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松本(七)
委員 今回の問題で、参議院でもいろいろ
答弁されておりますし、いま青木さんの質問で
外務大臣が答えられた中に、機密漏洩については反省しているが、これは全体的に
政府の責任という
考えは全然ないということを言われるわけですが、これは、戦後二十五年間の
日本の
外交の姿勢の根本について、もう少しこの機会に
政府なり
外務大臣が反省し、これでいいのかという謙虚な気持ちがあるならば、私はそういう
答弁が出てくるはずないと思います。そういう観点から少し伺いたいのです。
機密漏洩ということにしぼって
政府は
考えておられる。そのこと自体に問題がある。私は、今度の蓮見事務官をめぐるコピーの問題、あるいはいま西山記者の心境なり意見について青木さんも触れられておりましたが、これは、よく機密
外交ということがいわれておりますが、秘密が多過ぎるとか秘密
外交だということ以上に、私はどっちかというと今度の事件に関する限りは典型的な欺瞞
外交だと思うのです。なぜかというならば、
政府はもう現に参議院においては吉野
アメリカ局長が、あの沖繩国会のときの
答弁は、これは本実に反していたということで陳謝をしておりますね。そのことを見ても明らかなように、単に事実を隠したということだけではなしに、国会の追及なり質問に対してあることを否定した。ただ機密に属するから言えないというのではなく、明らかに積極的にこれを否定してきた。それが事実に反することが今回の事件で明らかになったのです。こういう観点から、それじゃ今回だけかというと、それが決してそうではない。私は長い間
外交問題で国会の場で
政府といろいろの
質疑応答をかわした中で、このことを私自身が一番痛切に感じているのです。事実をありのままに述べながら、それに対する意見の相違を
国民の前に明確にするという姿勢がだんだん薄れてきたのではないか、これは振り返っていろいろ具体的な事例をあげるまでもありません。安保のときには事前協議、これはやはり
国民にそういう真相を訴えるのではなしに、
政府の
立場を非常に固執しながら、どうやって
国民をごまかすか、国会の
論議を無難に切り抜けるか、そのことだけに終始しておるというような
政府の態度。日韓のときもそうです。日韓のときには
政府が
日本国民に
日本国会を通じてなす
答弁と、韓国の
政府が韓国の国会を通じての韓国の
国民に対する説明とは全然相反している。われわれは事の真相をどうやって知るか。それは
政府の
答弁ではさっぱりわからない。そこで
外国における
論議、
外国の資料等をできるだけたんねんに調べることによって、ああこれは
政府の言うことと逆ではないかという疑惑がそこに生まれてくる。こういうふうに、長い間の
日本政府の
外交は機密
外交であり、あるいはそれ以上に
日本国民を欺瞞する
外交が展開されてきたというところに、私はいま青木さんの指摘した、西山記者が、自分はこういう事実を突きとめた、一部には
新聞にも書いた、しかし
政府の国会における
答弁はどうかというと、全くひた隠しにするばかりでなしに、うそをついて欺瞞しておる、こういう政治の姿勢なり
外交の姿勢が続く限りは、事の真相を知っておる者は、かりに幾らそれが重要な機密事項であっても、これが
国民の利益のためには、国益のためには何らかの形で
国民に明らかにしたほうが国のためだという義憤を感ずるのは、私は自然だと思うのです。そういう観点から、今度の事件に限ってみますと、これはあなた方も説明された、私
どももそれを十分前提に置いて沖繩国会に臨みましたが、
アメリカの基本的な方針で重大な点は、
一つは沖繩の軍事基地の機能はそこなわないという大原則、もう
一つは施政権は返すが金はびた一文も払わないという原則、おそらく
アメリカの国会その他の動向を見れば、これが大事な原則であるということは、これはだれにもわかるでしょう。ですからその点から言うならば、この交渉の過程で、当然表面はあたかも
アメリカが負担するようなかっこうはつけても、この基地の復元補償については
日本に肩がわりさせるという、そういう主張が出てくることは、論理からいっても当然これは予想されることです。そのことがもしも明らかに
国民になされて、あるいは途中で漏れて、これが第三国と
日本との
外交交渉や、第三国と
日本の
関係に非常な重大な
関係があるということになれば、これは国家の機密に属してくるでしょう。しかしこれはそうじゃない。日米間で沖繩施政権の返還をめぐる
一つの交渉の問題で、これは漏れても第三国と
日本との
関係には大して影響はない。間接的にはそれはいろいろ影響は出るでしょうけれ
ども、直接的には
日本の
国民の外で――さっき世論を背景にしてやる
外交が大事だということを言われましたけれ
ども、こういうときにこそいま少し、
アメリカは施政権を返すという、そうして返還を受ける
日本はどちらかというと弱い
立場にある。特に今度の
政府のように少々なことがあっても返還がいまは大事だ、私
どもとそこは
立場が少し違う。私
どもはもちろん返還は必要だ、けれ
どもこの非常に重要な時期に、しかもこれから平和共存という方向が具体的にだんだん
世界の大勢になろうとしておるときに、このときにこそ年半基地という問題も、全面的な返還も、百%いかなくてももっともっと獲得すべきだ。返還だけやれば、あとで事を処するということでは、かえって
日本は苦しい
立場に追い込まれるという、そういういろいろな観点の違いはあります。だから、
政府の
立場からいうならば、少々の無理はのもうという気持ちを持たれることはわかるのです。けれ
ども、
アメリカのほうもさっき言った二原則にしても非常にきびしい態度で来ておる。
日本政府はこれに応ずるにあたって、少々のことはひとつ
国民にも納得してもらおう、がまんしてもらおうという気持ちがあるならばなおさらのこと、結果においてはあなたは負担は自分のほうで肩がわりをしなかったという
答弁をされておるが、同じ
結論に持っていくにしても、
国民的な背景でこの
外交を進めるという姿勢が私は大切なのではなかろうか。戦後の
日本の
外交で、一番戦前のを大きく改めなければならぬ点が、私はそこだと思うのです。平和
憲法下にこれからの
外交を進めるにあたっては、戦前流の
外務省のエリート意識に燃えた秘密
外交ではなしに、最大限の公開、最小限の機密、もっと早くこういうことに切りかえるべきだった。それは、いま青木さんも指摘された記者会見についてのやり方その他についても、そういう姿勢の変化というものは当然求められると思うのですけれ
ども、それ以上に私は、もっと
国民にできるだけのことを知らせる、そうして
国民的な背景をもって
外交を展開するということが、もっともっと
考えられてよかったのではないか、こういう点を反省する機会がここに到来した、私は最もいいチャンスであると思うのですが、
政府の
答弁は、さっきもあなたがおっしゃるように、機密漏洩ということに限って、それについては反省をするが、
政府の責任という観点はみじんも出ていない。そうして一事務官をやめさせたり、あるいは審議官に行政処分をしたり、あるいは
アメリカ局長が参議院であやまる、それだけで済まそうとしているのですが、もう少し
日本の
外交そのものの根本に触れた反省というものを、私はせっかくこういう
論議が国会でなされるなら、
外務大臣から伺いたい。ほんとうにこれは情ないですよ、
政府は責任はないというふうなことをぬけぬけと言われるというようなことは。どうでしょう。