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1978-04-05 第84回国会 衆議院 文教委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十三年四月五日(水曜日)     午前十時三十二分開議  出席委員    委員長 菅波  茂君    理事 石橋 一弥君 理事 唐沢俊二郎君    理事 木島喜兵衞君 理事 嶋崎  譲君    理事 有島 重武君 理事 曽祢  益君       小島 静馬君    坂田 道太君       玉生 孝久君    中村  靖君       水平 豊彦君    小川 仁一君       千葉千代世君    中西 積介君       長谷川正三君    湯山  勇君       池田 克也君    鍛冶  清君       伏屋 修治君    中野 寛成君       山原健二郎君    西岡 武夫君  出席国務大臣         文 部 大 臣 砂田 重民君  出席政府委員         文部政務次官  近藤 鉄雄君         文部大臣官房長 宮地 貫一君         文部省初等中等         教育局長    諸澤 正道君         文部省大学局長 佐野文一郎君  委員外出席者         文教委員会調査         室長      大中臣信令君     ――――――――――――― 四月三日  私学に対する国庫助成増額に関する請願池田  克也紹介)(第二六四一号)  同(長谷雄幸久紹介)(第二六四二号)  同外五件(新村勝雄紹介)(第二六四三号)  同(北側義一紹介)(第二六九七号)  同外二件(新村勝雄紹介)(第二六九八号)  同(玉城栄一紹介)(第二六九九号)  同外二件(長谷雄幸久紹介)(第二七〇〇  号)  同(春田重昭紹介)(第二七〇一号)  同(池田克也紹介)(第二七四四号)  同外三件(小川国彦紹介)(第二七四五号)  同(木原実紹介)(第二七四六号)  同(北側義一紹介)(第二七四七号)  同外二件(新村勝雄紹介)(第二七四八号)  同外五件(有島重武君紹介)(第二七八一号)  私学助成に関する請願草川昭三紹介)(第  二六四四号)  同(草川昭三紹介)(第二六九六号)  同(草川昭三紹介)(第二七四九号)  同(草川昭三紹介)(第二七八三号)  教育諸条件の改善に関する請願外一件(鯨岡兵  輔君紹介)(第二六四五号)  病虚弱養護学校校地取得等に関する請願(橋  本龍太郎君紹介)(第二六四六号)  珠算教育指導者資質向上に関する請願原健  三郎君紹介)(第二六四七号)  義務教育学校建設事業費全額国庫負担等に  関する請願近江巳記夫紹介)(第二七八二  号)  私学に対する助成増額等に関する請願藤本孝  雄君紹介)(第二七八四号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 四月三日  公立高等学校新増設に対する補助金増額等に関  する陳情書  (第二四四号)  私立学校振興助成強化に関する陳情書外一件  (第二四五号)  学校災害補償法の制定に関する陳情書  (第二四六号)  学校教育充実強化等に関する陳情書  (第二四七号) は本委員会に参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法  の一部を改正する法律案内閣提出第二一号)      ――――◇―――――
  2. 菅波茂

    菅波委員長 これより会議を開きます。  この際、参考人出頭要求の件についてお諮りいたします。  国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案について、来る七日、参考人として、都留文科大学学長大田堯君神戸大学学長須田勇君、東京大学教養学部教授西義之君、千代田区立富士見小学校校長藤本一郎君、東京学芸大学教育学部教授山口康助君、和歌山大学教育学部教授山田昇君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 菅波茂

    菅波委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。      ————◇—————
  4. 菅波茂

    菅波委員長 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。嶋崎譲君。
  5. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今同提出されております国立学校設置法改正案に関連して御質問をいたします。  この法案は、理事会などで三つ内容を含んでいるというふうにわれわれは判断をいたしまして、新たな構想に基づいてつくられる教員養成大学という内容一つと、放送大学という大変重要な、今後すべての国民に教育の権利を保障するとでもいいましょうか、そういう観点に立った放送大学というものに関連するセンターの設置の問題と、もう一つは、四月一日からの各学部並びに大学院その他増改組などに伴う内容の問題、大ざっぱに三つの特徴を持った法案だというふうに考えまして、きょうは教員養成大学に関連する問題にしぼりまして御質問をさせていただきたいと思います。  この教員養成大学という言葉が、戦後、教育制度史の中で問題になってきたのはいつからですか。
  6. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘は、いわゆる新しい構想による教員養成のための大学あるいは大学院ということの御指摘であろうかと思います。四十六年の中央教育審議会答申の中で教員養成あり方全体についての御指摘がございます。その中で、教員のための高度の研究と研さんの機会を確保するための大学院設置についての御提案がございましたし、またそれに引き続く教員養成審議会建議の中にもその点の御指摘がございました。それが、最近具体的にこの教員大学構想するに先立っての関係審議会の御提案であったと思います。
  7. 嶋崎譲

    嶋崎委員 昭和四十六年の六月の中教審答申に基づいて、四十七年の七月に教育職員養成審議会が「教員養成改善方策について」を提出している。まだこの段階では新構想による教員大学という言葉は出ていなかったように思うが、いかがですか。
  8. 佐野文一郎

    佐野政府委員 四十七年の建議につきましては、高度な専門職としての教員資質能力が、養成段階のほかに、教員としての経験なりあるいは不断の研修努力によって形成される、そういった研修努力を助長する趣旨から、現職教員研修を目的とする新しい構想による大学院と、それから、今後の初等教育教員需給関係などを考えながら、初等教育教員に必要な幅広い総合的な学力を養うことについて工夫、改善を加えた新しい構想による教員養成大学創設すべきこと、この二つについての建議があったと承知しております。
  9. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その段階国立大学協会はどのような対応をいたしましたか。
  10. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国大協の方は、四十六年の二月に第七常置委員会教員養成の問題について検討をしていたわけでございますけれども教員養成の問題についての検討を進める態様としては、第七常置委員会よりもむしろ特別委員会設置をした方がいいという御意見になりまして、四十六年の六月の総会教員養成特別委員会が設けられております。そしてこの教員養成特別委員会の方で、いま申し上げましたような新しい構想教員養成大学あるいは大学院についての問題点の御討議が始まったと承知をしております。
  11. 嶋崎譲

    嶋崎委員 昭和四十六年の中教審答申と四十七年の教育職員養成審議会の「方策」の提案、これに対応して、いまおっしゃいましたように、国大協は第七常置委員会設置していた教員養成に関連する大学の問題の委員会教員養成制度特別委員会というふうに改組されましたですね。そして改組されまして、四十七年十一月に「教員養成制度に関する調査研究報告書」というものが出ていますが、御存知でしょうか。
  12. 佐野文一郎

    佐野政府委員 承知をしております。
  13. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それに続いてその調査報告書が出ているわけですが、そこでお聞きしますが、国大協はなぜ第七常置委員会特別委員会改組したのですか。
  14. 佐野文一郎

    佐野政府委員 第七常置委員会で御検討いただいていたわけですけれども、やはり常置委員会ということになりますと委員の定数についての制約があってどうしても特別の大学の方々が多くなるということ、それよりももっと参加する委員メンバー一般大学にまで広げて、広い角度からこの問題について検討していく方がいいという御判断があった。また、医学であるとかそういった特殊な分野についてはすでに特別委員会設置してきている経緯があるし、教員養成について検討する場合も特別委員会の方がより適するという御判断であったと思います。
  15. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それだけですか。
  16. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私どもはそういう御趣旨であったと承知しております。
  17. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国大協が第七常置委員会から特別委員会改組したのは、いま局長説明によりますと、それまでは教育系大学の主として学長によって構成されていましたね。それが特別委員会改組されまして、一般大学教育学部教授たちを含めて委員構成されるように変わった。それは現象的な変わり方ですね。そのような変化はなぜ起こったと思いますか。
  18. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員養成というのが戦後開放制のもとで進められてきている。そういう開放制のもとにおける教員養成のいろいろな問題点検討していきながら、国大協としては今後における教員養成大学あるいは教員養成学部についての設置基準についても検討を深めていきたいし、あるいは一般大学を含めて教員養成問題点についての検討を進めていきたい、そのためには特別委員会の方がより適当であるという御判断をされたものと思います。
  19. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その中身は後でまた議論の中でいろいろ取り交わさせていただきますけれども、一口に言いますと、この段階中教審答申があって、教育職員養成審議会のこの改善方策が出たのに対応して、もう一度戦後の大学の原点に返って、教員養成大学というのはどうあるべきか、教員養成学部はどうあるべきかということを根本的に議論をし直す必要がある。それには教育系大学学長だけの集まりではだめだというところからこの改組が行われた、こういうふうに理解できると思います。  それで今度は、四十七年の教育職員養成審議会のこの改善方策についての答申後に文部省はどう対応しましたか。
  20. 佐野文一郎

    佐野政府委員 四十七年の教養審建議全体については、もちろんできるものから着手をしていくということで従来対応してきているわけでございますが、この新しい構想による教員養成大学あるいは大学院設置につきましては、四十八年度に新構想教員養成大学等に関する調査会というのを設けまして、この調査会が四十九年の五月に、新しい構想による教員のための大学院大学創設する必要があることと、その基本的なあり方についての御提案をなさったわけでございます。
  21. 嶋崎譲

    嶋崎委員 四十九年の五月二十日に、新構想教員養成大学に関する調査会、いわゆる鰺坂調査会と呼ぶことにいたします。それが新構想教員養成大学構想を提出したわけですね。それに対応して国大協特別委員会はどう対処しましたか。
  22. 佐野文一郎

    佐野政府委員 特別委員会の方での御検討が進みまして、四十九年の十一月に国立大学協会特別委員会の方で教育系大学学部における大学院の問題についての報告書が発表されております。
  23. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その報告書の題は何という題ですか。
  24. 佐野文一郎

    佐野政府委員 「教育系大学学部における大学院の問題」でございます。
  25. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その四十九年十一月に出ました国大協の「教育系大学学部における大学院の問題」という中で提出されている議論鯵坂調査会との間には、どのような相違点がありましたか。
  26. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この特別委員会報告書の中では、基本的にはやはり二つ問題点指摘をされていると思います。一つ既設大学あるいは学部がこれまでいろいろな問題を抱えている、そういった問題についての整備ということをいわばおろそかにしておいて、そして全く新しい構想による大学院を考えていくというのはおかしいではないかという点と、もう一つは、この大学院あるいは大学院大学が、いわゆる教員養成あるいは再教育研修というものを大学において行うという基本原則から外れて、いわば教員研修所的なものに矮小化されていく危惧というものを感ずるという、その二つの御指摘報告書の基本的な点であったと思っております。鰺坂調査会の方の指摘をされている事項というのは、教養審中間報告を受けて、それをいわばより具体検討された結果であって、この報告書鯵坂調査会との間で特に具体にどこがぶつかるということではなかろうと私は思います。鰺坂調査会の方は、いま申しましたような既設のものをほうっておくという考え方ではないし、また、この大学院大学教員研修所的なものになっていくということを前提にしてつくっているのではなくて、やはり大学としての教員に対する再教育機会を確保しようということで構想されたものでございますから、その点では私は食い違いはなかったはずだと思っております。
  27. 嶋崎譲

    嶋崎委員 しかし、国大協特別委員会のこの報告書は、鰺坂調査会の新構想教員養成大学には反対の論調で全体が貫かれていると思いませんか。
  28. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いま申し上げたような二つの点について非常に強い危惧の念を特別委員会がお持ちになって、そういう趣旨から批判的な御見解をお述べになったとは思いますけれども、この時点でも、特別委員会はいわゆる新しい構想による大学あるいは大学院創設に対して反対であったとは考えておりません。
  29. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その段階鰺坂調査会国大協特別委員会との間に協議をしたことはありますか。
  30. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この報告書が提出される前に、鰺坂調査会メンバー特別委員会メンバーとの間で協議が行われたということはなかったと思います。
  31. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その後、鰺坂調査会に基づいて今度の法案が提出されるまでの間に、文部省はどのように新構想大学について具体化する作業を進めましたか。特に、創設準備室がいつできて、だれが室長で、どういうメンバーででき上がりましたか。
  32. 佐野文一郎

    佐野政府委員 昭和四十九年度から兵庫教員大学院大学について創設準備が始まったわけでございます。そして五十年の秋に、この国大協特別委員会メンバーでもおありになった前の岡山大学学長である谷口澄夫先生兵庫大学創設準備室長に御就任になっております。
  33. 嶋崎譲

    嶋崎委員 上越の方はどうですか。
  34. 佐野文一郎

    佐野政府委員 上越につきましては、創設準備に入ったのが一年おくれておりますので、五十一年の八月一日に創設準備室上越教員大学については設置をいたしております。そして創設準備室の場合には、室長には須田八郎氏が就任をしております。
  35. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それから、今度の法案提出に当たって、この鰺坂調査会の新構想大学と今度法案として提出されているものとの間に変化が起きていると思いますが、いずれにしてもこの新構想大学鰺坂調査会の新構想教員養成大学と今回提出された法案に基づいて今後できるであろう大学上越兵庫ですね、その大学をつくるに当たりまして文部省その他ではリポートはありますか。
  36. 佐野文一郎

    佐野政府委員 特に報告書としてその後まとめているものはございません。
  37. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国大協はその後、大学における教員養成について特別委員会は新たなリポートを出していますか。
  38. 佐野文一郎

    佐野政府委員 五十二年の十一月に新しい報告書をまとめておられます。
  39. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その名称と考え方は……。
  40. 佐野文一郎

    佐野政府委員 「大学における教員養成」という題名で、「その基準のための基礎的検討」というサブタイトルがついております。
  41. 嶋崎譲

    嶋崎委員 先ほど聞きましたが、国大協特別委員会鯵坂調査会との間では別に協議はなかった。ところが、教員養成大学というものをつくるに当たって、国大協教員養成大学あり方についての考え方と、鰺坂調査会の新構想教員養成大学あり方について批判ないし疑義を残されたまま、何の協議のないまま事態が推移した。その後、文部省並びにこの創設準備室が動き始めておりますが、新しく生まれようとしているこの教員養成大学に関連して、文部省国大協との間で話し合いをしたことがありますか。
  42. 佐野文一郎

    佐野政府委員 最初特別委員会報告が出る前に、私たちはもっと国大協話し合いをすべきであったと反省をしております。しかし、ああいう報告書が出て、そしてその内容については明らかに文部省の考えている考え方というものがまだ十分に御理解をいただいていないと思われる点が多かったので、五十一年の一月に開かれました特別委員会以降これまで数回にわたって、文部省なりあるいは創設準備室から関係者委員会出席をいたしまして、新しい構想による教員養成大学考え方なりあるいは準備進捗状況等について随時御説明を行いまして意見交換を行ってきた経緯がございます。
  43. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いつ、何回行いましたか。
  44. 佐野文一郎

    佐野政府委員 五十一年の一月二十六日には私と教職員養成課長と、それから先ほど申し上げました谷口準備室長がこの特別委員会出席をして意見交換をいたしております。それから五十一年五月十九日に教職員課長が参上し、五十一年の十一月五日には教職員課長谷口準備室長が伺い、さらに五十二年に入りまして十月二十八日、これは小委員会でございますけれども養成課長が伺ってフリートーキングを行っております。さらに五十三年の一月十八日にも教職員養成課長特別委員会出席をいたしております。
  45. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いまの説明ですと四回になりますね。最後を入れますと五回。
  46. 佐野文一郎

    佐野政府委員 小委員会を含めて五回になります。
  47. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その第一回目の協議はほとんど中身議論はないと思いますが、五十一年五月の文部省を招いたときに、まだ教育課程も決まってなければ、予定について、大学院大学との関係などについて、まだほとんど方針が明らかでなかったと聞いておりますが、いかがですか。
  48. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この時点ではまだ創設準備室の方の構想検討されている最中、もちろんいまでも検討しているわけでございますが、そうはっきり固まり切っているわけではもちろんなかったわけでございますけれども、ちょうど概算要求の時期にも当たっておりましたので、参上をして意見交換をしたわけでございます。
  49. 嶋崎譲

    嶋崎委員 五十一年の十一月に準備室長の、岡山大学学長谷口さんと特別委員会との話し合いが行われていますね。そのときに初めてカリキュラムに言及されていると聞いていますが、いかがですか。
  50. 佐野文一郎

    佐野政府委員 このときに谷口室長がその後の検討の経過を報告をされております。教員養成大学構想については、基本的な構想について懇談会検討しているし、あるいは各教科の関係についても、関係大学先生方協力を得ながら協議を進めているのだということとあわせて、そういった各方面からの御意見なり御助言を伺いながら検討を進めている方向と申しますか、趣旨についてアウトラインの御説明をしていると承知しております。
  51. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その当時の文部大臣はだれですか。
  52. 佐野文一郎

    佐野政府委員 永井大臣でございます。
  53. 嶋崎譲

    嶋崎委員 永井文部大臣鰺坂構想の新構想大学の推進について積極的でしたか。
  54. 佐野文一郎

    佐野政府委員 永井大臣はもちろん新しい構想による大学大学院について積極的に御関心をお持ちでございました。私たちに対して大臣からお考えが示されましたのは、大学院をつくっていくときにできるだけ既設大学協力が得られるような、そういう取り組み方を常に考えてほしいということでございました。
  55. 嶋崎譲

    嶋崎委員 私が本委員会永井文部大臣質問したときは、新構想大学大学院よりも、既設大学教育学部改組し、ないしは発展をさせて教員養成の新たな課題にこたえるべきだというふうに答えております。新構想大学院については積極的な答弁ではなかったと記憶しております。  いずれにしましても、国大協文部省側ないしは創設準備室先生方協議を始めたのは五十一年の段階、しかも四度です。その後に国大協は「大学における教員養成−その基準のための基礎的検討−」というかなり突っ込んだ文書を出しています。五十二年十一月ですから去年の終わりの段階ですけれども、この段階でこういうものが出て、しかもそこで展開されている所論は、後で議論しますが、鰺坂構想の新構想大学に対しては依然としてかなり批判的な見解を維持し続けております。したがいまして、五十一年の段階文部省国大協特別委員会との間で幾たびか協議は行われておりますが、この段階では、十分にコミュニケーションがよくて新構想大学について国大協特別委員会全面賛成、という態度ではなかったと思いますが、いかがですか。
  56. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろん国大協特別委員会メンバーにはいろんな御意見があることはもとよりでございますけれども、初めの報告書段階から特別委員会が新しい構想大学あるいは大学院について絶対に反対だと言っているわけではございません。これは私が出席をした特別委員会の際にも、当時の飯島委員長はそういった趣旨をお述べになっております。そして、前の報告書指摘をされたいろいろな問題点について私ども説明をしてきたことによって、特別委員会は御理解をいただいたというふうに考えております。
  57. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それは一方的ですね。国大協特別委員会特別委員長の名前で「教育系大学学部における大学院の問題」という、いままで国大協特別委員会で問題にしてきた三点について文部省側意見を聞いた上でインタビューされたときの説明メモ文部省からいただいております。これに即して考えてみましても——その前に、文部省国大協特別委員会との協議は、先ほど聞いた最終を入れて五回ですね。文部省教職員団体と話したことはありますか。
  58. 佐野文一郎

    佐野政府委員 進捗状況について教職員団体の方が文部省にお見えになって担当課でお聞きになるというようなことはございましたけれども、オフィシャルに教職員団体の方とこの問題について話し合いを持ったということはございません。
  59. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国大協特別委員長が、教育系大学学部における大学院の問題をインタビューされる前と後に二度申し込んで、一回目のときには新しくできる教育系大学並びに大学院概要についてほとんど知らされないまま、これが終わった後に二回目に会合を持ったときに、私にいただきました薄っぺらな「概要」で説明をされたのではないですか。
  60. 佐野文一郎

    佐野政府委員 「概要」で御説明を申し上げております。
  61. 嶋崎譲

    嶋崎委員 終始一貫、文部省の側で対応しているたとえば教育職員養成審議会、ここは現場の教師の意見が反映する組織ですか、もしくは大学の正規の機関の代表の意見が反映する組織ですか。
  62. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教養審の場合に、その構成員の中に特別委員会委員長である須田先生が入っていないということはありますが、特別委員会メンバーである方で委員になっている方ももちろんおありになるわけでございますし、教養審委員構成については、各方面の御意見がそこで伺えるような十分な配慮をしていると考えております。
  63. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国大協の方は単なる教官リポートじゃないのです。国立大学協会委員会草案をつくって、それを今度は全体の国大協総会にかけて常にそれを確認してきた文書であります。ですから、国大協最初調査報告書並びに提言、二番目の四十九年の教育系大学学部における大学院の問題これも草案を全部で討議をして総会にかかって決議をされたもの、同時に、大学における教員養成という五十二年十一月段階のものも、全部中間報告を各大学協議をして、そして決定したものです。したがいまして、国大協特別委員会側リポートは、単に大学における個々の教官意見なのではなくて、国大協の意思をまとめ上げたリポートだと判断をいたしますが、いかがですか。
  64. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおりだと思います。
  65. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、新しい大学創設するに当たって、文部省鯵坂調査会などが提起してきているものに対して全国の国立大学の総意に基づいて提出された意見や要望というものを文部省調査会が聞きながら新構想について検討すべきだと思うが、いかがですか。
  66. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど来申し上げておりますように、私ども趣旨とするところについてさらに国大協側の理解を求める努力を進めなければなりませんし、またそれと同時に、鰺坂調査会でお考えをいただいた構想についての国大協側の御意見のあるところについてはできるだけそれを尊重をして考えるということは当然でございますし、またそういうふうに私たちは対処をしてきたつもりでございます。
  67. 嶋崎譲

    嶋崎委員 五十三年一月二十日に国大協教員養成制度特別委員長が記者会見をなさいました。それ以前の十八日に文部省国大協委員との間で話し合いをしたはずですが、そのとおりですか。
  68. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおりです。
  69. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そのとき局長は出ていましたか。
  70. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私は出席をしておりません。
  71. 嶋崎譲

    嶋崎委員 だれが出ておりましたか。
  72. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教職員課長でございます。
  73. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国立大学協会がいままで終始一貫して総会の名においてリポートを出してきたもの、それと、今回法案として提出されている教員養成大学あり方中身ですね、そういうものについてまだ十分コミュニケーションがないままこういう形になっていると私は判断をいたしますが、こういう最後の重要な、特別委員長がある意味で、いままで言われた国大協の新構想大学院に対する批判点、問題点というものに一定程度疑義がなくなったから転換してもよろしいという趣旨の記者会見をする前に文部省が行かれたときに 教職員課長意見国大協はこの意見をまとめたことになりますか。
  74. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教職員課長は主管課長として全責任を持って出ているわけでございますし、それは私が出ましても課長が出ましても文部省意見であることに変わりはございません。
  75. 嶋崎譲

    嶋崎委員 では、そのときの模様を二、三お聞きしましょう。  さて、この特別委員長が新聞記者会見をなすった。いままで国大協鰺坂調査会で出された教員養成の新構想教育系大学院などの問題について幾つかの疑問点を持っていた。それが三点ある。一つは、大学教員人事行政の手段と化し、大学としての本来の性格を失ったものとなる懸念、これが一つですね。それから第二番目に、大学運営に関する懸念。鰺坂調査会は筑波方式をとっておりますから、そうではないという意味でしょう。三番目には、既設教育系大学学部との格差の生ずることに対する懸念。この三つの懸念を中心にしていままでもろもろリポートして、国大協で意思統一してきている。そして「その後、数次にわたる関係者との協議により」と書いてあります。数次にわたる協議によるというのは先ほど言った協議中身に尽きるわけですか。
  76. 佐野文一郎

    佐野政府委員 公式に特別委員会出席をして御説明を申し上げているのは先ほどお答えを申し上げたとおりでございます。それ以外に谷口準備室長 あるいは委員長が来省された際には私がお目にかかって個別にお話をしていることはもちろんあるわけでございますけれども、公式には先ほどお答え申し上げたとおりでございます。
  77. 嶋崎譲

    嶋崎委員 これは、須田学長が幸い参考人にお見えになりますから、その経過を改めてお聞きすることにいたします。  しかし、皆さんが協議をなさった後の昭和五十二年十一月に「大学における教員養成−その基準のための基礎的検討−」という国大協決定の文書があります。この文書は、後で中身を少し議論いたしますが、いままで鰺坂調査会で提出されているような新構想大学に対しては依然として批判的見解を述べておられる。そして同時に、いま生まれようとしている新構想大学について多くのまだ解明されない問題点を提出されている。そうしますと、協議されたのはまさに五十一年段階であって、五十二年に国大協が着々と作業を進めながらリポートを作成されている過程においてその意向を十分に反映させる努力をしたと言えますか。
  78. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私どもはできる限り、具体創設準備室を中心として構想が進められていく過程で、国大協側の危惧というものがなくなるように、あるいは少なくなるように配意をしていただいてきたつもりでございます。
  79. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そこでお聞きしますが、国大協のずっと一貫した流れと、それから中教審以来のずっと一貫した鰺坂調査会に至るまでの流れ、この流れの両方にまたがってか、どこの流れか、今度の新構想、新設の大学院はどういう流れに所属するものだと判断をしているのですか、二つの大きな流れがあるとしたら。
  80. 佐野文一郎

    佐野政府委員 中央教育審議会指摘をされておりますように、教員のための高度の研究、研さんの機会としての大学院をつくっていくということ、あるいはその後に続く鰺坂調査会における大学院あるいは学部についての考え方というものをこの御提案申し上げている教員大学は受け継いでいるわけでございます。しかし、その間に関係者による検討が行われ、また私たちも懸命に工夫あるいは検討をいたしまして、現在お手元に差し上げてございます資料で示している教員大学というのは、中央教育審議会答申で言っている、いわゆる俗に言えば上級教諭というようなものをつくっていくことを前提とした、そのための一つ方策としての大学院という性格は全く持っていないものになっておりますし、鰺坂調査会での御構想についてもかなり手直しをしている部分があるわけでございます。
  81. 嶋崎譲

    嶋崎委員 国大協の一貫している流れは、既設大学教育学部ないしは教育系大学になぜ教員養成について多くの課題があるか、問題が出てくるか。たとえば小学校の初等教育担当の教師はなぜ専門的なものが育たないのか、教育の質を高めるに当たって既存の教育系学部に何が問題なのか、そこを終始問題にしていますね、共通しているものは。そして大学院あり方学部あり方などについて、教育系学部あり方というものをどうすれば改組されるだろうか、どうすれば前進するだろうかという問題点を幾つか提言し続けていると判断をします。兵庫上越に今度できるような、いわゆる鰺坂調査会で言われた新構想大学院大学と言われるようなものの延長線上で、既存の大学教育学部とは別に単科のそういう大学を積極的につくるということについては終始消極的な見解をとっている、こういうふうに私は思います。そうしますと、今度出てきた上越兵庫教員養成大学は、確かに形は現在の教育系大学の形や制度ときわめて似ているけれども、しかし、それがつくられる動機は国大協の論理の延長線上とは違うモチーフから出てきていると想定される、私はそう思いますけれども、いかがですか。
  82. 佐野文一郎

    佐野政府委員 確かに御指摘のような点はあると率直に私も思います。ただ、私たちは、国大協の方でお考えになってきたそういう既設大学あるいは学部における問題点というものにも十分に取り組んでいく。既設のものについてももちろん整備充実を進めていかなければならないということを前提としながら、同時にこの新しい教員大学もつくっていかなければいけない。両方をあわせて進めることによって、むしろ国大協が言っておられるさまざまな問題にもより適切に対応できるようになると考えているわけでございます。
  83. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それならば、大学をつくるときには、いまの日本の法制度のもとではどのようにして大学をつくり、大学院をつくるという仕組みになっておりますか。
  84. 佐野文一郎

    佐野政府委員 通常の場合は、まず学部をつくって、そしてその学部の充実をまって大学院をつくっていくという姿が普通であろうと思います。
  85. 嶋崎譲

    嶋崎委員 普通なんでしょうか。それは新制大学における大学院をつくる原則ではありませんか。
  86. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のように、大学院は充実した学部の基礎の上につくっていくというのが、これまでとられてきた大学院をつくる場合の基本的な考え方でございます。それについて、学校教育法の先般の改正によって違う道も開かれておりますし、あるいは、つくり方として、学部に直接基礎を持たない独立研究科というふうなものが最近は各大学で工夫をされてきているという事情はございます。
  87. 嶋崎譲

    嶋崎委員 昭和二十四年、新制の大学をつくった当時、大学院をつくる際の原則を確認しましたが、その原則はどういう原則でしたか。
  88. 佐野文一郎

    佐野政府委員 二十四年に大学基準協会によって大学院基準が決定されているわけでございます。この場合に、「新制大学院研究科をもって構成せられる。通常は数個の研究科を含むであろうが、唯一個の研究科をもって大学院を作ることもできる。研究科は学部に対応する場合もあり、或は幾つかの学部にわたる内容を合せて一個の研究科が成立したり、一学部内容が数個の研究科に分れて成立する場合もあろう。」ということを言っておりますが、基本的な考え方は、先ほど申しましたように、大学院というのは充実した学部の上にできるものだという考え方であったと思います。
  89. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この原則は大学設置基準のところでも明確に述べておりますね。つまり、大学院というものをつくるには、まず学部というものをつくって、その学部でもって研究並びに教育の体制を充実させて、その上に大学院をつくる、こういう考え方大学院創設に当たって基本的態度として決めたと思います。その証拠に、学部大学院の予算のあり方はどうなっていますか。
  90. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現在の大学大学院の場合には、その予算については、いわば学部研究経費等の積算を考慮して、大学院を持つということに伴う教育研究の質量の拡大に対応した措置をとっているということでございます。
  91. 嶋崎譲

    嶋崎委員 大学院は独自の予算を持っていないわけです。大学院を持っているところは、学部の予算に大学院を運用するに必要な予算をプラスアルファでつけているというのがいまの大学院の予算のあり方です。  教官組織はどうですか。
  92. 佐野文一郎

    佐野政府委員 最近は、いわゆる大学院の専任の教官も若干ではございますけれども出てきてはおりますが、その主要な部分は学部教官が同時に大学院を担当するという形になっております。
  93. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学部は教授会で、大学院研究委員会です。そして、研究委員会学部教授会のメンバーによって構成されるのが原則です。したがって、教員組織は、大学院組織学部組織を区別して、基本を大学学部教授会に置いて、研究委員会という形で機能的に運用しているのがいまの大学院教員組織であります。ですから、予算の上から見ても、それから組織の上から見ても、大学院は独自なものとしてそびえ立っているわけではありません。したがって、大学院をつくるときには学部というものを基礎に置いた上で大学院をつくるという、昭和二十四年に大学基準協会と文部省との間で意見が交わされ、大学院基準及びその解説の中で確認した原則があります。  この原則で言いますと、今度の上越教育養成大学兵庫大学も、片一方は大学院を先につくって、そして、大学院が何を始めるかわかりませんが、二年後に学部の入学の場合があるとか、反対に今度は学部の入学を受け入れ始めて二年したら、四年の学部の経験もないのに大学院をつくるというようなつくり方であります。そういう意味で、二つの今度の新構想大学はいままでの大学とは違った特殊な大学のつくられ方だと思いませんか。
  94. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その点は御指摘のとおりであろうと思います。こういう形で大学をつくっていくのは初めてであろうと思います。
  95. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、現在の学校教育法を中心にして、大学設置基準大学院設置基準その他を貫いている基本的な大学のつくられ方と違うという意味で特殊的だと確認できますね。
  96. 佐野文一郎

    佐野政府委員 こういう大学のつくり方あるいは大学院のつくり方というものが、現在の学校教育法なりあるいは大学院設置基準と矛盾をする、衝突をするというものではないと思います。どういう形で大学をつくっていくかということは、その大学設置趣旨、目的に従って判断をしてつくっていっていいものであるし、また、大学院の設け方についても、先ほども若干申し上げましたように、最近の状況にかんがみて学校教育法上別段の考え方も出てきているわけでございますから、そういう意味で現在の制度と衝突をするものではございませんけれども、実際のつくられ方として、大学院から先につくるというのはこれまでになかったことではございます。
  97. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そういう意味で教員大学と名前をつけたのじゃないですか。
  98. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員大学という名前をつけましたのは、この大学大学院にウエートを置き、そのウエートを置く大学院現職教員に対して高度の研究、研さんの機会を確保するということを趣旨とする、いわば教員のための大学であるという趣旨をより明らかにしようということで設けたものでございます。
  99. 嶋崎譲

    嶋崎委員 職能大学的名称ではありませんか。
  100. 佐野文一郎

    佐野政府委員 率直に言って、この大学の名前を教員大学とすることについて、その名前の持つ印象が、特別委員会が非常に危惧された教員研修所的なものとして考えられはしないかということは私たちの中で議論をするときにもあったわけでございます。ただ、教員という言葉は現在学校教育法その他各種の法令を通じてすでに定着をしている言葉でございますし、私たちはその言葉について、それがその言葉を用いることによっていわゆる職能大学ということを連想させるようなものではないというふうに考えているわけでございます。教員大学という名前をつけることによって、従来の教育大学とは違った性格を持った、いわば教員研修所的な色彩をより濃厚に持った大学をつくろうという趣旨では毛頭ございません。
  101. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今度できる上越兵庫教員養成大学は、学部学校教育学部ですね。そして、そこは小学校教員、初等教育教員養成する、それがねらいですね。なぜ初等教員養成学部だけを設けるのですか。
  102. 佐野文一郎

    佐野政府委員 やはり、現在教員養成の問題で一番むずかしい課題を抱えておるのは、もちろん中学校、高等学校養成の場合には別途の問題がございますけれども、幼・小の連関の問題、あるいは先ほど御指摘のあった低学年と高学年の問題等を含めて小学校教員養成のところにあると思います。小学校教員養成というのは、そういう意味では教員養成のきわめて基本的な部分をなすものであるし、それについてさまざまな改善、工夫の努力が必要であることが指摘をされておりますし、またそういう努力を各大学も行っているわけでございます。そういった非常に大事な初等教育教員養成課程というものについてこの大学で新しい工夫をしようということと、もう一つは、これからの教員の需給を考えていった場合に、やはり初等教育教員については毎年かなりの数の需要が見込まれる。それに対して、その需要を現在の既設教員養成大学あるいは学部の小学校教員養成課程を増設するということでこなしていくということにはいろいろな無理がある。両方の点から、この大学には、小学校教員養成あるいは幼稚園教員養成を考える初等教育教員養成課程のみを置こうとしたわけでございます。
  103. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、既存の教育系大学ないし学部ではなぜ初等教育教員養成がやりにくいのですか。
  104. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは必ずしもやりにくいということではないので、既設の各養成大学あるいは学部においても、小学校教員養成についてはいろいろな御工夫をなさっているし、またなさっていただきたいわけでございます。まあ、やりにくいということをあえて申し上げれば、先ほど申し上げましたように、大学の全体の構成から考えて、教育学部の入学定員だけが非常に大きくなってくるということについて大学としてはやはり問題意識をお持ちであるし、ことにその中で小学校教員養成課程がさらに大きくなるということについては問題がある。大学全体のバランスの問題もあるでしょうし、あるいは教養部の対応の問題もあろうかと思います。そういった点があるわけでございます。
  105. 嶋崎譲

    嶋崎委員 さっきの局長説明だと、中等教育並びに高等教育、高等学校の先生ですね、これは比較的人材を確保しやすい。ところが初等教育の先生は不足するという。それはなぜそうなるのですか。
  106. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現在の教員養成はもちろん開放制のもとで行われているわけでございます。で、義務教育段階については国立の教員養成大学あるいは学部において計画的な養成を行っていく、それと一般大学における養成とが相まって教員養成というものを進めているわけでございます。そういう意味で、中学校、高等学校教員についてはいわゆる既設一般大学における養成ということによって供給されている分野が非常に大きいわけですから、それで量的には対応ができるわけでございますが、小学校教員の場合には一般大学での計画的な養成というのは非常にむずかしいという実態があるからでございまます。
  107. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、今度の兵庫上越教員養成大学は、初等教育教員養成が、計画的にやろうとしても需要に満たない、だから別個につくる。これは不足を補うための手段としての一つの目的ですね。もう一つは、局長が言いましたように、今度は優秀なる教員をつくるための大学院。目的の違う二つのものを一緒くたに学部大学院というふうにした。矛盾した制度じゃありませんか。
  108. 佐野文一郎

    佐野政府委員 学部のところは、もちろん量的な不足に対応するという面もございますけれども、同時に、先ほど来申し上げておりますように、小学校教員養成について、現在指摘されているいろいろな問題に対してできるだけの工夫、改善をこの大学でもしよう、そういった質的な対応も考えるわけでございます。ただ、この大学の場合に、学部はそういう初等教育教員養成ということを趣旨とする。それに対して大学院の方は主として現職の教員を受け入れて、必ずしも初等教育教員に限らずに、義務教育教員を中心にした高度の研究、研さんの機会を確保するという意味で、両者の趣旨とするところが違っているということはそれは当然でございます。
  109. 嶋崎譲

    嶋崎委員 おかしいじゃないですか。大学院学部関係は、昭和二十四年以来の基準協会の考え方といい、いまの日本の大学院考え方というのは、学部を基礎にして、学部研究教育の条件を充実させて、その上に大学院を乗せる、こういう考え方なんですね。  ところが今度できる大学は、学部は初等教育教員の計画的養成の一環であって、大学院の方は、現場にいる先生方で、初等教育に限らず、ここで研修し、優秀な先生をつくっていく制度であり、機関なわけでしょう。そうしますと、学部のカリキュラム、教官研究所、そういうもののあり方大学院あり方とは異質なものをつなぐということになるじゃありませんか。どうですか。
  110. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そもそも、大学をつくっていく場合の学部大学院あり方について、先ほど来申し上げておりますように、充実した学部の上に、その学部教育研究をさらに充実発展をさせて高度のレベルのものにするという意味で大学院を乗せていくという行き方が従来は一般でございましたけれども大学院というものはそういう形でなければできないというものではないわけでございます。やはりそれぞれ創設趣旨に従ってつくっていくことができる。また、初等教育教員養成を目的とする学部という出は当然それにふさわしい教員組織を持つわけでございますし、また分野としては大学院学部とは共通の分野を持つわけであるし、初等教育教員養成に当たる学部の充実というのは実質的には大学院教育研究を支えることができるわけでございます。ただ違うのは、通常の学部のように教育学部の上に教育研究科が柱で立っていくというような性質のものでない、そういう任務を大学院が持っているということでございます。
  111. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そこが特殊なんですよ。そうでしょう。普通の大学教育学部、たとえば今度愛知教育大学の上に大学院ができる、東京学芸大学の上の大学院とか、大阪の大学院の場合とか、それと今度できる二つ大学は異なる。いままでの、国大協ががずっと終始一貫言い、全国の国立大学教官の意思のもとに言っている学部の上の大学院という基本的な考え方と異なる。それはできますよ、制度的に。連合大学院構想もできるようになっているのだし、独立大学院もできるのは、答弁してきたのですからみんな知っています。  できますよ。できるけれども、今度新たにつくる教員養成大学という場合に、初等教育教員が四年間研究してみて、どういうカリキュラムがいいのか、どういう実践的な経験を受け入れるのがいいのか、実験と理論学習とでもいいましょうか、そういう教科と実践というものを含めてまだ何も学部で積み重ねないで、どんなスタッフが出てどんな教員組織ができるのか、どのような成果が上がるかについて何の基本的な見通しもないまま大学院を上にこしらえてしまうのですよ。それはつくれますよと言うのです。つくるなと言っているのじゃない。しかし、そういう大学院を持った大学はいままでの大学とは違う特殊な大学ですねと言っているのですよ。そういう意味では明らかに特殊ではありませんか。
  112. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど来お答え申し上げておりますように、従来の大学のつくり方とは違ったものでございます。
  113. 嶋崎譲

    嶋崎委員 だから鰺坂調査会の延長なんですよ。形だけ変えたのですよ。いまからまた質問しますけれどもね。国大協の論理から出てくる新しい大学のつくり方ではない。これは中教審答申、それから教員養成審議会方策、それから鰺坂調査会、その延長で出てきたものじゃないですか、形だけが変わっているように見えていても。いかに現行法でやるにしてもその大学のつくり方はその流れの中から出てきている、こう言わざるを得ないと思う。どうですか。
  114. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この大学をつくっていく場合に、大学院にウエートを置いた大学としてつくる。そしてその大学院現職教員を主として受け入れて、現職教員に対して高度の研さんの機会を確保するということを考えているわけでございますから、そういう趣旨では、中教審答申指摘あるいは教養審建議、それに基づく鰺坂調査会のお考え、そういったものを引き継いでいることは御指摘のとおりでございます。
  115. 嶋崎譲

    嶋崎委員 だから、その流れと、全国の国立大学国大協総会で決定している基本的な考え方とは異質だというのですよ。その異質を何とはなしにかっこうをつけているのは、それは文部省の一方的解釈、願望ですよ。まだ現にできていないのだから。どんなものができるかわかりゃしないでしょう。一方的に、こういうものをつくったらいいでしょう、こういうかっこうなら何とかなるのじゃなかろうか、つじつまが合いはせぬかという理屈を説いているだけであって、基本的には、二つの流れのうちの片一方の延長線上で出てきた、出てきた場合に修正を余儀なくされた、それが今度の性格じゃないですか。
  116. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国立大学協会の方で従来御指摘になっている既設大学の充実あるいはそこにおける大学院の整備、そこへの現職教員の受け入れという方向はそれとして私たちはこれからも進めていかなければならないことだと思っております。またそういうことのために、今度の法案でも愛知教育大学に修士の課程を置こうという御提案もしているわけでございます。いわば、国大協の方でお考えになっているいろいろな課題というものについてはそれとして私たちは対応していく、そのこととこの教員大学創設というものとを相まって進めていきたい、それが最も適切な方法であると考えているわけでございます。
  117. 嶋崎譲

    嶋崎委員 片一方は充実すればいいのですよ。それは延長論理だ。国大協の論理なんですよ。今度できる兵庫上越のは別の流れの延長線上だと言っているのです。  そこで聞きますが、世界各国は教員のカレッジというのはふえていますか、減っていますか。
  118. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国際的に見て、いわゆる教員養成というものについて、日本で言えば昔の高等専門学校レベルで養成していたものを大学レベルの養成に昇格をさせよう、そしてその機会に、いわゆる高等専門学校レベルの教員養成に当たる高等教育機関をできるだけ統合しようというような動きがあることは承知をしております。
  119. 嶋崎譲

    嶋崎委員 イギリスでもドイツでも、アメリカはもっと早くからだけれども教育というのは深くなると広くなるのですよ。わかりますね。小学校の先生が小さな子供たちに物を教える場合でも、教育に専門的に深くなればなるほど専門は広くなるのですよ。だからむしろ総合大学の中で教師を養成するという方に世界じゅう変わっておるのですよ。イギリスは御承知のように、教育系のカレッジというものはこの間の一九六〇年前後までは百六十五あったのですよ。いま幾つになっておる。二十六になったのですよ。そしてポリテクニクスのカレッジだとか、そういう広いいわばカレッジに教員養成は移っている。フンボルト大学でもそうでしょう。それからアメリカだってそうです。  日本の国大協が、わが国立大学協会先生方が一生懸命に言っているのは、第七常置委員会特別委員会に切りかえた趣旨最初に返りますが、切りかえた趣旨、それから同時に幾つかのリポート国大協の意思の決定として決めた過程、これは、戦後の教育あり方について、戦後三十年の蓄積の上に立って、最初は模索してきたがいまや三十年の経験があるのだから、この三十年の経験の上に立って、今後の日本の教員養成というのは大学教員養成するという原則に立って、その大学というのは総合大学なんです。原則は。オープンシステムをとったのですから。もちろん東京学芸や大阪や、そういうのはありますよ。それは戦前からの師範がありますから立てざるを得なかった。しかし、戦後の教育改革の基本的な理念は先進諸国がとっている道を戦後の学制改革でとったのです。ところが、戦後三十年の経験を積んでみて、これまでの国立大学教育学部あり方教育系大学あり方について、教員養成という問題について過去の経験と知恵をどういう方向に持っていこうかという検討国大協三つリポートなんです。私はそう理解します。したがって、その三つリポートで出されている物の考え方や、そういう方向というものに、新しく大学をつくられようとする場合にそこに深く耳を傾け、そしてその意見に即して大学のつくられ方というものは検討すべきだとぼくは思う。  ところが、いま言ったように、大学院を勝手につくることはできるよ。特別な再教育のための大学院をつくる、優秀な先生をつくるための大学院をつくることはできます。また、既存の教育学部教育大学では初等教育の先生というものが、確かに、これはいまからまた問題にしますけれども、制度的にもそれから予算の上でもつくられにくい仕組みになっている。だからなかなかできない。そこで、計画的養成をするためには別につくらなければならぬというふうに問題を立てるのではなくて、いままで全国にある教育系学部教育系大学というものを、どういうふうに改革をし、どういうふうに指導し、誘導していくか、大学自治がありますから介入はなかなかできないにしても、日本の将来の教育という観点から見た場合に、そこをどういうふうに持っていくかというところに政策の力点を置いて考えなければならないのであって、学校教育法や大学あり方では、つくられ方では考えられもしない、ある意味では非常識な、異質な学校教育学部、それに大学院、上に何の連続性もない、上に何の積み上げもない中途半端なものを二つ、二年、二年でつくるのですから、そういう特殊なつくられ方で対応できるほどいまの日本の教育の質を変えていく基本的な課題の問題は単純でない。もっと根本にメスを入れなければぼくはだめだと思うのです。二つ大学や、あと三つ、四つ、幾つつくるのか知りませんが、そういうものができたといって、日本の今日の教育の質という問題を変えていくのには余りにも何か御都合主義の計画養成をやっていることになりはしないか、それを危惧するのです。  そういう意味で、私はいままで述べてきた一つの問題の要点は、まず教員養成というものを聞きますが、文部省や何かが計画的に養成するということは、全部だめだとは言いませんよ。計画的養成ということと、教師という職業を自由選択していく大学の場を保障するということは、同じですか、違いますか。
  120. 佐野文一郎

    佐野政府委員 ちょっと御質問趣旨がとりかねるかもしれませんけれども、計画養成をすると言っている場合には、そこで養成をした千人なら千人というものについて、小・中学校への就職を義務づけるというような形での完全な計画養成というものはもちろんできるはずもないし、またそんなことは考えられていないわけでございます。ただ、国立の教員養成大学学部養成をしている義務教育課程の教員についてある一定割合は就職をしていくわけだし、その就職割合というものは一般大学の場合よりもはるかに高いわけでございますし、またそれを前提として小学校なり中学校教員についての高いレベルの養成をいわゆるこういった目的大学はやっている、そういったことを全体として計画養成と言っているわけでございます。もちろん、したがって小学校教育課程を出た者が小学校に就職するかしないかは、それは本人の自由。ただ実態としては、やはり国立の教員養成大学学部というものは、そういうほかの一般大学ではなかなかできない小学校教員の計画的な供給というものについて、従来実績を持ってきているということは言えるわけでございます。
  121. 嶋崎譲

    嶋崎委員 これをやるとまた一時間ぐらい議論になるからやめることにしますが、具体的には聞きますが、今度できる大学は初等教育教員養成学部ですね。それで、いまの教育系大学ないし学部では小学校教員というものはなかなか養成がしにくい。その理由はどこにありますか。制度的ないわば規制といいますか、制度的条件は何であり、内的条件は——外的、内的と言う方がいいかな、何と表現した方がいいかな……。  それなら具体的に、免許制度的側面から見たものと、それから学校教育課程組織の面から見た面とで、小学校教員養成ができない隘路があると思いますか。
  122. 佐野文一郎

    佐野政府委員 小学校教員というのは、御案内のように、全教科を担任をするということをたてまえとしてそういう養成をやるわけでございますから、それに見合った教員組織を整え、またカリキュラムを整えて養成していかなければいけないわけでございます。そういった対応が一般大学の場合にはむずかしい、なかなかできないということでございます。
  123. 嶋崎譲

    嶋崎委員 一人の先生は何教科が必修でございますか。
  124. 佐野文一郎

    佐野政府委員 小学校の場合には八教科でございます。
  125. 嶋崎譲

    嶋崎委員 八教科、人間はマスターできますか。
  126. 佐野文一郎

    佐野政府委員 全教科の担任ということについて、いろいろな角度からの問題点指摘があるということは私ども承知をしております。ただ、小学校の先生をしていただく以上は、やはりその八教科について大学段階で十分な知識というものをお持ちいただく必要があります。ただ、いま各大学が考えておりますことは、一つには万遍なくそれらについて全部高いレベルのものを確保するということは実際問題として御指摘のように無理な面がある。だからそれぞれの教員の特性に応じていわばピークを立てると申しますか、これは自分の得意だという教科についてさらに高い研さんを積んで、そして全教科を担任する中でも一つのピークの教科を持った教員養成されていく。そして、そういった養成された教員が現場でチームを組んで子供たちの指導に当たる、そういったことは考えなければならないことだとは思います。
  127. 嶋崎譲

    嶋崎委員 小学校は六歳から十二歳の子供ですね。しかもこのときは非常に成長の早いときですね。その大変成長の早い時期の子供たちの発展段階をまず前提にして、そして国語なら国語、社会なら社会、数学なら数学、理科なら理科、そういうものについて八教科をとらなければならないということになった場合、これは人間でできることですかね。どう思いますか。新しい教員大学だったらそれはできるの。
  128. 佐野文一郎

    佐野政府委員 新しい教員大学であっても既成の教員養成大学であっても、それは小学校の先生におなりいただく方にはきちっと身につけていただかなければならないわけであります。ただ、実際に現場に出てお仕事をなさる場合に、先ほど申しましたようなピークを立てた養成ということを小学校教員養成についても考えなければならぬということはあるでしょうし、あるいは高学年の場合に専科教員による教育というものを導入するということも必要でございましようけれども、たてまえはやはり、小学校の先生である以上は八教科全部身につけていただくということでございます。
  129. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そのたてまえを変えなければだめよ。幼児の段階と、それからもう少し上の段階に行った子供たちとはおのずから教育段階が違うのです。世界各国、見てごらんなさい。インファントスクールがあり、ジュニアスクールがあり、どこでもそうです。それを、小学校教員は八教科とか何だとか、もう八教科を絶対的に固定していますからね。その八教科の意味というものは、いまの日本の制度の上でそれを固定化すれば薄っぺらなことしかできぬということです。もう明らかなことです。したがって、本来ならば、これは子供の発達段階における教育制度の改革との関連で教員養成というものを考えなければならぬ時点に来ていると思う。だけれどもいまそんなことを言ったって制度そのものが変わっていないのだから、だとすると、いま既存の教育大学学部教員養成大学で小学校教員養成が大変むずかしいということは、そこに基本的な一つの問題があるという点をまず押さえておかなければならぬ。どうですか。
  130. 佐野文一郎

    佐野政府委員 小学校教員養成の場合にいろいろな工夫を必要とする面があるという点は御指摘のとおりでございます。教材研究で八教科、教科専門科目で六教科以上について履修をしなければならないというのは、それは免許法が定めていることでございますし、それは必要なことでございますが、先ほど来お答え申しておりますように、大学大学として、そういう必要単位を越えていろいろな大学としての特色のあるカリキュラム編成というものをお考えになっているわけでございますし、その中で、小学校教育の全般にわたる教養に合わせていわば得意の教科についての専修ということが進められているわけでございます。さらに、五十二年十一月の特別委員会報告書にもございましたように、教員養成の上で低学年教育を幼稚園教育と関連させる、あるいは高学年教育を中学校教育と関連させて、それぞれ、より専門化した履修を考えるというような御指摘があることも承知しております。こういった点についても、直ちにそれがどう実現されるかについては問題があると思いますけれども検討していくべき課題ではあると思います。
  131. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そういう意味で、いまの免許法を前提にした免許制度、この免許制度そのものが、上からカリキュラムや枠をつくってきて、それを既存の教育系大学学部にいわば押しつけるわけです。ところが、大学の内部には受け入れる主体的条件がないわけです。体制がないわけです。そうしますと、どうしても単位の取りやすい中学、高等学校、そこに集中するのですよ。幼児教育やその上の初等教育の専門家になるための物質的、人的な体制が大学にないから、みんなそっちに傾斜していく。そこに小学校教員の不足の一つの要因がある。そういう意味で、免許制度のあり方というものについては、いままでの教科八単位で、そして一年から六年までの小学校の生徒全体を頭に置いて考える考え方は薄っぺらになって、そして優秀な教員というものを考えていくための制度としてこれでいいのだろうか。ぼくもまだわかりませんよ。ぼくは専門家じゃないですからわかりません。しかし、そういう免許法という観点から見た制度的検討一つ要るのじゃないか。これが一つ。それをやらないまま、既存の教育系大学学部に、いままでの免許法の仕組みでもって計画的に、単位を取りさえすれば先生になれるという、そういう制度を押しつけている限り、日本の教育の質と教員の質というものを考えていくことはできない一つ問題点がありはせぬか。これが一つです。  もう一つ、他の学部教育学部ないしは教育系大学の人的、予算的構造に問題はないか。どういう仕組みになっていますか。
  132. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員養成大学でありましても一般大学でありましても、教官当たりの積算校費についてはこれは全く差異がないわけでございます。ただ、一般教員養成大学の場合には、いわゆる学科目制と申しますか、そういった構えになりますので、修士あるいは博士を置いている大学よりも単価の点において低いという点はそのとおりでございます。それからまた、学生当たり積算校費については、これは文科、理科等と並んで教育という一つの項目を起こしておりまして、これは文科、理科の真ん中よりも理科寄りということで単価をいま決めておるわけでございます。そういう形になっておりますので、特に教員養成大学が今日著しく劣悪な条件のもとにあるということではございません。
  133. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この大学設置基準の第三条、それから第五条との関連でいきますと、「学部には、専攻により学科を設ける。」「前項の学科は、それぞれの専攻分野を教育研究するに必要な組織を備えたものとする。」「学科には、教育研究上特に必要があるときは、専攻課程を設けることができる。」これは第三条「学科」の規定ですね。第四条は「課程」の規定ですが、「学部の種類により学科を設けることが適当でないときは、これにかえて課程を設けることができる。」教育学部はこれに該当しますね、大学院を持たない大学は。どうですか。
  134. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおり、教員養成学部の場合には課程制をとっているわけでございます。
  135. 嶋崎譲

    嶋崎委員 「学科目制、講座制及び教員組織」の第五条、「学科目制は、教育上必要な学科目を定め、その教育研究に必要な教員を置く制度とする。」これは教育学部に適用するのですね。
  136. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおりです。
  137. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、まずここで学科の方は教育研究上必要があるものなんですね。教育学部は学科を設けることが適当でないものなんですね。そうすると教育研究の「研究」が落ちる可能性があると思いませんか。  それから今度は第五条の二項「教育上必要な学科目を定め」と書いています。ところが講座制の場合は違いますよ。「教育研究上必要な専攻分野を定め」ですね。そうしますと、教育学部教育研究じゃない、教育上必要な学科目を決めるのですね。これは何かと言ったら、免許制度による単位になるわけです。それに合わせて先生を集めることが原則になってしまう、事実上。上はどうか、「学部の種類により学科を設けることが適当でない」。教育学部はなぜ適当でないのですか。
  138. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のような規定に設置基準上はなっております。もちろん、学科目制の場合でありましても、これはそこの大学において教育だけが行われて研究が行われないというわけではないし、この規定の上でも、教育研究に必要な教員を置くという点は学科目であっても講座であっても同じ。これは要するに大学院を持っているか持っていないかということによる規定上の仕分けが行われているということであると思います。養成学部の場合にいわゆる課程制をとることの是非について、従来特別委員会の方でもいろいろと御議論があることは十分承知しておりますけれども教員養成という一つの幅の広い広がりを持った分野について十分な学生の教育を行っていくためには、学科ということではなくて課程ということで、小学校教員養成課程というような形での対応を適当と考えて各大学は対応してきているわけでございます。
  139. 嶋崎譲

    嶋崎委員 教育系の学科のとき、国語、社会というのは実験ですか、非実験ですか。
  140. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国語は非実験で、社会の場合には地理等一部実験のものがあるようでございます。
  141. 嶋崎譲

    嶋崎委員 教育系の科目の場合、国語というのは非実験ですか。制度はそうなっているのだ。内容を聞いているのだ。よく考えてください。子供を頭に置いて国語というのはやるのだよ。自分が字を書けるようにするのじゃないのですよ。自分が文章を書けるようになるのが国語の時間じゃないのですよ。国語というのは実験ですか、非実験ですか。
  142. 佐野文一郎

    佐野政府委員 積算校費を考えていく場合の実験、非実験という区分につきましては、非実験を実験に切りかえることによって実際問題として単価が上がるということがありますので、私たちはできるだけいろいろな理由を考えながら非実験を実験化してきているわけでございます。そういう意味で、たとえば国語の場合でも、現在は書道は実験になっています。なぜ書道が実験で国語科教育が非実験かということは、率直に言って明確にこういう理由であるからとは言いにくいところがあると思います。それはそういうことでいままで全体のレベルをアップすることに努力をしてきていることであるというふうに御理解いただきたいと思います。
  143. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それはお金の問題だね。教育あり方の問題じゃないわけね。それが現在の教育学部の姿じゃないですか。学科・講座制をとっている他の学部に対して、確かに教員養成というのはコースを考えなければなりませんね。しかしそのときに、初等とか中等とか高等とかというコースはありましょうよ。ただそれは全部単位で、免許制度でくくられていくわけね。そうすると、何科目取ればおれは高校教師一級とか、おれは二級、こうなるわけ。そうしますと、これは単位の免許制度に基づいて単位を取ることが教師の資格だということになってしまうわけ。ところがその科目は、たとえば国語だったとしましょうね、その国語は非実験なんだから、いわゆる国文学でいいわけよ。小学校教員の国語というのは国文学に詳しければいいのですか。そうじゃないでしょう。これは実験的ですよ。社会だってそうですよ。子供の発達段階に対応して教師と子供がどういうコミュニケーションをするかというのがエデュケートという意味でしょう。引き出すという意味ですよ。だからこそ、今度の新しい皆さんの構想した教員大学には実験的なものと教科的なものを統一的にやる、そういう新しいタイプを考えようと言っているのでしょう。この予算の組み方はおかしいじゃないですか。いままでの教育系学部のいわばそういう科目に関連する単価のとり方そのものが、教育という観点からの予算のつけ方ではなくて免許制度に合わせた予算であり、予算の枠の中で教育の実質をよくしようということに対応していない、それの一つでもあるわけだ。社会だってそうですよ。理科が実験科目で、なぜ国語や社会は実験科目にならないのですか。社会の中にも地学や理科系は別よ。こういう観点が一つあるわけです。それは何かというと、つまり教育系大学並びに学部における課程−学科目制という大学の制度、このコースのあり方、これについては国大協は終始一貫問題にしております。終始一貫問題にし、いまのような予算措置のあり方教官一人当たりの単価の考え方教官研究費のあり方教官旅費のあり方、一切について終始一貫、これでは教員養成学部としては余りにも差別されてはいませんかということを言い続けてきておる。そこにどうしてメスを入れて改革しようとしないのですか。それをやらずに外につくったらそれができるのですか。  それなら今度聞きますが、教員養成の新しい大学、単価はどうするの。いままでと同じね。
  144. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国大協特別委員会は、課程制と学科目制が本質的に教員養成あり方としてなじまないと言っているわけではない。むしろあり方としてはその方が適切であろう。ただし、御指摘のように、それに伴う予算の面で問題がある。結局は、先ほど来御議論のありますような非実験、実験、あるいは講座、学科目の差による単価の差ということに問題がかかってくるわけでございます。その単価の差というものは、大学院教育研究を支えているかどうかに伴う、ある意味では当然必要なものを講座制の場合には上積みをしているわけでございますから、そのこと自体が悪いわけではないし、また講座、学科目、課程をすべて一律の単価にしてしまうことが決していいことではない。むしろそういった均衡、平準化だけを考えていたのではいけないので、もっとそれぞれの大学によってピークを立てていくことを考えなければいけないという方向があるわけですけれども、それはそれとして、やはり教員養成系の大学を考える場合に、いまよりも積算校費を、学生当たりにしてもあるいは教官当たりにしても、もっと改善をしていかなければならないということは私もよくわかりますし、そういう方向で努力をしなければいけないと思います。今度の新しい大学の場合には、東京学芸大学やあるいは大阪教育大学の場合と同じように修士の課程を置くわけでございますから、いわば修士の課程を置いた大学に対応する積算校費が計上されるわけでございます。
  145. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今度のものは教育学部とどこが違うのですか、予算の単価は。
  146. 佐野文一郎

    佐野政府委員 東京学芸大学やあるいは大阪教育大学と同じように、修士の講座制の単価になるわけです。
  147. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それもおかしいね。既存の学部があって大学院ができたという意味で、いままではその大学院学部プラスの予算として大学院の予算がついているのだ。今度の教員養成大学は、まだ学部がまともにできていないのに大学院ができた、単価は修士の講座制並みの予算をつける、それはどういうことか。完成して、いま大学院をつけろと言っている大学には予算の検討なしに、新しくできる中途半端な未完成大学には人並みの予算を何でつけるのか。特別扱いじゃないですか。それが何で、現行法だの何だの言って、平等だと言えますか。それはやはり特別の大学ですよ。
  148. 佐野文一郎

    佐野政府委員 既設大学院についてももちろん修士の課程を逐次整備していくことを考えていかなければなりません。ただ、この新しい教員大学の場合には修士の課程を設けるわけでございますから、したがって、その積算校費についても修士で対応していくということが適切だと思います。
  149. 嶋崎譲

    嶋崎委員 形式論ですね。あくまで教育論じゃないですね。大学院というものがある、そして教員養成教育学部がある、上に連続があろうが、教育の体制が充実しているか、いまから海のものとも山のものともわからぬけれども、形はそうなっているからそこには予算をつけますということになれば、これは文部省が大変庇護した特殊な大学、いままでの大学教育学部というものよりもやはり庇護された特殊な大学になりませんか。
  150. 佐野文一郎

    佐野政府委員 形式的という御指摘があったわけでございますけれども、私たちはそのように対応することの方がむしろ自然であると考えております。私たちはどの大学に対しても、大学努力に対応して私たち努力をしていかなければならないと考えておりますし、特定の大学を庇護するというようなことは考えておりません。
  151. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうはならぬでしょう。上越兵庫大学院大学はまだ学部もでき上がっていない。大学院だけで学部は後にできる。いままでの学校教育法の大学大学院のつくり方と違うという特殊性があることは言われた。今度は予算の上でも、まだ未熟なかっこうをしているのに、それに予算をつけることは悪いとは私は言いませんよ、よくするのですから。それならば、先ほど言ったような既存の教育学部大学の中で課程−学科目制をとっているために教員養成にとって物質的な隘路になっている問題については、やはり予算のつけ方や予算のあり方を変えていくということを並行しなければ不公平ですよ。そう思いませんか。
  152. 佐野文一郎

    佐野政府委員 既設大学学部についての予算措置についてさらに努力をしなければいけないし、その場合にまた国大協の方の御見解も十分に承っていかなければならないと思います。ただ、予算を積算していく場合の考え方としては、これは蛇足になるかもしれませんけれども、たとえば技術科学大学のように当然に修士をつくることを予定しているものの場合には、修士ができないうちでも修士の講座制の予算をもって対応するわけですし、医学部の場合にはドクターがないときでも博士の講座制の予算で対応する、そういうやり方になっているということは御理解をいただきたいと思います。
  153. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それは、役人というものはそういうものです。教育論抜きでだって予算をつけることはできますからね。だからそういう意味で私は依然として納得できない。他の教育系学部大学院をつくろうとしているところや努力をしているところに対しては、努力する、努力すると言いますが、それなら、いままでに全国の各県の国立大学教育学部大学院をつくりたいということを希望している大学はないのですか。
  154. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これはたくさんございます。
  155. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その中で初めて愛知教育大学に今度大学院がつくのですね、既設大学学部でたくさん要望があっても。それは一定の成果がありますよ。しかし、そこにはもちろん、判断をするだけに、欠陥もありましょうよ。学科目にしても教官にしても、そういういろいろなものについて、必ずしも大学院をすぐできるという体制がないと判断される、基準から見てそういうことはおありでしょう。今度できる教育系大学院は、そういうものはいわば全部室長判断でフリーパスのものをつくるわけですね、最初から。そうでしょう。だから、既設大学で、教員養成の課程−学科目制に伴って教師養成に十分ではない点について片一方で手直しをしていけば、全部ではないにしても、いままでの間にマスターぐらいつくれる大学は幾つかあったのじゃなかろうかとぼくは判断する。だからそういう意味で、国大協がすでに四十七年の段階教員養成制度に関する調査報告書で提起してきたことについて国側はほとんど積極的な対応をしていない。その対応なしに、鰺坂調査会が出てきて、今度は鰺坂調査会中身の全く違う教員大学が出てきた。委員会で審議するのにわからぬのです。論理が不明確でわからない。系譜もわからなければ、論理が不明確なわけです。そういう意味では何か思いつきのように思えてならないわけです。少なくとも国大協総会で決定してきた論理からすれば突如とした印象でしかない。逆に言うと鰺坂調査会のような方式で、筑波方式で出てくる方がはっきりする。ところがそれは反対があると判断したものだから、恐らくあっちにもこっちにも顔を立てるための中途半端なものをこしらえた。これが今度の二つ大学であり、それが非常に特殊であると言わざるを得ない。これは回答を聞きませんが……。  さて、では聞きますが、今度の二つ大学学部は初等教員養成学部、そこを出てきた先生と、初等教員の場合には大学二年以上、そして一定の単位をそろえている者も可能ですね。二級免許から始まって一級になりますね。それから四年制大学を出ている人もいますね。その場合に、鰺坂調査会では、新構想大学を出に人には、将来、入っていったときの免許のあり方、免許法の問題や俸給のあり方などについて制度的な改定を必要とすると言っていましたね。今度はまずないですね。
  156. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大学院を出た者について免許の上でどういう取り扱いをするかというのは、四十七年の教養審建議以来の一般的な課題になっております。ただ、それに直ちに対応できるような状態にないという判断を私たちはしているわけでございます。給与につきましても、学部を出て先生になった方と大学院を出て先生になった方とでは、同一年齢で一号の差が現在あるわけでございますが、途中で大学院に行かれた方については、給与の上の差は現実問題として生じないわけでございます。そういった状況がいいかどうかという議論は別途にあると思います。しかし、それは教員大学だけの話ではなくて、一般大学院を出た方に対する給与上の処遇をどうするのか。大学院を出たというか、途中で大学院で勉強された方についての給与上の処遇をどうするかという問題であって、この教員大学について、給与上あるいは免許上特段の措置をするということは考えておりません。
  157. 嶋崎譲

    嶋崎委員 学部の場合には別として、大学院を出ると、いま一号ですか。三号じゃなかった、給与は。
  158. 佐野文一郎

    佐野政府委員 年について一号半の差がありますから、二年では三号の差になりますが、その間に二年、学部の人は進んでいるわけですから、同一年齢で比較をすると、三から二を引いて一号の差しかないということでございます。
  159. 嶋崎譲

    嶋崎委員 事実上三号ですね。そうしますと、教員養成大学大学院を出た学生が就職をした場合にはその俸給でいきますね。そうすると今度現場にいる教師が大学院を出て帰っても俸給には関係ないのですね。
  160. 佐野文一郎

    佐野政府委員 在職中に上位の学歴を取得した場合には、俸給の調整を行うことはできることになっておりますけれども経験年数の換算方法等によって結果として俸給は高くならない、そのように承知をしております。
  161. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それなら、あなた方からもらった資料の中に「諸大学大学院の修了者全般の給与・免許等の改善については、将来の検討によるが、教員大学大学院修了者のみに対する給与・免許等の特別の措置は考えていない。」だから、将来はこの教員大学以外の問題について検討するつもりなんですか。これは外との関連、よその大学、諸大学大学院修了者全般の給与、免許問題にひっかけて、ここを出た人が現場では大学院修了の給与体系になることを検討しているのですか。
  162. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは文部省検討するというよりも、むしろ、給与制度全体の問題でございますから担当の省庁で御検討いただかなければならないことですが、私はやはり、いまのように、途中で勉強した人について給与上のメリットがないというのはどうも不自然なように思います。ですから、この大学だけの話ではありませんけれども、もっと現職の人が一般大学を含めて大学あるいは大学院において勉強ができるように、そしてそういう勉強をした場合には何らか給与上のメリットがあるような措置をとることによって、生涯教育的な、もっと研さんの機会を奨励するということが必要だとは思います。ただ、それについて具体にいまどういう構想を持っているということではございませんし、将来の検討課題だということを申し上げるだけでございます。
  163. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その点はやはり、国大協特別委員長須田先生もお見えになるからお聞きしますけれども、最後に国大協特別委員会教職員課長局長のかわりに行って、そして、いまの文部省考え方は給与や免許とは関係ありません、運営は現行法規のままですよと課長が言われたのは文部省意見を代表したのでしょう。しかし、いままで国大協はこの問題について三点にわたって長い間報告書を出してきているわけだ。それが、課長が、と言って軽い意味で言っているのではないけれども、仮に文部省を代表しているにしても、口頭で報告されて、そしてああそうですかということでこういう説明のメモになって、こう書いてある。「数次にわたる関係者との協議により、」——これはうそだな、さっき言った四回、しかも五回目というのはこの発表の寸前、だからこれは数次にわたっているかどうか、これもまず疑問だが、「これらの懸念は、一応、払拭された段階で、」「新大学の設立が明示された。」と書いてある。これは国大協が言っているのですから国大協の人に聞かなければなりませんね。だけれども、そういう形で出てきた教員養成大学が、たとえば学部の場合もいままでの学部に比べて、初等教育教員養成の資質を高めるためにはよりいい条件をつくってやるわけでしょう、いままでの教育学部がなぜできぬのかという議論の基本には一つも触れずに。そして出てきて現場に行ったときに、いまの文部省考え方はまず平等主義ですね。今度は大学院については、大学院を出た学生が行った場合と、現職で大学院の資格を取った場合とは給与の差が出てこない。長い目で見れば出るかもしれぬが、一時的には出てこない。こんなごまかしみたいな話で現場の先生方はうんと言うだろうか。どうでしょう。将来はやはり手直しをするんじゃないの。
  164. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現場の先生方の研さん、研修についての意欲は非常に強いと承知をしておりますから、大学院の場における研さんの機会を確保した場合には、これに対して現場の先生方は多数やはりそこで勉強をしたいという気持ちを持っていただけるものと思います。ただ、先ほども申しましたように、途中で大学院へ行って勉強をした者の給与についてメリットがないという点は、将来は改善をされてほしい課題だと思います。ただ当面それについてどう手当てるするということを考えているわけではないということでございます。
  165. 嶋崎譲

    嶋崎委員 現場の教師にするとこわいですね。たとえば私の金沢大学大学院ができればそこに行って研修ができますね。何も上越へ行かなくていいですね。大阪近辺なら大阪教育大学、愛知なら愛知でやれますね。そうしますと、やはりいままでの審議会の答申やなんかずっと見ますと、ブロック別だとか、そういう幾つかの案も現実にあっている。そしてさしあたっては上越兵庫だ。今度は愛知にできている。これだって、教育系大学というところはどことどこの県か調べてごらん。全部、昔師範が二つあってけんかしたところばかりね。大体人口三百万以上だけれども、北海道は二つとか、東京は二つとか、愛知は二つとか、大阪は二つとか、福岡は二つとか、これはいろいろなややこしい問題、過去の伝統と密接不可分やね。その過去をあばいてもしょうがないからやめるけれども。そして、上越兵庫については現場の先生方を再教育するウエートが三分の二というので非常に開けているわけね。ほかの大学大学院はまだ開けていないわけね。どうして一緒に開かせないの。
  166. 佐野文一郎

    佐野政府委員 東京学芸大学と大阪教育大学の、マスターを合わせますと、入学定員でたしか三百三十ぐらいの規模を持っていると思います。現在両大学で現職の教員で在学をされている方は十名くらいだと思います。これらの二つ大学院をつくるに際しては、現職の教員を受け入れるということを大事なことと考えてほしい、そういうものとして大学院を育ててほしいということは当時から私どもは両大学に対してお願いをしてきております。しかし、現実にはそういう形でなかなか機能をしない。それは、一つには現職教員の再教育機会大学院で確保するということが非常な要請としてあると同時に、やはり学部を出た者が大学院に進み、大学院までの課程を通じて教員養成を考えていくということがそれぞれの大学にとっては大事な課題として認識をされているからであるし、また学生もそれを要求しているからであると思います。これから既設大学大学院をつくっていく場合には、やはりそういった学部を出た者が修士に進んでいく、そういう修士までを通じた教員養成というものをどうしても今後の課題としては意識しておかなければいけないし、考えておかなければいけないことだと思います。それは、先ほどお話のございました、諸外国が現在の教員養成の制度についていろいろと検討している中でも、やはり開放制大学においては学部の上に一年の課程を積み上げるとか、あるいは修士の課程を活用するとか、そういったことで教員養成の質を上げることに努力をしていることと同じ基盤に立つ考え方であろうと思います。これらの大学大学院はもちろん十名以上さらに現職の教員を受け入れてほしいと思いますし、そのことはお願いしていきますけれども、やはりそういったものと並んで、新しい大学のように主として現職教員を受け入れるというような大学院をあわせてつくっていく。両方が相まって教員養成の課題にこたえていくということが必要だと判断をしたわけでございます。
  167. 嶋崎譲

    嶋崎委員 いままでの議論で、上越兵庫大学院あり方というのはいままでの大学大学院のつくり方から見て特殊なんだよね。それで、ある意味では学部大学院は積み上げでもなければ、それは連続もあれば断続もありますね。その大学院がいまから現場の教師が行けるところです。開放されているのは兵庫上越。それはよそでも行けますよ。今度は入学するものですね、いままでの研修ともまた違いますよね。そうすると、現場の先生方が優秀な先生になりたいというときに、自分たちの出てきた大学、いままでの総合大学の中の教育学部で免許を取って先生になってきた、そこなら経験的認識ありますね、どこの大学院へ行ってやればあの先生だというようなことはわかる。ところが今度の教員養成大学は先ほど言うように非常に特殊なつくり方をしているだけに、そこに行く教師の自発性というものから考えて、まだ見えないもの、成果がどのように上がるかわからないもの、そこだけが開放されている。いままだ未熟だけれども二生懸命に努力して大学院をつくろうとしている、または現に大学院がある、そこが受け入れれば、それは大学自治がありますからなかなか簡単に、受け入れろという力でそんなことはできないにしても、受け入れられる可能性を持っている大学は閉ざされていて、未熟で、大学のつくり方が特殊である大学院は現場の先生の再教育には開放されている。異常じゃありませんか。それは皆さんだってどんなものができるかわからぬでしょう。まだ室長検討していて、どんな教官が集まって、どんな授業が行われ、どんな研究センターができ、どんな業績が上がり、それが日本の教育にどんな影響を与えるか、何もまだわからないよ。しかしそこには再教育のための教員の道は開放されている。しかし既存の大学大学院は十分に開放されていない。たまたま行くのは、私のところでもそうですけれども、筑波大学の公開講座に行くとか、研修を受けに行くのにいままでの大学院を使ったことはある。しかし、今度のように、入学試験を受けて、そして二年間マスターをやって、優秀な教員になれるという見通しがはっきりせぬまま開放しているという制度は、これは全く上から、現場の教師の意見を聞いてもいなければ、国大協意見も聞いていなければ、いままでの日本の大学全体の教員養成の潮流から見たら全く異質なものがぽかんと教員に再教育の場として開放されている。私にはこういうふうに見えますね、構図を情緒的に描けば。おかしいじゃありませんか。現場の先生の研修というものの自由を認めるならば、たとえば入学に際しても、既存の経験のある大学の中で、いま行われている大学院あり方というものの中で何が再研修に対して隘路なのか、それをどうしたら再研修の条件として開放されるようになるのか、つまり開かれた国民の大学にするにはどうするかという基本的な文教政策についての積極的な政策を打ち出さずに、どうもむずかしい、どうも制度上隘路がある、それなら新しいものをつくる、つくり方は全く基礎のないつくり方、そしてそこを開放するというようなことが、将来の日本の教員養成に対して、すぐれた教師を養成するという保証になりますかと言うのですよ。将来の日本の教育を考えたら、そんなあいまいな条件では私は自信を持ってこの法案を通せませんね。私はそう思います。  したがって、大学局長文部省の方で考えてほしいのは、いままでの既存の学部ないし教育系大学大学院をつくろうとしたときに隘路になっていたと考えられる、先ほど言った教員免許制度の問題、それからまた低学年と高学年を含めて、小学校教員の教師の質というものを考えたときにいまの大学あり方でどこに問題があるか。同時にまた、他の学部に比べて教育系大学学部が予算措置の上でも非常に劣悪な条件に置かれてきた、それは教育というものの持っている特殊性ですよ。そして、長い日本の伝統の中に、小学校教員より中学の教員が上や、それよりも大学教員はなお上や、そのような卑俗な教育観が支配している、そういうものまで絡まって日本の初等教育教員養成に既存の大学の中でたくさんの改革すべき課題があるのに手がつかずにいる。それをどうするかということについて国大協としっかり議論をしていかなければならぬ。そして、国大協が真剣に考えている諸課題、同じ教育系大学でも国大協の出しているのを読みますと、カリキュラムの組み方から実験のやり方から、みんな多様なんです。大学というものはそういうものなんだと思うのです。将来の日本の教員というものをつくっていくときに、何も画一的な教師をつくる必要はないのですから、大学自身が教師をつくるときに、日本のすぐれた教師をつくる多様なつくり方というものを現実に追求している、そういうものに耳を傾けて、いま大学をつくるに当たっては国大協意見をもっともっと積極的に聞いた上で準備室長文部省もこれに対処をしてもらわなければ困る、こうぼくは思います。  それでは最後に聞きますが、現場の教員先生方がこの大学研修に行きますね。そのときには平等性と自主性が前提ですね。どこからでもいいのですね。北海道からでもよければ鹿児島からでもよい。そういう意味での平等性はまず確認できますね。
  168. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先般もこの委員会でお答えいたしましたけれども、各県別に入学者の予定を割り当てするというふうなことは考えません。全国から勉強したいという人に集まってもらうという構えでございます。
  169. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、自治医科大学のように、石川県から二名、三名とか、どこどこから何名というふうに将来集めていって、そして散らしていくというような考え方はとらないということですね。
  170. 佐野文一郎

    佐野政府委員 そういう考え方をとっておりません。
  171. 嶋崎譲

    嶋崎委員 その場合に、教師の研修の自由というものを前提にしますか。
  172. 佐野文一郎

    佐野政府委員 率直に申しまして大変むずかしい問題だと思います。大学の方のサイドから期待をするのは、まさに自主的に勉強をしたいという意欲を持っている方が入学と志願し、入学を許可されるということを期待するわけでございます。またそれを期待して大学は入学試験を実施して、最も適切な者を入学させるということを考えます。ただ、現職の先生が二年にわたって現場を離れて長期にわたる研修をするわけでございますから、このことについては、当然、勤務場所を離れての長期の研修については所属長の許可を必要とする事柄でございます。そのことと自主的に勉強をしたい人を受け入れるということとの間をどううまく調整していくかということは、現実にむずかしい課題になるだろうと思います。私たちは、いま申しましたように、自主的に勉強をしたいという意欲のある人が、その意欲を尊重されて、市町村の教育委員会によって、入学し、研さんをすることについての承諾あるいは同意を得られるという運用になることを期待しておるわけでございます。
  173. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、上越大学院に石川県から応募者が二十名出た、二十名合格した、富山は五人であった、福井が十八人から二十人であったといっても、合格すれば全員受け入れるということにまずなりますね。研修の平等というものは認めると言いましたね。そして、自由の問題については、いまむずかしい問題ですとちょっと逃げた。まず平等という観点からすれば、鹿児島から来ようが北陸から来ようが、試験を受ける権利というのは入学試験と同じですね。まずその点。
  174. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その点は先ほどからお答え申しておりますように、どこの県からおいでになっても同じでございます。
  175. 嶋崎譲

    嶋崎委員 ところが、平等で試験を受ける権利が保障されていて、そして、たとえば金沢大学を受けるときに金沢の地元の高等学校からたくさん入るとか、東大だって京都大学だって地元に集中する。有名校か何か知らぬが集中するでしょう。そんなことのために、入学試験をやってみたら、たとえば石川県の教師と富山県の教師と比べてみたら、平均的に見ると富山県の教師がすぐれていて石川県の教師がすぐれていないというようなことが、平等の原則でやると客観的データとして何か出てくるという可能性がありますね。そういう場合が想定されるかどうか、それが一つ。  そして、片一方では三十人合格していく、片一方は十人合格していく。そのとき、教育委員会は平等性と入学試験の権利を認めるならば、入った人間の後の欠員については教育委員会がフィジカルな、物質的な意味で施設や定員の上でも保障する、ないしはそれを埋めるということをやらなければこれは平等と自発性に基づいた研修入学ではありませんね。
  176. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私たちは各県の教職員の間に格差があるなどとは思っておりませんで、それは適切な入学試験を実施をすれば適切に分布して入っていただけると思います。ただ当面、実際にふたをあけたときに、入学をする人が全然ない県なんかも出てくるだろうと思います。しかし、それをあえて調整をして割り当てをするというふうなことでなくて、やはり大学院が育っていく過程で、それぞれの県で研修計画を持って実施をされるわけでございますから、各県で志願をする方がそうばらばらになるということには実際問題としてはなかなかならないでございましょうし、そう心配をしたことではなかろうといまの段階では思っているわけでございます。  なお、いま御指摘のように、現場から大学院へ行って勉強される、二年にわたって現場を離れるわけですから、その離れることについては当然補充の教員の配慮をしていただかなければならないと思いますし、それをどのように手当てをしていくかというのは、これから初中局あるいは財政当局と十分に相談をして詰めていかなければならないことでございますけれども、そういう課題があるだけに、それぞれの県で、自分が大学院に行って勉強をしたいというときにだれでも志願をすれば、入学試験の問題は別として、大学院へ入学ができるという体制に教育委員会のサイドでなるかというと、私はそうはいかないだろうと思います。それは、各県の教育委員会はそれぞれに内地留学については規程を設けて、こういう場合に内地留学を認めるんだという基準をお持ちのはずでございますし、そういったことにのっとって、それぞれの県で大学院に入学をしようとする者についてのいわば計画が立てられるだろうと思います。そのときに、できるだけ本人の自主的に勉強をしたいという意欲を尊重してやってほしいというのが私たちの願いでございます。
  177. 嶋崎譲

    嶋崎委員 それは現実には大変な矛盾になりますよ。さっき言ったように、入学試験を受ける権利、研修の権利、これはいままでの研修と違うのです。試験を受けて、二年間行って、帰ってきても別に俸給にプラスになるわけでもないけれども、いい教師になりたいと思って行きたいわけです。行きたいと思っている大学はさっき言うように特殊な大学です。市町村段階、県段階教育委員会の計画養成教員の質を高めるための計画養成というために、いままで各県段階研修をやっていますね。つまり、そういう官製の研修に対して、今度は、二年間は現場にいないで教育系大学大学院に勉強に行く。これは入学するのですから、入学して二年間勉強するのと、官製のいままでの研修と違いますよ。だとする、計画養成ならば、最初から、本県ではこの二つのできた開放されている再教育のための大学院には毎年五人なら五人、六人なら六人やりたいという計画が一本出てきますよ。片一方では、今度は行こうという人間の平等と自発性を尊重するというのでしょう。ところが、いままで官製研修会のあり方については全国的にトラブルがいっぱいあって、これと違う、自発的に入学をして勉強しようという場合の入学試験を受ける権利と計画養成という枠との間には必ず矛盾が起きる。その矛盾が起きたときに、恐らく県の教育委員会で、おれのところは全県内ではことしから来年にかけては八人ぐらいしかやれませんよ、それは金がついてまわるから。それは初中局長、あとしっかりしてもらわないと困る。自発性に基づいて行くのなら、出ていったものについては各県で全部めんどうを見なければいけませんね。その教員の代替教員をどうするか、一切について全部責任を持って対処しなければならない。予算の縛りがかかっていますから、希望されたってなかなか補えぬということになると、今度はお金の問題で平等性と自発性はスポイルされますよ。これは客観的な事実になると思う。そうしますと、研修の自由権と、大学の入学試験を受けるという権利の平等の問題と、計画養成に伴う研修という問題がごっちゃになって、現場では当分どうしていいかわからぬ。いろいろな見通しが立たない間はやれないですね。だって、申し出ていったときに、数が多くなったらいかぬというのは最初からもう一定のものしか入学試験を受けられぬということですから。そうでしょう。  だから、問題の立て方はこうでなければいけない。二十人行こうが三十人行こうが、試験を受けさせますよ。合格した人間についてはそのあとの、教師のあいた定員や教育に支障を来さないようにすべて体制を整えるということを前提にしていなければこれはできるはずがないでしょう。これは教育委員会の許可なしには行けないのですよ。これは決して平等と自発性に基づく入学試験にはなりません。そこには必ず、教育委員会研修と同じようにかんできます。しかし、研修あり方と、それから入学して資格を取る、二年間で修士の資格を取るという問題とは、これは教育委員会はかんではならないことにならなくてはおかしいです。それをもしかむと言い出すと、この教員養成大学という大学は明らかに計画的に教員養成するために誘導することになります。地方の県教委の研修という枠の中で誘導される教員養成大学にならざるを得ない、私はこう判断せざるを得ないと思う。  長い議論をしてきました。もう時間が来ました。大臣、最後に、いろいろ議論してきましたが、私の言いたかったことは、今度の二つの新しい教員養成大学というものは特殊だということ、海のものとも山のものともまだわからぬ、そこだけが再教育の門戸が開けた大学である、しかるに既存の国立大学学部大学院は開かれていない、こういう矛盾がある。だとすれば、こっちが開くならば、新しい大学を開くならば、古い大学が開けない、開かせる場合の隘路は何と何か。たとえばさっき言った教員の免許法の問題だとか、それから課程−科目制、これらに関連する大学の予算に伴う仕組みの問題や、教育研究あり方の問題、そういう問題について基本的な改革というものをやりながら、それらと並列して進められるものでなければ意味をなさない、こう私は思う。この点が第一点。これだけを特殊化するのじゃなくて、全体的に教員養成というものを充実させていくための、既存の学部並びに大学あり方について、予算並びにその免許制度その他を含めての改革の考え方を出すかどうか。これが一つ。  次に、ここで研修する先生方の再研修という問題に当たっては、いま言ったように府県段階教育委員会がおのずから枠をはめざるを得ないという事態になったときに、入学試験を受ける権利、その自由の問題と日ごろの官製研修会に引っ張り出すという問題とは質が違うのに、事実上は同じ対応にならざるを得ない。この点についてどう考えるか。これが第二点。  最後は、現在の法律案では大学の管理運営は鯵坂構想をとらないと言っておりますから、これはまた再度の質問のときにわれわれの仲間の委員から補っていただくことにします。  その二点について大臣の所信をお聞きして、私の質問を終わります。
  178. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 大変御示唆に富んだ、また非常に重要な御指摘がたくさんあったわけでございますが、冒頭に先生が御指摘になりましたように、国大協特別委員会が四十九年当時に出されました報告書は十分承知をいたしておるところでございます。ただ、私といたしましては、いま御指摘になりました三つ問題点、このことも承知をいたしているわけでございますけれども、新しい構想大学というものを頭から否定してかかられた報告書ではなかった。三つ問題点を提起されましたけれども、それはいずれもむしろ建設的な御意見であったと解するわけでございます。そしてまた疑問の点もお持ちになったわけでございますから、数次の意見交換、というのはうそだと言われましたけれども、四回か五回かということもお話がございましたが、公式な意見交換会議等の場におきましての意見交換というものは四回か五回であったと思いますが、国大協あるいは大学関係者との意見交換は幾度も行われたわけでございます。その間に理解が深まりまして、国大協あるいは特別委員会が御提示になりました三つ問題点について、文部省は同じ考えに立って対応をしていくという文部省の真意が理解をされましたために、一月の十八日の同委員会においてこの新構想大学を評価をするという御意見に決着を見たと私は考えるわけでございます。その一月十八日の会議に出てまいりましたのは教職員養成課長でございますが、教職員養成課長が口頭で御説明はしたことでございますけれども、これは文部省の公式な見解であるし、文部省の公式な対応の進め方であると、これは私から改めて明確にしておきたいと思います。そして、これらの御理解に基づいて準備を進めてまいったわけでございます。  先生の大変重要な御指摘のございました免許制度の問題あるいは全教科担任のいまの問題、いずれも、ただそのまま放置しておいていいものとは決して考えません。これから私ども真剣に取り組んでまいらなければならないきわめて重要な課題でございます。しかしながら、それの答えが出ていないから、それが解決されていないからこのような新しい構想に基づく大学をまだスタートをしなくてもいいのだとは考えないわけでございます。まだ海のものとも山のものともわからぬではないかというお言葉がございましたけれども、いわば、兵庫県の社町で整地をしている段階ですから、海のものとも山のものともわからぬというおっしゃり方をすればそのとおりかもしれませんが、私どもといたしましては、真剣に、国大協特別委員会等に御理解いただいたような、評価いただいたような姿のものにこれをどうしてもいたさなければなりません。その努力を積極的に進めてまいるわけでございます。  また、国大協との意見交換をもっと活発にこれからもやれという御指摘でございます。この大学国大協の一員になる大学でございますから、国大協との意見の統一を見るためにこれからも努力を続けますことは当然のことでございまして、さらに重ねて、国大協との細部にわたります意見交換を今後も努力を続けてまいる所存でございます。  また、私、先ほど免許制度の問題、全教科担任のいまの問題、放置はいたしませんということを申し上げました。重要な検討課題と心得ていると申し上げましたけれども、当面のこの大学の側にいたしますと、研修についての現職教員の皆さんの意欲、そしてまた研修を受ける権利があるということを言われる、それに対応していきたいと大学当局は当然考えるわけでございますから、教育委員会もそこら辺のところは理解のある姿勢で対応していただくことを期待をいたすわけでございまして、この大学趣旨についてなお理解教育委員会当局にも持っていただく努力もいたしてまいらなければならないと存じております。それは、現職教員が二年の間その現場を離れて大学へ入学するのでありますから、研修とはおのずから異なるものでございます。大学ですから。それだけに、当然、その研修に出られる現職の教員のあとの定数の問題等も、教育委員会としてはこれは正当に対応をしなければなりませんことでございますから、そこら辺のことも踏まえて、この大学の持ちます性格というものを教育委員会にも正しく理解をしていただく努力は、文部省当局としても当然しなければならないことである、かように考えるわけでございます。  したがって、嶋崎委員が御指摘のような二つの流れというふうに実は私は考えておりません。利根川と賀茂川ではないのです。一つの川が流れている川の流れでございますから、途中には中州もあって二つに分かれるところがあるかもしれませんけれども、より資質の高い教員確保という目的については、海に流れるところは一本の川でございます。そういう決心で、これからもこの大学が御期待に沿える大学になってまいりますための万全の努力をいたす決意でありますことをお答えいたしておきたいと思います。
  179. 嶋崎譲

    嶋崎委員 回答になっておりません。これから検討していただく第一点は、新構想大学ができる、新しい大学院大学ができるが、既存の大学並びにいまの教育系大学教員養成上の隘路になっている問題を改革しながらどうするかということの大臣の決意。それから第二番目は、現場の先生方が再教育を受けに出かけていく教育権と教育委員会の計画養成との間に矛盾が起きた場合には、その教育権をどのように保障するかという問題点が残っている。これについての対応の仕方を今後検討して、今後の委員質問に答えていただきたい、そういう趣旨です。  質問を終わります。
  180. 菅波茂

    菅波委員長 午後一時三十分に再開することとし、この際、休憩いたします。     午後零時五十二分休憩      ————◇—————     午後一時三十二分開議
  181. 菅波茂

    菅波委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。曽祢益君。
  182. 曾禰益

    ○曽祢委員 私、今回の国立学校設置法の改正に当たりまして、教員大学設置並びに教員養成あるいは教員の免許といいますか、資格の付与、こういう問題についてだけ、ひとつ文部大臣に御意見を伺いたいと思います。もとより細目等については局長その他の御答弁でも結構なことであると思いますが、大体私は大筋の議論でございますので、原則として大臣においてお答えを願いたいと存じます。  最初に、初等教育教員養成を行う学部をつくる、そして全体としては大学院に重点を置いた国立大学を新設する今回のこの行き方については、原則として私は賛成であります。ただ、まず第一に、けさも大変にエキスパートとしてのいい意見も拝聴いたしたわけですけれども、なぜ特定の地域だけにこの二つの新教員大学学部と修士課程が設けられるのか、その点について、この選ばれた理由、この点を御説明願いたいと思います。
  183. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 当面は兵庫上越、そして鳴門、そういう準備を進めてまいったのでございますけれども、既存の教員養成課程のございます各大学の状態、そしてさらに五十三年度予算で愛知大に大学院を置こうとしておるわけでございますが、これらの既存の大学あり方等も十分に勘案をしてまいりまして、兵庫上越、そして鳴門の三つ大学を当面考えたわけで、今後の問題につきましては、さらに地域的な事情等も踏まえまして検討を続けてまいりたいと考えております。
  184. 曾禰益

    ○曽祢委員 くどいようですけれども、こういうものは全般的に千編一律的にやるわけにもいかぬでしょうが、なぜこの二つの地域が選ばれたのか。特に上越兵庫が選ばれた理由はどこにあるのでございましょうか、その点の御説明を伺いたいと思います。
  185. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 兵庫上越につきまして特に教員大学創設する場所に選びましたのも、その配置、立地条件、そして地元の協力態勢、こういうことを総合的に判断をいたしまして——これらのことが総合的に実ってまいりませんと新しい構想大学設置することはなかなか困難なことでございます。その辺の事情は御理解いただけると思いますが、こういった問題を総合的に判断をいたしまして、兵庫については昭和四十九年から、また上越につきましては昭和五十一年から準備に取りかかったものでございます。
  186. 曾禰益

    ○曽祢委員 ほかの既存の教育関係大学施設等の問題も実際ゆるがせにできないと思うのでありますが、今回の文部省の企図を伺っていると、どうも上積みの教員大学及び教員養成の修士課程というものをつくるということにのみ極端に言えば走って、つまり、新しい大学設置とそれから修士課程の大学院の新設にのみ走って、既存の教育大学あるいは教育大学の仕事、こういうものに対する考慮が足りないのではないか。言うならば、一つの小さなおきれい事をして、大きな問題をそのままにしておくような姿があるのではないか。全面的に一度にやるわけにはいかぬでしょうけれども、そういうきらいがなきにしもあらずと思うのです。  特にその点に関して、実は私は前回、五十二年三月二日に当委員会におきまして海部文部大臣に対しまして、これは一般質問でございますが、申し上げたときに、当時朝日新聞に高崎市立中学校の校長さんが出された投書、これは教員養成及び資格付与検定等に関する意見ですが、私はそれを読みまして非常にごもっともだと思って、それを踏まえながら、一般的なそういう本当の下の方の実情から見て、教員養成ということをもっとしっかりやらなければいかぬではないかということを御質問申し上げたわけです。その要旨は、どこの大学でも資格は取れるわけですが、一級免許の教職の専門は、小学校教員は三十二単位、中学校教員の場合は十四単位の履修でいい、こういうことになっている。その校長さんの意見は、一体この程度でいいのか。たとえば、普通の大学生ならば、四年制の大学を卒業するためには百三十から百七十も一単位を取らなければいかぬ。ところが、大切なわが国の子弟を教育するこの教員の場合には、確かにそれは専門的な職業であるからという面もあるかもしれないが、一般的に見て、普通の四年制大学の履修すべきものに比べて単位が非常に少ない。これで果たしていいかどうか、こういう意見でございました。私はそれは素人なりにもっともではないか、もっと単位をふやしていく必要があるではないかという点を踏まえて御質問を申し上げたわけであります。  特に私がもう一つ重点を置いたのは、やはり一番日本で問題なのは、各国でもそうかもしれませんが、要するに初等教育先生方の素質、これが一番基本的にむずかしい問題であるし、現に問題を抱えていると思うのです。それは言いかえれば、やはり先ほど申し上げた資格取得のための単位の数及び質の問題もありましょう。同時に、養成のための実習等が非常に必要だと思うのです。ところが、その実習等については非常に心細いようなことを伺っておるわけです。果たして実習が現状のままでいいのかどうか。これは最近の日本経済新聞等に伝えられている実情の報告でございますけれども、たとえば五十二年の三月の卒業生中で教員免許を取得した者が十六万七千二百人、そのうち就職した者が三万九千五百人である。これは不景気のため免許取得数はここ数年にわたって毎年一万数千名ずつ増加してきたのだけれど、いずれにしてもこの十七万の、規定の実習を終えたはずの人の実習の内容というものをこさいに当たってみると、実は実際に教壇に立ったかどうかすらちょっと怪しい、授業の見学ぐらいで済ませているのではなかろうか、こういう観測が持たれるぐらい非常に形式に流れているのではないか、こんなことではいかぬのではないかという記事がありまして、私も平素から、酷なようだけれども、もっとしっかり研修を身につけ、特に実習してからでなければ資格も与えないし、いわんや採用して教鞭をとらせるなんということはとんでもないことだというぐらいに思っているわけなのです。  さような意味合いで、いま申し上げましたような、特に初等教育に当たるべき教員の資格付与、その履修すべき科目の単位、数及び実習等の期間がどういうふうになっているのか、実情はどうか、この点からまず文部省の実情の御報告を願いたいと思います。
  187. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 曽祢委員の御指摘になります。初等教員の資格を取得する人たち大学等におきます教科内容をもっと充実させるべきだという御意見でございますが、教員養成が、戦後、幅広い教養のある人材を求めるという見地からいわゆる開放的な制度をとっております。その免許制度にも絡んでくる問題であると考えます。この開放的な免許を与えるという制度そのものは、私は、教員養成の基本としてはやはり開放制のというところには非常に大きな意義がある、このことは尊重すべきものだと考えますけれども、しかし、現行の免許制度におきまして、免許状取得者が非常に多数に上りまして、中には形式的な養成になっている面があることも事実でございます。免許状の乱発という批判もまたあるわけでございまして、すでに教育職員養成審議会からも建議を受けまして、いまの免許制度を改めて、幼・小・中・高等学校教員を通じて大学院の修士課程修了レベルで上級免許状をというような、各種各様の免許基準の引き上げについてもそういう方向の建議をいただいておるところでございますけれども、戦後の教育制度のまさに基本的な問題に及ぶところでございますので、また、大学院の整備等、教育行政に関連をいたします施設整備の面とも兼ね合ってまいらなければならない問題でございます。重要な問題でございますが、この点については非常に重要な問題だという認識のもとに慎重に検討をしてまいらなければならない、かように考えているところでございます。  教育実習の問題を御指摘になりましたが、このこともまた一部で免許状の乱発ではないかという御批判をいただいておりますが、免許状取得者の数にもかかわり合ってまいっている問題でございます。教育の実習は非常に重要な意義がございまして、免許状を取得いたしますためには、小学校または幼稚園におきましては四単位を取得するに必要な約四週間という期間、中学校、高等学校の教諭の免許状を取得するためには、中学校または高等学校において二単位を取得する必要がある。二単位というのは二週間に該当するわけでございますが、そういうことを決めております。一般大学ではこの基準どおりにただいま実施をしているところでございます。国立の教員養成大学学部ではこれを上回る実習が実施できているわけでございますが、先ほど申し上げましたように、非常にその数がふえてきている。時間でだけ決めております実習の時間はこなしておりましても、その内容が果たして充実された実習になっているかどうか、いろいろな問題点を抱えているわけでございます。これらの改善点についてもいろいろな検討をいたしておりますので、詳細につきまして大学局長から御答弁をさせていただきたいと思います。
  188. 佐野文一郎

    佐野政府委員 免許基準につきましては、先ほど先生御指摘のように、小学校の場合には教職専門を三十二単位、それに教科専門の十六単位を合わせて四十八単位が免許状を取得するための最低の基準として決められているわけでございます。各大学はもちろん、大学を卒業してそして先生になるわけでございますから、大学を卒業するのに必要な百二十四単位を上回る科目は開くわけでございますけれども一般大学の場合には、教職の免許を取るために必要な科目数というのはその最低基準のところで実施をしているという実態があることは御指摘のとおりでございます。教育職員養成審議会が四十七年に行いました建議では、この四十八単位を七十単位にふやせという御提案があるわけでございます。中学校、高等学校、幼稚園のそれぞれについて現在の単位数を七十単位まで上げていこう。中学校の場合は、現在は五十四単位ないし四十六単位を必要といたしますが、それを七十単位に上げる。高等学校も同様でございます。幼稚園も四十四単位を七十単位に上げるということについて御指摘をいただいているわけでございますが、これを実施をするためには、先ほど大臣からお答え申し上げましたように、基本的な方向では免許の基準を高めるということについては御異論がございませんけれども、実際にこれを実施することになると、国立大学あるいは私立大学、短期大学、それぞれ違った事情がありまして、なかなかこの基準の引き上げを実現するわけにいかないということで、これまで検討を続けてきているわけでございます。  教育実習につきましても、養成審議会の方では、現在の小学校の四単位を八単位に上げた方がいい。中学校の二単位は六単位に上げた方がいいというように、教育実習の期間についても延長の御提案がございます。これも教育実習を重視することからは当然のことではございますけれども、免許状を受けようとする者が非常にふえているということがございますので、この教育実習期間の延長というのも、実際にそれを受け入れる学校のこと、それに対する各大学の指導のこと等を考えると、慎重な対応を要するということになっております。教育実習の実態については私ども調査をいたしておりますけれども、小学校の場合、あるいは幼稚園の場合にはわりあいそれぞれの大学が毎年協力を求めて、いわば提携をしている学校に出ていくのが多いのですけれども、中学校、高等学校の場合にはむしろそういうところではなくて、それぞれの学生の出身校へ戻って、そこで実習をするというような形が多いわけでございます。それに対する大学側の指導というのも必ずしも十分でない。それによって教育実習が御指摘のように形式的に流れるおそれがあるというような実態があるわけでございます。
  189. 曾禰益

    ○曽祢委員 なかなか困難であるし、特に日本の教員養成制度そのものが非常に戦前と違って開放体制をとっておる、したがってそれを尊重しながらやはり改革に当たらなければならないことの困難、特に複雑な制度ですから、利点を生かしながら改革ということのむずかしいことはよくわかります。しかし、どうも検討検討だけで過ぎては、余りにも重大な問題であり、私はどうしても一つ一つ手がけて、ことに、いま承るところによればこの専門委員会もできて、そして、どちらの方でしたか、いまの局長の答弁によると、単位の方ですか、履修を要する単位の方についても、いまの単位では足りないから七十単位ぐらいまで上げるべきだという答申も出ているそうですから、それをまずぜひひとつ実現していただきたい。特に、これは言うまでもなく、初等教育、小学校の先生は全課程を受け持つという非常に大きな負担があるわけでありまして、それにこたえるためにはかなりすそ野の広い教養を身につけなければならぬ、あるいは学術を身につけなければならぬ、こういうことでありますから、いろいろの制度はあっても、少なくとも履修の単位をこれにしなければいかぬというぐらいのことを、専門委員会等の検討を経た上で、これはぜひひとつ速やかに断行をしていただきたいと思うわけです。  それから、この資格の付与に当たっての実習ですが、特に実習の場所、いまこれについてお話がございましたが、国立大学の中で大きなところになると、首都の学芸大学等については付属の小学校、中学校、学芸大学は高等学校まであるようですが、そういうものをちゃんと持っているのです。しかし、持っているこの付属の学校に実はもう一つの問題が起こっているのは、本当に教育を学ぶに必要な、非常にバラエティーのあるいろいろな生徒をそこに収容しているというよりも、その大学の付属小・中学校等がいわゆる有名校になっている。またそういうような試験によって入学を認めるというような弊が現にある。ある学校においては抽せんと学力試験とを適当に組み合わせてやるというふうになっておるようでありますが、それも確かに一つの問題ではある。同時に、そういったような特別な教育に関する有名大学以外では、本当に提携して実習ができるような学校というものが事実上余りないのじゃないか。そうすると結局実習がなくなるというところ、そういうきらいがあるのではないかと思うのですが、その点はいかがでしょう。
  190. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおり、国立の教員養成大学あるいは学部の場合には付属学校を活用いたしまして、付属学校でかなり長期にわたり、年間を通ずれば九週間程度は実習生を受け入れておりますので、それである程度充実した実習ができるわけでございますが、一般大学の場合、ことに中学校、高等学校の免許状を取る場合には、先ほど申し上げましたように、特に大学協力を求め、あるいは提携をして教育実習をする、そういう学校ではなくて、学生の出身校へ戻って、そこで実習をするというパーセントが非常に多いわけでございます。
  191. 曾禰益

    ○曽祢委員 その点はひとつぜひ改めるようにしていただきたいと思うのです。せめてそういう点でぴしっとして、その出身校に持っていってやるということでなくて、契約によってある学校においてやるのは結構ですけれども、なるべく付属の学校を持たして、そうしてやるというふうにしていかないと、特に初等教育、これこそ本当に力を入れなければならないと思うのに、それが十分に行われないで、それで小学校の先生の卵が生まれていくというようなことは実に憂うべきことではないかと思うのです。これは、余り戦前の例を引き合いに出すのは適当でないかもしれませんが、私が戦前の東京の師範学校の付属小学校にいたときの記憶によれば、卒業前の学生が、教生先生といって、小学校で何週間やったのだか覚えておりませんけれども、かなり長く実習をやるのですね。本当にもう先生と生徒という関係ができるくらい、かなりの長い間やったものです。これは、当時における日本の世界に誇るりっぱな、尋常あるいは高等小学校の先生の養成の一番いいところをやっていたのでしょうけれども、そのとおりに行けというのはこれは無理かもしれませんが、初等の先生の教育くらいはそのくらいに本当にしっかりやってもらわないと、民族の将来、私は本当に危機を感ずるのです。  これもうろ覚えで、はなはだ恐縮ですけれども、たとえばフランスなんかでは、これはどの程度の学校だったかははっきり覚えてないのです。あるいは高等学校の先生かもしれないけれども、とにかく教職につくということは、フランスでは御承知のように普通の大学のドクターコースじゃないのですね。いわゆるグランゼコールという、たとえばエナだとかポリテクニクだとか、高等師範大学、エコール・ノルマル・シュペリウール、そこら辺を卒業して、本当のエリート中のエリート、大博士ですね、ドクトゥールじゃなくてアグレジェの位を持った人が教鞭をとる。これは小学校から高等学校、リセまで全部そうかどうか、ちょっとそこら辺はむしろ局長の方から教えてもらいたい、あるいは私の記憶違いかもしれません、うろ覚えかもしれませんが、少なくとも見習うべき点は、本当に学のうんのうをきわめたと言っては大げさでしょうけれども、少なくとも大学及びその教育の課程におけるトップを終えた人が教鞭をとっている。私はそうでなければいかぬと思うのです。余りにも、開放体制がいいといっていささか安易に発給し過ぎているのじゃないでしょうか。それから資格の審査が非常に簡単過ぎる。実習は形式に流れておる。それでいつまでも改革の手が伸びない。今度の教員大学、あれはいいですよ。トップクラスの養成のために、また一たん教職についた人が修士課程をやる、大変結構。それはそれで生かすべきだけれども、繰り返して恐縮ですが、かといって、そういうようなトップのきれいなことだけじゃだめなんです。底辺の底上げに真剣に取り組んで改善をしていかなければならない時期が来ているのじゃないかと思うのです。ぜひ十分周到な準備とともに勇断を持って、教育制度の改革の一番大きなポイントとして、教員養成、資格付与、これらの点について当たっていただきたい。大臣のお答えを願います。
  192. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 特に小学校教員養成につきましては、現在、国立の教員養成大学学部における養成が主になっております。そこで、免許状取得者の数も中等教育教員の場合のように多くはないわけでございまして、比較的充実した実習も実施をされているわけでございますけれども、しかし、これだけで満足するべきものだとは必ずしも考えません。一層充実をした実習内容の実施を目指しまして、幸い、東京学芸大学岡山大学教育実習研究指導センターを設けたことでもございますから、教育実習の内容、方法等につきましてさらに改善研究を進めますのと、教育委員会並びに受け入れ学校との教育実習連絡協議会、この協議会によります円滑な実習の実施を図ってまいりまして、また教育工学センターの教育実習シミュレーションの開発と、いわゆる実習事前指導の充実を期してさらに努力をしてまいります。
  193. 曾禰益

    ○曽祢委員 最近、これは私は新聞で知ったわけでありますけれども中央教育審議会の方におきましても教員養成、実習、採用のあり方研修等について小委員会を設けて検討を始める、あるいは始めたやに伝えられておりますし、また、多少郷愁的なあれかもしれませんが、日本教育学会の方でも教員養成問題研究委員会を発足させるというふうに伝えられている。確かにそういう機運が醸成されつつあると思うのです。ですから、中教審の方は特に文部省の方から、どうなっているか、あわせて中教審のこういう方面における活用をどんどんやってほしいと思うので、希望を込めて、局長からでもお答え願いますが、こういう機運なんでございまして、ぜひ、今回の二つ大学設置を契機に、いわゆる底辺の一番重要な問題としてこの教員養成問題を取り上げて、そして研究機関等があれば大いにこれを活用し、なければそういうものをつくってどんどんと進めていただきたいと思います。局長と、それから文部大臣からお答え願います。
  194. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 教員の資質の向上につきまして、いい先生であってほしいという社会的な要請がこれほど高まったことはございません。また教員の方々も、もっと勉強しなければ、もっと勉強したいという意欲がこれほど高まった時代も過去になかったという感じがいたすわけでございます。これらの御要請にこたえたいということから今回の教員大学構想も発足をしたわけでございますが、中教審におきましても曽祢委員指摘のような教員研修あり方について御検討をいただいているところでございます。五月末くらいには御意見をいただけるのではないか、かように考えておるわけでございまして、そのいただきますお答えに期待をいたしているところでございますが、詳細につきまして局長からまた御答弁をいたします。
  195. 佐野文一郎

    佐野政府委員 中央教育審議会は小委員会を設けて教員に関する問題を検討中でございます。これは教員養成研修、そういった全体を通じていろいろな角度から御審議が行われております。現在、教育関係団体から意見聴取を進めておられますが、意見聴取が恐らく五月までかかるだろうと思います。その後さらに小委員会で御議論になり、それが総会報告されておまとめをいただけるということになろうと思います。
  196. 曾禰益

    ○曽祢委員 これで終わります。
  197. 菅波茂

    菅波委員長 鍛冶清君。
  198. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 国立学校設置法改正案につきまして、関連して何点かにわたって御質問を申し上げたいと思います。さきに御質問なさった方との重複はなるべく避けてお伺いいたしたいと思いますが、若干、数が多くございますので、簡略に御答弁をお願いいたしたいと思います。  最初にさしあたって、どなたもお伺いになったことでございますが、二つ教員大学設置される、その目的についてお伺いいたしたいと思います。
  199. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員大学の場合は、学部の場合と大学院の場合と、先ほども議論がございましたように若干趣旨を異にいたします。学部の場合には、非常に問題が多く、そしてさまざまな角度からの改善、工夫の検討が行われ、また、要請されている初等教員養成という問題につきまして、需給の問題も考えて、この大学初等教育教員養成課程を置き、そこで初等教育教員養成の新しい方向を開くことができるならばということで、いろいろと改善、工夫を図るようにしようとしているものでございます。大学院は、主として現職の教員を受け入れて、そしてそこで高度の研さんの機会を確保することによって教員の資質の向上に資そうというものでございます。いずれにいたしましても、その二つの機能をあわせて、この教員大学が既存の教員養成大学あるいは学部の充実と相まって、わが国の教員養成の充実発展に寄与することを願うということでございます。
  200. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 この目的に従って教員大学をつくるということでございますが、これは先ほどからもいろいろ御答弁の中でございましたように、中教審答申に始まって、新構想教員養成大学等に関する調査会等の答申を経て、それらを踏まえながらこういう設立をしたというふうな経緯を先ほども御答弁があっておったようでございますが、私は、この新構想教育養成大学等に関する調査会が発表された、これは四十九年五月に発表されておりますが、その構想内容との関連で、今度提案になっております教員大学についていろいろと何点かお伺いをしてみたいと思います。  まず、調査会構想、これは調査会というふうに略して申し上げますが、調査会構想の中で人事委員会設置がうたわれておりました。この点についてはどのようにお考えになっておられるのか、お尋ねいたしたいと思います。
  201. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のとおり、鰺坂調査会報告によりますと、まず教育研究の分離ということを学部段階でも考えるということが基本的な方向としてございまして、それに対応して人事委員会設置等の措置を講ずる考え方が示されたわけでございますが、現在御審議をお願いをいたしております教員大学の場合には通常の学部をもって構成をするわけでございますし、大学の管理運営につきましても現行の法律に即して行うことといたしております。
  202. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 次に、理事会に先般来御説明の資料として提出のございました教員大学の概略の説明の中の「その他」の項でござがますが、項目の中で副学長について触れている項目がございます。副学長については、筑波大学では、教育研究、それから厚生補導、医療、総務のそれぞれの分野を分担する副学長を置く、こういうふうになっているわけでございますが、教員大学における副学長というのは何のために置こうとしておられるのか、これをお尋ねをしたいと思います。
  203. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現在、大学には副学長を置くことができる制度的な仕組みになっております。そして、これまで置いてまいりました新設の医科大学あるいは技術科学大学におきましても、副学長の制度というのは、学長を助けて、学内の諸般の運営に当たる場合に非常に有効に機能していると考えております。したがって、教員大学の場合には副学長は設けたいと思っております。それを何名にするかというふうなことについてはまだ検討中でございます。いずれにしても、学長を助けて、学内の運営に当たっていただくわけでございます。
  204. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 この副学長ということについて、置くかどうかについて、あくまでこれは学長の権限においてなさる問題であって、創設準備室でそういうふうにお決めになっているのかどうかわかりませんが、大学局の資料によりますと、副学長を置くという愚なっているわけです。これはちょっと行き過ぎた措置ではないのかというふうな気がするわけですが、そこらあたりについてはいかがでしょうか。これは学長権限だというふうに思うのです。
  205. 佐野文一郎

    佐野政府委員 基本的に、大学の運営に当たる体制をどのように整えていくかというのは御指摘のように大学が考えることでございます。現在創設準備室で、まさに将来この大学創設された場合に学長となる方を中心として諸般の検討が進められているわけでございますが、その検討の中で、やはり副学長は置くことにしたいという方向が出ているということでございます。
  206. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 それはあくまでも学長権限ですから、そこまでちゃんといまから前もってやっておくというのではなくて、学長を選任なさってからでもそれはいいのだと思います。そういった流れというものはきちっと守ってやるべきではないのだろうか、こういうふうに思うのですが、その点、再度お答え願いたいと思います。
  207. 佐野文一郎

    佐野政府委員 御指摘のように、新しい大学ができてまいります場合に、いろいろな教学面の事柄を中心といたしまして大学の運営のあり方については、これから大学創設に当たる方たちが最終的にお決めになっていくべき事柄が多いわけでございますし、また、そのことについては十分私たちも慎重な配慮をして対応していかなければならないと思いますけれども、同時に、この大学の基本的な骨組みというのはなるべく早い時期に明らかにされ、そしてそれが一般にも周知をされていくということが必要でございます。またそういった基本的な骨組みの上で国大協とも御相談をし、あるいはわれわれもそれを検討しながら大学創設をしていくわけでございますので、大学がみずから決定すべき事柄に属するものについて慎重な取り扱いをしなければならないというのは御指摘のとおりでございますけれども、そういう配慮をしながら準備主とともに検討してまいりたいと考えております。
  208. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 その次に、運営について学外者の意見を求めるなどの工夫をするといった項目がございます。調査会構想の中では協議するための機構を設けるという形で報告されているわけでありますが、筑波大学の参与会と同じような形になるのではないかというふうな批判も強くあるわけでありますけれども、この点、どのような機構になさるのか、お伺いをいたしたいと思います。
  209. 佐野文一郎

    佐野政府委員 いま御指摘のように、学外の方々の御意見を伺う、そういったしかるべき協議の機関を設けたいということは準備室も考えて検討されております。それを参与の形で置くということを現在準備室がお決めになっているわけではございません。どういう形で協議機関を設けることが最も適当であるかということについて御検討が進んでいるわけでございます。
  210. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これを設けるについては、一つ問題点として、これらの機構からの意見をどのような形で大学が取り入れようとするのか、そこらあたりが一つの大きな問題になってくると思うのですが、取り入れ方によっては大学の自治自体に触れるようなことになってくるのではないかという気もするわけです。このあたりのお考えはいかがでしょうか。
  211. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大学ができるだけ開かれたものであることが望ましいことはもとよりでございますし、そういった開かれた大学ということを期して大学を運営しあるいは整えていく場合に、学内の者だけではなくて、できるだけ広く学外の方の意見を、しかもある恒常的な機関を通じて伺う体制をとっていくということは、これは必要なことであるし、望ましい方向であると思います。ただ、そのことが大学の主体性と申しますか、それを損なうということがあってはならないことはもちろんでございますし、また、従来医科大学なりあるいは技術科学大学に参与を設けてきておりますけれども、その参与の運用の実態を見ておりましても、そうした、大学を開かれたものにするという方向で適切に運用されていると考えております。
  212. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 機構の問題は、いまおっしゃったような形で行われるべきだろう、こういうふうに思うわけですが、続いて、受験に当たっての教委等の同意の問題について若干お尋ねいたしたいと思います。  教員大学大学院では現職教員養成ということで、資質向上を目的として、三百名の定員の中で二百名、三分の二を入れて教員養成する、こういうことでありますが、このことについて教育委員会の同意、これは先ほどから質問もございましたけれども、大切なことでございますので再度質問いたしたいわけでございますが、同意を得るということが必要だということを言われております。この同意というのは、書類の形で出すようにするお考えなのかどうか、そこらあたりをちょっとお尋ねをいたしたいと思います。
  213. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この大学が最終的にどのように処理をするかは、まさに、さらに創設準備室によって検討を加えられた上で大学が入学試験の場合に募集要項をどのように定めるかにかかるわけでございますけれども、これまでの既設大学における大学院なりあるいは専攻科への入学の場合におきましては、やはり受験に際して所属長の承諾書の添付を求めている例が一般でございます。
  214. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 それともう一つ、先ほど言いました資料の中の「その他」の2の項目になっているわけですが、教育委員会だけじゃなくて、教育委員会等と、「等」というのが入っているわけですが、これは教育委員会以外に何か同意というものをする機関を考えていらっしゃるのか、ここらあたりをお伺いいたしたい。
  215. 佐野文一郎

    佐野政府委員 公立の小・中学校の先生の場合には市町村の教育委員会がこれに当たるわけでございますが、この大学院に受け入れる先生方を公立に限定をいたしておりません。私立学校の先生も入ってくるわけでございますし、国立学校の先生入ってくることを期待をしているわけでございますので、そういった場合にはそれぞれの設置の形態に従って所属長が異なりますので「教育委員会等」というような言い方にしたわけでございます。
  216. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 公立の場合、素人考えでいきますと、もし大学に入学が許可されますと、その問いわゆる教員の給与というものが当人には支払われているというふうに聞いておるわけでございますが、私立の場合はそこまでの規制というものはしにくいわけであろうと思うのです。その場合に、やはり本人の意思でどうしても勉強したいという人であれば、それはそういう同意というのが要る、そこまで書類で提出しなければいけないという規制がいるのでしょうか。この点、ちょっとお尋ねしたいと思います。
  217. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国・公・私を問わず、現職の先生が長い間現職を離れて勉強されたいというわけでございますから、当然、そういった勤務場所を離れた長期にわたる研修については所属長がそれを承認するということが必要になるわけでございます。もちろん、大学の方としては、現職の先生でも同意が得られないという場合があり得るでございましょうし、受験を拒むというわけではございませんけれども、やはり二年にわたって現職を離れて勉強される、それについて、私たちは現職のままで給与を得て勉強していただくということを期待しておりますし、それが保障されないということになるような形での受験というのはできるだけ避けてほしいと思うわけでございます。
  218. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 そうなると、その判断基準というものが明確にならなければいけないのじゃないかという気がするわけです。われわれの方で判断基準としてわかっているのは、現職の教員として三年以上実務についた人ということだけが判断基準で示されているように思うわけですね。ですから、いまのお答えの中で同意を断る場合もあるというようなお話でございましたが、そうしますと何かほかに判断基準というものがおありのように思うわけですが、その判断基準というもの、それじゃ一体どういうところで断る場合があるのか、そこらあたりをお聞かせ願いたいと思います。
  219. 佐野文一郎

    佐野政府委員 大学の方からお願いをするのは、現職経験三年以上を持った方ということをお願いするわけでございます。そして、きわめて割り切った言い方をすれば、大学サイドからすれば、受験をされたい方が受験をされ、私の方は入学試験をやって、しかるべき者を入れればいいということになるわけでございますけれども、ただそういった形だけで運用いたしますと、先ほど申しましたように、実際に入学をする段階でそれぞれ現場の御事情があるわけですから、今度は現場の方としては当然所属長の方でその長期にわたる研修を認めることができるかどうかという問題になるわけでございます。これは公務員法のたてまえからいっても、勤務場所を離れた長期にわたる研修については所属長の許可が要るわけでございますから、そこのところでいわば大学サイドの事情と教育委員会サイドの事情が食い違うことになっては困る。そこでわが方は、受験の段階で所属長の同意というものがあるということをお願いしているわけでございます。
  220. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いまの御答弁を聞いておりましても、一応三年以上勤めておれば、教育委員会に申し出て、受けたいと思いますが、ということであると別に拒否する理由は何もないような気がするわけですね。たとえばその学校で穴があくから後の教員はどうするかという、補充の問題等がきわめて事務的な形での操作といいますか、そういうことだけが判断基準であるように受け取れるわけですけれども、それだと、受けたいという人は一応教育委員会に申し出れば——受けたいという人はそれなりに、受ければすぐ通るというものではございません、試験がございますから、それなりに一年も前から、あるいはその前から、教員になったときからでも腹を決めて、三年たったらひとつ行こうというようなことで早い人は一生懸命勉強なさる方もおられるかもわかりません。そうすると、大体そういう気配というものはむしろ早くからわかるわけでありまして、そういう熱心な人で受けようという人については、これは全部同意を与えて試験を受けさせるということで差し支えない、こう思うのですが、その点、いかがでしょう。
  221. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これはむしろ教育委員会の側の御事情があると思います。それは、教育委員会として計画的な研修ということを当然にお考えになるでございましょうし、また実際にその先生が現在学校でどういうお仕事をなさってどういう状況にあるのかということがございます。希望すれば直ちにその先生が勤務場所を離れて差し支えないという状況に学校現場がすべてあるわけではなかろうと思います。それは私たち大学院で勉強したいと思うときでも同じことだと思います。そういった現職の職員であるということに伴う進学というものについてのチェックというのは、教育委員会のサイドで当然にお考えになるだろうと思います。ただ、そのときに、従来お答えをいたしておりますが、できるだけ御本人の勉強をしたいという意欲を大事にしてやってほしいということを私たちは期待をしているということでございます。
  222. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 実際問題としては、いま申し上げたように、早くからそういう試験を受けて大学院に行ってがんばろうという意欲を持たれる方が恐らくほとんどだろうと思うので、そういういわゆる事務的な措置等だけであればそんなに細かく心配する必要もないと思うのです。個々の教委の判断ということをおっしゃっていますが、それもただ事務的なことだけのようですから、少し早目からそれをはっきりさせて、そして受けたい人は全員受けさせるというようなシステムで、ある程度方向を決めておいた方が、かえって公平な形で受けたいという人に受けさせることができるというようなことにもなるのではないかと思うのです。そういう形でやられますと、何か裏に意図的な考え方があるのではないかというふうにわれわれは勘ぐるわけですが、その点、再度お答えを願いたいと思います。
  223. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど来御説明していることの繰り返しになるわけでございますが、もちろん、大学でございますから、そこで勉強をしたいといって志願をされる方の受験を拒否するということはないわけではございますけれども、しかし、実際に合格した後で、大学において二年間継続して修学をすることができるかどうか保障のない方が非常にたくさん受験をされるというのは、入試の事務の処理の上からいっても非常に困るわけでございます。これは大学の方の事情からしてそこのところは困るという点がございますが、またもう一つ教育委員会サイドでの研修の計画的な処理の問題もあるわけでございますので、やはり現職の方の場合には所属長の同意をとって、いわば二年間にわたる現職のままでの修学についての保障というものを得た上で受験をしていただきたい、そう考えているわけでございます。
  224. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 この問題は御質問申し上げても同じことの押し問答みたいになると思いますが、お考えになっていることがどうも裏があるような感じがしてならないわけでありますけれども、もう一つこれを突っ込んだ形でお尋ねいたしますと、いわゆる給与が出て研修の形で出るわけでございますから、言い方を変えれば何か委託生、いわゆる通ったところの、所属の地元の教育委員会が委託をして教員大学資質向上のために訓練をしてもらうというような形になるわけですね。委託学生みたいな、変な言い方かもわかりませんが、そういう感じになる。たとえば、大学院というのは、これは後からも若干議論いたしたいと思いますが、これはいわゆる技術的なもの、これは提案理由の御説明のときにも先ほどの御答弁の中にもありましたが、まず実践的な教育というものをつかみたいというような趣旨がございます。そういうことではございますが、やはり大学院ですから研究部門も当然入ってくるだろう。その場合に、その先生が、この二年間一生懸命やっておったら私はもう現場に帰りたくなくなった、学究の道に進みたいのだ、いわゆる教育学の方に進みたいのだという場合もあるかもわかりません。そういうような場合の措置というのは一体どういうふうになるのでしょう。
  225. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この大学はどこまでも大学でございます。また、国大協特別委員会が懸念されているように、これをいわゆる研修所的なものに矮小化してはいけないというのは、これはこの大学準備に当たっている方々の一致した願いでございます。したがって、ここに迎え入れる学生というのは、各教育委員会から推薦をされた人をそのまま試験をしないで受け入れるというようなことではございません。普通の大学と同じように、広く全国から希望を求めて、それについて適切な入試を行って受け入れるということでございます。ただ、そのときの現職の先生の取り扱いについて先ほど来申し上げたような配意をお願いしたいということを言っておるわけでございます。したがって、大学のサイドからしますと、この大学を卒業した人が、事の性質からいって、また現場に戻って大学での研さんの結果を生かしていただくことを期待はいたしますけれども、そのことについて大学の方で何らかの拘束をするということはあり得ないことでございます。
  226. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 大学が規制するのはおかしいと思いますけれども、いま申し上げたように、言い方は悪いかもわかりませんが、委託生みたいな形に結果的にはなるわけですから、そういう場合に、途中で御本人が地元の教育委員会に、帰る意思はございません、私は広く教育の学の分野でひとつ研究に従事し、いろいろまた貢献をしたいというようになった場合の取り扱いというのは、教育委員会側としてはどういう対応をなさるのか、この点をお聞きいたしたい。
  227. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 最初の出願のときの扱いが教育委員会側として非常に問題でございますので、それも含めて申し上げますと、現在、教育公務員特例法の定めでは、教員は、任命権者の定めるところにより、教員の身分のままで、長期にわたって研修を受けることができると書いてあるわけです。そこで、その任命権者の定めるところにより、教員の身分のままでというのも、現職にあってというのか、現職現給か、つまり、教員だけれども休職にして行くのか、あるいは現在の教員のポストのままでというのか、そこも争いといいますか、解釈は二通りできると思いますけれども、従来の大学局の考え方は現職現給ということですから、そうしますと、その人は大学へ行きますけれども、かわりにほかの人を雇うという意味でまるまる一人定員がよけい要るわけです。  そういう問題があって、そこで今度は、任命権者の定めるところによりというんで、現在も各県の教育委員会が、小・中学校の先生も含めて任命権者ですから、国内長期研修規程とか内地留学生規程とかいう教育委員会規則をもってその手続を決めておるわけでありますが、手続の具体中身としましては、先ほど先生がおっしゃったように、その長期研修を出願する者の資格、勤務年数がどのぐらい以上あるかというようなことが入ると思います。それからその目的の場所、目的の研修の期間、それからその間の経費の負担というようなことが定められてあるわけでございますから、したがって、それらの要件を書面として出していただいた上で、任命権者としてはあらかじめ承諾を与えるか与えないか、こういうことになるわけでありまして、それは現在は主として国内研修として国立の大学学部や専攻課程へ行く場合にそういう手続をしているわけでございますが、今後の教員大学大学院に行く場合にはどうするかということは、いままでのその取り扱いから言えば、委員会側としてはやはり同じように、事前に承認をもらうというようなことで行くんではないかろうかというふうに考えられるわけで、あります。  それからなお、現在の各県の規則は非常にまちまちでございますが、いまおっしゃったように、現職のまま行って一年研修しているうちに気が変わって、もう現場へは帰りたくない、学問研究いちずに行きたいというような人があるかもしれないわけですが、教育委員会側としては、せっかく現員現給保証して勉強してもらうのですから、やっぱり帰ってきてもらって学校へ勤務してもらわなければ困るといいますか、目的が達せられないというふうに考えるでしょうから、そこで現在でも、承認する場合には、帰ってきた後、少なくとも二年間は教員として勤務するというようなことを条件として規則に定めておるというところもあるわけでございまして、これもやはり、それぞれの教育委員会がこの大学院における研修というものをどういうふうに考え、それをどういうふうに生かすかという、その判断によるもの、こういうふうに思うわけでございます。
  228. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 どうも話が先ほどの御答弁と大分違ってきているのは、実務三年以上しか条件はないので、あとは後の穴埋めのために、のいた後の操作等があるからというのだけのように私どもは聞き取れたわけです。ところが、いまお聞きしますと、結局その三年以外にすでに条件がついているわけですね、いわばお礼奉公みたいな。変な言い方になりますが、帰ってきたらお礼奉公みたいに二年間はいなければいけないというような。自治医科大学なんかがそういう形、六年でしたか七年でしたか、地元でということになっている。そういうのがやはり条件として判断基準の中に、同意するという中で、御本人がそういうことをちゃんと承諾をしなければやらないという条項が、ここで先ほどの御答弁と違って出てきているわけですね。まだほかにもこういう形があるんじゃないでしょうか。
  229. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 いまのそのお礼奉公というお話ですけれども、それは、国としてあるいは初中局としてそういうことをいますぐ指導するとかいうようなことで申し上げたんではないので、現在の長期研修というものを運営しておる各県の規則を見ますとそういう条件を付しておるところもございます。こう申し上げたわけでありますから、今後それを各県が今度のケースについてどう考えるかというのは、やはり第一義的には県の判断にまつところが多いだろうと思うわけでございます。
  230. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 そうしますと、個々の教育委員会、ずいぶんたくさんあるわけですが、その教育委員会判断に任せるという意味合いが強いような御答弁のようにお聞きするわけですが、そうすると同意する条件というものに大変にばらつきが出てくる。いわゆる大変不公平が出てくる。こういう形が非常に心配されるわけですけれども、そういうことになるわけですか。
  231. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 その点は、各県の教育長もこの問題には非常に関心を持っておりますから、現在でもいろいろ集まって、どういうふうに対応したらいいかというのを検討しておるように聞いておりますので、恐らく、そういう扱いはできる限り一つの合意のもとに運営するということで考えられるんではなかろうかというふうに思うわけでございます。
  232. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 これは一朝一夕にそういうふうにいくものかどうか。財政的に、地方財政の中で大変楽なところもあるでしょうし、それから大変なところもありましょうし、それによっていろいろ違う問題は出てくると思うのですね。そうしますと、数多くある中でそういう条件を同一にするというのは、これは話し合いの中で果たしてできるんだろうか。大変不公平なばらばらが出てくるんじゃないだろうか。そしてそれがかえって足かせになって、せっかく、それがなければしっかりがんばろうという人も行かなくなるとか、大変、何かわれわれが想像していたのと違った形がどんどん出てくるような感じがするわけです。むしろ、これは文部省の方で判断基準というようなものははっきりとお示しになった方がすっきりしていいんじゃないかというような気もしますが、そこらあたりはいかがでしょう。
  233. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど来申し上げておりますように、私たちは、大学院に入って勉強したいという個々の先生方の意欲をできるだけ尊重してほしいということでございます。それで、そのことと、各教育委員会で先ほど来御説明申し上げておりますような対応が必要であるということを、いわば各教育委員会において適切に運用をしていただきたい、そうわが方は期待をするわけでございます。
  234. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 とにかく、いまのままですと、たとえば、極端な例かもわかりませんけれども、学究一筋にやりたいという、これは悪い意味に変わったんじゃなくて、やはり教育界には貢献しようと思うけれども、自分は現場でやるよりはやはり学究的に貢献した方が向いているというような形に現実になった場合、教育委員会の同意の内容がばらばらであると、あるところではそれを認めて、それは同じ教育に携わるんだからいいですよ、いままで差し上げたものについてもちゃんと返してくれとか言いませんよというところも出てくるかもわからぬ、極端な話が。片一方では、いや、ちゃんと二年間お礼奉公といっているんだから、帰ってきてもらわなければそのお金はすべて返してもらいますよというふうな取り扱いになるかもわかりませんね。そういうような対応が大変出てくるような気がするのですが、そこらあたりはいかがでしょう、もう一度お伺いいたしたいと思います。
  235. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど初中局長からお答えをいたしましたように、現在、教育協議会の方でもこの問題について御検討いただいております。私たちの方もよく趣旨をお話しして御協力を求める努力をしておりますので、できるだけこの大学院ができる趣旨に合った運用ができるような努力をこれからも続けてまいりたいと思います。
  236. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 この問題は一応おきまして、今度は、大学を卒業したとします。帰ってきた場合に、これはもといた学校に帰るのか、それとも教育委員会がどこか決めてやるのか、ないしは本人がどこそこの学校でぜひともやってみたいんだ、習ったことを生かして、というようなことでやった場合、そういうものもちゃんと認めるようにするのか。そこらあたりはどういう形になるのか、お聞きをいたしたいと思います。
  237. 佐野文一郎

    佐野政府委員 それは、それぞれの教員が属している教育委員会で御判断をいただかなければならない事柄でございます。
  238. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 この問題については、いま御質問いたしました中で食い違いが大分出てきているし、われわれが想像しなかったようなことが条件に入ってきているような感じがいたしております。そういう点では、この教員大学設置について、今回そこらあたりもはっきりしないままにお出しになったということは大変軽率な扱いをされたんではないかというふうな気もするわけです。そういった点について、はっきりとここで、そういう態度は文部省は大変軽率であったということを申し上げておきたいと思います。  続いて質問を続けさせていただきますが、調査会構想の中で「附属学校教官一般職員、学生などについても、それぞれの地位、職務などから見て適切と認められる領域の問題について、意向を表明する機会を設けること」こういうふうな提起があっているわけでありますが、現実にこれはきわめて重要な問題であると思うのです。この調査会そのままをやっているんじゃないという文部省の御答弁ではございますが、これを踏まえているわけでございますし、きわめて大事なことであると思うのですが、ここらあたりの対応はどういう構想を持っていらっしゃるのか、お尋ねをいたしたいと思います。
  239. 佐野文一郎

    佐野政府委員 付属学校の運用につきましては、この大学の場合には非常に重視をしておりますし、学校教育センター等をつくることも含めて、付属学校の機能というものを学部の運用の中に一体的に組み込んでいきたいという考え方は持っております。この調査会で御指摘になっている問題は特に事新しいことであるとは思いません。適切な領域について、それぞれしかるべき方々の意見大学の運営に当たって吸い上げていくという努力は当然にしなければならないことであると思いますが、付属学校については特に配意をしているとは承知しております。
  240. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 では、あとたくさんお聞きすることがございますので、はしょって申し上げますが、四十七年七月に教育職員養成審議会から建議がなされておる。その中でこういうふうなことが書かれてあります。「初等教育教員養成は、幼児・児童の成長と発達についての全面的・総合的理解の必要性、教科担当の範囲など、初等教育組織、方法などから初等教育教員に要請される資質能力を考慮すると、特定の専門分野の教育とあわせて行なうことは困難である」云々、こういうことがあって、その後で教員養成大学設置してきたのだ、またするのだ、こういう意味の旨が述べられているわけですね。この文言からとりますと、初等教育教員の専門性の確保ということについては、教員養成系の大学、すなわち教員大学でなければ目的は達し得ないのだ、そういうような趣旨に受けとめられるのですが、これはそういうことで解釈をしてよろしいのでございましょうか。
  241. 佐野文一郎

    佐野政府委員 午前中の御質疑にもございましたけれども、小学校教員養成というのは、事の性質上一般大学ではなかなか実施が困難だという状況があるわけでございます。そういうこともあって、従来から、開放制のもとで一般大学による養成と、教員養成大学による養成とがいわば並行して、相まって進められてきたということであろうと思います。
  242. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 そうしますと、悪くとれば、他の大学等では教員養成資質能力において若干劣っている、そういう考え方もできるわけですが、そういう観点に立ってみて、現在、教員養成系の大学、いわゆる教育大学と、一般大学学部、それからまた短期大学、そして教員資格認定試験制度による教員資格、それから教員免許が与えられるようになっているわけでありますけれども、このそれぞれの制度について文部省はどのような評価をなさっておるのか、お尋ねをいたしたいと思います。
  243. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現在の開放制のもとで教員養成が進められてきているという基本は、私たちは大事にしていかなければならないと思っております。ただ、午前中以来の御指摘にございますように、開放制のもとで大学の数が非常にふえ、また学生数がふえてきたために、教員を志望する者の数がふえ、それに伴って教育実習の実施が実際問題として困難になってきている等の問題も具体的に出てきております。それらについては四十七年の教養審建議で御指摘を受けているところでございますし、そういった問題を抱えているということは十分に承知をしております。それらについての改善努力というのは、具体的に非常に困難な課題が多いために、従来からできるものから逐次実現をするということで、いま御指摘の資格付与の制度等を法律改正をしてお認めいただいてきた経緯があるわけでございます。小学校教員等の資格認定の制度というのは、外部から教職を志す有為な人材を迎え入れる制度としては大変有意義な制度であると考えております。逐年、この制度を活用されようとする方も、若干ではございますけれどもふえてきておりますし、合格者もだんだんにふえてきているような状況でございます。
  244. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 そうしますと、いまの答弁をちょっとお聞きしましてわかりにくい面もありましたが、それぞれの制度の中で教員免許資格を与えている、それはやはり弊害等もあったという意味もおっしゃったわけですか。
  245. 佐野文一郎

    佐野政府委員 弊害ということではないと思います。ただ、現在の開放制のもとにおける教職員養成制度というものが、開放制のもとのでの高等教育の規模の拡大ということに伴って多くの問題を現在抱えている。それは、教員養成の実質をさらに向上させるためにはどうしたらいいかという角度で検討されるべきものとして私たちは受けとめているということでございます。
  246. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 先ほど大臣は答弁の中で、教員免許乱発というお言葉を出されたように思います。この制度に絡んで、どこらあたりのところが乱発に当たっておるのか。大変変な質問で申しわけございませんが、お尋ねをいたしたい。
  247. 佐野文一郎

    佐野政府委員 一般に申しまして、実際に免許状を取得する者の数が十六万七千、それに対して実際に教職につく方の数が四万弱でございますから、実際に教職につく方に比べて免許状をもらう人の数が多いということは言えます。ただ、それをもって直ちに乱発と言えるかどうか。それはやはり免許状を出すについてどれだけ厳重なチェックを行っているかということにかかると思います。私どもが問題として意識しているのは、先ほどの御指摘にもございましたように、教育実習について、現在の免許法が定める教育実習の単位それ自体がなお不十分であるにもかかわらず、それが十分に行われているとは言いがたい状況にある、そういう点があるわけでございます。特にそういった点は中学校、高等学校教員の免許状について見られるわけでございます。
  248. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 私は大臣にお尋ねをいたしましたので、大変意地が悪いかもわかりませんが、大臣から御答弁をお願いしたい。
  249. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 決して意地は悪くないです。乱発という御批判をいただいておりますとお答えをけさほどいたしました。そのとおりでございまして、乱発ぎみではないかという御批判があるのは事実でございます。ただ、そのことをもって直ちに乱発と言えるかどうかと文部省が考えておりますことは、いま大学局長が御答弁をいたしたとおりでございます。
  250. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 大変すっきりした答弁でございました。  それでは、また大変話題が変わった質問になりますが、教員養成大学のことでちょっとお伺いしたいわけです。  現在、学芸大学という名称はすべて教育大学という名称に変わってしまっているわけでありますけれども一つだけ、東京学芸大学のみは、名前を変える際にちょうど東京教育大学というのがございまして変えるわけにいかないということで、東京学芸大学という形で今日まで残ってきているわけですね。ところが、聞くところによりますと、東京教育大学は、去る三月三十一日でございましたか、もう一応消滅をして、筑波大学の方に合流したのですか、ということで、東京教育大学はなくなったというふうにお聞きしているわけです。そこで、東京学芸大学を東京教育大学というふうに名称を変更するのではないか、一部そういうようなうわさも流れているわけですが、この点について文部省はどのようにお考えになっていらっしゃるのでしょうか。
  251. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 東京学芸大学が東京教育大学と名称変更をするのではないかということでございますが、そんなことは私ども文部省が決めてかかるべき筋合いでなくて、大学がお決めになることですが、あれだけの伝統と歴史を持っておられますから、東京学芸大学という名前を大切にしようとされるのではないだろうか、このように考えます。
  252. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 次に今度は、一般大学、それから学部教員養成あり方については、国大協でも若干いろいろと問題点があるというようなことをお認めになっていらっしゃるようであります。これは教員養成制度に関する調査研究報告書の中でもそういう指摘をみずからなさっていらっしゃるようでありますが、そういう卓見には敬服をするわけでございます。その中で「教育学部自体の研究体制が不十分であるのに加えて、その担当する教育負担が過大であって、全学的な教育科学センターとしての役割を発揮しにくいこと、」云々。また、各学部での「専門カリキュラムはおおむね過密であり、ゆとりと選択の度合が少なく、教職専門の受講のため十分な時間をさきえない」云々。また、「総合大学において、学生はガイダンスの欠如により系統的な授業科目をとりにくいこと」云々。こういったような趣旨のことを国大協自体がこの中でお述べになっていらっしゃるわけでありますけれども、そういうふうであるということが事実といたしますと、一般大学学部での教員養成を行っていくには、必要に応じて各大学が共同して、場合によっては大学独自でもいいわけでありますが、教職教育研究のための教職教育研究センターというものを設置しまして、そこに専任の教官や職員を配置する、そしてこのセンターで教職教育を十分行えるようにする必要があるのではないか、こういうふうに私ども考えるのでございますが、これに対する御意見を承りたいと思います。
  253. 佐野文一郎

    佐野政府委員 国大協特別委員会の四十七年十一月の報告書の中で、御指摘のように、教員養成学部を持たない一般大学の場合に、教職の教育課程、あるいは教育実習、あるいは現職教員大学における研修の受け入れ、そういった点を一元的に取り扱う、あるいは教職に関して学生のガイダンスの任務を行うというようなものとして教職課程センターであるとか教員養成センターの設置ということが提案されている。あるいは、教員養成大学学部については、地域のほかの大学、短大をも包含して、教職課程の連絡の強化あるいは教育実習の調整等を行うものとして、地域教職課程センターないし地域教員養成センターを置いてはどうかというような御提案があることは承知をいたしております。文部省でもこれまで、教員養成大学学部教育実習研究指導センターというものを設置してきております。東京学芸大学岡山大学に逐次置いてまいりましたけれども、これによって教育実習の改善というようなことを進めてまいろうと考えているわけでございます。国大協の御提案は、現在の教員養成の実態に対応するものとして大変示唆に富んだ御提案だとは考えますけれども、直ちにそれをいま実現できるかどうかについては問題なしとしませんので、今後の検討課題としてまいりたいと考えております。
  254. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 私どもといたしましては、今回の教員大学設置については、党として申し上げる条件をはっきり文部省の方で認めて、必ずやりますということであれば賛成してもいいんじゃないかという形に一応考えてはおるのですが、そういうことの一環として、こういう在来の大学における内容の充実ということは私たちは大変大切だろうと思うのです。その一環として、いま申し上げた教職教育研究センターをぜひ設置して、そして力あるものにしていただきたい、われわれはこう思うわけです。その点、再度大臣からお答えをいただきたいと思います。
  255. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 既存の教員養成課程の大学の充実は、御指摘のとおりに非常に大事なことでございます。午前中にもお答えをいたしましたけれども国大協あるいは特別委員会等が懸念を持たれましたのもそこにあると思うのです。しかし、文部省として考えておりますことは、やはり既存の教育大学というものの充実をやっていく、こういうことを何度か機会あるごとに御説明をいたしてまいりましたところ、その文部省の考えておりますことを理解いただいた結果、ことしの一月十八日に、新しい構想教員大学についての理解特別委員会がお持ちくださって意思表明になった、かように考えるわけでございまして、既存の教員養成課程のございます大学についてさらに大学院設置いたしましたりセンター等を十分考えていく、このことと、教員大学という新しい大学の発足と、両々相まっていかなければならない、さように考えるわけでございます。両々相まってということは、既存の教員養成大学の充実は非常に重要なことであるということを十分私どもは認識をいたしまして取り組む決意でございます。
  256. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 またちょっと話が前後いたしますが、短期大学における教員養成あり方についてお伺いをいたします。  短期大学がいままで果たしてきた役割りはそれなりにわれわれは認めることにやぶさかではございませんけれども、いつのときでも、教員養成あり方検討する段階になりますと、必ずといっていいほどこの短期大学の問題が論議の焦点という形になってきているわけでありますが、この点につきまして文部省のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
  257. 佐野文一郎

    佐野政府委員 四十七年の教養審建議におきましても、教員養成は四年制の大学で行うというのを原則として掲げております。そして、短期大学の場合には、四年制大学について建議で述べているような、そういった改善努力をするということを求めながら、たとえば免許状について初級免許状にするとか、あるいは研修によって普通免許状を取得する努力義務を課すべきであるとか、いろいろな注文をつけながら、やはり短期大学による免許状の授与というものを認めていこうという方向をお出しになっていると承知をしております。まさにそういった建議の方向というのが現在の実態でもあるし、また短期大学による教員養成というものを私たちは否定する気持ちもございません。ただ、その内容改善していく必要があるということと同時に、小学校教員養成等についてはさらに四年制大学による養成というものを拡充していくということが必要であろうと思っております。小学校教員につきましては、短大を出て小学校教員になられる方の割合は逐年減少の傾向にございます。ただ、幼稚園の先生につきましては、短大卒業者の占める割合は九四・五%というように現在でも非常に高率でございますから、その実態を頭に置きながら、国立の教員養成大学における幼稚園教員養成課程の設置、整備等を進めているわけでございます。
  258. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 次に、大学院設置あり方について若干お尋ねをいたしたいと思います。  提案理由の説明の中でも、最後の方に、この教員大学は「学校教育に関する実践的な教育研究を推進しようとするものであります。」ということで、実践的ということを非常に強調していらっしゃるわけです。これは必ずしも悪いことだとは思いませんけれども、ここでひとつ問題としてわれわれはっきりしておかなければならないものがあると思います。  これも調査会報告書の中で、教員大学大学院と並行して既設教育系大学学部にも大学院設置検討するけれども、この場合に大学院の目的、性格、教育研究組織教育課程、入学者選抜方法など、その基本的事項については教員大学大学院に準じて構想する必要がある、こういうふうなことを調査会報告の中で述べているわけです。確かに、五十三年度に愛知教育大に大学院設置の予算が計上されておる、それから教員養成大学院に関する調査費も予算の中で計上されておるということも十分承知しておるわけでありますけれども教員大学大学院構想で他の教育大学大学院設置するということになるとちょっと問題があるのではないかという気がするわけです。  たとえば四十九年十一月の国大協報告の中で、大学院あり方になりますが、教育学、心理学、それから教科教育学が大学院の主要素となることは当然としても、諸外国のように教育政策、それから学校経営、教育統計、発達障害、学校と家庭、学校と社会、学校の施設と設計、児童と社会環境など多面的で自由なプロジェクトの選択を考慮し、さらに平和教育、国際理解教育など、医学、生物、経済、法律、社会など学際的研究の開発も重視しているというような形で、大学院というのは、広範な学問的研究が行われていくところに大学院設置の意味がある、こういうふうに考えるわけでありますけれども、どうも教員大学大学院というのは、どちらかというと技術的訓練というものを教育課程として主として取り入れてやっているというふうに考えられるわけです。教員教育技術だけを身につけておけばよろしい。悪く言いますと、考える教師ではなくて、ただ教えることだけ上手であればいいというふうな感じが私たちするわけでありますけれども、この点について御見解を承りたいと思います。
  259. 佐野文一郎

    佐野政府委員 私たちは、たとえば具体的に愛知教育大学大学院設置する場合に、教員大学大学院と同じ構想に立って修士課程を設置しようというふうには考えませんでした。大学側の御要望を十分に伺って、そしてまさに大学の御計画に従った大学院設置を考えております。既設大学に置かれる修士の課程というものも、できるだけ現職の教員を受け入れて現職教員の研さんの機会を付与してほしいということは私たちは変わらず考えておりますけれども、けさほど来申し上げておりますように、既設大学に置かれる修士の課程というのは、学部卒を受け入れてさらに高度の研さんを行う、そういう任務をあわせて持っておりますし、それがこれからの教員養成一つの大事な方向にもなってくることでございますから、それは十分にわきまえて、これらの既設大学の修士課程の設置について各大学の御構想を承りながら対応してまいりたいと考えております。
  260. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いまの御答弁をお聞きしてやや安心はいたしたわけでありますが、私は、教育技術は熟練してもらいたいということは十分思うわけでありますけれども、やはり教育の重要性を考えると、教えるだけじゃいけない、みずからが生涯教育を志向できるようでなくては社会の変化にはついていけないだろう、こういうふうに思うわけです。さらに、子供のいろいろな変化がございますが、それにも直ちに対応できるような形でなくちゃならない。人間性というものはっきりと持っていかなければならないというように思うわけです。そういったいろいろな観点から言いまして、ただいまの御答弁を含めて、教育と他の学問との学際的研究が不可欠であるとも思いますし、そのために教育系大学大学院は多様であってもいいだろう、またそうでなくちゃいけないんじゃないか。そしてやはり、従来からわが党で主張しております他の大学との単位の互換制が積極的に行われるべきではないだろうか、こういうふうに思うわけですが、この点についての御見解を承りたいと思います。
  261. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほどの御説明、多少不足をしたかと思いますが、教員大学大学院が、高度の教育研究ということではなくていわば技術の講習に類することをやるというふうなことでは決してございません。それは教員大学大学院としても、もちろん教育課程について実地の教育実践との関連を考慮していろいろな工夫をし、高度の研究内容を確保するということは当然のことでございます。また、大学院あるいは学部を通じて大学間の交流を進める、単位の互換あるいは教官の交流等を進めていくということは私たちもかねて非常に大事なことだと考えております。その方向は今後とも推進をしてまいりたいと考えております。
  262. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 大学院を志望する方たちは、他の大学院との交流が行われる、そして優秀な人を選抜しなければならぬだろうというような結論にもなってくると思うのでありますが、そこらあたりのお考えはどういうふうでございましょうか。
  263. 佐野文一郎

    佐野政府委員 どういう入試をやるか、選抜をやるかというのはもちろん大学が考えることでございます。現職の経験を持たれている方であるということを十分に配慮されることと思いますけれども、適切な入学試験が行われると考えております。
  264. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 それでは引き続いて、現職教員資質向上のための問題点で、この教員大学が仮に設置されたとしましても数としては微々たるものになるわけですね。全部の教員に比較いたしますと大変微々たる数です。本当の意味で教育をよくしようということであるならば、また資質向上をしようとするのであるならば、これは大学に行く行かないはともかくも、教多くの教員の皆さん方の資質向上ということについてやはりしっかりと考えを持っていかないとこれは大変なことになるであろう。しかも、対応されておる子供さんというのはそういう大学に行っていない先生方が多いわけでありますから、そういう先生方に対して、教員に対する資質向上のための施策というものを現状ではどういう形でおやりになっていらっしゃるのか、これをちょっと承りたいと思います。
  265. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 現職教員資質向上といいますと幾つかの方法があるわけですが、一つは、国が直接各種の研修会あるいは趣旨の普及会というようなものを開催しまして、各県等の代表者に集まっていただき、その趣旨をさらに県等で伝達し研修していただくというやり方でございます。それと、もう一つは、国から補助金を県段階へ流しまして、県において当該県内の教員の資質の向上を図る。たとえば、五十二年度からやっておりますところの初任者研修であるとか、あるいは五年程度の服務期間を持った者の研修であるとか、そういうやり方で助成をしておるわけでございます。それからその次には、国が直接、あるいは都道府県を通じて、全国的あるいは都道府県の範囲を団体とする教育研修団体ですね、各県の教育研究団体、この研究団体等が主催をいたします研修事業の助成をする、こういうことでございます。それからその次には、現在やっておりますところの教員の海外研修という、これも広い意味では研修と思いますが、その研修の助成をするというようなこと等を方法としてはやっております。  ただ、ただいま御審議になっておられますような一年以上の長期にわたる研修の対策はどうなっておるかということでございますが、この点になりますと、いまの標準法の規定では、長期の研修を実施する場合に文部大臣が必要と認める教員の定数を県に加配することができる、こういう規定がございまして、第三次、第四次の五カ年計画を通じますと、現在約二千名ぐらいの長期研修、この長期研修の中にはもちろん海外日本人学校の問題だとか、それから研究開発のための実験学校とか、かなり広い意味のあれも入っておるのですけれども、二千名程度の定員を予定しております。そして実際に国立大学学部や専攻科等に一年程度の研修に行っておられる人が年間を通じますと千名ぐらいあるということで、今後この代替定数をさらに拡充して確保するとともに、国立大学等で受け入れていただいて長期研修をさらに充実してまいりたいというふうに考えておりますが、これはいま申しましたように、定員全体の問題にもかかわる課題でございますので、少しく長期的な、計画的な目で見ていきたい、こう思っているわけです。
  266. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いまありました加配制度などはうんとやっていただいて、教員資質向上に役立たしていただきたいと思うわけでありますが、それと同時に、先ほどから繰り返して申し上げることでありますけれども、教師の力量というものを高めてまいりませんと、全生徒、児童に責任を持つためにはこれは大変な状況が出てまいります。その中で一つども考えられると思いますのは、教員教育課程の編成ですが、教員をこれに参加させるという形はとれないものだろうか。これは私が調べた範囲ですから間違っておったらまずいわけですけれども、現実には、学校管理規則の中を見てみますと、学校教育指導計画の編成ということについては、これは一般的には校長がこれを定めるという形になっておるようであります。これはひとつそこらあたりも含めて、教員教育課程の編成上参画ということをしていくことによって、大変にそれぞれの子供に対応いたしましたいろいろないわゆる考え方なり、それに伴う勉強なり力量なりというものがついてきて、教員資質向上には大変役立つのではないかというふうにも思うわけでございますが、この点について承りたいと思います。
  267. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 教育課程というのは一体何だということからの議論になると思うのですけれども、要するに、国が教育課程基準として学習指導要領を定めます。そして指導要領で小学校の各教科の、国語なら国語の小学校の目標はどうだ、各学年の目標はどうだ、それから一年で取り扱う内容はどうだ、そしてそれを取り扱う注意事項にはどういうことがあるかというごく大綱的な内容を決めております。そこで、県の教育委員会あるいは市町村の教育委員会で決めますことはほとんどそれと同じ程度のものでございまして、具体的に学校が日々展開する教育活動、それも広い意味で私は教育課程だと思うわけでございます。したがって、それを校長さんが全部決めるということはあり得ないわけですから、そういう意味では、学習指導要領という教育課程基準の中で、それぞれの先生が自分の担任するクラスの教育を、きょうはどういうふうに進めていくか、今月はどういうふうにやっていくかというのを展開していくのがやはり教育活動の作成だと思いますから、そういう意味で一環として普通の先生もやっておられるわけであります。ただ、全体の枠としての基準があるということだと思います。
  268. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 私、そういう中身というものについては素人でございますのであれですが、そういう形でやられておれば、さらにそれを拡大しながら力を合わせてやる方向をおつくりを願いたい、こういうふうに思います。  それから、これは先ほど曽祢先生からも御質問があっておりましたけれども、いわゆる新任の教員の資格を取った方の、取るまでの実習の問題でありますけれども、いまわれわれの思い出は、私たちが小さいころは、いわゆる学校の先生といいますと、社会的な地位と申しますか、これが大変高かったような記憶が残っておるわけです。ところが最近はどうも、教員といいますと社会的に地位が、レベルが大変下がってきているという印象が否めません。この理由は、一つにはやはり大変に先生の数がふえてきたということがあるだろうと思いますし、もう一つは、やはり残念ながら、もう少し先生方に御勉強願いたいという、そういう話が、いろいろな父兄の方々、いろいろな方にお会いしたときに出てまいります。そういったいろいろなことからであろうかというふうな気もしているわけですが、こういうことでは本当の教育は行われない。やはり先生の社会的地位というものはうんと高めていかなければならないというふうにも思いますし、そういうものの一環として、この教員免許を付与する際のいわゆる教育実習というものについて、もう少し厳しい形でやるような制度にしてみたらどうだろうかということを思うわけです。これについては特に私どもの先輩の有島議員が大臣に御質問申し上げたときに、大臣からも御答弁がございました。教員免許を与える前に実習期間を一年なり二年なり置いて、いわゆる養護学校等に行ってその実習をさせる。いわゆるスキンシップから始まる教育の実態を、教員になってやろうという意欲の一番燃えるその時期にそういう印象を与え、実際の実習をやらせるということによって、教員のいわゆる使命感と申しますか、そういったものもしっかり生で、はだで感じながら、今後、日本の将来を担う子供の育成に当たっていただきたい、こういうような考え方もあるわけですが、この点についてお尋ねをいたしたいと思います。
  269. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 教員養成を目的といたします大学学部におきまして特殊教育に関する教育研究体制の整備を図ってまいりますとともに、特殊教育養成課程の学生はもとよりでございますが、小学校教員や中学校教員養成課程の学生も特殊教育に関します授業科目を履修することができるように配慮をいたしてまいりました。なおこのことについてさらに努力をしていかなければならないと思います。それはやはり、意図いたしますところは鍛冶委員の御指摘教員の人格養成、そこに着目をするからでございます。しかし、いま、教員免許状の取得を希望する全学生の教育実習につきまして、これを特殊教育学校で直ちに行いますことは、こういった心身に障害を持っておられるお子さんたちの取り扱いについてまだまだ十分な知識を持っていない実習生による指導上の問題でございますとか、実習生の数とそれらの学生の受け入れ可能な学校の規模との均衡の問題など、こういったむずかしい問題もございますので、いま直ちにこれをまるまる取り入れていくということは非常にむずかしいことであろうと思いますが、冒頭申し上げましたように、こういった実習の道をせっかく開いておりますので、これの拡充強化には特段の力を入れていかなければならない、こういうふうに考えております。
  270. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 新しく教員になられた人の数、ちょっと私、その資料を持ってきているつもりが忘れてまいりましたので詳しい数字が申し上げられませんが、その数とすべての養護学校の学級数とを比較してみましても、そこらあたりの対応は、これは一概には言えないと思いますけれども、大体数の上での対応などはできるのではないかというような気もいたします。  それからさらに、ある大学の先生が書かれた中に、養護学校に実習に学生を連れていったときの結果というものについて書かれてある記事がございました。それを読んでみますと、いままで学校で勉強しておって身につかぬで来たことが、実際にそういう場に行ってみて本当に教員としての生きがいと使命というものを感じたということが、本当に生の声でぶつけて出ているわけです。また、ほかの学校にも二カ所ばかり実習に行ったのだけれども、今回養護学校に行ってみて、初めて手とり足とりやってみて本当に教育というものの大切さを思った。また、ある自閉の子供、一生懸命自分が手とり足とり、先輩の指導を受けながらやった子が学級会でみごとに大ぜいの前で発表しているのを見て、舞台のそでで涙を流して快哉を叫んだというふうな、実に何とも言いようのない、そういう話が出ているわけですね。しかも、その養護学校の校長先生初め全員の先生方が、たくさんの実習生が行ったのにいやな顔ひとつせず、むしろ喜んで総出で迎えていただいた、それから帰るときも送っていただいた。自分は教員を目指してよかった、本当にそう思ったというふうな、実感のあるそういう記事が出ておりました。私も読みまして大変感動したわけであります。  そういう一つの例を見ても、鉄は熱いうちに打てという言葉がありますけれども教員を目指して、教員免許を目前にして、そういう実習の場をしっかりと与えることによって、その人の教員としての自覚ないしは覚悟というものがさらに一層高まるのではないだろうか。そういう実際の体験を通してみても、私どもはそういう制度があっていいのではないかと思うわけです。  そういう意味で、お医者さんになる人なんかは六年の中で、二年間基礎教育をやりますとあと四年間というものは、基礎的なものを含めて臨床といいますか、人の命を預かるということで、実際の学問の研究もさりながら実習というものも徹底的にやる。そして国家試験があって、初めての人の命を預かる診断もやれるというようなかっこうですね。だからきわめて厳しいわけです。ところが教育というものは、そういう、生きる、死ぬという問題として形の上でとらえにくいものですから、どうしてもそこまでいっていないうらみがあって、私はその点は大変残念に思うのです。小さなお子さんの将来、それはひいては日本の将来ですから、そういうものを預かる教員あり方として、命を預かる以上のすばらしい立場の方々であろうと思うのです。そういう方々に免許を与える前に、そういう医者の養成に見るように、また司法修習生なども最初の一年間は先輩の人たちについてやりながら、司法修習をやって初めて資格を取るというふうなかっこうにもなっておるわけでありまして、教員も一年ないし二年、先輩のベテラン教師の指導のもとに補助教員として現場で実習する、司法修習生にならった制度の採用に踏み切って、そして本当に自覚を持った人たち教員免許を取るようにすべきだ。  先ほど大学局長の御答弁がありましたように、大変たくさんの数の方々が教員の免許を取っておるようであります。小学校でも、五十二年の三月の統計を見ましても、二万五千九百人免許を取っておられますけれども、実際にその仕事についた方は一万二千百人だ、四六%。中学の教員免許は十万千六百人免許取得者がおりますけれども、七千百人しか就職していない、六・九%です。高校に至っては八万四千八百人の免許取得者のうち四千九百人就職、五・七%というふうな状況があるわけであります。ついでに取る、取っておけば何かのときに便利だというような形で取るということではなくて、教員になる以上はそこらあたりしっかりとした自覚のもとに、資格を取ったら大変な社会的地位も得られるし、すばらしいことなんだという意味合いも含めて、そういう司法修習生等にならった制度というものをぜひこの際つくるべきではないだろうか、こういうふうに思うのですが、この点についてお答えを願いたいと思います。
  271. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 教育者として、使命感と深い教育的愛情を持っておられる先生方がそういう体験的実習の道を踏まれることはきわめて意義の深いことである、全く同感でございます。ただ、一方におきまして、教員たらんとする人たちの数とそれを受け入れ可能の学校等の数、その問題も大変困難な現実問題として前にあるわけでございます。そういうことを踏まえまして、重要課題として慎重に検討させていただきたいと思います。
  272. 鍛冶清

    ○鍛冶委員 いろいろと御質問してまいりました。まだいろいろ細かいことがございますが、また参考人等のおいでをいただいてやるというような計画もあると承っておりますし、機会もあると思いますので、教員養成に関してなおいろいろとお尋ねいたしたいと思いますが、本日は私の質問はこれで終わらしていただきます。     〔委員長退席、唐沢委員長代理着席〕
  273. 唐沢俊二郎

    ○唐沢委員長代理 山原健二郎君。
  274. 山原健二郎

    ○山原委員 けさから新構想教員大学の質疑を聞いておりまして、何のためにつくるかということ、どうしてもつくらなければならぬという必然性はどうも浮かんでこないのです。  それで幾つかお尋ねしますが、一つは、これは徹底的な資料不足ですね。かつて筑波大学法案を審議しましたときには、少なくとも創設準備室のいろいろな第一次案であるとか第二次案、最終案というのも出ましたし、それから東京教育大学のマスタープランも出まして、そういうものに基づいて審議をしたわけでございますが、今度の場合、私ども資料を要求しまして出てきたものが実はこれだけなんですね。「国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案関係資料」というのが、これは表紙を入れて四枚で、表紙を除きますと三枚で、印刷を幅広くしておりますから三枚になっておりますけれども、実は半枚に入るものなんですね。これで審議せよと言っても、実は国会としては本当に困った審議になるというのは当然のことではないかと思いますが、これだけしかないんですかね。大学局長、いかがですか。
  275. 佐野文一郎

    佐野政府委員 筑波大学創設の場合のように、まさに教育大学の移校を契機として大学ができる、教育大学の方で十分にその移校に当たってマスタープランを練り、そしてそれをまた文部省も受けとめて創設準備会を設けて検討を重ねてきて、一つ構想をまとめていくことができるような、そういう体制の場合もございますけれども、この教員大学の場合には、創設準備室において基本的な方向について検討をしているわけでございますし、先ほどの御指摘にもございましたように、この構想の細部にわたってどのように固めていくかということは、これから大学創設に当たる人たちによって判断をしていただかなければならない部分が非常にあるわけでございます。私たちは、そのことについて現在の時点文部省考え方としてしさいにわたった枠取り的なものを決めてしまうことはかえっていかがかと思うわけでございます。そういったことを踏まえながら創設準備室との間で従来検討をいたしてまいりました。創設準備室の方で、鰺坂調査会構想を前提とはいたしておりますけれども、さらに関係者意見を聞いて固めてきているものがそこに差し上げた資料の方向でございます。これについての御審議あるいは当委員会でのいろいろな御意見というものは、もちろん創設準備室の方でさらにそれを考えながら検討を重ねていくということを御理解いただきたいと存じます。
  276. 山原健二郎

    ○山原委員 創設準備室のいままで検討してきた資料も出せないというわけですか。
  277. 佐野文一郎

    佐野政府委員 お手元に差し上げてございますのが創設準備室の方で従来検討してきているものの骨子でございます。
  278. 山原健二郎

    ○山原委員 検討する過程、いろいろあると思いますね。そういうものも発表されていませんし、その点では非常に閉鎖的であります。既設教員養成大学学部先生方意見をはさもうとしても、ほとんどそういう反応も出てこないほど資料がないという状態になっているわけですね。新しい大学創設する場合に、そういう教育関係者すら、しかも最もそれに身近な、しかも三十年の経歴、経験を持ち、いろいろな反省を持っている人たちの声が反映できないような形でここに新しく大学をつくる、そこには本当に、幾ら文部省説明をされましても、この法律を審議して場合によってはいつか成立させなければならぬという任務を負わされました国会としては、イメージもわかない。第一、文部大臣自体が海のものとも山のものともわからぬというようなことを言い出すと、一体これは審議に値するのかどうかということを考えますが、この点、いかがですか。
  279. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 海のものとも山のものともつかぬとは申し上げたことはないわけでございます。今日ほど教員の資質の向上を求める声の強い時代もかつてございませんでしたし、また教員の皆さんの間にも、より以上の勉強をしたいという意欲の高まった時代もかつてなかったのではないだろうか、このように考えるわけでございます。そこで、さらに重ねての現職教員の皆さんの研さんをなさる機会を提供をする。そのことは既存の教員養成大学内容充実とともに両々相まってそういう機会提供を数多くやっていく、こういう考え方に立った教員大学でございまして、そういう目的に十分資するに足る大学である、かような考えに立って準備室等に準備を進めていただき、本案の御審議をお願いいたしておるところでございます。
  280. 山原健二郎

    ○山原委員 私ども、いただいた資料については後で質問をすることにしますが、先ほど嶋崎議員の質問に対して国大協との関係特別委員会との関係が出されました。五回ほど話し合いを持ってきたということなんですが、この話し合いというのは、われわれの全く関知せざるところでありますし、単なる話し合いなのか、国大協に対して文部省考え方というものをたとえば文書にして出したことがございますか。
  281. 佐野文一郎

    佐野政府委員 創設準備室長谷口先生が特別委員会出席をして御説明をいたしております。その際に準備室の考え方をメモのようなものとして提示をしていることはあると思います。
  282. 山原健二郎

    ○山原委員 それをちょっと資料として提出をしていただきたいのですが、委員長、いかがでしょうか。
  283. 佐野文一郎

    佐野政府委員 谷口先生は口頭で御説明なさったそうでございます。教職員養成課長がメモを提出したことがあるそうでございます。
  284. 山原健二郎

    ○山原委員 そのメモを提出していただけますか。
  285. 佐野文一郎

    佐野政府委員 提出することは可能でございます。
  286. 山原健二郎

    ○山原委員 公式に提出をしていただきたいのですが、課長、いらっしゃいますか。このメモはそれですか、ちょっと見てください。——それをいま出してください。それで質問したいのですが……。
  287. 佐野文一郎

    佐野政府委員 特別委員会に提出した資料とは違うようでございますが、私の方の、文部省の作成した資料ではございます。
  288. 山原健二郎

    ○山原委員 文部省の作成した資料ではあるんだけれども、提出したメモと違うということになってくると、これはいまのも見せてください。私はこれできょうは質問しようと思って考えておったのだけれども、これが違うということになりますと困るのですが、いかがですか。
  289. 佐野文一郎

    佐野政府委員 一月十八日に国大協において説明をしたメモは「教員大学院大学(仮称)の構想概要」というもので、ゼロックスでとったものでございます。これはその時点における検討されていた方向でございますので、そういうものとして差し上げることは可能であります。
  290. 山原健二郎

    ○山原委員 ちょっと、それをお見せいただけますか。——わかりました。これは後で、全委員の方がもちろん御質問になると思いますから、先ほど大学局長のおっしゃったように、資料を提出していただきたいと思います。  私はなぜこれにこだわっているかと言いますと、国立大学協会はもともと批判的な意見を出しておられるわけですね。項目については、もう嶋崎議員が言われましたから私は申し上げませんけれども、それが、けさほどの質問のように、一月二十日の国立大学特別委員会のこれに対する見解、ここで少なくとも変化するのです。いままで「疑義を指摘し、批判を行った。」ところが、本年の一月二十日の国立大学協会教員養成制度特別委員長から出されました教育系大学学部における大学院の問題についての見解、ここで変化するわけです。批判を行ってきたが、今度は、一としまして、「既設教育系大学学部大学院設置について、積極的な姿勢が見られ、また、高校教育中心の大学院構想されたことは評価することができる。」という評価の方向に変わりました。それから二番目に、「「新構想教育系大学院」についても、入学者の決定は、当然のことであるが、大学が行い、また、大学運営については、法律上特別の措置はとらず、さらに、この大学院終了者のみに対する給与、免許の特別措置も考えていない等、当委員会がかつて表明した批判を受けとめて、その構想検討されていることは評価できる。」と、こうなってくるわけです。そうすると、嶋崎さんがおっしゃったように、それまでの批判的な立場、疑義を指摘し、批判を行ってきたことがここで変わったとすると、この間にどういう資料が提供されたか。そうするとそのメモだと、こういうわけですね。しかし、そのメモの中には何も書いてないんです。こういう評価できるようなことは。いま私、見ましたけれども、ないんですよ。だから、どういう過程でこういう変化が起こったか。これは五回の話し合いの中で、五回といったってもう最近のことですからね、五回にもならないわけですが、説得とかなんとかなされたんでしょう。それはわれわれにはわからないから、この変化がさっぱりわからないわけですよ。その点、どうですか。
  291. 佐野文一郎

    佐野政府委員 これは後ほど資料を提出いたしますけれども、たとえばいま御指摘の管理運営の問題につきましては、「管理運営については、副学長制を設けるほか、現行の法令にしたがい、それぞれの大学において教育研究が円滑かつ適切に行われるよう検討するものとする。」ということが書いてございます。現行の法令に従って管理運営の体制はとるということをこの資料でも明らかにいたしておりますし、また入学者の選抜につきましては、「入学者については、現職のまま在学することとなる教員を含め、大学において適切な入学試験を実施して、入学決定を行う。」ということを書いてございます。その他、この「趣旨」の中でも従来御説明を申してまいりましたようなことを書いてあるわけでございますから、それについて特別委員会の方で御検討を賜ったものと考えます。
  292. 山原健二郎

    ○山原委員 そうすると、私どもがいただいたのはそれと違いますよ。入学者については、「現職のまま在学することを希望する教員は、出願に際し、教育委員会等の同意を得るものとする。」というのが私たちがいただいたものです。国大協変化したときの直前に与えられた資料はそんなこと書いてないです。教育委員会の同意は、あなたがいまお読みになったとおり、書いていない。それから運営についても、「大学には、副学長を置き、」ということは書かれましたけれども、その後へ、私たちがいただいたものには、「また、運営について学外の教育関係者等の有識者の意見を求めるなどの工夫を図る。」となっているのです。これは参与とかいうものであるかないか、これから御質問いたしますけれども、全く違うものを出しているじゃないですか。国立大学特別委員会には違うものを出して、そしてそこで態度を変化させて、私どもが三月七日にいただいたものは、これは出願に当たっての教育委員会の同意あるいは外部の人たち意見を聞くという制度的なものが入ってくるわけですね。そうすると、国会に出しているものと違うものを、あなた方が非常に接触してこられました、またこれに専念して検討してこられましたところの国立大学協会特別委員会にはこんなことを書いてないものを渡している。これは双方を欺瞞している。だからこんなものは審議できないです。国立大学協会最初は批判的な立場をとっておられたのが一月二十日に態度が変わられた、その寸前の資料がそれです。それには一番いま大事な、けさから論議されておる教育委員会の同意の問題もないのです。この同意というのは、場合によっては推薦につながる中身さえ持っているのですよ。それから、その他の外部の教育関係者の有識者の意見を求めるというのは、これは管理運営にとって、最もとは言いませんが、かなり重要な部分、それが欠落している。だから、国立大学協会特別委員会はどういう資料に基づいてこの態度の変化が行われたか、ここのところをはっきりさせないと、この法案の審議には入れませんよ。国立大学協会特別委員会という最も重要な部分に渡した資料と国会に渡した資料が違うということは、一体どういうことなのか、はっきりさせてもらいたい。
  293. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほども説明申し上げましたように、一月十八日の時点で私ども検討をしていた事柄についてメモをもって御説明をしたわけでございます。このときに私たち国大協の側に対して、いま問題になっております現職の教員の入学についての同意の問題を隠したというわけではございません。それは御説明を申し上げております。また管理運営についての先ほど御質問のございました点についても、これは新設の大学の場合にはこれまで参与というものを置いてきているわけでございますから、その点について参与と決め込んでいるわけではないということを資料をもって差し上げたわけでございます。私どもは、国大協に提出をしている資料と国会に提出している資料とを、事柄として、内容として違ったものとして提出をしておるというつもりではございません。それはそれぞれの時点で最も適切と考えられるものを差し上げているわけでございます。
  294. 山原健二郎

    ○山原委員 この問題はいろいろ話し合いがなされて、局長が行かれ、あるいは課長が行かれて説明をしましたと、これは世間には通用しない皆さん方の内輪の話なんですね。少なくとも、大学設置する、一つ大学で恐らく四百億円以上要ると思うのです。二つで八百億円、用地を入れると一千億円を超す金が、国民の税金が国立大学に投入される場合に、そんなあいまいな資料やあいまいな話し合いで決定するなどというものではないのです。少なくとも教育の問題でもありますしね。そういう点では文部省の態度というものは、きわめて国会に対しても不誠実であるし、また国大協特別委員会に対しても大変不誠実であるということをまず指摘をしておきたいのです。そして、後で資料が出ました場合に各議員の皆さんから質疑があると思いますから、きょうはこの程度でこの問題はおきたいと思います。委員長、よろしいですかね。
  295. 砂田重民

    ○砂田国務大臣 文部省といたしましては、国立大学協会特別委員会と当文教委員会に全く異なるものを出すような、そのような欺瞞に満ちた行為はいたしておらない、これはひとつ信じていただきたいと思うのでございます。そして当委員会に、御要求になりましたメモ等、資料といたしまして委員の皆様方に配付をいたします。そして具体の問題につきましては御質疑に応じまして、担当者よりも詳細な御説明を申し上げるところでございます。いまの特別委員会に出しました資料、その時点におきましての御説明と、今日これから提出をいたしますメモと、そこに差異のないことはメモを提出いたしました際に御理解をいただけるものと、かように考えるものでございます。
  296. 山原健二郎

    ○山原委員 資料が出ましてからまた皆さんも御質問があると思いますので、この点はこれでおきたいと思います。  創設準備室の人選はどういう手続で行われたのでございましょうか。たとえば兵庫教員大学創設準備室はどなたがやっておられますか。
  297. 佐野文一郎

    佐野政府委員 創設準備室長は、前の岡山大学学長谷口澄夫先生でございます。これは文部大臣が最も適任と考えてお願いをしたわけでございます。現在副室長に大阪教育大学の教授をされておりました上寺久雄先生がお入りになっておられますが、これは創設準備室長の御意見を伺って私どもがお願いをしたわけでございます。
  298. 山原健二郎

    ○山原委員 この室長さんの谷口澄夫教授、それから室次長の上寺久雄教授はいずれも筑波大学に籍を置いておるとお聞きしますが、これは事実でしょうか。
  299. 佐野文一郎

    佐野政府委員 新しい大学をつくる場合に創設準備室を設けますが、この創設準備室はいずれかの大学のいわば一部をお借りする形をとらざるを得ません。この兵庫教員大学の場合には筑波大学にいわば籍を置かせていただいておるわけでございます。
  300. 山原健二郎

    ○山原委員 これは筑波大学としては、たとえば筑波大学にありますところの管理運営の面での人事委員会等の了承を正式に得ておられるのでしょうか。
  301. 佐野文一郎

    佐野政府委員 筑波大学としては、もちろん筑波大学の学内手続を経て、この創設準備室を筑波大学にいわば付設をすることをお認めいただいておるわけでございます。
  302. 山原健二郎

    ○山原委員 兵庫教員大学創設室はいまもなお続いておるわけですね。
  303. 佐野文一郎

    佐野政府委員 兵庫教員大学創設準備室は現在も続いております。実際に執務をしている場所は文部省の中にございます。
  304. 山原健二郎

    ○山原委員 それではここで資料を要求したいのですが、一つは、創設準備室構想具体化するために数名のメンバーを委嘱して全体構想を練ったと言われておりますが、このメンバーはだれか、そしていままで何を検討してきたか、この資料が一つであります。  さらに、カリキュラム検討のため各教科ごとに委員を委嘱しておりますが、そのメンバーをお知らせいただきたいのでございますが、この資料提出はお願いできますでしょうか。
  305. 佐野文一郎

    佐野政府委員 創設準備室長意見を聞いてみないといけないと思いますけれども準備室の方でいままでそういった準備を続けてきていることは事実でございますので、谷口室長と相談をした上で御返事をさせていただきます。
  306. 山原健二郎

    ○山原委員 私どもがいただいた資料でありますが、これを読みますと至るところにおおむね検討中というのが出てくるわけであります。たとえば「組織教育課程」についての1の「組織」のところの4を見ますと「研究科の専攻については、細分化の方向でなく総合的で高度の教育研究が実施できるように構成することとし、創設準備室において、おおむね、次のような方向で検討している。」それから2「教育課程は、それぞれの大学において編成されることとなるが、創設準備室のこれ迄の検討によれば、おおむね次のような特色を持つ。」そしてその途中にも「配慮する」「考慮する」「工夫を図る」などの文言があるわけでございまして、つまり検討中のものばかりというのが実情のようでございます。これは創設準備室においていつ確定的なものをお出しになるのか、おわかりでしょうか。
  307. 佐野文一郎

    佐野政府委員 創設準備室として構想を確定するというのは、これは実は御説明のむずかしいところがございます。創設準備室は、自分でこういうふうにしたいと思いましても、そのことについては当然関係省庁と協議をしながら予算等の形で確定をしていくわけでございます。そういったこともございまして、むしろ余り断定的な言い方をすることは差し控えるべきであるという気持ちもございましてこのような表現になっているわけでございます。その点を御理解いただきたいと思います。
  308. 山原健二郎

    ○山原委員 そういう配慮のことはよくわかるといたしましても、非常に重要な部分、たとえば管理運営の問題とか、そういったところがこういう表現でございますと、この大学そのもののイメージといいますか、そういうものが浮かび上がってこないのです。  それで大臣、先ほどこの大学についてのPRを今後十分にやっていきたいというお話がございましたが、これは具体的にどういうPRをお考えになっているのでしょうか。たとえば内容を含めてPRをされるというようなお考えでしょうか。ちょっと私、出たり入ったりしておりましたので大臣の御発言をお聞きしておりませんが、そういう御発言はなかったでしょうか。
  309. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員大学構想自体が筑波大学の場合のように細部にわたって確定をしているものではないということは、これは先ほど申し上げたとおりでございます。しかし、教員大学をどういう趣旨のものとしてつくり、そして現在考えられている基本的な骨組みはこういうことであるということについては、私ども文部省の広報資料等を通じてできるだけPRに努めてまいらなければならないと思っております。
  310. 山原健二郎

    ○山原委員 結局、文部省の広報資料を通じてPRをしていくということですか。それはいま私が指摘しましたような、教員養成大学学部関係者の方たちに、討議の資料となる、あるいは参考の資料となる、意見を反映できるような資料となるようなものとしてお考えになっておりますか。
  311. 佐野文一郎

    佐野政府委員 その内容をできるだけ多数の方に知っていただくために、できるだけ内容について公表できるものは公表をしていくということは当然でございますけれど、しかし、先ほど来申し上げておりますように、現在の段階で私どもが考えております基本的な方向はお手元に差し上げている資料に尽きるわけでございます。これについて、もちろんその趣旨を敷衍をして説明をするというようなことは考えていかなければなりませんけれども、基本的な事柄はやはりこれに尽きているわけでございます。
  312. 山原健二郎

    ○山原委員 筑波の場合でも、いまここに持ってきておるわけですが、こういうものをいただいたわけですね。これはもちろん大学ができる前の資料で、国会でも討議され、いろいろ各方面でも論議された問題ですが、それもすべて確定的のものを出したというわけではないと思うのですね。それはもちろん大学構成されましてから大学自体のものであります。しかしながら、余りにも閉鎖的な立場をとりますと、せっかくつくろうとされておるものがいろいろな誤解を招いたり、それから十分な討議ができないままに、いままでの経験を持っておられる方たちの教訓を生かせないというようなことになりますので、そういう意味で、私はもう少し資料は公開されていいんじゃないかと思うのです。     〔唐沢委員長代理退席、委員長着席〕 そして、関係者に公然と出していかれていいんじゃないかと思うのですが、そういうお考えはお持ちでしょうか、もう一回伺います。
  313. 佐野文一郎

    佐野政府委員 この理事会に提出をいたしました「教員大学概要について」という資料はきわめて要綱的なものになっておりまして、たとえばそれぞれ付属施設の学校教育センターというのはどういう考え方なのかという考え方までは書き込んでございません。そういったものはもちろん私どもは隠し立てをするつもりで書いていないわけではございませんし、そういったことはできるだけPRに努めるべきだと思いますし、それは趣旨を明らかにしていくことが望ましいと思いますけれども、それは事柄として確定をしていて公表できるものがあるのにまだ公表しないでいるということでは決してないわけでございますから、基本的には、国大協に示したものも理事会に差し上げましたものも、内容とするところに違いはないわけでございます。ただ、そういった項目についての趣旨等をさらに明らかにする、それはできる限りのことはいたしてまいりたいと思います。
  314. 山原健二郎

    ○山原委員 次に、この新大学の管理運営の問題について質問をいたします。  一つは、この概要によりますと、「学外の教育関係者等の有識者の意見を求めるなどの工夫を図る。」というのがございますが、これはいわゆる参与というふうに理解してよろしいでしょうか。同時に、その学外者の関与のことは、それはどういう性格、任務を持っておるものか、お考えになっておりますか。
  315. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほどもお答えをいたしましたように、従来の新設医科大学あるいは技術科学大学はすべて参与を置いてきております。そういった形のものを置くことは私たちも望ましいと考えております。ただ、教員大学の場合には、創設準備室は参与という形で置くというふうにまだ確定をいたしておりません。それ以外の何らかの連絡協議機関を設けるというような形で対応してはどうかというような意見準備室にはございます。そういったことがありますので、そこではお手元に差し上げたような書き方をしたわけでございます。
  316. 山原健二郎

    ○山原委員 医科大学の場合はあの当時論議をしまして、病院等を持っております関係で地域との関係があるとかというような問題が出てきたわけですが、いわゆる現職教員教育するというこの大学院大学が参与などというものが必要なものなのかどうか、どういうところからこんなものが出てくるのか、どんな検討をされておるか、伺いたいのです。
  317. 佐野文一郎

    佐野政府委員 やはりこの大学もそれぞれの地域において立地をして、教育研究を行っていくわけでございます。そういう意味では、それぞれの地域における事情というものを十分に考えて、そうして地域の方々の意見も反映するようにする必要がございましょうし、また、多くの大学と関連を持って運営をしていくということも必要でございましょう。そういったことで、地域の関係者あるいは教育関係者等をもってそれらの意見を伺うための何らかの機関を設けていくということは、この大学の場合にあっても必要なことであろうと思います。
  318. 山原健二郎

    ○山原委員 それにも異論がありますけれども、これは制度として置くというお考えですか。どこの大学だって地域の人たちと無関係で漠然と存在しておるわけではありませんし、そういう意味ではそれぞれ地域の人たち意見を聞くとかいうことはもちろんあるわけですね。そういうものとして考えておるのか、あるいはこれは制度化するという中身を持っておるのか、%言はっきりさせていただきたいのですが、どうでしょうか。
  319. 佐野文一郎

    佐野政府委員 従来は、置くとすれば参与という形で置いてきているわけでございます。ただ、先ほど来申し上げておりますように、参与ということで置くということをこの大学の場合にはまだ決めておりませんので、先ほど来申し上げているような形で御説明をしているわけでございます。
  320. 山原健二郎

    ○山原委員 これなんかも大学の管理運営の面ではかなり重要な部分ですね。そこがまだ未定だなどということも実は困るわけですが、この大学には教授会は構成されるのですか。
  321. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教授会が構成されます。
  322. 山原健二郎

    ○山原委員 人事はどういう機関で扱うことになっていますか。
  323. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教育公務員特例法の規定に従って、それぞれの教授会なり学長なりが当たるわけでございます。
  324. 山原健二郎

    ○山原委員 次に、大学院入学者の決定の問題でございますけれども一つ教育委員会の同意の問題です。これは任命権者である地教委が同意をするということでございますか。
  325. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 任命権者ですから、県の教育委員会でございます。「任命権者の定めるところにより、」と法律はなっておりますから、任命権者は都道府県の教育委員会、服務監督は市町村の教育委員会でございます。この場合は服務監督者じゃございません。
  326. 山原健二郎

    ○山原委員 そうしますと、結局県の教育委員会が同意をして、先ほどの御答弁のように、目的、行き先、期間を書き込んだ承諾書を提出するということになるのですか。そこをはっきりさせていただきたいのです。どこが同意をするのですか。
  327. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 同意をするのは都道府県の教育委員会でございます。そこで、その都道府県の教育委員会がどういう手続で同意を求めるようにするかということは委員会で現在告示などで決めているところがございますが、それで多少決め方は違いますけれども委員会が定める手続に従って恐らく事前に同意を得るようになるのであろう、こういうふうに思うわけでございます。
  328. 山原健二郎

    ○山原委員 ちょっとそこですね、大学局長、それでよろしいですか。さっきからちょっとずつそこがはっきりしないのですが、これは明確にしておく必要があると思うのですね。
  329. 佐野文一郎

    佐野政府委員 任命権者の定めるところによって、教員研修あり方について定める場合の任命権者が都道府県の教育委員会であることはもちろんでございますけれども具体的に受験の同意を与え、あるいは入学について、研修を命ずるのは服務の監督者である市町村の教育委員会であると私は考えておりましたけれども、初中局の方とさらに協議をさしていただきます。
  330. 山原健二郎

    ○山原委員 これはちょっと休憩をとって意思統一していただかぬと……。ものすごく変化が出てくるのですね。ここのところ、ちょっと見解を明らかにしていただかぬと……。(「どっちが偉いんだよ」と呼ぶ者あり)
  331. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 これは偉いことによって決めるのではないわけですけれども、法律のたてまえは、いま申しましたように、特例法の二十条で、教員は、任命権者の定めるところにより、現職の身分のままで長期の研修ができるという規定になっていますから、任命権者というのは、市町村立小・中学校の場合でも教員は都道府県の教育委員会ですから、これはもう間違いない。府県の教育委員会が決めるその決め方によって、あるいは直接都道府県の教育委員会に書類を出さずに、市町村の教育委員会に任せて、おまえのところで扱いなさいということはあり得るかもしらぬ。しかしもう一つ、長期研修の場合は、先ほども申しましたように代替定数の問題がございます。定数はどこが握っているかといえば、これは県が持っているわけです。そして文部省が毎年、年度初めに各県に県の要望等を聞いて、あなたの県は何十名というふうに研修定数を配分するわけですから、県がそれを持っておって——全部市町村にあらかじめ分配してしまってやれば、それは市町村の教育委員会が自分のところへ来た範囲内でということもあるかもしれませんけれども一般的には、やはり県が持っておる定数の範囲内で長期研修というものは考えないと定員がパンクしますから、そこでいまの県の実態を見ましても、大体県の教育委員会がそういう長期研修についての規程は決め、県の教育委員会が承認するというような形になっておるということを申し上げたわけでございます。
  332. 山原健二郎

    ○山原委員 大学局、それでよろしいのですかね、さっきと違うので……。
  333. 佐野文一郎

    佐野政府委員 もちろん、教員の身分取り扱いのことでございますから初中局の御判断に従うわけでございますが、事柄は二つあるわけでございます。先ほど来御説明しておりますように、都道府県の教育委員会が全体として県費負担教職員の任命権を持っている。そしてその定数、人事等について全体の管理をしているということはもちろんでございます。したがって、当該県における計画的な研修というものについては、都道府県の教育委員会がその衝に当たっていろいろと考えをいただくということは当然のことでございます。また、その全体的な計画に従い、都道府県教育委員会の調整に従って、市町村の教育委員会もそれぞれの服務監督権のもとにある教職員について対処をしていくわけでございますけれども、そういう事柄と、具体に職員が受験をするについて同意をするということとは、事柄を分けて考えることは可能であると思いますし、私どもは、先ほど来お話をしておりますように、そういった県の教育委員会の計画あるいは調整ということは当然あり得ることでございますけれども、実際に同意をしていく場合には、市町村の教育委員会が同意をすればいいというふうに考えていたわけでございます。
  334. 山原健二郎

    ○山原委員 ちょっと皆さん、おわかりになったでしょうか。私は、初中局長のお話をストレートに聞きますと、県の教育委員会が同意して承諾書を出していくというように聞こえるのです。大学局長のお話ですと、その統轄的なことは県の教育委員会がやるんだけれども、しかし地教委の方が同意をするというのは、そういう手続上、大学局長の話にも確かにいろいろ問題があると思うのですよ。たとえば財政、人事、研修計画という三つが大体同意の中に入っていますね。財政と人事であれば、県の方が主導的なあれを持っていると思いますけれども研修となってくると、これは大体市町村教委なんかが研修計画を立てますがね、そこに所属している教員が出ていく場合ですから。その同意ということになってくると、市町村教育委員会が同意しないというわけにもいかぬでしょうし、そうすると、下手をすると二重チェックみたいなかっこうになっていきかねないわけでしょう。だから、これは初中局と大学局の間で合い議していただいて、その辺、明確なことにしていただかないと、私の質問は前進しようがないのですが。
  335. 佐野文一郎

    佐野政府委員 先ほど来御説明をしていることでございますけれども、いま先生も御指摘のように、県費負担教職員についての全体的な県の教育委員会の計画というものはございますから、その計画のもとで市町村の教育委員会は県の教育委員会と十分に協議をする必要がございますけれども具体的に研修を命ずるのは市町村の教育委員会であるし、またそういう意味で、研修に当たって同意をするのは市町村教育委員会が服務の監督権者としてやるわけでございます。ただ、その市町村教育委員会の行うことが、市町村教育委員会が事実上勝手にできるということではなくて、その県の教職員についての任命権者である都道府県教育委員会の定めるところに従って市町村の教育委員会の同意も行われるということでございます。
  336. 山原健二郎

    ○山原委員 わからぬことはないのですが、それじゃ結局、同意書、承諾書というものを添付するのはどっちですか。もう一回聞きます。同意書の添付はだれですか。
  337. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 ですから、手続上はその市町村の教育委員会を通してそこへ申請をさせて、県と相談をして、県が全体の状況を見て市町村に返事をし、市町村が、それは行きなさい、もし合格すれば行ってもよろしいという返事をするやり方もあると思いますが、先ほど私が申し上げました現在の長期研修の県の規程を見ますと、直接県に申請をして、県が、よろしいと言うかどうか、返事をする、こういうことになっているわけですね。だから、それは規程のつくり方として両方あると私思いますが、しかし、先ほど先生のおっしゃったように、これは、研修だという側面がありますけれども、同時に人事と予算の問題が絡み、人事と予算は県が持っているわけですから、県の意向が聞かれなければやはり判断ができかねる場合もあるわけでしょうから、そういう意味で、県がやるにしろ、市町村が間に入ってやるにしろ、やはり県の意向というものはそこに入れざるを得ない、こういうことだと思います。
  338. 山原健二郎

    ○山原委員 同意書は県が書く場合と市町村が書く場合と、幾通りも出てくるような感じがするんですね。だから、県の方の総轄的な任命権者としてのあれはわかりますが、どうもその辺は、委員長、おわかりになりますか。いまの大学局長と初中局長のお話でございますが、私、どうもまだはっきりしないのですが、ちょっとその辺……。もし時間がなければ、私、ちょっととめて、見解をはっきりしていただく必要があるのじゃないでしょうかね、この問題は。
  339. 菅波茂

    菅波委員長 山原さんに申し上げます。  私もちょっとわからないのですけれども文部省の方で、大学局と初中局の方でよくひとつまとめていただいて、統一した明確な回答をいただきたいと思います。
  340. 佐野文一郎

    佐野政府委員 次回までに十分に協議をいたしてお答えしたいと思います。
  341. 山原健二郎

    ○山原委員 やはり、それはその方が混乱するよりはいいと思いますのでね。いろいろ問題を考えて質問しているので、小さな問題ではないんですね。たとえば、各県の教育委員会の規程というようなものが、諸澤局長がおっしゃったように、長期研修の場合の各県の規程は統一したものじゃないんですよね。だからそれなども、たとえばAの県だったらこういう規程になっておるとか、Bの県だったらこういうふうになっておるとか、そういうものはやはり見せていただいた方がいいと思いますので、できれば次回にそれらの資料も御提出いただきたいと思いますのでよろしくお願いします。  それから今度は、両大学合わせて、大学院を考えますと、現職教師の研修は合わせて四百名ですから、たとえば人事の問題とか財政の問題などといってもそれほどむずかしい問題じゃなくて、たとえば私の県など考えてみますと、四百名ですと四十六都道府県で割ってみると大体八名ですね。しかもその中で大阪、兵庫、福岡などという大きな県というのがありますから、たくさんの教員を抱えている県に配分してみると、比例配分制をとるのだろうかという気もするのですが、とにかくいずれにしてもせいぜい二名か三名というようなことですから、それほど人事面、財政面、研修計画の面で同意をするなどという、しかも願書の提出に当たっての事前同意をするなどという、それほど仰々しいものでなくていいと私は思うのです。ところが同意などという言葉が出てくる、これは、いままでの中教審、あるいは鰺坂調査会、ずっときたところの一つの流れというのが結局教育委員会の推薦という言葉が出てきたりしておるものですから、この意図は捨てたくないのだけれども、ここで同意という言葉にこれがすりかわったかっこうになっていまして、実質的には、二名、三名を一つの県から出す場合には、まかり間違えばこれは推薦という形態を実質上とってくる可能性が多分にあります。そういう点から、結局大学院を受験する場合にあらかじめチェックされる。大学の方も、受け入れる場合にはなるたけたくさんの人たちに受験をしてもらって、そしてその中で、大学側の研究体制、教育体制を充実するための学生を採用するということでなければならぬにかかわらず、この同意というものが非常に重みを持ってきて、結局推薦制みたいなことになって、そして先ほどお話があったように、給料を与えて二年間勉強してきたのだから、帰ってきたならばこれに対する発言権をまた教育委員会が持つ、こんなことになってしまいますと、何のために研修をやるのか。研修というのは自主性、自発性というものがあってこそ研修ができる。それを教育行政が保障していくというのが教育公務員特例法の思想なんですね。そんなことになってくると、この同意の重みといいますか、これが非常に大きな災いをなし得る可能性を持ってくるわけです。だから、私はこの同意というのをやめたらいいと思う。やられるならば、事後承認といいますか、事務的処理、あなたは合格されたんだから了承しますよ。何千人もの先生の中で二人か三人、せいぜい八人としたところで、それほど都道府県が大騒動しなければならぬような問題じゃないのです。そんなものは技術的に全部解決できる問題です。それくらいのことは、地方教育行政に携わった者だったらだれでもわかる。第一、産休だってそうです。産休だって、計画的に産休が起こるわけじゃないんですよ。だからそんなことを、大変な仰々しいことを考えて同意などという言葉を使わなくてもいいのじゃないか。こんなものはのけたらいいと思う。事務的に処理していく、そういうふうにするべきだと私は思いますが、そういう点について、創設準備室なり文部省なり国大協なり、検討されたことがまずあるのかということを伺いたいのです。
  342. 佐野文一郎

    佐野政府委員 まさに私どもは事務的に考えて、受験の段階での同意というものを必要であるとしたわけでございます。現在でも現職の者は、教員であっても、あるいは一般の公務員であっても、あるいは会社員であっても、それぞれ現職のままで勤務場所を離れて大学で勉強するときには、所属長の同意書を添付をして大学院の受験をしているという実態がございます。これは現職である以上は、現に行っている任務を離れてそういったことを認めてもらうわけですから、そのことは当然のことであろうと思います。  ただそのときに、これは大学のサイドだけの事情からすれば、任命権者側との折衝というのは、それはいわば大学の外のことであるから、大学としてはだれでも受けたい人が受けてもらって結構である。そしてわが方は適切な入学者の選抜を行って入学を許可すべき者を決める。それから先の方法は教育委員会のサイドで考えていただけばいいという論理がございます。これは大学の論理としてあるわけでございます。国大協の中にはそういったお考えをお持ちの方ももちろんございます。ただ、これで問題なのは、やはり一つには、実際に入学をする人について、二年間現職を離れて勉強することについての保障がないということは、大学側としては入学すべき者を決定するについて、それは定員と実員とを比較して欠員が出ても構わないと割り切ってしまえば別でございますけれども、やはり大学としては二年間の勉学の保障のある者を入学させたいというのは入試の事務処理上当然の構えでもございます。それからもう一つは、入学の許可をした後で、その許可を受けた者が入学できるかどうかが教育委員会判断にかかるということになると、事柄としてはかえって入学すべき者について大学が主体的に判断ができない。大学に入ってくる者についての判断大学以外のものにかかってくるという点を大学サイドとしては逆に危惧をいたします。  そういう意味で、できるだけ現職の方は出願に際して同意を得てほしい。ただその場合には、本人の積極的な勉学の意欲というものを十分に尊重してやってほしいというのが私たちの考えでございます。ただ、大学でございますから、いつも申し上げておりますように、同意がなければ絶対に試験は受けさせないということではございません。受験を拒むわけにはまいりませんけれども、運用としてはそういう形で円滑に運用されることを期待するわけでございます。
  343. 山原健二郎

    ○山原委員 この問題で先ほどから、期待する、あるいはそうなってほしいという文部省側の願望はわかるのですけれども、この問題についての一番の心配点は歯どめがないということです。それが将来どういうふうになっていくかということについて私ども危惧を持っておりまして、推薦という言葉はなくなったのですけれども、しかし同意という形で実質的な推薦になるということはもうどんなことがあっても防がなければならぬと思います。そういう意味で言うならば、事前同意というのは削除して、そして事務的な処理を行っていくというふうに変えるべきだというのが私のこの問題についての考え方でございます。その点だけ申し上げておきまして、次に移りたいと思います。  ところで、これは明らかになったのでしょうか、現職教員大学院入試の科目その他については、創設準備室の方では明らかにしておられますか。
  344. 佐野文一郎

    佐野政府委員 入試の科目等については、創設準備室はもちろんまだ検討する段階に至っておりません。ただ、現職の先生を受け入れるわけですから、学部を出てそのまま進学をされる方、いわゆる残り三分の一はそういう方が入ってくるわけですけれども、その人に対する入試のあり方現職教員を受け入れる場合の入試のあり方とは別途のものを考える方がいいであろう、あるいはお入りになってからのガイダンス等についても、現職教員の場合にはオリエンテーションその他を十分配慮する必要があろうというようなことは議論されておりますけれども、入試の科目等にわたって具体的に定めている段階ではございません。
  345. 山原健二郎

    ○山原委員 給与の問題で、先日来、自民党の方の質問に対しての答弁から気になっているのですけれども大学院卒に対して給与については検討の課題であるという御発言があったわけですが、そのように理解してよろしいですか。
  346. 佐野文一郎

    佐野政府委員 午前中にもお答えをしましたように、大学院を出て直ちに教員になった者の場合には、学部を出て教員になった者よりも三号高いわけです。学歴一年について一・五号の差がございます。同一年齢で比較をすれば、学部卒の者が二年たってから大学院卒が入ってまいりますから一号の差があるわけでございますが、途中で大学院で勉強した者についてはそういった給与上の差というものは生じないわけでございます。それは現在の制度がそうなっているわけでございまして、そのことを教員大学を出た者について特別に変えるということは考えておりませんけれども、そういうような状況でいいのかどうか、これから、教員あるいは公務員が在職中にさらに勉強をした場合の給与のあり方というのは全体として検討課題であろうということを申し上げているわけでございます。
  347. 山原健二郎

    ○山原委員 それは実態から見ますと、現職教員で大阪教育大学あるいは東京学芸大学等に行っておる者は十名そこそこだというお話が先日はありまして、この兵庫上越大学院を卒業した者を特別に扱うものではないと言いながらも、特別的な性格を持つのではないかというふうに考えます。それからもう一つは、大学院に二年間行った者に対して検討することはまた別途の問題だという言い方は、言うならば検討課題として考えるということで、まさにこれは学歴社会という考え方に立った給与問題ではないかというふうに考えます。その点はいままで文部省の言ってきたことと違うのじゃないかと思うのですが、これは一言伺っておきたいのです。
  348. 佐野文一郎

    佐野政府委員 繰り返しになりますけれども、この教員大学を出た者のためにそういうことを考えるということではもちろんございません。また、公務員が高度の学歴を得た場合の給与をどうするかというのは、これはそれぞれ人事院等で全体の課題として御検討をいただかなければならないことではございますけれども、現在具体的に私たちが案を持っていたり、あるいはそういう要望を人事院に対してしているということがあるわけではございません。ただ、学歴社会ということとこの問題がつながるのではなくて、むしろ、公務員あるいは教員が在職中に積極的に勉強をしようということで勉強した場合の給与のあり方というものについては、何もメリットがなくてもいいのかなということがあるということでございます。
  349. 山原健二郎

    ○山原委員 それは非常に重要な問題でしてね。研修の平等性ということがあるわけですからね。教員をやっていく上におきまして、何年かたって、もっと勉強したいというような考え方に立つ多くの教師たちがおるわけです。ところが実際はいまはそういうことができないのですよ。大阪教育大学の例を見ても、かつては三分の一おった現職教員がいまもうほとんどいなくなってしまうような状態になるというのは、それは、大阪教育大学の方が文部省に対して、そういう制度的なものあるいは財政の問題などについていろいろしばしば要請したけれども文部省はそれに対してほとんど振り向かなかった。だから、ここで勉強して現場へ帰ってみると、もう七年も八年もの給与上のおくれが出てくるとかいうようなことがあったりしまして、非常に困難な制約を受けておるから、いないのです。教員養成大学は全国にあるわけですから、そこで勉強できるシステムをつくる、そういうことをすれば公平なものになる。ソ連なんかは何年かのうちに全体を回していく、そして教育効果を上げていく。それはソ連だけでなく他の国でもあるわけですからね。そういうことをすることが本当にいま現職教員に重要な問題です。今度の場合は、上越兵庫につくりましてもせいぜい四百人。これから十校つくるとしても二千人です。そういうことでございますと、たとえば私の県なんか八千人の教師がおります。小学校の先生だけで五千人。全国で一番少ないところだと思いますが、ここで勉強するということになりますと、三人ずつやったら何十年かかったって研修を受ける機会は出てきやしません。ですからそういう点で、今度のこの新構想大学というものが、果たして教員の平等な研修教育公務員特例法に基づく研修文部省という行政機関が保障する立場での大学なのかどうか、そういったことも問題になってくるわけです。口では既設大学を充実するということを言われております。しかしそれは、愛知教育大学大学院をつくるというのが一つ出てきておるが、そこから先の展望がないわけです。そういう計画といいますかプランといいますか、そういうものがないと、幾らこれから既存のものを充実をしていきますと言っても信用できない。ずいぶん劣悪な条件に置かれておることはどんなに弁解したって事実でありますから、きょうはそういう点の指摘にとどめておきたいと思います。  それから最後に、きょうはこれだけ伺っておきたいのです。これは、いただいた資料の一番最初の部分になるわけでございますが、「教員大学概要について」の「趣旨」ですね。これは「資質能力」の問題もございますけれども、きょうはここだけにとどめたいのですが、最後の行に「学校教育に関する実践的な教育研究を推進しようとするものである。」こうなっておりますけれども、たとえば鰺坂調査会報告は冒頭にこういうふうに出ております。大学院においては初中教育の「実践にかかわる諸科学の研究を推進」とあるが、これは「科学」という字が抜けてくるわけですね。したがって、「学校教育に関する実践的な教育研究」こういうスタイルになってくるわけですね。一方は「実践にかかわる諸科学の研究を推進」で、これは考え方にずいぶん違いがあると私は思うのです。この点は大学局としては御検討になっておられるでしょうか。
  350. 佐野文一郎

    佐野政府委員 特に科学を除外して、いわば技術的な教育研究を推進しようというようなことを考えたわけでは毛頭ございません。やはり教員大学において大学院にウエートを置いてすぐれた教員養成を図るというためには、いま御指摘のように諸科学と教育学の成果を基盤としながら教育実践を科学的に究明していく、そして教科教育と実地教育というものを充実をしていくということは当然のことでございます。そういった趣旨のことと御理解いただきたいと思います。
  351. 山原健二郎

    ○山原委員 もう一つ伺いたいのですが、「資質能力の向上」の問題でございますけれども、「社会的要請に対処する」という問題ですが、これは既存の教員養成大学では不十分だという認識に立って今度の新構想大学をつくられるというものではないと思うのですが、その点はどういうふうに解釈したらよろしいでしょうか。
  352. 佐野文一郎

    佐野政府委員 教員資質能力の向上なりあるいは初等教育教員養成、確保ということについては、もちろん既設教員養成大学学部に期待するところが非常に大きいわけであります。それであるからこそ既設大学学部の充実に意を用いていくわけでございます。しかし、それと同時に、この教員大学既設大学の充実と並行をして設置をされる。両々相まってこれらの社会的要請にこたえようという趣旨でございます。
  353. 山原健二郎

    ○山原委員 今回の五十三年度予算で調査費をつけておられるわけですが、これは、こういう種類の教員養成大学を幾つ、どこへつくられる調査費としてお組みになっておるか、お答えをいただきたいのです。
  354. 佐野文一郎

    佐野政府委員 現在、教員大学につきまして、鳴門について創設準備に五十三年度から入るということがあるわけでございます。従来の経緯からいたしますと、鹿屋についても設置調査を進めていた経緯がございますが、鹿屋については、私どもは、従来の調査等の結果からして、教員大学ということだけでなくて、もっと幅を広げて、鹿屋における高等教育機関というものを考えた方がいいという観点に立って、教員大学設置調査という形でない形を今年度からとりました。したがって、教員大学について現在具体のプロジェクトで進んでいるのは、現在お願いしている二つと、それから鳴門の創設準備だけでございます。大学改革等調査経費というものがございますけれども、その中に大学院改革調査経費というものがございます。これは、千葉大学の薬学系の大学院については固有名詞を出してその調査に当たるということは明らかにしておりますが、教員養成大学院については、これは固有名詞を出しておりません。それは、教員養成系の各大学学部におきまして現在大学院をつくりたいというお考えを持っているところがたくさんございます。それらの構想を十分に伺い、検討した上で、どの大学について今年度具体に調査費を配賦するかということを決めてまいりたいと考えているからでございます。
  355. 山原健二郎

    ○山原委員 鳴門の場合は、これは是非は問題でありますから論議しなければならぬですが、高等学校教員の問題というふうに私はお聞きしているわけです。鹿屋の場合、これは短期大学か何かだろうと思うのですが、この種の、兵庫上越のような種類の教員大学というものはほかにはもうお考えになっていないと理解してよろしいのでしょうか。
  356. 佐野文一郎

    佐野政府委員 かつて、各ブロックについて一つずつ教員大学をつくったらどうかというような御提案もあったわけでございます。ただ、教員大学を三校の後どういう形でつくっていくかということについては、既設大学における修士課程の整備の状況等も見てまいる必要がございます。現在の段階では、三校に続いて具体的に次はどこということを私どもは決定しているわけではございません。そういった既設大学の整備の状況等も見ながら、今後教員大学というものをどのように考えていくかについては検討をしなければならないと考えております。
  357. 山原健二郎

    ○山原委員 時間が余っておりますが、きょうはこれでおきますけれども、先ほどの資料が出ました段階でまた質問をお許しいただきますように申し上げまして、きょうの質問を終わります。
  358. 菅波茂

    菅波委員長 次回は、来る七日開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時四十八分散会