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西村関一君 私は、去る一月にサイゴンに参りまして、野党の書記長でございますところのグエン・コク・フィー氏と二時間ばかり対談をいたしました。また、与党の上院
外務委員長とも親しくお
話し合いをいたしました。その結論といたしましては、私の疑問を解明してくれるところのものはほとんどありませんでした。たとえば、政治囚の
実態について、
ベトナム共和国側はきわめて簡単な薄っぺらなパンフレット一冊しか出してない。こんなもので世界の世論を納得させると言ったって無理だと、もう少し世界の疑問にこたえるところの
資料を出しなさいということを私はこの両氏に話したんでございます。それはおっしゃるとおり、特にグェン・コク・フィー書記長は、——いずれももちろん
国会議員でございますが、——おっしゃるとおり、その点はまことに不十分でございます。それはいわゆる第三勢力と言われる、たとえばカトリックの神父さんたち、現在サイゴンにおいてもそういうグループがございまして、たとえばファーザー・チャン・チン、私も彼に会いましたが、ファーザー・チャン・チンは、南
ベトナムにおける政治囚釈放の
委員会を教団の中につくっておりまして、相当分厚い
資料を出しております。私は、その
資料を全部もらって帰りましたけれ
ども、アメリカはケネディ上院議員が
委員長になりまして、やはりその
調査をやっております。世界各国とも同様でございます。皆それぞれ
資料を出しております。そういうものに対して疑問にこたえるところの
資料を、南
ベトナムの
ベトナム共和国の
政府は出してないというのが現状でございます。
私はその後パリに参りまして、
イギリスのグラナダ社というテレビ放送局が映写をし、これを
イギリスにおいて全国に放送いたしました「南
ベトナムにおける政治囚の
実態、その拷問に対する疑問」というフィルムを手に入れました。それを見ましても、かなり控え目な描写をいたしておりますけれ
ども、かなり目も当てられないような情勢が出てくる。
イギリスの放送会社がこれをとって
イギリスにおいて放送したというものでございます。私はそのフィルムを買ってまいりまして、
衆議院の議員会館の控え室でこの映画を議員の皆さんに見せたんであります。皆一様に驚いておられました。これは各党の議員さんが見られたんであります。
それからまた、いま
日本に来ておりますカナダのマッキール大学のアジア
研究所の副所長でありますプロフェッサー・ニューモフという人がおります。この人は中国
研究の専門家でございますが、アメリカ人であり、カナダの大学の助教授である。この人が北越の中国の国境から南の解放区にわたって三千キロにわたる地域を旅行いたしましてとりました八ミリのフィルムがございます。私はニューモフ教授に頼んでそのフィルムを複写いたしました。それもどの間
国会議員の皆さんに見せたんであります。ニューモフさんはアメリカ人として初めて解放区に入った人であり、かなりこまかくわれわれが見たいと思って見られないところを見ております。非常にすぐれた、しろうとの写したフィルムでございますけれ
ども、きわめてすぐれたフィルムでございます。これらの点から見まして、アメリカの学者はただにニューモフさんだけではございません、その他の有名な学者たちが解放区の問題を取り上げておる。それからまた、南
ベトナムの
実態に対する報告書を出していると、おそらくそういうものは
外務省では皆お調べになっておられると思うんでございます。私はそういうものに対して南のサイゴン
政府、
ベトナム共和国政府側がこういう世界の疑問に対して、これを解明するだけの
資料を出してないということを認めているんである。こういうことに対しても、私はあえてPRGの肩を持つという意味じゃなく、あるいは北越側の肩を持つという意味じゃなくって、人道的な立場から、
ベトナム和平を求めるという立場から、疑問のあるところは一つ一つこれを解明していくという
努力を、近隣の、アジア大国であります
日本の
国会議員の一人としてぜひやらなければいけないということを願っておるのでございます。
私は、実は、この二十九、三十、三十一日とストックホルムにおいて開かれますところの
ベトナムアピール、パリ
協定実施に関するところの国際会議というものが開かれます。これに世界各国から
ベトナム問題に心配をしている、心を寄せているところの
政治家、学者、文化人、各団体の指導者、代表等々が集まることでございます。私は、この会議に参加をいたしまして、北の
ベトナム民主
共和国の代表ともひざを交えて話したい。また、南の臨時
革命政府の代表ともよく話をいたしたい。ラオス、カンボジアの代表とも話したい。この会議は御承知だと思いますが、ストックホルム
委員会において主催をするのでございますが、この会議にはやはり南のサイゴン
政府が
ベトナム共和国側の代表も入れろという意見さえも出ておったのであります。しかし、今回はそれは実現いたしませんですけれ
ども、そういう立場に立つ国際会議でございます。世界各国の人々が
日本の——そう言っちゃ失礼でございますけれ
ども、
外務省を飛び越えて、心を痛めながら何とかして
解決への糸口をつかみたいということでストックホルムに集まるのでございます。私は、この会議を終えましてからビエンチャンに飛び、ビエンチャンにおきましては、いまラオスの両
政権が連立
政権をつくろうという動きを示しておるし、間もなくそれが実現するという
状態になっておる。その情勢にも触れてまいりたいし、ビエンチャンから私は再度サイゴンに参りまして、サイゴンの、この一月に会いました
政治家たち、サイゴン
政府の指導者にも、心ある指導者にも会い、また第三勢力の
人たちにも会い、宗教家の
人たちにも会い、問題の解明に若干の
努力をいたしたいと考えているのでございます。
私は、一月に参りましたときに、ドクター・フィー、野党の書記長に対して、私の疑問に答えるためには、まずコンソン島に私を入れるように
努力をしてもらいたい。あのトラのおりといわれるところの、政治囚がとらまえられ、拷問をかけられおてるといわれる、そういうものはないとあなた方が言われるならば、実際心配しているところの私をコンソン島に入れなさい、大体軍の飛行機でなければ行けないような刑務所は世界じゅうどこにもない。まだ問題が解明されてないとはいえ、そういうことをそのままにしておいたのでは貴国のためにはなりませんということを私は言ったのであります。私は、このことに対しましても、ぜひそのような
努力をいたしたい。今回参りました時点で、それが実現できるかどうかはわかりませんけれ
ども、執拗に私はこれをやりたいと思っております。ケネディ上院議員とも連絡をとって、国際チームをつくってでも私はやりたいと考えておるんでございます。こういう情勢でございますので、たまたまグエン・バン・チェン氏のこの
提案は、私は見のがすことができないと思うんでございます。いろいろ疑問を出せば出せると思いますけれ
ども、しかし、どうせ、こういう非常にむずかしい
状態に立ち至っているパリ
協定の一年後の今日の情勢の中で解明しようというんでありますから、私は、これだけの
提案をPRGの代表であるグエン・バン・チェン氏が言ったということは、相当前の
発言と比べまして柔軟になっていると見るんであります。ぜひ、こういう点につきまして、私は、
外務大臣としては十分に心を傾けて、
ベトナムの和平の問題に対して
日本政府としての取り組み方を願いたいと思うんでございます。
外務大臣いかがでございましょうか。