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1974-10-23 第73回国会 衆議院 文教委員会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十九年八月一日(木曜日)委員長の指名で、 次の通り小委員及び小委員長を選任した。  文化財保護に関する小委員       上田 茂行君    塩崎  潤君       楢橋  進君    西岡 武夫君       羽生田 進君    深谷 隆司君       山崎  拓君    木島喜兵衞君       小林 信一君    嶋崎  譲君       栗田  翠君    高橋  繁君       安里積千代君  文化財保護に関する小委員長  塩崎  潤君 ————————————————————— 昭和四十九年十月二十三日(水曜日)     午前十時三十四分開議  出席委員    委員長 稻葉  修君    理事 坂田 道太君 理事 塩崎  潤君    理事 西岡 武夫君 理事 松永  光君    理事 森  喜朗君 理事 木島喜兵衞君    理事 嶋崎  譲君 理事 山原健二郎君       河野 洋平君    田中 正巳君       羽生田 進君    深谷 隆司君       山崎  拓君    小林 信一君       長谷川正三君    栗田  翠君       有島 重武君    高橋  繁君  出席国務大臣         文 部 大 臣 奥野 誠亮君  委員外出席者         内閣法制局第二         部長      味村  治君         大蔵省主計局主         計官      廣江 運弘君         文部政務次官  藤波 孝生君         文部大臣官房長 清水 成之君         文部省初等中等         教育局長    安嶋  彌君         文部省大学局長 井内慶次郎君         文部省学術国際         局審議官    笠木 三郎君         文部省体育局長 諸沢 正道君         文教委員会調査         室長      石田 幸男君     ————————————— 委員の異動 八月二十六日  辞任         補欠選任   安里積千代君     佐々木良作君 同月二十九日  辞任         補欠選任   山口 鶴男君     安井 吉典君 九月九日  辞任         補欠選任   安井 吉典君     山口 鶴男君   佐々木良作君     安里積千代君 同月十一日  辞任         補欠選任   安里積千代君     佐々木良作君 同日  辞任         補欠選任   佐々木良作君     安里積千代君     ————————————— 七月三十一日  一、文教行政基本施策に関する件  二、学校教育に関する件  三、社会教育に関する件  四、体育に関する件  五、学術研究及び宗教に関する件  六、国際文化交流に関する件  七、文化財保護に関する件 の閉会中審査を本委員会に付託された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  文教行政基本施策に関する件      ————◇—————
  2. 稻葉修

    ○稻葉委員長 これより会議を開きます。  文教行政基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
  3. 嶋崎譲

    嶋崎委員 三月二十七日の本委員会で、国立の幾つかの医科大学参与を設けるという問題について質疑をいたしましたが、その後この参与の問題についての取り扱いが不明確なまま今日に至ったように思います。最初にちょっと経過だけを確認しておきたいと思いますが、三月二十七日の委員会の結末についてのこの了解が、理事会でも与野党の間にそれぞれ意見の違いがあるのじゃないかと思うのですけれども、この参与取り扱いについては、大臣はその後どういうふうに御報告を受けておりますか。三月二十七日の委員会で私が質疑をして、理事会げたを預けまして、この問題を理事会処理するということになったのですけれども、その理事会処理のしかたについての報告は、大臣どういうふうにお聞きになっていらっしゃいますか。
  4. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 理事会でいろいろの御論議があることを承っております。たしか国会で法案審議の過程で、私からこの問題については慎重に検討して結論を出すという趣旨の御説明を申し上げたことがあったと思います。その際に、藤波政務次官から、理事会での話し合いの結果だということで、文部省のこれに対する態度を拘束するものではないけれども、なお参議院の審議もあることだから慎重に検討するということを答えてくれというお話でございました。そういう趣旨で、私は当時進んで、何らかメモに書いたものを読み上げた記憶がございます。それから、文部省令を出しまして公布の手続が終わりましてから、西岡文教部会長から、あの問題について与野党間でなお詰めたいものだから少し待ってもらいたいというような申し入れがございまして、与野党間の話し合いを円滑にする必要がございますので、文部省令は公布いたしましたけれども手続は暫時ストップさせるというようなことでまいったわけでございまして、その後、この前の理事会の結果ではないかと思うのでございますけれども、文部省に対するそういう拘束は撤回をする、好きなようにおやりなさいというようにまた伺ったわけでございまして、そういう経過をたどっております。
  5. 嶋崎譲

    嶋崎委員 省令の、木田局長の名前で旭川医科大学浜松医科大学に出したのは六月七日ですね。六月七日にこれが出て、そしてその後この出し方について、つまり、その前の三月の委員会議論があって、慎重に取り扱うということになっていたのに、木田局長名旭川医科大学浜松医科大学宮崎単科大学をそれぞれにこういう通達省令改正に伴う通達、一部改正についての通知が出ましたよね。これに関連して、軽率であったという趣旨の弁明がありましたね、あれはいつごろでしたかね。
  6. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私は、軽率であったとは思っていないのです。ただ、与野党と政府との間で必ずしも十分な意思の疎通がなされていなかったといううらみはあったかもしれませんけれども、軽率であったとは思ってないわけでございます。ただ、それを公布する手続をとって後に事情が私のほうにわかってまいったわけでございまして、そういうことで事務的に一応進行をストップさせたということでございます。しかし、理事会でかなりいろいろな議論があったりして、いつでございましたでしょうか、この前の理事会の結果ではなかったかと思うのでございますけれども、文部省に対して与党からの申し入れがあったわけでございましたけれども、それはもう撤回するから、文部省判断に従って進めていってよろしい、こういうお話与党から伺ったということでございます。
  7. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そういう申し合わせは、理事会でしたという記憶はありませんがね。だから一方的に何か御報告があったんじゃないでしょうか。ともかく、ちょっとお聞きしますが、この省令改正が六月に出されて、その後、私が休んだ理事会だったと思うのですが、この取り扱いについて、省令の発効の機能を停止するということを申し合わせたのですね。委員長、ちょっと待ってください。そのときの経過だけちょっと、もう一度議論を整理しなければならぬと思いますが、三月の委員会で問題になった争点というのは、この三医科大学に設置される参与というのは新しい理念制度化だということを、この委員会でまず確認したのです。つまり、筑波大学以来たいへん論争してきました開かれた大学制度化として、参与というものを医科大学に設けるということについて、当時、木田局長も確認をされたのですが、その点は大臣、いかがですか。
  8. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 現在まで参与を置く規定を設けておりませんので、そういう意味においては新しい仕組みであることには違いはないと考えております。
  9. 嶋崎譲

    嶋崎委員 前の議論を蒸し返すことはいやなので省きますが、筑波大学の場合には、法律参与会というものをきめたわけですね。名称をつくったわけですね。ところが、今度の三つ医科大学については、法律じゃなくて省令で取り扱うということになったわけですね。その片一方法律取り扱い片一方省令で取り扱ったその根拠については、大臣はどういうふうにお考えですか。
  10. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 筑波大学の場合には、学群学系から人事委員会から参与会一連組織を東京教育大学考え出されて、それを法定をしたわけでございました。その際にも、同じような方式をとる場合には、いずれ法律で御論議いただかなければならないのじゃないか、こう申し上げてまいった経緯もございますので、同じような方式をこの参与の問題につきましても各大学に求めることは適当ではないだろうという判断に立ちまして、参与会じゃなしに参与を置く、しかも、その運営などにつきましても、全部大学当局に一任するというような形で文部省令を出させてもらう、こういう考え方に立ったわけでございます。
  11. 嶋崎譲

    嶋崎委員 今度出た国立学校設置法施行規則の一部を改正する省令で、「第二十九条の四の次に次の一条を加える。」と書いて、「旭川医科大学浜松医学大学及び宮崎医科大学に、大学運営に関し学外有識者意見を求めるため、当該大学定めるところにより、参与若干人を置く。」と、こういう省令改正ですね。いままで、ここで議論になったことは、大学運営に関し学外有識者意見を聞くというのは、いままでの大学と違って、学外有識者意見を聞くという、開かれた大学理念制度化として参与会というものを筑波大学に設けた。それと同じ趣旨大学運営に関し学外有識者意見を求めるという制度として参与を置くかどうかということが一つ争点であったわけですね。それはいままでももう委員会で明らかになっているように、理念はそのとおりだということは確認してよろしいですか。
  12. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 すべての大学についてそういう姿勢が望ましいということは、強く感じております。
  13. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、大学運営に関する学外有識者意見を求めるための機関としての参与であるとすれば、その参与というのは、大学意思を決定する際の一つ参考意見を聞くわけですね。ないしは大学意思を決定する諮問機関としての性質機関だというふうに言うことができるわけですね。そうしますと、広い意味では大学管理機関的性質を持った機関だというふうに言うことができると思いますが、いかがですか。
  14. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 管理機関の定義のいかんでございますけれども、広い意味管理機関だとおっしゃるなら、私はそれは別に否定はいたしません。通常言われている管理機関ということになりますと、狭義の管理機関、その中には入らないだろう、こう申し上げていいと思います。
  15. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そうしますと、学校教育法とか教育公務員特例法その他で大学管理機関という現定があって、そしてその読みかえ規定で、たとえば評議会だとか協議会だとかいろいろな規定がございますね。ですから、いままでの法律できめられている大学管理機関というその名称は、確かに参与というのはないわけですね。だから筑波大学に新しい参与会という管理機関的なものを設けるという際には、明文化しておく必要があるというので、筑波大学には参与会というふうな名称機関として法律の上で明文化したわけですね。いかがですか。
  16. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 管理機関だから法定したとか法定しないとか、そういうことは少しもございません。ただ、一連の新しい大学の行き方として、学群学系人事委員会参与会というようなものとして法定をさせていただいた。同時にまた、開かれた大学という性格も強く出す意味において、参与会という形において運営をするのだし、この参与会に対しては助言、さらに勧告というようなかなり強い力も与えるというような性格のものに法定をしたということでございます。
  17. 嶋崎譲

    嶋崎委員 しかし筑波大学の場合に参与会というもの、副学長の場合には法律改正でやりましたですね。で、参与会というのは、筑波大学特有の新しいタイプ大学一つ管理的機関としての性格法律上明確にしたわけですよね。これは法律の上で明らかにしたのです。ところがその場合の筑波大学参与会というのは、大学意思決定機関にかなり重要な役割りを果たす機関ですよね。参与会の権限があそこに明文として書かれておりますように、大学のいろいろな重要な問題について審議し、そして学長意見を述べるという、大学意思機関にかなり重要な決定的な内容を持つ機関だったわけですね。つまり筑波大学では法律できめた新しいタイプ大学参与会として、大学意思決定にかなり強い役割りを持つ、そういう機関であるがゆえに、大学管理機関としての性格が明確になったのだと思うのです。ところが、もしその参与会理念が同じとすれば、開かれた大学制度化という意味理念が同じとすれば、どうしてこの三つ医科大学については法律できめずに省令できめたのか、これがいままでの争点だったわけです。  そこで私は、いままでここで長々と議論をしたからもう省きますが、結論だけ申し上げますと、国立学校設置法の十三条の規定で、「この法律又は他の法律に別段の定めのあるものを除くほか、国立学校組織及び運営細目については、文部省令定める。」と書いてある。この省令にもいっておるように、「大学運営に関し」ですから管理は入っていませんけれども、「大学運営に関し学外有識者意見を求める」機関ですね。したがって、国立学校設置法十三条の命令への委任規定に基づいてこの省令が出されているとすれば、ここにいっている参与というのは細目なんですかとお聞きしたのです。大臣細目とお考えですか。
  18. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 やはり組織及び運営細目に属する形において、この参与を各大学においてくふうしてもらおうというつもりで省令規定を設けておるわけでございます。したがって、たびたび申し上げますように、個々の大学において員数でありますとか、あるいはどういうような運び方をしていくとかいうことは全面的に大学にまかせるというような規定にもさしていただいたわけでございます。
  19. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この十三条でいう細目というのは、ここに前段でいっておる「この法律」、つまり国立学校設置法ですね。「他の法律」というのは、学校教育法だとか教育公務員特例法だとか、他の法律定めのあるもの、いろんなものがありますが、教授会もあれば、それから評議会みたいなものもあれば、協議会もあれば、いろいろたくさんあります。そういうもので定め名称のあるもののほか、名称のないもの、つまり法律で書いてないものについて、国立学校組織運営細目について文部省令定める、こういう趣旨ですね。ですから、ここでいっている細目というのは、この省令をごらんになればおわかりのように、部局をどうするかとか、それから大学の講座みたいなものをどんなふうにしていくかとか、そういうものをもろもろきめていくものが細目なんですね。そういう細目に相当するものが参与と言えるかどうか、これが争点になったわけです。  それで、きょうはこの締めくくりみたいな委員会でございますから、もう議論は繰り返しませんが、したがって結論を申し上げますと、新しい大学、開かれた大学理念制度化であるという前提にまず参与を位置づけるとしましょう。かつて筑波大学については法律名称化した。しかし今度は名称化しないが、では新しい理念制度化であるとすれば、なぜ筑波のときには名称化して今度はしないか、ここが一つ議論争点になったのです。私は、この十三条の規定委任された命令委任だというふうに理解しても、参与というのは細目ではない。大学運営に関し学外有識者意見を聞くための機関であり、筑波大学のように開かれた大学理念制度化であるとすれば、かりにそれに似たものだというふうにして、片一方は会であって、片一方参与若干名だから会でないにしても、大学のそのポジションの持つ意味は決して単なる職ではなくて、大学管理運営に深い関係のある性質を持った機関なんだと理解すべきである。だとすれば、省令処理するのじゃなくて法律でもって出直してくる必要がある。これは法律事項なんであって、省令事項ではない。ここで法制局の見解との間にいろいろとやりとりがありまして、理事会げた預けになったわけです。ですから、いまでもこの問題は省令事項ではなくて法律事項なんだというふうに私のほうは考えております。この点は意見が対立しっぱなしです。文部省は、すでにその意見が対立して、理事会げた預け、本委員会でどうこれを処理するかという内容が十分煮詰まらないうちに、大体  一方的に出してもいいというふうにいつ判断されたか知りませんが、六月の段階で省令改正をやっちゃったのですね。それでその結果、ちょっと待てという待ったがかかりまして、そして今日に至って、きょうの委員会になっているわけです。ですから、待ったがかかったということ自身は、本委員会議論された、これは法律事項省令事項かという問題についての内容が煮詰まらないまま今日に至っている問題だということでございます。私たちは、これについてはあくまで法律事項であって、省令事項として処理するべき性質のものではないという考え方を持っているということを、ここではっきり反対の立場を明らかにしておこうと思います。  そこで、大臣にお聞きしますが、かりに医科大学参与を置くとしましょう。どういう人が参与になると思いますか。
  20. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 大学当局判断によることではございますけれども、地元代表者ということになりますと、知事とか市町村長とかいう人がはまり役ではないかと思いますけれども、やはり地元代表者、それからさらに医科大学でありますと医師になるわけでございますから、医師団体その他の代表者、あるいはまた高等学校を卒業してその大学に入ってくるわけでありますから、高等学校関係者なども必要ではないかと、こう考えるわけでございます。また他の同種の大学関係者、これもやはり意見を聞かしてもらうには適当な人ではなかろうかと、こう考えるわけでございまして、そういういろいろな方面から参与が選ばれることを私としては期待したいなと、こう思っております。
  21. 嶋崎譲

    嶋崎委員 そこで、たとえばこの間国政調査で参りました福井だとか富山なんかの場合には、金沢大学だとか千葉大学だとか京都大学だとか、いろいろなところの医学部教授方々の御意見を聞いていますね。かりにそういう人たちのだれかが新しく発足した医科大学参与になるという場合だと、私はそう懸念はしないのです。心配しないのです。しかし医師会参与になって、大学地域のお医者さんの団体とがつながりを持つという可能性が非常に強いと私は判断いたしますが、そういうことは大臣もおっしゃったようにあり得るとお考えでしょう。
  22. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 学校当局のいやがるような意見が出てくる可能性もたくさんあるだろうと思うのでございますが、私はそのほうがいいんじゃないだろうかと、こう思っておるわけでございます。反対のことは取り上げなければよろしいのですし、やはり反対のことの中にもいい点があるかもしれませんので、独善的にならない、そういう意味においては、またそういう意見があって独善がある程度改善されるということも可能になるじゃないだろうかな、こう思っておるわけでございます。  昨年新設しました学部でございましたでしょうか、地元が非常な熱意で医学部をつくったのですけれども、入学試験をいたしますと、その県の出身者はたったの一人しか選ばれていない。驚きまして、私は学長さんに私なりの意見を苦言として申し上げたことがございました。やはりこういう場合にも参与で多少いろいろな意見を言う方々がおられたらああいう結果を生まなかったのじゃないかなという感じを持ったわけでございまして、やはり大学当局は独善的にならないで、いろいろな意見を積極的にみずからくみ取る努力をしていただくことが非常に必要じゃないだろうかな、そう考えるにつきましても、やはり参与というようなものがあったらあんな結果にはならなかったのじゃないだろうかな、こう思ったりもしているわけでございます。あるいはいやな意見が出るかもしれませんけれども、反対のものは取り上げなければよろしいのですから、いろいろな意見があったほうが、学校の正常な伸展のためには必要なことじゃないだろうか、こんな気持ちも持っているものでございます。
  23. 嶋崎譲

    嶋崎委員 こんなかっこうで議論していませんから、ちょっとだけ私のほうから実態を申し上げたいと思います。  いま医学部の中には、今度ああいう単科大学ができますと、その中に無給医というものが必ずできるわけです。いまの医学博士課程というものを前提にしていますと、大学院でマスターやドクターを終わっても、博士を持っていないと開業したって役に立ちませんから、だからみんな博士をとるために研究を始めますと、博士をとるために勉強はしていても、これはおまえが自分博士をとるための勉強なんだから、これは医者として仕事をしているのではない、だから月給は出ないぞというので、御承知のように全国のどこの大学にも無給医というものがいることは御存じでしょう。そうしますと、どういう事態が起きているかというと、いま無給医のお医者さんたちは、しかし年は二十八、九から三十ぐらいになりますから、もうみんな家族持ちです。そうしますと、その人たち生活の足しにどこかにアルバイトに行かないと生活ができないのです。そこで、無給医人たち地域病院アルバイトに一ぱい出ているのです。日赤に行くような場合もありますし、国立病院に行く場合もありますし、それから民間の普通のお医者さんのところにアルバイトにずっと出始めて回って歩いておるのです。たとえば日赤病院が患者さんが減ってくる一つの理由はそこにあるのですよ。三カ月間おって主治医がいなくなってしまうのです。くるくるかわりますから。だから、医者にかかって、これは自分主治医だと思ったのに、三カ月ぐらいしたら主治医がころりかわると、また初めから検査させられるのです。そういう無給医たらい回しにしているようなやり方というものは非常によくないわけです。  わき道にそれましたけれども、そういう無給医というものが存在しておりますから、その無給医がどういうアルバイトの口で生活するか、そういうことと、今度は地域医師会とが非常に結びつくパイプ役割りを、参与が、医師会代表みたいな人たちが関連してそういう人たちがなりますと、つまりそういうアルバイト先のいわば窓口になるのです。そういうアルバイト窓口になるときに、どういう事態が起きてくるかというと、大学の中でいろいろな研究をしている、お医者さんでも学問研究の自由がありますから。そういう学問研究の自由を前提にして大学の中でやっている人たちの思想、信条に関連する差別が実際には行なわれるのです。たとえば、無給医をなくしようという運動をやっているお医者さんがいるとしましょう。または、ある特定の研究、たとえばイタイイタイ病だとか水俣病だとか、そういういま社会問題になっているようなことを一生懸命に研究しているお医者さんが、そういう研究をしているということが一つの思想的な問題としてとらえられますと、そういうお医者さんのアルバイトを世話する窓口地域社会のボスが大学と結びついてき始めますと、お医者さんに対するいろいろな差別が出てくるということがあり得るのです。ですから、参与というようなものが、外の人の意見を聞くというが、学外者意見を聞くという場合のその学外者が、たとえば大学医学部の中にあるいろいろな問題点について、大学の自治並びに大学自主性というものを尊重して対処してくれればいいけれども、大学の持っている内部矛盾といいますか、無給医がいる、アルバイトをさがさなければならない、そういうことの矛盾を外と結びつけて利益誘導的に処理をしなければならないような、そういうパイプの役割をしていくことがあり得はしないかということをたいへんおそれているのです。  時間がありませんから私のほうで問題点だけ言ってやめますが、実際にこれからできる一連医学部大学は、全部単科ですね。大体学部に医学部を増設していくのじゃなくて、独立した単科大学になっていますね。単科大学になっていますと、たとえばこういうことが起こり得ないかということをおそれているのです。いままでだと、学校教育法にいうように、大学は学術の府であって、ユニバーシティーを目ざして総合大学になっています。医学部はその学部の中にあるのですね。総合大学である大学というのは、大学の自治の伝統を持っておりますから、そういう伝統を持っていた大学の中で医学部のある教授が、たとえば水俣病なら水俣病というものについて走っている。水俣病についても、大臣御存じか知りませんが、あの研究をやるのにどれだけ地域社会からの圧力があったかということです。そしてまた、研究の成果というものを公にするのに、大学の中でたいへんな苦労をしているのです。ですから、たとえば熊本大学のようなユニバーシティーのような大学の構造を持っておりますと、その医学部の中でかなり自由な研究と社会的な活動、地域社会の役に立つ活動をしていても、言論の自由や研究の自由というものは保障されるという条件が一方にあるのです。ところが、今度のように単科にずっとなっていって、小さい学部ですから参与会じゃなくて参与でよろしい、若干名でいいと言っているが、その参与がいわば単科大学の中で大学運営というものについて意見を述べ始めるという外からの意見が、いい意味意見であればいいけれども、そういう大学の中で地域社会の問題について積極的な研究をやり、公表をしていくような活動というようなものが制限される圧力のパイプになるという可能性はあると思うのです、いまの日本のこの社会の仕組みからいいますと。水俣でもイタイイタイでも、そういう問題を追及してきたお医者さんというのは、いつも企業からの圧力や地域社会からの圧力がかかりながら、ある意味では抵抗しながらああいうものを研究し発表していっているのですね。そういういまの日本の社会構造といいますか、そういうメカニズムの中にこの単科の大学ができて、そしてそこに学外意見を聞くためにといって参与という制度が出てきても、それがほんとうに大学の将来をよくしていくというような側面、いい面だけで実際に機能していくだろうかということは、たいへん不安なわけです。ですから、参与というようなものを大学が、「当該大学定めるところ」ですから、大学が各人お互いに自主的におきめになることでしょうけれども、そのときにこの参与というものがいまの現実の社会の中ではどういう機能を果たすかというところまで掘り下げてみますと、まだそういうものは排除していて、むしろ大学の自主的な体制の中で大学の将来の研究のあり方を追求している大学自治と学問の自由というものを前提にした大学管理組織を追求していくほうが、大学のためであると私は考えるのです。そんな意味で、法律論的にも、これは省令事項じゃなくて法律事項だという意味意見が対立した。それだけじゃなくて、現実にこの参与という機関地域社会において今後機能していくにあたって、大学における学問の研究それから大学の自治というようなものとのからみ合いで考えたときに、そういう妙な機能をしないということを相当文部省の側も注意しておいていただかなければならぬことだとぼくは思うんです。  特に、いままでのつくり方を見ますと、たとえば今度国政調査に富山に行きましても、富山では富山大学の中に医学部をつくりたいと言っているんですよ。大学の中に医学部をつくりたいと言ってきたのに、いつの間にか大学から切り離された富山医科大学をつくるというふうに話が変わっちゃうんですわ。だれが変えているかというんです。文部省の指導じゃないですか。現地のほうでは医学部増設でいい、そして将来大学がふえてきてユニバーシティーになるほうが理念としていい、そういう方向を追求して要望が出ているのに、いつの間にか切り離されているのです。そういうふうに切り離されていく。つまり、いま学校教育法でいっている総合大学方式じゃなくて、単科大学へというふうに切り離すのには、医学の特質やら医学部の持っている特性というものがあることはわかっていますけれども、しかし、そういうふうに切り離していくということの中には、大学管理運営という観点があるのです。いままでのユニバーシティーでは、あの騒動以来見ていて、大学管理運営がうまくいかない。だからもっと大学を細分化していけば、大学管理運営がうまくいく。つまり、研究、教育という観点からの分離じゃなくて、管理運営という観点からの分離の危険性というものが一方で感じられてしかたがないわけですよ。  そういうところへ持ってきて、この参与の場合でも、下から各大学がうちには参与を置きたいといって申し出があって置くのじゃなくて、上のほうから必要とあればいつでも置けるようにしましょうというかっこうで現実に指導しているわけです。管理運営なんですよ。管理運営だとすると、これは省令事項じゃありませんね。やはり大学管理運営に関して有識者意見を求めるための機関なんですから、それは省令事項処理すべきことじゃなくて、法律事項だということにまた返ってこざるを得ないと思うのです。  その証拠に、今度来た二十九条の五を見てごらんなさい。旭川医科大学が入ったわけだ。旭川医科大学というのは、去年筑波大学と一緒にわれわれ国会で承認した大学じゃありませんか。そのときには、筑波大学のときには参与会というのを法律議論していて、当時の旭川医科大学については参与は何も議論していませんよ。ところが今度出た省令には、浜松医科大学、宮崎、これは前国会で議論しましたよ。ところが前の国会ですでにわれわれが確認してしまった新しい大学を設置してしまったものについて、大学管理運営関係のある参与というものを設けなかったのに、今度の省令にはさかのぼって設けているじゃありませんか。つまり、そういう参与というものをどこかの新設大学につくろうつくろうという指導の意図がそこにあると思うのです。なぜこれをつけ加えたのですが。この点だけ最後にひとつお聞きします。
  24. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 参与法律規定するか、あるいは省令規定するか、私のほうは省令でしかるべきものだ、こう考えているわけでございまして、嶋崎さんはこの参与の地位というものを非常に高く評価していただいて、そして法律規定すべきだ、こうおっしゃっているように考えたわけでございます。これはまあ、御自身がおっしゃっておりますように、見解の相違ということにならざるを得ないのじゃないだろうか、こう思います。  同時に、府県の施設にいたしましても、いろいろなそういう諮問機関的なものをそれぞれの施設に設けるのは普通だと思うのですけれども、私は、こういうのは条例で設けるのじゃなくて規則で決められているのが普通じゃないだろうかな、こう思います。国の場合には、地方において批判機関がないわけでございますから、進んでそういうような機関をみずから設けるように持っていく、これが一番望ましい姿じゃないかな、こう思っているわけでございます。ただ、筑波大学参与会というものを法定をいたしましたのは、あるいはあれも法定をしなくても省令でもよかったじゃないか、こういう議論もあると思うのであります。ただ、一体的なものとしてあの際に参与会法定させていただいた、またそれとの関連もございますし、同時にまた、そのように強い一律的な考え方を強制することも適当でないという判断に立ちまして、省令規定したような形の参与にさせていただいたわけでございます。  いまいろいろ御論議を伺いながら、それはそういう問題もあるだろうなという感じは持っております。同時にまた、私たちは学問の自由を保障するために大学の自治を考えているのであって、大学自治のための自治は少しも考えていない、これは私はよく基礎としてはっきりさせておきたいものだ、こう考えておるわけでございます。同時にまた、現在の大学自治も、学部自治のばらばらな自治になってしまって、大学全体の自治というものが適正に機能していない現実、これはやはりお互いに認識しながら、どう改善されていけばいいのか、大学当局の積極的な改革を私はぜひ望んでいきたいものだ、こう念願をいたしておるものでございます。  旭川大学の問題につきましては、私たちは浜松や滋賀あるいは宮崎と同じように考えているわけでございますけれども、事務当局のほうから詳しい御説明を申し上げさせていただきます。
  25. 井内慶次郎

    ○井内説明員 旭川医科大学を設置した時点におきましては、医師の養成のための無医大県の解消といった政策をどういう形で取り進めるかということがまだあまり明確な方針がきまっていなかったわけでございまして、その後、浜松医科大学、宮崎医科大学、滋賀医科大学の創設準備の過程におきまして、単科の医科大学管理運営のしかたを一体どういうふうにしたらいいであろうかということの検討が進みまして、単科の医大につきましては、副学長を置くということ、事務局を一元化するということ、それから参与を置くということを方針としてとったらどうかということを取りきめ、前国会における御審議に際しては、新設医大ということで質疑を受け御答弁を申し上げまして、その際、旭川医大も新設医大の扱いをしておるという点が政府側の答弁で明確でなかった点はまことに遺憾でございますけれども、文部省のほうでは新設医科大学ということで旭川医科大学考えて措置をさせていただいた、こういう経緯でございます。
  26. 嶋崎譲

    嶋崎委員 この問題はあとで共産党の山原さんも質問なさいますから私は省きますが、要するに、長い議論のあとですからもう議論を繰り返しませんが、医学単科大学一連参与を置くというこの考え方に対しては、私たちは筑波の場合の参与会反対だったのです。何も参与会に賛成しておるわけではない。だから、今度の省令でもって事を処理しつつ、次から次と出てくる大学に片っ端からそういう参与というものを設けていくという大学管理運営のあり方についての文部省考え方大臣考え方、この考え方には警告を発しておこうと思うのです。  同時に、先ほど申し上げましたように、医学部の中には教授会以外に臨床の会議があるのですよ。臨床の会議に、おそらく参与は出ることになるでしょう。そうしますと臨床の会議というのは、医学部というのは一番寄付金や何か地域からもらうところですよ、薬屋さんだとかそれから医療機械のお店だとか。そうして学会や何かでも一番お金を使う学部なんですね。そういう意味ではお金とその地域の社会が大体結びついていく傾向が、既存の国立大学でさえあるのですよ。そういうお金で結びついていきますし、それから、さっき言ったように、医学部の内部にある無給医みたいなものがアルバイト市場をめぐってお世話にならなければならないのですね。そういうことに関連して大学内部の研究、教育という観点にいろいろな障害を来たすことがあり得るというふうに機能するであろうということをあらかじめ申し上げておきたいと思うのです。それだけに参与の人選にあたっては、もしこれを、われわれは反対ですけれども、省令でもって具体化していこうとおっしゃるならば、よほどその運営について大学との話し合いをやっていただいて、大学側から言ってきたからよろしいというようなかっこうに形はなっているけれども、実際は文部省が上から指導したいかっこうでこれが行なわれていますから、それだけに慎重な取り扱い文部省としてやっていただきたいという要望を申し上げまして、締めくくらしていただきます。
  27. 稻葉修

    ○稻葉委員長 山原健二郎君。
  28. 山原健二郎

    ○山原委員 最初に、この新設医科大学参与省令で置くという問題についてはいろいろ論議がなされまして、委員長も御承知のように、理事会においてもずいぶん論議がなされてきた経過があります。これは議事録に載っておりませんので、最初に一番関係をしてきた藤波政務次官のほうから、この参与についての文部省の把握しておる経過を簡明に御報告いただきたいのです。
  29. 藤波孝生

    藤波説明員 前国会におきまして、国立学校設置法の一部改正をめぐりまして、特にその中で参与の問題についていろいろ御議論、御質疑をちょうだいをいたしました。いろいろ御議論をちょうだいをいたしましたので、先ほど文部大臣から嶋崎先生に御答弁申し上げましたように、十二分に文教委員会の御意見を参考にさせていただいて法案成立後も慎重に検討したい、こういう意味の、大臣からの意見の表明をさせていただいたわけでございます。  その後、委員長からも、省令を出す際に参与の問題を含める場合に十分慎重にやるようにというようなお話がございまして、種々検討をいたしてまいりました。本来、行政の権限に属することでございますから、文部省としては方針をきめればそれをそのまま進めればいいわけでございますけれども、従来、文教行政を進めます際に、十分に国会の御議論を参考にさせていただいて進むというのが文部省の姿勢になっておりまして、特に参与問題についてはそういったいきさつもございましたので、委員長に御了承を求めて省令を出すようにしたい、こう考えました。  ところが、法律案が通過をいたしました後、それぞれの地域、それぞれ準備を進めております大学当局からも、早く出発をさせたい、ついては省令をひとつ早く出してそれぞれ学校を出発をさせるようにするのがよかろう、文部省もそう考えましたし、各大学におきましてもそれを待っていたというような実情がございました。最終日に委員長にその御了承を求めたいと思いまして、そんな気持ちでおりましたのでありますが、実は最終日は御存じのようにいろいろ文教関係法律案の審議などもございまして、思うようにその機会を得られませんでして、委員長にその省令を出しますことを御報告申し上げる時間を持たないままに省令を出すということになってしまったわけでございます。そこで、委員長に対しましてたいへん申しわけないことをしたということを考えまして、委員長にその旨おわびをいたしました。委員長から、参与問題については省令として出ておっても、現実に各大学参与を選ぶようなところまでいくのは実際には少し見合わせたらどうかというようなお話がございまして、法案の御審議のときにも前大学局長からいろいろ御説明をいたしておりますように、必ずしも参与大学出発のときの創設にはかかわらないというような考え方の答弁を実は申し上げております。そんなことから、すぐに省令の中で参与の問題に取り組まなければ大学運営が一歩も動かないという情勢ではありませんでしたので、参与の問題についてはさらに委員会の先生方の御意見もよく承りたいと思うというような考え方の上に立ちまして、大学局長から関係大学と十分相談をいたしまして、その問題については現実的に動き出すのは少し時期を待つというかまえで今日に至っているわけでございます。  しかし、先ほど来も嶋崎先生の御質問に対して大臣からお答えをいたしておりますように、開かれた大学の中で地域のいろいろな御意見などを十分承りながら適切な大学運営に資していきたい、こういう考え方でございますので、省令に盛り込まれております参与というものを一日も早く、もちろんこれは大学の自主的な判断の上に立ってではございますけれども、一日も早く動き出すようなかまえにお願いをしたい、こんなふうに考えているわけでございます。
  30. 山原健二郎

    ○山原委員 途中において文部省からの釈明もありましたから、これを再びここで追及するつもりはありませんが、ああいう前国会の幕切れにおける委員会の意向があって、その途中で突然文部省が出したということについて私どもは、おそらく野党各党とも非常に反撃をしまして、そして今日のような状態になったわけです。したがって、この問題については、いま嶋崎委員からも言われたように、いろいろ意見があるわけですね。だから、それを今後においてもほんとうに参照していくという態度が必要だと思います。これを最初に申し上げまして、いま政務次官のお話の中に、各大学から早く参与を設置する方針を出してもらいたいという要請が来たと言うのですが、それはどこの大学から来たのですか。
  31. 藤波孝生

    藤波説明員 参与の設置の要請が来ておるとは申し上げておりません。大学を一日も早く出発させたいので省令を急いでもらいたい、こういう考え方が出てきたわけでございます。法律が通過をいたしました上に立って、当然文部省としても一日も早く省令を出して一日も早く大学を出発させるという、これはむしろ行政の責任でございますので、そんなふうに考えたわけでございます。
  32. 山原健二郎

    ○山原委員 それは参与の問題ではないようでございますので、いまの最初の御発言によりますと、何か各大学、言うならば新設の大学から早く参与の問題を含めた省令を出してくれ、こういう意向があったから急いでやったのだというふうな受け取り方をしておりましたので、いまのお答えでそういう意味ではないということがわかりました。  次に井内局長に伺いたいのですが、現在、筑波大学参与会、これは法律行為でつくられているわけですが、これはいままで何回開かれておりますか。
  33. 井内慶次郎

    ○井内説明員 大学のほうから報告を受けておりますところによりますと、いままでに二回参与会筑波大学では開かれておるようでございます。
  34. 山原健二郎

    ○山原委員 この参与会法律できめられた筑波大学参与会ですね、これは議事録というようなものはどういう取り扱いをしておりますか。公開をされるものですか。
  35. 井内慶次郎

    ○井内説明員 参与会の議事録の扱い等につきましては私ども承知しておりませんので、恐縮ですが……
  36. 山原健二郎

    ○山原委員 それは大学意思にまかせられておるのでしょうか。
  37. 井内慶次郎

    ○井内説明員 さようでございます。
  38. 山原健二郎

    ○山原委員 参与問題が論議されましたときに、前の木田大学局長のほうから、各委員の質問に対してこういうふうな答弁があっておるわけです。参与については、参与の設置は文部省省令できめる、あとの参与性格その他についてはすべて大学意思にまかすというお話がしばしば繰り返されておりますが、この答弁は今日も変わりはありませんか。
  39. 井内慶次郎

    ○井内説明員 参与の人数でございますとか、あるいはその置き方でございますとか、諮問する範囲でございますとか、こういった点、前局長が御答弁申し上げましたように、各大学のほうに自主的にきめていただこう、こういうことでございます。
  40. 山原健二郎

    ○山原委員 法制局おいでていただいておるわけですが、こういう場合はあり得るわけですか。たとえばこの新医科大学に設置する参与は一体何なのかということで、諮問機関だろうというような話も前の国会でありましたが、だれの諮問機関なのかも明確でありません。そうすると、たとえばあるときには学長諮問機関になる場合もあるでしょう、あるいは大学に設置されておる広報室あるいは庶務課というようなものがありますね、そういうことの諮問機関として置く場合などもあると思いますが、この省令の文章からいたしましてそういうことはあり得るのかどうか、法制上の立場から答弁をいただきたい。
  41. 味村治

    ○味村説明員 この省令では「大学運営に関し学外有識者意見を求めるため、当該大学定めるところにより、参与若干人を置く。」と規定してございまして、その参与学外有識者意見を求めるためのものであるということははっきりと規定がしてあるわけでございますが、その他は「当該大学定めるところにより、」となっておりますので、その運営の方法、どのようなことについて意見学外者から求めるかといったような事項につきましては大学がきめることができるのであろうと考えられます。
  42. 山原健二郎

    ○山原委員 大学のどの機関参与という形態を置いてもそれは大学意思だと——ちょっといま資料を見ておりましたので正確に聞けなかったのですが、もう一回その点、どうですか。
  43. 味村治

    ○味村説明員 これは「大学運営に関し学外有識者意見を求めるため、」ということでございまして、したがって大学運営に関する意見を求めるための参与ということでございます。そして、その大学運営に関しましてどの範囲において参与の御意見を求めるかというようなこと、あるいは参与をどういうふうに選任するかというようなことも含めまして、すべて大学定めるところによるということになっていると理解されます。
  44. 山原健二郎

    ○山原委員 そうすると、大学意思によっていろいろの形態が出てくるという可能性があるわけですね。
  45. 味村治

    ○味村説明員 仰せのとおり大学考えに従いましていろいろな形態が考えられようか、この省令の文章上はそのように考えられます。
  46. 山原健二郎

    ○山原委員 次に、旭川医科大学の問題について、いま嶋崎委員からも質問がありましたが、聞きたいと思うのです。  旭川医科大学が設置されたのはいつでしょうか。
  47. 井内慶次郎

    ○井内説明員 四十八年度でございます。
  48. 山原健二郎

    ○山原委員 四十八年度に発足をして旭川医科大学学長教授会評議会、そういう運営機関がすでに設置されている。これは既設の大学になりますね。先ほど局長は旭川医科大学については新設医大として取り扱いをしてきた、こういうお話がありましたが、一体だれがそういう取り扱いをしてきたんでしょうか。
  49. 井内慶次郎

    ○井内説明員 先ほど嶋崎先生のお尋ねにお答え申し上げました点、若干補足させていただきますが、旭川医科大学を設置いたしました際は、山形、愛媛の医学部と一緒に御審議も賜わったのでございますが、当時、今後の医師養成の拡充の相当部分を単科の医科大学の設置により行なうという方針がまだはっきりしていなかった段階だったわけでございます。それで、先ほどもお答え申し上げましたように、浜松の医科大学、宮崎の医科大学、滋賀の医科大学の創設を行なうという方針を取りきめてまいりました過程におきまして、単科の医科大学運営のしかた等、どういうふうにやったらよろしいであろうかということが検討されまして、その際、浜松、宮崎、滋賀等と、先生御指摘のように一年前に発足をいたしております旭川の医科大学と、運営のしかたでございますとか、そういう点につきましては同様の運営のしかたで考えていったらどうかという方針をとりまして、実はことしの一月に旭川医科大学、これはすでに発足しておりましたから、旭川医科大学学長以下、それから、当時浜松、宮崎、滋賀につきましては、まだ創設準備の段階でございましたので、創設準備の責任者でございますが、すでに発足しておりました旭川医科大学と創設準備中でございました三つ大学の創設準備の責任者に文部省のほうにもお越しいただきまして、これから医科大学として発足し、あるいは整備をはかっていく上におきまして、副学長の問題あるいは外部の御意見を徴する機関、職をどういうふうに設置していったらよろしいかといったような問題等につきまして、文部省としては副学長の設置を考えたい、事務局の一元化もはかってまいりたい、第三者の意見大学運営のためにお聞きする職務を設置してまいりたい、こういうことを文部省のほうから、旭川医大の学長も含めまして文部省考え方を御説明し、この点につきましてそれぞれからいろいろな御意見も賜わりまして、そういったものをもとといたしまして今回の省令制定を取り進めさせていただいた。文部省といたしますと、この点は先ほどもお答え申し上げましたように、新設三医大の御説明が前回の国会審議の際にはそういう御答弁を中心にいたしておりまして、まことに恐縮だったのでございますが、新設医大ということでいろいろな運営の問題等を考えます際に、文部省のほうでは旭川も含めて考えておったというのが状況でございます。
  50. 山原健二郎

    ○山原委員 文部省において参与の問題が煮詰まったのはいつですか。
  51. 井内慶次郎

    ○井内説明員 いろいろな経緯はございましたけれども、四十九年度の予算編成の過程でこの問題が出てまいったわけでございます。
  52. 山原健二郎

    ○山原委員 省令参与をきめるという問題はもっとあとですね、われわれが知りましたのは。私がその問題を提出要求したのがたしか本年の三月です。三月二十七日に省令の案が出されまして、それに対する質問が行なわれているわけですね。あの中に「〇〇大学」とこういう文章があります。「いま掲げておる「〇〇大学」とこうなっていますが、浜松医科大学、滋賀医科大学、宮崎医科大学ということになると思いますが、そうなってまいりますと、その大学はまだできておりませんし、もちろん管理機構も今日ないわけですね。だから教授会もなければ何もない。評議会もないわけですから、その創設にあたって参与が」云々という質問がなされているのです。私は明確に滋賀、宮崎そして浜松、これを出しています。これで論議がなされたのですね。木田局長もそれに対して何ら反論していません。旭川ということばは省令に関する参与問題では全く出ていないのです。それで私はたいへん意外に思いまして、この前理事会で配られた資料を見ますと旭川が入っているわけですね。滋賀は入ってなかった。滋賀は十月創設だというので、なかったわけですけれども、旭川が入っておるので非常に意外に思ったのです。旭川へ直ちに問い合わせをしますと、旭川にはすでに運営管理の機構としての機構はできていますね。ところが、そのほうは全く存じませんということなんですね。そうしますと、既設の大学にすでに教授会も存在しておる、学長も存在しておる。そういうのにさかのぼって既設の大学参与を置くというのは、本委員会においては討議になっていないことなんです。それがどうして出てきたのか。私はこの点はたいへん意外に思いますし、少なくとも法令その他について非常に厳密なことを言われておる文部省がこういう形をやられますと、国会の立場から言いますと、まさに国会で論議されていないものがばかっと省令の中に入ってくる、これは全く意外千万。これは委員長としても、本委員会運営されてこられた立場からするならば、私はおそらく意外であったと思うのです。そういうことがなぜ行なわれるのか。これは少し法制上も明確にしていただかないと、ちょっとここで私たちは了解するわけにはまいりませんよ。どうですか。
  53. 井内慶次郎

    ○井内説明員 先ほどもお答えしたところでございますが、さきの国会でいろいろ参与の問題につきまして御審議を賜わりました際、提案されておりました創設の三医科大学を中心に前局長も答弁をいたした次第でございます。ただいま具体的に御指摘のありました山原先生の御質問に対しましても、医科大学が創設され、スタートを切って、学長もきまり大学意思決定もできる状態になってから、参与に関します学内の規則を取りきめて、それから上申が出てくるということでございますということで、創設後においていろいろな規則等も取りまとめられて参与が発令になるのだと、そのほうに重点を置いて前局長もお答えしたかと存じます。ただし、その際に、先生いまお話がございましたように、旭川の問題につきまして明確にいたしておかなかった点はまことに恐縮でございます。  ただ、旭川医科大学は、参与設置という時点では既設の大学ではございますが、一連の新設医科大学構想の一環といたしまして昨年度設置されたばかりのものであり、目的、形態等も今回新設されました三医大と同一のものであります。三医大と同様に取り扱うことが適当だというふうに文部省考え旭川医科大学のほうにも文部省のほうの考え方をお伝えし、いろいろな御意見等も徴しながら、その規定のしかた等をくふうをして、ただいまのような省令を制定させていただいた次第でございます。
  54. 山原健二郎

    ○山原委員 行政的運用面での御答弁になるわけですよね。それは文部省としてはそうするほうが都合がいいということはわかります。わかりますけれども、少なくとも国会は法律上の問題についてはかなり精密な論議をやるところですからね。そうしますと、それが適当だと文部省判断されても、私たち論議してないものが出てくるということになると、これはもうたいへん困るわけで、それは行政的運用面でのあなた方の見解なんで、私たちは少なくともその点については、省令における参与問題は、三つの本年度に新設をされるものしか論議をしておりません。既設の大学の問題ですからね。だから、局長、ほんとうにやろうとすれば、旭川医科大学参与をつくりたいとするならば、それなりの手続を踏まれることが必要じゃないのですか。最低私がかりにここで問題を譲ったとしても、文部省の立場に立って考えるならば、すでに学長はおる、管理機構はあるわけでしょう。それに対してあなた方の意思を伝えて、そういう手続を踏まれて出てくるのなら、まだ私たちはここで論破しにくいわけです、そうなってくれば。けれども、これはちょっと了承できませんよ。  それで、いまの答弁はいわゆる行政上運用の問題として出てきていますが、法制局に伺いますけれども、これで既設の大学参与省令で置くというこの事実はもう間違いないわけですね。そうしますと、これは一つの先例となって、次にはたとえば東京大学だって置ける、あるいは私の県の高知大学だって、あるいは宮崎大学、愛媛大学だって置けるというふうに、どこまでもさかのぼっていける可能性を持つと私は思うのです、この文章から見れば。法制局が行政的運用面でなくて法制上の立場から見たら、これはどうなんでしょうか。その辺の歯どめがこの省令の中のどこかにありますか。
  55. 味村治

    ○味村説明員 前回、国立大学参与を置くことが、国立学校設置法の十三条の「国立学校組織及び運営細目については、文部省令定める。」こうなっておりますその範囲に入るのかどうかということにつきまして、これは入るであろうというふうに御答弁申し上げたわけでございます。その際の議論は確かに新設大学だけについての議論であったことは、先生のおっしゃるとおりでございますが、これはお尋ねのとおり、行政面を捨象いたしまして、法律論だけで申し上げますと、既設の大学についても、この十三条の範囲内におきまして、組織細目として参与を置くということはできるということにならざるを得ないかと存じます。
  56. 山原健二郎

    ○山原委員 そこで委員長、これは、参与を置くということについて賛否はあると思いますけれども、こうなってきますと、いままで私どもが論議したことと違った方向に行くわけですね。歯どめはないわけです。が、この省令をかりに私ここで認めたといたしますと、これはいま法制局の明快な答弁がありましたように、これは歯どめなく、文部省がこう考えたら、東京大学だって京都大学だって置ける。こういうことになってまいりますと、私どもの責任としては、いままで大学の自治論いろいろ出てまいりましたけれども、それは繰り返しませんが、これは歯どめがないわけですね。こうなってまいりますと、これは委員会としても重要な問題になってくると思うのです。委員長はどういうふうにお取り扱いになりますか。私はちょっと理事会を開いていただいて、どこまでもさかのぼれるということになると、これはもう全く予想外の問題がここへ出てきたわけですから、これは明確にしていただかないと、これ以上論議は進められません。委員長はどうお考えですか。
  57. 稻葉修

    ○稻葉委員長 ここで私がお答えしていいかどうかわからぬけれども、いまの議論を聞いていますと、省令そのものは違法でも何でもないわけです。また、省令の運用についても、いま法制局の見解どおり、違法でも何でもないわけです。したがって、法制上の見解からすれば、幾ら既設の大学にいったって、それは違法だということは言えないでしょうけれども、適当な行政運営ではないということにはなるのでしょうな、そういうことでしょう。妥当な行政運用であるかどうかは疑問が残る、しかし、法制上はさかのぼらせようが、どこの学校につくろうが違法だとは言えない、こういう見解だろうと思うのですよ、味村君の見解は。
  58. 山原健二郎

    ○山原委員 そういうこととちょっと違いまして、この省令が出ますと、これは委員長も御承知のように、いままでは新設医科大学についてやったわけですね。だからかりに私どもが百歩譲ったとしますと、たとえばことし新設された三つ医科大学については参与省令で置くということはとめられない状態にあるかもしれません、文部省令でやれるというのですから。しかし、既設の大学については、いままでの論議の過程からいたしますと、すでに管理機構ができた既設の大学については、これは大学の意向を聞かなければならないというような問題もありますね。それはどこまでも省令一本で、文部省が〇〇大学、〇〇大学といえば、その大学意思にかかわらず幾らでも置けるということになる。その先例がここにできるわけですから、そうなってきますと、少なくとも既設の大学である旭川と他の新設の滋賀、宮崎、浜松は分離しなければ、これはちょっと私ども困りますよ。では、他の大学に波及するということについての歯どめは、この省令の上ではどこにあるのですか。局長、どこにあるのですか。
  59. 井内慶次郎

    ○井内説明員 先ほどもお答えいたした点でございますが、旭川医科大学、浜松、滋賀、宮崎四つの大学、あるいは大学創設のための準備をいたしておりました学長予定者等を一月の十六日に文部省のほうにお越しいただいて、ただいまの参与の問題につきましても、文部省の見解をお伝えし、いろいろ御意見も徴しまして、このような形で参与省令を根拠に置くということに文部省としてはいたしたわけでございます。この点は旭川医科大学学長病院長予定者等もその席に参り、新設の医科大学という基本的な性格を共通といたしますので、新設の医科大学の今後の運営のしかたにつきましては、四大学御一緒に考えながらひとつやってまいろうということで、そのような手順をとりまして省令を制定いたしたということが一つでございます。  それから旭川医科大学と同時に発足をいたしました山形大学、それから愛媛大学医学部につきましては、同じ医学教育機関ではございますけれども、単科の医科大学の場合といろいろな設置の形態でありますとか状況が異なりますので、こちらのほうにつきましては副学長問題なり参与の問題なり、こういった問題については文部省の側からは考えず、また、特に意見を徴するということもしないで、新設の医科大学に限りましてただいまのような取り進め方をいたしておるわけでございます。  なお、参与の問題等につきまして、既設の大学で、当該大学の希望としてぜひ参与をというふうな希望が出てまいったときの扱いは別でございますけれども、文部省の側から参与を設置するということについての意見を徴して云々ということにつきましては、ただいま申しましたように、新設医科大学の場合に今日までやってまいった、この点をひとつ御理解賜わりたいと存じます。
  60. 山原健二郎

    ○山原委員 私が言っておりますのは、この省令の文章、短いものですから、私はそれに基づいて質問しているので、いま局長が言われるようなことであれば、どこか歯どめがなければ、この文章そのままでしたらどこへでも文部省意思そのものでどんどん拡大もできるという、歯どめが全くないわけですね。これは法制局の答弁がそのとおり申しているわけですから、そういうことでしょう。だから、もし文部省が四つの医科大学に限るなら、旭川医科大学についてどうしてもあなた方が参与を置くなら、既設ではあるけれどもこの二年以内の新しい医科大学として考えるなら、それなりの手続を踏んで、教授会なら教授会評議会なら評議会にはかるという手続をお踏みになったらいいわけですよ。そういうこともなしに文部省できめるということになりますと、ちょっと私はこれ以上質問できませんね。文部省意思だけによってどんどんいけるわけですね。先例となって、いけるわけです。なぜそういうことを言っているかというと、たとえばいろいろな法案を審議しましても、その法案の審議の中でいろいろ政府側が答弁をされるわけです。されますけれども、また何年かたつと、その答弁が変わってくる。ところが、残った省令なら省令法律なら法律の文句は変わっていないのです。この文句でやれるじゃないか、こう出てくるのですよ。だから、全大学参与を置くという賛成の人もおるわけです。おるけれども、この委員会では、新しい三医科大学について省令によって参与を置くかどうか、それが論議されているわけですからね。それを逸脱してもらっては困る。これは委員会審議に反する。だから、それについてどこかに歯どめをつくるならつくるということでなければ了承できるはずはないじゃないですか。私たちはそういうことを論議していないんだ。この前の国会、百何日やりましたけれども、その間でこれを真剣に討議して、皆さんも必死になって答弁をして、ここで参与問題をあれだけやり合って、それを逸脱するものが出てきたら、どうしてここで私どもは了承できますか。委員会運営としてもこれは重大な問題でありますから、委員長、この点については私どもここで一応質問を打ち切りますが、適切な機関で検討していただきたい。
  61. 稻葉修

    ○稻葉委員長 そういうことにいたしましょう。  午後一時から再開することとし、昼食の休みにいたします。     午前十一時五十四分休憩      ————◇—————     午後一時十五分開議
  62. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。  委員長所用のため、指名により私が委員長の職務を行ないます。  文教行政基本施策に関する件について質疑を続行いたします。松永光君。
  63. 松永光

    ○松永委員 私は、ことしの四月行なわれました違法な教員のストに関連して、文部大臣その他に質問いたしたいと思います。  ことしの四月十一日に、日教組は違法なまる一日のストを指令いたしまして、その指令に基づいて、三十三万人の教職員がまる一日のストを強行したわけであります。このために、新学期早々でもありましたので、希望に胸をふくらませて一年生になった小学校の子供、あるいは中学校の子供を含めまして全国では何と千二百万人もの児童生徒が、学校に行ったけれども教師が学校に来ていないがために教育を受けられなかった。千二百万人もの子供たちが教育を受けられないというたいへんな被害をこうむったわけでございまして、全く子供たちにとってかわいそうであり、痛ましい事件であったわけですが、こういう、子供を犠牲にし、法を踏みにじり、違法行為をした教職員については、法に従って適切な処分をすること、それが法治国家の最低限の条件であるというふうに私は考えております。そして一方では、教師はどんなことがあっても自分の教え子を犠牲にしてはいけない、こういう教育愛に燃えた先生もいらっしゃいまして、あるいは組合に入っておる先生でも、日教組の憲法及び憲法に基づく法律に違反するストライキをすることは許されない、特に子供を犠牲にする行為をすることは教育者としての自殺行為にもひとしい、こういうことで、組合に入っておるけれども教育者としての使命感に燃えて学校に出てきて教育をしてくれた先生方もたくさんいらっしゃるわけです。したがって、教育熱に燃えて子供に対する愛情を持って教育に当たってくれておる先生方と、憲法及び憲法に基づく法律を踏みにじり、教え子を犠牲にする、そういう教育熱のない、教師としての自覚のない先生方とを同じように遇することはたいへん不公平であり、そしてそういう不公平が教育の現場を非常に混乱におとしいれておるというふうに私は考えます。  そこで、この四月十一日のストに参加した者に対しては厳正な処分がすみやかになされなければならないというふうに思うのですけれども、実際には、ストが行なわれて半年以上もたっておるのに、広島県を除いてはいまだに処分がなされていない。これはどういうわけでそうなっておるのか、まずその点をひとつ大臣にお尋ねしたいと思います。
  64. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 御指摘のような混乱が多年にわたりまして教育界に起こっておりますこと、全く残念なことだと考えておるわけでございます。一部の組合の指導に基づきましてストライキがスケジュール的に行なわれている。御指摘のように私も、教員は児童生徒のためにあるのだ、こう考えておるものでございまして、その教員が児童生徒の教育を放棄してストライキの行動に参加すること、特に法律の禁止している行動に参加するということは、法を守る児童生徒を育てていかなければならない立場でありますだけに一そう残念なことだ、かように考えております。秩序を維持していきますためには、秩序を破った人についてそれなりの処分が行なわれなければ秩序は維持されない。そういう意味におきまして、いま御指摘の点まことにそのとおりだと考えておるわけでございます。  ただ、残念なことでございますけれども、一部の組合は強くそのような行動を指導してまいりましたし、また処分に対しましては強い抵抗を示しているというようなこともございまして、市町村から都道府県教育委員会にそれらのことについての内申のそろうのはかなりおくれておるようでございます。そのようなこともございまして、都道府県教育委員会としては、都道府県内公平に処分を進めなければならない、そういうこともあったりいたしまして、出そろうのを待っている。したがって若干処分の決定がおくれていくというようなことになっているわけでございます。ぜひすみやかにそれらの問題が完了しますように、私といたしましては今後も最善の努力を続けていきたいと思っております。
  65. 松永光

    ○松永委員 本年度の日教組の定期大会が先日行なわれたわけなんでありますけれども、私どもの聞いたところによりますと、その定期大会においても、引き続いてストライキの体制を強化する、そういう決議や、あるいは四月十一日のストライキに参加した者に対する行政処分を阻止するための処分阻止の戦い、これを強力に推し進めていく、特に地教委の内申阻止を徹底して戦っていく、こういうことが運動方針として決定されたと聞いておるのですけれども、はたしてそうであるとするならば、この日教組の運動方針の決定は非常に大きな問題であろうと思うのです。  すなわち、法律に違反することをした、違反したがゆえに処分がなされようとすれば、その処分をなされないようにするためにさらに徹底して戦う、こういうことでありますから、こういう法律を無視したことによる処分をさらに阻止するために徹底的に戦う、こういうことをするような個人も団体も法治国家のもとにおいてはまずいないんじゃなかろうか、こう思うのです。  例はよろしくないかもしれぬけれども、お礼参りなんというのがやくざや暴力団によくあるのですね。法律に違反して悪いことをする、被害を受けた人が当局に上申する、言うならば内申するわけですね。その内申をさせないために被害者のところに押しかけていって圧力をかける、これがやくざ、暴力団のお礼参りというやつなんですが、例は少し違うけれども、日教組のこのやり方、すなわち内申阻止を徹底して戦うというのは、ものの考え方としては、やくざ、暴力団のやるお礼参りに類するような感じがするわけでありまして、まことにゆゆしき問題だ、こう思うのです。そこで、そういう内申阻止の戦いを徹底的にやるということを運動方針として日教組は決定したのかどうか。その決定に基づいて具体的な内申阻止の戦いというものがなされておるのかどうか。その点についてお尋ねしたいと思います。
  66. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 いま御指摘のような事態の起こっておりますこと、一日も早くこういう事態が解消されまして、教員なり教員の組合と文部省とがほんとうに虚心に話し合いながら力を合わせて教育の振興をはかっていく、そういう日の到達を念願しながら、私としては最善を期してまいっておるつもりでございます。しかし、残念なことでございますけれども、ことしの立川大会で配付されました資料を見てまいりましても、どちらかといいますとむしろこれは政治団体じゃないかという感じすら強く持たれるわけでございます。またその中には憲法や教育基本法を守るのだとうたわれながら憲法や教育基本法をじゅうりんされているということを強く感ずるわけでございます。  同時に、ストライキを指令する、そのストライキに参加した場合には処分されるのだということがわかっているからまた処分阻止の戦いをすすめるのだ、こう言っておられるのでありまして、法治国家というものを無視した言動に終始されているということを強く感ぜざるを得ないわけでございます。いま御指摘になりましたような決定が行なわれておりますことは事実でございます。  同時にまた、全体的にそういう行動が行なわれていると私は少しも考えておりません。かなり組合運動に過大な力を入れておられる一部の方々だと思うわけでございます。そういう方々が、校長さんが具申をする、あるいは市町村教育委員会が内申をする、そういうことに対しまして、すべきでないという有形無形の圧力を加えておられるところもあるわけでございます。全体的ではございませんが、一部の地域については現にそういうところも見受けられるわけでございます。ほんとうにこういう事態を一刻も早く解消したい、またそういう意味においていろいろなお知恵を各方面から得たいものだと私は考えているわけでございます。またそういうことにつきましては何よりも大きな努力を払っていかなければならない、私はこう思っているところでございます。
  67. 松永光

    ○松永委員 先ほど大臣から、都道府県教育委員会の適正な処分が、地教委の内申がおくれておる、そのこと等もあって都道府県教育委員会のスト参加者に対する処分がおくれておるようだというふうな趣旨の発言がございましたが、地教委の内申がおくれておるのは、主として、いま申し上げました日教組の定期大会の運動方針に基づいて地教委の内申阻止の戦いが教職員組合によって行なわれておる、その教職員組合の地教委の内申阻止についての戦いによって地教委が有形無形に圧力を受けておる、そのために内申がおくれておるのだ、こういうふうに理解してよろしいのですか。その点をお尋ねいたしたいと思います。
  68. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 そういう点もかなりあろうと、かように考えております。
  69. 松永光

    ○松永委員 そういう状況下にあって、九月の下旬ですか、広島県のスト参加の教職員に対して広島県教育委員会の処分がなされたそうでありますが、私はその処分の内容が軽いとか重いとかそういう批判はいたしません。問題は、そういう処分がなされたことについて、今度は広島県の教員組合が中心になって集団的な圧力を加えて処分の撤回を求める騒ぎが起こっておったというふうに聞いておるのですが、その処分撤回の騒ぎというものは具体的にはどんな状況であったのか、その点を伺いたいと思います。
  70. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 広島県教育委員会の四月十一日のスト参加者に対する処分は九月二十一日に発表されたわけでございますが、その後、九月二十四日の午後から二十五日の早朝にかけて、また二十五日の午後から二十六日の早朝にかけての二回にわたりまして、県教委に対しまして、第一日は約四百人、第二日は八百人の動員が行なわれまして、県教委の教育長、次長、担当課長等に対しまして処分の撤回を求める運動が行なわれたということを伺っております。
  71. 松永光

    ○松永委員 いまの第一日が四百人、第二日か八百人の者が集まって処分撤回の騒ぎをしたということでありますが、その集まった人たちは、これは教員ですか。教員じゃなくてほかの労働者ですか。その点を承りたいと思います。
  72. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 主として教員であるというふうに聞いておりますが、日教組の本部からは岡木副委員長、高山弾圧対策部長、梅島高等学校部副部長等の三人もこの席に出席をされたということでございます。
  73. 松永光

    ○松永委員 その四百人、そして八百人という人数、主として教職員だということでありますが、そうであるとするならば、その教職員は自分の受け持っておる児童生徒に対する教育は支障ないような処置をした上で、すなわち子供たちには何ら迷惑はかけない、犠牲にはしない、こういうことをした上で処分撤回の騒ぎに参加したのか、あるいはその騒ぎに参加した何百名かの教職員のために、教育を受けようにも受けられない、そういう事態が起こったのかどうか、その点をはっきりしていただきたい。
  74. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 二十四日は午後三時から二十五日の午前七時まででございます。それから二十五日は午後三時から二十六日の午前六時まででございますので、学校の授業時間という観点からいたしますと、ずれておるわけでございますが、しかし全く支障がなかったかどうか、その辺については確かめておりませんが、年休等の手続をとって参加した者も中には含まれているだろうと考えております。
  75. 松永光

    ○松永委員 この参加した時間が午後三時から翌朝の六時までだ、授業時間じゃないから子供には被害はないだろうという見方のようでありますけれども、人間ですから、徹夜でやれば肝心な授業時間に眠くなるわけで、そういう意味では教師が、自分の全能力をあげて子供たちの教育に当たるということが本来の使命であると思うのに、実際上は眠け眼で教育をやっておったのかもしれませんし、そういう点についてひとつよく調べていただくと同時に、そのような事態がないようにひとつ十分な配慮をしていただきたい、こういうふうに思うのです  そこで、質問を次に移しますが、この十月四日付で安嶋初中局長から各都道府県教育委員会教育長あてに地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三十八条に関連した通達が出されております。その趣旨とするところは、原則は地教行法三十八条の規定に基づく任命権者としての権限の行使については地教委の内申をまって適切な処分をするのであるけれども、異常な場合には内申なくとも任命権を行使し得る、こういうふうな趣旨通達でございます。  そこでお尋ねしたいのでありますが、この通達は、この地教行法が成立を見てその全面的な施行をした際に出されておる昭和三十一年九月十日付の通達、その通達とやや見解を異にしておるのじゃなかろうか。すなわち地教行法の全面的施行に際しての通達と今度の通達とは条文の解釈等についてやや変化があるのじゃなかろうかというふうに疑われる節もないではないのですが、そこらの点についての考え方をまず承っておきたいと思います。
  76. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 最初に広島県の二日のいわゆる交渉のことでございますが、私は害がなかったと申し上げたわけではなくて、時間がずれておったということを申し上げたわけでございます。実際上どういう影響を受けたかということにつきましては、これはさらに広島県教育委員会について照会をしてみたいと思います。  それから、ただいま御指摘の点でございますが、昭和三十一年にいわゆる地教行法が全面的に施行になったわけでございますが、そのときに初中局長からこの運用についての通達が出ておるわけでございますが、御承知のとおり、その通達内容といたしまして、この内申権に関連をいたしまして「都道府県委員会はその内容にすべて拘束されるものではないが」「市町村委員会の内申をまたずに県費負担教職員の任免その他の進退を行うことはできないこと。」というくだりがございます。この点は地教行法にも明らかでありますように、通常の場合は当然こうあるべきことなわけでございますが、先ほど来御指摘がございましたように、最近、近年日教組等がスト参加者の処分を回避するために内申阻止の運動を行なうとか、あるいは先ほど御指摘のような本年の八月の定期大会における運動方針等の決定もございまして、地教委に対しまして内申をしないという働きかけが各地であるわけでございますが、そうした動きを背景といたしまして地教委から、先ほど大臣からもお話がございましたように、内申が都道府県教育委員会に上がってこないというような事例が出ておるわけでございます。このことは、地教行法並びに地方公務員法の運用という観点からいたしますと、まことに異常なことなわけでございます。それに対処いたしまして、私どもこの地教行法の本来の制度趣旨というものを考えますと、教職員の人事について内申をすべき客観的な必要がある場合には市町村の教育委員会は内申をする義務を有するというような考え方に立ちまして、懲戒処分に限るわけではございませんけれども、内申をする必要があるような事態が客観的にございます場合には市町村の教育委員会は行政機関の義務として内申をする必要がある、こういうふうに考えます。したがいまして、都道府県委員会としては、そうした必要がある場合には内容を示し、一定の期間を定めて内申をするよう督促をする、その他最大限の努力をしてなおかつ内申が行なわれないというような場合には、特別な場合といたしまして、市町村委員会の内申をまたずに人事権を行使することができるであろう、こういう見解に到達したわけでございます。  この点につきましては、内閣法制局とも十分打ち合わせをし、また閣議の口頭了解も得まして各府県に先般通達をいたした、こういうことでございます。
  77. 松永光

    ○松永委員 そうしますと、通常の状態では、地教行法が予定しておるように、地教委の内申をまって措置をするということであるが、客観的に内申をすべき事実がある場合には、地教委は内申の義務がある、その義務を県教委側ですみやかに履行するように最大限の努力をしてもなおかつ内申がない、そういう異常な事態に限って内申なしに措置ができる、こういう解釈のように承ったわけなんでありますが、地教委が内申をしない理由が日教組等の内申阻止の圧力その他によるのじゃなくして、客観的に内申をすべき事実があるのに地教委自身の自発的な意思で内申をしないというふうな場合にも内申なしに措置ができる、こういうふうに今度の通達は解釈してよろしいんですか。
  78. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 そのように理解していただいてけっこうだと思います。
  79. 松永光

    ○松永委員 そうすると、外部等の圧力で内申をしたいけれども内申が現実にはできないという場合と、そういう外部的な圧力等はないけれども、地教委が自発的な意思で内申をしないという場合と、その両方ともに内申なしに措置ができるというふうに解釈してよろしいということでありますが、そのことと、通達にある「異常な場合」ということとの関係ですが、「異常な場合」というのは、具体的にはどういう場合のことを想定していらっしゃるのか、その点を承っておきたいと思うのですが。
  80. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 先ほど申し上げましたように、内申をすべき客観的な必要がある場合には内申をしなければならない義務が行政機関として市町村教育委員会にあるということでございますが、その内申をすべきことにつきまして都道府県委員会から再三再四督促をする、それでもなおかつ内申を提出をしてこないというようなことは、これはやはり異常な事態であるというふうに考えます。そういう場合には、最大の努力をした結果なおかつ内申が出ないということでありますから、都道府県委員会は内申をまたずに人事権を行使できる、このようなことが制度全体の合理的な解釈あるいは理解であろう、こういうふうに考えるわけでございます。
  81. 松永光

    ○松永委員 次にお伺いしたいのは、任命権者である都道府県教育委員会が適切な措置をしない場合には、地教行法の五十二条ですか、これで文部大臣の措置要求というのができるように書いてあるようであります。地教委の内申の問題もありますけれども、その問題と別に県の教育委員会自体が適切な措置をしない、こういうこともあるんじゃなかろうかと想定されます。たとえば東京都の場合においては、実際はストライキであったのに、交通機関が動かなかったから学校に行けなかったんだ、したがってストじゃなくて、それは事故なんだというふうな取り扱いをした例、すなわち実際はストであるのにストでないようなごまかしをした人数も相当あったやに聞いております。その点は都議会で問題になって相当な論議をなされたようでありますが、実際そういうふうな例があったのかどうか、おわかりならばひとつ答えていただきたいと思います。
  82. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 東京都の場合は監査委員会でこの問題が取り上げられまして、御承知のとおり、それが理由になりまして賃金カットなども行なわれておるようでございますが、全国的に見ますと、東京都だけではなくて、数県におきましては全く処分が行なわれてないというような府県もございます。まことに遺憾なことだと考えております。
  83. 松永光

    ○松永委員 都道府県教育委員会がなすべき措置をしないという場合が数県あるといういまの話でございますから、それならば、いろいろな努力をされて、それでもなおかつ都道府県教育委員会がしない場合には、地教行法五十二条、これを発動するお考えがあるのかどうか。私はその点までやらないというと文部大臣としての職責を十分果たしたということにはならぬと思うのですが、そこらについての大臣の見解を尋ねておきたいと思います。
  84. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 問題は、こういうような混乱を早くなくしてしまうことだと、こう考えておるわけでございます。好んで処分を私は督促しておるわけでもございません。あとう限りストライキだ、処分だというようなことをなくしてしまいたいと、こう考えておるわけでございます。なくすためには、やはり違法な行為を行なった場合には違法な処分に対するそれなりの懲戒手続がとられなければならないじゃないか、こういうような判断に立ちまして、都道府県教育委員会に対しましてそのような措置を求めているところでございます。現状におきましては、これまでとっておりましたような姿勢を続けていきたいと思っております。これまでの姿勢を続けていきたいと思っておりますが、御指摘のような措置要求というような形式的な手段は私は今日の段階ではとる意思を持っておりません。今後もなお努力をしながら、その推移を見て、またいろいろな方法を決断していくべきだろうと、かように思っております。
  85. 松永光

    ○松永委員 それからもう一つ、この四十九年十月四日付の通達を出したことに関連する資料ですね、それによりますと、一部の都道府県教育委員会は内申がないため必要な行政処分を行なうことができず、あるいは内申のない市町村を除外して県全体としては不公平のまま処分を実行せざるを得ないなどの事態を生じておるということになっておりますが、具体的にはそういう一部の都道府県というのはどこのことを言うんでしょうかね、その点をはっきりさしていただきたい。
  86. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 一例といたしましては、福岡県の場合でございますが、県内の三市一町から内申が出てこなかったために、三市一町を除いて処分をせざるを得なかったというような事例がございます。それから高知県におきましては、県といたしましては懲戒の処分をする方針であったようでございますが、県内の一部の町村からその内申が出てこなかったために、文書訓告にとどまらざるを得なかった、こういうような事例を聞いております。
  87. 松永光

    ○松永委員 いままでずっと日教組の動き等を見てみますと、日教組のものの考え方に大きな誤りがある、こういうように私には思われてなりません。どういう点であるかというと、彼らも口を開けば憲法を守るとか言っておるのですけれども、憲法並びに現行憲法の体制というものについてのたいへんな誤解をしておるのじゃなかろうかというように私には思われてならないのです。憲法というのは、この日本国憲法に書いてありますように、基本的な精神としては、われわれは正当に選挙された国会における代表者を通じて行動する、いわゆる議会制民主主義というのが憲法の大原則であるわけでありまして、法律の制定あるいは制度の変更、そういった事柄はすべからく「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」する、すなわち実力行動はしない、実力行使はしないというのが日本国憲法の基本的な考え方であると思うのです。それが一つ。  もう一つは、ストについて教職員、公務員のスト禁止を規定しておる地公法や国公法の規定の解釈については、現行憲法下では、ある法律が憲法に合致するかどうか、したがって合憲であるかどうかという点は裁判所のみが有権的な解釈のできる機関であって、個人個人がかってに法律や憲法を解釈して、おれの解釈ではこれは違憲だ、だから守る必要はないんだ、こういうことをすることは許されないというのが現行憲法の基本的な精神である、こう私は思うのです。ところが、実際の日教組の活動等を見ると、自分のほうでかってにこの法律は憲法に違反するから守る必要はないんだ、こういうふうな考え方で行動しているように思われてなりません。日教組の幹部の諸君はなかなか考え方がこり固まっておるのでしょうからこれはしようがないとしても、一般の教職員に対して正しい憲法の解釈、日本国憲法は議会制民主主義なんだ、したがって、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動するべきであって、制度の改革とかなんとか実際行動をすることは許されないんだ、こういうこととか、あるいは法律の解釈を自分かってに適当に解釈して、自分の気に食わぬ法律はこれは憲法違反だなどということでかってな解釈をして行動するということは、これは憲法の精神に反する行為なんだ、そういったこと等を個々の教職員に十分理解をしてもらう、そういう努力をしなければならぬというように私は思うのです。そういう努力をせぬものだから、日教組の間違った指令でも、指令だから従わざるを得ないというわけで、子供を犠牲にすることが平然として行なわれている、こういうことになっていると思われるので、今後文部省では、そういう点について個々の教員に対して十分な、何といいますか、通達なりあるいは文部省の適当な広報紙等を通じてわかってもらうような努力をすべきである、こう思うのですが、大臣、いかがお考えですか。
  88. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 いま御指摘になりましたこと、たいへん重要なことだと思います。日教組といいますと五十万内外の組合員のおられる全体をさすように思うのですけれども、私は必ずしも全体がそうじゃないと思うのです。ただ、組合で出されている大会の資料等を通じて見ますと、全くこの社会体制を変えてしまわなければならないのだという前提に立っておられるようでございますから、御指摘のように口では憲法を守るとか教育基本法を守るとかおっしゃっているのですけれども、全くじゅうりんした言動に終始されている、こう私は判断をいたしておるわけでございます。したがいまして、日教組は私は内部からぜひ改革をしてもらいたいものだ、そして正しい姿に立ち戻ってもらいたいものだなと念願をしているわけでございます。それは組合員一人一人の肩にかかっている問題じゃなかろうかな、こうも思っておるわけでございます。御指摘の点につきましては同感でございますので、私としては最善の努力を続けていきたいと思います。
  89. 松永光

    ○松永委員 以上で、私の質問はやめろという説もあるから、終わります。
  90. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 木島喜兵衞君。
  91. 木島喜兵衞

    ○木島委員 大臣、時間が制限されておりますから、私どもも、ことに通達の問題では参議院でも相当議論をなさっていらっしゃるようでありますから、あまり重複しないように言っておきます。最初に聞きますけれども、教育委員会というのはなぜ設けられたんですか。
  92. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 教育の中立性を保持する、それには教育委員会を設ける、そうして直接選挙で選ばれる市町村長あるいは都道府県知事の直接の支配に教育行政が属してしまわないようにするほうが妥当だろうという判断に立っているものだ、こう私は理解をいたしております。
  93. 木島喜兵衞

    ○木島委員 いまおっしゃるとおり、一つには「不当な支配に服することなく、」という基本法第十条のそこからくる他の行政からの独立性、それからいま一つは中央集権に対する分権制、いまおっしゃるように直接責任を負うということ、この二つだろうという点では一致しそうであります。  そこで、市町村の教育委員会はなぜ必要だったんですか。
  94. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 いろいろな意見がございますが、やはり同じような意味において市町村の教育委員会が設けられているのだろう、こう思っております。
  95. 木島喜兵衞

    ○木島委員 都道府県に教育委員会がある。これは知事の隷属機関でもない。そういう意味で独立機関である。そして中央集権ではないから、分権制でもって、文部省は教育委員会に指揮、監督はできない。それをさらに市町村に置いたということは、教育というものは、ことに義務教育において一体だれが一番責任を持つかといえば、一番住民に近いところが責任を持つということが、さっき言った独立性や分権制と同時にあの制定のときにいろいろ議論があったんです。県だけでいいじゃないか、市町村まで要らぬじゃないか、いろいろ議論があったんです。けれども、義務教育の一番責任はどこに置くかというと、それは一番住民に近い、すなわち、国民全体に対して直接責任を負うというその思想から置かれておるんですね。だから、義務教育は市町村の仕事ですね。そう理解していいですか。理解していらっしゃいますか。
  96. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 地方分権というたてまえから言いますと、必ずしも教育委員会に属せしめなくて、都道府県なり市町村なりに属せしめれば、それだけ分権されたということになるだろうと思います。同時にまた、義務教育についての市町村の役割りは非常に私は大きいと思います。市町村住民を育て上げると同時に、日本国民を育て上げるわけでございますから、国も無関心であってはならない。市町村の責任の重いことは感じますけれども、都道府県も、また国も同様に責任を持っている。責任の分かち方を明確にしていかなければならないと思いますけれども、責任がないわけではないと思います。
  97. 木島喜兵衞

    ○木島委員 あまりこういう根本的な議論をしたくないんですが、分権制だけならば市町村あるいは県に置けばいいじゃないか。だからそこにさっき言った独立性があるのであって、独立性と分権制というものをきちっと踏まえなければいかぬ。私がこれから議論するように、やはりきちっきちっときめるものをきめていかなければ、そういう前提の理論というものが食い違っておっちゃだめですから、すれ違いになりますから、あなたおっしゃるように、分権だけならば地方に置いたっていいじゃないか。そこにさっき言った独立性があるわけですね。そこで、市町村に教育委員会が置かれたということは、それは一番住民に近いところ、それは国も責任あります、県もありますけれども、義務教育の小中学校の教育行政の主体は市町村でしょう。そうお考えになりませんか。
  98. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 市町村の大きな仕事は、義務教育施設、設備の維持、管理、あるいはまた教育公務員の服務の監督というようなところに主体が置かれている、こう存じております。
  99. 木島喜兵衞

    ○木島委員 この地方教育行政の組織及び運営に関する法律が三十一年に修正されたときの清瀬文部大臣がその提案の中にこう言っておるんですよ。「市町村立学校における教育は当該市町村の事業であること、」だから義務教育というのは市町村の事業です。だから、いまおっしゃるように、この場合四つの要素があります。一つは施設・設備、一つは財政、一つは教科内容一つは人、教師、この四つがそろわなければいけませんね。要件になります。時間がないから少ししゃべってしまいます。施設は設置義務を市町村に負わしておりますね。それから、財政も市町村でありますけれども、しかしこれは各市町村ごとにはたいへん財政上のアンバランスがあるから、したがって一定の国庫補助、国庫負担法等があるわけですね。これはアンバランスをなくするという意味でしょう。しかし、主体はやはり義務教育の場合は市町村です。教科内容は、これは国が全国的水準をとらなければならぬから、一定の基準を示す、それによって教科書をつくりなさいよという指導がある。そして国が検定をする。しかし、採用は教育委員会ですね、どの本を選ぶかは。そしてその教員は市町村の身分ですね、市町村職員の身分でしょう。そうでしょう。大臣、私の言っていることが間違っているかどうか……。
  100. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 市町村立学校の教職員の身分は、市町村の公務員でございます。
  101. 木島喜兵衞

    ○木島委員 というように、義務教育の小中学校は市町村の事業である。だから、いま言った学校教育行政の四つの主要なる要件というものは市町村の責任になっておる。教員もそうですね。そこでお聞きしますけれども、市町村職員の任命権を都道府県の教育委員会が持っておるという、こういう例というのはほかにありますか。これは、地方行政のベテランの大臣でございますが、他にありますか、こういうのが。どうですか。
  102. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 ほかに例はないと思いますが、しいて申しますれば警察職員の、特に幹部につきましては国家公務員にされておるという例が指摘できるかと思います。
  103. 木島喜兵衞

    ○木島委員 市町村職員だから本来任命権は市町村ですよね、身分は市町村になるのだから。大臣、そう思いませんか。そうでしょう。市町村職員なのに県費が負担する、これはきわめて珍しい例ですな。こういうものはまさに例外中の例外でしょう。市町村の身分であるところの教員を県が任命権を持たせたというその理由は一体、大臣どうお考えになりますか。
  104. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 これは、それぞれの行政の運営を適確にする、どういう見地で判断をするかということだと思うのであります。一つの例を申し上げますと、フランスでは市町村の学校の先生も全部国家公務員でございます。日本の場合にも、戦前はいわゆる待遇官吏でございまして国家公務員。戦後いろいろな変遷を経ているわけでございますけれども、市町村の服務の監督にゆだねる。同時にまた、都道府県内全体を通じて人事行政の適正化をはかっていく、そういうようなことから都道府県に人事行政権を与える。いろいろな角度から考え結論を出されていくべきであって、端的にどうでなければならないというふうに言える性格のものではないのじゃないか、こういうふうに私は思っておるわけでございます、率直に気持をお答え申し上げますと。
  105. 木島喜兵衞

    ○木島委員 その辺を明確にしておかないと、この通達に対するところの問題点が明確にならないと思うのです。いまあなたは、身分はいろいろある。それはきめ方は幾らでもあるのですから、国家公務員だっていいですね。日本の今日の義務教育の体系というものは、例外であれ、市町村の職員である、今日の法律は。しかし任命権を都道府県教育委員会が持っておる。身分は市町村であるけれども県費負担職員である。これはきわめて例外だというのです。しかし、さっき言ったように義務教育というのは市町村の事業である。これは明確でしょう。だから、身分はそうなっておる。このことをまず前提にしなければいかぬのです。  そこで、なぜ都道府県の教育委員会に任命権がいったかということは、先ほど読みましたところの、いろいろありますけれども、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の三十一年の改正のときの清瀬さんの提案説明だけを引用してみましょう。「教育委員会が市町村に設置されてから、都道府県内の教職員の適正配置に支障が生じたことは、広く各方面から指摘されたところであります。このことは、市町村の設置する学校でありましても、個々の市町村ごとに人事を管理することが無理であることの証左でありまするし、また現在都道府県が小中学校の教職員の給与を負担いたしておりますことも、市町村の担当する義務教育等の振興をはかる上に、都道府県の協力が必要」であります。主体は市町村なんです。しかし、一定の狭い地域に人事が固定してはならないから、広域的な人事の配置のための調整機能として都道府県教育委員会の協力を得て——主体は市町村なんです、本来。だが、それでは広域的な人事行政ができない。そういう調整機能として県に任命権を与えるという異例なそういう制度になっておるということを認識しなければならぬと思うのですが、その点異論ありますか。
  106. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 少し考え方が違うような感じがいたします。私は、義務教育だからこれは市町村の仕事だと言い切れない。国に大きな責任がある仕事だと、私はこう思っておるわけでございます。同時にまた、教育公務員は市町村教育委員会の監督に服するわけでございますけれども、給与の全額を都道府県が負担をしておるわけでございますし、またその任免権も都道府県に属せしめておるわけでございます。そういう意味におきまして、もっぱらとか主としてとかいう意味において市町村の責任だとおっしゃいますと、これは私はたいへん異議を申し上げざるを得ない、かように考えるわけでございます。
  107. 木島喜兵衞

    ○木島委員 その点、さっき言ったことをちょっともあなたは理解してないのですよ。この法律を提案するときに、その他たくさんありますが、時間がないから言わぬだけなんですよ。だから私は、法律を提案するときの理由として清瀬大臣が、市町村の事業であるとこう言っていると、その一言だけ言って終わっているんです。だから、さっき言ったように、その中心は四つあるところの校舎の建築だとか施設・設備、財政、教科内容、教師、これはともに市町村にあるでしょう、そのことは市町村の事業だということをさっき言ったんです。しかし私は、だからといって国に責任がないとか県に責任がないとか言っておるんじゃありません。そういう思想の上に、たとえばさっきあなたも言われた県費で出しているというのは、市町村の給与であれば、たいへん財政的に市町村ごとにバランスがくずれておりますから、均衡な人事ができないから、そういう原則の上に立って、それを補完する意味でもってそういう制度がつくられた。だから、市町村の身分でありながら、きわめて異例ではあるけれども県に任命権を与えたということは、それは何かというと、補完する意味があるわけですよ。市町村の職員では困る場合がある。その補完するものは一体何かといえば、市町村だけの人事をやっておったんでは非常に狭くなる。だから広域的な人事交流をするためにはそういう調整機能が必要だから県に任免権を与えたということを、清瀬さんがこの法律を提案するときに言っておりますよと……。それが違うというんなら、清瀬さんの提案説明が違う。そういうことに基づいて、この法律をもとにして出発したところのこの今回の通達の問題、根本的にあなたは誤っておるということである。さもなければ、清瀬さんの提案というものをあなたは否定してかかるのなら、話は全く初めからやらなければならなくなるじゃないですか。私がいま質問しているのは、そういうように一定の理解を共通にした上でないと、この通達の問題は——字句の問題なんかでないと私は思っておりますから、そういう意味で聞いているんです。
  108. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 小中学校の設置者は市町村だ、だから市町村の事業だと、こうおっしゃるなら、私は何ら異存はございません。義務教育全体が市町村の事業だ、だから国の事業ではないんだという意味でおっしゃるなら異論があると、こういう意味でございます。
  109. 木島喜兵衞

    ○木島委員 困っちゃったな。私は国に責任ないとか、県に責任ないとか言っているんじゃないのです。だから、さっきから砕いて、その義務教育の四つの要件というのも、市町村には最終的にはある、それを補完するところはいろいろあっても。その補完する意味で、国もやっています、県もやっています。そうでしょう。教科内容だって、国が一定の基準をつくり、国が検定をする。しかし、その採用は市町村教育委員でしょう。だから、そういうように事業として、清瀬さんも市町村の事業であると、こう言っているのです。しかし、それでは、事業とすれば、いろいろと欠陥が出てくるところがあるから、それを補うために、国も県も仕事をしておる。その意味で、市町村の身分でありながら、県に任命権を与えた。何を補完するかというならば、それはさっき言ったとおりです。広域的な人事配置のためにと、清瀬さんもそれで言っているでしょう。これはもういろいろな書類を読んだって、そのためだと言っている。これはもう定説じゃございませんか。それを否定されたのじゃ始まらないな。処置ないよ。今日の組み立て方というものの基礎がわかっておらないのじゃないですか。質問できないじゃないですか。(発言する者あり)
  110. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 静粛に願います。
  111. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 木島さんの立論を承認していって、そして、あるところに導いていかれるんじゃないか、こう思いますから、私としては、そのままそうでございますというわけにはいかないのです。あとで道が分かれてしまったら困るものですから、私は正しく申し上げているわけでございまして、小学校の設置者が、市町村の場合もございますし、国の場合もございますし、私の法人の場合もあるわけでございます。通俗的な意味において、清瀬さんがおっしゃったことをお話しになる限りにおいては、私はとやかく言うわけじゃございません。ただ、伺っておりますと、市町村の事業だと言うているにかかわらず、都道府県、国が関与していくのは、これは自由だというふうな式に御議論をお進めになるようなものでございますから、私は責任を分かち合っているのだ、だから市町村の事業だということは、国の事業ではないのだというわけにはいかないでしょう。こういう気持ちでお答えをしているわけでございます。
  112. 木島喜兵衞

    ○木島委員 私は、これからどういう質問をするかわからない。あなたは私が何か誘導尋問にひっかけて、まあ、それはそういう感じはあるかもしれませんよ。しかし、私はそういう意味でなくて、現在の法体系のもとに、事実なっておるということを、きちっきちっと確認をしていくこと。私があとで何を言うかわからぬといって、正しいものを正しくない。現在の体系が法的にこうなっている。そのことを、何をあとで質問するかわからないから、答えるべきだけれども、正しいと思うけれども、正しくない、こんなことで国会で議論できますか。そういうことを積み重ねて、だから私はさっきから言うとおり、基本的な論理から積み重ねていかなければ、それが共通になれば、そこから審議というのは、その中から是か非かということを判断しなければいかぬわけでしょう。あなたは、それを是と思っているかもしれない。しかし、そういうことを積み重ねたときに、あるいは多少考え方を変えなければならぬということは将来あるでしょう。あなたはすべてでない、あなたは法律じゃない、あなたは神じゃないのだから。そうでしょう。だから共通のこと、当然のことを私は言っているわけですよ。
  113. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 法律的な性格を、白か黒かどちらかだとこう端的にすべてきめてかかることは、私はたいへん間違いを将来起こすのじゃないか、こう思うわけでございます。通俗的にはこうだという点について何も異論を言う気持ちはございません。
  114. 木島喜兵衞

    ○木島委員 いや、私はこういう質問をせぬでいいのですよ。しかし、国会の中でまともな議論をしようというときに、これは是は是だと思うけれども、それを是と言ったんじゃあとでおれは困るかもしれぬから是と言わない、こんな答弁があるかい。だから私はそこで、いろいろな学説もあるけれども、この法律を出したところの当時の文部大臣の提案説明を引用して、市町村の事業であると言っている。そしてそれは法律でもって、私は四つのことを言ったわけです。そういう意味で事業でしょう。だからこそ、そういう前提になっておるから、この法律の三十七条もあればあるいは四十三条の服務監督権というものが市町村にもあるということ。そして、だから内申によってという三十八条のことばもある。そういうことを一応前提にして——これはちっとも私はこのことでもってあなたをひっかけようと思っていません。御安心ください。では私は、あなたがそういう心配があるなら、素直にやりましょう。素直にやります。元来素直なんだから。  この立法時、これは警官を導入して強行採決の法律ですから、十分な審議はされておりませんけれども、しかし緑風会の高橋道男さんの質問と清瀬大臣なりあるいはこの当時の緒方初中局長の答弁はごらんになっていますか。——いますね。明確ですね。内申がなければできないのだ。だから木田さんが、この本の中にも、内申がないものは違法だとどんずばり言ってますな。内申なくして任免等を行なうことは違法であると言っております。あるいは三十一年の九月十日の通達、さっき松永さんが言われたことにおいても、これはまた明確に言ってますね。内申がなければできないんだ。だから行政実例の中でもいままでそういう指導をしてきたわけでしょう。ことに行政実例の中に、「市町村教育委員会の内申がない場合、内申権放棄とみなして県教育委員会は発令できるか」、できないと言っていますね。そのように明確にしたのはなぜかというと、さっきから言いますように、元来市町村の身分である。義務教育というのは市町村の仕事である。だから身分もそう。だけれども、身分もそうだからといって、任命権を市町村に置いたのでは非常に狭い範囲の中にあるから、そこで県に移して広域的な調整機能を持たせよう。だけれどもそれはきわめて例外的なことであって、本来の身分は市町村の身分なんですから、そうでしょう、きわめて例外であるから、したがってこの任命権というものは県庁の職員と同じ任命権ではない。きわめて例外であり、制限されているのである。だから内申によってやるのです。県の職員だったら内申なんて要らぬでしょう。例外だから、服務監督も市町村の教育委員会にある。内申によってというその前提を持って、任命権者の県がやるということ。県庁職員と同じ任命権ではない。先ほどの松永さんへの答弁の中に県の任命権の責任を果たす上にという話がありましたけれども、県庁職員の任命権と同じような立場に立っておるところのものは、今日の日本の義務教育の組み立て方からいって、私は誤っておると思う。まあしかし、ここまではこの通達でも、理由はいろいろありますけれども、しかし最後に、内申に基づいてやるのがあたりまえなんだと言っているわけですよね。ただ、異常な事態が起こったときとかなんとかいうことでもって、内申を無視してもやってもいいということの通達ですね。だからこの前提というのは——ひとつもいまひっかけようと思ってないのです。しかし、そのことをきちっと、日本の義務教育の仕組みというものを前提に置かなければ、私は誤った文部省の教育行政になると思う。そうでしょう。だからそういう前提に立って、任免権は、県庁職員と違うんだから同じじゃない、制限がされておるものだから「内申をまって」なんですね。無制限じゃない。県庁職員と同じじゃない。だからそういうことでもって、いままで内申をまたずにやれば違法である、内申権を放棄しても、それは内申をまたずにやっては違法であると、文部省は指導したゆえんはそこにある。制限された任免権であるからそうなっておる。そのことを今回は異常の場合ということに限ってではありますけれども、内申がなくてもというように認めておる。この変化の原因は一体何ですか。
  115. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 基本的な考え方はおっしゃったとおりでございまして、私も全く同感でございます。将来とも市町村の内申なしに都道府県が任免行為を行なうような事態の生じないことを心から念願をいたしておるわけでございます。たいへん残念なことでございますけれども、先ほど初中局長から申し上げましたが、組合で内申阻止の戦いを徹底して行ないますなどというような態度がとられる。そんな無用なことをおやめなさいよと、こう私は言いたいわけでございまして、それを念願して今度のような通達も出さしていただいているわけでございます。あくまでも市町村教育委員会と都道府県教育委員会一体になって任免行為を行なっていくという姿勢は私はくずしてはいけない、こんな気持ちを持っておるわけでございます。都道府県の職員の人事でありましても、都道府県の職員の服務を監督しております部局長の内申をまって都道府県知事が人事権を行なっていく、こう考えておるわけでありますけれども、より以上に市町村教育委員会、この内申を受けて都道府県教育委員会が行なっていかなければならない。しかしながら、市町村教育委員会の内申が集団の圧力で阻止されるというような事態が生ずる、幾ら督促しても出てこない、そういう場合には都道府県は人事行政について責任を放棄せざるを得ないのかといいますと、やはり法律のたてまえはそうじゃないだろう、こう考えますので、先ごろのような通達を出したわけでございます。このような事態の生じますことを望んでいるわけじゃございませんで、こういう事態の生じないことを期待しながらあの通達を出しているのが私たちのほんとうの気持ちでございます。
  116. 木島喜兵衞

    ○木島委員 いままで内申をまたずにやれば違法である、内申権を市町村教育委員会が放棄をしても、それによらずして行為を行なってはならないということを指導してきた。しからば、いまのお話は、たとえばその当時こういう状態を予測しなかったとか、あるいは異常な事態である。しかし、それではお聞きしますけれども、この法律制定のときの清瀬さんの答弁でも、内申をまたなければならぬ、そしてずっと違法である、こう言ってきたことはどういう場合を予測したのですか。内申をするのは常識的です。普通の状態ならあたりまえです。だから内申をしない場合は違法なんだ。内申がないときは違法なんだ。内申権を放棄しても違法なんだ。ということは、これはもうそのこと自体は異常なんですよ。予測されるされないの問題ではない。どんな場合が予測される、どんな場合が予測されない、こんな場合、こんな場合予測されるから、こういう場合には内申権がなくてやっては違法です、しかし予測しないものがあれば別なんです、そんな条件つきじゃないのです。こういう場合、こういう場合じゃないのです。どんな場合であっても内申をまたずしてやれば違法である。内申権を放棄する、それも違法だ。予測したのは何か。内申を出さぬという状態は今日の人事行政から考えれば普通ないのです、起こり得ない。出さないという状態はもう異常です。あたりまえです。異常なんです。異常であるが、それを内申をまたずしてやっちゃいかぬというのが今日までの指導なんです。これが何で変更したのですか。たとえば市町村教育委員会が——あなたは組合が圧力をかけたと言う。もし暴力か何かあったら、それは他にやり方は幾らでもあるでしょう。しかし長い時間交渉していたら、それにはいろいろな議論があるでしょう。討論があるでしょう。今日たとえばストが違法がなかったといって最高裁の判決だってひっくり返っているくらいだから、いろいろ議論があるでしょう。そういう中で服務監督権を持つところの市町村教育委員会が、処分するほどの服務の乱れがなかったと判断をするとすれば、内申をし、ないかもしれません。あるいは文部省は、奥野文部大臣大臣就任以来今日までずっと見れば、日教組を目のかたきにして、教職員を目のかたきにしてとたとえば思って、それは正しくないなと思う教育委員会もあるかもしれません。それを文部省ががんがんとやれやれと言うから、だからわれわれもそういうようにやらなければならぬだろうかともし考えたとすれば、あるいはある教育委員会では、民主社会というものは中央集権をチェックするものは、教育の場合では、一つには、さっき言った地方分権的な教育委員会というものの本来の任務、奥野文部大臣が処分せい、処分せいといかに旗を振っても、教育委員会判断することによって、それは市町村教育委員会の事業なんだから、教育委員会判断をすることによって、そういう意図に導いていくことに対して自分反対をするなら内申しないかもしれない。中央集権をチェックするものは議会と、私はこの場合教育委員会だと思う。これが民主社会の政治の構造でしょう。チェックがなくてすべてやられるところに、教育は不当の支配に服したところの歴史を持っておる。だから「不当な支配に服することなく、」という十条がある。たとえばそういう意識を持っておる教育委員会があったとして、そして服務を乱したとし、これをもって処分を迫らなければならないほどのものでないと市町村教育委員会判断をした。それをするのは服務監督権を持っている市町村教育委員会の権限でしょう。後にこのことは異動についても適用するという発言が文部省からあったようでありますが、もし人事の内申権をまたずして何でもやることになったら、市町村教育委員会の権限というのは何かありますか。中央の集権をチェックする何かありますか。何も残らぬでしょう。そういうことだから、市町村教育委員会自分の存在する地方、市町村の教育委員会の任務というものを自覚した上でもって中央集権のそれをチェックしようとする。その場合内申をしないこともあるでしょう。あるいは内申をまたずしてやれば違法だといってきたんだから、それを内申がなくてもやれというこの通達は違法である。違法のことは違法である。文部大臣は、ストライキは違法だから、だからいままで内申をまたずにやることは違法だと言ったそのことを取り消して、違法なことを市町村教育委員に教えているのか。もしそのように市町村教育委員が理解する場合があるでしょう。そう理解すれば、内申をとめろという教員の行動が起こったってしかたがないでしょう。さっき秩序を守ることができない教師に秩序を守る国民をつくることができるかというお話があった。さっきから私が言っているのは、教育行政の日本の今日の体系、仕組みというもののその秩序というものがあって、市町村教育委員会の事業であり、身分であり、その調整機能と権利。任命権があるけれども、それは調整機能しかない、きわめて異例なことである。だから制限がある。だからそういうことに対して内申をまたなければ違法だと言ってきた。それが突如そのためにくつがえしたとすれば、この法秩序をくつがえしているのは文部省ではないか、この通達ではないかと考える者もあるかもしれません。そういうことも含めて、内申を出さないものがある。あったって当然じゃありませんか。私は断定しませんよ。いろいろなことがあるだろう。そういうことを含めて、だから予測しない事態というのは、あらかじめ予測した、こういうときには出さぬでもいいなんということはないのです。どんな場合でも出さなければ、内申によらなければやっちゃいかぬ。違法だ。どんなふうに予測したとかしないとか、異常だとか通常だとか、そんなことは全然ないのです。すべてなんです。出さないことによってやっちゃいけない、それが今日までの解釈でしょう。いままでこういう場合は出さなければやっちゃいけぬけれども、こういう場合なんて考えたことありますか。この法律の三十一年の修正のときの高橋さんの質問に対しての答弁もそうでしょう。これが立法府の意思でしょう。この立法府の意思に反して、どうしてこういうものを出さなければならなかったのか。組合と話し合いがあるでしょう。もし暴力だったら、暴力として何か方法はありますよ。法律できまっておることに対して予測しないことが起こったときには、その法律を修正するということは一般的に行なわれておる常識であります。これは文部大臣なのか、安嶋さんの名前が出ているから、こういう官僚支配、官僚の独善、今日の立法府がつくっておる、さっき松永さんが言われたとおり、奥野文部大臣一つの国会の中できめたところの法体系を官僚がもしもくつがえしておるとすれば、それをチェックするものは私はこの場合では立法府であると思う。そういう問題を含んでおると思いますが、大臣いかがでございましょうか。
  117. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 市町村教育委員会の内申をまって都道府県教育委員会が任免行為を行なう。したがって、またないで任免行為を行なうことは違法だと、私もいまでもそう言うと思うのであります。しかし、合理的な理由があって、都道府県教育委員会が市町村教育委員会に対して督促を幾ら繰り返しても、どうしても市町村教育委員会が内申をしてこない場合には、都道府県教育委員会は任免行為を行なえないのか。それは市町村教育委員会が責任を放棄している。そういう場合には、そのことによって都道府県教育委員会の任免行為を行なえないようにするまでの行為とは考えられない。やむを得ない。それは都道府県教育委員会の内申がない結果にはなるけれども、やむを得ず都道府県教育委員会が任免行為を行なう、それまで法は禁止しているとは言えない、こう申し上げてまいってきておるわけでございます。  したがいまして、通達を変更したということばを使われているのですけれども、私にとってはたいへんいやな響きを持つことばでございます。私は説明を補充したつもりでおるわけでございまして、今度のような集団の圧力というような問題が起こってきておるものですから、やはりそういうことについては明らかに法の解釈を示さなければならない、こう思っておるわけでございます。  特に、当時の質疑応答を見てまいりますと、市町村教育委員会から内申がなされる、その内申と違った処分を都道府県教育委員会か行なってもさしつかえないんだ、こう説明されておるわけでございます。市町村教育委員会の内申があってもそれと全く違った処分をしてもいいとされるものが、市町村教育委員会が集団の圧力等で、客観的には内申しなければならないにかかわらず内申をしない、そういう場合にはいつまでたっても都道府県教育委員会は処分ができないかというと、やはり私はそれは認められてしかるべきじゃないか。そうでなければ比較均衡を害することになるのじゃないだろうか、こうも思うわけでございます。  しかし、繰り返し申し上げますように、このような事態を生ずることは決して好ましいことではございません。むしろ事態の生じないことをこいねがっているわけでございます。法の解釈はこうなんだから、むだな集団の圧力などを加えないでほしいというのがほんとうの私の願いでございます。
  118. 木島喜兵衞

    ○木島委員 おっしゃるとおり、内申どおりにするかしないかということは内申によってでありまして、任命権者があるのですから、それは市町村教育委員会の権限ではありませんから、内申どおりであるということは法理的には言えません。しかし、それは最大限尊重されるという趣旨であります。それはそうでしょう。しかし内申権を放棄した場合、内申をしなかった場合には、県は異動なら異動の発議ができないから、だからそれでは都道府県教育委員会の任免権というものの責任を負えないとおっしゃる。そうなんです、初めから。内申がない、なくてやっちゃいけません、それは違法です。違法であるから、内申がないのにやれないのです。責任は全うできないとおっしゃる。それはそうでなくて、さっきから言った、本来市町村の身分であるものを県の任免に与えたというところのその趣旨からいって制限があるのだから、それがさっき言った教育委員会の独立性であり、分権制というのはそこなんです。だから私はあえてなお市町村教育委員会がなぜあるのかと最初に聞いたのはそこなんです。そのことを理解しなければいかぬです。だから内申権を放棄したところで、その放棄をした内申権によって内申を出さなかった場合でも、県は任免権を行使してはならないわけでしょう。あたりまえなんです、法のたてまえはそうなんです。それだから、あなたのいま言っていらっしゃるのは、さっき私はそういう意味で聞いたんですけれども、県の身分を持っておる者に対する任免権と市町村の身分を持っておるところのこの義務教育諸学校の教師の任免権との間の違いをあなたは明確に区分しておらないから、いまのような発言になる。  委員長、時間が来ましたから、これは私は字句の問題や何かでなしに、立法府の問題だと思っている。立法府全体の教育体系、法体系の中にある問題だと思っているのです。これは、たとえば私が日教組から立っているとかなんとかということでなしに、日本の今日の置かれているところの教育体系、その仕組み、そのことの根本に触れる問題だと思っているのです。これは率直に言って、事の反対とか賛成とかいう問題でなしに、賛成、反対はこれはどうでもいいですよ。けれども、こういう体制、体系というものを無視するということはできません、立法府の権威として。これは理事会か何かで、ちょっとそういう点を御相談いただくようにお願いしたいと思います。それで私は終わります。
  119. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 ただいま木島議員からの御発言については、後ほど理事会で各党と御相談をさせていただくことにいたします。
  120. 木島喜兵衞

    ○木島委員 では、終わります。
  121. 森喜朗

    ○森(喜)委員長代理 山原健二郎君。
  122. 山原健二郎

    ○山原委員 私の質問の趣旨は、教育行政について、戦前の教育と戦後の教育行政の違いがあるわけですね。戦前は、御承知のように勅令、命令によって教育が行なわれるという形態、その形としては中央集権的な官僚統制が行なわれてきた。これに対して戦後の教育は、自主的であり民主的であるという立場で、法律に基づいて地方自治の本旨に基づき、教育の地方分権、さらには住民の意思を反映していくという、こういう教育、そしてその形態としては指導、助言、援助というのが教育行政の趣旨になっているわけです。すなわち自主的であり、しかも民主的であり、しかも道理に基づいた教育行政、これが打ち立てられて今日まできたと思うんですね。それがこの通達というものによって、私は戦前の教育に返る可能性を持っておる、この点で心配をして質問をするわけであります。  まず第一番に、昭和三十一年の九月十日に出された通達、それから今回、本年十月四日に出された通達は、明らかに違いがあります。これは文部省の今日までの主張と違うんです。この違いがあるということ、これはお認めになりますか。
  123. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 先ほど私から松永先生にお答えをいたしましたし、また大臣から木島先生にお答えをいたしたわけでございますが、通達の終わりから二番目のパラグラフにございますように、三十一年に出しました通達が明らかにいたしておりますとおり、県費負担教職員の人事権は、これは市町村委員会の内申をまって行なうということが原則でございまして、それは何ら変更を加えていないわけでございます。したがいまして、今回出しました通達は、この原則を踏まえまして、先ほど来いろいろ御指摘がございましたけれども、市町村委員会というものは内申をすべき客観的な必要がある場合には内申をしなければならない義務があるわけでございますから、そうした必要がある場合にはやはり内申をなすべきである。市町村委員会が内申を出さないことによりまして都道府県委員会がその与えられた人事権を行使できないということは、これは新しい地教行法全体の趣旨から見てはたして合理的な理解であろうか。市町村教育委員会に内申権を与えたということは、都道府県教育委員会の人事権を市町村委員会にチェックさせる、抑制させる、そういう趣旨ではないというのが私どもの理解でございます。そのことはこの通達にも詳しく述べておるわけでございます。市町村委員会と都道府県委員会というのは、やはり相協力をして町村内あるいは府県内の人事を適切に運営をしていくということが原則でございますから、相協力をして適切な内申をし、それを尊重して、府県委員会が適切な人事を進めるということだと思います。  そこで、そういうことが制度全体の趣旨だと理解するわけでございますが、合理的な理由がないのに内申を出さないというような町村がございました場合には、直ちに府県委員会が、内申がないのか、そうかということで人事権を行使するというのではなくて、最大限の努力をする、内申を求めるために最大限の努力をして、なおかつその内申がない場合には、制度全体の理解といたしましては、都道府県委員会はやはりその与えられた人事権が行使できる、こう解することが制度の理解としては適当であろう、こういう考え方でございます。したがいまして、従来の原則は変わっていないわけでございますが、そういう異常な場合について、ただいま申し上げましたような異常な手続がとり得る、法律上とる余地があるということを明らかにしたわけでございます。原則は変わっておりません。
  124. 山原健二郎

    ○山原委員 三十一年九月十日には「都道府県教育委員会は市町村教育委員会の内申をまたずに県費負担教職員の任免その他の進退を行うことはできない」これでしょう。今度の場合は「市町村教育委員会が内申をしない場合には、都道府県教育委員会は任命権を行使することができないと解すると、市町村教育委員会は、その意思を一方的に任命権者である都道府県教育委員会に押し付けることができることとなる。」こんな解釈、いままで文部省してきたことがあるのですか。あなた方ができないと解釈してきたのでしょう。それを今度の場合は否定しているのでしょう。
  125. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 人事権を行使できないということは原則であると申し上げておるわけでございまして、これを絶対にできないというふうに理解をいたしますことは、やはり市町村委員会の内申権をもって都道府県委員会法律上与えられた人事権をチェックする結果になる、つまり人事権が適正に行使できないことになる、そこがこの地教行法全体の制度の理解といたしまして、はたして合理的であろうか、法律はそこまでを、つまりチェックさせる、行使させないというところまでを考えているとはとうてい考えられないということが私どものこの解釈の前提でございます。
  126. 山原健二郎

    ○山原委員 そんなことどこでいままで言ってきたのですか。今度の十月四日のこの通達が出るまで、どこの論文にあなた方そんなこと書いてきたのですか。ここへ出してみなさい。文部省がいままで主張してきた内容に、そんな原則であってかまわないなんということ、どこにあったのですか。その論文出してみなさい。私はあなた方が言った主張に基づいて質問しようとしておる。全部あなた方が書いた論文だよ。原則であるとかなんとか、そんなことどこへ書いてあるのですか。きっぱり言ってきておるじゃないですか。どこへ書いておるか、簡単に言いなさい。どこへ書いておるか。
  127. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 原則ということばを使ったところはございません。しかし、それは通常の場合における権限の行使について述べておるのだという理解でございます。
  128. 山原健二郎

    ○山原委員 通常とか異常とかいうから、異常のことはあとで聞きます。  それで、ただの原則じゃないのですよ。たとえばあなた方が出しておる、これは昭和四十四年、当時福田事務次官、この方は御承知のように勤務評定あるいは学テの問題当時からの事務次官ですね、それから管理局長の今村さん、一緒に書いておる中に、たとえばこういう異例な事態でもそれはだめだと、あなた方言っているんですよ。これはお持ちだと思いますが、文部省地方課法令研究会編の「解説 教育関係行政実例集」これによりますと、たとえばこういう問い合わせに対して、「転任前の市町村教育委員会から懲戒処分の内申がでていたが、処分が行なわれないうちに、転任処分が行なわれた場合、任命権者は、転任先の市町村教育委員会の内申をまたずして懲戒処分を行なうことができるか」こういう異例な質問に対しましても、あなた方はいままではこう主張してきたのですよ。それはできません、と。  「以上のことからして、」とあなた方はこう論文を書いている、時間がないから読みませんけれども。「右の議論は、一種の便宜措置がとれるという任命権者にとつての魅力にはなつても、現行制度のたてまえに反するといわざるをえない。」と、実に明確にいっているわけですね。こういう論文はもう至るところにあるのですよ。これでいままで指導してこられたわけでしょう。  それからさらに、これはあなたも関係しておるから、幾つかの問題を読んでみますけれども、もう実に明確なんですよ。「内申なくして任免等を行うことは違法である。ただ、市町村委員会の内申どおりにやらなければならないかというに、その内申は尊重しなければならないが、異例の場合はあり得る。」これは内申どおりやらなければならないかということについてはいままでもあなた方もいろいろな主張をしてこられておる。けれども内申がなければ任命行為はできないということは、もうこれは実に明確なことなんで、これまでそうではなかったということになると国会無視もはなはだしいですよ。文部省がみずからの立論の根拠をみずから今度は破壊しておることになるわけですよ。いま原則とかいうことばを出してきて、原則なんて一体どこにあるのですか。いままで見たこともないですよ。明確に言っておいてですね。  それからもう一つの例を出しましょうか。これは高知県の教育委員会に対する昭和三十四年の十一月六日付の内申についての初中局長回答ですね。「教員の懲戒処分を行なう場合、地方教育委員会の内申がなくても、県教育委員会が一方的に内申権を放棄したものとみなして処分をすることができるか。できるとすれば、その法的根拠いかん。」回答「市町村教育委員会の何らかの内申をまつて行なうべき」である、原則も何もないのです。  だからあなた方の今度出された十月四日のこの通達というのは、明らかに文部省の立論の根拠をあなた方がみずから踏みはずしている。どうしてこういうことになったのですか。どんなに弁解しようたって、弁解のしようがないじゃないですか。原則なんということばは聞いたこともない。これがいままでの文部省の態度ですね。その点を一つ指摘しておきますよ。国会における論議はあとで申し上げます。  では、異常の事態というのはどういうものですか。文部省のお調べになっておる異常の事態、たとえば内申が出なかったこれまでの事例、何件になりますか、どこどこですか。これだけ異常だ異常だ、こう言われるならば、おそらくその調査をされておると思いますから、それを出してください。   〔森(喜)委員長代理退席、松永委員長代理着席〕
  129. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 先ほど高知県の事例と福岡県の事例を申し上げたわけでございますが、ほかにも東京都、北海道等にもそういう事例がございます。
  130. 山原健二郎

    ○山原委員 これまで内申が出なくて起こった件数。あなた方はこういう通達を出す上には、全国にどういう事例が起こってどういうことが起こって、だから異常だからと言われるのでしょう。その立論の根拠になっている全国的な情勢、内申が出なくてあなた方が困ったとか……。内申が出ないのは高知とか福岡、東京ですか。そこのどこなんですか。内申というのは市町村教育委員会が出すのでしょう。何件になるのですか、どこどこですか。これが明確にならなければ、ばく然たる上に解釈を一方的に変えるなんということは、これは乱暴な行為ですよ。全部出しなさい。
  131. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 ただいま申し上げましたように、東京都、北海道、高知、福岡、ほかに先ほどちょっと申し落としましたが佐賀という事例がございます。数といたしますと、概数でございますが、三十件程度になろうかと思います。
  132. 山原健二郎

    ○山原委員 全国には市町村幾つありますか。
  133. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 一件、二件ある、ない、そういう問題じゃございませんで、先ほど木島さんにお答えしましたように、組合としてストライキをなお強行していくのだ、処分阻止の戦いは徹底してやるのだ、こういう態度をとっておられる。私は、多くの先生方を混乱におとしいれるのじゃないかと心配をしておるのです。ぜひそういう姿勢をやめてもらいたい。そんなことをやっても、合理的な理由があるにかかわらず市町村教育委員会が内申しない場合には県はやはりその責任を放棄するわけにいかないのだ、そういうたてまえなんですよということを明らかにして、ぜひこういう混乱を一日も早くなくしてしまいたい、解消してしまいたい、これがほんとうの念願です。ですから、従来からの文部省の解釈を少しも変えようとは思っていない。しかし、たびたび木島さんにもお答えをしてまいりましたように、現に混乱が起こっていることは事実でございます。ですから、こういうような集団の圧力というものはやめてくれませんか、やめていただくことを期待してこの通達を出している。この通達どおり行なわれることを期待しているのではございません。混乱をなくすることを私たちとしては心からの念願にしていることをよく御理解をいただきたいものだと思います。
  134. 山原健二郎

    ○山原委員 ここで論議をしておりますのは、この法律がつくられた、三十八条の問題について国会でどういう論議がなされ、文部省がどういう法的見解を発表してきたかということを言っているのですよ。日教組の運動方針がどうだこうだ、あなたが出てくると必ず政治的になってしまう。私はいまそんなことを言っているんじゃないのです。文部省の見解としてはこれだけ明確に言ってきたのにここで変わるわけでしょう。幾らあなたが変わらないと言ったって変わっているんです。変わらなければ通達を出す必要ないじゃないか。いままでどおりで、十何年間もやってきたそれでいいじゃないですか、変わらなければ。それが変わったから問題になっているんでしょう。それを変わらないなんてここで強弁するという、それはまさに誠実な答弁じゃありませんから、私はそのことを言っているんです。では、変わるにあたっては異常な事態、異常な事態と言うけれども、いま日本の教育界の中で異常な事態がどれだけあって、内申が出なかったところがどれだけあって問題が起こっているんだというようなことが精密に基礎としてないで、そういう科学的根拠がなしにただばく然と、日教組が運動方針を出しておるから異常だなんという、そういう乱暴な論議がこの教育問題でなされるべきじゃないですよ。だから、あなたに聞いているんゃない。幾らあるのですか、どこどこですか、これを明確にしてください。その一つ一つについて私は質問しますよ。高知県なら高知県のどこそこか、言ってごらんなさい。——いやいや、文部大臣出てきたら政治論議になるからだめです。初中局長、数字をはっきりしなさい。
  135. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 先ほど申し上げましたように約三十件あるわけでございますが、これも時期のとり方等によりまして多少数字が違ってくるかと思いますが、私が手元に持っておりまする昭和三十七年以来の、内申が行なわれなかったために町村に対して内申を提出するように措置要求をやった件数が約三十ということでございます。そういう数字を申し上げたわけでございます。
  136. 山原健二郎

    ○山原委員 内申が出なかったところを全部措置要求やっているわけでもないでしょう。基礎がないじゃないですか、あなた方。いま私たち法律上の論議をこうやっているわけです。だから皆さんが、昭和三十七年——むしろ三十一年にこの法律ができているわけですから、それ以来今日まできたけれども、今日この十月四日になってこういう通達を出さなければならないのは異常な事態が起こっておるからだ、こういうわけですから、その異常な事態が三十一年には何件あって四十四年には何件あって、そしてたいへん異常なことが起こってきておるからという雰囲気をまき散らしているのでしょう。だからそれを私たちは知りたいわけです、私たちはわからぬから。どこでそういう事態が起こっておるのか。全国で三千数百という市町村がありますよ。その中で三十件。三十件といったところで、あるいは処分の内容によりましては、たとえば統一行動が一年間に何回かあれば、それに対する処分、また処分の問題でここで内申が出なかった、ここで内申が出なかった、これが一件、二件と数えられて、そしてそれが三十件になっている。おそらく三十件ぐらいじゃないと思いますよ。三十件は措置要求されておる、こう言うのですが、ほんとうですか。三十件の措置要求ですか、県が措置要求したのは。これはそれだけ事務当局がおるのですから、これだけ異常だという問題を出した根拠を出しなさい。そんなことまで出なければどうしてあなた精密な論議ができますか。約三十件だとか、あるいは内申が出なかったのはどこだと言ったら三十件だと言う。今度は措置要求を出したのが三十件だと、それでは困るのですよ。
  137. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 異常な事態というお話でございますが、この異常な事態ということは、これは数が多いということでは必ずしもないと思うのでございます。一つでも異常な事態があればやはりそれは異常な事態だという理解で対処すべきものだろうと思います。
  138. 山原健二郎

    ○山原委員 では、一件でも起こったのはいつですか、昭和何年ですか。最初に起こったのはいつですか。
  139. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 最初というお話でございますが、最近の例といたしましては、高知県におきまして昨年のストライキでそういう事例がございましたし、また福岡県におきましては、これは措置要求まではいっておりませんけれども、先ほど松永先生にお答えをいたしましたように、三市一町におきまして内申が行なわれていない、そのために県教委としてはやむを得ずその町村を除外して処分を行なわざるを得なかったという事例がございます。
  140. 山原健二郎

    ○山原委員 一件でもあれば異常だとあなたは言われるのでしょう。これは大事な問題ですからね。昭和何年にあったのですか。わからぬのですか。たとえば昭和三十二年に一つの県のどこかの市町村で内申が出なかった。でもいままでずっときているじゃないですか。大臣は次々とかわっているじゃないですか。どの大臣が、これを異常な事態だといってこんな通告を出した大臣がおるのですか。だから一件でも異常な事態だと言うならば、その一件はいつ出たのか。そんなことを明らかにしないでどうしてここで論議ができるか。言いなさい。わからなければ調べてきなさい。でたらめなことを言ってはいかぬよ。
  141. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 事例についてのお話でございますが、最近顕著な事例といたしましては、先ほど来大臣が申し上げておりますように、日教組が方針として内申阻止を打ち出しておるということでございます。従来はこういうことはなかったわけでございまして、日教組という大きな組合の運動方針にそうした方向が打ち出されるということは、これはやはり異常と申しますか、非常に重大な事態だと考えます。
  142. 山原健二郎

    ○山原委員 内申を出すななんて昔からやっていますよ。それは法律にちゃんと出ているのだから、当然のことですよ、労働組合としてそういうことをやることは。あなたちっとも答弁になっていないじゃないか。一件でも異常な事態だというのだったら、その一件が起こったときはいつなんですか。要するに、私に見せるような調査はここにないのですね。持ってきてないのか。ただばく然と異常な事態が起こっている、それは日教組の運動方針がこうだから、これではここでは論議になりませんよ。ないのですか、あるのですか。もういろいろ顕著な最近の例なんて言わなくて、一件でもというのだから、一件はいつ起こったのですか、最初の一件は。
  143. 安嶋彌

    ○安嶋説明員 私が手元に持っております資料によりますと、三十七年に佐賀県で学力調査に関連をいたしまして内申不提出のための措置要求が行なわれておるということを承知いたしております。
  144. 山原健二郎

    ○山原委員 十二年前ででしょう。十二年前の文部大臣は異常な事態だと判断しなかったのですか。あなた方が四十四年に出しているのですよ。四十四年の論文だってあるのです。そんな異常な事態が三十七年に起こっているのに、あなた方は四十四年になってまだ内申がなければ処分ができないんだと何べんも言っているじゃないか。どうなんですか。一件でも異常な事態だというなら、なんでこんな安嶋さんの関係しておる論文が出るのですか。三十七年だったら、あれから十二年たっているでしょう。その間は異常な事態だと言わないで、内申がなければできませんよ、どんなことがあってもできませんよと言い続けてきて、この十月四日になって突然異常な事態だ、一件でもあれば異常な事態だ、こう言い始めた。どんなに強弁されようとも、あなた方の一貫した主張はくずれているのですよ。どこでそういう政治的な力が動いたのか。私はそういう意味でたいへん残念です。  これは委員長にお願いいたしますが、いままでの内申の出なかった件数、おそらく三十件じゃない。私は文部省のほうに聞いているけれども、文部省のほうもあいまいなことしか言わぬのです。一つの政策を変えよう、あるいは法律の解釈をいささかでも変えようとする場合には、それの背景になる資料がなければ行政者としての正しいやり方じゃないのです。お聞きしますれば、でたらめじゃないですか。資料も何もない。私の知っている限りは三十七年だという言い方でここを言い抜けようとすることはよくないですよ。これは精密なものを出してください。  それから法制局に伺っておきます。法律の解釈、法律を制定しまして、そしてその法律が現状に合わないというように考えたときには、法制的には一般的にどうされますか。時間がないものですから簡明に答えてください。
  145. 味村治

    ○味村説明員 法律内容が現状に合わないという場合には、その法律改正するということが基本的な考えであります。
  146. 山原健二郎

    ○山原委員 法律改正もしないで、みずから二十年近くも主張し続けてきた根拠をここでぱっと変える、ここにまさにいまの奥野文部大臣文教行政の姿勢があると私は思うのですよ。それで、「内申をまつて」の「まつて」ということばは、法制局どう解釈されているのですか。
  147. 味村治

    ○味村説明員 地教行法の「内申をまつて」ということの解釈につきましては、文部省といろいろ検討をいたしたのでございますが、私どもといたしましては、先ほど安嶋初中局長がお答えになりましたように、県費負担の教職員の人事権は都道府県の教育委員会にある、そして市町村の教育委員会の内申をまってとこうしておりますのは、その内申をまつことによりまして県費負担教職員の人事行政の適確化ということに市町村教育委員会意見を反映させるというためでありまして、これは広い意味では都道府県教育委員会と市町村教育委員会が教職員の人事権に、県費負担の教職員の人事につきまして共同するという関係になっているというふうに考えております。  先ほどから問題になっておりますように、では市町村の教育委員会が内申をしないというケースが起こった場合に一体どうなるのかということでございますが、ただ内申がないからといいまして、直ちに都道府県の教育委員会が職員の人事を行なうということはもとより地教行法の認めるところではないかと存じます。しかしながら、市町村の教育委員会は市町村の教育に関する管理者と申しますか、しかも市町村に勤務しております教職員の監督をしておるという立場でございますから、したがって教職員の人事を適正に行なう、そのためにあらゆる努力を尽くすということは市町村教育委員会の当然なすべきところであろうかと思うのでございます。ところが、そのような責務を市町村教育委員会が行なわない、都道府県教育委員会がある一定の事項を示しまして、これについての内申をお願いしたい、こう言っておるのにかかわらず、内申をしない、さらに何回も何回も助言、勧告等を行ないまして最大限の努力をするのにかかわらず、なお内申がされないというような異例な事態におきまして、それでは都道府県の教育委員会は人事について何もできないのかというまでの解釈は、これはとれないのではあるまいか、このように考えております。  したがいまして、結論といたしましては、そのような異例な事態におきましては、市町村の教育委員会の内申がないということはまことに残念でございますけれども、そういう場合にはやはり、私が申し上げましたような事態におきましては、都道府県の教育委員会が職員の人事権を行使するということもあり得ると存じます。
  148. 山原健二郎

    ○山原委員 あなたの答弁は全く行政的な答弁ですよ。「まつて」というのは、広辞苑を見たら「要する。」と書いてありますよ。それからいままでのあなた方の解釈は、「まつて」というのは、内申がなければ任命権を行使することはできない、ただしその内容については内申どおりいかない場合がある、これがあなた方の一貫した解釈なんです。いまの、いろいろつけ加えて文部省に迎合するようなことを言うな。  それで次に、国会における討論、これは木島先生が言われましたから申し上げませんけれども、何で内申権の問題が出たかというと、「しかしながら」——これは清瀬一郎さんの大臣趣旨説明ですよ。「しかしながら、都道府県の教育委員会か単独でこの任命権を行使いたすことは、事実上困難でございますので、市町村の教育委員会の内申をまって行うことと」した、こうなんです。それからさらに、内申が出ないということが予想された討論が行なわれているのですよ。予想されざる事態が起こった、異常な事態が起こったなんということじゃない。この法律が上程されて、国会で討論が行なわれたときにすでに、内申が出ない場合にはどうするか、出なくとも任命権の行使はいけないんだということをちゃんと政府は答弁しているのですよ。だから国会における答弁は、これは明々白々でございます。この点では今回の十月四日の通達というのは国会論議をまさに無視したものである。この点では重大であります。  さらに、先ほど高知県の問題が出ましたけれども、高知県の教育委員会、これは高知市の教育委員会が出しておるものですけれども、教育委員長がこう言っています。これは昨年の四・二七に対する処分の問題ですが、諸般の事情について委員長の山本さんは、「労働基本権に関する各種判例、ILOの結社の自由委員会報告など最近の客観情勢に加えて、高知市内ではスト当日は交通ゼネストの状況にあり、学校を臨時休業とした。また最近教委と教組が共同で教研集会を開くなど、いわゆる教育の正常化が出来、将来の教育振興も考え合わせ」この内申を出さなかったということを言っておるのです。これはまさにILOの結社の自由委員会における論議ですね。これは、処分は不可避ではない。また「委員会は、懲戒処分の適用にあたっての弾力的な態度が労使関係の調和的な発展により資するものであることを指摘しておきたい。」こういう国際的な立場にも立って、むしろきわめて質が高いものを持っているわけですよ。だから、現場には混乱を起こしたくないというようなこと、それから、そういういろいろな諸般の情勢というものを勘案して、地方教育委員会はそれなりに苦心惨たんしながら、なおかつ独自の見解を発表している。これが正しいのですよ。ただあなた方が言うように、集団的な圧力によって出ないなどということ自体ではない。あなた方はいままでどういう処分内申を出されてきたかというと、ときには電話一本でやらしているのです。福岡の場合だってそうです。どんな集団的な圧力をかけたって、教育長がどこかへ行って電話をかければ、それは内申が出たとさえ言ってきたのです。黙示内申などといって、それまで許容してきたのです。だれが押えることができますか。少なくとも地方教育委員会の自主的なみずからの判断がなければこの内申は出さないという結果は出てこないのです。それをきわめて単純に集団圧力であるとか、しかもその実態はどうかといったら、実態も調べていない、こういう状態でしょう。これではとてもまともな論議になる情勢ではございません。  そこで、私は申し上げたいのですが、先ほども木島先生からもおっしゃられましたけれども、たとえば内申をする場合には現認行為も必要なんですよね。たとえば処分をする、内申を出す、どの学校のどの先生が何時から何分まで、こういうことがいままでは出されるわけです。内申というのはそういうことなのです。県の教育委員会が地方教育委員会の協力もなしに何ができるのですか。そういうことも考えましたときに、今度の通達というのは、おそらくこれは多くの国民の批判を受けるでしょう。しかも、先ほどから申しましたように、いままでの文部省の見解とも違う、それからこの国会の議場における討議とも異なったものが出てきているわけです。そうすると、これはこれから先は国会の問題です。この通達に対して賛否の両論あるかもしれませんけれども、この通達は少なくとも国会の論議とは違っている。こういう立場から考えますと、本委員会としてはこの通達撤回の決議をすべきであると思うのです。これは今日までの国会の動きから見まして当然のことでございまして、そういう点で、委員長いらっしゃいませんが、松永さん、いま委員長をやられておりますけれども、これは本委員会としては決議を上げるべきだと思うのです。この点について委員長の見解を伺っておきたいのです。どうですか。
  149. 松永光

    ○松永委員長代理 私の意見を求められたようですけれども、私はそういう決議をする気持ちはありません。
  150. 山原健二郎

    ○山原委員 あなたの気持ちを聞いているのではなくて、ここでは委員長ですから、先ほど木島先生も言われましたので、委員長として、あるいは理事会その他で検討するとか、でなければ、他の野党からも決議案が出るかもしれませんが、それだけ重要な問題だという点でいままで主張してきたわけですから、国会における質疑応答の内容と違っておれば、これは当然明らかにしなければなりませんし、そして、場合によっては撤回の決議をして、そういう行政府の独走を押えるということがなければ、国会の権威はまるつぶれですよ。そういう意味で申し上げておりますので、この点については、たとえば理事会等において検討されるように要請をいたしますので、その点の御回答をいただきたいと思います。
  151. 松永光

    ○松永委員長代理 ただいまの要請については、後刻理事会で検討したいと思います。
  152. 山原健二郎

    ○山原委員 これで終わります。
  153. 松永光

    ○松永委員長代理 栗田翠君。
  154. 栗田翠

    栗田委員 十月二十一日の朝日新聞を見ますと、第三次の教員給与一〇%アップは来年度は予算化見送りという記事が出ております。これは大蔵省方針で、春闘へ自粛の姿勢を示しているのだ、こういうことになっておりますけれども、まず大蔵省に伺いますが、これはほんとうでしょうか。
  155. 廣江運弘

    廣江説明員 お答えいたします。新聞の記事につきましては、了知いたしておりません。政府としましては、教員人材確保法の趣旨を体しまして、すでに四十八、四十九の両年度予算におきまして財源措置額を計上いたしたところでございます。四十八年度につきましては、人事院の勧告を受けてすでに給与改善がはかられておりますし、四十九年度につきましても、人事院勧告をまって給与改善がはかられることになろうかと思います。五十年度以降の問題につきましては、五十年度の給与改善につきましては、事務当局といたしましても正式に態度をきめたわけではございません。けれども、国、地方を通じます財政状況、類似する職種の給与との関連などを考慮いたしまして、慎重に検討してまいりたい、かように考えております。
  156. 栗田翠

    栗田委員 七十二国会で人材確保法が成立しましたあの経過は、最初はいろいろ心配な問題もありまして、論議がされましたけれども、最後には文部省とそれから日教組との話し合いを背景にして、全会一致で修正案、それから附帯決議が通過したと思います。  そこで、文部大臣に伺いますけれども、あの論議の中でもいろいろ言われておりましたけれども、たとえばその一〇%のアップだけで終わってしまうのではないかという野党の質問がずいぶんありました。それに対しては、いや、かなり大幅に、計画的に進めていきたいということも言っておられましたし、また、できることならば、五〇%くらいはアップしていきたいのだという御発言もしばしばあったと思います。それから中教審の答申なども引用されて、質問者側も回答される側も言っておられました三〇%から四〇%くらいということも、できることならそうしたいのであるということがしばしば出ていたと思います。そこで、いま大蔵省の回答ですと、その第三次分、つまりいままで二〇%までは予算がすでについておりますけれども、第三年度分はそのときの様子によって考えるというふうなお答えでございます。けれども、あの人材確保法を成立させていく過程での政府、文部省のお考えとして、一体その辺はどう考えていらしたのでしょうか。第二次二〇%で打ち切ってもよいというふうに思っていらしたのかどうか、その辺をお伺いしたいと思います。
  157. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 現在、文部省から大蔵省に対しまして予算要求をしている最中でございます。その予算要求書にはさらに一〇%教員の給与を引き上げたい、こういうお願いをしているわけでございまして、今日もこの考え方に変わりはございません。
  158. 栗田翠

    栗田委員 いま文部大臣はこういうふうに言っておられます。私たちもあの審議の中で、教員の給与を上げていけば、公務員の給与にも影響していくだろうし、いろいろそういうこともあるだろうということは当然予想して論議していたわけですけれども、法律趣旨そのものが、教育の仕事というのが大切であるから人材を確保していくのである、教員の待遇を向上させていくのであるということで、給与引き上げという点で最終的にはみんな賛成したものでございました。いわば国民的な合意の上に最終的には立って、これが通ったと思うわけです。  それで、大蔵省にもう一度伺いますけれども、あのときの論議というのはもちろん文教委員会でやられておりまして、文部省の要望としては強く出ていたわけですが、政府自身の考え方でもあったわけなんです。そこで、これがただインフレになったからとか、地方財政の状態がどうこうしたから、では教員の待遇を向上させなくてもよいのかという問題ではないと思うのですけれども、その辺いかがですか。
  159. 廣江運弘

    廣江説明員 もちろん大蔵省も法案の趣旨はよく存じておるわけでございますが、その趣旨に基づきまして、先ほどもお答えいたしましたように、四十八、四十九両年度にわたりまして改善のための財源措置額を計上いたしたわけでございます。今後のこと、五十年度のことにつきましては、先ほど申し上げたとおりでございますが、いずれにいたしましても、義務教育教員の給与改善の内容及びその計画的実現の内容といいますものは、人材確保法の趣旨にのっとりまして、人事院勧告をまった上で決定されるものであると考えているわけでございます。
  160. 栗田翠

    栗田委員 それでは、五十年度内にまた一〇%アップの人事院勧告がされた場合は当然大蔵省は予算をおつけになるわけですね。いかがですか。
  161. 廣江運弘

    廣江説明員 四十九年度の人事院勧告がまだなされてないわけでございます。先生のお尋ねは、五十年度の人事院勧告があった場合にはどうするかというお尋ねでございますが、人事院勧告があった場合には、その場合でまた検討しなければいけない、かように考えております。
  162. 栗田翠

    栗田委員 私は第三次分のことについて言っているものですから五十年度ということを申しましたけれども、それは五十年度勧告で第三次分がつくわけですから、そう言ったのです。  そうしますと、勧告があっても検討する、勧告があってもやるとは限らないということですか。
  163. 廣江運弘

    廣江説明員 その際慎重に検討するというわけでございます。
  164. 栗田翠

    栗田委員 この問題は全国的にいま非常に関心を持たれておりますし、特にわが党としても、教員の仕事のその重要さから考えて、研究条件、教育条件、それから生活条件、そういうものを全面的に改善して、教育基本法のいっているような教育が全うできるような教員の待遇をしていくべきである、そういう立場には一貫して立っているわけです。またそういう意味では、ほんとうに教員の給与を引き上げていくという点で大いにその努力をしていただきたい、こういうふうに思っております。  では、続いて次の問題に移らせていただきますが、同じ十月二十一日の同日付で身分法の問題が読売の記事で出ておりました。「「教員身分」法案作り」、自民党の文教部会がいまこれをいろいろ検討しておられるということでございます。  そこで、大臣に伺いますけれども、人材確保法の審議のときに、あれが通ったならば五段階賃金が実施されるのではないかとか、身分法につながるのではないかとか、また労働基本権が剥奪されるのではないかとか、いろいろな疑問、心配があって、そのことが各委員から質問されていたと思います。それに対して大臣のお答えは、いろいろな形で答えられておりますけれども、おおむねそういうふうな考え方ではないということを言っていらっしゃったと思うのです。その人確法を通しても五段階賃金をやるということではないし、身分法を実施するということではないというようなお考えだったと思いますが、これについてはいまもお変わりありませんでしょうか。
  165. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 身分法といいましても、人それぞれその中に考え内容は違うのだろうと思うのです。いいものがあれば、そういうものができることは私は必ずしも否定いたしませんけれども、私自身はいまそういう内容の検討はいたしておりません。
  166. 栗田翠

    栗田委員 たとえば参議院の文教委員会でわが党の加藤進議員が質問しております。これは労働基本権の剥奪に関する問題で、人確法が通った場合に、基本権を剥奪して、今後教員身分法を制定する布石にするのではないだろうかといったような質問をしております。これに対して文部大臣が、「私は現行の制度、」これは同盟罷業権その他の問題で言っていらっしゃるのですが、「現行の制度、それが正しいんじゃないかと、こう考えておるわけでございます。これ以上に制限すべきだという考え方は持ち合わせておりません。」というふうにおっしゃっておりますが、これはいまでも変わりないお考えですね。
  167. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 現在の考えもそのとおりであります。
  168. 栗田翠

    栗田委員 いま日本では、教員は教育公務員として位置づけられておりますけれども、諸外国の例としまして、いわゆる特別な身分として身分法のようなものがつくられている例はあるでしょうか。
  169. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 各国それぞれいろいろなものを持っていると思います。日本の場合にも地方公務員法がございますし、教育公務員特例法もございます。それぞれみな、身分法といえば身分法だろうと思います。いろいろなことを絶えずお互いに研究しながら、よりよいものにそれを完成させていけばいいことじゃないだろうか、私はこう思うのでございまして、特定のことばでワクをはめてしまって、その内容のことは一切いけないのだというような姿勢はとらないで、お互いにいろいろ論議を尽くしていくところによい方途が生まれてくるのじゃないだろうかな、こんな気持ちを私は持っているものでございます。
  170. 栗田翠

    栗田委員 いわば公務員としての扱いでない、第三の身分というのですか、公務員の持っている諸権利とは非常に違った待遇をしながら、逆に権利の点でも違っているといったようなものですね、こういうものが各国にあるのだろうかという質問でございます。
  171. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 ちょっと御指摘のようなことについては調べておりませんし、詳しくございません。
  172. 栗田翠

    栗田委員 私が調べました範囲では、今度の身分法、これは中身があまりつまびらかになっておりませんけれども、もし公務員と別の非常に違った形にするということであれば、たいそう異例ではないかなというふうに考えているわけです。  最後に、時間がありませんので大臣に伺いますけれども、ILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」これは教員の地位、待遇、権利などについていろいろ述べておりますけれども、これを尊重なさる用意はいまでもおありでございますね。
  173. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 もちろん、日本も尊重していくべき性格のものだろう、こう思います。ただ、その内容の解釈などにつきましていろいろ違った考え方もあったりするようでございます。基本的な点について尊重していくという姿勢、これは必要なことだろう、こう思っております。
  174. 栗田翠

    栗田委員 これで終わります。
  175. 松永光

    ○松永委員長代理 高橋繁君。
  176. 高橋繁

    高橋(繁)委員 最初に、先ほど論議されました内申の問題につきましては、わが党は、いわゆる法を無視されたものであるということであって、立法権の無視の行為であると言っても過言ではない、あるいはそうした法に重大なことがあるならば、あるいは政府としてこの国会に提案をしてそしていくべきが正しい態度である、こういう意味において非常に遺憾であると考えるわけであります。この問題につきましては理事会で検討するということでありますので、それに譲りまして、問題を海外の子女の教育問題、来年、五十年には日墨学院が開設をするということもありますし、緊急迫られた問題もありますので、ここでもう一度、この問題については文部省としての態度をはっきりお聞きをしておきたい。  いままで外務委員会で、この日本人小学校の問題については小委員会がつくられて検討をされているようでありますが、私は、その海外在住の子女の教育について、文部省として、外務省あるいは海外子女教育振興財団、そういったものと関連をされて行なわれておるようでありますが、その関連性と文部省としての主体性、教育という問題についての主体性というものについてただしてみたいと思います。  まず第一に、いろいろ論議をされているようでありますが、全日制と補習教育という二つの行き方があるようであります。しかしながら、これは現地の父兄の考え方できめるのだというような態度を外務省はとっておるようでありますし、それに準じて文部省考えているようでありますが、まずそうした二つの行き方についての文部省としての基本的な考え方はどのように考えておりますか。
  177. 笠木三郎

    ○笠木説明員 外国におきます日本人の子弟の教育施設といたしましては、いま御指摘のとおり、全日制のいわゆる日本人学校と申しますものと、それから主として補習教育を行なうためのいわゆる補習授業校というものに大別されているわけでございます。現地におきます教育を施すべき児童数、それから施設の規模等にかんがみまして、ある一定以上の規模のものにつきましては、できるだけ全日制の日本人学校という形でその教育内容の充実をはかるということは、基本線として考えているわけでございまして、その点につきましては、外務省等、関係機関はすべて一致した考え方を持っているわけでございます。その線に従いまして、現地の状況等よく勘案いたしました上で、逐次充実をはかってまいりたい、かように考えております。
  178. 高橋繁

    高橋(繁)委員 外務省は現地の父兄の考え方によってきめる、こう言っているわけですよ。文部省のほうはそうじゃなくて、全日制の日本人学校をつくるという方向で進んでいきたい、そういう考えでよろしいんですか。
  179. 笠木三郎

    ○笠木説明員 私の申し上げましたのは、外務省と文部省のものの考え方が違っているということを申し上げたわけではございませんで、現地の状況等はもちろん十分に勘案して、その素地のもとに必要な施策を考えるということになることは当然でございますが、そういうことを踏まえた上で、いま申し上げましたように、必要な規模その他を備えておるものにつきましては、逐次全日制の日本人学校という形で整備を進めてまいりたいということでございまして、この点につきましては、文部省と外務省の間に見解のそごはないというふうに私は理解しております。
  180. 高橋繁

    高橋(繁)委員 外務省と文部省と、そうした海外における子女の教育の問題について、連絡会といいますか、それをお持ちになっているようでありますが、かなり緊密に、年間何回か会合をお持ちになってやっておられますか。
  181. 笠木三郎

    ○笠木説明員 事柄が、いま御指摘のとおり、外務省と文部省との間の緊密な提携を要する問題でございますので、仰せのとおり、定時的な連絡の会合、必要に応じて臨時の会合等は、つとめてひんぱんに行ないまして、相互の間の情報交換、意見の調整等について、遺憾のないように心得ているつもりでございます。
  182. 高橋繁

    高橋(繁)委員 日本人学校についてのいろいろな諸問題を解決するために、一体窓口は外務省なのか、あるいは文部省にもあるのか、あるいは海外子女教育振興財団が関連しているのか、そこら辺の主体性のある、あるいは窓口というものは、一体どこが行なっているのですか。
  183. 笠木三郎

    ○笠木説明員 海外の現地との関係前提でございますので、その意味の海外との窓口役は、これは外務省でございます。それから、この制度の振興につきましての役割り分担と申しますか、相互の関係につきましては、おおむね次のように考えておるわけでございます。  外務省は、いま申し上げましたように、海外に対する窓口役であると同時に、主として教員の派遣に要する滞在費、旅費等の経費、それから現地における施設の整備ということについての、いわば教育を行ないますための環境の条件的な整備というものに主体を置いた分担でございます。  文部省は、これはもちろん申すまでもなく、教育内容の充実ということにつきまして、教科書、教材関係の設備等の整備について責任を持つ形でございます。  財団は、この二つの省庁の事業を、いわば実施機関として委託を受けまして実施をするということが主眼でございまして、これは行政上の責任と申しますよりは、委託を受けました仕事の実施の責任を持つ、かような関係になるかと思います。
  184. 高橋繁

    高橋(繁)委員 文部省の行なっておることは、教員の選定の問題であるとか、あるいは教材、教具の整備、それから通信教育もおやりになっていますね。あるいは教科書の配布というようなことを行なっておりますが、五十年度から教科書の配布事務を海外子女教育振興財団に委託をしたのは、一体どういうわけなのか。  それから、通信教育については、大体五十年度何名に増加しようとなさっているのか、この辺について。
  185. 笠木三郎

    ○笠木説明員 ただいまお話のございました五十年度実施としていわゆる相談関係の仕事を財団のほうにゆだねるかどうかという問題につきましては、なおいま具体的には検討中でございまして、現在の段階ではもちろん国がじかに責任をもって相談に応ずるという体制をとっているわけでございます。  通信教育につきましては、財団の仕事といたしまして、これに従来から国庫補助をいたしておる、こういう形でございます。
  186. 高橋繁

    高橋(繁)委員 はっきりした答えが出てこないのですけれども、通信教育に対する人員をふやすのかふやさないのか、その辺の問題と、教材、教具の整備で、教科書は一応検討中ということでありますが、そうした教材、教具の整備ということについて、今後充実強化をはかるということを考えているのかどうか、もう一度その辺。
  187. 笠木三郎

    ○笠木説明員 通信教育の拡充につきましては、現在は小学校の四教科のみでございますが、五十年度の計画といたしましては、中学校についても通信教育の範囲を拡大するということで、ただいま概算要求をしているわけでございます。   〔松永委員長代理退席、森(喜)委員長代理着席〕  それから、一般的に教材、教具の整備につきましては、逐次、学校数のふえるものにつきましては、当然これについてフォローをいたしますほかに、従来既定の整備を行なっておりますものにつきましても、いろいろ設備の改良その他に対応いたしまして、必要な教材、教具の整備をいたしていくというふうに、充実をはかっていくつもりでございます。
  188. 高橋繁

    高橋(繁)委員 教材、教具については、特に補習学校がたいへん困っているようです。たとえば補習学校に対する教材、教具の配備する校数をふやすようでありますが、その現地の親が最大に困っておる問題は、もちろんそこに永住する人と二年か三年で帰ってくる人との考え方は、これは全然違います。そこら辺を考慮してこれからの海外在住子女の教育というものは考えなければならぬと思うのです。教材、教具についても、日本の歴史とか社会科に属するようなことはぜひとも教材、教具でほしいということは絶えず要望が強いわけであります。それについては何らなされていないということで、その辺をひとつ今後拡充整備をしてほしいと思うのです。  もう一つ大事なことは、通信教育の問題であります。これもかなり徹底はされておるようでありますが、そうしたすばらしいことが行なわれておるということを知らない人もいる。そうしたことを大いに宣伝をするということも大事であろうと思うのです。ということは、ある地区によっては日本人が二、三名しかいないというところもありますし、当然補習学校もできない、あるいは日本人学校もできないということもありますので、その辺、もっとこまかい配慮を払わなければならない。  それからもう一つは、教員の問題です。今度文部省で登録制度考えるというように発表をしておりますが、実際問題、教員が海外に派遣される場合には、その身分的な問題であるとか、そういう問題は一体どういう形で現在なされておるわけでありますか。
  189. 笠木三郎

    ○笠木説明員 日本から派遣いたされます教員につきましては、おおむね次のような取り扱いになっておるわけでございます。  いわゆる全日制の日本人学校は、原則といたしまして教員の免許状を持ちます正規の教員ないしその経験者を主体として考えておるわけでございますが、この国内における身分取り扱いにつきましては、公立学校から派遣されております者は大部分は研修出張等の形でございまして、身分はその国内で所属しておりますところの身分として派遣をされる形になっておるわけでございます。それから国立大学の付属学校から派遣されております者は、これも研修出張という扱いですべて統一をされてあるわけでございます。それから、そのほか日本人学校の一部及び補習授業校におきまして、いわゆる正規の教員の補助者といたしまして、現地採用の教員、講師というふうにいわれております者が現地におきまして学習指導に当たっておるわけでございますが、これにつきましては特に国内的な身分上の問題というのはございませんで、必要な謝金等を払ってお願いをしているという形でございます。
  190. 高橋繁

    高橋(繁)委員 大部分がそういう研修ということで行っているようでありますが、実際問題、やっていないところもあるわけですね。全国都道府県で、そういう研修の形で派遣してくれる県と、休職なり何なりそういう形で行かれるところとあるわけです。したがって、派遣が非常に気やすくできる県と、希望があるけれども非常にむずかしい県とあるわけです。そういう差別があるわけですね、海外教育に当たる先生方の派遣について。その辺は認識しておりますか。
  191. 笠木三郎

    ○笠木説明員 ただいま御指摘の問題につきましては、仰せのとおりでございまして、ただいま公立学校から派遣されておりますと申し上げた教員のうちで、一部の者はいわゆる研修出張という形でなくて休職という形におきまして派遣をされているということがございます。具体的に申し上げますと、現在、四十九年度におきましては、東京、大阪、京都、大分の四都府県の所属の公立学校の教員につきましては休職という取り扱いになりまして、したがいまして、国内における給与は約七割という形の給与ということに相なっておるわけでございます。この点につきましては、文部省といたしましても、できるだけ派遣態様の統一をはかるということの努力を重ねてまいりました。  具体的に申し上げますと、昭和四十八年度におきましてはこの休職扱いをしております都府県が六つございましたのが、いろいろ関係の都府県とのお話し合いによりまして、いま申し上げましたように、四十九年度におきましては四都府県ということに逐次減じておることは事実でございます。この点につきましては、ただいま申しました派遣態様の統一をはかるという基本線に即しまして、今後とも残る四都府県に対しましては引き続きできるだけ研修出張の扱いをしていただきますようにお話し合いをする所存でございます。
  192. 高橋繁

    高橋(繁)委員 これはひとつ最大の努力を払って、同じような環境のもとで派遣できるようにしていただきたいと思うのです。  もう一つ、登録制度について、本年度やるということでありますが、どういう要領でやられるか。希望については、それぞれ諸外国とも語学も違いますし、あるいは本人の希望する国もあるでしょうし、そうした問題とあわせて、具体的には登録制度についてどのようにおやりになるお考えでありますか。
  193. 笠木三郎

    ○笠木説明員 登録制度につきましては、今年度から実施をいたす運びとなりまして、いまそのことを逐次進めておるわけでございますが、ただいまお尋ねがございました、たとえばどういう基準によって対象を選ぶかとかそういう問題につきまして若干の点を御説明申し上げます。  たとえば出願資格といたしましては、一つは、これは申すまでもないことでございますが、正規の免許状を持っておりますこと、それから二つには、海外子女教育につきましての理解と熱意を持っていること、それから三つには、現地の各国がさまざまにきびしい生活環境などを持っておりますので、それを克服いたしまして現地における教育の仕事を遂行してもらえるような意思と気力を持っているということ、それから四つには、同伴家族とも健康であり、周囲と協調して長期間の海外の勤務生活に耐え得るということが認められること、というような条項が考えられているわけでございます。  この登録制度につきましては、いま申し上げましたようなしかるべき資格に該当いたします方については、これは全員を志望者名簿に登録をいたしまして、そしてその派遣の必要に応じまして、また現地の希望条項などを織り込みまして、その名簿の中から適切な方を逐次派遣に持っていくということでございます。  なお、志望者名簿は有効期間二カ年といたしまして、その間には、登録されました方についてはその派遣の必要が起こりましたときに逐次お願いを申し上げていくということでございます。具体的に派遣のための選考に入りますときには、志望者名簿に登録されております方から、現地における必要な免許の教科の区別とか年齢、性別その他の要件を考慮いたします。この考慮をいたします場合には、あらかじめ選考の対象者が国立大学の付属学校教官である場合には所属大学長、公立学校の教員でありますときには都道府県教育委員会委員長、さらに私立学校の教員でありますときには当該学校の校長の推薦を得るということをたてまえにしておるわけでございます。
  194. 高橋繁

    高橋(繁)委員 ちょっと聞き落としたかもしれませんが、教員志望者を登録する場合について、教育委員会あるいは私立の学校長、国立の場合は云々とありましたが、そういう推薦のあった方々について試験等をおやりになるのですか、そして大体選定をするのですか。
  195. 笠木三郎

    ○笠木説明員 最後に選考対象者といたしまして決定する場合の選考につきましては、現在のところ、一応書類を出していただきましたところによりまして、いま先ほどのお答えで申し上げましたような必要な資格要件に合致しているかどうかを確認いたしました上で、面接によりまして試験を行なうということにいたしております。
  196. 高橋繁

    高橋(繁)委員 登録制度は私はたいへんいいと思うのですけれども、あとそうした地方教育委員会あるいは都道府県教育委員会等で登録された先生が急に海外に派遣されるようになったという場合に、定員やあるいはその問題等で支障が起こることはないような措置を登録教員については考えておりますか、どうですか。
  197. 笠木三郎

    ○笠木説明員 この制度につきましては、当然公立学校の教員の方には都道府県の教育委員会とは密接な連絡のもとに実施をしなければならないことでございますし、ただいま仰せになりましたいよいよ選考が決定いたしましてそれぞれの方に派遣をお願いするという場合には、あらかじめ都道府県教育委員会ともよく相談いたしまして、あとの当該学校における教育にそごのないように十分注意してまいりたいと考えております。
  198. 高橋繁

    高橋(繁)委員 あと日墨学院の問題について文部大臣にちょっとお聞きいたしますが、田中総理がメキシコへ行きまして、共同コミュニケで発表になりました。その後、日墨学院の概要が発表されました。その中の問題点として、メキシコの文部大臣奥野文部大臣に対してアステカの国に日本メキシコ学校建設の必要性を強調したというふうになっておりますが、その辺の問題について、日本の文部大臣が、強調されたんだけれども、まだはっきりこの問題について協力をするというような発言をされてないということで問題があるように聞き承ったのでありますが、この辺の問題についてはどのように処理されるお考えでございますか。
  199. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 メキシコへ早くに渡りまして、そこで子供さんたちが政府の要路についておられる家庭がございます。その家庭から昨年来私のところに日本人学校、同時にメキシコの人たちもどんどん受け入れられる学校、そういうものをつくりたいのだという話がございました。要するに、日本人もメキシコ人も一緒になって小さいときから勉強していく、それで初めてお互いに理解し合い、おとなになってからも協力し合えるのだ、こういうことでございまして、私やはり日本人の子弟が外国で学ぶ場合にはそれが一番望ましいのじゃないかなということを年来考えているものでございます。もちろん現地の学校に日本人の子弟が入っていけば、これが一番望ましいのですけれども、語学力が十分でない、なかなかとけ入っていけない、かえっていじけてしまう。   〔森(喜)委員長代理退席、塩崎委員長代理着席〕 でありますから、やはり特別な学校をつくってあげなければならない。特別な学校をつくる場合に、日本人だけの学校でありますと、やはりまた閉鎖的な人間になってしまうわけであります。その国の子供さんたちと一緒になって学ぶような姿勢でなければならないと思います。そういう学校を日本がつくろうといたしましても、現地の国は認めてくれないのが普通でございます。しかし幸いにメキシコはそれができる、ぜひそういうふうにしたいのだという話があったところへ、ことしの春メキシコの教育大臣が私をたずねてみえまして、日本がそういう学校をつくる意思があるのなら、若干国内法に合わない面があっても弾力的に認めますよ、ドイツもそれをやっている、ドイツの学校についても問題があるのだけれども、メキシコ国の法律に基づく学校としても認可したのですよ、こんな話がございました。その考え方が幸いにして今度実ったわけでございまして、田中総理大臣がメキシコに渡られました際に、日本側は三億円を出しましょう、あと応分にメキシコも出すわけでございましょうが、その金で日墨学院を設立する、そこへは日本人のコースもつくるし、またメキシコ人がそこで学べるようなコースもつくっていく、小さいときから一緒に学び合えるような学校を育て上げていく、こういうふうになってまいったわけでございまして、別段その間にそごするところは一つも出ておりません。
  200. 高橋繁

    高橋(繁)委員 では、メキシコの教育大臣との話し合いは一致している、こう理解してよろしいですね。  それから、来年開校ということになりますと、来年開校といっても九月が開校のようでありますが、二十六名の日本人の教員を派遣してほしいというような計画も中にはあります。その準備体制というものはいまつくりつつあるのですか、どうなんですか。
  201. 笠木三郎

    ○笠木説明員 来年の開校を予定いたしまして、ただいま外務省と具体的な検討を詰めている段階でございます。
  202. 高橋繁

    高橋(繁)委員 これは教員の派遣についてもですね。  それから、さらに国際交流あるいは親善友好をあげなくちゃならないということで、従来一名のいわゆる在外公館あるいは大使館のアタッシェが設置されております。これをふやしていこうというような意向はありますが、いろいろと建設省あるいは通産省等の派遣のあれがありますけれども、私は国際文化交流という面で文部省がそうした在外アタッシェの設置をぜひしてほしい。ということは、かりに一つの例を申し上げれば、オーストラリアの国民は、確かに日本の国が羊毛を買ってくれる、肉も買ってくれるけれども、まだほんとうのフレンドではない、友だちではないと言っている。もっと文化の面の交流をしたい、その上に立ってほんとうの友だちとしてのつき合いをしていきたいというように申しておりましたが、そういう面で私は在外アタッシェの設置というものは今後かなり重要視され、親善友好のためにもかなりの成果をもたらすと思います。したがって、五十年度の予算要求の中には四カ国ばかりありますけれども、とりあえず日墨学院ができるメキシコにそうしたものを設置をして、日墨学院の順調な設立ができるようにするためにはそのことが大事ではないかと思うのですが、この辺についての大臣考えはどんなものですか。
  203. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 先ほども申し上げましたように、私は日墨学院方式が理想だと考えておるわけでございます。いつか、私がこういう方向にいくべきだということを言いましたときに、外務省の事務当局から、そういうことを言われると日本がまた帝国主義的な侵略的意図を持っているように誤解されるので、言わぬでくれというような話があったりしたわけでございまして、まだこういう式の学校は豪州のシドニーにあります日本人学校と今度できます日墨学院にとどまるのじゃないだろうかという気がするのでございまして、外国に行きながら日本人だけで日本人学校をつくって閉鎖的な教育をやっている。私はこれはいいことじゃない、こう思っているわけでございまして、ぜひ日墨学院的な方向に他の地域につきましても当該国の賛成、同意を得て進めていくべきだ、こう存じております。したがいまして、日墨学院の問題につきましては、積極的に円滑な進展がはかられてまいりますように私としても最善を尽くしていきたい、こう考えているところでございます。
  204. 高橋繁

    高橋(繁)委員 違うので、いわゆる海外駐在員の増設ということですよ。その駐在員の増設を、もっと国際親善友好のために幅広く増員をして考えるべきじゃないか。そのとりあえずの問題としてメキシコに配置をすべきじゃないかというふうに私は考えるわけです。その辺について……。
  205. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 たいへん恐縮でございました。できる限り文部省のアタッシェを各地域に置きたいということで努力をしているわけでございまして、現在の姿では少な過ぎる、こう思っておるわけでございます。順次各方面に広げていきたい、かように思っております。
  206. 高橋繁

    高橋(繁)委員 とりあえずの計画はどんなふうに考えていますか。
  207. 笠木三郎

    ○笠木説明員 明年度の計画といたしましては、四名のいわゆる教育、学術、文化のアタッシェを配置したいというふうに考えておるわけでございまして、この置くべき地域等につきましては、なお今後外務省とも相談をいたしまして詰めてまいりたい考えでございますが、ただいまのところは大体先進国地域二つ、いわゆる開発途上国地域二つぐらいの考え方で進んだらいかがであろうかというふうに考えておるわけでございます。
  208. 高橋繁

    高橋(繁)委員 以上で終わりますが、在外の子女教育の問題、また帰国子女の教育の問題もあります。たいへん現地では苦労なさっておるようでありますので、どうかひとつ文部省が主体性を持ちながら、この日本人の教育という問題については、これは内外問わず大事な問題でありますので、現地の声を聞きながらひとつ適切な施策を講じていただきたいことを要望して終わります。
  209. 塩崎潤

    塩崎委員長代理 本日はこれにて散会いたします。    午後四時三分散会