○
戸叶武君 私はいまこの領土問題に入っていくのはまだ早いと思っていままで黙っており、それから憲
法改正なんというのは鈴木
内閣をつぶすのにはもってこいのことですが、平和憲法が定着している今日、もはや戦場に子供たちを送るまい、若者が再び銃をとるまいという決意が国民の中に浸透している限りにおいて、奴隷じゃあるまいし、麻薬を注射されながらベトナム戦争に駆り立てられた
アメリカの黒人の中からそのむなしさを
感じてヒッピーが出たように、ニヒリズムが戦争によって発生をしているのは、
アメリカの大学、若者たちだれに聞いたって、戦場へ行くかと言ったら、だれだって行こうというやつはいない。
アメリカを戦場にしたら大変だ、犠牲が大きい、なるたけ
アメリカより遠くの地帯において問題を起こして、新兵器を開発したからという名で韓国なりあるいはベトナムなり中東なり、まあプリミティブなナショナリズムと宗教的な麻薬がその中にまぜられているような状態のところに、近代化の進まない排他的なショービニズムの中にもぐり込んで、現在の戦争というものも武器、弾薬を供給しながら、兵器を供給しながら
アメリカもソ連もやっているようです。自分のところではやらぬというやり方です。こんなメッテルニヒの亜流であるキッシンジャーさんの権謀術策がいつまでベトナムに通じましたか。
また、今日中東を訪れても、またかという顔でどこでも相手にされなかった原因は何か。イラン革命の発端というものは、二百人なり三百人なりのイランにおける情報機関、大使館というものを根城として情報策動の余地を与えたところから発端が起きたのであって、その
内容の真相はフランス及びインドその他において、その最終的な問題は別として、具体的に公表されておるのであります。
日本だけは伝わっていない。特に
外務省の方にはまだ伝わっていない。こういうような原因があって
一つの問題が起きているんです。
そういうときに石油の中に埋没して、イランのシャー、旧の国王と、五万人の近代装備を持った
アメリカのメジャー及びCIAなんかと結んでいるところの王様と
日本の皇室との親戚づき合いみたいなもの、国情が似ているからやりたいなんということを中曽根君あたりは石油に目がくらんで中東の苦悩を知らないでやったが、いまごろ、あれをやっておったらどうなったんですか。通産省は石油の問題、また
日本の政治家も石油の問題、石油の問題に埋没してしまって、石油の問題をめぐっての石油の生産地におけるいろいろなもがきというものを、苦悩を理解しないで行ったところに、私はあの精鋭をもってしてもついに大衆の突き上げによって、
アメリカでもめんどうを見ない、パナマでも困ると言う、最終的にはエジプトへ行って恨みをのんで王様が死んでいかなけりゃならないという、何という非情な運命の中にいま中東は置かれているかということをそのとき
感じたのですが、
アメリカは、ソ連がイラン高原に軍事的に介入したのがいけないと言う。ソ連では、保護国的な実績があるのだから、イラン革命の火が、戦火がこちらへ延びちゃ大変だという形で、問題はやっぱり
一つのそれに対するそれなりの対処があったと思うんです。
しかしいずれにしても、他国に対する軍事的介入は反対という線では、ソ連はやはり自分の独善的な行為においては、フランスの共産党がそれを支持したが、その後ひどい目に遭って、いまフランス共産党も、やはり自国の民衆の受けとめ方というものを基点とし、世界の常識を基点として国際
外交に対処しなけりゃならないということはわかってきたと思うのです。そういう点からいきまして、私は非常に、今度トルコの問題がいま起きましたけれ
ども、トルコに対しての問題は、ビザンチン帝国をあれだけにぶち破ったトルコが、何がゆえにとにかくダーダネルス海峡から地中海に出、
インド洋にまで陸地を求めていくところのトルコに対するロシアの進出、このことに対処できない混迷の中に、トルコが
外交、
防衛に対して一見識がなくて滅んでいく状態を耐えかねて、ケマル・パシャ・アタチュルクの少数軍部と大学生たちを中心とした青年トルコ党が革命を断行して、他国のかいらいになる王様をマルタ島まで追放して、共和制をしかなけりゃならないというところへ行ったんですが、私は、やはりこの海の出口は、バルテックから大西洋に出る道はイギリスとドイツ、ヨーロッパ
各国との摩擦があってなかなか出られない、やはり黒海からダーダネルス海峡を経て地中海、
インド洋へ、もう
一つは
日本海へ、これが下田
条約においてでも
アメリカより荒っぽい形において、ロシアが千島を占領したり、つまらぬ黒船を持ってきておどかして、
アメリカ以上に手荒い方法で、トルコで破れているということはわかっていながらも、野心家たちの二面作戦で、ついに英仏
連合軍において破れていったのがロマノフ王朝崩壊の原因です。
日本だってあの黒船
外交に恐れおののき、腰抜け
外交をやったところに、その後、井伊直弼が殺され、また、そのロシアの失敗、無理、不条理を指摘した幕末の
外交官の竹内下野守なり松平石見守なりが、ロシアの天文台に、ペテルスブルグに掲げられてあったイギリス製の地図が樺太の五十度以南は
日本領に書かれているのであって、あなたの国の天文台が世界的に共通に掲げている地図には北緯五十度以南は
日本になっているじゃないかと言われて、ついにロシアも屈せざるを得なかったという事例もあるので、破れたといえ
ども幕末の崩壊期にあっても、腰抜け
外交と言われて安藤老中は要撃されても崩れ行く中にもそれだけの気魄があったが、
一体日本の
外交は
アメリカやソ連に対してはなぜ言うことも言えないで、小商人的な取引でもって、これは
日本の領土であることも下田
条約で認めていた。そんなへっぴり腰
外交でもって国際的な新しい世界新秩序をつくり得る気魄というものがどこにありますか。徳川幕府の連中でも
責任を持って、そうしてやつらに一杯食ったというときには、ペテルスブルグに入って、天文台の地図を証拠にして立証するだけのことをやったので、やはりいまの問題は、安政元年のいわゆる下田
条約ですか、あんな形で
日本が卑屈な
態度でもって国際的なスケールのもとにおける新秩序を要求することができるか。武器で戦うのじゃない。いまワレサたちが宗教や何かを乗り越えて、大地にぬかずきながら黙々として武器なき抵抗によってヤルタ
協定の清算を求めていくところにまで来ているときに、世界の先進国と誇っている
日本人の
外交の何という腰抜けのぶざまなざまか。こんな気魄のない
外交をやっていて
一体外交というものが存在するのか、それから承りたいと思います。
なぜあの戦後、昭和二十年二月十一日におけるヤルタ
協定を基点として、あの問題をわれわれが解消しろとかなんとかというのじゃなくて、ソ連や
アメリカが頂上
会談をやる場合にみずからの良識と
責任において次のグローバルな時代における世界新秩序はこのようなものがあっては新秩序にならない、ベルサイユ体制の崩壊に似たような崩壊が来るから、われわれの良識によって、
責任においてこれを解消するというぐらいなことの知恵を少しソ連にも
アメリカにも恥かかないようにつけたらどうですか。黒船におどかされて、
アメリカよりも荒っぽい、しかもトルコのあのダーダネルス海峡の問題から破れていくところの帝政ロシアの崩壊期になって、東へ西へと二面作戦をやってきた帝政ロシアの崩壊のざまを見れば、ロシアだってヨーロッパヘ、中東へ、あるいは
日本に恫喝、恫喝がきくから、なめられているから、
日本は腰抜けだから、下田
条約を原点としてなんてへっぴり腰の
外交をやるから、なめられている。なめられているということが一番悪いことで、少し領土でも返せば何とかなるだろうというような、あめしゃぶらせて子供をだますのじゃあるまいし、民族の魂を失った
外交に私は
外交は預けられないということを国民が今度は特に感ずるのじゃないか。
いまこの最高
責任は首相にあるけれ
ども、
日米同盟ということの現実にする対応の姿勢として、憲
法改正は行わないが、この点でまず
アメリカ側の了解も得なけりゃならないという苦慮の中に、
外務省の官僚の人たち及び
外務大臣、苦慮に苦慮を重ねてやったことだと思いますが、
責任はあなたがとると言う。もっともです。しかし、
責任は
内閣総理大臣が持つべきです。きょうは
内閣総理大臣を呼ぶのじゃありませんけれ
ども、主権者は国民ですよ、国民の合意を得られないような
条約など、
協定などというものはすぐ吹っ飛んでいきます。四島だ二島だの小細工の競り売りじゃない。いまわれわれが次の世界の新秩序をつくるために、必要な文明史観と哲学を持たなければ、世界的な、
日本だけのことでなく、
アメリカのためにもソ連のためにも東西南北、世界のためにも、これだけの見識を持って対処しなければ、
アメリカとソ連だけが安全地帯にあって、力のバランスの上に立って、最終
会談で妥協しましょうなどという田舎芝居のような頂上
会談は御免です。そういう
意味において、
日本の
外交は、原爆の受難を受けているんだから、
日本だけでなく、世界の人々をこのような悲惨な目を遭わせたくないために、私は、ソ連に対しても、
アメリカに対しても堂々と物が言えるような
政府をつくってもらわなけりゃ
日本の国はもちません。国民が怒っています。
責任を
伊東さんがとるという。この批判の中には自民党のいろんな対応の状態があるでしょうが、政党の視野の狭さといままでの官僚の限界とでは問題が片づかない。主権者である国民がどうこれを受けとめるか。こんな腰抜け
政府に、未来に対する
一つの世界的な視野を持たない、新秩序をつくり上げようというだけの意欲のない、もろい、政治
外交はゆだねられないという私は回答が間もなく出てくると思います。
どうぞ、ワレサさんは素朴であるが、大地に祈りながら黙々として行動を起こしております。コペルニクス的な転回です。コペルニクス的な転回は、キリスト教徒かキリスト教徒でないかというような争いでなくて、何が真実か、何が本当か、何が真理かということを、海底調査に従事しながらアレキサンドリアの文化にまで接触した新しい真理の把握者が、勝手に弾圧をしてくれ、真実をわれわれは伝える、権力や抑圧によって真理を曲げることはできない、研究だけを書いて、その後では十字架に上げられないように、バット・ノー、しかしそれはそうでないという否定の
言葉だけを反語的にやれば弾圧はできないだろう。これだけのコペルニクスは、ローマ法王が俗権と結んでヨーロッパにおける真のルネッサンスを阻害したときに、平然としてセンター・オブ・イグノランス、キリスト教の世界につくり上げたところの大学も無知の中心であって権力に迎合するだけだという。今度のパウロ二世か、これは、やはり大地にぬかずいて祈りを上げて、コペルニクスの言ったことをローマ法王庁でも認めたです。
認めようが認めまいが、コペルニクスやガリレオのことは、真実は消えないというだけの気魄で、ヨーロッパの堕落した、西洋没落への転機をつくったところのゆがんだルネッサンスに対し一撃を与えたのですが、私は素朴なポーランドと、素朴な、いままで幾たびか王道、覇道と言いながら、専制的な覇者政治によってゆがめられてきた中国とに、もっと道義的な生命力、永遠の生命力を科学に結びつけてじみちに世界秩序をつくり上げようというコペルニクス的な転回が行われたときに、このような道義力を失い、精神力を失い、そんな者がいつまでこの世を支配することができるか、私はコペルニクス的な転回はこれは西洋の没落の予言でなく、東洋たると西洋たるとを問わず、新しい世界秩序に対するもっと私は烈々たる
一つの精神を持って築かなければ、
アメリカの顔を見たり、ソ連の顔を見たりしてなるたけそれぬようにというような、ダレス的な封じ込め
外交以外に、
外交は
大統領でなく、おれがやるんだと言ったダレス兄弟にひん曲げられてきた
外交をなぜ
日本は取り戻さないのか。あの環境においてやむを得なかったという、苦労人の
伊東さんは吉田さんにも言うであろうが、環境はわれわれが変えるんだ、自分自身が環境を変える熱意がなくて、だれが変えていくんだ。唯物史観的な物の
考え方でなく、エコノミカル・デターミニズムでなく、人間が歴史の中から生まれ、人間の意欲によって歴史は変わっていくんだ、意欲なきところの、魂なきところの人間によって世界の変革はできない。新秩序は武器じゃない、魂だ、道義力だ。
これを簡単に、言うことだけ言えば、
伊東さんは間へはさまって
責任をとることばかり
考えないで、
責任をとるなんていつでもできるんだから、腹切ってから腹切りましたと言えば済むんだから、そんなことじゃなく、もっと
内閣総理大臣に、国会に対して
責任を持ち、国民に対して
責任を持つようなリーダーシップと見識を発揚してもらわれんことをお願いすることであって、この際は、私は率直に言って、素朴だけれ
ども、今度変なへっぴり腰しないで鈴木さんが貫いていけば、鈴木さんは鈴木さんなりのやはり存在の意義があると思うんですが、
伊東さん、あなたあんまり急ぎ過ぎちゃいけませんから、あくまでも
調整役なんだから、もっとしっかりとした見識のあるリーダーシップを持った政治指導者を
日本につくり上げてくれることをお願いし、答弁は簡単でよろしゅうございます、意は通ると思いますが、鈴木さんに
責任を持って今後言動をやはり明確にして、国民の納得のできないような、
外務省と
総理大臣との間にまざまざと違いが見えるような、楽屋がすっかり見えちゃって、田舎芝居にも上演できないようなこんなばかげた芝居というのは芝居にならないので、もうしまいということになるのですが、どうぞひとつそれに対する御回答を願います。