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1981-10-23 第95回国会 衆議院 文教委員会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十六年十月二十三日(金曜日)     午前十時一分開議  出席委員    委員長 三ツ林弥太郎君    理事 谷川 和穗君 理事 中村喜四郎君    理事 森  喜朗君 理事 嶋崎  譲君    理事 馬場  昇君 理事 有島 重武君    理事 和田 耕作君       臼井日出男君    浦野 烋興君       狩野 明男君    久保田円次君       高村 正彦君    近藤 鉄雄君       西岡 武夫君    船田  元君       宮下 創平君    木島喜兵衞君       長谷川正三君    鍛冶  清君       栗田  翠君    山原健二郎君       河野 洋平君  出席国務大臣         文 部 大 臣 田中 龍夫君         国 務 大 臣         (総理府総務長         官)      中山 太郎君  出席政府委員         総理府総務副長         官       佐藤 信二君         日本学術会議事         務局長     大濱 忠志君         文部政務次官  石橋 一弥君         文部大臣官房長 鈴木  勲君         文部省初等中等         教育局長    三角 哲生君         文部省大学局長 宮地 貫一君         文部省学術国際         局長      松浦泰次郎君         文部省社会教育         局長      別府  哲君         文部省体育局長 高石 邦男君         文部省管理局長 柳川 覺治君  委員外出席者         警察庁刑事局保         安部少年課長  石瀬  博君         行政管理庁行政         管理局管理官  山下 正秀君         行政管理庁行政         監察局監察官  塩路 耕次君         外務大臣官房外         務参事官    渡辺 泰造君         大蔵省主計局主         計官      浜本 英輔君         国税庁間税部酒         税課長     岩瀬多喜造君         文部大臣官房人         事課長     齋藤 尚夫君         日本専売公社営         業本部部長   小畑  弘君         参  考  人         (日本育英会会         長)      小林 行雄君         文教委員会調査         室長      中嶋 米夫君     ――――――――――――― 十月二十日  私学助成増額に関する請願横山利秋君紹  介)(第六号)  同外一件(横山利秋紹介)(第一五号)  同(和田耕作紹介)(第二八号)  教科書の改定に関する請願外一件(新村勝雄君  紹介)(第四二号)  私学に対する公費助成増額等に関する請願(  田中伊三次君紹介)(第一一五号) 同月二十二日  私学助成増額に関する請願外三件(石田幸四  郎君紹介)(第二〇一号)  私学に対する公費助成増額等に関する請願(  嶋崎譲紹介)(第二四二号) は本委員会に付託された。 十月二十日  私立幼稚園就園奨励費補助率改定に関する陳  情書  (第三一号)  校内暴力の防止に関する陳情書  (第三二号)  高等学校建設に対する国庫補助制度整備拡充  に関する陳情書  (第三三号)  文教施設整備促進等に関する陳情書  (第三四号)  公立文教施設整備補助事業等に関する陳情書  (第三五号)  小学校学習指導要領における森林・林業教育の  復活に関する陳情書  (第三六号)  小、中、高校及び障害児学校早期改善に関す  る陳情書  (第三七号)  義務教育施設等整備充実に関する陳情書  (第三八号) は本委員会に参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  文教行政基本施策に関する件      ――――◇―――――
  2. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 これより会議を開きます。  文教行政基本施策に関する件について調査を進めます。  この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  すなわち、本件調査のため、本日、日本育英会会長小林行雄君に参考人として御出席を願い、御意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人からの御意見質疑応答の形式でお聞きすることにいたしたいと存じますので、さよう御了承願います。     —————————————
  4. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
  5. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今国会は、行革法案関係一括審議の形をとっておるために、多くの問題についてまだ審議をする機会を失っている委員が多いと思いますが、私もその一人でありまして、本来ならば文教委員会総務長官など御出席願うような御無礼なことはないのが常識とは存じますが、ただ、今国会法案審議が限られた枠の中で行われておりますだけに、学術国際局とも関係があり、文部大臣の直接所管ではございませんが、学術体制の問題と関係があるだけに、この文教委員会最初長官に時間をおとりいただきまして、三十分だけ学術会議の最近の諸問題と今後の対応などについて質問をさしていただきたいと思います。  今年の五月ごろからだと思いますが、国際学術会議出席する出席者の資格問題について学術会議事務局の方から一つ動きが始まりまして、その後日本学術会議改革をめぐっていろいろな動きがあったことは、新聞報道で伝えられているとおりでございます。その後、中山総務長官学術会議会長との間に調整工作が行われたようでありましたが、まだ多くの問題を残したままになっているように思います。十月九日の閣議で正式にこの問題がいろいろ議論されたやに報道されておりますが、十月九日の閣議で、田中文部大臣中山総務長官に、学術会議改革問題についての経過について報告を求めて、その上で中山長官から説明あり、また各大臣からのいろいろな意見があった末、その日の閣議では、新聞報道によれば、臨時行政調査会検討を依頼し、その結果を待って政府として対応を考えることが適切だというふうに総理は議論を締めくくられて、去る五日の参議院の予算委員会中曽根行管長官が、行革には聖域がないという発言をされたことなどとも関連づけまして、臨調学術会議改革をゆだねることになったと新聞では報道されております。この十月九日の閣議、いまのような経過と理解してよろしいでしょうか。
  6. 中山太郎

    中山国務大臣 おおよそそのとおりでございます。
  7. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それに続きまして、このような閣議での方向に対して臨調側は、この問題が議題に上ったことはないし、つまり、学術会議改革問題を臨調の対象にするというようなことは議題に上ったことはないし、どういういきさつかわからない、調査会で話題に上るのは、いまの時点ではわからないというような反応などもこれあり、十月十三日の閣議で改めてまた議論が行われたと報道されております。その十三日の閣議の結果、決定ではございませんが、閣議の中で総理府学術問題の諮問委員会を設けるということを中山総務長官が御発言になり、同時に、中曽根行政管理庁長官特別行政監察学術会議にやることを指示したと述べて、その行政監察の結果を見た上で臨調にお願いするかどうか検討したい、こういうふうに十三日の閣議内容報道されておりますが、こう理解してよろしいでしょうか。
  8. 中山太郎

    中山国務大臣 少し内容報道とは私は違うと思います。それは藤尾労働大臣の御発言で、いろいろと議論が出ておる、しかし、いろいろな、たとえば臨調における調査も当然のことであろうと思うけれども総理府自身研究会懇談会をつくったらどうか、つくるべきであるというふうな御発言がございまして、私は、その日の閣議では貴重な御意見として総理府検討いたすというふうに申し上げてまいったわけであります。また、中曽根行管長官は、特別行政監察を行う、こういうことをはっきりと明言をされたと記憶をしております。
  9. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、学術会議改革問題について総理府に、新聞では諮問機関のような名前でしたが、懇談会というものを設けるという意見があっただけで、懇談会を今後設けるということをまだ長官としては方向づけていらっしゃらないわけですか。
  10. 中山太郎

    中山国務大臣 先生も御案内のように、学術会議は過去十数年、数年という言葉はどうか知りませんが、八期からですから、一期三年としていま十二期ですから四期、恐らく十年以上学術会議の中に改革委員会をつくって改革をすべきであるという論議がやられてきたのですが、結論が出ないのです。いつも選挙間際になったら話が消えていく、こういう経過をたどってきて、一年間に七億数千万の国民税金を使っている。私に、今年は、来年度の概算要求八億よこせということの御意見がすでに来ておりまして、大蔵に話をしておりますが、その中身が、しっかりと国民にこたえられるような、法律に明文化された理想と現実をちゃんと踏まえているか、そういうことを所管大臣としては当然国民に対する責任上考えるべき筋合いのものであろうと思っておりますし、先般の労働大臣の提言を受けて、総理府の中にも懇談会を設置して、その学術会議の型にこだわらずに、日本の最高級に近い学者先生方からこれがいかなるものか、どういう学術組織が最もこれからの日本に必要なのかという御論議をいただくことはきわめて必要なことであろう、私は、そのような考え方を固めて、目下その方向に向かって作業を進めている段階でございます。
  11. 嶋崎譲

    嶋崎委員 行政管理庁監察局来ていますね。——中曽根長官からこの学術会議の問題について特別行政監察、特別というのはいつもつく名前監察なのですか。特別監察と言っている意味はどういう意味ですか。
  12. 塩路耕次

    塩路説明員 お答え申し上げます。  長官は、特別監察という用語を用いられましたが、事務的に特に特別監察という用語があるわけではございません。恐らく私の個人的な推測でございますが、本件に関して特に監察を実施いたすというような意味合いかな、実はこれは私自身の憶測でございまして、特別の用語が事務的にあるということではございません。通常の行政監察のパターンでございます。
  13. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この学術団体並びに大学行政などに対する行政管理庁監察というのは、普通の行政組織運営などに関する査察と違う特殊性を持っておりますから、その点の配慮などについてはまた後で長官のいない段階質問させていただきたいと思います。  そういういままでの、十三日の閣議決定で一応の方向のような、対策のようなものが出つつあるわけでありますが、この問題の発端を見てみますと、昨日学術会議総会で、中山総務長官と会ってこじれている両者の関係を今後修復する方針であるというようなことを新聞報道しております。学術会議がどのような声明を出し、どういうふうにしたかは私、まだ聞き及んでおりませんが、いままでの報道で伝えられた対立が一定方向に向かって動き出し始めているという認識になるのだろうと思います。  そこで、先ほどのことで、この問題が出ましたきっかけについて長官に二、三お聞きしたいと思います。  この学術会議改革提案動き一つきっかけに、中山長官のいろいろな御発言関係していると思います。これも報道によりますと、一つは、日本学術会議という学術的な機関国際的評価が低いということをスウェーデン科学アカデミーロンドン王立協会などの御訪問でお聞きになったことを素材にして御発言なさっておりますが、その発言は真実でしょうか。
  14. 中山太郎

    中山国務大臣 昨年私が総務長官に就任をいたしました直後でございましたが、ちょうど概算要求の時期でございまして、学術会議事務局長から、また伏見学術会議会長から、学術会議予算をもっとふやしてくれ、こういうふうな御要望が公式に参りまして、その中に国際交流のための金をふやしてほしい、こういうふうな要望書が文書で参ったわけでございます。それで、予算審査の最中に学術会議事務局長を呼びまして、この海外出張の実態はどうなっておるか、予算は本当に足らないのかという質問を私はいたしたわけであります。  すでに新聞等報道されておりますように、学術会議海外派遣は、最近は会員が二〇%、臨時いわゆる研究連絡委員が三〇%、一般の有権者の中から五〇%近く海外に出している。それも国民税金で行っているということでございます。(嶋崎委員「簡潔に頼みます」と呼ぶ)しかし、事実を申し上げないとわからないですから……(嶋崎委員「私はみんな知っております」と呼ぶ)それで問題は、スウェーデン科学アカデミーにも参りまして、ちょうど学術会議調査課長を連れてまいったわけでありますが、学術会議調査課長ということを紹介しようとしても、学術会議とは一体何かということを両所で尋ねられるほど学術会議認識はされていない、こういうことが事実でございます。
  15. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いまの御発言で二つの点をおっしゃられました。一つは、国際的評価に関連してスウェーデン科学アカデミーの例を挙げられましたが、スウェーデンの場合でもどなたにお会いになったのかわかりませんが、学術会議スウェーデン科学アカデミーロンドン王立協会学術代表団学術会議との交流、それからドイツの場合は、ボンにかつていらっしゃった有名な歴史家松田智雄さんが学術会議の窓口になっていることは御承知のとおりであります。したがいまして、長官がお会いになった方はどなたであったかは知りませんが、学術会議機関としては、今日までかなり組織的な国際交流が行われております。その点、御存じですか。
  16. 中山太郎

    中山国務大臣 交流は確かに行われておりますけれども、五〇%近い人が学術会議研究委員臨時委員ということで国際会議に出ていきまして、そうして、そこで学術会議から来たということを発言されているかどうか知りませんけれども、帰ってこられると、臨時委員ですから、おやめになって学術会議と全然関係がなくなる、ただの有権者になる、これが事実でございます。
  17. 嶋崎譲

    嶋崎委員 時間も余りありませんから事実だけ申し上げておきます。  ロンドン王立協会学術代表団日本に来て学術会議との連日にわたるセミナーか行われております。そのロンドン王立協会学術代表団は、協会の副会長外務担当のオックスフォード大学教授、そういう一連のデービッド賞などをもらった教授などがわが国にあらわれて、学術会議との間に学士院会員とともどもこういう学術的な交流のシンポジウムが行われております。  したがいまして、ここで、たとえばスウェーデン科学アカデミーロンドン、どこかでは西ドイツもお挙げになっているように報道では伝えられておりますが、学術会議側の資料やいままでの月報を読んでみますと、かなり密接な交流がありますだけに、長官のその判断にはそういう材料も踏まえて今後慎重な御発言を願いたいというのが私の希望でございます。
  18. 中山太郎

    中山国務大臣 ちょっと一音だけ事実を申し上げておきます。  日本学士院との会議が開かれておりまして、学術会議ではございません、いま先生の御指摘のは。(嶋崎委員「共催なんですか」と呼ぶ)学術会議表敬訪問を受けただけでございます。  私は、ロンドン王立協会ハックスレー会長以下幹部全員と会いましたけれども、その節は、学術振興会はよく知っている、これは活発にやっている、しかし、日本学術会議は知らない、これは公式会議での意見でございます。
  19. 嶋崎譲

    嶋崎委員 もう一つデータですが、それならば学術会議の方で、長官が挙げられている中に、会員以外の出張問題というのは御承知のように数字もはっきり出ております。実際に会員以外の参加者が四二%、それで委員会員出席がそれぞれ二二%、三四%ぐらいですから、非常にたくさんの会員以外の方が国際学術会議交流に臨んでおられます。これにはこれなりの一定根拠がありますが、この交流に関連して、四十三の学術団体分担金を負担しているところに出席をしていないということから、学術会議の活動か怠けているというような御発言がありましたが、その事実はその後確かめられましたか。
  20. 中山太郎

    中山国務大臣 確かめました。当初七と私が申し上げたのは、事務局報告ミスでございまして、それはその中に日本における国際会議が開かれておった、だから、国際旅費を出していない、ただし、三つ団体の中では十年近く会費をかげながらだれも代表派遣していないという事実は確かにございます。
  21. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その中にも、正確には一つだと私の調査では思います。これは参加するかどうかいま検討中の国際法律家関係のものでございます。ですから、これには送っていない理由はそれなりの根拠があるようでありますが、それ以外のものについては、わが国で行われていたとかそういう意味で欠けていた点があると思います。したがって、この表を最初七つというふうに事務局報告したのは、学術会議事務局長報告されたのですか。
  22. 大濱忠志

    大濱政府委員 事実関係でございますので、答弁させていただきます。  当初、私どもの方でつくったいきさつと申しますのは、昨年社会党の先生から学術会議海外代表派遣の問題についていろいろ御注意をいただきましたので、そういう認識の上に立って私どもの方も、かねがねから事務局といたしましても、この際に直すべきものは直すべきじゃないかということで一応三点、先生御存じかもわかりませんけれども会議体の方へわれわれの意見として申し上げたわけです。その中の一つに、せっかく国際学術団体分担金を払って加入しておきながら五年間、中には十年以上もございますけれども、かなりあるというようなこともありましたので、われわれ一応調べてみましたところ、いま先生指摘のような数で、必ずしも正確でなかったという点もございます。しかし、中には年間約百六十万円の分担金を払いながらも全然対応をしていないとか、あるいはほとんど交流かないとかそういうものもあることは事実でございますので、私どもは、その数を、もちろん数を間違えたことについては、内部委員会あるいは総会等でも御報告申し上げ、訂正申し上げて了解をいただいておりますが、問題は、数というより、むしろ私どもが申し上げたいのは、この趣旨でございまして、貴重な学術会議予算の中でできるだけ効率的に予算をお使いいただければどうだろうかということの事務局としての意見と申しますか、そういうものを申し上げたわけでございます。
  23. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学術会議事務局長総理府から派遣されておりますから、学術団体性格学術団体の取り扱いなどについて少しぎしつきがあるような気がいたします。この最初の五月の段階に、会員でない人間出張問題についての提案事務局から出てきておることが一つきっかけである経過から見ても気になるわけであります。いまの場合でもこの四十三の団体の中で、確かにミスであったというふうに言ってしまえばそれだけですけれども最初九つと言い、そのうちに七つと言い、そのうちに三つになっていくようなことが問題になるような報告長官にするような扱い方は、それ自体大変問題だということだけを注意しておきたいと思います。  そこで、長官にお聞きしますが、この学術会議国際学術団体派遣することについての派遣基準についての申し合わせがあることは御存じですね。
  24. 中山太郎

    中山国務大臣 存じております。
  25. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この代表派遣申し合わせといいますか、基準案などによりますと、こういう考え方だと思うのです、簡単に言ってしまって。学術会議会員ないし委員以外の方で学術会議でないメンバーの方がいらっしゃる。たとえば湯川秀樹さんだってそうだったかもしれません。それからまた、他の学術団体会長、副会長というような地位について、会員でないというような場合もあり得ると思います。また同時に、若い研究者でまだ学術会員ではないけれどもわが国のある学術的問題に関してすぐれた業績や研究という方向性を持っている人もいるでしょう。そういうところから学術会議学術代表派遣基準というのは、何も個人が行って学会で発表するということじゃなくて、学術会議運営に必要な、ないしは学術会議の今後のあり方に必要な問題として、それに適任の人間を送るという判断に基づいて、その会員以外の人間について派遣が行われております。  したがいまして、割合が四割超しているのがいいかどうかということについては、おっしゃるような問題点もあろうと思います。これは長官学術会議伏見さんとの間でもそういう一応の話し合いがあったように聞き及んでおりますから、内部的にももし問題が幾つかあるとすれば今後の改革すべき課題だと思いますが、会員でなければ学術交流団体派遣できないという形で、出かけようとしているのをチェックするということになりますと、学術会議独立性とその持っている学術団体としての特殊性から見て、少し行き過ぎていたのではないかと判断をするわけであります。  したがいまして、こういう問題を処理するに当たっても、いまのような学術会議性格というものを御判断の上対処していただきたいということを申し上げておくわけでありますが、その点については、いまの段階ではどういうふうに長官は御判断をなさっておられますか。
  26. 中山太郎

    中山国務大臣 私も、昔学者の端くれでございましたし、先生大学で教えていらした。りっぱな湯川博士のような方は、当然、往復旅費つきで招聘されて皆行っているわけですね。それから各学会の権威のある学者は、大体外国の国際学会の大会には旅費つきで招聘されています。これはもう先生案内のとおりです。  その他どうしてもその組織から行こうという人が会の会費で行く。去年私が指摘しましたのは、国会議員でも国民税金を使って海外視察に行った場合には、報告書を出すのが当然だ、ところが学術会議先生方は、海外視察に行くか会議に行っても報告書を出さない人がたくさんいる、それは国民にとっても悲しむべきことだ、そこらもきっしりしないと、私は、国民税金大蔵省にこれだけよこせと言うわけにはまいらない、こういう指摘をしたのは事実でございます。
  27. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国会調査が全部報告書を出しているかどうか、これを点検してみたら大問題だと思います。そんな簡単ではないと思う。  学術団体でそういうレポートを出さないというのは一つの問題でしょう。しかし、いまの国会のものにひっかけて説明なさるような説明は論証にはならぬと私は思います。したがいまして、学術会議内部改革すべき課題について、そういう御意見や何かを申し上げることはいいにしても、年次の予算で、出かけようとしている人たち出張をチェックするというような、強行手段に出るかのごとき印象を与えるような行動は、学術会議の持っている独立性からして少し行き過ぎだと私は判断をします。そういう意味で今後とも慎重な配慮を賜りたいと思います。  そこで、学術会議というものは、確かに停滞しているという議論がたくさんございます。イデオロギー的に偏向しているという議論すらあります。しかし、学術会議をめぐる状況は、長官も御承知のように科学技術会議昭和三十八年の段階に一方でできた、このいきさつについても、学術会議との間にいろいろ問題点があります。その後昭和四十二年に文部省学術審議会というものを設けました。たとえば予算一つ見ますと、学術会議海外出張するいわば旅費学術審議会などの出張旅費数字を比較してみますと、学術会議の方は最高だったピーク時が十五年ほど前であります。それからずっと下がっておるわけです。率では上がっておりますけれども、その日本学術会議学術国際交流に使われている予算と、それから学術審議会のそれを比較してみても、学術会議には大変にハンディキャップが出てきております。全体的な傾向で申しますと、学術会議運営に必要な経費というのを見ますと、もはや今日は人件費が半分になっています。これは昔は大体二五%ぐらいでした。そして、その国際学術交流の資金は、戦後これが発足してから恐らく最低であります。率の上でも最低であります。しかも運営費は全体的にずっと低いのです。  ですから、こういう学術会議の資料はお読みになっていると思いますが、たとえば旅費について、すでに幾つかの学術団体があるために、学術会議に対して政府がとってきた対応の中に、学術会議を軽視すると言うと言い過ぎかもしれませんが、そういう傾向がなきにしもあらずというところがあると思います。それはもちろん先ほどおっしゃった学術会議自身内部改革その他の問題を含んでおりますから、自主的な改革をしないでただ権利だけを主張してみてもしようがないという側面は私は否定いたしませんけれども、それにしても、日本学者の最高の機関であるところの学術会議のこのような運営、財政的な措置の仕方自身にその停滞の重要な原因があります。  たとえば学術会議の方々の出張旅費は、常置されている委員会委員長さんなんかは、二週間に一遍ぐらい上京するというときは全部手弁当であります。大学旅費というのは大体そういうものですから、学術会議もそういうふうにしたのでしょうけれども、頭打ちでやってしまいますから後はみんな手弁当なんです。つまり、そういう財源的な措置を十分にとらずに来ているという問題が一つあります。こういう問題については、いまの段階でどういうふうに御判断ですか。
  28. 中山太郎

    中山国務大臣 先生指摘旅費の点につきましては、これは伏見会長の私に対する公文書でございますけれども、五十六年七月九日付の公文書で「長官代表派遣を本会議会員に限定すべきであるという御趣旨が理解できないわけではありません。個々の専門科学の国際研究集会への論文発表、討論のための出席については、文部省の「国際研究集会出席旅費」という費目がありまして、これらについては文部省に任せるべきであるという筋道は立てられるわけであります。」、これは日本学術会議会長の公文書でございまして、うそ偽りのある話ではございませんので、学術会議がこういうふうにおっしゃっているのですから、どうぞひとつ、その点は文部省の方で十分御検討をいただきたいと思っております。
  29. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学術審議会学術会議の問題は、後で文部大臣とまたやりますから、そういう問題点は残しておきますが、いままで学術会議法律に基づいて出した勧告というものは、総理府ではそれぞれどういうふうに取り扱って、どのような対応をしているのでしょうか。
  30. 中山太郎

    中山国務大臣 総理府が直接にこれを所管しておるということではございません。内閣総理大臣に直轄した機構でございますし、この日本学術会議のいわゆる勧告等は、所管科学技術会議において論議されて、それぞれの関係省庁で処置をされておられる、こういうふうに理解をしております。
  31. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学術会議が停滞する一つの原因は、まあ私から判断いたしましても、学術会議がこんな声明を出していいのかなと思うような問題点はあると思います。しかし勧告の中には、わが国の科学学術体制の強化について相当重要な多くの勧告が行われております。ところが、全体的な傾向として、科学技術会議に勧告されたものが後処理されるに当たって、何度勧告しても、まあ言葉をかえて言えば、音なしの構えみたいなもので、やってみたがどんな効果があるかわからない。そうすると、何のためにみんなわんわん議論して勧告したかわからないということ自身が、やったって意味ないなという印象を学術会議全体に与える一つの重要な要件であります。ですから、法律で決められているところの勧告というものについては、勧告の趣旨について学術会議とその担当局ないしは担当省との間で会合を持てるようなきちっとした措置をするとか、それから全体に勧告したものについて報告かできるような措置をとるとか、そういうこともまた学術会議の権威というものを高め、同時に、学術会議の形骸化傾向に対して、そこに研究者集団が結集していく一つの条件になる重要な要素であろうと思います。  たとえば、この勧告のあれを見ましても、昭和五十三年から五十六年までに出ている勧告を、私は、勧告文全部は読んでおりませんが、わかりそうなものを読んでみておりますが、それでもざっと十四、五の勧告が出ております。その中には要望もあれば申し入れなどもありますけれども私学助成の問題や国立大学のカットの問題は、これは学術会議として言っていいことではあっても、こういうのが実績になるかどうかは別といたしまして、少なくとも学術会議として法律に基づいて行った重要な勧告については、きちっとした対応をとるための措置について今後の御検討を賜りたいと思いますが、長官いかがですか。
  32. 中山太郎

    中山国務大臣 学術会議というものが昭和二十四年に設立されて、当初から勧告なり意見をいろいろ出してこられた、りっぱな御意見もあったことを私は認めております。しかし三十年たちまして、その当初の設立目的、意義というものが今日なお脈々として生き続けているかというと、学術会議内部においても昨日から大論議があるように、会議体自身にもその問題点があることを認識されておられるわけでございまして、これを機会に、行政改革組織もできておるわけでございますから、科学技術会議あるいは日本学術会議日本学士院、学術振興会等、日本の科学振興と学術振興というものの全体の組織の再検討の中で、日本学術会議はいかにあるべきかということと、これからどうすべきか、また総理府におきましても、学術会議会員の方々の御意見も、どういう意見をこれから出されるかわかりませんけれども、私は、それも参考にしますし、日本の他の学者たちの意見も十分聞いて、最後は、やはり国民代表のおられる国権の最高機関である国会が、その新しい行き方というものを御決定いただくことが正しい方法であろうと考えております。
  33. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それは先の長い話でありまして、現実に学術会議に関する法律があって、そして法律に基づく勧告権というものが保障されている。学士院や科学技術会議は、それぞれの機関としての機能がありましょうけれども、しかし、現実にある法律に基づいて学術会議が勧告をしているものについて、日本学術体制全体を検討してから考えるなどということを言っていたのでは学術会議の勧告の意味はなくなってしまいます。それだけに、先で全体検討される云々の問題は、国政の問題であり、同時に、国会の問題ではあっても、こういう問題について当面、いままで勧告に対してとってきたやり方について相互に学術会議と話をした上で対応を決めたらどうかということを私は申し上げているのであります。その点の御検討を願いたいという意味であります。
  34. 中山太郎

    中山国務大臣 私も、まだ新聞報道だけしかわかりませんが、昨日来の学術会議内部の御意見でも、従来の勧告のやり方はおかしいじゃないかという御意見も出ているやに聞いております。私も、どういう御意見が出てくるか、それも十分勉強をさせていただいてこれからの検討課題にさせていただきたいと考えております。
  35. 嶋崎譲

    嶋崎委員 昨日の議論は私も聞いておりませんけれども、勧告なのかどうかは疑問です。たとえば声明とか申し入れとかそういうものについて、学術会議のいままでとってきたことの中に学術会議らしからぬものがあるのではないかという議論はあると思います。しかし、今日までの勧告の問題についても、処理が悪いから、今後検討の問題があっても、勧告そのものをどうせいこうせいという議論には必ずしも簡単にならない。むしろ改革案、いま出ている素案の中には、勧告というものの趣旨を生かすためにどうすべきかという点が一つの重要な論点でありますから、そういう意味で御検討を賜りたいということを申し上げているのであります。
  36. 中山太郎

    中山国務大臣 これは先生も御案内のように、法律によって、日本学術会議会長は、日本の科学関係の政策を決める科学技術会議の議員でございますから、そこで総理大臣を座長としたこの最高の機関の議員として、学術会議の勧告なり要望というものを堂々と表明されることが最も大切なことであろうと考えております。
  37. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そんなことを言っているのじゃないんですよ。堂々と表明されるということを言っているのじゃなくて、勧告を受けた側がどのように対処するかという義務があるのじゃありませんか。だから、それに対する対処方を、いままでに何の問題があるのかを総括した上で対処すべき方向検討すべきでないかと言っているのです。いかがですか。
  38. 大濱忠志

    大濱政府委員 勧告の件でございますが……(嶋崎委員学術会議事務局長だから、あなたはだめだよ」と呼ぶ)ちょっと事実関係もございますので……。  大体政府でどういうふうに勧告を処理されたかということは、もちろん、これは科学技術会議の方でまとめて処理されるわけでございますけれども、その結果については、学術会議の方へも報告がございまして、勧告等委員会などの関係委員会にもこれが報告されておるということでございます。  それから、なお昨日の総会等意見にも出ておりましたけれども学術会議の勧告について、政府に対する要望と同時に、内部でもこれからはひとつ十分事前に政府意見等も聞きながら、政府としてまた受け入れられやすいような、そういう勧告もやらなければいかぬなというような意見もあるわけでございまして、この点については、いずれにしても学術会議内部においてもいろいろ検討中でございます。
  39. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学術会議事務局長は、学術会議の側の事務局長なんですから、もう答弁は要りません。  学術会議にすれば、五月以来いろいろ複雑な対立問題が起きてきているから、いままでの法律に基づいた勧告をやっても、その実効性について十分ではないという反省を一面持っていると思うのです。それが学術会議自身の自主的な判断で、今後そういう対応をしようという構えにいまなりつつあると思うのです。したがって、いままでの勧告の扱いなどの是否を含め、法に基づいた勧告権というものをどのように処理するかについて、今後双方で話し合えとぼくは言っているのです。  だから、いままでには学術会議の中にも不満があるし、やり方の中にも十分でなかった点かあるでしょう。同時に、政府の側の対応も十分でなかったでしょう。経過報告がありましたよというだけで事が済まない、内閣総理大臣への勧告をしているのですから。ですから、それだけに実のある報告が行われていないところに、学術会議の勧告に対して結集したエネルギーが霧散していってしまうという要因が一方にあるわけですから、そういう意味で今後の積極的な対処を賜りたいという意味であります。  もう一つは、長官もう時間がありませんから、私は、あとの質問もありますから、御迷惑をかけましたから、これでお引き取りを願いたいと思いますけれども、これは文部省との関係、科学技術庁との関係もございますが、学術会議のあり方というものについて内部的な改革も行われております。同時にまた、長官が御判断になっているのと違う判断に基づいて、学術会議が、たとえば会員以外の人間派遣というようなものについて一つの例の反論をなされましたけれども、別の若い科学者で、会員ではないけれども、こういう問題に積極的に、学術会議の今後のあり方を考えて派遣した方がいいという適任の派遣もあろうと思います。  ですから、学術会議自身判断されて推進されていくことについて、長官の方から、改革すべき課題についての提言があっても、それについて学術会議の自主性というものも損なわれないように、もうすでに伏見会長長官との間には、学問の自由は尊重します、同時に、学術会議の主体的な独立性を尊重しますという前提に立って今後話し合いをしたいという話が一度まとまったことがございます。その趣旨に従って今後ともこの学術会議問題について対応をしていただきたいということを要望申し上げて、私のこの問題に関する質問を終わります。  次は、私学助成問題にいきたいと思います。  第二臨調の第一次答申には、御承知のように「私立大学等助成費については、大学、学部等の新増設の抑制、補助対象の限定、増額配分の廃止等により、総額を前年度と同額以下に抑制する。」という答申が出まして、それに基づいて、いわゆるゼロシーリングでもって今年五十億のいわば予算増をつけているというのが現状になっていると思います。  さて、今度長官そのものが参議院の予算委員会でも行革に聖域なしと言っていますから、言うまでもなく、文教全般についてこの行革の対象として今後動かしていくという一つの側面が、この私学助成に対する抑制という形だと思います。これに当たりまして行管庁の方は、私立大学並びに国立大学を含めた高等教育機関の現状の中で、一律に聖域なしという形で対処することがいいと判断をされたものと思いますが、そうですか。
  40. 山下正秀

    ○山下説明員 行政管理庁といたしましては、臨時行政調査会第一次答申を最大限に尊重して、速やかにそういう施策を実施に移すという閣議決定の方針に従いまして、その実施を推進しているということでございます。
  41. 嶋崎譲

    嶋崎委員 文部大臣もこの行革の第一次答申の基本に従って、高等教育についても、一連の概算要求などについている考え方は、閣議決定に御参加のようですから、その精神で対処するというおつもりですか。
  42. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 行革つきまして、また当面いたしましたわが国の財政窮迫の状態に対しまして、閣僚といたしましても、その趣旨につきましては同調いたしておりますけれども、この私学の問題は、特に高等教育におきまする重大性、日本におきまする私学の位置づけというものは非常に大切なものだと私は考えます。  こういう観点から、ゼロシーリングの枠内ではありましたが、われわれといたしましては、むしろ大学に対しましては五十億、また高等学校に対しては四十億の増額要求をあえて財政当局に対しましてはいたしておる次第でございます。
  43. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それが増額要求なのかどうか、まあそこは議論しなければなりませんが、そこで、いつかこの委員会でわが党の木島委員が、例の国公立並びに私立大学の三年間抑制の自民党議員立法案に対して質疑を行われた際に、国公・私立大学というものの役割り分担、それから高等教育におけるそれぞれの功績ないし意義、そういうものについてどう評価するかという議論をちょっと提起されたことがございます。今日の高等教育の中で国公・私立大学の役割り分担とその功績とでもいいますかをどう判断していますか。
  44. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 申すまでもございませんが、先生指摘のとおり、わが国の高等教育機関は国立・公立・私立の仕組みの中で発展をしてまいっております。それぞれ国は時代の要請を基盤にいたしまして国が設置者として教育の目的をそれなりに達成していくという形の責任を持って行ってきているわけでございますが、私学はそれぞれの固有の建学の精神に基づきまして学問の進展ということの役割りを果たしてきているということでございます。  ただ、今日の高等教育への基盤が大変拡充してきております。進学率三七%という大きな規模で高等教育が展開になってきておりますし、その中で私学の占める割合が八割に近いという実態、世界でもこの面の例のない発展をしてきているという中で、国公・私立というものが、それぞれの特質を生かしながら高等教育の進展を図っていく、その中でのいろいろな角度からの緊密な調整とかいう課題はそれなりに起こってきているというふうに受けとめている次第でございます。
  45. 嶋崎譲

    嶋崎委員 もう文教委員会ですから、お互いにそういう数字は持ち合わせておりますから細かな議論はしませんけれども、学校数の中で占めている私立大学の数の上から見ても、それから同時に、また学生数から見た私立大学の高等教育において占めている地位などから見ても、国公立の高等教育機関と同時に、私立大学の充実というのは、わが国の高等教育にとって不可欠であることは御存じのとおりだと思います。したがって、私立大学の充実いかんというのは、わが国大学政策にとっての非常なキーポイントになる問題だということはお互いに共通した認識として、むしろ行管や大蔵当局が抑えてくるのに対して文部大臣は抵抗しなければいけない。私は、ある意味で共同闘争をやれる立場だと思っているのです。  そういう立場からいいまして、今年度五十億ということになりますと、いままでの私学の経常費の中における国の負担率、これがやっと去年三一%ぐらいに大体なってきたが、今度は五十億円の増額要求で率はどのぐらいになりますか。
  46. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 五十五年度の決算の結果でございますと、経常費助成の占める割合は二九・七%という実績でございます。これを基礎にいたしまして推計いたしますと、五十億増の要求によります二千八百八十五億という国庫補助が仮に実現したといたしますと、二九・三%の割合になります。
  47. 嶋崎譲

    嶋崎委員 これは五十五年度よりも低くなってまいりましたね。だから、率でいくと、こう上がっていって、こうなってきて、少しこうなって、大体おととしあたりからこうなってきたところにもってきて、今度がたっといくわけですね。そういう状態になったときに私立大学ではどんな問題が今後起きると判断され、それに対してどのような対処をされようとしておりますか。どんな問題が起きると思いますか。
  48. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 私立大学助成金のねらいと申しますか、視点は、一つには、私学の経営基盤の安定ということでございます。それから一つには、授業料等学生納付金の負担の軽減に資するということでございます。同時に、私立大学研究条件の向上ということに主眼を置いた補助がなされているわけでございまして、このたびの増額要求五十億では、たとえばベースアップの当然増要素、あるいは物件費の増等の経常的経費の当然増分をすべてこれでは賄い切れないという内容でございますので、これらの私学助成のねらいの三つ方向それぞれにそれなりの問題を生ずるというようには考えておりますが、この辺につきましては、私ども、従来の配分方法がこの三つの観点でそれなりの配分方法をとってまいりましたが、これらのより改善で私学側の自主的な努力を期待していくということにもかなったような配分方法でこの分を取り組んでいくという努力が必要であろうと考えております。
  49. 嶋崎譲

    嶋崎委員 私の試算でいくと、この五十億程度で二九・三%ぐらいの負担率でいくと、いままでの授業料アップ、文部省の例の調査、五十六年一月二十二日に出した文部省の学納金調査を材料にして、各年度の上昇率、昭和五十五年八・七%、五十六年八・五%、これを約八%と仮に押さえてみて、授業料の値上げ額が大体六万円ぐらいになると思います。それに補助金の今度のアップの補助が三万円カットされますから、事実上その負担を三万円と見ると、少なくとも九万円はアップする可能性というものがあるのじゃないかと思います。そういう意味で学生負担増、父兄負担増がふえやせぬかという、私立大学その他の協会、連盟などが要望している問題にはね返ってくると考えられますが、いかがですか。
  50. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 私どもでこのたびの要求の結果では、授業料等のアップ率が六・七%の計算になります。大学生一人当たり換算額として大体五万円ほどを必要とするという、単純な計算をいたしますとそういう結果が出ております。
  51. 嶋崎譲

    嶋崎委員 私は九万ぐらいと見ておりますけれどもね。カット分の三万も頭に置いて入れてみまして、そうではないかと判断をします。  いずれにしても、今年の初めに臨調が問題になる前に「私立大学に対する公費助成の意義」という文書はお持ちでしょうが、ここで言っているように、一つの大きな問題は経営基盤の問題で、配分方式の改善の問題についてまた少し議論いたしますが、いずれにしても負担の問題が一つ問題になってくるということを私立大学側は大変恐れている。この問題が顕在化する可能性があるという点が一つ重要な問題としてあると思います。  ちょっと一つ聞いておきますが、まだ私立大学の今年度の配分はやっていませんね、大体十一月、十二月とそれから来年の春ですから。まさか人勧を値切るように、今年度の配分についても値切るということはなさらないでしょうな。
  52. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 先生指摘のとおり、本年度配分につきましては、この年末それから年度末にかけて配分を行うわけでございますが、臨調の第一次答申で種々問題の指摘がございます。これらのことも含めながら配分方法につきましての検討をいま鋭意いたしておりますが、基本におきましては、本年度の配分につきましては、従来の配分方法ということを基盤にしながら、ただ、運営に適正を欠く等の点につきましての強調等もございますので、それらの点はそれなりに考えながら配分をしていくということだろうというように考えております。
  53. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうすると、いまからやろうとする今年度の配分、いま言っているのは今年度予算問題ですが、そのときに人勧と同じように、また今年度も検討の中で配分が値切られる可能性が具体的にあるのですか、ないのですか。
  54. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 配分に当たりましての単価等につきまして、これに手を加えるというような考え方は持っておりません。
  55. 嶋崎譲

    嶋崎委員 じゃ配分の方式の改革をやるのですか。
  56. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 先ほど申しました点を主眼といたしまして、従来の配分方法がそれなりに決められてまいってきておりまして、それはそれなりの目的にかなった、配分としては適正なものだろうという基本的な考え方を私どもは持っておるわけでございますけれども臨調での御指示事項もございますので、来年度の経常費の安定というような観点から、ことしの配分と来年の配分か連動するような形での対応のよき道があり得るのかどうかというようなことも含めて、その辺も頭に置きまして検討をすべき課題だというように考えておりますが、これにつきましては、私学側を初め各方面の御意見もいただきながら、そういう連動した形での改善策があり得るのかどうかということを、結論は出ておりませんけれども、そういうことも一方に頭に置きながら、基本は従来の配分方針の基盤に立ってという考え方を一応現在とっております。
  57. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それはちょっとおかしいのじゃないですか。これはこの「内外教育」での管理局長のあれですし、個別の配分方式の検討議論になりますから、一応後にしたいと思うのですけれども、いままではたとえば五〇%から一三〇%までの傾斜配分方式というのをとってきた、これには問題があるとぼくは思うが、しかし、その傾斜配分方式でやってきて、少なくともそれを前提にして今年度の配分の計画が行われてきた、その行われてきたものを、今後は上限を一〇〇%にして、一三〇%分というのは、本来配分の方式でいくと一〇〇までしかないのを、三〇%上積みしてきたわけですから、各学校で実際に予算が余ったり、学年進行がうまくいかなかったり、いろいろありましょうから、そういう運用はいろいろしてきたと思いますが、しかし、ここで言っているのは、五十億円という、今年度は抑制された予算要求であるがゆえに、来年度以降については配分方式の検討をせざるを得なくなったわけだが、しかし、ことしはそうじゃないんですよ。ことしは、今年度の予算の中ですでに配分の額が決まり、いままでの配分方式によって配分されるわけだから、それを来年度以降の行革対象になるような配分、ゼロシーリングに基づく抑制の改革といまから連動させるためにやると言えば、今年度からすでに私学助成について新たな問題が出てくるということになります。  ですから、よもや人勧を値切るように——各大学が今年度予定していた分については、いままでの五〇%から一三〇%の傾斜配分方式に基づきつつ、予算を消化しつつ対応していくということだけは前提にして、来年度以降はいまから議論しなければなりませんから、そういうふうに対処していただけるものと思いますが、どうですか。
  58. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 基本は、先生のいま御指摘のとおりでございます。ただ、経営基盤の安定とかいろいろな観点がございますので、これは実際に予算の額が確定いたしませんと問題でございますが、私学側の自主的な努力を大いに期待していくという基本に立ちながらの今後の対応でございます。その際に、本年度の基本に立ちながら、何らかの連動した配分の余地があるのかどうか、その方が結果において私学側の経営基盤の安定あるいは授業料の値上げを控えるとかいうようなところに結びつけ得る余地があるのかどうか、この辺はそれなりの研究課題だと思っておりますが、それができるとか、するとかいうことではなくて、一方にそういう面も少し考えていく余地はあるのかどうかということを含めまして、率直にお答えしたわけでございます。
  59. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今年度は今年度で対処します、しかし、それの改革すべきところについては、改革検討をやっていい、だけれども、今年度の予算の問題で、いまわれわれが言っているのは来年度以降の問題なんですから、人勧と同じような扱いを平気でこの際から始めて、今年度にも適用するということは、よもやあってはならぬということをまずはっきりさせておく。そして今年度の配分に当たって何を検討し、そしてどういう新たな改革に向かったかについて、一定段階で資料ができ上がったら、資料を提出していただきたい。
  60. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 新たな配分方法につきまして、各方面の意見も聞き、私学振興財団での具体の検討の案ができましたときは、資料の提出をいたします。
  61. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そこで、五十億円増でいった場合に、これは「内外教育」情報ですから、正確かどうか、まず確認しますが、「配分については、これまで水増し率、教員一人当たり学生数、学納金全体に占める教育研究経費」云々と言って「標準補助額の五〇〜一三〇%の間で傾斜配分してきたが、新たに教職員給与の高い大学について減額措置をとる。また「ある程度の水準止めをしたい」とする大蔵省の意向を受けて、例えば一〇〇%で頭打ちにする一方、特別補助を活用してよりよい教育研究条件に誘導することを考えている。」、こう「内外教育」九月十一日号で報道しております。  いままでの傾斜配分方式の一〇〇%以上について、水準の上をとめる、三〇%をカットしつつ別の柔軟な対応でもって処理するという指示を、「大蔵省の意向を受けて、」と書いていますが、大蔵省、どうなんですか。
  62. 浜本英輔

    ○浜本説明員 お答えいたします。  配分の問題につきましては、ただいま管理局長からお話がございましたように、文部省の方でも御検討が始まった段階と伺っておりまして、大蔵省文部省の間でこれから詰めていく問題でございまして、ただいま先生が御指摘になりましたような、大蔵省からの具体的な指示というようなことをこれまで行っているわけではございません。  ただ、大蔵省といたしましては、こういう状況でございますから、財政当局として、財政当局の責任において、こちらの状況を正確に文部省にお伝えし、こういう問題を詰めていただく上において、大いに現在の状況というものを踏まえた配分方式というようなものを考えていただきたいという気持ちを持っておることは事実でございます。
  63. 嶋崎譲

    嶋崎委員 管理局長、いまの一〇〇%水準どめの意味……。
  64. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 いま改善方策につきましては慎重に検討しているところでございまして、傾斜配分による増額配分の廃止というような臨調答申の御指示もございますが、それなりの意義を持って私立学校の研究・教育条件の向上ということに資してきている経緯もございますので、それらの諸般の状況を十分検討しながら、よりよき改善策を生み出すということに努力中でございます。具体にどうするかということにまでいま検討が入っておらない状態でございます。
  65. 嶋崎譲

    嶋崎委員 要するに、いままでの傾斜配分方式というのは、それぞれに努力をしますと、学生納付金をなるべく抑制するように努力すると三〇点とかいって、総点が一〇〇点ですね、そしてまたマイナスの側面もありますね、私学助成法に伴って法律違反的疑いがあるとか不正経理があったとかいろいろのあれで。そういうのを差し引いて点数を出していくのだと思うけれども、いままでは配分方式一〇〇点のところを一三〇%になった。本来配分の中では一〇〇なのに、どうしていままで一三〇になったのかということと、その三〇%今度切ったら、それがどういうふうに傾斜配分上に影響を与えるのかということを聞きたいのです。  というのは、いままでの傾斜配分方式にいろいろ問題があります。結局、いい大学にはいい配分になるわけです。しかし同時に、そのことは、私学のいままでのいろいろないわば経営基盤、それから学生の学納金、入学金などに対する抑制措置的な役割りを今日まで果たしてきた。だからこそ、私学助成法によって国が助成したことが、逆にたとえば経常収入に占める授業料、学生納付金の収入の割合が、昭和四十五年七八%ぐらいだったものが六六%になったとか、本務教員一人当たりの学生数が、かつては三〇・五人だったものがいまは二八・六人になったとか、そういういろいろな成果が上がってきたわけですね。だから、そういう成果というのは、今日配分方式にいろいろ問題はあったにせよ、一つのてこになって私学全体の水準をレベルアップしていくのに役割りを果たしてきたと思う。だから、いままでのいわば配分方式を頭に置いて、今後私学は、おれのところには来年これだけ来るだろう、これだけ来るだろうと期待をしていたら、来年度以降は五十億に抑えられて負担率は三割を割ってしまったということになると、その意欲をまず失うわけ、全面的に失うわけじゃないが……。国民全体ががまんしなければいかぬという時代だということを一般的に言えば、努力しなければならぬということはあるにせよ——そういう意味で、やはりいままでの配分方式の持っていたメリットを頭に置く必要があると私は思うのです。  結局、五十億という抑制が問題になってきたものだから、管理局長自身がいままで実際に言っていた一〇〇点以降の一三〇%について三〇%カット、これは特別研究その他で埋めるとかその他の、教官の給料などにも問題があるから、いろいろなところをカットするとかいうことを言うのだろうが、その配分方式の改革というのは、それ自体一つの重要な意味を持つと思う。だから、その三〇%の削減というのは、どういうことになって、どんな意味を持つのですか。
  66. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 先生指摘のとおり、大学のそれぞれの教育・研究条件を維持向上させるというそういう観点から、たとえば学生定員を守っておる大学あるいは学校収入の中から学生の教育あるいは教官の研究費等に充当している割合が比較的率が高いところ、あるいは一人当たりの先生の指導される学生の数が適正な学校、そういうようなところにつきましては、それぞれ点数を高くいたしまして、一〇〇のところを一三〇という三〇%増の配分をしてきたということで、このことは、さらに片方で特別補助施策を講じまして、研究条件の整備等への補助策を講じておりますが、これと両々相まちまして、いま先生指摘のような私立大学の諸条件がそれなりに整備をされてきたということで、このことに大変意義のあるところでございまして、このことがそれぞれの大学の自主努力を誘導してきたという大変な効果がありますので、これらの増額分を廃止と臨調の方で御指摘でございますが、このことの従来持って来た意義、役割りと申しますか、その配分はそれなりに適正な意味を持っておった、われわれはそういうふうに思っておるわけでございます。それらを踏まえながら、諸般のよりよき改革を考えていくということでございます。
  67. 嶋崎譲

    嶋崎委員 したがって、その一〇〇%を超える分のカットについては、管理局長も言っているように、いろいろな形で対応する努力はわかりますけれども、恐らく国庫負担率が三割割ったというそのこと自体が、全体的に波及し、大学内部の世論もつくり出されるだろうし、授業料値上げ問題にも波及するだろうし、そういう一連の問題と絡んでくることを、専門的に詳しいことをみんな御存じではないにしても、絡んでくるだけに、この対応の仕方についても、今年度からの検討が来年度に向けてどうなるか、それも恐らくいま検討しておることと連動するのだから、早晩方針が決まるでしょうが、それも決まったら資料を提出していただきたいと思います。  さてそこで、私は、この私立大学というものを論ずるときに非常に大事なことは、いままで私立大学行革をやってきたということだ、簡単に言えば。そうじゃないですか。国全体の文教予算の中で国立は八割使うのです、私立には二割しか使わぬわけです。しかも八割の高等教育が私学で行われておるという意味では、国の金の使い方というのは、これ自体がわずかの金で能率を上げたということですよ。学生一人当たりの経費を見たって、私立大学と国立大学を比べてみて、いま仮に私立大学を国立大学並みに経営しようとしたら幾ら金がかかるか、四兆円かかりますよ、試算では。私立大学にそれだけ要る。その四兆円かけなければならないものをわずか三千億でやっておるんですよ。しかも私立大学は国全体の高等教育の八割になっておるでしょう。それがわずか三千億の国費で済むんですわ、実際は四兆円かかるものが。非常に安いコストでもって高等教育をやってきたという意味では、大変な行革的発想、つまり、これは民間活力でやってきたわけだ。  学生一人当たりの経費だってそうでしょう。学生一人当たりにかかっておる経費は、恐らく私立大学の場合は十五万五千円ぐらいでしょう。国立大学でかかっておる学生経費は二百二十八万一千円ぐらい、国立大学の経費の全額じゃなくて九五%を負担したとしても、一人当たり学生には国は二百二十八万円金を出しておるわけ。国は、私立大学には去年の数字で言って二千六百二十億円出していて、一人当たり十五万五千円、十四分の一なんですよ。もちろん私学は私立ですから、私立大学の持っている経営努力もしなければならぬ、その特殊性を生かさなければならぬが、私学の持っている公的性格から私学助成という法律に踏み切って、われわれは二分の一以内と言ってきたのです。  そういう意味では私立大学というものが高等教育の中で占めている役割りと、それにかかった国の経費を考えたら、いままでにすでに行革をやってきたのです。これは日本の経済の民間活力じゃないですか。現実に日本の社会の中でヨーロッパとどこが違うかと言えば、ヨーロッパは全部、若い者は失業問題です。日本は若い人たちがみんな企業に入って何をしているか。その高等教育を受けた人たちが中間管理者になったり技術者としての下請をやったり、そうして日本経済を支えてきたんですよ。したがって、こういう私立大学の持っているいわば民間活力、その活力がいかにわずかの金で行われたかということを総括してみたら、一般の行政管庁並みにここもやはりゼロシーリングで抑えなければいかぬのだ、そんなことになるはずがないと言うんですよ。日本の今日の経済活力というものが人間の養成にあり、しかも、その人間の養成に重要な高等教育を私立が担う、そういうことがこれからの日本経済にとってはものすごく大事なことでしょう。そういう議論文部大臣を含めて政府はまともにやったことがあるのですかとぼくは言うのです。  大蔵省、どうですかね。上から決まればやればいい、予算を切ればいいというものじゃないですよ。大蔵省にも、文部大臣にも、管理局長にも聞きたい。ちゃんと言うべきことを言うて対応しなければならぬ。閣議で決まったら、はいそうですか、抑えるだけの議論をするならだれでもできるがな。そういう日本の高等教育における私学教育が持っていた意味をよく総括して——私学助成法というのは、これの二分の一以内と言ってきたんですよ。大体二分の一がいままでの目標じゃないですか。かつては施設費に対する補助をやってきた。今度は経常費に対する補助に切りかえた。そして二分の一以内と長い間われわれここで議論してきた。目標を掲げておって、ここ三年間抑えるのかどうか知りませんが、先になってどうするのか。  最後に詰めますけれども、いずれにしたって、そういうきちんとした議論をした上でこういう問題にわれわれは対処すべきだと思う。ぼくに言わせたら、国民全体ががまんしなければならないにしたって、通産省は予算減らぬのと同じように私学助成は減らしちゃいけませんよ、防衛庁を減らさぬなら。日本経済を考えるときには、国政全体の中で見たら、私学助成みたいなただでさえ少ないものを削る理由はないとぼくは思うのです。大体そういう論理を立てていない。しかし、私学人たちに耳を傾けさえすればそんなことはわかることだと思う。今日までの私立大学が果たしてきたそういう意味を考えたらカットすべきではないという主張なんです。そういう意味で、五十億じゃ私学の中に騒動が起きます。予言しておきます。教育環境が悪くなります。こんなのをほっておいたら、また学生問題が起きます。そういう意味で、最後に、国立大学もやりますので時間がありませんから、一つだけお願いしたい。  これから当面三年間、私学が予定した金、助成が全部抑制されてくる。年金だって、先で利息をつけて返すという話をしておるんですよ。それならば、三年間抑制される際に、抑制される分について、教育基盤の充実や学生納付金の率の低下などを勘案してみて、どうしてもこれだけの金が要るということについて、仮に私学財団なら私学財団がその間について借り入れというものを保証して、そして、それの利子をめんどう見るか何かして、とにかく先で返すのと同じような——これは年金財政みたいにあるものと違うのですから、毎年毎年赤字が積もっているのです。だから、それについては特別な措置をとるべきだと判断しますが、検討してますか、文部大臣
  68. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 最初に、私学助成の重要性を先生強調されました。私どもも、まさにその考え方に立ちまして、ゼロシーリングあるいは補助金一律一割カットというような厳しい環境の中で増額要求をさせていただいているところでございますし、いま臨調でさらに高等教育のあり方の御検討がされておりますが、その際も、文部省といたしまして、私学助成の重要性を強調してまいってきておるところでございます。  今後どのような形になるのかということは、財政状況等を背景にしながら展開されていく課題でございますが、私どもとしても、よりよき充実を図っていくということでございます。臨時の措置としての、あるいは先生の御指摘の方法があるのかとも思いますが、一般的に、人件費等の経常費につきまして、これを借入金で充てるということは、なかなかになじまない問題でございます。私学がこの辺を好むかどうかという問題がございます。  臨時的経費につきましては、後年度の学生もこれを利用するということがございますから、それなりの長期借入れ等の措置がございますが、先生指摘の点につきましては、私どもも、それなりの考え方をしてまいりたいと思っておるところでございます。  三年間抑制のままでいくのかということにつきましては、私どもは、それでは、従来とってきております私学の財政基盤の安定あるいは授業料負担の軽減、さらには、よりよき研究条件の向上で今日の高度な社会における高等教育の責任を果たすということに無理がくるという考え方を基本に置きながらがんばっていきたいということでございます。
  69. 嶋崎譲

    嶋崎委員 ぼくもわからない。人件費みたいなものを借り入れとして処理するようなことはなじまないという制度的な問題もあるでしょう。だから、専門的な細かなこと、実務はわからない。ただ、はっきりしていることは、ほかの年金にせよ、その他にせよ、四十人学級にしたって十二年間の枠でやると言っているのですから、少なくともその間被害をこうむるであろう。先ほど言った理由で、私学というのはもうすでに行革をやっているということです。そういう意味で、大変な安いコストでもって重大な社会的責務を果たしている。それだけに、切るべき性質のものじゃないとぼくは思う。少なくとも二分の一以内と言っているのですから、どんな計画を立てているか、少しずつは上がっておるが、何も計画も立てていない。しかし、それがいつになったら二分の一になるのか。四十人学級は十二年と言っているのですが、ただ目標があるだけであって、どこにゴールがあって到達するかわからない。現実の構造の中で現実に下がっていくわけですからね。  そういう意味では、やはり緊急避難的な意味で、当面大学側が対処しやすい対処の仕方について制度的に十分検討してくれということを強く申しておきますから、その検討内容についても御報告を賜りたいと思います。
  70. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 国の財政歳出を削減するという大きな渦中にあるわけでございまして、それなりの努力を文部省としてすることは当然でございますが、私立大学側におかれましても、今日の環境、その中において自主的なより一層の努力を強く期待してまいりまして、また私ども、配分方法の改善その他を含めまして、これが直ちに授業料の値上げ等の形だけで展開しないように十分大学側との協力、連携を密にしながら対応してまいりたいというように基本は考えておるところでございまして、私学助成の重要性ということを十分認識しながら進めてまいりたいと思っております。
  71. 嶋崎譲

    嶋崎委員 歯切れが悪いけれども、要するに緊急避難的な意味で制度的に検討してくれと言うんですよ。それは重要性はわかった、はい、わかりましたという話じゃ何のことかわからぬから、制度的検討をしてみて、これはできるが、これはできぬとか、その最大限のいわば緊急的な措置について検討してそれを報告せい、こういう趣旨ですから、わかりましたね。
  72. 柳川覺治

    ○柳川(覺)政府委員 今後の私学側の努力等も含めまして推移がございますので、そういう中で、先生指摘のような措置が必要であるか、また具体にどういう措置がとれるか、詰めまして御報告いたしたいと思います。
  73. 嶋崎譲

    嶋崎委員 次は、国立大学です。  今度の第二臨調の第一次答申の定員削減に関連して、従来の第一次から第五次までやってきた定員削減計画では対象外とされていた国立医大の附属病院の基幹職員、教員、医師、看護婦、基幹職員ですから衛生検査技師、薬剤士なども含むと思いますが、そういうものが対象とされることになりました。  これは文部大臣、五%の定削問題について閣議で賛成されているわけですから、実態に基づいての議論はいままでにするとして、この方針で臨むのですね。
  74. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 これらの問題につきましては、すでに御承知のとおり、閣議におきましても、われわれは大学等の附属病院その他におりますこういう関係の方々に対しまして、その間の状況に応じて善処することを特に強く要望してまいった次第でございます。
  75. 嶋崎譲

    嶋崎委員 何かよくわからぬけれども、まあ善処するのでしょう。  そこで、実態を少し披露しましょう。いまから五年間の国家公務員の五%定削に当たって、この五%をどのように実現していく基本計画を持っていますか、文部省
  76. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 今回の定削に当たりまして、先生指摘の国立学校の教官、看護婦等、従来定削の対象外とされておりましたものについても、定削について聖域なしという考え方でぜひ対応をしたいということで、政府としての決定があったことは先生承知のとおりでございます。  私どもとしては、国立学校の教育、研究所あるいは病院における診療等に支障があるというような観点で、定削そのものが本来むずかしいということはずいぶん政府部内においても主張をいたし、理解を求めてまいってきたわけでございます。  たとえば、閣議の席等におきましても教育・研究、診療の特殊性に留意して、実情を踏まえて適切な配慮がなされるようということは、文部大臣からも要望をお願いした点でございます。  しかしながら、政府全体の方針としては、やはり教官、看護婦等についてもやむを得ないということで対応せざるを得ないということになったわけでございまして、公務員全体から申せば五%ということでございますけれども、具体的に教官、看護婦等について対応するについては、その削減の負担ということについて、従来の例で申しますと、過去定削が行われました第一次ないし第二次の定員削減の際には、やはり全体で五%の際に、教官、看護婦等については一%の定削ということで従来定削が実施された経緯が過去においてございます。その後、教官、看護婦等については、困難であるということで対象外とされて今日にまで至ってきておるわけでございます。その過去の例よりもさらに削減率については低くするという形で、私ども実態上対応できるような形で実施するように関係省庁とも折衝したところでございます。
  77. 嶋崎譲

    嶋崎委員 私が仄聞するところによると、基幹職員については〇・五%、行(一)、行(二)については約一〇%というような形で対処したいというふうに聞いておりますが、そうですか。かつての一%よりも低い〇・五%という対処ですか。
  78. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 そのとおりでございます。
  79. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それでも前回は対象外にされた理由は、やはり切れぬのですよ。それに国立大学病院、いまから少しやってみますが、それじゃ現在、昭和四十八年度から設置された新設医大、それからそれ以前の既設の医大、そういうところの定員の充足率は何%いっていますか。
  80. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 定員全体の充足率については、ただいま手元に資料を持ち合わせておりませんが、たとえば、特に看護婦について申し上げますれば、看護婦については、もちろん欠員がない状態でございまして、さらに看護婦については、新設の医科大学等について申せば、看護婦の確保対策ということで、たとえば暫定定数というような形で看護婦について確保を図るというようなことで対応しているというのが現状でございます。
  81. 嶋崎譲

    嶋崎委員 文部省行革に遠慮したのかどうか知りませんが、おととしぐらいまでは充足率を出していたのですが、最近の資料を去年あたりから出しておらぬのですよ。だから、ちゃんと充足率を一遍整理して資料を提出してください。  それは後で資料をいただくとして、じゃ現在の実態がどうなっているかについて、全国国立大学病院長会議、そういうところでいろいろ臨調答申前にも要望書が出ておりますし、臨調答申が出てからも要望書が出ております。同時に、また国立大学協会からもその臨調答申前とその後、一連の要望書が出ております。そういうのはみんなお読みになっていると思います。  そういう中で、なかなか文部省の定員充足率がはっきりせぬものですから、私は、某大学調査いたしましたが、こんな数字です。地方のある伝統のある大学病院でございます。これを見ますと、定員外の職員は、非常勤職員と言われる分ですが、これは一九七〇年と八〇年の統計をとっても、ふえこそすれ減ってはおりません。それからパートの職員、たとえば看護婦さんにもパートがおりますが、そういうようなパートについても、七〇年の段階で五人だったパートが八〇年の段階で五十三人にもふえております。これは非常勤職員以外に、パートですから大変に劣悪な条件で、同じ資格を持っている人間でも、各科の看護婦さんでも仕事をしているわけです。こういう実情があります。  それで、たとえばその大学の看護婦さんの総数が大体三百四、五十ととってみると、看護婦さんの非常勤職員は大体一割、三十四人ぐらいおりまして、そしてその中にパートが六人おります。こんなのは恐らく各国立大学の病院にあり得ると思います。  こういうような状態のところで、仮にその〇・五%が、全国にしてみたら、数にしたらせいぜい七、八十とか百とか百八十ぐらいかもしれません。しかし、大学病院の中で非常勤職員が現実におって、それでも足りぬでパートを入れている現状の中で、そもそも削減の対象になるものかどうかという点が問題なんです。  それで、大臣に聞きますが、国立の大学病院というのは何のためにあるのですか。
  82. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 お答えいたします。  私の持っております資料でございますが、国立大学の附属病院は、臨床医学の教育・研究施設といたしまして設置されておるのでありますが、附属病院における診療活動を通じまして、学生の教育の場として非常に重要な治療、診療の開発、研究の実践場といたしましての重要性、特にまた、附属病院が同時に本来的な診療機関でありますが、その高水準の診療機関を活用いたしまして、総合的に地域医療水準の向上といった面につきまして非常に努力をいたしております。  先ほど来お話のございました件につきまして、冒頭の私の申し上げたことがはっきりいたさなかったかもしれませんが、閣議におきましては、私、これらの問題について特に総理に面会いたしましてこの問題を申し、さらに八月十幾日かの閣議におきましても、再度この問題は強く要望いたしてまいりました。
  83. 嶋崎譲

    嶋崎委員 全国医学部長病院長会議が、ちょっと古い資料ですけれども昭和五十四年に日本の医学教育に関する白書を出しているのは御存じですか。
  84. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 先生ただいま御指摘の点は、ちょっと私、資料を読んでおりません。
  85. 嶋崎譲

    嶋崎委員 大学局長がこんなものを読んでおらぬでどうするのかね。  いずれにしても、時間がありませんから細かな議論を省きますが、この中から抜粋してみますと、いままでの第五次の定員削減によって、附属病院の定員削減は行政(二)の事務職にしわ寄せが来ております。しかも病院の管理運営に支障が見られる証拠に、この白書の中で挙げている数字を申し上げますと、パラメディカルの職員についてですが、一大学当たり平均所要人数が三百人に対して、非常勤を含め現状百二十人、充足率は三七・五%、事務職員は八四・二%、それだけが定員なんです、いま言ったのは。三百人のうち百二十人。それから平均三七・五%が定員であって、一五・八%は非常勤であると述べております。  ですから、現実にこの非常勤というものが重要な役割りを果たしておるし、そこへ持ってきてパートなんかも入っているわけです。  大体、非常勤職員というのはいままでどういうふうに扱っていますか。給与の面並びに労働時間その他の面をどう扱っているか。
  86. 齋藤尚夫

    ○齊藤説明員 国立学校におきます非常勤職員の職種は非常に多岐にわたっておるわけでございます。教育に従事する非常勤講師、非常勤医師、研修医等も非常勤職員でございますが、一般に事務を補助する職員、図書館やあるいは病院でその業務の補助をする、いわゆる日々雇用職員が当面の一番重大な問題を抱えておるわけでございます。  このことにつきましては、かねてからその実態にかんがみまして、その一部必要なるものにつきまして定員化の努力をしてまいると同時に、その勤務形態にかんがみまして、その抑制にも努力をいたしてまいりました。また、それに関連いたしまして、それらの方々の処遇の改善につきましても努力を重ねてきたところでございます。
  87. 嶋崎譲

    嶋崎委員 非常勤職員は、例の昭和五十五年五月何日かの通達以降、四月一日採用以降は御承知のように全部三年間で首を切っていくわけです。契約三年、それで一年ごとに更新。そして、やめるときは三月三十一日付でやめさせて四月一日付でやりますから、定昇みたいなものがみんなカットされるわけです。それと同時に、それが全部ボーナスにも加算されますから、同じ看護婦さんであっても、同じ仕事をしていても、給与その他の面において非常に悪い条件にあるわけです。そんなことはもう説明しなくてもわかるでしょう。そういう非常勤職員がいて、その非常勤職員も国がめんどうを見ているのは全員じゃないわけです、その予算措置は。半分であったり六〇%であったりしています。そのほか、今度は大学病院の中でさらにそれを非常勤職員として大学の中の予算でもって処理していくのです。それも御承知のはずです。実態は恐らくつかめぬでしょう。各大学予算要求するときは、そんな実態を余り出さずに、少しずつでも欲しいものですから、一気に大きな要求をするとつけぬですから、数字をごまかしては予算要求しているから実態は入ってみなければわからぬでしょう。  そんな実態になっているわけですから、少なくともいままでの第一次から第五次までの定削の対象として医師、看護婦、基幹職員については一%でやってみても、別枠にしてきたという意味を反省してみると、今度わずかであっても、それを仮に〇・五%ぐらいだとおっしゃるけれども、そんなものは定削の対象になる性質のものではないとぼくは思う。そういうふうに思いませんか、大学局長
  88. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 御指摘のように、国立学校の教官について言えば、それぞれ講座なり学科について個別に教官の張りつけということが行われているわけでございますが、それでは現実に教官の定員をどの講座でどう削減をかけるかという具体の問題になりますと、大学の学部におきます教育・研究組織の具体的な検討を待たなければならないわけでございます。そういうような教育・研究組織の面での特殊性と申しますか、いわゆる一般の行政事務を処理している部局とは全く異なる組織であるということなどについても、十分関係省庁にも理解を求めるように、私どもるる説明もいたしてきているところでございます。  国立学校全体で申しますと、教官の場合にはたとえば現実問題として欠員がいるというような実態はございますけれども、しかしながら、それはそれでまた、そういう教官の配置について、それぞれ教授会なりの選考過程で生じてきている現実問題でございます。  また、特にいま御指摘いただいている点、看護婦の場合には、さらにその点か、もうどれほど少ない数字であろうとも定削の対象にするということは、そもそも不可能ではないかという御指摘でございまして、その点は大学の附属病院の実態というものが、御指摘のように正規の定員の看護婦の数では十分でない、したがってそこに、いま御指摘のようなパートの問題でございますとか、非常勤の職員でそこをカバーせざるを得ない。それも、予算措置をしたもの以外に、それぞれの病院の実態に応じて現実問題として処理をしなければいかぬ課題を抱えているものですから、そういう対応にならざるを得ないという現実があるということも、御指摘の点は事実でございます。  私どもも、そういう問題点の解決に当たりましては、特に看護婦につきましては、たとえば二・八体制の解消というようなことで、看護婦の定員の充実については従来からも取り組んできて、若干ずつでございますが、そういう点で改善は少しずつ見ておるわけでございます。  そこへ至りまして、今日定員削減、率は、ほかの一般行政職から見れば大変配慮はいただいているわけでございますけれども、看護婦についても定員削減を考えなければならぬという事態を踏まえまして、私ども、現場の対応として大変困難な状況にあるということは重々承知をしている点でございます。  明年度の定員の概算要求等につきましても、たとえば繰り延べその他いろいろな措置を通じて、定員要求の全体の要求額そのものも大変厳しい状況にあるのは御存じのとおりでございます。そういう事態を受けまして、現実問題の処理としては大変苦慮いたしているというのが実情でございます。  しかしながら、もちろん、このこと自身政府としては決められた方針でございまして、それを現場とどのようにすり合わせをしながら対応していくかというのは、これから現実の処理としてやっていかなければならぬ課題でございまして、現場の担当者の意見等も、十分実情を聴取しながら、実務の支障が最小限となるように、その辺は実態を十分踏まえながら対応してまいりたい、かように考えております。
  89. 嶋崎譲

    嶋崎委員 臨調の第一次答申を受けて閣議決定でも国家公務員の定削の方針に踏み切っているわけですが、ここでこう言っています。国立大学運営費等については、大学・学部の新増設を見送るという後に、学生納付金の引き上げ、これは授業料問題。その後に、附属病院における収入増を図る。病院が収入を図るというのは、具体的にどういうことですか。
  90. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 国立学校は御案内のとおり特別会計でございまして、それぞれ国立学校、研究所、附属病院という項に分かれているわけでございます。病院について申せば、これはもちろん診療を実施することによりまして歳入が上がるわけでございまして、特に臨調の第一次答申で、附属病院の収入を上げるということが御指摘のように言われております。しかしながら、本来の病院の機能というのは教育・研究というようなことが基本でございまして、いわゆる一般の病院とは本来機能が異なるわけでございまして、特に定員削減というような事態を踏まえて収入を片や上げるということについては、その点で実際問題として非常にむずかしい問題がいろいろあろうかと思います。  ただ、具体的な病院の稼働率については、従来よりも稼働率を努力して引き上げてもらう方向で、私どもとしても、国立学校特別会計の予算全体の中においては、やはり歳入の増を図るということも必要な事柄ではあろうかと思っておりますが、御指摘のように、片や定員削減をしながら収入を上げるということについては、現実問題として非常にむずかしい離点があるということは十分承知をしております。
  91. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いま国立大学の病院の稼働率の平均は何%と思う。七十数%です。だけれども、すでに九〇%ぐらいの稼働率を上げている大学があるわけです。そうすると、平均七〇%だけれども、稼働率九〇%ということになれば、それに関連して看護婦さんが必ず要るわけですよ。そうでしょう。稼働率を上げなければ収入が上がらないですね。外来の患者がふえなければ上がらぬわけでしょう。薬を出さなければ収入が上がらぬわけでしょう。だとすれば、片一方で病院収入の増収を図れと言いながら、定削を病院の特に基幹職員に向けてもやれというやり方は、これは全然矛盾ですよ。だから、そういう意味じゃ国立大学の病院の稼働率を上げる努力をしたらいいとぼくは思う。それには看護婦さんをふやさなければいかぬですよ。そうしないと二・八にならないのです。二人の深夜じゃなくて、一人看護婦さんで深夜の仕事をしなければいかぬような配置になり得るのです。一般的な話じゃありませんけれども、個別的にいくとそんな問題があっちこっち出てきます。  だから、そういう意味で、病院収入を上げろという考え方を持った行革の思想と、さっき言った国立大学病院が診療の上でも医学の教育の上でも、それから地方に対するサービスセンターという意味でも重要な役割りを果たさなければならないということとは矛盾するんですよ。収入を上げろということの合理化問題と定削と言っているのは相矛盾していることなんです。そういう問題を閣議決定して、〇・五%なら〇・五%をまた削減するという方針は、そもそも間違っている。返上しなければいけません。返上した上で——そんなもの全体で見れば大した金じゃないですよ、むしろ充実させるにはどうするか、どこかほかに何かないのかと考えなければいけません。これもさっきの私学と同じ緊急避難課題だとぼくは思う。だから、そもそもこの思想が間違っておる。国立大学病院その他について、依然として増収を図れと片一方で言いながら、片一方で定削の対象に医師、看護婦、教官をする。数は大したことないにしても、その思想は相矛盾しているとぼくは思う。特に、国立大学の病院の場合には慎重な配慮が要ると思う。  だから、そういう意味で、この定削対象としてかって第一次から第五次まで外してきた意味をもう一度確認する。ぼくは文部省を追及しているのじゃなくて、行管に向かって、大蔵省に向かって一緒に闘わなければいかぬのですよ。そういう気持ちで、やはり与えられた課題に対して対処してほしいということをぼくは申し上げているのです。  もう一つだけ聞きます。  第二次臨調が非常勤講師というものを何か検討するみたいなことを言っていますね。御存じですね。非常勤講師って何ですかね。足りぬさかい呼んでいるのですか。大学局長、非常勤講師というのは、そんなものじゃないでしょう。非常勤講師というのは何ですか。
  92. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 御指摘の点は、臨時行政調査会の第一次答申の中で触れられている点で「国立大学教官の配置基準の合理化(非常勤講師の活用を含む。)」というところに関連しての御指摘ではないかと思います。  これは国立大学教官の配置基準について、講座制なり学科目制なりについて、今日配置基準に従ってそれぞれ教員の配置をしておるわけでございますが、時代の進展に対応してそれらの点の合理化を考えるべきでないかという提言であろうかと思っております。私ども、合理化自体についてはもちろん検討するということは必要であろうかと思っておりますけれども、現在の国立大学の個々の教官の配置その他につきましては、もちろん、それに至るまでの経緯と申しますか、長い経緯の上に成り立っているものでございまして、それを、さらに社会情勢の変化ということに対応して、組織の転換でございますとか、個々の取り組める問題については、それぞれ取り組んで今日まで来ておるわけでございます。  これは研究所の転換でございますとか、あるいは講座なり学部の改組その他を通じまして、それぞれ対応してきている点でございますが、現実問題として、まずは大学の自治の大原則が前提にあるわけでございまして、大学側の対応がまず第一に必要なわけでございます。そういう点で、いわゆるほかの組織のように、きわめて短時間の間にそういうことを転換しろと言っても、現実問題なかなかむずかしい問題点がある。私どもとしては、そういう大学というものの実態を踏まえながら、それをさらに社会の要請に対応するような形で適宜転換その他についても対応してきておるわけでございまして、この非常勤講師の活用という点は、恐らく正規の定員以外の措置で対応する問題点を指していることであろうかと思いますけれども、国立学校にも非常勤講師はそれぞれずいぶん置かれているのが現実でございます。私どもとしては、十分対応する点は対応しながら今日までやってきておりますが、その合理化については、今後もさらに検討し、努力をしていかなければならぬ事柄だと考えております。
  93. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それを聞いていたら時間がないから説明してやりますと、非常勤講師というのには二つの面があるのです。一つは、専門家がいないがゆえに、特殊な講座やテーマを講義し、教育をしなければならぬという、課題で埋めるという場合です。もう一つは、専門家が育っていないために、当面その空き定員を埋めなければならぬという両面を持っていると思うのです。だから、そういう意味で非常勤講師というものは、実際には年じゅう学生を相手にしているのじゃなくて、集中講義で来る場合もあれば数カ月しかいない場合もあるわけですから、教育という観点からすると、非常勤講師というのは必ずしもいい制度じゃないわけです。その非常勤講師を活用しての教官の定削という問題の立て方が間違っておると言うのです。そういう意味臨調のこの考え方は間違っているという点だけ指摘しておきます。  もう時間がありませんから、あと一つ、二つちょっと具体的な課題がありますが、昭和五十七年度以降の新設に予定されている福井の医科大学、それから山梨の医科大学、これは附属病院について今後抑制措置はとるのですか、とらないのですか。
  94. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 新設医科大学つきましての附属病院についてのお尋ねで、具体的には福井、山梨、香川の三医科大学の附属病院についてのお尋ねでございますが、それらについては、年次計画に従って対応してきておるわけでございまして、この三医科大学については、計画で実施をすれば、学年進行に伴いまして従来の既定のものと同様の対応をすれば、五十八年度、明後年度でございますが、病院を開設するということになるわけでございます。  私どもとしては、医学教育にとって大学の附属病院は不可欠のものと考えておりますので、これらについては学年進行に伴って年次計画に沿って病院の開設を実施する考え方に変わりはございません。
  95. 嶋崎譲

    嶋崎委員 わかりました。  御承知のように、三年に入りますと臨床との関係で十七診療科、六百床というのはもう基準で決まって動き出さにゃいかぬものですから、これは簡単に抑制措置の対象になりませんから、計画どおりにやるということを御確認いただきましたから、それを進めていただきたいと思います。  それで、せっかく育英会の会長が見えていますので最後に締めくくりでお願いしますが、今度の臨調に対する定削五%問題に関連して、ぼくはこれからの対処の仕方で二つ問題があると思うのです。  一つは何かというと、基幹職員、たとえば医師、看護婦、こういう実際に機械化もできなければ合理化もできない、そういうところの人間、たとえば具体的には看護婦さんですが、これは少なくとも定削の対象にならぬとぼくは思うのです。たとえば薬剤師だとか——減せという意味じゃないですよ。薬剤師だってぼくの調べたある大学では半分非常勤です。それから衛生検査技師も半分非常勤です。ですから、ここでも定員問題はありますが、それでもここは機械化されたり、このごろは昔みたいに一々薬をやりませんからね、機械化されたりしていくので、ある意味では柔軟な対応ができる可能性を持っておりますが、事、看護婦さんはありません。事、看護婦だけは病院の中では対象にできる構造にないということです。  そういう意味におきまして、少なくとも文部省は、向こう五年間定削五%の対象に医師、看護婦と入れたけれども、その医師と、非常勤講師を含めての問題だけれども、少なくとも病床を担当している看護婦については対象の枠から外すという最後までの敢闘と努力を願いたいのです。その決意を聞きたいのが一つ。  もう一つは、今度はそうなりますと、基幹職員全体として〇・五%を五年間にやるということになると、教官や医師は基幹職員ですから、なるべくこれは〇・五%ですから押さえているとすれば、どこにしわ寄せが来るか。言うまでもなく行(一)、行(二)であります。行(一)、行(二)というのは、臨調の答申によればクリーニング、レントゲン技師、電話の交換手、それから用務員、こういうところにひずみが来るわけです。  これに関連して、すでに予算委員会でも公明党の草川さんなどもいろいろ議論をしておりますが、いま各大学の中にこの行(二)の職員の仕事を委託業務として取り扱うという動きが始まっています。ひどいのがありまして、これはぜひ一遍調べておいてください。医療請求事務を大学の中でやらずに外から人を雇ってやっているという節がある。これはぼくは実態をつかんでいます。医療請求事務というのは、確かに個人はわからぬようにしていることになっている。しかし、伝染病でないけれども、事前に検査をしたということについて点数をつけて出さなければならない。人は出さないということになったら答えはわからぬというでしょう。同時に、また医者の守秘義務というものがあります。これは二重にクレームかかかっているのです。それだけに医療請求事務みたいなものは簡単に民間委託できない、こういうことがある。クリーニングだって用務員だってそうですよ。伝染病病棟だとか普通の患者さんの排便そのものを、やはり危険物として扱わなければならぬということを知っている用務員と知らない用務員とでは、これは行って帰るほど違ってくるわけです。したがって、用務員というのも単なる掃除をしてくださる人ではなくて医療という業務に携わる用務員でなければならない。電気技師でもそうですよ。このごろしょっちゅう輸血をやって電気を使っているでしょう。生まれた子供の、新生児についても電気が使われている。停電になったらどうするのですか。そんな病院の構造をわかっている人が大学にいて対応しなければいけないのであって、簡単に委託業務できるような性質のものではありません。  したがって、大学病院の今度の五%定削問題が、仮に〇・五%が基幹職、看護婦や医師であっても、残りの一〇%は事務職にしわ寄せが来る。行(一)、行(二)にしわ寄せしてでも安上がりにしようというような方針で臨調の方針に基づいてやっていく際にも、事、大学病院に関しては、先ほど来言っている大学病院の持っている特殊な先進的な性格や公的サービスの性格やすぐれた医療、進んだ研究・教育に耐えていかなければならぬというすべてを配慮してみて、そう簡単に委託業務的に扱うというかっこうの定員削減問題として処理すべきでないとぼくは思う。  そういう意味で、今後行(一)、行(二)問題に関連して委託業務という問題は、さらにもう一遍、これはここで結論を出さぬでもいいことですから、これから先文教委員会で詰めさせてもらうことにします。  そこで、最後に一言だけ、看護婦だけは断固として定削の対象にすべきでないとぼくは思う。これについて文部省大蔵省に向かって物を言い、文部大臣も言い、大蔵の文教担当の主計官も、今日の大学病院の現状から見て、ただでさえ収入を上げろといって稼働率も高めるなんという話も片一方に出たり、外来患者だってだれでも大学病院に行く世の中なんですから、そういう意味で、この問題について今後強く対処してくれるかどうか。これだけについて決意を伺いたい。いかがですか。(西岡委員「そういたします」と呼ぶ)
  96. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 定削問題に関連して、特に看護婦の定削が現実問題として困難であるという御指摘については、先生指摘のとおりだと私ども考えております。  ただ政府として、定められた方針に従いまして、その難点をどう解決をしていくか、それらについては私ども五十七年度の定員要求の折衝過程において解決を図るように、最大限の努力を傾けてまいりたい、かように考えております。
  97. 嶋崎譲

    嶋崎委員 西岡さんが賛成と言っているのですから、できぬことないですよ。そういう意味で断固としてここは最低限守らなければならぬ課題だということを強く要望いたしておきます。  長い間お待たせしまして済みません。育英会の会長、わざわざ御足労いただきまして、ありがとうございました。時間も十二時半までだそうでございますから短い時間でございます。これも今後の課題ではございますが、この段階で一度は確認しておいた方がいいのではないかと思いまして、御足労を願ったわけでございます。  大蔵省が八〇年の七月に主計局編で「歳出百科」というのを提出していますね。その中で奨学金制度の問題について、制度検討について次のように言っていることは間違いありませんね。「五十六年度の事業規模は、五十三〜五十五年度の間の改善の学年進行のため百億円以上にのぼる当然増が見込まれます。現下の厳しい財政事情からみて、このように多額の当然増が見込まれる間は、従来のような貸与月額の引上げや貸与人員の増員を行うことは極めて困難です。」、奨学金の貸与の額の引き上げや、その増員を行うことはきわめて困難です。そして数字を挙げた上で、長期的な問題として利子をつけて奨学資金を返すという制度導入の可否、返還免除制度、たとえば公務員だとか学校の先生になった場合には奨学金は返さぬでよろしいといういままでのわが国の奨学制度の中のいい点、これを「見直し等制度の基本にまでたちかえって検討する必要があると思われます。」と「歳出百科」でこのように明らかにしていると思いますが、大蔵省いかがですか。
  98. 浜本英輔

    ○浜本説明員 お答えいたします。  厳しい財政事情の中で育英奨学事業を拡充してまいりますためには、ただいま御指摘がございましたように、有利子化といったようなことも含めまして検討すべきではないかとかねがね関心を持ってきたことは事実でございまして、「歳出百科」の中にもそのような言及がございますことも事実でございます。臨調の答申もございまして、できるだけ早く検討が進められることが望ましいというふうに私どもも考えておりますけれども、現段階ではまだ具体的な案を持っているわけではございません。
  99. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この臨調の第一次答申の前に出た原案と、それから最終答申とは文言が変わっておる。どういうふうに変わっておるかというと、最初に出た臨調のものは非常にはっきりしています。いま「歳出百科」で言うておると同じように、この奨学金制度の問題については「外部資金を導入しつつ有利子制度への転換を図る。」、利息つきで返す、これが第一。外部資金を導入して利息つきで返すという制度にすること。  第二番目「教職員に就職した者等に対する返還免除制度の廃止を図る。」、「図る」のですから、考えるということでしょう。廃止とは必ずしも言っていませんが、まあ廃止です。「返還期間の短縮を図る。」、こう言ってきましたね。ところが、最終になりましたら、こういう文言に変わっています。「育英奨学事業については、高等教育に対する助成等の見直しに対応しつつ、」、こんなものは前にはなかったな。「他方、外部資金の導入による有利子制度への転換、教職員に就職した者等に対する返還免除制度の廃止及び返還期間の短縮を図る。」、この間に何か折衝があったのじゃないですか。臨調大蔵省文部省との間に、こういう文言に変える前に何か折衝がなかったのか。
  100. 浜本英輔

    ○浜本説明員 お答えいたします。  私が聞き及んでおります限りでは、臨調議論の中でいろいろな御意見が出ましてこういう文言に結実したというふうに聞いておりまして、具体的に大蔵省臨調との間で——それは万般の臨調からのお尋ねに対します大蔵省のお考えを申し上げるという機会はございましたけれども、こういう点につきまして強い折衝をしたというようなことは聞いておりません。ただ、大蔵省の気持ちとしては、ここに最後に盛り込まれていましたように、高等教育に対する助成全体のあり方との関連で、あるいはその見直しに対応しつつ育英の問題についても考えていくということで、なるほどというふうに了解しておるわけでございます。
  101. 嶋崎譲

    嶋崎委員 時間もありませんから省きますけれども、今日のわが国の奨学制度を、大蔵省の主計官や大蔵省がいままで考えてきたような方向で、よもや文部大臣はそれに対処するとお考えでないでしょうね、いままでの委員会における大学局長などの答弁からして。いかがですか。
  102. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 この育英制度という問題は、非常に重大な問題でございます。臨調の御意見なりあるいは大蔵省等の見解も存じてはおりますけれども、高等教育に対する助成のあり方とも関連する事柄という問題でもあり、特に、教育の関係者のいろいろな意見をさらに徴しまして、十分慎重な態度で臨みたい。本当にこの問題は軽々に処断してはいけないものだと考えております。
  103. 嶋崎譲

    嶋崎委員 自分の経験を申し上げるのは大変恐縮でございますが、私は、大学を出たときに、就職したいということで朝日新聞に行くことにしました。しかし、学問をしたいと思いました。学問をするといったって金がない。そこで何かいい方法がないかと大学に聞きにいったら、大学院に特別研究生という制度があるということを知りました。締め切りの当日になって申し出をしたら、教授の推薦がなければだめだと言われました。そこで私の主任教授に「特別研究生に残りたし、御推薦を請う」と東京に電報を打ちました。そうしたら明くる日の教授会に間に合いまして、今中次麿という亡くなられた先生ですが、「推薦する、今中」という電報が来まして、おかげで教授会を通りました。それから五年間、私は大学院特別研究生で、当時は給費制度で、私より後が奨学制度になりますけれども、その給費で勉強ができました。途中喀血して倒れまして、三年間病気で寝ました。しかし、そのときには特別研究生であって給費制度ですから、大学病院に、死んだときには解剖するぞ、一札書けと言われまして、私は、死んだときにはどうぞ解剖してくださいと一札書いて、ただで大学病院に入院しました。そしてその間、給費のお金をいただくことができました。本来は研究のためにもらうものであったけれども、当時は生活費を含めてくれたこの給費制度のおかげで、大学院の五年間を出ることができました。おかげでその九州大学に残していただきました。  私は、自分の経験から見ても、このいままで——考えてみると、昭和十七、八年、戦争中に、あの大変なときにこの制度ができたのです。つまり、第二次世界大戦の真っ最中ですよ。そのときに、将来の日本の人材というものを考えなければならないといって、金のないときにつくったのがこの奨学制度です、ある意味では。金のないときにつくったこの奨学制度が、今日までずっと脈々と息づいて発展をしてきている。先進諸国に比べたら、こんなものはまだまだ問題にならぬ。それでも、そういう一定意味を今日まで持ってきた制度であります。  ですから、国か金がないという問題はあるかもしれませんが、先ほどの私学助成問題と同じです。これだけ奨学資金制度というものが次第次第に広がりつつある。まだ博士課程でも七五%、修士課程で六割いっていないじゃないですか、大学では三割いっていないですね。まだまだ先進国に比べてみて問題にならぬ。むしろ強化こそすれ、こんなものを制度的検討をすべきものでないと私は思う。  もちろん、銀行にすればいい市場でしょう。教育ローンでもうける。そっちの方とよく似た制度をつくってしまえば、奨学制度はなくなったっていいかもしれません。しかし、ある民主団体が計算した試算でいくと、住宅金融公庫並みという、こんなものと比較するのもおかしいけれども、仮に五・五%の利息でいったって、二百万そこそこ返さなければならなかったドクターの人が四百万返さなければならぬのです。しかも今度は年限を短縮する。いまは二十年とかいろいろありましょう、これを短縮するんですよ。そうしたときの負担はどういうことになるかということを考えると、簡単にできないということです。  もう一つ重要なことは、これは文教問題です。オーバードクター問題というのがあるのです。オーバードクターは、もういまや個人の問題ではありません。これは国の教育学術体制の問題です。博士号を持っている人間が職がない。つまり、こういうオーバードクター問題というのは、単に個人の努力の問題ではもはやなくなっている。大学教育のあり方も反省しなければなりませんが、同時に、このオーバードクター問題をどうするかというのは国政の課題です。ぼくは、一般質問で体系的に一遍取り上げたいと思いながら、なかなか時間を持てないまままだ質問しておりませんけれども、いずれ体系的にやります。  このオーバードクター問題というのは、国の責任において、国立大学を出て博士号を持っているような人が就職できない。五年間したらどこかに行くかもしれない。非常勤になれば返さぬでいいですよ。だけれども、それすらも保障されていないいまの制度というものをどうするかというような問題を考えなければならない。そういうものを考えないまま、いまのような利息をつけて返すのだとか返還期間を短くするとか免除制度をなくするなんと言ったら、人材が逃げていってしまいますよ。それは民間活力になるかもしれません。だけれども、やはり重要な人材を国で養成していかなければならぬというのが今日のたてまえじゃありませんか。  大蔵省の主計官は簡単に、その方向検討したいなんて言っていますが、文部省は、とにかく少なくとも、いままでの文教委員会発言その他もあって、そう簡単にいかぬはずです。この育英会の事業に携わっていらっしゃる会長さんに、こういう動きに対して今日どのような御判断を持っていらっしゃるかお聞かせ願えれば、大変幸いでございます。
  104. 小林行雄

    小林参考人 私ども日本育英会は、政府がお決めになっておられます育英奨学事業につきまして、その方針のもとに業務を執行しているわけでございます。  ただいま先生のお言葉にもございましたように、育英会は、戦争中、昭和十八年にスタートいたしまして、もうすでに四十年近くその仕事をやっているわけでございまして、もちろん、スタートのときに非常な困難がございました関係から、現在の奨学制度は貸費制度ということに相なっておりますが、その当初からもいろいろと、給費にすべきじゃないかというような意見もあったというふうに承知をいたしております。  しかし現在まで、ただいまお尋ねのございましたような制度のもとで、日本の教育界、学術界その他産業界のためにも、大変大きな実効を上げてきているものと私は承知をいたしております。今後、できればさらに充実した制度になってもらいたいというふうに考えておるわけでございます。
  105. 嶋崎譲

    嶋崎委員 育英会の責任者の会長さんもそうおっしゃっておる。いままでの文教委員会における答弁も、大学局長を初め文部大臣の決意もそうであるという中で、大蔵省が第二臨調の出る前からこういうものを「歳出百科」なんかでPRしちゃって、世論づくりみたいなことはぼくはけしからぬと思うのです。まあそれはいいです、もう時間ありませんから。  いま現理事長の村山さんのこの「育英通信」を読ましていただいても、諸外国に比較して、たとえば率で比べて、米国では五割、英国では九割、西ドイツでは四割、日本はわずかに一割、こういう現状を指摘しつつ、むしろ拡充をしなければならぬという意見です。無利子の貸与制は最低限の問題なんだ。向こうは供与ですよ。返還免除制というのは、やはり人材養成にとって必要な制度だったのだ。返還期間の短縮というのは、最長二十年から十年程度の範囲で返還されることになっているが、これについても、短縮するなんというようなことは人材集めにとっては問題があるという一連の意見を述べながら、こう言っています。「世上往々にして「奨学金がレジャーに使われている。ムダがあるのではないか。」」、そういう意見があるとか「「先生は給与が良くなったのにそれだけの仕事をしていないのではないか」」、全く奨学制度の制度のあり方の問題を——この制度のために、確かに今日の社会の中には悪用する人間がいるかもしれません。皆無とは言いません。それでも回収率が九〇%超えているということは、借りたのは皆返しておるじゃないですか。だから、そういう努力があるだけに、この村山さんもむしろ現場からの発言として、いまの会長さんと同じ御意向のようであります。  そういう意味で、今後問題になることですが、今年度の予算にこの制度検討のために一千万円の調査費がついておる。ですから、まだ制度検討段階でしょう。何とでもして二年間、三年間、これでくぐり抜けていく。行革の情勢が少し変わってきたら、うまいこといったというようなごまかしのようなことをやってもらう調査費なのかどうか知りませんが、いずれにしろ一千万円ついておる。これから制度の調査を始めることになるでしょう。さあ調査会というのは、どのような基準会長を決め、そして、その調査会はどのような基準委員を選出するというお考えですか、文部大臣
  106. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 御指摘のように五十七年度の概算要求調査のための経費を私どもとしては要求いたしております。それは、先ほど大臣もお答え申し上げましたように、臨調の第一次答申で育英奨学制度についての提言がなされておって、具体的な検討を期待していると思われているわけでございます。ただ、私どもとしては、大臣もお答え申し上げましたように、これは制度の基本にかかわる非常に重要な問題であるから、やはり教育関係者、その他の関係者の意見を十分聞いて対応を考えていかなければならぬという判断調査費を新たに要求いたしているわけでございます。私ども、もちろん育英奨学制度そのものが文教行政の中において非常に重要な位置づけを持っているということについては、かねて御説明も申し上げている点でございます。ただ、社会全体の中においてどういう方向づけをすればいいのかというようなことについて、やはり検討する課題はいろいろあろうかと思っておるわけでございまして、そういう意味調査の経費を要求しております。  そこでお尋ねは、委員なり会長なりどういう方を基準として選ぶのかということでございますが、私どもとしては、やはり当然に教育関係者を含め、もちろん公正な意見を述べていただくような方々をお願いしたい、かように考えております。  なお、具体的な事柄については今後なお検討をさしていただきたい、かように考えております。
  107. 嶋崎譲

    嶋崎委員 調査会は何年やるのですか。何年ぐらいの計画でやるのですか。
  108. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 具体的な調査といたしましては、私ども明年度要求いたしておりますが、しかしながら、やはりこの問題が検討を急ぐべき事柄であることもまた事実でございますので、私どもとしては、予算の計上はございませんが、現実問題としては、本年度からでも取りかかりたいというぐあいに考えております。  なお、具体的な検討期間等につきましては、これからお願いをいたします会長なり委員の方々の御意向も踏まえて対応せねばならぬ事柄でございますので、ここでどのぐらいということをただいま申し上げにくいところでございますが、しかし、先ほどちょっと先生からお話のございましたような大変重要な事柄ではございますが、ただ年数をかければいいとも思っておりませんので、委員の方々には公正な御審議をいただいて、できることなら結論を早くいただくようにお願いをしたい、かように考えております。
  109. 嶋崎譲

    嶋崎委員 全体の奨学金制度そのもののまわりの環境がもういまや大変騒々しくなっちまっていますから、その一千万の調査費というのは、ぼくは主任手当みたいなもので、いまの段階でこんなものをつけぬでいいと言いたいところなんです。だけども、前向きの検討という意味を含むのならば、というのは、育英会の皆さんも御要望だし、そういう意味でならば意味があると思う。しかし、こんなもの急いだら、急ぐ結論はいまの環境の中で政治的につくられてしまいますよ。それだけに、慎重な審議をやってほしい。これが第一の要望です。したがって、ぼくはこんなものを一年で結論を出すなんというものじゃないと思う。よほど慎重な対処をしてほしいということが一つ。現に行革が三年という頭がありますから、できるだけぼくは前向きにいくのならば、時間をかけてやった方が戦術的にもプラスだと思う。これはぼくの判断です。そういう意味で、これは慎重に対処してほしい。これが一つ。  それから第二番目に、いまの調査会というものができるに当たって、いままで大体文部省は、中教審を初めとして、中教審は永井さんの時代から少し変化しましたが、民主的諸団体意見も入れるということを含めて審議会の構成の検討を願いたい。現にこの問題については、教育関係団体、それから育英会の団体、そういう多くの団体が非常に重大な関心を払っております。そういう意味で、これからの方向を決めていく重大な問題であるだけに、調査会に対して民主団体代表を含めることを、結論をいまここで約束できぬでしょうけれども、大体いつもここでごまかしておいて、後で開いてみたら入っておらぬというのが常識になっていますが、今度はよもやそんなことをさせまいと思いますから、第二臨調にも丸山さんが、いい悪いは別として入ったりした経緯などもあり、事こういう制度問題の重要な抜本的な問題を議論するに当たっては、民主団体代表も入れるということを検討していただきたいと思いますが、いかがですか。
  110. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 先ほどお答えしましたように、構成メンバー等については、今後の検討課題ということで、私ども慎重に検討さしていただきたいと思います。先生のそういう御意見を十分承りまして、私ども関係機関意見を広く聞くということがやはり必要であろう、かように考えております。  ただ、具体的な委員の構成メンバーということに関して申せば、やはりメンバーをどのぐらいにするかとかいろいろな状況もございますので、当然にこういう広く関心を持たれている問題について広く意見を聞くということは必要なことだと考えておりますので、それらの点も踏まえまして十分慎重に検討さしていただきたい、かように考えております。
  111. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いままでこんなことをやったことはないけれども、いまの国会状況は、選挙の結果こういう力関係になっています。しかし事、教育というものについては、数だけで事を処理していくようなやり方をやっちゃだめだとぼくはいつも思っている。選挙に敗れた野党が一人前のことを言うなと言われれば、議会制民主主義の立場だからしようがありません。私は、それに承服せざるを得ないと思う。しかし事、教育のこういう重大な、長い伝統を持った制度をいまや検討しよう、ある意味では根本的な検討ですから、こういう問題をやるときには、野党にも意見を聞いてほしいと思うのです。こういう問題を検討するに当たって、専門家としてこういう人を入れたらどうですかというようなことを、われわれもやはり参加、介入しなければ、こんなものは民主主義じゃないですよ。言いっ放しで、検討しますと言って開いてみたら、いつも検討されておらぬ、こういうのは民主主義じゃないのだから。それだけに、われわれもやはりこういう問題についてこれから参加、介入させてもらいたい。そういう意味で、その特段の配慮を願いたいということと同時に、それも注文としてつけておきます。文部省のお役所がやる仕事であったって、こういう大きな問題の改革は、やはり国政の根本の委員会方向を決めなければならぬ将来の重大問題ですから、それを調査する人間というのは、ただお役所でいままでやっているような、自分らに都合のいい人間を集めるような、よもやそんなことはないと思うけれども、御配慮賜りたいし、注文をつけておきたいと思います。  会長さん、大変お忙しい中を時間をおとりいただきまして、たった一回だけの御発言という本当に御無礼な取り扱いになりまして、おわび申し上げたいと思いますが、お忙しい中をおいでいただきましたことを心からお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。  最後に、大臣の決意をひとつ……。
  112. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 冒頭申し上げたとおり、この育英制度というものは、ある意味では教育の根幹と申してもいいほどの重大な問題でございます。先生の貴重な御意見、篤と拝聴いたしました。ありがとうございました。
  113. 嶋崎譲

    嶋崎委員 質問を終わります。
  114. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 小林参考人にはまことにありがとうございました。  午後一時から再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時三十二分休憩      ————◇—————     午後一時五分開議
  115. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。鍛冶清君。
  116. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 きょうは時間をいただきまして、学校内における非行、暴力の問題についていろいろと、あるいは細かくお伺いをいたしますが、関係局長さんのひとつ明快なる、また温かい御答弁をいただきますことを最初にお願いいたしておきます。     〔委員長退席、谷川委員長代理着席〕  まず最初に、校内暴力の問題、これは本委員会におきましても、昨年の末十二月十二日に集中審議がございましたし、また、ことしになりましてからの通常国会論議の中でこの問題が各委員から取り上げられまして、いろいろとその対策についての質疑も交わされております。しかし現状は、今年上半期の警察庁の発表によりましても、昨年同期よりは件数も非常にふえ、内容も悪質になってきているというようなことが報告をされておるわけでございますが、その校内暴力の現状、現況につきまして、ひとつ簡単に御答弁をいただきたいことと、さらに戦後過去二回こういう問題のピークがあったというふうに言われておりますが、その当時と比べてみて発生件数といったものは一体どういうふうな推移になっているのか、この点。それから、内容的に見まして、こういう校内暴力事件というものが過去二回あるいは過去の起こりました事件と比較いたしましてどういうような内容に違いがあるのか、また特徴があるのか、今日の問題についてどういうふうに見ておられるのか、この点を最初にお尋ねをいたします。
  117. 三角哲生

    ○三角政府委員 昨年十二月に当委員会の集中審議があったわけでございますが、その後の状況について申し上げますと、本年の一月から六月までの校内暴力の発生状況につきましては、警察庁の方の調査によりますと、八百七十六件でございます。これは昨年の同時期と比べまして、比率で申し上げますと四四・七%の増ということになります。このように、特に中学生による校内暴力が中心でございますが、これが依然として増加傾向にございまして、大変遺憾な事態だと思っておる次第でございます。  戦後の状況でございますが、統計的に見ますと、青少年の非行というものを主要な刑法犯の数で計算してみますと、昭和二十六年をピークといたしますのが第一の波と申しましょうか、それから次が昭和三十九年、約十三年後にもう一つのピークが参ります第二の波がございまして、そして、ただいまのものが四十年代後半から始まる第三の波というふうに数量的には申せるのでございます。  第一の波は、これは昭和二十六年ごろのことでございますので、やはり戦後の混乱と非常な生活上、経済上の窮乏といったような事情を背景にしておると思われます。そして、この刑法犯の傾向といたしましては、十八歳、十九歳ぐらいのいわば年長の少年による窃盗、強盗、詐欺などの、いわゆる財産犯と申しますか、そういうものが多かったのでございます。  それから第二の波は、これは三十九年ということでございますから、日本全体の社会経済的な状況としては非常な高度経済成長の時期でございまして、景気の上昇に並行して青少年非行が起こっておるということが言えるかと存じます。そして内容的には以前に比べていわゆる粗暴犯、凶悪犯が多くなってきたという傾向があったわけでございます。  私ども一つ一つの非行の原因といたしましては、必ずしもそういう社会的な環境、背景あるいは世相といったものだけが支配しているというふうには見ませんけれども、しかし、そういった要因も非常に強く影響を及ぼすのではないか。したがいまして社会、学校、家庭におけるいろいろな要因が複雑に絡み合っている、こういうふうに思っておりますけれども、いま申し上げましたように、傾向的にはそれぞれの時代の状況の反映と見られる面があるわけでございます。  なお、現在の第三のピークにおきましては、まず第一に中学生がふえているという意味で、低年齢化の傾向が非常に顕著でございます。それから第二に、犯行の手段が非常に容易で、しかも動機が単純な、いわゆる遊び型非行と言われるものが増加しております。それから第三に、中学生による校内暴力事件、単に物に当たるだけでなくて、特に教師に対する暴力事件が増加しておる。それから第四としては、暴走族による凶悪粗暴犯が増加しておる。こういったことが特徴だというふうに見ておる次第でございます。
  118. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いまお答えいただきましたが、その中で若干触れられてはおりましたけれども、これらの非行の原因ですね。これの一番主なものはどういうところにあるというふうに認識をしておられるのか。その点再度お尋ねをいたします。
  119. 三角哲生

    ○三角政府委員 ただいま申し上げましたように、まず家庭、学校、社会、それぞれのあり方でございます。それからもう一つは、児童生徒自身の側の生活、態度、意識などさまざまな要因が複雑に絡み合っておると考えられまして、各地で起こります一つ一つの事件について単純に割り切れない面が多いと思っております。  ただ、一般的に概括して申し上げますと、以前にも若干触れたことではございますが、一つには、わが国社会が物質的に非常に豊かになりまして、余り物事に不自由するという面がなくなっておりますが、反面で精神面の大切さというようなことが見失われているような社会的風潮、やはりこれが指摘されなければならないのではないか。  それから第二点としましては、以前と比べますと、子供に対して十分なしつけをしないで放任しているような状況があるのではないか。言ってみますれば、家庭における教育機能が低下しているのではないかということでございます。  それから第三としては、学校教育自身の問題でございますが、これにおきましても、学校運営が必ずしも適正に行われずに、一人一人の児童生徒に対する配慮というものが十分でないという場合が子供たちを非行の方に向けていくことになっておるのではないか。そういったいろいろな問題が背景としてあるのではないかと見ておる次第でございます。  そういったような状況のもとで、子供の側としては、自己顕示欲が強い子供、あるいは自制心や忍耐力に欠ける子供、それから、これは本人の罪ではないかもしれませんが、いつしか学習意欲が乏しくなっておる子供、そういった児童生徒自身性格や意識とも関連いたしまして、学校生活によく適応できていない。そういったことが原因となったり、あるいは、これはそう多くはないかもしれませんが、外部の非行集団の影響を受けるということで、そういったものとつながりができた結果として事件になるという場合もありまして、児童生徒の不満が特定の学校で爆発する、そういったことで事件が起こっておるというふうに見ておるのでございます。
  120. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 ちょっと前に戻るようですが、戦後二回ピークがあって、いまは第三回目のピークに達しておるときであるというようなお答えだったわけですが、ピークということは、波がありまして、またしばらくすれば下り坂になっていくということを予想されてお答えいただいたような気がするのですが、いま起こっておるいろいろな問題の内容ないしは傾向を見てみますと、さて波といったような形で対応していると、これはとんでもない間違いになるのではないかというふうな気がするわけです。学校の先生方やいろいろな方々ともいろいろとお話し合いをした中で、明確に過去と違う特徴的なものは、波というとらえ方ではできないのではないか。要するに最近は年々だんだん悪くなっていくという傾向が強くて、果たして下り坂になるということは、いまの状況からはちょっと見受けられにくい、考えにくい、こういうふうな考え方を強くおっしゃる方が多いのですが、そういう点についての事実認識はいかがでございましょうか。
  121. 三角哲生

    ○三角政府委員 四十年代の末からずっとこの波と申しますのは上り坂の波でございまして、現在でもなおそういう状況にあるわけでございます。ですから、いま鍛冶委員指摘のように、これが波ですと本当はまた下がっていかなければいけないわけですが、これについてどういうふうになるかということは、こういった社会現象についてなかなか軽率には先の見通しができにくいわけでございます。ただ、通常はこういった社会的な動きというものは、ある方向に行きますとまたもとへ戻して鎮静をする、そういうことの繰り返しである場合が歴史の上でも多いわけでございます。  ですから、私どもとしては、現在非常に高まっていることは非常に不幸であり、かつ残念なことでございますけれども関係者一同でできるだけの努力をして、また、これを静かな状況に戻さなければならない、そういう取り組みをしなければいけない、こういうふうに思っておる次第でございます。
  122. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これに対する原因もいろいろお答えいただきましたが、対応策、これは一応昨年の集中審議の際も漠然とした形でお答えをいただいているようであります。特にこの問題をなくするために、いまもお答えがありましたように、これは波にして下り坂にしていかなければならない、こういう決意でやらなければいけないと思います。この対応策、いろいろやっておられると思いますが、特に昨年の集中審議を行いまして以後、文部省としては、あのときにいろいろ各委員から出ました質疑内容、注文というものがございましたが、そういうものを含めての決意、答弁をいただいておりますが、その後具体的にはどういう対応をなさってこられたのか、この点についてお伺いをいたしたいと思います。
  123. 三角哲生

    ○三角政府委員 私どもは、当時通達を出しまして、あれに基本的に気をつけなければならない点をまとめて、各県、市町村の方に流したわけでございますけれども、その後私どもは、あらゆる教育委員会関係あるいは学校長の関係の会合、これはずいぶんたくさんございましたが、その都度このことを一番重要な議題といたしまして、情報交換を行うと同時に指導をいたしてまいったわけでございます。  それから、ささやかかもしれませんけれども、各都道府県の方から非行、特に校内暴力関係で取り組んだ典型的な事例を寄せてもらいまして、これを他府県の、たとえば東北関係なんかでは非行はあってもまだ校内暴力までにはいってないというような県もございます。しかし、やはり現在の状況についてしっかりと認識をして、平素の心がけをつくっておくことも大事でございますので、各県の事例をまとめまして都道府県の方に配付をいたしたりもしております。  それから、明年度の予算編成とも絡みまして、私どもとしては、これまでやってまいりました指導者研修でございますとか、あるいは必要な指導資料の作成等を中心とします、あるいは地域ぐるみで非行対策に取り組もうという形の生徒指導推進地域の指定でございますとか、そういう従来の基本的な施策、これは継続し、かつ、できるだけ今後とも充実していきたいという構えでございますが、そのほかに一つの試みといたしまして、中央とそれから各都道府県レベルで、一学期、二学期、三学期の毎期に学校、教育委員会、PTAあるいは社会教育関係団体あるいはその他の各省関係機関が地域で寄りまして、生徒指導の推進会議のようなものを開いて、そこで研究、協議を続けるという、そういう構え方をつくってはどうかということ、それからもう一つは、問題の子供に対して専門的な対応をするためには、カウンセリングということが大事なようでございます。これは従来、まだいろいろな意味で専門家の層もそう厚くはございませんので、中央の研修会だけやっておりましたが、明年からできますれば、これをブロックでも研修会をやるようにいたしたいというようなことで、若干いま申し上げましたような新しい施策も考えまして、ただいま概算要求をしているところでございます。
  124. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 特に、いまお答えのありました中で、新しい施策として予算要求しておりますものについては、これを確定させ実施していくように、ひとつ強力にやっていただきたいと思います。  いまお答えの中に出てきました、五十三年度から生徒指導研究推進地区というものを各県幾つか指定して、広域の生徒指導研究に当たらしているようなことをやっておられるわけでありますが、これらは五十三年度からやっておられますし、これらの成果、こういったものについては御検討なさっておられると思うのですが、このことについてお答えをいただきたいと思います。
  125. 三角哲生

    ○三角政府委員 ただいま御指摘くださいました生徒指導推進地域の問題でございますが、これは生徒指導の充実強化に資していこうということで、各県で指定いたしました中学校、高等学校または一定地域内の小・中学校ということでくくりまして、初めは中・高等学校のくくりでスタートしたのでございますが、そういった一つの地域で当該地域社会との連携を十分に図りながら、生徒指導のあり方を実践的に研究、推進していこう、こういうことでいろんなテーマに取り組んでやっておるのでございます。そしてことしからは小・中学校を中心とする地域も設定できるように拡充をいたしましたが、来年はまた小・中学校の分をもう少し充実してまいりたい、こう思っておりまして、そしてこれの推進地域の実施の結果でございますが、これはそれぞれ若干まとめにしてちょうだいをいたしまして、文部省で編集、発行しております「中等教育資料」という雑誌に収録として載せるようにしておりまして、これはもし必要でございましたら、お手元にお届けさせていただきたいと思います。
  126. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これはちょっと各県どこがあるかという御質問までするということで通告してなかったのですが、局長の方でどういう県が指定されておるか、もしわかるようでしたら、県名をお知らせいただきたいと思います。
  127. 三角哲生

    ○三角政府委員 お答え申し上げます。  推進地域でございますが、五十六年度の指定の小・中学校生徒指導研究推進地域は北海道、福島、群馬、石川、山梨、愛知、滋賀、兵庫、和歌山、岡山、愛媛のうちの市あるいは町あるいは村、北海道の場合には札幌市の特定の地域、こういうようなことでくくっていたしてございます。  それから中・高等学校の分、これは二年継続ということで五十五、五十六が北海道釧路市、青森県八戸市、埼玉県上尾市、高知県南国市同夜須町等一市十一町村、それから沖繩県の浦添市、それから五十六、七の中・高の生徒指導研究推進地域といたしましては、栃木県の芳賀地区、静岡県の浜松市以下の数カ町村を含む、これは西遠地区と言うのでしょうか、西の遠江という字でございます。それから広島県の三次市以下の地区、それから山口県の岩国市、和木町、それから宮崎県の都城市、こういったところを現在指定しております。ですから、中・高の方は十地区になります。小・中の方は十一地区指定しておる次第でございます。
  128. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いまちょっと指定されたところを聞いてみましても、新聞等報道されて問題が起こった都市地域というものが余り入ってないような気がするわけですが、余り問題がないようなところにこういう研究推進地区というものを設定してやる、これはそれなりに効果がないとは言えないと思いますけれども、むしろ問題のあるところを指定して、そして取り組みをさせる、予算もそれなりに充当していくというのが当然だと思うのですが、この点はいかがなんでしょう。これはほかの研究事業にしろ、いろんな問題にしろ、よく学校を指定したりして文部省でやられるわけですが、そういう学校をあちこち回ってお聞きしてみますと、大体うまくいっているところしか指定をしない、そうして研究発表をさしたり、その結果報告を受ける、こういうふうな形がどうも多いような気がするわけですが、これもどうもそれに近いのじゃないかなという気がします。こういう点についての考え方というものを、もっと問題のあるところに指定をして、それをよく指導もし、一緒になって考えながらよくしていく、こういう地域の指定の仕方をすべきだと思いますが、こういう点についていかがでしょう。
  129. 三角哲生

    ○三角政府委員 御指摘のように非常に問題があるところと申しますか、あるいは困難な状況に立ち至っているようなところ、これに対して総合的な取り組みのために何らかの手を施すということは非常に大切なことだと思います。  ただ、ただいま御紹介しましたような地域につきまして、これはあらかじめ県の方が、それぞれの地区の市町村なりあるいは学校なりと相談の上で、一つのモデル的な実験的な取り組みとしてそういう体制づくりをやる、こういうことでございますので、そのとき問題が起こったから、じゃそこで、こういう場合もあって悪くないと思いますけれども、通常の状況といたしましては、やはり学校なり地域なりができるだけ困った方向へ、悪い方向へ参らないように、平素どういうぐあいに一つの教育なり訓育なりあるいは指導なりの体制をつくっていくかという考え方で始めるものでございますから、先ほど御紹介いたしましたような二十くらいの地区については、確かにおっしゃいますように、特に問題が起こった地区にはなっておらない状況でございます。制度の趣旨として御説明申し上げますと、以上申し上げたようなことでございます。
  130. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これはやはり考え方として対応がいろんな角度で大変ひどい形で出ている、そういうところをやはりきちっと乗り越えていくところにいろんな対応だとか今後のどこにも当てはまる指針が出てくると思いますし、そういう点の考え方一つ入れる必要がある、こう思いますので、御要望を申し上げておきます。  次に進みますが、暴力事件が多発した学校、これは幾つかいままで新聞報道もあり、いろいろとわかっておると思いますけれども、そういう学校について、起こった事件そのものではなくてその背景となる、たとえば学校の中の様子だとか地域の様子だとか、いろんなことについて何か共通している特徴的なことはないのかなというふうに思うわけですが、そういうような事実関係を見られる中で、また背後関係を見られる中でお調べになっておるようなことがございましたら、お聞かせをいただきたいと思います。
  131. 三角哲生

    ○三角政府委員 私どもも、いま鍛冶委員指摘のような面で個々の事例をしっかり分析をして、共通的な要因なりあるいは条件が見出せれば、対策を立てます上に非常に有効でございますので、そういう努力をしなければいけないというふうに思っている次第でございます。  ただ、なかなか、こういった人間がいろいろな状況で起こしてくる事柄でございますので、単純に割り切れない面が多いのが事実でございます。  ただ、一般的にこれまで感じられますところを一、二申し上げますと、一つは、校内暴力が起こる学校としてわりと多いのは、新しい住宅化に伴いまして住民構成が変わったり、あるいは非常に新しくできたような地域でいわゆる住民のこれまでの生活の歴史なり伝統なりというものの厚みがないような地域、したがいまして、言ってみますれば住民間の連帯感というものが古くからある地域と比べますと、必ずしも十分でない、また、それから地域に対する愛着というようなものもまだ定着していないような地域で、特に新しくできたような学校に起こる場合が多いということが見受けられます。  それからもう一つは、学校そのものの指導の問題でございますが、これにつきましては、教師間にやはり足並みの乱れがあったり、それから生徒に対する理解というものが十分でなくて、生徒が何かをした場合に、それに対して注意を与える場合にも、その注意の仕方が生徒の心情を無視したものであったというような場合がよく指摘されております。そういう意味で、学校の対応が言ってみればまだ未熟であるという状況がどうしても見られるのでございます。
  132. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これは私もあちこち回って、真剣に対応されている先生方やいろんな方々のお話を総合してみますと、やはり暴力行為をするような生徒が、子供が、どこの学校でも大体数少ないけれどもいるというふうに言っております。大体生徒数の一ないし二%くらいはいるのじゃないだろうか。しかし、通常これは現在でなくても過去のときでもいたわけでありまして、そういう形のものは特にどうということはないのだけれども、この数が大体三%を超すころから授業というものに大変差し支えが出てくる。四%を超すと先生の力ではどうにもならぬところまで行き着くのだ、こういうふうなことも現場では言われておるようでありますが、こういうことに対する認識文部省ではどういうふうにとらえられているでしょうか。
  133. 三角哲生

    ○三角政府委員 私どもも、必ずしもその現場の一々の状況を、ただいま鍛冶委員おっしゃいましたようなパーセンテージの状況でどういうぐあいに推移するかということについてまだ十分なフォローアップといいますかチェックをしていない面がございます。しかし、おっしゃいますように特定の学校の先生たちに対して反感を持つとかあるいは反抗的になる子供たちの数がまとまりますと、それが学校運営としてははなはだ正常でない状況に、非常に急速な速度でそういうところへはまり込んでいくということは事実でございます。  したがいまして、私どもも、やはり非常に問題の事例が出た場合には、できるだけ早期にそういうものをキャッチして、早くそれをつみ取っていくといいますか指導の手をめぐらしていくということが、やはりどうしても、こういった学校内暴力の発生を未然に防ぐための一番大切な心構えといいますか準備であると思っております。
  134. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 地方に教育委員会もございますし、各都市、各県にもございますし、そういう細かいことは話し合いができてないと言えばできてないのかもしれませんけれども、やはりそういう対応を見ていくためには、そういった形のあらあらの筋的なものは、やはりしっかりとよく把握をされた上で対処をしなければならないと思いますが、そういう点で若干、いろんな話し合いが本当に真剣になされておるのかなという点で心配が出てまいりました。今後、こういうことについては真剣な状況把握というもの、それがあった上でこれは対策ができるわけですから、進めていただきたい。これは強く御要望を申し上げておきます。  いまお答えいただいた中にも若干触れておりましたけれども、いろいろ幾つかの原因というものがこういう校内暴力、非行というものについて考えられるということでありますけれども、こういう問題を本当に解決していくためには、では、どこを本当に押さえると解決ができるのだろうかというふうなことを思いましたときに、いろいろ話が出てまいりますのは、いまの世相の中で残念ながら、自分のところがこういう形でがんばればこういう問題はぐっと少なくしていくことができるというふうな、いわゆる責任のあることを言う方が少ないというのが大変残念なわけであります。これは各人が全部そういう責任を持ってそれぞれの部署で対処するという傾向、これをぜひつくっていかなければならないと思いますけれども、その中で私は一番この突破口として手をつけ、そしてやるには、非常にやりやすいと言うと語弊があるわけですが、そういう組織ができ上がっておりますから、いわゆる文部省を中心にして現場の学校におきまして、これは教育委員会ももちろん必要でありますが、校長先生を中心にして教師の皆さん、これはいま答弁の中でも、原因の一つに教師の足並みがそろってないところに校内暴力が起きる原因があるということをちょっと触れられておりましたので、こういう点については、いろいろなこの問題に対する中間報告的なもの、研究発表等ございますが、これらを見てみても、共通して触れているのが、やはり学校内における教師の足並み、これが一致団結しなければだめだ。現場の先生方にお聞きしても、そういう声が非常に痛切に出てくるわけです。ところが、必ずしもそれがうまくいってないという感じがあるわけですが、そういうことを含めまして、一つは、いま申し上げました中で、私は、この問題は、まず学校においてはそれぞれの学校で校長先生がしっかり自覚を持って取り組んでいただく、そして教師の皆さん方もこの自覚を持つ中で力を合わしてやる、こういう環境づくりと申しますか自覚を持たしていく中でこの問題に対する大きな突破口が開け、急速にこれを抑えていくことができるのではないか、こう考えておるわけでございますが、この点についてどういうお考えか、お聞きをいたしたいと思います。
  135. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほどの御質問にも関連いたしまして、やはり各県からいただきました事例の中にも、非常に問題が起きそうであったけれども、これを未然に防いだという事例もございまして、それも紹介させていただいておるわけでございますけれども、もっと現状をしっかりと把握せいというお言葉でございます。私どもとしては、ただいまのところ考えておりますのは、十二月にこの校力暴内関係を中心とする緊急の都道府県の生徒指導担当の指導主事会議の招集を、ただいましたところでございまして、その機会をまた新たに活用いたしまして、いろいろと研究、協議もし、実態把握もいたしたい、こう思っておる次第でございます。  それから、ただいま御提起の問題につきましては、御意見のとおりだと私も思うわけでございまして、決して責任回避をしてはならないということで、そのことは、ちょうど第二反抗期ということで中学校でいま校内暴力が芽を吹き出しているわけでございますけれども、それの要因というのは、幼時の家庭教育あるいは幼稚園時代あるいは小学校時代を通じて、子供のこれまでのいろいろな生育歴なりあるいは学校での体験なりのうちで子供の気持ちの中にしみ込んでいったものが根になっていることも十分考えられますので、それぞれの学校段階で真剣に取り組んでいかなければなりませんし、そして、その学校は、やはり学校の運営体制、指導体制を、校長を中心として各教員が一丸となってやってもらうようなことが必要でございます。  そういう意味で、生徒指導主事とか学級主任とか教務主任とかそういう人たちも校長を助け、そして全教員の一致協力の一つのかなめと申しますか結びつきのシステムとして機能していただきたい、そういうふうに思っておるのでございます。
  136. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これはそういう環境づくりとかバックアップをぜひお願いしたいわけですが、今度私も、法務委員会関係で中南米諸国を回ってまいりまして、そのときにほかの委員と離れて、時間のあるときにこういう学校関係をのぞいてみたり、また、いろいろ御意見を聞いてみたりしたわけでありますけれども、そういう中で、わが国の教師集団といいますか先生方、これは保育の面まで含めて、学校教育以外の面まで含めて抱え込んで、本当に真剣に努力をされているのだなと、いまさらのように他国との比較の中から、学校の校内暴力が確かに起こってはきておりますものの、そういう比較からいきますと、大変一生懸命やっていらっしゃるな、これは何も文部省をほめるというわけではございませんけれども、そういう意味合いで考えると、国内におりましたらいろいろ出てはまいりますが、他国との比較ではわが国の行政も相当にがんばっておられるのかなということも感じて帰ってまいりました。しかしながら、これはやはりこのまま置いておいてもいけない問題でもございますし、そういうことを前提にしながら、これから細かいことでまた御質問も申し上げ、いやなことも言うつもりでございますが、お答えをいただきたいわけであります。  学校がまず一致団結してこの対策の実を上げ得るような形での、いわゆる文部省においてどういうふうな配慮を実際具体的にやられてきたのか、たとえばいま言ったように指導主事を集めて話をするというようなことだけで、ただ伝達に終わるのであれば、極論すれば四十円のはがきに書いて出せばそれで終わるということにも等しいわけでありまして、こういう問題の本当の対処というものは、やはりしっかり心の問題まで立ち入って真剣にこれをなくしていく、また生徒をよくしていく、こういう熱意というものが一番大切だというふうにも思うのです。  そういう観点から見ると、先ほどから局長に御答弁もいただいておりますが、文部省対応は何となく事務的に終わっておるというふうな感じも受けるわけでございますが、そういうものを乗り越えてやっているのだというようなことがございましたら、そういうことも含めて、特に校長なんかに対するバックアップの体制等具体的に何か考えておられることがございましたら、お聞きをいたしておきたいと思います。
  137. 三角哲生

    ○三角政府委員 教育ないしは学校における指導あるいは訓育、これの問題といたしましては、やはり私どもとしては、何にも増してとにかく学校がそもそも学校らしくならなければいけないということでございますから、およそ、文部省にしろあるいは教育委員会にしろあるいは学校の校長なり教員にしろ、それらが本来の使命をあるべき姿において現実にもフルに発揮していくということがそもそもの基本でありまして、それによって事件というもの、あるいは問題のケースというものが、できるだけ発生しないようにということがなくてはならないと思うのでございます。  ただ、これだけいろいろ各地で校内暴力事件が発生しているわけでございますから、発生をした場合には、これはたとえはよくありませんが、火が起きれば、それをあらゆる現場の知識と技術と能力を使って消しとめる、こういうことで、それは真剣にまたその対応というものをやってもらうということであるわけでございます。  基本としては、やはり先ほど申し上げましたようなことで、子供たちの一人一人の持っている特徴でございますとか個性でございますとか、そういうものを把握して、そうしてそれぞれが、多少の差はあれ、やはり人間でございますから、いわゆる自己顕示欲というようなものも持っておるわけでございますから、その子供たちが何らかの形で自分に対する自信なり誇りなりを持つことができるような、そういう温かい指導を平素してやりまして、学校生活がつまらないというか、楽しくないという子供がないような状況をつくっていくということが基本でございます。  ただ、それをどういうぐあいにやっていくかということでございますが、それはやはりただ郵便を送ってしっかりやれということではなりませんので、あらゆる意味検討をし、知恵を出し合って、そうしてまた非常に困難な体験を経た方々の体験についてもこれをちょうだいして取り組んでいかなければならない、そういうふうに思っているのでございます。  もちろん、学校だけで指導というものが非常に困難なケースも子供の場合についてもあるかと存じます。そういう場合には、やはり関係機関との連携、協力ということで問題を解決し、鎮静化していくということが必要な場合もあるわけでございます。  それから、校長に対するバックアップの体制というものが必要であると思っておりまして、そうして、やはり校長がしっかりして学校全体の責任体制あるいは運営組織の体制をきちんとしていくということ、そのために全教職員が校長の指導のもとに一致協力していくということが非常に大切でございます。そういうことで私どもとしては、主任制度というものを始めているわけでございますが、そういった制度も適切な学校運営組織として有効に機能するということが肝要ではないかというふうに思っておるのでございます。
  138. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 ちょっと具体的にお尋ねします。     〔谷川委員長代理退席、委員長着席〕  実は、いろいろ各階層の方とお話し合いをし、また各先生方も組合の方を含めていろいろたくさんの方にお会いをして、お話も伺ってきたのでありますけれども、その中で先生方のイデオロギーを乗り越えて、教育的実践という場においては、少なくとも校長を中心にして力を合わせてやるという雰囲気が出ないとこの校内暴力の問題というものには対処できない。特に先ほどお話しましたように、四%を超える、三%を超す、具体的には各クラスに一人ずつぐらい問題の子がいるときは、そうでもないようですが、これが集団化してくる、ふえてくるということになると、どうも手のつけようがない。そして、さらには二十人にかたまると、これはもうどうしようもない。わずか二十人とはいいますけれども、それくらいの子供が善良なほかの子供さんの授業を妨げるというようなことにもなっているわけですね。  だから、それだけの人数の子供を本当に指導し、いい方に引っ張っていくということについて、校長を中心にいわゆる教育的実践という場で気持ちを合わせられればこれはできるというふうにおっしゃる熱心な先生が多いわけですね。また校長先生方に、もそういうことをおっしゃる方が多い。それをバックアップするということをやはり考えなければいけないのだろうかというふうに思うわけです。  そういう中で、いろいろと言われておりますのは、まず校長先生が腰を据えて本当に学校に着任をして、自分が停年になってやめるまでの間に実績を残してがっちりやるのだという姿勢、これの少ない先生が多いのではないかというお話があります。  現に、ある地域では、聞いてみましたら、校長会の中でたてまえと本音が大分違うようでありまして、校長先生の停年なんかも延ばしたらいいのじゃないかなという話がたまたま出ましたら、これは本音のところの話で出たそうでありますが、いやとんでもない、われわれは停年をこれ以上延ばしてもらったら困るのだ、事なかれで、自分の担当した学校の中で問題が起こらずに停年が来たらもうさっさとやめたい、そればかりだと言っている。本音のところの話が半分以上、そういう校長先生がおられたというわけです。私は、その校長先生自体は直接悪いと決めつけることはやさしいのですけれども、やはりそうならざるを得ないような学校の中の様子もあるのではないか。だから、校長先生が本当にやるという体制をつくる、そういうためのいろいろな施策なり擁護なりが必要ではないか、こういうふうに思うわけであります。  そういう立場からいろいろお聞きしたいわけでありますが、まず一番先に言われておりますのが、何といってもいま校長任命、まあ校長試験があって試験を受けて任命されるわけですが、校長になられる年齢が、全国所によって教育委員会対応が違うようですから若干違いますが、大体五十前に校長になるということはまずきわめてまれのようです。年もずっと見てみましたら、大体五十二、三歳くらいというのが多いような気がするのです。そうなりますと、いただいた資料を見てみましたら、六十歳が停年のところ、五十九歳が停年のところ、五十八歳が停年のところ、いろいろあるようでありますけれども、大体一つの学校で終わりないしは二校転校すれば終わりという形になるようであります。  一般の先生方の話を聞いてみますと、印象としては二、三年に一度はかわっているという校長先生が多いのじゃないか、こういう話が出ているわけです。そんなわずかな年数でいわゆる異動になるということについては、校長先生に仮に何をやろうという意欲があっても、この自分の意思を徹底して——まず新任の学校の教師への対応、父兄への対応、子供の状況を見きわめて、そして自分の思うような形に引っ張っていくということをつくるためには一年、二年というものはかかる、三年目から本当にいよいよやろうかというようなときに異動してしまうというふうなことがよくあるように言われておるわけでありますが、こういう点については、校長先生一つの学校へ行きましたら最低五年はがんばる、こういうような形をつくった方がいいのではないかというように一つは思います。  さらには、校長先生を採用するときの年齢というものをもっと引き下げて少しじっくりとした形、できれば七年、八年くらいでもいいですから、特に問題がある学校等については、行かれた校長さんについてはがっちりとそこで対処してもらう、こういう考え方が必要ではないかと思いますが、この点についてまずお伺いをいたします。
  139. 三角哲生

    ○三角政府委員 人々にはいろいろなタイプがあるようでございまして、鍛冶先生指摘のように、もうじき停年で引退するのだから、退くまではなるべく事が起こらないように、事なかれと申しますか平穏無事に終わりを全うしたいというような考え方も多いようでございますが、私どもとしては、先生の場合もそのほかの職業の場合も同じだと思っておりますけれども、せっかく一生の仕事がもうじき終わるということであるならば、むしろ場合によっては開き直って、ときには憎まれても構わないというような気持ちで物事を、終わりを全うするというくらいの意欲と根性と申しますか、そういうものが必要なんじゃないか、こういうふうに思うのでございます。  それから、校長は余り短いのはどうかというのも確かに拝聴すべき御意見だと思うのでございます。ただ、私立学校の場合と公立学校の場合と、そこのところの持っていき方の条件が必ずしも同一でないような感じを持っております。  私から御説明申し上げるまでもないと思いますが、校長の登用は任命権者でございますところの教育委員会で、それぞれの都道府県での教員全体の年齢構成の状況、退職勧奨年齢というものがいま県によっていろいろございますけれども、それの推移のぐあい、校長になります前に大体教頭になっておるのが通例でございますが、教頭としての在職年数といったようないろいろな事情を考慮しまして、毎年の校長退職者の欠員を補充するという形で校長の新任が行われておるわけでございます。そのために必ずしも校長の在職年数については一様でないわけでございますが、校長の平均年齢をとってみますと、小・中学校あたりで大体五十五歳というのが平均でございまして、そして退職勧奨年齢で一番多いのがやはり六十歳くらいでございます。そして現在の新任校長登用者数が大体年五千人で、校長の全体の数が三万七千人強でございますから、これを単純に算術で計算しますと七年半から八年くらいが在職年数、こういうことでございます。そして、その一人の校長先生一つの学校に何年いるかというのも区々まちまちでございますが、通常は大体三年というのが一般的なようで、その学校運営の状況によって四年、五年という場合があり得るということでございます。私どもとしては、各県がそれぞれの実情に応じまして、単なるところてん式の序列人事ではなくて、適格者については若い人でも、若手の教頭からでも校長に登用するということは、状況、ケースにもよりますが、望ましいことじゃないか。そういうことで、そういう先生がわりと長いこと責任者としての、校長としての地位に継続的にとどまることができるという状況があってもいいと思うのでございますけれども、やはり一方においては、日本のこういう社会においては、もちろん能力のない人は困りますけれども、年功というものもある程度といいますか、相当程度重んじていかなければならないという状況があるわけでございます。  それから、校長がもちろん、先ほど来の御質疑にもありますし、お答えも申し上げておりますように、学校運営の中心であり、最高責任者でございますから、校長がしっかりしているということが最前提条件でございますが、しかし教頭、教務主任その他と一緒になってやるということでございますので、校長がかわったからすぐにその学校の体制が変わるということでもぐあいが悪いことなんで、そこのところは全体を見きわめながらの人事になろうか。ただ、問題学校のような場合には、やはりそれに適した人をそこへ配置するという人事も必要でございましょうし、それから、一つの学校の立て直しなり、あるいは新しい学校づくりという観点で、そこにしっかりした人を長いこと就任させるというような配慮も当然必要であろうか、こういうように思うのでございます。
  140. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 三年ぐらいでかわる場合が多いというお話でございますが、ひとつそこらあたりよく検討もしていただき、話し合いもする中で、いま申し上げたように腰を据えてやるという、ある意味では、開き直りと言われましたが、いい開き直りなら幾ら開き直ってもいいわけでありまして、ぜひ開き直っていただきたい。その中でひとつ教師団もまとめながらやっていくという気魄ができるような雰囲気をつくっていただきたいですね。  これも一つの私の提案でありますが、校長先生は五十代が多いわけですけれども、採用するときに少なくとも一割ぐらいは、全部がとは申しませんが、四十代、それも四十代の早い時期に、優秀な先生は抜てきをしてでも要するに校長にしていくというふうな考え方を持った方がいいのではないかという気がするのですが、こういう点についてはいかがでしょう。
  141. 三角哲生

    ○三角政府委員 考え方としては、ただいま鍛冶先生がおっしゃられましたようなことは正論であろうと思います。校長というものには、やはりすぐれた教育者としての資質がまず必要でございますけれども、そこに加えて、学校の責任者と申しますか管理責任者としての一つの経営的な能力でございますとか、あるいは大ぜいの教員というものをまとめていく指導力というものも必要でございます。そのために校長の登用に当たりましては、各都道府県の教育委員会では、校長として必要な資質、能力をできるだけ的確に判断をいたしますために、通常の勤務実績に加えまして管理職選考試験を行うというようなこともいたしましたり、そして校長にふさわしい人材の登用にはいろいろ積極的に工夫をし、努力をしているというふうに私どもは理解しております。  校長に必要とされる資質を見定めますと同時に、実際に管理職としての一定の経験を積むことによりまして、さらにそういった資質、能力を高めるという上からも、通常の場合には、先ほどもちょっと申し上げましたが、教頭の経験者でございますとか、あるいはそれに相当いたします指導主事などの経験者から校長に登用することが適切であろう、こういうように思っております。  ですから、具体的に四十代というふうに申されましたけれども、そういうこともケースによってはあり得ますし、それから校長もいろいろな、先ほどの例のように問題学校の場合にはそこにずっと長いこと赴任することも必要でございますが、状況によりましては、僻地の学校の校長もやったり、いろいろな経験を踏むというケースもあり得ましょう。そういう意味では、若いうちから校長になる方があって当然しかるべきだと思いますけれども日本は全般的にはやはり年功序列的な観念が非常に強うございますから、そういった条件を考えた上での全体的な指導力という点になりますと、傾向としてはどちらかというとやはり先輩の方々の中で優秀な人を選んでいく、こういうことになっておるのが実際の傾向であろうかと思っておるのでございます。
  142. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 だんだん時間が迫りましたので、こちらで申し上げながら詰めてまいりますが、年功序列型も私は決して悪いと言っているわけじゃありませんけれども、やはりかきまぜる必要がある意味ではあるだろうということです。ですから、これは一応正論であろうという御答弁もございましたから、そういった点についての御配慮も今後されていくのでありましょうが、ぜひお願いしたい。  九州にはぬかみそづけというのがございまして、ぬかみそというのはしょっちゅうぬかを加えながらかきまぜる。かきまぜないと腐っちゃうんですね。だから、かきまぜるというのは大変おいしくするし、調和をとっていくのに非常にいいと私は思うのです。昔からいい女房のことをぬかみそ臭い女房と言うわけですが、やはり校長の人事というのも、そういうような意味も含めて、若い人の中で優秀でがんばっていると自他とも許す人は抜てきをしていく。全部が全部とは言いませんが、いま申し上げたようなことは一割くらいはあっていいのじゃないか。それがまた、その地域地域の学校の中を大きく変えていく原動力になる、こういう形に生かしていただけたらというふうにも思うわけです。  さらに、校長先生に関してお尋ねをするのですが、大変問題校におる校長先生に私、お会いをしてみました。そのときに痛切に言われておりましたのは人事権の問題です。戦前は校長先生に人事権がありました。いまはいわゆる人事に対する具申権というのがあるわけですが、これもいろいろと調べてみますと、校長先生の人事に対する意見は具申はできるけれども、必ずしもそれが通るとは限らない。もちろん、教育委員会として地域地域で全体性というのがございますから、これはやむを得ないのかなというふうにも思いますが、ただ、問題のある学校について、たとえば校長先生がその学校に一度も行ったことがないところにぽんと行ったりする、こういう場合にまず教師の先生方から、特に中に問題のある先生がいると、その先生を追い回して、まとめるのに大変な苦労をするというようなことから始まるようであります。そうなりますと、これは対策がおくれていくし、そうなると校長先生は、自分と気心の合った、本当に力を合わして学校再建のために、生徒のためにやられるというのに力をかしてくれるような先生というのがどうしても一人か二人欲しい。そういうことがあった場合に、教育委員会に、そういう先生を引き取ってこちらの方にもらえぬだろうかとかいうようなことがありましても、必ずしもまたそれが受け入れられてないということが間々あるようであります。そういう意味から校長先生の、変な意味で言うのじゃありませんが、いい意味でその学校をよくするため、子供をよくするためにと認められるものについては、そういう人事異動をしてほしいという校長の具申を教育委員会が大幅に採用していくという形も必要であろうと思うのですが、こういう点についてお考えを聞かしていただきたいと思います。
  143. 三角哲生

    ○三角政府委員 一般論を申し上げますと、公立あるいは国の組織のような場合は、通常は、校長なり教頭なりに、そこに与えられたスタッフなり条件なりのもとで、そこで最大の努力をするというのが一般であると思いますけれども、ただいま御指摘のようないろいろ困難な状況のある学校について、一つの学校の教職員のがっちりとした協力体制と申しますかチームワークをつくっていく上には、校長さんが本当にやりいいような体制を、校長自身の努力もさることながら、教育委員会もバックアップしていくということがどうしても必要だと思います。それは与えられた組織でそういう体制がつくられればそれが一番理想ではございますけれども、その中にそういうチームづくりの体制の上で非常に好ましくない状況があるならば、それはやはり人事の上で是正していくということも必要であろう、こういうふうに思います。
  144. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 それから、熱心な校長先生、また熱心な先生がいらっしゃると、時間を超えてがんばっておる、夜遅くなるという場合も間々あるようです。大変頭が下がるわけでありますが、そのようなときに、校長先生としても、たまにはおい飯食おうやとか天井一杯食べないかというようなことを言ってやられている場合が間々あるようでありますけれども、どうも聞いてみるとみんなあれがポケットマネーですね。どうもそういうところまでいろいろやっていると、これはもう本当に大変だなという気がするんですね。だから、せめて校長先生ぐらいには、教師の方々がそうやって熱心にやっているという向きがあったら、夕食をひとつ出してやるぐらいの交際費といいますか食料費といいますか、そういうことぐらいはひとつ気をつけて、予算配分というものも、ある程度は、少しはしていいのじゃないかな、こう思うのですが、これは大変大きな問題ですので、ちょっとお聞きをいたしたいと思います。
  145. 三角哲生

    ○三角政府委員 交際費というような費目については、全体的な傾向としてはなるべくそういうものは少なくしていくという、むしろ戦後は逆の方向に来ているようでございまして、非常にむずかしい問題でございます。  校長には管理職手当というものが出ておるわけでございますが、そういったものだけでは、ただいまのようなお話で、いろいろと内面的な協力体制をつくっていく上でふところぐあいからいって大変な状況もあろうかと存じますが、しかしまた反面、本当に結束した、意思疎通をし、そして教員同士がっちりとした相互関係と申しますか協力関係をつくっていく上では、そういう公の予算でのいろいろな措置も、これはないがしろにしてはいけないとは思いますけれども、やはり校長さんなりあるいは上司が自分の小遣いでまたいろいろとそういうつき合いをするということが一つの値打ち、価値があるという場合もありまして、予算でもってどうこうするということでは得られないような触れ合いがそういうところで生まれるということもあろうかと思いますので、ただいまの鍛冶委員の御意見といいますか御提案は参考にさせていただきたいと思います。
  146. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 ここで一つの話を御紹介したいのですが、東大の小林という教授が書かれました「子供は光である」という本があるそうでありますが、これは私、また聞きで確認をせぬままここでお話するのでありますが、この本の中に、西ドイツのことだと思いますけれども、戦後孤児を集めて、どういうふうに成長発展するかということを同じ条件で、住まっているところも、一日朝昼晩食べる食事の問題も、全く条件を同じにして二人の保母さんに二十名ずつですか、孤児を、小さい子を育てさせた記録があるそうです。  これによりますと、何か半年ぐらいたって比べてみましたら、二人の保母さんのうちの片側の方は非常にりっぱに、発育を順調に、より以上にやっていたけれども、片一方の側が大変発育がよくなかった。それで、それからある程度たってからこの保母さんを交代させてみたそうですね。そうしましたら、以前よかった方の子供を育てておった保母さんの方が、それからまた半年たちますと、そっちの方が今度はよくなって、片一方の側の保母さんの方が全く悪くなっちゃった。条件は、ドイツ人のことですから、恐らくきわめて科学的にやったのだと思いますけれども、そういう育て方をしたにもかかわらず、そういう違いが歴然と出てきた、どこに原因があるのか。こういうことが書かれてあるそうでありますが、結論としては、やはり保母さんの子供に対する愛情の問題、それから日常の取り組み方、この姿勢が非常に冷たいか、それとも本当に子供のことを思ってやっているかどうかということで、同じ条件で同じ食事を与えながら画然と違いが出てきた、こういう話が載っているそうであります。  私は、大変感銘深くこれを聞いたのでありますが、私が先ほどから校長先生並びに先生方、もういろいろなものを抱え込んで大変だ、ほかの国に比べれば想像以上にがんばって今日まで来られたのだなということを思いながら、なおかつ校長先生並びに先生方がイデオロギーの相違も乗り越えながら、本当に力を合わせてやらないとどうにもならないところまでいま日本の教育の状況というもの、校内暴力等の問題非行を含めまして来ている、こういう認識の上から、いまこの先生方に対するいろいろなことを、校長先生の問題もお尋ねしているわけです。本当はわれわれ立法府の者が事細かにそういうところまで触れていいのかどうかということは、私もよくわかりませんけれども、私自身も、立法府の中の一員として一緒になってそういうお手伝いもしてあげたいな、また、その気になればバックアップしなきゃならないな、そういう思いで御質問も申し上げているわけであります。  それで、教師の方々も含めて、校長先生も含めていろいろお話し合いをした中で一つ出てまいりましたのは、実は懲戒権の問題、その中で体罰の問題がございます。  この問題についておっしゃるのは、体罰は当然教育法の十一条の中でやっちゃいけない、懲戒権はあっても体罰はいかぬということになっておりまして、その具体的な体罰の例はどういうのがいいのか悪いのかということについても、法務府の見解が出ておるようであります。いわゆる児童懲戒権の限界ということで学校教育法第十一条に体罰ということが述べられておることについて具体的なものが出ておるわけでありますが、そういう内容を見てみると、非常に細かい問題が出ているわけですね。これはもう時間がございませんから一つ一つ申し上げませんが、非常に細かい問題が出ておる。  こういう問題は、普通の何でもない学校の中におったならば、先生方もそういう対応というものはなるほどそのとおりでいいというふうな感じもあるようでありますけれども、問題が起ころうとしておる、起こりかかっておる、また起こったという学校においては、必ずしも生徒児童の対応ということについて、現在学校教育法に定められておる懲戒権の限界、体罰の問題についてそのとおり、四角四面にやってはいけない向きがある。むしろそれに逆にくくられちゃう。最近は暴れる生徒の方もたちの悪いのが出てきて、先生が仮にこぶしを振り上げても、本当にやるならやってみろ、ちゃんと教育法に書かれているじゃないか、おまえの命——命じゃないけと身分はねえぞなんて逆におどかされるというような話もあるわけです。  そういうような実態の中で、体罰という問題も含めて、世界の傾向が体罰はいかぬという方向に行っておるわけですから、これを私はなくしろと言うのじゃありませんけれども、その解釈というものについて、そういう場合についてやはりある程度幅を持たせて、柔軟性を持った考え方をもうしてあげた方がいいのではないか。そういう中で先生を萎縮させるのではなくて、伸び伸びとこういう問題に対処できるという方向に考えてあげたらどうかな、こういうふうに思うのですが、この点についてお聞かせをいただきたいと思います。
  147. 三角哲生

    ○三角政府委員 鍛冶先生はすっかり御存じなわけでございますけれども、学校教育法では教師が児童生徒に対して懲戒として体罰を加えるということは禁止されておるわけでございます。  御意見があったわけでございますけれども校内暴力を起こす子供も、その中のかなりのものは非常に不用意に過去において先生から体罰ないしはそれに類することがあって、それがだんだん根になっているというケースもあるようでございます。いろいろな暴力に対して今度は先生が体罰でやっていくということは、私としては、それはまるで暴力対暴力のようになりまして教育的な営みとしてはむしろ適切ではないし、そして効果もむしろ逆になる場合が多いのではないか、こういうふうに思うわけでございます。  ただ、学校内暴力なり非行に対しては、これに対して非常に厳しく先生が指導しなければならないということは大切なことでございます。ただ、その場合に、体罰とそれから児童生徒の暴力に対する制止行為とは、これはまた分けて考えなければならないであろう。本当に体罰が意義をなすのは、相手の子供がもともと教師との間に信頼関係なり敬愛関係がございまして初めてその体罰というものが意義を持つので、そのような場合には、もともと体罰を加えなくても指導によってやれたであろうという場合が多いと思うのでございまして、私は、やはり体罰で校内暴力を何とかしていくということは、制度面のみならず実際面においても大変疑問が多いことであろう、こういうふうに思っておるのでございます。
  148. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 制止行為というようなこともございましたが、とにかく本当に善意から出たものであるならば、ある程度の幅をここで持ちますということは言いにくいのでありましょうが、そこらあたりの配慮もやはりしていく必要があるのではないかというふうに思いますので、御要望を申し上げておきます。  さらには、ある学校の例を聞きましたら、暴力問題の芽が今年度出てきて、次の年にはこれはもうばっと確実にこういう問題が起こる、こういうような学校での話でございます。ある中学でございますが、そこでは、実際に聞いてみますと、もう早速次の人事異動のときに十三名の先生方から異動さしてほしいという願いが出たというわけです。その中で三名の方はもう学校をやめるのだ、一人は五十近い年配の方、一人は若い女の先生で二年ぐらいしかたっていない先生、もう一人は男の先生ですが、やはり若い先生です。もうとにかくやれない、こういうような感じでおやめになる。案外若い先生がやめられていく例が多いというふうなことも聞きました。また、異動する中には次の年度には学年主任として当然やるべき先生方も入っておったようであります。とにかくそういうものが起こるという傾向が出てくると先生方が、逃げ腰になると言ったら悪いのですが、大変だからどこか楽なところにかわりたいという異動の話が出てくるのだそうであります。私は、そういう先生方が一概に悪いときめつけられないと思います。それ以上の大変な問題があるし、いまの日本では保育の問題も含めていろいろ何もかも背負っているという向きがありますから、その点では私は、多少同情的に、そのお話を聞いたときに大変だなという思いではございましたが、そういうものをとめていくためにもいろいろな配慮が要るであろうと思います。  ちなみに、そういうことで、資料をいただきましたら、これは三年ごとの見直しで五十一年四月二日から五十二年四月一日までの異動数しかいま把握されていないということで、近いうちに新しいのが出るということで、一番新しい資料としていただいたものを見ましても、離職した教員数の中での年齢別の構成をずっと見ていきましても、計で申しますと、五十二年四月一日までの分でありますが、離職された先生方の合計が九千三百十九名、そのうちで男の方が千八百八十四名、女の先生が七千四百三十五名、全国的に。そういうような一般の教諭の方々について数字が出ております。この中で年齢構成を見てみますと、二十五歳以上三十歳未満というところに大変数字が集中をしておる。たとえば、公立学校で見てみますと、全体で九千百二十七名おりました中で二十五歳から三十歳までの先生方が千六百七十五名という方が退職をされている、それから五十歳から五十五歳までが千八百四十三名、それから五十五歳から六十歳までが二千二十七名、これは大分お年だし定年に近いわけですからわかるのですが、若い先生方がこういうふうにやめていくという傾向が出ているわけです。これはやはり一つは、そういう校内暴力関係と、ないしは教師になってみても、そういう生徒のあり方に自分が疲れてしまってやめていくというケースがずいぶんあるような気がするわけです。  こういうことを考えますと、これは先生の教員養成というもの、採用のときの時点にも問題がいろいろ考えられるとは思いますが、きょうは時間がございませんので、また一つだけお聞きをしてみたいのですが、とにかくそういう意味からいって、新採用の先生方の教員研修というものは相当力を入れてやるべきではないか。これは採用のときにも問題がございますが——採用といいますよりも免許を取るときにも問題がいろいろありますが、これはまたの機会にいろいろとやるといたしまして、新採用の先生方に対する教員研修、年に何回か、相当力を入れてやられているという数字は私が調べた限りでは出てくるわけでありますけれども、本当の意味でその先生を育てて、特に使命感といいますかやる気といいますか、こういうものを打ち込む場所というものがないというのが、私の聞いた範囲での新しい先生方の御意見でございました。  いわゆる大学を出て教員の免許を取るときの実習、その他単位等を取るわけでございますけれども、その成績のいい者は採用されてくるわけでありますが、その姿勢とか使命感、こういうことまでをしっかり打ち込む場所が私どもにはなかったような気がする、これが一番大切ではないでしょうか。古い先生方にお話を聞いても、若い先生方にそこが欲しいというのが切実なことでございました。  こういう点について、ひとつぜひとも御配慮いただきたい。ただ集めてやるという研修、これも大切ですが、教科別にやったりいろいろやっているのも大切ですが、ふだんの、日常の授業の中でたとえば先輩の先生がのぞき、校長先生がたまには見に行く中で、本当に具体的実践の中でこういうところはこうしたらいい、ああしたらいいということを、集めてやるのではなく、校内での研修というものが、もっともっと信頼関係に基づく中で学校をよくするという意味で行われていいのではないか、それが現在大変欠けているようでありますが、そういう点を含めて、ひとつ新採用の先生方の研修についてお尋ねをして、質問を終わりたいと思います。
  149. 三角哲生

    ○三角政府委員 御指摘の二十五歳から三十歳の段階で退職する方が多いのでございます。ただ、そこの年齢層の多いのは、やはり女子教員で結婚をして、そして家庭を持つということで方向をお変えになるというケースが多うございますので、そういうことで数字的に多くなっておりますが、ただ、中には御指摘のような場合もあろうかと存じます。校内暴力対策でへこたれて先生をやめたいというのは大変情けない話だと思いますが、一方もともと先生に向いていない方が採用のあり方によって紛れ込んでいたとすれば、なるべく早いうちにやめていただいた方が、迷惑するのは子供たちでございますので、よろしいのじゃないかという気もいたします。  まさに御指摘のとおりでございまして、私どもは、新採用教員の選考に当たりましては、やはり単なる知識だけに偏らずに幅広い指導力でございますとか教育者としての使命感や責任感をしっかり持っているかどうかを見きわめて採用しなければなりませんし、採用後も御指摘の新任職員研修につきましても、おっしゃいましたような点を十分にわきまえましてしっかりとした研修をやっていきたい。これまでにもやっておりますが、なお一層その点について心がけてまいりたい、こういうふうに思います。
  150. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 一つだけこちらからも申し上げて終わりたいと思うのですが、いま校内暴力の問題が非常にクローズアップされておるわけでありますけれども、いろいろと父兄、先生方を含めていまこれ以上に心配なのは、女子生徒の不純性行為の問題だということが言われております。これは転落が非常に早くて、見る見るうちに悪くなっていく、どうしようもない問題がある。中には避妊の道具を持って歩いている子もいるというようなこともございまして、この対策というのは、またああいう過激な暴力ざたの暴行事件と同時に真剣に考えるべきであろうということが言われておりました。この点についてもひとつしっかりとした指導をし、こういうことが少しでも早くなくなっていく方向で御努力を願いたいと思います。  最後に大臣に、集約をいたしまして御決意のほどをお聞きして、終わりたいと思います。
  151. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 校内暴力の問題につきまして、非常によく現場その他の実情を御調査になり、また、われわれに対しましていろいろと御注意をいただきまして、本当にありがとうございます。  この校内暴力の問題は、ただ文教行政だけではなかなか解決できないことは御承知のとおりでございます。青少年対策本部とわれわれと本当に心を合わせましてこの問題に取り組まなければならぬと思います。  まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。
  152. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 どうもありがとうございました。終わります。
  153. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 次に、和田耕作君。
  154. 和田耕作

    和田(耕)委員 きょうは私、名古屋オリンピックの問題について御質問をしたいと思っておりますが、その前にちょっと時間をいただきまして、いまの鍛冶委員の御質問になった校内暴力問題について気のついたことが幾つかありますので、その問題を先にただしたいと思います。  いま鍛冶委員も強調しておられたように、校内暴力は無数の原因があるということの中で、それが起こった場合に校長以下の学校の先生方が立場、考え方を越えて一致団結してこれに対処するというふうな状況が非常に少ない、もしそれがあれば警察ざたなんかにしないで解決できるのではないか、こういう趣旨の御意見があったのですけれども、これは私、そのとおりだと思うんですね。この問題が非常にやかましくなってから一年間いろいろな議論が行われておりますけれども一つの結論だと思うのですけれども、いかがでしょう。
  155. 三角哲生

    ○三角政府委員 私どもも前から言っておりますのですが、まさに校内暴力のような学校としては本当に異常であり、現象としては逆さまであるような状況になった場合に、その学校を構成している教職員が打って一丸となっての取り組みをしなければそれはもう一つ組織体とか学校とか言えない状況でございまして、主義主張、立場を越えて、自分が任用されておる教員としての使命に向かって真剣になれば、それはおのずから校長を中心とする一つの体制ができ上がらなければならないはずのものでありまして、そこでなおかつどうにでもなれというような要素が少しでもあったら、それは本当におかしなことであるというふうに考えております。
  156. 和田耕作

    和田(耕)委員 この問題は、もうこれに関係する人たちの総意というふうに考えてもいいと思いますので、ぜひともひとつ力強い指導をしていただきたいと思います。  もう一つ校内暴力のさまざまの原因の中で、幾つかの権威的な調査で出てくるのが学校の管理体制の強化という言葉であらわされる問題、これは、どうして起こるかという質問に対する生徒たちのいろいろな答えなんかにもそういうふうなことがよく出てくるのですが、この場合の管理体制というのは、つまり学校が子供に対して時間をちゃんと守りなさい、あるいは服装をきちんとしなさい、髪も余りやたらに伸ばしてはいけないとか、授業時間中にがやがや言ってはいけないとかあるいは礼儀正しくしなければいかぬとか、そういう意味の管理体制の強化ということだと思うのですけれども、単に管理体制の強化ということが、たとえば教頭制度をつくるとか主任制をつくるとか、あるいは学校の学習指導要領等の問題についての文部省の管理指導が強まるということとオーバーラップさせて原因のように言う向きもなきにしもあらずだと思うのですけれども、この問題はどのように考えておられますか。
  157. 三角哲生

    ○三角政府委員 私から和田先生に申し上げるのもおかしいのでございますけれども、学校は大ぜいの子供を扱って、そして一つのまとまったグループとしてのレッスンをやるところでございますから、その中にはルールと申しますか、児童生徒の守るべき規律というものがあるのは当然のことでございます。そうして、いま中学校のように校内暴力が非常に多発しているような年齢段階は、心理学的にもいわゆる第二反抗期と言われる時期でございまして、これは本質的にはやはり子供は性善説と申しますか、心の中の奥にはいいものを持っておると思いますけれども、やはりほっておけばいろいろな意味でばらばらになり、あるいはルーズになるという時期でもございますから、その学校がそれぞれ一定の、まあ管理という言葉が適切かどうかはわかりませんけれども、守るべき規律というものはあって当然だと思っております。  それから、私どもが学校の運営一つの集団ないしはまとまった組織体としてきちっとした適切なものにするための仕組みを設けて、それが実際に十分に機能するように目下努力しておるところでございますが、それとひっくるめて管理主義反対というようなことで言われることがあろうかと思いますけれども、それは一種の決めつけ、切り捨ての議論であって、内容的には私どもの行政の上で何らプラスするところがない考え方だと私は思っております。
  158. 和田耕作

    和田(耕)委員 この問題は区別を明らかにしておきませんと、先ほど申し上げた、ある校内暴力が起こったときに校長以下の先生方が、考え方なりいろいろな立場を越えて校内暴力に対処するということともまたかかわってきまして、これがまた管理体制の強化なんということで反対されるという雰囲気を起こしてはいけないから、特にその問題を御質問申しておるのですけれども、ひとつその問題は区別して考えるということも、この校内暴力の問題に対処する場合にぜひとも考えてもらいたいと思います。  そこで、特に小学校、中学校の子供は、まあ高等学校でもそうですが、礼儀正しくしなきゃならない、時間はきちんと守りなさい、服装も余り見苦しくしてはいけない、これはあたりまえのことなんですね、こういうふうなことの管理体制の強化、つまり、生徒の自主的な学習の雰囲気を乱すものだというような印象がこの校内暴力の背景の重要なものであるとするなれば、これは非常に重要な問題を含んでくるんですね。つまり、いまの日本の義務教育を締めつけ過ぎるというふうに考える人は、恐らくまともな常識を持っている人にはほとんどいないと思うのです。少しルーズ過ぎやしないかと考えている人が圧倒的に多い。しかも、そういう状態に対して子供が、いろいろ干渉し過ぎるのじゃないか、特にあの先生はということで、生徒指導の先生や熱心な若手の人たちが暴力の対象になったりするという事実は非常に重大なことなんですね。つまり、普通大人が、あるいは父兄と言ってもいいのですが、いまの日本の義務教育の学校の中での管理体制といいますか運営の仕方がむしろルーズ過ぎはしないかという感じのある状態に対して、やかましく言い過ぎるという印象を持つ、そういう気持ちを子供に起こさせる教育の内容そのものにも問題がありはしないか。  最近私は、あるところである人のそういうことに関する意見を聞いたのですけれども、よく言われる権利の主張が教科書の中に多くて、義務という問題をあわせて説明していない、権利を主張する場合には特に義務というものを考えなさいということで、その二つをバランスをとって教えている教科書がほとんどない、こういうことを言うんですね。こういう問題も、改めて校内暴力との関係を、これは長年かかる問題ですけれども、ぜひとも考えてみなければならないなというふうに思うわけですが、いかがでしょう。教育の内容、教科書の内容等と関係があるということをいま申し上げておるわけです。
  159. 三角哲生

    ○三角政府委員 いま御指摘の問題は、学校によってもいろいろでございますし、同じ学校にいても、担任する先生によって、いまの行儀とか礼儀作法とかそういうものががらっと変わるという状況があると思っております。  一番肝心なのは、私ども、家庭教育は別として、幼稚園のころからのしつけというものが大事なので、同じ家庭の中の子供でも、幼稚園のときのしつけによりまして、きちんとしたあいさつを大きくなってからでもちゃんとできる子と、何となくあいさつをするのが気恥ずかしいというようなぐあいになる状況等がありますし、それから、担任の先生がかわった途端に言葉遣いなり態度が粗野になったりルーズになったりするということがありますので、これは学校ごと、教師ごとの問題ではございますが、全体の指導の中身としては、学校教育全体を通じて、あるいは道徳教育の時間なり、きちんとした教育をしていかなければいけない、こう思います。  教科書の問題にもお触れになりましたが、確かに、憲法学習というものが前提になりますと、どうしても基本的人権ということに主眼が置かれるということでございますけれども、しかし、ただいまの御指摘のように、権利というものには必ずそれに対応して、義務と申しますか、あるいは全体の調整からの、公共の福祉というような点からの制限というものがあるわけでございまして、全部が権利権利で、権利だけを足し算をいたしますれば、地球の上でのバランスシートが成り立たないということになるわけでございますので、私どもとしては、教科書の上では今後とも検定の上で、それから学校教育の指導の上では学習指導要領に基づきまして、そういった点をきちんとやってもらうように努めていかなければならない、こういうふうに思っております。
  160. 和田耕作

    和田(耕)委員 要するに、いまの学校の管理体制という言葉であらわされる学校の運営の問題ですけれども、これに対しては、普通の常識で考えるとルーズ過ぎはしないかというふうに思われる状態に対して、子供の相当の部分が厳し過ぎるという感じを持ち、それに対して反感を持ち、それが積もり積もって暴力的なものになるというこの事実の問題を、教育の内容と関連してもっと強く考えてみる必要があるということをきょうは申し上げたかったわけです。ひとつ文部大臣の御感想をいただきたいと思います。
  161. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 ただいまのお話は、まことに重大な問題だと思うのであります。つまり、管理という言葉の中に、学校それ自体の機構としての秩序維持あるいはまた統一、指導力という管理体制、それからもう一つ、同じ日本語で言われる言葉の中には、学校の生徒に対しまする教育的な専門用語として使われている言葉、それがごっちゃになっていやしないか、こういう点は確かにあると思うのであります。  ことに私は、終戦の直後のアメリカの指導に基づく新教育体制、経験主義体系というもの、それからまた、従来の日本の歴史、伝統というものに対しましての、進駐軍の日本占領行政としての教育に対する一つの体制、こういうふうなものがございまして、価値観という点からいいましても、新旧二つの価値観というものが教育内容としても混淆しておるというところに、今日の教育の非常なむずかしさというものが現存しておると思うのであります。民主国家日本というものが確立されてまいりますれば、こういう価値観の問題も逐次、その日本の伝統なり、あるいは戦後の三十数年の背景のもとに、大分りっぱなものに形づくられておりますけれども、まだなお幾多の問題が残っておると思います。  そういう点で、先生のおっしゃいました、一方においては教育内容における指導の問題と、もう一つは、学校それ自体の秩序あるいは組織としての指導、こういう管理体制、確かにおっしゃるとおりでございまして、われわれもその辺は十分に心して善処してまいりたい、かように考えております。
  162. 和田耕作

    和田(耕)委員 次に、オリンピックの問題について質問したいと思います。  大臣、私も今度はびっくりしたのですけれども、メルボルンが相手のときは、何か少し強い相手で、負けるかなという感じもあったのですが、ソウルというのは、負けやしないとかいうことよりも、とても問題にならぬだろうという感じを私は持っておったのです。ところが、いよいよふたをあけてみると、考えられないような大差で敗北をしてしまった。それからちょうど一カ月たつわけですね。  私も、韓国の問題には非常に強い関心を持っておりまして、韓国の人たちにとっては非常にいいことだったと思います。あのときに、韓国は大事な国だから、日本は引き下がって韓国に名をなさしめた方がいいじゃないかというような人もおったのです、負けた後で。負け惜しみじゃなくて、そういうことを言う人がおったのですけれども、それよりはむしろ、ああいうところで戦って負けた方が、韓国としては大変大きな国際的な名声を得るわけですから、韓国にとってはあれは非常にいい結果なんだと、韓国の大使にもその話をしたことがあります。  しかし、これはそういうものとして不問に付しておいていい問題かということを考えますと、私は、大事な問題を含んでおると思うのです。今後の日本の体育行政の問題からいいましても、日本の世界の中で占める地位という問題から考えても、これは一遍ただす問題はきちんとただして、そうして今後の対策を考えなければならない問題じゃないか。私は、この問題で関係者の参考人をお呼びして、集中的に一遍審議しなければいかぬほどに大事な問題じゃないかということをこのごろ考え始めておるのです。なぜかといいますと、いま「びわこ国体」をやっておりますね。あの「びわこ国体」の場合に、滋賀県民というのは、この機会にとにかくスポーツというものに対して、あるいは体育というものに対して大きな関心を持っているのです。大臣も、あの開会式に行かれてあいさつをなさっておられるわけですけれども、特に学校関係の生徒たちは、大変な意気込みでこういうものに対して臨む。オリンピックも同じなんです。オリンピックはむしろ県のあれよりははるかに大きな影響力を国民あるいは学校の生徒に対して与えている。これは八年後ですか、八年足らず後に日本に来るということで、日本の体育あるいは学校の体育教育について非常に大きな目標を与えておったというものに対して、これがああいう形で敗れるという問題は、体育の問題から見ても非常に重要な問題であるわけなんですね。  この問題について、ひとつ文部大臣ももっと深刻にこの問題を反省してもらわなければならぬと思うのですけれども、いかがでしょう。
  163. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 おっしゃるとおりでございます。口には余り申しませんけれども、このオリンピックの名古屋の失敗という問題は、いろいろなことが反省させられます。具体的にこれとこれとこれということは申し上げたくないのでありますけれども、しかし、国内的な体制につきましても十分考えられますと同時に、一番私が深刻に考えられますのは、日本の情報機能というもの、これが非常に劣弱である。本当に当日の午前までの外務省の情報等を見ましても、これは勝ち過ぎるようなことがありまして、それがだんだんと夕方になりますと、差が縮まったというぐらいなことではございましたけれども、そういう点などは今回だけでなく、前二回にわたりましての場合もそうでありますし、そのほか一般の情報等につきましても同様な問題が特に反省させられなければなりません。  それから、やっぱり打って一丸となって事に当たるという姿、人が目的に向かって国を挙げて一体になるというその熱情、情熱といいますか、それに対しまして、日本の場合におきましては、メルボルンのときまでは相当われわれの方としては強い覚悟をもって臨まなければならぬと思っておりましたのですが、メルボルンが下がってしまった。相手がなくなってしまったというふうな空白の時代もありましたが、その後忽然として韓国が立候補したという点、まさに虚をつかれたような姿でありますが、韓国の場合には容易ならない相手であるということは、射撃の国際競技に当たりまして、御承知の全世界を相手にして第一位をとったということなんかでも、当初は考えられないようなことが、やはり韓国の国民性でありますか、本当に火の玉に燃えて全力挙げてやりましたあの姿に対して、日本なんかのような非常に従来から強豪と言われたものが惨敗をしたような結果でもあります。  このことはやはり、まだまだほかにいろいろありますけれども、胸に手を置いて考えますと、国内的にも国際的にも、あるいはまたその他いろいろな問題に対しまして非常に反省をいたしておる次第でございます。  ただ、あなたが言われますように、今日ソウルと決まりました以上は、総理も言われますように、釈然として同じアジアの民族として、世界的に堂々たるりっぱなオリンピックができますようにまた協力をして差し上げなければならない、こういう気持ちでございます。
  164. 和田耕作

    和田(耕)委員 負けた以上は、ソウルのオリンピックがりっぱに開催されるようにと言う、私も同じ意見です。しかし、それとは別に、この問題について私ども考えなければならないことは、先ほど申し上げたような問題が一つあります。国民の体育関係の人の大変な失望という問題と、もう一つは、これは体育局長に、きょうは日本のオリンピック委員会の責任者の方にもぜひ来てもらいたいと思っておったのですが、都合でできないのですけれども、あの負け方というのが問題になるのです。  あれは、相手がソウルですから、韓国はいま国際的には必ずしも人気のいい国じゃない、少なくとも共産国は全部韓国にはなかなか入れないだろうと思うんですね。ところが、あの大差の数字を見ますと、共産国以外の民主国、開発途上国のほとんど大部分が韓国に投票したのじゃないか、そういうふうな気もするのですけれども、そこらあたりのひとつ事実をお聞かせいただきたい。
  165. 高石邦男

    ○高石政府委員 IOCの総会は、秘密による無記名の投票によって行われるわけでございます。したがいまして、正確にどこの国が日本に入れたか、どこの国がソウルに入れたかということはわからないわけでございます。そういう段階でございまして、ただ、それぞれの関係者が推測としてこうであろう、ああであろうということを思っているにすぎないわけでございます。  したがいまして、今後いろいろな国際関係のこともございますので、この正式の場でそういう観測を申し述べることはどうかという気がいたしますので、その点の御答弁を御了承いただきたいと思います。
  166. 和田耕作

    和田(耕)委員 あれは何票差で負けたんですかね。
  167. 高石邦男

    ○高石政府委員 五十二がソウルでございます。二十七が名古屋でございます。
  168. 和田耕作

    和田(耕)委員 五十二対二十七というこの数字を見ても、私は韓国か現在の国際的地位——私は韓国の国際的地位はもっと上がらなければならぬと思っておりますけれども、この現在の地位から見て、恐らく自由諸国の、いま申し上げた開発途上国の人たちも、大部分が韓国に入れたのではないか、こういう判断は間違っておるでしょうか。
  169. 高石邦男

    ○高石政府委員 多くの関係者の推測では、いま先生のおっしゃるような推測を持たれている方が多いわけでございます。
  170. 和田耕作

    和田(耕)委員 きょう外務省の方見えていますね。——この名古屋オリンピックの問題は、閣議決定をして政府ができるだけ力を出して、これは政府関係ないオリンピック委員会というものがありますから、形から言えば何も責任はないわけですけれども、これは文部大臣も同じですが、実際は、各国ともオリンピックの問題については国の全機関がフルに活動して、日本に来てもらうように努力をするはずなんです。これは文部省がいろいろなことをやるわけにはいかぬ、その問題は外務省が中心になっていただかなければならなかったと思うのですが、一体外務省はどういうふうにこの問題について働いたのか。あるいはこの問題が、投票が起こる前までこの結果がわからなかったのか。そのあたりをひとつお聞かせいただきたい。
  171. 渡辺泰造

    ○渡辺説明員 お答えいたします。  外務省といたしましても、客年十一月の閣議了解に基づきまして、愛知県、名古屋市、日本体育協会あるいはJOCが入って組織されておりますオリンピック招致委員会に対して、文部省を中心にしてわれわれ協力を行ってきております。たとえば在外公館を通じて招致委員会関係者による外国におられるIOC委員に対する働きかけ、この多くには在外の大使が付き添って、また館員が通訳をするなど、それから時により助言をするなど、支持要請につき側面的に援助を行ってきております。そういう意味でわれわれとしても非常に残念に思っているわけです。  確かに、当日までかなり楽観的なムードが現地にあったのは事実でございますが、と同時に、韓国側が現地におきまして投票直前に、いま先生もおっしゃられましたように、全力を集中して工作に当たったというのも、また関係者が、特に現地におりました日本側の反対運動の人たちと対比して、印象深く受けとめたということがあるかと思います。
  172. 和田耕作

    和田(耕)委員 もう時間も少ないのですが、この問題について外務省、文部省もそうですが、特に外務省として、外国の人たちがこの急速に発展してきた経済大国日本に対して非常にデリケートな印象を持っているということを、この事実で教訓として受け取らなければならない大事なポイントだと思うんですね。つまり、いま総理はメキシコへ行っていろいろの方とお目にかかっているようですが、金を借りたいと思う、援助を受けたいと思う人は非常ににこにこするでしょうけれども、本心はあのにわか成金何を言うかというふうな感じのあることは、その他のいろいろなことで外務省としてはそういう感触を持っておりませんか、おりますか。その問題をひとつ……。
  173. 渡辺泰造

    ○渡辺説明員 いまの日本が、これだけの大国になって、いろいろな意味で各国の注目を引いてきているというのは、先生おっしゃられるとおりだと思います。またわれわれ、このオリンピックの問題でいろいろ反省もしております。ただ、昨年十月の国連安全保障理事会の非常任理事国の選挙におきましては、日本は第一位で当選しております。また、ことし十月の経済社会理事理事国選挙におきましても、日本はアジアグループで百三十票を集めて、第一位で当選しております。したがいまして、必ずしもわが国に対する注目度というのが否定的なものばかりであると結論づけるにはまだ早いかと思いますが、外務省でも情報文化局を中心といたしまして、正しい日本の姿をわかっていただき、国際場裏におきます日本の外交の基盤づくりにぜひ努力したい、こういうふうにやっております。  確かに、これからいろいろな意味日本が批判を受ける可能性は多くなってくると思いますが、それだけにこれから日本の立場を説明する努力がもっと必要であるということではわれわれ強く認識を深めております。
  174. 和田耕作

    和田(耕)委員 いまお述べになった大きな得票で国連の重要な役職につかれたということもあるけれども、その逆もありますね。逆のことをいまおっしゃらなかったのだけれども、つまり、そういう問題は非常にデリケートな問題として絶えず反省しなければならない問題ですね。特にいまの日本の状態に対してジェラシーという感じは必ず出るものだと思いますよ。それに対して余り大きな顔、必要以上に大きな顔をしない方がいいのじゃないかという感じもするのです。といって、日本として言うべきことはきちんと言うということは大事なことで、そのあたりはなかなかむずかしい問題ですけれども、このオリンピックの問題を契機にして反省をすることは反省をしながら今後のいろいろな問題に対処していただきたいと思います。  それでは、いまのお言葉等を考えてみると、一言で言って、この敗北は努力不足ということですか。
  175. 高石邦男

    ○高石政府委員 バーデンバーデンでの一週間くらいIOCに対して、日本の場合は招致団、韓国の場合はその関係者が行って、熱心な運動をしたわけでございます。これはもう少し時間をかけて分析する必要があると思うのですが、日本の場合も一年くらい前に何らかの形でIOCの委員に接触し、その感触を得ていたわけでございます。その段階までは、伝えられるように、日本が圧倒的に有利であるというような感触を持ち続けてバーデンバーデンに招致団が入ったと思われるわけでございます。その現地におけるいろいろな運動のあり方につきましても、これは日本流に礼儀正しくやるというやり方と、それから体当たり、ぶっつかりでやっていこうというやり方、考え方の差があったと思うのです。日本の場合は、どちらかと言うと、あくまで紳士的にやっていくという対応に終始したというような要因もあろうと思うのです。そういういろいろなものが重なり合って、全く予想しない大差が出たということで、いま先生指摘のように、この敗因の分析につきましては、もう少し時間をかけて、そして十分に検討を加えていくことが必要であろうと思っております。
  176. 和田耕作

    和田(耕)委員 これで終わりますが、いまの大臣の最後のお言葉のように、ソウルに決まったこの段階では、日本の最も今後友好を重ねなければならないソウルでのオリンピックが大きな成功をおさめるように私どもも協力をしてあげなければならぬというふうに思うのですけれども、そうだからといって、予想もしない大敗北という問題は、いま体育局長のおっしゃったように、どうしてこういうことになったのかという問題をもっと真剣に考える必要があります。そして先ほど申し上げたように、どこの国がどういう態度をとったのかということを含めて、これは調べればわかることですから、もっと真剣な具体的な検討と、そして反省と対策というものをぜひともとっていただきたいと思います。  これで終わります。ありがとうございました。
  177. 三ツ林弥太郎

  178. 山原健二郎

    ○山原委員 きょうの質問は、私の方が三十分質問をいたしまして、あと教科書問題について栗田さんの方から五十分質問をさせていただきます。  最初に、この間の行政改革特別委員会質問をしましたが、きょうは数字を確認する意味で端的に四十人学級問題についてお伺いをするわけです。  今度行革特別委員会に資料提出を要求しまして、文部省の方から私の方へ出してきております年次計画があるわけです。これは寺前議員に対しての答弁の中で出てきました数字とも一致しておりますし、また湯山議員に対する質問の答弁の中で出てきた数字とも一致しておりますから、大体文部省はこういう計画で進められようとしておると思いますが、これを見ましても、この前指摘しましたように四十人学級、特に小学校の場合は昭和六十三年度で完了して、そして中学校を三年間で六十六年度で終わるという計画が確かに変更になっているということを考えざるを得ません。  そこで伺いますが、一つは、昭和五十五年、五十六年、去年、ことしと実施をしてまいりました小学校、すなわち生徒減で校舎を建てなくてもやれるというところは、これから継続をしてやるのですか。それともいつこれは完了するのですか。
  179. 三角哲生

    ○三角政府委員 昭和五十五年と五十六年、今年度でただいま山原委員の御指摘の生徒減少市町村で教室の増設を必要としないところについて四十人学級を実施しておるわけでございます。この五十五年と六年に手がけた学校については、その学年進行等に伴う必要な四十人学級の措置を五十七年度以降当初の予定通りに順次やりたい、こういうことで、資料にもお示ししたと思いますが、三百二十二人の教員増の明年度の概算要求を提出しておるわけでございます。  これは、私どものもくろみでは五十五年に手をつけた学校でございますから、五十五、五十六、五十七、五十八、五十九、六十年、小学校は六十年に完了いたしたい、こういうことでございます。
  180. 山原健二郎

    ○山原委員 次に、中学校の場合ですね、中学校の場合にいわゆる生徒減と校舎建築の必要のないというところはいつから始めますか。
  181. 三角哲生

    ○三角政府委員 中学校につきましては、文教委員会に前にもお出ししました六十一年度から、いま御指摘のような条件にある学校については実施したいと考えておったわけでございます。これは財政再建期間終了後の事情にもよりますけれども、私どもの現在のもくろみとしては、中学校については当初の計画どおりに実施したい、こういうふうに考えております。
  182. 山原健二郎

    ○山原委員 願望として六十一年から実施をしたいということですね。来年度、五十七年度実施の対象であったにかかわらず、二百五十三校は来年はやらないということになりましたが、この二百五十三校についてはいつからやりますか。
  183. 三角哲生

    ○三角政府委員 これは私どものもくろみとしては、すんなり行けば財政再建期間終了後、六十年度ということになりますけれども、六十年度から措置をいたしたい、こういうふうに思っております。
  184. 山原健二郎

    ○山原委員 端的に聞いていきますから、数字を合わしてくださいね。  その他の地域、すなわち生徒が増加する、あるいは校舎も建築しなければならないという、現在適用になっていないところでございますが、小学校はいつから始めますか。
  185. 三角哲生

    ○三角政府委員 これも一番うまくいけば六十年度から措置をいたしたい、こういうふうに思っております。
  186. 山原健二郎

    ○山原委員 それは学年進行方式ですか、それとも逓減方式ですか。
  187. 三角哲生

    ○三角政府委員 実際の方式につきましては、これはまだ若干先の話でございますから、ある程度弾力的に考える余地はあるかと思いますけれども、現在のところでは、当初の十二年計画でお示ししておるような学年進行方式でやるということで一応の試算をいたしております。
  188. 山原健二郎

    ○山原委員 学年進行方式でやりますと、小学校も六十六年、一年、二年、三年、四年、五年、六年ですね。逓減方式でいけば四十五名を次の年には四十四名にする、四十三名、四十二名、四十一名、四十名と、それは五年間で行くわけですが、その辺はお考えになっておりませんか。
  189. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほど申し上げましたように、逓減方式はただいま考えておりません。学年進行方式でまいりますと、すんなり行くと六十年と申し上げましたが、六十年でございますから、仕上がるのは六十六年でなくて六十五年になります。
  190. 山原健二郎

    ○山原委員 いずれにしても財政事情という言葉が全部くっついてくるわけですね。六十年以降は全市町村で行いますということが、私どもに提出された資料の中には書いてございますが、これはやるのですね。
  191. 三角哲生

    ○三角政府委員 これは当時の御答弁でも申し上げましたが、財政期間終了後すんなり行った場合の一つのもくろみでございます。
  192. 山原健二郎

    ○山原委員 もくろみとは文部省が自分たちの願いとして持っておられるということであって、全くどこでも確認できないんですね。本当言ったら、今度の行政改革特別委員会なんかこの数字が出てくれば審議できないくらいの問題ですよ。小学校いつ完了するかわからぬ、中学校いつ完了するかわからぬ、文部省としては願いを持っている、しかし財政事情が関係してくるとなりますと、本当にわれわれ何を信じて審議をしていいかわからぬでしょう。文部省としてはどうなんですか。六十年度から学年進行方式でやりますとどこかで確認しているのですか。何かそういうものがあるのでしょうか。
  193. 三角哲生

    ○三角政府委員 いわゆる教員の学級編制の法律では本則に十二年計画の姿が示してございます。ただいままで申し上げておりますのは、四十人学級の問題につきましては、この計画自体は堅持する、そして十二年の間で仕上げるということも本則に書いてあることでございますから、ただいまのいわゆる行革関連法の改正は、附則における各年度においてどういうぐあいに措置するかということについては、いわゆる特例適用期間中について財政事情を勘案して抑制するということを言うておりますので、私どもは、全体規模並びに計画期間は、本則で書いてあることを何ら変えるものではないわけでございますから、それを財政期間終了後できるだけ円滑に実施したい、こういう構え方でございますが、六十年度からの年次計画等につきまして、私どもとしては私どもなりの考え方、構え方、試算、そういうものを持っておりまして、それをお示ししてございますが、明年度予算つきましても、それ以後のことにつきましても、これは個別には、個々には財政当局とも協議をし、そして政府全体として決めるべき事柄でございますので、そういう意味合いでのお答えをしているわけでございます。
  194. 山原健二郎

    ○山原委員 私は、なぜこんなことをしつこく聞くかといいますと、一昨年、五十五年度実施のときに、当時の谷垣文部大臣に対して質問しているのです。五十八年度からやると言うのだけれども、特例公債から脱却するまでは教職員定数は極力抑制するという言葉があって、そして五十八年度からは実施できるかということを質問しますと、それに対して谷垣さんは、ここ三年の状況よりより厳しいという状況は、この文言からは出てこないということで、できますということを言っております。  それから同時に、文部大臣と当時の大蔵大臣の竹下さんとの間に確認事項という文書まで出したんですね。ところが、それがもうことしになると、早くも五十八年度実施というのは流れて、六十年に変更するわけでしょう。そういう意味では、いわばこれは国会としても本当に責任のある審議が非常にしにくいという問題があるわけでして、しかも特例公債から脱却すると言っておりましても、これから先六十年には赤字国債の償還が十兆、十一兆というふうな状態になってくるということを考えますと、よほどここで腹を決めるか、何かの担保を取っておかないと、六十年から実施するということも、財政事情ということでまた延ばされてしまう。これは私どもの心配だけではなくて、文部省としても重大な問題だと思うのです。  この点については、文部大臣はもちろんいつまでも文部大臣でおられるわけではありませんけれども、現文部大臣として、こういう現状の中でこれは必ずやるという確信を持ってここで言い切ることができるでしょうか。その点を大臣に伺っておきます。
  195. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 四十人学級の問題並びに一連の財政措置を行います節減の問題でありますが、この点は私ども総理からも、あるいはまた大蔵大臣からも、御承知のとおり予算委員会初め各委員会で、六十六年の目標年数におきましては、定数の問題にしろ、標準法の問題にしろ必ず実現するということを再三再四にわたって確約をしてもらっておるわけであります。  考え方と申しますか、現実にたくさんの学校を持ち、たくさんの先生を持っております文部省といたしましては、あなたと同じ気持ちでございまして、われわれとしましては、財政に籍口して計画が完成できないというようなことは非常に困ることでございます。のみならず、あるいは養護教育の義務化の問題にしろ、あるいは都市の過密の急増地域に対しまする対処の問題にしろ、こういう具体的な問題は、財政が窮迫の間においても調整をしてやりますということまで約束をしておるわけでありまして、この点はぜひ計面にそごがあってはならないということを何とか担保しなければならぬという気持ちでございます。
  196. 山原健二郎

    ○山原委員 次に、奨学金制度の問題について伺っておきます。  時間がないので、一つの問題に多くの時間を割くことができませんが、けさ嶋崎議員の方から大変詳しく、しかも嶋崎さん自身の経験を出されまして、非常に貴重な質問が行われたわけでございますが、ただ一つ、これはもう明らかに憲法第二十六条の機会均等、それから教育基本法によりましても第三条の、修学困難者に対し奨学方法を講じなければならないという、これは国に課せられた義務となっているわけでございますから、この問題から考えまして、臨調の中などでは、この育英制度、奨学金制度の役割りは果たした、もう終わったというような意見が出たと言われておりますけれども、これは大変重大な発言でございます。  きょうも話がありましたように、国際的に見ましても、アメリカの場合、学生数の四四%が奨学金、そして日本の場合は一一%という貧弱な状態であることは、もうだれが見ても明らかですね。  この前にも言いましたか、私、去年、ちょうどいまごろ東ヨーロッパの国を回っておりましたけれども、奨学金制度について学生に質問をしようと思っても、返還をしなければならぬ奨学金というのがあるのかと逆に聞かれるような始末でございます。まして利子がつくなどということは、恥ずかしくて言えないような状態だったのです。それは社会主義の国だけでなくて、先進資本主義の国なんかと比べましても、大変低劣な状態にあることは、文部省の方も認めておられると思います。  今度出ております臨調指摘の有利子制導入、返還期間の短縮あるいは返還免除制度に対する手直し、これは私は一つ一つが、文部大臣、この奨学金制度の根幹に係る問題だと思っております。その一つ一つ根幹に係る問題が三つ指摘をされておるわけでございます。これはむしろ充実強化をしていかなければならぬ今日の段階です。しかも学費は高くなりますし、大学離れも出てくるという状態の中で、修学困難な学生もずいぶん多くなっています。低所得層は大学へ行けないというようなことから考えますと、むしろこの逆の方向をとらなければならぬときに、こういうものに対して根幹を揺さぶるような指摘がなされているわけであります。  これはもう文部大臣も、けさほども決意を表明されましたけれども、この問題も、大臣としてはぜひともしっかりした決意を持って対処していただきたいと思うのでありますが、この点について大臣の御意見を承りたいと思います。
  197. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 午前中お答えをいたしたとおりであります。  なおまた、ただいまの御質問に対して、再度私の決意と申しますか、非常に重大な問題でありますので、この問題につきましては、十分に慎重に今後進めてまいりたい、かように考えております。
  198. 山原健二郎

    ○山原委員 時間が余りないものですから……。  いまの問題につきましては、本当に役割りを終わったなんというものではなくて、日本育英会の目的から見ましても「経済的理由ニ因リ修学困難ナルモノニ対シ学資ノ貸与其ノ他之が育英上必要ナル業務ヲ行ヒ」と書かれておりますし、また、実際に人材あるいは基礎的な学問研究ということに至りますと、いわゆる返還免除制度というものがどれほど大きな役割りを果たしておるかわかりません。これは現実に大学院あるいはオーバードクターの問題なんかを考えましても、日本学術研究を守る上でも重要な役割りを果たしておるということを、ここで再度強調をしておきたいと思います。  次に、危険校舎の問題でありますが、文部省は耐久度点数を五千五百点、これは五年間も続いておりまして、年度ごとに決められるわけでございますけれども、五年間続けばほぼ定着をしていると考えてもよいのではないかと思います。聞くところによりますと、四千五百点に、もとへ戻すというような意見もあるようでございますけれども、ちょっと私、調べてみたのですが、たとえば山形県、秋田県、島根県、長野県、福島県、私の高知県なんかもそうですが、いわゆる財政力の弱い県、たくさんの僻地を持っておる県におきまして、この五千五百点というのが非常に有効に動いているのです。これを切られますと、大変な事態になります。たとえば私の県の教育委員会に電話しますと、五千五百点以下の学校が小学校で三百四十五校で全校舎数の一五・四%を占めておりまして、全国平均の三・七%に対して第一位なんですね。中学校の方を調べてみますと、百四十八校が該当する危険校舎を持っておりまして、それが全中学校の七・六%、全国平均が二・六%ですから、順位を見ますと第二位になっているわけです。一つの県で合わせて小・中学校で四百九十七校舎ということになるわけでございます。これは全国各県にとりましても、四千五百点などということになりますと、財政貧弱な市町村がたくさんあるわけでございますから、大変な問題になるということで県知事なんかも必死になっておるわけでございますが、まず文部省は、この五千五百点を来年度からも守り切ってもらいたいと思うのでございますが、そういうお考えでしょうか。
  199. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 この木造建築の耐力度の基準でございますが、ただいまお話のように、五十二年度の第二次補正予算におきまして、従来からの原則である四千五百点を五千五百点に修正いたしたわけであります。その後の毎年度の予算におきましても、この措置を継続いたしておりまするし、これが老朽校舎の改築促進に非常に貢献したと私は思うのであります。  五十七年度の概算要求に当たりましても、この措置がすでに市町村に定着した制度となっておりますことにかんがみまして、今後ともに恒久制度としてこれを継続してまいりたい、かように強く主張いたしておるところでございます。
  200. 山原健二郎

    ○山原委員 大蔵省出ておられますが、いま文部大臣が非常に強い要望を持っておられるということはおわかりになったと思いますが、まさか大蔵省は、もとへ戻して四千五百点などということはお考えにならないと思うのですが、その点、一言伺っておきます。
  201. 浜本英輔

    ○浜本説明員 ただいま五十七年度予算の編成作業を進めておりますが、この中で十分検討させていただきたい、かように存じております。
  202. 山原健二郎

    ○山原委員 検討することは結構ですけれども、こういう問題については、校舎建築というのは現在の不況克服の一環にもなりますし、そういう点では相当数の全国の学校がこれに関係しておるわけでございますから、そういう文部省の意向を反映する立場で検討してもらわなければ困るということを申し上げておきたいのです。  次に、中央教育審議会をつくるのではないかということが報道で出ております。たとえば、その中には教科書の見直しであるとか教科書無償の問題であるとか、さらには小・中・高等学校のあり方について見直すとかいう中身を見ますと、この三つをとりましても、戦後教育の抜本的な問題が含まれておるわけでございます。  こういうことについて、たとえば第十二期中央教育審議会は六月に任務を完了しておりますが、十三期の中央教育審議会をつくるというようなお考えを本当に持っておられるのかどうか、これを伺いたいのです。
  203. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 教育の問題につきまして、特に日本を取り巻く四囲の情勢あるいはまた国内のいろいろな問題にかんがみましても、重大な問題がたくさんございます。これらにつきまして、次期の審議会の問題につきましては、ただいま御指摘の問題の中教審を含めまして、慎重に、また同時に、公正な結論を得られるように検討いたしてまいりたい、かように考えております。
  204. 山原健二郎

    ○山原委員 もうすでに会長の人選が行われておるなどということが報道関係で出ておりますから、しかも教科書問題一つとらえましても、あるいは教科書無償問題をとらえましても、小・中・高等学校のあり方の問題につきましても、これは国民的な世論がいろいろあるわけですね。教科書に対して、現在の教科書を偏向だと批判する勢力もあれば、教科書をもっとよくしなければならぬという立場でそういう教科書批判に対しては反論をする意見もあるわけです。  国会の中でもそういう点については激しく論議をされておりますし、また、小・中・高等学校のあり方などということになってまいりますと、これは大問題でございます。たとえば教育学界あるいは教育専門家、あるいはこの国会におきまして審議を尽くしていくという立場で、その中でいろいろな方法が考えられるならばともかくですけれども、この間の新聞報道によりますと、九月十一日に、たとえば石橋さんや諸澤さんや三角さん、鈴木さん、三塚さん、森さん、これは新聞ですからよくわかりませんが、そういう会合の後で中央教育審議会の件が出ておるということを考えますと、これはもっともっと慎重な態度で、これをつくること自体についても文部大臣が慎重な態度をとらなければならぬと私は思うのですが、そういうふうに考えてよろしいですか。
  205. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 ただいま御指摘のとおりに、この教育の問題には根本的な多くの問題がございます。慎重に、また同時に、各方面の意見を本当にまとめましたりっぱな制度もつくらなければなりません。この点につきましては、ただいまの御意見、私もさように思っております。
  206. 山原健二郎

    ○山原委員 もう一言だけ……。  国立大学の附属養護学校に、本年度二十六名の定員をふやしております。そしてこれが二十幾つかの大学付属養護学校に配置をされまして、たった一名ではありますけれども、進路指導であるとか、あるいは後補導であるとかいうようなことに対して人員を割けるということで、大変な喜びでありますが、来年度、大変なアンバランスがありますから、それを解除するために今度も二十六名の人員の要請を概算要求でいたしております。これは文部省としてぜひ実現をしなければバランスが崩れたままになりますから、その点では、大学局長としても、これはぜひ実現したいとお考えになっておると思いますが、このことについて一言見解を伺います。
  207. 宮地貫一

    ○宮地政府委員 御指摘のように、五十七年度予算の要求におきましても、前年同数の二十六名の増員要求はいたしておるところでございます。国家公務員の定員全体が大変厳しい状況にある中でございまして、情勢は大変厳しい状況であろうと思っておりますが、私どもとしては、ぜひとも実現をいたしたいということで、関係省庁の理解を得るように努力をいたしていきたい、かように考えております。
  208. 山原健二郎

    ○山原委員 栗田さんとかわります。
  209. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 次に、栗田翠君。
  210. 栗田翠

    ○栗田委員 私は、きょう、いま問題になっております高等学校の「現代社会」の検定の問題について質問させていただきたいと思います。  ことしの春の通常国会で中学校の社会科の教科書が正誤訂正されたことで問題になりましたが、次の来年四月から使われる高校の「現代社会」は、検定が終わって見本本がつくられて、もうすでに閲覧されているわけです。全部で十六社二十一冊あると言われておりますけれども、きょう私は、そのうちから七社の「現代社会」を比較対象しました問題でいろいろ伺うわけです。  七社と申しますのは、資料としてお分けしてあると思いますけれども、お渡ししてある二つの資料の薄い方の表紙の一番左側にあります「調査資料」と書いた下の段に書いてある七社です。実教出版、二宮書店、清水書院、一橋出版、東京学習出版、数研出版、三省堂、この七社の検定前の白表紙本とそれから検定後の見本本を手に入れまして、全部対比いたしまして、どこが変わっているかを逐一調べました。  その中で特に問題だと思われるものを問題別に整理しましたものがここにあります資料で、これは全部で七十三ページになりましたけれども、これもごく問題だと思うものを抜き出し、特に問題別に対比したわけです。報道などによっても、十六社二十一冊の分ですと一万件にも及ぶ検定修正がされていると言われております。また、ここにあるものもまだほんのその一部ですけれども、七十三ページになります。この七十三ページを資料としてお渡しするのもちょっと大変なものですから、ダイジェスト版をつくりました。そのお分けした資料の厚い方の十五ページにわたりますもの、これが特にきょう引用しようと思うものなどを抜き出したダイジェスト版でございます。  初めに、この七社の教科書について「現代社会」の検定前と検定後を比較対照してみた全体の感想としましては、修正されている部分の分量がまことに多いということ、またその内容もともに大幅な修正であるということ、このことに驚いたわけでございます。  そのうちの一つの例を挙げますと、実教出版の「現代社会」ですが、これは手直しをされました字数だけで全体の二六%にわたります七十二ページ分、これは全部びしっとつけてまとめて計算して四分の一、七十二ページ分が入れかえられているわけでございます。しかも主に削除をされて、目次ごと変わって、内容が大幅に変わっているという実に大がかりな訂正の例です。これは実教出版だけではなく、その他にもかなりこのようなものがありますが、特に大幅なものについてちょっと実態を私の調べた内容最初に申し上げてみたいと思います。  いまお分けしてあります資料の薄い方の一枚表紙をめくった二ページ目からごらんください。「検定による書きかえの一例 実教出版「現代社会」の場合」というのがございます。この一枚目と二枚目、つまりページで言いますと二ページ、三ページ、これは大きな目次だけの書きかえの例ですけれども、ごらんになっていただきますと、白表紙本目次「第1章 青年と自己探究」、「第2章人間生活における文化と歴史」、ここまでは目次の変更はありません。ところが、第三章にまいりますと「現代と人間」、左側の検定前は「1 情報化社会と大衆文化」、これは検定後も残っております。ところが、「2 大衆社会としての現代」、「3 国際社会としての現代」、「4 わたしたちの直面している課題」、この目次はそっくり目次ごと内容も含め変更されていまして、見本本では「2 人類と環境」、「3 人口・資源・エネルギー問題」というふうに大幅に変わってしまっているわけです。  それから、第四章を見ますと「現代日本の経済」、この目次は全部変わっております。この「現代日本の経済」の中身は、仕組みを歴史的に系統的に解明していると思われるような検定前の内容ですが、「1 資本主義経済のしくみ」、「2 現代経済のしくみ」、「3 国民経済のしくみ」、「4日本資本主義の発展」、「5 日本経済の構造」、こういう項目になっておりますが、検定後には何とこれがたった二つの項にまとまってしまっていて「1 現代経済の特徴」、「2 日本経済の発展とそのしくみ」、こういうふうに変わっているわけです。  そして第五章は、目次はそのままですが、「第6章 現代の国家と民主政治」、1はそのままですが、「2 民主政治の確立」、「3 各国の政治制度」、これが検定後には「2 民主政治の確立と世界のおもな政治体制」、こういうふうに変わっております。  ちょっと長くなりますが、いかに大幅な改訂であるかということで次のページも見ていただきますと、七章も大幅に変わっておりまして、たとえば「日本国憲法と国民生活」の第一項、「日本国憲法制定の意義」、これが検定後には「日本国憲法の制定と基本原理」に変わっていますし、三項の「議会制民主主義の発展」が「3 議会制民主主義の発展と政党政治」に変わり、「4 行政機能の拡大」、これが「4 現代行政と行政機能の拡大」というふうに変わり、「5 地方自治の確立」というのが「5 地方自治と住民福祉」というふうに変わっております。  それから第八章で「国際平和と人類の福祉」を見ますと「1 戦争がおこる理由」、「2 平和を保障する方策」というのが検定後には「1 国際社会と国際政治」、「2 国際連合と集団安全保障」というふうに変わっているというようなことで、あと十章でも「現代における諸問題」が「現代社会の倫理的課題」というふうになっているわけです。  ちょっと詳しく申し上げましたけれども、これをもう少し細かい中身で細目で見てまいりますと、またどんなに変わっているかということがよくわかります。  もう一ページめくっていただいて「第3章 現代と人間」のその細目について比較してあるのをごらんください。これはたとえば第三章のうちの2、3、4の項がさっき御説明したように大幅に変わっているわけですけれども、その第三章では「2 大衆社会としての現代」ということで、検定前には「大衆社会の形成」、「ファシズムと大衆社会」、「大衆社会と現代」、「現代社会の諸問題」になっておりますが、それがそっくり検定後には「2 人類と環境」に変わって、「生態系としての環境」、「人間生活と環境」、「環境の保全と回復」というふうになり、それから「3 国際社会としての現代」の中でも、「国際社会の形成」、「ファシズムと第二次世界大戦」、「二つの世界の対立と平和共存」、「戦後の世界経済体制」などというものになっていたのが、そっくりなくなりまして、「3人口・資源・エネルギー問題」というふうに変わっているわけです。「4 わたしたちの直面している課題」、「四つの課題」、「戦争の防止と平和世界の形成」、「人権と民主主義の確立」、「貧困と人口・食料・資源・エネルギー問題」、「環境の保全と回復」という四のところのほんの一細目にすぎないのが大きな三の項目になっている。そしてファシズムの問題などというものはほとんど消えていますが、これはこの実教出版だけではなく、他の教科書でもファシズムに関してはページ数が非常に少なくなったり、内容が大幅に変わったり、消えてしまったりしているというのが特徴だったと思います。  その他そのあと第四章もございますが、時間の関係があるので、これを読みませんけれども、この実教出版の例一つを見ても、まあ何という大幅な書きかえがされていることよと実に驚いたわけです。これはたとえば数研出版などでも、五十七ページから六十二ページにわたります第二章の「現代の経済社会と国民福祉」のところが全部削除、書きかえになっておりますし、それから三省堂などでも「序編歴史としての現代」、これが全部削除、書きかえになっております。こういうまことに大きな、検定といっても項目そのものの、流れそのものの抜本的な改定のようなものが今度やられているわけです。  そこで、まず文部省に伺いますが、一体このような大がかりな検定による修正、これはどういう観点からおやりになった修正なんでしょうか。
  211. 三角哲生

    ○三角政府委員 教科書の検定の状況と申しますか、その経過についての問題でございますけれども、ちょっとあらかじめ申し上げておきたいと思いますのは、教科書の検定というのは、あくまでいまの教科書制度におきましては、民間の発行者に編集、著作をゆだねまして、そして、それを出していただきまして、その内容つきまして、それが学習指導要領に即しているかどうか、それから必要な教育的配慮が十分に施されているかどうかというようなことから検定をするわけでございまして、そして、私ども意見を申し上げて、その意見を踏まえてまた発行者、著作者の側でお考えをいただくという作業でございまして、そしてでき上がりました見本本の段階では、検定を終えまして、そして私どもと著作者、発行者側との間で一応といいますか、検定という手順を終えまして、両方で了解済みになってでき上がっておるものが現在の見本本でございます。  したがいまして、その検定のぐあいの一々につきましては、これは発行者、著作者側とすでに済んでおる事柄でございまして、これに対して一々どこがどうであったからこういうふうになったとかいうことについて立ち入った御説明をしたりいたしますことは、これは教科書というものは見本本の段階で御検討いただいて採択をされるということでございますので、教科書といえども一つの商品でございますので、その成り立ちについて私どもの側から一々詳細に申し上げるということは、採択における公正と申しますか、フェアな状況をつくるということがむしろ私どもの仕事でございますので、それはやはり好ましくないのではないかという基本的な考え方を持っております。  ただ、ただいまいろいろと目次についてお尋ねもございましたので、若干あえて立ち入って申し上げさせていただくこととしてお答えをさせていただきたいと思うのでございます。  ただいまの御指摘のことでございますけれども、一々全部についていま一遍に申し上げると、時間の御都合もおありかと存じますが、まず申し上げますと、たとえば冒頭におっしゃいました三章のところの「現代と人間」というところの内容でございますけれども、この「現代社会」というのは、私から申し上げるまでもなく一つの新しい科目でございまして、そういう意味では、私どもは、著作者の側においても、編集者、発行会社の側においても、新しく本をつくる——歴史だとか地理だとかでございますと、これまでの蓄積もございますし、それから学習指導要領が若干修正を施されましたら、そういうところに注意をして編集するということでございましょうけれども、「現代社会」の場合は全く新しい本を書くということでございますので、いろいろな意味で御苦労があったのではないか、そういうことでございます。  そういうことで、この第三章については、学習指導要領の中で人類と環境の問題でございますとか、それから人口問題と資源・エネルギーの問題でございますとか、そういうことを内容として取り上げることになっております。そして高等学校教科用図書検定基準におきましても「教科用図書において取り扱う範囲は、学習指導要領に示す目標及び学習指導要領に示す内容によっていること。」というふうに示しておりまして、そうしてさらに「学習指導要領に示す内容を取り上げていること。」というふうに書いてあるのでございます。  この実例の場合には、当初の提出原稿ではその部分が欠落しておりましたので、検定の過程におきまして、やはりただいま申し上げました検定基準に基づいて、こういった内容はやはり取り上げてくれないと教科書としての適格性の上で問題があるというような意見は申し上げただろうと思います。その結果として内容に修正が施されたわけでございますが、私ども検定の過程で一々その章とか節の表題までこのように変えろとか、そういうふうなことは申し上げてないはずでございまして、内容をそういう意味で改めて考えて、こういった内容を書いていただいた結果が、ただいま御指摘のようなことになっておるというふうに考えております。  以上、御説明申し上げます。
  212. 栗田翠

    ○栗田委員 前半におっしゃいました、教科書も商品なので、どういうふうにして修正がされたかということは余りフェアにすべきではないというお話は、ちょっと納得しかねるわけです。といいますのは、むしろいま問題になっているのは、検定そのものが果たして教育の中立性を守る立場で妥当なやり方がされているのかどうか。御存じのとおり、教科書裁判すら十六年間も続いている中での検定の問題ですから、そういうことも含めての私たちの問題提起であるわけで、フェアにしないということでやみに葬られながら、実は修正をしなかったら教科書として採用されないという状態に置かれて修正をしている部分というのはかなりあるということを知っているわけです。修正意見というのと、それから参考意見ですが、昔のA意見、B意見というのがつくわけですが、A意見の場合には、これは変えなかったら教科書として採用されないというかなり強権的な力を持っているわけですから、そういうことでは全貌を示していただいて、納得のできる状態で私たちもどんな検定がやられているのかということを判断したいし、それは文部省としてやるべきではないだろうかと思っております。     〔委員長退席、中村(喜)委員長代理着席〕  それから、もう一つの学習指導要領に沿ってというお話ですけれども、この学習指導要領、私、いま持っておりますが、たとえば「現代社会」というのは二ページしか書いてありません。そして、これは項目がずっと並んでおりますけれども、別にこの項目どおり全部やらなければいけないというものではないはずですね。それを一つ伺います。  それともう一つ、さっきの御説明では、人類と環境とか、人口、資源・エネルギーの問題が取り上げてなかったので恐らく変えたのだろうとおっしゃっておられますが、さっきも私、御説明しましたように、後の方の細目を見ますと、ちゃんと入っているんですね。ただ分量が多少少ないということ、でも貧困と人口、食料、資源・エネルギー問題だとか、環境の保全と回復、入っているのです。それが検定済みの教科書では非常に大きく取り扱われて、一方で国際社会の形成とか、ファシズムと第二次世界大戦とか、二つの世界の対立と平和共存とか、戦後の世界経済体制とか、こういうものがすっかりカットされているということです。だから、入っていないわけではありません。取り上げられているにもかかわらず、一部がカットされ、一部が非常に大きな分量で扱われている。しかも全体の手直しの分量そのものが、何と一冊の教科書の四分の一ページに当たるという膨大なものだということ、ここのところを申し上げているわけです。学習指導要領といいましても、このたった二ページに書かれている項目どおりそっくり全部の教科書が書かなければならないということではありませんね。いかがですか。
  213. 三角哲生

    ○三角政府委員 ちょっといま御指摘もございましたように、私、訂正いたします。先ほど欠落していると申し上げましたけれども、確かに委員指摘のように、触れられておったそうでございます。いま注意がございまして聞きました。  ただ、その触れ方が非常に少なかったので、やはりここのところは学習指導要領に取り上げられている内容を取り上げるということで、そういう意味の御意見を申し上げたということでございます。確かに学習指導要領は、一つの教科、科目の骨組みとして、それを基準にして学校の授業をやっていただくということでございますけれども、やはり教科書においては、検定基準にありますように、きちっとその内容として取り上げていただくということが必要でございます。ただ、その取り上げ方なり何なりにつきまして、それは全部画一的である必要もないし、いろいろな記述の仕方というものはあってしかるべきでございます。ただ、やはり全体の教科書としての姿の上で、余りに取り上げ方が少ない場合には、そういう意見を申し上げるということがあるわけでございます。  それから、もう一つ指摘の点でございますけれども、やはり「現代社会」という科目は、現代社会の基本的な問題を取り扱いまして、現代社会に対する一つ判断力の基礎を養う科目でございます。そのための手がかりとして、歴史的な背景を取り上げるということは当然差し支えないわけでございますけれども、この科目の性格上、内容をどういうぐあいに選択し精選をするか、それから、ほかに歴史というような科目もあるわけでございますから、そういった他の科目との関連という関係も考慮いたしますと、余り細かな歴史的な過程まで深入りするということは避けなければならない。検定におきましては、こういった観点からそれぞれの原稿の具体的記述に即しながら、必要に応じて必要な意見を付すわけでございまして、歴史的な内容つきましては、現代社会を理解する上に関連の深い、どちらかと申しますと戦後の問題を中心にして記述するように求めてきたわけでございます。  そういう意味で、ファシズム等の御指摘のことについては、私どもとしては、いま申し上げましたような態度を持っておるのでございます。まあ、歴史的内容が詳細に過ぎるために、現代社会を理解させるために必要な程度で簡潔な記述を行うというふうに検定の上で求める場合はあるわけでございまして、その場合には著作者の方で十分に御検討の上で原稿の修正をなさったということでございます。
  214. 栗田翠

    ○栗田委員 論争していると長くなりますけれども、結局、教科書の組み立てというものも、これはずいぶん著者の考え方を反映しているわけでして、その組み立てを大幅に変えさせるということになれば、やはり著者の考え方に大幅に介入するということになることは間違いないと私は思います。何か特別にどうしても必要なものが欠落しているから入れようということなら、わかりますけれども、入っているものについて大幅に変えながら、しかも大きなカットをさせているという問題だとか、それからファシズムの問題なんかにしましても、別にこれは過去の問題ではなくて、ファシズムは現代でも起こり得るし、また、そういうものがある社会もあるのですし、民主主義を唱えるならばなおのこと、ファシズムに対して警戒していく国民の運動とか立場というのが必要になってくるわけですから、過去のものであっても、必要ないといってカットする問題ではないわけです。  先日も行政改革特別委員会で山原議員なども例に挙げられましたけれども、西ドイツの教科書などは、ナチスの残酷な過去のやり方を事細かく教科書に書いて、二度とこのようなことを起こすまいということを子供たちに教育しているわけです。そういう立場から考えていったら、私たちだって、もし本当にファシズムをみんなが許さないという立場に立つならば、子供たちに教えていかなければならないし、カットしていいという性質のものでは全くないと思います。  それから、学習指導要領の中にも、内容の取り扱いに当たっては、社会的事象はすべて相互に関連し合っているとともに云々というふうに、総合的な視点から教えようなんて書いてありますし、それから単に抽象的でないようにして、基本的な意味を理解させるなんということも書いてありまして、学習指導要領という立場からの御説明であっても、むしろ歴史的な流れとか、特にカットされている資本主義経済の仕組み、現代経済の仕組み、国民経済の仕組みなんというものも総合的にとらえるという意味だったら、何のためにカットしたのだろうかと思わざるを得ないようなこともあって、私、学習指導要領そのものを別に支持しているわけではありませんけれども、その立場から見ても決してこれは矛盾しないと思うのです。とにかく大がかりな改定がされている。何たることだろうかとまず思っております。これは問題だと思います。  それから次に、これらの細かい、対比してきました修正部分が、この春の通常国会でも非常に問題になりました偏向教科書批判に沿ったものだという感を深くせざるを得ないわけなのです。  さっきお渡ししました薄い方の資料を見ていただきますと、表紙の右の上に「自民党・財界による「偏向」批判」というふうに書かれているところがございますが、最近しきりに、教科書に対して偏向しているのだという形で批判を寄せているものは「公民的分野内容分析」という形で出ている自由民主党の調査局の資料、それから「経済教育I」、「経済教育II」、これは経済広報センター、まあ経団連、財界を代表した意見だと思いますが、それとか、それから「疑問だらけの中学教科書」、これは筑波大学グループの方々が主に書かれたもの、こんなものがあって、いろいろと教科書批判がありましたけれども、そういう批判にぴったりと沿った形での修正がずいぶんされているというふうに思うわけです。  時間が過ぎてきましたので、ちょっと飛ばしはしますけれども、たとえばさっきの厚い方の資料の四ページを見ていただきますと、ここに「資本の循環」ということで図が載っております。「生産のしくみと企業」ということで一ページぐらいのものに書かれていたものが、検定後には「企業のはたらき」というふうに直されているのですけれども、ここにある図などは、資本の循環を教えるのにまことにわかりよく書かれている図だと思うのです。文章で読みますとなかなかわかりにくいですが、最初資本を投下して、それがどんなふうに動いていってもうけを上げていくかということの説明では大変わかりいい図だと思うのですが、こんなものがばさっとカットされているのはどういう観点なんでしょうか。
  215. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほど来の御意見でございますけれども、私ども、現代社会というものを理解する上に、ファシズムについて触れてはいけないとか、そういう検定のやり方、そういうことを基準にして検定をしているということはございませんファシズムの全体主義でございましょうと、あるいはコミュニズムの全体主義でございましょうと、あるいは自由民主主義でございましょうと、それは触れていただいて結構でございますが、ただ、その触れ方なり分量の問題ということがあるわけでございます。  それから「現代社会」について学習指導要領では「内容の取扱いに当たっては、特に抽象的で高度な事項に深入りしないように配慮し、事項の基本的な意味を理解させるとともに、ものの見方や考え方及び学び方を習得させるようにする必要がある。」、こういうぐあいに規定しておりまして、教科書の記述におきましては、この点に十分配慮するとともに、検定基準実施細則によりまして「高度な概念や難解な用語はなるべく避け、平易かつ簡明なものとする」というふうに配慮していただく必要があるのでございます。  それで、経済に関する記述でございましても、特定の学派に偏った議論でございますとか、それから難解な概念を多用しながら高度な理論的な内容や余りに詳細な歴史的な内容にまで立ち入って記述しておる場合には御意見を申し上げますし、一般的に申しますと、やはりどうしても一般的でない見解を十分な配慮もなく取り上げているような場合には御意見を申し上げるのでございます。要するに、現代社会における現実の経済の仕組みをとにかく平易かつ簡明に理解できるような記述にしていただきたい、こういうことでございます。  そういう観点でございますので、この両方を見比べてどういう御意見なり御判断を持つかということは、それぞれいろいろなお立場があり得ると思いますが、たとえば原稿本の終わりから三行目に「そのため」ということで結論的な文章が書いてありますが、こういった場合の「そのため」というのにも問題がございましょう。生産性向上の問題なり市場原理の問題なりの点からいろいろとまだ疑問がありますので、恐らく御意見を申し上げた結果、お示しの資料のようなことになっておるのだというふうに思っております。
  216. 栗田翠

    ○栗田委員 私、この「資本の循環」の図の例を挙げたのは、平易かつ簡明な最も代表的なものだと思って挙げたのです。文章で書くよりはるかにわかりいい。またごく一般的です。これは別にマルクス経済学だけの立場ではなく、近代経済学でももうけはこうして出てくるのだというのは当然やっておるわけで、資本が動いていったときにもうけが上がらないなんてことはないわけですから、商売をやるときには当然もうけを上げていくということを目的にしている。大変一般的です。ところが、これまでがばさりと削られております。  いろいろな立場があるとすれば、そのいろいろな立場を尊重しなければならないのであって、一方的な立場に統一することの方がはるかに問題なのです。それが問題です。  私は、これなどが削られているのを見ますと、教科書が偏向していたというキャンペーンの中で、たとえば「経済教育II」で言っていましたけれども、「高校の教科書に資本論を精読しなければ理解できないような概念を持ち込むこと自体が問題である。マルクス経済学者はもちろんであるが、近代経済学者も「企業の目的は利潤追求である」といった陳腐な公式論を教科書に導入している事実は注目に値する」といったような批判にまさにこたえたカットだとしか思えないのです。  まことに残念ながら時間がなくなってしまったのですが、ほかにも何のために削ったのかわからない、何のために修正したのかわからないものばかりが並んでおります。たとえば六ページの下から二段目のカットの例を挙げますと「中小企業は大企業に比較すると経営が不安定なため必要な資金も得にくく、設備や機械も旧式なものが多い。そのため、労働の生産性も低く、労働者の賃金も低い場合が多い」という清水書院の七十五ページの記述、これが変えられております。どういうふうに変わっているかといいますと「そのほか、企業の規模は小さいが経営者および従業員のもつ高度な専門的知識や技術をいかして、研究開発、デザイン、情報などの部門で創造的な事業をいとなむベンチャービジネスとよばれる新しい企業も最近あらわれてきた」などと直っているんですね。私は、ベンチャービジネスとは一体何だろうかと思って二、三人に伺ったのですが、余り皆さん御存じでなくて、これなど、まさに平易で一般的でない表現が使われていますけれども、いまの中小企業の一般的な状態というのは、むしろ左側の検定前のものの方がはるかに一般的なものが書かれていると思うのですが、なぜわざわざこれを変えなければならないのだろうかと思うのです。  これなんかも「経済教育」でこんな批判をしています。「中小企業はすべて大企業に支配される存在であり、すべての面でたち遅れた存在であるとしか教科書は伝えていない。中堅企業、地場企業、ユニークな企業、急成長した企業など、中小企業が動態的な分野を形成していることを具体例で訴える」などと書いてある。まさにこれだなというふうにぴたっと思うわけですね。  それから、原発の問題なんかになりますと、こうなっています。これはスリーマイルの事故の写真が載っているところの説明書きに「事故の不安のたえない原子力発電、原子力エネルギーの利用はつねにこうした危険をはらんでいる」という説明が載っておりましたら、これが変わっているわけですね。「米国の原子力発電所の事故を伝える新聞記事、この事故は原子力発電の安全性について貴重な教訓を世界に与えた」、こうなっているわけです。「貴重な教訓」とは何でしょうか。結局「貴重な教訓」というのは、危険をはらんでいたという教訓、これが一番大きな教訓じゃないですか。こんなものがずっと載っております。  ですから、私、これらを通してみますと、今度の「現代社会」は、さっき挙げたような財界、筑波グループそれから自民党、こういうところからの教科書偏向の攻撃にストレートに対応して直しているものだとしか思えない。そういう中身が続々とあらわれてきているわけなのです。  こういうものについて、文部省は今度配慮をして手直しをなさったのですか。
  217. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほどの「生産のしくみと企業」というところの問題でございますけれども、私どもから申しますと、このところの記述は貨幣論としての記述でございますが、これはやはり特定の学派に偏っている状況があるのだろうと思いまして、やはりどちらかといえば、もう少し市場論なりあるいは生産性向上の問題、市場原理の問題ということからのアプローチも必要である、こういうことなのでございます。  それから、中小企業の問題でございます。いろいろおっしゃったわけでございますが、そこで資料として御引用になりました個所のすぐ後で、約一ページにわたりまして中小企業の問題点ということで、一ページでございますから三、四十行にわたっての記述がございまして、そちらもごらんいただければ、中小企業のいろいろな問題点つきましては、この教科書ではちゃんと取り上げられているわけでございまして、中小企業については、御指摘のようなことだけでなくて、その存在意義やその積極的な役割りについても触れておくことが現代社会を理解する上では必要なので、問題点つきましても、別にこの区分だけでどうこうということでなくて、その後でいろいろと記述があるわけでございます。     〔中村(喜)委員長代理退席、委員長着席〕  原発の問題にいたしましても、原子力発電について安全性の問題はもちろんあるわけでございますけれども、これが石油にかわるエネルギー源として期待されていることでございますとか、それから安全対策についてもいろいろな角度から慎重な調査研究のもとに発電所の建設が進められていることを踏まえまして、生徒に客観的かつ総合的な理解を得させるように、教科書ではいわゆるバランスのとれた記述を行うことが必要であるというふうに考えておるのでございまして、たとえば原稿本の中には原子力発電に関する記述におきまして、安全性について問題があることが非常に強調されるばかりで、今日の資源・エネルギー問題の中で広い視野に立って生徒に考えさせるという面に欠けた原稿本が散見されたのでございます。  それで、御指摘でございますけれども、教科書に関しては、いろいろな方面から御議論がございますし、御批判なりあるいは御意見なり、反批判なり反意見なりいろいろあるわけでございます。私どもは、そういったことをできるだけ時間と能力の許す限り目を通してまいりたいと思っておりますし、その中で参考にすべきものがあれば参考にさせていただくし、それから取り上げるに及ばない、あるいは取り上げるに足りないものについては取り上げないというふうなことで、できるだけ公正な立場で教科書の改善充実のために努めていきたいと思っております。  私どもとしては、できるだけその辺のところはクールに対処してきたつもりでございまして、それは一々のことを取り上げて筋書きといいますか、脈絡をつけていけばいろいろなまとめ方なりが出るかと思いますけれども、私どもは、できるだけ客観的に冷静に仕事を進めてまいってきておりますし、今後もそういたしたいと思っているつもりでございます。
  218. 栗田翠

    ○栗田委員 特定の学派に偏っているからいけないとおっしゃるけれども、その判断は一体どこがなさるのか。そんなことを文部省がなさる権利はあるのですかね。特定の学派ではいけない。それでは一体何学派が文部省認定の学派なのか。経済理論というのはある程度系統性がなかったらしようがないので、それはやはりある考え方に立って分析していくわけですから。文部省だったら、それでは何学派ならよろしいでしょうかね。
  219. 三角哲生

    ○三角政府委員 教科書の記述に際しまして、マルクス主義経済学的立場に立ったような記述が行われることを私どもは別に排除したり、これを認めないということはいたしてございません。現に教科書の中にはそういう記述も、ごらんいただければ入っておるわけでございます。  ただ、たとえば一つのテーマについて説明をしたりあるいは記述をしたりします場合に、余り特定の学派あるいはまだ一般的に共通のと申しますか、学問上認められた学説ということになっていないようなものが余りにも強調されておるような場合には、そこについて再考を求めるということがあるわけでございます。
  220. 栗田翠

    ○栗田委員 いま私が挙げた例は、これはマルクス経済学的な立場でもないんですね。そんなものまで削っている。結局、資本が動いていったらもうけを上げて利潤が上がっていくということをぼかすような記述になっているのですが、これはほんの一つの例だけですけれども、全部そうですね、これは七冊全部対比してみましたから。共通してそうなっているという一貫性があるというところを私は問題にしているのです。第一、検定ということをするのに、いまおっしゃったような判断まで加えて修正をさせるべきなのかどうかという大きい問題があります。  時間がないのがまことに残念ですが、さっき挙げました、こちらで調べた七社のうちのある一つの出版社の検定に当たって調査官がつけた注があります。これは義務について書かれているものが欄外に書いてあったのですが、これを本文に入れろという意見をつけています。この意見を見ますと、義務について本文で述べてもらいたい、中学公民で集中砲火を浴びた、だから入れる必要があると調査官の間で確認した、そういう注がついていますね。なお、私、さっき偏向批判をストレートに受け入れているのではないかと言ったのですが、まさにこの調査官の注はそういう書き方ですわね。こういうものがあるということです。  それから、伺いたいのですが、公害発生源の企業名、特に四大公害などについて書いてあったものを一度全部消し去って、また復活させましたね。これはなぜですか。
  221. 三角哲生

    ○三角政府委員 基本的人権という問題につきまして生徒が的確に理解していくということ、これが重要であるということで、私ども従来からそういう立場をとっておるわけでございます。ただ、基本的人権の発展的形態としてまだ熟していないような権利というものもございますので、そういう点については、やはり十分留意して教科書の編集に当たっていく必要がございますし、なお権利について取り上げてまいります場合には、先ほども質疑がございましたけれども、権利そのものに内在する制約もございますし、あるいは全体の社会の調整の原理としての公共の福祉についても触れる必要があるということから、自由、権利と、これに対応する責任、義務との関係について、やはり市民と申しますか国家社会の形成者としての資質を養っていく上におきましては、そういった関係を十分に考えていくようなそういう記述になることが必要である、こういうふうに思っているのでございます。  それから、もう一つお尋ねの、公害企業名の問題でございますが、これは私どもとしては、一般に教科書の中に特定の企業名を掲載することは、従来から「特定の営利企業、商品などの宣伝や非難になるおそれのあるところはないこと。」という検定基準に照らしまして、なろうことならできるだけこれは避けていくというふうに求めているところでございまして、御指摘の点につきましても、これは特にそれが公害企業名だから削除を求めた、こういうことではなかったわけでございます。  ただ、こういった公害企業に関するこの基準の具体的な適用のあり方につきましては、今回の検定後に御承知のように種々の御意見があったわけでございまして、そうして、これは「一般社会」のほかに「保健体育」とかその他の教科書がございますが、そういった教科書では公害企業名を出しておるというところもございましたので、改めて検討を行いまして見直しを行ったわけでございます。  今後とも私どもとしては、基本的には特定企業名の掲載はいろいろな場所でできるだけ避けるという方針は、これは変えずに検定を行っていくものでございますが、その具体的な適用に当たりましては、教科書の記述そのものに即して判断をいたしまして、特定企業の宣伝や非難にならないような配慮が施されており、かつ事実を的確に把握させるために掲載をする学習上の必要性も認められるという場合には、特定企業名の掲載を認めるということにいたしたいというふうに思っております。  具体的には、たとえばいま御指摘のいわゆる四大公害のように公知の事実になっておるものについて、裁判の一覧表などの中で特定企業名を掲載するということは、それが特にその教科の性格上等から見て不適切と認められない限り認めることとしたい、こういうふうに思っておるのでございます。
  222. 栗田翠

    ○栗田委員 さっきお分けした厚い方の資料五ページをあけていただきますと、上から三つ目にこういうのがあります。これは東京学習の百ページ目の記載ですけれども、「危険な商品が市場に出回るようになり、消費者の生命や健康までがおびやかされるようになった。たとえば、妊婦が服用した睡眠薬サリドマイドによる身体障害者の誕生、胃腸薬キノホルムの大量投与が原因とされるスモン病の発生など」、これが検定後の見本本では、何とこうなっているんですね。「危険な商品が売られ、消費者に不安を与えるようなことがおこった。たとえば、妊婦が服用したある睡眠薬による身体障害者の出生、ある胃腸薬の大量投与が原因とされるスモン病の発生など」、これもそうしますと、局長に伺いますが、さっきの公害企業名を復活させた考え方と同じ立場に立つなら、こんなものを一々ある何とかなんというふうにしないでも、もう周知の事実ですし、しかも大きな被害を出していますし、こんなものははっきり書いた方がいいのじゃないですか。いかがですか。
  223. 三角哲生

    ○三角政府委員 非常に細かい問題についてお尋ねで、私どもは、基本的には余り立ち入って申し上げるのは教科書の性格上どうかと思いますが、あえて申し上げますと、いわゆる薬害事件について「現代社会」の教科書では、公害問題や消費者保護の問題の中で取り扱っておりまして、検定の過程におきまして薬害事件を取り扱ってはならないという意見を付することはございません。  ただ、教科書の記述に当たりましては、現代社会というものの有する問題の基本的な内容を生徒に理解させることに重点を置きまして、特に本文の記述におきましては、特定の具体的事件にまで余り深入りすることなく、基礎的、基本的事項の記述を精選するということが必要でございます。また商品名だの固有名詞を掲げることはできるだけ避けるということが教科書の記述の基本的なあり方でございます。  ただ、サリドマイドとかキノホルムとかいう言葉自体は、学名でございますけれども、一般には商品名であるかのように理解され、流布されているという事情にございます。したがって、このような観点から具体的な記述に即しながら必要に応じて意見を付しているものでございまして、サリドマイド、キノホルムという言葉を絶対に掲げてはならないというようなことは言っておりません。このサリドマイド、キノホルムが削除された例として東学の教科書がございますが、サリドマイド問題という言葉が残っている例として中教出版の例がございます。
  224. 栗田翠

    ○栗田委員 ちょっと委員長、さっきの追加で一枚だけ分けさせていただきたいのですが、もう時間がないのですが、よろしいですか。お願いします。——いま残っている例もございますと言いますが、好学社の八十二ページもやはり同じように消されています。これは「このような弊害が、わが国では昭和三十年代に入って砒素ミルク事件・にせ牛缶事件・サリドマイド事件などのかたちでおきた。」というのが検定後になりますと、しかも、これは言いわけが入っていますね。「しかし、昭和三十年代に入った時期に、生産技術や生産工程上の配慮が不十分なことから、食品や薬などによる消費者への被害が現われて問題になった」というふうになって、ここも消えているんですね。私は、やはりこの問題などは、一体基本的人権を大切にするのか企業の利益を守るのか、どっちを大切にするのかという立場で考えるべき問題だと思うのです。  大臣に伺いますが、「典子は、今」という映画がいま大変評判になっていますが、御存じですか。ごらんになりましたか。
  225. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 映画としてはまだ見ておりません。
  226. 栗田翠

    ○栗田委員 この映画は皆さん御存じのようにサリドマイドによる被害を受けて両手がなくなってしまった典子さんが、いま青春を迎えてその苦難に打ちかちながらがんばっているというすばらしい映画なんですけれども総理府と厚生省推薦、文部省も推薦か何かしていらっしゃいますね。そうですね。
  227. 三角哲生

    ○三角政府委員 私は、所管でございませんし、ただいま映画を見ているような時間が全くございませんものですから、はなはだ残念でございますけれども……(栗田委員「推薦していますね」と呼ぶ)いや、全然承知しておりません。
  228. 栗田翠

    ○栗田委員 これはいま大変評判になっていますし、サリドマイド薬害のようなものをもう二度と起こすまいという願いを込めてつくられている映画で、総理府、厚生省、文部省、皆さん推薦して一生懸命に広めていらっしゃるものなんです。片方でこういうことをおやりになりながら、教科書でサリドマイドの言葉も入れない、キノホルムも削る。「ある睡眠薬」、「ある胃腸薬」、これではむしろ非常に不特定多数になって、子供たちがわからなくなりますし、こんなに名前の知れているもの、あれだけの被害を出したもの、これは企業の名前だの薬品の名前をいまさら守るというものではないのですけれども、検定の過程でこんなことまでされているわけです。  基本的人権より企業の利益を守るという立場が検定調査官の中でここまで貫かれているといういい例だと思います。これはさっきの四大公害事件を起こした企業の復活と同じような意味を持っていると私は思いますけれども、当然復活させるべきではないでしょうか。いかがですか。
  229. 三角哲生

    ○三角政府委員 やはり教科書というものの問題でございまして、教科書の学校教育における役目なりあるいは高校生に対する一つの基本的な学習の材料、こういうことから私どもは検定をしておるわけでございまして、そして両方を見比べていただいていろいろな御意見をおっしゃっていただけば、また、それに即して私どももちろんいろいろと今後の検定の改善を考えることにやぶさかではございません。  ただ、私どもは、何も特に企業なり大企業なりを擁護しようとかそういうことは検定の基準として持っているわけじゃないわけなんで、高等学校の生徒でありますれば、それはもちろん教科書以外に新聞でございますとかその他の刊行物でございますとかテレビでございますとか、先ほど御指摘のような映画でございますとかいろいろな情報源があるわけでございますが、やはり教科書というものの性格上、私どもとしては、それが余りにもバランスを失したり、あるいは余りにも特定の商品名などをただ羅列的に取り上げるというような場合には、それについてはどうであろうかというような考えは持っておりますけれども、いずれにいたしましても、いろいろな御意見は三百六十度の角度からあるわけでございますので、私どもは十分にお聞きした上で参考になるべきものは参考とさせていただきたい、こういうふうに思っております。
  230. 栗田翠

    ○栗田委員 もう時間がないので私、残念なんですが、ちょっといまお話を聞き落としたのですが、サリドマイドやキノホルムを教科書に復活をさせることは構わないとおっしゃったのですか。
  231. 三角哲生

    ○三角政府委員 御指摘の教科書は、すでに検定が済みまして、そして各会社の方で確定しておるものでございますから、これはこのままでよろしいと思っております。
  232. 栗田翠

    ○栗田委員 さっきの公害企業でも、あれは確定した後で正誤訂正で復活させることになっているのじゃありませんか。同じ扱いをなさるべきじゃないですか。
  233. 三角哲生

    ○三角政府委員 あれにつきましては、先ほど御説明したとおりでございます。四大公害としての裁判の結果についての一覧表、これは学習上一つの本文ではございません、参考資料でございますけれども、資料として掲げても差し支えはない、こういうふうに思っておるのでございます。
  234. 栗田翠

    ○栗田委員 私、終わりたいのですけれども、変なことをおっしゃるのでちっとも終われないのですが、サリドマイドやキノホルムを書くことは別にバランスを欠きませんでしょう、周知の事実、裁判もやられている、これだけ被害が出ている、みんなが知っているということなんですから、文部省推薦の映画にまであるというわけですから。
  235. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほど申し上げましたように、教科書によっては取り上げておりますし、教科書によっては見本本の段階で御指摘のような形になっておるものもあるわけでございますが、それはそれぞれの発行者、著者が納得の上でそういうぐあいに最終的な原稿を固められたわけでございますので、私どもは、それはそれで結構だ、こういうふうに思っておるのでございます。
  236. 栗田翠

    ○栗田委員 白表紙本には書かれていて見本本に消えているということは、明らかに検定の過程で問題にされてチェックされているんですよね。そのチェックの観点そのものが問題だと言っているわけです。  まことに残念ですが、時間になりましたので私、終わりますけれども、いろいろおっしゃいますが、教科書の正しいあり方、教育の中立性を守るあり方というのは、憲法、教育基本法に沿った教科書の記述、その精神を発展させていく内容であるべきだと思うのです。そして、あの教科書裁判の中でも判決が出されておりますけれども、その判決が一様に言っていますことは、たとえば杉本判決などでは、思想内容にまで介入しないならば憲法違反ではない、こういう言い方をしております。それを逆に言うならば、思想内容に介入するならば、これは検閲に等しくなって憲法違反であるということですし、それから高津判決の場合も厳正中立であるべきだということを強調している。畔上判決もそのような趣旨の内容が述べられているわけです。これは教科書検定の立場として最低のものではないでしょうか。  そういう意味で私は、今度の「現代社会」の検定のあり方というのは、もう検定の範囲を超えた、まさに検閲の立場に立ったものだというふうに思います。しかも、一貫して見られることは、いわゆる教科書偏向キャンペーンに沿って、実に大幅な、説明のつかないような手直しがされている、これでは本当に教育の中立性を守ることができないと思います。この検定のあり方を正しいものにしていかなければならないということを私はさらに主張をしたいと思います。  最後に、大臣に伺いますけれども、教科書のあり方、検定のあり方、厳正中立であること、いやしくも検定官の恣意によってあれこれされてはならないということ、そういう立場を貫いて、今後もこの「現代社会」などの検定のあり方についてはもっと検討を加えていっていただきたいと思いますが、いかがですか。
  237. 三角哲生

    ○三角政府委員 ただいま教科書裁判のことにお触れになりましたけれども、私どもの立場は、いずれも御引用になりました判決にはいろいろな点で問題があるということで、これは私どもとしては、御承知のように上告して、いまなお争っておる問題でございますので、ただいまの御指摘のような前提で私どもは仕事を進めるわけにはいかない、こういうふうに思っております。  それから、検閲とかなんとかおっしゃたわけでございますけれども、それは検定そのものを否定なさるお立場からでございますれば、そのような御議論はわからないでもないわけでございますが、私どもとしては、やはりあくまで教科書というものは公正で、そして客観的で、それぞれの児童生徒の年齢段階に応じた教育的配慮が施されたものとなるような、そういうことで検定を進めているわけでございまして、それはもとより憲法、教育基本法並びに学校教育法並びに学習指導要領にのっとって仕事を進めるということでございまして、できるだけきちんと、冷静に、綿密に仕事を進めたい、こういうふうに思っている次第でございます。
  238. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 お答えいたします。  いろいろ先生の非常な御研究を拝聴いたしました。いまの段階は、教科書会社が企業として教科書をつくり、そうしてまた、その見本本なり何なりを検定官がいろいろと熱心に審査した過程でございます。私は、ただ、りっぱな教科書が子供たちに渡りますように、それだけを念願いたしまして、お答えといたします。
  239. 栗田翠

    ○栗田委員 時間を超過して済みませんでした。終わります。
  240. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 河野洋平君。
  241. 河野洋平

    ○河野委員 少しお時間をいただきましたので、若干質問をさせていただきたいと思います。  まず最初に、事務当局に国連大学の問題でお伺いをしたいと思います。  国連大学は、本部施設の用地がやっと決まった、こう新聞に伝えられておりますね。用地決定について、その場所、面積、どういう形式になっているか、まずお答えをいただきたいと思います。簡単でいいですから……。
  242. 松浦泰次郎

    ○松浦(泰)政府委員 本年の九月十八日に決定しまして閣議報告されたものでございますが、場所は、渋谷区神宮前五の五十三の一という場所でございます。面積は一万八千六百四十三平米ということでございまして、これは東京都から無償で国連大学に貸与するというものでございます。
  243. 河野洋平

    ○河野委員 大変長い時間をかけた結果、本部施設を建設する用地だけは確定をした、これから建物を建てなければならないわけですが、一体文部省はどんな手順で、いつごろ、どの程度の規模をその一万八千平米のものに建てようとしているのか。一万八千平米という用地を東京都から出してもらったについては、大体の規模、この程度のものを建てるのだからこの程度の面積ということがあったのだろうと思いますが、基礎的な計画がおありだったら御説明を願いたい。
  244. 松浦泰次郎

    ○松浦(泰)政府委員 これにつきましては、国連大学としての事務施設、それからその目的でございます研究、研修というようなことのために国連大学に参ります内外の研究者会議室あるいは研究室、それにいろいろなホテル事情等もございまして宿泊施設等も考える、それから国連大学として必要な図書室も考えるというようなことが基本的には考えられるわけでございますが、なお、それにつきましてまだ確定した面積は現在私ども事務的には持っていないわけでございます。  ただし、新聞紙上等で報道されましたように、大学の希望しておりますおよその考え方で計算されたものが約三万五千平米というように出ておるわけでございますが、しかし、まあ私ども事務的に考えますと、ここまでのものは現時点では必要はないのではなかろうか。ただし、国連大学が、やはり日本にあります最初の国連の機関としまして国連大学らしくりっぱな施設にしてほしい、外から見ましても、あのすばらしいのが国連大学かと言われるようなものにしたいというような国連大学の希望もございますので、そういう面積も勘案しながら検討しました結果、いまの一万八千平米あれば建蔽率等からいいましても十分あそこで目的は達成されるというように考えておる次第でございます。  ただし、先ほど申し上げましたように、この内容等につきましては、現在国連大学が中期のあるいは長期の拡充発展の展望を固めるというような作業を進めております。御存じのとおり国連大学ができまして五、六年が経過いたしたわけでございますが、その経験にも徴しまして、さらに国連大学として目的、使命を達成するためにどのような教育・研究を進めていくか、国連大学自身が進めます研究とか研修、それから世界の研究機関等と提携しまして進める研究、研修、それから目的とします具体的事業につきましても、当初の三つの問題からさらに拡充するような考え方も示されておりますし、また拠出金等の見通しにつきましても、もっと明確な見積もりをしたい、そういうことを踏まえまして、来年の半ばぐらいまではかかろうと言われておりますが、そのような国連大学の中・長期的な展望も踏まえましてこれを検討していきたいというふうに考えておる次第でございます。  そのために、基本構想の検討を含む建設準備調査経費としまして千五百七十万円を大蔵省概算要求いたしておるところでございます。
  245. 河野洋平

    ○河野委員 局長にちょっと御注意を申し上げておきますけれども、これは国立大学をつくろうというのではないんですね。国際機関をつくるわけでございまして、この国際機関の建設に当たって文部省が広さを査定するとかそういう筋合いのものではないのじゃないでしょうか。そこのところを間違えないようにやってもらいたいと思うのです。国立の機関をつくるとか国立大学をつくるとかということならば文部省が査定してもよろしい。しかし、これは国際機関をつくる、つまり国連が機関をつくるんですね。そうですね。私の言うことは間違いがありますか。いいですね。国連の機関をつくる、その機関について、日本は、国連から国連大学日本に誘致するときに、その本部施設をつくるお金は日本が出しますよ、こう言ったのです。違いますか。
  246. 松浦泰次郎

    ○松浦(泰)政府委員 私の言葉が足りませんで失礼いたしましたが、私も気持ちとしては、先生のおっしゃるとおりと考えておる次第でございます。  ただ、その施設の建設は、文部省が必要経費を計上してやるということでございますので、国連大学の意向は十分尊重し、協議しながら固めていくことになろうと思うのでございます。  したがいまして、先ほど申し上げました準備会等につきましても、やはり国連大学からも参画して、協議しながら進めていくということになろうと思っております。
  247. 河野洋平

    ○河野委員 私は、この規模の国際機関日本につくるというのは余りなかったことだろうと思うのです。特に国連の機関として国連大学日本に誘致したいきさつ等を考えますと、これは日本文部省判断で中途半端な、いいかげんな、査定をするような感じでやるべきではない。これは国連というりっぱな機関が自分たちの高邁な理想というものを達成するためにいろいろなことを考えてやるわけですから、それについて、ホストカントリーとして日本が財政的にいま全部やれといったって急には全部できないよと言うなら、とりあえずその基本計画のうちのこの部分をまずやりましょう、そして何年かたってこの部分もやりましょう、この部分もやりましょうと言うならいいけれども日本文部省判断で全体計画はこのくらいでなければいけないとかと言うのは、余り出過ぎない方がいいし、国連機関、つまり国際機関をつくるという場合のむずかしさというものはあると思うのです。ですから、国連大学は国連大学で、いろいろ国連機関としての手順を考えて、自分たちがつくろうとしているこの本部施設についての希望を持っているわけですから、でき得る限りその基本的な構想についての希望は、希望に沿うように努力するのが本来の文部省の務めじゃないか。  ただ、これだけつくりますからあしたつくってくださいと言ったって、それはなかなかそうはいかない。これはいいと思うのです。日本の財政事情等があるから、ベストは尽くすけれども、一遍にはできないよ、だけれども、こちら側の構想で国連大学の規模を縮小してしまうとか、そんなことはできないとかということまでいくと、これは行き過ぎじゃないだろうかというふうに思うのです。  まず第一に、国連側の希望というものが基本的なものなのだ、そして、それを何年計画で達成するかというやりとりになるのじゃないかと思うのですが、それはどうですか。
  248. 松浦泰次郎

    ○松浦(泰)政府委員 基本的には先生のおっしゃるとおりだと思うのでございますが、ただ、それにつきましては、ホストカントリーとしての日本考え方が反映されることも必要ではなかろうかというふうに思っております。
  249. 河野洋平

    ○河野委員 この議論はこのぐらいにします。余りホストカントリー、ホストカントリーと言うと、まだ約束も全部果たしていないのに余りそういうときだけ言うなと言われますからね。しかも国連大学というものが日本のものではないのだ。日本という場所で国連大学というものが存在をするけれども日本のものじゃないのです。これは国連のものだということだけはぜひ間違えないで、この国連大学に積極的に協力をするということはぜひ大臣も御理解をいただきたい。  これは約束をして、誘致してからもう大分時間がたちました。場所も決まらぬで、私どもも、ずいぶん国連大学で御苦労なさっておられる方の御苦労がわかるだけに大変申しわけないと思ってきたのですが、やっと場所が決まったのですから、これからは、いまおっしゃることの手順もよくわかりますが、できるだけとんとんと手順がうまくいく、どうですか、とんとんと非常に都合よく行けば、局長、これは常識的に考えて、いま調査費を千五百万ですかつけた、こういうところから始まって、恐らく設計は公募するとかなんとかということになって、そして建築にかかって、局長の頭の中では、大体これは何年ぐらいでできるものだ、腰だめどのくらいを考えていますか。十年、二十年なんて気の遠くなるような話はやめてもらいたいのです。
  250. 松浦泰次郎

    ○松浦(泰)政府委員 先生のお話ございましたように、建設の経費の問題があるわけでございますが、現在の財政事情等もございますので、その点は財政当局とも十分相談をしなければならぬわけでございますけれども、先ほどの基本的な概要の研究をいたしまして、その後に基本設計、実施設計、それから建設に着手していくということになろうと思うのでございますが、先生のおっしゃるような長期間は要しないで、数年のうちにこれは完成するのじゃないかというように希望的に考えている次第でございます。
  251. 河野洋平

    ○河野委員 私は、この臨時国会の冒頭、本会議代表質問で教育問題について少し総理に御所見を伺いましたが、総理からの御答弁は十分ではありませんでした。したがって、ここでもう一度代表質問質問を繰り返したいというふうに思っておるのです。  そこで大臣、私が代表質問でも心配をして総理に御質問をいたしましたのは、行政改革も大事、財政再建も大事だけれども、子供の教育をおざなりにしておいてはいけないのじゃないか。いまやはり次代を担う子供たちの教育、そして現象的には非行の問題というものがわれわれにとって非常に気になるところでございます。この未成年の非行化というものを食いとめる、これは大人が本気で、本腰を入れてこの非行化防止をやらなければいけないというふうに私は思っているのです。  そこで、二、三伺いますが、警察庁見えていらっしゃいますか。——行動的にも精神的にも未成年者の非行化への一つきっかけといいましょうか、たとえば二十歳未満でありながら酒を飲む、たばこを吸う、あるいは夜間の外出が非常に多くなる、こういったようなことが非行化へのきっかけになるというふうに考えられますか。
  252. 石瀬博

    ○石瀬説明員 私どもの方で総理府と一緒になりながら非行の原因の調査などというものをやったわけでございますが、確かに喫煙とか飲酒が一つの契機になりまして不良集団が形成され、それが万引きとかさらには校内暴力その他の非行に発展していくということを把握いたしております。したがいまして、非行防止のためには喫煙あるいは飲酒の予防ということも非常に大事なことであろうというふうに考えております。
  253. 河野洋平

    ○河野委員 代表質問でも申し上げましたけれども、滋賀県のある町で町民にアンケート調査をやった。そうすると、非行化への大きなきっかけは、たばこ、お酒、そういうものを未成年者が自動販売機で気軽に買うことができる、こういったことがやはり非行化への非常に大きな引き金になっているということが、アンケート調査その他さまざまな人の意見などではっきりしてきた。そこで、町長さん以下、町民会議というものを結成して、これはこういうことがあってはいかぬ、大人がやれることを何かやろうということで、たばこの自動販売機をもう一度考え直さなければいかぬということになったわけです。  そこで、これは大臣御存じかどうかわかりませんけれども、たばこの自動販売機が町じゅうにありますが、たばこは未成年者は買ってはいけないわけですね。二十歳未満は買ってはいけない、売ってはいけない、吸ってはいけない。しかし、自動販売機になると、それはだれが買ったってわからない。しかし、専売公社の方もその辺はいろいろ配慮があって、店先にたばこの自動販売機を置いて、自分が売ったり買ったりはしないけれども、中から見えるところに自動販売機を置いて、子供が買いに来たら、それはだめよとこう言える場所に設置をさせるという指導をなさったらしいのです。それはそれで大変結構なことなんですが、そうはいっても、夜間一晩じゅう自動販売機が外にあるわけですから、店を閉めて寝てしまえば、これはだれが買いに来てもわからないわけですね。そういうことを考えて滋賀県のある町は、夜間は自動販売機の販売を停止するという措置をしよう、こういうことでたばこ屋さんもみんな集まって合意をした。合意をしたのだけれども、どうもそれについて専売公社の方が御意見があると言うんですね。夜間売るのをやめては困るという御意見があるらしい。そこで、なかなかそれがうまくいかなかった。結果的にはうまくいったのですけれども、なかなかうまくいかなかったという状況があるのだそうです。  大臣には聞いておいていただきたいのですが、専売公社の方見えていますね。——専売公社の方にちょっとお伺いしますが、この滋賀県の多賀町の例ですけれども、これは最終的には自動販売機に時間によって自動販売をやめさせるということになったのですか、どうなんですか。その辺のいきさつを少し御説明ください。
  254. 小畑弘

    ○小畑説明員 お答えいたします。  多賀町の夜間の自動販売機の問題につきましては、五十五年の八月に青少年育成町民会議というものができたようでございまして、こちらの方から、多賀町の自動販売機を持っております小売店に自動販売機の深夜規制をしてもらいたいという申し出がございました。小売店さんといたしましては、夜間のお客さんの便利ということもございますし、それから自動販売機は小売店が自分でお買いになって、自分が管理しておられるものでございます。そういうことから商売上の問題もございまして、この該当の小売店さんが町民会議と時間をかけて話し合いを持たれた。その結果といたしまして、ほとんどの小売店が、時間の差はございますが、それぞれのお店の立地条件なりお客さんの流れなりというふうなことから、実態的にほとんどのものが解決されたというふうに理解いたしております。
  255. 河野洋平

    ○河野委員 大臣お聞きのとおり、町民会議の非常な勇断で、深夜から早朝にかけてたばこの自動販売機を停止するということが町民の合意としてできたわけですね。ところが、これについて専売公社には異論がある。販売をとめてはいけないという異論が専売公社側にあって、むしろ——これは私、直接聞いたわけじゃないから正確でないかもしれません。もし間違いだったら後で訂正してください。町長さん以下のお気持ちの中には、とにかく一番最後まで困ったことは、専売公社の了承が得られなかったことだ。最終的に専売公社は、もうそこまで町民会議が言うなら仕方がない、多賀町だけ特別な例として、ほかの地域に普遍的には認めないけれども、多賀町だけは認めますよということで、専売公社も最終的にはオーケーを出した。町民会議の方は、私たちは、ずいぶんいろいろ苦労をしました、しかし、それらの苦労、つまり、たばこ屋さんもそれによって売り上げが、結果的には減らなかりたそうですけれども、減るのではないかという心配をしたりいろいろあったけれども、われわれは、とにかく青少年の非行化を防止するということがいま非常に重要なことだ、つまり、財政再建とか、たばこを売ればその地域にお金が落ちて町の財政に寄与するとかなんとかいうメリットもあるけれども、それをある意味で捨てても町の非行化防止ということが非常に大事だから、これは踏み切った。だけれども、町単位で踏み切ったって、子供たちは、近ごろ行動半径が広いですから、オートバイに乗ったり自転車に乗ったりして隣町に行ってしまえば買えてしまうわけですね。だけれども、まず隗より始めよというか、自分がまず最初の一人になろうということで町は勇断で踏み切った。  この町長を初めとする町民会議判断というものは、もし大臣がいま非行化防止を非常に重要だと思うなら、この町民会議考え方は全面的にバックアップする必要があるのじゃないでしょうか。ちょっと大臣の御所見を伺います。
  256. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 お説のとおりでございます。
  257. 河野洋平

    ○河野委員 もしこれができれば非行化が全部なくなると私は思いませんけれども、しかし、さっき警察庁からの御答弁にもありましたように、私も私なりにいろいろな人の意見を聞き、調査票も見ましたけれども、やはり最初は喫煙とか飲酒、それが非行化への一つの引き金になるということであれば、未成年がたばこは買いにくい、吸いにくい、酒が買いにくい、飲みにくいという条件を——それは、たとえばたばこのみにとって、夜中にたばこを買いに行ったらもう時間切れで閉まっちゃっていておれはひどく不便だったよとおっしゃる人がいるかもわからぬけれども、大人が多小不便を忍んでも子供の非行化防止のためにはそれはやる、しかも地域の住民がそれでいいのだと言うなら、やはりそれはやっていくべきじゃないかと私は思うのです。  私は、大臣から総理府総務長官その他に働きかけて、全国的にたばこの自動販売機、それからお酒の自動販売機についても、もう少し前向きに、少なくともたばこの自動販売機は夜間未成年者が買いに来ても寝ちゃっていてチェックできないのですから、そういうときに、つまり、たばこは二十歳未満は吸っちゃいけないという規則があり、二十歳未満が買いに来たら普通のたばこ屋さんなら売らないというチェックができるのに、それができない時間帯は少なくともたばこの自動販売機はとめろということを、これは総務長官にも大臣からおっしゃっていただいて、それは地域によっておれの方はいやだという地域を無理やりそうしろというわけにはなかなかいかないかもしれないけれども、そういう運動を全国的にしていくということがいま大人の務めじゃないか。非行化防止をほうっておいて、善処したい、希望したいなんて言っているだけじゃだめだ、ささいなことだけれども一つずつ具体的な行動をするということに御賛成になりませんか。
  258. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 賛成いたします。  なお、所管大臣である中山総務長官には先生の御意図を申し伝えます。
  259. 河野洋平

    ○河野委員 ありがとうございます。  これだけ聞いたら、きょうは質問をやめてもいいぐらいのものでございます。  それで、大蔵省も見えていらっしゃいますか。国税庁が見えていらっしゃいますか。——国税庁にこれを聞くのは少し酷なのかもしれませんが、国税庁、どうでしょうか、酒についてもこういう考え方がとれますかとれませんか、御判断できればお答え願います。
  260. 石瀬博

    ○石瀬説明員 お答えいたします。  国税庁といたしましては、従来から未成年者に対して酒類販売をしないように酒販業界を指導してきたところでございます。自動販売機に関しましては、昭和四十八年から自販機のみの小売免許というものは原則として与えない、そういうことにしておるわけでございます。それから、四十六年六月から酒販店に設置されております自動販売機には、未成年者飲酒禁止と表示をしましたステッカーを張らせるということで業界を指導しておりまして、これは実施されております。  それから、先生いま御指摘の夜間の自動販売機の酒類の販売禁止でございますけれども、これにつきましても五十年の四月一日から午後十一時から翌朝五時までの間における自動販売機による酒類の販売は自粛するように業界を指導しておりまして、実施されておるところでございます。
  261. 河野洋平

    ○河野委員 まあ御努力はよくわかります。ただ、ステッカー程度じゃ、これはなかなかとまりませんね。ステッカーを見て、はっとしてやめる人なら問題はないわけで、非行化防止についてもう少し前向きな取り組み方を期待したい。私は、いまのところ直ちに知恵がないのですけれども大蔵省はもっと思い切って——やはりたばこかきっかけだけれども、本当に非行化するときには酒じゃないだろうかと思うんですよ。ですから、ここは通り一遍でステッカーを張りました、何をしましたと言うのじゃなくて、もう取っ組み合ってでもいいから青少年の飲酒とか喫煙をとめるというぐらいの大問題だと私は思いますよ。いいかげんに、大人がおざなりに、やってあります、法律に書いてありますというだけじゃこれはだめだ。本当にどろまみれになってこの問題の解決をするということが大事だと思うので、大蔵省、ひとつがんばってくださいよ。  それからもう一点、大臣、この間総理にお尋ねをしたのですが、子供の教育、先ほどの御質問で教科書の問題が同僚議員から質問がありましたけれども、子供のビヘービアに与える影響は教科書もあるかもしらぬけれども、この現代社会ではテレビが子供のビヘービアに与えている影響というものはばかにならない。テレビの影響というものは、子供はうんと受けていると私は思いますが、大臣、どうですか、どのくらい子供はテレビの影響を受けていると思いますか。
  262. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 大変なものだと思います。  ただし、もう一言私、申し上げたいのは、この九月一日から文部省の放送大学の試験放送をいたしておりまして、午前六時10チャンネル、これは社会教育的な教養番組として非常にりっぱなものをやっております。私も、毎朝あれを見て感心しておるのですが、それからだんだんと影響が出まして、本当にNHKの第3チャンネルなんか実にりっぱな放映をしてくれている。そういうことがだんだんと、やはりテレビの害毒を認識すると同時に、またテレビによる社会教育的な、視聴覚による教育が非常に大きな効果を上げつつある。どうぞ御協力のほどをひとえにお願い申し上げます。
  263. 河野洋平

    ○河野委員 よくわかりました。よくわかりましたが、大臣、視聴率を考えますと、朝六時からこの番組を見ている子供の数と夕方から夜にかけての番組を見ている子供の数はけたが違うわけですね。  ただ、私もこういう議論をするときに一番大事だと思いますことは、代表質問の中でも申しましたけれども、この手の議論で一番大事なのは、つまり表現の自由というものは憲法で保障されていて、私たちも表現の自由に土足で上がり込むということは絶対すべきじゃない。とりわけ権力を握っていらっしゃる方が表現の自由に自分の物差しを持っていって、ここからこっちはだめだとかこっちはいいとかというようなことは絶対にするべきではないと思います。しかし、そういう前提ではありますけれども、私はいまのテレビ番組の中のある部分が子供に与えている影響は見逃すことはできない。これは物によっては、それは六年かけて先生が教えるよりも、テレビの番組が子供に与えている影響の方が多いことだってあるのですから、これはやはりもう少しぼくらは議論をする必要があるのじゃないか。  繰り返し申し上げますが、これは余り権力者が議論を吹っかけて、自分の物差しを押しつけるというわけにいきません。しかし、テレビには放送コードというのですか、規定がありますね。映画にも映倫とかなんとかというのがある。それらは自主規定としてりっぱに規定だけはお持ちなんです。  一体文部大臣の仕事は何だと言えば、文部大臣の大きな部屋に座って天下を見ていて、やはりこういうことは心配だな、もう少し子供の教育のことを考えてほしいという、心配だというアピールはなさった方がいいのじゃないですか。具体的にあの番組はいけないとか、こういうことをやってはいけないとか、そういう具体的なことをおっしゃる必要はないと思うのです。ただ、近ごろの社会的なさまざまな出来事を見ると、放送に携わる方はもう一度考えてください、これは子供の教育を預かる文部大臣として私は本当に心配なんですよ、お互いに子供を持つ、孫を持つ身で、これは考えなければいけないのじゃないですかということは大臣がおっしゃるべきじゃないでしょうか、どうですか。
  264. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 そのとおりでございます。
  265. 河野洋平

    ○河野委員 専売公社、お忙しいようです。お帰りのようですが、何か言うことがあれば言って帰ってください。もう発言することがなければどうぞお帰りいただいて結構です。——いいですか。じゃ、どうぞお引き取りください。  大臣、私は、こういう議論は自民党の議員さんみんな心の中には持っていると思うのです。だけれども、それは言わない。言えない。言いにくい。特に自民党の人が言っちゃうとこれはもうだめですよ、みんな権力者だから。これは権力者が言うとよくない。だから、言うべきじゃないと私は思うのです。私は権力がないから言うのです。これは、こちら側に座っておられる野党席の皆さんは、表現の自由をとても大事にしようという気持ちはあるけれども、一方で子供の教育を考えたらとても心配だとみんな思っていると私は思うのです。  さあ、ここで大臣、このやり方ですよ。強権を発動してその放送をやめさせちゃうとかやらすとかいうことはやるべきじゃないけれども、いまの先生にしかられたらダイナマイトをかけて自動車を爆破するとか、やたらに殺人事件があちこちで子供の手によって引き起こされる。あれはずっと追跡していけば、やはりそういうものの影響というものはあるというなら、何とかして自粛を求める、反省を求める。具体的になさいますか。どういうやり方があるとお思いになりますか。
  266. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 大変むずかしい御質問でありますが、ときどき感じるのでありますけれども、あれだけチャンバラで人を殺したりぶん殴ったりいたしますが、あれはぶん殴られる方がずいぶん痛いのだということを何か表現できたらおもしろいのじゃないか。あれだけばっさばっさ毎日何十人か切り殺されますが、ああいうところでも殺された人の葬式ぐらいの画面を出したら、これまたやはり非常な反省の資になるのじゃないか。ぶん殴っても切られても、切る方の場合ばかりでちっとも痛くないですからね。そういう点、ときどき考えております。  いま先生のおっしゃったこと、私も本当に痛感いたしながら見ておりますが、私自身文部大臣としてやらなければならないことがたくさんございます。
  267. 河野洋平

    ○河野委員 お与えいただいた時間ももうそろそろ尽きたので、質問はきょうはこの辺でやめますが、大臣、映画とか週刊誌とか、あるいは特殊な性的などぎつい表現をする自動販売機その他で売られている本のたぐいですね、これはお金を出して買うという場合には、売り方でかなりのチェックができると思うのです。しかしテレビは、とにかく茶の間にそのままいきなり入ってくるわけですね。それを見たくて切符を買って行くとかお金を出して物を買うというのではなくて、ごく自然に一家団らんの茶の間にテレビの画面として入ってくる。これはもちろんチャンネル権を持っているのですから、そういう番組はひねっちゃえばいいわけですけれども、なかなかそういかないこともありますね。  これは私、別にテレビの番組にいまここでけんかを吹っかけてああだこうだと言うつもりは、特定の番組について申すつもりはありませんけれども、やはりぜひこれは大臣、はだって機会をつくって、もっと具体的に言えば、そうしたテレビに対しては、子供の教育についてもう一度考えてくれ、お互いに虚心坦懐——つまり、もうくれくれも申し上げますが、権力者が権力でやるのじゃなくて、次代を担う青少年の問題としてお互いに考えてもらいたいということをわざわざ機会をつくっておっしゃる気持ちをお持ちではございませんでしょうか。  先ほど飲酒、喫煙について警察庁からもお話がありましたけれども、もしあれだったら大臣答弁の前に警察庁どうでしょうか。子供のビヘービアにそうしたマスコミの与えている影響というものが大きいか小さいか。これはなかなか数字は言えないね。数字は言えないけれども、一般論でいい。
  268. 石瀬博

    ○石瀬説明員 テレビ、それから映画、雑誌、そういったいわゆる広い意味でのマスコミの非行に与える影響につきましては、実証的な調査研究というのはこれまでございませんし、また、それは非常にむずかしいものだと思います。しかしながら、私どもが取り扱っております非行事例を見る限りでは、テレビなり映画なりポルノ雑誌なりの影響を受けて非行に走った、あるいはその手口を習得して非行に走ったという事例が非常に多くございます。
  269. 河野洋平

    ○河野委員 いま警察庁もああいうふうに言っておられる。大臣、どうですか。具体的にそういう機会を設けて、教育を預かる大臣としてやはりそういうことを、表現はどうかわからないけれどもお願いしてみる、ひとつ青少年の教育のために協力してもらいたい、お願いをするというお気持ちはありませんか。
  270. 田中龍夫

    田中(龍)国務大臣 私も先生と同じ気持ちを持っております。  なおまた、この広報関係を持っております内閣の青少年対策本部、中山長官とも相談をいたします。
  271. 河野洋平

    ○河野委員 ぜひひとつ、大臣の取り組み方を見守りたいと思っております。  先ほど非常に明快に御答弁をいただいたたばこの自動販売機の問題についても、ぜひひとつ御勇断をお願いしたいということだけ申し上げて、私の質問を終わります。ありがとうございました。
  272. 三ツ林弥太郎

    三ツ林委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後五時二十二分散会