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竹下国務大臣 清水委員に
お答えをいたします。
清水委員の御指摘は、私は傾向としてそういう傾向にいっておるということは否定するものではありません。まさにそういう傾向にいっておるな、と思います。これは日本人の持つことわざの一つを
考えますと、狭いながらも楽しいわが家とか、あるいは木の香りとか、そういうものがわれわれの体内にしみ込んでおって、それが長い伝統のうちに、自己の生涯設計の中で暮らしそのものに幸福感とかあるいは悦楽とかいうものを感ずるのは
持ち家を持ったときだ、日本人の体質の中にそういうものがあることはまさに事実であります。それが御
賛同いただいて二十回目の
改正になりますこの
公庫法等が、それだけのニーズにこたえて
改正されながら進んできたというのは、そういう日本人の体質とこの
制度とが非常にかみ合っておったからそういうことになったのではないか。
しかしながら、仮に東京都区部の地価等から
考えてみましたならば、確かに上物はさることながら、宅地取得のために要する膨大なる経費ということになれば、
昭和三十年代に就職なすったような方は、ある
意味においてある種の財産形成、ある種の投機として百坪なら百坪土地をお買いになっておって、いま三十九歳とか四十歳になって、その半分を売ってそして
公庫融資を加えて
持ち家を持つというようなことは、そのときの人には私はあったと思うのであります。が、高値安定したら、なかなかそういう
意味において、たとえば東京都区部そのものを
考えたときに、高ねの花といいますか、そういう印象が率直に言って、ないとは私も思わないわけであります。
そこで公営
住宅の問題を
考えてみますと、私なりに、
建設大臣に就任いたしましてまだ百日ぐらいなものでありますが、
住宅政策についていろいろな勉強をしてみますと、たとえば今
年度の
予算に不用額が生じた。不用額というのは、せっかくこの
予算民主主義の中で議決いただいた
予算を使わないことなんでございますから、そのまま国庫へ返上することでありますから、まことにこれは残念なことであります。それも、実態の中でいろいろな建物とかいろいろな工事等を行いまして、予定価格よりも千円あるいは一万円安く落札したために不用額として返ってくる。これらはまた国費の節減という
意味においても幾らか申し開きも立つ問題である。ところが、その大部分が公営
住宅の返上とかあるいは未消化によって不用額としてこれを立てたわけであります。それを見ましても、やはりこの問題は必要性というものがありながらも、現実これを消化するにはたくさんの隘路があるということを実態として私も感じました。
これは一番大きな問題は、
地方公共団体が
住宅関連の公共施設——
先生もすでに百も御
承知のように保育所でありますとか、学校でありますとか、下水でありますとか、そういうものに余りにも地方団体としての投資が大き過ぎるがために、人口は御免です、あるいは
住宅は御免です、地方自治体そのものにはそういう
考え方があります。したがって、そこへきちんとしたメスを入れなければ、私はなかんずく三
大都市圏における公営
住宅、
金融公庫を除く公的資金による
住宅というものは容易なことではないなという感じがつくづくといたしているわけであります。
したがって、いま土地政策全体を所管する国土庁、わが方の
計画局、
住宅局等でそういう隘路についての一つのたたき台でもいいから、つくって、それを各界の、もとより
国会等の御批判をいただいて、そこに隘路打開の方途を模索し、発見したらどうだ、こういう
考え方でいま検討というよりも勉強会を精力的にやってもらっておるところであります。
そういう隘路が打開できないと、家が建つということは結構でございます。が、それをバランスで見た場合に、いかにも
住宅政策の方向そのものがすべて
持ち家の方へおんぶして、公的賃貸
住宅等の方をネグレクトして進んでおるのではないか。結果としてそういうグラフが出てくるわけでありますから、私はそういうところの別の
意味における客観的隘路というものについて本気な取り組み方をしなければならぬ。
これはたとえば先ほどの質問にもございましたが、公的
関連施設に対する
融資制度というようなものも逐次拡充されておるものの、どうしてもこれだけではやれない状態になっておるのではないか。清水委員の選挙区等を私なりに念頭に入れてみても、本当に東京へお通いになる人がたくさんお住みになっておって、県知事さんはだれですかと言ったら、畑和さんという者よりも美濃部さんと言った者が多かったとか、そういったふうな方々の人口増に対して大きな拒否反応がある。その拒否反応を取り除くためには、
関連公共施設というものに対する、どうしてもこれは一歩踏み出して言うならば、新しい財源というものも
考えていかなければならぬではなかろうか。そういうことを模索し、苦悩し、研究を重ねておる現在であるということを、素直にこの心境を申し上げまして、
お答えになったかならぬかわかりませんが、
お答えといたします。