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1974-05-08 第72回国会 衆議院 決算委員会 第11号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十九年五月八日(水曜日)     午後一時十九分開議  出席委員    委員長 臼井 莊一君    理事 井原 岸高君 理事 橋口  隆君    理事 松岡 松平君 理事 原   茂君    理事 庄司 幸助君       阿部 喜元君    赤澤 正道君       宇都宮徳馬君    白浜 仁吉君       中村 弘海君    稲葉 誠一君       山原健二郎君  出席国務大臣         文 部 大 臣 奥野 誠亮君  出席政府委員         文部大臣官房審         議官      奥田 真丈君         文部大臣官房会         計課長     三角 哲生君         文部省初等中等         教育局長    岩間英太郎君         文部省大学学術         局長      木田  宏君         文部省体育局長 澁谷 敬三君         文部省管理局長 安嶋  彌君         自治省財政局長 松浦  功君  委員外出席者         外務省情報文化         局文化事業部長 堀  新助君         会計検査院事務         総局第二局長  柴崎 敏郎君         参 考 人         (日本卓球協会         常任理事)   荻村伊智朗君         決算委員会調査         室長      東   哲君     ————————————— 委員の異動 五月八日  辞任         補欠選任   石田 博英君     白浜 仁吉君   大石 武一君     阿部 喜元君   田代 文久君     山原健二郎君 同日  辞任         補欠選任   阿部 喜元君     大石 武一君   白浜 仁吉君     石田 博英君   山原健二郎君     田代 文久君     ————————————— 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  昭和四十六年度一般会計歳入歳出決算  昭和四十六年度特別会計歳入歳出決算  昭和四十六年度国税収納金整理資金受払計算書  昭和四十六年度政府関係機関決算書  昭和四十六年度国有財産増減及び現在額総計算  書  昭和四十六年度国有財産無償貸付状況計算書  (文部省所管)      ————◇—————
  2. 臼井莊一

    臼井委員長 これより会議を開きます。  昭和四十六年度決算外二件を一括てし議題といたします。  本日は、文部省所管について審査を行ないます。  この際、おはかりいたします。  本件審査のため、本日、参考人として日本卓球協会常任理事国際部長荻村伊智朗君の御出席を願い、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 臼井莊一

    臼井委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人からの意見聴取委員質疑により行ないたいと存じますので、さよう御了承を願います。     —————————————
  4. 臼井莊一

    臼井委員長 これより質疑に入ります。  質疑の申し出がございますので、順次これを許します。原茂君。
  5. 原茂

    ○原(茂)委員 きょうは、お忙しいところ荻村さん、どうもありがとうございました。お急ぎのようですから先に卓球の問題を取り上げて、文部省並び外務省からもおいでいただいている部長にもお答えをいただきたいと思うわけです。  最近、横浜アジア卓球大会が行なわれました。その前には歴史的な成果をあげた卓球でございましたし、卓球の持つ国民保健上の意義というものは非常に重要だというふうに、私はかねがね考えておりました。  国内における卓球の小中学校における普及の状況なり文部省指導方針、こういうものも次いでお伺いをするわけですが、その前に荻村さんにお伺いいたしたいのですが、現在中国では、新興国家といいますか数多くの卓球に熱心な諸国の要求にこたえて、非常に国家的な協力をしてそれらの国々指導に当たる、ある意味技術援助を行なっているという状況があるわけですが、やはりそれらの国々日本に対しても、中国に対すると同様の要求が相当多く来ているように聞いておりますが、そういう新興国家卓球に熱心な国々日本に対する、ある意味卓球技術援助といいますか、日本に対して留学希望し、あるいは  コーチ派遣してもらって指導を受けたい、ないしはチーム派遣してもらって練習試合をやりたいというような要請が相当来ていると思うのですが、その状況についてまずお答えをいただきたいと思います。
  6. 荻村伊智朗

    荻村参考人 お答えいたします。  中国現状は、現在大体十九カ国にコーチ派遣しておりまして、いろいろと指導に当たっておるようでございます。期間は、長いもので一年ないし二年、短いものでも半年ぐらいというふうに、いままで日本がやったような実績よりは比較的長期にわたっておるようでございます。行っておりますところは、主としてアフリカとかアジアラテンアメリカ、あるいはお隣のモンゴルですか、そういうようなところにも行っておるようでございますが、十九カ国の内容につきまして、一つ一つはよくわかりません。  それから、私どもに対してのコーチ派遣要請につきましては、現在はスペイン、インドネシアシリア、イラン、キプロス、クウェート、インド等、その他幾つかございます。インドネシアにつきましては、現在具体的な候補をあげて折衝中というか、もう少しで実現可能性が出てきた。それから、現在派遣しておるのはメキシコのみでございます。  それからチーム派遣要請につきましては、現在来ておりますのがインドナイジェリア、この二つはそれぞれ別々のチーム派遣することを大体内定しております。それからブラジル、フィリピンシンガポールマレーシア、カナダ、ユーゴスラビアスウェーデン中国等でございます。中国はこの五月の十四日から参りますし、また七月中旬には高校生を主体といたしましたチーム派遣することを決定しております。ユーゴスラビアスウェーデンはこの十一月に、今回来ておりますのでその答礼としてチーム派遣することを決定しております。  卓球留学希望につきましては、過去に私どもが引き受けましたのは、スウェーデンアメリカインドインドネシアオーストラリア、西ドイツ、イギリス、フランス、オランダ、マレーシアシンガポール等でございますが、現在はスリランカ選手が、この間のアジア卓球大会以来残ってやっております。また、ことしじゅうに留学希望するというように希望が来ておりますのがシリア、パレスチナ、マレーシアシンガポールフィリピンオーストラリア等から希望が具体的に寄せられております。  それからチーム派遣でございますが、アメリカチーム派遣要請してきておりまして、これは五月の二十二日から六月の五日ぐらいまで派遣をすることを決定いたしました。  大体以上でございますが、私ども現状といたしましては、予算関係上、また先方の要求します内容が、たとえばこちらに往復の旅費を持ってコーチに来てくれるか、日本側で持ってくれるかとか、そういうような、多少私どもの財政的な力からは無理な要求といいますか問い合わせがございますので、なかなか実際には実現しない。チーム派遣の場合は、先般中近東、スリランカ等に一チーム派遣いたしましたが、会社関係で善意の後援といいますか、こういうところの協力をお願いして派遣をしておるというような状況でございます。  また、日本における留学関係は、相手国卓球協会経費負担する場合はほぼ全面的にいままで実現しておりまして、その他の場合は、日本国内での大学チームとかあるいは実業団会社チーム等経費負担できる場合にのみ引き受けるというような形でもって実現をしております。  以上です。
  7. 原茂

    ○原(茂)委員 いま留学を現にしているものもありますが、その費用は全部その当該国で持つのかどうかが一つ。  それからコーチ派遣に関しても、協会並びにコーチの所属するといいますか、つとめているといいますか、そういう会社負担になるのか。  それからチーム派遣にいたしましても、いま会社企業につくられているチーム、たとえばシチズン時計ですとかといったような、そういう会社負担をするというたてまえなのか、協会で何がしか負担をするのか、それで将来ともいいとお考えなのか。  たとえば、中国なりソ連なりユーゴなり日本チーム派遣する、何らかの交流を行なうというようなときには、その国自体費用の全体を持つと聞いています。国家の性格が違うといえばそれまでですが、スポーツ国際交流というたてまえからいくならば、やはりスポーツの場における先進国後進国といいますか、そのことばはいいことばではありませんが、先進的な技術を後進的な国に対して指導援助というようなものを行なうことを通じて、国家的な交流というものがより深まり、そしてお互いお国民の意思の疎通がはかれるというようなことを考えると、現在日本で行なっているようなコーチ派遣なり、チーム派遣なり、それが民間企業に依存をする——協会がわずかに金を出すかどうか知りませんが、そういうようなことで今後ともいっていいのか。いまの実情をお知らせいただくと同時に、荻村さんの立場でざっくばらんに、他の幾つかの国に見るように、日本の場合にもある程度国の立場でそうしためんどうを見るということが必要ではないかと思いますが、そういった見解がありましたら、同時にそれもあわせてお聞かせをいただきたい。
  8. 荻村伊智朗

    荻村参考人 お答えいたします。  私どもは、現在、国際卓球連盟の中で会長代理というナンバーツーの位置日本卓球協会が占めておりまして、また御承知のようなアジア卓球連合という二十九のアジアの国と地域の協会をメンバーにいたしました連盟会長協会ということになっておりますので、そうした責任上、またいままでの技術的な程度が非常に高かったというような状況からしまして、いろいろとこういう希望にこたえなければならないというように責任を痛感しておるわけでございます。  大体、協会年間予算といたしましては、このところ急にふえてはまいりましたけれども、三千万円程度でございまして、とても他の国に対する援助をするような経済的な余裕はないというのが現状でございます。したがいまして、中国その他のような、政府国家がいろいろと支援をしてやっておられるような事業にはとてもおつき合いができないというか、対等の立場では何もできないというのが現状でございます。  特に日本が今後親善を必要とするようなアジアとかアフリカとかその他の国、特に卓球においてもまだおくれておるというような国に対する協力は、なかなか会社なんかとしてはメリットがないわけなんです。マーケットとしても実際なかなかないというようなことで、よほど理解のあるトップでないとそういう決断ができないというような状況でございまして、われわれとしても、内部でなかなかスポンサーが見つからない。したがいまして、私たち希望といたしましては、非常に意義があるというようなプロジェクトにつきましては、できれば国からの一定額支援ないしは、そのプロジェクトに対する一つ一つの道がついておるということであれば、たいへん励みにもなるのではないかというようには感じております。まいまでに伺いましたところではそういうものはあるらしゅうございますが、一応国技といいますか、伝統的な日本スポーツというものに限られておるのは、卓球が強い、あるいは各国との友好親善にかなり貢献しておるということは重々承知しておるけれども、いまのところはそういう道筋がないのだというような御説明を受けております。
  9. 原茂

    ○原(茂)委員 外務省文化事業部長さん、おいでになりますか。——いまお聞きになったとおりなんですが、先ほど私が申し上げたように、やはりこの際、この種の国際友好親善というたてまえを考えていきますと、企業中心に、メリットあるなしでコーチなりチーム派遣ができるできないというのを、そのままに放置していいのかどうかですね。この点、ある意味では新興国家に対する卓球技術援助ということばが当たるかどうか知りませんが、そういうたてまえからいうなら——海外経済協力というたてまえで技術援助も行なっている。相当多額の費用を出して、外務省は別途に、経済協力意味ではいろいろな形での諸外国に対する援助を惜しみなくやっている。そのために海外技術協力事業団というものまでつくって、専門的に海外協力というものが推進されていることを考えると、この種のスポーツ、特に卓球日本の場合は、同じスポーツでも相当程度国民の体質に合うのか、この卓球球技というものは非常にすそ野も広がっていますし、本質的に国際的なリーダーシップがとれそうな状況にあるというようなことを考えると、それにも増して、いま申し上げた国際親善というようなことを考えたときに、新興国家に対する卓球技術援助というようなたてまえからも、外務省としてこの種の援助を何らかの形でルートをつくってやるべきだと思うのですが、その道はもう全然ない、あるいはあるのだけれどもいままでは何々の条件があるからできないというのか、その点ひとつ、必要性もあわせてお考えをお聞かせいただきたい。
  10. 堀新助

    堀説明員 卓球を含めましてスポーツ一般の諸外国との交流が、国際文化交流において非常に重要な一翼をになっておると私たち認識いたしております。卑近な例を申し上げますと、私たち学校生活、それからその後の日常生活におきましても、スポーツを通じてつくった友だちというのは非常に親しいし、また純粋であるということは、皆さま御了解のとおりであると存じます。そこで、私たち外国とつくります文化協定におきましても、特にいわゆる開発途上の国との協定におきましては、スポーツ交流文化協定の中の一環にも加えたりいたしております。  そこで、具体的に、こういうスポーツに対するコーチ派遣とか、あるいは日本へ研修のために留学するということに対して、政府のほうで援助を与えておるかどうかという点でございますが、実は卓球につきましてもいささかながらやっておる実績がございます。まず選手派遣のほうでございますが、これは、先ほど荻村参考人からお話のあったように、主として民間でやっていただいておるわけでございますけれども、それのあっせんだとか、それから向こうに行ったときの便宜供与をやることは当然でございますが、それに加えて文化事業部予算選手団派遣した実績もございます。一九六八年以来わずか四件ではございますが、ないわけではございません。それからコーチ派遣することにつきまして、これも先ほど話の出ました、民間企業でやるのに御支援を申し上げますが、政府の金でやっておる例もないわけではございません。それは経済協力の一部門としての青年協力隊派遣で、四カ国に六名派遣した実績がございます。ただ、いま申し上げましたとおり、実績は実は微々たるものであるわけでございます。  そこで、その理由は何かという点も御質問でございましたが、やはり率直に申し上げまして、私たちとしてはその重要性認識するが、まだ予算の規模が残念ながら十分ではないと申し上げざるを得ないかと存じます。と申しますのは、こういうスポーツ交流に使うべき予算も年々増加していただいておるわけでございますけれども、ほかにたとえば柔道だとか体操だとかそのほかいろいろなスポーツに関しても各国からのコーチ派遣などの要請がございまして、卓球はやはりそのうちの  一つということにならざるを得ないという点もあることを御了承いただきたいと存じます。
  11. 原茂

    ○原(茂)委員 ここでもう一度荻村さんにお伺いするのですが、中国へ七月に高校チームが行きますね。その費用はどうなりますか。
  12. 荻村伊智朗

    荻村参考人 七月の中国派遣費用は、やはり私ども卓球協会のほうで調達をして出かけていくということになります。それから十一月のユーゴースラビア、スウェーデン等への訪問も、やはり私ども費用で行くということになります。それから七月には——ナイジェリアで来年行なわれます三大陸、つまりアジアアフリカラテンアメリカ卓球友好大会、これは約九十カ国の参加を予定しております。去年北京で八十六カ国ほど集めて行なわれましたのですが、これのプレ大会にも日本はぜひ参加をしてくれということがございまして、これもやはり自前で出かけていかなくてはならない。それから来年の七月のこのアジアアフリカラテンアメリカ友好大会にもやはり自前で出かけていくというような形になると思います。
  13. 原茂

    ○原(茂)委員 ここで文部大臣にお伺いしたいのですが、一つ基本的な考え方について、私は卓球というものを柔道だ何だというものと、これはスポーツに甲乙をつけることはどうかと思うのですが、前からの持論なんですけれども、年をとっても孫とでも女房とでもやろうと思えば、卓球というのは非常に簡単に一家がこういうスポーツ——本格的にやったらあれは非常に重労働ですけれども、家庭的なスポーツという意味でいうと非常に手ごろな、国民保健体育立場からいうと特異な位置を占めておるように私は思うのです。その卓球が他のスポーツ全体とおしなべて、やはりほかのスポーツ全体平等に見て、それに対して特別の配慮をしない限り卓球だけを配慮するというわけにはいかないというような、先ほど部長のお考えも示されたわけですけれども、私はそういう考え方は、基本的な認識の問題で、卓球というものは日本国民にとって非常におもしろい、幅の広い、老若男女が非常に手軽に保健体育の面で取り入れていける、そういう意味では位置づけを少し変えて、卓球に関しては、その認識があれば、その上に立って特殊な配慮が行なわれるようにしていいんじゃないかと思うのですが、大臣どうお考えでしょうか。それが一つ。  それから、いま高校生中国派遣をされる、その派遣をされる費用協会で持つ。なるほど、特定の行きたいと希望する高校なのか、あるいはトーナメントを行なった結果全国的に優秀だということで当然行くような仕組みになってきたのか、そのどちらかは知りませんが、少なくとも高校チームが、そういった中国なら中国の招請に応じて派遣をされようというときに、何ら文部省としてこれに対して助成の道がないというようなことは、少しおかしいのではないか。これがやがては、中学生義務教育の段階で行なわれることがあり得る。これは何かほかの法律なり条件で、あり得ないというのかどうか、不勉強で知りませんけれども、しかし、そのことだって、将来を考えたときに、私はあり得ると思う。今日、水泳、卓球でこれはと思う人たち世界的な年齢を調べると、十四歳、十五歳、十六歳なんというのがどんどんおどり出てきておるわけですね。ということを考えると、私は、中学生だってあり得るというときに、やはり先を考え、いま前段に申し上げたような位置づけ、それから高校生派遣されるというようなときに文部省が何一つこれに助成、手助けをできないというのは、何か少しおかしいのではないかという感じがする。この点がいかがかというのが二つ目です。  時間の関係三つ目を同時にお聞きしたいのですが、これは先日の横浜におけるアジア卓球選手権大会、これに対しても国に対する援助要請があった。あったにはあったが、文部省立場からは、国際的でない、国際試合というのにはアジアに限られているために非常に狭義であるというような理由らしいのですが、その理由援助ができない。従来援助をされた例をちょうだいいたしました。なるほどそう言われてみると、何かこう理由が、国際という名のつくのにふさわしいようなものであるように見えます。しかし、この国際というものをアジア全体のああいう卓球大会、現にいま来ているようなユーゴだ、スウェーデンだ、中国だ、それに日本世界四強といわれるようなのが、たしかぽつんぽつんと日本の各地で、第一回ワールドシリーズみたいなものをやっているはずですね、もう終わったかどうか知りませんが、こういうものも国際試合とはいわないという——その国際試合というのは何だというしっかりした規定でもあって、基準をきめて、そのためにアジア卓球大会に対する助成はできないのだ、こうすっきりしたものでもないように私は考えるので、やはりこれは、文部大臣のお考えがここである程度お示しいただければ、国際試合というものに対する幅を広げるというか狭めるというか知りませんが、私はアジア卓球大会のようなああいう、世界が注目しているような、しかも日本にとっては非常に重要な大会というようなものに関しては、助成をすること、支援をしてやることが当然だと思うし、その道を開くべきではないかというふうに思うのです。  そういう点に関連して、いまもお話のありました七月にスリーAプレ大会がございます。こういうプレ大会も、これは国際試合なんだということになるのか。なるとすればどういう理由でなるのか。アジア卓球大会がなぜ国際試合だとみなせない、こういう規定からだ、こういう考えだというようなことがおっしゃられるのか。私は、この際、大臣の発言非常に重要なんで、現在すぐに道が開けないにしても、この種の試合大会というものを単に、たとえばいま申し上げたアジア卓球大会国際試合といえないというような、ごく一言で援助ができない、しないというようなことが今後ずっと行なわれることになることは重要だと思うので、これは大臣の新しい見解が示されて、新たにいますぐでなくても道が開け、文部省としても研究をするというような体制をつくっていただかないと、私にとっては非常に狭義に解し過ぎる解釈が今後そのまま続けられていくということになりますと、卓球のみならず、国際親善立場国民体育立場からいっても非常に問題が多いのではないか。新しい一つ見解大臣から示されることを期待いたして実は三つ目質問をしているわけですが、この三つについて一緒にお答えをいただきたい。
  14. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 卓球について、わが国ではスポーツの上でも特別な地位を与えてしかるべきではないかという御所見がございました。日本国際社会技術を誇れるスポーツということになりますと、卓球が最右翼にあがってくるわけでございますので、そういう意味においては卓球について特別な配慮があってしかるべきだというお考え、私も賛成でございます。ただ、高校生チーム派遣する場合に国が特別な助成考えてもいいじゃないかというようなことになってまいりますと、あとう限りは民間の自主的な交流という姿で国際交流をしげくすることが望ましいのじゃないだろうかという感じはいたします。しかし、それにしましても相当な資金を要することでございますので、その資金を確保しやすいような配慮を国として何らかの形において協力をしていくというくふうの余地があるのじゃないだろうか、かように考えるわけでございます。  文部省におきましては、教育学術文化の面におきまして多くの方々を受け入れ、また日本から各国に多くの方々派遣しているわけでございます。そういう考え方スポーツの面にも広げていったらどうだろうか。スポーツ関係者留学生として受け入れる。またスポーツ関係者技術指導のために海外派遣していく。そういうことも、文部省として積極的にくふうしてしかるべきだという問題になってまいりますと、これはまさにそのとおり、私たち大きな研究課題として積極的に検討すべきものだ、かように思います。今後の検討にゆだねさしていただきたい、かように思います。  なお、国際試合等に対しまする国の助成の問題につきましては、いろいろな競技大会があるものでございますので、文部省としては日本体育協会との間で一応の取りきめをしておるようでございます。そこにおきましては、スポーツ国際試合に関しての国の助成は、オリンピック大会アジア競技大会ユニバーシアード大会等の総合的スポーツ大会に対しての助成及び単一競技種目の世界大会の場合に助成を行なうということになってるのだそうでございます。したがいまして、卓球の場合については、昭和四十六年三月名古屋で開催された第三十一回世界卓球選手大会助成を行なったわけでございます。先ごろのアジア卓球選手権大会は、準備状況等から見まして、民間の自主的なスポーツ大会として開催されるのが適切と判断されたことと、もう一つ、いま申し上げました単一種目のアジア地区選手大会であって、世界大会ではなかった。また、そういうのには国庫補助金を支出した前例もないということで補助金を計上しなかったということでございます。  しかし、いずれにいたしましても、スポーツ関係全体につきまして今後新しい視野のもとに検討していくべき時期を迎えている、こう思っております。
  15. 原茂

    ○原(茂)委員 いま大臣の、新しい視野に立って検討を加えるというところに大きく期待を申し上げるわけです。これは、時間がありませんから、あまりこれだけ突っ込んで言えませんが、確かに検討に値する問題だと思うわけです。  それから、大臣でなくてどなたからお答えができるか知りませんが、アジア・ユース・フットボールというのに競技会派遣費というのを、八十五万六千円ですが出しているわけですね。アジア・ユース・フットボールの性格というのはどうなんですか。いま大臣のお述べになりましたそのうちのどれに当たると思いますか。
  16. 澁谷敬三

    ○澁谷政府委員 いま御指摘のものは昭和四十五年から、いわゆる選手大会ということでない、親善試合ということで、金額はわずかでございますが、補助金が支出されております。
  17. 原茂

    ○原(茂)委員 大臣、いまお聞きになってどうでしょう。選手大会ではない、親善試合だからアジア・ユース・フットボールに八十五万六千円出した。大臣、お聞きになって、これで理解できますか。ちょっとおかしいのじゃないでしょうか。
  18. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 具体的には承知しないのですけれども、いま聞いてまいりますと、青少年の友好親善試合というようなことで、他に何らかの関係もあってそういうもくろみが進められたのじゃないだろうかなと思うわけでございます。単にわざを競い合うということじゃなくて、友好親善交流を始めたということじゃないかと思います。  しかし、そういうことにとらわれないで、私はスポーツの持つよさ、ほんとうに何の理屈もなしにお互いの心と心とを通わせ合うもの、それがスポーツだと思うわけでございますので、今後の国際社会の連帯を考えていきます場合には、積極的な気持ちでこの問題を検討していくべきだなという感じを持たせていただいているところでございます。
  19. 原茂

    ○原(茂)委員 特に卓球に関しては、大臣、いまの友好親善という意味を含めた諸外国との試合というのが非常に多いのです。選手大会であるとかいうカテゴリーをもしきめるとするなら、私はむしろ卓球に関する限り——ソ連がいまやろうとするものだって友好親善招待何とか大会とかいっているのですね。選手大会というようなことをいわないのです。卓球の場合には、国際試合の場合にそういう性格のものが非常に多いのです。ですから、いま言ったような、ことばの上で——大臣が、とらわれないで考えるべきだとおっしゃるのに賛成で、それでいいんですが、どうかひとつこういう問題に関しては一度新しい討議をしていただきまして、従来補助金を出しているものの整理を一ぺんする。その意義づけ。それから現に行なわれているもの、この意味では卓球のみならず、これから予想されるものに関して交通整理を一度されて、その基本的な姿勢としては、やはり卓球の持つ国際性、日本的な位置づけを、卓球に関しては特に考えていく必要があるだろうと私は思います。そういう意味で、アジア卓球大会に補助金を断わったというようなことが今後起きないように、ああいう種類のものにも多少でもやはり張りを持たせ、誇りを持たせるためにも、あるいは外国に対するある種のメンツの問題もありますし、そういうようなことを考えると、卓球に関しては特別にそういった観点が必要になってくるだろうと思いますので、従来出しておりますものを一度よく整理をし、その意義づけを行ない、現在と今後によく目を通してもらって、どういう規定でいけばいいんだということを、幅を広げることを前提にしながら再検討していただかなければいけないと思います。至急にそうしていただけるようにお願いをしたいと思うのですが、いかがでしょうか。
  20. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 スポーツ関係団体、非常にたくさんございますので、やはり日本体育協会文部省と、もう一ぺん新しい角度から話し合ってみるということが必要じゃないかと思いますので、そういう考え方で対処していきたいと思います。
  21. 原茂

    ○原(茂)委員 ひとつ検討をお願いすることにしまして、荻村さんに最後にもう一つだけ。  先ほどもちょっと触れたのですが、日本卓球というものは、スポーツの中では、国際技術の点で非常に有望な競技の一つだと思います。現在日本では、小中学校においてはこれが必須科目になっているところといないところ——正科として取り入れているところといないところと言ったほうがいいのかもしれませんが、それが文部省で、一体府県別にどのくらいの学校数が正科に取り入れているかお知らせいただきたいと言ったら、ちょっとそれはまだ調べてないのでわからないと言うので、これには私、驚いたのです。  確かに国の補助金は、出ていくと県へ、県から市町村へ割り振られる。市町村は市町村教育委員会の要請に基づいて、うちの小学校、中学校には正科として卓球をやりたい、そのために卓球の一式、二式、三式分を、これだけの人数があるから、何クラスがやるからほしい、そういう要請があると、何という費用か費目か、教材費か何か知りませんが、そういった費目でその金が市町村を通じて出ていく。その出ていったものが、現にどこに出ていって、どこで一体小中学校の正科として卓球が取り入れられているかが文部省でわかっていない、つかんでいないというのは、どうしてもちょっと少しおかしいじゃないかという気がするのですね。たいへんな事業だと思うのですが、文部省としてはやはりそのことを知っておく必要があるのじゃないか。小中学校別に、ボール運動というのか何か知りませんが、そのうちのどれとどれを幾つの学校はやっている、どの地域における、県における幾つの学校はボール運動のうちの何と何をやっているのだというようなことぐらいの仕分けが、いまコンピューターのある時代に、やろうと思ってできないことはないし、それがないというのはちょっと、日本卓球国際的ないまの位置からいってもおかしいのじゃないかと思うわけですが、この間、ないと言った。この点に対しては至急に調査をして、その種のものがわかるようにしておいていただきたいのです。  会計検査院からきょうおいでいただいていますが、一体会計検査院の立場では、そういった国から出たものが、卓球における一式、一組、それが何組県へ、県から市町村別にどのくらいの金が出ている、したがってどの県には、どの小学校、中学校の個々はわからないにしても、数で何台分は行っているのだという検査ができているだろうと思うのですが、文部省でわからなければ、会計検査院でわかるかどうか、それをお答えをしていただきたい。  それから、荻村さんにそのあとすぐお答えをいただきたいのですが、やはりわが国の卓球の将来を考えると、すそ野を広げなければほんとうの意味卓球国際的に伸びることがこれ以上期待できないと思うので、日本の場合に、せめて中学校は少なくとも必須科目に取り入れるということが必要だというふうに思いますし、近い将来には小学校にまでこれを及ぼしていく必要があるのじゃないかと思うのですが、卓球の先覚者、ベテランとしての荻村さんからそれに対する見解をお聞きして、荻村さんに対する質問は終わりたいと思います。  会計検査院から先にお答えをいただきたいと思います。
  22. 柴崎敏郎

    ○柴崎会計検査院説明員 お答えいたします。  私どものほうでは、文部省関係の補助金の検査ということで、年間約二十都道府県ほどを回って検査して歩きますが、ただいまお話しの卓球関係、これは教材費補助金の関係でございますけれども、府県へ参りますし、またさらに、実施しております市町村、小学校、中学校、これも許す限り回って歩きます。その段階におきまして、教材費の内容についても当然検査をいたしておりますが、問題がありましたものにつきましては、ただいまのたとえば卓球一式、二式、三式というような申請書あるいはその額の実績報告書とかそういう関係書類を私どものほうで整理いたしますけれども、検査の結果問題のないものにつきましては、従来そういう資料を特に徴するということをやっておりませんので、直ちに統計的に、各市町村、卓球設備をどの程度備えているかということについての数字は、現在のところ持ち合わせておりません。
  23. 荻村伊智朗

    荻村参考人 お答えします。  現在、卓球国際連盟に入っておるのが大体百三つほどでございますけれども、百カ国以上の協会連盟が加盟しておる国際的なスポーツ種目というのは、卓球と陸上とサッカーぐらいしかないと思います。しかし、その中で、御承知のように世界選手権をやると六十ぐらい集まる、三大陸の友好親善大会をやると八十、九十集まる、アジア規模の大会をやると単一種目で三十が集まるというようなのは、はるかにけた違いといいますか、私たちのほうが動員力があるというように存じておりますし、中国なんかの普及が億単位でやっておるというようなことを聞いておりますが、周恩来さんのお宅へ伺いましたときに話を聞いたところでは、やはり大衆に普及できるというので一番先に取り上げたんだ、もちろん纒足の影響等からも女子の体格を急速にスポーツによってよくしていかなくちゃいけない、国際競技の中で同じような皮膚、体格の者が成功しておる種目でいくことがいろいろな意味から手っとり早いというようなことで取り上げられて、非常な普及をしておる。  この指導者の養成等が、先ほどお話ありましたような、小学校の正科にまでしていった場合に、日本においても急務となると思うのですが、これは中国とか朝鮮のようにたとえば各区に少年宮があって、そこへ一定の資格を持った者が週に三回集まって、指導者のいるところで訓練を受けながら、やがて専門的な指導者になって各地へ散っていくというような形は一足飛びにとれないまでも、卓球協会に何がしかの機会を与えていただければ、私たちとしましては、この二十年間——一九五二年以来非常にブームというものが起きまして、二十数年間卓球というものが、毎年いろいろ競技人口を各新聞社、NHK等で調査をいたしましても、数百万というようなことで、これは延べにいたしますと相当な人数になっておりますので、一定の資格を与える作業を予算的なものがあってできれば、私たちは相当小学校、中学校等でまあ指導的な活動ができると思いますし、また、ほんとうに普及していこうというようないろいろな国の姿勢というものがもしありますれば、たとえば屋外の卓球、ボールがもう少し重くなるようなルール——ルールの改正等は幾らでもできますし、また卓球台の規格にいたしましても量産されるような、現在のJIS規格に合うようなものに変えてしまえばよろしいわけでございますので、幾らでもマスに対して安く普及ができるし、また、いろいろな意味世界の人とのつながりというものを青少年に意識していただける一つの手段として最も適切ではないか、これはてまえみそでございますが、そういうように思っておりますので、おっしゃられましたような方向でぜひ中学校、小学校にまですそ野を広げていただけるように、政府のほうの御配慮もお願いしたいというふうに考えております。
  24. 原茂

    ○原(茂)委員 どうもありがとうございました。お忙しいところをどうもすみませんでした。  大臣、いまお聞きになったとおりなんですが、私は最初に申し上げたように、少なくとも日本の小中学校が正科にしている数というものくらいはつかんでいいんじゃないかと思いますので、この点つかむように努力をしていただき、次の機会にお聞きをしたいと思いますので、ぜひ至急に調査をしていただくようにお願いをしたいのが一つ。  それから、小中学校における必須科目にするというところをもう一歩踏み込んで——現在では学習指導要領の中で、取り入れてもよろしいということになっているんですね。それをまず隗より——小学校はその次でもけっこうですから、中学は相当程度もう取り入れているし、クラブ活動としてはずいぶんやっているところがあるのですから、これはいま言った国際競技という中における卓球位置づけ考えていきますと、私は、少なくとも中学の正科にしろということが文部省指導として出てきていいんじゃないかと思うのですが、この二点いかがでしょうか。
  25. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 小中学校で卓球をどの程度行なっているかということについては、いま資料はないようでございますけれども、必修としていない関係でそういう調査はしていなかったようでございます。しかし、いまの卓球の現況から考えますと、そういう資料は持っているべきだと思いますので調査をさせていただきたい、こう思います。  すでに御承知のように、小学校ではこれを加えて行なうということは差しつかえないわけでございますが、中学校の場合には、必修にする場合には他の球技種目にかえて行なうことができるというようにしておるわけでございます。かなり幅広く示しておるわけでございまして、それぞれの地域、学校の実態に応じて種目を選択できるということにしておるので、これはそのほうが望ましいんじゃないだろうかという気がいたします。今後とも卓球の扱い方につきましてはよく考えてまいりたいと思います。
  26. 原茂

    ○原(茂)委員 それでは次に、幼稚園の問題に少し入りたいと思いますが、去年の五月だかに幼稚園の設置基準改善調査研究会が、平井先生が座長で設けられて初会合をやったそうであります。で、一年間審議をした上でその調査研究会の答申というようなものが出されるということをお聞きしました。ちょうど一年たっておるのですが、もう出ているのでしょうか。
  27. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 検討をお願いしておりますが、まだ最終的には結論が出ておらないということでございます。
  28. 原茂

    ○原(茂)委員 これは、一年間審議をした上で、五十年度から新しい基準に基づいた幼稚園づくりをしようという前提でそういう調査研究会が設けられたと思っていいんですか。出てくる答えはそういうものが出てくるんだ、こういうことになるのでしょうか。
  29. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 御案内のとおり、私ども、いま幼稚園の普及のための十カ年計画を立ててその普及をはかっているわけでございます。そこで、いまのところは普及のほうが先と申しますか、そちらのほうに全力を尽くすということで施設や設備の補助等もやっているわけでございまして、基準につきましては、これも先生御案内と思いますが、法律で基準が定まっておるわけでございますけれども、ただいま小中学校、それから高等学校につきまして、学級編制とか教職員定数の基準を国会で御審議をいただいております。そういうものとの関連でやはり幼稚園につき幸しても、普及ははかってまいりますけれども、質的な面も今後考えていかなければいけないということで、あわせて検討を進めているという段階でございます。どちらが先かというお尋ねでございましたら、私のほうはまず普及のほうをやっていきたいということでございます。
  30. 原茂

    ○原(茂)委員 確かに四十六年から幼児教育の十カ年計画というものを始めたわけですね。その中の小さい問題なんですが、私立幼稚園に関してです。ですから個人立もあれば宗教法人立もある。要するに全部私立ですね。そういう幼稚園に対する助成なり融資の道を講じようという一部改正法、一昨年の選挙で流れて、また昨年提案されて継続審議になって今日に至っている法案が二つございますね。私学振興財団の融資が受けられる道を講ずるのと、それから助成を行なうというのとあるんですが、この見通しはいまどうなんでしょう。私のほうから聞いてはおかしいのかもしれませんが、国会がこんな状態で御心配になっているだろうと思うので、調べているんだろうと思うのですが、これはこの国会でまだ審議されていませんよね。そうすると継続審議になりそうなんですか、それともここで審議未了で廃案になっちゃうんでしょうか、どうなんでしょう。
  31. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 これは実は、私どもも多年要望をしている問題でございますけれども、議員立法でもってお願いをしているわけでございます。今度の国会ではまだ御審議をいただいていないわけでございまして、もし今度の国会で成立をいたしませんと、まあ、これは慣例だろうと思いますが、参議院の選挙が行なわれる場合の国会においては継続審議ということはあり得ないというふうなお話も承っておりまして、その点たいへん心配しているところでございます。
  32. 原茂

    ○原(茂)委員 私もそういうことをひょっと聞いたことがありますが、どうなんだか、ほんとうにはだれもよくわからないのですけれどもね。こまかいことを申し上げなくても大臣もおわかりだろうと思うのですが、私立幼稚園に対する融資なり助成ということの必要は、議員立法で出された経緯はありますけれども文部省としても必要を認めて、「当分の間」ということばはついていますが、いろんな条項に照らして国公立のものと同じように扱っていこうというたてまえをとろうとしているわけです。それが審議未了になったり継続審議になっている。またうっかりすると、参議院選挙があるんで継続審議というのはあり得ないということになって、だめになるかもしれないのですよ。そのまぎわへいま来ているのですが、もし今国会にこの審議が完了しない場合には、議員立法でなくても、少なくとも文部省責任で次の国会には出すというような、せめてこの問題に対するその決意だけでも示していただけたらと思うのですが、いかがでしょうか。
  33. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 個人立や宗教法人立の幼稚園に対しましても経常費助成等を行ないたいということにつきましては、私は最も熱心な主張者の一人でもございます。この国会もまだ若干会期があるわけでございますので、この国会でぜひ成立させてほしい、こういう希望を持ち続けております。不可能ではない、ぜひそうやっていただきたいという希望を持っておるわけでございますし、衆議院の文教委員会におきまして関係者皆さんそういう気持ちで御努力いただいているものと、かように考えております。
  34. 原茂

    ○原(茂)委員 まあいまのあれは、もしということが言えないでしょうから大臣としてはお答えができないのだろうと思うのですが、万が一の場合には次の国会で何としても成立させるという意気込みが示されませんと、たいへん不安なんですよね。これがずっと長い間懸案になっていますし、もう魚が空気を吸うみたいに待っているわけですから、これは緊急の問題だと思うのですが、国会の情勢からいって、ことによるとあぶないんじゃないかという感じもしますので、完全に大臣の期待どおりにいかないかもしれませんが、その場合には新たな決意で、これは何としても成立させる。また新しく国会の審議にゆだねるというような決意も文部省としてないと、これはそのけじめが全然ないままでだめになったら——みんな、なるんじゃないかといま心配しているものですからね。いまの衆議院における文教委員会の内容を見ても、これはまだのぼっていないのですよ。ですから、それでもやれるという自信があればいいのですが、私どもの知る範囲では、もし継続審議ということがあり得ないとしたときにどうなるんだろうというので非常に心配をしているわけなんで、やはりその決意は大臣から、言いにくいかもしれませんがお述べいただきたいと思うのです。
  35. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 この国会でぜひ成立させてほしいという希望を持っていますし、またほんとうに不可能ではない、こう判断をいたしておるわけであります。同時にまた、衆議院の段階で継続審議、これはあり得ると思うのです。参議院ではないということでございます。また、それ以外にもあらゆる方法を通じて、私としては四十九年度からものにしたいものだ、どういう希望を持ち続けておりまして、そのために必要な措置ならどんな措置でもとらせていただきたい、こういう決意でございます。
  36. 原茂

    ○原(茂)委員 そうですか。けっこうです。  いまの幼稚園の問題について、一部改正法に条件二つついていますね。一つは当然の条件ですが、もう一つの五年以内に学校を法人化するという条件ですね、これはやはり、私ども立場からいうと多少問題があると思うのです。しかし現在、この法案が通るとすれば、いま言った五年以内に学校を法人化するという条件だけは一緒にやっていく、そういう決意ですか。
  37. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 お話しのような内容になっているわけでございますけれども、同時に法人化についても、いままでのようなむずかしいことを言わないで、土地についても借り上げの土地を使えるというような方法も認めるということも考えられているようでございます。いずれにいたしましても、この法律をまず成立させることが根本だ、こういう気持ちでおります。
  38. 原茂

    ○原(茂)委員 ありがとうございました。そのとおりでぜひお願いをしたいと思います。  それから次にお伺いしたいのは、四十六年の中教審の答申、第二編の助成問題、いまの私立ばかりではないのですけれども助成問題について二、三お伺いしたいと思うのです。  その中教審の答申の中に、こういうことがあるのですね。お持ちになってるからおわかりだろうと思うのですが、助成の問題を総合的にとらえて四つの方式を提案している。ABCDの四つの方式、これは適切と認められた教育研究を奨励するというたてまえでABCDの案を出している。  ただ、私この内容も見ましたけれども、このまま採用していいかどうか、非常に私ども立場でも疑問がありますから、そういうたてまえではない、中教審の答申を全幅に受け入れる立場で申し上げるのではないのですが、少なくとも決定し実施をしようとする国家権力の座に着いておられる文部大臣あるいは文部省の側からいって、この答申の内容を現在真剣に検討をしているだろうと思うのですが、その検討をしている方向について二、三お伺いしたい。  たとえば国立大学を法人化して、一定額まで国庫が負担して、それ以上は当該大学の経営能力にまかせる、事実上国立と私立の差を次第に小さくする構想がある。こういうようなことも現実に検討をされているかどうか。そんな方向は文部省としてはとらない、中教審の答申の中のそういう方向というものは検討したけれどもとらない、あるいは非常に考慮に値するので、今後そういうことをやって国立私立の格差をだんだんつぼめていくために、こういう方向で何らかの措置を考えていきたいと考えているのか、その点をひとつお伺いしたい。  それと同時に、これに関連して、私の県である長野県の松本歯科大学に対して——これはそこばかりじゃありません、文部省が四十八年十月四日に四百三十号で通知をしているわけですが、その中に、こういうところを改善しろ、ああいうところ改善しろというのを各学校に出している。医科歯科系の、歯科系が特に多いのですが、その中の松本歯科大学に一から九まで出ている。これはおわかりだろうと思うのですが、全体的に言うなら、これもまだ不備だ、これも不備だ、こういう点も気をつけろ、こういう点も早く十全の整備をしなさいということが、ほかの学校に比べて松本歯科大学は非常に多いのです。こういうのを四十七年の調査で四十八年に通知をされているのですが、この松本歯科大学はたしか四十七年に発足したんですね。こういうものを通知をした、その結果、十分にこれができるという期待があるのですか。それとももうやっちゃった、あるいはなかなかむずかしい問題があるのだというふうに理解をされているのか。松本歯科大学が、これだけのことを指摘をされながら、それが完全にことしなり来年の間にできるというふうにお見通しを持っているんでしょうか。その点をあわせてお聞きをしたい。
  39. 木田宏

    ○木田政府委員 中央教育審議会の四十六年の答申につきましては、非常に広範な内容の指摘がございまして、いま私どもは、将来の日本の高等教育全体の構成をどのように考えていったらいいかという大きい問題、高等教育計画をつくれという御指摘に対しまして取り組み、必要な作業を進めておるところでございます。今日の段階では、国立の学校をすぐ特殊法人化するというような具体のところまではまだ進んでおりません。これはまだいずれ、かなり先の検討課題というふうになろうかと考えております。  しかし、いずれにいたしましても、拡大していきます高等教育に対して、国公私立の現状を何とか一歩一歩改善し充実さしていかなければならない、特に私立大学の内容を高めていくという努力をしていかなければなりませんので、私立大学に対します整備についてはそのための特別の懇談会を設けまして、いま検討をしていただいておるところでございます。  毎年、新設になりました大学に対しまして、特に医科及び歯科の大学に対しましては、その完成年度に至りますまでの間、認可後も毎年、大学設置審議会及び私立大学審議会の両方からその後の整備状況等について視察に参りまして、認可のときに期待しておりました大学として育っておるかどうかということを関係者が視察をし、その視察の結果に基づいていろいろな改善勧告、将来の努力を期待する文書を出しておるのでございます。松本歯科大学に対しまして、御指摘のようにかなり多方面にわたります指摘が出ております。これは大学として当然そういう整備をしていただきたいもの、また中には願わしいものも入っておりますが、当初の状態から比べまして、松本歯科大学には御案内のようないろいろな問題がございまして、整備がおくれておるということを感じておるのでございます。それが私どもとしては、一年も早く予定のとおりに整備が進んでいくということを期待しながら年々視察を行ない、勧告をいたしておる、こういう次第でございます。
  40. 原茂

    ○原(茂)委員 認可を与えるときの最初の条件あるいは期待といいますか、そういうものは、もう認可を与えるときからこんなことはきまっていることが各大学ともたくさんあるのですが、松本歯科大学は特に多いのですけれども、では、こういうものがいつできると思うのですが、このとおり。ただ、年々期待をして調査をしては、いけなければまた直してくれ、またこれも整備しなさい、何年かかるかわからない、これをいつまでたってもずるずると、何かの項目がずうっと五年も十年もいくかもしれませんね。どうなんですか。これはことし中に、来年中には認可の条件なんだからぴしっとできるのだという、そういう期待なり自信がおありなんでしょうか。だらだらといきますよ、これは。
  41. 木田宏

    ○木田政府委員 認可いたしました時点で、すべてが全部完全にでき上がっているわけじゃございません。大学がやはり学年を追って整備されるということを見通しながら、その確証のもとに認可をいたしておるわけでございます。したがいまして、一応大学として四年間あるいは六年間の完成に至りますまでの間、十分にその認可の状態が実現できるかどうかという期待をもって視察をし指導をしております。しかし、私立大学ももとよりでございますけれども、大学にはそれぞれ主体的な立場がございます。私どもが一一定限度以上の、指導以上の強制を行なうということは、現在の法制度のもとでは許されておりません。したがいまして、文部大臣といたしましては、その指導ということと、認可の際に期待をいたしました中身を一刻も早く実現してもらう、そういう観点から、基準に適合するような指導を繰り返すということをいたしておる次第でございまして、できなければいつまででも指導をし続けていくつもりでございます。
  42. 原茂

    ○原(茂)委員 いまおっしゃったのとちょっと違うのは、九項目なんかは来年度からその是正をはかれというようなことを強く指導していますよ、ものによってはできるのですから。ですから、やはり何か指導するときには期限を切って、無期限ということはないでしょうけれども、これはいつまでと期限を切って、一番最後の九項目と同じように年度を切って指導するということが必要だと思うのですよ、文部省指導立場から言うなら。全然期限なしで——これはやらなくたってそのままですよ。また来年になって一つずつやっていって、これ九年かかるわけですよ、もしその場合には。やはりこういう種類の指導には、乱暴かもしれないけれども、年度を一応切るべきだと思いますね。そうじゃないといけないと思います。  そこで大臣にお伺いしたいのですが、明治末期の例の鉄道を全部集めましたよね、そしていまの国鉄をつくったと同じように——十七、八の会社を国が全部買い上げて、いまの鉄道というものができましたね。あれと同じように、この医科歯科系は、乱暴かもしれませんが、全部国立化するという方向を考えていっていいのじゃないですかね、国民の保健の上からいっても。現在の医師の足らない、あるいは医師の技術内容等も向上することを考えながら、現在あるこの種の私立の医科歯科大学系というものは国立化するという方向をとっていいのじゃないか、その方向のほうが現在の日本の国の実情からいって合っているのじゃないかという気がするのですが、大臣いかがでしょう、乱暴過ぎますかね。
  43. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 現在は御承知のように国立、公立、私立というように分かれておるわけでございます。医科の場合は半分近いものが私立、歯科の場合には八割をこしていますか、三分の二ですか、私立だと思います。ことほどさように私立の果たしている役割りが大きい、こう考えるわけでございます。やはりそれぞれの設置形態のもとに学風を伸ばしていく、医学の進歩のために貢献していただくほうが私は望ましいんじゃないだろうか、あまり画一的な教育にいたしますよりも、いろいろなくふうを尽くせるように設置形態が違って弾力性がある、そのほうがよろしいのじゃないだろうか、こう思っているわけでございます。  ただ、いずれにいたしましてもばく大な経費のかかるものでございますので、これを私立にゆだねておく、その結果、入学する場合に多額の寄付金を出さなければならないというような事態が一部にあるわけでございますので、こういうことを考えてまいりますと、今後はもうもっぱら国立で医学、歯学の関係者を養成すべきだということで、かなり多数の国立の医科大学、そうしてまた歯学部をつくり出してきているわけでございます。
  44. 原茂

    ○原(茂)委員 大臣もおっしゃるように、医科歯科系の養成は、やはり国の立場責任をもって今後はやる方向がだんだん出てくるとおっしゃる。片方には、やはり私学の助成というものはどんどんやらないといけない。私学助成に対しては、相当多額のものをこれから飛躍的に考えなければいけませんよね、確かに。日本の、六十何%はとにかく私学にたよっているというような状況考えると、私学の助成というものはうんと必要になってくる。これはもう私がこまかく言わなくてもおわかりで、どんどん突き上げられていると思う。要請があると思う。そういう状況考えていきますと、私はやはりこの際、歯科と医科系に関しては国立化への方向を思い切って打ち出して、それでいいというところがあったらやっていかないと、松本の歯科大学にしても、ほかの全部、これを見ましても、これはほんとうに文部省の期待どおりにいつできるのだろうと思うのが、ずいぶんあるのですよ。こういうのはやはりある程度国立化への方向というものが——医科系、歯科系に関しては、日本の実情からいっても、やはり私立に対して国立化を誘導していくような方針というものが検討されていいんじゃないかというふうな気がどうしてもします。ですから、これはいま大臣お話のあったように、そうでない特徴もあるのですから一がいには言えませんが、私はそう思いますので、そういう点の検討も大胆にやっていいんじゃないかというふうに考えております。この点もう一度大臣から……。
  45. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 従来、府県立の医科大学、これを国立に移管する傾向がずいぶんございました。昨年は、むしろ府県立の医科大学のままにして、私立の場合と同じように国から経常費助成をする、そして府県立として医科大学を持ってくださいよ、そしてその地方における医療のセンター、僻地における医者の配置についても心配しやすいようにする、あるいはまた個々の診療所のむずかしい問題については積極的に検査等のお世話もしてあげるというようなこと、むしろ県の大学でありますと、県みずからが担当しなければならない保健行政と一体として運営できるじゃないか、そういうよさもあるわけだから、いままでのように国立にどんどん移していくことはいかがなものであろうか、こう考えたわけでございます。そうして経常費助成を行なうことによってそういうような風潮をやめてもらうということにしたわけでございます。  私立の問題につきましては、やはり経常費助成を思い切って加えていくべきじゃないかと考えているわけでございまして、四十八年度までは、経常費助成は完成年度後ですから、設立いたしまして七年目で初めて助成をすることになっておったわけでございます。四十九年度からはそれをやめまして、原則として初年度から経常費助成をさせていただくということにいたしました。問題のある学校はこれは除かなければならないと思うのでございますけれども、そうでない限りはもう初年度から経常費助成をさせていただくという方向をとらせていただいたわけでございます。  いずれにいたしましても、御指摘になりました点も一つの問題点だと思いますけれども、さしあたりはいま私が申し上げますような方向で努力をしていきたい、こう思っております。
  46. 原茂

    ○原(茂)委員 最後に、国、公それから私立も含めてですが、大学の留年というのが非常に多くなっているんですよね。この留年が、国立の場合特に留年というのは毎年きまってないわけでしょう、数が全然制限されていないわけですね。これが、ある学校、ある科目についてはべらぼうになってきていますよ。ふえている。入学のほうは定員で押えている。欠員が少しあるといけないから一ぱいとれ一ぱいとれというので、補欠補充あるいはまた二次試験をやったりなんかしてやろうとしても、まだ完全に定員にはなっていない。それにしても、全部入ってきても定員が押えてあるから、入学はいいんですよ。留年のほうは、けつのほうはかってにふくらがっていって相当長いことやっていたって、おまえ、もうとにかく卒業しろなんという勧告もなければ、そのままおって幾らでも留年していられるのですよ。幾らでもといっても無制限ではありませんが、とにかく国立なら国立をとらえてみると、留年というものがあっただけ学生一人頭の教育費の割合というのは減っていくわけでしょう。予算がきまっているんですから、そうなりますね。留年のほうはかってにどんどんふくれていく。入るほうは定員だけできまっている。そして留年が何らの規制もなければ何もないというような方向でこのままいくと、せっかく予算はきちっと審議して取っても、その学校の一人当たりの生徒の割合というものは、留年の多い分だけどんどん減っていく。教育内容が粗漏になっていくというようなことでまわりに迷惑をかける。留年するのにいろいろな理由があるそうですよ。かっこいいんだそうですよ。一年や二年留年しなければ、ただ四年間ぽっと出ていったのではかっこ悪いんだという連中もいるらしいので、何ともわれわれには理解できないのですが、留年に対して現在のまま放置しておきますか。何も規制をしないで、いまのままで留年は置いておく。出ていくほうは出ていかないで、どんどん学校の生徒数はふくらむ。入るほうだけは定員でぴしっと押えている。この矛盾をこのまま放置するか。これをちょっとお聞きしておきたい。
  47. 木田宏

    ○木田政府委員 大学に何年学生が在学できるかという点につきましては、個々の大学によってそれぞれ規則等の取り扱いがまちまちでございまして、必ずしも一律ではございません。大学によりましては、四年間の在学期間に対して六年以上の在学を認めないところもございます。しかし、一般的に多い例から申しますと、在学年数の倍年だけは留年を認めるという従来の慣行がございます。その点から、いま御指摘のような実態があることも、これは事実でございます。私どもとしては学長会議その他の機会に、大学として指導が適切にできない、掌握が十分にできないような学生をいつまでも形式的にかかえておくということは適切でないという注意を喚起し、学生の把握について指導をいたしておるところでございます。  留年の事情につきましては、もちろん本人の身体の状況あるいは外国への留学等、そうした本人のやむを得ない事情にかかわるものから、また勉強不足のために単位を取れない、意識的に単位を取らないでいる、いろいろな種類のものがございまするから、やはり個々の大学の学生に対する指導の強化をしていただくというふうにするほかはないと思います。そして私のほうとしては、学生に定員による所定の教育経費を活用してもらう。単位を取りそこねた学生に全部一からやり直すということでも必ずしもございませんでしょうから、形式的に留年生の数だけ教育内容が低下しているというふうにも考えられません。しかし、あとから来る学生に対して迷惑になるというようなものにつきましては、やはり大学自体が学生に対する指導、管理の体制を強めていく、これをお願いするほかはないというふうに考えておりまして、その点の注意は年々喚起をし、努力をしているところでございます。
  48. 原茂

    ○原(茂)委員 大臣、いまお聞きのとおりなんですが、そんな従来と同じようなやり方で留年問題を扱っていいかというと、私はやはり何らかの文部省指導方針が新たに出てこなければいけないと思うのです。そんないまのような、従来やっているように大学当局に期待をして、個々の大学でいろいろ規定がある、それによって四年のところが倍のまた四年でいけないというところもある、六年でもいいというところもあるというのを、だんだんふえていくような傾向にあるときに、従来と同じような方針でそのまま放置していいかというと、私は留年という問題に対して、ある意味の厳正な指導方針文部省から出されてしかるべきだ、また出されなければいけない時期が来ている、そう思うのですが、大臣、いかがですか。
  49. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 大学によりましては、学業が特に進まない、そういう者につきましては、一年の留年は認めても二年の留年は認めないというような方針をとっているところもございます。私は、やはり大学にきびしい姿勢はとってもらいたいというふうに思うわけでございます。  同時に、日本の大学は入学はむずかしいけれども卒業はやさしいんだという批判が行なわれているわけでございます。だから、社会全体が、ただ入学試験を目途に生活を過ごしていく、そこにかたわな人間ができてきているのじゃないかという批判もあるわけでございますので、ある程度はやはりちゃんと学業を修めなければ卒業させないという姿勢も大学には持ってもらわなければならないだろう、かように考えるわけでございます。  ただ、留年する人が多いために、そこに大学としては若干の混乱が起こる、それを放置しておくということは、これはやはり問題だろうと思います。でありますだけに、そういうような予算の裏づけの問題とかいうようなことは考えなければならないと思うわけでございます。一面には、いま申し上げますようにきびしい姿勢を大学側がとってくれますように求めてまいりたい、かように思います。
  50. 原茂

    ○原(茂)委員 終わります。
  51. 臼井莊一

    臼井委員長 次に、庄司幸助君。
  52. 庄司幸助

    ○庄司委員 この間起きました日本分析化学研究所の問題に端を発しまして、放射能の分析あるいは放射能の影響に対する調査、こういう点に関する技術者の問題、あるいは研究者の問題、こういう点で非常に問題があるという点が明らかにされたわけであります。科学技術庁としては、分析研問題に端を発して新しい分析研究所か何かつくるという話もあるわけですが、これに対して、やはり分析をやる人間、個々にはすぐれた人はいるが、圧倒的に技術者が足りない、こういう科学技術特別委員会での技術庁の発言もあるわけです。  一方、これに対して、最近、石油危機にからんで原子力発電の問題が非常に急がれてきている。しかも長期の計画から見ても、昭和六十年で六千万キロワット、六十五年では一億キロワット、こういう計画も出されているわけです。ところが、この立地上の問題で、現地住民と電力との間で非常にトラブルが多いわけです。この根源になるのは、発電所はどんどんできるが、しかしその安全性の問題あるいは放射線の影響の問題、特に低レベルの放射線の影響の問題なんか解明されていない、こういう状態があるわけです。その辺がやはり住民と電力との間の立地上の非常に大きなトラブルになっている。  その点で私は、こういった基礎的な研究に従事する方々の養成、これは政府として当然責任を持ってつくらなければならないだろう、こう思うのですが、特に文部省は、そういった基礎的な技術なりあるいは学術的な問題なんかを十分国民要請にこたえたように養成していくという義務があるんじゃないか、こう思っているわけです。そういう点で、文部省の一般的な方針としてまずお答えいただきたいのでありますが、こういう原子力発電所を急にふやしていく。しかも一方では、もう一面でいうとアイソトープなんかの研究利用も非常に進んできておりますから、そういう面での放射能の影響も出てきている。あるいは扱い上の問題もふえてきている。その点でやはり文部省として確固とした御方針をお持ちになる必要があるんじゃないか。その点で、最初一般論でありますが、どのような御計画なり御所見を持っておられるのか、その辺からまずひとつお伺いします。
  53. 木田宏

    ○木田政府委員 御指摘のように、放射能、原子力の関係というのは、非常に大きな領域を占める大事な研究領域でございます。また物理、化学、生物あるいは医学、いろいろな研究領域についてそれぞれに進めていかなければならない課題でございますから、私ども、大学関係者要請を受けまして、原子力関係の各方面にわたります研究体制を整備する、また必要な学科を設けていく、こういうことはつとめてきたところでございます。  特に、いま御指摘になりましたように、放射線の影響ということについては、今後の原子力のいろいろな施策との関連もございまして、基礎的な研究を整備してまいらなければなりません。特に放射能の生物あるいは人体に及ぼす研究の体制等につきましては、重要な研究課題考えておるところでございます。そのために、これは各大学のいろいろな要請も受けながら、遺伝学研究所あるいは広島大学、長崎大学の原爆放射能医学の研究体制、あるいはその他生物関係につきます、広島大学でありますれば理学部の両生類研究施設、東北大学医学部の放射線影響に関する講座の整備、こうしたことを生物学、医学・農学の各領域で進めておるところでございます。一方また、放射線そのものの管理につきましても、廃棄物の処理も含めまして、いろいろな研究体制も進めなければなりません。特にそういう観点からは、京都大学に原子炉実験所が設けられておりまして、理工学の分野を中心にいたしました基礎的研究が進められておるところでございます。  いろいろな大学のいろいろな専門分野にわたります研究者が、それぞれの研究に即して原子力のいろいろな角度からの研究テーマをつかまえておるわけでございますから、それらに対しましていろいろな研究を促進いたしますために昭和三十八年度から六年間、科学研究費補助金の中で特に放射線生物学につきましてのワクを設けまして、二百七課題に対して四億円の研究費を出すというようなことなどもいたしております。こうした研究体制を、研究費を支給しながら必要なところに支出をしていくということが大切なことであろうと思っておりまして、低レベルの放射線の問題につきましても、四十八年度からは東京大学におきます低レベル放射線の生物学的影響に関するプロジェクト研究ということを始める、こういうようなことなどをいたしておるところでございます。  非常に広範な領域を占める課題でございまするから、それぞれの専門領域の学者の活動を活発にしていく、こういうことを考えていきたいと思っております。
  54. 庄司幸助

    ○庄司委員 いま局長からお答えがあったとおり、確かに個々にはいろいろな研究機関やあるいはいろいろなことをやっている人もいるわけですが、やはりこういった環境放射線の問題なんかですね、あるいは低レベルの問題、こういうものについては、諸外国では非常に大型な施設やあるいは共同利用の研究所ですね、こういうものがつくられているやに聞いているわけです。その点文部省で、各国大体どれぐらいこういう共同利用の研究所あるいは総合的な研究があるのか、お調べになっているかどうか、その辺どうですか。
  55. 木田宏

    ○木田政府委員 私どもも諸外国の事情等について、専門家の知恵を借りながら、その実情とわが国の現状とを常に比較検討いたしておるつもりでございます。  原子力につきましては、これは開発利用のための体制が大きいのでございまして、科学技術庁のほうで所管をしております原子力研究所あるいは放射能医学研究所等、具体的な開発課題あるいは技術課題と対応した研究体制もとられておるところでございます。  文部省が推進いたしておりますのは、やはり大学の研究者を中心にいたしました基礎的な研究でございます。基礎的な研究のためにも、もちろんそれなりの大きな整備も必要でございましくそのための体制も考えなければなりませんけれども、しかし、先ほど申し上げましたように、今日の段階で各研究者がそれぞれの研究領域に即して研究を進めておるということがまた、非常に大事なことでございます。特に一カ所に集めてどうこうという段階では必ずしもない。基礎領域というのは、それぞれの専門分野の基礎に非常にこまかく、先端的に進められなければならない領域でございまするから、具体的な開発課題に即応した何か体制であるとかあるいは行政課題に対応する観測の体制をどうするかということは、文部省の範囲の問題ではないというふうに考えております。ただ、それにいたしましても、低レベルの放射線の生物に対する影響というのは、基礎的にも研究を整備する必要があるということでございまして、昨年十月に学術審議会から答申をいただきました中にも、その原子力利用の研究体制につきまして、これまた広範な御示唆をちょうだいをいたしております。私どももこれからの研究体制を、先ほど申し上げましたような全領域にわたって整備をしていかなきゃならぬというふうに心得ております。
  56. 庄司幸助

    ○庄司委員 これは私が調べた範囲でありますが、こういった共同利用の研究所ですね、これは、諸外国の例を見ると、アメリカが十カ所、イギリスが六カ所、それからソ連が四カ所、フランスが四カ所、それから西ドイツが三カ所、イタリアが三カ所、それからスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、それからインドまで——までというと失礼でありますが、おのおの一カ所を持っているわけです。  これに対して日本の場合、開発利用の面では非常にせっかちにやっているが、こういった人体に対する影響であるとか、あるいは魚族に対する影響であるとか、こういう非常に長期の展望を持った基礎的な分野になると非常におくれている。この辺がまた住民の一番抵抗になる部分でありますが、その辺で私は、昭和四十三年に出されました日本学術会議の勧告について文部省はどう考えておられるのか。先ほど、学術審議会の答申もあったというお話もありますが、その辺、根本的な点を少し伺っておきたいと思うのです。  この勧告は、くどいようでありますが、若干冒頭の部分だけ読み上げますと、「わが国における原子力利用の急速な発展計画にかんがみ、」——これは四十三年の時点ですね。ことしになるともっとこれはすごくなるわけですが、「原子力施設で働く人々、施設の周辺の住民と産業および広く国民全体を原子力放射能から、安全に守るために、原子力放射能の発生源の周囲から影響の及ぶ末端に至るまでの、放射線影響や、放射能物質の環境への移動、拡張の原理を明らかにし、放射線影響の正しい評価と、その防護に関する基礎的な研究を速やかに進めることが緊急な社会的な要請となりつつある。」こういうことを述べた上で、「これらの対象と研究方法の異なる二つの分野の基礎研究を促進し研究体制を整え、わが国の原子力利用の健全な発達を図るためには、新たに共同利用研究所の性格をもつ「環境放射能研究所」と「放射線障害基礎研究所」(いずれも仮称)の二研究所を設立することが必要である。」さらに「今後の原子力の発展とともに社会から要求されているこれらの分野の人材を養成するために、大学における学部と大学院の講座などの増強も合せて考えなければならない。」こういうふうに述べているわけです。  その点で文部省当局が、この日本学術会議の勧告に盛られたいわゆる仮称の二つ研究所、これについてどのような検討を加え、どのような具体化をはかられておるのか、この辺、簡潔にひとつお答えいただきたいと思います。
  57. 木田宏

    ○木田政府委員 いまお読み上げになりました勧告は、そのあて先にもございますように、政府全般に対しての勧告でございまして、このうち基礎的なものにつきまして文部省が基礎研究の体制として処理を考えていかなければならぬという立場にあるわけでございます。  国民全体を原子力の放射能から安全に守るという具体的な課題といたしましては、行政上の体制として、いろいろな観測体制その他を整備していかなければならないと思います。そのための要員の養成その他は、文部省がまた教育の中で取り組んでいかなければなりませんが、先ほど御指摘申し上げました学術審議会の答申も「大学における原子力研究の将来計画について」という中身のものでございまして、その中で、これは申し上げるまでもございませんが、研究用の原子炉をどうするとか、核燃料の問題だとか、加速器の問題だとか、あるいは核融合の問題だとか、あるいは放射性同位元素の利用の問題であるとかとあわせまして放射線影響の研究ということについての体制を整備しろというふうに指摘がございます。  その中で放射線影響の研究は、環境放射能の拡散の問題と、それから生物による放射能の濃縮の問題、生理学的、遺伝学的問題というふうに分けて考えられるのでございまして、環境放射能の拡散の問題は、放射性廃棄物の処理、処分技術との関連もございますので、具体的な政策課題ともかみ合いながら処理をしていかなければなりませんし、また環境汚染の問題とも組み合わせてどのような措置ができるかということを幅広く考えてみなければならない。しかし、同時にこれは、学術上の観点から特に急がれるものといたしましては、生物による濃縮の問題、生理学的な、遺伝学的な問題の体制を整備する、これはかなり緊急に研究体制を急がなければならぬという指摘をちょうだいをいたしております。  その意味では、今日のわが国の実情から考えてみまして、ここに指摘がありますような放射線障害基礎研究所というような形のものを、一つにしていくことがいいのか、それともすでに、先ほど来御説明いたしております、各大学に医学、農学、生物学、いろいろな領域でできております研究体制をどのように整備充実することがいいかということを、これから関係者とともに慎重に検討を進めなければならぬ、こういう段階でございまして、学術審議会の中にもこの点についての専門家の集まりをお願いをいたしまして、これからの取り組む姿勢をいま立てていただいておるところでございます。
  58. 庄司幸助

    ○庄司委員 それからもう一つ、ついでで申し上げておきますが、これも学術会議がことしの四月十七日に、原子力問題特別委員会環境放射能小委員会の中間報告、これを出しておられます。この中で、やはり原子力問題についての基本的な立場として、第一番目に、「当面広汎な基礎研究を含む研究開発に集中すべきであって、安易な実用化は避けるべきである」。第二は、「放射能を安全に管理し、将来の国民をも含めて放射線影響をなくすことを原子力開発の主要側面とすること」。第三として、「自主開発を確固として支えることができる人材の養成はあらゆる施策に先行すべきである」。第四としては、平和利用三原則の問題や核兵器の完全禁止の問題、第五は、すべての科学の調和的な発展の問題、こういうふうに述べているわけです。  そういう点で、いま局長からも御答弁があったとおり、基礎的な部面、特に放射線影響をなくす問題とかあるいは人材の養成の問題、これは非常に急がれる問題だろうと思うのです。その点で、いま御検討中だというお話でございますけれども、私が手元に持っております資料によっても、金沢大学に環境放射能研究所、これも仮称でありますが、これをつくってほしいという要請が、金沢大学の学長あてに方々からきているわけです。たとえば、日本学術会議の原子力問題特別委員会放射線影響部会の小委員会の委員長さんの三宅さんから、依頼が四十五年に来ております。それから原子力学会の武田栄一会長からも、やはり学長あてに来ております。それから日本放射線影響学会の会長の御園生さんからも、同じように要請が来ておりますね。それからさらに宇宙科学研究グループの世話人代表、東大の原子核研究所の田中重男さんからも参っております。さらには胸元の石川県知事、それから石川県議会の議長さんからも要請が来ているわけです。しかも現地では用地もすでに文部省あてに寄付採納の申し出があって、この採納の申し入れもあったという事実を私は聞いておるわけですが、この金沢大に設置する環境放射能研究所設立について文部省あてに概算要求か何かあったと私は聞いておりますが、これはございましたか。
  59. 木田宏

    ○木田政府委員 金沢大学からは、昭和四十七年度以来、全国共同利用の研究所として環境放射能研究所の設置についての御相談が来ておるのでございます。  先ほどもお答え申し上げましたように、今日の段階でどこか特定のところに共同利用の研究所という形でつくるのがいいか、個々の研究者の研究の体制をシステムとしてどういうふうに整備していくほうがいいか、いろいろな研究推進の方法について検討をしなければなりません。また金沢大学のほうからの御提案は、主として放射能の物理化学的な動きについての研究でございまして、必ずしも人間や生物に対する放射能の影響という面の課題でもございません。これらをどういうふうに受けとめ、どこにつくるかということについては慎重な検討を進めていかなければなりませんし、その設置の場所にいたしましても、金沢大学に研究者がいまして、ある範囲での研究をしていたということの意味を認めることにやぶさかでございませんけれども、共同利用の大きなものをつくるのにそこがいいのかどうかというような問題は、他の研究者のあり方、関連する研究所等との関係その他広範な要件を考えていかなければなりませんので、大学からのお話は聞いてはおりますが、私どもとしてはこれを受け入れるということにいたしてございません。今後も学術審議会その他の関係者とよく相談をいたしながら、どういうふうに進めるべきかについてなおよく検討したいと考えております。
  60. 庄司幸助

    ○庄司委員 それで、その結論はいつごろお出しになりますか、めどは。
  61. 木田宏

    ○木田政府委員 私どももできるだけ急いで進めたいというふうに思っております。特に、先ほども申し上げましたように、生物系に対します影響度の研究、低エネルギーの研究体制、こういうことの整備は特に急ぎたいというふうに考えております。
  62. 庄司幸助

    ○庄司委員 いや、私が伺ったのは——お急ぎになるということは、先ほどからの御答弁でわかっています。一方、通産や科学技術庁ですね、特に科学技術庁なんか最近とみに高姿勢になって、何が何でも原発だということでやみくもに急いでいるわけです。こういうとき、何も責めるわけではありませんが、四十三年の学術会議の勧告があって、それから金沢大のほうからもいろいろ要請があって、もうだいぶ時間は経過しているわけですね。それから学界の各方面からの意見も、大体金沢大については支持できるという意見も多いわけです。しかも候補地の選定もきまって、寄付採納も受けて、文部省もそれを認めて、石川県当局も県議会もこれは進めていただきたい、それから金沢大学当局も進めていただきたい、こういう情勢なんですね。ですから、急ぐということは再三御答弁があったからわかりますから、いつごろをめどに結論を出されるのか。それからその場合、金沢大が有力な候補地に——候補地ですか、候補になり得るのかどうか、その辺ひとつ具体的に御答弁願いたいと思います。
  63. 木田宏

    ○木田政府委員 金沢大学の理学部に、化学の関係で放射能問題を研究しておられる熱心な研究者がいらっしゃるということは、私どもも承知をいたしております。そうした方の研究の体制を進めるということは大切なことであろうと思っておりますが、言われておりますような共同利用の研究所ができるといたしますと、相当広範に、多方面な研究者を集めるということが起こってくるのでございまして、そういう研究者のあり方等から考えてみまして、金沢が一番適地であるかどうかという点についてはかなり問題も多かろうと思っております。しかし、学術会議の指摘しておりますのは、先ほども御指摘がございましたように、環境放射能研究所だけではございません。もう一つ障害の基礎研究ということを進めなければならないのでございまして、どちらを先にするかという問題も、なおこれからの検討として残っておるわけでございます。  それらの点につきまして、私どもとしてはいつまでといま日限を限っておるわけではございませんが、学術審議会の中に特別の専門部会も設けてもらって検討を急いでおる、こういう段階でございます。
  64. 庄司幸助

    ○庄司委員 これはなかなか具体的な御答弁がないようでありますが、ひとつこれは大臣からお答え願いたいのですよ。先ほどお話ししたように、原発の設置はもうやみくもに急がれておるわけでしょう。ところがこういう面のほうは慎重に検討されていたんでは、なかなかこれはたいへんだろうと思うのですよ。その辺やはり、めどはひとつ出してもらわないと私は困ると思うのですがね、ひとつ大臣から御答弁をお願いします。
  65. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 先ごろ学術審議会に対しまして、大型の施設を必要とするような研究課題につきまして、どういうように研究施設の整備を進めていったらいいかお尋ねをしたところでございまして、鋭意その問題についても御検討いただいておるわけでございますので、そのうちには御答申もいただけるものだ、かように考えておるわけでございます。いずれにいたしましても、五十年度予算の際には何らかよい方法は踏み出していけるようにしたいものだな、かように考えておるところでございます。
  66. 庄司幸助

    ○庄司委員 五十年度予算という点が明確になってきたわけですが、これは実施予算になるのかあるいは調査費の段階になるのか、その辺いかがでございますか。
  67. 木田宏

    ○木田政府委員 大臣からお答え申し上げましたのは、いずれにいたしましても五十年度予算でどのような体制を考えるかということの問題でございまして、金沢につきましてどうこうということでないことは、私からも補足させていただきたいと思います。私が申し上げましたような課題を五十年度予算について考えておかなければならぬ、このように御理解を賜わりたいと思います。
  68. 庄司幸助

    ○庄司委員 これは金沢、金沢と私こだわっているようでありますが、やはり金沢と言われるからには、これはそれなりの根拠があるのです。先ほど局長から学者が二名ほどいるというお話ですが、これは実際は二名じゃきかないのです。もっともっといます。それから他の大学の意向、大学の研究所の意向も、やはり金沢ですね。たとえば京都の大学にある原子力研究所ですが、この辺あたりもやはり金沢がいい、あるいは放医研にしても金沢説が強い、こういうあれもあるわけです。それから土地の状況やあるいは金沢大のこういった環境放射能に対するこれまでの研究実績ですね、これは日本海側の中心部にありまして、たびたびいろんな調査や研究がなされているという実績もあるわけです。局長御存じだろうと思うのですよ。それは、いま金沢ということばをうっかり口には出せないという気持ちはわかりますけれども、この辺は十分考慮に入れていただきたいと思うのです。  その辺どうですか、金沢のこれまでの実績やその他を十分勘案して決定する、こういうふうにとっていいですか。
  69. 木田宏

    ○木田政府委員 学術会議の勧告は、一つの勧告の中で二つ研究所の設置のこともいわれておるわけでございまして、それらをどうするかということについては、これから詰めていかなければならないところでございます。先ほど来繰り返しお答え申し上げておりますように、そのいずれかについて特定の研究所をつくるというような方針がきまっておるわけではございません。学術審議会からの答申はこの研究の体制を進めろということでございますし、特に生物に対する影響の問題を重点的に推進するというような御示唆をちょうだいしておるわけでございますから、そうした審議会の答申と、それから諸般の事情、その中にはいま御指摘がございましたいろんな要素もございますが、それらをあわせながらこれからの体制を検討したい、このように考えております。
  70. 庄司幸助

    ○庄司委員 それでは局長学術審議会の答申ですね、これを実は文部省要求したら、目下印刷中でだめだといわれたのですが、これはいただけますね。
  71. 木田宏

    ○木田政府委員 学術審議会の答申は差し上げたいと思います。
  72. 庄司幸助

    ○庄司委員 それから、学校建設の問題で簡単にお伺いしたいのですが、実はこれは地方行政委員会でもしばしば論議になり、また参議院でも人口急増地の問題や何かで論議があって、大臣もだいぶ頭にこびりついている問題だろうと思うのです。私は、土地の問題、学校の用地の、具体的に宮城県で起きている実態をちょっと申し上げて、御要望したいわけです。  最近、仙台市あるいは仙台市の北隣の泉市という場所がありますが、これが例の新幹線だとか縦貫自動車道であるとか、そういうものを当て込んで、周辺の山野が全部買収されて、宅地造成がものすごいのです。その結果、仙台市でも、昨年度末で開校すべき予定の小学校が八つあったのですが、そのうち四つしか開校できなかった。四つが間に合わないのですね。それから泉市でも同じように、小学校、中学校の問題をかかえておる。泉市の場合は人口が三万四千くらいから発足した市なんですが、これが見る見るふえてしまって現在六万、あと二、三年すると二十万こすだろうというのですよ。これは三菱地所やらいろんなところの宅造業者あるいは日本一の成金になった閲兵なんという会社もあるのですが、この辺にもどんどん入り込んでばんばん宅造をやる。その結果学校をどんどん建てないと間に合わないのですが、これに対する建設費の補助が平米当たり六万一千七百円ですか、これでは足りないのは大臣も御確認になったようですから、これはいいのです。あれはふやしてもらう。  同時に土地の問題ですね。たとえば宮城県の住宅供給公社が建てた団地があるのですよ。この団地で小学校をつくらなければならない、中学校をつくらなければならないということになったら、土地は市のほうで持て、それから学校のほうは国の補助だということで、だいぶもめている事例もあるのです。結局これは市が農協から七億円ぐらい金を借りて、それで間に合わせたという事例もあるのですね。これなんかまだいいほうなんです。その隣に向陽台というところがありますが、これは業者が造成した宅地で、この土地がまたべらぼうにい高のです。この泉市では市長はじめ教育委員会なんか、四苦八苦のていたらくなんですよ。そのほか、水道も引かなくちゃならない、道路もつくらなくちゃならない、幼稚園もつくらなくちゃならない、保育所もつくらなくちゃならないでしょう。せめて学校ぐらい満足に建てられるようにしてあげたいものだなとぼくら考えているのですが、こういう特殊な事例ですね。土地の問題について文部省、特別な補助なりあるいは起債のワクなり出してやれないものかなと思うのですが、その辺どうですか。
  73. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 最近児童生徒の急増に伴いまして、お話のような問題があることはそのとおりでございます。それに対しまして文部省といたしましては、御承知のとおり昭和四十六年度から、児童生徒急増市町村に対する学校用地の購入費につきまして補助をいたしておるわけでございます。補助金額は、四十六年度が二十億でございましたが、その後逐年増加をいたしまして、四十七年度が五十二億三千万円、四十八年度は九十八億六千六百万円、四十九年度は百四十四億九千万円という金額を計上しておるわけでございます。  町村がこうした土地を買収をいたします場合には、面積といたしましては基準面積かあるいは実際の買収面積のいずれか少ない面積をとる、それから単価といたしましては実際の買収単価かまたは土地の公示価格かのいずれか低い価格をとる、こういうことにいたしまして、面積と単価の相乗積につきまして、従来は交付率といたしまして五〇%でございましたが、これを本年度は六〇%に改善をいたしまして、その分につきまして三分の一の補助をする。国庫債務負担行為によりまして、三カ年に分割をして交付をする、こういう方式をとっておるわけでございます。したがいまして、土地の単価につきましてはただいま申し上げましたような、ほとんど実勢単価をとっておりますから、単価につきまして特に頭打ちをするというような扱いはいたしていないわけでございます。  四十八年度の実績を御参考までに申し上げますと、予算面積は三百九十七万平米でございましたが、補助の実績は三百二十万平米でございます。実際問題といたしまして土地の購入の折衝が手間どりまして、面積が比較的少なくおさまっておるということがございます。それから、単価は予算的には二万一千円ということでございますが、補助の実績は二万七千六百円でございまして、最高が平米当たり十三万円、これは芦屋市でございます。最低は平米当たり千六百円で、これは奈良市でございますが、こうした単価で実際の執行をいたしておるわけでございます。ただ、こういうふうに算定をいたしました金額が予算の金額と必ずしも一致いたしませんので、若干の圧縮は加えておるわけでございますが、四十八年度におきましてはその圧縮の率が約九五%ということでございます。でございますから、ほぼ実績に近いものが予算に定められた方式によって補助されておる、こういう実情に相なっております。  なお、これは補助金でございますから自治体自体の負担があるわけでございますが、自治体自体の負担につきましては、御承知のとおり起債によりまして措置されておるわけでございます。地方債の合計額といたしましては約六百億程度のものがこうした分に充てらるべく予定されておるというふうに、自治省から伺っておる次第でございます。
  74. 庄司幸助

    ○庄司委員 私の時間がありませんから、この問題はもう論議できませんが、具体に相談があったならば、文部省としてもぜひ具体的の相談に乗ってほしい。この点ひとつ大臣から確認してもらって、終わりたいと思うのです。
  75. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 学校建設に市町村としてもたいへん御苦労いただいておるわけでございますので、金融引き締めの際でございましても、学校のための土地確保につきましては大蔵省も積極的な協力を約束してくれておるわけでございます。文部省といたしましても、地方債の面でありますとか国庫補助金の面でありますとか、積極的な御協力はさせていただきたいと思います。
  76. 庄司幸助

    ○庄司委員 終わります。
  77. 臼井莊一

  78. 山原健二郎

    ○山原委員 最初に、学校の標準定数ですか、一学級当たりの編制の標準四十五名という問題についてお聞きをしたいのです。  これは先日、四月の二十六日に文教委員会で質問が出されまして、それに対する岩間局長の答弁が出ておりますが、これはちょっと確かめたいのですけれども、岩間さんの答弁は、なかなかそれはできない、四十五名を四十人にするという要求に対して、第二次ベビーブームもあり、九県に人口の九七%が集中しているという人口動態の条件下では、ベビーブームの終わるであろう十年後の昭和五十九年まではできない、こういう答弁をされておるそうですが、これは確かですか。
  79. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 そのとおりでございます。
  80. 山原健二郎

    ○山原委員 いま義務教育において一番大きな問題になっておりますのは、いわゆるすし詰め教室ということで児童の半数が教科を理解できないという非常にショッキングな報告もあったりして、国民要求としては、四十五名というのを少なくとも四十名にしてもらいたい。また、これは政府のほうでも、かつて四十人が適当だというふうな発表もしておるわけです。それがもうすでに八年、十年近く四十五名が続いています。それがまた十年も解決しないという答弁になってまいりますと、これは二十年間も、四分の一世紀ぐらいそれが改善されないままでいくということになるわけですよ。ここがいま一番父母や教師が求めておるところですが、その肝心のところがなかなかできない、こういうわけですね。  一体、現在、四十名以上の学級数は全体の何%ぐらいあるのですか。それは生徒数にして大体何%ぐらいになるのですか。
  81. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 これは四十八年の五月一日現在でございますが、四十一人から四十五名というのが四五・一%ございます。それから四十六名以上、これが九%でございますので、合わせますと五四%というふうな数字になるわけでございます。
  82. 山原健二郎

    ○山原委員 それは学級ですか。
  83. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 学級数でございます。
  84. 山原健二郎

    ○山原委員 生徒数はわかりませんか。生徒数のパーセント……。
  85. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 学級数にいたしますと、四十一人から四十五名までが五万六千二百九十五学級、それから四十六人以上が千百五十八学級でございますが、生徒数は四十六人以上だけにつきまして計算をいたしておりますけれども、十一万七千六百人、そういうふうな数字でございます。  四十一人から四十五人までの生徒数がちょっと出ておりませんものですから、その点は恐縮でございますが……。
  86. 山原健二郎

    ○山原委員 こういうのは当然調べて、四十名以上は、生徒数、パーセントはどれくらいか、一番大事なところを、これは文部省怠慢ですよ、実際。四十人にするためには、いままでしばしば岩間局長お答えになっておりますが、大体どれくらいの予算があればできるというふうに押えていますか。
  87. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 人数にいたしまして約四万三千名、人件費といたしまして一千三十九億円、そういうふうな一応の試算でございます。
  88. 山原健二郎

    ○山原委員 おそらくこのほかに建築がありますね、解決するためには教室を建て増ししなければならぬ、それはどれくらいですか。
  89. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 一教室四百万円と仮定いたしますと、大体千三百六十五億というふうな数字になるわけでございます。
  90. 山原健二郎

    ○山原委員 大体二千三百億ですかね。大体これだけの金額というとたいした金額ではないと私は思うのですが、いま教育の問題で一番国民要求しておるのは、この四十五名を何とか減してもらいたい、諸外国の場合減しているわけですから、せめて先進国並みにしてもらいたい、それがいま教育の基本的な問題になっているわけですね。そのことについてはまだ十年も放置せざるを得ないという考え方ですね。行き届いた教育をしてもらいたいとか、子供たちが教科が理解できるようにしてもらいたいとかいう一番切実な問題、これはテレビを見ても新聞を見ても全部出ておるわけです。それに対しても、みんなが義務教育の問題でここが一番大事だといっている肝心のところが、まだ十年間、しかもたしか四十二年からほぼ十年間ずっと続いておる。これを解決するというのが私は文部省の仕事だと思うのです。二千三百億ぐらいの金でしょう。どうしてこれができないのですかね。反対する者は、私は国民の中に一人もいないと思うのですよ。そのところをなぜ文部省が大胆にやっていかないかという、これが一番疑問になっているのですが、岩間さんのお考えでは、ベビーブームとか子供たちの教室とか、そういう問題になってくると思うのですが、文部大臣どうですか、ほんとうに教育条件を整備しようとする——教育基本法第十条によれば、文部省の仕事というのは教育条件の整備が最大の仕事ですね。一番肝心のところになぜ大胆な政策を打ち込まないか。どうですか。
  91. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 もう御承知のように、今回、第四次の教職員定数の改善と取り組んでいるわけでございます。一次から三次まで、これは児童、生徒数が減っていくときでございますからわりあいに改善しやすかったわけでございますけれども、今回は児童、生徒数がふえていく第二次ベビーブーム、先生の自然増も相当多い中で、さらに改善と取り組んだわけでございます。そうして、小規模学校の先生をふやすとかあるいは複式学級についての学級編制の改善をするとか、あるいは事務職員や養護教諭をふやすとかいうようなことをやったわけでございますが、最高四十五人を引き下げるというところまではとてもできなかったわけでございます。私としては、できる限り早く最高四十五人というのを四十人まで下げたいな、こういう希望を持っております。国会でも申し上げてまいってきておるわけでございます。事務的に考えてまいりますと、りっぱな先生を確保していかなければならない。また学校建設について、人口急増の地域は、先ほど庄司委員からも御指摘になっておりましたけれども、土地の確保などに非常に困っておられるものでございますので、そういうさなかではなかなか四十五人を四十人に引き下げられない、こういう結論が出てくるのだろうと思います。ただ・将来の児童、生徒数は、現在のところは五年先までしかわかっていないわけでございます。いまのゼロ歳児が五年先に入学してくるわけでございます。そうしますと、十年といいましても、あとの五年の模様はまだ正確につかめていないわけでございまして、私としては、できる限り早くこの四十五人を下げていきたいな、こういう希望を持っているわけでございます。  問題は、いかにして、先生の員数じゃなくて、りっぱな方々を確保していくかという問題と、自然、校舎をふやしていかなければならぬわけでございますので、そういう面における、人口急増地帯の状況に対処できるかどうかという、その二点にかかってくるのじゃないか、こう思うわけでございまして、いま申し上げましたように、さしあたり五年の見通しはつけられるわけでございますけれども、その先はまだ明確には確定できないわけでございますので、あとう限り私としては四十五人を引き下げる機会をつかみたい、こう思っております。
  92. 山原健二郎

    ○山原委員 教育上のいろいろなことをいまどんどん、田中総理も文部大臣も発言しておられますけれども、いまお話によれば二千数百億の金があればできるというなら、なぜやらないのかということですね。これは一番肝心なところでしょう。りっぱな先生をつくるということ、そのことは、私はきょうは触れようとは思いません。りっぱな先生をつくるという、そのことはいいことなんですね。しかし一人の先生が四十名をこす子供を目の前に置いて、ほんとうに行き届いた教育ができるか。現在の指導要領によって、しかも文部省はそれをかなり押しつけているわけですから、それでできない。できないから、ついていけない子供がおるというこの状態、それが非行化の問題にも発展していく。いろいろな教育上の問題がそこから発生しているわけです。この根元をほんとうに断ち切っていくという姿勢をどうしてとらないのか。子供がふえるから五年間はだめだ、十年間はだめだということなら、文部行政とは私は言えないと思うのですよ。なぜそこへメスを入れないのか。そういう決意があるなら——文部大臣の御発言によると、五年間は人数がわかっているから、大体そこまではだめだけれども、そこから先はまだ人数がつかめていないからわからぬという、そういうことなんでしょう。これを解決していく——いま子供が目の前にいるわけですから、この子供たちがおって、それが教育を受けている、その子供たちがどう成長していくかということは、いま最大の問題になっているわけですね。それを解決する能力というのは文部省にないのですか。自民党政府の体質を変えなければできぬものなのですか。その辺を私は聞いておきたいのです。参議院選挙にあたっていろいろな争点をつくろうというようなお話も、きょう文教委員会でも出ていましたけれども、ほんとうにあなた方が日本教育のことを考えるなら、この点についてはどんなことがあってもやるんだ、二千数百億ぐらいの金はやってみせるという、この決意がどうして出てこぬのですか。
  93. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 金がよけい要るからやれないのだということは、申し上げた気持ちはございません。金の問題ではございません。一つは人の問題、一つは土地の問題、この二点でございます。  ただ人間をふやしさえすればいいというわけのものでないことは、山原さんも特に御承知のとおりでございます。これまでの三回の教職員定数改善——これは先生が減っていくわけであります。その中で改善をやったわけでございますからわりあいにやりやすかった。今回は、先生の自然増がある中でさらに改善をやっているわけであります。そこで、文部省が先生をふやしていくことに特別な熱意を持っていることは、御理解いただけるはずじゃないか、いまのようなお話が出てくるはずがないんじゃないかな、こう思うわけでございます。さらにまた、さきには教職員の免許法まで改正いたしまして、資格認定試験を行なう、そして先生を確保する道まで講じたわけでございます。なかなかしかし、これによりましても、そうわれわれが期待するような先生をたくさん確保できるものでもない。特に小学校の先生の確保——中学校以上になりますとそれほど困難を感じない、私はこう思うわけでございますけれども、小学校は全科担任でもございますので、やはりりっぱな先生方を迎え入れませんとかえって禍根を残すというようなことも考えられますので、りっぱな先生方を迎え入れられる体制とあわせまして、いま御指摘になりましたような、最高四十五人を引き下げていくというような努力をしていきたい、かように考えておるわけであります。私としては、できるだけ早い機会にそういう時機をつかみたいと、こういう希望は捨てておりません。
  94. 山原健二郎

    ○山原委員 人といっても、四万三千ですよね、現在免許状を持っている者、ちょうどきょうは持ってきていませんけれども、これはこの前、免許法改正のときに論議をしましたけれども……。  人と土地だと、こういうわけですね。土地にしても、土地問題は、これは別の問題になってまいります。相当大企業の買い占めとか、あるいは、この前も問題にしましたように国有地なんかもあるわけです。文部省が積極的に、これは教育のために、たとえば国有地については他のものへいろいろに転用されるのを防いで、これは教育の問題に使ってもらいたいとかいう、そういう動きが文部省として見えないのですよ。人だって、いま免許状を持っている者はたくさんおるわけですね。だから結局、いろいろ理由をつけて、そのことはなかなかむずかしいんですよと、こういうことで父兄を納得さすのか。  じゃ、端的に聞きますけれども、なるべく早くとこうおっしゃるのですが、日本の父母に対して、どうですか、もう何年待ってくれと、こういうふうに言うのですか。五年待ってくれ、十年待ってくれ、私は早うやりたい気持ちを持っておるけれども、もういまのベビーブームではどうにもならぬから待ってくれと、こういう答えでしょうかね。私に答えるというよりも、いまこのことを求めておる父母に対して、あるいは教員に対して、どう答えるのですか。昭和四十二年から、もうみんなわんわんいって、ここを解決してくれということ、この国民要求に対しては、待ちなさいと、こう言うのですか。どうお答えになりますか。
  95. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 日本の場合には学級の最高限をきめておるわけでございまして、戦後の初めはおそらく六十人をこしておった学級数はざらにあったと思います。それが今日まで逐次改善してきて四十五人になっておるわけであります。平均をとりますと三十二、三人、これは大体欧米先進国と似たり寄ったり、これは御承知だと思います。最高四十五人、これは私も多いと思っているんですけれども、それにしてもどんどん下げてきていることも御理解いただける、同時にまた欧米先進国と平均で見ますと大同小異になってきているということも御理解いただけると思うのであります。  私としては、第五次の教職員定数改善と取り組むときにはこの問題をぜひチャンスにできぬだろうかなという希望は持っておるわけであります。ただ、今後の日本の人口構造がどうなっていくかということについてわからないわけでございますので、そういうことを踏まえまして、事務当局としては十年できないと答えていると、こう思います。私としては、第五次の教職員定数改善と取り組むときにはぜひこういう問題を積極的に取り上げてみたいなという気持ちは持っているわけであります。
  96. 山原健二郎

    ○山原委員 外国の平均したら三十数名ということをしばしば言われますけれども、問題は何かというと、現在、四十名をこしておる子供が教室の中におるわけですからね、それを教えておる。それをいまパーセントでいえば四五%をこしておるというわけでしょう。その子供が現実にいわゆるすし詰めの教室で勉強しておる、これを解決するという問題ですから、だから諸外国へ行ったらそんなのはないわけですよ、四十五名も四十六名も目の前に置いてやっておるようなのは。しかも教科は教科で、文部省自体がむずかしくしてきたわけでしょう。いまになってむずかし過ぎるとかなんとかいって、知恵太りの何とか細りとかいっておりますけれども、知恵太りどころではない、わからぬ子供がおる。知恵が太るような条件さえつくっていないのに知恵太りとは何ごとだと私は言いたいのですけれども、そういうことをなぜ解決しないのか。解決ようしないのだったらようしないと私は言ってもらいたいのです。結局は、いまのところむずかしいということですね。結局はむずかしい、なかなかできることではございませんと、こういう私に対するお答えでしょうかね。いついつまでに解決してみせます、これが国民に対して言えぬですか。その問題は最後にそれだけ聞いておきます。
  97. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 ちょっと先ほどの数字で落としたところがございますのでお答えさしていただきますが、先ほど四五・一%、五万六千二百九十五学級と申し上げましたのは、これは中学校の場合でございまして、小学校の場合には一二・一%、六万八千六百四十四学級、四十六人以上が千三百七十七学級、〇・五%、そういう数字になっておるわけでございます。  それから、私と大臣とちょっと表現が異なっているわけでございますが、私は事務当局としまして、これから先、子供が二〇%ふえるということになりますと、たとえば東京都の新宿区でございますとか、そういうふうなところで現在の中学生が二〇%ふえましても、これは現在の中学校を二つに分けなければどうにもならないのじゃないかというふうなところもあるわけでございます。その上にさらに学級編制を改善するということにいたしますと、わが国の場合は、先ほど大臣から申し上げましたように最高四十五名ということでやっておりますから、学級が分裂するわけでございまして、その建物の費用はもちろんでございますけれども、学校を二つに分けなければいけないというふうな事態も生じてくるのではないか、そういたしますと土地の問題でも詰まってしまうというふうな深刻な状況でございます。また最近、体育の振興その他もいわれておりますが、校庭までつぶしてやるということになりますと、これは四十人に下げるというメリットと、それからそのために生ずるデメリットと比較いたしました場合に、やはりデメリットのほうが大きいのじゃないか、それを防ぐために四十五名という水準を据え置かざるを得ないのじゃないかということを申し上げたわけでございます。  御案内のとおり五十名を割ったというのは、これは明治以来、四十五名に下げたのは初めてでございまして、約八十年間、五十名あるいはそれ以上という学級編制が、やっと四十五名まで参ったわけでございます。これをまたさらに下げるということになりますと、四十一名以上になりました場合には学級が二十人と二十一人に分かれるということになりますと、また小規模学校のデメリットというものも出てくるわけでございます。そういう点も十分検討した上で学級編制に取り組むべきであるというのが私ども考えでございます。  大臣は積極的に前向きに検討したいということでございますので、事務当局といたしましてもそういう方針でまいりたいというふうに考えております。
  98. 山原健二郎

    ○山原委員 では、いまの状態では、せめて四十名にするというめどはつかぬわけですね。戦後六十名であったというのがずっと減ってきたなんて言っておりますけれども、それはあまりいばれた話じゃないですよ。しかも四十二年からもうずっと四十五名できているわけですね。全然前進していないわけですね。これは後進国的な感覚で文部行政をやっておれば別ですけれども、教科の問題から考えても、いま子供がわからぬというこの一番切実な問題については、文部省としては、また自民党政府としては、もう解決する能力はいまのところございません、お手上げ、こういうことで私は国民の皆さんに宣伝をしますが、よろしいですか。大体いつまでに四十名にできるという確信はよう持ちませんか、やってみせるという……。
  99. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 山原さんは高知県にいらっしゃるものですから、人口急増地帯の実情をあまり御存じないのじゃないかなという気も、私はお話を伺っておるとするのです。ほんとうに校舎を分けなければならない、どうするか、困り抜いておられるわけでございまして、そういう問題と比較考量して、いずれの道を選ぶか、こういうことも一つあるわけでございます。  それと同時に、現在小学校の先生、毎年新規に採用しておりますのは一万二千人前後だろうと思うのでございますけれども、これをさらに一躍ふやしていくということにつきましては、今日のように自然増が非常に多いときに、児童数だけでも三十万人内外ふえていくわけでございますので、先生数も相当ふやしていかなければならないわけでございます。自然増に加えてさらに新規の増ということになりますと、はたして正規の教育を受けた先生をそれだけ確保していくことができるかどうか。やはり教育界に迎え入れるのには、人数さえふえればいいんだという気持ちは、私はとても持てないのであります。むしろ、適当でない人なら、人数が少ないほうがかえっていいぐらいな感じ教育の現場については持つのでございまして、そういう両様の意味でございます。  どちらがいいのかということでございまして、解決できないのとかいうようなものの性格じゃないと私は思います。どちらがいいのかということだと。いま四十五人を四十人に下げるのがいいのか、いや、四十五人のままでいくのがいいのか、どちらがいいかという問題でございまして、どちらがいいかという問題については、一つは人口急増地帯の校舎の現状であります。もう一つは、自然増に加えて新規増をさらに先生について加えることがいいのかどうかという問題でございます。どちらがいいかという問題であることの御理解をぜひ賜わっておきたいと思います。
  100. 山原健二郎

    ○山原委員 人口急増地のことを、私が僻地の県ですから知らないと言われればそれまでですけれども、私は、あなたは子供のことを知らぬと思うのです。現実に四十五名で教えられている子供の立場に立って、その親の立場に立って、いまの教科の中でわからぬ子が現実にいるわけでしょう。これは文部省だってもう否定できないと思うんですよね。義務教育でその子供をどうするかという問題でしょう。その立場に立っていただかないと……。  あなたはいろいろな理由をつけておられるんですよ。それだけ先生の数ができるかとか土地の問題とか、次々と問題を出して、そうして最後にどう言うかというと、四十名がいいのか、四十五名がいいのかわからぬというような、そんな乱暴な話はないですよ。先生が子供を教える場合には、それはあまり少なくてもいかぬと思いますね、子供の協調性の問題とかそういうのがありますし、集団的な学習もありますからね。ありますけれども、しかし大体政府だって、いままで四十人は適切であろうということをかつて言っているわけですね。大体、おのずから国情に応じた人数というものがきまって、そうしてそれに対する教育が行なわれるということでしょう。あなたの言い方だと、四十五名でかまわぬという言い方になってしまって、これは解決する意図というよりも、むしろそのほうがいいんだというようなことになりかねない状態で、これは永久に解決しないということさえ考えられるわけですね。  わかりました。まあとにかく、ようやらぬということです、現実は。そうしてそれに対していろいろ理屈をつけておられる、そういうことでしょう。
  101. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 どうもまだ御理解をいただいていないようでございます。  あらゆる条件が許すなら、四十五人を四十人に下げたい。ただ現状においては、先生の自然増の時期に入っているのだ、自然増に加えて新規増、その場合に十分な資格能力を持った先生を確保できるかどうか、こういう問題が一つあるのですと、こう申し上げているわけであります。もう一つは、人口急増地帯においては、現在でも四十五人をこえてまで学級編制をしなければならない。法は「標準」と書いていますけれども、とにかく四十五人までであることを期待しているわけであります。それをこえてまで、とにかくすし詰めでやらざるを得ない。あるいはまた、すし詰めでやるどころじゃなしに、廊下までつぶして授業をしている。校舎を分けたいのだけれども、どうしても土地が確保できない。困り抜いておられる。プレハブでやっているところもずいぶんあるわけでございます。そういうところへさらに四十五人を四十人に下げますと、学級を割らなければならぬわけでありますから、校舎を建てていかなければならないわけでございます。そうしますと、教室をふやしますと、自然、屋内体育館をつぶすとか廊下をつぶすとか、すし詰め的な傾向が一そう加わっていくわけであります。  そういう二つの、普通の場合に考えられないような問題を控えているために、そういう現状を押して四十五人を四十人に引き下げて、先生もふやす、教室もふやすということを強行するのがいいのか、いや、そういうことがあるから、この際は四十人に下げるよりも四十五人の現状でいったほうがいいのか、こういう比較の問題である、こう申し上げているのであります。少しも金の問題じゃありません。教育内容の問題であります。教育の実態の問題であります。ですから、そういう人口急増の問題第二次ベビーブームというような問題が起こらないとき、自然増のないようなときでありますならば、私はもう四十五人をぜひ四十人にまでは早く下げたいな、こういう気持ちを持っておるわけだし、それのほろがベターだ、こう思っております。現状のままではそれが直ちにベターだとは言えないじゃありませんか、これはお考えくださいよ、こう申し上げておるわけであります。
  102. 山原健二郎

    ○山原委員 今日の状態を一挙に解決するなんということはできないわけですね。それはあなたのおっしゃるとおりです。それは先生の養成の問題もあるでしょう。それから用地の確保、教室を建てていくという予算の問題もあると思います。あると思いますが、少なくともいま子供たちが教えられている現実は解決していかなければならぬし、それは国民要求でもあるということになってくると、それを総合的にどう解決していくかという計画がなければいかぬでしょう。ベビーブームのときにはこれはできないんだという答弁になるわけですよ。だから、いまの国民要求に対しては、あなたの答弁では、これはだれも納得いかないと思いますね。そうでしょう。だから計画を立てて、こういうふうに解決していきます、予算はかくのごとく取っていきます、先生の養成はこうしていきますという総合的な、それが文部行政じゃないですか、それを私は言っているわけですけれども、そこまで求めても、どうも計画もないようです。四十五名を少なくとも四十名に減らしていくという計画がありますか、ありませんか、それだけ聞いてこれは終わります。
  103. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 私どもは五カ年ごとに計画を立てておりますから、これから始まる五カ年につきましてはそういう計画はございません。
  104. 山原健二郎

    ○山原委員 結局その問題では、いま文部省はそういう意図がないということがわかりました。  二つ目の問題ですが、私どもの党としては、小中学校の教員に対して研修のできるような状態をつくり出したいというふうに考えています。具体的には週一日の自主的に研究できる体制をつくりたいというのが私たちの主張でございますけれども、それについての先生の数の計算も、試算は私なりにやっているわけですが、この週一日の研修日を教員に与えていく、とるということについては、文部大臣はどういうお考えでしょうか。
  105. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 公務員につきまして週休二日の問題もあるわけでございます。したがいまして、週休二日ということになりますと、あるいは週一日研修日を与えるという問題にお考えいただいてもいいんじゃないか、こう思っておるわけであります。  いずれにいたしましても、先生方についても早くそういう時代を迎えたい、こういう希望を持っておるわけでございます。
  106. 山原健二郎

    ○山原委員 この間、大臣の答弁ですが、教育課程審議会で小・中・高一貫した教育内容の精選を御検討いただいておるということで、その答申が出るのが大体五十一年の秋だということですね。それが出てから学校の週五日制については検討したいと御答弁があったようですが、そういうことですか。
  107. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 小・中・高一貫の教育課程審議会は昨年の秋に発足させたわけでございまして、おおむね二年で御答申をいただきたい、こう申し上げておるわけでございます。全体としてそういう御答申をいただきたいわけでございますが、ものによりましてはいろいろと中間的にも御答申いただける場合もあろうか、こう思うわけでございます。
  108. 山原健二郎

    ○山原委員 田中総理はテレビを通じ、五日制については反対しておられるのですね。文部大臣の場合は、五日制についてはどういうお考えですか。私まだ公式に伺っていませんが。
  109. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 いま申し上げました教育課程審議会に対しましてはいろいろなことをお願い申し上げました。その中では学校教育と社会教育との体系的な結びつきを考えていただけないだろうか、よき社会人をつくり上げるというような配慮もしていただけないものだろうかということも申し上げました。同時にまた教育内容については、基本的なものをしっかり身につける、それでいいんじゃないかと思うんだ、あまり何もかも覚え込ませるというよりも、変化にたえる力をつちかうことが根本だと思うんだ、だから思い切って教育内容を精選してください、こう申し上げたわけでございます。  教育内容を精選した結果では、教育課程は週五日で済んでしまうということもあり得ると思うのであります。しかし同時に、教育というものは学校教育だけではない。学校教育、社会教育通じて人づくりが行なわれておるわけでございますので、社会教育の面において、たとえば学校教育で行なっておるクラブ活動などを社会教育が引き受けるというようなことも考えられるわけでございまして、学校教育の場合には同一年齢層が一つのクラスをつくって教育が行なわれる、社会教育の場合には低学年の者、高学年の者一緒になって訓練が行なわれる、そこに大きな違いが出てくると思うのでございますけれども、場合によっては、五日は学校で勉強する、一日は社会で勉強するというふうな行き方もあり得るんじゃないか、こう考えるわけでございます。  いずれにしても、先生方の週休二日即教育は五日しかやらないんだ、こうお考えいただきたくないな、こう思っておるわけであります。学校授業五日、あるいは社会教育一日というようなことだってあり得るじゃないだろうか、こう思うわけでございまして、その辺のことは教育課程審議会においていろいろ御検討いただいた結果をまって、ひとつあり方をくふうしていきたい、こう思っております。
  110. 山原健二郎

    ○山原委員 人事院が地方公務員、国家公務員について週休二日制の問題を検討しておって、この八月に勧告が出るかもしれない。場合によっては昭和五十年、来年の四月あたりから週休二日制が行なわれる可能性がないとは言えないですね。そういう場合に、一方では、教育課程審議会の答申がいつ出るかわかりませんが、それに基づいて検討されるということになりますと、場合によっては、一方ではもうすでに週休二日制が地方公務員、国家公務員に行なわれて、そして教育の場合はまたそれがさらにおくれるという事態も起こり得るというふうな、その辺の観測はどういうふうに見ておられますか。
  111. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私としては、公務員について週休二日制が発足いたしますときには、教員についても例外にはしたくない、こういう気持ちを持っております。
  112. 山原健二郎

    ○山原委員 教員についても例外にしたくないという、人事院の勧告の出方にもよると思いますけれどもね、その点はわかりましたが、週休二日制をする場合に教員の定数というのは大体どれぐらいふやしたらいいものか、その辺の試算は文部省のほうで行なわれておりますか。
  113. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 どういう形の学校の運営になるかということが非常に大きな関連があるわけでございますので、そういう点については別に試算をしておりません。ただ、もし学校は六日授業をやる、それから先生は週休二日だということになりますと、六分の一先生が要るということでございますから、これは計算をしてみれば簡単に出ることで、人事院の勧告その他そういうような事態が生じました場合にそれに対する対処というものを考えてもよろしいのじゃないか、そういうように考えておるわけでございます。
  114. 山原健二郎

    ○山原委員 大体六分の一といえば、現在小学校、中学校教員五十八万ぐらいと踏みますと約十万ですね、それだけの先生が必要だと思います。そしてそれを同時に、週休二日といいますとその一日は研修にとるとか、文部大臣もそういう一日を研修にしたいなというようなお話もありましたが、研修ということは私は非常に大事だと思うのです。研修の時間というものを確保していくということが、いまもうほんとに——先生方の労働時間というのは大体どのくらいですか。いろいろ私も調べてみましたけれども、授業時間がかりに小学校二十五時間といたしますと、大体一時間子供を教える場合にどれだけの準備が必要かということですね。たしか、安嶋現管理局長がかつて言ったと思うのですが、一時間教えるのに一時間準備の時間が要るだろうというお話もありましたが、その辺は岩間さん、どんなふうに押えておりますか。
  115. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 ちょっと古い調査でございますが、御案内の教職特別調整額、つまり超勤にかかわるものと申しますか、教員には超勤という制度がなじまないということで、四%の教職特別調整額ができたわけでございます。その際に調べました調査では、四十四時間に対しまして四十七時間あるいはそれよりもちょっと上というふうな勤務の時間数が出ておるわけでございます。
  116. 山原健二郎

    ○山原委員 文部省の場合四十六、四十七時間というのは出ていますが、大同小異ですけれども、私が幾つかの調査のあれを見ますと、大体五十五時間、全日本中学校長会調査によりますと平均五十五時間。それから、日教組の場合はそれより少し多いと思うのですが、そういう状態が出ています。それから授業時間も二十五時間、これは長崎県で調べたのでは、大体小学校で二十五時間が三・九%、二十六時間が八・九%、二十七時間教えておるのが二一・四%、二十八時間教えておる人が一五・一%、二十九時間教えておる方が一六・六%、三十時間以上というのが一八・七%というような数字が出ておりまして、相当の授業量ですね。それに加えて御承知のように補欠授業があり、生活指導があり、校務があり学級の事務があり、学校給食の時間があり、PTA関係あるいは家庭訪問というふうになってまいりますと、ほんとうに、いい先生を求めるというお話ですけれども、これでは落ちついた授業なんというのはできないですよ。これほどたくさんの仕事を持ってきりきり舞いしておるわけなんです。ほんとうに子供にわからすように教えようと思っても、先ほどお話があったように中学校で四十何%、小学校で二十何%、それだけは四十名をこす生徒を持っているということになりますと、この辺の解決をしなければ、ほんとうに教育要求にこたえる解決にならぬと思うのですね。どうですか。一時間の授業に対してどれくらい準備をしたらいいか、計算していますか。  それからもう一つは教員の労働量の調査、これは文部省が四十一年にやっておりますね。それからやっていないのですね。ここらもほんとうに現場の教師の立場に立つという姿勢がなければ、聖職だ何だといったところで、実際に先生方の教育をするという立場を守り、保護し勇気づけていくという仕事にはならぬわけです。どうですか、労働量調査、最近やりましたか。
  117. 岩間英太郎

    ○岩間政府委員 最近はやっておりませんが、四十一年にはごく大がかりな調査をやりまして、それに基づいて教職特別調整額というふうな制度ができたわけでございます。それ以後、御案内のとおり標準法の改正等も行なっておりまして、教職員定数あるいは事務職員、養護教諭の定数の増加もやっております。したがいまして、私は勤務量はむしろ減っているのじゃないか。たとえば授業時間数について見ましても、小学校は最高二十六時間、それから中学校は二十四時間やっておりますが、現実には小学校は二十二、三時間、中学校は二十一時間程度というふうなことになっておりますから、その分の負担は軽減されているというふうに考えておるわけでございます。  また、今度の法改正によりまして教職員定数がさらに増加をいたしますれば、それに応じまして教員の勤務量というものは減ってくるのじゃないか。ただ、やはり授業というのは、私どもから見ますとかなり密度の高い勤務でございますから、さぞ御苦労であろうという点につきましては、御苦労に存じておるわけでございまして、その点につきまして今後機会がございましたら改善をしていくというふうな方向でいきたいという点は、大臣から御答弁申し上げましたとおりでございます。
  118. 山原健二郎

    ○山原委員 時間がもうあまりないようですが、私がなぜこんなことを言っているかといいますと、これは中央教育審議会の専門委員である、また文部省研究所にもおられた方ですが、河野重男さんの書きました「教育経営」という本があるわけです。これを読んでください。一六四ページの「負担にあえぐ教師」、それから「教師を教育にかえそう」というようなところがございますけれども、ほんとうに日本教育というのはたいへんな状態なんですね、雑務にいたしましても。そういう状態に置かれて、そして学級定数も先ほど言ったようになかなか解決できない状態にある。五年間はどうにもなりませんというお話でしょう。それから研修日の問題は、人事院勧告があれば多少それにのっとって、地方公務員、国家公務員とは別にはしたくないというお話がありましたけれども、雑務とかそれから授業量とかいうこと、これなんか考えましたら、実際いま義務教育におきましても、子供たちにほんとうに行き届いた教育をできるような状態には行政はしていないと私は思います。これはそれに関係してきた、皆さんのほうの中央教育審議会の専門委員をしておった方がずっと書いておられるわけです。これは一方的な理論の展開ではないと思う。具体的に相当書かれていますから、数字もあげてますから、一ぺん読んでいただきたいと思いますが、そういう状態にある。  それからもう一つは、学校の先生方の住宅の問題ですね。これがどうなっておるか。これは裁判官並みの取り扱いをしたいということを文部大臣もしばしば言っていますけれども文部省の基準の教員住宅にしても五十平米ですね。裁判官のほうは違いますね、裁判官のほうは、e型という一等級及び指定職の場合は八十平米以上、二等級CL型というのは六十五平米から八十平米、こうなっているわけです。そして、現実には裁判官の場合は、配置転換が行なわれても、裁判官の住宅というのはちゃんとあるわけです。裁判官並みにすると言ったって、私どもも実際経験しておりますけれども、教員の場合は、行っても家がないわけです。転勤をさせられたらまず家を探さなければならぬという状態ですね。こういうものもほとんど改善されてはいない、こういう状態にあります。  それから人事異動に至っては、裁判官の場合を考えてみますと、大体わかるのです。その人が今度どこにお移りになるか、いつごろお移りになるかということがわかるのです。ところが教員の場合は、全く突然新聞に発令が発表される、それで知るという状態がほとんどだと思います。そして、私の経験などでは、全く突然僻地へぱっと行くとか、夫婦別居。しかも報復的な人事行政というのが至るところにある。大体、任命権があるからといって教員をどこにでもほおり込んでかまわぬというような思想は、これはもう教師の尊厳に対するたいへんな冒涜ですよ。だから、たとえばこの僻地へ行っていただきたいというときには、その先生に話をして、この僻地へ行っていただきたい、その先生が情熱を持って行けるような態勢をつくってあげる、そしてまたいつか、家庭の条件があれば帰ってくるというふうな、民主的な話し合いによる人事、これはどこでもやっているわけです。教員の場合だけですね、ただ権力をもってぱっぱと飛ばしておる。私の知り合いの者は、十年間に十一回、学校をあっち飛びこっち飛びさせられている。人間的な家庭の構成とかそういうものも一切無視されてしまって、それが教員の人事だという考え方があるわけですね。  住宅はない、それからそういう家庭の条件も、自分が情熱を燃やして教えようとする条件も全く考えないで、ただ人事異動をやっておるというようなことは、これはもう聖職だなどというのはやめなさい。私らは、教員というのは神聖な職業だと思っていますよ。けれども、あなた方がいうのは、何もそういう手当てをしないで、ただ権力をもってどうでもやれるのだ。教員の尊厳に対する敬意とかそういうものは全く感じられない。そういう条件も整備しようとしていない。文部省のやらなければいかぬことはそのことなんですね。教育基本法第十条に忠実に文部省が従っていく、このことがいま文部省要求されていることなんですよ。どうですか。との人事の問題、住宅の問題、情勢はどんなになっていますか。
  119. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 住宅の問題について私からお答えをいたしたいと思います。  教員住宅に対する補助は、文部省は僻地の教員住宅について行なっておるわけでございまして、昭和四十八年度までに約一万二千戸の教員住宅に対する補助が行なわれたわけでございます。四十九年度におきましては八百戸の建築の補助の予定をいたしております。なお、不足の総数が約一万七千戸というふうに見込まれておりますが、このうち若干の自己努力を見込みまして、四十七年度から五十八年度までの間、十二カ年間におきまして一万二千戸の教員住宅の整備をいたしたいというふうに考えておる次第でございます。先ほど申し上げましたが、昭和四十九年度におきましては八百戸の予算を計上いたしておりますが、最近の傾向でございますと、むしろ予算に余裕があるような状況でございます。むしろどしどし申請をしていただきたいというふうに考えておる次第でございます。  面積でございますが、現行におきましては五十平米のものと四十平米のものがございまして、昨年度におきましては五十平米が四八%でございましたが、四十九年度におきましてはこれを六四%というふうに引き上げております。また木造の比率は、四十八年度におきましては八五%でございましたが、四十九年度におきましてはこれを六〇%にする。ブロックの比率は、四十八年度におきまして一五%でございましたが、これを四〇%にするというような、面積についのて改善、構造比率についての改善をはかりつつある状況でございます。戸数につきましても、現状から申しまして決して不足をいたしておるという状況ではないというふうに考えております。
  120. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私たちは、教育界というところは国家社会の命運の託されているところだ、こう考えているわけであります。それだけに、そこで働いてくださる先生方の責任は非常に重い。だからまた、教育界に人材を導き入れる法律を提案させていただいた。教員については一般の公務員に比較して優遇されなければならないというような将来にわたる大方針も確立していただいたわけでございます。また、それに対応いたしまして、四十八年度、四十九年度それぞれ一〇%ずつ給与を上積みする予算もきめさせていただいた。さらにまた、できる限りたくさんの先生に世界を見てもらおう、世界を見た目で教育に当たっていただこうというような配慮もしてまいっているわけでございまして、社会が尊敬するようなりっぱな先生方になっていただけるように努力をしているわけであります。同時にまた、できる限り停年も延長して、安んじて職についていただけるという配慮をしているつもりでございます。  いまお話を伺いますと、十年間に十一回かわったとかいう式のお話がございましたが、私は、おそらくその先生は各市町村でもてあまされた方じゃないだろうかという気がいたします。御承知のように、市町村教育委員会が内申を要するわけであります。でありますから、いい先生方は市町村が放そうとしないのでございまして、ぜひ置いておいてくれというのが普通でございまして、毎年毎年かわっていくというのは私は普通じゃないなという感じがするわけでございまして、できる限り定着していただけるような先生方が多数になるように、われわれとしては希望いたしているところでございます。
  121. 山原健二郎

    ○山原委員 その先生がかわるたびに父母の間から、この先生におっていただきたいという運動が起こることもあるのです。私はそのことをいま、時間がありませんから申し上げません。けれども、ほんとうにそういう少し欠陥のある先生がかりにおったといたしましても、私がいま例をあげたのはそうじゃないのです。りっぱな先生です。報復的にやるのです。たとえば教員組合の活動家であるとかいうようなことを目したら、ぽんぽん飛ばしていくのです。もう抜き打ち的にやるわけです。それは思想が違うとかなんとかいう問題じゃなくして、お上の言うことをあまり聞かぬとかいう問題じゃなくして、人間の取り扱いとしても不都合なことをやっているのです。もし欠陥のある先生であっても、その方と話をして、あなたはこういうところが同僚の教員とうまくいかないとかいうことであれば、今度は別のところへ行っていただいて、そこで情熱を燃やしてまたやれる条件をつくってあげるとか、それが教育者の配慮です。だから、ぱっと発令をして飛ばしていったって、その人が別のところへ行っても情熱を燃やすことができないような条件があるわけです。そういう点も、教師に対する問題として考えていく必要が私はあると思うのです。何も相談もせずに、ただ任命権者がやればいいんだという考えでは、これはいかぬと思うのです。  それから、いま住宅の問題を言いましたけれども、住宅だって——これは長崎県議会で問題になっていることなんですが、こわくて島に住めない、若い女教師が襲われる、こういうのが二回も新聞に出るわけです。住宅へ行ってみたらかぎがかからないというようなところもある。それからふろ場はのぞかれるとかいうようなところ。島の先生や僻地の先生は、そういうところでまず家をさがして、そうして住まいをする。これではほんとうに落ちついた教育もできないわけです。そういうものがあったらいかぬわけです。八百戸のあれをやって予算が余っておると言われましたけれども、それはまた地元の地方自治体の負担なんかがありますから、だからどうにもならぬような問題もあるわけです。そういうことも考えておく必要があると思います。  要するに、教員らしい処遇というものを考えていく。しかも民主的な立場でものを考えていく。権力によって行政をやっていくんだというような思想は捨てなければならぬと思うのです。そういう配慮というものが私は非常に必要だと思います。そういうことが総合的に行なわれて初めて先生方が落ちついて授業ができる。東京なら東京を調べてみましても、ほとんど学校へ通うために一時間以上時間がかかるわけです。そうしてもまれもまれて行くわけです。行ったところが、たとえば文京におった先生が葛飾へ行ってみると、葛飾には工場もある。中小企業もある。そこの子供たちが来ている、その子どもたちの生活条件がどうか、どんな経験を毎日しておるか、そういうことを知って初めて教育というのはできるわけですからね。そんな配慮もなしにただ人事の配転というようなことをやっても、教育の効果はあがりませんから、ほんとうにそういう教育の効果のあがるような文部行政というものを要求いたしまして、私の質問はきょうは終わります。
  122. 臼井莊一

    臼井委員長 次に、稲葉誠一君。
  123. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 私は、教育のことについて、あまりこまかいことはお聞きをする能力がないというか、よくわからない点がありますから、そういう点を聞くわけではございません。  実は、サンデー毎日の五月十九日号ですか、これにあなたと宮之原さんとの対談が出ているわけです。これは全体の中のおそらく一部分だと思うのです。だから、私は率直に、これを見まして、最初のところでは、心ゆくまで論争をしたと書いてあるのですけれども、あまり心ゆくまで論争してないような、部分的なことですから、これに基づいて聞くのもあなたの真意をそこなってはいないか、こう思うのですが、その中で、たとえばいま話が出た、小、中、高を一貫する教育課程の審議会ですか、二年ぐらいの間に結論を出してくださいということでお願いしているいこう言いましたね。それはそれですが、その中で、小学校というと、これは「何もかも覚え込ませるところじゃないんだ、基本となるような重要な事項をしっかり身につけさせる、それが大切なんだ。どちらかというと徳性を養うところだと、だから思い切って教育内容を精選して下さいよ、こんなことをいってるわけですわ。」こう言っているのですが、教育内容の精選は別として、この徳性を養うところだという考え方、これはちょっと、あまり簡単過ぎてよくわからないのですが、あなたの真意をお聞かせ願いたいと思うのです。
  124. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 日本の児童をアメリカの学校に通わせましたところが、教育内容アメリカのほうが非常におくれているように思われた、そこでアメリカの学校の校長にそのことを指摘したら、いや、からださえじょうぶになってくれば何でも教えられますよ、むしろ小学校ではしっかり徳性を養うところだと思って努力しているのですよという話を聞いて帰ってこられまして、日本教育について考え直してみたいというような意見を言われている方がございました。そういうことから思いついてきたのが一つでございます。同時に、そういう批判の中で聞いておりますと、小学校の一年から理科とか社会とかいう科目をすぐ始めているけれども、それがいいんだろうかという批判もあったりしまして、なるほど、それも一つの検討課題だな、やはりしっかりしたしつけをもって基本的な道徳的なことが身につくというようなことにならなければいけないな、こんな感じを持っておるわけでございまして、この対談そのものは一時間半対談したわけでございまして、それがちょっぴり抜かれているだけのことでございますので、私の真意も伝わっていないところがずいぶんあるな、こう思っておるところでございます。
  125. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そこで、話はちょっと変わるのですが、戦争前の教育で、あなたがいいと思うところはどんなところでしょうか。
  126. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 戦争前といまとはすっかり状況が違ってきていると思っております。教育といいますと、家庭教育、社会教育、学校教育、従来なら家庭がずいぶん担当してくれたことが今日では担当してもらえないというような問題もあるわけでございまして、そういう問題はどうしても学校教育にもお願いをしなければならぬという場合が出てくるだろうと思うのであります。戦前でありますと、おじいさん、おばあさんからお孫さんまで、したがってそれなりにいろいろな考え方というものがお孫さんにも伝わっていっただろうと思いますし、また子供さんも非常に多いものですから、家庭の中に子供社会があって、弟が兄といろいろ議論をする、けんかもする、その中にある程度身につくもの、考えが鍛えられていくというようなこともあったんだろうと思うのでございますけれども、そういうこともなくなってきている。核家族になってくる、少数の子供さんたちだけで子供社会がない。また都市では遊び場もないということになりますと、何か社会人としてのあり方が身につくような教育をどこかで施す必要があるな、こう思うわけでございます。  戦前と戦後の学校そのものをとりますと、私はやはり、戦前において先生に対する社会の見る目、それなりに先生というものを非常に尊敬したと思います。また先生方が相当な自覚をもって努力をしておられた、こう思うわけであります。そういう点が、戦後の教育界を見てまいりますと、このままでは十分でないなという感じもするわけでございまして、そういうことからいろいろな施策も始めているわけでございますけれども、何といいましてもよき教師を得ること、これが学校教育の基本になるのじゃないだろうかな、そういう点から考えますと、それなりの処遇についても考え直すべきだというようなことで、先般来施策を講じさせていただいているところでございます。
  127. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 私が言うのの次に次の質問あたり、それをあなた、ずっと考えておられて、何か判断をされて、用心して答えているのかもわかりませんけれども、別にトリックにかけるつもりで聞いているわけでも何でもないのですが、そうすると、戦後の教育で、今度はあれですか、それじゃ、いいところと悪いところというのはどういうところだというようにお考えになっているんでしょうか。教育という意味は、学校教育というふうに限定していいと思うのですね。家庭教育だ、社会教育だ、それもそうかもわかりませんけれども、そっちへ話が行っちゃうと筋が何かまとまらなくなっちゃうような気がするものですから、そこら辺から入っていきます。
  128. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 学校でも社会でもそうだったかもしれませんけれども、私はしょっちゅうこういうことを申し上げているわけであります。戦後の三十年の教育は戦前の超国家主義の教育の反省の上に立って改革が行なわれてきた、これからは戦後三十年の超個人主義の教育の反省の上に立って教育改革を進めていかなければならない、こういうことを申しておるものでございます。どちらかといいますと個人の充実ということが自己中心になってきている。社会を考えないといいましょうか、あるいは相手の自由を考えないといいましょうか、あるいは平等ということが悪平等的になって、それなりに先生に対して尊敬の念を持つ、おのずからつちかわれていくという式の点が不十分になってきている、こう考えているわけでございまして、そういうことを十ぱ一からげにいうわけでございますけれども、超個人主義の教育になっているきらいが非常に多いわけだから、この反省の上に立って改革を進めていくべきだろう、こんな気持ちを持っているわけでございます。
  129. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 問題がいろいろあると思うので、時間の関係もありますからポイントだけ聞いていくんですが、戦前の教育が超国家主義だった、その後の教育が超個人主義だったと、こういうのですが、超個人主義という意味はよくわかりませんが、そこで、いま盛んにいわれておる、超国家主義を否定して超個人主義が出てきた、その超個人主義を否定して出てくるものは、超国家主義ではないけれども国家主義的な色彩というものをその反射として具体的にある程度加味したものになってくる危険性というか、あるいはきらいというか、そういうふうなものがあるのではないかということが、一般にいまいわれているわけですね。  そこで、たとえばあなた自身が考えていらっしゃる、日の丸の国旗だとか君が代の国歌とか、これは法制化しようというような動きが一部にあると、こういうことが伝えられていますね。これはどこかの総理大臣が非常に熱心だとかというような話も伝えられているんだけれども、あなたとしてはそれについて、そういう必要はすでにない、なくても十分なんだ、こういうふうにお考えなんでしょうか。そこはいかがでしょうか。
  130. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私は、戦後、国家とか社会ということをタブー視するような感じが出てきたんじゃないだろうかという感じを持っておるものでございます。同時にまた、国旗とか国歌とかいうこと、そのものを口にすることも何か悪いような感じを持った向きがあるように私は思います。これはすなおに考えたらいいんじゃないだろうか、個人も大切、社会も大切、両々相まっていかなければならない、そういうふうな努力が必要じゃないだろうか、そうすると、やっぱり国旗、国歌の問題にしましても、特定の行事を行なう場合にはすなおに国歌や国旗と取っ組んだらいいことじゃないだろうかと、こう思っているわけでございまして、また、自分の国の国旗や国歌を尊重できない者は他国の国歌や国旗を尊重できない、他国の国歌や国旗を尊重できない者は他国から信頼されない、やはり世界協力し合っていかなければならないんだからというようなことを言うわけでございます。私としては、そういう意味では、学習指導要領の中に、祝日等に儀式などを行なう場合には、その儀式などの意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し、君が代を斉唱させることが望ましいと、こう書いてあるわけであります。望ましいということをすなおに受け取ってくれればいいんですけれども、どうでもいいんだが望ましいんだと、こう議論が行なわれてまいりまして、これが職員会議と校長さんとの対立を招いたりしているところもあるわけでございます。そうなると、まあそうすることが例だというような、あまり議論を呼ぶような表現はいかがなものだろうか。だからそういうことはひとつ一ぺんそれなりの機関にはかってみて、こんな問題が起きているがどう考えたらいいだろうかというようなことについて御議論いただいたらいかがなものだろうか、こう考えておるわけでございます。  いずれにいたしましても、日の丸は国旗であり、君が代は国歌であるということは国民の間に定着してきている、こう思うわけでございますので、この定着している気持ちをそのまま受けて、行事などを行ないます場合にもそれをそのとおりに使っていけばよろしい問題ではないか、こう思っておるところでございます。
  131. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そういうことをお聞きしているわけじゃなくて、いまいったものについて法制化をしろという議論があるだろう、それについて、だからその必要はないんだというあなたの御議論でしょうか、必要のないという理由として、いま言ったように、もうすでに国民の中に定着をしているんだから、何もいまさら法制化をして波風を立てる必要はないんだという御議論なのだろうかということをお聞きしているわけですね。
  132. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私はいまおっしゃったように考えているわけであります。定着しているものですから、それを定着しているとして受け取っていきたい、こう思っております。ものによりましては慣習法が中心になる国もございますし、あるいは成文法が中心になる国もあるわけでございまして、こういう性格のものにつきましては、定着しているところ、それをそのままに受け取っていけばいいじゃないだろうか、ことさら立法に訴えなければならないというふうには私は思っておりません。
  133. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 その定着しているということの内容が、これまた問題なんじゃないですか。定着のしかた、ことにその内容。君が代というけれども、その君というのは一体何をさすのかということも、これは——あなたは、君というのは、ユーという意味なのか、あるいはエンペラーという意味なのか、そのどっちなんですか。この君というのはどういうふうに御理解されているわけですか。これは人によって違いますね。キリスト教徒なんかは、君というのはエンペラーじゃないという考え方をしていますね。私もそうじゃないと思うんですよ、いまはですよ。いまの段階ではそうじゃないというふうに考えるのですけれども文部大臣自身は、君というのは何だというふうに御理解されているわけですか。
  134. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 これはいろいろな経過もあるようでございますけれども、国歌として君が代が用いられるようになって以来、天皇の代はと、こう解釈されているのが一般だ、こう思います。同時にまた、憲法の上で天皇が象徴とうたわれておるわけでございますので、別に矛盾するところはないんじゃないだろうか、こう思っておるところでございます。
  135. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 矛盾するかしないかはまたあとの問題として、あなた自身も、君が代の君というのは天皇だ、あるいは天皇家だ、こういうふうに理解をされている、こう承ってよろしいでしょうか。
  136. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 天皇を象徴としているこの日本の国、こういう意味だろう、かように考えておるわけでございます。
  137. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そこら辺は一つのロジックですね。しかし国民主権でしょう。国民主権ならば、君が代じゃなくて民が代というのがほんとうじゃないんですかね。ぼくはそう思いますね。そうでないとおかしくなってくるのではないかと思うのですがね。象徴だとしても、昔から象徴だというならば、国体が変わったのなら、君が代というのは戦後によって変わらなければならないはずじゃないですか。歌そのものも、それに対する取り扱いも変わらなければならないのじゃないか、こう思うのですが、なぜ日の丸だ、君が代だ、あるいは教育勅語だ、こういうふうなものがいまごろ盛んにいわれるようになってきたのでじょうか。この三つのものは戦前の日本教育なり何なりの中でどういう役割りを果たしてきたというふうにあなたは理解をされるのでしょうか。これは、日本が富国強兵、そしてナショナリズムの高揚というか、あるいは戦争というか、こういうふうなものへの一つの大きな役割りをこの三つのものが現実には果たしてきたんじゃないですか。ことに教育勅語なんかは、そういうふうな意図が相当露骨にあらわれているとしか理解できないのじゃないですか、私の理解が違うかもわかりませんけれども。この三つのものが現実に果たしてきた役割りはどうなんでしょうか。
  138. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 私は、先ほど超国家主義ということを申し上げましたけれども国家中心になって、個人が無視されているきらいが非常に多かった、だから超国家主義の活動のためにいろいろなことが用いられたことが、逆にまたそのものについて口ずさむことさえタブー視されて、逆に国家、社会を忘れる国民になってきたのではないだろうか、そういう反省をしなければならない時代だ、だから個人のことも強調し、国や社会のことについても関心を怠らないようにする国民になっていかなければならない、こんなことを申し上げているわけでございます。
  139. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そうすると、戦後、超個人主義の政策がとられたということ、それはやはり考えてみると、アメリカ日本に対する占領政策として意識的にそういうような政策がとられてきた、こういうふうに考える人もありますね。そういう人もあるというんですよ、ぼくが考えているというんじゃないんですよ。日本アメリカ——これは田中さんか何かこの前テレビで言っていたのを、ちょっとぼくは聞いていなかったのですが、何か変なことを言っておったように思うんですね。そうすると、日本をどういうようなものにしようということから出発して、教育というものは、アメリカ日本に何したか、強制したかどうか知りませんけれども、その教育というものは生まれてきたのでしょうかね。アメリカ日本に対して、占領政策としてある一定の目的があるわけでしょう。その中から日本教育制度というものは生まれてきたのでしょう。そこで超個人主義というような思想が生まれてきたのですか、そこら辺のところはどういうふうに理解をしたらいいのでしょうか。そのリアクションとして、いまそれに対する否定が、また君が代なりあるいは教育勅語なり日の丸の旗の高揚というような形で出てきているのではないでしょうか。
  140. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 占領政策といいましてもいろいろだろうと思うのでございますけれども、どちらにしても超国家主義的な方向を変える、民主的な国にする、個人を重視していく、教育の面においてもそういう改革が強力に進められたことは言うまでもございません。その中には、必ずしも占領政策とは言い切れないかもしれませんけれども、地域地域についてはいろいろな意味の行き過ぎがあったようでございます。たとえて申し上げますと、みんな平等じゃないか、だから先生が教壇の上に立って講義をする、教壇は取っ払え、こういう指図をした軍政部もあったわけでございまして、そういう意味で私は、地域地域でかなり混乱が繰り返されたのじゃないだろうか、こう考えるわけでございます。また、国の産業の上でも、たとえば遠くへ出かけられるような船舶をつくることは禁止されたし、速力も速いものは禁止されたことも御承知のとおりでございます。やはり日本が再び団結をして他国に向かっていくというような姿勢は極力警戒したことは、私はこれは事実だと思います。それが個人を強調する、逆に国民の間にも戦争に対する反省から特にそういうものについての嫌悪感を持つ、その結果が国家とか社会とかいうことを口にしなくなる、あるいは国歌とか国旗とかいうものに触れたがらない国民になってくるという傾向が続いてきたと思うのであります。その結果が、やはり個人は大切であるが、国家、社会も大切である、両方並び立たなければならないのだという体制が若干くずれているのじゃないだろうか、そういう反省が今日、国民の間に出てきているのじゃないだろうか、こう私なりに観測をしているわけであります。
  141. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 いろいろな重要な問題がその中にあると思うのです。そうすると、たとえば占領政策としていろいろなことが行なわれました、ことに教育の中で。たとえば六・三・三ですか、こういうふうなことについて、今後、あなたとしては、これを変えていくというか、あるいは検討していくというか、そういうふうな考えはあるのでしょうか。
  142. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 中央教育審議会の答申にはいろいろなことが書かれているわけでございますけれども、私としては、この六・三制に手をつけるという考え方は持っておりません。
  143. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 あなたの言われておることの中にいろいろなことがあるわけですが、たとえば、教育をゆがめている学歴社会の打破も思い切ってやらないといけないということを言われていますね。これは何かそういうのがありますが、教育をゆがめている学歴社会打破というのは、あなたがやろうと思えばやれることなんでしょうか。具体的にどういうことなんでしょうかね、これ。それが一つですね。  それと、ぼくは疑問に思うのですが、文務大臣なり文部省というものの権限が強いというか、こういうふうに文部省がきめれば日本教育がこういうふうに変わっていくんだという、そういう行き方がはたして教育というもののほんとうの姿なんだろうかどうかということですね。文部省というのは一体どういう役割りを教育の中で果たしていくべき筋合いのものなのかということですね。
  144. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 戦前と戦後の進学状況というものが根本的に変わってきたと思います。戦前は小学校六年出まして、二五%ぐらいが中等学校へ進んだ、さらに高等学校、専門学校へ進んだのが同一年齢層の五%ぐらい、さらに大学へ進んだのが同一年齢層の一%ぐらいであります。現在は小学校ばかりでなしに中学校も義務制、さらに高等学校へ進む者が同一年齢層の九〇%であります。さらに大学へ進む者が同一年齢層の三三%であります。  三三%の者が大学へ進んでいるのに、一%の者しか大学へ進んでいなかった時代の大学卒業生を見る目で考える風習が若干残っている。少なくとも、今日ではそういうものがなくなってきたけれども、有名校を卒業した人については特別なものの見方をする傾向があるじゃないか、こういうことがいわれていると思うのでありまして、私は、学歴を正当に評価すること、これは決して悪いととじゃない、こう思っておるわけでありますけれども、有名校を卒業した人間の中にも一〇%内外の欠陥人間はいるものですよ、こういうことをよく言うのであります。同時にまた、学歴を持たない人間でも能力のある人はたくさんいるわけですよ、そういうことで考えていくべきだ、かように考えるわけでございますし、このごろ官庁あたりでは、有名校だけではなしに地方の大学卒業生も積極的に採用する、試験の成績だけからいいますと必ずしもそれは採れないんだけれども、あえて地方の大学の人たちも積極的に採用するというような努力もされているように見受けられるわけでございまして、だんだんそういうことで、有名校の卒業生だけについて特別な扱いをするという態度は変わってきていると思います。将来もっと変わっていくだろうと思います。そうしますと、そういう将来の大学卒業生に対する社会の見方がわかってくれば、いまのようにみんなが有名校へやろう、有名校へやろうというようなかっこうで努力している姿が反省をされるんじゃないだろうかな、こう思って、御指摘のような式の議論をしてまいったわけでございます。  教育の問題につきましては、戦前はすべて大権命令の中に置かれておったわけでありますけれども、今日では国会で教育のすべてが律せられるということになっておるわけでございますし、その国会で律せられている中では、文部省の役割りというものは教育条件を整備していく、りっぱな方々教育界に入ってくるようにしなければなりませんし、また教育の施設も教育にふさわしいように整えられていかなければならぬ、いろいろなことがあるだろうと思うのでございますが、そういう諸条件を整備して、教育が順達に進められるという環境をつくっていくことだ、こう思っておるわけでございます。
  145. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 時間の関係で端的にお尋ねをいたすのですが、たとえばいまの大学について——いま大学の話出ましたね。いろいろな大学がある。大学の自治だとか、いまの大学、いろいろな問題たくさんあるでしょう。それについてあなた自身はどういうふうにお考えなのかということ。具体的に言いますと、いわゆる大学の運営臨時措置法ですか、これが八月十六日ですかで切れるわけですね。これについて私どもは、こういうふうなものはもう要らない、できた時代といまの状態とが違うんだ、廃止すべきだという考え方ですが、文部大臣自身はこれについてどういうふうにお考えで、今後、大学の自治を尊重すると同時にこうした問題にどう対処するのか、このことを承りたいと思うのです。
  146. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 臨時大学運営措置法が制定された当時の状況といまの大学の状況とは、かなりな変化がございます。しかし、大学の中で殺人行為が行なわれているというようなことがあったりいたしまして、やはり臨時大学運営措置法の廃止のしっぱなしで、いいわけじゃないだろう、何らかの措置を必要とするんじゃないだろうか、こう考えているわけでございまして、そういう措置をします場合には、大学当局が教育研究の環境を守っていかなければならない、その大学当局の努力を助けるような何らかの措置を考えたい、こう思っておるところでございます。
  147. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 それはわかるとかなんとかいうことじゃなくて、具体的にはこれは日が切れるわけでしょう。それをどうするんですか。その点はまだそこまでの段階には至ってないということなんですか、あるいはどうなのかということですね。
  148. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 現行法を若干手直ししたようなものを新しく立法するほうがいいのではなかろうか、こう思いながら、近く与党の皆さん方と相談をさせていただいて、そうして最終的に政府の方針を決定させていただきたい、こういうふうに考えているところでございます。
  149. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 あなたの対談というか何か見ていますと、もっといい教育、もっといい教育ということがよく出てくるんです、そういう意味のことが。もっといい教育といったって非常に抽象的な話で、あるいはもっと具体的ないろいろことを言われたのかもわかりませんけれども、これは一時間半ぐらいのもののほんの一部分だけ出してありますからよくわからないんですよ。大体いままでのお話でわかったようなところもありますけれども、あなたの言われるもっといい教育ということは、具体的にはどういうふうなことなんですかね。たとえば子供たちに対して、あるいは教師に対して、あるいは文部省自身に対して、いろいろあると思うのですよ。どういうふうなことを目してもっといい教育ということを言われるんですか。具体的にはどういうふうな内容のものなんでしょうか。
  150. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 問題は多方面でありますから一つだけ申し上げますけれども、やはり教育の基本は教師にあると思っているんです。したがいまして、りっぱな方々教育界に入ってくれなければならないと思います。同時にまた、文部省教育条件を整備していくわけでありますから、先生方あるいは先生方の集団と文部省なりあるいは地方教育委員会とか、ほんとうに協力し合って教育を進めていくという体制、これがつくられてこなければならないんじゃないだろうか、それなくしては教育の振興、充実ということは困難ではなかろうか、こういう気持ちを持っておるわけでございます。
  151. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そうすると、端的に言いますと、あなたのお考えになっているいい先生というのは、結局、文部省のやることに十分理解をしてくれて、そしてそれに協力をしてくれる先生、こういうふうなのがいい先生で、それに対していろいろな批判をしたり反対をしたりいろいろな行動をする先生というのは、これはあまりよくない先生だ、よくないと言っちゃ悪いけれども、好ましからざる人だというふうな御意見のようにもとれるんですが、ちょっとあまり端的過ぎますけれども、そういうふうにお聞きをしてよろしいのでしょうか。
  152. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 そんなことは一つも申し上げておりませんが、むしろ大学をとって申し上げたほうが稲葉さんにはわかってもらいやすいのじゃないかと思うのですけれども、いまの大学の姿を見ておりまして、研究で自分の名前を上げようということには非常な努力を払われるけれども、入ってきた学生について親身になって世話をしてりっぱな人をつくっていこうということについてどれだけ努力されているだろうかということを考えてまいりますと、これでいい大学教授ばかりだといえるんだろうかなということになりますと、心配な感じもするわけでございます。やはり人づくりに自分の情熱を傾けてくださる先生方を私たちとしてはぜひ期待をしていきたい、こう思っておるわけでございます。
  153. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 大学の先生は、これはちょっと別だと思うのですよ。そうじゃない、小、中や高の先生、そういう先生で、あなたが理想としている先生というのはどんな先生なんだろうかということなんですよ。黙って、文句も何も言わないで一生懸命子供を教えて、文部省の言うとおりにやっている先生という意味ですか。まさかそんなことではないんでしょう。文部省のやっていることなりあるいは日本教育行政全体に対して批判をし、それで反対をしたところで、そういう批判があり反対があって初めて世の中というものは進歩していくわけでしょう。批判もない、反対もないから、いわゆる超国家主義がずうっと続いてきちゃってあれになったんじゃないですか。だからそういう点を、あなたの考え方はよくわかったような気もするし、わからないところもありますけれども、タカ派だタカ派だといわれるけれども、よく知りませんけれども、タカ派というのは何をいうのかぼくはわからないけれども、タカ派でもハト派でも何でもかまいませんが、だから、どうもきわめて超個人主義——はたして超個人主義の超と言えるかどうか問題だと思うのですが、むりやりに超をつけちゃって、そうして個人主義的ないいものを否定しちゃって、前のものの、超国家主義の中の国家を取り入れてきて、それにウエートをくっつけて今後の教育を進めよう、結局はまた復古というか、昔の日本と同じようなものの取り入れの教育というものをあなた方が——あなたとは言わないけれども、あなた方が推進をしようとしておるというふうに、私などもちょっととれるのですね。まあ新聞紙上なんかを見てのことだからあるいは違っているかもしれませんが、どうもそういうふうな考え方。全体として戦後の教育の中で、それはいいものもあったでしょう、悪いものもあったでしょう。どういう目的でその教育が行なわれたか、いろいろな議論があるでしょうけれども、その中に出てきたいいものを育てようというよりも、むしろそれを否定してもとに戻ろうというふうな意向が非常に強いように感ぜられてならないのですがね。だから、超個人主義という意味はよくわからないのですよ。超個人主義までいかないんじゃないですか、それは普通の個人主義じゃないですかね。そのいい面はもっと伸ばす必要が、日本の社会の中ではまだまだあるんじゃないでしょうか。
  154. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 小、中、高の学校のお話と、こういうお話でございますが、やはり私は、個人個人の持っている能力、適性を伸ばしていく、それが先生の役割りだ、またそういう努力をされる先生方については児童生徒も特段の魅力を感ずる、先生方についていく、こういうものだと思うのですけれども、そういう師弟間の情愛というようなものが今日においても十分、深いものがどこにもりっぱに育っているだと、こう言い切れるかどうかということになりますと、私は疑問を持っているものでございます。  同時にまた、文部省の言いなりになる教師を考えているのか、こうおっしゃいましたが、そんなことは考えてませんけれども、法律を守る先生にはなってもらわなければ困る。法治国家国民を育てるわけでございますから、先生自身が法律を守る先生になってくれなければ困る、こういう気持ちは非常に強うございます。
  155. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 そうした問題でいろいろ考え方なり議論がある、こう思うのですが、法律を守るとかいうような、そのことからあなたの考え方が出てくるのですか。「学校の先生は裁判官や自衛官と同じように、政治活動は特に慎んでもらわねばならない。」という考え方が出てくるわけですか。何かこれを見ると「そんなに政治活動をしたければ、教員をやめればいい。職業選択は自由です。」と、こう書いてあるんだけれども、これはおそらく全体の中のそこのところだけぽっぽっと取って書いたんだ、こう思うのですよ。だから、必ずしもこれがあなたの真意だとはぼくはとらないのですけれども、この短いことばの中にあるあなたのお考え意味は、どういう意味なんですか。自衛官や裁判官は学校の先生と同じだ、こう言うのですか。
  156. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 公務員につきましては、一般的に政治活動については制限が加えられているわけであります。一般的に制限が加えられているほかに、教育基本法におきまして「学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」こう書いてあるわけです。そういうところから、特に先生方は政治的な活動は慎んでほしいんですよと、こう申し上げているわけでございます。まだ小さい子供の間から、政治活動について特段の興味を持っておられる方々が自然にそういうことについて特別な洗脳的な役割りをすることにもなりかねないわけでございますだけに、できる限り子供を育てる場合にはいろいろな考え方を教えていただく必要はあろうけれども、特定の方向に引っぱっていくというようなことは避けていただかなければならない、こう考えておるわけでございます。そういう意味において、他の裁判官とか自衛官とか特に政治活動のことについてはみずからを規制していかなければならない職種と同じように、みずから規制しなければならない職種にあるものだ、こう考えているわけであります。
  157. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 たとえば、私のところの栃木県の真岡というところに農学校があるのですけれども高校生で、爆弾を研究室みたいなところで理科のあれでつくったり何かしまして、やった事件があって、いま主犯みたいな者はつかまらないのですが、ほかの者はつかまって家庭裁判から本裁判のほうに回って、かかっているわけなんですが、こういうようないわゆる高校生の事件ですね。聞いてみると、やはり純粋に、それはもうきわめてラフなものであるかとも思うけれども、純粋に、世直しをしなければいけないという考え方をしているんですね。それはおとなから見れば、それは何だという考え方があるかもわからないけれども、彼らは彼らなりに、世直しをしなければならない、このままの世の中ではだめだ、あまりにも世の中が乱れているじゃないか、いろいろな面で政治も腐敗をしているし、財界と自民党がくっついているとは言わぬけれども、どこかと何かが癒着していて、日本の政治経済が非常にゆがめられていると、純粋に考えているわけですね。そして高校生がこうした運動に走ったり何かしてつかまっているのですよ。  そういうふうなことに対して、あなた自身、文務大臣としてはどういうような御感想といいますかをお持ちなんでしょうか。そういう立場に対しては、これは全くけしからぬ、こんなものの教育は間違っているのだというだけのことなんでしょうか。あるいは、そういうふうな者が出てくるということについては、それなりにやはり理解しなければならない点もあるのじゃないかと思う、だからそれをどうする、どこをどうする、こういうふうなことについても、何かお考えのところがあるのでしょうか。
  158. 奥野誠亮

    奥野国務大臣 いつの時代にも、極端な行動をとる人が出てくることはあると思います。しかし、現在の日本がただそれだけのことかということになりますと、私はそうは思えない。先生の中で特別な考え方を持って極端なものの説明のしかたをされる方もあって、そういう影響を受けてそれが過激な行動に走る例も相当あるだろう、こう思っておるわけであります。すべてがそうだとは申し上げません。申し上げませんが、現状におきましてはそういう傾向が相当あることはいなめないだろう、こう思っております。
  159. 稲葉誠一

    ○稲葉(誠)委員 もっと具体的な問題について、あるいは基本的な問題についてもいろいろ聞きたい点もあるわけですけれども、私に与えられた時間はこれで終わりのようですから、時間を守って終わりといたします。
  160. 臼井莊一

    臼井委員長 次回は明九日、木曜日、午前十時理事会、午前十時十五分委員会を開くこととし、本日はこれにて散会いたします。    午後五時八分散会