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1971-12-15 第67回国会 参議院 沖縄返還協定特別委員会 第6号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十六年十二月十五日(水曜日)    午後四時二十三分開会     —————————————    委員異動  十二月十五日     辞任         補欠選任      江藤  智君     塩見 俊二君      永野 鎮雄君     橋本 繁蔵君      松本 賢一君     小野  明君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         安井  謙君     理 事                 高田 浩運君                 玉置 和郎君                 西田 信一君                 米田 正文君                 大矢  正君                 西村 関一君                 黒柳  明君                 松下 正寿君                 春日 正一君     委 員                 金井 元彦君                 川上 為治君                 佐藤 一郎君                 塩見 俊二君                 高橋 邦雄君                 塚田十一郎君                 寺本 広作君                 内藤誉三郎君                 橋本 繁蔵君                 原 文兵衛君                 平島 敏夫君                 増原 恵吉君                 山下 春江君                 山本敬三郎君                 山本 利壽君                 加藤シヅエ君                 佐々木静子君                 鈴木美枝子君                 田  英夫君                 羽生 三七君                 森 元治郎君                 渋谷 邦彦君                 中尾 辰義君                柴田利右エ門君                 星野  力君                 青島 幸男君    国務大臣        内閣総理大臣   佐藤 榮作君        法 務 大 臣  前尾繁三郎君        外 務 大 臣  福田 赳夫君        大蔵大臣臨時代        理        通商産業大臣   田中 角榮君        文 部 大 臣  高見 三郎君        厚 生 大 臣  斎藤  昇君        農林大臣臨時代        理        山中 貞則君        運 輸 大 臣  丹羽喬四郎君        郵 政 大 臣  廣瀬 正雄君        労 働 大 臣  原 健三郎君        建設大臣     西村 英一君        自 治 大 臣  渡海元三郎君        国 務 大 臣  江崎 真澄君        国 務 大 臣  大石 武一君        国 務 大 臣  木内 四郎君        国 務 大 臣  竹下  登君        国 務 大 臣  中村 寅太君    政府委員        内閣法制局長官  高辻 正巳君        内閣法制局第三        部長       茂串  俊君        防衛庁参事官   鶴崎  敏君        防衛庁防衛局長  久保 卓也君        防衛庁装備局長  黒部  穣君        防衛施設庁長官  島田  豊君        防衛施設庁総務        部調停官     銅崎 富司君        沖繩北方対策        庁長官      岡部 秀一君        沖繩北方対策        庁調整部長    田辺 博通君        外務省アジア局        長        須之部量三君        外務省アメリカ        局長       吉野 文六君        外務省条約局長  井川 克一君        大蔵省理財局次        長        小幡 琢也君        厚生省環境衛生        局長       浦田 純一君        厚生省社会局長  加藤 威二君        通商産業省公益        事業局長     三宅 幸夫君        運輸省航空局長  内村 信行君        郵政大臣官房長  森田 行正君        郵政省電波監理        局長       藤木  栄君    事務局側        常任委員会専門        員        小倉  満君     —————————————   本日の会議に付した案件琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリ  カ合衆国との間の協定締結について承認を求  めるの件(内閣提出衆議院送付)     —————————————
  2. 安井謙

    委員長安井謙君) ただいまから沖繩返還協定特別委員会を開会いたします。  委員異動について報告いたします。  本日松本賢一君、江藤智君、永野鎮雄君が委員を辞任され、その補欠として小野明君、塩見俊二君、橋本繁蔵君が選任されました。     —————————————
  3. 安井謙

    委員長安井謙君) 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国アメリカ合衆国との間の協定締結について承認を求めるの件を議題といたします。  前回に引き続き、質疑を行ないます。  柴田利右エ門君。
  4. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 沖繩百万同胞祖国復帰を要望し、二十数年にわたって復帰を叫び続けて、それこそ全島をあげて文字どおり島ぐるみの住民運動が熱心にしかも激烈に展開をされて、いまようやく返還実現しようとしています。その国際的手続としての米国との間に返還協定内容が両政府の間において合意、調印をされました。そしていま、この歴史的な課題はいよいよわれわれ国民の手によって結論を出さなければならないときが参っているというふうに判断をいたします。私は、この沖繩施政権返還について最も配慮し十分に関心を払わなければならぬ点は、沖繩が置かれておる歴史的、社会的、そして国際的な地位を十分に理解、認識することが重要であり、肝要だというふうに思っておりますが、この点につきまして総理の御見解をひとつお聞きかせをいただきたいと、このように思います。
  5. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 沖繩の置かれているいままでの歴史的、また最近の、戦中戦後、その置かれておる状況を十分把握しなければ沖繩の心はつかめない、かように御指摘になる、そのとおりだと私も思います。
  6. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 この沖繩返還につきましては、二年前の日米共同声明、これに基礎を置いて沖繩返還が行なわれるわけでありますが、総理沖繩に行かれて現地を親しく視察をされて、その実情の中から、これではいけないのだと、沖繩の人をあたたかく迎えなければならぬと、こういう考え方のもとに、いみじくも言われな沖繩が返らなければ日本の戦後は終わらないのだと、こういうふうにおっしゃって、この一大決意のもとに取り組まれた結果が今日の事態を迎えておるわけでございますけれども、しかし、私は、そういう意味では、総理決意なりそれを実現するための努力ということに対しまして敬意を表するものでありますが、しかし、同時に、その背景になっておる客観情勢についても見落とすことができぬのではないかというふうに思います。特に私などはその点は非常に重要ではないかというふうに思います。これは、ベトナム戦争のことを一つ考えてみましても、アメリカという世界の中でまず第一に指を折る巨大な国、経済的にも社会的にも政治的にも非常に世界に影響を持つ大きな国が、率直に言って、ベトナムをもてあましておるということを言ってもいいのではないかというふうに思いますし、ベトナム戦争自身が行き詰まりを来たしておる、こういうのが実情ではなかろうかというふうに思います。したがって、その戦費の増大によって国内経済もなかなか思うにまかせない事態を招来をしておるわけであります。したがって、そうなれば、海外援助というような面につきましても、どうしてもこれは手控えるというような状態にならざるを得ぬ。それがニクソン・ドクトリンというようなことが打ち出されたゆえんではなかろうかと思われます。同時に、東南アジアの国それぞれの国が自立のために懸命な努力を始めるのは、これは好むと好まざるとにかかわらず、自然のおもむくところであろうというふうに思います。  一方、沖繩における復帰運動が、冒頭にも申し上げましたように、全島をあげて非常に熾烈な形で行なわれてきた。これがやはり、異民族の統治の困難さというものを痛感をさせる一つの原因であろうというふうに思います。国内世論もようやく高まりを示し、こういうような背景をいろいろ考えてみますと、一部にいわれるように、今回の沖繩返還というものが敗戦によって失った領土を平和のうちに、話し合いの中で返還をさせた、非常に史上まれに見る例だ、こういうふうに自画自賛をされる向きもあるわけでありますけれども、必ずしもそうじゃなくて、むしろ、いま言ったような考え方でこの問題を見るときには、やはり、基地の問題にしても核の問題にしても、いろいろな問題が、何となく恩恵的な負い目を持った形で問題に対処をしなければならぬ、こういうふうに感ずるわけなんですが、そういう点につきましては、私はいま言ったように、もちろん、その努力は十分に多とするとしても、そういう背景も合わせ考えながら問題に対処をしなければならないのではないか。特に、あとの問題につきましては、われわれとしてはいろいろこれに関係をする、附属いたしますそれぞれの案件等対処する場合に、一そうその感を深くするわけですが、これらの点につきまして総理の御所見をひとつお聞かせをいただきたいと思います。
  7. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) いま御意見の中にもありましたように、これはただ単に政府努力したからとか、あるいはアメリカ理解してくれたから、こういうような簡単なものじゃないことは御指摘のとおりであります。ことに、これは何といいましても、県民現地沖繩県民百万、これが異民族支配には耐えられない、祖国復帰をこいねがっておる。しかも、また本土の一億国民もこれと呼応して、沖繩だけどうも異民族支配下に残すわけにいかない。ことにさきの戦争では本土防衛の第一線になった、焦土と化した。それをどうも見ているわけにはいかない。これは心から本土国民また沖繩現地百万、これが祖国復帰をほんとに熱願した。この点が実を結んだ。かように考えていいだろうと思います。ただ、その場合に、相手アメリカであったがゆえに、相手がわれわれの同盟国であったがゆえに、この点については理解を与えてくれた、かようにもこれまた評価してしかるべきではないかと思っております。われわれは南方、北方それぞれが、われわれの固有の領土が、それぞれ外国支配下に残されておる、その状態を考えたときに、ただいま申し上げるような考え方に到達せざるを得ないのであります。私が沖繩を訪問したのが一九六五年でございました。そうして私はいたく心を打たれましたが、当時、私自身アメリカ交渉する、そこまでなかなか踏み切ることができなかった。そういう際に、民社党のなくなられた西村君などは、政府を鞭撻してくださった、私はこれを高く評価しておる。こういうこともきょうの本会議でも申しましたが、これなどは明らかに本土国民沖繩百万同胞に呼応しての私は叫びであったと、かように思っております。したがいまして、私はそれらの点に勇気づけられ、アメリカに参りましたのが六七年、そのときにジョンソン大統領と初めて交渉を持つことができた。沖繩の話にはいきなりはなかなか入れないが、まず小笠原返還、これと取り組みたい、そうして沖繩返還についての手がかりを持ちたい、かように思ったのであります。幸いにしてそのとおり実現ができた。でありますから、私が、一九六九年にただいま言われたようにニクソン大統領共同コミュニケを出して、そうしていわゆる核抜き、本土並み早期返還——七二年中の返還、これをとりつけることができた、私はかように考えております。もちろん、国民一致協力なくしてはかような大事業はできることではございません。私は、北方領土については手のつかない状況にあるだけに、ただいまのようなことを、ほんとに一億国民のこれは結集結論だ、もたらしたものだ、かように思う次第でございます。どうぞよろしく。
  8. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 そういう総理のお話を聞いたあとでこういういやな言い方をするのは何とも私もあれなんですけれども、一応これは聞いて、ぜひ考え方をお聞かせをいただきたい、こういうふうに思いますので、この現在の沖繩返還協定国民世論、特に現地沖繩において、協定内容についてかなり不平不満があり、「沖繩処分」というようなことばも耳にしますし、活字でも散見をするようなことがあるんですが、せっかくいまおっしゃったように、この問題に対して私も申し上げましたが、そういう経緯を踏まえながら、今日を迎えてそういう批判に対してどのように総理はお考えになって聞かれておるのか、お聞かせ願いたい。
  9. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) いざ返還祖国復帰する、こうなりますと、できるだけ引き継ぎと申しますか、返還、それが円滑に行なわれること、これを心から願っておるわけであります。いままでがアメリカ施政権下にある。しかも、そこに強力なる軍事基地がある。そういうものが即刻日本に返ってくるのでありますから、そこらにたいへんなじみにくいものもあるのであります。しかしながら、私は、今度返ってくればいわゆる日米安保条約、そのワク内において基地が使われる。したがって、行動なども事前協議の対象としてでなければいわゆる自由出撃など、これはできない。また、核は撤去すると言っておる、こういうような約束事もございます。等々のことを考えてみますると、ただいまの状態では基地密度はとても本土のような状況ではございません。だからこの密度をもっと薄くする。また、ことにどうしても考えてもらわなければならないのは、いわゆる特殊部隊という、そういうような部隊がついたり、あるいはまた非常な広域にわたる演習地を持っていて、そこで外国の軍隊まで訓練をしている。こういうようなことは、今度はやはりやめてもらはなければならない、かように思います。しかし、まあ、ただいまの返還のその状態で、直ちにさようなものをきれいにして日本に返ってくるようにしてくれ、こう申しましても、それは実は無理ではないか、かように思いますので、やはり時間はかしていただきたい、かように思いますし、また衆議院段階におきまして、軍基地整理統合等についての決議がされた。また核についての決議もされた。これについて政府が所信を厳粛に表明した。こういうような事柄もその間の事情を物語るものではないだろうかと思います。私どもは、本土におきましても、つい二、三年ばかり前だったと思いますが、皆さん方から総点検すべし、こういうようなことで基地の総点検をした。それまでは横浜の市内にもずいぶん強力な基地があった。そういうものが、やはり総点検をし、そういう段階で変わってきた、こういうような事例もございますから、やはりいましばらく時間はかしていただいて、そうして円滑に施政権復帰できるように、そうしてその間にあまり混乱を来たさないようにいたしたい、かように思う次第でございます。
  10. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 いま、総理からいろいろお気持ちを聞いたわけでありますが、結局、時間をかくしてくれ、そう急にはいけないのだ、自分が沖繩へ行って、住民にみずから接して、その中で一つ結集が生まれて、運動がいま実を結ぼうとしている、こういう時期ですからね、こういう時期に返還協定に対してやはり反対があるのは事実なんです。その反対は、ためにする反対もあるのでしょうけれども、何とかこれをもう少し住民気持ちをくんだ——具体的にそういうものを、気持ちをくみ取ったような形にならんだろうか。まあ、話が抽象的なんですけれども一、それに対してやはりもう少し時間をかしてくれということじゃ、これはかみ合わぬわけですね。  これはあとでまた少し具体的に私はお聞きしたいと思っていますが、一つ返還協定内容というのがきわめてあいまいであって基地返還の実態というのが、長い間運動をしてきて、いま総理が言われたような考え方をみずから聞いた住民の人から見れば、返還協定がようやく成立するというときには、基地の問題にしても何にしても、直ちに一〇〇%満足がいかぬにしても、ある程度のことができるのではないかというふうに私は思っているのも無理からぬと思いますが、ふたをあけてみたら、基地の問題も非常に、あまり数は減らずに、重要な基地についてはその機能がそのまま残っておる。こういう状態で、その点は返還によって軽減はされないと、こういうようなことになると、結局住民の願い、願望というものは、やはり無視をされ、くずれ去った。先ほど総理が言われたことと実際やられたこととでは、そこに食い違いがある。気持ちはそのまま受けるにしても、現実の問題としては、返還が行なわれて、それが沖繩住民の生活の安定のために、さらに沖繩が将来よくなっていくために、平和で豊かな島づくりができるために、これは一つ出発点ですから、そういう意味ではそこにやはり琴線に触れるものが私は足りなかったのではないかと、こういうふうに思うわけなんですが、私も先年東南アジア視察チームの一員として沖繩へ参りました。もちろん私が会ったのは非常に限られた人でありますので、これをもって全部の人だというわけにいきませんけれども、よくいわれることでありますが、沖繩における終戦時のいわゆる日本の防波堤になったあの凄惨な戦いを経験をしたそういう人たちから見れば、基地があるということは、直ちにその恐怖がよみがえるような気持ちになるということを、私も会ってみて実際に感じたわけであります。こういう中で、さらにまたその沖繩において、米軍が駐留して、朝鮮戦争ベトナム戦争に直接出撃をする航空機や艦船を見る。こういうことになれば、その思いはさらに私はつのってくるのではないかと、こういうふに思うわけなんですが、これは先ほどお聞きしたのと同じような趣旨のことになると思います。いま総理の御見解をお聞きをしましたので、外務大臣のひとつ御見解をお聞かせを願いたいと思います。
  11. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 私も、沖繩における県民の熱望が土地にある、土地を返せとこういうことばが言われますが、そこの辺にあるということはよくこれは承知しております。しかし、一面におきまして、世界情勢がどういうふうになっているか、特に極東情勢がどう動いているか、そういうような点を考えてみると、世界的に、かつ、特に極東におきまして緊張緩和の動きがある、そうは考えまするけれども、しかしながら、これがまだ定着をしていない、固定化していない。そうなりますると、米軍極東における配置の態勢というもの、それに大きな変化が今日この時点においてはまだなかなか起こり得ない、そういう環境下においての日米交渉であったわけであります。ですから、外務当局といたしましては、これは全力を尽くしてこの基地の問題、これ、話し合ったわけです。そのぎりぎりのところが今日御審議を願っているA・B・Cの表というふうになってあらわれてきておると、こういうことであります。  で、将来を展望しますと、私はこれは一つ国際情勢の問題があると思うのです。国際、特に極東情勢、これが緩和方向に向かって、そしてこれが安定する、定着をするというようなことになりますると、大きな変化が出てくると、こういうふうに思います。それからもう一つ私が頭の中で想像しておりますのは、ニクソン・ドクトリンつまり、あれの背景にはアメリカ財政事情がある。そういう面から、沖繩基地の問題、つまり、あそこにあれだけの兵力を置くことを必要とするかどうかと、こういう問題に対する再検討の問題、こういう問題があると思うのです。この二つは未必の問題でありまするけれども、私どもは、もしそれがそういう方向にいくならば、大きな変化基地問題に対して与えるであろう、こういうふうに見ておるのであります。しかし、そういう未必の問題を待つまでもなく、まあぎりぎりの交渉をしたというふうに申し上げましたが、しかし、このぎりぎりの交渉の中におきましても、私どもがまだこれはアメリカ政府に対しまして考慮を求めたいと思っておる点がある。  それは、一つは、あの基地密度の中でも、特に中部地区にその基地が集中しておる。あそこには沖繩県民人口も集中しておるわけです。その集中しておる人口をかかえる中部沖繩本島、あそこに手厚い基地が存在している。この問題について何とか私は話し合ってみたい、こういうふうに考えております。  それからもう一つは、レクリエーションというか、そういうような施設、そういうものにつきまして、たとえばゴルフ場の問題というのがよく引き合いに出されますが、こういう問題につきましても話し合ってみたいと思っておる。  あるいは、さらにたくさんの演習場があるけれども、これは基地機能、それの範囲をあるいは越えておるという問題があるかもしれぬ、こういうふうに考えておるのであります。そういう問題につきましては、ただいま申し上げましたような大きな戦略的米軍配置、その問題とは別に、もうすでに今日話し合いを始めておるし、これからもこれを粘り強く続けていきたい、こういうふうに考えておるわけでありまして、何とかそういう諸問題は、さしあたり返還協定成立返還実現、その後になる問題であるとは思いまするけれども、今日からすでに交渉を始めておる、こういうふうな状態でございます。
  12. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 私どもはこの沖繩返還に際し非核——核抜きといいますか、さらに寒地全体の整理縮小明瞭化、これは非常にスケジュール的にはっきりしてほしいと、それからVOAの早期撤去、こういう三つの点をあげまして、これを最低の条件としていままで主張をしてきましたが、かりにこの三つ条件が満たされたとしても、それですべてが終わりということでなしに、むしろ入り口があいたと、こういう意味にしかならない。したがって、本質の問題の解決にはならないのじゃないかということを考えながら、まずこの三つの点を主張してまいったわけであります。したがって、本土並みということをおっしゃいますけれども、これは安保条約文字どおり最大限拡大解釈をしてこれを沖繩に適用しようという政府の態度だというように私どもは考えておりますけれども、まず第一に、沖繩基地といいますか、沖繩において攻撃的、実戦的兵力を残すというようなことはまずこれは論外だと、こういうように思っておりますし、これらの訓練等も当然これは中止すべきであり、いわゆる特殊部隊といわれておりますこれらの挑発的なスパイ的な性格の部隊も当然好ましくない。同時にまた、兵たん機能というのが現在沖繩にはかなり大きな規模であるわけでありますけれども、これらは有事駐留のための最小限に限られるべきだと、こういうふうに思っておりますが、かりにこれは段階的な基地縮小整理という一つ考え方であったにしても、政府は、いま福田外務大臣は、中部における非常に中心地、そうしてまた人口も密集しておるところ、それを一つ例にとりまして、何とかこれを話し合いの中で解決をしていきたいと、こういうことをおっしゃったのですが、これは非常に悪い聞き方からすれば、協定の問題はもう自然成立の中に入っておる。いまああいうことを言うのだから、この程度のことはやはり言っておくよりしようがないのじゃないかと、こういうように私はとりませんけれども、もう少し先を話をしていただきませんと、いまの段階で、冒頭に言ったように、いま反対のほうにいっているわけですね、そういう中でわれわれ論議をしておるのですから、とにかく協定が終わってからになるだろうけれども努力をしているのだということでは、ちょっと私はロジックが合わぬようだ思うのです。それをもう少し明確に詳しくひとつ説明してください。
  13. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) ただいま御審議を願っております協定、これはぎりぎりの交渉であったということをただいま申し上げたわけなんです。いまこの段階で、このA・B・C表、特にA表について改訂を求めるということ、これは私、見ておりまして、絶対いまの状態では不可能である、こういうふうに考えておるわけであります。だからこそ、返還後になりましょうがという前置きをつけまして、A表内の基地、これのわが国への返還ということに努力をしておる、こういうふうに申し上げたわけなんです。とにかくこの基地につきましては、これはかなりアメリカ政府当局、特に軍当局において抵抗のある問題。私は、いま、私のこれからの基地問題に取り組む姿勢につきまして申し上げたんですが、これはまあかなりむずかしい談判になると、こういうふうに見ておるわけです。しかし、むずかしいが、沖繩県民の心情を察するときに、これだけはやってのけなければならぬ、こういう決意で談判しますけれども、これは非常に困難、まあ幾多のいきさつを経なければ実現をしないような問題かと思うんです。しかし、私はそれをあえて意を決してやってみたい、こういう決意であることをはっきり申し上げます。
  14. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 いま、今回の沖繩交渉の経緯を振り返ってみると、これはほんとうにぎりぎりのところだと、アメリカの軍部は非常にもう強いんだと、こうおっしゃるんですね。だから、私は一番初めに、この問題は衆議院のほうでも総理がお答えになってましたけれども日本アメリカと対等で十分にこの問題を、安保の問題があって負い目になるけれども一、それは負い目でなくて、日本の国が経済的にずいぶん成長をして、そういう面からいけば、それは負い目でなくて対等の交渉をしたんだというふうにおっしゃっておられるのを私も議事録で読んだんですけれども、結局、何といいますか、そのぎりぎりの交渉という場合に、私が冒頭に申しましたような考え方を加味されぬと、やっぱり自画自賛というようなかっこうで、とにかく敗戦で失った領土が返ってくるんだ、平和的に返ってくるんだというような考え方だけでは、やっぱり私はそういう面が出てくるんじゃないかと思いますが、これは冒頭に申し上げましたようなことなんで、この程度にしておきます。  それと、具体的に、ひとつ基地のことで、特殊部隊のことで御質問を申し上げたいと思いますが、この基地の態様につきましては、いまお話がありましたような問題をはらみながらきておるんですけれども、そのほかに、特殊部隊と一口にいわれております第一特殊部隊だとか、第七心理作戦部隊だとか、あるいはSR71戦略偵察機だとか、こういうものがあるのですが、このSR71戦略偵察機について、これは中国大陸の上空偵察を主任務にするというふうにいわれておりますが、政府はこの五月にSR71について他国の領空・領海を侵すおそれが出ないよう保証を取りつけることが必要であると、こういうふうに言われておるのですが、それに対して協定調印後の国会では、この点はお触れにならずに、同機——同機というのはSR71——が領空侵犯を行なっている事実は承知していないと、こういうふうに変わってきているように思うんですが、これは私は少し後退をしたような印象を受けるんですけれども、この点について、まずそういうことをおっしゃったかどうかということを確認しながら、その後の領空侵犯を行なっている事実は承知しないという言明との関係をひとつ御説明をいただきたいというふうに思います。
  15. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 私は五月のその応答につきましてはよく承知しておりません。おりませんが、領空をこのSR71が侵犯しているんじゃないかと、こういう趣旨の御質問がありましたので、領空侵犯はしておりませんと、こういうお答えをしたわけです。しかし、五月のそういうやりとりの問題につきましては、今度の沖繩返還交渉の過程においてはっきり領空侵犯はいたさせませんと、こういう米国政府側の証言を得ておるわけであります。で、いま中国の話が出ましたが、これは、中国からこのSR71につきまして一回もまだ抗議、そういうような形の苦情は出ておりませんでございます。北鮮のほうから五回ばかりそういう抗議めいたことが言われておるんでございますが、中国からは一回もまだそういう事実はないと、またアメリカ側も、他国の領空は侵犯しておりませんと、またいたしませんということを確言をいたしておる次第でございます。
  16. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 そういうことであれば、保証を取りつけるための交渉なんというものは当然行なわれていないというふうに判断をするんですが、七月二十九日付のニューヨーク・タイムズは、アメリカ政府筋からの情報として、中国上空の偵察飛行を中止をすると、こういうふうに言っておるんですが、この報道そのままからいけば、いまおっしゃったように、中止をしたんですからいままで飛んでおったと、こういうことになるんですね。中止をする——情報に基づいて、中止をSR71がするということであれば、それは飛ばないということになるわけですから、そんな無用の長物はもう撤去をするような交渉をしたらどうだ、こういうふうに考えるんですが、いかがですか。
  17. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) これはただいま申し上げましたように、今度の返還交渉の過程で、領空侵犯のごとき国際法違反は絶対にいたしません、こういうことを盟約をいたしておるわけです。それからわがほうにおきましても、領空を侵犯をしたと、しかも今度は施政権もわが国に返ってくる、そういう基地から飛び立ちまして、他国の領空を侵犯をするということになれば、これは重大問題でありますから、さようなことはいたさせない、こういうふうに考えておるわけですが、もしいたしたというようなことになれば、これは重大問題である。その際にはアメリカに対して厳重なる措置をとります。
  18. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 いま福田外相はいたさせないと、こうおっしゃったのですが、あとで厳重にアメリカに抗議をするということなんで、福田さん自身が飛行機を飛ばさないということではないと思いますけれども、いずれにしても、こういう時期に、中国上空を偵察飛行をするというようなことが大体認められておるというような飛行機を沖繩に置いておくというのは、私はあまり好ましいことではないというふうに思います。  次に進みますが、十二月十三日の衆議院沖繩北方特別委員会で楢崎委員が、復帰沖繩を含めた日本に核を持ち込まないということは返還協定で条約化されたと見てよいかと、こういうただし方をしておるんですが、これに対して総理は、結論としてそうなると、こういうふうに答弁されておるというふうに承知をいたしておりますが、この点を確認したいと思います。
  19. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 核が返還時においてない、また、それ以降においてもないということですね。これは佐藤総理大臣、ニクソン大統領、この両巨頭の共同声明において厳粛に確認をされておるわけなんです。それを受けまして、今度の協定第七条で核撤去——核は私ども沖繩に存在すると、こう見ておりますが、その核撤去費、これを含めまして七千万ドルを支払う、こういうことまでいたしておりますので、この問題も条約上明文化しておると、こういうふうに御理解願ってさしつかえなかろう、かように考えます。
  20. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 そういうふうになりますと、やはり本土についても核抜きということを何らかの形で条約化することが可能ではないかというふうに思います。この委員会でもそのことについていろいろやりとりがあったり、調査云々というような話もありましたけれども、私はそれが可能であるとすれば、大いに努力をしていただかなければならぬの噂はないかと思いますが、御見解をお聞きします。
  21. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) ただいま私が引用いたしました総理大臣と大統領との共同声明第八項、これにおきまして、「総理大臣は、核兵器に対する日本国民の特殊な感情及びこれを背景とする日本政府の政策について詳細に説明した」、これはつまり核三原則を説明したわけであります。それに対しましてアメリカ政府のほうは、「米国政府の立場を害することなく、沖繩返還を、右の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した」と、こういうふうにあるのでありまして、総理大臣は核三原則、これをるる申し上げまして、そして特に、この共同声明は沖繩に関する共同声明でありますから、特に沖繩に触れまして、「沖繩返還を、右の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した。」と、そういうことでございます。
  22. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 私、先ほど質問したのは、そういうあるいは内容が含まれておるのかもしれませんけれども、文章だけからいけばそんなことはないんですよ、いま私が読んだとおりにですね。復帰後、沖繩を含めた日本に核を持ち込まないということは返還協定で条約化されたと見てよいかと——それは説明をすればそういうことであるのかもしれませんけれども、そういう説明を私は聞いておるのでなしに、こういうことを言われて総理は、結論としてそうなると、こういうふうにおっしゃってみえるというふうに私は承知しておるのです。だから私は確認をしておるんです。もしそれが確認をされるなら、本土についてもあらためて何らかの形で条約化することが可能だと、こういうふうに判断をいたしますので、それならひとつ努力をしてくださいということを申し上げようと思って前のことを確認したら、何だかたくさん持ってこられて——それはよく聞いていますよ、佐藤さんとニクソンとそういう約束をした、約束をしたから信用せいと、こう言って突っぱねておられるわけですね、政府は。それだけではいろいろな事象から言って心配だからはっきりさせようというのが大体いままでの流れですね。だから、これ、私の判断では、こういう質疑があって、総理結論についてそうなるというふうに言われたのは、いままでよりもっとはっきりしたというふうに思ったわけです。それならそのように本土にも核の問題ははっきりしてもらおうと、こういうふうに思ったわけです。そう別に持って回ったことを言っておるわけではないんです。
  23. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) いま御質問の趣旨、よくわかりましたが、民社党は、核抜き、これについてもう少しはっきりせいと、こういうことをかねがね主張しておられる。私どもの立場といたしますと、核につきましては、安保条約のときですね、十一年前、岸さんのときです、あのときもうすでにアメリカ政府は、当時の岸総理に対しまして核の持ち込みはいたしませんと、こういうことをはっきり言っておるわけです。それからさらに引き続いて佐藤ニクソン共同声明、これでもはっきりそれをさしておるわけです。また今回の協定でも、これは沖繩返還協定ですから、沖繩に関するものでありまするから、この点、沖繩に核を持ち込みませんと、こういうことをはっきりしておるわけでございます。核は日本本土どこのすみずみにもありませんということは、これはもう非常にはっきりしておる。もう私どもはこれ以上つけ加える何ものも必要はないと思ったのです。思ったのですが、まあ、あなたの政党、その他もそうでありますが、特に民社党から三点をあげまして、そのうちの第一点として核の持ち込み、そういうことがないということをさらにさらに明確にする方法はないかと言うものですから、私どももいまそういう方法はないかと思って頭をひねっておるんです。何とかこれはしたいと思っておる、さよう御了承願います。
  24. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 ちょうど私そのことをお聞きしようと思っていたんですが、この核の問題について、やっぱり不安が残っておるんですよね。全部解消されたということでは私はないと思います。したがって、政府のほうがいろいろ、核の問題はもう心配ないんだ、信用してくれと、これはもう両国のそれこそ大立て者二人がそろって、持ち込みません、もうなくなるんだと、こうおっしゃってみえるわけです、終始一貫。それに対していま外務大臣がおっしゃったように、そう言ってきたんだけれども、どうもそれだけではすっきりしないようだと、これはお認めになっておられるわけですね。だから何とかしたいと、何とかしたいというのは、これはタイミングの問題もありますしね。そういうことを言われてからかなりの時間たっておるんですよ。たまたまきょうも本会議でお聞きしたように、返還の時期はいつですかということに対して、もうそろそろそれを詰めなきゃならぬ時期に来ておると、そこまで来ておるのですからね。むしろその点をはっきりさして、いまお考えになっておること、どういうことをお考えになっておるのかよくわかりませんけれども、そうすれば、さらにそういう不安を解消することになるのじゃないか。もっとも一つの方法としてわれわれ持っていますけれども、まあ、いまそういうことについてお聞きをしておるのですかち、私のほうから別に言う必要はないと思いますけれども
  25. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 衆議院でもちょうど同じ御質問が曾祢委員からありまして、何とかくふうをこらしたいと、こういうふうに申し上げたのです。で、いま私もくふうをこらしておるわけでありますが、一月の六日、七日にサンクレメンテにおいて総理大臣、ニクソン両巨頭の会談が行なわれる。まあ、何とかそういういい機会にはそういう問題についての結論を得ることができないかなあと思って期待を持ちながら、いまいろいろその検討をいたしておると、こういう最中でございます。
  26. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 まあ、それ以上お聞きをしてもなかなか具体的には出てこぬと思いますから、先に進めます。  那覇軍港の海没地について交換公文が出ておりますが、これについて御質問をしたいと思います。  この交換公文は、那覇軍港を拡張したためにつぶされて海面下に没した土地については、アメリカ日本政府と協議をした上で、アメリカ沖繩において他に埋め立てた土地で現在保有しておるものを処分することによって海没地の地主に補償する形でこの問題を解決すると、こういうことになっておりますが、この問題は協定六条との関係で、成立をいたしますと、その土地自身は日本のものになるということになりますので、補償しようにも補償のしようがないということにもなります。したがって、これはこのこと自身もうすでに発動してもいいことになっておるのですが、その状況について御説明をいただきたいと思います。
  27. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) これは交渉しました政府委員のほうからお答え申し上げます。
  28. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 海没地の問題でございますが、返還時、返還協定交渉時に琉球政府を通じまして私どもが知っておりましたのは、那覇軍港内の海没地、面積一万八百六十四坪、地主さんの数が九十人、筆数九十八筆でございましたわけでございます。そしてこの海没地の問題はいろいろいままでいわれ因縁がございまして、海没地になりましたのはずいぶん前の話であると思うわけでございまするけれども、その地主さん方が、海没したにもかかわらず何らのその救済措置がとられていなかったわけでございまして、それにつきましてアメリカ軍に交渉をなさいまして、一九五九年九月に至りまして関係地主の陳情がある程度認められまして、そして土地が存在するという擬制をとって、一九五〇年七月一日にさかのぼって布令二十号に基づくところの賃借料をずっともらっておられるわけでございます。そういう状況のもとにおきまして、今後どういうふうにしたらいいかということを考えまして、アメリカ交渉いたしまして、アメリカが埋め立て地というものを自分でだいぶつくっている。それを原則として代替地として地主さんに肩がわりすると、差し上げるということにいたしますると、そういたしますると、地主さんは、その今度の土地がまた軍用地になりましてもそれから引き続き、いままでと今度はもっと上がると思いまするけれども、賃貸料がずっと入ってくると、こういうふうな状況になりまして、これがまあ、考えられるいい適当な解決方法じゃないかと思いまして、アメリカ交渉いたしました結果この交換公文ができたわけでございます。そしてこの交換公文の実施のためには、アメリカ軍と、原則はこのとおりになりまして——これから地主さんと早々にアメリカ軍が交渉を始めまして、私どもも、特に施設庁のほうでお手伝いをしていただきまして、地主さんの満足をするような解決方法を得たいと、現在そういうふうな状況に入る状態でございます。
  29. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 ちょっといまの、そういう該当する人たちですね、その中から、いまあなたが説明されるような状況の仲間として欠けるような人はいないんですか。すべて、あなたのおっしゃる、そういう該当者は全部、いまおっしゃったように新しい埋め立て地をもらって、それで賃借料ということで補償がされると、こういうことですか。もうはっきりわかっておるわけですか。一人も漏れなくと言ったほうがよろしいかな。
  30. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 大体、いままで私どもが存じております限りそのような解決がなされ得ると思います。ただ、私どもといたしましては、そのために「これらの諸島において埋立てた土地で現に保有しているものを必要な限度において処分することにより那覇軍港内の土地の海没から生じた問題を解決するため」というふうなことばをあえて使いましたのは、先生がおっしゃいますように、万一、そういう土地をもらうのはいやだと、むしろ金をほしいというふうな方があるというふうないわゆる推定がある場合には、それもカバーでき得るというふうなことばづかいにしておいたわけでございますが、現実の問題としては、ほとんどその土地でこの九十人の方が同一行動をとっておられるということでございますので、すでにアメリカから土地が存在するという擬制をとって、そして賃貸料を支給を受けたと、現在まで続いておりますけれども、その際からずっと同一行動をとっておられるということでございますので、大体そういうふうに解決する見込みだということが現在申し上げられることと思います。
  31. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 琉球水道公社のことでお尋ねをいたします。この琉球水道公社の年次報告書によりますと、沖繩住民の用水供給源というのは全島統合上水道、これが米軍所有の施設と琉球水道公社所有の施設から成り立っておるというふうに言われております。返還協定第六条一項によって日本政府に移転される財産には、全島統合上水道のあらゆる施設が含まれるのか、あるいは含まれないものがあるのか、その辺についてお尋ねをいたします。
  32. 小幡琢也

    政府委員(小幡琢也君) 協定六条一項に基づきまして日本政府に移転される琉球水道公社の財産、これは現在琉球水道公社が所有しておりますもの、それに今後、復帰日までに統合上水道から水道公社に移転されますもの、これを含んだものでございまして、私どもの資産の評価もそういうものを、資産増加見込み額を含んで評価しております。
  33. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 別な聞き方をすれば全部含まれるということなんですか、そういう経緯で。
  34. 小幡琢也

    政府委員(小幡琢也君) 統合上水道のうち、ほとんど復帰日までに移転されますが、ただ、その中に復帰日以後も米軍が専用する施設、たとえばキャンプ桑江にございます浄水場、それとか、あと那覇の空軍基地にありますタンクとか、ホワイト・ビーチのタンクとか、その他若干の専用の送水管、こういったものは例外として移転されないと、そういうことになっております。
  35. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 それでは琉球電力公社の件についてお尋ねをいたします。琉球電力公社は、米軍所有の二隻の発電船を賃借をして発電を行なっておるというふうにいわれますが、もちろん、この二隻の発電船だけで全島の発電をやっているとも思いませんけれども、この二隻の発電船は引き継がれる財産に含まれるのか。そしてまた、この二隻の発電船の供給量というのは、大体のところ、電力の何パーセントぐらいになっておるのか、お尋ねをいたします。
  36. 小幡琢也

    政府委員(小幡琢也君) 琉球電力公社の発電船でございますが、これは現在米軍から賃借しているものでございます。先生がおっしゃいました二隻の発電船のうち、その一隻——インダクタンスという発電船でございますが、これはすでに本年の二月に米軍返還済みでございまして、現在は一隻——インピーダンスといり発電船が那覇軍港に係留されて発電を行なっておりますが、これは賃借物件でございますので、引き継ぎ資産には含まれておりません。われわれのほうも評価の対象には入れておりません。  それから、これの発電能力でございますが、インピーダンス号は三万キロワットの発電能力を持っておりまして、現在、琉球電力公社の発電の総体の能力が四十二万キロワットでございますので、四十二万キロワットに占める三万キロワットということでございます。
  37. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 民間航空の了解覚書についてお尋ねをいたします。現在、沖繩ではアメリカの航空会社四社が入っておりますが、そのほかに、台湾の中華航空が台北−那覇−大阪の経路で乗り入れております。復帰後この乗り入れを認めるかどうか、こういうことについて航空業務に関する日本国と中華民国との間の交換公文というのがあるわけですが、これは新聞の報ずるところによりますと、台湾は沖繩返還協定は不当なものだと、こういうことで認めておらず、このため、復帰と同時に中華航空の那覇−大阪の路線は自主的に運航を中止をするというようなことがいわれておるやに報ぜられております。しわし、台北——那覇間は既得権益として、既得権の擁護と、こういうことを強く主張をして——主張をしてというのは、あるいは、私ことばが適切でないかもしれません。日本側の申し入れについては乗らぬ、拒否をしておるということですから、まあ、がんばっておるわけだと思いますが、政府は台湾と、この中華航空の乗り入れについて、報道されておるように交渉をされておるのか、あるいは、いま私が申しましたような形で、既得権益だということで、協定が終わったあとも乗り入れるということであれば、黙認をするというよりなことであれば、これは無協定で乗り入れをすると、こういうようなことになりますので、今後の措置、あわせていまの状態についてお尋ねをいたします。
  38. 丹羽喬四郎

    国務大臣丹羽喬四郎君) 日華航空の相互乗り入れにつきましては、御承知のように、日華航空取りきめによりまして、ただいま相当航空需要が現実にございまして、中華航空からは十七便、日本航空から三十七便、相互に乗り入れをしている次第でございまして、また、ただいま御質問がございました中華民国政府のそういった意向でございますが、私どもまだはっきりは承知しておりません。ただ問題は、この取りきめは一年ごとに自動更改することになっておりますので、ただいまやはり取りきめはございます。また航空需要がございますので、向こうからそういったような通告がございましたらば、そのときにこの問題が出てくる。それまでは現在のままでお互いに乗り入れをやっていくということでございます。ただ、沖繩日本返還になってまいりますると、カボタージュの問題が出てまいりまして、カボタージュの禁止は当然のことでございまして、カボタージュの禁止をするということはわが政府からすでに通告をいたしております。そういうような状態でございます。
  39. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 実はきょう本会議で、VOAの問題につきまして御質問をいたしまして、郵政大臣のほうからたいへん詳しく御答弁をいただきました。ここで注意することは、御答弁の中でもありましたように、このVOA放送の内容について、御答弁の中では、大体あの近所に都合よく傍受できるところもあるというようなお話がございました。それで、まあそれによって、いろいろ意見を述べ、そして訂正すべきところは訂正をしてもらうようにするんだと、こういうふうに御説明があったように覚えておりますが、この放送にかかわる責任というのはすべてアメリカ側が負うということになっておりますので、かりに放送の内容について日本側が意見を言い、まあ俗なことばでいえば、文句を言い、いちゃもんをつけてみても、これはアメリカ側が責任を負うということからいって、なかなかこちらの思うようにはいかないんではないかという懸念がございます。したがって、この文書の中に「尊重」という文言がございますが、この「尊重」というのは、日本側が表明をした見解なり意見をそのまま受け入れ、修正を加えるなりあるいは中止をするという意味に解していいのか、あるいはそれとも、単に、「尊重」というのは、言ってきた内容について参考程度にすると、こういうことなのか、この辺についてさらにお聞かせをいただきたいというふうに思います。
  40. 廣瀬正雄

    国務大臣(廣瀬正雄君) 傍受の方法につきましては、本日、本会議で先生にお答えいたしましたように、なかなか指向性の強い電波、放送でございますから、非常に聴取はむずかしいようでございますけれども、幸いに送信所の近くで適当な場所を選定できそうでございますので、それによって捕捉いたしまして傍受するというようなことにいたしております。放送全部に対してそういうことをやりたいと思っておりますが、そこでただいまお尋ねの問題でございますが、これは御承知のように交換公文にはただいま御指摘の程度しか書いてないわけでございまして、それから先がどうなるかということになりますわけでございますけれども、これはまあ日本アメリカとの親善関係、それから外交ルートを通じて、誠意を持って熱心に、どうも放送の内容がよくないんじゃないかと、国際友好親善を阻害するような放送をやっているじゃないかと、そういう事実があれば、執拗に熱心に誠意をもって折衝するということに、これは外務省のほうでやるわけでございますけれども、お願いいたしたい、このように考えておるわけでございます。
  41. 柴田利右エ門

    柴田利右エ門君 時間が来ましたので、これで終わります。
  42. 安井謙

    委員長安井謙君) 以上で柴田君の質疑は終わりました。     —————————————
  43. 安井謙

    委員長安井謙君) 次に、星野力君の質疑を行ないます。  星野力君。
  44. 星野力

    ○星野力君 佐藤総理は、沖繩問題は施政権返還が先決である、施政権が返れば米軍基地の問題も、県民の生活や人権の問題も、逐次改善されるという意味のことを言われてこられました。そういうあなた方の論理や心情からするならば、この沖繩協定反対するなどというのはまことに心外の至りということになるかもしれないのであります。しかし、御承知のように、新聞などの世論調査によりましても、施政権返還をだれよりも喜ばなければならないはずの沖繩県民の多数がこの協定反対し、あるいは深刻な不満を示しておるのであります。この現実をどのように認識なされるか。なぜ沖繩県民協定反対するかについて、あなた方自身の論理や心情、それをしばらくそこから脱却して、沖繩県民をはじめとする国民の声を、あなた方にとって耳ざわりのいい声だけではなしに、もっと広い国民の声をひとつ聞いていただきたいと思うのであります。沖繩県民のだれ一人としまして施政権返還反対しておるのではございません。長い年月沖繩県民が抱いてきた祖国復帰の願いは、施政権返還とともに、あの沖繩決戦の当時からアメリカの軍事占領下を通じて、実に三十年近い年月をその中に閉じ込められてきた戦争ののろいから解放されることであります。核も、軍事基地もない、人間の生命と権利が守られる平和な沖繩に住めるようになることであります。奪われた土地が自分たちの手に返ってくる、そのことであります。ところが、この協定ではそうはならない。施政権が返ってくればあとはよくなるんだと、こう言われても確実な保証があるわけではございません。五年たった、十年たったら、軍事基地がなくなる、土地が返ってくるというのではございません。きょうの本会議におきましても、山中総務長官が、十年後の見通しが立たないことを述べておられました。少なくとも、自民党内閣のもとではその保証はないと言わなければなりません。事実は、施政権返還と引きかえに、軍事基地をはじめ、これまで沖繩県民を閉じ込めてきたおそろしいこの環境がさらに無期限に固定化されようとしておるということであります。これまでの政府の発言、その態度では、沖繩県民国民の不安や不満が取り除かれるはずはないのであります。  そこで、具体的な問題についてお尋ねいたしたいと思います。  まず、核の問題からでございますが、沖繩の核抜きが何によって保証されるか。それについて総理は、日米共同声明の第八項と、それに基づく本協定の第七条をあげておられますが、保証はそれだけでございましょうか。
  45. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 核抜きの問題につきましては、佐藤総理大臣・ニクソン大統領の厳粛なる共同声明、これもあります。また、それを引用いたしまして協定第七条で、わが国は、核がないという保証をアメリカ実現するための金を支払うことになっておる。金まで支払って、とにかく核抜きを保証するということにしております。それから、これはアメリカ側では、もう上院において何回も何回も繰り返して、返還時には核はありませんと、返還後においても核はありませんと、こういうことを言っておるわけでありまして、これらを総合いたしまして、沖繩返還時において核がないこと、またそれ以後におきましても核がないこと、これはきわめて明瞭である、かように考えております。
  46. 星野力

    ○星野力君 いまお話しのあった、アメリカ政府当局者が上院外交委員会の審議なんかでいろいろ言われておられるということでありますが、それらの人たちも、返還時には沖繩に核はなくなると、一応言っておられる。しかし、核の再持ち込みはしないということは言っておられないんではないんでしょうか。
  47. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) その問題は事前協議の対象となると、こういうふうにはっきり国防当局が証言をいたしております。われわれはそれに対しましてノーと言うということを、皆さんに何回も何回もはっきり申し上げている次第でございます。
  48. 星野力

    ○星野力君 いまお話しの事前協議の問題でございますが、日米共同声明第八項、先ほど外務大臣お読みになった、あそこには、ニクソン大統領が、「沖繩返還を、右の日本政府の政策に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した」と、こう書かれておりますね。しかし、その前には、さっき外務大臣ちょっと略してお読みになりましたが、「日米安保条約事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく、」こういうことばがあります。これは前提条件として明記されておる。そう理解するほかないと思うんでありますが、「米国政府の立場を害することなく」をどのように御理解なさっているわけですか。
  49. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) ただいま申し上げましたように、パッカード国防次官が上院で証言をしておる。核の持ち込みにつきましては、事前協議の対象となると、こういうことを言っております。事前協議という制度、事前協議に対するアメリカの権限を放棄したものではないということを明記しておると思います。
  50. 星野力

    ○星野力君 私は、アメリカ側はそうは理解しておらないと思うんでありますが、もう皆さんよく御存じの、あのジョンソン国務次官の日米共同声明発表直後に行なった背景説明の中の文句、時間が惜しいけれど読みます。   〔委員長退席、理事西田信一君着席〕 こう書いてありますね。第八項は核の問題に関するものである、核の問題に関する項目だと、そう言って、この項の趣旨は、米国は返還時、すなわち、一九七二年には沖繩に核を貯蔵する権利を行使しないということを述べたものである。しかし本項によって、例外的な状況においてわれわれが必要と認めれば日本側と協議する米国の権利を非常に細心に保持していること及びこのことが特に核兵器について適用されるものであることが注目される。これに関連し、かりにこの問題を考えざるを得ないような緊急事態が起こったとして、米側が当該情勢を重大と認めた場合、日本側が同じく重大であると認めないとは必ずしも思わないし、本項にいう協議は、あらゆる場合に日本側の回答がノーであるとの前提には必ずしも立脚していない。協議の意味するところは、日本側はイエスまたはノーのどちらにも決定できるということである。この件については、佐藤総理大臣と愛知外務大臣が何回か説明しているところである——と、こうなっております。協定相手方であり、核大国であり、日本の国土、特にこの沖繩に、核戦力部隊として装備訓練された大兵力、それらは施政権返還後も駐留することになるわけでありますが、この協定によれば。そういう兵力を擁するアメリカ側がこのような理解に立っているのでありますから問題は重大であると思います。共同声明第八項、したがって本協定の第七条の解釈には、日米両国政府間に重大な矛盾がある。そのような矛盾をそのままにして「日本政府の政策に背馳しないよう」という点だけを強調してみましても、核抜き、核を持ち込まずの保証にはならないのじゃないか。核持ち込みの道がここに開かれているとも見なければならない。この両国政府の解釈の違いをどういうふうに御説明なさいますか。
  51. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) アメリカ側は、事前協議についての権限を放棄したものではないということを、上院におきましてもはっきりそう言っております。しかし、日本の核政策につきましては、これは全面的に協力をいたしますと、こういうこともまた言っておるわけであります。また、衆議院のこの間の、核保有はしない、持ち込みもしない、製造もしないと、この三原則を遵守すべしという国会の決議、これに対して厳粛に総理大臣が、ノーと言いますと、さようなことはいたしませんと、こういうふうに宣言をいたしておる、そういうことでありまするから、核の問題につきましては、まあ法律上の事前協議に対するアメリカの権限、これは留保するというようなことは言うかもしれませんけれども、しかし、いずれにいたしましても事前協議になる。それに対して、わが国は持ち込みはさせませんと、こうはっきりと言い切るわけでありますから、この点はひとつ御不安ないようにお願いしたいと思います。
  52. 星野力

    ○星野力君 だから安心しろと、こうおっしゃるんですが、なかなか安心はできないから、みんなが聞いておるわけでございます。総理は一昨年一月三十日の衆議院の本会議で、「政府が非核三原則を政策として打ち出したことは、これを可能にする前提、つまり、沖繩基地を含めて米国の戦争抑止力がアジアの平和と安定に有効に働くという保証があったからであります」と、こう言っておられる。また同じ本会議で、「沖繩基地自身がただいまあるから、さような核三原則をわが本土内において採用することもできたと思っております」、さらにそれ以前にも第六十一国会で、沖繩のメースBは「核抑止力だと、かように考えております」、そうしてメースBは「あってしかるべきだと思っております」と、こういうふうに述べておられます。いわば沖繩の核戦力を積極的に評価しておられる。沖繩にある核を含めて、アメリカの核抑止力が日本政府の非核三原則の前提となっておる。日本政府の核政策の基本がそこにある限り、アメリカ政府日本政府の政策に背馳しないようにすると言ってみても、そこに、先ほどのジョンソン国務次官の背景説明に示されるようなアメリカ政府の態度というものが生まれてくるのは当然であると言えると思うんであります。沖繩の核を含むアメリカの核抑止力、いわゆる核のかさが非核三原則の前提であるという総理のお考えは現在も変わらないのかどうか。多少なりとも変わったか。もし変わったとしたら、いつからどういう理由で変わったかをお話し願いたいと思います。
  53. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 核がやはり何といいましても戦争抑止力、これはそのとおりでございます。いまも変わってはおりません。ただその問題は、ただいまは沖繩にそれがなくってもアメリカ   〔理事西田信一君退席、委員長着席〕 の核戦争抑止力、これは効果があるかどうかと、こういうことがいま議論になっておるんじゃないだろうかと思います。私は沖繩になくってもちっとも差しつかえない。最近の科学技術の進歩から申せば、沖繩にあることが必要ではない、必要条件ではないと、かように私は考えております。
  54. 星野力

    ○星野力君 一昨年とはやっぱり多少総理のお考え、変わっておられると思うんです。で、いわば、この非核三原則の前提の一部がこうくずれておる。そうなると、非核三原則そのものも怪しくなるのではないかとも、論理として考えられるわけですが、まあそれはいいです。  核問題というのは、言うまでもなく日本の全国民にとってこれは死活の問題であります。それだけに、これまでの総理をはじめ政府の説明で安心しろと言っても、なかなか安心はできない。安心しろと言っても、それは無理ですよ。  あの模擬爆弾のBDUについてちょっと聞きますが、十一月十二日の衆議院協定特別委員会で、わが党の不破議員の質問に対しまして、吉野アメリカ局長が、「われわれの調査したところでは、」あのBDUは「すべてコンクリートが詰まっておりまして、そこで、これは普通の爆弾だ、こういうように判断しております」。また、外務大臣も、第三国人の訓練の問題とあわせて「それもまた調べます」と、こう言われた。それから、十二月四日、衆議院の関連法案の特別委員会で、沖繩人民党の瀬長議員の質問に対しまして、瀬長議員が、「政府は、BDU——8Bが核の模擬爆弾であることを調査確認したか」と質問したのに対しまして、久保防衛局長から、問い合わせておりますが、まだ「回答力が参っておりません」と、こういう答弁がございましたが、この調査の結果、現在どうなっておるかお答え願いたいと思います。
  55. 吉野文六

    政府委員(吉野文六君) 当時私の答弁は、沖繩におる防衛関係の専門家からの意見を聴取した上でお答えしたわけでございますが、その後、御質問がございましたから、さらに米側に対してこの旨を申し入れまして調査を依頼しております。まだ回答に接しておりませんですが、われわれの判断では、先ほど申し上げましたとおり、軍事専門家の言うとおり、これは普通の爆弾であると、こういうことだと思います。
  56. 星野力

    ○星野力君 普通爆弾だと思う。専門家の調査を聞いた結果がそうだ、こう言われるのですけれども、調査する、調査すると言われるけれども、その調査が、だれかに聞く、アメリカ側に聞く、その返事をまるのみにするというだけじゃ、私、こういう重大な問題についてはいけないと思うんです。これは共産党の出した沖繩調査のパンフレットでございますが、このパンフレットの表紙に、米空軍の点検リストの写真が載っております。これは中に内容の抄訳も載っておりますが、この点検リストは、「核兵器積載要領」、(BDU——8B)ですか、8B、それの分でありますが、衆議院で、わが党の不破議員がこれに基づいて質問したものでございます。こういうものがちゃんと存在しておるんですね。これは模擬爆弾であること、もう間違いないと思うんですが、どうですか、これは。信用できないですか、これは。
  57. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 私どもは、日米安全保障条約を相互信頼の上に締結をしておりまするので、われわれがまっ正面から聞いて相手がノーと答えれば、やはりこれには信を置く、これがまさに信頼関係に立つ日米安全保障条約にいうところのつながりだ、こういうふうに思います。何となく、日米安全保障条約を否定する立場から見られまするというと、いろいろこれは疑えば際限がないわけでありまするが、よく、国際情勢緩和をしたから、協定のやり直しをしたらどうだというような御意見もそちら側から出るわけでありまするが、まだ国際情勢がほんとうに平和な環境に定着したとは思えませんが、しかし、そういう方向にあることだけは事実です。そういうときに、一体アメリカがことさらに日米安全保障条約の趣旨を逸脱したり、わがほうにことさらに事をかまえてうそを言わなければならぬ核があるとは思えないわけであります。
  58. 星野力

    ○星野力君 まあ、一般論でそういうことも言えるかもしれませんが、国家間の信頼といってもこれは絶対のものではないんですし、アメリカは核についてはずいぶんうそも言うようであります。このパンフレット、なんでしたら差し上げますから、よく御検討願いたいと思うんでありますが、私たち他の資料も持っております。私たちがその後に入手したもので、このパンフレットには間に合わなくて収録できなかったのでありますが、同じく点検リストでありますが、「TO 1F−105D−161−2C−8」と、こう一番上に書いてあるのですが、この2CL−8の2が1になった、そういう同じチェックリストでありますが、このほうはBDU−8Bの分ではなくて、B−43とB−57の核兵器積載要領であります。それによりますと、B−43というのはこれは原爆である。二千六十ポンドの爆弾に六十ポンドのノーズがついておる。合わして約一トンですね。爆弾の威力はTNT火薬百キロトン、広島原爆の五倍ぐらいになるのでございましょうか、そう説明がついております。B−57のほうはそれよりも小型で、このほうも原爆の実物、TNT火薬にして二十ないし三十キロトンの威力、広島原爆程度の原爆のようでありますが、それぞれF105機に積載する場合の核兵器の位置はこれこれだというふうに指示されております。その説明によりますと、B−43の模擬爆弾がBDU−8Bであり、B−57の模擬爆弾がBDU−12Bであると、こういうふうになっております。どちらも模擬爆弾は、重さ、長さ、容積を本物の原爆と同じにしてつくられておる。これは正真正銘の米軍資料に基づいて私たち言っていることでありますから、おそらくこの資料はいままで外部には発表されたことはないだろうと思いますけれども日本共産党も持っておるんでありますから、日本政府にはもちろんこうなれば提供してくれると思いますから、よく御検討願いたいと思うのです。  こういうふうに材料がそろっても、BDU−8Bなり12Bは通常爆弾と言えるでしょうか。
  59. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) もしそういう資料があれば、ぜひ拝見させていただきたいと思います。これは参考にいたします。しかし、現状では政府委員が説明いたしましたように、私どもは核爆弾ではない、模擬爆弾でもない、かように確信を持ってお答えできます。
  60. 星野力

    ○星野力君 まあ、これは重大な問題ですから、ひとつ、ほんとうに真剣に検討していただきたいと思うのです。  私、去る九月上旬に沖繩に行って見てまいりました。伊江島へも行きまして、そのときはF105ではありませんでしたが、F4が投弾訓練をやっておるのをずいぶん長い時間見てきました。急降下をやりまして、しばらく水平飛行となって、それがほとんど垂直に急上昇する、その直前に投弾するらしいんですね、パラシュートが開いてゆるやかに落下する。そういうような爆弾のようでありますが、BDU−8Bも12Bのほうも見てまいりました。沖繩協定が調印された後も、そのような訓練沖繩では継続されてやられておりました。おそらく現在もやられておると思いますが、そういうことをどういうふうにお考えになりますか。
  61. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) BDUという問題はさておきまして、ただいま、今日この時点において沖繩に核がある、こういうことにつきましては、私どもはそういうふうなにらみ方をしておるんです。さればこそ、これを撤去してもらいたいんだ、そのために金まで出そう、こういうのであります。しかし、沖繩協定発効後、つまり返還後におきましては、核はもう絶対にあり得ない、そういう性質の問題ですから、ひとつ区別してお考え願いたいということをお願い申し上げます。
  62. 星野力

    ○星野力君 アメリカは核大国であるだけでなしに、第二次大戦後も、しばしば緊急事態に際して核兵器を使おうとするかのそぶりを示してきたことは御存じだろうと思います。一九五〇年十月、朝鮮戦争をめぐってのマッカーサー元帥のトルーマン大統領への原爆投下計画の進言ということもありましたし、一九五四年、第一次インドシナ戦争でディエンビエンフーで敗北しつつあるフランス軍を助けるために、アメリカの軍部は原爆投下を考えた。当時、副大統領であったニクソンがそれを支持したということは、これもまぎれもない記録に残っておることであります。現在のベトナム戦争でも、一九六八年のケサンの戦闘でアメリカは戦術核兵器使用を準備した。このことについては、昨年一月のアメリカの上院外交委員会、あそこのいわゆるサイミントン小委員会でフルブライト外交委員長自身がはっきり取り上げて質問もしております。それから本年二月、ラオス進攻作戦で、九号道路での敗戦の際にも、戦術核兵器の使用が問題になりました。まあ幸いにして、これまでは核兵器反対国際世論や、イギリスなどアメリカ同盟国反対した。そういうことなどで、アメリカが核兵器を実際に使うことは避けられてきました。しかし、将来もアメリカが核兵器を使わないという保証は少しもないと思うのであります。クリフォード前国防長官は、ことしの八月の「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」に載りましたインタビュー記事の中で、ニクソンの訪中によって、ベトナムからの全面撤兵やベトナム和平の道が開かれる可能性は考えられないということを指摘するとともだ、ニクソン段階的撤兵で手薄になったベトナムの今後について、核兵器を有力なたよりにしておる、解放軍から大規模な攻撃を受けた場合に、核兵器を使うところまで再び軍事行動をエスカレートするおそれのあることを、かなり差し迫った現実的な問題として警告しております。これは一民間人の観測として退けるわけにはいかない問題を含んでおると思います。何代かの大統領の顧問をやり、最近まで国防長官であった人物が、ニクソン大統領の思想や性格や政策を分析したその上に立って警告しておるのであります。ニクソン大統領は、かつてシカゴにおける演説で、戦術核兵器はもはや普通兵器であると公言した人物であることもそこに指摘されております。緊急事態対処するための核戦力部隊、まさかの場合に核兵器を扱う部隊がどこにいるかといえば、西太平洋でまっ先にその任務におもむきそうな部隊、たとえば百五十五ミリ、さらに大きな八インチの原子砲を装備しておる第三海兵師団、模擬核爆弾の投下訓練に励んでおる、先ほど申しました第十八戦術戦闘航空団、こういうものをはじめ物騒な部隊がたくさん沖繩についておるのであります。緊急の場合は、米軍沖繩に核を持ち込むのをどうやって阻止できますか。総理は、事務協議があれば、いかなる場合にもはっきりノーと言う、こう言われました。しかし、それも事前協議があればの話でしょう。アメリカは緊急の場合、核持ち込みをやるだけの実力を持っておる。私は、核持ち込みを防ぐためには、この第三海兵師団、あるいは第十八戦術戦闘航空団その他の核戦力部隊といわれるようなもの、核兵器を使えるこういう軍隊の沖繩駐留を絶対に認むべきではないと思うが、どうでございましょうか。
  63. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) ベトナム戦争が苛烈をきわめておるときには、核もあるいはあったかと思います。それから訓練は、これはアメリカ軍隊として当然行なうわけでありましょうが、訓練を行なうことと、実行をするということとは、これはやはり区別して考えていいと思います。  それから、政治論を申し上げてみても、日本にこれが戻ってまいります。そうすると、きょうも本会議で議論がありましたように、五十年には海洋博が行なわれる。返還の時点から数えるならば、もう海洋博開会までには満三年しかないわけです。国際海洋博が開かれれば、国際的にも、世界からいろいろな人がやってきます。その中には、スパイのような人もやってくるでしょう。そういうときに、一体あの沖繩に、政治的に考えてみて高度な秘密兵器を置くかどうか。私は、いまはなるほど基地も多くありまするし、われわれとてもこれには満足をしておりませんが、今後施政権がわが国に戻れば、急速に沖繩は平和の島として様相が変わってくる。これは、総理をはじめ何べんも繰り返して申し上げておりまするように、やはり努力をして、この基地返還、縮小を求めていかなければならぬ。国会の決議に沿うことは言うまでもないわけであります。
  64. 星野力

    ○星野力君 まあ、実際の核兵器と、核兵器の訓練をやることとは別だとおっしゃるけれども訓練をやっておるということは、使う日に備えて訓練をやっておる。そういう部隊がこの日本の国土におって、日本の国土でもって訓練をやっておるということは問題じゃないかと、こう言っているわけであります。私は、何も核戦力部隊だけを撤退させればいいと、こう言っているわけじゃありませんが、ほかにもいわゆる特殊部隊、先ほどもお話がございましたが、いろいろ危険な部隊、こういうものはみんな引き揚げさせなければいけない。もちろん、全部引き揚げさせなければいけないんだけれども、まず、そういうものの駐留をやめさせなければいけないという立場で、まず核戦力部隊から言っておるわけであります。これも写真が一枚ございますが、きれいなカラー写真ですが、これは私行きましたとき、沖繩の北部の国頭村ですか、あそこの北部訓練場、森林の中へ入っていきまして実際に見たわけです。ここで海兵隊が訓練をやっておる。こういう、これはベトナムの農村に擬したところ、部落にまねて家をつくっておるんでしょう。ベトナム語でもって、「サー・ツーゾー」と、こう書いてあります。御存じないかもしれませんが、「自由村」という意味でしてね、そういうベトナムで戦う訓練をやっておるんですよ、彼らは。こういうものをやっぱり駐留させてはだめですよ。いまのお答えでは、そういう核戦力部隊、この駐留を認めざるを得ないと、こういうお答えだろうと思うのでありますが、それならば、この十八戦術戦闘航空団の核投下訓練をやめさせる考えはございませんか。
  65. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) わが国に施政権が戻ってまいりますれば、いろいろと話し合いの窓口も広くなるし、話し合いもしやすくなると思います。また、その場面に応じまして、善処をしてまいりたいと思います。
  66. 星野力

    ○星野力君 私は、日本アメリカの核のかさから抜け出さなければいけないと思う。アメリカの核のかさのもとにおろうとするから、アメリカから、核の所在について論議してはならないとか、どこに核があるかないかとか、国内に核があっては困るなどと、つべこべ言うなと言わんばかりの扱いを受けることになるわけですよ。アメリカの核のかさといいますけれども総理のよく言われる抑止力、抑止力理論というのは、力の均衡を求めて、際限のない軍備競争、核兵器の競争へ導いていき、結局は地球上に恐怖の均衡を拡大再生産していくだけです。いつの日か、これが破局にならないとは限らない。どこの国の核のかさであっても、そういうものには入らぬと。ないほうがよほどこれは安全ではないですか。核を持ち、核を使おうとする者は、相手から核によって報復される可能性に対して常に備えておらなきゃいけない。沖繩基地の中には——いろいろのものを見てまいりましたが、これはもっとうまい写真とったんですけれども、見つからなかったんですが、ラジエーション・フォールアウト・シェルターという標識を書いた——待避壕の入り口でしょうね、こういうものがたくさんございますね。また、これがそうですが、こう書いてあるんです。これは文字のところを大きくしたものですが、これは瀬長島でしたね、やはり核のしるしのついたシェルター。こういうものがたくさんあるようであります。私もずいぶん幾つか見ましたが、放射能待避壕というような意味なんでしょうか、おそらく、万一相手側から核報復を受けた場合の備えということでもあろうし、また、核の事故が発生した場合に備えるためではないかと思うのでありますが、アメリカの軍人とその家族のためには核用の待避壕まで準備して、彼らはあそこでやっておる。百万の沖繩県民は、いわば裸で核の恐怖の中に暮らさなければならない。そういう状態であります。アメリカの核にたよるのをやめる。そして核兵器の完全禁止を目ざして、当面は核使用禁止の国際間条約、これを実現するために努力する考えがないかどうか。この問題について、佐藤総理、いままで私には答えてくれないから、ひとつ答えていただきたいと思うんですが、世界でただ一つ核兵器の惨禍を経験した国の政府、平和憲法のもとで平和に徹する、核兵器を持たないと、こうしょっちゅう言っておられる日本政府なら、当然、率先してそういう努力をすべきだと思うのですが、どうでございますか。
  67. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 私どもは、核はつくらず、持たず、持ち込みも許さない、非核三原則を遵守すると、国会の決議に対して厳粛に政府の所信を表明をいたしました。またさらに、その持ち込みに対しては、事前協議の際に必ずノーと言う。どんな場合でもノーでございます。そういうことで、わが国の政策ははっきりいたしております。ところが、ただいまも星野君が指摘されるように、ただいまなお、核兵器そのものはあると、そのものがあって、そのものの脅威にさらされておると、これが日本実情ではないかと思います。私どもは核兵器がなくなること、これはぜひ実現したいと、かように思いますから、あらゆる実験に対して激しく抗議をいたしております。地下爆発実験についても、過日のアメリカの実験に対してわれわれは抗議をしたこと、これは御記憶に存するところだと思っております。私どもは、さような意味におきまして、この実験、開発等について各国がやめるべきだと、かように思っております。そうして核自身が、先に使用しないからと、かように言っておるところに、やはり核の抑止力があるのだろうと思いますけれども、各国とも核保有国自身が話し合えばいい、いまのところはわずか五カ国ですから、それらの国が相談し合って核兵器をなくしようと考えれば、非常に簡単なことではないだろうか、かように私は思いますが、なかなか、持っている国はそう簡単には放棄はしないと、かように考えます。ここらに一つの問題があるように思っております。まだまだ世界の恒久平和、それにはほど遠い。また核兵器をなくすることについても、これまたまことに残念だが、そう簡単なものじゃないと、かように思います。しかし、わが国は、核兵器がなくなるように、今後ともあらゆる実験の禁止並びに核兵器の使用、さようなものが一切禁止されると、そういう方向で活動するつもりでございます。その決意でございます。
  68. 星野力

    ○星野力君 次の問題お聞きしますが、沖繩米軍返還後は安保条約が適用されるから、その性格が変わる、行動が規制される、こう言われるんでありますが、はたしてそうでありましょうか。先般、この委員会で、わが党の春日委員指摘したことでございますが、安保条約の目的についての政府の説明は、特に一昨年の日米共同声明以来、日本の安全防衛ということから極東の平和と安全のほうへ重心を移動させてきておる。もともと沖繩米軍は戦闘、兵たん、通信、謀略、それらの冬分野にわたって安保条約のいう日本極東の地域を越えたところの広い地域、広域にわたって任務を持つ。したがって、そのように機能を備えた軍隊が主力になっております。日本の防衛ということなら、沖繩に質量ともあのような軍隊は不必要であります。アメリカ上院外交委員会の沖繩返還協定審議で、フルブライト委員長の、なぜ沖繩基地を維持する必要があるのかという質問に対して、パッカード国防次官は、沖繩基地は西太平洋地域の防衛任務にかかわりあるものであり、私はさらに一そう大きな任務の観点からこの問題を見なければならないと思う、もちろん朝鮮にとっても沖繩基地は重要である、また沖繩米軍には、ベトナムから帰った海兵部隊も含まれており、それは必要な場合はいかなる地域へも出動可能な兵力である、こういうふうに述べております。返還後はそれらの軍隊の性格が変わる、安保条約によって縛られると言われるが、そうなれば、アメリカにとって沖繩基地、在沖米軍の役割りは重大な制約を受けることになる。それでは、日米共同声明で、施政権返還が、アメリカが負っている国際義務の効果的遂行に妨げとならない、また、ベトナムでのアメリカ努力に影響を及ぼさないと約束していることとも矛盾すると思いますが、その辺についてどういうふうにお考えになりますか。
  69. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 安保条約の性格、目的は、まず日本の安全を保持する、こういうことにあります。しかし、日本の安全は、日本だけの地域内を対象とした軍事行動で保持されるものではない。これはやっぱり日本周辺に安全がなければ日本には安全はない、そういう見地に立ちまして、いわゆる極東地域というものを設定いたしまして、極東地域もまた安保条約の対象地域になる、こういうふうにいたしたわけでありますが、このいわゆる新安保——岸内閣のときに改定されました安保条約の目的とするところは、今日まで一貫いたしまして微動もいたしておりませんです。
  70. 星野力

    ○星野力君 まあ、いまあなたがおっしゃったように、この日本政府安保条約の目的についての重心の置きどころを、説明のしかたが変わってきたということ、これはこの前、春日委員指摘したところでありますが、そうなるとこれは際限がない。日本から極東、さらに西太平洋、これは世界中どこへでも行ってしまう。そういう論理になりますよ。で、アメリカ側は、日米安保条約というものについて、決してあなたが言われたようには言っておらない。たとえばパッカード国防次官にしましても、上院外交委員会の証言では、返還によって西太平洋の防衛体制の重要な要素である沖繩米軍事力の効果性がそこなわれるようなことがあろうとは信じられない、こう言っておる。この協定施政権返還によって、あの軍事力は変わらないんだ、効果性は変わらないんだということを強調しておるわけであります。あなた方は事前協議制度があるからだいじょうぶだ、こう言われるのですが、その事前協議が問題ではないかと思います。それがしり抜けになっているではないかということを春日委員も質問いたしました。私もお聞きします。先ほど、SR71の問題も柴田委員から質問ございましたが、一般にいって、日本基地にして他国領空を侵犯して偵察飛行をやる場合、これは事前協議の対象になりますか。
  71. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) これは事前協議どころではないんです。これは事前協議以前の問題で、国際法違反なんでありまして、さような任務を持ちました飛行機を、わが国の領域に存置するということは、絶対にいたさせませんです。
  72. 星野力

    ○星野力君 そのとおりだと思います。SR71の偵察行動というのは、これは事前協議の対象にはならない、先ほどのお話からも。あのSR71の行動、どういう行動をやっておるのかということについてもう一度はっきり説明していただきたいと思います。日本政府はどういうふうに理解しておるか。
  73. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 行動ですか。
  74. 星野力

    ○星野力君 行動。どういう行動をやっておるのか。
  75. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 沖繩に四機あると思いますけれども、主として沖繩周辺、東シナ海、場合によっては日本海のほうまで行動しております。私どものいろんな諸情報を総合したところでは、中国の上空には絶対に行っていないと、私は確信いたしております。
  76. 星野力

    ○星野力君 とにかく、あの飛行機が、社会主義国に対して非常に挑発的な行動を日常的にやっておる、これはお認めになるのじゃないかと思うんですが、しかし、国際法は犯さない、こう言う、領空侵犯はやっておらない、こうおっしゃいますが、先般、朝鮮では、SR71の領空侵犯について抗議が出ておりましたし、中国は、先ほどもお話にありましたが、今度は中止したと言って、行っておらないとこう確信なさる根拠はどこにあるのか知りませんが、これもやってないとは言えない。たしか、ベトナムの上空偵察をやっておるということは、アメリカ側の文書でもこれは認めておると思うのであります、北ベトナムです。領空侵犯をSR71がやっておらないということは、どうやって確かめられたわけですか。想像されておるだけでありますか。アメリカ側からそう言ったということでございますか。
  77. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 米側もそう申しておりまするし、いろいろの情報を総合判断してであります。もちろん、中国のような非常に広大な地域を偵察するためには、以前はU2の問題があったことはありますけれども、現在は偵察衛星が非常に発達しておりますので、そういったもので大体カバーし得る。おそらく、海上などの動態的なもの、つまり、艦艇の行動、そういったものについて、やはり人間が目で見るといったような、何といいますか、必要性がある。そこにSR71の今日の存続の意義があるのではなかろうかというふうに、軍事的には判断されます。
  78. 星野力

    ○星野力君 こういう問題になりますと、スパイ衛星が発達しておるからというお答えが出てくるわけでありますが、SR71については、ここに資料も出されておりますが、あれを見ましても、性能はマッハ3以上と、それから二万四千メートル以上、上昇力があるというようなことが書いてあります。要するに、これはたぐいのない飛行機であります。社会主義国を、高々度からスパイするために設計、装備された戦略偵察機である。おそらく、そういうような戦略偵察以外には使い道のない飛行機であります。太平洋の気象観測くらいには使えるかもしれませんが、しかし、それはほかのもので間に合っているから、わざわざ、そのためなら沖繩に置く必要もないのでありますが、これは地上につなぎとめておかない限り社会主義国の上空に飛んでいってしまう飛行機だと思います。少なくとも非常に挑発的な行動を日常的に社会主義国に対してやっておる。こういうものの存在を許したなら、日本は必ず国際紛争の渦中に巻き込まれてしまいますよ。大体領空侵犯はやってないと、そういうふうにお答えになっておりますけれども、私はこれは確かめてはおられないんじゃないか。確かめるんなら飛行記録ぐらいとらなきゃいけないんですが、そういうことをやられたわけですか。
  79. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 格別にそういった具体的な行動をやっておるわけではありませんが、諸情報を総合するということとか、先ほど申し上げたように偵察の任務そのものが以前と今日とでは変わってきているというようなことを根拠にして申し上げているわけであります。
  80. 星野力

    ○星野力君 アメリカ側の文書でさえこれは社会主義国の上空を偵察しておるということを認めておる。そういうのを、しきりにそういうふうに弁護なさっておっても、必ずこいつは災いを起こしますよ、そのうちに。大体飛行記録なんかこれは見れないはずで、飛行記録をとっておらないこれは飛行機でしょう。隠密行動を専門にしておる、そういう飛行機です。返還後はこういうものの存在を認むべきじゃないと。私は、ほかのいろいろありますが、その中のこれ第一級に悪いやつだと思うんですが、防衛庁長官どうですか。
  81. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 御指摘のような具体的な事例については返還後は十分留意をして善処したいと思っております。
  82. 星野力

    ○星野力君 事前協議については、B52などの爆撃機が日本基地から出撃して、戦闘後日本基地に帰ってくる場合はその対象になると、こう言われたと思うんですよ、いままでの審議の中で。それ以外の出撃事前協議の対象になるケースが一体あるのでしょうか。B52などが日本以外の基地、たとえばグアムなどから爆撃に出かける、それに対して給油機が空中給油のために日本基地から行動しても、これは事前協議の対象にならぬのですね。
  83. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 先生御存じのように事前協議の対象は「日本国から行なわれる戦闘作戦行動のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用」というふうに、日本から発進される戦闘作戦行動、つまり、直接戦闘を目的とした作戦行動の基地としての施設及び区域の使用という面からとらえているわけでございます。したがいまして、先生の御質問が、よそから飛び出した飛行機に、どこかで日本基地を利用して飛び出した給油機が給油するのは事前協議の対象とならないかという御質問でございますならば、それはなりません。
  84. 星野力

    ○星野力君 沖繩にはKC価のような給油機が活動しておることはもちろん御存じのわけでありますが、それについて聞いておるんです。あれは事前協議の対象にならぬと、それならB52戦略爆撃機あるいはF4、とかF105というような戦闘爆撃機、こういうものが沖繩基地から飛び立って、南ベトナムあるいはタイ国あるいは台湾、またある場合にはアメリカの航空母艦、そういうところに一たん着地してそこでまあ給油したりして戦闘に従事した場合、これは事前協議の対象になりますか。
  85. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 先ほど申し上げましたように、日本から直接発進される戦闘作戦行動のための施設・区域としての使用でございます。したがいまして、ただいまも同じことを申し上げて恐縮でございまするけれども、その施設・区域の態様でとらえるということになっておるわけでございまして、そういたしますと、先生の御質問の一々の場合に当てはめて考えなければいけないと思います。それが、ただいまも、ここから、日本の内地の基地からほんとうに爆撃命令を受けてそれが飛び立っていく、そこであるところにちょっとおりて給油をして、直ちに爆撃を行ない、そのまま日本に帰ってくるというときは、これはまさしく事前協議の対象となります。しかしながら、先生すでに御存じのように、日本国内の基地を飛び立つのが、それが戦闘地域におもむきましても、その戦闘地域における基地に移りまして、そこを基地としてさらに爆撃なり戦闘行動に移るというふうなことは、これは移動と考えておりまして、これは事前協議の対象とならないわけでございます。
  86. 星野力

    ○星野力君 いまのケースは、説明をお聞きしても、大体これは脱法的やり方を含めて事前協議の対象にならぬと、こう解釈をせざるを得ない。現にアメリカのほうは、日本から飛行機が外へ出る、そしてどういう行動をとってもこれは事前協議の対象にならぬと、こういう解釈をしておるのでありますから、これも事前協議の対象にならぬ。一体何がなるんですか。第三海兵師団の部隊、あれがベトナムへ戦闘のために出動する場合はどうなりますか、同じようなことかもしれませんが。
  87. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 私、先ほど全部事前協議の対象にならないと申し上げたつもりはございません。場合を分けて申し上げたつもりでございます。第三海兵師団あるいはその機能等につきましては防衛局長にお尋ね願いたいと思いまするけれども、それもまた場合によって違うわけでございます。基地を移して移動する場合、これは事前協議の対象になりません。直ちに、しかし、それが戦闘作戦行動として敵前上陸というふうなときのために発進するというときには事前協議の対象となります。
  88. 星野力

    ○星野力君 どういう場合に、もう一度。
  89. 井川克一

    政府委員(井川克一君) 敵前上陸。
  90. 星野力

    ○星野力君 先ほどもこの戦闘作戦命令を受けて日本から出たかどうかというようなことが判断の基準になるかのようなことを言われましたけれども、戦闘作戦命令を日本の中で受け取ったか、領海の外に出て受け取ったかなんというようなことは、これは確かめようがないんですよ。日本政府としてはできないだろうと思う。第三海兵師団なんというのは、沖繩だけではない、しょっちゅう富士の演習場に千人くらい次々に絶えず来ておる。沼津あたりからも出動する、上陸作戦やりかねない部隊ですが。もう危険が充満していると思うんです。最近第七鑑隊の攻撃空母が日本の港から出動して、日本の港を母港にする、横須賀を母港にするというようなことが報道されておりますが、あの攻撃空母が日本の港から出動して戦闘任務につく場合も同じですね。事前協議の対象になりますか。
  91. 井川克一

    政府委員(井川克一君) これも事情によって異なると思いまするけれども、大体いわゆる従来の答弁もございまするけれども、大体において航空母鑑の場合のときには、その航空母鑑から発進する状態をとらえるというのが正しいのではないかという答弁がございました。大体の場合に事前協議の対象にはならないと思いまするが、しかしながら、事情によってきわめて近接した地域であるとか、あるいは遠隔の地域、いろいろ事情によって異なる場合があると思います。
  92. 星野力

    ○星野力君 どうも事前協議にかけるのはむずかしいようですね。  ついでにお聞きしますが、いま申し上ましたアメリカの攻撃空母群が横須賀などを母港にするということを報道されておるんですが、これはどうなんでしょうか。そういう話進んでおるんでしょうか。決定したんでしょうか。また、そうなった場合、その攻撃空母群というのは、在日米軍に含まれるんですか、どうですか。
  93. 吉野文六

    政府委員(吉野文六君) 米側では、経費節約の見地から、鑑艇の乗り組み員の家族を極東地域に移住させて、居住させて、そして経費を削減しようというような計画があるように聞いております。したがって、空母の乗り組み員をわが国に住まわせたいというような希望もあるやに聞いておりますが、正式には、いままで何らこのような提案が来ておりません。
  94. 星野力

    ○星野力君 まあ、いろいろお聞きしてまいりましたが、これではアメリカ軍は、沖繩からも日本本土からも、事実上は自由に出撃できるということになるのではないかと思います。安保条約が適用されるから、事前協議制が適用されるから、沖繩米軍の性格が変わる、行動が制限されると言われますけれども事前協議は事実上有名無実になる、出撃という問題については。米軍の性格が変わるんじゃなしに、安保条約の解釈が変わるんではございませんか。もっと正確に言うと、解釈が変わるというよりも、私こう思います。もともとアメリカからすれば、安保条約の重点というのは、日本の安全よりも極東や西太平洋のほうにあった。日本の安全、日本の防衛は、二の次、三の次の重さしか持たなかったと思うんであります。これまでは、沖繩日本本土極東、西太平洋をつなぐいわば飛び石になっておったために、安保条約のそのような性格というような性格というものがぼかされてきたと思うのであります。それが、施政権返還ということで、沖繩を飛び石とする言いのがれが通用しなくなったために、安保条約の本質、その実体がむき出しになってきた。日本の安全、日本の防衛よりも外のほうに向かう、対外指向的といいますか、別のことばで言えば、攻撃的な日米軍事同盟というものの本質、正体がはっきりしてきたと思うのであります。それについて、そうお考えになりませんか。
  95. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 星野さんはそういうふうに思われるかもしれませんが、私どもは全然反対であります。日米安全保障条約の解釈が二途に出る、そんなことは許されませんし、また、沖繩がわが国の主権下に戻る以上は、日米安全保障条約を本土並みに適用する、従来どおり適用するということでもあるわけでありまするから、いわゆる本土沖繩化ですか、よくお使いになることばがありますが、これは架空のことであると思います。のみならず、ニクソン・ドクトリンに見ましても、だんだん極東からアメリカが後退する一つの趨勢にあることは否定できないと思います。
  96. 星野力

    ○星野力君 私の考えのほうが強引なんじゃなしに、常識的に考えると、政府のお答え、発言のほうがこれは強引、あの理屈のほうが強引だと、こう私は思うんであります。沖繩協定によりまして、アメリカのアジア戦略のかなめ石としての沖繩基地の位置と機能というものは変わるものではない。むしろこの協定によって現状が固定化される。アメリカは、いまニクソン・ドクトリンとおっしゃいましたが、ニクソン・ドクトリンによって、南ベトナムなどの兵力の削減をはかっておりますが、それだけに重要拠点に兵力を集中待機させて、必要な場合にはそこから打って出ると、そういう方向に戦略を切りかえつつあると思います。その拠点が、大きな拠点が沖繩基地である。そのために、アメリカ沖繩の海兵隊であるとか空軍など機動的な戦力をこれまで以上に重視する方針をとりつつあります。この沖繩基地の危険な性格というものは一そう強まってきておる。本土からも事実上自由出撃の道が開かれるということによって沖繩協定の危険な性格、それはしたがって安保条約の危険な性格というものがますます明らかになってきたと思うのでありますが、そのことを申し上げて、時間が来ましたから、私の質問を切ります。
  97. 安井謙

    委員長安井謙君) 以上で星野君の質疑は終わりました。
  98. 安井謙

    委員長安井謙君) 次に、青島幸男君の質疑を行ないます。  青島幸男君。
  99. 青島幸男

    ○青島幸男君 過日、私は当委員会におきまして発言の機会を得まして、総理並びに外相にいろいろ御意見を伺ったわけでございますけれども、漏れ承るところによりますと、総理はたいへん私の質疑に関心と興味をお持ちになったということでございますし、せんだって二十分という短かい時間でございまして、十分に御意見を承ることもできませんでしたので、きょうあらためまして三十分というお時間をいただきましたので、再度質問することを許していただきたいと思います。  重複を避ける意味におきましても、ものを整理する意味から申しましても、せんだっての質疑に引き続いてお尋ねするわけなので、せんだっての件に関しまして簡単に振り返ってみたいと思います。  私の質問いたしました趣旨は、通信ということ、ただいま、電波というものあるいは通信ということが、単にコミュニケーション——意思を伝え合うということの手段ではなくて、これが軍事目的として使われる場合には、りっぱに兵器として考えなきゃならないんだというところに論点を置きまして、代表的な例といたしましてロランCという電波局、これがポラリスを積みます潜水艦の位置を太平洋上においてはっきりと認知せしめることができる。太平洋上においてみずからの位置をはっきりと認知すると、その場所から核発射をすることができる。そのことを助ける意味合いにおいて、ロランCの基地が核戦略に加担することになりやしないか、その結果、核の持ち込みあるいは日本基地からの米軍自由出撃に対する歯どめとして事前協議がある、あるいは非核原則がある、そういうものを、先ほど申しましたことからいうと、希薄にしてしまうのではなかろうか。知らず知らずのうちに、ロランC局を沖繩に置く、あるいは十勝太に置くことによって、核戦略に重要な一翼をになってしまうのではないか。こうなると、総理並びに政府が言われております非核三原則のあり方についてももう一度お考え直しいただかなければならないのではないか。あるいはそういう重大なものを含んでおる協定でありながら、その内容をつまびらかにすることなく調印なさってしまうということは、外相それはめくら判ではなかろうかということを申し上げまして、外相からいやそれは決してめくら判ではないのだというお答えをいただいたところまでが、せんだっての質疑でございました。  さて私の質問の重要な点は、やはりこのロランCというものがどの程度に実効があるかということでございますが、この点を明らかにしないと私の話にも説得力がなくなると思いますので、この点から詰めてまいりたいと思います。  まず防衛局長にお尋ねいたしましたところ、防衛局長のお答えによりますと、ポラリスの潜水艦の位置測定は静止衛星で十分であると私は聞いておりますというお答えをいただきました。アメリカ局長は、潜水艦の位置測定に使われることもあるやに聞いておりますというふうにお答えをいただいております。両者のお答えが食い違っているということで、この点を整理してひとつお答えをいただきたいと思います。
  100. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 私は当時の答弁を記憶しておりますが、ポラリス潜水艦がロランを使うこともあるかもしれませんがと申しました。したがいまして、その点を留保しておきます。ですから、一般の艦艇、商船なとがロランを使う——ポラリスの場合についてはつまびらかでありませんが——少なくとも衛星でもって正確な位置を測定するということは私は存じておりますので、ロランCとの関係はそういうことだと御承知願いたいと思います。
  101. 青島幸男

    ○青島幸男君 それでは申し上げますけれども、静止衛星で潜水艦の位置測定が十分に行なわれるというお話でございますけれども、エアロサットというのが一九七五年からつくられるというようなことも聞いております。しかし、これにいたしましても千メートル内外の測定が非常にあいまいであるということから、一九八〇年から実用には入るんだけれども、はたしてこの効力がどの程度のものであるかさだかでないというのが実情でございまして、ロランCによりましてポラリス潜水艦がその位置を的確に把握して、太平洋上の一点におきましてみずからの位置が的確に把握できますれば、その潜水艦に内蔵しておりますコンピューターあるいは地上のコンピューターに連絡をいたしまして、その地点から仰角何度、方位何度、推力どのくらいということで発射をすれば、弾道ミサイルというものは有効にこれは働くわけでございまして、ですから、太平洋上の一点が認知できるということのために役立つロランがあるということは、実は太平洋上を日本の地続きあるいは沖繩の地続きというふうに考えてしかるべきではなかろうかということを私は申し上げたわけでございます。今回は市販のものではございますけれども、その辺のことをよく認識していただくために地図をきょうは持参いたしましたので、お許しがあればごらんいただきたいと思います。よろしゅうございますか。  地図でもおわかりだと思いますが、ロランCによりますと、潜水艦の位置測定というものは、ただいま総理にお見せいたしました地図によっても明らかなごとくに、フィリピン、グアム、南鳥島と——南鳥島と硫黄島は、せんだっての小笠原返還協定のときにもロランの基地は残っております——十勝太と結びますと、この面積が大体中国本土と同じような面積になる。しかも、日本沖繩、フィリピンを結ぶ西太平洋側の広大な地域の一点において、潜水艦が常にみずからの位置を測定することができるということは、いままでの考え方を一変しなきゃならないのじゃないかというふうに考えます。この点について外相、今回はあらためて深くお答えがいただけると思いますけれども、お願いいたします。
  102. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 航法の関係は運輸省のほうが御存じだと思のですが、ロランCが運輸省所管になっているごとく、一般商船のために役に立つと、それが軍用のものにも役に立つことは当然あり得ると思いますけれども、そういう意味理解するのが適当ではなかろうかと私は思います。
  103. 青島幸男

    ○青島幸男君 ところがですね、Aは民間用に使う、Cは軍事用であると伺っておりますということをせんだって申されたように私は記憶しておりますが、その点、いかがでございましょう。
  104. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) この面の知識は私は特にはございませんけれども、ロランCもやはり海上保安庁が所管しておるそうでありまして、もし純軍用であれば防衛施設庁が担当してもしかるべきところ、そうでないのが現状でありますから、やはり一般用ではなかろうかと私は思います。
  105. 青島幸男

    ○青島幸男君 そういうあいまいなことでこの重大な意義を持ったロランを扱われているということに私はたいへん疑問を感じるわけでございまして、いままでのことは防衛の専門家でいらっしゃる防衛庁長官からの御意見を承ればもっとはっきりわかると思いますが、いかがでございましょう。
  106. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 商船の航行等に利用されておるといういまの答弁は、これはやはりどうも日常の平和生活にも不可欠なものでありまして、そこに存在価値があるように思って聞いておるわけです。御指摘のような点等につきましては、私もよくひとつ研究をいたしてみたいと思います。
  107. 青島幸男

    ○青島幸男君 防衛庁長官までがそのような認識しかお持ちにならないということは、私はたいへんにこの問題を深く取り上げなきゃならないと思います。これがC表なりあるいは沖繩返還してくるときに問題なくわが国に返ってくるのであれば、こんなことは言わないのですけれども、A表としてずっと残るわけですね、A表にこれはグループされておりますから。残るということ。あるいは十勝太にもある。これは通信基地でございますから、何重にも鉄条網をめぐらしてある、あるいは銃剣つきの鉄砲かまえた兵士が常時見回っておるというようないかめしいものではございません、決して。地方の放送局の送信所あるいは発信所ぐらいのもので、あるいは従事する人間にいたしましてもたいへんのんびりやっているように見えると思います。ですから、その地域周辺の方々もそれほど重大な意味があるとお考えにならないかもしれません。しかし、太平洋上のやみ夜の鉄砲を十分可能ならしめるためにちょうちんの役目を果たしていると、文字どおりちょうちん持ちをしているということになります。第二次大戦のときにV2号をドイツの本土から、オランダの基地から撃ちまして、イギリスへ落としたわけでございますけれども、そのときにV2号の電波誘導しているわけですけれども、その誘導電波の発射基地というものをイギリスは諜報部を使ってやっきになってそれをさがし出して壊滅したわけでございます。ですから、一朝事あるときには十勝太にも、あるいは慶佐次にも、そのちょうちんを消してしまえばやみ夜の鉄砲を無効ならしむるとすれば、必ずや第一次の報復があるもの、あるいは事前に攻撃を受けるものと考えるわけです。ですから、しかもこの太平洋の沖合いからポラリスを打ち上げた場合には、アメリカの艦が何をもって航行しようと、公海であれば事前協議の対象にはならないわけですから、ある日突然に戦争に巻き込まれてしまうということもあり得るのではないかということを私は再三申し上げておるわけでありますけれども外務大臣、いかがでございますか。
  108. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 私もそういう機械知識が乏しいので、どうも確信を持ったお答えができないのがたいへん残念なんですが、よく勉強してみたいとかように存じます。
  109. 青島幸男

    ○青島幸男君 ですから、私はせんだってあなたのやっていらしゃることはめくら判だという、たいへんに失礼な表現ではございますけれども、そういう言い方をさしていただいたわけです。ポラリス・クラスのものになりますと、約一メガトンという破壊力を持ったもの、しかも、一つの潜水艦が十六基これを搭載することができる。しかも、有効射程距離は四千五百キロということでございます。二年前の調査でございましてもこのクラスの原潜が四十隻いますと、常時たとえば二隻の潜水艦がこの地域におりますと、五十本の一メガトン・クラスの原爆を常に日本はこの弓なりの地形の内側にかかえているということになるわけでして、これは非核三原則あるいは事前協議というものの意味合いをたいへん希薄なものにしてしまうのではないかということで、私は再三お伺いしておるわけですけれども、もしこのロランCというものがそれだけ重要な意味を持っておるといたしますと、総理、いままでのような三原則と事前協議というものは意味合いが多少変わってくると私は思いますけれども総理の御見解はいかがなものでございましょうか。
  110. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 私も科学には弱いほうですが、ただいまのお話を聞いていると、ただいま海上航行の安全といいますか、そういう意味で非常に役立っておる施設のように思います。それは、しかし同時に、片一方で軍事的にもそのものは使いようによってはおそるべきものにもなる、こういうよりに聞き取れたのでございますが、私はわが国の平和的な憲法、さらにまたわが国の自衛隊法等のあることを考えながら、やはり日常航行の安全、それらに役立つことならば、それはさような意味で、そのままあってしかるべきじゃないか。ただ、いま言われるような危険性がある、そういうことについて十分の歯どめと申しますか、その使い方についてわれわれが気をつけるべきじゃないかと、かように思う次第でございます。
  111. 青島幸男

    ○青島幸男君 どうもまだよく御理解がいただけないと思うんですけれども、確かに民間が使っても船舶の航行の安全のために役立つことは確かでございます。しかし、民間に使われておりますのはAというほうでございまして、もっぱらBという精度の高いほうは軍事用に使われておりますし、ロランC用の機器を備えた民間の船舶というものは日本にはないわけです。ですから、軍事目的のためだけにCがあるということ、しかも、それは一般船舶の航行を安全ならしめることでもありますが、常時電波を出しているわけです。常時電波を出しているからこそ太平洋上の船舶が自分の位置を測定することができるわけです。これがたとえば天測をいたしまして太陽と星の角度からみずからの地位をはかってこれを攻撃をした、あるいは何か間違いを起こしたということであれば、むろんわが国政府の関知するところではございません、公海上であれば。しかし、その艦船がその位置を的確に把握するために、沖繩から出ている、しかも、沖繩の米軍基地の中から出ているロランCによってその核戦略が有効であるということになれば、当然核戦略に加担しているというふうに私は申し上げているわけです。で、ロランCも、実はロランC単独ではそれこそ太平洋上の数メートルという範囲の認知はできないかもしれませんが、現在の潜水艦の航行はたいへん安定しておりまして、水中ソーナーであるとか、あるいは海流の測定を常時行なっておる。あるいはレーダーによってみずからの進行方向あるいは進行姿勢までも的確に把握しているわけですから、その潜水艦は、ある日突然そこに浮くわけではなくて、そういう航路を経過してくるわけです。常にみずからの航路を推しはかりながら航行しているわけですから、常時的確に把握することを可能ならしめるわけです、ロランが。そこで、このような極東戦略あるいは安保条約の基本にもなっております非核三原則あるいは事前協議というものにこれだけ大きな意味合いを持ったロラン。であるにもかかわらず、閣僚のどなたに聞いても、あるいは政府委員のどなたに聞いても的確な御返事がいただけないという以上は、私はこの条約はめくら判であるということをあえて申し上げなければならないというわけでございます。この点について、どなたでもけっこうですけれども、的確にお答えいただけたらお答えいただきたいと思います。
  112. 吉野文六

    政府委員(吉野文六君) 御存じのとおり、ロランCは沖繩のみならず、硫黄島にもございますし、また十勝太の通信所にもございますし、南鳥島にもございますし、それから横浜ノース・ドッグにもございます。したがって、ロランCが単にポラリスのためのみならず、ポラリスはもちろんおそらく使われると思いますが、民間の、あるいはその他の軍事用の目的にも使われるわけです。で、軍事用と申しましても、普通の放送施設も、戦争になれば、飛行機が自分の位置を確かめるためにやはり使われるわけですから、結局平和的に利用されるものも軍事的には幾らも利用できると、あたかも灯台が軍艦も利用できるしそれから普通の船舶も利用できると同じわけです。ただ技術的に進歩しておりますから、ですから、ますます正確さはふえていくでしょう。しかしながら、同時にそういうことを、われわれとしては技術の進歩におくれてはいけないわけですから、やはり最新のものをわれわれ自身も利用していくような考えにならなければいかぬのじゃないか、こういうように考えております。
  113. 青島幸男

    ○青島幸男君 ですから、そういうものであれば、なぜわが国の管理下に置いて、あるいはわが国の自主的な運営において事を行なわないのかということを私は言っているわけです。いまあげられました場所は全部米軍の施設の中にあるわけです。しかも、このロランCというものは米軍が管理しているわけです。ですから、その米軍が管理して核戦略の重大な一翼となっているものをわが国に置いておくということが実に問題だということを私は申し上げているわけです。その点、いかがですか。
  114. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) いまの御指摘のロランCというのは、軍艦とか、いまのポラリス潜水艦とか、そういったものだけという御説明でしたが、そうではない。ロランCはやはり商船関係にも使っておる、こういうことをいま防衛局長が言っておりまするので、あと補足させます。
  115. 藤木栄

    政府委員(藤木栄君) 補足して御説明申し上げます。  ロランCは、いま御説明ございましたように、日本の漁船でも使っております。私どもの調査、ちょっと古いのでございますけれども、大体まあ漁船のみならず、外航船と申しますか、そういった船が大体千四百隻くらいがつけておりまして、もちろんそれはCだけではございませんで、Aもつけておりますが、最近の日本のメーカーではAとCと両方とも受かるような受信機もつくっておりまして、これは非常にポピュラーになりつつある、そうい状態でございます。
  116. 青島幸男

    ○青島幸男君 民間が使えるから、漁船が使えるからということで米軍基地を存続させるという理由にはならないと思うのです。米軍の施設の中にしかないのだということが実は問題です。ただそれをわれわれも使わしていただいているのだというようなかっこうで、あるべからざるものだと私は思います。何がゆえに米軍の施設の中だけに、しかも米軍の管理下においてCがなされているかということを明確にしていかなければならないと思います。  これ以上お答えをいただいても繁雑になるばかりですから申し上げますけれども、一般に、戦術を決定するのはその兵器の性能いかんによる。戦略あるいは戦術を決定するのは兵器の性能いかんによる。性能を無視しては戦略戦術は考えられない。それから、戦略、戦術が基礎になりまして防衛目的にしろ何にしろ軍事条約というものはなされなければならないはずでございます。安保条約も、防衛の目的はあるにしても、これは本質的には軍事条約であると私は思います。そうしますと、兵器の機能とか性能というものの概念が変わってまいりましたときには、その上に築かれておりますところの戦略も戦術も、そしてまたその上に築かれております条約も考え方を変えていかなければ意味をなしていかないのではないか。ですから、非核三原則、総理がおっしゃっている、持たず、持ち込まず、つくらずというのもけっこうでございますが、いつの間にか手伝っているということになると、「手伝わず」というところまで推し進めていかなければ、わが国の非核の原則は筋道が通らなくなってくるというふうに私は認識いたします。たいへん口幅ったいことを申して恐縮でございますけれども総理のいままでのおっしゃっております非核三原則あるいは事前協議というものは、アメリカとの信頼の上だけに成り立っている。たいへん浪花節的で心情的にはたいへん受けるのですけれども、これはきわめて非科学的で、何と申しますか、近代的ではないというように拝察するのでございますが、その点、いかがお考えでしょう。
  117. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 心情的にはわかるけれども、非科学的だ、かように言われますが、私はただいまの、「手伝わず」という、そういうものを入れた場合に一体どうなるのか。いままで私どもは原子力基本法、そういうものを持っておりまして、これはもう原子力は研究はするけれども、公開——平和的には使うけれども軍事的には一切使わない、こういうことで明らかにしておりますね。しかしながら、ただいま言われるような「手伝わず」と、こういうことになると、原子力基本法でいろいろ研究することもやっぱりどこかで手伝っておるという、そういう抜け穴もあるんじゃないのか。また、ことに私たいへん心配なのは、ただいまの、軍事的にたいへん心配だ。これはわからないではありませんが、しかし、もっと平和時において平和的な商船が使っている、また漁船まで使っている、そういうような施設を、どうも、一切手伝わずで、もうやめてしまうんだ——やめろとはおっしゃらないようですが、そこにまで飛躍することは、私はこれは考えなきゃならぬだろうと思います。これは、ただいま米軍の管理、そこで心配なんだ、日本でそれを管理するようになればどうかとか、まあいろいろ一つの問題としてたいへん見識のある考え方ですから、私もこの場合だけで済ますつもりではございませんが、そういう点ももう少し検討してみる必要があるんじゃないだろうか、かように私思いますので、われわれが、いわゆる手伝ったつもりではなかったんだがどうも手伝わされていたと、こういうようなことがあっては本来の平和愛好という点から見まして残念でございますから、そういう意味でいまの青島君の御提案、これはひとつ検討してみることにしたいと思います。
  118. 青島幸男

    ○青島幸男君 A表にロランは載っております。そしてEフンが軍事目的に使われるのでは困るんだ、平和目的に使われるものがたまたま軍に使われてしまったというんならいいんですけれども、軍が本来使うものを民間が借りて使っているというのは本末転倒だと思います。しかも、このA表に載っておるということは、返ってこないということですね。ですから、今後、この返還協定では返ってまいりませんけれども沖繩本土に返ってきたときに、慶佐次にございますロランのAの基地、あるいは北海道の十勝太にございます基地、あるいは横浜にございますロランのCの基地、これをわが国の管理下に置いて平和目的を主としたる使用に変えていこうというようなお考えで進めていく御意思がおありかどうか、外相にお尋ねいたします。
  119. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) これはなかなかむずかしい問題かと思います。とにかくアメリカはこれは世界一と言える大海軍を持っておる、また、ソビエトに匹敵する大空軍を持っておる、そういうこと。それから、たいへんな商船隊も持っておる。そういうために米軍の施設の中にそういう施設がある。それがたまたま、まあそういうことはめったには想像できませんけれども、この核の問題につながりを持ってくる。こういうためにという理由のもとにこれが撤去をひとつ要求をする。これはなかなか、これは非常にむずかしい問題じゃあるまいか、そういうふうに思います。なお、よくこのロランということは、青島さんから御指摘があって初めて伺う問題なんで、よく私ども勉強してみまするけれども、いま総理が申し上げましたように、そういう種類の問題はひとりロランばかりじゃないと思うんです。アメリカとの間に私どもは技術的に、あるいは通商的にいろんな関係があるわけであります。そういうものをたぐっていけば、これは核の問題といろんな面で細いが、つながりというものが発見されるかもしれない。そういう問題に一々核問題が論議されなければならない、こういうことかと思うと、そういうものじゃ私はないと、こういうふうに思います。非常にむずかしい問題を御提起になっておりますから、なおよく検討してみます。
  120. 青島幸男

    ○青島幸男君 私は、さしてむずかしい問題だとは思いませんけれども、そのほかVOAにいたしましても戦略通信所というような名前のついたところもたくさんございます。で、日本語に訳した文章ではすべて通信所とか、あるいは通信施設となってございますけれども、それぞれには違った意味合いを持ったものがある。どうもあの通信ということばとあの字づらがレシーバーを当ててツー・トン、ツー・トンとやることでしかないというような感覚をわれわれは持つのですけれども、これはせんだっても一申し上げましたけれども、核弾頭とそれからロケットと、それを誘導あるいは位置を測定してその目標を定める、さだかにするという意味と三位一体にならなければミサイルというものは意味をなさないということからしますと、電波というものは完全に兵器なんだ。ですから、その意味合いで各通信施設あるいはそういうものについてもう一回検討してみる必要があるんじゃないか。あるいは知らず知らずのうちに、われわれを取り巻く日々の科学的な技術の進歩が、われわれの考えを日々古いほうへ追いやってしまう。ですから、総理並びに閣僚の方々は代表的なインテリでいらっしゃるし、柔軟な頭脳の持ち主だと私は確信しておりますので、その点をひとつ御考慮いただいて、どうも日露戦争当時の、そう言ってはたいへん失礼ですけれども、日露戦争当時の戦略的な概念の上に基づいて、近代の科学兵器の刮目すべき進歩に目をおおって、そういうことはどうもよくわからなかった、それは全然気がつかなかった、知らないうちにわれわれは利用されておったとか、太平洋を公海だと思ったけれども、そんなに狭くなってしまっているのかというようなことをあとでお気づきになっても、それは一国をあずかる、あるいは世界の平和に寄与する内閣の方々のお考えとは私は受け取れない気がいたしますので、きょうはたいへんに、もうちょっと的確に皆さん方の御見解を承っていけると、せんだっての続きとは私申しましたんですが、思ったんですけれども、はなはだ満足な答えがいただけなかったことを私はたいへん不満に思いまして、質問を終わります。ありがとうございました。(拍手)
  121. 安井謙

    委員長安井謙君) 以上で青島君の質疑は終わりました。     —————————————
  122. 安井謙

    委員長安井謙君) 次に、鈴木美枝子君の質疑を行ないます。  鈴木美枝子君(拍手)。
  123. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 沖繩協定に関連して、沖繩基地のことと、それから人権のことをお伺いしたいと思います。  私は一九六六年に沖繩のおかあさんと、それから新聞社「沖繩タイムス」、それから先生方に呼ばれまして、ということは沖繩の小学校、中学校、高校五十軒ばかり回りまして、そしてまあ言ったことは、本土から来たおばちゃんですというようなことで回ったんでございますけれども、そのときにいろいろな方にお目にかかりました。先生方にもずいぶんお目にかかりましたし、それからひめゆり部隊の生き残りの方に、少数でございましたけれども。それから、あの当時高校生だった男子の生き残りの方にもお目にかかりまして、じかに南部戦線地区を歩きましたときに、私を呼んだせいか、こちらから行ったんじゃなくて、呼んだせいか、ほんとうの気持ちをそのときお話しになりまして——ひめゆり部隊の生き残りの方はほとんど話しませんでした。本土の私に話しても、理解できないんじゃないかというようなことをお思いになっていたと思います。私はそのときの、一九六六年のことをお話ししたいのじゃなくて、その前後に、先ほど佐藤総理もおっしゃっていましたけれども、一九六五年に、私がおかあさん方に呼ばれて行きました前の年、私はある年でございましたけれど、あのころの沖繩はやっぱりたいへんでございました。あのドルを使って——このごろドル・ショックとかなんとかということで、ドルということがわりあい身近なところに感じるのですけれど、一九六六年のとき行きましたときに、子供から六十のおばあさんまでドルを使っているということに、八年前だったそうでございますけれども、たいへんだな、あれを、もし私なら計算するのがたいへんだなと——その前は軍用金というのですか、B円というもの使っていたそうですね——なんてもう日常生活の中でたいへんだというものを感じるころの一九六六年でございました。その前の年です、総理がよくあのときの有名なことば、これはあまりにも皆さん、日本じゅうの人が知っていらっしゃるので、沖繩が返らない限り戦後は終わらないというようなことばでございますけれども、それだけをよくおっしゃるのでございますけれど、あの当時、あれですか、ヘリコプターでございましょうか、沖繩の方たちに取り囲まれちゃって、そしてアメリカ基地の中でしたでしょうか、あれ、どこへお入りになったのでしょうか。あれがいま今日のことに私ちょっと関連してお聞きしたいのです。ああいうときの気持ってどうでございましょうか。すみません。お願いいたします。それをいつも、聞いたことがないので一回私聞いてみようと思って。どうぞお願いいたします。
  124. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 沖繩を訪問いたしまして、そうして各地を視察いたしました。まあ多くの場合にヘリコプターを提供してくれて、これはそれなりにけっこうであったのであります。私は最後に、この沖繩軍基地からホテルまで帰る——これは自動車で帰る予定でございました。その間にどうも道路が混雑している。そういうことで最初のコースを取りやめて、途中からまた米軍基地に引き返して、そして米軍基地内に泊まったと、こういうことがありました。その当時はもっと、実情を明らかに説明はできないか、そういう点で、別に私ども出かけて、米軍のために出かけたわけでもありませんし、もっと実情を知りたいと、かように思ったのが、いま言うような状態で目的を達することはできなかった、こういうことでございます。しかし、わずかな時間ではありましたが、沖繩本島におけるただいまのような待遇、これも二つのできごととして私は評価しなきゃならないと、かように思っております。また同時に、沖繩の本島の北の部落に参りました際も、これは昼間でございましたが、地域住民が全部出迎えてくれて、そして実情について詳しく説明をしてくれた。また、先島諸島におきましてはパインの工場も見学できると、こういうふうな実情でございますから、私は出かけたことはそれなりに十分の効果をあげたと、かように思っております。
  125. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 あのとき初めて沖繩の方の気持ちを知ったという感じがいたしました。そのあくる年私は参りましたものですから、行くのはパスポートだとか、いろいろなことでたいへんでございましたけれども、なお自分の目で見、耳で聞くことができました。二十年ぶりに佐藤総理が一九六五年に沖繩に行くのにはそれなりの意味があると私は思うのです。その意味を、これは私がかってに解釈しちゃいけないのですけれども、同じ一九六五年のその年のうちの一月の十三日と十四日、佐藤・ジョンソン会談の共同声明の中で、一点私の目にとまるのは、「沖繩及び小笠原諸島における米軍の軍事施設が極東の安全のために重要であると認めた」、「重要であると認めた」という背後のところで、同じ年にベトナムの北爆が開始されているという関連がございまして、そしてまた、沖繩には同じ年の七月の二十八日にグアム島からB52が台風だと言って三十機ばかり来ているわけです。B52というのはどういう飛行機かというと、核を二発積んで、そして爆撃し得る、もうとても大きな、私たちは女だからそういうものはたいへんに——私たちの戦争のときにB29——B52、数字ばっかり頭に入るのですけれども、よくよく調べてみると、一九六六年に沖繩に行きましたときでも姿を大ぜいの人に見せないように翼だけちょっと出している。やっぱりアメリカでは見せたくない。なぜ見せたくないのか。それは大ぜいの沖繩の人を刺激したくない。また、本土の私たちにも知らしたくない。そういうものを私は感じて帰ってまいりました。そしてそのあくる年なんです。一九六六年に佐藤総理は、参議院の予算委員会で、沖繩が攻撃されれば日本も防衛に参加する、と答弁しているわけです。これが一九六五年から一九六六年までの私が沖繩に行ったその前後でございました。そして、その二年たったときに、一九六八年に沖繩の石川ホワイト・ビーチというところから、ついこの間も佐藤総理は、古い兵器をみんな片づけてそうして新しい兵器にかえているんだというふうにおっしゃいましたけれども、それはまさしく、いまから三年前の一九六八年、石川ホワイト・ビーチ、メースBというのがもう古いというので取り去りまして、そしてアメリカではこう言っているわけです。メースBは旧式化した兵器で、沖繩にいつまでも配備しておくこと自体不経済であり、また米軍は固定基地を必要としない、と言っているんですね。先ほど青島さんはたいへん流動的なことを言っておりましたけれども、流動的なものと関連して、原子力潜水艦の問題をちょっと取り上げてみたいんですけれども、メースBとかえたのがポラリス——ポセイドンというんですか、水中から核爆弾を発射し得る能力を持っている原子力潜水艦の寄港し得る基地を新しくつくったということなんです。これは一九六八年といいますと、きょういま、このごろこの国会の中で——私はまあ入ったばかりなんでございますけれども沖繩のことでいろいろなことが展開し、そしてやっているんですけれども、三年前にすでにこの新しいものを建設している。そして、古い機械を取り除いて、もっと能力のすごい機械をここへ運んでいるという事実があるわけでございます。そしてまた嘉手納基地、これはちょっと前で一九六九年なんですけれども、嘉手納基地に四千メートルの滑走路を持った、飛行機の飛べる、爆撃機の飛べる、それが二本建設されているというんです。そしてその四千メートルの滑走路というのが成田と同じなんだそうです。そしてこの成田と同じだということを私ちょっと教えていただきたいんです。私はただ寸法が同じだとかそういうことだけでいきなり言ってはいけないかもしれませんけれども、成田と、嘉手納基地というアジア一の基地ですね、あそこは。私は一九六六年に行ったのでね、これはこうなんだと説明されたときに、あれがアジア一の基地だというるとの中の滑走路ですね、それが四千メートルで、成田が四千メートル。そうすると成田はどのぐらいのものを飛ばすんでしょうか。専門家じゃないから、飛ばすなんて言っちゃって申しわけないんですけれども、それは教えてくださいませ。防衛長官。
  126. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) いろいろ御研究になっておられます御努力に敬意を表します。やはり平和を確保していくために、そういう従来の専門のことでないことまで御研究になっておられるというわけで、私、いま傾聴しておったわけです。事実、メースBは古い兵器だから取りはずすということは、もう一九六六年ごろからアメリカの国防省筋でしきりに言われていたことであります。そして沖繩の陸上基地としての用務はもう終わったから、グアムとかフィリピンとかマリアナ諸島の線まで陸上基地は後退するのだ。これはアメリカ側の当時からの主張であったわけであります。ごらんになりましたB犯も、私もちょうど沖繩へ安保当時でしたか、いまから二年半ほど前ですが、たまたま文化団体へ講演に参りまして、そのときにぜひ見るようにというわけで、これは隠しておるんじゃなくて、渡洋爆撃を終わって帰てくるところを見たわけです。ですから、私どもも、沖繩が戻ってくるときにはどうしても核抜き・本土並みでなければならぬということを強く認識して、党内でもしきりにこのことを主張して、幸い総理をはじめ外務大臣等々の努力でここまで来たわけなんでございます。したがって、御心配になるような点については、当然将来にかけても十分核抜き・本土並みであるような姿をとっていく努力を継続してまいりたいと思います。そうして、この基地の島を少しでも基地を少なくしていくように。  それから四千メーターの件につきましては、的確に答えさせる意味で、専門家から、政府委員からお答えをさせることのほうが適当だと思いまするので、政府委員から答えさせます。
  127. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) F4、F105と、沖繩にありまする戦闘機でありますれば三千メートル足らず、二千数百メートルで足ります。四千メートル台といえば、B52を飛ばすためには一万フィートを必要といたしますので、大体それより四千メートル近くのものが必要である。四千メートルの説明を求められればそういうことが申し上げられると思います。
  128. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 成田のことをちょっと聞きたいのです。同じ四千メートル、成田と嘉手納の。かかわり合いはあるのでしょうか。
  129. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 運輸省でありませんので、よくわかりませんが、現在のジャンボ・ジェットは相当の滑走距離を必要とするということで、現在の四千メートルが設定されているわけで、いまB52は沖繩に来る予定、来る計画というものは全然ありませんから、成田とそれから嘉手納の関係というものは全く無関係であろうと私は思います。
  130. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 沖繩返還されても無関係でございますか。
  131. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) これは、いまの民間航空専用飛行場と、それから基地飛行場とでは、これはもう全然性格が違いますし、そういうところへは一機たりとも軍用機が来るというようなことは認められないわけであります。
  132. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 ここに私、沖繩のそのときお友だちになった方からいただいたのでございますけれども、ぜひ総理にお目にかけたいのであります。沖繩の読谷村というところに水爆があるといわれている倉庫があるわけでございます。そして、これあとでゆっくりごらんになってください。これ見ても「ある」と書いてあるのですから。こういうことはどうなんでございましょうか、「ある」と書いてあることに対して。
  133. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) いまはこれはアメリカ施政権下にありますから、私どもはどこに何があるか、これつまびらかにいたしません。あるかもしらぬ。読谷村のお話でありまするが、そういうところに何か物騒なものがあるかもしれませんけれども、これはもう返還時、またそれ以降においてはそういうものは一切なくなりますから、これはとくと御承知おき願います。
  134. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 私は、あるということは、やっぱりいま返還されてすぐ取りはずすということにならないような気がするんです。たいへん膨大な金をかけて、そこへ納めるものをつくった、そしてその核は流動することができるというような時代には、あるような……あると、こう思うのでございますけれども、それをどうぞ、取りはずすということばでなくて、何とか私たち国民を守る、そういうものへ切りかえていただきたいと思います。  それから、さっき一九六六年から六五年のことを言っておりましたんですけれども、一九七〇年——去年のことなんでございますけれど、これも私は自分が日本人であるということを含めて日本を愛しているという意味において、一応頭に入れておいたほうがいいなあと思いまして記録してまいりましたのですけれども沖繩返還されるにあたって、一九七〇年にランパート高等弁務官が発言していることばの中にこういうことばがございます。「去年のことなんです。「沖繩は地理的に重要な戦略的位置にある。沖繩が島であることは、敵の攻撃に対し相対的安定性を沖繩にあたえている」、これはアメリカの議会で証言しております。そしてまた同じ方がアメリカの議会で証言しているのに「返還そのものは、合衆国の膨大な価値ある投資であるわが沖繩基地の戦略的重要性を基本的に変えるものではない」。ですから、返還されても、変えるものでない、と去年発言しております。そして、また、一九七一年——ことし一月の十二日に、チャップマン米海兵隊の第三司令官がこう発言しております。「沖繩施政権返還後も、日米両国の共通の利益を擁護するために自由な作戦行動がとれると思う」。  そして、福田外務大臣にお聞きしたいんですけれども、ことしの三月に、千葉県の房総沖で日米海軍合同演習をやった。それからことしの十一月に、日本側の要請でハワイ海上において自衛隊機とアメリカ原潜との合同演習の予定があったと、こうあるんですけれども、その二つのものに対してちょっとお願いしたいと思います。
  135. 久保卓也

    政府委員(久保卓也君) 銚子沖で米軍の原子力潜水艦との合同演習をやったこと、それからハワイで訓練をやりましたこと、これは事実であります。もちろん、米軍の対潜行動、対潜作戦、技術的な面、あるいは退避のしかた、その他についていろいろと訓練を受ける必要がありまするし、私どもとしては、特に、原子力潜水艦というものを持っておりませんから、そういったものを対象として訓練する必要がある。特にハワイの場合には、潜水艦だけでなくて、地上施設でもって訓練の精度を測定する精密な機械、施設がございます。それを利用するのにハワイへ参らねばなりませんので、いずれも必要な訓練として両方やったわけであります。
  136. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 それでは、もうすでにこれは平和的訓練とか、そういうふうには絶対に言えないと思うんです。まあ外務大臣がもしおっしゃるならば、いや、これは守るためにとおっしゃるかもしれませんけれども、すでに軍事的訓練、それが行なわれたというふうに言えるんじゃないかというふうに思うんです。いかがでございましょうか。
  137. 福田赳夫

    国務大臣福田赳夫君) 自衛隊は常に訓練を行なっておるわけです。それはわが国を守るためにやっておるわけでありまして、それ以上の、目的を逸脱をするというようなことはありませんでございます。
  138. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 それからまた、一九七一年——ことしなんでございますけれども、こういう行為が、そういうハワイや千葉で共同の目的のそういう軍事教練が行なわれるという、それにちょうど裏づけるようなことがあるんですけれども、それは一九六六年ですから、私が沖繩に呼ばれていった年なんでございます。琉球の米民政府広報室が発表したことなんでございますけれども、琉球米民政府が公式回答で——なせ琉球は米国にとって重要であるかという、そういうことを再三質問いたしました、その質問に答えて、こう言っているのです。  沖繩の地理的環境は西太平洋における戦略上の拠点となっている。この島は、東京、京城、マニラ、香港からほとんど同じ距離にあって、そして中国本土の海岸からわずか四百四十マイルである。沖繩基地は、嘉手納基地が中心であり、基地としての絶対的な要求として必要なのだ。そしてまた、一、必要な状況に応じておくれることなしに軍隊やあらゆる種類の兵器を自由に基地に運べること。二、緊急時に必要なあらゆる種類の兵器や補給品が自由にかつ制限なしに貯蔵できること。三、米国が条約——日本、韓国、台湾、フィリピンその他の国と個別的にまたは集団的に結んでいる相互安全保障条約に定められた責任に基づいて、その責任を遂行するために必要なあらゆる地域に対し、自由にしかもおくれることなしに兵力、兵器、補給品、航空機、船舶などを送ることができる。条約に従って行動することを要求した場合——「要求」というのがものすごく重要な感じを持ちましてこれを読んだんですけれど——要求した場合に、米軍に対する戦術的協力が自由に準備されるごとができる。軍事施設を守るために必要な安全措置をとる能力があるのだと、こういうことを公式発表しております。お願いいたします。
  139. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 御指摘の点は、私そのとおりだと思うんです。それが従来沖繩極東基地としてのキー・ストーンであるという表現にのなってあらわれておったわけです。ただし、そのころは、御承知のとおり、アメリカは中国に向かっては封じ込め政策を強行しておるまっ最中です。それからベトナム戦争もだんだん苛烈の度を加えてまいった時点でありまするから、そう言うわけでありまするが、いまや、そういう情勢がだんだん平和の方向に向きつつある。そればかりか、その沖繩をとにもかくにも返す、日本に戻すという決意をしたということは、その重要性がだんだん薄れてきた大きな証左でもある。こういうふうの考え方も私できると思うんです。
  140. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 じゃ、七一年の、あの日米共同海軍の演習はどういうことになりましょうか。
  141. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) これは日米安全保障条約によりまして、わが国の防衛はもとよりでありまするが、極東の平和と安全を確保していくというたてまえがありまするから、ときにそういう演習をやることもありまするが、これはもう申し上げるまでもなく、侵略的なものじゃなくって、もし日本が、にわかに不正の、どこかから侵されるというようなときに、どう守るかという場面を想定しての訓練であるわけです。
  142. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 守る、防衛する、そのことばはもうたびたびお聞きしているのでございますけれども。それからまた、私は戦争のときに青春時代だったものでございますから、どうにかして未来の子供にそういうふうな目にあわせたくないという、そういう気持ちがあります。佐藤総理もおありになるだろうと私思います。私より佐藤総理のほうが年がちょっと上でございますから……。(笑声)私は、未来の子供の存亡が、総理も私も二人ともそうだと思うのですが、その努力決意にかかっていると、そう思うと、みんな平和に子供たちを守ることができると私信じて疑わないのです。そういう意味で毎回私は本会議とか、あらゆるところに参加しておりますと、自衛隊の問題を、守る、防衛する、こういうふうなことばをよく聞くのでございますけれども世界じゅうの軍隊がそうだと思うのですけれども日本の軍隊もそうだと思うのですけれども、攻撃するといって軍隊をつくったことはかつて一回もないと思うのです。隊の一番あれは、やはり守る。これはこの場合は自衛隊ということばが使われてあります。それは平和憲法という……。それでもちょっと不満なんですけれども。守るというふうなことばでもって戦争前の日本の軍隊も——いや、明治以後つくった軍隊も、あったんじゃないでしょうか。だから、守るということはどういうことなのかというと、日本のような小さいところでしたら、出ていくことが守るというふうになるのじゃないでしょうか。というふうに私は戦争の体験でそう……どうぞお願いいたします。
  143. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) やはり一億の大国でありまするから、手だけというわけにもまいりません。それは手だけで済むような時代が来れば非常にいいわけですが、まだインド・パキスタンの戦争をはじめとしまして、局地戦や小ぜり合いは地球の上でやむことなくどこかで争われておるわけであります。そこで、私どもは核は持たないが、通学兵器による局地戦がもし起こった場合には、日本の主権を守る、国民を守る、平和を確保していくというために、ちょうどここへボールが飛んでくるなら、この手ではねる、そういうような役割りで自衛隊を存置させる、訓練をすると、こういうことだと思うのです。もとは、はねのける手がなぐりつけにも行ったわけですね。御指摘のように、まさに、守る守ると言いながら、侵略もしたわけです。しかし、それをさせないというところに日本の私は自衛隊の真面目があると思うし、この主張は私は間違っていないと思う。アメリカでもソ連でも社会主義国でもどこでも、これはほんとうに守りに徹する自衛隊、防衛力、こういうことになったら、世界がどれくらいなごやかになるか、これはやはりそういう意味からも自衛隊の主張をあくまで貫いていきたい、こんなふうに思っております。
  144. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 私はまた、全部そうであるかどうかは知りませんけれども、ほんとうに戦争体験をした私たちにとっちゃ、軍隊に守られるということはほんとうはいやなんですね。ほんとうは人間のしあわせというものは、個人の生活やそれから生命や財産を、やっぱり憲法で守っていただきたいと私は思うのですね。軍隊で守られるのは、ちょっと戦争体験者にとってはおそろしい気がするのです。そして、その守ることの一つなんでございますけれども、守るということに対してはいろんな考え方があると思うんです。また前のことを引き出しているようですけれども、ほんとうは今日的なことを言いたいのです。あの沖繩で、もういろんな悲劇がありました。だけど、その中でこういう悲劇があったのです。慶良間の渡嘉敷村というところなんです。いまでも生きていらっしゃる軍人さんなんです。だから、ちょっと名前はわかっておりますけれども、伏せさしていただいて、A大佐ということにさせていただきます。当時A大佐でございます。その方たちが沖繩のこの村で、村は那覇よりちょっとはずれたところの小さいところなんです。戦争中ですから、もう終わりのまぎわのところで、やっぱり食べるものもなかったりすると、どうも相手を殺して自分を守らなければならないというのが、あのどたんばのところでは出てくるわけです。じゃ、それは殺害したのか、いや守ったのか。私は、やはり考え方によっては自分たちを守った。軍人が守った。そのために沖繩の方にはあらゆるからくりを出して、おまえたちはスパイだったのだ。赤ん坊は、声を出したら、つかまるから、アメリカにやられるから赤ん坊は殺して、というぐあいに、なたや手りゅう弾を持たして集団的に自決をさせた。それが三百七十人、集団的な自決をさせたところがあるのです。私は、そのことをいま言いたいのではないのです。武器を持つと人間が変革する問題について言いたいのです。武器を持つと人間が変革する。その変革した中で、敵がまたその上に武器を投げたという状況の中でこういうおそろしいことがあると思うのです。で、その人——A大佐ですが、去年、その死んだ人のお墓参りに行ったというんです。そうすると拒絶されたというんです。自分が手りゅう弾を渡して——間接的な他殺だと私は思うのです。間接的な他殺の距離の中に、ものすごく、悪が——じかに殺すよりひどいやり方をした。自分の罪を逃げながら殺している。そういう感じがするのです。そして、そのことの深いところの反省はそこへ墓参りに行って済むものじゃないと私は思うのですね。そういう人がいるのです。しかも全部の軍人じゃなかったかもしれませんけれども、武器を持つと人間が変革するんだということで、平和の材料——武器がふえればふえるほどそれと同じような材料を持っていただきたいと思うので、それについてお願いいたします。
  145. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) だんだんのお話はきっとあったと思います。それが戦争というものでしょうし、戦争の悲惨な現実なわけですね。ですから、私も戦中派というか、生き残りでありまするが、二度と再び戦争などはしてはならぬと思います。そういう気持ちであの国連が発足したわけですが、人間の英知は、まだ国益という名に基づいてその高度の暴力、いわゆる戦争に訴えるということを解決しておりませんですね。いかにも残念だと思います。しかし、日本は少なくともやはり平和に徹して、ほんとうに防衛に徹していく。これはちょうど個人の場合でもそうだと思いますが、私でも、剣道五段ですが、あまり暴力をふるったことはそうもの心づいてからございません。これはやはり自分の理性で抑圧をするわけですが、やはり武力侵略してきたら、やはりいく、これをはねのける。これは、私必要だと思うのですが、これがなぐりつける手になれば暴漢になりますし、三人寄れば暴力団になるわけですね。ですから私は、日本の専守防衛といい、自衛隊のあり方というものは決して間違っちゃいない。それをコントロールしていくのがこの新しい制度であります。それは一防衛長官や防衛官僚が一握りでシビリアンコントロールするといったって、これはとうていできることではありませんから、政治コントロールということですから、お互いがひとつ一生懸命この自衛隊が防衛に徹する存在であるように、これを貫けるように、今後ともひとつ御一緒に努力してまいりたいと思います。
  146. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 いま、なぐったらなぐり返すとおっしゃいましたけれども、その前に、私が読ませていただきました、条約に従って行動することを要求した場合——アメリカが要求するということはあるのでしょうか。お願いいたします。
  147. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) ちょっといま聞き落としましたが、何の要求でしょう。
  148. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 先ほど私読ませていただきました、一九六六年と言ったら古いというようにおっしゃいましたけれども、あれは七一年の千葉で練習する——練習というのではなくて、海軍の合同演習、それの裏づけとして言ったのですけれども
  149. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 訓練は、これはいたしましても、それを実際に行なうということはあっちゃならぬわけです。ただ、自衛隊の存在というのは、やはりにわかに不正の国が侵略をしてくる、そのときに座して死を待つか、あるいは国民がたいへんな虐待を受けるか、それを主権のある一億の国が黙って見ておるという、これはいかにも、それこそ政治の議論になりません。そこで、自衛隊が存在し、この自衛隊は精強でなければならぬし、絶えず訓練をしていかなければならぬ。しかし、絶対用いちゃならぬ、用いることがあってはならぬというのが私ども考え方であります。
  150. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 それでは、守る自衛隊、私たちをしあわせにしてくださる自衛隊として、そうして、その中の——信じる以外にしかたがないわけでございます——その中にあることなんでございますけれども……。
  151. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) そういうふうにしていきましょう。
  152. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 はい。沖繩出身の、お名前はちょっと伏せますことにして、一等陸佐が、沖繩に配備されるときに、自衛隊長として任命されている。そして、やっぱり沖繩の出身者の人八百名配備しようとしていま努力をしているということなんでございますけれども、つまり、沖繩の人が沖繩の自衛隊に沖繩の出身者をよけいに入れることによって親しみを持つのでしょうか、葛藤させるのでしょうか。先ほど言いました沖繩の方の二十六年の歴史の中にあるものは、祖国復帰したいというのは、一体何にしたいのかというと、これは私の想像なんですけれども、平和憲法に帰りたいのではないでしょうか。長い間基地にあり、そして戦争の中にいた、そして敵前上陸された沖繩人たちは、——これは全員でいいと思うのです。夢のように祖国復帰というものを、それこそ、アメリカが英語を子供に教えろと言ったのを、地べたに日本の字を書いて、自分たちのみずからを守り通したあの方たちにとってみたら、祖国復帰というのは憲法というふうにとらえるのですけれども、その点について、いまの自衛隊の内部について……。
  153. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) おっしゃる意味はよくわかります。まあ過渡的には基地の島の形をとっておりますが、必ず私は、海洋博が開催されるあたりから、もうそれまでにももちろんですが、急速にこの基地というものは漸減するということを確信するものです、実際。  それから、沖繩の出身者をまあ自衛官として配備する傾向にあるようだがと、こういうお話ですが、戦前の軍隊に対しては、あれは日本の最後の戦いの場面になったわけですから、もうこれは言語に絶する悲惨な場面、さっきお読みになったようなことは毎日連続だったろうと思うのです。それだけに、旧軍に対する疑惑、反発、そういったものが深く根強く浸透しておると思うのです。ですから、新しい時代の自衛隊というものは旧軍隊とは違うんだと、それをやはり理解してもらうことが大事ですし、また、理解のないところへどれだけ持ってまいりましても、これは効率的に働くことができるわけのものじゃありませんので、今後、私ども一生懸命PRもし、理解していただくように浸透をはかっていく予定でおりまするが、そういうときに、沖繩出身の自衛官が一人でもよけいおれば、ああそうかという共感が同県人、特に沖繩県の人々、郷士意識がわりあい強いところでありまするだけに、そういう響き合うのが、理解し合うのが早いのじゃないか。そういうよすがになればということは確かに考えておるわけであります。
  154. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 また、自衛隊の守る点においての、中のほうのことなんでございますけれども、防衛出動して拒否した場合に、七年以下の懲役、これはほんとうでございますか。
  155. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) やはり自衛官というものは国を守る専門家なんですから、これは規律だけはきびしくしていかなければならぬと思っております。
  156. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 また再び、自衛隊法は、夫が兵役で、兵役ということばになっているのですけれども、兵役で出兵する場合に、妻がとめると扇動罪というのでしょうか、それが適用されて、七年以下の懲罰になるというのはほんとうでしょうか。
  157. 江崎真澄

    国務大臣(江崎真澄君) 当然、その厳粛な役目柄から申しまして、私はそうあるべきだと思っております。のみならず、これは、いざというときにものの役に立たなくて夫婦で逃亡してしまうというようなことでは、これは自衛官が自衛官になりません。さっきの、当たるボールを排除する手にはこれはならぬわけですから、当然そうあるべきだと思っております。
  158. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 何だかこわくなってまいりました。  それで、守るほうはあれなんですけれども、私は沖繩基地にからめて、沖繩にいる売春の方たち、これは私、女だから一番痛いところなんです。もうそれは自衛隊のことはこわいですよ、私。だんだんに明らかにあれしていただきたいと思います。沖繩の売春の方——そういうことばもちょっと使うのが私ほんとうにつらいんですけれども、なぜそうなったかといえば、やっぱりベトナムの一週間の休みで来る黒人の、白人の兵隊さんということになるでしょうか。自然に、追われるようにサービス業がふえていった。七千三百六十二人の三倍だそうです。そしてその方たちがみんな、土地基地になっておりますので、自然に、その娘とかそういう人たちが、追われるようにそうなっていまして、そうしてしまいに、子持ちの方がいらっしゃるそうです。夫がいなくて子供さんがいる。そしてそれは、日本金でいえば三十万ぐらいの前金ですね、前借するわけですね。そして二十人ぐらいのお客さんをとる。そういうふうなことが、去年に売春禁止法ができているんですけれども、だけれど、そういうことでは間に合わないというようなことがありまして、できれば——そういうこと御存じでございましたでしょうか。——いや佐藤総理からちょっと私……、だめでしょうか。御存じだったでしょうか。
  159. 佐藤榮作

    国務大臣佐藤榮作君) 沖繩で進んでいるものは花柳病対策と、もう一つはハンセン氏病の対策だと、かようにいわれております。ただいまのような売春行為が行なわれておる、そういうことだと思っております。またハンセン氏病はあの地域における、まあ、らいでございますが、日本内地においてはほとんどそういう患者を見かけない。そういうものが、やはり米人、米軍隊、それらが伝染性を非常におそれている。そういう意味からの自己防衛の対策だと、かように言われております。このことはたいへん私は残念な、また不幸な表現だと、かように思っております。ただいま鈴木君が御指摘になろうというのは、ただいまの売春の点だろうと思いますが、これはなかなか今日の状況で直ちに売春禁止法、それをそのまま沖繩に適用されない、そういう実情にもあり、この点がたいへん問題ではないかと思っております。しかし、私ども祖国復帰した暁におきましては、これはもう当然この点を強行、また厳守されるように、そういう環境をつくるべきだと、かように思っておりますので、しばらく祖国復帰までごしんぼう願いたいと思います。
  160. 斎藤昇

    国務大臣(斎藤昇君) ただいま総理が大筋のお話をなさいましたが、御承知のように、沖繩では昨年、日本のこちらの売春防止法とほとんど同じものをつくりまして、来年の一月からは、売春婦ということばはよろしくないかもしれませんが、こういった人たちの保護を来年の一月一日から始めるというので、そういった保護施設あるいは相談員等を準備をいたし、日本政府のほうも約六千万の援助費を出しまして、保護施設に遺憾なきようにいまいたしておるわけであります。そうして来年の七月一日から沖繩の売春防止法が罰則を適用するということになっておるわけであります。で、七月よりも早く本土復帰になるという予定でございますから、そういたしますると、その売春をやった人たちを処罰をするという法律は、本土並みにその日から適用される。しかしながら、一月一日からは売春防止のいろいろな相談員だとかあるいは施設だとかいうものを設けまして、そうして、その準備をいま琉球政府自身がいたしているというのが今日の現状でございますので、現状だけを私から御説明を申し上げておきます。
  161. 鈴木美枝子

    鈴木美枝子君 どうぞ、この場合はかってになりたくてなったんじゃなくて、そういう基地の中で、追われるようにそうせざるを得なかった。それもやっぱりそれをやった沖繩の人ばかりじゃなくて本土人たち全体の、ひいては佐藤総理のそれは責任でもあると私は思います。どうぞ、多額のお金をお出しになって、その子供さんをかかえてそういう仕事をしている人には母子家庭をつくるし、それから保護更生施設もつくっていただきたいし、助産婦のところもつくっていただきたいというふうに思います。これは全然基地と関係ないかというと、関係する人間が疎外されていた、守られなかった一つのものすごいあり方だと私は思います。そして、私のところへ去年手紙が参りまして、これは一度ちょっと読ましていただきます。というのは、この方の手紙を読みますと、一人の沖繩の方がどうとらえているかというのがわかりますので、読ましていただきます。この方は学校の先生でして、私が呼ばれて一九六六年に行きましたときの先生で、三十五、六の方なんです。  「僕は、僕ら沖繩の二十五年間の傷だらけの斗争の連続の中で僕等が一つの自立精神を獲得したことに誇りを持つ。本土の仲間達が「民主々義」と「平和憲法」の保護の下で二十五年間の歴史と、沖繩の戦後二十五年間では、重さが違うと僕は言いたい。  僕の父は、沖繩で初の主席公選が行われると云うニュースで県民がわきかえっている最中に死んだ。父は戦前、戦後を通じて、一貫して戦争に抵抗しつづけた人だった。父は、若いころ徴兵を拒否するために、右手の人指し指と、左手の親指を二センチほど切り落とし、さらに左腕のすじを一本とった男であった。  父は戦後も、日本の将来を非常に心配していた。農父であった父は毎日、新聞を読みつづけ、それを手がかりにして、軍国主義復活を心配していたと思える。父は沖繩祖国復帰を願ってはいたが、そのために憲法を改悪されては元も子もないと思っていた。  僕は今、頑固なまでに自分の生き方を貫いて死んだ老農夫の父のことを思うにつけ、父の手の二本の短い固い指がその手に持った鍬で畑を耕やしている農夫の姿を、大切にしたいと思う。  そして僕は、僕自身に戦争反対するために現在なにをなしうるか問わねばならない」  これは、私が行った去年お手紙をいただきまして、そしてこれを印刷いたしました。どうぞ、どうぞ平和憲法を……。  どうもありがとうございました。
  162. 安井謙

    委員長安井謙君) 鈴木君の質疑は終わりました。(拍手)  以上で本日の質疑は終了いたしました。  明日は午前十時に開会いたします。おそくまで御苦労さまでございました。  本日はこれにて散会します。    午後七時五十分散会