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1978-06-06 第84回国会 衆議院 決算委員会 第14号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十三年六月六日(火曜日)     午前十時一分開議  出席委員    委員長 楯 兼次郎君    理事 國場 幸昌君 理事 葉梨 信行君    理事 馬場猪太郎君 理事 原   茂君    理事 林  孝矩君 理事 塚本 三郎君       天野 光晴君    津島 雄二君       西田  司君    野田 卯一君       村上  勇君    森   清君       高田 富之君    村山 喜一君       春田 重昭君    安藤  巖君       西岡 武夫君  出席国務大臣         文 部 大 臣 砂田 重民君  出席政府委員         文部大臣官房会         計課長     西崎 清久君         文部省初等中等         教育局長    諸澤 正道君         文部省大学局長 佐野文一郎君         文部省学術国際         局長      井内慶次郎君         文部省社会教育         局長      望月哲太郎君         文部省管理局長 三角 哲生君         文化庁長官   犬丸  直君  委員外出席者         内閣官房内閣審         議官内閣総理         大臣官房参事官 木戸  脩君         外務省国際連合         局社会課長   丸山 俊二君         大蔵省主計局司         計課長     石井 直一君         会計検査院事務         総局第二局長  藤井健太郎君         参  考  人         (東京大学学         長)      向坊  隆君         参  考  人         (東京大学医学         部長)     山村 秀夫君         参  考  人         (東京大学附属         病院長)    織田 敏次君         参  考  人         (東京大学事務         局長)     吉田 壽雄君         参  考  人         (東京大学地震         研究所長)   梶浦欣二郎君         決算委員会調査         室長      黒田 能行君     ————————————— 委員の異動 六月二日  辞任         補欠選任   春田 重昭君     新井 彬之君 同日  辞任         補欠選任   新井 彬之君     春田 重昭君 同月六日  辞任         補欠選任   篠田 弘作君     西田  司君   早川  崇君     森   清君   山口 敏夫君     西岡 武夫君 同日  辞任         補欠選任   西田  司君     篠田 弘作君   森   清君     早川  崇君   西岡 武夫君     山口 敏夫君     ————————————— 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  昭和五十一年度一般会計歳入歳出決算  昭和五十一年度特別会計歳入歳出決算  昭和五十一年度国税収納金整理資金受払計算書  昭和五十一年度政府関係機関決算書  昭和五十一年度国有財産増減及び現在額総計算  書  昭和五十一年度国有財産無償貸付状況計算書  (文部省所管)      ————◇—————
  2. 楯兼次郎

    楯委員長 これより会議を開きます。  昭和五十一年度決算外二件を一括して議題といたします。  文部省所管について審査を行います。  この際、お諮りいたします。  本件審査に関し、東京大学における国有財産及び物品管理等の問題について、本日、参考人として東京大学学長向坊隆君、東京大学医学部長山村秀夫君、東京大学附属病院長織田敏次君及び東京大学事務局長吉田壽雄君並びに地震に関する問題について、東京大学地震研究所長梶浦欣二郎君の御出席を願い、意見聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 楯兼次郎

    楯委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人からの意見聴取は、委員質疑により行いたいと存じますので、さよう御了承願います。     —————————————
  4. 楯兼次郎

    楯委員長 それでは、まず文部大臣から文部省所管決算概要説明を求めます。砂田文部大臣
  5. 砂田重民

    砂田国務大臣 昭和五十一年度文部省所管一般会計及び国立学校特別会計決算概要を御説明申し上げます。  まず、文部省主管一般会計歳入につきましては、歳入予算額六億八千三百二十一万円に対しまして、収納済歳入額は九億六百八万円余であり、差し引き二億二千二百八十七万円余の増加となっております。  次に、文部省所管一般会計歳出につきましては、歳出予算額二兆八千四億七千五百十二万円余、前年度からの繰越額百六十四億一千四百万円余、予備費使用額十四億九千三百七十三万円余を合わせた歳出予算現額二兆八千百八十三億八千二百八十六万円余に対しまして、支出済歳出額は二兆八千二十三億五千四百七十万円余であり、その差額は百六十億二千八百十五万円余となっております。  このうち、翌年度へ繰り越した額は百十九億八千四百四十二万円余で、不用額は四十億四千三百七十三万円余であります。  支出済歳出額のうち主な事項は、義務教育費国庫負担金国立学校特別会計繰り入れ科学技術振興費文教施設費教育振興助成費及び育英事業費であります。  次に、これらの事項概要を御説明申し上げます。  第一に、義務教育費国庫負担金支出済歳出額は一兆四千七百十二億五千二百八十八万円余であり、これは、公立義務教育学校の教職員の給与費等及び教材費の二分の一を国が負担するために要した経費であります。  第二に、国立学校特別会計繰り入れ支出済歳出額は六千五百二十五億五千五百五十万円余であり、これは、国立学校大学附属病院及び研究所管理運営等に必要な経費に充てるため、その財源の一部を一般会計から国立学校特別会計繰り入れるために要した経費であります。  第三に、科学技術振興費支出済歳出額は二百七十億六千八百五十二万円余であり、これは、科学研究費補助金日本学術振興会補助金文部本省所轄研究所及び文化庁附属研究所運営等のために要した経費であります。  第四に、文教施設費支出済歳出額は二千六百六十九億五千六十九万円余であり、これは、公立の小学校、中学校特殊教育学校高等学校及び幼稚園の校舎等整備並びに公立学校施設等災害復旧に必要な経費の一部を国が負担または補助するために要した経費であります。  第五に、教育振興助成費支出済歳出額は二千・六百二十一億三千五百八十四万円余であり、これは、養護学校教育費国庫負担金義務教育教科書費初等中等教育助成費産業教育振興費公立大学等助成費学校給食費及び私立学校助成費に要した経費であります。  第六に、育英事業費支出済歳出額は四百三億五千九百四十二万円余であり、これは、日本育英会に対する奨学資金の原資の貸し付け及び事務費の一部補助等のために要した経費であります。  次に、翌年度繰越額百十九億八千四百四十二万円余についてでありますが、その主なものは、文教施設費で、事業実施不測日数を要したこと等のため、年度内支出を終わらなかったものであります。  次に、不用額四十億四千三百七十三万円余についてでありますが、その主なものは、教育振興助成費で、私立学校助成費を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。  次に、文部省におきまして、一般会計予備費として使用いたしました十四億九千三百七十三万円余についてでありますが、その主なものは、文教施設費で、公立文教施設災害復旧費に要した経費等であります。  次に、文部省所管国立学校特別会計決算について御説明申し上げます。  国立学校特別会計収納済歳入額は八千七百六十九億七千五十二万円余、支出済歳出額は八千五百六十一億八千二百七十九万円余であり、差し引き二百七億八千七百七十三万円余の剰余を生じました。  この剰余金は、国立学校特別会計法第十三条第一項の規定により四十九億五千八百七万円余を積立金として積み立て、残額百五十八億二千九百六十五万円余を翌年度歳入繰り入れることとして、決算を結了いたしました。次に、歳入につきましては、歳入予算額八千五百五億四千六百四万円に対しまして、収納済歳入額は八千七百六十九億七千五十二万円余であり、差し引き二百六十四億二千四百四十八万円余の増加となっております。  次に、歳出につきましては、歳出予算額八千五百五億四千六百四万円、前年度からの繰越額百二十七億七千八十万円余、昭和五十一年度特別会計予算総則第十一条第一項の規定による経費増額六十億九千四十万円余を合わせた歳出予算現額八千六百九十四億七百二十四万円余に対しまして、支出済歳出額は八千五百六十一億八千三百七十九万円余であり、その差額は百三十二億三千四百四十五万円余となっております。  このうち、翌年度へ繰り越した額は八十四億三千六百三十六万円余で、不用額は四十七億八千八百八万円余であります。  支出済歳出額のうち主な事項は、国立学校大学附属病院研究所及び施設整備費であります。  次に、これらの事項概要を御説明申し上げます。  第一に、国立学校支出済歳出額は五千四十八億七千六百五十五万円余であり、これは、国立学校管理運営研究教育等に要した経費であります。  第二に、大学附属病院支出済歳出額は一千六百二十七億九千九百五十五万円余であり、これは、大学附属病院管理運営研究教育診療等に要した経費であります。  第三に、研究所支出済歳出額は五百八十億七千三百四十四万円余であり、これは、研究所管理運営学術研究等に要した経費であります。  第四に、施設整備費支出済歳出額は一千二百四十八億七千五百八十万円余であり、これは、国立学校大学附属病院及び研究所施設整備に要した経費であります。  次に、翌年度繰越額八十四億三千六百三十六万円余についてでありますが、これは、施設整備費で、事業実施不測日数を要したため、年度内支出を終わらなかったものであります。  次に、不用額四十七億八千八百八万円余についてでありますが、その主なものは、国立学校で、職員基本給を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。  なお、昭和五十一年度予算の執行に当たりましては、予算の効率的な使用経理事務の厳正な処理に努力したのでありますが、会計検査院から不当事項六件の御指摘を受けましたことは、まことに遺憾に存じます。  指摘を受けた事項につきましては、直ちに適切な措置を講じましたが、今後、この種の事例の発生を未然に防止するため、より一層指導監督の徹底を図る所存であります。  以上、昭和五十一年度文部省所管一般会計及び国立学校特別会計決算につきまして、その概要を御説明申し上げました。  何とぞ、よろしく御審議のほど、お願い申し上げます。
  6. 楯兼次郎

    楯委員長 次に、会計検査院当局から検査概要説明を求めます。藤井会計検査院第二局長
  7. 藤井健太郎

    藤井会計検査院説明員 はなはだ恐縮でございますが、検査概要について説明を申し上げます前に、この席をおかりしまして一言ごあいさつを申し上げたいと思います。  このたび第二局長を拝命しました藤井でございます。何とぞよろしくお願いします。  次いで、検査概要について申し上げます。  昭和五十一年度文部省決算につきまして検査いたしました結果の概要説明申し上げます。  検査報告に掲記いたしましたものは、不当事項六件でございます。検査報告番号二号から七号までの六件は、いずれも補助事業実施及び経理が不当と認められるもので、このうち二号から六号までの五件は、公立文教施設整備費国庫補助金に係る事業におきまして、補助事業の適用を誤ったり、補助の対象とは認められないものを含めて事業実施したりなどしていたものでございます。また、七号は公立文教施設災害復旧費国庫補助金に係る事業におきまして、工事の施工が不良となっていたものでございます。  以上、簡単でございますが説明を終わります。
  8. 楯兼次郎

    楯委員長 これにて説明聴取を終わります。     —————————————
  9. 楯兼次郎

    楯委員長 これより質疑に入るのでありますが、本日は、理事会の協議により、午前中は東大問題、午後はその他の問題について審査を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。津島雄三君。
  10. 津島雄二

    津島委員 きょうは、ただいま委員長からお話のございますように、わざわざ東大学長以下おいで賜って私ども質問に答えていただく、御苦労さまです。  そこで、時間が限られておりますので、かねがね問題になっております東京大学神経科病棟の問題を中心とするいまの現状について簡単に事実関係をお尋ねいたしますが、まず神経科病棟中心とする医学部現状、それからまた最近ストが新聞紙上報道されておりますが、文学部現状、この二つについて、特に正常な教育が行われ得るような状態にあるかどうかに関連して、学長の御意見をお伺いしたいのです。
  11. 向坊隆

    向坊参考人 ただいまの津島先生の御質問に拝答させていただきます。  国有財産であります病院の一部でありますところの精神神経科病棟管理並びにそこにおきまする教育研究が長い間異常な状態にありますということにつきましては、私どもとしてまことに申しわけないと存じております。  特に、国会先生方のお忙しいところ、お時間を割いて御検討いただきましたり、また文部省にもいろいろ御迷惑をかけたりしていること、まことに申しわけないと思っている次第でございます。  ただいまの御質問にまず簡単にお答えさせていただきますが、精神神経科病棟は異常な状態にあると言わざるを得ないわけでございますが、昨日までに物品管理等につきましては、全部の部屋について、かつ数千点の物品について、大学病院事務局による会計検査を全部終了いたしました。そして診療等に関しましては、三人の分担教官病棟側の医師との間のいわゆる診療会議というものが病棟内でしばしば行われるような状態になりまして、正常化に向かって進んでおるということは申し上げられると思います。ただ、まだ現在正常どおり診療教育が行われているとは残念ながら申し上げられない状態でございます。  それから、文学部におきましては、二回ほど二日間ずつのストが行われたわけでございますが、これは文学部学生東大の百年記念事業に対して強い反対の意見を持っているグループがおりまして、そのグループ文学部学部長とのいわゆる団交をしようということになっておりまして、その団交しようという線でいま話し合いが行われているのですが、その条件が合わないものですから、学生諸君自分らの条件の整わないということに抗議するという意思表示として、ストをやったわけでございます。しかし、そのストが二日ずつ行われましたけれども、それ以外の日には教育研究は全く正常に行われております。
  12. 津島雄二

    津島委員 教育研究は正常に行われている、それから医学部神経科病棟についても診療会議等が行われて徐々に正常化されている、これが学長見方のようでありますが、たとえば東京大学だけで御承知のとおり八百億近い予算学長は責任持っておられるわけですね。それだけの国民の税金をお使いになって、しかも、教育基本法を後で読んでいただきたいのですが、頭の中へ当然入っておられるとは思いますけれども教育というものは直接国民に対して責任を負ってほしい、自由な研究が行われるという意味において国民に対してまじめに教育をしてほしいということは、強く強く教育基本法にうたってあるわけですが、そのような要請の中でわざわざ国会の議員が国会の議決のもとに調査に行っても中に入れない。あるいは先日も私は決算委員会でも御指摘申し上げたのでありますけれども、ここにありますように、教授の個人名を指したプラカードが学内至るところに乱立をしている、中には三里塚闘争という暴力闘争のビラまで平気でたくさん張ってある。そういう状態を、なお学長は正常な研究が行われている状態とお考えでしょうか。もう一度その点お確かめしたいのですが。
  13. 向坊隆

    向坊参考人 ただいまの御質問に対してお答えいたしたいと存じます。  先日、国会からわざわざ調査団おいでいただきましたのに、所期の目的を達せられないでお帰りになった、まことに申しわけないと思っておりますが、調査団おいでになります前に、私から文部省あるいは国会事務局を通じて一応申し上げたわけですが、おいでになって中へ入ろうとされた場合に乱暴が行われるようなことは決してありません、それは大学として保証いたします。しかし立ちはだかって議論を吹っかけてくるということで長い時間そこで議論になってしまうという可能性はございますということは申し上げたわけでございまして、私の心配しておったとおりの事態になったということでございます。もちろん申しわけないと思っております。  それから、毎日毎日ああいうふうに集まって人を通さないようにしておるというのではございませんで、平生は全く正常に教育研究が行われているわけでございます。文学部では。医学部でも、精神神経科病棟を除きましたら全く正常の、普通の教育研究が行われておりまして、学生も静かに学んでおります。  それから、立て看板につきましては、大学でも始終問題にしているところでございますが、立て看板は何回か大学側で取り除いたこともございます。しかし、取り除けばかえって悪くなるわけでして、翌日には、若い人ですから精力的でして夜明かしで書きまして、もっとふえるわけです。もっと大きなものがもっとふえるということでございまして、そういうものを出さないような雰囲気にすることが私たちとしては一番大事なわけでございますが、それはなかなかむずかしいということで、その立て看板そのものを除くということは余り意味がないと私は思っておるわけです。  大学でございますから、いろいろな意見を持っている人がいること自体は構わないわけですけれども、御指摘のような不穏当な意見表明まで大学側が認めているわけではございませんけれども、取り除いてもだめだという経験に基づいてやむを得ず黙認している、そういう状況でございます。  立て看板があること自体教育研究正常化に、それは全く正常である状態とは申せないと思いますけれども大学はどこの国に行きましてもある時期になりますと立て看板が乱立したり壁にいろいろなことを塗ったりいたしまして、私のところにはほとんど毎週のように各国の学長が来られますけれども、その人たちは、まあ大学だからどこでもあることだというようなことで帰られるわけでございます。世間では通らない常識かと思いますけれども、やむを得ない状況考えている次第でございます。
  14. 津島雄二

    津島委員 事実関係についていろいろ議論されても、時間があれなので、私も学長のところの出身者であります。私の母校でありますから、中身はよくわかっているつもりです。  そこで、四十三年の時計台事件前後からの事情、まあ私ども卒業しましたころからの東京大学状態を見ておりまして、私は非常に胸を痛めておりますのは、およそ民主的な国家社会と相入れないような思想の方、これらの方は最初から民主的にして自由な学問挑戦をしている方々です。こういう方々を放置することによって、そういう間違った思想を持った、前途有為な青年が一生を台なしにしたという例は非常にたくさんございます。私ども高等学校から大学まで学んだころの同僚を見ても、いまほぞをかんでいる人はたくさんいるんです。そしてまた、そういう一部の人たちによって、実に多くの人たちが、ちょうど時計台事件のように、迷惑を受けている。  このような状況について、学長にお尋ねをいたしますけれども学問の自由というのは一体何なんでしょうか。こういう人たちに対して厳正な態度をとることが学問の自由になるのか、それとも、あなたがいまおっしゃった、プラカードをたとえば取り除けばたくさん出る、そういう状態の起こらない、静かな状態にするのがわれわれのねらいだというのか、一体どっちが本当なんでしょうか。つまり、相手が、しかもごく少数である、最初から平和で民主的な学問研究をやるつもりではないので、むしろいまのそういう雰囲気を壊すことが彼らの主張であるというような場合に、どの態度をあなたはおとりになるのか、それから大学当局東大当局がおとりになろうとしているのか、その点をちょっとお伺いしたいのです。
  15. 向坊隆

    向坊参考人 大変むずかしい御質問でございまして、簡単にお答えできるかどうかわかりませんですけれども、御指摘のとおり、大学というところはもう自由な研究が行われなければならない、これは言うまでもないことでございます。だれもそれを疑う者はおりません。しかし、あの人たち、立て看を出している人たちが、大学で自由な研究が行われること自体に反対しているとは私は思っておらないわけ、です。それは結局は、おっしゃるとおり、民主主義に対する一つ挑戦であるという受け取り方もできるかと思いますけれども民主主義の抱えておる課題に対する一つ問題提起という見方もできるのであります。  それはどういうことかと申しますと、現在私ども民主主義ルールにのっとって大学も運営しております。そして多数の者、大多数の者は、そのルールに同意しているわけでございます。しかし、一部の人たちが、たとえばごく少数人たちが、しかも非常にまじめに、自分たち考えていることは非常に正しい、非常に正しいのに、現在民主主義ルールとして行われている意思決定の道では自分たち意見を通す方法がないと考えた場合に、それはどうすれば自分が本当に正しいと思っているものが実現できるのであろうか、そういう課題であります。そういう課題で、われわれが、その主張、それに基づく行動自体を容認することは、これはできないわけですね。それによって人の自由を制限するというようなことは、これは認められませんけれども、そういう課題を提起しているのだということを理解してやることは、やはりこれは大学の場としては必要なことだ、そういうふうに考えているわけであります。
  16. 津島雄二

    津島委員 それでは、別の角度からお伺いしますが、学長民主主義とはどういうものとお考えでしょう。  第二に、日本は民主的かつ文化的な国家と見ておられますか。  この二点、簡単に答えてください。
  17. 向坊隆

    向坊参考人 私は理科出身でございますから、御満足のいくような御回答ができるかどうかわかりませんけれども民主主義というのは、やはりみんなの意見を吸い上げて、それで多数の人たち、大多数の人たちの満足する方向で物事が決められていく、これが民主主義だろうと思いますし、現在の日本はそういう民主主義ルールにのっとって運営されている社会である、そう考えております。
  18. 津島雄二

    津島委員 それではお尋ねいたしますが、民主主義とは多数の意見をくみ上げるとおっしゃった。その多数の意見の中に、他人の意見は一切入れない、力と暴力自分主張を通すことだけが自分らの信念であると考えている人と、平和で民主的な国家の理念とは両立しないんではないでしょうか。  ここで特に学長に思い出していただきたいのですが、戦前、学問の自由が力によって侵されたと多くの方はおっしゃる。確かにそうであります。その力の出発点はこれは別のところにあったかもしれないけれども、しかし学問の自由というものは暴力とか力というものとは相入れないということは御理解なさっていると思うのでありますが、力でなければ自分たち主張を通せないというような主張民主主義とは相入れるのでしょうか。その点をお伺いいたします。
  19. 向坊隆

    向坊参考人 御指摘のとおり、力と暴力だけによって自分主張を通そうということは民主主義社会において許されることとは思いません。もちろん大学においても同じでございまして、力と暴力によって他人の自由な勉強、研究を阻害するということはこれは認められません。しかし、その人、そういうふうに見える人たちと話し合って見ると、決して暴力によってだけ自分たち主張を通そうということを考えているわけではないんですね。やはり話し合いの機会があるならば話し合いで何とかやろうという気持ちはみんな持っているわけです。
  20. 津島雄二

    津島委員 そのような態度の結果、いまの過激派の軍団が生まれているのじゃないでしょうか。あの四十三年の東大事件が生まれたのではないでしょうか。つまり、少数ではあるけれどもああいう人たちがいる。国民の代表として国会議員が平穏に、しかも国会の議決で調べに行くということすらも受け入れない、そういう人たちがいる。それは学内に民主主義に対する挑戦が行われていると考えるべきだと思うのですが、学長、どうお考えですか。
  21. 向坊隆

    向坊参考人 私は、民主主義に対する挑戦とは考えておりませんで、現代民主主義の抱えている課題の提起、そう思っているわけでございます。  それで、学内で一部の人たちが非常に目立つわけですけれども、そういう人たち問題提起に対して心情的に同情的な考えを持っている潜在的な学生というのは相当たくさんおります。それは、たとえば文学部の場合に文学部長にけんかを吹っかけておる学生の数は非常に少数でございます。ところが、その学生自分らのやっていることに対しての賛意を投票で問うたわけです。そうしたら、それに賛成をした学生は四百名を越したわけです。そういうことは、彼らの問題は問題提起としてまじめに考えてあげなければいけないのじゃないかということを示しているわけです。決して行為そのものを認めるものではございません。そういう考え方でございます。
  22. 津島雄二

    津島委員 行為そのものは認めないけれども、まだ世間のルール社会もわかっていない人が四百人投票すれば、仮に暴力であっても、文学部長室の占拠であっても、国有財産をめちゃめちゃに壊すことであっても、それは受け入れざるを得ない、そういうふうに伺うのであります。  これは重大な問題であります。つまり、あなた方が考えておられる民主的なルール、あなた方が考えておられる学問の自由というものは、とうてい社会から受け入れられないような状態なんであります。  これは後半においてこの問題をきょうは徹底的にお伺いしたいと思うのですが、それに入る前に、それでは翻って伺いますが、学長学問の自由は絶対に守りたいと思っておりますか。また、いまの東大のやり方で学問の自由は守れると思っておられますか。簡単に答えてください。
  23. 向坊隆

    向坊参考人 私は私ども考え方で東大の中で学問の自由は守られておる、そう考えております。
  24. 津島雄二

    津島委員 それがたとえ一部でも、過激な人物によって研究室は占領される、学部長室は占領される、あるいはそれに四百名が賛成したというのはこれは重大なことでありまして、受験戦争ばかりやってきた社会のわからない学生たちが解放感に浸って、そして一緒になって時計台を占領するというようなところまでエスカレートしても、それでも学問の自由は守られるとお考えですか。
  25. 向坊隆

    向坊参考人 大学といたしまして学問研究の自由がはっきり阻害されるという事態に立ち至った場合には、これはもう断固たる処置をとらざるを得ない、そう考えております。
  26. 津島雄二

    津島委員 いまの御答弁でわかりましたように、あなた方の考えておられる学問の自由と社会一般のあれと非常に大きな隔たりがあるということを、まず私はここで指摘いたしたいのであります。  そこでもう一遍憲法の二十六条、教育を受ける権利の条文を読んでいただきたい。あるいは教育基本法を読んでいただきたい。教育基本法にはっきり書かれております。民主的で文化的な国家を建設していくためには教育が一番必要である。そうしてそれを担保するために、教育行政の面におきましても、教育は直接国民全体に対して責任を持って行われなければならない、こういうふうに書いてあります。  そこで、私はいま指摘したいのは、あなた方が大学の教授会あるいは管理者の立場で、ここまではいい、これは放置しておいてもいいという考え方と、国民考えているところと大きな差異がある。国民から見て、一体あそこで自由に勉強できるのか、ああいうことを放置して、それが社会でも通用するというようなことを教えられたのでは、これは社会がたまったもんでない、これが国民一般の認識だと思うのです。その食い違いについてどういうふうにお考えになりますか、また、国民に対してどう御答弁になりますか。簡明にお願いします。
  27. 向坊隆

    向坊参考人 簡単にお答えいたします。  まず、先ほど御指摘になりました教育を受ける権利の問題でございますが、ストライキがそれを侵すということになる可能性がございますけれども、そのストライキのようなものが一部の人たち主張だけで、たとえば教室がずっと封鎖されて授業ができない、そういうような事態が起りましたら、これは授業を受けたいという人に対する権利の侵害になります。しかし、たとえば現在文学部で行われておりますストライキというのは、学生の自治会の決議によって行われておりまして、多数者の決議によって、民主主義ルールに基づいて決められたことでございまして、これはわれわれとしてはやむを得ないものと思います。これが非常に無期限とか長期的なものになれば、何としてでもそれをやめさせる努力をしなければいけませんけれども、いまの段階ではそういうものでございます。  それから、社会の理解されておられる民主主義あるいは自由というものと、大学の自由というものが非常に違うじゃないかという御指摘でございますが、私はそうは思っておりません。大学というのはたった四年間の教育でございまして、入ってくる学生というのはやはり現在の社会を反映した、現在の社会状況がしみついた者が入ってくるわけでございます。そういう学生たちとしてわれわれはやはり対処しなくちゃいけない、そう考えておりまして、社会で一般に考えておる民主主義なり自由というものの考えと全く見当違いのことを大学考えておるとは私は思わないわけでございます。
  28. 津島雄二

    津島委員 学長、論点をずらさないでいただきたいのですけれども、たとえばいまの教育を受ける国民の権利について、ストの問題に限定してお答えになったが、そうじゃないのですよ。それはいままでの一連の事件、神経病棟の占領、外から入っても自由に歩けない、自分の気に食わない者は入れない、こういうことを含めて言っているわけです。私が前回決算委員会でやった質問を後で議事録で読んでいただきたいのですが、私自身一人の市民として最近東大に行きまして、その人たちに囲まれて、私は普通の市民として非常に危険を感じた、そういう雰囲気を言っておるわけであります。  そこで、あなたがいまの大学は大丈夫だと言っていることと、それから世間一般的に一体ああいう社会がこの平和な日本の民主社会の中に許されるかということとのずれが、浮き彫りされるわけであります。あなたが大丈夫だ大丈夫だと言えば言うほど、私はそこが浮き彫りされてくると思うのです。  この点に関連して、いまの大学状態が非常に閉鎖的、排他的になっているんではないでしょうか。  一例を挙げますと、昭和四十三年のあの事件の後で東大グループをつくって、あの問題の反省と将来の改革を研究しておられるのですが、国民に対して一体どのように学問の自由を担保するかという議論がほとんどないのですね。大学のことは大学の教授会に任せておけばいいんだというような気持ちが、教育というものはギルドなんだからわれわれに任しておいてくれという気持ちが、どこかにあるんじゃないでしょうか。そういうことはあなた方教授会で議論してお感じになりますか、感じませんか。
  29. 向坊隆

    向坊参考人 紛争以来大学の改革問題がいろいろ論ぜられましたけれども大学というものが閉鎖社会から一向に開放されないという御批判は、いろいろ思い当たる節があると思います。しかし、大学社会に対して全く閉鎖的であって、自分たちのひとりよがりで人の言うことは全く聞かない、自分らのやっていることが皆正しいのだ、そういうひとりよがりとは私は思わないのでございます。そういうものを喜んで受け入れる気持ちは十分ございます。ただ、大学の中には、特に若い人たちの間には、外の、学外の何らかの圧力によって大学がコントロールされるようなことがあっては困る、そういう感覚的なものが非常に強いのでございます。ですから、外の意見を受け入れるのは結構ですけれども、外からコントロールされるということは非常にいけない。それから私たち議論している場合にも、権力者として対抗するという意識が非常に強いわけですね。権力をもってわれわれを抑えつけるならばあくまで反抗するぞ、対等な人間として話し合うならば話し合いますけれども、権力者として対してくるならあくまで反抗するぞ、そういう考え方が非常に強いわけです。ですから、外からの影響に対しましても、これは大学に対しての御意見としてそれを承る、それをなるべく取り入れる、そういうふうなことに何も反対はないのでございますけれども、外圧によって大学が動かされるような事態があったら承知しないぞというような気持ちが特に若い人たちに非常に強いということは、御理解いただきたいと思うのです。
  30. 津島雄二

    津島委員 若い人たちの気持ちを尊重しなければいかぬと言っておられますが、ここで一言申し上げておきたいのは、東大初めいまの大学に入ってくる若い人は受験ばかりやってきたのです。かわいそうなんですよ。私どもの若いころのように、自分で本当に自活して本当にアルバイトにふさわしい生活をして学費も出してきた人はほとんどいない。親がかりで一生懸命夜食まで出してもらって、とにかく受験に勝って東大に入ればいいということだけで入ってきた。甘えているのです。そういう人たちに本当の社会ルールを教えることが教育なんじゃないでしょうか。  そのような意味で、最後のところで三つの御提案をしたいのですが、その前提として、いまの大学の管理体制というものが、ちょうどいま学長がまさに言われた外からの影響に対して学生は非常に反発する、恐らくそれは教授会も反発するのであろうと思いますが、そこにいままで議論のすりかえがあったということをよく理解していただきたい。ちょうど終戦後の大学改革を見てみますと、本当は大学国民に対して開かれなければならなかった、国民と憲法の要望に従うような大学にしなければならなかったのですが、議論をすりかえて、いまの大学のギルド的な封鎖的な雰囲気に対して外からいかなる干渉をも拒む、その声が国民から出た声であってもそれは受け入れないということがあったとすれば、永遠に大学は直らないのです。大学が時代の要請にこたえるような内容にならないのです。その点を学長よく自覚をしていただきたいのです。皆さん方は口を開くときに、外からの影響に対して学生も私たちも耳を傾けるわけにいかぬともし言うならば、それは間違いですよ。国民の声にあなた方耳を傾けなければいけませんよ。その点はまず私が提案する前に同意するかどうか。簡明な御答弁をいただきたい。
  31. 向坊隆

    向坊参考人 ただいま御指摘いただきました大学国民に対して開かれたものになるべきであるという御意見には、全く同感でございまして、これは大学を開くということと大学の自治というものとの関係について十分に検討させていただきたいと思います。
  32. 津島雄二

    津島委員 いまの学長の御答弁は私は非常に評価をいたします。したがいまして、その線に沿って学長の言われた大学の自治とうまく両立する形でこれから本当にいい大学をつくっていただきたい。  私は三つの御提案を申し上げたい。  第一点は、過激派を中心にするいろいろなトラブルが出てきて、これを放置するとぐあいが悪い、社会から見ても受け入れられないような状態になったときに、一々学長がそれを判断して、たとえば警察権力を導入するということになりますと、どうしても学長個人の責任になってしまう。それを考えますと、先日私は決算委員会で大臣にもお願いをしてあるのですが、国立大学あるいは場合によっては私立大学の責任者も一緒にお入りになりまして、大学の自由な研究体制を守っていくためにはこのような場合にはこういうことをしよう、何か規約、一種の倫理基準をおつくりになったらどうでしょうか。そしてそれを統一してどの大学にも適用される。向坊学長さんが判断して警察を入れて暴力を排除したのではない。これは学問を守るためにみんなで話し合ってつくった基準だから、こういうことが起こったら直ちにやる、これをまず第一点、御提案申し上げたいのであります。  それから第二点ですけれども教育の内容でございます。  私どもの同級生の方がみんないま主任教授をやっておられます。私自身財政を担当してきておりますから、法律と行政の接点についてはかなりの勉強をしてきておるつもりでございますが、いまの大学教育内容というものがどうしても変化の早い社会の情勢に合わない。明治以来外国の文献ばかり翻訳してそれを日本に紹介しておるという傾向があるのですよ。最近でも、私は政治学のある教授が日刊紙の中に書かれた論文を非常に驚いて見たのですが、外国語を使ってお書きになっておる。中身は外国語を使わなくとも十分書ける。要するに、情報管理社会で情報は公権力に管理されるのだから、小さなグループをつくって原点に返って考えなければならぬというようなことを外国語で言っておる。そういう傾向がいま根強く残っている。ですから、教育の内容を本当に国民が要望する、社会の要望する形に変えるために、外部からの意見の導入を本格的に考えていただきたい。これは大学の方で考えられるべきだと思うのであります。これが第二点であります。  それから第三点は、この間本郷のキャンパスを歩きましてびっくりしたのは、東京都内で戦後三十年間これほど変わらない町はないのですね。私、驚きました。これから新しい時代の要請に即応した施設等を拡充していくには、あそこと駒場だけではとうていやれないと思うのであります。で、学長御存じのとおり、全国総合開発計画で強くうたっておりますのは、毎年六十万人という若い人が大学へ入り、そのために東京、大阪に集まってくるわけです。この人たち日本の全国に分散して真剣に研究に励んでもらうためには、やはり東京大学、旧帝国大学を含めて、施設の思い切った分散を研究していただきたい。そのかわり国の予算は堂々ととってりっぱな研究室を広い、広いところにつくるというような広大な構想を持っていただきたい。  いまの三つの提案に対して、簡単で結構ですから御答弁をいただきたい。
  33. 向坊隆

    向坊参考人 貴重な御意見をちょうだいいたしまして、ありがとうございました。  第一の点は、東京大学だけの問題じゃなしに、国立大学全体としてよく考えろという御指摘でございますね。これは私だけではちょっとお答えできませんけれども、適当な機会に検討させていただきたいと存じます。  それから第二、第三点については、これは東京大学だけとしても十分検討させていただける事項でございますので、十分考えさせていただきたいと思います。
  34. 津島雄二

    津島委員 そこで、大臣にひとつお尋ねいたしたいと思います。  いまの三つの提案のうち、第一点はすでに大臣から前向の御答弁を前回の委員会でいただいておりますから、結構でございます。  あとの点でございますが、一つは、やはり国立大学が本当に国民の要望にこたえるようになる、ことに、もう一度読み上げますけれども教育行政は国民全体に対し直接に責任を負うものでなければならないという教育基本法の精神に沿って、いまの国立大学の管理体制について、大学の自治と両立するように、大学人の意見もよくお聞きになりながら、ひとつこの際、抜本的な検討をこれから始められたらいかがでしょうか。特に、教育内容、それから管理運営体制についてもう少し国民の声が大学に反映されるということをお考えいただきたいということが第一点。  第二点は、前にもちょっとお伺いしましたけれども、仮に国立大学の方から、広い地域にできるだけりっぱな予算をつけて、いい、たとえば物理学の研究所をつくりたい、そういう場合に、広く日本国土全体を利用するという見地からお進めになっていただけるかどうか、もう一度この点も御答弁をお願いしたいわけでございます。
  35. 砂田重民

    砂田国務大臣 御質問にお答えをいたします前に、お許しをいただきましてちょっと発言をさせていただきたいと思います。  去る五月十五日、衆議院決算委員会委員長及び委員各位が、東京大学におきます国有財産及び物品管理の状況等視察のために東京大学に赴かれました節、学生等の妨害によって調査の円滑な実施が妨げられましたことは、きわめて遺憾な事態でございます。文部大臣として、本日改めて委員長並びに委員各位に対し遺憾の意を表する次第でございます。今後、本件の事態の解決のために十分な努力をする所存でございます。  さて、いまの津島委員の御指摘の点でございますけれども大学管理運営に関します制度につきましては、かねてから大学制度の重要な課題として研究をしてまいったことでございますが、学園紛争等の経験も得まして、各大学の中にも自主的に管理運営のあり方を工夫する動きがあらわれてきております。  文部省といたしましては、このような動きを助けますとともに、副学長でありますとか、参与でありますとか、そういう制度的なことが可能になりますように法令を改正いたしました。また、筑波大学を初め新しい大学の設置に当たりましては、既設大学の参考とするような意味も含めまして、教育研究の基本的な組織に工夫を加えた新しい管理運営方式というものも確立させる等の現実的な実現を見てきたわけでございます。  今後とも大学社会の要請に即応して適切に運営されるように、その制度のあり方の研究改善のための努力を当然続けてまいりたいと考えておりますけれども大学の運営の改善につきましては、何と申しましても大学人みずからの自主的な努力がなくては真の改善は望めるものではございません。正常な教育、正常な研究、この確保のために大学としてとるべき措置につきましては、大学が共同してレールを確立することが必要であるという認識は、津島委員と同じ認識を持つものでございます。  そこで、当面の具体的な方策といたしましては、このようなことにつきまして国立大学協会にも積極的に文部省から話し合いを求めていこう、こう考えておるものでございます。
  36. 津島雄二

    津島委員 質問を終わりますが、最後の大臣の御答弁は、あくまでも大学の方の態度待ちというような感じで、私としてははなはだ不満でございます。この大学の改革はいま国民の輿望を担っておると思いますので、超党派的な立場から国会でも今後できるだけの議論をしてまいりたいし、また、していただきたいということを最後に御要望いたしまして、私の質問を終わります。
  37. 楯兼次郎

  38. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 去る四月十一日にも東大精神病棟の問題について御質問がありました。そして、いまも議論を伺っておりました。四月十一日の大学局長会計検査院方々の答弁、そしていまの学長の答弁なんか聞いておりますと、占拠だ占拠だと言って騒ぎ立てておりまするけれども、実際には大学当局がお入りになって調査もなさっておる、そしてまた会計検査院調査に行く自由も確保されておる、たまたまそのときには何かの理由で、あるいはその精神病棟先生方の中か学生さんかわかりませんし、あるいはひょっとしたらそのときにあったデモに参加した人たちがこれを阻止したのかしれませんけれども、そういう事態はあったにしろ、いまのお話を聞いておりますと、学問の自由も教育も、そして診療もちっとも妨げられておらない、こういうふうに受け取れるのですが、占拠という事実があるのでしょうか。
  39. 向坊隆

    向坊参考人 占拠というのは、解釈の問題もございまして、精神神経科におきまして、たとえば意見の違うとはっきりわかっている人が行きますと、これはもう議論を吹っかけられるということでなかなか入れない。議論で入れない。ロックしておるわけでもなんでもございません。  それから、現在のところ分担教官が三人お入りになりまして診療会議というのをなさいますが、そういうのは全く自由に入れるわけです。病室も研究室も皆自由にお入りになれます。そういう意味で占拠ではないということも言えますし、意見の違う者は議論を吹っかけて入れないようにするという意味で、これは占拠という見方もできるかと思うのです。文学部の場合もそうでございまして、文学部長室に学生がおりますけれども、ロックしているわけではないので、文学部長が来られると議論を吹っかけるということで議論が延々と続きますので、文学部長はなかなかお仕事が正常にできない。そういう意味ではこれは見方によっては占拠であり、見方によっては自由に出入りできるという意味で占拠ではないわけです。そういう意味で、解釈の点もございますけれども、そういう状況がいまのところ精神神経科病棟部分と文学部にあるということは事実でございます。
  40. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 きょうは参考人としては医学部及び病院長だけですからそれに限って質問いたしたいと思います。  文部省の報告をお聞きいたしますと、この文章によれば、文部省では国有財産等監査のために自由に立ち入ることができない、あるいはまた占拠されているという言葉が載っておるのですが、文部省は占拠というのをどういうふうな言葉で解釈していますか。
  41. 砂田重民

    砂田国務大臣 精神神経科病棟施設及び物品大学当局の管理下に入っておりませんいまの状態は、占拠だと私ども考えております。
  42. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 文部省としては、占拠だ、管理下に入っておらないと言われるのですが、学長は、自由に分担教官も出入りしておるし、診療にも差し支えないし、だから考え方、定義の仕方によるけれども、支障を来してないと言われるわけですね。学長自身も一応占拠だと思われているのですか、そう思われてないわけですか。
  43. 向坊隆

    向坊参考人 私は占拠とは考えておりません。異常な事態であるということは言えると思います。正常な病院のほかの部分と同じように教育研究ができないという意味での異常事態であるということは認めます。
  44. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 異常な事態と占拠と大分意味が違うと思うのですが、どういうふうに解釈したらいいのでしょう。
  45. 向坊隆

    向坊参考人 占拠と見られてもいたし方のない事態がある時期続いたということは認めざるを得ないと思います。現状のことを私は申し上げているわけでございまして、現状は、先ほど文部大臣が御指摘になりました物品の会計監査も、病院事務局によって全部終了いたしました。ですから、そういう意味では管理はできるような事態になったわけです。できなかった事態があったことは事実でございますけれども、できるようになりました。それから診療会議というのによって診療正常化に向かっての努力が話し合いで実際進んでおるわけでございますから、いまの状況を占拠とは私は認めたくないと思います。
  46. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 かつてはいざ知らず、現在では正常化の道をたどって占拠ではない、こういうふうに学長自身は言っておられる。  そうすると、文部大臣、六月中に何を解決しろということを御指示になったのですか。
  47. 砂田重民

    砂田国務大臣 事態が正常化するということは、精神科病棟施設及び物品大学当局の管理下に入ることがその一つでございます。もう一つは、病棟におきます患者に対する診療が、他の診療科と同様に医学部附属病院の職員によって行われる事態が確保されること。もう一つは、病棟において学生の臨床実習ができるようにすること。この三つが確保されることが正常化であると心得まして、正常化に向けての努力を要請をしたわけでございます。
  48. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 学長の方は大学の財産管理、財物管理についてはもうできるようになった、これは一つできましたね。それから分担教官も自由にできる、診療もやっておるということですね。残っておるのはもう一つだけですか。
  49. 向坊隆

    向坊参考人 お答えいたします。  診療の方も、病院のほかの学科と同じような意味で正常に行われるところまではまだいっておりません。分担教官がお入りになれるようになっただけで、だれでもが診療に従事できるというわけではございませんから、まだ正常化したとは申し上げかねます。  それから、教育も、残念でございますが、あの病棟に関してはまだ正常化いたしておりません。しかし、それに向かっていまあらゆる努力をしておりまして、話し合いによってそちらに向かって進んでいるということは申し上げてよろしいかと思います。
  50. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 一応文部大臣に対しては六月中に努力をするというお答えをなさったわけですか、解決するというお答えをなさったわけですか。
  51. 向坊隆

    向坊参考人 六月末をめどにあらゆる正常化の努力をいたしますということを申し上げました。  先ほど私、物品管理は全部済んだと申し上げてちょっと間違っておりましたので、訂正させていただきます。  ただいま経理部長によりますと、数千点もございますので、病室も先生方は入れましたけれども会計検査という意味で病室の物の手続はまだ終わっていないそうでございます。それだけは訂正させていただきます。
  52. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 そうすると、学長としては、六月中に文部大臣の期待されるようなことでほぼ自信をお持ちだということですか。
  53. 向坊隆

    向坊参考人 私はそう思っております。そして病院医学部当局もそれに向かってあらゆる努力をしておられます。
  54. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 文部大臣も期待され、そして学長もほぼそのとおりにやれる自信がおありだということですが、それじゃひとつ内容について少しお伺いをいたしたいと思います。  いただきました資料によりますと、四十三年当時は教授がおられたわけですね。そして四十八年から教授がおられない、助教授もおられないということですね。ですから、正常というのはこういう教授や助教授もぴしっとそろうときのことを言うわけですか。
  55. 向坊隆

    向坊参考人 完全な正常化ということになりますと、御指摘のとおり教授、助教授全部そろった状況でございます。ただいまそういう状況にまだ至っておらないことは事実でございます。人事のことば部局の自治の問題もございますので、病院医学部に問題の解決のために最も適当な人事をしてくださることをお願いしてございまして、私としてはお任せをしているわけでございますけれども、見通しとして人事まで含めて六月中に正常化することは無理だろうと思います。しかし、人事についてもいま精力的に努力をしておられるということは申し上げてよろしいかと思います。
  56. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 助手の場合も五十一年までは外来にずっと人数を書いております。四十三年は外来、病棟を区別せずに十一人、四十四年が区別せずに九人、四十八年は外来と病棟を区別して、外来の方に八人で病棟になし、五十一年は外来に十人で病棟になし、五十二年は報告が載っておりませんが、どういうふうになっておりましょうか。
  57. 山村秀夫

    山村参考人 医学部長であります山村でございます。  五十二年も病棟の方には助手はございません。  それから、先ほどの総長のお答えに少し追加いたしますが、臺教授が退官し、それから上出助教授が退官した後、東大医学部といたしましては、保健学科の精神衛生学教室の教授一、助教授一でございますが、それを特に教授一、それから助教授を二名にしまして、その一名は専心といいますか、分担ではございますが、精神科の科長代行といたしましてかなりの時間をそちらの方にとり、そちらの方の教育などにも支障のないような努力をしております。
  58. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 いまの分担教官三名ということは、教授、助教授のかわりというふうに見られておるわけですか。
  59. 山村秀夫

    山村参考人 教授、助教授のかわりということではございませんが、精神衛生学教室というのは、いまの分担教官は精神医学と全く同じ学問をやっておりまして、その方々が同時にもう精神科の教授になれるような全く同じ分野の研究をしておりますので、研究なり、仕事といいますか、学問の分野が全く同じでありますので、そういう点では非常に都合がいいということ、それから、もちろん教授、助教授、専任を選ぶということは理想的なことでございますが、これにつきましてもいろいろ教授会でも議論いたしまして、それで時期的な問題、それからいまの紛争といいますか、いまの問題を解決をする上にどういうふうにしたら一番いいかということを慎重に議論いたしまして、いまのところ分担教官でやって極力その解決に努力する、そしてその暁には教授、助教授を選ぶ、こういうふうになっております。
  60. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 専門のことを言っているのじゃなしに、分担教官三名ということで教授、助教授のかわりだ、機能的にそういうふうに見られているのか、あくまでこれは過渡的なものであって、正常化ということであれば、本来のようにあくまで教授、助教授を定位置に置く、これが正常化である、それまではあくまで正常化じゃないというふうに見られておるのですか。
  61. 山村秀夫

    山村参考人 これはあくまでも過渡的なものであると考えております。
  62. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 その助手が、四十八年から、両方兼ねておったのが外来の方にだけ回って病棟の方はゼロになっておる。これは正常なのか、正常でないのか。
  63. 山村秀夫

    山村参考人 これも非常に異常な状態だと思います。
  64. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 その異常な状態がもとに戻らなければ、本来の意味正常化したということは言えないことになるわけですか。
  65. 山村秀夫

    山村参考人 これは、先ほどの御説明のようにいま病棟関係が正常でない状態でございますのでこういう状態でございますが、これが正常化すれば、当然助手なりその他の人員も病棟を運営するに十分な人員はそちらの方にも回さなければいけないというふうに考えております。
  66. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 助手の定員というのは本来何名であるべきなんですか。
  67. 山村秀夫

    山村参考人 何名であるべきかというのは、これはむずかしいのでありますが、文部省の方で講座あるいは診療科ということで昔から教授一、助教授一、講師が二ないし三、たしか精神科では講師三名ということだと思います。それからあと助手が十一名、そういうふうになっておりまして、それが適正であるかどうかということはちょっと申し上げられませんが、一応そういうような配分になっております。
  68. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 助手というのは定数というのはないのですか。定数はなくて、ですから十一名のときもあれば八名のときもあるということになるのですか。しかし、何らかの一定の基準というものはあるのでしょう。
  69. 山村秀夫

    山村参考人 一定の基準といいますのは、文部省の方で、講座の定員というのが教授一、助教授一、助手が臨床講座の場合には三でございます。それから今度はそのほかに診療科ということで——講座というのは教育研究ということでございますね。それから診療科というのは、診療要員ということで、それに対しまして講師が二名、助手が三名ですか、それがいわゆるミニマムの完全講座の定員でございます。  しかし、東大の精神科のように非常に古い講座では、前に、終戦後少し助手がふえたりなんかいたしまして、それ以上もらっております。ですから、いまも申し上げましたように助手が十一名というような形になっておりますが、それが適正であるか、もちろん十分な診療教育研究をするにはそれでも足りませんけれども、ほかの科とのバランス、それから最近新しくできる講座、診療科などから考えますと、まあ十分にあるといいますか、それ以上あるということでございます。
  70. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 その助手をお決めになるのは、だれの権限ですか。学長ですか、教授ですか、院長ですか。
  71. 山村秀夫

    山村参考人 助手の場合は、そこの主任教授、つまり科長が助手を決めまして、病院長を経て総長にその認可を求める、こういう手続になっております。
  72. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 直接の権限は科長教授になるということですか。
  73. 楯兼次郎

    楯委員長 これはどうですか。附属病院長が来てみえるから、その方が話がわかるんじゃないですか。——織田附属病院長
  74. 織田敏次

    織田参考人 それでは院長からお答え申し上げます。  現在助手は十一名ございまして、そのうちの先ほど学部長が申し上げました四名が講座助手、それから七名が病棟助手という名前でございます。実際に仕事は一緒に十一名でやっているというのが現状でございます。  この任命でございますけれども、いままでの慣例からいたしまして、その各科長教授が一応選びます。そしてそれを病院長を通して、総長が最後に任命するという形をとっております。これは病院側の助手が病院長を経てでございまして、医学部基礎講座の助手は医学部長を経て学長へ届くという形になっております。
  75. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 そうすると、助手の任命については教授が決まらなければ、本当は正式には決められないということですか。それが一つ。  それから、いま病棟助手七名、講座の助手四名と言われたのですが、それがいま全部外来の方に行っておる、病棟の方におらないということですか。
  76. 織田敏次

    織田参考人 いまのところ一人欠員がございますけれども、大体その大部分が外来側に行っていることは事実でございます。
  77. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 それでは、看護婦さんの定数は何名でしょうか。四十三年当時は、外来二名、病棟十一名と十三名ぐらいになっております。そして五十一年には、外来十二名、病棟三プラス二、こうなっておりますが、本来の定員は幾らであり、現在はどういうふうになっておるのか。
  78. 織田敏次

    織田参考人 それでは院長からお答え申し上げます。  現在看護婦の定員は十七名ございまして、五名が病棟側に配置されております。
  79. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 こうしてみますと、病棟側の方を見ますと、教授、助教授はもちろんおられない。分担教官というのは専属でやられるわけじゃないでしょうし、そして助手もおられない。講師は書いてありませんが、講師はあるのですか、どうですか。それにしても看護婦さんも五名、そして現在患者数が十七名ですか、こういうことで、診療にも教育にも支障を来しておらないというふうに先ほど総長は言われたのですが、こんなに病棟の方が少なくても、それで診療が正常に行われておるということになるのですか。
  80. 織田敏次

    織田参考人 それでは院長からお答え申し上げます。  現在講師が一人定員で仕事をいたしておりまして、これを約三十名ばかりの医師がカバーいたしております。そして看護婦が五名でございます。それで、実際に入院いたしておりますのが十六名から十七名、現在十六名でございますが、そういったことで、決して完全だとは存じておりません。これからいろいろお話し合いをいたしまして、診療会議を通じまして善処をいたしていきたいと考えております。
  81. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 最初津島委員のときにも、研究診療もちっとも支障を来していないんだ、そういうふうに学長はお答えになったと思うのですよ。そうすると、専任の講師は病棟の場合一名だけということですね。あとの三十名の医師はどういう性格のものであり、どういう機能を果たしているのですか。
  82. 向坊隆

    向坊参考人 私が申し上げましたのは、精神神経科病棟以外が正常であると申し上げましたので、精神神経科はまだ非常に不十分な状況で、診療教育ともに、まだ十分とは考えておりません。それの正常化に向かっていま努力をしておられるということを申し上げた次第でございます。  異常な状態になりました細かい点は病院長からお聞きいただく方がよろしいかと思いますが、私が承知しておりますところでは、精神神経科のトラブルは御承知のように非常に長くなりまして、その過程で病院側が何もしておらなかったわけじゃありませんで、その時点、その時点で一番いいと思われた対策をとられたわけで、それが結果として問題がこじれていまのような困った状態になったわけでございます。その中に、当時担当された方が、病棟側の医師と意見がうまくいかないということで、病棟側の医師が任意にやめられたときにその定員で外来に医師を採られたというようなことが続きまして、そのために現在御承知のようなアンバランスを生じてしまったわけでございます。そのことが相互に非常に不信感をつのらして問題をこじらせる結果になったわけですね。そのときは、その方はそういう手段をとることが問題の解決の道だと考えられたんだと思いますけれども、結果としてはそれが問題を非常にこじらせてしまったということだと私は了解しております。
  83. 織田敏次

    織田参考人 お答え申し上げます。  精神科の教育でございますが、現在もっぱら外来組が行っておりまして、病棟側はまだ参加いたしておりません。その点は先ほど総長もお答えになったとおりでございます。  それから三十名の医師でございますが、このうちの二十二名は東大を出た精神科の医師でございます。実際に持っております職は外部——国立、私立、そういった精神病院に勤務いたしておりまして、パートタイムとでも申しましょうか、そういう形でこちらの精神科の診療に参加いたしておるわけでございます。
  84. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 それらのお医者さんはどういう立場で来ていらっしゃるのですか。何らかの資格があるとか給与を出しておるとか、そういう面では直接病院の管轄下にあるお医者さんになるのですか。
  85. 織田敏次

    織田参考人 いわゆる精神科医師連合というのがございまして、それに参加している医師でございまして、大学といたしましては管理いたしているものではございません。
  86. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 じゃ全く大学関係のない医師連合の方々が肝心の東大自体病院の教授や助教授あるいは医師の不足を補っているという形になりますね。
  87. 織田敏次

    織田参考人 大体そのとおりだと存じます。
  88. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 それが正常な姿なんですか。
  89. 織田敏次

    織田参考人 いえ、決して正常だとは存じておりません。これから診療会議その他を通じまして、学部と協力いたしまして、善処いたしたいと存じております。
  90. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 しかし、善処したいと言われるけれども、八年間全く進まなかったことが短時日の間に進むのでしょうか。そして、これはもう抜本的な医療制度の問題にさかのほらなければならない問題もたくさんあると思うのですが、そういうことを含めて本当に短時日の間に正常化するといいますか、解決のつく見通しはあるのでしょうか。
  91. 織田敏次

    織田参考人 短時日と言われますと私も自信があるわけではございませんけれども、これから極力話し合いが進められると存じまして、その過程におきまして正常化に向かい得ると私は存じておりますけれども
  92. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 もしそういう自信をお持ちだったら、大体どれぐらいたったらできるとお思いになりますか。
  93. 織田敏次

    織田参考人 大体半年から一年お待ちいただければと存じておりますけれども
  94. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 看護婦さんの充足なんかは早急にできるのですか。看護婦さんが不足しておるということは、現に人数は少なくても病院にいらっしゃる患者さんについては影響を与えておりませんか。
  95. 織田敏次

    織田参考人 看護婦さんの定員が十七名ございまして、そのうちの十二名が外来側におります。この方々病棟に回っていただくということはなかなかむずかしい問題かと現在は考えております。そういったことで、病院の中でどういうふうな看護体制をとっていくかということは、いままでも十分考えてはいるのでございますが、かなりむずかしい問題がございます。それも事実でございますけれども、これから大いに努力いたしたいと存じております。
  96. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 看護婦さんの問題も助手の問題も、結局もとへ戻れば根ば一つなんでしょう。同じことなんでしょう。ですから、むずかしいために八年かかってきたわけでしょう。半年か一年でできますか。
  97. 織田敏次

    織田参考人 これは私個人の考えになろうかと存じますけれども、やはり助教授を決める、あるいは教授を決める、そういったことから善処いたすべきではないか、これは私自身の考えでございますけれども、そういうふうに考えております。
  98. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 全面的に正常化になるということについては相当時間がかかるのじゃないかと思いますし、そしてまた学長以下それぞれの努力にまたなければしようがないわけです。そしてまたあくまで大学内のことですから、できるだけ自主的に早く解決していただかなければならぬと思います。  次に、五番目に関東逓信病院に実習を依頼しているというのが書いてあるのですが、五十一年までは一切外へ出しておられなかったわけですが、五十二年から百十八名の人を外に出しておられる。なぜ依頼されるのですか。東大内部の病院でこういう実習をやるというようなことは不可能なんですか。
  99. 山村秀夫

    山村参考人 ただいま精神科の病棟はこういう状態でございますので、ちょっとそこで実習というわけにいきませんので、学内外来の方で実習をやって、それから東大分院の方にもお願いしてやる。しかしそれだけでも十分でございませんので、現在関東逓信病院の方にも、実習でございますけれども、それをお願いしているという状態でござ、います。
  100. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 結局、東大内の病院病棟ではこれだけの受け入れ体制がないということですか。
  101. 山村秀夫

    山村参考人 はっきり言えばそういうことでございますけれども、実は病棟の中で実習をやるということに対しても、いま病棟にいる諸君との間で多少考え方も違っておりまして、精神科の実習とは何ぞや、そういう精神科の患者さんを学生のところへ連れていって実習をして見せると何か見せ物にするようでおかしいじゃないかというような、いろいろそういう考え方の相違もございますが、いまのところはその相違よりも前に、実際学生の実習が病棟内でできない、そういう問題もあるかもしれませんが、できないということで、端的に言えばほかの病院にもお願いするということになっております。
  102. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 そうすると、東大に何にもかかわりのない先生方病棟を支え、病院を支えておる。そして、もしその人たちは要らないと言ったらどうなるのですか。
  103. 山村秀夫

    山村参考人 東大に何にも関係ない方が病棟を支える、確かに現在の見方はそうでございますが、歴史的に振り返りますと、精神科の教室というものは二つに分かれておりまして、その分かれたときは、精神科の助手は、病棟の方にも助手が半分くらいおりまして、外来の方にも半分くらいおりまして、そういう方々がだんだんに八年間たってきたという状態でございますので、その途中におきまして、外来の方に教授がいたものですから、助手がなくなったときにその助手を外来の方に取り上げたと言うとちょっと語弊があるかもしれませんが、外来の方につけたということで、現実的にはいま助手がない。したがって、これは無籍者であるということではございますが、その歴史的な経過を見ますと、そう一概にも言えないような面もございますので、その点は考慮していただきたいと思います。
  104. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 実際は籍はないけれども無給で支えて、実際に診療をやっていらっしゃる先生方病棟がもち、病院がもっているような経過なんですよ、現在。先ほど病院長は、そういうものも将来はなくしていかなければならぬ、こういうような御答弁。そうすると、なくすんだったら、支えている者がなくなったらどうなるんですか。病棟病院も成り立たないんじゃないですか。
  105. 織田敏次

    織田参考人 ただいまのお話でございますが、確かに病棟側にはいま講師が一名しかございません。それから、学部長が申し上げましたように、現在、以前は病棟側にいた助手が外来側に回っているわけでございまして、その定員をうまくやりくりするということになりますと、結局は病棟側と外来側がある時点で手を握るといったことがどうしても必要になろうかと考えますけれども、そういったことにまたかなり時間がかかるのではないかと考えているわけでございます。
  106. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 時間がかかるのは別として、いま現在医療を支えている方々でしょう。そしてその人たちは何の保障もないわけでしょう。東大とは、法律的に言ってもあるいはまた契約的に言っても、何もそういうことにかかわり合いのない方々が支えているわけでしょう。そして患者さんが助かっているわけでしょう。そうすると、正規の先生方か全く——全くと言えば言い過ぎかもわかりませんけれども、直接いま患者さんには貢献しておらない、役に立っておらない。そして、そうでない院外の方々によって病棟が支えられておるというのが現実なんでしょう。そして、院外の先生方が無給で支えていることがなくなったらどうなるんですかと言っているんです。そういう制度をなくすることができるんですか。
  107. 織田敏次

    織田参考人 要するに、助手の定員が精神科にはある限られた数がございます。その数の中でやりくりをしなければなりませんので、そういたしますと、結局は外来側の助手を病棟側に持っていく以外手はないであろうと私は申し上げたわけでございます。
  108. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 無給の先生方がいま言われた二十二名おられるというんですね。助手は十名なんですよね。そうすると、それでも足りないんじゃないですか。だから、正常化のためにはそういう人たちを減らしていくんだと言われるけれども、実際にはそういうことは不可能なんですよ。これは病棟だけじゃなしに、大学病院全部がそういうような状態なんでしょう。何という名前がついているか知りませんけれども、無給医といわれるのかどうか知りませんけれども、そういったところに根本的な問題があるわけでしょうし、そしてそういう根本的な問題が解決つかないから八年間持ち越してきているわけでしょう。それが半年や一年で解決がつくめどがあるというふうにいまおっしゃったわけですが、本当に間違いないのでしょうか。
  109. 織田敏次

    織田参考人 この点は各診療科すべて同じ条件でございまして、教授、助教授、講師、助手というものが一応定員でございまして、そのほかにいわゆる医員という身分の医師がこれをカバーしているわけでございます。その医員という数が、たとえば内科であれば三十とか四十とかあるわけでございますが、精神科のところにはいまのところまだそれがないということでございまして、そういったこともこれから改善していかなければならないだろうと思っておりますが。
  110. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 繰り返しても仕方がありません。時間がありませんので、次、一応は定数は四十三になっておりまするけれども、現在は入院患者十七、こういう実態になっておる。その実情は、どうしてそういうふうになっておるのか、教えていただきたいと思います。
  111. 織田敏次

    織田参考人 実際の精神科の患者さんの診療は、私も専門でございませんので、どのくらい手のかかるものかよく存じません。ただ、われわれが想像いたします範囲におきますと、内科、外科に比べますと一応診療ができておるのではないかと存じておりますが、決して正常な状態だとは存じておりません。
  112. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 病院長さんが、ベッド数が四十三あるのになぜ十七しか収容できないのか、あるいは二十のときもあるようです。二十二のときも十七のときも十八のときもあるようですが、一つはたとえばお医者さんの数が足りないからやむを得ずにそういうふうにしているのか、あるいは施設の面でそういうふうにしているのか。ということになれば、医療に支障を来たしておりますね。そこのところの理由はどうなっているのですかということを聞いているのです。
  113. 織田敏次

    織田参考人 実際にはいま病棟は約半分ぐらいしか入っていない状態でございますが、それは医師その他看護婦のいわゆる制限があるからだと私は考えておりますが。
  114. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 大学当局としては積極的にできるだけ自主的に解決の努力をしていらっしゃるという姿勢はある程度わかりますけれども、まだふぐあいのところがたくさんございます。しかし、それにしましても、一応財産とか施設とかあるいは器械類等々の監査について、いまだに会計検査院が自由に検査できる状態になっておらないということは、やはり問題だと思うのです。そういうことは、正常化するということは、会計検査院が直ちに入ってでもできるような状態になるのは、いつごろなんでしょう。
  115. 山村秀夫

    山村参考人 確かにいままではそうでございましたが、会計検査院がもういつでも入ってくる状態でございます。昨日、病院側では物品の管理を全部と言いまして、先ほどちょっと病室の方の一部という訂正がございましたが、ほぼ全部終わっておりますし、私は会計検査院が入ってきて十分大丈夫だと思います。  それから私、実は前に病院長をやったことがありますので、先ほどの織田病院長の追加をいたしますが、確かにいまのお話のように、入院患者が十七名、ベッドが四十あるのに十七名きり入っていないのはどういうわけだというような御説明がございましたが、実は病棟の方のいわゆる自主管理というようなことで、病棟にいる人たちが適当に入院患者を決めております。ですけれども、これはやはり医師あるいは看護婦も十分でないために、そんなにたくさんは入れられないということだと思います。これが解決の暁にはちゃんとベッドも十分利用いたしますし、それに応じた人員も補充しなければいけないと考えておりますが、それじゃ、それはいつ補充できるのかと言いますと、これは予算を伴うことでございますので、何月何日とは申し上げられませんけれども、解決の暁には十分そういうことで診療面においても遺漏のないようにしたいと考えております。
  116. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 時間が参りましたので、いろいろ問題のむずかしさはわかりまするけれども、少なくとも決算委員会としましては、施設、財産、器械類等について十分掌握できるように、管理ができるようにしなければならぬと思いますが、最後に大臣の御答弁をお願いしたいと思います。
  117. 砂田重民

    砂田国務大臣 去る五月十六日に東京大学長に対しまして直接私から、六月末までに正常化の実を上げるように重ねて強く要請をしたところでございますが、東京大学ではこれを受けて目下正常化のための努力を進めているところでございます。その結果、五月の四日、六日に引き続きまして、五月二十九日、分担教官病棟の教授室におきまして病棟側の医師と診療等についての会議も持たれております。また、五月二十九日と昨日六月五日にもそれぞれ担当官によります病棟国有財産物品等の調査を行いますなど、徐々にではありますけれども、成果は上がっていると考えております。  今後、特に診療正常化の実を上げていきますことが課題となりますが、先ほど私が申し上げました三条件をぜひ確保していただきたい、一日も早く診療教育が他の診療科の場合と同様に実施されることとなりますように、医学部当局の一層の努力を求め、より一層強く指導をしてまいりたい。私が条件としてつけました六月末というめどを、私としては変更する意思は毛頭ございません。
  118. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 終わります。
  119. 楯兼次郎

    楯委員長 林孝矩君。
  120. 林孝矩

    ○林(孝)委員 先ほどからの議論を聞いておりまして、基本的な問題意識として、大臣と学長の間にも少しニュアンスの違いがあると私は受けとめました。そこで、もう一度その点について確認をしておきたいわけであります。  たとえば占拠か否かという問題についても、大臣と向坊参考人の間にはニュアンスの違いがあるように私は聞いたわけです。過去八年間にわたって占拠されてきた、それも不当な占拠であるという認識を私は持っております。と同時に、先日東京大学決算委員会が視察に参りました。そのときの実情、現場での感じ、大学側説明、そういう中からも私は不当なる占拠と受けとめたわけでありますが、もう一度この点について、不当な占拠であるのかないのか、明確にしておきたい。これは基本的な問題意識の事項でありますから、明確にお答え願いたいと思います。参考人から……。
  121. 向坊隆

    向坊参考人 先ほど申し上げましたように、過去において占拠と呼ばれても仕方のない事態があったと思いますけれども現状は占拠と呼ばれる状態ではないと私は思っております。
  122. 砂田重民

    砂田国務大臣 先ほどから大学当局から御説明のあります精神病棟の事態は、私は占拠という名で呼ぶべきであると考えております。
  123. 林孝矩

    ○林(孝)委員 いま大臣は占拠であると考える、向坊参考人は占拠でないと考える、こういう基本的な問題意識の点に関して行政当局大学当局考え方が違う。これで問題の解決が果たして図れるのかどうか、これは非常に重大な問題だと私は思うのです。まして、もう一つ例を挙げますけれども、私たち大学を視察したときに、大学内の道路に座り込んでおったメンバーの中に大学の職員まで含まれておったという事実を、参考人は御存じですか。
  124. 向坊隆

    向坊参考人 その事実は存じております。  私は何とかして話し合いで問題を解決しようという考え方を持っているわけです。話し合いをしようというのに相手側に対して、おまえは占拠しているのだ、暴徒だ、そういうことを言って話し合いができるとはぼくは思わないわけです。あくまで話し合いによって何とか合意点を見出して解決していこうじゃないかという努力を一生懸命やっておるわけです。それがいま少しずつ、外からごらんになって御批判のあるのもまことに当然と思いますけれども、徐々には進んでおると私は思っておるわけでございます。
  125. 林孝矩

    ○林(孝)委員 向坊参考人考え方を伺いますと、話し合いをやるためにはそうしたものを占拠と呼んではならないのだという言い方ですね。言い方は別にして、事実関係として、事実認識としても占拠と受けとめられておらないのかどうか、この点はどうですか。
  126. 向坊隆

    向坊参考人 私は事実関係としても占拠とは認めておりません。非常に不当な占拠だとはっきり考えましたならば、何らかの強権をもってこれを排除すべきものだとぼくは思っておるわけです。そういう事態ではない、そう考えておるわけでございます。
  127. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それでは、過去に決算委員会が問題といたしました国有財産検査会計検査院によってなされない状態にあった、検査に入れないような状態にあるということは、事実関係として、何が理由で入れなかったと参考人はお考えですか。
  128. 向坊隆

    向坊参考人 前回の会計検査院検査が十分に行われなかったことはまことに申しわけないと思っておりますが、あのときには病棟側人たちは何で会計検査院が定期的な——今度来られるのは定期でございますが、定期的な検査以外に何であの時点で来るかということについて、納得するまで議論した上でなければ了承できない、そういう主張をしたわけでございます。これは決して国家権力による弾圧として来るのではないのだ、そういう意味の説得をするまでの時間がなかったために十分な検査が行われなかった、そう考えておるわけです。その後診療会議等を通じていろいろ話し合った結果、病棟物品検査は中の人の納得の上で病院の担当官によって行われたわけでございます。ですから、今度はぼくは会計検査院検査もできる、そういうふうに思っているわけでございます。
  129. 林孝矩

    ○林(孝)委員 これからの問題は別にして、それならば前年の定期の会計検査は過去において行われておったかどうか。  もう一つ、たとえば文学部長が自分文学部長室に入れないという状態も、事実関係として占拠されておるとお考えにならないかどうか、この二点をお伺いしたい。
  130. 向坊隆

    向坊参考人 過去のことは私存じませんので、ほかの者に説明させていただきたいと思います。  文学部の場合は、入れないのじゃないですね。新しい戦術でございまして、入ったら議論に入るわけです。ですから仕事ができない。だから、何時間かつき合えば仕事ができるかもしれませんけれども、そういう新しい戦術できておるわけで、これまた占拠と言っていいかどうか、文学部では占拠とは考えておられないと私は思うのです。今度はあくまで団交の場で議論して、学部長室では議論しないで済むようにしたい、そういう方向でいま努力しておられる、話し合っておるところでございます。
  131. 吉田壽雄

    吉田参考人 お答えいたします。  会計検査院による検査は毎年定期に一回行われております。病院につきましてももちろん検査が行われておりますけれども、赤れんが、いわゆる病棟の中に入って検査をしていただくことは、残念ながらいままでできませんでした。そういう過去の経緯でございます。
  132. 林孝矩

    ○林(孝)委員 参考人にお伺いしますが、いま会計検査院の答弁で明らかになりましたように、過去においても検査に入れなかった事実がある。これはなぜ入れなかったと思いますか。
  133. 向坊隆

    向坊参考人 先ほど申し上げましたように、いま入れるような事態になってきたわけですが、そこまで話し合いがうまくいかなかったということでございます。経過もずっと私調べてみましたけれども、何遍も話し合いの努力はしておられますけれども、そこまでの了解に達しなかったということでございます。
  134. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それは不当なる占拠というように参考人は受けとめられておらないわけですか。
  135. 向坊隆

    向坊参考人 過去において、御指摘のような、占拠と呼ばれるような状態があっただろうということは認めざるを得ないと思います。
  136. 林孝矩

    ○林(孝)委員 ここまで議論をして、過去において不当な占拠があっただろうと言わざるを得ないというような表現の仕方そのものにも、事実に対する素直な認識がないと私は思うのです。一般常識で考えても、先ほどからの議論もその前提は皆一緒だと思います。非常に異質なんです。異常なんです。あそこだけが一般常識以外のところにある問題ではないと私は思う。東京大学だけが治外法権ではない。  過去に学生の占拠問題というのはたくさんあります。たとえば東北大学、それから群馬大学、京都大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、こうしたところで多くの施設が占拠されておる、こういう事例があります。大体一年以内に解決されておる実例が多いわけですね。現在残っておるのは京都大学の二件、これが残っております。これはそれぞれ不法に占拠されておるという前提に立って問題を解決してきた実例なのです。  東京大学、いまの参考人意見を聞いておりますと、そうした問題意識がないのではないか。一般常識では考えられないような特別の理解、受けとめ方というものをもって事に処しておられるのではないか。そういうことが結果としてこの問題の解決の足を引っ張ってしまっておる。と同時に、それは教育という面から考えても、先ほども民主主義議論がございましたけれども、自由という問題と放縦という問題とは違うわけでありまして、そうした議論にまで発展さして考えてもやはりちょっと意見が違う。  その結果として、また文部行政の最高責任者である大臣との考え方も違っておるという事実がここに明らかになっておるわけです。よほど世間に合った、一般常識に合った考え方に立たないと、これからの学長の立場として、多くの学生を抱えて大学を管理していく、そういうことに対して、国民の不安、心配というものは、私はさらに一段と大きくなるのではないか、こういうふうに憂えるわけです。どういうふうにお考えでしょうか。
  137. 向坊隆

    向坊参考人 御指摘のとおり、世間一般の常識からお考えになって、私どものとっている態度がはなはだおかしい、そういう御批判のあることはよく承知しておりますし、学内においても、病棟側の医師の考え方や行動について強い批判がございます。それから医学部病院、あるいは私も含めて対処の仕方に対する批判、これも十分ございます。しかし、同時に、先ほども申し上げましたように、病棟側人たちに少なくも心情的に同調している人たちも相当たくさんいる。大学というところはやはりそういうところでございまして、いろいろな意見の人がいるわけです。  私たちとしては、行動によりて対処を考えざるを得ないわけで、目に余るような暴力行為とか目に余るような占拠状態とか、そういうものが続くような場合には、これはまた断固たる態度をとらざるを得ないと私も思っておるわけです。しかし、まだそういう状況でないと私は思っておる。そこがちょっと文部大臣の御意見とも違うところでございますけれども、その点は私としては御批判の点も十分考えながら、最もいいと思う方法で対処、努力をしているつもりでございます。
  138. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それはまたおかしなことで、毎年の定期的な会計検査も過去全然できなかったような状態があって、目に余るような状態ではないという学長の認識というのは、こんなものはもってのほかだと思うのですよ。もう目に余ってしようがない状態じゃないですか。決算委員会が問題と考えて現場まで視察しに行くなんということば、目に余る状態でなかったらこれは行きませんよ。国民を代表した国会が合意して、決議をして、問題としているわけです。目に余る問題としているから視察までしたわけです。それを受け入れる最高責任者が、そんな目に余るような状態考えないということじゃ、この問題は解決しません。大体、解決をしたい、しなければならない、そういう気持ちに欠けているのではないですか。
  139. 向坊隆

    向坊参考人 私は、ただいまの状況が、そういう直ちに強権を発動しなければならないような状態ではないということを申し上げているわけです。それはぼくは間違っていないと思いますね。だから話し合いによって解決の方向を見出し得る、そういう状況にあるのだ、そう考えているわけです。それは私だけじゃなくて、医学部からも、もうこれは手に余るから何とかしてくれなんという御要求を受けたことはないわけです。私が少なくも総長になってからはございません。そういう現状認識が、中にいないとなかなかよくおわかりにならないと思うのです。  それで、国会議員がおいでになりますときも、それは私としては、国会議員が来られるということは、これは国民の代表として事情を視察に来られるのだから、これを拒む理由は全くないということを中の諸君に伝えていただくように分担教官にもお願いいたしましたし、伝わっていると思うのですね。しかし、中の人たちは、来られたらともかくそこで議論しなくちゃおさまらないというところがあったわけでございまして、いつもあの人たちがああいうふうに騒いでいるわけじゃ決してございません。
  140. 林孝矩

    ○林(孝)委員 これからの問題と現在の問題と過去の問題、これを整理して考えなければいかぬ。先ほども言いましたように、これからの問題はさておいて、過去において認識がもうすでに違うのです。そういう状態、そういう問題意識の基本的な問題として私は取り上げておるわけです。  いまこの数カ月の間に話し合いというものが進んできた、そうして物品管理等についても調査をできるような状態になった、この数カ月の間にそういう話し合いができるようになってきた背景は何か。少なくともその背景は、国会でも議論された、国民も重大な問題として認識するようになってきた、マスコミもこの問題をキャンペーンするようになった、そうした背景があって当局が積極的に動き出した、こうじゃないですか。でなかったら、何で八年前からそうなってこなかったかということになります。世間が注目をし始めたから腰を上げて取り組み始めたというのが、これがわれわれの認識です。  したがって、もしいま学長が言われたとおりであるならば、こんなものは八年間もこのような状態のままで来ているはずは絶対あり得ないと思います。ところが、過去においては何らそうした努力がなされてなかった。全然とは言わないけれども、今日のような意識ではなかったことは事実です。今日のような行動ではなかったことは事実。だからいままでこう来たわけです。しかし、今日においても、学長の問題意識というのは基本的に一般世間と相入れないのだ。世間のそうしたものによって、外的要因によって解決の方向に進んでおるかもしれないけれども、そういうものが全くなかったとしたならば、これから何年もこういう状態が続いていくと私は思いますよ、いまのような考え方だったら。だから、もっと国民の立場に立った意見考え方というものを受け入れて、学長としての立場で、この問題の解決はもちろんのこと、学園の管理というものに当たっていただきたい、こう思うのですが、いかがですか。
  141. 向坊隆

    向坊参考人 過去長い間解決が延びたということに対しては、全く率直におわびいたします。ただ、現在の努力を御理解いただきたいということを私は申し上げているわけでございます。解決に向かって話し合いの路線というのは非常にじれったく思われるかもしれませんけれども、ともかくそれで一生懸命やりますから、ひとつ現在の努力を何とか御理解いただきたい、そうお願いする次第でございます。
  142. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それから、もう一つ重大な問題は、文部大臣学長の見解が違って、見解というか基本的な問題意識が違うというこの点にもあると私は思うのです。  ことしの四月二十日に次官通達が出ております。「学園における秩序の維持等について」の通達、これは全国の国立あるいは私立大学学長に対して与えられたものです。その中に、「大学によっては、授業妨害その他の暴力行為の発生をみ、あるいは施設の一部が不当に占拠される等の事態のなおあることは、まことに遺憾であります。」ここにも「不当に占拠される」と書いてありますね。授業妨害その他の暴力行為の発生をみているという事実、あるいは施設の一部が不当に占拠されているという事態、こういうことがあるのは遺憾であるという文部省事務次官の通達です。これに対する受けとめ方もまた変わってくると思うのです。いまの参考人意見であると。それから「学園の管理と学生指導の在り方について再検討を加え、国民の信頼にこたえて、学園の秩序維持と暴力行為の根絶のため、厳正適切な措置をとられるよう、命により通知します。」こういうのが届いておるはずです。この中にも厳正適切な措置をとる、その前提は学園の秩序維持と暴力行為の根絶のためだ、こうなっております。さらに、学園の管理と学生指導のあり方について再検討を加えて国民の信頼にこたえる、こうあるのですね。  いままでの各同僚委員質問に対する答弁も含めて、向坊参考人の答弁の姿勢を聞いておりますと、こうした結果もまた違ってくる、受けとめ方も違っておる。この通達をどのように受けとめていますか。
  143. 向坊隆

    向坊参考人 文部次官通達、確かに承りました。そして、そこに指示されておりますように、解決に向かって大学なりのあらゆる努力をしておると申し上げるほかないと思います。その厳正なるという言葉の意味の問題だと思うのですけれども、何も不当な暴力を許すとかそういうようなことを決して私どもの方は言っておりません。話し合いで何とか問題の解決をしたい、そういうことを申し上げているわけでございます。決して努力をしてないのじゃなしに、これからもほっておくようなつもりは全くございません。
  144. 林孝矩

    ○林(孝)委員 不当なと思ってない、おかしいじゃないですか。過去において、これだけ長期にわたって会計検査もできなかった。  これはまた一例を出しますけれども、先ほど精神病棟の病床の数が四十三という話がありましたが、本当に病床は四十三ですか。ここに図面があるのですけれども、数がちょっと合わないのです。これは当局、実際の数を言ってください。
  145. 織田敏次

    織田参考人 ただいまの病床数は四十三だと私は理解いたしておりますが……。(林(孝)委員「間違いないですか、実際の数は四十三ですか」と呼ぶ)はい。
  146. 林孝矩

    ○林(孝)委員 間違いなければ結構です。実際の数は、私の方の認識はもっと少ない数になっておりますけれども、間違いないと言われることでありますから後ほどの問題といたしますが、これは大学当局も間違いないですね。
  147. 山村秀夫

    山村参考人 実在四十三床でございます。
  148. 林孝矩

    ○林(孝)委員 予算要求は何床でしていますか。
  149. 山村秀夫

    山村参考人 予算要求は三十九床でしております。
  150. 林孝矩

    ○林(孝)委員 いまの答弁が正しいと思うのですよ。これ何で予算要求と違うのですか。
  151. 吉田壽雄

    吉田参考人 お答えいたします。  予算病床は三十九床、これは予算の積算上三十九床ということになっておりますけれども、実在は四十三床でございます。それは病院の中のやりくりで四十三床、実際四十三床を置いている、こういうことでございます。
  152. 林孝矩

    ○林(孝)委員 不明朗です。こういうのは。会計検査院は、こうした状態はどういう検査をすることになっておりますか。
  153. 藤井健太郎

    藤井会計検査院説明員 お答えいたします。  予算の積算とそれから実際の差異でございますけれども、他の学部との関係で合計として一応把握しても支障がないんじゃないかというふうに考えておりますが……。
  154. 楯兼次郎

    楯委員長 誤りがあるかどうかということだ。数が違うのは、それが正しいのかどうかということだ。
  155. 林孝矩

    ○林(孝)委員 予算要求額のベッド数が三十九で実在は四十三ということば、だれが聞いても非常にあいまいで不明朗だという認識を私は持つわけでありますが、会計検査院はそういう認識をお持ちでないのかどうか。
  156. 藤井健太郎

    藤井会計検査院説明員 具体的にはちょっとあれしますが、確かに不自然であると思います。
  157. 林孝矩

    ○林(孝)委員 最初からそう言えば話が早く進むのです。これはなぜこういう一例を挙げたかと言いますと、また話がもとへ戻るのです。そうしたあいまいな、不明朗な、適正ではないということが行われておって改善されない。これもやはり会計検査院が積極的に中へ入って検査できない状況に置かれておった過去の実態というものが、こういうものをそのまま放置せざるを得ないような状態になってきている。国有財産ということは全部国民の財産です。それが適正に運用されてない。予算要求の問題は国家予算に関する問題ですが、それが適正に運営されない原因が、たとえば実態として会計検査ができないということにあるとするならば、これは不当な占拠であって、それ以外の何物でもないじゃないですか。そうでしょう。それでも学長は、これは正常だ、不当占拠ではない、こういう認識で受けとめられているとしたならば、本当に学長としての資格があるのかどうか、大学を管理するという立場に立って適正なのかどうかということを国民は感じますよ。いや、違うんだ、大学の中は違うんだということでは国民は納得できない。大学の中だって常識は当然であるし、ルールがなければならないし、東京大学の中でも日本国憲法も教育基本法もすべて生かされなければならないわけでしょう。だから大臣と意見が違うということが出てくるわけです。  今度は大臣にお伺いしますけれども、先ほど私は幾つかの例を挙げました。おかしな話ばかりです。それでも大学当局の最高責任者はこの国会参考人としてここへ出てきて、ちょっと意見が違う……(「ちょっとどころじゃない」「全然違う」と呼ぶ者あり)みんなそういう受けとめ方をしているわけです。大臣はどのように思いますか。
  158. 砂田重民

    砂田国務大臣 大学の自治というものは断固守っていかなければなりません。しかし、大学といえども治外法権ではないわけでございます。一定の目的を持って設置された国有財産が目的どおりに使用されてないという事態はまさに異常な事態と言わなければなりません。そしてそういう異常事態を醸し出しているのはそういう勢力が占拠をしているからだと私は認識をしております。したがって、大学当局の自主的な努力によってこれの解決を要請をしているわけでございます。その要請に従って大学側も努力をしてきておられまして、先ほどお答えをいたしましたように、解決への道を歩んでおります事実も私は認識をするものでございますから、六月末までにという期限を切って、なお一層強い要請をし、指導、助言をしているところでございます。
  159. 林孝矩

    ○林(孝)委員 会計検査院による財産の検査だけではなしに、大学当局として管理しているわけでありますから、財産を検査しなければいけない、調査しなければいけない。これも今日までできてなかったわけでしょう。このたびやっと調査できるようになったということなんですが、ここで二つお伺いします。  今日まで大学当局としてもできなかった。だから占拠されたまま今日にまで及んできたわけですね。これは過去のことです。はっきりしておきましょう。こういう状態に対して大学当局としてどう考えられるか。  それから、精神神経科の問題ですが、先ほど物品の管理が事務局によって検査終了したという答弁があって、その後に一部訂正されましたが、その点はどういう状態になったのか。一この二点を明確にお伺いしておきたいと思います。
  160. 向坊隆

    向坊参考人 まず物品検査の方から申し上げますが、物品検査につきましては、分担教官によって病室の方はよく見ておられたものですから、そしてその病室の管理が非常にちゃんとできておったものですから、大学による会計検査分担教官もまだ十分よく見ておらなかったところから始めたようでございます。先ほど申し上げましたのは、患者の入っている病室のところだけはもう分担教官も見ておられるからということでちょっと後回しになったようでございまして、確かめましたところ、その患者のいる部屋がまだ終了してないそうでございます。そのほかの部分の物品二千数百点は、大学としての会計検査を全部終わった、そういうことでございます。  それから、過去の状況が、それはまことに遺憾な状態であったということは率直に認めて先ほどからおわびしているわけでございまして、現在まで私どもは私どもなりの話し合いの努力でともかく大学による会計検査のすっかり済むところまできた。これからもその線での解決の努力を御了解いただきたい、そういうことをお願いしておるわけでございます。
  161. 吉田壽雄

    吉田参考人 最氏六回にわたりまして病棟の中に立ち入りまして検査いたしました結果を補足説明いたしますと、いわゆる精神神経科病棟の面積は二千百三十六平方メートルでございます。このうちいわゆる共闘系によって占められている部屋の数が五十五室、面積で千三百六十六平方メートルでございます。その千三百六十六平方メートルのうち、過去六回の立ち入りによりまして点検いたしました面積は、千百二十九平方メートルということで、先ほど学長から申し上げましたように病室等は若干まだ未検査状態で残っております。これにつきましてもできるだけ速やかに立入検査をいたしたいとは思っております。  それから次に、物品関係でございますけれども物品は帳簿上は二千二百点余りございます。それにつきまして過去五回にわたりまして物品の確認をいたしてきたところでございますけれども、何分にも帳簿と現品を照合するという困難な作業がございますので、ただいまこれにつきまして整理中でございます。帳簿価格五十万円以上の単価のものは七点ございます。それらは一応全部確認を終わっておりますけれども、その他のものにつきましては目下整理をいたしているところでございます。
  162. 林孝矩

    ○林(孝)委員 終わります。
  163. 楯兼次郎

    楯委員長 次に、塚本三郎君。
  164. 塚本三郎

    ○塚本委員 先ほどからの参考人の御意見を伺っておりまして、向坊学長が御努力をなさっておられる苦心のほどは重々承知をいたしました。大学の中における問題は話し合いをして解決することが最良の手段であることも当然であります。しかし、その見通しを立てなければ、指導者、管理者としての能力に欠けるものだと私は判断いたします。  その点で、いつまでにそれが解決できるか、その見通しについて、先ほど半年か一年ということを病院長の方からおっしゃったけれども、それは管理者としての能力にみずから欠けることを暴露するものにほかならないと思います。文部大臣は六月いっぱいと期限をお切りになりましたが、それにこたえて今月いっぱいに解決をするというふうな決意をここで表明していただくのが順当ではないかと思いますが、いかがでしょう。
  165. 向坊隆

    向坊参考人 解決のめどでございますが、あくまで六月いっぱいをめどに努力をいたすということを文部大臣にお約束をいたしましたのですが、先ほどもちょっと申し上げましたように、人事に関しましてはそう早くいかないわけでございます。それで、六月いっぱいに恐らくやれることはおやりになるし、人事も進むだろうと私は期待しております。しかし、御承知のように大学は定員で縛られておりますので、先ほど御指摘にありましたように現在外来側に定員が行ってしまっておりまして、病棟側には定員がないわけでございますね。ですから、外来の人で賛成してみずから進んで病棟側に移ろうという人が出てくれば、これはどんどん埋められるわけでございます。しかし、外来側の人の承諾なしに現在の人をこちらへ強制配転するということは、これはやはりできないわけでございます。ですから、空きポストができるとか、それからよそから融通してくるとか、あるいは増員を文部省にお認めいただくとか、そういうふうな形でだんだんに強化していくわけでございます。ですから、人員の面から考えての完全な正常化というのは、私は相当時間がかかるんじゃないかと思うのです。  しかし、物品の管理とかそれから教育研究診療、そういうものが正常化するのは一日も早くするように努力したい、そういうことを申し上げておるわけでございます。
  166. 塚本三郎

    ○塚本委員 おっしゃることはわかるのですけれども、しかし東大先生方学長の命令に従わないというふらちな先生ばかりおるわけではないと思います。  しかし、行きたがらないということは、そこに無法者が占拠をして不正常な状態だから、いけにえにはなりたくないといういわゆる考え方が働いてのことでありますから、不正常な状態を除去することがなければ行く人はないことはあたりまえのことだと思います。だから、あなたが先にその不正常な状態を除去するということがなければ、行ってくれと言ったって行くはずないじゃございませんか。そういうふうにお考えになりませんか。
  167. 向坊隆

    向坊参考人 精神神経科病棟の問題に限らず、大学全般に、総長が命令で配置転換をさせるというようなことは、過去にも全然そういうことはございません。そういうことは行われないわけでございます。
  168. 塚本三郎

    ○塚本委員 それじゃ、管理者というものはどういう立場にあるのですか。話し合いの調停役ですか。
  169. 向坊隆

    向坊参考人 話し合いの調停役というわけではございません。大学、なかなか御理解いただきにくい複雑な運営をしておりますが、大学教育研究その他に関する重要な事項はすべて評議会が決定いたします。で、総長は評議会の決定の執行機関でございます。総長の命令で行われるわけではなくて、評議会で決定したことの執行機関の役割りをしているのが総長でございます。  それから、人事に関しては部局の自治が非常に強うございまして、部局の責任で人事はおやりになるわけです。それを総長が承認するわけです。非常に不当であると総長が判断した場合には拒否権はございますけれども自分がだれをどこに動かすという、そういう命令を下すというようなことは全くございません。今度の問題だけではございません。
  170. 塚本三郎

    ○塚本委員 そういうことで、よき慣例ができておったことは敬意を表します。しかし、それを悪用することによって不法占拠が行われた。八年間国民の税金があそこでむだ遣いされておるだけではなく、政府のいわゆる指示さえも実は受け入れられないという形になっておって、なおかつ話し合いをするなんというようなことは、これは社会常識に反する。東大というところは社会常識に反したことを平気でやって恥ずかしくないところでしょうか、そうお考えになりませんか、総長。
  171. 向坊隆

    向坊参考人 先ほどからたびたび申し上げておりますように、過去の問題については本当に率直におわびいたします。  しかし、今後も部局の自治をできるだけ尊重し、かつ問題はできるだけ話し合いで解決するという姿勢だけは崩したくない、そう思っております。
  172. 塚本三郎

    ○塚本委員 物事というのは、判断というのが大事だと思うのです。話し合いといっても、相手方がいわゆる講座制とかそいういろんなものを粉砕すると言っているんですから、だから粉砕するやつがくたびれて死ぬか、あるいはやめていかなければ問題解決しないから、こちらが一つ一つ譲歩しているだけじゃありませんか。話し合いということならば、その問題を煮詰めて理解し納得させるということですが、こちらが譲歩しているだけじゃありませんか。そういう徒労を重ねること八年でしょう。大学には話し合い以外には方法はないんでしょか。指示だとか命令というものは一つも、いわゆる国語辞典の中にはないんでしょうか。どうでしょう。
  173. 向坊隆

    向坊参考人 指示、命令できる事項も、もちろんございます。しかし、私は任命以来過去一年の間に、約五十名ぐらいのグループと十二回ぐらい話し合いをいたしました。それからさらに少数グループとは、さらに多数回話し合いをいたしました。それでその結果、私は、その話し合いによって物事は解決し得ると考えております。その話し合いなるものは、外からごらんになるとこれは非常に激しいののしり合いのようにお見えになるかもしれませんけれども、そういう話し合いの積み重ねによってやはり心が通うと申しますか、解決に向かって動き出すわけだとぼくは信じているわけです。その姿勢は、まだいまのところ崩す気はございません。
  174. 塚本三郎

    ○塚本委員 大学学長に代議士が説教するのは変ですけれども、話し合いでいくというのも問題解決、大いに議論を闘わせて、そして敵同士が仲よくなり理解するというのは最短距離だという説も一つあるんです。おわかりでしょう。ですから、どんどん徹夜で議論して、そうして徹底的に議論してくたびれるまでやるということも一つの道じゃございませんか。げんこつ振り回すというわけではございませんから、けんかして議論することが一番問題の折り合いをつける早道だということも事実なんです。  いや国有財産だからおれたちは知ったことじゃない、私の月給から払うわけじゃない、こういうような無責任ないわゆる魂胆が、話し合い、話し合いという美名になって民主主義自身を崩しておる、こういうふうにあなたはお考えになりませんか。
  175. 向坊隆

    向坊参考人 いまおっしゃったことでございますが、話し合いと議論、それからけんか、それはみんなぼくは同じものだと思っておりますが、私としては、ほとんど体力の限界までの努力をしているつもりでございます。
  176. 塚本三郎

    ○塚本委員 体力の限界までやってこんな程度であったとするなら、行き先どれだけになるか。大切な東大学長さんにそんなことをいつまでもさしていくくらいだったら、政府と御相談なさって、そうして法的手続をおとりになる方が賢明だと思いますが、この点砂田文部大臣、いかが御判断なさいますか。
  177. 砂田重民

    砂田国務大臣 私は、東大当局が話し合いという手段をもって解決しよう、その道を選ばれましたことを、しばらくその推移をいま少し見たいと考えるのです。確かに大変な年月を要しているわけでございますから、事態を正常化するために実力をもって排除するべしという御意見がたくさんあることも私は承知をいたしておりますが、東大当局が自主的な話し合いによる解決、その道をとっておられますし、鋭意努力をなさっておられまして、特に昨日までの状態で、時間はかかっておりますけれども進展を見ておりますので、この方向で事態が解決するよう東大当局の努力を促してまいりたい。その目指すところは、先ほどお答えをいたしました三つの条件をそろえていただくことだ、かように考えるものでございます。
  178. 塚本三郎

    ○塚本委員 文部大臣、もし六月いっぱいでそれが実現できなかったとき、どのようになさろうとしておいでになるのですか。
  179. 砂田重民

    砂田国務大臣 六月いっぱいで解決いたしませんときには、その時点で私に考えさせていただきたいと思います。
  180. 塚本三郎

    ○塚本委員 大臣、その時点ではどうすべきかということは考えおいでにならないのか、考えているけれどもいまここで言うのは解決をおくらせるから言うべきでないという判断なのか、前者か後者か教えていただきたい。
  181. 砂田重民

    砂田国務大臣 私の胸の中でいろいろ考えていることでございまして、まだそれをこの席で申し上げるべきではないと考えますので御了解をいただきたいと思います。
  182. 塚本三郎

    ○塚本委員 国有財産法に基づく文部省所管国有財産取扱規程によれば、部局長は、「国有財産をその用途及び目的に応じ、常に良好な状態に維持し、保存し、これを最も効率的に運用すること。」など、監督の責任を負うことになっているが、病棟の管理監督の責任者である東大附属病院長は忠実にこの管理監督の責任を果たしていると現在の時点でお思いでしょうか。病院長、いかがでしょうか。
  183. 織田敏次

    織田参考人 完全かと言われますとまことにもって遺憾でございますが、正常に向かって、これからあと一カ月足らずでございますので、その間の時間を大いに有効に利用いたしまして、正常化に少しでも近づけていきたいと存じております。
  184. 塚本三郎

    ○塚本委員 占拠直後から今日に至るまで、暴力事件が発生したり、管理監督の地位にある責任者が、暴力が起こるから入っていけない、ここが問題なんです。いまは起こっていないことは確かなんです。入ると暴力が起こるから入ってはいけないと言われるから入らずにおるのでしょう。それは正常化とは言わないけれども占拠ではないとおっしゃる。さわらずにおけば、彼らはやりたいことをやっているんだから、それで起こるはずがないじゃありませんか。やりたいことをやっておって外に手を出せばこれは気違いざたですから、そこまで腐っているとは思いません。けれども、問題は、学長の指示、監督下にあって、正常に国有財産を管理しておかなければならない、正常じゃないから入る、入れば暴力が起こるから、入らぬから起こらない、だから占拠じゃありませんでは、何のことかわからなくなるでしょう。  私は、学長さんが日本語を知らないような言葉をおっしゃるとは思っておりません。けれども、苦しい立場からそういうふうにしか弁明なさらないこともわかります。しかし、お静かに、お静かにとおっしゃって八年間、そして手をつければ暴力になる、むしろそういうふうに話し合いをして、わっとくればやる。しかし、いま体力の限界まで挑戦なさったとおっしゃるならば、後は文部当局の力をかりるなり、警察当局の力をかりるということの方が、われわれ正常な国民の目から見たならば違法な東大と言われなくて済むと私たちは判断いたしておるわけです。だから、そういう点をお考えになって、しかしいまやれというわけではございませんが、大臣がここで国民の前にお約束をなさったと受け取めておる六月いっぱいまで全力を挙げていままでのペースで御努力いただいて、もしそれでできなかったならば文部当局と警察の力をかりて、自分の力でできないとき、案外人様の力でできるということは、恥ずかしいようであるけれども違法なことではない。法に規定されたことでございますから、アブノーマルな連中にはノーマルではいかぬので、ときには国家の権力をおかりすることの方が、学問の自由を守るためにそれをやるんだというようにお考えになりませんか。私たちも六月いっぱいの余裕を見たいと思いますので、それでできなかった場合には腹を固める、腹を固めれば相手もやばいぞというようなことになって従わざるを得ないというふうな、終着点をきちっと決めておいて攻めるというのも、一つのりっぱな指導者としての作戦だとお思いになりませんか。いかがでしょう。
  185. 向坊隆

    向坊参考人 法的な力を動員して一たん排除したりすることは、これはきわめて容易なことでございます。しかし、それは後のことを考えればわれわれとしてはやれないわけでございます。後でなお事態が悪くなるとか、学内へさらに波及するとか、何かやるときにはその結果を十分考えた上で一番いい方法というのを考えざるを得ないわけです。ですから、六月末まで私はあらゆる努力をいたしますけれども、その六月いっぱいの判断で直ちに文部省に御相談して、法的な力を使うということをいまから私が申し上げることはできません。
  186. 塚本三郎

    ○塚本委員 向坊さん、あなた何ということをおっしゃるのですか。警察が暴力とでもおっしゃるのですか。文部省暴力団とでも見ておいでになるのですか。そういう力を使うことで後が悪くなるなどという判断は、われわれは法律をつくっている者として心外ですよ。警察の力になったら悪くなるなどということだったら、やくざの仕返しとどこが違うのですか。ばかなことをおっしゃってはいけませんよ。訂正してください。
  187. 向坊隆

    向坊参考人 私の申し上げたことが誤解を招いたと私は思いますので訂正させていただきますが、警察力を用いたこと自体が悪い結果を呼ぶと言ったわけではございません。その後また悪くなるということを言っているわけです。ここを警察力を用いたら、ほかが起こったら何にもならないではないか、そういうことを言っているわけです。  一度どけてもまた入ってきたら何にもならない。
  188. 塚本三郎

    ○塚本委員 何遍でもやればいいじゃありませんか。国家というもの、警察というものはそういうものじゃありませんか。
  189. 向坊隆

    向坊参考人 それは、大学の責任者として簡単にそういうことはできません。いま精神神経科で何十人かの人が病棟側と称しておりますね。その方たちを警察力で排除せよということをおっしゃっているのだと思いますけれども大学には教官、学生含めて三万人の人間がおります。その人たちが納得してくれるようなことで解決を図らなければこれの解決にならない、それを私は申し上げているわけです。
  190. 塚本三郎

    ○塚本委員 大学は職員のものですか。国家のものだと私は思うのですが、どうですか。あなた何を言っているんだ。
  191. 向坊隆

    向坊参考人 国家に対しては、大学の問題を一日も早く解決することが国家国民に対する責任を果たす道だと私は思っているわけです。その方向で一生懸命努力しているわけです。それが私のとった手段が間違っておったために騒ぎが大きくなったら、国家国民に対してなお申しわけないことになる、そのことを申し上げているわけであります。
  192. 塚本三郎

    ○塚本委員 わかるのです。わかるけれども、騒ぎが大きくなるようなことならさらに文部当局と努力すればいいことで、いまやれというわけではない。八年間でできなくて、なおかつ相手方があなたたちの組んだ講座制とかなんとかいうものを紛砕と言って取り下げないのでしょう。取り下げないときに、管理者の管理能力でできなかったならば文部当局の力をおかりする、そしてなおかつできなかったら警察の力をかりる。そうしたら悪くなる。それは大学は三万人の職員が運営していることはわかっていますが、彼らのものじゃないのですよ。三万人の諸君といえども国家国民のために奉仕する者だということは、君、忘れておられるのか。無礼なことを言ってはだめですよ。あなた、どういう考え方でおるのですか。
  193. 向坊隆

    向坊参考人 私の申し上げたことがお怒りを買ってまことに申しわけないと思いますが、私の申し上げておるのは決してそんなことを言っているのではないのです。三万人のためにということで言っているのでは決してありません。精神神経科の問題で三万人の人たちが納得しない方法で私が解決しようとすれば、騒ぎが学内で大きくなる、そのことは国家国民に対してさらに責任を果たさないことになるのだということを申し上げているわけです。国家国民が先ということは絶対忘れてはおりません。
  194. 塚本三郎

    ○塚本委員 それはわかるのです。わかるけれども、先ほどでも職員が国会調査団に対して妨害のようなことをしても処分できない、そういう空気の中の職員のことを中心考えたら、それは管理者としての立場じゃないですよ。だから、それはあなた自身はそうおっしゃるけれども、逆に早くさっとやった方が、ああよくやってくれたという諸君の方が多いかもしれませんよ。あなたはそんなことをおっしゃるけれども、むしろ文部当局と力を合わせて、警察の力をおかりいただいて早くきれいにした方がよかったという諸君の方が私はきっと多いと思うのです。  大臣、その点はどう御判断なさいますか。しかも、私はいまやれと言っているのではないのですよ。今月いっぱいかけてできなかった場合には、そこまでみんなに教育をし、徹底させるということの方がいいのじゃないかということを私は言っているのですよ。
  195. 砂田重民

    砂田国務大臣 国立大学国有財産等は常に良好な状態において管理をしなければならないのは当然のことでございまして、管理責任者である学長はその適正な管理の執行に努めるべき責任がございます。東京大学精神神経科病棟のあの施設は、先ほどいろいろ質疑応答かございましたが、事実上管理権限が及んでないいまの状況はきわめて遺憾なことでございます。このような実情について、国有財産の管理責任者でございます学長がこれを是正するために速やかに必要な措置を講じなければならない、正常化を図るべき責任があることもまた論をまちません。  ただ、学長は精神病棟施設管理のみではなくて、教育研究診療大学全体の責任者としての立場から、解決の手段を話し合いによろうという決心をなさって努力をしておられるところでございます。したがいまして、私も選ばれた解決手段を信頼をいたしましてお待ちをしているわけでございますので、その手段で正常化の実を上げられるよう引き続いて指導、助言をしてまいりますけれども、この段階で私が期限をつけました六月末までに解決できなかった場合には、学長どういう手段をとるかということを突き詰めてお聞きになるのは、学長としても非常につらいことだと思いますので、その点はひとつ御理解をいただきたいと思うわけでございます。六月中にこれが解決いたしません場合のことは、先ほどお答えをいたしましたけれども、私も一つの決断を持つものでございますが、せっかく話し合いという手段に頼って懸命に努力中でございますので、その大学の中におきます環境を御理解をいただきたいと思うのでございます。
  196. 塚本三郎

    ○塚本委員 学長のおっしゃること、私は十分わかっているつもりなんです。だけどそれが学長の力だけでは及ばないという過去の例を見て、私はお助けをするつもりでこれを申し上げているのだが、しかしそのときに常に大学の職員の諸君が、東大はおれたちのものだ、おれたち国家のためにこの施設を活用して教育学問あるいは研究の舞台の仕事をさせてもらっておるんだ、それを阻害しておる者は一致してこれを追い出していきたいという空気になっておると私は信じておるのです。それが八年間かかってできないから、この半年間わっと盛り上がってまいりました。だからこそ学長もその手段、方法がやりやすくなってきた。そしてこの熱心な御努力である。この盛り上がった中で時点を設定して、そうして相手方が無法者であってこちらが譲る以外に解決の手段がなかったという過去における話し合いと名のつくところの不法占拠なるものを、それは見通しを立てて、むしろけんかをした方が理解を早くするかもしれない。それでもできない場合はこちらが譲歩するのではなくして、文部当局や警察当局の力をかりて除去してくれる方が、三万人の諸君にとってもすっきりしていいんだ、こういう判断で私たちは臨むべきだし、またそういう判断こそが大学人及びノーマルな職員の正しい判断だと私は提唱しておるわけでございます。にもかかわらず、それがよくなるという判断だなんというようなことを学長がおっしゃったり、自分たちがすべてであるようなことをおっしゃったのでは、納税者、国民はどうなるのか、国民の代弁者たる私たちは黙って引き下がるわけにいきませんよ、こういう意味でございます。  時間が参ったと思いますので、この点重ねて私は、病棟を占領している医師などのグループが今日までの職場秩序の紊乱の行動をやっておる、その事態にかんがみて、速やかに所要の手続をとり、これら職員を法に基づいて厳正に処断するとともに、占拠者に対して退去を命令する、入院患者の安全に十分な配慮をした上で速やかに病棟の秩序回復を断行し、もって正常化を直ちに実現すべきことを要求いたします。  したがって、その私の要求に対しまして御両名から御答弁をいただきまして、私の質問を終わります。
  197. 砂田重民

    砂田国務大臣 塚本委員の御指摘、私には非常によく理解のできることでございますので、最大の努力を払ってまいります。
  198. 向坊隆

    向坊参考人 いろいろ御心配いただきましてありがとうございます。御要求として確かに承っておきます。
  199. 塚本三郎

    ○塚本委員 終わります。
  200. 楯兼次郎

    楯委員長 安藤巖君。
  201. 安藤巖

    ○安藤委員 私は、精神科病棟の占拠の問題にしぼってお尋ねをしたいと思います。  向坊学長その他大学当局の方でいろいろ御努力をしておられるということはよく承知をしておりますが、お尋ねするについて二、三確かめておきたいことがございますので、そこから始めたいと思います。  先ほども文部大臣の御答弁にもございましたし、それから四月十一日の当決算委員会で文部当局からもいろいろ御答弁をいただいたわけでございますけれども病棟正常化という中身ですね、どういうことが正常化かということについては、施設、それから物品の管理、これが完全に当局の管理下に入ることだ。いまその点について御努力なさっておるという御答弁がありました。それから、教育診療、それから学生の臨床実習、これがすべて可能になること、患者に対する診療状況が完全に医学部病院の職員によって行われること、そして外来、病棟が一体となって診療教育が行われる状態の確保だ、これは先回佐野大学局長が答弁されたことなんですが、向坊学長は、いま私が言いましたこれが正常化の中身だということは御確認していただけると思うのですが、いかがですか。
  202. 向坊隆

    向坊参考人 完全な正常化という意味では、おっしゃるとおりでございます。
  203. 安藤巖

    ○安藤委員 そうしますと、先ほど私が言いました三つ目の、これは全部関連があるのですが、時間がありませんからしぼってお尋ねするわけですが、病棟の患者に対する診療状況が完全に医学部病院の職員によって行われることということになりますと、いま病棟の方で完全に医学部病院の職員の管理のもとに診療行為が行われていないわけなんですね。だからこれを正常なものにするには、病棟診療行為に当たっておる人たち大学と何の関係もないお医者さん方、その他の人たち、この人たちはその病棟から出ていってもらわなければならぬと思うのですが、いかがでしょうか。
  204. 山村秀夫

    山村参考人 いまの病棟は、確かに現在では病院関係のないといいますか、病院の職員でない者がやっておる。一人講師がおりますけれども、それ以外は職員でありませんですから、これを正常化する場合には、病院の職員で行うということになります。その場合に、その人たちに完全に全部出ていってもらった方がいいか、あるいはそういう人たちにも手伝ってもらってやった方がいいかということですね、そういうところに対してはよほど慎重に考えていきたいと思います。
  205. 安藤巖

    ○安藤委員 そこのところが問題のポイントになっているんじゃないですか。いいですか。先ほど私が言いました患者に対する診療状況は完全に医学部病院の職員によって行われること、どうですかと言いましたら、学長はそのとおりだとおっしゃったでしょう。正常化というのはそういうことなんだ。ということであれば、先ほど一人講師ということをおっしゃったのですが、石川講師はもうほとんど出てきていないという事実もはっきりしておるはずなんですね。もう完全に大学関係のない人たち診療行為に当たっておるのですよ。医学部病院の職員によって患者に対する診療行為が完全に行われるということであれば、いま診療行為に当たっている医学部と何ら関係のない人、東大附属病院関係のない人、この人たちが出ていかなければ医学部病院の職員によって診療行為は完全に行われないじゃないですか。
  206. 山村秀夫

    山村参考人 つまり職員にするには助手とかあるいは非常勤医員、そういうようなのがございますが、そういう方あるいは研修医でございますか、そういう形でやればこれは病院の職員でございますから、これは病院以外の人でやっているというふうにはならないわけでございます。
  207. 安藤巖

    ○安藤委員 いまその病棟でそこを占拠して、全く医学部あるいは病院診療という責任を負われないような状況診療行為が行われている。これを排除するという方向で考えておられないので、いま診療行為に当たっている精医連の人たち、じゃその人たち病院の正式の職員として迎え入れる、あるいは採用する、雇用する、そういうようなこともいま考えておられるんですか。
  208. 山村秀夫

    山村参考人 これを全面的に排除して全く新しい人をそこに入れるというようなところまで割り切っては考えておりません。ですから、いまいる人たちでも解決の暁にその診療にやはり従事していただくということになるかもしれません。
  209. 安藤巖

    ○安藤委員 そうしますと、いまそういう大学当局医学部あるいは病院と全く無関係人たちがずっと診療行為をしている。それを引き継いでいくという方向でお考えなんですか。先ほどの占拠の問題でもいろいろ意見の食い違いが出てまいりましたが、四月十一日の当決算委員会で佐野大学局長が答弁しているんですが、「現在病棟において診療の仕事に当たっております東大職員以外の者が退去をするということが、正常化のためには必要でございます。」とちゃんと答弁しているんです。これとは違う考えをお持ちなんですか。正常化正常化と言っておられるけれども、全く違うじゃないですか。どうなんです。(「占拠をそのまま認めるなんて聞いたことがないぞ」と呼ぶ者あり)
  210. 山村秀夫

    山村参考人 そのまま認めるということではございませんけれども、この問題は非常に重要な問題でございますから、慎重に審議したいと思います。
  211. 安藤巖

    ○安藤委員 私がお尋ねしているのは、そういう人たちを全部排除する。やり方はいろいろありますよ。いろいろありますが、いまの方向としては話し合いによってやっていかれる、これは一つの方法として結構なことだと思います。しかし、最終目的は、いま病棟診療行為に当たっている、占拠している人たちに出ていってもらわなければ、先ほど私がお尋ねしたような正常化状態にはならないのじゃないか。だからそういう方向でお考えいただかなくてはならぬのじゃないか、そういうふうにお尋ねしているんです。そうしましたら、あなたはいまやっている人たちも医局員とか研修医とかなんとかということで引き続きやってもらうということも考えたい、これはとんでもないことだと思うのですよ。腰を据えてしっかり答弁してくださいよ。どうなんですか。
  212. 山村秀夫

    山村参考人 これはまた少し根本的な問題になるわけでありますけれども、占拠占拠と先ほど総長と文部大臣、いろいろ占拠しているかいないかという問題がございましたけれども、事の起こりは、先ほど私が申し上げましたように、これは初め精神科教室の分裂ということから始まったことでございまして、その分裂がややこじれまして、これに対してはかなり医学部としてもいろいろ努力してまいったわけでありますけれども、現在八年間もたってしまったということでございます。それがいま話し合いということでことしになりまして急激にそのことが進展いたしまして、やや解決に近づいているということでございますので、その話し合っている人たちを全部追い出して新しく入れるというようなことまで、これは非常に重要なことでございますので、そこまでは、全部追い出して新しく入れかえるということまでは考えておりません。
  213. 安藤巖

    ○安藤委員 そうしますと、いま病棟を占拠している人たちに退去してもらうということまでは大学当局としては考えていないというふうにお聞きしていいわけですか。学長、いかがですか。
  214. 向坊隆

    向坊参考人 私は人事のことはこういうふうに考えております。あるいは大学局長の申されたこととそっくり同じでないかもしれませんけれども正常化というのは、建物、物品の管理をちゃんと大学側が掌握するということ、それから患者の診療病院のほかの部局と同じように大学の職員によって行われること、それから学生教育実習も支障なく行われること、その三つが私の立場からは正常化の道だと思っているわけですね。それに向かって医学部が最もいいと考えられる人事を行われると考えて、人事は医学部病院にお任せしているわけでございます。それが学長の立場でございます。
  215. 安藤巖

    ○安藤委員 それでは大臣にお尋ねしたいのですが、大臣は、六月いっぱいに正常化ということを言っておられる。大学の方にもそれをお達しになったということで、さらに指導、助言を強めていきたいとおっしゃっておられるのですが、いま医学部長がお答えになったような方向で正常化をおやりになろうとしておられる、いまの答弁からしますと。そういうことで大臣としては了承されるおつもりなんですか、どちらですか。
  216. 砂田重民

    砂田国務大臣 先ほどからお答えをいたしておりますように、精神科病棟施設物品大学当局の管理下に入ること、病棟におきます患者に対する診療が他の診療科と同様に医学部附属病院の職員によって行われる状態が確保されること、もう一つ病棟において学生の臨床実習が行われること、この三つのことを私は正常化だと考えておりますので、六月末という期限を切って学長に要請をしているわけでございます。いまの状態を不正常と考えているわけでございます。占拠されていると考えているわけでございます。現状を是認しては正常化はあり得ない、かように私は考えております。
  217. 安藤巖

    ○安藤委員 大臣はいまお聞きになったように答弁をされたのですが、それでも医学部長はまだ先ほどおっしゃったような、現状をそのまま是認するという方向、というのは現在診療に当たっている人に引き続き診療に当たってもらうような人事的な配置も考えるようなことを先ほどおっしゃったのですよ。是認することになるのじゃないですか。いかがですか。もう一度そのことをお尋ねいたします。
  218. 山村秀夫

    山村参考人 現在やっているそのままを是認してこれをやるということではございません。
  219. 安藤巖

    ○安藤委員 ということであれば、現在診療行為を大学あるいは医学部と無関係人たちがやっているという事実、その医学部病院と無関係人たちを今度は正規の職員に迎え入れてそのままやれば、かっこうだけは整うということをお考えなんですか。これはとんでもない話なんですよ。退去ということが前提にならなければ正常化にならないと思うのですね。  もう一つ言いますと、この前の四月十一日の佐野大学局長の答弁で、東大精医連という団体、これは「いわゆる過激派と言われておりますセクトに属していた人々がいるということも承知をしております。また、全体として過激派集団にきわめて近い思想の持ち主が多いということも承知しております。」いいですか。いまいろいろ話し合い話し合いと言っておられるけれども、そういう人たちなんですよ。  さらに具体的には、この私が十一日にいろいろ資料を示しましてお尋ねしましたけれども、そういう人たちを引き続き大学の正規の職員あるいは病院の正規の職員という方向で認めていこうということになるんじゃないですか。いかがですか。
  220. 山村秀夫

    山村参考人 いまのセイイレンというのはどちらの方でございますか。精神科医師の方でございますか。——私は、精医連かきわめて過激派というふうには、いまお話がありましたけれども、そうは考えておりません。話せばわかる人たちであると考えております。
  221. 安藤巖

    ○安藤委員 これはいよいよもって問題の解決はむずかしいことにならざるを得ぬというふうにいま認識をしております。しかし、いまこの議論をやっているとあれですが、そういうような方向では、まさにいまの病棟を占拠している人たちの言い分をそのまま認めるという方向での括弧つきの正常化しか実現できないんじゃないかという強い懸念を私は持たざるを得ません。  そこで、一つ具体的な話をお尋ねしたいのですが、先ほどの御答弁の中で、病棟側の方の看護婦さんの定員は五名というお話がございました。これは病院長さんがお答えになったんですね。現在は入院患者は十六名か十七名とおっしゃったんですが、五月十五日に視察におじゃましましたときは二十名というふうにお聞きしているのです。だから、それ以後減ったということになろうかと思うのですが、この看護婦さんの定員は五名ですが、現在は四名に減っているんじゃないですか。
  222. 織田敏次

    織田参考人 日付はちょっと失念いたしましたが、確かに四月に入りまして一人やめました。そのあとの補充はこれから考えなければならないと存じております。
  223. 安藤巖

    ○安藤委員 一名足らなくなった人を補充することを考えなくちゃならぬということをいまおっしゃったんですが、補充していくということでいま検討しておられるわけですか。
  224. 織田敏次

    織田参考人 現在その補充をしてまいりたいと考えております。
  225. 安藤巖

    ○安藤委員 入院患者の数が減ったりふえたり、減ることは退院をしていかれるわけですけれども、ふえるということは新たに入院患者を受け入れるということなんですね。外来側へ診察に来られて入院の必要ありという場合は、ほかの病院へ委託をされておられると聞いております。病棟側の方で入院を受け入れるというような場合でも、私が先ほど言いましたような、そこを完全に退去してもらって、明け渡してもらってきれいにするという意味からすれば、入院患者の受け入れについても相当チェックしていくべきじゃないか、そしてほかの委託しているところへ委託すべきじゃないかと思うのですよ。  この前も佐野大学局長は、人員の充足あるいは施設設備の改善措置の問題については、現在の不正常なままで人員の充足をすることは不正常な状態を固定化していくことになるので非常に懸念しているんだ、そういうことにつながりかねないということを言っておられたのですよ。いま看護婦さんが四人に減った、一名不足だ、だからすぐこれを補充するということをいま考えておられると御答弁なさったんですが、そうすると、まさに現在の不正常な状態を固定化していく、占拠派に対してサービスしていく、もっとしっかりやっておってくれというような人員充足をやるということになるんじゃないんですか。いかがですか。
  226. 織田敏次

    織田参考人 ただいまの件でございますけれども、そういう意味診療会議というものを極力進めてまいりたいと存じているわけでございまして、分担教官がしっかりと握った入院ないし診療を意図してまいりたいと考えているわけでございます。
  227. 安藤巖

    ○安藤委員 時間が来ましたからもうこれでやめますけれども、先ほどから学長も言っておられるのですが、病棟での診療会議分担教官の方が三名参加されたということですが、三・二〇のいわゆる確認後、この診療会議というのは何回行われたのか。私の聞いておるところでは、先ほどの五月二十九日一回だけじゃないですか。それから、この診療会議というのは少なくとも正常な状態であれば毎週一回行われるべきであるというふうに私も聞いておるのですが、そういうふうに行われていないんじゃないか。  それから病棟の中での教授の回診、これも少なくとも毎週一回は行われているのが正常な状態だと聞いているのですが、それも行われていないというふうに聞いております。  それから学生の臨床実習、これも毎週一回は行われるべきだというふうに聞いているのですが、これが全く行われていない状態ではないかということですね。  だから、そういう点からすると、分担教官ですらまともには入っていけない状態がまだ続いている。ましてや医学部あるいは病院のお医者さん方が自由に入れる状態ではまだ全くない。そういう状態現状しっかり認識をしていただいた上で、先ほど私が言いましたような正常化という方向、いまの精神科医師連合ですか、その精医連の人たちには、不法な、あるいは不当な占拠をしている状態をなくするという意味で退去を求めるという方向で、きちっと正常化の道を進めていただきたい、このことを強く要望いたしまして、いま私がお尋ねいたしました点についての御答弁をいただいて、終わりたいと思います。
  228. 織田敏次

    織田参考人 診療会議でございますが、五月四日と六日と二十九日と三回行われておりまして、少なくとも最後の二十九日の診療会議におきましてはかなり話が進んできていると、私は科長事務取扱から伺っております。その線に沿いまして、これから正常化に向かって診療を進めたいというふうに考えているわけでございます。
  229. 楯兼次郎

  230. 西岡武夫

    西岡委員 私に与えられた時間はわずか二十分でございますから、ごく基本的な原則の問題について、文部大臣並びに学長にお尋ねをいたします。  先ほどの同僚委員質問学長がこういうこと、をお答えになっておられます。現在東大の中で起こっていることは、民主主義の抱えている諸問題に対する問題提起という見方もできるのだ、したがって、そういうような受けとめ方をしなければいけない側面があるので、なかなか国会の方で言っているように、そう簡単にはこの問題は処理できないというような趣旨の御答弁がございました。  そこでお尋ねいたしますが、それでは、大学紛争が起こってから大体十年年月が経過しているわけです。その間、そういう大学の基本的なあり方について東大が一時期、たしか三年半ばかりかかって東大の改革案というものをまとめられたわけですけれども、まとめたけれどもこの改革はしないことに決めましたということで、結局何もなさらなかった。結局基本的に大学が抱えている問題についても東大御自身は何の解決も努力もいまだにしておられないで、依然として問題提起がなされているのだからやはり耳を傾けなければいけない面があるのだ、こういうことをおっしゃっているわけですけれども、一体それではどれだけの年月がかかれば、東大としてこういう問題について積極的に、自主的に解決をなさるというお考えがあるのか、根本的に疑わざるを得ないと思うのです。これについて一体どうお考えなんでしょうか。
  231. 向坊隆

    向坊参考人 大学紛争の後、加藤学長のもとで改革委員長を務めさせていただきましたので、実は私があの改革案をまとめた責任者でございます。それで、その結果が一向に実施に移されないということについては私も非常に歯がゆく思ってきた一人でございますけれども、それで何にも行われなかったというわけではないので、大学でできるだけのことはかなりやられていると思います。それは非常に目立つようなことはありませんけれども、学部の間の壁がとれて、共同研究とかそういうものが非常に盛んになったとか、一般ゼミといういままでなかった新しいゼミの形が進んだとか、教養学部がだんだん改革されつつあるとか、目立ちませんけれどもいろいろな形で改革は進んでおります。  しかし、私は大学の紛争の当時は工学部長をしておりまして、あの紛争の苦労を身にしみて味わった一人でございまして、その後一応紛争はおさまりまして、いま学生諸君は、ほとんど全員が非常に静かに勉強する状態にはなっておりますけれども、あの当時提起された問題が全部解決したとは私は思っておらないわけです。そのときに提起された問題は非常にたくさんあったわけですけれども、先ほどから御批判を受けております大学の閉鎖的な性格なんというのもその一つでございました。そういういまだに解決されていない大学の抱えている根本的ないろいろな問題については、なお今後とも大学として改革の努力をすべきであると考えまして、私になりましてからまた新たに改革委員会を組織し直しまして、いま、大学として今後改めていかなければならないそういう基本的問題を洗い上げて勉強しております。ただ、過去の経験にこりまして、むやみにペーパーばかり並べてもこれは実行できないので、改革すべき問題とそれを解決する具体的な方向とが結びつかなければいけませんから、そういう意味でかなり慎重にその作業は進めている状態でございます。  先ほど私が申し上げました民主主義に関する問題提起というものは、これは大学だけの問題ではなくて、社会全般の問題だと私は考えております。そして、これは大学もまじめに取り組まなければならない問題だと思っております。私自身はまだ解決の方向を持っているわけではございませんけれども、その問題にこたえる努力は大学としても相応にやらなければいけない、そういうふうに考えている次第でございます。
  232. 西岡武夫

    西岡委員 私は、昨日、関西のある大学で行われたシンポジウムに出席するためにその大学を訪れたわけでございますが、この大学では非常に平穏に、学園の中も立て看板で全く見苦しいというような状況ではなくて、教育的な環境というものも十分整えられている。千人近く集まってきた学生の諸君も、非常に熱心にシンポジウムを三時間余り聞いてくれたわけです。私は、私立の大学の場合には、東大のようなことが起こればそう長くはもたない、まさに親方日の丸的なことが東大現状というものをもたらしている根本的な原因であろうと思います。  そこでお尋ねをいたしたいのですが、結局、国立大学学長というものが持っている権限、やれる手段というものには限界があるんだ、このことを学長はもっとはっきりおっしゃったらどうなんですか。国会でいろいろなことが議論されて、いろいろな要求、こうすべきではないかというような厳しい指摘が常に学長に集中するけれども、実は国立大学学長は、現行制度の上ではもうほとんど権限がないに等しいんだ、そこに根本的な問題があるんだとなぜおっしゃらないのですか。どうでしょう。
  233. 向坊隆

    向坊参考人 ただいま御指摘の点は全くそのとおりでございます。学長というものは非常に大きな拒否権だけは持っていると思います。ですから、これだけは絶対にやれないと思うことは職を賭して拒否することはできます。しかし、普通の管理組織における管理者のごとき権限は、学長は非常に少ないものでございます。しかし、そういう組織体として運営していかなきゃならぬというところに、大学の運命があるわけでございます。  それから、東京大学が国立大学であるために親方日の丸で、そのために問題解決の努力が足りないんだという御指摘も、ぼくは当たっているところは十分あると思います。それはわれわれも十分反省しなきゃいけないのですけれども、これは学長だけが反省してもしようがないことでございまして、大学全体として、親方日の丸であるために解決の努力を怠るというようなことは許されない、そういうふうに私も思っております。
  234. 西岡武夫

    西岡委員 何かこう評論家的に、人ごとのように学長はおっしゃっていますけれども、それがいまの東大現状だということだと思うのですね。それでは、学長もいまおっしゃったように、東大現状社会一般常識からいって許されるべき状況ではないんだ、しかし、いまの制度の上では学長にはこれを排除し、是正する権限というものは全くない、このように受けとめてよろしいのですか。
  235. 向坊隆

    向坊参考人 お答えいたします。  ただいまの東京大学状況が世間から御理解しにくいところはいろいろあると思いますが、全般として、世間の常識から全く許されない状態であるとは私は思っておらないわけです。したがって、それを修正するための権限がいま欲しい、そういうふうには思っておりません。
  236. 西岡武夫

    西岡委員 これはまた異なことをお答えになるわけですが、それではいまの東大状況というものは、世間常識的に見てこれくらいのことはしようがないとお考えなんですか。
  237. 向坊隆

    向坊参考人 いえ、決してそうは思っておりません。世間で全く許されないような状況東大の中にはあるということは、私も認めます。
  238. 西岡武夫

    西岡委員 世間では許されないことが大学で許されていいということではないはずです。であるならば、許されないことが起こっていながら学長の力ではどうにもならないということをお認めになるならば、これを根本的にどうにかしなければならないが、学長はとても勤まらないからやめさせていただくとか、あるいはもともと学長にならないというふうにお考えになるのが常識的な受けとめ方だろうと思うのです。  そこで、大臣にお尋ねをいたしますが、お聞き及びのとおりに、現在の学校教育法あるいは教育公務員特例法等によって定められている学長の責任、権限、これが、まさに学長のおっしゃったように、学長としての責任を全くとれない状況になっている。このことを大臣もお認めになりますか。
  239. 砂田重民

    砂田国務大臣 法律の決めますところによって、文部大臣は、大学管理運営大学長に委嘱をしているわけでございます。これはもう西岡委員も御承知のとおりでございますが、そして大学の運営が教授会を中心とする運営になっているわけでございます。そこに問題がないとは申せません。私は今回の東大の事態を見ましても、教授会を中心とする従来の国公立大学管理運営のあり方について、その後いろんな道が講ぜられてはおりますけれども、これだけでいいかどうかということに疑問を持つものでございますので、しかし、そうは言いましても、やはり大学の運営適切にあるべきことは大学みずからの自主的なお考え、自主的な御努力がまず大事なことでございますので、先ほどもお答えをいたしましたとおりに、これらの問題につきまして、文部省としてもまず国大協に対して積極的にこれらの話し合いを進めてまいりたい、かように考えるものでございます。
  240. 西岡武夫

    西岡委員 私はそんなことをお尋ねしているのではないのです。国有財産の管理ということも重要な問題ですけれども大学の運営に関する全般的な問題について国立大学学長が持っておられる権限というものがほとんどないに等しい、こういう状況文部大臣としてどのようにお考えになるか。また、大臣がいま御指摘になった教授会という問題は、教育公務員特例法の中で「当分の間」という形で定められている規定であります。したがって、もともと現行の国立大学の運営についてのシステムが不完備である。このことは大臣お認めになりますか。
  241. 砂田重民

    砂田国務大臣 「当分の間」教授会を中心としてと書かれておりますことを承知をいたしております。そしてまた、大学紛争の教訓も生かしつつ副学長あるいは参与等を置く道も法律の上で改正をして講じてきたことでございます。  しかし、それがどの大学にもみんな取り入れられて、大学学長がその責任を全うしているかと言えば、必ずしもそうでない現実を認識をいたしておりますので、問題点ありと私は考えております。
  242. 西岡武夫

    西岡委員 大臣、そんななまやさしい状況で実はないわけです。もっと根本的な問題です。  それでは、いま大臣がおっしゃったように、このままではいけないということをお認めになるならば、大学の運営に関する現行の仕組みを変える必要があるということを大臣としてお考えですか。
  243. 砂田重民

    砂田国務大臣 文部省大学関係、あるいは学問の自由、学校の自主的な運営、このようなことを考えましたときに、文部省だけで一方的にとり行う、進めるべき筋合いのものではないと私は考えるのです。したがって、これらの問題について国民の理解のできる大学の運営を確立するために、いまの制度のままでいいかどうかということについて、問題点を挙げて大学当局とも御相談を進めたいと申し上げているわけでございます。
  244. 西岡武夫

    西岡委員 大臣、普通の状況のことを申し上げているのではないのです。国民の皆さん方が理解のできるとか理解のできにくいということではなくて、明らかに不法不当な行為が行われているにもかかわらず、国立大学学長がこれをどうしようもない、八年間も放置しているという現実が目の前にあるわけです。国会から調査団が行っても、普通の建物の中に入るのではなくて、構内、普通の通路と同じところです。それを学長も学部長も皆さんおられて、そこに国会調査団が行ってもそこをピケを張られて通れない、それを学長もそばにおられて排除できない、そういう状況が起こっているけれども学長は手も足も出ない、これは国民の理解とかなんとかという問題以前の問題である。  しかも国立大学文部省との関係は、国立大学を設置している責任は文部省ではありませんか。その設置したという責任者である文部省文部大臣としてこのままでいいのか、これをお尋ねしているのです。ずばりお答えいただきたい。
  245. 砂田重民

    砂田国務大臣 同じことをお答えしているつもりでございます。四十三、四年の時代のあの大規模な学園紛争が今日大体においておさまっているからそれでいいとしているのではないのです。大学の一部またその一部のたとえば東大の精神科病棟のような事態が、いま西岡委員が御指摘になったような事態にございますから、したがって、大学運営の方式がこのままでいいとは考えていないということを申し上げているのであって、そのことを大学当局とも相談を進めてまいりますと申し上げているわけでございますから……。
  246. 西岡武夫

    西岡委員 大臣は私の質問にはお答えになっていないのです。大学学長国会にこうしておいでいただいて、いろいろ御質問を申し上げているけれども、結局いろいろ承って、ああだ、こうだと学長もおっしゃっているのは、いろいろ国会の方から質問を受けても学長には最終的にその責任をとるだけの権限がないということを暗におっしゃっているんだと思うのです。学長の口からはなかなか言えない。しかし、言えないはずなのに、先ほど学長はかなりおっしゃったと思うのですね。それを文教行政の最高の責任を持っておられる文部大臣が、そういう東大でいま起こっている状況のもっと根源的なところに実は問題がある、もしも東大学長にもっとこういった不法な——ちょっと大臣、聞いてください。こういう状況というものを正すだけのそういう仕組みというものが整っていれば、こういう事態は排除できるはずである、是正できるはずである。それはまさに制度の問題だ。それを文教行政の責任者としての文部大臣として、このままいつまでも根本にメスをお入れになるお考えがないかどうかということをお尋ねしているわけです。どうなんですか。
  247. 砂田重民

    砂田国務大臣 文教行政の責任者の文部大臣として、大学管理運営大学学長に委嘱をしておりますから、責任がとれないとは言えません。やはり大学学長に責任をとっていただかなければなりません。そこは明確でございます。しかし、責任をとるべく大学長が学校管理運営をやるだけの権限を与えられているかどうかは、学内の組織が、また各大学とも学長にあらゆる権限を集中する努力はなさっておられるけれども、実際問題としてそういうことになっているかどうか、そこに問題がありますから、そこにメスを入れなければならないのではないかということをお答えをしているわけでございます。
  248. 西岡武夫

    西岡委員 大臣、私は、先ほど申し上げたように、国有財産の管理の問題だけを申し上げているのではないのです。国立大学全体の問題として申し上げているわけであって、文部大臣学長に委任をしていることは、それをすべて含んでいると私は考えておりません。それをごっちゃに御答弁になっては困ります。そこに実は根本的問題があるんだ。大学の自治というものを尊重しつつ、その中で生まれた学長の持っている権限というものをもっと明確にすべきではないか、そのことを申し上げているわけです。これについて、制度の根本に手を触れるお考えがあるかどうか、このことをきちっと大臣はお答えください。
  249. 砂田重民

    砂田国務大臣 大学管理運営についての問題点ありとお答えをしておりますことは、同じ趣旨で私はお答えしているつもりでございます。首を振られますけれども、同じ趣旨で御答弁を私は申し上げているのであって、したがって、そのことは重要な検討課題であると私は認識をしております。
  250. 西岡武夫

    西岡委員 委員長、時間超過ですが、もう一度……。
  251. 楯兼次郎

    楯委員長 簡単にやってください。
  252. 西岡武夫

    西岡委員 大臣は御就任になってからまだ時間はわずかしかたっていないと思います。しかし、文教行政全体は、しかも自民党政権のもとで、ずっと継続しているわけですね。大学紛争が起こってから何年たっていますか。その時点に立って、大臣のいま御認識と、どうするかということをお尋ねしているわけで、検討する時期はとうに過ぎていると思うのです。したがって、大学管理運営について根本的な制度の改革が必要だということを大臣がお認めになって、それに着手するかどうかということをお尋ねしているのです。
  253. 砂田重民

    砂田国務大臣 着手する前に、やはり大学当局その他の、各方面の意見を聞いて文教行政は執行するべきだと私は考えるから、お答えをしているわけでございます。
  254. 西岡武夫

    西岡委員 大臣、聞いているのです。お答えくださいよ。
  255. 楯兼次郎

    楯委員長 時間を超過しましたから、簡単にやってくださいよ。
  256. 西岡武夫

    西岡委員 大臣がお答えにならないからお尋ねしているのです。お答えください。
  257. 砂田重民

    砂田国務大臣 問題点ありとお答えをしております。
  258. 楯兼次郎

    楯委員長 もう時間が終わりましたので……。
  259. 西岡武夫

    西岡委員 この問題は留保いたします。
  260. 楯兼次郎

    楯委員長 午後二時再開することとし、この際、休憩いたします。     午後一時三十一分休憩      ————◇—————     午後二時四分開議
  261. 楯兼次郎

    楯委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。津島雄二君。
  262. 津島雄二

    津島委員 午前中の討議、大変深刻な問題でございまして、大臣以下大変神経がお疲れになったと思いますので、私のきょうの御質問は、まずやわらかいところから始めたいと思います。  日本教育制度、世界に冠たる制度と言う人もありますし、なかなか問題があると言う方も多いわけですが、率直のところ、大臣も恐らく御子弟の教育には大変関心がおありになったと思いますが、日本教育制度で一番いいところと一番悪いところ、ちょっと気づかれた点を御印象で結構でございますが、お教えいただければと思います。
  263. 砂田重民

    砂田国務大臣 大変神経の疲れる御質問を引き続いてなさるわけでありますが、古くからいまの日本教育制度というものは、開かれたと申しますか、特に義務教育においてより開かれた教育として明治の先輩がスタートしてくださった、そのことは今日なお感謝をしなければならない大事ないい点であると思います。  戦後特にいろいろ言われておりますのに、教育の目的というものが、教育の内容そのものよりは、教育でも社会を離れての学校教育があるわけではなし、家庭を離れて学校教育が単独であるわけでもございませんので、特に高度経済成長を経過して、教育というものが人間形成を目的とするんだという一番の基本が、社会全体において少しゆがめられてきている。そのことが学校教育にも好ましくない影響を与えているという気持ちが私はいたします。
  264. 津島雄二

    津島委員 大臣の持っておられる印象、私も全くそのとおりでございまして、おっしゃったとおり義務教育が非常に普及しておりますし、また程度が高い。私も外国生活をかなり長くやっておりましたけれども、たとえば日本から小中学校へお入れになる子弟の方は、相当程度の高い国でも、大抵は語学が楽になるといい成積をとるぐらい、義務教育の程度が高いと思うのです。おっしゃるとおりでございます。  さて、そういうすそ野の広い教育がだんだん大学を頂点とする専門教育に向けて形づくられ、築き上げられていくわけでありますが、その過程において、人間形成の面において教育が十分な役割りを果たしているかどうかという点を、まさにいみじくも御指摘になりました。  高等教育までの過程において一番そういう意味教育、つまり人間形成の阻害要因になるものは一体何とお考えでございましょうか。
  265. 砂田重民

    砂田国務大臣 いま津島委員の御発言の中にもあったことでありますけれども、小中学生がお父さん、お母さんに連れられて海外の学校に入る、非常に成績がいい、それを一概に喜んでいていいかどうかという心配を実は私はするのです。戦後三十年の小中学校教育内容というものが知育を偏重し過ぎていたのではないだろうか。非常にたくさんの知識量を、理解がまだできていない子供たちにその次の問題、その次の問題と記憶力を強要したきらいがあるという気持ちが私はいたします。そういうことから、そのことの反省の上に立って、小中学校の指導要領の改定を昨年したわけでございます。知、徳、体のバランスのとれた教育内容、そうするとやはり授業外の教育というのですか、部活動というのですか、情操教育あるいは福祉の心を植えつけていくようなことを、一週間に二時間ないし四時間の授業時間にゆとりを持たせたその時間を利用してそういう教育学校でやっていく、私はこれがそのとおり学校現場で生かされていくことを大変強く望んでいるところでございます。
  266. 津島雄二

    津島委員 文教の責任者としての大臣のいまのお考え、大変高く評価をいたしたいと思うのでございますが、そのような大臣初め教育行政の担当者の皆さんの願いに対して最も大きな障害になるものは、私はやはり受験戦争ではないだろうかと思う。いまの六・三・三制という学校の切り方についてはいずれ専門家の皆様方真剣に検討されなければいかぬ時期も来るかと思うのでございますが、知育を偏重する傾向も、実はやはり一番大きい動機はそこから来ているのではないだろうか。とにかく試験で紙に書くときに一つでもよけい丸を取ろうとする、そのことがいかにも子供の評価になり、また将来社会人としての評価につながっていくということがあるとすれば、私は、いかに大臣がそのように真剣にもっと中身のある教育をしようとお考えになっても、そこのところで崩れていくのではないかと考えるわけなのでございますが、その点いかがでございましょうか。
  267. 砂田重民

    砂田国務大臣 おっしゃるとおりであると思います。やはり受験競争に耐えられる子供たちということから知育に偏してきたのだろうと考えます。  ただ、その受験競争というものがどういうことから起こっているか、これは私は責めは学校だけに帰せられないと思います。何大学と何大学と何大学を卒業した方々だけに入社試験を受けさせます。大学で何を学んで何を身につけてきたかということに価値を見るのではなくて、大学の名前が書いてあるその一枚の紙切れの卒業証書に価値を見出すような社会状態、超学歴偏重社会、事はそこからスタートしているように思えるのです。したがって、だれしも自分の子供は有名会社へ入れたい、一流会社へ入れたい。一流会社へ入りやすい大学はどこだとその大学へ集中してしまう。その大学へ入りやすい高等学校はどこだということで、その高等学校へ集中してしまう。そういうことから非常に偏在的なまさに受験地獄が始まってきている。  入学の競争というものは私はあっていいと思うのです。やはり人間だれしも人生の一時期に競争があることはむしろ好ましいことだと思いますけれども、地獄になってはいけない。やはり高学歴社会を打破するための努力を私どもも続けてやっていき、そして入学の選抜の方式も改善を加え、そしてまた大学それぞれが特色のある大学としてりっぱな内容を持った大学になっていただく、そういう努力をして、小中高校の学習内容の改善をし、総合的なことを考えてまいりませんと、私は正しい教育というものは取り返せないという気持ちがいたしますことが一点。  小中学校でどのようにりっぱな教育が行われましても、社会のいろいろな現象で子供たちに好ましくないことを見せつければ子供たちは迷うわけでございます。みんな身の回りをきれいに、みんなで校庭をきれいにしよう、集団規律の中でそういう清潔な環境の中でと学校で幾ら教えましても、その子供がお父さんに連れられて休みの日に出ていけば、赤信号でとまった前の車の中から灰皿の吸いがらが道路に拾てられるというようなことを見せつけられたら、自分の身の回りのことは自分できれいにするんですよとどれだけ子供が教えられていても、社会がそれと全く正反対の事態を見せつければ、子供たちは混乱をするわけであります。やはり両親も社会学校も、そして政府も、教育ということに同じ目的を持つのでなければ、正しい、好ましい教育というものは確保ができない、このような気持ちがいたすわけでございます。
  268. 津島雄二

    津島委員 大臣がいみじくも超学歴社会は非常に問題があると指摘されたのは、私は非常にうれしいのでございます。私は最初にお話ししました日本教育の欠陥、受験競争、それがすべて最後の卒業するとき、そして卒業した以後の学歴社会につながっているというところに問題がある。非常に正しい認識の仕方をしておられるということで非常にうれしいわけでございますし、また私自身そういう受験競争に、げすの言葉で言うと非常なスピードで勝ってきた自分の一生を振り返ってみまして、非常にぐあいが悪かった、私はそのような教育を受けなかった方がもっと丸みのあるいい人間になったのではないかと、私個人非常に反省するところがございます。ただただ人をけ落としてきた、そして本当に社会に出て正しいことを学ぶ、社会のためになることを学ぶという血の通った教育に、学校を出て静かに自分を顧み、周りを振り返ってみるまでは十分気づかなかったという自省の念を込めておるわけでございます。  そこで、このような受験地獄から、何とか少しでもこれから育っていかれる方々、そしてまたそういう方々の成長を楽しみにしておられる親御さんに評価してもらえるような教育内容を実現していきたいということが、大きな眼目になると思うのでございますが、その競争という面を、いま大臣は幾らか競争はあった方がいいとおっしゃいましたけれども、私はできるならばない方がいい、いま言われているような意味の競争はない方がいい。少なくとも教育を受ける国民の権利を競争によって阻害するような、縮めるようなことはあってはならない、こういうふうに感ずるわけでございます。  そこで問題は、私は二つあると思うのでありますが、一つは最高の高等教育を受けた後の社会の問題でございます。これは超学歴社会というものをどうやって改めるかということになりますが、私は一つのやり方は終身雇用制の反省を一遍やってみなければいかぬ。  けさ大分議論になりました大学あたりは、いい意味か悪い意味一つの例でありますけれども、一たん助手に選ばれれば何をやろうと最後まで、名誉教授になるまでおられるというようなのも、これは一つのいい例であります。お役所もそうでありますし、大会社もそうであります。とにかくどの大学をどの成績で出るかで一生が決まるようなこの社会に歯どめをかけるには、これは大臣の御所管ではないと思いますので、印象批評で結構でございますが、いまの雇用形態というものについてやはり教育の見地からも検討してもらいたいという感じをお持ちかどうか、これを第一点お伺いをいたします。  二番目の方は、本来の教育の問題でありますけれども、そういう社会的な背景の中で現実には激烈な受験競争が行われている。そして小学校——小学校も一部の学校はそうでありますが、中学校高等学校と父兄に人気のある先生に限って一生懸命受験のことを心配してくださる。これはある意味では需要と供給とちゃんと合っているわけなんですけれども。  しかし、たとえばどういうやり方で人を選んでいるかということで、私、ことしの東大の試験問題をずっと関心を持って見ました。私が一番楽にあれできる英語の出題でございますけれども、文章でお示ししていいかと思うのですが、非常に片寄った英文なんです。自分で言うのも変ですけれども、私は英語はかなり堪能でございます。どうしてこんな片寄った文章で英語の能力を試さなきゃならぬかということを感ずるのであります。  それから、現実に私の子供が通っております学校の受験の準備を見ておりますと、まだ初等教育の段階でありますけれども、漢字の書き方について、たとえば曲げるとか伸ばすとか、しんにゅうの書き方はこうであるとか、大臣以下文部省のどなたも恐らく気がついておられないような本当に局所拡大的な問題を取り上げて、たとえばしんにゅうがちょっと曲がり方が悪いとそれはアウトである、それで国語の能力が決まっていくわけです。そうすると子供たちはノイローゼになってしまう。漢字の書き方、われわれは崩して書きますから、私のここに書いてある字なんか全部落第です。おとなになるとみんなこれなんですけれども、子供は受験のためにそれをノイローゼになって覚える。  つまり二番目に私が御指摘したいのは、けさもちょっと触れましたけれども、この受験の問題につきましても、大学人あるいは高校の教育者、いわゆる教育専門家だけに任しておいていいものでしょうか、こういう疑問を禁じ得ないわけでございます。  そこで、大学初め入学試験のあり方について、どのように健全な社会常識と、それから国民の要請を受験の内容に盛り込む努力をしておられるか、大臣から、細かいあれは事務当局の方がよければ事務当局からでも結構でございますが、いまの二点、ちょっと御答弁いただきたい。
  269. 砂田重民

    砂田国務大臣 終身雇用制の問題は、私自身が一遍も終身雇用制というルートに乗った経験がありませんので、津島委員は終身雇用制の社会におられたわけですが、私はいたことがありませんから、その中でぬくぬくとしている人もあれば努力をなさっておられる方もある、やはりそこに競争があるんじゃないでしょうか。私の言う意味の競争、そういう競争はあっていいと思っているのです。そういう競争があっていいと思っておりますから、ただぬくぬくと禄をはんでいるというような状態でいいかどうかということは、非常に疑問に思っている一人でございます。  それから、いまの入試の問題でありますけれども、入学の選抜方式、入学試験の問題、まさに大学当局が自主的におやりにならなければならない重要な問題でございます。そしていま具体的に例を挙げてお示しになりましたような、高等学校で教えてもいないような試験問題が出る。高等学校で幾ら勉強したって入学試験の問題には対応できないのだ。塾へ行って受験技術というような、高等学校では教えてくれないようなことまで勉強して身につけておかなければ大学の入学試験には受からないような事態というものが、大学みずからの反省の材料になってまいりました。何年もの間、大学御自身で御検討になり御研究になった上で文部省も協力いたしましてセンターをつくり、さらに検討を重ねて、来年から実施いたします国公立の一次入試になったわけでございます。  そしてこのねらいの第一は、いろいろなことを願っておりますけれども高等学校の授業内容の中からだけ試験の問題を出す、高等学校で教えられることを十分にマスターしておけば、塾へ通って受験技術というようなものを別に勉強しなくても大学の入学試験には対応ができる、不必要な苦労を子供たちにかけない、こういうことを願っての共通一次テストであるわけでございます。  共通一次テストの内容につきましては、事務当局からまた詳細御説明をさせたいと思います。
  270. 佐野文一郎

    ○佐野政府委員 入学試験の問題をいい問題にするために、大学人は高等学校の学習指導要領を十分に検討し、高等学校の教科書を読んで、それぞれの大学の選抜に最も適当だと思われる問題をつくる努力をする、あるいはできた問題について高等学校の担当教科の先生方の批判を聞く、あるいは高等学校教育研究団体からの意見を聞く、そういった努力は、共通一次の場合を含めましてやっております。しかし、先生御指摘のように、広く社会の良識と申しますか、そういったものをシステムとして導入をし、それを問題検討の材料にしていく、そういった点は、私は、いまの大学の入試の問題をつくっていく過程では問題意識としてないんじゃないかと思います。
  271. 津島雄二

    津島委員 この議論ではしなくもはっきりわかりましたけれども、結局入学試験というのは各学校の段階で非常に大問題でありながら、国民、ことに学生あるいは生徒さん、親御さんたちはもっぱら学校人たちがつくる試験の犠牲者になっている、こういう入学試験の方がいいんだという国民の声が必ずしも届かない姿になっているという感じを抱かざるを得ないのでございます。  そこで、細かい議論に入る前に、ここで一つ確認しておきたいのは、これからも教育行政の一環として文部省もその辺を考えていただきたい。受験の弊害をなくすというような意味で、学校の先生だけに任せておきますとやはり専門ぼけになりまして、けさの議論にも多少そういうところがありましたけれども、健全な社会の要求するような人たちを要求するような形で選抜するということを、これからぜひお考えいただきたいということを、まず御要望申し上げておきます。  そこで、いま大臣も大学局長もお触れになったとおり、試行テストの後、昭和五十四年度から本格的に共通第一次学力試験をおやりになるということで、しかもそれがそのような受験をできるだけ国民的なものにするという考え方の上に立っておられると伺うので、評価するわけであります。  そこでこれのやり方の仕組みでありますけれども、これをごく簡単にお話しいただきたいということが一つ。  それからもう一つは、大学入学者選抜実施要項というものが局長から各大学長、入試センターの所長に出されておりますが、これの根拠が一体何であるか。  この二点を簡単に御答弁いただきたい。
  272. 佐野文一郎

    ○佐野政府委員 共通第一次学力試験は、大学入試センターが中心になって実施に当たるものでございます。具体的な業務につきましては、入試センターと各国立大学とが分担をして実施をいたします。いわば共同処理になじむものについて入試センターが担当し、試験場の設定、試験監督者の選出、受験案内等の送付、試験の実施、答案の整理、発送、これらは各国立大学が分担をして実施をするわけでございます。  それから御指摘のように、実施要項を局長名をもって国公私立の大学に差し上げております。これは大学の入学者選抜というのは、もちろん各大学において実施をされるわけでございますが、それができるだけ適正なものとなるように文部省としていわば指導をしている、そういう性質のものでございます。
  273. 津島雄二

    津島委員 選抜実施要項というものが一般的な文部行政の枠の中から出たものであるという御説明でありますが、そういう実施要項を基礎といたしまして、いまおっしゃったように共通第一次テストというものが各地の国立大学にゆだねられておるということなんでありますが、そのことについて私は非常な疑問を持たざるを得ないのでございます。いままでですと、たとえばある県ならある県の高校生が自分の学力にふさわしい学校を受けるということになりますと、その学校へ行きまして受験をする、これはそうなんでありますが、今度は自分の受けたい学校とは全く無関係に全部一次テストを受けなさいという形になるわけでありますね。それを受けなければ国立大学は受けられない。そういたしますと、たとえば東北大学なら東北大学を受けたい学生がおりましても、また別のところに一次試験を受けに行かなければならない。非常に各地で具体的に困った例が出てきているわけであります。  時間がありませんのではっきり申し上げますと、私どもの青森県の場合には、これは県庁所在地に大学のない唯一の県なんであります。青森県で一番大きい都市の青森市の多くの高校生たちが、あの雪の一番深い一月に、まだ複線になってもいない、雪が降ればいつとまるかわからない奥羽本線に乗りまして弘前まで行かないと、東北大学も受けられない、東大も受けられない、一橋も受けられない、こういう姿に実はなりつつあるやに聞いているのであります。  大臣も局長も、この一次テストというもの、受験というものを少しでも国民のためのものにするという動機があるとすれば、この辺についてはただ大学の御都合ということでなくて、むしろ受験というものを少しでもいいものにする、学校教育法にも書かれている国民教育を受ける権利に沿った運営をするために必要な指導をやっていただくべきだと思いますが、この点いかがでしょうか。
  274. 佐野文一郎

    ○佐野政府委員 共通入試は、各国立大学がみずからの学力検査の一部として、いわば共同の責任のもとに実施をするわけでございます。それを実施するに際しては、御指摘のように、もちろん第一志望、第二志望を共通入試の際に受験生からは聞くわけでございますけれども、その志望校において受験をしないで、出身地の最寄りの試験場で受験をしてもらうというたてまえをとりました。これはその方がやはり受験生のためには、非常にたくさんの受験生でもございますので、適切であるということを考えたわけでございます。  初めて五十四年度に共通学力試験を実施をするわけでございますから、私どもとしては大学とともに実施の万全を期して不測の事態のないように全力を尽くすということでいま対応をいたしております。  共通一次の試験場につきましては、試験問題を厳正に保管をし秘密を保持しなければならない、あるいは監督者を十分に配置をしなければならない、事故発生の際の緊急対策等を適切にかつ機敏にとらなければならない、そういった点がございますので、試験場を分散して設定することには多くの問題がございます。そこで、五十四年度の入試は最初のことでもございますので、各大学が責任を持って実施し得る範囲で試験場を設定して確実な実施を期することが大切であるということを考え、またそういうことを趣旨として各大学において検討され、入試センターと協議をしてそれぞれ各地における試験場が現在決定をされているわけでございます。  問題のある地域については、これまで私たちも事情は聞いてきておりますけれども、そういった基本的な方針のもとにやはり最終的には各国立大学が判断をされる、その大学の責任における判断というものにまつということになるわけでございます。
  275. 津島雄二

    津島委員 いまの御答弁、私は全く承服できないのでありまして、たとえば青森県の高校生について、何ゆえに弘前にある一国立大学がいろいろなことを決める権限があるのか、これは私はいろいろな意味で問題があると思うのですね。そのように大学の都合だけに任せて、それはもう決定しているというような御答弁は、私はとっても承服しかねます。  きょうは時間がなければあれですけれども、これは別の機会にどうしても究明をしていただきたいと思いますが、大臣にここでお願いしたいのは、受験のことだからこれはローカルな大学に任せるというような態度でなしに、やはり国民教育を受ける権利の問題でありますから、その教育行政の責任者として、必要によっては国立大学とセンターだけに任せずに、必要な指示を与えていただきたい、これをぜひきょうはお約束をいただきたいのでございます。
  276. 砂田重民

    砂田国務大臣 青森の高校生で東北大学を希望の方は、従来仙台まで出かけられたと思うのです。東大を希望された方は東京まで受験に来られたと思うのです。今度は共通一次入試を弘前で受けられるわけでございます。その意味ではいままでよりもよくなったんじゃないでしょうか。  それから、共通入試の問題は、少なくとも五十四年度の来年初めて行いますこれは、大学当局、入試センター、いま大学局長がお答えをいたしましたようないろいろな事故防止等のこともあるものでありますから、また、試験場を確保するというむずかしい問題もありましたものですから、弘前と決めているようでございますけれども、これはどう申しますか、文部省から指揮監督、指図をすることではないように思うのです。ただ、青森の方々からそういう御要望のあることを伺っておりますので、将来の検討課題としては御検討いただかなければならないことではございますが、五十四年度の一回目のことについて、やはり事故防止等万全のことを構えてやりますのにはこういうことに相なった、私はやむを得なかったという気持ちがするのですが……。
  277. 津島雄二

    津島委員 時間がありませんので一言。  いままでよりよくなったというのは、これは大臣、お言葉ですけれどもいただけないのです。いままでよりは悪くなっているわけで、いままでは東北大学を受けたい人は仙台に行けば済んでいる。今度は弘前へ行って、それから仙台に行かなければいかぬ。悪くなっているのです。その答弁はちょっといただけませんので、お返しをいたします。  そこで、いろいろな御事情があるようですけれども、ひとつ御検討の課題として私がここで取り上げたことを取り継ぐことだけは約束していただけますか。決まったという御答弁はきょうはお受けできません。
  278. 砂田重民

    砂田国務大臣 お受けできないと言われると困ってしまうのですが、検討課題だとは心得ております。
  279. 楯兼次郎

    楯委員長 原茂君。
  280. 原茂

    ○原(茂)委員 きょうは、さきの阿久遺跡の問題を先にお伺いし、そうして少年自然の家についてお伺いをして、次いで国際児童年の問題に三番目に入り、最後に東大地震研究所の運営についてお伺いして終わりたいと思う。  最初に、阿久遺跡の問題ですが、長官、約束どおり大分努力されて現地で三者会談が一応成り立ったようです。御苦労のほどを私からも感謝いたします。  そこで、三者の取り決めの内容はわかっていますからお答えいただかなくて結構ですが、それに関連して二、三お伺いしたいと思います。  最初に、土盛りの厚さと遺跡の保存についてですが、埋没に当たって道路舗装の真下にできるなら波型の鉄板を置くなどして万全の対策を講じるような発言が文化庁からございました。これはそういうふうにおやりになるかどうかが一つ。  それから、一メートルというのが現在話し合いの高さになっていますが、そんなに高くしないで四十から五十センチメートルぐらいの高さに抑えて景観の保存にも留意しようということを言われたようでございますが、それはどういう方法でおやりになるのか。  それから、道路が通るということで遺跡が東西に分断されます。これは中央道が通るのですから、当然分断されるなど不備は免れないと思いますが、道路工事だけでなくて史跡の整備計画の中でそういう不備をカバーする方策を積極的に取り入れていきます。こういう補足の説明が文化庁からありました。  まず、この三つについてお伺いをしたい。
  281. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 阿久遺跡につきましては、先般来御質問ございましたとおりのことで、何とか保存をする方法で努力をいたしまして、最終的にはいま御指摘のように、土盛りということで、遺跡を、そこを切ることによって壊してしまうことだけは避けることができました。現在のところ、私が聞いておりますのは、約一メートルの高さに盛り上げるということを聞いております。そういう形で何とか後年に至って、いつになるかわかりませんけれども、さらに調べなければならない必要があったときにはまた調べられる可能性は残しておくということでございます。  それから、その辺は遺跡群でございますので、その周り一帯の遺跡の調査もこれから続けてまいりたいと思います。そして、これは今後文化財保護法のたてまえの上でどういうふうに措置していくかということをこれから検討してまいりたい、そういう状況でございます。
  282. 原茂

    ○原(茂)委員 もし長官が細かいことをおわかりでなかったら吉久さんがおいでで、おわかりの方どちらでも結構ですが、私がいま聞いたのは、中央道の舗装道路ができますが、その真下に波型の鉄板を置いて長く保存が可能のようにしようという発言が文化庁からあったのです。そういうことも本当にできるのか、おやりになるつもりなのかが一つです。  それから、周りの景観も考えまして一メートルということでなくて半分ぐらいの高さに抑えるということも公団などと相談してできればやりたい、こういうお話があったので、自然団体は喜んでいるのですが、それが二つ。  それから三つ目には、いまの史跡の整備計画の中で、できる限り分断されたものを、分断されたということの弊害をより少なくするように考慮していく、こういうお話があったのですが、この点、そうおやりになりますかどうか、三つに分けて答えていただきたい。
  283. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 いまここへ担当課長が来ておりまして、様子を聞きましたけれども、担当課長もまだその鉄板とか具体的な高さ、一メートル弱と聞いておるそうでございますけれども、それについては十分承知しておらないようでございます。これは直接技官あるいは専門家の方でいろいろそういう御相談をしているのだと思います。  いずれにいたしましても、趣旨は、できるだけ残す、破壊しないようにすることでございますので、その辺はさらに私どももよく注目いたしまして、技術的にできるだけ可能な方法で、できるだけ破壊しない方法でやりますように監督してまいりたいと思っております。  それから、遺跡をできるだけ分断しないようにという全体の問題でございますけれども、これからこれを文化財保護法のたてまえで指定するかどうかという問題が起こってまいります。当然指定の有力な候補になってまいりますので十分調査をいたします。  ただ、具体的に指定いたします場合にはいろいろな要件がございます。調査を十分にすること、範囲をはっきり確認することも必要でございますし、あるいは地域内の土地所有者との関係がございます。指定になりますといろいろな制約が加わってまいりますので、そういうこと、その他関係者との調整等がございますので、そういったものをよく検討した上で史跡指定の将来の可能性についてこれから探ってまいるわけでございますけれども、その過程におきまして先生の御指摘のような点につきましては十分注意いたすように努力いたしたいと思っております。
  284. 原茂

    ○原(茂)委員 お伺いしょうと思った史跡の指定でございますけれども、決定するとすればめどはいつごろでしょうか。
  285. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 これはまず十分な調査が必要でございますが、範囲の確定のためにはかなり調査に時間がかかるようでございます。調査だけでもどうしても一年くらいかかってしまうようでございます。それと同時に利害関係者との意見調整もございますので、できるだけ早くとは私ども考えておりますけれども、そういうテンポでこれから仕事が進んでまいるわけでございます。
  286. 原茂

    ○原(茂)委員 それから、半永久的な高速道の下の保存が果たして本当の保存と言えるかどうかは最初から、今日、これからも疑問ですが、保存ということを十年単位で考えるのではなくて、百年あるいは千年の単位で長い目で見るとき、こういう方法もいいのじゃないか、こうおっしゃられたのです。これは文化庁の現地における発言です。こうおっしゃつたのですが、阿久の場合は特殊なケースなんであって、ほかにこの種の問題が起きたときにまた同じことをやることはないかどうかですね。すべきではないと思うのです。これは本当に特殊なケースなんで、ぴちっと土を乗せて保存をして上へ道路が通ってしまった、百年、千年の間に必要があったら掘り出してまた見るなんということは、口では言いますけれども、実際に中央道ができてしまった後、不可能とは言いませんが、可能だと言い切れるものでもない。したがって、こんなことがこれからこの種の遺跡保存に対して使われては困ると思うのですが、この点についてはいかがですか。
  287. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 仰せのとおり、その上へ土盛りをして道を通すのは最善の策ではございません。できればそれを避ける、あるいは橋をかけるとかよけて通ることが望ましいと考えたわけでございますけれども、いかんせん客観的情勢が許さないのでこういう方法をとったわけでございます。  ほかにもこういうような開発に伴う遺跡の問題が方々に起こっておるわけでございますけれども、可能な限り事前に察知して、計画の初めから避けて通ることを第一の眼目として努力いたしております。  しかしながら、地下の遺跡の存在状況は、発見が大変むずかしゅうございまして、十メートルくらいの違いで前にわからなかったものがぼっと出てくるというようなこともございます。そういうようなこともございますので、また同じようなケースが皆無というわけにはいかないと思いますけれども、私ども仕事をしてまいります上においては、できるだけ避けるように努力いたしたいと考えておる次第でございます。
  288. 原茂

    ○原(茂)委員 それから、御存じのようにこの遺跡の最大の特徴というのは、環状集石群といいますか、これが特徴なのです。できるだけもとどおりに残すということを基本にしなければいけないと思うのですが、この点はよほど注意をしないと、ちょっとした不注意からどんどんこれが欠けていきますので、環状集石群という特徴が、この困難な作業の中でもきちっと残るように十分な配慮をしなければいけないと思いますが、このことは配慮していただけるかどうかが一つ。  それから、下層に住居址群があるのですが、この調査は集石群を破損しないとできないのです。なかなかむずかしいのです。しかし、破損してもらっては困る。かといって、やはりいまもうわかっているのですから、下層の住居址群というものも、何といってもこれも保存をし、きっちりと確認をしたいという点に対しては、特段の考慮と作業の手順等を考えていかなければいけないと思うのですが、この点もおやりいただけるかどうかが二つ目。  三つ目には、全体として竪穴の所在を知るようなことがここでは必要になってくるのです。しかし、それは文化庁の言によりますと、発掘しなくても竪穴の所在を知ることは可能だと言い切ったのではなくて、可能なこともありますよ、こう言われたようですが、そのことが本当にできるのかどうか、私にはわかりませんが、しかし、この集石群の周辺のあるだろうと考えられる竪穴についてでございますが、この竪穴を発掘しないで知る方法もあるでしょうと言ったらしいのですが、かつてその経験がおありなのか、実際に阿久においてそれが可能だとお思いになるのか、三つ。
  289. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 これからあの近辺一帯を調査をいたしまして、大体その範囲を確定いたしたいと思っております。それで、大体その範囲がわかりますれば、それをそのままできるだけ保存していく。もちろん、その土地の表面がどうなっておるか、いまどういう人が持っておるかという状況によりますから、その後またいろいろ問題が起こってくると思いますけれども、できるだけそれをそのまま保存するようにという努力をしてまいりたいと思っております。  それから、これは遺跡の場合の常に起こる矛盾でございますけれども一つの遺跡が、ある時代の遺跡だけではない。重畳的に、その上に火山灰が入って、その上にまた別な遺跡がある、いずれも貴重であるというようなことがよく起こってまいります。その辺につきましては、そういったものの処理につきましては、これは専門家の意見を十分徴しまして、専門家の方で議論してもらいまして、両立させる方法があるのかないのか、仮にどっちかを壊さなければならぬとすれば、どちらを壊した方がいいのか、当然壊す前には十分な記録をとったりするわけでございますけれども、そういったようなことの処理をいたしたいと考えております。  それから、竪穴の所在でございますが、これはなかなか地表の状況だけから見つけるということはむずかしいようでございますが、ただいま申し上げました遺跡の範囲を確定して、大体この範囲内だろうということがわかってまいりますれば、かなり強くある地区には集中してあるだろうという推定ができる、そういうことを申し上げたのであろうと思います。
  290. 原茂

    ○原(茂)委員 それから、いまの計画ですが、大早川、阿久川などの谷は埋め土、土を埋めることになっておる。一部工事が完了もしていますが、工法上からもその上にさらに土を盛る、今度の土盛りですが、というのは無理があるので橋梁に変更する可能性があるとおっしゃられたのですが、いままでの検討の結果はどっちでしょうか。橋梁に変更をしますか。
  291. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 土盛りをいたしますと、やはり一メートルばかり真ん中の部分が高くなります。そうしますと、両端の部分について、下の地形の状況によりましては、土で盛ってしまうよりは橋をかけた方がいいというような状況も起こってくるであろう、そういうことのようでございます。
  292. 原茂

    ○原(茂)委員 そうすると、橋梁にする可能性がやはり出てくる、そのときはそうするということになります。  それから、この種の三者会談で大体の、まだ合意をしたことになっていないと思いますが、各種団体が、三者全体が相当審議をして、文化庁の提案に対してOKを出して初めて完全に一致するわけですが、現在のところ、この関係団体でOKを、これでよろしいと言ってきたところがありますかどうか、それが一つ。  それから最後に、何と言っても地元、あそこは柏木区と言うのですが、柏木区とは、工事を進めるに当たって細部にわたって検討をしませんと、不測の問題がまた起きます。十分な柏木区との打ち合わせをした後でなければ実際には着工しない、手をつけないということにしなければいけないと思いますが、そうやっていただけるかどうか、その二つだけ。
  293. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 この土盛り案におきまして、大体地元の各関係方面は御了承の線に向かっておるというふうに聞いております。ただ、正式にまだはっきりよろしいというふうな意思表示をされたのは、県の考古学会、これははっきり現地の新聞にも出ておりますけれども、そのようでございます。ただし、ほかの団体も大体においてその方向に向かっておるということを伺っておりますので、さらに十分詰めまして、円満に解決するように努力いたしたいと思っております。(原(茂)委員「柏木区のことは」と呼ぶ)  柏木地区の方というのはまさにその地権者の方でございますから、これは十分話し合いをしまして進めたいと思っております。
  294. 原茂

    ○原(茂)委員 阿久問題はそれで結構ですので、いまお伺いしたような方針を守りながら、しかもできるだけ工夫して、より全体的な要望にこたえるように、たとえば一メートルをできるだけ五十にするとか四十五にするとかということもやり、それから波形鉄板を置いて、より保存ができるようにするとかといったことも、ただ可能性だけでなくて、追求をしておやりいただくように、これは私からもお願いをして、文化庁結構です。終わります。  それから次に、少年自然の家について文部省にお伺いします。  十三カ所を考えて十二カ所はすでに決まったように聞いていますが、実際にでき上がっていたり、決まっただけで工事中であったりというようなものと、仕分けをするとどんなふうになりますか、十二カ所。
  295. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 お答え申し上げます。  ただいま先生御指摘のように、十三カ所の計画のうち十二カ所につきましては、すでに候補地等について一応の決定をいたしておりますが、毎年一つずつ開設をしていくという計画で進めておりますので、現在のところ、国立室戸少年自然の家が五十年の十月一日に設置をいたしまして、以下、国立那須甲子少年自然の家、国立諫早少年自然の家が設置をされておりまして、第四番目の宮城県花山村に設置されます自然の家が五十三年の十月一日に設置予定でございます。もちろん設置するということは組織上設置されることでございまして、実際に事業を開始するのは設置の時期より数カ月おくれて受け入れの事業を始めるわけでございますけれども、現在そういうことになっております。  それから第五番目、これは奈良県の曾爾村。第六番目、北海道日高町。第七番目、岡山県賀陽町。ここのところは現在それぞれ開設を目指して年次的に建設が進められておるところでございます。  それから第八番目の少年自然の家、富山県の立山町でございますが、これは本年度創設調査費がつきましたので、これからいろいろと創設のための調査をいたすことになっております。  それで残りの、決まっております十二から八を引きますとあと四つの、福井県小浜市、山口県防府市、福岡県夜須町、鹿児島県鹿屋市につきましては、現在一般調査という段階でございます。
  296. 原茂

    ○原(茂)委員 ちょっと三つ答えていただきますが、いまの高知県の室戸、福島県の那須甲子、長崎県の諌早、宮城県の花山、この四つは大体平均してどのくらいの予算が取れたのですか、それが一つ。  それからあと建設中のもの、それから本年度予算調査費がついて調査を始める立山、こういうものはどのくらいの予算考えているのか。  それから三つ目に、福井以下一般調査にいま指定はされていますが、これは先ほどの説明によりますと、五十三年が宮城県の花山ですから、奈良県のやつが五十四年、次が五十五年、五十六年、五十七年、五十八年、五十九年、六十年、六十一年にならないと、この十二カ所目の設置というのはないというふうに考えていいのかが三つ目。  これについてお答えいただきたい。
  297. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 第一点の、施設について大体どのくらいの経費がかかるかということでございますが、一応それぞれのときの物価の関係もございますけれども施設の完成までに施設整備のために要します経費は、室戸の場合十二億七千万、那須甲子の場合十四億三千万、諌早の場合十五億と、大体それくらいの見当で施設整備はいたしております。  それから、あと創設の調査につきましては、いろいろとその土地の造成なり何なりということで大体三千万を計上して、まず最初の年は対処をいたすことにいたしております。  それから、一年に一つずつつくると相当長期の計画になるではないかという御指摘がございましたけれども、ただいまのところは先生御指摘のような計画で設置をしていくことに国立についてはなろうかと思っております。
  298. 原茂

    ○原(茂)委員 私が申し上げた三つ目の質問は、六十一年にならないと鹿屋市が設置にならぬ、大分先へ行き過ぎるような気がするのですが、これを途中で予算を何とか繰り上げて増加して年に二つだなんということはもうないと見ていいですか。一年一カ所というのは絶対の原則ですか。
  299. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 まず先生の御質問の中で、私どもの御説明の仕方があるいは悪かったのかもしれませんけれども、一般調査の方はちょうど北から南に読み上げたものでございますから最後が鹿屋市になりましたけれども、鹿屋市が一番後だということではございませんので、その点はひとつ御了解いただきたいと思います。  それから、いまのところこれは大変大きな施設でございますし、それから定員を一カ所二十二名ほど必要といたしますので、両方の絡みで大蔵省との間でも一年に一つということの約束を取りつけるのに私どももかなり苦労いたしましたので、現在の段階では一年に二つやるというところまではまだちょっと私ども考えておりません。
  300. 原茂

    ○原(茂)委員 大体収容人員四百名ぐらいというのが平均の目標になっておるようですね。いまお話があったように定員も二十名は要るという。その定員というのは文部省の総定員法による定員ですか、二十名要るというのは。
  301. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 先生御指摘のように、文部省の総定員、いわゆる総定員法の中の定員でございます。
  302. 原茂

    ○原(茂)委員 そうすると、これだけは定員が年々二十名ずつふえることはもう約束されている、こう見ていいんですな。
  303. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 私どもとしてはそのように理解いたしております。
  304. 原茂

    ○原(茂)委員 理解してそれが実現できるように努力しないと大変ですよね、定員がそれだけふえるということは。ぜひやらなければいけないと思いますし、これはいい仕事ですからやっていただきたいと思うのです。  健康的な施設をつくり少年を自然に親しませるというのですが、一体何人ぐらいから入れるのか、一人でも入れるのか、あるいはそれじゃいけないので、複数以上の何人かというのだろうと思うのですが、その場合何か資格があるのかどうか、どういう資格で入れるのか。  それからそこへ行くのに指導者みたいな者がいなくていいのかということも一つ問題になる。  それから何泊くらいを限度にしているのか、限度として五泊とか一週間とかそれがあるのかないのか、ずっと一カ月くらいできるのかどうかということをひとつ。
  305. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 お答え申し上げます。  ただいまのところグループでお越しいただくということを原則にいたしております。ただ、そのグループと申しますのは、あるいは学校でクラス単位でお見えになる方もございます。それから子供会あるいはいろいろな地域の子供さんがまとまって、お父さんとかお母さんと一緒に見えることもございます。そういうようなことで、いろいろな形のグループを受け入れておりますが、ただいまのところはまだ一人で見える方を受け入れるというところまでは参っておりません。  それから、そのグループには、もちろん施設の職員もいろいろとプログラムその他については御協力はいたしますが、やはり何といっても少年の集団でございますので、そのグループに何人かの指導者の方がついてきていただくようにお願いをいたしております。  それから、一カ月も置くかというお話でございますが、これは特にそういうことは困るとは申し上げておりませんけれども、現在のところ二泊三日程度のグループが一番多いというのが実情でございます。
  306. 原茂

    ○原(茂)委員 先ほど聞かなかったのですが、事業開始をやっているところはどことどこですか。
  307. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 事業開始をいたしておりますのは、国立室戸少年自然の家、それから国立那須甲子少年自然の家、この二つはほぼ施設が完成いたしました。ただ、那須甲子の方は、あと離れたところに多少野外活動の拠点を置くということで、その施設はなお建築中でございますけれども、この二つは施設がほぼ完成いたしましたのでフル回転をいたしております。  それから諌早少年自然の家につきましては、昨年の十月に設置をいたしまして、本年に入りまして三月にまず事業開始をいたしましたが、まだ施設も建築中でございますので、運営はしておりますけれども、まだフル回転というわけにはまいっておりません。
  308. 原茂

    ○原(茂)委員 子供の泊まる費用はどのくらいですか。
  309. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 お答え申し上げます。  まず、経費という意味におきまして宿泊施設の利用の費用という面におきましては、無料でございます。ただ三食九百七十円の食費だけは、これは別途食堂に委託してやっておりますので払っていただきますけれども、あとの施設の利用という面においては無料でやっております。
  310. 原茂

    ○原(茂)委員 それは指導者も無料ですか。
  311. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 同じでございます。
  312. 原茂

    ○原(茂)委員 このいただきました資料をちょっと見ても、大都市周辺にはもうちょっと数があってもいいんじゃないかという気がするのです。東京、大阪の大都市周辺だからというので十二カ所の密度が特に配慮されているように思えないのですが、それは将来とも配慮しない、いま考えているだけで終わり、こういうことになりますか。
  313. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 先生御承知のように、国立の少年自然の家のほかに、それぞれの地方公共団体が設けております少年自然の家も百カ所以上ございます。そういうことで、国が設置いたします場合には、そこで野外活動などが十分できるようにという配慮でむしろ広い土地を求める、しかも同時にそれぞれの地域的な分布を考えるというようなこともございまして、実は先ほど来申し上げました十二カ所の場所が決定したわけでございます。  実は青年の家も国立で全国で十三カ所ございます。そういうことも考えまして、両方とも同じ数まではつくろうということで始まった話でございますので、欲を言えばいろいろなことがございますけれども、いまのところそれから先まではちょっと考えていないというのが現在の段階でございます。
  314. 原茂

    ○原(茂)委員 わかりました。  そこで最後にお伺いしたいのは、十三カ所目は甲信越のようですね。御存じのように私は長野県ですが、特に選挙区の高遠町がぜひにという非常な熱意を持ってこの誘致を考えているようなんです。だからといって、もう一つ妙高か何かがあるようですが、妙高をそっちのけにして無理に高遠にとは言いません。しかし非常な熱意を持っていることは事実で、いろいろな要請がございます。したがって、いま審査されていると思いますが、十三カ所目を甲信越で選ぶとすると、その条件、どういう点を比較なさっているのか、高遠町に可能性があるのかどうかということまでわかるように答弁をしていただきたい。
  315. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 お答え申し上げます。  ただいま先生御指摘のように、甲信越地区につきましては高遠町と妙高側からそれぞれ御要望が出ております。そしてこれはまだ書類の上でのいろいろ伺った話でございますけれども、いずれもなかなかいい場所のように承知をいたしております。そこで私どもといたしましては、県の教育委員会を通しましていろいろな条件あるいは状況を伺っておるのが現在の段階でございます。  いずれ専門家の方々によりまして現地調査をしていただきまして、そういう先生方の専門的な立場からの御意見も承りまして最終的に判断をいたしてまいりたいと思いますが、そのときは先ほど申し上げましたように、土地の広さあるいは野外活動に適しているかどうか、さらには施設をつくるにつきましてたとえば道路がどうなっておるかとか、相当多数の少年たちがそこで生活をいたしますので一体水の便はどうかとか、あるいは汚水処理の問題も最近はなかなかやかましゅうございますので、そういうことについてどういうふうな条件になるか等々、いろいろな要素をそれぞれの観点に立ちまして専門家の方々に御審査をいただきまして、最終的には決定させていただきたいと思っておるところでございます。
  316. 原茂

    ○原(茂)委員 十三カ所目を調査した上で決めようというめどは、大体いつごろですか。
  317. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 一般的に申しますと五十四年度予算編成の時期になろうかと思います。ただ、専門家の方々の御調査の結果によって、最終的な判断は、どこにするかあるいはいつ決めるか等も多少流動的な点はございますけれども、一応は五十四年度予算編成の段階で考えさせていただきたいと思っております。ただ、先ほど先生も御指摘のように、実際に設置されるまで大分時間的なこともございますので、あるいは御調査の結果、専門家の方々の方からもうちょっと慎重にというようなお話等もないとは言えませんが、いまのところは五十四年度予算の編成の時期かと思います。
  318. 原茂

    ○原(茂)委員 わかりました。五十四年度予算編成の時期をめどに大体決定をしたい。決定されたからといっても、先ほどの話じゃないが、六十二年にならなければ設置に入らない、大変先のことになります。しかし、相当の熱意を持って全県的にいま動き始めたようですから、調査の結果が同じような結果になったなら、そのときはまた私が特段のお願いに上がります。それまでは行きませんが、ぜひひとつ、いまから陳情しておきます。  最後にこの点で一つ聞きたいのは、国立公園とか特別指定地域とかの方がいいとか悪い、とか、そういうことは条件になりませんか。
  319. 望月哲太郎

    ○望月政府委員 お答え申し上げます。  ただいままでのところ、それは余り条件になっておりません。
  320. 原茂

    ○原(茂)委員 結構です。どうもありがとうございました。これはそれで終わります。  次に、国際児童年についてお伺いしたいのですが、どうやら最近になって総理府担当でこの問題を進めていくということに決まったようですが、どうですか。
  321. 砂田重民

    砂田国務大臣 おっしゃるとおり、総理府が中心になりまして政府の中に委員会を設けて準備にかかることに相なります。
  322. 原茂

    ○原(茂)委員 これは当然のことなんですけれども、国連から強く要請されて、リム女史まで日本に来て、準備委員会といいますか国内委員会みたいなものを早く設置してくれと言われてようやく今日腰が上がったという状態になり、もちろん文部省も参加して、結果的には総理府が推進役を務めるということになったんだろうと思います。  いまの国内委員会ですが、国内委員会は一応今月の十五日をめどにつくろう、学者、文化人などの参加を得てその委員会をつくりたいというようなことを言われていますが、その点間違いありませんか。
  323. 木戸脩

    ○木戸説明員 お答えを申し上げます。  議員がおっしゃっているとおり現在国内委員会のメンバーの人選を進めておりまして、国内委員会の大綱とともに来週じゅうには政府としての正式の決定をするべく、現在準備を進めております。
  324. 原茂

    ○原(茂)委員 あなた総理府の方ですね。——その委員会、仕事は何をやるのですか。
  325. 木戸脩

    ○木戸説明員 国際児童年の事業は各省に広範にわたると思いますので、国際児童年に参加する事業の調整、ある場合には全体としてのまとめみたいなものもあるかと思います。それからこれら事業の全体的な推進。これら二つが主な任務になろうかと思います。
  326. 原茂

    ○原(茂)委員 この国際児童年の国際会議的なものはないようですね。そうして各国が国内において行っていく、そうですか。
  327. 木戸脩

    ○木戸説明員 私どもそのように理解しております。
  328. 原茂

    ○原(茂)委員 それで、これは新聞の報道ですからきょう確認をしたいのですが、ある自治体によっては児童博覧会をこの児童年に当たってぜひやりたい。それに対して自民党の役員の皆さんが、大いにやれと言って推進役を務めているとかいろいろ新聞に書いています。これは事実なんですか。これから各地方自治体がそういったことを、国際児童年に当たってこういう計画をやりたいということをどんどんいまの国内委員会あたりへ持ち込んでくる。それを委員会あたりがよく見た上で、推進させてみたり調整をとったりというようなことがあり得るのですか。  ということになれば、それが仕事ならば、日本の国内における各地方自治体が来年の児童年に当たっていろいろと計画をこれからつくるということがされていいのかどうか、あわせて。
  329. 木戸脩

    ○木戸説明員 現在愛知県から、国の事業として愛知県で国際児童年のまとまった事業をやってくれないかという提案は来ておりますが、まだそれを受けるとか受けないとかということは決めたわけではございません。  それから、各地方自治体におきましても、やはり国際児童年を記念していろいろな事業をやりたいという意向があるということは聞いておりますが、まだ具体的にこうしてほしい、あるいは国としてこういう点について相談に乗ってほしいというような具体的な申し入れはございません。  いずれにいたしましても、いわゆる国内委員会が発足した後で、どういう体制でどういう方向でそういうものに対処するかということを決めるべきであるというふうに考えております。
  330. 原茂

    ○原(茂)委員 わかりました。  予算の面はどうなんでしょう。各自治体からいろいろ来たにしても、いよいよ推進委員会がいろいろ相談に乗ったり審議をしたりして、愛知県でこれをやる、北海道、札幌でこれをやるということが決まったときの国としての予算的な措置、めんどうを見る方向で検討するんですか、一切予算の面はだめというんですか、どっちですか。
  331. 木戸脩

    ○木戸説明員 議員御指摘の問題につきましては、これから検討すべき問題と考えますが、一般的にたとえば博覧会とかそういったような事業について国として補助金を出すという制度は、現在までにはないわけでございます。現在もたとえば児童公園についての補助とか個々の事業についての補助はございまするけれども、全体としてそういったものに対する補助というものはないわけでございます。  国際児童年は、いわゆるお祭りをするということでなくて、じみちに児童問題を考える、あるいは開発途上国の児童問題を考えるということでございますので、余りそういったお祭り的な事業に走るということは、そう好ましいこととは思っておりません。  いずれにいたしましても、来年度予算要求の段階で各省からもいろいろな提案、意見が出てくると思いますので、それらもいわゆる国内委員会で十分に検討をされるべきだというふうに考えております。
  332. 原茂

    ○原(茂)委員 ここでついでに、国連の児童基金についてちょっとお伺いしたいのですが、ユニセフですね、この基金の日本負担分というのは、ベストテンにはようやく入っているのですが、米国はもちろん一位になっていますが、スウェーデン、オランダ、ノルウェー、カナダ、シリア、英国、西独、デンマーク、日本、五十一年十番目ですよ。五十二年が九番目、五十年が八番目。金がないせいか、だんだんランクがおっこっちゃって、八番目が十番目になりまた九番目になるというほど、どうも日本の出しっぷりがよくない。五十三年度に至ってはまた十番目におっこっちゃって、金額も五十二年度よりは五十三年度の方が少なくなっているという状態のいわゆる国連の児童基金が出されているのですが、これはどこで審査するのか知りませんが、いま申し上げたようなシリアだ、ノルウェーだ、スウェーデンだ、スイスだという国よりも少ないというような状態が妥当だとは思えないのですが、少なくともいわゆる児童に対する児童憲章が日本には厳として存在し、この点相当の関心を持って推進していかなければいけない立場ですが、このユニセフのいま言ったような非常に負担分の少ない理由、それから年々おっこってきた理由、これをまず第一にお伺いしておきたい。
  333. 丸山俊二

    ○丸山説明員 お答え申し上げます。  先生御指摘のとおり、たとえば国連分担金の負担率等に比べますと、わが国のユニセフに対する拠出のいわば拠出率でございますね、それが低いのは事実でございます。ただ、過去数年間にわたりまして、私どもとしましても着実な拠出金の増加を図っております。伸び率を一層伸ばすように、今後とも鋭意努力してまいりたいと思います。
  334. 原茂

    ○原(茂)委員 たとえば来年度、鋭意努力してもっとふやしていくような予定があるのですか。
  335. 丸山俊二

    ○丸山説明員 明年度予算要求につきましては、まだ外務省内部でも詰めた議論はしていない状態でございますが、担当部局といたしましては、従来の実績も踏まえまして増加を鋭意図っていきたい、こういうふうに考えております。
  336. 原茂

    ○原(茂)委員 丸山さんおいでになったのですが、ユニセフの問題は外務省のときにもう少しまたお伺いすることにして、この国際児童年の件はこれで終わりますから、関係者結構でございます。  それから最後に、東大地震研についてお伺いをしたいと思います。  きょうは所長さんがおいでいただいているようですが、所長さんにお答えいただけるような内容だけお伺いをして、地震予知その他についてはお伺いしょうとは考えていません。  そこで、長い間、紛争が足かけ約四年続いたわけですが、四十九年にこれが収拾されました。地震研では当時、いまでもある意味では誇りを持っているのでしょうが、国際的にも権威が認められていた東大地震研というものがあの大きな紛争をやったわけですから、わが国の地震研究という面にとっては大きな損害だったことは免れないと思うのです。ない方がよかったに違いない。研究の推進という点で支障があったろうと思います。東大地震研には本来教授が十三名、助教授が八名、これに講師、助手、技官などを加えますと、研究スタッフは大体百五、六十人を超えるのじゃないかと思いますが、事務職員を除いても八十名から九十名くらい、全国の地震学者というものはわかりませんが約二百人くらいとして、その半数くらいを占めている人がおいでになる。結局、いままで起きた過去の紛争によって予知研究のおくれというものがあったんじゃないかと思うのですが、全然ないのか、多少ともそういう影響があったとお思いかどうかを、まず第一にお伺いしたいのです。
  337. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 いま御指摘のありました、紛争によって予知研究におくれがあったのではないかということでございますが、紛争が何しろ四年近く続いたものでございますから、現実的な問題としましては、われわれ研究スタッフの面で、頭脳的な研究の推進ということでは非常におくれをとったということは感じられます。ですけれども、これはその後のことを考えますと、データを集めるとかそういう基礎的な面では、絶対にそのころでもおくれをとっているということではないのでありまして、そういうものを最終的にいかに料理をするか、こういうところで確かにわれわれ紛争に時間をとられた面もございまして、いまから考えれば少しおくれたのではないかという感じはいたします。  ですけれども、これはそのころのことでございまして、その後すでに四年たっておりまして、地震研究所のみならず全国の大学研究者というものは非常にふえてまいりまして、現在ではそういう懸念は一切ございません。
  338. 原茂

    ○原(茂)委員 貴重な時間ですからざっくばらんにお伺いいたしますが、たとえば北大、京大を含めてほかの大学もやはり地震研究をやっておいでになりますが、このほかの大学のチームと東大地震研のチームとの間に、何かあれを契機にしていままでにないような精神的な対立抗争、実質的、学問的な不調和というようなものが起きてきたように考えられますし、事実そういう面があるように私は思うのですが、特にいままでのいわゆる東大中心地震予知などを考えたときの、この大学全体のチームワークというものを考えたときに、従来と同じような形で東大がこの地震研全体の中に復帰するというなら、少なくとも大学における地震予知研究東大が中核になって共同観測の世話をしたり、データの集中をやったり、あるいはセミナーの開催などをやって、同時に他の大学の教授などが自由に東大地震研の施設を利用できるようにというようなことをいままでと違って東大がはっきりと約束をし、それを実施してくれない限り、従来と同じような形で東大中心地震予知グループというようなものになることはちょっとむずかしい、不可能だ、困るというようなことが、他の大学の意向、あるいは測地学審議会等もこの方に加担をして、そういう意思表示がはっきりされた、あるいはされていると聞いていますが、この問題が事実ありますか。あるいはその問題はすでに解決したということになるのかどうかが一つです。  御存じのように地震予知の第三次五カ年計画がすでにスタートしていますが、この第三次五カ年計画には、紛争前と同じような形で、東大が先ほど申し上げたようなことが解決した上で参加し、ともにチームワークをとっているのかどうかという点、二つに分けてお答えをいただきたい。
  339. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 いまおっしゃいました地震予知に関して東京大学地震研究所研究者と、それから東大以外といいますか他大学研究者の間で対立的な意見があるというようなことをおっしゃっておられますけれども、これは予知に対する一つ見方の違いということがあると思うのです。  ですけれども、それは一つは、紛争中にほかの大学と同じように地震研は第三次計画に参加できないというような面がございまして、そういうことから、後一緒にやるにはどうしたらいいかというときにいろいろ議論があったわけです。それは二年くらい前からわれわれ地震研究所の者とそれから他大学研究者とで企画連絡会議というものをつくりまして、いろいろと議論を進めたわけです。その間で個人個人のいろいろな考え方というものが統合されてまいりまして、最近では全国の地震予知の研究者の合意のもとにこういうことをやろうという一つの線が大体出ておるわけです。これがいまおっしゃいました地震研が地震予知研究の中核となって、たとえばデータの流通を図るとか、そういう問題について具体的な検討がいま進められているところでございます。  ですから、初めおっしゃいました解決したかということは、解決したとはっきり申し上げていいのではないかと思います。  それから第三次の間でどうであったかということ、第三次というのは現在まで続いておりますけれども、この面につきましては、確かに第三次の地震予知計画には入っておりません。これは第三次の計画をした段階で地震研が紛争中であったものですから相談に乗れなかったことと、それから将来のことがわからなかったという面がございますけれども、現在、この数年は、たとえば東海、南関東の地殻活動調査とかいうような問題につきましては一緒にやっております。また、第三次には乗っておりませんけれども、今年度からは南関東のテレメーターというようなものも地震研の施設としてつけることになっております。  そういう面で、初めにおっしゃいましたような東大とほかの大学の対立的なことというのは私は解消したものと信じております。
  340. 原茂

    ○原(茂)委員 そこで、せっかく先生おっしゃったんですが、地震予知の第三次五カ年計画にまだ正式に参加しておられないということは、やはり何かがあるから正式参加をされない。ある意味では、言い方を変えますと、させてもらえない。そんな言い方をすると東大の名誉にかかわるからいけないのでしょうが、参加をしていない。何かの理由があるからしでいないのじゃないか。その何かの理由の主なものは、東大が参加をするならいま先生がおっしゃったような、私が先ほど言ったような四つ、五つの条件を満たさない限り正式参加は困る。また、東大地震研の教官の中には、逆によそ者に勝手に入り込まれて勝手なことを言われたりされてたまるかというような変な、ずっと前から中心的な役割りを果たした東大地震研というその思想考え方がいまだにずっと流れている。一部教官のいわゆるプライドと言っていいのか、何かそういったものが反発的に出てくるというようなものがあって、まだしっくりいかないために、第三次五カ年計画に正式参加をしていないということになるのじゃないかと思うのです。その点先生先ほどもすっきりと問題が解決しているとおっしゃったんですが、しているにしては、いやしくも国際的にもとにかく権威のある東大地震研が、第三次五カ年計画に参加していないというこの事態は、私ども地震予知を早く完全なものを、成果を上げてもらいたいと念願する立場から言うと、不安を感じ、もどかしさを感じます。早くすっきりと従来の、内容的には違ったにしても、指導的な役割りを東大地震研が果たすべきではないか。地震予知に関して特にそのことを、国民的な考え方からいっても力もあり、経験もあり、頭脳もあり、施設もありという、全体のエリアから言うなら約半分を占めると思うような地震予知学上の経験と実績とその知能とを考えたときに、どうも不安で仕方がない。  その不安の原因というのは、先ほど申し上げたような他大学グループから言うと、紛争を契機にして従来のある意味における何か反発が出てきたり、この機会に訂正を要求したりというような要求となってあらわれる。それに完全にこたえてくれる東大地震研になったらと言う。片方では先生方の方で、教官が、冗談じゃない、勝手にいまごろ入り込まれてやられてたまるかといったような反発が出てくるというところに、まだすっきりと参加していないという現象となっているのではないか。地震予知をより完全なものに、より早期にという私どもの念願からすると、そこに、幾度も言うようですが、何かしらもったいなさ、不安、そういうものを感じますが、どうでしょう、もう一度ざっくばらんにお答えをいただきたい。
  341. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 いまおっしゃいましたようないろいろの研究者個人間の感情というものは昔からあったと思いますけれども、現実の問題としましては、さっきちょっと申し上げました企画連絡会議というものは地震研の教授も入っておりますし、それから他大学地震予知関係研究者も入っております。このグループでいまおっしゃったような問題も含めて十分に議論をしたわけでございます。そういうふうな場で十分に議論をしてそれぞれの意見の違いとか物の考え方の違いというものを調整した上で、いま申し上げましたように、最近、また地震研で全国のお世話をするような形の中核になるということについて一つ案をつくりつつあるわけでございます。ですからまだいまでも——もちろんこれは個人的な問題としましてはわかりません。これはちょっと私自身にとっても各人がどういうふうに本当に個人的に考えていられるかわかりませんけれども、少なくとも地震予知というものを全国の大学のものとして考えたときのどういうふうにするかということに関しましては、かなりはっきりと形ができてきているということは言えると思います。
  342. 原茂

    ○原(茂)委員 先生のおっしゃったことも、苦労をされてそこまでいま努力をされている証左だと思いますし、そういったいま審議をしているその答えが出た、その結果、正式に第三次五カ年計画に参加する時期がいつになるかも決定する、そう見てよろしいのでしょうか。
  343. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 第三次の計画は今年度で終わりになると理解しておりますけれども
  344. 原茂

    ○原(茂)委員 今年度中に終わる。だから今年度はもう入らないんだが、次の計画には参加をするという保証はもうすでにあるのだ、こう考えてよろしいわけですか。
  345. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 これはまだ具体的には聞いておりませんけれども、近々のうちに測地学審議会の総会があると承知しておりますけれども、その総会で正式にいろいろなことが決まると考えております。
  346. 原茂

    ○原(茂)委員 地震予知はまだ途上にあって、まだまだ私たちの満足するような地震予知ができない状況にあるわけですね。一日も早く東海にしても何にしてもより確実な予知を希望しているわけですから、当然第三次計画で終わるはずがない。したがって、いままでの先生のお話を聞いていると、次の測地学審議会その他その決定を待って、そのときにはもう間違いなく東大も正式に参加をしてということにつながっているように思うのですが、そういうふうに言い切れますか。そう思ってよろしゅうございますか。
  347. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 文部省の担当局長でございますが、私の方からその点をお答えさしていただきます。  ただいま御指摘のように、測地学審議会におきまして第四次地震予知計画を策定中でございます。五十四年から五十八年度にかけましての第四次地震予知計画を策定中でございますが、ただいま所長の方から御説明申し上げました地震予知研究企画連絡会議というものが東大地震研究所人たちとそれ以外の大学研究者とによってつくられまして、これが一応の検討の結果を大体おまとめになられたように私ども伺っております。近く測地学審議会にこの企画連絡会議の検討結果が正式に報告されるということに相なっております。  そもそも地震研の紛争が大体収束しましたときに、測地学審議会から文部省に対しまして、地震研究所地震予知研究企画連絡会議のようなものを設置して、全国的な観点も入れた地震予知の問題について検討を促すべきではないかという申し入れをもらい、それを文部省東大地震研の方に伝え、助言もした。それに基づきまして、それ以前にも地震研内部でもいろいろ検討があったと思いますが、五十一年十月からいろいろな検討が進められて今日に至っておるわけでございますので、測地学審議会といたしましても、地震予知研究企画連絡会議の報告を十分に尊重もし、これを第四次計画の具体の問題として積極的に検討されるものと文部省としても期待いたしております。
  348. 原茂

    ○原(茂)委員 梶浦先生、いま井内さんから、測地学審議会の審議等を通じて第四次には間違いなく正式に東大が参加すると言わんばかりの期待を込めた答弁があったわけですが、先生も恐らくそう思っていられると思うのです。  そこで、これは両者にお伺いするのですが、東大地震研が従来得ていた予算研究内容、調査内容あるいはそれらに関連した施設、人員等について得ていた四十八年度までの予算、それから紛争中のもの、紛争が解決した四十九年以後のものというふうに考えたときに、東大地震研が得ていた予算というものがどの程度違いがあったのか、これは井内さんでも結構ですし、先生からでもいいですから、細かい数字は要りません、概括お話し願いたい。
  349. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 概括の数字を申し上げますと、東大地震研究所地震予知関係としていただいておりました予算は、四十八年というのはまだ紛争中でございますが、これが八千八百四十一万、それから四十九年度というのは、これは七月には紛争が解決した年でございますけれども、七千三百二十六万、五十年度というのは紛争の次の年でございますが、九千二百三万、五十一年度が八千五十一万、五十二年度が九千六百七万、端数は落としてございますけれども、これが地震研究所地震予知関係としていただいていた予算になっております。
  350. 原茂

    ○原(茂)委員 一遍にお伺いしてしまったので途中だけお答えいただいたのですが、四十八年度以前三カ年なら三カ年、四カ年なら四カ年、平均で結構です。  それから、五十二年はいま説明がありましたが、五十三年度はどうか。
  351. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 お答えいたします。  地震予知関係の四十五年以降の東大の数値を申しますと、四十五年度一億一千四百万、四十六年度九千九百万、四十七年度九千七百万、四十八年度八千八百万、四十九年以降は、先ほど所長が申し上げた数字でございます。五十三年度は一億八千六百万でございます。
  352. 原茂

    ○原(茂)委員 いまお話のあったように、紛争中も紛争以前も紛争後も余り変わっていない。五十三年度は特に一億八千六百万と非常に多くなっていますが、あとはほとんど変わっていないのですね。七千万から九千万の間ですから、余り変わっていない。一億一千万、九千九百万、九千七百万、そうすると紛争中も紛争後も大差がない数字だと見ていいと思うのですね。  紛争中は、これは何に使ったのでしょうか。この予算が全部使われているのでしょうが、紛争中の予算は何に使われたのか。紛争していながら現在とほとんど変わらない予算が使われている。何に使われていたのか、これはちょっと不思議に思う。これが一つ。  それから、先ほどもちょっと説明があったのですが、関東、東海の調査に関して、これを見ますと四十八年には南関東地域の地殻活動調査をやっています。それから後四十九年になると関東、東海地域の地殻変動特別観測、北大、東北大、東大、名大、京大各理学部が一緒になってやっています。それから、五十年度も同じように北大、東北大、東大、名大、京大各理学部及び京大防災研というのがやっている。五十一年も同じなのですね。ところが、南関東地域の地殻活動調査というのは、東大地震研に四十八年には千五百万の予算がついている。そうして五十二年になりますと、いまの関東、東海地殻変動の特別観測に同じく北大、東北大、東大、名大、京大及び東大地震研と、また出てくるのですね。四十八年に東大地震研に千五百万、南関東の地殻活動調査のために出ている。四十九、五十、五十一はなくて、五十二年になると東大地震研に対して東大の理学部とは別に予知の予算が出ている。これはどういう理由でこうなっているのか。この二つ、お答え願いたい。
  353. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 いま初めにありました紛争中に予算をどうしていたかという問題でございますけれども、こういう予知関係予算とか——これは広く言いますと、研究所予算の大部分は、たとえばその施設を運営していくための予算とか、それから研究の基礎的な意味での器具を買うとか、そういうものに使われるものでございまして、個人個人の使うお金というのは非常に少ない割合になるわけでございます。結局、一つ研究室あるいは一つグループの単位で使うものが大部分を占めるわけでございます。こういうことで申しますと、確かに紛争中には教官は研究室の中へ入っておりませんけれども研究連絡という意味では電話もございますし、外で会うこともできますので、その施設を動かし、たとえば野外観測の器具を買うというようなことに関しましてはほとんど支障がなかったということがございます。ですから、実際にお金の要る予算の面では問題がないような活動をしていたわけでございます。  ただ、一番初めに申しましたように、そういうものを使ってデータができます。そのデータをいろいろ解析して、その最後にいかにそれを解釈するかというところで頭が要るわけでございますけれども、紛争がなかったときに比べますとこのあたりで少し支障があったということでございまして、予算面で申しますと、そういう基本的な活動は全部やっていたと言えると思います。  それからもう一つ、関東、東海の話でございますけれども、これは御承知のことかもしれませんが、まだ四十六、七、八年ごろは、東海、関東というよりは南関東というものが少し注目をしなければいけないような問題になっておりまして、そのころ、南関東関係地震観測のデータを集められるのは地震研の施設であったということで、主として地震研に来ていたと思います。それで、それが広がりまして関東、東海ということになりますと、これは地震研の持っております観測ネットからは外れる面がございます。少し端の方になるわけです。それで、名古屋とかそのほかの大学も一緒にやろうということで入ったのでございますけれども、さきにも申しましたように、何しろ第三次の計画にはわれわれのところは抜けていた。これは予算の面で抜けていたので、仕事の面で抜けていたのではございませんで、われわれの方の既設の経費を使いまして、そういう仕事はちゃんと一緒にやっていたわけです。
  354. 原茂

    ○原(茂)委員 先生、四十八年の説明はわかりました。確かに少し広がって端の方へいきましたよね。東海まで入ってきた。四十九、五十、五十一、これは各大学が共通して一緒に仕事をしたのですね。それで予知の予算も、各大学ともに理学部を中心に出されているのですよ。五十二年になりますと、その各大学の理学部のほかに、わざわざ東大地震研に予算がついているのですよ。ついているでしょう。これはどういうわけなんでしょう。
  355. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 私からお答えいたします。  四十九年から五十三年度までが第三次地震予知計画でございますが、この第三次地震予知計画の策定作業が開始をされましたのが四十七年の六月でございまして、四十七年六月から四十八年六月までかかりまして第三次計画が策定され、建議をされたわけでございます。それで、その時点におきましては、東大地震研の紛争状態というものにかんがみ、第三次計画に東大地震研は乗っからないということでこれも外れたわけでございまして、その意味で、四十九年から五十三年までの第三次地震予知計画には地震研は入っていなかったわけでございます。  地震研の紛争の収束が四十九年の大体七月ころと私どもは判断いたしておるわけでございますが、ちょうど四十九年、五十年、五十一年、五十二年、それから今日までと、特に地震予知につきましての社会的な、国家的な要請も高まってまいりましたので、五十一年、五十二年、特に五十三年は一億八千六百万になっておりますけれども、第三次計画からは地震研を外しておったけれども、この事項については、測地学審議会としても地震研に予算をつけてやらす方が可であるという御意見をもらいまして、私ども予算措置をし、第三次計画の最終といいましょうか、五十一年以降経費がついてきておる、こういうふうに御理解を賜れば幸いかと存じます。
  356. 原茂

    ○原(茂)委員 五十一年じゃない、五十二年度以降ですね。(井内政府委員「はい」と呼ぶ)そうですね。測地学審議会等の意向で、実質的には第三次五カ年計画に、一部ではあるが予算の面では東大地震研が参加した、そういうことになるわけですね。(井内政府委員「はい」と呼ぶ)わかりました。  そこで、最後にもう一つお伺いしたいのは、いまもこの内訳を見ておわかりのように、各大学の理学部の中には東大理学部が入っていて、別に東大地震研にも予算をつける。五十二年度、三年もそうでしょう。同じ地震予知の問題だったら、どうして東大理学部と東大地震研にわざわざ分けているのか、その理由を知りたいのですよね。素人が考えると一つでいいんじゃないか、こう思います。それが一つ。  それから、東大地震研には観測所がどのぐらいあるのですか、恐らく二十カ所前後あるんだと思うのですね。この観測所は紛争中ちゃんとデータをとっていたのか、そしてそのデータがどうなっていたのか。紛争前、紛争中、今日も、この観測所はやるべきことをきちっとやってきたのか。先ほどの先生の説明で一部そうじゃないかと思ったのですが、はっきり聞いておきたいのですが、やったのか。  それでそのデータは、貴重なデータだと思うのですが、紛争中どこに集まったのかですね。その点が二つ目です。  一つ目には、いま言ったように東大の理学部と別に東大地震研に、予算を二つにする必要はない、一つにしちゃいけないのかなあと考えますが、その二点お伺いしたい。
  357. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 第一の方のお尋ねに私からお答えいたしたいと思いますが、たとえば五十三年度、本年度予算で申しますと、地震研に対しまして先ほど申しましたようなある金額の措置をいたしました。それと同時に、東大の理学部にラドンの研究という問題がございまして、これは研究者が理学部におるわけでございまして、そしてこれを将来どこまで整備していくかという問題もあるわけでございますが、同じ国立学校予算でございますけれども研究所と、それから学部、大学院、いわゆる学校とは項が別なものでございますから、従前から理学部の方でタッチする問題もありますので、さよう御理解賜りたいと思います。
  358. 梶浦欣二郎

    ○梶浦参考人 二番目のデータの問題をちょっとお答えいたしますが、普通基礎的なデータといいますか、生のデータといいますか、そういうものは各観測所で保管することになっております。それから、そういうデータを整理いたしまして、たとえば表の形にするとか、そういうふうに整理したものは、地震研の場合でございますと、地震研の観測センターに来ることになっております。  それともう一つは、各観測所にも研究者がおるものでございますから、研究者がそういうデータを整理するだけではなくて、分析いたしまして、ある一つの結論を出す、そういうものも大学地震研の中にございます観測センターを通して、たとえば地震予知連絡会とかそういうところに出るようになっております。
  359. 原茂

    ○原(茂)委員 終わります。
  360. 楯兼次郎

  361. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 四月の十一日にも、障害児の問題について、五十四年度から養護学校の義務化の制度が出発するに当たって御質問をいたしました。残念ながら歯車が合わない点がずいぶんございました。しかし、私ども考え方もある程度は御理解もいただきたいと思うのですが、なおあとわずかな時間ですので、前回お伺いすることができなかった点についてお伺いをいたしたいと思います。  前回歯車の合わなかったというのは、結局大臣の方は、全国で五十七万二千の障害者に対して十七万六千しか、いわば三〇・九%しか実際に養護学校やあるいは養護学級の教育を受けておらない、したがって大臣の方は七〇%のまだまだ養護教育を受けておらない子供たちに対する考え方を述べられた。私は、もうすでに市町村なり府県なりが協力をして養護学校なりクラスなりをつくって教育を受けている側の発言ということで、歯車が合わなかったという点が多々あったと思うのです。ですから、ある意味からいいますと、これから養護学校が義務化になって新設されていったときにこういう問題が起こりますよということを、私ども言っておるのかもわかりません。  そこでまず、四十三年に衆議院の決議もあり、そして早くから体制を整えてこられたのですが、なぜあと七〇%の方々が養護学校や学級へ行けないという状態が続いておるのか、おくれた理由ですね、ひとりお願いしたいと思います。
  362. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 ただいま先生が御指摘になりましたのは、私の方でつくりました「特殊教育資料」のこの青い版だと思いますけれども、この四ページにございますように、御指摘のごとく「五十一年度におきましては、特殊教育学校、特殊学級等就学率が三〇・九%」こういうことでございますが、この比率はいまの推定五十七万二千人に対しまして特殊学級も含めて十七万六千、こういうことからきておるわけでございますが、確かにおくれておりますのは、一つには施設整備というのが十分でなくて相当数の子供さんが普通の学校へ行っておられる。そして現状としては、その特殊学級で勉強されている方でも、教育的な配慮からすればむしろ養護学校へ行った方がよろしいのではないかというような方も相当おられるということがございまして、大体そういった施設全般の整備のおくれということがありましたために、御指摘のような特殊学校、特殊学級への就学率が非常に低くなっておるわけでございます。     〔委員長退席、葉梨委員長代理着席〕 これを逐年努力しながら上げてまいったわけでありますが、一方でこのまま自然の成り行きに任せておってはなかなか済まぬだろうということで、かねて御承知のように、五十四年度を期して義務制を実施することによって、各都道府県にできるだけ速やかに必要な学校施設整備してもらいたいということで、目下整備作業をいたしておる、こういうようなことでございます。
  363. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 いまお伺いしますと、おくれているのは結局施設が間に合わなかったということだけですか。そして、施設が間に合わなかったところは、そういう子供たちは、一般の普通学級、健常児と一緒にやっているわけですか。
  364. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 やはり根本の原因はそこだろうと思います。ただ、一般的に申しまして、御指摘のように、わが国における特殊教育、特に身体障害者、精神薄弱者等の養護学校教育につきましては、実は昭和四十二年に実態調査をしたのが国としては初めてでございます。そして、たとえば自閉症の子供さんはどのくらいいるかというようなことも、その当時にかなり数をつかめた。しかし、今日見ました場合に、その数字がそのとおりかどうかというと、やはりいろいろ問題もあるようでございまして、言ってみればわが国におけるこういう分野における特殊教育自体教育方法なりその対象児に対する思想の普及なり、そういう点も立ちおくれておるということとあわせて、やはりそういうことになっておろうかと思います。
  365. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 施設のおくれというのは、主にどういう理由なんでしょうか。
  366. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 施設がおくれておると申しますのは、御承知のように義務制でございませんから、そこで、率直に申しますと、市町村、県、主に県でございますが、県の段階でどうしてもつくらなければならないという義務を生じていなかったということで、行政指導はいたしておりますけれども、率直に言って一般の公立の小中学校なり高等学校の設置に追われておった、こういうことだと思います。
  367. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 それでは、施設のおくれている地域については、本来なら養護学校なりクラスに入れなければならないのが一般学校に行っておった。そういう場合でもやはり指導委員会でそういうことを判定するわけですか。
  368. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 そこで、義務制が実施になりますと、具体的には来年の四月ですけれども、制度の問題を冷たく申し上げれば、現在小中学校へ入っておられる子供さんでも、指導委員会等でいろいろ検討をされて、これは養護学校へ行くべきだというような子供さんはそちらへ行っていただくというのがたてまえになるわけでございます。
  369. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 いままでのところ、特殊学校としてあるのは、盲学校、聾学校が現にございますね。その盲学校、聾学校等の特殊学校にやることによって、障害児のお父さん、お母さんが実際に喜んでいらっしゃるのか。聾学校、盲学校があっても、やはり地域に行きたいという希望を持っていらっしゃる方が多いのか。その点は御調査になったことがありますか。
  370. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 そういう点の全般的ないわば意識調査のようなことをしたことはございません。
  371. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 ここで時間があれば読みたいと思うのですが、当初特殊学校へ行った子供のお母さんがいろいろ書いているのですね。そして、特殊学校へ行ったけれども、結局満足せずに、何とか地域へ行けないかということで、小学校あるいは教育委員会、ずっと歩いた結果、やっと念願かなって地域の学校へ行って、それからめきめき変わってきたという、訴えている文章があるのです。  それはまた時間があれば読ましていただきますけれども、その前に、たとえば約三〇%のすでに自発的に設けておる養護学校やあるいは養護学級におって、その中の先生方の方から、この子供たちは一般の健常児と一緒に学んだ方が適当だと思うということで、小学校に、入学前のことですから小学校へまず問い合わせがあるわけです。そうすると、いままで受け入れ体制がなかったところへ専門の先生からそういう照会がある。そこでまず最初、校長先生が受け入れるべきか受け入れるべきでないか、判断するわけですね。そうして先生方とともに相談して、まず受け入れようとした。受け入れようとしたけれども、まず教育委員会が理解がなかったら、教育委員会の理解を取りつけるまでやはりそこへ入れるような状態でなかった。そのために、希望があったけれども、そして現場の養護学校の専門の先生が一般の教室へ入れる方がいいと判断したけれども入れなかったという例があるんです。  こういった場合に、これは指導委員会じゃありませんけれども、判別委員会ですか、の先生方にしろ、恐らく一回や二回来てもわからない。結局、二年なり三年なりずっとめんどう見てきた養護学校の専門の先生からこういうことがあっても、受け入れ体制がなかったら入れませんね。学校側の理解あるいは先生の理解、校長の理解があっても現場担当の先生の理解がなかったらだめなんです。あるいはまた、先生まで理解があっても今度教育委員会の理解がなかったらだめだ。さらにもう一つ進んで、父兄の理解がなくてもまた入れないという場合があるんですね。  そうすると、せっかく一般の学校へという希望が親も先生もありながら入れないというような場合、これはいままでにずいぶん起こってきているんですね。今後もそういうことが予測されますが、その指導委員会で本当に適当な判断ができますでしょうか。
  372. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 就学指導委員会の言ってみれば能力といいますか、その点は先回のこの席でも大分先生からいろいろ御意見がありまして私もお答え申し上げたと思いますが、その後いろいろ就学指導委員会を構成する医者のメンバーというものについて検討もいたしましたけれども、その専門等を見ましても、たとえば大阪府下の市町村の例で見ますと、精神科のお医者さんが三分の一くらいだったと思いますが、あと整形とか小児科とかいろいろおられるわけで、それぞれ専門も違いますれば、障害児に対応する能力も異なるだろうというふうに考えるわけでございまして、全般的に申して就学委員会の鑑別する能力が常に万全だというふうには考えておりませんけれども、しかし、やはりおよそそういう障害者教育というものが将来に向かって医学なり心理学なり教育学というものを結集して、科学的基礎の上に立って、この子供の将来はどういう教育をすべきかということで決めなければいけない。もちろん父兄や親たちの希望というものも十分考えるにしても、やはり科学性あるものでなければいかぬだろうと思うわけでございますので、そういう意味で、いまの就学指導委員会が常に万全とは思いませんけれども、やはりこれをさらに充実していくように関係者が努力して今後もやっていく方が、最も現実的かつ妥当であろうというふうに考えるわけでございます。
  373. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 就学指導委員会のことを言っているのじゃなしに、受け入れ体制がなかなか整いにくい。いまの指導、文部省の方針、そして学校教育法、この前お聞きしました方針でいけば、あくまでクラスか学校を選んで隔離分類方式ということでやっているわけでしょう。  こういう例があるのです。豊中市で、教育委員会も指導委員会も、当然これは一般の健常児と一緒に学ばせるべきだという結論に達したのです。ところが、まだまだ一般の父兄の方々は理解が乏しい点が多い。したがって、自分たちの四十人のクラスに知恵のおくれた子供が入ってくると、それだけクラスに影響が多い。だからやはりそういう子供たちはそういう子供たちだけで別に隔離分類方式の方がいいのだと考えている父兄の中から、市議会を通じて、あるいはまた教育委員会を通じてというふうに、圧力をかけるわけじゃないでしょうけれども、いろいろ調査をして、そしてせっかく専門的な立場の先生方がこれは一般の健常児と一緒に学ばせようという判定を下しても、なかなかそれがうまくいかずにひっくり返ったという例があるのですね。  ということは、たてまえがあくまで隔離分類という方式ですから、文部省の方針じゃないか、そのとおりいくのがあたりまえじゃないかということに力をかすことになって、せっかくずっと小さいときからめんどうを見てきた先生の意見でもあり、指導委員会もそういうふうに判定しても、現実にはそういうことがたくさん起こっておるということなんですね。  だから、そういうことに対してせっかく差別をなくして健常児と一緒にやろうという機運が出てきてもぶち壊しているようなそういう例、これは具体的にはっきり起こった例なんですが、たびたび起こってきているので、私たちは余り原則原則というふうにこだわらずにやった方がいいんじゃないでしょうかというふうに言っているんですが、その点どうお考えになりますか。
  374. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 その点は、たびたび申し上げますように、やはり原則は一人一人の子供について教育的な理由から例外的な措置をとるに足るだけの事由があるという場合にやる措置でありますから、それを行うにしても、御指摘のように、やはり本人、本人の親あるいは学校、PTAあるいは教育委員会と、関係者が皆そういうことでやってみようということにならぬ限りは、これはなかなかよき効果が上がるということは期待できないわけでございますし、またしかし、そうかといって、そういう希望があるからといって、どの場合でもそういうふうに持っていくのが望ましいかというと必ずしもそうでもない。たびたび繰り返すようですけれども、それは法律、制度のたてまえは本当に例外的な措置としてやるわけでありますから、むしろそういう場合もやはり十分その本人の症状なりその他いろいろの事情というものを考えて、このお子さんは特殊養護学校へ行った方がよろしいのだということになれば、担当者としてはやはり養護学校へ行くことをお勧めするということもそれはあり得ることでございますから、大臣がたびたび申すように、例外的な場合のケースとして考えられることを一般的にそういうふうに持っていくべきだというふうには、私は考えないわけでございます。
  375. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 いや、これから養護学校や学級を始めようというところはそれでいいと思うのです。しかし、もうすでに始まって試行錯誤を経ながら、いろいろ模索しながらある一定の段階まできているところは、まあ親の身びいきもあるでしょう。われわれから見て、これだけの重度の方は気の毒だ、一般学級に入れればなかなか先生の方も大変だし、子供さんも大変だと思うような方でも、一般学級へ入れたというふうな空気が強くなってきているのですね。そして本当に全く自閉症で先生との対話もないし、それからまた友達同士の対話もない子でも、やはり入れて二年なり三年たつと、物は言わなくても行動がついてくるようになった。そういう現実を見ると、当然養護学校の方が適当だという子供でも、親も、そして子供もまた、事実一般学級に入りたいという欲求の比率が高くなってきているのです。むしろそちらの方が先進的といいましょうか、先行的だというような地域では比率が高くなって、むしろ隔離分類方式で別々にやってもらう方がいいという人の方がむしろレアだ、そういうふうなケースになってきているのもたくさんあります。それも一律同じ御指導をなさるんですかと言っているのです。
  376. 砂田重民

    砂田国務大臣 私は、やはり養護学校を五十四年度から義務化をいたしますことについて歓迎をしていただく向きの方がずっと多いと思います。長年の間御要望も年々高まってきたところでございますから、一般論としてはそう受けとめているわけです。  ただ、いま先生御指摘の豊中の一例の場合は、大変残念な事態であったと私は思います。前回にもお答えをいたしましたけれども、しゃくし定規的に全員を何が何でも養護学校と言っているのではございませんとお答えをいたしました。そういうレアケースの場合はレアケースの場合として、いろいろな角度から、御父兄も、学校の側も、市の指導委員会も、教育委員会も、例外措置としての特例は当然あってしかるべきだというふうにお答えをしたわけでございますが、そういう私どもの趣旨からいたしますと、いま先生の御指摘は、御本人も、御両親も、学校の先生も、養護学校で教壇に立っておられる専門家の先生も、また教育委員会も、皆さんが同じように普通の学校へやった方がいいと判断をなさっているのに、その学校におられるその他の一般の児童生徒の両親たちが承知しなかった、そういう御指摘であったと思いますが、私は、それはやはり先生方がそういう一般の生徒さんたちの御両親に説得をする努力をしていただきたかったな、そういう気持ちでいま承ったわけでございます。  一般的に、社会の中に養護を必要とする児童生徒についての御認識が、福祉の心と申しますか、必ずしも十分ではないいまの社会情勢でございますから、そういう例があったのかと思いますけれども、私は残念な豊中の一例であったとむしろ受けとめたいと考えます。
  377. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 そこで、指導委員会の中には、いまのところ心理学者とかあるいは専門の先生だとかお医者さんだとかいうだけで、父兄側の意見を述べる、そういう場所というのはないのでしょうか。
  378. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 就学指導委員会は、一人一人の子供さんにどういう教育をすべきかということをいわば専門的立場に立って判断をして教育委員会にアドバイスする機関でございますから、その中に父兄を入れるということは一般的に考えていないわけでございますが、教育委員会側において別途父兄等の意見を聞くというような機会を持つことは、もちろん場合によっては必要でありましょうけれども、それはあくまでも就学指導委員会という立場においてするものではないだろうというふうに思うわけでございます。
  379. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 直接の父兄とかいう意味じゃなしに、たとえば難聴児の親の会の代表であるとか、あるいは目の悪い子の親の代表であるとか、心身障害児の親の会の代表であるとか、そういうふうな仲間の中から、むしろ先生方よりも、子供のときからずっと育ててきていろいろな経験の上に立ってそういう指導をなさっているような代表の方々も参加させていただくということによって、就学指導の適正を期するということがあると思うのですが、そういう道は全然開かれておらないのですか。
  380. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 就学指導委員会の経費補助対象になっておりますから、その構成は市町村の場合十人、県の場合十五人で、そのうち医者何人以上、教師が何人以上、社会福祉施設の職員が何人以上という決まりがございますから、それだけは置いていただかなければなりませんけれども、それにプラスして委員会が判断してその他の分野の方を置くということは、別に禁止しているものではないわけでございます。
  381. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 私どものようにある程度経験を積んできたところは、そういう親たちも参加させるような指導も、文部省としてもしていただく必要があると思うのですが、そういうふうにしていただける余地というのはありますでしょうか。
  382. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 一般的に、障害者を自分の経験から体験的な判断ができるだろうから、そういう人も入れなさいという指導までは私はいまのところするつもりはございませんけれども、いま申しましたように、教育委員会の判断において適切な人をまたさらに加えてやるということは、これは就学指導をより適切にする意味でも妥当な場合もあるでしょうから、それは個々のケースとして御判断願いたい、こういうふうに思います。
  383. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 地域の実情によって採用する、府県あるいは市町村の教育委員会がやることは自由だということですね。  それからいま、就学前、障害を持つ子供たちはできるだけ小さいうちからそういう教育をしていくことが適当だと思うのですが、幼稚園だとか保育所だとかそういったところに対しては、現在どの程度のことが処置されておるのでしょうか。
  384. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 就学前の幼児で、いわば特殊教育の対象になる子供さんの教育をどうしておるかということだと思いますけれども、制度としては、非常に障害の重い者は養護学校の幼稚部へ行っていただくということになっておりますが、そのほかの子供は一般の幼稚園でこれを受け入れて、幼稚園には特殊学級という制度はございませんから、他の子供さんと一緒に教育する、こういうことになる。  現状はどうかといいますと、東京都などでも、私が聞きましたところでは、公立幼稚園で何園かそういう子供さんを預かっておるところがある。私立の幼稚園で、たとえば自閉児の幼児を集めて一般の幼児と交流しながら教育をするというような幼稚園もございますし、そういう幼稚園が私立の場合は三十園ぐらいあったかと思いますけれども公立と違いまして私立の幼稚園でそういうことをしていただくというのは非常に骨の折れることでもありますし、教育上も大切なことでありますので、そういう幼稚園については幼児一名につき、昨年ですと二十万弱くらいだったかと思いますが、運営費の補助という形で助成をいたしておるわけであります。
  385. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 公立の場合は助成は全くないわけですか。
  386. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 公立の幼稚園は市町村立でその運営費は地方交付税に積算されておるわけでありますが、現在の地方交付税の積算基礎からいいますと、大体人口十万の標準規模の市町村で、幼稚園が五園で一園四学級とすると二十学級になるわけですけれども、通常の場合一学級一人の先生を置いておるというのが大体実態に近いと思うのですが、地方交付税の積算としてはその二十学級に対して二十三名の教員を置くだけの積算をしておるわけでございまして、これはここ二、三年のうちにそういう改善をしたわけでございますが、その趣旨は、いまのように公立幼稚園の場合も特に教育にいろいろ手がかかるというような場合を想定してそういう積算をいたしておりますので、必要に応じて人をふやしていただく。そして丹念に教育していただく、こういうことができるようにいわば積算したということでやっておるわけでありまして、そのためのストレートな公立幼稚園の助成というのは、いまやっておりません。
  387. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 市町村立の養護学校やクラスは市町村へ行きやすいルートがあるものですから、実際には障害児の幼児期から、就学前から、幼稚園から小学校までずっと続いて特定の先生が観察しながらやっておる例が多い。ところが、公立の幼稚園の場合には、直接のいま言われたようにストレートに補助的なものがないということで、結局市町村の負担になっておるのですが、それは将来公立の場合でもある程度助成を強化していこうというお考えはございませんか。
  388. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 幼稚園は、御承知のように公立でありましても義務教育でないものですから、財政上の助成措置も、直接国がするというものは、施設設備あるいは就園奨励費というような一般的なものに限られておるわけでございます。ただ、いま御指摘の点につきましては、いまの障害児の幼稚園段階における教育というのはまだまだこれから充実しなければならない分野でございまして、関係者がいろいろ骨を折って充実しつつあるところであり、かなり私学にもおんぶをしておるという現状でございますから、そういうことを踏まえながら、将来に向かってこういう障害児教育公立の幼稚園においてどういうふうに充実させていくかということは、十分慎重に検討していかなければいけない課題だろうというふうに思っておるわけでございます。
  389. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 私学の場合もいま言われたように助成は出していらっしゃるのですが、一定の人数というもの、八名以上だったですかね、指導していらっしゃるのですね。そして募集要項の中に入れなさいとかいろいろな制約をつけておられるのですね。そうしますと、今度はだんだんそこへ集中してくるわけです。と言って、やはり先生の体制とか施設の体制とかの受け入れ体制はできませんね。そうなるとせっかくの助成もありがたくないし、これはもう少し何か考えていただかなければいけないという意見も非常に多いわけなんです。わざわざ一般の子供たちと一緒にというのにもかかわらず、八名のところへ十名も十五名も申し込んでくる、断らなければならないというような事態も起こるわけですから、そういう制約なしにやれる方法とか、あるいはまた八名という一つの線をもう少し変えるというようなお考えはございませんか。
  390. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 おっしゃるように、個々の教育活動というのは、担当者にかなり自由な創意工夫をして弾力的に運営していただくところに意味があるわけでございますから、御指摘のような点はあろうかと思います。ただ、現実に国がお金を補助するといいますと、どうしても、これはこういう性格のものだからはっきりさせなさいということを言わざるを得ない立場がもう一つございますので、そういう点と将来どういうふうに調和させながらやっていくかということは、この問題に限らず常に私ども念頭にあるところでございますので、これもひとつその検討の課題にさせていただきたいと思います。
  391. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 時間が参りましたので最後にしたいと思いますけれども、小学校の場合は十二名以上でないと養護学級というものは編制させないわけですか。そうすると、この十二名という制限の数字ということも学級をつくるときにいろいろ支障を来す面があるのですが、これもある程度弾力的に考えていくというようなことは考えられないでしょうか。
  392. 諸澤正道

    ○諸澤政府委員 御承知のように、小中学校を通じて法律で学級編制の基準をつくっておりまして、普通の子供であれば一学級四十五人まで、特殊学級の場合だと十二人というふうにやっておるわけで、この数も基準の改善によって逐次下げてきておるわけです。養護学校どもそういうふうにしてきておるわけでございますので、将来にむかっては、特に障害児の教育についてはできるだけマン・ツー・マンの教育がよろしいわけでありますから、財政の問題もございますけれども、そういう方向で検討したい、こういうふうに思います。
  393. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 それでは、最後にひとつ大臣から。  すでに養護学校を自発的に積極的に進めておるようなところは、原則論だけじゃなしに、その実情に合ったように運用できるような方法も今後ひとつ考慮していただきたいということを御希望申し上げまして、ひとつ大臣から最後の御答弁をいただきたいと思います。
  394. 砂田重民

    砂田国務大臣 やっと五十四年度から養護学校の義務化にこぎつけた、まさにこぎつけたわけでございますから、万全の準備を整えてまいりますし、またレアケースの場合、それがしゃくし定規に流れないような留意もしてまいる決意でございます。
  395. 馬場猪太郎

    ○馬場(猪)委員 終わります。
  396. 葉梨信行

    ○葉梨委員長代理 林孝矩君。
  397. 林孝矩

    ○林(孝)委員 私は、留学生行政について文部省の見解をお伺いしたいと思います。  日本の置かれている立場、現今の国際化時代にあって、わが国の国際社会において果たすべき役割りというものは、日々、年々大きくなってきているわけでございますが、残念ながら、その国際化時代におけるわが国の対応の状態というものを考えますと、その国際社会の期待というものに対して十分こたえられていない、こういう面が多々あるわけでございます。将来ということを考えても、この国際社会でわが国が積極的に活躍し貢献していくということ、この要求はさらに強くなることは間違いないことだと思われるわけです。これはいろいろな分野に分かれて考えられるわけでありますけれども、私は、この教育、文化の国際交流、こうした問題、分野といいますか活動といいますか、こういう教育、文化の国際交流、これはさらに一段と飛躍的に拡充されなければならない、そういう事柄である、こう思うわけです。  最初に大臣にお伺いしたいことは、こうした施策の展開に当たって大臣がどのような認識を持って事に処しておられるか、その点について伺っておきたいと思います。
  398. 砂田重民

    砂田国務大臣 最近、留学生の問題というのが各方面で非常に論議されるようになってまいりまして、まさに社会の注目を浴びてまいったわけでございますが、これは、留学生交流の必要性、重要性が国民に認識されつつあるという受けとめ方を私どもはいたしております。文部省としては、責任の重大さを痛感しているところでございまして、留学生交流は経済的効果や外交政策の見地から論ぜられる場合もまたあるわけですが、その側面がたとえあるといたしましても、基本的には教育問題と私どもは受けとめております。留学生がそれぞれの専攻分野で一定の教育を身につけて人間的なつながりを深める中で、国際友好親善もおのずと促進されるものと考えているからでございます。特に発展途上国との留学生交流というものは重要視しなければなりません。文部省といたしましても、従来よりこのような考え方のもとに留学生行政を進めてきておりますけれども、今後におきましても、この方針を堅持いたしまして留学生交流を一層促進してまいる所存でございます。  御質問に応じてお答えを逐次してまいりますが、五十三年度におきましても相当な改善をいたしたところでございます。一つ一つの改善点は何さまスタートのことでございますからともしびのようなものであるかもしれませんけれども、これをだんだん大きくしてまいりたいと念願をいたしておるところでございます。
  399. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それではお伺いしますが、昭和四十九年の「教育・学術・文化における国際交流について」の中教審答申、その中にも、外国人留学生受け入れ体制の改善ということが提言されておるわけであります。     〔葉梨委員長代理退席、委員長着席〕 この四十九年の答申を受けて留学生施策を、これは大臣が就任される以前の大臣の時代でございますけれども、五十三年度に至るまでやはり数年たっておるわけでありますから、当然のこととしてこの答申を受けて改善されなければならなかった。しかし、率直に申し上げまして、この数年間の文部省の対応というものは、この中教審答申の期待というか答申の内容というものに対して遅々として進んでいなかった、私はこのような認識を持っているわけでありまして、この答申の提言を実現するために一段とより具体的な大臣の施策というものがなければならないと思いますが、この点についてはいかがでしょうか。
  400. 砂田重民

    砂田国務大臣 たとえて申しますと、例示的に申し上げますが、御承知のように留学生の中には官費留学生と私費留学生がございます。従来、私費留学生に対しましては八割の医療費を補助する、国の施策としてはその程度のことしかなかったわけでございますけれども、五十三年度から新たに、私費留学生大学で勉学をしております人たちのうちの成績優秀な方々に学費補助を月額四万円を支給する、このような新しい方策を五十三年度で新たに講じました。そしてまた、大学を卒業して大学院へ進みたい成績優秀な私費留学生を、その段階で官費留学生に切りかえる措置も、五十三年度から講じたところでございます。  また、御承知の、従来外務省が担当してまいりました国際学友会、この国際学友会もただいま外務省と話を詰めているところでございますけれども、留学生の受け入れ、教育活動はやはり文部省が一元的に責任を持つべきだという考え方から、五十四年度からは国際学友会も文部省においてその責任を全うしていきたい、このような計画で外務省とも折衝を続けているところでございますし、国際学友会の日本学校、宿舎等もすでに建築にかかっているわけでございまして、七月末にはこれが完成するかと考えるわけでございます。  さらに国際教育協会、いろいろな事業をお願いしているわけでございますけれども、この国際教育協会の担当いたしております。一遍日本で学部を卒業して帰られた留学生の諸君が、国に帰られたけれども日本で学位を取りたい、こういう希望の方が現にあるわけでございますので、そういう方々に対してそれぞれの母国で日本での学位を取るための勉強ができるような資料提供をする、そしてさらに上の学位を取られるときに日本を訪れますときに、やはりこれも官費で受け持って新しい学位が取れるような方策もまた講じてまいったところでございます。  それぞれの対応していただきます数は、何さま初年度、スタートのことでございますからそれほど多くのものではございませんけれども、これを一つのともしびとしてだんだん大きくしてまいりたい。  同時にまた、留学生の受け入れば国民的な関心を持っていただかなければ、政府だけでできることでもございませんので、この私費留学生を官費留学生に切りかえる事業等、民間にもこれの協力を仰ぐべく、民間に対しましてもその働きかけをいたしているところでございます。
  401. 林孝矩

    ○林(孝)委員 初年度一歩前進と私は評価いたしておりますが、その上に立ってお伺いしたいと思います。  五十二年度の外国からの留学生、約五千七百人いるわけです。そのうち千八十人は国費留学生、まずこの国費留学生の待遇についてでありますけれども、欧米主要国と比べてどのような状態になっているか、また大学側の留学生受け入れ体制はどうなっているか、私はこの点について伺いたいと思います。
  402. 砂田重民

    砂田国務大臣 数字を事務当局から……。
  403. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 五十三年度国費外国人留学生の受け入れの待遇の関係でございますが、まず授業料等につきましては、国立は免除、公私立は文部省負担。渡航旅費につきましては、往復をわが方が負担する。かつ奨学の給与でございますが、これを学部留学生につきましては月額九万七千円を十万七千円に増額、それから大学院レベル研究学生につきましては月額十三万三千円を十四万六千円に増額。それから研究旅費につきましては、学部留学生は最高年次生に対し四万二千円以内、それから研究学生につきましては全員に対し四万二千円以内。それから渡日一時金を二万五千円。それから国費留学生につきましては、宿舎費の補助として大都市一万二千円、その他九千円。それと、先ほど大臣からお答え申し上げました、私費留学生も含めまして、医療費の補助を八〇%というのが状況でございます。  大学のこれに対します受け入れ体制の問題につきましては、特に留学生担当の事務職員を逐次留学生の数の多い大学に配置していくということを一つ行っております。本年度は東京農工大学と岡山大学に留学生担当の職員を配置いたしました。これは四十七年から大体毎年二、三名ずつ各大学に配当していくという措置であります。  それから、第二の問題といたしましては、留学生につきまして、学部留学生は東京外語、それから大学院の研究学生は大阪外語で日本教育をやる機関があるわけでございますが、やはりそれだけでは不十分な点がございますので、各大学日本語、日本事情の教官を逐次増員をしてまいる、こういったこと。  それから第三に、宿舎の問題といたしまして、五十年名古屋大学、五十一年東京工業大学、五十二年大阪大学、五十三年鹿児島大学並びに大阪外語の建てかえ等ということで、宿舎の整備を逐次図っておるところでございます。  主要な受け入れの状況は以上でございます。
  404. 林孝矩

    ○林(孝)委員 国費による外国人留学生の待遇、これについてはいま御説明を伺いまして相当改善されておるわけであります。  ただ問題は、留学生の約八割を占める私費留学生、この留学生の待遇、こうした点について非常に課題が残されているのではないか、こういう気がします。ことに私費留学生のほとんどがアジア等を中心にしたいわゆる発展途上国からの留学生でありまして、生活条件あるいは環境等が違って、日本において生活していくのに非常に苦労しておる。先ほど大臣から答弁がございましたように、五十三年度より新たにこの私費留学生に対する予算措置が講ぜられた。百人分四千八百万円、月額一人四万円の学習奨励金、こういう予算措置でございますが、支給条件がどのようになっておるかという点。  それから、私費留学生の住居状況だとか生計、そうしたものに対する実態の掌握が文部省独自で行われているかどうか、行われているとしたらその結果はどうなっているか、それが第二点であります。  この二点についてまず伺います。
  405. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 ただいまお尋ねのございました第一点の本年度から月額四万円の就学奨励費を私費留学生にも支給しようということで始めるわけでございますが、その条件といたしましては、大学のいわゆる前期の課程あるいは後期の課程、おおむね三回生のところで採用を検討してみたらどうかということが一つ。その際には各大学からの正式な推薦を求めたい。それから第三に、他の奨学金を受けていない、大体こういったところを条件にしながら、各大学から推薦を求めまして奨学交付金を交付する者を取り決めてまいりたい、かように考えております。  それから第二のお尋ねの点でございますが、私費留学生の留学資金といいますか、その資金の出所、生活、勉学をしておる資金の出所でございますが、文部省補助金を出しておりまして留学生関係の世話をしてもらっております法人に日本国際教育協会というのがございまして、日本国際教育協会で調査をしていただきましたその結果をちょっと御報告を申し上げてみますと、自宅送金七〇・六%、それから私費留学生日本政府から出ておりませんが自国の政府奨学金をもらっておる者が三・六%、わが国にございますロータリー米山でございますとか東急関係でございますとか、民間団体の奨学金によるもの一五・一%、いわゆるアルバイトを相当やっているというのが二四・五%、大体そういうふうな数字が出ておるのでございますが、さらにただいま申し上げましたうちで日本の主要民間奨学金の受給者が大体全私費留学生の七・二%という数字で、それから県費による留学生というのが海外移住者の子弟ということで若干入っておる、大体そういう状況でございます。
  406. 林孝矩

    ○林(孝)委員 それから、先ほど大臣が民間の協力ということで指摘になりました点でございますけれども、私も同感でございます。こうした私費留学生の理解といいますか認識というものを高めるために、どうしても民間の協力というものはなければならない。  そこで、文部省にお伺いしますが、国民的な理解だとか協力というものを求めるためには、私はやはり啓蒙運動というものは必要だと思うのです。具体的に広報活動であるとか啓蒙運動であるとか、大臣が考えられておる御計画、そういうものがありますかどうかこれは大臣がすでに財界に対して啓蒙されたということを私は存じておりますけれども、それだけではなしに、もっと国民的な視野に立った啓蒙、協力、理解というものを高める運動が必要ではないかと思うわけですけれども、その点はいかがでしょうか。
  407. 砂田重民

    砂田国務大臣 実はそれで頭を悩ましているところなんです。先ほどお答えをいたしました私の答弁の中にも、発展途上国の留学生を受け入れることが特に大事だ、こう申したのでありますけれども日本国民的意識として、やはりそういう方々をたとえば下宿に自分の家に置くというようなことを避けたがる方がたくさんあるわけでございます。どういうふうにこれを啓蒙活動をしたらいいかということをいま検討をしているところでございます。いましばらく時間をちょうだいしたいと思うのです。  それから、いろいろな方々がいろいろな場所で、社会的には名前も知られてないような方でボランティア活動を非常に熱心にしていただいている主婦の方々があるわけでございます。たとえば東南アジアを歩きましても、日本に留学して帰った人たちの口から日本での私のお母さんという言葉が出てまいります。そういうボランティア活動をしている方々を指すわけなんであります。私はこういう方々ともお目にかかってお礼も申し上げ、重ねての御努力をお願いしておるわけでございますが、こういうボランティア活動をもっと活発にするためには国として何ができるか、これも一つ研究課題にしているわけでございます。  それから、財界に対する呼びかけは、御指摘のように先般一度行いました。先ほどから私もお答えをいたしましたし、局長もお答えをいたしております月額四万円の百名というのを、少なくとも同額をひとつ民間拠金でことしはやりたい、こういうお願いをしておるわけでございますけれども、企業の中には、中堅クラスの企業でありますけれども、一億円寄贈をします。それを基金に使ってくださいと、大変ありがたいお申し出をいただきました。きわめて近日中にちょうだいをすることになろうかと思いますけれども、経済界に対して訴えましたこともだんだん効果が出てきておるような気持ちがいたしまして、なお一層の努力をしたいと考えております。
  408. 林孝矩

    ○林(孝)委員 財界に呼びかけるということは、これは一つの団体を形成していますから非常に呼びかけやすい環境にあるわけですけれども国民全体に呼びかけるということは、非常に不特定多数でありまして、そうした形ですぐ反応というものはあらわれないかもわからないけれども、これは非常に大事なことであると思うのです。したがって、たとえば文部省に窓口を設けて、呼びかけた、そしてそれに対する相談あるいは問い合わせ、意見、要望というものはこちらにどうぞというような、そうした国民の理解の求め方、テレビとかあるいは新聞広告を通してやるとか、そういうような予算の裏づけを持って呼びかけていけば、これは先ほど大臣が心配されておりましたような、たとえば下宿を拒否するとかという人もいるかもしれないけれども、しかしそれとは逆に、どうぞと言う人もいないということは決して言えないと思うのです。むしろそうした人の方が多いのではないか、私はそういう理解をしておるわけです。大体よくわかっていないわけです。国民大衆にいまこの留学制度が大事であるということ、将来日本で学んだ人たちが各国に帰って、そしてその地域その地域、その国その国でりっぱに大成をされて、将来の国際親善であるとかあるいは日本とその国との友好、そうしたものに非常に役立つ、こうした長い目で見た制度であるということについても、なかなかまだ理解をされていない面があります。  そういうことから考えても、もっともっと今度は逆に日本学生が外国に留学する、そのときの向こうの受け入れ、あるいはそうした制度、そういうものもあるわけですけれども、決してその点についてもいますべてうまくいっているということではないわけでして、お互いに国同士、国際的な観点からこの留学制度というものを充実させていくためには、まず日本がその立場上やはり国際的に重大な役割りを占める立場になっているわけですから、模範を示していく意味でそうしていけば、今度はその反響というものが海外に行く日本人留学生に対しても及ぶことは間違いないと思いますし、大いに国民全体に対する協力、理解を求める啓蒙を考えたらどうかと思うのですが、具体的なそういうことを考えられる措置はないものかどうか。当局としてはどうでしょうか。
  409. 砂田重民

    砂田国務大臣 先ほどそのことで頭を悩ましていると申し上げましたのは、まさにそのことでございます。委員の御指摘のことは私も全く同感でございますので、文部省自身でやりますのがいいのか、国際教育協会事業としてやっていただくのがいいのか、国際学友会事業としてやっていただくのがいいのか、そこら辺のことも含めまして積極的に検討したい、かように考えます。
  410. 林孝矩

    ○林(孝)委員 ぜひそうしていただきます。  それから、今度は国費留学生の問題に関連してでありますけれども、本国が政変等で帰国できなくなった場合、事実これはあるわけでありますけれども、その場合の処置の仕方はどうなっておりますか。
  411. 砂田重民

    砂田国務大臣 本国の政変などで国費留学生が勉学終了後帰国できない事例としては、もう具体的にベトナム、カンボジアの場合があるわけでございます。これらの留学生の在留問題につきましては、昭和五十年に法務省の入国管理局の方針が出されまして、これによって処理されているところでありますけれども、勉学終了後そのまま日本に在留したいという方々には、新しい情勢を見きわめつつケース・バイ・ケースによって処理いたしますけれども、基本的には人道的に処遇することになっておりまして、在留期間の更新が現実問題として行われております。  国費留学生が外国に移住しようという場合も文部省で渡航費を負担いたしております。また、国費留学生大学院の正規課程に在学中であれば奨学金支給期間の延長を行いまして、期間終了後、研究生等の身分で大学院で勉学を続ける場合は、他の国費留学生に比べて有利に奨学金制度等、期間の延長の措置を講じてやっております。国費留学生としての奨学金支給期間満了後、引き続いて大学で勉強中であれば、大学でアルバイトのあっせん等を行っておりまして、卒業後、就職希望者につきましても就職のあっせんを行っているところでございます。
  412. 林孝矩

    ○林(孝)委員 次に、外国語教員の派遣制度についてでございますが、外国語教員の海外派遣について、これは予算上でありますが、五十一年度三十五人、千七百二十五万円でありました。これは各大学で語学担当教員を語学研修のため二カ月から一年、平均三カ月派遣されるということでございますけれども、この期間決定の判断の基準というものはどういうふうになっておりますか。
  413. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 いまお尋ねのございました外国語教員の派遣制度は、恐らくわが国とそれぞれ相手国との間に締結されております文化協定に基づく派遣事業のことかと存じます。この事業は文化協定に基づく人物交流事業の一環として、相手国の語学の研修を通じてわが国と相手国の相互理解の進展を図るとともに、あわせてわが国の外国語教育の改善にも資することを目的とし、それぞれ相手国政府との交渉によって毎年、派遣人数、期間等の取り決めを行って実施しておるところでございます。
  414. 林孝矩

    ○林(孝)委員 成果は上がっておりますか。
  415. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 五十三年度の様子で申し上げますと、ドイツ連邦共和国二十五人、フランス二十人、オーストラリア五人、計五十人を予定しており、これに要する経費として予算も二千百万円を計上いたしておるところでございます。このほか英国との間には別途の予算上の執行といたしまして二十人の外国語教員の派遣を予定しておりますが、私どもといたしましては、選考のところから十分効果のあるような選考もいたさなければならないわけでございますけれども、この事業それ自体目的とする効果を上げつつある事業かと存じておるところでございます。
  416. 林孝矩

    ○林(孝)委員 ちょっと歯切れの悪い御答弁なんですが、この全国に八十八ある大学の中からの、たとえば三十五人の派遣員の選出は語学別の選考委員会で行われているようでありますけれども一つは期間が、判断の基準ということを私質問いたしましたけれども、たとえば三カ月、こういう中で語学を研修するとどれぐらいの成果が上がるのかということについて、たとえば英語がしゃべれない、ドイツ語がしゃべれない、いわゆる会話ができないという状態の人が行ったとしますね。三カ月でできるようになって帰ってくるかどうか。大学の教授すべて、語学の面で言いますと読み書きはできても話はできないという人もおるわけですね。したがって、そういう人が短い期間で語学研修に行って、それで三カ月ぐらいで果たして話ができるようになって帰ってくるのだろうかというような問題もあるわけです。ですから、こうした面もよほど成果があるかどうかという質問を私はしたわけでありますけれども、このように成果が上がっておるという状態まで高めるために、文部省としても再検討されて、さらに充実したものにしていくという姿勢に立たれた方がいいんではないか。後々のために申し上げるわけでありますけれども、大臣のお考えはいかがでしょうか。
  417. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 先ほど申し上げましたように、相手国等との協定によってやっておりますので、期間につきましては三カ月のもの、一年のもの等があるわけでございますが、先ほども申しましたように、派遣する者が外国語教員でございますので、効果が上がるように、この点は適格者を選考する努力も今後一層やってまいらなければならないであろう、かように思いますので、先ほどの私の答弁、以上だけ私から補足をさせていただきます。
  418. 砂田重民

    砂田国務大臣 三カ月ぐらいで効果があるかどうかという御指摘だろうと思うのですが、ひとつ検討させていただきたいと思うのです。一年というのもあるわけでございまして、一遍私自身で三カ月行って帰ってきた人がどれだけ効果があるのか、検討させていただきたいと思います。
  419. 林孝矩

    ○林(孝)委員 検討してもらうことはたくさんあるのですが、もう一つ、これはおかしいと思うことがあります。それは英語についての外国語教員の派遣先がオーストラリアということにずっとなってきておるわけですね。大体語学というのはその国の言葉ですから、英語ということになると、イギリスであるとかアメリカであるとかそういう国を私どもは想定するわけですが、ところが、過去の状態を調べますとオーストラリアということになっておる。これも先ほどからの答弁を聞いておりますと、多分相手国との協定とかいうことになるんではないかと思うんです。そうならば一つの問題の解決にならないわけでありまして、そうすると結局、アメリカだとかイギリスに対してもっとそうした協定を結んでその本国の言葉を学ぶ、こういう形に切りかえるべきであると私は思うんです。この点については大臣はどう考えられますか。
  420. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 ただいまお尋ねをいただき、お答えをいたしました外国語教員の派遣という事業一つ事業としてございますが、それ以外に、わが国独自の事業として教員の資質、教育研究能力の向上に資しまするために、わが国の大学教員等を海外に派遣し、研究教育をさせる制度を持っておるわけでございます。その一番大きなものは在外研究員制度というのを持っておるわけでございますが、たとえば国立大学の在外研究員制度、いま大体五百七十人ほど海外に派遣をいたしておるわけです。それから、公立大学の在外研究員を四十五人、私立大学の教員の海外研修を二百五十人派遣をいたしておりますが、これは本人の希望、各大学からの希望をとりまして、それに応じまして派遣をいたしておるわけでございます。たとえば、その国立大学在外研究員なり公立大学在外研究員なり私立大学教員等の中で、外国語の専攻の先生方というのも、最近の状況でございますと、国立大学の在外研究員制度で約五十人、公立大学で約八人、私立大学で約三十人、これがわが国独自の経費でそれぞれ海外の方へ行って勉強をしておられるわけでございますので、文化協定に基づきまして相手国と相談をしながらやっておるのが先ほど申し上げた派遣でございまして、それ以外にわが国独自の予算でそれぞれの希望に応じてそれぞれの国に研究に行っておられる方がある、このように御理解を賜りたいと思います。
  421. 砂田重民

    砂田国務大臣 確かにオーストラリアの英語は、キングズイングリッシュとは、庶民の話しておられる言葉は違うところがあると思います。しかし、オーストラリアへ派遣されて語学の勉強に行きます者は、シドニー大学でキングズイングリッシュを勉強して帰ってきておるそうでございます。ですから、アメリカか英国かとおっしゃいますけれども、アメリカ語がいいのか英国のキングズイングリッシュがいいのか御議論もあるところであろうかと思いますけれども、オーストラリアへ行きました者はシドニー大学でまさにキングズイングリッシュを勉強して帰ってきておるそうでございます。
  422. 林孝矩

    ○林(孝)委員 そういう議論になりますと、じゃイギリスにキングズイングリッシュがないのかということになりますよ。(砂田国務大臣「イギリスは二十人」と呼ぶ)派遣しているんですか。おかしいじゃないですか。それはいまの答弁の部類のあれでしょう。どうなっているんですか。英語を学ぶためにオーストラリアに派遣しているということについての質問ですよ。時間がないから簡単にお願いします。
  423. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 イギリスにつきましては、文化協定でなくてブリティッシュカウンシルとの関係で、これは二十人派遣をいたしております。
  424. 林孝矩

    ○林(孝)委員 何のためにですか。語学ですか。
  425. 井内慶次郎

    ○井内政府委員 語学教育のためであります。
  426. 林孝矩

    ○林(孝)委員 そうしますと、イギリスに派遣しているということは私は正当だと思うのですね、先ほどから申し上げておるように。オーストラリアに英語を学ぶために教員を派遣するということは、ちょっと筋が外れておると思うのですけれども、そのことに対する認識は、大臣、正確に答弁しておいてもらいたいと思うのです。
  427. 砂田重民

    砂田国務大臣 語学研修でオーストラリアへ派遣されております者は、シドニー大学でキングズイングリッシュを習って勉強して帰ってきております。
  428. 林孝矩

    ○林(孝)委員 オーストラリアでなければいかぬということなんですか、それは。
  429. 砂田重民

    砂田国務大臣 それは文化協定に基づくものでございます。
  430. 林孝矩

    ○林(孝)委員 そうすると、文化協定に基づくものとしてイギリスあるいはアメリカ、こういうところに語学の勉強に派遣するという考え方というか、そういう可能性はあるのかないのか、その点はどうですか。
  431. 砂田重民

    砂田国務大臣 いま申し上げましたオーストラリアへ行っております者は、日豪の文化協定に基づいて行っております。英国へ派遣されております二十名は、文化協定に基づくものではなくてブリティッシュカウンシルと日本政府との相談の上で二十名を派遣しているわけでございます。
  432. 林孝矩

    ○林(孝)委員 時間が来ましたので、あと一点だけお伺いしておきますけれども、今度は逆に向こうから日本に語学の教員を招聘する場合、国立大学の場合に国立大学の教授という立場でその人たちが教鞭をとる。資格の問題としてお伺いいたしますけれども、公務員ということではない。そこでどういう扱いをしたらいいかということになるわけですけれども、これも現在の取り扱いというものが非常に消極的だと私は思うのです。したがって、国立大学の教授には外国人の語学教員というものを招聘できないという壁があるわけですね。文部省としてこの点についてどう改善されるか、いま現在のままでいいとお考えなのか、それとももっと積極的に門戸を開いて優秀なる外国の教授を招聘していくという方向で検討される考え方があるかどうか、これだけお伺いして、質問を終わりたいと思います。
  433. 砂田重民

    砂田国務大臣 御指摘のように、やはり教育、学術の国際交流や国際協力の活発化に伴いまして外国人教師、講師の果たす役割りが大変ふえてきております。そういう要請に応じますために、国立大学につきましては計画的にその増員を図りますとともに、本国への一時帰国制度というような制度を創設をいたしまして、外国人教師に来ていただきやすいような措置を講じてまいっております。そしてまた、外国人特別招聘教授制度という制度を五十一年に発足いたしまして、処遇の改善等受け入れ制度の改善充実に努めてまいっております。昭和五十三年度予算におきましては、外国人教師等の増員等を進めることとしておりまして、引き続きその拡充に努めますとともに、受け入れ制度の一層の改善に努力をしておりますが、私立大学の場合も私立大学等経常費補助金を増額配分をする、そういう措置もしているわけでございます。  ただ、これは客員教授として招聘をしているわけでございまして、今日たとえば国立大学の教授といたしますのには、やはり国家公務員全体の制度の問題で、もう先生御承知のように、教授会というのは大学意思決定をいたすものでありますから、外国人が国の意思決定に参画をできない、そういう公務員の制度の根幹の問題に触れるわけでございます。今日では正式な教授にはできなくて客員教授という扱いになっておるわけでございます。
  434. 林孝矩

    ○林(孝)委員 今後の方針は。
  435. 砂田重民

    砂田国務大臣 将来のことにつきましては、参議院の予算委員会でこの御議論がございまして、法制局長官から国家意思の決定に参画しないという歯どめをすれば法律的には可能ではないだろうかという答弁がございました。しかし、それを法律にどう具体的に書きあらわすかということも結論が出ていませんで、検討中でございます。
  436. 林孝矩

    ○林(孝)委員 終わります。
  437. 楯兼次郎

  438. 春田重昭

    春田委員 今回社会的な大きな反響を呼びました日本歯科大学理事長の通称隠し預金の件でございますけれども文部省としては事情聴取に当たっていると私は聞いておりますけれども、まず簡単にその概況につきまして御説明をいただきたいと思います。
  439. 三角哲生

    ○三角政府委員 御指摘のございました日本歯科大学の問題につきましては、五月二十七日に新聞紙上で報道をされたのでございますが、私ども文部省といたしましても学校法人の所轄庁であるという立場から状況について把握をいたしたいということで、五月三十日に同大学事務局長、庶務部長らの来省を求めまして事情を聞いたのでございます。  その概要について申し上げますと、まず私どもが聞きました第一点の入学時の寄付金の問題につきましては、昭和五十二年度までは寄付の申し出があったものと申しますか、寄付金の収納を受けていたわけでございます。しかしながら、五十三年度からは、かねてからいろいろと問題になりまして、私どもの指導方針として、いわゆる入学に関する寄付金を廃止してほしいという指導をいたしたわけでございますが、この方針に従いまして正規の学生納付金を改定すると申しますか、増額をいたしたという措置をいたしまして、それと関連しましていわゆる入学寄付金は徴収していないということでございます。  それから、第二点の学校法人の会計に計上されない資金として報道されました四億八千七百万円の点でございますが、これにつきましては、理事会の承認を得まして理事長の手元と申しますか理事長において保管をしていたという説明でございまして、これにつきましては、本年五月二十四日に全部の金額を改めて学校法人会計の方に組み入れたという説明でございます。  つけ加えますと、こういった資金はいわばいろいろな意味の非常の場合に備えて別途保管をしていたものであって、これまでこの資金による支出は行っていないという説明もあったわけでございます。  概況は以上でございますが、私どもといたしましてはなお全般の状況の理解について行き届かない面があると思っておりますので、今後さらに改めて調査もいたしてみたいと考えておる次第でございます。
  440. 春田重昭

    春田委員 文部省としては私立学校法によりまして必要な書類の提出を求めることができるわけでございますけれども、寄付金が学校法人会計に入っていたかどうかは一応事情聴取をやったということですね。今後また新たに必要なものを調査したいという局長の答弁がいまございましたけれども、それ以外の新たな項目というのはどういう項目なんですか。
  441. 三角哲生

    ○三角政府委員 ただいま御説明申し上げました第一回目と申しますか先日の事情聴取は、とりあえず急遽行いました関係から、いろいろとこちらからも質問をし説明を求めたわけでございますが、できますならば、次回は学校の財務関係の書類等も見せていただきまして、いま御指摘になりましたような寄付金がどれだけ入ってどれだけそういった簿外の方に出たかにつきまして、口頭の説明の裏づけなどもできましたら私どもとしては確認をいたした上で、状況についてより行き届いた理解に達しますように努力をしてみたいと思っておるわけでございます。
  442. 春田重昭

    春田委員 新聞の報道では、昭和四十八年から五十二年の間の寄付金総計が実際学校法人会計に振り込まれている額と相当の開きがある、五、六億円くらいあるのじゃないかということでありますけれども、この辺の調査はされたのですか。
  443. 三角哲生

    ○三角政府委員 先ほど申し上げましたように、四億八千七百万円につきまして学校法人の帳簿外の処理をしていたということでございます。学校法人としましては経理の合理化並びに適正化を期することは当然必要なことでございますので、そういった簿外処理は非常に遺憾なことでございます。それにつきまして各年度決算書といったものを私どもとしては見せていただきまして、その金額についてもいま御指摘ございましたが、そういう書類に当たって確認をしてみたいと考えておるわけでございます。
  444. 春田重昭

    春田委員 また報道によれば、この金額が学校法人に振り込まれてないということは他に流用されたおそれがあるのではないか。たとえば医師会の選挙等において利用されたのではないかということも報道されておりますけれども、そういう点の調査もなされるのですか。
  445. 三角哲生

    ○三角政府委員 過日の調査では、先ほど御報告申し上げましたような説明を受けておりますけれども、なお、いま先生御指摘の点につきましても改めて尋ねてみたいと思っております。
  446. 春田重昭

    春田委員 さらに金銭の管理は、ただいまの局長の答弁では理事会の承認を得て理事長が管理しているということでございますが、この理事長は独裁といいますかワンマンといいますか、そういう点で金銭の取り扱いは一人でやっていたような経緯があるのではないかということも報道されておりますけれども理事会の承認のもとで管理されていたかどうか、その辺のことも調査されておりますか。
  447. 三角哲生

    ○三角政府委員 問題になりました金員につきましては、一応理事会が了承して理事長が保管をしていたという説明でございましたが、なおそういった面につきましては、たとえば理事会の議事録のようなものがありますかどうか、ありますればそれを見せていただいて、これもできますならば確認をいたしてみたいと考えております。
  448. 春田重昭

    春田委員 要するに調査の一項に入っているということですね。  それで、確認しておきますけれども、この理事長は、以前問題になりました金沢医大の副学長も兼任しているわけですか。
  449. 三角哲生

    ○三角政府委員 正確な日時までは私はただいま記憶しておりませんが、金沢医科大学が設立の計画が立てられました際は、金沢医科歯科大学を設立したいということが、発起人会と申しますか設立準備委員会と申しますか、そういった方々の間で考えられておりましたようで、その時点では、たしか日本歯科大学の中原学長は、金沢医科歯科大学の副理事長の予定者と申しますか、そういう形で、もし歯科大学をつくる場合にはいろいろな意味での協力をしようというふうなお立場にあったというふうに記憶いたしております。
  450. 春田重昭

    春田委員 会計検査院の方にお伺いいたしますけれども、この学校に対しまして、過去、検査を行ったことはあるかどうか。お伺いしたいと思います。
  451. 藤井健太郎

    藤井会計検査院説明員 お答えいたします。  この日本歯科大学につきましては、四十五年度分の補助金を交付しております。その際に、四十六年度検査実施しております。
  452. 春田重昭

    春田委員 その後はやってないわけですね。
  453. 藤井健太郎

    藤井会計検査院説明員 お答えいたします。  その後補助金が出ておりませんので検査実施しておりません。
  454. 春田重昭

    春田委員 文部省にお尋ねいたしますけれども、その後補助金が出てないということは、向こうの方が断ったわけですか。
  455. 三角哲生

    ○三角政府委員 四十六年以降は、断ったといいますか、そういいますよりは、補助金は申請に基づいてその申請を審査の上交付するものでございますが、申請をお出しにならなかったというのが事実でございます。
  456. 春田重昭

    春田委員 各私立大学では、補助金はもう一円でも多く取ろうとしているわけですよ。当然この大学はそういう資格があるわけでしょう。資格があるにかかわらず申請が出てないということは、どうしても常識的に考えてみて何かあるのかなという感じがするわけでございますけれども、これは局長、どのようにお考えになりますか。
  457. 三角哲生

    ○三角政府委員 確かに、先生おっしゃいますように、普通に考えますれば、経常費補助金を受けることによりまして学校の財政の充実、健全化を図るというのが通常であると思いますが、これは私立学校といたしまして、その学校なりに学校自身の財政計画をお考えになりまして、たとえばでございますが、卒業生の協力でございますとかあるいはその学校の方針に賛同する有志の方々の支援とかいうものがございまして、そして、一応国の側というか官の側からの援助を受けずに自立してやるという学校があります場合には、これは私立学校法上そういう学校は当然あり得るわけでございますし、それもそれなりに、現在の時点では一つの非常に特殊な事例かと思いますけれども、私学のあり方として、私どもがそれはおかしいと言う筋合いでもございませんので、申請がございませんので補助金の交付もいたしておらないというのが実情でございます。
  458. 春田重昭

    春田委員 普通は、考えてみただけでも、当然資格がありながら申請しないということはおかしい。それは申請しなかったらそれだけ国の補助金が出ないわけですから、国にとってはいい面もあるわけでございますけれども、常識から考えて、やはり国家権力のそういう介入等を好まないといいますか、非常にこの問題に関して見ても、手元に金がなかったら大変だと、そういう、一般的に私たち考えている以上に特にそういう非常にあくの強いような方で、理事長自身がお持ちなような感じがするわけでございますけれども、要するにこうして補助金を断るということは、結局その反動として学生納付金等に、学生個人に全部負担として返ってくるんじゃないかという面が非常に心配されるわけです。そういう点で、五十三年度は入学寄付金は取らなかったということでございますけれども学生納付金は、この歯科大学につきましては、一般大学と比べて特に高いという、そういうことはありませんか。
  459. 三角哲生

    ○三角政府委員 昭和五十三年度日本歯科大学学生納付金でございますが、ことし入学しました初年度の納付金は九百三十万円でございまして、これの内訳を申し上げますと、入学金五十万円、施設費百五十万円、歯学教育充実費五百八十万円、授業料百五十万円となっておりまして、ほかと比べて高額でございますが、六年分の納入金の総額は一千六百八十万円でございまして、私立歯科大学十五校十七学部中の十三番目というのが実情でございます。  この大学について申し上げますと、昨年までは六年間の納付金が七百二十万円でございましたが、寄付金をやめるということと関連いたしまして、必要なものは正規の学生納付金に明示するという指導もいたしたわけでございますが、そういうことと関連いたしまして、いま申し上げましたように六年分が千六百八十万円という数字になっておるのでございます。  ちなみに全歯学部平均で申し上げますと、六年分が昭和五十二年度は六百七十五万円でございましたが、五十三年度には六年分納付金合計額の平均額が千七百六十七万八千円という数字になっております。
  460. 春田重昭

    春田委員 そこで、入学寄付金はなくなったけれども学生納付金が急に上がっていっているという問題があります。六年間グロスで計算した場合、入学寄付金はなくなったけれども、要するに学生納付金等が非常に大きくなってきている、授業料も上がってきている、こういうことで、やはり入学寄付金を、昨年九月そういう形で通達として出しました、また入学の条件にしてもならないということで出しましたけれども、結果としては学生納付金等が平均約四倍に上がっているという報道がされておりますけれども、六年間のグロスとして見れば、結果的には変わらないわけですよ。この点文部省としてはどのように理解されるのですか。
  461. 三角哲生

    ○三角政府委員 私どもといたしましては、私立の医科歯科大学が入学の条件となるような寄付金を収受いたしまして、その寄付金のいかんによりまして入学選抜を左右するということは、非常に不明朗でありますし、最も遺憾なことでございますので、まずそういう状況を明朗にしたいということで、経常費で必要なものは、正規の学生納付金なり、あるいは国からの補助金なり、その他いわゆる一種の裏でやりとりされる金ではないもので賄うようにすべきであるということで、したがいまして、まずその間のことを明朗にするのが第一義的に必要である。さらには学校の経営につきましていろいろと工夫もいただきますし、それからいろいろな設備的な投資とか長期にわたって償還を図ればいいようなものにつきましては、これはやはりいろいろな意味の振興財団の融資その他も活用してならしてほしい。それからこれまでいろいろ寄付金に依存していた結果、いろいろな意味で通常以上に余裕のある運営をしていたり、あるいは言葉は悪うございますけれども、一種のぜいたく的な投資をしておった場合には、そういうものはこの際できるだけ切り詰めていただきまして、そうしてできるだけ学生納付金の方に回ります金額も低くしてほしいという依頼と申しますか、そういう助言、指導をいたしまして、その一方、私どもといたしましては、五十三年度の経常費補助金の増額確保に努力をするということで、学生納付金をできるだけ低く抑えるような検討、努力はしていただいたつもりでございます。したがいまして、従来のいわゆる入学時寄付金で取っておりました平均額がそのまま学生納付金の方へ姿を変えて上乗せになったということではないように受け取っておりますけれども、私どもといたしましては、経常費補助金も年々充実してまいっておることでございますし、正規の学生納付金の抑制をできるだけ図っていただくという指導は、今後も続けてまいりたいというふうに考えております。
  462. 春田重昭

    春田委員 そういう通達や指導をしていますけれども、結果的には六年間のグロスとして千七百六十七万出ているわけでしょう。だから学生納付金としては、それは初年度は少ないですよ、少ないけれども、六年間のグロスは、いわゆる従来取ってきた寄付金と一緒のような額になっているわけですよ。何ら変わってないわけです。  大臣は、私大協会が初年度納付金は大体一千万円以下をめどにしろ、いわゆるガイドラインは一千万以下である、そのようなことを出しているのを御存じですか。
  463. 三角哲生

    ○三角政府委員 いま御指摘になりましたことに関連いたしまして申し上げられますのは、私どもといたしましては、できるだけ初年度納付金を抑制していただくように、そういう助言をいたした次第でございます。
  464. 春田重昭

    春田委員 私大協会がガイドラインを一千万以下であるということを主張しているみたいでございますけれども、御存じですか。
  465. 三角哲生

    ○三角政府委員 このことを私立歯科大学協会が検討しておりました過程におきまして、当初はいろいろと各大学からのデータを試算いたしますと、一千万円をちょっとオーバーするのではないかというような表現をしたことがあったようでございますが、それはいわゆる全体を指導するようなガイドラインというものではなかったようでございます。
  466. 春田重昭

    春田委員 しかし、一千万円がある程度目安になっているのは間違いないわけですよ。したがって、確かに寄付金が入学の条件にはなってないとしても、その反動として学生納付金が四倍になったわけですから、このことは、考えてみれば、要するに成績のいい人、まじめな青年、まじめな学生がそういう家庭の事情で入れないような場合においては、今回文部省がある程度一千万のガイドラインを認めたような形になって、そういう学生たちが入れないようになってきているわけですよ。従来はいわゆる成績の優秀な人は寄付金も要らなかったわけですよ。ところが、今回学生納付金を約四倍上げて、初年度は大体一千万円以下に抑えなさいということは、そういう貧しい家庭の学生等は入れないわけですよ。これは問題じゃないですか。
  467. 三角哲生

    ○三角政府委員 五十二年度と比較して申し上げますと、五十二年度までいわゆる入学時寄付金の一人当たり平均をとりまして、それを五十二年度の正規の学生納付金と足した金額が、六年分で計算いたしまして二千三十万という数字であったわけでございます。これをさっき私は若干抽象的に御説明申し上げたわけでございますが、これに対応します五十三年度の六年分の金額が千七百六十八万円という額でございます。  そして初年度のお話でございますが、初年度につきまして申しますと、従来はいわゆる入学時寄付金というものを出したとすれば、平均で五十二年度まで千三百五十五万円というのを学生納付金のほかに初年度で納入しておったわけでございますが、それを先ほど来千万円という御指摘でございましたが、平均で八百十二万円という額に一応抑えたということでございます。ただ、御指摘のように、この額自体が私どもの感覚で申しますとなお非常に高額であるということは事実でございますが、これに対応いたしますために、私どもとしましては、極力各大学大学それなりのいわゆる減免制度と申しますか、あるいは貸与の制度といったようなものを導入してほしい。それから、学資貸与の制度を導入いたします場合には、先生御承知かと存じますが、日本私学振興財団から私大奨学事業という形で各学校法人に資金を融通しまして、それの据え置き期間でございますとか、返還の期間でございますとか、利率といったようなものにつきましても、一般の市中の条件よりはかなり有利に扱って、できますれば、いわば出世払い的な形で勉学が可能になるような道も講じていくというふうに指導してまいったわけでございます。
  468. 春田重昭

    春田委員 いずれにしろ、時間がなくなりましたので大臣に要望しておきますが、確かに寄付金はなくなりましたけれども学生納付金が約四倍になり、授業料が三倍ないし五倍になって、六年間のグロスというものはほとんど変わらないわけですよ。そういう点からいったら、いままで成績の優秀な学生等は入学時寄付金なんか要らなかったわけですよ。だから、その寄付金がなくなったがゆえに、全部の学生にそれがかぶさってきたわけですから、優秀な成績の学生でも貧しい家庭の学生等は、医科系、歯科系には入れないようになってきたわけです。そういう問題がありますので、局長から減免措置なんかするという話がございましたけれども、いずれにしろ根本的な問題は、いわゆる私学振興助成法にある国の助成を、将来は二分の一に持っていく。それがいままだ約二五%ぐらいですか、しかいっていないわけですから、国の助成を大幅に持っていって、当面二分の一まで持っていくべきである、このことを主張して、私の質問を終わりたいと思います。  以上でございます。
  469. 楯兼次郎

    楯委員長 安藤巖君。
  470. 安藤巖

    ○安藤委員 私は文化財の保存の問題について、まず文化庁にお尋ねをしたいと思います。  いただいた資料「重要文化財建造物指定数一覧」、これは昭和五十三年四月一日現在のものですが、これによりますと、その「種類別棟数表」、神社建築とか寺院建築、あるいは洋風建築等がありまして、年代別に奈良、平安朝時代から明治、大正というふうにありますけれども、この中で大正年間のもので重要文化財に指定されているのは、洋風建築で一件だけなんです。明治は遠くなりにけりという話がございますけれども、いまはもう大正も大分遠くなってきているのじゃないかと思います。そして、大正年間あるいは昭和初期に建造された洋風建築に限ってお尋ねをするつもりですけれども、相当貴重な建造物があると思うのです。しかし、いま申し上げましたように、大正年代の洋風建築はわずか一件、ほかのものは全然ないのですが、大正年代あるいは昭和の初期に建造されたものを保存するということで、重要文化財に指定するという方向でお考えになっておられるかどうか、まず最初にお尋ねいたします。
  471. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 重要文化財に指定すべき建造物の件でございますが、現在指定されておりますものは、先生のお手元の資料にございますように三千棟あるわけでございますけれども、このほかにも、もう少し調査を進めて指定をしなければならない物件はたくさんございます。  従来、できるだけ時代の古いものから取り上げていくということでやってまいったわけでございます。実を申しますと、江戸時代、いわゆる近世期におきましては、現在国宝が四十五棟ございますけれども、近世の社寺などにつきましては、まだ指定すべきものがたくさん残っております。これから調査をいたしまして、そこまで手を広げようと思っておりますが、一方、明治、大正期の近代建築、特に洋風建築におきましては、市街地にございますためにどんどん滅失していく危険性がございますので、その中で大事なものは残そうということで、実は近世を少し飛び越えまして、新しい明治以降の洋風建築に手をつけた次第でございまして、現在ようやく明治のものにつきましてはほぼ指定すべきものは指定したという感じになっておりますが、実は大正につきましては、御指摘のようにまだ一件しかございません。大正といいましても、もうすでにその中には指定していいような、文化財として考えていいようなものも出てきておりますので、今後これは早急の課題として私ども調査を始めたところでございます。
  472. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで、昨年文化庁の中に近代建築保存対策研究調査会というのが設けられたというふうに伺っていますけれども、この調査会の仕事というのはどういうものですか。
  473. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 この調査会は、実は五十二年度は必ずしも予算的な裏づけなしに、既定予算の中で発足させたわけでございますが、十二人の専門家の委員を委嘱いたしまして、主要近代建築を調べまして、その耐久度であるとか補強法に関することを調べたり、あるいは近代建築の再活用のこと、あるいはそういうような近代建築の保存対策上必要な事項について意見を聞くということで、それをまた私どもの行政の中に取り入れていくために専門家の意見を聞く、こういう趣旨の委員会でございまして、五十三年度はこれを予算化いたしております。
  474. 安藤巖

    ○安藤委員 いまの調査会の仕事の中に、別に大正、昭和だけにこだわるわけではないのですけれども、大正年間あるいは昭和初期の建造物などについても調査される、そして保存すべきものについてリストアップをされるというようなこともおやりになるのでしょうか。
  475. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 近代建築につきましては、先ほど申し上げましたように、明治は大体片がついたのでございますけれども、あと大正以降が問題でございますので、むしろ重点はそこに置いて、これから調査を進めてまいりたいと思っているわけでございます。
  476. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで、具体的にお尋ねしたいのですけれども、名古屋市の東区主税町に名古屋高等、地方裁判所の庁舎があるのです。この建物は大正十一年に完成しまして、いま名古屋高等、地方裁判所は新しい庁舎を別のところに建築中でございます。今年度中にそこに移転するということになっております。聞くところによりますと、この建物は昭和五十四年三月に最高裁から大蔵省財務局の管轄に移管がされまして、それからまたさらに名古屋市の所有に移されるというふうに聞いているのですが、そういうふうに聞いておられますか。
  477. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 大体先生のいまおっしゃったような状況であるというふうに私どもも聞き及んでおります。
  478. 安藤巖

    ○安藤委員 この建物は私はよく知っておるのですが、赤れんがに花崗岩の白、それからドームが銅板でできておりまして、これが非常にきれいな緑青になっておって、まさにルネッサンス風の建物なんです。  そこで、これは前に名古屋市と東海財務局と高等裁判所、この三者で取り交わした約束がありまして、名古屋市の所有に移されたところでこれを取り壊して、その敷地は更地にするという話ができているらしいのです。そうなりますと、いま申し上げましたような経過から、名古屋市の所有に移されると、これが取り壊されるという運命になりかねないわけなんです。先ほど申し上げましたような建物で、これは非常に貴重な建物だ、ぜひとも残したいという声が上がってまいりまして、名古屋市当局も文化庁に対してぜひこれを保存するという方向で考えてほしい、重要文化財に指定するという方向で考えてほしいという要望をされておると聞くのですが、そのとおりでございますか。
  479. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 ただいまのところ、私の手元へ日本建築学会の会長さんから要望書が出ております。これを拝見いたしますと、いま先生のおっしゃったように、大正十一年にできたものであり、非常に建築学の歴史的な意味もあるし、それから明治以来の古典主義を持ちつつ新しい大正の息吹を持った非常にいい建物であるというような御指摘がございます。  それで、先ほど申し上げました調査会におきましては、実は建築学会でつくられた、そういう近代建築の、全国で約一万件の予備リストがございますが、それの中からより出して、どういったものを将来保存すべきかといったようなことを詰めていくわけでございますけれども、こういう御要望もございますので、この建物につきましては特に注意をしてその価値を判断し、そしてしかるべき方法で、これは本当に残すべきものであるとすれば残すような方向で努力する、そういう方向にいきますことを私も期待しておるわけでございます。
  480. 安藤巖

    ○安藤委員 いま日本建築学会からの要望があったというお話ですが、日本建築学会の方から文化庁に対して、重文の指定を含む保存について要望が出されているのは、この名古屋高等、地方裁判所の建物一件だけでございますか、ほかにもございますか。
  481. 犬丸直

    ○犬丸(直)政府委員 一般的には、先ほど申しましたように、建築学会でリストをつくっておりますから、全般的なそういうものを残すべきだという御意向はあるわけでございますが、具体的にこういう一つの案件をとらえて御要望のございましたのは、現在ではこの一件でございます。かつては、いま近代美術館の工芸館になっております近衛師団司令部につきましても御要望があったケースがございますけれども、現在においてはこの一件だけでございます。
  482. 安藤巖

    ○安藤委員 いま長官の方から、日本建築学会の方からの要望もあり、具体的に建物を特定しての話はこれ一件だ、日本建築学会の御要望は相当尊重されるような御答弁をいただいたわけで、いますぐ重要文化財に指定することを約束しなさいと私も申し上げませんし、またそういう御答弁をいただくということは無理かと思いますけれども、そういう方向で御努力をしていただきたいということを要望しまして、そして大臣に、これはもちろん手続的には文化財保護審議会の議を経て大臣が指定されるわけですけれども、いまいろいろ申し上げ、それから文化庁長官の方からも御説明をいただきました、こういう建物なんですね。ですから、重要文化財に指定するという方向で御努力をいただきたいと思いますが、いかがでございましょう。
  483. 砂田重民

    砂田国務大臣 文化庁長官からもお答えをいたしましたけれども日本建築学会がこれ一つをとらえて御要望になるほど価値あるものだと私も感じておりますので、御発言の御趣旨の方向で努力をいたしたいと考えます。
  484. 安藤巖

    ○安藤委員 終わります。
  485. 楯兼次郎

    楯委員長 次回は、来る八日木曜日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後六時十一分散会