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参考人(
渡辺素良君)
渡辺でございます。
私は、
日本労働組合総評議会に結集をしております労働者の立場と、なおその中で
医療に従事をしております労働者の立場と、
二つの立場で、今回提起になっております
医療保険法の政府管掌
健康保険を
中心とする
財政対策について
意見を申し述べたいと思います。
まず、
一般的に
医療を受ける労働者なり、家族の立場に立って見ますと、今回の改定は何らの
給付改善がなく、
保険料の増額のみの
措置である。もちろん国庫
負担等も若干増額になっており、さらに
衆議院でこれが増額の
措置がとられているわけですけれども、労働者の
負担が非常に大きいということについては変わらない
措置であるというふうに思います。この
措置が、
一つはいままでの
医療保険の
累積赤字を生じているという問題と同時に、本年二月に引き
上げられた
医療費の改定による
措置であるということは理解はできますけれども、しかし
医療費の改定によって、はたして
医療を受ける側が、
給付改善として受けとれるであろうかというふうに考えますときに、
医療を経営する側にとっては、確かにこの
医療費の引き
上げはわずかながら福音としてはね返ると思いますけれども、
医療を受ける側にとっては、何ら改善ではない。その立場で言えば、改善面がないところで
保険料の増額だけが行なわれる。こういう
意味では、やはりどうしても納得がいかない提案であるというふうに思わざるを得ないわけです。
もう
一つの面で、政府管掌の
赤字対策として今回の問題が大きく提起をされていますけれども、
医療に従事をしております私
たちの立場から見ますと、今回のような
措置ではたして将来にわたって政府管掌
健康保険の
赤字を解消することができるのかどうかという点については、非常に深い疑問を持たざるを得ないということを指摘せざるを得ません。すなわち、私
たちが日ごろ患者さんに接している、
医療に従事をしている立場から見ますと、私
たち日本のすべての
医療機関は非常に矛盾に満ちているということが言えると思うのでございます。よく待ち時間三時間に診療二分ないし三分という
ことばが十年来いわれてきておりますけれども、何ら改善がされていません。そういう立場が
医療の回りを見てみますと、より改善をしなければならない部分が非常に山積をしているということが言えるのではないかと思いますし、その改善は当然
医療費にはね返り、当然
医療保険の
財政にはね返ってくる問題であるということから考えますと、今回のような改定では、当面の
赤字対策という点ではできるかもしれませんが、将来にわたる
赤字を解消するということはとうてい不可能なそういう問題であるということから、以下四点にわたって、今回の
措置が十分な
赤字対策になり得ないという点を
意見として申し述べたいと思います。
まず第一に、
日本における病人の増大の問題がございます。これは当然病人がふえれば
医療費が増大をするわけでございますから、何とかしてこの病人の増大を食いとめる
措置がなければ、根本的な
保険の
収支均衡はあり得ないのではないか、こう思います。で、政府の発表いたしております資料によりましても、
昭和三十年から
昭和四十四年までの十四年間の間に、
日本の病人は二・四倍にふえました。二百九十五万人の病人が七百二万人になったというふうに発表をされています。そういう中において、今回提起されております政府管掌の問題を振り返ってみましたならば、政府管掌
健康保険の労働者並びに家族というのは、
中小企業に雇用されている労働者が多いわけですし、当然賃金及び労働条件の面でも、組合健保なり共済組合の労働者に比べて非常に劣悪な状態にあるということはすでにいわれているところです。また、これも資料によりましても、平均賃金で二割方安い、また
医療費の面では二割方高いというふうに、八〇%の
収入を受けて一二〇%の
医療費を払う。これは組合健保に比較しての問題ですけれども、そういう状態があるわけで、この状態は当然
政管健保の
赤字を導き出さざるを得ない、そういう問題になっていると思います。その中には、いま申しました
中小企業における労働条件や賃金の問題と同時に、組合健保からはじき出された高齢の労働者をかかえているという問題もあると思います。高齢者は当然に病人が多いということも政府統計で明らかですから、そういう
意味では、この
日本の病人の増大の中で、よりひどい病人の増大が政府管掌
健康保険にしわ寄せになっている。この点の解明なしには、まず
政管健保の
赤字対策はないのではないかということを第一点に思うわけでございます。
第二点として、いままで政府では
保険優先の立場を主張をしておられます。そうして公費
医療については、
保険で出した以外の部分について公費で
負担をするのだというふうに言っておられますし、来年から実施されます七十歳以上の
老人医療の
無料化についても、やはり自己
負担分についての公費
負担であるというふうに主張をされており、何らその
態度は変わっていないというふうに思います。しかしながら、
老人の七十歳以上の高齢者の
医療の問題にせよ、また三歳以下の乳児幼児の
医療費の問題にせよ、また難病奇病といわれておりますいろいろの
病気の治療にせよ、また高額
医療といわれる、非常に高額な
医療費がかかる、自己
負担をたくさんしいられる、そういう
医療の問題にいたしましても、
社会的なそういう疾患といいますか、
社会的な原因によって生じたものについては、公費優先をはかることが何よりも必要であるというふうに思いますし、公費優先がはかられることによって、
政管健保の
財政としては非常に荷が軽くなってくるのではないだろうか。したがって、
保険財政の
収支の面であれこれするよりも、公費
医療の優先という方針こそ打ち出されるべきではないだろうかというのが第二点の問題でございます。
第三点の問題は、医学
医療がどんどん進歩をしてまいります。これについては詳しくは触れませんけれども、こういう進歩をしてくる医学
医療の中では、当然
医療費というものは高くかかってくるということは論を待たないことでございますし、医学
医療の進歩が、たとえば
政管健保にどういうふうにはね返りてくるかということをはじいて、それをまた、
保険収支の、
保険収入の中でまかなおうという
保険主義をとっている限り、やはり医学
医療の進歩を、
保険財政の点で押えるということにもなりかねない。現実には、
日本の現在の
医療は、
社会保険の
財政に従属した
医療が行なわれるということが、とみに世間でいわれているわけでございますが、さらに、それを強化するようになるのではないか。医学
医療の進歩の中では、
医療費は増高するものであり、そういうものは
社会保険の
保険中心主義の考えではまかなえないものであるという点を、第三点に申し述べたいと思います。
第四点は、日ごろ私
たちが従事をしております、
医療の供給
体制側からくる問題でございます。先ほど申しましたように、この十四年間に
日本の病人が二・四倍にふえました。しかし、その中で、
医療従事者の伸びは非常にわずかな数字にとどまっているわけです。この十四年間で見ますと、医師が八万六千人から十一万人へと、二七%ぐらいの増加にすぎません。したがって、患者百人当たりの医師数ということで見ていきますと、
昭和三十年の、患者百人当たり二・九人おりました医師が、わずかに一・六人というふうに減少をしてまいりました。
看護婦につきましても、中卒二年教育という准
看護婦——まあ需給対策を
中心にし過ぎたというふうに、いまや、反省の時期に入っているようでございますが、そういう准
看護婦を
中心とした大量養成をしながら、就業者数では十三万人が二十五万五千人しか伸びておりません。したがって、患者百人当たりの
看護婦数で見ましても、
昭和三十年の四・四人が
昭和四十四年では三・六人に減少をする。すなわち、
保険料をちゃんちゃんと払いながら、しかも、家族は五割の
負担をしながら、薄められた
医療しか受けていない。これが今日の
医療の現状であろうというふうに思いますし、その他の
医療従事者の数について言いますと、理学療法士や作業療法士の、いわゆるリハビリテーション
関係の職種の数が非常に少ないこと等を代表例として、これはもう指摘するにし切れないほどの問題が生じています。しかも、そういう薄められた
医療は、
保険収支には
関係をしないわけですが、
保険財政の
観点から、
日本の
医療が規制をされていますために、たとえば
医療法施行規則等に基づきます
看護婦の標準の数等も、
昭和二十三年につくられたものがそのまま今日まで続いています。しかも、
昭和二十三年当時につくられたものは、その当時、いわゆる当時の医学
医療に基づいて患者にどういう看護を、どの程度するのだという、下から必要数を積み
上げたものでなくて、機械的に就業
看護婦数で割り出されたものであるということは、国会の討論等でも明らかになっていますけれども、それが今日まで改められていないというふうな問題があり、したがって、欧米の資本主義諸国における、
医療機関における
医療従事者の総数と、わが国における総数を比べた場合に、もう比較にならないほどの隔たりが今日生じているわけでございます。
日本病院管理学会が、
昭和四十二年に、世界のそういう調査をして報告を行なっていますけれども、オランダでも、また
イギリスでも、アメリカでも、それぞれ患者一床当たりの従事者数は、大体三人から、多いところでは四人と、こういうふうなことが報告をされています。それに対して、厚生省の
医療施設調査によりますと、
日本では百床当たり六十人というのが現実の
医療従事者数でございますから、大体四倍ないし六倍の
医療従事者数の増加を行なわなければ、国際水準に達しないということが明らかになっています。
いま、
医療機関における人件費率は、五〇%をこえるということがいわれているわけですが、人数を四倍ないし六倍にした場合、一体、いまの
医療というものがどう変わるかということと同時に、
医療費にどうはね返ってくるのか。また、それが
社会保険の、
医療保険の経済にどうはね返ってくるかということを考えました場合に、
国民に十分な
医療を供給するという、
一つの立場に立ちながら、その
医療費を
保険中心主義で、はたしてまかない切れるものであるかどうか。これは非常に大きい疑問であるというふうに思います。
なお、この点については、四床対一人の
看護婦の規制が、ことしの二月の
医療費改定で、三対一という、特類
看護婦の創設等も行なわれました。このこともまた、
社会保険の
医療費に当然はね返りを生じてくるところだというふうに考えるところです。
また、
医療供給体制の問題では、
日本の八割の
医療機関が、独立採算をたてまえとする
医療機関になっているという問題がございます。すなわち、国立病院療養所なり、また、大学の付属病院、国立大学の付属病院、または地方自治体立病院、これらはそれぞれ
一般会計のワクでなく運営をされていますけれども、一応、国及び地方自治体からの相当の繰り入れを行なって、独立採算的な運営ではありますけれども、現実には相当の繰り入れを行なっているという状態があります。しかし、公的
医療機関といわれている病院は、
日本赤十字病院等をはじめといたしまして、すべて患者
収入によってまかなわなければならない状態になっているわけです。こういう比率は、国及び地方自治体立で、独立採算ではない運営をしておりますのは、いまや、病床数では三五%にとどまり、病院数では二〇%にとどまっているという状態になっています。これらは、この十四年間の間に、
日本の病院、病床数が、五十一万床から百三万床に、約倍にふえるという中で、国立の伸びはわずかに六・三%、地方自治体立の病床の伸びが七五%。ところが、一方、
医療法人は四・八倍の伸びを示していますし、
個人立は二・九倍の伸びである。こういうことが示していますように、公的
医療機関のベッド規制が行なわれるということの中で、私的
医療機関が大幅に伸びてきた。結果的に、
日本の、施設数で八割の
医療機関が、独立採算をたてまえとする
医療機関になっています。特に、精神病院等におきましては、施設数では国公立は五%にとどまり、病床数では一三%という、欧米では、資本主義国においても八割が国公立であるということに比べて、全く異様な状態を示しております。
そして、このことは、私的
医療機関は、当然独立採算をたてまえといたしますために、その中で、可能な限りの増収政策ということを考えざるを得ません。その増収政策が、
一つは、
医療保険のらち外であるという付き添い、患者がみずから自費で付き添いをつけざるを得ないという状態になってあらわれたり、または、病院経営を助けるための差額徴収となってあらわれているということになります。
たとえば、公的
医療機関の最たるものと目されております
日本赤十字病院にありましても、すでに全国で、全ベッド差額徴収というのが二病院あらわれていますし、四〇%以上のベッドについて差額が取られているというのが、九十三病院中十七、八の病院で、ベッド数の四〇%以上に差額が取られるということになっています。また、私立大学の付属病院等でも、たとえば慶応で九〇%のベッドが差額徴収が行なわれているということが示しますように、完全な
医療を保障するものではない。薄められた
医療が行なわれている上に、——その薄められた
医療すら差額徴収という中で排除されるという、いま労働者の状態が起きているのではないかというふうに思います。
この状態は、やはり
医療を保障するという立場に立って処理をされなければならないと思いますし、当然そういうことは
医療費にはね返りをしてくる。その
医療費は、
社会保険の
財政にはね返ってくる、こういうことを考えました場合に、今回政府から提案されております
健康保険法の
改正では、とうてい、いわゆる
赤字解消策とも言い得ないのではなかろうかというふうに思う次第でございます。