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1974-04-04 第72回国会 参議院 文教委員会 第7号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十九年四月四日(木曜日)    午前十時十六分開会     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         世耕 政隆君     理 事                 内藤誉三郎君                 片岡 勝治君                 小林  武君     委 員                 金井 元彦君                 志村 愛子君                 中村 登美君                 鈴木美枝子君                 宮之原貞光君                 加藤  進君    国務大臣        文 部 大 臣  奥野 誠亮君    政府委員        文部大臣官房長  井内慶次郎君        文部省初等中等        教育局長     岩間英太郎君        文部省体育局長  澁谷 敬三君        文部省管理局長  安嶋  彌君    事務局側        常任委員会専門        員        渡辺  猛君    説明員        総理府内閣総理        大臣官房参事官  遠藤  丞君        法務省入国管理        局入国審査課長  澤井 昭之君        外務省アジア局        次長       中江 要介君        自治省財政局指        導課長      高田 信也君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○教育文化及び学術に関する調査  (文教行政基本施策に関する件)     —————————————
  2. 世耕政隆

    委員長世耕政隆君) ただいまから文教委員会開会いたします。  教育文化及び学術に関する調査中、文教行政基本施策に関する件を議題といたします。  本件について質疑のある方は順次御発言を願います。
  3. 片岡勝治

    片岡勝治君 質問の機会を与えられましたことを感謝いたします。  初めに、ただいま横浜で行なわれておりますアジア卓球大会につきまして、文部省、そして関係のある外務省並び法務省見解をこの際伺いたいと思います。  御承知のように、アジア卓球大会は、第一回の北京大会後第二回としてこの横浜開催をされたわけであります。しかし、このアジア卓球協会構成メンバーを見ますと、日本のこれまでの外交政策からすればいろいろ問題のある国が加盟をしております。それらの国々も、この横浜大会に参加するということになったわけであります。しかし、御承知のように、スポーツというものは国境を越え、あるいは宗教信条、そうしたものを越えて友好親善を深めるという立場で行なわれることは言うまでもないことであります。そういう点について政府特に文部省外務省あるいは法務省が深い理解とあたたかい配慮の上にすべての国の入国を認められ、この卓球大会成功に大きく貢献をされたことについて、私はほんとうに心から感謝と敬意を表するわけであります。この席をかりて冒頭その点を申し上げたいと思うわけであります。  いま申し上げましたように、スポーツというのは、それを通じて友好親善を深めるということでありますから、こういったことをますます盛んにいたしまして間接的に諸国民友好、ひいては平和を確立する、こういうことをより積極的に今後もぜひ今回とられましたアジア卓球大会政府態度を堅持されましてぜひ努力をしていただきたいということを希望するわけであります。しかも私は、今度のアジア卓球大会性格というものは、いま申し上げましたスポーツ精神をより多く、より色濃くしているのではないかと思うわけであります。御承知のように、アジア諸国は一世紀有余にわたってヨーロッパ諸国、これはたいへん悲しいことでありますけれども日本加害者としてこれら諸国を侵略し、抑圧をしてきたのであります。そうした諸国がそれぞれ独立をいたしまして、晴れて国際的な舞台に出てきたということについて私どもは心から喜びたいと思うわけであります。そういう意味で今回のアジア卓球大会は、まあオリンピック以上といっては語弊がありますけれどもアジア諸国民にとってはたいへん大きな、重大な大会であろうと思うわけであります。ぜひ、私どもは、この成功を期していきたいというふうに考えるわけであります。  ところが、準備万端整って二日の開会式が展開をされました。たいへん盛大な、しかも、友好ムードに満ちあふれた開会式であったそうでありまして、たいへん大会の出発としていい空気だったと思うわけでありますが、このときの選手団表示といいますか、それが問題になりまして、御承知のような法務省の勧告が行なわれたということであります。  そこで、私はまず最初に、このアジア卓球大会の、いま申し上げましたこの性格意義、そういうものについて政府関係者見解を承りたいと思うわけであります。最初に、そのことをひとつお聞きしたいと思います。
  4. 澁谷敬三

    政府委員澁谷敬三君) 第二回アジア卓球選手権大会横浜市を会場に開催されております。これは、アジア卓球連合主催のもとに第二回アジア卓球選手権大会組織委員会日本卓球協会、それから横浜市主管といいますか、で開催されておるわけでございます。文部省といたしましては、この大会民間スポーツ団体の自主的な行事として開催されたという性格のものと理解いたしております。文部省として特別の関与をいたしておりませんが、スポーツはいま御指摘のとおり政治あるいは宗教を越えまして、スポーツのわざを競うていく、そういう意味で、スポーツを通じましてアマチュアスポーツ精神を発揮する、あるいは国際的な友好親善がはかられるということで、それなりに大いに意義のあるものと理解いたしております。文部省といたしましては、そういう立場で特別の関与はいたしておりません。
  5. 片岡勝治

    片岡勝治君 文部省はまあ特別な配慮をされなかったということでありますけれども、まあ、それはそれとしてけっこうですけども、他の大会と同じようにとっている。そのことは裏返せば、他の大会と同じように取り扱ったということだろうと思うんですけれども、そこで、私はいまちょっと申し上げましたように、アジア諸国の場合には、この国名問題について私ども日本国民の考えとは別なというより非常に強烈な一つの意識を持っていると思う。それは今日までのアジア諸国の置かれた状況からすればむしろ当然であろう。つまり抑圧民族であった。国家の独立というものが一世紀にわたってなかった。しかし今日、民族独立を果たした、あるいは果たしつつあるという、そういう諸国民に対して私どもが深い理解を示すことは、これはそういう点でもっと理解をしてあげなければならないのではないか。そのことが、私ども日本国民アジア諸国民に対する友好親善を深める非常に大きな要素になるだろう。  そこで、たまたまベトナム南方共和という、通称解放戦線と言われておるこの国の参加があり、その表示を、標識を、「ベトナム南方共和TTAD」、こういう標識を使ったわけでありますけれども、まあ、これはベトナム南方共和卓球協会団といいますか、そういうことになると思うわけであります。これは、組織委員会においても、非常に政府立場、しかし同時に、いま申し上げましたようにその国の立場、そういうものを慎重に配慮し、苦慮してつくり上げた一つ名称であろう、このように考えるわけであります。そういう点について、私は組織委員会苦心の作というものについてもっと理解をしてあげるべきではないのかと思うわけであります。この点、法務省なり外務省なりの見解を伺いたいと思います。
  6. 中江要介

    説明員中江要介君) 今回のアジア卓球選手権大会の各アジアチーム呼称の問題につきまして、ただいま先生がおっしゃいましたように、アジアの国はそれぞれ国内にむずかしい問題をかかえておりますだけに、通常以上にその呼び方、あるいは国の名前として使いたい、そういったものに非常に重点を置いて意識しているということは事実だろうと思います。で、私どもアジア情勢を常時検討しております場合に、そういった勢力が、それぞれの国で国づくりのために努力しておられるということは認識しております。したがって、そういう勢力代表として日本に来られる場合に、チーム人たちがその自分の属する団体について異常な関心を持たれることが、時と場合によりましては、本来スポーツ文化のような政治信条とか、そういったものを持ち込むべきでない国境のない社会に、集まりに、政治的な意味を伴ってくることがある。で、その政治的な意味を伴ってくることが日本外交政策上何らかの影響があるかどうかという点につきましては、これはまた、別な観点から国際ルールに従いまして一つの国に一つ政府正統政府として認めておりますと、それに対してまた別な政府政府として認めるということは、これは許されないルールになっておるわけでございますので、そういったむずかしい問題だとか、あるいはその正統政府に対して闘争をしている団体に何らかの地位を日本政府として認めるというようなことが、日本が認めている正統政府との関係外交上むずかしくならないか、そういった問題は、あえて解決するとか何か上手な道を見出すとかということでなくて、そういう問題を引き起こさない、そういう問題が表に出ない形で、スポーツ親善ならスポーツ親善で、アジア人同士の触れ合いが高まっていくことが、長い目で見てアジアのためになるという、そういう観点からできるだけ政治色というものが表に出ない形で円満にこのスポーツ大会成功に終わるようにできないものかということで、私ども関心は、入国の所管である法務省にお伝えしておったわけでございます。  で、私どもが聞いておりますところでは、組織委員会苦心の作と先生のおっしゃいました呼称の問題は、横浜開会式が行なわれる直前まで組織委員会が苦労をされたというようにいまおっしゃっておりましたですけれども、私が述べましたようなことから、呼称の問題は、国旗とか国歌の吹奏なんかの問題とともに早くから法務省とも御相談し、また、組織委員会の方とも密接に御相談して、そして政治色を不必要に提起しないような形で円満にスポーツ大会成功裏に終わるようにということで何度も何度も協議を重ねて一つ了解に達して、そして、そういう姿で入国していただいて、そういう姿で横浜選手権大会を開いていただこう、こういう三者間の了解というものがあったことを前提といたしますと、開会式での呼称の使い方というものは、どうも私どもとしてははなはだ遺憾であり、残念なことであった、こういうふうに思っておるわけでございます。
  7. 澤井昭之

    説明員澤井昭之君) ただいま先生から御指摘がございましたように、本大会が国際的なスポーツ交流目的とするものであるということにかんがみまして、法務省といたしましても、この入国を認めるという方向で対処してきたわけでございます。しかしながら、ただいま問題になりました南ベトナム解放戦線卓球選手団呼称問題につきましては、いま外務省からも御説明がありましたとおり、そういった内外の情勢を踏まえましてどういう呼称を使うかということについて関係省庁、特に外務省と緊密に協議いたしました上、大会組織委員会と十分に事前協議いたしまして、南越解放戦線、英語ではサウスベトナムNLFという呼称を用いるんだということにつきまして、完全な了解に達しまして、御承知のとおり、三月二十六日付大会組織委員会会長名前をもちまして、法務大臣に対し、この代表団呼称についてはこういう呼称を使うんだ、サウスベトナムNLF南越解放戦線という名称を使うのだということについて法務大臣あて誓約書を提出されております。にもかかわらず、直前に至りまして、組織委員会からの一方的通告によってこの名称を変更し、御承知のとおり、大会開会式におきましては、先生指摘のとおり、リパブリック・オブ・サウスベトナムTTADベトナム南方共和卓球協会代表団という呼称を使用したわけでございます。  われわれといたしましては、その入国を認めるにあたりまして、この代表団呼称をどうするかということが最も重要な条件となっているということを強く関係者指摘いたしまして、その点につきましては十分な了解がなされていたにもかかわらず、このような方法で大会組織委員会誓約に違背したということにつきましては、きわめて信義誠実の原則にもとるものであるということで遺憾と考えております。
  8. 片岡勝治

    片岡勝治君 私ども政府のいままでのとってきた一つ外交政策について、政府立場というものを私は理解しております。それについての批判はもちろん持っておりますけれども、それはそれなり政府立場ということを私は理解しているつもりなんです。  いま御説明がありましたような経過について私も確認をしておる。しかし同時に、このアジア卓球大会では、これも御承知のように、一国でもだめだったらば大会はやらないという申し合わせです。そういうことになりますと、これは現地で組織委員会を中心にして各国選手団と非常に努力をして何とか大会成功させよう、しかし、一国でもだめになればこの大会は全部御破算になるという、そういういわば背水の陣に立たされておる組織委員会としては何としてもこの大会成功させなければならぬ、そういう点で努力してきたということも、これはひとつ政府関係者十分理解をしてやるべきではないのか。そういう両方の立場に立ってやむを得ずだろうと思うんです、これは。政府に約束したことも、それも事実であったことを私は承知をいたしておりますけれども、しかし一方、ここまできて大会成功させなければならぬという立場に追い込まれた組織委員会の苦悩の末、こうした呼称名称を使わざるを得なかったという点について、私は、率直に言ってやむを得なかっただろうと思うわけであります。そういう点についてあたたかい理解をすべきではないか。決して政府をごまかしたとか、ペテンにかけたというような発想で、この呼称を使用したというものではないと思うわけであります。そういう理解というか、配慮というものをひとつ私は政府期待したいと思うんですが、どうですか。これはもってのほかだということにはならぬと思うんですけれども政府見解をお聞かせいただきたい。
  9. 澤井昭之

    説明員澤井昭之君) 先ほど申し上げましたように、この呼称問題につきまして、大会組織委員会誓約書内容に違背してかかる名称を使用したということはきわめて遺憾であるとは考えております。しかしながら、先生指摘のようなそういった諸般事情も十分考慮いたしております。したがいまして、法務省といたしましては、もちろん事態の円満な解決と、それから、この卓球選手権大会というものが有終の美をおさめることを強く希望しているものであります。  そのような事情を勘案いたしまして、昨三日、御承知のとおり大会組織委員会に対しまして、純粋なスポーツ国際交流たるべき本大会がその趣旨どおり実施されるためにも右誓約を順守するよう強く申し入れを行なった次第であります。法務省といたしましては、現在、事態を円満に解決するために組織委員会が誠実に誓約を順守するということを期待している段階でございます。
  10. 中江要介

    説明員中江要介君) ただいまの御質問で、外務省立場から、つまり、外交上の配慮という観点からぜひ先生にも御理解いただきたい点がございますので、補足させていただきますが、先ほど申し上げましたように、具体的に南ベトナム臨時革命政府代表という呼称大会に参加したいと言っておりますチームにつきまして、政府としては、法務省を通じて大会組織委員会のほうに、別な呼称を使ってもらいたいということで鋭意折衝を協議していただいて、こういう呼称で参加されるのだという了解に達した段階で、その勢力をかかえている、そして日本正統政府と認めている南ベトナムベトナム共和国政府につきましてその理解を求めるという外交的措置をとってきておるわけでございまして、それにつきましてベトナム共和国政府のほうは、そういう扱いで解放戦線勢力チーム日本に入って卓球大会に参加するということについてあえて異議を唱え抗議をするというようなことはなくて、スポーツ大会ということに着目して平穏な大会の運営を期待していたという状況他方であったわけでございますので、日本政府としては、日本政府が現在正統政府と認めている政府との問に事前にはっきりした理解を求めた措置をとったあとで、そうでない姿で大会が運営されるということは、やはりサイゴンにあります政府との関係日本政府としてはむずかしい立場になる面もあると、この面はぜひあわせて御理解いただきたい、こういう次第でございます。
  11. 片岡勝治

    片岡勝治君 私も発言のつど、そういう政府立場について理解いたしております。同時に、こういう事態になったという点についても、私たちはあたたかい理解というものもすべき——現にそういうことになっちゃっていますから、そういう段階にあるということを政府関係者お願いするわけであります。  それで、すでに大会が非常に友好ムードで現に行なわれております。いま法務省答弁の中にも、ぜひ有終の美期待をしているという発言がありました。いやしくも、この大会が途中で中止をされるような事態はないと思います。これは政府関係当局においても、また、組織委員会においてもそのことを回避するために私は全力を傾注すべき段階であると思うわけであります。そういうようなことは万々ないと思います。  そこで、この際、いま申し上げましたように、法務省答弁があったように、この大会成功させる、有終の美をもって無事終了する、そういう一点にひとつ全精力を傾けていただきたい。そのためには、率直に言って組織委員会のほうでも反省なり、譲歩をしなければならない点があるかもしれない、あるいはまた、政府関係当局においても多少問題があっても一歩大きく譲歩してとにかくこの大会を円満に達成さしてあげる、このことが、私は長い歴史の上でアジア諸国民に対して大きく貢献をする道であろう、その一つであろうと信ずるわけなんであります。そういう意味で、私は、文部大臣にもぜひこの際、たいへんむずかしい要素があります。しかし、スポーツ精神に立ったこのアジア大会成功のために、そういう立場からも文部大臣に御努力お願いをしたいし、また、外務省あるいは法務省、それの立場も十分私は理解しながら、なおかつ大会成功のために政府関係大臣関係各省努力を心から期待をするわけであります。この際、文部大臣、さらに外務省、それから法務省のお答えをお願いをして、私はこの問題について質問を終わりたいと思います。
  12. 澁谷敬三

    政府委員澁谷敬三君) 文部省といたしましては、今回の大会が純粋のスポーツ大会といたしまして成功することを期待いたしておるわけでございます。そういう意味で、外務省法務省におかれましては、そういう純粋なスポーツ大会として非常な御配慮をいただいておるわけでございますが、その点もひとつ御理解いただきまして、そういう大会として成功することを期待いたしておるところでございます。
  13. 中江要介

    説明員中江要介君) 外務省といたしましては、先ほど申し上げましたような外交上の配慮というものについて特に関心がある次第でございますが、先生がおっしゃいますように、せっかく開かれている大会だからこれが不当に妨げられて所期の目的を達することができなくなるようなことにならないように、その点については十分理解しながらも、やはりこういう組織委員会誓約違反という遺憾な事実については、これはきびしい態度で臨まなきゃならないと思いますし、また、それによって生ずる国際的に外国の正統政府との間で日本政府がいままで行なってきました話し合いについての日本政府の信義の問題もございますので、そういう問題についてすでにベトナム共和国政府からは組織委員会誓約違反を遺憾とするという意味抗議もきております次第ですし、その辺のところを十分円満に解決する努力他方でもあわせ行なっていきたいと、こういうふうに思っておるわけでございます。
  14. 澤井昭之

    説明員澤井昭之君) 法務省といたしましては、先ほども申し上げましたように、昨日警告を行なった段階でございますので、事態を円満に解決するためにも、また、この大会成功裏に終えんするためにも組織委員会が誠実に誓約を順守するということを強く期待している次第でございます。今後どういう措置をとるかということにつきましては、十分組織委員会とも協議の上、大会が円満に行なわれるよう事態の成り行き、諸般情勢を見きわめた上で関係省庁とも慎重に協議の上、決定いたしたいと存じます。
  15. 片岡勝治

    片岡勝治君 それでは、この問題については質問を終わりたいと思います。関係者がひとつそれぞれの立場はおありのこととも思いますけれども、すでに現在、大会開催中でありますので、この大会成功のために一段の御努力お願いしたいと、こういうことを強く希望いたしまして、この問題について終わりたいと思います。  それでは次に、文部大臣施政方針質問という点で、若干具体的な事項について質問をしたいと思うわけであります。  今日、日本教育は、いろいろな面でたいへん重大な局面にいま立たされておるわけでありまして、いろんな問題点がありますが、その中でも大きな変化の特徴の一つとして、高等学校及び大学進学率が急速に伸びておるということであります。このことは、たいへん好ましいことであって、決して悲しむべきことではないわけでありますけれども、しかし、こうした傾向に対して政治なり行政なりがはたして適切に対応しているかどうかということになりますと、必ずしも、そういうことにはなっていないのではないか。もちろん、これには施設の面、教員の面、いろんな面で短期間にこれをすべて克服するということはむずかしい問題があると思いますけれども、この政治行政の面でこうした国民の要求に対して必ずしも十分にこたえていないということは率直に認めなければならぬと思うわけであります。たまたま、委員長配慮によって過般、この文教委員会において私学の問題について自由討議をいたしました。もちろん、速記録をとらずに自由にこの問題について発言をしようじゃないかということで、私はたいへん有効な話し合いができたと思うわけであります。そのときに、私学の側から発表されました資料によりますと、大ざっぱに申し上げまして、こういうことが言えるわけです。日本大学生は約百五十万、うち国公立が三十万、残る百二十万が私学が担当しているということになっておるわけです。この数字を見ても、私は私学がいけないとか、その教育内容がどうということではなくて、いわゆる公的な負担というものが非常に低いのではないか、五分の一ということですから、これは問題にならぬのではないか、もちろん、私学に対して一定の補助、助成をしていることを私は否定をするわけではありませんけれども、そういうことに数字上なっておる。しかも、これは私もたいへんびっくりしたわけでありますけれども、百二十万の私学大学生、しかし、その内容は、こういうことだと私の質問に対して答えました。つまり、私学定員は実は七十万人なんだ、あと五十万人は俗にいうやみ定員なんだ、こういうことです。これはおそるべき数字だろうと思う。しかし、なぜ五十万人のやみ大学生を収容しなければならないのかと突き詰めれば、それは私学貧困だという、これを裏返して申し上げるならば、私学の、つまり大学貧困、経営不振というものが逆に五十万人の国民大学に入学させているんだ、こういうことになるわけであります。私は、たいへんこれはゆがめられた大学の裏側から見た姿ではないのか、おそらく文部省も、こういう事態は万々承知のことだろうと思うわけでありますけれども、こういった実態が国民の前に明らかにされたときに一体国民はどう感ずるだろうか、これまでの重大事態に追い込んできた日本教育行政というものに対してきびしい批判というものが出てくるであろうと思うわけであります。しかし、私はいまここでこの大学問題をいろいろ論議をしようということではありません。つまり、今日の進学率に対応する教育行政というものが大きく立ちおくれているのではないか、一つの証左として申し上げたわけであります。大学問題につきましては後日十分見解も申し上げ、また、文部省の御意見も拝聴したいと思うわけであります。それと同じように、高等学校進学率がいまや九〇%をこえる、あるいは東京とか、都市の神奈川とか、そういう大都市地域ではすでに九五%にも達しようとする、こういう傾向にあるわけであります。したがって、高等学校はいままでも準義務教育ではないのか、そういう性格が非常に強くなってきた。これは大学性格が昔と異なってきたように、高等学校教育というものもその性格が一時期と違ってきたのではないかというふうに私は考えるわけであります。つまり、この高等学校進学率のほぼ一〇〇%に近くなりつつある今日、高等学校教育というものが、どういうものであるかということを私たちはもう一度振り返って考える必要があるのではないかと、こう考えるわけであります。この点について文部省はこの傾向、そして高等学校教育そのものについて、今日のこの入学率が非常に高くなった時点で、どういう見解をお持ちになっているのか、この点をまずお聞かせいただきたいと思います。
  16. 岩間英太郎

    政府委員岩間英太郎君) 御案内のとおり、高等学校への進学率が非常に高まりまして、これから先を考えますと、九五%ぐらいまでは高等学校へ進学するであろう。したがって、ただいま御指摘いただきましたように、準義務教育といってもいいぐらいのところまできているんじゃないかというお話しでございます。現在のような非常に急速に進展する、それから変化する、また、複雑な社会の中で自分をさらに伸ばしくいくというふうなことのためには、現在の義務教育段階を越えて高等学校教育ぐらいまでは、希望するすべての国民に対してこれを保障するということが適切ではないかということで、父兄の希望もございましたし、また、私どももさように考えまして高等学校の普及というものをはかってきたつもりでございます。そういうことで、量的には世界でも有数のところまで到達をしたわけでございますけれども、しかしながら、現在の制度のもとで高等学校に一番戦後の新しい教育制度、それから日本の社会における学校制度の中でも高等学校に一番矛盾が集中しているような感じがしているわけでございます。したがいまして、量的な拡大はともかくといたしまして、その質的な面におきまして、これを今後どのように持っていくかということは、これからの日本教育を左右する、また、日本の将来を左右するような非常にきわめて大きな問題ではないかというふうに考えまして、このたび高等学校を中心にいたしまして高等学校以下の教育内容の問題につきまして教育課程審議会に諮問を申し上げている。また、それと並行いたしまして、高等学校の現在の職業教育課程、これがどうあるべきであるかというふうな問題、さらには、こういうふうに普及をいたしましても、なおかつ高等学校教育から落ちこぼれております四十万の青少年、そういう方々に対する定時制、通信教育をどうするかというふうな問題、そういうふうな問題につきまして、ただいまそれぞれ審議会にお願いをいたしまして、検討を加えていただいているというふうなことでございます。普及率におきましては、確かにその必要があってここまで持ってきたわけでございますけれども、しかしながら、問題が非常に高等学校に集中をしておるというふうな点がございまして、これから私ども、この問題に真剣に取り組んでいかなければいけないのじゃないかということを感じておるような次第でございます。
  17. 片岡勝治

    片岡勝治君 九五%の進学率ということになりますれば、これはほとんど義務教育とみなすべき状況だろうと思います。これに対応する施策というものを緊急につくらなければならないと思うわけであります。そういう意味で、これから検討するということについてたいへん——冒頭申し上げましたように、どうもこの行政というものが対応するにのんびりムードで、いわば手おくれになってきているきらいが非常にするわけであります。しかし、おそまきながらといえども、この高等学校教育のあり方について検討するということでありますから、ひとつ緊急に基本的な方針を打ち出して、すみやかにこの情勢に対応する高等学校教育のあり方をつくり上げて実施していただきたいと思うわけであります。しかし同時に、こうした傾向が現にあるということですから、率直に申し上げまして、部分的にも、これに対応する施策というものは、私は考えていいのではないかと思うのです。それは教育内容の問題、そしてあとは施設の問題としては公立と、さっき大学の問題をちょっと申し上げましたけれども私学の問題があるわけであります。この教育内容につきましても、準義務教育という方向になってくれば、いままで政府が進めてきた高等学校のあり方について反省というか、再検討すべきではないか。つまり私どもの表現からすれば、高度経済成長に対応する高等学校教育、もっと端的に言えば、技術教育というものを非常に一時期重視をしてまいりました。私が神奈川県の県会議員をしておりましたときにも、非常にそういう色彩が強くなってまいりまして、高等学校の急増対策は原則として技術関係高等学校にするんだというような方針を打ち出してまいったわけであります。しかし、その政策が今日一つ進学率が非常に高くなったということも原因をいたしまして、多くの問題を投げかけていることは否定し得べくもない現実であろうと思うわけであります。そういう意味では、高等学校教育というものは、普通高等学校というものを充実、拡大をしていくということを考えていくのが、将来高等学校教育というものはどうあるべきかということは根本的に再検討するにいたしましても、現実のとるべき施策としては、一つには、そういうことは考えていいのではないかと思うのです。これについてはどうなんでしょうか。
  18. 岩間英太郎

    政府委員岩間英太郎君) 先生ただいま御指摘のように、昭和三十年代におきまして、一時期、世界的に技術者の養成ということが叫ばれた時代がございました。これはまあOECDも、ソ連も、それから日本も、その風潮に乗ってやったもけでございますけれども、結果におきましては、これはまあ世界的に間違ったというとちょっと大げさでございますけれども、確かにそういう方向はいささか極端な行き方であったということが反省されるわけでございます。  現在、普通科と職業課程の比率は、六〇%対四〇%ということでございまして、この比率そのものが私ども現在及び将来を考えまして、大体妥当な比率ではないかというふうな感じもするわけでございます。しかしながら、この問題は、根本的には先ほども申し上げましたように審議会におきまして御検討をいただいているところでございますけれども、やはり世の中変わってまいりまして、先ほど先生指摘のありました技術者を何でもかんでも養成するんだというふうないき方も間違っている。しかし、将来のことも考えまして、たとえば、農業につきましても、私よく存じませんけれども日本でまあ農業の自給率を高めるというふうなことになりますと、やはり農業技術者というものの必要性も十分存在するわけでございます。また、現在看護婦が足りないというふうなことで、そういうふうな方々の養成も、やはりこれはそういう職業課程でやっていかなければならないというふうな問題もございます。まあ御本人の希望、あるいは大学への進学、そういうものをどういうふうに考えるか、それから実際の社会の要請、そういうものをどういうふうに考えるか、そういうふうな両方の組み合わせをうまく解決するということはなかなかむずかしい問題でございまして、職業課程の中には先生指摘のように、初めは希望しなかった、まあある意味では、いやいや職業課程に入ってきたというふうな者が、普通課程よりも多いわけです。普通課程に入った者よりもそういう希望しないで入ったというふうな比率が多いわけでございますけれども、しかしながら、その中に入ってみますと、職業課程に入ってよかったという人が、たとえば家庭科の場合には、その倍ぐらいになっておるというふうな例もございます。ところが、普通科のほうは初めは入りたかったという人が、あとでいや自分は方向を間違ったのだ、というふうにお考えになっている方がむしろ普通科のほうがふえているというふうなこともございまして、単にその子供が希望するからということだけで、現在普通科をどんどんつくってしまうということも、やはり先ほど先生が御指摘になりましたような間違った方向と同じようなことを起こす可能性もあるわけでございまして、その点を心配いたしておるわけでございますけれども、各県でもいわゆる行き過ぎて、たとえば、七、三ぐらいにすべきだと、七が職業課程でございますけれども、普通科が三だとかというふうな、県におきましても、そういう方向は是正をされておるというようなことも聞いておりますから、私はある程度六、四というような方向を維持しながら各県のそれぞれの実情によりまして、各県の御判断によって普通科を増設するかあるいは職業課程を増設するか、それはまあおまかせしても現段階ではよろしいのでないかというふうな気もいたしておるわけでございます。いずれにしましても、たいへんむずかしい問題でございますので、お教えを賜わりながら検討を進めてまいりたいというふうに考えております。
  19. 片岡勝治

    片岡勝治君 私も、この技術教育を軽視するとか、それが価値がないということを申し上げているのではなくして、たいへんそれは人間として生きる上にも大事だろうと思うのです。ただ、高等学校の場合に、いまもちょっと局長のお話しにもありましたとおり、九五%どこかにはめ込めなきゃならないという現実の問題がありますものですから、もう子供の意思とか親の意思は考えずに、とにかくどこかにはめ込むという手段にこの技術関係高等学校が、使われているといっちゃたいへん現場の先生に向かって申しわけないのでありますけれども、そういう現実があるということ。だから、将来、これは全く私の一つの私見なんですけれども、いま局長が言ったように、普通高校に入って、どうもおれは普通高校よりも工業に行ったほうがいいのではないかというときに、具体的にはたいへんむずかしい問題になるかもしらぬけれども、その人は途中からでも工業高校へ、いま三年だけれども、じゃ二年からやり直してひとつ行こうかと、そういう本人の希望なり意思なりあるいは適応性なりを考えた、そういう意味の、私は対応性はあってもいいと思うのだけれども、今日はそうじゃなくて、もう入ったらところてん式にどうしても出ていかなければならないということになっていますからね。技術関係高等学校が、いわば普通高校からはみ出した者を収容するという傾向、一部そういう傾向があるということ、これはそういう傾向があるということは否定し得ない現状なわけであります。これは、いま申し上げましたたいへん重大な問題でありますけれども、したがって、当面は普通高校というものを、充実整備していくということを考えて、この将来の高校教育というものをどうあるべきかということを緊急に出すべきだろうと思うわけです。  それからもう一つは、公立と私立の高校との問題です。これもいま言ったように九五%、一〇〇%近いこの進学率ということになりますれば、できれば公立ということを希望する国民があったにしても、それだけの収容能力がなければ、いやでもこれは私学で受け持たざるを得ないということに当分はなってきますね。これも冒頭さっき申し上げましたように、私学が悪いとかいうことじゃなくして、しかし問題は、父兄負担が非常に高いということはこれは事実であります。こういう分析のしかたはあまり私は好きでないのですけれども、まあ神奈川県の例をとってみますと、ごく大ざっぱに申し上げますと、十一万人が公立の高等学校の生徒です。私学高等学校の生徒が八万人、ほんとうに大ざっぱな数字でありますが、公立高校、これも予算はもっと精細に分析をしなければなりませんが、十一万人の生徒に対して、これは新設校、あるいは土地買収費も含まれておりますけれども、本年度予算を見ると、二百三十億円かかっているわけです。つまり県民は二百三十億円の金を投じて十一万人の公立高等学校の生徒を受け持っているわけです。そして、その県民は八万人の、私学へ通わしている父兄大衆もこの十一万人の公立高校生のために税金を出しているわけなんです。税金というのは、目的税じゃなくて、ひもつきではありませんから、自分が出した税金が高等学校にいくということにはなりませんが、数字的には、そういうことになるわけです。あまりこういう見方、考え方は私も必ずしも適切とは思いません。しかし、こういう数字をいわれますと、なるほどそうかということを考えざるを得ない。おれたちは公立高校へ行っている子供たちのために税金を出している。しかし、自分の子供はほとんど九分九厘、私財を投じて私立の学校に通わしているのだ。これは公正な政治、平等な政治を考えたときに、一体片岡さんどうなんですとか、この間、言われたわけでありますけれども、これは何とかしなければいかぬじゃないか。もちろん、神奈川県においても私学に対して助成をいたしております。これも幼稚園から大学までありまして、その内容を分析しなければなりませんけれども、約五、六十億の助成をしている。これは全国的には高いほうだろうと思うのです。したがって、公正なり公平という原則から考えてみても、九五%の進学率に到達した高校生に対しては、この特に父兄負担、親の負担というものについてはもう根本的に考え直す必要があるだろう、つまり公立へ行っていようと、私学に行こうと、負担については大体同じだということを打ち出していかなければならない状況になっているのですからと、考えるわけです。いままでも文部省は若干この点について大学も含めて努力をされておりすけれども、助成とか補助という考えをもう捨てて、一緒になって高校生はめんどうを見るのだ、考えていくのだという発想の転換が必要だろうと思うのです。この点ひとつ、どうお考えになりますか、お答えいただきたい。
  20. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 公立高校と私立高校の関係につきましては、ただいま片岡先生が御指摘になりましたような基本的な問題があると私どもも考えております。実際問題といたしまして、公立高校と私立高校は相補うような関係にあるわけでございまして、私立高校の多いところは公立高校が少ない。公立高校の多いところは私立高校が少ないというような関係にあるわけでございます。そこで、文部省といたしましては、昭和四十五年に先ほどもお話しがございましたが、大学に対する経常費の補助という制度が始まったわけでござますが、それと時期を同じくいたしまして、高等学校以下の私学に対しましても、経常的ね運営費の補助をするという方式を立てまして、これは地方交付税という制度を通じての財源的な裏づけでございますが、そうした方式をとってきたわけでございます。各年度それぞれ改善をされておるわけでございますが、近年の例を申し上げますと、四十七年におきまして高等学校以下の私学に対する基準財政需要額は二百三十五億でございます。実際は三百三十九億の補助ということになっております。それから四十八年度は、基準財政需要額が三百七十五億でございます。これに対する各府県の補助は、これは当初予算でございますが、四百八十七億という程度になっております。基準財政需要額をかなり上回って各府県におきましては補助が行なわれておるというような実態でございます。  四十九年度におきましては、まだ基準財政需要額の総額は明らかになっておりませんが、私学の経常費補助に対する地方財政計画の総額は五百十九億でございまして、対前年度に対しまして、七八%というようなかなり大幅な増額になっております。これはただいま片岡先生から御指摘がありましたような、そうした諸般事情を考慮いたしまして、そうした扱いをいたしたわけでございます。  なおしかし、公私立のかかわり合いについての基本的な問題というのは、これは依然として残っておるわけでございますが、昨年来、文部省私学振興方策懇談会というものを設けまして、これはまあ地方自治体の代表ということではございますが、神奈川県の知事さんにも御参加をいただきまして、将来の高等学校以下の助成のあり方について御審議をいただいておるわけでございまして、ただいまもその審議会が開かれておるというような状況でございます。懇談会の御意見等を伺いました上で、私どもも、今後のあり方、高等学校以下の助成のあり方について、さらに基本的に検討をしてまいりたいというふうに考えております。
  21. 片岡勝治

    片岡勝治君 これはひとつ、私に言わしむれば、発想の転換をして、大部分の、つまり九五%の者が高等学校に行くということになれば、もう義務教育と同じだと、そういうことになれば、公立に行った者は非常に安くて、私学に行った者はばく大な父兄負担というものが強要されるということは、やっぱり公平な原則からすればどうもおかしい。そういう点で、大学と同じような問題でありますけれども、それよりももっと深刻な事態になっておりますので、これは抜本的に、しかも緊急に考えていただきたいと思うわけであります。  それから、この九五%の入学率に達した高等学校の問題として、もう一つ重大な深刻な問題は、人口急増地域における高等学校をどうやってつくっていくかという問題であります。たまたま私は神奈川に住んでおりまして、この問題について実に深刻な事態をこの目で見ておるわけでありますけれども、神奈川の例をとってみますと、昭和四十八年から五、十五年までに、県立高校、要するに、公立高校を四十校建てる、さらに、昭和四十八年から昭和六十年までには合計百の高等学校を建てなければ、いまの入学率を維持することができないという数字が出てきております。これは神奈川県の人口急増がいまの率でそのままいくということではなくて、すでに人口急増した、その自然増が大部分になってくるわけであります。いずれにいたしましても、昭和四十八年から五十二年までに二十校、さらに昭和五十二年から五十五年までに四十校、計六十校、さらに昭和六十年までにはその上に四十校、これだけの高等学校を建てる、これは地方自治体としては容易ならざることであります。この傾向は何も神奈川だけではなくして、東京においても、あるいは愛知、特に大都市をかかえた人口急増地域における問題でもあるわけであります。いままで小学校、中学校の場合にはもちろん若干の問題点、これは後ほど触れたいと思いますけれども、万全とは言えないまでも、文部省として努力をしてまいりました。その点、私も率直に評価をしたいと思うんです。この高等学校の問題についても、これは実に深刻な事態に追い込められておるわけであります。しかし、これに対する補助、助成というものがない。まあこれは都道府県の固有の行政ということになって、しかも、義務教育ではないということから、法的な補助、助成政策がとられておらないと思うのです。これはいままでならば、あるいはいたし方がないとも思います、率直に言って。しかし、いま申し上げましたように、ほとんど義務教育に近くなったという、こういう傾向からすれば、この人口急増地域における高等学校の施設についてもそろそろ考えて——そろそろということばはちょっとのんびりし過ぎておりますけれども、この時点では考えるべきではないのかと思いますけれども、いかがでしょうか。
  22. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 先ほど来お話しがございますように、高等学校の生徒の急増の問題というのが非常に深刻な問題になっておるわけでございますが、その理由は、これいろいろございますが、主としてやはり人口の都市集中ということ、がその原因であろうかと思います。で、まあたとえば一例でございますが、神奈川県の場合は、四十九年度における進学率が九四・七%でございます。五十三年における進学率が九六・二%という推定でございますが、絶対数の増加が約四万二千というふうな推定が行なわれております。一方、青森県でございますが、青森県の高等学校への進学率は四十九年におきまして八三%でございますが、五十三年におきましては九二・三%という推計でございます。で、神奈川の場合は、約二%弱の増加で、先ほど申し上げましたように約四万二千の増があるわけでございますが、青森の場合は、約九%強の増加で、絶対数といたしましては約七千の増というような状況でございます。それから一方、進学率が上がりながらも高校生の絶対数が五年先には減少するというような府県もかなりございます。そうした実態から考えますと、ただいま問題になっておりまする高等学校の新設問題というのは、いろいろ要因があるわけでございまして、もちろん、その中には、進学率の上昇というようなこともあるわけでございますが、主としては、やはり人口の大都市ないしはその周辺に対する集中が、そのかなり大きな理由であるというふうに考えられます。私ども調査によりますと、昭和四十九年度から五十三年度までの間における公立高校の増設計画は約三百四校でございますが、このうち埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫の七府県における増設計画が百九十八校ということでございます。つまり全公立高校の約三分の二の増設計画がただいま申し上げました人口の急増しておる七つの府県において起こっておるということでございます。こうしたことが実情でございまして、これにどう対処するかということが私どもに与えられた課題であったわけでございますが、前回の高校生徒急増時期における国の施策といたしましても、これは地方債を充実するという方策でまいったわけでございます。今回の事態というのは、前回の高校生徒急増の時期とは様相が異なるわけでございまして、ただいま申し上げましたように、かなり特定府県への集中という現象が著しいというようなこともございまして、国の措置といたしましては、地方債を充実すると、こういう方式をとったわけでございます。本年度、地方債の中におきまして、一般単独事業の中の細目として高校急増対策という事項を新たに掲げまして、六十億というワク取りをいたしたわけでございます。もちろん、このほかに一般単独事業債の総ワクといたしましては、四十九年度九百三十億というワクが予定されておるわけでございますし、また、公共用地の先行取得事業債といたしまして五百十二億のワクが予定されております。ほかに金額が特定されておりませんが、まあ水田債といったような方式もあるわけでございますので、こうした起債の総ワクの中におきまして、ただいま御指摘のような高校の急増対策に対処していただきたいというふうに考えておる次第でございます。
  23. 片岡勝治

    片岡勝治君 この急増地域における高校急増対策は、各自治体にいたしますと、それだけで済む状況にないわけです。つまり人口急増地域というのは、もちろんいま言ったように小中学校から、まあ小中学校は市町村でありますけれども高等学校だけじゃなくて、いろんな公共施設が不足をして、それにもうたいへんなお金がかかる、そういうものが集中的にこうくるわけです。まあその中でも高等学校は比較的大きな行政負担になっているわけでありますから、そういうこの急増地域における他の行政の単位が非常に大きいということを考えたときに、単なるこの地方債方式だけで、この急増地域の高校教育というものがスムーズに進行するかどうかたいへん私は疑問に思うわけです。  そこで、きょう自治省の方も見えておりますので、率直に申し上げますが、この急増地域における高校建設については、小中学校と同じように補助制度の法制化ということを考えるべきではないかということなんです。それはいま申し上げましたように、行政負担が非常に大きいということと、もう一つは、先ほど来申し上げましたように、義務教育に近い入学率になってきたということを考えてみますと、そういう措置を、これはまあ一定時期であるいはいいかもしれませんけれども、そういう措置をとるべき段階に来ているのではないかと思うんです。これについてひとつ文部大臣と、それから自治省関係者にお答えを願いたいと思います、たいへん基本的な問題でありますから。
  24. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) 私は、高等学校へ進学する希望を持っておる方々、その全員を受け入れられるように高等学校施設を整備していくべきである、こう考えております。整備の主体は、基本的には現在私学で三割前後、国公立で七割前後を受け持っておるわけでございます。地域によってかなり違うわけでございまして、神奈川の場合には、私学を受け持っておる割合が高いと思います。やはり、それぞれが競い合って、高等学校教育の振興をはかっていくということで進んでいくべきだと、こう思っておるわけでございますが、現在、私学につきましては、私学振興事業財団から建設の場合につきましては融資をしているわけでございますし、また、都道府県が高等学校を建設します場合には、その財源で建設をしているわけでございます。財源には、地方税、地方交付税交付金あるいは地方債資金等いろいろなものがあろうかと思います。いずれにいたしましても、都道府県が高等学校を建設するに要する財源は、国として必要な高等学校が建設できますように配慮していかなきゃならない、かように考えております。その配慮のしかたの中で、片岡さんのお考えになっているのは、国の歳出予算に計上して都道府県に配分をしていく、そういう仕組みもとったらどうかと、こういう御指摘じゃないだろうかと、かように考えます。もしそういう方法をとるとするならば、どういう意味で国が補助金を出すのかということになってくるわけでございまして、国と地方の間のかかわり合いをどう持っていくのが一番いいか、これはまあ非常に重要な問題として私は考えていかなきゃならない。現在は都道府県の責任、何となれば、都道府県の住民の子弟がその都道府県内の学校に入っていくんだと、大多数、私は高等学校はそうだと思います。そうであれば、やはり都道府県が責任を負う。都道府県の議会において十分にそのあり方を論議してもらう、こういうたてまえだろうと思います。必要な財源は地方交付税制度を通じまして、それぞれの団体に必要なものは確保できるという仕組みをとっているわけでございますので、それが円滑でありませんければ、これは地方交付税制度の運用を改めるべきだという問題になろうかと思います。あるいは地方税制度のあり方を改めるべきだという問題になろうかと思います。そういう際に、国が補助金を出すということになりますと、おっしゃいますように、高等学校教育というものが実質的には義務教育的になってきているんだと、だから、どの地方についてもナショナルミニマムとしての施設は確保していかなきゃならないんだと、そういう意味で国が補助金を出すんだと、これは一つの考え方としてあり得るだろうと思います。そうでありますならば、私は、都道府県立であろうと、私立でありましょうと国が出すべきだと思います。まあしかし、そう考えるべきであるか考えるべきでないか非常に問題はあろうかと思いますけれども、まあ出すとすれば、そういうことだろうと、そう思います。そうしますと、人口急増の地域につきましては、まあたくさんな高等学校を一挙に建てていかなければならないわけでございまして、その場合の都道府県立と私立との配分をどうするかという問題もございましょうし、何校建てるかということにつきましては、むしろ国が責任を負うというようなことになるだろうと思います。国が補助金をつけるから、したがって、その校数分だけ都道府県で公立なり、私立なりの高等学校を建てていくんだろうということになってくるだろうと思います。言いかえれば、都道府県の責任を国が肩がわりすることになっていきゃせぬだろうかという感じを持つわけでございます。それがいいか悪いかという問題はあるわけでございまして、私は、無意味に中央政府、府県政府、市町村政府があるわけじゃないんだと。やはり、市町村政府なり府県政府なりは意味あって、存立しているわけだから、その責任のもとにおいて十分その政府あるいはその自治体というものが効果をあげていくような仕組みを考えていかなきゃならない。やはり市町村は市町村、府県は府県、国は国で、国民あるいは住民みんなが真剣に考えられるような態勢というものはこれは非常に大事だと、責任の肩がわりをして、どこに責任があるのかわからないようなかっこうになっていったりすることは、やはり私は、将来の国と地方の行政のあり方を考えた場合には問題があるんじゃないだろうかという心配をしているわけでございます。そういうこともございまして、私は、都道府県が高等学校を建てる場合の必要な財源、これはもう当然国として確保していかなきゃならない。また、そういう意味で、自治省でもたいへんな御協力をいただいているわけでございまして、地方税制度あるいは地方交付税制度あるいは地方債計画、一体として御協力をいただいているわけでございます。また、ナショナルミニマムを確保するという意味でなしに、奨励的な補助金として出していくんだということになりますと、私は、もうそういう段階を越えていいのじゃないだろうか。現在、全国的に見ますと高等学校に入りたい方々の九八・六%を高等学校に受け入れているわけでございます。でありますだけにいかがなものだろうか。そうすると、やっぱり人口急増の地域でどんどん高等学校の施設を建てていかなきゃならないわけでございますから、そういう団体に対しまして、国がいまの財政責任の制度の中で建てられるように積極的に配慮をしていくことだということではないかと、こう思うわけでございます。四十九年度の予算編成にあたりましても、私なりに関係団体の方々に伺いました。その際に、東京都の教育長は地方債の中ではっきりしていただくと自分たちは非常にやりやすいのだ、こんな話も伺ったわけでございまして、そういうことで、大蔵省に一応は補助金の要求はいたしましたけれども、大蔵省は補助金をつけるということについては難色を示したわけでございますが、私は、そのお気持ちもよくわかるわけでございまして、これはやはり国と地方の行政のあり方、根本的な問題として将来にわたって考えていかなきゃならない大事な問題だから、この際は地方債計画の中で必要な資金は確保する仕組みをとらしていただこうと、こういうようなことで、四十九年度の措置をとらしていただいたわけであります。国から補助金を出しましょうと、あるいは都道府県が補助金をもらわないでやりましょうと、もとは国民の税金なんでございますから、国民の税金を国と府県と市町村との間に的確に配分していく、これは根本だと思います。ですからこの財源配分が適正であるかどうかということについては、絶えず関心を持ち努力を払っていかなきゃならない、こう考えるわけでございます。その同じ国民の金をすぐ府県が自由に使える金として渡してあげるのか、一たん国の予算の上に計上してから府県に渡すか、これによって大きな違いができるわけでございまして、中央政府が府県行政を支配する力もこういう仕組みを通じて持つことができる。また、持つことがいいのか悪いのか、これまた大問題でございますので、将来にわたりまして私としては慎重な検討をさしていただきたい、こういう気持ちでおるわけでございます。たいへんくどくどしく申し上げまして恐縮でございました。
  25. 高田信也

    説明員(高田信也君) ただいまの大臣の御答弁につけ加えます。  自治省といたしましては、先生おっしゃいましたように、人口急増地区の小中学校等の義務教育につきましては、昭和四十六年度あたりから用地の補助なりあるいは補助率のアップなりかなり積極的な前向きなこれが見られる、前進が見られるわけでございます。小中学校義務教育につきましては、比較的財政規模の小さい団体に対して集中的に人口が急増するということで、それからこれに対する運動施設の整備がとうてい財政的にたえられないといった形であらわれますために、そういった特別の制度が設けられておるわけでございます。  都道府県につきましては、ただいま大臣からお話しいただきましたように、いろいろと財政全体の仕組みを通じて対応していく方法がございます。非常に一時的に急増する場合等につきましては、地方債制度の運用ということで現在まで対処してまいっておるわけでございます。今後とも文部省のほうともお話しをよくしながらしかるべき措置をとってまいりたい、こういうふうに考えておるわけでございます。
  26. 片岡勝治

    片岡勝治君 わかりました。ひとつ十分検討していただきたいし、いわば人口急増地域は異常事態なものですから、いまの仕組みだけでこれだけの行政を負担し得るかどうか、たいへん私は疑問に思うわけであります。  それから文部大臣、金を出したからといって地方を支配することにはなりません。金を出さなくたって支配することもありますからね。金は大いに出すけれども支配しない道、これが私はほんとうの民主主義政治だろうと思うんです。金を出したからよし締めてやれというようなことには私はならぬと思うんです。だから、それとは直接結びつかないと思いますので、まあいずれにしても、異常事態に対するひとつ国の責任ということばは語弊がありますけれども、国の対処を一そうひとつ強くしていただきたいと思います。  次に、義務教育関係について若干お伺いをしたいと思います。実は、この小中学校、まあ養護学校等含めての施設の問題につきましては、これで三回目でありますけれども、四十六年、四十七年とまあ同じような質問を、内容は全部同じような内容です。過去二回にわたって質問をし、この間、文部省としてたいへん努力をされてきたことも私は率直に認めたいと思うのです。これは市町村あるいは教育関係者のひとしく認めておるところでありまして、私からも率直に感謝の意を表明したいと思います。しかし、だからといって、万全かどうかということになりますれば、問題はまだまだたくさん残っておるということを私はきょう指摘したいと思うわけであります。  第一番目は、危険校舎の問題であります。たいへん田中さんは経済大国だ、GNPは世界一だとか二だとか、たいへんいばっておりますけれども、しかし危険校舎の数が今日なおかつ非常に多い。これではどうもあんまり自慢にならないのではないか。経済大国になる前に、私は教育大国といいますか、文化大国というか、そういう道を指向すべきではなかったのか。言ってみれば、こういうところを犠牲にした上で、日本の経済成長というものが進められてきたといっても私はいいのではないかと、まあ批判をしたくなるわけであります。  そういう大上段にかぶった批判はやめることにいたしまして、年次計画的に危険校舎の解消につとめられてきてはおりますけれども、昨日、文部省からの資料をいただきましたが、一番新しい資料で、小学校、中学校、高等学校の危険校舎の場合には政府も補助をしておるわけでありますが、この実態をひとつ報告していただけませんか。
  27. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 四十八年五月一日の実態調査の結果でございますが、小学校、中学校、高等学校、特殊教育諸学校、幼稚園、この全体でいわゆる危険面積と目されるものは約千十六万平米ございますけれども、このうち、私ども国庫補助の資格面積と申しておるものは約六百九十九万平米でございます。このうち、小学校について申し上げますと要改築面積が四百五十一万平米、中学校について申し上げますと百五十二万平米、合わせて約六百三万平米の要改築面積があるということでございます。それぞれ内容といたしましては校舎、屋体、寄宿舎等がこの中に含まれております。予算措置といたしましては、毎年百万平米程度の改築を進めておるわけでございますが、従来の例によりますと、健全面積から危険面積に落ち込んでくるものが年々ございまして、毎年百万平米ずつの改築整備をいたしておりますものの、毎年度調査をいたしますと、その総面積は必ずしも減ってないと、こういうことになっておる次第でございます。
  28. 片岡勝治

    片岡勝治君 いま説明がありましたとおり、私も昭和四十六年、この問題について質問をいたしました。そのときの資料も偶然残っておりまして、それからずっと資料をいただいて見ますと、いまお答えのとおり、危険校舎の坪数なりあるいはその面積が減ってないわけです。これは直すと古い建物がありますから、それが危険校舎にだんだん入ってきまずからだろうと思うのですけれども、しかし、少なくとも、これがだんだん減るということでなければ、危険校舎の解消ということにならぬと思うんですよ。新たに危険校舎になった坪数だけ、面積だけ建て直すということであれば、これは未来永劫危険校舎というものは私はなくならないと思うのです。最近は鉄筋、鉄骨がふえてまいりましたから、いつかの時点では急速に減ってくると思います、最近のほとんどの学校は不燃校舎になってまいりましたから。しかしそれでもどうですか、いまの率で考えていくと、ここ十年、二十年では危険校舎はなくならないという数字が出てきやしませんか。これは単に私は校舎が不足しているとか何とかの問題じゃなくて、幸いにして大きな事故は起きておりませんね。たいへん私は幸いだったと思うんですけれども、要するに、危険校舎というのは校舎として老朽化して適当でないという、建て直さなければならぬというふうに文部省自体が見ておる校舎ですからね。それが毎年減っていかないと、総量として減っていかないということは、これは文部省、あなたは怠慢だと言われてもしかたがないんじゃないですか。だから、こういう点についてはもう三年なり五年なりほんとうに計画をして完全になくしていくということでなければ、これは国民期待にこたえる教育行政ということにはならないんじゃないですか。過去の実績、だんだん教室数なんか見るとふえてきていますね。この点ひとつ伺います。
  29. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 問題の意識といたしましては、私ども片岡先生と全く同じでございますが、ちょっと調査の経過について補足して御説明申し上げたいと思いますが、実は、従来は危険校舎の評価と申しますか、点数づけは五年に一度ぐらい行なっておったわけでございます。近年の例で申しますと、三十八年にやりまして、その後は四十三年にやりまして、まあ普通ならば四十八年にやるということでございますが、最近、改築に対する要望も非常に強うございまして、かなりその調査がひんぱんに行なわれるというようなことがございまして、四十五年にも行なわれ、六年にも行なわれ、七年にも行なわれたというようなことで、従来でございますと五年ごとに浮かび上がってきたものが、近年はかなり早い目に危険校舎に浮かび上がってくる。これは実態の変動というよりは、むしろ調査の技術的なしかたの結果によるわけでございますが、そういう事態がございます。ですから、いままでの調査によりますと、実態よりはむしろ危険校舎の面積というものが少な目に出ておったんではないか。それが近年調査がかなり行き届いてきました結果、その実態、つまりいままで隠れていたものがかなり表へ出てきた、こういうことであろうかと思います。したがいまして、実態が従来よりは悪化しているかというと、必ずしもそうとも断定できないように思います。しかしながら、こうした校舎を放置しておくということは、もちろん御指摘のとおり適当ではないわけでございまして、一日も早く改築をしていきたいということでございます。ただ予算の、しかし、全体の姿から申しますと、先ほどもお話しがございましたように、高等学校だけではなくって、小中学校の人口急増に伴う校舎不足という問題も非常に緊急な問題でございます。小中学校の校舎不足の約八割が児童生徒急増市町村における現象でございまして、これは現実に子供が登校してくるわけでございますから、これはもちろん放置できない、それに対応するものは最小限度やはり校舎等の建築を進めていかなければならないということでございます。したがいまして、公立文教施設整備全体の課題といたしますと、やはり児童生徒急増といったような、そういう現象に対処するということのほうに実はかなりな力が取られておるわけでございまして、危険校舎の改築ということは、これはもちろんやるべきこと、促進すべきことではございますけれども、飛躍的な増加が従来必ずしもなかったという一つの背景でございます。まあ危険校舎と申しましても、ただいま使用にたえないという状態で必ずしもないというものも多いわけでございますので、予算の執行、配当の実際からいたしますと、たとえば三千点以下のものは最優先で取り上げるとか、あるいは三千五百点以下のものを最優先に取り上げるとか、こういう執行をせざるを得ないと、こういうことでございます。しかしながら、私は別にここで、何と申しますか、言いわけをしているわけでは必ずしもないわけでございまして、危険校舎の改築を促進しなければならないという御趣旨につきましては全く同感でございます。そうした点につきましては、今後さらに努力をしてまいりたいというふうに考えます。
  30. 片岡勝治

    片岡勝治君 校舎建築というものがたいへん予算がかかるということですから、これだけの人口急増地域をかかえての新校舎——土地の買収も含めて、これはたいへんな予算がかかる、だから危険校舎のほうに手が回らないと、まあ現実はそうだろうと思うのですけれども。しかし、さっきも申し上げましたように、いろいろ検査をした点数で危険校舎ということを認定しているわけですから、ほんとうにおんぼろになっちゃってあしたにでもぶつ倒れるというようなことは私はないと思いますよ。しかし、危険校舎の建物総数が年々減っていかないという、これは私は怠慢だと思いますよ。これは、人口急増地域はもちろん校舎建築は大切でありますけれども、危険校舎の坪数が減っていかないということは、これは私は行政的に許されていいのかどうかということをたいへん疑問に感ずる。もし事故でもあったらたいへんですよ。だからそういういわば非常事態に対する予算については、教育予算全体ということの中の割り振りじゃなくて、これはもう別格に取り出して、これはまあ文部省の責任だけじゃないと思いますけれども、それは政府としたって、大蔵省にしたって、危険校舎についてはもう別格に、まあことし来年でできなければ三年なり五年なりで将来展望を見て直していくというようなことを別個に計画をしていかなければ、これは私はたいへんな問題も起こりかねないという重大な問題だろうと思うのです。だからこっちの予算がどうしてもかかっちゃうから危険校舎のほうに手が回らないということは、これは国民に対するお答えとしては、私はどうも理解できないのですよ、その点については。しかし、現に予算がなければそれはできないわけですから、予算の編成というか、考え方として今後は大蔵省なり政府として抜本的にひとつ改めていただきたい、これはもう全く別な問題としてね。これは他の行政はやっていますよ、そういうことについては。何か教育行政だけそういう面で立ちおくれているというふうに私は考えられるわけです。そういう点で、この危険校舎については、これを抜本的にお考えをいただきたいと思うわけであります。  そういう現実ですから、危険校舎の解消についてさらに希望を申し上げても何かむなしいような気がするわけでありますけれども、たとえば、危険校舎の認定についても、点数制ですけれども、もう少しこれを引き上げてくれというような希望も出ております。要するに文部省、まあ都道府県に委任しておりますけれども、ある点数に達しなければ危険校舎として認定されない、認定されなければ国庫補助ももらえないということですから、市町村でやる気があっても全額市町村で負担するのはたいへんだと、どうしても認定をしてもらいたいと、しかしなかなかきびしいと、きびしいというのは、裏返せばまだ危険校舎ではないということですけれども、こういう点についてもう少し考えていただきたいというような希望も出ておりますけれども、この点については文部省は考える余地があるのかどうか。  それから、負担率についても、いまは二分一ですか。
  31. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 三分の一です。
  32. 片岡勝治

    片岡勝治君 三分の一ですか。これはひどいね。私は、少なくとも三分の二ぐらいになっているのかと思ったら、そういう点、やっぱりちょっと落度があるのじゃないですか。急増地域については非常に御努力をなされて三分の二、去年ですかなりましたね。だから、危険校舎を建て直そうというときに三分の一というのは、ちょっと残酷ですね。それだからおくれちゃうのじゃないですか。だから、文部省としても、未来永劫にわたって危険校舎というのがあるわけじゃなくて、ここ数年です、危険校舎がふえてきておりますから、だからこれは二分の一なり三分の二にして、地方もひとつ泣いてもらう、そのかわり国でもめんどうを見ましょうという施策をとらなければ、なるほどそれではなかなか解消できないと思いますよ。その点ではどうですか。危険校舎を三分の一からせめて二分の一、できれば三分の二にしようというような、これは国会に出してみなさいよ、たいへんみんな喜びますよ。なるほど文部省はよくやったと、市町村もたいへん喜ぶと思うのですよ。何よりも喜ぶのは子供たちであり、父兄だと思うのですよ。いま発表されたような相当膨大な危険校舎をかかえている。解消策としては補助負担率を引き上げる。これは、文部大臣、大蔵大臣と折衝してくださいよ。大蔵大臣だって、うんそうかよしということになると思いますよ。これは大臣、どうですか。
  33. 安嶋彌

    政府委員(安嶋彌君) 大臣のお答えの前に、幾つか問題点指摘になりましたので申し上げておきたいと思いますが、第一の、先ほどもちょっと申し上げたことでございますが、危険校舎と申しましても、いろいろ程度があるわけでございます。したがいまして、執行上は、たとえば三千点以下のものを優先させるとか、三千五百点以下のものを優先させるとかいった配慮をいたしておるわけでございます。ですから、危険校舎と申しましても、比較的程度のいいものにつきましては若干お待ちを願うというような事態が起きているわけでございますが、しかし、これはもちろん一日も早く改築したほうがいいという点については仰せのとおりでございますから、そういった点については、今後とも努力はしてまいりたいというふうに考えております。  それから、点数がたいへん厳格であるというお話しでございますが、これは、ただいま御指摘がありましたように、四千五百点以下のものでございましても、小中学校で六百万平米というものが残っておるわけでございますから、点数の基準を緩和するということよりも、むしろ先ほど来御主張の、お話しがございました、現にある危険校舎の改築を促進するということのほうが、私はやはり優先すべき課題であろうと思います。ただ、実際問題といたしましては、必ずしも、それで割り切れない場合がございます。たとえば、第一校舎と第二校舎がありまして、第一校舎が四千点だけれども、第二校舎が四千五百五十点で四千五百点をこえているからその補助対象にならない。第一校舎だけを改築し、第二校舎を積み残すということが実際上不適当だというようなケースが、たとえばでございますがあるわけでございまして、そうしたような場合には、四千五百点をこえておりましても危険改築の対象にするといったような、弾力的な取り扱いは現にいたしておるわけでございます。  それから第三番目に、補助率の問題でございますが、これは、ただいま御指摘のように、三分の一ということでございますが、新増設の場合はいわば臨時的な経費と申しますか、新たな需要に対応する、こういう事態でございまして、それに対して二分の一、児童生徒急増地域におきましては先年来三分の二の補助が行なわれているわけでございますが、改築ということになりますと、これは経費の性質から申しまして一種の償却費と申しますか、経常的なベースになってくるわけでございまして、そういう意味から新増築の場合は二分の一ないし三分の二でありますけれども、改築の場合は三分の一だと、こういう扱いになっておるのが従来の考え方でございます。  それから、なお今年度からでございますが、過疎地域につきましては危険改築の補助率を三分の二に引き上げております。これは過疎地域におきまする学校統合の補助率が従来三分の二でございまして、そのために過疎地域におきましては改築を避けて統合に持っていくというような傾向も見られたものでございますから、それにあわせて過疎地域の改築は三分の二とするという措置を本年度から講じたわけでございます。  それから、なお危険改築の補助率につきましては、文教委員会におきまして補助率は二分の一に直すべきであるという御意向を、これは何回か承っておるわけでございますが、三分の一を二分の一ということにいたしますと、予算上の金額もたいへん張るわけでございまして、公立文教施設整備費予算の全体のバランスから考えまして、今日まで実現に至ってないということでございます。先ほど申し上げましたように、小中学校の、つまり義務制の補助率の改善という課題を従来は先行さしてきたわけでございますし、またその中におきましても、急増地域に対する補助率の引き上げというような課題にも近年取り組んできたわけでございます。また、特殊教育諸学校に対する補助率の引き上げという課題も、ようやく養護学校につきましては三分の二という方式が確立をしたわけでございますが、従来、そういった面を優先させて取り組んでまいったということでございます。もちろん、私どもといたしましては、危険改築の補助率が三分の一のままでいいというふうには考えておりませんが、諸般状況を考慮いたしながら、補助率問題につきましては積極的な姿勢で取り組んでまいりたいというふうに考えております。
  34. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) 老朽改築の負担率の三分の一は低すぎるじゃないかという御指摘がございました。私も、国と地方が分担し合うなら折半だろうなと、たいへん荒っぽい考え方ですけれども、従来からそういう考え方もしている者でございます。ただ、財政当局に文部省としてお願いをしなければならない問題たくさんかかえているものでございますので、順を追うて解決していくというようなことで取り残されてきている、こういう性格のものだろうと、こう思っておるわけでございます。  なおまた、老朽の認定、これを漸次甘くしていく、そうして早く危険校舎をなくしてしまう、全くそのとおりだと、こう思っております。ただ、現状に即して申し上げさしていただきますと、やはり人口急増地域で新増設に迫られているところ、これはやはり優先的に国としても援助していくべきじゃなかろうかと、こう思うわけでございます。若干老朽しておってもあるところはしあわせなんであって、一ぱいになってしまったものだから校舎を分けなければならない、新しく建てなければならない、用地の確保からしてたいへんなことでございますだけに、そういう地域を優先的に考えたい、そういう姿勢で臨んできたものでございますので、そういう地域の負担率もかなり引き上げることができてまいったと思います。  第二番目に、私はやっぱり国庫負担の対象とする面積の基準を引き上げていくべきだと思います。特別教室などももっと整備できるようにしてあげたいと、こう思うわけでございまして、四十八年度は幸いにして従来の二割増しを定めることができたわけでございます。今後ともやはりそういう方向の努力がなお必要だろうと、こう思っておるわけでございまして、そうなりますと、やっぱりその次に危険校舎の解消という問題があがってくるのじゃないだろうかな、こう思っておるわけでございます。大事な問題でございますけれども、四十九年度のような問題になってまいりますと、特に総需要の抑制、こんな問題などからんでまいりますと、やっぱり改築よりも新増設は、まず必要なものが一〇〇%実現できるようにしてやるという姿勢が大切じゃないかなと、こうも考えておるところでございます。お考えは基本的には全く同じでございますけれども、そういう順序といいましょうか、そんなこともひとつ御理解を賜わっておきたいと思います。
  35. 片岡勝治

    片岡勝治君 もっと小中学校のほうの一般的な文教施設費について質問をしたかったんですけれども、時間が参りましたので、きょうはこの程度で終わりたいと思います。  いま総需要抑制というおことばがありましたけれども教育部面についてはずっと抑制されてきたと私は思うのです。だから、これ以上抑制したんじゃそれはもうだめなんだということで、胸を張ってひとつやっていただきたい。抑制するのは別の部門やってもらいたい。いままで教育、特に施設の面については今日まで抑制されてきたから、こういう危険校舎が今日なおかつ経済大国の中に残っておると、私は思うんです。このことをひとつ最後に申し上げて、きょうは、この程度で終わりたいと思います。
  36. 中村登美

    ○中村登美君 私は、国旗「日の丸」、国歌「君が代」につきまして、少々のお時間をいただいて質問いたしたいと存じます。  一部の人たちは、国旗、国歌の法的なあいまいさをたてにとって、過去の歴史にさかのぼって否定するがごとき言動が見受けられるようでございます。「日の丸」は戦争の古傷を云々する向きや、平和憲法との抵触を指摘する向きもございますようですが、「日の丸」はのぼる太陽を思わせる簡単かつ明瞭で、小さな子供にも理解でき、描け、何にも増して清潔で美しいデザインであり、世界のどこの国旗と比しても遜色がございません。先祖よりの歴史とともに歩み、国民の胸に焼きつけられ、いまさら「日の丸」を他のものにかえることができましょうか。また、国歌「君が代」につきましては、世界の国歌コンクールで一位になるほどの音楽的な価値の高さ、その美しいハーモニーと、日本古来の雅楽の伝統を持った「君が代」でございます。戦前は「君が代」の歌詞は、天皇の代をたたえた詩だったかもしれませんが、現憲法においては、天皇は国民の象徴であり、主権は国民にあるのですから、「君が代」は本質的に国民の代を歌いたたえていることになりましょう。このような意味におきまして「日の丸」、「君が代」は日本の国旗、国歌としてまことに適当であると私は考えますが、その点文部大臣はいかがお考えでいらっしゃいましようか。
  37. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) 「日の丸」、「君が代」がわが国の国旗、国歌でありますことは、長年にわたる慣行によりまして、広く国民の間に定着しているところでございます。戦後も一貫して「日の丸」、「君が代」を国旗、国歌として取り扱ってきているわけでございまして、その点は何ら変わりはないと、こう思っているわけでございます。
  38. 中村登美

    ○中村登美君 小学校や中学校においては、何の教科で、また、その教科ではどのような指導方針で国旗、国歌について教育しておられるでしょうか。
  39. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) 国旗、国歌の指導につきましては、社会、音楽などの各教科及び道徳、特別活動等の教育活動の全体を通じまして、適切な機会をとらえて行なうということにいたしているわけでございます  学習指導要領におきましては、特に小学校では社会科で「わが国の国旗に対する関心や、これを尊重する態度を深めさせる」ものとしておるわけであります。また音楽科におきましては、「「君が代」は、各学年を通じ、児童の発達段階に即して指導するものとする。」ということにしているわけでございまして、一年から必修になっているわけでございます。学校行事につきましては、特に小中高等学校を通じまして、学習指導要領で、「国民の祝日などにおいて儀式などを行なう場合には、児童生徒に対してこれらの祝日などの意義理解させるとともに、国旗を掲揚し、「君が代」を斉唱させることが望ましい。」と定めて、指導しているわけでございます。「望ましい」というような表現を使っておりますことから、学校現場におきまして、一部の地域ではございますけれども、混乱しているところが出ておるわけでございます。国民の間に定着している国旗、国歌の問題を、「望ましい」という表現を用いることによって無用の混乱をさせることは私は適当でない、やはり何らかの機関によって十分御論議いただいて、混乱が起きないような配慮が必要ではなかろうか、こう考えているところでございます。
  40. 中村登美

    ○中村登美君 ただいま承りましたようなとおりに、第一線の先生方が指導しておられると思われますか、いかがでございましょうか、局長さんにお伺いいたします。
  41. 岩間英太郎

    政府委員岩間英太郎君) この点につきましては、日教組の運動方針とかなんかにも、こういう点が触れられておりますように、現場でそういうことをさせまいとするような実際の行動が行なわれておるということがございまして、私どもはたいへん遺憾に思っているわけでございます。国旗、国歌の基礎につきましていろいろ議論がある、あるいは戦争中の思い出につきましていろいろな考えがあるということ、これはある程度理解できないことはないわけでございますが、しかし、新しく新憲法のもとに発足したわが国におきましても、やはり国民の皆さん方は「君が代」を国歌と考え、それから「日の丸」を国旗と考えるというふうな心理を持っておられる方が大部分であろうというふうに考えるわけでございまして、やはりその国旗も国歌もない国というのは考えられないわけでございますから、そういう意味で、国民全体が心から「日の丸」「君が代」を国旗、国歌として尊重すると同時に、学校教育等におきましては、「日の丸」を掲げ、それからみんなで「君が代」を斉唱できるような雰囲気ができるように私どもも深く希望をいたしているという次第でございます。
  42. 中村登美

    ○中村登美君 小中学校でふだんの祝日以外の国旗掲揚ですね、たとえば、朝礼のときなどはどのようになっておりますでしょうか、おわかりになりましたら伺わせていただきたいのでございますが。
  43. 岩間英太郎

    政府委員岩間英太郎君) 正確に私どものほうで調べたことはございませんけれども、官庁におきまして、国旗を常時掲げるということはもう現在やっているわけでございまして、逐次そういうふうな傾向がふえてきているということも承っているわけでございます。そういうふうな傾向が全般的に及んでまいりますことはたいへんけっこうなことだと、私どもも誇りを持って「日の丸」をそういうふうな公の施設で掲げるというふうな雰囲気になってほしいものだというふうに期待をいたしております。
  44. 中村登美

    ○中村登美君 現実に、一部の教職員の反対などがございまして、卒業式などでは国旗を揚げ、「君が代」を歌うということについてたいへんトラブルがある学校があるように聞いております。国旗の掲揚や国歌の斉唱については、現在どのように実行されておりますか、大臣にお伺いしたいと思います。
  45. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) わが国は不幸にして敗戦という経過をたどってまいりました。敗戦直後におきましては、国旗の掲揚も認められなかったわけでございます。国民が団結をしてまた他国に当たるような体制になってはたいへんだという気持ち、これは私は占領軍に当然あったと思います。そういう考え方のもとの管理政策がとられてきたと思います。そのときの空気がそのまま今日まで残っているところが一部にあると思います。しかし、やはりいま過去三十年のことを振り返って、これから進む方向を求める場合には国旗を大切にする、そしてまた半面、日本の国旗ばかりじゃなしに他国の国旗も大切にする、そうして国際社会において互いに国々が手を携えて努力をしていく、そういう姿になっていかなきゃならない、こう考えているところでございます。そうしますと、やはり小学校、中学校におきましても国旗を大切にする、国歌を大切にする、儀式などの際には国旗を掲揚し国歌を斉唱する、そうして、そういう理解を深めていくということが非常に大切じゃなかろうかと、かように考えているわけでございます。いま初中局長から申し上げましたように、すべての組合じゃございませんけれども、日教組は組織として国旗、国家に反対のようでございまして、また、そういう組合活動に非常に熱心な方々は学校でものをきめる場合に、やはり反対的な態度をとられ、単に反対的な態度をとられるばかりじゃなしに、熱心な方々は学校の職員会、教師集団、それが最高の決議機関なんだと、こういう主張をされているようでございまして、そして、そこで儀式にあたっては国旗、国歌は使わないんだと、こういうことをきめて校長さんに当たっていく。校長さんとしてはぜひ学習指導要領にきめられたように望ましい姿をとりたい。そのために、儀式の際に混乱が起こったり、あるいはまた結果的には好ましい姿がとられなかったりしているわけでございまして、たいへんに残念なことだと思うんでございますけれども、やはり独立日本としての気概のもとに、先生方みんなに今後の日本の国際社会に生きる道として、それぞれの国の文化を尊重する、その姿勢でまた他国の文化も尊重する姿勢を児童生徒の間に定着さしてもらいたいものだなと、かように念願しているところでございます。
  46. 中村登美

    ○中村登美君 ただいま伺いましたような事情でございますと、現実には入学式や卒業式に国旗も掲げず、国歌の斉唱も行なわれてないというようなこともあるわけだと思いますが、大臣はそのような国旗の掲揚も国家の斉唱もないようなさびしい卒業式などをどのようにお思いになられますか。まあ、ただいまのお答えの中にまた重複するかも存じませんが伺わせていただきます。
  47. 奥野誠亮

    ○国務大臣(奥野誠亮君) いまも申し上げましたように、やはり児童生徒——自分たちの国をよい国にしていくんだと、住みよい社会にしていくんだと、それだけの私は気概を持った児童生徒に育ててくれなきゃ困る。自分の国がどこであるのやらわからないようなかっこうで大きくなってもらいたくないものだなと、こう思います。そうしますと、意義あるときには国旗、国歌を中心にしてそういう自覚を深めていく、大切なことじゃないかと思います。戦前はどちらかといいますと国家中心、個人が無視された、その行き過ぎが反動を生んでいると思うんでございますけれども、いまの姿はまた逆な意味の行き過ぎだと、全く占領政策にそのまま乗っかっちゃったような結果になっている面が一部にあらわれているわけでございます。これはやっぱり反省をしてもらわなきゃならないなと、こう思います。  それについて私の心配なのは、現場に混乱が起こっているということであります。先般も申し上げたわけでございますけれども、朝日新聞には鹿児島県の中学校の校長さんが国旗掲揚問題で悩んで自殺をされたということが報ぜられているわけでございます。先ほど申し上げましたように、職員会議が最高決議機関だと、こういう態度をとられる。全く法律を無視していると思うんでございまして、学校教育法には「校長は、校務を掌り、所属職員を監督する。」と書いてあるわけでございます。校務をつかさどるのは校長さんでございますから、先生方の分担をどうきめる、儀式の行事についてはどういうやり方をする、これは校長さんの責任できめるわけであります。それを職員会議が最高決議機関だというようなことをかってに言われて、いや国旗は掲揚しないんだと、こういう決議を突きつけられる。昨年はそういう決議を突きつけられたけれども、校長さんは断固卒業式に国旗を掲げられたそうでございます。その校長さんがかわった。多少気の弱い校長さんになられたのかもしれません。あすは職員の皆さんとこの問題で話し合いをしなければならない。たいへん苦にしておられたようでございますけれども、前日に自殺をしてしまわれた。この悩みで自殺という見出しがつけられて記事が載っかっておったわけであります。ここまで混乱が起こってきているということになりますと、私たちとしても放任できないんじゃないだろうか。したがって、また特定の機関でよく御論議をいただいて、現場の混乱を解決するようにしてもらわなければならないんじゃないだろうかな、こういうふうなことを考えておるところでございます。  また、ところによりましては、壇上に上がっている人と校長さんと教頭さんだけが「君が代」を斉唱して、先生方や先生方の指導を受けている児童生徒は歌わなかった、たいへん混乱が起きて見苦しかったと、こういうことも現実として起こっているわけでございます。まあ多くのところではそういうことはないと思うのでございますけれども、一部でありましてもそういう混乱が起こってきているということは、やはり教育の諸条件を整備していかなければならない文部省としても放任できないんじゃないだろうかな、かように心配をしておるところでございます。
  48. 中村登美

    ○中村登美君 国旗や国歌を法律や憲法で定めている国は、どういうところがございましょうか。総理府にお伺いいたしたいと存じます。
  49. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) 詳細な条文等につきましては、私ども手元にまだ入手できない部分がございますので、現在、外務省に依頼をいたしまして個々の条文を取り寄せるべく準備をいたしておりますが、私どもの手元にある資料から国旗、国歌の根拠が何によって定められているかということを概観いたしてみますと、かなりまちまちな点がございますけれども、国旗につきましては、憲法、法律で定めている国がかなりの多数にのぼりますが、幾つかの国をあげてみますと、フランス、中国、西ドイツ、ソ連といったような国々は、国旗については憲法で根拠を規定しております。また、アメリカやカナダにつきましては、法律で規定をしております。一方、日本と同じように慣習によって定着をさせておるという国といたしましては、イギリス、デンマークといったような国がございます。  国歌につきましては、国旗に比べますと法律、憲法に根拠を置いておるものは比較的少のうございますが、フランスでは国歌につきましても憲法で定めを置いておりますし、アメリカでは法律に根拠を置いております。そのほか、中国、インド、ソ連、カナダといったような国々では、正式の新しい国ができましたときの議会の前身ともいえるような人民委員会、会議とかいったような、そういった会議で宣言あるいは採択というようなかっこうで国歌をきめておるという国々がございますし、英国、デンマークにつきましては、国歌につきましても慣習によっているというような大体の状況でございます。
  50. 中村登美

    ○中村登美君 ただいま総理府の御答弁がございましたように、先進諸国はみな法律か憲法などできちんと定めておるようでございます。日本の場合は、現在イギリス並みの慣例と申しますか、それで行なっているわけでございますが、一体わが国の国旗と国歌は国民の中にどのように定着しておりましょうか。この点、調査した資料でもございましたら伺わさせていただきたいと存じます。
  51. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) 少し古い時点でございますけれども、総理府の広報室で世論調査をいたしました結果を申し上げますが、定着と言われる意味に対しまして正確な御答弁になるかどうかわかりませんが、国旗につきましては、四十四年の三月に行なった調査といたしまして、国旗に誇りを持っている、あるいは好感を持っているという回答が七五%、何とも感じないという回答が二二%、反感を持っているという者が一%、不明あるいはわからないというか、回答がなかった者二%という大体の数字でございます。国歌のほうにつきましては、三十九年の十二月に調査したものしかございませんが、「君が代」に対して尊敬または愛着を持っているという回答が七〇%、特別の感情を持たないという回答が二六%、反感を持っているという者が一%、不明が三%という状況でございました。
  52. 中村登美

    ○中村登美君 ただいまのアンケート調査の結果でございますと、国旗について誇りを持っている方、好感を持っている方合わせて七五%という結果が出るわけでございます。また「君が代」についてもほとんど大半の者が愛着、敬慕の念を抱いていると出ているわけでございますから、この辺で国旗と国歌をもっときちっとしたものに規定する必要があろうかと存じます。先般の予算委員会で、総理は法制化の時期に来ていると発言されておりますが、これをどう受けとめ、今後どのようになさられるおつもりか、お伺いいたしたいと存じます。総理府にお伺いいたします。
  53. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) 三月十四日の予算委員会で、総理が国旗、国歌の法制化の問題について考えるべき時期に来ているという御発言をなさり、さらに三月の二十八日の衆議院本会議におきましても、稲葉誠一先生の御質問に答えられて、国旗、国歌の法制化の問題については真剣に検討する必要があると思う、各方面の意見も伺って慎重に検討してまいりたいという趣旨の答弁をなさっておられますので、総理府の私どもといたしましても検討に必要な資料の収集を現在行なっておりますけれども、総理の御指示に従って今後とも各方面の意見も伺うというようなことも含めまして検討に取り組んでまいりたいというふうに思っております。
  54. 中村登美

    ○中村登美君 アンケート調査の結果が示しますように、国旗としての「日の丸」、国歌としての「君が代」はすでに国民の中に十分定着しているわけでありますから、何のちゅうちょもなく法制化できると存じます。どうぞ積極的に検討し、すみやかに法制化できますよう努力していただきたいと存じます。また、国旗、国歌は国民こぞってだれもがこれを掲げ、また歌うよう子供の時代から学校の行事などを通じて、その態度、習慣を十分に養っていくことが必要であり、一そう徹底した指導が行なわれますように御要望申しまして、私の質問を終わります。
  55. 小林武

    ○小林武君 総理府のほうにちょっとお尋ねいたしますが、先ほどの世論調査はどういう方法でやられたのか。——二つあったでしょう、三十九年と四十四年。
  56. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) 三十九年の世論調査の際はいずれも総理府の広報室が担当いたしまして世論調査をしたものでございますが、三十九年のものにつきましては、全国二十歳以上の者でサンプルを三千人選びまして調査をいたしたものでございます。それから四十四年の分につきましては、さらにサンプルをふやしまして、十六歳以上七十最未満というところで、性別、年齢等が平等にわたりますような配慮をしつつ二万人の標本を選んでアンケート調査を行なったものでございます。
  57. 小林武

    ○小林武君 その二万人のあれは年齢的には公平にやったわけですか。それから、その出し方はどういうやり方ですか。何か手紙か何か出すのでしょうか。
  58. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) 具体的な、はがきを出したのか、面接調査をしたのかという点につきましてはちょっと私は現在承知をいたしておりませんので、後ほど広報室と打ち合わせた上で御回答したいと思います。
  59. 小林武

    ○小林武君 それについてどの程度のこの何といいますか、日本国民の先ほど来の質疑の中にもあるように重要な決定的なこの調査の信憑性というものを中心にして質疑がかわされておりますから、その点について、あなたのほうの総理府の考え方だけ聞いておけばいい。あとまた私は、いつか聞きたいと思います。——どれほどの信頼性を置いて、二万人の、どういうやり方で具体的にどういうところに、名前の出し方はどういう出し方をしたか。一億の人間の中に二万人出すんですからね。二万人出して、それがどれだけの効果の正確性があるかというようなことを、これはその出し方によっていろいろ違いますね。だから、その点ちょっともう一ぺん。
  60. 遠藤丞

    説明員(遠藤丞君) たいへん申しわけございませんが、私、その調査の具体的方法を承知しておりませんので、次の機会に御説明をさせていただきたいと思います。
  61. 小林武

    ○小林武君 あなた出てくるときに、効果のことはよくわからぬとか、具体的なことはわからぬというんじゃだめですよ。重大な問題でしょう。二万人の調査というものがどのぐらいの効果があるかというようなことがわかりませんという返事はないでしょう。大体いままでの調査から——私はわりあいにあなたたちの世論調査というのはよく見てるんですよ。そしてわりあいに貴重なものだと思って信頼してやっておりますよ。これも一つの見方です。しかしながら、なかなかそれだけではそう簡単にはいかぬものだということはあるわけです。私は、まあいろいろな歴史的な大きな変動期の直前状況のあれなんかをちょっとこう何かないかと思って調べたことがあるわけです。そういう場合に、たとえばフランス革命というようなものの起こった直前状況の世論というもののつかみ方というものは、なかなかつかめなかったように思うんですよ。明治維新にも、非常に大きな各所にいろいろなものが起こっておったけれども国民全体としての世論というようなものは一体どんな状況にあったか、一般の庶民の考え方はどうであったかというようなことは、的確なものはあまりないですよ。しかし、まとめた論文なんかを見るというと、まるで騒然としたというようなこともあるようでありますけれども、ただし徳川幕府に対する、あるいは薩長とかなんとかというような、そういう雄藩に対する考え方というものは、庶民の心として、庶民の一部、二万人の人間に聞いたらすぐわかるというような状況にはなかった。葵が枯れて菊が栄えるなんてことを考えた者はなかなかなかった。これがやっぱり世の中だと思います。だから私は、いまのように情勢が変わってきて、もう二十世紀も終わりに近づいたころだから、調査というものに対してあなた方は正確なものを知るべきだと思う。そのことを総理府がやられてるということはたいへん大事なことだと思うんです。認めるけれども、あなたがここへ出るからには、それについてどのぐらいな誤差が生ずるおそれがあるものだと、この表についてどういうやっぱり正確さを知るためには警戒度を要するとかということの説明ができないことじゃいかぬですよ。  それからまあひとつ文部大臣にお尋ねして——ここで議論する気持ちございません、いずれやらなきゃなりませんけれども。私はまあ一問だけひとつ申し上げておきますが、法律できめられたということ——私はきめてもいいんですよ。フランスがきめられてるということは、フランスの国歌というものは、皆さんどういうことでできたか御案内だと思うんですけれども。私は、法律できめられないところに日本の場合には特殊なやっぱりものがある。しかし、法律以上の、あなたもその点についてはぼくらと違って法律のことはよく御存じだから、法律をもって教育のことをやるなんというのは、これは戦後なんです。民主化された一つの形なんです。勅令でやられておったでしょう。天皇の命令でやっておった、勅令で。法律に優先する形でやっておったでしょう。こういうことが日本のためにいいのか悪いのか。法律でやられるということは、非常にこれは国民がみんなが参加して法律をきめるという非常に民主的な形をとったということなんです。しかしながら、また一面見れば、法律でやるということは、権力の所在がかわればどうでもいろいろ変えられるということです。権力の所在がかわれば法律によってどんどん変えられるでしょう、多数の力によって。私は、そういうやり方というものはあまりりっぱではないと、こう思っているんですよ。むしろ国歌というものは、いまの場合なら一億の人間がみんなどんな場合になっても、ほんとうは世の中変わったら別だということにもなりますけれども、まあまあまともな形で世の中がいったら、みんながやっぱり歌っていけるような、喜べるようなものをつくるということが必要じゃないか。そういう意味で、この間、ややあまり具体的でございませんけれども、国旗とか国歌とかいうようなことについては、この委員会の中でも、これは速記とってやったんじゃないけれども、お互いにひとついろんな立場で議論してみるということが必要じゃないか。国民の総意によるようなものが新しく考えられるというようなこともあるだろうし、現在のあるものがいいというようなこともあり得る。そういうことを政党政派ひとつ抜きにしてみんなで自由に話し合えるというようなことならいいなあという話を、これは内藤さんも大賛成だ。委員長も大体賛成だった。私らもそれについて、君が代反対のほうですけれども、それはそういう意見も出るし、私らもそういうことは前から望んでおったという話もしておる。ということを、ここで最後に申し述べて私はおきたいと思います。  それからもう一つあります。これちょっと話別です。別だけれども、先ほど実は文部大臣のお耳に達するように内藤理事を通して申し上げた。いま私のところへ電話で連絡がございまして、もうどの大臣もみんなとにかく会わないということにきめたそうです。そうと言うけれども文部大臣が少しやっぱり相当掌握してやったんじゃないかと誤解しているんですけれどもね。(「誤解、誤解」と呼ぶ者あり)誤解かね。政府態度としては私はまずいと見てるんですよ。これは私はわりあいによく知ってるんです。文部大臣に会いたいというのは、自由主義国の中の教員です。これは二つありますから、大きく分ければ。いわゆる社会主義国のあれと自由主義のあれと二つある。この自由主義国圏のあれで、私がいたころの、私がやめるちょっと直前ぐらいに両方とも入らないような形になったんですけれども、それまではずっとそこに所属していて、いまでも非常に親近感が深いわけです。そういうところの人ですがね。それが来ても会わないということは、これ社会主義の——このごろでは政府のやり方たいへんいいと思っているのは、社会主義であろうがなんであろうが、石油なんかでうまくいくかと思うと手のひら返すように仲よくしようなんていうような世の中だから、なかなかそろばんの高い国だということを私も非常に感心してるんだけれども、そういうことを悪口言う国がよその国にあるそうだけれども、私はいいと思っている、そういうことは。いろいろなところとね、国の利害だってあるわけですから、そんなことをおそれることはないと私は思っている。やはりぐあいが悪くなったと思ったらこれはね、仲よくするということにして、そして国際関係は、尊敬されるように大臣のやつは私よりかずっと次元が高いです。私はみんなに尊敬されるなんて思っていないけれども、人と争ったり人を倒したりするというような考え方を抜きにしてやはり国際平和のために交わらなければいかぬというのだから、文部大臣から見れば数等下のほうの現実的なにおいが強いんですけれども、しかし、それからの者が来た場合、しかも彼らはやはり自由主義国の教員組合の場合、書記長が来ているわけですからね。書記長というのは大体最高責任者です。イギリスの教員組合なら、いまどうだか知らないけれども、グールドというのはこれはサーの称号を持っている。彼はサーに入っているぐらいのあれだけれども教員組合の書記長だ。そういう一つのやはり国際的な地位を占めているような人であるならば、これはだれもがやはり各国において相当敬意を表すべき人間なんですよ。その人間にそろいもそろって運輸大臣も、自治大臣も何大臣もみんなそろって会わぬというのは、これは田中内閣にとっては私はこれは重大な一体誤りじゃないか。しかし文部大臣といたしましては、とにかく所信表明の中に冒頭にとにかく国際関係、それこそ国際人を養成するというのを教育の目標として掲げたんですから、ひとつ文部大臣が先頭になって閣内をひとつまとめてお会いになるように、そうしてください。もう私はそうなったら誇りを持ってやはり文教の責任者は、意見が合わぬところは合わぬけれども、合うところは合うというようにひとつ考えたいんです。その点申し上げておきます。
  62. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 関連で一言言わしていただきたいと思うのでございますけれども、総理府の方が世論調査をなさって、国歌、国旗についての数字をおあげになりました。数字によってたいへんそれを賛成しているような形を政治的な段階によって組んでいこうとしているというような形に思えたのは、あなたが小林先生あとの御質問に対して詳しく知らないと言ったそのことから私は感じられるし、それから国歌、これは国の歌でございますけれども、あの国の歌については、歌の文句、歌詞その他から考えましても天皇制の国であるか、あるいは天皇が象徴であるかという大きな問題にかかわる歌詞を持っているというふうに思えます。その歌詞を検討するのは、戦争というあり方を一回検討しなきゃならないんじゃないか。その検討なしに政治的な段階においてそういう方向に持っていくということは、日本の将来に対してどうなんだ、それから象徴だという天皇のあり方についてどうなんだ。私は、そういう芸術的な立場の仕事をしていた人間として、その歌詞を検討するというようなこともなく形式的な民主主義をとって、そして、その数字によって出すことによって積み重ねていくそういうあり方に対して、日本の将来について危険なものを感じます。ですから、どうぞあらゆる立場から審議を積み重ねていって、いまそこの十年ばかりが都合がいいということではなくて、百年以上の形を持ちながら審議するような重大な問題をあの歌の歌詞に持っているというふうに私は思います。それが天皇制であるか、象徴であるかということへの問題だと、私は思います。これで私は終わります。
  63. 世耕政隆

    委員長世耕政隆君) よろしゅうございますか。——本件に関する質疑は本日はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後零時四十分散会