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1973-02-23 第71回国会 衆議院 予算委員会公聴会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十八年二月二十三日(金曜日)     午前十時四分開議  出席委員    委員長 根本龍太郎君    理事 足立 篤郎君 理事 小澤 太郎君    理事 仮谷 忠男君 理事 田澤 吉郎君    理事 湊  徹郎君 理事 阪上安太郎君    理事 辻原 弘市君 理事 谷口善太郎君    理事 山田 太郎君       荒木萬壽夫君    伊能繁次郎君       臼井 莊一君    大野 市郎君       北澤 直吉君    倉成  正君       黒金 泰美君    小平 久雄君       正示啓次郎君    瀬戸山三男君       田中 龍夫君    塚原 俊郎君       野田 卯一君    野原 正勝君       福田  一君    保利  茂君       細田 吉藏君    前田 正男君       松野 頼三君    森山 欽司君       安宅 常彦君    阿部 昭吾君       大原  亨君    小林  進君       田中 武夫君    中澤 茂一君       楢崎弥之助君    細谷 治嘉君       安井 吉典君    小林 政子君       土橋 一吉君    中路 雅弘君       岡本 富夫君    安里積千代君       小平  忠君  出席公述人         全国銀行協会連         合会会長    中村 俊男君         法政大学教授  斎藤 博孝君         横浜国立大学教         授       井出 文雄君         大阪大学教授  木下 和夫君         中央大学教授  丸尾 直美君  出席政府委員         内閣官房副長官 山下 元利君         総理府総務副長         官      小宮山重四郎君         防衛政務次官  箕輪  登君         経済企画政務次         官       橋口  隆君         科学技術政務次         官       伊藤宗一郎君         環境政務次官  坂本三十次君         外務政務次官  水野  清君         大蔵省主計局次         長       吉瀬 維哉君         大蔵省主計局次         長       長岡  實君         文部政務次官  河野 洋平君         農林政務次官  中尾 栄一君         運輸政務次官  佐藤 文生君         労働政務次官  葉梨 信行君         自治政務次官  武藤 嘉文君  委員外出席者         予算委員会調査         室長      野路 武敏君     ————————————— 委員の異動 二月二十三日  辞任         補欠選任   津金 佑近君     土橋 一吉君   中島 武敏君     小林 政子君   不破 哲三君     中路 雅弘君 同日  辞任         補欠選任   小林 政子君     中島 武敏君   土橋 一吉君     津金 佑近君   中路 雅弘君     不破 哲三君     ————————————— 本日の公聴会意見を聞いた案件  昭和四十八年度一般会計予算  昭和四十八年度特別会計予算  昭和四十八年度政府関係機関予算      ————◇—————
  2. 根本龍太郎

    根本委員長 これより会議を開きます。  昭和四十八年度一般会計予算昭和四十八年度特別会計予算及び昭和四十八年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を行ないます。  この際、御出席公述人各位にごあいさつを申し上げます。本日は、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。先般御案内申し上げました公聴会は、諸般の事情により延期いたすこととなり、各位にはたいへん御迷惑をおかけいたしまして、恐縮に存じております。  本日は、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ、昭和四十八年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと願う次第であります。  次に、御意見を承る順序といたしましては、午前は中村公述人斎藤公述人及び井出公述人とし、午後は木下公述人及び丸尾公述人順序で、約三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対して委員から質問願うことといたしております。  それでは、まず中村公述人にお願いいたします。
  3. 中村俊男

    中村公述人 ただいま御紹介賜わりました全国銀行協会連合会中村でございます。  本日は、四十八年度の政府予算案につき意見を述べよということでございますが、いまさら申し上げるまでもないのでございますが、わが国を取り巻く経済環境はこの一、二週間の間に急激な変化を示しておりまして、正直申しまして、その行くえがどうなるか、見通しも困難な状況でございます。したがいまして、本日は、まず四十八年度の予算案編成されました時点に立ちまして、予算案に関します概括的な意見を述べさせていただきまして、そのあとで、経済環境変化を織り込みました上で、来年度予算運営につきまして、若干意見なり希望なりといったことを申し述べさせていただきたいと思います。  では、まず来年度予算案についてでございますが、予算案を見るにあたりましては、国内的観点国際的観点というように、私なりに二つの視点に分けて申し述べたいと存じます。と申しますのは、国内経済に占めます財政のウエートが高まりますとともに、財政政策経済政策のきわめて重要な柱となってまいりましたことは、いまさら申し上げるまでもないことでございまするが、わが国予算は、ひとりわが国国内において重要性を持つだけでなく、わが国経済世界経済国際通貨の両面に少なからぬ影響を及ぼすに至った今日では、わが国財政金融政策あり方が、世界の注目を集めるところとなっているからであります。  では、初めに国内的観点に立って意見を申し述べます。  今日のわが国経済は、なかんずく一昨年の円の切り上げ焦点に発想の転換を迫られて、それまでの輸出設備投資リード型の高度成長経済から、国民福祉重視型経済への転換が、国民全体の要請となっておりまするが、国民あっての国家であり、企業であります以上、これらの要請経済が傾斜いたしますのは、必然の方向であると考えられます。  しかしながら、同じく転換期とは申しながら、昨年度の予算編成時と本年度とでは、背景としてのわが国経済さま変わりの状態を現出いたしておるのでございます。すなわち、昨年は国内での自律的な景気調整円切り上げという初めての経験が重なって、経済長期停滞を余儀なくされるのではないかという悲観的な見通しが横溢いたしておりまして、財政はもっぱら景気刺激的な役割りを果たしつつ、国民福祉充実をはかるということで国民的コンセンサスが得られていたため、立ちおくれている社会資本充実等公共事業中心に積極的な財政支出による強力な需要創出が期待されていたのであります。事実、当初予算に加えて一般会計予算の補正並びに財政投融資計画の追加も行なわれるなど、財政金融政策弾力的運営によって、その後の経済は予想以上の回復を示すに至ったわけでございます。  しかしながら、景気上昇テンポが次第に高まるとともに、それまで比較的安定しておりました卸売り物価は、木材価格の高騰や一部商品の海外市況高影響どもあってかなり上昇を示すに至り、一部では景気過熱をさえ懸念するに至るなど、国内経済情勢かなり様相を異にしてまいりました。  こうした新しい情勢のもとで、国民福祉充実を積極的に進めるためには、予算編成にもたいへんな御苦労があったと思いまするが、結論から申しますならば、インフレ抑制をはかりつつ福祉政策を進めるという課題は、かなり程度までその目標を達しているのではないかと考えております。  以下、予算案について若干具体的に申し述べます。  まず、財政規模についてでありまするが、一般会計予算財政投融資計画とも、わが国経済内外均衡の調和をはかりつつ、国民福祉向上を進めるという要請に相当の配慮がなされていると思います。なるほど、一般会計予算の前年度当初予算に対する伸び率は二四・六%、同じく財政投融資計画伸び率は二八・三%と、景気上昇期としてはかなり高い伸び率となっておりまするが、これは国民福祉充実という国民的要請があったことも要因となっておりますし、また国民経済に与える量的影響という観点から見ますると、GNPベースで見ました政府財貨サービス購入の対前年度比増加率は、GNP伸び率とほぼ同じとなっておりまして、景気に対しましては概して中立的であると考えられるのであります。  インフレ抑制につきましては、重要施策として予算面にもかなりのものが盛り込まれております。すなわち、大蔵省発表では、物価対策費としては一兆三千五百二十六億円、前年度当初予算比二九・八%の伸びとなっておりまするが、それと同時に、物価対策の強化をはかるため、経済企画庁に物価局を設けることとなっており、相当な意気込みがうかがえるのであります。  ただ、私は、物価抑制という点では、予算に計上された低生産性部門生産性向上とか、労働力流動化促進等とあわせて、貿易自由化関税率引き下げを推進して、相対的に価格の安い海外消費物資の流入をはかるとともに、国内流通機構を早急に整備、合理化する一策として、この面への外資進出自由化を進めることも重要なことだと考えておるのでございます。  さらには、海外資源に多くを依存する関係上、海外資源価格の安定を維持する方策、たとえば海外投資促進とか、石油に始まりましたような備蓄策拡大していくべきではないかと考えております。  一方、物価問題に関連いたしましては、地価問題が焦点となっておりまするが、土地対策といたしましては、国土総合開発法の全面的な改正を準備されておりますし、先ごろの税制面からの措置に加えて、このたびは金融面でも土地関連融資に対する抑制措置が打ち出されましたので、それらの効果が次第にあらわれてくるものと信じておりますし、また政府民間一体となって効果あらしめねばならないと考えております。  次に、最重点施策の一つであります国民福祉関係について見ますると、一般会計における社会保障関係費恩給関係費及び公共事業費中の住宅、生活環境整備費等が、それぞれ総予算伸びを大幅に上回っていることから見ましても、その力の入れ方がうかがわれます。特に、社会保障関係費のうちで、社会福祉費及び社会保険費伸びが大きいことは注目されるのであります。  もちろん、福祉充実は金額だけの問題ではなく、その内容も大切でございまするが、本年はいわゆる五万円年金が実現し、しかも物価スライド制が導入されてその実質価値の維持をはかったことは、特筆すべき前進だと思われます。  老人の国民全体に占める比重がかなり高まりつつあります今日、その生活を直ちに豊かにするために、年金等大幅増額が望ましいことは確かでありまするけれども国民福祉充実も、許される財源の中で年を追って段階的に進めていかざるを得ないと思われますので、いわゆる福祉元年予算といたしましては、この程度でもやむを得ないかと考えられるのであります。  では次に、国際的観点から申し述べます。  対外均衡に対する四十八年度予算の寄与、すなわち景気刺激による輸入増加という点では、前年度と異なり、四十八年度の財政景気に対しむしろ中立的でなければならないという制約から見ましても、大きく期待しては無理ということであると思われます。  わが国国際収支は、経常収支で見ますると、四十六年度は六十三億ドル黒字、一昨年の円切り上げにもかかわらず、四十七年度も六十億ドル前後の黒字が見込まれております。このような引き続いての黒字を是正するには、巷間いわれておりますように、根本的にはわが国経済構造変化させねばならないことは明らかであり、そうした点では、従来の産業優先から福祉重視型予算への移行は、輸入増加輸出の内需への転換を進めるとともに、国内産業構造を長期的に変化させて、国際収支均衡に寄与することが期待されるわけであります。  こうした長期的な効果は、将来着実にあらわれると考えられまするが、それとは別に、国際的には当面の是正策が必要視され、今回の通貨調整へと事態は展開したものと思われまするが、わが国といたしましては、是正策の一環として、前述資本貿易自由化関税率引き下げ等を積極的に行ない、また開発途上国中心海外援助を思い切って拡大することが、喫緊の要務であると考えます。  こうした観点から、国の施策としての経済協力費に目を転じますると、四十八年度におきましては千二百八十八億円と前年度比二五・七%の伸びを示しております。すでにわが国経済援助量は、国際目標でありまするGNPの一%にきわめて接近し、米国に次ぐ第二の援助供与国の地位を占めるに至っているのではございまするが、世界経済安定的発展に寄与することを全世界に約束している経済大国となった以上、こうした面での予算措置は、今後はもう少し拡大テンポをふやし、しかも、わが国のひものつかない自由なお金を開発途上国に提供すべきではないかと考えております。  海外資源に多くを依存するわが国にとりましては、国と民間が力を合わせて経済協力を推進することが、共存共栄の理念に最もよく合致するのではないかと考える次第でございます。  以上、四十八年度予算案につきまして概括的な意見を申し述べましたが、次に、財政運営あり方について触れたいと思います。  今月初めから始まりましたマルク投機中心とする国際通貨不安は次第に危機的様相を深め、ドルの一〇%の切り下げに対応いたしまして、わが国変動相場制への移行を余儀なくされるに至りました。情勢はきわめて流動的であり、通貨調整がどのような形で落着するか、全く予断は許されませんが、一昨年の調整時と異なりまして、幸いにしてわが国経済上昇局面を迎えておりますので、経済全体に与える影響は多少やわらげられるものと考えております。  しかしながら、前回切り上げから一年有余を経過したにすぎず、前回切り上げ影響を吸収し尽くしたとは必ずしも申せませんので、あらゆる事態に対処し得るよう、財政の弾力的な運用が切に期待されるのであります。こうした観点からは、来年度予算が早期に可決成立されて、支出体制が整えられることが、この際ぜひ必要であると考えるのでございます。  財政運営にあたりまして、当面特に必要と考えられますのは中小企業対策であると存じます。前述のように、通貨調整影響景気上昇期に当たったため多少やわらげられるとは申しますものの、業種あるいは企業規模によりましてはかなり影響を受けることも十分予想されますので、特に中小企業対策には積極的な施策の展開が必要になると存じます。私どもも、中小企業に対しましては金融面から十分配慮してまいる所存であり、先ごろはそのむね全国銀行協会から各銀行あて通達を出した次第でございます。また、このほど中小企業為替先物予約円滑化のため、外貨預託が実施されますことは、まことに時宜に適した措置であると考えております。  一方、通貨調整は理論的には国内物価面に好影響を与えることとなりまするが、前回経験からもわかりますように、それがそのまま現実のものとしてあらわれるとは必ずしも申せませんので、国内インフレ抑制は引き続き強力に進めることが肝要だと思います。通貨調整効果国民全体に還元いたしますには、繰り返し申し上げるようではございまするが、貿易資本自由化関税率引き下げ流通機構整備等を引き続き推進してまいるべきだと考えております。  しかしながら、インフレ抑制にはこうしたきめのこまかい対策はもちろん、財政金融政策等あらゆる政策が弾力的に運営されねばならないと存じます。最近、いわゆるポリシーミックス重要性が指摘されておりまするが、まさにそのとおりであると考えます。特に財政金融の両政策一体となって運営されてこそ安定的な経済発展が可能となるのであります。何ぶんにも金融政策と異なりまして、財政政策効果は若干のタイムラグを経てあらわれるものでございますので、むしろ従来以上に弾力的な心がまえが必要ではないかと考えておりますが、金融政策に過度の負担を負わせることのないよう、硬直化を排し、効率化につとめられて、その弾力性を発揮していただきたいと存じます。  最後に、私ども金融機関にとりまして最も直接の関係がございます国債の問題について申し述べます。  その第一点は、国債発行節度ということでございます。いまさら申し述べるまでもなく、国債は必ず将来の財政負担をもたらすものでございますし、安易に財源国債に依存することは戦前の経験がございますだけに、国民インフレ心理に悪影響を及ぼしかねないのでございます。四十八年度の国債発行額は二兆三千四百億円ということでございますが、社会資本充実という観点から、この程度規模はやむを得ないところだと思われますし、一般会計公債依存度も一六・四%と前年度より低められたこと、引き続き建設公債市中消化の二原則を堅持して、しかもそのうち市中消化額は前年度と同額にとどめたことはけっこうなことだと考えております。  顧みますれば、戦後本格的に国債発行されてから七年を経過いたしまして、ようやく定着してまいりました感がございますが、その間の運営態度を拝見いたしますと、国債発行は極力押え、国債依存度引き下げられた御努力は高く評価されるのであります。しかしながら、今後は特に福祉充実を旗じるしに財政需要は高まる一方と考えられますし、本来あるべき高福祉、高負担という考え方も簡単には受け入れられないと存じまするので、国債に対する依存度も高まらないとは限らないのであります。したがいまして、財政弾力性を持たせるためにも財政効率化を極力進められて、国債発行につきましては従来同様節度を持たれるよう、切に希望する次第であります。  第二点は、国債市中消化の問題でございます。前述いたしましたとおり、国債消化につきましては市中消化原則が堅持されておりまするが、個人の消化市中消化分の一割余りにすぎませんで、大部分は市中金融機関消化いたしております。今後は、インフレ抑制という基本政策もございますので、金融情勢は次第に逼迫してまいると思われまするが、市中消化を円滑に行なうために、金利プライスメカニズムを十分活用してまいることが大切だと存じます。国債市場金利機能が十分に作用したときこそ、本来の市中消化原則が守られるといえるのではないかと思っております。これは、政府保証債地方債発行につきましても同様であると考えております。  以上、四十八年度予算に関連いたしまして私の感じましたことを率直に申し述べた次第でございますが、いずれにいたしましてもわが国を取り巻く経済環境はきわめて流動的でございます。それだけに経済運営にはたいへんな御苦労があると思いまするが、最後にあたりましてもう一言つけ加えさせていただきますれば、今後の経済をリードするのは財政であって、つまり財政主導型の経済にしなければならないという論がはやっているのでございますが、なるほど、人間性豊かな国民高福祉社会を実現するには、民間設備投資にかわって財政の果たす役割り拡大することは確かであります。しかしながら、福祉社会の実現には民間企業も十分お役に立てるわけでございますし、私ども金融機関も積極的に協力してまいる所存でございます。すなわち、今後の日本経済発展はただ単に財政主導というだけではなく、財政民間とが一体となって推進すべきであると考えております。  以上、るる申し述べてまいりましたが、これをもちまして私の公述を終わらせていただきます。長時間御清聴ありがとうございました。(拍手)
  4. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。  次に、斎藤公述人にお願いいたします。
  5. 斎藤博孝

    斎藤公述人 公述人斎藤でございます。  私は、以下七つばかりにつきまして私の意見を述べさしていただきます。  項目を初めに申し上げますと、一番目が通貨・円問題でございます。二番目が国債発行についてでございます。三番目が公共事業関係、四番目が防衛関係予算、五番目が租税問題、六番目が社会保障最後予算制度についてごく簡単に申し述べたいと存じます。以上のような順序で始めさしていただきます。  まず通貨・円問題でございますが、アメリカドル一〇%の切り下げに伴いまして、わが国も十三日から円の変動相場制移行したわけでありますが、先週の東京外国為替市場は、対ドルレート一二・七八%から一六・六七%の切り上げに相当する相場を示していることは御存じのとおりでございます。  一昨年暮れに史上初めての外国間の通貨調整が実現いたしまして、いわゆるスミソニアン協定合意を見まして、これまで四分の一世紀の間資本主義世界経済貨幣制度の中軸的な役割りを演じておりましたブレトン・ウッズ体制、つまりIMF体制がぐらついたわけでございます。スミソニアンでの合意は、きわめて暫定的なものでございます。そして、あのときの十カ国蔵相会議できまったものは、主要な資本主義国の新しい為替レートとその変動幅拡大だけでございます。あの会議では、御承知のように、国際通貨制度の根本問題でありますドル金交換性につきましては、論議がたな上げされたわけでございます。金一オンス三十五ドルが三十八ドルにその価格が引き上げられ、同じことでございますが、ドルは金に対して七・八九%を切り下げられたわけでございます。アメリカ通貨当局には、ドルの金との交換性を回復する意思はございませんでした。理由はきわめて簡単でございます。金価格、正確には金のドル表示価格を若干引き上げましたが、交換性を回復いたしますと、たちまち取りつけに見舞われかねなかったからでございます。アメリカ国際収支の改善が行なわれませず、あるいは若干改善されましても、すぐまた悪化するようでありますと、金と交換不能なドル、絶えず減価してまいりますドルを、好きこのんで受け取る国はあまりございませんでしょう。  ところが今回は、さきにも申しました金一オンス三十八ドルが四十二ドル二十二セントに引き上げられております。これを基準にいたしますと、ドル切り下げ率は九・九九五二六%にしかなりません。一ドル三百八円を一〇%切り下げる場合は二百七十七円二十銭でございますが、アメリカドル切り下げ国際通貨基金、つまりIMF特別引き出し権でございますSDR表示発表いたしております。これによりますと、一ドル〇・九二一〇五SDRから〇・八二八九五SDRにするというぐあいに発表しております。スミソニアン合意の際には、金一オンス三十五ドルから三十八ドル切り下げると、金表示でもって、しかも自国通貨建て発表をしておりましたが、今回は金一オンスが何ドルに相当するのかについては、公式的には全く不明でございます。簡単に申しますと、今回はSDRを尺度にいたしまして、このSDRでどれだけの米ドルが買えるのかという立場であろうかと存じます。  スミソニアン合意は、これは体制、いわゆるスミソニアン体制などといえたものでは初めからございませんで、金との交換性を持たないドルを基軸としました国際通貨の体系でありまして、これはさきにも申し上げましたように、きわめてもろいものであったことが、わずか十四カ月ばかりの間に実証されたわけでございます。金との交換といった制約条件から完全に自由で解放されておりますドルは、アメリカ国内通貨でありますと同時に、国際通貨であるものとして通用し、ふるまっておりましたわけですが、端的に申しますと、幾ら国際収支の赤字を出しましても、それだけでは困らない。つまり、金との交換性がございませんから、そういういわば世界で圧倒的な生産力水準に基礎を置く特権を持った通貨でありまして、いわゆるドルのたれ流しができる仕組みを持っていたわけでございます。アメリカとしましては、金価格の引き上げは、それ自体といたしましてはたいして痛痒を感じないわけでございます。ロンドンの金市場で昨今、金一オンスが八十ドルあるいは八十三ドルにもなったというように報道されておりますとき、アメリカの金の公的価格はきわめて低いわけでございます。  いずれにいたしましても、アメリカ国際収支の赤字の原因は、何と申しましてもベトナム戦争とか、そういうものをはじめといたしまして、海外諸国に張りめぐらしております軍事基地をはじめ、諸外国へのいわゆるアメリカ海外援助費、そういうもの、広い意味での軍事費とでもいったようなものの増大、これが第一の原因でございまして、またアメリカの大企業、いわゆる多国籍企業の対外進出、ユーロダラー問題などがこれに随伴しております。  ドル危機の根本原因といいますとこういうことかと存じますが、さらにアメリカの国家予算を見てみましても、財政の中に占めます国防費、つまり軍事費が非常に膨大なわけでございます。そして、一九七四会計年度の予算教書でも、一九七三会計年度に比べまして百二十七億ドルの赤字予算となっており、軍事費はさらに増加いたしまして八百十億ドルでございます。これがアメリカインフレ予算の最も大まかな姿だと思いますが、金との交換性を断ち切ったドルのたれ流しの体制であると申し上げることができるかと思います。  この国際通貨制度の危機の原因は、簡単に申し上げれば以上のようになるかと存じますが、アメリカの当局者は貿易黒字国に対し、特に日本を名ざしでもって、あたかも日本にすべての責任があるかのように言っておりますが、これは自国の責任を他国、特に日本になすりつけて、これに転嫁するというようなものでございまして、全くお門違い、筋違いでないかと思います。もっとも、日本側にもその責任の一端がないということでは必ずしもございませんでしょう。  それで、昨今のジャーナリズムの報道によりますと、すでにわが国輸出関連中小企業、零細企業の中では、一ドル二百七十円のレートを割りますと輸出の採算がとれないとのことでございます。これは、中小企業にとりましては大打撃であろうと思われます。大企業の場合、合理化や賃上げのストップあるいは制限などの手段でこの攻勢をかわしていけるかと思いますが、下請中小企業などには、製品単価の切り下げなど、さらにしわ寄せが強められるのではないかと心配いたします。その被害者はすべて労働者とか中小零細企業関係者でございます。  したがいまして、これらの輸出関連の中小企業、下請企業などの関係中小企業対策が一そう重要な財政問題となってまいりました。その中小企業対策費が、四十八年度全予算額のわずか〇・六%というのが実情でございますが、この関連予算は、どうしても大幅な増額が必要であろうかと考えます。  次に、国債発行について申し上げます。  四十八年度の予算案を拝見いたしますと、一般会計で二兆三千四百億円という巨額の建設国債発行が予定されております。これは前年度当初予算に比べて二〇%増で、補正後の比率にしますと少し構成比率は下がりますが、日本の国債史上、これは最高の国債発行額でございます。これに加えまして、財政投融資計画政府保証債の四千五百億円、これは前年度比一二・五%の増加でございますが、この合計額が二兆七千九百億円という巨額でございます。政保債のうち三千五百億円につきましては、状況に応じてその発行額をさらに五割増額できるという、いわゆる弾力条項がついております。  さて、戦後にさかのぼって少し考えてみますと、昭和二十二年三月の財政法の成立は、戦争の放棄と、それから平和主義の規定を内容とするものであったことは御承知のとおりでございます。財政法第四条と第五条の規定がこれでございます。ところが、この財政法第四条では例外規定、つまりただし書きといたしまして、公共事業費、それから出資金、貸し付け金の財源については、国会議決の範囲内で公債の発行、借り入れ金が可能であるというように規定されております。第五条は、申し上げるまでもなく国債の日銀引き受けの禁止についての規定でございます。  ところが問題は、この建設国債発行の形式と内容でございます。戦後についてごく簡単に申し上げますと、敗戦直後の復興金融金庫、いわゆる復金債の日銀引き受けによるインフレ政策はいましばらくおくといたしまして、昭和二十八年八月の時点では、すでに政府保証債が準国債として、すでに国債の代替物としての機能と役割りを演じておりました。ところで、昭和四十年度の財政法の特例法の制定によります臨時措置としての歳入補てん債の発行、さらに昭和四十一年度の財政法第四条ただし書き規定によります建設国債発行は、従来、公共事業は、財政投融資のほかに一般会計におきましても租税を財源として実施されていたことはもちろんでございましたが、この建設国債の登場によりまして、公共事業財源が租税から建設国債に肩がわりされてきたわけでございます。そして最近では公共事業の概念が拡大解釈され、たとえば災害復旧費などもそうかと思いますが、その範囲が広がってきております。国債の累積残高も相当巨額なものとなってまいりました。国債は先取りされた租税でございますから、いずれは税金で返していかなければならない。その意味で、これは増税ということをもたらします。実は、国債の大量発行インフレーションの関係が、最近特に問題になってきたように思われます。  次に、公共事業費について申し上げます。  公共事業関係費は二兆八千四百億円で、一般会計に占めます比率は一九・九%でございまして、伸び率も三二・二%というきわめて大幅なものでございます。超大型のこのインフレ促進予算案編成の基本的なねらいの一つが、大企業あるいは独占資本の過剰資本の処理をすることに一つの目的があるだろうというようなこと、それから、したがいまして、資本拡大再生産過程の維持とその発展にとりまして、先ほど述べました巨額な国債発行、したがってまた過剰通貨インフレマネーの供給が、大資本側の要求であることを申し上げたいと思いますが、もう一つの側から見ますと、国際収支黒字の削減、つまり円対策予算編成のねらいがあったということも当然のことだろうと存じます。つまり、内需の拡大によりまして結果的には調整インフレということになりましょうが、公共事業費の巨額の支出は、そういう意味でも世界的な規模での、いわゆる最近のこの通貨危機に伴います不況が来るかもしれないというふうなこと、特に、初めに申し述べました国際通貨危機を何とか回避しようとしていく、やはり一つの手段であったのではないかと思います。社会的間接資本としての政府の行政投資が、独占的大企業によって遂行される資本の高蓄積のためのてこの役割りをにない、新たな独占的産業と金融資本の再編成を目ざされているだろうことは、昨今のこの具体的な事態の進行によっても明らかでございますけれども、このような産業構造の再編過程が推し進められていく、それに公共投資が大きな役割りをになうということであろうと存じます。  たとえば、第七次道路整備五カ年計画でございますが、これは総事業費十九兆五千億円であり、これは列島改造計画の三本柱の一つであります幹線縦貫道路の建設に集中的に表現されているかと思います。従来、地方交付税交付金が予算構成比では第一位でございましたけれども、四十八年度予算案では公共事業費がこれにとってかわっております。道路予算の巨額さに比べまして、住宅対策費二千三十四億円、生活環境施設関係費が二千二百六十一億円という数学がきわめて印象的でございまして、これら二つの予算額が、総予算のわずか三・四%にすぎないのでございます。先ほどの国債のところで申し上げましたとおり、公共事業関係国債でもって実施するわけでございますが、国債財源といたします公共事業は、国から支出する地方交付税の対象となりませんので、これは、勢い地方自治体の裏負担を増大させる結果になろうかと存じます。  地方財政計画も、四十八年度は十四兆五千五百十億円という超大型の計画でございますが、ここでも借金財政の方式が貫かれているかと思います。この地財計画も昭和三十六年以来最大の伸び率を示しております。前年度の借金のあと始末ということで、国の資金運用部資金から九百五十億円を交付税特別会計に借り入れ、国債増発にならいまして地方債増加し、普通会計で一兆七百四十億円、企業債などを含めますと、地方債の総額は二兆二千五百三十億円で、三〇・四%の増加ということになります。地方財政計画につきましてはここで主として申し上げるつもりではございませんので、このくらいにさせていただきます。  このように見ますと、列島改造計画、それから大型の公共事業費の支出というものは、実は内容的には、先ほども申し上げましたインフレ政策の遂行ということに結果的にはなろうかと思いますし、このインフレ政策が独占的諸商品の価格を押し上げ、景気をさらに刺激することになり、そうすることによって独占あるいは大企業の過剰設備あるいは生産を拡大させ、ひいては、いわば過剰資本と生産力の処理を行なうというようなことによって拡大再生産過程をさらに一そう推し進めていくということ、そしてさらに、日本の企業資本の構成でございますけれども、この資本構成の特質は特によくいわれておるわけでございますが、借り入れ資本、つまり他人資本の比率が非常に圧倒的に高い。これは、たとえば西ドイツなんかと比べますと全く逆の資本構成をとっておりますが、これが実は、インフレによります債務者利得とでも申しますか、これの確保ができるというようなことになろうかと思います。  インフレの要因を列挙いたしますと、いろいろあろうかと思いますが、まず総需要の押し上げ、よくデマンドプルなどといわれているわけでございますけれども、独占価格あるいは管理価格の引き上げ、それと同時に、今度は性格は異なりますけれども、たとえば国鉄をはじめといたします公共料金の引き上げ、それから租税負担、つまり間接消費税の引き上げでございますが、あるいは外貨の流入によりますインフレ輸入、いわばドルインフレとでも申しますか、こういうものが考慮に入れられる必要があろうかと思います。  列島改造予算につきましては、一般、特別両会計と財政投融資を合わせまして七兆七千八百四十三億円という巨費が計上され、これに見合う前年度当初予算と財投は五兆八千十六億円で、伸び率三四・二%となり、すべての予算伸び率を上回るほどのものでございます。  次に、防衛関係予算について簡単に申し上げます。  四次防計画の予算額が四兆六千三百億円で、人件費増を含めますと実質五兆二千億円台ということになると発表されております。四十八年度防衛関係費は九千三百五十四億円、前年度に対しまして千百四十一億円、一六・九%の増加でございます。ごく簡単に申し上げますが、平和時におきましては、このような高い増加率を示している国はおもな資本主義国には例がございません。軍事力の増強と軍国主義の復活というようなことが進められていっていると申し上げてもよろしいかと思います。今年度で日本の軍事力は世界第七位かと思いますが、核兵器抜きの戦力では、イギリス、フランス並みの戦力をすでに備えているといわれております。四次防計画が、日米安保条約に基づき共同作戦体制の一翼をになうアメリカの、いわゆるニクソン・ドクトリンに基づく総合戦略構想に基礎を置くものであろうということは、すでに広く論ぜられておりますので申し上げるまでもございませんが、力の政策を基本としながら、アメリカがその軍事費の負担軽減、そして同盟あるいは従属国へのその負担の肩がわりを要求していくというようなことが進行しているのだろうと考えられます。  防衛関係費で指摘しておきたい点は、財政法との関連もございますが、予算の単年度制の原則に反するこの継続費と、それから国庫債務負担行為についてでございます。この制度面は、特にアメリカとの関係が問題となるのでございますが、防衛予算九千三百五十四億円、既定継続費二百七十六億円、これは四十八年度支出分でございますが、国庫債務負担行為額三千五百九十一億円、これも四十八年度分の支出予定でございますが、これを合計しますと一兆三千二百二十一億円の軍事費が四十八年度予算で実際に支出されることになります。この予算額に新たに四十八年度分といたしまして継続費三百七十八億円、国庫債務負担行為二千四百六十五億円が計上されております。御承知のとおり、継続費はすべてもっぱら艦艇建造に使用される予算でございます。それで、さきに述べました予算制度上のアメリカとの関係と申しますのは、実は防衛予算審議に際しまして問題となります国会への資料提出のことでございます。かつて国会での予算審議の際にこのことが非常に重要な問題として議論になったと存じておりますが、アメリカ側に許可を求めなければ資料の提出ができないというようなことは、これは国権の最高機関でございます議会で、その調達兵器の内容がさっぱりわからない、あるいはその資料の検討も行なわれない、あるいはそれでもって議決がされるというようなことは、最も重要な権限であります予算審議権が、やはり安保条約あるいはMSA秘密協定などによりまして制約されている、こういうことでございます。これは明らかに国家主権の一部が制限され拘束を受けているものと私は考えるわけでございます。財政法第二十八条の予算審議に必要な添付書類提出の義務は、国会の場で予算審議に必要な書類なりあるいは資料なり、それを当然提出すべきであるというように理解すべきものであろうと考えます。  ほかにも、米軍基地の移転問題あるいは移駐問題によるあと地の買い取りとかいろいろございますが、予算制度のほうから見ましていろいろ議論すべき点が多々あるというように考えます。  防衛予算は、国債費の増大、これは七千五十四億円でございますが、それと並びまして、予算のいわゆる弾力性をなくするものでございまして、ひいては財政硬直化の最も大きな部分ともなっていくでありましょう。  また、四十八年度予算案では軍需産業と密接なかかわりを持ちます産業部門、たとえば航空機工業、あるいは原子力産業、あるいは電子産業とか、海洋開発、宇宙科学工業、いわゆるビッグサイエンスでございます情報産業などの高度な精密機械とかエレクトロニクスとか、そういうものを中心といたします重要産業に関する税制や金融上の優遇措置による保護育成策が飛躍的に強められようとしているように見受けられます。  次に、租税でございます。  まず、所得税の減税問題でございますが、昭和四十八年度の税制改正の要綱を拝見いたしますと、所得税の減税額は三千百五十億円となっております。税の自然増収見込みが、さき変動相場制への移行によりましてかなり修正されてくるだろうと思われますが、本年の一月段階では、増収見込み額が二兆五千億円ないし三兆円というようにいわれていたわけでございます。この増収見込み額ほどには、今回の円のフロートなどの影響によって必ずしもならないかと思いますけれども、減税額そのものはきわめて少額であると申し上げたいのでございます。四十八年度所得税の増収額が八千四百五億円で、租税収入、一般会計に占める割合は三八%で、四兆二千四百十九億円に達しております。  この所得税の減税は、従来、特に勤労所得者について申し上げますと、インフレによる物価上昇に絶えずおくれながらも、一応名目的には毎年の賃上げによりまして所得が増大していたわけでございますが、その物価上昇と所得の名目的な増加に伴う租税負担の増大の一部分を、いわゆる物価調整減税を行なわないと税負担が自動的に増加するのが避けられない、そういう事態が進んでまいります。そのために課税の手直しをする必要が、特に過去毎年のように、もっとも四十七年度は該当いたしませんけれども、そういうものが続いてきたことは御承知のとおりでございます。しかも地方税段階では、住民税は所得税よりさらに一そう低い課税最低限が置かれておりまして、所得税と無関係の均等割り課税分もございます。端的に申し上げて、所得税の減税分のほとんど全部が物価上昇による増税分に食い込まれてしまいます。もっともこれは、調整減税額を算出する際に、いわゆる租税の所得弾性値と消費者物価の上昇率と、それから所得税の収入額のこの三つの数字の大きさ、特に消費者物価の上昇率を何%と見るかでかなり変化するものではございますが、昨今の異常な物価の上昇を考えますと、三千億円余の減税がはたして内容的に減税になっているかどうか、むしろこのくらいの金額では非常に問題であろうと思います。  次に、租税特別措置について簡単に申し上げますが、租税特別措置による減免税の特権、特恵につきまして申しますと、その経済的な実質あるいは財政政策的な効果は、いわば国庫の補助金ないしは無利子の国庫融資と見るべきものであると考えます。この制度は租税負担の公平を著しくゆがめ、これをこわすものでございます。そして、それはさらに国会の予算審議権にもかかわるものだといえるのではないかと考えます。この特別措置の資料は公開されておりません。したがいまして、大蔵省の当局によりまして公表されている簡単な資料では、その計算の方法も明らかでございませんので、実態が把握できないというわけでございます。これについては負担公平の原則と、その制度の実態面の資料の公開がさしあたり問題になることだけを申し上げておきたいと思います。特別措置については時間の関係でこれだけにいたしますが、日本の租税制度の中でこの特別措置はデパートである、つまり何でもそろっているということまでいわれているわけでございます。  次に、社会保障について簡単に申し上げます。  社会保障関係費は二兆一千百四十五億円でございますが、前年度に比べて四千七百三十億円の増加でございます。四十八年度の社会保障費が予算に占める比率は一四・七%で、四十七年度のそれは一四・三%でございましたから、全体の中では〇・四%の増加でございます。二兆円台の大台に乗せたということでございますけれども、まだまだ諸外国の水準と比較いたしますときわめて低いわけでございます。  社会保障の水準をあらわす一つの指標といたしまして振替所得の国民所得に対する比率を見ましても、日本の数字は一けた小さいわけでございます。また総予算額に占める社会保障関係費の割合を見ましても、アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、スウェーデンに比較いたしまして一段と少ないわけでございます。  最後に、予算制度について一言申し上げます。  特に御検討をお願い申し上げたいことは、税収の見積もりをはじめといたしまして、歳入の見込みについて国会において御審議をなされるということは、制度的にいろいろむずかしい問題もございましょうが、税収見積もり額についても毎年度につき国会の審議と御承認があったほうが、財政民主主義の立場から見てよろしいのではないかと考えております。国会での予算審議が、歳出予算と税制あるいは立法的な側面だけでなくて、この歳入面で、財源の面でもやはり御検討くださるということが必要ではなかろうか、かように考えるわけでございます。  なお、継続費とか国庫債務負担行為などにつきましては、さきにも触れましたので省略さしていただきます。  以上、幾つかの点につきまして私の意見を率直に申し述べさしていただきました。予算委員会の先生方の御審議の御参考に幾らかでもお役に立てばと考える次第でございます。これで終わらしていただきます。(拍手)
  6. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。  次に、井出公述人にお願いいたします。
  7. 井出文雄

    井出公述人 御紹介にあずかりました井出でございます。本日は昭和四十八年度の政府予算案につきまして私の見解を申し述べる機会をいただきまして、感謝申し上げます。  初めに、かねて私がちょっと疑問に思っておりましたことが、今度円が変動相場制移行するという問題が生じたことと関連しまして、再びはっきりしたように思いますので、その点ちょっと申し上げたいと思います。  このごろ、と申しましても戦後、予算編成というのは、経済見通し経済運営の基本的態度というものと関連して行なわれておるというたてまえになっておるわけです。戦前は、予算編成するときに、予算編成基本方針というようなものが閣議決定を見て、一応それによって国家の予算編成される、こういうことであったのですが、戦後は、予算編成の基本方針のほかに、経済見通し経済運営の基本的態度というものが策定されまして、それが閣議で了承を得まして、それとの関連において国の予算編成される、こういうようなたてまえになっておるというわけです。  四十八年度の経済見通し及び経済運営の基本的態度というものを拝見いたしますと、名目で一六・四%、実質で一〇・七%の成長率になるんだということで、ここにいわゆる国民経済予算というものが作成されておるわけです。国民経済予算というのは、四十八年度なら四十八年度においてどれだけの総生産が行なわれるか、そうしてそれに対して有効需要がぴたっとマッチするかどうか、こういうことでして、四十八年度は百九兆二千五百億円の国民総生産と同じ金額の国民総支出とで、総需要と総供給が全く一致するというわけです。そうしてその百九兆幾らというGNPが、あるいは総支出が、前年度に比べて名目で一六・四%ふえるんだ、実質で一〇・七%ふえるんだ、こういうことになっておるわけです。  ところが、この国民経済予算というものを拝見しますと、個人消費支出とか国内民間資本形成、あるいは政府の財貨サービス購入、あるいは国際収支、そういうようなものが総支出を形成しておって、それぞれどれくらいになるかということがここに計算されて、合計で百九兆幾らになる。それで、GNPが百九兆幾らであれば、ちょうど総需要と総供給が合致するんだということなんですね。これよりもGNPがふえる、総生産がふえれば総需要が追いつかぬだろう、あるいはまた、これよりも落ちればむしろ総需要のほうが多過ぎてインフレになるとか、ちょうどこの程度、百九兆幾らでマッチするんだ。つまり名目で一六・四%の伸び率といいますか、成長率で均衡成長が可能だ、大体そういうような見通しになっておるわけです。そうして、そういうような見通しというのは、単なる見通しではなしに政策目標でもあるわけでして、こういうような状態に持っていこうという四十八年度の経済の青写真でございますね。そうして青写真がこうやってできるというのは、国の政策がここに関連しているわけなんです。財貨サービスも、政府の財貨サービスの購入ということ、国の予算及び地方財政予算というものが大体どれくらいであるかということが、ここに織り込まれておるわけです。あるいは個人消費支出にしましても、国内資本形成にしましても、これは社会保障支出がどれくらいになって個人消費支出がこれだけ伸びるだろうとか、あるいは所得税の減税をこれだけにすれば個人消費支出がこれだけになるだろうとか、あるいはまた、法人課税を、あるいは企業課税をこうこう持っていく、そうすると国内民間資本形成というものの設備投資や在庫投資や住宅投資はこうなる、そういうことなんで、ここには、国の予算と、国民経済予算に関連するのは地方財政も含めますが、この国の予算政府部門の予算とからみ合ってこういうような青写真ができるというわけなんです。そういうたてまえですから、経済見通し経済運営の基本的態度と国の予算というものは、非常に相互関連的であるべきだというたてまえになっておるわけです。  ところが、この経済見通しというものが、実を言うとかなり恣意的であって、これはある程度変動要因、変数が含まれますので、正確な予測はできぬにしても、従来拝見しますとかなり見通しが違っておる。四十八年度も、たまたまこの円の変動相場制への移行を契機として、この国会でいろいろ御質問もあったようでございますが、円の変動相場制移行するについて、これは実質的には一応切り上げになっておりますが、そうなると経済見通しも変えなければならぬじゃないか。また、それと関連して予算の組みかえも行なわねばならぬじゃないかというような質問も行なわれたようでありますが、それに対して政府側の御答弁といたしましては、そういう必要はない、実はほんとうはもっと成長率はふえる、上昇するはずだった、もっと景気が過熱するはずであったのだけれども、円が実質的には切り上げられていくということになって、ちょうど政府見通しどおりの成長率にうまくおさまりそうだから、変更する必要はないというような御答弁もあったようでございます。  そうしますと、もしそういう円の為替レートの変動というようなことがなかったとすると、この一六・四%とか実質一〇・七%という見通しは、非常に過小な見通しではなかったか。これだけの見通しでもインフレ傾向だといわれるわけでありますけれども、それ以上に過大な景気過熱の心配のある状況であったのじゃなかろうかということになりまして、ここに経済見通しというものに対する信憑性というものがいささかぐらつくわけでございます。円の切り上げでたまたまちょうどよくなるのだということだと、それを前提としない見通しとしてはおかしいことになるのではないか。あるいはまた、実はこれ以上の景気上昇ということを考えながら、一応こういう形でもって国民に示そうということであったかもわからない。  ことしの二月二十日ごろの閣議あるいは新聞記者会見におきまして、経済企画庁長官の御発言では、昨年の十月から十二月にかけての成長率、瞬間風速を見ますと、名目で二〇%、実質で一五ないし一六%くらいなのだ、これでことしになっても景気拡大テンポが非常に速い、放置しておけば景気過熱が避けられなかった、こういうような御発言があったように新聞で拝見いたしたわけでございますけれども、そうなると、この景気見通し経済見通しというものはいよいよおかしいことになる。あるいはさっき言ったように、こういう景気見通しを一応立てておいて、実際はもっと景気過熱になることをいわば予期しておったのではないか。とすれば、四十八年度の予算調整インフレ予算を覚悟されておったのではなかろうかということにもなるわけです。その辺のところが、私、いろいろ国会での御審議、御答弁などを拝見いたしておりまして、従来の経済見通しに対する疑問が何かそこではっきりしてきた、証拠づけられたような気がいたした次第でございます。  経済見通しというのは、もちろん政策目標でもある。しかしながら、これは政策要因を抜きにした経済予測と、それに政策要因を加えたものなんですね。だから、幾ら政策目標といいましても、実勢と全くかけ離れた政策目標というものは立てられないわけだし、実勢と関連した目標なんです。ですから、それはある程度科学的に検討されたものでなければならないわけなんで、あまりにも実勢とかけ離れた目標である、あるいはまた、あとから見てあまりにも見通しというのが間違っておったということになると、非常におかしいことではないか。  また、そういう経済見通しあるいは国民経済予算との関連で国の予算というものが編成されておるということになりますと、国の予算というものに対する信憑性というか、信頼性というものもぐらつくような気がいたすわけです。ですから、もし、経済見通し経済運営の基本的態度、また次年度の国民経済予算というものとの相互関連において国家予算というものを編成するという今日のたてまえが、ほんとうに実質的にそういうたてまえであるとするならば、もう少しこの国民経済予算というものに対して、あるいは経済見通しというものに対して、政府が責任をお持ちになる必要があるのではないか。  財政投融資が国会審議、議決の対象に、完全ではありませんけれども実質的になったということは、私は非常にけっこうだと存じます。財政民主主義の立場から見てけっこうだと存じますが、私は別に、財投計画ほどに経済見通しあるいは経済運営の基本的態度というものを国会の審議、議決の対象にすべしとまでは言いませんけれども、この経済見通しというものを立てられる以上は、そこに政府がもう少し責任を持って、あまりに事実とかけ違った見通しであるとすれば、何らかの形で政府が責任を持たれるという仕組みにすべきではなかろうか。実際は、それならどうするんだということになりますと、いろいろあるかと思いますけれども、これは御検討をお願いするといたしまして、そういう問題点があるのではなかろうかと思います。もし、そういうたてまえはたてまえとして、実際は国の予算は国の予算として別に編成しているんだということであるならば、予算の説明をされる場合に、経済見通しとか国民経済予算との関連において行なわれるべきではないと思います。国民経済予算において、政府の財貨サービスの購入の伸び率が比較的少ないからインフレ予算ではないというような説明は、それは国民経済予算と国家予算政府みずからが非常に関連してとらえられておるから、そういう御答弁があると思うのですね。それならば、そういう国民経済予算なり経済見通しというものを、国の予算のように精密に行なわなければならない、こういうことになるだろうと思うのです。円の切り上げを前提としない経済見通しが、円が実質的に切り上げられるということと関連して、ちょうどうまくいったというのは非常におかしいのではなかろうか。こういう点について率直に私の疑問を申し上げまして、御検討をお願いいたしたい、こういうふうに思います。  次に、もう一つこの予算編成に関連いたしまして考えますことは、今日の円の再切り上げ、これはいつになるかわかりませんが、とにかく変動相場制になりまして事実上切り上げられておりますし、再切り上げも、時の問題は別として、不可避ではなかろうかと思いますが、この円の再切り上げがかりにあったとして、それを契機としまして、再び輸出中心、あるいは産業中心政策、あるいは予算に逆戻りするというようなことがあってはならないわけでして、そうすればまた第三次、四次の切り上げということに追い込まれるということは、これまでの経験からも明らかであろうと思います。したがって、やはりこれは福祉政策を強力に推進して、そうして皆さんが申されておりますように、産業構造の改革なり、あるいは具体的に言いますと、労働賃金の引き上げ、あるいは労働時間の短縮とか、あるいは公害防止費用の企業の自己負担とか、要するに欧米主要国と同じような生産条件のもとにおいて生産をする。そういう形で国際収支の改善を行なっていく。それでなおかつ国際収支黒字であり続ければ、円の切り上げへいくというのがたてまえでなかろうかと思うのですね。円の切り上げということも一つの方法でございますけれども、ただ円の切り上げだけにたよれば、これは、そういう福祉政策なり生産条件の欧米並みへの引き上げ、あるいは国民生活の条件の引き上げということがないままに国際収支黒字になってしまう。ですから問題は、円の切り上げの前に、そういう体質の改善なり、あるいは福祉政策の推進という形で国際収支の改善を行なうという努力を続けていくべきである、こういうことが基本だろうと思います。  ところで、そうしますと、よく高福祉、高負担といわれますように、財政規模というものが拡大をしていくであろうということになります。しかしこの場合、安易な拡大ということは厳に慎まなければならないと思います。福祉財政の内容におきまして、財政資金の浪費とかあるいは財政規模の過大というようなものに対して、あまり寛容になり過ぎているような気がいたすわけです。福祉財政だ、だから幾らでも財政規模拡大していいのだ、資金はある程度浪費してもいいのだというような傾向がありはしないか。何も自由主義時代のチープガバメントをここで主張するわけではございませんけれども、この際あらためて、財政体質の改善あるいは財政効率化ということを考えてみる必要があると思います。  そうして、そういうことを実現するためには一体どうしたらいいかというと、これは予算編成の方式を変えていかなければならぬのじゃないかと思うのです。現在はどういうことになっているかというと、大蔵省に対する概算要求も、新規経費の概算要求ということになっておりまして、既定経費はそのまま。これは事務能率の簡素化、迅速化というようなこともありましょうが、既定経費はそのままにしておいて新規経費だけの概算要求をする。それから大蔵省の査定も、新規経費を査定する。既定経費はそのままなんですね。既定経費という部厚な層があって、その上に新規経費がある。その新規経費をどれだけ認めるか削るかというようなやり方をやっておられるわけです。しかし考えてみると、既定経費といわれるところで非常に問題があるのではないか。既定経費をもう一ぺん各年度ごとに洗い直して、そうして既定経費に手をつけて、既定経費においてむだな面があればそれを排除する、そういうことにして新規経費の認むべきものは勇敢に認めていくということをしないと、既定経費に食われてしまいまして、いつまでたっても真実に望ましい政策があまり十分に行なわれない。だから私は、既定経費に手をつけるということが絶対に必要だろうと思う。新規経費中心予算編成方法というものはこの際反省を要するのではないか、こういうふうに思います。  ですからこれは、たとえば官庁機構というものはどんどんふえていきまして、一ぺんふえますと、それに要する人件費でも物件費でも既定経費になって、そうしてその上に新規経費というものが積み上げられていきますので、だんだんと官庁機構が膨大になっていけばいくほど既定経費がふくれ上がって、新規経費の余裕がなくなる、こういうようなことになるわけです。国土総合開発庁とか国土総合開発公団というものができまして、別にこれを私はとやかく言うわけではございません。必要があってこういう新しい機関が生まれたものと思いますが、そういう必要があってこれが生まれたならば、同時に他面において、不必要になったもの、もっと圧縮すべき部分もなかろうかということを考えなければ、次から次にこういうものがつけ加えられていって財政はふえていく。これができれば、もうこれに対する経費は既定経費だ。ですから、そこが問題だと思いますね。こういうことをもう一ぺん反省しまして、財政の体質の改善あるいは財政資金の効率的使用ということをこの際考えなければならぬと思う。  福祉政策は推進しなければならない。しかしながら、もともと資源の乏しい国であります。ですから、福祉政策を十分に推進しなければならないほど財政資金の効率的な使用ということが必要になってくるわけであって、福祉財政だから放漫な財政でいいというわけではないので、福祉財政こそ一面においてむだな支出を省くという必要がある。私は、ここに財政の体質の改善とその効率化ということについて御検討をいただきたいと思います。  一ころ財政硬直化ということが問題になりましたが、時間がだんだん迫ってまいりまして、この点はちょっと省略いたします。  それから、福祉財政ということになれば、何といっても福祉税制の確立ということが必要だろうと思います。しばらく税制問題について申し上げますと、とにかく円が切り上げられるということ、あるいは事実上変動相場制のもとにおいても切り上げられておりますが、中小企業や零細企業あるいは中小所得者、特に給与所得者層に対するしわ寄せというものがあるわけでありまして、これに対しては早急に救済策というものが必要だと思います。それは予算の組みかえあるいは補正予算ということになりましょうが、さしあたり財源の問題がございます。財政支出の追加を必要とする面については財源の問題がございますけれども、これについては、かねてからよくいわれておりますように、大法人課税をもう少し強化すべきではなかろうか、こういうふうに思います。  この大法人の課税強化ということは、法人税率の引き上げということがまず考えられますが、基本税率いま三六・七五%でございますが、これを四〇%程度にするとか、そういう税率の引き上げということもございますが、それとあわせて、たとえば、法人の受け取り配当の益金不算入の制度とか、あるいは支払い配当への軽減税率の適用制度とか、こういうようなものをこの際撤廃するという方法をとるべきではなかろうかと思います。法人株主の比率が非常に個人株主の比率に対してふえておりますが、そういう場合に、法人の受け取り配当が課税対象外に置かれておるということは、法人、特に大法人にとって不当に有利ではなかろうか。それから支払い配当への軽減税率が適用されておりますけれども、これは従来は、銀行から金を借りて設備投資をすれば利子を支払わなければいかぬ、その利子は損金に算入される、ところが増資をすれば配当しなければならぬ、支払い配当は損金に算入されない、こういう税の仕組みでは銀行借り入れのほうが有利だ、他人資本に依存するということが有利な仕組みになっておるのでおかしいじゃないか、だから支払い配当は損金に算入しろというような主張、要求もございまして、結局、軽減税率の適用ということになっております。しかしこれはやはり撤廃すべきであると思います。特に時価発行というようなことで企業資金というものが獲得されるようになりますと、銀行から借り入れるという場合よりも、むしろ増資のほうが資金コストは安くなるというようなこともあるわけです。したがいまして、そういう企業については、支払い配当の軽減税率の適用ということは不当にまた有利になっておる、こういうことになるわけでして、やはりこの二つの制度はこの際撤廃すべきではなかろうか、こういうふうに思います。  それから、これまたよくいわれますけれども、租税特別措置の徹底的な整理ということ、これはやはり私もやるべきではなかろうか、こういうふうに思っております。もちろん特別措置といっても、新しい事態に応じて必要なものもありますので、従来の特別措置ですでに使命を終わったもの、あるいは理論的に疑義のあるもの、あるいは効果の少ないもの、これは思い切って整理すると同時に、どうしても新しい事態において必要な特別措置はこれは設けていく。何も特別措置絶対にいけないというわけじゃございません。今日においては、特に大法人に有利な租税特別措置というものが残されておりますので、それは徹底的に整理すべきであろうと思います。今度の税制改正では、新しい特別措置の導入もございます。その中に、たとえば公害対策のための特別措置がございますが、これは、特別償却とか準備金という名における公害防止設備投資等に対する補助金の供給ということになりましょう。ただ、これはPPPといいますか、ポリューター・ペイズ・プリンシプルといいますか、公害発生者負担原則という、これは世界的には合意を得つつありますけれども、そうして先般もニクソン大統領が強調しておりますが、こういうようなPPPという観点から見ると問題があるのじゃなかろうか。この点は、非常に負担が耐えられないという企業もありましょうし、中小企業においてはどうかという問題もありますので、事態は複雑でございますけれども、それはそれとしてまた別段の考慮をするとして、そういうことの考慮なしに、ただ単に公害防止設備等についていろいろの形の名における補助金の支給ということは、公害発生者負担原則、PPPに反するわけで、国際社会においてどういうような影響があるかということが心配になるわけでして、この点もひとつ御検討をお願いいたしたいと存じます。世界は大体、こういう設備投資その他のソシアルコストは、これは企業の自己負担とすべきだということでありますので、その点を御検討をお願いいたしたいと存じます。次に、中小所得者、特に給与所得者の減税のことでございますが、この四十八年度の税制改正におきましても、給与所得者の標準世帯といいますか、夫婦子供二人、四人暮らしの世帯におきましては、課税最低限度額が引き上げられまして、初年度で百十二万千二百六十円、平年度で百十四万九千円、約百十五万円ということになったわけでありますが、この課税最低限度額は、それ自体まだ私は低いと思いますけれども、ここで一つ考えたいことは、平年度で約百十五万円、初年度で百十二万円というように、いつも減税の額を出すときには初年度と平年度とが併記されておりまして、いかにも平年度が意義があるような形になっておるわけです。四月から会計年度が始まりますので、その年の一月、二月、三月分は減税の対象にならないわけだから、平年度が減税幅が大きいし、初年度は三月分だけは少ないということになるわけです。しかし考えてみますと、この課税最低限度額というものを考えますと、今後物価が騰貴していく限りは、毎年課税最低限度額は引き上げていかなければならないと思います。とすると、毎年毎年初年度が問題なんですね。平年度というのはこれは架空のものだと思うわけです。ですから、平年度百十五万円、初年度百十二万円というのじゃなくて、百十二万円だということになるわけです。ですから私は、こういうまぎらわしい表現をとらないためには、減税をやるときには一月にさかのぼってやるべきではなかろうか。会計年度は四月からですけれども、一月からさかのぼってやれば、初年度から百十五万円の課税最低限度額になるわけです。技術的にあるいはめんどうな点があるかと思いますけれども、しかし、必ずしもその技術的なめんどうさというものは克服できないものではないと思われますので、初年度と平年度の区別なしにする、こういうこともひとつお考え願いたいと思います。  それから、事業主報酬制度というものが創設されまして、これは税制調査会においてもあまり評判よくない、一般に評判がよくない、こういうことでございますが、私はこの事業主報酬制度そのものは必ずしも反対ではないんです。小規模個人企業の所得といえども勤労所得的要素が多分にあるわけですね。これは、われわれ給与所得者あるいはサラリーマンの所得と、ある範囲においてはダブるような性質があるわけです。ですから、個人事業主報酬について給与所得控除、つまり勤労控除を認めるということは、必ずしも私は反対ではないのです。シャウプ勧告でも、この勤労控除というものの性質はどういうものかというと、いろいろありますが、一つは、所得を稼得する人間の労働力は年々摩滅していきますので、それに対する減価償却的意味があるのだ、勤労所得控除は。それから余暇を犠牲にして働くということについての表彰的意義があるのだということ、それから特に給与所得者は、給与所得は勤労所得ですけれども、この給与所得については、特に必要経費の控除が困難であるから、概算的必要経費の控除という意味があるのだ、こういうようなことをいっておるのでありまして、結局小規模個人事業主については、いまの初めの二つの意味の勤労控除は認むべきだ、それにプラス必要経費の概算的控除というものを給与所得控除には認めるべきであるといっておるわけです。ですから、勤労所得控除はどっちにも認める。ただサラリーマンなどの勤労所得控除は、必要経費の概算的控除の分だけ多くしろということをシャウプ勧告はいっておるわけですね。ですから私は、事業主報酬について給与所得控除を認めるということは、それが勤労控除という意味におきましてこれはよろしい。ただし、われわれ給与所得者の給与所得控除と同額であるというのは、これはおかしいと思うのです。これはシャウプ勧告のあれからいってもおかしい。ですから、これはやはりわれわれに対する給与所得控除額の一定割合、二分の一とか、そういうことにしなけりゃならぬと思うのですね。そうしなければ、やはりクロヨンとかトーゴーサンという現在の税制の不公平が、ますます拡大されるという批判に耐えられないと思うのです。ですから、やはり控除額を考慮するということがぜひ必要である。こういう事業主報酬に対して給与所得控除を認めること自体がいけないとは、私自身はそうは思っておりません。これを機会に、所得税の課税最低限の額をもう少し引き上げなければなりませんけれども、特に引き上げ方は、給与所得者に対する給与所得控除額を思い切って引き上げるという形で給与所得者に対する課税最低限度額をうんと思い切って引き上げる、そして、その何分の一か、何%かをこの事業主報酬に対して適用する、こういうようなことであればいいんじゃないか、こういうように思います。同額であるということであれば、これはちょっと納得ができません。  それから、福祉税制ということになりますと、どうしても株式譲渡所得課税を復活すべきであろうと思います。このキャピタルゲインの非課税というものは、持てる個人、高額所得者と低額所得者との間の負担のアンバランスをもたらすということでありましたけれども、いまや株主というものが法人にかなり出てきた。そうすると、このキャピタルゲインの非課税というものは、株主であるところの特に大法人に利する税制である。大法人優遇中心の税制の一役を買っておるものでございます。したがって、この株式譲渡所得課税は復活すべきでありますが、キャピタルゲインの捕捉の困難性ということがありますけれども、私は、たとえ困難性があっても、理論的に課税すべきものであるならばそれを実施しまして、そうしてこの課税の復活を要求いたしたい、こういうふうに思っております。  時間がだんだん切迫いたしましたので、この税制改正の問題については、たとえば中小企業についての課税の軽減、これは、同族会社の留保金課税は撤廃すべきだと思います。ほかの大法人の留保金課税は撤廃されたのに、同族会社に対する留保金課税だけは残存しているということはおかしい。  それから、法人税率も累退税率を積極的に採用いたしまして、そうして小企業について何段階かの税率の低減を考えるべきである。いまは資本金一億以下の企業について、年所得三百万円で区切りまして税率を変えておりますけれども、もっとその辺のところは考えるべきであるというふうに思います。  それから年金制度でございますけれども年金制度は賦課方式にすべきだと思います。これは、この間見えたシャウプ教授の説によれば、老人というものは現世代人の税金によって扶養すべきであるということを強調されておるわけですが、そこまでいかなくても、せめて賦課方式によって現世代の人たち、働くことのできる人たちの保険料金によって老人を扶養すべしということが、現実的には考えられるわけです。理論的に言いますと、シャウプ教授の見解は、非常に考えさせられる要素を持っておると思います。それと関連して賦課方式をここで提唱いたします。  それから、実を言うと公債問題について申し上げたいのでありますが、これは時間の関係で要目だけを申します。実は公債問題は私ちょっと重点を置いたのでございますけれども、時間の配分のまずさで時間切れになりつつありますが、公債は、四十年は一応別として、昭和四十一年からの本格的な公債の発行というのは、フィスカルポリシーの手段として考えておった。ところが、現在は資源配分の手段として公債を考えるということになった。フィスカルポリシーではない。だから、景気のいかなる局面においても、公債というものは資源配分の手段としてコンスタントにふえ続けていくというような思想が非常に出てきておる。これは福祉財政規模拡大と関連するわけですが、だからフィスカルポリシーの手段から資源配分の手段としての公債ということになってきているわけです。しかし、公債の発行というものを無制限に許すことができるかということが問題になります。財政法第四条の公共事業費というものが、財源として公債を発行することができるということになっておりますけれども、この一般会計予算の説明書における公共事業費といえば、いわゆる道路とか橋梁とか港湾とか下水道とか、いわゆる社会資本の形成、これが公共事業なんです。ところが、予算総則において、財政法第四条によって、公債をもって支弁し得る公共事業というものの中身を見ますと、たとえば警察庁の施設費とか、あるいは税関の施設費とか、あるいは何々開発調査費、つまり官庁営繕費あるいは調査費が、公共事業費という名において公債をもって支弁することができるということになっておる。これは公共事業費の内容の拡大であり、金額の拡大であり、したがいましてこの点からいいますと、財政法第四条は公債費の歯どめとしては非常にあやしいということになります。それから、そうではないんだ、公共事業は幾ら拡大しても国あるいは地方の消化能力というものがあるから、むやみやたらに公共事業というものを拡大することはできないのだということ、そういう説もありますが、確かに消化能力には制限があるから、むやみやたらに公共事業をふやすことはできない、したがってむやみやたらに公債を発行することはできないということでありますけれども、考えてみますと、今度は繰越明許費という制度がございまして、これも資料によれば、各省各庁繰越明許費に該当する項目が非常に多いわけです。あれは金額はちょっと出ておらないようでありますけれども、どれだけ繰越明許費によって繰り越されていくか、金額がわかればおもしろいと思いますが、もし公債を増発したいために公共事業費の内容も拡大する、金額も拡大する、消化能力をこえる場合においては繰越明許費という制度を利用しまして次年度に繰り越すということをすれば、またさらに公債を増発すすることができるということになります。ですから、第四条の公債の歯どめということは非常に問題になるのですね。  それから第四条では、公債の償還計画を立てろといっておりますけれども政府の償還計画というのは、これは一々読み上げてもいいですけれども、きわめて簡単で、全く形式的なものですね。あれがはたして償還計画であろうか。第四条の趣旨は、均衡財政を標榜しておるわけです。したがって、これだけの公債を発行して、ほんとうに将来償還期限が来たとき、あるいはその間の利子支払いというものが財政を圧迫しないだろうかというようなことをはっきりと証明しなさいという趣旨だろうと思うのですね。だから、政府のいまの公債償還計画というものは、これは財政法第四条の要求する償還計画じゃないのじゃないか、こういうふうに思います。財政法第四条があまりにも窮屈な均衡予算主義であるから、何とかそこをごまかして、実際は公債の発行拡大しているのだということであるならば、私はむしろ財政法第四条というような規定は撤廃すべきであるというわけです。そうしてあらためて、どの程度に公債を発行すべきか、累積させるべきかということを経済理論的に研究し合って、理論的な歯どめを持つべきである、こういうふうに思うわけです。  それから、この公債の累積と関連しますと、国債費の累積というのがありまして、公債というのは公共事業負担の世代間の配分だという説がありますけれども、これは私、疑問な点もあります。はたして負担の配分だろうか。公債で公共事業をやる、そうすると今度は、その元利払いは税金で後世代の者が負担するといいますけれども、受け取る者も後世代の者ですからして、決して負担の後世代への押しつけということにはならないわけです。税金を払う者も後世代だけれども、公債の元利払いを受ける者も後世代なんです。だから問題は、後世代において、国債費の累積によっていかなる所得の再分配が可能であるか、どういうことが実現するかということが問題なんです。だれが公債を持っているか、どういうような税制であるかということが非常に大きな問題になる。そういうことを全く不問にして、公債の累積というものを資源の配分の手段という名において認めるということにつきましては、非常に警戒せざるを得ない、私はこういうふうに思います。  公債問題についてもう少し申し上げたいところでありますけれども、再々の御催促でございまして、これをもって終わりといたします。  御清聴ありがとうございました。(拍手)
  8. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。     —————————————
  9. 根本龍太郎

    根本委員長 これより各公述人に対する質疑に入ります。  なお、本会議の開会時間が一時を予定されておりますので、質疑者の方々、お一人十分程度でおまとめ願えればまことに幸いであります。それでは、足立篤郎君。
  10. 足立篤郎

    ○足立委員 時間がなくなってしまいました。それに質問者も多いようでありますから、私は一問だけお伺いいたします。主として銀行協会の中村さんにお伺いいたしますが、斎藤井出両先生にも、率直な御見解をお聞かせいただければ幸いに存じます。  私が当面一番心配しておりますのは、いわゆるインフレマインドの問題でございまして、この予算委員会の十数日の論議の中でも、繰り返し論議の焦点になった問題であります。今日国民の間にびまんしておりますいわゆるインフレマインドがよって来たるところは、申すまでもなく、土地の投機、株式ブーム、あるいは相次ぐ商品投機、こうしたものが知らず知らずの間に国民の間にインフレマインドを呼び起こしておるということは、疑う余地がございません。  さて、そのインフレマインドを起こさせるそうした現象を起こす根本の原因は何か、まあいわば諸悪の根源は何かと申し上げれば、この委員会でもたびたび指摘されましたが、いわゆる過剰流動性の問題、これは過剰流動性資金と表現するのが正確かと思いますが、これはどうして生じたかといえば、申すまでもなく、一昨年のいわゆる変動相場制をとっております四カ月の間に、日銀が、外国からダーティーフロートといわれるような指摘を受けた買いささえをやる。これは私ども当時は、ショックアブソーバーの役目を果たす、いわゆるスローアップで衝撃を緩和する一つの政策だと思っておったのですが、結果から見ると大失敗だったと実は思っております。そのために、少なくとも百億ドル以上の金が当時日本に、為替管理は厳重でありますが、当然入るべきでないものまで入ってきたということから、それが円にかわって国内を流動しておる。これが土地ブームを呼び、株式ブームを呼び、その他の商品投機などもさしておるというふうに指摘をされているわけであります。  そこで、私は次の三点についてお伺いしたいのです。  第一点は、特に中村さんにお伺いしてみたいと思うのですが、これは非常にむずかしいのですが、この委員会でもずいぶんいろいろな議論がありまして、この過剰流動性資金は四兆数千億ではないかというような指摘もございました。まあしかし、あのときにどっと入ってきたドルが全部過剰だとはいえないと思うのでありますが、現在、銀行協会ではこうした問題についてどんなふうな判断をしていらっしゃるか。  ある時点で調べますれば、この過剰流動性資金も全部土地になり、あるいは株式に変わり、あるいは商品に変わっておる。きのうも公述人の矢野さんから、土地はもう決着がついているというようなお話があって、私もまことに異なことを伺うと思いまして、よく聞いておりましたら、いや、決着がついているという意味は、もう買うべき土地は大企業が全部買っちゃった、勝負はついたんだ、しかし結論はまだついてない、結論はこれからいろいろ国が地価の引き下げその他の政策をやらなければならぬが、決着がついているというようなお話がありましたから、決着がついているという意味は、一時銀行等にだぶついた金が商社を通じ、あるいは中には、私どもいなかで聞きますと、中小企業なんかでも一時は銀行から督促されて、土地を買うのなら幾らでもお金を貸しますという、むしろ銀行から使嗾されるような、奨励されるような状態も事実あったわけです。そうして本来は土地を買うのが業務でない会社まで、中小企業までどんどん土地を買った。だからきのう矢野さんが決着がついたと言うのも、まあ大胆な表現ですけれどもわからぬことはない。そうとすれば、現在の時点で銀行などがお調べになって、もちろんこれは利子も何にもつかぬ流動した金が、そんなに金庫にだぶついているわけはないのですから、何かに変わっていますが、しかし、私があえてお伺いしたいのは、今日の日本の経済規模全体から考えてみまして、まず正常な姿で必要な運転資金あるいは正常な投資、それ以上の金が土地になっている、あるいは株式になっている、そうしたものは一種の過剰流動性資金とみなされるのじゃないか。この委員会でも四兆数千億と指摘されましたが、銀行協会では一体どれぐらいの金が過剰資金として動き回っているのだろうかというふうにお考えになっているか、その点をまず第一点として伺います。  第二点は、この過剰流動性資金をどうしたら退治できるかという問題でありますが、ドイツでは、マルク投機資金は一〇〇%預託制をとっていると聞いていますし、また最近は物価対策のために、四十億マルクの凍結をやるというふうにも新聞報道が行なわれております。日本ではもっともっと大きな金じゃないか。少なくともこの悪さをする過剰流動性資金を押え込むとするならば、私の感じでは二兆円ぐらいの金を押え込まないと、とてもこうしたあっちこっちいってものをつり上げたり、土地を上げたり、株式を上げたり、ばくちをやる金のもとを押えることはできないのじゃないか。まあたとえは悪うございますが、何かできものができましてうみが出てきた、さあたいへんだというので、傷口を押えてうみを押えようとしているのが現状じゃないか。土地税制その他やることも必要でしょう。あるいは商社が余分な仕事をやって暴利をむさぼる、けしからぬ、商社の暴利を押えようとか、商品投機を押える手段、方法を講じようとか、これもその現象に対しての手当ては必要でしょうが、根源はからだの中にたまっているうみですから、そのうみを一時抜き取って、よそへ持っていってそれを凍結しないと、これは解決しないのじゃないかというふうに思っておりますが、日本では、これは非常にむずかしい問題ですが、先ほど来公債の問題も公述人から指摘されておりますが、本年二兆三千億の公債を出す。大蔵大臣もこの間ここで言明しておりましたが、そうした過剰流動性資金対策もこれありということを言っておりましたが、これはもう政府の意図的な点があらわれておるのです。そいつを吸い上げてまともなルートへ乗せて、公共事業その他に使おうというのでこれも私は一つの方法だと思います。しかし、これは必ずまた流動するのですから、まただぶつくということになりますから、やはりこいつは思い切って国が金利負担してでも、当分の間これを日本経済が許さない間は凍結をするというふうな思い切った、いわば非常立法をやる必要があるんじゃないかというふうに私は思っております。  もう一つの方法は、海外投資を奨励いたしまして、そしてこれはドルが出ていけば円が必ず吸収されるわけですから、これも一つの方法だと思いますが、根本はやはり何とか緊急立法によって、過剰流動性資金を凍結するという思い切った荒療治をやらなければ根本は解決しないんじゃないか。うみを除去したい、こういうふうに思いますので、これについての御意見をお伺いしたい。  第三は、この委員会でも変動相場制はいつまで続けるんだというので、大蔵大臣とずいぶん委員の諸君が押し問答されたわけですが、私の感じを率直に申し上げると、これは当然長期化すべきものだと思っております。というのは、固定相場をつくりますと、またすぐいわゆるユーロダラーによる投機が行なわれるわけです。それはもう証明されているわけでして、おととし四カ月フロートをやり、スローアップをして、ついに十二月二十日に固定相場をきめました。しかし、きめたその瞬間にもう先物は二百八十円とか七十円とか相場が立っておったでしょう。だから、これは固定相場をきめれば必ずまだかまだかというので、ユーロダラーが悪さをしてくる。これは根本はアメリカに責任があるわけですけれども、ユーロダラーというのが常に通貨不安定を来たす根源をなしておる。これがある間は私どもはやはり変動相場制によって、いわゆるのれんに腕押しにしておけば、ドル投機で押してくれば、こっちはへっこむのですから、これは勝負になりませんから、一時は円ががたがた、がたがたじゃなくてどんどん上がるかもしれませんが、また調整がとれてくるということで、変動相場制は相当長期化しないと、とてもこの段階は切り抜けられないんじゃないか。もう変動相場制では商売ができないという商社筋からの非難はあります。しかし、これはへっぴり腰で、まあ二カ月か三カ月のうちには固定相場にするんだという気がまえでありますと、先を見越されてたたかれる。しかし、変動相場制を当面動かさないという政府が決意をすれば、それで商売する以外にないのですから、私はかえって思惑は立たないんじゃないかというふうに考えます。私の考えがこれはしろうと考えかどうか。私も十数日のこの予算委員会における熱心な論議を聞いていまして、以上申し上げた三点について強い関心を持っておりますので、ぜひお教えをいただきたいと思います。
  11. 中村俊男

    中村公述人 ただいま足立先生からたいへんむずかしい御質問がございまして、過剰流動性をどのくらいに見ておるかというまずお話でございまするが、一昨年、昨年を通じまして外為会計から支払いました資金は全部で、一昨年が四兆、昨年が二兆、また昨今一、二週間の間に約三、四千億の払い超があったかと思います。このすべてが過剰流動資金とも申せませんけれども、相当な、とにかく四兆ないし六兆というような、そういう資金がつまり各関係企業の方々を通じて入ってきたわけでございます。それでこれが確かに投資物件として、あるいは有価証券、土地等に行っているということも、これも否定できないと思いまするが、行くことが目的で行ったとも必ずしも思いません。このように国際化が進み、自由化が進むことによりまして、やはり企業の安定株主工作というようなことから、株式をそれぞれ関係企業あるいは金融機関に安定株主工作として持ってもらいたいというようなことから、各企業もいま申しましたように手元が潤沢だから持てる、持てるから持つ、持とうと思って持ったのじゃないということでありますが、結果は確かにそういう面が非常にある。御高承のように、株式が法人筋の手に個人からずっと移っております。一たびそういう関係で入りました株の値段というものは、株を放出することがございませんから下がらない。底が固まっておる。だからその上にまた株価が上がるというようなことで、それがインフレを非常に助長する。土地の問題は、これは需給関係、それが誘っていくわけでございます。  したがいまして、この過剰流動性の問題をどうするかということでございますが、ただいま非常に緊急立法がどうのこうのというお話がございましたが、御趣旨はよくわかるのでございまするが、根本はやはりわが国国際収支の黒を減らしていかぬことには、この過剰流動性というものは直らないのじゃないか。わが国産業構造というものがもっぱら輸出増強、輸出増強ということでまいりまして、戦後二十数年の間そのような経済構造産業構造になっております。したがいまして、正直それがこの二、三年の間に爆発した状態でございます。詳しく話す必要もございませんが、要点だけ申せば、そういう爆発した状態でございまして、これを一挙に短期間に直すということは非常にむずかしい。ですから、それを直すようにやはり設備投資、輸出主導型の経済から福祉経済に発想の転換をし、転換をしていかぬことにはこのドルの問題は、まだまだ国際通貨の問題は安定したとは申せません。金兌換の問題がとまっておる上のドルでございますから、いつまた起きるかもしれない。  したがいまして、もちろんわが国は為替管理法が相当進んでおりまするから、あまりひどいものは入ってまいりませんけれども、なるべく早く円にかえよう、早く円にかえようということは、これは当然でございます。それが集積されますし、産業の根本がきまっておりますから、それを直していかぬで、入ってきたものだけを何とかしょうということは、これはやはり非常な摩擦を起こし、たいへんな問題になると思います。したがいまして、私はそこをひとついろいろな施策でもって直してまいらぬことには、これはしりだけを押えれば、しりだけ押えてもこれはたいへんな混乱を起こすことと思って、私もあまりそういうことには賛成できないと申し上げるほかはないと思います。  フロートの問題、これも御説のとおりでございまして、昨今、ここ二、三日外国為替市場、きょうの午前中の市場はまだ聞いておりませんが、落ちついております。落ちついておりまするが、為替相場というものは、円が強くなれば今度は問題でございます。円が弱くなれば問題がそれだけ静まるわけでございまするが、ドルが強くなってくれればそれだけ静まるという問題もございまするので、もう少しやはり様子を見て、そうしてきめるという以外に御当局としてもない、それも私も同感でございます。
  12. 斎藤博孝

    斎藤公述人 ただいまの足立先生の御質問、私も非常にむずかしい、これが的確にお答えできればと思いますけれども、なかなかたいへんむずかしい問題をお出しになっておりますが、まず最初の第一点から申しますと、いわゆる過剰流動性資金とおっしゃいますけれども、流動性の内容が問題だと思いますけれども、この過剰流動性、結果的には日本銀行券ということに落ちつくわけでございますけれども、実際には私は現在の日本の財政金融制度の仕組みでございますけれども、特に日本銀行の通貨の供給方式とでも申しますか、ここを問題にしない限り、こういう問題はやはり続くと申しますか、国際収支が大幅に伸びていく限り続いていく。ですから私は、まず国内的要因といたしまして日本銀行の通貨供給の制度に問題があるということ。したがいましてそういう問題と、それがいわば国内的な過剰流動性の根本原因でございますけれども、それを促進するという意味で、外的な要因といたしまして、これは世界資本主義体制、特にアメリカドルの持っております仕組みと申しますか、これによってそれが非常に加速化される、つまり押し上げられてきている、こういうように考えております。その点で、緊急立法が必要であるとの御指摘につきましては、これは日銀の現在の通貨供給の制度を変えるということの意味であれば私はよろしいかと思いますけれども、一時的にある部分の資金なり通貨、これは通貨と申しましても現金通貨あり預金通貨いろいろございますが、そのどの部分かを思い切って凍結していく、つまりひっくくって縛りつけてしまうというようなことでやってみても、その問題はこれは国際収支の条件がどうなるかということに大きく、外的要因としてはなるかと思いますけれども、私は、日本銀行の政策あり方といいますか、もっと端的に申し上げますと、日本銀行の対市中銀行と申しますか、直接的にはそのことに規定されてくるわけなんですが、それと従来の企業に対する都市銀行を中心とします金融機関の資金の貸し付けのあり方あるいはその返済のしかたとか、こういうことにやはり基本的な問題点があろうかと思っております。  直接ずばりとした、つまり何といいますか、基本的な意味での答弁にはなっておりませんかと思いますけれども、あとでまた国債の問題でも問題にされることがあるかと思いますが、その際にまた私の考え方を少し詳しく申し述べさせていただきたいと思います。  第二点は、ユーロダラーの問題も、これは私も、先生御指摘のとおりときどきひょっときては悪さをする、またひょっと逃げていくというような、こういうユーロダラーの問題、これはアメリカの、何といいますか、多国籍企業の持っている主として短期資本だと思いますけれども、これにつきましてもあとでまた国債との関連で、もう少し、私の考えております内的要因と外的要因とのいわば組み合わせの中でお話し申し上げてみたいと思います。どうも……。
  13. 足立篤郎

    ○足立委員 時間がありませんからもうけっこうでございます。ありがとうございました。
  14. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、正示啓次郎君。
  15. 正示啓次郎

    ○正示委員 たいへん時間がありませんから、中村公述人にひとつお伺いしますが、いま非常に問題になっております商社の問題ですね。これに対して御承知のように立法措置というふうな議論が出ておるわけです。先ほど財政主導型の経済であるけれども企業の責任を非常に重視しなければいけないという御発言もあったわけですが、私は、古いアダム・スミスのときの見えざる手というのですか、見えざる手に導かれた資本主義経済、これは今日では、新しい自由主義経済ではそれではいけない、すなわち利潤追求ではいけないので、福祉、公益というものを、また世論というものを中心経済は動いていくべきである。だから、商社の問題も根本は経済モラルの問題であって、これを立法措置で規制するということはどうかというふうに思うわけであります。また、そういうことでは非常に嘆かわしいと思うわけであります。この点についての御見解を伺いたい。これが第一点。  それから第二点は、IMF体制の究極のあるべき姿ですね。世界の平和的な外交関係がどんどん進んでいく、いわゆる緊張緩和、この体制、これは政治関係でありますけれども、それのうらはらとして経済的にもソ連、中国を一緒に入れた新しいIMF体制移行するということが、これは各国が努力すべき点じゃなかろうか。したがって、今日のドルあるいは金、SDRというふうなものをも含めて、ソ連、中国あたりのいろいろな利害関係もあるでしょうが、そういうものを包括した新しい国際通貨体制というものを確立する方向に行って、ほんとうに政治と経済一体となって世界の平和、繁栄というところに通ずるのじゃないか、こういうふうに考えますが、その点についての中村公述人の御見解、この二つをひとつお伺いしたいと思います。
  16. 中村俊男

    中村公述人 第一点の商社の問題でございます。商社、もちろん商社に限らずわが国企業、私どもも含めまして、やはり自由資本主義というもののもとでやっておりますものはまたそれなりのモラルというものを持ち、社会的責任を感じ、そしてやっていかなければならない。何でも自由にやっていいというものではないと思います。商社が具体的に御指摘ございましたけれども、商社も先ほどのお話の一つでございまして、手元流動資金が非常に多い。そのために、いろいろな開発関係とかそういう方面に、いままで彼らの活動範囲でなかった分野に仕事を伸ばしていくということ、これも、先ほど申しました福祉重点型の経済に変わってまいりますので、それに対応する一つの行き方として、これはある程度認めなければならないことでございます。したがいまして、そのこと自体を責めるわけにはまいりませんが、やはりそこには一つのモラルの規制があるものだということは私も同感でございます。  私どもいま、金融機関を通じまして出た資金でなく流動性がふえておりますものですから、金融政策でこれを何とかしようということは非常に限界がございますし、金融政策効果の波及する限界が非常に狭まっております。これを強引にいたしますと、かえって中堅、中小企業のほうに強く響いてしまって非常な弊害が起きる。わが国の戦後の金融市場で、今日ほど金融政策というものの運営のむずかしい時代はないと思っております。それで金融政策ばかりでなく、ほかのいろいろの諸策をあわせ行なうばかりでなく、最後にはやはり各企業というもののモラルというものに相当訴えていかなければならないということは全く同感でございます。  IMF体制の問題、私も個人的には中国、ソ連等を含めました体制をつくるべきだと思います。ただいまのように、先ほど御指摘もございましたように、金ドル交換が停止されております上でのいわゆるドル切り下げというような問題は、極端に申しますればドルには痛くもかゆくもない。アメリカの国際貿易は、アメリカ国内経済上に占めるウエートというものは、わが国に比べましたら全く逆でございまして、わが国は、国際貿易わが国経済に占めるウエートというものは非常に高い。しかしアメリカは非常に低いのでございます。四、五%のものかと思います。したがいまして、アメリカ国民というものが、ドル相場についてじきじきに感ずる大衆というものは非常に少ない。海外旅行が少し高くなったかなというような感じだけでございます。そういう歯どめのないドル、これが問題でございまして、何とかこれに歯どめをつくるべきではないだろうか。全く個人的感覚でございまするが、今後各国でふえるドルの全部とはいわず、半分なりあるいは四分の一なりを金にかえさせたらどうだ。あるいはSDRを通じてある歯どめをつくらしたらどうだ。そうでないことにはドルは、俗にたれ流しをしておっても何の痛痒も感じない。何とかそこに歯どめをつくるべきではないだろうか。あるいはアメリカの外のものがもうドルで物を売るのはごめんだ、ドルはもうお断わりだ、ほかの通貨でひとつ金をくれというようなことにでもならぬ限り、しかし産油国アラビアのシャイク、王さまたちは、いや、ドルが下がったって油の値段を上げるよ、ドルの手取りをもっとふやすよというようなことをおっしゃいますので、これもなかなかむずかしい問題でございまするが、要するに、ドルの歯どめのない国際通貨情勢というものは全く安心ならないのでございます。したがいまして、ソ連を含め、あるいはフランスあたりは金本位制度を強くとっておりますし、ソ連も金本位というものに賛成でありましょうが、それは抜きにいたしまして、やはりそういう国々も含めてのIMF体制、しっかりした一つの歯どめのある体制をつくりたいということは、私も心から同感でございます。
  17. 正示啓次郎

    ○正示委員 どうもありがとうございました。
  18. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、小林進君。
  19. 小林進

    小林(進)委員 ほとんど限られた時間でございますので、三先生というわけにはまいりません。発言順序中村先生にお伺いいたしまして、ほかの先生方でもひとつ貴重な御意見があったら、それに関連してお聞かせいただければありがたいと存じます。  私は、中村先生のお話を承っておりまして、率直な感じでございますが、ちょうど大蔵大臣の予算説明書を二度承っているのと同じ感じを受けたのでございます。ただ一番最後へまいりまして、財政主導型のその考え方にはやはり民間も加えて、民間財政主導型と相一体でいかなければならぬ。その点だけは、確かに銀行マンらしく違っているなという感じを受けたわけでございます。  そこで私は、この予算委員会を通じて大蔵大臣にお伺いしたいと思いながらつい何やかにやでお伺いできない点を項目的に申し上げて、中村大蔵大臣というわけではございませんが、民間金融を代表しての御意見をひとつお聞かせいただきたい。  第一番目に、先生は円の切り上げのための調整の段階において、卸売り物価が木材をはじめ上昇をしたが、しかし、インフレ抑制しつつ福祉をはかるという政策は、かなり成功しているというような御発言がございましたが、私はこの過程の中において、やはり行政と、それから公取等も、たいへんこの卸売り物価の値上がりに対して間違ったのではないか。たとえて言えば、鉄については不況カルテルを実施いたしまして、たいへん鉄の値段をつり上げている。これが私は卸売り物価にたいへん影響したと思うのであります。そこで、臨時国会でももうやめなさい、その不況カルテルを解除しなさいと言ったのでありますが、半期でやめないで、一昨年の十二月から去年の七月に解除すべきものをしないで、去年の十二月までこれがずっとカルテル行為を続けていった。これは私は卸売り物価を上げた一つの元凶でたいへんな間違いであったと思います。いま一つは、木材もやはり行政当局がこの調整に名をかりて見通しを間違って輸入を制限した。また入ってきたものは、民間がこれを投機の対象にして出さなかった。そういうことで卸売り物価の値上がりにたいへん大きな悪を残したというふうに私は考えておりますが、中村先生はどうお考えになるか。一点であります。  第二点は、先ほどの先生の御公述の中に、年寄りがふえていく今日の段階において、年を追ってだんだん待遇を厚くしていかなければならぬ、福祉元年としてはこの程度でよろしいというふうな発言があったと思うのでございますが、年金制度に幾つも種類があるのは私が申し上げるまでもないのでありまするが、やはり問題は、年寄りはあすを待つわけにはいかない、待つこともできない年寄りでありまするから、中心はやはり老齢福祉年金だと思うのでありますが、このインフレの中でいままで、去年の十月から三千三百円、今度はことしの十月から一カ月五千円にして七十歳以上の老人を養っていこう。六十七歳から六十九歳は原則として何にもくれない。これは一銭にもなりません。そうして六十五歳からもらっている老人もおれば六十歳からもらう老人もおる。いわゆる共済は五十五歳から共済年金をもらうのに、六十七歳になっても八歳になっても九歳になっても一銭ももらえない、七十歳になってようやく月に五千円もらえるというこの福祉年金制度を、福祉元年としてこの程度でよろしいとほんとうにお考えになっていらっしゃるのか。くどいようでありますけれども、これが二点であります。  第三点は、輸出の内需への転換をはからなければならないというお考えのようです。その方法としては、関税の引き下げだとか資本自由化とかいろいろの流通の合理化のお話もございましたが、輸出を内需に転換しても、いわゆる国内に需要がわかなければだめじゃないか。購買力がわかなければだめじゃないか。いまのわが日本の低賃金構造、あるいは二重経済といいましょうか、低所得者が、貧乏人が、貧困者がまだうようよしている。低所得者がほんとうにものも食えないで賃金働きをしているというようなこの構造を変えないときに、内需、内需といってこの輸出を内需に変えてきたところで、需要も購買もふえていかないじゃないか。内需に転換をしていくためには、やはり賃金構造というものを変えなくちゃならない。私はこれを一貫して予算委員会で言っているのでございますけれども、この問題については一体中村先生はどうお考えになりますか。三点であります。  四点といたしましては、時間がありません、簡単にやりますが、資本自由化、これは資本輸入自由化のことをおっしゃるのではないかと思いますが、これもやはり同じになります。いかにドル輸入してきてわが日本に、いわゆる生産工場を持たして物を生産させても、ドルが国に入ってくる。資本として入ってくるのですから。いまでもドル黒字で困っているときに、資本自由化でまたドルが入ってきたのじゃ、いよいよドルの蓄積が深まってくる。そこでまた日本の安い低賃金構造で物をつくって海外に持っていって売ったら、またその売った製品の身がわりにドルが入ってくる。私は資本輸入自由化というものは、むしろ一番元凶のドルを蓄積するかっこうになっていくのではないかと思うのでございますけれども、こういう点は一体どういうふうにお考えになるのか。要を尽くさないかもしれませんが、時間がありませんので、簡単に四点だけ……。
  20. 中村俊男

    中村公述人 第一点の卸売り物価が非常に上がったのは、カルテルの問題じゃないかというお話でございます。そのことに関しまして思い出しますのは、ただいまと一年前とでは経済情勢さま変わりに変わっておりまして、御記憶もあることと思いまするが、一年前には、その二、三カ月前に円の切り上げがありまして、そしてやっと底が固まった経済がこれから徐々に上向きに行くのではないかというふうに期待されておったところへ切り上げがありましたために、これはわが国経済の、つまり景気の回復というのは相当あとに押し延ばされてしまったのではないか。これはいつ回復するのかわからない。したがいまして財政も大型財政を組み、財政からも景気の刺激策をとり、金融も緩和政策をとり、そして景気を刺激しようというような情勢であったのでございます。したがいまして、そのころにカルテルの問題が起きても、これはやむを得なかった情勢ではないかと思います。それが昨年の半ばあたりから、指標的には三月ごろから出ておりましたけれども、私どもがはだに感じますのは、昨年の半ばごろから景気が非常に回復してまいりました。それは個人消費、住宅投資あるいは財政というような、補正予算も相当組んで、それによって景気が回復してまいりました。そのときに、国内事情ばかりでもございませんで、いろいろな木材あるいは羊毛、そういうようなことで卸売り物価が非常に急騰してまいりました。そういう情勢変化でございますので、やはりカルテルを結成いたしましたときとただいまとではちょっと急激な情勢変化がございますので、その点からこれは一応見なければならないのかと存ずる次第でございます。  その次は、先ほど大蔵大臣に聞くというようなお話でございましたが、大蔵大臣でございますればお立場もいろいろあると思いますが、私は今度の予算に対して必ずしも全面賛成をしているわけではないのでございまして、あえて言えば消極的賛成と申しまするか、やむを得ないという気持ちが非常に現実、実際問題としてあるのでございます。年金元年、福祉元年といわれるわけでございますが、財源関係その他から、私も、先生御指摘の何歳から何歳まではもらえるとかもらえないとかいうこと、新聞でちょっと拝見しておる程度で、まことに申しわけございませんが詳しいことはわかりません。しかし、財源関係上やむを得ないのではないか。しかも、五万円あるいは物価にスライドさせるというような意味で、非常に努力が買えるのではないかということで消極的賛成ということでございます。  それから内需への転換でございますが、ただいま申しましたように、最近は非常に景気が回復いたしております。これはいろいろな要因によりまするが、やはり個人消費がしっかりしておるということ、これは百貨店の売り上げでも、日銀券の増発率でも顕著に増発率が高いわけでございまして、やはり個人の消費が非常にしっかりしておる。それゆえにそれ以外の住宅投資というものもまだまだ進めねばなりません。そういうことで、非常に低賃金とおっしゃいましたけれども、やはり個人消費がしっかりしておるということは、そう大衆のポケットはさびしいものではないという感じでございます。したがいまして、そっちの方面へ、外で問題を起こすものはせめて幾ぶんなりともそっちへ回していこうということは、これは当然なことかと思います。  非常な低賃金とおっしゃいましたけれども、今度の円の事実上の切り上げ、フロートによりまして、非常に私どもも心配しておりますのは、韓国、タイ、フィリピン、インドネシア、あの辺だったと思いますが、まだほかにもございますが、これはドルと一緒に切り下げております。したがいまして、こういう国々とのわが国のいわゆる限界、彼らの国でできるような、つまり主としてわが国でいえば、概して申しますれば中小企業のつくっておるようなものとの国際競争がひどく減殺されているということで、非常に心配いたしております。そうでなくとも彼らの国はわれわれよりも賃金は低いのでございます。それがさらにドルと追随いたしておりますので、これがじわじわとわが国中小企業に及ぼす影響は、非常に大きいのではないかということを私は非常に心配いたしております。  資本自由化、これはおっしゃるとおり、国内に入ってくる資本を自由にいたしますれば、それだけドルないし外貨がふえるのはおっしゃるとおりでございます。しかし、いわゆる自由化をもっと進めろ進めろと、いろいろなことに関して、輸入品目三十三品目をはじめもっと自由化を進めろ進めろというのは、これは国際世論でございまして、それをやはりやわらげる意味でも、ある程度はそういうマイナス面はたとえありましても、やはり進めていくように前向きに取り組まなければおさまらないのではないかという感じがいたしております。
  21. 小林進

    小林(進)委員 どうもありがとうございました。
  22. 根本龍太郎

  23. 中路雅弘

    中路委員 三人の先生方から貴重な御意見をいただきましたが、時間が十分ありませんので、私は中村先生と斎藤先生に一、二点だけお伺いしたいと思います。  先ほども中村先生が、過剰流動資金をどうするかということで、国際収支黒字を減らす以外にない、そのためには輸出主導型から福祉主導型に転換することだというお話がありましたが、四十八年度の予算がそうなっているのかどうか、この点を第一点お伺いしたいと思うのです。  もう一つ、現に過剰流動資金によって国民経済が撹乱させられ、また投機が行なわれているわけですが、いまの大豆や木材、鉄、生糸、こういった問題についてどうしたらよいとお考えになりますか、この点中村先生にお伺いしたいと思うのです。  それから斎藤先生に一、二点お伺いしますけれども、今日、事実上の円の再切り上げになっているわけですが、これで四十八年度予算の基礎になる経済見通しが大幅に狂ってきたわけです。予算の歳入が減り歳出が増大してくると思いますが、その際、赤字公債が追加増発されるおそれがあると思いますが、どうお考えになりますか。政府建設公債と称してインフレにならないと言っているわけですが、私たちはインフレになると思うわけです。この点についてどうお考えでしょうか。  もう一つは、いまの国民の税負担が、政府は非常に負担率が低いということを言っているそうですが、日本の低賃金とかあるいは消費者物価が高いという諸条件を考慮した場合、私たちは非常に高いと考えているわけです。この点についてお考えいかがでしょうか。  もう一つ、租税特別措置法によって大企業にいま非常に多くの税の減免が行なわれていると見られていますが、国民にはこの実態が十分知らされていません。時間がございませんので、その実態のアウトラインでもお知らせいただければ非常にありがたいと思いますが、以上、中村先生と斎藤先生にお伺いしたいと思います。
  24. 中村俊男

    中村公述人 福祉重点型の予算になっておるから、満足だというふうにおとりになって御質問が出たかと思いまするが、先ほど申しましたように、私も全面的に満足しているわけでございません。しかし、まあこういう情勢でできるだけの配慮を払ってある、そういう意味でやむを得ないのじゃないか。のみならず、先ほど申しましたように、一応これでスタートしてみてはどうかというのが私の考えでございます。そしてその後の情勢によって、また足りないところは補い、余るところは切り捨てていく、まあ繰り延べという意味でございまするが、あるいはインフレの問題がどういうことになるかということによっては、また金融政策等もあわせて、租税政策その他もあわせて、そしてやはりそのつど対策をとっていくのが至当ではないかと思います。ただいま見通しを相当立てますことは、円の事実上の再切り上げの問題がありまして、非常にむずかしいのではないかと存ずる次第でございます。  それから卸売り物価上昇、投機ではないかということでございまするが、もちろん投機の要素が全然ないということも断言できませんけれどもわが国の物価の動向が最近非常に変わってまいっております。昨年の初めごろまでは消費者物価は大体四、五%の上昇をいたしておりまするが、卸売り物価というものは非常に落ちついておりました。これはまあ各産業がいろいろの、賃金その他の上昇によるコストの上昇を生産の拡大、いわゆる生産性向上によって吸収できたということが、いまから思いますとはっきりうかがえるのでございます。それが高度経済成長の時代が終わりまして、各産業の生産がなかなか伸びなくなってきている、そのためにそれを吸収する度合いが非常に困難になってきておる、そのためにやはり卸売り物価というものが顕著に最近上がってまいっておる。まあいわば欧米型の物価上昇傾向になってまいったということでございます。したがいまして、これも経済構造というものをいろいろと改編してまいりませんことには、これに対する対策と申しましても、出たところだけを締め上げるというようなことだけにもまいらぬと思うのでございます。
  25. 斎藤博孝

    斎藤公述人 先生にお答えをいたします。  まず第一点の、輸出主導型財政から福祉主導型に予算構造がなっておるのかどうかという御質問でございますけれども、これは、先ほども私、公述の際簡単には申し上げたわけでございますけれども、それぞれの歳出の総予算の中での、この際は特に財政投融資計画の問題も入ってまいりますが、まずさしあたり、一般会計予算の中での比重などを考えてみますと、これは基本的には変わっていない。あるいはむしろ福祉主導ということで、いわば福祉関係予算ということをうまく利用する、と言っちゃ何ですけれども、そういうことでもって公共事業関係、本来なら、生活関連諸施設の整備、拡充ということが特に重要な課題になろうかと思いますが、そういう予算の比重というのはきわめて微々たるものだというようになっております。ですから、やはり何と申しましても、現在まだ有効であります道路整備五カ年計画、これはたしか十兆何億円かだったと思いますが、これを四十八年度予算からは、改正といいますか、やめまして、新しい第七次の道路整備五カ年計画で約十九兆何千億と、いわば二倍に近い道路計画で、昭和四十六、七年度よりは、四十八年度になると、非常にラフな言い方で申しますと、道路整備などはいままでよりも少なくとも二倍の予算がつぎ込まれていくんだ、こういうことだろうと思います。ですからこの点、歳出構造の中で特に既定経費で非常に動きがとれないような、つまり政策的な課題が入りにくいような予算の歳出構造をずっととっておりますので、いわゆる新年度に際して新しく何かやろうという、財政政策財源としますと新規のそういう政策費が非常に少ない。これは大蔵省の主計局の方々もおっしゃっているわけなんですが、これが予算だけは何と十四兆円とかというようなことになっておりましても、実際に何か新しく始めようと思うとお金がないというような仕組みになってしまっている。これはやはり非常な問題だろうというように考えます。ですから、やはり福祉予算ということでありますならば、せめて額は二兆円台、大台に乗せて、しかも従来よりは確かに一歩前進しているというように評価できるようにしなくちゃならないと思います。特にこういう国際経済状態の変動というようなことでありますれば、ますますそういう福祉関係予算を優先させて、いわば財政政策転換、この転換も、基本的に転換できるなどということではないと私も思いますけれども、せめて転換をするような方向に四十八年度予算案で位置づけていく。こういうことはやれるのではないかというように考えるわけなんですが、これは私は実際に実務に携わっているわけじゃございませんから、その点についてはいろいろ御議論があろうかと思います。  私は、福祉のあれで見ましても、たとえば振替所得の国民所得に対する比率など、社会保障水準でございますけれども、とにかく、日本は現在五・三%ぐらいでございます。これが、つい最近出ましたところの、経済審議会が政府への答申によって出されました経済社会基本計画の昭和五十二年度の目標の数字がやっと八・八%。八・八%と申しますと、外国に比べますとどこあたりに相当するかと申しますと、大体比較するところはどこもないのですが、一九六九年ぐらいの数字で申しますと、八・八%になって、昭和五十二年になってもまだ、三年ばかり前のノルウエー、デンマークにも達しないということで、これは数字で申しますと、フランスは大体二二%ぐらいでございますが、オランダ、それからイタリア、西ドイツはやはり一七、八%まで行っているわけなんです。こういうことが一つ言えるわけで、ですから福祉予算、いわば福祉に関する歳出というようなことで、公共投資、本来の生活基盤といいますか、そういうものでないほうの産業関連諸施設というようなことにそういうぐあいにだいぶ使われていっているような構造になっているというように私は考えております。これが第一点です。  それから、第二点の御質問の赤字公債にならないかどうかという御質問なんですが、これは私、ここ十年ばかりの一般会計と、それから財政投融資の数字と、それからそれぞれが持っております発展テンポといいますか、対前年度増加などを見て、それに対する日本銀行券の発行高、それと卸売り物価指数、あるいはまたさらに消費者物価指数の動き、こういうものをちょっと比較してまいりますと、これは特に端的に申し上げて、四十七年度、つまり昨年からことしにかけては、過去十数年来かつて見られなかったような変化が出始めたということが見られます。特に、数字的に申し上げますと、一般会計伸び率が二十何%ということで、これはもちろん昭和三十六、七年にも二四%台の一般会計予算伸びがございましたけれども財政投融資はその当時、昭和三十六年には二七%台で、やはり非常に大きかったわけでございますが、昨年度は財政投融資も三一・六%で、四十八年度予算案でそれを見ますと、一般会計が二四・六%の増、それから財政投融資は二八・三%増で、これに対応する日銀券の発行の増大率を見ますと、特に三十六、七年のころの非常な物価騰貴、いわば高度成長がもたらした結果がやはり同時に物価騰貴でもございましたけれども、この段階では、日銀券の伸びが一九・九%、それから一八%というように、両年度こういう数字なんですが、それが昨年になりますと、何と二九・七%で、私は、これは大蔵省の統計が数字の印刷を間違えたんじゃないかと思って、自分で計算し直してみたわけでございますが、これは間違いございません。こういうことが、最近特に足速くしている物価の値上がりの通貨面からの、ある  いは財政面と日本銀行券の供給面からの、一つの、最もラフな表現でございますけれども、姿である。  ついで、そのことはどういうことによって仕組まれていくかといいますか、メカニズムがどうなるかということでございますけれども国債問題、つまり第一点に赤字国債の問題でございまするが、これは非常にむずかしい問題でございますけれども国債市中消化ということでございますが、御承知のように、市中消化と申しますのは、国債引き受けシンジケート、通称シ団と申しておりますが、これを構成しております都市大銀行をはじめといたしまして、金融機関への半強制的な割り当てになっておる。そういう引き受けた国債を公社債市場へ自由に売ることができなくなっております。これは法律に基づくわけではございませんけれども、自由市場で売買いたしますと、国債の市場価格が非常に下落するおそれがある。そのため国債発行計画が見込み違いになったりなどいたします。それをおもんぱかって、当局が行政指導でその売却を一応規制したり、あるいはシ団の側にいたしましても、これに協力して市場で国債を売らないことを大体お話し合いになっているようでございます。  ところで、四十四年二月から、日銀当局は、国債を対象とします買いオペを始めておられます。これは当初において、市中引き受けの六割を限度とするという日銀内規をお持ちになったようですが、間もなくそれが限度額を八割に引き上げられて、ここ二年ばかり日銀の買いオペは行なわれておりませんが、これは最近の長期緩和の金融状態がそういうことになっておるわけでございますが、発行後一年たった国債は、昭和四十六年十月の推計資料だとか、それから最近の一月の資料などを拝見いたしますと、昭和四十年から四十五年度の国債発行二兆八千億円中の約七五%は日銀に返ってしまっておる。それは金額として二兆一千億円くらいでございますけれども、日銀の買いオペ対象となって吸い上げられているわけでございます。つまり、昭和四十五年度までに発行された国債の買いオペ対象のほとんど全部が日銀によって買い取られておるというわけでございます。つまり、金融機関の側で申しますと、一年前に買った国債を日銀に売って、そしてその売った金で新しく割り当てられた国債をまた買う、こういう仕組みになっています。結局、全部日銀から借り入れたお金で国債購入の資金がうまく調達されていたということになります。  これが市中消化という国債引き受けでございますけれども、その実態は日銀引き受けになると申し上げるほかありません。戦時国債の日銀引き受けというようなことと違う点は、発行が一年のタイムラグを持つということでございますけれども、このタイムラグも、最初はタイムラグでございますけれども、一定のテンポで、あるいはコンスタントに大量の国債発行してまいりますと、この時間のずれが、毎年国債発行される中で、そのこと自体の進行にあまり大きな影響を与えないということになります。政府短期証券の日銀引き受けによります国債消化資金の造出とか、日銀の金融機関への国債買い入れ資金の貸し付けだとか、さらに債券オペだとか、手形オペだとか、いろいろな制度がつくられておりますが、これは今後大量の国債発行消化するための一つの準備と見てもよろしいのじゃないかというように考えておる次第であります。しかし、この制度は、先ほども申し上げましたとおり、日銀券の過剰発行、それから通貨供給のあり方での、つまり、先ほど足立先生がおっしゃいました過剰流動性、この問題を引き起こす。これが私が申し上げております内的要因でございます。つまり、日銀の追加的な過剰供給のあり方、したがいまして、日銀信用の一そうの増大というようなことで、こうした国債発行は、日銀券の、また不換紙幣の増発ということをもたらす。そういうメカニズムが管理通貨制度の中には組み込まれておるわけでございまして、日本におきましては、大づかみに申しまして、いま申し上げたようなことではなかろうかというように考えます。  これにさらに、先ほど御指摘になりましたドル資金の流入という問題でさらにこれが押し上げられてくる。これは外為会計の払い超を通じまして、またさらに円がだぶついて、流通通貨がふえていく、こういうことになろうかと思います。  まだだいぶお答えしてもよろしいんですけれども、時間の関係でこのくらいにさしていただきます。
  26. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、山田太郎君。
  27. 山田太郎

    ○山田(太)委員 あともう十五分の時間しか残っておりませんので、諸先生に全部お伺いしたいところでございますけれども、まず、時間の関係中村公述人にお伺いいたしたいと思います。それから井出公述人にお伺いいたしたいと思います。  そこで、私のほうから申し上げる意見というものはもうやめまして、端的にことば短くお伺いしたいと思います。  先ほど足立委員からお話がありました過剰流動性資金の問題ですが、これがやはり木材をはじめとして、大豆あるいはアズキ、繊維等々、諸物価を高騰さしておるのは衆目の一致するところでございます。そこで先ほど、商社のモラルを規制するという点においては賛成であるけれども、商社法、あるいはいま報ぜられております過当投機取り締まり規制、そういう問題についてはあまり御賛成ではないように私、聞こえたわけですけれども、この点についてもう一度立ち入った御意見をお伺いしたいと思いますが、これはやはり物価の問題の根本を形成する問題でございます。私は、このたびの予算案福祉予算とは思いません。先ほど斎藤公述人から御意見もありましたけれども、やはり、三十八年の白書のころから、福祉中心経済へということは口では言われてきておりますけれども、実際の予算案はそのようになっていないことは、先ほどのお話のあったとおりでございます。賃金構造改革を基底として、年金問題を中心とした社会保障あるいは医療福祉の問題、生活基盤の整備、これはやはり当然なくてはならぬと思っておりますが、その問題はまずさておいて、物価の問題の大きなウエートになりまするので、この過当投機取り締まりをすべき法律は、やはり制定すべきじゃないかというふうに私なりに思っておるわけですが、この点を一点。  それからもう一点は、昨日でございましたか、きょうでございましたか、都市銀行が昭和四十八年度の経済見通しというものを出しております。そうしてその中では、円切り上げを一二・五%でしたか、あるいは一五%程度ですかを見込んで、なお四十八年度は、七十七億ドルあるいは八十一億ドル貿易収支の黒になるんじゃないかという見通しを出しております。都市銀行です。たしか、住友銀行と三和銀行でございましたか。やはり、一昨年のあのドル不安問題以来、この反省が足りなかったことが、このたびの大きな変動相場制への追い込みにやられた。日本が悪いように言うておりますけれども、これは先ほどお話があったように、ほとんどが米国の責任であると思います。その点についてまた同じ愚を繰り返していくことを避けていくのには、どのように福祉中心予算に変えていけばいいか、あるいは経済構造に変えていけばいいか、その点の御意見を承りたいと思います。以上二点。  それから次は、井出公述人にお伺い申し上げますが、簡単に申し上げます。  円切り上げを決定する前に、国民生活向上と、日本の経済機構を福祉中心型に変えておくべきであるという御意見がありましたが、これはどのようにしてやっていくべきであるか。この点については、井出先生と斎藤先生にもお伺いしておきたいと思います。  それからもう一点、経済社会基本計画では、昭和四十八年から五十二年までの計画期間中の実質経済成長率は九・四%となっております。新計画の初年度に当たる四十八年度政府経済見通し一〇・七%と対比いたしますと、大きな食い違いがあると思います。これは見通しには漸減するようには載っておりますけれども、この点についてもひとつ御意見をお伺いしたいと思います。  もう一つ、大法人課税の強化のお話がございました。私ども全くそのとおりだと思います。しかし政府は、これまで法人擬制説から、それほど強化すべきではないという立場を一貫してとってきております。大法人課税の強化となりますと、法人擬制説とかあるいは実在説とかいつも問題になってくるわけですが、この辺をどうお思いになるか、御意見をもう一度立ち入ってお伺いしておきたいと思います。  以上でございます。
  28. 中村俊男

    中村公述人 過当投機取り締まり法というお話、私も新聞できのうきょう拝見いたしておるのでありまするが、投機を取り締まるということで、御趣旨はよくわかるのでございます。その一例として、商社関係についてのお話も出ました。総合商社についてのお話も出ました。もちろん、投機というものは、これはまことに避けるべきものであり、控えるべきものであると思います。しかし外からは、これが投機であるのか、正常な健全な先行投資であるのかというようなことは、なかなか判別がむずかしい面がございます。したがいまして、これを法律で取り締まるということはなかなか困難が伴うのではないかということを、私は非常に懸念いたしておるのでございます。  総合商社につきましては、先ほど総合商社のモラルということも強く訴えましたけれども、もちろん、総合商社を含めての過剰流動資金というものに対する、それを踏んまえての金融面からの姿勢ということから、先ほど申しましたように、全体の金融政策効果がなかなか波及しにくい環境に一ころに比べればなっておるということから、いわば選別的な金融政策土地関連融資の自粛でありますとか、そういうようなものも一例でありまするが、総合商社に対しましても、本年一月から三月までの私どものすべての貸し出しの増加額を、昨年の十月——十二月の貸し出しの増加額の半分ぐらいにひとつ自粛して指導してほしいというような事実上の行政指導も出ております。いろいろな手を使ってこれに対処してまいらねばなりませんので、金融、それから税制、それから関税の引き下げ輸入自由化、そういうようないろいろな手でこれを解決していかなければならないと思います。  それから、同じ愚を避けるにはどうしたらいいかということでございまするが、都市銀行の見通しが相当高くて、これじゃ全く繰り返しじゃないかというようなお気持ちからお話が出たのかと思いまするが、先ほど申しましたように、繰り返しになりますから簡単に申し上げまするが、戦後二十数年間こういう産業構造でまいったものでございますから、一挙に為替相場と金融だけでもって黒字を減らすようなことをしたら、経済の混乱はたいへんなことになってしまいます。ですから、やはりどうしてもこれには時がかかる。先般フロートによって事実上の切り上げがあったにもかかわらず、本年度の見通しがこんなことでは何にもならないではないかとおっしゃいまますけれども、これはあくまで見通しでございます。見通しではございまするけれども、これにはやはり時日を要する。経済も生きものでございまするから、数字だけでもって責め立てるというわけにもまいりません。まあ、いろいろな手を使ってこれに対処してまいらねばならないというのが、私ども、ことに実務を担当する者の実感でございます。
  29. 井出文雄

    井出公述人 山田先生への御答弁の前にほんの一言だけ……。  前に、足立先生の御質問の中に、公債は過剰流動性を吸収するんだけれども、支出化されればインフレになるんじゃないかということでございますが、まさにそのとおりでございまして、公債の発行段階においては過剰流動資金を吸収する。それはデフレ効果を持つわけです。しかし、それが再び公共事業費として支出化されれば、そこに乗数効果が出てきましてインフレ要因になります。したがって私は、さっき少し時間切れになりまして言わなかったんですけれども、しいて過剰流動性を公債によって吸収してインフレ抑圧という効果を出そうとするならば、それはたな上げしなければならぬじゃないかというようなことを言おうと思ったのです。それでそのためには、たとえば景気調整基金というようなものをつくって、そうして公債収入をそこへ繰り入れるというようなことをすればたな上げになるわけです。ドイツも最近公債収入をたな上げする方法をとったということでございますが、そうすれば、公債の発行インフレ抑制効果を持ちます。現在のままではむしろインフレ刺激効果を持っておるわけです。資源配分の手段としての公債だ、フィスカルポリシーの手段としての公債ではないというんだけれども、ところが、あにはからんや、公債そのものは、いまの現状ではフィスカルポリシー、むしろ景気刺激効果を持ってしまって、資源配分効果を打ち消しておるということになりますので、たな上げならばいいんじゃないか、そういうことを言おうかと思いましたが、時間切れになりました。  それから、山田先生へのお答えでございますが、いろいろございましたが、私に対しては、たとえば円切り上げ以前に福祉型へ持っていくにはどうしたらいいかということでした。先ほども申しましたように、円切り上げというようなことで国際収支を改善するということは、最後にはそうかもわからぬけれども、その前になすべきことがあって、それは福祉政策を強力に推し進めて、欧米主要国と同じ土俵で、同じ水準で生産をするということ、コストアップです。それによって収支を改善すべきである。そのためには、賃金の引き上げ、あるいは労働時間の短縮、週休二日制の実施、あるいは勤労者の生活環境の整備充実、そういうようなことを通じ、あるいはまた、公害、ソシアルコストを企業内部費用化するというようなことによって、欧米主要国と同じ生産条件で生産を行なうようにすべきだ。そういうことでありますから、いま申しましたような内容、それに加えて社会保障制度の充実、これが福祉型の政策であり、福祉型の経済だろうと思うのです。  社会保障制度というものは、これは働けなくなった人たちの生活を保障するということ、つまり、労働力の担当者ではなくなった人たちを救うということと同時に、産業構造の変革、改革ということも将来必要になってきますので、中小企業とか、零細企業とかあるいは農業とか、こういうようなものは、根本的にはできるでけ生産性向上させるとか、そういうことをしなければいけませんけれども、どうしても、この基本的な構造改革によっての配置転換、職種転換ということもあり得るわけです。しかし、そういう場合においては、そういう一時的に生産過程を離れた人たちで、しかし労働能力があるという人たちを拾い上げ、受けとめて、そうして新しい職場へ送り込むための訓練をするなり、そういうことをやるという意味での、生産的な意味を持った社会保障制度というものがあるわけです。二通りの社会保障制度というものがあるわけでして、そういう意味におきましても、これからは、新しい観点からも、生産的な意味からも、産業構造改革との関連からも、社会保障制度というものは、あくまでももっともっと飛躍的に充実をしておくということが、国際収支改善、産業構造改革の点からも絶対に必要だということを、この際強調したいと存じます。  それから経済社会基本計画の成長率、初年度九%と、それから経済見通しの一〇・七%の食い違い、これも先ほどの経済見通しに対して私が申したことと関連するわけでございまして、斉合性があるかどうか。やはり政府政策というのはある程度斉合性がなければいかぬ。長期計画を立てて、九%なら九%だ、あるいは初めのうちはちょっと一〇%ぐらいだけれども下がる、漸減して平均して年率九%。それならば、一〇・七%というような初年度を、どのようにして次の年度から引き下げていくかというような、財政拡大するならばそれをカバーするだけの金融政策、フィスカルポリシーが強力に行なわれるかどうかというようなことが問題なわけですね。何かこの辺に、長期計画の成長率と初年度の見通しの成長率、あるいはまた、先ほど指摘いたしましたような、円の実質的な切り上げ以前ということの見通しに対する政府の見解、きわめて斉合性を欠いていると思うのですね。やはり政府政策は斉合性を欠いてはいけない、こういうことをこれと関連して申し上げたいと存じます。  それから最後は、現在の、先ほど申しました法人の受け取り配当益金不算入制度とか、あるいは法人の支払い配当、大体支払い配当は損金不算入なんです。それが強力な損金算入への要望のために、やむを得ず妥協案として軽減税率の適用となっておるわけでありまして、この辺のところは、政府としては法人擬制説という、シャウプ税制を一応引き継いでいるのです。ところがほかのところでは、シャウプ税制の法人擬制説と背馳するような要素が相当入ってきておるわけです。ですから、ここでは法人擬制説にあまり拘泥しないで税制改革をやるべきである。しかし長期的にいえば、法人擬制説か法人実在説かという理論的な研究にまでいかなければならぬ。これは慎重に研究すべきだと思うのですけれども、あえて言えば、新日鉄のような大企業とその辺の中小企業というようなものを、同じ税制で律するということはおかしいと思うのですね。だから、大企業は法人実在説、それから中小企業、零細企業は法人擬制説というように分けなければならぬ。ただ、どこで分けるかということは問題です。それからボーダーライン的なところは、納税に際して、私は法人実在説で納めます、私は法人擬制説で納めますという選択制度を導入することも必要だろうと思います。とにかく大小さまざまの企業を、法人を一つの論理、理論で律しようというところに問題があろうかと存じます。
  30. 山田太郎

    ○山田(太)委員 どうもありがとうございました。
  31. 根本龍太郎

    根本委員長 岡本富夫君。
  32. 岡本富夫

    ○岡本委員 時間がおくれましたから、簡単に二点だけ、井出先生に伺います。  わが国の重税感は非常に強いわけです。非常に税金が高い、税金が高い、こういうことをいわれておりますが、政府は今度、給与所得者に対して百十二万、米国に次いで課税最低限が高いのだ、こういうふうに胸を張っておりますけれども、しかし国民感情としても非常に高い。ですから、これをどういうように先生はお考えになるか。私はもっと軽減すべきであると考えておりますが、どうか。  もう一点は、わが国にかつて富裕税という一般財産税があったわけですが、この財産税の復活についての先生の考え方をお聞かせ願いたい。この二点だけお聞かせ願いたいと思います。
  33. 井出文雄

    井出公述人 重税感が非常に強いわけでございますけれども、しかし、中にはそう税金を重いと思わない階層もあるのですね。だから、重税感というのは特に中小所得者、低所得者層、それからまた、特に給与所得者階層が重いと言っているわけです。非常に軽い、そう重くないという階層もいるわけです。  ところで、中小所得者あるいは給与所得者、大体低所得者層でございますけれども、それはなぜ重いと感ずるか。課税最低限、これはアメリカとだいぶん近い。確かに、課税最低限度額だけを機械的に比較しますと、欧米主要国に比べて必ずしも遜色ないところまでまいったわけで、これは政府の御努力である、こういうことで敬意を表しますが、しかし、それでもなおかつ低所得者層、給与所得者層は重い。というのは、いろいろありますけれども、一つは、やはり社会保障制度の不備だろうと思うのです。わが国は相当消費が多いようでありますけれども、個人消費率というものは欧米主要国に比べると必ずしも高くはない。むしろ貯蓄率のほうが高いわけですね。これは社会保障制度の不備というようなこと、あるいはまた地価騰貴、住宅難、こういうようなことから、老後の保障、あるいは子供の教育、あるいは何とかしてわが家を持ちたい、そういうことのためのやむを得ない貯蓄が案外高い。GNPは自由諸国で二位、個人所得でもかなり上になったといいながら、社会資本の不足とかあるいは土地の高騰、それから社会保障制度そのものの欠如、欠如というよりもむしろ不十分というようなことで貯蓄率が高い。その貯蓄率が高いと、その貯蓄はいわば税金と同じなんです。ですから、所得から税金を引くと可処分所得ですけれども、その可処分所得から、さらにいま言ったような意味でのやむを得ない貯蓄というのを引かなければならない。税金と貯蓄とを引いた残りが可処分所得でありまして、そうなりますと、わが国の特に中小所得、勤労所得層の可処分所得というものは、欧米諸国のそういう階層に比べると案外少なくなってしまう。だから非常に重税感が強い。つまり、暮らしにくいという印象があると思います。ほかにいろいろ事情がございましょうけれども、一応ポイントだけをお答えいたします。  富裕税、税制の公平化という点からいうと、一般財産税の創設ということが確かに望ましいわけです。シャウプ税制におきましても、富裕税という名において一般財産税というものが昭和二十五年度に創設はされたのですけれども、間もなく廃止されました。ですからして、もう一ぺん一般財産税というものを復活させるということも、これは十分に検討すべきだろうと思います。  ただ、一般財産税になりますと、財産あるいは資産の評価ということになります。たとえばここに骨とうがある、あるいは東山魁夷の絵がある、これは幾らだ、あるいは名もない絵があるけれども将来値が出るというときにどう評価するか、その他評価の問題等でいろいろ問題があるわけです。ですから、これは今後ぜひとも税制の、福祉税制の一環として検討をしていただくとして、さしあたっては、資産の中でもはっきりとつかめ、捕捉でき、しかも価値評価ができる土地というようなものに対する課税を強化していく、一般的な財産税にかわって、一般財産の代表的なものとしての土地という資産に対する課税の強化というものをもって一般財産税にかえつつ、慎重に富裕税というものを考えていくことが必要だと思うのです。  これに関連しましては、また土地新税というものも創設されたわけでありまして、これに対する見解あるいは批判、あるいは賛成する面もある、そういうことも申し上げなければなりませんけれども、時間の関係でこれくらいにいたします。
  34. 岡本富夫

    ○岡本委員 どうもありがとうございました。
  35. 根本龍太郎

    根本委員長 これにて午前の公述人に対する質疑は終了いたしました。  各公述人の皆さまには、御多忙中のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。  午後は三時より再開することとし、この際、暫時休憩いたします。    午後一時九分休憩      ————◇—————    午後三時六分開議
  36. 根本龍太郎

    根本委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  昭和四十八年度総予算について公聴会を続行いたします。  この際、御出席公述人各位にごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございます。先般御案内申し上げました公聴会は、諸般の事情により延期いたすこととなり、各位にはたいへん御迷惑をおかけいたし、恐縮に存じております。本日は、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算の審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ昭和四十八年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと願う次第であります。  次に、御意見を承る順序といたしましては、まず木下公述人、次に丸尾公述人順序で、約三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対し委員から質疑を願うことといたしております。  それでは、まず木下公述人にお願いいたします。
  37. 木下和夫

    木下公述人 それでは、予算政府案に関する私の意見を申し述べさせていただきます。  第一の問題は、予算案と物価との関係でございます。  昭和四十八年度一般会計予算政府案及び財政投融資計画規模伸び率が、近年の実績に比べまして著しく大きくなっていることを理由に、少なくとも二月初めまでの論議というものは、この予算案インフレ促進的であるという判断をめぐって行なわれてきたように思われます。  確かに歳出規模拡大は、経済の中で公共部門への資源配分の増加を意味するわけでありますが、他方、経済安定機能という見地に立ちます場合には、たとえ歳出増と同じ金額の税収増を伴う場合でありましても、景気に対しては必ずしも中立的であるとは限りません。また、歳出規模拡大が減税を伴い、国債をその財源とする場合には、経済を拡張的方向に向ける効果が一般的にいって強くなるといわれております。それでは、このような効果を避けるために、歳出規模拡大を押える、またこれに一般的減税を併用するという方針をとります場合には、景気に対してより望ましい結果が期待されるかというと、決してそうではなしに、むしろ逆であります。したがいまして、一応のめどとして、国民所得ベースで計算される政府の財貨サービス購入の増加率が名目経済成長率にほぼ見合っているならば、また公債依存度があまり変化がなければ、景気に与える予算効果は中立に近いというふうに判断されるわけであります。  しかしながら、この答えも決して厳密に正しい答えであるとはいえないのでありまして、とりわけて、歳出の内容あるいはその性格の相違によって、その効果には変化が出てまいります。すなわち、たとえば公共投資に向けられる政府支出は、同じ金額の社会保障に向けられる支出よりも、一般的に見て景気刺激効果が強いということができます。  このように、予算景気に与える効果はその規模だけで論議することはできない、さらに民間経済活動の姿に関するさまざまな判断と組み合わさなければならないのであります。したがってここで、具体的な数字をもって予算規模がいかなる金額をこえた場合にはインフレ促進的であるかを断定することは、少なくとも私の能力を越えております。けれども、円の変動相場制移行以来、いま申し上げました論議の焦点は少しく変わってきたようであります。しかし、両者の問題には相互に重要な関係があると考えます。今回の為替問題が起こりました時点では、財政支出を通ずる景気刺激の必要はほとんど消滅していたのではないかと私は判断しております。  この点は、前年度、すなわち昭和四十七年度の予算編成時における経済情勢と非常に大きく異なる点であります。すなわち、昨年度におきましては、福祉路線への転換という問題意識があったにせよ、同時に景気回復への刺激を財政に求めようとする意図があったといってよいと思います。けれども、最近における各種の経済指標は、景気の過熱をさえ心配せねばならない状況を示しているのであります。さらに、インフレということばをもっぱら物価の持続的騰貴傾向という意味で解釈いたしますならば、このインフレ傾向が顕在化するおそれが十分にあり、かつ、これを放置することが許されないことは申すまでもありません。  ところで、最近の物価上昇の原因には多種多様のものがありまして、それらが複合し合って作用していると考えられます。それらの原因のうちおもなものとして、第一に輸入インフレといわれているもの、第二に外為会計の散布超過、及び第三に一般的な景気回復などをあげることができます。しかも、物価と申しましても、とりわけて消費者物価の上昇傾向は国民生活にとってきわめて大きな影響を与えるのでありますが、他方、福祉充実のための財政規模拡大は、いま申し上げておりますような短期的な景気調整の問題とは別途に、これを積極的に推進しなければなりません。したがいまして、その間の調整を行なうという場合には、国民福祉水準の純増加分が常に確保される、物価の騰貴を考慮してネットの増加分が常に確保されるという条件を満たすように、施策を進める以外に方法はないと思います。したがって、原則的に申しますれば、このような政策目標間の矛盾は、おそらく拡張的財政政策と収縮的金融政策とのいわゆるポリシーミックスによって克服されねばならないと考えるのであります。  為替調整の今後の動向は予断を許しませんが、おそらく適正な為替調整が行なわれますれば、物価上昇の原因の一つである、先ほどあげました輸入インフレを阻止し、また第二の要因である過剰流動性を是正し、さらに第三の要因である景気回復にある程度のブレーキをかけるという好ましい諸条件が与えられるものと推定されます。政府はこれらの条件の効果が十分に発現するよう所要の諸措置を講ずべきでありまして、その限りにおいて、景気過熱インフレ促進という問題については、少なくとも当面は楽観し得る状況にあると考えております。  ただ、十分留意しておくべき問題は、為替レート調整だけで物価問題のすべてが解決されるとは期待してならないことであります。むしろこの機をのがさず、総合的な物価対策に周到な準備を早急に整えなければならないと思います。  第二の問題に移ります。  第二には、国民福祉充実のための経済政策への転換の過程におきまして、昭和四十八年度の予算はいかにあるべきかという問題であります。  およそ福祉水準の引き上げを公共部門において企てるという場合には、歳出規模拡大は、これを避けることはできません。その場合、従来の歳出構造をそのまま維持しながら、福祉予算を単に上のせして金額を増額するのではなくて、歳出構造の全面的な洗い直しを行なうことが必要であろうと思います。このためには、とりわけて、戦後長期にわたっていわば既得権化しつつある諸制度の思い切った改廃を断行する必要があります。今後の国会論議におきましては、このような方向への積極的努力が傾けられることを期待いたすものであります。  たとえば、為替調整に伴う被害者救済について、とりわけて中小企業への配慮が必要となります。この場合、現在論議されておるような金融とか課税面の救済措置が必要であるとはいえ、民間部門主導型及び輸出中心型の経済運営からの脱却という視点に立って、単なる救済措置ではなしに、国際収支の基礎的不均衡を是正するような産業構造政策の上で検討されねばなりません。そのためには、おそらく一部の業種は転廃業されることがむしろ必要なのであって、また、輸入自由化をためらったり保護主義を維持するというような保守的態度は、この際決断をもって是正さるべきであります。万一このような方針が維持され、産業の再編成が延期されますときには、目先はとにかくといたしまして、長期的には、国民の利益に合致しないと考えております。  確かに新年度の予算案は、円平価の変動を明示し得ない段階において編成されたのであります。したがって、今後においては経済見通しの改定及び予算の補正が考慮されねばならないと思います。けれども、現在円変動のさなかにあって、経済見通し及び予算の改定について明確な計数化を行なうことはきわめて困難だと思います。また、予算案の組みかえ等に要する時間的損失も、これを無視することはできません。この意味で、当委員会の審議が再開されましたことに対して、深い敬意を表したいと思います。  すなわち、為替政策経済政策の中の一項目であって、為替をめぐる諸問題についてのおもな論争点は、平価を維持したか、または維持しなかったかという問題ではないのであります。むしろ、流動的な状況の変化にいかに対処し、福祉充実経済の安定という国内問題を、国際的協調の上でいかに実現するかということが大切であると考えます。  さて、戦後の諸制度の洗い直しということを申し上げましたが、このような観点に立ちます場合、福祉関係予算について若干の問題点を指摘さしていただきたいと思います。  第一に、社会保障関係費伸び率は従来に比べて著しく高いのでありますが、予算案をながめてみますと、新年度においてとりあえず増額をしたという印象が強いといえます。この種の行政は、長期福祉計画の策定の上で着実に年次を追って積み重ねられるべきであって、単年度あるいはわずか数年の予算措置でもって、一挙に実現できるような内容では不十分であります。  御承知のように、わが国社会保障制度は、公的扶助よりも社会保険に傾斜しております。また社会保険は分立、格差の著しい医療保険に著しく片寄っております。さらに年金に薄いという制度上の特徴を持っております。また、国民健康保険への助成費と政府管掌健康保険の財政再建とに巨額の資金を投入せねばならないということも、これはむしろ予算の問題というより、社会保険制度そのものの問題であるわけであります。さらに、公的扶助における生活保護、また社会保険における失業保険給付の実態を見てみますと、福祉社会における社会保険制度のあるべき姿とは大きくかけ離れた問題が生じていることも、すでに御承知のことかと存じます。また、年金改善はいわゆる五万円年金の実現でありますが、完全賦課方式に転換していない以上、さしあたりの金額が五万円に達しないことは当面はやむを得ないと考えます。ただ、今後において公的年金の給付額の引き上げに伴い負担も急増すると予想されます。したがって、年金充実のための年金制度の改革におきまして、およそ公的年金制度は、私的年金を含めて、国民の自発的貯蓄を補完するものであるのか、あるいはまた老齢者の余生をすべて保障するものであるかという基本的な方針を定めておくべきであります。  第二に、福祉行政の拡大に伴いまして、今後地方公共団体の財政需要は急激に上昇する可能性があります。そのためには、早急に地方財源充実のための新しい方針が立てられるべきであって、自主財源の強化及び地方交付税制度の見直し等が必要であろうと思います。  自主財源の根幹は地方税でありますが、現在の地方税法の諸規定は、あまりに国政レベルの拘束が多い。また個々の地方公共団体の特性にかかわりのない一律的規定となっております。都道府県税及び市町村税という単純な二分法にも問題があります。また、法定外税の制限は非常にきびしく、自由度が著しく小さいと思います。地方自治の本旨から申しまして、地方議会で決定し得る領域を現在よりもより多く拡大する方向において、地方税制度の改革を検討する必要があります。  また、現在の地方交付税制度は、昭和二十九年以来手がつけられておりませんが、全国にわたって、東京都その他の幾つかの地方団体を除き、ほとんどすべての団体が交付団体となっておる現状は、かつての平衡交付金以来の地方交付税制度の趣旨がほとんど実態に沿わなくなってきていることの証拠ではないかと考えます。この意味で、地方財源充実の方途を正しい意味の地方自治のあり方と関連させて、再検討すべき時期に際会しているのであります。  以上は、予算問題の基底にあります制度の問題につきまして、二、三の例を指摘したにすぎませんが、制度そのものの改革を断行すべき問題はこのほかにも多いと考えます。この点、国会において十分な検討が行なわれますことを期待するわけでございます。  第三に、最後の問題といたしまして、国民福祉充実という政策目標は、今後長期にわたって政府予算の最優先目標となると考えられますので、その前提となる基本問題について申し述べたいと存じます。  福祉政策とは、これを集約して申し上げますと、市場経済機構において生ずる所得と富との分配状態を是正することをその基本方針としておると考えます。したがいまして、きわめて単純に言えば、富める人々には相対的に重い負担を課し、これを貧しい人々に移しかえるということによって、社会の平均的水準を高めようとする施策中心に置くと申してもよいのであります。  ところで問題は、貧しい人々に供与されるのが貨幣ではなくて、政府の行政サービスであるという場合に起こってまいります。再分配の手段の中にこのような行政サービス給付という問題を含めます場合には、資源のミスアロケーションが生ずる。すなわち、個人を主体とする有効な貨幣利用状態をゆがめるとよくいわれますところの問題が、ここにも出てまいるのであります。  すなわち、まず初めに、中央、地方の政府による行政サービスを一切ストップいたしまして、再分配は、課税等を通じてもっぱら所得階層間の貨幣の移転だけが行なわれる場合から考えてみます。この場合、政府は、次のステップとして、国民ないし市民に対して提供する行政サービスの費用はそれぞれ負担してもらうことにした上で、いかなる行政サービスをどれだけ国民、市民が欲するかを問いかけて、それに対する国民の判断あるいはそのニーズとに即応するように行政サービスを提供するという順序になります。このとき人々は、政府の振替支出を通じて再分配の恩恵を受けるわけでありますが、その一部は行政サービスあるいは現物を、対価を支払って受け取る。貨幣的給付の残りの部分は、これを自発的意思により民間財の購入のために個人消費に充てるということになります。ところが、福祉に関連する行政のすべてを、個人にまかせないでおいて一切を政府が引き受けるという場合には、国民あるいは市民の側には、ただいま申しましたような自由な選択の余地は与えられないことになります。その結果、再分配を望む声は常に、より多くの政府の行政サービスをという態度になる傾向が出てまいります。けれども、ある人々にとっては行政費の大部分を他の人々に支払ってもらっておりますために、負担する費用は相対的に見て少ないのでありますが、それにもかかわらず政府福祉行政サービスが、真にみずからの生活満足にとって価値があるものであるか、あるいはないのであるかを判断することはきわめてむずかしいのであります。この点から申しますと、かなり多くの人々にとりましては、政府によるところの行政サービスのかわりに、貨幣ないし現金を支給されるほうが自分たちの福祉状態はよくなると言えるかもしれません。  かりに以上のような判断が成立するといたしますれば、今後の福祉予算かなりの部分について、その受益と費用負担とについて、国民あるいは市民がどのように評価をしておるかという問題を十分に検討しておく必要があるのではないかと存じます。現在のような福祉行政、社会保障施策の方向を、国民の多数が支持しておるのでありますればそれでけっこうであります。しかし、そうでないのであるならば、国民や市民から真に期待されているのではないところの行政サービスを、政府が押し売りすることになるのではないかという問題が生ずるのであります。このような福祉政策の基本問題につきましても、国民合意が必要であると考えまして、この機会につけ加えて申し上げた次第でございます。  以上で公述を終わります。(拍手)
  38. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。  次に、丸尾公述人にお願いいたします。
  39. 丸尾直美

    丸尾公述人 今年度の政府予算は、大蔵大臣の説明にもありましたように、国民福祉充実向上を主眼とした福祉優先の予算であります、ということになっております。そこで、私は福祉観点から見まして、はたして今回の予算が納得のいくものか、あるいはどこか不備な点や問題点がありはしないかという点を中心としてお話ししたいと思います。  まず、簡単に予算規模についての私見をお話ししまして、そのあとで私の専門とします社会保障関係予算中心としましてお話をしたいと思います。  まず、予算規模につきましては、私も従来から、日本の政府予算規模は総体的に小さいということを申しておりました。将来傾向的に大きくなる必要があるという考えを持っておりますから、別に規模が大きくなったこと自体につきましては、それほど批判を持つものではありません。それに補正予算に比べてみますと、主計局長からの説明もありましたとおり予算規模自体が、この次の補正予算が大きいものでない限り、それほど規模が膨張したということはない。この問題についてはそれほど私は申し上げるつもりはないわけですが、ただ、予算を傾向的に大きくしていくことについての条件として三つばかりの点を申し上げたいと思います。  その一つは、わが国の場合公的部門が拡大していく、つまり中央、地方の予算規模拡大していく場合に公的支出として、どうも公的な支出のうちの福祉に直結する消費的な支出が軽視される傾向があるのではないかということが一つ懸念されるわけであります。スウェーデンのジャーナリストのホーカン・ヘドバークという人が、日本は福祉国家にはなるとしても、びっこの福祉国家になるんではないかということを言っております。これはどういうことかといいますと、公的な投資、業界を潤す公的投資に関してはわりに日本は順調にふえるであろうが、公的福祉に直結する公的消費の伸びが非常におそいのではないかということを懸念しているわけです。今度の政府の長期計画について見ましても、五十二年度について公的消費に関してはほとんど比重が高まっていないというようなことは、ヘドバーク氏の予測が単なる懸念ではないということが心配される。ですから、福祉に直結した公的消費をふやすということ、そういうことをまず言いたいと思います。  第二に、予算はやはり原則として長期的にふえるとしましても、景気の波に逆比例的に動くべきであって、景気サイクルに合わせて不景気のときには大きくなるという意味では、もっと前に、二年くらい前に規模拡大することをやるべきであった。何か景気のサイクルよりも選挙のサイクルにつれて動くという、そういう傾向はあまり好ましくないということです。  第三点としましては、よくいわれますように高負担には条件がある。それが高福祉になるように幾つかの条件があるのはいまさら言うまでもないこと。幾つかありますが、負担の公平の問題。それから第二に、福祉支出をほんとうに福祉の支出にするためには、福祉観点から見て効率化しなければならない。たとえば多くの公的支出がなされても、たとえば首都圏で道路をつくったり、あるいは公園をつくったり、学校をつくったりする場合、その七、八割が場合によっては用地費に回す、土地の購入費に回すというようなことになってしまうとか、あるいは医療関係社会保障支出が、あまりにも多くある製薬会社系統等々に流れるというような面が批判されておりますけれども政府財政収入というものがほんとうに福祉のために生きるためには、やはり使途が福祉関係ない部門に流れないように十分な措置をとる必要がある。ちょうど現在の段階ですと、何か福祉のために投入した資金が穴のあいたバケツに入ったような形で、どこからか出てしまうという感じが非常に強い。こういったことが、支出がふえることに対する国民の若干の疑念になっているのではないかと思います。  それから第三に、支出の審議、監視体制というものがもう少ししっかりする必要があるのではないか。審議会の強化、そういうところへの労働関係等々の代表者の参加をもっと本格的に進めるといったようなこと、あるいはその使途について、あるいは日本の場合、かなり官僚性に対する批判がありますから、そういう使途とかあるいは官僚のいろいろな行動に対してのある程度の監視機構というもの。最近世界の先進各国でオンブツマン制度が導入されておりまして、官僚の行動あるいは消費者の利害に対する行動に対して、オンブツマンという公的な委員が監視する、そういう体制をつくっております。そういったような、何か公的支出がほんとうに国民のために使われるような機構をつくるということも必要ではなかろうかと思います。  この三点を申しまして、今度は予算の内容につきましてお話ししたいと思います。おもに社会保障関係、特に公的年金の問題につきましてお話しし、そのあと分配の公正に対する財政機能につきまして、そして少しですが、私学助成及び奨学金に関する問題につきまして若干申し上げたいと思います。  まず社会保障に関しましては、規模でございますが、今回は確かに二八・八%、たいへん大きな伸びを示したわけでして、私もこの点歓迎するわけですが、この二八%ないし九%という数字は、私に一つのことを思い起こさせます。実は同盟が、全日本労働総同盟ですが、福祉ビジョンというものをつくりまして、その前に社会保障財政計画をつくったことがあります。そして、これは一九六九年から始まる計画ですが、六年間に一人当たりの社会保障を四倍増するという計画をつくりまして、緻密な財政計画をつくったわけです。それをやることによって経済均衡成長も可能であるし、福祉が大いに高まるということでやったわけです。その場合、六年間で一人当たりの社会保障支出を四倍にするには、年間二七%ぐらいの支出の上昇が必要だ、中央政府財政に関しては、三〇%ぐらい毎年社会保障をふやすことが必要であるということをその中で強調しまして、そして政府に対しても同盟の代表を通じて、政治局長等等を通じまして正式な申し入れをしたはずです。当時新聞は、労働組合がそういう申し入れをしても政府は聞きおく程度だというようなことをひやかしていまして、社説なんかにありましたけれども、そういう点が労働組合も反省しなければならないということを申しておりました。今回政府が、同盟が主張していたような方向に近づく支出の伸びを示したということは歓迎すべきことでありますけれども、こういうことを数年前にやっておりましたならば、数年前の不況の落ち込みも小さくて済んだであろうし、福祉拡大も大きかった。こういう点を考慮に入れられまして、今後労働組合のそういうような申し入れに対しまして、なおもう少し本格的な検討をされるということを期待したいと思います。  それから同じように、今回労働組合の総評、同盟、中立労連等の各ナショナルセンターの傘下の労働組合の有志からなる現代総合研究集団というところが年金の改革案をつくっております。その案によりますと、政府年金案よりもかなり大胆な構想で、それでもって十分に財政の健全性を保つということができるということを証明しようとしております。実は私自身もそういう計算をやりまして、お手元にその若干の資料が配ってありますけれども、これを見ていただきますと、さしあたりここは公的年金だけ示してあります。  まず一番上にありますのは、厚生省試算であります。これで見ますと、これにありますように財政収支が一九八五年から急激に悪化する。この分で行きますと、今世紀の終わりぐらいには財政負担がたいへんなものになるということが予想されるわけであります。こういうことから、せいぜい現在考えられている程度の改革しかできないというのが政府の考えになったようでありますけれども、その次の次のページ、順序が逆になっていますけれども、そこを見ていただきますと、これは私が計算したものですけれども、三、厚生年金財政計画試算一というほうです。これは紀元二〇〇五年までにつきまして若干の想定のもとに私が計算をしたもので、これですと、資格期間二十七年でなくて二十年でもって五万円年金を支給する、そういうやり方で計算したものであります。そうしますと、五万円の年金受給者が当初の八万人から約十倍の八十万ぐらいになります。そういうようなかなり大胆な案ですけれども、これでいきましても、十分に厚生年金財政収支は確保できるという見通しになっています。つまり積み立て金残高が、最後のほうには収支が若干苦しくなりますけれども、積み立て金残高がまだ十分ありますから、この辺でだんだんと年齢人口構成も落ちついてきますから、そういうやり方でやっていきますと、二十五年ないし三十年くらいの長期計画を考えましても、いまの案よりもかなり思い切った案をやっても、たとえば厚生年金にしましても十分な健全財政が行なわれるということになっております。その前のページのは、現代総合研究集団がつくりましたもっと野心的な案で、先ほどの私の案は、標準報酬の六割を資格期間二十年で支払う、しかも物価スライドでなくて賃金スライドを直ちに導入するという案でありましたのに対して、その点は踏襲しながら、さらに妻加給を加えまして、妻の場合にも年齢が五十五歳以上になっていれば、一人当たり国民所得の四割のまた半分、一人当たり国民所得の二割を追加する。たとえば四十八年度の場合ですと、ナショナルミニマムともいうべき一人当たり国民所得四割の線が二万八千円ですから、一万四千円を追加して、合計初年度六万二千円で計算していきましても、かなり安心した財政計画を二十年後のときまでやれるということを示したものです。この場合も、積み立て金等がどうなるかを見ますと、図がありますけれども、この図にありますように、積み立て金はGNPに対する比率ではどんどん下がっていきます。ただし積み立て金を、絶対額を切りくずすということは確かに非現実的でありますから、若干積み立て金はふえて後また低下していく。そして老齢人口構成比が十分熟したときに積み立て金は予備的な資金として、わずかな額としてとどまるというような形の財政計画であります。こういうのが普通の財政計画だろうと思いますけれども、こういうふうに非常に野心的な案でも、厚生年金のワク内で、もっともこの場合には公費助成を、給付費の現行の二割から将来は三分の一に高めるということを想定しておりますけれども、そういうことをやりますと、若干の調整でもって十分な、いまよりもかなり野心的な年金計画ができるということが、数量的に完全に示されるわけです。こういう点を、政府のほうとしましてももう少し検討されて、現段階でできるぎりぎりの、少なくとも三十年間の計画をやってみて、十分やれるという予想ができるうちの最もよい計画を採用するように、もう少しの御考慮を払っていただきたいと私は思うわけです。  それから社会保障関係の問題としましては、まずお金ががっちりと支給される。特に年金でもって、厚生年金はじめその他の年金、それに福祉年金も、将来はそれだけでナショナルミニマムを保障できるような方向に高めていく。そういうようなことをすると同時に、サービスの点あるいは施設の点で充実をはかることが望まれております。特にサービスの点でわが国が非常におくれていると思われるものの一つが、寝たきりの老人とか、身障者に対するヘルパー活動であります。このヘルパーの活動は、わが国の場合、今度たしか六千人台から七千人台に公的ヘルパーがふえました。これは歓迎すべきことでありますけれども世界の国々、先進国と比べますと、このヘルパーの数が非常に少ない。たとえば人口がわが国の半分のイギリスでも、そういうような公的ヘルパーが六万人いる。わが国がこれまで六千人台で、今度七千人台になるのに比べますとかなり多い。あるいはスウェーデンでは、人口はわが国の十二分の一ですけれども、六万人のヘルパーがやはりいるということを考えますと、かなりわが国の場合にはヘルパーが少ない。人口当たりで見ますと、その種の老人とか身障者用のヘルパーはスウェーデンの百分の一、スウェーデンが八百人に対してわが国が八人、ノルウェーが四百人に対してわが国が八人というふうに、特にスウェーデンに比べますと百分の一というのは、あまりにも差があるのではないか。この辺のところはもう少し充実すべき問題であり、特に景気過熱が心配されるようなとき、こういうところに予算をふやすことに関しては、ほとんどそういう景気過熱のおそれはないわけですから、こういう機会にそういうところにもう少し重点を置いていただきたいと思います。  それからもう一つ、わが国が社会指標のようなものを使いまして、国際的に非常におくれているというふうに考えられる社会保障の分野では、妊産婦の関係です。妊産婦死亡率は、わが国は先進国の中でいま依然として、出生率当たりで見ますと最高位にある。日本ではちょっと前の統計で、出生十万人当たり妊産婦は四、五十人死ぬ計算になっておりますが、これがたとえばスウェーデンでは、出生十万人当たり八・八人というところまで下がっています。妊産婦死亡率がスウェーデンのような国に比べまして四、五倍あるということは、もう少しその辺のところの社会保障政策の強化によって改善できるのではなかろうかと思います。こういうところも、国際的に見ましても、そういう社会指標がだんだん整備されてきまして、国際的な恥にもなりますし、国民の、特に妊産婦の福祉向上に役立つことを考えますと、そういうところに重点的な資源配分をしていただきたい。今後一般的にそういうような社会指標を十分に活用しまして、そういうおくれた面に対して重点的な対策をとる、そういう態度、方針をぜひとっていただきたいと思います。  それから第二に、分配の公正に関しまして、政府がよく発表する統計ですと、勤労所得者内の階層間の平等化が進行している、そういう説明が多いわけですが、実は勤労者の平均的な所得と、勤労所得でない、特に資本利得といいますか、土地や株式の値上がりによる利得、そういうものを得ている人との所得格差が非常に拡大している傾向がある。これはお手元に配りました、としてないほうの一枚の統計にありますように、一九六六、七年ぐらいには勤労者の平均賃金に対して、たとえばいろいろなのをとってありますけれども、トップの、一番日本の豊かな人の五十人の平均所得は、二百六十倍ないし二百七十倍ぐらいだったときがあります。それが最近非常に拡大しまして、その格差が一九七一年には九百八十倍に上昇しています。七二年の結果は、申告所得が五月ごろ出てきて発表になりまして、そのときわかりますけれども、おそらくそれほど事態は改善していないと思います。あらゆる上のほうについてのそういう格差を見ますと、所得の分配の不平等化は明らかに顕著なものがあります。こういう点は、統計を見なくても、国民が何となく感じ、国民の不満とか批判というものが高まるおそれがありますから、この辺のところに対しても、財政の所得分配機能、これは木下先生も強調されましたようなそういう機能をもっと発揮させる。特に分配不平等は資本利得の増大から生じておりますから、資本利得に対して、若干税の関係の徴収費用などかかりましても、そういう点に関しての思い切った分配平等化措置をとっていただきたいと思います。  ちなみに、スウェーデンの場合と日本の場合と比べますと、勤労者平均所得に対して、たとえばトップ二十五人の平均所得は、日本の場合には千百倍をこえております。スウェーデンの場合は大体四十倍ぐらいです。そういうことを考えましても、同じ資本主義国の中でありながら、若干日本の場合にはそういう点で格差が拡大し過ぎたのではないかという点について、もう少し真剣な考慮があってしかるべきではなかろうかと思うわけです。  最後に、若干私自身の学校と関係がありまして申しわけないですけれども、そういう意味で言うのではないのですが、要するに福祉の問題の一環としまして、私学助成と奨学金の問題につきまして、一言だけ申し上げます。  実は、いまどこでも大学紛争が盛んでして、その中でやはり一つの問題とされますことは、あまりにもわが国の私学助成が少ない。今回の当初予算では、公立大、国立大学の助成費に対して、私学の助成費は、学生一人当たり四十分の一であった。あとで若干ふえましても、三十六分の一しかないというのは、私的大学がかなり公共的な役割りを果たしていることを考えますと、あまりにも少ないのではないかと思われますし、国際的に見ましても、私学助成の比率として非常に少ないということは、皆さんすでに御承知のとおりであります。  もう一つの問題は、授業料が若干上がるのはやむを得ないとしても、奨学金が十分あれば、もう少し学生は納得がいくと思うのです。しかし、この奨学金が非常に少ない。私はたまたまスウェーデンやイギリスの専門家ですから、その辺の数字を引用しますけれども、たとえば昨年度のスウェーデンの当初予算で見ますと、与えてしまう奨学金が三百八十九億円、貸し付けが四百四十六億円、これは予算に計上された分です。それに対しまして、わが国の育英事業費総額は二百五十三億円、スウェーデンに比べて日本の人口が十二倍である、大学進学率がほぼ同様であるということを考えますと、スウェーデンだけ出してもしかたがないですが、イギリスをとりましても、ほかの国をとりましても、わが国の奨学金は異常に少ないということを言わざるを得ないわけです。この辺を考慮されまして、奨学金だけでなくて、もう一つは、いわゆる銀行ローン的なものを政府保証でやって、奨学貸し付け金制度をやるということでもけっこうですけれども、とにかく両方を含めまして、学生に対する奨学金をもっと思い切ってふやす措置というものをとる必要があるのではなかろうかと思います。これはまじめな学生で政府政策に不満を持っている学生に対しては、かなり強力な効果がある政策であろうと思います。  その他いろいろ申し上げたいことはありますけれども、一応私の強調したいと思いました点だけを申し上げました。(拍手)
  40. 根本龍太郎

    根本委員長 どうもありがとうございました。     —————————————
  41. 根本龍太郎

    根本委員長 これより両公述人に対する質疑に入ります。阪上安太郎君。
  42. 阪上安太郎

    ○阪上委員 まず私は最初に、先ほどお話しいただきました公述人は、今回の予算福祉予算であるというような前提のもとに喧伝されておる、なるほどそれについて、前年度に比し福祉行政が額として伸びておる、けれども、そういうようなものであっては十分じゃないのであって、やはり前年度比というような考え方じゃなくして、根本的にひとつ予算を組みほぐして、ゼロ編成から進んでいき、その中に福祉行政というものの位置づけをしていかなければいけないのだ、こういうふうにおっしゃったと私は思うのであります。そして、そういった拡大されていくわが国の前年度比的福祉行政の拡充、そういったものを考えたときに、実際の問題として、それを実施していく地方公共団体の財政というものが確立されなければできないじゃないかというのが、先生のお説であったと私は思うのであります。  その中で、特に例を引かれまして、地方公共団体の性格といいますか、地方自治の精神というものをそこなわないようにして財源の拡充をしていかなければいけないのだ、その例の一つとして、地方交付税というものを取り上げられた、私はこういうふうに承ったのであります。そこで、先生のおっしゃる地方交付税制度というもの、これは平衡交付金制度から一度交付税制度に移ってきておりますが、それからあと長らくこれはほったらかしにされて検討されていない、これをやはり改正しなければいけないのじゃないかという御意見のように拝したのであります。  そこでお伺いいたしたいのは、先生は、交付税制度というものをいいものか悪いものか、いま現にあるからやはりこの交付税制度というものを改正して、そして地方財源というものを拡充するのだ、こうおっしゃるのか。それとも、したがってその中で単位費用であるとかあるいはまた補正係数であるとかいうようなものをさわるべきだというようなお考えの改正論か。それとも、そうじゃなくして、交付税制度というものは、これはもう本来的にはやはり調整財源である、それがいまは国税三法の一定率を計上して頭に置いて、そこから分配していくという形をとっているが、本来のような調整的な機能を持つ交付税制度というものに改めていき、そのかわりに一方において租税の再配分をやるとか、いわゆる独立財源を拡充していくのだというような考え方でおやりになっておるのか。要するに、交付税が税額が多いのがいいのか、悪いのかというような点まで触れて、ひとつ御意見をさらに伺っておきたい、こういうふうに思います。  それから丸尾先生でございますが、いま最後に私学の助成費の問題が出てまいりました。この私学の助成費の額、これは非常に微々たるものである、ふえておっても微々たるものである、こういうような御意見のように思いました。やはりもっと奨学金というものをふやしていくのか、あるいは学資のローンというような形のものを考えていくのか、あるいは両方とも並行して拡充していくのかというようなところの点に触れられたように思っております。これは私のことを言うわけじゃありませんが、たとえば西独あたりでは大学へ入りますると、学費は払わなくていい、ほとんどが寄宿舎制度でもって一切がっさい学校ないし先輩団といいますか、そういったものによって支給されていく、そして学校を卒業して就職して、就職してから自分が得る所得の中からこれを長年にわたって返済していくというような制度。これがやはりローンだと思うのでありますが、何かそういったようなものをくふうすべきだというふうにおっしゃったようにも思うのでありますが、この点についてお伺いいたしたい、こういうふうに思います。
  43. 木下和夫

    木下公述人 お答えいたします。  御質問の趣旨は地方交付税制度をめぐる諸問題であると思いますが、まず最初に、いいものか悪いものかというようにお尋ねをいただきましたけれども、私はこういう制度の必要性を十分認めるという態度で考えております。それでよいということになりますのかどうかわかりませんけれども。  それから、もちろん現在の基準財政需要額の算定の中に手をつけるべきものもございます。ございますが、いわゆる平衡交付金制度以来、財源調整制度、国と地方の間の財源調整制度として発足したものでございます。その後、さまざまの項目が単位費用計算の中に項目として入ってまいりまして、本来の財源調整、これはエキスパートであられる阪上先生には申し上げる必要もないと思いますけれども、本来の財源調整と申しますのは、一定の財政水準に達しないところに優先的に埋めていって、ある程度財政力の平準化をねらうというアイデアとしてお受け取りいただきたいのでございますが、そういうアイデアから現状はかなり離れてきておるというところに問題があるのではないか、こういう意味で申し上げました。  それから、実は関連いたしまして二点ぐらいつけ加えますが、国政レベルで全国のいかなる地方公共団体の居住者であっても、国の福祉施策の恩恵を受けるという点においては、大体画一的なサービスを与えるべきであるという行政、これは当然国の費用でもってまかなうというのがたてまえであろうかと思います。そういう意味では、国庫補助負担金とともに、いわば国から地方への財源付与ということは当然必要になりますし、御承知のように、事務の関係から申しましても委任事務というものが残っております限りは、これを無視するわけにはいかない。  ただ私は、先ほども御指摘がありましたように、ほんとうの意味の地方自治というのは、地方公共団体の歳出の側面だけ議会で議論をされましてそこで民主的にきまるというようなパターンだけでは困るので、税のほうもなるべく地方公共団体の議会の上で議論をしてきめるという形であってほしい。それがあまりにも、特に地方税の場合には国政レベルでワクをきめるのがきつ過ぎるのではないかという点に重点を置きまして意見を述べたわけでございますので、当然、地方交付税がそれの独立財源あるいは自主財源の補完的機能を営まなければならないということは、申すまでもないことでございます。
  44. 丸尾直美

    丸尾公述人 ただいま御指摘のとおりのことが私の考えたことであります。私学に対する助成としては、直接人件費等々に対する助成が一つあります。それからもう一つ、これは私学に限られませんけれども、奨学金がある。奨学金もまさにローン式で、場合によっては利子をつける、あるいはスウェーデンのような場合のように物価スライドで返す、かなりきびしい条件のローン、あるいは西独のような形で返すローンがありますし、もう一つは、まさにグラントでやってしまうものと両方あるわけです。私の言いますことは、その三つのすべては、いずれもが国際的に見ましても非常に少ないということであるわけです。ですからどれか一つということではなくて、すべてをやるのがよろしいのではないかということですが、このローンの方法につきましては、これは一種の選択でありまして、要するにスウェーデンでも西ドイツの場合でも学生が大学へ行こうとすると、そうすると非常に簡単にローンを借りれます。借りれますけれども、そのかわり卒業してから、スウェーデンのような場合には物価スライドでどんどん返していかなければなりませんから、かなりきびしいですね。しかし、それでもなお自分は大学へ行きたいと思えばちゃんと行けるということですね。これはほとんどローンとそれから寄宿舎制度がよく整っておりますから、そういう方式であれば貧乏な人間でも十分行けるわけです。そういう教育機会の均等を保障する制度が整っておれば、あとはそれを選ばなかった人は選ばなかっただけですから文句を言うこともないし、不満に思ってもそれは小さいということになる。そういう制度は、着実に返させていきさえすれば長期的には財政負担も少ないわけですから、ぜひともそういう制度を拡張しながら広義の奨学金全体を大幅にふやす。それと同時に、私学助成も大いにふやすということであります。
  45. 阪上安太郎

    ○阪上委員 もう一つ。先ほど交付税制度でお伺いしたのですが、これはどうなんでしょうか。はっきり言って、これが正しく運営され、また効力を発生するためには、もちろん本来の調整財源という形ならば、私は額が少ないほうがいいと思うけれども、そうじゃなくして、ほんとうにいまのような貧弱な地方財政の中で何とかナショナルミニマムなり何なりを満たしてやろうということになれば、これは多いほうがいい。けれども、その背後にはやはりそういったナショナルミニマムというものが確立されていないとほんとうのものにならないというような感じが実はするわけであります。毎年大蔵、自治省あたりが、ことしはやりませんでしたけれども、けんかしているのですが、その中には、あるべき行政水準というやつが問題となって、大蔵省の考えている行政水準と自治省の考えている行政水準というものの食い違いがある。そこでもっていろいろとけんかをやっておるというのがいままでの状態なんですが、ナショナルミニマムを確立しないで、いま交付税にあるような一つの基準というものを考えておるというところに問題があって、交付税制度はやはりそういった方向へ是正する必要があるように思うのですが、先生の御意見はいかがでしょうか。
  46. 木下和夫

    木下公述人 お答えいたします。  ナショナルミニマムという考え方でございますが、これはおそらく、ナショナルミニマムの指標と申しますのは、先ほどお話が出ました社会指標のような問題と関係がございますので、ナショナルミニマムのうち、国及び地方公共団体が行政の対象とすべき、いわば政府がコントロールすべき領域というものに限って言えば、まさに御指摘のように、そういう基本的な福祉水準を確保する水準というものがきまりませんと、地方公共団体に対して財源付与の、あるいは財源供与の論拠がきわめて薄弱であるわけです。もちろん、おそらく今後の長い期間にわたる長期の福祉計画というものは、そういう基礎に立って議論をしなければならないと思います。  ただ問題は、これも御承知のように、現在地方交付税交付金が地方の本来の財源であるか、あるいは国の財政からの単なるトランスファーであるかという議論にまでまだ合意が得られていない状況でございまして、この辺は国、地方とのいわば税体系の全体を基礎にして練り直さなければならない問題も残っておるかと思います。したがいまして、御指摘の点は私は全くそのとおりだと思いますが、実はその前に解決しなければならない問題も、あわせてここで強調いたしたいと思うわけでございます。
  47. 阪上安太郎

    ○阪上委員 どうもありがとうございました。
  48. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、細谷治嘉君。
  49. 細谷治嘉

    ○細谷委員 二点だけ木下先生にお尋ねしたいと思います。  一つは、木下先生は、大蔵省要請を受けられてと思いますけれども、ことしの一月の「財経詳報」に、逆所得税の調査をなさって、イギリスのグリーンペーパー、そういうものに関連したレポートを書かれております。これについて、所得税の減税問題というのが年々大きな問題になっておるわけでありますが、今度の課税最低限というのが、平年度でおおよそ百十五万円になった、アメリカに次いで世界で二番目の課税最低限だ、こういうことが強調されております。  ところで、今後引き続いて大幅な所得税の減税というものもやっていかなければならぬ、こういうことになってまいりますと、課税最低限のみで、いわゆる控除の若干の引き上げ、こういうことだけでいいのか悪いのか。学者によっては、税額控除を導入すべきではないか、こういう議論もあります。さらに進んでは、社会保障制度等もかみ合わして、そういう意味で逆所得税を採用すべきではないか、こういう議論もございます。こういう点についてせっかく御調査なさったわけでありますし、レポートも書かれておるわけでありますが、先生、今後の日本の所得税等のあるべき姿、そういうものについてどういうふうにお考えになっているのか、逆所得税の問題とも関連さしてひとつお聞かせいただきたい、こう思います。  第二点は、租税特別措置と地方税との関係であります。租税特別措置というのが、補助金的な性格を持っておるにかかわらず、税の特別措置、しかもこの法律一本であとはもうフリーハンドということで、国会の審議権の軽視、こういうことも主張されております。ところで、この租税特別措置というものが行なわれますと、政府政策であったものが、自動的に地方税の減税というものを生んでまいります。たとえば六千億の国税における租税特別措置が行なわれたと仮定いたしますと、大体その七割程度の地方税の特別措置が行なわれます。そのうちの半分というのは、国税からの租税特別措置の減税でそのまま地方税で落ちてくるわけであります。したがって、地方税では課税客体としてもつかまれない。地方税独自のものがありますけれども、それは別といたしまして。したがって、国の政策でやるのを、地方を経ないで自動的に地方税の減税ということが起こるのは問題があるのじゃないか。いま先生が阪上委員の御質問に対して、税等の問題については、やはり地方の意見を十分くむべきである、税法等の制定にあたっては、という意味の御発言もあったわけであります。少なくとも、租税特別措置そのものについても問題がありますけれども、それからよって生ずる直接の地方税の減税というものは遮断すべきではないか、こういうふうに私は思っております。この租税特別措置と地方税が自動的に減税になる、それは遮断するということについてどういうふうにお考えか。以上、二点であります。
  50. 木下和夫

    木下公述人 お答えいたします。  まず第一は、逆所得税といわれるものをめぐりましてのお話でございますが、若干誤解を受けておりますので最初にちょっと申し上げますが、私、別に大蔵省の依頼を受けて調査しておるわけではございません。ただ自発的に、手に入りにくい資料を入手いたしましたので、これはひとつ将来わが国でも考慮するプログラムの一つになるのではないかと思ってまとめました拙文が、たまたまお目にとまりましたわけでございまして、御調査が行き届きましたこと、全く驚いております。  逆所得税のポイントはどこにあるかと申しますと、たとえば児童手当を拡充する、その他というような福祉政策拡大が今後進んでいきますと、所得税の計算のおりに扶養控除をするというような形で、両方がダブってくる問題が現実には出てくるのであります。これは実に、いわば非常にこまかい租税技術上の問題でございますが、それより大きな問題といたしましては、いわば貧困線というようなものを各国で考えておりますけれども、この貧困線よりやや上回るところで課税最低限をきめるという考え方をとりますと、それ以下の、いわば納税をしない人々には減税の恩恵が全く及ばないという欠陥がございます。実は私ども常に関心を持っておりますが、減税が行なわれるということはけっこうなことでありますけれども、実はその恩恵は一部に限られておるわけでございまして、そういう人々にもそういう恩恵がいくような制度というものを考える場合には、これは一つの手がかりになるということが第二点でございますし、それからもう一つは、社会保障制度が拡充されました場合に、税とこれを切り離して議論をするわけにはどうしてもまいらぬ問題がございまして、たまたまイギリスで最近非常に積極的な政策が断行されましたために関心を持って検討してみたわけでございます。ただ、わが国の場合にこれを適用いたしますとなりますとかなりいろいろな問題がございまして、いわば厚生行政と税務行政との統合という面が相当出てまいりますし、それから、たとえば所得税のあり方をどう考えるか、先ほど御指摘の問題とも非常に密接な関係が出てまいります。私は、現在のところ夫婦子二人という家計を想定いたしました場合に、できるならば所得税の課税最低限は百五十万円程度に引き上げることが望ましいと思っておりますけれども、ただ、課税最低限の引き上げだけで問題が解決しないということは、先ほど申し上げたとおりでございまして、今度は税を払わない人は今後の減税政策の恩恵に浴しない。そこで、各種の家族手当などと所得税の徴収とをかみ合わせまして、一定水準以下の家計に対しましては、政府がむしろ税に当たる部分を返す、そして最低の生活水準を保障するという形になるのが望ましいと思うわけでございます。  ただ、一点だけこの点つけ加えさせていただきますと、所得税というのはおそらく税体系の中では私は近代的な税体系の最もすぐれた、公平という要求にかなう税であると思います。ただ、これが実際に施行されております状況を見ますと、必ずしもそれがうまく機能していないという面がございます。たとえば、これは少し土俵を踏み出すことになるかもしれませんが、先ほど御指摘がございましたけれども、給与所得についてはかなり公平といえるけれども、ほかの所得とのバランスというものが非常に問題である。それから第二には、資産所得とのバランスというものがとれていない。資産所得は非常に軽課あるいは全然課税していないという実例もある。そういう問題は、私は端的に申しますと、貯蓄あるいは株式の購入その他一切の場合にナンバーをつけるというような制度をとらない限りは、これを的確に把握することはまず困難であろうかと存じます。利子所得なり配当所得なり偽名や変名のものがたくさんございます。あるいは株式につきましては私、詳しく存じませんが、非常に譲渡が簡単になりまして、別に株式の移転についてはっきりした名前を書き出す必要はなくなっておるというようなこともございましょうし、そういうふうにナンバー制度をつけるということ、いわばこのごろのことばで申しますと背番号制でございます。ところが、最近背番号制はプライバシーの侵害であるというキャンペーンが全国にわたって展開されておるような実情でございまして、私はそこら辺のいわば矛盾と申しますか、どういうふうにこれを処理したらいいのかということで実は悩んでおるわけでございまして、できればお力添えを願いたいと思うほど、この問題については実は悩みがございます。この制度を取り入れなければ、まず資産所得の的確な把握はできない。  それは別といたしましても、先ほど御指摘のありました控除の引き上げとかその他によって積み重ねていって課税最低限を上げるだけではだめだというふうに思っておりますが、さて、税額控除制度ということをおっしゃいましたが、これはたまたまイギリスのグリーンペーパーでは、逆所得方式をタックス・クレジット・システムということばを使っておりますので、これを税額控除と訳したわけでございますが、これは普通の、私どもが所得税で考えます税額控除というよりも、社会保障給付と所得税との統合というふうに御理解いただくほうがより正確ではないかと思います。  それから第二点は、これは非常に難問でございますが、租税特別措置に関するさまざまの問題点は一応省略さしていただきまして、地方税のはね返りを遮断するということは、御指摘のとおりきわめて必要な問題でございます。ただ、その場合に、地方税の課税標準が国税の課税標準に右へならえをしております場合には、どうしてもこの遮断ができないで、そのまま踏襲されるという傾向があるわけでございますし、それから地方税の立法の際に、軽減措置というものがそのまま移らないように、立法に際して細心の注意を加えるということは、むしろ立法の段階で御考慮願いたいと思うわけでございます。  私の先ほどの公述につきましての関係を一言申し上げますと、私は、地方税はできるならば大ワクの税目とそれから大ワクの税率を国の法律のレベルできめたらそれでいいのではないか。ただいまのところは、たとえば標準税率ないし準拠税率というものと制限税率というような形でございますけれども、地方公共団体によりましては制限税率まで一ぱい適用しないで、やはり市民あるいは町民がなかなか望まないから標準税率でいこうと、そういうようなまたむずかしい判断というものも地方議会には出てくると思います。したがいまして、私は、国のレベルでつくりました法律であのように厳重にしないで、もう少し自由な選択ができるように、そして先ほども指摘いたしましたが、法定外税の取り扱い方があまりに厳重でございまして、非常に税収のこまかい変な税、変な税と言っては失礼でございますが、非常に多種多様のこまかい税が乱立をしておるというにすぎない。これでは私は収入面の、地方の税収面の、いわば地方自治ということは全く絵にかいたもちになるのではないか。もう少しワクを広げたほうがいい。こういう意味で、その問題の徴税制度の全般的な検討の上で、国税からの、いわば租税特別措置等の減収の遮断、影響の遮断ということばをあわせて御検討いただきたいと思うわけでございます。
  51. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、小平忠君。
  52. 小平忠

    小平(忠)委員 丸尾先生に二、三点お伺いしたいと思います。時間の関係もありますので、簡単に要点をお伺いしたいと思います。  第一点は年金問題でありますが、政府は四十八年度予算福祉優先の予算であると豪語しておるわけで、特にその中でも五万円年金につきましては、どういう角度から見ましてもわれわれは過大宣伝年金であって、実質五万円年金とは言いがたい、このように思うのでありますが、丸尾先生は社会福祉の専門家でもあります。そういう観点から、この政府の五万円年金についてどのように考えておられるか、お聞かせいただきたいと思います。
  53. 丸尾直美

    丸尾公述人 先ほども少しお話ししたのですが、五万円年金といいましても事実上五万円年金を受け取る人が八万人というのはあまりにも少ない。そういうことから考えまして、確かにスローガン、若干羊頭何とかいいますか、そういう感じがしないわけでもないわけです。それがもし財源上どうしても限度であるというならばやむを得ないわけですけれども、お手元に配りました二つの計算例から見ますように、将来、二十年、三十年にわたりまして、政府がやりましたような年金計画、政府でなくても、一般の年金計画の数式を使いまして逐次計算をやっていった結果でも、もっと十分にほんとうの意味での五万円年金に近づける政策ができる。たとえば二十七年の資格期間を二十年にしただけでも、フル年金の受給資格者は十倍ぐらいになる。しかもそれが十分にやれるという裏づけがあるわけですから、そういうことを考えますと、もう少しその辺は検討して、幾つかの計算例を厚生省あたりにもっと出させて、あるいは労働組合団体にも出させて、先ほども言いましたように、財源のない中でできる最大限の制度を選んでいただきたかったという感じがします。私の計算した結果、あるいは先ほどの労働組合団体の研究グループがつくった試算によりましても、実質的な五万円年金にもっとはるかに近づける方法は十分あるわけですから、そういうことをぜひやっていただきたいと思います。
  54. 小平忠

    小平(忠)委員 もう一点。年金問題についてきょうはたいへん参考になる資料を配付いただきまして、非常に勉強になるのでありますが、政府のいま示しておりまする年金の中身は、六十歳になりまして実際に収入があります場合は、それは対象となりませんから、ある意味では、若年停止あるいは収入差し引きというような、そういう形がとられておるわけですが、いま多くの国民の中には、一体政府は六十歳になると働くなということを奨励しているのかというような考え方にとられる。やはり六十歳になっても健康な者はほんとうに働くんだ、ですから収入のあるなしにかかわらず、やはり年金は受けられるような制度にしてはどうかという、そういう国民の意思もずいぶんあるわでございます。これは傾聴すべき意見だと思うのです。もちろん、国家財政なりいろいろな観点からそのようにいかない面もありますけれども年金という基本的な考え方、そういう面から見て、当面でなく長期のことを考えまして、この点、すなわち若年停止的な、収入差し引き的なそういう方式をとるのがいいのか、いや、六十歳になれば収入のあるなしにかかわらず満額の年金が支給される、こういう方式がいいのか、先生の御意見を承りたいと思います。
  55. 丸尾直美

    丸尾公述人 年金に限らず、いろいろな制度に関して、自由選択ができる幅を広げなければならないというのが最近の考えであります。年金に関しましても、年金の支給年齢が非常におそい国では、減額年金をやって、早く退職すれば、そのかわり年金額は減額される。逆に、年金支給年齢になってなおも働き続ける場合には、一つの方法として、自分の働く収入でフルに生活して、そしてそれだけ年金をもらうのがおそくなれば増額年金を得られるという制度が一つあります。もう一つは、それとは別の考え方として、いま政府がやっているような方針もありますし、あるいは働いた分に年金額を減額して支給するという方法もあるわけです。いずれにしましても、働くインセンティブを与える方向でやるほうが好ましい。しかし、無理に働かなければならないようになっては絶対いけませんけれども、とにかく働く意思と希望がある人には、働くことによってより多くの所得が得られるというインセンティブを与えるほうが好ましいと思います。  ただ、ついでですが、いま定年制延長などで老齢者の雇用の問題が重要になっておりますけれどもわが国の場合は、年金と同時に、この老齢者雇用の政策を積極的にとる必要がある。実は先ほど申し上げませんでしたけれども、私の場合にもその他の場合にも、年金計画を非常にゆるやかにやれる、たっぷりやれるという一つの理由は、将来において年金支給年齢を若干引き上げるということを考えております。これは、老齢者雇用を十分やっていくということを考えれば、また寿命が長くなっていることから考えまして、むしろそのほうが合理的であるわけです。わが国の場合は、勤労世代の人々は、世界の先進国の中でも最もよく働いて、世界の国々から働き過ぎると言われるほどですけれども、定年以後、あるいは身体障害者とか、母子家庭の母親とか、そういうところでは、非常に雇用を見つけることが困難だというような状態にあります。この辺のところは非常に矛盾であるわけでして、そういう点では、老齢者雇用を助長して、現役の人々の労働時間を短縮するような方法を政府が先導するということが、時間の世代間配分にとってきわめて合理的であると思います。そうすれば働くインセンティブにもなり、働くことが実際にもできて、老齢者は職を得ることによって福祉が高まりますし、勤労世代は労働時間が少なくなって福祉が増大する。そういう政策年金政策と一緒にやっていくということが必要であります。ちょっと蛇足になりましたけれども、追加しました。
  56. 小平忠

    小平(忠)委員 ありがとうございました。  最後に、もう一点大学問題につきまして。先ほど、私学振興予算の非常に低いことについて、スウェーデンの例をあげられて御指摘されましたことについては、まことに傾聴に値する御意見でございます。私は、先般本委員会で、大学紛争問題で、今日、わが国の教育制度、若者の教育について全国民が憂えておる真実を、特に国立大学の協会長である、当時の加藤東大学長にもおいでいただきまして意見を聞きましたが、まあ時間の関係もありまして、さらに掘り下げた質疑には入れませんでしたけれども、大学紛争というのは、いま現実に国立、私学を通じまして依然として続いておるし、大学紛争というのは、単にはでな面だけがあらわれていなくとも、現実に授業や研究が麻痺されているというならば、これは重大な支障があるわけなんですね。いま、東大の地震研究所などは、これはまだ一週間か十日前の話ですが、伺えば、文部大臣も東大学長も、いや平常どおり研究を続けておりますと、こういうふうに説明されましたけれども、実質は、これはもう研究は停止されているんですよ。結局、肝心な学生やその教授の出入りができなくなっておる。いわゆる頭脳が停止されておるわけなんですね。最近、浅間山の爆発、あるいは桜島、そういった地震について、本院でも災害問題についていろいろ緊急質問などされておりますが、その日本の最も中心的国立大学である東大の地震研究所が、頭脳が停止されて麻痺状態になるというようなことなどは、非常に大きな問題だろうと思うのです。  それで、先生にちょっとお伺いしたいのは、そういう意味で、私学の振興はさることながら、いま政府が本腰を入れてやっております筑波大学、この方式について丸尾先生はどのようにお考えになっておられるのか、また私学振興とあわせて、大学紛争についてどのようにお考えになっているか、最後意見を承りたいと思うのです。
  57. 丸尾直美

    丸尾公述人 実は私、いま過激派学生と対応する委員でありまして、この一年間に十数回、中庭広場でつるし上げをやられましたから、その辺の問題は身をもって経験しておりますけれども、新聞などではあまり説明されなくなりましたけれども、私学の紛争はやはり非常に深刻である。そして、過激派学生そのものは少ないのですけれども、一般学生の中でかなりの部分が、何か政府政策に不満を持っている。そういうことが過激派学生に対して、支持まではしないとしても、それにあえて反対するということにならないような理由にもなっているわけです。  そういうことから考えまして、政府の方針が一般学生を納得させるような方向に思い切って動く、たとえば私学助成、奨学金等々でも、ジャーナリズムをにぎわすような思い切った変革があれば、一般学生の態度は非常に変わってきます。そうしますと思い切った改革案を学校の中でもやれますし、それから、いろいろ構想されている大学の新しい方針についても、支持が得られてくるようになると思います。  筑波大学に関しましては、その内容自体よりも非常に曲解されている面があります。実際、一般学生は内容はよく知らないのですけれども、しかし、ああいうものは非常に悪いことは議論の余地はないんだという雰囲気で受け取られているわけです。そういう点につきましては、一般の学生の意見の吸収のしかたはどういうものがあるかわかりませんけれども、いまの段階では、学生を政治の場に参加させるというようなことは、日本の場合はちょっと無理かもしれませんが、とにかく、何らかの形でもっと政府の方針が納得できるようなやり方が必要ですし、そのためには、やはり政府が思い切った政策をとる。今回、たしか私学助成費が四十数%ふえましたけれども、そういう程度ではジャーナリズムもたいして取り上げませんし、一般の学生も少ない、少ないと思います。かなり思い切った政策をとりながら、同時に新しい方針についての討議の場を拡大して、社会的な合意を得ていくという努力が必要だろうと思います。大学の中でも、学生と、それから学生を担当する教師、さらにはその上の理事会との間に非常に断層があります。さらに、政府の考え方と一般の学生との間には、非常に大きな、皆さんの想像以上の断層があります。その辺の断層をもっと埋めていくような努力をぜひ払っていただきたいと思います。
  58. 根本龍太郎

    根本委員長 次に、小林進君。
  59. 小林進

    小林(進)委員 最後になりましたので、簡単に質問いたしたいと思うのでございます。  丸尾先生にまずお伺いいたしたいと思いますが、先ほど、施設に働く人がたいへん不足しているではないかというお話がございまして、その一例として、寝たきり老人に対するヘルパーが日本は六千人か七千人しかいない、スウェーデンは六万人からいるじゃないかというお話があったのでございますが、私も実は、国会の中では社会保障を専門にやっておるのでございますが、いまの政治の政策の中で一番おくれているのは、施設に働くマンパワーの問題ではないか。わが日本には、社会福祉施設に民間も入れまして、大体三十万人くらいが働いているというのでございますが、その数が不足で、私どもが国会におりましても、特に民間の社会福祉施設は、施設があっても人がいない、だから経営ができないから、その施設をそっくり自治体にやるから、自治体で経営してくれ、あるいは国にやるから国が経営してくれ、こういう切実な要求が来ているわけでございます。非常に人が足りない。ところが、これがいよいよ週休二日などということになってまいりまして、現状の足りないところになおこれが出てきたら、一体どうなるのか。大体政府は、金さえやれば社会保障制度や社会福祉施設は充実するぐらいの単純な考えのようにも見受けられるのでありますけれども、これは金では人は買えない。私どもの単純な計算でも、この十年間、寝たきり老人をはじめ身体障害者とか重度心身障害者その他を含めていきますと、この社会福祉施設で働いてくれる人たちは、週休二日も加えまして、最低百万人は必要になるのではないか。  こういうことを考慮した場合に、やはり施設に働く人たちを養成するということは、一日や二日でできることではございません。金で雇えるものではございません。相当教育が必要でございますので、私は、これはたいへんな問題だと思っておるのでございますが、まず、こういうことに対する先生の御意見を承っておきたい。むしろ、いまの社会保障の中で一番おくれているのはこの点ではないかというふうに考えておりますが、これが一つであります。  それから、第二の問題として両先生にお聞きしたいのでありますけれども、いまも小平さんから五万円年金の問題が出ました。私も、この五万円年金の問題は、どうしてもいま一つ詰めて御意見を承りたいと思うのでありますが、五万円年金は、厚生年金国民年金と二つに分かれております。私は、厚生年金はしばらくおくといたしまして、国民年金の五万円年金についてどうしてもお伺いいたしたい。  政府は、年金料を二十五年納めた者に対しては、夫婦で五万円の年金を支給するというのでございますが、国民年金昭和三十六年に開始をせられたのでございますから、昭和三十六年から二十五年年金料を積み立てて、それが昭和六十一年であります。では、六十一年に二十五年納めたからもらえるかというと、そうはいきません。五年間の休みの期間がございます、六十五歳ですから。だから十八年です。これから年金料を十三年間納めて、五年間待たされて、では十八年目にこの五万円の年金をもらえる人が一体何人いるか。これはスライドすれば別であります。今日のこの条件の中で十八年後にもらえる人は、いま国民年金に加入している人たちが二千三百万人ですか二千四百万人ですか知りませんけれども、一人もこれはいない。これは私は、ここで断言してもいいと思うのであります。十八年たっても、五万円年金をもらえる者は一人もいない。なぜかならば、三十六年に年金が発足したときの条件は三十五歳でなくちゃいけない。夫婦ともに三十五歳で、しかもなおかつ、一般の国民年金のほかに任意制の付加年金をかけていなければならぬのでありますが、そのときには付加年金はないんだ、四十五年に初めて付加年金が実施をされたのでございますから。政府は、付加年金と一般年金も加えて二十五年間納めて、しかも六十五歳になった人に初めて五万円の年金をくれるというのでありますから、十八年たっても、その付加年金という条件に合う者は、この二千三百万人国民年金に加入している中に一人もいないはずであります。これが一夫婦でもいればともかく、これは私はかけをしてもいい、命をやってもいいが、いない。だから、十八年たったところで五万円の年金をもらえる者は、この二千三百万、一億国民の中に一組の夫婦もいないということなんです。この条件にかなうのは一体いつなんだ。これから二十三年後になるのか、二十五年後になるのか。私の想像でいけば、付加年金が四十五年に始まったのでございますから、大体、ことしから始まって、二十五年あたりくらいにようやくこの五万円の年金の条件に当てはまる者が出てくるのではないかというふうに勘定してくるわけであります。四分の一世紀後に五万円もらえるというその年金がいま開始をせられた。そして五万円年金、五万円年金と宣伝をしているのでありますが、実にインチキもはなはだしい。  これを言いかえると、私の言いたいことは、これは年金ではなくて、やはり強制貯金ではないか。悪いが強制貯金ではないか。結局、戦時中にこういう強制貯金をやらせて、そして戦費を調達したが、いまは戦争はないにしても、その戦費調達にかわって、積み立て金という名目で、大企業輸出優先、企業優先の資金調達の方法として、こんな五万円年金などというインチキ制度をやっているのではないか。私はそう思います。私の言うことが間違っているならば先生方に教えていただきたい。私はそういうような気持ちがしてしかたがない。二十五年先にいってようやく五万円がもらえるような年金国民をつっているのはけしからぬと言うのです。私は、いわゆる強制貯金であり、大企業の資金調達のやり方であるということです。もしほんとうに政府が社会福祉というなら、賦課方式に変えていくべきだ。私はそういうふうに考えております。  あまり演説すると皆さんにしかられますから、この程度にしておきまして、第三番目に、これは厚生年金の場合でございますが、妻の年金というものが厚生年金からはずされているのではないか。それで外国は、スウェーデンでも、ノルウェーでも、アメリカでも、単身者では一カ月三万二千円、夫婦の場合は五万円とか六万円とかいって、妻の年金というものが倍額に近く、四割なりあるいは八〇%なりちゃんと数字にあらわれているけれども、わが日本には、年金制度には妻の地位というものがさっぱり明確になっていない。これが一つです。これで一体いいのかどうか。  いま一つは、なくなった場合の遺族年金でございますけれども、遺族年金の場合も、これは半額ときめてある。これは共済も含めて、厚年すべての年金を含めて、夫に死に別れた妻が半分。一体年金というものがやはり生活費で生活を保障するということであるならば、死に別れた妻に半分の年金というものは、どうも生活の実態に即していないじゃないか。私は、やはり八割なり九割なりというものを支給するように持っていくべきではないかというふうに考えますが、こういうことについて一体どういうふうにお考えになりますか。  たくさんまだありますけれども、一応以上の三点をお伺いいたしておきたいと思います。
  60. 丸尾直美

    丸尾公述人 たいへん重要な点を御指摘いただきましたが、まず第一点に関しましては、わが国の場合施設に働く人、あるいは公的なヘルパーが非常に少ない。あるいは看護婦もそうですけれども、そういう場合に、労働力が足りない、足りないと一方でいわれます。しかし他方、定年延長などを考えますと、そんな延長をしてどこで働くことができるのだ、そんな五十五歳以上の老人をどこで働かせることができるのだとか、あるいは軽い身体障害者を働かせようとしましても、どこにそういう職場があるのだということが言われます。ここに解決のヒントがあります。  私はヨーロッパの老人福祉施設等々を訪問しまして、あるいはヘルパーを見まして、そのときそこに解決がなされておることを知りました。要するに、そういう施設や老人ホームに行きましても、働いておる人とそれからそこに住んでおる老人が、区別がつかないというぐらい老人が老人ホームで働いておるわけです。そして、私が行ったときにソシアルワーカーが説明に来ましたけれども、そのソシアルワーカーは松葉づえをついていました。そういうふうに身体障害者、六十五歳以上の老人がずいぶんたくさんいます。この人々に十分な公共職業訓練を与えたり、あるいは若干の補助金を与えたりしまして、そういう福祉関係に活用することができれば、そういう人々はいま、門衛をしたり何かしたりすることのほかにないことが多いわけでありますが、そういうことよりはるかにやりがいのある仕事ができます。そして、労働力も確保できるわけです。これを大いにやることが必要であろうと思います。  第二点に関しましては、国民年金に関しましては、そこまで知っておいでになればあまり言うことはこちらもないわけですが、確かに、国民年金に関しましては、厚生年金が一重の上げ底であるとすれば、二重、三重の上げ底であるという感じがいたします。私の考え、あるいは現代総合研究集団の考えは、ナショナルミニマムに関しましては完全賦課方式をとれということです。かといいまして、現在の三万三千円を急にナショナルミニマムの、四十八年度にいきますと、国民所得の四割といいますと単身で二万八千円になりますから、そこまで急に引き上げるということは若干無理があろうから、さしあたり一万円から出発して、数年間でナショナルミニマムに到達する、そして国民年金の場合にもそれに見合う、厚生年金も、間違ってもナショナルミニマムは五年後にはすべて保障される、すべて年金が五年後にはナショナルミニマムを保障し、その分に関しては完全賦課方式をやる、それ以上の分については、若干技術的な問題等々もありまして、完全賦課方式は無理な場合がありますが、漸次賦課方式の要素を強めていく、そして積み立て金方式を若干残す、そういうのが合理的な解決であろうと思います。  それから、妻の場合に関しましては、おっしゃるとおり、わが国はあらゆる社会保障制度がそうでありますように、生産者中心の考えでありまして、働く人あるいは生産に貢献した人には、医療でも年金でも非常に優遇されるけれども、生産力に貢献しない人間に対してはきわめて冷たいというのが、わが国社会保障の特徴であります。この辺をそろそろ改めまして、妻の座に関しましても十分な地位を与えるということが必要であろうと思います。妻に関しましても、ある年齢に達しましたらナショナルミニマム、一人の女性の場合でも、働いてこなかった人もナショナルミニマム、そして、もし結婚していて男のほうが厚生年金をもらっておる場合には、妻に関してはナショナルミニマムの半額。大体世界の国で見ますと、妻の分は五割五分増しくらいになっています。ですから、控え目に見て五割増しという計算でわれわれの年金計算がなされているわけです。そういうことが必要だろうと思いますし、遺族に関しましては、八割が国際的に見て妥当な線であろうということで、この計算でも、遺族の場合には八割給付という計算をして、ちゃんと健全財政をやっておるわけです。そういうふうな方向で、大体おっしゃっられたことには賛成でございます。
  61. 木下和夫

    木下公述人 お答え申し上げます。  現状分析は別といたしまして、それは直ちにはなかなかむずかしいとしても、年金制度の目標としてはどういうふうに考えるかということを私は申し上げてお答えにかえたいと思います。  国民年金に重点が置かれておりましたが、厚生年金もあわせまして、目標としては、老齢年金はまず三万五千円、夫婦で六万円程度ということを考えております。もちろん、スライド制の導入を伴うわけでございますが、これは所得スライド、物価スライド、あるいは消費スライドというさまざまな方法がございますので、これは別途に検討させていただきます。  それから、これは先ほど細谷先生も御指摘でございましたが、年金の一本化、すなわち支給開始年齢を統一する必要がある。その点でおそらくこれは六十五、欧米が六十五でございますが、そのあたりが一つのめどになるのではないかと思います。  それから資金につきましては、四十八年度から一挙に全額国庫負担というのは私は無理であろうと思います。一兆円をこえると想定されますので無理であろうと思いますが、現在のところ、厚生年金と合わせますと、国民年金の積み立て金プラスの厚生年金積み立て金が七兆八千億と想定されますので、全部とは申しませんが、その一部を福祉年金拡充資金にするという考え方をとってはいかがか。もちろん積み立て金取りくずしを断行いたしますれば、昭和四十八年からでもいま申し上げましたプランは可能でございますが、しかし、同時に次第に保険料を引き上げねばならないと思います。したがって、先ほど御指摘のように、およそ積み立て方式というのは物価の上昇がない場合の考え方でございますので、物価の上昇があり、社会生活が激変する等の状況のもとでは、いままでのような積み立て方式に拘泥しておっては年金の拡充は望み得ないと思うわけでございます。  それでは、積み立て方式から賦課方式に漸次移動をするといたしました場合、厚生年金について申しますと、かりに四十八年度から一人当たり月三万五千円、しかもかりに所得スライド制をとるといたしまして、その上支給額を年率一〇%ずつ上げていく、こういうことをいたしますと、昭和八十年には月額の支給額が約七十七万円程度になる計算になります。一体財源をどうするかということでございますが、先ほど申し上げましたように、積み立て金を直ちに取りくずすのではなくて、十カ年間にわたって取りくずす、一方保険料の引き上げを考える、こういうふうな場合を想定いたしますと、現在の保険料率が六・四%でございますが、昭和八十年時点では二〇・五%というふうに高くなります。これはさまざまな判断ができますでしょうが、私は少なくとも二〇・五%という保険料率は欧米の水準に比べて、少なくともヨーロッパの水準に比べて決して高くはない、そういう意味で、やはり結論としては、私は次第にこの賦課方式への転換をぜひ検討していただきたいと思っております。  以上でございます。
  62. 小林進

    小林(進)委員 どうもありがとうございました。
  63. 根本龍太郎

    根本委員長 これにて両公述人に対する質疑は終了いたしました。  両公述人には、御多用中のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。  これにて公聴会は終了いたしました。  明二十四日午前十時より委員会を開会し、一般質疑を行ないます。  本日は、これにて散会いたします。    午後五時三分散会