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国務大臣(
河本敏夫君) 第一次
石油危機が起こりましたのは四十八年の秋でありますが、それ以前はずっと
日本は高度成長を続けてまいりました。ところが、
石油危機が起こりましてから、
世界経済も混乱いたしましたが、
日本経済も非常に大混乱に陥りました。実はその当時
わが国の成長の
見通しについての議論で非常に有力になりました議論は、
日本はこれからはもうゼロ成長か、きわめて低い成長を続けること以外不可能ではないか。当時ローマ・クラブなどの
影響もございまして、ローマ・クラブが資源有限論等を展開いたしまして、これからの世界はゼロ成長だあるいは
マイナス成長だ、こういうことを宣伝したものですから、その
影響と
石油危機の
影響がございまして、実はゼロ成長理論または低成長理論が
日本で非常に強くなったのでございます。
そこで、
政府では、もしゼロ成長とか低成長で
わが国が将来やっていけるならばそれでもいいが果たしてどんなものであろうかということで、まずエネルギー需要について約一年間
内閣に
調査機関をつくりまして検討したのでございます。その結果、エネルギーの面からは少なくとも
日本の安定成長を——安定成長といいますのは
日本が生きていき、同時に発展をしていくという成長でありますが、安定成長をエネルギーの分野からは阻害するものは何もない、制約するものは何もない、こういう結論が一年ぶりに出ました。それを受けまして、
昭和五十一年の五月に
昭和五十年代前期の五カ年計画というものができたのでございます。六・三%の
経済成長を今後五カ年間続けましょう、そのことによって
日本を安定成長路線に定着をさせ、雇用問題を解決し、
経済の国際競争力を維持していくことができる、こういうことでスタートしたのでございます。しかし、いまお述べになりましたように、六%近い成長にあった年もありますが、大体五%台、目標よりも約一%低い五・二、三%成長を三、四年間続けたことはいまお述べになったとおりでございます。一
そこで、第一次
石油危機が
昭和五十三年に一応安定しましたので、今度は五十年代後半の
経済成長をどう進めるべきかということにつきまして、やはり
相当時間をかけましてこの作業をいたしまして、五十三年の年末ごろに七年計画というものができたのでございます。ところが、それができますと同時に第二次
石油危機が起こりまして、五十四年の七月には東京で東京サミットが開かれる、そこでエネルギー問題を中心に議論しようということになりましたので、もしこの東京サミットにおいて
わが国の成長がエネルギーの分野から新しい制約を加えられるということになりますと、せっかく新七カ年計画をつくりましてもそれが実行できませんので、そこでこの決定を実は八カ月間以上延ばしたのでございます。案はできたんですけれ
ども閣議にもかけない、決定をしない宙ぶらりんのまま、とにかくサミットが終わるまで待ちましょうということで待ちました結果、御案内のように、東京サミットにおきましても
日本に対してエネルギーの分野での制約は出ましたけれ
ども、これは
日本の将来の成長を抑制するものではない、そういう結論になりまして、五十四年の八月に新計画が決定をされました。そして、これは五十年指標で計算をいたしますと平均五・一%成長を七カ年間続けていきましょうと。このことによって
日本の雇用問題を解決し、あわせて
経済の国際競争力を維持拡大していく、そういう路線を選択いたしましょうと。また、別の言葉で言いますと、これは国民生活の安定向上、それから
わが国が国際社会に貢献できるようなそういう力を
経済の面で持つ、こういう内容になっておるのでございます。
ところが、第二次
石油危機が、御案内のようにじわじわと浸透してまいりました。第一次は一挙に石油の値上げがありましたので
影響は一遍に出てきたのでございますが、第二次の場合は数回の値上げがございましたが、じわじわ浸透してまいりまして、現時点では
世界経済が最悪の
状態になっておる、このように私
どもは
判断をしております。昨年の後半からことしの前半にかけてが最悪の
状態ではなかろうか、こう思っておるのでございます。ある説によりますと、戦後最悪の
状態になっておる、こういうことを言う人もありますし、また一九三〇年以来の五十年ぶりの世界恐慌以来の最悪の
状態である、こういうことを言う人もございますが、それはそれといたしまして非常に悪い
状態が続いておる。したがって、
日本もその
影響を受けておるということでございます。
そこで、いま
世界経済が最悪の
状態になっておる現時点からは五%成長なんかとてもできっこないのじゃないか、こういうことを言われる向きが大変多いことも事実でございます。実は昨年の秋五十七年度の
経済見通しをつくりますときに、
政府部内でいろいろ検討いたしました。そのときに、現状のまま進めばどうなるかということについて専門家に検討させましたところ、三・八%見当の成長しかまあできないだろう、こういう結論が出たのであります。当時
わが国の十五の権威ある研究機関の発表も平均いたしますと大体三・七%になっております。したがいまして、
政府部内の、このまま推移をすれば三・八%という数字も私はそんなに間違った数字であるとは思っておりません。ただしかし、その場合に雇用はどうなるかということになりますと、失業者が
相当ふえる。それから税収はどうか、税収は激減をする。それからもう
一つは国際
経済摩擦これはどうなるか、これは非常に厳しくなるでしょうと、こういう回答が出たのであります。それでは
日本の抱えております課題が解決できませんので、いろいろと
政策的努力を加えて、そして工夫をした場合にはどうなるかという計算をしてもらいましたところ五・二%成長はいけるでしょう。ただし、
経済がいま激動期にございますから、その激動に即応して機敏で適切な
政策を常に展開していくことが絶対の
条件である。世の中が変わっておるのに何もしないというようなことだととても五・二%成長は達成できませんと、こういう結論が出たのであります。
そこで、私
どもはそういう前提のもとに、機敏で適切な
経済政策を展開するという前提のもとに五・二%成長というものを達成目標ということにしたのでございまして、この見当の成長ですと先ほど申し上げました雇用の問題、それから国際摩擦の問題、それから税収の問題もほぼ
政府の
見通しどおり解決できるということでございますので、引き続きむずかしいときではありますけれ
ども、いろいろの工夫をしながらこの目標達成のために努力をしてまいりたいと考えております。
行革と
経済という問題が出ておりましたが、私
どもいまの考え方は行革という非常に大きな課題がございますが、これはあくまで成功させなければならぬと考えております。国民的支持もございますし絶好のチャンスでありますので、これはどうしてもやり遂げなければならぬと思っておりますが、同時に
景気も並行してよくしていく、
経済の力も行革と並行して拡大をしていく、そういう
政策をとりませんと財政再建ということができませんので、
政府の方といたしましてはこの二つの大きな課題を同時に進めていく、そして五十九年度の財政再建という目標を達成したい、このように考えておるところでございます。