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国務大臣(竹下登君) ここに、
昭和五十五年度予算の御審議をお願いするに当たり、当面の
財政金融政策につき所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明いたしたいと存じます。
一九八〇年代を迎え、新たな十年への第一歩を踏み出すに当たり、七〇年代を振り返ってみますと、
内外ともに、まさに
試練の年月でありました。
すなわち、
国際通貨体制の動揺をもって幕を開けた七〇年代の
世界経済は、七三年の
石油危機を契機に、激しい
インフレと長期の景気停滞に直面いたしました。さらに、この難局をようやく克服しようとしたやさきに、再び
石油情勢の悪化に見舞われ、
経済成長率の鈍化と
インフレの加速が懸念されるに至っております。
この間、
わが国経済も例外ではあり得ず、激動と模索の
時代を経験したのであります。
わが国の最近の
経済情勢を見ますと、過去数年度にわたる公共投資の大幅な
拡大、
国民の堅実な消費態度、
企業の
経営努力等を背景として、
国内民間需要による自律的な景気の
拡大基調を確かなものにしてきており、
雇用情勢も緩やかながら
改善を続けております。このように、
わが国経済は、
国民のたゆみない
努力により、長い不況を乗り越え、先進国の中で最も高い
成長と安定した消費者
物価を
維持しており、現在のところ総じて順調に
推移していると申してよい状況にあります。
しかしながら、
世界経済をめぐる諸
情勢は、八
〇年代に入ってもますます不透明さ、不確実さを増し、
わが国経済も、景気の先行きには必ずしも予断を許さないものがあり、
物価も警戒を要する状況にあります。
さらに、
国際収支を見ますと、経常収支が大幅な赤字を記録し、長期資本収支も流出超過
傾向にあります。
加えて、
財政収支の不均衡は、なお巨額なものとなっており、このまま放置するならば、
経済運営上の桎梏となるおそれさえあります。
かかる
内外情勢のもとにおける政策
運営の
基本は、需給、
物価、
雇用、
国際収支、
財政等
国民経済の各
分野において均衡のとれた新しい
社会の
基盤を
確立することであると確信しております。
このような認識のもとに、私は、一九八〇年代を
充実した
時代とすべく、政策
運営に万全を期してまいりたいと
考えております。具体的には、まず第一に、
物価の安定と
経済の自律的
拡大の
維持を図っていくことであります。第二は、
世界経済の
発展に積極的に貢献しつつ、
国際収支の健全性の保持に努めることであります。第三は、
財政の
対応力を回復するため、一刻も早く
財政の再建を図ることであります。
まず第一は、
物価の安定と
経済の自律的
拡大の
維持を図っていくことであります。
わが国経済を息の長い安定
成長軌道に乗せていくためには、
インフレ、不況、さらにはスタグフレーション、このいずれをも回避しなければなりません。このため、私としては、
物価と景気の両面に細心の注意を払い、適時適切にきめの細かい
経済運営を行ってまいる
所存であります。
最近の
物価動向を見ますと、消費者
物価は今のところ比較的安定しているものの、
卸売物価は原油を初めとする海外原材料価格の高騰等により相当
上昇しており、
物価は警戒を要する状況にあります。したがって、当面は、やや
物価に重点を置いた政策
運営を進めることが適切であると
考えております。
このような観点から、
政府は、昨年十一月二十七日、
物価対策を総合的に
推進することを決定したところであります。
金融政策の面におきましては、
インフレ心理の醸成を防止することにより、
物価上昇速度を極力抑制するため、昨年四月以降、三次にわたる公定歩合の引き上げ等の
措置が講ぜられたところでありますが、引き続き通貨
供給量についても十分注視し、適切な金融調節を図ってまいることとしております。
また、
昭和五十四年度の公共事業等の執行につきましても、
経済の
動向に細心の注意を払いつつ機動的に対処することにより、
現下の
物価動向に配慮することとし、その一部を留保することといたしたところであります。この
措置は、
物価対策の見地からとられたものではありますが、公共事業等の機動的な執行により、景気の安定的な
維持にも資することが期待されるところであります。
第二は、
世界経済の
発展に積極的に貢献しつつ、
国際収支の健全性の保持に努めることであります。
国際
情勢はきわめて流動的で、
石油情勢もさきのOPEC総会の結果に象徴されるように一段と不安定さを増しております。
このような厳しい
国際環境の中にあって、
わが国の
国際収支は、
石油その他の一次産品価格の大幅な
上昇等に伴う輸入額の増大を主因として、経常収支が大幅な赤字を記録し、長期資本収支も流出超過
傾向にあります。
国際収支の健全性の保持は
国際社会の一員としての責務であり、また、このような状況を放置すれば、ひいては
わが国経済の安定的な
成長を阻害することになるおそれもありますので、
政府としては、国際的に
調和のとれた収支の
改善を図るべく、着実な
努力を積み重ねてまいる
考えであります。
もちろん、このような
情勢のときこそ、
わが国は、
世界経済に大きな影響を及ぼす
立場にある国の一つとして、
世界経済の
調和ある
発展に積極的に貢献しなければなりません。
世界経済の円滑な
発展のためには、まず、通貨の安定が不可欠であります。このためには、
各国政府が
基礎的諸
条件の
改善に努めるとともに、相互に緊密な連絡と
協調を保つことにより為替相場の急激な変動を抑制していくことが重要であります。
わが国としても、従来にも増して積極的に
努力してまいりたいと
考えております。
次に、
世界貿易
拡大のためには、自由貿易体制を
維持強化していくことが
急務であります。
このような観点から、先般合意に達した
東京ラウンド交渉につきましては、その
成果を
実施に移すため
所要の
国内手続を急ぐ
方針であります。
また、
わが国の
対外取引を原則自由のたてまえに改める
法律改正がさきの臨時
国会において成立したところであり、その早期施行に努める
所存であります。
さらに、
開発途上国の
経済発展を支援することは、これらの国々の
国民生活の
向上と
経済の
発展のためのみならず、
世界経済全体の均衡のとれた
成長を
確保するためにもきわめて重要な
課題であります。
わが国としても、ODA三年倍増、援助
条件の一層の
改善等、厳しい
財政事情の中にあって引き続き
経済協力の大幅な拡充
強化を図ってまいることとしております。
第三は、
わが国財政の再建であります。
国民生活の安定と景気の回復を図るため、過去数カ年にわたり
政府が行ってきた積極的
財政の結果、
わが国財政は、特例公債を含む大量の公債に依存せざるを得ない異常な状況が続いております。今後ともこのような
財政赤字を積み重ねるならば、八〇年代の新たな
社会経済情勢の
展開の中で、
財政に各種の機能の発揮が期待されることとなっても、これに十分な
対応ができません。そればかりか、
経済に
インフレ要因を持ち込むことにより、
経済そのものの安定を阻害するおそれさえあります。
わが国経済の安定的な
発展を達成するためには、
財政の再建は緊急の
課題であります。
このような
考え方に立ち、
昭和五十五年度予算の編成に当たりましては、強い決意のもとに、まず、公債発行額を前年度当初予算よりも一兆円圧縮することとし、
財政再建の第一歩を踏み出したところであります。
財政再建のためには、まず、歳出の厳しい見直しが必要であります。
昭和五十五年度予算の編成に当たりましては、一般
行政経費を極力抑制するとともに、政策的経費についても根底から見直すなど、歳出の
節減合理化へ格段の
努力をいたしました。
さらに、
行政の整理簡素化を積極的に進めるため、特殊法人の統廃合、補助金等の整理
合理化等を含む
行政改革計画を立案決定したところであります。
また、歳入面におきましても、税負担の公平
確保の見地から、租税特別
措置について思い切った整理縮減を行うこととし、また、給与所得控除の見直しと退職給与引当金の累積限度額の適正化を図ることといたしております。
しかしながら、
財政再建の道は、いまだ緒についたばかりであり、今後においても一層
努力することが強く求められるところであります。
昭和五十五年度においては、最近の
わが国経済の順調な回復を反映して、かなりの規模の税収増加を見込むことができましたが、このようなことを引き続き期待することはとうてい困難であります。したがって、今後におきましては、歳出歳入両面を通じて幅広い角度から
財政再建の手だてを
考えていく必要があります。
財政の健全化の達成は、まさに
財政を支える
国民各位の御
協力によらざるを得ないのであります。
国民各位の御
理解を切にお願いする次第であります。
昭和五十五年度予算は、以上申し述べました
基本的
考え方に立って編成いたしました。その大要は次のとおりであります。
第一に、一般会計予算におきましては、経費全般にわたる
節減合理化に努め、特に、国債費及び地方交付税交付金以外の一般歳出の増加額を極力圧縮することにより、全体としての歳出規模を厳しく抑制することといたしました。
このため、各省庁の経常事務費を初めとする一般
行政経費を極力抑制するとともに、政策的経費についても根底から見直しを行った上、各種
施策の優先順位を十分に考慮し、財源の重点的、効率的配分に努めたところであります。また、補助金等については、従来にも増して積極的に廃止、減額等の整理
合理化を行うことといたしました。
さらに、
国家公務員の定員については、新たに策定された計画により、定員削減を着実に
実施するとともに、新規
行政需要に
対応する増員についても厳に抑制することとし、総数の縮減を図ったところであります。
以上の結果、一般会計予算の規模は、前年度当初予算に比し一〇・三%増の四十二兆五千八百八十八億円となっております。また、このうち一般歳出の規模は、前年度当初予算に対し五・一%増の三十兆七千三百三十二億円となっております。これらの伸び率は、いずれも最近二十年間のうちで最も低いものであります。
第二に、税制の改正につきましては、まず、税負担の公平
確保の見地から、利子配当所得等について総合課税に移行するための
所要の
措置を講ずるとともに、
企業関係租税特別
措置等について大幅な整理
合理化を行うこととしております。租税特別
措置については、
昭和五十一年度以降五年間にわたり、その整理
合理化に力を注いできたところでありますが、今回の
措置によりおおむねその整理は一段落したと言ってよいものと
考えます。
さらに、給与所得控除について、この際、高額な収入部分について控除率を引き下げることとし、また、退職給与引当金について累積限度額の適正化を図ることとしております。
以上のほか、
石油代替エネルギー対策の財源に充てるため、電源
開発促進税の税率の引き上げ等を行う一方、土地税制について、その
基本的枠組みを
維持しつつ、
住宅地の
供給促進等の見地から
所要の
措置を講ずることとしております。
第三に、公債につきましては、さきに申し述べましたように、
財政の公債依存体質を
改善するため、公債発行予定額を前年度当初予算より一兆円減額することとし、十四兆二千七百億円といたしました。この結果、公債依存度は三三・五%となり、前年度当初予算の三九・六%より六・一ポイント低下いたしております。この公債発行額のうち、
建設公債は六兆七千八百五十億円、特例公債は七兆四千八百五十億円を予定しており、特例公債依存度は二二・〇%となっております。
なお、別途、特例公債の発行のための
昭和五十五年度の公債の発行の特例に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることといたしております。
また、このような多額の公債の円滑な消化を図るため、
資金運用部
資金による引き受け二兆五千億円、公募入札による発行二兆円を予定し、国債引受団による引受予定額を九兆七千七百億円にとどめることとしたところであります。
第四に、
財政投融資計画につきましては、厳しい原資事情に顧み、事業規模、貸付規模を抑制しつつ、
住宅、
中小企業金融、
エネルギー対策等緊要な
施策について
資金の重点的配分を行い、
国民生活の
安定向上と福祉の
充実に配意することとしております。この結果、
財政投融資計画の規模は十八兆一千七百九十九億円となり、前年度当初計画に比べ八・〇%の増加となっております。
第五に、主要な経費について申し述べます。
まず、公共事業
関係費につきましては、このところ、景気
対策上の観点もあって、主たる財源を公債に依存しつつ、連年大きな伸びを続けてきたところでありますが、
昭和五十五年度におきましては、厳しい財源事情にかんがみ、一般公共事業
関係費について前年度と同額にとどめることといたしました。
しかしながら、公共事業
関係費の内容については、引き続き、
住宅、下水道・
環境衛生等の
生活関連施設の拡充に力を入れるほか、沿岸漁場
整備等の
推進にも配意しております。
特に、
住宅対策については、
住宅金融公庫の貸付限度額の引き上げ、
住宅宅地
関連公共施設
整備の一層の
推進等、その
充実を図ることとしております。
次に、
社会保障
関係費につきましては、
高齢化の進展等に備え、必要な
制度改正を進めるとともに、真に緊要な
施策について重点的な配慮をいたしております。
まず、厚生年金、
国民年金等について、遺族年金等の給付
改善を図るとともに、支給開始年齢の段階的引き上げ等年金
財政の長期的安定に資するための
所要の
措置を講ずることとしているほか、
医療保険についても、
社会経済の
変化に即応し、給付と負担の適正化を図る見地から、健康保険
制度の改正を行うこととしております。
また、
生活保護基準の引き上げ等を行うとともに、
心身障害者対策、老人
対策等について意を用いているところであります。
さらに、
雇用対策については、中高
年齢者等の
雇用安定のための諸
施策を引き続き
実施することとしております。
文教及び科学
振興費につきましては、厳しい
財政状況との調整を図りつつ、第五次
学級編制及び教職員定数
改善計画を発足させることとしているほか、緊要度の高い小中学校校舎等の
整備、私立学校に対する助成等について特段の配慮をいたしております。
エネルギー対策費につきましては、流動的な国際
情勢等にかんがみ、
エネルギーの安定
供給を
確保するため特にその
充実を図ったところであります。すなわち、長期的な
エネルギーの需給見通しを踏まえ、
石油の安定的
供給の
確保、省
エネルギー対策の
強化を図るとともに、
石油代替エネルギーの
開発利用を積極的に促進することとしております。
このため、電源
開発促進
対策特別会計において新たに電源
多様化促進
対策の
推進を図るとともに、石炭及び
石油対策特別会計を石炭並びに
石油及び
石油代替エネルギー対策特別会計に改め、同特別会計への繰入額を大幅に増額するなどの
措置を講じております。
経済協力費につきましては、ODA三年倍増の最終年であることにかんがみ、二国間無償援助及び
技術協力予算の大幅な増額を図るとともに、
国連難民高等弁務官計画拠出金等、国際機関に対する分担金、拠出金等についても積極的な
協力を行うこととしております。
中小企業対策費につきましては、
中小企業の
近代化及び
経営力、
技術開発力の
強化を一層促進するため、各種の
施策の
充実に努めるとともに、
政府系中小金融三機関に対する出資の拡充及びこれらの機関による融資規模の
拡大を図ることとしております。
以上のほか、総合的な食糧
自給力の
向上と農林水
産業の健全な
発展を図ることを
基本として、引き続き
地域農業生産の再編成に必要な経費の
充実を図るとともに、林業生産
活動の活発化、沿岸漁業の
振興等に必要な経費を計上することとしております。なお、食糧管理費につきましては、米麦の
政府売り渡し価格の改定、予約限度数量の圧縮等の
措置を講ずることとしております。
また、日本国有鉄道の
財政再建問題につきましては、昨年末にその
基本方針を定めたところでありますが、定員削減等の
経営合理化を一層
推進するほか、
所要の運賃等の改定を見込むこととし、これらとあわせて必要な助成
措置を講ずることとしております。
第六に、地方
財政対策について申し述べます。
昭和五十五年度の地方
財政におきましては、二兆五百五十億円の財源不足が見込まれますが、これに対しては、一般会計からの臨時地方特例交付金、
資金運用部
資金からの借り入れ及び
建設地方債の増発により
所要の財源
措置を講じ、その
運営に支障が生ずることのないよう配慮しております。これらの結果、地方団体に交付される地方交付税交付金の総額は八兆七百七十五億円となっております。
なお、この際、私は、地方公共団体に対し、
財政再建に向けて、国と同一の姿勢により、一般
行政経費を初め経費全般にわたる
節減合理化を
推進するとともに、財源の重点的かつ効率的配分を行い、節度ある
財政運営を図るよう強く
要請するものであります。
次に、この機会に、さきに提出いたしました
昭和五十四年度補正予算について一言申し述べます。
歳出につきましては、災害復旧等事業費、
国家公務員の給与
改善費等、当初予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となった事項について
措置を講ずることとしております。
これらの歳出追加の総額は一兆三千四百二十一億円となっておりますが、
他方、既定経費の
節減等により二千七百四十六億円の修正減少を行うこととしておりますので、この補正による歳出総額の追加は一兆六百七十五億円となっております。
歳入につきましては、最近までの収入実績等を勘案し、租税及び印紙収入について一兆九千九十億円の増収を見込むとともに、前年度剰余金五千三百五十七億円の受け入れを行うこととしておりますが、
他方、専売納付金の減収等を一千五百七十二億円見込むとともに、公債を一兆二千二百億円減額することとしております。
以上によりまして、
昭和五十四年度一般会計補正後予算の総額は、歳入歳出とも当初予算に対し一兆六百七十五億円増加して、三十九兆六千六百七十六億円となります。また、その公債依存度は三五・四%となっております。
以上、予算の大要について御説明いたしました。
われわれは、いま八〇年代の入り口に立っております。
今後においては、これまでのように低廉豊富な
資源・
エネルギーやその他の恵まれた諸
条件を前提とした高い
成長を求めても、もはやその達成は困難であります。しかし、このことは、物質的な
繁栄を追い求めるだけではなく、
調和のとれた
社会、質的にも
充実した
社会、そして後代にも誇りを持って引き継げる
社会をつくり上げる好機であるとも
考えられます。
もとより、その道は決して平坦ではありません。しかしながら、
わが国民には歴史の
試練を克服してきた実績と自信があります。八〇年代の先行きがいかに不透明かつ不確実であろうとも、細心の注意と大胆な行動で対処し、民間と
政府が一体となって当面する障害を一つずつ着実に克服していくならば、必ずや明るい未来が約束されるものと信ずるものであります。
国民各位の御
理解と御
協力を切にお願いする次第であります。(
拍手)
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