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増子参考人 御紹介にあずかりました
増子です。
東京の足立区にある柳原病院というところに勤めておりまして、内科の医者をやっております。特に
老人の問題、いま
金井先生の方からもありましたが、
寝たきり老人の
医療と看護の問題についてお話をさせていただきたいと思います。
参考
資料が、こういう
資料とそれから「地域看護の展望」という
資料とそのほかのプリントがあるかと思いますが、それを随時ごらんいただきながらお話をしたいと思います。
いままでいろいろな形で述べられておるように、われわれのところでも
老人問題、
医療の中では
老人の問題が非常に比重としては重いわけですから、その問題に取り組んできました。特に
老人医療費が無料になって以来、いわゆる外来における
老人の比率が多くなりましたし、入院においても
かなりの比率になってきました。
その中でわれわれが日常的に考えて非常に困ったことだというふうに思っていた問題は何かといいますと、外来に通院することができるお
年寄りは何とか
医療の
対象になる、あるいはまた入院を要する
老人の場合ももちろん入院
医療という形でできる。しかし、入院するほど悪くはないが、しかも入院も余り望んでいないけれ
ども、
施設にも入れない。しかし、かといって外来にも通院してこれない。言ってみれば外来の
医療と入院の
医療とのはざまにあるそういうお
年寄りも
かなりの数に上るということに、日常の
医療の中で大分気がついてきたわけであります。しかもそういうところで、たとえばよく新聞をにぎわしている話がありますが、いま
金井先生の話にもあったように、
寝たきり老人を大体は
奥さん、おばあさんが看病して、そして
疲れ切って無理心中をしたとか、あるいは看病のために婚期を逸してしまった娘さんの話等々、いろいろな話が出てきておるわけであります。こういったところが実は大分われわれの病院の患者さんの中にも起こってきておりまして、この問題を何とかしなければいけないということで、この問題について取り組みを考えていたわけであります。
もう
一つ、
医療機関から見ますと、
寝たきり老人といった問題が
かなり大きな比重を占めるように思います。われわれの病院は単なる民間病院でありますので、特に大きなベッド数を持っているわけでもありません。八十七床ですから小さい病院です。一たん病院に入院した患者さん、これはいろいろな
病気で入院した患者さんなんですが、そういう人
たちがもとどおりになって、前と同じように元気に歩いて帰れるとか、そういうふうな場合には余り問題は起こらないわけです。もちろん入院中の付き添い料の問題だとか差額ベッドの問題であるとか、あるいは三カ月も半年も長く入院しておりますと
家族の中でお
年寄りが占めるポジションがなくなってしまうというふうなことの問題な
どもありますけれ
ども、しかしいずれにしても、よくなれば大分問題が違うわけですね。ところが、たとえば
脳卒中の後遺症の場合であるとかあるいは手術した後の経過がなかなか思わしくない等々のような場合は、
家族がその後はやはり常時
介護しなければいけないというふうな
状況で退院の問題が起こってくる場合が大変深刻なわけです。
われわれとしては当然病院としてやれることはやったのだからそろそろ退院してはどうかというふうな話を持っていっても、
家族の方はとてもこのような
状態では
うちでは見られない、
うちではいろいろな人
たちが働いている、子供の問題もあるというふうなことで、結局退院をなかなか受け入れないという
状況が起こってくるわけであります。その理由としては、もちろん家屋の狭さや
介護する人手がない、経済的な理由あるいは退院後の
医療上の不安などということが挙げられておりますが、特にその辺の問題について、われわれもいろいろ家庭
訪問したり何かする中で、確かに
家族が言うのは単に言いわけだけではない大変大きな問題があるんだというふうなことがわかってきております。
寝たきり老人の場合でも、症状が安定している場合には
特別養護老人ホームとかそういうことが
対象になるかと思いますが、
東京だけの特殊事情かもわかりませんが、
特別養護老人ホームというのは区部にはほとんどない。足立区にも一個、東部ブロックでは二つぐらいしかないというふうなことで、あとは三多摩とか千葉、埼玉の、しかも遠いへんぴな田舎の方に行かなければないというふうなことになっております。
そこで
老人病院ということになりますと、これは京都の十全会であるとか三郷中央病院の最近の例でも明らかなように、
医療の質としても問題があるし、しかも月最低四万円以上もかかってしまうというふうな
状況、中身を聞いてみますと、十二人の
寝たきり老人に一人の付き添いがつくというふうな
状況もあるようであります。こういうところにそういう
老人たちが送られることはやはりまずいのではないか。しかも、そんな病院がどんどん、いまラッシュだそうでありますが、そういうことになりますと、われわれとしてはそういったところに喜んでお
年寄りを送るというわけにはいかない。
さて、そうなってきますと、
在宅でこのお
年寄りが何とかならないだろうかということが
医療機関の側からも非常に大きな問題として出てくるわけであります。もともと
医療的には積極的には入院している
意味がほとんどない。しかし
家族やあるいは
在宅に帰っていく、そういう条件がないというのは、
医療から見れば積極的な
意味がないわけですから、
医療費という点で見ればむだではないかという点もあるかと思います。
そこで、
在宅での
医療を積極的に可能にする条件は何か。実際にここに、
在宅にいる人
たちが何で問題になっているか、どういう条件が必要かということを
調査したわけであります。
東京東部地域ねたきり
老人実態
調査の運動というものがその中で行われました。その内容がこれに書いてあります。ちょっとごらんいただきたいと思います。その中で幾つかの点が明らかになりました。内容は、いま
金井先生のお話と幾つかダブる点がありますが、この十八ページのところをごらんいただければと思います。
一つは、地域の中に身近にたくさん埋もれている
寝たきり老人がいるということです。登録されている、いわゆる
老人福祉手当をもらっている
老人と、われわれが実際一軒一軒訪ねていって発見した
寝たきり老人には大変な差がある、この図の丸と丸の差ですね。そういうことがわかりました。しかも、
寝たきり老人は
かなり長期にそのままであるというふうにわれわれは理解しておりましたが、大体七、八人に一人ずつ一年間に死亡するということもわかりました。それから、
介護する人々が大変
疲れておって教育も十分受けられていないということもわかりました。これは二十四ページの方に書いておりますが、
介護の教育を受けているというふうに答えた人が半数に満たないというところであります。
それから、われわれの
調査で明らかにしたもう
一つの内容は、もし
リハビリとか
訪問看護とかいうことがあった場合にこういった
状況を
改善することができないだろうかということでいろいろ検討して、
改善が期待できるというふうにわれわれが判断することができたものが三分の一に上っているということであります。
さらに、
在宅を
支える
福祉制度の内容についてはたくさんの
制度があります。二十九ページから三十ページにあります。これは区によっても大分違いますが、しかしその中でも、ごらんになっておわかりになるように、利用
状況と利用の必要性というものを比べますと、全くと言っていいぐらい
福祉施策が利用できていないし、しかもその施策自身も十分ではない、そういうことがわかったわけであります。
しかも、先ほどの話にあったように、寝込み始めの適切な
医療が
寝たきりを予防する上では非常に決定的なわけですが、そういう点から見ますと、地域
医療の体制とか、
家族とかそういう者の教育、そういったことは非常に大事なわけですが、なかなかそれがされていない。
寝たきり老人には、たとえば警察の方や消防署の方や
医療機関や
福祉事務所がそれぞれ訪ねていったり、地域の
老人クラブの方が訪ねていくことがあっても、それがお互いに協力し合ってその人
たちの
改善のために取り組むという形にはならないというふうなことで、これではまずいのではないかということで、開業の先生
たちや、あるいは病院に働く
看護婦さん
たち、保健所、
福祉事務所の人
たちがお互いに協力し合ってこの
調査を成功させた。そして、その中でお互いの信頼と相互理解を深めることができ、その後、全区的にこういった
方向での協力
関係を打ち立てることができたということがあると思います。
足立区の医師会もこの運動に共鳴し、そしてみずからの問題として医師会独自の
調査活動も行い、そして、そういったことを通して足立区では、医師会主導型ではありますけれ
ども、
訪問看護制度が確立しました。われわれの病院では、その
訪問看護制度の内容を十分に評価する面がいろいろありますが、われわれのやっている中身で補充しながら、この
訪問看護制度を積極的に活用してきました。その結果、幾つかの成果を上げることができました。それは「地域看護の展望」という本が手元にいっていると思いますが、その中に、その経過とか成果については書いてありますので、もし時間等々がありましたらば、ぜひお読みをいただきたいと思います。
最初の
うちは、定期的な往診を要する患者さんに
看護婦がついていくというところからありましたが、その
うちに
脳卒中後遺症の
在宅の
リハビリの
指導であるとか、
褥瘡の
治療であるとか、それから徐々に変化してきておりまして、
在宅のまま死を迎えたいというがんの末期の患者さんの
ケアであるとか、あるいはわれわれが長期間何も変化がないと思っているような人
たちが突然
在宅のまま調子が悪くなってくる、そして発熱したり動かなくなったりする、そういったものに対して適時手を打つというふうなことにだんだん
対象を広げるようになっております。柳原病院における「
訪問看護」というふうなパンフレットが行っていると思いますが、その中ではそういった内容がつぶさに書かれております。
そして、われわれが
訪問看護というものを
最初に始めたころは、そういう定期的な往診をするところに
看護婦がついて回るという形から出発しましたが、徐々にいろいろなふうに
病気の
対象が変わっていくと同時に、
福祉制度の活用といったところも
最初の
うちは大変多くやるようになりました。
看護婦さんなのかケースワーカーなのかわからないとつぶやきが出るくらい
福祉制度の活用、たとえば車いすの必要な人に
申請するとか、ギャジベッドの導入、これは絶対ギャジベッドの方がいいとか、あるいは巡回入浴が必要だというふうな活用を進めるという形のものが
最初ありました。しかし、その
うち徐々に看護内容の充実へと展開し、いまでは大変大きな成果を上げるようになってきております。
たとえば
褥瘡を持つ患者が、
訪問看護を始める前、二年前で申しますと全体の二七%に
褥瘡があった、それが
訪問看護して二年後になりますと八%の比率へ大幅に下がっておる。しかも大きさも、悪性度といいますか、
かなり症状の重い
褥瘡はほとんど消えてなくなって、小さい
褥瘡が単に残っている程度に
改善するという形で、大きな
効果を上げることができております。
リハビリについても、先ほ
どもありましたが、ほとんど体動ができない人
たちが体動ができるようになる、あるいはほとんど寝たばかりが
座位ができるようになる、さらにはまた立位なりいざりなりができるようになるという形の
改善が目に見えるように出てくるようになりました。外出可能になった例もありますし、意欲を取り戻したり、明るさを取り戻したりするような患者さんは数え上げれば切りがありません。
そうした点の中で症例が二つここに出してありますが、長くなりますからポイントだけ言いますと、左の方の〇塚〇ンさんという方は、気管切開をするとか、そういう
意味では普通の場合であれば病院に置かなければいけないと判断されます。たとえば気管カニューレ、マーゲンチューブ、要するに胃に管を入れて栄養をとる、それから膀胱には留置カテーテルを入れるという
状態で入院中の
治療をしておりましたが、いろいろな話し合いをした中で、結局、
訪問看護と
家族の教育ということによってこの患者さんは退院することができ、しかも退院してからむしろ
自分のことについてよくわかり、反応がよくなってきた。たばことか、おはようとか、あるいはビールをくれなどということも言えるようになるというような、目に見える驚くべき
改善をするようになった一例があります。
さらに、右の方の症例では、これはお
年寄り二人暮らしで片一方が完全に
寝たきりの
状態であったわけですが、それに家事
援助者
制度という
福祉制度を活用することによって、お互いに障害を持ちながらも、その中で
看護婦さんの
訪問看護と
在宅医療のサービスによって、十分なとは言えないかもしれませんが、
医療が提供され、
床ずれが
改善するとか、
座位ができるようになったとか、そしてまた
本人の笑顔も多くなったとか、誕生パーティーをみんなでやったときにはビールも少し飲んで浪花節を歌うというような驚くべき
効果を上げる条件もこの中でつくり出すことができたということであります。
そういう私
たちのつたない経験でありますけれ
ども、この中でわれわれが考えてぜひ御検討いただきたいと思うことは、幾つかありますが次の点であります。
一つは、
寝たきり老人はいま日本で五十万人とも六十万人とも言われております。これが二十年後には八十万なり百万なりに増加するだろうと予測されております。こうしたお
年寄りをすべて病院とか
施設に収容しようとすること自体が不可能であるばかりではなくて、
医療的に見ても多分
医療費のむだ遣いにもなるだろうし、しかもお
年寄りはむしろ家庭で十分な
医療を受けたい、
家族に守られて
生活したい、
家族にいろいろ教育してもらえば、
家族も何とかがんばりたいという部分もあるわけでありまして、そういう人
たちにとっても歓迎されないことになってはつまらないのではないか。
したがって、
在宅のまま
医療を受けることができるかどうか、そういう
医療のシステムを一日も早く確立することがいま非常に大切になっているのではないかと思います。先進諸国の中でも、特に日本だけが
在宅医療あるいは
訪問看護制度が国の
制度として確立していないというところから考えてみますと、日本での
制度の確立が急がれると思います。さらに、
訪問看護が一般的にいろいろ言われておりますが、こういう目で見ますと、
在宅医療の中での位置づけという点が大変重要なのではないかと思っております。
医師の往診、
訪問看護、
リハビリあるいはケースワーカーの努力といったものが、チーム
医療といいますか、そういうものが十分有効に結合することによって、予期せぬほどの
効果を得ることができるということがわれわれの経験から言えると思いますし、すでに
全国二百カ所以上のところで
訪問看護が実験的にいろいろな苦労の中で行われておりますが、そこで行われている成果も同じようなことを証明していると思います。
さらに、われわれの経験から見ますと、
訪問看護や
在宅医療が十分
機能するためには、実際には家庭的な
介護する人
たちあるいは
介護条件といいますか、そういうものの整備が大変重要である。ホームヘルパーであるとか家事
援助者
制度であるとかそういったいわゆるマンパワーといいましょうか、そういったところでのバックアップがなければ、
家族がただいたずらに犠牲を負って、とてもじゃないけれ
ども疲弊して、
疲れ切ってしまうというふうなこともありますし、結果としては
訪問看護の
効果も上がらないということにもなってきておるように思います。
さらに、
寝たきりの
老人の予防の問題でございますけれ
ども、当然予防が望ましいとわれわれも思っております。しかし実際、この予防というのも一般的に健康診断をやるとかあるいは何か注射をして予防をするというわけにもいきませんので、成人病、
老人病の日常的な管理が重要でありますし、特に成人病の糖尿病であるとか高血圧であるとか、ありふれた
病気をきちっと
治療して
生活環境を整えるということが、
寝たきり予防には決定的であります。
しかも、こういった点から考えますと、
老人医療の有料化によって受診が抑制されるというようなことは、われわれの目から見ますと、
寝たきりの予防にも逆行すると思います。寝込み始めの
医療の重要性、
リハビリ医療の重要性については、
金井さんもおっしゃっておりましたが、われわれも全く同じような
意見で、そういったところでの
医療の対応の仕方、
在宅リハビリの有効性といったことを強調しておきたいと思います。
ただ問題は、もう
一つわれわれが誤ってはいけない点は、
在宅医療というのが入院
医療あるいは
施設福祉に全面的に取ってかわるものではあり得ないということです。入院の適用外の
寝たきり老人にとっては
意味がある、場合によっては入院がまたすぐ必要な場合もある、したがって、入院と
在宅というものは生きた連携を持っていなければならないということであります。
さらにまた、
特別養護老人ホームとか
老人ホームとかいろいろありますが、まだ日本には厳密な
意味では存在しないナーシングホームといったものも、地域に密着した形で存在することができるとすれば、どんどんこれから必要になってくるのではないか。こういった入院といわゆる
施設と
在宅というものが三つの
機能をそれぞれ有効に分担するということによって、初めてお
年寄りにとって最もいい
効果の上がるような
在宅の
医療と
福祉の内容がつくられると思っております。
総
医療費抑制の問題であるとか
医療費のむだ遣いがいま論議されている中で、ともすれば安上がり
医療として
訪問看護が論議されがちであります。しかしながら、本当にむだな
医療費をなくするという点では、いたずらに入院させておくということをお
年寄りも望み、
家族も望むというふうなもの、そういった問題の解決を手助けする
意味では、
在宅医療の
意義は非常に大きいと思いますが、しかしもう
一つの側面で強調しておかなければならないのは、
在宅福祉、家庭的な
意味でのさまざまな欠陥をバックアップする施策なしには、その
在宅医療、
訪問看護の
効果も十分な
効果を上げ得ないし、結果としてはまたそのこともむだな出費にもなりかねないという側面を持つのではないかという点であります。