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藤木参考人 御
指名にあずかりまして、ただいま御
審議中の人の健康に係る
公害犯罪の
処罰に関する
法律案につきまして、私のさしあたり
考えておりますところを述べさせていただきたいと存じます。
まず、結論から申しますと、人の健康を害する
公害を
犯罪として罰するというこの
法案の
基本構想につきましては、全面的に
賛成いたしたいと存じます。しかしながら、今回
内閣提出という形で出ております
法律案には、いろいろ不十分ではないかと思われる点もございます。そこで、この点について御
審議にあたりぜひとも御考慮をわずらわしたいと存ずる次第でございますので、この点についても申し述べさせていただきたいと存じます。
まず初めに、
公害を
刑事犯とすることについて
賛成であると申しましたその
理由でございますが、これまで
公害は、
社会観念上だれが見ても許されない
犯罪、いわゆる
刑法上
自然犯と呼ばれるものでございますが、そのような
犯罪であるということが
一般には必ずしも承認されておらず、むしろ
産業発展のやむを得ざる副作用であって、
国民はその
被害をがまんすべきである、こういう
考え方が強かったように思われるわけでございます。しかし、いまや、たとえ
産業発展に必然的に伴う副作用的な害悪だからと申しましても、それを
国民にがまんせよと言うことはもはやできない。むしろ
国民の健康にそのような害を与えるような
行為は、たとえ
産業開発に必要なことであっても当然に許されない
犯罪であるということをはっきりさせる、そして
有害物の
排出を伴うような
企業活動をしておられます
企業関係者の方々に
自粛自戒をお願いしなければならない、こういう
段階になったわけでございます。その
意味で
公害を単に国の定めた
各種の
排出基準、いわゆる
環境基準の
違反、つまり一種の
ルール違反ということで
規制するだけではなく、直ちに
国民の健康に害を与えたものについては
犯罪として罰する、こういう形にしております。この
法案の
考え方は、
公害についてのものの
考え方のいわば百八十度の
転換を
意味するものといたしまして、
公害対策としてまことに重要な意義を持つものと存ずる次第でございます。そのような
意味合いで、
公害罪法案と俗に呼ばれておりますこの
法案の根本的な
考え方には全く
賛成でございます。
しかしながら、ここに提出されております
法案の個々の
規定を拝見いたしましていろいろ
考えてみますと、なおいろいろお
考えを願いたいと思うような点があるわけでございます。
第一は、
処罰の
対象となる
公害の
種類についてでございます。
法案では、
処罰の
対象となります
公害の
種類を、
工場または
事業場における
事業活動に伴って
有害物質を
排出することにより
発生するもの、こう限定いたしております。この限定につきまして、まず
犯罪の
主体を「
工場又は
事業場における
事業活動」こう限定しております点はまことに正当であろうと思われるわけでございます。いわゆる
都市公害と申しますような
個人の
家庭排水などの集積による
公害を
犯罪として罰するということは実際上も不可能でありますし、同時にまた、
公害の
被害者という面を持つ
一般市民にかえってこれを
加害者として
刑罰を科するということが適切でないということからもいえるのではないかと思います。
しかしながら、この
主体は
工場または
事業場における
事業活動に伴うもの、こう限定することはよろしいのでございますが、その
公害の
内容は結局
大気汚染、
水質汚濁の
二つにしぼられるということになろうかと思われます。
公害対策基本法などにあげられております
公害のうち、この
二つが特に
公衆の健康を脅かすという点で放置しがたい重要なものである。そのような点からこの
二つを特に取り上げたということについてはまことにけっこうな御
判断であろうかと思われますけれ
ども、しかしながら、その
判断の
基準といたしまして、
公衆の健康を脅かす点で特に重要である、こうお
考えであったといたしますならば、
公衆の健康を脅かす
公害、あるいは厳密な
意味では
公害とはいえないかとも思われますけれ
ども、
公害に類する大
規模な災害ということになりましょうか、そのようなものといたしまして、
飲食物、薬、
化粧品そのほかいろいろな食器や家具などについております塗料などの
添加物、それからおもちゃなどについております
添加物、こういったいろいろな
種類の
有害物質の付着した薬品、
食品、
化粧品、家具、食器、おもちゃなどに伴います
被害というものは、これはいずれも直接体内に摂取されるというものであるかあるいは直接はだに触れるというものによって起こる
被害でございます。その
意味で、これらのすべてを取り上げるかどうかは別といたしまして、少なくとも
食品公害あるいは薬品、
化粧品などの
公害といわれるものにつきましては、この
法案の提案趣旨からいたしまして、ぜひともこのような
種類のものをこの
法律の中に含めるということについて御考慮願えないだろうか、こう存ずる次第でございます。
現に、たとえば大
規模な食中毒事故というものは過去何回も起こっております。ミルクの中毒事件であるとか、油の中に機械の有害な塩素
物質が入ったというようなことによって起こった大
規模な災害というものが現に
発生しておるわけでございますし、また睡眠薬による奇形児の
被害というようなものも
発生しておるわけでございますし、それらの
被害は長期にわたって現在までなおその傷あとを残しているというような点からいたしますと、
大気汚染、
水質汚濁に伴う
公害以上に重大な
被害を
国民に及ぼすものではないか、こう
考えるわけでございます。
そのほか、技術開発に伴って
各種の建材、有機
物質が日常の生活に使われるようになりますと、将来そのような
被害がいつ
発生するか予測しがたいものがあるわけでございます。その
意味で、こういった
種類の災害についてもぜひとも
立法にあたりまして御考慮願いたいと、こう
考える次第でございます。
第二点は、
処罰にあたって具体的な
被害を待たず、できるだけ痛ましい犠牲者が現実に
発生するより以前に、
事前に
被害を
防止するということができるような形の
法律であってほしいと、こう
考えるわけでございます。この点で、この
内閣提出の
法案は、有害な
物質の
排出により
公衆の
生命または
身体に危険を生じさせたときに
処罰する、こういういわゆる
具体的危険犯の
規定となっているわけでございます。確かに
生命または
身体に対する具体的危険の
発生で罰するということは、
実害発生以前に罰するということに比べますと一歩前進した点があるわけでございます。しかしながら、その具体的危険の
内容ということを
考えてみますと、この危険の
発生という
概念はややあいまいな点もございますが、大体これまでの
学説や
判例で固まってきております線に沿ってまあ厳格な解釈をしてまいりますと、例といたしまして有毒
物質として水銀をあげてみますと、水銀中毒患者がすでに
発生したと診断される場合には、これは障害そのもの、具体的な
被害の
発生でございますが、その具体的危険を
発生させたという
時点は一体どのような点であろうかと
考えてみまするに、結局、水銀の中毒患者であるとはっきり診断はされない、しかしながら、
身体に水銀が
相当大量にたまっていて、いつ発病するかもしれない要注意患者であると、こういった
程度の診断がつげられたときに、その当該
個人に対する
生命、
身体の危険が生じ、かつそのことを知った付近の同じような
物質を食べている、同じような魚を食べているような人々が、自分も同じ病気にかかるんじゃないかという不安にかられる、こういう
意味で
公衆の
生命、
身体に対する危険が生じたと
判断されるわけでございます。しかし、その
段階は、どうも危険と限定いたしますと、水銀を含んだ魚を食べたという
段階だけでとらえるのは少し無理で、少なくとも何らかの異常の徴候が見られる、経過観察を要するという
程度にならなければ危険といいがたいのではないかと、こう思われるわけでございます。
そこで、このような点からいたしますと、実は住民の不安という点から申しますと、日常食べております魚が水銀でよごされているらしい、特に川の水の中に大量の水銀が流れている、こういう事実がわかったとか、あるいはイタイイタイ病などの
関係ではカドミウムが井戸水をよごしているというようなことがわかった、こういう
段階で、しかも現実にその
有害物質が住民のからだの中に入っているということが検診の結果わかったというくらいの
状態になりましたときには、司法権を発動させまして、そのような
排出をストップさせるような機会を持ちますことが、住民の保護のために不可欠ではなかろうかと、こう思われる次第でございます。
かような観点からいたしますと、
法務省が要綱としてかつて公にした
段階の条項のように、「
公衆の
生命又は
身体に危険を及ぼすおそれのある
状態」いわゆるおそれ条項でございますが、このおそれ条項が含められることが
被害の早期発見、早期の
防止ということにとってきわめて重要なことではなかろうかと思われるわけでございます。おそれ条項がございませんと、ただ川や海がよごされており、その中の魚から水銀が発見されたという
程度の
段階では、ちょっとこの
法律を適用することはできないのではないか。かなりの精密検査をして要注意患者ぐらいまで診断される人がいなければこの
法律は動かないのではないか、こう思われるわけであります。これはあるいは私の
個人的な解釈理論の至らざるところであり、ほかの方方においては、当局におかれては別の解釈をおとりになるということもあるのかもしれませんけれ
ども、そのような点からいたしまして、私といたしましては、おそれ条項の復活と申しますか、おそれ条項を挿入するというようなことをお
考え願えないであろうかと、こう
考える次第でございます。
第三に、この
推定規定についてでございます。第五条では、厳格な
条件のもとに
因果関係の
証明について
推定で足りる、そこに掲げられました
前提要件が立証されたときには、当該
工場または
事業場のほうで自分の
排出した
物質によってその病気が起こったものではないんだ、こういうことを
証明する
責任を
転換する、いわゆる挙証
責任の
転換を行なう、こういう
規定が設けられているわけでございまして、これは先ほどの
稲川参考人のお話にもございましたように、
因果関係の立証というものが科学的にいろいろ不明な点が少なくないというようなことから、とかくまあこまかな科学論争に事件が持ち込まれまして訴訟が長引く、そのため
被害の
防止、
被害者の救済ということに非常に難点が生ずる、こういった点を緩和するためにきわめて有益なことであろうかと思われるわけでございます。かような
推定規定を設けるということについて全面的に
賛成いたしたいと存じます。
しかしながら、この
推定規定の第五条におきましては、「
工場又は
事業場における
事業活動に伴い、」「
公衆の
生命又は
身体に危険が生じうる
程度に人の健康を害する
物質を
排出した者がある場合において、」という、この前段と後段の中間に「当該
排出のみによっても」こういう条項が挿入されているわけでございます。この条項の趣旨といたしましては、たとえば四日市
公害のようなタイプの何本かの煙突の排煙が、その排煙の中に含まれております亜硫酸
ガスが合体して住民に
被害を及ぼす、こういったタイプの
公害被害については
推定規定を適用しない趣旨だ、こう説明されているわけでございます。しかしながら、
複合公害でありましても、同じ
物質を数カ所の煙突から
排出している、たとえば煙突が五本ありまして、その煙突からいずれも亜硫酸
ガスが
排出されている、それぞれ一つ一つは有害な分量には達しないけれ
ども、全部合算すると有害な分量に達するというような場合には、
刑法の実体法の理論といたしましても、それぞれの煙突から排煙しております
事業場において他の
事業場の排煙と自分の排煙とが競合するならば
被害を生ずる
可能性があるということを知りながら排煙しているという場合には、これは相互にそれぞれの煙突と
被害との間に
因果関係を認めることができるのではないか、こう
考えられるわけでございます。
そのような観点からいたしますと、この
推定規定につきましても、たとえば
工場の亜硫酸
ガスでぜんそくにかかったという主張をする
被害者に対しまして、実はその
被害は五つの全体の
工場から出た亜硫酸
ガスによるものではなく、他の原因によるものである、こういう反論をすることも十分に
考えられるわけでございますから、したがって、かような場合に、たとえば亜硫酸
ガスをのどにどのくらい吸収すると
被害が生ずるか、あるいはその亜硫酸
ガスにさらされている人がのどをやられることについて他のいろいろな心身の特殊事情などが作用しているのではないか、こういったこまかな点にわたって反論をするということによる訴訟遅延を防ぐという
意味では、やはり
複合公害の場合でありましてもこの五条の
推定規定を働かせておく
意味があるのではないか、こう
考える次第でございます。
そのような
意味において、この第五条の
複合公害から
推定規定を除外するという趣旨の
規定はいささか疑問を抱かざるを得ないわけでございます。
なお、
推定規定については、さらに同じ
有害物質を数カ所で
排出しているという場合に、その
排出を少なくとも故意に行なっているというようなものについては、それぞれ具体的な
被害が自分のところの排煙によって生じたものでないということを積極的に
証明しない限り、
因果関係ありと
判断されるというような趣旨の
推定規定を設けることも一つの
考え方ではなかろうか。これにつきましては、なお多少
推定の幅を広げ過ぎることになるのではないかという反論もあり得るかと思いますし、将来の研究課題にいたしたいと思うのでございますが、このような問題もあるということもお含みの上、御
審議の御
参考にしていただきたいと存ずる次第でございます。
以上、簡単でございますが、要するに、
公害を
犯罪として罰するという基本方針については全く
賛成でありますけれ
ども、なお欲を申せば、
処罰される
公害の範囲の中に
食品や薬品、
化粧品あるいは食器類その他日用品の塗料などから生ずる
被害についても御考慮をいただけないであろうか、この点。第二点といたしまして、いわゆる「おそれ」という条項を復活と申しますか、挿入するということにお
考えいただげないであろうかという点。第三に、
推定規定の第五条の「当該
排出のみによっても」という条項は、はたして必要なものであろうかどうか、これは要らないのではないか。こういう三点につきまして私の
意見として申し述べさせていただきました。何とぞいろいろ御
審議の御
参考にしていただければ幸いでございます。(拍手)