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村上参考人 村上でございます。
私は、
瀬戸内海の海域の
汚染という問題を研究している一研究者の
立場から、
瀬戸内海の
環境保全に対しまして総括的な
意見を申し述べます。
皆様の御
努力によって成立いたしました臨時措置法によりまして、
瀬戸内海の
環境というものは、若干ではありますが好転の兆しが見えてきたということで、はなはだ私
どもにとってもありがたいことでございます。しかしながら、なかなかまだこれだけでは油断ができませんので、たとえばCODの海における
濃度分布を見ますと、なるほど排水口直近のようなCOD何十ミリグラム・パー・リッターといったようなところは確かに目に見えた改善が見えるのでありますが、一方、沖合い部におきましてはなかなかそう顕著な改善の跡というのはいまだしというところでございます。
一方、臨時措置法の規則に漏れましたNとかPとかいういわゆる
富栄養化を促進する
物質、これについては御承知のように
汚染負荷量もそう減っておりませんので、海の中の状態も総体的に申し上げると横ばいである。海域別にはそれぞれ特徴がありながら、やはりここ二、三年横ばいの状態を続けている。そういうことに関連いたしまして、御承知のように、昨年の夏の播磨灘のホルネリア大
赤潮、それから毎年のように起きる燧灘東部の貧酸素化、そういったことが相変わらず生じているわけでございます。それから、
埋め立てという問題も、臨時措置法でこれを厳しく制限するとなっておりまして、これに関しましては、現に
埋め立て中というところは、かつてほどその増加の勢いはないものの、何がしかのものがございますし、また、そういった計画とかあるいは架橋などの海洋工事、こういったものの計画あるいは一部着工というものが続いている状態であります。
そういった
状況にありまして、近く
環境庁あたりで検討されましたCODの総量
規制の問題がございます。御承知のように、
瀬戸内海では、臨時措置法によりまして
産業排水によるCOD負荷の半減措置がとられまして、結果的には各産業の操業短縮な
ども絡んだせいかもしれませんが、五十一年秋にはかつての量の、四十七年時点の三分の一に減ったわけでございます。
今後、特に
瀬戸内海について申しますと、たとえばCODの総量
規制をやっていった場合に、これは実際問題としてどのくらいまで減らせるかということが起きてくるわけでございまして、他の東京湾とかあるいは伊勢、三河とは違いまして、すでに第二次産業に関する限り三分の一減という操作を経た
瀬戸内海では、今後、第二次産業の分がどのくらいまで減らせるかということと、もう一つ、それ以外のもの、つまり第一次産業であるとかあるいは
生活排水の分がどのくらいまで減らせるかといったことにすべてがかかってきていると存じます。したがいまして、場合によっては、
瀬戸内海に関する限り現状が著しく減るといったことは、私
ども研究の
立場から申しますと、負荷量が著しく減るということはそう大きな期待は持てないんじゃないかというふうな前提で物を考えております。
これに関しまして、たとえば総量
規制のもととなる
環境容量といった
考え方がございます。ところが、この
環境容量というのは、確かに私
どもも概念としてはしばしば用いておりますし、また物事を理解していただくためには非常に便利な言葉なんでございますが、さて、その
内容は何だと言われますと、遺憾ながら研究の段階がそのメカニズムなりあるいは個々の経路の量なりをはっきりと指摘できる段階には至っていないということを申し添えておきます。
さて、現在
瀬戸内海で最も大きな問題となっている
富栄養化の阻止の問題でございます。私、最近いろいろ昔の富
栄養状態を調べておりますが、たまたま
昭和十年の四月でございますが、
昭和十年に当時、神戸にございます海洋気象台が大阪湾の
調査を行っておられます。このときの
状況というのが一体現状とどういうふうに違っているだろうかということを検討したのでありますが、詳しく申し上げる時間がございませんので、ごく大ざっぱにかいつまんで申しますと、たとえばCODでございますが、これは当時は過マンガン酸カリ消費量と申しておりましたので、そのデータ、数字を四分の一すると現在使っているCODの
濃度になるわけでございますが、それで見ますと、大阪湾の奥、淀川などの河口域に一ミリグラム・パー・リッター、俗称ppmでございますが、一の範囲がございます。そして、いわゆる大阪湾の奥部と言われるところが最高が一・六でございます。ところが一方、大阪湾の中央部それから南の方、つまり紀伊水道と友ケ島を結ぶ線、ここでは大体〇・五とか〇・六とかいう値でございます。
それから、
富栄養化の
原因物質の一つのP、燐がありますが、これは御承知のように、海中には溶けている形のものと溶けない形のものがある。溶けている形の中でも、有機
物質の形あるいは無機
物質の形がございますが、昔は余りそういう分析法が進んでおりませんでしたので、この
昭和十年は、DIP、溶けている無機の燐という形のものが分析されております。分析法は現在と同じでございます。それで見ますと、先ほどのCODの高かった奥部でも最高が〇・二六、単位はマイクログラム・パー・リッターに直してあります。それから南部に至りましては〇・一から〇・二という値であります。
それから窒素につきましては、同じくDIN、溶けている無機体の窒素、これは三つの形がございますが、その中で生物がよく利用する硝酸体の窒素、この値が分析されております。この方は分析法が今日と若干違っておりますので精度のほどは保証いたしかねますが、先ほどの大阪湾奥部では同じくマイクログラム・パー・リッターの単位で最高が八、それから奥部と称せられるところはすべて一以上、それから南部では一から二の値ということになっております。このNO3、硝酸体の窒素が高いというのは、御承知のように、大阪湾には淀川を初め幾多の流入河川がございます。この河川水というのは、元来、硝酸体窒素の
濃度の非常に高いものであります。通常の状態で海洋の十倍ぐらいございます。したがいまして、こういった高い値は当然、河川水本来の値、それから、
昭和十年でございますから大阪市及びその周辺の
人口は、当時、私、子供のころ東京市民五百万と申しておりましたから、そういった比率から考えても恐らく現在の半分以下であっただろうと思います。しかしながら、そういった
生活排水あるいは中小企業というものの
汚染排水がまざっていると思いますが、いずれにいたしましても、最高で八ということであります。
こういうことから考えますと、
瀬戸内海本来のそういった値、つまり、紀伊水道から入ってきて友ケ島水道から淡路島に沿って明石海峡に抜ける水が、少なくとも
瀬戸内海の沖合部の本来の値だというふうに一応考えられるわけですが、そうしますと、少なくとも四月の時点ではCODが一以下、それからDIPが〇・二ぐらい、それからNO3のNが一ないし二ということではないかと思われます。これを現在
赤潮の発生に対しまして、水産側の者がよく申します危険限界と比較いたしますと、DIPが〇・四五、つまり半分以下の値であります。DINに至りましては、これは硝酸体とアンモニア体がほぼ同量でございますので、大体倍をすればよろしいのですが、その危険限界の七のやはり半分以下だということであります。
なお、ここで申し上げておきたいのは、
瀬戸内海というのは元来が
富栄養化した海域であります。したがいましてそれに応じた生物生産が行われ、美味佳肴というものを産出しております。したがいましてこういったものを、特にNとかPとかを非常に低くするということはかえって悪い結果を招くのでありまして、たとえばどのくらいがよろしいかという限度をまず考える、その一つの尺度として、いま
昭和十年の
瀬戸内海沖合水の値を申し上げたわけですが、いずれにいたしましても、その
富栄養化はとても
赤潮の危険限界を上回るものではない。それも半分以下であるということははっきり言えると思います。したがいまして、
瀬戸内海の
富栄養化を阻止するためには、本来
富栄養化の持っている効用を殺さないように、つまり角をためて牛を殺すという愚を繰り返さないように、しかも高く
富栄養化が進みまして、
赤潮とか貧酸素とかいう悪
影響が出ないように、そういう幅で
規制すべきである。そういうふうに保つには、では負荷量をどう保つべきかということをよく研究してかからないといけないわけであります。実際問題としてN、Pの負荷量を
規制するということはいろいろ御論議のあるところだと思います。特に
処理の
技術が格段に困難なNとかPに至りましては、それを除去あるいは
規制するということが
経済的にもきわめて莫大な経費を要するということは、私
ども自然科学を研究しております人間にとっても十分理解できるところであります。しかしながら現状は、たとえば広島湾で試算いたしますと、少なくとも現時点でのN、P負荷は、欲を言えば四割程度にしたい、六割カットしたいといったような、これは概略の数字でございますが出てまいりますので、いずれにしても何とかカットする
方法を見つけなければならぬ。
処理に金がかかる、あるいは
技術的に困難ならば、使うということを減らす。使うを減らせば出るも減る道理でございますから、そういったことを考える。いま非常に大きな、負荷源と申しませんが使われている物としては、たとえば化学肥料であるとか、あるいは燐についての洗剤などが云々されております。これらの効用というものは、負荷に対する寄与率というのはもっと突き詰めて調べなければなりませんが、いずれにいたしましても、もしほかで代用できる、つまり
瀬戸内海へ窒素、燐を入れないような
方法で済むのならば、そういう
方法に切りかえるといったようなことも、さしあたって大切なことであると思います。
それから、
富栄養化の根源である蓄積
汚泥、これも確かに、特に広島湾とか大阪湾のように二次湾の奥では大量のものが沈積しておりまして、これが
赤潮の誘因になったり、あるいは貧酸素化の直接の
原因になっております。したがいまして、これをとるということは、当然、
富栄養化の進行防止に対しましてきわめて効率ある
対策とは存じますが、ただ、この場合注意しなければならないことは、それによって二次公害を起こすという問題であります。つまり、せっかく、俗な言葉で申しますと、海底にある間は比較的海水中に対する寄与というのは少ないのでありますが、これをかきまぜますと一遍に溶出してくる。N、Pに限らず
赤潮の増殖促進因子である有機物も溶出します。したがいまして、寝た子を起こさないようにするということも大切なことであろうと思います。
次に、
環境アセスメントの問題が云々されておりますが、私
どもは、
環境アセスメントというのは、あるインプットを与えるものと、それによって
影響を受ける双方の側のものがその行為に対する合意のための一つの手段であると考えております。したがいまして、それは必ずしも学問的にきっぱりと割り切れるものではないし、あるいは、ある必要も薄い。要するに両方が合意すればよろしいのではないかと考えます。しかしながら、少なくともそのあるインプットに対して、
環境に対する
影響と、それを評価するということに関する限りは、あくまでこれは自然科学あるいは社会科学も含めまして科学的な問題であろう。私
どもがタッチできる範囲というのはその点にあるんだというふうに考えて、ただいま水産庁の研究プロジェクトとして、別府湾を例にとりまして、
埋め立てた場合に漁業にどういう
影響があるかという
調査研究を五年間の計画でやっておりまして、現在その中間に差しかかっております。しかしながら、実際問題として、これまでの研究結果によりますと、予測評価ということが一体何をインデックスとしてやるべきか、そしてそれをつかむにはどういう技法があるか、それからそれを評価するための基準は何かということで、幾多の難関に差しかかっております。残された二年間でこれがすべて解決するとは思いませんが、アセスメントがより合理的なアセスメントであるために何らかの寄与をいたしたいと思ってやっているわけであります。
ここで一言申し述べておきますと、アセスメントというものは、社会的には、往々にして
影響をインプットする側の免罪符になるおそれがあるということであります。アセスメントをやっているから大丈夫だ。その大丈夫ということを本当に突き詰めないと、往々にして免罪符になりかねないということを私
どもおそれるわけであります。
埋め立ての
規制に関しましては、臨時措置法で厳しく制限されておりますが、これをやる場合に、
瀬戸内海におきましては各海域の海洋
環境も非常に異なっておりますので、海域ごとに、
埋め立ての総量
規制というとおかしいのですが、どの程度の
埋め立てをする、つまり浅海をどのくらい減らす、それから自然汀線をどのくらい減らすという限度を決めて、それによって行うべきであろうと私は思います。
それからもう一つ、海域の利用を利用目的、利水目的によって区分けしよう。これは御承知のようにアメリカのコーストアクトなどに生かされている精神ですが、これを
瀬戸内海に適用できるかどうかという問題がございます。御承知のように、
瀬戸内海というのは一衣帯水でございますから、実はそういうことは無理である、ある海域をある目的で制限しても、他の海域からの
影響が加わってきた場合、そういうことが守れるかどうかという点で、私は、
瀬戸内海でははなはだ困難であろうと思うものであります。
次に、研究体制の整備でありますが、これにつきましては、
皆様方が先般私
どもの研究所へお越しの際、若干申し述べましたので、詳しいことは省きますが、いずれにしても、現在、
瀬戸内海の海域
環境の保全上、研究面で一番緊急である問題は、
赤潮とか
影響予測評価といった問題であろうと思います。
赤潮にしろ、
影響予測評価にしろ、われわれ水産側といたしましても、ない知恵をしぼりまして、日夜奮闘しているところでありますが、なおかつ幾多の難問が残っている。
特に
赤潮に関しましては、
環境庁と御
一緒に水産庁に
赤潮研究会というものを設けまして、どの点を突き詰めるべきかという全体的な討論を重ねておるところでありますが、問題は、そういう問題点をどうやって解決するかという
調査研究の体制にあると思います。現状では、たとえば
赤潮予測
調査を私
ども各県の水産試験場と御
一緒にやらせていただいているものの、そこには非常に無理がある、オーバーワークがあることは認めざるを得ません。それから、現在の研究体制は、何か
赤潮によって被害があったときどっとお金が来て、さあ今年度でその
原因を究明しろといった形のものが多うございますが、こういった生物学的な現象の機構解明というものは、言葉は悪いのでございますが、そういう場当たり的な
調査による進歩というのは多くを望めないものであります。したがいまして、例を
赤潮の発生機構の解明にとりますと、ほかのことにとらわれずに、それだけ
専門にできるようなプロジェクトチームをつくってやるべきである。私は何も、そういうものが一堂に会し、一つの大きな建物の中でやる必要は毛頭ないと思いますが、少なくとも全身全霊でそれに打ち込めるような研究者によるプロジェクトチームをつくる、そして研究費はもとより、研究期間においてもそうのんびりしたことは言っておれませんので、最低五年、欲を言えば十年の間、
赤潮発生機構の解明に専心従事させる。その従事すべき研究者は、幾多の水産試験場を初め幾多の大学にもいらっしゃいます。したがいまして、そういう研究者をどうやって有機的に効率的に動かしていくかというプロジェクトをつくることが
先決であろうと思います。なお、これに関しましては、各県の公害研究所、それに類似した機関もございますので、ぜひこういうところの御協力を賜りたいと思っております。
いずれにしましても、こういうプロジェクトチームでやっていく場合、一番大切なのはプロジェクトリーダーというものの存在でございまして、そのプロジェクトリーダーに適切な人間を得られるかどうかが、研究
成果を左右する大きなかぎであろうと思います。
以上、各点について述べましたが、これから御審議されるかもしれない
瀬戸内海環境保全臨時措置法の恒久立法化に対しまして、私は、総括的に申しますと、ぜひこれは成立させていただきたい。具体的な
内容につきましては、特にこういった不況下におきましてはいろいろな困難があることは十分承知の上で申し上げるのでありますが、仮にこれが精神的な立法に終わっても、そんなことはないと思いますが、最悪の場合、精神をうたうということだけでも私は非常に価値のある問題だ、つまり
瀬戸内海を守ろうという
国民の総意のよりどころとして
法律の上でもぜひこれを明文化していただきたい。
瀬戸内海の保全回復ということは決してなまやさしいことではございません。
富栄養化の解消には、いろいろ社会的な要因に左右されると思いますが、少なくとも五年、十年という歳月をかけなければできないことだと思います。その際、
国民の決意のよりどころになる
法律があることは非常に貴重なことでありまして、われわれは、
瀬戸内海の
環境保全というのはそうなまやさしいものではない、はっきり言えば特効薬というものはあり得ない、非常な困難と闘いながらでなければ成就できないということから考えましても、ぜひ
瀬戸内海の
環境保全法という精神のよりどころがあってほしい。そのもとにそれぞれの
立場で長い苦しい道を歩んでいくことが肝要であろうと存じます。
どうもありがとうございました。