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1976-10-27 第78回国会 衆議院 文教委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十一年十月二十七日(水曜日)     午前十時三十三分開議  出席委員    委員長 登坂重次郎君    理事 三塚  博君 理事 森  喜朗君    理事 木島喜兵衞君 理事 山原健二郎君       臼井 莊一君    久保田円次君       辻原 弘市君    土井たか子君       中村 重光君    長谷川正三君       吉田 法晴君    栗田  翠君       有島 重武君    高橋  繁君       受田 新吉君  出席国務大臣         文 部 大 臣 永井 道雄君  出席政府委員         文部大臣官房長 井内慶次郎君         文部省初等中等         教育局長    諸沢 正道君         文部省大学局長 佐野文一郎君         文部省体育局長 安養寺重夫君         文部省管理局長 犬丸  直君         文化庁次長   柳川 覺治君  委員外出席者         大蔵省主計局主         計官      佐藤徳太郎君         文部省体育局学         校給食課長   加戸 守行君         厚生省児童家庭         局企画課長   下村  健君         自治省財政局調         整室長     中村 瑞夫君         文教委員会調査         室長      大中臣信令君     ————————————— 委員の異動 十月二十六日  辞任         補欠選任   長谷川正三君     島田 琢郎君   山口 鶴男君     木原  実君 同日  辞任         補欠選任   木原  実君     山口 鶴男君   島田 琢郎君     長谷川正三君 同月二十七日  辞任         補欠選任   辻原 弘市君     吉田 法晴君   平林  剛君     土井たか子君   神田 大作君     受田 新吉君 同日  辞任         補欠選任   土井たか子君     中村 重光君   吉田 法晴君     辻原 弘市君   受田 新吉君     神田 大作君 同日  辞任         補欠選任   中村 重光君     平林  剛君     ————————————— 十月二十五日  学園生活擁護に関する請願田中武夫紹介)  (第七二二号)  大学院生研究生生活条件及び教育研究条  件改善等に関する請願受田新吉紹介)(第  七四八号)  公立高等学校建設費国庫補助制度創設等に関  する請願松本忠助紹介)(第八〇〇号) 同月二十六日  進学希望者高等学校教育保障等に関する請  願(津金佑近君紹介)(第九二二号)  同(金子満広紹介)(第一〇一八号)  同(紺野与次郎紹介)(第一〇一九号)  同(瀬長亀次郎紹介)(第一〇二〇号)  同(土橋一吉紹介)(第一〇二一号)  同(中島武敏紹介)(第一〇二二号)  同(松本善明紹介)(第一〇二三号)  同(米原昶紹介)(第一〇二四号)  進学希望者高等学校教育保障に関する請願外  一件(山本政弘紹介)(第九二三号)  公立高等学校新増設のための国庫補助増額等に  関する請願平田藤吉紹介)(第一〇一三  号)  進学希望者高等学校教育保障に関する請願(  小林政子紹介)(第一〇一四号)  同(増本一彦紹介)(第一〇一五号)  同(不破哲三紹介)(第一〇一六号)  同(田中美智子紹介)(第一〇一七号)  大学院生研究生生活条件及び教育研究条  件改善等に関する請願栗田翠紹介)(第一  〇二五号)  進学希望者高等学校教育保障等に関する請願  (石母田達紹介)(第一〇二六号)  同(金子満広紹介)(第一〇二七号)  同(小林政子紹介)(第一〇二八号)  同(田中美智子紹介)(第一〇二九号)  同(津金佑近君紹介)(第一〇三〇号)  同(土橋一吉紹介)(第一〇三一号)  同(山原健二郎紹介)(第一〇三二号) は本委員会に付託された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  文教行政基本施策に関する件      ————◇—————
  2. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 これより会議を開きます。  文教行政基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。有島重武君。
  3. 有島重武

    有島委員 初めに幼稚園のことについて伺いたいと思います。  明治九年の十一月に東京女子師範学校の付属の幼稚園わが国で初めて開設された、ことしが百年である。それで就園率も五十年五月現在で六三・五%に達しておるということでございます。  そこで、百年目を迎えた幼稚園ですけれども、いろいろな問題があって、ここでもう一遍考え直されなければならないのではないかということになっていると思うのです。  一つには、これは場所的なばらつきがございますけれども定員オーバーになってしまっていること、それから公立私立の間でもって教育費がずいぶん違う、父母の負担の格差が大き過ぎるというようなこともございますし、保育所との関連ということもございます。それからもう一つは、小学校の教育とのつながりぐあいをどういうふうにするかというようなさまざまな論議があるようでございます。こうした問題がございますけれども、きょうは私立幼稚園法人化の問題、これはどういうふうになっているか、そのことを伺っておきます。  昭和五十年現在でもって全国の国公私立幼稚園数が一万三千八百園ですか、そしてこのうち私立幼稚園の数が七千七百九十八、約六〇%であるというふうに伺っております。そこで、この私立幼稚園の中でも、学校法人立が四〇%、個人立が三五%、宗教法人立が二三・八%、大体六割が非学校法人立ということになっておりますね。そして五十年度学校法人数がどのぐらいふえてきたか。学校法人になることを前提として補助金を受けるということになっているわけですけれども、これはどのくらい増加しているか、増加傾向がどういうふうであるか、そのことについて最初に伺っておきます。
  4. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 私立幼稚園の中の学校法人立個人立との数でございますが、ここのところ漸次増加傾向にございます。五十年度には、学校法人立が三千百十一園、それから個人立が二千七百三十一園、比率にいたしますと、五十年度法人立が三九・九%、それから個人立が三五%でございますが、五十一年度数字によりますと、その比率が、法人立が四二・五%ふえております。それから個人立が三三・四%と減っております。  実数で申し上げますと、学校法人立が五十一年度は三千三百九十九園、それから個人立が二千六百七十二園でございます。
  5. 有島重武

    有島委員 いまのお話で、ふえてきたとおっしゃるけれども、その増加率で満足すべきものであろうというふうに思っていらっしゃるかどうか。その辺は大体のいままでの計画なり見込みなりと比べてどのように判断していらっしゃいますか。
  6. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 個人立法人立にするためにはいろいろな条件整備が必要でございますので、なかなか急速には進まないと考えておりますが、ふえてきておるという傾向は私は一応いい傾向であるというふうに考えております。
  7. 有島重武

    有島委員 非学校法人立幼稚園に対して園児一人当たり年間三千八百円国から補助が出ておりますね。五十二年度はこれが倍加されるということを聞いておりますけれども、要求なさったのはちょうど倍くらいなさっているわけですか。
  8. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 高等学校以下の私立学校に対する補助は、直接始まりましたのは五十年度が初めてでございまして、八十億円ということでございます。それで、五十一年度は百八十億円というふうに倍以上になったわけでございます。これは高等学校以下全体の数字でございます。  それで、ちょっといま幼稚園の分の数字を持っておりませんけれども個人立幼稚園につきましては、法律の改正に基づきまして五十一年度から国から支出する、そういうことになっております。
  9. 有島重武

    有島委員 犬丸さん、さっき大体増加傾向があると言って、パーセンテージでおっしゃったけれども実数にして何校になりますか。何校というより、何園と言った方がよろしいのかしら。法人立に移行していったのは、実数では幾つですか。
  10. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 法人化した幼稚園の数を申し上げます。  四十七年度からは逐次ふえておりますが、四十七年度には四十一園が法人化いたしました。四十八年度には三十四園、四十九年度には五十園、五十年度には六十八園ということで、年間法人化した幼稚園の数も増加傾向にございます。
  11. 有島重武

    有島委員 これがこのままの傾向で逐次増加というふうに見ていらっしゃるかもしれないけれども、全体の数から見ると、これでもって五カ年間に移行するということ、これで可能なのかどうか。五カ年間に移行するというふうに考えていらっしゃるわけでしょう。大体達成できるというふうに思っていらっしゃるわけでしょうか。
  12. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 法律規定によりまして補助を受けた幼稚園は、受けた年から五年以内に法人化するものとする、そういう規定になっております。それで補助を受けたものは、当然私ども法人化することを期待いたしておるわけでございます。したがいまして、現在あります個人立の全部が五年後に法人化するかどうかということは、ちょっと予測しかねております。補助を受けるかどうかということにもかかっておりますし、受けた年から五年後ということになっておりますので、たとえば来年度から補助を受けるというようなところは、そこから五年間になるわけでございますので、その辺のところはまだ的確な見通しを持っておりません。
  13. 有島重武

    有島委員 ちょっとぼくも前後整理されなかったのですが、補助を受けているのはどのくらいになっているのですか。
  14. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 先ほど申し上げましたように、国からの個人立に対する助成措置は五十一年度から始まるわけでございまして、まだ具体的にはかどっておりませんが、恐らくおっしゃいます意味は、府県で独自で個人立にも出しているところもございます。そのことだと思いますけれども幾つかの県で個人立にも出しておるところがございますが、その対象がどのくらいになっておるか、現在的確な数字を持っておりません。
  15. 有島重武

    有島委員 法人化するための基準ですね。この基準がやや現実性を欠いているというようなことを、これは細かくはきょうはできないけれども、そのことについて基準を緩和するというようなことをお考えになっていらっしゃいますか。
  16. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 これはたしか前の国会でも文部省からお答えしておると思いますけれども法人化の円滑な進行のために適切な措置をとるということを文部省としてはお約束しております。それでその一環として基準について緩和と申しますか、円滑化のために幼稚園に即した基準の設定について何らかの手を打つということは私ども考えております。ただし、この基準そのものは、これは各府県で決定する基準でございますので、それに対する何らかの指導ということを現在考えているわけでございます。
  17. 有島重武

    有島委員 そういうような状況ですけれども文部大臣今後の幼稚園の行き方ですね、ひとつ法人化というものをどの程度促進しようとしていらっしゃる御決意なのか、相当に強く推していらっしゃるつもりなのであるか、あるいは個人立というものをやはりあるパーセンテージでずっと将来も残していくというふうに考えていらっしゃるのか、その辺の将来についてのお考えを承っておきたいと思います。
  18. 永井道雄

    永井国務大臣 個人立幼稚園を含めまして、幼児教育というものを強化いたしますために、文部省がさまざまな施策をとるということは妥当であると考えておりますが、しかし個人立幼稚園補助をいたします場合には、先ほどから管理局長が申し上げましたように、学校法人化を行っていくということは決まりでございますので、この学校法人化を促進していただくように、この基準については適正な方法というものを考えるべく努力をいたしておりますが、個人立でただほっておいた方がいいという考えではございません。そうではなくて、やはり学校法人化という方向に進め得るように基準を適正にして、そして幼稚園教育を強化したいというのが私ども考えでございます。
  19. 有島重武

    有島委員 それでは、個人立というものがゼロの方向に行くのが理想的なのでしょうか。
  20. 永井道雄

    永井国務大臣 これは、いろいろ地方自治体によりまして事情も違うと思います。そこで、理想的な状況は何かということを一言に申し上げにくいと思いますけれども、私ども考えでは、やはり個人立幼稚園というものにも補助をして幼児教育を強化しなければいけない。ただその場合に、学校法人化ということを進めるということが一つのいわば条件でございますから、そういう方向で進めていきたい。  そうすると、最終的には個人立がなくなるのかどうかという意味の御質問と思いますけれども、これは初めに申し上げましたように、いろいろ地域による特性というものもございましょうから、ちょっといまこの段階におきまして、個人立幼稚園は全部なくなるでしょうというふうには断定的に申し上げかねる段階であろうか、かように思っております。
  21. 有島重武

    有島委員 内容的に六種類ほど分類できるのではないだろうかというふうなことを言われておるようです。それは幼稚園と一口に言っても、進学型幼稚園一つ。二番目が知育型というのですか、進学とは必ずしも決まってないけれども、とにかくいろいろなことをどんどん教えていくということを進めていく。それからもう一つは、それとはちょうど対照的に体育型といいますか、子供たちは自由にうんと遊ばせてやればいいのだ、何も詰め込むことはありませんというような型ですね。また能力開発型といいますか、いろいろな心理学だとか生理学だとか、そういったことでとにかく幼児能力を開発していくのだということに非常に意欲を持っている型もあるようですし、それから余り特徴のない一般型、それからまた宗教型というのもあるようです。こういったいろいろなタイプがいろいろなところで行われているということが望ましいのだというふうに大臣はお考えになっていらっしゃるか、あるいは幼児教育幼稚園教育というものについて大体の一つの基調になる方向性というものは定められなければいけないのではないだろうかというふうにお考えになっていらっしゃるか、その辺の御見解を承りたい。
  22. 永井道雄

    永井国務大臣 ただいま幾つかの型を御指摘になりました中に進学型、能力開発型、一般型、宗教型等々ございますが、基本的な教育の原則としては、それぞれの個人能力適性というものを幼児段階においても遊び学習を通して伸ばしていくというところに置かれるべきであると考えます。したがいまして、幼稚園段階から余り進学型というようなことで幼児個性能力というふうなものが軽視されるというようなことは必ずしも望ましいことではなく、これはいま世の中でも広く論じられていることでございます。他の幾つかの型、能力開発型、一般型、宗教型、これはいろんな角度から子供能力適性を伸ばしていきたいという、そういう考え方があって、そしてそれをいろいろな角度から考えていこうというものでございましょうから、そういう多様な方向努力するということは大変結構なことと思いますが、やはり眼目は子供自身能力適性の発見とその発達というところに置かれるべきものと思います。
  23. 有島重武

    有島委員 能力遊び学習や何かにおいて開発していく、それは間違いないと思いますが、その方向づけですね、それは今後もますます多様な方向に行く。多様な方向ということは、園長さんなりそこの幼稚園教育に従事していらっしゃる方々一つ人生観といいますか、そういうものあるいは教育にはそれぞれ確信といいますか、何か強く思い込んでこういうふうにしていきたいという理想といいますか、そういうものがどこにでもつきものであると思うのですけれども、言葉をもう少し裏返して言えば、偏り、癖というようなものですね、それをむしろ伸ばしていくといいますか許容していく方向であるか、あるいはまたそれを何か一つのベースにまとめていく方向にすべきであるかというようなことはお考えになりませんか。
  24. 永井道雄

    永井国務大臣 幼稚園は、教育課程審議会で論じております中心な課題ではございませんが、教育課程審議会のまとめも論じておりますことは、ゆとりがあって充実した学校生活、そしていわばその目標としておりますことは、教える中身について言うと二つ、先生考え方について言うと一つ、さらにまた将来の理想について言うと一つ。  中身について申しますと、やはり基盤となるものをしっかりと押さえるようにしていくということでございます。もう一つ中身になりますことは、みずから考え、みずから行動して、そして個性能力、連帯を尊重するような教育を強化していきたい。三番目に、先生方のいわば心構えとしては、先生方教育愛創意工夫を持つ教育を行う、そして最終的にわが国教育目標ということであれば、これは二十一世紀の世界に生きるにふさわしい日本人を育成するということでございます。  これは小中校を通してのことでございまして、幼児教育は若干それと趣を異にするとは思いますが、そうした小中教育につながっていきますし、とりわけ幼少の期間というものは重要でございますから、いま申し上げましたような四点というものは、おおむね幼児教育についても考えられなければならないことであるかと思います。  ただ幼児教育につきましては、昨今いろいろな研究があり、幼児早期開発というふうな角度かろいろいろな教育方法というものも工夫されておりますし、また情操の教育をどのように行っていくかという角度、さらにまた幼児のうちの体づくりをどうするかというようないろいろな御努力があるわけでありますから、こうした理論的、実践的研究というものが幼児教育の中に花を咲かせるということは、これを一言で申しますれば、多様化ということでございましょうが、しかし多様化というのは野方図ということとは違いますから、おのずから、先ほど申し上げましたような、いわば四つの目標というようなものにどこかでつながっていく、そういう側面を持っていることが望ましい、かように考えている次第でございます。
  25. 有島重武

    有島委員 ことしの五月のときに質問させていただいたことですけれども、保育園、保育所幼稚園との関連につきまして、文部省厚生省とが協議の場を設定する、文部省はそのために予算を計上しておる、それで幼稚園だけではなくて保育所を含めての整備計画調査のために文部省予算を計上した、そういうことでございました。それでこの幼児教育に関する総合的実態調査というのが、厚生省側文部省側と二通りあるはずになっておりますが、文部省に先にお聞きすると、この調査方法、それから進捗状況はどうなっておりますか。
  26. 永井道雄

    永井国務大臣 幼保一元化の問題というのは、昭和初期からの課題でございますが、そうした課題というものにこたえるために、これまでいろいろな先輩というものが御努力になってこられたわけでございます。その結果、実はある程度の調整連絡というものは、昭和初期に比べますと、生まれてきているように考えられますけれども、しかしなおかつきわめて不十分な面が多々あるということも、これまた否定できない事実であろうかと考えております。  そこで、昨年の十一月に行政管理庁から幼保教育につきましてもうちょっと連絡を十分に行っていくことが必要ではなかろうかという、こうした角度からの勧告が行われたわけでございますが、さてそうなりますと、一体どういうところがうまく連絡がとれており、さらにまた連絡をとっていかなければならないところはどういうところであるかということに相なりますから、まず文部省厚生省両省におきましてこの段階基礎資料を十分に固めていくことが大事である。そういう角度から、ことしの八月に文部省厚生省協議をいたすための基礎資料を得るために、厚生省協力をも得まして、全市町村を対象幼児教育関係施設整備計画等に関する調査というものを実施いたしました。現在はその取りまとめ段階でございます。この取りまとめが終わりますと、これを資料といたしまして、その資料基礎とした上で両省間の協議を行って、そうして幼保連絡という問題についてなお一歩を進めるべく方策を立てる、こういう形で進行しているわけでございます。
  27. 有島重武

    有島委員 厚生省の方、来ていらっしゃいますね。保育需要実態調査というのは、いまの行政管理庁からの勧告とは別に昔からこれはたびたびとっていらっしゃる、こういった調査をしていらっしゃるというように私は承っておりますけれども前回昭和四十二年に行われた、そういうことですか。本来は五年ごとにやらなければならぬのが、大分おくれているというようなことも承っている。この進捗状況はどうなっていますか。
  28. 下村健

    下村説明員 先生おっしゃいましたように、要保育児童実態調査というものを従来からやって、それをもとにいたしまして保育所整備を進めてまいったわけでございます。前回調査は四十二年にやりまして、その後たまたま四十六年から社会福祉施設全体の整備計画をやっていた、その途上にあったというふうなこともありまして、その後の調査がおくれているわけでございますが、ただいまお話にございました行政管理庁からの幼児教育関連する問題という面についての御指摘もございましたので、本年の七月に厚生省では文部省の方とも御相談いたしながら、保育需要実態調査というものを実施いたしまして、現在その調査票の回収をおおむね終わりまして、その集計段階に入ってきているところでございます。
  29. 有島重武

    有島委員 そういたしますと、それも大体来年早々には間に合うような進捗状況になっておりますか。
  30. 下村健

    下村説明員 まだ確実にいつまでにというところまでめどは立っておりませんが、できるだけ早く取りまとめをいたしたいということで、今後のスケジュールも含めましてただいま文部省の方と御相談をいたしている段階でございます。
  31. 有島重武

    有島委員 まさか再来年度に回されるということはないわけでしょう。五十一年の末かあるいは五十二年度の初めには間に合いますね。どうですか。
  32. 下村健

    下村説明員 御指摘のように、本年度中にはまとめられるのではないかという見通しを持っております。
  33. 有島重武

    有島委員 そうすると文部大臣協議の場をこれからお設けになるわけでございますが、そうした協議会メンバーというものはあらかじめもう大体考えていらっしゃる、あるいは御決定なさっておるのかどうか、これはいかがでございますか。
  34. 永井道雄

    永井国務大臣 これは文部省については中央教育審議会メンバーからということでございますが、文部省ではそうした種類方々を選んでいくべきであると考えておりますが、メンバーをいまの段階で全然決定しているわけではございません。
  35. 有島重武

    有島委員 予算の点ではどうですか。
  36. 永井道雄

    永井国務大臣 予算につきましては、本年度調査、そうして来年度になりまして会議を開くという考えでございますので、昭和五十二年度概算要求の中に、幼稚園及び保育所に関する研究協力者会議必要経費といたしまして、百八十九万三千円を要求いたしております。
  37. 有島重武

    有島委員 これは大臣がいまおっしゃったように、幼保一元ということはずいぶん長い間の懸案であって、これがいよいよ文部省厚生省との協議会の場に乗っかるということは、これは画期的なことであろうと思います。それで期待されていると思うのです。どうかこれがずるずるにならないように実現の運びをしっかりしておいていただいて、長く永井文部大臣やっていただきたいけれども、どういう情勢になるか知りませんので、大臣がおかわりになってもそのことは流れないようにしっかりやっていただきたい、それをお願いしておきます。  それから、時間が意外と早くたってしまうので困るのだけれども、これもこの前少し触れておきましたが、学園緑化の問題であります。学園緑化が、ことしから来年にかけてまたさらに進めていってもらいたいと思うのだけれども、やや停滞しているように見えます。そこで、これは地方財政の悪化ということもあるわけですが、それから教育委員会の方の学園緑化に対する認識の仕方ということも関係があろうと思うのです。それで、学園緑化をどうしてもしていかなければならないのだという一つの内部的要請ですね。それがさらに強く意識されなければならぬと私は思うのですけれども、このことについて、学園緑化はどうして必要なのだろうか、こうした認識を大臣みずからどんなふうに考えていらっしゃるか。この前承ったときには大体三つ言われておりました。これは、都市化が行われているそういう中にあって、環境問題についての学習を行わせるということが一つ、それから第二点は、実際に子供が緑化に取り組んでいくということ、これを具体的にやるということ、それから第三番目には、学校を緑化していくということそれ自体必要なのだというようなこと、三つ言われているのですけれども、それはどうして必要なのかというふうな何か強い心棒が一本必要なのではないかというように思うのです。確かにこういう状況で行われていますというお話でございましたけれども、何で必要なのかというようなことが私はもう一つ欲しいと思うのですけれども大臣のお考えですが、どんなふうに考えていらっしゃるか。
  38. 永井道雄

    永井国務大臣 学校緑化を進めていきますのは、先ほど御指摘がありましたように三つの角度から考えているわけでございますが、どうして必要なのかといういわば基本的な問題は、やはり人間というのは自然の中に生きているのだと思います。ところが、現在の学校というのは、自然と断絶したような形で発展をいたしてきているということも否定しがたい事実である。特に都市においてはその傾向が強い。学校がそうでございますと、学校教育の中でも、たとえば体を動かしまして自然をみずからつくり、またこれを鑑賞していくというような点で、人間が自然から疎外された人間になっていく。しかし、これは人間本来の姿でございませんから、自然と人間の間のいわばもっと正常な関係というものを取り戻す。それが一番の基本でありまして、学校緑化活動というのは、そういうものを実現していく上でのいろいろな手だてを指すのである、かように私は考えております。
  39. 有島重武

    有島委員 これは大臣のお考え方向のとおりであろうと思うのですけれども体育局のお仕事には違いございません。それで、何のための緑化かということについて、部内の方と外部の学者の方なり、いろいろ有識者の方々との議論を少しさせていただくような場を設けていただけないだろうか。いまおっしゃった線に違いないのですけれども、自然から、非常に人為的な環境の中に閉ざされて、いわばコンクリートと鉄とガラスというようなところにいるわけですけれども、そういう中に育っていってしまった子供たちが、今度たまたま自然の中に入っていったとき、キャンプなりあるいは海水浴なり、そういったところに行ったときも、やはり自分の都会環境を自然の中にまた持ち込んでしまって、自然と接触ができないようになってしまっているような、あるいは子供たちを広いところに連れていっても、ただ座り込んでしまって、そこでもって十分に遊ぶことができないというような現象が起こっておる。そういうようなことが基本的にあると思うのですね。  それからもう一つ、自然ということから言えば、大臣も恐らく木登りなんか小さいときにはなさったことがあると思うのだけれども、いまはこういう鉄のところに登るということだけであって、本当に生の木に登るということはほとんどないのではないか、だから木のにおいなどということは余りぴんとこない。そういった自然からの疎外、人為の中に閉じ込められている、それをもう少し解放させていく。それはいろいろな手だてがあるわけですけれども、そうした心構えを子供たちの中につくっていくということ、いま大臣もおっしゃったように、学園の緑化ということはそんなに、それ自体は目に見えて、そのために緑が非常に多くなって環境が非常によくなったということもあるかもしれないけれども、そこに子供たちを向かわしめるということ自体にかなり意味があるのではないかというようなこともあると思います。  それから、今度もっと即物的に、学園のへいなどを緑の植え込みに直してしまうということによって、視覚的にも聴覚的にも、あるいは空気そのものがさわやかになるというようなことですね。それは子供たちにとってもだし、学校のそばを通る大人たちにとってもというようなこともあるわけですけれども、放課後、もう少し注意してこちらから聞いていってあげる、こんなふうに変わった、こんなふうによくなった、あるいはこんな弊害が出たというようなことが、まだまだ学園緑化を進めていく上であると思うのですけれども、そういうことが恐らく体育局の方には余り耳に入ってこないのだと思うのですよ。ただやらしていく、計量的にどのくらい進んだか、予算はどうであったかというようなことであると思います。これは重要なことではないかと思うものですから、ひとつその話し合いの場のようなものをおつくりになって、さらに啓蒙をして、強化させていただきたいと思うのですが、いかがですか。
  40. 永井道雄

    永井国務大臣 体育局の方でも、この施策を進めるためにいろいろと骨を折って、初中局とも協力して進んでまいっておるわけでございますが、また他方、文部省の内部ではなく、社会一般におきましても、学校緑化のことをいろいろ議論されているグループもあることを承知をいたしております。そういう現場の動きというものと文部行政が呼応いたすべきことは基本的な原則でございますから、御提案のような趣旨に沿って、なお、現場との呼応関係をどのようにしていくかということは、体育局、初中局とも相談をいたしまして、そうした緑化の方策というものの実を上げるように、先ほどからお話がございました基本的な原則というものが現実化していく方向努力をいたしたいと思います。
  41. 有島重武

    有島委員 それはよろしくお願いします。  もともとこれは、文教委員会でもって私が言ったときにも、道徳問題も絡めて話したのですね。植物には根がついている。根というのは地の中にあって見えない。それで目に見えない根がとても大切なものだというようなことですね。それを子供に体得させるということが、点数に責められている子供、あるいは要領だけでもって点数がとれればいいのだというような環境の中にどうしても置かれる子供たちにとって、やはり違う一つの、人生に対するといいますか、生命に対するといいますか、そういった態度を植えつけていくのではないだろうか。そういうようなことを数年前に御提案したこともあったわけですけれども、それではお願いいたします。  もう時間がなくなってしまって、まだいろいろあるわけですけれども、今国会の文教委員会では何か道徳の問題が少し皆さんに取り上げられていたようで、この道徳の問題をストレートにああだこうだと言うことは、私は余り気が進まないわけですけれども、議論を承っておりまして多少気になることがございましたもので、少しだけ触れさせていただきたい、あるいは御注意を申し上げておきたいと思います。  一つは、道徳とか倫理というようなものは、これが親孝行であるとか仲間意識であるとか、あるいは恩返しであるとか、徳目を一つ一つ挙げた場合には、どれもこれもそれは正しいに決まっておるわけであります。ただし、その正しいということが、ある場面を設定してその範囲で正しいのであって、どんな道徳律、倫理であろうとも、場面が変わると必ずしもそうではない場合もあるのだ、正しいのだけれども、それはワン・オブ・ゼムであって、すべてではないんだというような原則、こうした原則を一緒に、といいますか、道徳を教える場合に、一つのことを教えて、これが絶対であるというような教え方をすると、子供たちは非常に窮屈に思うし、それでは大人はどうなのだ、親はどうなのだ、あの子はどうなのだというふうな矛盾を感じて悩む、悩んでもいいわけですけれども、教師の方も、子供が悩んでいろいろと自分たちで物を考えたりぶつかったりすることは大変いいのだけれども、教えている方の大人側も一つの決め込みがあってはならない。その道徳教育を進めていく一つの前提として、正しいには違いないのだけれどもこれはその中の一つであるというような態度、こうしたものが必要なのではないだろうかとぼくは思うのですけれども、いかがですか。
  42. 永井道雄

    永井国務大臣 道徳教育というのは非常にむずかしいものであると思います。たとえば、自由と平等というような問題、これはどちらも大事な道徳でございましょうが、先ほどから御指摘になりましたように、それを具体的な場面との関連において考えませんと相当問題が生じてくる。  平等ということは、それぞれの人間の個性を十分に生かして、そして自由に発展をさせるということでございますから、平等な地盤で出発して自由に活動いたしますと、ゴールにおいては平等にならなくなるというようなことがあります。一番わかりやすい例は百メートル競争で、スタートラインは平等、平等であるから、百メートル競争で一、二、三等を決めることができる、ここに競争の原理と平等の原理というものが非常にうまく絡み合っているわけであります。ところが、それを間違えて、スタートラインのときだけではなく決勝点のときにも平等でなければならないというふうにいたしますと、早く走れる人はゆっくり走り、ゆっくり走る人は無理に早く走らなければいけない。  私は大変簡単なことを申し上げているようでありますが、こうした百メートル競争の原理というようなものをもう少し広い社会的場面に広げて考えてみますと、意外にこうした原理というものがわかっていない、大人もわかっていないということが多々あるということにわれわれは気がつくわけであります。  そこで、そういうふうによくわからせて教育をいたしてまいりますためには、単純な徳目教育に陥ってはいけない。たとえば人の物を盗んではならないというようなことは原則でございましょうが、いまの自由と平等というようなことはその絡み合いというものが相当複雑なものでございます。あるいは競争と安定、安定というか秩序、このいずれも重要でございますが、秩序を重んじるということを固定化してとらえますと何ら変化は起こらない。ところが、変化を起こすために努力するということもまた道徳でございますから、この双方の関係をどのようにとらえていくか。  そこで、道徳教育において大事なことは、徳目の教育というものを単に観念的に教えることではなくて、それを状況との関連においてどのような意味合いを持つものとして把握させるか、さらにまた、それを観念的ではなくて実際の行動の上で理解させていくようにするということでございますから、実は幼少時の道徳教育というのも、通常考えられておりますものよりもはるかにむずかしいものであると考えております。  このためには、先生方の間で道徳と人間の生活との関連についての相当深い研究というものが必要でございますが、そうした角度から、われわれ文部省といたしましては、各大学等の御協力も得ながら、道徳教育というものを一層深めていくという努力をいたさなければならないわけでございまして、御指摘のように、確かに道徳教育を進めていく上でともすればわれわれは問題を単純化しやすいおそれがございますから、十分注意をいたさなければならないと考えております。
  43. 有島重武

    有島委員 大臣のおっしゃったようなお考え方が現場の方にも流れていけば大変いいと思うのですけれども、そういう努力をやっていただきたい。  それから、この委員会で前の委員方々が親孝行の話をなさいました。それで、こういうことがあるのではないかと思いますので、ちょっと内容的になるのだけれども申します。  目上、目下というような道徳、これが一つ、それから仲間意識という道徳、これが一つ。人間のつき合い方が、縦のつき合い方、横のつき合い方とあると思うのですね。それで、戦前は、教育勅語というのは「克ク忠ニ克ク孝二億兆心ヲ一二シテ」ですか、そういうふうに目上、目下というものを非常に強調されて、絶対化された道徳に偏っておったということはあろうと思います。戦後はその反動みたいに、今度は横の仲間意識こそ道徳なのだというような教え方。だから、この間も指摘されておりました親孝行であるとか師弟の関係であるとか主従関係というようなことを口にすると古い。雇っている側と雇われている側は常に対立関係でなければおかしいのだというようなことに戦後はなってきたと思うのです。それで、これは歴史的に考えても、封建時代というのは大体縦が強い道徳によって支配され、それから近代と言われるもの、そこの転換期には、昔の道徳を憎む余りかなり極端な、王様を殺してしまえというようなことも行われたと思うのです。そういう問題と、もう一つは、われわれの発育過程におきまして、大体十二歳くらいのところ、小学校ぐらいのところまでは親がなくては育たないということでございまして、それで、何か困ったことがあるとおのずからお父さん、お母さん、こういうふうに行く、あるいはそのお父さん、お母さんが尊敬しているから学校の先生先生と尊敬できるというようなことが生理的にも生活態度の上に縦のつながりというものが生活化されていると言ってよろしいかと思うのですね。ところが、青春期と言われる時代、二十前後のところというのは仲間意識の方がうんと出てきて、そうすると親に言えない、先生にも言えないというようなことが子供たちに出てくる。だから、だれに相談しますかというような質問のときに、友達と相談するというようなことが統計的にも多くなる。これは何も時代というよりも、われわれの成長過程においては必ずそういったところを通るのがあたりまえではないかと思うのです。それでまた、二十過ぎて結婚をして自分も子供を持ってということになると、また親子ということが非常に強く意識されてくる。あるいは単なる親子二代だけの意識でなく、自分の親、おじいさんというようなさらに広がった縦意識、そういった生活の中の意識の及んでいるところにその規範としての道徳というものも成立してくるということもあると思うのです。これはどっちがどっちということではなくて、人間の生活には両面備えているので、どちらが表になってあらわれているか、どちらが裏になっているかということであろうと思うのです。子供たちに対しての道徳の教え方にしても、子供たちの生活、生理、成長過程、それに応じて考える。たとえば親孝行のことがこの間出ておりました。それをずっと延長していって愛国心ということもこれからまた新しく考えていかなければならない問題だと思うのですけれども、それを子供たちの成長意識の中にタイミングを間違えてやると反感ばかり買うというようなことがあると思うのです。あるいはまた反感を買ってもこのことは教えておく、教えておくけれども、君たちの年代としては生理的にはこういう行動であるだろうということがわかっての上でやっているのか。それと、いままでの道徳教育の行き方がどうも少し偏っておるから、今度は親孝行あるいは家庭愛というのもうんと強調すべきだ。これは確かにそうかもしれませんけれども、そうした生活と大きな成長過程ないしは社会の一つの趨勢みたいなもの、こうしたものとの絡み合いの上でもって、これも一つのワン・オブ・ゼムであるというような教え方、これが大切なのではないかということを私は委員会の質問を聞いておりまして感じたものですから、一言だけ申し上げたいと思ったわけです。大臣の御所見を承って、もう時間になってしまったから質問を終わります。
  44. 永井道雄

    永井国務大臣 赤ん坊がはいはいをして炉辺に向かっていく、そのときに人間の自主性を重んじるべきであるという原則をとる、それから子供に体罰を与えることは絶対にいけないという原則をとりますと、赤ん坊は火の中に突入するであろうと思います。したがいまして、その場合には赤ん坊のしりをたたきましても火の中に突入しないようにとめてやらなければいけないと思います。これははいはいをしている赤ん坊の段階。では同じことを思春期の少年に対して行うべきかということになりますと、そこは違うと思います。今度は思春期の少年の場合には説得ということが重要でございますし、またある場合には大人から反抗するということが自律をいたしてまいります上での基礎的な条件でございますから、そうした場合には体罰を加えてどうこうということではなくて、むしろ大人も考え及ばないような積極的なよいことを子供が行っていこうという場合には、突き放した態度というものも必要であろうかと思います。  このようなことを申し上げれば無限に時間を要することに相なるわけでございますが、上下あるいは対等の関係の絡まり合いというふうなものもきわめて複雑なものを含んでおりますから、これは古今東西から論ぜられてきたわけであります。私は、そういう意味合いにおきまして、人間が生活を営んでまいります上での幾つかの基本的な原則というものについて承知していくということは大事でありますが、国民生活が成熟をいたしてまいりますためには、先ほどからいろいろ御指摘になりましたようなことについて、まあ人々が深く考える、深く考えるという上では、特に自分と意見を同じくする人より異なった意見の人と対話を交わしていくということが道徳教育の場合などには特に重要でございまして、国民の成長を図ってまいりますためには、同類が集まって同意をいたしますよりも異なった類の人々が集まって意見を異にして、その中から新しい成熟を求めていく、こういう角度教育が行われていく、また社会生活が行われていくということが一つの民族が次第に成長を遂げる上できわめて重要なことである。したがいまして、御趣旨の基本の点につきまして、私は全く同感でございます。
  45. 有島重武

    有島委員 道徳教育ということを言っただけでもってある種のアレルギーが起こる場合もあります。それは道徳教育というとつい戦前の道徳教育を思い浮かべるからなのです。いま大臣お答えいただいたからこれで終わりますが、新しい道徳のあり方についてというような一つのディスカッションの場をいろいろなところでつくってもらった方がいいわけだけれども、これらの道徳教育を余りへんぱなものにしないように重々注意をしていただきたい。  以上で終わります。
  46. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 次に、木島喜兵衛君。
  47. 木島喜兵衞

    ○木島委員 ほかの委員会の質問との関係で質問の順序を変えまして恐縮です。  前国会の最終の私の質問で、主任の任命をA、B、Cでやるが、Aの教育委員会の任命あるいはBの教育委員会の承認を得て校長の任命ということは、規則の二十二でもって「校務分掌」とうたった限りにおいては学校教育法二十八条の校長の権限で、学校教育法上には「校務分掌」というそのことは二十八条しかない、校長の権限しかない、したがってA、Bは誤りであると私は主張しました。それに対して初中局長は、地教行法の二十三条ですかな、すなわち管理運営に関する事項は教育委員会の権限であるからとおっしゃいました。そして本来的、第一義的には教育委員会に権限はあるのだけれども、校長に残した分があるのだ、それが学校教育だとおっしゃった。しかし私は納得しませんでした。そこで最終的には大臣に御研究いただけますかということを申し上げたのです。大臣はそのときうなずかれたものですから、もしも、もしもというのは悪いな。御研究があるならば、大臣からでもいいし、同じ大臣の意思であれば局長からでも結構でございますけれども、この前は私が納得しなかったわけであります。その点もう一回お願いしたいと思うのであります。
  48. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 この前いろいろ御意見を承りまして、私もその後いろいろ考えてみたわけでございますが、現在までの検討したところを申し上げます。  学校教育法の二十八条に校長が校務を処理し、所属職員を監督するという規定がございます。そこで、校長は校務を処理するわけですけれども、その校務というのは一体どういうものだろうか。通常学校の校務と言われるものは、学校の物的管理、つまり施設や設備の管理、それから人的管理と言われる教職員の服務監督のような仕事、それから教育運営といいますか、教育課程の展開というような仕事があるわけでありまして、それらの仕事を校長がつかさどるわけでありますが、一方、学校教育法の五条におきましては、「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、」その「経費を負担する。」という規定がございます。そして、地方教育行政の法律の二十三条では、公立学校について言えば、市町村の教育委員会が当該学校の組織編制、管理運営といったような事項について管理する権能がある、こういう規定になっておるわけでございます。そこで、それらをあわせ読みました場合に、地方公共団体として学校を設置したということは、当該独立した学校という教育機関の運営というものを校長さんに、通常の場合、大体お任せをしておる、したがって、校長は当該学校の教育目的を円滑に達成するために自己の裁量で先ほど申し上げたような各般の校務を運営する権限を持っておる、こういうふうに考えるわけであります。しかしながら、そうかといってその校長の校務を運営する権限というのはすべて無制約かというと、それはそうでないわけでありまして、たとえば先生の服務監督の一端として、先生が休暇をとるというような場合に、通常は校長限りの許可でよろしいのでありましょうが、委員会によりましては、それが長期にわたって遠隔の地に出かけるために休暇をとるというような場合は教育委員会の承認なり届け出に係らしめておる、あるいは学校の施設を学校教育以外のケースに使用を許可するというようなことも、校長が普通の場合はやるとしましても、特別の使用あるいは特別の機関の使用ということになると、それは教育委員会まで上げなさいというような定めをしておることもあるわけでございます。それから学校教育そのものの運営につきましても、通常は校長が、先ほど申しましたように教育課程編成の責任を負って教育活動を展開するわけですけれども、学校で使う副読本を委員会の許可に係らしめるとか、あるいは修学旅行や遠足をやる場合に委員会に届けさせるとかいうようなことで、それは教育委員会が何のためにやるか、これは自由勝手にできるということではやはりないと思うのですけれども、当該学校の教育というものを全般的に、人事管理で言えば服務の厳正というものを統一的に考えるとか、あるいは教材や修学旅行の問題は、教育水準の維持とか機会の均等とかいう見地から、必要と判断すればそういう教育委員会に上げることができると。  そこで例の主任の問題になるわけでございますけれども、主任を校務の分掌として校長が置くということはこの制度化以前においてもあったわけでありますが、その場合でも、その主任を校長が命ずるということももちろんありますけれども、従来でも教育委員会が主任を命ずるということも、教育委員会の判断においてやっておったわけであります。ところで、今回これが制度化された。制度化された趣旨は、全国的に最も重要な主任についてはこれを基準として置いてもらう、こういう趣旨でしたわけでありますが、その趣旨に従って各委員会は主任に関する管理規則を制定した。そして、その主任をだれが任命するかということについては、従来の実態とも考え合わせて、教育委員会なり校長が任命することを教育委員会規則で決めなさいと、こういうふうにいたしたわけでありますから、それは現在の法制から考えまして適当な措置である、こういうふうに私は考えるわけであります。
  49. 木島喜兵衞

    ○木島委員 大臣、この問題は、一つには法律上の解釈の問題があります。いまおっしゃいましたけれども、確かに学校教育法の二十八条の「校長は、校務をつかさどり」ということと、それから地教行法におけるところの教育委員会の管理運営についての権限ないしは規則をつくる権限というものは、いまおっしゃるように大変ダブっております。けれども、学校教育法は二十二年です。地教行法がつくられましたのは三十一年です。学校教育法は母法ですね。だから、地教行法ができてから学校教育法二十八条の「校務をつかさどり」という解釈が変わったのだろうか、制限されたのだろうかという一つの問題があります。いま、地教行法によれば、という説明ですね。けれども、それでは二十二年から三十年までの間の解釈は一体どうだったのでしょうかという問題があります。しかし、後にできたのでありますから、その間においては、二十二年から三十年までの解釈が一部制限されるというものも、一部あることはあり得ましょう。けれども、この点は私、そういう点での法理論というのですか、法律上の問題が一つあると思う。  それからもう一つは、昨日私は内閣委員会で私が質問しました最後に、時間がありませんでしたから、大臣に、あなたの意思はわかるけれども、中間管理職にしないという保障があるかと実は聞きました。そこで、中間管理職にしないという、私は制度化に反対でありますけれども、たとえばなるにしても、この問題だけで言えば、A、B、Cの方式で言えば、Cであることがより中間管理職にならないというものにつながりはしないか。保障につながらないか。委員会が任命するのと校長が任命するのでは、委員会がやったら大変に管理職的な要素が強くなりますね。校長がこうしたいと思っても、承認を得る場合には、Bの校長が任命する場合でも、承認を得るのでありますから、承認をされるという保証はない。ましてやAにおいては、校長の意見は聞くかもしれないけれども教育委員会が独自に任命することができる。すると、より管理職的な方向にいく可能性はあるということも含めて、そして、この規則は学校教育法の規則であって、その法体系から言えば、学校教育法の中では「校務」というのは二十八条しかないわけです、小学校のことで言えば。それ以外にないわけですね。その規則でありますから、その規則に「校務分掌」とあえてうたったのだから。この間の説明では、中学の進路指導や保健主事は教育委員会がやっていると言いました。しかし、それは「校務分掌」としてうたってないからです。私は、あえて「校務分掌」とうたったものはこの二十八条を受け継ぐのだと思っているのです。そのことが中間管理職にならない一つの大きな保障であろうと。もしもそうでないならば、地教行法に依拠するならば、学校の管理運営上主任を置く、と規則に決めたらよろしい。あえて「校務分掌」とうたったものは何かというならば、学校教育法の規則でありますから学校教育の中の校務分掌ということをうたったのだろうと私は理解する。そのことが管理職にならないところの一つの歯どめであろう、それが大臣の意思なのだろうと実は理解をしたものでありますから、この法律論を実は先般やったわけであります。だから私は納得しないのです。その点をこの間、大臣に御研究いただきたい、こう申し上げたところのものです。いまの局長の答弁は前回と全く同じわけでありますから、私は納得できません。
  50. 永井道雄

    永井国務大臣 いまのA、B、C方式の中で、現在まで実現しているのではCが一番多いですね。(木島委員「多いか少ないかはいいのです」と呼ぶ)まず多い少ないということを申し上げます。Cが十九、Bが十、Aが十三でございます。後で生徒指導主事はどういうふうに考えるかということを初中局長から答弁いたしますが、いま初中局長からお話し申しましたように、学校教育法と地教行法、これは年度が違うということはございましたけれども、三十一年以降はいわば相互的な関係で機能しているのだと私は思います。そこで法的には疑義がないと思います。ですから一番の問題点は、Cにしないと中間管理職的にならない保障はとれないということではなくて、そうではなくて、AとBの場合でも、これは教育委員会がそういうふうに任命はいたしますけれども、校長の意思がそこで全く無視されたりするということでないことは明らかでございますから、そうした意味合いにおいては、A、B、Cの方式をとることによって中間管理職的性格が生まれてくる、Cだけにすれば生まれないということではないようであります。
  51. 木島喜兵衞

    ○木島委員 大臣、ここは私だんだん素直にものを言うようになりました、きのう法律通ってしまったから素直になりますが、ただ、一度A、B、Cという方式を指導したから変えられないという立場とか、あるいは法的に誤りだと言えばということになりますと、それは役人としてもなかなか困難ですから。しかし、これは何も規則じゃありませんから、A、B、C方式は指導ですから。そうでしょう。だから毎年毎年変わるのですよ、学校の組織、先生が変わるのだから。毎年任命になりますよ。しかも大臣言っているように、なるたけ交互にやった方がいいとおっしゃるのだから。したがって来年以降で変えることができるのでありますから、そういうのは余りとらわれないでほしい。  それからいま大臣おっしゃいましたように——私はそれでも絶対の保障だと言っておりません。しかし、その方がより中間管理職にならない公算は強いだろう、一つの歯どめになるであろうという意味であります。したがって、そういうことであれば大臣の意思は——絶対ならないとかそんなことはありませんよ。私はそれでも心配であります。主事だからいいというのではないのですから。けれども中間管理職にしないという大臣の意思がよりそこにある、それが今回の問題の一番苦労なさった点でしょう、率直に言って。そこを少しでも強めていくためには、来年以降でも再来年でもいいが、Cだけにすればなおさらあなたの意思が通りませんかという気持ちが一つ。  それから、このことはおっしゃるように確かに学校教育法と地教行法との相互に関連する部分があるわけでありますけれども、法的に言えば学校教育法の規則であって、学校教育法という母法の中には校務分掌というのは二十八条しかない。その規則をその言葉を使ったのであるからあなたの意思はそこにあるのだと私は実は思った、中間管理職にしないという意味で。いままでの規則の中に校務分掌としてというのはないのですよ。あえてうたったものは、中間管理職にしないというあなたの意思があったからこそ、あなたがその文字を入れたとは思いませんけれども、役人はあなたの意思を尊重して、学校教育法の二十八条の校務分掌としては、いままでの主任の中にはなかったあるいは教頭が規則の中にあったときもなかった。あえて入れたものは、それは大臣が直接指示したか指示しないかは別として、役人はあなたの意思を尊重してその中に入れたのだ。そういうことを考えたときに、私はそういう問題の提起をしたのです。したがって、これは法律論争を長々とここでもってやっても始まりませんが、私は総合的にあなたの意思も考えながら実はそういう問題の提起を一つはしておるのです。法的にはとことん議論してみたいと思うところがあります。この場ではなじまぬでしょう、率直に言って。だからこの前の委員会の最後には私の部屋に来てでも議論をやろうではないかと言ったが、だれも来ないのだ。これはなじまぬと思ったからです、時間だけがいたずらにたちますから。しかし今回、この主任問題でもって一番中心の問題点は何かというと、管理職か否かという問題が一番の中心だろうし、そしてあなたが一番配慮された、苦労されたところです。とすれば法的な学校教育法の規則であるということと、そのことを使った校務分掌ということを今回初めて入れたという意思はそこにあるのだろうと思う。もしそうであれば校長の権限だから、校長の任務というのは学校教育法第二十八条しかないわけでしょう。「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」というその校長の権限だ。権限であるならばCだけに限る方がよりいいだろうというのが私の考え方です。これはいま指導しても、省令を変えるわけじゃありませんから、指導ですから、これから順々にそう持っていくこともできる。ですからそういうことも含めての御見解をいただきます。
  52. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 私が申し上げますと、また法律の議論になって恐縮ですけれども、ただ事実をちょっと申し上げますと、従来の主任も今度の主任も校務分掌ということには変わりないというふうに私ども考えております。
  53. 木島喜兵衞

    ○木島委員 実態はそうですけれども、いままでうたわなかったものを今回だけあえてうたったものは何かと言えば、中間管理職ではないのだぞということの大臣の意思をそこに集中したのだと私は思っておるのです、条文上から言うと。
  54. 永井道雄

    永井国務大臣 国会の場は公開の場でございますから、すべて公開して議論をいたしますと、やはり校務分掌という言葉を使った方がいいということを私に教えてくれたのは文部省のお役人さん、ここにおられる方であります。(木島委員「その意思は何ですか」と呼ぶ)その意思は、それは中間管理職でないということと関連してくるわけです。  そこで、ただいま先生が御指摘の問題点ということも非常によくわかるわけです。よくわかるわけですが、同時に御注意いただきたいのは、このA、B、C案いずれの場合にも、また確かにA案の場合教育委員会が命ずるのですけれども、校長の意見を聞いてという一項が入っており、またC案ははっきり校長が命ずるのでございますが、B案の場合にも校長が命ずるということでございますから、中核的にA、B、C案いずれをとりましても校長というものを非常に尊重するという点では一貫をいたしておるわけでございます。今後行政を進めてまいります場合には、原則を申し上げますと、私ども文部省で仕事をいたしてまいりますのは、国全体の教育行政というものを進めていく上でぜひ手がけなければならないことをやります。しかしながら、私ども教育行政というのはやはり地方教育委員会がございますから、したがって教育委員会というものを尊重しながら全国的な行政を行っていくということであろうと思います。  それと同じように、教育委員会と各学校の関係というものも、教育委員会は、各学校また学校の中心である校長を尊重していかれるということが原則でございまして、たまたまこの原則というものと相反するかのごとき印象を与えるような行政の進め方というものがあるやに考えられる。そうした危惧も生じたということを私は否定いたしません。それでありますだけに、御注意の点はよく承りましたが、その御注意の点はまた私も注意をいたしたいと考えていることであって、ですからC案だけにいたしましょうというのではございませんが、校長というものの趣旨を非常に尊重しながら進めていくということが、A、B、C案を一貫をいたしまして、やはり今回の主任というものを中間管理職的なものにしないための非常に重要な一つのポイントであるというふうに考えているわけでございます。
  55. 木島喜兵衞

    ○木島委員 地教行法を中心に考えますと、それでは、学校教育法二十八条の一項である「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」という、所属職員の監督は別でありますが、校務をつかさどるというのは一体何だ。委員会の規則でもって決めることできますね、管理運営とか編制。その部分を委託しているというのが、この間の局長のお話なのですよ。だったら二十八条は、もう委託されているだけだということです。その校長の権限というのは、二十二年にできて、地教行法は三十一年にできたわけでしょう。だから私は、初中局長の解釈は大変問題があると思うのです。しかし、いまそれは、すぐ関連がありますから、私はやめますけれども、たとえば全国の校長会等は、あの主任手当の法律を早く通してくれと言って、ずいぶん陳情や手紙が来ますけれども、校長が自分の義務、権利である、二十八条に対するそういう研究、そうでしょう、校長というのは「校務をつかさどり、所属職員を監督する。」権限しかないのですから。それに対する一つの主張もない。私は、それは法的にいままで局長と詰めておりませんから、私の方がいい、局長の方がいいということではありませんけれども、校長からすれば、自分の権限であるものを教育委員会にとられてどうするのだという、この学校教育法二十八条と地教行法の関係はどうかというぐらいのことはあってもいいのに、校長からは何もないというところに私は、いままでの文部省の校長や教頭に対するところの管理中心の指導というものが深く定着していることをむしろ恐れる。校長は校長の権限として、A、Bは誤りではないかというぐらいが大臣のところに来たっていいではないですか。局長のところに行ったっていいではないですか。そんな気配すらない。そんなことに気がついてもおらぬ。そういうように校長をだれがしたのだろう。今日までの長い間における文部行政というものが、そこに集中的にあらわれているような感じがするのです。そういう意味で私は重視をするのでありますが、これは答弁要りません。  委員長、済みませんが、土井たか子先生関連をしたいとおっしゃっておりますが、実際中身関連するかどうかは別でございますが、お許しいただきたいと思います。
  56. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 関連質疑の申し出がありますので、これを許します。土井たか子君。
  57. 土井たか子

    ○土井委員 それでは、関連ということで質問をさせていただきますが、先ほど来木島委員がここで質問をされておりました主任制ということに対して、いまの文部省考えておられる文部行政の姿勢そのものと基本的にはやはり同じ機軸から出ている問題でありますから、したがって、一見違うがごとくに見えて、これは関連質問という意味では意味をなすと私は十分に考えております。  このごろ、人口急増地域でしきりに問題になるのは、小学校、中学校の新設ももちろんでありますけれども、何といってもやはり高校の新設問題というのは非常に深刻になってきていることは、大臣も御承知のとおりでございます。中には人口が急増いたしまして、その地域の子弟を付近にやるべき高校がないために、はるか離れた他都市にまで入学をさせ、しかもそこに行く交通費は非常に高くかかる、時間は一時間優にかかる。これならまだいい方でありまして、下宿をさせなければならないという非常に深刻な状況を抱えている地域すら出てまいっております。  したがいまして高校新設の問題というのは、もう後に引くことのできない非常に切実な問題になってきているわけでありますが、ことし予算で高校についての補助金が新たに制度として設けられているようでありますが、この中身は一体どれくらいでございますか、まずそのことをお聞かせいただきましょう。
  58. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 いま先生のおっしゃいましたように、高校特に人口の社会異動に伴います高校の増設問題が大変喫緊な課題でございまして、従来は高校の建設というものは府県に任せるのだ、府県が中心的な責任者ということで地方債、交付税等の措置で賄ってきたわけでございますけれども、国としても何らかの積極的な措置を講ずべきだということで、五年計画の緊急対策として一定の要件のもとに補助をするということが、今年度五十一年度から始まりまして、四十二億円を計上した次第でございます。
  59. 土井たか子

    ○土井委員 これは全国の実態をお調べになった上で、緊急対策として五カ年間でまず初年度四十二億ということに踏み切られたように私は思いたいのでございますけれども、実情からすると、出発の時点から十分にということを要求することはむずかしいかもしれません。しかし、かなりの五年計画中身で手直しをしていただき、なおまた制度上も新たに考えていただきたいという問題が、実は実情からするとございます。これは御承知のところだろうと思いますが、たとえばということでお聞きいただきたいと思います。  兵庫県の場合を例にとりますと、兵庫県のいまのような人口増ということも考えながら、地域差ということもその中で勘案をして、そしておおよその数値を出してみた。そうすると、六十四年までには五十数校をつくらなければ間に合わない。それも私立学校を含めての五十数校ということをここで申し上げたいと思いますが、間に合わないということですね。ところが実情は、五十一年で四校、五十二年で三校、五十三年度に四校というふうなことをいま兵庫県としては計画をしているようであります。  ところが実際問題、これ具体的事実に当たってまいりますと、この財政負担の点ではもはや不可能にはっきりなってしまっているので、一校当たり坪数にして一万三千坪、用地としては確保しなければなりません。坪当たりどれくらいかかるかと言うと、平均して約二十万であります。そうすると、それだけで単純計算をいたしまして用地に二十六億かかる。校舎については、これも概算十二億はかかる。都合四十億近くの費用が一校を新設するに対して必要だというのが、現状の少なくとも単純に見た場合の計算上浮かび上がってくる数字なのです。いま、いろいろ事情を考えてまいりますと、少なくとも五十校兵庫県で必要だとなると、これも単純計算いたしましていまの一校当たりの必要な経費からすると四千億は入用だということになってくる。四千億ということになると、兵庫県の場合には一年間予算分が全部これにとられてしまって、なおかついささか足りないという、そういう状況をこれは呈してくるわけです。  そこで、ひとつぜひぜひお考えいただきたいのは、やはり自前でこれだけの分がかかっていくわけでありますから、これに対しての元利補給の制度ということを新たに考えていただくということがどうしてもこの節必要になってまいります。ことしは四十二億を初年度として予算で計上されて、これを補助制度として出発をされておるわけでありますけれども、先ほど申し上げたとおり、全国に対して四十二億でありますから、一校の新設分がすっぱり全国の予算で済んでしまうというかっこうですね。したがいまして、やはり各県はいま私が申し上げたような悩みを多かれ少なかれ全部ひっ抱えながら高校新設の問題に取り組んでいるという状況なので、この節は四十二億程度を年間につけたとしても、焼け石に水どころの騒ぎではないだろうと思うのです。お話にもならない。むしろこれの分捕り合戦が大変激烈になりまして、お互い感情的わだかまりというものを持ったままで、やはり相変わらず地元では高校新設の問題についてはなおざりにできないという非常な悩みを抱えるというかっこうにもなってまいりますから、ひとつここらあたりで思い切って建設費に対しての元利補給制度というものを、新たに長期計画として立てていただくわけにはいかないかということを私はやはり考えざるを得ないのですが、この点は何らかのお考えがあればひとつお聞かせいただきたいと思いますし、全くないとおっしゃるのならば改めて考えていただきたいという趣旨で再度御質問をいたしたいと思いますがいかがですか。
  60. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 御指摘のように四十二億という数字府県の全体の事業量からすればわずかなものでございます。しかし、これは一種の刺激措置と申しますか、奨励措置というような意味でできるだけ有効に使おうといたしておるわけでございますが、一方起債の枠を拡大するとか、そういうことで全体の事業量は何とかそういう交付税と起債措置でカバーするようにやっておるわけでございます。それでいまお話の、さらに起債はこれは借金でございますから利子も払わねばならぬ。その利子補給をしたらどうかというお話でございます。これは義務教育関係ではそういう措置もあるやに聞いておりますが、いまのところ高校関係にはそういう制度はございません。これは今後の研究課題として私どもも関係当局と折衝してみたいと思っております。
  61. 土井たか子

    ○土井委員 これは研究課題としていただくということでいま御答弁はなすっているわけでありますけれども、先ほど兵庫県の例を引き合いに出して、私は少なくとも五十一年で四校、五十二年で三校、五十三年度に四校というのはもう最低限の中身でありまして、実はもう六十四年までに五十数校というのも、これは必要な学校は最低限これだけは確保しなければならないという数字を出しているわけです。したがいまして、深刻さというものも極度だというふうにひとつ御理解をいただきたいと思うのですが、義務教育諸学校に対してある制度を今度は高校に延ばすということになると、やはりかなり制度上検討を要する問題も出てこようかという点は私も理解はいたします。でも一応検討してみたいといった据え置きになってしまうのではこれはどうにも困るわけでありまして、向こう何カ月以内に一つは実現をさせてみたいという意味で検討するとか、来年度はぜひ実現をさせたいという意味で検討をしてみようとか、そういう先の見通しというものがはっきりしないと、まるで先の全然見えないトンネルの中に突っ込まれたようなかっこうでありますから、やはりこの点少し希望を持たせる意味において、先この辺までにはめどをつけたいというところを、ひとつ検討とおっしゃる中身ではっきりお答えいただけませんか。
  62. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 私ども年度予算では、今年度四十二億を百五億ということで二倍以上の要求をいたしておりまして、さしあたり一定の制限のもとですけれども、その枠の中でもまだ非常に小さな額でございますから、この金額をふやすことに全力を来年度予算は注いでおります。一方、先生の御指摘になりましたような方策も、これは義務教育の場合には利子補給の部分を交付税の中に盛り込むということで、文部省予算ではございませんが、これは自治省等とも相談してみたいと思いますけれども、そういうことでございますので、来年度からとかその次の年からとかいう予測はいまのところちょっと立てにくい状況にございますけれども、御了承いただきたいと思います。
  63. 土井たか子

    ○土井委員 これは大臣、先ほど来私が申し上げている問題というのは、実はそれはもう当人にとっては大変深刻な問題になってしまっていることは御承知おきくだすっていると思うので、この節来年ということははっきり申し上げることができないという御答弁をただいま承りましたけれども、できたらこれは自治省あたりとの詰めもやっていただく必要もあろうかと思いますが、十年ぐらいの規模とか二十年ぐらいの規模で二分の一とか三分の二とか国が見て返していくという長期的な地方団体補助制度とでもいうようなものを、これは高校の新設に対して考えてみていただくということを希望したいのでありますけれども、いかがでございますか。
  64. 永井道雄

    永井国務大臣 高校新増設の問題が人口急増の地域においてきわめて深刻であり、その中に兵庫県も含まれているということはまことに御指摘のとおりでありまして、文部省といたしましてもこの問題については従前から憂慮いたしている点でございます。したがいまして高校新増設の補助金の問題も本年度四十二億ということに相なりましたが、要求はそれ以前から行ってまいったものでございます。本年度発足いたしましたものをさらに明年度は百五億円ということでございますが、その形だけではもちろん不十分でありますから、本年度は三百億円から五百億円起債を広げたという方法もとったわけでございます。しかしなおかつ問題が深刻ではないか。これはまさに御指摘のとおりでございますので、私どもといたしましては自治省との連絡ということもございましょうし、また各都道府県、特に人口急増地域の都道府県との連絡ということも必要であると考えておりますので、これまでにもそうした知事の方々の御意向というものも承ったりしながら仕事を進めてきておりますが、そうした考え方の上に立ちまして将来推計をいたして、果たして現在の方法だけで対処できるかどうかということは非常に真剣に考えていることでございます。そうした問題の解決方法一つとして、御提案の利子補給というような形もやはり考えに値すべきものであるということで、私どもはそれを検討課題とさせていただきたいと思いますが、何分に問題がきわめて包括的に大きなものでございますから、従来から進んできたものだけで不十分であるというときにどういう方法をとるべきであるか、いま少しく時間をかしていただいて、そうした計画の中で御提案のことも検討さしていただきたい、かように考えている次第でございます。
  65. 土井たか子

    ○土井委員 いずれにしろ、これは高校新設についての補助のあり方と補助制度について、新たにいままでの行き方以外の方法をひとつ意欲的に検討して、具体化を早く図りたいという御趣旨だと受けとめてよろしゅうございますね。それはぜひその中できょう私が申し上げたようなことも一つは織り込んでお考えいただくということになれば、非常に前向きであり幸いだと思います。ひとつこのことは重々申し上げをいたしまして、さてその次に、高校の問題も、これは地方財政のいろいろな危機的状況という中でずいぶん新設が行き悩むという現実の問題がございますが、同じく地方財政が非常に行き詰まっているという中で切り捨てられていく部面が、いまの教育の中でいささか出てまいっております。その一つに学校給食の問題が実はあるのですね。  学校給食というのはやはり教育の一環として考えていかなければならないというのは、学校給食法という法律の趣旨に照らしてもこれは当然でありますし、学校給食を実施するというのはやはり学校側であるということがはっきりしているわけであります。ところが、最近この学校給食に対して、いろいろ地方財政の中身が行き詰まっているということのために、民間業者に委託をするという自治体がちょっと出てまいっております。これはもう文部大臣御存じのとおりだと思いますが。この学校給食を民間業者に委託をするということで、さらにいろいろな教育上思わしくない問題、あるいは業者に委託をするために保健衛生上思わしくない問題、栄養的にどうかと思われる問題、あるいは行政管理上非常に疑義を提起する問題、いろいろな側面から問題点が多々ございますけれども一言で言って学校給食を、いろいろな理由はとあれ、民間業者に委託をするということをどのように考えていらっしゃるかということをまずお伺いしたいと思いますが、いかがですか。
  66. 安養寺重夫

    ○安養寺政府委員 最近、行政当局の努力もございますが、関係者の御理解や御支援をいただきまして、学校給食の実施のカバレージが伸びてまいっております。本年度からは米飯給食を新たに法令的にも根拠をはっきりといたしまして、その拡大に努力をしておるわけでございます。学校の教育の一環として給食が取り上げられまして、戦後三十年になるわけであります。在来のやり方でございますと、物資の購入、管理あるいは献立の作成、調理等々、いろいろ学校教育そのものの基盤を支えるような諸条件整備ということに追われてまいっておりまして、したがいまして、そのことについては何をおいてもこれは第一義的に設置者である公の行政が担当すべきであるということで鋭意努力をしてまいったわけでございます。たまさかいま御指摘のように、学校給食を伸ばすべきだという要請にこたえ、しかし地方財政がきわめて困難である、人件費の負担の問題等々ございまして、民間にこの業務を委託してはいかがかというような意見がございますし、現に二、三そういう実例が出てまいっております。文部省としましては、あくまで原則といたしましては公の責任で安心のいく学校給食等々に努力をしてまいりたいと思っておりますけれども、個別の事例になりますと、責任が明確であり公の行政の範疇でそれがとらえられるというようなことで得心のいくやり方であれば、これが全くよくないことだということも当たらないであろう。しかし、こういうことは慣れておりませんので、文部省としましては第一義的に、みずからの責任において実施をするというような努力目標を掲げてまいっておる、こういうような状態、考え方でございます。
  67. 土井たか子

    ○土井委員 そうすると、それがうまくいけば結構だというふうな御趣旨なのですか。そうすると、学校教育の一環としていままで学校給食を実施されてきた趣旨からすると、民間業者に委託をすることもうまくいくと結構だというふうなことになったら、大分内容が違ってきやしないかと思われる側面が多々ございますよ。一々挙げていくことには時間の限りがございますから無理かとも思いますけれども、たとえば管理上の問題というのが一つは出てまいりましょう。給食主任、栄養士、調理師との打ち合わせというのが各学校単位でいままで行われてきている。このことが全く民間業者委託となるとなくなってしまうわけですね。そうすると管理上何を具体的にどういうふうに給食の中で児童生徒に食べさせていくかということに対しては、あてがいぶちのようなかっこうで、これを受けるという側面しか学校側にはないということに一つはなります。したがって、管理、運営上の問題、まずこれは一つどうしても出てまいります。  それから子供の側からすると、小学校二年生の社会科の教材の中に「学校で働く人々」というくだりがございますが、そこでは「教員、事務職員、用務員、給食をつくる人」とこう書いてあるのです。したがって、子供の認識からしても現状はやはり違ってくる、学校の教材からかけ離れたものになっていくということに、端的に申し上げるとまず実情はなるでしょうね。  さらに事が進んでまいりまして、管理者がだれであるかというふうなことからいたしまして、いろいろ事故が起きたとき、中毒事故などが起こったとき、一体だれに責任があるかというふうな問題についても、これは収拾が困難であるという場合も出て乙ないとは限りません。お互いが責任のなすり合いをやるというかっこうにならざるを得ないという場合も出てまいりましょう。それから保健上の定期検診なんかは、管理がはっきりしておりますと、いまでは調理師さんあるいは給食の方々に対して受けさせるというかっこうになっているのですが、やはり民間業者に委託をするということになると、この定期検診が果たしてどれほど実行できるかということもございます。急に休んだ人に対して人員を補給するという場合、臨時でどのような人を雇うかというようなことに対しても、民間業者に全部まかされてしまう問題にならざるを得ない。  それから、本来はいままで五人かかってやっていたところを、業者の場合にはあるいは四人でそれを賄ってしまう、三人で賄ってしまう。特にやはり材料の仕入れなんかについても、給食委員会や学校側がタッチをすると職安法の違反になるという向きもございますから、万事が万事、仕入れも業者に全面委託をしてしまうというかっこうになります。そうすると、その辺は言いたくないのですけれども、やはり業者の方に仕入れの段階でうまみが出てくる問題が一つある。細かい話を挙げますと、ホーレンソウの仕入れをするということ一つ取り上げても、少し鮮度の落ちたのを安く買い入れる、そうすると安上がりでできるという問題も早くも出てくるわけですから、鮮度の点とか栄養の点とかが十分にこれで保っていけるかどうかというふうなことに対しても、父兄側からすると大変不安がまず出てまいりますね。こういうふうなこと全般を通じてはっきり大丈夫だということが言い切れるかどうか。  第一、学習指導要領の中身でこの給食の問題はいままでどういうふうに取り上げられてきたわけですか。したがって、民間委託をしてもうまくやっていけるのなら結構だというふうな御答弁で、この節、民間業者の委託を、それでは地方財政の危機の折からだ、やりましょう、うまくやりますということに対して、まあうまくおやんなさいと文部省は答えて、それで済んでしまう問題ではないように私は思いますよ。いかがです。
  68. 安養寺重夫

    ○安養寺政府委員 文部省としましては、これからの学校給食をよくし、かつ普及をさせるという課題を持っておるわけでございますから、第一次的に申しましたように、公の行政の責任が明確に実施されるということで、いわば直営と言いますか、そういうことについての財政投資、国の補助拡大ということに努めておったわけでございますし、今後もそのつもりでございます。いまお話のようなだらしのない民間委託というような実態があるということであれば、それはもういけません、これは断じてそういうことがあってはならぬと思います。  ただ私は、これは物の買い入れ、保管、調理、献立のつくり方等々、教育を支える基盤というような分野での業務をだれが実働するかというような問題でもございますから、個々別々に考えてまいりまして、得心のいくようなやり方であればこれはやむを得ないではないか、かようなことを申し上げておるわけでございます。  お尋ねの学校教育活動としましては、特別教育活動、その中で学校給食のことを指導し、かつ栄養だとかいろいろなことにつきましてはそれぞれの教科で教えておるというような形で運営しておるわけでございます。
  69. 土井たか子

    ○土井委員 いまの御答弁からすると、自治体の方が直轄で責任を持ってやるということならばいいのではないか、それに対して文部省の方は助成についていろいろと苦心をして、骨を折ってきているというふうな御答弁だと思うのです、総括して言いますと。  ところで、学校給食法ではどういうことになっているのでしょう。第三条で「この法律で「学校給食」とは、前条各号に掲げる目標を達成するために、義務教育諸学校において、その児童又は生徒に対し実施される給食をいう。」でありまして、学校給食法では、義務教育諸学校が実施者ですよ。したがいまして、いまおっしゃったような御趣旨は、この学校給食法の言っている第三条の中身からするとそういうやり方で貫けるとお考えですか。
  70. 安養寺重夫

    ○安養寺政府委員 法令上のせんさくはともかくとしまして、学校が責任を持って学校給食という教育活動をやり、心身たくましい子供の育成ということに心がけ、努力をするように言っておるわけでございまして、そのために物をつくったり、買ったり、保管したり、献立をつくったり、調理をしたり、後始末をしたり、いろいろな実際の活動面があるわけでございまして、その全体をひっくるめて、学校長の責任のもとで一括運営するということはこれは本筋でございますが、たまたま部分的に、あるいはいろいろな他の事情から、その一部につきまして、教育そのものではない部分、教育を支える条件整備のような部分につきまして、公の責任のもとに民間委託をするというようなことが考え方としてはあり得るわけでございますから、そのことについて全面的に否定するということもあるまい。ただし、繰り返して申しますけれども、私どものやっておりますことは、栄養士の給与の国庫負担とか定員の計画的増でございますとか施設設備の補助の拡大でありますとか、すべてこれはみずからが責任をとって、安心のできるやり方を教育的にやっていただこうということの一点に集中して努力しておるわけでございますので、その点は多少へ理屈的になりますけれども、全くそれはいけない、あってはならぬことだということもあるまい、ただそれだけのことを申しておるわけでございます。
  71. 土井たか子

    ○土井委員 テストを業者テストに全面的にゆだねてしまうということは絶対好ましくない問題だと大臣はお考えになるだろうと思います。同じことで、この給食という問題も学校給食法という法律があり、その趣旨を徹底させるために文部省はずっと従来骨を折ってこられ、そして全国的に見ても、小学校の場合もこれは完全に近いほど、中学校の場合はだんだん給食をする実施校が、減ることはない、ふえていくという傾向にあったわけですね。こういうことからしますと、地財危機ということは理由に、いままでのこういう学校給食は教育の一環であるという意味文部省が責任を持ち、そのことを重視しながらやってこられた内容が、やめていくことに対して、文部省の姿勢としてはどういうふうにこの問題に対して対処されるかというのは、非常に地域では重視している問題です。大臣とされては、いま先ほど来のこの応答に対してどういうふうにお考えになりますか。
  72. 永井道雄

    永井国務大臣 体育局長から御答弁申し上げましたように、学校給食というのはこれはもう基本的に学校の教育の一環でございますし、そしてまた地方自治体だけでなく学校が責任を負わなければいけないものでございますから、文部省はそういう原則でこれまでも政策を進めてまいりましたし、そうして今後もそれを進めていく考えでございます。
  73. 土井たか子

    ○土井委員 とすると、きょう御出席いただいているのは給食課長さんでしたか、そのお考え大臣の御答弁とのニァンスがいささか違うわけでありまして、民間業者委託をしてもうまくやっていけるならそれでいいではないかというふうなお考えとは違って、文部大臣の方は非常にきっぱりと、やはりこれは教育の一環であるというふうな立場に立って給食問題というものの取り扱いを努力して進めていきたいというような御趣旨だと私は思われる。このことは、大臣のお立場というのを私自身もそれはそのとおりだろうと思いますし、これはどこまでも曲げずにやってもらわなければ、これからいろいろな、私が先ほど挙げたのはもう氷山の一角の、こういう場合どうでしょうという例であります。したがいまして、これは教育の一環という点からすると、いろいろなこういう例をあげつらうまでもなく、やはり学校給食のあり方というのはおのずとこれはゆがめられてはならない内容だろうと私は思うのですよ。したがいまして、単に栄養がよくなるとか悪くなるとか、それからどういう献立になるとかならないとか、そういう問題ではなかろうと私は思いますので、その点はひとつ文部大臣答弁というものを私もいろいろな問題に対処する場合の基本に置いて学校給食は臨むべきものなのだということをいまここで確認をさせていただいて、あと、もう時間ですから一問だけ質問を申し上げて終わりにしたいと思うのです。  これはすでに文部大臣の方に陳情をされた方々もあることは私はよく存じておりますが、どういう問題かというと、家庭科の教科に対して男女の共修というのを進める必要があるのではないかという問題です。小中学校も同じくこの教育課程の中で家庭科のあり方というのが戦後ずっと変遷をしてきているわけですが、特にいまここで露骨にそのことが具体化しているのは、むしろ高等学校における教科課程の中でこの家庭科という問題をどう取り扱っているかということだと私は思うのです。それで高等学校の家庭科は、これはもう御説明申し上げるまでもなく、選択教科として当初は発足したわけですね。そしてさらに、その選択教科という段階では、男女共学にしてはどうかというふうな声もあったことも事実として私たちは承知をしているわけですが、現実は共学家庭科へ向かうよりもむしろ女子にとっての必修教科の実現に持ち込まれていっているというこの実情が進んできているわけです。  そのことが具体的になったのは、一九五六年の学習指導要領からこの方だということを、一つは具体的事実を見た場合に確認できると思うのですが、その中で、従来の家庭と家庭技芸の二教科が一教科に統合されて、食物、被服、家庭経営など二十四の科目に再編成をされております。新たに家庭一般が女子の一般教養科目に位置づけられるようにその中でなっておりまして、学習指導要領を見ますと、「幸福な家庭生活を営むに必要な資質を育成する」ということがここで記されているわけですね。こういう教育を女子だけに期待しているということがこの内容の特徴として挙げられると私は思うのです。普通的な性格を持つはずの一般教養科目としてこの家庭一般というものを考えていかなければならないのが、すでにこの時点で性によって差を設ける、いわば性差教育とでも申しますか、こういうことが科目に位置づけられているというふうに私は考るわけですが、いままた、六〇年にこの学習指導要領が改定をされまして、家庭科の基本構造について言いますと大きな変化は見られないのですが、普通課程の女子に対しては家庭一般を二ないし四単位を必修させるということになってまいっております。したがいまして、七〇年の現行版ではこの四単位必修というふうに強化されたままで今日に及んでいるわけですが、この高等学校の家庭科は、家庭一般の女子必修を実現させることでずっと今日に進んできているということからすると、教育課程の上での男女差というものがここで固定化されるというかっこうになっていっているのではないか、このことをやはり思うわけですね。  したがいまして、本題になりますが、やはり家庭科ということに対しては、この節基本的な一つの軸がずっと小中高というふうに組まれているようにも思えませんし、それからさらに、それを組んでいく上では男女共修を進めるということが基本として必要ではないかとも私は考えているわけでありますけれども、このことに対しての大臣のお考えをひとつお聞かせをいただいて、きょうの質問を私は終えたいと思います。いかがですか。
  74. 永井道雄

    永井国務大臣 男女の差というのは困ったことですけれども、男女の相違というのはあると思います。しかしながら、いまの家庭生活におきまして男女が協力していくということは当然のことでございますから、したがって、家庭科をどういうふうにやっていくかということは教育課程審議会の今度の大きな課題でございまして、小学校については、申し上げるまでもなくこれは全く相違なく進めていく、中学校の段階ではオーバーラップするという方向を今度とることになったわけでございます。でありますから、従来より一歩前進というか、男の人も家庭のことを勉強するし、女の人も勉強する。違うところがあるけれども、オーバーラップするところが出てくる。高等学校段階は従来と変わりありません。変わりありませんという意味をよく理解していただきたいのは、高等学校では、たとえば男の生徒に対して家庭科的なことをいまもやっていいのです。やってない学校は非常にあるようですけれども、それをやっている場合も全く自由であって、そのことは明らかにするということでありますから、いまの方針というのも、実は高等学校段階におきまして女の生徒だけが家庭のことをやるのではなくて、男もやっていいのですけれども、それをやらない学校が多いということでありますから、今度の教育課程でその部分が変わっていないというのは、まず中等段階でそういうオーバーラップが起こりますと、高等学校それぞれの判断におきましてやはり男の学生も家庭科的な勉強をしていくということをやる場合には全くそれを行うことができる、こういう考え方で進めているわけでございます。  要するに、私が申し上げたいのは、学校もありましょうし家庭のこともあると思いますが、男性と女性、これに相違はある。ただ、そのことから生じる差別というものがある。この二つをやはり区別しないといけないと思います。差別というものはあってはいかぬわけでありますが、しかし、相違がありますから、そこでその相違というものと社会的な役割り構造というものとの関連が、これも全体ではありませんが、部分的に生じているということは否定することはできない事実であります。これはどういうことであるかというと、非常に男性と女性についての多くの文化人類学的な研究がありますが、たとえば陣痛というものを男性ができるかということを考えた民族があって、陣痛ができる、妻が陣痛のときに男が袋の中に入って、そして非常にうめき声を上げて苦しむわけです。しかし、それだけ努力をしても男は妊娠ができないということがその民族にわかったわけで、妊娠ができませんから出産ができない。したがって、妊娠と出産は女性でないとできないということが今日までの社会的な役割り構造の中にあるわけです。したがって、この問題をめぐって非常にいろいろな研究がたくさんありますけれども、そのことから、女性が比較的育児に近い関係の学問などにおいても非常に発展をしているという事実がございます。また、たとえばわが国において教員の世界に女性の進出が著しいということもその反映かと思います。  でありますから、私は相違というものは認識しなければいけませんが、差別にいくべきでない。家庭について申しますと、やはりそういうことからどこの国でも女性の方が家庭というものの仕事を分担する量が多いということは、いまの妊娠、出産と関係があるわけです。あるということが否定できない事実でありますから、いままでの指導要領より一歩進めてオーバーラップをするというところにいくのは現在の家庭構造からいって当然だと思いますが、高等学校は随意の形をとるという方向で、教育課程審議会が示された考え方というものを、これも大変な長い討議を経た結果のようでありますが、尊重いたして進めたい、かように考えている次第でございます。
  75. 土井たか子

    ○土井委員 もうこれで私質問は終えたいと思いますけれども、いま文部大臣が言われました性別によるいろいろな相違の問題、これはまた時を改めて私はぜひ論争したい気になってまいりました。肉体的条件においては差があるからこそ性別という問題がございますけれども、人為的に考えられる社会的役割り、人為的につくられる社会的職種、これを肉体的条件なり生理的条件ということを理由にしながらお互いの任務分担を人為的に固定化していくということは、私はこれは問題が多いと思っているのです。本来間違いだと思っているのです。したがいまして、いまの御答弁は御答弁として一応承っておきますけれども、また時を改めまして、いまの性別によるいろいろな教育の取り扱いということについては、私はまた質問を十分に意を尽くして時間をかけてやってみたいという気になりました。  このことを予告させていただいて、きょうは質問を終えたいと思います。ありがとうございました。
  76. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 午後一時二十分再開することといたしまして、この際、休憩いたします。     午後零時四十七分休憩      ————◇—————     午後一時二十一分開議
  77. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質議の申し出がありますので、順次これを許します。吉田法晴君。
  78. 吉田法晴

    吉田委員 時間がございませんから、答弁は主として文部大臣から要領よくお答えいただきたいことを冒頭お願いしておきます。  一番最初は、この間から委員長初め文教委員の皆さんに御心配をかけました相撲のトンガ勢の廃業問題でございます。この真相は皆さん御存じだと思いますけれども、旧朝日山親方の夫人と現朝日山親方との間の契約の履行がその原因でございます。そのために何も知らぬトンガ勢が全部やめさせられることになったわけでございます。だから、考えてみると真相は親方制度の矛盾の結果だと私は思います。それで、この相撲取りを私有財産視する親方制度については再検討の要があるのではないか、その点だけお尋ねをいたします。親方制度の再検討が問題解決の本当の解決方法ではないかと思うのですが、どう考えられますか。
  79. 永井道雄

    永井国務大臣 相撲と野球の場合は違いまして、野球は自由契約制というのがございますが、相撲の場合には、相撲取りは相撲協会に所属をいたしております。しかし親方制度というものは残っておりまして、ただこれもまたスポーツの性質上、そういう側面というものがあった方が訓練がしやすいという伝統もあるようでございます。ただ、御指摘のような問題も生じてまいりまして、やはりこれは一つの重要な検討課題であると考えております。
  80. 吉田法晴

    吉田委員 検討をされるということですから、それに期待をいたしておきます。  次は、文化財保護のことについてお尋ねをいたします。  先般来、これは私の選挙区ではございません、隣の県ですが、大分県の臼杵の石仏が塗られた。それは私も何遍も見て知っておりますが、お寺の前の仁王さん、これの保存ですね。これは砂岩ですから長年の間に腐食をして鼻が欠け、耳が欠けていると思いますけれども、しかし傑作であることにおいてこれは東大寺のあの運慶、湛慶が彫った仁王さんにまさるとも劣りません。ところがそれが全然ほったらかしになっている。先年取り上げて問題にしたことがございますが、それだけを追及するわけにいきませんでしたからその後も何らの保護措置が講じてございません。それを、犯人といいますか塗料を塗った人が、保存をしてくれ、保護をしてくれという手紙を出したけれどもその手紙には何の返事もなかったということで、それでセメントをまぜたような塗料を塗った。私は、これが本当に溶けて取れなければ石仏は台なしになると思うのです。大体九州の古い文化財については、これは皇族に関係がなかったとか磐井等の反乱をした民族に関係があったということで長年ほったらかされてきております。そのことを問題にしておるわけでありますが、この臼杵の石仏の復旧といいますか、これを含めまして、文化財の保護について文部省としてどういう方針でおられますか。特に、今後の文化財保護の予算等にも関連をしてお答えをいただきたいと思います。
  81. 永井道雄

    永井国務大臣 ただいまの石仏の問題は、コールタール、合成樹脂などを配合したものを塗ったようでございます。吉田議員は文化財の保護に非常に御熱意がおありになりまして、そういう議員だけでなく、わが国文化財を保護しようとする人たちにとって驚くべき事件だったと思います。それで、これはやはりこの塗料をどうするかという問題がございますから、文化財の保護科学の研究をやっております東京国立文化財研究所の専門家の技官を現地に派遣して、塗布された塗料の除去、そして復旧の方法を検討することにいたしております。  また文化庁の方でも、まあ、ああいう人が入ってきておかしいことをするということが起こりましたから、防護のさくを設けるというような保護のための措置をとってまいっておりますが、それだけでは不十分でございますから、臼杵市で従来すでに行ってまいりました監視人による見回りというものを強化する。このほかに金網さくの取りつけなど、いろいろ改善策をとりたいと思っております。  また、これは特定の臼杵の問題でございますが、文化財の保護については、観光による被害というものも他方起こっておりまして、この観光による被害をどうやって防ぐかということが一般的に重要な問題でございますので、この点につきましても、それぞれのケースが違いますが、保護のさくをつくるとか、あるいは特別のことをやってはいけないという禁止の表示をつくりますとか、被害を防ぐための努力をいろいろいたしております。     〔委員長退席、木島委員長代理着席〕 国民一人一人の自覚もさることながら、やはりそういうさくでありますとか、監視人であるとか巡視であるとか、そうした方法というものを考えて今日に至っているわけでございまして、そうした事柄全般につきまして当然予算措置をいたしておりますが、その詳細について必要でございましたら、文化庁次長からお答え申し上げます。
  82. 柳川覺治

    ○柳川政府委員 文化財保護関係の予算につきましては、今年度百七十一億の予算が計上されておりますが、来年度予算については、現在文部省として二百二十三億、五十二億円の予算増額を大蔵当局にお願いいたしておるところでございます。この中で特に、最近の開発等の関係も多々ございますので、記念物、埋蔵文化財あるいは伝統的建造物群等の保存修理の問題あるいは土地の公有化等の問題に力点を置いた取り組みをしてまいりたいと思っておる次第でございます。
  83. 吉田法晴

    吉田委員 文部大臣にもそれから文化庁にも文化財保護のことについて何度も陳情に参りました。その後この四月にはメキシコのマヤ文化、それからペルーのインカ文化、この九月から十月にかけては、IPUに行った帰りにギリシャそれからエジプト、バグダッドと、あの古い文化も見てまいりました。どこでも感銘をしましたけれども、日本が、東西の先進諸国であろうとあるいは社会主義の国であろうと文化財の保護については一番おくれているということは大変印象的でした。定陵の話を何遍もいたしますけれども、古い文化財、たとえば装飾古墳の壁画のごときはやはり模写をして、そして本物は博物館に納める。納められなければ埋蔵して密閉する。見る文化財の観光の材料としては模写のものを博物館をつくってそこに飾るとか、熊本でやっているような方法について一つ一つ考えるしかないと思います。  それから、たとえば福岡の観音寺の問題ですけれども、国宝に指定された仏像が物置に入れたように一つの社屋の中に五つも六つも入っているような例は外国にもない、日本にもほかにありません。ただ問題は、皇室に関係する文化財は大切にするけれども、そうでないものについては金もかけないし、あるいはほったらかしているのが実情です。個々の問題についてここで詳細に言う機会はございませんけれども、総額としてはいま予算を承りましたけれども、ある程度前進をしてやっているということになりましょうけれども、国際的に見ると一番おくれておりますから、ぜひひとつこれについては力を入れてやっていただくことを要望いたしまして、次の問題に移ります。  次の問題は教育の基本問題ですが、先般私は、北海道のいわゆる教組弾圧事件というものを調査に行ってまいりました。問題は、全国で一日の主任制反対のストライキをやったのは北海道だけだということで教組のいわば刑事事件にしようという目的で行われたものだと思いますが、引き合いに出しますのは指導要録を押収した問題でございます。私は、いまの教育が、義務教育等について、小学校、中学校の成績なりあるいはそのときの実績でその人の一生を決めるのは間違いだと思う。この人間は大学まで行きなさい、この人間は余り能力がないからもう中学で、義務教育で終わって働きに行きなさい、こういう選別の教育がなされておると私どもは思っておる。ところが、ほかの人でなくて私自身の例を言いますけれども、中学の二年のときまではやんちゃで勉強しませんでした。中学の三年の一学期だったと思いますが、白文の試験を受けて、どうした拍子か知りませんけれども、百点をとりました。そこで、国漢の若い先生から、吉田法晴君の今度の試験は全部合っておった、一つも間違いがなかったとみんなの前で言っていただきました。それが動機になって中学の三年になって勉強をし出しました。そして四年から高等学校に入ったわけです。ですから、小学校、中学校の義務制の成績で人間のふるい分けをするのは間違いだ、私は心からそう信じます。ところが、指導要録に何が書いてあるか、文部省なり文部大臣に言う必要はないと私は思いますが、小さいときの性格やら、その中には情緒の安定とか協力性とかいろいろあります。それを書いたものを、北海道教組の書記次長の筆跡鑑定のためにその人の担当の全員の指導要録を持っていったわけです。そして持っていくについては、教育長なりあるいは学校に打ち合わせに来ている。そこで北海道教育長あるいは市の教育長が言ったのは、任意に提出を求められても、大事な問題ですからそれは出せません。しかし令状を持ってこられたら仕方がありませんという言い方で指導要録を持っていくことを許しておる。これは私は問題だと思う。大事なものだというので写しを取って、間もなく返したようですけれども、こういうものが警察にある。そうすると、後で尋ねますけれども、犯人のわからぬような強姦、殺人事件が起こった場合に、警察にそういうものがあれば、あの子供がやったのではなかろうかという疑いをかけられる材料になる心配がある。そこで、指導要録というものは大事なものだから、人に見せてはいかぬ。もし警察から、検察庁から照会があったとして、これの写しをつくって、そういう必要でないところは別にして出したのなら別問題。指導要録を、令状を持ってくれば渡すというのは、私は文部省の態度としてはあるいは教育長の態度としてはどうかと思います。ほかに方法がなかったのならとにかく、本人の筆跡鑑定のためには、本人の出した手紙や何か十何通と持っていっているのですよ。別から押収している。筆跡鑑定はこれ以外に方法がなかったら別問題です。ほかに方法があることがわかりながら、たくさんのものはを取りたいということで、担当の子供全員の指導要録を全部持っていっている。私は、教育の態度としてはこれは許されることではないと思うのですが、文部大臣の所見を承りたい。
  84. 永井道雄

    永井国務大臣 指導要録につきましては、これは先生の御指摘のように、児童の指導のため、それを最も重要な目的といたしているわけでございますから、いわばそのための記録でございます。したがって、個人の秘密に属する事柄、また属すべき事柄というものもあるものでございますので、文部省では従来からこの取り扱いは慎重に行うように指導を行ってきたわけでございます。  ただいまの北海道の問題につきましては、御指摘のような問題があったということでございますが、そうした詳細について実は私どもとして存じておりませんので、これは十分調査をいたさなければならないことと思っております。
  85. 吉田法晴

    吉田委員 調査をして、事件の内容を調べてくださいというのではございません。指導要録を出すような、あるいは令状を持ってこられたらお渡ししますと言わんばかりの打ち合わせをして学校に入れる、そういう態度、いわば教育の問題あるいは先生に対する態度、警察としては証拠が取りたかったのでしょう、証拠を認定したかった、筆跡を鑑定したかった、それはわかりますけれども、そのために学校に警官を入れるようなことを許すべきではない、あるいは警官が入って指導要録を持っていくようなことを許すべきではない。これは警察にも問題があります。こういうものを持っていかなくても、大事な、あなたも言われるようにプライバシーにも関係をし、それから大きくなって、何か事件があったら、あの子がやったのではなかろうかという材料に使われるようなものを、用途として使われるようなものを出すべきではない。もしどうしても必要ならば、この中から、学校が言われて必要な事項だけを書き抜いて写して出す、それならいいです。しかしそうでなければ、何に使われるかわからぬようなものを取るというのは、ほかに方法がなければ仕方がないですけれども、ほかに方法があったのです。だから警察の態度としても私は不当だと思いますが、それを許すような態度を文部省がとるべきではない。指導が足りぬ、こういうわけです。だから指導要録なりあるいは教育についての文部省の基本的な態度を問うているわけであります。
  86. 永井道雄

    永井国務大臣 指導要録はもちろんでございますし、それから特に大学などにおきましては自治というような問題もございます。そういうような原則に基づきまして指導要録というものを重んじていくことは文部省として当然のことでございますが、他方、警察が令状をもって、どうしてもその書類を見ないと目的を達することができないという場合に、その指導要録を利用するというよりは、その一部分、いまの場合字でございますか、ほかにかわるものがない、それを法令に基づいて警察が行う場合にはそれに従うほかないと思います。しかし、そうでない場合には、警察には警察としての法令に基づく活動があるわけでありますから、そのほかに全く方法がないという場合には理解できますが、そうでない場合には、指導要録というものが持っておりますプライバシーを侵されることがないようわれわれとして全力を挙げるべきものと考えますが、先ほどから私が、よく調査いたしませんとわかりませんと申し上げましたのは、そこのところにつきまして、それ以外に方法がなかったのかどうかということについてまだ詳細な報告を受けておりませんので、そこのところは十分私たちとして調べさせていただきたい、こう申したわけでございます。
  87. 吉田法晴

    吉田委員 文部大臣のところまで指導を請いに連絡するはずがありませんから、初中局長が来ておられると思いますから、初中局長に伺いますが、現場の校長先生にも会った。それから市の教育長にも会いました。それから道の教育長にも会ったのです。私は根源は道の教育長だと思いますけれども、道の教育長から初中局長のところに連絡、問い合わせがありましたかどうか、その点だけお尋ねします。
  88. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 私のところまでは連絡がございませんでした。
  89. 吉田法晴

    吉田委員 いまの大臣の答弁の中に、ほかにかわるべき方法がない場合には、法令に基づいて令状が持ってこられるならば仕方がない。任意で提出を求められるものならば大事なものだから出しません。しかし令状を持ってこられればしようがありませんという話は、市の教育長も言われました。そして、市の教育長で判断して言われたかと思ったら、そうではなくて、道の教育長がそういう指導をしております。令状を持ってこられればしようがない渡しなさいと、ですから文部省に聞き合わせたかどうかということを聞いたわけです。ほかに方法がなかったかどうかについては、私も先ほど触れたのですが、本人が書いた手紙を十数通とっている、別に押収しているんです。ですから、本人の筆跡を鑑定するのに指導要録がなければほかに方法がなかったかというと、ほかに方法はあったのです。手紙も十何通かとっておるし、そのほかにもとっております。そのほかにもとっておって、常識的に考えれば指導要録をとらなくても筆跡鑑定をするに十分な資料があったと思いますが、そもそもの姿勢が、指導要録というものがどういうものなのか、これは教育長は知っておったと思います。知らぬと言わせる必要はないと思うのですね。その知っている教育長が、任意提出を求められれば断るけれども、令状を持っきたら仕方がありません。一遍学校に来ているのですよ。一遍学校に来ているのですが、そのときは断った。そのときに教育長と打ち合わせて、教育長に聞いたところが、令状を持ってこられれば渡す以外にありませんと言われたものだから、令状をつくって学校に行って、そして校長室の隣にあった指導要録、全校の分があるものについて、どこに担任の生徒の指導要録があるということを前に確かめておいて、令状を持って入って、いきなり持っていっている。そして大事なものだと言われたから、二、三日置いておきましたけれども、恐らくその全部についてコピーをとって返したものだと考えられます。そうすると、その人の将来について悪用される心配がある。問題が起こったときに、あの指導要録の中には、協調性に欠けるところがあるとか、いろいろ書いてあるということで、その子供に対して不要な嫌疑をかけられるような事態も起こりかねない。それはさっき私の例も引きましたけれども子供教育の点から言うと、小さいときの資料が大きくなってまで利用されるということは大変な問題です。教育の観点から言えば、その内容について、個々に聞かれた内容を写して渡すということまでは許されるかもしらぬ。令状が来ているのだから許されるとしても、この指導要録を警察に渡すべき問題ではない。その辺について、いまの答弁で言うと、文部省にもやはり姿勢が足らぬところがある、間違いのところがあるのではないかということを私は指摘しておるのです。ほかに筆跡鑑定の方法がないのならとにかく、すでに十何遍というものをとっている、これはわからなかったかもしれません。教育長には、ほかの資料があったということは私どもが調べてわかったことで、わかっておったか、わからぬか、わかりませんけれども、指導要録を出してはならぬ、特に警察方面に渡してはならぬという考えが足りなかったから、いまのお話のように、令状を持ってくればしようがないという話をしたものだから、そこで警察と教育長との間に打ち合わせがあって、その了承の上で令状を持っていって取っていった、こうしか考えられません。それだけに、もっと指導要録の保管の方法については厳重に指導を願いたいということを考えるわけでありますが、重ねて御答弁をお願いいたします。
  90. 永井道雄

    永井国務大臣 今回のケースのことにつきまして、実は先ほど申し上げましたように、つまびらかにしない面もあるのでございますが、指導要録というものを児童のために尊重いたしまして、そして今後その指導要録の保存、保持、これについて一層徹底した指導をいたしてまいるように努力をいたしたいと思います。
  91. 吉田法晴

    吉田委員 文部大臣が言われるのですから、局長も言っておられますけれども、恐らく今後そういう大臣のいまの発言の趣旨に従って指導をされることだろうと思いますから、これ以上追及はいたしません。ただ、文部大臣にこの際申し上げます。後でもう一つ子供の非行に関連をしてお尋ねをいたしますが、私は三木内閣がいつまで続くのか、これは知りません。私は自民党の人間ではないから、三木おろしやあるいはロッキード隠し等について関心はありませんが、ロッキードは速やかに事態を明らかにされるべきだと思いますが、教育の中立性を守るために、政党人でない永井さんを文部大臣にしたところには、私は永井文部大臣の使命の重大さが感ぜられると思います。文部大臣になられた当初、日教組の槇枝委員長等に会いたいという話がございます。その後、私の見るところでは、自民党のタカ派なりあるいは文教部会に牽制されたのかどうか知りませんけれども、たまには会ってはおられるようですが、本気で会って話し合いをする姿勢にないような気がします。その辺について承りたいところですが、現場で校長さんは、文部省の指導によって、学校の現場の教師の協力を心から得ようと努力をしておる者と、そうでない者と、学校の空気が大分違います。そして、やはり教育の現場では先生たちの協力を得なければ教育というものはできません。文部大臣教育に携わられたことはないと思う。私は、正規の先生をしたことはありませんが、子供に接したことはあります。これは先生の人格というものが子供に映るのです。反映するのです。そして先生が本当に教育をしようと思って熱情を傾けなければ教育というものはできるものではない。その先生に任せて教育をさせるという熱情を失わしめているというのが現状ではないでしょうか。そのことに、指導要録を守ることについての文部省の姿勢、それがやはり、さっきちょっと法令に基づいて令状を持ってこられればしようがないと言われたけれども、そういうのが北海道庁に反映をしておる。私は、北海道庁の教育長の姿勢は、教育長自身に会ったのですけれども、どうしても教育を守らねばならぬ、これは警察に関与させるべき問題ではないという姿勢が、熱意が足りないのを感じました。令状を持ってくればしようがない、こう言って、警察に言われる。そう言ったら警察は、令状を持っていきます。そのことは、私は、文部大臣の姿勢と、政党人でない文部大臣をせっかく任命された使命と、それから日本の各教育の現場における実態とを考え合わせて、これはせっかくの永井文部大臣がやはりしっかりしてもらわなければならぬと思ったところですが、この辺はどう癒えられますか。
  92. 永井道雄

    永井国務大臣 日教組に限らず、教育関係の諸団体が教育というものを政治の場に巻き込むことなく教育本来の仕事をしていただく、そのことのために私は政党に所属をいたさない文部大臣として任命されたわけでございます。自来、今日に至るまで全く考えは変わっていないわけでございます。ただ、その間、御承知のように主任制をめぐる問題がございまして、ストライキもありましたし、そういう点で日教組との話し合いというものが従来ほど進まなかったということも事実でございますけれども、私として全く基本的な精神は変わりませんから、従来どおり基本的な考えで今後も、また今日も臨んでいるわけでございます。  また、現場の先生方の問題でございますが、現場の先生方文部大臣の姿勢によって左右されるところきわめて大であるからよく気をつけよというお言葉はまことにそのとおりでございまして、現場の先生方はいろいろな意味での政治的な対立、衝突が左右から起こってくるというようなことの中でなかなかお仕事がしにくいということもございましょうから、そういうことのないようにいたしますためには、別に自民党だけでなく他の党の政治的圧力支配というものとは関係なく、しかも各党共通して教育を憂うるお考えはおありでございましょうから、そうした局面というものを強くすることによって協調をしながら、現場の先生方にもお仕事をしていただく上で都合のよいような地盤をつくり上げたい、かように考えているわけでございます。
  93. 吉田法晴

    吉田委員 北海道教組の問題と言われるのは、いま大臣が言われたように、主任制実施の問題をめぐって起こった問題です。ところが、北海道の特殊性というのは、主任制をめぐる教育現場の労働条件に関しては、就業規則が団体協約になっているので、これは一方的に破棄することができない。そこでどうしても交渉しなければならない。話し合いをしなければならない。話し合いをしてまとまらない限り、一方的に実施をすることができない。  そこで私どもが受けた印象で端的に言いますと、一日ストライキをやったから教育に影響があったとしてこれを刑事事件として弾圧をした。たくさんの先生たちを検挙し、執行部を少なくとも刑事犯人としてつくり上げたい、犯人に仕上げたいというので多くの人たちを検挙したりそれから証人で呼んだりした。焦点は何人かにしぼっておりますが、そのしぼったのは恐らく北海道の教組の執行部です。ところが協約がございますから、いわゆる警察力でもって弾圧するという姿勢ができなかった。それが私ども調査した実態です。ですから、北海道でも話し合いによるほか主任制の実施、あるいは学校の先生の一部だけれども、主任制に伴って給与を特別に払うということができない。話し合いの途中で警察が入りました。私どもが行ったときの印象では、警察が入らなければ話し合いは進んだと思われます。そのことはみんな管理者が認められました。いま主任制の実施という問題をめぐって学校の先生と、あるいは教組との間に問題があるとおっしゃいましたが、文部大臣の姿勢は、あくまで話し合いで解決する、教育の問題は先生との話し合い以外にないということでした。  現場における校長と先生との関係に移りますが、話し合いで行こうという精神が必ずしも貫かれないで、政党から出なかった文部大臣の任務と使命とが貫かれないで動かされたりしているものだから、警察を入れて教育労働者といいますか、教育従事者の条件関連して協約ができているものを刑事事件として一方的に破るというのが北海道教組事件の真相だと私は見たのです。それだけに基本的に学校の先生との間で話し合いをしなければ本当の教育はできぬという点をもし本当に考えられるならば、自民党がどう言おうと、政治的な立場から教育の現場に手を突っ込むことはおやめください、あるいは警察や検察庁を使って弾圧をするがごときことは、教育の場としてはもってのほかだ、そういうことを申し上げているわけです。文部大臣は、それは自民党だけでなくてほかの政党もという話でした。少なくとも私は自分で北九州の市長をいたしました。市長としての任務は——教育委員会制度というもの、教育委員会というものが行政部門と別にできているのです。教育行政には文部大臣といえども手を突っ込むことはできぬ。教育の環境を整備することは文部大臣の大きな仕事であります。それは知事といえども、あるいは市町村長といえども私はそうだと思うのです。ところが現に行ってみると、北海道でも道知事の変化というものが微妙に教育行政の上にあらわれている。検察庁と相談をして教育行政がなされる。あるいは主任制の問題も教育問題だと考えておられるかもしれないけれども教育行政を、主任制を置く方法で、管理体制を強化する方法で北海道の教育委員会が進めようとした。これは文部省の方針だと思うのです。しかもそのために警察を使った。主任制実施反対の動きに対して警察を入れるという方法をとられたから問題が起こったと私は思います。それだけに文部大臣はしっかりしてください。教育問題に官憲の権力が入る、あるいは自民党の文教委員であろうと、そういうものは教育の中に手を突っ込まないように、政府のやる教育行政としては環境の整備、そこに中心が置かれなければならぬということを申し上げ、それについて初めから変わらぬと言うなら、文部大臣の所見を承りたいと思います。
  94. 永井道雄

    永井国務大臣 まず最初に申し上げたいことは、主任制というのは文部省が管理体制を強化しようとするものではないということであります。これは文教委員会等においても十分議論をされて、もうすでに論点は尽くされているわけでございますが、今回の主任制というのは主任を中間管理職にしない、これは従来そういう考え方があったということは私は承知しておりますが、それでは、だめであるから、主任というのは教育指導というものに当たっていく。校長や教頭は管理をするでしょうが、主任は違いますという考え方文部省が明らかにいたしたものでありますから、これは管理体制の強化のためでないということを、まず第一点として明らかにしておきたいと思います。  次に、この案は私が考えたものでありますから、自民党の文教部会と何ら関係がありません。自民党の文教部会は主任というものを考えたでしょう。しかしその中身は、私が申しているのは、そういう管理的なものであってはいけない、そうでないものを考えて省令その他において示しましたが、これは自民党の政策と何にも関係がありません。その点が他の党の方々にも御理解を願いたい点であります。そこまでが第二点でございます。  第三点でございますが、北海道の教育委員会も他の教育委員会も同じでございますが、そういう式の新しい考え方に立つ主任制でありますから、これについて十分に先生方、校長先生方等と話し合って御理解を得ながら実施するようにということを、各都道府県文部省は要望をいたしたわけでございます。北海道の教育委員会につきましては、五月から今日に至るまで教職員組合と課長が十七回、部長が十二回話し合いを重ねて、主任制の実施について話し合いに立つ努力を、制度の整備ということを心がけてきているわけでございます。私は、今日に至ってなおかつこれが文部省の管理体制であるというような考え方が、相当御説明した方々の中にもあるということをきわめて遺憾に思っておりますが、しかし新しい考えでございますからなじみが少ないので、さようなお考え方があるいは一部にまだ残っているかもしれない、これはいたし方ないと考えております。  なおまた、そういうわけで教育行政を進めてまいりましたが、警察がこのストライキに関連をいたしまして委員長を逮捕したという問題がございます。これは、五月十八日の一日ストを行った。このストの前からも、実は従来の主任制でないということは組合にも十分御説明をしているのでありますけれども、御理解をいただけずにストライキがあったということはきわめて遺憾であります。しかし、私どもの方は繰り返しなお話をしていきたいという考えで臨んでおりましたが、このストライキに関連いたしまして捜査当局の方で逮捕をされたわけでありますが、これは別に自民党と警察と文部省が結託をして文教行政を進めていくという式のものではなく、捜査当局の判断において、文部省とはもちろん関係がない、また自民党とも関係なく、このストライキについての幹部の逮捕を行われたものであるというふうに私は理解をいたしております。しかし、それも実はこういう違法なストライキというものをなくすべく私は努めてまいったのにストライキになったわけで、きわめて遺憾でございますけれども、経過は以上のようなとおりであり、繰り返して申しますと、この主任制というものの実現についてはまず基本的に文部省で初中局それから私、他の関係者が十分に考えて新しい主任制を打ち出そうといただしておる。これは政党と関係のない、独立した文教行政の方針であって、そしてそれを話し合いによって徹底せしめつつ実現をいたしていきたい。そしてまた、今日までそのような考えで進んでまいったということでございますので、その点御理解をいただきますならば幸いでございます。
  95. 吉田法晴

    吉田委員 私は文教委員の本来の人間ではありませんから、文教委員の皆さんがいまのような文部大臣の答弁を了承しておられるならば、私のような門外漢がここに来て質問する必要はないのです。しかし、私の理解をしております教育委員会制度と一般の行政を切り離したゆえんのものは、私は文教に関連をした環境を整備するのは行政の責任だと思うけれども教育の現場あるいは教育の内容に関係するようなことについて手を加えるべきではない、それが教育委員会という行政の組織を別にしたゆえんだと私は理解している。文部省考えた、永井文部大臣考えた新しい考えだから、それは管理体制の強化ではございませんと言われる。文部省考えて、そして教育委員会を通じて各教育現場に押しつけるという態度は、特にその中に警察が入るというようなことは、やはり文部省を頂点にした教育行政の強化ではなかろうかと私は思うのでお尋ねをしたわけです。それなら、たとえば教育それ自身は学校の先生にそれぞれ任せるしかありません。私は直接義務教育の現場での教育はやりませんけれども、しかし子供は扱いました。子供は扱いましたが、その子供に接することについては何人の干渉も許しませんでした。これは許すものではないのです。それから、学校に主任というか教務主任というかあるいは学級担任というか、そういうものはありましたが、それに対して教育長とかあるいは文部省とかが一定の方向を出してこうでなければならぬということをどうして言わなければならぬのですか。任せておけばいいではないですか。いままでの互選によって決まっている教育主任なりあるいは学級担任というものをのけて認めないで、なぜ主任というものを任命しなければならぬのか。もしそうでなければ、文部省から教育行政の内容について方針を出すことは、やはり新しい憲法あるいは教育基本法の前提にしたことではないと私は思います。自分は市長として、教育行政に直接タッチをしてはいかぬ、学校をつくったり教育環境を整備することが一般行政の任務だと思ってやってまいりました。その点は文部大臣とはいささか所見を異にするようですから、重ねてお尋ねをいたします。  それからもう一つ、あくまで話し合いでやってきたということですが、これは全国的に話し合いでやっていかれるならとにかく、北海道ではいまのお話のように話し合いの途中で警官が入りました。警官が入らなかったならば話し合いは進んだと思われるのに、警官が入りましたからよけいこじれた、あるいは反発をされたという経緯もございます。北海道の特殊性として就業規則が団体協約になっておる。団体協約を一方的に破るわけにいかぬから話し合いを続けてきた。だから教育長も、そのたてまえを申し上げるとやはり警察権力に入られて捜査をされ犯人をつくろうとしたことは、北海道の教育行政の中では望ましいことではありませんでしたと言わざるを得ませんでした。ですから文部省の方針として、あくまで自発的な協力を得られる話し合いを持って主任制度にしたいと言うならば、それぞれの学校の先生たちの自発性をそのまま認めるという方向でやられればいいのです。文部省で方針を決めて、主任というものはこういうものでなければならぬ、それには給料をやるのだ、こういうことにしなくたっていいではないですか。それと、現場の自主的な話し合いに任せることが私は憲法なり教育基本法の精神だと思いますが、それについてはどう考えられますか、重ねてお尋ねします。
  96. 永井道雄

    永井国務大臣 まず第一点の、教育行政というのは外的な条件整備にとどめて内容に一切立ち入るべきではないという議論がございますが、これは諸外国の例等を見ましても、非常に截然と外的条件、内的な内容というふうに分かち得るものではなく、最終的には現場の先生方創意工夫をこらして授業をされるということは当然でございますが、しかしながら国が、たとえば教科書をつくっていく過程におきましてわが国の場合には検定というような制度をとっておりますが、その検定の制度というふうなものは最高裁においても妥当であると考えられております。その理由は、やはり国民全体の教育というものを組織的に実現すべき立場にありますから、そういう教育政策を樹立していく上で、子供の利益それから社会公共の利益と関心にこたえるため、無制限ではございませんが、必要かつ相当と認められる範囲内において、教育内容についてもこれを決定する機能を有するということでございまして、私はそういう角度から文部行政というのは外的条件整備だけにとどまるものではないというふうに理解をいたしております。ただし、必要なる限度というのは非常に重要な点でございます。  そこで、今度の主任制でございますが、なぜいままであったものを制度化したかということでございますが、確かにいままであったのです。ただ、あった中で性格があいまいであったということもあります。それが一つあります。もう一つは、あいまいである中で、一つの勢いとしては、やはりこれは主任、教頭、校長というルートの管理的体系ではないか、こういう考え方を持たれた方が、政治の局面に携わられる方々の中で非常に多かったように思います。これは与党野党を通して多く、一方はだから強化した方がいい、他方はだからそうでない方がいいということで、ただ認識において主任をそのような形でとらえられた。しかし、実態を見ますと、主任というのはそうでないのです。そうでなくて、教育指導をやっているわけでありますから、私はあいまいな点がありますし、いまのようにとらえられるおそれがございますから、その実態というものを反映してこの段階において制度化しておくということが教育の内容を充実する上で妥当である、かように考えて行ったわけでありまして、これも現場で動いている中の非常に重要な部面を取り上げて、いわばそれに呼応する形の制度化が行われたわけでありまして、私の頭の中であるものを考えて、突然天から降ってわいたようにこれをおろしたという式のものではなく、相当長期間にわたる調査あるいは意見の聴取等を行った上での手続であったということを御理解いただきたいと思います。  なお次に、しかし警察が入ってきたことによってせっかく北海道で進んでいた話がだめになったではないかというお話でございますが、これは捜査当局の判断によるものでありまして、私のかかわっている点でございませんので、この点については捜査当局の御判断がどのようなものであったかということにかかわってくる問題であると理解いたしております。
  97. 吉田法晴

    吉田委員 時間がありませんから、抽象的な議論をしていってもこれは時間の空費になりますから、最後に具体的な例を挙げてお尋ねをします。  それは、具体的な例としては不幸な例でありますが、これは私の郷里の周辺で起こった問題であります。一月の六日、福岡県宗像郡福間町若木団地という中で、中学三年生の男の子、これはおばあちゃん子で、おばあちゃんにねだれば何でも買ってもらえる。中学生で背広をつくってもらった。私は大学に入ったならばわが子にも背広をつくってやりました。しかし、中学生で私は背広が必要だとは思いませんが、背広を買ってやったところが、その中学三年の子供が背広を着て福岡にポルノ映画を見に行った。ポルノ映画で刺激されて欲情抑えがたくでしょう、その帰りにOLを襲いました。これは、そのとき宿直の警察の少年係の巡査部長の娘さんです。それが強姦で、しかも殺された。それが一月です。それから二カ月たって、同じ団地のこれは外れであります。若い婦人、これは娘さんではなくて奥さんです。奥さんが同じように強姦をされて殺人をされました。  そこで、私の周辺を見渡して思うことですが、私は家族が保育所をやっているのです。私はその保育園の理事長をしているのです。県会議員のときから、私がつくりましたものは六人の子供とその保育所だけですが、その保育所子供は六十人で発足をしていま九十人になっておりますが、保育所の預かっております子供は保育に限る子供を預かるのですから、親が共働きであったり、あるいは病気をしたり、あるいはお母さんがいなかったり、あるいはお父さんがいなかったり、とにかく母親の保育、家庭状況が悪い子供を預かっている。中には生活保護を受けておられる方もあります。ところが、その保育所に預かる園児の大部分が保育所の前まで車で運ばれてくるわけです。車で運ばれてきて、そして子供をしかることがないというように見受けるのです。したがって、子供がけがしますと、保育所をつくった戦後間もなくは、うちの子供は悪そうだからけがをして先生に心配をかけましたと言っている。最近は逆です。先生がついておって子供がけがするとは何事ですかというおしかりをいただきます。  問題は、小さい子供に対して母親がしかることが最近はないようです。もう一つ先生もしかることがない。先生がしかったり、あるいは場合によってはむちを当てたりしますと大問題になりますから、先生もしからなくなったのではないかと思われるのです。いわば教育に熱心で、どうしてもこれらの一人一人の子供の才能を引き出して教育しなければならぬという熱情が私は最近は減っているような気がします。それはなぜか。さっきから議論をいたしますけれども文部大臣教育方針、教育の現場に手を突っ込んで、主任というものはこうでなければならぬ、先生というものはこうでなければならぬということを文部省考えられるところに、私は現場の先生が自信を失うゆえんがあると思います。  まだたくさんありますけれども、具体的な例は二つにとどめますが、ごく最近、鹿児島でも小さい子供、十何歳かの子供が、これは予備校生ですが、強姦殺人をいたしました。教育の現場の荒廃、あるいは先生が、お母さんがしからなくなった。私はお母さんたちに言うのですが、外国人は頭はたたきませんけれども、しりはたたきますよ、小さいときから善悪の考えを植えつけることができないで何の教育があろうか、こう申しておるところでありますが、それらの点については御異存はないと思いますけれども、私は責任は文部大臣にあると思います。これは何と言われようとも文部大臣の責任だと思うのですが、そういう点から言うと、教育の現場では先生と相談をしながらやっていく教育先生が責任を持って子供能力を引き出し得る先生になるように、文部省は要らぬことはやめるべきだと思うのですが、重ねて文部大臣の所信を最後にお尋ねいたします。
  98. 永井道雄

    永井国務大臣 文部省といたしましては、現場の教育上多々問題がございますが、たとえば現在非常な受験競争がございまして、そのことのために現場の先生方が試験準備以外の教育に力を注ぎにくいという事情もございますので、こうした事柄というものを除去することに相当の力を注いでおります。そういう意味合いで、たとえば現在の受験競争の激化を、全くこれは教育内容のことであるから放置しておくというようなことでは私は文部省として妥当でないと考えますから、たとえば教育課程審議会におきましても新しい課程をお考えいただき、これについては日教組の研究集会の中心である梅根教授にもおいでいただいて御意見も承り、梅根教授に、御批判の点もございますが、大局的には御賛成をいただいているというのが実情でございますので、その点御報告申し上げておきたいと思います。  なお、いま御指摘がございました強姦であるとかわいせつであるというような事柄が学校に起こりますのはまことに遺憾なことでありまして、こうしたことが起こりませんように私ども文部大臣も十分に努力をいたさなければならないという御指摘についてはまことにそのとおりと思います。  ただ、ここで同時に、わが国教育のために一言つけ加えさせていただきたいことでございますが、これはお母様方の御努力もありましょうし、また現場の先生方の御努力もあると思いますが、わが国は諸外国と違いまして強姦、わいせつともに、四十九年から五十年にかけまして一カ年の統計をとりますと、これが減少している少数の国であります。中学校段階だけに一・五%の増はございますが、小中高を通して見ますと、強姦についてはこの一カ年間に六・三%の減がある。これは私は現場の先生方や御両親の大変な御努力によるものと考えて深く感謝をいたしている次第でございます。わいせつ行為も同様でございます。しかし、それが絶滅されることが望ましいわけでございますから、たとえわが国の現状が諸外国より満足すべきものであるにせよ、なおよりよい状況を目指して、私どもとして現場と手を携えながら努力をいたしていくというふうにいたすべきであると考えております。
  99. 吉田法晴

    吉田委員 時間が参りましたので、これで終わります。     〔木島委員長代理退席、委員長着席〕
  100. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 中村重光君。
  101. 中村重光

    中村(重)委員 時間の関係がありますらか率直に大臣にお尋ねをいたしますが、主任制度に関連をいたしまして発生した長崎県対馬美津島町の今里中学校で行われた教職員組合と校長との交渉が刑事処分や行政処分の事件へと発展をしたわけです。いわゆるこの対馬事件について県教育委員会から報告も来ておりましょうし、また主任制度の問題と関連をいたしまして、一番最初に発生をいたしましたそうした事件であるわけでありますから、文部省も重大な関心を持ってこれに対する調査、また対処の方法等いろいろと講じられたと思うのでありますが、そのことについて把握しておられる内容についてお答えをいただきたいと思います。
  102. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 ことしの三月の十九日の夕方の四時ごろから翌二十日の朝八時ごろまでの間、長崎県教組対馬支部長ほか組合員の先生方が今里中学校へ参りまして、校長室で沢田校長に対しまして、三月十三日にPTAの会合があった。このPTAの会合というのは、PTAの幹部の方が地区の校長さん等を呼んで主任制について意見を聞いたというふうに聞いておりますが、その沢田校長の発言が不当であるということで抗議をしたのでありますが、それがいま申しましたように翌朝の八時ごろまでという長時間にわたったわけであります。  そこで長崎県警では、沢田校長を不法監禁したというので、四月十二日に関係者四名を逮捕したわけであります。その後さらに四名の方を書類送検しましたから、結局八名の方が送検されたわけでありますが、この八名のうち五名の方を六月三十日に監禁罪及び強要未遂罪で起訴しました。残りの三名を起訴猶予処分ということにしたわけであります。  そこで県教委としましては、四月二十四日から二十八日にかけまして現地へ参りまして、関係者からいろいろ事情聴取するなど調査いたしたわけであります。  そこで、この調査の結果、これらの職員に対して行政上どういう処分をするかということが教育委員会として一つの仕事になるわけでありますが、いま申しましたように、本件につきましては、警察の方の処分が決まりましたのが六月三十日でありますが、それに先立ちまして、県教育委員会では独自の調査の結果、その事実関係を確認いたしまして、五月十四日付で四名を、さらに五月二十七日付で残りの四名をそれぞれ停職三カ月という行政処分にした、こういうようなことになっておるわけでございます。
  103. 中村重光

    中村(重)委員 私が調査をしております点も、経過としてはそう違わないと思っております。  問題は、その交渉を行った組合員のうちに阿比留義見教諭外七教諭が、いまお答えがありました五十一年六月三十日、監禁罪及び強要未遂罪で逮捕され、起訴された。この逮捕や起訴というものが不当であったとお考えになっていないかどうか。  時間の関係からあわせて見解をお尋ねするのですが、その起訴に先立って行政処分がなされたということは、なおさらこれは不当であるというような見解の上に立っておられるのかどうか、その点、いかがです。
  104. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 前段の関係者を逮捕したという点につきましては、これは警察が独自の立場において捜査し、調査をして決定し、なさったことでありますから、われわれとしてこれについて申し上げる立場にはないと思います。  ところで、後段の警察の刑事処分の決定される以前に行政処分があったというそのことについてどう考えるかというお話でございますが、これは本来の制度のたてまえは、行政処分と刑事処分は別個の問題でございます。したがいまして、それぞれどの時点で行うかということはそれぞれの責任者が判断して行うことでありましょう。  そこで、こういうふうに行政処分が先に行われます場合もありますし、また、刑事処分の様子を見ながら、刑事処分として明らかになった場合に、そこで行政処分をするということもあるわけでございます。要するに行政処分をいつするかということは、いま申しましたように、その事実関係が明確になり、行政機関として独自の立場で、これは処分に値するという判断が明確になれば、それは刑事処分と切り離して、その時点において処分権者の判断でするということはあり得ることであります。  特にといいますか、一般にそういう行政処分をする場合には、処分の具体的内容を文書に明示して、その被処分者である相手がいつ幾日どこでどういうことをした、これは法令の何条の規定に照らしてこういうことになるのでこれこれの処分をするのであるということを明白にするわけでございますから、その行政処分をいつにするかということは処分権者の判断に任せてよろしいというふうに考えておるわけでございます。
  105. 中村重光

    中村(重)委員 長崎県教委の行政処分は、いま局長がお答えになったようなことで処分がなされたのではない。問題は、逮捕されそれから送検された、そのことが新聞とかテレビに報道された、これが地公法三十三条の信用失墜の行為である、こういうことで懲戒処分が行われたという点が私が一番重視しているところです。いまあなたは事件の内容が的確につかまれる、いわゆる明確になって処分が行われるのだというお答えだったわけですが、事実関係の調査はなされていなかったのではないか。逮捕の際におきましても、警察は校長であるとか、あるいはPTA、これは全部ではなくて一部のようでありますけれども、そうしたどちらかといいますと県教委の側、処分しようとする県教委の側に有利な証言をするような人たちの意見、あるいは事情は聞いた。だがしかし、被疑者として逮捕された教諭と申しますか、組合員の事実調査は行われていなかった。したがって、いま局長がお答えになった事実関係が明確になった、だから行政処分をやったのだということには私はなっていないと思う。その点はどうお考えになります。
  106. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 先ほどもお話し申しましたように、私どもの調べかつ報告を受けましたところでは、四月二十四日に人事管理官外二名を現地に派遣、四月二十八日まで調査ということでございまして、御指摘のようにこの問題がテレビ等で放映されてそういうことも処分の理由になっておるのではないかというふうにとれる御発言もございましたけれども、そういう風聞、うわさのたぐいで処分をするということであれば、これはもちろん許せないところでありましょうけれども、先ほども申しましたように、私どもが報告を受けました本人に渡した処分事由説明書は、処分権者として当然に事実関係を調べて、処分の内容、事由はこれこれであるということを、日時、相手、場所その他を詳細に記述してございまして、そういうことであるからこれは地方公務員法の規定に反するのだ、こういうふうになっておるわけでありまして、これを見ますると、私ども教育委員会としては十分に事実関係を自分でつかんで、それをもとにして判断したと考えられるわけでございます。
  107. 中村重光

    中村(重)委員 私は逮捕されたニュースを車の中で聞いた。そこですぐ長崎の県警に行って警備部長に会ったわけですよ。それで逮捕するに当たっては逮捕された組合員の人たち、警察からいえば被疑者、そういった人たちについての調査はやったのかと聞いたら、ところが事情聴取はいたしておりません、こう言っている。ましてや県教委に至ってはなおさらです。何かそのこと自体は問題があるのだけれども、警察に押収されたテープを聞いて、それをもとにして処分をやったのだという言い方なのです。実は当委員会理事をしている木島喜兵衛議員を団長にして私どもは現地に行って調査をしている。私は地元ですから、県警にもあるいは教育長のところにも検察庁にも数回にわたって行きましていろいろ事情を聞いている。だからあなたよりも私の方が事情は詳しいわけです。ところが、私が調査した限りにおいてはこれはきわめて不当不法であるというような考え方の上に立っているからあなたに対していまお尋ねをしているわけです。  それから、その処分の理由として、これが全部ではないのだけれども、「児童・生徒や保護者の教師に対する信頼を著しく喪失させたもので、地方公務員法第三十三条に該当し、」云々というようなことになっているのだけれども、児童生徒や保護者の教師に対する信頼を著しく喪失させたというこの認定はどうして行ったのかということについて伺ってみたいと思います。
  108. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 本人に対する調査をしたかどうかという点につきましては、私どもの受けております報告では、県教委は四月二十四日から二十八日にかけて現地に赴き、町教委、PTA関係者、取り調べを受けた教職員を面接するなどの調査を行ったということで、本人に会っておるというふうに報告を受けておるわけでございます。  それから、ただいま「教職員としての信用を傷つけ教職員全体の名誉を失墜させたものである」ということは一体何を指すのかということでありますが、これは処分の内容を読みますと、文脈としては、これこれこういう事実があり、そのような行為によって警察当局に「監禁罪及び強要未遂罪の容疑で逮捕されるとともに、」云々で、「身柄を勾留された。」そういうような一連の事実がこの信用を傷つけた、こういうふうに処分権者として判断をしておるということのようでございます。
  109. 中村重光

    中村(重)委員 それは逮捕されたとか勾留されたという事実関係というものはある。後で私は触れるのだけれども、逮捕、送検、勾留されたということがテレビとか新聞に報道された。しかし行政処分の内容を見てみると先ほど私が申し上げたようなことが書いてあるわけだから、これは逮捕された本人にとっては人権問題だから、生活自体に至っても大きな脅威ということになる。したがって、児童生徒あるいは保護者の教師に対する信頼を著しく喪失させたのだ、これは信用失墜の行為だから、これは私は柱になっていると思う。だから、そうした処分の理由となっていることについて、それをどうして認定をしたのかということについては当然明らかにしてもらわなければいけないと思う。その点を、いまのお答えでは不十分であったから、もう一度お聞かせをいただきたい。
  110. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 事実関係は、その日時、場所、相手等を明白にして、校長先生を十五時間余にわたって閉じ込めたとこの処分の内容では断定をしておるわけでありますから、そういう事実を教育委員会としては確認したわけでございます。そしてそれに対して警察の方は監禁罪、強要未遂罪の容疑で逮捕されたというのであって、警察としてそれが最終的に監禁罪、強要未遂罪が成立するかどうかということは今後の問題でございましょう。そこで行政処分の判断としては、本人その他関係者から聞いた事実関係というものは、事実があったというふうに判断し、そしてそれをもとにして警察からこれこれの疑いで逮捕された、それらの一連のことを目して処分の理由にしておる、こういうことだと思います。
  111. 中村重光

    中村(重)委員 処分は観念的であってはならぬと私は思うのですよ。  これは大臣からお答えをいただきたいのだけれども、児童生徒、保護者の教師に対する信頼を著しく喪失させた、だから地公法三十三条によって信用失墜行為として処分したとあるのだから、それは、信用を失墜させた教師や児童生徒、あるいは父兄に対して、信頼を著しく喪失させたのだという、事実そうだということの調査をした上で処分をするのでないと、処分された人は先ほど申し上げたように生活問題、人権問題でこれは重大な問題だから、そのことだけははっきりさせてほしいわけだ。
  112. 永井道雄

    永井国務大臣 先ほど来初中局長が申し上げておりますように、県教委は現地に赴いたわけでございます。これは四月の末でございます。そして町の教育委員会、PTAの関係者、また、取り調べを受けた教職員を面接するというような調査を行ったわけでございまして、観念の上で児童生徒の信頼を失うということを事実と無関係で判断をしたということではなく、かような事実の調査に基づき一定の判断を下し、処分を行ったということと私は理解をいたしております。
  113. 中村重光

    中村(重)委員 私の調査した限りにおいては、処分をした人はそうした処分をしようという考え方の上に立ってこの問題に取り組んできているとぼくは判断しているのだけれども、そうすると、そういうような人たちだけに対して意見を聞いてやる、そうして、著しく信用を失墜したというようなきめつけ方をしたのではないかと思われるわけです。私がこの点をくどく申し上げるのは、処分が間違っておる、そういうことをしてはならない、処分の理由として挙げていることは正しくないのだと考えている父兄であるとか、あるいは処分をされた先生に対する信頼を強く持っておる人たちがいることは事実だから、具体的にあらわれてきていることは、懲戒処分で停職となった先生の処分を取り消して、早く学校に戻して児童生徒の教育に当たらせてもらいたいという運動が自然発生的に起こっているというこの事実。しかも具体的には嘆願というものを署名でもって相当数集めておられる。われわれが調査に行ったときも、これは私自身が厳原町の久田小、中学校に行ってその父兄の方々と会ったわけだ。どうも納得いきません。私どもは私どもなりに、狭い対馬という地域でございますから、いろいろ調査をいたしました。警察のやり方、なかんずく教育委員会のやり方というものはこれは間違っておると思います、どうかひとつ阿比留義見先生その他の先生方を学校に早く戻してほしいのだ、りっぱな先生です、こう言って、調査に行った私も嘆願を受けるといったようなことがあったわけです。これらの事実の上に立って私は申し上げているのであって、決して観念的に言っているのではない。だから、逮捕され、送検され、勾留され、それが新聞やテレビに報道されて、しかもその新聞やテレビの報道の中には暴行を加えたということが報道されているが、事実調査したならば、暴行というものがなされていなかったということはわかっているはずなのだ、これは起訴理由の中にも暴行というものは入っていないのだから。そのように間違った報道というものがなされている。その報道が行われたからといって懲戒処分をするというようなことになってくると、重大な誤りを犯した、こういうふうに私は考える。だから、具体的な事実として私が申し上げている、そうした父母であるとかの早く学校に帰してほしいという嘆願、間違っておるという指摘、そして先生に対するところの信頼と愛情、そういうものを持って生徒は一日も早く帰ってほしいと願っておる、これらの事実をどう御調査になったのか、どうお考えになるか。少なくとも私は、永井文部大臣に対しましては深い敬意を表しておる一人であるわけでありますが、この間も大臣と山中吾郎委員との間の質疑を私は聞いておりまして、改めて文部大臣に対して、非常に傾聴に値する質疑応答であったと考えて深い敬意を表したわけでありまして、私のこの指摘に対して大臣はどうお考えになるのか、この処分というのは、本当にいま局長が答えられたように事実関係を十分調査をして、その上に立って処分をしたとお考えになっておるかどうかという点を、ひとつ大臣からお答えをいただきたい。
  114. 永井道雄

    永井国務大臣 先生がいろいろ事実関係をお調べになった。そこで、その事実関係をお調べになった上での御発言というものを私は尊重するものでございますが、しかし、先ほど申し上げましたように、県教委の方も調べるに当たりまして、まず処分をしようということを決めてから処分をする上で都合がいい事実を集めたというのではないように思うのでございます。そうではなくて、やはり処分をすべきかすべきでないかということのために事実調査を行って、そうして事実調査を行った上で処分を決定したということでございます。われわれとしては、県教委というものが当該地域の教育行政の責任を持って判断をするわけでございますから、県教委がそうした判断を行えば、しかも事実調査に基づく判断を行うという場合には、それが適切な処置であると考えるわけでございます。
  115. 中村重光

    中村(重)委員 私が調査をしたこととは事実が大分相違するのだけれども、時間の関係もありますから、またいまの点は改めてお尋ねすることにいたしますが、局長からお答えをいただきたいのだけれども、この処分で、自民党から文部省に対して行政処分をやれと非常に強く迫られた事実がありますか。
  116. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 自民党の国会議員の先生調査に行かれたことは聞いておりますけれども、それをどういうふうに調査なさったか等につきましては一切聞いておりません。
  117. 中村重光

    中村(重)委員 「聞いております」というのではなくて、それであなたの方に対して、この対馬事件というのは刑事処分だけではなくて行政処分をせよ、そう強く迫られた事実がありますかということをあなたに尋ねておる。
  118. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 そういう事実はございません。
  119. 中村重光

    中村(重)委員 私はどうも名前を出しては言いたくないのだけれども申し上げざるを得ないのですが、倉成代議士は、四月三十日付の東京荻窪局の消し印のあるはがきを出している。私もそのはがきは読んだ。私から現地の模様、父兄の心境を説明し、刑事処分とは別に文部当局の行政処分を至急行うこと、並びに四児童の学力低下の配慮を強く要望した、こういうことで、わざわざ相当数のはがきを出しているのですね。強く追ったというのです。これは選挙区向けに事実に反するはがきを出したということに実はなるので、大変問題だと思いますが、この点はこれ以上は申し上げません、私はできるだけ役所に対して質疑をしていきたいと思っていますから。しかし、こういういまのお答えとは全く違うような連絡がなされたということは不可解だなというように考えますが、これ以上あなたの方にこのことを申し上げることは筋違いですから、ただ事実だけを確かめておく、こういうことです。  それから、これはまた前の質問に戻るのだけれども、起訴をされたからといって有罪になるとは限らないですね。判決が確定するまで無罪の推定を受けるということが刑法上の大原則だというように私は考える。ましてや行政処分ということは、これは生活権の問題もあるのだし、教諭として停職三カ月などという大変重い処分を受けるということになってくると、生活の問題だけではなくて名誉の問題にもなるわけだから、これは明らかに行き過ぎであったというふうに私は思うのですが、局長、いかがですか。
  120. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 刑事事件に関連してどうも適当でない、しかし事実関係がはっきりしないというような場合に、本人が起訴をされたその段階では一応分限休職にする、そしてさらに取り調べあるいは裁判の進行状況を見て懲戒処分をするというような行政処分のやり方もございます。しかしながら必ずそうでなければならないということではないので、先ほども申し上げましたように、行政処分と刑事処分はそれぞれ別個のたてまえをもって行われるものでありますから、行政側におきまして独自の調査をし、そして事実関係を確認して、これはやはり処分に値するという判断に到達すれば、刑事処分がどういう段階にあろうとそれは処分することがあり得るというふうに私は考えるわけであります。
  121. 中村重光

    中村(重)委員 それはいろいろなケースがあるかもしれない。私は具体的なことについてお尋ねをするのだけれども、長崎のような処分のあり方、起訴も行われていない、具体的な事実の調査も行われていないということに対しては、あなたの方は調査はしておりますとこう言うのだからそれはすれ違いになるのだけれども、起訴をされてもいないのにあわてて行政処分を行ったということは不当であるというふうに私は考えているのだけれども、こういうケースがほかに幾つもありますか。
  122. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 いま具体的にいつ幾日のどの事件がそうだというふうにはお答えできませんけれども文部省の地方課で受けますところの地方関係の処分あるいは国立学校関係の処分等につきましても、比較的事実関係のはっきりしておるもの、たとえば交通事故を起こしたというような場合に、刑事処分とは別に行政処分の方を先に行っているという例はあるように記憶いたしております。
  123. 中村重光

    中村(重)委員 交通事故というのは現実に交通事故を起こしたというのが現象としてあらわれているのだから、それはもう議論の余地はないわけだ。スピード違反、あるいは交通事故を起こして車でもって人を傷つける、いわゆる人身事故を起こすということがいまあなたの言われたような場合だから、これは歩行者にある程度の責任があったという場合でも運転者の方が重い処分を受けるということになっているのだから、もう具体的にそういう事実があらわれてくるのだから、それはいまお答えのような場合があるだろうと私は思う。しかしこの対馬事件のような場合に、起訴が行われていなかったのに行政処分をやったというそのこと自体不当である。恐らくこういう事件というものはほかになかったのではないか。あわててこういうことをやったということは他に意図があったのではないのか。もっと端的に私をして言わせてもらうならば、私は、主任制度に対するところの先制攻撃であるという受けとめ方をしているのです。ともかくこの主任制の問題について警察が非常な関心を持っておった。今里中学校事件というものはねらわれた事件であるというふうに私は考えている。一月段階において厳原町の小学校でPTAの幹部の会合があった。その際に警察が行って、主任制度のことについて話はなかったかといってわざわざ聞き込み調査をやっているという事実があるのですよ、大臣。この事実を考えてみると、警察が主任制度という問題について異常なほど関心を払っている。そしてわざわざ聞き込み調査をする。そしてその後三月段階において今里中学校のこの事件というものが起こった。だから、主任制度に対する反対を抑えていこう、そして対馬というきわめて不便なところ、反対運動が非常に起こりにくいようなところを特に選んだのだ、私はそう受けとめている。そうしか考えられない。行政処分も交通事故のような場合はありますと言われる。そうしてみると、対馬の事件のような場合に刑事事件としても確定をしていないのに行政処分をやったということは、明らかにほかに意図があったのだというふうにしか考えられない。私が指摘しているような点は、これは事実ではないか、単なる推測ではないのではないか、こう私は考えるのですが、この点は大臣いかがですか。
  124. 永井道雄

    永井国務大臣 ただいまの先生のいろいろの状況判断というものは、よく承りまして私はそれなりに理解をいたしました。しかし、この処分が行われましたのは、やはり事実関係が重要でございますので、事実に基づいて判断が行われ、そして処分があった、かように理解をいたしております。
  125. 中村重光

    中村(重)委員 事実関係についてはこれから触れますが、私が特に関心を払っているというか、不可解に思っているのは、先ほど局長から事実関係についての説明がなされた中で、起訴された者と起訴猶予になった者があるのだね。起訴猶予にはなったけれども、三カ月なら三カ月という行政処分は取り消しをしなかった。起訴された者は起訴されたというゆえをもって行政処分、こういう形がそのまま続いている。いわゆる自動的に休職という扱いは受けている。だから起訴猶予になった者は、三カ月たったところで学校には戻したのだけれども、起訴猶予になった段階でその行政処分を取り消すというような措置が当然講じられなければならなかった。にもかかわらずこれをやらなかったということについては、これは起訴すること、いわゆる行政処分をやること自体を目的としたものだというような受けとめ方を私はしているのだけれども、この点はどのように判断なさいますか。
  126. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 行政処分をした当事者がそれをどう判断をしたかということでございますけれども、恐らく不起訴ではなくて起訴猶予であるというので、何か事実はあったのだというふうに警察も判断しているだろうということを行政の処分をした側でも、つまり教育委員会でも考えて、その行政処分をそのままにしておくというふうに考えたの、だろうと思います。
  127. 中村重光

    中村(重)委員 逮捕し、勾留した。ところがその勾留をしたということが間違いであったということになる。そしてそれを取り消しをしなければならなかった。続いて勾留をするということについて裁判所は却下した。これらの事実から考えてみれば、逮捕したり勾留したりするということ自体は、これは適当ではなかったという地裁の判断というものがなされている。この事犯はそういう事犯ですよ。それを行政処分をやったり、そうして起訴猶予になった者に対して行政処分を取り消さなかったというようなことはまことにけしからぬ態度であるということを私は指摘しなければならないのです。  それから事実関係でも、監禁であったとかあるいは強要未遂であったとか、どうしてこれが監禁であるとか強要未遂だということになるのですか。これは警察がやったのですということでは片づけられませんよ、大臣。すなわち行政処分というのはそういう事実関係に基づいて行政処分をしたというのだから、警察がやったのだったらこれはもうそれに従うのだ。行政処分というものはやはり一つの処分なのだ。それならば県教委としても、指導、助言をする立場にあるところの文部省もその事実関係を十分調査しなければならない。だれかを派遣して調査をした、こう言っている。調査した結果、これが監禁であったとか強要未遂であったということが言えますか。ただ長時間、十五時間という時間に及んだ、こういうのだけれども、長時間交渉が行われたというだけであって、正当な交渉であったことに間違いないのですよ。ある日突然やってきたなどということを言っている。対馬には対馬の一つの慣習というものがあるのです。団体交渉というものはほとんどその日に行ってやっている。この十九日の段階も校長と話し合いをして、どのくらい時間がかかりますか、いや、あなたが確認をしてくれれば簡単に終わります、こういうことで話は始まったのです。交渉は始められたのです。朝までだというのだけれども、私は検事正とも会ったけれども、十二時過ぎごろ以降は何も行われていない。したがってテープにも何も入っていないです。その職員が、組合員が校長室にずっと夜中にいたのではないのです。職員室に下がった。沢田校長は黙っていすに座り込んだ。そして夜中に校長から音もさたもないものだから、校長先生、休んでいるのですか、眠っているのですかとこう腕をたたいた。こういうことで、校長に確認をしてもらうか、もらわないかということの問題だから、そういうようなことが行われている。しかもお茶は出す。それから食べ物は出す。校長に外からPTAの会長から何回も電話がかかってきた。電話は職員室にある。立っていって校長は電話に三回も出ているのです。しかも出口は二つある。私はつい一カ月ばかり前、私の娘婿と沢田校長は実は同級生なので、校長室に行って、沢田先生、問題の部屋はここですな、そうですよ。入口は、職員室に通ずる入口と運動場に出られる入口と二つある。だから、何も職員がかん詰めにしておったのではないのだから、校長は帰ろうと思えば運動場の方から帰れた。現に朝になってまたPTA会長から電話がかかってきて、その電話に出て、そのまま朝帰っている。先生たちがおったけれども、とめるも何もしていない。のけと言ってそのまま帰ってしまった。これが監禁であるとか強要未遂と言えますか。おかしいのですよ。この事件というのはでっち上げなのですよ。そして申し上げたように、十二時過ぎぐらいで話は終わった。終わったというのではなくて、確認するかせぬかという問題だけが残っておった。確認すれば終わった。現に同じようなことで早田校長のところに行っては、二時間ぐらいで終わっていますよ。早田校長は十三日の単位PTA会長の会議の内容をすぐ確認したから二時間で終わった。沢田校長はみずから主宰者みたいな立場でありながら、さあ秘密会議だ、そんなものは、そういうことで黙ってしまって、座り込んでしまって、何も言わないものだから時間が延びたというだけの話。そして帰ろうと思えば帰れた。現に朝になって帰った。こういう事実関係を調査をした上で、処分をぜひどうしてもしなければならぬというのであれば処分をするという態度に出なければ、警察がこれをやったから、検察庁がこうしたから——しかもまことにけしからぬやり方であるけれども、その前にやっている。こういう処分のあり方というものは、処分のための処分をやった。私が先ほど指摘しましたように、別の意図があった、主任制度反対の勢力を粉砕をする、組合の弱体化をねらおうとする、そういうような意図があったということを指摘されても私は抗弁の余地はないというふうに考えるのですよ。これら事実関係を私ほどお調べになったのではないだろう。私どもは木島団長を中心にして五名行きました。自分たちに都合のいいような事情を聞かしてくれる者だけの意見を聞いたのではありません。沢田校長にも会いました。木島委員が直接会った。それで早田校長に会う。それから登校拒否をやったというところのPTAの人たちにも会う。それから早く学校に返してくださいと嘆願をする父母の人たちとも会う。警察にも行く。検察庁にも行く。すべての人たちからいろいろと事情を聴取するといったような非常に真剣なまじめな調査のやり方を私どもはやりましたよ。そういうことはおやりにならないで、勝手に、人の生活を脅かすような、名誉を傷つけるようなそういう処分のやり方をやったということはまことにけしからぬやり方であるということを私は指摘したいのだけれども、その点についてどうお考えになりますか。事実関係を申し上げましたから、その事実関係に基づいてお答えをしていただきたい。
  128. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 事実関係についての考え方の前にもう一度先ほどの起訴猶予という点について申し上げますと、それはあくまでも起訴を猶予するのであって、不起訴ではないということだろうと思うのであります。  ところで、いまの事実関係ですけれども、確かに先生が御調査になった点、詳細にお調べになられたと思いますけれども教育委員会教育委員会として十分に調査をしたというふうに聞いておるわけでありまして、それによりますと、校長室で校長先生と話し合いをしたといいますか、その関係のところは、もちろん警察が言うように監禁とか強要未遂とかいう言葉を使っているのではないので、ただしかし、それかといって、先生がおっしゃるように、出ようと思えば出られたというような状況ではないようでありまして、午前八時十分ごろまでの間十五時間余にわたって校長の意思に反して校長室に閉じ込めた、こういう処分の内容になっておりますから、つまり出たいと言っても出させないといいますか、意思に反して長時間にわたって閉じ込めたというふうな調査の結果の判断を示しておるわけでございます。その判断によってこういう処分をしたのだろうというふうに思うわけでございます。
  129. 中村重光

    中村(重)委員 それはこれから公判闘争が行われるから、事実関係は明らかになっていくであろうと思うのだけれども、私は、行政処分というものは別個の処分だから、それを問題にしているから、その事実関係について実は申し上げているわけです。あなたがいまお答えになったようなこととは違う。少なくとも現地の調査というようなものを、人の生活を断つようなそういう処分のやり方、ましてや教育に関係する問題ですよ。もっと真剣におやりにならなければだめです。教育長自身も、自分で警察に押収されているテープを聞いたと言うのだけれども教育長自身が聞いてないのですよ。校長が三人おって聞いているんだ。その聞いた校長の感想でもって処分しているのですよ。こういうでたらめなやり方をやっている。だからもっと権威のある指導、助言を文部省はやってもらいたい。教育に対する信頼というものがますます失われてくるということを私は心配をするのです。  もう一つ重要な点に触れたいのだけれども、十九日のそういう事件というものは必ず原因がなければならぬのです。人とけんかをするときにも必ず相手があるのだから、一人でやるわけではないのだから、必ず原因がある。この十九日のそういった事件が発生をする原因は何ですか。
  130. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 その点につきましては、私どもが聞いておりますところでは町のPTAの幹部の方々のところに組合の人が来て、いま主任制の問題が起こっておるけれども、自分らはこれに反対である、よってPTAでもこの問題を十分考えてくれというような要請があり、PTAとしては、それでは校長さんに意見を聞いてみようということで、問題の校長さんほか二、三名を呼んで話をした。その話というのは内々の話で外へ漏らすような話ではないということで、皆さんざっくばらんにお話をした。ところがその翌日ですか、翌々日ですか、その内容が漏れた。そこで組合の委員長等が校長さんのところへ行って、校長の言うことはどうも不当労働行為になるような発言だ、そういうことを言ったのかということで確認を求めた。これに対して校長は、それは私的な集まりにおける内々の話であるからそういうことを確認することはできないということで、そこで押し問答になったというふうに私は聞いておるわけでございます。
  131. 中村重光

    中村(重)委員 秘密会であるとかなんとかということを言ったらしい。ところが、三校長の中で早田校長は、その日にあったことを具体的に説明をしてそれを確認をする、そういうやり方をやっている。沢田校長だけは、いまあなたがお答えになったようなことでその確認書に判こを押そうとしなかった、かといってこれを否定もしなかった、それで時間が延びた、こういう形になっている。この十三日が私は原因だということを申し上げたいのだけれども、教職員組合の方は校長会に対して、主任制度の問題についてはどうも適当ではない、だからこれはやめてもらいたいという要望書が提出されている。だから、それを中心にしてその日の会合というものはなさるべきであった。にもかかわらず、十三日の単位PTAの会議において沢田校長を中心にして進められたものは、教職員から出ているところの要望というものとは全く逆の話し合いがなされた。これが問題なのです。大臣も局長もお聞きいただきたいのだけれども、美津島の校長会は教育長に対して、主任制度は慎重にやってもらわなければ困る、主任に手当を支給することについては疑問がある等々、いろいろなことを要望書を出しているのです。その校長会に出席している沢田校長ほかの校長なのですよ。教育長に要望書を出したところの一人ですよ。この沢田校長ほか二名の校長が入ってそういう単位のPTAの会議がなされている。そこで主任制度をどう粉砕するかという戦術会議がなされている。逆なんです。校長会の決定、要望に全く反するやり方、違法なやり方です。これも確認しようとした。それから、女の先生はいま生理休暇があってしようがない、昔はこういうことがなかった、こういうことも非難が出てきた。それから組合活動をやる先生は人事異動の際に町外に異動させろ、こういうこともなされた。私は議事録の写しを入手しているのだから……。これを見ると、主任制度反対の、これを粉砕する戦術会議になっているのだから、まことにけしからぬやり方だと思う。  以上申し上げたことは不当労働行為であるということが一点。それからストライキがある日は登校拒否をしようという申し合わせをした事実がある。だからこの不当労働行為的な話し合いについて大臣はどうお考えになるかという点と、このストライキがある日は登校拒否をしようという申し合わせが行われたということについて、これは釈迦に説法なのだけれども、学校教育法二十二条は、保護者に子供を就学させる義務というものを課してある。これに違反すると罰金というものがつく。にもかかわらず、学校におけるところの最高責任者である沢田校長が、そういう登校拒否をやることをあおるというような行為というようなものは、教育者にあるまじき行為である。むしろ学校の先生方を行政処分とか刑事処分とかいうようなことの前にあえてこういう違法、不当なやり方をしているところの沢田校長自体の行為が、教育者にあるまじき行為であり、これは法に触れる。そういうやり方をやったのだから、この沢田校長こそ懲戒に値する校長であるという受けとめ方を私はしているのだけれども、これらのことについてはどうお考えになりますか。
  132. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 当夜の会議でどういう発言があったのか、これは会の性質等をお聞きしますと、そこで、ここで言うことは秘密会だということで本人がざっくばらんに話したというふうに聞いておるわけでありますから、その内容について、それはこうであったろう、そうであるならばそれは不当労働行為だ、それを確認しろと言っても、その発言した本人が、おれはそれを認めるつもりはないと言えば、これはやむを得ないことだろうというふうに私は考えるわけでございます。ただ、いまおっしゃったお話の中で、子供の登校拒否というようなことを進めようというようなことがあったとすれば、私はそれはやはり教育者としてよろしくないというふうに考えます。
  133. 中村重光

    中村(重)委員 いまの局長の答弁は、前段は反論をしたいのだけれども、後段はまともな答弁であったと私は思う。校長ともあろうものが登校拒否というような、これは主任制度粉砕の戦術の一つにもなるのだけれども、そういうような意見を出すとか申し合わせをするなんということはけしからぬ。これは不問に付してはいかぬ。明らかに学校教育法に触れる行為だから、この点については今後の指導、監督、助言の関係もありますから、大臣からひとつお答えをいただきたい。
  134. 永井道雄

    永井国務大臣 ただいま初中局長が御答弁申し上げましたように、登校拒否をするというようなことは全く不適切なことでございますから、こうした事柄については私どもとして十分調べて指導いたしたいと考えております。
  135. 中村重光

    中村(重)委員 たくさん資料を持っているので申し上げたいことがあるのだけれども、時間の制約があるようでありますから……。  次に、広域人事異動の件についてお尋ねしたいのですが、長崎県教委と県教組それから高教組との間に広域人事異動について紛争が起こっておるようでございますが、この事実を調査しておられるかどうか、それから人事異動についての文部省の指導方針と申しましょうか、見解と申しましょうか、それらの点についてもあわせてひとつお答えをいただきたい。
  136. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 長崎県が広域人事異動という方針を打ち出した件につきましては、私どもが承知いたしておりますのは、次のとおりであります。  そのねらいは、学校運営の正常化、効率化ということを図り、県全体の教育水準の向上を期するという見地から、全県的な人事交流が公正かつ円滑に行われるように、公立小中学校の教職員の人事異動基本方針、それから高等学校、特種学校教職員の人事異動基本方針というものをそれぞれ九月に教育委員会で決定いたしまして、五十一年度末の人事異動からこの方針に基づいて人事行政をやりたいという方針だと聞いておるわけでございます。  ところで、この方針を決定するに際しましては、県下の市町村教育長会とか校長会等の関係団体の意見を十分聞き、また県議会でも参考人の意見聴取が行われたというふうに聞いております。  ただしこの際、県教組及び高教組は、参考人として出席を拒否いたしますとともに、この人事異動方針には絶対反対だということで、抗議行動を繰り返しているために、県教育委員会としては、意見を聞きたくとも、絶対反対ということではどうも話し合いに期待が持てないということで、これまでのところ話し合いが持たれていないというふうに聞いております。(中村(重)委員文部省の見解は」と呼ぶ)広域人事異動というのは、特に一つの県として都市部、郡部あるいは離島、僻地というふうに分かれますと、どうしても広域の人事交流ができない。したがって、特定の教師が都市部あるいは交通の便利なところに比較的長期間在任するというようなことで、人事政策の上からいっても、全県的な教育水準の維持という観点からしても、望ましい結果が得られないということで、それを破って全県的に人事の交流が円滑にできるようにするということは、基本的に私どもは賛成でございます。  ただ、それをやりますにつきましては、十分その関係者の意見を聞き、意を尽くすということは必要だろうというふうに考えます。
  137. 中村重光

    中村(重)委員 そこで、昭和三十八年三月十二日、県教委と県教組との間に、異動についての確認事項というものがあるわけですね。これは当然尊重されなければならないと思うのだけれども、いかがでしょう。
  138. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 異動についての確認事項というのがどういうものであるか、私中身を承知いたしておりません。  その前にちょっと法律にこだわることを申し上げますけれども、職員団体と当局との交渉の対象になり得るのは、勤務条件、つまり給与、勤務時間その他の勤務条件ということになっておるわけでございますから、管理運営に関する事項、いまおっしゃるような人事そのものについての問題でありますと、これは交渉の対象にはなり得ない。したがって、公務員法に言うところの協定を結ぶ内容にはならない。そこで、いまおっしゃるようなことがあるといたしましても、それは事実上の話し合いであり、その話し合いの結果というものをお互いに守るように努めようやというようなことではなかろうかと思うのでありますけれども、具体的に拝見いたしておりませんのでわかりませんけれども、そういうようなことで、人事に関する方針等を協定を結んで、それに拘束されるということは、法制上はあり得ないことだというふうに私は考えます。
  139. 中村重光

    中村(重)委員 それはあなたがおっしゃるように、管理運営という一面はある。あるけれども、先ほどお答えになったように、これを実施するに当たっては十分話し合いをする、意見を聞く、そして円滑に行うようにしなければいかぬ、こういうことで、先ほどのお答えはやや当を得たお答えであったのだけれども、後でわざわざ言い直して後退をするようなことをおっしゃるのはいかがなものだろうかと私は思う。私は管理運営ということそのものを否定はしていない。だけれども、それは一面であって、やはり東京都でやっておるように希望と承諾の原則というものは、地公法の方からいっても労働基本権と労働三法の精神からいっても、当然私は話し合いというものがなければいけない、こう思うのですよ。確認事項の問題だけれども、これは四項目か五項目くらいから成っておるのですが、時間の関係もありますから一つ一つここで読み上げるわけにもまいりません。  そこで、労働組合というものも公的機関であるわけですね。県教委も公的機関。公的機関と公的機関において話し合いをして、一つの確認事項というものがつくられた。だから、この確認事項というものはお互いに尊重されなければならぬ。事情の変化等によってその確認事項を変更しなければならぬという事態が起こった場合は、当然その変更についての話し合いというものがなされなければ、一方的にこれを破棄するということがあってはならない。特に教育の問題については、このような点はきちっと一つの規律と申しましょうか、そういうものが尊重されていくということでなければいけない、私はこう思うのです。その点はどうお考えになりますか。
  140. 諸沢正道

    ○諸沢政府委員 お互いに話し合った結果、たとえばですが、本人の希望がなければ離島への転任はあり得ないとか、僻地への転任はあり得ないというようなことで、それが確認書だからということで絶対にそれに反しては困るのだと言えば、いま申しましたような広域人事というようなことはなかなかできにくいだろうというふうに私は考えるわけでございます。  そこで、いま申しました管理運営事項とか勤務条件とかいうふうに、法律論を言うわけでございますけれども、教員をどこからどこへ移すかということはやはり任命権者の判断による。もちろん、任命権者は全く恣意で、勝手にやるべきことではない。本人の希望も十分聞いてやるのでありますけれども、最終的には任命権者の判断においてやる。その結果として、僻地あるいは離島へ行かれた先生に勤務条件にいろいろむずかしい点が出てくれば、これは話し合いあるいは交渉の対象になるでありましょう。しかし、人事異動そのものについて、従来の確認書がこうであるからというようなことで、いまの広域人事方針といいますか、それが打ち出されたのに対して、それはだめだということは、法律論としてもちょっとぐあいが悪いのではないか、また実態論としてもちょっとぐあいが悪いのではないかというふうに考えるわけです。
  141. 中村重光

    中村(重)委員 だから、いまあなたがお答えになったように、確認書をつくったのだが、その確認書があるために非常な障害になるのだというようなことを県教委が考えるならば、その確認書をひとつ変更するようにしようではないかという話し合いがなされて、その上に立って最終的な県教委の態度というものが決定されなければならぬ、それが当然ではないでしょうか。大臣はどうお考えになりますか。  公的機関同士、人事異動のあり方についてはこういうことにいたしましょう、組合も確認書に基づいて一つの義務というものを持つ。それぞれに基づく努力もしていかなければならぬ。同時に県教委もそれでなければならぬ。そしてこれが円滑に行われていくということであるべきだ。そのための確認書だと思う。その確認書を盾にとって組合はいいところだけをとって、人事異動そのものがうまくいかないというようなやり方をしておるということではなくて、確認書に基づいて組合も努力をしておる。そして局長先ほどお答えになったようなことで、いままではどうにか円滑に行われてきたわけだから、しかし、どうしてもそれを変えなければならないというのだったならば、確認書を取り交わした相手方、教職員組合と話し合いをして、そしてそれを変更するという方向に行くということが当然筋であろうと思うのでありますけれども、その点は大臣も異議はないと思うのですが、いかがでしょう。
  142. 永井道雄

    永井国務大臣 これは、いまの確認書というものがあり、その後に広域人事異動の方針が出されたわけでございますが、確認書というところで書かれておりますことは、これはそれはそれとして大事でございますが、いま事態の推移は、私の理解するところでは県教委の人事異動基本方針に対して組合の意見を聞こうということであるそうであります。ただ、組合が出席を拒否して絶対反対であるということでありますので、県教委はさらに意見を聞こうということでありますが、なお絶対反対である。そういたしますと、なかなか実りある話し合いにならないで平行線のような状況と理解いたしておりますが、これは組合の方も絶対反対ということでなく、話し合いに応じる、そうすると県教委の方もそこで話し合うということに相なりまして、確認書の問題、それもそこで議論をされるというような形で、この基本方針と確認書の関連というものが議論できるようになるわけでありましょうが、平行線の状況というものをまず解消していくということがきわめて重要ではなかろうかと思っております。
  143. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 中村君、結論を願います。
  144. 中村重光

    中村(重)委員 時間が来ているのでやむを得ないのですが、大臣がお答えになったようなことではないのです。それは、大臣がいまお答えになったようなことが常識的です。それではなくて、九月の十一日に県教委は一方的に全県の広域人事の方針を決定して、組合には何の相談もしていない。そして決定後の方針書を渡したというだけにすぎない、これが問題なのです。やはり確認書というものがあったのですから、これをこういうように変更したいというようなことが当然行われるべきであった。にもかかわらず、二方的に決定をして、そしてこの確認書は破棄されたのだという単なる通告です。これでは教職員組合が納得しないというのは当然ではありますまいか。  それから、広域人事異動の問題にいたしましても、機械的にただ先生をぐるぐる回しさえすればうまくいくのだというような考え方は私はでたらめだと思うのですよ。これはやはりいろいろな事情がある。局長は先ほど当を得たお答えもあったのだけれども、いろいろな事情があるわけだ。男女はお互いに結婚するわけだから、これはこういうふうに方針が決まったのだからといってお構いなしに別居生活を強要するというようなことになってもいかぬ。こういうことが悪用されると、組合そのものを弱体化するための方向に進む可能性だって私はあるんだろうと思う。非常に組合がこれに対して関心を持つということは私は当然であると思う。もっと公的機関同士に結ばれた確認書というものはお互いに尊重をする、そしてその変更についても十分話し合いをする、そういう態度というものが少なくとも教育に携わる者の考えていかなければならない問題であるということを私は申し上げたいわけであります。  いずれにいたしましても、こういう強権ばかり振り回していく、権力で何でもかんでも片づけていこうとする考え方、私はこの主任制度の制度化の問題も広域人事異動の問題も思想的には同じだと考えているのです。ともかく権力でもって、その権力を持っている人たちの顔色ばかりをうかがっていく、そしてその権力を利用して自由自在に教師を操縦していこうとする、そういう意図の上に行われておるのだということを私は考える。そのやり方というものが、そうしか考えられない。具体的にこの問題についてもどういうことがあったかということは、私は申し上げたいのだけれども、話し合いをする際にも教育長もどこへ行ったかわからぬ、課長もどこに行ったかわからぬ、行方をくらましてまともに話し合いをしない。そして先生たちの交渉というものもシャットアウトされてしまうというようなやり方、これは少なくとも教育界にあってはならないことであるというように考えます。  いずれにいたしましても、私は先生方をぐるぐる回しさえすれば教科のアンバランスが解消するというような考え方は間違いであって、決してそういうものによって問題の解決はあり得ないのだということを指摘をいたしたい。それよりも、本当に学校の先生たちの質の均衡化を図るとかということであるならば、学校の先生たちがやっている教育研修といったような問題も、日教組もあるいは地方の県教組であるとかその他の組織におきましても本当に真剣に、教育課程の問題あるいは指導要領の問題、ついていくことのできない子供をどうして取り残さないようにしていくのか、本当にまじめにやっているのだから、そういうことで教育研究などが行われている、それを組合の方が主催だからこれは年休でやりなさい、そういう頑迷ないまの文部省の態度によっては教育効果というものを上げることはできないし、現場の環境というものを明るくしていくことにはならない、ますます私はこれを暗くしていく方向に進むのだというように考えますが、最後に文部大臣から、教育環境をよくする、現場を明るくする、そして教育にふさわしい環境づくりをするということについてどうあるべきかというような問題を含めて、いま私がいろいろ事実関係を申し上げましたが、それらを含めてひとつお答えをいただきたい。
  145. 永井道雄

    永井国務大臣 先ほどから長崎のケースを挙げていろいろ御質疑をいただきましたことに対して、最初に感謝を申し上げます。いろいろと参考になることも多かったわけでございまして、われわれの教育行政に生かしてまいりたいと思います。  実は、そういうことがいまの教育環境を明るくしていくという事柄上きわめて大事であると考えておりますのは、今日まで、きょうのようなケースとの関連において考えますと、教育というものをめぐりましてとかく政治的な対立に相なったり、あるいはまた管理、被管理という関係での対立に相なったということがやはり歴史的にあったということを痛感せざるを得ないわけでございます。対立という場合には双方の力が働きますから、必ずしも一方だけを非難するということも妥当ではなく、双方歩み寄るあるいは双方自戒するということも必要であろうかと思いますが、私は文部省において責任のある立場でございますから、文部省はそうした心構えで臨んでまいりたい、こう考えているわけでございます。  ただ、長い年月のうちにそうした形の対立が各地に起こったことでございますので、一挙にすべてが氷解ということはなかなか到達しにくいことでもあり、その間相当のいわば忍耐力を持って根強く努力をいたしていくということが、最終的には教育現場の問題に関係者がすべて改めて戻っていくことができるということになるわけでございますから、今後もそうした心持ちを持って粘り強く教育の環境というものを明るくしていく、私はそのことのために努力をいたしたいと思っております。
  146. 中村重光

    中村(重)委員 終わります。
  147. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 次に、長谷川正三君。
  148. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 ただいまの中村委員の質問に関連しまして、木島委員からちょっと質問があるというので、私の質問時間を若干割いてちょっとそれをお許しいただきたいと思います。
  149. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 範囲内ならば結構です。
  150. 木島喜兵衞

    ○木島委員 いまの中村さんからのことや先ほどの吉田さんのこと、大変酷な言い方かもしれませんけれども、主任問題というのは、経過から見ましてあなたの善意がわかっても、やはり十分に末端まであなたの意思というものが理解されておらない要素は、あなたもときどきおっしゃいますけれども、あるわけですね。それがいわば文部省から投げた球によって波及されてきた混乱の一部だと思うのです。いま言いますように、あなたの意思が正しいとしても、それが十分に理解をしておらないのは悪いと言っても、さっき言ったように歴史的な一つの経過があるわけでありますから、しかもそれが反対だと言うのも、これはたとえば個人に不利とか有利とかいうことでなしに、主任制に賛成、反対は教育のあり方なり現場のあり方なりに対する賛成、反対ということですね。個人の利益か何かではないですね。そういうところから起こってきているのであります。  ところが、さっき最後に大臣がおっしゃいましたように、長い歴史があるだけに、たとえば教育委員会や校長は文部省の方針をそのまま、あるいはときに無理をしてもその方向に従おうとすることも多分にあり得る。あるいはPTAならPTAは、いまのお話のようにPTAがかんだ場合あるいは政党次元でもってそういう理解をすることが、今回の、たとえば対馬における団体交渉の一つの原因というのはそこから出発したわけでありますから、そういうものもあり得る。そういうことからトラブルが起こったために、たとえば連鎖反応として広域人事というようなものがまた進まなくなっている一つの感情的対立要素にもなっておるのではないか。そういう意味では、主任問題と言いながら、単に主任問題だけでなしに相当広い範囲に混乱を拡大したと私は思うのです。私もこの調査は行っておりますけれども、事実関係は私は申しません。  そこで、さっきの三人、五人という起訴、不起訴の問題も、事実は同じ事実をもって行政処分され、起訴、起訴猶予になっておるというようなことすべてを考えまして、いまは言いませんが、これは大臣が投げた球から起こった連鎖反応の混乱でありますから、そういう意味ではすでに処置されたものであるにしても、しかし行政処分等は一たんなされた後においても、いろいろ話し合いでもって円満にいっているケースもずいぶんあります。そういう円満な努力がされて、主任問題ということから起こった問題も、それが連鎖反応的に混乱が拡大されるのではなしに、その他のそこから派生されたところの問題が解決されるような指導、助言を特に私は大臣に期待をしたいのでありますが、そのことについて一言だけ御発言をお願いいたします。
  151. 永井道雄

    永井国務大臣 私は、繰り返し主任というものの性格が何であるかということを述べてまいりましたし、ただ述べるだけでなく、事実、教育指導というものを校長、教頭の方々にも考えていただくということのためにも活動いたしておりますが、ただいまの御指摘に従いまして今後も一層その努力を進めたいと思います。  また同時に、そのような御認識に立って木島議員が私の考えを正当に伝えるべく御協力をいただいていることに対しても感謝を申し上げる次第でございます。
  152. 木島喜兵衞

    ○木島委員 いや、私が言っているのは、吉田さんや中村先生がおっしゃったような行政処分等に対しても一たん処分しましても、時間とともにそれが解決をしておる例はたくさんありますね。あるいはこの種の問題でもそういうものもある地方では起こりつつあるでしょう。そういうことも含めて円満に、連鎖反応でもって混乱が拡大しないように、そういう意味です。
  153. 永井道雄

    永井国務大臣 ですから、木島議員が私の趣旨を組合の方などにもお伝えいただくというように御努力をいただくという御趣旨の発言と理解いたしまして、そういう御協力も得ながら、また私たちとしても歩み寄っていくという、この双方の努力というもののためにいまの御発言をいただいたものと思いまして、大変感謝を申し上げている次第でございます。
  154. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 大事な御質疑、私もその続きをやりたいような気がしますが、きょうはちょっとテーマを変えまして、いま依然として人口急増あるいは児童生徒急増を抱えて非常に苦労している大都市周辺都市の問題につきまして、文部省初め、これは自治省、大蔵省にも関連ございますので、関係機関の一層の御努力をお願いするためにこれから若干質問を申し上げたいと思います。  まず人口急増の問題は、すでにここ十年来の大きな課題で、その後臨時の立法措置等もなされたわけでありますが、東京周辺を初め大都市周辺の人口急増地帯の教育、特に義務教育の円滑な進行のためにどのような法的措置あるいは立法化までいかないけれども、具体的にこれを円滑に進める措置がとられているか、この際、総括的にここで整理をして、それぞれ各省の立場から、このようにし、このように進行している、あるいはすでにこれは終わっているというようなものもあるやに聞いておりますが、人口急増地帯の義務教育を円滑に遂行するためにどういう手だてをとってきたか、法的にはどうなっているか、その点をひとつ順次御報告並びに御方針の解明をいただきたいと思います。
  155. 永井道雄

    永井国務大臣 都市を中心にいたします人口の地域的急増はまことに深刻な事態でございますので、この事態に伴う児童生徒の急増に対処するために種々のことを行ってまいっております。  市町村では教育施設の整備に御苦労願っておりますが、これに対して国といたしましては、昭和四十八年度に児童生徒急増市町村の公立小中学校校舎の新増築につきまして、負担率を、これは法律で二分の一から三分の二に引き上げ、市町村の財政負担の軽減に努力してまいりました。また、必要な事業量を確保するために年々小中学校校舎の事業量拡大に配慮をいたしております。  先ほどから申しましたのは施設でございますが、さらに四十六年度からは、小中学校用地取得費につきまして、五カ年の臨時措置として国庫補助を行ってまいりました。しかし、これは昭和五十年で切れました。切れましても、問題が解消いたしておりませんから、昭和五十一年度におきましてさらに五カ年間の延長を図って、対象市町村の緩和、用地取得の問題の臨時措置を続けていくわけでございます。今後もこれらの前述の施策によりまして生徒急増地域の教育施設整備などを強化いたしたい、これが概要でございます。
  156. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 大蔵省、自治省の方で何かありましたら……。
  157. 佐藤徳太郎

    ○佐藤説明員 御説明申し上げます。  ただいま大臣からもお話がございましたとおりでございまして、急増市町村の問題の重要性にかんがみまして、たとえば昭和五十年度の補正予算におきましても公立文教施設整備の観点でプレハブ教室の解消問題とかを補正で処理しているほか、五十一年度予算におきましても急増地域の小中学校校舎の面積につきまして重点的に配慮しておる次第でございます。  それからまた、御説明が重複いたしますが、先ほど大臣からお話がございましたように、用地費の補助につきましても五十年度で一応終了する予定でございましたが、五十一年度からさらに五年間延長するというようなことで予算額的にも大幅に伸ばしている次第でございます。  以上でございます。
  158. 中村瑞夫

    中村説明員 人口急増地域に対する対策の関係でございますが、いまほど文部省及び大蔵省からお話がありましたような点が主たる点でございますが、自治省として特に関係をいたしております点につきまして御説明を申し上げます。  まず小中学校用地費補助関連といたしまして、昭和四十六年度から五カ年間、児童生徒急増市町村の起こしました用地取得の地方債のうち、四十年度から四十五年度までの分につきまして一定の利子補給を行ってまいりましたが、これは過去に行われました起債でございますので、五カ年の期限終了をもちまして五十年度において利子補給制度はなくなっております。  それから次に、消防施設の関係につきまして、一般的には三分の一の補助率でございますが、人口急増市町村につきましては二分の一の補助といたしまして四十九年度から五十三年度まで五年間の期間、特別の補助をすることといたしております。  それから、これは一般措置でございますけれども、交付税及び起債における特別の配慮をいたしておるわけでございまして、交付税におきましては用地取得債の償還費に対します一定の需要額の算入等の措置をいたしておりますし、また起債につきましても、年々その額の増大、また政府資金の率を多くするとか質的な改善を含めまして配慮をしてまいっておるところでございます。  以上でございます。
  159. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 関係各省それぞれ御努力をいただいている御報告をいただいたわけですが、現実にこの問題が起こった当時は人口急増ということが、児童生徒が急増するということも中心の問題でありましたが、現在はもちろんその傾向もなお強いところもありますが、若干落ちついたところもあると思います。ところが最近は、これは政府の施策全体の責任と申しますか、結果と申しますか、いわゆるインフレと不況で、一方には税収の落ち込み、一方には同じものを建設する、あるいは同じ面積を買うにしても非常な高騰、こういう二重の攻撃に遭ってしまって自治体は依然として七転八倒しているのが実態だと思います。  そこで、いまお話を伺いますと、立法措置をとっておる校舎建築の補助費につきましては、五十二年度までまだあるわけでありますが、用地買収は法的措置がとってない、私はここにまだ弱みがあると思います。足切りというようなことがそのために行われると私は思うのですが、しかしこれは現実を見詰めて一応五年の計画をさらにもう五年延ばす、これは適切な措置だと思います。  ただ、いまずっと一連の御報告の中で一つだけ五年で打ち切ってしまったのがあったのは、自治省関係の利子補給の問題でございます。いま申し上げたとおり人口急増に加えていまインフレと不況、税収の落ちと物価の高騰、こういうことでより苦しくなっているときに、この利子補給を打ち切るというのはどうしても納得できないのですが、これについての自治省のお考え、あるいはこれをめぐる文部大臣なり大蔵省のお考えをもう一遍ここで明確にお聞かせをいただき、利子補給についてさらに継続することを検討する余地がないのかどうか、その点を特にお伺いしたいと思います。
  160. 中村瑞夫

    中村説明員 お答えを申し上げます。  お尋ねの利子補給制度の件でございますが、これは先ほど文部省の方からお話がございましたように昭和四十六年度に初めて児童生徒急増市町村の小中学校用地取得に対する国庫補助制度ができたわけでございますが、その以前におきまして各市町村かなり無理をいたしまして起債等を行っておったわけでございます。したがいまして、その後の措置につきましては国の補助制度にゆだねるにいたしましても、それ以前に起こしました地方債についての措置が何か必要であろうということで四十年度から四十五年度までの起債を一応対象にいたしまして、この償還費が非常に大きな負担になる期間、それを五年間考えまして措置をいたしたわけでございます。したがいまして一般の用地取得に対する補助のように今後経費が新たに出てくるというものではございませんで、過去の負担に対する軽減の措置でございますので、制度の効用としては五年間措置をもって一応終わったのではないかというふうに考えたわけでございます。  なお、具体的な数字について推計をいたしてみましても、年々その地方債の残額が減っておりますので、数年を出ずして全国で数千万の程度にとどまるのではないだろうか、こういう点もございましたので、あえてその延長をするまでのことはないというふうに考えたわけでございます。  なお、この起債につきましては、単に利子補給制度のみによっておるわけではございませんで、四十七年度から交付税の中にも三割だけを償還費算入ということで措置をいたしておりますし、四十八年度からはその割合を五割まで上げまして交付税措置もいたしておる、そういう事情があるわけでございまして、このような措置によりましてこの四十年から四十五年までの起債についての措置というのはかなり手厚くされておるのではないだろうか。また、先ほど申し上げましたように仮に継続をいたしましても金銭的には微々たるものであるという判断があったわけでございます。  私ども、今後の用地取得に対する対策といたしましては、何と申しましてもその後四十六年度以降にも相当多くの地方債を発行いたしておりますし、今後もさらに増加することが見込まれますので、交付税等におきましてできるだけ措置をいたしてまいりたい。現に五十一年度におきましても、四十六年度以降に発行されました地方債について従来その償還費の三割を算入いたしておりましたものを四割に引き上げまして交付税の措置をするということにいたしておるわけでございます。  そのようなことでございますので、直接この過去の起債について改めてその利子補給制度を考えるということはいまのところ考えていないわけでございます。
  161. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 利子補給を打ち切ったのは、いまの御答弁で一応理論的にはわかりました。過去のものをめんどうを見た、それでそれは片がついたということ、新しい問題についてはむしろ交付税の方で見てきておる、こういうことですね。この点についてはなお議論する余地もあるようには思いますけれども、本日はこの程度にとどめておきます。  次に、いま各省とも児童生徒急増地帯という言葉を使っておりますが、これは一致した一つ基準、統一した基準に基づいておるのかどうか、それをお聞きいたします。
  162. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 義務教育の施設費関係のいわゆる不足坪数が出てまいりますものは、現在のところは人口の自然増によるよりは社会増によるものが大部分でございますので、全体的に不足坪数をカバーするための、新しく事業をするための補助金というようなものはいわば急増に関係していると言えるわけでございますが、その中で特に急増の著しいもの、これは義務教育諸学校施設費国庫負担法の附則に基づく政令で指定されております。それがいわゆる補助率が三分の二になったり、あるいは、それは予算補助でございますが、土地費の補助対象になったりする、そういうことでございまして、それに定められました基準によっておるわけでございます。
  163. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 その基準をもう一回おさらいしてみてくれませんか。
  164. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 過去三年間の生徒数の増加が、小学校の場合には千人以上で、しかもそれが五%以上ふえたものの場合か、あるいは五百人以上であってもそれが一〇%以上の場合というのが一つ。それから中学校の場合は、その人数が半分になりまして五百人以上、五%以上、二百五十人以上、一〇%以上というのが一つ基準でございまして、これによって建物の場合には補助率を三分の二にかさ上げするということにしております。それから用地の買収費についての補助についてもそういう要件を加えており、そういうところに該当する市町村を対象にいたしております。ただ昨年度から土地につきましてはもう一つ緩和をいたしまして、さらに三百人以上、一五%というものも対象にするように改善を図った次第でございます。
  165. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 それでその対象となっている市町村は全国で五十年度幾つぐらいになっているのか、五十一年度はどういう見通しになっているか、あるいは五十二年度、この三年についておわかりになっていたらお知らせください。
  166. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 お答え申し上げます。  小学校について該当のあります市町村の数が五十年度で二百八十三でございます。同じ年度で中学校につきましては百九十六。五十一年度が、該当の小学校のある市町村数が三百五十二、中学校が二百六。これは在来の基準のものでございます。  それから、先ほど五十年度と申し上げたかもしれませんが、土地につきまして緩和いたしましたのは五十一年度からでございます。その対象が、小学校について六十一、中学校について三十四、こういう数字になっております。五十二年度につきましてはまだ的確な数字をつかんでおりません。
  167. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 全体の様子はよくわかりました。  そこで、実は私の地元の近くにたくさん人口急増の都市がございますが、町田市の資料についてさらに細かく伺いたいのですが、まず用地取得について申し上げますと、立法化されていないので予算の範囲内ということのためだと思いますが、国で立てた当面の方針よりは実際は非常に少なくなっている。その例として、五十年度の町田の小山小学校が移転して用地を取得した際の例をとりますと、七億九千六百九万六千円の用地買収費がかかりまして、国庫補助は九千三百九十万、そして地方債で六億六千七百十万を賄い、そして一般財源から三千五百九万四千、こういう数字が出ております。これは補助対象面積について制限があって、特に移転前の借用地というのは入れない。これがためにここで大変減って、いまのような数字になっているわけです。移転前の借用地というのが五千九百八十四平米あった。そのために一万九千九百八十平米の用地買収をしたのだけれども、その借用地については差し引かれたために一万三千九百九十六平米分しか対象にならない。ここでまず大きく国庫補助が減るわけですね。その上に今度、補助率の点で三分の一というふうに一応なっているけれども、さらにその額の六割五分しか見ない、こういうことになるものですから、実際は三分の一といっても五分の一ぐらい、二一・七%しか補助は来ない、こういう結果になっているわけですね。  そこで、ここで問題が二つあるのは、今度買うにはそこを含めて広げて買うのですから、どうしたってそれは買わなければならないのに、それは前に借りていたにしても、借用地等を前に使っていたからということで取得していたものとみなすのかどうか、対象にしないという不合理。それからもう一つは、足切りが行われる、つまり百分の六十五をかけるという、これは何とか取り除いて三分の一を完全に見るようにできないのかどうか、まずその点についてお尋ねいたします。
  168. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 おっしゃいましたように、実際に現地で使われました金額と補助金基礎になる金額とが違ってまいる場合が多少起こってまいると思います。  その第一のお話の借用の問題でございますが、これは私ども補助要綱の中で決めておりますが、従前からの借用という表現を使っておりまして、土地の補助が始まった昭和四十六年以前から借りておるものにつきましては、これは一応そこでもう安定して借りておるのであるから、新しく校舎を建てるために借りなくてはならぬというものではないので、これは対象外にする、こういうことになっておるわけでございます。そのためにそういう多少の食い違いが出てこようかと思います。これは予算の金額も限られておりますから、できるだけ緊急度の高いところに回そうという配慮から、そういう一応四十六年前から借りておるところを自分のものにしようというところは緊急度からいって後回しにしていただこうということで、対象外にいたしております。ただ、建物を建てるために新しく借りなくてはいかぬというような場合には対象にいたしておるわけでございます。  それからあと、そういうことを計算に入れてもさらに実際の金額よりも圧縮されるではないかというお話でございますが、これは私ども一応積算といたしましては、単価なども個々の場合には余り無理にならないように、現地の実際の買収価格と、それから地価公示法という法律に基づく公示価格を基準として定めた額という、その地域の一応の標準の公示された土地価格、そういったものを基準にして、著しくそこの乖離がないように努めております。しかしながらやはり問題は、いまのところまだ予算総額が十分でございませんので、御要望の向きのある市町村の数の方がわれわれの準備したお金よりも多いものですから、全体的に圧縮というようなことで御要望どおりのものが補助できないという状況になっているわけでございます。
  169. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 さっき私、実際三分の一といっても二一・七%と言いましたけれども、これはまだ理論上のもので、実際は、小山小学校に具体的に当てはめてみますともっと少なくなって、用地買収の一二%ぐらいにしか当たっていないのですね。私がどうしてもわからないのは、借用していたにしても、今度広げて建てるときにはそこはもう買わなければならない。そういうときにどうしてそれを対象にできないのか、そこのところがどうしてもわからないのです。
  170. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 また先ほどの繰り返しになりますけれども、結局優先度の問題だと思います。もう少し予算が潤沢になりますればあるいはそういったものもということもあり得るかもしれませんけれども、一応確保できているのだからそれは後回しにしていただきたいということで外しておるわけでございます。
  171. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 ないそでは振れない、限りある財源だからどこか減らす根拠にしようということだという率直なお答えだと思うのです。ただ、借りたところはそのまま借りていられる、そしてその隣を買って全部合わせて今度新しい校舎を建てる、そういう場合に引き続き借りられればいいのですがね。ところが、広げて建てるときに全部買わなければならぬという場合でも、やはりその場所は前から使っていたのだから対象ではありませんよと、こういうことなのでしょう。
  172. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 現在の取り扱いとしては、そういった場合に対象にならないというふうになっております。これはまた繰り返しになりますけれども、どうしても優先度の高いところから補助したいという考え方からこういう扱いになっておるようでございます。
  173. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 実情を調べて、まあ安い地代を払っているのでしょうが、引き続き借りてやっていけるからそれはがまんしてくれというのならわかるのです。ところがそれは建てかえるときにはちゃんと買い上げなければならなくて、事実買い上げて学校を新しく建て直している場合、そういう場合は対象にして当然ではないかと思います。実際にできないというのはわかります。できればそれはそうしたいのだというお答えは得られないのですか。
  174. 犬丸直

    犬丸(直)政府委員 そういう場合の措置が全然ないわけではないのですが、先ほど自治省からも御説明ございましたが、起債の措置もあるわけでございますし、そもそも土地の場合には、本来的に申しますと、普通の建物と違いましてこれは非償却資産でございますね。したがいまして、補助対象にしないという大原則があったのを、これは特に義務教育のためだということで補助対象にしたということもございまして、大変緊急な場合だけを対象にするという考え方から、一応、従来からの借用というものは対象にしないという原則をはずすことは、いまの段階ではちょっとむずかしかろうかと思っております。
  175. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 この立法措置ができるのにもずいぶん時間がかかったわけで、用地は立法にはないのですが、実際の具体的なこういう行政措置ができるのにも時間がかかった経過は、私ももう何回もお百度を踏んで大蔵省や文部省や自治省へ行きましたからよく承知しております。そして市町村固有の財産になる土地については、これは補助対象にはならないということが大蔵当局のもう牢固とした壁だったことも知っておるし、文部省もこの壁を突き破るのにずいぶん苦労をされた経過も知っておるのです。まあ大蔵省もようやく事態を認識されまして、とにかく用地買収にも一歩を踏み出したということは、私はあのときに大きな喜びであったし、進歩であったと思いますが、しかし出す以上は、いまのような実情に即さない方法は——これは大蔵省の方もよく聞いておいていただきたいのですが、実際借りてそのままならいいのですけれども、事実買わなければならないから、結局それは起債なり自治体当局の持ち出しなりになっていくわけですから、この点は課題としてなお十分御検討をいただきたいと思います。  時間がありませんから先へ進みまして、それでは学校給食の問題に移ります。  学校給食の施設整備補助単価と補助面積の問題についてお尋ねをしたいのですが、これも町田のある小学校の具体的例を数字で見ますと、大変無理があって、市町村の持ち出し分が大変大きいということがわかるわけでありまして、この点について文部省のお考えを聞きたいのです。  町田の小川小学校というのですか、この例を一つとってみますと、建築の面積が三百平米でありますが、補助面積は百二十五平米。それで補助率は二分の一というふうになっていますが、建築の所要額が三千七百七十万円、単価は十二万五千六百六十六円ですかで計算されている。ところが基準所要額というのは、これは文部省補助面積からくるのでしょうか、これは実際かかっている額の三分の一以下の一千十七万五千円になっているんですね。三千七百七十万かかっているのに補助基準所要額としては一千十七万五千円、そういうことでその補助単価は、実際には十二万五千円でありますけれども、八万一千四百円で計算されている。したがって補助基準額というのが五百八万七千五百円。しかし、五百八万七千五百円出ればいいのですが、交付額はさらに減らされて三百八十六万四千円になっている。  こういう一つの具体例があるわけです。これはなぜこういうふうに減ってくるかといいますと、結局補助面積が実情より狭く抑えられ、そして補助単価が低く抑えられる結果こうなってきておると思いますが、これについての改善の御方針はあるかどうか。またこういう事実を把握されているかどうかを伺いたいと思います。
  176. 安養寺重夫

    ○安養寺政府委員 現在の状況を若干申し上げますと、学校給食の施設につきましては公立文教施設と一応同じような形の単価を用いております。問題の御指摘の施設の面積の問題でございますが、数年前に当時の実態を調査いたしまして、大体これは人数にもよるわけでございますけれども、標準規模で単独校の調理場は百平米というようなことでございまして、実はその当時の補助面積が五十四平方メートルでございました。そういうことでございまして、二年がかりで百平米の広さにまで基準面積を改定してまいったわけでございます。現在引き続いてそのような形で運用しておりまして、ただいま具体的な御指摘がございましたけれども、全体的に見ますと単独校の施設の広さにつきましては一応私どもとしては百平米で落ちついておるのではないかというような形で、補助単価を公立文教と合わせて運営しておくというような形で明年度にも対応しよう、かように考えておるわけでございます。
  177. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 百平米で足りるというお話ですけれども、実際学校の実情を聞きますと、これから米飯給食等もやり、そのおかずをつくる、いろいろそういうことを考えますともっと広い給食室が欲しいというのは一般の要求であり、実際東京あたりの給食室に行ってみますと、毎年つくるごとによく工夫をして、そして給食が円滑にいくように、危険がないように、また衛生上の問題も起こらないようにあらゆる角度からやりますと、百平米で足りる、百平米というと三十三坪ですか、それで学校の大きさにもよりましょうけれども、これでいいという断定が私はできない。もっともっとこれは——これまた理想を言えば切りがない。いまのお話ですと、五十平米から百平米までだんだん上げてきた、倍にしたわけですからその御努力は認めますけれども、まだまだ現実にはそぐわないのではないか。小川小学校の例では三百平米ですけれども補助は百二十五平米を対象にしているようですね。いまの百という基準から見ると、二十五平米、これでも見てくれているのかなと思ったわけですけれども、そして補助基準額が五百八万七千五百円と出ているのだけれども、実際には交付額が三百八十六万にまたそこで落ちているというのですが、これはどういう数字を掛けてこういう数字を出したかわかりません。これは一つの例にすぎませんけれども、こういう点でまだまだ給食設備の補助について非常に地方自治体の持ち出しが大きいという現実がありますからなお一層これは工夫と御努力を願わなければいけないかと思いますが、いかがですか。
  178. 安養寺重夫

    ○安養寺政府委員 現在学校の児童の数によりましてそこでつくられる施設の面積がそれぞれに計算されるという形でございますので、私の申し上げましたのは一つの平均的な数、人数が多ければもっと大きいものになる、小さければ若干小回りになるというようなことでございまして、具体的な例ではそういう数字が動くというように御理解をいただきます。  それから大変大切なことの御説明を落として恐縮でございましたが、いま申しましたのは、在来流の単独校の調理場の施設面積でございまして、実は米飯給食というようなことを新たに導入するということに関連をいたしまして、その部分だけ建て増しをするというような考え方で、現在八平米、これも平均的な大きさで申しておるわけでございますが、プラスをするというようなこともいたしておりまして、この方面につきましては、いまお話しのように、これは狭いのではないかというような御指摘が前からわれわれの方にもございまして、もう少し広くできるようにできるだけ努力をしてまいりたい、かように考えております。
  179. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 八平米でも広げるというのはなかなか大変な御努力なのでしょうけれども、八平米というとどのくらいの広さかと頭に思い浮かべてみれば、全くこれは何か米飯給食にするについて申しわけ的な措置というふうに言われても、これはどうも余りそれに対していばれないのではないかと思うのですね。これは大蔵省の方でも十分聞いておいていただいて、こういう問題について、やはり文部省及び自治省は率先ひとつ実情に即して円滑な学校給食が行われるように努力をすべきだ、こういうふうに思いますので、引き続き努力をしたいというお話でありますから、これでこの件は終わりますけれども、ぜひ特段の御努力をお願いしたいと思います。  私立学校についても、国立、公立についてもいろいろありますが、きょうその中で、公立大学の運営費の補助制度について最後にちょっと質問させていただきたいと思います。  いま公立大学の運営費についてはどのような補助をやっていますか。
  180. 永井道雄

    永井国務大臣 公立大学の質的な水準の向上を図るために、昭和四十八年度からまず学生実験実習用設備充実のための理科教育設備費補助金というものを始めました。それから次に、昭和四十一年度から教員の研究に要する設備購入のため研究設備費補助金、第三に、昭和四十三年度から教員の海外諸国での調査研究のための在外研究員費補助金を計上いたしました。次に、昭和五十年度から小学校教員養成課程教育費、さらに昭和五十一年度からは芸術大学学生特別経費というものについて補助を行うことといたしました。このほか、医学関係についても特別な措置を講じておりますことは御承知のとおりでございます。  公立学校に要します経費につきましては地方交付税においても所要の積算がなされておりまして、基本的には設置者が負担すべきものでございますが、上述いたしましたように、諸分野の性格に応じまして特別の助成の必要があるかどうかを判断いたし、そして以上のような形の補助を行っているわけでございます。
  181. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 いま四十一年、四十三年、五十年、五十一年とそれぞれの年度を追って、公立学校に対する補助を拡充してこられたという御報告でありますが、現在、運営費の中で専任教員の給与費補助それから教員経費それから学生経費、こういった補助がなされておると思いますが、これは一人当たりにすると大体どんな額になっていますか、おわかりですか。
  182. 佐野文一郎

    ○佐野(文)政府委員 御指摘の経常費の補助を行っておりますのは公立の医科大学、歯科大学それから公立の看護の大学、短大に関するものでございます。学生一人当たりにいたしまして五十年度公立医科大学の方が四十七万六千円、それから公立看護大学の方が十三万二千円、そのくらいの金額でございます。
  183. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 医科系及び歯科系に限っていまの補助が出ておりますね。これに対して、いま公立大学では理科系、人文系学部にも同様の国庫補助制度が欲しいという強い要望がありますが、これについてはどういうお考えですか。
  184. 佐野文一郎

    ○佐野(文)政府委員 先ほど大臣からもお答え申し上げましたように、公立大学等に要する経費につきましては地方交付税で措置をいたしておりますので、基本的には各設置者が負担をすべきものというふうに考えているわけでございます。医科、歯科あるいは看護についてはそれぞれ特別の要請がございましたので、それに対応して特に経常費の助成というふうなものを実施しているものであって、これを直ちに他の分野に広げていくという点については慎重な検討を要するところというふうに考えております。
  185. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 医科、歯科系、これは結局国民の医療の要求に対応するためということが裏にあろうかと思います。しかし、これはとりあえずそうしたにしても、原則として、将来の展望としては理科系、人文系にもそういうことを考えていくという、これはすぐここで約束をして、来年の予算から実現しますというような言明はむずかしいにしても、そういう方向考えていこうとしているのか、もう最初から全然そういう考えがないのか、それをひとつ大臣からお聞かせ願いたいと思います。これは大変大事なことでございます。
  186. 永井道雄

    永井国務大臣 現段階におきましては国、公、私と分けました場合に、国立は従来どおり、私立は強化、ただ公立の場合にはやはり設置主体が地方自治体であり、地方交付税というもので賄うことが非常に大事であるという原則に立って進めておりますので、現段階において特に方針の変更ということは考えていないわけでございます。ただ、身体障害者についての特殊な教育とかあるいは芸術系の学校の強化等のために何らかの措置を講じていくということは考えておりますけれども、基本的な原則をこの際変更するというところに至るまでの新しい施策というものは、現段階においては考えておりません。
  187. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 そうすると、一般的に理科系、人文系学部についての補助は地方自治体、したがってその中身によっては交付税で見ていく、こういう御方針だと承ってよろしいですね。  もう一つ最後に、私立大学の助成の中には、専任職員の給与、これは補助率が十分の四ですか、それから医学研究に要する旅費は補助率が十分の二・五というように承っているのですが、こういうのは公立の大学にはありませんね。これは私立の大学にそうしておるのですから当然公立の大学にそうしてもいいのではないかという御要求が出ておるのですけれども、これについてはどう考えますか。
  188. 佐野文一郎

    ○佐野(文)政府委員 御指摘研究旅費と専任職員の給与につきましては、明年度概算要求でこれについての助成を実施したいと考えて、現在折衝しているところでございます。
  189. 長谷川正三

    ○長谷川(正)委員 わかりました。それではその件はぜひ実現するように大臣にも御努力願いますし、大蔵省側にも特に強く要望をいたしまして、時間が参ったようでありますから、私の質問は終わらせていただきます。ありがとうございました。
  190. 登坂重次郎

    ○登坂委員長 次回は、公報をもってお知らせすることといたし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時三十六分散会