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渡部(一)
分科員 それでは
外務大臣とも意見がこれは一致いたしましたようでありますから、私は内容の問題につきまして、詳しく申し上げるのは控えたいと存じます。しかし、いま藤山
局長が仰せになりましたように、内容としては十分な仕事をやっておるとおっしゃるのは、ちょっと間違いではなかろうかと私は思う節がございます。それはなぜかと申しますと、実はこちらにいただいております
資料によりますと、現在
外務省が出しておられますところの広報
資料は、今期
予算によりまして三百四十五万部ということになっておるわけであります。三百四十五万部のパンフレットあるいはリーフレット、こういったものといいますと、どれくらいの規模かと申しますと、実はこの間私たちは京都において府知事選挙、社共対自民公という組み合わせでいたしました際、公けにいわれているパンフレット類だけでも、相互でまいたものが六百万枚となっております。したがいまして、あの分のちょうど半分ぐらいにしか当たらない。これでは京都の人にPRするのでも不足じゃなかろうか。
ほんとうにもうこれではちょっとお話にならぬのじゃなかろうかと私は思っているわけであります。
また、先ほど映画フィルムが
中心になっていると
お話しになりましたが、ついでに申し上げますと、十六ミリの映画のフィルムを二百本今度は購入できるそうでございまして、非常によろしいと思うのでありますけれども、この十六ミリのフィルム二百本というのはどのくらいかと申しますと、キャラメルの会社が新しいキャラメルを売り出しますときにフィルムを何本ぐらい使うかということになりますと、もう一けた上で、二千本ぐらい使うそうであります。したがいまして、二百本の映画フィルムなんというのは、
意味がないといっては語弊がありますけれども、これはだめなんであります。
それからまた、私は露骨に、次から次へ申し上げて恐縮でありますが、広報文化センターが二十一カ所
海外にあるそうでありまして、そのうち一部はのぞかしていただきましたけれども、広報文化センターで実際あるものは何かというと、
日本の
ほんとうに簡単な紹介や一部の絵でありまして、ここをのぞいて帰って
日本に好意を持つかというと、ないのとほぼ似ている。私は電通の方とこの
質問をする前に会って、この問題でお会いしたのではないのでありますけれども、実は私たちの党の宣伝のために一体テレビスポットをどのくらいやれば効果があがるのかと聞いてまいりました。そうしましたら、三千万円から下の広告スポットでございますと、これはまずナンセンス、効果がゼロというランクになってしまう。だから、ある
程度以下のパンフレットとか、そういったちらしとかは、ある数量から下でありますと効果が全くないという、費用対効果という問題を考えますと、こういうことが出てくるわけであります。そうすると、ここに書いてあります広報
資料というものを
世界じゆうに三百四十五万ばらまきますと、その効果がどういうことになるか、それこそ雲の上から目薬というような
程度に、これは申しわけないけれどもなるのじゃなかろうか。そうすると、これは一体この
事業の内容は何があるのか、量がある
程度より低過ぎますと、質としてその
意味はゼロになってしまう。一枚ずつがどんなりっぱなものであってもだめになってしまう。これは私はあえて申し上げますが、
ほんとうのことじゃないかと思うわけであります。
また私が遺憾に存じておりますのは留学生の問題でありまして、当
外務省予算ではありませんけれども、留学生を招聘するために文部省
関係予算として七億二千万円、文部省、総理府
関係で青少年交流のために今期組まれている
予算が二億五千万、当
外務省で
外国人の私費留学生に対する
援助金として一億、こうあがっております。ところが実際にやってみまして、この数はよく了解さしていただきましたのですが、今期は前年度よりも相当一人一人の留学生に対する費用というのは上がっております。しかし現在、率直なことをいいまして、
日本に留学されている方が東南アジアに帰られますと、意外に反日運動の
中心者になっている方がたくさんあるわけでありまして、費用をある
程度以上しぶりますと、実際問題からいいますと、
日本のためになるとかならぬとかいう段階の前に、
日本に対する深い憎悪というのを抱いて帰るようなことになってしまう。ドイツの話で、確かめてはおりませんけれども、ドイツ
政府においては、留学される学生に対しては徹底的なドイツ語教育をまずやり、パスしてから引き取る、そうしてその当人たちが自国に帰りますと、
あとそれに対する
資料の供給、いろいろな新しいニュースの供給が連続して行なわれているようでありまして、こういうことであってこそ、その学生というものはその地域において光るのではないか、こう思われるわけであります。したがいまして私はこのような留学生制度自体もこの価格ランクというもの、それから数量ランクが少し違い過ぎないかという感じがやはり同じようにするわけであります。それから、時間がありませんので全部一括して言わしていただきますけれども、
日本語の普及がいま非常におくれている。その痛烈におくれていますのは、先日ライシャワー博士たちが御指摘になりましたように、
日本と一番緊密な
関係を持っておりまする
アメリカにおいて、
日本語を理解する人が少ない。そのために
日本の事情というものは向こうにわかっていない。
日本政府側はかなり英語が普及しておって、
アメリカの
考え方を相当
程度理解ができておるけれども、
アメリカ国内というものは
日本の沖繩問題でさえもろくろく
新聞記事にもならないような段階においては、
日本というものへの関心が低い段階では、
日本語教育というものは、が然だめである。そういう観点から私は
日本語の普及
事業がどのようになっているか
資料をいただいて見てみましたところが、
日本語普及
事業というものに関しては全くもって
予算的に弱いわけでありまして、
昭和四十五年度三千四百万円
程度でありまして、
日本語教師を
派遣するとかそれからまた四十五年度
日本研究講座の寄贈とか
日本研究講師の
派遣が九千百万円、その辺の
程度でこの
事業が行なわれているわけであります。そうしますと、私の数字が読み違いだったら教えていただきたいのでありますけれども、この辺のクラスの仕事ぶりで
日本語を諸
外国の中に根をはやして植え込んで、そうして留学生
事業とも関連をつけて、そうして
日本文化に対する大きな波動さえも巻き起こし、外交の裏幕にするほどの大きなものにするということはとうていできないのではなかろうかと私は考えておるわけでありまして、
局長のことばじりをつかまえまして恐縮でありますけれども、こういった面では少し基本的なお金の取り方自体に御苦労があり過ぎるんではなかろうかと私は考えるわけであります。したがって、もう率直な話、この間から軍国主義の問題も出ておりますし、それから
日本に対するエコノミック何とかとか、最近はエコノミック・ウジ虫とかいうずいぶん失敬なことがいわれておりますし、私はそういう背景になりますのは
経済進出が第一になっておって、そうしてその裏から文化的な
日本のアプローチというものがおくれているところにも、つまり心を先にしないで物を先にしたところがあるんではなかろうかと私は考えるわけであります。したがってこの問題については、おそらく先ほどの
外務大臣の御答弁のとおり、私の見解とほとんど同じであろうかと思いますので、私は率直に申し上げるんでありますけれども、したがってこれは
予算を少し多くするというような問題ではなくて、
予算をもうこれからは組み直すぐらいの
勢いでやり直さなければならない。それからまた文化
事業に対しては、ドイツにおいて行なわれておりますように、
外務省外局または
外務省の中のこういうような専門の財団あるいは専門の公共機関のごときものを設立いたしまして、こういった問題のある部分については、ジェトロが貿易問題について果たした役割りを果たす
海外広報宣伝
事業団のごときものを計画をなさって、抜本的にこれはひとつこの問題の解明に当たられたらどうか、あえて御提案する次第でございますが、この辺ひとつ御見解を承りたい、こう存ずる次第であります。