実際権利のある人が必ずしも全部申し出てないわけですわな。で、今後例えば帰島希望が出てきて申し出する人についても特別賃借権は設定されるわけですか。
  157. 海野研一

    説明員(海野研一君) 特別賃借権の申し出は二年間で既に切れております。ただ、先ほど申しました約七百ヘクタールの面積は、特別賃借権として申し出があって現に特別賃借権で保護されている面積でございます。
  158. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 つまり、振興計画が立てられたときに、農業地域として目標は六百七十六ヘクタールの計画が立てられたわけですね。五年たったわけだ。五年たって十分の一なんですな、六十九ヘクタールと。これ一体どういうことかと僕は思うんですよ。  小笠原諸島の振興特別措置法では、そういう問題についてきちんと法律もできていて、例えば第十条では「農用地開発のための交換分合」と、交換分合計画もつくってやるということなども決まっていますし、本当にやる気があれば、六百七十六ヘクタールの農地について進めると、ギンネムで覆われているようなとんでもない場所を。そうすれば、今帰って農業ができるというので帰島希望者もふえるし、仕事もやっていけると思うんですね。何で五年間わずか十分の一にしか進んでいないのか。私は数字だけしか見ていないんだが、現地の希望を聞いても、政府がこの小笠原の父島、母島などについての振興開発を本気でやっておるかどうかと、そういう姿勢が問われていると思うんですね。本当に笑い話じゃないんだな。局長が計画が六十二ヘクタールだということを答弁するんですからね。私に指摘されて、一けた間違えたというような答弁では、局長、担当者がそういうことをしているんでは本気じゃないとしか思えないと思うんですね。  私はこれまでの責任追及はもちろんしたいけれども、やっぱり過去のことを言っているだけじゃしょうがないんで、今後希望に応じてこの農用地の開発計画を実際に進めると、それで農用地がちゃんと整備されていけば農地法を実際に施行するという条件も整っていくわけで、そうすれば、戦前の耕作農民の人たちがひどい目に遭って疎開はさせられたけれども、ようやく自分の土地を持って小笠原で農業に専心できるという状況をつくり得るわけで、彼らの責任でこういう状況に追われているわけじゃないわけなんだから、本当に戦争と戦後占領のおかげでこういう状況に追い込まれている旧島民、旧農民たちに本気でこの問題をやっていただきたいと、そう思うんですが、局長お願いします。
  159. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 小笠原の今後の振興を図る上におきまして、いわゆる地域産業振興が必要であるということはもちろん私ども承知しておりまして、特に農業、漁業の振興が必要だろうと、こういうふうに思っております。五十八年四月一日現在で農業に従事されている世帯数が六十三世帯、それから人口にしまして百五十人でございますが、六十二年度末の目標としては実は九十世帯三百六十人というような数字もあるわけでございまして、目標どおりになっていないことは事実でございます。ただ、従来からも、旧島民の方であれ新島民の方であれ、農業に従事をしたいと言われます方につきましては、まず土地の権利を取得していただきました上で、農地造成等についてはいろんな形で援助をしておるというような状況もあることも御理解いただきたいと思います。  今後の問題といたしまして、私どもやはり野菜、花卉といったようなものを中心に農業の振興を、あるいは花卉または果樹等を中心に振興を図らなきゃならないんじゃないだろうかと思っております。そこで、特にけさほど来申し上げておりますように、ミカンコミバエが五十九年度中にはほぼ撲滅の状態になり得ますものですから、今後はパパイアでございますとかあるいはバナナでございますとか、そういった果樹の振興あるいはアレカヤシ、ガジュマル、ベンジャミン等の花卉、こういったものの振興に力を入れていかなきゃならないと思っております。そういったことを新しい振興計画でも目標として掲げるべきであるというふうに思っております。
  160. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 ぜひやっていただきたいと思いますが、小笠原は国有地が父島、母島で六七・九%、島の七割ですね、公有地が八・三%、合わせますと、国公有地で七六・二%あるんですね。だから国有地の活用、公有地の活用というのは非常に重要になってくる。どうも国有地がこんなに多いのは、これは経過もぜひ調べてほしいんだが、地主から軍が強制収用して買い上げたという話などもあるので、そのためにこうなっているんじゃないかということもあるんだけれども、私もそこまではまだ調べがつかないんですが、ぜひ調べてほしい。  それで、この国有地の活用という点で言いますと、学校用地とか道路用地、住宅用地、集落をふやせば当然そういう問題が出てくるわけで、非常に島民の生活用地が必要になってくる。それから畑地のための国有地の払い下げ要望もまた強いんですね。で、圧倒的に国有林だというんですが、島民要求に応じた国有地の払い下げあるいは貸与、これ大蔵省所管と林野庁所管があるわけですが、この点でも小笠原の歴史に即した措置が必要だと思うんです。  特別措置法の第十三条「国有財産の譲与等」というところには、「国有財産を関係地方公共団体に対して、無償又は時価より低い価格で譲渡し、又は貸し付けることができる。」というので、とにかく地方公共団体には無償で払い下げられるという条項までこの特別措置法にはあるわけですね。恐らく経過からいって、どうも地主から軍が買い上げたというようなものもかなりあるのではないかと思われるんです。そうでなければ戦前七五%も小作だったというようなことを説明できないと思うんですけれども、そういう状況をよく考えて、この国有地の農民の要望に対する払い下げ、これも無償とはいかぬでしょうから、ここに書かれているようなやっぱり安い価格での払い下げ、それから地方公共団体に対する払い下げないしは貸与ですね、それを積極的に進めるべきだと思うんですが、林野庁の答弁をいただきたいと思います。
  161. 鳥居秀一

    説明員(鳥居秀一君) お答えをいたします。  小笠原諸島におきます国有林野自体と申しますのは、全体全域の約六四%を占めております。そこで、当方といたしましては、小笠原諸島におきます国有林野の活用につきまして、今お話もございましたように、小笠原諸島の振興特別措置法趣旨を踏まえまして、従来から国有林野の活用に関する法律というのがございまして、その法律に基づきまして積極的に行っております。五十八年の三月三十一日現在で、売り払いとか今貸付しております面積と件数は四十八ヘクタールそれから百九十四件でございまして、その他に売り払いを七ヘクタールほどやっております。それが実績でございますが、今後におきましても、そういった小笠原諸島の沿革と申しますか、そういった問題やそれから現在置かれております特殊な事情というようなものを十分配慮いたしまして、地域振興それから住民福祉の向上という見地から積極的に行ってまいりたいというふうに思っております。
  162. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 そうすると、国有林についてはどうも収益第一主義の傾向もちょっと強いという声が現地から聞こえてくるんだけれども、今の答弁の趣旨からいって、またこの振興計画趣旨からいっても、例えば農民からの要望あるいは自治体からの要望の場合、時価よりも低い価格で前向きに対処していく、そう受け取っていいですね。
  163. 鳥居秀一

    説明員(鳥居秀一君) これは、現在振興計画に決められております内容、これにつきまして特別に振興特別措置法の政令に書いてございます、別表に書いてございます施設につきましては、減額それから無償譲与、そういった問題を適切に行ってまいりたいというふうに思っております。
  164. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 三つ目の問題は、二宮議員も取り上げられた空港問題ですね。これも非常に要望が強いんですけれども、困難な問題として、例えばプロペラ機を使おうとすると代替空港がないのでちょっと無理だと、本土から千キロありますからね。そういうことが言われているんですが、代替空港として、例えば硝黄島に自衛隊の基地がありますよね、滑走路があるわけだから、万一の場合そこというようなことを考慮をしてプロペラ機を就航させるというようなことは全く困難なんでしょうか。
  165. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) プロペラ機の代替飛行場の話は私よく承知いたしておらないのでございますけれども、例えば八丈島経由とかあるいは硫黄島経由とか、そういうことで検討されたことが従来の調査であったようには記憶しておりますけれども、定かでございませんものですから明確には現在ちょっと申し上げかねるところでございます。
  166. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 ジェット機ならもちろん戻ってこられるわけだけれども、この空港問題についても、今代替空港問題で八丈島などの検討があったと言うんですけれども、やはり非常に島民の要望が強いのでぜひ前向きに検討していただきたいと思いますが、いかがでしょう。
  167. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 航空路開設につきましては、大変強い要望が地元からあることは十分に承知をいたしております。ただ、航空路開設には極めて多額の建設費を要することもございますし、基本的には、けさほど来申し上げておりますような航空の需要予測といったようなものをやって、やはりある程度の経済性といったようなことも考えなければならないと思いますので、そういった意味合いにおきまして、次の振興計画期間中には空港設置の可能性について十分検討をさせていただきたいと思っております。
  168. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 四つ目の問題は、シーレーン問題との関連です。  昭和五十六年の六月二十九日、大村防衛庁長官とワインバーガー・アメリカ国防長官との日米防衛首脳会談が行われて、毎日新聞の六月三十日付の記事によりますと、ワインバーガー長官が、東京湾から伊豆七島、小笠原諸島を経てグアム島に至る一千海里のシーレーン上空の防衛能力確立、これを要求した。その中に硫黄島、父島など三島にレーダーサイトを設置するという具体案を挙げたということがあるんですが、防衛庁、父島にレーダーサイト建設をアメリカの要望に応じてやるというようなことはまさかないでしょうな。
  169. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 昭和五十六年に行われました大村・ワインバーガー会談につきまして、御指摘のような報道があったことは私どもも承知しております。ただ、実際に行われました大村・ワインバーガー会談は、一般的なアメリカの日本に対します防衛努力の期待というものは表明されたわけでございますけれども、具体的な場所とかあるいはレーダーサイト、飛行機等のその装備品の名前を挙げた具体的な要望はなかったということでございます。私ども、現在アメリカの要請に基づきまして小笠原諸島等にレーダー基地を設けるという計画はございません。
  170. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 同じ報道で、ほかの新聞にも出たんですが、F15戦闘機百機を硫黄島に配備するという具体案を挙げたというのがあります。これは他の新聞報道で、百機じゃなくて五十機二個中隊という報道もありました。これは、ソ連の戦域核兵器バックファイアが太平洋側から日本本土へ回り込んでくる、バックファイアが来るので、P3Cを守るために、あるいはE2C早期警戒機、これを守るためにF15が要るということと関連して言われているんですが、硫黄島にF15を置くというような計画も全くないでしょうね。
  171. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 重ねて申し上げますけれども、当時の大村・ワインバーガー会談におきましてはF15という名前も出ておりません。それから私ども現在硫黄島に飛行場を持っておるわけでございますが、これはあくまでも飛行訓練を行います訓練基地として整備するという建前でございまして、そこにF15部隊を配備するという計画はございません。
  172. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 この問題はまた後でちょっと聞きますが、今硫黄島問題についてお伺いしたいんですが、先ほど小笠原の悲劇的な歴史についてちょっと述べましたが、硫黄島はその中でも特に悲劇的な島で、きょう朝からの質疑の中でも出されましたけれども、第二次大戦で二万人戦死した。不発弾の話が出ましたが、百万発の砲弾があの小さな島に撃ち込まれたという大変な脇だったわけですね。それで私も、例えば四体前の三月二十七日の当委員会でこの硫黄島問題についても質問をさせていただきました。で、二宮議員も言われた東京新聞の報道は、帰島ノーと審議会が近く結論を出すということが出て、先ほど長官は、どうやらその方向に進んでいるようだということを長官自身がお認めになるという状況になっていて、小笠原振興計画の次の計画をつくるまでにこの審議会のどうやらノーという結論が出そうだという状況になってきていることは私も非常に残念に思うんです。  そこで、一つまず聞いておきたいのは、奇妙な報道があるんですね。それは五十六年八月十八日の毎日新聞ですが、東京都がこれ帰島希望を調査しているんですね。今まで一回、二回やって、三回目の帰島希望の調査をやったと。帰島予定ありは一回目調査で三十九世帯百十七人、二回目六十五世帯百八十二人、ふえていったわけですな。三回目の調査で倍近い世帯にふえたと、そう言われていると。百四、五十世帯帰島したいという調査がどうやら出たらしいんですね。ところが東京都の話によりますと、これは補償金目当てに回答した節もあると。総理の諮問機関の硫黄島小委員会に報告したけれども、そこで一般の誤解を招きやすいので結果は外部に出さぬことになったというそういう報道があるんですね。これは新聞記事ですけれども、そういうことがあるとすると、これはまことに奇怪な事態だと思うんですが、局長御存じですか。
  173. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) そういった事実については私承知いたしておりません。
  174. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 それならこの第三回目の東京都の調査、これは東京都は発表したかったらしいけれども審議会、小委員会に相談したら出すなど言われたらしいんで、とめたようですから、三回目の調査が一体どういう結果だったか、課長、御存じだったらここで答えてくれませんか。
  175. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 五十五年二月の調査のようでございますが、回答世帯二百六十四世帯でございます。で、帰島予定ありと回答した者が百三十四世帯二百四十四人、決めていないと答えた者が五十一世帯九十六人、帰島しないと答えた方が百十五世帯二百三十五人というふうに聞いております。
  176. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 この硫黄島問題が大きな問題になり、国会でも取り上げられて、審議会ができ、小委員会ができる。それから調査にも国会も行くし、国土庁も行かれるし、小委員会も行くということで、帰島希望がやっぱりふえてきた。当然だと思うんですね。三回目は二回目と比べると二倍にもなっていると。しかし、そういう非常に熱い期待に対してノーという答えが出そうだというのは私は大変重大な問題だと思うんです。  それで防衛庁にお伺いしたいんです。  自衛隊は四十三年以来十五年間あそこで生活をしてきているわけなんだが、その間火山活動の危険があったのか、何らか事故が起きたことがあるのか、人間が住めないようなところなのか、島民が来ても火山活動、不発弾その他で、自衛隊はまあ戦争用だから頑張って住んでおるけれども、普通の人は来ちゃいかぬというふうな体験的結論を感じておられるのかどうか答弁いただきたい。
  177. 大原重信

    説明員(大原重信君) お答え申し上げます。  四十三年六月に硫黄島に海上自衛隊が配備されまして以来、数回の水蒸気爆発あるいは群発地震がございました。しかし、特に部隊の維持運用上また隊員の生活に支障が生じたということはございません。しかし、今後とも火山活動の情報等につきましては、関係機関と緊密な連携をとりまして十分に注意を払ってまいりたいと、このように思っております。
  178. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 火山活動は、確かに東京都の調査を見ましても、隆起が戦前は大体一年間に十センチだったのが最近は三十センチというので、三倍ぐらいになっていると。確かにデータは隆起活動が激しくなっているということは示していると思いますけれども、今の防衛庁の答弁にありましたように、水蒸気爆発その他隆起もあったけれども、人間が住めないというようなところではないということは出ていると思うんです。そうしますと、火山活動とか不発弾とか等々いろいろ理由を挙げているけれども、それが帰島ノーという結論に達するだけの理由はないと私は判断せざるを得ない。  それから私この前の質問でお聞きしたんですが、憲法上、憲法二十二条に基づいて居住、移転の自由があるんだから、島民が帰るという場合権利があるだろうと言ったら、そのときの答弁で、自力でお帰りになっても特別に罪に値する事情ではございませんと。罪なんという言葉がひょっと出るのはおかしいんですけれども、帰る権利はあるわけですよ、憲法上、当然帰る権利はあると。  ただ、帰った場合、では行政上どうかということになるわけですね。ところが、ことしの三月二十二日、小笠原村の議会は八人の議員全員一致で意見書を採択して、硫黄島の軍事基地化反対、帰島希望者を帰島させよという内容意見書採択をしているんです。ですから、村の方は帰ってくればできることはやろうというつもりだと。で、もし審議会でノーというのが出て、しかし憲法上の権利で、先ほどの答弁では百三十四世帯帰島希望があると。そのうち何世帯かの人が、もうノーと言われてもどうしても帰りたいと。帰ったと。で、村の方は何か措置をするだろうと思うんですね。国の方も都も、やっぱりそういう住民に対してこれはやるべき僕は義務があると。その際、しかしすぐにはできないかもしれぬけれども、自衛隊の方々はこれまで十五年住んでいるし、先ほどの答弁で、大分今度ふえまして、航空自衛隊の分遣隊もできて、百二十人プラス七十人で百九十名お住まいなわけだ。それでちゃんとため池もお持ちですし、自家発電もされておるということなので、もし島民つまり国民があそこに自力で帰られた場合、自衛隊は水の供給、電気その他災害のときは救難出動もされるわけだから、そういう島民に対して便宜供与をすべきじゃないかと思うんですが、その意思はおありですか。
  179. 大原重信

    説明員(大原重信君) お答え申し上げます。  まず、水についてでございますが、貯水池を二つただいま自衛隊では持っておりまして、三万一千トンの容量でございます。取水施設は、滑走路の一部、誘導路及び駐機場に降りました雨を引きまして、とってためております。年間の取水量といたしまして約九万トンでございます。年間の使用量は八万七千トンということでございます。このように、自衛隊が有します水道の施設は、自衛隊に供給することを前提とした規模でつくってございますので、供給能力もおのずから限度があるわけでございます。新たに居住を希望される住民の方々が居住をされました折には、水や電気の供給は、極めて臨時的、一時的な問題は別にいたしまして、困難であろうかと思います。  それから電気の問題について落としましたが、今五百キロVAを三基持ってございます。そのうち一基は補修、修理等で、常時使っておりませんので、交代交代で使っておりますので、実際に稼働さしておるものは常時二基でございます。これが一千キロVAでございまして、これも自衛隊の使用分いっぱいいっぱいという現状でございます。
  180. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 しかし、あなた方は、海上自衛隊が百二十名いて、今度はふえるようですな。そこで、今度航空自衛隊が来るでしょう。自衛隊がふえる場合には、この間まで貯水池一つだったけれども二つにふやすとか、電気、自家発電も二つにすると。国民があそこに戻ってきた場合には、水もやれない、電気もやれないと。自衛隊のためだけで一切使わせないというふうな態度をおとりになるんですか。いつまでもというんじゃないですよ。村や東京都が帰ってきた島民のために公共施設や水その他のことを考えると。しかも、大体昔は天水でやっていた場所だから、何も全部自衛隊に毎日毎日水もらいに行くわけじゃないんですよ。天水でも雨が降れば使えるんでね。そういう場合に便宜供与すると、国民の安全の一つですから。そういう配慮をする余地というのは全くないほど冷たいんですか、自衛隊は。
  181. 大原重信

    説明員(大原重信君) ちょっと私の答弁で誤解をされたかと思いますが、全く冷たいと、そういった気持ちは当然ございません。ただ、今までの事例で申し上げますと、平均年でございますと九万トンの容量を持っておりまして八万七千トンの使用ということでございますので、約三千トン余りの余裕があると、こうみなしておるわけでございますが、事例に照らしますと、四十八年度に大変な渇水期がございまして、このときには自衛隊員もシャワー、洗濯、そういったものを通常の三分の一程度に減らしましてしのいだということがございます。したがいまして、自衛隊の使う分がなくなったから島民でお帰りになった方に御遠慮いただくと、そういうわけではございませんけれども、今自衛隊が住まわしていただいておりますので、現状では自衛隊が使うのにいっぱいいっぱいのところであると、こういうお答えをさしていただきたいと思います。
  182. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 ここに自衛隊の専門新聞の「朝雲」の一月十九日号があります。これはトップで、硫黄島支援の航空自衛隊が一月から硫黄島に編成されると、ことしの秋から飛行訓練が始まるというので大きな記事が載っている。冒頭こう書いてあります。「同島は入間基地から南へ千二百三十キロ離れ、往復にかなりの燃料を消費するが、島内に一般の居住者がいないため、本土のように騒音問題が起きない利点がある。」と、こういう記事で書き出していますね。つまり自衛隊は島民がいない方がいいんですよ。だから、まあ答弁を今訂正されたけれども、なるべく来てもらいたくないと、水もやらぬ、電気もやらぬと言えば来ないであろうという希望的答弁をされるような空気が自衛隊の中にあるんですね。  それで、非常に重要なのは、十月以降訓練が始まる。今まで海上自衛隊の基地、P2Jでやっていたんですが、今度はF4ファントムの要撃訓練、「深夜の要撃訓練、夜間低高度要撃訓練、電子妨害下の要撃訓練など、本土では不可能な実戦的戦技訓練」、これがいよいよ始まるわけです。今P2J、F4ですけれども、今後P3CそれからF15になる。これは共産党の神谷議員が昭和五十八年三月十八日、去年の参議院の予算委員会で質問したとき夏目防衛局長が答えられて、「当然F15、P3Cの訓練の基地としても使用したい」と、そう考えている。だからP2J、F4が将来P3C、F15になると局長は答えられているんだが、いつごろからP3CとF15の飛行訓練を行う予定ですか。
  183. 上田秀明

    説明員上田秀明君) 御指摘のように、P2Jの移動訓練が五十九年一月から開始されまして、F4の移動訓練も今年秋から試行に入りまして、その後本格的な移動訓練に移る計画でございますが、将来F15やP3Cについてもこのような移動訓練を行っていきたいということは当時の夏目政府委員お答えしたとおりでございますが、時期等につきましてはいまだ具体的に決まっておりません。
  184. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 今、自衛隊の滑走路は長さ何メートルあるんですか。
  185. 上田秀明

    説明員上田秀明君) 二千六百五十メーターでございます。
  186. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 そうすると、やっぱりそのままF15をやる場合にも大体足りるわけですな、あれがほぼ二千七百だから。
  187. 上田秀明

    説明員上田秀明君) F15の離発着には差し支えないというふうに承知しております。
  188. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 さて、P3C、F15の飛行訓練もあそこでやるというんだが、先ほどF15の基地にはしないという答弁がありましたけれども、その疑惑がどうもやっぱり強いと思うんです。神谷議員の質問に対して、当時の夏目局長は、「ただいま硫黄島は」「訓練基地としての整備をしておりますが、有事の際における同島の位置から見て、きわめてわが国のシーレーン防衛にとっても重要な位置にあるというふうに認識しております。」と。だから、島民が住んでいないから騒音で騒がない、だからどういう訓練でもできるということで利点があるというのではなくて、有事の際の位置から見てシーレーン防衛にとって重要な位置にあるという認識を防衛局長がしているわけです。これは訓練問題だけじゃなくて、やっぱり航空基地、作戦基地にするつもりがあるという判断だと思います。  「世界週報」の去年の五月二十四日号、当時の谷川防衛庁長官が軍事評論家の阿曽沼氏と対談をされております。そこにもこう書いてある。「航空機による海上防衛は技術的にもすさまじく進歩してますから硫黄島などを一つの拠点として考えていかなければだめなのではないか」と、防衛庁長官自身がこう言っておる。ほかにも引っ張り出すといろいろあります。もとの統幕事務局長の左近充氏もそれに似たことを言っている。  そこで、先ほど否定されたけれども、ワインバーガー国防長官がシーレーン防衛の拠点としてアメリカと西太平洋を結ぶ太平洋のシーレーン、日本とそれから南へ行く南東のシーレーン、これの交差点ですね。交差点のところでやるべきだという態度を述べておる。それから、これも私、前に予算委員会でも取り上げ、この建設委員会でも取り上げたけれども、当時の在日米軍第五空軍の司令官のギン将軍が同じことを言って、だから硫黄島はこれが大事な拠点なんだということで主張を述べているんですね。そのことも私申し上げましたが、こういう点で今後絶対にF15などの訓練拠点だけでなく、航空基地、作戦基地にしないと——きょうはもう防衛庁長官がいらっしゃらないのであれなんだが、防衛庁の方針としてしないということをあなたは明言されますか。
  189. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 五十八年の三月に、当時の夏目防衛局長が今御指摘いただきましたような答弁をしておるということをよく承知しております。ただ、これはあくまでも白紙的にシーレーン防衛作戦、こういうものを考えましたときに、あの硫黄島の地理的位置が意味のあるところにあるということを一般的に申し上げたものということでございます。  それから硫黄島を作戦基地として使用しないかということに関しましては、私どもは現在防衛計画の大綱というものに基づきまして防衛力の整備を図っておるわけでございますが、その段階におきましてここの基地を作戦基地として使用する、あるいはそこにF15部隊を配置するというような計画は全くございません。
  190. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 いつもこういう問題をお聞きすると「現在」と言われるんですよ。私、亡くなられた大平首相に予算委員会でお聞きしたことがあるんだが、シーレーン防衛問題。とにかく私は今知らぬから、そういうことが起きたとき考えるということで否定されましたけれども、実際その後シーレーン防衛がこれほど大きな問題になってきておるわけですね。今あなたは防衛計画大綱に関して「現在」と言われたけれども、今五六中業で、五六中業は防衛計画大綱を完成しようとしているわけですね。五九中業、次になるわけだ。三年ごとにローリングシステムで回っていきますな。そういう防衛計画大綱が完遂されて、その後の場合にも硫黄島にF15を置く計画は全くないと、防衛庁にはそういう方針は全くございませんと、防衛庁はそういう方針を確立していると、現在ではなくて将来。はっきり明言できますか。
  191. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 現在防衛庁が進めております防衛力整備、これはあくまで閣議、国防会議で御決定をいただきました防衛計画の大綱の水準になるべく早く到達したいということでやっておるわけでございます。したがいまして、今私どもが持っております計画というのはもう防衛計画の大綱しかございませんで、それ以後どうなるかというようなことは全く検討したこともございませんし、その中でどうするかということは申し上げられない。今は少なくとも防衛計画の大綱の水準になるべく早く到達するという計画だけがあるというふうに御理解をいただきたいと思います。
  192. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 公式にはそういう答弁しかできないでしょうし、まさかあなたが何かを知っておられてもここで言えないだろうと思う。しかし、防衛計画大綱ができた後硫黄島をどうするかということについては、防衛庁の中には明らかに私は計画があるだろうと思うんです。だから、私が今述べたような谷川防衛庁長官もこういう発言をする、防衛庁関係者がいろんなところでいろんなことを言う、米軍側もいろんなことを言う、そのためにいろんな新聞に報道が出てくることがある。これはもう答弁してくれと言っても否定されるだけでしょうけれども、例えばこういう報道が既に行われたことも指摘しておきたい。五十六年の六月九日のサンケイです。七日発売のアメリカ週刊誌ニューズウイーク、これには「ソ連のバックファイア爆撃機の脅威に対抗するため硫黄島にF15戦闘迎撃機の基地を設ける極秘の計画を進めている」と、日本の当局者がですよ。自衛隊はそういう極秘計画を進めているというのが、もう四年前、アメリカのニューズウイークには出ていると。こういうのが四年前ニューズウイークに出てから次々次々こういう報道が出てくるわけですね。  こうなってきますと、この硫黄島問題の帰島問題について審議会や小委員会が先ほど長官が確認されたようなノーという方向に進みつつある背景がやっぱり軍事基地問題にあると。事態は私は明白だと思うんですね。最初海上自衛隊の基地だけだったと、アメリカのロランCの基地もあります。それがだんだん今度は航空自衛隊の基地にもなったと、島民がいないというのでそこに何でもできると、あるいは今は否定するかもしれぬけれども、空対地ミサイルの射爆場計画さえ既に報道されたこともあるんです。そういう訓練計画のために島民に帰ってもらいたくないだけでなく、将来ここにシーレーン防衛のための拠点、かなめとしてF15の航空基地にするということがひそかにあるとすれば、絶対島民には帰ってもらいたくないということを防衛庁も望むだろうと。防衛庁どうですか、島民が帰ってこられても防衛庁としては何らの支障がないという態度ですか。
  193. 藤井一夫

    説明員(藤井一夫君) 私どもは今硫黄島の基地を、再三申し上げておりますように、飛行訓練の基地として使用したいという立場にあります。私ども立場から、旧島民の方がお帰りになる、ならないということに関しましては意見を申し上げる立場にございませんし、私どもから島民の方に帰っていただきたくないというようなことを考えているというようなことは全くございません。
  194. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 長官、最後にお伺いしたいんですが、お聞きのような経過や問題点があるんですね。長官としては、もしこれが基地問題が背後にあって帰島ノーということになった場合どういうふうにお考えになるのか。  先ほど審議会の態度について観測をお述べになりましたけれども、基地問題からの圧力ということでなしに、長官としては島民の要望を、先ほど紹介しましたような小笠原村議会の意見書採択という事態がありますので、そういう地方自治体の議会の、また島民の、また硫黄島の旧島民の要望にこたえてあくまで努力するかどうか、そこの点を明確に責任ある答弁を伺いたいと思います。
  195. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) これは、防衛庁の考え方であるとか、あるいは対応の仕方がいろいろどうあろうと、今まだ権威のある審議会の中の硫黄島問題の小委員会が結論を出していないわけです。ただ、二宮さんに対する多少上田さんの方がとり方、これはとり方の問題であろうと思いますが、二宮さんは私に対して、新聞がこういうふうにスクープしておりますが、あなたはこれについてどう考えられますかと。それは局長に何回も質問があったわけです。局長は当然これは結論が出ておりませんから答えられるわけでありません。私がお答えしたのは、新聞がそこまで具体的にスクープをしておるとするならば恐らくその方向に行くのではないかと。帰島はそれは難しいとかという発言でなく、二宮さんの意見に対して、そういう具体的にそこまでされておるとするならばその方向に行くのではないかと。今もそれは変わりません。決してそれは訂正しようと思いません。新聞のとおりにいくとは申し上げませんが、その方向に行くのではなかろうかなと。もし上田さんが質問されればその方に答えたいと思います。  ただ、今まだその結論の出ない先に、そこは防衛庁の基地として、あるいはまた先ほど来からもいろんな問題として防衛庁の考え方をただされておりますが、私も防衛庁の考え方がここでどういう発言をしようとどういうことを言おうと、私の場合は国土庁長官として、その小委員会の、権威ある小委員会の結論が出ない先にこれにとやかく言うわけには、失礼でありますから、審議会委員の方々に失礼なことでありますから、私はここでそういったはっきりとした御答弁は差し控えさせていただきたいと、こういうふうに申し上げておきたいと思います。
  196. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 それでは、長官が今述べられたように、新聞のそういう報道があってそういう方向に行くのではないかという観測を述べられたわけですね。もしそう行ってそこの小委員会の結論が審議会でも認められて、一応審議会としては帰島ノーという問題が出た場合、国土庁としてはどうされるのか。その際当然、新聞も指摘しておりますけれども、補償問題も起きてくるわけですね。そういう補償問題について国土庁としてはどういう態度をとろうとされるのか、この問題について最後にお伺いしたいと思います。
  197. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 先ほど来からお話がありましたように、旧島民の方々らが何としても帰島したいという、先ほど数字的に御報告もありましたが、そこで将来の開発とか、そういったことを考えて先ほど来二宮さんの新聞記事のようにもし帰島不可能という、こういった場合においてはそういった問題が私は当然起きてくる、予測するのじゃなく、私は旧島民の権利として起きてくることは当然のことだと、こういうふうに考えています。
  198. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 補償問題。
  199. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 結論がまだ出ていない段階でございまして大変申し上げにくいんでございますが、いずれにいたしましても、結論のいかんにかかわりませず、旧島民の方々からは私どものところにもこういう場合はこうしてもらいたい、こういう場合はこうしてもらいたいというような御意見も承っております。私どもといたしましては、旧島民の方々の理解が得られますように、対応策を含めまして最大限の努力を今後しなければならないというふうに思っております。
  200. 上田耕一郎

    上田耕一郎君 旧島民の方々の熱い希望にぜひこたえていただきたい。私、この質問の冒頭に申し上げましたように、日本の戦後処理の非常に大きな問題ですので、ぜひ国土庁の努力を期待して、質問を終わりたいと思います。
  201. 山田勇

    ○山田勇君 重複を避けて若干の質疑をさしていただきますが、まず冒頭に「奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案」とうたわれてありますが、「奄美群島振興開発」とうたわれてあります。小笠原諸島の方には「開発」が入らないで、単に振興特別措置法というふうにうたわれてあります。この差はどういうことでございますか。
  202. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 御案内のようなことで、奄美群島につきましては五年区切りで法律改正してまいりましたが、おっしゃいますように、復興措置法振興措置法振興開発措置法ということで、文言は確かに違っております。従来十年刻みで復興、まさに昭和二十八年に日本復帰いたしました時点では復興という時期であったろうと思うのでございますが、その次の十年は、格差是正の目標を鹿児島県の、本土部分でございますね、本土並みにしたいという目標を掲げておりまして、そこで振興ということであったのでございますが、次の十年、現行がまさにそうなんでございますが、振興開発ということで実は本土並みの格差是正を目指す、こういったこともございまして法律の文言が異なっているということでございます。
  203. 山田勇

    ○山田勇君 そうすると、小笹原諸島は開発振興をしなくてもいい、開発はしなくてもいいということになりますね、今の局長の答弁ですと。
  204. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) そういうわけではないのでございますけれども小笠原の方は実は四十三年に復帰をいたしまして現在十五年たっておるわけでございますが、法律名にかかわりませず、振興も開発も必要であるというふうに思っております。
  205. 山田勇

    ○山田勇君 先ほど二宮委員の方から言われました当初計画十一万人が一万人であるという、余りにも格差があり過ぎる。それはやはり開発というものが伴わなかったからそれだけの大きな格差が出てきたんではないかというふうに先ほど来の議論を聞いておりまして感じたものですから、再度お尋ねをいたしておきますが、できたら小笠原の方にもそういう「開発」という言葉を入れて、本土並みは奄美群島も小箱原も一緒なんですから、ひとつ開発ということにも御配慮をいただきたいと思います。  奄美群島の場合は、離島という自然の過酷な状況に加えて太平洋戦争の大きな惨禍をこうむり、さらに戦後八年間に及ぶ行政分離の状態に置かれ、同じ日本人でありながら大変な御苦労がなされてきたわけであります。復帰後は一日も早く立ち直ることを願って、政府は直ちに復興計画を立て、さらに振興計画、そして振興開発計画へと、五年を大体区切りに三十年間特別措置法に基づく事業を積み重ねてきたのでありますが、そして島民の生活水準を引き上げようと精いっぱい努力してきたのでありましょうが、現実には全国水準の三分の二程度ということであります。これまでの計画は五年目ごとの区切りでその目標を達してきたのか、この点をまずお尋ねをいたします。  ついでに時間がないので言っておきますが、調べておいてください。  今回の奄美群島振興開発特別措置法の一番大きな目標をも同時に述べてください。
  206. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 五年間の間に所得格差是正かなり進んだわけでございますが、依然として本土との間には格差があるということでございます。そこで、従来から産業振興、それから交通体系整備生活環境施設の整備等に重点的に重点目標として振興事業を実施してきたわけでございますけれども、今後とも今私が申し上げました三本柱というのはやっぱり引き継がれていくべきものであり、そしてできるだけ本土との諸格差是正していくということを基本目標にして次の振興計画も樹立してまいるということになろうかと思います。
  207. 山田勇

    ○山田勇君 奄美群島本土に比較して生活保護率が高いと言われております。また、人口構成の老齢化の進行に伴い福祉サービスを必要とする人口が非常に増加の傾向にあると指摘されておりますが、この振興開発に何よりも若年労働力は不可欠であると思います。現在の島の人口の構成はどのようになっておりますか。
  208. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 昭和五十五年の国勢調査によりますと、ゼロ歳から十四歳までの方が二五・三%、それから十五歳から六十四歳までの方が六〇・五%、それから六十五歳以上の方が一四・二%でございます。これ全国の数字で申し上げますと、ゼロ歳から十四歳の方が二三・五%、十五歳から六十四歳までの方が六七・四%、六十五歳以上の方が九・一%と、こういうことでございますから、奄美の場合は若年層が御指摘のように少なく、老齢化が進んでおるということが言えると思います。
  209. 山田勇

    ○山田勇君 稻村長官大島つむぎの権威みたいですが、この大島つむぎはやっぱり僕は伝統芸術だと思うんですね。奄美大島のね。それは今伝承している老人がどんどんと減っていく。そこへ伴って、今先ほどのパーセンテージに出てくるように若年労働力といいますか、それを伝承する若者たちがいわゆる本当の島離れをしてしまって、鹿児島なり本土の方へ行ってしまうということになれば、基幹産業として二百億、流通機構の改革を行う、そういうふうな問題をこれから整備していくと、長官、先ほどの六百億ぐらいの地場産業、いわば基幹産業として発達していくじゃないかと。そういうところに大きな若者のまた魅力も出てくると思うわけですね。それを伝承する相手がどんどんどんどんと島から都会へ行ってしまうということになりますと、その基幹産業であります、一番眼目であります大島つむぎという日本の芸術、伝統、美というものが失われていってしまう。それに対しては何としてでも歯どめをせなければいけないと思います。それについての長官の御意見をぜひ伺っておきたいと思います。
  210. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) この後継者づくりというのは、大島つむぎばかりじゃなく、大変どの産業も実は苦労しているわけです。ただ、私は大島つむぎに関しては若い人たちが大変この職場についておると。この前ちょっと就任早々行ってまいりましたが、若い人たちが大変大島つむぎの伝統工芸、これに自信を持っておられるのか、大変若い人たちがこれに参画をしておると。これは私はいいことだなあと実はそういうふうに考えてきたわけです。  先ほど来からいろいろ過疎対策あるいは所得の問題等々お話がありましたが、私は奄美大島はいいところだと思いますよ。こんないいところは私はないというふうに考えてきたわけです。そういう意味から、これからの施策の講じ方によって、二十四、五年ごろ二十二万何千名と言われたわけですから、現在は十五万数千名と七万人も減っているわけでありますから、しかし気候条件その他大変いいところですから、これからの施策の講じ方によっては私は大変大きな夢と期待を持てる奄美大島であると、こういう感じを強く持っておるわけであります。
  211. 山田勇

    ○山田勇君 若年労働者を定着さして、また確保するための対策は考えているということでございますが、政府援助ばかりを頼りにするというようなことはないと信じますが、住民の自治、自立自存の意識を高める方策を考えることも大切なことだと思います。その辺で奄美群島、島へ行って大変いいところだということですが、奄美群島というと、離島における産業開発と言えばおのずと限られたものになってまいりますが、先ほど来質疑がございました観光の問題、今私が質疑しておりますこの大島つむぎというようなものですが、今の時代を反映させて大型な観光レジャーランドを建設する、この際大いに民間活力を利用し斬新なアイデアを発揮させる、そのためには民間デベロッパーが仕事のやりやすいように下地を国なり自治体がつくって、官民一体となった奄美群島振興開発の案、そういうプロジェクト、そういうものは一切お持ちでなくこの振興開発計画というものをやっておられるんですか。
  212. 川俣芳郎

    政府委員川俣芳郎君) 振興開発計画自体を実はお示しするわけにはまいらないわけでございます。この改正法が成立いたしました後に、奄美の場合でございますと、鹿児島県知事から次の五カ年の振興計画案が出てまいるわけでございまして、それを奄美群島振興開発審議会に諮りまして、それで内閣総理大臣が新しい計画を立てるという段取りでございますので、現時点でその計画内容というのは固まっていないわけでございますが、既に鹿児島県等におきましては次の計画でこういうことを目標にしてこういう事業を織り込みたいというようなものは実は幾つかあるわけでございます。  簡単に御紹介を申し上げますと、交通体系の面ではやはり新奄美空港の建設の問題、それから例の裏港の整備の問題、あるいは道路につきましては三太郎峠あるいは新朝戸トンネル等の整備の問題等があります。また、産業振興の面におきましては、やはり農業の基盤整備、特に畑総の充実といったようなことがあるわけでございます。また、漁港の外郭施設の整備、それから大島つむぎ振興の問題等々が産業振興の柱として鹿児島県においては考えられるということでございます。  また、生活基盤整備の面におきましては、奄美群島におきます中核病院としての大島病院の完成に伴います各島を結ぶ医療ネットワークの完成の問題、あるいはすぐれた文化、芸能等があるわけでございますが、こういったものの活用の基盤となる文化会館建設をしたい、こういったようなことがほかにもいろいろございますけれども、柱として現在鹿児島県でお考えになっていることでございまして、正式に案が出てまいりましたならば、私どもといたしましてもそれを踏まえて新しい計画にできるだけ御要請にこたえるようなことでやりたいと思っておるわけであります。
  213. 山田勇

    ○山田勇君 ぜひそうあってほしいと思いますし、与論島のように若い人がほうっていてもああいう自然を求めてわんさわんさと押しかけるというふうなことでございますし、これからレジャー施設だとか、そういう宿泊施設とか国民休暇村的な施設だとか、そういうものを若い者に大いに開放してやってほしいということです。空港の開発建設も着手するようでございますので、そういう意味で観光資源の大きな一つの財源としても奄美群島そのものが何としても開発発展していただきたいと思います。  最後に、これは昨年の暮れの衆議院選挙で奄美群島区は島を二分する御承知のとおりの大接戦の選区となりました。その当落をめぐって大々的なトトカルチョが行われたと新聞報道にありましたが、本土では到底考えられないような熱の入れようであったようです。選挙に対する関心の高いのはこれは大変いいことなんですが、ちょっと異常であることも事実でしょう。これはやっぱり島民の皆さんばかり責めるわけにいきませんで、島の娯楽機関が少ないため、また政治的な後進性のためか私らちょっとわかりませんが、選挙とか政治に対する意識を高めるといったことについてもこれから十分な配慮をなされていただきたいと思います。  これを最後に私の質疑を終わります。
  214. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) いろいろなうわさを聞いております。厳正な選挙にそのようなことがあったことは遺憾に思っております。今後いろいろそういうことについては配慮しなきゃならぬ、こういうように思っております。
  215. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  216. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより討論に入ります。  御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。——別に御発言もないようですから、これより直ちに採決に入ります。  奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  217. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。  この際、村田君から発言を求められておりますので、これを許します。村田君。
  218. 村田秀三

    ○村田秀三君 私は、ただいま可決されました奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議、日本共産党、民社党・国民連合の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。  案文を朗読いたします。     奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興特別措置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)   政府は、本法の施行にあたり、次の事項について適切な措置を講じ、その運用に遺憾なきを期すべきである。  一 奄美群島振興開発計画の策定及び小笠原諸島振興計画の改定にあたっては、地元の意向を十分反映させるとともに、事業の実施については、事業量の確保及び補助率、補助単価、補助採択基準等の弾力的な運用に努めること。  二 奄美群島における産業振興を図るため、観光、大島紬等の産業育成と農業基盤、農業技術研究施設、漁港、道路等の整備を強力に推進するとともに、奄美群島振興開発基金の充実に努めること。  また、小笠原諸島については、農漁業の生産・流通体制、観光レクリエーション施設の整備を推進するとともに、本土との交通機関の整備に特段の配慮を払うこと。  三 奄美群島及び小笠原諸島の住民生活の安定、向上を図るため、立ち遅れている医療施設及び医療従事者の拡充、文教施設、児童福祉施設、老人福祉施設、下水道施設、交通通信施設等の整備を積極的に推進するとともに、気象観測体制の充実に努めること。  四 硫黄島については、旧島民の帰島及び復興・開発問題について関係者の意向を参酌するよう努めるとともに、早急に将来の基本的方向を明確にし、遺骨収集、不発弾処理等の解決を含め適切な対策を講ずること。  右決議する。  以上でございます。
  219. 青木薪次

    委員長青木薪次君) ただいま村田君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。  本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。    〔賛成者挙手〕
  220. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 全会一致と認めます。よって、村田君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。  ただいまの決議に対し、稻村国土庁長官から発言を求められておりますので、この際、これを許します。稻村国土庁長官
  221. 稻村佐近四郎

    国務大臣稻村佐四郎君) 本委員会におかれましては、本法案につきまして熱心な御審議をいただき、ただいま議決されましたことを深く感謝申し上げます。  審議中における委員各位の御高見につきましては、今後その趣旨を生かすよう努めてまいりますとともに、ただいま議決になりました附帯決議につきましても、その趣旨を十分に体して努力する所存でございます。  ここに、本法案審議を終わるに際し、委員長初め委員各位の御指導、御協力に対し深く感謝の意を表し、ごあいさつといたします。本当に皆さんありがとうございました。
  222. 青木薪次

    委員長青木薪次君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  223. 青木薪次

    委員長青木薪次君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時二十二分散会      —————・—————