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杉山参考人 私、
法政大学の
杉山でございます。
本日、
外務委員会のお求めによりまして、
議題となっております
北西太平洋の
ソヴィエト社会主義共和国連邦の
地先沖合における千九百七十七年の
漁業に関する
日ソ間協定、これにつきまして若干の私見を述べさせていただきたいと存じます。
前もってお断りいたしたいと存じますが、私
自身いま一介の学徒でございまして、今次の
協定締結交渉に一切直接関与いたしておりませんので、したがいまして事実
関係で知らない点が多かろうと思っております。事実の不知から誤った
判断をしていたといたしますと、私の
意見はいつでも訂正しなければならないと私
自身思っております。
次に、この
協定そのものは
漁業に関するものでございます。あえて言えば、
漁業のみに関するものだというふうに思われるわけでありますけれ
ども、しかしながらこれに関連いたしまして、そもそもこの
協定を結ぶ必要を生じた理由は何であったのかということ、あるいは約九十日にわたって
交渉が難航した
過程で生じたさまざまな
政治的な問題、あるいはこの
協定が実際に
日本漁業、わけても
北洋漁業に与えた大きな経済的な
影響の問題、そして
最後に全体として
日ソ両国に与えた
外交上の
利害得喪といったような問題、こういったことを
考えますと、この
条約について論及しなければならない
問題点は非常にたくさんあろうかと思うのであります。しかし、私に与えられた時間も限られておりますし、私の能力も当然
限度がございますので、多くの点は他の
専門の
方々にお述べ願うことといたしまして、私は主として法的な問題のうち幾つかの点に触れて、最初の
意見陳述をいたしたいと存ずるわけでございます。
まず第一に、この
協定を必要とするに至った直接の理由についてでございます。これは申すまでもなく、昨年の十二月十日に、
ソ連邦の最高
会議幹部会令で、
ソ連の距岸二百海里にわたりまして生物資源の保存及び
漁業規制に関する暫定措置というものを決めまして、その海域内においてソビエトは魚類その他の生物資源に対しまして、その探索、開発及び保存のための主権的な権利を行使するというふうに定めたことによるわけでございます。これは通称二百海里
漁業専管水域設定問題と言われておりますけれ
ども、この問題は
御存じのように、すでに国連の第三次海洋法
会議で問題とされてきたところでございまして、議長のまとめた単一草案の中でも相当詳細な一案が示されていることは事実でございます。ただ、しかしながら国連の第三次海洋法
会議は、まだ正式の
条約をこの件について採択するに至っているわけでありません。したがって、一般国際法上、こうした二百海里にわたる
漁業専管水域を一方的に沿岸国が設定することの当否については、法的に問題のあるところだというふうに思われるわけでございます。
ここで、この問題について少しばかり私の
考えを述べさせていただきますと、もともとこの二百海里専管水域設定ということにつきましては、私は賛成しかねます。
理由は幾つもございますが、その最大の理由は、こうした二百海里
漁業専管水域を沿岸国が一方的に設定するということをやった結果といたしまして、国際的な富の不均衡をますます助長し固定化する、このことは国際社会にとって有益なことだとは思っていないからであります。
仮に、いずれの
国家も距岸二百海里に
漁業専管水域あるいは排他的経済水域というものを設定し得るのだ、したがって、それは諸国に対して平等の機会を与えているんだというふうなことを申しましても、実際にこういう二百海里専管水域というものが設定できるのは沿岸国に限られるわけでございまして、陸封国と申しますか内陸国は、そういうことは物理的にできないことは明らかなんです。
それから、沿岸国ができると申しましても、結局そういう専管水域を設定しかつ活用し得る国、つまりこういった制度によって最も多くの実際上の利益を得る国はどういう国かと言えば、長大な海岸線を持っており、そしてそこに利用可能な資源が豊富であり、かつそれを開発するだけの能力を持ち、しかも他から侵害をこうむる場合にはそれを排除するだけの実力の背景を持った国、こういう国が実際の利益を得るでありましょう。海岸線が狭く、そして沖合いに資源が乏しくて開発能力がない、あるいは侵害排除能力かないという国にとっては、実は形式的には二百海里専管水域設定ということか平等に認められたとしましても、その実態は、先ほど申しました国との間に非常に大きな懸隔があるわけでございます。そうして、そういう実際上の利益を得るであろうという国は、これは地図を見れば明らかなとおりこれまでの大国であります。そしてその大国が一たんそういう権利を海洋上に設定をしたといたしますと、将来にわたってよほどのことがない限り、一たんかち得た利益、既得の利益というものは放棄しないでありましょう。それは、今日は
領土について既得の
領土権というものをめったなことでは放棄しない、一たん自分が手にした
領土はよほどのことがないと譲らない。特に平和裏に調整するということは、言うべくしてきわめて困難になっておりますが、このことが海洋上にまで波及をしていくのではないか。そうして、大国がそうした資源の独占ということをその沿岸専管水域について行うとすれば、南北問題として言われております諸
国家間の富の格差というものが、縮まるどころか逆に大きくなるだけではないか。
しかもこの二百海里という数字は、
考えてみますと合理的な根拠はないのであります。なぜ百九十九海里でいけなくて二百海里なのか、二百一海里でいけなくて二百海里なのか、何人もこれを合理的に説明することは不可能でありましょう。無論、大体において二百海里をとれば、その間に目下有用と
考えられる資源が含まれる、大体これだけとっておけばよろしいということはあるかもしれません。しかし開発技術が進み、さらに三百海里、五百海里というところに資源が発見され、利用できる、そういう意思と能力を持つ国が出てくれば、今度は三百海里と言うでありましょう。五百海里というでありましょう。かくて、これまで公海制度と言われていたものは崩壊の一途をたどるのではないかとさえ懸念されるわけであります。
それに対して、いや、これは当面は
漁業上の問題だからよろしい、こういうふうに反論があるかもしれませんけれ
ども、
漁業資源に対する主権的な権利の要求というものは、これは次第に
領域に準ずる権利を要求するようになり、
領域の拡大になる傾向を否定できないと思うのです。まあ、私こう申しましても、
現実にはすでに
アメリカを初めとする多くの国がこうした措置をとりまして、これに
ソ連がならったのであります。そうして、ついに
日本も対抗上やむを得なく、これはやむを得なかったと思います、同様の国内措置を最近とられたわけであります。私は、こうしたことは決して好ましいこととは思われません。かの悪名高きトーデシアル
条約の再来であるという批評は多少誇張があるといたしましても、これは二十世紀後半の世界の愚挙の
一つであると私は思っております。ただ、
現実はいかんともしがたいということについて残念に思っているわけであります。
次に、
協定そのものについて若干気づく点を述べたいと存じます。たくさんございますけれ
ども、時間も差し迫りましたので、若干の点だけにしぼって申します。
その
一つは、
協定上の用語の問題でありますが、この
条約の表題あるいは前文、第二条に「
地先沖合」という
言葉がございます。ところが、第一条には「沿岸に接続する海域」という表現がとられております。恐らくこの二つの
言葉の
意味することは大体同じであろうと思われるのであります。もしそうだとするならば、
一つの
条約、
協定の中でありますから、同じ表現を用いるのが通常望ましいことではないのかというふうにも思うわけであります。で、この「
地先沖合」とかあるいは「沿岸に接続する海域」という表現で言われていることは、その中に沿岸領海を含んでいるのかどうかということ、これは
協定文言だけでは不明であります。
協定の中に特別の定義が下されていない限り、
条約上の用語というものは一般の社会通念に従って理解するほかないと思われますが、だとしますと、沿岸領海を含むというふうに解さざるを得ないでありましょう。ただ、第一条の、
ソ連に「接続する海域」という表現は、これは恐らくは
ソ連の最高
会議幹部会令第一条にございます表現をそのまま用いたものと思われるわけであります。だといたしますと、この同じ
幹部会令第一条邸、この暫定措置の設定は、
ソ連邦の領海制度に抵触するものではないと言われております。他方、ソビエトの領海は、
ソ連の国境警備令で、他国の船舶による漁労活動は原則として禁止をされております。簡単に申しますと、第一条で言う海域で操業可能だということか予想されますのは、
ソ連の距岸十二海里から二百海里までの間に限られているのではないか。このことが地先水域というふうに言って、それで第二条で
日本の「
地先沖合」という
言葉が出てまいりますけれ
ども、これとの関連で同一に理解できるかどうかという点は、このテキストを拝見した限りではわからないのであります。
第二は、この
協定か日ソの相互の利益を公平に保障しているかどうかという点であります。
経済的な実益の点は
専門外でございますので深入りいたしませんが、恐らく過去の
日本の実績は大幅に落ち込むでありましょう。そうして、この
協定だけから
ソ連が失う実益と申しますか、これはほとんどないのではないかと思われます。
一方、形式論的に言いまして、この
協定だけでは片面的である。実は次に予定されているソ日
暫定協定、これがどういうふうにでき上がるのかということを見なければ、両者をセットにして相互の利益か公平均等に守られているかどうかということは言いにくいわけでございまして、その
意味では、これだけで議論できにくいというふうに思います。
特に、この第二条から申しますと、
日本の領海内の
ソ連操業ということが全くあり得ないという明文の根拠がない。
ソ連側が
日本領海内操業を希望したということが
報道されておりましたけれ
ども、それが全く否定されているという明文の根拠がないわけであります。これは恐らく
交渉過程で
いろいろなことがあったんではないかと思われますので、これは恐らく国会審議等で明らかにされることだと思います。
最も大きい問題は
領土の問題でございます。
もう時間がございませんので簡単にいたしますが、結局、この
領土の問題につきまして、この日ソ間の
協定、つまり
ソ連の二百海里設定ということをのんだ上で、一体
日本の北方の
領域についての主張というものが曲げられずに
協定かできたかどうか、ここか一番大きな問題になっているところの
一つであろうと思うわけであります。
領土につきましていろいろございますが、時間がなくなりましたので詳しくは申しませんが、私の
意見といたしまして、これまでソビエトは解決済みであるとかいろいろ言ってまいりましたけれ
ども、国際法上、厳密に申しまして、千島列島全域にわたってソビエト領になったとする国際法上の明確な根拠がないというふうに思われます。無論、歯舞群島、色丹島、択捉島、国後は言わずもがなでございます。いま申しましたいわゆる北方四島と言われるもの、本当の島の数はもっと多いわけであります。通称四島と言っておりますので四島と申しますが、これはそれではどうか、これについてはサンフランシスコ
条約二条(c)項の解釈として、
日本政府が多年とってまいりました態度が、これは放棄
地域に入っていないという解釈、態度であるわけでありまして、
条約の解釈は、第一次的には
条約当事国がなし得るわけでありますから、サンフランシスコ平和
条約の当事国の一国である
日本政府が第一次的な解釈権を持つ国でありますから、そういう解釈をとることは可能であろうし、それにはそれなりの理由か私はあろうと思っているわけでありまして、ソビエトとの
関係で、これらの
日本か放棄していない
地域と
考えられるところ、つまり
日本が奪われべからざる
地域である、世間では固有の
地域というふうに呼ぶ人もあるようでありますが、これについてはソビエト側に譲らない、こういう主張をしてきた。これには私は理由があるというふうに思っております。
問題は、そういうことでソビエトと
日本側との間に
外交上
意見の食い違いが長年続いて対立してきた。ところが
協定第一条を見ますと、ソビエト側の二百海里水域設定についての国内措置、これは最高
会議幹部会令と大臣
会議決定でありましたか、これをそのまま認めている。そうすると、特に二月二十四日付の大臣
会議決定の中では、国後海峡を
ソ連国境というふうな表現もしておる。だから、これを全面的に一条が認めたということによって千島列島全域、それから歯舞群島、色丹島、択捉島、国後島まで
ソ連の
領域として認めるということになったかどうかという点であります。
この点につきまして当然問題になるのは第八条であります。第八条で、相互の
関係における諸問題については、「いずれの
政府の
立場又は見解を害するものとみなしてはならない。」この規定があることによって、二百海里の
漁業水域設定という問題について合意したにもかかわらず、
領域についての
日本側の主張は曲げられずに残り、将来ともそれを主張し続ける根拠があることとなるのだ、こういう理解が
一つあると思います。と同時に、そのことは裏返して言えば、
ソ連側も同じようなことが言い得るわけで、つまり
領土問題については、
本件この
条約をもっては何ら解決していない、別途の問題である、こういうふうになり得るという解釈、これが一応の解釈ではないかと思われます。この第八条の重みと申しますか、これをどうとらえるかということか一番大きな問題になってくると思われます。
ただ、このことがこれまでの
日本の主張を下げたと申しますか、少し下がったかどうかという議論があることも承知いたしておりますけれ
ども、私は、結論的には
日本の
政府としては下がりも出もしなかっただろう。ただ
ソ連の方としては、一条ということがあるので、八条があるにもかかわらず一条をかち得たということで、多少とも在来の
意見ですね、
領土問題解決済み、それぞれの
地域は
ソ連に帰属済みであるという
意見を強める可能性があるかもしれません。そこで、この「相互の
関係における諸問題」と言われている条文の
言葉、その中に
領土問題が必ず入っており、かつ
日本の
立場、見解が害されないということ、このことを相当はっきりしておく必要がある。それをはっきりしておきませんと一条が強くなってくるということを恐れるわけであります。そのことは、先ほど申しました次に予定されております
ソ日協定で、
日本が最近制定されました二百海里法を適用するということをどういうふうに書き入れることができるかどうか。それから、実際上の国権行使は別として、国内法上
日本が主張する
領域のところに領海及び
漁業水域でございますか、これを設定するというこういう操作、これをやるかどうか。これはやっておかないと
日本の主張というものは著しく弱くなるというふうに思いますけれ
ども、そういうことが今後残されておると思うわけであります。
少し時間を超過して失礼でありますが、私、
参考人でございますので賛否を明らかにして述べる必要もないと思いますけれ
ども、まあさまざまな問題はございますけれ
ども、
北洋漁業の実態から見て、当面この
協定は成立せしめざるを得ないではないのか。残念ではございますけれ
ども、目下のところでは、これ以上のことを求めるということはないものねだりになるのではないか、それは非
現実的ではないかという気は一方でいたしております。
特に今後非常にむずかしい問題が出てくるであろう。特に、先ほ
どもちょっとお話が出ましたけれ
ども、国内に北方
領土問題に対する関心か異常に高まったということは、今後対ソ
外交においてそれなりのやりやすさを生ずるとともに、それなりの苦労か
外交当局に多くなろうかというふうに思っているわけでございます。
多少超過して失礼いたしましたが、私の冒頭陳述はこれで終わります。失礼しました。(
拍手)