○
矢田部理君 そこで具体的問題について伺いたいと思います。
これは中曽根幹事長——通産
大臣時代でありますが——にまつわる疑惑のあらましであります。内容をかいつまんで紹介をいたしますと、四十七年の三月九日、赤坂の料亭「一条」で、中曽根康弘氏と前殖産住宅社長の東郷民安が同席をした。そこで中曽根氏から東郷に対し、殖産住宅が近く上場するそうだが、一般に新規上場に際しては、
公開値と寄りつき値との差額で相当もうけることができるという話を聞いている、ほかの
政治家もこれでお金をつくった、自分が今度の
総裁選挙に出るためには相当額の
資金が必要だが、新株の引き受け
資金として二十五億
程度は自分の方で
調達できるから、協力してもらえないかと要請をした。
これを受けた東郷は、八月二十三日、野村証券の北裏社長を訪ねてその一件を話をし、
公開株三百五十万株のうち百万株を別枠にしてほしいと話をしたところ、北裏社長もこれを
了解して、野村証券の大森
企業部長にその段取りを指示をした。その後間もなく大森
企業部長から殖産の東郷に話があった。殖産の取引先で気心の知れた会社十社
程度を選んでほしい、その名義で引き受けさせたいという話があり、殖産側の選定に従って臼井商店外九社名義でこの中曽根氏から話のあった百万株を引き受けることにした。八月末に東郷は中曽根さんを訪ねて百万株を確保した旨報告をする。それに中曽根さんは答えて、引き受け
資金として二十五億出してくれるのは、戸栗享という男の口ききで東京相互銀行であるという話があった。これを聞いた東郷は、東京相互には背後に殖産乗っ取りに食指を動かしている小佐野賢治がいるということを知り、その筋からの
資金づくりは困ると言って断った。しかしながら、私の方で
資金を
調達をして何とかいたしましょうということでその場は別れ、間もなく三井銀行から十数億円を
調達をして百万株を引き受けることになった。
その百万株は殖産住宅が上場した十月二日、新株の発行価額は千二百五十円でありますけれども、前場寄りつき値であるところの二千六百五十円でこれを処分し、実に十三億円ぐらいの利益を得たわけであります。その利益から、名義を借りた十社ぐらいの
税金その他の費用を控除した上で、五億円を中曽根氏に
献金しようと申し出たところ、中曽根氏は、いま直ちに必要としないので——すでにこの年はもう
総裁選挙は終わりました——中曽根氏の秘書官である上和田義彦名義で預金をしてほしい旨返答をし、それを受けて東郷は十月六日三井銀行銀座支店に上和田名義の預金をしたわけであります。こういう経過と事実が明らかにされております。
これは東郷側の言い分でありますからある
程度割り引いて聞くといたしましても、裏づけがないわけではありません。こういう事実について副
総理、
大蔵大臣あるいは
官房長官、どう
考えられますか。