○
梅田参考人 梅田でございます。私は臨床をやっておる人間でございますので、その立場からのお話が主となると思います。
現在、
特別措置法から
補償法に引き継がれて、
大気汚染と関連する
公害病といたしまして閉塞性
呼吸器疾患というものが取り扱われているわけであります。この閉塞性
呼吸器疾患とは、
慢性気管支炎、肺気腫、
気管支ぜんそく、ぜんそく性気管支炎及びその続発症をいうと法では言っておるのでありますが、まず、その閉塞性
呼吸器疾患というものについてちょっと触れておきたい。
そもそも慢性閉塞性肺
疾患、これは
呼吸器疾患と言っても肺
疾患と言っても同じですが、クローニック・オブストラクティブ・ラング・デイジーズ、これは持続性の呼吸困難を主とし、障害生理学的に気道閉塞を示す病態をいうというふうになっておりまして、世界的に、当初はぜんそく及びたんだけを示す
慢性気管支炎は入っておりません。というのは、この
慢性気管支炎、肺気腫、この一連の
病気というものが一番問題になりましたのはイギリスでありますが、イギリスのフレッチャーが言っております
慢性気管支炎とアメリカのバローズが言っております肺気腫とがどうも似たようなもの、だということで共同
研究をやった結果、大体似たようなものを言っている、そして余り特異的でなく普遍的な命名がよいということで、非特異性肺
疾患または慢性閉塞性肺
疾患というふうな提言をし、Aタイプ、Bタイプに分けたわけです。Aタイプというのはどちらかというと肺気腫のファクターの強いものをAタイプ、それから炎症症状が強いもの、つまり気管支炎症状が前景に立っているものをBタイプ。われわれはどうもうまい分け方だ、アメリカンエンフィジーマ、ブリティッシュブロンカイティス、Aタイプ、Bタイプというものは非常にうまくいっておるというふうに私は思っておるのですが、こんなふうなことから、慢性閉塞性肺
疾患ということは起こっておるわけです。そもそも閉塞性というのは空気が気道をうまく流れない状態、こういうふうに御
理解願えればいいと思うので、そういうような概念で始まっておりましたが、次第にそれが拡大され、これを基本にして
特別措置法が、何年でしたか忘れましたが
施行されたわけで、その当時の厚生省の
研究班ですかが、この慢性非特異性肺
疾患というものを
一つの素材にして
慢性気管支炎、肺気腫、
気管支ぜんそく——
気管支ぜんそくはここで入ってきたわけです——を入れて閉塞性
呼吸器疾患とした。それでぜんそく性気管支炎というのは、
専門家の間では余り認めている
病気ではないのでありまして、これを入れるについては大変に論議があったように聞いております。しかし、日本の
一般のドクターが盛んに使っておられる病名だから加えたとその報告書には書いてあるわけであります。
そんなことで閉塞性肺
疾患というものが認められておるのでございますが、ここで
公害病——私は
公害病という言葉はきらいです。そんな特別な
病気はないのであって、ふだんある
病気を公害と関連あるとしてあるのでございますから、私はきらいでありますが、本当の
公害病という言葉をあえて使えば、これには二つあるわけです。その
一つは、私は余り詳しくはありませんが、水質
汚染を中心としたような水俣病ないしはイタイイタイ病というふうなもの。これは私、学生のころには余り聞いたことがない。それから、将来公害を完全に退治すれば、そういうたれ流すような工場がなくなれば、今後の教科書から省いていいだろう、歴史としては残るかもしれませんが。しかし、
大気汚染と関連する閉塞性肺
疾患、
慢性気管支炎、肺気腫、
気管支ぜんそくというふうな
病気は、いかに公害がなくなっても存在する
病気でありますし、公害がないときにもある
病気であります。
かつてAPCDC、アジア太平洋胸部
疾患会議で、もう十河年前ですが、いまはインドネシアももう大分いろいろあるかもしれませんが、当時インドネシアのドクターがやってきて、われわれの国は日本と違って空は青い、しかし
慢性気管支炎もぜんそくもある。それから、
慢性気管支炎は冬増悪するというのが
一つの大事なファクターですが、インドネシアには冬はない、だけど
慢性気管支炎は増悪しますというふうなことを申してわれわれ笑ったものでありますが、そういうものを法では第一種、第二種に分けているわけです。
すなわち、第一種は——法律のところを
先生方にお話しするのはちょっと釈迦に説法みたいなのでやめておきましょうか。第一種、第二種ということで、そもそも
大気汚染と関連する
公害病とされているこれらの
疾患は、非特異的であるということがまず第一に問題になるわけでございます。つまり、現在
補償法で認めているのは、一定の
地域指定をし、これには
一つ条件がありますが、そしてそこに居住
期間というものが
一つあって、そしてこの
病気になったらば指定する、こういう非常に行政的な
割り切りでやっているわけです。これをある方たちは疫学的
因果関係という言葉を使っておりますが、個々の症例についての
因果関係は全く不明の場合が多い。
因果関係をはっきりさせろと言うと、まず臨床家はできないであろう。現代の
医学ではできないであろう。将来でもなかなかむずかしいだろうと私は思います。
大気汚染が以上述べた閉塞性肺
疾患、閉塞性
呼吸器疾患の増悪因子であることは確かであります。そういうことで、
関係がないとは言わない。確かに
関係がある。だから法で認めておるのだ、こうなんですが、個々の症例で
因果関係を求められると臨床家はとても答えられない。たとえば
慢性気管支炎の
患者さんがやってきて、私のこの症状は
大気汚染のためでしょうかと言われたときに、われわれはそうだとはとても言えない。一番大きなファクターは私は
たばこだと思います。それから、
加齢による変化がその
もとになります。しかし、そうでないとはまた言えないわけです。ですから、そういう個々の症例について臨床家は大変に戸惑っておると思うのですね。しかも、この法をつくるとき、疫学を基礎とした
人口集団として
大気汚染地区をとらえ、しかもそれは有病率ではなくて
有症率で決めているわけです。しかし、実際に審査するのは臨床家でありまして、臨床家は個々の
患者と当たるわけです。この辺に現在のこの法の実際面における大変なむずかしさがあると私思っております。
短かい時間でありますが、個々に指定された
病気についてちょっと私、解説させていただきたい、こう思います。
まず、
慢性気管支炎。これを臨床的にとらえようとする試みはイギリスにスタートしておりまして、スチュアート・ハリス
委員長の
もとにイギリスの
慢性気管支炎の成因に関する
委員会というので一九六五年に示されております。これが有名なフレッチャーの
基準と同じで、肺・気管支・上気道の限局性病巣によらないで起こる慢性持続性——二冬連続的に、少なくも三カ月間ほとんど毎日——のたんを伴ったせきを示すもの、つまり、
慢性気管支炎の本質を気道の分泌過多ということでとらえているわけです。簡単に申しますと、長く続くたんを伴ったせき、ただし上気道及び気管支、肺の限局性病巣によらないもの、つまり、鼻が悪いとかのどが悪いとか、または結核があるとか、気管支拡張症があるとか、そういう限局性病巣によるものは除く、こういうことです。
ついでに申しておきますが、
慢性気管支炎は、学問的には急性気管支炎の繰り返しではありません。これは実地ではどういうふうにいきますか、大変むずかしいところだと思いますが、急性気管支炎というのはかぜ症候群です。そして、これを何回も反復してもそれはかぜを引きやすいということであって、
慢性気管支炎ではない。
慢性気管支炎というのは、慢性の刺激が続いて、それによって特異な気管支壁の変化が起こったものです。したがって、気管支造影をやれば明らかに気管支の破壊像がびまん性に見られます。それから、私の
専門であります肺機能検査をやりましても肺機能障害がはっきり出ます。ただし詳しい肺機能検査ですよ、動脈血をとりましてやりますと変化が出ます。それでも判定が、正確な診断が大変にむずかしい。われわれどうしてもわからないときには生検をやります。肺を開いて昔は生検というのはやりますが、いまは経気管支的にバイオプシー、肺の生検をやって確認をしますと、慢性炎症が明らかにありまして、かぜ症候群とは違う。要するに急性気管支炎はかぜ症候群でウイルスである。
慢性気管支炎は感染以外の刺激によることが多い。つまり
大気汚染または
たばこですね。
それで、これは
大気汚染との
関係が大変にはっきりしているように私思うのです。
有症率とSOx、降下ばいじん量、そういうふうなものとの関連を見ましても、やはり相関があるのではないか。ただし、
慢性気管支炎と閉塞性肺
疾患というのは、この中でたんがあるだけではなくて呼吸困難を伴うものを言うわけです。
慢性気管支炎の成因についてはいろいろ言われておりますけれ
ども、年齢因子もあるし人種の差もあるということですが、やはり一番多いのは
たばこでしょう。
たばこを吸った人と吸わない人と吸っていた人との差、ウォルフの
データをちょっと挙げてみましても、
たばこを吸わない人の
慢性気管支炎の発生率二・一%、
たばこ十本以下の方が一二・五%、十本ないし二十本の方が二三・八%、二十本以上の方が三一%というふうな
データを出しております。大変に
たばことの関連が強い。
大気汚染も当然これに関連するであろうと私思います。
次が慢性肺気腫ですが、これは肺胞壁の破壊と肺胞から終末気管支までの間の異常拡張を来している状態、つまりこれは肺の構造的破壊を示す
疾患です。
これの
原因はいろいろ言われておりますが、一番強いのはやはりエージング、年をとるということですね。高齢者の肺には肺気腫の所見が高率に認められます。しかし、七十歳以上の高齢者でも
たばこを吸わない人は肺実質の変化が四十五歳以下の
たばこを吸う人より少ないという報告が出ています。したがって、やはり
たばこが非常に大きな——この肺気腫の
患者を何人も私診ておりますが、肺気腫の
患者で
たばこを吸わなかった人はいません。
それから、素因的には、これも外国で言われていることですが、血清のアルファワン・アンチトリプシン欠乏が肺気腫を起こすんだということが言われています。したがって、素因的にはそういう気管支肺胞系の構造的破壊を起こしやすい状態があって、それにエージングという
加齢現象が加わり、それに外因としての
たばこが加わって成立するのではないか。それで、その外因としてはやはり
慢性気管支炎と一連のところがあるというふうに思います。
次は
気管支ぜんそく。
気管支ぜんそくは、広範な気管支の狭窄による
疾患で、その強さが自然に、あるいは
治療によって短時間で変化し、かつ心臓血管系
疾患によらないものというふうに言われています。
ぜんそくの本体は何かというと、気道過敏性というものでありまして、これが素因です。気道過敏性が生まれつきある。それにアレルギーなり、または心因性のファクター、あるいは
たばこ、あるいは
大気汚染、こういうものがトリガーになって発症する、こういうふうに考えられるのでありますが、この本体であります気道過敏性が
大気汚染によって高進するか、これが問題のところですが、
大気汚染地区の方たちを調べていって、気道過敏性が高進するという
データはいまのところありません。したがって、
大気汚染とぜんそくとの
因果関係は、大方の
専門家の
意見はノーであります。ただ、発症のトリガーとして
大気汚染がある。それから、でき上がったぜんそくに
たばこがいけないのと同じように、
大気汚染が悪
影響を及ぼすことは当然であります。
ぜんそく性気管支炎、これは余りしゃべりたくないところですが、本来から言いますとぜんそく性気管支炎は閉塞性肺
疾患ではありません。これは反復性気管支炎だと思います。したがって、本来の閉塞性肺
疾患ではない。しかし、臨床の
医学というのは大変にむずかしいものでありまして、たとえばぜんそくの前段階でありますアレルギー性気管支炎または子供の
慢性気管支炎、こんなふうなものはとても診断がつけにくい。そういうときに一応ぜんそく性気管支炎という診断をつけておいて、そして一年後、二年後にそれを直していく。フォローしていって、そして病名を確かめていくというのも臨床
医学の
あり方としては間違いではないと私思っています。
そんなところが現在、私御説明申し上げたい
大気汚染と関連する
病気についてでありますが、
問題点は何かということになりますと、やはりいま挙げました、法で定められた閉塞性
呼吸器疾患というものが非特異性であるということに端を発していると思うのです。こういうことで、こういう法律で公害で病んでいる人たちを
救済しようという趣旨はまことにりっぱなものでありますし、また、
救済を急がなければならない人たちがいることも確かでありましょう。しかし、現在行われているこういうような法で公正な保護が図れるか、この公正というところが私大変に疑問を持たざるを得ないのです。というのは、やはりこれは非特異性
疾患である、しかも、
疾病、
地域、こういうものを行政的な
割り切りでやっておるのでありまして、私に言わせれば、学問的な追求が不十分なうちに世論を背景に急遽登場したような感じがしてなりません。
そして、われわれが何をしなければならないかということでございますが、これはやはり一番大事なのは公害の
被害者を出さないようにする、こういう
影響者を出さないようにするということですが、非特異性の
病気ですから、おっぽっといたってあるわけであります。問題は、こういうときには、私は、明らかに
因果関係がはっきりしているところはこれはもう全面的な
補償をしてあげなければいけないと思うのですが、かつての四日市とかかつての川崎のような。現在定められた、広がった
地域指定の地で、
先生方が行って、本当にそう感じましょうか、ほかの
地域と。これは実感でもってお感じ願いたい。ということは、
補償されていいだろうといっても、
補償されない非
指定地域の
患者はかわいそうじゃありませんか。これは公正でないと私思うのです。
ということになりますと、私は、
補償よりも大事なのは、やはり管理だと思う。こういう
病気を出さないようにする、それから、出たならばそういう人たちを日常管理をもっと上手にしてやるということ。これはどんな
病気でもそうですか、慢性病の医療では、
公害病に限らずすべて言えることでありますが、単なる対症療法だけでなくて、根本的な
治療が困難なだけに、いま述べたような
病気は、ぜんそく性気管支炎を除いては大変に
治療がむずかしい。それだけに病変の進展を防止し、続発症の発生を予防する
対策が必要です。それには、単なる投薬だけではなくて、呼吸の訓練とか体位性ドレナージ、こういうフィジカルセラピー、これに私は力点を置きたい。それから、自覚症状のはっきりしているときの医療だけでなくて、日常生活の積極的な
医学的管理、こういう中に
一つたばこがありますが、私、
大気汚染に対して非常にアレルギーというか神経質になっているわりに
たばこに対して余りにも寛容過ぎると思う。これはやはり私は、こういう
患者さんたちが
たばこを吸っていたら絶対うまく治せない、また管理できない。そういうことを言う医者自身が
たばこを吸ってはいけないと私は学生に教育しておりますが、私自身ヘビースモーカーでありましたが、これに関与した八年前にすっぱりやめました。私は、
先生方にまことに申しわけないのですが、
たばこを吸いながら
大気汚染を論ずることがナンセンスであると思っております。これはパーソナル・エア・ポリューション。問題になりますSOx、
NOx、
たばこを一回はかってごらんになったらいいと思う。多分いまの
指定地域なんかよりよっぽど高いと私思います。これは臨床でございませんので口幅ったい言い方でございますが、大変に問題だと思います。
それから、私自身の方の今度は臨床家としての反省がなければいけない。それは、こういう長期にわたる
医学的管理というものは、特に
補償法というのが存在する以上、金銭が絡みますと、これをうまく
運用するのは、やはり医師の権威と医師への信頼がベースになります。これなくしては現在の
補償法みたいなものは特にうまく
運営できないと私は思っています。
それで、
対策として私特に最後に申し上げたい。これは
補償よりも次のことをもっと力を入れてほしい。一、
地域住民に対する正しい
医学知識、特に呼吸の訓練、フィジカルセラピー、こういうような
病気の知識を持ってほしい、正しい知識を持ってほしい。要するに、おれの体は体が悪くないんだ、あの煙だけで起こったんだ、そんなことはないのでありまして、いかなる
病気も環境の
影響を受けます。どんな
病気でも、環境によって
影響を受けない
病気はありません。しかし、素因が
関係しない
病気もありません。どんな
汚染地域におったって、かからない人はいっぱいいるのですから。そういう本当の知識、この
病気、この障害をどうするかという正しい知識を持ってほしい、そういう教育をしなければいけない、こう思うわけです。
それから、現在、昔と違って大分、呼吸生理、肺生理が進歩しておりますので、そういうものを今度は臨床に導入しなければいけない。要するにこれも私の方の自己反省になるわけですが、診療のレベルアップを図らなければいかぬ。それから三番目、呼吸のリハビリセンターですね、呼吸の訓練、そういうものを教育する場。
それからもう
一つ、不幸にしてこういう
病気がやはり増悪することが、それはあります。増悪してもこういう閉塞性肺
疾患で殺してはいかぬ。実は脳卒中や心臓病でもこのごろは死なないのですよ。一番最後は吸呼不全なんです。それで脳卒中、循環器または脳神経系をやっているドクターに、われわれは殺さぬようになった、大抵最後に死ぬのはあなたの領域だよ、こう言われるのです。
呼吸器なんです。実はこれが呼吸不全なんです。だから呼吸不全、これはこの
大気汚染とも最も関連する一番最後の悪いところですが、この呼吸不全というのは、治すにはやはりプログレッシブ・ケア・ユニットが欲しい。何といいますか、IRCUというのですね、インテンシブ・レスピラトリー・ケア・ユニット、こういう救急センターを置きたい。だから、こういうものをまとめた
大気汚染と関連したような、そういう問題の
地域にはチェストクリニックというか、または呼吸センターというふうなものをつくって、住民の教育、それからリハビリテーション、物理的
治療、そういう訓練をする。そして一方では救急ユニットを置いて、救急センターを置く。こういうものでは殺さない、こういうような
対策をつくってほしい。これは私、実は四十五年に川崎市でしゃべりまして、川崎を初めかなりこれに乗っかった施策が現在行われておるのです。
ただ私が言いたいのは、もっとこういうことが世の中に広く伝わって、そして世論がそういうものに乗っかってほしいということです。関心を持っておられる行政の方はこれに乗っかって着々とやっておられますが、なかなかその実が上がりにくい、こういう慢性病の
対策というのは本当に急性病の
対策と違ってやりにくいということをお話しして、一応私のお話はやめたいと思います。