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国務大臣(
宮澤喜一君) 核防
条約の御
審議に当たりまして、衆議院におきましても、また、本院においてもさようでございますが、一部から、この
条約に
わが国が加盟をするということによって、別に世界の核軍縮あるいは通常兵器を含めました平和というものが増進されるわけではないというお尋ねがしばしばございまして、私はそれに対して、その都度、この
条約は核軍縮といういわば非常に大きなシステムの中の
一つの役割りを担う
条約だと考えておりますと、これがすべてではありません、これがオールマイティーというふうには私ども考えていないので、その他のいろいろな要素、手だてと並行して、全体の核軍縮というシステムというものの一部だと私どもは考えていますということをお答えしてまいったのであります。このことは、先ほど秦野
委員の前段に言われましたことと関係をしておりまして、外務省の軍縮についての努力というものの中で、やはり今後軍縮全体を大きなシステムとしてとらえて、今後どの
時点で何をしていくべきか、これは世界的な規模においてでありますが、そういう
研究、そういう政策の具現化というものをやはり少し系統的にしなければならないのではないかというふうに私も考えています。そういうシステムの中における
一つの役割りを担うのがこの核
拡散防止
条約であるというふうに考えておるわけでございます。
それで、このことと
わが国の安全保障との関係でございますが、少し長くなりましてもよろしゅうございましょうか——。
政府がこの
条約に署名をいたしましたときに
三つの点の声明をいたしました。
一つは、非
核保有国の安全、
一つは核軍縮の進展、もう
一つは平知
利用についてでありますが、最後の点は直接関係がないので一応省略をさせていただくとしまして、これらについて、この御
承認をいただこうとお願いをしている
時点でどう考えるかということでありますが、まず、この
条約に
わが国が加盟することによって、一応
わが国がみずからを規制する、いわば仮に失うという言葉を使わしていただきますが、失うところは何であるかということを考えますと、それは、いわゆる核を
わが国がつくらない、あるいは持たないということを今後二十年の近くにわたって国際的に誓約をするという点でございます。
わが国は非核三原則を持っておりますし、政府はこの原則を将来にわたって
変更しないということは何度も申し上げておりますけれども、厳しく申せば、この
条約はそのことを国際的に少なくとも二つの原則について約束をするわけでありますから、そういう
意味では、
わが国に新たな規制を課するということは、これは私は否定はできないと思います。
ただ、これによって実体的にそれでは
わが国は何を失うであろうかということになりますが、それがいわゆるフリーハンド論という議論との関連になるわけでございます。現実に
わが国が
核兵器をつくり得る能力を持っておりますことは、私は疑いがないと思います。国民の
意思というようなことを別にいたしまして、能力的には、技術的にも財政的にもそれは可能であろうというふうに考えます。がしかし、そのようにしてつくりました
核兵器を、果たしていかような形で実験をするか、また実際の場合、それが
わが国のような密集した、しかも狭隘な地形を持つ国において有効に使い得るであろうかということになりますと、これは議論の分かれるところと思いますが、私はきわめてその可能性は少ない、むしろ
わが国民自身に危害を及ぼす度合いの方をよけいに心配しなければならないのではないかというふうに考えます。考えられる
一つの可能性としては、将来原水力潜水艦にそのような
核兵器を搭載をして、これを抑止力にして
利用できるかという問題は、可能性としては私は考えられなくはないと思いますけれども、それは恐らく国民的な合意が得られるとしましても、もう非常な財政負担と、もろもろの非常な実は随伴する問題を伴うであろうと思われます。その可能性はきわめて少ない。いわんや、そのことがよろしいかどうかということになりますと、国民的な支持が仮にあるといたしましても、きわめて私は疑わしい問題ではなかろうかと思います。
それからもう
一つの問題は、これは実は余り私は強調をすることはどうかとも思いつつ、先ほど秦野
委員が言われました
管理能力という点でございます。そのようにして持ちました
核兵器を、実際に使わずに抑止力として徹底的に上手に
利用し得るためには、かなり高度の
管理能力を必要とすると思われますが、そのような
管理能力は、場合によって絶対的な独裁制から生まれ得る、あるいは非常に進んだ民主主義、そのどちらからか生まれ得ると思いますけれども、前者の場合は、
わが国がとうてい選択し得るところではありませんと思います。
わが国の民主主義がそれならばそのような
管理能力を持つところまで発達し得るかと言えば、私はその点はし得ると思いますけれども、ただその場合には、恐らくいろんな
意味での機密の保持といったようなものが、いろいろな問題がある中で
一つ取り上げてみましても、これはどうしても必要なことになってまいろうと思います。そのようなことが果たして
わが国民主主義の全体の将来から見てよろしいことであるかどうかということになりますと、これはまた先進国の幾つかの例を見ておりましてもかなり問題があるのではないかというふうに思います。むしろ
アメリカの例などを見ておりますと、この数年来、今日まで
アメリカの社会で起こっておりますいろいろな問題というのが、ある
意味で
核兵器に伴う一種の機密の保持ということ、それが社会的にいろんな
意味で乱用され、あるいは場合によって悪用されたということから生じておるように思われますので、
わが国民主主義、将来の本当の国益から言ってそのようなところへ
わが国を持っていくことがいいであろうか、悪いであろうか。私自身はきわめてそれは疑わしいことだというふうに考えております。しかし、観念的にはこの
条約を結ぶことによってその二つの点でわれわれは国際的な約束をするということになりますから、そのことを狭い
意味での防衛的な見地からはマイナスだとお考えになる議論があろうと思いますが、私は広い
意味の国益及びその実効、可能性などから考えますと、失うところは、まあ極端に申せばないという、いわゆるフリーハンド論というものについて私はきわめて懐疑的であり、否定的でございます。
もちろんそのことの裏には、現在のような国際情勢においては、なお
わが国が何びとかの核の抑止力のもとにいなければならないということが現実でありますので、日米安保
条約というものをわれわれとしては維持するということが当然に随伴をいたしおります。もちろん、自衛隊の専守防衛能力の整備ということはもちろんでありますけれども、さらに、それを越えて核に対処する道というものをわれわれとして考えなければならない。この点は昨年来一部の世論もありまして、申すまでもないことながら米国側との確認をいたしておりますわけでありまして、米国側として、将来
わが国が攻撃を受けた場合に、それが通常兵器によるものであれ
核兵器によるものであれ、
条約上の義務を誠実に果たすということをもってこのことは一応完結をしておるというふうに考えます。
さらにしかし、議論が進みますと、そのような国の最終的な運命を決するような安全の問題を他国に依存をするということが、
日本国民の精神あるいは将来にどのような
影響を持つかという議論がございますけれども、このこと自身は安保
条約そのものに伴う議論であって、このたびの核不
拡散条約そのものから直接に出る議論ではないのではないかというふうに私は考えております。したがいまして、
わが国の安全にとってこの
条約がマイナスにはならないということは、私はまず申し上げられると思います。
次に、それならばいかにプラスになるかということを申し上げなければなりませんが、
一つは、やはりこのような
条約に加盟することによって、
わが国が今後展開しなければならない、先ほどもお話のありましたシステマチックな軍縮、核軍縮に始まって通常兵器の軍縮に至りますそのようなことについての
わが国の発言あるいは寄与というものが非常な説得力を持つようになるであろう。
わが国がこれに署名をしながら加盟をしなかったという状態に比べますと、そのことはなおさらに、その説得力の強弱というものは差異を生じてくるのではないかという点が一点であります。
次に、アジアにおきましては、
日本は
核兵器を持たないということを言っているけれども、それは果たしていつまで真実なのであろうかということを疑っている国が残念ながらまだ相当ございます。そういう国々に対して、われわれは非核三原則という、いわば政府あるいは国会が一方的に表示した
意思を超えて、国際的な約束をするということによって、その点についてもそれらの国々の疑惑をかなりの
程度解消することができるのではないだろうか。このことは、アジアにおける今後の平和構造に私はかなり大きな
影響を及ぼすと思います。つまり、アジアの諸国が
日本に対して持っておるそのような疑惑を、この際、国際的な約束の場を通じて解消しておくということが、アジアにおいて今後われわれがそれらの国々とつき合っていく場合に大きな安心感を与える、あるいは信頼感を与えることになるのではないかというふうに考えます。
第三の利点として考えられますのは、これは先ほどやはり秦野
委員の仰せられたことに関連をいたしますけれども、米ソが核軍縮を考えていく場合に、今後可能性のある国が
核保有国の道へ進まないということは、そういう保障があるということは、米ソが核軍縮を考える上である
意味で問題を非常に考えやすくする、処理しやすくするという要素があると思います。このことは、余り何といいますか、いわゆる勇ましい話にはならないわけでございますけれども、今後
核保有国がどこにどれだけふえるかわからないという
状況の場合と、これ以上
拡散しないであろうという
状況の場合とでは、米ソが自発的に核軍縮に進むときの判断の難易というものに私はかなり
影響をしておるというふうに考えております。そのことは、昨年のジュネーブの再検討
会議においても、はからずも米ソが両方とも、この
条約によって将来の展望というものがある
程度はっきりしてきて両者の軍縮
交渉がやりやすくなったということを言っておりますのは、私はかなりの真実があるのではないだろうかというふうに考えるわけでございます。
あと利点と考えられますものはいろいろございますけれども、総合いたしまして、
わが国が、このような経験を持つ国として核軍縮を世界の先頭に立って唱道し、進めていきます上で非常な信憑力と説得力を
わが国が与えるということは疑いないというふうに考えます。全体といたしまして、この
条約に加盟をすることによって、
わが国は失うものはなく、得るものが多い。それによって世界の軍縮への道に向かって
わが国が先頭に立って進んでいくことができるという判断を政府としてはいたしておるわけでございます。