○水野
公述人 私は、ただいま御紹介にあずかりました名古屋大学の水野でございます。
ただいまから五十四
年度予算案につきまして
意見を述べさせていただきます。
私の申し上げたいことは、大体
三つばかりのパートに分かれております。
最初は、五十四
年度予算編成方針についての私の
考え方を述べさせていただきます。それから第二に、そのような基本的な方針というものが、この
予算案で具体的にどのように
措置されているかということについて検討してみたいと思うわけです。それから第三に、五十四
年度予算についての今後の
問題点についての私の
意見を申し上げたい。大体この
三つの
部分に分けて
意見を述べたいと思います。
まず第一の方から始めさせていただきます。
政府は、来
年度予算編成の基本方針としまして、
景気の回復基調を一層定着させることと、財政健全化の足がかりを得るということを二つの重要な
課題にしております。すなわち、
景気の回復と財政の健全化の両立を図っていくということであります。そして、
予算の内容を検討してみましても、一応この方針がかなりの
努力をもって貫かれているというふうに思われます。このことは、財政運営の観点からも、また広く
経済運営の観点からいってもきわめて重要な
意味を持つものでありまして、この
意味について若干考えてみたいと思います。
五十三
年度予算は、財政の節度の維持を
配慮しつつ内需中心の
景気回復を図ることを最大の
課題としましたが、財政による内需
拡大に最も力点を置きまして、公共事業費の
拡大を中心とする積極的財政の展開のために臨時異例の
予算を編成し、財政収支を極度に悪化させることになりました。このような異例の財政運営によって、
円高の急速な進展による
景気の停滞化は避けることができ、着実な
景気回復に資したことは疑い得ないところでありますが、そのような無理な財政運営によっても七%
成長は達成されず、
景気の急速な回復をもたらすことはできず、他面、財政健全化どころか、さらに悪化の度を強めるという結果になりました。
五十四
年度予算編成に際して財政当局が直面した冷厳な事実は、増税がないとした場合、五十三年度と比べて全く税収の
伸びが見込まれない、すなわち、
経済活動の
伸びに
対応した自然増収と五月分税収取り込み分とがほとんど相殺するためでありますが、という
条件のもとで、一方では財政面からの
景気回復の維持が依然として必要であり、他方では財政健全化を図っていく必要があるという、この二つの要請にどのようにこたえるかというきわめて困難な問題に直面しているということでありました。
このような
条件のもとでの
予算編成の基本的方針として、まず二つのかなり異なった、極端な行き方が考えられます。
一つは、五十三
年度予算と同じように高目の
経済成長率を目標に掲げて、公債依存度が四十数%になろうとも、できる限りの
景気拡大的
予算を組むというものであります。もう
一つは、歳出の思い切った節減合理化によって、公債依存度を五十三年度並みに、あるいはそれ以下に抑えるような超緊縮型
予算を組むというものであります。これら二つの
考え方はいずれも一方に偏した著しくバランスを欠くものでありまして、とるべき方向ではありません。
前者のものに対しましては次のように言うことができます。
経済運営の基本的
考え方としては、適度な
経済成長率を目標にして、各種不均衡の
是正に努めつつ
景気回復を図るべきでありまして、高目の
経済成長率を目標にして無理な財政運営を強いることは不均衡を
拡大するおそれがあり、とるべき方策ではありません。また半面、後者のものにつきましては、このような
予算では公的サービスの
給付水準の急激な低下をもたらすばかりか、
景気に対しても大きなマイナス効果を及ぼします。現実的に妥当な行き方ではありません。五十四
年度予算の基本的性格としましては、これら二つの行き方のいずれかに偏することなく、与えられた財政的
条件のもとで、
景気回復と財政健全化の両立を図るという第三の道を選択すべきであります。人々は往々にして
景気回復と財政健全化は相矛盾するものとしてとらえがちであります。しかし、両者の両立は十分に可能であります。
五十四
年度予算編成の基本方針として
景気の回復と財政健全化の両立の道を選んだことは、財政の健全化を犠牲にし、
景気回復を最優先させた財政運営の
転換を
意味するものでありまして、きわめて賢明な判断であるとして大いに評価するとともに、その持つ重要な意義をここで強調しておきたいと存じます。
次に第二の
部分に入っていきたいと思います。
この財政による
景気の回復と財政の健全化という
課題が
予算案においてどのように具体化されているか、またそのような
予算案における
措置がこれらの
課題にこたえ得るものであるかどうかを検討してみたいと存じます。
まず財政による
景気回復策について見てみたいと存じます。
一般会計全体の規模から言いますと、五十三年度当初
予算に比べて一二・六%というかなり抑制的なものであります。すなわち、五十三年度は、五十二年度当初
予算に対しまして二〇・三%の
増加というものでありまして、それに比べればかなり抑制的なものでありますが、
景気の着実な回復に資するために、公共事業
関係費、文教・
社会福祉施設整備費等の投資的経費については一八・五%の
伸びを確保しております。公共事業
関係費について言いますと、災害復旧費を除いた
一般公共事業は、その
伸び率は二二・五%で、五十三年度の三四・五%には及びませんが、五十一年度の一九・七%、五十二年度の二〇・七%の
伸びを上回るものであります。また財政投融資計画につきましてもその
伸び率は、五十三年度の一八・七%に対しまして、その
伸び率一三・一%でありますが、
社会資本の整備を図るとともに、
景気の着実な回復に資するように特に事業部門の事業規模の確保に重点を置くことにして、事業部門の事業規模は前年度当初比一五・〇%の
増加となっております。
さらに、
経済情勢の推移に即して機動的に対処し得るように、五十三年度に引き続き公共事業等予備費二千億円を投資部門に計上するとともに、財政投融資計画においては、資金運用部等の
長期運用予定額の弾力化等によりましてその弾力的運用を図ることにしております。
五十四
年度予算によりまして地方財政も合わせて、
国民所得計算ベースでは
政府支出は一〇・六%の
伸び。その内訳を申しますと、
政府消費支出が九・一%、
政府資本支出が一一・九%となりまして、その他の内需の堅調な
伸びと合わせまして、貿易面で輸出の停滞が見込まれるといたしましても、名目で九・五%、実質で六・三%の
経済成長が見込まれると五十四年度
政府経済見通しではしております。
五十三
年度予算における
一般公共事業費の三四・五%という大きな
伸びに対しまして五十四年度は二二・五%でありまして、
一般会計歳出も財政投融資の規模も五十三年度と比べてその
伸び率はかなり大幅に低下しているところから、
景気回復に対する効果を危ぶむ声もありますが、五十三年度がむしろ異常であったこと、全体として内需の回復が堅調であるということからしまして、高目の
成長を目指すのであれば別でありますが、五%程度の
成長を目指すものであれば、このような
予算で可能であると考えております。
また、五十四
年度予算では、
雇用問題につきましても、
雇用の回復は全体的
景気の回復が基本であるとしながらも、中高年
雇用対策を初め個別的
雇用対策にも
配慮し、また
構造不況対策、
中小企業対策にもかなりの
配慮を払っていることは評価できる点であります。
次に、財政の健全化の問題について考えてみます。
五十四
年度予算におきましては、次の諸点において財政の健全化が図られております。
その一は、
予算規模を前年度当初比一二・六%としておりまして、名目
成長率見込みの九・五%を上回るものの、五十三年度の二〇・三%に比べますと大幅に抑制的であります。特に経常的経費の
伸びを一〇・九%に抑えております。これは国債費を除く経常的経費で見ますと、その
伸び率はわずか八・六%であります。
第二に、緊急な施策の実施に必要な財源は、極力既定経費の節減合理化により捻出するように努めるとか、
一般行政費については厳にこれを抑制するとか、
補助金等の整理合理化を行う等によりまして歳出の節減合理化を極力図っております。
第三に、税制面におきましては、長い間多くの人々によって非難されてきました
社会保険診療報酬課税の特例の
是正が実現されるとともに、価格変動
準備金の段階的整理を初め、
企業関係租税特別
措置の整理合理化が一段と強力に進められております。また、法人税の貸し倒れ引当金の繰り入れ率の引き下げも行うことになりまして、
不公平税制の
是正が一段と図られたわけであります。また、揮発油税及び地方道路税の税率
引き上げ、航空機燃料税の税率
引き上げ等が行われまして税収の
増加が図られ、たばこの定価改定により専売益金の
増大も図られました。さらに重要なことは、五十四年税収には
関係ありませんが、
一般消費税を
昭和五十五年度中に実現できるようにその
準備を進めることとされました。
第四に、
公共料金、
社会保険料等の
引き上げを行い、歳入の
増加を図るとともに、公正な費用負担の確保を図ることになりました。
以上が財政健全化のために図られた主要な
措置であります。これまでの
予算編成と比べまして格段の厳しさを持つものであります。しかし、それにもかかわらず、
一般会計における国債発行額は十五兆二千七百億円となりまして、公債依存度は三九・六%となりました。五十三年度に比べまして、額にして四兆二千八百五十億円の
増加、公債依存度は、五十三年度の実質三六・九%より二・七%の
増加であります。特例公債発行の方は、八兆五百五十億円と建設公債発行を上回るに至りまして、特例公債依存度は、五十三年度の二四・〇%から二七・一%に
上昇いたしました。このように財政収支はさらに悪化したのであります。財政健全化と言いながらかえって財政は悪化したではないかと考える向きもあります。五十四
年度予算では結果的には確かにそうであります。しかし、これは何も放漫な
予算を組んだためにそうなったわけではなくて、このようにならざるを得なかった根本的理由は、五十三
年度予算において
景気回復を最重点にして異例の
予算を組んだため、財政力が枯渇してしまった、その後を受けての
予算編成であったためであります。すなわち、五十三
年度予算の後遺症とも言うべきもので、税収が全くといってよいぐらいに
伸びなかったため、歳出増の分だけ公債を増発しなければならなくなったためであります。このように、結果としては財政収支のさらなる悪化ということになりましたが、五十四
年度予算におきまして、前述いたしましたような財政健全化の
努力が払われ、それによって財政健全化の足がかりを築こうとした点が重要であります。経常的経費を中心とする歳出の抑制と
不公平税制の
是正を進め、増税のための
条件をつくり上げる
努力をし、さらに
一般消費税を五十五年度中に実施する方針を打ち出したことは、財政再建への決意を示し、それに向かって第一歩を踏み出したことを表明するものとして大いに評価できるものであります。もちろん、この問題について五十四
年度予算でとられた
措置は決して十分なものではありません。今後の厳しい財政再建への第一歩にすぎないことを申し添えておく必要があります。
次に、第三の
部分に入りたいと思います。
以上、五十四
年度予算案を、
景気回復と財政健全化の視点から検討してまいりました。最後に、五十四
年度予算の今後の問題について若干述べておきたいと存じます。
一つは、国債の消化に関する問題でありまして、もう
一つは、財政再建に関する問題であります。
国債の消化についてまず申し上げます。
国債の大量発行によりまして、昨年あたりから国債の消化が困難になってきておりまして、また国債の価格下落も起こり始めております。五十四年度も十五兆円以上の国債を消化しなければなりません。その他、公共債としては政保債、地方債の消化があります。それらを加えると膨大な額になります。マクロ的には、設備投資が本格化せず、需給ギャップがかなりある限りは、これらの公共債は民間の貯蓄資金で消化されるはずであります。しかし、このような大量の国債発行が
長期間継続して行われますと、国債の需給のバランスが大きく崩れ、国債価格が低下し、その消化が困難となってまいります。さらに、
景気回復がもっと進み、民間の資金
需要が活発になってきますと、民間資金
需要との競合も生ずるようになります。
国債の消化を円滑にするためには発行
条件の弾力化が必要であり、また、国債増発がインフレにつながるのを防ぐためには、金利の弾力化、自由化が必要であると言われております。これは確かにそのとおりであります。しかし、発行
条件の弾力化を図り、金利の自由化を進め、資本市場を整備すれば国債の発行については問題はないとするのは余りにも楽観的であり、逆立ちした考えでもあります。金利の自由化にしても、望ましいことではありますが、それは同時にわが国の金融
制度、金融秩序の大変革を伴わなければ可能ではありませんし、そう簡単に実現できるものでもありません。大量の国債発行を金利機能にゆだねておけばうまくいくと考えられるほど金利に調節力があるとも考えられません。
〔
委員長退席、伊東
委員長代理着席〕
国債発行について金融面でも困難が生じないようにするために最も基本的なことは、国債発行量を減らしていくことであります。国債を幾らでも発行しておいて、それが金利機能でうまく調節され得ると考えるのは、非現実的な楽観論にすぎないと思います。
次に、財政再建の問題について
意見を申し上げたいと思います。
わが国の財政は、
昭和五十年度の歳入欠陥による財政悪化以来年を経るごとに悪化の度を強めて、国債発行を累増させております。このようなことを続けてまいりますと、財政の規律を失わせて非効率な財政運営を招きやすく、国債費の累増は財政の硬直化をもたらし、また後世代に負担を残すことになるといった種々の弊害をもたらします。さらに、もっと重要なことは、このような赤字財政を続けていきますと、
景気が回復していき、
経済が完全
雇用経済に近づくにつれてインフレの危険が
増大していくことであります。そのときになってインフレ抑制的な
政策をとろうとしても時すでに遅く、その間インフレがどんどん進行するといった事態になるか、あるいは強力な引き締め
政策によって
経済の変動を大きくするかのいずれかを招来することになります。
したがって、できるだけ早く財政再建に着手する必要があります。財政再建のためには、歳出の節減合理化が必要であることは言うまでもありませんが、それのみによって財政収支の
改善を図ることは、
社会保障を初めとする公共サービスの大幅の低下を伴うことになり、妥当な方向ではありません。ある程度の公共サービス水準の維持と向上を図りつつ財政収支の
改善を進めるには、かなりの大きな増税によらざるを得ません。
増税については、所得税、法人税の増税、現行間接税の増税、各種新税の導入等種々勘案いたしますと、当面、
一般消費税の導入が適当であると考えます。
一般消費税については、五十四年度税制改正要綱におきまして、「
昭和五十五年度中に実現できるよう諸般の
準備を進める。」として導入の方針を固め、また、五十四年度税制改正に関する税制調査会答申におきましては、
一般消費税大綱が示されております。私は、できるだけ早く
一般消費税法案が国会に提出され、真剣な論議を経て導入され、財政再建が本格化することを強く要望するものであります。
一般消費税の導入については、それよりも前に行政機関の整理統合を初めとして、肥大化し、非効率化した財政機構に思い切ったメスを入れて歳出の節減合理化を図ることと、
不公平税制の
是正を推進すべきであり、それが十分でない段階では
一般消費税の導入は行うべきでないとする
意見があります。歳出の節減合理化と不公一平税制の
是正を図っていくことは言うまでもなく必要であり、そのための
努力をすべきでありますが、それが十分できなければ
一般消費税を導入すべきでないと言っておれば手おくれになるおそれがあります。
一般消費税の導入を中核とする財政再建はできるだけ早く着手すべきであります。肥大化した財政機構の縮減ということは必要なことであり、重大な決意をもって進めなければならない問題であることは言うまでもありませんが、それには、複雑な利害
関係と過去の歴史により定着した
制度の改革を必然的に伴うものでありまして、短時日の間に決着のつく問題ではなく、その
改善合理化にはかなりの時日と
努力を要するものであります。
不公平税制の
是正もしかりであります。これらが解決しなければ
一般消費税を導入すべきでないとするのではなく、これらは今後とも
努力を重ねていくべきでありますが、
一般消費税はなるべく早く導入する必要があります。
政府は先日、五十四年度
財政収支試算を公表いたしました。今回の
試算は新しい
経済計画に基づくものでありまして、五十五年度から六十年度に関するものでありますが、これまで出された三回の
財政収支試算、特に昨年のものに比べまして、一、選択的な五つのタイプを示すというのではなくて、
経済計画と整合的な
一つのタイプのものを示したこと、二、歳出の
伸びを思い切って抑制的なものにしたこと、三、特例公債発行をゼロにする目標年度を五十七年度から五十九年度に延ばしたこと等におきましてより
改善され、さらに実現性を持ったものになり、財政再建への財政当局の決意をより明確化した点で評価されるものであります。しかし、その性格は単なる
試算であるのか、計画性を持ったものなのか、依然として明確ではなく、遠慮ぎみのものであります。この段階で必要とされるのは単なる
試算ではなく、いつごろまでに、何をめどにして、どのようにして財政の健全化を図っていくかという、財政当局の財政再建に関する基本方針を示すところの財政再建計画であります。
一般消費税導入問題も単なる増税の問題として論議されるのではなく、そのような財政再建計画の一環として位置づけられ、そのような観点から論議さるべきであると考えます。
ほとんど四〇%になる公債依存から脱却して財政の健全化を図っていくことはなかなか容易なことではありません。
昭和の初期に不況克服のために、日銀引き受け方式の公債発行を続け、その後始末のために高橋是清蔵相が軍部の凶刃に倒れたという苦い経験が過去にあります。もちろん当時とは
経済的にも
社会的にも事情を異にし、同一に論ずるわけにはいきませんが、一たん
増大した公債発行を
縮小させることがいかに困難であるかを示すよい例であります。
一般消費税の導入そのものは、多数の
国民に税の負担
増大を強いるものでありまして、それ自体大変抵抗のあることであります。また、それとともに、歳出の節減合理化による厳しい財政運営は、これまでの恵まれた財政運営になれてきた
国民には多大の苦痛を伴うものでありましょう。しかし、それらを克服していかなければ、
日本経済の安定的
成長は不可能であり、
国民福祉の向上は望み得ません。私はこの
機会に、
日本国民が重大な決意を持ってこの苦難を克服すること、
国民の代表である国会議員の方々が責任ある態度をもって財政再建の問題に取り組まれんことを強く要望するものであります。
これをもって私の公述を終わりたいと思います。(拍手)