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1979-05-23 第87回国会 衆議院 文教委員会 第10号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十四年五月二十三日(水曜日)     午前十時三十四分開議  出席委員    委員長 坂本三十次君    理事 石橋 一弥君 理事 小島 静馬君    理事 近藤 鉄雄君 理事 森  喜朗君    理事 木島喜兵衞君 理事 嶋崎  譲君    理事 石田幸四郎君 理事 中野 寛成君       久保田円次君    坂田 道太君       菅波  茂君    塚原 俊平君       長谷川 峻君    藤波 孝生君       小川 仁一君    千葉千代世君       中西 積介君    長谷川正三君       湯山  勇君    池田 克也君       鍛冶  清君    伏屋 修治君       山原健二郎君    西岡 武夫君  出席国務大臣         文 部 大 臣 内藤誉三郎君  出席政府委員         文部大臣官房長 宮地 貫一君         文部省大学局長 佐野文一郎君         文化庁次長   吉久 勝美君         郵政省電波監理         局長      平野 正雄君  委員外出席者         文部省大学局高         等教育計画課長 遠藤  丞君         郵政省電波監理         局放送部長   松澤 経人君         参  考  人         (日本放送協会         専務理事)   堀 四志男君         文教委員会調査         室長      中嶋 米夫君     ――――――――――――― 五月十二日  児童生徒急増地域に係る公立の小学校、中学校  及び高等学校施設の整備に関する特別措置法  案(木島喜兵衞君外六名提出衆法第一七号) 同月十六日  女子教職員の出産に際しての補助教職員の確保  に関する法律の一部を改正する法律案粕谷照  美君外一名提出参法第八号)(予) 同月十日  私学学費値上げ抑制等に関する請願中山正  暉君紹介)(第三四一三号)  同外一件(飯田忠雄紹介)(第三四四六号)  同)(北側義一紹介)(第三四四七号)  同外一件(権藤恒夫紹介)(第三五〇五号)  私学に対する公費助成増額等に関する請願外一  件(権藤恒夫紹介)(第三四四八号) 同月十一日  私学学費値上げ抑制等に関する請願外一件(  飯田忠雄紹介)(第三五五一号)  同(北側義一紹介)(第三五五二号)  同(北側義一紹介)(第三六〇〇号)  同(荒木宏紹介)(第三六四九号)  同(北側義一紹介)(第三六五〇号)  同(三谷秀治紹介)(第三六五一号)  オリンピック記念青少年総合センター特殊法  人として存続等に関する請願高沢寅男君紹  介)(第三五五三号)  私立高等学校に対する財政援助強化に関する請  願(小沢辰男紹介)(第三五九九号)  学級編制基準改善等に関する請願外一件(長  谷川正三紹介)(第三六四六号)  学級編制基準改善に関する請願唐沢俊二郎  君紹介)(第三六四七号)  同外十二件(長谷川正三紹介)(第三六四八  号) 同月十二日  学級編制基準改善に関する請願伏屋修治君  紹介)(第三七六六号)  私学学費値上げ抑制等に関する請願(大久保  直彦君紹介)(第三七六七号)  同外一件(北側義一紹介)(第三七六八号)  同(竹内勝彦紹介)(第三七六九号)  同外二件(古川雅司紹介)(第三七七〇号) 同月十四日  私学学費値上げ抑制等に関する請願石田幸  四郎君紹介)(第三九七六号)  同(岡本富夫紹介)(第三九七七号)  同(北側義一紹介)(第三九七八号)  同(津島雄二紹介)(第三九七九号)  同外一件(鳥居一雄紹介)(第三九八〇号) 同月十五日  オリンピック記念青少年総合センター特殊法  人として存続等に関する請願木島喜兵衞君紹  介)(第四一五六号)  教育諸条件の改善に関する請願小林政子君紹  介)(第四一五七号)  私学学費値上げ抑制等に関する請願瀬崎博  義君紹介)(第四一五八号)  同外一件(西村章三紹介)(第四一五九号)  同(藤原ひろ子紹介)(第四一六〇号)  同外一件(宮澤喜一紹介)(第四一六一号)  学級編制基準改善に関する請願外八件(木島  喜兵衞紹介)(第四一六二号)  学級編制基準改善に関する請願外三件(木島喜  兵衞紹介)(第四一六三号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 五月十二日  公立義務教育学校における学級編制及び教職  員定数改善に関する陳情書外八件  (第二三九号) は本委員会に参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  放送大学学園法案内閣提出第四四号)      ――――◇―――――
  2. 坂本三十次

    坂本委員長 これより会議を開きます。  放送大学学園法案を議題といたします。  この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  本案審査のため、参考人として、本日、日本放送協会専務理事堀志男君の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 坂本三十次

    坂本委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
  4. 坂本三十次

    坂本委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
  5. 嶋崎譲

    嶋崎委員 先月の四月二十五日の文教委員会で、この法案について各党一巡しての質疑がございました。そしてその後また参考人をお呼びしましての質疑が終わりましたが、この委員会並び参考人を呼んでの質疑の両方の経過大臣はお聞きになりまして、この法案をこのままにしておいていいのか、修正しなければならないところがあるのかなどについてどういう感想を現在お持ちですか。
  6. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 いまのところ、私は、修正する必要はないんじゃないかと思っていますが……。
  7. 嶋崎譲

    嶋崎委員 先般、参考人の東大の塩野教授も、大学管理運営などの問題について、多くの修正すべき問題点について提案がございました。この条文をどういう形にせいということは言ってはおられませんが、どう生かすかは別として提案があったわけですし、福岡大学石村教授もそういう提案がありましたし、参考人行政法専門家憲法学者立場からの意見のように思いますが、そういう問題もあります。それからまたそのときにも学習センターについて、これは今度の場合大変重要でありますから、そういうものを今後どうしていくかというようなことについて、それを法律事項として考えるのか考えないのかというような議論も出ておりましたし、また、先般のこの文教委員会では、私は議事録を読ませていただきますと、それぞれの委員がまだ質疑を残している中に幾つかの疑義がございまして、大臣の側で決意をしなければならないこともあろうし、計画みたいなものについて一定程度文部省の方で検討しなければならぬこともあるし、多くの未解決の問題が出ているというふうに私はこの議事録を読み、この間の参考人委員会に出て感じたわけです。  そういうことが仮にあってもいまのままでいいというふうに大臣は、いまの答弁だとお考えになっているのですか。
  8. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 とにかくいま放送時代ですから、御指摘のとおり初めての試みですから、いろいろ御疑問の点もおありかと思いますけれども、ともかくこれはやらしてみていただいて、悪い点があったら今後改善していったらいいと私は思うので、(「われわれの審議は何だというんだ」と呼ぶ者あり)いやいや、私どもはこの案で間違いないというふうに信念を持っているのです。
  9. 嶋崎譲

    嶋崎委員 大臣、それはまだ連合審査もありますし、それから円卓会議などでいろいろ議論をしていくことになりますけれども、少なくともいままで出ている議論では、放送大学というのはやはり大学なんですから、学校教育法上でいう大学にふさわしい大学管理運営というものはどうあるべきかということは、いままでの大学とは形態が違うだけに、新しい試みであるだけに、相当慎重な取り扱いが要るだろうと思います。  多くの基本的な点で、私もああせいこうせいとは思いませんが、まだもう少し慎重に配慮すべきことを参考人からも意見が出ているだけに、いまのままでよろしいということで大臣がやってしまうと、もう審議する意味がなくなって、もう採決しましょうなんて話になってしまいますから、いまの発言は取り消さなくとも、今後もう少し質疑経過を見守って対処するというふうな方向に大臣発言をやり直していただけると大変幸いでございますが、いかがですか。
  10. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 私どもとしてはこれでいいと思っておるのですけれどもね。  御指摘のように各方面意見も聞いて、実施に当たっては慎重にしたいと私は思っておりますけれども、ともかく最初試みでございますからひとつ御協力を賜りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
  11. 嶋崎譲

    嶋崎委員 大臣、それなら少し質疑を聞いておってください。  さて、それならお聞きしますが、最初に、今度できる特殊法人放送学園放送局を持つということに伴って、現行法制のもとで、それがいままでのNHK一般事業者にプラスして第三者の新しい道ということになるのではないかという議論がありますが、この点についてまず郵政の方からそれを答えてもらい、そして同時に大学局の方から、いままで郵政省との間でどういうふうに考えてきたかということについて、私が小委員会をまとめるに当たって聞いていたことと同じであればいいんですが、違うといけませんから、まず最初にそこを確かめておきたい。
  12. 平野正雄

    平野政府委員 お答え申し上げます。  放送法制ができ上がりました際の経緯でございますけれども放送法制制定の際の趣旨説明によりますと、ただいま先生がおっしゃいましたように、わが国の放送体制といたしましては、受信料にその存立の基盤を持つ全国的な放送事業者といたしましての日本放送協会と、民間の発意によってみずからその収入を確保しながら自由濶達放送文化を高揚する自由な事業としての一般放送事業者、いわゆる民放でございますけれども、これが併存をする放送体制をとることといたしたわけでございます。  したがいまして、大学教育のための放送を行うことを本来の業務といたしまして法律によって設立をされます特殊法人放送大学学園放送につきましては、一般放送事業者放送とはその規律を異にすることが適当であるというふうに考えまして、放送法に新たに一章を設けたわけでございます。  その意味では、御指摘のように形式的には三本立てと言えますけれども、実質的には学園放送大学教育のための放送に限定しておりますために、既存放送秩序に及ぼす影響は非常に少ない、既存放送体制の基本的な変更にはならないというふうに考えておるところでございます。
  13. 嶋崎譲

    嶋崎委員 しかし、三月一日の参議院逓信委員会平野さんはこういうふうにお答えになっております。「二十五年余りいまずっと続いてきたこの二本立て放送体系というものが根本的に変わると、このように理解できるんですが、そういうような基本的な大事な変更をするのに、なぜ放送法改正を改めて提案なさらないのか、この辺が私は非常に不満でございます。」というような一連の質問に対して、「私どもといたしましては、先ほど先生指摘ございましたように、放送法の従来の二本立て体制が三本立てになるということを深く認識をしたわけでございますが、関係方面といろいろ詰めてまいります段階におきまして、その密接不可分性ということに着目をいたしまして、学園法の中で附則によりまして放送法改正するということに相なったわけでございます。」と答えておられますね。  つまり、ここでは、本来は三本立てだということを深く認識しているけれども学園法との密接不可分な関係があるのでこれを附則によって改正するという手だてをしたのであると、こういう解説をしていますね。これはこのとおりですね。
  14. 平野正雄

    平野政府委員 ただいま議事録を読み上げられたとおりだと思います。
  15. 嶋崎譲

    嶋崎委員 文部省の側がいままで逓信委員会と詰めてきたときに、現行法制のもとで、特殊法人放送局を持つ今度の学園が、これが放送法体系二本立ての枠の中でできるとか、三本立てでないととか、そういうようなことについて相互に議論を詰めて附則改正に来た経過はございませんか。
  16. 佐野文一郎

    佐野政府委員 文部省のこれまでの調査検討につきましては、もちろん調査会議郵政省からも御参加をいただいて、多くの問題について御協力を賜りながら審議を進めてきたわけでございますが、そのときに私どもが常に考えたことは、このプロジェクトの性格上、大学設置主体放送局設置主体とを同一の主体とするということが最も望ましい、その分離を考えることは適切ではないということでありまして、したがって、大学設置者が同時に放送主体となれるということにおいて、放送法との関係をどのように調整するかという問題が出てくるわけでございます。  国立大学の方式によるということは、これは国が放送主体になるということによって不可能である。私立大学設置主体となるということは、放送法制との間にはそういう意味では問題は出てこないけれども、しかし、私立大学に対する国の関与の仕方と放送大学あるいはその設置主体に対する関与の仕方との間には当然相違が出てくる。その点において私立大学による設置主体は困難であるということを考えて、特殊法人という新しい設置主体放送主体として考える以外にないという結論に達しているわけでございます。  特殊法人をもって放送主体とする。さらに、大学設置主体とするということについてはもちろん学校教育法についての処理が必要であるし、放送法についても郵政省のお考えに従ってしかるべき処理をするということが必要と考えておりましたけれども、私どもが念願をしていたのは、そのような意味で、現在の放送法制との間に衝突を生ずることなく大学並びに放送局設置主体となる方途を見出すとすれば特殊法人による以外にない。そのことについては両省の意見はもちろん合致をしていたわけであります。
  17. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それでは電波監理局長にもう一度聞きますが、あなたは参議院の方では、「二本立て体制が三本立てになるということを深く認識をしたわけでございますが、関係方面といろいろ詰めてまいります段階におきまして、その密接不可分性ということに着目をいたしまして、学園法の中で附則によりまして放送法改正するということに相なったわけでございます。」と答えていますね。  その三本立てというのはどういう意味ですか。
  18. 平野正雄

    平野政府委員 先ほど申しましたように、従来はいわゆるNHK民放が併存するという体制にあったわけでございますが、それに対しまして特殊法人放送大学学園というものが放送法上どのような位置にあるべきであるか。これは放送大学学園がいかなるものであるかということに対応いたしまして検討してきたわけでございますけれども先ほども申しましたようにそのために一章を設けた、形式的には三本立てのように見えますということでございまして、先ほど先生が申されました参議院逓信委員会の中で申し上げましたその後におきましても同様の御質疑がございまして、私どもの方から、形式的には三本立てではございますけれども、実質的にはすでにございます放送法秩序を大きく変えるものではない、基本的には変わりがございませんと、そういうふうにお答えをしたところでございます。
  19. 嶋崎譲

    嶋崎委員 前回の質疑の中でもわが党の木島委員がこの問題に関連しての質疑をしておりますが、そうしますと、放送大学学園大学教育放送手段として使うという場合に持つ放送局、これはいわば二本立ての枠の中で理解ができるというと、これはNHK型なのですか、それとも一般事業者型なのですかどっちですか。  形式的には三本になっているけれども実質的にはそれでいけるのだとすれば、どっちのタイプに所属するものなのですか。
  20. 平野正雄

    平野政府委員 先ほども申しましたように、一章を設けるに当たりまして考慮いたしましたことは、いわゆる一般放送事業者として考えていくべきではない、放送大学学園のありようといたしまして、これは一般放送事業者とはやはり異なるものであるという認識をしたわけでございます。  そこで、NHKとの関係でございますけれどもNHKは、先生も御承知のように、先ほども申しましたように、聴視料によりまして、聴視料を唯一の経営手段といたしまして、全国あまねくしかもいわゆる総合的な番組放送している、しかも言論機関であるという態様でございます。それに対しまして放送大学学園は、もっぱら大学教育を行う手段として放送を使用しているということでございますので、これは民放型かNHK型かということとは別に、一章を設けた理由はやはりそこにあるわけでございます。しかしながらすでにございます放送体系を大きく変えるものではない、基本的に変えるものではない、そういうことでございます。
  21. 嶋崎譲

    嶋崎委員 では聞きますが、現行放送法制のもとで事業主体放送局それ自体を持つことを予定していませんね。つまり、国が放送をやるということを予定していないでしょう。したがって、NHKの場合には、国からの補助などに頼らずに受信料制度前提にして経営されていますね。  今度の放送大学学園は一切国がお金を出すわけですね。そうしますと、純国営であるかどうかは別としても、特殊法人という形をとっていますが、片一方に受信料担保としてそういう経営形態を維持してきたNHKがあり、今度は国から全部お金が出る特殊法人放送大学学園というものが出てくるということになれば、電波法のいままでのたてまえが崩れてくることになりませんか。
  22. 平野正雄

    平野政府委員 放送法制定趣旨から見まして、現行放送法は国が放送事業者となることを予定しておらないわけでございます。この点につきましては立法政策の問題であろうというふうに考えられるわけでございます。  郵政省といたしましても、放送法制定趣旨から見まして、国が放送事業者となることは望ましくないというふうに考えておりますが、今回提案中の放送大学学園は御承知のように特殊法人でございまして、国とは別の法人格を有するということになるわけでございます。また、学園放送は、この法律では、主務大臣学園及びその設置する大学に対して財務、会計以外の監督、命令は行うことができない等々、大学自治保障あるいは放送番組編集の自由の保障等見地から、特に配意をされておるわけでございまして、そういった意味で国からの独立は十分確保されております。  したがいまして、全国に普及することを目的とする以上、施設建設その他に非常に多大のお金がかかるわけでございまして、そのようなお金を国が見ていこうということでございまして、大学教育の機会に対する広範な国民の要請にこたえる放送大学の意義に着目をしたいろいろな配慮が構えられておると認識をしておるわけでございます。
  23. 嶋崎譲

    嶋崎委員 回答になっていませんけれども、私が聞いているのはこういうことなんです。三本立てだということを局長がおっしゃっているものだから、三本立てなら、現行放送制度のもとで二本立て前提とした考え方からすれば放送法改正問題というものが出てくるのではないかと考えられる。しかし、いままでの討議の過程ではそうではない。二本立ての枠の中で可能なのだというふうに一方で議論が行われてきた。その関係はどうなったのですか。  文部省郵政省との間で考えてきた議論の、双方意見の一致しているところを出してもらえばいいのだが、それが一致するのかしないのか、いまのところさっぱりわからない。それぞれどうですか。
  24. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私ども立場は、先ほど申し上げましたように、特殊法人設置主体となることによって現行放送法制との間の困難な問題を回避することができるということを考えているわけでございます。  なお、もちろん現在の放送体制との間の調整を図る必要がございますから、郵政省と十分に協議をいたしまして、この放送大学学園実施をする放送というのは放送大学教育課程に準拠して行われる大学向け教育番組にまず限られるし、さらに認可を受けて私立大学私立通信大学のための放送実施することが可能にはなっておりますけれども、その場合にもまた大学向け教育番組に限って行われるものであって、そういうごく限られた分野の放送大学の授業を行う場合の手段として実施をするという形に一つしてございます。  それから、また、確かにこの学園に対しては国は助成をすることになるわけでございますし、また全額出資をもって設置をするわけでございますが、その助成趣旨というのは、放送大学のいわば教育活動として行われる放送ということもございます。そういう趣旨に立って放送大学教育活動に対して国は助成をしていく、それは国立大学に対する財政負担なりあるいは私立大学に対する補助というものと考え方を一にするものとしてお金は出ていくものである、そのように私たちは考えておるわけでございます。
  25. 嶋崎譲

    嶋崎委員 文部省の側からは一本筋が通っているわけです。特殊法人という形で学園を設立する。放送についての免許をもらって、同時に大学を設立して、そしてその担保は学問の自由と大学自治を基礎にしていくから、放送法上の制約があったって、それは一本すっと筋が通ってチェックできます。ところが今度は郵政省の側から言えば、大学をつくって放送高等教育手段として利用する。その限りでそんなことを否定することは仮にできないとしても、全部国が補助をし、そしてまる抱えでスタートする。そういう放送大学学園というものができたら、放送法体系の中ではいまのNHK一般事業者と違った異質のものを肯定することになりませんか。それがありそうだから三本立てという言葉が出たのでしょう。  三本立てという話になった場合に、私はそっちの専門家ではありませんが、今度連合審査の中で逓信の諸君からそういう議論があるかもしれませんが、その問題について郵政省の方で逓信委員会との論議を踏まえてきちっとそこの結論がはっきりしておらぬと、この放送大学というのはそもそも最初からスタートできないのです。  ですから、いまの言葉をひっくり返して逆に質問しますと、文部省文教の側から言えば、そういう大学高等教育の方法として放送というものを利用するものをつくるとしますね。そうしたら、それに合わせて現行放送法制考えたら、改正する必要はあるのですか、ないのですか。法律改正が必要があるのですか、ないのですか。
  26. 平野正雄

    平野政府委員 先ほどから申し上げておりますように、逓信委員会の中でもお答えをしてまいっておるわけでございますが、形式的には三本立てとも言えるわけでございますが、実質的には既存放送秩序に及ぼす影響は少ない。既存放送体制の基本的な変更にはならないという範囲におきましての改正でございます。  また、お示しのように、放送大学学園が国の資金によって運営されることになることは事実でございますけれども政府からの独立性につきましては十分に考慮されている。さらには、大学自治保障番組編集の自由の見地からも通常の特殊法人とは異なった配慮がなされておりますし、その放送放送大学の教学の一部として行われるものでございますから、大学自治によって十分担保されてまいるものというふうに考えております。その点につきましては、文部省考えを全く一にしておるわけでございます。  したがいまして、国の資金によって運用されます放送大学学園放送を認めたといたしましても、放送法全体の精神に違反することにはならないということを申し上げておるわけでございます。
  27. 嶋崎譲

    嶋崎委員 NHKにお聞きしますが、今日までNHKが国から補助国家資金というものを投入することを望まなかったのはどこに理由がありますか。
  28. 堀四志男

    ○堀参考人 先ほど来からお話しになっておりますように、NHKは主として受信料によって運営し、言論、報道機関としての独立性を維持する、受信者のための受信者による放送ということに徹しようということから国の援助その他に対して消極的であったわけでございます。  ただし、御承知のように、国際放送等国の命令による放送については配慮をいただいておることは御承知のとおりかと思います。
  29. 嶋崎譲

    嶋崎委員 NHKは、いまの発言にありますように、言論の独立という観点からして、国からお金をもらわないことによって、受信料制度というものによって言論の自由やその他を担保することによってその経営形態を維持してきたわけ。今度の大学の方は、学問の自由と大学自治ということで、今度は憲法の要請原理は違いますね。同じ基本的人権ではありますがね。しかし、そこまでいかない、憲法論ではないにしても、片一方の放送大学は、同じく放送ですから、不特定多数の人間に放送するわけ。  そうしますと、片一方の方は国が丸抱えでお金を出していて、NHKは言論の自由を担保のために受信料制度を設けたとすれば、今度できる特殊法人学園現行放送法制から言えば異質だということになりませんか。
  30. 平野正雄

    平野政府委員 先ほどから申し上げておりますように、一般放送事業者と異なるという点に特に注目をいたしまして一章設けたわけでございます。  その一章の設け方の範囲は、確かに先生がおっしゃるように、NHKとの対応あるいは民放との対応といったことを考慮いたしまして一章設けたわけでございますので、形式的には確かに三本立てになるわけでございますが、実質的には従来のいわゆる法体制を基本的に変えるものではないというふうに申し上げておるわけでございます。
  31. 嶋崎譲

    嶋崎委員 わからぬですね。形式的には三本立てだが実質的には変わらないと言うが、実質的に変わらないといったって、NHKの方は言論の自由を国からの独立を確保するために受信料制度経営形態を維持してきたわけで、一般事業者は広告その他の収入でやってきた。国からの独立という問題は、大学大学自治、学問の自由で国からの独立保障されるかもしれない。そういう意味で、放送でもって大学教育が行われるということは、大学に関する限りは一本筋が通っていますね。放送法の制約が仮にあったってできるんだ、こういう議論が成り立つとすればね。しかし、放送法の側から見れば、いままでの二つの放送事業者とは違った放送事業者が出てきているということになりませんか。  では、もっと教育内容に行きましょう。NHKが免許の申請をするときに、電波法の四条ですか、それに基づいて書類を提出しなければなりませんね。そのときにNHK教育番組放送の内容はどう届けていますか。
  32. 堀四志男

    ○堀参考人 お答えいたします。  放送法に、教育放送を行う場合は組織的かつ継続的云々という法の規定がございます。その規定に沿った教育放送を行うということで、その内容についてはほとんど規制されておらず、電波の免許としては、教育に何%、それから教養に何%以上あるいは娯楽は幾らというふうに放送内容を大ざっぱに分けまして申請をしている次第で、教育テレビジョンにつきましては、娯楽抜きの教育、教養そして報道の三種類をもって構成するという形で免許をお願いしているというふうに聞いておりますが、私はその方の専門家ではございませんので、間違いがございましたら後ほど訂正させていただきたいと思います。
  33. 嶋崎譲

    嶋崎委員 NHKの場合に、教育、教養、報道と言ったり、教育、教養、報道、娯楽と言ったり、そういう形で放送の内容を限定して申請しますね。  今度の放送大学の申請の内容はどういうふうに申請されますか。
  34. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学学園実施する放送は、教育番組以外にはございません。
  35. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今度は教育だけですね。そうしますと、NHK教育放送、言論という場合の教育と、放送大学の言う、同じ申請の中で言う教育とは言葉は同じですね。中身は同じですかね。
  36. 佐野文一郎

    佐野政府委員 少なくとも私の方の教育番組というのは、大学向け教育番組に限られるわけでございます。他の段階学校を対象とした教育番組というものは考えておりません。
  37. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうすると、NHKの方にお聞きしますが、NHKはいままで義務教育並びに高等学校について、特に高等学校の場合には学校法人のNHK学園をつくって、そして教育に必要な教材その他を提供して、そして相互に関連して放送教育というものを実際に行ってきましたね。  その場合に、高等教育についてはその方式をとることを考えたことはありますか。
  38. 堀四志男

    ○堀参考人 お答えいたします。  高等学校ができましたのが昭和三十九年かと記憶いたしておりますが、その後高等学校教育の充実に努めておりまして……
  39. 嶋崎譲

    嶋崎委員 高等学校はいいです。大学について……。
  40. 堀四志男

    ○堀参考人 大学教育については余り関心はなかったといいますか、高等学校教育の充実に専心していたわけでございます。  その後、昭和四十四年ごろから放送大学ということがしきりに世上に取りざたされまして、その際に、公共の福祉のために放送教育に役立つことは非常に結構なことだという基本的な態度から、私たちも、放送大学放送面について、われわれはこれを実施する用意があるという言明はしたことはございます。
  41. 嶋崎譲

    嶋崎委員 高等学校教育までは学校法人である放送学園NHKの間に相互に調整、連絡、協議が行われて、片一方で教材をつくって学校にそれをやれるわけだ。  大学という場合に、NHKNHK大学というものをつくって、高等学校教育と同じようなことができると考えたのですか。
  42. 堀四志男

    ○堀参考人 高等学校教育実施した体験から、大学教育を、大学を含めて大学及び大学放送を行うことのためには非常な準備と非常な資金が要るということは、これは経験的にもまた予測としても考えておりましたので、私たちが明らかにしたことは、放送面はこれを実施する用意があるということで、大学についての言及はいたしておりません。  したがって、その段階においては放送面だけというふうに御了承願いたいと思います。
  43. 嶋崎譲

    嶋崎委員 大学局長に伺いますが、NHKNHK自身が高等学校に対してNHK学園をつくって、そしてその教材を提供しながら高校教育というものに積極的な協力の役割りを果たすことができたが、ところが大学という場合に、大学の学問、思想の自由ということと関連して、現在のNHK体制のもとで、大学に必要な教材その他をつくって提供するというようなことが現在可能だと文部省の側は考えますでしょうか。
  44. 佐野文一郎

    佐野政府委員 お答えが大変むずかしいことになると思いますが、大学というものが、たとえば放送大学というものが国立大学をもって設置をされて、その大学放送にかかわる部分をNHKが分担をするという形が一つあるかと思います。しかし、この場合には大学の方のいわば教授の自由と申しますか、教学の自主的な立場というものと番組の編集ということについての放送事業者の自主的立場というものが、実際問題としてはかなり矛盾、衝突をする状況が起こる可能性がございます。このことは、BBCを使って現在放送を行っているイギリスの公開大学の場合にもやはり実際問題として指摘がないわけではない課題でございます。そういうこともあって、私どもは、これを同一の主体大学放送局設置することによってできる限り両方の自主的な立場を尊重しながら、しかも円滑な調整を図る道を考えたいということを考えております。そういった問題が一つあります。  それから、もう一つは、そういう形ではなくて、現にNHK実施されたように、他の私立大学等と連携をして、その私立大学の方で自分たちの教育課程の一部に組み込むことのできるような番組NHKが制作して提供するということが可能かどうか。これも実際問題としてはいまのむずかしさはございますけれども、しかし、両方で十分な協議をすればそういう番組を提供して大学の利用に供するということは不可能ではないし、また、ある意味では望ましいことであろうと思います。しかし、これはその大学のカリキュラム全部をカバーするということはできないのであって、やはり限られた一部分、教育課程の一部分を大学の協議によって放送するという形で事は進まれるものと思います。
  45. 嶋崎譲

    嶋崎委員 時間がないから、ぼくはこういうことを整理しようと思っているのですよ。  NHK教育、教養、報道というふうに放送の内容を限ってやる場合の教育は、これは国民全体の教育のレベルアップですね。ある意味では、その場合の教育というのは教養的性格を持ったもののレベルアップという意味での教育だろうと思う。ところが放送大学が今度やるところの放送というのは、その中身の教育というのは、放送学園大学大学をこしらえてそして学士号を出す大学ですから、そこで言う教育番組というのは、今度は教養的なものではなくて、学問、研究の自由や一定の研究の成果というものが常に一方で創造されながら、そういうものを追っかけていく性質の内容を持った教育だろうと思うのですね。そういうふうに頭の中では分けることができると思うのです。  ところが、実際に放送が行われると、学生が見るだけではなくて、今度はユーザーの方もこの放送大学番組を見ることができるわけです。ユーザーの側からしますと、つまり大衆の側からしますと、おれは何も教育のために見るのではない、おれの社会的教養をレベルアップするためにただで聞ける放送大学番組を見るのだというふうに今度はみんなが受けとめるとすると、そこでNHKのいわば不特定多数に放送番組として提供している教育の面と、それから大学放送するところの教育番組との間にオーバーラップする面が出てくるわけです。そこでは教育なのか教養なのかわからなくなるわけです。そういうふうに現実の社会に機能したときにまたもとに返るわけ。  片一方NHKの方は、実際に自分が教養、教育を見ていないと言ってみたって、小学校や中学校高等学校等、自分たちの子供たちがNHKのいろいろなものに影響を受けて、またお世話になっているのですから受信料は払わにゃいくまい。片方はそういう意味受信料を払って見ているのに対して、放送大学のやるやつは、教育として特定の学生にやることがねらいなのに、実際には相当多数の人間が同じ教養的観点からそれをただで見ることができるというふうに、放送大学の出す放送番組NHKの出す放送番組が機能的に一致する部分が出てくる。それが実は放送法で言うところの、現行法制上で言うところのNHK経営形態とそれから特殊法人である大学との違いになってあらわれてくるわけ。共通しているところがあると同時に違うということが、理屈では分けることができるが現実には一体としてあるわけだ。  NHKさん、そうしたときに経営上困りませんかと言うのです。いままでの原理は崩れませんか。
  46. 堀四志男

    ○堀参考人 私たちといたしましては、ただいま政府委員からの御答弁のとおり、現行放送体制影響がきわめて少ないように望んでおります。  それから、あとのことにつきましてはいろいろ考えてはおりますけれども、いまだ仮定の問題でございますので私たちとしてここで言明する時期ではないのではなかろうかと思いますので、これをもって答弁にかえさせていただきたいと思います。
  47. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それはそういう答弁でしょうよ。いまのところ望ましい、受信料は取りたいのです、いままでどおりいきたいのです、努力しましょう、そういうNHKの気持ちはわかります。しかし、それは単なる経営の問題じゃないはずですね。国からのお金を取らないというのはなぜかと言えば、番組編成の自由とそれから言論の国家権力からの独立という、片一方にきちんとした原理があるから、苦しいけれどもそれを望んでいるのじゃないですか。そうですね。片一方は大学自治、学問の自由という枠のあるおかげで、国立大学と同じように国からお金をもらって、特殊法人ではあるけれども国からお金をすっかりもらって、これは経営することができる。  監理局長、そうなりますとこれはやはり三本立てじゃないですか。二本立てですか。
  48. 平野正雄

    平野政府委員 先ほどNHK教育放送放送大学学園教育放送の関連でございますけれども、私たちといたしましては、この放送大学学園放送は、先ほど来出ておりますように、学校教育法に定める正規の大学教育のための放送、具体的には主として放送大学の定める教育課程に準拠した放送を行うわけでして、NHKの場合と相当違う。広く幼稚園から大学までの各層を対象にした学校教育番組及び社会教育番組から構成されておりますNHK教育放送とは異なるのではないかというふうに考えておるわけでございます。  現に、NHK大学レベルの教育番組につきまして参考的に申し上げてみますと、テレビジョンで大学講座をNHKがやっております。週六時間、全体の幅の中の四・九%程度やっております。  それから、NHKの……(嶋崎委員「聞いているのはそんなことを聞いているんじゃない。三本立てになっているんじゃないのかと聞いている」と呼ぶ)したがいまして、この点につきましては、先ほど指摘がございましたように、より一層の教育放送の充実を期するためにはやはり放送大学学園NHKとの間で将来調整ということが必要になろうかと思いますけれども、ただいま申しましたような点から見まして、両方の放送内容は相当異なってくるであろうというふうに認識をしておるわけでございます。したがいまして、そういった点からする三本立てというようなことは出てこないのではないかというふうに考えておるわけでございます。  なお、一般的に申し上げますと、教育放送ばかりNHKはやっているわけではございません。したがいまして、聴視料に対する影響につきましても、これは将来とも十分に注目をしていく必要はあろうと思っておりますけれども、大きな影響は出てくるまいというふうに私どもは見ておるわけでございます。
  49. 嶋崎譲

    嶋崎委員 では、ひっくり返して聞きますよ。  今度の放送大学学園の方は国が全部出資できるのです。そして学問の自由、大学自治保障されているから権力からの独立は守れる。  では、NHKに国はお金を出してなぜいけないのですか。
  50. 平野正雄

    平野政府委員 NHK言論機関ということを大きな理由といたしまして、御承知のように、聴視料を主たる財源として成立をしておるということでございます。したがいまして、国が金を出すということにつきましては、先ほどNHKの堀さんの方からも発言がございましたように、やはり言論機関であるだけに、国というもの、国の公権力からできるだけ遠ざけておきたい。  あるいは国が金を出すということになりますと、どういうものにどういう形で金を出していくかということと、さらにはそういったものに対して国が金を出すだけではございませんで、必要な法制的な規制を考えていかざるを得ないというような問題がございますので、この点につきましてはやはり相当慎重に考えていく必要があるであろうというふうに存じております。
  51. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いまの発言で出てきたでしょう。国がもし金を出すとなれば相当慎重な法制的な対応をしなければならぬと言うのでしょう。こっちの放送大学の方は、全部国がやっても、学問の自由、大学自治というものの保障担保があればいいわけです。  本来、NHKの方も、言論の自由という担保番組編成の自由とそれから放送法のたてまえに立って、国家からの独立という法体系を維持していることの中で、大学自治も学問、言論の自由、表現の自由も同じ基本的人権なんですから、その担保があれば国から金が来たっておかしくないという議論が一方に成り立たなければ二本立てにはならないのですよ。  片一方には、国からお金をもらうが、大学自治、学問の自由というものがあるから放送法上の制約を受けてもこれはいいんだという議論がある。そして片一方の方は、いや、金をもらうと言論機関が国家権力から独立することにならないのだからそういう受信料制度前提にして経営しているのだ、それを取っ払っちゃって——それがいいと言っているのじゃないですよ。こんなことを言えば日放労も反対するし、NHKもそんなことがすぐあればいま困るでしょう。しかし、理屈としては、放送大学学園が国からのお金をもらって、そして学問の自由、大学自治というものが保障されることによってそれが可能であるとすれば、NHKという公共放送だってお金をもらってその独立性保障するということができてもいいわけで、受信料を廃止したって構わぬわけです。それがいい悪いは別として、極端なことを言えば、ですね。  放送部長、これはどうですか。いまの法理をどう考えますか。
  52. 松澤経人

    ○松澤説明員 ただいまの先生の御意見は理解できるところもございますが、いずれにいたしましても、これはNHKに対しまして国の資金を用いますことは、現在NHK受信料により維持運営を行うということで現行放送法のたてまえをとっておりますのでそこでは予定していない、こういうことだろうと思います。  したがいまして、先ほど局長お答え申し上げましたように、国の金を投入するということになりますと、NHK言論機関としての独立担保をどうするか。これは当然国の資金を投入することによるその責任と申しますか、規制なり何なりのあり方というものを考えなければいかぬわけでございます。あるいはその国の資金を用いる業務の範囲と申しますか、対象と申しますか、その辺を勘案いたしますと、やはり、NHK独立性担保ということを考えますとそれは非常に慎重に考えていかなければならない問題だ、こういうふうに考えております。
  53. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いや、それはそうなんだよ。現状は確かに受信料でもって独立を維持している制度なのよ。ある意味では、一般の事業者だって国からは金をもらわないのですからね。ところが、単に大学教育手段としての教育放送に限られているにせよ、片一方で国から金をもらうものができるわけです。しかし、大衆の側から見ると、NHKと同じようにやはりひねれば見れるわけです。ところが片一方の方は受信料で見て、片一方はただで見れる。そうなったときに、もし、放送大学の方が国から金をもらっても大学自治、学問の自由というものが保障されておればそういう放送事業者の下に立ってもいいというのならば、NHKだってそういうことがあり得るではないか。しかし、そのことを禁止はしていないはずです。予定していないだけであって、禁止していないでしょう。  ところが、片一方にそういうものができたら今後はそれを予定する。そういうふうに考えて、言論の自由を国から独立を維持するということを担保する方法を考えることがあり得るんじゃないでしょうか。片一方にこういう放送大学があるのだからね。NHKや日放労はそれに賛成じゃないですよ。だから、ぼくはそんなことをせいと言っているのじゃない。だとすると、そのときにはおっしゃるように放送法上の改正が必要なわけでしょう。改正が必要だということは、いわゆる放送大学放送そのものがNHKとの間に異質なものとしてあらわれるということを意味しているんじゃないですか。論理的にはそうなるでしょう。私の言っている意味がわからないですか。  片一方は、言論の自由を維持するために金は要りません。片一方は、国から金をもらっても大学自治、学問の自由という担保があればいいのです。しかし、大衆の側から見ると、片一方はただで見れて、片一方は金を払うのです。国民の側から見たら、何のために片一方に金を払い、片一方に払わないでいいのかわからないというのです。そのことは、この二つが決して同質のものではないはずだ、異質なんじゃないですかと大衆はみんな考えますよ。国民大衆の側から言えばそう考えるんじゃないですか。だったら、これは三本立てなのか。ぼくは、極端なことを言えば二本立てでも三本立てでもいいのですよ。あわせて法改正が必要なところは両方で考えればいいのですからね。そうでしょう。だから、何も現行法制に固執する必要はないのです。  これから発足しようという放送大学について、放送法改正が要るんじゃないかというような議論が起きているときに、いまのような答弁をなさっている間は、本委員会としても、逓信委員連合審査に出てきたときにわれわれ文教委員は説得することができなくなっちまうのですよ。せっかく法案も動いているんだし、法案が成立する方向に持っていくにはどうするかという観点でぼくは議論しているのだから、その点はきちんとしておかぬと二本立てか三本立てかというときに——三本立てなら三本立てでいいんですよ。しかし、三本立てだったら、いまは少々手直ししているけれども、やはり現行法制のもとでNHKのあり方というようなものについても考えざるを得ない新しい問題が出てきやせんか。出てこないことが望ましいという議論をやっていたってしようがないので、もっと理性的に議論せにゃいけませんわ。  現実にNHKは金が集まらぬで、合理化せにゃ経営に困っているんですわ。そのときに現実に国民大衆としては、ただで見れる放送大学番組お金を出して見る教育番組があるわけだ。そして、なぜNHKお金を払うかということに疑問を持つだろう。そのときにいままでの経営形態に狂いがきませんか。イギリスでは国が金を出してBBCをやっているんですよ。イギリスは民主主義の伝統があり、国のサポート・バット・コントロールによって可能なんです。日本の政治風土じゃできないから、ある意味ではNHKはがんばってきたんでしょう。  ところが、今度放送大学ができて、学問の自由、大学自治という特殊な基本的人権を防衛する側面からアプローチできるから、それをそっちがいいんだと言った瞬間に、現行の二つの放送事業者のやっている放送それ自体のあり方について、国民からそれでいいのかなと問われる問題が起きてくる。それがNHK経営形態に響いてくる。そうすると、NHKが国から金をもらうことを禁止しているんじゃなくて、予定していないだけなんだから、そういう場合だってあり得るよという議論にしたら法改正をやらざるを得ない。だとすれば、いまの放送学園大学の出発するあり方と現行放送法制との間に異質なものがあるはずだ。そうでなければそんな議論は起きないですよと私は思うが、どうですかという議論です。  ほかにもたくさん質問をしたいと思ったけれども、ずいぶん時間をとりましてここまできてしまいましたが、これは連合審査でもう一遍議論をした上で、郵政省文部省との間の議論で相互が納得がいき、その問題については現行のままでいけるぞという確信の持てる議論がこの立法府の中できちんと行われないと、これを発足させるスタートで崩れてしまうということをおそれるわけです。しかし、これはまた後の議論にいたします。  もうちょっと聞きたいことがあったけれども時間がありませんから、NHKの方、大変大事なときにおいでになっていただきましてありがとうございます。どうぞお帰りになってください。  さて、それでは、まだいっぱい課題がありますが、もう時間もありませんし、いずれまた質問の機会をつくっていただくことを将来考えるとしまして、残りの与えられた時間を今度は大学局を中心にして議論をいたします。  いままでの議論で、現行放送法制とはどうあるかという問題は、こっちの側から言って一本節が通っているからそれでいいが、その一本筋を通すためには何がポイントかというと、今度の放送大学は学問、思想の自由という、国家からの独立という問題が基本的に担保されていなければならない。それは東大の塩野教授が言いましたように、国立大学がいまやっているような問題からすると、今度新たな放送というものを教育の媒体として考えるという、そういう特殊性の新しい大学だから、いままでの大学自治論一本で制度論を論ずることはできない。そういうむずかしさがあることは私も承知の上で議論をしなければいけないと思います。しかし、いま電波監理局長の方からおっしゃったように、この放送大字の出発について、それでいいんだという判断の中には、大学自治、学問の自由という形で担保されているということが当然重要な要件になっていることはいままでの議論で明らかだと思います。  そこで、先般参考人がお見えになったときに、時間がありませんから一々の条文を省いて考え方だけでいきますが、塩野教授はこういう問題点を出しておられます。今度の法案によりますと、先般の議論でも問題になっていますけれども、学長、理事長に対する文部大臣の任命権の問題で、その任命の手続並びにその要件が定かではない。したがって、そういう問題について、運用の問題であるとすれば内容的に詰めなければなりませんし、手続、要件について法律事項として起こす必要があるかどうかという点が一つ指摘されております。  それに関連して、理事というもののあり方として、理事会の合議体としての性格というものが今度の法律案にはない。ところが、四十九年の構想にしても、五十年の基本計画ですか、あそこには「理事会」というのが出ておりますね。そして、今度の大学の方のあらましの中では、この法案に基づいて「理事会」という言葉は消えている。すると、「理事会」というのを消した意味と、それから、塩野教授からこの問題について、合議体というものの必要性があるのじゃないか、そういう意味法律改正が必要じゃないかという提案が一つあります。  それから、教官の理事について、そのポストをもっとふやすことが必要なのではないか、この法案ではその理事の中身が正確ではないので、ふやす必要があるのではないかという一連の提案を、これは学長、理事長に関連して塩野教授がされまして、そして一つの問題として、理事であれ、同時にまたその理事に参加する教官であれ——これは理事理事長任命ですね。そして学長、理事長は文部大臣ですな。しかし、この際に、既存の国公私立の大学の機関の意見を聴取するというような手続が要るのではないかということを含めて、学長、理事長のあり方について問題が提起されています。  二番目には、評議会、教授会の人事案件に関連して、いわば評議会優先の考え方に立っている。これは放送大学の持っている特殊性からくるんだということだが、教授会の意見の反映というものをどうするのか。これは学校教育法五十九条の「教授会」というものを前提にした、既存学校教育法体系の中にある大学ですから教授会が起きる。いままでは、教育公務員特例法の中で読みかえ規定として、当分の間「評議会」というものが出てきますが、学校教育法では評議会は法律事項ではない。今度は評議会が法律事項として起きて、そして「評議会の議に基づいて」という、いままでの「教授会の議に基き」と同じ形でもって、いわば大学自治考え方というものはそこにはあらわれているとぼくは思う。しかし、それにしても教授会の反映いかんという問題がありはしないか。  第三番目に、運営審議会は文部大臣が任命するということになっているが、この運営審議会に際しても手続要件が定かでないが、この運営審議会への文部大臣の権限をコントロールする必要はないかという問題提起をなさって、国公私立大学の代表の推薦権というものを考えるべきではないかという意見が出ておりました。  こういう三つの問題、いままで参考人として提案されたこれについて、大学管理運営という観点で、それぞれについて局長大臣はどう判断をされるのか、これをまず聞きたい。  二番目に、今度は大きな二番目として、塩野教授提案されておりますが、この法案の、つまり運営審議会の業務、これは時間がありませんから法律を細かく読み上げませんが、その業務の中に教学権に関係する、重なる部分が幾つか出てこざるを得ない。たとえば既存大学ならば大学の評議会が経理委員会をつくり、財政問題も一切の問題を全部大学自身の中でやっていくことができます。ところが今度は会計とか財務とか一連の問題について、片一方理事長を中心にした一つのいわば機構があり、片一方学長を中心にした教学の機構があって、そしてそれぞれの業務について規定はしているが、ダブる部分が相当出てくることがあり得るということを想定したときに、塩野教授意見は、放送の側の担当責任者である理事長、大学側のいわば責任者である学長、これは同一人物であることもありますが、いずれにしてもその背後にある、理事会はないにしても理事、それから審議会、片一方評議会、この評議会と審議会の間に両者の重なる部分がありや否やという前提、これをまず一つ聞いてみて、その上で意見の対立が生じた場合に、この法案では放送側に優位性を認めているようなことはないでしょうね、そういうふうに感じられる面があるがそんなことはないでしょうねと言われて、大学の自主的判断でそれを解決するという可能性の問題を法的に検討しておく必要がないかと、こういう問題を出しておられました。これは塩野教授です。  いま一人の福岡大学石村教授は、たくさん物を書いていますからかなりラジカルに問題を出して、イギリスのオープンユニバーシティーの——ここにオープンユニバーシティーのあれを持ってきていますが、たとえば向こうのやつはこんなにわかりやすいのですよ。こういうふうに学習センターと教授会との関係、それから大学の評議会と教授会の関係、そういう一連の問題について、あらゆる機能的側面、現実に与えられた制度的側面、それからスタッフの位置づけ方、そういうものが一読明瞭にこういう図解にされて、みんながよくわかるようになっているわけです。ところが、まだいまから大学は発足するのでしょうけれども、これがささっぱりぼくにはわからない。いままでの基本構想と基本計画とこの前の大学のあらましという、大体資料は重立ったものは三つでしょうな。そういうもので見る限り、この本は皆自由に買えるのですが、こういうふうにだれが見ても実に明快に出ていて、そしてここのいわば制度のあり方を原理としてちゃんと図解しながら、パーティシペーティブデモクラシーという観点に立つとこの組織はこういうふうに読むことができるというような意味を——日本はこんなものはすく採用できぬと思うよ。ぼくもそんなことが日本で可能だとは思いませんが、それにしたって、いわば国民に開かれた大学として、大学の制度というものがみんなに開放されていく。いわばみんながわかるような仕組みで行われている。  ところが、いまのこの法案でいきますと、塩野教授提案したこれだけの問題もあって、さらに先般の委員会で質問されているもろもろの委員の質問、たとえば鍛冶委員が質問されている中では、時間がありませんからこれは省きますけれども、それぞれ委員の中からいろいろな観点が出ておりますが、たとえば学習センターです。学習センターの所長とそこにいる先生、それから非常勤講師、それと本部の教授会とはどんな関係になるのか。これは将来評議会規則で決めてやるんですということに恐らくなるんでしょうね。これは大学の問題であって、われわれ文部省の側やいまの大臣の言うべきことではありませんと、そんなことを言ってしまったら、これは国民に開かれたオープンユニバーシティーにならないわけです。今度はいままでの国立大学と違うのですから全国の、当面は第一期計画は関東にせよ、そこのそういう所長と——イギリスのオープンユニバーシティーなんかは、リージョナルアセンブリーという地方のアセンブリーがあって、そこから代表が送られる仕組みになっていまして、それで、どういうふうにしてそれを教授会と関連するかというような仕組みが考えられておりますけれども、そういう学習センターのイメージがわかぬ。  この間の局長の説明だと、五千人の学生を現地でどんなふうにカウンセリングしたりするのかという山原さんの質問に対しても、今後は努力します、大学の問題ですと言ってしまっているけれども、それでいいのかどうかという問題もあるし、それから西岡さんが言っているような教育の機会均等という観点から見た計画というものをどう考えて、言えることもあるし言えぬこともあろうが、文部省として、ないしは文部大臣として閣議で堂々と言うには、将来はこういう計画だと、少なくとも基本計画で言っていることをやるのならば——いまのは第一期しか当面は法律案に関連して出ていませんが、基本計画で言っているようなことを堂々とやるのならば、やはりいま国民にわかるようにそういう問題を提案していくような諸課題があると思います。  そこで、もう時間がありませんし、私はこれ以上質問しませんが、ただ一つだけ、塩野教授がこの間参考人として提案された、いま言った大きな一の一、学長、理事長の文部大臣任命権に関する問題、評議会、教授会の人事案件に関する問題、教授会の反映をどうするかということ、それから国公私立大学の代表の運営審議会への推薦権の問題、それから放送大学との間にトラブルが起きた場合の調整というものを法的措置を考える必要はないか、などについて参考人からの御提案がありますし、ぼくも塩野教授の見解には全部は賛成ではないが相当大半に賛成するとして、少なくともこういう問題が提起されているのが現状でありますから、ですから、こういう問題についていますぐ回答はできているかどうか知りませんが、さしあたって局長から答弁いただいて、そして後締めくくりますが、どうですか。
  54. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私どもも塩野参考人の御意見はきわめて示唆に富んだものとして傾聴したわけであります。  理事長の任免を裸で文部大臣にゆだねるのはどうかという点でございますが、これは塩野参考人自身が、法律をもってそこに歯どめをかけるということが果たして可能かどうかということについてはむしろ首をかしげながら御発言になっていたように伺いましたけれども、あのときに塩野先生が御指摘になった、ほかの大学機関の意見を聞くような実行上の配慮が必要ではないかという御指摘は、これから実際に文部大臣が任命権を行使していくに際してやはり留意すべき点であろうと私は考えております。  それから、理事会の方がいいという点については、これは私たちは必ずしもその方がいいとは思っておりません。いまの理事長がおり、そして理事長を補佐する者として理事がおり、それぞれの理事放送なりあるいは大学関係を分掌するという仕事の方がむしろいいのではないか。それは大学というものと理事会あるいは理事者側との関係ということを考えた場合に、大学にかかわる事柄が、合議制の理事会をもって、その議に基づいて行われていくという形で進んでいって果たしていいのかどうか。むしろその点については、われわれとしては、多少言葉に語弊があるかもしれませんけれども理事会の機能をやや抑制ぎみに考える方がいいのではないかという気持ちが率直にするものでございますから、ここのところは必ずしも賛成できない気持ちで聞いておりました。ただ、先生も、少なくとも実行上は理事がいても恐らくは理事会的な運営がなされるであろう、そういうことが実行上可能であるけれども法律上の措置をしろという御措置のようでございましたけれども、実行上どのようにするかという点には確かに工夫の余地はあろうと思います。制度的には現在提案している方がベターではないかと私は考えました。  それから、大学教官の理事ポストをふやした方がいいということは、これも御指摘としてはよくわかりますが、特殊法人として学園をスタートさせるについては、片方の要請としてはできるだけ効率的な軽量の執行部をつくっていくという、そういう行政改革の趣旨に沿った配慮も必要でございます。現在はそういった配慮のもとに、学園の事務を進める上に最小限必要な限度ということでいまの理事の数を考えているわけでございますので、その点について御理解を賜りたいと考えました。  それから、評議会については、塩野先生は、人事に関してはいわば教特法と同様な趣旨を持つものとして、この法律が規定を設けていることについては十分御理解の上での御指摘でございましたけれども、また、放送大学の勤務条件が他の大学と非常に異なるので評議会というような工夫をすることについては理解ができるという御発言があったと思います。その上で評議会の運営について、特に評議員の選出等に当たって教官組織、教授会の意見の反映を考えてほしいという御意見でありました。これはもちろん大学がこれからどのように運営していくかということにかかわることではございますけれども、評議会を設けた趣旨というのが、先般来申し上げているようないわば大学自治保障という意味をこの機構に求めているわけでございますし、そのことを十分に考慮した運営が大学において実施されるということであるならば、参考人の御指摘に沿った形になっていけるのではないかと思っております。  運営審議会の委員の任命の方法について、こういった対応をとることについては参考人も御賛成でございましたけれども、文部大臣に任命権が完全に留保される点についてやや問題がある、少なくとも実行上国公私立の大学関係者等に推薦権を与えるべきであるという御判断でございましたが、この点は、法律でそのように書くということは、塩野先生もおっしゃっておりましたように、それは非常にむずかしい技術的な問題も残ります。しかし、運営審議会の委員というのは、これも先般来お答えいたしておりますように、国公私立の大学関係者であるとか、あるいは社会教育関係者であるとか放送関係の方々、そういった方々をもって構成するわけでございますから、運営審議会の委員の任命に当たっては、国公私立の大学関係団体の御意見は当然伺うということに実行上はなっていくと考えるわけでございます。  それから、その次に、塩野先生教育放送のところが最も重要な部分で重なり合うのではないかと、ここのところをどちらの点でおっしゃっていたのかちょっと理解しがたいところがありましたけれども、確かに放送の素材というものは大学側が教育の内容として決める、そしてそれが放送番組として出ていく、放送番組の編集責任は理事長にあるということになりますから、最終的な放送番組の編集責任を理事長が持つという点においては、塩野先生の御指摘のように放送側に最終判断ありと読めるのではないかということも理解できます。しかし、そのことは理事会の側が教学の内容である教育の内容について介入できるということではないということに相なるわけでございます。それであるからこそそういうところで矛盾、衝突が起こらないように、まず大学が教学の問題として教育の内容を定め、そしてそれを番組につくり上げていく段階において放送側のスタッフの協力を求めながらコースチームを編成して作業していく、そういう慎重な対応を考えるわけでございます。  それによって対応することは十分可能だとは思いますけれども、塩野参考人はこの際内部関係として調整の場を設けてはどうかというような御提案もされておりました。私も、その法律上の機関として大学側と放送側との間に調整の場を設けて、一定の事柄についてはそこで調整をするんだということを書くことはむしろ大学自治に対する干渉と申しますか、介入を惹起しかねないむずかしさがあるとは思いますが、大学側が主体的な判断においてそういう調整の場を事実上内部において設けていくということはあっていいし、望ましいことではないかと思っております。  塩野先生の御意見に対しては、私どもは大体以上のような考え方をもって伺ったわけであります。
  55. 嶋崎譲

    嶋崎委員 時間が来ましたからやめますけれども、まだ円卓会議や幾つかの議論をする機会がありますから、まだほかのいろいろな問題について議論をさせていただきますが、いまの議論でも、「評議会の議に基づいて」ということですから、教授会と同じ役割りを評議会がすることは事実ですね。評議会と教授会との間に必ずトラブルが起きるとぼくは思うのです。  その教授会は、たとえば一つだけちょっと聞いてみますが、昨年の予算でセンターをつくりましたね。このセンターで五つの研究室があって、専任教授五人、客員教授二十人、非常勤講師四十人という、これはもう動いているのですか。このセンターの人間の配置は、昨年度の予算で取ったものについて、いまこういう人たちは何人ぐらい入っているのですか。
  56. 佐野文一郎

    佐野政府委員 センターはまだ昨年十月に発足したばかりでございまして、その教員構成については現在選考が進められている段階であって、専任の方は一名でございます。ほかに所長がおりますけれども、一名の専任のほかは客員の教授が若干名おりまして、それが各大学の教官の協力を得て仕事を進めているというような状況でございます。
  57. 嶋崎譲

    嶋崎委員 たとえばセンターにいらっしゃる教授を選考するときに、その教授は大学のいまの学部のアカデミーの内部における専門科目、専門教授、たとえば政治学担当教授とか経済学担当教授とか、いままでのそういう教授なのか、それとも教育工学的見地から見た放送教育というものをやる、そういう側面の教授をさしあたって選ぼうとしているのか、どっちですか。
  58. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教育工学の関係の方ももちろん適任の方があればぜひお迎えしたいということをセンター側は考えているようですけれども、それよりはむしろ放送大学実施するコース等も考えて、適切な専門分野の先生方の御参加を得るということに重点を置いていると現段階では理解しております。
  59. 嶋崎譲

    嶋崎委員 これは予算要求の科目かもしれぬけれども、ここに「放送利用の高等教育における授業科目の編成及び印刷教材の原稿作成」などと書いてあるけれども、去年の予算を取ったもので、そういうことはまだ何もやっておりませんね。
  60. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御案内のように、昨年の暮れからことしの一月にかけまして実験放送実施しております。これはセンターが中心になって実施しているわけでございまして、そのことを通じて番組なり教材なりについての具体的な検討、作成が行われているわけであります。
  61. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうすると、いまほとんど非常勤でやっているわけですね。専任教授一人で。
  62. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教官サイドはそういうことでございます。
  63. 嶋崎譲

    嶋崎委員 では、それ以外にだれがやっているのですか。教官サイドでないのはだれがやっているのですか。
  64. 佐野文一郎

    佐野政府委員 事務局の職員はもちろん配置しておりますので、事務的なお手伝いは行っているわけであります。
  65. 嶋崎譲

    嶋崎委員 どうもそこら辺も不明確なのよ。去年われわれが放送教育の共同利用センターをつくった。そこに集まる教官たちが、去年のやつではこれはわからぬと言ってぼくはいつか相当質問しました。何をやるのかわからぬと質問をした。いまだにわからないけれども、そこに集まってくる教官が、今度の放送大学の専任教授に横すべりする人がその中にいるのかいないのか。  つまり、片一方は共同利用研究所で国立大学の教授ですよ。ないしはそういう人たちでしょう。国家公務員ないしはそういう大学の教官でしょう。今度は特殊法人ですからそうではないですね。しかし、そこにいる人たちが、次は今度の放送大学をつくるときの人間としてリンクしていくようなことが考えられているのか、考えられていないのか。  新たにそこで選ばれる。たとえば最初に恐らく評議会ができるでしょうね。そうでしょう。そして、評議会ができて、評議会で規則みたいなものをつくるでしょうね。恐らく教授会はどうするのだとか、学習センターと何とかの関係はどうするとか、何とかの計画委員会はどんなふうにやるとかやるわけでしょう。そういうときに評議会が先行していくというのは、物の考え方が全く集権的なんですよ。簡単に言うと、全部上からのおっつけなのよ。地方の大学は、協力する人は待っているだけですね。だれがどこで所長になるかさっぱりわからないわけですからね。それをだれが選ぶかもはっきりせぬわけだ。それは恐らく評議会が選ぶのでしょう。  ところが、評議会が東京で五カ所なら五カ所の学習センターをつくるとして、その所長をだれにするかというようなときの所長というもののいわば要件ですね。所長という資格を持つそういう学習センターの責任者というのはどんな業績を持った人で、どんなキャリアを持った人でという、そういう選考基準みたいなものもまだはっきりしておらぬ。それはこれから先全部評議会に任せるのでしょう。だから、結局基本計画で言っている全体の絵が、具体的に考えたときにはどういう形になってあらわれるのかわれわれにはわからぬわけです。それがわかりませんから、教授会というものがどういう形になるのかわからぬわけです。そういう教授会はわからぬが、ある意味では評議会だけが法律事項として非常に力を持っている。  そうしますと、その評議会というものは当面は大体準備室長みたいなものから始まって、そして来年免許を取って、それから大学をこしらえたら評議会がすぐできてくるのでしょうけれども、その評議会というのは、「評議会の議に基づいて」とあるが、まず最初は文部大臣が選ぶ学長でしょう。あるいは理事長兼任でしょうね。そしてまた理事理事長が選ぶのですね。そういう一連の選び方を最初は上からやるにしても、実際にその評議会でこの放送大学のあり方というものを決めていく議論をするときに、果たして地方の大学協力を得られるという前提に立って人選びが行われるのかというと、まだそんな条件には全然ないわけですよ。  そうしますと、いずれにしろ評議会と教授会というものが全然見えないわけだ。評議会というものは形だけは見えますよ。しかし、この場合の評議員というものはどういうものかわからない。どういうプロパーの業績を持った人で、そしてどんな人が集まるのが放送大学の評議会の適任なのかということはぼくらはわからないわけです。それは大学考えることだと言ってみたって、われわれ立法府は、予算をつけるときに、その国民に開かれた大学の評議会というものはどういうものでなければならぬかということについての一定のイメージがわかなければいかぬ。そしてその評議会というのは教授会とどのような関係があるのかということについて一定のイメージがなければいかぬ。これが法案ではさっぱりわからないし、中身についても、いままでの基本計画放送大学のあらましを読んでみてもぼくらはつかめない。  だから、そういう意味で、形式的なこの法案大学自治の条文に従った議論のみならず、もっとそういうことがわかるようにしなければならぬ。大学の内部のことですから文部省がこういうものだという結論を出すわけにはいかぬでしょうけれども、しかし、片一方に放送教育センターがあるわけですから、センターでは少なくとも放送教育というものを頭に置いて大学を構想しているわけですから、そこには大学の教官を中心にした研究者が早く人選されていけば、そこで議論されてくる過程はわれわれに見えてくるはずだ。ところが、いまのところ教授一人で、あと非常勤で何をしているかわからないというような話でも困る。  ぼくらが努力しないからわからないのかもしれないけれども、いずれにしても、前回の文教委員会議論されておるように、山原さんはいまここにある資料の点検から始めて、それで四十九年の基本構想、それから五十年の基本計画、それからこの大学についてのあらまし——その前に一月と二月と違うのよ。この間の鍛冶さんの質問のときにも出たが、夜間大学と流用のやつは、一月に書いてあるやっと二月に出ているやっと違うのよ。だから鍛冶さんのああいう質問になった。鍛冶さんの質問に局長は二月の資料で答弁をしたわけですね。ところが鍛冶さんは一月の資料で質問しているわけです。一カ月の間に違っているわけです。それが夜間大学だけの話ではなくて、全部の大学関係する話だから大変な物の考え方の違いよ。だから、このわれわれに与えられている資料で議論するにはもうちょっと煮詰めなければならぬ問題がある。そういう意味で、参考人の中でも法案修正そのものを問題にしていらっしゃることもあるし、運営上の問題でも検討すべき課題も提起されていることだから、現行法案のままで簡単にそれは採決さえしてしまえばいいと言うほど事は単純ではないのじゃありませんか。いまのところ私はこう思っております。  放送大学は、私が小委員長として、自民党、共産党まで含めて、大学高等教育放送を使うということについて放送大学の発足には賛成したわけですから、問題は、その賛成した放送大学が本当に国民に開かれた大学となるかということで、いま一番大事な電波と放送法上の問題点もさっきからの議論でまだはっきりしないから、逓信との関係もこれから問題が起こりそうな気もいたします。同時に、また、文教サイドから言いましても、いま言った一連の問題について煮詰めるべきところが相当あるように思う。そういうものが煮詰まってこないといけないわけで、総論賛成でも、こういう法案は与野党を含めて納得のいくかっこうで国民に提供していくという性質の法案ですから、最初大臣は、現行のままで、これで無修正でもいいのですよと簡単なことをおっしゃったか、修正するかしないか、どうなるかは別としても、そう単純に問題を結論づけずに、もう少し委員会審議を見守って、国民に開かれた大学という、初めて開かれた議論が始まっているのですから——いままでは文部省と一部の学者で密室で議論されてきたので国民は何も知らない。大学なんかも全然知らないのです。それに全部協力してもらわなければならぬわけですから、いま開かれた討論が始まっているという意味で、余り性急に事を処理しないように大臣としての構えが要るのではないかと私は思うわけです。  もう一度大臣に聞きますが、いまの討論を聞いていていかがですか。
  66. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 いまの嶋崎さんの御意見は、私は聞いておって非常に参考になりまして、ありがたく思っております。私も実は余り詳しく知らなかったもので、いろいろあなたから御指導を受けて、大変ごもっともな点が多いと思っております。  とにかく初めての試みですから、いろいろ不備な点があろうと私は思います。しかし、ともかく不備な点は今後改善して、なるべく発足させたいというのが私の願いでして、あなたの御趣旨はよくわかりましたから、あなたの趣旨を参考にして十分検討させていただきたいと思います。  どうもありがとうございました。
  67. 嶋崎譲

    嶋崎委員 もう一つ。それで、いまの討論を委員長が聞いていて、委員長として、この文教委員会が——大学の発足は再来年で、学生が入ってくるのがその二年後です。先の話になります。それで免許の申請は、十月に法人をつくって来年度中にUHF、FMの申請をやる。時間はあるわけです。片一方でテレビの番組のいろいろな資料なんかをつくらなければなりませんから、片一方で急ぎながらも時間があるが、大学自治の問題にせよ、一連の問題にまだ問題点があるように思うので、今後、後で学長が選ばれ理事長が選ばれて自動的に動き始めますと、これはもう大学の問題で、われわれは手を突っ込めない問題で野放しになってしまいます。それを恐れるがゆえに、かつて文教委員会放送教育委員会がありましたが、そういうような問題をやはり今後も継続しながら、こういう大学の動いていく経過を相互に討論しつつ、大学自身に手を突っ込むわけにはいきませんけれども、今度の大学は普通の国立大学をつくるのと違いますから、国民全体に開かれた大変な新しいタイプの大学をつくるという観点から相互に討論できるような仕組みを委員会の中に継続しつつ対応していく必要があるのではないかと考えておりますので、委員長の方で理事会でそういう問題を将来討議の過程で取り計らっていただくことを御提案申し上げたいと思います。いかがですか。
  68. 坂本三十次

    坂本委員長 嶋崎君のお申し出につきましては、理事会に諮って善処いたします。
  69. 嶋崎譲

    嶋崎委員 これで終わります。
  70. 坂本三十次

    坂本委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時十一分休憩      ————◇—————     午後一時三分開議
  71. 坂本三十次

    坂本委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  放送大学学園法案について質疑を続行いたします。池田克也君。
  72. 池田克也

    ○池田(克)委員 放送大学について審議が続いているわけですが、この委員会のメンバーの方々から率直な感想を伺いますと、どうもイメージがなかなかつかめないという声が出るわけであります。私自身も放送教育委員会に所属をいたしまして各党の方々と議論をしてきたわけですが、総論は賛成、大変結構なことだが、しかし、具体的な各論に入ってまいりますと、従来から出ておりますようにいろいろな問題が当然ある。  そこで、いままで御答弁があったりあるいは新聞等で発表をされたりしていたわけですが、おさらいの意味も含めまして大変素朴な——私ともも選挙区におきましてもいろいろな方々に接触をする段階で、一体どうなっていくんですか、放送大学というのはどういう大学ですかという質問がたくさん出るわけで、その細かいことを二十問ばかり最初にお伺いをして、それから若干法律的な問題についてお伺いをしたいと思います。  最初に、この放送大学に入学試験は本当にないんだろうかという疑問がある御婦人から出てきておりますが、大学局長、この点はいかがでしょうか。
  73. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いわゆる学力試験による入学試験あるいは面接による入学試験というようなものはこの大学では考えておりませんし、また、それが実施されることはないと考えております。  ただ、それでは放送大学の学生となることを希望される方を無制限に入れられるかというと、そういうわけにいかないので、やはり、コース別あるいは専攻別あるいは学習センターのキャパシティーといったものを考えながら、先着順あるいは抽せんといった方法によって学生の受け入れを決めていく、そういう考え方でございます。
  74. 池田克也

    ○池田(克)委員 しからば入学資格は、大学ですから普通は高校卒ということになるわけですが、一説によれば、そうしたものを一切外して資格は問わないと聞く。たとえば旧制の中学を中退した人、高齢とまではいきませんが、年配の方の中にはそういう方もおるわけであります。そして、今日の大学教育というものをもう一遍受けたいという人がいるわけです。東京の私立の大学で社会人入学というものを新しく発足させたところ大変な関心が集まったというふうな事実もあるわけでありますが、この入学資格についてはどんなふうになっておりましょうか。
  75. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学はもちろん正規の大学でございますから、高等学校卒業ということを基本的な入学資格とするということは申すまでもありませんけれども、いま先生が御指摘のように、実際に放送大学で勉強したいと希望される方の中には、昔の旧制の中等学校卒業というような方々が多数おいでになるということは容易に予想されることでございます。したがって、放送大学の場合には、高校卒の資格は持たないけれども高校卒と同等以上の能力があると認められる方について門戸を積極的に開くということを検討する必要がございます。これについては、これまでの検討の過程では、たとえば科目履修生あるいは選科履修生として受け入れて、一定の単位を修得した場合に正規の大学入学資格を認めるという方法はどうかということがございます。  この点については、放送大学だけにかかわることではなくて、大学の入学資格でございますから、一般の大学にも深く影響をするところがございますので、放送大学についてそういう方法をとることが可能かどうか、大学設置審議会の基準分科会にお諮りをして事を決めなければなりませんけれども文部省としては、この点はできるだけ積極的に何とか門戸を開きたいと考えているわけでございます。
  76. 池田克也

    ○池田(克)委員 現実に大学に行っている人、つまり学生ですね。その大学生が、これは時間的な関係からいけば放送大学にもう一つ入れるのじゃないかと思うのですが、現実の大学生、在校生または大学院生はどうでしょうか。
  77. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いまの大学設置基準に定めている卒業に必要な単位の修得あるいは四年の修業年限というのは、これは一つの大学で専念勉学に当たって初めて卒業可能というたてまえになっているわけでございます。したがって、いわゆる二重在籍と申しますか、二つの大学にそれぞれ正規の学生として在籍をするということは予想をしていないし、またそれは好ましいことではないし、あってはいけないことだと私ども考えております。  しかし、放送大学の場合の選科履修生あるいは科目履修生についてはそのような考え方をとる必要がなかろう、全科履修生として卒業を目途として入る場合には、これはやはり二重在籍の問題が出るけれども、選科履修生なり科目履修生として放送大学に在籍をして放送大学の単位を取る、さらに進んでは、その取った単位をそれぞれの所属する大学において単位互換の制度を活用して自己の大学で修得したものと認めていく、そういう方法がとられることはむしろ非常に望ましい方法である、そのように考えております。
  78. 池田克也

    ○池田(克)委員 互換の問題は後からお伺いしたいのですが、そうしますと、入学願書を出す段階で、その当事者が在校生であるかどうかということは何らかのかっこうで放送大学側がチェックしなければならなくなるんじゃないか、本人がそれを伏せて出していった場合も出てくるんじゃないかと思うのですが、そういうチェックも含めてある程度お考えなんでしょうか。
  79. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いまのところは、その入学の志願をしていただく場合に、具体的にどのような書類を整えていただくかということについてまで文部省の側で検討をしているわけではございません。これは大学が具体的に入学手続を検討する過程で決まっていくことでございます。  現在、一般には、大学に入学させる場合に、他の大学に在籍をしているかどうかということをそれぞれの大学でチェックをするということは必ずしも行われていないのではないかと思います。しかし、もしそういった点についてチェックをしなければならないというような状況が広く起こるようなことが出てくれば、もちろんそれに対する対応は大学の方は考えなければならないとは思っておりますが、積極的にいまそれを当然のこととして予定をしているわけではございません。
  80. 池田克也

    ○池田(克)委員 入学金や授業料はどのくらいになるのでしょうか。
  81. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の場合には、御案内のように、私立の通信制の大学との事実上の競合関係というものについて細心の注意を払う必要がございます。したがって、放送大学の場合においても、私大の通信教育において現に徴収をされている程度の入学金、授業料というものはやはり放送大学も徴収した方がよろしい、その方が両者の共存関係をこれから確立していく上でも望ましいであろう、そのように考えております。  これまでお答えしているところは、額とすると、私大通信教育の状況が、大体平均をいたしますと、入学時の納付金が一万七千円ぐらい、それから授業料は、これは四年間で卒業するとした場合の各年度の授業料等でございますが、これが約六万円というようなことでございます。大体その辺を目途にして決めていくということになろうかと思います。
  82. 池田克也

    ○池田(克)委員 これは確認ですが、普通の、たとえば東大を初めとする国立大学は幾らになっていますか。概算でいいです。
  83. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いわゆる大学の正規の授業料と対比をすることが果たしていいかどうかということはありますけれども国立大学の場合の授業料は、御案内のように十四万四千円でございます。
  84. 池田克也

    ○池田(克)委員 わかりました。  一日何時間テレビで放送大学の授業を受ければ平均的に四年で卒業できるのでしょうか。
  85. 佐野文一郎

    佐野政府委員 四年間で卒業するということを一応前提とせざるを得ないわけでございます。実際問題としては、もちろん事情によってもっと在学年限は延びるということが当然あるわけですが、四年間で卒業するとした場合には、毎学期放送の視聴によって八単位から十単位程度の取得が必要となろうと思います。これは百二十四単位を考えてのことでございますが、毎週四十五分番組を四回ないし五回視聴する必要がある。毎日いたしますと、四十五分番組を一回程度視聴するということが必要になろうかと存じます。
  86. 池田克也

    ○池田(克)委員 そうしますと、通信制の場合にはスクーリングがございますが、この放送大学の場合にも、いわゆるテレビを見るということだけでは卒業できないという制度になっていると思いますが、どのくらいの期間、あるいはスクーリングによって何単位取らなければならないというのが、大枠としてで結構ですが、今回の考え方でしょうか。
  87. 佐野文一郎

    佐野政府委員 スクーリングの問題は実はちょっとややこしい問題がございます。それはこの放送大学の基本計画の方で考えております考え方というのは、結局、その卒業に必要な単位のうちの四分の一に相当するものをスクーリングで考える。単位と申しますよりも、むしろ必要な科目の四分の一をスクーリングを必要とする科目として考えるというような考え方になっております。したがって、実際問題としてはそのスクーリングの態様というものを科目で考えておりますので、これまでの設置基準の考え方とやや違うわけでございます。  したがって、その点については、大学設置審議会の基準分科会に特別委員会を設けて、大学通信教育放送大学を通ずる問題として御検討をいただいたわけでございますが、これまでの御審議では、そういうスクーリングを含む、つまり演習、実習を必要とする科目がどのくらいの量を占めていればいいかという考え方ではなくて、やはりスクーリングそのものによって取得をすべき単位がどのくらいかということで考えなければいかぬということになってきております。  面接授業の時間、いわゆるスクーリングの時間については、放送大学の卒業要件としては、これまでの御審議では二十単位相当そのスクーリングの履修を必要とするという考え方でございます。この二十単位相当のスクーリングを最短期間である四年間で履修するものといたしました場合には、学生は、これは前回は中野先生に三ないし四時間程度と申し上げましたけれども、いわゆる実験、実習でもっぱらスクーリングをとった場合の数はやはり三ないし四時間ということになりますが、実験、実習以外のいわゆる講義形式のスクーリングというものは当然考えられるわけですから、それらを入れて通常の、たとえば社会科学系の学部の場合の実験あるいは演習についての必要単位数というものを勘案しながら試算をいたしますと、学生は毎週大体一回二時間程度の面接授業を受講することが必要になります。大体それが平均な形と考えてよかろうかと思います。
  88. 池田克也

    ○池田(克)委員 そういたしますと、たとえばサラリーマンが毎週二時間いわゆる面接授業を行う場所に出向いていって授業を受けなければならない、夏休みにまとめてやるというようなことではなしに、毎週そういうことが現実問題として要請される、こう考えていいのでしょうか。
  89. 佐野文一郎

    佐野政府委員 考え方としては、通常の私大の通信教育の場合のように夏季あるいは冬季等において少し集中的にスクーリングの期間を構えてはどうかという議論がないわけではございませんけれども、これまで基本計画以来検討をしているところでは、御指摘のように、一定期間長期にわたって集中的にスクーリングを実施するというのではなくて、各地の学習センターにおいて毎週一回スクーリングに参加をしていただく、そういう方途をとる方がベターであろうと考えているわけでございます。
  90. 池田克也

    ○池田(克)委員 そうしますと、今度の電波の届く一番遠いところ、それから学習センターが予定されているところ、この通学ですが、その通学の予想時間で一番長いところはどのぐらいかかるのでしょうか。
  91. 佐野文一郎

    佐野政府委員 それは学習センターをどこに設置するかということにもかかるわけでございますけれども、県庁所在地におおむね現在国立大学等はございますので、地元の大学協力を得て学習センターの運営を図るということからしますと、それとの距離というものをなるべく合理的なものに考えていく必要がございます。したがって、大体県庁所在地あるいはその近くにセンターは構えていくということになると思います。もちろん、千葉の場合には、これは放送大学の本部が幕張でございますからそこにセンターを設けますけれども、それ以外のところは大体そんな感じになる。  東京都の場合にはやはり一カ所では無理なので、二カ所程度はセンターを置きたいと考えておりますが、それにしてもセンターまでの通学の時間というのはかなりかかるところが出てくるということは予想されるわけでございます。
  92. 池田克也

    ○池田(克)委員 それは夜間も行われるのでしょうか。
  93. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この前も山原先生から御指摘があって、私はなかなか明確にお答えしがたい点であるとしてお答えをしなかったわけでございますが、非常にたくさんの過程を置かなければなりませんけれども、仮に、いま申しましたように学生が毎週一回二時間程度の面接授業を受講することが必要であると考えまして、これによって学習センターの面接授業の開設の所要時間を試算をいたしますと毎週六日間、月曜日を休むということになると思いますが六日間開設するとして、一回二時間程度の授業を毎日二回程度実施するということでそれぞれの学習センターでスクーリングを必要とする学生の受講に対応することができるということになります。  この毎日三回というのはいわゆる三こまということになるわけでございますが、この場合には、もちろんこれは大学考えることであっていま私が申し上げることは僣越かもしれませんけれども、たとえばウイークデーの場合には昼間の時間帯を一こまとり、それから夜の時間帯を二こまとるという形で対応すれば勤労学生に対しても主婦に対しても対応ができるでございましょう。  日曜日の場合には三回ということでなくて、もう一こまふやして実習をする。あるいは土曜日とか日曜日はむしろ夜間をやめて昼間だけで対応する。土曜日は午後いっぱい、日曜日の場合には午前中から午後いっぱいというような対応をするということがよろしいのかもしれません。  いずれにしても毎日三こま、日曜日であれば四こま程度の対応で可能であると考えております。
  94. 池田克也

    ○池田(克)委員 内容の水準ですけれども、これはなかなか一口には説明していただきにくいことだと思うのですが、いわゆる放送大学で行われる授業の内容、これは単位の互換の問題と絡んでくると思うのです。  いまの既存国立大学の水準は、国立大学にもいろいろございますが、しかしながら入学資格についてかなり幅を持っているとするならば、あるいは入学試験をやっていないというような事情からするならば、内容の水準はかなり平均的なこの年代の日本人の常識というところまでおろしていかなければならないのじゃないか。  すると、今度は、学問の水準、学校の権威ということと考え合わせて、この辺についての何らかの議論経過や一つの結論をお持ちでしたらお聞かせをいただきたいと思います。
  95. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろん正規の大学の講義として実施をされるものでございますし、その講義の内容というものが、御指摘のように放送大学の授業あるいは講義というものを各大学が評価をして、そしてそれぞれの大学において単位の互換等の措置をお考えいただけるかどうかにかかる。そのことが放送大学を通じてわが国の高等教育の構造というものをより柔軟なものに変えていきたいという期待に沿えるかどうかにもかかるわけでございます。したがって、その内容あるいは水準というものについてはそうした評価を受けられるようなものになるような努力というものが絶対必要ではございますが、一方、実際に学生として受講される方が非常に多様であるということを考えますと、講義の提供の仕方、方法については細心の工夫が必要になるであろうと思います。  基本計画では、たとえば大部分の学習者が抽象的な思考を中心とするような学習から長く遠ざかっていることを考えて、原理、法則から演繹的に問題の解明に進むよりは、具体的な事象から帰納的に学問的方法の理解に進むような展開を図ることが望ましいというような御指摘もございます。このことも実際にこれをどのように展開するかということはむずかしいことだとは思いますけれども放送大学の学生の多くが、実際に社会における経験を通じて問題意識を持って大学で勉強されようとしているんだということに着目をしますれば、こうした方向での努力というものは確かに効果を上げ得るものではないかと期待をいたしておるわけでございます。
  96. 池田克也

    ○池田(克)委員 少しずつわかってまいりましたが、そうすると、たとえば学生が放送大学によって電波を通じて送られた授業がわかっているのかわかっていないのかということですが、普通の教室でやっている場合には表情や私語などいろいろなことでわりとわかると思いますが、ともかくこれはテレビという一つの近代の利器を媒介としている。大学側としてもそれについてチェックができない。  試験というもの以外に、この中間において送っていった一つの授業内容がどの程度わかっているかということを客観的に検索をしていき、チェックをしていく一つの方法は、学生から質問をとってみるということもあろうかと思うのですが、こういう形のコミュニケーションというものを具体的にどういうふうに考えていらっしゃるのでしょうか。
  97. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろん放送によって講義を聞いていただくわけでございますが、それと同時に、放送大学の場合には、いわゆる印刷教材というものが非常に重要な意味を持ちます。これは放送と印刷教材が内容的に完全にダブったものであっては意味がないので、放送によって講義を提供する、さらに印刷教材によってそれを深めていく、そういう工夫が必要でございます。  学生は、教科書、いわゆる印刷教材のほか参考書等によって自学自習をするわけでございますけれども、そうした放送なりあるいは印刷教材による勉学の進行状況であるとか、あるいはいま御指摘の理解の程度であるとか、そういったものについてはチェックをしていかなければなりません。そのことが学生の学習方法の改善、自分自身の勉強の仕方の改善に役立ち、さらに勉学を継続する意思というものをそれが支えるということもございましょうし、さらにその科目の単位認定のための成績評価の一部にもそういうものがなっていくということが考えられるわけでございます。  このようなためには、学生の学習の到達度、進捗状況といったものをチェックし、評価をするためにやはり通信指導というものを行う必要があると考えております。
  98. 池田克也

    ○池田(克)委員 その単位の認定の段階で、学生が怠惰であって成績が悪かったのか、あるいは講義の仕方が悪かったのか——つまり、入学試験をやっていない。これは大変新しい行き方だと私は思う。入学試験をやらないで、入りやすく出にくいという一つの形だと思うのですが、それを進めていくためには、学生の方が悪かったのか、大学側の授業内容に無理があったのか、これは大変微妙なところじゃないかと思うのですね。したがって、かなり綿密に面接あるいは通信手段によるチェックをする。しかし、今日、通信手段、たとえば物を書くということについて、若い人たちも年配の人たちもそうですけれども、電話の発達等によりまして手紙なんかでも大変少なくなってきております。そういうような状況の中で、しかし大学へ行くのですからそれはしっかりしていかなければなりませんけれども、きょうここでこの問題だけで議論はできないのですが、その点についての具体的な方法を、いま若干抽象的なように私は伺ったのですけれども、それを明らかにしていただきたい。  それと同時に、先ほどから触れておりますが、この水準を他の大学が認める、つまり放送大学と他の大学との間に事前に水準というもの、講義内容というもののある程度の情報交換をして、よしこの程度だったならばうちの大学はこの科目については互換を認めるとか、要するにやってから後で、いやこんな程度ではだめだというのじゃなくて、ある程度事前のそうした打ち合わせというものがあってしかるべきじゃないかなというふうにも考えるのですが、そういう講義内容の水準についての他大学との打ち合わせ、あるいはそれを誘発するような文部省としての何らかのガイド、こんなようなことはお考えになっているのでしょうか。
  99. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そもそも放送大学の教員というのは、既設の国公私立大学先生方にまさに積極的に御参加をいただいて構成をされていくわけでございますし、実際に番組が提供されていく。その教育内容というのは、専任の教官のほか多数の国公私立大学からの客員の教授の御参加のもとにつくられていくわけでございます。いわば多数の教官の共同作業、協力作業を通じて教育の中身ができ上がっていく。その過程を通じて、いま御指摘のようなそれぞれの大学との関係というものは実質的にかなり、情報交換と申しますか、配慮と申しますか、それが行われることになろうと思います。  それともう一つは、何といっても放送大学番組というものは放送をもって広く公開をされますし、また印刷教材も広く公開をされるわけでありますから、それを通じて具体的な評価というものが当然各大学に出てくる。それは大学側においても、それぞれの国立大学協会なりあるいは私立大学連盟なり私大通信教育協会なり、そういった団体との情報交換の場、協議の場というものを設ける努力はされると思いますけれども、そもそも大学が機能をしていくために必要なものとして番組の水準の維持向上ということがあるわけでございますから、そういった方向に沿っての積極的な努力は大学において当然考えることであろうと思います。
  100. 池田克也

    ○池田(克)委員 別の角度からのお伺いをしたいのですが、課外講演というものはこの放送大学ではあり得るのでしょうか。  たとえば東大の場合は五月祭等でそうしたものもありますし、あるいは早稲田でも慶応でも、普通のいわゆるウイークデーでも、午後のしかるべき時間にたとえば外国人であっても呼んで、そして学生に一つの教養を与えるというような催し物が最近たくさんございます。それがまた大学教育における人格形成の上に一つの大きな効果を持っていると私は思っているのです。  先ほど他の委員の質問に対しても、この放送大学教育専門であるというふうに御答弁が出ておりましたが、確かに教育には違いありませんが、教養的なすそ野まで広げたもの、特にこの授業は聞かなければならないという必修じゃなくて、言うならば聞くことが望ましいけれども必ずしもそこまで縛らない、参考になるような話、映画あるいはビデオというようなものを放送大学の波を通して送っていくというようなことはお考えになっているでしょうか。
  101. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大変むずかしい御質問だと思います。  放送大学のカリキュラムの中に適切に組み込まれていて、そして放送大学の開設する授業科目のための放送としてそれが行われることはあり得ると思いますが、完全な番外と申しますか、教養番組的にそれを提供するということは、午前中の御議論にありましたように、放送大学ではその趣旨からしてやはりそれについては消極的に考えなければいけないものだと考えております。
  102. 池田克也

    ○池田(克)委員 それは電波法上の問題なんでしょうか。
  103. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の行う放送は、放送大学教育に必要な放送を行う、いわゆる放送大学教育課程に従って行われる放送ということが許されているわけでございます。  それで、放送大学実施する放送というものがその範囲を超えるということについては、私たちはきわめて厳密に自制をしなければならないと考えているわけでございます。
  104. 池田克也

    ○池田(克)委員 体育の実技についてはどんなふうにお考えになっているでしょうか。
  105. 佐野文一郎

    佐野政府委員 体育の実技につきましては、これまで基準分科会での御検討をも煩わしておりますけれども、たとえば教育委員会が主催をする社会体育に参加をする、その参加証明を提出することをもって実技の履修にかえる、そのような取り扱いを検討してはどうかということでございます。
  106. 池田克也

    ○池田(克)委員 この問題は後に時間があればもう少し突っ込んでいかなければならないと思うのですが、やはり、放送大学の具体的な活動の中で一番ネックになる部分ではなかろうか。つまり、市町村等で社会体育は行われておる、それに参加することによって単位が与えられるということですが、社会体育というものが大変潤沢に施設が用意されていて、だれでもいつでもという状態であればいいわけです。しかし、行列をして、ある種目についてはなかなか参加できない。仮にそういう状態にあったとしても、たったひとりぼっちで友達もいない、地方から上京して働いて放送大学で勉強しようという人にはこれはなかなかむずかしい問題ではなかろうかと思うのです。  今度は、それを受け入れる側の地方自治体においても、そういういわゆる準国立大学からの要請が出てくるならば、そういう施設をつくるための予算をくれということになってきはしないか。これはなかなか厳しい部分ではなかろうかと思うのですが、局長認識をちょっと聞かせていただきたいのです。
  107. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その点は私も同じように考えております。  ただ、これまで検討の過程で議論をしておりますのは、確かに先生の御指摘のように、学生がそれぞれ勝手にと申しますか、自分で教育委員会へ行って社会体育に参加をするという、そういう方向だけでほっておいたのでは実際的ではなかろう。それで、たとえは余りよくないかもしれませんが、たとえば学生の教育実習の場合に、大学がその教育実習について計画を立てて受け入れ先と十分に協議をするのと同じように、学習センターにおいて教育委員会と協議をして、そして全体の体育実技というもののいわば社会体育による実施についてセンターとしても計画的に措置をし、あっせんをするというような配慮が必要ではなかろうかと思っております。
  108. 池田克也

    ○池田(克)委員 わかりました。  この問題は二十問伺うのにずいぶん時間がかかってしまったのですが、次に、図書館についてはどんなふうにお考えでしょうか。
  109. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の本部には、もちろん大学設置基準に従いまして所要の蔵書数を持った図書館を設置する必要がございます。  それとは別に、各学習センターには、学生の学習に有益なような配慮のもとに図書室の設置をするということを考えているわけでございます。
  110. 池田克也

    ○池田(克)委員 これも普通の大学とはずいぶん違った形になろうと思います。  一日何時間テレビで放送大学の波は流れ続けているのでしょうか。たとえば午前六時から十二時まで繰り返し繰り返し何かが流れているということになるのでしょうか。
  111. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは開設授業科目数と関係があるわけでございます。  基本計画では、二百四十科目をあけたときの段階の時間帯として朝六時から八時まで、それからお昼は十三時半から大体三時、一部四時近くまでございますが、さらに夜は六時から二十四時までというような時間帯が設定をされておりまして、それ以外の時間帯は再放送に利用をするというようなことが考えられております。  それで、これは二百四十科目を全部あけている段階のことでございますが、開設の際には一遍に二百四十科目をあけるのではなくて、逐次その整備を図っていくわけでございますから、一番最初段階では、そうした朝から晩までというような状況では、新しい番組が出ていく形はそういう形ではないということになると思います。
  112. 池田克也

    ○池田(克)委員 再放送も含めれば常時何かが見えるということでしょうか。
  113. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そういうことに相なるわけでございます。  さらに、放送大学の場合には、主務大臣の認可を得て私大通信教育のための放送実施することができるようになっておりますので、あき時間というのは、これは私大通信教育の方と十分な協議が必要でございますけれども、協議で十分合理的に実施できるということであればそういった放送実施することも可能でございます。
  114. 池田克也

    ○池田(克)委員 たとえば会社に働いている青年が放送大学の授業を受けていた、転勤によって電波の届かないところに移らされた、こういう場合にはどういうことになるのでしょうか。
  115. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の場合には、通常の大学の教室における授業というものを放送によって行うわけでございますから、通常の大学の学生が授業に出席する必要があるというのと同じような意味で、放送大学の学生は放送の視聴が可能であるということが原則だと考えざるを得ません。したがって、放送大学の受講登録の申請を受理するに当たりましては、学園放送を視聴することができるかどうかを確認する必要があるわけでございます。  電波が到達しない地域に居住する方については原則的には受け入れないということが適当ではないかと思いますけれども、ただ、そうとだけは言っていられないと思うのですね。それはいまのような転勤の場合だけではなくて、関東で東京タワーから電波の届く範囲で実施をするにしても、それは関東全域をカバーするわけではございませんから、非常に熱心な方がいてビデオによって放送の視聴に相当する講義の勉強をする、そしてセンターに必ず出席をしてスクーリングを受けることができるという確実な見通しがあれば、これはもちろん定員の余裕等も考えなければなりませんけれども、それを必ずしもすべてだめだというふうに言ってしまわないで個別的な対応を考える方がいいと思うということは先般も石橋先生お答えをしたところでございます。  私は、同じような事情がいまのような東京で視聴していた人が大阪に転勤をしたというような場合にはあると思います。ビデオを送ってもらって学習を継続したいという場合には、その後における学習センターへの出席の可能性等を検討する必要があるという問題が別にございますけれども、それが可能であるならばビデオによる学習の継続についてむげに拒否することは適当ではなかろうというふうに考えております。  いずれにしても非常にむずかしい問題ではございますが、前向きに考えたい課題であると考えております。
  116. 池田克也

    ○池田(克)委員 この放送大学で授業をしたビデオというのは売るつもりですか。つまり、買う気になれば売ってくれるんでしょうか。
  117. 佐野文一郎

    佐野政府委員 当然放送大学放送というのはビデオパッケージ化をしまして、それぞれの学習センターに備えつけたり、あるいは必要があればビデオセンターをさらに設けてそこに備えつけたり、あるいは御要請があれば既設の大学の図書館に備えつけたり、いろいろな形で御利用をいただくということが必要になろうと思います。  そういう意味では、印刷教材と同じように市販をするということは考えていいことであろうと思います。
  118. 池田克也

    ○池田(克)委員 最後になりますが、この大学国立大学なんでしょうか。
  119. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この大学国立大学ではございません。まさに特殊法人立の大学でございます。
  120. 池田克也

    ○池田(克)委員 これは後に就職をした場合の身分ということに若干関係があるのじゃないか。今日企業の中には大卒を、しかもその大卒を国立と私立に分け、それもまたランクに分けて何らかの乗数を掛けて費用計算をするようなところもあるように聞いております。  つまり、これは新しい大学ではありますが、これが将来定着をしていく方向を目指すに当たって、この卒業生の処遇という問題について何らかの配慮、つまり雇用関係における配慮、こうした問題を労働省その他と文部省としては何らか打ち合わせるおつもりがあるのでしょうか。あるいは従来何らかの打ち合わせがあったのでしょうか。
  121. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは正規の大学を卒業したということになるわけでございますから、たとえばこれまでの通信制の大学を卒業した者と同じように、大学卒という点においては全日制の大学を卒業した場合と異なるところはないわけでございます。  形式的にはそのとおりで、実質的に放送大学の卒業生が社会的にどのような評価を受け処遇を受けるかということについては、これは産業界の方々とお話をしましても、それは放送大学が実際にどういう学生を送り出すかにかかるということをおっしゃるわけでございます。それは確かにそういう面があると思いますし、そういうことを十分に意識をして放送大学は学生の教育に当たらなければならないと思っているわけであります。
  122. 池田克也

    ○池田(克)委員 大変細かい問題をいろいろお聞かせいただきまして、まだまだその全貌はよくわかりませんけれども、かなり突っ込んだ検討をなされているということは察することができました。  そこで、若干別の問題に移りたいと思うわけで、これは一般論としてお伺いしたいのですが、国立大学の教授が自分の専門の学術的著書を出版した場合に、この著作権はその執筆者に帰属するのでしょうか。大学に帰属するのでしょうか。
  123. 吉久勝美

    ○吉久政府委員 先生の御指摘の場合には、一般的に言って当該教授に属するものと考えております。
  124. 池田克也

    ○池田(克)委員 その本の内容が講義ノートであった場合、つまり大学の講義を紙に固定したというふうに考えた場合も同じことでしょうか。
  125. 吉久勝美

    ○吉久政府委員 同様に考えております。
  126. 池田克也

    ○池田(克)委員 国立大学における大学の教授の講義というものは公務じゃないか。明らかに国家公務員として、仕事として自分の大学内の施設や研究の成果を使い、その上に発展させた自分の研究の業績である。これはいろいろございますが、紀要の場合は仕事であり、著書の場合はそうじゃない。  いろいろあると思うのですが、この公務として行ったものは、個人に著作権を与え、それによって得る何らかの収益というものを個人に帰属することは問題だという議論もあるのですか、御承知でしょうか。
  127. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いわゆる職務上の著作につきまして、国立大学の教官の場合は御指摘のように公務として行われるわけでございますから、そのことについて権利を国が留保する方途を講ずべきではないかという議論がないわけではございません。  しかし、この議論は、職務上の著作というよりもむしろ職務上の発明、特許にかかわる部分で非常に議論があったことでございまして、著作行為に関しては、職務上行われるものであってもそれは個人の著作権として意識をし、人格権もまた著作者に属するという考え方がこれまでとられてきたところでございます。
  128. 池田克也

    ○池田(克)委員 そうした場合に、放送大学における講義の内容がビデオテープに固定されていくことになると思うのです。  そうした場合に、紙に印刷物として固定された著書があくまでもその教授自身の著作権が認められるならば、放送大学のビデオテープは担当教官の個人著作物として著作権が与えられるのが普通の考え方の流れじゃないか。これはどんなふうになるでしょうか。
  129. 吉久勝美

    ○吉久政府委員 その点につきましては、それが映画著作物に該当する場合とそれから該当しない場合とによって違うかと思います。  映画著作物に該当しない場合には、当然先ほど申し上げましたような個人著作物として、著作権は当該教授にあると考えるわけでございます。  ただし、映画と考える場合につきましては、これは著作権法の十六条によりまして一般的には当該制作ないしは監督者が著作者であり、著作権者でございます。しかしながら、二十九条の第一項ないし第二項によりましていわゆる参加契約をいたしておる場合には、第一項によりまして当該製作者である。この場合は著作権といたしましては大学学園に属する、そういうふうに考えております。
  130. 池田克也

    ○池田(克)委員 この問題は、映画であるかあるいは映画でないかという、この基準は一体どこに引くのでしょうか。  放送大学で流されるためにビデオ化されたある教授の講義内容、この内容によりますと、「効果的に」、つまり「放送を効果的に利用して」というふうにうたわれております。とするならば、単に教授が黙って座っていておしゃべりをしているのを政見放送みたいなかっこうで撮って、そしてそれか映画であるか映画でないか——そこにパネルか入ってくる。何らかの説明が入ってくる。要するによりよく学生にわからせようとするため、これが放送大学の一番のねらいですね。単に教室でもってやるというだけでなしに、いかにわかりやすくいろいろな手法を用いてやっていくかということになるわけで、放送大学におけることというのは両面ある。しかし、放送大学用の内容というものは映画であるとか映画でないとかという議論はなしにして、すべて一括した一つのものとしてみなすべきじゃないか。ここのところが一つ疑問に思うのです。  端的にお伺いするならば、いま次長がおっしゃるように映画か映画でないかということはどこに線を引くか、これについてお伺いしたいのです。
  131. 吉久勝美

    ○吉久政府委員 映画の著作物として考えるべきものかどうかにつきましては、やはり、その判断につきましては具体的には問題の場合もあるかと思いますが、著作権法の第二条の第三項に、「この法律にいう「映画の著作物」には、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含むものとする。」というような規定もございますので、これを参考にしながら、果たして映画著作物に属するかどうかということの判定をせざるを得ないかと思います。  なお、先ほども申し上げましたが、全体的には映画の著作物に類するものでありましても、その場合の個々の教授等のいわゆる言語的著作物につきましては、原則どおり当該教授の著作権に属するということは当然のことでございますので、その点を補足いたしておきたいと思います。
  132. 池田克也

    ○池田(克)委員 十六条、二十九条でございますけれども、仮に映画としても原著作者というものがあるわけです。その教授のシナリオに準ずるような一つの内容がある。これをどう表現するかという問題になってくるわけですね。  ここのところで、先ほどビデオテープを売るという話もございましたが、つまり、教授が担当する科目についてどう表現するかということについて、著作権を教授に与えるか、あるいは映画としてそれを判断して、著作権料は教授に払うにしても、その帰属は製作者である放送大学が持つか、ここのところをもう少し整理してお伺いしたいのです。  大学局長、著作権法に大変お詳しいようですけれども、これはいかがですか。
  133. 佐野文一郎

    佐野政府委員 原則的には放送大学教育番組放送番組というのは、これはビデオで撮っているものについては映画だと考えればいいと私は思います。  そして、その場合に、その内容をなしている教授の講義というものは、それは映画の著作権とは別個に、映画において利用されているいわば著作物の著作権の問題として考えられる必要があるし、それはその教授の著作物として、その教授が著作権を持っていると考えることは原則で、それでいいと思います。  ただ、その場合には、その著作物が放送で話をしている教授の著作物なのかどうかという点には若干問題があります。それは大ぜいの人が協力をして、いわばコースチームによって教育の内容が定められて、それをたまたま特定の教授が講義をするわけですから、むしろ実態としては、映画において固定をされているその講義というのは、共同著作物としてまず考えなければならない場合がかなりあるだろうということがあります。これは実態に応じて判断をする以外にはないことでございます。  そして、そのできる放送番組放送として提供をするということについては、その作品を番組ができるときにどの程度の放送をするのか、つまり、最初放送をしてそれからどの程度それをリピートするのかということは、これは教育計画をもって決まるわけでございますから、その範囲内のことについては、教授はまさに職務としてそういうことに参加をするわけでございますので、著作権が教授にあるからといって、それに追加して著作権使用料を支払うということではない。いわば原始的にそこの著作権処理はできていると見なければなりません。  しかし、そういったいわば一次的な使用というものを越えてそのビデオパッケージが利用される場合、これは市販の場合等がティピカルに該当すると思いますけれども、そういった市販のところまでも一次使用の中に含めて考えることについては問題がある。だから、市販をする場合の処理をどのようにするかということについては、やはり放送大学の教授でありあるいは客員教授である場合であっても、そこのところはきちっと処理をしておく必要がある。  それは追加をして、そこで著作権使用料に相当するものを支払うのか、あるいはそもそも番組をつくるときの参加契約において報酬として先に支払っておくのか、それは別といたしまして、そこのところは新たな問題として権利処理をする必要がある課題ではなかろうかと思います。
  134. 池田克也

    ○池田(克)委員 コースチームというものの性格なんですが、要するに教授というものがそのコースチームの中のいかなる位置にあるのか。制作者、プロデューサー、カメラマン等いろいろな人たちが働くわけですが、大学となるならばあくまでも教授というものが頂点にいて、最高の判断の力というものが与えられているべきじゃなかろうか。著作権者であり原著作者であり制作者というと、これは制作者は大学になるんでしょうか。私は、そのコースチームの中に教授がどういう位置に置かれているかということによってこの大学の学問の自由というものが保障されているのかどうかということが一つわかるのではないかというふうに思っているのです。  このコースチームというものがいまいろいろとこの審議の中で出てきておりますが、コースチームにおける大学の教授の、これは客員か専任かはございますけれども、位置というものはどういうことになるのでしょうか。
  135. 佐野文一郎

    佐野政府委員 やはり、著作権の問題を考えるときの角度からすれば、事柄を少し分けて考える必要があるわけです。  そもそも、放送大学教育内容、授業科目というものは特定の専門領域、専門分野というものを越えて、あるいはそれにこだわらずにかなり広がりを持った学際的な領域を対象といたします。したがって、その授業科目に従って番組をつくっていく場合には、一人の教官がそれについて講義内容を考え番組をつくっていくということではなくて、複数の異なった専門分野の教官が協力をして、どういうカリキュラムのもとにどういう内容を放送素材としてつくっていくか、そしてそれを番組にしていくかということを検討するという形になると思います。  そういうものとして、いわば講義の内容というものが複数の教官によってディスカッションをされて、そしてそれが印刷教材になり、あるいは放送のためのいわば台本として固まっていくということであれば、その講義のところに関しては、やはり、それに参加する教官の、もちろんこれはディスカッションの態様によりますけれども、共同著作物だと考えるべき場合がかなりあるだろうということを申し上げたわけであります。  コースチームというのは、そういった講義内容を複数の教官が協力共同してつくっていくということからさらに進んで、放送側のスタッフであるプロデューサー、ディレクター等の参加を求めながら、それをいわゆる映像としてビデオに固定をし、放送番組として送り出していくという過程を踏みますので、その段階では放送側のスタッフもさらに入ってくるわけでございますが、その放送側のスタッフについて、講義内容の共同著作者の一人に入ってくると考えることについては若干問題がある。むしろ、そこのところは映画の著作物ができ上がっていく段階での映画の著作物の方から見た協力という考え方をとる方がいいであろう。そういうことになれば、できる映画の著作物について、その著作権が映画製作者である放送学園の方に帰属をすると考えるのは、これは外注に出すなどということを考えればともかくでございますが、放送大学が自分でつくっている限りにおいては、放送大学のつくる映画として、その著作権は放送大学に帰属をするということは考えることはできると思うわけでございます。
  136. 池田克也

    ○池田(克)委員 新しいことがわかってきました。そうするとコースチームというのは、ある一人の先生がいて、それを助ける助教授とか助手とかというような講座制みたいなものがあるというふうなものではなくて、要するに、同じ水準というか、同じ立場にある教官が複数集まって、そして合議の上で一つの講座、講義の内容をつくるということになる。  そうするとこれはだれが選ぶのですか。たとえば三人の同じ水準というか立場にある偉い先生をだれが選ぶのでしょうか。
  137. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろんチームがばらばらに機能するというわけにはまいりませんので、いかにコースチームの場合といえども、その場合の主任の教授という人がおるということは当然だと思います。  しかし、その主任の教授というのは、いま先生が御指摘のように、一つの講座制のもとにおける階層的な秩序としての教授、助教授、助手というような形での主任ではない。一つの放送教材をつくり上げていく、その共同作業を進めていく主任ということであろうし、多くの場合にはその主任の方が実際にも放送における講義を担当するというようなことがあるだろうと思いますけれども、それは必ずしも主任の教授が放送をするということに限ったことではなかろうと思います。  どういう形でそういうコースチームをつくっていくかということは、まさに放送大学教育課程をどのように考え、どのように授業科目を開設し、それについてどれから具体に開設をするか。つまり放送をするということを決めていく過程に絡むことであり、それは放送大学の教官会議、あるいは教授会議と言った方がいいかもしれませんけれども、この問題を担当する教官の会議がそのことについて議論をして決めていくということになるわけでございます。
  138. 池田克也

    ○池田(克)委員 理想は確かにそういう形でよりよいものができるかもわかりませんが、現実としてなかなかむずかしいことじゃなかろうか。  つまり、では、そういう番組を見た生徒に対して、その単位認定あるいは一つのABCとかという評価をする場合、これも三人の先生の合議でやるのでしょうか。あるいは主任がやるのでしょうか。
  139. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その辺になりますと、これはまさに大学がどのように対応するかということにかかるわけであって、合議でおやりになっても、主任の方にお任せになっても、それはどちらでなければならぬということを私の立場で申し上げることではなかろうと思います。
  140. 池田克也

    ○池田(克)委員 きわどいところがちょっと……。確かにそのとおりだと思いますが、しかし、いまのコースチームの考え方は、文部省としてかなり詰めての具体的な発想じゃなかろうかと私は思うのです。  そこで、主任に当たられる先生は専任教官なんでしょうか。コースチームにおけるそのことと、専任、客員ということとは関係がないのでしょうか。
  141. 佐野文一郎

    佐野政府委員 実態として、専任の教員が主任に当たることが多いということはあるいは予想されるかもしれませんけれども、実際に仕事をしていく上で、主任の方は専任の方でなければならないということはなかろうと思います。  放送大学の場合には、非常にたくさんの客員の先生方に御参加をいただきます。そういったことがあるからこそ、教授会と申しましても通常の大学の教授会と違って、事柄によっては客員の先生方も一緒になって御議論をなさる場合が非常に多いということが考えられるわけでございます。
  142. 池田克也

    ○池田(克)委員 さっきちょっと局長が触れておられましたけれども、その教授の方々の合議で、どこかのスタジオを借りてビデオテープに仕組んで、放送大学に持ってきてこれをオンエアしようということがあり得るかと思いますが、これを認める方向でしょうか。
  143. 佐野文一郎

    佐野政府委員 個人的に大学先生方が相談をして、ビデオパッケージをつくって、それを放送しようということが起こるかどうかということは、これは全く仮定のことですからわかりませんけれども、それは放送大学放送大学のいわば教育活動としてみずからの授業科目を決めて、そしてそれを放送によって実施をしていくということとはどうも事柄が違うように思うわけでございます。  もちろん、放送大学が実際に番組をつくっていく場合に、それがどのスタジオを使って行われるかということ、これはあると思います。それは非常に都合がつきにくいという場合には貸しスタジオを借りる場合も絶無ではなかろうと思いますけれども、そのことといま御指摘のこととはちょっと違うように思います。
  144. 池田克也

    ○池田(克)委員 私はなぜこういうことを聞くかというと、NHKで一つの例があって、いままでの実験番組その他の中で制作技術者が、たとえばカメラのアングルであるとか、あるいは具体的にロケーションをしてその講義に見合った歴史的な文物を撮ってくるとか、さまざまな技術的な表現の中でその主体となるべき先生と技術者の間に意見がかなり対立をして、そして必要以上にお金がかかるとか、あるいは予算の枠の中でこうだとか、そういうさまざまな対立の中で大変苦労をした、あるいは苦労だけじゃなくて、もうすでにやる気を失って、そのことである意味ではNHKとして放送大学に関心を失ったと、そういうようなこともあったやに私は仄聞しているわけです。  テレビに映っていく時間が四十五分か一時間かわかりませんが、物をつくっていくという過程において、これは映画の段階でもそうですが、しょっちゅう対立があり、その中にいいものができていくとも言えますけれども、学問の一つの世界であるだけに、しかも映画のようにフリー契約で、いやならおれはやめたといって俳優なりプロデューサーなりがやめて済む問題じゃない。やはり、大学の教官として一定の一つの課題を与えられて学生を教育するという状況に置かれた中で、そう簡単に商業的な問題で出たり入ったりはできない。  ここの組み合わせ、判断がもつれたときの決定権をだれが一番持っているのか。主任はそれだけのものを持っているのか。主任は三人の先生方の一つの学問的な議論のまとめにはなるかもしらぬが、それをプロデュースしていく、あるいは映像化していく、そういうところまで主任の影響力というものが及ぶのか。あるいは制作技術者の中にだれかキャプテンがいて、そのキャプテンと三人の先生方との間の合議の上で問題を処理していくのか。ここは、これから具体的にこの放送大学が進んでいくことを予想したときに、だれが考えても予想される問題なんですね。しかも、著作権が先生方に与えられたとなれば、おれは著作権者なんだ、おれの判こがなければこれをリピートすることはできないんだというようなことに厳密に言うとなりかねない。  私は、私の意見をちょっと申し上げましたけれども、そういう心配も込めてその部分をお伺いしているわけなんです。それは局長の方も、私の言っていることも御理解されると思うのです。ですから、そういう意味でコースチームというものが過去に前例があるのか。これで絶対うまくいくという保証があるのか。大学教育の中で、たとえば政治学概論は何々教授というふうに普通出てくるのがあたりまえです。それが出てこないで何番のコースチームとかということが出てくるわけです。その教育内容の責任は一体どこにあるのか、そこのところをもうちょっと聞かせていただきたい。そして、これなら大丈夫なんですよという表明をしていただきたいのですけれども、どんなものでしょうか。
  145. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いま御指摘の点は、番組編成権と申しますか、番組編成の自由、自主性の問題と大学側の教学の問題、つまり教授の自由あるいは学問の自由というものとの調整をどのように図るかという、最も困難な課題の一つだと思います。  これまで放送大学のための準備の過程でNHKに実験番組をお願いしたり、あるいはNHK私立大学と連携をして大学講座を考える場合等に、この問題は両方の意見の衝突という形でやはり現実によく出てくる問題でございます。結局、まず基本的にはその問題が非常にむずかしいことである、それをできるだけ両方の要請というものを考えながら円滑に調整していく方途を見出したい、そのためには放送局設置主体大学設置主体とを同一の法人にするということが望ましい、そこのところで放送事業者大学とが截然と分かれてしまうとその衝突というものについて調整が非常にむずかしいだろうということで、それが放送大学大学放送局の両方を持つものとして構想をしたいということのまずゆえんでございます。  しかし、そうは言っても、同じ法人のもとであってもいまの問題というのは基本的には残るわけでございますから、したがってそれを調整していくための知恵として、いま申しましたようにコースチームという形でプロデューサーやディレクターを加えて議論をし、そして放送台本をつくり、ビデオ、オーディオテープにそれを固定していくという形をとろうということを考えておるわけでございます。  そのコースチームでの御議論の中では、もちろん、教学側の意見とそれを番組としてビデオテープに固定をする立場での御意見とがぶつかる場合があり得ないとは申しませんけれども、しかし、そのむずかしさというものをコースチームの御審議を通じて円滑に処理していくことを期待する、またそれ以外になかなかいい方法が見出せないであろうというのがわれわれの考え方であります。
  146. 池田克也

    ○池田(克)委員 時間がだんだんなくなりますが、NHKでは、放送法四十四条を守っていくために、つくられたビデオテープをオンエア、つまり放送する前に事前に考査室で見て、このでき上がったビデオテープは放送法上の公正が保たれているか、映されている事実は間違いないかというような一つの考査をしているわけですね。それによって放送法四十四条を守っているというふうに、私が調べましたら言っているわけです。  国民の共通の財産である電波を使うという観点から行くならば確かにこのくらいの配慮は必要なんですが、要するに、放送大学において、でき上がったビデオパッケージを器械にかけてオンエアしていく前にこういう段取りというものはなさるのでしょうか。
  147. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学学園の場合には、その番組内容というものが大学の授業としての実質を有するものでございますから、したがって、番組内容をチェックするというのは、いわば教授の自由にかかわる非常に大事な問題になります。したがって、いわゆる番組の内容のチェックというのは大学の側において主体的に対応をすべきもので、まず大学がチェックをするとすれば主体的に対応しなければいかぬことだと思います。  放送事業者の側も、いま御指摘のようなシステムによってそれを見るということはできないことではないのかもしれませんけれども、通常の放送の場合と違って、放送されるものが大学教育内容そのものであるということがございますので、実質的なチェックはやはり大学のサイドでやってほしいと考えるわけでございます。
  148. 池田克也

    ○池田(克)委員 私も、その大学でおやりになるかを聞いているのです。主体大学放送局、つまり、放送大学というものは大学の部分と放送局の部分と二つに分かれたものじゃなくて一体だというふうにさっきから伺っているわけですね。  要するに、この電波法上の配慮のもとにオンエア前にそれを見るということは、たとえば大学がやるとした場合にはだれがやるのか、大学理事長がやるのか。どの機関がやるのか。そして、仮にそこでクレームが出た場合にどうするのか。そのコースチームの責任者にとってこれはベストだというものであるとき、その人の一つの創作の自由あるいは表現の自由に対してのクレームというものはあり得るか。ぼくはあるのだろうと思うのですけれども、そこでトラブルは起きないだろうか。大学の側から見てのこれはだめだという判断に対して、担当のコースチームの主任はいやこれは正しいのだ、これでいいのだと言って、そこでトラブルはあり得ないか。そのことがいわゆる検閲みたいなことになりはしないか。ここは大変微妙なところなんですけれども、そういう心配を私たちはするわけです。  いま、やるとすれば大学だというように局長はおっしゃるのですが、大学のどこの部分がそれをおやりになるのでしょうか。
  149. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大学がやるのだということを申し上げたのは、放送大学学園という法人の中で、放送局のサイド、いわゆる理事のサイドではなくて、大学、つまり学長のサイドでその検討は行われるべきだということを申し上げたわけであります。それは大学の中に事前に番組をチェックする機関を設けるべきだという意味で申し上げているわけではありません。そういった番組のチェックというのは、さっき申しましたような、まずそのコースチームによる複数の教員の討議を重ねていく、その過程を通じてチェック機能が期待されるということであろうと思います。  なお、放送番組については、その編集の最終責任はもちろん理事長にございます。これは放送番組として送り出す責任は放送事業者としての理事長にあるわけでございますけれども、内容が大学教育そのものであるということにかんがみて慎重な配慮が要るということを申し上げているわけであります。
  150. 池田克也

    ○池田(克)委員 この問題はまだまだお伺いしたいことはいろいろあるのです。つまり編集権、要するに原作が強いかあるいは編集者が強いか、限られた時間の中で映像化していく場合にあらゆるマスコミの世界で常に問題になっている部分です。また、たとえば反戦フィルムのお蔵入りという話も民放でずいぶんございました。ベトナム戦争当時でしたけれども、一つの考え方の上につくられた反戦フィルムが何らかの力によってとうとう放送されないでお蔵入りになった。そのことによって局の中でかなり問題が起きたという事態も今日までありましたが、大学における良識ある判断で電波が使われていくわけです。そして、逓信委員会なんかでも心配をしておりますが、本当に公正が保たれるのか。要するに電波法上の公正ということと学問の自由ということは、これはかみ合いが非常にむずかしい。両方とも尊重されなければならない問題だと思うのです。  重ねて局長にコースチームの問題についてお伺いをしたいのですが、このコースチームの編成というのは一つの番組について決まるのであって、ある講座について決まっていくのじゃないのか、一つの講座はずっとそのコースチームで進んでいくのか、そこのところをもう一歩突っ込んでお伺いをしたいのです。
  151. 佐野文一郎

    佐野政府委員 一つの授業科目についてそれを番組として送り出す、それについてコースチームが組まれていくと考えます。
  152. 池田克也

    ○池田(克)委員 この問題ばかりにかかずらっておれませんので、ほかの問題に移ります。  体育の問題ですが、先ほどから触れておりました体育の授業ですが、先ほど放送大学側としてもこの社会体育の利用が円滑に進むようにそれぞれの市町村等に対してあっせんをするというふうに答弁をされておりましたが、これに対して、そのあっせんされる相手側に対して何らかの打診あるいはそうした感触というものはすでに進められているのでしょうか。
  153. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど申し上げましたように、社会体育に参加をすることをもって体育の実技の単位を認めていくという考え方につきましては、基本的な考え方としては、基準分科会の特別委員会の御審議においておおむねその方向でよかろうということになっておりますが、基準分科会自体がまだそれを正式に決めていることではございません。  そういうこともございまして、私の方では教育委員会に対してこの可能性についてサウンドをしてみるというようなことはまだいたしておりません。
  154. 池田克也

    ○池田(克)委員 今後それは結論が出次第そういう協力要請をなさっていくということになりますか。
  155. 佐野文一郎

    佐野政府委員 部内の問題で恐縮でございますけれども、わが方の体育局なり社会教育局ともちろん協議をいたさなければなりません。そうした両局の御了承を得、また両局の御協力を得て、いま申しましたような方向で事が進みますように努力はしたいと考えております。
  156. 池田克也

    ○池田(克)委員 体育の単位というのは必修ということになりますか。
  157. 佐野文一郎

    佐野政府委員 単位は必修でございます。  ただ、これまでの議論では、実技の単位については一単位とするという弾力的な取り扱いをとってもよかろうという考え方がございます。
  158. 池田克也

    ○池田(克)委員 一単位ですが、必修ということでございます。  そうすると、将来においてこの大学が最大の規模になったときに、四十五万人の学生を擁するということにもなろうかと思いますが、そういたしますと、四十五万人の学生の一単位の実技をそれぞれの社会体育的な施設を用意してカバーするということになると、いまあるすべての施設を本当にフル活用してもとうていこれはもたないのじゃなかろうかと思うのです。  そういう意味からいくならば、これは体育局あるいは都道府県のそうした関係各機関との連携を含めた、わが国全体の社会体育の大きな展開と歩調を合わせていかなければ済まないのじゃなかろうか、こんなふうにも思うのですが、いかがでしょうか。
  159. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろん、規模としてはかなりなものになると思います。全体規模の学生がどのくらいになるかということについてはもちろんこれからのことでございますけれども、四十五万人というのは先生も御案内のように科目履修生なり選科履修生を含んでおりますから、いわゆる卒業の要件として体育の実技を必修の単位として修得しなければならない学生の数というのは、選科履修生の数、最大規模の場合でありましても入学者にとってみれば九万三千というような数でございます。  それにしても、非常に大きな数ではございますし、社会体育という形でこの実技の問題を処理をするとした場合には、非常に慎重な配慮が要るということは御指摘のとおりだと思います。
  160. 池田克也

    ○池田(克)委員 そういうような形もあってしかるべきだし、どんどん社会が発展していく中で、放送大学がきっかけとなってそういう整備が進んでいくということは悪いことじゃないと私は思うのですね。しかし、出発の段階でいまお話があるような要請をして協力を求める、そこで実習をした単位を加算していくというようなことについては若干安易な——しかしそれ以外に方法かないとも言えるのですけれども、これは非常にむずかしい問題をはらんでいるように私は思うのです。  と同時に、この実習という問題で、今度この大学の中で実習に一番手間のかかる講座科目というものは何と何でしょうか。
  161. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これも私からどこまで御返事ができるのか、大変むずかしいところだと思いますけれども、お手元の「放送大学について」の中に、これまでの準備の過程で放送大学の創設準備室によって検討された開設予定の授業科目の一覧がございます。この中でも、ごらんのように、基礎科目の中の自然系のようなところには開設科目として当然に実習を予定するようなものがあるわけでございますし、専門科目の中でも産業と技術の中の技術系のもの等についてはやはりそういった議論が出てくるであろうと思うわけでございます。
  162. 池田克也

    ○池田(克)委員 これもかなり煮詰めていかなければならないが、先ほどのように遠距離にわたるスクーリングが週二時間、それは最低でしょう。とる単位によっては、科目によってはもっとたくさんの時間を出てこなければならないこともあるのじゃないかと思うのです。  専修学校の方から私は若干御意見を伺ったわけでありますが、今日専修学校は大変なブームと言っては言い過ぎかもしれませんが、就職状況から見まして大変好ましいと言われる状況にもなってきているわけです。文部省からもいろいろこれに対する指導がなされているようでありますが、この専修学校は率直に言って放送大学での単位の互換を専修学校側として認めて積極的にこれを受講させるという意向を持っているようでありますが、この専修学校の連合会がございますが、それ等との意見の交換は今日までされていらっしゃるのでしょうか。
  163. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いま御指摘の、いわゆる全各総連と言われている専修学校、各種学校の団体の側に、これからの高等教育というものを考えていく場合に、むしろそれを広く中等後教育としてとらえて、中等後教育の中で専修学校といわゆる正規の高等教育機関とが適切に機能を分担し、相補完をしていくという姿が望ましいという御見解を持っているということは十分に承知をしております。  そういう意味で、専修学校、特にその中の専門学校放送大学との関係というのは今後十分に考えていかなければならない事柄ではございますけれども、何分にも学校制度が違うということがございますので、現在の制度では少なくとも大学の側から見た場合の単位の互換というような形は非常にむずかしい問題である、しかし、少なくともそれは全く話にならないことであるというように考え処理していっていいことではなかろう、というふうに考えるわけでございます。  特に、放送大学の場合には、これからの生涯教育なりリカレント教育の中で非常に重要な役割りを果たしていくことが期待されているものでござ  いますから、放送大学と専修学校との間の関係と  いうものについては、既設の他の大学以上に放送大学は積極的に考えるいわば条件と申しますか、場があるというように考えております。  いずれにしましても、たとえば放送教育開発センターの費用議員の中に全各総連の代表者である文化女子大の大沼先生にお入りいただくというような配慮はかねてからしてきているところでございます。
  164. 池田克也

    ○池田(克)委員 互換と言わないまでも、専修学校側が放送大学の講義とそしてそれによるところの単位認定を受けたいが、しかし一方通行です、と、こういうような要請を持っているように私は聞いております。  その場合、当然授業料という問題が絡んでまいります。また、登録という問題が絡んでまいります。これは一つの団体ですけれども、たとえばテレビの学校あるいは自動車の修理の学校とか、さまざまな現実社会に対応した専門の学校がここにございますが、そういうところの今後の発展の中で、放送大学が用意しているこうした科目というものを学生に教えることが非常にいいことだというふうに考える。その場合に黙って聞くのは結構なんですけれども、それを何らかの一つの形として専修学校側はその認定を欲しいが、しかしながらとてもお金がかかってくるという問題がある。ここのところのソフト的な対応というものはあり得ないか。  たとえば幾つかの講座、三科目なら三科目の講座についてうちの学校の生徒に放送大学を利用させたい、その場合に、指定があるその一つ一つの科目についての単位認定だけで構わない、と、こういうような要請に対応する放送大学の姿というものはあり得るかどうかということです。私の伺っていることがちょっとおわかりにくいかとも思いますけれども、どうでしょうか。
  165. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大学の側で専修学校で修得した内容をどのように評価するかという点は非常にむずかしいわけでございますが、専修学校の側で放送大学教育をどのように活用するかということは、ある意味では専修学校の御判断でできることでございます。したがって、専修学校の学生が放送大学の選科履修生なり科目履修生で在籍をして特定の単位を履修するということはもちろん可能でございます。  その場合の授業料の問題については、いままでそういう点について議論をしたことがございませんので実際には御返事ができませんけれども、事柄としては、そちらのサイドからのことであれば御協力は十分にできると思うわけでございます。
  166. 池田克也

    ○池田(克)委員 最後になりますけれども、前のこの委員会でも、将来四国地方や東北地方に放送大学を伸ばしていくという話が大臣からもたしかなされたように記憶しております。  その場合に、放送大学は今度幕張に出発をしますけれども、四国は四国の特殊法人になるのか、あるいは東北は東北の特殊法人になるというふうにいくのか、あくまでも特殊法人放送大学学園が一本で全国をカバーしていくというふうにお考えになっているのか、この二つのいずれをお考えになっていらっしゃるのか、お聞かせいただきたいと思います。
  167. 佐野文一郎

    佐野政府委員 一つの放送大学全国をカバーしていくという考え方をとっております。
  168. 池田克也

    ○池田(克)委員 終わります。
  169. 坂本三十次

    坂本委員長 湯山勇君。
  170. 湯山勇

    ○湯山委員 いままでにいろいろ各委員から御質問がございまして、ただいま池田委員からも最後に、放送大学が必要だという地域へどうして大学を設けていくかというお話がございましたが、私もそれを抜きにして放送大学というものは論じられないということをかねがね考えておりまして、特に志望の多い、要求の多い四国地区が地元でございますから、ぜひひとつそれをやってもらわなければならないと考えていましたら、西岡委員から御質問があって、その計画についてはこの法案の最終段階までにお示しになるということでございましたが、私もやはりその問題からお尋ねしていきたいと思います。大変初歩的なことですけれども、結局いただいた資料しか頼りになるものがございませんので、それを中心にしてお尋ねをいたしたいと思います。  まず、いま全国八〇%をカバーするという放送網を整備するためにはどうしても施設の整備ということが必要だろうと思います。そういうものを受けて基本計画の方を見ますと、確かにこの基本計画をつくるに当たって三つの専門委員会が設けられて、教育の専門委員会、組織運営の専門委員会、そして施設の専門委員会と、この三つの柱が立てられております。  ところが、この中身を見ますと施設に関するところが余り見当たらないので、ひょっと前の方を見ますと、あけてすぐ次の「まえがき」にその理由が書いてございました。それはどう書いてあるかというと、「この報告は、本会議の中に設けた教育と組織運営に関する二つの専門委員会及びそれらの六つの部会の結論をとりまとめたものである。」として、その後に、「施設に関する専門委員会が担当する部分については、後日、この報告に追加する予定である。」と書いてございます。  これは昭和五十年十二月十七日でございますから、もうすでに三年半ばかりたっておるわけですけれども、この、後日出すという追加は出されたのか出されていないのか。いつお出しになるのか。私の見た範囲では見当たらないのですが、その点について局長から御説明を願いたいと思います。
  171. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学施設に関する問題につきましては、基本計画の取りまとめに関する調査研究会議における検討と並行して文部省でも検討を進めまして、四十九年、五十年の両年度で、たとえば施設のモデル設計を実施するというようなことも行ったわけであります。そういった事情がございましたので、施設に関する専門委員会の担当部分につきましては、その後「まえがき」のような取り進め方を変更いたしまして、成果を文部省の検討に引き継ぐということで、取りまとめて公表することはしなかったわけであります。  文部省では引き続いて施設に関する問題について検討を進めまして、五十一年度には本部用地の候補地につきまして地質調査を行い、五十二年度には本部施設の基本的設計を実施するということを行ってきたわけであります。
  172. 湯山勇

    ○湯山委員 私がお聞きしておるのはいまのような後の方ではなくて、これはあなたの御担当のときではないけれども、「後日、この報告に追加する」ということを約束しておりますね。しかし、それがないから西岡委員の質問に対してもはっきりしない。局長も非常に渋っておりましたが、とにかく出しましょうということになったわけです。  施設のことはこれにも書いてございます。二十二ページに、「電波網を全国的に整備することは、」「重要な施設整備の仕事と考えるべきである。」とちゃんと書いてある。だから、これができなければ全国的な放送網の整備はできないということになる。しかも、これははっきり「後日、この報告に追加する」とあるわけですが、まだ何にも出ていないということであると、結局「後日」というのは三年六カ月ぐらいということになる。われわれがいろいろお尋ねしてもはっきりしない点、大臣に聞いても教えてくれないという問題のもとはここにあるのじゃないかと私は考えます。そこで、もし文部省で検討しておるならば、施設に関するこの補いの部分を出してもらいたい。これを出してもらわなければ、三本の柱の一つがなくて、それでもって審議をするというのは私どもも非常に困るわけです。  委員長、そこに書いてあるとおり、「後日、この報告に追加する」とありますから、専門委員会の報告でなくても、文部省の報告でも結構ですから、いまやっておるもの、できておるものをひとつぜひ出していただきたい。これは私はひとつ委員長にお願いしたいと思うのです。こういう重要な資料ですから、しかも約束しておったものか守られていないということであれば、ぜひひとつ委員長で計らっていただきたい。いかがでしょうか。
  173. 佐野文一郎

    佐野政府委員 後日に残されている施設の問題というのは、本部施設をどのようにつくっていくかというような問題として残っておりますので、私どもは、それについては、その後の放送大学の準備の進捗状況に応じて検討を加え、基本的設計等を実施をしているわけであります。したがって、そのものについては、後日改めて追加をするというようなことを行わないでいるわけであります。  御指摘全国放送網を張っていく、放送大学のネットワークを広げていくための施設の点については、すでに基本計画においても、約二百の送信所を建てていく、それによって八〇%のカバレージは可能になるというような考えが示されており、しかも、それに伴う所要経費の試算等も示されているわけであります。  ところが、これについて実は問題があるわけであります。それはこの基本計画段階では放送衛星というものを意識はしておりましたけれども放送衛星の実用化の目途というものが立っておりませんので、基本計画の中にも断りがありますように、放送衛星というものを考慮に入れないで計画ができております。したがって、地上局を逐次設置をしていって、それによって八〇%のカバーをするという考え方をとりました。  しかし、現在の段階ではすでにそういった考え方を当然の前提とするわけにはいかない。つまり、放送衛星の実用化の段階に入ってきているという事情がございます。したがって、これから先の実際の放送大学のエリアをどのように広げていくかということについては、非常に不確定の要素が多いので申し上げにくいということをこれまで申し上げてきたわけでございます。
  174. 湯山勇

    ○湯山委員 したがって、私はいまの経緯はわかるのですが、この基本計画を立てるときに三つの部門が必要であるとして、そして三つの専門委員会をつくってそれぞれで検討した。二つはできたけれども一つは残っている。要らなくなったというんじゃなくて、結局これは必要だ、だから後日これについては追加するという。そのことから言えば、何らかがなければこれでは不十分だということをこれは端的に示していると思うわけです。  そこで、その施設に関する部分、それをぜひひとつお示しを願いたいというのが一つです。それがなければ、一体どういうことでそれを全国に拡大していくかということについてのめどが立たない。これが一つあります。  それから、いま放送衛星のお話が出ましたが、放送衛星のところでは、この二十二ページに、「この電波網の整備計画考え前提として、現在研究開発中の放送衛星の利用の可能性について検討した。衛星による放送は、放送大学の通信方式として望ましいものと考えられるが、その利用の見通しが確定するには、なおかなりの年月を要すると思われるので、この計画には取り入れなかった。」と書いてあります。これはわかりました。しかし、これは昭和五十年の十二月で、「後日」が三年半ぐらいかかるのですから、「かなりの年月」と言えば十年か二十年かもしれませんけれども、しかし、放送衛星が非常に適当なものだという評価をされておるのですから、これについてどう進んでいるかということも考えてみなければならないと私は思うのです。  幸いきのう衆議院では、その通信衛星、放送衛星を打ち上げるための通信・放送衛星機構法案が成立いたしましたが、そこで電波監理局長にお尋ねしたいのですが、通信衛星はいつ打ち上げるのですか。
  175. 平野正雄

    平野政府委員 お答え申し上げます。  宇宙開発計画の中で、昭和五十七年度に打ち上げるということが決定いたしております。
  176. 湯山勇

    ○湯山委員 では、放送衛星はいつ打ち上げられるのですか。
  177. 平野正雄

    平野政府委員 同じ宇宙計画の中で、放送衛星につきましては関係機関と十分に相談をしてくださいという決定になっております。     〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕  郵政省といたしましては、昨年度宇宙開発委員会に対しまして、宇宙開発計画の見直しといたしまして、五十八年度に打ち上げていただきたいという申し入れをしたところでございます。
  178. 湯山勇

    ○湯山委員 大変よくわかりました。  その放送衛星には放送大学のチャンネルはとれるかどうか。つまり、放送衛星は私の聞いた範囲では重量の関係、打ち上げの関係等があって二チャンネルしかとれない、しかもNHKの方から申し出が出ておるということで、今度の放送衛星に放送大学のチャンネルがとれるかどうかはわからないということを聞いておりますが、その放送衛星には二チャンネルとすれば、大体どこが予定されておるのか承りたいと思います。
  179. 平野正雄

    平野政府委員 先生がおっしゃいますように、現在約三百五十キログラム級の実験用の放送衛星が打ち上がっておりまして、これが実はカラーテレビ二チャンネルが送出できるトランスポンダーを積んでおります。したがいまして、宇宙において実績があるという観点からいたしますと、最近打ち上がる実用の放送衛星も二チャンネル分しかとれないということに相なろうかと思います。  なお、従来からNHK全国あまねくテレビの放送をするために、いわゆる難視聴対策ということでございまして、申し出がございます。五十八年度に打ち上げてもらいたいという強い要望がございます。したがいまして、現在の段階は、まだ決定ではございませんけれどもNHKのテレビ二チャンネルという方向で進みつつあるというふうに御理解いただきたいと思います。
  180. 湯山勇

    ○湯山委員 それはNHKからの申し出ですか。郵政省の方針としてNHK二チャンネルということになるんでしょうか。
  181. 平野正雄

    平野政府委員 実は、郵政省の中にこの宇宙関係の打ち合わせ会議というものがございまして、NHKのほかに電電公社、国際電電、それに郵政省が入りまして、従来から郵政省が製作いたします宇宙開発につきましていろいろ連絡調整をしてまいったわけでございまして、その中におきまして、先ほど申し上げましたようにNHKが非常に強く要請をしておる、それを受け入れまして郵政省といたしまして宇宙開発委員会計画の見直しを要請した、こういう経緯でございます。
  182. 湯山勇

    ○湯山委員 大学局長、これは放送大学は申し入れしていないのですか。
  183. 佐野文一郎

    佐野政府委員 従来から放送衛星につきましては放送大学のプロジェクトと非常に重要なかかわり合いがあるということでございます。そういった趣旨に立って、放送大学の問題について議論が行われている過程において放送衛星の問題は常に出ていたわけであります。  私どもは、郵政省のこれまでの御対応というのは、放送衛星については放送大学の構想それ自体がまだ具体化していないという段階でございましたので、放送大学の構想の具体化を待って、それとともに放送衛星とのかかわり合いは検討していこうと、そういう御方針であったと承知しているわけでございます。
  184. 湯山勇

    ○湯山委員 それでは、せっかくこれだけ全国をカバーしよう、それには放送衛星か最も適当だということでありながら、何かいまのところ乗りおくれておるような感じです。  ただ、いま電波監理局長が言われましたように、まだ最終確定ではない。そうすれば、実は郵政大臣がこの放送大学学園主務大臣になっていますが、そこで主務大臣が腹を決めて、ではひとつ今度の放送大学の電波を乗せようというような決意になってやれば入る余地がありますか。どうでしょうか。
  185. 平野正雄

    平野政府委員 先ほど申し上げましたように、宇宙開発委員会でわが方の要請どおりに五十八年度打ち上げという決定がなされるかどうかということがまだ明確でないわけでありまして、正確に申し上げるならば、実用の放送衛星は五十八年度以降打ち上がるであろう、こういうことに相なろうかと思います。なお、実用の衛星である以上は、いわゆる実利用の衛星を打ち上げたその翌年に軌道予備を打ち上げることに相なろうかと思います。  これは国の財政との関係も大いにあるわけでございますけれども、そういたしますと、将来の日本の放送衛星の利用につきまして、先生も御承知のように放送衛星は非常に高角度から電波が出ますので、全国同時にというメリットはあるわけでございますけれども、そういうメリットを考慮しながら、将来この放送大学の利用とNHKの利用とをどのように宇宙開発計画の上で明示していただくことにするか、これはやはり郵政省文部省との間で今後の計画につきまして十分に詰めてまいる必要があろう、そういうふうに存ずる次第でございます。
  186. 湯山勇

    ○湯山委員 いまの問題はやはり郵政省会議にかけるわけですから、郵政大臣の心構えというものも承りたいと思うのです。  きょうは他の委員会関係でお見えになっていませんから、この問題等について郵政大臣に質問する機会をぜひつくっていただきたいと思いますか、委員長、ひとつお約束願えますか。
  187. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 後刻理事会で御相談申し上げます。
  188. 湯山勇

    ○湯山委員 なお、これと関連して郵政大臣主務大臣としてお聞きしたいことが幾つかあるわけです。  たとえて申しますならば常勤の理事、これは「理事長が文部大臣の認可を受けて任命する。」となっています。では常勤の理事はどういうことをするかというと、文部省の御答弁では学務と放送、総務、財務の四つをお挙げになっていまして、四人が分担するから四人だということでした。それはよくわかるのです。そうすると、そのあとで法律の中で、「主務大臣は、文部大臣及び郵政大臣とする。」とあって、郵政大臣のやることというのは、主務大臣として放送関係と主として財務です。そうすると常任理事の四人の中の二人は放送と財務ですから、文部大臣だけが認可しただけでいいのか、関係のある郵政大臣はつんぼさじきでいいのかどうかというような問題が出てくるんじゃないかと私は思うのです。こういうことも一体どうなるのか、主務大臣としてのお考えを聞かなければこれはわからないと思うのです。  あるいはお二人一緒でないと——郵政大臣の方は電波が関係の常任の理事にはおれの方のあれがある、それから財務の方も主務大臣として郵政大臣の方は九つの項目はほとんど財務です、それはおれにも権限がある、しかし法律の上では四人とも「文部大臣の認可を受けて」となっているということで、ここらに調整の必要もあるし、また、運用の問題で両主務大臣の間で意思統一をしていただかなければならない問題があると私は思いますので、こういう問題も確かめなければなりませんから、委員長においてひとつ善処をお願いいたします。  そこでお尋ねいたしたいのは、いま大臣はお留守でしたけれども、何か、放送衛星が上がるということになると、きのう法律が衆議院の方を通りましたから五十八年度中ぐらいに上がる、軌道に乗せるのにいろいろな手続があって何カ月かかかるということだそうですが、それにしても、いま放送衛星を使う可能性のあるのは難視地域解消のためにNHKが使うということが話題になっている。放送大学の方は話題になっていないそうです。しかし、基本計画では放送衛星が最も適当だと書いてある。  三年半ばかり前に、年月を経ないとわからないからということだったのですが、もう三年六カ月たって、いまのように放送衛星も上がるということにもなったらこれらの問題をはっきりしなければ後の計画が立たないのじゃないか。こういう問題を文部大臣にも郵政大臣にも確かめたいと思いますので、文部大臣もひとつお含み置きを願いたいと思います。  さて、では大学局長にお尋ねしますが、いまの放送大学放送衛星を抜きにしてやるということでしたね。いまの設備は……。そうじゃないのですか。
  189. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送衛星についてはただいま郵政省側の御答弁がございましたけれども文部省としては、放送衛星の利用というものを放送大学は将来ぜひ考えたいと考えているわけであります。  ただ、いまの御答弁にもありましたように、放送衛星の実用化の目途、特にそれを放送大学がどのような時期からどのような形で利用ができるかということについては未確定な要素がございます。したがって、そういったことを頭に置きながらこれからの全国的な放送大学のエリアの拡張計画というものを考えていかなければならぬ。しかし、そのことは放送衛星というものを抜きにしてこれからの将来計画考えるということでは決してないということであります。
  190. 湯山勇

    ○湯山委員 この二十二ページをちょっと読みますよ。さっきの放送衛星については、「その利用の見通しが確定するには、なおかなりの年月を要すると思われるので、この計画には取り入れなかった。」と基本計画には明確に書いてあるのです。  だから、入れてないでしょうということをお尋ねしたわけです。
  191. 佐野文一郎

    佐野政府委員 基本計画が策定された段階では、御指摘のとおりの考え方をとっております。  しかし、基本計画につきましては、それをどのように具体に実施に移していくかということがもう一つあるわけでございます。したがって、現在われわれが考えている放送大学の第一期の事業計画というのは、基本計画で掲げられている第一期の事業計画をはるかに下回ったものとしてまずスタートするということを考えております。  今後の放送大学の領域の拡張ということを考えていく場合には、基本計画はそのように記述をしておりますけれども、具体的にこれから対応していくときには放送衛星というものをやはり考えの中に入れて計画考えていく必要があると思っておるわけであります。
  192. 湯山勇

    ○湯山委員 非常に物わかりのいい局長ですけれどもわからない。基本計画にはそうだ、入れない、けれども考えていかなければならぬと言いながら、いまの立地計画というのはうんとダウンしておる。  私はそういうことをお聞きしているわけじゃなくて、いま現在全国カバーをするための構想をお出しになるでしょう。それはこれには入れてないでしょう。放送衛星は入っていない。これは基本計画ですよ。さっき基本計画には幾つだと予算もちゃんと示してありますと局長がおっしゃったから、それで聞いておるわけです。それには入っていないということでおやりになっておるのでしょう。そうですね。もうちょっとはっきり言ってください。  局長は非常に明断でよくわかる答弁をされるのに、この問題関係では非常にわかりにくいので文部大臣が言ってくれないのは無理ないかもしれないと思うくらいですが、もう少しすかっと言ってみてください。
  193. 佐野文一郎

    佐野政府委員 基本計画は御指摘のような形になっておりますが、われわれが現在考えている放送大学の将来の拡張計画考えていく場合の前提としては、やはり放送衛星というものを考え計画を立てていくべきだと思っているということでございます。
  194. 湯山勇

    ○湯山委員 わかりました。  それでは、放送大学をいまの放送衛星を使ってやった場合にはこういうふうに全国へ電波を流す、つまり放送大学がこういう形で開設されるというコースと、それが使えない場合は別途と二通り考えておると、こう考えていいのですか。
  195. 佐野文一郎

    佐野政府委員 二通りと言えば二通りでございます。  放送衛星がどの段階でどのように使えるかということが未確定でございますから、放送衛星というものが利用可能になるということを常に念頭に置いて計画についての再検討をしていかなければならぬということがあるという点では御指摘のとおりでございます。
  196. 湯山勇

    ○湯山委員 そこで、放送衛星はこの基本計画をつくったときとは違ってきておるのです。打ち上げるということはすでにもう計画に載っておるわけです。しかも二チャンネルしかないということもわかっている。一つはNHKらしい。これもわかって、ひょっとすると二つともNHKかもしれない。そういう状態ですから、いまそうあやふやじゃなくて、どうするということをはっきりしないとこれは一体どうするのですか。われわれ審議できないでしょう。  そこで、使った場合はこうだ、それはこういうことでこういくんだ、使わないときはこういくんだという二つのプランをひとつ出してもらいたい。そうしなければ、これも基本計画も設備の分も抜けたままです。三本の柱の中の一本はないのですよ。後日出すというのに出ていないのですからね。そうしておいて、いま出ておるこれはわずかに東京付近にちゃちな試験放送ぐらいなものをばっと出す。ここまで後退しておる。これじゃだんだんもっと後退したら消えてしまいそうです。それではいかぬから、将来こうだというものをはっきり見せてもらいたい。私はちっとも無理は言っていないのです。なかなかむずかしいとは思いますけれども、しかし、われわれが審議する上にはそれが必要なんですから、この条件ではこう、この条件ではこうというものをぜひお示しを願いたい。これは大臣にお約束を願いたいと思うのです。  これはまだ軌道には乗りませんけれども放送衛星はとにかく上がることだけは決まったようですし、まして主管大臣主務大臣は文部大臣と郵政大臣で、放送衛星の主務大臣です。話ができないことないはずです。だから、お話し合い願って、その上で放送衛星についてはこうだ、それがいかぬ場合はこうだということをお示し願いたいのですが、お約束願えますか。
  197. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 御指摘のとおりと思いますから、努力いたします。
  198. 湯山勇

    ○湯山委員 それでは、委員長もいまの点を御確認願って、それをぜひ出していただいて、それについて検討の機会をつくってもらいたい。お願いします。
  199. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 大臣の御答弁に即して、後ほど理事会で相談したいと思います。
  200. 湯山勇

    ○湯山委員 それでは、その次です。もう一つむずかしい問題を聞きます。  放送衛星を使わない場合、東京、名古屋、大阪の三つの地域へ広域の局をつくるということがありますね。これは放送衛星を使わない場合はどういう方法でおつくりになる御予定だったんでしょうか。
  201. 佐野文一郎

    佐野政府委員 基本計画は、マイクロ回線を使うということが前提になって積算が行われております。
  202. 湯山勇

    ○湯山委員 電波監理局長にお尋ねしたいのですが、マイクロ回線は大きいのがいま二つありますね。東京−名古屋−大阪と、東京−金沢−大阪と二つありますね。名古屋の方は使える状態ですか。
  203. 平野正雄

    平野政府委員 ただいま先生がおっしゃいました東名阪回線は非常に混雑をしておるように聞いておりますが、先ほどおっしゃいました金沢回りを活用すればテレビの一チャンネルは確保できるんではなかろうかというような気がいたしております。
  204. 湯山勇

    ○湯山委員 そうすると名古屋は飛ぶわけです。金沢はいいけれどもね。いいですか。私はこの問題はもうこれ以上聞きませんが、ここいらもよほど検討してもらわないと、西岡委員に言われてやるまでにやりますなんて言われても、また、わけのわからぬと言っては失礼ですけれども、そういうことになったのでは、委員長、これはもうできないんですよ。  いま言われたように東名はもうむずかしい。そうすると東金しかない。そういうことになると名古屋はどうするのかという問題が当然出てきます。ですから、放送衛星もまだもやもや、こっちのマイクロ回線ももやもやで、さあこれでやりますと言ったってできっこないでしょう。  そこで、せっかく郵政大臣主務大臣ですし、その方の本当の専門の電波監理局長もおられますし、マイクロ回線を持っておる電電公社もこれは郵政大臣の所管ですから、ひとつみっちり話してもらいたい。放送を使うということが放送大学のある意味での生命です。そこがこんな状態でやろうったって無理だと私は思う。ですから、そのことの納得のいくような、あるいは検討に値するような資料をぜひお出し願いたい。これをお願いします。  それから、あとも大変素人みたいなことばかりお聞きするので恐縮ですけれども、この「放送大学について」という資料ですが、これは責任を持ってやれるということで検討なさったのでしょうか。まだこれからですか。
  205. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現段階において、文部省は、このようなものとして放送大学をスタートをさせたいということで作成をしているものでございます。  しかし、御指摘のように、そのことが確定をしていくためには、法律の制定をまって、次の予算で関係省庁と協議をしながら、具体に放送大学の規模あるいは経費等を確定をしていかなければなりませんし、また、その前提として学園なりあるいは大学の創設準備に当たる人たちがどのような構想を持つかということもあるわけでございますけれども、現在の段階でわれわれが考えている方向というものは、そこに文部省としてお示ししたとおりでございます。
  206. 湯山勇

    ○湯山委員 私は、いただいた資料は基本計画とこれしかないものですから、この両方はかなり詳しく見ました。非常にわかりにくいのですが、ひとつお尋ねしたいと思います。  「放送大学設立の目的」、これは一ページの(1)ですが、ここのところに、「既存大学との連携協力を深め、」とありますが、これは法律で見ますとかなり制限があるようです。  また、放送施設、そういうものは他の大学にも提供できるのですか、できないのですか。
  207. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送施設としておっしゃったのは何を指すかでありますが、法律で提供できないと書いてあるのは、これは電波法関係で送信関係施設は第三者に利用させることかできませんから、それはできないと書いたわけでございます。
  208. 湯山勇

    ○湯山委員 放送大学の特徴というのは放送のための無線設備、これはやはり放送大学の大きな特徴ですね。それは他の大学に使わせない。それじゃ連絡提携というのは何を使わすのでしょうか。つまり、放送大学と他の大学との連絡提携というのは、現存しておる大学間の連絡提携と放送大学の場合とどう違うのでしょうか。  つまり、放送のための無線設備は他の大学の用に供しちゃならない。もう少し詳しく申し上げれば、無線設備というのは、電波法二条の四号によって「無線電信、無線電話その他電波を送り、又は受けるための電気的設備」だが、これは全部使っちゃいかぬ。ほかの学校に使わしちゃならぬ。それじゃ放送大学で他の大学と提携して相互に連携協力を深めるというのは何なんでしょうか。
  209. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いまの施設を第三者に貸してはいけないというのは、これは当然のことでございます。これは他の大学であろうと何であろうと第三者には貸しませんけれども、ただ、そのことは、放送大学主務大臣の認可を得て放送大学事業として他の大学のための放送実施することを禁止しているものではありません。放送大学主務大臣の認可を得て私大通信教育のための放送実施することは法律上可能にしてあるわけでございます。  そのほか、連携協力としましては、かねて申し上げておりますように、放送大学の教員組織というものを考えていく場合に、国公私立大学の御協力を得て専任、客員の教官を整備していかなければなりませんし、特に学習センターについてはそういう事情があるわけでございます。そういったことを通じて教官の交流という形で既存大学との連携協力というものが深められることが期待をされるわけでございますし、この「ウ」のところにも書いておりますように、そのことは具体的には単位互換の推進であるとか、あるいは教員交流の促進であるとか放送教材の活用、そういったことにつながっていくことであろうと思います。
  210. 湯山勇

    ○湯山委員 後の方はよくわかりました。  前の方ですが、たとえば通信教育学校放送大学のそれを使って通信教育のその学校のものを流す。これはできるのですか、できないのですか。
  211. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その場合は、放送番組の編集責任は放送大学理事長がもちろん持つわけでございますから、それは放送大学学園事業として行われるものでございますけれども、具体的に私大通信教育協会と協議をして、たとえば各大学の共通の教材の部分についてそれを放送するというようなことが協会の側の御理解を得て可能であるということであれば、それは放送大学放送による教育に支障のない限りはできるということに法律上してあるわけでございます。     〔森(喜)委員長代理退席、石橋(一)委員長代理着席〕
  212. 湯山勇

    ○湯山委員 そうすると、局長かさっきおっしゃった放送教材活用の普及というようなこと、これもいまのような制約かありますね。
  213. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の場合には、午前中にも御議論のありましたように、放送大学放送番組をビデオパッケージ化して、そしてそれをもし御要望かあれば既設の大学の図書館に備えたりすることはもちろんできるわけでございます。もちろんこれもほかの大学が要らないとおっしゃればだめでございますけれども、ほかの大学が使おうということであるならば、放送大学の側は対応かできるということでございます。
  214. 湯山勇

    ○湯山委員 これは提案理由の御説明の中にもこういうことかございましたし、それから法案の中にもそういう条項がございますか、もっと大々的に開かれた大学としてもっと利用に供せるのかと思うと、ずいぶん厳しい制限かあって、とにかく放送大学のものとしてでなければ出せないということだと相当制限があるな、果たして意図しておるような効果が上がるかどうか、と、若干疑問を持ちます。しかし、御説明はよくわかりました。  その次の「放送大学教育」の二番のところです。後先になりますけれども、「放送大学は、その授業をテレビ・ラジオで放送する」とありますね。ものによっては講義を放送するとかいろいろありますが、通常は「授業をテレビ・ラジオで放送する」というのはどういうことをやるのでしょうか。授業の実況放送をやるということになるのでしょうか。これはいままでの御説明とはちょっと様子が違うように私は思うのですが、どうでしょうか。
  215. 佐野文一郎

    佐野政府委員 確かに御指摘の点は理解できます。  設置基準の三十条で、「授業は、講義、実験・実習、演習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。」と書いてありますから、したがって講義はいわば授業の一態様、授業の方法でございます。  授業を放送するという表現は、いわば授業を放送によって行うという趣旨のものと私は理解をしておりますけれども、より正確に言えば、授業における講義を放送によって行うという方が正確であろうと思います。
  216. 湯山勇

    ○湯山委員 それはおっしゃるとおりだと思いましたのでお尋ねしたわけです。だから、この表現は適当でないということですね。  その前へもう一つ戻ってください。ここがわからないのです。「放送大学は、教養学部を設置し、国民の多様な要請に応じ、豊かな教養を養うとともに、実生活に即した専門的学習を深められるよう、幅広い学際的な授業科目を開設する。」とあります。これは普通から言えば、専門的な学習を深めるということと学際的な授業ということとは違いますね。矛盾していますね。これはいかがですか。
  217. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の開設をする授業科目というのは、国民の多様な要請にこたえることができるように、全体の構成におきましてもそれぞれの内容においても幅の広い広がりを持ったものであることが望ましい、そして、そのためには、伝統的な一つの学問領域、専門分野を内容とするものではなくて、異なった学問領域なりあるいは専門分野の結合によって構成されるものが望ましいということを述べたつもりでございます。  そのことは、放送大学の学生の多くが社会での実際の経験を通じて問題意識を持っているということ、それからその問題意識が多様であるということ、あるいは午前中も御答弁を申し上げましたように、学生の中には長く抽象的な思考から遠ざかっているというようなことがありますから、こういう領域の問題を提起することによって学問的な内容、方法についてさらに理解を深めていくということは方法としては考えられないことではない。ただ、特定の専門分野を既設の大学のように深く追求していくということには必ずしも十分でないものがある。それはそのとおりだと思います。
  218. 湯山勇

    ○湯山委員 そこで、私は「学際的」という言葉がわからなくなったのです。これはどういうふうにお考えなのでしょうか。  試みに国会図書館で字引を調べてもらったら「学際」という言葉はない方が多いのです。三省堂のコンサイスの和英にも残念ながらありません。幾つかの字引にはありましたけれども、はっきりしないです。  この「放送大学について」にもずいぶん「学際」という言葉を使ってあるし、それから「基本計画」にもずいぶん「学際」という言葉が使ってあります。たとえば「放送大学教育」の中で、「実生活に即した専門的学習を深められるよう、幅広い学際的な授業科目」とか、あるいは「総合科目」で「学際的な研究」云々とか、「基本計画」の三ページにも、「放送大学の創設の意義」として、「学際的な研究を促進することが、放送大学の重要な使命となるであろう。」とか、あるいはまたその同じ十二ページには、「三つの学習コースは、独自の学際的な領域であって」とか、それから「具体的な問題の領域を取り上げて、それに学際的に接近する方法を呈示する」とか、ずいぶんいろいろと「学際」という言葉があるんですが、残念ながら私はまだその概念をはっきりつかむことができません。  「学際的な授業科目」というのは一体何でしょうか。それから「学際」という言葉は一体どういう概念でお使いになっておるんでしょうか。これは私の不勉強だと思いますけれども、しかし、大事なことだと思いますので、念のためにお尋ねしたいと思うのです。
  219. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のように、「学際」という言葉が現在非常に広く使われておりますが、それはインターディシプリナリーという言葉を翻訳するのに「学際」という言葉を使って、それが広く使われているということであろうと思います。  もちろん、その「学際」という言葉が使われる場合に、学際的な学問領域というような言い方をする場合には二つの既存の専門領域、学問領域にまたがるものであるということだけではなくて、いわばそれを横断的にカバーしながら、しかも学問としての深みを持っているものを恐らく「学際」と言うんだと思います。そういうものとして学際的な学問領域という言葉を使う場合と、それからもう少しそこのところをやわらかく、一つの学問領域、専門分野を内容とするものではなくて、異なる学問領域、専門分野にわたってその問題をカバーする領域を持っているというような場合に、学際的な領域という場合と両方あるように思います。  「放送大学について」なり「基本構想」で使っている場合には、やはり両方の意味で使っているように思います。そのことは必ずしもうまく使い分けられていないのではないかという感じは確かにいたします。
  220. 湯山勇

    ○湯山委員 率直にお答えいただいたのですが、私も同感です。わからないんです。それで大学先生にも聞いてみたが、こんなことできるかなと言う人もあるし、せっかくこんなに学際、学際と説明していただいても、これを読んでもわからない。  大臣は「学際」という言葉をいつごろお聞きになりましたか。何年くらい前に聞きましたか。     〔石橋(一)委員長代理退席、委員長着席〕
  221. 内藤誉三郎

    内藤国務大臣 私も実は最近聞きまして、正直言いまして私自身もわからないのです。
  222. 湯山勇

    ○湯山委員 ついでに大変失礼ですけれども電波監理局長は「学際」という言葉をお聞きになってどんなようにお考えですか。
  223. 平野正雄

    平野政府委員 私は実は工学系統の人間でございますので、いわゆる工学を進歩発達させるために、従来の電気なら電気あるいは機械なら機械という分類にとらわれないで、いわゆるそういったもののいろいろ総合した分野としての学問が十年ぐらい前から非常に進歩発達をしているというような状況下で聞いたことはございます。
  224. 湯山勇

    ○湯山委員 ついでにもう一人お聞きしましょうか。課長さん、お見えになっておると思いますので……。
  225. 遠藤丞

    ○遠藤説明員 学術用語としてはかなり前から、十年ぐらい前からインターディシプリナリーという言葉がかたかなのまま使われておったようでございます。それが「学際」という日本語に定着したのは比較的最近のことだろうと思います。
  226. 湯山勇

    ○湯山委員 そういう言葉は、なるほど放送大学も新しい構想ですけれども、わかりにくいです。こういうふうに教科を学際的にやるということです。  いまおっしゃったように、インターディシプリナリーのインターは、インターナショナルがあるから「際」で、そうすれば下の方のディシプリナリーは「学」でも「専門」でも何でもいいから、それをくっつけて「学際」と、訳語は、恐らくこんなことでしょう。ですが、この言葉の定義というものははっきりしていません。「現代用語の基礎知識」というのを見ますと、「異専門間協業あるいは学際ともいう。複雑な問題のシステム分析を行う場合には、一つの学問領域または専門分野の知識経験では不十分で、多くの異なった境界領域の学問や専門知識が必要になる。代表的なものが人工衛星の開発でこれには、天文学者、地球物理学者、生理学者、病理学者、電子工学者、通信工学者、機械工学者など多数の学問領域の学者や技術者が結集して、初めて成功したのである。」という説明です。ですから、電波監理局長さんの言われたことに近いと思います。  それから、なお、それらがいつごろ使われたかというと、朝日新聞が初めて日本で使ったというものもそう古いことではありません。したがってそうこなれていない言葉です。それを、教科を学際的にやれと言う。  仮に、いま言われたように非常に大ざっぱに言って、境界を取っ払ったということでやったとして、では子供の育て方というようなものは医学の部分もあるし、栄養学もある、だから学際的だ、こういうことだとしましょうか。そうやった場合に、そういう学際的なところがこの大学の特徴であるとして、そういう形で学習した場合に、今度他の大学と単位の交換というものはできるのでしょうか。私は子育ての単位を取りましたといって、それて一体他の大学と——これは単位交換というものをやるとありますね。しかし、そういうことでできるかどうかです。かえってそれは障害になりはしませんか。他の大学は専門科目でずっときておる。そして放送大学だけは学際的にやって、それでもって単位交換をやってどうするのでしょうか。
  227. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御案内のように、「大学は、教育上有益と認めるときは、学生が他の大学の授業科目を履修することを認める」として、そして、その「履修した授業科目について修得した単位を、三十単位をこえない範囲で当該大学において修得したものとみなすことができる。」ということが規定をされております。このことを通常いわば単位の互換というように言っておるわけであります。この場合、ほかの大学で開設されているどの科目について学生の履習を認め、単位の互換を認めるかということはその大学教育上の判断によるわけでございます。  ほかの大学で開設されているいわゆる学際的な科目について履習を認めた場合において、その大学においてはそういった科目を開設をしていない場合であっても、この単位互換制度によって、その学際的な科目について修得した単位をその大学の一般教育科目あるいは専門教育科目の単位を修得したものとして認めることはできるわけでございます。お互いに対応した科目があって、そしてこの科目のかわりにこっちを取らなければという形で単位互換は必ずしも行わなければならないということではございません。
  228. 湯山勇

    ○湯山委員 それはせっかくの大学局長の御答弁ですけれどもいただけないと思うのです。  というのは、学際的にということは、専門科目をおよそどれだけのことをやるということは決まっておるわけです。それを無視して、この部分からもこれだけ、これからもこれだけというような取り方をして、総合的な、あるいは実生活に即した科目をつくるわけでしょう。それはでき上がっていないのです。そういう専門科目の境界を取っ払って総合したものは、極端に言えばどれも中途半端です。そういうやり方をしておいて、一方が認めればいいじゃないかというのはおっしゃるとおりですけれども、認めにくい、あるいは認められない、こういうことになるんじゃないですか。  つまり、放送大学放送大学の科目、またそれがなければいま言われている実生活に即したということが意味ないでしょう。ここに大変矛盾があって、文部省が強権力で認めろという指導をするかお願いをしていくかでなければ、それじゃ学生の要望にこたえたようなそういう学際的な科目というものはできない。そうだと単位の交換はできない。矛盾していますね。
  229. 佐野文一郎

    佐野政府委員 放送大学の場合には、その開設している科目の性格と申しますか、学部の性格からして、他大学との単位の互換というものが行われる主たる舞台は一般教育科目のところになるだろうと思います。  一般教育科目については、御案内のように現在は既設の大学におきましても、「特定の主題を教授するため二以上の学問分野の内容を総合したもの」というものを授業科目で開設することを認め、それがいわゆる総合科目として各大学においてかなり積極的に取り入れられ、また学生もそれを非常に歓迎をするという状況がございます。  そういった一般教育における総合科目のようなものは、実質的にも放送大学のねらいとしているところに近いものがかなり多いわけでございますし、それに限るわけではございませんけれども、一般教育を中心とした既設の大学放送大学との間の単位の互換というものは実際にかなり進展し得る可能性を持っておると私は思っております。
  230. 湯山勇

    ○湯山委員 私はその点が非常に心配ですからお聞きするわけです。  放送大学の教科というのは、いまのように実生活に即した専門的学習ということですね。これはいいですね。  そこで、「幅広い学際的な授業科目」となっていますが、これは教育の方法論のときに、そういう教育の技術ですか、方法論が一時はやったことがありました。目的をちゃんと決めて、どうすれば豆がたくさんできるかとか、どうすれば大きい花が咲くかとか、どうすれば早く火がおこせるかとか、それは初等教育段階でもそういう目的を持って学習するということは子供に積極的な意欲を与えるという意味で価値があるというので、そういうものがはやったこともあるのです。そういう次元の低いところで、高校卒業生程度でやるというなら、それは私はわからぬことはないと思うのです。しかし、いやしくも他の大学と単位を交換できるような、そういう高いレベルのものを、高校を出てきた者に学際的にというので総合的に実生活に即したものでやって、一体同じレベルまでいけるのかどうか、そこにも問題があると私は思う。だから、いまの目的学習というようなものは基礎ができていないということでやはり落ちました。  それから、こういうことで論議になったのは、たしかOECDかなんかでやはり問題になったことがあるのは局長は御存じでしょうか。
  231. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘の点は、私はちょっと理解できません。
  232. 湯山勇

    ○湯山委員 OECDで八年前にセミナーがありまして、そこでやはりこういったことが論議されて、そしてこれは一挙にトップまでいくのじゃなくて、何か三段階か四段階かに段階を分けてやろうというようなことになったということを私は聞いていますが、これは私は耳で聞いたのですから正確ではないかもしれません。  いずれにしても、八年ばかり前にOECDでそのことが論議されたことは間違いないようですが、これは課長は御存じないですか。
  233. 遠藤丞

    ○遠藤説明員 聞いておりません。
  234. 湯山勇

    ○湯山委員 そういうことですから、局長が言われるように他の大学はそれぞれ専門的にやっておる。放送大学だけが幅広く、しかも実際に合うようにそれぞれの学生の目的に合うような形でやっていくということになれば、きっとその基礎能力に欠陥ができてくる。そうなってくるとこの単位の交換というものはなかなかむずかしくなってくるという懸念を私は持っております。そして局長が言われるように、そう簡単ではないということを御指摘だけ申し上げたいと思うのです。  これは非常に大事な点ですから、そういうことについてもし必要だとお思いになるなら、しかるべき大学先生方に聞いていただきたい。この教科をお示しになって、こういう形で学際的にやる——それがまだ私はわからないのですけれども、それで幾つかやったらそれは単位を認めてくれるかということを相談してみていただきたいと思うのです。恐らくノーという方が多いと私は思いますが、その問題を一つの課題として御検討願います。  それから、その次にもう一つついでに聞きますが、これは間違いだろうと思うのですが、六ページを見てください。六ページのところで、ここで初めて「学生の学修方法」というものが出ておるのです。通常は「習う」のがそうですが、「学を修め」というときには「学修」ですね。同じ「ガクシュウ」ですが、「学を習う」と「学を修める」と二通りあるのです。これは間違いですか。意図的にお使いになったのか。
  235. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは間違いではなくて、意図的に使っているのだと思います。  つまり、「習う」方の「学習」は、法令におきましては、学校教育法の四十五条の二で、例の高等学校の定時制、通信教育の課程の技能連携の規定の中で、「校長は、文部大臣の定めるところにより、当該施設における学習を当該高等学校における教科の一部の履修とみなすことができる。」ということを規定している例がございます。  それから、「学び修める」というのは余り例がないわけですが、大学設置基準がこの「学修」という言葉を使っております。たとえば設置基準の二十六条で、「講義については、教室内における一時間の講義に対して教室外における二時間の準備のための学修を必要とする」と書いてありますが、それは「学修」という字を使っております。これはたしか三十一年のときだったと思いますけれども、何で「学修」という言葉設置基準が使ったのかということは、どうも資料が残っておりませんので的確にはわかりません。  それで、「基本計画」ではすべて「学習」を用いておりますけれども、「放送大学について」の六ページのところで、「学習指導体制」に関して、「その学生の学修方法」というところに「学修」を書いたのは、設置基準の「学修」を意識して書いたということだと思います。  いずれにしても、「学習」と「学修」の両方の「ガクシュウ」は、法令上は同じ意味を持つものとして使われていると考えていいと思います。
  236. 湯山勇

    ○湯山委員 私も簡単に片づけにくい気持ちがあったのはそういうことでした。ただ、そうだと、同じ3のところで、上の「学生の学修方法は、」は「学修」で、それから(3)のところの二行目の「学生の学習指導」は「習」になっている。だが、これはどっちかがどうかですから、退屈で聞いたくらいなことですから聞き流していただいて結構です。  それから、その次はちょっとお尋ねしたい点ですが、単位取得の方法として、この説明によりますと、これも六ページのいま「学修」で問題にしたところですが、「学生の学修方法は、テレビ・ラジオの放送による授業を視聴する」ということはわかりますが、その次に、「教科書、参考書での自学自習」ということ、これが単位になっております。つまり、教科書、テキスト、参考書で自学自習というのですが、この場合のテキストは、その前の「方法」のテレビ、ラジオで放送される内容はテキストをもとにして放送されるのが当然常識だと思うのです。そうするとそれも単位になるし、一方教科書を読むのも単位認定の時間になる。重複するおそれはありませんか。
  237. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そこのところは、確かに先生の御指摘のように非常にむずかしいところだと思います。  考え方としては、御指摘のように、放送を視聴することによって単位を取得するという単位の計算に重ねて、学生が印刷教材の相当の分量をこなすこと、それを単位として別途考えております。そして、その放送視聴による単位を付与するについては、設置基準の考え方に従った一時間の視聴に対して二時間の自学自習を課しているという形になっておるわけでございます。  したがって、本来、印刷教材を読むということはまさにその自学自習に相当するのであって、それをさらにもう一つ単位として見るというのはおかしいではないかという御議論が確かにあると思います。そこのところの考え方は、やはり、自学自習によるものと印刷教材で勉強することと区別をして単位計算をする。これはいまの通信教育が、単位の計算方法について、印刷教材による学習をもって単位を計算しているということといわば横並びの話ではございますけれども、その場合に放送と印刷教材とが内容的に完全にダブるということはおかしいわけで、そこのところはもちろん放送による視聴の理解を助ける、あるいはそれをもっと深めるという形で印刷教材というのは工夫されなければならないけれども、完全に重複したものであってはいかぬ。といって全然重複をしないということは実際問題としてなかろうから、したがって設置基準で印刷教材何ページのものの学習というものを単位として課する場合には、その印刷教材の実際のページ数というものは、具体の話になって恐縮ですけれども、基準で要求されるページ数よりもはるかにページ数の多いものが提供されるという形になっていかないとおかしい。  それはどういう意味かといえば、もちろん放送の視聴と印刷教材との間の関係というものを意識をしながら印刷教材はできるわけですから、完全にセパレートされたものにはならないだろうと実際には考えられるし、そこの部分はやはり控除をして考えるという、きわめて技術的な話ですけれどもそういう配慮が要るのだろうと思います。  しかし、そういう配慮は要るけれども放送の視聴による単位と印刷教材の学習による単位というものは、やはり別々に計算をしていくという方法をとるということを現在基準分科会の方では考えている、そういうことでございます。
  238. 湯山勇

    ○湯山委員 私はそれは意見があります。というのは、熱心な人はずいぶん参考書も読むでしょうし、テキストも事前に学習していくというのはむしろ学生の常識だと思うのです。ですから、そのためにテキストを読んだというのを、しかも同じようなことがやがて放送で学習できるわけですから、そこは少し——普通の通信教育は違います。講義録みたいなものなら、それはそれでいいんです。しかし、放送大学の場合、せっかく電波という生で視聴できるものを持っていながら、通信教育にならってテキストを読んだものまで有効な単位に取るというのは、非常に悪い言葉で言えば甘やかし過ぎておるのではないか、あるいはそういうそしりを受けはしないかという感じがします。  そこで、先生がこういうものを読んでこういうことを勉強しておけという参考書の分は別としても、少なくともテキストまで有効学習時数に入れるということはやめた方がいいと私は思うのですが、どうでしょうか。
  239. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もとより、放送と教科書が併用される授業科目についての具体的な単位の計算方法につきましては、放送の利用の仕方、両者の組み合わせの仕方、そういった具体的な教育方法との関連で、それぞれの大学の自主的な判断の余地を残すように措置することが適当であるということが基準分科会の特別委員会での御審議でも出ております。  そういった配慮はしなければなりませんけれども、やはり、放送大学、通信教育を通じての基準の考え方として私たちは受けとめていきたいと思っているわけであります。
  240. 湯山勇

    ○湯山委員 これは少し議論したいのですが、いま局長がおっしゃったように、それは教科書と放送とがぴったり同じかどうか、そこに問題があるという御指摘ですけれども、それはむしろ教科書の方が骨組みで、それをどうわからすかということが放送だと思うのです。  そう考えていくと、教科書がなければなくてもいいし、あればあってもいいし、またその結果はいまの試験によってはっきりするわけですから、そこまでテキスト、参考書でやったのも、正確に視聴をやったのも、あるいはスクーリングに行ったのも同じように有効にする、それは取り方の数は少ないけれども有効にするというのは考え直していただきたいと私は思うのです。  しかも、それを大学の自主性に任すと言ったって、放送大学には自主性に任される余地というものは余りないのですから、こういう問題の点はのけたからといって教科書の分は不利になったと思う人はだれもいないのです。また、その分を認めてくれという要求も出てこないと私は思いますが、どうでしょうか、検討の余地はありませんか。
  241. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教科書と申しますか、印刷教材による授業につきましては、四十五時間学習を必要とする印刷教材をもって一単位という考え方が基準分科会からは出てきているわけでございます。  このことは学生の学習の内容としては相当な重みを持ったものであり、そのこととあわせて、放送による授業によって、一時間の放送授業に対して二時間の準備のための学習を必要とする、そして十五時間の放送をもって一単位ということとは、私は、先ほど申し上げましたような印刷教材と放送される内容との間の関係というものについて十分な工夫をして印刷教材を整備する必要があるということは十分理解をいたしますけれども、並んで単位の計算方法において考えることはやはり妥当性を欠くものではなかろうと私は思うわけであります。
  242. 湯山勇

    ○湯山委員 では具体的に聞きますが、英語の場合、普通テキストで何ページ何行から何ページ何行とずっとやっていきますね。それについて勉強しようと思う者は、皆さんもおやりになったと思いますけれども、事前に読んでいく。そうしないとわかりにくい。あるいは後で復習する。それは当然だと私は思うのです。  ただ、もしそのときに、教科書はこれだけれども、たとえばだれだれの英語のやさしいアリスのなんとかというのがある、これを皆さん読んでおきなさい、今度は印刷で送りますという、それは入れていいと私は思うのですよ。しかし、英語の教科書で何ページの何行からずっとやっていく。それまで単位に入れるというのは私は賛成できないと思うのです。だから、その区別をはっきりして、副読本的なものはそれならそれでいいが、しかし、基礎的な教科書で使うものはそれは当然ですからそうしない、とやるべきだと思うのですが、いかがですか。
  243. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のように、放送できょうはこのテキストの何ページから何ページをやりますからというような形で対応するものであるとすれば、それはむしろ二時間の準備のための学習の参考資料にすぎないのであって、それを読んだからといってそれで別単位を計算するということは御指摘のとおりおかしいことだと思います。  いわばそういう留意をしながら、先ほど来申し上げているような対応を考えるということではなかろうかと思います。
  244. 湯山勇

    ○湯山委員 重ねて申し上げますけれども、いまの点は、せっかくの放送大学ですから十分御検討を願いたいと思います。  それから、その次に、今度はスクーリングの問題です。これは一期の計画ですか、とにかく卒業までに百二十四単位ですか。それから、スクーリングの開設される科目数は幾つあるのでしょうか。
  245. 佐野文一郎

    佐野政府委員 お手元に差し上げてございます「基本計画」の方では、まさにその科目によって、その科目の中に実験、実習を必要とするものが含まれているものについては、それを実験科目とか演習科目というような形にして、その科目がどれだけのものでなければならないかという考え方をとったわけでございます。したがって、数とすればたしか四分の一程度の数で、二百四十科目が開設される場合には四十二科目がそれに相当するというような考え方をとっていたと思います。  それについては、先ほども申し上げましたように、設置審議会の議論では、そういう形で処理をすると実際にその面接授業のウエートがかなり少なくなってしまう——たしかこれて計算をすると必要な時間数というのは百四十二・五時間くらいになるはずでございますが、それでは面接授業の内容としては少なきに過ぎる、そういう科目でとる考え方をとらないで、むしろ単位でとって、基本計画におけるいわゆる聴講科目あるいは実習科目、演習科目のほかに、講義としてのスクーリングを組み入れた講義科目ともいうべきものを想定する、そして各授業科目にどの程度の量で講義、演習、実習のスクーリングが組み入れられるかはそれぞれの内容に従って個別に決めるという考え方をとった方がいいということで、そして卒業の要件との関係で見ますと、基本計画のようにスクーリングを組み入れた科目で何科目という考え方をとらないで、スクーリングの総時間数というものを押さえるということを考えて、その総時間数を二十単位相当というように考えているわけであります。  仮に二十単位相当のスクーリングを講義として十六単位相当、演習として二単位、実習として二単位とすると、これは普通の社会科学系の場合には演習、実習に四単位というものを必修としておりますから、仮にその考え方をとりますとスクーリングの総時間数は三百九十時間というようなことになるわけでございます。現在はそれで対応しようということでございます。
  246. 湯山勇

    ○湯山委員 そのお考えはわかりましたが、ただ、その場合に、学生が自分は何の科目でスクーリングをとろうという希望が全部それで入れられますか。たとえば学習センターで教授が一名、助教授が四名、非常勤の人が三十名程度と言われましたね。それでもって必要なだけの科目を、学生が自分は何でスクーリングをとりたいという、それが全部とれるように配置ができますか。  私は、いまの計算から言えば、自分の希望するものじゃなくてスクーリングができる、それに制限があって、希望してもそれはスクーリングはないということになりやしないかと思うのですが、どうですか。
  247. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そこは私は御指摘のとおりだと思います。むしろ授業科目ごとにどのように講義、演習、実習、スクーリングか組み入れられるかが決まる。つまり、この科目はスクーリングを伴う科目であるかどうかということがあらかじめ決まっているということではなかろうか。  もちろん、そしてそういう授業科目に従って学生が非常に偏在すると困りますから、その調整は行われるということになりますから、学生がスクーリングを予定していない科目について、それでスクーリングというようなことにはならないだろうと思うのです。
  248. 湯山勇

    ○湯山委員 私は、それはやはり考え直してもらいたいと思う。この放送大学というのは、入るのはやさしいけれども卒業は非常に厳重にやるということを言っておられる。賛成です。それならスクーリングもやはり自分の得意なものをそこでやればいい成績がとれるわけです。いま局長が言われたように、おれはあれでやりたいけれどもない、仕方がないから不得手なところでやって落ちたという場合に、その責任は一体だれがとるのですか。  数はそれは言われたとおりにとります。時間の単位はとれるけれども、要件はそろうけれども、大事な本当の力にならない。そうするとスクーリングというものがいいかげんになる。これは三十名の非常勤やそこいらじゃなくて、やはり科目があればそれに対応できる、どれでもとれるというような体制設置者側はしなければならぬし、その責任があると思うのですが、どうですか。
  249. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その点は私どももある意味では先生と同じ考え方を持ったわけであります。つまり、「基本計画」で言っている演習科目、実習科目ということでスクーリングを対応するということは必ずしも適切ではない。いわゆる講義としてのスクーリングを組み入れた講義科目というふうなものがあっていい。そういう考え方のもとに先ほど申しましたような形でスクーリングの範囲を広げ、そして基本計画考え方変更して、単位数二十単位ということで計算をするということにしたわけでございます。  もちろん、具体的にその授業科目でどれにどのようにスクーリングを組み入れていくかということを考えていくときに、授業科目の性格に従って適切なその決定なり配列が行われなければならないという点は十分に留意しなければならないところだとは思いますけれども、全部の授業科目について、どれでもスクーリングをしてとってもいいということにはなかなかならないのではないかと思います。
  250. 湯山勇

    ○湯山委員 それは基本的に財政問題やあるいは地方の学習センターの人的構成の問題もあると思うのです。しかし、目標としては全部やれるようにするというのがスクーリングのたてまえで、特に放送を使ったり通信による教育というものは、それ抜きにしては本当は教育は成り立たないと言ってもいいんじゃないでしょうか。  だから、現在やっておるのを調べていただいたらわかると思うのですが、学校の名前を出すとコマーシャルになるかもしれませんから、「某大学、夏七十科目開く」としますが、いまの学習センターじゃとても七十科目開けないでしょう。しかし、ある大学は夏六週間七十科目です。それから、それ以外に夜間も五時五十分から八時五十分まで、それから朝の九時から十二時まで、一時から四時まで夏休みはやる。それから年間通じての夜間がある。とにかくスクーリングへの対応というのは非常にみんな努力しています。ところが、放送大学だけそんなにどんぶり勘定のように、これだけ何でもいいからスクーリングをやればいいというようなことでやるというのは大学らしくないと私は思います。  この点は安易な考えじゃなくて、せっかく学習した科目で、それに関連した正しいスクーリングがとれるとか、あるいはスクーリングでこれは完了するといったようなきちっとしたスクーリングができるようにもう一遍考えていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
  251. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これも、現段階文部省考えることと具体に大学考えることと、非常に注意をして対応しなければいけないことだと思います。  ただ、学習センターにおける学習というものが放送大学の場合に非常に重要な意味を持つという点は御指摘のとおりでございますので、大学において今後具体の計画を検討するに際して、御指摘の点にはさらに留意をするように私たちも配意したいと思います。
  252. 湯山勇

    ○湯山委員 時間が来たようですから終わることにしたいと思うのですけれども、いま申し上げたような基本的な問題は、せっかく正規の大学をつくるのだということであれば、ただいまのテキストでの学習を単位に入れるとか、それからスクーリングをとにかくどんぶり勘定でそれだけの時間をこなせばいいのだというような考えは、指導に当たって大臣からしっかり注意を与えて、そういうことにならないような大学にしていただきたいと思うのです。  それから、これは委員長にお願いしますが、委員長が御中座中に森理事にお願いして御相談を願うようにしておりましたが、一つは、放送衛星が大体上がることになって、それへ放送大学の電波が入るのか入らないのか。あるいは入れる意思があるのかどうか。そういうことは郵政大臣主務大臣でありますので、その主務大臣にぜひ確かめたいのと、主務大臣として郵政大臣がされなければならない九つばかりの役目があります。それについてもただしたいし、ことに、理事の選任に当たって文部大臣の承認がある。しかし、その中の四人の二人はどちらかといえば郵政大臣関係のある方の人なので、それの選任に当たって両主務大臣がどう協議するかというような問題等について、主務大臣である郵政大臣に質問をする機会を与えていただくようにお取り計らい願いたい。
  253. 坂本三十次

    坂本委員長 お申し出の件は、理事会に諮って善処いたします。
  254. 湯山勇

    ○湯山委員 それでは、以上で終わります。
  255. 坂本三十次

    坂本委員長 次回は公報をもってお知らせいたします。  この際、御報告申し上げます。すなわち、放送大学学園法案に関する逓信委員会との連合審査会につきましては、去る十日開会の予定でありましたが、都合により開会するに至りませんでしたので、改めて両委員長の協議により、来たる二十五日、午前十時より開会することといたします。さよう御了承願います。  本日は、これにて散会いたします。     午後四時六分散会