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1975-02-28 第75回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和五十年二月二十八日(金曜日)    午前十時開議  出席分科員    主査 笹山茂太郎君       木野 晴夫君    櫻内 義雄君       石野 久男君    上原 康助君       大出  俊君    清水 徳松君       田口 一男君    田中 武夫君      米内山義一郎君    青柳 盛雄君       諫山  博君    土橋 一吉君       中路 雅弘君    近江巳記夫君       坂口  力君    兼務 野坂 浩賢君 兼務 小川新一郎君    兼務 安里積千代君  出席国務大臣         国 務 大 臣         (防衛庁長官) 坂田 道太君  出席政府委員         防衛政務次官  棚辺 四郎君         防衛庁参事官  菅沼 照夫君         防衛庁参事官  平井 啓一君         防衛庁参事官  岡太  直君         防衛長官官房         長       斎藤 一郎君         防衛庁防衛局長 丸山  昂君         防衛庁人事教育         局長      今泉 正隆君         防衛庁衛生局長 萩島 武夫君         防衛庁経理局長 亘理  彰君         防衛庁装備局長 山口 衛一君         防衛施設庁長官 久保 卓也君         防衛施設庁次長 長坂  強君         防衛施設庁総務         部長      安斉 正邦君         防衛施設庁施設         部長      銅崎 富司君         防衛施設庁労務         部長      松崎鎮一郎君         自治省行政局長 林  忠雄君  分科員外出席者         警察庁警備局警         備調査官    渡辺 善門君         法務省刑事局刑         事課長     根岸 重治君         外務省アメリカ         局外務参事官  深田  宏君         大蔵省理財局特         別財産課長   森  卓也君         自治省税務局固         定資産税課長  川俣 芳郎君         消防庁予防課長 永瀬  章君     ————————————— 分科員の異動 二月二十八日  辞任         補欠選任   田中 武夫君     上原 康助君   青柳 盛雄君     土橋 一吉君   近江巳記夫君     沖本 泰幸君 同日  辞任         補欠選任   上原 康助君     大出  俊君   沖本 泰幸君     広沢 直樹君 同日  辞任         補欠選任   大出  俊君    米内山義一郎君   広沢 直樹君     坂口  力君 同日  辞任         補欠選任  米内山義一郎君     田口 一男君   土橋 一吉君     諫山  博君 同日  辞任         補欠選任   田口 一男君     清水 徳松君   諫山  博君     寺前  巖君 同日  辞任         補欠選任   清水 徳松君     田中 武夫君   寺前  巖君     中路 雅弘君 同日  辞任         補欠選任   中路 雅弘君     青柳 盛雄君   坂口  力君     近江巳記夫君 同日  第二分科員野坂浩賢君、第四分科員安里積千代  君及び第五分科員小川新一郎君が本分科兼務と  なった。     ————————————— 本日の会議に付した案件  昭和五十年度一般会計予算皇室費、国会、裁  判所、会計検査院、内閣、総理府(経済企画庁、  国土庁を除く)及び法務省所管並びに他の分科  会の所管以外の事項  昭和五十年度特別会計予算及び昭和五十年度政  府関係機関予算中他の分科会所管以外の事項      ————◇—————
  2. 笹山茂太郎

    笹山主査 これより予算委員会第一分科会を開会いたします。  昭和五十年度一般会計予算総理府所管を議題とし、防衛庁に関する事項について、政府から説明を求めます。防衛庁長官坂田道太君。
  3. 坂田道太

    坂田国務大臣 昭和五十年度防衛庁予算案について、その概要を御説明いたします。  まず防衛本庁について申し上げます。  昭和五十年度の防衛本庁歳出予算額は、一兆  一千九百七十四億三千八百万円で、前年度の当初予算額に比べますと二千百二十億七千七百万円の増加となっております。  次に、新規継続費は、昭和五十年度甲III型警備艦建造費等で六百三十二億七千万円、国庫債務負担行為は、武器購入航空機購入艦船建造装備品等整備等で二千六百八十五億七千八百万円を要求しております。  また、昭和五十年度の自衛官定数は二十六万六千八百九十九人で、前年度の定数に比べますと八百五十三人の増員となっております。  次に、防衛本庁予算案内容について申し上げます。  昭和五十年度予算においては、最近における経済財政事情を踏まえつつ、第四次防衛力整備五カ年計画の第四年度として防衛力整備を進めることといたしておりますが、特に重点を置いた事項は次のとおりであります。  第一に、隊員の処遇改善のための諸施策を強化することとし、このため、曹士俸給算定方式改善を初めとして、人事施策改善を図るとともに、営舎内における生活環境改善等の諸施策を推進することとしております。  第二に、防衛力を広く国民的基盤に立脚したものにするため、災害派遣、その他民生協力活動を積極的に実施し得るよう、救難航空機調達施設器材整備等を行うこととしております。  第三に、衛生施策であり、前年度開校した防衛医科大学校学年進行に伴う整備を初め、所要経費と定員を要求いたしております。  第四に、陸上部隊装備艦船航空機等主要装備については、所要充実整備を行うことといたしております。  以下、機関別内容を申し上げます。  陸上自衛隊歳出予算額は、五千五百六十六億三千万円、国庫債務負担行為は、四百六十億二千二百万円となっております。  その主要な内容について申し上げますと、  まず、陸上部隊装備として、従来に引き続き七四式戦車、小銃等調達するほか、新規装備品として、七四式一〇五ミリ自走りゅう弾砲五門、七五式一五五ミリ自走りゅう弾砲仮称)五門を調達することとしております。  次に、航空機については、連絡偵察機一機、多用途ヘリコプター十一機、輸送ヘリコプター二機、観測ヘリコプター十五機、練習ヘリコプター三機、合わせて三十二機の購入予定しております。  海上自衛隊歳出予算額は、二千六百八十億四千八百万円、国庫債務負担行為は、六百八十六億四千二百万円、継続費は、六百三十二億七千万円であります。  その主要な内容について申し上げますと、  まず、昭和五十年度の自衛官定数は、艦船航空機就役等に伴い五百十七人を増員し、四万一千九百五人となります。  また、艦船については、護衛艦五千二百トン型一隻、潜水艦二千二百トン型一隻、中型掃海艇三隻、輸送艦一隻、支援船八隻、合わせて十四隻、一万九百五十七トンの建造予定しております。  次に、航空機については、対潜哨戒機六機、対潜飛行艇二機、初級操縦練習機四機、対潜ヘリコプター四機、合わせて十六機の購入予定しております。  航空自衛隊歳出予算額は、三千三百五十五億八千七百万円、国庫債務負担行為は、一千三百五十一億七千八百万円となっております。  その主要な内容を申し上げますと、  まず、昭和五十年度の自衛官定数は、航空機就役等に伴い三百三十六人を増員し、四万四千九百十一人となります。  また、第三航空団所在地を小牧市から三沢市に変更することを予定しております。  次に、航空機については、新規支援戦闘機十八機の購入予定しているほか、要撃戦闘機十二機、救難捜索機一機、飛行点検機一機、救難ヘリコプター二機、合わせて三十四機の購入予定しております。  内部部局統合幕僚会議及び付属機関歳出予算額は、三百七十一億七千三百万円、国庫債務負担行為は、九十七億三千六百万円となっております。  主要な内容は、防衛医科大学校経費各種装備品研究開発費、その他各機関維持運営に必要な経費であります。  以上のうち、第三航空団所在地の変更、自衛官定数増、七四式一〇五ミリ自走りゅう弾砲五門、七五式一五五ミリ自走りゅう弾砲仮称)五門の調達護衛艦五千二百トン型一隻、潜水艦二千二百トン型一隻の建造については、昭和四十七年十月九日に閣議決定された「文民統制強化のための措置について」に基づき、国防会議に諮り決定されたものであります。  続いて防衛施設庁について申し上げます。  昭和五十年度の防衛施設庁歳出予算額は、一千二百九十七億九千四百万円で、前年度の当初予算額に比べますと二百二十二億七百万円の増加となっております。  また、国庫債務負担行為は、提供施設移設整備で百七十七億二千百万円を要求しております。  次に、防衛施設庁予算案内容について申し上げます。  昭和五十年度予算重点施策として、最近の基地をめぐる諸般の情勢にかんがみ、周辺住民生活の安定及び福祉の向上に資するため、防衛施設周辺地域生活環境整備等を一層拡充することとしたほか、駐留軍従業員離職者対策及び福祉対策充実並びに駐留軍施設整理統合の推進を図ることとし、所要予算を計上しております。  以下各項別内容を申し上げます。  調達労務管理事務費については、駐留軍従業員雇用関係特殊性にかんがみ、特別給付金支給額の改定、職業訓練における受講奨励手当の新たな支給駐留軍要員健康保険組合直営診療所人件費補助及び沖繩における福祉会館建設費補助等を含め、五十億七千四百万円を計上しております。  施設運営等関連諸費については、九百六十四億五百万円となっております。  このうち、基地周辺対策事業については、基地問題の実態に有効に対処し得るよう、特定防衛施設周辺整備調整交付金三十億円を含め、五百三十一億九百万円を計上しております。  提供施設移設整備費については、駐留軍提供施設返還促進を図るため、その移設を行うための経費として、歳出予算に百五十五億一千九百万円を計上しているほか、国庫債務負担行為に百七十七億二千百万円を計上しております。  その他相互防衛援助協定交付金七千万円、一般行政事務に必要な防衛施設庁費百二十七億二千六百万円を計上しております。  以上申し述べました防衛本庁防衛施設庁予算国防会議予算を加えた昭和五十年度防衛関係費は一兆三千二百七十三億二千二百万円となり、前年度に対して二千三百四十二億九千八百万円、二一・四%の増加となります。  以上をもちまして、防衛本庁及び防衛施設庁予算案概要説明を終わります。  何とぞ慎重御審議の上、御賛同くださいますようお願い申し上げます。
  4. 笹山茂太郎

    笹山主査 これにて説明は終わりました。     —————————————
  5. 笹山茂太郎

    笹山主査 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。土橋一吉君。
  6. 土橋一吉

    土橋分科員 私は、まず米軍立川基地返還問題を中心として、その他現在の米軍基地及び基地跡の諸問題について政府の責任ある回答をお願いしたいと思うのであります。  基本的な外交上の諸問題やあるいは地位協定に関する諸規定の問題などはさておきまして、時間もありませんので、ごく簡単に明瞭にお答えをいただきたいと考えております。  まず第一に、一九七三年、昭和四十八年一月二十三日の日米安保協議会第十四回でありますが、ここで合意された米軍基地横田集中化、俗に言う関東計画でありますが、これに伴い、立川基地全面返還昭和五十一年三月に迫っておると言われております。もとより安保条約再編強化をねらう関東計画は、われわれは断じて許すことはできません。全面返還早期実現跡地全面的平和利用あるいは町づくりに活用したいことは、地元立川市議会でも決議をされておるのであります。また、平和的な町づくり長期構想につきましても、平和利用委員会が多くの市民代表を含めまして構成されており、この三月には、平和利用構想がまとまると言われておるのであります。同時に、立川市を初めとする関係昭島市、東京都の間におきましても全面返還促進自衛隊の居座りは認めない、民間飛行場は認めないなどの点で全く一致しておる問題であります。  そこで第一番にお尋ねしたいことは、立川市を初め全都民の要求である立川基地全面返還の時期の見通しについてお聞きをしたいと思うのであります。
  7. 久保卓也

    久保政府委員 お話しになりましたように、横田への集中統合の結果、立川施設返還されるわけでありますが、立川施設のうち、一部はすでに返還されておりますが、残りの中で横田移設をする工事が完了次第、立川は全面的に返還されてまいる。いまのめどといたしましては、五十一年度末、すなわち五十二年三月以前の段階において返ってまいる、こういうことであります。
  8. 土橋一吉

    土橋分科員 重ねてお尋ねをいたしますが、五十一年の三月までには返還される、そういう見通しあるいはお考えですか。
  9. 久保卓也

    久保政府委員 当初五十一年の三月ということでありましたが、若干工事関係がおくれまして、五十一年度にずれる、五十二年の三月までとは申しませんが、五十一年度にずれる可能性があるということであります。
  10. 土橋一吉

    土橋分科員 ただいまの発言はまことに重大でありまして、三月といえば、これはいわゆる五十年度の年度内であります。あなたがいま仰せになりましたように、五十一年度は四月から始まるわけでございますが、そうしてくると、五十一年席になってきますと、かなりおくれるというふうに考えられますが、それでは当初の約束が違うのですか。その点はどうですか。
  11. 久保卓也

    久保政府委員 当初立川は三年以内に返還されるであろうというふうにわれわれも申しておりました。しかし、工事関係から申しまして、五十一年の三月よりもずれそうだ、いまのところ五十一年度の何月ということはちょっと申せませんが、しかし少なくとも、五十一年度の適当な時期には返されるという見通しであります。
  12. 土橋一吉

    土橋分科員 それでは次の問題。  また自衛隊は即時撤退すべきものであるし、返還時における自衛隊継続使用は、地域住民にも大きな撤退要求があることはすでに御承知のとおりであります。さらに立川市議会におきましても、七四年の九月には、自衛隊撤退決議が可決されておるのであります。これらの点を考えますと、いま御説明になりましたように、かなりずれるとなってくると、まことに大きな問題だと思うのであります。  いまの御答弁でこの質問はよろしいのですが、次の問題として、全面返還されて、跡地について国が立川市を初め関連自治体に払い下げることになった場合に、跡地利用について、財政的問題として無償で払い下げる考えがあるかどうか、大蔵当局に伺います。
  13. 森卓也

    森説明員 大蔵省から御答弁いたします。  ただいま先生指摘立川飛行場跡地、これを地元利用する場合に、その負担がどうなるかという御質問でございますが、立川返還は、先ほど施設庁長官の方からお話がありましたように、まだ大分当初の予定よりは延びそうでございます。また、地元の方もいろいろ御要望は出ておりますが、まだその計画をわれわれの方に具体的には承っていないわけでございますけれども、一方御承知のとおり、関東プランによっておりますので、これは代替施設提供条件として返還される予定のものでございます。それでそのために、代替施設建設のためには相当の国費を要するというのは御承知のとおりでございます。したがいまして、まだ地元の御要望がどういうことか具体的にわかりませんので、まだ詰める段階には至っておりませんけれども、跡地処分、もし地方公共団体利用するというようなことになりました場合にも、ただいま申し上げましたような事情がございますので、やはりある程度負担していただかなければならないのではないかというふうに考えております。
  14. 土橋一吉

    土橋分科員 それでは有償だというわけですか。簡単に答えてください。有償だということですか。
  15. 森卓也

    森説明員 全額時価ということではございませんけれども、場合によりましては減額譲渡とかそういうようなこともございますけれども、全部無償だということを申し上げるわけにはまいらぬということでございます。
  16. 土橋一吉

    土橋分科員 また、国有財産法の改正なり、あるいは現在の法の中において、過密都市における義務教育施設に対する国有地の五カ年間の無償貸し付けというような条項などをさらに発展させて、公共用地取得に悩む地方自治体の利用に努力するつもりがあるのかどうか、この点をちょっとお聞きしたい。
  17. 森卓也

    森説明員 御承知のとおり、ただいま先生指摘のとおり、人口急増地帯の小中学校につきましては無償貸し付けをすることができるという制度はすでにあるわけでございますが、一方ただいま申し上げましたとおり、立川の場合は代替施設に相当の国費を要しておりますので、その点を勘案して今後検討してまいりたいというふうに考えております。
  18. 土橋一吉

    土橋分科員 次に、いまのような御答弁内容からうかがいますと、全面返還を待たずして緊急に解決すべき点があるやに思うのであります。その点について明確な答弁をしていただきたいと思いますが、立川基地内を通過するバス路線実現について、最近の立川市は自動車などが非常にふくそういたしております。そして基地が御承知のように五百八十万平米という膨大な地域立川市の真ん中にございます。日本流に言えば百七十万坪余でございます。でありますから、立川市は異常に交通状態がふくそうし、特に御承知のように三多摩人口急増地帯でありますので、北口に集中するバス路線の数は全国でも有数だと言われております。一日三千七百本以上であります。  こういうことで、交通渋滞の解消のために一定時間いろいろな方法で、ある程度の規制はいたしておりますけれども、しかし全般的な効果を上げるに至っておりません。ですから、たくさんの自動車が裏の方の道をどんどん行くというようなことで、大変いろいろな交通事故あるいは騒々しいというような問題も起こっております。とりわけ大部分のバスが通過する高松町大通りというのがございまして、これは立川の駅からずっと北の方へ向かっておる大通りでありますが、その交通渋滞騒音排気ガス等文字どおり地域住民を苦しめ、商店街はもちろんでありますけれども、通行する勤め人、あるいは学童、園児、あるいは主婦の買い物等では大変困っております。私もよく見受けますが、ハンカチで鼻を覆いながら町を歩いておる、こういう状況であります。  この問題について立川市が独自に調査をいたしましたが、大体騒音大気汚染のひどさは環状七号線の状況に匹敵をするというデータがすでにあらわれております。これは一九七三年六月、一九七四年九月並びに十一月の三回の結果でもかような状態であります。  そこで、これらの問題の根本的な解決は、何と申しましても全面的な返還を待ちまして、この道路問題あるいは緑の地域をつくるとか、公共施設その他をつくるとか、住宅をつくる等の問題があるのであります。そこで、いま申し上げましたような状態でありますから、基地内に、現在の状態においてバス路線をつくって、砂川方面あるいは東大和市、武蔵村山市というような方向へ抜けることが非常に肝要だと言われておるのであります。すでに北海道の真駒内の自衛隊基地にはそういう道路がつけられておるということも、われわれは承っております。さしあたり、そういう事情から立川基地の中にバス路線を通過させるというようなことについて非常な熱望を持っておりますが、これについては一体どういう考えか。ちょっと運輸省関係あるいは防衛施設庁からお答えを願いたいと思います。
  19. 久保卓也

    久保政府委員 ただいまの問題を私は承知いたしておりませんが、緊急を要するような問題であれば、返還以前といえども米軍と折衝することは可能だと考えます。したがいまして、将来の都市計画あるいは大蔵省の土地の処分計画の問題、そういうこととも考え合わせ、市の方から具体的な御提案があれば、関係省庁と御相談申し上げてみたいと思います。
  20. 土橋一吉

    土橋分科員 わかりました。  さらに、よく皆さん御承知と思いますが、基地拡張米軍が非常に要求いたしまして、いまから二十年ぐらい前でございましょうか、砂川闘争ということが起こったことは御承知のとおりであります。この砂川闘争のときに五日市街道のちょうど北側にD地区という形で、いまも残っている六万平米を超える地域がございます。これについても単独返還をしてほしい、こういう要望が市並びに地域住民にありますが、こういう問題についても善処が願えるものかどうか、簡単にお答えを願いたいと思います。
  21. 久保卓也

    久保政府委員 米側に、返還予定の時期以前に要望する場合には、やはり具体的な理由、その他米側を説得するに足りるような理由を添え、具体的な地元からの御要望があれば、折衝することは可能であります。
  22. 土橋一吉

    土橋分科員 この問題については、御承知のように防衛施設庁立川市の間においていろいろな今日までの経緯がございます。したがって、そういうことを中心にこれはできないというようなことは、まさかおやりにはならないと思いますが、その点はひとつ明確にお示しを願いたい。
  23. 久保卓也

    久保政府委員 私どもは立川市という行政機関を相手に仕事をしておるのでありまして、それを構成している人間と交渉しているわけではございません。
  24. 土橋一吉

    土橋分科員 わかりました。  次に、私はお尋ねしたいのですが、米軍多摩弾薬庫現状と今後の見通しについて、ちょっとお尋ねをいたします。  多摩市、稲城市にまたがる総面積二百一万六千四百四十九平米に及ぶ米軍多摩弾薬庫が現在もあるのですが、ここは一体どういうふうに使われておるかというようなことは、われわれが外見上見たところでは、米軍の子弟のキャンプに使うとか、米軍の方々がゴルフをやるとか、こういうふうに表向きは見えておるのであります。こういうような利用状態である多摩弾薬庫について、少なくとも現在御承知のように、地位協定その他の規定によって使命を終わっておるというならば、即時その地域返還をしてもらいたいという要求がありますが、現状は一体どうなっておるでしょう。簡単に答えてください、時間がありませんから。
  25. 久保卓也

    久保政府委員 現在はゴルフ場地区キャンプエリア及びピクニックエリアから成っておりまして、合計約二百万平米ございます。両地区とも福利厚生施設として米軍人関係が使っておりますので、直ちにこれを返還するということは考えられません。  それからなお、これは具体的な情報ではございませんけれども、米軍としては、いずれかの施設日本側返還する場合の移設予定ということも念頭にあるやに見受けられます。そういうこともありますので、施設返還そのもの考えられないのでありますが、これをたとえば一部返還するとか、あるいは地元のいろいろな団体のためにレクリエーションその他に利用するというようなことについては、好意的に配慮することは可能であろうと思います。
  26. 土橋一吉

    土橋分科員 久保さん、それは間違いないですか。たとえば地域の市町村、特に多摩市、稲城市がぜひ子供の遊び場に使わしてくれ、あるいは野球をしたいというようなことを言ったときに、正当な理由であるならば、これはやはり認めてくださるでしょうか。
  27. 久保卓也

    久保政府委員 現に稲城市長からグラウンド用地としての一部返還が要請されておりまして、これは現在米軍と折衝中であります。それから日本ボーイスカウト連盟からキャンプ場として一時的に使用さしてほしいというような要望がございます。これについても米側と折衝してみたいというふうに考えております。無制限とは申せないと思いまするけれども、ものによっては可能であろうというふうに思います。
  28. 土橋一吉

    土橋分科員 われわれは、アメリカ軍の横田基地返還問題はつとに提唱し、これを要求し、この横田基地というのがどういう立場に立っておるのか、あるいは第五空軍との関係、太平洋空軍との関係等においてよく承知をいたしております。この横田基地は御承知のように膨大な地域でございまして、しょせんは、やはりこれらの地域地域住民返還をしなければならぬというふうにわれわれは考えておりますが、その問題についてのお答えと、それから、すでに昨年の十一月に完了いたしました府中市にある元第五空軍司令部跡でございますが、これも大変広大な地域でございまして、この中には一部米軍の無線基地の場所がございます。そして現在は、いわゆる航空自衛隊総監本部がございますが、これらの地域はそのまま残るとするならば、あの地域は御承知のように三角形になっておりまして、ここが全部残るということになってくると、返還をされましても、地域要求あるいは平和的な利用の問題については非常に大きな支障を来たすのであります。でありますから、この府中第五空軍司令部跡と言われる広大な土地の返還問題についても、これはすでに大蔵省所管になっておると思いますが、こういうものについても市民の要求を入れまして基地跡の全面的な返還が行われるよう、われわれは希望いたしております。  もう一つは、東大和市にございますいわゆる大和ベースの問題ですが、これも十万坪を超える広大な地域でございまして、この返還問題も現在、いろいろ話は聞いておりますけれども、東大和市というのは、御承知のように最近どんどん人口が激増いたしております。そして東京都などと一緒になりまして、狭山丘陵地帯にも緑を残すように、いろいろ配慮をいたしておるところでございますが、ここは西武線の駅のちょうど北側に属するところでございまして、聞くところによると、警察関係の方がお使いになっておるとか、あるいは西武電鉄がどうこうするとかいう問題がございます。しかしながら、三多摩は広大な土地でございますけれども、依然としてこういう土地が必要でございます。でありますから、市長を先頭といたしまして、あるいはそれぞれの団体の皆さんの大和ベースの返還要求が熾烈に起こっておるわけでございます。  この跡地返還問題について三つですね、横田基地の問題、府中の第五空軍司令部跡の返還の土地の問題、それからいま申し上げた東大和の問題について、もう時間が残すところあと八分くらいしかありませんので、ひとつ簡単明瞭に答弁をお願いしたいと思うのであります。
  29. 久保卓也

    久保政府委員 横田は在日米軍司令部があり、それから東アジアにおける米軍の中継基地でもありますので、日米安保条約がある以上は、米軍が返す見込みはなさそうであります。そして米軍は、六つの施設日本側返還した代替として、それらの施設横田に統合しておるという現状にございます。  それから府中につきましては、おっしゃいますように通信関係施設米側としては残したい。これは指揮通信の関係がございますので、どうしても米側としては必要だ。それから府中にありまする航空自衛隊の部隊との連携ということもありますので、これは使わせざるを得ない。しかしながら、その使用範囲については、これは米側と折衝の予定でありまして、自衛隊利用あるいは地元等からの御要望、そういう点を考え合わせながら今後に処してまいりたい。  それから東大和の方は、すでに返還された基地でありまして、いろいろ問題があるようでありますが、大蔵省の方から御答弁あろうと思います。
  30. 森卓也

    森説明員 大和空軍施設跡地でございますが、これはすでに返還されておりますが、先生指摘のとおり地元からいろいろ御要望も出ております。それから警視庁からも教養訓練施設に使いたいという話もございますし、旧地主でございます西武鉄道からも鉄道車両基地というようなことでいろいろ要望が出ております。御承知のとおり、あそこは東大和市だけでございませんで、立川市がかかっておりますし、地元からのそういういろいろな御要望が錯綜いたしておりますので、私どもの承ったところでは、ただいま東京都がそれを代表いたしまして取りまとめ、調整中であるというふうに伺っております。  まだ、その案はわれわれの方には提示されておりませんが、それが東京都の方から提示されました段階でいろいろ検討いたしたい。現在形式的には国有財産中央審議会の返還財産処理小委員会に御審議を願っておるわけでございますけれども、そういう東京都の案等が出てまいりました段階で、審議会の方にその調整内容等をご審議願うというような段取りになるかと思います。
  31. 土橋一吉

    土橋分科員 米軍横田基地返還問題につきましては、いまお話がございましたが、しかし、わが国の将来の真の独立と申しましょうか、真の自立をした国家形態になるためには、どうしても安保条約、その規定にも示しておりますように、通告によってこれが解消されるということになっておりますので、そういう運びになることを私たちは心から願っておるわけでございます。最近のカンボジアの情勢あるいは南ベトナムの情勢その他いろいろ、御承知のようにこの横田が重大な動脈のような役目をいたしまして、問題が一層激化する方向にございます。したがってわが国の、しかもわれわれの都の東京においてかようなものが存在することは、日本共産党は断じて許すことができませんし、またいま申し上げるような手だてもちゃんとあるわけですから、これを実行して、そうして対等、平等の立場において、経済的にも文化的にもアメリカ合衆国とわれわれが交流することは、われわれ決してこれを拒むものではございません。しかし、いまの安保体制下におけるこの横田基地は、断じてわれわれは認めることはできません。  また、第二番目の府中の第五空軍司令部跡と言われるこの土地の問題にいたしましても、皆さんもよく御承知のように、シーザーのものはシーザーにという言葉がございますように、途中から入ってまいりました航空自衛隊のいわゆる総監本部にこの土地を使わせるということは、大きな問題があるというふうに私は考えます。また、米軍安保条約等の規定によりまして、御承知のような地位を占めることもよく承知しております。しかしながら、横田関東計画と称するもので全部行くならば、府中に置いておく必要はない、こういうふうに私は考えるのであります。したがって、第五空軍司令部跡の土地は更地のようにして地域住民返還すべきではないかということを強く私は要望するのであります。  先ほどの東大和ベースの問題につきましては、大蔵省から答弁がございましたけれども、これはやはり同じようにシーザーのものはシーザーに返すという原則をきちっとする必要があると思うのであります。御承知のように警視庁ですか、警察関係がここを使いたいということを言っておりますけれども、警察は御承知のように、小平にも広大な土地を持っています。でありますから、警察大学などを初めとして広大な土地がございますので、これはやはり地域の方々、つまり東大和市民に、あるいは市に返還するのが適当じゃないかというふうに私は考えております。  ただし、西武電鉄との問題につきましては、これは御説明もいろいろございましたが、返還後にやはり市当局としかるべくお話し合いをすべきじゃないかと考えておりますので、最後の質問に対する御答弁をちょっと簡単にお願いしたいと思います。
  32. 森卓也

    森説明員 最後の東大和市の問題、われわれといたしましては警視庁というものも、やはり都の一つの機関でございますので、ひとつ都の内部で調整をしていただきたいということを都の方に申し上げておるわけでございます。  それから西武鉄道の問題、これも旧地主としていろいろと権利を先方は主張いたしております。その点も訴訟等にならないように、できれば円満に解決して、なるべく早く跡地がスムーズに円滑に利用できるようにということで、その際あわせて調整の中に、東京都の方もいろいろ配慮されているというふうに伺っております。
  33. 土橋一吉

    土橋分科員 それでは坂田防衛庁長官に最後のお尋ねをいたしますが、いま御答弁になりましたように、政府としては立川のような場合には、いろいろ内容を示してくれば、いまのような基地内にもバイパス道路のようなものもつくることについてはやぶさかではない、あるいはD地区返還についても、市の方がきちっとしたものを出してこいというような御説明であったと記憶しております。このような説明でございますから、私たちは地元の方々、特に市議会を構成する方々とも、あるいは市当局ともいろいろお話をいたしまして、きょうの御答弁内容実現できるように、そうして三多摩の非常な人口激増地における平和的な都市の建設のために尽力をしていただくよう、またそのために全面的な協力をしていただくことが国のためにも大切だと思いますので、その点を簡単に答えていただきたい。
  34. 坂田道太

    坂田国務大臣 先ほど久保長官からお答えいたしましたとおりでございます。しかし同時に、日本の独立と安全を守るために、やはり日米安保条約というものを私たちは必要と考えておりますので、その点はひとつ御了承を願いたいと思います。
  35. 土橋一吉

    土橋分科員 ありがとうございました。終わります。
  36. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、小川新一郎君。
  37. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 時間が余りありませんから、簡単に、要点を明快にお答えいただきます。  核防条約批准の前提となる保障措置協定については、二十六日、ウィーンで仮調印が行われました。これにより、核防条約を批准するためのおぜん立てができたようでありますが、しかし、署名の際の日本国声明のほか、他の二項目、すなわち核軍縮の推進、非核保有国の安全保障については、各方面においていまだいろいろな考え方があるようであります。  そこで、今日、非核保有国の、核を持たない国の安全保障について、防衛の専門家である防衛庁長官にひとつお尋ねいたしたいと思います。
  38. 坂田道太

    坂田国務大臣 米国との安全保障体制を基調とし、わが国みずからも必要最小限度の自衛力を保持するという現在のわが国の防衛体制が堅持される限り、わが国は核兵器を保有する考えは持っておりませんので、核防条約の締約国になりましても、わが国の安全保障に大きな影響を及ぼすとは考えておりません。安全保障の問題は重要であるので、今後大いに議論をしてもらいたいと考えております。
  39. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 今国会に、この条約の批准は出るのですね。
  40. 坂田道太

    坂田国務大臣 これは外務大臣からお答えすべき問題だと思います。
  41. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 防衛庁には何のお話もないのですか。
  42. 坂田道太

    坂田国務大臣 私の方にも御連絡はございますし、われわれもその方で協力をいたしておる次第でございます。
  43. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 その連絡のお話を聞きたいわけでございます。
  44. 坂田道太

    坂田国務大臣 われわれといたしましては、この核防条約の批准を進めるという立場で考えておるわけでございます。
  45. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 まず、非核保有国の安全保障に関する一九六八年六月の安保理事会決議につきましては、あの決議は、核保有国の義務規定ではなく、非核保有国にとって心もとないという意見が各方面に行われております。  専門的観点から防衛庁として、あの決議をどのように評価されているか、まずお伺いいたします。
  46. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 お答え申し上げます。  先ほど長官から申し上げましたように、非核保有国である日本、それも安保条約によって核抑止力を保障されておる日本という立場にとりまして、みずから核兵器を保有する必要はないという判断をしておるわけでございまして、先ほどの安保理事会の決議でございますが、これにつきましても、同様の見地から、この立場を支持するという考え方を持っております。
  47. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 この前提となる問題として、核軍縮の推進、非核保有国の安全保障、核の平和利用面での査察の平等性、この三つの柱でいろいろと議論されてきたわけですが、一番と三番はおおむね希望を満たされているが、一番問題の核を持たないわが国の、また核を持たないそれぞれの国々の安全の保障という問題については、これは大事な問題でございます。いまお話をされたような認識のもとに立っていることは重大なことでございますので、私はもう一点詰めたいのでございますが、一九六八年六月十九日の決議以降、一九七四年、昨年の五月にインドの核実験強行以来、核拡散への歯どめは世界的に緩み出し、米ソの両超大国の核軍縮に対する自国本位の御都合主義によって、現在はむしろ核拡散の傾向にあるのではないかと思われます。  昭和四十五年、一九七〇年、核防条約署名以来今日までの間に、非核保有国の安全は保障されるという国際環境になったと防衛庁は認識しておられますか。中東問題やベトナム問題、いま一番第三次世界大戦の導火線と言われている中東戦争には、イスラエルには米国が、またアラブ諸国にはソ連が、それぞれ実戦戦術的核兵器の使用も辞さないということさえ流されているときに、専門的な防衛を担当する防衛庁の認識としてはどうなんですか。
  48. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 インドの核実験がございまして、全般的な趨勢といたしましては核拡散の傾向にあるということで、一層この核拡散防止条約の批准の必要性というものが強調されてきておるということでございまして、ただいま中東地域におきます核拡散のいろいろな情報についての御指摘がございましたけれども、私どもその点について詳しく確証を握っておりませんので、何とも申し上げられない状態でございますが、全般的には、やはりそういうおそれがあるからこそ、この条約の批准、署名ということが広く叫ばれておるというふうに私どもは認識しておるわけでございます。
  49. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 それでは防衛庁としては、インドに続く七番目の核保有国は出現しないし、核保有国が非核保有国を核で脅迫したり、核を使用したりすることはあり得ないことで、非核保有国の安全は保障されるということですか、どうなんですか。
  50. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 私ども、日本の立場でものを考えました場合に、先ほど申し上げましたように、わが国は非核保有国でございますが、わが国の安全は日米安保体制によりまして、アメリカの核抑止力に依存しておる、こういう安全保障の道を選んでおるわけでございます。したがいまして、その立場からは、できるだけこの条約が早く批准されることが望ましい、こういうふうに判断をしておる、こういうことでございます。
  51. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 要するに、核拡散防止条約というのは、核を持たない国の安全保障のことなんであって、核を持っている国の安全保障じゃないんですね。持っている連中は、もうこれ以上こういういいものは持たせないのだということでしょう。だから、持っているところはそれで安全を保障されても、持たない方は安全を保障されないから、一九六八年の安保理事会の決議しかない。その決議では不安になってインドは持ち、七番目が出ない八番目が出ないということをだれも保証ができない。それでは防衛庁は、だれが何で保障してくれると言い切れますか。  日本の安全を保障するのに、ただ日米安保条約、アメリカの核のかさは四十五年の政府の声明文の前からあったのだから、このアメリカの核のかさに囲まれている以上は大丈夫なんだ、そう言うのだったら、ただそれだけで、あなたは安全が保障されるということなんですか。
  52. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 私どもが独自に核のフリーハンドを持って、そして安全保障に万全を期し得るかということに、逆の立場に立ってみた場合に、これにつきましては恐らくノーという回答が出てくると思うわけでございます。  私どもの国が選んでおる方向は、日米の安保条約によって、アメリカの核抑止力に依存するということで、そういう道を日本が選んでおるわけでございまして、これによって十分非核保有国である日本の安全保障が保たれる、むしろその抑止力、アメリカの核抑止力をもっと確実なものにする方向に努力をすべきであるというふうに考えるわけでございます。
  53. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 結局日米安保条約をベースにして、核の抑止力を使いながら、日本の安全を保障していくという姿勢が、いまいろいろと議論されていることでございますが、私は、そういう超大国のエゴイズムがいろいろと批判されているときに、ただアメリカの核のかさだけに入っているのだから安全だということでなくして、ここにもつと、いつだれがだれと、どこの国と日本が、非核保有国のわれわれが安全保障するような条約を結ばなければならない、こういう考えを持っているのですが、防衛庁長官、御意見いかがですか。これは簡単で結構です。
  54. 坂田道太

    坂田国務大臣 御意見は御意見として拝聴しておきたいと思います。
  55. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 日本の防衛を担当なさっている防衛庁長官として、野党の私の意見を意見なりとして聞いておくというのですが、あなたの御意見を聞いたわけでございます。
  56. 坂田道太

    坂田国務大臣 私は、日米安保条約をもってその基調とする、日米安保条約のもとにおきまして核抑止力、この点につきましては、それを基本と考えるということに変わりはございません。また、それなくしては日本の安全を守ることはできない、日本の平和と独立を守ることはできない、かように考えております。
  57. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 私とあなたとの意見のすれ違いは、ここでは時間がありませんから、申し上げませんが、七番目、八番目の、非核保有国の中から核拡散されていくということが、現実に行われている。インドの例を見ても、これは非常に大事なことでございます。どうかひとつ御認識をいただきたいと思います。  そこで私は、次期航空自衛隊の制式戦闘機FXの選定についてお尋ねいたします。時間がございませんから、個条的に言いますから、それに一つずつお願いいたします。  選定の基準は何か、候補機は決まったか。調査団を派遣した国から選ぶのか。——それは全部そちらに渡してあります。正式には国防会議で決定するのか。いつごろか。どういう経過、手続を経て決めるのか。正式採用時には何機、どのくらいの性能、価格を見込むのか。この四点でございます。それは先ほど全部私と同じ文章のものを政府委員の方にお渡ししてございますから、どうぞひとつお願いいたします。
  58. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 いま先生の御提出の書類、私の手元に参っておりませんので、あるいは御質問と食い違ったお答えになるかと思いますが、概要を申し上げたいと存じます。  FXが問題になるといいますか、FXを考慮いたさなければならないという事情でございますが、これはただいま航空自衛隊の主力になっております要撃戦闘機は、御案内のようにF104でございます。それでF86Fは逐次ファントムF4EJの新しい戦闘機に代替しつつあるということでございまして、ただいまF104Jの要撃部隊は六スコードロンございます。これが次の段階で五スコードロンになり、それで五十五年以降これが四スコードロンに落ちます。そのときにF4EJが五スコードロンということでございまして、したがって、五十五年以降104Jにかわるものということで、これはいわゆるFXを選定するということになっておるのでございます。これは御案内のとおりでございます。  そこで、この次期戦闘機FXの選定の作業に入るわけでございますが、一番最初の準備段階といたしまして、海外資料を収集する。これは現在現に第一線機として活躍しておりますもの、それから近く開発が予定されるもの、こういったものを対象に資料収集をする、これが五十年度の予算でお願いをしております海外旅費約八百七十万でございますが、これでいま予定しておりますのは、約八名くらいの航空自衛隊から調査団を出しまして、これが収集をいたします。この収集をいたしました資料を今度は航空自衛隊で分析作業を行います。いわゆるORということでございますが、これによりましてこれの運用性能、運用要求をこれから出してまいるわけでございます。全般的なわが国の防空兵器体系、兵備構想、こういうものを立てまして、それでこの収集いたしましたものの中から、さらにこれをしぼりまして、この段階になりまして初めて候補機ということになると思います。これは大体来年の中ごろくらいな段階になるかと思います。  それで、その結果、最終的に一機にしぼるという作業が行われるわけでございまして、私どものタイミングといたしましては、五十二年度予算には間に合わせたい、五十二年度予算に第一次の契約が実行できるような段階に運びたいというふうに現在考えておるわけでございます。
  59. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 五十二年度予算で第一次契約ということは、もう機種の選定が五十二年度予算のときにはわかるということですか。
  60. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 そのとおりでございます。  それで、先ほど御質問の中にございました国防会議で決定をするのかということでございますが、これは当然国防会議にお諮りをすることになると思います。
  61. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 正式採用時には何機、どのくらいの性能、価格を見込むのでございましょうか。
  62. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 正式採用時何機になるかは、これもいま性能と、それから全般的な評価をいたしませんと、はっきりした数が出てまいりませんが、先ほど申し上げましたように、五個スコードロンの104に代替するということでございますので、大体ワンスコードロンが二十機くらいということになりますと、約百三十機くらいなものになるのではないかと思います。しかしながら、これは現在の段階ではっきり申し上げられる数ではございません。  それから、価格の面でございますが、これも現在私どもはっきりしたデータを持っておりませんので、それから、いずれの機種に決定されるかということも、いまの段階でははっきりわかっておりません。したがいまして、いまここで、はっきりどのくらいの予算になるかということはちょっと申し上げられないと思います。
  63. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 私は、専門家であるあなたが秘密でしゃべれない点もあると思いますし、素人の私でございますから、少なくともここは国会でございますので、許される範囲お答えいただきたいのでございます。  なぜかと申しますと、調査団を派遣するのに、やみくもにおまえ行って調べてこいというようなどんぶり勘定的な調査の仕方はないと思います。たとえば最終予算が幾らで、そこのところの予算内で一機幾らで、そうすると何十機というものが出て、そのために現在目標を立てている国々の戦闘機、採用しようとするのは一機幾らぐらい、このぐらいの概算をつかまなければ、どうやって調査するのか。私が、たとえば空幕の指令を受けていく調査団としても、目安というものは立てていかなければなりませんね。それでお答えいただきたいのです。
  64. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 先ほども申し上げましたように、まず材料を収集するというのが今度の目的でございます。したがいまして、もちろん価格は非常に重要な要素でございますので、今度参りましたら、できるだけ正確な価格を引き出すように努力させるつもりでおります。御案内のように、実際のリリースがはっきりするまでなかなか正確な価格を相手方が表示いたしませんので困難でございますけれども、大まかなラインというものはそこでつかんでまいりたいというふうに考えております。現在、どういうことになるかということは、率直に申し上げまして、別に秘密でも何でもございませんで、私のところでまるっきりわからないというのが実情でございます。
  65. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 私が聞いているのは、ある戦闘機の値段がいま一機幾らだとここで言えと言っているのじゃないのです。防衛庁が五十二年予算で第一次契約をする。で、五十四年ですか、F104にかわる時点において百三十機補てんしなければならぬのでしょう、これだけは。その百三十機に対して大体総額予算幾らだ、それだけのもので、一機幾らなら百三十機に充てられるのだから、現在の予想では大体これだけだ。ただ値上がり分がございますし、物価高騰の折ですから毎年上がっていく。それは確かに向こうも、たとえば十円で売りたいと言ったって、十五円で売ってくるという場合もあるでしょうし、また競争が激しくなれば十円のものが八円になる場合もあるだろうということ、そんな詳しいことまで私は聞いているわけじゃないのです。  ところが、いろいろと新聞紙上や何かに報道されておるものでも、たとえばアメリカのF15またはF14トムキャット、YF16戦闘機、またYF17、またミラージュ戦闘機、こういうようなものが候補に上っている。また、価格などは民間でも調べ上げておるのですね。防衛庁でも大体そのくらいのことは調べられていると思います。たとえば一機五十億円ぐらいならば昭和五十四、五年までの間に見積もって百三十機買えるのだ。たとえば五十億としても六千五百億ですか、それから七十億とすれば九千億を超えますね。大体大まかな、百三十機を買うためには一体どれくらいの枠になるか、いま私が申し上げましたような戦闘機の価格というのは防衛庁でもつかんでいらっしゃると思います。それは直接今度交渉すれば、その値段は多少違いましょう。おおよその値段をちょっとお聞きしたいのでございますが。
  66. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 まあ巷間伝えられておるその価格というのはあるわけでございますが、この国会の場において私からちょっとそういうものを引用して御説明するのはどうかというふうに思っておるわけでございます。実は四次防の次の、ポスト四次防の全体計画というものを、この前防衛庁長官からお話をいたしましたように、この三月に長官指示がおりまして作業を始めることになっております。そこで当然次期防の枠と申しますか、総枠をいろいろ考えてまいらなければならぬわけでございまして、その中でFXもかなり重要な意味を持っておるわけでございます。もちろんFXばかりでございませんで、そのほかいろいろなプロジェクトもあるわけで、その中での割り振りをどうするか、いろいろな問題もございますので、ただいまの段階で私からどのくらいということを申し上げるのは差し控えさせていただきたいと存ずるわけでございます。まだまだ非常に動いておる、これからまた作業をしなければならない段階でございますので、正直申し上げまして、はっきりどのくらいというようなことを——はっきりというか、概算にいたしましても、どのくらいの枠になるかということは、いまの段階で申し上げられないというのが実情でございます。
  67. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 これは予算分科会でございますから、ある程度のことを国民、私たち野党の議員にも教えていただけないと困るのですよね。何でもないことなんですよね。  それと、こういうのは商社を通してお買いになるのですか、それとも国が直接お買いになるのですか、それが一点。  それから、アメリカ及びヨーロッパの国々に派遣するのでしょうけれども、派遣する国の名前は挙げていただかなければ困りますね。それと、大体の目安、どこの会社製のを調べるのかということくらいはいいじゃないですか、会社の名前くらいは。だんだん何を聞いてもカタツムリのように口を閉じて、困っちゃうですな。
  68. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 申し上げられるものはもう全部申し上げておるわけでございまして、私ども現実にまだその段階に至っていないと言うのは、私どもが申し上げる中身がないので申し上げられないわけでございます。  派遣を予定しております国は、スウェーデン、イギリス、西独、イタリー、フランス、それからアメリカというところでございます。  で、一応現在の段階で候補機になると思われますのは、候補機の前の段階のいわゆる調査対象になるものでございますが、約七機ございます。これは先ほど先生お挙げになりましたようにスウェーデンのビゲンでございまして、これはサーブスカニアという会社でございます。それから英独伊の三国で共同開発しておりますMRCA、多目的戦闘機でございますが、これがございます。これはパナビアという航空機会社がつくっております。それからフランスはミラージュのF1M53でございまして、このF1の前の形は、前のF4を選定するときの候補機になったものでございます。それの改造型でございます。これがフランスのダッソー・ブレゲー会社でございます。それからアメリカは四機ございまして、F14A、これはグラマン、それからF15A、これはマクダネル、それからYF16はゼネラルダイナミックス、それからYF17、これはまだプロットタイプでございますが、これがノースロップ、こういうところでございます。
  69. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 国が直接買うのか、商社が買うのか、これについて……
  70. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 その問題につきましては、それも含めて現在検討中ということでございます。
  71. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 それは非常に大きな問題だと思うのです。いままでは商社を通して買っていたのが、国も直接買い得る。これは防衛庁長官、そういうふうに理解してよろしいのでしょうか。
  72. 山口衛一

    ○山口政府委員 国が直接買うことは可能でございます。でありますから、先般、昨年の三月の当分科会におきまして、山中前長官が素人の乱暴な考え方だがという前提で、防衛庁でも直接買えるような方法も考えたいということを申し上げましたが、非常に長期にわたるものはなかなか問題があるということで検討中でございます。
  73. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 時間が参りましたが、いま七社挙げたのは、世界で最高の優秀な戦闘機なんですか。
  74. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 現在の時点で現に一線に配備されておる、それからYFなどはまだついておりませんけれども……
  75. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 何でソ連のミグ戦闘機は買わないのですか。世界最高じゃないですか、ミグ25のほうが。
  76. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 補給その他の分野を考えまして、その航空機自体の性能のみでなく、後の補給体制の問題、維持管理の問題を広く考慮いたしまして決定するということになると思いますが、少なくとも当初の段階ではそれは外してございます。
  77. 小川新一郎

    ○小川(新)分科員 以上をもって終わらしていただきますが、最後に申し上げたソ連から買わないということは、ソ連の戦闘機を対象として考えられるといろいろと問題がある。これは私の皮肉な質問ですけれども、七社、七つの機種にしぼられた。そしていま国が買うことも御検討いただける。国が直接買った方が安く上がりますので、そういう面でひとつ御配慮をしていただいて、前向きにこれからいろいろと私どもの質問にはひとつ真剣にお答えいただきたいということをお願いいたしまして終わらしていただきます。  ありがとうございました。
  78. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、上原康助君。
  79. 上原康助

    上原分科員 短い時間ですので、三点についてお尋ねさせていただきたいと思います。一つはちょっとだけ駐留軍の問題をお尋ねしたいと思いますし、さらに地位協定に基づく刑事特別法の件と、VOAの件、三点についてお尋ねしますので、ひとつ誠意ある御回答、御答弁を願いたいと思います。  七四年の駐留軍の賃金問題がえらく長引いて、まだ労働者個々人には賃金そのものが支払いをされていないという状況なんです。いろいろ事情はあったと思うのですが、いまのような状況では、一年近くも賃金が解決できないというのは、これは余りいい状態ではないわけですね。  そこで、長引いた根本原因と、今後政府はどういうふうにしようとしておられるのか、そこらについてお尋ねしたいと思います。
  80. 久保卓也

    久保政府委員 駐留軍従業員の給与改定の問題については、従来から日米間では給与改定に関する給与法が国会に提出された時点から折衝が始まります。したがいまして、人事院が給与改定勧告をやりましてもその時点ではまだ政府の意思になっておりませんので、日本政府として米側と折衝するというわけにはまいりません。したがって、法律が提案された以後に折衝が始まるということでありますと、従来の経緯からしますと大体一カ月半から二カ月くらいかかっておりました。今回は非常に大幅な給与改定であり、かつ大幅な給与増額であり、かつ米側としても財政が非常に不如意になってきたというようなことを背景にして若干時間がかかりました。  しかし、二月八日に私と米軍との間で基本的了解が得られた以後、給与改定の準備事務を各県にさせまして、本日から支給する予定で、つまり、二月末までに何とか支給できるようにしてほしいと各県に要望したわけでありますが、本日から支給できるということになりました。調印そのものは昨晩で遅かったわけでありますが、しかし給与改定事務そのものは当初の二月初めの予定どおりに一応なったことを私どもは事務的には喜んでおるわけであります。  しかし、それにしても一カ月半ないし二カ月かかるということは好ましいことではございません。そこでこれらをどういうふうに自動的に米側人事院勧告に基づく日本の政府の給与改定法の中身をのませるかということについて、私どもも現状をよしとせずに何らかのいい方法を考えてみたいということを思っております。具体的にどういう方法があるか、これは結構いろいろむずかしい問題がありまして、容易なことではなさそうでありますが、少なくとも何らかの改善考えてまいりたいというふうに真剣に考えております。
  81. 上原康助

    上原分科員 そこで、これまでのルールからいうと、いま長官が御答弁なさったとおりだと思うのです。しかし、人事院が勧告をするのは大分早まって七月あるいはおそくとも九月ですね。しかし昨年は七月の段階で勧告がなされておる。それで勧告された時点で米側と駐留軍の賃金についても交渉を詰めるということで、国会で法案が提案をされ、通過した段階においては並行して米側とも交渉の煮詰まるようなルールというものを新たに確立をしていただかないと困ると思うのです。今後そういう方法でやる御意思はありますか。
  82. 久保卓也

    久保政府委員 おっしゃるようなことは私どもも考えておりまして、米側からの提案もあったことでもあり、昨年の八月以降折衝を開始したわけでございます。しかしながら、米側としても御承知のような非常に大幅な給与制度の見直しというものの提案があったことにかんがみまして、私どもがまたこれを頑強に拒否をしてきたということに伴い、かつまた米側の財政状況ということも背景にしまして、これが非常に時間がかかったということであると思います。したがいまして、折衝そのものについては、いまお話がありましたように、人事院勧告があった後に米側とやることについては十分今後もやってまいりたいと思っております。
  83. 上原康助

    上原分科員 今後もやると言ったって、例年相手の方も非常にシビアな態度をとっておりますし、駐留軍問題というのは必ずしも見通しは明るくないわけですね。そういう意味で人事院勧告がなされた段階で交渉を詰めて、国会で法案が通過をした時点においては、駐留軍についても決まるという新しいルートをぜひ切り開いていただきたいということと、同時にどうしてもめどが立たないという場合は、やはり政府が雇用主ですから、そこいらの問題についてももう少し政府部内で御検討いただきたいと思うのです。この点防衛庁長官も関心を持っておられると思うのですが、少なくとも今年みたいに一年近くも賃金が解決でき々いという状態はなくしていくということでやりますね。
  84. 坂田道太

    坂田国務大臣 上原先生に非常にこの点につきまして御努力をいただいたことを私、承知いたしておりますが、同時に久保長官を初めとしまして、昨年年末から今日まで努力をいたしたことも私、承知いたしておるわけでございます。そして昨年は御承知のような大幅な給与の改定を人事院勧告に基づいてやったわけなんで、そういう慣行というのがアメリカにないものですから、なかなか向こうに理解をさせるということができなかった。しかし、それを非常な私たちの努力によって認めさせて、そしてここまで来たということで、去年から見ると私は一歩前進だと思うのでございます。したがいまして、そういういま御提案になりましたような問題も含めまして、今後真剣に誠実に検討いたしたい、この段階ではそれだけしか申し上げられないと私は思います。
  85. 上原康助

    上原分科員 それと諸機関の方ですが、賃金体系を若干変更するということで、いろいろ問題になっているわけですが、それはどの程度進んで——少なくとも次の賃金改定まてにめどをつけるということだと私は理解しているのですが、そういいうふうに受けとめていいかということと、もう一つは、せんだってもこの五十年度においても五千名前後の駐留軍の解雇が予想されているという面で、やはり離職者対策ということと、いま一つは民間企業の場合ですと、雇用保険法で雇用調整交付金制度というものもできて、いろいろ対策が講じられているのだが、軍にはそれは実際問題として及ばぬわけでしょう。そういった面から考えると、もう少し政府としても積極的に雇用対策なり離職者対策の問題、これまでももちろんやっておられることについては評価をいたしますが、これも含めて今後の見通しを立ててやっていただかなければいけないと思うのですが、この点について伺っておきたいと思うのです。
  86. 久保卓也

    久保政府委員 IHAの賃金体系の問題につきましては、現在行(二)を基準にして計算をしておりますが、勤務体系が違うのではなかろうかということで改めて検討をし直すことになったわけでありまして、めどとしましては、少なくともいまお話しがありましたように、次の給与改定をめどとして慎重に検討してまいるというようなつもりで私どもはおります。  それから、従業員の解雇問題、離職者対策でありますが、相当数の退職者が今後も見込まれるということでありまして、従来駐留軍従業員の解雇見通しということが明確でなかったものを、なるべく前広に知らせてもらう、それに応じた対策をとってもらう。それから従来、パーセントはちょっと忘れましたが、四、五〇%程度の事前通告、九十日分に対しましてですね、これが九〇%を超えるようになったということは、一昨年から昨年にかけての非常に大きな進歩であると思います。これは沖繩の場合であります。それから同じく米側から解雇通告が参りましても、いろいろの手続の不備の場合には私どもからそれの改善方を要望しておりますし、また配置転換その他でその通告数をできるだけ減らしてほしいというような問題、こういう個々の問題ができました場合に、その都度米側と具体的な努力をしながら解雇者の減少に努めておるわけであります。  しかしながら、それにしましても相当数の退職者というものが出てまいるわけでありまして、御承知のような駐留軍関係離職者等臨時措置法というものをもとにいたしまして、関係省庁が努力をし、また昨年の四月に中央駐留軍関係離職者等対策協議会におきまして大綱が決定されたということも御承知のとおりであります。また防衛施設庁でも、来年度の予算の中で相当大幅にいろいろな分野の施策を取り上げておるつもりであります。  時間がありませんから省略いたしますけれども、そういうようなことでありますが、しかし私どもとしては、これらの対策が十分であるということは毛頭考えておりません。私個人といたしましても、実は駐留軍労務者の関係では、この離職者対策こそ一番大きな問題であるというふうに昨年考えたわけでありますが、遺憾なことにいまお話しの給与改定の方の問題とか憲法問題とか、そういうことに力を割かれて、こちらの方に私個人としては十分の力を割けなかったことを残念に思っておるわけでありまして、今後こういう問題についてどういう手が打てるかということを真剣に検討してまいりたいというふうに思っております。
  87. 上原康助

    上原分科員 また細かいことについては別の機会に譲りますが、ぜひこの問題も、ややもすると基地問題とかそのほかの防衛問題が表面に出て、そこで働いている人のことについてはなかなか政治的にも解決しにくい面がありますので、御配慮をいただきたいと思います。  そこで、時間がありませんから、次に外務省の方にVOAの件について確かめておきたいのですが、たしか昨年の六月五日段階でしたか、返還協定の第八条に規定されておるとおり、五年以内にVOAは撤去するということを合意を見たということですが、これは事実そのように日米間で話し合いが済んでおるのか、今後撤去するとなるといつの段階にやるのか、ぜひ明らかにしていただきたいと思います。
  88. 深田宏

    ○深田説明員 ただいまの御質問お答え申し上げます。  先生指摘のように、昨年の五月及び六月に返還協定第八条に基づきます日米間の協議を行いまして、その際日本側といたしましては返還協定の規定にありますように、返還協定発効後遅くも五年以内、できるだけ早い機会にこの撤去を行うようにということを強く主張いたしました。それに対しましてアメリカ側は、その方向でできるだけの努力をするということを約束いたしまして、協議を終わったわけでございます。その後におきましてアメリカの関係当局は、本件撤去を実現するための必要な予算措置その他について現在努力を行っているというふうに承知しております。
  89. 上原康助

    上原分科員 そうしますと、五年以内に間違いなく撤去されることに合意を見た。何かアメリカ側は予見されない事情ということを持ち出して、もっと存続をしていきたいという申し入れがあったということも聞かされているのですが、政府としては五年以内にVOA施設は撤去するという前提でいま進んでいるということで理解していいですね。それが一つ。  もう一つは、これとの関係で、これはいわゆる提供施設ではないわけですね。しかし、電波障害というのが現にあの一帯で起きているのですよ。このことに対しては一体どこが責任を持ってそういう電波障害による補償なり対策はやるのか、これも明らかにしていただきたいと思うのです。
  90. 深田宏

    ○深田説明員 ただいまの先生の第一の御質問お答え申し上げますが、先生御了解のように、返還協定発効後五年以内に撤去が行われるという前提で、私ども昨年アメリカ側との話をやったわけでございまして、この私どもの立場をアメリカ側は認めておりますので、そのように事が運ぶものと信じております。  第二の点につきましては、私の方は必ずしも所管でございませんので、郵政御当局なり関係の方からしかるべき機会に御答弁いただく方が適切かと思います。
  91. 上原康助

    上原分科員 これは郵政省関係分科会で取り上げる時間がなくてあれだったんですが、五年以内といっても五十二年の五月ですから、後かなり期間があるわけですね。現在でも大変な電波障害なんですよ。ラジオも聞けない、テレビなんかもうほとんど映像がこわれている。それをもう放任状態なんですね。だからこれもぜひ、施設庁、関係あるかどうかわかりませんが、こういう実態であるということは外務省も知っていただきたいと思うのです。  そこで最後に、せんだってから沖特なり内閣でも取り上げてきたのですが、例の県道百四号線をはさんでの海兵隊の実弾射撃訓練がいま非常に問題になっております。それとの関連でちょっとお尋ねをしておきたいのです。  また私は法律には詳しくございませんが、法務省、来ていらっしゃいますね。——地位協定の第十七条との関係において刑事特別法というのがございます。これまでこの地位協定と刑特法との関係においてどういう事件があったか御説明をいただきたいと思います。この刑特法の適用された事件はどういうものがあったのか。
  92. 根岸重治

    ○根岸説明員 総括的な統計をちょっと持ってまいらなかったので、お答えがまちまちになって恐縮でございますが、私ども刑特法の二条違反の統計だけを現在持ってまいりまして、昨年の一月から三月までの間に新しく刑特法の二条関係で受理いたしました事件が二十三件ございます。それから四月から六月まで、ちょっとまだ集計しておりませんので恐縮でございますか、三十件ございます。それから十月から十二月までの間に五件ございます。
  93. 上原康助

    上原分科員 その結果とか、あるいはいずれ議論いたしますが、私が調べた範囲では特に特徴的なものは昭和三十四年の砂川事件、これは基地立ち入りということで七名が逮捕されている。あるいは三十八年の十二月の東富士演習場の基地立ち入り、それから横須賀の原潜入港の場合、佐世保のエンタープライズ入港の場合ですね、これは四十三年ですが、そういう過去の例があるわけですね。そこで県道百四号線の件との関連において警察庁にいろいろお尋ねしたいのですが、刑特法をいわゆる実弾射撃に反対をして行動を展開をしている方々に適用するという話が持たれたのかどうか、また適用する場合はどういう環境といいますか状況の中でやろうと考えておるのか、こういった面について明らかにしていただきたいと思うのです。
  94. 渡辺善門

    ○渡辺説明員 お答え申し上げます。  刑特法の適用について話し合いを特に持ったということはございません。ただ、警察といたしましては、いわゆる米軍の演習する施設、区域において、権限ある米軍当局が入ることを禁ずる表示を明らかにして、そこに一般の者がそれを知りながら入るということになりますと、あるいはまた入った者に対して退去を警告しても出ないということになりますと、刑特法違反になりますので、警察としては刑特法によって措置しなければならぬということになると思います。
  95. 上原康助

    上原分科員 施設庁にお尋ねしておきたいのですが、せんだっての十八日から二十日までの、いわゆる訓練をやりたいという計画が阻止されたわけですが、その過程で警察とこの刑特法について何か話し合いをなさったのかどうか。また、いま警察の考え方はある程度わかりましたが、それは後ほどお尋ねしますが、施設庁としてはこの現場の状況なりを見て、ほとんどが黙認耕作地か有刺鉄線はないわけですね。自由に入れるような状態地域なんです。そういう状況下であえて刑特法まで頭に入れてアメリカの実弾射撃訓練というものを強行させるというような立場に立っておるのか。これはきわめて重要な問題だと私たちは見ておりますので、施設庁の立場というものをこの際明確にしておいていただきたいと思うのです。
  96. 久保卓也

    久保政府委員 先般の米軍の射撃演習の際には、私は関係者が良識に従って行動するであろう、したがって、私どもも道路の封鎖というものは最低限にして、原則的には封鎖をやらないで射撃をさせようというふうな前提でやったわけでありますが、遺憾なことに射撃ができるような実態にはなりませんでした。  そこで再々申し上げておりますように、政府側としましては米側に将来にわたって射撃演習を中止させるという要請をするだけの論拠はございません。したがいまして、米側が要請すれば何らかの形においてこたえてやらねばならない。しかしまた反面、地元民の不安感あるいは便宜というものも十分に考慮しなければならない。そういうような状況のもとに調和のある演習の仕方というものを現在検討しておるところであります。
  97. 上原康助

    上原分科員 いま私の質問にはお答えになっていないわけですね。  そうしますと、いまの答弁では、この刑特法の第二条いわゆる「施設又は区域を侵す罪」というものを皆さんが適用しても、警察の権力をかりても排除をする立場で、もし米側が新たな射撃訓練をやろうという申し入れがあった場合は、こういうことも想定をして今後事に当たるという立場にあるわけですか施設庁は。
  98. 久保卓也

    久保政府委員 現状におきましては、日本政府としては米側に訓練をさせるいわば義務を負っておるわけでございます。米側としては権利として要求するだろうと思います。しかし反面、地元民の利便ということも十分に考える、地元民の安全も十分に考えるという状況のもとにおいて、われわれが許されておりまする法律関係、そういうものは十分に念頭に置く、特定の法律だけでありませんで、いずれの法律でありましても、その法律の違反が行われるということは法治国家においては適当でないのでありまして、私どもは、国民として法律の保護のもとにあるという前提のもとにそういった射撃の将来の演習を計画をさせるというふうに考えております。
  99. 上原康助

    上原分科員 ますます火に油を注ぐ結果になりかねないと思うのですが、そこで警察にもう一遍お尋ねしておきたいのですが、この刑特法を適用するということは、現場の指揮官といいますか責任者の判断でやるのか、警察庁そのものが指示をする形でいくのか、そこいらについても明らかにしておいていただきたいと思うのです。
  100. 渡辺善門

    ○渡辺説明員 お答えいたします。  あくまでも現場の指揮官の判断で適用するということになります。
  101. 上原康助

    上原分科員 そうしますと、せんだっての訓練が、実弾射撃が阻止された、そういう段階で皆さんは、防衛施設庁も警察もこの刑特法も想定をしておったということにいまの御答弁では感じられるわけですね。少なくとも県民の立場に立って、なぜあれだけの反対が起きているかというその原因というものを十分分折をして——県民の側の要求にこたえるような立場でなくして、あらゆる悪法を使ってでもアメリカの実弾射撃訓練を強行させるというのが政府の立場であるとするならば、事はますます紛糾する以外にない。そこいらは明確にしておいていただきたいと思うのです。少なくともそういう感じをある面からの情報によって持たれている。私たちとしては、法律は悪法も法なりという言葉もあるわけですけれども、こういう法律まで適用されて実弾射撃を強行されるということには、ますますこれは問題が紛糾する。今後それを適用してもやりますか。
  102. 久保卓也

    久保政府委員 先般の演習の際には、ただいまも申しましたように、良識に従った行動が行われるであろうということで、警察官による排除ということはわれわれの念頭にはございませんでした。防衛施設局として考えたことは、人の安全ということ、それから交通の便宜ということに終始をしたわけでございます。そういう観点から現実に射撃ができなかったということであります。しかしわれわれとしては、いずれのときにかは訓練射撃をやらさざるを得ないだろう。そういう場合に、人命の安全と交通の利便の双方を考えながら対策をとる。そういった対策に対しまして具体的にデモ隊が地域に乱入してきた場合にどういう措置をとるか、これは施設庁の問題でございませんで、その場における警察側の判断であろうと思っております。
  103. 上原康助

    上原分科員 時間がありませんので、これは最後に大臣にお尋ねしておきたいのですが、いまの警察なり施設庁長官の御答弁からすると、十分予想されるというふうにしか私は受けとめられないわけですね。確かにむずかしい問題だと思うのですよ。一方は提供をしているから中止は申し入れられない、しかし県民はそれはまかりならぬ、これを解決するのはやめる以外にないわけですよ。よしんばどういう立場を皆さんがとろうとも、こういう悪法まで持ち出して、もし民主団体なりデモ隊というものを弾圧をするということになると、これはもっともっとエスカレートしていく問題になると思うのです。そこで、これは政治家として、大臣としてのあなたの見解を賜っておきたいと思うのです。どういうふうに対処しようとするか。
  104. 坂田道太

    坂田国務大臣 私どもとしましては、日米安保条約を堅持する立場でございます。したがいまして、基地の提供というのは日本国の義務であるわけでございます。それで、できるだけその演習が行われるようにしなければならない。反面、御指摘のとおりに、人の生命にかかわる問題、あるいはまた交通の便宜、住民の不安、そういうものを解消しなければならない一面を持っておるわけでございます。  したがいまして、私といたしましてはこの問題を非常にシリアスに考えておりまして、実は米軍とわが国の国民の方々とが直接トラブルを起こすということはどうしても避けなければならないという立場でございます。したがいまして、私は、二年半ばかり向こうにおりました現地の職員がこちらへ参っておりまして、いままでもいろいろ問題はあったかと思いますが、新たに参りました人に加えましてその二年半経験いたしました人を直接飛行機で急遽やりまして、そして当局と折衝させて、そういうような状況が二度と再び起こらないようにしなければいけないというふうに措置をいたしたようなわけでございます。  この点につきましては、そういうことがあってはならないわけでございますから、どうかひとつ上原さんも地元の方でございますから、そういう私たちの真意も御了解いただきまして御協力を賜りたい、かように考える次第でございます。
  105. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、大出俊君。
  106. 大出俊

    大出分科員 短い時間でございますから、なるべく簡単な御答弁をいただきたいのでありますが、きのう実は本会議の席に、大臣から私に申し上げたいことがあるということだったというので課長さんお見えになりまして、新聞にいろいろ書いてあるけれどもそれはみんなでたらめで、防衛庁は何もやっておりません、国会でも終わってからぼつぼつ調査団をというようなことを考えているのだというお話なんで、実はむかっとしたのですよ。私もきのうきょう防衛を始めたのではないので、大臣が文教にお詳しいと同じ意味で、私はそこらの戦車の写真見たり飛行機の写真見たりして、これは何だと聞かなければわからぬわけではないのです。後から坂井君にいろいろ承りまして、きのうやきょうのつき合いではないので、大臣の善意でやったということがわかりましたので何も申し上げる気はないのでありますが、私、実はFX問題というのは非常に心配しているのです、私自身の経験もありまして。  というのは、グラマン、ロッキードの時代のものは当時の方々の議事録で読みました。岸さんはグラマンに一遍お決めになった、内定をした時期があった。ところが、これを河野一郎さんでしょうね、お亡くなりになったので四の五の言うわけではないのですけれども、途中からどうもひっくり返されたのですね。伊能繁次郎さん、私、御懇意に願っておりますが、グラマン派防衛庁長官と言われた方を取りかえて赤城さんになったのですね。結果的にロッキードに持っていってしまったのですね。大騒ぎなんですな。源田調査団が出ましてね。  ああいうことを二度とやるべきでないと思っておるやさきに、私、防衛を手がけているので途端に柳田国対委員長から呼び出しがあって、午後冒頭の予算委員会で、大出君、君取り上げて質問してくれと言う。私は予算委員じゃないのですけれども。山口空将補お亡くなりになって、その前に装備局長さんが一人お亡くなりになっておりますが、自殺ですが、川崎空佐の問題もあった。私は手元にある資料だけとりあえず持ってあらわれて、FX、バッジが絡んでおりましたが、増田さんに質問をした。防衛庁は伏魔殿だというお言葉が増田さんから出てまいりまして、これはえらい大きな事件になってしまったわけであります。そういう争いを二度と私は経験したくない。  そこで、大臣がおっしゃるように、防衛庁は何もやっていないのに新聞がいろいろ書いておる、それはみんないいかげんだと言うなら、何もやっていないのに新聞が勝手にいろいろ書くこと自体にこれは問題がある。そのことが政商という筋に絡んで、旧防衛庁の高官の方々や、アメリカの軍の高官の方々や、あるいは公式な立場におられるアメリカの方が入り乱れることになってしまうわけでありまして、それが私は非常に心配なんですね。  そこで、承りたいのでありますが、私は前に山中さんとここで約束があるのですけれども、一体FXなるものをどういう形で選定をし購入をしようとお考えなのか、一つのレールをつくっておくとおっしゃった山中さんは、おやめになったんだが、あなたに引き継いでいないはずはない。引き継いでいないとすれば、これは重大な責任問題がそこにある。おかわりになっても、防衛庁長官たる者責任継承の原則はあるはずであります。大臣、いかがでございますか。
  107. 坂田道太

    坂田国務大臣 私は、一般的に申しまして、国会議員の方々の御質問に対しては親切に答えるべきである、詳細に真意をわかっていただかなければならない、そういう立場で答弁をいたしておるつもりでございます。したがいまして、事前にもし先生方の御質問がお漏らしいただければ、その真意を承って十分それに配慮して答えたいということで、これは大出先生だけでなくて、皆さんにできるだけそういうふうにお願いをしておることで、ひとつさきのことは御了承をいただきたいと思います。  それから、FXの問題につきましては、後で防衛局長から御答弁を申し上げますが、私の基本的な政治家としての立場から言いますと、前にいろいろ騒ぎがあったことも承知をいたしております。したがいまして、防衛庁長官になりまして、そのことだけは二度と繰り返したくないということはもう先生と同じなんです。そうやって、純粋な防衛の立場からどうやってこれを選定するかということについて努力をいたしておるわけでございまして、その意味合いにおいていろいろ新聞、まあ新聞の方でもいろいろ取材がございましょうし、いろいろな何かの根拠があってあるいはお書きになると思いますけれども、ただいま防衛局長から申し上げますように、実はわれわれの方では調査団をこれから出そうというところでございまして、実のところ本当にまだ決めておらないということでございますから、その点をひとつ御了承をいただきたいと思います。
  108. 大出俊

    大出分科員 時間がございませんから端的に承りますが、私、ここに昨年の予算分科会の山中さんとのやりとりを議事録で持っているわけでありますが、山中さんはこうおっしゃっているのですね。  まず最初のところで私の質問に答えて、「私は、ロッキード、グラマンのことは、国会議員として、与党として見ておりました。よくないことですね、ああいうことが実際あったかどうかは別にして、そういうふうに見られること」自体大問題だ。だから私の意見として、商社を通じて買わなければならない理由というのはないというのですね。「なぜ商社を通じて買わなければならぬのだ。西ドイツあたりはどうしているんだ、たいへんな数の調達駐在官をアメリカに置いているんですね。国が直接買ってどうしていけないのだというようなこと等も含めて、まだどういう飛行機」というふうに決めてはいないが、争いを未然に防ぎたい、こう言っておられる。  次に、これはまた山中さんの答弁、「私も聞いております。ある社は元在日米軍司令官を日本駐在の責任者にしたとか、あるいはまた、元空幕長がそれぞれ分かれて顧問になるのじゃないかとかいうようなこともあって、私は退職後の自衛官の就職についてくちばしをはさみませんが、しかし、そのことだけは誤解を受けるからなるべくそうしてほしくないということを間接に、大人同士の話ですから言うことは差しつかえないので、気持ちよくそれは聞いてもらったと私は聞いております。」こう言っているのですね。国民の税金なんだから争いを起こすことはどうしても避けたい、そうして「私がそのころ防衛庁長官をしておるとはいえませんので、私のときにきちんとレールを敷いて、あとだれがなってもそのレールの上をもう自動運転で走っていけるように内部体制を固めて去る義務が私にはある、そう考えております。」とびしっと言い切っているのですよ。これは予算分科会の昨年四十九年三月八日の同じ席における私の質問です。  次におやりになったのは坂田さんですね。これはぴしっとレールが敷かれてなければならぬはずなんです。だれがなっても自動運転でそのレールで走っていけるような内部体制を固めて去る義務が私にはある、ここまで言い切られているわけですから、少なくとも国会でそう答えておいて、いま坂田さんの話を聞いていると自動運転ではないのですね。——待ってください。あなたそうあわててはいけませんですよ。あわてると腹の中が見えるから。  そこで承りたいのです。ここで言っている空幕長さん、お一人ずつ聞いていきますが、いま空幕長さんはだれがやっておりますか。
  109. 今泉正隆

    ○今泉政府委員 角田空将であります。
  110. 大出俊

    大出分科員 そうすると、ここではっきりしておきたいのですが、かつて空幕長を上田泰弘さんがやっておりましたね。それから白川元春さんがやっておられましたね。そうでしたね、違いますか。このお二人どこへおいでになりました。
  111. 今泉正隆

    ○今泉政府委員 前空幕長の白川空将は現在統合幕僚会議議長であります。その前任ではありませんが、お尋ねの上田空将は現在伊藤忠商事の顧問であります。
  112. 大出俊

    大出分科員 その真ん中の方はどこへ行かれたのですか。時間がないから改めて聞きましょう。  伊藤忠というのはどこかと代理店契約をやっているのではないですか。
  113. 山口衛一

    ○山口政府委員 伊藤忠は商品によっていろいろとやっておりますが、今度の先生のFXにつきましてどの会社と正式にやったかということにつきましては、何ら正式な報告を受けておりません。
  114. 大出俊

    大出分科員 そんなしらばくれたいいかげんなことを言うのじゃないですよ。ずけずけ言ったらいいじゃないですか。全くどうも話にならぬ。ノースロップではないですか。天下周知の事実じゃないですか。ノースロップと伊藤忠これは商品は何を持っているのですか。P530コブラでしょう。マップ方式で、つまり米軍が販売する飛行機、共同開発です。日本にもそういう働きかけをしているではないですか。これはYF16、YF17式な軽戦闘機ですよ。そうでしょう。  もう一つ承りますが、在日米軍司令官、米空軍司令官の兼務をやらされておりましたグラハムさんはいま何をやっておられますか。防衛庁にちょいちょい遊びに来られるじゃありませんか。こんなことはあなた方ずけずけ言ったらいいじゃないですか。グラハムさんというのはマクダネル・ダグラスですよ。グラハム中将は日本の首席駐在員です。ここは商品は一体何を持っているか。日商岩井、これが代理店でしょう。F15イーグル、F4EJファントム改型、これでしょう。いかがでございますか、そこのところ。違うのかどうか、はっきりしなさいよ。
  115. 山口衛一

    ○山口政府委員 いま御指摘のとおり、日商岩井はグラマンともやっておりますし、それからまた情報によりますれば、マクダネル・ダグラスとF15というようなものについて代理店契約を結んだという情報を聞いております。
  116. 大出俊

    大出分科員 情報どころじゃないですよ。防衛庁の皆さんとおつき合いがあるのだよ、そんないいかげんなことばかり言って。グラハムさんは防衛庁にあらわれているじゃないですか。私、これは聞いてみたのだ、グラハムさんはゴルフまで皆さんとおやりになった仲じゃないですか。さんざんやっていたのでしょう。白川元春さんのところにもあらわれている、島田豊さんのところにもちゃんとあらわれている。ゴルフに誘われたんだけれども丁重にお断りしたとこう言っている。調べてみたらこれはそのとおりだ。私は島田さんときのうきょうの仲じゃないですよ、あなた。長いつき合いです。そうでしょう。グラハムさんという人はきわめて商売っ気のある人なんです。それでF15というのは使う立場になって私が使用を決めたと言うのだ。どういうふうにやっていくかという、つまりパイロットの立場で中を決めたと言うんだ。だから使うパイロットの立場になって決めているのだ、私が決めさせたのだとこう言う。あなた方の制服の方々に説明しているじゃないの。私に言わせれば、こういうことになっていること自体に問題がある。大臣、いまの点はいかがですか。いいかげんなことを言ったって通用しませんよ。
  117. 坂田道太

    坂田国務大臣 私は、山中前長官から、引き継ぎ事項としては実はそういう、何といいますか、お話しになりましたようなことは二度と起こしてはいかぬという、そういう話はちゃんと聞いております。ちゃんと聞いているわけでございまして、それはやはり前長官がいろいろ国会で防衛庁長官としてお答えになったことについては、次の大臣が継承していくということは当然なことだというふうに私は思っておるわけでございます。したがいまして私は、この問題につきましてもこう考えているのです。  それはうちの人たちがやめられて、いろいろの企業やいろいろのところに御就職になるということは、私はやはり考えてあげなければならないことだというふうに私は思うわけでございます。しかしながら、いやしくもここに影響力を持った人がたとえば企業にお入りになったからには、もうわれわれの防衛庁といたしましては、一企業の業者として取り扱うべきであって、またこれからここのOBの人たちがいろいろの企業その他にお入りになるについても、そういうつもりでこれからは行っていただきたいというふうな気持ちを私は持っておることを大出さんにお答えを申し上げておきたいと思うのです。
  118. 大出俊

    大出分科員 前の大臣がここで答えたことは私も当然これはそのとおりやっていく責任があるのだとあなたはおっしゃった。そうすると、山中さんは、さっき私がすでに読み上げましたように、きちんとレールを敷いておくと、何も商社を通じなければならぬことはない、西ドイツだって購入のための駐在官を一ぱいアメリカに置いてある、それで買っている、はっきりここまで言っておられるでしょう。あなたはこれをお守りになりますか、直接あなたお買いになりますか。
  119. 坂田道太

    坂田国務大臣 いや、その問題につきまして、私の庁内におきましても検討をいたしておるそうでございますから……。
  120. 大出俊

    大出分科員 いまあなた、検討をしているとわきから言われてそう答えているのだけれども、あなたさっき、前長官が言ったのだから私も当然それに従って守る責任を負うと言われた。責任を負うなら相談も何もない、ここで言い切ったのだから。そうでしょうが。  そこで——ちょっと待ちなさい。また相談ですか……。
  121. 坂田道太

    坂田国務大臣 いやいや、ちょっと私、先生の御質問の趣旨をよく理解していなかったから、それを聞いていたので、相談じゃございません。というのは、先ほどもどなたかからも御質問がございまして、その中で一体国が直接買い得るのかどうなのかという御質問がございました。それは買い得るのだ、こういうことでございますれば、むしろ商社でなくて国で買うということも一つの方法だ、あるのだ、これも含めて一体どうしたがいいかを検討すべきである、言い切っておられるわけですから、それを尊重するわけでございます。しかし、私といたしましても、やはりここに防衛庁長官として参りました以上は、私の責任において決めなければならないので、その点においてはいま検討をしておるということでございます。
  122. 大出俊

    大出分科員 あなたおかしなことをおっしゃるんですな。前長官が言ったことは責任を負うというのでしょう。直接買い得ると言ったというのでしょう。いままで直接買った例があるのですよ。買う方法について、いままで直接買っている例がございます。どなたか御存じですか。
  123. 山口衛一

    ○山口政府委員 委員のおっしゃるとおり、買った例がございます。
  124. 大出俊

    大出分科員 何を、いつ、いかなるときにお買いになりましたか。
  125. 山口衛一

    ○山口政府委員 ただいま個々のものにつきましていつということにつきましては、資料を持ち合わせませんが、私の記憶では昭和三十七、八年に、かつてイタリアのスタッキーニから航空機部品につきまして直接国が買った例を覚えております。
  126. 大出俊

    大出分科員 せっかくのお話、よくお覚えになっているからつけ加えておきますが、イタリアのスタッキーニから八十ミリロケット弾及び発射装置を直接買っています。ところが、これは情報不足で、あなた方駐在員を置いてドイツ式にやらないから、この会社、再建会社だった。何をやっているのだ。三十一年ですよ。三十七、八年じゃない。再建会社からあなた方直接弾を買った。だから買えるのです。何をやっているのだ。  あとFMS、有償軍事援助の形で米軍が買い上げて日本へという方法をとっているじゃないですか。現にとっているじゃないですか。機体はメーカーと契約をされた、そのとおりだ。だがエンジンは米軍が買って官給の形をとったじゃないですか、そうでしょう。機体を米軍が買って官給の形をとったって、これはいいのだ。スタッキーニから買ったように直接買ったっていいのだ。一つの方法というんじゃないのだ。あなた方は実際に買っているのだ。やれるのだ。ただ失敗したときに言い逃れができないとか何とかというような理屈をつけて、商社なんか通ずる。もってのほかの考え方だ。これは。国民の税金を何と考えている。直接買った方がよっぽど安いんだ。当時の、三十一年のを調べてみたって、これは明確に安いんだ。むだに国民の税金よけい払うことはないのだ。大臣いかがですか。
  127. 坂田道太

    坂田国務大臣 そういうわけでございますから、私といたしましては、両方含めて検討をいたして、しかしながら山中長官もそうおっしゃったわけでございまして、それを尊重しながら私としては決定をいたす、こういうことで御了承願いたいと思います。
  128. 大出俊

    大出分科員 そう縛っちまっても、せっかくの坂田長官の持ち味がございませんからね、何がしか残ることはいいですよ。だが、その万分の一のところになるようなことがあった場合に、私から念を押しておく。ロッキードも争いの一つですよ、これは。ロッキードは丸紅と提携している。この前のときはCL一〇一〇を持ってきたんだ。その前のときはグラマン、ロッキードの争い。これはロッキードへ行っちゃった。そうでしょう。104を使っているでしょう。これだってそう簡単じゃないのだ。ロッキードは政治力を持っている。ホッドソンというアメリカ大使が、しばらくいないで空白にしておいて、やってきた。これはロッキードの副社長じゃないですか。御存じでしょう。いかかですか、答えてください。
  129. 山口衛一

    ○山口政府委員 委員のおっしゃるとおりであります。
  130. 大出俊

    大出分科員 念を押しておきますが、この伊藤忠に元の空幕長の上田泰弘さん、間違いなく行っておられますな。もう一遍はっきり確認してください。
  131. 今泉正隆

    ○今泉政府委員 間違いありません。
  132. 大出俊

    大出分科員 グラハム退役空軍中将、一昨々年まで在日米軍司令官、空軍司令官、この方はマクダネル・ダグラス、ここへ行っておられ、日本駐在員だ。防衛庁にもおいでになった。それは前からのつき合いだから来ることが悪いというのじゃないのですよ、私は。お認めになりますね。事実を答えてください。
  133. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 間違いないようでございます。
  134. 大出俊

    大出分科員 間違いないようでございますなんてありますか。間違いない。これは非常に不愉快なことなんですよ。アメリカのお国柄かもしらぬけれども、二回も前回大きな争いのあったFX、それを五十三年、四年ころまでに何とかしなければ代替できないのだから、本年というのは、これは限度ですよ、ここで決めなければ。私も素人でないのだから、わかっている。ことし決めなければ、これは間に合わぬのだ、あなた方の発想でいけば。  その時期に駐日アメリカ大使にアメリカから来る人がロッキードの副社長であった人が大使の肩書きで乗り込んでくる、ばかな話はないですよ。そうかと思ったら、在日空軍司令官、在日米軍司令官兼務のグラハム中将が、当面のF15なんか売り込もうという、F4Eファントムの改型を売り込もうというダグラスの首席日本駐在員なんかで出てきて、のこのこゴルフをやりましょうなんと言ってですな、白川空幕長だとか、島田前次官だとか、いま恐らくかわった後の人のところへ来ているでしょう。そんなことを言ってくる。しかも仕様は私が決めたんだなんて、こんなばかなことをさしておいちゃいかぬですよ、あなた方。そういうのを全部取っ払いなさいよ。  これがあることだけでも、疑いを持たれるだけでもこれは大変なことだ、国民の金なんだからと前の長官山中さんは言っておられる。疑いを持たざるを得ぬじゃないですか、これは。防衛庁が何もしていないと言うのに新聞にやたらに載っかる。個々のつき合いがあるからでしょう。それだけでもこれは問題なんだ。みんなこんなものはやめさせなさいよ、あなた。いかがですか、これは疑いを持たざるを得ぬじゃないですか。
  135. 坂田道太

    坂田国務大臣 その点になりますと、私はやはり個々人のつき合いというのはやはり別なものである、公人としてやはりやるべきこと、慎むべきこと、節度を持ってやるべきこと、これははっきりしておる。特にアメリカあたりではそういうことのモラルがしっかりしておるわけで、しかしながらわが防衛庁において過去においていろいろ問題がありましたから、そういうようなことが二度と再びないように、防衛庁長官といたしましても部下職員を督励いたしまして、そうして厳正な、私の申します精神にのっとって規律を守ってもらいたい、節度を心得てもらいたいというふうに思っております。
  136. 大出俊

    大出分科員 三分くらいしか残っておりませんから、次に長官に承る機会がこの国会何回かございますので、私は私なりに軍事的な側面から個々の飛行機の性能その他すべて調べてあります。いま問題の、つまりおかしなことが起こっちゃ困るからというところに合わせてものを申し上げている。前長官の言ったことを尊重する、大きなウエートをそこに置くとあなたはおっしゃる。だが、それでも検討したいと言う。立場上わかる。わかるから万分の一は残します。だが、残す場合でもいまのような疑いを持たれるようなことがあってはならぬということで申し上げているのだから、それは宿題にしていただいて、国民が疑わぬようにどうそこをさばくか、これはひとつ結論を出しておいていただきたい。この次に承りますから。  そこで、残る問題が一つだけあります。簡単に答えていただけばいいのですが、横浜の金沢区小柴というところに第七艦隊等に使う米軍のジェット燃料の貯油施設がございます。タンクがずらりと並んでいる。すべて地下でございます。ここに調査の結果一冊の本になっておりまして、私も過去何遍も質問しております。簡単な御答弁をいただきたいのでありますが、経過は一分くらいで申し上げますが、四十七年に横浜の防衛施設局長久保さん、大変なあらしの日でございますが、日にちも覚えておりますが、私に連絡があって、これから座間に行って司令官に会ってきます。小柴の問題の決着をつけたい。帰ってこられて、夕方私に連絡があってお目にかかりました。話をやっとつけた。この小柴の貯油施設の遊休土地、これを四万五千平米ばかり返還をする、この地域の方々は特殊な方々で非常に苦労しておられるから、次の世代の諸君のために観光農場その他をつくるとおっしゃっておる、だからその方向で協力したい、話をほぼ煮詰めましたからこれから施設庁の長官の方に上げます、こういうお話だった。島田さんと私は、その後現地の方を連れてきていろいろお話をした。  十八号というタンクがとっ外れて一つある。その地上はすでに返還をして返してしまって一分割して個々の所有者は決まっている。個々の所有権がある土地の下に、十八号タンクなるアメリカのタンクがある。これは法的に提訴したっていいのです、訴えたっていいです、何ならばやります、所有権の侵害だから。ところが当時、おれの土地だからここでボーリングをやる、タンクまで掘ってしまう、爆発しても何でもかまわぬと言う小山寛治さんという方がおった。あなた方は多分非常に驚いて、何とかこれはごあっせんいただきたいということだから、私は話をつけた。その十八号タンクのところは間違って返還したのだからとおっしゃるから、イーズメントを差し上げるように話は進める、そのかわり、片方で四万五千平米返していただく、その話が実は上へ上がって、てっぺんで話し合いをして、島田さんとも話がついた、こうなっておる。  ところが、たまたまタンクの塗りかえ補修、これをやるので、置き場になるから時間をかせと言う。その時間はいつまでだと言ったら、四十八年六月までと言う。お待ち申し上げようということになった、気持ちよく。地元の人は純朴ですから、待ちますと言う。当時島田さんは、返す前に施設隊等を入れて、観光農場にするというなら何がしかの手を入れて、それから返してあげてもいい、長い間御苦労かけたから、こういう話まであった。代表者の方がみんな聞いていた。それで今日まで黙って待っておるわけであります。  ところが、四十八年六月はおろか五十年だが、まだうんともすんとも問題は前に進まない、こうなっておるわけであります。当時の関係者は皆さんおいでになります。鐘江さんもまだ、おやめになりましたがほかにおいでになるはずであります。島田さんもおやめになりましたがほかにおいでになるはずであります。横浜の施設局長も、久保さんから元山さんにかわり、高村さんにかわり、安斉さんにかわり、いまの水谷さんですかにかわっています。が、その前任者はみんなおいでになる。はっきりしておることであります。  そこで皆さんに、この事実の上に立って今日どうお考えか。それから、ここもあわせてお答えいただきたいのですが、いま地元の若い人が大変に怒っているわけです。それは十八号タンクというのは地下にあって、その上はわれわれの所有土地である。そこに一つの煙突が出ている。原因不明の火事もあった、危ない、子供が落ちたら大変なことになる。にもかかわらず、防護さくもしないで待てと言って待たしたままで今日まで来ておるとは何事だ、せめて防護さくぐらいはあなた方がやったらいいじゃないか、そういう話し合いをわれわれにしてもいいじゃないか、自分たちの土地だけれども危ないのだからそういうことは認めてほしい、でなければ実力行使をする、若い人はそこまで言う。こんなに待たされて、しかも防護さく一つ設けない、そんなばかな話があるかと言う。全面撤去云々はさておいて、当面の問題はどうするのだと言う。この辺のところをどういうふうにお考えですか。
  137. 久保卓也

    久保政府委員 従来の経緯は、私も聞いてみましたところが、先生がおっしゃるとおりのようであります。そこで、いまの防護さくの点はちょっと承知いたしておりませんでしたが、結局、改修工事等に伴う資材置き場としての機能が、おっしゃるように四十八年六月ぐらいをめどとしておったのが、今日の時点で聞いてみますると、後一、二カ月かかるということだそうであります。したがいまして、私どもとしましては、一、二カ月後をめどにして先生にお話し申し上げたようなことを推進してまいる。もし防護さくの問題が本当に起こっておるならば、これはおっしゃいますように所有者がいるわけですから、所有者の御了解を得て、御希望であればそういうふうにすることに全くやぶさかではございません。
  138. 大出俊

    大出分科員 大変新しいお話を承りましてありがたいのでありますが、一、二カ月で終わるという。私もこれは初めて聞きました。これは大臣、それならば話ができますので大変ありがたいわけでありますが、話し合いの時間的な問題等もございますから、そこらを考えて、若い諸君には子供もたくさんいるわけでありますから心配するので、時間がかかるのであればいまの防護さく等の話も出てまいりましょう。そこらをひとつお考えをいただきたいわけであります。  もう一つ、大変に長いこと待ち、かつその前に埋め立てもできたわけでありまして、相当がまんし抜いているわけでありますから、したがって、これは何らかの事情説明を、横浜市当局なりを通じて地元にしてやっていただきたいのですよ。これはぜひひとつ、大蔵省もございましょう。だから、当時私どもの約束がありますが、そのとおりになるかならぬかという点についてはなお多少の問題は残りましょう。しかし、いま御答弁いただきました方向で御努力を願えるというなら、これは地元の皆さんのために大変ありがたいことでございますから、ぜひひとつそこらのところは早急に地元に連絡のいくように、これは差し迫って、横浜市当局も困り果てている問題でございますので、ぜひひとつお願いしておきたいわけであります。いかがでございましょう。
  139. 久保卓也

    久保政府委員 そのようにいたします。
  140. 笹山茂太郎

    笹山主査 この際、午後一時まで休憩いたします。     午後零時十六分休憩      ————◇—————     午後一時開議
  141. 笹山茂太郎

    笹山主査 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。米内山義一郎君。
  142. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 現在小牧にある第三航空団が三沢基地に移駐するという話を聞いておりますが、これはすでに決定されたことでございますか。
  143. 平井啓一

    ○平井政府委員 現在小牧におります航空自衛隊第三航空団を三沢に移しますことにつきましては、まず、それに伴います必要な施設整備予算措置と、それからあわせて、これは法律の改正を要しますので、法律の改正の案を今国会に提案いたしまして御審議いただくということになっておりまして、その法律の改正が成立いたしました段階で、三航団の三沢配備ということが決まるわけでございます。
  144. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 そういうことで、今日に至るもなおかつ地元の市役所などに正式の連絡がないのだと思いますが、しかし、現地の状況というものは、これ以上騒音に耐えかねるというような事情にありまして、現在住民は、特に騒音の激しい滑走路の進入面の直下にある多数の人々が一大恐怖を起こしているわけです。そしてこの移駐は拒否しなければならないという反対の意思表示をしているわけです。もう長い間あの地域住民は、私もその一人でありますけれども、耐えがたいような航空騒音に悩み続けてきておるのです。まるで雷の親玉と同居しているというようなのが実情でございまして、乳幼児などがこのために引きつけを起こすというような事態もありました。特に今後は、このP3Bとかいうでかいものに加えて新たに強化されるということになれば、住民が自分の地区に居住しがたいというような事情さえ生ずる恐れがあると思います。  したがいまして、こういうものは住民が生きていくために非常な脅威になるのでありますから、何かこれに対して適当な処置がなければ、基地というものは住民と相反するものになる。この問題を根本的に解決する方法は、基地をなくするか、対策を講ずるかということ以外にないと思いますが、政府としては、この問題についてどのように考えておられますか。
  145. 久保卓也

    久保政府委員 三沢の飛行場は、米軍にとりましてもまた自衛隊にとりましても重要な機能を果たすものでありますが、機種の変更とかあるいは機数の増加ということに相伴いまして、さらでだに基地周辺の住民の方々に御迷惑をかけていることは、われわれとしても十分に承知しておるところでありますが、こういうような問題を全くなくすということは、飛行場が存在する以上はなかなかむずかしい。とすれば、そういったものを軽減して住民の方々の安穏を講ずる必要があろうというふうに考えるわけであります。  そこで、防衛施設庁としてなし得ることは、昨年の春に新しく制定いただきました防衛施設周辺環境整備法、これに基づきまして、個人住宅の防音工事の助成でありますとか、あるいはある一定の区域につきましては移転を希望されればそれに応じ、かつまた移転先については何らかの補助事業を講ずることができるというような制度もできております。それからさらに飛行場に接近したところにおきましては、緩衝地帯として緑地帯というものを十分に整備していく、あるいは必要であれば防音林等もやっていくというようなこと。さらにこれに関連しまして、公共的な施設を市町村に、この場合は三沢市からの御要望に応じまして、また三沢市からずいぶんたくさんの御要望が出ておるわけであります。そういうものを逐次計画的に実施をしていって、地元住民の方々の御迷惑をなるべく少なくしていくという方向で、われわれとしては努力してまいらねばならないというふうに思っております。
  146. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 これまでも、学校の防音施設とかいろいろなものに整備対策がなされておりますけれども、しかし、実際に騒音のために深刻な苦しみを受けているのはその直下の住民一人一人でありまして、これに対する対策を手抜きして公共的な施設だけやるというのは、非常に片手落ちだと思う。見ようによっては、単純な、昔中国大陸や満州でやった宣撫工作にすぎないというような受け取り方をされても仕方ないと思うのですよ。  ですから、いまのお話のとおり、個人個人の住宅に施設を講じますと、かなり騒音を緩和することができます。ただし、これは屋内にいたときだけでして、その他はこれはいかんともしがたいような状態ですが、今後は、そういうふうな処置も積極的におやりになるということなんですか、それともただこの場の話きりでございますか。
  147. 久保卓也

    久保政府委員 これは一般の民間空港につきましても同じでありますけれども、飛行場が存在することによっていろいろの迷惑が生ずる、これを軽減していくということは、単なる見せかけの事柄ではなくて、やはり政府としては全般的な努力を傾注しなければならない問題であると思っております。  ところで、従来の法律なり政府の姿勢というものが公共的な施設重点が置かれておったということですが、これは公共的施設でありましても、それを住民の方々が利用する間は、少なくとも騒音等が減殺されるという効果を発揮しておったわけでありまして、宣撫的な意味合いを持つものではございません。  しかし、さらに進んで、公共的な施設だけでなくて、個人個人の対策も講ずべきであろうという発想が、昨年の新しい法律から出てまいったということも言えます。いま申し上げました個人住宅の問題でありますとか、あるいは建物の移転の問題であるとか、移転先の措置の問題でありますとか、あるいは個人の経営する施設でも、一定の枠の中でそれらに防音工事を施していくというような問題が出てまいろうと思います。私が各地で地元の方とお会いしたときに、やはりいま御質問のような、個人対策というものをもっと推進してほしいという要望が、非常に強い印象を受けました。  ところで、現在の段階では、いまだに公共的な施設に対する対策も十分には済んでおりません。これも現在進行中の段階であります。そしてまた、新しく個人的な対策というものも加味せねばならないという段階に入ってまいったし、そういう意味から言いますると、今日の法律でもなおかつ不十分であるということも言えようかと思います。しかし、これは法律を改正したからすぐ予算が非常にたくさんついて問題が解決されるということでもありませんので、やはり今日残されている問題から計画的に処理してまいるということしかないのではなかろうかというふうに思っております。
  148. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 この三沢の基地及び六カ所村にある射撃場という二つの基地がありまして、この二つの基地の真ん中に、中央部に掘り込み港湾をつくり、そうしてここに一大石油コンビナートを立地させようという考え方がある。これを実現しようとすれば、この二つの基地がある以上は、この開発はどうしても不可能だと常識的に考えられるわけです。  そこで、この開発を進める上で二つの基地を撤去するというようなことで、政府内部で調整がついておりますか。あるいは開発関係の国土庁あるいは経企庁等との間に、そういうことについて連絡等、今日まであった事実がございますか。
  149. 久保卓也

    久保政府委員 三沢の対地射爆撃場、あるいは三沢の飛行場、それから六ケ所村の対空射撃場、これは自衛隊の使用する基地でありますが、これらのものは、米軍にしましても自衛隊にとりましても、やはり必要不可欠の施設であろうというふうに考えております。  ところで一方、むつ小川原開発計画が進行中でありまして、いずれこれらが具体化していく過程におきまして、防衛関係施設とどういうふうに調整してまいるかということになろうかと思っております。  御承知のように、むつ小川原開発計画をつくりました中で、関係省庁間の了解事項といたしまして、「工業開発地区に関係する防衛施設については、その重要性にかんがみ防衛機能を阻害することのないよう措置するものとする。」という一項がその中に入っております。これは閣議で口頭了解ということになっておるわけでありますが、こういうような方向で機能としては存続する必要があるわけで、具体的に、むつ小川原開発計画がどこまで、どういうふうに進んでいくかということの進展過程の中において調和が図られるものというふうに考えます。
  150. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 この地域におきまして、漁業に対する損失補償がなされておりますが、この漁民に対する損失補償というものは、漁業組合に補償しているものであるか、組合員である個々の漁民に対して国が補償しているのであるか。  なぜこれを聞くかと申しますと、六カ所村の泊漁業組合において、国から補償された漁民の損害補償金が、個々の漁民に渡らないというところから一つの紛争が起きております。現地の三沢の施設庁の職員の皆さんも中に入って、一応調停したこともありますが、その後、これは全然未解決の状態になっておる。私が仙台の防衛施設局に行ってこの事情を聞きましたら、局長は、防衛庁というのは、金を出すところだが口は出さないと、こう言う。これじゃ余りにも無責任じゃないかと私は思います。  この補償というものは、個々の漁民の損害を積算して損害額が計上され、それに対して補償されていく、当然これは漁民に渡らなければならない性質のものだが、この補償をする当局としては、一体この問題についてどのような御見解を持っておりますか。
  151. 久保卓也

    久保政府委員 私どもが実施いたしております漁業補償金と申しますのは、米軍ないし自衛隊の用に供しております特定水域の漁業の操業を制限あるいは禁止します場合に、当該水域で操業実績のあった漁業者が、漁業経営上こうむった通常生ずる損失を補償するものであります。したがいまして、原則的には、漁業者個人がこの補償の対象になります。  しかしながら、共同漁業権の場合におきましては、漁業権者である漁業協同組合と施設庁が契約を結びまして、そうして漁業権の行使制限を行う場合があります。このような場合には、個人個人に補償をするということでなくて、漁業協同組合そのものに対して損失の補償を行うということになります。
  152. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 いま、漁業権者である漁業協同組合というお話ですが、なるほど漁業権というものは法律の上では漁業組合の名義になっております。しかし、実質的な漁業権というものは、組合の規定である漁業権行使規則によって、個々の漁民に漁業権があるのだというのが現代の判例の解釈でありまして、漁業組合というのはいわば名義人なんです。日本の漁業法というものは、漁業を営まざる者には漁業権がないという原則なんです。ただ、数百人の人に一々漁業権を免許するということが事務的に簡略化されて、漁業権は名義人にある、こういうことから、例の臼杵の漁業権の消滅に対する裁判の新しい解釈がなされておりますので、漁業組合をもって漁業権者だ、よって漁業組合に金を渡せばいいということは、今後問題が出ると思います。  きょうはこの点だけ申し上げておきまして、あとは書面による質問主意書で詳しくこの見解をお尋ねしたいと思います。  それから、基地周辺の整備に関する法律というのがあるわけですが、実は昨年の夏に、御承知の原子力船「むつ」による陸奥湾海戦というのがありました。私は、あのときに初めてむつ市の漁業組合に行きまして驚いたことは、あそこにはきわめて大きな海軍といいますか、海上自衛隊基地があるわけですね。そうして海面が提供されておる。そこには漁業権もあるにかかわらず、三沢や六カ所でなされているような補償もなければ、振興対策等なされていない。現実にホタテの漁場に適応するような場所は航路になっているし、あるいはアサリやハマグリがたくさんとれる、アカガイもとれるあの内港の部分は停泊地になっている。  こういうことから考えても、あの地域に積極的な振興対策がなされてしかるべきだと思うのです。要求のないところには供給がないという原則かもしれませんが、これでは法律の不公平というものではなかろうかと私は思う。確かにあそこは、明治時代の海軍の水雷団の時代から今日に至るまで、軍港の町として生きてきた町ですから、新しい時代が来てもそこの状況に変化がなかったんですね。そういうことだから、これはあたりまえだという感じでおったらしいんです。ほうっておけばいつまでもあの状態でしょうが、これは非常に不公平なことです。反対運動をして要求すれば施設が供給される、黙っていればいつまでも黙殺されるということでは、これは非常に不公平だと思います。こういう点を積極的にお考え直し願いたいと思いますが、大臣、いかがでございますか。
  153. 久保卓也

    久保政府委員 周辺対策事業と申しますのは、補助金でもって市町村が主体になってやるものでありますから、国が直接にやるというわけにまいりません。そういたしますと、市の方で財政状況を見合わせながら、こういうような対策をやってまいりたいという要望があって、初めてわれわれがそれに応ずる経費を支出できるということでありまして、むつ市の場合には、細かくは申しませんが、陸上施設について、たとえば水道施設であれあるいは市道であれ、その他すでに助成措置を講じているものもありますし、それからまた新たに市側から要望があるものもあります。  ところが、お話しのように、この漁業施設の設置については市の方からの要請が来ておらない。要請がなくてもやるべきではないか、こうおっしゃいましても、そこはまた、いま申し上げたように、直接の国の直轄工事ではないということもありますので、やはり憲法のもと、おっしゃいますように自治体の自治の精神を主にしてやるということから言いますと、余り国が、市の要望がないのに、どうだこうだと言うのは不適当ではなかろうか。しかし、市の方から要請があれば、十分にわれわれとしては考慮してまいりたい、そういう立場におります。
  154. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 大臣の御見解を承りたい。
  155. 坂田道太

    坂田国務大臣 いま久保長官から申し上げたことに尽きると思いますが、気持ちといたしましては、基地であるとか、あるいはまた自衛隊のいろいろの施設があるようなところについては、いろいろな住民との摩擦があったり、あるいは住民のいろいろの御要望もあろうかとは思います。それらのことについてお話がございましたならば、そしてそれを市町村を通じましてこちらの方へ御要望いただきますと、われわれの方といたしましては、できるだけ御要望に沿うように努力をしてまいりたい。われわれの方では、そういうようなところについて十分心を配っておるということだけひとつ御了承を賜りたいと思います。
  156. 米内山義一郎

    ○米内山分科員 いまの大臣の誠意ある御表明によって、地元の漁民も、さらに市町村も、それをよりどころにしながら今後具体的な計画を立てて要求するだろうと思いますから、その際は、いまおっしゃったとおりやっていただきたいと思います。  私の質問は、きょうはこれで終わります。
  157. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、諫山博君。
  158. 諫山博

    諫山分科員 福岡県春日市に十六万五千平万メートルの福岡県有地がありますが、これが昭和二十六年三月から陸上自衛隊によって無償使用されています。この土地は福岡市に近接した土地で、坪十万円を下らない地域です。住宅地に適しているし、学校敷地にも使える、公園にも使える、利用価値の非常に大きなところで、高等学校を建設するとすれば三つの高等学校がつくれる、こういうところです。こういう県有地が、二十四年間にわたって無償で使用されている。全くこれは不当です。  この問題で、福岡県から福岡防衛施設局長あてに、昭和四十五年三月十二日付で、「県有財産の返還について」という申し入れがなされています。文書の一部を読み上げますと、「この土地の形状及び周囲の事情等から、これを公用、公共用に利用したい計画がありますので、この際、貴局との間の使用貸借関係を終束し、土地を返還していただきたいと考えます」こう書かれています。こういう通知を防衛施設庁は御存じですか。
  159. 久保卓也

    久保政府委員 防衛施設庁としては知っております。  なお、この質問は、平井参事官の方で御答弁申し上げるようになっております。
  160. 諫山博

    諫山分科員 この通知は、法律的には使用貸借契約の解除通告だと解すべきだと思いますが、防衛施設庁はどう理解していますか。
  161. 平井啓一

    ○平井政府委員 四十五年、福岡県知事からのお申し越しにつきまして、先ほど読み上げられた文書の内容のような周辺の状況にあることは、私どもも承知しておりますが、そのとき福岡県からいただいた文書につきまして、県が、この問題を今後に向かって解決するための御要望と申しますか、そういう意味で私ども受け取っている次第でございます。
  162. 諫山博

    諫山分科員 ここは法律論議をする場ではありませんから、これ以上の点に深入りしませんが、この通告書には、「公用、公共用に利用したい計画があります」と書かれています。どういう利用計画が福岡県にあったのか、確かめましたか。
  163. 平井啓一

    ○平井政府委員 現地におきまして、具体的に何らかのお話があった経緯はございましたかもわかりませんが、私、本日その具体的内容については承知しておりません。
  164. 諫山博

    諫山分科員 これは要するに、県有地を返してもらいたいという通告だと思います。その後、交換の申し入れもなされているようです。これに対して、防衛庁はどういう回答をしましたか。
  165. 平井啓一

    ○平井政府委員 特に文書でもって御回答はしておりませんが、そのような他の国有地との交換というお申し出の趣旨に基づきまして、その後、米軍の春日原住宅地区というのがございますが、これも相当の部分が国有地でございまして、たとえばその場所を一応対象として考えてというようなことで、現地におきましてお話し合いをした経緯がございます。しかしながら、現在のところは、県の方からも、具体的にこの話を進めるという状態がちょっと一とんざしておりまして、今日、話し合いを進めていない状況でございます。
  166. 諫山博

    諫山分科員 福岡県から文書で通告がなされたのは昭和四十五年ですが、交渉はいつごろまで行われていますか。
  167. 平井啓一

    ○平井政府委員 先ほども御答弁申し上げましたように、たまたまその後に米軍の春日原住宅地区の返還見通しが出てきたということにかんがみまして、この問題との関連におきまして県とお話し合いを進めておりましたが、春日原住宅地区がたしか四十八年でございましたか、米軍から返還になりました後に、その跡地をどういうふうに利用するか、国有財産は大蔵省所管財産として、提供財産の返還を受けた福岡防衛施設局から北九州財務局に引き渡しているわけでございます。この処分権限を持っています北九州財務局と、いろいろ要望が出ております地元の春日市あるいは大野城市、福岡県あるいは九州大学、こういったいろいろの立場の方のお申し出と、防衛庁といたしましてもそこを使用したいという問題があり、この問題と、ただいま御指摘陸上自衛隊第四師団、通称雑飼隈というところにございます県有地の問題と関連してお話し合いをするというような形で、四十八年返還になりました直後くらいまでは話し合いが進んでいたわけでございます。その後、先ほど御答弁申し上げましたように、具体的には話が、いわば小休止しているという状況でございます。
  168. 諫山博

    諫山分科員 自治省に質問します。  いま全国の自治体が土地で非常に苦労していることは御承知のとおりです。また、財政的にも大変窮迫しているというので、地方自治体財政問題というのが、いま政局の一つの争点にすわっております。こういう点から考えますと、膨大な県有地が二十数年間にわたって第三者に無償で使用されている、こういう状態は、県有財産の管理という面から見ても適当でないし、好ましくないと思うのですが、自治省は一般的にこういう問題をどう考えているのか、御説明ください。
  169. 林忠雄

    ○林政府委員 まさに御指摘のような地方財政の状況のもとにおいて、地方団体の財産の管理についてそれぞれの地方公共団体でそれを洗い直し、検討し直すということはなさるべき事態だと思っております。  この問題につきましては、福岡県がすでにこの問題についての返還あるいは交換のお話をしておるようでございますので、こういう事態も踏まえまして、一日も早く当事者の間に結論がつくよう、  こちらも期待をし、見守っておる次第でございます。
  170. 諫山博

    諫山分科員 ちょっと待ってください。こういう県有財産の管理というのは好ましくないと聞いていいですか。
  171. 林忠雄

    ○林政府委員 具体的には、その財産の使用目的その他、公益とかいろいろな関係がございましょうから、一概に申し上げることは非常にむずかしいわけでございますけれども、一応県有財産としては、こういう地方財政の折から、その県有財産のあるべき姿として管理することが、一般的には好ましいと言えます。  そこで、実際には各地方団体にそれぞれの事情があると思いますので、その団体の判断に従って、できるだけ好ましい方向に管理体制を変えていくという努力は常に続けられるべきであると考えております。
  172. 諫山博

    諫山分科員 この問題は、福岡地方裁判所で違法性が争われていますから、私は、ここで違法性の論争をしようとは思いません。  そこで、防衛大臣に質問しますが、何しろ高等学校が三つ建設されるような土地が、しかも坪十万円以上というような高価な土地が、二十四年間にわたって自衛隊無償使用しておるわけです。もっとも経過を調べてみますと、警察予備隊がつくられるときに誘致運動が起こった、こういうことから無償使用が始まったようでありますが、それにいたしましても、二十四年間ただでこれを使うというのは、私は厚かまし過ぎるといいますか、とにかく一日も早く解決しなければならない状態だと思っております。  私たちは、これを全面的に福岡県に返還してもらいたい、この使用は福岡県に任してもらいたいということを強く県知事にも要求しているわけですが、防衛大臣としてはこのまま放置していいと考えているのか、それとも何か具体的な解決策を考えているのか、ぜひ具体的にお聞かせください。
  173. 坂田道太

    坂田国務大臣 いままでの経緯については、もうここで申し上げなくてもいいと思いますが、ただいま県有地を無償使用することの是非について、福岡地方裁判所に裁判になっておるということでございますので、やはりその判断をまちたいと考えます。  また、本件につきまして、防衛庁、福岡県の両当事者がさらに話し合うという必要があるというふうに思います。また、私たち本庁といたしましては、現状で違法だ、あるいは不当な点があるというふうにまでは考えておりません。
  174. 諫山博

    諫山分科員 これは非常に現実的な課題だし、事務当局で書いたのを読み上げるのじゃなくて、率直に話し合うという立場でこの委員会を進めたいと思います。  私は、全国で同じような事例があるのじゃないかということを調べたわけですが、やはりいろいろ似たような事例があります。しかし、ここの場合のように二十四年も前から無償で使っている、ここの場合のように住宅地に近接して経済的価値が高いというようなのはほかにないのです。  ですから、こういう状態というのは改めた方がいいのじゃないですか。自治省としてもこういう状態は好ましくないのだ、一日も早く防衛庁との間で話し合いがつくことを期待しているという答弁をしているわけですが、大臣がそういうことだったら、私は、事態の解決は延びるばかりだと思います。
  175. 坂田道太

    坂田国務大臣 御案内のとおりに、この土地につきましては春日原との関連もございますから、なお一層私どもと福岡県当局とお話し合いを進めてまいりたい。それからまた、先生の御趣旨もわかりましたので、そのようなことを踏まえまして、ひとつ話し合いを進めてまいりたいというふうに考えます。
  176. 諫山博

    諫山分科員 事務担当の平井参事官にもう少し質問します。  そうすると、いま福岡県が言ってきているのは、米軍返還した春日原の基地とこの土地とを交換しようじゃないか、こういうことですか。
  177. 平井啓一

    ○平井政府委員 福岡県が昭和四十五年にお申し越しになりました趣旨は、まず現在の約十九万平米でございましたかの第四師団が使用しております県有地を返してもらうか、その問題の解決として別途他の国有地との交換ということで解決できるか、そういうお申し越しでございましたので、私どもは、福岡の駐とん地にはすでに長い間設備等もして、隣接します国有地と一体としての駐とん地として使用しておりますので、お申し越しの第二の趣旨であります交換というような方法でこの問題を県との間で解決したい、そういうふうに考えているわけでございます。
  178. 諫山博

    諫山分科員 それにしても、その話が最後に行われたのは昭和四十八年だというのですが、すると今日まで、その間全く交渉はなされないままですか。
  179. 平井啓一

    ○平井政府委員 先ほどちょっと御答弁申し上げました中で、米軍春日原住宅地区の返還昭和四十八年というふうに申し上げましたが、昭和四十七年の六月でございまして、そしてその後、県といまの問題につきましていろいろ話し合っていたわけでございますが、県の方にもいろいろ御事情があったようでございまして、その後、県有地の交換だけでしぼったお話し合いということではなくて、春日原住宅全体の跡地の問題との関連において話が進み、それがまた、春日原住宅地区の返還跡地にあります個人有地が、いわば虫食いの状態のように点在している問題がございまして、これらの関連で解決する問題があったために、県との間にはただいまの問題が中断して今日に来ている、そういう状況になっているわけでございます。
  180. 諫山博

    諫山分科員 防衛施設庁に聞きますが、防衛施設庁自衛隊が使用する土地の取得、利用の仕事をしているわけです。実際の実務を見ていますと、国で買えるものは買い取る、買い取ることができないのは賃貸借契約で借り受ける、こういうたてまえでやっているのであって、ただで使うというようなことはやるべきでもないし、原則としてやっていないのじゃないですか。
  181. 久保卓也

    久保政府委員 原則としては、おっしゃるように予算の範囲内では買い取った方がよろしいし、そうしてまた予算がそう使えませんから、賃貸借料を払ってまいる。無償というものは、何らかの事情があって、例外的に存在するというだけだろうと思います。
  182. 諫山博

    諫山分科員 この事件の例外というのは、恐らく誘致運動が地元から始まったということだろうと思います。しかし、それにしても、たとえば自治体が工場誘致をするような場合に固定資産税を減免する、これはせいぜい三年とか五年とかいろいろな特別な措置を講ずるということは行われております。二十四年間もただで借りたのだから、これは既得権益だというような形で居座るという態度は、いけないのじゃないですか。
  183. 久保卓也

    久保政府委員 既得権益であり、居座るというような態度ではなかろうと思っております。やはり従来の経緯は経緯として、今日の時点において県とどういうふうに話を詰めていくかという今後の問題であろうと思います。
  184. 諫山博

    諫山分科員 大臣にお聞きします。  経過は大体おわかりいただいたと思います。確かにこの問題はいま福岡地方裁判所で争われております。しかし、裁判中だから積極的に解決しなくてもいいというようなことではないはずです。たとえば公害患者の裁判で、裁判中であっても、やはり別個に解決のための話し合いというのは進んでいるわけです。ですから、だれが原稿を書いたか知りませんが、裁判中だからというような考え方はこの事件ではなくしていただきたい。  それから、例外的に、誘致運動が起こって無償で使ったのだということを前提に考えても、いまの状態は正しくない。これは正当に評価すれば、賃貸借料だけでも年間一億円を下らないという計算が出ております。一日も早くこれを福岡県に返還するということを大前提にしながら、もっと話し合いをまじめに進めるべきだと思いますが、どうも聞いておりますと、この数年間話し合いは全くなされていないようです。福岡県から具体的な要求がないからというので、防衛庁が知らぬ顔をするというのも厚かまし過ぎます。どうでしょう、積極的に解決すべきだと思いますが、いまの段階でどうお考えですか。
  185. 坂田道太

    坂田国務大臣 やはり裁判の進行中でございますから、それはそれとして一応裁判の結果というものを尊重することも、私は当然だと思います。  しかしまた、先生おっしゃるように、裁判は裁判としても、この問題について防衛庁自身として広く考えて決断を下すべきじゃないか、そのために福岡県と積極的に話すべきじゃないかという御趣旨も、私はよくわかるわけでございまして、むしろ後者の立場で話を積極的に進めていきたい、かように考えております。
  186. 諫山博

    諫山分科員 この問題で、最後に一言だけ言いますと、裁判が行われているのは広大な土地のほんの一部分です。もう一つは、裁判で争われているのは違法か違法でないかということであって、いまの使用状態が妥当であるかどうかということとは別問題なんですね。私は初めからここで違法論争するつもりはない、妥当か妥当でないかということを考えていただきたいということを言ったわけですが、この点は改めて検討してもらいます。  もう一つ、同じような事例で、宮城県の鳴子町で多賀城駐とん地が九十八ヘクタールの民有地を演習場として使用しております。そういう事実はありますか。
  187. 平井啓一

    ○平井政府委員 御指摘施設は、おそらく宮城県玉造郡鳴子町に所在します民有地を、陸上自衛隊第六師団長と地元の所有者との間でお話し合いさしていただいて、陸上自衛隊が訓練場として使用しております中山平演習地と称しておりますところであろうかと思います。
  188. 諫山博

    諫山分科員 この土地は、昭和四十一年二月から五年間という約束で自衛隊無償使用を認められております。そしてその状態がいまなお続いている。これも使用料は全く払ってない無償使用なのです。そしてこの場合は、所有者は民間牧野組合だと聞いております。そしてこの問題で自衛隊側に何回か返還要求してきたわけですが、自衛隊側もよろしい、返しましょうということを口では言うけれども、実際はなかなか返してもらえないという状態だと思いますが、これは交渉はどうなっていますか。
  189. 平井啓一

    ○平井政府委員 この中山平演習地は、昭和四十一年の四月からでございますが、まず五カ年間の契約ということで協定を結ばしていただきまして無償使用しております。さらに、五年たった後五年間延長いたしまして今日まで使用している状況でございますが、これは演習地として使用しておりますが、実態といたしましては、四十八年度で申しますと、年間約九日間使わせていただいている。野営訓練だとかあるいはレンジャー訓練ということで使わせていただいておるわけでございまして、十分地元の牧野組合あるいは関係所有者との御了解のもと使用させていただいているわけでございます。  ただいま、地元の方から返還の御要望がたびたびあったというお話でございましたが、私、承知しておりますのでは、たしか昭和四十八年ごろでございましたか、一時期、ここをゴルフ場用地として使いたいので契約を解除したいというようなお申し出がありましたが、ちょうど第二回目の五年間の更新をいたしまして三年ほどたった後でございましたので、一応契約期間中ということで、その後の問題についてお話し合いをさせていただけないかという話になりまして、その後、地元との間に特に具体的に、さらに契約を解除したいというようなお申し越しがあったというふうには聞いておりません。
  190. 諫山博

    諫山分科員 私の調査では、昨年八月文書で、現地の駐とん部隊に返還要求するという手続もとられているようだし、大体、ただで使っている場合には、貸している側はいつでも返還を請求できるというのが民法の原則なんです。返してくれと言ったら返すというのが、個人対個人の場合の原則なんです。自衛隊の場合に、一たん演習場に使っているからということで居座るという態度は許されません。この点はぜひ調査して、現地の要求にこたえていただきたいということを強く要望いたします。  私は、福岡県の事例と宮城県の事例を二つ引き合いに出したわけですが、この機会にもっと一般的なことを申し上げますと、防衛庁自衛隊がどのくらい他人の土地を無償で使用しているのか資料提出を求めたところが、無数と言っていいくらい例があります。  大きな順で言いますと、一番大きいのが宮城県鳴子町の民有地九十八万平方メートルを使っている。その次に、北海道帯広市及び池田町で道有地、市有地を二十四万平方メートル訓練場に使っている。三番目に、北海道の江別市、恵庭市の道有地を十六万四千平方メートル訓練場に使っている。北海道の遠軽町で町有地を十一万二千平方メートル射撃場に使っている。札幌市の市有地、民有地を九万七千平方メートル演習場に使っている。北海道鹿追町の四万三千平方メートルを、町有地、民有地ですが、宿舎等に使っている。東広島市の民有地三万四千平方メートルを無償で訓練場に使っている。登別市の三万平方メートルを、道有地、市有地ですが、渡河訓練場に使っている。三重県大山田村の村有地二万七千平方メートルを訓練場に使っている。そのほか、京都府丹後町で二万四千平方メートルをなだれ防止さくとして使っている。そのほか千平方メートル以上のものだけで三十カ所あります。  これは全部ただなんです。一文の賃料も払ってないのです。時期的に見ますと、一番古いのが福岡県の昭和二十六年、さらに二十八年、三十一年、あるいは新しいところで四十八年の分もあります。  私たち共産党は、もともと自衛隊はすべて解散させるべきだ、こういう主張をしております。また民主連合政府綱領提案の中では、自衛隊の解散を目指すけれども、当面自衛隊の縮減と基地の縮小ということを要求しております。この立場を当然のこととして維持しながら、それにしてもいまのような形で県有地、市有地、あるいは私有地が無償自衛隊に使われているということは、どう考えても正常な土地の使用ではありません。私はこの機会に、防衛庁がこういう問題を一つ一つ歴史的な経過にさかのぼって調査して、不当な権利侵害を一日も早く解決する、とりわけ私が二つ例に挙げた福岡県の場合と宮城県の場合には、いろいろ現地で問題が起こって交渉が行われている状態ですから、一日も早くこれを解決するということを要望したいと思いますが、防衛庁長官いかがでしょう。
  191. 坂田道太

    坂田国務大臣 防衛庁の方におきましても十分調査をいたしたいと思いますし、なおかつ、その中で個々について十分、公有地のものであれば公有地の相手方と話し合う、あるいは私有地の所有者の方々と防衛庁が話し合うというようなことを詰めてまいりたいというふうに思います。
  192. 諫山博

    諫山分科員 終わります。
  193. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、坂口力君。
  194. 坂口力

    坂口分科員 私は、ちょうど四十八年の予算委員会分科会から、四十八年、四十九年、そしてことしと三年連続して、自衛隊の存在と、そして自衛隊が存在します市の発展状況との絡みについての質問を実は続けているわけでございます。一昨年及び昨年もいろいろ議論をしたわけでございますが、自衛隊が存在します市町村、まあ市町村は年々歳々発展を遂げていくわけでございますが、自衛隊が最初できました当時のその市の形態と、それから十年、二十年というふうに月日を経ました段階での形態とは、かなり違ってきている場合が多いわけでございます。最初は、自衛隊の存在が市の発展その他を妨げないような状態でありましても、月日がたちますと、自衛隊の存在が市の発展を大きく妨げるというような状態になってきているところもあるわけであります。  そこで、自衛隊の移転問題というのがあちこちで起こるわけでございますが、一昨年及び昨年におきます答弁は、自衛隊の中でも特に移転のしやすいものとそれからしにくいものとがある、特に普通科連隊等は非常に移転をしやすいものであるというようなディスカッションもされたわけであります。大臣も新しくおかわりになったことでございますので、一般論としまして、いろいろな個所にいま自衛隊が存在するわけでございますが、その存在と、そして市の発展とを両方にらんで考えましたときに、それが大きく市の発展を阻害するというようなところについては、私は移転ということを考えるべきではないか、こう思うわけでございますが、一般論としての大臣の御意見をお伺いしたいと思います。
  195. 坂田道太

    坂田国務大臣 一般論としての御質問でございますので、その限りにおきましては、私は就任いたしまして、どうしても日米安保条約なくしては日本の安全保障ということはあり得ない、したがって、基地であるとか、そしてまた自衛隊であるとかいうものの必要を感じておるわけでございまして、そういう意味合いにおいて、基地周辺あるいは防衛庁のいろいろの施設については、住民あるいは地域社会と摩擦をできるだけ少なくしていく、そういうような配慮を十分にしなければいけないということは、就任に当たって申し上げたわけでございまして、今日といえどもそのように考えておるわけでございます。  でございますけれども、今日なかなか土地というもの、公有地というものを求めるということが困難な状況にございますので、一般論といたしましては、先生の御指摘もわからないわけではございませんけれども、大体いまございます自衛隊所在地というものから移転するというようなことは困難な状況ではなかろうかと思うわけで、そういうようなところにつきましては、手厚い周辺の住民との話し合いあるいは対策というものを考えて、ひとつ御了承を願いたいというふうに基本的には実は考えておるわけでございます。
  196. 坂口力

    坂口分科員 具体的な問題といたしまして、三重県の久居市に自衛隊がございますが、この具体例を中心にして、実は昨年も議論をしたわけでございますが、そういう現在までの経緯もございますので、本年も同じその例を挙げて議論をさせていただきたいと思うわけでございます。  この久居市は、市になりましてからまだ五年しか経過しない、いわゆる三万都市でございまして、自衛隊が誕生しましたときにはまだ町でございました。そういうふうな、いわゆる発展途上の市と申しますか、自衛隊ができましたときには、町の一番端に存在をしていたわけでございますけれども、それ以後町から市へと昇格をしまして、だんだんこの地域に住宅ができてくる、そしてまた工場等もできるというような形になってまいりまして、ちょうどいまでは卵の黄身に当たるような形で、真ん中に自衛隊が存在をするというような町の形態になってしまったわけであります。  そこで市としては、今後どう町づくりをしていくかということになりますと、その自衛隊の問題を抜きにしては論じられないわけでございます。そういう三万都市でございますから、決して財政上豊かなはずもございません。大変厳しい財政の中で成り立っている市の一つでございます。そういう中で、この自衛隊の隊舎の敷地が十三万六千三百十三平方メートルございます。訓練場が十六万二千五百六十九平方メートルございます。合計いたしまして二十九万八千八百八十二平方メートルあるわけでございます。そのほかに、この隊舎の建物の面積が二万二千二百五十八平方メートルございますから、全体で大体三十二万平方メートルぐらいになるわけでございます。  そのほかに、少し離れましたところに演習場というのが三十二万九千百二十七平方メートルあるわけでございまして、この演習場は少し離れたところでございますし、若干起伏に富んだところもございますけれども、この市の一番真ん中にある隊舎及び訓練場というのは、この約三十二万平方メートルは一番いいところに実はあるわけであります。自衛隊が将来どうあるべきかという私どもの党の考え方とは別にいたしまして、地元としましては非常に柔軟な姿勢で、何とかして同じ市の中でいいから少し端の方に寄っていただくことはできないであろうか、こういう非常におとなしい態度を示しているわけであります。  もう一つ、最近はおとなしい案といたしましては、この隊舎があります敷地と、それから接続いたしまして演習場がございますが、この訓練場の方がそう毎日使われるわけでもありませんし、その中に自動車訓練場等ができましたりもしておりまして、必ずしもこれが必要とも認められない。現在でも土曜、日曜日等は市民に開放されたりもいたしておりますけれども、この部分だけでも何とかして市の方に返還ができ得ないものであろうかという市民の声がだんだんと高まりつつございます。  いままでの経緯を見ますと、そういう意味で市とそれから自衛隊というものとの間の摩擦がいまだかつて起こったことのない、言うならば、若干言葉が悪いかもわかりませんが、保守的な地盤であります。  全体の背景を申しますとそういうことでございますが、この隊舎の敷地になっております十三万平方メートル余りのところ、この中に新しい隊舎が建ったところもございますけれども、いわゆる旧軍隊当時から存在します木造家屋がいまだたくさん散在をしておりまして、その辺のところの整備というのがまだできていないわけでございます。その辺の小さな非常に古い建物等がもっと整備をされて、そして一つにまとめられるということになりますと、この現在隊舎のあります敷地十三万六千三百十三平方メートルの土地はもっと有意義に使える敷地に変化をするのではないか。もしそういうことになるならば、接続してありますこの訓練場の十六万平方メートルというのはよけいに使用しなくても済むのではないか、こういう議論が非常におとなしい意見として地元からは出てきているわけでございます。地元の意見というものを最も尊重するといたしまして、この案について防衛庁の方がどのようにお考えになるか、まずお伺いしたいと思います。
  197. 平井啓一

    ○平井政府委員 ただいま御質問の中で、だいぶいろいろな問題の御指摘があったわけでございますが、昨年、一昨年とこの問題につきまして御質問をいただいた経緯を私も十分承知いたしております。  久居の駐とん地は、昭和二十七年に旧軍の施設利用するということでここに駐とん地を開設して以来、現在、御承知と思いますが、第三十三普通科連隊と第三百十八地区施設大隊、第百十六教育大隊、こういった部隊が駐とんしております。御指摘のような面積を久居市の中に占めているわけでございます。駐とん地開設当時の状況から、逐次都市化が進んでまいったという状況も十分承知しております。  したがって、これらの問題につきましては、先ほど大臣から御答弁がありましたように、自衛隊施設としての機能を維持しながらも、やはり周辺の状況の変化との調和を図っていく、一般論でいえば移設できるものはする、できない場合でも、地元のいろいろな御要望にこたえながらもいろいろな知恵を出していく。また、防衛施設周辺の整備法というものがございまして、これに基づきまして、周辺の地域社会の事業経営あるいは住民生活環境というものを、防衛施設の存在なり運営から及ぼすところの影響からこれを防いでいくというような対策も講じることによって調和を図っていく、いろいろな面での努力が出てくるわけでございます。  久居の駐とん地について具体的に申し上げますと、確かに駐とん地とそれに隣接します訓練場、自動車訓練場、ちょうど県道をはさみまして十三万平米と十六万平米あるわけでございます。この訓練場、確かに十六万平米を擁しておりますが、先ほど申し上げましたような普通科連隊、あるいは新しく自衛隊員として採用しました新隊員の教育大隊等を持っておりまして、それらが部隊で起居しながら、手近なところで日常の訓練を行っていくというために、やはり駐とん地の一体性ということで、われわれとしてはどうしてもこれを維持していきたいという立場をとりたいわけでございます。たとえば地域の御要望にこたえて、その真ん中を走っております県道を交通ふくそう対策として拡幅したいということの御要望については、訓練場の用地の方を割愛いたしまして御期待に沿ったような努力もしておるわけでございます。  また、最後に御指摘のありました駐とん地隊舎の方の建物につきましては、昭和四十年、四十一年、四十六年、四十七年でございましたか、五十年度には実は計上させていただいているのですが、逐次新しい隊舎の建設ということで、立体化等も図ってきているわけでございます。御指摘のように、旧軍の施設ということで、明治四十年ごろに建ちました建物も駐とん地の中に若干点在している状況にございます。これらにつきましては今後施設整備費の予算の中でどういうふうに整備していくかという工夫は、今後の一つの問題点であろうか、そういうふうに考えております。  それから、先ほど御指摘のありました面積の点で、少し離れてございます演習場の方は、六十三万平米私どもの方で持たしていただいておりますので……。
  198. 坂口力

    坂口分科員 済みません。その面積の方はちょっと私の言い間違いでございまして、いま御指摘いただいたのが正しゅうございます。  いまいろいろ御主張があったわけでございますけれども、自衛隊中心考えるならば、おそらくいまおっしゃったことだろうと思うのです。ところが、自衛隊の存在する市というものに焦点を当てて考えるならば、自衛隊だけの便宜ということだけではいかんともしがたい問題があるということを、その自衛隊のあります地元では言っておるわけなんです。これは妥当な意見だと思いますし、非常におとなしい意見だというふうにわれわれも思うわけです。  昨年もこういうふうないろいろの問題があるわけでございますけれども、それの話し合いというようなこと、こういうふうな移転を前提にしたということではなしに、なかなかいろいろの問題があるわけでございますが、そういう問題を解決していく話し合いの場というのも実はないのが現状でございますので、定期的にそういう連絡会議等を設けて、そして常に連絡をとってこういうような問題を煮詰めていく、話し合いを重ねていくということが大事ではないかということを、私は昨年も提案をしたわけでございますが、昨年は茶飲み話くらいならばというお話でございまして、茶飲み話くらいの程度のことでは話は進みませんので、真剣な考え方というものができる場というものを私はつくっていくべきだというふうに去年も提案をしたわけでございますが、大臣、その点いかがでございましょう。
  199. 坂田道太

    坂田国務大臣 全体といたしましては、やはり自衛隊自衛隊としての存在の意義というものを私どもは考えておるわけでございます。したがいまして、私どもといたしましては、駐とん地なり、あるいは自衛隊所在地において、地元の市町村に御迷惑のかからないように、最小限度に努めていくべきものであると考えます。したがいまして、市町村におかれて御要望等がいろいろございましたら、これに対して、茶飲み話だけでなくて、真剣にお話し合いを申し上げるということが当然なことかと私は考えておる次第でございます。
  200. 坂口力

    坂口分科員 時間がもうあとなくなってまいりましたので、もう一点話を進めたいと思うわけであります。  それは基地交付金の算定の問題でございますけれども、これは国有財産の台帳価額が非常に安いわけでありまして、いわゆる市町村の固定資産の評価額との間にかなりな差があるわけでございます。来年が評価替えの五年目に当たるわけでございまして、ちょうど四年前になるわけでございますが、その当時の評価で、坪当たりでございますけれども六千九百七十円という値になっております。ところが、市の方の固定資産の評価額は、その当時高いところで五万一千円、少ないところで六千円、平均いたしますと三万五千円ぐらいにはなるわけであります。市の固定資産の評価額のちょうど五分の一ぐらいになっているわけです。  この市の方の固定資産の評価を決めるのも、それから国有財産の評価を決めるのも、両方とも適正でなければならぬということになっておるわけでありまして、両方とも適正だということで出されているわけでありますけれども、一方においては非常に低く、一方においては五倍というような形になっている。真ん中に土地があり、しかもその土地が非常に低く評価をされるということになれば、財政的に非常に苦しい市にとりましては、大きな荷物にならざるを得ないわけであります。先ほども申しましたとおり、少なくとも何とかして訓練場だけでも返還をしてもらいたいという切なる願いと、それからもう一つは、そのほかの敷地に対します評価を本当に適正な価額にしてほしいというのが、市の強い要望になっているわけであります。この基地交付金の算定につきましてひとつお伺いしたいと思います。
  201. 川俣芳郎

    ○川俣説明員 基地交付金の配分の基礎となります資産の価額は、御案内のとおり国有財産台帳価額によるということになっておるわけでございます。そこで、一般的には、国有財産の台帳価額の改定に当たりましては、適正な時価を基礎といたしまして、付近の土地の固定資産税評価額等を参酌いたすということとされております関係上、固定資産税の評価額と国有財産の台帳価額の間には、評価の時期のずれによる開差を除きますれば、その双方の評価額はおおむね均衡がとれておるというふうに考えておるところでございます。  ただいま御指摘のございました久居市の場合につきましては、四十六年度に国有財産台帳価額の改定がございました後にやはり状況の変化がございまして、近畿自動車道伊勢線の着工でございますとか、あるいは久居インターの設置でございますとか、土地の事情に変化が生じましたために、固定資産税の評価額と国有財産台帳価額との間に開差が生じたというふうに考えられるのではなかろうかと思っております。  いずれにいたしましても、ただいまお話がございましたように、五十一年度には国有財産台帳価額の改定が行われるわけでございまして、その際には、その付近の土地の固定資産税の評価額も十分しんしゃくしていただいて、適正な台帳価額の改定が行われるように、関係当局に私どもからも要請をしてまいるようにしたいと思いますし、また、地元の市町村におかれましても、地方の財務局なり財務部とも十分お話し合いをしていただきたいというふうに考えておるわけでございまして、一久居市のみならず、基地所在市町村の土地の価額改定につきましては、付近の土地の固定資産税評価額と均衡のとれた改定がなされるように私どもも努力をいたしたい、かように考えておるところでございます。
  202. 坂口力

    坂口分科員 十分じゃございませんけれども、この三年間の答弁としましてはきょうの答弁がまだ一番進んでいると思うわけであります。  大臣、もう時間がございませんのでこれ以上議論が進まないわけでございますけれども、初めにも申しましたとおり、こういう問題がいろいろとございます。先ほど大臣から答弁をいただきましたように、話し合いの場というものが必要であろうと私は思うわけでございます。そこで、これは仮称でございますけれども、久居市の自衛隊基地問題協議会というような名前にでもして、県と市とそれから防衛庁側とのそういう一つの会をつくって、そこでいろいろの問題を進めていくという形をとっていただければ、今後いろいろの問題もスムーズにまいりますし、どういう形になるかそこでまた話も詰めていただけるのではないかと思いますが、いかがでございますか。
  203. 坂田道太

    坂田国務大臣 地元の方々、そしてまた市御当局、あるいは県もまじえてそういうお話し合いがございましたら、うちではいつでもお話し合いに応ずる準備をいたしておきたいと思います。
  204. 坂口力

    坂口分科員 では、時間が参りましたので、これで終わります。
  205. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、安里積千代君。
  206. 安里積千代

    ○安里分科員 自衛隊に対しまする沖繩におきまする抵抗という気持ちがぬぐい去ることのできないのは、御承知のとおりだと思います。自衛隊がおいでになりました当時、宿舎を貸さないとか、あるいはまた、その子弟の入学についていろいろな問題があったとか、あるいは住民登録に問題があったとか、あるいはまた、地域によっては電話の取り次ぎをしないといったような問題もあった。これらは行き過ぎた問題であると私は思うわけでありまするし、私自身は理解を持っておるつもりでありますが、なぜそのような本土に見られないような抵抗というものが存在するか、これもまた御理解願わなければならないと思うわけです。  それは、これもおわかりのとおり、長い間アメリカの統治下にあって、軍事優先のもとに支配をされた。これは何と申しましてもこれに対する長い間の抵抗ということは否めない。ところが、復帰した後、これが緩和されるかと思うと、依然としてアメリカの基地は、この間の一般質問のときにも明らかにしていただきましたように、本土全体と同じような広さの、また数の基地がある。そこへプラス自衛隊が来るということでございまするので、沖繩におきまする基地問題、自衛隊の問題は、単純に割り切れない問題があり、住民の持ちまするその抵抗の気持ちもまた理解していただかなければならぬと思います。  防衛庁の方でそういった点を十分配慮されて、苦心されておるということを私は知っております。ずいぶんいろいろな点において御苦労されておると思うのですが、現実はいろいろなアメリカの演習、それから土地の返還状態、これも地域住民の意思とはかかわりなく、ただアメリカの都合によって無計画に解放される。この跡始末をまた施設庁がやらなければならない。この跡始末のやり方に対しましてもなかなかいろいろな問題がある。こういうことで、沖繩におきまする問題はなかなか解決するにむずかしい問題があると思います。  そこで私は、基本的に皆さん方に申し上げたいことは、決して前にあった軍事優先という気持ちを県民に与えてはいけないということであります。本土におきまする基地、これは限られた地域ではございまするが、沖繩全体の立場からしまするならば、実相はやはり軍事優先だ、こういう感じを持たされます。そこで、防衛庁として、あるいは施設庁、自衛隊の中におきましても、少なくとも軍事優先だという感じを与えないことが大事だと思うのです。  私がなぜこのことを申し上げるかと言いますと、きのうの沖繩特別委員会でも問題になっておりましたし、また、運輸関係分科会においても、運輸大臣、当局に問うたのでございまするが、沖繩返還の目玉商品と言われた那覇空港、ここにP3が常駐した、これも実にあれからもう三年近くなっております。やっと解決する、こういう段階になりました。この段階になって、P3が移動する、そうするとその後を今度は航空自衛隊が使いたい、これがまた県民には大きく刺激を与えております。運輸省の立場としては、あくまでも民間空港として完全に使いたい。いまでさえも一部自衛隊が使っておりまするけれども、さらにP3の後を自衛隊が使う、こうなりますと、沖繩県民の受けまする気持ちは、やはり軍事優先じゃないか、こういう感じを持たされるわけです。  運輸の分科会におきましても、沖特委におきましても、海洋博を控えて当分民間が使う、航空自衛隊の方は使わない、当分という言葉が出されておるわけであります。本当にこのことは何でもないようなことでございますが、運輸省と防衛庁の方で対立して、そしてもう四月間近いのにまだこの問題が解決しないということは、私はいけないと思うのです。  ですから、皆さんの方としては、あくまでも運輸省の言うとおり完全な民間の空港として、P3の後には皆さんはかかわりない、こういうような方向づけをやるべきじゃないか。もしそうでなくて、当分の間、海洋博の間は本土から来る多くの方がおるから使わないけれども、その後はまたやるんだということでありまするならば、やはり政府は運輸省の言うよりも防衛庁の言う力の方が強い、向こうの意見に押しまくられた、結果的にはいまにおいてもやはり軍事優先という方向を変えないじゃないかということになるのではないか。そのことは後に大変な尾を引く問題だと思いますから、この点におけるお考えをお聞きしたいわけです。当分の間などと言って目の前を済ませばいいのだというのではなくして、もっと遠い眼をもって見て、見通しを持ってほんとうに確定的な方向づけをしていただきたい、私はそう願うのであります。御意見を承りたい。
  207. 久保卓也

    久保政府委員 この那覇空港の問題につきましては、私は前に防衛局長をやりましたときに、当時の運輸省の航空局長と協議をし、それから返還の過程からずっと今日まで、今日は施設庁長官として見ておるわけでありますが、まず当時は、自衛隊側で使いたい、あるいは自衛隊側の飛行場としたいということを、民航を重点考えて、民航の方に譲ったということであります。その後調整された土地を現在使っておるわけでありますが、昨日私が沖持委で、沖繩海洋博を控えて、それに支障のないように、P3の移駐後は民航が十分に余積を使われるだろうということを申し上げたわけであります。  そこで、将来の問題といたしましては、現在の那覇空港地域だけではありませんで、昨日も運輸省側から御説明がありましたように、現在米側が持っております海軍、空軍補助施設のある程度の部分を返還してもらって、そこへ中央ターミナルをつくる。そこへ中央ターミナルをつくりますと、今度は現在航空自衛隊が使っております施設を民間空港の施設として使う部分が出てまいります。これはもし中央にターミナルを設置するとなれば、自衛隊側もある程度締まらざるを得ない。しかし、必要な機能をそいでは航空自衛隊の部隊が存続していけませんので、どこかかわりの場所を設定しなければいけない。しかも航空自衛隊の飛行機が若干ふえる、あるいは海上自衛隊の飛行機が若干ふえるということであれば、その余積が若干必要である。  そういうような事態は、実は軍事優先とかそういう抽象的な問題ではありませんで、行政事務としましては、具体的に現在の那覇空港が背後地の補助施設も含めて返還を受けて、それをどう利用するか、民間航空優先ということが一〇〇%で自衛隊の使用がゼロということ、あるいは軍事優先ということで、自衛隊側が一〇〇で民間側がゼロというようなことではあり得ません。  したがって、具体的な行政事務としては、広がった那覇空港の施設の中でどういうふうに両者が調和がとれて共存していくか、しかし、そういった仕事をやる過程の中においては、民間航空が円滑に運航されるということを十分に配慮するということをわれわれとしては忘れないでやっていくということであろうと思います。
  208. 安里積千代

    ○安里分科員 これで論争しておりますと、また派生的にいろんな問題が起こりますけれども、自衛隊に対しまする沖繩の特に県民感情的な立場、それから過去のいろんな問題、そういうことを考えるときに、この問題は、皆さんがやはり民間航空の那覇空港も何らかの形で使いたい、また使うようなことになりますと大変マイナスじゃないか、こう思うので、一応私は注意を喚起しておきたいと思うのです。  それともう一つ、私はもっと遠い将来に対して眼を向けたいと思っております。平和な世界、そして沖繩が日本の中におきまする国際的な接点にもなりましょう、玄関口にもなりましょう、交通の要路にも拠点にもなると私は見ております。そうした場合に、那覇空港の持つ使命というものは大変に大きいし、その一部でありましても自衛隊と併用しておるということによりまして、いろんな点において支障を来すであろうということも考えられます。ですから、私は、願わくはこれは運輸省の御主張のとおりに協調していかれる線を堅持してもらいたい、こういうふうに希望いたしておきます。そうしなければまずい結果を生むんじゃないか、こう思っております。  それから、これはあるいは外務省関係にもつながるかと思うのでございまするが、沖繩のアメリカの軍用地の解放、この解放につきましては、もちろん努めて縮小するという方向、あるいはこれを整理統合するという方向にあるというふうにも聞くわけでございますが、ここでお聞きしたいのは、この統合なり解放、返還というような問題に対しまして、外交交渉の問題でございますけれども、その土台になるのは、やはり防衛庁施設庁などの御意見というものが強く響くんじゃないか、こう思うわけでございます。私どもの感ずるところによりますと、日本側の意向というものはさっぱり反映せずに、ただアメリカの側がここはもう要らなくなったから返す、こういうような感じを持たされるわけです。ここを返してくれ、ここは必要じゃないじゃないか、こういう主体性を持った積極的な方向で解放が行われるのでなくして、アメリカが一方的に解放しているんじゃないか、こういう感じを持つわけでございますが、軍用地の解放、返還につきましては、施設庁とされましては一体どれだけの発言権というか、実際上行動されておられるのであるかどうか。
  209. 久保卓也

    久保政府委員 私どもが十分宣伝をしておりませんし、宣伝するつもりもなかったものですから、あるいはそうお受け取りであったかもしれませんが、たとえば第十五回の安保協議委員会で、相当数の沖繩におきます施設返還予定されました。これはその以前の段階に私どもでリストをつくりまして、つまり地元返還要望しておるというようなもの、それからわれわれが見た範囲内において、この施設米軍基地の機能を維持する上においても必ずしも必要ではないのではないか、あるいは使用頻度が非常に少ないからこれは多分なくてもよろしいであろうというようなところを全部チェックをいたしまして、われわれとして返還要請の資料をつくって米側に提示をしたわけでございます。それをもとにしまして、米側としても現地の実情を十分に調査をして、その結果が、この分は日本側要望どおり返してもよろしい、ただし移設というような条件を伴うものもあるというようなものが、第十五回の安保協議委員会の結果として出てきたものでございます。  今日におきましても、次の段階においてどういう場所を返してもらうかということについて、現在いろいろなデータをもとにしましてわれわれとしてもそういう資料をつくっております。そして、その中で米側の感触も聞きつつ、米側としては絶対に機能維持上困るというようなもの、あるいは可能性のあるようなもの、そういうものをサウンドしながらわれわれとして正式のリストをつくって、改めて米側に提出する、こういうことになりますので、私どもの努力と意見というものは、相当米側に反映されるというふうにお考えいただいて結構であります。
  210. 安里積千代

    ○安里分科員 那覇港の返還についてはどうですか。
  211. 久保卓也

    久保政府委員 那覇港としましては、当時の那覇市の御要望もあり、またそういう要望を受けまして当時の山中長官の強い御意見で米側に要請し、米側としても移設が可能であればこれを返還してもよろしいということになったわけでありますが、現実問題として米側の使ういわば軍港というようなものをどこに移設するかということは、金の問題は別にしても、非常に地元との関係でむずかしい問題が存在する。しかしながら、そういう問題は問題として、今後もそういう適地を見つけ、地元の方々と協議を進めてまいらねばならない問題であるということで、五十年度におきましては、現在の軍港がどういうような機能を果たしているか、どういう余積を持っておるのか、そういったような実態調査をやるつもりであります。
  212. 安里積千代

    ○安里分科員 那覇港は、これも御承知のとおり、北岸は商港、南岸は軍港として使っております。代替地を提供することを条件にして、那覇港の返還を日米安保協議委員会で決めたということも、その当時から私は指摘をいたしたのでございますが、正直な話、大変な約束をしたものだ、こういう感じを持たされております。  那覇港の完全な返還ということは、これは県民の、また市民の非常に強い要求でありますし、現実のいまの状況は、まあ調査の予算を組んだということでございますけれども、現在でも那覇港の利用度から見ますと、八〇%が民間の船、二〇%程度がアメリカの船で、隻数やあるいはまた沖待ちする数からいいますならば、これは多分第十一海上保安本部の調査した数字だったと思っておりますが、とにかく民間の船というものが港に入ることができずに沖がかりする。民間の船は大型になりましたので、やっと三隻着けばそれ以上のものは無理だ。ことに海洋博を迎えていろいろな資材などが輸送される、また海洋博開催時になりますと大変な船が出入りするはずであります。  私どもの見たところ、帰るたびごとに見ますけれども、ほとんどアメリカの船が着いているのは見ません。ほとんど使っていないのじゃないか、こういう気もするわけです。そのかわり、そのために民間の船というものは出入りが危険でもあるし、船の補修整備にもかかわるし、荷物の積み出し送りにも非常に関係するし、それがまた物価にもはね返ってくるというように、民間側は大変なしわ寄せを受けておる。そして、悠々と同じ入り口から入って、南岸のアメリカのバースは使われておらない。こういう姿を見るわれわれからしますというと、何となく、一体どこの国に住んでおるのか、アメリカの統治にあったときと何ら変わりがないじゃないかという気持ちか非常にします。  ですから、那覇港の完全な返還ということは強い要望であり、そのこと自体が復帰後におきまする政府の措置に対しまする信頼感を高めることになるわけでございまするが、アメリカ自身も代替地を与えるならばそれを条件にして返還していいということは、結局アメリカとしてもあの場所というものはそれほど利用価値がないのだと見ておるのではないか、こう想像します。  しかし、問題は、返還要求することは結構だったのですけれども、返還はしましょう、そのかわり、かわりのところを与えてくれ、政府がこれを条件にのんだ、私はこれに非常に、極端な言葉で言いますと屈辱を感じるのです。一体それは沖繩のどこに新しく接収して港をつくろうというのか。その莫大な費用というものも日本の政府に課せられるでありましょうし、場所を取るならば、これ以上新しい土地を取られちゃならないという前以上に強い要求があるのに、できるはずはありません。強引にやろうとするならば、それこそ大変な問題になります。  言いますならば、現実においてこれは不可能なんですよ。不可能なことを前提にして那覇港を返しましょうということは、これはもう良識的にはごまかしにしかすぎないのです。返す、そのかわりかわるところを与えろ、はい、それで承知しました、これは結局、代替地を提供することができない、だから返さぬという、返さないところの口実をアメリカに与えたことになる。こんなばかなことがあるか、私はそう思うのですが、皆さんはその代替地を提供するだけの自信があるんですか、そうしてまた、それまでは返さぬでもいい、こういうふうにお考えなんですか。
  213. 久保卓也

    久保政府委員 沖繩復帰後、沖繩にありまする米軍施設というものはできるだけ返還してほしいという強い要望があったわけであります。そして一昨年の段階におきまして、地元那覇市の方から軍港返還の強い要望がこれまたあったわけでありまして、そういう情勢のもとに、当時の防衛施設庁といたしましては、できれば那覇軍港というものを返還してほしいということで米側に要請したわけでありますが、米側としては、やはり沖繩施設というもの、全般的な施設というものが極東の安全と平和のために維持されている、したがって、そういう見地のもとにおける補給基地であるということから、軍港機能というものをなくすわけにはまいらない、しかし、どこかにその代替の場所が見つけられるならばそれは結構ですということで処理されたわけで、そういうような処理の経過というものは、過去の経緯からしてある程度やむを得ざるものがあったであろうというふうに私は思っております。  しかし、代替地というものは容易に見つからないではないかということ、これはどこでありましても、基地として新しく設定されることを希望される地域は多分なかろうということから見ますと、非常にむずかしい問題であるということは言えます。  しかしながら、さればといって放置しておいてよろしいわけではありませんので、われわれとしては、代替地ができるものかどうか、また、そういう長い時間のかかるものである以前に、現在、お話のように商港地域というものが非常に狭められている、そしてまた米軍の荷扱い量というものは非常に減少している、そういう今日のもとにおいて、米軍の軍港の一部を共同使用していくということが考えられるのではないか。もちろん那覇市の方には、そういうことで具体的に那覇市の方で御要望があれば米側に折衝してみたいというふうに申してあったわけでありますが、必ずしも那覇市の方から、この部分を共同使用にしてほしい、この部分を活用してほしいという具体的な御提案が参っておりませんので、さしあたっての経過的な措置としての方法もまだ進んでおらないということであります。
  214. 安里積千代

    ○安里分科員 時間がありませんのであんまりこんな問題は論及したくございませんけれども、何だか一つ一つ気になることばかりが積み重なっていくのです。もちろん、あるいは海洋博中一部を使用させてくれとか、共同使用させてくれといったような問題もあるでしょうけれども、そうすることは結局現状をいつまでも維持する、完全な返還という基本的な要求に沿わないところがあって、単なる一時的な使用とか、共同使用とかなんとかいうことになると、その新しい既成事実がまたできる、そういうことは避けたいという気持ちもあろうと思っております。私は、基本的に返還要求するならば、本当に完全に要求するだけの、そして県民の、地域住民要求に応ずるような返還をしてもらわないと、場当たり的では大変困る、こう思うわけです。  そこで、返還した土地の後の問題というのもいろいろとありますが、これも未解決の問題がたくさんあります。先から先から新しい問題が起こる。後の問題というのはみんな積み残されていくという状況でございますが、その一つが、前から問題のありまする返還された土地の地籍の問題、これは施設庁が担当されるということで、それに相当する予算も組みなさっておる、返還前は開発庁が担当するというふうに区分けされたというふうに承知いたしておりますが、この問題だけひとつ。  この地籍の調査は容易なことじゃなかろうと思うのです。どういうようにするか。基地の中に入る入らぬの問題じゃなくして、事前にもなかなか調査はできないし、地形も変わっておるし、いろんな意味において大変むずかしい問題だと思います。思いますが、これは承りますと集団和解方式で決めようという方向だというふうに聞いておりますが、開発庁でもそのような説明だったと思っておりますが、施設庁としてもやっぱり同じですか。
  215. 久保卓也

    久保政府委員 お話のように、地籍調査は役所の権限の問題としてもむずかしい問題でありますが、具体的な手続の問題と同時に、土地の境界を決めるものは本来地主同士であるというたてまえになっておる、その争いがあったときに裁判所がこれを処理するということが法的な基礎になっているものですから、大変やりにくい。一人一人の地主の仕事としてやらせておけば間に合いませんので、集団和解方式ということで、県、市町村あるいは施設局、それと地主の方々、そういった者の協力によって処理をしていくより仕方がないのではないかというのが現実的な解決策であると私どもも思っております。
  216. 安里積千代

    ○安里分科員 地籍の調査はただ隣同士だけの問題じゃないと私は思うのです。全体的立場における調査とも関連はありますが、ただ問題だけ私は提起しておきたいと思うのです。私は疑義があるのです。と申しまするのは、なるほど手っ取り早いです。関係者が集まって相談して、こう分けましょう、これは実際問題としてたやすいことでございましょうし、実際の処理としては一応できると思います。しかし もっと所有権の基本的な立場から考えました場合に、それによって当事者が和解した、和解というものは和解だけなんで、あくまでも債権契約ですよ。それによって一体その所有権の実体を拡大するところの根拠がそこから生まれてくるかという疑問を持つわけなんです。  たとえばここにあった前の土地が、所有権がここにありましたのがこことかえられるところもありましょう。交換したようなかっこうにはなりまするけれども、あるいはその和解に加わらなかったところの人がおるかもしらぬ、これに対しては何の効力も及ばない。ただお互いが話したことによって、地籍が所有権の確定の基礎となっていくという、これには私は法的に非常に疑義があるのじゃないかと思っております。  しかし、きょうはこの問題を詳しくお聞きするわけにもいきませんし、私はあと願いたいのは、開発庁とも皆さんとも同じ方向であるようでございますか、法務省関係もそれでいいということであるかどうかという点については、私は純法律的な立場からおかしいと思っております。私の基本的なあれは、特別立法によって、もうこれによってなさったものは創設的効力を生ぜしめて、前の所有権関係は消滅するんだという何らかの法的措置がない限り、和解によってこれが所有権の実体を表明するものだということは法的に疑問である。あくまでも所有権を確定するわけでございますから、これは別個の、つまり特別の立法によって、立法による創設的効力といいますか、過去のことはこれによってなくなる、それで新しい権利関係がこれで生まれるのだという処置がとられるべきじゃないか、これは私の持っている意見でございますけれども、あわせてひとつ真剣にお考え願いたいと思います。  時間でございますので、終わります。
  217. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、野坂浩賢君。
  218. 野坂浩賢

    野坂分科員 私の出身県に美保基地という輸送航空団の所在する基地がありまして、民航と共用をされております。この航空自衛隊の輸送機はYS11とC46、この輸送機が配備されておるわけでありますが、C46も廃棄になっておる飛行機がありまして、学校等に並べられておるのもあります。したがいまして、このC46を今後も輸送機として使用し、製作をするのかということが一つと、もしやめるということであれば、いつの時点で終わるのか、まず聞いておきたいと思います。
  219. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 ただいまのC46の保有状況でございますが、この会計年度末で十六機でございまして、これが五十年度末には十三機になります。いまのところ五十一年度一会計年度中に全機用途廃止になるという計画でございます。
  220. 野坂浩賢

    野坂分科員 五十一年度で全部廃止をするということでありますが、それにかわる輸送機というものが当然考えられると思うのでありますが、どういう機種をおつくりでありましようか。
  221. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 これにかわりますものとしては、国産で開発をいたしましたC1というジェット輸送機でございます。これを取得ベースで申し上げますと、四十九年度に三機取得をいたしまして、実は前からのがございますので、年度末の保有は七機になります。それから五十年度にさらに八機を取得いたしまして、これは年度末が十五機という形になります。以後、五十一年度に六機、五十二年度に七機ということで、五十二年度末に二十八機という予定でございます。
  222. 野坂浩賢

    野坂分科員 この輸送機、五十二年度までに二十八機ですね、これはどこに配備されるわけですか。
  223. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 五十二年度の二十八機についての全体計画は、詳細につきましてはまた変更がございますので、とりあえず五十年度の十五機につきましては、そのうち十機が入間、それから美保に二機、小牧に二機、それからこれは実験用でございますか、岐阜に一機という計画でございます。
  224. 野坂浩賢

    野坂分科員 それぞれ美保、入間、小牧、岐阜というのは実験飛行のある各務原だと思いますが、このC1ジェット輸送機の配備がそれぞれ出されましたけれども、美保の輸送航空団には三つの飛行隊があるわけです。その三つの飛行隊のうち一隊は入間、一隊は小牧のF86Fが三沢に移転をしてその後に入れる、こういうふうに承知をしておりますが、そのとおりでありますか。
  225. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 輸送航空団の隷下には二個飛行隊ございまして、ただいま先生指摘のとおり、一飛行隊は入間にございます。それから現在四〇一飛行隊、これが美保にあるわけでございますが、これも御指摘のとおり、小牧の三空団が三沢に移りました後、小牧にこの四〇一飛行隊の大部分が移動をするという計画でございます。したがいまして、美保には飛行教育隊が残るだけ、あとは団司令部、それから整備補給群、こういったものが美保に残ります。
  226. 野坂浩賢

    野坂分科員 そういたしますと、輸送航空団の司令部と飛行教育隊だけであるということでありますが、いまお話しになりました美保基地にはC1輸送機の二機は五十年度に配備をする。二十八機全体の計画は五十二年度末ということになりますか。
  227. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 二十八機の全体計画は、五十二年度末でございますが、入間に十機、それから美保に四機、小牧に十機、それから岐阜の実験用に一機、それから予備といたしまして三機、こういう計画でございます。
  228. 野坂浩賢

    野坂分科員 この輸送機は製作費は一機幾らかということと、それから四十七年度にそれぞれ契約をされ、四十九年度にも三月中に契約をされるということでありますが、この支払い方法についてはどのようにされておりますか。
  229. 山口衛一

    ○山口政府委員 二点お尋ねがあると思いますが、一点は製作費でございます。製作費は、四十九年度に予算として計上されました一機の製作費は三十五億三千万円でございます。  それから第二点でありますが、予算上でございますが、予算上におきましては四年国債、つまり四カ年で契約から取得までを計上しておりまして、その間でき上がった飛行機を取得するという計画になっております。したがいまして四十九年度、本年度に契約に入りますものにつきましては、四十九年度に当初かかります費用としまして十二億四千三百万円、自後五十年度、五十一年度、五十二年度と、たとえば五十年度におきましては四十九年度契約分の計上額は九十三億六千三百万円、すなわち製造が進むに従いまして、それに要する実費を予算から支払うということで、四年に分けて予算が計上されておるという状況でございます。
  230. 野坂浩賢

    野坂分科員 四十七年に契約をされたときは三十五億三千万ではなしに、二十九億三千万ではないですか。
  231. 山口衛一

    ○山口政府委員 先生おっしゃるとおりで、私、四十九年度の契約単価を申し上げましたが、四十七年度の契約単価は三十九億九千三百万円でございます。  その後二年間たっておりますので、年率にしまして約八・六%くらいずつの製造費アップが行われまして、二年たちました四十九年度、この三月におきましては、予算上三十五億三千万円ということで契約可能かというふうに考えております。
  232. 野坂浩賢

    野坂分科員 余分な話ですが、その契約のときには、いま局長からお話がありましたように、今年度末できるのは七機だ、四十七年当時には十一機契約をされておるというふうに承知をしておりますが、それが三年ないし四年の分割とすると、今日でき上がったものは当時契約したとおりの値段ではないかと思うのですけれども、当然凍結その他がされて製作がそのまま進まないわけでありますから、そのために契約を上回る実費支給、実費支払いということになるのじゃないですか。
  233. 山口衛一

    ○山口政府委員 お答えいたします。  航空機につきましては先生承知のとおり、一つのロットとしまして何機という契約をまとめてする習慣になっております。これは御承知のとおり、最初非常に工員の熟練を要しますので、年々その熟練度は上がってまいりますし、その熟練度につきましてはコストダウンさせるような価格計算を私どもやっております。それからまた、当初にまとめて材料を買い込みまして、それからまた治具工具その他の設備関係の費用をつぎ込みましてやりますので、契約当初におきまして大体四年間の間に見込める原価の計算を私どもいたしまして、価格体系をつくる予定にしております。  したがいまして、四十七年度におきましては、当時の見積もりとしまして二十九億ベースで四年間計算ができるという形でございましたが、四十九年度契約になりますと、これからまた四年間ということで、その間のいわゆるランニングカーブといいますか、熟練度を低減しまして、それからまた、これからの人件費アップあるいはその他を見込みまして、三十五億という計算をしておる次第でございます。
  234. 野坂浩賢

    野坂分科員 二十九億、三十五億、それぞれ二年間で違っておるわけでありますが、それらの点につきましてはまたあとで議論をする機会を得たいと思っておりますが、この美保基地の周辺の整備、この間通りました防衛施設周辺の生活環境整備法というものができ上がっておるわけですが、地元におきましては新しい滑走路をつくりました。局長も御案内だと思いますが、現在使用されておりません。それは地元に非常に反対もありまして、議論が沸騰し、その中で境港の市長が五条件を提示しております。たとえばジェット戦闘機の配備はしないとか、あるいは都市計画に協力をするとか、あるいは民生安定に対して積極的にやるとか、いろいろ五条件あることは御承知だと思うのですが、それがやられない限りは使用はできない、こういう合意になっておるというように承知をしております。  そこで、いま集団移転の問題が出ておりまして、一月十四日の郷土新聞によりますと、その予算は八億六千四百万だと、こういうふうに伝えられております。私どもはこれについて集団移転の、何といいますか予算と、それから防音その他の整備費それぞれ三億ないし四億というふうに、いま大蔵省と一件ごとに協議をするということでありますから、そういうふうに承知をしておりますが、六億八千四百万の内訳というものはどういうぐあいになっておるわけですか。
  235. 銅崎富司

    銅崎政府委員 私どもで移転補償に計上していますのは合計で四億四千万でございます。ただ五十年度にただいま要求しておりますのは三億七千万ですから、恐らくこの合計かと思います。
  236. 野坂浩賢

    野坂分科員 この五条件が調わない限りC1の輸送機の配備は考えないし、また滑走路も使わないということになっておるのでありますが、先ほどの局長のお話によりますと、五十年度には二機配備をするということが決定をされておるようでありますが、それは現地とどのようにお話になって、そのような配備計画を立てておるのか、伺いたい。
  237. 久保卓也

    久保政府委員 航空機の配備は、まだ防衛庁内部の計画であると思いますが、地元との関係で申し上げますると、いまお話しの五条件に従って地元と話し合いが進められております。ごく最近民間飛行場としての問題が運輸省との折衝でもほぼ見通しがついているということで、困難な問題は大体解消してまいっていると思います。したがいまして、新滑走路の告示がこの春ぐらいにはできるのではなかろうか、それ以降適当な時期にC1の配備もできようということで、C1の配備を前提にしながらも、地元との話し合いは具体的にかつ円滑に現在は進行しているつもりであります。
  238. 野坂浩賢

    野坂分科員 地元と円滑に運んでおるということでありますが、まだ三十三町歩ですか、集団移転の土地についても決定的ではありませんし、その坪単価というようなものも、示されておるというような話もありますし、示されていないで二万一千円だというようなうわさが地元では流れておりますが、それはどうですか。
  239. 久保卓也

    久保政府委員 金額につきましては、たしかこちらが提示をしまして、現在地元と折衝中のはずであります。  それから、移転先の土地、これは市側で購入をしてそこへ移転するわけでありますが、これについては、資金の手当ての問題がございます。そこで、市が金を借りるにつきまして、私どもも御協力申し上げようということで、一カ月後にすぐすべてのものが片づくということではありませんが、全般的な問題が明るい方向で進んでいるということを申し上げているわけであります。
  240. 野坂浩賢

    野坂分科員 この新滑走路をさらに延長して二千メートルにするというようなことはないというふうに考えておりますが、そのとおり考えてよろしゅうございますか。
  241. 久保卓也

    久保政府委員 地元では、民間飛行場としての充実をお考えになっているようであります。  防衛庁側としましては、現在のC1以下の飛行機でありまするから、現在の滑走路で十分でありまして、あとは運輸省あるいは県あるいは市の方で民間飛行場としての充実をお考えになるかどうかということで、防衛庁外の問題であります。
  242. 野坂浩賢

    野坂分科員 防衛庁は全然滑走路の延長は考えていないし、やらないというふうに考えてよろしいわけですね。
  243. 久保卓也

    久保政府委員 防衛庁側の必要からはございません。
  244. 野坂浩賢

    野坂分科員 いまもお話がいろいろございましたが、昭和三十年から約二十年間、この美保基地の撤去に対する考え方と、防衛庁の強く進める考え方と、二つの勢力で、長い間この基地をめぐって激しいやりとりがありました。したがって、いまの防衛局長のお話によりますと、この美保基地というのは、教育隊でありますから軍事的な意義はそうないというふうに考えられるわけでありますが、そのとおりに考えてよろしいか。
  245. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 ただいまは航空輸送団の司令部がございまして、あと教育隊、それからバッジ関係の第五術科学校の分校がございます。  軍事的に重要性がないかどうかという問題でございますが、これは現在、日本海に面しまして、御案内のように、小松に戦闘要撃部隊の基地がございます以外はまるきりないわけでございます。あとは九州の築城ということになりますので、そういう意味では、軍事的に全然重要性がないということにはならないと思います。ただ、運用上、ただいま輸送航空団の司令部をそこへ置きまして、輸送隊の中枢として活動をさせておる、こういうことでございます。
  246. 野坂浩賢

    野坂分科員 小松、築城というかっこうになってくるわけでありますから、今日の国際情勢から見て、それぞれレーダーその他も発達をしておるわけでありますから、だれが見ても大して必要はない、こういうふうに防衛庁の中でも言われておるやに聞いておるわけでありますが、将来このものは存続しなくてもいいではないか、言うなれば、岐阜県なりあるいは小牧なりで教育問題についてはできるのではなかろうか、こういうふうに思うのでありますが、その点が一点、  それからこの飛行場の北側に、われわれはP地区と呼んでおりますが、通信施設があります。米軍が通信施設に使っておりましたが、五十六ヘクタールございます。地元の払い下げ要求に対して、約半分のたしか二十三町歩だと思いますが、売却並びに払い下げが行われております。あの通信施設は二十三ヘクタールも必要がないではないか、もっと払い下げをすべきだという地元の意見がございますが、これについて、さらに縮小しても十分その能力はあり得ると判断できると思いますが、その点どうでしょう。
  247. 丸山昂

    ○丸山(昂)政府委員 まず最初の第一点でございますが、輸送航空団の司令部の所在として今後いつまで続けるのかということでございますが、当面私どもとしては美保の基地を必要といたしますし、継続して使用するという考え方は変わっておりません。  それから、第二番目の通信所の敷地でございますが、これは私どもの方としては、逐次この通信所の近代化を図っていくということを考えておりますので、現在使用しております敷地は最低限必要であるというふうに考えておりますので、当分これを割愛するというような考え方は持っておりません。
  248. 野坂浩賢

    野坂分科員 時間が参りましたから、最後に要望をしておきたいと思うのでありますが、この美保基地につきましては、先ほど申し上げましたように、太平洋戦争の最中につくられた飛行場でありまして、弓浜半島という長細い地域であります。したがって土地は狭隘でありますし、人口が密集をしておる。騒音は厳しい。したがって周辺整備をするといたしましても、地方住民の居住に際しては非常に騒音公害等に悩まされるというような事態もございまして、でき得る限りこの点については美保基地は撤去してもらいたい、民航一本にしてもらいたいという意見も強いわけであります。したがいましていまの戦略体制なり軍事情勢、こういうことからして、でき得る限り速やかに撤去をしてもらいたいということを申し上げておきたいと思うのです。  時間もありませんので、これで終わりたいと思います。
  249. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、田口一男君。
  250. 田口一男

    田口分科員 私は、いまから申し上げるような具体的事実について、所管である防衛庁防衛施設庁の御見解を承りたいと思います。  昭和二十年の十二月というのですから、もうかれこれ三十年前の話であります。昭和二十年十二月一日に三重県の島ヶ原村というところで起きた事件なんですが、終戦直後でありますから、旧陸軍が方々に弾薬庫なんかをつくってあった、その弾薬庫の弾薬を、二十年十二月一日にいわゆる占領軍命令として撤去しろ、こういった指示が、三重県を通じ島ヶ原村の村長にあったものですから、村長としては村内居住の警防団員を弾薬の搬出作業に従事させました。ところが不幸にも落盤という事故に遭って、三人が死亡したという事実があるわけであります。  そこで、まず第一点お伺いをしたいのは、この事故の責任といいますか、事実経過にかんがみて、一体責任はだれが負わなければならぬのか、ここのところをはっきりさしていただきたいと思います。
  251. 安斉正邦

    ○安斉政府委員 国といたしましては、この問題につきましては、先生先ほどおっしゃいましたとおり、アメリカ側の要請ということで行いましたので、アメリカ側の責任というふうに考えておるわけであります。と申しますのは、当時弾薬庫が方々にありましたし、いわゆる旧軍の弾薬庫があったわけでございますが、これを処理するということでアメリカ側の命令といいますか、要請があったわけでございまして、大変不幸な事故ではございましたけれども、これのもとになりますところの要請というものはやはりアメリカであり、国としてはアメリカの責任というふうに考えた次第でございます。
  252. 田口一男

    田口分科員 いまお話しのようにアメリカ軍にある、形式は当然そうなると思うのですね。そういったことから、遺族が当然おるのですか、今日まで島ヶ原村が独自の措置として、この遺族に対して他の法律に準拠、ということは戦傷病者遺族等援護法という法律がありますけれども、それを準用いたしまして、戦争犠牲者のうちに入るだろうという考えから、今日なお遺族が御健在でありますから、昭和二十八年以降毎月毎月、遺族扶助料という名前でこの御遺族に支給をしておるわけであります。  先般、私に村長から話がありまして、どう考えてもこれは国の責任ではないのか、旧軍の弾薬を占領軍の命令によって処理をしたということがあるにしても、遺族の側から見れば、また村長自身から考えても、これは当然に国に責任があるのだから、国家賠償という扱いをしてもらうべきではないかという強い要請が実はあったわけであります。  ちなみに、そういう意見でありますから、私はきのうも厚生大臣に対して、たまたま戦傷病者遺族等援護法等の一部改正案が上程されておりましたから、それに関連をしてそういった質問をしたのですが、昭和二十年十二月一日という時点が実は問題になる。八月十五日、正確に言うならば九月二日までの間にそういったことがあって、国が使用者であったということが明らかになれば、戦傷病者遺族等援護法等の中で救済ができるだろう。十二月一日という時点は動かすことができぬのですから、これはそういった法律の対象外という、にべもない御答弁であったわけなんです。  アメリカ占領軍の責任である、いまはそういう状態にありませんけれども、となると、日本の国が肩がわりをして、政府が肩がわりをしてこれに対する遺族の援助ということは当然に起きてくるのではないか、こう思うのです。占領軍に責任がある、これはわかります。ところが、いまそういう状態ではないのですから、日本の政府が国家賠償法の国家補償の精神に立って遺族を援護するということになってくるのではないか。この辺はどのようにお考えですか。
  253. 安斉正邦

    ○安斉政府委員 直接のお答えになるかどうか存じませんけれども、ただいまお話がありました援護法の問題がございます。私の方の所管ではございませんけれども、援護法の考え方は、国の政策といいますか、そして軍人軍属の方たちが国の政策に従って強制的にと申しますか、敵対するところに赴いていくということでございますので、これは大変な危険を負って、しかも国の命令として動いていくということなのでございますから、国としてはかなり手厚い責任をとらざるを得ないということで、年金の制度になっているのだろうと私は思います。  しかし、本件の場合は、アメリカの要請で行ったということでございまして、むしろ責任はアメリカ側にあるということで、当初アメリカに責任があるのではないかということでやっておったようでございますが、何分占領期間中のことでもあったので、国としてそのまま放置するのはお気の毒だということで閣議決定をやっております。これは占領期間中に四回閣議決定なり閣議了解をやっておりまして、この種の事案につきましては、ほかの占領軍のいわゆる不法行為、たとえば自動車事故とかいろいろございますが、そういうものも全部ひっくるめまして、約七千名の方に対してお見舞いを申し上げるという形で進めていったわけでございます。したがいまして、法律の措置というところまでいかないで、占領期間中は閣議による決定による見舞いをするという形で進んだわけでございまして、国が肩がわりというよりもお見舞いをするということで一貫して今日まで続いているということでございます。
  254. 田口一男

    田口分科員 その閣議決定を受けて、私が調べたところでは、いまも法律が生きておると思うのですが、連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律というのが昭和三十六年に出ておりますね。これによって一時見舞い金といいますか、多分昭和四十年当時に二、三万の金が出たと聞いておるのですけれども、ではそれで一切本件なり本件に類似するような他の事業についても終結を見たというふうに考えておられるのか、もう一切これで責任が済んだのだ、こういうふうにいまの時点ではお考えになっているのかどうか、その点どうですか。
  255. 安斉正邦

    ○安斉政府委員 この問題は、先ほど申し上げましたように一貫してお見舞いを申し上げるという立場で国が臨んでおるわけでございまして、いま申し上げましたように占領期間中に四度閣議で了解なり決定をしてやっておりますし、戦後講和発効後、ただいま先生おっしゃいましたところの給付金法が制定されました。昭和三十六年でございます。引き続きまた四十二年には、さらにそれを手厚くするという改正があったわけでございまして、占領期間から通算いたしますと前後六回にわたって同一事案に対して手厚くしようという措置が進んだわけでございますけれども、いずれにしましても一貫している精神はお見舞いであるということでございます。そしてこの法律は施設庁で所管をいたしまして、皆さん方にお払いをしたわけでございまして、昭和四十五年度に該当者に一切の支払いを終わりました。そこで国としては、いまこの問題について処理済みである、これだけ六回にわたってお見舞いを増額しながら差し上げたということで、一応処理済みであるという考え方に立っております。  これは四十八年にも四十九年にも政府質問主意書が出まして、それに対しまして政府側が答弁書をつくりましたけれども、その答弁書の中でも一応処理済みであるというふうになっておるわけでございまして、この問題はこれ以上の措置はしないという考えに立っております。
  256. 田口一男

    田口分科員 一切これで終わった、処理済みであるというお話なんですが、いま私が申し上げた事案と全くよく似たケースで、これも御存じだろうと思うのですけれども、鹿児島県熊毛郡というのですか、離島から、昭和二十年の十二月三日にやはり旧軍の弾薬投棄作業をやる大神丸という船舶が爆弾を積んで、占領軍の命によってということですけれども、それが不幸にしてこれも爆発をして船もろとも沈んだ、こういう事案があるのです。  これについて昭和四十九年の十一月に実は再度の請願が出ております。この請願に至ったいきさつに目を通してまいりますと、昭和三十五年七月本院の法務委員会でやはり請願を採択している。この採択をした理由としてこういうことを言っておるのですね。「平和条約発効前のこの種被害者に対する補償は十分でなく、わずかの見舞い金しか支給されていない実情にある。本請願の趣旨は妥当なものと認め、これを議院の会議に付して採択すべきものと議決した。」云云、こういう請願を採択をしておるのですが、それに対する政府の見解というのはいまあなたがおっしゃったようなことで、救済をするならば新たに法律を制定しなければならぬ。  しかし、ここでもう一度尋ねたいのですが、政府の見解は三点ありまして、第一点は占領軍の不法行為によるものであるから、これに応ずるには新たに法律を制定するほかない。第二点は、かかる損害について国に責任を認める法律を制定するということは、平和条約発効後相当期間経過をしておるので、事実の認定が大変困難だ。だから公平適正な実施を期待できない。それから第三点、ここのところがちょっとおかしいと思うのですが、そればかりか、戦争に起因するその他の人的、物的損害との権衡からも妥当でない、こういう政府見解を示しておるのですね。  この私がいま申し上げた第三点の、その他の人的、物的損害との権衡からも妥当でないという意味はどういうことなんですか。いま言った島ヶ原の例でも大神丸の例でも、確かに占領軍の命令で旧軍の爆弾をやっておって死亡事故が起こった。それを救済する法律をつくることは、他の人的、物的損害との権衡からも妥当でないというのがどうもはっきりつかめないですね。これはどういうことを意図しておるのですか。
  257. 安斉正邦

    ○安斉政府委員 大変申しわけないのでございますけれども、私、その請願は二つ持っておりますけれども、いま先生から御紹介いただいたのは法務委員会の方の採択でございますか。——私ちょっと手持ちがありませんので、ただいまのところはっきりはお答えできないわけでございますけれども……。  その他の人的、物的損害との均衡の問題ということでございますか。——私も事実をよく調べませんとちょっとわかりませんけれども、いずれにしましてもこの事案に関しましては、給付金法そのものから申し上げますと、占領軍の行為に基づいた被害であるけれども、それを賠償するのではなくて、お見舞いの形で処理するということで一貫されているので、そして六回にわたって処置をしてあるから、国としては全体については処理済みであるという考えに立っているということでございます。残念ながら、申しわけないのでございますけれども、ただいまの請願、私、見ておりませんので、御了承願いたいと思います。
  258. 田口一男

    田口分科員 これは十五年前の法務委員会での政府の見解ですから、後でいま言った第三点の意味をひとつ調べていただきたいと思うのです。  こういう経過を考えて、これは施設庁の所管防衛庁長官でしょうから、大臣からお伺いしたいのですけれども、さっき申し上げた厚生省所管の昨年の戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正に伴って、旧防空法によって内地で、あの当時は総動員法というのがありましたから、警防団員が防空業務その他の消火作業に従事して、不幸にして死亡、負傷したという事実に対しては、援護法の適用範囲を広げて準軍属という扱いをするようになったのですね。  そういう扱いと、いま申し上げておる島ヶ原の案件とを比較した場合に、昭和二十年八月十五日以前に、不幸にして亡くなった  名前を参考までに申し上げますけれども、菅由太郎という当時五十七歳、それからもう一人は風早留松さんといって当時三十五歳。八月十五日以前にはいわゆる防空団員、警防団員として、空襲警報が出れば家事を放棄して旧軍の弾薬庫の防備のために従事をした。ところが、八月十五日を境にして、一二月一日になって、今度はその弾薬を処理しろということになった。当人にとってみれば同じ業務なんですね。空襲から弾薬庫を守るという業務、戦争に負けてそれを撤去するという業務、命令を出したのは、十二月一日は占領軍であるけれども、八月十五日以前は、これは村長が直接の命令権者になるのですが、国との関係で権力関係が生じておったと思うのです。  ですから、遺族なりの意見を聞けば、まああってはならぬことですが、八月十五日までに弾薬庫を守ろうとして事故があって死んだ場合には、当然準軍属という扱いを受けて遺族年金は支給されるであろう。ところが十二月一日というわずか百日足らずの違いのために一片の見舞い金でこれはもう済んだんだ。これは余りにも片手落ちじゃないかという気持ちは理解かできますね。  いまのお話ですと、前後六回にわたって、金額は別といたしましても、見舞いを出したんだということはわかりますけれども、一方では準軍属の扱いを受けて遺族年金の支給がされておる。一方は見舞い金を払ったんだからちょんだ。この辺を調和させるということが、もう戦後三十年、文字どおり戦後は終了したということになるのじゃないか。しかも、今回戦後三十年という一つの区切りに、特別弔慰金という名目で二十万の交付公債を新設して交付する、こういったことがあるわけですから、たとえそれが占領軍の命令、八月十五日以前は村長が命令権者という違いはあるにしても、終戦処理という立場から考えるならば、この御遺族の方々に対して同様の措置をとることが妥当ではないのか、私はこう思うのです。いま占領軍の不法行為の例示がありましたが、自動車にはねられたとかいう文字どおりの不法行為と区別をする必要が今日あるのじゃないかと思うのです、その区別のつけ方がむずかしいと思うのですが。そういう点について、大臣、どういうふうにお考えですか。同じような扱いをすべきじゃないかと思うのですが、どうでしょう。
  259. 坂田道太

    坂田国務大臣 ただいま経緯を聞いておりまして、私は、先生がそういうふうにお考えになるのも理解ができると思うのです。ただ、いままで総務部長からお答えを申し上げましたような事情もあるわけでありまして、また法規関係をつぶさに検討してみなければ、ここで直ちに先生のお気持ちに沿えるような、そういうふうにはっきりとは申し上げかねますけれども、一応この点は検討さしていただきたいというふうに思います。
  260. 田口一男

    田口分科員 これは最後に要望を申し上げたいのですが、いま大臣から検討していただくというお答えをいただきましたので、含めて御検討を願いたいのです。  先ほど二つの件を申し上げて、一つは島ヶ原の件、もう一つは大神丸、これは、内容は沈没した船に対して国家補償をやれという請願の趣旨ですから、多少色合いは違うのですけれども、この遺族に対して、いまの法律の枠組みからいくと遺家族援護法では対象にならない。いま言った連合国占領軍等の行為云々という法律では、もうこれで処理済みだという見解に立っているのですから。しかし、戦後三十年、特別弔慰金といった例も今度新設をされたのですから、再度全部の事案を洗い直して——御遺族の年齢から言っても、私が申し上げておる遺族の年齢は、来年八十歳です。もう余命幾ばくもないという状態なんです。そういうことでありますから、洗い直して、六回出したから、多々ますます弁ずるじゃないのですけれども、どうしても国家補償の見舞いでいいんだ、一方は戦争だから年金だというふうな違いが解消できなければ、再度、いまある法律に基づいて見舞い金といいますか給付金といいますか、そういっものをやって、老い先短いこれらの遺族に対して国の誠意を見せる必要があるのじゃないか、そういったことも含めて御検討を願いたい。  以上、申し上げて私の質問を終わります。
  261. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、清水徳松君。
  262. 清水徳松

    清水分科員 まず最初に、埼玉県のジョンソン基地返還に伴う跡地利用について御質問を申し上げたいと思います。  四十八年にこの基地返還をされまして、その跡地利用については、関係方面それぞれいろんな構想を持ちながら協議をしておるところでございまして、ただいま埼玉県におきまして三月三十一日までという期限で、専門的な研究機関跡地利用基本構想というものを計画させておるところでございまして、その後に最終的な跡地利用基本計画というものを立てまして、そして国有財産審議会の方に持っていくという段取りになろうかと思います。  御承知のように、返還地の広さは百六十九万五千六百六十七平米、入間市の分が大体八十万平米、狭山市分が八十三万六千平米ということになっております。ところが、この基本構想をいま検討させておる最中で、入間市、狭山市、それぞれ利用についてのいろんな構想を出しておるわけですが、その出し方が、一方においては八十三万六千平米、全部の跡地利用を出しておるわけです。それは狭山市です。ところが、一方の入間市においては、八十万平米のうちの大体四十万平米の跡地利用について、それぞれ要望として出しておるという形が出ておるわけです。いずれを見ましても現在防衛施設庁の方で相当部分を使っておるわけでありますので、市民の要求と非常に競合した形というものが出ておるわけでございます。  そこでこの際、防衛庁にしても一時使用という形でもちろん使っておいでになるだろうと思いますが、この競合の形に対してどのようにお考えになっておられるか、この跡地利用についての基本的な考え及び競合しておる状態についてのお考えを、まず最初にお伺いをいたしたいというふうに思います。
  263. 平井啓一

    ○平井政府委員 昭和四十八年に返還になりましたジョンソン飛行場と申しますのは、かつてそれに隣接しまして昭和三十八年に返還になりました飛行場地区を含めての一体的な米軍施設であったわけでございますが、三十八年に返還になりました飛行場部分につきましては、それ以前に共同使用をやっておりました航空自衛隊が、引き続き航空自衛隊施設として中部方面隊司令部あるいはナイキ陣地、第三補給廠、そういった部隊を設置いたしまして今日まで来ているわけでありますが、その間に、昭和四十八年に最近返還になりました部分につきましても、一体的に共同使用を続けてきた状態があったわけでございます。したがって、今回返還になりました部分につきましても、こういった従来の経緯と、各種航空自衛隊の部隊等の運用等にかんがみまして、返還跡地についてしかるべき部分について、航空自衛隊として所管がえを受けた上で使いたいという希望は持っているわけでございます。  一方、御指摘のとおり地元の狭山市、入間市の方からそれぞれ公共用地等の利用の御要望も出てきております。これは一般的に、こういう米軍施設返還になった跡地自衛隊として使用したいという場合にも、いろいろ地元の御要望等もあるわけでございますので、十分そこらのところはお互いの立場を調整しながら、国有財産の処理でございますので、当然大蔵省当局が中に入ってということになると思います。そういうことで十分お話し合いをさせていただきながら解決を図っていく、そういう姿勢でございます。
  264. 清水徳松

    清水分科員 いずれにしろ地元あるいは大蔵省、こういったようなところと協議をしながら、その調整を図るということになろうかと思いますが、恐らく防衛庁としても現在のところ一時使用という形で使われているのじゃないかと思いますが、その使用しておる実情と申しましょうか、実態というものを、入間市あるいは狭山市、そしてまた現在県の方でこの跡地利用についていま検討中であるわけですが、それに対して具体的に資料を提出する等でもって、現在このような形で一時使用しておるのだということを知らしてあるのかないのか、いま最もそういうような資料の必要なときじゃなかろうかというふうに思いますので、その点、そういうことをやっておられるかどうか、お伺いをいたしたいと思います。
  265. 久保卓也

    久保政府委員 現在の自衛隊の使用状況というものは当然地元に反映していると思いますが、それよりも今後も自衛隊が使いたいというような計画自衛隊側としては持っておるわけでありまして、それが地元との調整という問題が出てまいるわけでありますが、この点につきましては、昨年の十二月に防衛施設庁の東京施設局というのがございますけれども、そこから狭山及び入間両市に対しまして自衛隊側の利用計画を示して折衝いたしております。その際に、狭山市側あるいは入間市側から、これこれのことをひとつ念頭に置いてほしいという要望があったということを聞いております。それからそういった要望を受けまして、さらに自衛隊側としての施設の再利用計画というものを、本年の二月に入りまして両市に示しまして折衝をしておる、そういう段階であります。
  266. 清水徳松

    清水分科員 そういう具体的な資料を提示しての折衝をされておったかどうか。それから県の方にもどのような資料を提出して、われわれとしてはこういう事情によってこの程度は絶対確保したい、基本構想の中から、もうすでにこれだけは入れてもらいたいというような要望を率直にあらわす資料を提出されておるかどうかです。お伺いいたします。
  267. 久保卓也

    久保政府委員 狭山、入間両市に対しましては、資料を提示してやっております。それから県については、ちょっと私いま承知いたしておりませんが、少なくともわが方の考え方につきましては、県当局の方に説明をいたしております。
  268. 清水徳松

    清水分科員 県当局に対して説明は恐らくされていないと思います。私は、ついさっきいろいろ聞いたばかりでございますので、恐らくこれから折衝されるのではないかというふうに思います。特に原案みたいなものが三月三十一日までにできるのですから、ぜひこれはいまのうちからきちっとした資料を提出して、防衛庁としては基本計画の中にできるだけ入れるように、これは賛成、反対とかということを別にして、そうしないと後で混乱というか必要以上の競合が出てくるのではないかという感じがするものですから、その点十分県の方にも連絡をとった方がよろしいということを申し上げておきたいと思います。
  269. 久保卓也

    久保政府委員 入間、狭山両市に対しましては、図面を付して説明をいたしております。埼玉県に対しては、私は誤解をいたしておりまして、まだ説明をいたしておりません。したがいまして、図面を付して近く交渉に入りたい、こういうことだそうであります。
  270. 清水徳松

    清水分科員 大変細かい質問になるわけですが、ジョンソン基地で現在防衛庁の方で御使用になっている分について、東南部の安全地帯と称する十三万六千平米、ここは遊休地であるというようなことで、狭山市の方からぜひここは市の方に何らかの形で使わしてもらいたいという要望が出ておったやに聞いておるわけですが、そういうことがあるかどうか、お伺いをいたしたいと思います。
  271. 平井啓一

    ○平井政府委員 恐らくただいま御指摘の部分は、滑走路の南端の東側の部分の空き地だろうと思います。これは滑走路のいわば保安地区的な場所になっておりますので、一見空き地のように見えますが、恐らくそういうことでこの部分を割くということは飛行場の運用上はいささかむずかしかろうかと思います。しかし、そのようないわゆる公共的なあるいは運動場用地的なものとか、そういった意味での地元要望につきましては、四十八年に返還になりました跡地利用の際にも、当然地元の御要望の中にそういう種類のものも入っておるわけでございますので、そういった面でお互いに円満な解決を図っていきたい、そういうふうに考えます。
  272. 清水徳松

    清水分科員 よくわかりました。防衛庁としてもこれから県の方へ資料を出されるわけですが、防衛庁としての考え方、この跡地利用についての基本的な構想といったようなものを、県に出されるものを、ぜひ資料としてわれわれの方にも御提示願いたいというふうに思います。ひとつよろしくお取り計らいを願いたいと思うのです。
  273. 笹山茂太郎

    笹山主査 政府委員の方に伝えておきます。
  274. 清水徳松

    清水分科員 なぜこのようなことを申し上げるかといいますと、同じく埼玉県の朝霞の基地、ここで県と三市、これは和光、朝霞、それから新座ですか、この三市との間にいま言った基本計画というものができたわけでございまして、ここでやはり現在防衛庁の使用しておる部分が相当ございまして、そこで非常に意見の食い違いと申しましょうか、競合が出ております。こういつたような形が出てしまうと、解決が非常にむずかしくなってくるというようなこともございますので、ぜひこの計画段階から、十分国民との間の調整というものをとるように努力してほしいというふうに考えるわけでございます。  こういう基本構想の策定に当たりまして、必ずいま言った競合が出てくるわけですが、それについて防衛庁は、出てきた跡地利用基本計画について十分協力をする意思があるかどうか、いまからどういうお考えを持っておるか、お伺いをいたしたいと思います。
  275. 久保卓也

    久保政府委員 キャンプ朝霞はゴルフ場地区、それからノース地区と根津地区とあります。ノース地区の一部を除いてすでに返還になっておりますが、根津地区とそれからゴルフ場地区とは一体として、自後の利用計画について大蔵省の方で調整されると思いまするけれども、現に自衛隊側で射撃場でありますとかホーク施設として使っております。そういう関係もありますので、現在一時使用をいたしておりますが、しかし、地元側からの御要望のある区域は除外をしております。したがって、根津地域については関係市との調整というものは比較的容易であろうと思っています。それからノース地区の方につきましては、自衛隊側として使用する計画はございませんので、問題がない。  したがって、全般的に申せば、地元の御要望を十分に生かしながら、自衛隊として現に使っているところは今後も使わしていただきたい、こういうような姿勢であろうと思います。
  276. 清水徳松

    清水分科員 今後とも地元の市民の意思というものには可能な限りの協力をしていってもらいたいということを強く要望しておきたいと思います。  大体ジョンソン基地にしろ朝霞の基地にしろ、ほとんど農民が一方的に、まあそのころは農村だったと思いますが、農民が一方的に土地を取り上げられたというふうに言ってよいほど、大変強権をもって買収をされたというケースが非常に多いと思います。  ここで、皆さんにぜひ頭に置いていただきたいのは、これは市役所を通していろいろ調べさせたことなんですが、ジョンソン基地昭和十二年に軍によって買収をされたときの様子について、ここに入間市の議会事務局の方から参りました、いろいろ調べてもらった文書がございますので、参考までに読み上げてみたいと思います。   入間基地の買収について(旧陸軍士官学校)   昭和十二年六月十日、当時の豊岡町(現入間  市)の庁舎に陸軍省の木村少佐と渡辺属官が来  庁し、三千分の一の地図を広げ、赤鉛筆で、こ  こに陸軍航空本部を設置したいので協力を要請  され、希望面積は二十万坪で、その他の事項に  ついては軍の秘密事項であるということで、明  らかにされなかった。   同月十三日には、豊岡公会堂に地主を集め説  明会が開催されたが、その参加者は五十人から  八十人位だったようで、会場の周辺はすべて憲  兵によってガードされていたため内容はつまび  らかではないが、二、三名の農耕者の反対があっ  たが、軍国時代という世相にあって、農民は国  のためでは止むを得ないということで買収に応  じたようであります。   しかしその反面、小作人は土地をなくし、そ  の後相当の苦労があったという。又地元商工業  者も農民に協力して自分の耕地を代替地に提供  したため、買収ができたようであります。  軍部は早急に建設したいという立場から、地主  より白紙委任状を取ったようです。   当時の土地価格は、畑一反(三百坪)三百七  十五円、山林二百七十五円で買収し、地表物件  補償については、平均の三十円でありました。   当時の物価指数から見ると、米一俵六円、木  炭一俵九銭、小作料年間五円、大工手間賃一日  七十銭であったようです。そのころの事情をひとつ調べてもらいたいという私の要請に対して、こういう回答が来ておるわけでございます。  これを見ましても、そのころの様子というものがほうふつされるわけでございまして、いかに軍が強権でもって買収したかということがよくわかるわけであります。値段は、米六円のときに三百七十五円ですから、大体米六十俵分、そうしてみると、いまの価格で言えば六十万円か七十万円であるわけです。そうしてみると、大体坪にして二千円か二千五百円程度で買ったということになるわけでございまして、そういったようなことを考えると、私は市民のこの跡地の平和利用についても十分考えてやる必要もあるけれども、この価格についても、この事情を十分配慮して考えてやらなければならないのじゃないかというふうに思う次第でございます。  こういったような状態を配慮いたしまして、大蔵省はどういうようなことをお考えになっておられるか、出席していただいておるはずでありますので、お答えを願いたいと思います。
  277. 森卓也

    森説明員 大蔵省からお答えいたします。  ただいまお話しのジョンソン飛行場、これは御承知のとおりKPCPによりまして、代替施設の提供を条件として返還されるものでございまして、代替施設建設には相当国費を要しておるということは御承知のとおりでございます。したがいまして、今後跡地処分いたします場合には、原則としては有償処分するということでございまして、地元地方公共団体にも、やはりある程度は御負担いただかなければならないというふうに考えております。ただ、その際でも全額時価ということで考えているわけではございません。先ほどからお話しのように、具体的に利用計画がまだはっきり決まっておりませんので、それらが決まります際に地元地方公共団体の実情等もいろいろ伺いまして、場合によっては減額譲渡といったいろいろな方法についても検討してまいりたいというふうに考えております。
  278. 清水徳松

    清水分科員 入間市議会からも、また狭山市議会からも、ジョンソン基地返還地を地元無償で払い下げをしてもらいたいという意見書等も出ておりまして、さしあたりその一つの方向として管理委託という形での使用を許可されておるところもあるわけでございますが、いずれにしても、こういったいま読み上げましたような文書にあらわれておりますいままでの経過を頭に置きまして、地元の意向というものをよく配慮するような十分なる工夫をひとっこらしていただきたい、方法を講じていただきたいというふうに要望をしておきたいと思います。  それでは最後に、時間がございませんので、所沢の跡地の問題ですが、ここではもうすでに利用計画が実行されておるわけでありまして、すでに防衛医大等の建設、あるいは航空管制部、リハビリテーション、公園、その他それぞれ着工をしておるわけでございます。ただ、今日に至りまして、防衛医大なり、あるいは厚生省の施設、その他公団等の住宅もここに建てる予定であるし、現在その施設が建てられつつあるわけですが、ただ、この住宅については、どうしてもそれに伴う学校の用地を別に確保しなければならないという新たなる事態が起こっておるわけでございます。  本来、この跡地計画では、ここへ入ってくる人口に見合う小中学校、幼稚園、保育所等が確保されておったはずであったけれども、その後の情勢の変化によって、具体的にこの跡地にいろんな施設をつくってみると、それに伴う住宅、そうしてまたその住宅に入ってくる住民の皆さんの子弟を収容する小中学校がないという事態になってしまったということは新聞等で御承知だと思いますが、どうしてもいまの跡地の平和利用を実際完成させるためには、小学校が二つ、それから中学校が一つ、それに幼稚園、保育所がそれぞれ二つ、大体七万八千平米程度の残された米軍基地を一時使用させてもらうような、そういう手を講ずるよりほかはない。それができなければ、もう住宅は建てさせないということになっておるわけでありますが、その点について防衛庁も六百戸建てるわけであります。どのようにお考えになっているか、お伺いいたしたいと思います。
  279. 久保卓也

    久保政府委員 本来、所沢におきます米軍施設返還されました場合に、そしてその跡地利用につきまして、関係省庁それから地元である所沢市が入った上で分配をしたわけであります。その際に、御承知のように、すでに小中学校用地として約七万平米が控除されたわけであります。したがって、そのときにおきまして、将来この地域がどうなるであろうかということを見通した上で、小中学校用として七万平米を留保したにもかかわらず、また改めて、その分が計上されてなかったというのは、われわれにはどうも解せないわけであります。若干見通しがまずかったのではないかということでありまして、まあしかし、それはそれとして、過去のことは過去のこととして、どうしてもそういうものが新たに必要であるということが現実であるならば、まずさしあたっては、すでに割譲された、あるいは返還された地域の中でそれらの土地が捻出できないかどうかということを考えるべきであり、それもできないということであって初めて米側にそれを要請するというかっこうにならざるを得ないのではないか。これはちょっと冷たい感じはありますが、従来、米側返還をさせた事情がその背景にあるからでございます。  ただし、今回OTHを撤去してもいいのではないかという話が現に出つつあるわけであります。これが今後どういうような影響を及ぼすか、米側がその分を必要でないとするならば、折衝は非常に容易になる、各関係省庁から土地を捻出させてもらう必要は何もない、米側に要請することは可能であるということで、現在、OTH関係については米側に照会中でありますので、その回答を待って、ただいまの御提案については、もう少し検討させていただきたいと思います。
  280. 清水徳松

    清水分科員 OTHの撤去、これが本決まりになりましたならば、この跡地の使用について、さらに防衛施設庁も十分協力してくださることを要望したいわけでありますが、その点については御努力していただけるでしょうね。その点お伺いいたしたい。
  281. 久保卓也

    久保政府委員 仮にOTHが撤去されましても、あの地域が完全にあけられるということではどうもなさそうであります、通信施設がありますから。しかしながら、現在使用しているものの全部が必要であるかどうかということは十分に検討の余地がありますので、御趣旨のようにわれわれとしては米側に折衝してみたい、さように思います。
  282. 清水徳松

    清水分科員 それでは今後とも、一つは跡地の平和利用については国民の意思、市民の意思というものを十分尊重していただきたいということ、もう一つは、所沢基地については、米軍基地返還について、残されたこの四十万坪の跡地についても事情事情でありますし、また幸いにもOTH撤去の問題等が出ておりますので、それを勘案しながら努力をしてほしいということをお願いしまして、質問を終わりたいと思います。
  283. 笹山茂太郎

    笹山主査 次に、中路雅弘君。
  284. 中路雅弘

    中路分科員 主として施設庁の皆さんにお尋ねしたいと思います。  横須賀、佐世保あるいは沖繩、八戸を初めとしまして、米軍の貯油施設あるいはタンク等が相当あるわけですが、全国といいますと御説明も大変だと思いますので、一応東京湾沿いの米軍の貯油施設、面積、貯蔵量、これらが幾らあるか、最初に御説明願いたいと思います。
  285. 久保卓也

    久保政府委員 手元の資料で面積は出ておりませんので、後で面積が出れば補足させていただくことといたします。そのかわりに、タンクの数を申し上げます。  吾妻倉庫地区がタンクの数が九十五で容積が三十九万キロリットル、それから小柴貯油施設がタンク数二十一で四十二万キロリットル、それから鶴見貯油施設がタンク数十八で十二万キロリットルであります。
  286. 中路雅弘

    中路分科員 横須賀の吾妻倉庫地区が九十五タンクがあって三十九万キロリットル、これは貯蔵能力ですね、みんな。
  287. 久保卓也

    久保政府委員 そうです。
  288. 中路雅弘

    中路分科員 それから小柴貯油施設が二十一のタンクで四十二万キロリットル、鶴見貯油施設が十八タンクで十二万キロリットルというお話ですが、このタンクの状況について御存じですか。
  289. 久保卓也

    久保政府委員 私どもは米軍施設の静態的な面は把握いたしておりまするけれども、動態的な面は承知いたしておりません。したがって、タンクの状況が現にどうであるかということは承知いたしておりません。ただし、後でもし御質問があれば申し上げまするけれども、現在米側に点検を依頼をしておりますので、その結果を聞けば、どういうような実態になっているかということがわかるかもしれません。
  290. 中路雅弘

    中路分科員 消防庁の方、お見えになっていますか。——消防庁の方で、いま三菱の水島製油所のタンク事故をきっかけにして全国の石油タンクの総点検をやられたわけですが、たとえば、いま吾妻倉庫地区九十五タンクというお話もありますが、こういう米軍の方の貯油施設やタンクの状況については、状況はつかんでおられますか。
  291. 永瀬章

    ○永瀬説明員 消防庁といたしましては把握いたしておりません。
  292. 中路雅弘

    中路分科員 消防庁の、先ほど新聞で発表になりましたが、全国の一万キロリットル以上の大きなタンクの検査の中でも、一応いま決められている安全基準を超えて不等沈下している百九基を含めて、補修の必要なタンクが全国で四百十七と発表になっています。私は、この吾妻倉庫地区がありますこの島にも調査に昨年行きまして、タンクの状況も見てまいりました。また佐世保も昨年見てまいりましたが、旧海軍時代からのタンクを使用しているのが非常に多いわけですね。  横須賀の消防本部長にお会いしてお話を聞きましたら、消防庁の方で吾妻島のタンクの貯蔵の量については米軍の将校に会って聞いても、これは言えないということでよくわからない。島内のタンクは、私も見てきたと同じように旧日本のものを使用して、非常に古くなっている。この二、三年新しいのにアメリカの方はかえているけれども、状況は全くわからないというお話でした。横須賀市と米軍基地の間で危険物についての相互消防援助協定というのがありますが、これを見ましても、また消防本部長の話を聞きましても、もし火災が発生して、援助協定に基づいて協力した場合も、事情が全くわからない。どういう危険物が幾ら置かれているかということもわからないということなので、ベースに行っても待機をして、いわば留守番くらいするしか方法がないでしょう、全く手がつけられない現状だということを横須賀の消防本部長も話しているわけです。  また、横須賀の港、海の方の状況を聞きますと、一万キロリットル以上は横須賀では東電の火力発電所十三基しかありませんから、オイルフェンスも、東京電力が千二百メートルのオイルフェンスを持っているだけである。横須賀市もオイルフェンスは持っていないという状況で、いわば全国的にいま消防庁がこの石油タンクの調査をいたしましても、アメリカの方の貯油施設あるいは石油タンクについては、その状況施設庁あるいは消防庁も、現在ではほとんどつかんでおられないというのが状況ではないか。これでは全く手抜きになってしまう、ここだけ穴があいてしまうというのは当然のことなわけです。  これに関連してお聞きしておきたいのですが、昨年の九月三十日に、神奈川県の米海軍の厚木航空基地施設で、航空燃料のタンクから油が漏れて、住民も一時避難の準備をするというような騒ぎになったことがありますが、この原因や流出した油の量、いまだ公表されていませんが、御存じですか。施設庁の方でつかんでおられますか。
  293. 銅崎富司

    銅崎政府委員 私どもが聞いたところによりますと、事故の内容は、タンクの底にある燃料の油質検査用のバルブに亀裂が生じたために起きたと聞いております。事故の原因は、ちょうど九月二十七日に震度四の地震があったわけですが、それによるものか、腐食によるものか、いまのところまだ不明だということでございます。それから、この事故に対しまして横浜防衛施設局は、直ちに厚木の海軍基地司令官に対しまして、安全管理の申し入れを行いました。米軍からは、より一層安全管理をするという回答をもらっております。
  294. 中路雅弘

    中路分科員 これは新聞の報道でもされているわけですが、当日九月三十日の九時四十分ごろに、アメリカの方から、基地外の日本の民家の方にも被害を及ぼすかもしれないということで通報があった。大和の消防署や綾瀬の消防署から消防車が出動しましたが、基地側が立ち入りを拒んだために、基地内に入ることはできなかったということが新聞にも出ています。基地内は、米軍の方の化学消防車で中和剤をまいて正午前に一応終わったわけですけれども、いまお話しのように詳しい原因もわかっていない、その前に起きた震度四の地震も影響したのではないかということや、パイプの亀裂、これから流れたわけですが、これは一例で挙げましたけれども、このように米軍施設が日常どういうふうな安全管理の状況にあるのか、また事故が起きても何が原因なのかということも、昨年の事故もまだよくわかっていないということですが、米軍施設内のこういうタンク類の危険物の保安について、どういう基準でやっておられるのか施設庁はおわかりですか。
  295. 久保卓也

    久保政府委員 米軍は、米軍貯油施設の保安に関するマニュアルを持っておるようであります。で、今回この総点検をやってもらうに当たり、米側と種々折衝している過程で、その内容の一部を聞いておりますが、全般的には、わが国の消防法あるいはそれに関連する規則、そういったものとほぼ似たものであり、部分的には米側の基準の方がよりきつくなっている。要は、こういった保安基準が厳に各施設について適用されているかどうかということであろうと思います。なお、このマニュアルは近く私どもも入手できると思っております。
  296. 中路雅弘

    中路分科員 いま部分的に手に入れているというお話でしたが、私は、先日施設庁の皆さんに、アメリカはアメリカの方の基準でやっているというお話だから、その基準は施設庁でお持ちですかと言ったら、手元にないと言うのですね。アメリカの方は、アメリカの基準でやっていると言いながら、その基準はどういう基準でやっているのかということを施設庁自身が持っていない。弾薬の保安についての基準は持っておられても、私も一度見せていただきましたけれども、こういうタンク類の危険物については、アメリカがやっているだろうというその基準についても、まあ近く手に入るというお話ですけれども、先日、私が要請したときには、まだ施設庁も持っていない。これではどういうふうにやられているのか自身も状況がわからないのではないかというふうに私は思うのです。  時間も短いですから、私はこの問題については詳しく論議をしませんが、たとえば一例だけ挙げますと、西ドイツのを調べてみましたが、西ドイツにあります地位協定と同じボン協定あるいはこれに関連したドイツ連邦共和国に駐留する外国軍隊に関して北大西洋条約当事国間の軍隊の地位に関する協定を補足する協定というのがありますが、これを見ますと、この協定の第二条で、受け入れ国の法規をその軍隊が守る義務がある。義務づけをしておるわけですね。「また、このため必要な措置を執ることは、派遣国の義務である。」ということを第二条にうたっていますし、またこの条文の中では「ドイツの代表者及びその指名する専門家に対し、ドイツの利益を保護するために必要とするすべての合理的な援助(施設への立入りを含む。)を与えるものとする。」ということも明記されておる。いわゆるその国が、日本で言えば消防庁なりあるいは関係の自治体が必要によって立ち入りの調査をするということも条文の中で明記をしている。また、その国の条文を守らなければいけないということを義務づけている。これがボン協定の中でもうたわれているわけです。  日本の場合に、地位協定十六条で「日本国において、日本国の法令を尊重し」という尊重の規定があるわけです。三条で「施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行なわなければならない。」という条文があるだけですから、私はこれを見比べても、いまの地位協定が、いわば非常に屈辱的なものだということも言えるのじゃないかと思う。いまこの問題で私は論議するつもりはありませんけれども、施設庁自身がアメリカの基準でやっていると言いながら、その基準も、いままで十分自分たちも見ていない、知らないという状態なわけです。  たとえば、アメリカの基準でやっていると言われている例でそういうふうにやってないという例を、私、一つだけ昨日見てきたのでお話ししますと、鶴見の貯油施設ですね。消防法に基づいた技術基準の告示というのが昨年五月消防庁から出ています。これはタンク等の危険物の移送基地、こういう貯油施設ですね、この敷地の境界部分を土盛りで〇・五メートル以上高くする、巻くというのが消防法に基づいた基準として告示で出されているわけですが、たとえば鶴見の貯油施設へ行きますと、全くないですね。鉄条網みたいなばら線だけが張ってあるということで、この民家に全く接触しているアメリカの貯油施設も、そういうこともやられていない、境界線はバリケードだけですから。これは私は昨日見てきたわけですが、こういう現状にあるわけです。  だから、ここで横須賀の横山市長も、それから神奈川県の県知事も、神奈川県は二月一日に県知事名で、「県内所在の米軍施設における危険物施設の再点検の実施並びに防災対策の強化等について」という要請を施設庁長官あるいは外務大臣等を通じて要請をしています。また横須賀の市長も、「吾妻島を中心とした米軍タンクの点検についての要請」というのを県を通じてやっているわけですけれども、県の当局に聞きますと、この点についてまだ明確な回答をいただいていないということでありますが、全国のこういうタンク、貯油施設について、消防庁が総点検をやっているわけです。  また先日、第四分科会でこの貯油施設のタンクを含めたコンビナートの問題について、私、質問しました際に、河本通産大臣が、全国のコンビナートは、各省別にいま所管がばらばらになっています、通産だとか海上保安庁、消防庁と。これら関係省庁が協議をして一元化した総点検を実施するということを約束をされました。こういう中で、米軍施設だけが抜けてしまうということになって、状況もわからないということであれば、防災対策も立たないわけですから、まず第一に、私は現状がどうなのかということは、周辺の自治体からも要請が出ているわけですから、米軍を通じて、あるいは日米の協議を通じて、この全国の米軍貯油施設、タンクについて、危険物の施設について、日本側も含めて、一度点検をするということをぜひ実現をしていただきたい、これが第一点の要請なわけですが、施設庁長官あるいは大臣からお答えを願いたい。
  297. 坂田道太

    坂田国務大臣 実は、水島油問題が起きましたときに、先生と同じように私も感じたわけでございまして、当時、予算総括質問におきまして、社会党の江田さんからの御質問がございまして、そのお昼の閣議で私もお話を承りましたので、直ちに私の方では、私どもの自衛隊のタンク、特に、呉、佐世保、横須賀でございますね、非常にたくさんの油を貯油しておりますし、それから米軍のタンク等について総点検をすべきであると自分は思う、しかるべきふうにひとつやってくれということで指示をいたしました。その報告をただいま申し上げます。
  298. 久保卓也

    久保政府委員 昨年十二月の事故の後、大臣からの御指示がございまして、一月の初めに一般的な保安管理、安全管理につきまして米側に注意を喚起いたしました。しかし、もっと具体的にこういう点を配慮してほしいということを言うべきであろうということで、担当者に消防庁、通産省といった関係の技術的知識を借用しながら、米側に正式に一月三十一日に申し入れてあります。それを文書にして渡したのが二月四日でありますが、それに対して米側から回答が参りまして、これは二月十八日でありまするけれども、米軍の運営する全石油貯蔵施設状況及びその運営並びに整備の手続について点検するように全軍に指令をしたという趣旨のこと、そしてまた、日本政府のこの石油タンクの安全を確保するための諸施策については、全面的に協力するという旨の手紙が私あてに米軍の参謀長から参っております。  そこで、神奈川県知事のお話がございましたが、これは二月一日付で私どものところに要請が参りましたので、私どもがこの米側との折衝の経過を二月二十一日付で津田知事の方に回答をいたしております。  そこで、総合的な点検は、米軍の石油タンクについては、米軍自身が安全管理の責任を持っておりますから、従来から米側がやっておりまして、そこに私どもが念のために具体的事項指摘して注意を喚起したということでありますが、たとえばマニュアルの件でもわかりますように、石油貯蔵施設の安全そのものはどうであるかということをチェックするのは、これは防衛施設庁としてはそういう技術能力は持っておりません、私ども中に入ってやっておりますけれども……。  したがって、マニュアルが手に入れば、われわれがそれを読みこなし、それに従って米側指摘をするということではなくて、それぞれのつかさ、つかさが日本政府の中にありまするから、たとえば消防庁にそのマニュアルを提示をして、それの点検をしてもらうとか、あるいは今回の米側の総点検の結果をわれわれがもらって、それの検討を消防庁にやってもらうなり、消防庁側からの要望あるいは自治体、個々の自治体からの要望であるというよりも、やはり政府全体として消防庁がまとめていただいた方がいいと思いまするけれども、そういった要請を外務省なりわれわれなりを通じて米側に指示をする。そして総合的な点検が行われるということが望ましい姿ではなかろうかという手続はやはり必要であろうと思います。
  299. 中路雅弘

    中路分科員 私は、いま二十一日に県の方に回答されたというので、二十日現在では私が聞いたところでは回答がなかった。いま二十一日ということで了解しましたけれども、いまお話しのように、総点検をやるということについては、長官もお話しですから、消防庁その他外務省とも必要でしょうけれども、相談されて、米軍施設について状況を一度、いまお答えのように総点検する、これは至急やっていただきたい。  それから、もう一点要請したいのですが、緊急のこの点検とあわせて今後の防災対策の問題があります。そのためには、米軍施設との間で情報の交換も必要でしょうし、あるいは災害時の協力体制の問題も、厚木の基地のように消防車が行って立ち入りを断られるということでも困るわけですから、そういった防災対策の強化の問題について、できるだけ早い機会に日米合同委員会などの正式機関にこの問題を諮って、一定の取り決めが必要じゃないかと私は思うのですが、この点について長官の御意見をお伺いしたい。
  300. 久保卓也

    久保政府委員 いまの問題は多分、私の答弁外のことだと思いますが、外務省及び消防庁によく伝えておきます。
  301. 中路雅弘

    中路分科員 外務省ともひとつ相談をされて、これはぜひとも体制の問題については米側と協議をしていただきたいというふうに要請したいと思います。  あと時間がそうありませんので二つばかり、やはり施設庁の関係ですが、簡潔にお答え願いたいのですが、御質問したい。  一つは、昨年九月六日の内閣委員会で私が質問した問題ですが、川崎市にある米軍の出版センターの問題です。  全面返還ということが多くの要望でもありますけれども、この委員会の中で、全面返還となりますと、一部ですけれどもまだ仕事をしていますから、当然代替地やリロケーションのことも問題になって、時間もかかるのじゃないかと思いますが、久保長官自身も、いま米軍、特に米陸軍の施設については返還可能なものがあるかどうか全国的に検討を詰めているというお話で、この陸軍出版センターについても「現在程度の規模のものが必要であるかどうか、これは必ずしも一がいに言えないわけでありまして、現実に業務規模も小さくなっていることはお話しのとおりであります。したがいまして、私どもとしましては、全般的な施設の検討の中にこの問題も取り入れたいというふうに考えております。」このように御答弁をいただいているわけです。  御存じのように、川崎市の方は、きょうも新聞に出ていましたが、直下型地震その他の問題で、この地震の対策、避難場所、こういったものが全くない。小さい公園か老朽の学校校舎ということで、問題にもなっているわけですが、こういう地域としても非常に要望が強くなっています。  業務が縮小されている、大部分が遊休化していることは、施設庁の皆さんも御存じだと思いますし、私自身も昨年見てまいりました。その点で、航空基地のように保安地帯も広大なのは要らないわけですから、少なくともいま遊休化している地域を一部返還させる、あるいはその避難地、公園その他に使用させる、そういった点について、まず米側の方と交渉をされる、話をしていただくという点について、この前の質問をもう一歩進めまして、長官のお考えを聞いておきたいと思います。
  302. 久保卓也

    久保政府委員 返還の問題につきましては、ただいまお読みになりましたような姿勢は現在も変わっておりません。川崎市と協議しながら進めてまいりたいということでありますが、今回は、地震等の際の避難所としてどうかということでありますが、これはすでに昨年の春に、横浜施設局から在日座間の米陸軍司令部の方に申し入れてあります。ところが、米陸軍司令部の方では、合同委員会を通じてやってほしいということであります。わが方は、これは地震のような緊急時にやることですから、合同委員会を通じなくてもいいのではないかということで、合同委員会という手続を経ないで米側に了承をさせるように再度折衝してみたいという考え方でおります。  ただし、米陸軍司令部としましては、合同委員会を通じてもらうことが望ましいけれども、その手続が終わらなくても、現にそういった必要性があった場合、つまり地震のときに避難の必要があった場合には、手続が未了でも結構ですということは言ってはおりますが、いずれにせよ、合同委員会を通じますか、しからざるか、こういう事態のときには、こういうことができるようにいたしたいと思っております。
  303. 中路雅弘

    中路分科員 避難所の問題については、いま前向きの御答弁がありましたけれども、いずれにしても、この地域は遊休化していることは事実なんです。もう全く業務が縮小しているということは事実ですから、川崎市の百万の指定都市の真ん中にこれだけの広大な土地があるわけですから、公園だとかあるいは公共用地だとか、いろいろ地域住民や自治体の皆さんからも強い要望が出ていますので、昨年質問しましたように、この返還問題については、ひとつぜひとも検討の課題に入れて強力に進めていただきたいということを重ねてお願いをしておきたいと思います。  あと時間がありませんからもう一点ですが、これも昨年私自身が入って見てきたわけですが、池子弾薬庫の問題です。  返還の問題を、きょうここで論議するつもりはありませんけれども、池子弾薬庫と隣接する市の関係者や市長から長年にわたって要望が出ていると思いますが、弾薬庫に隣接したところに逗子の側ですが、久木中学校があるわけです。この中学校は、弾薬庫と隣接していまして、校庭面積も非常に狭くて規定の三分の一ほどしかありません。運動会もできないという状況ですが、近くに住宅がいま、ハイランドを初めとしてどんどんできまして生徒の増加数も激しい。  私が昨年行ったときは三階の校舎を建築中でありましたけれども、目の前にずっと弾薬庫の施設があるわけですね。境界線に網があるだけで、ボールが入っても取りに行けないというような状況なわけですが、平井さんが施設部長のときに、あの部分だけでも削れないかというお話をしました。山の稜線がずっと境になって、きょう地図がありますけれども、その学校のところになりましたら、ずっと出っ張って山の下まで施設になっているのですね。同じように稜線のところで線を引いてこちらに一部譲りたらどうだと言いましたら、弾薬庫との保安距離の関係があるのだということを平井さんが当時お話をされたので、私が中に入ったとき米軍にずっと一つ一つ建物を聞いたのです。  そうしましたら逗子側の方は弾薬を入れていない、いまも入れていないと言う。弾薬庫として使っていない。何に使っているかと言ったら、倉庫に使っているのだそうです。アメリカの方は施設を効率的に使わしていただいております。これは倉庫として船の船具などを入れております。そこを私、見せてもらったのです、弾薬庫じゃありませんから。倉庫がわりに使っているのですから保安距離でも何でもないのです。  だから私は、少なくともここは山の稜線で切って、そして一部分でいいのです、ほんの一部分の返還で、この逗子のいま困っている学校の問題、これを解決できるわけですから、この点について皆さんの方でも一度現地を見ていただいて、返還と言ってもほんの一部分ですが、ひとつぜひともこの問題について協議をしていただきたい、話していただきたい。  長い間の要望でありますし、保安距離だと言うから私も現地を見に行き、米軍のところへ見に行って、倉庫自身も何が入っているのかと確かめた。弾薬庫のこの部分だけは使っていません、倉庫だということを米軍の司令官も私に繰り返し言って、中も見てくれということで見せてもらったわけですから、この点について、ぜひともひとつ実現を図ってほしいと思います。最後にお聞きしたい。
  304. 久保卓也

    久保政府委員 逗子から二カ所部分返還要求のある一カ所分でありまして、この問題は外務省も私どももよく承知をしており、米側にも再々折衝しておる問題であります。そして保安距離の問題はまたいつも出るわけでありますが、われわれとしては不可能な問題とも思っておりません。また米側も全く拒否をする、当初から頭から拒否をするという態度でもございません。したがいまして、可能性のある問題として鋭意努力してまいりたいと思います。
  305. 中路雅弘

    中路分科員 ぜひともこれは一日も早く実現をしていただきたい。やはり、いま学校の問題というのは深刻ですし、運動会が学校でできなくて、ほかでやっているわけですね。クラブ活動も全くできないというような状態、しかも広大な地域のほんの一部分だけ返還すればいいわけですから、これくらいやらなければ施設庁は全くどっちを向いているのかということで疑われるわけですから、ぜひともこれは一日も早く実現をしていただきたいと思います。  時間なので、終わらしていただきます。
  306. 笹山茂太郎

    笹山主査 以上で、総理府所管防衛庁に関する事項についての質疑は終了し、本分科会の質疑は全部終了いたしました。     —————————————
  307. 笹山茂太郎

    笹山主査 この際、お諮りいたします。  昭和五十年度一般会計予算中、皇室費、国会、裁判所、会計検査院、内閣、総理府及び法務省所管並びに他の分科会所管以外の事項、なお、総理府につきましては、経済企画庁及び国土庁を除く所管昭和五十年度特別会計予算及び昭和五十年度政府関係機関予算中、他の分科会所管以外の事項に対する討論採決は予算委員会に譲ることにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  308. 笹山茂太郎

    笹山主査 御異議なしと認め、さよう決しました。  これにて本分科会の議事は全部終了いたしました。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  分科員各位の熱心な御審議と格別の御協力によりまして、本日、ここに、本分科会の議事がすべて終了することに相なりましたことを深く感謝申し上げます。ありがとうございました。  本日は、これにて散会いたします。     午後四時四十六分散会