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国務大臣(福田赳夫君) 第六十八回
国会の冒頭にあたりまして、
わが国をめぐる現下の
国際情勢を概観し、あわせて、
わが国外交の基調について所信を申し述べたいと存じます。
顧みますると、過ぐる
昭和四十六年を通じ、
世界情勢には数々の大きな変化が見られたのであります。
アジアにつきましては、米中
関係が対決から対話へ移行する傾向と相まって、
ニクソン大統領の訪中計画が発表され、次いで
中華人民共和国の
国連参加が
実現いたしました。朝鮮半島におきましては、依然緊張した
情勢が続いておる反面、南北間の
話し合いが開かれるなど、
緊張緩和へ向かっての模索も、また、うかがわれるのであります。インドシナ半島の戦火は、不幸にして、いまだおさまることなく続いておりますが、東南
アジアにおきましては、四囲の
情勢の新たな展開を背景として、地域内
協力の推進など、自主、自立への道を探る動きが開始されております。南西
アジアにおきましては、インド、パキスタン
両国の間に武力衝突が生じ、その後、幸いに停戦がもたらされたものの、なお
解決すべき多くの問題が残されておるのであります。また、中東におきましても、いまだ
紛争解決の見通しが立たず、不安定な様相が続いております。欧州におきましては、東西
関係に
緊張緩和の趨勢が見られると同時に、英国等の欧州共同体への加入が決定され、統合の進展にはまことに目ざましいものがあるのであります。
ひるがえって、
経済面につきましては、
米国の新
経済政策などにより、
世界経済に大きな動揺と混乱が生じたのでありますが、幸いにして先進諸国間の
国際協調により、現在一応の安定と均衡を回復しつつあるものと見受けられるのであります。
これら一連の変化を通じて明らかなことは、第一は、戦後の
国際秩序が、いまや一つの大きな転換期に差しかかっており、
国際関係の基調は、かつての東西対立の時代から、いまや
多極化へ向かっての転換が示されつつあることであります。
第二は、かかる
多極化の趨勢の中にありまして、諸
国民、諸国家の間で、
緊張緩和の方向へ向かっての
努力が進められていることであります。近く行なわれる
ニクソン大統領の訪中、訪ソは、この潮流を端的に示すものであり、この成果が期待される次第であります。もちろん、地域によりましては、
情勢の流動化とともに、かえって不安定が増大したり、あるいは不幸武力衝突が生じたりしている例も見受けられます。しかしながら、大きな流れといたしましては、いまや武力による対決ではなく、
話し合いによって問題の
解決をはかり、かつ、そのための環境をつくり上げようとする動きが、全
世界を通じてうかがわれるのであります。
第三は、新たな秩序と安定が、
国際的連帯感のもとで、徐々にではあるが、諸国間に形成されつつあることであります。
貿易や
通貨の面における
国際協調は、戦後一貫して維持されてきた
国際経済体制を、より一そう現状に即応したものに改めようとする
努力のあらわれであり、また、その成果は、新たな秩序の形成のために、一つのいしずえを築いたものにほかならないと思うのであります。
国際政治の面におきましても、安定と均衡を求める動きがあらわれており、東南
アジアにおける地域内
協力への動きや欧州共同体の
拡大と進展等も、このように見ることができましょう。
以上のごとき
国際情勢の流れは、今後一そう顕著となるものと予測され、
多極化の現象の進行と相並んで、
緊張緩和への模索と、新しい
国際秩序と安定を求める動きは、ますます活発化していくものと思われます。
このような変化と流動の時にあたりまして、わが外交に課せられた使命の重大なることは言うをまちません。いまや、
わが国は、
多極化する
世界の中で、新たな基礎の上に立って、みずからの方途を探り、国益を確保しつつ前進すべきときに直面しているものと信ずるものであります。
以上、私は現下の
国際情勢の概観を試みましたが、次に、当面のわが外交の重要施策について所信を申し述べます。
わが国にとりまして、
米国との
関係は、他のいかなる国との
関係にも増して重要なものであります。
日米両国間の緊密な友好
協力関係を維持することは、引き続きわが外交の基本的政策であります。
わが国の戦後の歴史を振り返ってみますと、今日の繁栄が達成されたのは、
国民全体の英知と
努力によるものであることは申すまでもありません。しかしながら、これとともに、
米国との
協力関係が、
わが国の平和と安全を確保し、
わが国経済の繁栄を
実現する上で大きな
役割りを果たしてきたことは明らかであります。今後
世界の
情勢には種々の変遷が予想されますが、
米国は、
世界平和の維持と人類の福祉増進をはかる上において、なお引き続き大きな比重と
役割りを持ち続けるものと考えます。このような
米国と
わが国とが緊密な
協力関係に立たねばならないことは言うまでもありません。
国際社会が多元化し、複雑化すればするほど、また、
わが国の国力が充実すればするほど、
日米両国の
世界に対する責任と
役割りは重きを加え、
日米両国の提携は一そうその必要性を増すものと考えられるのであります。また、
日米両国が確固たる
協力関係に立つことは、単に
日米両国にとってのみならず、
アジア、ひいては
世界全体の平和と繁栄にとっても、すこぶる大きな意義を持つものであります。このように考えますれば、
わが国が
多極化時代の要請にこたえて、外交の充実と強化をはかるにあたり、
日米協力の基礎は、決してゆるがせにできないのみならず、むしろその上に立ってこそ、真に実り多い多面的外交の展開が期待しうるのであります。
さる一月六、七日の両日、
米国サンクレメンテで行なわれました
日米首脳会談に、私はこのような認識を持って出席いたしたのであります。この首脳会談においては、
国民が長い間ひとしく念願していた
沖繩返還の期日が本年五月十五日に確定いたしました。同時にその際、返還時において
沖繩が核抜きである旨を確認すること、返還後において、
米軍の施設・区域をできる限り整理縮小するよう十分の考慮が払われること等の諸点もあわせて合意されました。
戦争によって失われた領土が平和的な
話し合いによって返還されるということは、歴史上ほとんどその前例を見ないところであります。
話し合いによる
沖繩の
施政権の返還という、この歴史的な
できごとが可能となったのは、
沖繩県民をはじめ、日本
国民全体の営々たる
努力のたまものであるとともに、今日までの
日米友好
関係のもたらした偉大な成果にほかならないと考えるのであります。
私は、このような成果を踏まえ、
日米両国の友好と協調の
関係を今後ますます
発展、強化していくとともに、その基礎の上に立って、さらに広く
アジア地域全体の安定と
発展のため、積極的に寄与していかなければならないと信ずるものであります。
中華人民共和国は、
わが国にとって最も重要な隣国の一つであり、同国との
関係を
正常化することは、わが外交の将来にとって最も重要な問題であります。
日中両国は、
アジアの平和と繁栄にとって重大な責任を有するものであります。このような
両国の間に正常な国交がないことは、
日中両国民にとり不幸であるのみならず、
アジア及び
世界全体にとっても遺憾なことであります。
中華人民共和国が昨年秋国連に参加し、
国際社会の一員となった現在、
日中両国が一日も早く正常な
関係を樹立することは、単に
両国にとって利益であるのみならず、
国際社会全体の安定と秩序のためにも、大きな意義を有するものと考えます。
政府といたしましては、
中華人民共和国との間に相互理解の増進をはかるとともに、
日中両国がともに加盟国として尊重すべき国連憲章の諸原則にのっとり、主権の平等、内政不干渉、紛争の平和的
解決、武力の不行使、平和、進歩及び繁栄のための相互
協力等の基礎の上に立って、
日中両国間に安定した
関係を樹立したいと念願するものであります。
もとよりこのためには、
日中両国政府が直接に
話し合い、相互の主張と言い分を率直に述べ合う機会を持つことが、必要不可欠と考えます。
私は、
中華人民共和国政府も、このような
わが国の誠意ある呼びかけにこたえまして、
両国関係の
正常化に真正面から取り組むことを切望してやみません。
次に、日ソ
両国の
善隣友好関係の進展は、ひとり日ソ
両国にとって利益となるのみならず、将来の極東の平和と安定にも資するものと考えます。
政府といたしましては、今後とも、通商、
経済、文化、科学技術等の幅広い分野において、
両国関係の
発展をはかり、相互の利益の増大につとめる所存であります。これとともに、
国際政治においてソ連が大きな比重を占め、特にわが隣邦として
アジアの平和に少なからぬ影響力を持っていることにかんがみ、従来にも増して、広く
国際関係全般にわたり、同国との間に率直な
話し合いを進め、もって
両国間の意思の疎通をはかるべきものと考えておるのであります。これがまた、
多極化時代におけるわが外交に課せられた要請にこたえるゆえんである、かように考えます。私は、このような観点から、グロムイコ
外務大臣の訪日を迎え、二国間の諸懸案について討議し、また
平和条約締結の交渉を本年中に開始することに合意するとともに、
国際情勢全般について、意見の交換を行なったのであります。
わが国をあげての強い願望である北方領土の問題が、なお未
解決のまま残されておりますことは、近く
沖繩の
本土復帰が
実現することを考えるとき、はなはだ遺憾に存ずる次第であります。
日ソ関係を真に安定的に
発展させていくためには、この問題を
解決することが不可欠であります。
政府といたしましては、今後とも
国民各位の強い支持のもとに、忍耐強くソ連との間に折衝を続け、
わが国固有の北方領土の返還
実現をはかり、もって一日も早くソ連との間に
平和条約を締結したいと考えておるものであります。
ヨーロッパにおきましては、西欧諸国の
経済力が伸長し、また欧州共同体が
拡大するなど、注目すべき動きがあり、これに伴ってその
国際的発言力も高まってきております。また、いわゆる東西
関係の面におきましても、ベルリン問題に関する交渉が妥結し、欧州安全保障
協力会議の開催や、均衡的相互兵力削減が検討されるなど、
緊張緩和へ向かっての幾つかの重要な動きがうかがわれるのであります。
わが国といたしましては、これらの新しい動きに着目し、
拡大欧州共同体を中心とする西欧諸国との
関係を従来以上に緊密化し、歴史的に
わが国と西欧との間に存在してきた長い友愛と協調のきずなをあらためて強化するとともに、わが外交の多面的展開をはかっていきたい所存であります。
わが国と西欧諸国とは、いまや
米国とともに
世界に大きな責任を有するに至っておるのであります。このときにあたり、日、米、西欧諸国が、相互の意思疎通を密にし、協調して歩むことは、
世界の平和と
発展のために大きく寄与するゆえんであると考えております。
さて、申すまでもなく、
アジアは、
わが国にとって最も重要な地域であります。この地域におきましては、緊張の持続と、その緩和の傾向が互いに交錯し、複雑な様相が見られるのであります。その中にあって、各国がそれぞれに、また、地域内
協力を通じて、政治的、
経済的に、自主、自立の方途を探求するという動きも顕著であります。
わが国は、同じ
アジアの同胞であるこれら諸国の求めるところに、深い理解と共感を持つものであり、これら諸国の
努力が実を結ぶよう、あとう限りの支援と
協力を惜しまない考えであります。
インドシナ地域の
情勢は、依然として流動的に推移しておりますが、
わが国といたしましては、何よりもまず和平の
実現と
緊張緩和に寄与し、各国が一日も早く平和と安定を取り戻すよう、今後とも積極的に
努力する所存であります。これとともに、この地域の住民の民生安定と福祉の向上のため、引き続き援助の手を差し伸べ、さらに平和回復の暁におきましては、政治、社会体制の相違を越えて、当該地域の振興と
建設のために、できる限りの寄与を行なう所存でございます。
アジア地域の平和と
発展のためには、域外
関係諸国の
協力が不可欠であります。特にこの地域に大きな利害を有する太平洋諸国の
協力を得ることが、従来にも増して肝要であり、
政府といたしましては、
アジアの諸
問題解決のため、これら諸国と緊密に
協力してまいる所存でございます。
わが国は、戦後一貫して、国連に対する
協力を、外交政策の主要な柱として重視し、また国連の場を通じて、各国との
国際協力を推進してまいりました。今後とも
わが国は、国連の機能の強化のために力を尽くすとともに、その事業に積極的に参画していかねばならないと信ずるものであります。
昨年末のワシントンにおける先進十カ国の蔵相会議により、円平価の切り上げを含め、多角的な
通貨調整が行なわれたのであります。今後は、
国際協力によって打ち立てられたこの新しい基礎の上に立って、
世界経済が調和ある
発展と
拡大を遂げることを念願してやみません。
しかしながら他面、最近
世界の各地で、ややもすれば
保護主義の台頭や、閉鎖的な地域主義への動きもうかがわれることはまことに憂慮すべき現象であります。
世界経済が今日の
発展をなし遂げ得たこと、また、その中にありまして
わが国が現在の繁栄を達成し得たことは、一にかかって、
自由貿易の原則によるものであることは、疑いをいれないのであります。
政府といたしましては、このような認識に立って、
わが国の
貿易と資本の
自由化をさらに推進するとともに、自由、無差別の原則に基づく
世界経済の
拡大と安定を目ざして、今後ともあらゆる
努力を傾けてまいる所存であります。
いわゆる南北問題につきましては、
開発途上国が自立と
発展への基礎を確立するため、一致して活動を行ないつつあり、いまや
国際関係において、いわゆる第三
世界として無視しがたい力となっていることが注目されるのであります。
わが国といたしましては、このような諸国の立場に深い理解を示し、その
努力に寄与しなければならないと思います。また、
世界各国も、この分野における
わが国の
役割りに大きく期待をいたしておるのであります。
わが国は、年々
開発途上国に対し
経済協力の規模の
拡大に
努力してまいりました結果、すでにその総量においては、
米国に次ぐ地位に達し、GNP一%の
国際的な目標の達成も、目前に迫るにいたりました。今後はこの実績の上に立ち、援助量の
拡大をはかることはもとより、
政府開発援助の拡充、技術
協力の強化、借款条件の緩和等、その質の面における改善にも重点を置いて施策を進め、もって
国際的にも誇るに足る成果をあげるよう、つとめてまいる所存であります。また今後は、
アジア諸国はもとより、中近東、アフリカ、中南米の地域に対しましても、それぞれの地域的特殊性に見合った
経済協力を進めていきたいと考えております。
私は、このようにして質量ともに充実した
経済協力を実施し、もって
開発途上国との間に、真の
友好信頼関係を築き上げることこそ、
わが国の長期的国益に資するゆえんであると信ずるのであります。
最後に私は、人的、文化的交流の飛躍的
拡大の必要について触れたいと思います。
近年、海外諸国における対日関心は、とみに高まっておるのでありますが、同時に、諸方面にゆえなき警戒心や不当な誤解も台頭しつつあるやにうかがわれるのであります。
わが国の対外活動が
経済的利益の追求に偏するとする批判や、さらには、日本軍国主義の復活を懸念する声すら聞かれる状態であります。このようなときにあたり、平和国家、文化国家を志向する
わが国の正しい姿を海外に伝え、誤った認識の払拭につとめることは、わが外交にとっての急務であります。特に
わが国の場合、独特の文化的伝統と言語の障害のため、外国との意思疎通が困難なことを考えれば、このことは、一そう必要かつ緊急を要すると思うのであります。
わが国民が
国際社会において縦横の活躍を行なうに至った現在、
世界の中の日本人として、
世界の実情をより深く理解することも、また必要となっております。
政府といたしましては、このため、新たに
国際交流基金を設立すべく、明年度予算案において、それに対する支出を要請しておるのであります。私は、今後とも
国民各位の幅広い支持と
協力のもとに、この基金をさらに
拡大発展させていきたい所存であります。このようにして、広く諸
国民との間に、心と心が触れ合う相互理解の増進につとめることこそ、わが外交に課せられた大きな課題の一つであると考えるのであります。
以上、私は、
国際社会の現状を概観するとともに、わが外交の当面する重要問題についていささか所信を申し述べたのであります。
今後の
世界は、いわゆる
多極化の趨勢のもとに、
国際的に影響力を持つ諸大国、諸地域相互間の提携と角逐、競争と共存を軸として動いていくものと予想するのであります。この間に伍して、
わが国がみずからの方途を探り将来の
発展を期するためには、まず、何ものにもとらわれない柔軟かつ現実的な態度を失わないことが肝要であると考えるのであります。これとともに、変転する
国際情勢の流れの中で、何が
わが国にとって基本的国益であるかを冷静に把握し、確固たる信念と長期的展望をもって前進することが肝要であると考えます。
わが国は、
世界に誇るべき、平和で豊かな社会の
建設を志向しておるのであります。人口棚密で資源に乏しく、海外諸国との交流と交易を必要とする
わが国が、このような豊かな社会を
建設するためには、何よりもまず平和のうちに繁栄する
世界がなくてはならないのであります。
世界の平和なくしては、
わが国の平和はありません。
世界の繁栄なくしては、
わが国には繁栄はあり得ないのであります。相手国の利益を増進することによって
わが国の利益を求め、他国を生かすことによってまたわが身を生かすこと、これこそが
わが国の選ぶべき方途であると考えるのであります。いまや
わが国は、新たな連帯に向かって前進しつつある
世界の潮流を正しく把握し、
世界の
発展の中にこそ、日本の
発展の可能性を探り求むべきだと信じます。
わが国は、諸
国民の公正と信義に信頼してその安全と生存を確保しようとの理想を掲げ、
経済上その力を持ちながらも、軍事大国への道は選ばないことを決意しておるのであります。これは史上類例を見ない実験への挑戦であります。この実験の行く手にはなお幾多の困難が横たわっておるのであります。しかし、私は、戦後の荒廃の中から立ち上がり、今日の
わが国を築き上げたわが日本
国民の英知と
努力をもってすれば、このような困難は、必ずや克服し得るものと確信をいたす次第でございます。
わが国がこの難関を乗り越え、平和で豊かな文化国家として、
世界の中で名誉ある地位を占めるよう、その道を切り開いていくこと、これこそが日本外交の使命であると信じます。
国民各位の支持と
協力をお願いいたす次第でございます。ありがとうございました。(
拍手)
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