○日野市朗君 ただいま
趣旨説明のなされました本
法律案につきまして、私は何としても納得ができかねるのであります。
同僚の議員の皆さん、ぜひ、
日本原子力船開発事業団法、これはちょっと長い
法律でありますから、これから事業団法と略称させていただきますが、この事業団法附則第二条、これを虚心に読んでいただきたい。同条にはこう書いてあります。「この
法律は、
昭和五十一年三月三十一日までに廃止するものとする。」——「この
法律は、
昭和五十一年三月三十一日までに廃止するものとする。」こう書いてあるのであります。この条文を
日本語の通常の用語例に従って読む限り、事業団法は時限立法であります。時限法、すなわち、昨年の三月三十一日以降は効力を持ち得ない
法律なのであります。
しかるに、
政府は、右の条文を曲解し、同法がいまだに有効に存在するものとして、本
法律案を本院に提出するの挙に出ているのであります。
政府が過去何度かにわたって表明してきた
見解によれば、事業団法は、これを廃止する
法律の成立までは有効に存続するというのでありますが、附則第二条を読んでこのように
理解できる
日本人は一体何人いるとお考えでしょうか。
政府の
見解によれば、
昭和五十一年三月三十一日という日は、法文に明瞭に書かれているにもかかわらず、何らの意味を持っていないということになってしまうではありませんか。
そもそも、
法律には、恒久法と時限法があります。恒久法といえども廃止法によって廃止され、時限法といえども有効な期限内に延長法によって延長されます。ただし、時限法は、有効期限を過ぎればもはや延長はできません。そして、
法律は、恒久法か、しからざれば時限法なのでありて、その中間法域などというものは、法概念的に存在しないし、考え得る余地もないのであります。
つまり、
国会が事業団法附則二条に託して表明した意思は、
昭和五十一年三月三十一日の経過をもって同法は効力を失うというものなのであります。これをあえて曲解し、本
法律案を提出することは、
国会の意向に対する挑戦ではありませんか。(
拍手)
しかも、昨年三月三十一日以前に提出された本
法律案と同じ延長
法案は、第七十八
国会で廃案の憂き目に遭っているのであります。つまり、事業団法と本
法律案とをつなぐ糸はぷっつりと切れているのです。
総理、いかに原子力船「むつ」の処遇に困窮し、原子力船
開発事業団の維持に困ったからといっても、法を曲げてまでこれに対処しようとすることは、民主主義の根幹を揺るがし、国法
秩序を破壊するものとは思いませんか。
あくまでも
政府が事業団法は有効に存続していると主張されるのならば、
伺いましょう。
事業団法が、現時点において有効であるということに疑いがないのであるならば、
日本原子力船
開発事業団、その運営に何の支障もないのならば、何ゆえに本
法案を提出するのでありますか。どこにその必要があるのでありますか。
さらに
伺いましょう。もし、本
法律案が否決されたならば、いかがなさるおつもりでありましょうか。それでもなお、事業団法は有効に存在すると強弁されるお考えでありましょうか。本
法律案を
国会が否決することは、
国会が事業団法の存続を拒絶することであり、
日本原子力船
開発事業団の存続も同時に拒絶されることであります。仮定の問題ではありますけれども、伺っておきたい。
本
法律案が否決された場合、すなわち、
国会と
政府との間に明らかな意思の衝突があった場合、憲法によって国権の最高機関とされている
国会の意思を
総理は当然尊重して、事業団法が効力を持っていないことを宣明されるのでありましょうね。
答弁をお願いしたいと思います。
仮に百歩を譲って、
政府の
見解の言うように、事業団法が存在しているとしても、実質的に見ても事業団法は延長されるべきではありません。
原子力船「むつ」を思うと、私は心が痛みます。「むつ」は、本来祝福されて誕生すべき運命にあったのであります。
わが国会は、衆参両院とも
全会一致で「むつ」の建造に賛成したのであります。しかし、結果は周知のとおりであって、「むつ」は、いまや身を横たえるところもなく、居候の身である。
このような
事態に至った原因は、さきに科学技術庁長官が指摘されたいわゆる大山
報告書に詳しい。大山
報告書によれば、その原因として、
開発が時限立法によったことを指摘しております。これは、大山
報告書の言葉のとおりを申し上げる。
開発が時限立法によったこと、事業団運営が適切でなかったこと、船炉一体の原則が守られなかったこと、第一次遮蔽、第二次遮蔽が別個の業者によりなされたこと、炉の陸上実験が行われなかったこと等々が挙げられているのであります。
これらを総合してみますと、私は大きな疑問に遭遇いたします。「むつ」は遮蔽の欠陥で炉をとめているのでありますが、実際に調べ、実験してみれば、もっともっと大きな欠陥が出てこないという保証はないのではありませんか。しかも、原子炉の事故として頻発する蒸気発生器の細管の腐食や冷却水パイプのひび割れ、原子炉本体のひび割れ、こういったものは、ある期間運転を続けなければ、発生しているかどうかはわからないものなのであります。
要するに、私は「むつ」の原子炉は欠陥原子炉である、こう思います。少なくとも安全性が十分に確認されたものとは言いがたい。いかがでありましょうか。
「むつ」には深い愛情の念を抱きながらも、「むつ」の
開発計画は断念せざるを得ないと考えます。それは、「むつ」が原子力船であり、欠陥炉を搭載しているからであります。
原子力の
開発については、われわれは恐れを持ってこれを行うべきではないでありましょうか。原子力エネルギーの分野は多分に未知の分野であります。未知の分野に踏み入るときの恐れ、それに対してわれわれは謙虚でなければならない。しかも、原子力エネルギーの危険はことさらのものがあります。そこでの失敗の責めは大きい。その
開発に踏み込む一歩一歩、その一歩は、
国民に対し、さらには人類に対し、重い
責任を負っている歩みであります。
しかも、核による手痛い経験を過去に持っている
わが国としては、核
開発についていささかの危険をもゆるがせにしない、いささかの事故をも徹底的に究明し、究明し尽くされるまで炉は停止するという、安全性を何よりも優先させるという
態度が要請されていると考える。
私は、健全なる技術の進歩は、それを促進しようとするものとそれを抑制しようとするものとの間での英知をもってする選択にかかっていると思うのであります。この
態度を堅持することが核被爆国としての
わが国にとって名誉ある
態度であると思います。
われわれは、核エネルギーの
開発について、いささかの危険をも、さらにいささかの危険の徴候をも決してゆるがせにしないという哲学をここで樹立しなければなりません。御賛同いただけるでありましょうか。
この厳格な
姿勢が貫かれてこそ、初めて住民の間に核
開発に対する
理解が得られるでありましょう。特に、
漁業専管
水域二百海里の
時代に入り、沿岸、近海の漁場の見直しが叫ばれている折、放射能に対する規制の厳しさがさらにさらに要請されているものと言わなければなりません。
現在
政府は、長崎県佐世保に「むつ」を回航し、テストや修理をしようとしているようであります。仄聞するところによれば、長崎県や佐世保から「むつ」受け入れの見返りとして、三百億円を寄託せよとか、凍結されているはずの新幹線に着工せよとかの要求があるとのことであります。
私は、当面を糊塗するためにこのようなことを行うのはゆゆしき問題であると考える。この種のことは、
政府が口先だけでなく誠意をもって安全性に取り組んでおり、
国民がそれに信頼していれば、あり得ないはずなのであります。私は、安全性の不足を何らかの見返りによって補うごときは、あしき先例を残すものと考える。
このような見返りの要求があったのか、また、
政府はこれにこたえるつもりなのか、明快なる
答弁をいただきたいと思います。
さらに、長崎県や佐世保の住民のために伺っておきたい。
政府は、佐世保を「むつ」の母港にしないということをここではっきりとお約束をいただきたいのであります。
さらに伺っておきたい。「むつ」の燃料棒は抜くのでありましょうか。抜き取るとすればどこで抜くのでありましょうか。もしむつ市においてこれを抜き取るのであるとするならば、またまた
政府は、四者協定に対する重大なる違背をすることになります。
「むつ」の佐世保におけるテスト計画の中には、制御棒駆動試験が含まれているようであります。もし燃料棒を抜くことなくこの試験を行えば、この試験は「むつ」の原子炉を動かすことになるのであります。つまり、制御棒を駆動させれば中性子が活動を始め、原子炉は活動を開始するのであります。このことを
政府は、長崎県や佐世保市に十分知らしめて「むつ」の受け入れ
交渉を進めているのでありましょうか。
「むつ」の原子炉が動き始めれば、放射能漏れが起きないという保証はないし、さらにもっと重大なトラブルが発生しないとだれが断言し得るでありましょう。長崎県や佐世保市はこのことを知っているのでありましょうか。もししからずとすれば、
政府は、長崎県や佐世保市に対し、さらには当該地域の住民に対し、重大なる背信を行っていると言わざるを得ないのであります。この点についてお答えをいただきたいと思います。
この時期に及んで、私は「むつ」の
開発は失敗したと言わざるを得ません。計画の立案において見通しを誤り、計画推進のプログラムに数々の行き違いがありました。そして技術も未熟であったのであります。何よりも最大の失敗は、安全性に対する
国民の不信感に
解決を与えられなかったということにあります。これは、
政府が、口では安全を唱えながら、それにふさわしい安全性厳守の
態度をとらずに、核
開発や核実用化を進めるという
政府の
姿勢に由来するのであります。
国民は、
政府や業界がいかに安全を唱えようとも、美浜で島根で福島で、その他多くの原子炉で何が起こっているかを知っております。それらの事故が重大事故につながり縛るものであることも感覚的に察知しています。そして、
政府の安全性チェックなどに信頼はしていないのであります。この
現状が変わらない限り、今後の原子炉の設置は常に大雪な困難に遭遇することになりましょう。私がさきに述べた安全の哲学の樹立の重要性は、この点からの指摘であります。
もはや「むつ」を修理し、運航せしめる計画は断念すべきであります。多大の時間と経費をかけて「むつ」を補修したとしても、そのときには「むつ」は
時代おくれの非効率的な、しかも大きな危険を秘めた原子力船でしかないでありましょう。
この際、思い切った発想の
転換を遂げ、本
法案の成立を断念し、「むつ」は原子力船としては廃船として、将来のすぐれた原子力船の
開発のための研究の素材としようではありませんか。
私は、この非常に現実的な提案を行い、この提案に
政府が耳を傾けていただきたいと思うのであります。いかがでありましょう。
私は、
日本社会党を代表してこの
質疑を行いました。これで
質問を終わります。(
拍手)
〔
内閣総理大臣福田赳夫君
登壇〕