○田中一君 私は、ただいま提案
説明のありました
内閣総理大臣佐藤榮作君
問責決議案に対し、
日本社会党を代表いたしまして、賛成の意思を表明するものであります。
ただいまの提案
説明におきましても詳しく述べられておりますとおり、
佐藤内閣の
政治の害悪は、もはやこれ以上放置することを許されない荒廃と退廃の極に達しております。
佐藤内閣は直ちに
退陣し、政局を一新せよという
国民の声は、日ましに高まっております。
佐藤内閣七年余の
政治は、まさに、うそとごまかし、
公約不履行の歴史そのもので、
国民の怒りは押えようがない状態にきているのであります。
これ以上無
責任な
官僚政治、
国会軽視、金力と権力による腐敗
政治を横行させるならば、
国民の間に
政治不信の風潮を強めるばかりでなく、国を誤ることは必定でございます。
総理として、一国を代表する
責任に対する自覚ありとすれば、みずから深く自省し、とるべき道を誤らないようにせねばなりません。
各種の
世論調査のどれ一つをとりましても、
佐藤内閣に
政権を担当する能力なし、
国民の意思に挑戦するものであるという結果が出ていることは、御承知のとおりであります。四月二十一日の毎日新聞によれば、
佐藤内閣の
支持率はわずかに一九%に急落し、
佐藤内閣が民意を反映していないという答えが、実に六四%に達しているのであります。
国民の三分の二、圧倒的多数の
国民は、
佐藤内閣に不信感を表明しているのであります。これは、戦後歴代
内閣のどの
内閣に比べましても、けた違いに悪い数字であることは、かつて評判の悪かった実兄岸
内閣の末期、三十五年三月の
最低支持率二八%をも大きく下回っているのであります。
総理に、もし
政治家としての一片の良心ありとすれば、みずからこの数字の意味するところに深く思いをいたし、問責をまつまでもなく、直ちに
総理のいすを去るべきであります。(
拍手)
佐藤総理は、みずから師とあがめた吉田元
総理の
在任期間をこえ、戦後
内閣の
在任期間の記録を書きかえたということを得々として表明しておりますが、
佐藤内閣の新記録が書きかえられれば書きかえられるほど
政治の害悪は拡大し、
国民の犠牲が大きくなるということは明らかであります。それだけじゃなく、
総理としてはもとより、みずから
政治家としても失格の道に転落していくことを知らなければなりません。
佐藤内閣の
失政の数々は、一々数え上げるまでもありません。口先だけは、
人間尊重とか
社会開発、
物価の安定を最重点とする、あるいは
政治資金規正、食管制度を堅持し、総合農政を進めるとか、数々の
公約を掲げてこられた。おそらく
佐藤語録なるものが今後編さんされるならば、その名言に後世の史家も目をみはるに違いないと思うのであります。しかし、おそらく後世の史家たちがもっと驚きの声をあげて目をみはるのは、その
公約と現実の施政があまりにも違い過ぎるという、まるであべこべではないかということだと思うのであります。
佐藤内閣の
政治の第一の害悪は、
政府、
財界の一枚看板であった高度
経済成長路線の行き詰まりであります。大企業中心、GNP第一
主義の
成長政策が完全に行き詰まっていることであります。この大企業中心、
人間不在の
経済成長政策のもとで、
物価は上がり、
公害、交通事故は激増し、住宅難、過密過疎、農業、
中小企業の荒廃など、深刻な矛盾を拡大し、
人間性の
破綻、社会不安がますます広がってきております。このままでは、わが国は、
人間不在、
生活軽視の水ぶくれの
経済成長と、環境破壊が急速に進み、あらゆる分野が大企業支配のもとに組み込まれ、ついには、荒廃と不安と断絶の
時代を迎えるに至るであろうことは、火を見るよりも明らかであります。
このような
日本の
経済社会の矛盾の拡大は、言うまでもなく、
労働者には低賃金と長時間労働を
押しつけ、
公害をたれ流しにし、
社会保障を怠り、必要な社会資本を
あと回しにし、農業を踏み台にし、
国民生活を犠牲にして、低コストの商品の輸出を推し進める
経済政策をとってきたために生み出されたものであります。言いかえれば、その結果は、国内的には、企業の過当な競争による過剰設備と、
大衆消費の
伸び悩みからくるところの需給不均衡、供給過剰の不況を招き、対外的には、輸出の激増によってドルのたまり過ぎ、円切り上げという結果を生んだのであります。そしてエコノミックアニマルという国際的な批判の座にさらされているのであります。
これに対し、
佐藤内閣は、この根本原因を認識し、みずからの施政の
失敗に何の反省を示すことなく、またしても、不況対策に便乗した、大企業、高額
所得者擁護の
政策を取り続け、
国民生活を圧迫し、勤労
大衆に犠牲を
押しつけることにきゅうきゅうとしているありさまであります。私は、大資本の
合理化のあらしにさらされているいわゆる
労働者、大企業に圧迫されている
中小企業、
高度成長の犠牲にされ、荒廃のふちに立たされている農民、
物価高と
公害、事故と
災害に苦しむ
国民とともに、
佐藤内閣と
自民党の
政治のやり方をきびしく糾弾しなければならないと思います。
佐藤内閣の
政治の第二の重大な害悪は、ドルのかさのもとに進められてきた対米依存の
経済外交が行き詰まっているということであります。
金・ドル交換停止を含むいわゆる国損新
政策は、明らかに、
世界の基軸通貨としてのドルの信用が低下し、IMF、ガット体制が大きな転機に立たされていることを物語っております。このことは、
アメリカの圧倒的な
経済力と軍事力を背景とした力の
政治の行き詰まりを示すものと同時に、ドル支配による戦後の
世界資本
主義体制が危機に立たされているということを示しているものと言わなければなりません。その直接的な原因は、
アメリカ経済の地盤沈下と、
ベトナム侵略戦争に象徴される軍事支出などによるドルたれ流しにあることは明らかであります。それなるがゆえに、
アメリカは、円切り上げをはじめとする各国の通貨調整を求め、貿易の自由化、軍事支出の肩がわりを
要求しているのであります。いまや、わが国は、日米協調とか安保繁栄論は幻想であり、日米の
経済対立、競争激化のきびしい局面に立たされているのであり、これまでの
アメリカ一辺倒の
経済外交の
転換が求められているのであります。しかるに、
佐藤内閣は、相変わらず
アメリカの
世界支配に加担し、
ニクソン新
政策発表後も外国為替市場を開きっぱなしにして、値打ちの下がった米ドルを大量にかかえ込み、しかも、繊維の
政府間
協定の
締結、軍事
援助の肩がわり、沖繩の
基地のくぎづけなどを通じて、
日本国民を
アメリカに売り渡す役割りを果たしているのであります。円切り上げ不況の中で
中小企業は苦しんでいます。
佐藤総理が
世界経済の見通しを誤り、ドル依存のもとで無計画な
高度成長の道を突っ走ってきたということが、いま
日本経済に深刻な打撃を与えていることを、きびしく反省すべきだと思います。しかも、
日本経済が、もし不況対策と過剰ドルのはけ口を外に求め、
アジアの
経済侵略の道を突き進むならば、
日本軍国
主義批判の声は
世界をおおい、
日本が
世界から孤立することになるという危険は明らかであると言わねばなりません。
第三の重大な害悪は、
佐藤内閣、
自民党が取り続けてきた対米追従の安保
外交が
破綻したことであります。
アメリカの
ベトナム侵略の敗北、
中国の
世界政治への進出、
ニクソンの訪中と
中国封じ込め政策の
転換などによって、日米共同声明による
外交政策の矛盾が決定的に明らかにされてまいりました。
佐藤・
ニクソン共同声明路線を基調とする沖繩返還
協定は、すでに本院の審議において、核抜き・本土並み返還が全くごまかしであることが明らかになりました。
アメリカの軍事戦略に組み込まれた
協定の本質は、明らかに、日米
安保条約の
アジア安保、核安保への拡大強化であり、韓国、台湾の
防衛まで
日本が
責任を持たされることを約束したものであります。核抜きどころか、本土にまで核があることが暴露されたのであります。しかも、沖繩返還に伴って、自衛隊を沖繩に配備し、沖繩の
基地機能を強化するだけでなく、
基地を永久にくぎづけしようとねらっているのであります。まさに、本土並みどころか、第二の琉球処分の歴史を繰り返すものであり、
沖繩県民は、戦後が終わるどころか、新たな戦後の再出発だと、激しい怒りを持って迎えているのであります。さきに、わが党議員によって暴露された外務省の沖繩密約電報事件を見ましても、
政府がいかに
国会と
国民を愚弄し、うその答弁を繰り返してきたか、その
責任はきわめて重大であり、
沖繩県民をはじめ、
国民に対する裏切り行為は許すことはできません。
日中問題についても同様であります。
ニクソンの頭越し
外交、
中国接近、
中国の
国連復帰という
世界の大勢の前に、
日中国交回復はわが国の至上命令でなくてはなりません。しかるに、
佐藤内閣のとっている態度は、口先だけは、「
中国の
国連復帰を歓迎する」と、そらぞらしいことを言っておりますが、やったことは、昨年秋の
国連総会における逆
重要事項決議の提案をはじめ、蒋介石
政権を擁護し、
中国の
国連復帰の妨害をすることであります。
アメリカですら
ニクソン自身が
中国を訪問しようというように、最近、その
中国外交には大きな変化が見られているのであります。もし、わが国がこの
世界の大勢を傍観し、いつまでも日米共同声明路線、
中国敵視政策、朴
政権支持、米日韓台共同
防衛体制を強化する
政策を繰り返すならば、
アメリカのベトナム戦争を支援し、みずから加害者となる道を進むことであるならば、
世界の
情勢に大きく立ちおくれるばかりでなく、
世界の孤児となり、悔いを千載に残すことになります。
日本国民は、これ以上黙っていることはできないのであります。
佐藤総理の
退陣が、もはや秒読みの段階であることは、
国民のだれもが知っております。それは、ひとり
佐藤内閣に対する批判ではなく、
財界からのばく大な
政治献金を受け、金力と権力による党幹部の懐柔と、
衆議院の三百議席という虚構の上にあぐらをかいた
自民党政権の
政治そのものに対する批判であることを銘記しなければなりません。
衆議院の
自民党三百議席の虚構によりかかって
政権のたらい回しをすることは、
国民の大きな怒りを盛り上げるばかりであります。いま、名を恥じ、
国民の期待にこたえ、
政治家としての
佐藤榮作君が生き残る道ありとすれば、いまこそ、問責案の結果を待つまでもなく、いさぎよく進退をきめ、真に
国民の信を反映する議会をつくらなければならないのであります。
私は、いま多くのことばを
佐藤総理に申し上げる必要はないと思います。ただ、
最後に、私は
佐藤総理に、人口にも膾炙した、
総理も先刻御承知のところである論語第十二、「顔淵」の中の有名なことばを贈りたいと思います。
「子貢、政を問う。子曰く、食を足し、兵を足し、民これを信ず。子貢曰く、必ず己むを得ずして去てば、この三者において何を先にせん。曰く、兵を去てん。子貢曰く、必ず己むを得ずして去てば、この二者において何を先にせん。曰く、食を去てん。古より皆死あり。民信なければ立たず。」
以上の一節を、せめてもの
総理への、はなむけとして贈りたいと思います。(
拍手)
―――――――――――――