○
参考人(
林宰俊君) 約十五分ほど
意見を述べさしていただきます。
私は、本法案に心から敬意を表し、全面的に賛成するものでございます。
そこでその理由を、私が
国選弁護人をしました体験から、体験的なことをもとにいたしまして御説明申し上げたいと思います。
最初に、
謄写ということでございますけれ
ども、
謄写にはどういうようなものがあるか、その
実物見本というのはこちらに持ってまいりましたので、後ほど
質疑の際に、機会がございましたらごらんいただくことにいたしまして、
謄写にも、手で直接書きますいわゆる
手書き、その
手書き一も、
弁護人あるいはその使用人が直接書きます場合と、半ば
専門的にやっておられる方がいらっしゃいますので、この方たちに頼みます場合、いずれにいたしましても
手書きの場合、それから、
写真でとるということもこれは
謄写の
範囲に入っているということが前から認められておりまして、
写真をとるという
方法がございます。それから、御
承知のとおりに
ゼロックスで、機械でとるということもございます。大体そういう三種類のものがあると思います。
そこで、その
謄写の
対象になる
書面、普通に
書類でございますけれ
ども、そういうようなのにはどういうようなものがあるかといいますと、大きく言いまして、
訴訟に関する
記録及び
証拠物、これは
公判になってから
裁判所でやるものでございます。それからもう
一つは、
公判になる前に、
事前に
検察官の
手持ちの
証拠書類及び
証拠物、こういうものを
謄写するということがございます。大まかに言ってそういう二つのものがございます。
そこで、いま言いましたような
方法で、こういうような
謄写の
対象になるものが、私
どもが具体的に
刑事弁護人、特に
国選弁護人としてやる場合にどういうような順序で展開してくるかと申しますと、私
どもは、まず第一番目に
弁護士会を通じて
国選事件の
依頼がございます。会によりまして
特定のものが来る場合もありますし、あるいは
一定範囲で選択があることもございます。いずれにしましても、大体において、原則として順序よく
事件が来たのを受任するということになるわけでございます。受任しますと、私
どもは
裁判所に行きまして正式に
選任書を受け取り、それから
起訴状を受け取り、それから
被告人に
面接をするということになります。
被告人に
面接をいたします場合にも、すぐに
被告人に会ったほうがいいのか、あるいは一応
事案の概容を頭に入れてそれから
被告人に会ったほうがいいのか、それぞれにいろんな長短があるようでございます。いずれにしましても、
被告人に
面接をする。それから
事案の
内容をつかむために、
検察官のほうで
証拠書類及び
証拠物というものを
公判の前には必ず
弁護人に見せることになっておりますので、その手持との
証拠を私
どもが
検討をするという必要があるわけでございます。その場合に、いま言った
謄写ということが非常に重要なことになってくるわけでございます。
その
謄写の
書類の中でも、
警察官の
面前で
調べましたもの、
検察官の
面前でとった
調書、そういう
供述調書もございますし、そのほかに
手続に関する、
現行犯の
逮捕手続であるとか、あるいは物を
領置いたしましたときには
領置調書であるとか、こういうようないろいろ
手続面に関するものもございます。いずれにしましても、そういうようなのはそれぞれに重要でございまして、
供述調書でも、ただ
要点だけ閲覧しさえすればそれでこと足りるというものでも必ずしもないわけでございます。もっとも、これは
事案の
性質によりまして、
否認をしている
事件、それから
自白をしている
事件というのでは、多少その
重要性の
程度に違いがあるということにはなると思います。しかし、いずれにしましても、
事件といいますものは、
捜査の段階からさらに
公判を経て判決のところまでいかなければ
真相というのは明らかにならないわけでございますし、
裁判の性格が、そもそも
捜査と
弁護権、
防御権がお互いに力を尽くしまして、そこに
事案の
真相というものが明らかになって初めて
裁判所は公正な
裁判をすることができるということになっているのでございますから、
弁護人、
被告人側といたしましては、
検察官の
手持ちの
証拠について十分に
検討を加えるということが必要でございます。
これもこまかく申しますといろいろありますけれ
ども、かりに
自白というふうに見えていましても、実際によく
検討してみると
自白ではないという場合があるわけでございます。これは人間の心理の必然といたしまして、
被疑者、
被告人という
立場になりますと、
自分で何か悪いことをしたんだというような気持ちに打ちひしがれていますからそのまま、別にそこに強制、拷問を加えるということはなくても、何となく、そこで
自分の弱い
立場に置かれている場合には、
自分に不利になることをそのまま認めていくということがあるのはこれはもう公知の事実でございます。そこで、かりに
自白の
事件だといたしましても、その
調書をなおざりにしていいということにはならないわけでございます。その点の
重要性が非常にあるということでございます。
それからなお、私
どもがその
供述調書なんかをただ一読すればいいというようなものではございませんので、たとえば、かりに、そこに
電話番号の
一つが書かれていましても、その
電話番号が
被告人の
関係者の
電話番号であるとかあるいは
被告人が前につとめていたところの
電話番号であるとか、そういうようなのがいろいろありますけれ
ども、こういうようなもの
一つでありましても、実際には
事件に非常に重要な
関係があるわけです。
電話番号一つにいたしましても、実際には
警察官が何日もかかって
捜査した結果であるかもしれないわけです。そういうようなものを私
どもが
あとで利用しようというように考えましても、それだけの時間と労力をさくということはなかなか並みたいていのことではございませんので、たとえ
電話番号の
一つにしましても、
調書に書かれてあるというのは非常に重要なものなのでございます。そこで、
供述の
内容だけではなくて、そこに書かれたいろいろなものが非常に重要な
意味を持ってくるということが起こり得るのでございます。
最高裁判所の附属に
司法研修所というのがございまして、そこで
判事、
検事、
弁護士の資格を得るために研修をさせるわけでございますけれ
ども、その中に、たとえば、
昭和四十一年二月に
司法研修所が発行いたしました「
刑事弁護実務」というのがございます。これはむろん、
弁護士である
司法研修所の教官がおつくりになったものでございますけれ
ども、たとえば、そこには非常に
要領よく、いま私が申しましたことがこういうように書かれてあります。「
書証・
証拠物は殊に綿密に
検討を加える必要がある。文字の一字一画或は印影の汚点一個から、
事件の全貌がその様相を変ずることもあり得るのである。
商業帳簿または
計算書類伝票等も細心に
検討し疑問があれば再検算を試みる等注意せねばならぬ。
帳簿類は多く君大であり、
内容も門外漢には難解であって、殊に細かい
数字の
計算は困難であるが、これをきらって、細密な
検討を怠ると、有利な材料を見落すことがあり、そのため
証拠として提出しなかったことから、みすみす
無罪となるべき
被告人に
刑責を課すような結果となることがないとも限らない。
数字や
商業帳簿から
真実を発見することは、骨の折れることではあるが時には有罪、
無罪の決め手となるような
重要証拠となることもあるから注意すべきである。
証拠物に加えられた何等かの作為、
工作等は精密な
証拠の
検討によって必ず発見されるものである。」こういうように書いてありますけれ
ども、これは、少しでも
刑事の
実務をおやりになった方ならば、何らかの
意味におきましてぴんとくるというところがあると思います。そういうような
意味におきまして、
謄写ということは非常に重要な
意味を持ってくるわけでございます。
そこで、そういうような
検察官の
手持ちの
証拠などを
検討し、いよいよ
公判に臨むわけでございます。そこで、第一回の
公判期日には、まず
冒頭手続と称しまして、
被告人に対する
人定質問があり、次に
起訴状朗読をいたします。それから
裁判官の、
被告人の
黙秘権その他の
被告人の持っている権利の告知があり、そしてその次に
起訟状に対して
意見を聞くわけでございます。どの点は認めるとか認めないとかいうようなことも、その際に述べられるわけでございます。それが
冒頭手続でございまして、その次にはいよいよ
証拠調べの
手続に入るわけでございます。それで、
証拠調べの
手続に入りまして、一番
最初に
検察官のほうから
証拠の
請求をいたします。こういうような、(
資料を示す)ここに書いてあるのがいろいろございますけれ
ども、こういうようなのを
検察官のほうで提出をするわけでございます。そこで、ここに書かれましたのは、たとえば、ここで言いますと
請求番号が一番からずっとつけられていまして、それで
供述者がだれそれ、標目がどれである、たとえば「害」と書いてある
被害届け出であるとか、「員」と書いてある
警察員の
調書でありますとか、
領置の
調書でありますとか、こういういろいろのものがございます。これが、先ほど申し上げました
事前準備として
弁護人が
検討しているものがここに書かれて出されてくるわけでございます。
そこで、この
証拠を出されましたときに、
弁護人といたしましては、この
証拠の
書証でございますね、
書面に対して、
同意をするとかあるいは
同意しないというようなことを
裁判官のほうから
意見を求められますので、それに対して明確に答えなければいけないわけでございます。これは御
承知のとおりに、
同意書面——その
書面の
調べに
同意をいたしますと、そのまま、その
供述者を
証人として呼ばないで、
書類によって
証拠として採用し、それが取り
調べられるということになりますので、要するにその
書面が任意に成立をしまして、そうして
内容面についても
弁護人のほうで
反対尋問をする必要がないということであれば、その
書類をそのまま
同意する
同意書面としてこれが
裁判所に
証拠として提出されるわけでございます。ですから、その
意味におきまして、
弁護人といたしましては、先ほど言いました
事前の
書類の
検討ということはこれは欠くべからざることでございまして、その場合にも、ただ単に
要点だけを筆記していましたならば、いまの
書面の
同意にいたしましても、その
書面の何ページから何ページの何行までは不
同意です、
あとは
同意ですと、そういうように
特定をして、どこからどこまでが
同意、不
同意ということを言わなければ正確ではありませんので、それはむろん
書面全体を不
同意ということにしてもよろしゅうございますけれ
ども、そうなりますとはなはだ
裁判の非能率というのが生じますので、できるだけ、
同意、不
同意を述べる場合にもどこからどこまでということを
特定して
意見を述べるということになっているわけでございます。その場合に、先ほど言いましたように、
書面を正確に把握しておりませんとそういうことができないわけでございます。ひいてはそれがその後の
裁判の
進行にも差しつかえる、
弁護人が
真相をつかむということがなかなか困難になってくるということにもつながりかねませんので、その辺がまた重要なことになってくるわけでございます。
それから、
裁判がそのまま
進行いたしまして、それならば
証人を、どういうことの立証のためには
証人を呼ぶということになりまして
証人を呼ぶ、そういたしますと、今度はその
証人について
供述調書というのが
裁判所でできるわけでございます。その
供述調書を今度は次回
期日前に、
弁護人といたしましては、どういうような
内容の
供述をしたかということを知る必要があるわけでございます。ここでまた再び
謄写の問題というのが起こってくるわけでございます。
刑事訴訟法の四十条の
証拠、
訴訟に関する
書類というものがそこで生きてくるわけでございます。そこで、その場合にも、先ほど言いましたように、
手書きをするとか、あるいは
ゼロックスを頼むとか、
写真をとるとか、いろいろな
方法がございますけれ
ども、要するに、そこでそういうような
謄写をいたしまして、そうして
裁判の
進行上重要な
資料として活用するということになってくるわけでございます。
そういたしまして、いよいよ
証拠調べが終わるということになりますと、
最終に今度は
検察官のほうで
論告求刑をし、それに対して
被告人、
弁護人というものがいわゆる
最終弁論というのをするわけでございます。その
最終弁論をいたします場合にも、いままで
謄写した
書類というものが
手元にあれば、それを
参考にしてもろもろの
供述というものを対比して、どの
証拠は信用するに足る、どの
証拠は信用するに足りない、
事案はどういうように把握すべきであるというような
意見が
最終弁論としてそこに出てくるわけでございますけれ
ども、そういうようなものがないと、いま言ったようなことはとうていできないということになるわけでございます。
そこで、いま言いましたように、
訴訟の始まる前から
訴訟の終結に至りますまで
書類及び
証拠物の
謄写ということは非常に重要な意義を占めているわけでございます。ところで、現在この
謄写の
費用というものはどれくらいかと申しますと、
ゼロックスの場合には、
裁判所で
東京の場合にやっていますのが、一枚三十円でございます。こういうようなのが、一枚とりますと三十円でございます。それから、ここにありますのは、これは
写真でとったものでございますけれ
ども、これは普通の
記録のちょうど二分の一の大きさにとったものでございまして、
専門の
写真家がとっていますので、これも小さくありますけれ
ども非常に見やすいものでございます。これが大体、原価が三十五円ぐらいかかるそうでございますが、もちろん頼みますと、そこにいろんな手数料がかかりますから、これが四十五円から五十円ぐらいでございます。それから
手書きの場合にも、大体、人によって違うようでございますけれ
ども、大体四十円くらいというようなことでございます。そこで、そういうような
費用をかけましても、これは先ほど言いましたように、非常に重要なことでございますので、それだけのお金をかけまして、きっちりした
書類を持っておくということが必要になるわけでございます。
ところが、現在、
国選弁護人に関しましては、この非常に重要な
謄写料というものが必ずしもすぐに支払われるというような根拠がないし、完全には行なわれていないという実情でございます。完全には行なわれていないと言いますのは、運用の面におきましては、
裁判所でも、いま言ったように非常に重要な問題でございますから、それをカバーすべく、
裁判所が非常に必要と認めた場合には
謄写料にかかったものを参照にしてきめるというようなことになってはおりますけれ
ども、実際に
国選弁護人になった人に経験的に聞いてみますと、それは出てないというところもあるようでございます。
このことはもうだいぶ前から、十年以上も前から問題になっていたと見えまして、
日本弁護士連合会が
昭和三十五年に、「自由と正義」という
日弁連の
機関誌でございますけれ
ども、そこで
座談会をいたしまして、
出席者は、
司会者が
小野清一郎編集委員長、それから
東京地裁から、当時の
伊東秀郎判事、
岸盛一判事、
伊達秋雄判事、
横川敏雄判事、それから
東京地検から、
佐藤忠雄検事、
谷川輝検事、
弁護士会側から、
日弁連会長の
岡弁良会長等々がここに
出席をいたしまして、「
国選弁護制度の実状」ということで、相当詳細な
座談会をしていろんな問題を
検討しております。その中でのおもなるものは、
国選弁護の
費用の問題でありまして、その中に、やはりいま言いました
謄写の
費用のことが出ております。そこで、当時の
岸盛一判事な
どもその
発言の中で、「
記録の
謄写は
裁判所の方で
費用を出してやることがあるんだそうですね。」という
佐藤検事の問いに対しまして、
岸判事は「特殊といいますか、やはり
強盗殺人で死刑になるかどうかというようなときは、
弁護人の方から申し出があれば、一応
自費で
謄写していただいて、そしてその受取を出していただいて、
報酬額に
加算するようにしております。」こういうように答えております。さらに続けて
佐藤検事のほうで、「ところが問題は、そういう
事件じゃない場合ですね。」
岸刑事「簡単な
事件のときは、これは全部
謄写の
費用まで出しておったら、それこそ……。」
小野編集委員長は、「予算が足りないですね。」それから
佐藤検事「そういう
強盗殺人というような
事件じゃないけれ
ども、相当複雑な
事件であって、
謄写をしなければならないというようなときは、いかがですか。」
岸判事「そういうときには、やってよろしいと思いますね。」いろいろ談話がそこに続いております。こういうようなことで、
謄写の
費用というのは、
事案の
性質というものによってよほどむずかしいもの、
否認事件という場合には認めてもよろしい、それも
弁護人のほうで一応
自費で立てかえをいたしておきまして、その後に
裁判所のほうで適当と認めた額を出すというようなかっこうになっているわけでございます。
そこで、こういうようなことではどうしても
国選弁護人の活動というものに非常に支障を来たしますし、いまここで問題になっておりますのは、
弁護人の
報酬そのものではございませんけれ
ども、実は現在でも、この
謄写の
費用が
報酬額の中に
加算をして払われる。支払われる例外的な場合でも、
報酬の中に
加算をして支払われるということでございまして、これは純然たる
費用であるべきでありますけれ
ども、
報酬額の中に入れて支払われるというような形になっているわけでございます。
そこで、どうしてもこれは、先ほ
どもちょっと申しましたけれ
ども、重要なことでございますので、ちょっと重複したことを述べさせていただきますが、
否認事件とか
自白事件というのは、必ずしも明確に分けられない場合がある。よく
記録を
検討してみなければ、そこにどういうような
真実が隠されているかわからないというようなことがございます。そうでないといたしましても、
情状の面でまた非常に重要でございます。
情状と申しましても、単なる間接的な事実というだけではなくて、たとえば
窃盗であるとか横領であるとか、いろいろなそういう
財産犯の場合には、示談をして
被害弁償ということが非常に重要な問題になってまいりますけれ
ども、その
被害額を
被害者に対して支払うというような場合にも、いま言ったような
証拠書類というものがきっちり
自分の
手元にありませんと、第一どこに何を、どれだけの金額を持っていっていいかわからない。私
どもの経験から申しましても、何件も
窃盗をいたしまして、それの
被害弁償を一々回って歩くわけでございますけれ
ども、
東京あたりですと、新宿だの池袋だの
いろいろ盛り場がありますから、よく引っ越しをいたしますし、お店なんかも時間によって締まっているところがありますし、さがすだけでもなかなかたいへんだという場合がございます。そういうような場合にも、先ほど申しました
電話番号とか住所とかその他のものがそこに書いてあれば、それを手がかりにして見つけて、やっと何とか
損害賠償をするというようなことがございます。そういうような広い
意味での
情状というような問題にも
関係をしてまいりますので、どうしても
謄写というものを
重要視をいたしまして、
国選弁護が実質的にほんとうに、憲法の三十七条が規定している
弁護人依頼権というようなものに役立つような形に持っていかなければならないんじゃないかというふうに考えます。
話があちこちいたしまして必ずしも
要領を得なかったと思いますけれ
ども、一応これで私の
意見を終わらせていただきます。