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美濃部亮吉君 私は、
地方自治について御
質問をいたしたいと思います。
民主主義化を進める大きい柱は
地方自治の推進にあると思っております。
地方自治体は、最もよく地域
住民と密着をし、地域
住民の利益を代表し、そして地域
住民を幸にすることができる、そういうことがやはり
地方自治、民主主義が発達する基礎になる。それだからこそ
地方自治体の長は、議会の選挙と違いまして、直接選挙になっているということが言えると思います。それでございますから、中央
政府と
地方自治団体との間の
関係は、命令者とその命令の実行者という
関係ではなくて、完全に対等なものであり、その
関係は、何といいますか、チェック・アンド・バランス、つまり
一つは、国は国全体のことを考える、
地方自治体は地域
住民のことを考える。その間において意見が違うことが往々にしてある。あるいはあらゆる問題において意見が違うと言えるかもしれませんが、そういう場合にはよく話し合って、そうしてその中間の道を歩む、それで民主主義が発展をしていくということであろうと思うんです。
そうして、
地方自治を定着させるためには、何といっても
地方財政を独立させて、つまり
地方財政の民主化、自治財政と申しましょうか、自主的な財政が非常に必要であると思います。すなわち、自治体の財源は法律によって決められて、そうしてその支出については
地方自治体のほぼ自由に任せられる、これが
地方財政の自主的な姿であろう、そう思います。そこで私は、財政自主ということについて、現状の
地方財政の状況を考えて御
質問をいたしたいというふうに思います。
御
承知のとおり、日本の国全体の財源は、国が二四%支出をして
地方が七六%を支出するという状態になっております、そのことは、国全体の仕事のうち七六%は
地方自治体がする。そうして、事の重要性とかいうことは別ですけれども、量から言えば国は二四%にすぎない。そしてこのような、つまり日本全体の仕事の七〇%を引き受けてやっているその財源は、自治体が自主的に決定し得る財源でなければならないにもかかわらず、そうなっていないのが現状であると言っていいと思うんです。そして、
地方に与えられる財源のうち、これも非常ないろいろな制約がございますけれども、最も自主的である、つまりその財源が法律によって決められて、そうしてその支出が
地方自治体のほぼ自由に任せられているというのが、これが
地方税
——都道府県税とか事業税とか、たばこ消費税、それから遊興飲食税等々のものが含まれます
地方税であろうと思うんです。この
地方税が、御
承知のとおり、私が言うまでもございませんが、
地方の収入の三一%にすぎないというのが実情でございます。この状態から見ると、仕事は七六%を引き受けている。そうしてその財源のうち自主的な財源と言われるのは
地方の財源のうちの三〇%にすぎない。そうして、そのほかの財源は
政府のひもつきの財源であるという状態になっている。そういう状態のもとにおいて
地方自治体の
地方自治がうまくいくはずはない、そう考えるんです。
そうして、中央
政府のひもつきの財源とはどういうものであるか。それは具体的に言えば、
地方交付税と国庫支出金と
地方債でございます。そうして、
地方の収入、財源のうちのパーセンテージを見ますと、
地方交付税が一八%、それから国庫支出金が二七%、
地方債が一〇%となっております。それで、私が言うまでもございませんけれども、
地方交付税は国税三税の三二%がこれに充てられるというふうに、いかにも
地方税と同じように法定されているように見えますけれども、これは、三二%という額は決められておりますけれども、それを各県各市町村にどういうふうに分配されるかということは
自治省の思うがままでありまして、
自治省の主観的な判断によって決められるというふうに思います。
地方交付税は、
基準財政需要額がございまして、その主なものは
警察費とか土木費とか各費目に分かれまして、その費目を足して総額を計算するわけでございますが、この
警察費、土木費とか教育費とかいうものも、額も恣意的に決められる面もございますけれども、これは何といいますか、相当適正な額が決められると言っていいと思います。しかし、どうも適正でないものはいわゆる補正係数というものでございまして、自然的または社会的な差異が各団体のうちに生ずるから、それを
調整をするというのが補正係数でございます。この補正係数はどういうふうにして計算されるか絶対に外部には発表されません。外部からはどういうふうにしてこれが計算されるかよくわかりません。この補正係数は、いま申しましたように、社会的な違いによって生ずる差異、そういうものがこれに含まれるわけでございまして、そのうちの非常に大きいものが、大
都市であるがゆえに出てくる財政需要、これももちろん補正係数に含まれておりますし含まれておりますことは否定いたしませんけれども、本当の財政需要額に比べれば非常に低く査定されているということは事実であろうと思います。
それは、たとえば大
都市においてはだんだんといろいろな人口と資本とが集積をしてまいりますけれども、その集積から来る不利益をこうむって、その不利益に対応するための財政需要が出てくるということや、また、大
都市は大
都市であることによって必要な高度のサービスや
都市の施設が必要になってくる、そこから出てくる財政需要とか、あるいは大
都市の地価とか賃金水準とか家計水準が比較的に高いということから生ずる財政需要とか、具体的に言いますと、老人、子供、心身障害者に対する福祉施設をつくらなければならない、小中学校もたくさん建設しなければならない、公園も大きいのをつくらなければならない、道路もまたたくさんつくらなければならない、地下鉄もつくらなければならない、下水道をつくる金もたくさんかかる、あるいは清掃工場あるいは公害対策、あるいはそういう施設の建造に要する建設費、
人件費が非常に高くなる、そういうふうなものが具体的に申しました大
都市なるがゆえに生ずる財政需要であると言っていいと思います。
ロンドンなどは、この大
都市なるがゆえに出てくる財政需要、つまりロンドン市特有の財政需要を賄うために特別の交付金が与えられているそうでございますが、東京都などは、首都であるために、この大
都市であるがゆえに出てくる財政需要というものが非常に膨大なものでございまして、これが十分に財源が見込まれていないために、本当は一番貧しい
都市であるにもかかわらず、豊かな
都市であって唯一の不交付団体になっているという非常に不合理なことが出てまいります。これもその
一つであると思います。
また、この補正係数は五十年度くらいがピークでございまして、つまり、高度成長に伴って補正係数も上がってまいりましたけれども、五十年ごろから非常な勢いで下降しております。これは東京都の政策室で推定したものでございます。先ほど申しましたように補正係数の計算の仕方は公表されておりませんので何ともわかりませんけれども、しかし、政策室で計算したところを見ると、五十年度に大
都市の補正係数は平均一三%であったのが、五十三年には八%に下落する。そのうちで特に東京都は二一%かも六%に低下している。低下は東京都において非常に激しい。それが激しかったことが貧しいにもかかわらず富裕団体にされてしまっている
一つの原因になっていると思います。
この
地方交付税は、東京都が非常にいじめられているというのは事実でございまして、これは五十年前後に
自治省の
——名前は申しませんけれども、ある次官がおられまして、この人は、おれは革新が大きらいだ、ことに革新都政はきらいだ、東京都はいじめるだけいじめてやるんだと、そういうふうに公言をしていた
——ぼくは直接聞いたのではないですからね、わかりませんけれども、ぼくの部下が
自治省に参りまして、こういうことを言っていますよと。それがこういうふうに補正係数が非常に伸び悩んでいること、それからもう
一つ直接に
——これから申しますけれども、
地方債の発行が非常に制限されまして、財政対策債を五、六百億お願いをしてそれが
一つも許可されない。それが東京都の
赤字財政の大きなもとになっている。それで、そういう事態があったということも、何といいますか、財政の自主権が
地方自治体にないということの証拠であると言っていいと思います。
それからもう
一つ国庫支出金、これはパーセンテージから申しますと二七%で一番大きい。これは主として物的、人的の
補助金でございますが、これは国庫の支出金でございますから、ひもつきの財源であるということは言うまでもございません。それだけではございませんで、これは
政府から委任された
委任事務を遂行するために与えられるものでございますけれども、必要な額だけ与えられません。それがいわゆる超過負担でございまして、つまり、みすみす超過負担が出る、
赤字が多くなるということを知っていながら
住民のための施策としてやらなければならない。涙をのんで超過負担を甘んじて支払って
赤字を出しながらやる。そこを
自治省の方は
——先ほど
大臣も言われましたように、哀訴嘆願をいたしまして、陳情に陳情を重ねて、何とかして
赤字を少しでも少なくするために
補助金を少しでも多くするということも、いかに
地方財政が自主の権利がないかということを証明していると思います。
それから
最後に
地方債でございますが、これは私が言うまでもないことでたびたび言われていることでございますけれども、
昭和二十二年に、最初は
地方自治体は議会の協賛を得て自由に
地方債を発行することができると。それがすぐ変えられまして自由に発行することができなくなって、「当分の間」
自治省の許可を得るということになったわけでございます。その「当分の間」というのは、恐らく戦争直後で金融もノーマルな状態ではない、そうしてまた資金の供給が非常に足りない、そういう状態のもとに
地方債をよけいに発行するというふうな要求が出ても非常に困るので、その点においては国が統制をして、
地方債の発行も規制せざるを得ないということから戦争直後にそういう許可制になったのだと思います。しかし、それが何と三十何年続いているんです。私はもう非常に腹が立ちまして、
行政訴訟を起こすということを決心をいたしましたけれども、残念ながら都議会で否決をされて提訴することができなかった。いまもってくやしくって仕方がない思いがいたします。これはもうつまり、
地方債の発行に
自治省の許可を得るというのは、自治体の長を非常にばかにしているのではないか、
地方自治体の長、知事でありましたけれども、そんなものじゃないんです。それは、自分のところの財政がまずくなって
赤字団体に転落するというふうなことになるのは極力避けなければならないんですから、むやみやたらに
地方債の発行をするというふうなことはあり得ないことでございまして、そういう点においては
地方自治体の長の良識に任せられてぼくは大丈夫であるというふうに思います。つまり、景気の変動に伴って支出の変動に対応をするためにどうしても
地方債の発行が必要であるということが生ずるのでありますけれども、こういうときに自由に
地方債を発行できないというのはまことに困ったことであると言わなければならないと思います。
そういうわけでございまして、ただいまも申し上げましたように、
地方は国全体の仕事の七六%をやっている。そういう
意味から言えば中央
政府よりももっともっと大切である。そうして、そういう大切な仕事をやっているにもかかわらず財政の自主権はない。そうして、まあまあ自主的財源と言われる財源は全体の三一%であって、
地方自治体の収入の七〇%はひもつきである。そのひもつきの財源にがんじがらめに縛られて、陳情、陳情でへいこらしている。そういうのが現状であると思うんです。そうして、これが日本における
地方自治の発展を阻害している最も大きな原因ではないかと思うんです。
それで、幸いにして第二
臨調というものが始まります。それは増税をしないで財政を賄っていくということも非常に必要ではあるでございましょうけれども、日本の民主主義化を阻害しているような
地方財政の
構造を正しい姿に直すというふうなことも
臨調の重大な責務であると思いますので、
大臣、どうぞそういうことを大いに主張をしていただきたいと、そういうふうに思います。御意見はいかがでございましょうか。